二人のリボンは姉妹の印~騙されてアイドル活動~ (霞身)
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プロローグ:騙されてオーディション。

初めまして、霞身というものです。
アニマスは見たけど原作は箱を持ってなかったりPSPが壊れたりPS3が壊れたりともう神に嫌われてるとしか思えない位プレイできていない作者です。
他の方々の良作などを読む傍らの箸休め程度に読んでいただけたら幸いです。
生温かい目で見守りながらゆっくりして行ってください。
あとはるるん今年も16(17)歳の誕生日おめでとう!


 それは今からおよそ13年前の出来事だった。

 ひとりの不幸な男が、いつものように仕事の合間のお昼休憩中のこと、この会社ではほとんど使用されていない喫煙所で一人でいたのをいいことに、年甲斐もなく全力で某龍球なアニメの伝統的必殺技の練習をしていた時だった。

 なぜそんなことをしていたのかといえば、説明するのにそれはもう小一時間以上かかるような、エベレストより高くマリアナ海溝より深い事情があったのだが、そんなことはどうでもいい。重要なのは全力で『か~め~は~め~波ぁぁああ!』なんてやってるところを見られてしまったことが問題なのだ。

 しかもよりにもよって今年入社したばかりの後輩の女の子に。

 あまりの恥ずかしさにいたたまれなくなったその男……というか俺は、その女性社員の目から逃げるために全力で走り出した。

 そして、階段で足を滑らせて転落死するという、恥ずか死としか言いようのない死に様を晒して人生を終えてしまった……と、ここまでならばまだ普通の人間ならば経験することができる範囲だった。

 しかし、ここで不思議なことが起こった。

 気がつくと子供の姿に戻っていたのだ。

 しかもただ子供に戻っただけではない、男だったらあるべきアレが無くなっていた。何がってナニがだよ。

 つまり生まれ変わっただけにとどまらず、性転換までされてしまっているというわけだ。

 ついこの前まで男として生きていた感覚があるのも手伝って、最初は随分と苦労したが、今では特に苦労はない……問題があるとすれば、あくまでも肉体は女、精神は男であるということだろうか。

 いわゆる性同一性障害と判断されても仕方ないが、あくまでも俺は俺なのだから仕方なかろう。

 うむ、何度現在の状況を整理してもおかしい、一体全体人間の中で何人が、前世の記憶を完全に保持したまま転生などすると思うだろう。

 

 

 

 

 さて、もう考えるだけ無駄な思考に時間を割くのももったいないので、ひとまずパジャマから着替えるとしよう。

 確か昨日の天気予報では、連日の猛暑日続きとなり熱中症患者が続出しているため、出かけるときには注意するようにといっていた。

 だというのに姉さんは、今日は出かけると言って昨日からいつにも増してふわふわしていた。

 

「夏美~そろそろ行くよ~」

「ん、いま準備する」

 

 なんて考えている間に、一階から姉さんが声をかけてくる……ってまだ8時じゃん、どこまで出かけるつもりなんだうちの姉様は。

 ひとまず鏡を見て最低限の身だしなみを整える。

 腰まで届く長い栗色の髪を、姉さんにもらったリボンを使ってポニーテールにまとめる。

 服装は……いつも通りでいいか、無地のTシャツの上からノースリーブのジャンバーを着てジーパンを履く、うむ、シンプルでよろしい。

 こうして鏡を見ても、まだ違和感があって仕方ないのだが、我ながら見事な美少女に生まれ変わったものだ、男物の服が台無しにしてると自分でも思うが。

 さて、とりあえず身だしなみはこれでよし、財布もスマホもポケットに入ってる、これで準備は万端かな。

 姉さんは昨日からやたらそわそわしてたし、さっさと行くとしよう。

 

「お待たせ、姉さん」

「夏美遅いよ~、それにまた今日もそんな男の子みたいな格好して……」

「俺が好きなんだからいいだろ別に……」

 

 階段を下りると、既に玄関で待ち構えていた春香姉さんに、いつものように服装についてつっこまれる。

 学校の制服はルールだから我慢できるが、私服まであんなヒラヒラした(スカート)を着るなんて、まっぴらごめんだ。

 そんな俺とは真逆に、姉さんは春香姉さんらしい薄いピンクを中心に明るい色でまとめられた、女の子らしい格好をしている姉さん。

 俺、本当にこの姉さんと血繋がってるのだろうか。

 

「もう、一人称も俺じゃなくて"私"でしょ!」

「……私が好きなんだからいいだろ」

「いいでしょ!」

「……いいでしょ……って、出なくていいのか?」

 

 姉さんはどうしても俺に女の子らしくして欲しいみたいだが、正直俺自身はそんなつもりは一切ない。

 それに学校では既に俺の一人称は"俺"で浸透してしまっているし、女友達より男友達の方が多いし、男子に告白された事はないが、女子に告白されたことはある。嬉しいやら悲しいやら。

 ただ、体が女だからといって、男と付き合えるかというと、そういうわけではない。

 なにせ精神は男なのだ、野郎とキスをするくらいなら、百合だと思われても女の子とキスする方が断然いい。

 敢えて言うが俺はノーマルだ、体がアブノーマルなだけなのだ。

 

「いっけないそうだった、急ぐよ夏美!」

「ちょっ、走るとまた転ぶぞ姉さん!」

 

 姉さんはやたらとよく転ぶ、というかとてもおっちょこちょいだ。

 何もないところで転ぶのは当たり前、得意なお菓子であるはずのクッキーを焼いていたのに、何故か塩と砂糖を間違える。

 だというのに致命的な失敗はしないのだから不思議だ、怪我も全然しないし。

 ひとまず一人で放置するのは怖いから、追いかけるとしよう、行き先も知らないし。

 

 

 

 

「で、姉さんなにか弁明はあるか?」

「い、いやあのね」

 

 あれから二時間ほどかけて、自転車や電車を使って移動した先にあったのは、ボロっちいビルがあって、その一階には『たるき亭』という定食屋があったのだが、まさかそこじゃないだろうと思って姉さんに聞いたら、そのビルの3階を指を差し、用があるのはそっちだと答えた。

 その3階の窓にはガムテープで『765』と書かれていたのだが、まるで意味がわからない。

 それで、あそこは何かと聞けば、行けばわかるよ、とはぐらかされて、姉さん一人で行かせるのも心配だった俺はついていくことにしたのだが……

 

「言い訳はないということでいいんだな……」

「あ、あのね夏美、私一人で受けるのが心配だったからね」

「いいよ別に……ただ申し込む前にせめて一言いってくれ……」

 

 そこは、765プロダクションという小さな芸能プロダクションであり、今日はそこでアイドルオーディションを受けるために来たのだという。

 しかもご丁寧なことに、勝手に俺の分まで履歴書を送っておいてくれたらしい。

 正直、俺みたいなのが受かるとは思ってないし、アイドルにも興味はないが、姉さんが付き添いが欲しいというのなら、こっちに生まれてからいろいろお世話になったし、言ってくれればそれはそれでよかった。

 

「はぁ……せめて当日には教えておいてくれ、完全に普段着で来ちまったじゃんか」

「う、それはごめん……」

 

 なかに通された俺たちは、音無小鳥さんという事務員さんに社長室に通されて、そこに置いてあったパイプ椅子に座って、面接官なり社長なりが来るのを待っていた。

 アイドルの面接だというのに、おしゃれどころか化粧もしてない俺は、まぁ間違いなく落選だろうし、せめてずっとアイドルに憧れてた姉さんが受かれるように、引き立て役になるようにしますかね。

 そんなことを考えていると、社長室の扉が開いて二人の男女が入ってきた。

 一人は姉さんより少し年上くらいだろうか?眼鏡をかけていて、髪を後ろでパイナップルみたいな感じでまとめている女性、もうひとりはスーツを着ている、中年っぽい男性、多分社長だろうか?

 

「いやぁ、待たせてしまってすまないね」

「い、いえ!」

「いえ、こちらこそ予定より早く来てしまいましたから」

 

 これでも前世では会社員をしていただけあって、ある程度の礼節は弁えている……というか姉さんは面接の練習とかしなかったのか?

 

「うむ、元気があって結構!」

「えーっと、二人がアイドルになりたいと思った理由を聞かせてもらえるかしら?まずは天海春香さんから」

「えっと、あの、私子供の頃公園で──」

 

 姉さんが答えてる間に俺はどうしようかと考えてみたが、そもそも俺はアイドルについて全く詳しくない。

 知ってるのは、俺がこっちに生まれる前に活躍していたらしい、日高舞とかいう何故か教科書に載ってるアイドルくらいだ。

 うーん……やっぱり素直に答えたほうがいいか。

 

「はい、ありがとうございます、次は天海夏美さん」

「はい……」

 

 さて、本当にどうするか……俺が適当なこと言ったせいで姉さんが落ちたら申し訳ないしなぁ……

 

「俺は、正直アイドルに興味はありませんでした」

「アイドルに興味がない?」

「履歴書も姉が勝手に送ったものです、ここに来るまでオーディションだということも知りませんでしたし……」

「ふむ」

 

 実際、俺は今も微塵もアイドルに興味がない。

 歌って踊れるアイドルたちに対して、すごいなと感心することはあるが、それは俺にとってあくまでも画面の向こう、別の世界の出来事なのだ。

 ただ、まあ、チャレンジ精神というのは俺は人一倍あると思っている。

 こうして可能性があるというのなら、選ばれればやってみてもいいと思っているのもまた事実だ。

 だから、それを素直に伝えてみることにした。

 

「でも、今は少し興味が出てきました」

「……理由を聞いてもいいかしら」

「姉が挑戦してみたいと思っていたことは前から知ってましたけど、ここに来てさっき事務所の中にいた何人かの顔を見ました。みんな楽しそうで、すごく輝いてたので俺もアイドルになったら今まで見えなかった何かが見えるかなと思いました」

 

 今日この社長室に来るまでにちらっと見た限り、いろいろな子がいた。

 双子のアイドル。

 俺や姉さんどころか、目の前にいるメガネの人より年上のようなアイドル。

 ずっと譜面を見て、曲を聴いていた髪の長いアイドル。

 誰も彼も、俺の目には楽しそうに輝いて見えた。

 もしかしたら、とても面白い世界なのかもしれない。

 もちろん面白いだけの世界だなどとは思っていない、売れずに辛い思いをしているアイドルもいるのだろうが、成功したらどれだけ楽しそうだろう。

 そういう気持ちを、ひとまず伝えてみた。

 

「……なるほど、そうですか。それでは次の質問ですが──」

 

 なんとなく感じるものがあったのか、社長らしき人はしきりにうんうんと頷き満足げな表情をしていた。

 ひとまず掴みは大丈夫だろうか。

 後は当たり障りの無いように無難に答えていこう。

 

 

 

 

 事務所でのオーディションから数分後、俺たちは近くのハンバーガーショップにいた。

 オーディションは最初の質問の後に、いくらかの質疑応答をしただけで、歌だったりダンスなどはやらず、無事解散となった。

 

「で、姉さん的にはどうだったんだ?」

「お、落ちた……間違いない……」

 

 反省会という名の昼食のために入ったバーガーショップで、俺は高身長筋肉質と燃費の悪い体付きなので、ガッツリ食べていたのだが、姉さんはアイスティーだけ注文して突っ伏していた。

 どうやらあまり手応えはなかったらしい。

 かく言う俺も、アイドルのオーディションなど初めて受けるから、手応えもなにもあったもんじゃない。

 

「そんな落ち込むなって姉さん、他にも事務所はいくらだってあるんだから数撃ちゃ当たるって」

「うー、こんなことならちゃんと練習しとくんだった……」

「いや……んぐ……面接で聞かれそうなことくらいちゃんと考えて練習しておこうぜ」

 

 一体姉さんは何を考えていたのやら、普通書類審査の次は面接と相場が決まっている。

 まあ、俺だけ受かってしまったら、さすがに申し訳ないが、相手の好意を無下に断るのも気が引けるから、ひとまずある程度は続けるつもりだ。

 

「うぅ、夏美だけ受かってたらどうしよう……」

「そんな悲観的なこと言うなって、俺が受かるなら姉さんの方が可愛いから一緒に受かるって」

「でも私って特徴あんまりないし印象に残ってる自信ないよぉ」

「そんなもんかねぇ」

 

 

 

 

 オーディションが全て終わった765プロダクション社長室、そこではさっきまで行っていた、オーディションの結果を決めるため、私と社長が唸っていた。

 

「うぅむ……律子君はどう思うかね?」

「うーん、悩みどころですけど私は最後に受けた天海姉妹ですかね……」

 

 私の中で特に印象に残っていたのは、最後に受けたこともあるが、天海春香とその妹である夏美の二人だ。

 欲を言えば二人共合格にしたいが、既にこの事務所には11人のアイドル達がいる、それに対して現在プロデューサーは私一人。

 それも、最近アイドルからプロデューサーに転向したばかりなのだ。

 一度に13人も受け持つのは流石に厳しく、今日の採用は一人と決めていた。

 

「うむ私もあの二人、特に春香くんは素晴らしかったねぇ……まさに正統派アイドルといった感じがして私の青春時代を思い出したねぇ」

 

 どうやら社長の中では、特に姉の春香が気に入っているらしく、彼女を思い出しながらうんうんと頷いている。

 確かに社長の青春時代ならば、正統派と呼ばれるアイドルが数多くいた。

 春香のその素朴な雰囲気に、彼女たちを重ねているのだろう。

 

「私は妹の夏美ちゃんの方を推したいですかね、中学一年生で165cmとはインパクトありますし、それに一人称も俺なのでかなり個性を前面に押し出していけると思います、特に真とコンビを組ませるのも女の子に人気も出そうですね」

 

 だが私が気に入っていたのは、その妹である夏美の方だ。

 中学一年生にして、身長はあずささんに次ぐ165cmと高身長であり、そして一人称や喋り方に癖があり、今現在でも多くの個性的なアイドルたちを抱える765プロにあっても、埋もれない個性を持っていた。

 服装についても、自分の魅せ方をよく理解しているラフで男っぽい格好がよく似合っており、将来に期待できる。

 お互いの意見がぶつかってしまったが、だがそれだけにどちらを手放すのも惜しい。

 二人して唸っているうちに、社長が唐突に顔を上げた。

 

ピーン(ティン)!と来た!よしっ、二人共採用してしまおう!」

「ちょ、ちょっと待ってください社長!本気ですか?」

 

 今でさえ、11人という大人数を社長と手分けして面倒を見ているというのに、二人も増えればさらに忙しくなってしまう。

 まだ本格的なデビューをしている子がいないからいいが、誰かがデビューしてしまえば、それだけで他の子へかけられる時間が減り、その子達のデビューが遅れてしまう。

 そうなってしまったら、せっかくの候補生たちに申し訳が立たない。

 

「うむ、律子くんはプロデューサー不足について心配しているのだろう?」

「ええ、あまりあの子達を待たせてしまうのも申し訳ないですから」

「それなら安心したまえ!最近街中でピーン(ティン)!と来た好青年を見つけてね、就活中だったらしいから春からうちで働いてもらうことにしたのだよ」

「ということは、あまり芸能について詳しくないということですか?」

 

 プロデューサーを見つけてきてくれたのは嬉しいが、それではあまりにも心配だ。

 この仕事は覚えることも多いし、多くのコネクションを築く必要もある。

 それらを覚えるまで、たとえ居たとしても、仕事は難しいだろう。

 

「うむ、しかし安心してくれたまえ、単位については取得済みらしいからね、私が手ずからこの業界のいろはについて教え込んでおく、それになんとなくだが彼は大物になる気がするのだよ」

「勘、ですか……」

 

 確かに、社長の勘はよく当たる気がするし、最初の頃、私がまだプロデューサーの勉強をしていた時に、アイドルたちを見つけてきたのは社長で、どの子達も才能にあふれた原石たちだった。

 しかし、やはり勘というのはどうにも……

 

「はっはっは、そんなに心配することはないさ、為せば成る!」

「為して成ればいいんですけどね……」

 

 やはり、少し心配だ……

 

 

 

 

 あの面接の日から幾日かが経過した我が家、夏休み真っ只中なのをいいことに、俺は昼前まで自室で惰眠を貪っていたのだが……

 

「やったー!」

 

 なんていう、姉さんの大声が一階から聞こえてきたのが原因で眠気が吹き飛んでしまったから、仕方なく一階へと降りていくことにした。

 そして一階に行くと、玄関で何やら紙を手に固まっている姉さんがつっ立っていた。

 

「どうしたんだよ姉さん朝から大声出して」

「いや、もう10時だよ……ってそんなことはどうでもいいんだよ、受かった、受かったんだよ夏美!」

 

 そう言って抱きついてくる姉さん。

 この時期に受かったってことは、姉さんは無事アイドル候補生というわけか、よかったよかった。

 

「おめでとう姉さん、これから頑張れ」

「うん、一緒に頑張ろうね、夏美!」

 

 うんうん、一緒に……一緒に?

 

「姉さん、俺の聞き間違えじゃなけりゃ一緒にって言ったか?」

「そうだよ!夏美も受かったんだよ!」

「な、なんだってぇー?!」

 

 どういうわけか、あの事務所は俺のことも気に入ったらしい。

 それほど興味があったわけではないが、受かってみれば結構嬉しいものだな。

 姉さんと一緒にアイドル。

 あの輝かしい舞台に俺が立つ。

 果たしてそこから見える景色はどんなものだろうか。

 ちょっとだけ、二週目の人生にスパイスが加わりそうでワクワクしてきたな。

 

 

 

 

「今度歓迎会があるから8時に事務所集合だって!」

「……は?じゃあここを6時前には出なきゃいけねぇじゃん!」

 

 ……やっぱ受けたの間違いだったかな……




ここには落書き程度のデータ的なのでも載せようかと。

現在の天海夏美パーソナルデータ(4/8編集)
年齢:13歳(中学一年生)
誕生日:7月23日
身長:165cm
体重:52kg
3サイズ:79-56-82
血液型:O型
趣味:体を動かすこと
   食べること
イメージカラー:山吹色(サンライトイエロー)
一人称:俺

アイマスのキャラ達に合わせて体重とかサイズ考えてみたけど……
これでもほかのキャラからしたら重いほうだからね!
改めてあの世界の女性の体はどうなってるんでしょうね。
書き溜めしてないのでのんびり更新だと思いますが少々お待ちください。


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第一話:初めまして765プロ。

二話完成が見えてきたので予告より少し早く投稿します。

そしてたくさんの感想やお気に入り、そして評価ありがとうございます!


 合格通知が届いてから更に数日後、俺達は改めて765プロダクションへ顔出しに行くことになった。

 それはもちろん俺たちの他に765プロで働く人たちへの挨拶のためであって仕事は一切ない。

 そして指定された時間に事務所に着くためには朝早くの電車で向かわなければならず、何を言いたいのかというと……

 

「姉さん、俺のことはいいから先に行くんだ……」

 

 前の社畜人生だった頃ならともかくとして学生として夏休みというぬるま湯に肩までつかりきった俺には厳しいということだ。

 

「そういうわけにはいかないよ夏美、ほら早く起きて!間に合わなくなっちゃうよ!」

 

 くそぅ……やっぱり拒否すればよかったかな……

 これから毎日ではないにしてもこんなまだ太陽もほとんど出てない時間から起きなくてはならないとは予想外だった。

 姉さんも何故わざわざこんな片道二時間もかかるプロダクションを受けたんだ、もっと近くになかったのか他のプロダクションは。

 などと内心愚痴りながらも初日から姉さんを遅刻させるわけにはいかないので渋々布団から這い出て事務所へ向かう準備を進める。

 と言ってもさほどすることはない、寝癖をブラシで整えていつものようにポニーテールでまとめる。

 服は今日も最高気温が人を殺す勢いで伸びているので上着はタンクトップ、パンツはデニムのホットパンツにしてみた、一応透けブラ防止に中にキャミソールも着て着替えはOK。

 いくら元男とは言え……いや、元男だからこそ男どもに透けブラを見られるのは我慢ならないので透けブラ対策は重要なのだ。

 服が決まったら顔を洗って歯を磨いてエチケットもOK。

 化粧についてはしたことないから一切わからん、これから覚えなくてはならないだろう。

 朝食は……向こうについてからコンビニででも買えばいいか、それじゃあバッグにスマホと財布を入れて準備完了。

 

「姉さんお待たせ」

「うん、今日はバッチリだね!」

「そうかな?結局適当に合わせてるだけなんだけど」

「うんうん、バッチリ夏美に似合ってるよ」

 

 俺自身がそれほど意識してコーディネートしたわけではないけれど姉さんのお墨付きをもらえたらな大丈夫だろう。

 姉さんに続くようにして家から出て鍵を閉めて自転車にまたがり駅へ向かう。

 この早朝特有の柔らかな空気は好きだからたまにはこうして朝から自転車に乗るのも悪くないかもしれない。

 ……これから日常になっていくんだろうけど。

 そんな俺の重い気持ちとは裏腹に姉さんは微妙にずれた鼻歌を歌いながら自転車をこいで楽しそうに走っている。

 まあ、姉さんが楽しそうだしいいか、いろいろ世話になった姉に恩返しができると思えば多少のことは我慢できよう。

 しばらく自転車を転がしてると駅が見えてきたので近くの駐輪場に自転車を止めてICカードで改札をくぐる。

 はぁ……移動時間のほとんどが電車だからめちゃくちゃ眠くなるんだよなぁ。

 ひとまず一眠りしてある程度眠気を覚ましてしまおう。

 始発駅でもなんでもないがド田舎もいいところなので余裕で座ることができるから睡眠にはもってこいだ。

 

 

 

 

 しばらく電車に揺られて目をつぶっていると横から姉さんに肩を叩かれる、どうやらそろそろ乗り換えみたいだ。

 

「夏美、東京駅付くよ」

「ん……ありがとう姉さん」

 

 荷物を確認して電車から降りる準備をする。

 ずっと座って寝ていたせいで体を動かすと節々がギシギシ言っていて少し痛い。

 やっぱ受けたの間違いだったかな……早くも少し後悔しているが仕方ない、ここまで来てしまったしひとまず事務所まで行こう、そしてある程度活動して人気が出なければやめればいいのだ。

 どうせある程度活動して人気が出ない奴が一般に認知されるにはそれこそ臥薪嘗胆の心構えで長期間地道に活動するしかない、アイドルとしての活動は楽しみであるがそこまでしようと思うほど、俺は決して本気ではないのだから。

 ひとまずここで乗り換えれば後は阿佐ヶ谷駅まで20分と少々、そこから更にまた移動しなきゃならないがここまでの移動に比べればそれほど苦じゃない。

 ただしこっちは見事通勤ラッシュとぶつかるので座るような余裕は一切ない、とはいえ俺は前世からの趣味というか習慣で今世でも筋トレをしているので体力には余裕がある、二時間立ちっぱなしは勘弁して欲しいが。

 さて、特筆することもなく阿佐ヶ谷駅についた俺たちは電車を降りて事務所の方向へと歩いていた。

 バスを使ってもいいのだが時間的に余裕があるし何より体力づくりと俺の朝食を手に入れなくてはならないなので歩いて我らが765プロダクションへの道を歩いて向かっていた。

 

「しかし、よく俺なんか採用したよな」

「もう、またそんなこと言って、夏美だってちゃんとおしゃれしたら私よりずっとかわいくなるよ、身長だって高いし足だってすらっとしてるし」

「その分筋肉で重くなってるけどな」

「それは確かに、腹筋われてる女の子って夏美以外見たことないかも……」

 

 そんなことをしゃべっているうちに二度目になる765プロの事務所の前に到着していた。

 相変わらずぼろっちいしガムテープで書かれた765の文字は手作り感でいっぱいだ。

 

「うぅ、ちょっと緊張してきたかも」

「早くないか?これからアイドルとしてたくさんのお客さんの前で歌って踊るんだぞ」

 

 同僚に挨拶にいくだけで緊張してるって姉さんは無事アイドルとして活動できるのか?

 ちなみにそのてん俺は問題ない。

 何せ前世でもっと恥ずかしい目に遭っているからな。

 ……今からでも記憶を消したい、もしくはかめはめ波をはなとうとしている俺を思い切りぶん殴りに過去に行きたい。

 二人して若干気落ちながら事務所へ続くおんぼろビルの階段を上がっていく、エレベーターもあるのだが一階以外は三階の765プロしか使ってないので壊れたまま修理してないらしい。

 若い俺たちは問題ないが来客とか大きい荷物の搬入とかはいいのだろうか。

 階段を上りきると磨りガラスに『芸能プロダクション765プロダクション』と書かれた扉が見えてくる。

 ついに到着だ、ドアtoドアでおよそ二時間と少し、やはり遠い。

 緊張してる姉さんを横目にドアを四度ノックする。

 ちなみに細かいようだが二回ノックするのはトイレノックとも言われるトイレに人が入ってるか確認するもので公の場では四回ノックするのが正解だ、ちなみに三回は家族など親しい仲の場合に使う。

 しかしノックしても反応が帰ってこない、話し声なんかも聞こえてこないし言われた時間の十分前だ、まさか誰もいないなんてこともあるまい、特に事務員さんはいるはずだ。

 

「誰もいないのかな?」

「そんなまさか、この時間で事務員もいなかったら仕事できないだろうし」

「入ってみる?」

「その方がいいかもな」

 

 仕方がないので扉を開いて事務所にはいる。

 そして中を見ると俺達より先に所属していたアイドル達や事務員さんなどが並んで立っていた。

 

「みんないっくよーせーのっ!」

『765プロへようこそ!』

 

 そんな唱和と一緒にいくつものクラッカーが鳴ってたくさんの紙吹雪や紙テープが飛んでくる。

 その向こうには先日来たときに見た子も居れば初めて見た子もいるけど、共通していることがひとつあった。

 みんなが笑顔で俺達を歓迎してくれているということだ。

 

「うわっなになにっ?」

 

 俺の後ろにいた姉さんも横から驚いたような顔を覗かせていた。

 

「んっふっふーいい顔するねぇ、これからイタズラのしがいがありそうな子だよ真美殿」

「そだねーこれからが楽しみですなぁ亜美殿」

 

 どうやらこのサプライズ演出の主犯らしい双子は非常に清々しい笑顔で喜んでいた。

 

「ほら、あんた達が今日の主役なんだから早くこっちに来なさいよ」

 

 そう言ってメンバーの中心にいた兎のぬいぐるみを持った女の子が俺の手を引っ張って事務所の奥の広いスペースへと連れていく。

 

「さ、君も早く早く」

 

 姉さんの方にはショートヘアーの凛々しい少女が行って俺と同じようにその手を引かれていた。

 そして連れていかれた先にはお菓子や飲み物が置かれ、簡素だが手作り感でいっぱいの飾りつけがされていた。

 なんというか、すごく温かい歓迎に驚きは隠せないがやっぱり嬉しいものは嬉しい。

 さっきまで散々内心で愚痴っていたが姉さんがここを受けたのは正解だったような気がする。

 もっと同じ事務所でも競争とかそう言うのが激しくてあまり仲がよくないという勝手なイメージを抱いていただけに、とても安心できる雰囲気が俺はとても気に入っていた。

 

「改めてようこそ765プロへ、我々は君達を歓迎するぞ!」

 

 その中で待っていた先日俺達の面接を行った高木順二朗社長に席を勧められてソファーに腰を掛け、それを待っていたかのようにみんながそれぞれ思い思いの場所に座るか周囲に立っていた。

 そして全員の手にコップが行き渡ったのを確認すると社長が一度咳払いをして全員の注目を集める。

 

「あー、今日という日を迎えられたことを私は嬉しく思う!今日我が765プロに新たなる友人が二人加わることとなる、それでは自己紹介ビシッと頼むよ」

 

 そう言うと社長は姉さんに目配せをする。

 年齢的にも年上の姉さんから自己紹介をしたほうがいいということだろう。

 その視線に気づいて姉さんは立ち上がって自己紹介を始めた。

 

「あ、はいっ!天海春香16歳、高校一年生です!」

「お、自分と同い年か」

「趣味はお菓子づくりです、よろしくお願いします!」

 

 姉さんがぺこりとお辞儀をするとパチパチと拍手で迎えられる。

 

「俺は天海夏美13歳の中学一年」

『お、俺っ?!』

「あー、癖なんだ一人称とか男っぽい喋り方とか……まあそれは置いておいて趣味は体を動かすことと食べることかな」

 

 そう言うと最初は少し戸惑っていたようだが拍手が聞こえてきて自己紹介も終わったので早速何人か集まってくる。

 俺の周りにはパッと見中学生くらいの子達が集まってきていた、そして最初に質問してきたのは金髪の髪の長い女の子だった。

 

「ねぇねぇ、夏美って身長すっごく高いよね、今いくつあるの?」

「今か?えーっと、確か春に測った時に165センチだったかな」

 

 多分今はもう少し伸びてると思うが、測ったわけではないからひとまずこの前の数字を答える。

 というかやっぱり女子としておかしいよなこの高身長、中学生となればなおさら。

 

「165!?すっごーい、あずさとほとんど変わらないの」

「むむむ……亜美たちと一歳しかちがわないのにその身長とはどういうことかねなっちー!」

「いや、俺にそんなこと言われても……ってかなっちーて俺のことか?」

「そうそう、夏美だからなっちー、ダメ?」

「いや、ダメじゃないけど、えーっと……?」

 

 そこまで会話をしていて俺はまだこの子らの名前を知らないことに気付く。

 

「おっと、名乗るのを忘れていた、亜美が双海亜美!」

「真美が双海真美!双子でアイドル活動してるんだよ」

 

 今日も歓迎会で最初に掛け声をかけたり騒いだりしていた双子が最初に名前を名乗る。

 というかやっぱり双子だったか、向かって左側で短く髪をまとめてる方が亜美で右側でサイドポニーにしてる方が真美か……髪の長さが違うから入れ替わりとかはできないだろうけどややこしいな。

 

「美希は美希だよ、一応夏美の一個上で中二なの」

「その体つきで中学生だったのか?!」

「あはっ、夏美も人のこと言えないと思うな」

 

 続いてさっき話しかけてきた金髪、美希が名乗る。

 なんというか、てっきり体つき的に高校生だと思ってた、胸周り的な意味で。

 まぁかく言う俺も時々高校生だと思われてるが。

 

「私はやよいって言います!夏美ちゃんと同い年です!」

 

 続いて髪を短めのツインテールにまとめている女の子。

 なんというかとても家庭的で温かい雰囲気のする少女で自然と友達になりたくなるような子だ。

 

「私は水瀬伊織よ。ま、これから精々頑張りなさい」

 

 最後は長い髪で前髪を後ろにまとめたデコが眩しい少女。

 可愛らしいことに兎のぬいぐるみを抱えている最初に俺を引っ張って行った子だ。

 なんだか言葉の節々から高慢な感じもするが、なんとなくセレブっぽい雰囲気もある、意外とお金持ちなとこの子供なのかもしれない。

 

「亜美と真美、美希にやよいと伊織だな、これからよろしく」

 

 挨拶が済むとお菓子や飲み物を口にしながらお互いの趣味だったり仕事やレッスンについて話した。

 どうやら彼女達もまだ本格的な仕事はしたことがないらしく、毎日レッスンばかりらしい。

 聞いた限りはそれほど厳しくはないらしいが、果たして体育のダンス程度しかやったことない俺はダンスはちゃんとできるだろうか?

 それに歌なんか時々カラオケ行くくらいしか歌ったことないし心配することはたくさんある……

 というか、俺もアイドルになったってことは時々テレビで見るようなあんなひらひらの衣装着なきゃいけないのか……?!

 

「……いろいろ心配だ」

「うーん、美希的にはね、夏美には可愛い服よりかっこいい服のほうがいいって思うな、真くんみたいな衣装とかきっとよく似合うの」

「はいっ、夏美ちゃんはとってもかっこいいので大丈夫ですよ!」

「ありがとうな、美希、やよい……」

 

 うん、人には向き不向きがあるし、まさか似合わない衣装を着せられることはないだろう、多分、きっと、Maybe……

 そんな話をしてお昼を過ぎた辺りで歓迎会は解散となった。

 

 

 

 

 歓迎会も終わって俺たちは再び電車に揺られて自宅へと向かっていた。

 姉さんと話す内容は自然と765プロの話題が中心だった。

 

「結構いい奴ばっかりだったな」

「うん、みんな優しそうだし、安心だね」

 

 思い返すとなんとも個性豊かなメンツだ。

 今日は中学生組としか話してないが、それでも個性の万国博覧会と言わんばかりに濃い奴らばかりだった。

 正直あのメンツの中でやっていけるかちょっと不安がないわけでもないが、そこは今日あまり話せなかった大人組にある程度取り持ってもらおう。

 

「うーん、明日から私たちもレッスンだって!なんだか本当にアイドルになるんだーって感じがしてワクワクするね」

「正直今から明日の朝が訪れるのが嫌になってくるよ……今日は早く寝るか」

 

 そうなんだよな……明日からも夏休みの間はアホみたいに早起きしなきゃいけないんだよな……

 うぅ、先が思いやられる……

 

 

 

 

 今日入ってきた二人、春香と夏美の歓迎会が終わると二人のレッスンは明日からということになり今日のところは二人は帰り、ボクたちは改めて午後からレッスンに行くために歓迎会の後片付けを始めていた。

 

「はいはーい、それじゃあさっさと片付けてレッスン行くわよ」

 

 パンパンと律子が手を叩いて片付けを開始するが中学生組……というか亜美真美と美希は既にダラっとしていて動こうとしていない。

 確かに今日は暑いしダレちゃうけど、亜美真美は随分お菓子を食べてたし、美希はいつも通り眠いだけだろうね。

 

「ねぇ律っちゃーん、今日くらいレッスンおやすみにしようよ→」

「そうだよ律っちゃーん、お仕事もないんだし今日くらいやすんだってだいじょうぶだよー」

「ダメダメ、継続は力なりって言うでしょ、今日の積み重ねが明日のあんたたちを作るんだから……ほら美希も寝てないで片付け手伝う!」

「えー、美希眠いし、それに美希的にはお休みでも大丈夫って思うな……あふぅ」

「いいから手伝う!」

 

 律子がそんな風に三人を働かせている間ボクたちは片付けながら今日見た二人について話していた。

 

「ねぇ雪歩、雪歩はあの二人のことどう思う?」

「え、えっと、二人共すごく可愛かったなって、特に春香ちゃんはとっても女の子らしいし、趣味もお菓子づくりって言ってたから、よかったら私にも教えてもらえないかなって」

 

 うんうん、わかるよ雪歩。

 確かに春香ってなんだか普通な感じがしたけど、だからこそ女の子っぽいって言うか、可愛らしい感じがしたんだよね。

 趣味のお菓子づくりっていうのもいいよなぁ、ボクも教えてもらったら作れるようになるかな?

 あー、でも家でやったらお父さんにまた「軟弱な!」とか言われちゃうかな、ボクだって女の子なんだからいい加減諦めてくれればいいのに、もう。

 

「自分はあの夏美って子が気になるな、運動も好きだって言ってたし一緒にダンスレッスンするのが今から楽しみだぞ!」

 

 どうやらボクたちの話を聞いてたらしい響が会話に混ざってくる。

 そうそう、今日は話せなかったけど、あの夏美って子も結構体鍛えてると思うんだよね。

 手足とかスラッとしてたけど綺麗な筋肉のつき方してたし、体力もありそう。

 身長もあるから確かにダンスレッスンとか楽しみかも、響とも一緒にダンスとかしたらセンターに置けばバシっと映って結構カッコイイかも!

 

「私も春香ちゃんはとってもいい子だと思うわ、それに夏美ちゃんも、なんだか手のかかる男の子みたいな感じでお話してみたいわね」

 

 あー、そういえばすごい男っぽい喋り方してたなぁ。

 確かになんとなくやんちゃな男の子って感じでいい個性だよね。

 亜美真美を男の子にした感じっていうか、一緒にいたら多分退屈しないような気がする、でもなーんか疲れそうな気もするんだよねぇ。

 これが社長の言ってるティンと来た!ってやつなのかな?

 

「私も、あの天海夏美という少女、何やらとても不思議な感じがいたしましたね、とても気になります」

 

 不思議、不思議かぁ、やっぱり貴音さんってなんとなく掴みどころが無いような気がしてボク的にはよっぽど貴音さんの方が不思議な気がするんだけど。

 でも確かに夏美も結構不思議な感じかも。

 一人称は俺で男っぽいし、亜美真美達とはしゃいでたけど、律子さんとか社長と話すときはちゃんと礼儀正しかったし。

 なんというか、子供っぽい大人みたいな感じかな?

 

 

 

「でも貴音さんが不思議だって言うなんて相当じゃない?」

「うん、自分も貴音以上に不思議な人は見たことないぞ」

「はて、そうでしょうか?」




これからもこれくらいのペースで……書けるといいな()
そういえば前回のあとがきでこの世界の女性の体はどうなってるんだとか言ってたけど。
よく考えたら私夏美より10cm身長高いのに体重変わらないんですよね。
私も充分おかしいわ、そらいつ死ぬのかわからんって言われるわ。
でも増えないんです、日常生活に支障も出ないし。
そして体重以上にもっと文才が欲しい(必死)
たくさん書いてれば上手になりますかね……とりあえずエタらないよう頑張ります。
ちなみに序盤はそれぞれ呼び方がアニメと違ったりするかもしれませんが、お互いにまだ知り合ったばかりで関係を作ってるところだと思ってください。
ちなみに765プロの場所についてですがネットで見かけた検証を見て阿佐ヶ谷駅周辺ということにしました。


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第二話:自信あって初レッスン。

みなさまこんにちは、感想がもらえるのが嬉しくてひとつずつGOODしてる作者です。
前回に比べ少しお待たせしてしまったかもしれませんが第二話になります。
多分これからは週一位に落ち着くものと思います。
というか気がついたら日間と週間ランキングに載ってたんですね、驚きです。
7000~8000文字くらいを目標に書いてるのに気づいたら10000字目前だった。
書きたいこと書いてるうちに気づいたらこんなことに……
ハッ、これは後半ネタがなくなる予感……!


