かくして彼は、たどり着く (リディクル)
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手折られて、陽は落ちる

この作品の神様転生者は『胡蝶が飛んでいく先』の二人目とは何の関係もありません。

また、今回の話は急な移動に伴い、スマホで編集しているので、本文中におかしな点があるかもしれませんが、ご了承ください。

それではどうぞ。





 

 

 その男の運命は数奇なものだった。トラックに轢かれて死んだかと思えば、気がついたら白い空間で老人と相対をしていた。その老人は、どうやら神様であり、書類の不備で間違って死なせてしまった。お詫びに特典をつけて好きな世界に転生させてやると言ってきた。最初は信じられなかった男だが、老人が神である証拠を見せられ、その考えを改めた。

 そこからは、彼の頭の中はバラ色に染まっていた。彼が転生先に選んだ世界は、自分が生きていた世界で、ライトノベルとして出版されていた『インフィニット・ストラトス』という物語の世界。選んだ理由としては、その物語に出てくるヒロインが魅力的で、好きだったからだ。間違っても、その物語のストーリーが好きなわけではない。むしろ、ストーリーなどほとんどうろ覚えだ。その物語を知ったのも、男がよく閲覧していた二次創作小説投稿サイトがきっかけだ。

 彼が選んだ特典も、そのサイトの、いわゆるオリ主と呼ばれている登場人物がよく使っていたものから、自分の好みのものを選んだ。

 一つ目の特典は、肉体と頭脳の強化。肉体は織斑千冬、頭脳は篠ノ之束にそれぞれ準拠するように願った。

 二つ目の特典は、自分の使用するISを、ガンダムのダブルオーライザーにすること。もちろん、イノベイターではない自分でもその力を十全に発揮できるというご都合主義も同時に願った。

 三つ目の特典は、自分のその世界での将来の安泰。一生困らない財産、確固たる地位にいる両親を願った。

 四つ目の特典は、自分がヒロイン達に決して嫌われなくなる魅力というものだ。彼の言うヒロインとは、篠ノ之箒、凰鈴音、セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒの五名だ。彼女たちに嫌われてしまえば、自分が転生した意味がないと考えたからこそ、そう願ったのだ。

 以上の願いは、全て滞りなく受理され、晴れて彼は自分が読んでいた二次創作の主役たちと同じ立ち位置に立ったと考え、興奮した。そして、その興奮が冷めやらぬまま、彼は二度目の人生をスタートさせた。

 

 男が第二の人生をスタートさせてから、実に15年の歳月が経っていた。現在の彼は15歳となり、IS学園で最初のホームルームの時間を過ごしていた。彼はインフィニット・ストラトスの主人公である織斑一夏の後に見つかった、所謂二人目の男性操縦者として、この学園に来たのだ。

 今生での彼の名前は、天原春輝(あまはらはるき)。この世界では有数のIS開発企業である天原重工の一人息子である。この世界に転生してからは、父にも母にも恵まれ、順風満帆な生活を送っている。というよりも、ここまでは全て彼の思い描いた通りにことが進んでいるのだ。怖いくらいだ。

 しかし、油断はしない。まだ自分はスタート地点に立ったばかりなのだ。そう考えたときに、自己紹介の番が回ってきた。席を立ち、その場で当たり障りのない趣味や好きなものを言い、最後に人の良さそうな笑顔で締めくくる。

その直後に、教室内の生徒の黄色い悲鳴が響く。うるさく思いながらも、素早く目を配らせ、二人の少女がいることを確認する。篠ノ之箒と、セシリア・オルコットだ。ちゃんといることを確認した彼は、内心で安堵のため息をつき、席に座る。よかった、ちゃんと()()()()だ。そんなことを思いながら、続いて彼は織斑一夏の方へと目をやる。

 原作主人公である彼の対処は、既に春輝の頭の中で決まっている。後は時を待ち、劇的なシチュエーションで、彼をこの物語から引きずり落とすのだ。その時には、()()()()たちにも協力してもらおう。そう考え、自身の置かれた状況に現実逃避をしている一夏を見ながら、春輝は内心ほくそ笑んでいた。

 

 その後は、全てのイベントが原作通りの時期に発生した。ただ一つ原作と違うところは、一夏が解決するべき問題を、全て春輝が解決したということぐらいだ。だが、そのおかげか、原作で一夏に惹かれるヒロイン達は全員がその好意を春輝に向けている。そして今日、臨海学校の二日目に起こった『銀の福音事件』において、篠ノ之箒を守り、見事彼女を落とすことに成功した。ここまでくれば、もう一夏はいてもいなくても変わりはない。だが、念には念を入れて、最後の仕上げをすることにした。