 あの歓迎会から翌日の朝、俺は二つ仕掛けた目覚ましの時間差攻撃によってどうにか起床予定時間に目が覚めた。

 くそ……初日からふけるなんて流石にプライドが許さないから布団から出ねば……しかし、まだ眠い……

 もぞもぞとしばらく己の欲望と理性とプライドとを戦わせてどうにか理性軍が軍配を上げたので、布団を抜け出し床に足をつける。

 一度布団から出てしまえば、まだ若い俺の体から眠気はある程度出て行き、軽いストレッチも済ませると頭の中がスッキリとしていた。

 気分が重いことに変わりはないが。

 ひとまずいつものように身だしなみを整えて荷物の準備をする。

 今日はレッスンもあるのでジャージを持ってくるように言われていたから、タンスから上下揃った山吹(サンフラワー)色のジャージを取り出す。

 体力づくりにハマってる俺のお気に入りの一つで最近愛用しているものだ。

 なんとなく明るい色なのと某波紋と同じ色なのが気に入っている。

 そんなジャージと替えの下着をバッグに詰めて財布とスマホも放り込んだらバッグを持って一階へと降りて台所へ向かう。

 流石にこんな時間から母さんを起こして料理をしてもらうわけにはいかないので、今日は俺が朝食を用意する。

 一応母さんにも前日のうちに言ってはあるから食材は大丈夫だろう、もし足りなくなっても父さんの朝食がコンビニ飯になるだけだ。

 ちなみに、お菓子づくりはやったことがないため姉さんにはかなわないが、料理ならある程度できる。

 (前世で)一人暮らししてたこともあって、そこいらの同い年の女子よりは料理ができるし、たまに自分で弁当も作っていたほどだ。

 内容もやっぱり男っぽいし、早起きなんかしたくないから極稀にだが。

 ただ、今日は初めてのレッスンでもあるし、ある程度がっつり食べて体力を付けた方がいいだろうか。

 ひとまずお味噌汁に使う具材を切り分けながらさっきみた冷蔵庫に何があったかを思い出す。

 ガッツリといってもあまり重いものだと動けなくなるし、簡単な野菜炒めと、確か昨日の夕食のあまりでひじきの煮物があったか。

 流石に納豆は出せないしこれくらいでいいか、俺は多分もう少し食べるが。

 メニューが決まればパパっと具材を鍋に入れて味噌も入れておきながら、材料を取り出して調理にかかる。

 やはり野菜炒めはいい、特に難しいことも考えず自分好みの味付けにして、ぱぱっと炒めればそれだけでご飯が進む魔法の料理だ。

 そんなことを考えながら俺が料理を作っていると少し遅れて姉さんが降りてきた。

 

「あ、夏美おはよう、朝ごはん作ってるの?」

「姉さんおはよう、今日のメニューは野菜炒めに白米、お味噌汁とひじきの煮物だ、おかわりはお好みで」

「いや、結構多いと思うんだけど」

「そうかな?」

 

 俺的にはこれくらいじゃ足りないから卵かけご飯でもう一杯食べるつもりだったんだが。

 うーん、でも確かにあまり食べ過ぎると動いて気持ち悪くなってもいけないし、今日は少し控えるとしよう。

 

「男の子でもそんな食べないんじゃないかなぁ」

「そんなまさか」

 

 でも確かに最近の子供は朝食を食べないとも聞くしなぁ、意外とそんなものなのだろうか。

 ひとまず野菜炒めも完成して味噌汁の火も止めてこれで朝食は完成だ。

 

「姉さん、配膳手伝ってくれ」

「はーい」

 

 皿に盛り付けた野菜を姉さんがテーブルに持って行ってくれているうちに、俺はさっさとフライパンを洗って火にかけて水分を飛ばしてしまい片付ける。

 こうすると錆びにくくていちいち錆落とししなくて済むから少し楽になる。

 

「相変わらず夏美って変なとここだわるよね」

「いいじゃんか、役に立ってるんだし」

 

 実際こう言う細かいことをするとしないでのちのちのお財布の厚さが違うのだ。

 例えばさっきの例になるがフライパンがすぐに錆びてしまえば錆落としをする回数が増えて自然とフライパンを交換する回数も増えるし、夏場はエアコンをかけるのではなく窓を開けて窓際に扇風機を置けば熱い空気を追い出して涼しい空気を呼び込めるから電気代が浮く。

 こういう小さな積み重ねこそ大事なのだよ。

 友人たちは残念ながら分かってくれないが、母さんは出来た子だと褒めてくれる。

 全国の主婦は間違いなく俺の味方なのだ。

 

「いや、そんな力説されても……それよりご飯食べようよ」

「そうだな、いきなり遅刻なんてしたらシャレにならないし」

 

 どうやら姉さんが理解してくれるのもまだ時間がかかるようだ……大丈夫だ姉さん、俺がちゃんと立派な嫁に、主婦になれるよういろいろ叩き込んでやろう。

 とまあひとまずそれは置いておいて時間が結構ギリギリなのもまた事実、とりあえず足りなそうならコンビニでおにぎりでも買うとしよう。

 ささっと朝食を食べ終えた俺たちはスニーカーを履いて再び二時間の通勤へと移った。

 

「今日のレッスン楽しみだね、何やるのかな?」

「やっぱり最初はボイスレッスンとか基本のステップとかじゃないか?いきなり曲を歌ったり踊ったりは難しいだろうし」

 

 真美たちもまだ最近入ったばっかりでボイトレとステップの練習ばかりで飽きてきたって言ってたし、多分そうだろう。

 というか基礎ができないうちにいきなり応用になる歌やダンスをするのは危険だしやはり最初は基礎練習だろうな。

 あとは筋トレだったり柔軟だ、怪我をしてしまっては意味がないからこう言う基礎を固めるのは運動系には必須だろう。

 

「私も自分の持ち歌とかもらえるのかな!」

「そりゃさすがにまだ先だろ、うちのアイドルで持ち歌持ってる人って居たっけ?」

「えっと……確か千早ちゃんって子がもう持ち歌もらって練習中だって聞いたよ、とっても歌が上手なんだって」

「へぇ、まだあの事務所出来たばっかりだって聞いたけどもう曲なんて出せるんだな」

 

 確か社長によると昔は社長と律子さんに音無さんだけの小さな事務所で、最近律子さんのプロデューサー転向と同時に数人のアイドルを集めたって言っていた。

 そんな出来て数年程度の事務所でこれだけアイドルを抱えてちゃんと仕事や曲を用意するとは意外と社長は敏腕だったりするのだろうか。

 でも確か俺が聞いた限りでは中学生組はまだ持ち歌を持ってる奴はいなかったはずだし、その千早さんって人が特別歌が上手いか早期に入社してたってことか。

 俺の持ち歌か……できれば可愛い曲じゃなくて激しめのカッコイイ曲のほうがいいな、可愛い歌を歌って可愛い振り付けのダンスを踊る自分の姿など想像できないししたくもない。

 でも、やっぱり自分専用っていうのはロマンだよな赤い機体然り。

 

「うーん、今から楽しみ!」

「ああ、そうだな」

 

 

 

 

 まだ三度目だが随分と通勤にも慣れてすっかり見慣れたおんぼろビルの階段を上り事務所の扉を開く。

 

「おはようございまーす」

「おはようございます」

「あら、春香ちゃんに夏美ちゃんおはよう」

「おはよう、この時間に来るなんて感心ね」

 

 そして事務所の奥にあるアイドルたちのたまり場というか休憩室に向かう。

 遠いが故に時間的余裕を持って行動している俺たちより先に来ていたのは事務員の音無さんと律子さん、アイドルでは髪の長い……確か千早さんだけだった。

 

「千早さん、おはようございます」

「千早ちゃんおはよう!」

「あ……えぇ、おはよう」

 

 うーん、やっぱりなんとなくとっつきにくい感じがする。

 とはいえここ以外は会議室くらいしかないので俺は千早さんの向かい側のソファーに腰掛けて時間までの時間潰しをすることにした。

 とは言ってもすることはほとんどない、スマホでメール確認して適当にブログを確認したら他にすることはなくなった。

 一応朝食用に買ってきたおにぎりだが思いのほか空腹感もないのでお昼にでも食べるとしよう。

 さて、暇になってしまったわけだが。

 千早さんに声をかけようかとも思うけどなんというか、人を寄せ付けないというかそんな雰囲気があってどうにも話しかけづらい。

 なにせあのおしゃべり魔こと春香姉さんすら声をかけあぐねているほどだ、俺に声をかけられるわけもなかろう。

 だから姉さん、その何かを期待するような視線を寄越すのはやめてくれ、中身が男なのと男らしい無謀さを持つのとはまた別なのだ。

 

「……律子さん、新聞ってあります?」

 

 仕方ないから姉さんの訴えを無視して自分なりに時間を潰すことにした。

 姉さんが「この薄情者ー!」とでも言いたげな顔をしているが俺は知らん、まだ入社して二日なのだから俺はこれからゆっくり歳が近い子達から仲良くなっていけばいいのだ。

 

「新聞ならあるけど……もしかして読むの?」

「読む以外じゃ折り紙にするくらいしか思いつかないですけど、俺は普通に読みますよ」

 

 律子さんが自分のデスクに置いてあった今日の朝刊を渡してくれる。

 なんというか心外だ、別に俺だって新聞紙でクラッカーを作って遊ぶのは前世の小学生で飽きた。

 

「へー、なんと言うか意外ね」

「まぁ周りにも言われますけど、結構面白いと思うんですけどね……うわ、また横浜負けてる……」

 

 新聞を読むのはひとえに前世の癖としか言い様がないが、やっぱり多少はこういったニュースを頭に入れておきたいと思う気持ちもあるので今までも家で毎日新聞を読んでいた。

 ついでにチーム名こそ前世と違えど前世から引き続いて地元の名を冠している横浜の球団を応援しているのだが悲しいことにこっちのセ界でも横浜は勝てない、なぜだ。

 ひとまずスポーツ面も見終わったし今度は一面から読んでいく。

 特にめぼしいような記事もないが平和というのは良いことだろう。

 そしてしばらく新聞を読んでいると再び事務所の扉が開く音がする、誰か来たみたいだな。

 

「おっはようございまーす!」

 

 この元気いっぱいな声はやよいかな?

 朝から元気いっぱいでよろしい、こっちまで元気が出てくるよ。

 

「あ、夏美ちゃん春香さんそれに千早さんもおはようございます!」

「うん、やよいもおはよう」

「おはようやよい!」

「おはよう、高槻さん」

 

 やよいにはちゃんと笑顔を向けて挨拶するのか、当然といえば当然か、やよいだし。

 しかし千早さんと信頼関係を築くのはやっぱりまだ難しいか。

 いいのだ、俺にはやよいがいるから。

 昨日一日しか会話したことないけど俺にはわかる、この子は……天使だ。

 気遣いができて、人のことをよく見ていて、そしてとてもお姉さんなのだ。

 俺にもこんな姉さんが欲しかった、別に春香姉さんが嫌というわけではなく、べったり甘えさせてくれてお世話してくれる姉が欲しかった……

 聞いた話ではとても難しい家庭環境でたくさんの弟や妹の世話を見てきたのだからそれはもう大変だったろうに、よくぞこんなにまっすぐ育ってくれた。

 

「はぁ……やよいはかわいいなぁ」

「う?夏美ちゃんもとってもかわいいですよ!」

 

 思わず抱きしめてしまったとしても誰にも咎められないだろう、やよいは天界が地上に遣わした天使に違いない。

 

「さすがやよいちゃんね、たった一日で夏美ちゃん陥落とは……」

「まあ、抱きしめたくなるのもわかるんですけどね」

 

 やよいを足の上に乗せてのんびりしていると続々とアイドルたちが出社してくる。

 

「お、なっちー早速やよいっちに落とされてますな」

「うるせー、この可愛さに勝てるわけないじゃないか」

「うむうむわかるよなっちー、やよいっち(かわいいい)は正義なんだよね」

「う?」

 

 周囲の会話についていけてないやよいもかわいいなぁ。

 俺も結婚して子供がいたらこんな子に育ってくれただろうか……あ、ダメだオタクになるビジョンが見える。

 

「あふぅ……みんなおはようなの」

 

 最後に出勤してきたのは美希だった。

 俺より事務所に近い場所に住んでいて俺より寝る時間もあるのに眠そうとは羨ましいやつめ。

 美希はまっすぐ休憩室に来ると俺のすぐ横に腰掛けて俺に体を預けて寝息を立て始めた。

 

「おやすみなさいなの……」

「寝るの早いなおい」

「あらあら、美希ちゃんは相変わらず気持ちよさそうに眠るわね」

「美希っていつもこんな感じなんですか?」

 

 肩に頭を乗せてすぅすぅと気持ちよさそうに寝息を立てて眠る美希。

 見てるとこっちまで眠くなってくる……おのれぇ。

 

「そうねぇ、事務所にいる間はいつもこのソファで寝てるかしら」

「どんだけ寝るんだ美希は……」

「寝る子は育つというし、そういうことじゃないかしらね」

 

 確かに、美希は中学生とは思えないほど成長している、主に胸周りが。

 俺は周囲の平均より小さいが代わりに縦に伸びてるから気にしない、胸とかあっても重いだけだし、せっかく女子に転生したのにとか思ってねぇし。

 ひとまず気持ちよさそうに眠る美希を起こすのも可哀想だしそのまま寝かしておくことにする、どうせもうすぐしたら今日の業務連絡の時間だし律子さんが起こしてくれるだろう。

 それにそれほど重いわけでもないから問題ないし、美希はいい匂いがして役得というものだ。

 

「はいはーい、それじゃあ今日の連絡するからこっち集まって」

 

 事務スペースの方から律子さんの声が聞こえてくる。

 時間が来たからやよいには一足先にそっちに行ってもらい俺は美希を起こすことにする。

 

「おーい美希、時間だぞ時間」

「うーん、あと五時間だけでいいの……」

 

 テンプレ的な苦情かと思ったら予想の六十倍の時間とは恐れ入ったぞ美希。

 だが遅れれば怒られるのは美希だけじゃなくて俺もだし、かと言って放置していくというのも気が引ける。

 というわけで根気強く起こすしかないか。

 

「んなこと言ってないでいくぞ、律子さんが呼んでんだ」

「じゃあ抱っこして行って欲しいの……」

 

 ほう、言ったな?

 これでも体を鍛えている俺に向かって抱っこして行けと申したな?

 

「仕方ないな」

「うん?」

 

 片手で上半身を支えるように背中から肩にかけて持ち上げ、空いている方の手を美希の膝下に入れて持ち上げる。

 いわゆるお姫様だっこというやつだ。

 一度やってみたかったんだよなこれ、前世からの夢のひとつがこうして叶った!

 

「な、夏美?」

「なんだ、美希が抱っこって言ったんじゃないか」

「そ、そうだけど……これは恥ずかしすぎるの!」

 

 じたじたと降りようとする美希に仕方なく床におろしてあげる。

 もう少しやっていたかったんだけどなぁ。

 

「あら、美希がちゃんと起きてくるなんて珍しいわね……なんで顔赤いのよ」

「な、なんでもないの!」

 

 美希に遅れるように俺も事務スペースに行く。

 そこにかけられたホワイトボードは悲しいほどに真っ白だ。

 

「さて、それじゃあ今日の予定だけど、午前中は全員トレーニングで午後から千早はレコーディングよ」

「それはつまり真美たちはいつも通りということだね律っちゃん」

「……まぁ、そういうことね」

「うあうあ~亜美たちもお仕事したいよ律っちゃーん」

「あのね、まだあなたたちは基礎を固めてるところなの、千早の歌は既に十分通用するレベルだとトレーナーと相談した上でのレコーディングなのよ」

「でもでも律っちゃん」

 

 まぁ真美たちの言うことも分からんでもないが、やっぱり厳しいな。

 ただアイドルの候補生になれば歌が貰えるというわけではないし、合格した上でさらにトレーニングを積まなくてはならないのか。

 何より俺は本当の意味で初心者だ。

 歌もダンスも何もやったことがない真っ白な状態からのスタート、さてデビューはどれくらいかかるやら……

 

「とにかく!今日もレッスンよ、春香はあずささんたちとボイストレーニングに夏美は真たちと一緒にダンストレーニング、場所はそれぞれついて行って覚えるようにね」

「はい」

 

 今日はダンストレーニングか。

 運動は得意な方だといった気もするからひとまずどの程度出来るのかの確認といったところか?

 姉さんも歌うのが好きだと答えていたしそれでボイストレーニングか。

 ただ、姉さん確かに歌うの好きだけど時々音外すし大丈夫かな。

 

「それじゃあ各自移動開始、はい散った散った」

 

 パンパンと律子さんが手を叩いて俺たちはそれぞれのレッスン場へと移動を開始した。

 確かダンストレーニングは真さんとって言ってたっけ。

 

「お、来たね、それじゃあ移動しようか」

「はい」

 

 みんなで事務所を出てレッスンスタジオを目指して移動し始める。

 今日ダンストレーニングを受けるのは俺の他には真さんと響さんに雪歩さんに美希と亜美真美の7人らしい。

 

「夏美って体動かすの趣味って言ってたけどスポーツは何かやってるの?」

「いや、時々ランニングに行ったり筋トレなんかはしますけど、部活に入ってスポーツやったりとかはしてないですよ」

「へー、そうなんだ」

「それじゃあ体力トレーニングとかは大丈夫そうだね、私なんか全然体力なくって……」

「大丈夫ですよ雪歩さん、最初は誰だってそんなもんですって」

「そうだぞ雪歩、自分だって最初からダンスが得意だったわけじゃないさー!」

「うん……二人共ありがとう」

 

 事務所から比較的近くにあるのか駅には向かわずに全員徒歩で向かっていた。

 その間にこの前話せなかった真さんや響さんに雪歩さんといった高校生のメンバーと親睦を深めていた。

 

「ねえミキミキ?」

「何?亜美」

「いや、なんでさっきからミキミキは亜美の後ろに後ろに隠れてるのかと」

「夏美……ううん、夏美ちゃんは油断ならないの、もしかしたら真くん以上に油断ならないの……!」

「いや意味がわからないんだけど」

 

 

 

 

 事務所から出て数分後、俺たちはレッスン場に到着していた。

 更衣室で私服からジャージに着替えて部屋に行くと既にトレーナーらしい人が待っていた。

 

「あなたが天海夏美ちゃんね、律子さんから聞いてるわ、ビシバシしごいてやってって」

「はは……お手柔らかに」

 

 一体何を言われたのだ律子さんに、確かに運動は好きだがダンスはど素人だぞ俺は。

 

「それじゃあ二人ひと組でひとまず柔軟、それが終わったら体力トレーニングね」

『はい!』

 

 トレーナーさんの指示で俺たちは二人ひと組に分かれて柔軟を始めたのだが今回人数は7人でちょうど俺が余る形となった、当然といえば当然であるが。

 そこで俺にはトレーナーさんがついてくれたのだが、この人容赦がない。

 

「へぇ、結構体柔らかいわね、普段から柔軟とかしてるの?」

「はい、風呂上りとかいてててて……!」

「うん、ここまでは大丈夫ね」

 

 くそっ、しょっぱなから飛ばして随分深いところまで押してくるな。

 普段から筋トレと一緒に柔軟はしていたから体は随分柔らかいと思っているがそれでもある程度以上行けば痛いものは痛い。

 開脚だって足を180度開いたりはできるがそこから体を倒すのはまだぺたっと行くほどはできないからそれ以上は痛い!痛いって!

 

「うん結構結構、これは楽しみな子が入ってきたわね」

「はは……ありがとうございます」

 

 柔軟も終えて体が温まったら今度は体力をつけるための筋トレが始まる。

 正直これは普段から家でやってるメニューより楽だ。

 腕立て腹筋背筋スクワットをそれぞれ20回2セットなら余裕だ。

 

「筋力も十分、確かにこれは鍛えごたえがありそうね」

「な、なっちー体力ありすぎだよ……」

「真美たちもうへとへとなんだけど……」

「わ、私もつらいですぅ」

「美希ももうしんどいの……」

 

 まあ予想はしていたがみんながみんな俺ほど体力があるわけでもないらしい、俺と同じようなタイムで筋トレが終わったのは真さんと響さんくらいだった。

 筋トレが終わるとついにステップの練習に入るのだが、これが曲者だ。

 最初は足の動きだけを見て覚えて真似をする、ダメだったらトレーナーさんに一箇所ずつ教えてもらってもう一度やり直す。

 足の動きができるようになったら今度は腕の動きを交えてできるようにする。

 といった風に段階に分けてやるのだが……

 

「そこ、さっきも言ったけど腕の動きが違う!いい加減にやらない!」

「足が逆になってるわよ!それじゃあ次のステップにつながらないでしょ!」

「今度は笑顔を忘れてる!そんな顔を観客に見せてるようじゃ仕事は来ないわよ!」

 

 といった具合に最初レッスンを始める前の親しげな感じと打って変わってめちゃくちゃ厳しい声が俺の耳を震わせる。

 俺が思っていたよりも……数段難しい!

 それも当然か、なにせ今やってるのは授業でやるような身内にだけ見せる踊りではなく観客からお金をとって見てもらうダンスのトレーニングなのだ、トレーナーはその商品を完璧に仕上げる義務がある。

 くっ……甘く見ていたわけじゃないがこんなにきついレッスンだったのか。

 しばらく経って小休憩に入ってすぐに俺は数歩後ずさるようにして尻餅をついて倒れ込む。

 周りも似たりよったりだがさすが真さんと響さんはまだまだ余裕がありそうな感じだ、美希については俺のようじゃなく単純にめんどくさくて横になってるだけだろうが。

 これが本物のアイドルと素人の違いか……

 

「はぁ……はぁ……さすが現役アイドルですね……」

「いやー、付いてくる夏美もすごいと思うよ、はいドリンク」

「うんうん、正直自分達についてこれるとは思ってなかったぞ」

 

 真さんにもらったスポーツドリンクを飲んでもう一度横になると今までランニングをしたりしたときよりよっぽど心臓の動きがばくばく言っている。

 どうにかついていくことができたが、それは本当にただついていったというだけで、技術として吸収できたかと言うとそういう訳じゃない。

 後半に関しては息も絶え絶えに気合いと根性で手足を動かしていたにすぎない。

 体力には自信があったつもりだが、ただ体を動かすのとダンスのステップでは根本的に体の動かし方が違うがゆえの経験不足と言うやつだ。

 

「夏美ちゃんナイスファイトよ!これならすぐにでも本格的なレッスンに入れそうね」

 

 これでまだ本格的ではないと申したか。

 ハハ、ワロス……

 

「はい休憩終わり!後半もビシッバシッ行くわよ!」

 

 明日は久々に筋肉痛だなこりゃ……

 

 

 

 

 どうにかこうにか午前のレッスンを終え昼飯時になったのだが、どうにもお腹が空かない。

 というよりは激しい運動の後でまるで食欲が湧かない。

 

「あれ、夏美はご飯食べないの?」

「ちゃんと食べないと午後のレッスン持たないぞ!」

 

 その横で美味しそうに昼食を食べてる真さんと響さん、えぇい765のアイドルは化物か!

 しかし食べないと体が持たないのもまた事実、朝買ったおにぎりくらいは食べておくか……

 

「……!おにぎりの匂いがするの!」

 

 さっきまで俺と同じように横になってた美希がおにぎりの包装を破くと同時にすごい勢いで起き上がる。

 え、おにぎり?おにぎりがトリガーなの?

 

「おにぎりが好きなのか?」

「うん、美希はおにぎりといちごババロアとキャラメルマキアートがあればあと10年は戦えるの」

 

 おにぎりってスゲェんだな。

 

「ひとつ食うか?」

「いいの?夏美ちゃんのお昼じゃないの?」

「まだあるし、それほど腹減ってないから」

 

 一応と思っておにぎりは三つ買ってきてあるから一つを美希に食われようともあと二つもあれば今の食欲はいっぱいになるだろう。

 ひとまずちょうど手に持ってた鮭おにぎりを美希に渡して俺は別のおにぎりの包装を破く。

 

「うーん、やっぱりおにぎりは最高なの」

 

 美味しそうにおにぎりを頬張る美希を眺めながら俺も昼飯を食べ進める。

 しかしいちごババロアとキャラメルマキアートはわかるがおにぎりが好きとは美希も変わってるな。

 まぁ幸せそうに食べているしいいか。

 食事が済めば一時間の休憩を挟んで午後からまたダンスレッスンが再開される。

 正直体力はもう限界だが最初から遅れるわけにはいかないし、いっちょ頑張るとしましょうか。

 

 

 

 

 日が暮れてアイドルたちは全員レッスンを終え、レッスンスタジオには私とダンスを担当してくれているトレーナーだけが残っていた。

 

「それでどうでしたか夏美は」

「それはもう素晴らしいわね!」

 

 わざわざ誰もいなくなったレッスンスタジオに顔を出したのは今日が初めてのレッスンになる夏美の様子を聞くためだった。

 どうやら普段から厳しいと評判のトレーナーをもってして将来に期待できるだけの内容だったらしい。

 

「まさか初日から真くんと響ちゃんのレッスンについてくるとは思わなかったわ、むしろ雪歩ちゃんたちの方がちょっとかわいそうなくらいね」

「それほどですか、夏美は」

 

 真と響と言えば765プロ(ウチ)において特にダンスが得意な二人組で今までいたメンバーでは本気を出した時の美希ぐらいしか比肩する子はいなかったのだ。

 その二人のトレーニングに最後までついていったのだからそのダンスの才能は押して図るべしといったところか。

 

「まぁもちろん最後の方はバテバテで気合でどうにか動いてるって感じだったけど、中学一年であれだけ運動ができるなんてもう特大のダイヤの原石ね」

 

 このトレーナーがここまでベタ褒めするとはもしかしたらとんでもない拾い物をしたのかもしれない。

 将来この事務所を支える重要な柱になるかもしれない夏美、その仕事は大事に選んであげないとね。

 

 

 

 

 

 

「そういえばお姉ちゃんの方はどうだったの?」

「あー……今後に期待って感じかしら」




夏美の初期能力については。
Da:22
Vi:20
Vo:16
合計:58
位と思ってください、ちょうど真ん中くらい。
ちなみに成長した値とかは多分載せないです、なぜならワンフォーオールはプレイしたことありませんから(涙)
そしてベイスは今年の先発防御率なら日本一も目指せるんだ!(*^◯^*)


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第三話:戸惑ってプロモーション。

皆様こんにちは、韓国でアイマス実写化と聞いて戦々恐々としている作者です。
借りるはタイトルだけらしいので、全てオリジナルキャラらしいですが果たして……
今回も一万字目前、もう気にしないことにしました。
今までの中で一番書くのに苦労したきがする。
中途半端な時間だけどひとまず更新。


「「宣材写真ですか?」」

 

 あの最初の地獄のレッスンから幾日が経って夏休みも終わった頃、ようやく普段のレッスンにも慣れてきて筋肉痛になる頻度が減り、やっと学校との二重生活に慣れてきた今日この頃。

 ここ最近の日課である就業後に事務所に顔を出しに行くと、律子さんが宣材写真を撮ると言いだしたのだ。

 そうか、そういえばまだ宣材写真撮ってなかったか。

 

「……って、宣材写真ってなんですか?」

 

 なんてとぼけた質問をする姉さん。

 おい、まさか姉さん本当に宣材写真知らないのか?

 

「宣材写真っていうのは、まあ簡単に言えば履歴書に貼る証明写真みたいなものね、相手の第一印象に残る大事な写真だから、今度の土曜日に撮影する時のために自分の魅力について考えておいてね」

「なるほど!」

 

 俺の代わりに律子さんが全部説明してくれて助かる。

 しかし自分の魅力か……俺の魅力ってなんだろうな。

 男っぽいことか?

 それとも大人っぽいところだろうか。

 改めて魅力と言われるとよくわからないものだな……

 ひとまず当日までまだ数日時間があるし、今の所は置いておくとしてレッスンに行くとしよう。

 確か今日はボイストレーニングだったか、さっさとバッグを持ち替えて事務所を出てレッスンスタジオに向かって歩いていく。

 学校の後に来ているからどうしても時間が遅くなってしまうし、帰る時間を考えるとどうしてもレッスンが短くなってしまうのが最近の悩みだ。

 しばらく歩けばすぐにレッスンスタジオに到着して受付を済ませたら更衣室でジャージに着替えて今日のルームへ移動する。

 

「おはようございまーす」

 

 レッスンルームに入ると今日一緒にレッスンをする人たちは先に来て既にレッスンを始めていた。

 

「おはようございます天海夏美」

「あら、夏美ちゃんおはよう」

 

 その中で現在休憩中だった貴音さんとあずささんの隣に俺も腰を下ろして軽い柔軟をはじめる。

 ボーカルトレーニングで柔軟は意味があるのかと思うかもしれないが、体を温めるという意味では結構重要だったりする。

 ダンストレーニングほどではないがボイトレも最初はなかなかに苦労したものだ。

 先生はゆるふわな髪に眼鏡をかけていて、いかにも優しそうな人なのだが怒らせると怖いし、めちゃくちゃ厳しい人だ。

 まだ持ち歌というものがないので、俺は基本的に発声練習とピアノの音に合わせて音程を合わせるような練習や、滑舌をよくするための早口言葉などが主だ。歌については、他のアイドルの歌や765プロ全員が歌っているREADY!!という曲を中心に練習している。

 そうだ、せっかくだし先輩である二人に俺の魅力とやらについて聞いてみようか。

 

「あの、二人は俺のことってどう思いますか」

「はて、突然どうしたのですか?」

「今度の土曜日に宣材写真を撮るそうなんですけど、俺の魅力とかアピールポイントってなんだろうと思って」

 

 実際自分じゃよくわからない。

 学校の男連中からは「付き合いやすい」「気安い男友達」位の感じにしか思われてないし、自分でもその程度の認識だった。

 

「そうね~、私としては手のかかる弟みたいな感じかしら、あ、悪い意味じゃないから気落ちしないでね。ただ一緒にいてついついお世話したくなっちゃう感じかしら」

「弟みたいな感じですか」

(わたくし)はまこと面白き人だと思っています、双海亜美双海真美と同じようにふざけることもあれば律子嬢のように思慮深い所もある、興味が尽きないですね」

「なるほど、参考になりました」

 

 うん、つまり時々真面目だけど基本子供っぽいってことだな。

 むしろ普段はおとなしく振舞おうとしてはいるが、どうにも765の人たち……というか亜美真美と一緒にいるとどうしてもある程度自重を忘れてしまう。

 まあ前世の頃からしていつまでも子供っぽいと言われていたし仕方ないだろう、というかそうじゃなきゃあんな死に方しない。

 でも子供っぽさを売りにするというのはなんか違う気がするなぁ。

 

「あずささん四条さん夏美ちゃん、次はあなたたちの番よ」

「あ、はーい」

 

 ひとまず今はレッスンに集中しよう、この人マジで怖いんだもの。

 

 

 

 

 学校に着くやいなや席に座って机に突っ伏す。

 この朝の十分程度だが最近はとにかく眠いので、基本的に寝て過ごしている。

 

「ふあ……あふぅ」

「なんか夏美最近いつも眠そうだよな」

「最近ちょっと忙しくてな……」

 

 おかげで若干人付き合いが悪くなってしまっているが許せ。

 というか学校に来て最初に声をかけられるのが男子というのがまたね、別に女友達がいないわけじゃないんじゃよ。

 そうだ、コミュニケーションついでにこいつらに俺のイメージについて聞いてみるのもいいか、だいたい返答は予想できてるが。

 

「なあ、俺ってお前らから見てどんなイメージだ?」

「なんだいきなり」

「いいから答えろって」

「なんだ、コレか?」

「そういうのは男に言え」

 

 だから小指たてんじゃねーよ、俺は女だ。

 不本意甚だしいが学校じゃ女子の制服着てるだろうが。

 

「んー、まあやっぱ付き合いやすいな、そこらの男子より話しやすいし、しかも頭いいし」

「おつむの出来は生まれつきだ、悪いな」

「うっせーよ!あとは……まあ、普通に可愛いんじゃないか?」

 

 しかしやっぱり周りのやつらに聞けば子供っぽいとか男っぽいという意見が多い。

 他にアピールできる点といえば運動が得意ということだが、正直真さん達にかなうとは思えない。

 ……もう普通に撮影でいいんじゃないかこれ。

 

「まあ参考になったよ、サンキュー」

「役に立ったんならいいがなんでまたいきなりこんなこと聞いてんだ?」

「まだ内緒だな、そのうちわかるかもな」

「なんだよもったいぶりやがって」

 

 まだ仕事もないのに「俺アイドルになったんだ」なんて言って、無名のまま埋もれたら恥ずかしすぎて死んでしまう(二連続二回目)。

 逆にある程度有名になればわざわざ宣伝しなくてもクラスの誰か、例えばドルヲタの田中君あたりが気づくこともあるだろう。

 ……そう言えばアイドル始めたことって学校に報告しなきゃいけないよな、仕事で休むこともあるって話だし。

 一応校則を確認した限りでは問題はなかったはずだし、事後報告になってしまうが後日改めて律子さんと相談してから話しに行くとしよう。

 

 

 

 

 さて、あれからレッスンスタジオと学校、自宅の往復をしている間に気づけば金曜日の夜。

 そうだ、もう明日が撮影だ。

 やっべぇよおい、何も考えてねぇ。

 いや、考えていないというと語弊がある、考えてはいたが思いついていないというのが正しい。

 実際聞いて回った結果が「男っぽくて親しみやすい」「子供っぽい」「カッコイイ」といった意見がほとんどであり、俺の考える『魅力』というものとはかけ離れたものだった。

 中には可愛いとか言ってくれた人もいたが、ただ可愛いだけなら俺より姉さんの方が可愛いし、何より売りにできるほどではないと俺は思っている。。

 ここはやはり姉さんに相談するのが一番か。

 そうと決まれば姉さんの部屋の前に行ってドアをノックする。

 

「姉さん、時間いいか?」

「夏美、どうしたの?」

「明日のことでちょっと相談をさ、入っていいか?」

「うん、いいよ」

 

 姉さんの部屋は相変わらずピンクを中心にまとめられた可愛らしい部屋だ。

 俺の部屋か?壁紙もカーテンもそしてベッドのシーツも全て白で統一されてるぞ、無印良品っていいね。

 

「明日のことって撮影?」

「うん、どうも俺の魅力ってのがよくわかんないなってさ」

 

 結局どうしたらいいのかわからないままこうして無為に時間が過ぎてしまった。

 そもそも、どういったものが魅力と言えるのかがわからないのだが。

 

「うーん、私は普段通りでいいと思うな」

「普段通り?」

「うん、いつも女の子っぽくしなさいって言ってる私が言っても説得力ないかもしれないけど、でも普段の飾らない夏美の姿ってすごい魅力的だと思うよ」

「飾らない姿か……」

 

 普段の飾らない姿と言われてもいまいちピンとこない。

 自然体の姿が一番ということなのはわかるのだが、それこそ男っぽくてアイドルといった感じじゃないと思うのだが。

 

「私、ずっと自分がアイドルになるまでアイドルってもっと遠い人たちだと思ってたんだけどね、でもこうやって765プロに通うようになって、そんなことはないんだってわかったの」

「どういうことだ?」

「みんないい人だし、それにやっぱり歳の近い普通の女の子なんだって、だから身近に感じるような親しみやすい雰囲気っていうのは、十分夏美の魅力なんだと思うよ!」

「親しみやすさか……」

 

 それは、考えたことなかったな。

 アイドルといえば容姿であったり性格やキャラクターといったような個性こそ魅力であると思っていたが、確かに姉さんが言うことももっともだ。

 相手がアイドルだからこそ、親しみの持てる雰囲気というのは魅力になる。

 それを写真で相手に伝えるにはどうしたらいいか、これはこれでまた別問題だが、ひとまず自分の魅力という問題については片付いた。

 やはり身内というのは心強いものだ。

 

「ありがとう姉さん」

「ううん、力になれたみたいで良かったよ」

 

 俺は俺らしく、か。

 そう思えば難しいことは何もないな、つまりいつも通りでいいってことだ。

 

 

 

 

「「おはようございます」」

 

 私が自分のテーブルで雑務を片付けていると、二人の少女の声が聞こえてきた。

 まだ始業時間に余裕があるこの時間から来るのはおそらく春香と夏美だろうかと顔を上げれば、やはりその二人が来ていた。

 

「おはよう二人共、宣材写真についてどうするか決めてきた?」

 

 今日はこの二人の初めての仕事と言っても過言ではない宣材写真を撮影する日、一時的とは言え二人のプロデューサーとしてどうしても心配してしまう。

 二人共なんだかんだしっかりしているし、夏美もうちのアイドルたちに聞いて回るなどして、ある程度対策を立てているみたいだし大丈夫だろうけど。

 

「はいっ、できるだけおしゃれしてみました」

 

 そう言ってその場で回る春香は桜色のワンピースを着ていて、彼女の雰囲気にしっかり合っていて可愛らしくまとまっている。

 あまり強烈な個性というものを持たない彼女だが、それ故にあらゆるものが特別である芸能界において普通という個性を持って多くの人に親しまれるアイドルになることができるだろうと私は思っている。

 

「俺は……まあいつも通りだな」

 

 そう言う夏美の格好は本人も言っていたようにいつも通りの服装だ、ダメージジーンズに無地のTシャツを着ていて、特別おしゃれをしているという感じはないが、それでも彼女の雰囲気にしっかりとはまっている。

 Tシャツやジーンズから見える健康的な素肌もまた彼女の魅力だ。

 その飾らない雰囲気こそが私の思うに765プロに当たり前のように受け入れられ、そしてこれからファンになるであろう人たちを引き寄せる力なのだと思う。

 

「うん、二人とも大丈夫そうね、後でまた言うけど撮影は午前中で移動はタクシーを使うわよ」

「はい」

「わかりました!」

 

 連絡を済ませれば各々自由に時間を潰す、夏美はいつものようにニュースを見ながら新聞を読み、春香は携帯でメールやブログを確認している。

 時々思うのだがやはり夏美はどこかズレている。

 この時間帯テレビでニュースしかやっていないのはわかるのだが、新聞まで読む中学生などほとんどいないだろうに、だというのに亜美真美の二人と一緒にゲームをやっていることもよくある。

 しかもやたら古い漫画やゲームに詳しいときた、まあそれも個性であるからいいのだが。

 デビュー後の活動を考える上で一番頭を悩ませているのが何を隠そう夏美だ。

 彼女が最も得意としているのはダンスなのだが、もちろんダンスだけが仕事というわけではない。ビジュアル面も素材がいいのでCMで起用するというのも面白いか、もしくは得意な運動を前面に押し出してスポーツ系のバラエティに進出させるのもいいかもしれない。さっぱりとした雰囲気でハキハキ物怖じなく会話できる彼女はひな壇に置いても心配がない。

 出来ることが多くて悩んでしまうというのは嬉しい悲鳴か、本当にこの子の将来は楽しみだ。

 

 

 

 

 今日は宣材の撮影ということで俺にしては珍しく真面目に服を考えてみた。

 その結果がいつも通りだったわけだが……

 いや、言い訳をさせて欲しいのだが、今までおしゃれにさほど興味のなかった俺がそんな突然ちゃんとおしゃれできるような服を持っているわけがないという点をしっかり理解して欲しい。

 そして持ってる中で、できる限りのお洒落を考えた結果が、いつも通りジーパンにTシャツだったというわけだ。

 だが朝は姉さんに、ついさっき律子さんにもOKをもらったことを考えるに、これで問題ないということだろう。

 あとは余計な緊張をしないように過ごすだけだ、姉さんはさっきからもう緊張でガチガチになってるが。

 

「お、なっちーハロハロ~」

「なっちー今日はいちだんとおしゃれっすなー」

「おっす、おしゃれってほどのもんじゃないだろ」

 

 ソファーに座ってのんびりしていると亜美と真美が出勤してきた。

 ここ最近事務所で何もしてない時間はこの二人とゲームをしたりしていることもあって、事務所の中じゃ特に仲のいい二人だったりする。

 そして、さっきも思ったが俺はおしゃれなんてしていない、強いて普段と違うところを挙げるとすれば姉さんに教わって少しだけ化粧をしてみたといったところか。

 それだってフェイスパウダー?とやらを付けて肌を整えたくらいで、あとは口紅を薄く塗っただけだ。

 

「いやいや、見違えるくらい綺麗になってるよ」

「うんうん、これが大人のみりきってやつですな!」

「魅力な、それと一歳しか違わないからな」

「えー、でもなっちーめっちゃ身長高いし」

「いつも一緒に遊んでるのにやたら大人っぽいし」

「「ずるいぞなっちー!」」

「俺に言われてもなぁ……」

 

 子供の頃は誰しも大人になりたいと思うものだというのは身をもって理解している。

 ただ、どれだけ大人になろうとしても、子供がなることができるのは、せいぜい大人になろうと背伸びしている子供程度であることも分かっている。

 どれだけ斜に構えたとしても、本当に精神が成長するには相応の時間がかかるのだから、仕方ないことなのだ。

 もちろん個人差や俺のようなイレギュラーもいたりするが、それこそイレギュラーを除けば誤差の範囲だと思うけれど。

 

「ふ、ふんっ、私だってあっという間に夏美なんか目じゃないくらいセクシーで大人なレディーになるんだから!」

「お、伊織おはよう」

「「いおりんオッハー」」

 

 亜美たちとじゃれてるうちにいつの間にやら伊織が出社していたらしく、いつものようにうさぎを抱えて俺の後ろに立っていた。

 大人なレディーと言っても似合う似合わない以前にこいつらはまだまだ中学生なのだから無駄に背伸びする必要もないと思うんだがなぁ。

 

「でもまぁ……その、なにか成長するコツとかあれば聞いてあげなくもないわよ」

「コツねぇ……」

「真美も知りたい!」

「亜美も亜美も、成長してボンキュッボーンのダイナマイトボディーになって全国の兄ちゃん達をメロメロにするのだ!」

 

 俺が普段してることってなんだろうか。

 朝おきて牛乳飲んで飯食って、学校行って牛乳飲んで飯食って、帰ってきたら適度に運動して牛乳飲んで飯食って、風呂入って牛乳飲んだら柔軟して寝る。

 うん、至って普通のことしかしてないな。

 最近はレッスンもあって運動量は多少増えたかもしれないが。

 ちなみになんでこんなに牛乳飲んでるのかというと細かいことは割愛するが体を鍛える上で必要な栄養素がいろいろ詰まった素敵飲料だからだ、好きな飲み物だというのもあるが。

 

「ちゃんと飯食って牛乳飲んで運動するくらいかな」

「えぇ……めっちゃ普通じゃん!」

「そう言われたって俺も特別なことはしてないしなぁ」

「じゃあミキミキはなんなのさ、ゼッタイ自分から運動するよーなタイプじゃないよ!」

「あー、美希か……」

 

 確かに普段からやる気なさそうに事務所で寝てるし、好んで運動するタイプじゃないか。

 というか、俺はそんな成長とかにまで詳しいわけじゃないのだから、俺に聞かれても困る。

 

「体質、かな?」

「うあうあー、そう言われたら真美たちどうしようもないよー!」

「もうっ、変なこと知ってるのに肝心な時に役立たないわね!」

「いや、俺に文句言うなって」

 

 確かにいろいろ本当に必要なのかと自分で疑問に思ったり、中学生で知ってるのも不自然なネタだったり知識を知ってたりするが、別に何でも知ってるわけじゃないのだ。

 だから役に立たないというのは言いすぎじゃないのかね。

 ただ、朝から騒がしい奴らだとも思うが、多少なりともしていた俺らしくない緊張も自然と溶けた。

 多分、こいつらのことだから意識してやってたなんてことはありえないと思うが、こういう自然と温かくなるような雰囲気が、俺はとても気に入っていた。

 

「ありがとうな」

「はぁ?役立たずって言われてありがとうってあんたもしかして変態なの?」

「うわー、なっちー流石にそれはないわ」

「真美もドン引きだよ」

「少し前まで感動していた俺のピュアな気持ちを返せ」

 

 

 

 

 あれからしばらくして俺と姉さんは律子さんに連れられて都内のスタジオを訪れていた。

 初めて入った撮影スタジオというのは、俺の想像以上に配線や撮影に使うのであろう小道具が隅っこに積まれてごちゃっとしていて、なんだか今まで知らなかった世界を覗いているようで妙なワクワク感があった。

 

「なんか、スタジオって思ったよりいろいろあるんですねぇ、イメージ的にはもっと綺麗に片付けられてるイメージでしたよ」

「そうかしら、これでもセットとかないし結構綺麗な方だと思うけど」

 

 いろいろと気になるものが置かれているスタジオを見学して回る。

 えっと……これは衣装か、いろいろあるんだなドレスに和服……なんでスク水?

 果てはなぜか宇宙服みたいなものまで転がっていたが、あれは一体何に使うんだ、特撮か何かでもやるのか。

 なんて俺が興味あるものを見て回ってる間姉さんはというと用意された椅子に座ってガチガチに緊張していた。

 

「姉さんいくらなんでも緊張しすぎじゃね?」

「だ、だってこんな経験初めてだし……」

「そんなこといたら俺だって初めてだ」

「じゃあなんで夏美はそんなに落ち着いてるのよ~」

 

 なんで落ち着いてるって言われたって、そりゃ初めてだからこそ緊張してないんだがなぁ。

 

「だって、初めて撮影するんだから、何がダメで何がいいのかわからないし、緊張も何もないよ」

「わからないから、緊張しない?」

「うん、良いも悪いもわからないから、そら失敗だってすると思うけど全部俺だけでやるわけじゃないし」

 

 姉さんは納得してないみたいだけど、俺の感性がおかしいのかね?

 俺はアイドルについて素人だから何もわからない、だから何が失敗だかわからない、失敗を知らないから、怖くない。

 本当にただそれだけだったりする。

 別にあらゆることについてそうというわけではない、前世の初プレゼンとか吐くほど緊張したし。

 というよりかは、ただ精神年齢的にそういうのに慣れてるだけかもしれないが。

 もちろん初めてやる、という行為自体に多少の緊張はあるが、それだって今朝のやり取りでだいぶ楽になっている、決して緊張を全くしないわけではない。

 むしろある程度仕事についてわかってからの方が緊張はやばい。

 絶対に失敗できないポイントというのを理解してしまったあたりから俺でも流石に緊張する。

 

「わからないから、怖くない……か」

「うん、まあ落ち着くまで待ってなよ、俺先に撮影してきちゃうからさ」

 

 そう言って律子さんの方を向くと律子さんもこっちを見て頷いていた、どうやら準備が出来たらしい。

 

「じゃ、行ってくるわ」

 

 そう姉さんに言って俺は撮影用のセットまで移動する。

 結構眩しいかと思ったが、ライトを直接当てられてるわけじゃなく反射させたものは柔らかい光で全然眩しくはなかった。

 

「天海夏美です、よろしくお願いします」

「はい、よろしくね~」

 

 カメラマンさんがカメラを構えて俺をレンズに映す。

 本当はすぐにポーズを取るべきなのだろうが、俺は俺らしくと決めたから、俺らしい行動をとる。

 

「すいませーん」

「ん、どうしたの?」

「俺こういうこと初めてなんで、どうやったらいい感じで撮影できるかなーって」

 

 わからないことはとりあえず聞く、これが一番よ。

 わからないはわからないなりに頑張るというのはもちろんいいことだが、それでなにか間違うくらいなら、俺はちゃんと知識ある人に聞いてしっかりしたやり方を学ぶのが一番だと思ってる。

 変な癖がついちゃってあとから治すのとか大変だし。

 

「ああ、そういうことね、じゃあそうだな……もうちょっと体斜めにして、顔だけこっち向けてくれる?」

「こんな感じっすか?」

「そうそういいね、じゃあそのまま笑顔でねー」

 

 出来る限りカメラマンさんに言われた通りのポージングをして撮影してもらう。

 さすがプロのカメラマンだけあってどうすればその人が魅力的に映るのか理解していて的確な指示を出してくれて撮影しやすい。

 しばらくカメラマンさんの声とシャッターを切る音だけがスタジオに響いていた。

 

「うんうん、いい感じだ、これで大丈夫かな」

「あ、それじゃあ最後に」

 

 最後のこれはネタだが、せっかくだしやってみたかったんだよねぇ。

 足を肩幅に開いて腕を組み、不敵な笑顔でカメラ目線!

 

「おっ、それもいいね、そいつも撮っとこうか」

 

 これぞガイナ立ち!

 いやー、やってみたかったことの一つが無事消化できて満足ですわ。

 前世のおっさんがやるよりもやっぱり今の容姿の方が似合うよねー、今ならイナズマキックとか出せそうな気がする。

 今度宣材写真届いたら見せてもらお。

 

「お待たせ姉さん」

「あ、うん、なんかすごいあっさり終わってたね……」

「な?結構いけるものなんだって、緊張するなとは言わないけどさ、気楽にやろうや、俺なんかより姉さんの方がずっと可愛いんだしさ」

「もう、言いすぎだよ夏美」

 

 そう声をかけた時の姉さんはさっきまでに比べてよっぽど緊張が抜けていつもの姉さんにだいぶ近づいていた。

 うんうん、やっぱり姉さんも自然体の方がよっぽどいいと思うわ。

 

「よろしくお願いしまーって、うわわわっ……!」

 

 あー、うん、いつも通りでもあの転び癖はどうにかしたほうがいいと思うわ。

 

 

 

 

 うー、せっかく夏美の前でいいとこ見せようと思ったのにまた転んじゃった……

 でも……よしっ、切り替えて行こう!

 夏美があんな風にちゃんと撮影できたんだからお姉ちゃんの私がしっかりしないと!

 

「天海春香です!よろしくお願いします!」

「はい、よろしくねー」

 

 えっと、夏美はカメラマンさんにポーズの指示をもらって撮影してたよね。

 夏美はすごいなぁ……私はそんなこと全然思いつかなかったし、思いついて臆せずにすぐに実行できる行動力も羨ましいよ。

 

「あの、私もこういうの初めてで……」

「あぁ、わかった、それじゃあそうだね──」

 

 カメラマンさんの指示に合わせてポーズをとって写真を撮ってもらう。

 たったそれだけのことなのに初めてアイドルになったんだーっていう嬉しい気持ちがいっぱいになる。

 これからどんなことが待ってるのかな?

 ライブでステージに立って歌ったり、あの歌番組に出演したり、夏美と姉妹ユニットとか組んだりできるのかな。

 なんだかすごく楽しみになってきたなぁ。

 よーし、頑張るぞー!って、あ、足が引っかかって……!

 うー……また転んじゃったよぉ……

 しかもタイミング悪いことに写真まで撮られちゃって、とほほ……

 

 

 

 

 私が出社すると律子くんが机でいくつかの写真を見て真剣な顔をしていた。

 

「おお、律子くん写真届いたのかね」

「あ、社長おはようございます、そうなんですよ、二人分の宣材写真が届いたんですけど、どれもなかなか綺麗に撮れててどうしようかと思って」

「ほうほう」

 

 律子くんが机に広げていた写真を覗かせてもらったが、うんうん、どれも綺麗に撮れているねぇ、とても初めての撮影とは思えないできだよ。

 

「ただ、どれも捨てがたいというか、なかなか決められなくって……」

「うーむ、確かにこれはなかなか……おっ?」

 

 おぉ、正しくこの写真、これだよこれ!

 あの子達の個性を写した非常に素晴らしい写真があるじゃないか!

 

「うむ、ピーン(ティン)と来た!この写真にしようじゃないか!」

「え、えぇ……これですか?夏美の方はともかくとして……」

「いや、これほど素晴らしい写真はそうそう撮れんよ、いやー、今回のカメラマンはいい仕事をしてくれるねぇ」

「まぁ、社長がそうおっしゃるのでしたら……」

 

 

 

 

 

「夏美くんのガイナ立ち、彼女になんともにあっているじゃあないか!ハッハッハ」

「ただ、春香の転んでる姿というのはちょっと……」




キャラクター同士の絡みを書くのって結構難しいですね。
キャラを崩さないように自然に会話させられるすべての作者様に敬意の念を。
というか自分のに限らず魅力ってどういうのを言うんだろうって今回書いててすごい思いました。
人を惹きつけるものだとは思うんですけど、よくよく考えると人それぞれの感性なんだなと思うと、なかなか夏美の魅力ってなんだろうって随分苦労しました……
おかげで本文めちゃくちゃになってるような気も(汗)
なかなかにむつかしい話題です。
ちなみに夏美の一日の行動の元ネタはアンサイクロペディアに嘘をかかせなかった男、ソ連人民最大の敵ルーデルさんの一日。
それではまた来週(間に合えば)お会いしましょう。


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第四話:三人寄ってユニットレッスン。

ついに一万文字突破。
今回若干オーディションについて触れていますが、そんなことねーよって部分があるかもしれません。
華麗にスルーしてください(丸投げ)
そして反り投げさんに素敵なイラストを書いていただけました!
改めてありがとうございます!
あらすじの方に貼らせていただきました。


 九月もしばらくが過ぎて末頃の週末、俺がこの事務所に入ってから、そろそろひと月が経っただろうか。

 だというのに、残暑というのは過酷なもので、ここ数日30度には届かなくとも25度を超える夏日を連発して、いい加減うんざりしてきた。

 俺は夏生まれだし、そもそもスポーツが好きだから暑いのは大丈夫なのだが、なぜか事務所では響さんが伸びている。

 この人沖縄出身じゃないのか?

 

「うー……暑いぞ……」

「響さんって沖縄出身じゃなかったっけ?」

「沖縄出身でも暑いものは暑いぞ、それにこっちの夏はじめっとしてて、風もないから沖縄より堪えるぞ……」

 

 そんなもんなのだろうか。

 沖縄県民ってなんとなく暑さに強いイメージがあったんだが、そんなことはないのか。

 

「しゃきっとしなよ響、いくら今日が休みとは言えさ」

「休みだから元気が出ないんだ、これで仕事でも決まればやる気も出るんだけどなぁ」

 

 まあ、わからなくもない。

 俺も飽きただなんて生意気は言わないが、いい加減レッスン漬けの日々に少し退屈し始めていた。

 最近は真さんたちの練習にも最後まで気合ではなく付いていけるようになったし、そろそろなにかレッスン以外のことをしてみたいというのは、紛れもない本音だ。

 

「仕事かぁ、ボク達もずいぶんご無沙汰だよね」

「前はどんな仕事したんですか?」

「ボクはこの前、スポーツサイクルのポスターの写真撮影をやったよ、と言っても先月だけど……」

「自分は、新しくできたショッピングモールで、キャンペーンガールとして街頭で風船を配ったかなぁ……自分も先月だけど」

 

 二人とも、もうひと月仕事してないのか……それも仕方ないか、未だ零細事務所と言っても過言じゃないくらい、仕事がないのだから。

 しかし暇だ、今日は姉さんがレッスンあるからついてきたけど、やることが何もない。

 こうもやることがないとレッスンほどじゃなくても体を動かしたくなってくる。

 ちょっとランニングでも行ってこようかな、ここら辺の地理にもだいぶ詳しくなってきたし。

 

「あれ、夏美どっか行くの?」

「運動したい気分だし、ちょっとランニングでもしてこようかなと」

「あ、じゃあボクも一緒に行こうかな!響はどうする?」

「自分はパス、わざわざ暑いのに日の下に出たくないぞ」

 

 本当に暑いのが嫌なんだなこの人は、まあ嫌ならわざわざ引っ張っていく必要もないか。

 ロッカーに替えの下着があるのを確認してジャージに着替える。

 最近着てるのは自前のジャージじゃなく、765プロの全員に支給される色違いのジャージなのだが、俺のは前に着てたものと同じ、山吹色の物を用意してもらった。

 今まで俺が着てたのが安物だったとは言わないが、このジャージは着心地がいい、さすがちゃんとした事務所が用意してくれたものだと思う。

 

「うーん、それにしてもホント夏美の体ってしっかり鍛えられてるよね」

「小学校の頃から筋トレしてたしね、おかげで腹筋割れてますよ」

 

 着替え中の俺の体を見て真さんが俺のことを褒めてくれる、んっふっふ、そうじゃろうそうじゃろう、これでなかなか苦労したのだから。

 せっかく筋トレするんだからと、前世では鍛え始めが遅くて、少々時間がかかった割れた腹筋が早いうちから欲しく、いろいろトレーニングをやった末にどうにか割れた腹筋を真さんに見せる。

 最初はなかなか割れずに苦労したのだが、ネットで調べてみたらそもそも女性の腹筋は割れにくいということが分かって、その為にいろいろメニューをこなしたのだ。

 

「ボクも結構鍛えてると思うんだけどなぁ……」

「よかったらメニュー教えましょうか?ただその……アイドル向きじゃないこんな肉体にビルドアップされるけど」

 

 うむ、趣味で鍛えたから俺はいいのだが、どう見たって俺の肉体はアイドル向きじゃない、まだ女子ボクシングの選手とか言われた方がしっくりくると思う。

 なにせ、腹筋だけ鍛えて他と釣り合いが取れてないのも嫌だったから、他にも腕や脚まで鍛えてしまったから、肉体だけならアスリート選手もさながらの状態だ。

 さらに、真さんは女の子らしい格好とか、お姫様に憧れている節があるから、なおのことあまり体は鍛えないほうがいいんじゃないかと思う。

 というかそういうのに憧れているなら、もう少しおとなしくなったほうがいいとも思う

 

「あー、確かにきゃぴきゃぴな女の子って感じじゃなくなっちゃうよね」

「そうですよ、こうなってモテるのは女の子にだけですよ」

「あれ、もしかして夏美も女の子に告白されたことあるの?」

 

 ええ、不本意ながら女の子に告白されましたとも。

 女の子にモテるのは、そりゃ嬉しいさ、中身は男だもの。

 ただ、なんというか、ねぇ?

 同性にモテても内心すごい複雑なのだ。

 一応今までは断ってきた、非生産的だからね、だからといって、生産的に男と付き合えるかと聞かれればNOなのはどうしたらいいのやら。

 

「わかる、わかるよその気持ち、ボクだってホントはもっと可愛らしい格好して女の子らしくしたいのに!」

 

 真さんは父親の方針で子供の頃から女の子らしいことをさせてもらえず、格好も男っぽい服装で、空手などを習わされていたらしい。

 だからどうしても男っぽい服ばかり持っていたり、一人称がボクになってしまっているらしい。

 ある意味俺と同じ被害者だ、加害者が肉親かファッ○ン神野郎かの違いはあるが。

 いや、実際神様か何かの手違いなのかなんてことはわからないが、休暇取ってベガス行ってる間にこんなことになったのだとしたら、本来の夏美にも申し訳ないし、俺にも申し訳ないしで是非謝りに来て欲しいものだ。

 

「はぁ……ランニング行きましょうか」

「うん……運動して忘れることにするよ……」

 

 二人して若干しょんぼりしながら玄関から外に出ようとすると、そこへちょうど営業に行っていた律子さんが戻ってきた。

 

「あら、二人ともちょうど良かった……なんでそんなテンション低そうなのよ」

「人生ってうまくいかないんだなって……」

「いや、あなたまだ13歳でしょ、ところであと響はいるかしら」

「響なら休憩所で伸びてるよ」

「そう、じゃあちょっと響を呼んできてくれるかしら」

 

 三人も集めてなんだろう、仕事でも決まったのかね。

 とりあえず言われた通り響さんも連れて律子さんの机へ移動する。

 

「早速本題に入らせてもらうわね、あなたたち3人にオーディションに出てもらおうと思ってるの」

「「「オーディション?」」」

 

 オーディションか……ついに宣材写真以来のアイドルらしいことが始まるなぁ。

 でも3人も参加させて身内同士で食い合うことになると思うんだけどいいんかな。

 

「オーディションってことは自分たち3人で競うことになるのか?」

「それはそれで燃えるけど、ちょっと申し訳ないような気も……」

 

 ほかの二人も同じように思ったのか若干困惑している。

 というか一番不利なの俺やん、確かに最近はある程度ついていけてるとは言え全体的なスペックは圧倒的に二人の方が高いんだから。

 

「あぁ違う違う、確かに3人とも同じオーディションを受けてもらうけど、受けるのは3人で一時的なユニットを組んで参加してもらうつもりでいるわ」

「「「ユ、ユニット?!」」」

 

 ということは本格的なデビューということか……

 うちでちゃんと持ち歌を持ってデビューしてるのは、まだ千早さんとあずささんくらいだから、全体の中ではずいぶん早いことになるな。

 まーた亜美真美からのお小言が増えるのか、それもスキンシップだからいいのだが。

 

「ということは自分たちの持ち歌なんかももう出来てるのか!?」

「このメンバーってことは結構ダンサブルな感じの曲ってことだよね、うわぁ楽しみだなぁ」

 

 この二人は随分乗り気だな、俺はむしろ心配なくらいなんだが……

 なにせまだレッスンを初めて1ヶ月、ダンスだけならこの二人に付いていけるが、それ以外、歌やビジュアル面については二人に全然及ばない。

 というかこの二人ダンスが一番得意な上に歌までうまい、ずるいぞおい。

 

「あー、これも説明不足だったわね、ユニットを組むといっても受けてもらうオーディションはこれなの」

 

 そう言って俺たちはそれぞれ一部ずつ書類を渡された。

 えーっと、なになに……

 

「あ、他のアイドルのバックダンサーの募集だったんすね」

「流石夏美、読むの早いね」

「自分まだほとんど読んでないぞ」

 

 まあ、こういう書類読むのは慣れてるからな、ざっと斜め読みだけして、募集内容にバックダンサーと書かれていることがわかれば、あとの細かいことは後で読めばいいし。

 しかし、バックダンサーか、それなら確かに俺が選ばれたのも納得できる。

 色々な面でまだ先輩たちに劣っている俺だが、ダンスだけなら既に真さんたちと並ぶまであと少しといったところまで近付いている、と思っている。

 当然真さんたちも日々レッスンしているのだから追いつくにはまだまだ時間が必要だろうけれども。

 

「今夏美が言ったように、あなたたちには三人ひと組でこのバックダンサーのオーディションに参加してもらうわ」

「それでこのメンバーってことか」

「自分、ダンスなら誰にも負けないさー!」

「俺も、二人に置いて行かれないように全力でやります!」

 

 そうとわかれば行くならランニングよりダンスレッスンの方がいいかな。

 

「三人ともやる気があるのは結構、これが課題のダンスの内容だからしっかりやるのよ、夏美はこれが初の仕事になるかもしれないから、真と響の二人はしっかりフォローしてあげてね」

 

 そう言って律子さんはバッグから四枚のディスクを取り出して真さんに二枚、俺と響さんに一枚ずつ渡した。

 多分真さんに渡したやつの一枚はトレーナーさん用かな。

 

「任せてよ律子、僕も俄然燃えてきたしね!」

「よーし、早速レッスン行くぞ!」

「レッスンするなら雪歩たちの方にも連絡入れておくから、午後から合流して頂戴」

「わかりました」

 

 時間もあるし、ひとまず事務所のパソコンを借りてDVDの内容を見ておいた方がいいか。

 パソコンにディスクをセットして、映像を流し始める。

 特別速い曲ってわけじゃないけど、なかなかに難しそうなダンスだ。

 

「律子さん、この映像って反転処理とかしてないんですよね」

「え?ええ、特にはしてないわね」

「ありがとうございます」

 

 だとしたら、自宅で練習するなら反転処理と減速させたほうがいいな……まだ正面から見たものをトレースしようとすると、口で説明してもらわないと難しいし。

 まあ自主レッスンをするのはある程度できるようになってからの方がいいか。

 その頃にはステップなんかも覚えてるだろうし。

 

「結構難しそうだな」

「うん、でも結構かっこいいね、くぅーっ、合格したらボク達もライブステージに立てるんだね!」

 

 真さんたちもまだステージは立った事無かったのか。

 こりゃ足引っ張れないな、頑張りますか!

 

 

 

 

 真さんと響さんと三人で食事を取り終えた俺たちは、レッスンスタジオに到着していた。

 ロッカールームに荷物をしまって、水の入ったペットボトルとタオルだけ持ってスタジオに入る。

 

「「「おはようございます」」」

「あ、真ちゃん、響ちゃん、夏美ちゃん、おはよう」

 

 ちょうど今日レッスンのあった雪歩さんと美希、伊織の三人もこれからレッスンを再開するところだったらしく柔軟運動をしていた。

 

「真くん響……あと夏美ちゃんもおはよう」

「おい、なんで若干引いてるんだおのれは」

 

 美希にはあのお姫様抱っこの一件からこっちしばらく逃げられている。

 いいじゃない、女の子同士なんだからもう少しスキンシップ取っても。

 

「あんたたち、今度オーディション受けるんだって?」

「うん、バシッと決めてくるから応援よろしく!」

「う、うん、みんな頑張ってね」

「私たちを代表していくんだから負けたりしたら承知しないんだからね」

「自分完璧だからそんな心配は無用さー!」

 

 二人ともやる気満々だなぁ……よーし、俺も負けてられないな!

 ひとまず柔軟運動やって体温めとかないとな、オーディション前に怪我なんかシャレにならんし。

 ただ、俺の体の柔らかさは765でもトップクラスだと思ってる、最近ついに180度開脚から上半身をぺたっと床につけられるようになった。

 

「夏美ちゃんホント体柔らかいよね」

「そりゃ、毎日家でも柔軟やってるからな、怪我の予防だ怪我の予防」

 

 体が柔らかければそれだけ怪我はしにくくなるし、ある程度動きの制限されるコスチュームでも踊れるようになるからな。

 あとはバランスを鍛えて大リーグボールとか投げてみたい。

 

「体鍛えればこんなこともできるぞー」

 

 柔軟を終えた俺は立ち上がり倒立をするとそこからブリッジをする。

 これが慣れると結構楽しかったりする、学校じゃ体育の時くらいしかやらないが、やると歓声が上がったりするのだ……主に女子から。

 

「おおー、夏美ちゃんすごいの!」

「これだけじゃ終わらないぞ、しかもそのまま歩くことができる!」

 

 そのまま手足を使ってわさわさと移動する。

 みんな子供の頃とかやったんじゃなかろうか、映画のエクソシストとかに影響されて。

 

「き、キモイ!流石にそれは夏美ちゃんがやってもキモイの!というか夏美ちゃん手足長いから余計にキモいのー!」

「フハハハ、怖かろう!」

「なにやってんのよあいつは……」

「自分、時々夏美のああいうところがよくわからないぞ」

「でもあれも結構練習しないとあそこまで俊敏に動けないと思うよ……無駄な努力な気もするけど」

「あの、そろそろトレーナーさんが……」

 

 どこぞの鉄仮面よろしく上機嫌になって調子に乗って美希を追い掛け回していたのが運の尽き。

 そう、運の尽きだった……

 

「ほう、確かに恐ろしいな」

「フハハ……おはようございます」

 

 いつの間にかレッスンルームに来ていたトレーナーさんに見下ろされる形になる俺。

 うん、やっちったな。

 ブリッジの状態から立ち上がりそのまま正座の姿勢へ移る。

 

「体は十分温まってるみたいだな、うん?」

「ええ、はい、そりゃもうバッチリ」

「体力も有り余ってるみたいだな?」

「ええ、はい、午前は休みでしたし」

「よーし、夏美には特別メニューを用意してあげよう」

 

 ニッコリと笑うトレーナーさんの顔がめっちゃ怖い、後ろに炎を背負った修羅像が見える。

 願わくば……

 願わくば終わったあとの俺が生きていますように……

 

 

 

 

「おーい夏美、生きてるかー?」

「俺の遺骨は灰にして海に捨ててくれ……」

「そんな環境汚染やめなさいよ……」

 

 環境汚染だなんてあんまりだ、普通に自然葬なのに。

 しかし、しかし本当に今日のメニューは厳しかった……

 自業自得とは言え、レッスンが終わって立つこともままならないのなんて、いつ以来だっただろう、少なくともここ一週間はレッスン後もある程度余裕を残していた。

 

「わ、私ならきっと途中で脱落しちゃってたような気がするよ……」

「ボクも、流石にあのメニューだったら終わったあと立ってられる気がしないなぁ」

「そういうところは夏美ってすごいガッツがあるって思うな、見習いたいとは思わないけど」

 

 くそぅ……自分が悪いとは言え、これはやばい、久々に明日は特大の筋肉痛かなぁ……

 というか既に体のあちこちが痛いし体中が熱を持っている。

 辛いけどちゃんとクールダウンしないと……明日以降に響く……

 

「はい夏美ちゃん、お水」

「ありがとうございます、雪歩さん……」

 

 もうとっくにぬるくなっているはずのペットボトルの水が、異常に美味しい、ちゃんと脱水症状にはならないようにこまめに水分はとっていたが、それでもかなり汗かいたしな。

 ある程度心臓が落ち着いてきたら、ゆっくり体中の筋肉を伸ばしてほぐしていく。

 家で寝る前と風呂でもやるが、ここでも軽くマッサージをしておく、というかしておかないと家まで帰り着ける気がしない。

 あれだけのレッスンの面倒を見ておいて平気なんだからトレーナさんもとんでもないな、素直に感心する。

 

「あんたよくあれだけ動けるわよね」

「鍛えてなかったら途中で倒れてたかもな……まあトレーナーも俺の体力バッチリ把握してギリギリまで詰め込んできたし、体力がなかったらもう少し楽なメニューだったかも」

 

 ひとまず、クールダウンも一通り済んだところで、タオルを手にロッカーへ向かってさっさと着替えてもう帰ろう、姉さんのレッスンが終わったんか知らないけど、もう帰ってさっさと寝てしまいたい。

 ジャージの中に着ていたTシャツを脱ぐと随分体が軽くなる、どんだけ汗吸ってんだこのTシャツ。

 気分はさながら鉛が入った特性胴着を脱いだ悟空だ。

 

「夏美汗すごいね、絞れるんじゃない?」

「ちょっと片付ける前にシャワー浴びるついでに絞ってきますわ……流石にこれをバッグに詰めるのはちょっと」

 

 ちょっと握っただけで汗が滴り落ちそうになってる、こんなに汗かいたのかと思うと、本当に今日の運動量にゾッとするわ、これで午後だけとか……

 Tシャツを手にシャワー室へ向かうと既に先客がいたらしく、水の流れる音が聞こえてくる。

 正直申し訳ないような気もするが、今の肉体は女なのだから仕方ない。

 

「げえっ、夏美ちゃん!」

「その関羽を見つけたような反応はやめるんだ」

 

 どこからかジャーンジャーンジャーン!という銅鑼の音が聞こえてきそうな反応である。

 シャワー室は一箇所ずつ磨ガラスのような壁で仕切られているのだが、その壁が微妙に低くてある程度身長があれば、お互いの顔を確認できる。

 当然美希ほども身長があれば十分なわけだが、やたらと見られている、なぜなの?

 

「うーん、でもやっぱりこうして見ればちゃんと女の子なの」

「なんだそりゃ」

「だって、夏美ちゃん普段の様子みてたら女の子には見えないんだもん」

「余計なお世話じゃ」

 

 Tシャツを洗って絞りつつ、自分もシャワーを浴びて体と髪を洗う。

 正直長い髪は鬱陶しいとも思うが、こればかりは憧れなのだから、諦めずにしばらくはこの長さを保とうと思っている。

 

「やっぱり夏美ちゃん素材はすごくいいの、だからもっとおしゃれするべきだって思うな、そうすればもっと可愛くなれるのに」

「いや、いいよ、あんまり興味ないし」

「えー、もったいないの、そうすれば男の子にもモテモテになると思うのに、というかミキのためにもっと女の子っぽくなるべきだと思うな」

「なんだそりゃ」

 

 また変なことを言うな美希は。

 美希のために女の子っぽくなるべきってのはどう言う意味だ……

 

「まさか美希、女の子のことが好きなのか」

「違うよ!」

 

 一体何だというのか、年頃の女の子ってよくわからないな、俺もそうなんだけどさ。

 とりあえずシャワーでさっぱりしたしTシャツも綺麗になったことだし戻るとしよう。

 

「先に戻ってるぞ、それと同性愛はいかんぞ、非生産的な」

「なんなのなのー!」

 

 

 

 

 最初の三人で合わせたレッスンから一週間が経った。

 全員がそれぞれ、ある程度踊ることができるようにはなったが、全員で合わせるとどうしても少しずつずれてしまう。

 

「1、2、3、4、5、6、7、8……ストップストップ!またズレてるわよ」

 

 トレーナーさんがリズムをとっていた手を止めて静止させる。

 くそ……一人でやる分には問題ないのに、合わせるのってこんなに難しいのかよ。

 

「うがー、全っ然合わないぞ!」

「響が突っ走りすぎなんだよ、それにそもそも夏美がついていけてないんだからもっとペースを落とすべきだよ」

 

 やっぱりネックは俺か……ダメだ、もっと自主練習増やさないと二人に迷惑かけちまう。

 どうしても自主練だと質はレッスンに及ばないから、その分は量でカバーしないといけないか、学校の屋上って昼休み人いるかな。

 

「俺は大丈夫ですから、続けましょう、響さんもそのままのペースでお願いします……俺が合わせられるようになれば、大丈夫ですよね」

「それはそうだけど……」

「じゃあ、大丈夫です、必ず追いつきます」

「そうは言っても今日はこれ以上ダメよ、もう一時間も居残りでレッスンしてるんだから、これ以上はトレーナーとしてやらせられないわ」

 

 もうそんなレッスンしてたのか……ダメだ、全然手応えが感じられなかった。

 

「あの、このあと」

「なんと言おうとダメよ、明日も絶対に休養するようにね、あと無理な自主トレなんかは絶対にしないように」

「……わかりました」

 

 そう釘を刺されちゃ仕方ないか、ここはおとなしく引き下がるとしよう。

 というか、正直今はこれ以上やっても無駄か、体力が無いからあまり意味はなさそうだ。

 だが俺には休んでる時間なんてないしな、休めと言われたが明日は自主練習させてもらおう、幸いにも日曜日でやることは何もない。

 そうと決まれば今日はさっさと帰って寝てしまおうか。

 

 

 

 

 

「もうあの子達も出て行ったかしらね……」

 

 まったく、まだ一週間しか経ってないのだから、全員の動きが合わないのなんて当然、そんなに慌てる必要はないというのに。

 とにかく全員、特に最近明らかに焦りが見えてきてる夏美ちゃんが無理をしないように先に手を打っておくとしましょうか。

 

「あ、もしもし春香ちゃん?」

『トレーナーさんこんばんは、どうしたんですか?』

「春香ちゃん明日はなにか予定入ってるかな」

『いえ、何もないですけど……もしかして補習ですか?!』

「あぁ、違うのよ、予定がないなら一日夏美ちゃんを連れ回して欲しいの」

『夏美をですか?』

「ええ、あの子最近ちょっと焦ってるみたいだから、こっちも出来る限り質のいいメニューを用意するようにはしてるけど、その分体力がいるから、本人の自覚以上に疲れが溜まってると思うの」

『そうなんですか』

「その上で無理な自主トレまでされたら、オーディション前に故障しちゃうかもしれない、だからそれを阻止して欲しいのよ」

『……わかりました、練習させなければいいんですね!』

「ええ、お願いね」

 

 これで夏美ちゃんも無理に練習はしないでしょう、基本的に人の言うことにはちゃんと従う子だし。

 うーん、根性ある上に負けず嫌いみたいだし、なかなか手綱を握るのが大変な子よねぇ。

 あんまり無茶して故障癖とかつかないといいんだけど……

 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

「夏美、どうしたの?」

 

 なぜ俺は姉さんの友達達に囲まれてショッピングモールにいるんだ。

 せっかく昼から自主練習しようと思ってたのに。

 

「いや、買い物に付き合うのはいいんだがな」

 

 まあ、最近お互い、特に俺がレッスンに忙しくてあまりコミュニケーション取れてなかったから、一緒に出かけるのは、いいとしよう。

 そこに姉さんの友達がついてくるのも、俺はあまり気にしない。

 

「なんで俺がこんな格好しなきゃならないんだ?!」

 

 だが女物のワンピースを着せられるのはまた別の話だろう?!

 買い物に付き合うのはいいさ、行き先が服屋だというのも、姉さんも友達も女子高生なのだから、わかる。

 なんで試着してるのが俺だけで、姉さんもその友達も俺に着せる服を選んできてるんだ、おいィ?

 

「いやー、春香の妹さん素材がいいからついつい」

「うんうん、似合うんだからいいじゃん」

 

 しかもこいつらノリノリである。

 一応は年上だから強く出られないし、おのれ姉さん、謀りおったな。

 

「だって、夏美にももっとおしゃれとかして欲しいし」

「別に興味がないわけじゃないんだが、どうしてもこういう服は苦手なんだって」

 

 ヒラヒラしてて動きにくいし、どうしてもスカートというのは恥ずかしくてしょうがない。

 日常生活では極力着たくないんだがなぁ……

 

「いいからいいから、次はこれね」

「まだ着るのかよ……」

 

 こりゃ、今日の自主練は諦めたほうがいいか。

 

 

 

 

 正直、予期してなかったわけじゃないんだが、若いとは言っても肉体に無理させるもんじゃないな。

 

「ぎっ……?!」

 

 あれからさらに数日が経った再びのダンスレッスンの時だった。

 ここ数日、やたら姉さんに付きまとわれていたが、流石に学校が違うから放課後までは付いてこないのをいいことに、自主練していたツケが回ってきたのだと思う。

 ステップの一つを踏んだ瞬間膨ら脛に異常なまでの痛みが走った。

 たまらず俺はバランスを崩して床に倒れてしまった。

 

「夏美?!」

「大丈夫か?!」

 

 すぐに一緒にトレーニングしていた真さんと響さんが駆け寄ってくる。

 正直今まで経験したことがないほどの痛み、そしてステップを踏んだ瞬間のバチン、という音からある程度予想はできるが、たぶん肉離れだ。

 この大事な時期にまさかこんなケガとは。

 

「夏美ちゃん大丈夫?どこが痛むの?」

「右ふくらはぎが……多分、肉離れだと思います」

「肉離れって、一大事じゃないか!すぐ病院に行かないと!」

「そうね、私が車出すから、二人はそのまま自主レッスンをしていて頂戴」

「わかったぞ……」

 

 く……情けないな、まさか肉離れになるなんて。

 痛む足を引きずりつつトレーナーさんについて行って車に乗せてもらい、病院へと向かう。

 

「まったく、あれほどダメだって言ったのに、自主レッスンしてたわね?」

「すいません……」

「まだオーディションまで1ヶ月あったからいいものを、もっとあとだったらあの二人にも迷惑がかかるのよ?」

 

 本当に、色々と軽率すぎた。

 たとえ力不足だったとしても参加すれば勝てる可能性は常に0%ではないというのに、もし怪我で出場すらできなければ勝てる可能性は0%になってしまう。

 それじゃあ、本末転倒だ、頑張ってきた真さんたちの足を引っ張るなんてものじゃない。

 正直、俺自身自分の体を過信しすぎていたらしい。

 ちゃんとマッサージしてゆっくり寝れば翌日にはほとんど疲れが取れていたから、大丈夫だと思っていた。

 ただ、それとは別で俺の体は随分とぼろぼろだったらしい。

 

「すいません、ちょっと、焦りすぎたみたいです」

「そうね、こう言っちゃなんだけど、あなたはまだアイドルとしてのスタートラインに立ったばかりなんだから、完全無欠の常勝無敗なんて当然無理、ゆっくり力をつければいいのよ」

 

 別に俺は完璧を目指していたわけじゃないが、言いたいことはわかる。

 俺はまだまだ素人だ、だから先輩である二人の役に立ちたかったが……それがそもそも間違いだったのだろう。

 

「それに、正直に言えば、私のミスでもあるの」

「いや、俺が勝手に自主練してたんですから、トレーナーさんは悪くないっすよ」

「自主トレしてたのは、今のあなたじゃ二人の足を引っ張ってしまうと思ったからなんでしょ?」

「まあ、そうですね」

「私の見立てが正しければね、あとは本当に三人の動きを合わせるだけで十分合格できると私は踏んでいたの」

「えっ、マジですか?」

「マジもマジよ、正直あなたたち、ダンスだけなら本物のアイドルに匹敵するところまで来てるのよ?バックダンサーのオーディションくらい楽勝よ楽勝」

 

 まさか、トレーナーさんがそこまで評価してくれてるとは思わなかった。

 たぶん、トレーナーさんとしては、それを聞いて油断したりしないように言っていなかったのだと思うが、今初めてトレーナーさんからこうした評価を聞いたような気がする。

 だが俺がプロレベルか……考えたこともなかったな、いつかは到達するだろうと思ってたけど、まさかそこまで買ってもらってたとは。

 

「すいません、俺の無茶のせいで」

「大丈夫よ、軽度の肉離れなら一週間で日常生活に、二週間もあれば元通りになるから、それからやっても十分間に合うわ」

「間に合い、ますかね?」

「間に合わせてみせるわ、それが私の仕事だもの、だからあなたの仕事はしっかり栄養取って一日でも早く肉離れを治すこと、いいわね」

「……はい!」

 

 その後、病院ではトレーナーさんの見立て通り一週間の激しい運動厳禁が言い渡され、ダンス復帰は一週間後の診察の時に改めて決めるらしい。

 それまで俺にできることは全部やろう。

 まずはステップの暗記、あとは二人の動きをしっかり頭に叩き込むことか。

 運動できないならできないなりに二人をサポートしよう。

 

 

 

 

 自主練してろって言われたけど、やっぱり心配で全然身が入らないぞ……

 

「やっぱり、自分がいけなかったのかな……」

「響だけが悪いわけじゃないよ、ボクももっとちゃんと夏美を説得してればペースも落とせたのに……」

 

 夏美って変なところで子供っぽいっていうか、負けず嫌いだから、もしかしたらすごい無茶させちゃってたのかな。

 うー、確かに夏美より自分の方がダンスは上手いけど、自分の方が先に始めてるんだからうまいのは当たり前なんだ、やっぱり自分のペースで練習させたのが間違いだったのかな?

 

「なんというか、夏美にはもうちょっと信頼して欲しいぞ」

「そう?今でもいい感じだと思うけど」

「いいや、確かに仲はいいと思うけど、でもやっぱり夏美はどこか遠慮してる感じがするんだ」

「あー、確かに亜美とか美希とかと話してる時はフランクだけどボクたちと話すときは結構カッチリしてるもんね」

「今回だって、きっと自分たちに遠慮して自分で自分を追い込んでたんだぞ」

「うん、春香も夏美が見つからないって連絡してきたし、遠いんだからこっちまでわざわざ自主練するために来る訳ないのに」

「だから、まずはその先輩後輩みたいな感じをやめにしようと思うんだ!」

「うん、そのほうがいいかもね、ボクも夏美とはもっと仲良くなりたいし」

 

 よーし、そうと決まれば次来た時からもっと積極的に話しかけることにするぞ!

 あとはどうすればいいかな、うーん、まあきっとなんくるないさー!

 

 

 

 

 

「じゃあまずはあの響さんって呼び方やめてもらおう、なんか夏美にさん付けで呼ばれるとむずむずするぞ」

「あー、わかる、学校とかで先輩に真さんって呼ばれてるような感じ?」

「そうそうそんな感じ」




夏美、怪我をするの巻きでした。
実際一ヶ月以上前から募集ってあるものなんでしょうか、私そういうのに詳しくないので適当ですが許してください。
肉離れって実はイメージほど痛くないこともあるんですよね、どうにも痛みが引かない変な筋肉痛だなと思って病院行って、肉離れですねって言われたときは驚きました。
ひとまず夏美が若い肉体を持て余してハッスルして怪我をするというのはいつかやりたかったことなので、原作が始まる前に消化しちゃいました。
原作始まったら怪我してる暇なんてないしね。
次回はオーディション本番編、もうちっとだけ続くんじゃ。
ただ、まーた次の話を書くのに苦労しています、来週に間に合わなかったら「あぁ、コイツもこの程度か」と笑ってやってください。
それではまた次週、お会い出来ましたら。


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第五話:ゆっくり休んでリハビリテーション。

予定より随分と遅くなってしまいましたが、続きの投稿です。
少々リアルがごたついておりまして、これからこれくらいか、月一投稿にペースが落ちるかもしれません。
ひとまず完結までは持っていこうと思いますので、気長にお付き合いください。


 肉離れと診断されてから三日後、怪我の影響でレッスンは出来ないが、俺は765プロダクションへと向かっていた。

 レッスンができないからといって出社しないというのは個人的にありえない、見学だけでも学べることがあるはずだからな。

 

「うーむ……」

 

 しかし困ったことがひとつ。

 

「三階まで左足一本で登らなくてはならんか」

 

 ちくしょう、今まで気にしてなかったけどここに来てエレベーター故障が痛い、物理的にも。

 幸いサポーターを巻いているから、決して右足が一切使えないわけじゃないが、使うと痛いし、早く治すなら出来るだけ使わないほうが好ましい。

 まあ、手すりもあることだし登れなくもないか。

 松葉杖で体を支えつつ一段ずつ階段を上る……なんだこれ意外と疲れるな。

 一段ずつ階段をゆっくり登っていると後ろから軽めの足音がトントンと登ってくるのが聞こえてきた。

 

「あっ、夏美、足は大丈夫なのか?」

「響さんおはようございます、はは、心配お掛けしますけど、オーディションには間に合わせますよ」

「そうか、安心したぞ……」

 

 やっぱりそうは言っても心配だよなぁ、なんか響さん黙っちゃったし。

 階段で立ち止まってると誰か来た時に邪魔になるしさっさと登っちゃったほうがいいよな。

 そう思って階段を登ろうとすると響さんに腕を掴まれて止められた。

 

「その足じゃ階段のぼるの大変だろ?自分がおぶってってやるぞ!」

「いやいや、俺重いですよ?」

「なんくるないさー!」

 

 なんくるないって「なるようになるさ」って意味だから決して重くないよって言われてるわけじゃないんだぜ。

 最近はちょっとずつ用法が変わってきてるらしいけどな。

 なんて思ってるあいだに響さんは俺を担いで階段を駆け上がっていく。

 

「重くないですか?」

「これくらいじゃへこたれないさー!」

 

 重くないとは言ってくれないんだね、わかってたけど。

 それでも軽快に階段を上っていく響さん。

 程なくして3階765プロダクションへと到着したが、その頃には響さんはバテバテだった、そりゃそうだ、俺プロフィール見たけどあずささんより重いんだもん。

 

「大丈夫ですか、響さん」

「こ、これくらいなんくるないさー……」

 

 響さんは事務所についてすぐに休憩所に行って倒れこんだ音がした、地味にショックだ。

 それはともかくとして、事務所に行くと律子さんがお冠のご様子、それも当然、俺の勝手な行動で怪我をしたのだから、怒るだろう。

 

「なんで私が怒ってるかわかるわよね、夏美」

「勝手な自主練習が原因で怪我したこと、ですよね」

「それもあるけど、それ以外にもあるのよ」

 

 それ以外?