 事件がひと段落したあと、春輝は一夏を浜辺へと呼び出した。

 一夏が彼になんの用かと聞いてくる。それに対し、春輝は待ってましたと心の中で笑いながら、もったいぶるようにゆっくりと口を開きながら、言葉を紡ぐ。

 

 そこから、春輝による一夏の()()が始まった。

 

 最初はなんてことはない世間話から始まり、徐々に会話をコントロールしていき、一夏が心の拠り所とする話題――即ち、誰かを守りたい云々というものを引き出した。そこに、春輝はメスを入れた。ただ一言、お前は何も守れてはいない。そう言ったのだ。

 当然、一夏は反論してくる。そんなことない、と。しかし、春輝はその反論を押さえ込む材料があった。それは、自分が行ってきた、本来原作で一夏が行うはずであった活躍、そして、ヒロイン達の目を自分に向けるために行ってきた動きの数々だ。

 セシリア・オルコットとの決闘に勝ち、男に対しての価値観を大きく変えたこと。

 凰鈴音との試合と、その後の話し合いで、約束よりも大切なことがあると教えたこと。

 シャルロット・デュノアに手を差し伸べるだけでなく、具体的な解決策を提示したこと。

 ラウラ・ボーデヴィッヒとの戦いで、力の正しいあり方を示したこと。

 そして、篠ノ之箒とともに銀の福音を撃墜し、自分の存在を大きく示したこと。

 ただ、それだけのことしかしていない。だが、彼女たちからしてみれば、天原春輝という存在は、かけがえのない存在として見えたのだ。

 ――それこそ、織斑一夏という光が霞んで見えるほどの極光としてだ。そうなってしまえば、必然的に彼女たちは自分の方を向く。

 自身がヒロイン達にしたことをいい終えたあとに、春輝は一夏に問う。お前は何をしたのか、と。それに対して、一夏は答えられない。否、答えることができない。何故ならば、彼は何もすることができなかったからだ。

 それでも、と苦し紛れに声を上げた一夏に対し、春輝はそう言われることが予測できていたのか、自身の後方を向き、どう思うと言った。その行動を訝しむ一夏だったが、岩陰から出てきた五人の少女たちの姿を見て、驚愕の表情に変わった。

 

 ――ここからは、言葉にすることもはばかられるほどの私刑であったとだけ言っておこう。

 

 かいつまんで話すのであれば、織斑一夏は五人の少女たちにその志を否定された上で、天原春輝に止めを刺され、心を折られてしまったのだ。

 やれ、誰がお前に守ってほしいと言った。

 やれ、守る力もないのに出しゃばるな。

 やれ、何も為していないのに誰かを守るなどと笑止千万。

 言葉の差異はあれども、そのようなことを言われたのだ。今まで、守りたいと思っていた、他でもない彼女たちから。

 その言葉を受けた一夏は、砂浜に膝をつき、そして蹲って動かなくなってしまった。

それを確認した春輝は、満足気な笑みを浮かべ、五人の少女を連れてその場を離れていった。一夏について何も思うことはない。彼は自分にとって邪魔な存在だったのだ。それを排除して何か悪いことでもあるのだろうか? まあ、なんにせよ目の上のたんこぶであった織斑一夏を再起不能にし、名実ともにヒロイン達を獲得した春輝は、これからその五人とともに過ごすだろう、長い夏の日々へと早くも思いを馳せていた。

 

 織斑一夏の存在は、既に頭からは消えていた。

 

 

 

 ――天原春輝の栄光を話すことは、ここまででいいだろう。彼の人生の安泰は既に神によって約束されており、ここまでの活躍も、これからの活躍も全て成功と勝利が定められているからだ。それもひとえに()()()()()()()()だったからこそ成し遂げられた、もしくは成し遂げることができるのだ。

 

 この物語は、そんな人間を望んでいないのだ。

 

 この物語に必要なのは、そんな天上人ではなく、地に足付いた人間であるのだ。

 

 当たり前のような挫折もあるだろう。

 鼻で笑いたくなるような泥臭さもあるだろう。

 だが、その先にこそ、その世界に生きる人間の輝きがあるのだ。

 

 さあ、彼の物語を語ろう。

 

 

 

 

 

                     ◇

 

 

 

 

 

 臨海学校が終わってからの織斑一夏は、必要な時以外は寮の自室にこもるようになっていた。同室であったシャルロット・デュノアは、臨海学校のすぐ後に別の部屋へと引っ越していった。そのため、今は同室になっている人間はいない。ただ、今の一夏にとってはありがたかった。何故なら、今は誰とも関わり合いたくないと考えているからだ。そう考えるようになったのは、今もなお頭の中で反響している天原春輝に言われた言葉が原因だ。