 何か他に律子さんを怒らせるようなことしただろうか……

 正直言って亜美真美のいたずらに助言したくらいしか思いつかない。

 

「言っておくけど、真美たちのいたずらに関することはあとで別口だから、そうじゃなくて、社長が事務所に貼ってる文字、あなたも何度も見てるでしょ?」

 

 なぜバレたし。

 ひとまずそれは置いておいて、事務所に貼ってある文字というと、やたら達筆なあれか?

 

「友情、努力、勝利のジャンプ三原則でしたっけ」

「ジャンプはともかくとして、その通りよ」

 

 確かにそれらの文字は事務所の目に付きやすい場所に貼ってあるから、毎回見ているが、それと今回怒られたのは何の関係があるのだろう。

 

「あれは、社長が定めたうちの方針なの、そして私もそれらはとても大事な、素晴らしいものだと思っているわ」

「はい」

「あなたは確かに勝利のための努力を怠らなかったわ、でもね、そうやって自分を追い込む前に、まずは誰にでも相談しなさい、トレーナーでも、今回ユニットを組む真たちでも、もちろん小鳥さんや社長だって構わないわ、私たちは同じ目標を目指す仲間なんだから、ひとりで全部抱え込まないで相談すること、いいわね?」

 

 なるほど、それで律子さんは怒っていたわけか。

 俺だって、決してみんなのことを信頼していなかったわけじゃないし、ただどうにか足を引っ張らないようにしようと思っていただけだった。

 ただ、それを相談しなかったから、まだ信頼関係が築けていないと思われたのか。

 

「はい、すいません、俺もついに初の仕事で、意外と焦ってたのかもしれないです」

「わかってもらえればいいのよ、中学生のあなたに分かれって言っても酷かもしれないけど、社会の基本は─」

報告(ホウ)連絡(レン)相談(ソウ)、ですよね」

「あー……ええ、合ってるわ、それと、さっき真が探してたから、多分響と一緒に休憩所にいるんじゃないかしら」

「わかりました、行ってきます」

 

 うん、今度からちゃんと気を付けよう。

 自己管理もできずにアイドルとは言えないし、仲間を頼ることもできなければ765プロのアイドルじゃない、両方やらなきゃいけないな。

 真さん達にもしっかり謝らないといけないし、決して走らず急いで歩いて休憩所に行って謝ろう。

 まあそれほど距離があるわけじゃないんだが、慣れない松葉杖だと、どうしても移動がゆっくりになって妙に遠く感じるな。

 

「響、随分疲れてるみたいだけど本当に大丈夫?」

「これくらいなんでもないぞ、自分完璧だからな、ちょっとだけ疲れただけさー」

 

 休憩所に行くとソファーに響さんが倒れてて、その向かいには真さんが座っていた。

 流石というかなんというか、あれだけバテてたのにこのほんの少しの時間で響さんは呼吸を整え終えてぐったりしているだけだった。

 

「真さん、おはようございます」

「あ、夏美おはよう、足の調子はどう?」

「こんな仰々しく松葉杖なんてついてますけど、全然歩けますよ、早く治すために負担かけてないだけなんで」

「そうなんだ、最初はホントに驚いたよ、いきなり倒れるんだもん」

「いや、ご心配お掛けしました」

「うん、まあ大丈夫そうならいいんだ」

 

 なんというか、ちょっと気まずい雰囲気。

 お互いに言いたいことはあるんだけど、どうにも言い出しにくいこの雰囲気、やっぱりいくつになっても慣れるものじゃない。

 こういう時はやっぱり、年上……と言っていいのかわからないけど、人生経験というもので先輩の俺が先に言うべきだろう。

 二人にしっかりと向き直って、頭を下げる。

 

「すいません、ご迷惑をおかけしました!」

「いや、夏美は謝る必要はないよ」

「そうだぞ、自分たちのために無茶してくれたんだろ?」

「それでも、謝らせてください、本来ならあと一ヶ月あったはずなのに、俺のせいで少なくとも一週間、最悪通しで練習できなくなって辞退しなきゃいけなくなったんですから」

 

 謝らなくてもいいと言われても、そうはいかないだろう。

 悪いことをしたら謝るというのは、子供でも知ってる常識なのだから、最悪この程度の筋は通さないといけないと思う。

 二人も思うことあってこう言ってくれてるのだとは思うが、それでも、だ。

 

「ボクたちの方こそ謝らなきゃいけないんだ、まだ一ヶ月の夏美に無茶させて、ごめん!」

「自分も、周りのこと見ないで突っ走って悪かった!」

 

 やっぱり、ここの人たちはいい人ばかりだ。

 俺は、俺が十割悪いと思っていたが、このふたりはそのうちいくらかは自分たちのせいだと思ってくれている。

 いい人過ぎてそのうち悪い人とか詐欺に引っかからないか心配になるくらいだ、特に響さんとか何か言われたらころっと騙されそう、真さんは可愛いって褒められたら乗せられそう。

 

「それでさ、ボク達から提案があるんだけど」

「提案、ですか?」

 

 提案、なんだろう、これから自主練習するときは連絡とって一緒にやるとかかな。

 俺めっちゃ家とか遠いんだけど。

 

「うん、夏美って自分たちには丁寧語でしゃべるでしょ?それをやめにしようって」

「えっ、でも響さんたち先輩じゃ……ないですか」

 

 なんというか、予想外過ぎて普通に素に戻りそうだったじゃん。

 いいのかな、一応年上だし、事務所でも先輩に当たるんだけど。

 

「先輩って言ってもボクらだって夏美よりちょっと早く入っただけだし、ボクら四つしか違わないでしょ?」

「いや、四つしかって、四つ違えば中学一年の俺からしたら高校2年生なんですけど」

「でも正直、夏美に丁寧に喋られるとなんかムズムズするからやめてほしいだけなんだけどな」

「えー、なんですかそれ」

 

 つまりあれか、俺の敬語は違和感バリバリだからやめてほしいと。

 まあこの事務所においても、上から数える程の高身長に、この体つきで敬語で話されると違和感があるのかね。

 

「ほら、夏美ってやよいとか伊織には砕けた喋り方するでしょ?」

「まあ歳も近いですしね」

「自分たちはもう765プロの家族なんだから年齢なんて気にする必要はないぞ!」

 

 家族か、確かにここの人たちの温かい雰囲気は仲間とか友人というよりは家族の絆に近いような気もする。

 二人がいいと言っているのなら、というかそのほうがいいと言うのなら、敬語は抜きにしようか。

 よく考えると美希も伊織も亜美真美も敬語使ってないしな、ゆるい事務所だなおい。

 

「うーん、わかった、これから改めてよろしくな」

「うん、やっぱり夏美はそうじゃなくっちゃね!」

「これから宜しくな、夏美!」

「ただし、呼び方は今まで通り真さん響さんだからな、最低限それくらいはしっかりしとかないとな」

「えー、それこそ呼び捨てにして欲しいんだけどなぁ」

 

 ダメダメ、俺に譲歩できるのはここまでだ、ただでさえ迷惑かけてるのだから、最低限の礼節をちゃんと持たないと。

 まあ、あんな砕けた喋り方してる時点で、お前は何を言っているんだって話だが。

 

「まあ、呼び捨てにするかどうかはまたおいおい前向きに善処しておくとしてだ」

「なんか、それ、最終的になんやかんやのまま呼び捨てにならない気がするぞ」

 

 何を言う、世の政治家や偉い人達がよく口にしているのだから嘘の訳ないじゃない。

 まあ、俺の場合難しいことでもないし、多分そのうち呼び捨てにするかもしれないが。

 今はそれは置いておいて、とにかく今の俺にできることを考えよう。

 ひとまずレッスンについて行ってもできることなんか限られているが、行かないよりはずっといいだろう。

 あとはトレーナーさんがいるのだから、俺にできることなんかたかが知れてるかもしれないが、改善できそうな点、グレードアップできそうな点を見つけるとかだろうか。

 うむ、やはり脳内で順序立てて整理するとわかりやすいな。

 となると今日のレッスンにはノートとペンでも持っていったほうがいいか、それに足に負担をかけずにできるトレーニングを考えないとな……

 やはり足上げ腹筋なら、足に負荷もかからずに鍛えられるだろうか、あとはやや変則的だが足上げ腕立てもやれるか、なんだ、意外とできること多いな。

 

「夏美、なんかトレーニングについて考えてない?」

「あれ、わかった?」

「そのケガでもまだトレーニングするつもりなのか……」

 

 なぜ呆れられたし。

 一日休めば取り戻すのに三日かかるというのだから、三日休んだ今取り返すには九日かかるのだからのんびりはしていられない。

 休んでいる暇はないぞ俺!さあ、トレーニングだ!

 

「夏美って、とことん体育会系だよね」

「時々鬱陶しいくらい暑苦しいぞ」

「えー」

 

 この二人ならわかってくれると思ったのに、残念だ。

 

 

 

 

 

「夏美ちゃーん?」

「はーい?」

 

 あの後本日の連絡も終わった俺たちはダンスレッスンをするためにレッスンスタジオへ場所を移していた。

 そしてレッスンが始まったのだが、足の怪我をしている俺にできることはないため、最初のうちは二人のレッスンを見て、改善点をノートにまとめたりしていたのだが……早い話が飽きた。

 だって、二人とも楽しそうに踊ってるのに自分だけ何もできないなんて飽きもするだろう。

 その結果始めたのが、事務所で考えていたトレーニングメニューだったのだが、何故かトレーナーさんにストップをかけられた。

 なんでや、足には負担のかからないメニューを組んだから、問題はないはずだ。

 

「あのね、あなたが運動したいのはよーくわかったわ、だからまずあなたは休む癖をつけなさい」

「休む癖ですか?」

 

 休む癖ってなんだ、ちゃんとトレーニングとトレーニングの間にも休息を入れてるはずだが、それじゃあ足りないということだろうか。

 だが正直それほど疲れもしていないのだが……

 

「あなたが思ってる休むと、私が言ってる休むは多分意味が違うけど、言い方を変えればオフ日をちゃんと作りなさいって言ってるの」

「昨日と一昨日は何もやってないですよ?」

「それは怪我をしてるから当たり前なの、風邪をひいてるのに無理して学校に行ったりしないでしょ?」

 

 あぁ、そういえば学生の頃はそうだったっけ、今も学生なのだが。

 今世は風邪に負けるほどヤワな鍛え方はしていないし、前世の社会に出ていた頃はいちいち熱や咳程度で休んでられなかったから、完全に忘れていたわ。

 何もしない日……というか昨日と一昨日は正直暇過ぎた、筋トレくらいしか趣味がない俺には厳しい日だった。

 

「止まったら死にそうなんですけど」

「そんなマグロじゃないんだから」

 

 割と冗談じゃなく趣味がない人間に何もしない日というのは厳しいのだ。

 筋トレ以外だとなんだろう、漫画を読むとかもあるが、一日持つとは思えないし、あとは野球とかどうだろうか……って駄目だ、足が使えないのにどうやれと、観戦も一日やってるわけじゃないし。

 

「よし夏美ちゃん、まず今日は事務所に戻りなさい」

「えっ?なんでですか」

 

 なぜいきなり帰投命令が出されたのかさっぱりわからない。

 確かにここにいる限りは隙を見て筋トレするとは思うが。

 

「理由は二つ、ひとつは筋トレ阻止、もう一つは今日事務所にいる人と話して何か趣味でも見つけてきなさい、小鳥さんに連絡しておくから、事務所に一日いること、いいわね」

「逃げ道無いじゃないですか」

 

 うむむむ、そこまで言われれば仕方あるまい、どうせ出来るメニューもそれほどないし、撤退しよう。

 しかし、趣味か……正直うちの事務所のメンバーの趣味って心配なんだが大丈夫なんだろうか。

 まあ、趣味はまたおいおい見つければいいとして、撤収するならこれだけ渡しちゃおうか。

 

「真さん響さん、これ俺なりに今日のレッスンまとめたから、あとで暇あったら読んでみてくれ」

「うん、わかった、夏美も今日はゆっくりね」

「ああ、そうするよ」

 

 さて、おとなしく事務所へ帰るとしますか。

 

 

 

 

 事務所に帰るのはいい、さて何をしよう。

 新聞は朝あらかた読んでしまったしなぁ。

 

「あれ、なっちーじゃん今日はどしたの」

「おお、亜美か、いやトレーナーさんに今日はかえっておとなしくしてろって言われてな」

「真美わかるよ、どーせ筋トレしてたんでしょ」

「真美もいたのか……いや確かに筋トレしてたけどさ」

 

 俺ってそんなに行動パターン分かりやすいだろうか、今日はやけにすごいあっさり見抜かれてるな。

 まあ確かに行動パターンは少ないと言えるが、食べるか寝てるか筋トレしてるかだし。

 

「そういえばなっちー足は大丈夫なの?」

「全然大丈夫、歩けないほどの痛みじゃないし、早く治すために使ってないだけだ」

「まあお父さんも大丈夫だって言ってたし」

「は?お父さんってどういうことだ?」

「あれ、なっちー知らなかったっけ?お父さん医者なんだよ」

「なっちー行った病院ってそこでしょ?ここら辺そこしか病院ないし」

「初めて知ったぞ、医者の子だったって」

 

 なんだ、こいつら意外といいとこの子供なのか。

 まあ、そりゃそうか、じゃなきゃこんな義務教育真っ只中の小学生を、勉強より仕事になるかもしれないアイドルなんかやらせないか。

 俺か?俺はいいんだ、頭いいからな。

 

「ねえ、なんかなっちーシツレーなこと考えてない?」

「いや、そんなことはないぞ」

 

 やたら勘が鋭いな、まあ別に真美たちが頭悪いと言ってるわけじゃない。

 この前夏休みの宿題を手伝いもしたが、それだって普通の小学生に比べて、普段の予定が多いこの姉妹だからこそ間に合うかギリギリだったからであって、決して頭が悪かったからではないということは、彼女らの名誉のために言っておこう。

 

「あふぅ……おはようございますなの」

「おう、おはよう、美希は重役出勤か」

 

 事務所の休憩所で休んでいると、寝ぼけ眼を擦りながら美希がやってきた。

 いつも思うのだが休日なんか一日何時間寝てるのだろうコイツは、もしくは毎日何時まで起きてるのだろう。

 

「今日は午前中お休みだったからいいの、ところで夏美ちゃん足大丈夫なの?」

「大丈夫だ、問題ない、走れはしないけど、杖なしでも歩けるぞ」

「ふーん」

 

 美希はそう言うといつもの如くソファーに座ってさっさと横になってしまった。

 もう午後になるが、まさか午前中寝てさらに仕事前にも一眠りするつもりなのか。

 

「美希はいつもどれだけ寝てるんだ?」

「うーん、眠くなったら目が覚めるまでかな」

「ミキミキそれで一日中寝てるじゃん」

 

 本気で病気を心配するくらい寝てるじゃねえか。

 むしろどうやったらそんなに寝ることができるのか聞きたいくらいだぞ。

 

「ところでさ、なんで夏美ちゃんがいるの?」

「え、何それ傷つく」

 

 何、俺そんなに美希に嫌われてるの?

 やっぱり、いきなりお姫様だっこがそんなに嫌だったのだろうか。

 

「いや、だって夏美ちゃん足怪我してるんでしょ、ミキだったら怪我したら治るまで絶対に来ないと思うの」

「あぁ、そういうことか」

「まあ、なっちーは筋トレしてトレーナーさんに追い返されたけどね」

「それは言うない」

「夏美ちゃんは頑張りすぎなの、そんなに頑張らなくても夏美ちゃんなら問題ないの」

 

 頑張らなくても大丈夫ねぇ、確かにトレーナーさんも既に練度は十分と言っていたし、自分で思っているよりも──少なくともダンスに限っては──アイドルという仕事は俺に向いているのかもしれない。

 まあ、それとドレスみたいな衣装を抵抗なく着られるかと問われれば、なんとも答え難いのだが。

 必要とあらば、着よう、心はともかく体は女なのだから、少なくとも見た目に問題はない、できることなら着たくないのは、紛れもない本心であるが。

 

「でも追い返されたなら帰らないの?今日春香は休みだよね」

「確かに姉さんは休みだな、俺はトレーナーさんに今日一日事務所にいるようにと言われてな……」

「それってトレーニングしないようにっしょ?どんだけトレーニング好きなのよなっちー」

「それもあるが、なんか趣味でも見つけろってさ」

「へー、ちなみになっちーのご趣味は?あ、筋トレ以外でね」

「あったら言われてねえよ」

「でっすよねー」

 

 実際、新しく趣味を見つけるというのは、結構難しい。

 こうしてお金がもらえる仕事─仕事が来始めれば、だが─をしているとはいえ、俺は中学生、月々の小遣いも決まっているからかあまりお金をかけることはできない。

 現に、趣味と言っていいのかはわからないが、よく読んでいる漫画だってさほど多く持っているわけではない、わざわざ古本屋で安いのを買って揃えているのが現実だ。

 

「じゃあ──」

「却下」

 

 美希が何かを言おうと口を開いたが即刻却下だ。

 どうせ昼寝かおしゃれのどっちかだろう。

 昼寝は、寝てしまえば問題ないだろうが、何もせずただダラダラしてるというのは、俺には苦痛なのだ。

 おしゃれについては、俺が現状興味がないことと、服や化粧品を揃える予算を捻出するのは俺の懐事情的に厳しい。

 

「まだ何も言ってないの!」

「どうせ昼寝かおしゃれだろ?」

「そうだけど……なんでわかったの?」

「普段の様子見てりゃすぐわかるって」

「じゃあなっちー、真美たちとゲームしようよ」

 

 ゲームか、確かに今世ではまだやったことなかったな。

 前世ではファミコンとかメガドライブとかいろいろやったが、今世では兄弟は姉さんだけだし、両親もゲームをやるような人間じゃなかったから家に無く、そして買ってもらうほどやりたかったわけでもないから、今のゲームには非常に疎い。

 ただ、一本のソフトで何度も遊んで時間をつぶせるゲームは、確かに暇つぶしと趣味にいいかもしれない。

 

「俺、全然ゲームやったことないぞ?」

「おっ、これはカモですな」

「まーまー、安心するがよいなっちーよ、初心者でも簡単なゲームあるしさ」

 

 そう言って休憩室のテレビの下から据え置き機を取り出す真美、なぜそこにゲームがあるのかは深くは気にしないことにした。

 それを手際よく準備して、コントローラーを渡された。

 

「とりあえずスマブラでいいっしょー」

「よくわからんから任せる」

 

 ……やっぱり俺が知ってるゲームとは全然違うな、スーファミだって全部で使うの10ボタンぐらいだったもんなぁ。

 ま、今回はお試しにってことで、とりあえず遊ぶとしようか。

 こうやって、なんともなしに事務所でグダグダ時間を過ごすっていうのも悪くない、かもな。

 

「ちょっと待て、それハメ技だろ!」

「限られたルールの中で勝利条件を満たしただけ」

「おいィ?!」

 

 

 

 

 翌日もまた、俺は事務所に来ていた。

 今日はオフなのだが、正直家にいてもやることはないし、暇を持て余すくらいなら、事務所で誰かと会話でもしようと思って来たのだが、どうやら今日は誰も来ていないらしい。

 

「あら、夏美ちゃん今日はお休みよね」

「いやー、家にいても暇なので」

「あー、筋トレ禁止令が出たんだって?」

「……うっかり渡したノートに治療中用の筋トレメニューを書いておいたら、一切禁止、と」

「それは……一体どれだけ鍛えてるの?」

「うーん、見てみます?」

 

 俺の鍛えられた体を見た人の反応は大きく分けて二つある。

 引くか、黄色い声援が上がるかの二択であり、前者の大半は男子であり、後者の大半は女子である。

 

「み、見てみたいような、幻想を壊さないでいて欲しいような……ううん、見てみるわ!」

「はい、それじゃあ……」

 

 ここには普段女性しか出入りしないしいいよな、と言い訳をしつつジャージとTシャツを脱ぐ。

 

「ピ、ピヨッ?!」

 

 そこにはシックスパックに分かれた腹筋と、しっかりラインの入った上腕が……って、やっぱこれ女の子の体じゃないって、小鳥さんも若干引いてるし。

 

「い、今までアニメや漫画でしか見たことなかったような肉体が……ちょ、ちょっと触ってみてもいいかしら」

「え?別にいいですけど」

「それでは失礼して……お、おぉ……」

 

 腹筋とかの凹凸に指を這わす小鳥さん……ちょっとくすぐったいなこれ。

 そのまま数分ほど経って、小鳥さんは満足したのかやたらツヤツヤした顔をしていた。

 

「ありがとう夏美ちゃん、参考になったわ」

「なんの参考かはわからないですけど、どういたしまして?」

 

 まあ、満足してくれたのならば、それでいいか。

 さて、やることはないけどどうしようか、勝手にゲームをやるというのも申し訳ないしなぁ。

 なにか手伝える仕事とかないだろうか、あったら手伝って、時間でも潰すとしようか。

 なんだろう、とりあえず仕事しようって、昔に戻ったような気分だ。

 

 

 

 

「小鳥さーん、なんか手伝える仕事あったら手伝いますよ」

「え、別に大丈夫よ?ゆっくり休んでて」

「なんか、何もしないって本当に落ち着かなくて……」

「その有り余る元気が羨ましいわ……」




そして、次回こそはオーディションだといったな、あれは嘘だ。
なんか、思ったよりここで文字数いってしまったので、オーディションはまた次回のお話に。
それにしても、梶谷が帰ってきてからのDeは調子いいですね。
あかん、優勝してまう!
ひとまず、出来るだけ早く次回を投稿するように致します。
それではまた次回お会いしましょう。


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第六話:張り切ってオーディション。

だいたい二週間くらいぶりでございます、作者です。
なんとか前回より短い期間で書けました。
以前の週一ペースの方が頭おかしかったんや……
そしてDeNAセ・リーグ3位ですよっ!3位っ!
これ書いてるの昼間だから、今日の試合どうなってるかわからんけど……
SSRよしのんもお迎えできたしでいいことづくめです。
ひとまず、本編をお楽しみください。


「復ッ活ッ!」

「「おお~」」

 

 俺の復活の報を受けて、そして両の足でしっかりと立つ俺を見て真さんと響さんの二人がパチパチと拍手をしてくれる。

 ケガからそろそろ十日が経とうかという頃になってやっと、俺の足からは包帯が外され、運動制限も解除となった。

 というわけで今日は復帰後の初レッスン、とりあえず今日はまだ二人と同じメニューではないだろうが、今日から本格的なレッスンを再開できるというわけだ。

 

「どう、足に違和感とかある?」

「痛みはないけど、しばらく使ってなかったから、違和感はちょっとあるかな」

 

 やはり、適度なトレーニングはしていたとは言え、二週間近くも右足だけ使っていなかったとなると、どうしても微妙な違和感が残るな。

 オーバーワークにならないようにランニングもするようにして、早めにこの違和感も消してしまうとしよう。

 

「とりあえず今日から復帰するから、また二人とも宜しくな」

「うん、頑張ろうね夏美!」

「あと一週間でオーディションだから、気合入れていくさー!」

 

 そう、あと一週間しかないのだ。

 自業自得とは言え、自分のせいでこれだけ時間を無駄にしてしまったのだ、トレーナーさんと相談しながらできる限り遅れを取り戻さなければならないだろう。

 もうそろそろレッスン開始まで20分になるし、ひとまず柔軟から始めていよう、もう二度と怪我などしないようにできるだけ入念に。

 そうやって3人で柔軟をしていると、トレーナーさんがやってきた。

 

「お、夏美ちゃん準備万端ね」

「はい、柔軟も終わってすぐに始められますよ」

「それじゃあ、いきなりできついかもしれないけど、一回3人で通してみましょうか」

「え、マジですか?」

 

 ちょっと待てや、こっちは二週間トレーナーさんと決めた、体を鈍らせないためのトレーニングしかしてこなかったというのに、いきなり通しはきついだろう。

 ステップについては、ちゃんとレッスンの様子を見ていたり、イメージトレーニングもしていたから、忘れたり抜けてるところはないはずだが、それをいきなりできるかと言われれば、そうもいかない。

 

「マジよ、今どの程度できるのかの確認も含めてね」

「まあ、そういうことなら……」

 

 そう言われてしまえば、納得するしかあるまい。

 現状の体力とか、苦手な部分を把握しなければメニューを組むこともできないから、なるほど確かにその通りだ。

 それじゃあまあ、やってみましょうかね。

 

 

 

 

「しんど……」

 

 とまあやってみたわけだが、やはりイメージより全然動くのは難しい。

 動きはやってできないわけではないのだが、なにせ俺はちゃんと合わせたレッスンはほとんどやっていない、一人ならともかく3人で綺麗に見えるダンスというのは、まだまだ難しいようだ。

 ただ、逆に言えばダンス自体はまだしっかりと踊れていたのは僥倖だろうか。

 

「体力は以前のままを維持できてるわね、ただ、右足を意識しすぎて動きがちょっとぎこちないから、そこは数練習して克服しましょう」

「はい」

 

 まあ、最近まで怪我をしていた右足を無意識にかばってしまうのは、仕方ないだろう。

 体力的な厳しさもさほどは感じなかった、あとはとにかく練習するのみ、といった感じか。

 だが、やはり感じるのは二人との間にある、高い壁だ。

 そもそもスタートラインに立った時からあった基礎という段差が、二週間で随分と高い壁になってしまったと感じる。

 果たしてこの壁をあと一週間と少しでどこまで登れるか……あるいはこれが二人でもできる内容なら、俺の辞退も視野に入れたほうがいいだろうか。

 

「自分驚いたぞ夏美!」

「は、何が?」

 

 なんて一人で悩んでいると笑顔で響さんと真さんが寄ってきた。

 驚いたって何がだろう、別段上手くなってるどころか、以前のレベルを維持するので精一杯だと思ったんだが。

 

「うん、実は夏美には言ってなかったんだけどさ、夏美が辛そうだったら辞退しようかって響と相談してたんだけど……」

「いやいや、むしろ俺が辞退して二人だけでもって思ってんだけど……」

「それこそありえないぞ!それに、確かに上手くはなってないけど、でも前と遜色なくて、これなら全然大丈夫だって自分は思ったぞ!」

 

 時々思うけど、響さんって言葉を選ぶのが下手だよな、と思ったのは場違いだろう。

 ただ、言いたいことは伝わってくる、つまるところ響さんがよく言ってる「なんくるないさ」ってやつだ。

 うん、そうだな、諦めるにはまだまだ早い、まだ俺には俺のできることがある。

 

「それじゃあ、まだ3人で頑張るってことで」

「当然!」

「無理せず全力で突っ走るさー!」

 

 

 それから本番までの間、俺はひたすらにレッスンに打ち込んだ。

 遅れを取り戻すために以前のように週数日ではなく、毎日トレーニングを行った。

 ありがたいことに真さんと響さんも付き合ってもらえたおかげで、俺にとっての課題だった3人で合わせた時のズレも、トレーナーさんが太鼓判を押すほどに修正され、俺たちに出来る限りのことは完全にやり尽くした。

 やるだけのことは、やった、あとは人事を尽くして天命を待つとまでは言わないが、とにかくオーディションで全力を尽くすのみだ。

 それに、秘密兵器って訳じゃないが、ちょっとした技も仕込んだから、結構自信があったりする。

 そして、そのオーディションの当日、俺はいつものように日がまだ地平線から顔を出したばかりの頃に目を覚まし、身支度を整える。

 オーディション自体はジャージでやるから服装はともかくとして、ひとまずシャワーを浴びて体をさっぱりさせ、髪を乾かしたら姉さんにもらったリボンで一本にまとめる。

 朝食を食べようとリビングに行けば、いつの間に目を覚ましたのか姉さんがキッチンで料理を作って待っていた。

 

「あ、夏美おはよう!」

「おはよう姉さん、今日休みじゃなかったっけ?」

「そうなんだけど、緊張しちゃって……」

「なんで姉さんが緊張してんだよ」

 

 まったく姉さんらしいというかなんというか。

 こっちはもはや追い込まれすぎて緊張とかはない、やれることを、ただやるだけ。

 まあ、多少の心配くらいはするが。

 

「だ、だって夏美のオーディションなんだよ?私だって心配だよ」

 

 本当に姉さんは心配性だなぁ、まだオーディションだというのに、しかも初めての。

 

「765のアイドルしか、ちゃんと見たことないからわからないけどさ、真さんも響さんもすごいんだ」

「夏美?」

「二人とも、多分どこのどんなアイドルより凄い、努力も実力も、だから俺は二人を全力で追いかけるだけだよ」

 

 そう、二人ともめちゃくちゃ努力している。

 レッスンがある日は毎日汗だくになるまでレッスンして、レッスンのない日もトレーニングは欠かさない。

 二人とも非常に高い実力を持った上で、慢心などせずより一層自分を磨く努力を続けている。

 だったら俺にできるのはその二人に追いついて、そして追い越すための努力。

 今は追い越すなんてとてもじゃないけど口が裂けても言えないから、今日できるのは、二人の足を引っ張らずに、少しでも長くユニットとして活動して、二人の技術を盗むことだ。

 そしてなにより、俺を信じてくれた二人に俺の全力を見せる。

 俺は追われる身じゃなく追う身だからこそ、無駄な緊張はない。

 

「そっか、頑張ってね夏美!」

「応よ!」

 

 

 

 

 二時間の通勤時間を経て事務所に着くと真さんも響さんも準備万端で待っていた。

 二人とも今日はいつにも増して輝いているような気がするのは、多分気のせいじゃない。

 

「夏美も来たわね、朝の連絡が終わったら出発するから、準備しておいて」

「はい」

 

 こりゃ期待に応えないといけませんな。

 と言ってもまあ、今から気合を入れていたってどうしようもない、ジャージをバッグに詰めて準備が完了したらあとは時間を待つだけだ。

 

「おはよう夏美」

「夏美!はいさーい!」

「二人ともおはよう、気合十分だな」

「当然だぞ!なにせ今日はついにオーディションだからな!」

「うん、夏美の初仕事になるかもだしね!」

 

 本当に二人とも気合十分って感じだな。

 さてさて、初仕事獲得に行くとしましょうかね。

 数分も待っていれば今日レッスンや仕事がある人たちが出社して来て、今日一日の予定の確認が始まる。

 とは言っても、結局俺たち以外はみんなレッスンだった、まあプロデューサーが律子さん一人では、一日にできることは限られてしまうから、仕方ないといえば仕方ない。

 

「ゆくのだなっちー!勝利の報告を待っておるぞ!」

「おう、任せときな!」

「真、もし負けたりしたら承知しないんだからね!」

「へへっ、もちろん勝ってくるよ!」

「響も、全力を尽くしてきてください」

「任せるさー!自分たち完璧だから必ず勝ってくるぞ!」

 

 事務所のみんなからの激励を背中に受けて事務所を出た俺たちは、残念ながらまだ律子さんが自動車の免許を持ってないので、電車を使ってオーディションを行うビルへと向かった。

 オーディション会場が事務所からわりかし近い位置にあったため、時間にはまだまだ余裕があるから、俺たちは近くにあった公園で軽い運動をして体を温めていた。

 と言っても、出来ることはせいぜいが立ったままできる柔軟と軽いステップ確認くらいなのだが。

 

「それにしても、夏美は随分堂々としてるよね、緊張とかないの?」

「いや、流石に初めてのオーディションだし多少はしてるよ」

 

 確かにそんなガチガチに固まるほど緊張しているわけじゃないが、別に一切緊張してないわけじゃない。

 初めて身内以外にこのダンスを見せるわけだし、それにこれは仕事につながる本物のオーディションなのだ、しかも俺だけじゃなく真さんと響さんも一緒に。

 負けたら死ぬわけじゃないにしても、個人的には負けられない戦いと言っても過言ではないだろう、だからこそ多少の緊張こそしても、やる気がそれを上回っている。

 別に大げさに言ってるわけじゃなく、本気ではなくてもお遊びでこの仕事をしているわけではないのだから、まずは一勝して自信をつけるというのは大事だ。

 

「夏美はすごいなー、自分なんか最初のオーディションは緊張で大変だったぞ」

「えー、響さんが緊張?」

「えーって、自分だって緊張くらいするぞ!」

 

 まあ、そら緊張しないなんて人はいないだろう。

 だが俺が緊張してないのにはさっき思ったもの以外にもちゃんと理由はある。

 

「まあ、俺には強い味方が二人もいるんだから、負けるなんざ思っちゃいないよ」

 

 真さんと響さん、俺より上手い人が二人も一緒にユニットを組んで受けるんだから、まさか負けるわけがないだろう。

 楽観のようだと思うかもしれないが、他のアイドルたちのライブ映像を見たりしていてわかったのだが、この二人、ダンスにだけ限って言ってしまえば、そこらのアイドルなんかよりよっぽどうまい。

 そんな二人が共にいて負けると思うなんか、それはもはや失礼だろう。

 

「そこまで期待されてるなら頑張らないとね!」

「うん、自分たちの本気を見せつけてやるさー!」

 

 全員改めて気合を入れたところで、そろそろ時間だ。

 

「よし、行くか」

「そうだね」

「圧倒的なパフォーマンスで驚嘆させてやるさー」

 

 

 

 

 控え室に入れば、本当に肌に刺さっているんじゃないかと感じるほど、空気がピリピリと張り詰めていた。

 それだけ、ここに居るやつらは本気ということなのだろう。

 

「いやー、怖い怖い」

「そう言うんだったらせめてもう少しらしい態度とったらどうなのよ」

「ここまで堂々としてるとむしろ心強いね」

「うんうん、自分達よりよっぽど慣れてるみたいに見えるぞ」

 

 実際、俺よりずっと経験のある人間の方が多いだろうから、怖いもんは怖いんだぞ。

 さっき言ったことと矛盾するようだが、俺は負けて当然な腕前なのだから、なにも気負うものはない。

 むしろ周りの方がプレッシャーは強いだろう、今日デビューする新人程度に負けられないのだから。

 俺はのびのび楽しめる、周りは負けられない、俺が強気なら強気なだけ、プレッシャーをかけられるってものだ。

 

「その通りだけど、本当にあなたって中学生らしくないわよね……」

「夏美って時々えげつないよね」

「夏美が仲間でよかったって、今本気で思ったぞ……」

 

 はっはっは、勝てばよかろうなのだァァ。

 

 

 

 

「次765プロさん、準備お願いします」

 

 控え室で数十分待っていると、スタッフさんが部屋に来て、ついに俺たちの出番となった。

 

「ちゃーんと見守ってるから、いつも通りやって来なさい」

「「「はいっ」」」

 

 それほど長くない廊下を通って、普段使っているレッスンルーム程の広さの部屋にいくと、長テーブルの向こうに三人の審査員が座っていた。

 

「それじゃあ始める前に……そこの一番高い子!一言ビシッと頼むよ」

 

 いきなりの無茶振り来たか。

 えっと……こういう時はどうすればいいんだろう。

 ちらっと律子さんの方を向くと口を動かして何かを伝えようとしている……なになに。

 

『が・ん・ば・る』

 

 頑張る、頑張りますってことか。

 

「やれる限りのことはやって来ました、全力で頑張ります!」

「いいねぇ、そういうの好きだよ」

 

 手応えは上々って感じか、ひとまず悪くはない。

 さて、いった通り全力を出すとしようか。

 

「それじゃ、オーディションを始めます」

 

 審査員の一人がプレイヤーのスイッチを押して曲の再生を始める。

 それに会わせて三人でステップを踏んでいく。

 あくまでも俺達三人はメインのユニットを引き立てるためのものだから、動きは控え目に、しかしきびきびと動く。

 ダンスを続けいる間にだんだんと響さんと真さん以外が視界から消えていく。

 集中力がどんどん上がっていき、ついには一切視線を送らずとも動きを理解できる程だ。

 どんどん最高潮に近づきながら、曲のAメロを通ってBメロ、サビへと移っていく。

 その中で、俺達はとあることを決めて、さらにトレーナーさんの許可ももらって練習していたことがあった。

 それはサビ前、一瞬曲が静かになり、サビへの期待が最高に高まるタイミング。

 真さんと響さんにアイコンタクトを送ってタイミングを合わせる。

 そして本来は別のステップであったところを、あえて、俺達は変えていた。

 三人同時に膝を曲げて勢いをつけて飛び上がり、空中で膝を抱えてバック宙を決めて着地し、次のステップへと繋げる。

 結構勘違いされ気味だが、バク転よりバック宙の方が簡単だったりする。

 ある程度運動神経があって、しっかり練習さえすれば脚のバネだけでいけるのだ。

 逆にバク転はしっかり手をついたりと、技術的なことが多いから、練習期間が少なかった俺にはバック宙の方がやりやすかったのだ。

 これは、別に自分達が目立つための振りではなく、更にメインのユニットを目立たせるためのパフォーマンスだ。

 メインのユニット達が動き出す、そのタイミングで着地できるように、最後はひたすらにここの練習をしていた。

 そのお陰で、オーディションとは言え本番で失敗することなくほぼ完璧にこなせたと言っていいだろう。

 ちらっと審査員さんの方を見てみれば、度肝を抜かれたような顔をしていた、まあそのなかで最初に声をかけてきた、全体的に青い服を着た人だけはなにやら興奮している感じだったが。

 そりゃそうだ、まさかアレンジを加えて、さらにはバック宙をしてくるだなんて思わないだろう。

 ついでに言えば、なぜか律子さんも驚いてる、そういえば、少なくとも俺はやることを律子さんに言ってなかった気がする。

 まあ、やっちゃったものは仕方ないだろう。

 それ以降はしっかりと指定された通りの振り付けで踊っていく。

 幾度も幾度も練習したものだけに失敗はなかった。

 最高のデキとは言えないが、それでも上々のデキだっただろう、確かな手応えがある。

 終わってみれば、思ったより緊張していたのか、普段のレッスン以上に疲れていたように感じる。

 

「いやー、よかったよ!とりあえず控え室に戻って結果発表を待っててくれ」

 

 うん、審査員の反応もいい感じだ。

 タオルで汗を拭きつつ言われた通り、控え室へと移動する。

 

「うまく行ったな!夏美!」

「バッチリだぜ!」

「足は大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、レッスンでも散々やったしな」

 

 最初は確かにやるつもりはなかったけど、俺がどれだけ万全の状態に回復したかバック宙見せたら、二人もバック宙やり始めて、それをたまたま見ていたトレーナーさんに組み込んでみようか、と言われたのだ。

 お陰で、かなりレッスンはきつくなったが……やった価値は十分すぎるほどあっただろう。

 さて、あとはのんびり待つとしようか。

 

 

 

 

 あ、あの子等は何やってんのよ!

 最初は、まだデビューしていない子達だというのに、既にEランクや、下手するとDランクにも匹敵するかもと思って、この勝負はもらったと安心してみていたら……

 いきなりバック宙するなんて聞いてないわよ?!