 ――お前は、一生誰かを守ることなんてできやしない。それこそが、臨海学校のあの日に春輝が自分に言った最後の言葉である。彼が何故、自分にそのような言葉を吐いたのか、一夏にはわからなかった。ただ、その言葉が自身の心に刺として刺さり、今もなお抜けずに痛みを発し続ける原因となっていることは理解できた。

その痛みをどうにか克服するために、一夏は春輝が言った言葉がどのような意味を持っているのか考える。

 

 彼が言ったのは、間違いなく自分を否定するための言葉だ。そうでなければ、あの時にわざわざ自分と話すことはない。というよりも、彼は基本的に自分と関わりを持とうとしていなかった。そこにどのような理由があるかは定かではない。ただ、何か大きなことがあった時には、まるで漁夫の利を狙うかのように積極的に関わってきたことは覚えている。そして、自分や他の人間を出し抜き、見事に活躍するわけだ。

 そう考えると、自分ではなく、彼がみんなを守っていたように聞こえるし、それが事実であることも、誠に遺憾であるが、認めざるを得ない。だが、そういったことを抜きにしても、何故同じような志を持っているであろう自分を彼は蔑ろにし、あろう事か排除しようとしたのだろうか。よくわからない。

 何故、自分を否定したのか。何故、自分が彼女たちを守ることがいけないのか。考えれば考えるほど、嫌な方へと考えていってしまう。そう考え始めている自分が嫌になり、気持ちが沈む。沈んだ気持ちで考え事をするから、物事を悪い方へと考えてしまう――

 今の一夏は、そういった負のスパイラルに囚われていた。

 

「……俺の想いって、間違ってたのかなぁ」

 その螺旋の中で考え抜いた末に、一夏は自室の壁をぼんやりと見ながら、小さくそう呟いた。彼が呟いたその言葉を肯定する存在が、正しく自分が必死になって守ろうとしていた、あの時春輝とともにいた五人の少女たちだ。彼女らは、一夏に守ってもらう必要などないと言ってきたのだ。その中には、自身の幼馴染の姿もあった。

 正直に言ってしまえば、ショックだった。一夏にとって今回のことは、自分は守りたいと思っていたのに、守るべき対象からお前には守って欲しくないと言われたようなものなのだ。それは即ち、自分が彼女らに必要とされていないということがわかった瞬間でもあった。裏切られたわけでもない。おそらく、最初からそう思っていたのだろう。それを、自分に対して言わなかっただけだ。しかし、実際に面と向かって言われると、精神的に辛いものがあった。

 そこまで考えて、ふとあることが頭をよぎった。それは、自分が彼女たちを守ろうとした理由はなんであったということだった。何故、今更になってそんなことが頭をよぎったのかはわからない。彼女らのことに関して言えば、春輝が守っていたから、自分が守る必要はなかったはずだ。しかし、自分は彼女らを守ろうとした。その理由を、今一度考えてみてもいいかも知れないと思った一夏はゆっくりとその理由について考えてみた。

 だが、理由をいくら考えても、()()()()()()()()()()ということ以外に、理由を思いつかなかった。彼からしたら、あんなに大切に思っていた彼女らの事のはずなのに、いざ考えを巡らせてみれば、その程度だったということなのだ。即ち、自分にとって、彼女らはその程度の存在だったということなのだ。

 

 そこまで考えて、一夏はあることを悟った。それは即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()ということと、()()()()()()()()()()()()()()ということなのだ。

 その考えに至った一夏は、今まで悩んでいた自分のことが馬鹿らしく感じてしまった。彼女らのことなど、どうでもよかったのだ。例え異常者と呼ばれようと、空っぽな人間と呼ばれようとも、自分のやりたいことを貫き通す事の方が大切なのだ。即ち、織斑一夏という人間にとっては、()()()()()()()()()()()よりも、()()()()()()()()()()()()の方が大切だったということだ。

 しかし、その感情を貫き通すためには、力が必要だ。ISという存在は、ただその力を表すツールに過ぎない。自分に必要なのは、そのツールで表すべき()()()()なのだ。力というものは、様々な形で存在する。ただ、守る力というものは存在しない。そんなものは、所詮本質を隠すための建前に過ぎないのだ。

 そして、一夏が求めている力は、その守る力を形作っている本質にあるものである。

 

 即ち、誰かを守るために敵を排する力――暴力である。

 