 ただでさえ夏美は足のケガから復帰したばっかりだというのに、なんであんな無茶なパフォーマンスをして……

 それだけ勝ちたかったのか、あるいは実力を試してみたかったのか……いや、あの三人的には後者かしらね。

 あんなパフォーマンスは、女子を使ったバックダンサーではなかなかできない上、ちゃんと主役の方を引き立てられるタイミングで繰り出していただけに、これでいい勝負どころかもはや勝利は確定になっただろうが、それでも危険すぎる。

 せめて一言くらい言って欲しかったけど……

 まあ、あの子らがあれだけいい顔してるし、怒るのは帰ってからにしてあげましょうか。

 もちろん、帰ったらみっちり怒らせてもらうけど。

 でも今は、結果が出るまではそっとしておいてあげましょうか。

 

 

 

 

 俺たちの出番が終わってからさらに十分以上が経って、ようやく審査員達が控え室にやってきた。

 随分とくたびれているように見えるが、そりゃあ一時間以上も同じダンスを見続ければ疲れるわな。

 

「それじゃあ合格者発表だぜ」

 

 控え室に待つ全員が固唾を飲んで審査員たちを見ている。

 あの人が持った紙に書かれている、たったひと組だけが、ステージの上で踊ることができる切符を手に入れられるのだ、誰しもが緊張しているだろう。

 自分たち以外の内容を見れていないのだから、なおのことだ。

 だが、俺たちは奇妙なほど確信していた。

 この勝負はもらった、と。

 

「合格者は765プロダクションさんです、おめでとう!」

「よっしゃあ!」

「やーりぃ!」

「ま、当然の結果だぞ、自分たちは完璧だからな!」

「ふぅ……一安心ね」

 

 俺たちはそれぞれ喜びの声や安堵の息を吐いて合格したという事実を受け止める。

 これで俺も、ついに本格的なデビューが決まったわけか。

 レッスンも忙しくなるだろうけど、やっぱり楽しみなものは楽しみだぜ。

 

「それじゃあ765プロの人たちは少し残ってください……あ、それ以外の人たちは帰っていいですよ」

 

 わかってはいたけど、厳しい世界だな。

 オーディションが終わって、合格していなければもう、そこにはいらない。

 俺たちも下手すりゃこうやってただ疲れるだけだったわけか……

 ほかの事務所のアイドルやマネージャーだったりプロデューサーが涙を抑えて帰っていく中、俺はその姿を見て、強い責任を感じていた。

 これだけの人を蹴落として、ステージに上がるのだから、下手なパフォーマンスはできないな。

 

「それじゃ、かるーくスケジュール合わせようか」

「はい」

 

 スケジュールとかは律子さんに任せておこう、どうせ俺らは毎日暇なわけだし。

 その間に真さんたちと軽い反省会をしていよう。

 

「俺は結構うまくいったと思うけど、どっか気になるところあった?」

「うーん、ボクは特になかったかな、主役の方と合わせてみないとこれ以上は特にないかも」

「自分も、今日はかなり良かったと思うぞ」

 

 うむ、よきかなよきかな。

 

 

 

 

「で、勝って帰って来たのになんであんた達は正座させられてるのよ」

「それがさっぱり」

 

 うむ、伊織が一言で説明してくれたが、なぜか俺たちは事務所に帰ってきてすぐに、律子さんの命令で事務所の床に正座していた。

 勝ったのに、もしかしてどこか失敗とかあったのかな、あるいはスケジュール調整中になにか指摘されたとか。

 

「あのねえ、あなたたち本当に理解してないわけじゃないでしょ?私は、私に相談もせずにダンスの中にバック宙を入れたことを怒ってるの」

「あれ、それって夏美が相談してくれたんじゃ?」

「いや、俺は何も言われてないぞ」

「自分はてっきりトレーナーさんが説明してくれたとばっかり」

 

 見事に誰も報告してなかったわけだ。

 というか普通はそういうのはトレーナーさんが相談してくれるものな気がするが……

 

「言い訳無用、今度から変更とかあったらちゃんと報告するようにするのよ、うまくいったからいいし、トレーナーさんもGoサイン出したのかもしれないけど、あなたは怪我から復帰したばかりなんだからね」

「「「はーい……」」」

 

 その後はちゃんと合格したことへの祝福の言葉ももらって、反省会は終了となった。

 まあ、俺は正座大丈夫な方だし、辛くはないんだがな、二人も結構大丈夫そうだ。

 

「なっちー合格オメデトー、でも真美たちより先にステージに上がるなんてずるいぞ!」

「そう言うなって、バックダンサーなら俺の方が得意なんだしさ」

「うあうあー、亜美たちだっていっぱい練習してすぐに追いついちゃうもんね!」

「はっはっは、ダンスだけなら負けるつもりはないぞ」

 

 怒られはしたが、何はともあれ、無事オーディションで勝ててよかった。

 あぁ、そういえば姉さんにちゃんと勝利の報告をしておかないとな。

 めっちゃ心配してたし、帰るまで焦らす必要もないだろ。

 

『件名:勝利!

 内容

 オーディション、無事勝利したぜ

 姉さんも頑張れよ』

 

 とまあ、こんなもんでいいか、送信っと。

 

 

 

 

 

 うぅ、もうオーディション終わったかな?

 夏美、ダンスは私よりすごい上手だし大丈夫だと思うけど、それでもやっぱり心配だよ。

 勝ったらご馳走用意してあげたいなぁ……でも私一人だとあまり凝ったものは作れないし、お母さんに協力してもらおうかな。

 もし負けてたら……うーん、でも夏美って意外と引きずらない性格だし、慰めとかは大丈夫かな。

 って、夏美からメールだ……件名は『勝利!』?

 ということは、夏美受かったのか、よかったぁ……

 でも、いつ見ても夏美のメールって男の子みたいだよね、顔文字とか絵文字とか全然使わないし、短くて伝えたいことしか書かないし。

 というか、頑張れって言われても私まだレッスンだけだし、オーディションの話ももらったことないよぉ。

 このままだと夏美においていかれちゃうかな……

 ダメダメ、お姉ちゃんとして負けられないし、ダンスでは無理でも歌なら……多分勝てるし私も早くお仕事もらえるように頑張ろう!

 とりあえず、食材買いに行って、お母さんにお願いして料理手伝ってもらおう。

 夏美、嫌いな食べ物がないのはいいんだけど、好きな食べ物もあんまりないし、こういう時どうしようか迷っちゃうんだよね。

 まあ、何を作っても美味しい美味しいって食べてくれるから、それは嬉しいんだけど……

 いいか、とりあえず買い物しながらメニューを考えよう。

 あ、お母さんに報告して今のうちに手伝ってもらう約束しておこうかな。

 

 

 

 夏美好きなものはあるんだけど……

 流石に砂肝とか軟骨の唐揚げとか……お祝いって感じじゃないよね。




読んでいただきありがとうございました。
ここまでレッスンのほとんどをDaに振ってきた夏美ちゃん、身体能力ゴリ押しでバック宙をするの巻でした。
よしのんは獲得できたけど、ブライダルみくにゃんを手に入れられなかったむしゃくしゃで↓こんなことしていたら投稿が遅くなりました。

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やってみると意外と楽しくて仕方ないです。
春香さんのサイン書くのむずすぎる。
それはさて置き次回予告。
ようやっとオーディションを済ませた夏美たち、次はついにステージに立つ。
それではまた二週間後くらいにお会いしましょう。


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第七話:輝いてオンステージ。

大変長らくお待たせいたしました。
やっと本番です。
そして今回から本格的に不定期更新のタグを付けさせていただきます。


 オーディションに受かったからといって、やることは普段と変わらない。

 学校に行って、終わったら事務所に行ってレッスン、帰ったら寝て学校へ。

 正直レッスンへ行く時間が苦痛でしかないが、それは仕方ないだろう、最近はレッスンも楽しくなってきたし、初仕事ということでやる気は十分に漲っている。

 それは真さんも響さんも同じみたいで、最近のレッスンは特に実りが多い。

 お互いに気付いたことや改善出来そうなことを口にして、トレーナーさんと一緒に話を詰めて俺たちのレベルはぐんぐんと上昇していた。

 テレビなどで他のアイドルを見ても「あ、これくらいならできるかも」と思うようなことも増えてきた。

 今ではもうレッスンで新たに指摘される部分はほとんどなく、ただ本番までの調整をしている状態だった。

 

「はい、今日のレッスンは終了!このあと残りたい子はいる?」

 

 そんなしょうもないことを考えている間に気付けばレッスンの時間は終わりを告げる。

 まだまだ体力には余裕があるけど、本番まであと一週間、ここで無理をしたところで、いいことはないだろう。

 他の二人についても、特別練習がしたいというわけでもなさそうだ。

 

「特には居ないみたいね、それじゃあ今日はこれで解散」

 

 俺たち以外のレッスンに来てたメンバーも居残りはしないみたいで、それを確認したトレーナーさんは、レッスンルームから出て行った。

 俺もちゃんと体ほぐしておかないとな。

 

「夏美ちゃん、しばらく見ない間にダンス、とっても上手くなったわね~」

 

 柔軟していると、あずささんがいつものように優しそうな笑顔で声をかけてきた。

 

「いやぁ、運動だけは得意ですから、ダンスならどんとこいって感じですよ」

「羨ましいわ、私、どうしてもダンスって苦手で……」

 

 まあ、それは言われなくてもなんとなくわかる。

 いつものんびりとしていて、俊敏に動いている姿を想像するのは難しいし、なんというか、ダンスをするには邪魔そうな重りがついているわけで。

 ただ、人には欠点があれば長所があるように、あずささんはダンスは苦手だが、グラビア映えするし、歌声も非常に綺麗だ。

 おかしい、欠点がひとつに対して長所が二つとか不公平すぎだろ。

 

「でもあずささん歌すごい上手じゃないですか、今度CDを出すんでしょう?」

「ええ、ありがたいことに、ただその関係でどうしてもボーカル練習ばっかりになっちゃって、運動していないわけじゃないんだけど、どうしてもお腹周りが気になっちゃって……」

「そんな気にするほどじゃないですよ、というか俺の方が重いんですから」

 

 うん、そうなのよ。

 最近事務所のホームページに掲載するプロフィールに載せるために身長体重スリーサイズを測ったんだが、やっぱりあずささんより……というかうちの事務所で一番重かったのよ。

 年齢では下から2番目タイなのに……

 いや、それほど気にしてはいないけどね、身長もいつの間にか170に到達しそうだし。

 

「うーん、でもやっぱり、水着のグラビアとか撮るとき気になっちゃって……こうやって前かがみの姿勢とか撮るときに……」

 

 そう言って前かがみになるあずささん。

 いや、このサイズはおかしいだろう、どうやったらこんなふうに成長するんだこの人の胸は。

 なんか、どたぷーんとかいう擬音が聞こえそうなくらい揺れてる、意識男でも体が女なのが理由なのか、なんというか、言葉にしにくい嫉妬心のようなものを感じる。

 なんか、あずささんの向こうで千早さんすごい顔になってるじゃん、この世の胸すべてを呪うような顔になっちゃってるじゃん。

 

「いや、あずささんはそのままでいいと思いますよ、そのままの方が魅力的ですって」

 

 というか、それ以上大きくならないでください、精神衛生的な問題で。

 それとは関係なしに、無理をしなくてもあずささんはそのままで十分魅力的なのだから、変わる必要も感じないのだけども、やっぱり本人はそう感じないのかね。

 

「そうかしら、なんだか夏美ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいわ」

「無理して綺麗になっても、どこかできっと限界が来るんですから、ありのままが一番綺麗だと思いますよ」

「うふふ、ありがとう夏美ちゃん」

 

 のんびりと手足を伸ばしてクールダウンを終えれば、あとは帰るだけだ。

 さて、今日は居残りもしないしどうしようか。

 

「夏美ちゃん、今日この後時間あるかしら」

「はい、ありますけど」

「それじゃあ、よかったら一緒にお出掛けしましょう、ほら、私たちって、まだあんまりお話ししたことなかったでしょう?」

 

 そう言えば、あずささんとはまだあまり話したことはなかったな。

 だいたい亜美真美とか美希とか、中学生組とつるんでいる事が多いし、それ以外の時は真さんや響さんと一緒にいることが多い。

 あとは貴音さんともあまり話したことはないが……正直あの人は苦手だ、なに考えてるのかよく分からないし、何を話せば話が続くのか思い付かない。

 まあ、それはおいておいて、同じ事務所の仲間だし、交流をもつのは決して悪くない、それに何より、あずささんとは以前から話してみたかった。

 

「そうですね、それじゃあどこ行きましょうか」

「それじゃあ、あそこ、最近できたショッピングモール行ってみましょう、まだ行けたことがなくって」

 

 ふむ、そう言えば駅前に新しいショッピングモールが出来てたっけか。

 確かにCDを出すとなれば、レッスンも多くなってそういったところに遊びに行く時間もできないわな。

 

「じゃあ、着替えて早速いきましょうか」

「そうね」

 

 

 

 

 その日、俺は久々に冒険というものをしたような気がする。

 

「あら、あのおばあさんなかなか渡れないのかしら」

「あずささん?!」

 

「あら~、あんなところに猫ちゃんが」

「ちょ、そっちは反対ですよ?!」

 

「あずささん?!今どこにいるんですか?!」

『えっと……車がいっぱい走ってて……『Excuse me?』あら~?』

「ちょっと待ってください、そこマジでどこですか?!」

 

 困ってる人を見ると助けるために移動する、自分が興味を引かれるとふらふらっとそっちへ向かう、ちょっと目を離した隙に気づいたらとなりにいないなどなど。

 そうか、まだ行けたことがないってそう言う意味だったか……

 

「ごめんなさいね夏美ちゃん、私ってすごい方向音痴で……」

「いえ、割と近くにいましたから、大丈夫ですよ」

 

 抜群のプロポーションで歌もうまくてダンスが苦手なだけとか言ってたけど、とんでもない欠点を隠し持っていたわこの人。

 というか、どうやって事務所に来て家に帰ってるんだろう、短大もどうやって卒業したのやら。

 ひとまず、どうにかショッピングモールに着いた俺たちは、というか俺はどうにもお腹が空いてしまったので、軽く食事をとることにした。

 手軽でいいよね、ハンバーガー。

 

「いやー、どうにもお腹がすいちゃって」

「いいのよ、私も少し休憩したかったから」

 

 確かに結構な距離を歩いたからなぁ、事務所からそんなに離れてないと思うんだけど。

 とりあえず俺はハンバーガーを一つとドリンク、あずささんはダイエットというわけではないが、一応の食事制限ということでドリンクだけ注文して席に着く。

 そのうち有名になったらこんな気軽にハンバーガー店にも入れなくなるのだろうか、それは不便だなぁ。

 

「あら、夏美ちゃん、口元が汚れてるわよ」

「え、どこですか?」

 

 ここのハンバーガーって、美味しいのはいいんだが、挟んである具材とかソースの量がすごいから、うっかり包み紙から出して食べると悲惨なことになるのが辛い。

 そうじゃなくても、こうしてソースで汚れたりしてしまう。

 

「まってね、今拭いてあげるから」

「え、いやいいですよ、自分で……」

 

 断ろうかとも思ったけど、あずささんが何かを期待している感じだし、されるがままになろうか。

 あずささんは、テーブルに置かれていた紙ナプキンを手にとって、俺の口元を拭いてくれる。

 なんというか、この年になると恥ずかしいな。

 

「ごめんなさいね、私って一人っ子だったから、こういうことしてみたくって」

「いや、別にいいんですよ」

 

 まあ、俺自身小学校の時は男子と駆け回って遊んで、泥だらけになって帰ってくるとよく姉さんにこうして顔拭いてもらってたしな、慣れたものよ、それもどうかと思うが。

 

「でもあずささんって一人っ子だったんですね、なんか意外です」

「そうかしら?」

「はい、なんか─方向音痴なことは除きますけど─結構しっかりしてますし、お姉さんって感じがするんで、てっきり妹か弟でもいたんだと思ってました」

「あら、ありがとう夏美ちゃん」

 

 あずささんは、なんというか一緒にいて安心できるような、そんな雰囲気を持っているから、いろいろと身を委ねていても安心できる、そんな理想の姉みたいだな、なんて思った。

 もちろん、姉さんも人の話は親身になって聞いてくれるし、世話焼きなところもあって、素晴らしい姉だが、あずささんとはまた違うベクトルだ、どちらかといえば母親みたいな感じがする。

 

「夏美ちゃんは、緊張とかない?」

「緊張ですか……まだよくわかんないです、ただ、すごく楽しみです、まさか自分がアイドルなんて考えたこともなかったけど、こうやって真さんたちと一緒にレッスンして、オーディションに合格して、トントン拍子にいろいろと進むと、どこまでやれるのか試してみたくて、今はすごい楽しいです」

「そうなのね、私はほら、もう20歳で今更アイドルなんてしているから、少し怖いのだけど、でもそうね、そう思うと私も楽しみだわ」

 

 そんなに気にするほどだろうか、元々20歳以上のアイドルなんてかなりいたと思うが……

 でも確かに、短大を卒業したのなら、そのまま安定した仕事に就くことだって出来たはずなのに、こうしてアイドルなんてしているのなら、そりゃ心配にもなるだろうか。

 

「大丈夫ですよあずささん、あずささんはすごい綺麗なんですから、すぐに世間に認められてトップアイドルの仲間入りですよ」

「うふふ、ありがとう夏美ちゃん、それじゃあお買い物行きましょうか」

「はい」

 

 こうやってあずささんと二人でゆっくり話をしたのは初めてだったが、やっぱり印象と変わらず優しく、包容力のある素晴らしい女性だ。

 その後一緒に、迷子にならぬよう手をつなぎながら買い物に向かい、またしても俺の趣味ではない服を着せられるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

「「「今日はよろしくお願いします!」」」

 

 今日は本番間近のリハーサル、俺達は初めてライブ会場、ハコへと来ていた。

 そこではライブの準備のためにスタッフさん達が忙しそうに駆け回っている。

 これが全て、今回ステージに上がるアイドルと、そしてバックダンサーである俺達の為になされていると思うと、さすがに重い責任を感じる。

 

「はいよろしく、今音響やってるから、それ終わったら出入りと立ち位置、あと照明一緒にやって、それ終わったら通しやるから、準備しとけ」

「「「はい!」」」

 

 俺達は下手(観客席から見て左手)からステージへと上がり、照明が落ちている間は待機、そして主役の登場と同時にBGMが流れてきたらダンスを始める予定だ。

 そして曲が終わったら再び下手から退場して、俺達の仕事は終わりだ。

 ちなみに主役のアイドル達は下からポップアップ(よくライブで使われる勢いよくせり上がる床)でかっこよく登場する、正直羨ましいが、そのうち使う機会も来ると信じよう。

 とまあ、登場などの確認自体はそれほどすることはないため、すぐに終わった。

 照明の確認もその後すぐに終わり、少し休憩が入って通しのリハーサルが始まる。

 

「ウルザードさん入りまーす!」

 

 どうやら、主役のご到着みたいだ。

 ステージにやって来たこのライブの主役、Dランクアイドルであり、ダンス、ヴィジュアル、ボーカルで分けるとすれば、ダンスを重視した俺達の先輩アイドルだ。

 

「「「今日はよろしくお願いしまーす」」」

 

 彼女たちは、リハですら軽く緊張している俺達と違って、堂々としていて、自分に自信を持っているのが良くわかった。

 今まで失敗が無かったということは、有り得ないだろうが、それでもこれまで幾多ものライブや、イベントを成功させてきたという自信、自分達のファン達からの期待に応えようという意気込み、全て俺達にはない、プロとしての風格を纏っていた。

 

「貴方達が、今回のバックダンサー?」

「はい!色々勉強させてもらいます!」

 

 俺達を代表してリーダーの真さんが挨拶をする。

 ひとまず、俺達に対して悪い印象を持っていないどころか、好意的な視線すら感じることは、一安心か。

 

「オーディションの映像見たわよ、すごいじゃない、あんなピッタリ全員合わせてバック宙なんて、悔しいけど、私達なんてすぐに追い抜かれちゃうでしょうね」

「いやいや、そんなこと無いですよ!ボク達はまだまだデビューもしてないし……ステージに立つのも初めてだから、失敗しないか心配です」

「大丈夫大丈夫、バックダンサーの失敗まで気にするようなコアなファンそんなにいないから、気楽にやっちゃって」

 

 そう言うものなのだろうか?

 俺達としては、先輩のライブを失敗させられないというプレッシャーをそこそこ感じてるんだが。

 

「ま、私たちの胸を借りるつもりで思いっきりやっちゃいなさい」

「通し始めますんで、準備お願いします!」

 

 どうやら、そろそろ覚悟を決めなきゃいけないみたいだ。

 

「「「はい!」」」

 

 リハはともかく、本番成功するかは神のみぞ知る、賽は投げられた、とりあえずやるだけやってみようかね。

 

 

 

 

「……真的にはどうだった?」

「全然ダメダメだった……」

「だよなぁ……まだリハーサルだっていうのに、ガチガチに緊張しちゃって、変なミスいっぱいしちゃったぞ……」

 

 まあ、結果だけ言えば、リハーサルは散々だった。

 観客も居ないっていうのに、変に緊張してしまって、ステップ間違い、転倒、タイミングがずれる、etc.etc.……

 かく言う俺も、二、三ヶ所間違いをした。

 緊張しにくいと、自分では思っていたけれど、その実なんだかんだ俺も人並みに緊張していたというわけだ。

 本番まであとそれほど時間はない、次の本番は一発勝負で失敗はできず、そしてさらに観客が居て、余計に緊張するだろうな。

 

「本番、これで大丈夫かな……」

 

 いつも元気印の響さんですらこの弱気、俺も正直今回でかなりこたえた。

 

「どうにか、大丈夫にするしかないだろうな……」

「そりゃ、わかってるけどさ」

 

 正直な所、解決策が何も思い付かない。

 そりゃ、俗説的な、手に人を書いて人を飲み込むだとか、観客を自分の好きな物だと思い込むだとか、そう言った手は思い付くが、そんなことで治るほど、俺達の緊張は柔じゃないだろう。

 ひとまず今日はもう帰って寝よう、色々としんどかった。

 二人も同じような意見なのか、今日は自主練習は無しで解散となった。

 

 

 

 

 今日の分のレッスンを終えて家で待っていると、どうやら夏美が帰ってきたみたい。

 

「お帰り夏美!リハーサルどうだった?」

「いやもう、ボロボロだった」

 

 うわぁ、夏美でも緊張しちゃうなんて、私大丈夫かな……

 それに、夏美ってなんだかんだ今まで失敗らしい失敗ってほとんどしたこと無いから、結構凹んじゃってるみたい。

 いつも通り振る舞ってるみたいに見えるけど、やっぱりショックなのか、いつもより元気がない。

 うーん、やっぱり夏美は、いつもみたいに元気すぎて困るくらいの方が、夏美らしくていいと思うんだけど、どうしたら元気になってくれるかな。

 

「いやー、正直手の打ちようが無いわ、笑えん」

 

 これは、かなり重症みたい。

 うぅ……付いていってあげたいけど、本番の日は私も街頭でキャンペーンガールの初仕事があるし……

 そうだ、じゃあこうしよう!

 

「夏美!本番には私も連れていって!」

「はぁ?姉さんはその日仕事だろ?そんな無茶な」

「大丈夫だよ、これ、持っていって欲しいだけだから」

 

 私は、自分の髪に結んでいたリボンを片方ほどいて、夏美に手渡す。

 私自身は行けないけど、せめてこれだけでも持っていってほしかった。

 

「いいのか?これお気に入りだろ?」

「いいのいいの、他にリボンはあるし、代わりに絶対成功させてきてね!」

「……そこまで言われちゃ、やるっきゃ無いよな」

 

 そう言って、夏美はやっといつもの夏美みたいに男の子っぽい笑い方に戻った。

 うん、これなら大丈夫そう!

 

「絶対成功させてくるから、楽しみに待っててくれ、姉さん」

「うん、頑張ってね、夏美!」

 

 

 

 

 ついに迎えた本番、つい先日、苦い思い出ができたばかりのその舞台に俺達は戻ってきた。

 

「真も響も顔色悪いけど、ちゃんと朝御飯食べてきた?」

 

 律子さんの言うように、真さんも響さんも、ちょっと体調が悪そうな顔色をしている。

 まあ、俺も姉さんに励まされなきゃ、似たようなものだったかもしれないが。

 本当に、姉さんには頭が上がらないな。

 

「全然食べられなかったぞ……」

「ボクも、一応ちょっとは食べてきたけど……」

 

 俺だけ体調が良くたってどうしようもない、食事はともかく、最低限、二人の緊張をどうにかしなきゃならないか。

 

「その点、夏美は準備万端って感じね」

「なんで夏美はそんな平気そうにしていられるんだ?この前は自分達と一緒でガチガチに緊張してたのに」

「今日は、姉さんも一緒だからな」

 

 ポケットから姉さんから借りた赤いリボンを取り出して、普段付けてる山吹色のリボンの代わりに髪を縛る。

 うん、なんとなく、いつにもまして気合いが入る。

 ほどいたリボンだが、もうどうするか決めていた。

 

「響さん、これ使ってくれないか?」

「夏美のリボン、いいのか?」

「いいよ、誰かと繋がってるって言うのは、すごく安心できるからさ」

 

 俺は姉さんから勇気を貰った、誰かと交換したもので繋がっているというのは、とにかく心強いものだって言うのを、理解した。

 だから、響さんには、俺のリボンを使ってほしかった。

 

「ありがとう夏美、それじゃあ、このリボンは真!真が使ってくれ!」

「ありがとう響、でもボクは髪短いからしばれないしなぁ……」

「大丈夫、自分のリボンは大きいからこうやって、手首に巻いて……よし、できたぞ!」

 

 真さんが手首に付けていたリストバンドの代わりに、さっきまで響さんが髪を結うのに使っていたリボンを巻く。

 そして、真さんが使っていたリストバンドは、俺に差し出される。

 

「それじゃあ夏美、これは夏美が」

「確かに受け取った」

 

 俺の手首には真さんの体温が残るリストバンドが巻かれる。

 姉さんのリボンと、真さんのリストバンドを使った俺、俺のリボンで髪を結った響さん、そして響さんのリボンを手首に巻いた真さん。

 やったのは、所詮は装飾品の交換だけだが、でもそこに確かに俺達の絆があるような気がした。

 

「くぅーっ、なんだか気合い入ってきたなー!」

「自分も!今ならなんでもできる気がするぞ!」

「よっしゃー!それじゃあ本番頑張っていこうぜ!」

「うん、そうだね!それじゃあ行くよ、765プロ、ファイトー!」

「「「おーっ!」」」

 

 今までにない充実感、気力十分、元気溌剌、今なら何も怖いもの無しだ。

 

 

 

 

 ついに、ライブが始まる。

 ついさっきまで青い顔をしていたのが嘘のように、三人とも生き生きとした表情で出番を待っている。

 あの子達の出番は、ライブの一曲目、ファン達のテンションをあげるための重要なポイントだ。

 この前の様子を見たときは、正直まだ荷が重かったかと思ったけれど、どうやら、それも過ぎた心配だったらしい。

 ステージの照明が落ち、三人が手を繋いでステージへと上がっていく。

 きっと見るまでもなくわかる、このステージは、今までで一番の出来のダンスができると。

 三人が位置につき、ついに準備は完了した。

 曲のイントロが始まると同時に三人はステップを刻んでいく。

 幾度も幾度も練習をしたステップだ、あれだけ集中できている状態で、失敗するわけもない。

 歌いはじめと同時にウルザード達がポップアップで登場し、やや絞られていた照明が全開となる。

 観客席から歓声が聞こえてくる。

 私もプロデューサーになる前は幾度も聞いた声。

 それを今、メインではないとはいえ、私が手掛けたアイドル達が浴びている。

 そして彼女達は、初めて浴びる歓声に、臆することなく、むしろ楽しんですら居るように踊っている。

 

「すごい……」

 

 自然と、声が溢れる。

 初めての舞台で、なんて堂々と踊るのだろうか。

 乱れなく、習った通りに、むしろ舞台の上で練度が上がっていく。

 本当に心から楽しくて仕方がないのだろうとわかる。

 ステージの上からの景色が、歓声を浴びることが、何より仲間と共に踊ることが。

 きっとこのステージは、ただの成功以上の意味を持っている。

 彼女達が、このステージの事を忘れない限り、彼女達は際限無く上達していくだろう。

 少しだけ、もう一度だけ、あの上に、立ってみたくなった。

 

 

 

 

 気が付けば、曲は終わっていた。

 曲自体は、5分も無い程度の長さだっただろうか。

 でも、その短い時間が、とても長く感じた。

 たったの5分で、体力を全部使いきったような甘い疲労感。

 今まで感じたことの無い充実感。

 初めて浴びた、今まで自分達の事を知らなかった人達からの歓声。

 真さんや、響さんと繋がっていく感覚。

 でも、いつまでも満足感に浸っている場合ではない、曲が終わったら、MCをやっているうちに舞台袖へ撤収しなくてはならない。

 

『あ、バックダンサーのみんな待った待った、ちょっと残っててね』

 

 撤収しようと移動を始めると、ウルザードの人達に止められた。

 

『この子達ね、今日が初のステージだったの、とてもそうは思えないダンスだったでしょ?』

 

 まさか、MCの中で俺達の紹介をしてくれるだなんて、思ってもみなかった。

 そして、俺達が初めてステージに立ったという事を聞いて、観客達がどよめく。

 どうやら、俺達は思っていた以上に、ずっとうまく踊れていたみたいだ。

 ウルザードの人達は、一人一人俺達を紹介して、一言ずつコメントを貰っていた。

 そして、俺の番になっていた。

 

『この子は、天海夏美ちゃん!こんなおっきいけどまだ中学一年生なんだって!』

 

 はっはっは、うすらでかくて申し訳ない。

 

『それじゃあ、一言もらっていいかな?』

 

 一言、今の気持ちを表すなら、たったの一言、これだけで十分だった。

 

「最ッ高!」

 

 こうして、俺達の初めてのステージは、幕を下ろした。

 

 

 

 

 撤収作業も終わり、ライブも全てのプログラムが恙無く終了した。

今は、その機材の片付けをしているスタッフと、俺達だけが、そこに残っていた。

 

「終わったんだよな?」

 

 ボーッと、響さんがそう呟いた。

 うん、終った。

 まさに完全燃焼だ。

 体力も底をつきて、今はただ、ライブが終ったという感傷に全員が浸っていた。

 

「成功、したんだよね?」

 

 真さんが、確認するように呟く。

 あれで成功じゃないなら、一生かけても成功する気がしないほど、大成功だった。

 

「俺達、やったんだな」

 

 全部終わって、呆然としたまま、理解するために、噛み砕くように呟く。

 

「やった、やったぞ!自分達うまくやったんだ!」

「うん、大成功だよ!」

「やったな!響!真!」

 

 今まで、前世も含めて感じたことの無い充実感に二人と肩を組んで喜ぶ。

 最初はどうなることかと思ったけれど、最終的にうまくいってよかった。

 

「ほら三人とも、喜ぶのもいいけど、そろそろ邪魔になるから私達も撤収するわよ~」

 

 そういう律子さんも、ほっとしたような、そして嬉しそうな顔で笑っている。

 うん、本当に今日のライブは、最高に楽しかった。

 きっと今日は、良く眠れる。

 姉さんにもちゃんと、感謝を伝えないとな。

 

 

 

 

 

 

 

「「「はーい!」」」




次の話し辺りから一気に時間が加速すると思います。
早く原作に追い付きたい。
それではまた次回お会いしましょう。


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第八話:時流れてCDデビュー。

久々の更新です。
ひとまず言い訳は置いておいて本編どうぞ。

そして、反り投げさん(旧名)に新たにステキなイラストを書いていただきました。
あらすじにも貼らせていただいておりますが、こちらにもペタリ。

【挿絵表示】


8/27 本文一部変更


 あのバックダンサーとして初めてステージに立った日からまたしばらくの時間が過ぎた。

 その間は、忙しいと言うほどではなかったけれど、かといって暇だとは言えない日々だった。

 あれ以降、ああした大きなステージにこそ立っていないが、ポツポツと小さな仕事が入ってくるようになった。

 例えば、街頭でチラシや風船なんかを配るキャンペーンガールだったり、ショッピングモールの屋上でやるヒーローショーの司会のお姉さんだったり、これくらいならわかるのだが、俺のグラビアっていったい誰が見たがるのだろう、無類の筋肉好き位しか興味ないだろうに。

 そしてまあ、案の定なのだがクラスの面子に、俺がアイドルデビューしてることがばれた。

 誰が最初に気付いたのかなんて、言うまでもないような気もするが、いつの間にかクラス全体に広がり、さらに言えば学年にまで広がっていた。

 一番意外だったのは、気付いたときには非公認ファンクラブが出来ていたことだ。

 公認ではなくてもファンクラブができるのは問題ないそうなのだが、メンバーを聞いてみたら、やっぱり大半が女子なのは、一応女子のアイドルとしていかがなものなのだろうか、いやまあいいんだけどさ、俺は。

 と、まあ順風満帆にアイドルとして走り出して、今は年の瀬も近付いてきた12月頭、ついに、俺にもその時がやって来た。

 

「CDデビューですか」

「そう、最後まで待たせちゃってごめんなさいね」

 

 きっと、アイドルを目指す女の子達の、ほぼすべてが望んでいるであろう、CDデビューがついに決まったのだ。

 

「いやいや、俺が最後に入社したわけですし、最後になるのは当然ですって」

 

 というか、俺としてはついに来てしまったか、というくらいの心境だ。

 自分で言うのもなんだが、俺はそれほど歌は上手くないと思っている。

 そして、俺自身の素材を活かす為に、俺はダンスや演技(と言っても舞台演技というよりはアクションだが)などのヴィジュアルレッスンを中心に組んでいたので、入る前よりマシだが、歌は特別うまくなっているわけではない、というのが現状だ。

 ちなみに、姉さんはとっくに『太陽のジェラシー』という正統派な曲でCDデビューを果たしていた。

 

「とりあえず、いくつか作曲だけされたサンプルがあるから、この中から気に入ったものを選んでちょうだい」

 

 そう言って渡されたMP3プレイヤーを受け取ってイヤホンを付けて聴いてみる。

 一曲目、コテコテのアイドルソング、たぶん作詞するならラブソングになるだろう。

 こういう曲は、俺より姉さんとか雪歩さんに渡す方がいいだろう、少なくとも俺向きの曲じゃないので却下。

 続いて二曲目、静かに始まるバラード調の曲。

 様々なことにおいてそうであるように、第一印象というものの効果は絶大だ。

 すでに俺の事を知ってる人間からしてみれば、俺のイメージとは程遠いし、この曲で俺を知った人間からしてみれば、それ以降のイメージがめちゃくちゃになってしまうだろう。

 こういう曲はたぶん、千早さんかあずささん、もしくは貴音さん辺りに似合っていると思う。

 そのうち、ギャップを狙って出すならいいかもしれないが、これも俺向きの曲じゃない、ゆえに却下。

 そして三曲目、スティックをぶつける音から始まってギターが入ってくる、本格的なロック調の曲だった。

 低く響いてくるベースやバスドラ、そしてメロディラインを奏でるギター、今まで765のアイドルで近いものがあるとすれば、多少違うが響の『Next Life』だろうか、そしてたぶん、俺に一番合った曲だ。

 

「この三曲目がいいかな」

「やっぱり、夏美ならそれを選ぶと思ったわ」

 

 そりゃそうだろう、一曲目と二曲目に関しては、俺が歌えばイメージの崩壊もいいところだし、そもそも歌いたくない。

 個人的にはもっとハードな曲でもいいんだが、そこまでいくとさすがにアイドルの曲じゃなくなってしまうからな。

 

「それじゃあ、三曲目で製作しておくわね」

「はい、お願いします」

 

 ひとまず楽曲が決まったところで色々と合点がいった。

 来週からやたらとボーカルレッスンが多かったのは、このCDデビューの為の前準備だったわけだ。

 最初は単純に今まで疎かに(勿論手を抜いていたと言う意味ではなく)なりがちだったボーカル面をギリギリアイドルと言えなくもないというところで維持、あるいはレベルアップの為だと思っていたが、そうか、ついにCDデビューの時が来てしまったか。

 ま、いつかは通る道、とりあえず頑張ってみようかね。

 

 

 

 

 突然のCDデビューが決まった翌日、今週までは今まで通りのダンスレッスン中心なので、レッスン場へあのライブ以降、すっかり仲良くなった響や真と一緒に向かっていた。

 ちなみに呼び名が変わっているのは、あのライブの終わりに、うっかり呼び捨てにしたら、そのまま呼び捨てがいいと言われて、今では当然のように呼び捨てで呼び合う仲となっていた。

 

「しっかし、もう俺のCDデビューの時がきたかぁ」

「ボクたちとしては、やっと夏美の番が来たか、って感じだけどね」

「うんうん、自分達のなかで一人だけデビューしてないなんて、なんか仲間外れにしてるみたいだったけど、これでまた一緒だな!」

 

 そう、俺が最後のデビューであるから、当然のように真もすでにCDデビューを果たしている。

 真は『エージェント夜を往く』という、真のかっこよさを前面に押し出した曲で、響は『Next Life』という、サイケデリックトランスというジャンルの、こちらは普段の響の様子とは違う、かっこよさやクールさを押し出した曲だ、非常にダンサブルな曲になっている。

 

「ま、嬉しくない訳じゃないさ、俺もアイドルだからな」

「ところで、夏美はどんな曲にしたんだ?」

「やっぱりギャップ狙いでフリフリのドレスみたいなコスチュームが似合う曲?」

「いや、俺はそういうの好きじゃないから……どっちかと言えば、響のNext Lifeが近いか、俺の方はロックだけど」

 

 そう言えば真も最初は伊織のようなキュートな曲を選ぼうとしたらしいが、雪歩さんと真美に止められたらしい。

 たぶん俺でも止めてた。

 

「へぇ、じゃあ結構ダンサブルな曲になるのか?」

「たぶんな、まあ最初はギャップ狙いより堅実にやっていくさ」

 

 たぶん、どうやってもそのうち、新しいファン層獲得のために、ギャップ狙いの曲をやることになると思うが、その時はその時だ。

 

「夏美なら、ダンスは問題なさそうだね、あとはあのボーカルトレーナーが及第点を出す程度に歌がうまくなれば、大丈夫だね」

「それが問題なんだよなぁ」

 

 あのボーカルトレーナー、フワッとしたセミロングの髪に眼鏡と、見た目だけならとても優しそうに見えるが、本質は真逆だ。

 俺がボーカル面を苦手としているのもあるが、あの人のレッスンは滅茶苦茶厳しい、鬼畜と言ってもいいかもしれない。

 今まで、絶対音感を習得するような訓練を積んでいないどころか、事務所に所属するまで、授業でやった合唱か、カラオケくらいでしか歌ったことの無い俺には、ピアノの音に合わせて声を出すというのは、なかなかに難しい、俺と大差無い姉さんも言わずもがな苦戦していた。

 これが言い訳であることも、そして確実に所属する前より上手くなっていることも理解しているが、せめてもう少し手加減して欲しかった。

 

「夏美はかなり声も安定してるし、大きいから、ある程度技術が身に付けばすぐにオッケーもらえると思うよ」

「その技術が問題なんだよなぁ」

 

 確かに腹筋、そして腹斜筋はそこらのアイドルより、というか歌うことに、人生をすべて捧げていると言っても過言ではない千早さんより鍛えているから、自然と声の安定感は抜群となっている。

 発声音量はたぶん生まれつきだ、近所の男共と笑いながら遊んでたのもあるかもしれないが。

 ひとまず、しばらくあの鬼コーチのスパルタレッスンが続くのは明白、気合い入れて望むとしよう。

 

 

 

 

 俺が先週危惧していたように、ボーカルレッスンは、それはもう厳しいものだった。

 そりゃそうだろう、今までは大目に見てもらえていた部分も、次は商品としてCDに録音する歌なのだから、トレーナーさんも手を抜くことはできない。

 体力的な面で言えば、まったく問題はない、ただやはり、苦手な物に長時間取り組むというのは、かなり精神的に来る。

 とは言え、さっきも考えたが、これは仕事の為に必要なことだ、そう思えば、少しはやる気が出てくる。

 俺の仕事ぶりはそのまま、他のみんな(765プロ)の仕事ぶりとなる。

 俺が中途半端な仕事をすれば、会社の信用を落としてしまう、子供っぽくない思考であることは、重々承知しているが、すっかり染み付いてしまっているこの考えによる動き方は、どうやら千早さんの何かしらの琴線に触れたようだった。

 

「この後、少し時間あるかしら」

 

 レッスンが終わり、責任感は感じれど、しかし居残りしたいかと聞かれると、そうでもなかった俺は、今日は帰って寝ようかと思って、荷物を片付けていた時に、千早さんに声をかけられた。

 なんというか、正直なところものすごく意外だった。

 普段の様子を見ていると、周りがいくら騒いでいようと、我関せずと言わんばかりの千早さんに、まさか呼び止められるとは思わなかった。

 ひとまずすることは無いので、千早さんについていってみようか。

 

「はい、大丈夫ですよ」

「なら、少し話しましょう」

 

 二人とも荷物を片付けると、その足でビルを出て町中を歩いていく。

 しばらく歩いて、ふと目についた喫茶店には入り、二人ともコーヒーを注文する。

 注文したのはいいんだが……お互いに何から話せばいいのかわからない。

 正直に言えば、俺は千早さんが、貴音さんくらい苦手だ。

 両者とも、多少イメージは違うが、話しづらい。

 貴音さんは、何を言えば会話が続くのか予想もつかないし、千早さんは、そもそも声をかけにくい雰囲気のようなものがある。

 コーヒーがテーブルに届いても、会話は始まらず、結局先に口を開いたのは俺だった。

 コーヒーを一口口に含み、舌を湿らせて、久々に苦手な上司の元へ行くときの心境を思い出す。

 

「千早さんは……普段どんな音楽を聴くんですか?」

 

 たぶんこの内容なら会話が続くというのは想像に難くない、ゆえに最初の質問にこの無難なものをチョイスした。

 というか、ろくに話したこと無いから他の質問が思い付かなかった。

 

「そうね……色々と聴くわ、バラードからポップス、Jazzにクラシック、言うと意外だと言われるけれど、ロックなんかも聞いたりするわ」

「え、それは確かに意外かも……」

 

 千早さんが、ロックを聴くというのは、本当に意外だった。

 Jazzやクラシックなら想像できるが……しかし千早さんがロック……

 