 守るべき者に害を為す存在を排してしまえば、守るべき者は守られる。そこに、綺麗事や感情など必要ない。結果さえついてくれば、それでいいのだ。

 そこまで考えた一夏が、ゆっくりと顔を上げる。その顔には生気が戻っていた。

「やってやる」

 小さく、しかし力強く呟いたその言葉の通り、一夏は考える。これから自分はどうすべきか、どう立ち回り、誰を頼って力を手に入れるべきかを、真剣に考える。悠長に構えている時期はもうとっくに過ぎ去った。これからは、自分から率先して動かなければ、一生惨めなままなのだ。だからこそ、焦らずに、しかし速やかに行動しなければならない。

 そうして考えて、一夏はある結論に至った。それは、今ある力を伸ばしていくというものだ。守るためには、暴力が必要であり、自分はそれを手に入れるためにお誂え向きなツールを持っている。ただ、そのツールを十全に機能させるためには、今まで自身がしてきた、ただ漠然と時が経つのを待つような訓練ではなく、純粋に力を求めるような修練をしなければならない。その修練ができるような人物は、この学園の中でもほんのひと握りしかいないだろう。

 ならば、自身が頼るべきは――

 

 

 

 

 

「それが、お前が私の元を訪ねてきた理由か」

「はい」

 IS学園一年生寮の寮長室。つまりは、自分の姉であり、元世界最強の称号を持つ織斑千冬の前に、一夏は座っていた。自分のもとを訪ねた理由を聞いた千冬は、睨むように一夏を見据える。しかし、彼女の睨みを一身に受けても、一夏は怯まずに視線を返していた。

 そんな彼の様子を見ながら、千冬は考える。一夏が言ったことは、紛れもなく彼の本心からのものであり、彼の瞳の中に見え隠れする悲しみと決意も、理解することができた。全ては、自分の想い貫き通すため。そして、そのためにも力が欲しい。なんとも男の子らしい理由だ。それを()()()()が言い切ったのだ。おそらく、土下座してでも頼み込むつもりできたのだろう。滅多に頼みごとを言わない弟が、自分のプライドをかなぐり捨ててまで頼みに来たのだ。自分も、できるのであれば手を差し伸べたい。というよりも、できるのならば手助けをしてやりたい。

「――悪いが、私は無理だ」

 だが、悲しいかな、自分では手助けすることができない。本当は手助けしたい。だが、そうしたくても自身が持つ称号と、目の前の生徒との関係が邪魔をする。もし、ここで彼に手を貸してしまえば、この先一生彼は自分の影から逃れられなくなってしまう。親、というよりも姉の七光りとでも言えばいいのか、そうした悪影響を彼に残すことは避けなければいけない。

 だからこそ、自分は協力することができない。ただ――

「だが、一人だけ紹介できる人物が居る。その人物に特訓を頼むといいだろう」

 そう、代替案は存在するのだ。

「――それは、誰ですか」

 そう言って、一夏は食いついてくる。彼も、自分に断られることは想定の範囲内だったのだろう。そして断られたあとは、一人で相手を探すつもりであったに違いない。

 だからこそ、千冬は一夏の特訓相手として、大事な弟のことを任せるに足る人物として、ある人物のことを推した。

 

「お前がよく知っている人だよ」

 

 

 




守るためには、暴力が必要である。
これは、最初の三作で語ったことであり、その三作の一夏が目指さなかったものでもあります。
しかし、この作品の一夏は守るということをしっかりと考えているため、敢えて暴力を手に入れる道へと進みます。
今回は、あの三作の時に書けなかった守るということについてしっかりと書きたいです。

関係ない話ですが、この作品で一番手こずったのが、転生者の神様特典を決めるところでした。
今回の転生者のコンセプトとしては、戦闘では一夏は絶対に勝てないということが念頭にあったので、あれこれと悩んだ末に、このような特典やキャラ付けになりました。
ぶっちゃけ、この作品の終着点は転生者に勝つことではないのですから、もっと適当でも良かったかもしれないと今になって後悔しています。

さらに関係のない話ですが、転生者アンチで一番効くと思うことは、彼らの活躍をほとんど描写しなかったり、さらりと流してしまうことだと思いました。つまり、活躍したということは知っているが、それって生きていく上で全然関係がないよねってしてしまう方が、下手に殴ったりするよりも効くんじゃないかなって思いました。

今回の作品は、だいたい3~4話くらいの長さを予定しています。
また、次話投稿後に区分を短編小説に変更します。
ゆっくりと投稿していこうと思っていますので、広い心を持ってお待ち頂けると幸いです。