「確かにロックは破壊的だとか、過激な物もあるけれど、あれも確かに、音楽で何かを伝えようとする歌だもの、それに、あれらからも色々と学べることはあるわ」

 

 思っていたものとは、ちょっと違った回答だったけど、普段から学ぶ姿勢を忘れない千早さんのその姿は、歌にそれだけ一生懸命だということだろう。

 

「ところで、夏美はどういう曲を聴くのかしら」

「俺はそうだなぁ、今流行りのポップスよりは、ロックとかの方が好きかな」

「確かに、夏美はそういった曲が似合いそうだものね」

 

 音楽の話題を皮切りに、ある程度打ち解けられたんじゃないだろうか。

 話しているうちに、千早さんが一人暮らしをしていることや、学校の合唱部の空気がどうしても合わないことなど、色々な事を知った。

 とまあ、普通に話すだけならば、これでよかったのだが。

 

「とりあえず、結構経ちましたし、何か他に本題があるんですよね?」

 

 彼女は、特に用事もないのに、誰かに声をかけるということは、あまりしないだろう、普段の様子だけじゃなく、今日話していても改めて思った。

 その千早さんが声をかけてきたのだから、何か用事があったんだろう。

 

「そうね……あなたに少し聞きたいことがあったの」

「俺に答えられる範囲なら、いいですよ」

「……あなたは、ダンスの面に関しては、既に真達と並ぶほどだと、私は思っているわ」

「ふむ?」

 

 過大評価もいいところだと思うが、確かに今は今まで殆んど無かった基礎を固めることで、めきめき腕前が上達している事を感じている。

 

「だけど、逆に歌は苦手としている……だというのに、なぜそこまで頑張れるのかと思って、あなたはダンスを極めていけば、確実にトップに立てるんじゃないかしら」

「いやいや、さすがにそのレベルじゃないですよ、確かに得意ではありますけど」

「まだそうかもしれない、けど、何かを極めた人というのは、それに関してはプロフェッショナルになれるわ、それが、あなたの場合ダンス、なのに、なぜ苦手な歌で、あれだけ頑張る事ができるのかと思って」

 

 なるほど、そういうことだったか。

 千早さんは、普段から歌以外の仕事には興味がないと話していた、千早さんが歌にかける情熱というのもわかるが、俺はその姿勢が好きじゃない。

 

「まあ、確かにダンスだけやってれば、楽だし楽しいと思いますけど、でもそれじゃあダメですからね」

「ダメ?」

「はい、例えば、俺に歌番組のオファーが来たとしましょう、でも俺は歌が苦手だからと断った、まだデビュー間もない俺が、テレビ局側からしたらせっかくチャンスを与えたのに、と悪い印象を持つでしょう、俺にではなく、765プロという会社にね」

 

 もし俺が悪い印象を持たれたら、迷惑は俺だけではなく765プロの皆にもかかってしまう。

 ある意味社会の常識だ。

 千早さんは、多少融通は利かなくとも、良識のある人だと思っている。

 だから、千早さんもこれくらいのことはわかっているだろう、それでも言わねばならない。

 

「俺は、765プロという会社の看板なんだ、自分で仕事の選り好みしていい立場にない、俺はそう思ってる」

「会社の看板……」

 

 俺には、千早さんが、どこか焦っているような気がした。

 いったいどういう理由で焦っているのかなんて、俺にはわからないけれど、世の中焦りすぎていいことなんて、殆んど無い、勿論早いに越したことはない事があるのも事実だが。

 

「ローマ帝国の初代皇帝、知ってます?」

「……アウグストゥス、かしら」

「その人が言った言葉ですけど、Festina(フェスティーナ) lente(レンテ)、ゆっくり急げって言葉です」

「ゆっくり、急げ」

「たぶん、人生で無駄な経験って、無いんじゃないですか?」

 

 

 

 

「たぶん、人生で無駄な経験って、無いんじゃないですか?」

 

 とても、年下の女の子から言われたとは思えないほど、重たい言葉だった。

 私は、夏美のことを高く評価していた。

 ダンスの才能は勿論のこと、あらゆることに全力をつくし、時には怪我をするほどの無茶さえする。

 その責任感や、やる気というのは、とても好意的に見えた。

 だからこそ、言われて驚いた事があった。

 

『俺は、765プロという会社の看板なんだ』

 

 まさか、これ程まで、精神的な独立をしているとは思わなかった。

 まだ13歳、中学一年生で、会社の看板を背負い、その信用のすべてを自分が受けているという自覚。

 私でも……私だからこそ、そこまで自信をもって言うことはできない。

 私は、歌のために全てを捧げる覚悟というものは、勿論あった。

 しかし、歌以外に時間を割くというのは、どうしても抵抗があった。

 私は、歌わなくてはならない、私の歌を好きだといってくれた、優の為に。

 その為に、色々な仕事を、私のわがままで断ってきた。

 中学生に諭されたと思うと、自分で自分が恥ずかしい。

 なぜあれほどまでに頑張れるのか、その答えを知りたくて聞いた質問は、想像以上の威力を持ってして、私を撃ち抜いた。

 自分のため以上に、会社、仲間の為に。

 やはり、とても責任感の強い、そして、眩しい子だ。

 ゆっくり急げ、日本の諺で言うならば急がば回れだろうか。

 全力で進むだけではなく、時に周囲をゆっくり見回したり、回り道をするのも、いいかもしれない。

 ただ頂上へ早く着くのが、山登りの楽しみではないように、そこからの景色、思わぬ発見を探す。

 そう言ったものを探せば、より歌を好きに、楽しく歌えるようになるだろうか。

 

「ありがとう夏美、とても……とても参考になったわ」

 

 そうすれば、優が好きだといってくれた、歌を歌えるようになるような、そんな気がした。

 

 

 

 

 どうやら俺の、というか初代皇帝アウグストゥスの言葉は、千早さんの心に何かしらの影響を与えられたようだ。

 さっきに比べて、千早さんの顔は、晴れやかになっているような、気がする。

 確かに千早さんは、儚げや、憂いを帯びた表情というのが似合うが、誰であっても、やっぱり笑顔でいる方が綺麗に決まっている、まだ笑顔というより、微笑むという程度だが。

 

「そうだ、千早さん」

「何かしら」

「よかったら、今度俺に歌のレッスンをつけてくれませんか」

「レッスンを?」

「はい、自主練習をするには知識は足りないし、ちゃんと指導できる人が、欲しかったんです」

 

 せっかく、こうして千早さんと打ち解けることができたのだから、これからも、出来るだけ仲良くして行きたい。

 そのためには、千早さんならやはり一緒にレッスンをするのが一番だろう。

 ついでに苦手なボーカル面もレベルアップできて一石二鳥と言うわけだ。

 

「ええ、かまわないわ、代わりに、よければ私にもダンスを教えてもらえないかしら」

「それくらいお安いご用ですよ」

 

 こうして俺は、ダンスの弟子と、歌の鬼教官を手に入れた。

 

 

 

 

「うんうん、だいぶよくなったわね」

 

 千早さんとのお互いに教え合う師弟関係が始まって一週間、通常のレッスンと、更に千早さんに歌の居残りレッスンをつけてもらって、俺の歌はかなりうまくなった。

 というか、CDデビュー決定から、このトレーナーさんに誉められたのって、今回が初めてな気がする、千早さんが居なかったらどれだけ時間かかってたんだ、俺は……

 とりあえず、結構な時間がかかったとはいえ、ようやく基礎が出来上がったと判断をもらった俺は、基礎レッスンから、自分の曲のレッスンへと移行する。

 作詞はずいぶんと前に終わっていて、しかし歌うのは今回が初めてだ。

 曲名は『I Kill Your Heart』字面だけみるといたく物騒(お前の心を殺す)に見えるが、意味合いとしては「あなたを惚れさせる」だろうか。

 姉さんの歌う『太陽のジェラシー』が追いかけてもらいたいという願いの歌ならば、こっちはどこまでも追いかけて落とす、といった攻めの歌。

 どっちもラブソングに変わりはないが、こっちのほうがだいぶいい。

 ただまあ、決まっている振付で一つ勘弁してほしいのもあるが……まあ、それはひとまず置いておこう。

 とにかく、そんなこんなでもうすぐ新しい年を迎える12月、ついに『本物のアイドル』への道が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 時は過ぎて今は既に1月の末、千早さんにダンスを教えつつ、歌唱技術について指導してもらい、そしてトレーナーさんのチェックを受けるという行為を繰り返した一ヶ月、ついにこの時を迎えた。

 

「これでもう、レコーディング開始しても問題なさそうね」

 

 ついに、CDの収録をすることが決まった。

 いやぁ、果てしなく長く苦しい戦いだった気がする。

 なんだかんだみんな、姉さんすら一ヶ月くらいでデビューしてたのに、俺は約二ヶ月、びっくりするくらい才能ないね、俺。

 とにかく、ついに765プロで最後のCDデビューが始まるわけだ。

 そして、トレーナーさんからOKをもらった俺は、律子さんにも報告をして、早速今週、レコーディングをしている。

 結果から言えば、二、三度やり直しただけで、すぐにOKをもらってレコーディングはあっという間に完了した。

 なんというか、トレーナーさんからは何度もダメ出しをもらっていただけに、こんなに早く終わるというのは意外だった。

 というか、あの人が厳しすぎるだけか、それだけ大事にしてもらえてると思おう。

 まあ、楽に終わるならそれに越したことはないがね。

 さて、CDの収録が終われば何があるかというと。

 

「ミニライブ、ですか」

「ええ、CDの発表も兼ねたやつを今度、ショッピングモールで行うわ」

 

 ライブ……ライブかぁ……

 一度バックダンサーをやっているとはいえ、今度は自分がメインの、しかも自分だけでのライブ、流石に多少の緊張はする。

 

「緊張する?」

「まあ、多少は」

 

 とは言っても、逆に言えば失敗は全部自分のせいなわけだから、前回ほどひどい緊張はしていない。

 それに、チケットを売っているわけでもない、新人アイドルのミニライブなんて、それほど人目に止まるわけでもないだろう。

 うん、そう思うとだいぶ気が楽になってきた、むしろちょっと楽しみなくらいだ。

 

「うんうん、いい顔つきね」

「物は試し、どの程度できるか試してみたいと思います」

 

 さて、ライブまでの時間は歌とダンスを半々でレッスンか……やべぇ、絶対またボイスレッスンの鬼教官二人のシゴキが始まる……

 

「まあ……頑張りなさい、千早についてはあなたの自業自得よ」

「ういっす……」

 

 そしてやっぱり、予想に反しない、厳しいレッスンを受けたわけだが、本番まであと少し。

 ついに俺も、アイドルとして本格的に階段を上り始めた。

 

 

 

 

 

 

「いや、なんでお前ら……というかマー君ライブ知ってんの?ホームページに載ってた?なんでそこまでチェックしてんだよ……」




皆様お久しぶりです、作者です。
いやぁ、本業のプロデュース業が本格的に始まった上、副業が現在繁忙期でございまして、投稿が遅れてしまいました。
ひとまず春香さんのファンをあと500万人ほど集めなくてはなりません。
という冗談はさて置きまして、大変お待たせしてしまい申し訳ございません。
PS、楽しいですねぇ、時を忘れて睡眠時間がなくなるくらいには。
ただ、DLライブのアクセサリーのドロップ率、もう少しどうにかならなかったのだろうか……
かれこれもう30時間以上やってますが、第一弾の頭と足がまだドロップしません、足はともかく頭は絶対ほしいです、猫耳春香さんと千早が見たいんです。
というわけで、また一ヶ月後くらいにお会いしましょう。


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第九話:二人のリボンは姉妹の印~騙されてアイドル活動~

リアルで何があったかは後書きに。


 ライブの決定からさらにあっという間に時は流れ、今は二月の中旬、今日にはついに俺のデビューミニライブの日だ。

 メチャクチャしごかれた鬼教官その1(ボイストレーナー)鬼教官その2(千早さん)のレッスンの甲斐あって、かなり上達したと思う。

 ダンスについては、そもそもそんなにきつくなかったし、何よりダンストレーナーは、事情を察してくれた、女神だ。

 ひとまず、心配事は特にないだろうか。

 既に一度大きなステージを経験しているから、今更チケットを売るわけでもない、座り見立ち見ご自由にのミニライブくらいでは、さして緊張もない。

 何より今回のライブは俺ひとりのステージ、俺が失敗しても、せいぜい俺ひとりがこける程度の軽微な損害にしかならない。

 今更この程度で緊張しろという方が無茶というものだ。

 

「今日は随分と落ち着いてるわね」

「そりゃ、規模も小さいですし、この前のヒーローショーの司会の方がずっと緊張しますよ」

 

 律子さんも、一応ついては来たが、それほど心配している様子もない。

 信用してもらえているというのは、とても嬉しいものだ。

 ステージの裏手でゆっくりストレッチをして体をほぐしつつ、開演の時間を待つ。

 今日の予定は、まずステージ登って簡単な自己紹介、続いて俺の歌を歌い、そしてそのままCDの即売会兼握手会に移行する。

 果たして、こんなデビューまもなくの新人のCDを買うもの好きはいるのかとか、同じく新人と握手をしようとするもの好きがいるのかとか、いろいろと疑問はあるが、俺はこの業界の経営は何も知らない、意味があるからこうしてやっているのだろう。

 そもそも、前世に比べてアイドルという存在の地位が非常に高いこの世界、もしかすると世の中にはそんなアイドルの卵たちの中から、自らの気に入った子がトップアイドルになる姿を、はじめから応援していきたいという人がいるのかもしれない。

 もちろん、すべてのアイドルがそのはるかな高みに上り詰めることができるわけではない、しかし、期待されれば、頑張りたくなるのが人というものか。

 もしかしたら、今日のステージを見た人の中には、俺にそんな期待を持つ人がいるかもしれない。

 そう思うと、幾分やる気が湧いてくる。

 もちろん、今までやる気がなかったわけではないのだが。

 

「準備お願いします」

 

 ちょうど入念なストレッチを終えたところで、会場の設営をしていたスタッフさんがやってきた。

 設営は完了、体調よし、ほどよい緊張よし、集中力もよし。

 

「了解です!」

 

 着ていた上着を脱いで、律子さんに渡す。

 多少暖房が効いているとはいえ、やっぱり真冬は寒いが、ちょうどよく身が引き締まるってものだ。

 

「行ってくる!」

「一発かましてきなさい!」

 

 律子さんとハイタッチを交わして、ステージへと駆け上ると、左右におかれていたライトが光を放ち、ホールを色とりどりの光で彩る。

 会場を見てみると、どうやら設置されているベンチにも、何人か座ってくれているようだ。

 ちょっとした休憩のつもりかもしれないけど、俺にとっては大事な観客、ぜったいに楽しませようと気合いが入る。

 あと、なんでか知らないが、クラスメイト達がかなりの人数来ている。

 いや、来てるのはいいんだが、なんだその手作りらしき団扇は、なんで当然のように俺のグラビア載った雑誌買ってるんだよ、マー君に関してはなんでケミカルライトまで用意してんだよ、しかも全員分。

 ちらっと見れば、奥の方には姉さんも来ていた、本当に心配性というかなんというか。

 でもまあ、あれだな。

 悪い気は全然しないな。

 

「えー、皆さん初めまして、(わたくし)天海夏美と言います……って、固っ苦しい挨拶はいいか」

 

 挨拶をすれば、主にクラスメイトから笑いが溢れる、知らない人たちも、ちょっとだけ笑顔になる。

 

「今日は、俺のデビューライブに足を止めてくれてありがとう、見たことを後悔なんてさせないから、楽しんでいってくれ!」

 

 設置されたスピーカーから、ギターのイントロが流れてくる。

 遂に始まる、俺の『本当の』アイドルとしてのデビュー。

 

「聞いてくれ、俺のデビューソング……『I Kill Your Heart』!」

 

 

 

 

「すげぇ……」

 

 そう呟いたのは、果たして俺か、それとも他のクラスメイトだったか……いや、もしかすると全員同じような事を呟いてたかもしれない。

 でもとにかく、今口にできる感想はそれしかなかった。

 夏美がアイドルデビューしたことは知っていたし、雑誌に掲載されていたグラビアも見せてもらった。

 なんだかんだ夏美は、クラスの男子で集まって好みの女子の話になれば、一人二人から名前をあげられるくらいかわいいし、グラビアも綺麗だしかっこよかったと思う。

 でも、こうしてライブステージを見てみるまで、それほど現実感があったわけじゃない。

 確かに夏見は体育とか得意で運動神経がいいから、ダンスはうまいんだろうなと思っていた、でもそれだけではなかった。

 歌だって、ときどきテレビで見るような、まだDランクくらいのアイドルにもひけを取らないくらい上手かった。

 心底楽しそうに歌って、踊る夏美の姿は、学校で隣にいる『いつもの天海夏美』以上に輝いているように見えた。

 まあ、つまり何が言いたいのかというと。

 俺はこのステージですっかり、『アイドル天海夏美』のファンになっていた、と言うことだ。

 

 

 

 

 初めての、自分だけのステージ。

 俺のために用意されたステージで、俺を照らすライトに彩られて、俺を見るために止まってくれた観客に笑顔を溢す。

 見てる人は、クラスメイトを除けば、それほど多くはない。

 でも確かに、俺のステージを見て笑い、手拍子を打ってくれている人達がそこにいた。

 ふと、吹き抜けになっているショッピングモールの二階を見てみれば、小さな女の子が、こっちをキラキラとした目で見ていた。

 俺が躍りながら手を振ると、その女の子はさらに笑顔になって、手を振り返してくれた。

 今この瞬間だけは、俺は間違いなくこの歌のとおりの心境だった。

 

I Kill Your Heart(あなたを惚れさせて魅せるわ)!』

 

 今ここに来てくれている人達を魅了する、俺のファンになってもらう。

 最初こそ乗り気じゃなかったアイドル、でも俺は今、これ以上ないほど、この前のバックダンサーをやったとき以上に、気持ちが昂っている。

 この前まで愚痴っていたこの振り付けも、今は恥ずかしさなんてまるで感じない。

 右手の人差し指と親指だけを立てて銃に見立て、観客にそれを向け、そして。

 

『Bang!』

 

 ウィンクと一緒に、見えない弾丸を今の俺に出来る限りの魅力を乗せて打ち出す。

 そうすると、観客から少しだけ歓声が上がる。

 正直、本当に楽しんでもらえているかなんてわからない、でも今はそれ以上に、俺が楽しみたい。

 俺が楽しそうにしてなきゃ、きっと観客だって楽しめるはずがないから。

 でも、とにかく楽しい時間というのは速く流れるもので、気付けば曲は終わり、俺のステージはついに終幕を迎えた。

 

「ふぅ……みんなありがとう!また機会があったらどこかで会おうぜー!」

 

 演奏が終わると、いつの間にやら最初より増えていた観客から拍手が送られ、今日のライブをやって、アイドルになって本当に良かったと思う。

 このあとはまた挨拶してCDの販売と、あと握手会と……

 

『アンコール!アンコール!』

「は……?」

 

 観客席から聞こえてくる、満場一致のアンコールの掛け声。

 まさか、初めてのライブでアンコールをもらえるなんて思ってなかった。

 ちらりとステージ脇を見てみると、律子さんは満足そうに頷いていた。

 つまりGOサインってことか、曲は……READY!!か。

 うちのアイドルは全員が練習をして、歌って踊れる曲だ。

 

「アンコールありがとう、それじゃあ期待に応えてアンコール!こっからも飛ばしていくぜ!」

 

 再び観客から上がる歓声。

 一曲程度で疲れるほど俺の体はやわじゃない、そして期待に応えたい、たったそれだけでどんどん力と気合がみなぎる。

 歌が始まる、用意はできてるか?俺はばっちり覚悟を決めた。

 そう、ここから始まる。

 最初こそやる気はなかったが、やってみればなんとかなるもんだってことがわかった。

 流石に自分が一番だ、なんて言える程の自信はないが、目指してみるくらいはいいかもしれない。

 トップアイドルという、アイドルの目標ってやつを。

 スターとしての階段を駆け上り、スポットライトに照らされる自分の姿を想像する。

 今と変わっていないだろうか、それともまるで想像できないが、ちょっとは女らしくなっているだろうか。

 未来の俺は、うまくやっているだろうか、それともやっぱりダメなのだろうか。

 笑ってるだろうか、泣いてるだろうか。

 そんな、未来に期待と不安を抱いて、デビューするには、ぴったりな曲か。

 でもひとつだけわかる、きっとそんな未来の俺は、今の俺よりずっと綺麗で、かっこよくて、素晴らしいアイドルなはずだ。

 自分の思いの丈すべてを詰め込んで歌ったアンコールは、自分でも上出来すぎるくらい、大成功だったと思う。

 観客たちから惜しみなく送られる拍手は、この前のバックダンサーの時よりずっと小さいはずなのに、あの時以上に胸に響いた。

 俺は、これだけの人の心を動かせるのか。

 

「くぅ~!みんなありがとう!俺、今日のライブ絶対忘れないぜ!」

 

 今まで、前世も含めた記憶の中でも、今日のライブという記憶は、きっと最後まで色褪せずに残り続けるだろう。

 今まで見てきたどんな美しい景色や、映画、ドラマ、それらとは比べ物にならないほどの感動と一緒に、俺の心に刻み込まれていた。

 

「よし、俺も本当はもっとこうして歌っていたいけど、この後まだスケジュールあるから今日はこれまで!これから、よければ俺の事応援してくれると嬉しい、またこうやって、どこかでこんな楽しいステージが出来るって信じてる!今日は本当にありがとう!」

 

 再びの拍手を受けて俺はステージを後にする。

 疲れたけど、こんな疲れ方なら何度でもしたいな。

 

「お疲れ様、夏美」

「律子さんもお疲れ様」

 

 律子さんからスポーツドリンクとタオルを受け取って椅子に腰掛ける。

 このあとはスタッフさんの準備が済んだら、CDの販売と握手会が始まる。

 そこそこの手応えはあったし、ある程度は売れるんじゃないかと、多少のポジティブシンキングはゆるされるか。

 そして、数分も待つとスタッフの準備も整い、CDの即売会兼握手会が始まる。

 

「ありがとうございます!これからも応援お願いします!」

 

 ぶっちゃけ始まってみれば予想外としか言いようがなかった。

 同級生達はどうせ買うだろうと思っていたが、まさか一般のお客さん達も、短いとはいえ行列を作ってくれた事が、大きな驚きと同時に喜びだった。

 CDのジャケットにサインを書き、お礼と一緒に握手をする。

 なんというか、何度目だかわからないが、また『俺は本当にアイドルになったんだ』という実感がわいてくる。

 中には歴戦の猛者であろうと思われる、いわゆる秋葉ファッションの人達も居て、そういった目の肥えた人達にも認められたのかと思うと、自信がついてくる。

 あと同級生供は何で当然のように複数枚買いなんだよ、え?来られないやつに頼まれた?なんでそんな物好きばっかりなんだ……

 あとマー君、当然のように視聴用、布教用、保存用と三枚買うんだな、将来有名になったときのため?気がはええよ……わかってるわかってる、サインと握手な……Tシャツにも?俺はスポーツ選手か!

 

「別に姉さんの分くらい用意するのに、買わなくてもよくないか?」

「何言ってるの夏美、夏美も私のCD買ってくれたんだから、当然私も夏美のCD買うよ!あ、サインと握手もお願いね」

「まったく律儀だなぁ……おう、これからも応援するから、応援よろしくな」

「うん、一緒に頑張ろうね!」

 

 ひとまず、こうして俺の初めての単独ステージは、大成功で幕を閉じた。

 これからきっと、俺は本格的にアイドルとして過ごしていくことになるだろう。

 だが後悔はない、むしろ期待で胸が一杯だ。

 今までみたことがない景色、味わったことがない敗北感、喜び、多くの物を知っていくはずだ。

 姉さんに騙されてアイドルを始めたなんて、姉さんみたいで何とも抜けてるが、俺も姉さんと同じ血が流れているのだから当然と言えば当然か。

 そう、俺の、俺達姉妹の物語は、今この瞬間始まる。

 

 

 

 

 

THE IDOLM@STER 二人のリボンは姉妹の印~騙されてアイドル活動~

 

             本編始動――!




長らくお待たせさせてしまい申し訳ありません。
簡単に説明しますと、我が家のPC様が御臨終なさいまして、PC上で保管していた最新話、およびチマチマ書いてた短編が消しとんでふて寝しておりました。
ひとまず、私のすっからかんの脳ミソを振り絞って、スマホで消滅前の文章に出来るだけ近づけた上で、急ぎ皆様にお届けするため、いつもの半分程度の文章量となっていますのを、改めて謝罪いたします。
次話以降はハーメルンで執筆しよう、そう心に固く誓いました。
なお、本編始動――!とかかっこつけてますが、その前にいくらか日常生活のような小話を挟ませていただこうと思います。
それでは、またいつかお会いしましょう、アデュー!


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小話1:なんてことない日常。

偉大なる先駆者様のとある噺をパク……オマージュさせていただきました。
やはり二次創作というのは、面白ければ自分なりに他の人の作品をパク……リスペクトして書いていけば、自然と腕が上がるのではないでしょうかと、私は愚考しました。
そういうことで今回は、偉大なる見稽古様のお話の掲示板方式をパク……真似した物が後半となっています。
という訳で、丸パクリですが、楽しんでいただけたらと思います。


 1.春香と美希の、天海夏美改造計画。

 

 土曜日の朝五時、いつものようにアラームで目を覚ます。

 もう最近はすっかり染み付いた生活習慣だ、早すぎると思うかもしれないが、飯食ったりしてからの出勤だと、これくらいでちょうど八時頃に事務所に着けるんだ。

 しかし、今日は久しぶりに一日オフ日、ライブも終わったばかりだからと休みをもらったんだ。

 とは言え、趣味はないし、久しぶりに二度寝でも……

 

「夏美、起きてる?」

「起きてるけど、どうした?」

「じゃあ一緒に買い物いこ!」

 

 そう言えば姉さんも今日は午前だけオフだったっけか。

 最近あまり一緒に出掛けたりしてなかったし、たまにはいいか。

 

「いいぜ、何買いに行くんだ?」

「服を買いにいこうかなぁって」

「服かぁ」

 

 どうせ見に行っても俺は買わないしなぁ、精々がズボンとシャツくらいだろうからぱっぱと選んで終わる、何とも男性的な買い物になる。

 逆に、姉さんは結構おしゃれ好きだから、あれこれと悩むことが多い。

 我ながら似てない姉妹だと思う。

 

「うん、夏美の服も一緒にね」

「え?別に着られなくなった服とかないけど」

「もうっ、夏美ももっとおしゃれしないとダメだよ!夏美ももうアイドルなんだから!」

 

 おしゃれか……正直、アイドルになるということには覚悟できたが、それとこれとは別問題だと思うわけだ。

 俺はたぶん男っぽいさっぱりした感じが売りな訳で、ファン達からしたらそういう女っぽさは求められてないんじゃないかと思う。

 

「そういうわけなんだが」

「ダ・メ!」

 

 現実はそんなに甘くないみたいだ。

 

 

 

 

 仕事がある日に比べて、些かのんびりしてから家を出て10時頃、先日ライブをした某大型ショッピングモールに着いた。

 今でもあの日の感動は胸に刻みついていて、このホールを見るだけで心が震えてくる。

 万雷の拍手、観客の笑顔、同級生達のはしゃぐ姿……最後はいつも通りか、マー君はいつも以上だった気もするが。

 とにかく、またこんなライブがしたい、素直にそう思える程、俺はアイドルという仕事に夢中になっていた。

 

「夏美?どうしたの?」

「いや……またあんなライブがしたいって思ってさ」

「うん、わかるよ、私もまたステージに上がって、たくさんのお客さん前で歌いたい」

 

 俺以上にアイドルに憧れていた姉さんなら、その思いの強さも、当然俺以上だろう。

 

「いつか、同じステージに立ってみたいな」

「うん、今度律子さんに相談してみよっか」

 

 姉さんや千早さん、美希、亜美真美に、765プロのみんなと大きな、それこそアリーナやドーム、武道館みたいなでっかいステージでライブをする、それが俺のこの前のライブから抱いているひそかな夢だ。

 まあ、そんな規模のライブをするにはまだまだ全員経験値が足りないが、ド○クエでいうところのまだ最初の町とか村に辿り着いたくらいで、ラスボスにはほど遠いが、いつかそこまでいければいいな。

 

「さ、服を見にいこっか!」

「やっぱり買わなきゃだめか……?」

 

 将来を夢見るという現実逃避しても、無情にも現実は厳しいものだった。

 いや、俺だって必要に駆られればスカートくらい穿く(はく)さ、でも日常でまであんなの穿かなくてもいいんじゃないかと思う、俺が元男だからなのか、スカートというのがどうしても無防備に思えてしまい、早い話が恥ずかしいのだ、そういう大人向け写真集とか動画があるくらいだから。

 

「うーん、何もミニスカートとかじゃなくてもロングスカートとかさ、ほら、夏美って意外と大人っぽいとか、おとなしい時とかあるし、ロングスカートでおしとやかに纏めてみるのとかいいんじゃない?」

「意外とのところが釈然としないけど、ロングか……」

 

 足首あたりまであるロングスカートなら確かに、学校指定のものみたいにすーすーしないし、盗撮とかのしようも無いし、確かにそれならありか……?

 まあ、確かにアイドルになったわけだし、これからスカートをはく機会も増えてくるか、少しずつ慣らしていくためにも、ひとまずロングスカートから試していこう。

 

「じゃあ、ロングなら試しに買ってみようかな」

「よし!コーディネートはこのお姉ちゃんに任せなさい!」

 

 姉さんに腕をとられて服売り場に連れて行かれる、こうなると「ああ、そういえば姉さんのほうが肉体年齢年上なんだっけ」と思い出す。

 一応姉さんと呼んではいるけれど、前世の記憶も相まって、あまり『姉』として認識したことがないんだよなぁ……

 いや、別に頼りにならないとかじゃなく、何もないところで転んだり、とにかくおっちょこちょいだから、精神年齢も相まって、手のかかる姪っ子みたいな気分だったが、やっぱり姉さんは『姉さん』なんだな。

 まあそれは置いておいて、久々に姉妹らしく、一緒にショッピングを満喫するとしましょうか。

 

 

 

 

 うーん、これから冬になってくるし、それにやっぱりロングスカートに合わせるなら長袖のセーターとか似合うかなぁ……

 夏美は身長高いし、体格もいいからあんまりサイズ合うのがないけど、やっぱりお姉ちゃんとして、夏美がもっと女の子らしくなるために最初は手伝ってあげなきゃね!

 でも身長は高いとはいえ、手足はすらっと長いし、上は少し大きめのセーターにして、足はロングスカートで筋肉が隠れると、夏美って本当にファッションショーのモデルさんみたいに映えると思うんだよね、顔もきりっとしてるし、胸は少し小さいけど、モデルさんも胸が小さいほうがいろんな服を着れるからいいって言ってたし、やっぱりちゃんとおしゃれすれば夏美はすっごくきれいになれると思う。

 いいなぁ、私はどこも平均的だから、ある意味どんな服も着られるんだけど、これ!っていう服がなかなかないんだよね……

 夏美も、最初は巻き込んじゃって申し訳なかったけど、今はアイドルに興味を持って、やる気も出てきて、なんだかんだ自分でも服を見て回って、自分に似合いそうなものを選んでる……いや、まあ結局ボーイッシュなのにまとまっていくんだけど……

 とにかく!今日は私の服より夏美の服を考えよう、やっぱりさっき考えたみたいにロングのスカートとセーターにするとして、色はスカートを暖色系……やっぱり夏美らしいオレンジにして、セーターはどうしようかな……オレンジに合う色だとやっぱり白かな?あとは茶色のベルトで色を繋いで……うん、とりあえず小物は置いておいて、こんな感じかな!

 

「はい夏美、これ試着してみて!」

「お、わかった」

 

 私から受け取った服を持って試着室に入っていく夏美、うーん……個人的には結構気に入ったんだけど、夏美はどうかな、気に入ってくれるかな?

 

「どうだ、似合ってるか?」

「着替えるのはや!」

 

 まだ試着室入ってほとんど経ってないんだけど……でも出てきた夏美は、やっぱり私の見立て通り、素肌を出さないようにして大人っぽい服にすれば、いつもと違って、というかいつも以上に大人に見える、身長も相まってまるで夏美がお姉ちゃんになったみたい。

 

「うん、よく似合ってるよ!やっぱり夏美もちゃんとおしゃれすればこうやって綺麗になれるんだから、これから一緒におしゃれしようよ」

「うん、まあ、ちょっとずつな」

 

 今までは、頑として普段スカートを穿こうとしなかったことを思えば、これってもしかしてすごい進歩?

 よーし、これからちょっとずつ、夏美にもおしゃれを覚えさせるぞー!おー!

 

「でもやっぱりこっちのが馴染むな、よし、じゃあ次は姉さんの服見に行こうぜ」

「戻るのも早い?!」

 

 

 

「うわ、本当になっちーがスカート穿いてる?!」

「こりゃ明日は大雪ですな」

「らしくないのは百も承知だよ!」

 

 姉さんと買い物を済ませた後、姉さんの出勤に合わせて765プロに出社したのだが、何故か俺は直ぐに買ったものを着ることになった。

 いや、せっかく買ったものだし、俺の学校以外ではまず見られない―そもそも学校では夏以外スカートの下にジャージ装備してる―スカート姿という、超レアな事は認めるが、そんなに見たかったか、俺のスカート姿。

 

「春香、グッジョブなの!超グッジョブなの!」

「いやー、最初は断られるかと思ったけど、着てくれてよかったよ」

 

 美希もずっとおしゃれした方がいいって言ってたし、俺にスカートを穿かせた姉さんをやたらと誉めちぎってる。

 まあ俺も、これくらいなら羞恥心もほとんどなく過ごせるから、いくらか他のコーディネートを見繕ってみてもいいかもしれない。

 

「しかし、なっちーも色を知る年頃ですかな?」

「すっかりせくちーになりおって、コレですかな?」

「小指をたてるな、おのれ等は幾つだ、というかできるように見えるか?」

「「いやぜんぜん」」

「よし、ちょっと表出ようか」

「なっちーがキレたぞー!」

「しかし、機動力はいつも以下!我らにも勝機有り!」

「そう簡単に逃がすと思うか!」

 

 まったくこいつらは、色を知るだとか、コレだとか、俺が言えた事じゃないが、お前ら年齢と性別偽ってんじゃねえか。

 

「……服が変わっても夏美ちゃんは夏美ちゃんだったの……」

「うん、まあ、そんな簡単には変わらないよ、あはは……」

 

 

 

 

 今日は765プロ、というかミキにとって、偉大なる一歩ってやつを踏み出した日なの。

 だって夏美ちゃんがスカート穿いてるんだよ!?

 危なく本気で惚れちゃいそうだったけど、これで夏美ちゃんをちゃんと女の子として認識できるの!

 今までは男の子みたいにいつもジーパンにシャツと上着を着てて、似合ってはいたけどやっぱり女の子っぽくなかったんだけど、今日は春香がなんと夏美ちゃんにちゃんと女の子らしい格好をさせてきてくれたお陰で、今日の夏美ちゃんは、いつも以上に『綺麗な女の人』になってるの。

 やっぱり、夏美ちゃんはこうやっておしゃれすればいっぱいキラキラできるんだね、いつもの格好だとキラキラって言うよりギラギラしてて、時々本気で夏美ちゃんって男の子なんじゃないかと思っちゃうの。

 でも春香の見立ても間違ってないし、この格好も似合ってるけど、夏美ちゃんはやっぱり大人しい系より元気ハツラツ!って感じの方が似合うと思うんだよね。

 

「ねぇねぇ夏美ちゃん」

「美希か、どうした?もしかして似合ってないか?」

「ううん、そんなことないしよく似合ってるの」

 

 やっぱり着なれないからなのかな、動きにくそうだし、ちょっと恥ずかしそうなの。

 そしてやっぱり、夏美ちゃんがスカートを穿きたがらないのは、自分に似合わないと思ってるんじゃなくて、本当は恥ずかしがってるだけなの!

 それならいくらでもやりようがあるから、夏美ちゃんをもっとキラキラさせて、せめて真くんくらいには女の子になってもらうの!

 ……まあ真くんみたいにお姫様に憧れる王子様にはならない程度に。

 

「ミキね、明日お休みだから、明日はミキとデートしよっ♪」

「デートって買い物だろ……まあいいよ、レッスンは明後日からだしな」

「うん、約束だからね♪」

 

 夏美ちゃん!明日を楽しみにしてるといいの!

 

 

 

 

 今日は夏美ちゃんとデートだから目一杯おしゃれしてみちゃった。

 なんか本当に男の子とデートするみたいでドキドキしてきた、おかしいところとかないかな?

 夏美ちゃんをどうコーディネートしようか楽しみすぎて、ミキとしては珍しい事に今日はばっちり早起きして目も冴えてるの、なんと約束の20分前に集合場所に来ちゃった。

 うーん、早く来すぎて流石に夏美ちゃんもまだ来てないかぁ。

 

「お、お姉さん一人?」

「よかったら俺らと遊ばない?楽しいとこ知ってんだ」

 

 まーたナンパさんなの。

 ナンパなんてしてるから顔に自信あるんだと思うけど、これなら真くんとか夏美ちゃんの方がかっこいいの、服もダサいし、普段着の夏美ちゃんの方がこの人たちよりも何倍もかっこいいって思うな。

 

「ミキ、人と待ち合わせしてるから、別の人探しにいった方がいいって思うな」

「待ち合わせしてるのって男?ならいいじゃん、ぜってー俺らの方がいいって」

「そうそう、第一こんなかわいいこ待たせるなんてサイテーな奴より俺らに乗り換えない?」

 

 そもそも夏美ちゃんは女の子だし、こんなダサい人はノーサンキューなの。

 それに、今日はミキが早く来ちゃっただけだし、夏美ちゃんはなにも悪くないの。

 というか、この人たち夏美ちゃんのこと悪く言ってて流石にカチンと来たの。

 

「興味ないから、早くどっかいてくれないかな、それにファッションセンスめちゃくちゃだね、もっとおしゃれの勉強してからナンパしたらいいんじゃない?」

「んだとこのアマ!」

「ちょっと、手離して!痛いの!」

「人がちょっと下手に出てたからって調子乗りやがって……」

「人の連れに何か用か?」

「夏美ちゃん!」

 

 まるで王子様みたいにばっちりなタイミングで来てくれたの!

 でも相変わらず男の子みたいな格好……似合ってるけど、似合ってるから色々困っちゃうの。

 

「悪いな、まさか美希が約束の時間より早く来るとは思ってなくてな、待たせたか?」

「ううん、全然待ってないから平気なの、でもミキだって早起きすることくらいあるよ?」

「年に数回程度だろ、それ」

「何?君の待ってた人って女の子?ならちょうどいいじゃん、二対二で」

「なんなら俺達の友達呼ぶからさ」

 

 夏美ちゃんも来たのにこの人たち全然諦めてくれないの……

 しかもせっかく本当のデートみたいなお話も出来たのに、センスない上に空気も読めないとか最悪なの、なんでナンパなんてしてるんだろうこの人たち。

 

「結構、俺達はこの後用事あるから、その友達と遊んできたらどうだ」

「んだと?」

「あんまりしつこいと警察呼ぶぞ」

 

 夏美ちゃんがそう言うとナンパさん達は諦めてどっか行ったの、よくあることだけど、今日のは特にしつこかったの。

 

「まったく、中学生をナンパって何考えてるんだか」

「でもミキ達周りから中学生には見られてないって思うな」

 

 ミキもよく高校生と間違えられるし、もし夏美ちゃんを一発で中学生だって見抜いたら、その人は超能力者なんじゃないかな?

 

「んー、そりゃそうか、ひとまず次の面倒事がやってこないうちに行くとするか」

「うんっ、それじゃあ行こっ」

「引っ張るなって、転ぶと危ないだろ」

 

 むぅ、腕を組んでも夏美ちゃん全然慌ててないの、普通の男の子なら……あ、夏美ちゃんって女の子だったの。

 

 

 

 

 夏美ちゃんと合流してからちょっと歩いて、駅から少し移動した所にある、ミキのお気に入りの服屋さんに来たの。

 ここって小さいけど、意外といいものが置いてあって、お店の大きさの割に侮れないって感じ。

 

「服を買いに来たのか?」

「うん、ここって結構品揃え良くて、それに安いからミキのお気に入りなの」

「へぇ、意外だな、美希ってもっと自由に買い物してるかと思った」

 

 む、流石にミキのお父さんとお母さんがホーニン主義でも、お小遣いは決まってるからそんなにいっぱいは買えないの、お姉ちゃんがお財布管理してるし。

 まあ最近はアイドルのお仕事のお金で自由に使えるお金は増えたけど。

 

「別に高いものがいいものとは限らないって思うな、その人に似合うかどうかの方がずっと大事なの」

「確かにそうだな」

 

 まあミキのお金についてはどうでもいいの、今日の目標は、夏美ちゃんをもっと女の子らしくすること!