それでは、最後になりましたが、ここまで読んで下さり、どうもありがとうございました。



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駆け出して、夜を進む

おそらく、皆さんが予想したとおり、一夏の訓練相手は皆さんもよく知っている彼女です。
毎度お馴染みの彼女ではないのは、原作的にまだ情報が出揃っていないので接触しようにも接触できないと思い、今回は出番がありません。

以上を踏まえたうえで、お読みください。





 

 

 千冬が紹介したのは、一夏が所属する1年1組の副担任である、山田先生こと山田真耶であった。彼女は、千冬からの紹介もあってか、一夏の特訓について二つ返事で快諾した。一夏も、まさかこれほど簡単に特訓の相手が決まるとは思っていなかったので、心の中で安堵した。しかし、そう考えたのも一瞬だけで、これから始まるであろう山田先生とともにする特訓のことを考え、そして今の自分の実力から、それがとても厳しいものになると予想し、一夏はすぐに気を引き締めた。

 実際に、彼の予想は正しかった。今まで見てきたほんわかした雰囲気とは裏腹に、山田先生が考えた特訓メニューは、彼女が代表候補生の時に実際に体験したものを、一夏の必要とする技能に合わせて取り捨て選択してアレンジしたものであり、その厳しさは今まで春輝や彼女らと一緒に行ってきたものを遥かに超えていた。その厳しさに、最初は困惑した一夏であったが、これも強くなるためだと考え、黙々とメニューに取り組んだ。厳しさにはすぐに慣れた。

 ある時、特訓の厳しさについて一夏は山田先生に質問をしてみた。何故、今の代表候補生が行っているものとこんなにも差があるのか、と。その問いに、山田先生はあくまで自分の予想であるが、と前置きをしたあとに、言葉を紡ぐ。

「代表候補生の育成方針はその年度によって変わってくるので、その年その年で練度に違いが生じてくるんですよ。特に、今年は現国家代表の実力が高く、加えて前年度の代表候補生の層が厚いこともあり、育成も急ぐことがないと各国は考えている、というのが私の考えです」

 そのため、練度という面に関してはあまり気にしないほうがいいですよ、と言い、一夏に対して微笑んだ。

 それは、ひどい言い方をしてしまえば、今年度の代表候補生の一部は、ただの予備戦力ではないのか、と思わず一夏は言ってしまった。

「そういう人間も必要なんです」

山田先生はその言葉に対して、そう答え、補足するように言葉を付け加える。

「代表候補生になって満足するか、その先を目指し続けるかはその人のやる気次第なんですよ」

 そう語ったあとに、何かを懐かしむような遠い目をした。

 そんな彼女の様子を見て、一夏は時代の流れを理解するとともに、強くなろうという気持ちが改めて強くなった。現状で満足などできない。何故ならば、自分は誰かを守りたいからだ。そのためにも、誰よりも強くならなければいけないのだ。その感情を原動力に、一夏はISを纏い、山田先生へと向かっていった。

 

 山田先生との特訓ができない日は、もっぱらアリーナで自主練をするか、もしアリーナの予約がとれないときは、自室で勉強をするかのどちらかだ。自主練といっても、山田先生から教わったことや基礎的な機動を反復するだけのシンプルなものだ。山田先生は、そうしたものの積み重ねこそが、将来的に確かな強さを手に入れるために必要なものだと語り、その時一緒にいた千冬もそれに同意している。その言葉もまた、一夏の原動力となった。

 自分は、弱い。ならば自分が強くなるためには、誰よりも努力しなければならない。それが道理だ。そしてそうであるならば、常に、自分は他の誰よりも遅れているという意識を持っていなければならない。そもそも、男性操縦者という存在は、偶発的に生まれた存在なのだ。努力し続けなければ、このIS学園の試験を突破して入学してきたであろう普通の生徒たちを愚弄しているようなものなのだ。

 だから、努力する。だから、強くなる。全ては、誰かを守るため、そして自分の想いを貫き通すためなのだ。どんなに笑われようとも、どんなに否定されようとも、決してそのことを諦める気はないし、それを目指す自分の意思を曲げることなどしない。何故ならば、()()()()()()()()()()()()のだ。自分が自分であることを証明するために、自分は誰かを守らなくてはならない。だから、それが出来るようになるために、力を求めているのだ。

 雪片で剣術の型をなぞるように振るいながら、そう考えた一夏は、その考えを頭の隅に留めながら、ただひたすらに訓練へと没入していった。

 

 

 