 えっと、とりあえずこのミニスカートと、これと……

 

「決めるの早いな、姉さんは結構ふらふら見て回ってたけど」

「そりゃそうなの、昨日から考えてた今日の最初にしてメインイベントなの……という訳で夏美ちゃん、これ試着してみて」

「ちょっと待て、それ俺が着るのか?!」

 

 当然なの、その為に昨日お昼寝しないで色々考えてたんだから!

 夏美ちゃんらしさを出すために、下はミニスカート、上はTシャツとオレンジのジャンパーにして、元気な感じにしてみちゃった。

 

「いくら見せるのが美希だけとは言え、こんな……太ももの半ばまでもないようなミニスカートは、流石に恥ずかしいぞ?!」

「大丈夫、それスカートに見えるかもしれないけど、実際はショートパンツなの!」

 

 本当にミニスカートを渡しても、穿いてはくれないと思ったから、ここは流石に妥協なの。

 それでもパッと見はスカートだし、でもショートパンツだから普段ホットパンツ穿いてる夏美ちゃんなら、何ら恥ずかしいはずないの!

 

「うーん……成る程、でも冬場に穿くにはちょっと寒いんじゃないか?」

「その点も抜かりないの、寒いならストッキングを穿くことで(無いよりはまし程度に)寒くないの」

「というか俺、昨日も服を買ってお金が……」

「往生際が悪いの、無趣味でミキよりお仕事頑張ってる夏美ちゃんが、ミキよりお金持ってないなんて無いって思うな」

「ぐぬぬ……」

「というか、夏場ホットパンツ穿いてる夏美ちゃんが今更恥ずかしがる物じゃないって思うな」

「そう……か、うん、そうだな、これもいつかのため……予行演習と思えば……」

 

 独り言をぶつぶつ言いながら試着室に入っていく夏美ちゃんを見て、ついガッツポーズ取っちゃったけど、コレは許されるよね?

 遂に夏美ちゃんにミニスカート(っぽく見えるショートパンツ)を穿かせる事が出来たの!

 まだミキの前だけって言ってたけど、少しずつ慣らしていけば、いつかきっと普段着にしてくれるの!

 これで我が人生一片の悔い無しってやつなの!

 ミキがコーディネートして、夏美ちゃんが着るんだから、間違いなくキラキラしててかわいいに決まってるの!

 

「ど、どうだ美希……いや、やっぱりショートパンツでも恥ずかしいものは……」

 

 試着室から出てきた夏美ちゃんは、やっぱりミキが思った通り似合っててキラキラで可愛くて、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめてるのもとっても可愛いの!

 惜しむらくは、スマホのカメラを起動してなかったことと、取り出したら確実に隠れられちゃう事なの。

 

「やっぱりすっごい似合ってるの!」

「そ、そうか?」

「うん!やっぱり夏美ちゃんはきちんとおしゃれすればとってもキラキラできるの、だからもっとおしゃれするべきだって思うな」

 

 でも、コレはこれでまずいの。

 こんなに可愛いとなると、もっといろんな服を着せて見たくなってきちゃった。

 次はどうしようかな……あ、あれなんか夏美ちゃんにすっごく似合いそうなの!

 うーん、でもコレは本当にミニスカートだし、穿いてくれるかな……ううん、ここはごり押してでも穿かせるの!

 

「夏美ちゃん!次、次はこれ穿いてみて!上はこれね!」

「ま、待て美希!少し落ち着こう!」

「これが落ち着いて居られないの!さあ、さあなの!」

 

 その後何着か夏美ちゃんにお洋服を着させられて、ミキもお金を半分出して夏美ちゃんは今日試着したいくつかを買って、ミキも大満足なの!

 それにしても、今日の夏美ちゃん、すっごく可愛かったなぁ……いつもの感じとのギャップが凄くてきゅんきゅんしちゃったの!

 あれ、もしかして『男の子っぽい夏美ちゃん』を好きになるより、今日の『女の子っぽい夏美ちゃん』を好きになる方が問題……?

 

「こ、これじゃあ本末転倒なのーーーー!」

 

 

 

 

 

 

 2.某掲示板アイドル板にて

 

【アイドル戦国時代】新人アイドル発掘スレPart132【東京国】

 

1:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 本スレは東京都でデビューしたEランク以下のアイドルについて語るスレです。

 発掘したオススメアイドルや、なかなか芽がでないけど応援したいアイドルなどを存分にダイレクトマーケティングしてください。

 

 前スレhttp://……

 前々スレhttp://……

 

 >>850を踏んだ人が次のスレを立てて下さい、無理な場合は誰かに頼むようお願いします。

 

 以下ルールなどを……………

 

 

 

 

573:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 だからあずささんのB91こそ最強だとあれほど……

 

574:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 貴様こそわかっていないな、貴音さんの尻に顔を埋めるのこそ至高

 

575:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 何を言っているか、お前達は千早のあの腰からお尻、足にかけてのラインの素晴らしさがわかっていない

 

576:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 お前バカ野郎、雪歩ちゃんのあの守ってあげたくなる優しいオーラが感じられないのか

 

577:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 お前らにここまで最初にデビューしたことを報告された以来話にも上がらない春香さんの悲しみの何がわかるってんだよ

 

578:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 >>577

 いや、なんと言うか……ごめん

 

579:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 >>577

 かわいいけど、うん……

 

580:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 なんと言ったらいいか……あの765プロのメンバーの中だと埋もれちゃうよね……

 

581:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 もう一押し何か個性が欲しい

 

582:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 ムードメイカーとか、リーダーには向いてそうだし、ユニット活動始めたら化けそう

 

583:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 しかし、最近の765プロはすごいな、ほぼ同時に12人デビューって、採算とれるのかね

 

584:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 普通に考えたら事務所内でファンの取り合いになるだろうけど、ほとんど属性かぶりしてないからワンチャン?

 

585:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 12人じゃないぞい、つい先日さっき話題に上がった春香の妹がライブデビューしたから13人だ

 

586:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 春香の妹……

 

587:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 やっぱり姉に負けず劣らず無個性?

 

588:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 は、春香さんは無個性じゃなくて特徴が無いのが特徴だから……(震え声)

 

589:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 いや、これがなかなかどうしてあのメンバーに埋もれないくらい個性的

 

590:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 mjk、詳細はよ

 

591:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 とりあえず、ここ765プロのプロフィールな

【URL】

 

592:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 身長170cm近くって嘘だろ……俺より高いやん……

 なおバストは80に届かないもよう

 

593:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 趣味:食べること、運動

 結構普通やな

 

594:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 て、思うやろ?

【夏美のグラビア画像】

 

595:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 えぇ……(ドン引き)

 

596:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 プロボクサーかな?

 

597:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 これで中学一年生(四月から二年生)という現実

 

598:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 ファッ?!

 

599:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 うーん、この筋肉、勝てる気せーへん()

 

600:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 でもこりゃダンス期待出来そうやん

 

601:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 実際とんでもないぞ、見間違いじゃなけりゃ、この前のウルザードのライブでバックダンサーしてたけど、同じ765プロの真王子と響ちゃんと一緒にバック宙してたし

 

602:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 マジか、誰かデビューライブ行ってないのか?歌についても詳細plz

 

603:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 歌もデビューしたての初ライブとしては目茶苦茶上手かったと思う、と言ってもやっぱりまだEランクくらいだな、ダンスはDランクありそうなくらいキレッキレ

 

604:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 しかも接客態度が聖人君子

 俺(30代童貞クソデブニート)が握手求めても笑顔で答えてくれた、俺達希望の星

 

605:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 お前はまず職安池

 

606:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 ちなみに一人称は多分「俺」で、無理に作ってる感じもなかったから素だと思う。

 性格もさっぱりしてて結構好み

 

607:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 はえぇ……確かにこりゃ個性的だわ

 お姉ちゃんが母親のお腹の中に残してきた個性を全部持ってきたんやろなぁ

 

608:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 哀れ、お姉ちゃん……

 

609:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 ちなみにこの夏美ちゃんのデビュー曲の試聴版は765プロのサイトにあるから、聞いてどうぞ

 

610:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 結構いい曲やん、声もパワフルな感じ出てていいんじゃないか?

 

611:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 しかし、真王子と並んで圧倒的女性人気が高そうだな

 

612:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 いや、ユリスキー票も獲得できるから以外と半々くらいじゃないか?

 

613:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 王子:真

 お姫様:雪歩or美希

 近衛武士:夏美

 これでどうだ

 

614:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 近衛騎士じゃねえのかよwwwww

 

615:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 確かにイメージは騎士って言うより武士だなw

 

616:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 な、なっ……夏美だぁ~っ!

 

617:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 >>616

 アイドルだらけの三國志で遭遇したら負け不可避やんけ!

 

618:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 実際あの身長、筋肉で武器使われたら死ねるわwww

 

619:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 武将系アイドル、これは流行る!

 

620:以下名無しに代わりましてPがお送りします。

 

 流行らなくて、いいから(良心)

 でも歴史&アイドル好きのワイ、是非夏美ちゃんの呂布姿を見てみたい。

 

 

 

 以下カップリングや何故か三國志の話でスレが進行する。



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第十話:そういう運命。

本話は、演出の都合上少々特殊な視点の部分があります。
せっかくだからあのドキュメンタリー番組風にしたかったので……
いつも通り、視点変更、時間の経過、場面転換で @ を挟んでいるため、分かりにくいことはないと思います。


 『アイドル』

 

 それは女の子達の永遠の憧れ。

 だが、その頂点に立てるのは、ほんの一握り……

 

 そんなサバイバルな世界に、

 13人の女の子達が足を踏み入れていた。

 

 

 

 

 まだ夜も明けきらない早朝、駅で待つカメラの前に、二人の少女がやって来た。

 二人は改札を潜るとカメラに気づき、こちらへと駆け寄ってくる。

 

「あ、おはようござい……ってきゃあ!」

「おはようございます」

 

 二人のうち、小柄で頭に二つのリボンを付けた方の少女が、自分の足につまずいて転んでしまっていた。

 ある意味器用なことだ。

 

『だ、大丈夫ですか?』

「あ、あはは……慌てちゃって……」

 

 彼女は765プロ所属アイドル、天海春香、優しく明るい、ちょっとおっちょこちょいなアイドルだ、イメージカラーは赤。

 

「大丈夫ですよ、いつもの事だし」

『……慣れてらっしゃるんですね』

 

 もう一人、身長が170cm程、同世代からするとかなり高い身長の、栗色の長い髪をこちらもリボンでポニーテールに纏めた少女が、同じく765プロ所属アイドルで、ダンスを得意とする天海夏美、イメージカラーは山吹色。

 

「電車も来ますし、行きましょう」

『そうですね』

「あ、二人とも待ってー!」

 

 彼女達の自宅は事務所から遠いため、こうして朝早くの電車で通勤している。

 ホームで待っていると、東京行きの電車がやって来る。

 通勤電車としても早いこの時間、席はがらがらで、二人とも余裕をもって座ることができた。

 二人とも鞄からそれぞれの愛用品を取り出す。

 通勤にかかせないもの―音楽、タブレット。

 姉である春香はイヤホンを耳にはめて音楽を聴き、妹である夏美はタブレットで様々な記事などを読んでいる。

 いくらかの駅を通りすぎると段々と高いビルが増えて行き、車内にも人が増えていく。

 春香はおばあさんに席を譲り、妹の夏美は、いつの間にやら、器用にもどちらにも傾かずに眠っていた。

 この後、さらに一本電車を乗り継いで、続いては徒歩で事務所を目指す。

 

『事務所まで、どれくらいかかるんですか?』

「えっと……二時間くらいですね」

『通うの大変じゃないですか?』

「最初はきつかったけど、もうなれたよな」

「うん、それに電車の中で音楽を聴いたり、オーディションの資料とか見てたら、あっという間ですから、気になりません」

 

 そう笑顔で答える春香、きっと彼女は、今この仕事が楽しくて仕方がないのだろう。

 

『ということは、夏美さんが見ていたのは、その資料ですか?』

「あー、いや、あれはニュースとか新聞を見てたんですよ」

『新聞ですか』

「色々知っといて、損はないですからね」

『なるほど』

 

 確かに、様々な仕事をするアイドル、世の中の出来事を知っておいて損はないだろう。

 しかし、改めて言うならば、彼女は春香の『妹』であり、まだ『中学二年生』だ。

 そのようにいくつか質疑応答をしながら歩き、途中のコンビニへ立ち寄る、飲み物や軽食を買っていくようだ。

 

「あ、真おはよう!」

「真、おはようさん」

「あ、おはよう春香、夏美……って、うわわわっ!」

 

 コンビニに立ち寄ると、雑誌コーナーで一人の少女が雑誌を読んでいた。

 彼女は菊地真、春香達と同じく、765プロ所属のアイドルであり、特に響や夏美と共にバックダンサーなどを勤める、ダンスが得意なアイドルだ、イメージカラーは黒。

 

『何を読まれてたんですか?』

「あぁ……これです……らしくないですか?」

 

 我々に気付いて咄嗟に隠していた雑誌を見せてもらうと、それは『LaLaLa』という少女マンガの雑誌だった。

 ファン達からは、真王子とも呼ばれることもある彼女としては、やはり好きだとしても知られるのは恥ずかしかったのだろうか。

 

「ボク、内緒ですけど、結構こういうの好きなんです」

 

 それを見る人たちに夢を与える偶像、そのイメージを守るというのも、彼女達の立派な仕事のひとつだ。

 

「俺は少女マンガより、少年漫画派だな、ドラ◯ンボールとか」

「わかってないなぁ、確かに燃える少年漫画もいいけど、ボクはこういうお姫様になりたいの!」

 

 その点、周りのイメージが素のままである夏美は、仕事が楽でもあるのだろうか。

 

『菊地さんは、女の子のファンが多いと聞きましたが……』

「ああ、はい、それはそれで嫌ではないんですけど、やっぱり普通に男子にも関心もって貰いたいです」

 

 夢を見せる少女達、それでもやはり、彼女達も一人の女の子なのだ。

 買い物を終えてさらに移動をすると、ビルとビルの合間に建つ、一階が食堂となっている少し古いビル、そこが彼女達の事務所、『芸能プロダクション765プロダクション』だ。

 

「いつになったら直るのかな、エレベーター」

「ま、いい運動になっていいんじゃない?」

「いや、物運ぶのに不便だし、いい加減直そうぜ?」

 

 どうやら老朽化の結果、このビルのエレベーターは壊れて動かなくなっているらしい。

 それでも流石は現役の女子高生達、苦もなくすいすいと上っていく。

 

「大丈夫ですか?」

『だ、大丈夫です』

 

 三階にある事務所まで階段を上れば、遂に到着する、そこが彼女達の活動拠点、765プロダクション。

 

「えっと、ここが私達の事務所です」

「「「せーっの……765プロへようこそ!」」」

 

 アイドル3人に見送られ、我々は事務所へと入っていく……

 

 

 

 

「姉さんはなんであんな緊張に弱いんだか」

 

 姉さんは撮影中こそ、その緊張を隠してたけど……まあいつも通り転びもしたが、本当に姉さんはまだ馴れないよなぁ。

 俺達の最寄り駅で待っていたカメラマンを、事務所まで案内して、今は律子さんを撮影するそうで、俺は休憩室と言う名のあまり使われない会議室で休んでいた、ちなみに先客である美希は既にソファーで眠っているし、あずささんと貴音さんは何やら雑誌の占いで盛り上がっているので、俺は諦めて美希が寝てるソファーの肘掛けに腰かけている、姉さんは千早さんと一緒に事務スペースだと思う。

 ところで、カメラマンは男だったけど、律子さんと小鳥さんにお茶を持っていった雪歩さんは無事だろうか、主にカメラが。

 

『男の人~?!』

 

 あーあ……やっぱりダメだったか……あの感じは湯飲みも割れたか。

 雪歩さんの男性恐怖症もまるで改善されないな、社長がそろそろもう一人プロデューサーを雇うって言ってたけど、男だったら雪歩さんは平気なのか?

 

「まあ、メイク占いですって」

 

 メイク占いっていったい何を基準に占ってるんだ、それは……

 あといつの間にかカメラ来てるし。

 

「あら、今月の仕事運は星ひとつ……でも恋愛運は星みっつですって、よかったわ」

 

 それでいいのか、アイドル。

 まああずささんは運命の人を探して、なんていう、ちょっとポンコツな理由でアイドルになったわけだし、いいか。

 

「まこと不思議な占いですね……本当に当たるのでしょうか」

 

 まったく同感だよ貴音さん。

 まあ、俺はそもそも占いはほとんど信じないタイプなんだが。

 

『占い、信じてるんですか?』

「はい、いいことが書いてあったら信じますね、貴音ちゃんと夏美ちゃんの占いは、どうだったの?」

「んー、俺はそもそもほとんどメイクしてないし、あんまり信じてないからなぁ」

(わたくし)ですか?(わたくし)は、人生とは己で運命を切り開くものだと信じております」

「運命は切り開くもの、うふふ、そうかもしれないわね、貴音ちゃん」

 

 切り開くものかぁ、俺はどちらかと言うと、振り回されるものって感じがするな、前世の記憶とか、今世の姉さん、美希に振り回される感じが。

 

「ハム蔵~!どこだ~?!」

「そっち入ってったよ!」

「大人しくお縄につきやがれ~!」

 

 まーた騒がしいのが来たなおい。

 この感じはまた響がハム蔵のひまわりの種でも食べたか?

 そんなことを考えているうちに、休憩室にハム蔵、響、亜美真美、が入ってきた。

 隠れやすいとは言え、なぜハム蔵も美希の胸元に入っていったし。

 

「あっ、居た!」

「うわぁ、ミキミキのここんとこ入っちゃってるよ」

「ぬふっふっふ、ハム蔵も男よのう」

「コラハム蔵のエッチ!」

「ん……?」

 

 流石にこれだけ騒がしければ、美希も起きるか。

 美希の胸元から顔を出したハム蔵を響が捕まえる。

 すごいどうでもいいけど、姉さんハム蔵の物真似めっちゃ似てるんだよな。

 

「どうしたの?」

「ミキミキ、カメラだよ、なんか喋ろうよ~」

 

 そう言われてやっと美希はソファーにしっかり座り直した、相変わらず超眠そうだけど。

 ひとまず、俺もそのとなりに座る、こうすりゃ寝れんだろ。

 

『自己紹介お願いします』

「ふぁ……あふぅ、星井美希、中三なの……終わり」

 

 それだけ言うと、美希は俺の膝の上に頭を乗せて寝始めた、結局寝るのな。

 それでいいのか美希……一応テレビの取材なんだが。

 

「えぇ、それだけ?」

「早いよぉ」

「あぁ、あと胸おっきいよぉ……あふぅ」

「もう、ミキミキ~」

「寝る子は育つって事なのかしら……」

 

 いや、美希の場合は体質だろ。

 歌もダンスも本気を出せばとんでもない才能の塊で、ビジュアル面もご覧の通り、本当にアイドルになるために居るような奴だよなぁ。

 なんて思ってたら、また響の手からハム蔵が逃げ出して一騒ぎ……そろそろ律子さんがキレるぞ……

 

「もう!皆いい加減にしなさーい!!」

「「「はーい……」」」

 

 言わんこっちゃない……

 

 

 

 

 取材二日目の日曜日、俺の今日の予定は、実を言うと特にない。

 昨日仕事……と言ってもCDの手売りなのだが、とにかく仕事を終えたため、今日はオフ日だ。

 でもせっかく出社したし、午後からならレッスン場も空いているらしく、トレーナーは居ないが自主レッスンすることにした。

 今日は確か、あずささんのオーディションにカメラはついていっていたはず。

 ところで、まだほとんど有名じゃない弱小プロダクションの密着取材って、数字とれるんだろうか。

 トレーニング用のジャージに着替えて、レッスン場で適度に汗をかいていると、ケータイが鳴り出した。

 

「もしもし、夏美です」

『あ、夏美?今大丈夫かしら』

 

 電話の相手は律子さんだった、どうしたんだろう、今日のスケジュールだと特にブッキングとかなかったと思うけど。

 

『あずささんがカメラマンさんと一緒に迷子みたいなの、迎えにいってもらえる?』

「ああ、そういうことですか、いいですよ」

『ごめんなさいね、今頼める子他に居なくて』

「はーい、それじゃあ切りますね」

 

 あずささん、本当にこの方向音痴さえ無ければ完璧なんだが……いや、それも含めてあずささんの魅力か。

 しかし、カメラマンさんとはぐれなかっただけよかったとして、探しに行くか。

 

「あ、もしもしあずささん?今どこ……と言うか近くになに見えますか?」

 

 

 

 

 あずささんとカメラマンさんを事務所まで送り届けてから、もう一度レッスンしようと移動をすると、レッスン風景を撮影したいらしく、カメラマンさんが付いてきた。

 まあ、見られて恥ずかしいものでもないし、別にいいか。

 

『今日はオフだと伺いましたが?』

 

 一度冷えてしまった体を、もう一度温め直すように丁寧に柔軟をしていると、カメラマンさんが質問してきた。

 

「ん?そうですよ」

『オフでもレッスンを欠かさないんですね』

「レッスンを欠かさないと言うより、暇ですからね、運動は趣味ですし、ダンスは俺の武器ですから」

 

 受け答えをしながら、ステップの確認など、一人でも出来るレッスンを進めていく。

 ちなみに筋トレは迎えに行く前に規定のメニューを済ませてある。

 

『小鳥さんから、筋肉がとても綺麗だと伺いましたが、ご自分ではどうでしょう?』

 

 お、なかなかいい質問をしてくれたな。

 皆筋肉がすごいとは言うけど、特に踏み込んだことは聞いてこないからなぁ。

 

「結構自慢なんですよ、事務所に入る前は、自分で決めたメニューで筋トレして、脂肪を落として腹筋が見えるようにしたり」

『それも趣味のひとつですか?』

「そうですね、女の子らしくないとは思っても、割れた腹筋ってかっこいいじゃないですか」

『女の子のファンが多いというのはどう思いますか?』

「誰も彼も大事なファンですよ、素直に嬉しいです」

 

 まあ、デビューしてから、女子から告白されてはないけどな、いや、それが普通なんだが。

 なんて話しているうちに大分日が傾いてきた、カメラマンさんも、あと亜美真美を撮影したいらしく一緒に事務所に戻ることにした。

 ……話したいように話しすぎたか?また女子のファンが増えそうだなぁ……嬉しいことなんだけどさ。

 

 

 

 

『質問です』

 

『あなたにとって『アイドル』とは?』

 

 

 

「なかなか、難しい質問ですね……」

 

「でもまあ、一言で言うなら……そういう運命、ですかね」

 

「姉さんにだま……誘われて、765プロの皆と出会って、こうして仕事をして……」

 

「全部、運命だと思います、最後まで全力疾走して、この先の運命、全部見てみたいです」

 

 

 

 

 変わらなく流れていた日常が、

 

 少しずつ変わり始めている。

 

 少女たちの想いをのせて……

 

 この広く険しいアイドルという世界、多くの少女が笑い、泣いているだろう。

 

 そんな中、彼女達は、765プロの仲間という、共に笑いながら進んでいく友がいる。

 

 ひとりでは出来ないこともあるかもしれない。

 

 それも、仲間となら出来ることかもしれない。

 

 仲間と手を繋ぎ、彼女達は進んでいく。

 

 そして、もう一人……

 

 

 

 

「君たち、ちょっと聞いてくれるか」

 

 テレビ取材開始一週間、全員を集めて社長から重大発表があるらしい。

 発表の内容について、毒にも薬にもならない話をしていると、社長が遂に口を開いた。

 

「言ってあったと思うが今日は、君たちに素晴らしいニュースがある、遂に我が765プロに、待望のプロデューサーが誕生する、きっと我が765プロの救世主となってくれるだろう」

 

 新しいプロデューサーか……今までは律子さんと、時々小鳥さんの二人だけでプロデュースしていたし、小鳥さんはほとんど事務作業しか……と言うか小鳥さん事務員だし、これから二倍仕事が出来るようになるってことか。

 これは忙しくなりそうだな。

 律子さんも、これで人手不足から解放されるって言ってるし、ちょっとは休んで貰いたいな、今まで一人で13人も担当してくれてた訳だし。

 

「あーそれと、765プロの密着取材をしていたカメラマンなんだがね、何を隠そう、彼が765プロの新人プロデューサーなんだよ」

『えぇ~?!』

「はっはっは、驚いたかね、彼には事前に君達の事を知っておいてもらおうと思ってドキュメンタリーの……」

 

 なんだと……それは流石に予想してなかったな。

 確かに、重い機材を運んだりするにしては、線が細いとは思ってたけど、本業はこっちだったのか。

 皆も予想外だったのか、カメラに詰め寄っている。

 ……という、この前の映像を全員でテレビの前で見ていた。

 てっきり、実は放送されないのかと思ってたわ、この映像。

 

「あの時はビックリしたなぁ」

「ほんとほんと、なんで黙ってたのよ」

「いやぁ、社長に内緒にするように言われてて」

「騙すなんてずるいなぁ」

「う、すまん……」

 

 新人プロデューサーは、黒髪に眼鏡、ぱっとしないし、あまり頼り甲斐の無さそうな見た目だけれど、でもやる気だけはしっかり伝わってくる表情をしていた。

 

「はいはい、皆静かに、それじゃあ改めてプロデューサーに、所信表明をしてもらおうかしら?」

「えっ?」

 

 律子さんがそう言うと、プロデューサーは困ったような顔をしたが、知ったことじゃない、俺達のプロデューサーになるんだから、ここでガツンと決めて欲しいな。

 皆も同じように、期待の眼差しをプロデューサーに向ける。

 

「あー……えっと、あの……プロデューサーとしてまだ日は浅いけど、とにかく一生懸命頑張ります!夢は皆まとめてトップアイドル!どうかよろしくお願いします!」

『おぉ~』

 

 皆まとめてトップアイドル……か、大きく出たけど男ならそれくらい言ってもらわなきゃな!

 皆も感心したように拍手を送る。

 さてさて、社長直々に鍛えたらしいP(プロデューサー)の実力やいかに。

 

 

 

 

「プロデューサー!」

「なんだ夏美?!」

「あずささんの捜索依頼だ!」

「またか?!」

 

 

「兄ちゃ~ん!」

「はぁ……はぁ……亜美か、どうした?」

「雪ぴょんがまた埋まろうとしてるから止めてよ~」

「どこでだ?!と言うか俺が行くと悪化しないか?」

 

 

「お疲れさま、プロデューサー」

「お、おう……プロデューサーって思ってたよりきついんだな……」

「いや、この事務所だけだと思うぞ」

 

 今日一日動き回ってたプロデューサーに、俺が淹れたコーヒーを差し出す。

 ちなみにこれは俺が拘って豆から選んだブレンドだったりする。

 地味に前世からの趣味だ……本来はお金がかかるから学生が手を出す趣味じゃないが、何せ無趣味な就労学生だからな。

 なぜコーヒーに手を出したのかというと、仕事中どうにも眠くなって仕方なかったから、よく缶コーヒーを飲んでいて興味を持ったからという建前と、よく行くカフェのウェイトレスさんとの話題を作りたかったという本音がある、まあそのウェイトレスさんは実は既婚者だったという悲しい結末だった訳だが。

 

「砂糖とミルクは?」

「砂糖だけ少し頼む」

「はいよ」

 

 言われた通り砂糖を匙一杯だけ入れる。

 

「美味しいな……これどこのメーカーのなんだ?」

「気に入ってもらえてよかったよ、美味しいだろ?天海夏美ブレンド」

「夏美が一から作ったのか?凄いな……」

「ああ、まあ豆買って来るだけだから、それほどの手間じゃないけどな」

 

 実際、ブレンドを考えたの自体は前世だから、前世程の苦労してない。

 正直一番苦労したのは、豆の専門店を探すことだし、それ自体も東京だけあってすぐ見つかった。

 

「ま、最初はどんな仕事だってきついものだし、がんばれ」

「そうだな……女子中学生に言われるとなると、なんともアンバランスな言葉だが」

「深くは気にするな」

 

 懐かしいな、前世で後輩や部下を持ったときもこんなこと言ってたっけか。

 確かに女子中学生が言うには、重すぎて軽く感じるかもしれないけど、ある意味俺は人生の先輩で、そしてほんの少しとは言え、この業界の先輩だ、ちょっと頼り無さそうだし、俺に出来る限りはサポートしていきたいな。

 そうじゃなくとも、精神的性別も、精神年齢も比較的年が近い同僚だから、仕事抜きにも仲良くしていきたい。

 

「よし、もう少し頑張って書類片付けるか」

「おう、頑張れ、俺もそろそろ帰るから、マグカップは洗っといてくれ」

「わかった、また今度淹れてくれるか?」

「また頑張ってたら考えとく」

「ははは……じゃあ頑張らなきゃな」

 

 荷物を纏めて持つと、事務所を出て帰路につく。

 姉さんもさっき駅に向かったって言ってたし、ちょうどいいタイミングかな。

 

 

 

 

 書類仕事を片付けながら、アイドルの事、これからの事を考えていく。

 全員個性的で、魅力的な少女達だ。

 これから、俺はこの子達をプロデュースしていく……社長は全員がトップアイドルになりうる資質を持っていると言っていたが、それはあながち嘘ではないと感じた。

 皆が皆、それぞれの夢、目標、未来、そういったものへの希望を持ってアイドルという仕事に取り組んでいる、その才能だって、素人に毛が生えた程度の俺でも、短い時間だが共に過ごしてその片鱗を感じていた。

 それを生かすも殺すも俺次第、俺も皆に負けてられないな!

 

「えっと……真は身体能力が全体的に高く、ダンスが得意で、よく響や夏美とバックダンサーをしていた……」

 

 敵を知り己を知れば百戦危うからず、という言葉の通り、自分達の武器を改めて確認するというのは、とても大事なことだ。

 そう言うわけで、真達の初ステージとなったバックダンサーの映像を見ていたのだが……

 

「しかし、体格、身体能力、趣味、精神の成熟振りと、夏美って本当に中学生なのか?」

 

 初のステージであるというのに、堂々と踊りきった胆力、激しい振り付けを踊っても切れないスタミナ、普段からニュースのチェックに、趣味は筋トレとオリジナルコーヒー……さらにさっきの言葉と、まるで俺よりずっと年上にすら感じる。

 それでも、亜美達中学生組といるときは、年相応の態度や振る舞いをしている。

 なんとなくだが、どっちも作っているという感じはなく、きっとあれが、どちらも彼女の素なのだろう。

 だとしたら、なんとも面白い子だ、日常生活の中にもギャップがあり、それはきっと飾らない彼女の大きな魅力のひとつとなる。

 あえて普段は大人組と一緒の仕事を振って、時々亜美達と仕事をさせれば、彼女の新たなはじけている面を見てファンになる人が居るかもしれない。

 それに、夏美は周囲に気を配れるし、しっかりマナーや読むべき空気も読める、だからふざけるときはふざけられる。

 そうなると、夏美はダンス以外にもバラエティー番組も任せられるな、雛壇に置いておいてもうまく切り抜けてくれそうだ。

 それにスタイルがいいし、モデルも出来そうだ。

 最初は突然社長に事務所まで連れていかれて、就活中だった勢いで受けてしまったこの仕事だったが、こうしてプロデュースの企画を立てるというのがとても楽しくて、改めて社長の才能や適性を見抜く慧眼は素晴らしいものだと感じる。

 

「よーし、もう一頑張りするか!」

 

 夏美に淹れて貰ったコーヒーを一口飲んで、眠気を追い出す。

 ああ、コーヒーと言えば、カフェを巡る番組や雑誌コラムの仕事が出来るか、自分でオリジナルコーヒーを淹れられるなら、かなりのコメントが期待できそうだ。

 本当に万能だな、夏美は。

 まあしばらくは、夏美ブレンドのオリジナルコーヒーは俺達だけの独り占めだな。



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第十一話:"準備"を始めた俺達(前編)

 長らくお待たせいたしました。

 本当はアニメ二話の内容を丸々乗せたかったのですが、このまま行くと一万六千から下手すると二万文字行きそうだったので分割いたしました。
その結果八千文字ほどですが、どうかお楽しみください。


「それじゃあ次、7番の天海夏美さん、アピールお願いします」

「はい」

 

 新プロデューサーを迎えた四月はあっという間に過ぎ去っていき、もう五月になろうとしている。

 その間は中々に忙しく、レッスンよりオーディションや小さくとも仕事をしている事が多かった。

 しかし、今はとある問題を抱えていた、それは……

 

「それじゃあ今日の合格者ですが、4番と5番……あと8番の方、この後直ぐに打ち合わせますので、プロデューサーがいる場合は一緒に隣の会議室まで来て下さい……あ、他の方は不合格ですので帰っていいですよ」

 

 突然仕事が減ったことだ。

 

 

 

 

「な、夏美ちゃん……ど、どうだった?夏美ちゃんなら受かったわよね?大丈夫よね?!」

 

 事務所に戻った俺を待っていたのは、経費削減のために昼間、視界が悪くならない限り消灯して事務仕事をしている小鳥さんだった。

 なんというか、部屋の暗さそのものが765プロの未来を表しているようで、どうにも不吉だ。

 

「ふっ……小鳥さん、愚問ですよ」

「じゃ、じゃあ!」

「今日も明日も明後日も、あの真っ白なスケジュールに変更はありません」

「そんなに勿体ぶって言うことじゃないわよ!?」

 

 しかし、改めてあの真っ白なスケジュールを見ると背筋が冷えるな。

 先月律子さんが一人でプロデュースしてた頃の方が仕事があるって言うのは、一体どう言うことなのだろうか。

 

「そうは言うがな大佐」

「誰がピヨ・キャンベル大佐よ……というか女子中学生がプレイするにはまた渋いものを……」

「結構面白いですよ、事務所でしかやってないですけど」

「まあそうなんだけどね……ってそれはいいのよ、それよりまずいわ……あと今ある結果待ちは昨日あずささんが受けたドラマのオーディションと、今日プロデューサーさんが連れていっている亜美ちゃん、真美ちゃん、伊織ちゃん、やよいちゃんの五件、もしそれが全部外れたら……」

 

 そこで言葉を止めた小鳥さんと一緒に、最早落書きスペースと化したスケジュール表を見る。

 驚きの白さだ、最早いくつかのオーディションと、先月律子さんが取ってきていた仕事が少しある程度だ。

 

「……良くてリストラ?」

「倒産してもどっちでも大して変わらないわよぉ~!」

 

 俺はまだ学生だからいいが、御歳2X(にじゅうちょめちょめ)歳の小鳥さんは、再就職という非情に厳しい未来が待っている。

 うーん、しかし何がいけないのやら、先月までは今まで通りやって、もうちょっと仕事があったんだが……

 やっぱり真面目すぎる受け答えだと俺のイメージと合わないからいけないのだろうか、なんというか、アピールというよりプレゼンみたいに特技とかの紹介をしてるし、俺の売りはやっぱり元気とか、運動神経にあるわけだし、積極的に動くべきか。

 今度からもうちょっと普段通りの様子でオーディション受けてみるか。

 あとは、まだプロデューサーが慣れてないというのがあるかもしれない、新規開拓に行っても十分な売り込みが出来ておらず、審査員達に俺達の印象が薄いのかもしれない。

 まあそこはPに頑張ってもらうしかないな、もちろん俺もPと話し合ったりして、アピールポイントを纏めたりしてみるが。

 なんて一人反省会をしていると、小鳥さんの机の電話が鳴った。

 

「はい、765プロダクションです……あ、プロデューサーさん、オーディションはどうでしたか?ああ、はい、はい……はい……それじゃあ、そのまま事務所に戻ってきてください」

 

 受話器を電話に戻した小鳥さんは、ゆっくりとこちらを振り向き、素晴らしい笑顔でこう告げた。

 

「転職活動っていつ頃始めればいいかしら」

 

 マジでこのもう事務所ダメかもしれない、俺は素直にそう思った。

 

「俺に聞かれてもなぁ……とりあえず小鳥さん」

「なにかしら」

「終身名誉765プロ事務員に任命」

「逃げられない!?」

 

 

 

 

「あぁ、そう言えばアー写ガイナ立ちにしたままだったっけ」

「あいっかわらずあんたの宣材写真、女の子のアイドルのものじゃないわよね」

「夏美ちゃんの写真すっごいかっこいいよね!」

「いやいや、亜美達よりはマシだろ、あとありがとうな、やよい」

「あれは最早芸人じゃない……」

 

 事務所に戻ってきたプロデューサー達と、何故最近まるでオーディションに合格しないのか検討会をした結果、もしかするとアー写が原因ではないか、という結論に至った。

 いや、確かに俺も人の事は言えないが、全員アー写がアイドルと言うより芸人みたいだ、だがどう考えても原因はそれだけじゃないだろう、先月はこれで仕事あったんだから……と言うか、この写真で仕事取ってきてた律子さんがすごいのか。

 しかし、アー写が悪いからと言っても、すぐに撮り直すということは出来ないのだ。

 まず、765プロの全員のスケジュールを合わせる必要がある……と言っても、まっさらなので今更特に気にする必要はないか。

 何故スケジュールを合わせる必要があるのかというと、アー写を撮影するということは当然スタジオとスタッフさんを雇う必要がある、予算に余裕があるならいいが、765プロにそんな余裕があるわけもないので、一度で全員分終わらせたいのだ。

 ちなみに最後の難関、それは。

 

「誰か~、扉開けてくれる?」

 

 765プロの財布番、秋月律子プロデューサーその人である。

 

「はいはい、今開けますよ~」

 

 ひとまずアー写の事は置いといて、どうやら両手が塞がっているらしい律子さんの代わりに事務所の扉を開くと、律子さんは沢山の衣装がかけられた洋服掛けを持ってきていた。

 これどうやってここまで運んだんだ。

 

「これ、共通衣装ですか?」

「そうよ~、折角の全員一緒の衣装なんだし奮発しちゃったわ」

 

 全員一緒の衣装か、これでいつかは全員で同じステージに立つことが出来るようになったわけか。

 衣装は黄色を中心に所々をライムグリーンで彩った鮮やかな色使いで、スカートタイプと超ミニスカートの二種類が用意されていて、俺のは恐らく後者だ、ひとつだけ明らかに大きく、そのわりにフラットな作りのがあるから結構簡単にわかった……いや、色々文句はあるが今はそれは置いておこう。

 

「おお~律ちゃん太っ腹~!」

「いよっ!お大尽!」

「どうせだからいいものにしたかったからね、まあおかげで、我が765プロの金庫はすっからかん……」

 

 ……いやはや、タイミングが悪いと言うかなんというか。

 と言うか、律子さんはこの写真を撮り直そうとか思わなかったのだろうか、律子さん程先見性があれば、ちゃんと取り直しの予算くらいすぐに出すと思ったんだが。

 

「律子!お願いがある……」

「ん……なに?」

 

 小鳥さんと一緒に手を合わせて頭を下げているプロデューサーを見て、嫌な予感がしているのか律子さんの顔がひきつっている。

 

「実は……宣材写真を撮り直したいんだ」

「えっ?コンポジットをですか?」

「ああ……」

「無理無理無理、あの衣装でいったい幾らかかったと思ってるんですか……そりゃあ、今のものがベストだとは言えないですけど……」

「だろ?そこは娘のお見合い写真を作り直すような気持ちで……いてっ」

 

 俺がプロデューサー達三人のコーヒーを淹れて戻ってくると、プロデューサーがやたら失礼な事を言おうとしていたので、ひとまずチョップで嗜める。

 娘って……確かに律子さん18歳で目茶苦茶仕事できるが、あまりにも失礼過ぎるだろう、しかも見てみろプロデューサー、娘と聞いて小鳥さんが何かを思い出してしまったかのような顔をしてるじゃないか。

 

「プロデューサー、いくらなんでも失礼すぎ、相手は未成年のうら若き乙女だぜ?」

「す、すまん」

「はぁ……まあ夏美が言ってくれたから、もういいですけど……外ではあまり不用意な発言はしないでくださいね」

「すまん、気を付ける……」

「まあそれは置いてですけど、実際予算がかなりかつかつなんですよ、私もできればあのコンポジットは早めに撮り直そうと思ってました、ですがせっかく全員がソロデビューを果たした訳ですし、小規模でも765プロ単独ステージライブのために、この全員共通衣装を用意したかったんですよ」

 

 なるほどな、律子さんも撮り直しはしたかったが、まずは先行投資として、衣装を用意することを選んだのか。

 確かに先月まではこの写真で仕事取れてたわけだし、律子さんにとって緊急性はなかったわけだ、というかどうやったらこの写真で仕事とれてたんだろう、この超敏腕プロデューサー殿は。

 

「ねえねえいいでしょ律ちゃ~ん、宣材バシャバシャ撮ろうよ~」

「あのね、だから今はその予算が……」

「でもでも律ちゃん、撮り直せばお仕事ザバザバだよ?」

「ザバザバ?」

「そうよ、お兄様達を見返す為にも撮り直さないと!」

「それに給食費も払えますぅ~!」

 

 流石にこうも全員から言い寄られると、律子さんも悩んでくるか、そもそもやよいの懇願はとんでもない威力だし。

 なにより俺も、こうまでも仕事がないのは、さすがに堪えるし、もう一押し……

 

「律子さん律子さん、俺も撮り直した方がいいと思う、予算的にきついかもしれないけど、確実に今より仕事が取りやすくなるはずだし」

「そうですよ律子さん、これも長い目で見れば先行投資ですよ」

「先行投資ね……」

 

 アイドル達以上に将来を不安視している小鳥さんの言葉を受けて、律子さんが試算を始める。

 俺含めて全員がその結果が出るのを固唾を飲んで見守っていた、そして。

 

「よし!それじゃあ撮り直しましょうか!」

「「「やったー!」」」

 

 皆─音無さん含む─がアー写撮り直しを喜んでるなか、ひっそりと律子さんに聞いてみた事があった。

 

「実は予算用意してたんじゃないですか?」

「あら、わかっちゃった?」

 

 なんだ、やはり用意してたのか。

 いたずらが成功した少女のように、律子さんがペロリと舌を出す、可愛いなこの人。

 そりゃそうだよな、いくらなんでも律子さんが出来ても、まだまだ新人のプロデューサーが、あの写真で仕事を取れると考えているとは思えなかった。

 

「まあ、最良としては撮り直さずに、次善で原因を考えて対処しようと、最悪は泣きついてくる事だったけど……」

「と言うことは及第点?」

「ま、そんなところね」

 

 どうやら律子さんの鬼指導の対象は、アイドルだけではなかったらしい。

 

 

 

 

「ぐぬぬぬ……」

 

 まあひとまず、アー写の撮り直しが決まったあと、何にしてもやることがなかった俺は、律子さんに念のため確認を取って、俺の衣装を着てみた訳だが……

 

「律子さぁん?!」

「今度は何……って、よく似合ってるじゃない夏美」

「似合ってるかどうかはたいした問題じゃないんですよ!」

 

 俺の衣装はやっぱり、最初予想した通り超ミニスカートだった。

 確かに最近は比較的スカートへの忌避感は薄れてきたさ。

 だからといってこのマイクロミニスカートは無理だ!