 一夏が山田先生との特訓を始めてから、二週間経った。世間の一般的な高校では、もう夏季休業に入っていた。彼が通うIS学園でも、そうした世間の流れに倣うように、二日前に夏季休業に入った。IS学園に入ってから最初の長期休暇に、今年入学の生徒たちは、各々の予定を確認しながら、これから始まるであろう夢のような日々へと思いを馳せた。そして、それは天原春輝も同様で、これから過ごすヒロインとの夏の日々を想像しては、顔をにやけさせていた。

 そんな喧騒の中でただ一人、一夏だけは表情を変えずにいた。現在彼の頭の中にあるのは、今日行うべき特訓、もしくは自主練や勉強の内容だけだった。世間が夏季休業に入ったとはいえ、そんなこと彼にとっては関係がないのだ。強くなる、そのためにも訓練をする。ただそれだけだ。否、()()()()()()()()

 この二週間という時の中で、一夏は山田先生との模擬戦において互角の戦いができる域にまでその実力を伸ばしていた。更には、仮想ターゲットを全機撃墜する訓練でも、他の専用機持ちに迫るようなタイムを記録している。しかも、それを彼は近接ブレードである雪片弐型のみで成し遂げているのだ。その様子を間近で見ていた山田先生は、改めて一夏のポテンシャルに舌を巻いた。そしてそれと同時に、今の彼の訓練に対するのめり込み様に、一抹の不安を抱えていた。

 その不安を抱いたのは、正しい感覚だといえよう。何故なら、必死に特訓をする一夏の心には、ある感情が生まれていたからであり、それは五日前の特訓が終わった時に芽生え始めたものだからだ。

 その日の特訓は、最後に模擬戦をやって終了になった。その模擬戦で、ようやく一夏は山田先生と互角に戦えていることを自覚するに至った。その事実に一夏は、表情には表さないが、心の中では喜んだ。自分が強くなっているという実感を、ようやく形ある結果として認識することができたからだ。

 だが、そのことを実感するのと同じくして、一夏の心は渇きにも似た物足りなさを覚えていた。その渇きは、自身の心の奥底から沸き上がってくるものであり、その渇きが沸き上がれば湧き上がるほど、自分はまだ強くはない、力など未だにないのだという考えが浮かんできてしまうのだ。何故、そんな焦燥感と言えるような感情が沸き上がってくるのか、皆目見当もつかない一夏であったが、その感情によって、自身の実力に不安を覚えているのは確かなのだ。

 ――だから、彼は力を求め続けた。もっと強くなれば、この渇きを消し去り、自分が抱いている不安を拭うことができるのだと、盲目的に思い続け、特訓に埋没していった。その結果、一夏はさらに強くなった。しかし、それと同時に原因不明の焦燥感も、比例するように強くなっていった。そしてその焦燥感を払拭するために、何かに突き動かされるように訓練に取り組む。そして、強くなると同時に、さらに大きな不安と焦燥感に苛まれる。そんな負の堂々巡りに、一夏は囚われ始めていたのだ。

 

 そして、一夏の変化はそれだけではなかった。彼が強さを求め、訓練に没頭していくにつれて、あるものを失いかけているのだ。それは、人が人間関係を築いていく上で、とても重要である要素であるものだ。そして、一夏は自分の心の内の不安と焦燥感に目を向けすぎており、自分の()()の変化とも呼べるそれに全く気付けないでいた。

 彼が失いかけているもの――それは、表情だ。ほとんど泣かないのは、昔から変わらない。しかし、彼は特訓を受け、力をつけてから、まずほとんど怒りをあらわにすることがなくなった。次いで、自らの心に芽生えた不安と焦燥感を自覚してからは、笑顔を見せることがなくなった。

 そして、そうした感情を払拭しようと抗っている今では、何かに対して思いつめた表情を浮かべる以外に、表情の変化は無くなってしまった。人形とまではいかないが、それを思わせるような無表情。たまに表情を変えたかと思えば、なにか思い悩んでいるかのような表情しか浮かべなくなっていた。しかも、そうした自分の変化に、彼自身は全く気が付いていないのだ。そして、彼の様子を傍から見ている周囲の人間は、そんな変化に困惑していた。

 そうした困惑が最も大きいと思われる人物が、彼の特訓を見ている山田先生だろう。彼女は、彼が刻一刻と変化していく過程を、最初からその目で見ていたのだ。しかし、彼女は彼自身が言った無理をしていないという言葉と、自分の生来の性格から、彼の内面になかなか踏み込めないでいた。それが悪手だということは理解している。しかし、下手に彼の心に踏み込み、今よりも事態を悪化させることだけは避けなければならない。そうした考えから、今の彼女はともに訓練をしている一夏の様子をつぶさに観察し、それらを事細かに千冬に報告することしかできないでいた。

 しかし、報告を受けている千冬自身はというと、そうした一夏の現状を理解した上で、様子見という選択をとっているのだ。本当は、力ずくでも一夏のことを止めたいと思っているのだが、彼女の場合、彼に強くなりたいと請われた身であるのだ。色々と思うことはあれど、教師として、そして一人の姉として、彼の覚悟を止めるのはいかがなものだと思い、あの時は何も詮索はせずに受け入れたのだ。あの時の選択も、そして今の選択も、もしかしたら間違いであるのかもしれない。それでも、千冬は一夏を見守ることにしたのだ。今でも歯がゆい思いで一夏の変化を見ているが、それでも一夏であれば、自分の弟であれば、必ず正しい道へと進んでくれる、そう信じているのだ。だから、彼女はまだこの問題を静観しているのだ。

 

 だが、一夏のことを心配しているのは、彼女たちだけではないのだ。彼のクラスメイトたちもまた、彼の変化に困惑し、何かあったのではないかと不安に思っているのだ。彼女たちもまた、入学当初から彼のことを見てきた者たちである。そうであるから、臨海学校の後の塞ぎ込んだ姿も、彼が山田先生との特訓を始めてから、日に日に様子がおかしくなっていく様も、その目で確認していたのだ。

 その二つのことに関して、彼女たちは心からの善意で、一夏にその理由を聞こうとしたことがあった。しかし、実際に彼女たちがそのことに関して聞いてみても、当の一夏はなんでもないという一言で言葉を切り、すぐに自分のことに戻ってしまうので、彼女たちは一夏に起こっていることがどのようなことであるか、未だにその全容を把握できないでいた。

 そして、そんな刻一刻と変わっていく状況の中において、全く変わらずに日々を過ごしているのは、臨海学校のあの時に、自らの言葉で一夏を追い詰めた天原春輝と、彼の周りを取り巻く専用機持ちの少女たちだけであった。彼らはそうしたことが起こっていることを気にもとめず、この瞬間が最も大事だと言わんばかりに楽しいひと時を過ごしていた。そんな彼らのスタンスは、悪く言ってしまえば、他の人間のことなどどうでもよく、自分たちさえよければそれでいいと言っているようなものだ。それは、過去に想っていた幼馴染であっても、自分のことを想っていないとわかってしまえば、簡単に手放したことからも、容易に分かることだ。

 

 そうした彼らのことを、一般生徒は()()()と影で呼んでいた。理由としては、彼らの中心人物である春輝の様子からだ。確かに彼は、容姿が整っており、その表情も柔らかく、性格もわかっている範囲では好青年であると言える。しかし、よく浮かべている人の良さそうな笑みには、全く暖かみを感じず、何を考えているのかわからない雰囲気を醸し出しており、時々彼が一般生徒である自分たちに向ける視線が、まるでものを見ている様に感じるのだ。

 その二つの点から、彼と自分たちでは住んでいる世界が違う存在である様に感じてしまうのも無理はない。しかし、いくらわけのわからない存在であっても、それだけで彼女たちが彼のことを宇宙人と呼ぶことはない。本当の原因は、彼の周りの人間関係にあった。

 彼の周りには、常に専用機持ちの少女の誰かしらがいるのだ。それは、専用機を持たない普通の生徒である彼女たちからしたら、貴重な男性操縦者の一人を、専用機を持っているというだけでほとんど独占しているに等しいのだ。そんな彼の周りに存在している彼女たちを妬んだ一人の生徒が、彼女たちを貶めるために、彼女たちがご執心である彼のことを宇宙人と影で呼び始めたのが、始まりだった。そして、その呼び名は瞬く間に全学年の一般生徒に広がっていき、今ではその呼び名で彼と専用機持ちの少女たちに対して影口を叩くのが、普通になってしまった。

 訓練をしないのに、誰よりも強い。専用機持ちと関わり、彼女らの心を瞬く間に掴んでいく。そんな所業を春輝は普通の生徒がどう思うかも考えずに行っていたのだ。加えて、彼は一般生徒に全く興味を持たず、むしろ路肩の石のように見ていたことが、そのような呼び名で呼ばれるようになってしまった原因であるのだ。

 

 対して、一夏に対する呼び名は、()()()というものが一般的だった。アリーナに行けば見ることができる、訓練に対して鬼気迫る感じの取り組み具合。そして訓練を重ねるごとに普段浮かべている表情が、どんどん思い詰めたものへと変化し、いつしか平常時でもそうした表情でいることのほうが多くなってしまったことから、常に強さを求め、努力している彼の姿を、純粋にすごいと感じて、そう呼んでいるのだ。