 

「新手のいじめですか!?」

「いじめって、人聞き悪いわね」

 

 太ももも半ばまで露出した、一見スカートに見えるショートパンツとかではなく、正真正銘のマイクロミニスカートである。

 これがいじめでなくて何と言うのか。

 ただでさえ、俺達アイドルは観客より高いステージに立つと言うのに、その上でこんな丈のスカートなんて、恥ずかしさで死んでしまう。

 

「ただいま戻りました~、って、もしかして夏美が着てるのって新しい衣装?」

「お帰りなさい真、ええそうよ、全員分あるから、余裕あるときに試着しといてね」

 

 タイミングが悪いことに、ちょうどまだ衣装を着ているタイミングで真さん達が帰ってきてしまった。

 いくら女子しかいない(プロデューサーは除く)とはいえ、超恥ずかしい、ええい、美希は生き生きとした顔でこっちに寄ってくるな。

 

「くっ……殺せ!」

「そこまで?!」

「えぇ~、夏美ちゃんすっごく似合ってるよ?」

 

 似合うかどうかはこの際些細な問題なのだよ。

 真は新しい衣装に夢中、あずささんは休憩スペースでお茶、伊織とやよいは、なんか亜美達と作戦会議とかなんとか……味方による援護に期待できず敵に囲まれている……

 

「うーん、ボク的には、もうちょっとフリフリ~っとした感じが」

「いやいや、やっぱりパンツルックの方が……」

「二人ともコレくらいで丁度いいって思うな、それに、多分普通のスカートより、こっちの方がぴっちりしてるから見えにくいと思うよ?」

 

 うーむ、確かにそう言われてみればそんなような気がする。

 というか、よく考えてみれば、ステージでは中にオーバーパンツ(いわゆる見せパンって奴)を穿くわけだし、気にしなくていっか。

 

「それもそうか」

「ちょろいの」

「なんか、いつもこうして簡単に説得されてる夏美を見てるとちょっと心配になるよ」

 

 なんか真が額に手を当ててるけどなんかあったのかな?

 うむ、無事に心配事も無くなったし、プロデューサーに今度のオーディションの確認でもしてくるか。

 

『おー!』「お、おー?」

 

 なにやら会議室の亜美達が盛り上がっている、なんかあったのかね。

 

 

 

 

 アー写の撮り直しが決まって数日後、アー写撮影日の午前中に、俺はとある番組のオーディションを受けていた。

 主にDランク未満の新人アイドルを中心に採用し、一人ずつ歌っていく、往年のスター発掘オーディションのようなものだ。

 出てくるアイドルの幾人かは、既に決まっているので、今回は決まっていないと言う3枠を競ってのオーディションとなる。

 まだまだ、メディアへの露出が少ない、というか無きに等しいFランクアイドルの俺としては、なんとか受かってこれからの起爆剤にしたいところだ。

 Dランク未満って言うと、絶賛Fランクの俺には難易度が高く感じるかもしれないが、このオーディションにはEランクが一人と、後は俺と同じようなFランクのアイドルしか居ない、十分にチャンスはある。

 しかも俺は今日最後のアピール、順番的にも印象に残りやすいはずだ。

 

「それじゃあ次で最後ですね、13番の天海夏美さん、お願いします」

「はい!」

 

 今回は今までとは違って、面接っぽい感じではなく、俺らしく、『天海夏美というアイドル』らしくをイメージして行くことにした。

 と言っても、ひとまず立ち上がって自己紹介だな。

 

「天海夏美、13才の中学二年生、趣味は運動と食事、野球観戦です!」

「身長170cmって書いてあったけど、本当に大きいねぇ、俺ビックリしちゃったよ」

「ははは、よく高校生と間違われます」

「運動がご趣味だと言っていましたが、どの程度までできますか?」

「ダンスなら男性のアイドルにも負けてないと思います、パフォーマンスとしては、バック宙をダンスに挟んでやったこともあります」

「ここでもできますか?」

「任せてください!」

 

 バック宙を見せると審査員さん達は、感心したように拍手をしてくれた。

 たとえステージじゃなくとも、認められるっていうのは嬉しいもんだな。

 ちょっと調子にのってバク転まで披露してしまった。

 その後は、どうやら特にダンスに関して評価しているらしい審査員さんから、特に質問をもらい、ついでに言われるがままに色々とやってみせてしまった。

 

「はい、ありがとうございました、それでは最後に持ち歌……『I Kill Your Heart』の歌とダンスをお願いします」

 

 うん、最後に歌って踊るのを忘れてた。

 まあこの程度で俺の体力は尽きないがな!

 

 

 

 

 みんなの口添えがあって、どうにか宣材写真を撮り直す事が出来るようになった。

 と言っても、宣材写真を撮り直す程度では、きっと仕事は入ってこないだろう。

 それはひとえに、俺のプロデューサーとしての能力が足りていないからだ。

 その証拠に、あの写真を使っていて律子は先月まで問題なく仕事を取ってきていたのだから。

 765プロのアイドル達は、みんな素晴らしい魅力を持っている。

 それが、俺の能力不足なんかで輝くことが出来ないなんて、俺は俺が許せないだろう。

 だからまずは少しでも、俺でも仕事が取ってこられるように、こうやって小さな手から打っていく。

 ……もちろん、俺自身も研鑽を怠ったりはしない。

 それに、俺の能力以外にも信頼関係というか、もうちょっと俺のことを信じてほしいな。

 さっきも伊織の衣装について話そうとしても、口出し無用と言われてしまった……まだまだ精進しなきゃな。

 っと、夏美から電話か、時間的にオーディションの結果か。

 

『あ、もしもしプロデューサー?』

「ああ、俺だよ、オーディションどうだった?」

 

 夏美もダンスは得意だし、話も面白い、輝ける存在なだけに、最近仕事を与えられていないのが申し訳ないな……

 夏美自身も、自分で色々と考えてくれているだけに、本当に俺の実力不足が悔やまれる。

 

『喜べプロデューサー、合格だ!』

「ほ、本当か!?」

 

 思わず椅子から立ち上がってしまったが、多分誰も咎めないだろう。

 今月に入って初めてオーディションの合格者が出たのだから。

 

「夏美はこの後直接スタジオ入りだったよな、道はわかるか?」

『ああ、大丈夫』

「わかった、それじゃあ気を付けて向かってくれ」

『あいあい』

 

 電話を切ってポケットに仕舞い、小さくガッツポーズを取る。

 やっと、俺の仕事が出来た、随分と時間がかかってしまったな……

 

「もしかして夏美、受かったんですか?」

「ああ、やっと仕事ができたよ」

「よかったですね、プロデューサー」

 

 撮影までの時間を、一緒にスタジオで待っていた律子が、自分の事のように喜んでくれた。

 予算やその他諸々を鑑みて、まだそれほど忙しくないこの期間─ゆくゆくは当然全員トップアイドルになる予定だ─に必要最低限以外を全て俺に任せるという、今までは知識だけだった俺のために、超高密度学習期間を用意してくれた社長と律子には、本当に頭が上がらない。

 

「「お、お化け~~っ!」」

 

 さて、そろそろ撮影の時間かと思っていると、控え室の方から真と雪歩が走ってきた。

 やけに慌ててるみたいだが、何があったんだ?

 

「落ち着け雪歩、真、どうしたんだ?」

「ぷ、プロデューサー!お、お化け、お化けが出たんですよ!」

「お、お化け?」

 

 ここってそんな曰く付きのスタジオだったか?

 いや、そんなことはないはずだ、ここは律子が予約したスタジオだから、わざわざそんな場所を選ぶはずがない。

 

「何かの見間違いじゃないか?こんな昼間からスタジオになんて」

「そんなはず無いですよ!二人ともこの目でしっかり見たんです!」

「そ、そうですよプロデューサー……って、お、男の人ぉぉ?!」

「ゆ、雪歩?!」

 

 相変わらず、雪歩は俺でも男の人はダメか……俺が男だと気づいてすごい勢いで走り去ってしまった。

 いや、しかしこれは丁度いいかもしれない。

 

「真、雪歩の事頼んでいいか?」

「え、あ、はい!わかりました!」

 

 雪歩はもとより俺が行ったところで、更に取り乱す事はわかりきっている事だし、雪歩を宥めるのを、雪歩と仲のいい真に頼めば、二人ともひとまず一時的とは言え、幽霊騒ぎの事を忘れてくれるだろう。

 ……本当は、こういうケアも俺がやるべきなんだろうが、雪歩があの調子だとな……

 なんとか雪歩との関係を改善できないか考えていると、控え室の方から今度は、響と貴音がやけに難しそうな顔をしてやって来た。

 

「どうしたんだ響、貴音」

「ん?ああ、プロデューサーか」

「プロデューサー、実は控え室からなにやら面妖な気配を感じたのです」

「め、面妖な気配?」

「自分も、なんか変な声を聞いたぞ」

「響は声か……」

 

 本当に、一体何が起こってるんだ?

 いや、まさか、まさか亜美達が何かやらかしてるんじゃ……

 

「お待たせしてすいませーん!」

 

 伊織の声と一緒にとてつもない嫌な予感がしたが、振り返ってみると、やっぱりというかなんというか、超厚化粧に、あからさまな詰め物が詰められてる胸、恐らくハサミでやっただろうスリットが入っているドレスと、とんでもない格好の伊織達が立っていた。

 

「あら、少し刺激が強すぎたかしら?」

 

 確かに少しどころか、大いに刺激が強すぎた、あまりの衝撃に、スタジオ全体が凍り付いていたほどに、ビックリするくらい似合っていなかった。

 だ、誰かこの空気をなんとかしてくれ……

 

「ギリギリ!セーフッ!」

 

 俺の願いが届いたのか、この凍り付いていた空気をぶち壊してくれる救世主が現れたのだった。

 

 

 

 

 

「な、夏美……」

「いやー、電車乗り遅れて遅刻するかと思ったわ……って、伊織達は何やってんだ?半年早いハロウィーン?」



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第十二話:"準備"をはじめた俺達(後編)

結局前後編あわせて2万字近くなりました、もしくは越えた?


 なんかオーディションから戻ってきたら、すごいことになってた、主に俺以外の中学生組が。

 なんというか、純粋に悪口として、ケバい。

 無駄に厚い化粧、ボールか何かを無理にたくさん詰めたのだろう、違和感しかない歪な胸、しかもドレスのスカートは元は良いものだっただろうに、無残に切り裂かれていて、どちらかというと、お笑い芸人が女装したのが近い、間違っても似合ってはない、特に化粧が。

 子供が見たら泣き出しそうなくらいの、見事な化け物っぷりだ。

 

「は……ハロウィンって、それどういう意味よ!」

「いや、そのままだが……まさか、それで宣材撮るつもりなのか?」

「そうよ!悪い?!」

 

 悪いもなにも……アイドルがその顔と格好で写真はそもそもまずいだろ。

 プロデューサーの方を見てみると、プロデューサーも黙って首を横に振っていた。

 

「プロデューサーもNGだって」

「何よ!何か問題があるっていうの……って、きゃあ!」

 

 元々足首まで隠すようなロングドレスを、ハサミで無理やり切ったおかげで、そのスカート部分を踏んづけて伊織が転びそうになり、それを見て慌てた亜美達の胸から無理やり詰めていた詰め物が周囲に転がり、それを踏んでやよいが転ぶ……この間わずか数秒の大惨事である。

 

「プロデューサー」

「なんだ、夏美」

 

 プロデューサーもあまりの光景に頭を抱えているが……いや、そもそもプロデューサーはなぜここまで放置してしまったのか。

 

「とりあえず、準備してきていいか?」

「ああ……四人は俺が何とかしとくよ……」

 

 もはや俺の手には負えない事態な気もするし、ここは戦術的撤退をさせてもらうとしよう。

 と言っても、準備するほどのこともほとんど無いのだが。

 以前の宣材写真撮った時と同じように、軽く肌を整えて、リップクリームを塗っただけで、服については元々撮影に使うものを着ている。

 いつも通りのダメージジーンズにTシャツというラフな格好だ。

 まあつまり、ほとんど荷物を置きに行っただけだな。

 ひとまず、待っているであろう更なる惨事に覚悟を決め、再びスタジオに戻ると、プロデューサー達は撮影道具か何かの上に座っていた、亜美達はメイクを落としている最中だった。

 

「やっぱ四人ともすっぴんの方がかわいいと思うぞ」

「うるっさいわね、私達はかわいいよりセクシーを目指してるのよ!」

 

 セクシーって……お前らまだ中学生だろうが。

 

「改めてお帰り、そしてよくやったな、夏美!」

「おう、まあなんとかギリギリの三着だったけどな」

「それでも合格は合格だ、やっと仕事ができた……」

「プロデューサーもお疲れさん」

 

 そう言えば、プロデューサーが担当してる中だと、俺が最初の合格者か、一ヶ月って……よく事務所も堪えたな。

 でもこれで律子さんの目論み通りなら、プロデューサーも多少は自信がついて、もっと仕事が出来るようになるかな?

 

「そうだ、夏美は今日のファッションはどう選んだんだ?」

「ん?今日のファッションか……」

 

 唐突な質問だな……どう選んだと言われてもいつも通りだな、完全に普段着、しかも選考基準が動きやすい格好。

 

「いつも通りだな」

「い、いつも通りって……」

「まああえて言えば、元気一杯で活発な女の子、て感じか?」

 

 ボーイッシュという言い方もあるな。

 たとえ女の子っぽくなくても、これが落ち着くんだから仕方ない。

 

「活発なって……あんたそれでいいの?」

「え、何か問題あるか?」

「だってなっちー真美達よりおっきーし、もっとせくちーな格好も似合うのに」

「うーん、身長的に似合うかも知れんが、誰も俺にセクシーさを求めてないだろ」

 

 俺に求められてるのは可愛(キュート)さやクールより情熱(パッション)だな、俺自身クールに振る舞ったり、セクシーさをアピールするよりも、感情を表に出して体を動かしてる方が性に会ってる。

 というか、俺の場合セクシーな衣装を着ても素肌を隠さねば筋肉の影響で衣装のポテンシャルを活かせない、スポーティーな格好なら健康的な感じが出せると思うが。

 

「ファンから何を求められているか、それを考えるのもアイドルとPの仕事じゃね?」

「ファンから何を求められているか……」

「地味に俺に突き刺さるな……」

「というかそうだよ、プロデューサーもなんでこんなことになるまで放置したのさ」

「いや、俺は俺でやることがだな……」

「こっち準備できました、準備が出来た方から撮影お願いしまーす」

 

 プロデューサーの言い訳の途中で準備が完了したらしく、スタッフが声をかけてきた、命拾いしたなプロデューサー。

 ま、こういうことはゆっくり学んでいくしか無いわな。

 俺はたまたま容姿と性格が合ったから、ほとんど演技もせず、素の表情で過ごすことができているし、今の状況に満足もできている。

 どこかを目指すって言うのは大事だけど、合う合わないってのはもっと大事だしな、今の伊織達にセクシーとか、俺にふりっふりの衣装着せるようなものだろ。

 

「俺行ってきていいか?」

「ん、他の皆は準備してるし良いんじゃないか?」

 

 よし、ちゃちゃっと終わらせるとしますか、慣れたと言っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 撮影スペースの真ん中に立って挨拶をして、とりあえず最初のポーズを決める。

 美希は撮影はリズムに乗ってパシャパシャって言ってたけど、正直よくわからなかった、これが天才というやつか。

 スタッフさんがポーズを変えてと言えば変え、微調整を指示されれば、言われた通り調整する。

 自分で考えるより、わかってる人に任せる方がいい事もある。

 

 

 

 

「もうちょっと右向いてー」

「こんな感じっすか?」

「お、いいねぇ、じゃあそのまま、撮りまーす」

 

 まったく、なんだってのよ、私達は私達なりに考えて個性が出せるように準備したって言うのに、夏美もプロデューサーも。

 夏美なんて、自分でも言ってたけど、完全に普段着でセクシーさどころか、女の子らしさすら感じない格好で撮影してるし。

 

「化粧、落ちたか?まあ、話はわかった……」

「結局、そうすればよかったのよ……」

「そうだよ、真美達超個性的だったじゃん」

「個性的って言っても、ただ目立てばいいって訳じゃなくてだな……」

 

 そう言ってから、あいつはなにも言わず、ただ空中を眺めていた。

 なによ、結局こいつもわかってないんじゃないの?

 

「よし、一緒に考えてみるか」

「……わからないんじゃない」

「うるさいな……」

 

 でも、結局個性ってなんなのよ。

 個性的って言うのは、他人より目だって覚えられやすいことでしょ、なら間違ってないじゃない。

 そうじゃないなら、どうやって個性を出せってのよ。

 

「あれ、皆どうかしたの?」

 

 私達がセットに座っていると、準備が終わった美希がやって来た。

 緑のチェックの上着に、太いベルトを緩めに巻いた格好で、こう言うと悔しいけれど、すごく似合っていて綺麗だと思った。

 なによ、美希って本当に私達と同じ中学生?

 まあ、夏美は夏美で中学生とは思えないけど、亜美達と一緒にいるときはあの二人と同じ中学生っぽく感じるわね。

 

「なんかすっごい服だねぇ……ねえでこちゃん」

「でこちゃん言うな!」

「でこちゃんその服で撮るの?」

「え?」

「ミキね、その服ぜーんぜん、似合わないって思うな」

「そ、そんなわけないでしょ!」

「ふーん」

 

 似合わない……そんなに私には似合わないかしら……

 

 ─うーん、身長的に似合うかも知れんが、誰も俺にセクシーさを求めてないだろ─

 ─ファンから何を求められているか、それを考えるのもアイドルとPの仕事じゃね?─

 

 似合う似合わないより、何を求められているか、かぁ……

 

「あ、夏美ちゃん来てたんだ」

「ああ、さっき来てそのまま撮影入ったよ」

「やっぱり夏美ちゃんはかっこいいの!うーん、でもせっかくの写真撮影なんだし、もっと可愛い服着てもいいのに」

「そうか?俺はやっぱり、こっちの方が夏美らしい気がするけどな」

「それはそれ、これはこれ、なの!」

 

 美希とプロデューサーの会話に釣られて、夏美の撮影を見てみると、確かに夏美らしいラフな男っぽい服で、動きの多いポーズで撮影していた。

 可愛らしさとか、セクシーさはまったくないけど、夏美らしい『かっこよさ』があって、撮ってる本人も楽しそう……

 というか、あいつ美希程じゃないけどズル過ぎじゃない?

 中学生離れした身長と身体能力とか、そのくせ女の子らしい服着せたら恥ずかしがるとか、オリジナルのコーヒー淹れたりする変な趣味とか、個性の塊じゃない!

 

「美希ー、次撮るから準備してー」

「はいなのー!」

 

 そんな事を考えてる間に、夏美の撮影も終わるみたいで、次の美希が準備を始める。

 夏美は要領がいいと言うか、基本的に自分だけで考えて仕事はしない。

 必ずといっていいほど、一緒に仕事をする人間に確認をとる、勿論全部任せるんじゃなく、自分で考えた上で改善点だったりを求める、だから早くはないけど、スケジュールを押すことも滅多にない。

 そんな、大人な態度が出来るところにも、私はなんとなく劣等感を感じていた。

 

「こんなのとかどうですか?」

「うーん、かっこいいけど宣材には微妙かな」

「アッハイ」

 

 ……ただあいつもなんで宣材でキックのポーズなんて選ぶのかしらね、どうせかっこいいからとか言うんでしょうけど、そういうところは子供っぽいというか……ホントあいつってよくわかんないわ。

 

 

 

 

「いやー、緊張した緊張した」

「お疲れ夏美、かっこよかったぞ」

「ははっ、サンキュー、それでどうよ、ちょっとは個性見つかったか?」

「それが、まだ全然わからなくって……」

 

 やよいがしゅんとして答えた、本当に可愛いなぁこやつめ、娘が出来たらこんな娘になってくれればいいのに、相手は一生できる気がしないし、見本が俺では望み薄だが。

 まあそれは置いておいて、たしかに難しいよなぁ。

 中学生に個性、さらに言うなれば自分の強みを考えろなんて。

 そもそも、俺自身これであってるのかなんてわからないし、誰かに認められて初めて個性として成立するんじゃないだろうか。

 

「美希は相変わらず凄いな」

「まったくだよ、センスはピカイチだな」

 

 その点美希は自分の武器、というかいいところをよくわかってるよなぁ……

 というよりも、自然とそうなっているというか……やはり天才ゆえか。

 自分がやりやすいように、自分のリズムでやれば、それが最高になるって言うんだから、世の秀才達はあいつに嫉妬しまくりだな。

 あいつが自ら努力することを学んだら、一体どうなってしまうんだろうか、ちょっとその行き着く先を見てみたい。

 

「あ、夏美お帰り、オーディションどうだった?」

 

 プロデューサー達と、個性について考えていると、準備を終えていた姉さんがスタジオに来ていた。

 俺と同じように、ほとんど普段着だが、姉さんは俺と違ってちゃんとかわいらしいとか、女の子らしいと言われる格好だ。

 濃い個性こそ無いものの、俺の自慢の姉だし、誰より女の子らしい少女だと思ってる。

 

「ふはははは!五月の765プロオーディション初合格者の座は戴いてきたぞ!」

「本当?!夏美おめでとう!」

 

 どうやらプロデューサーはまだ誰にも話していなかったらしい。

 まあ電話してからそれほど経っていないし当然か。

 

「夏美に先越されちゃったかぁ」

「姉さんだってまたすぐ仕事来るって」

「あはは、だといいなぁ」

「春香ー!次準備しといてー!」

「あ、はーい!それじゃあ行ってくるね、夏美!」

「おう、行ってらっしゃい」

 

 姉さんは、律子さんの所に行って、撮影前の最後のセットを始める、と言うか美希の撮影早くね?まだ数分と経ってないぞ。

 

「なぁ夏美」

「ん?なんだプロデューサー」

「夏美から見て春香の個性ってなんだと思う?」

 

 姉さんの個性ねぇ……

 

「普通なとこ?」

「なっちー……そりゃ流石にひどいと思う……ほら、ドジっ子属性とか」

「いくらはるるんの個性が薄いとは言え、もうちょっとあるでしょ……リボンとか」

 

 いくらなんでも双子の意見が酷すぎると思う、俺が思うに普通って言うのも立派な個性だと思うんだがなぁ。

 美希の撮影が終わり、姉さんの撮影が始まったから、姉さんの撮影を見ながら考える。

 本当に、お手本にしたいようなかわいらしい笑顔でポーズを決める姉さん。

 かつてアイドル業界でひときわ輝く存在だった正統派アイドル、彼女達のカリスマ性とはすなわち憧れられること。

 趣味と特技がお菓子作りで、特別プロポーションがいいわけでもない、秀でた才能があるわけでもない─どれだけ転んでも無傷というのは除く─、そんな姉さんが、アイドルをやっている。

 一体どれ程の少女達が姉さんに憧れ、次は自分がと夢見るのだろう。

 そんな姉さんは、きっと俺よりよっぽどアイドルに向いている筈だ。

 

「姉さんは、俺よりよっぽどアイドルだよ、アイドルは人に夢を見せる仕事だからな、普通な姉さんこそ、沢山の女の子に夢を見せられるよ」

「夢を……」

「勿論、憧れられるだけが全部じゃないけどさ、自分を見てくれる人には、その人の夢を見せてあげるのが、アイドルだろ?なら、目立つことよりもっと大事なこともあると思う……俺が言っても、あまり説得力無さそうだけどさ」

 

 我ながら目立つ個性の塊だからな、身長、体力、趣味、口調etc……

 ただ、俺にファンがいるというなら、彼ら─過半数は彼女ら─が求めるものを、多少恥ずかしくても受け入れるつもりだ、それが『アイドル天海夏美』となった俺の覚悟だ。

 

「あ、今度は真さんです!」

「765プロのイケメン担当その1ですな」

 

 姉さんの撮影が終わると次は真の番だった。

 今真美が言ったように真の個性、というよりセールスポイントはあのイケメンフェイスと、格闘技経験者故の引き締まった雰囲気だな。

 現に女性スタッフがかなりクラっと来ている。

 

「もう一人のイケメン担当として、なっちーはまこちんをどう見ますかな?」

「うーん、そうだな……」

 

 俺もイケメン担当、というか女性ファンが多くなるだろうと思っているが、実は俺と真では付くだろうファン層が違ったりする。

 真のファンは、王子さまに憧れる女性、いわば宝塚系のファンが多い、それに対して俺は、こう言っては失礼だががさつというか、粗っぽい男性アイドルと同じようなファン層になると思われる。

 爽やかイケメンとオラオラ系イケメンの違いである。

 

「俺とファン層は別れるし、たぶん765プロじゃ一番ユニット組みやすいかな、得意な分野がダンスで被るし、かなり気も合うし」

「なるほど……確かに真と夏美でのユニットは女性ファンが食いついてかなり伸びそうだな」

「やっぱりあんた達生まれる性別間違えたんじゃないの?」

「俺は時々自分でも思ってるけど、真には言うなよ、真は結構本気でショック受けるからな?」

 

 一応言うと、俺も真も男性ファンが居ない訳じゃない、その数が少ないだけで。

 俺と真の名誉のために、居るという事実は重要なのだ。

 

「お、今度はお姫ちんだね」

 

 貴音さんは、うん、まああれだな。

 その現代には珍しい本物の貴族のような優雅さや、ミステリアスな雰囲気がファンを捕まえるのだろう。

 本人はミステリアスどころか、あらゆることが『トップシークレット』過ぎてそもそも殆どが謎だ、宇宙からやって来たと言われても信じると思う。

 例えば今やっている謎のポージングを生み出し、そして不思議とさまになっている所とか。

 

「ぶ、ぶれないわぁ……」

「夏美ちゃんは、貴音さんのいいところってどこだと思う?」

「そうだなぁ……あの独特の雰囲気と、抜群のプロポーションかな、特にヒップ」

 

 うちのアイドルの大人組は本当にプロポーションが凄まじい、あずささんはバストが、貴音さんはヒップが90を越えるとか、いったいどうしたらそこまで育つのだろう、コツでも聞いてみたいものだ。

 

「ほうほう、男性目線ではそうなのですな」

「何だって真美?今すぐまたコブラツイストを受けてみたいだって?」

「いや、ちょっと待ってなっちー!冗談!冗談だからイタタタタタ!ギブアップ!ギバーーーーーップ!」

 

 もはや慣れた体は痛めないけど、しかし適度に痛いように真美を締め上げていると、貴音さんの番が終わり、次は雪歩さんの番になった。

 雪歩さんはシンプルな白いワンピースを着て、同じく白い花を使った花束を抱えて撮影をしていた。

 カメラマンが男性だからカメラ目線じゃ無いが、それが余計に庇護欲をそそるというか。

 俺や美希、真に貴音さんのような派手さだったりは無いけれど、雪歩さんらしい控え目で清楚な雰囲気が出ていて、実に雪歩さんに合っている。

 

「雪歩さん綺麗です~」

「ホントね」

「雪歩さんは、ああいう大人しい感じがよく似合うしな、凄く綺麗だ」

 

 ああいう控え目な人、うち(765)には少ないよなぁ、雪歩さんにあずささん、あとはちょっと違う気がするが千早さんくらいか?

 姉さんも大人しい方だが、なんだかんだ転んだりなんだり騒がしいので除く。

 

「ねえ兄ちゃん、ゆきぴょん全然じゃじゃーんって感じじゃ無いのにいい感じだよね、なんで?」

「そうだな……やっぱり雪歩らしさが出てるからかな」

「ゆきぴょんらしさ?」

 

 雪歩さんは花で例えるなら百合だよな、性的嗜好ではなく、男性恐怖症とか真と仲がいいのは考えないものとして。

 物静かで、積極的なわけではないけれどちょっとした気遣いが出来て、緑茶を淹れるのが凄く上手で、周囲に癒しの雰囲気を放っている、やよいと並ぶ765プロ癒し系筆頭だな、マイナスイオンでも放ってるんじゃないだろうか、あと不思議なことによく茶柱が立つ。

 

「ああやって静かに佇むだけで絵になるのって、凄く難しいし、雪歩さんだからこそだよな」

「雪歩だからこそ……」

「わざとじゃなくて、ああするしかないって言うのはあると思うが、確かに夏美の言うとおり、あれが今一番雪歩が輝く方法なんだろうな」

 

 さっきから伊織達が皆の撮影をしっかりと観察して、疑問を消化しながら考えている。

 なんだか自分が教師になったような気分だ、勿論そんな教えられる程理解している訳じゃないが、なにかを教えて理解してもらうって言うのは嬉しいものだ、引退したら教師か塾講師になるのもいいかもしれん。

 

「今度は響ね」

 

 雪歩さんの撮影が終わると次は響、響は俺や真と同じで特にダンスが得意なだけあって、動きの多いポーズで撮影している。

 ところで俺と真の蹴りはNGで響の蹴りのポーズがOKなのはどういう違いなんだ、格闘技かポージングかの違いなのか?

 ……俺のは別にポーズだけのはずなんだが。

 まあそれは置いておくとして、響の肩の上にはいつものようにハム蔵が─何故かガイナ立ちで─乗っかって撮影されていた。

 そしてハム蔵の助言通りに撮影すると、カメラマンさんも気付いていなかった"いい角度"で撮れたらしく、順調に撮影が進んでいく。

 

「さっすがハム蔵、ひびきんのいいとこ誰よりわかってますな」

「まあ長く一緒にいれば、ふとした瞬間に気付くこととかあるしな、俺も姉さんが綺麗に見える角度と可愛く見える角度両方知ってるし」

「へぇ、春香が綺麗に見える角度ってどんな感じなんだ?」

「斜め下からのアオリで見た感じだな、凄く大人っぽく見えて綺麗だった、伊織達はそういうの無いのか?」

 

 半目で撮影すると怖いことは黙っておくとしよう、そのうち面白い感じで使えるかもしれんし。

 ありゃ女王様の風格漂ってるぜ、マジで。

 

「亜美、真美のめーっちゃイケテる角度知ってるよ!こっちからこーんな感じっしょー」

「真美だって、亜美のめーっちゃいい感じの角度知ってるもんね!亜美はこっちっしょー?」

 

 交互にポーズを取って指で四角を作って仮想のフレームでお互いを撮影し始める亜美と真美、やっぱり生まれてからずっと居るとお互いのいいところも知り尽くしてるんだな。

 そして双子とはいえ、ベストショットの向きは違うのか。

 

「いいんじゃないか、それ」

「ああ、それで二人のらしさが出せるなら、お互いに助言しあって撮影すればいいじゃないか」

「そっか……それもそうだね!」

「亜美達、先に準備してきていい?めーっちゃいい写真撮って兄ちゃん達ビックリさせちゃうから!」

「ああ、行ってこい」

 

 すぐに衣装直しに走る亜美と真美、まあこれで二人は大丈夫そうか。

 二人ともなんだかんだ素直だし、ちゃんと話せばわかってくれるのだ。

 

「いいわよね、響も亜美達も……」

「そうだ伊織ちゃん、シャルルは?」

「シャルル?シャルル・ジ・ブ○タニア?」

「違うわよ!シャルル・ドナテルロ18世!私がいつも持ってるぬいぐるみの!というか誰よそいつ!」

 

 伊織って本当ツッコミ体質だよな、キレッキレでツッコミ所をしっかりつっこんでくれる。

 だけどシャルルって男性名じゃね?

 

「ああ、あいつか……あいつオスなのか?」

「女の子よ!見なさい、ちゃんとリボンついてるでしょ!」

「そういやそうだったな……」

 

 果たして伊織の勘違いなのか、それとも俺が知らないだけでシャルルは日本で言う『(あおい)』のような両性に使える名前だったのか、あるいはシャルルは実は伊織が知らないだけで女装趣味なのか、謎は深まる。

 

「でもやっぱり、伊織はそれ抱いてないとな」

「そうだな、シャルルを抱いてる姿を見慣れてるからか、その方がしっくり来る」

「伊織ちゃんとシャルルはいつも一緒だもんね!」

 

 常にぬいぐるみと一緒と言うと、子供っぽいかもしれないが、だからこそ伊織によく似合っていると俺は思う。

 伊織は今はまだ花の蕾なのだ。

 伊織は既に、誰もが羨むような綺麗な女性になる将来を約束された容姿を持っている。

 だがそれは、まだ数年先の話だ、今はまだ将来に向けての準備と、その姿に夢を見る時間。

 だからこそ、今は多くの人に目を止めてもらい、今の可憐な姿を見てもらい、未来の美しい姿を夢想してもらうべきなのだ。

 

「そう……そうね、いつも一緒だものね、今日だけおいてけぼりなんて、"らしく"ないわよね」

 

 そう言いながら優しくシャルルを撫でる伊織、その手の中のシャルルはあちこち修繕された跡があって、大事にされてきたのだとわかる、お前はいいご主人様に会えてよかったな。

 ひとまず伊織もこれで大丈夫そうかな。

 あとはやよいだが……正直言うこと無い気がする。

 

「私はどうしよう……私はシャルルみたいにいつも一緒に居る子いないし……」

「やよいは、やよいのままでいいと思うぞ」

 

 やよいはただそこに居るだけで元気がもらえる気がする、いわば太陽のようなものだ。

 沢山日光を振り撒いて、その恩恵で植物は大きく育ち、それを食べる動物達が育つ。

 あるいは向日葵もいい、太陽の方向へ目一杯体を伸ばし頑張る姿は、いつも一生懸命なやよいにとても似ていると思う。

 

「私のまま?」

「そうだな、やよいはいつも通り元気一杯な姿が魅力なんだと俺は思う、夏美もそうだろ?」

「ああ、やよいが頑張ってると俺も頑張ろうって思うし、見てるだけで元気出る、な伊織」

「そうね、確かにやよいは飾らずに、やよいらしく笑ってるのが一番かもね」

「えへへ、そうですか?うっうー!それじゃあ私頑張って笑顔目一杯で撮影しますー!」

 

 満面の笑顔を浮かべるやよい、やっぱりこの子は太陽の子だ、眩しすぎて直視できない、大人になって色々汚れちまった心ごと浄化されそう。

 結論、やよいは大天使、異論は認めない、むしろ今すぐやよいのために天使の座を新たに作るべき。

 

「私達も着替えてくることにするわ、行きましょうやよい」

「うん!」

 

 天使を引き連れて伊織も着替えに向かった。

 これで全員無事撮影終わるかな?

 てか、なんで俺がプロデューサーみたいなことしてるんだろ……

 とりあえず飲み物でも買ってこよ。

 廊下に出てすぐの自販機で適当な缶ジュースを買って戻ってくると、千早さんとプロデューサーが何か話している……ちょっと聞こえる内容的にうまく笑えないって感じか。

 千早さんはクールビューティーな感じだし無理に笑わなくてもいいんじゃないかと思うが……ひきつった笑顔怖。

 笑うという行為は本来攻撃的なものとはいうが……

 どうやら結局千早さんは真顔で撮影することになったらしい、確かに無理に笑うよりいいとは思うが……いや、でもやっぱり綺麗な人は笑っている方がよっぽど綺麗だよな、なんとか笑顔の写真撮れないかな……

 周囲を見渡して使えそうな物を探す、ありゃ新年の撮影にでも使った鏡餅の食品サンプルか?

 お、これならいけそうだわ。

 持ってた缶の上に鏡餅に乗ってたミカンを乗せて頭上に掲げる。

 そう、それは古来から受け継がれてきた氷属性魔法(オヤジギャグ)の初級。

 

『アルミ缶の上にあるミカン』

 

 何故唐突にこんなことをしたのかというと……

 

「……?……っ!~~~~~っ!」

 

 千早さんの笑いの沸点が驚くほど低いからである。

 以前一緒にレッスン中に、まったく意図していなかっただじゃれを聞いて爆笑していた事から、これでも十分笑わせられると思っていた。

 そしてカメラマンさんも、このベストタイミングを逃さずにしっかり撮影してくれた。

 流石プロ、一瞬の隙を逃しはしなかった。

 意味を理解できずに、ちょっと間抜けな顔から吹き出し笑顔になる瞬間までバッチリフィルムに押さえたようだ。

 こっちを向いたカメラマンさんと目が合い、お互いにサムズアップを向ける。

 この瞬間のアイコンタクトの内容を文字に起こせば。

 

 ─いい仕事してくれたな。

 ─いえいえ、お代官(カメラマン)様程では、それでその写真ですが……

 ─わかっている、いい仕事にはちゃんと報酬を出そう。

 ─有り難き幸せ。

 

 この間実に一秒である。

 ちなみに千早さんはまだ笑ったままである、こうなると回復まで時間はかかるが、宣材用の写真は既に撮れているから問題はない。

 後は問題のある人も居ないし、このままつつがなく撮影は完了した。

 完了したといったら、完了したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏美ちゃ~ん」

「ん、呼んだか美希?」

 

 ほとんど皆の撮影が終わってきたところで、今日のメインディッシュと行くの!

 既に周囲には包囲網(春香・あずさ・雪歩・亜美・真美)が潜んでいるから、後は油断させてこっちに引き込むだけ、あはっ、一杯衣装あるし今日は覚悟するの。

 その為の罠はミキ自身、まあ誰が呼んでも来るだろうけど、ミキは事務所の中でも特に夏美ちゃんと仲がいい自信があるの。

 

「じゃーん、どう、似合う?」

 

 更衣室のカーテンを一気に開いて夏美ちゃんの前に登場する。

 ちなみに今の服装は、多すぎず足りなくない程度にデコられてる白いドレス、うーん、この為だけに用意したドレスだったけど、結構気に入っちゃったかも。

 当然夏美ちゃん用のサイズもあるの、デザインはちょっと違うけど。

 

「おぉ~、いいじゃん、やっぱり美希は何着ても似合うな」

「むぅ、夏美ちゃんはもうちょっと女の子を喜ばせる褒め方を覚えるべきだって思うな」

「いや、俺もその女の子だからな?」

 

 うん、そう夏美ちゃんは女の子。

 だったら……

 

「そうそう、夏美は女の子なんだからもっとおしゃれしないとね」

「姉さん?」

「うふふ、私って一人っ子だったから、妹の洋服選んであげたりとかしてみたかったのよね~」

「あずささん……」

「夏美ちゃん身長あるし、真ちゃんより似合う格好も……」

「ゆ、雪歩さん?」

「こんな面白そうな事は逃せませんなぁ真美殿?」

「そうですなぁ亜美殿?」

「「んっふっふ~」」

「お前らまで……」

 

 それぞれが夏美ちゃんに着せてみたい衣装を持って夏美ちゃんににじり寄る。

 千早さんとならんで、せっかく素材がいいんだからもっともっとおしゃれしないともったいないの。

 同意見の春香とあずさ、雪歩、それと捕獲要員の亜美と真美を巻き込んで今日は一杯おしゃれしてもらうね!

 夏美ちゃんはなんとか脱出しようとしてるけど、いくら夏美ちゃんでも逃げられるほどスペースはないから大人しくお縄につけばいいって思うな。

 

「姉さん足元!」

「えっ、な、なになに?!って、きゃあ!」

 

 むっ、流石夏美ちゃん、春香の扱い方が完璧なの。

 でもまだまだ甘いよ。

 

「あら夏美、どこに行くのかしら?」

「げぇっ、千早さん!」

 

 一番突破される可能性が高いとしたら、当然一番親しいし、癖も知ってる春香!

 だからこそそこを一番厚くしたの!

 さっきの流れで夏美ちゃんが千早さんの恨みを買ってる事はリサーチ済み。

 

 

 

 

 

 さあ、諦めてミキ達の着せ替え人形になるがいいの!

 そしてミキの夏美ちゃん写真集をより充実させるの!




やよいは天使、異論はさらに持ち上げるもの以外認めない。


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