 しかし、そうした彼の努力を見ている生徒たちは、その努力を評価している反面、訓練を続けていくうちに、いつしかその強さを求める思いに押しつぶされ、心が壊れてしまうのではないかという不安を抱いており、心配で気が気ではなかった。そして、そうした心配から、彼にそのことを指摘し、少しでも彼に休息を取らせようとしても、彼は自身のことに精一杯であるのか、取り付く島もない。ただ、行事等の伝言といった大切な話はしっかりと聞くので、一般生徒である自分たちを拒絶しているというわけではないのだ。そのことが分かってから、彼に対する好感度は、学年という壁を隔てなく、高くなっているのだ。

 自ら進んで訓練を行い、力を求める。あまり世間話をしないが、大切な話はしっかりと聞いてくれる。そうしたストイックさは、今まで女子しかいなかったIS学園では、どこか新鮮なものだった。それと同時に、こうした男子がまだ世の中にいたということに、一般生徒の大多数が驚いたのだ。一夏のそうした要素と、春輝の一般生徒に対するものを比べてしまえば、どちらをよく思い、憧れを抱くかは、一目瞭然であった。

 

 

 

 ――ただ、当の一夏はそんなことを全く気に止めず、訓練に没頭していた。

 その姿を、影から不安そうに見つめるクラスメイトたちの視線に気づかずに……

 

 

 

 

 




よく考えて欲しい、物語の世界で生きている人間のうち、その何割がメインキャラクターであるのかということを。
――おそらく余裕で一割切ってるから。

そういったことで、今回は所謂一般生徒、物語的に言うと、モブキャラに相当する彼女たちにスポットを当てようと思っています。
と言っても、そんな彼女たちから代表で一人か二人ですが。
ヒロインって感じじゃなく、あくまでクラスメイトみたいな感じで描写できたらいいなと思っています。

そうした方針ゆえ、楯無さんは犠牲になったのだ。すまぬ、すまぬ……

最後になりましたが、ここまで読んで下さり、どうもありがとうございます。
よろしければ、読んだ感想をいただければ幸いです。
次回も、どうぞよろしくお願いします。




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立ち止まって、地平線を見る

遅くなって申し訳ありません。
難産だったことと、モチベーションが上がらなかった事が重なってしまい、なかなか文章が書けませんでした。言い訳のしようがないですが、ここで謝罪させていただきます。

今回の話では、色々と原作にはない設定があったり、相変わらず一期ヒロインたちの影がほとんどありませんが、そこはご了承ください。

それでは、よろしくお願いします。





 

 

 

 夕方、IS学園学生寮一階談話室にて、三人の生徒が顔を合わせていた。

 相川清香、夜竹(やたけ)さゆか、そして布仏本音。普段醸し出している雰囲気も違えば、中学時代からの友人というわけではない彼女らであるが、一つだけ共通点がある。しかし、その共通点こそが、現在彼女らの表情を曇らせている原因となっているのだ。

「どう、織斑君の笑顔は見れた?」

「ううん、私は見れてない」

「私もー、おりむーがずっとむすってしてるとこしか見てないよー」

 彼女らの共通点――それは、織斑一夏と同じ一年一組に所属しているという点だ。しかも、彼女らは4月の上旬から彼にアプローチをかけている。一応自己紹介もしており、クラスの中では、専用機持ちを除けば、彼と一番接触していると言っても過言ではない。そうであるから、一夏とは度々世間話をしており、彼の趣味趣向もなんとなくではあるが理解していると思っている。それと同時に、彼の性格もそうした会話の中から読み取れるところは読み取っているつもりであった。

 しかし、現在の一夏は、そんな自分たちの理解をあざ笑うかのように、変わってしまったのだ。

「じゃあ、この分じゃ他のみんなも駄目みたいだね」

「うん、ここに来るまでに鷹月さんにも聞いてみたんだけど、やっぱり一度もみられなかったみたい」

「う~、しずしずも見てないんだったら、みんな駄目だよぉ」

 今にも泣き出しそうな声色で言った本音の言葉を合図とするかのように、清香とさゆかはため息をついた。そう、今彼女らの頭を悩ませているのは、たった二人の男性操縦者の片割れの急激な変化であった。また、そうした変化に困惑しているのは彼女らだけではない、一年一組の一般生徒全員が、そうした彼の変貌に困惑しながらも、それと同じくらい彼の身を案じていた。

 何せ、ある日突然みんなの憧れの象徴であった一夏が、全く笑わなくなってしまったのだ。それどころか、泣いたり怒ったりといった、所謂感情の起伏が乏しくなってしまったのだ。また、彼の人付き合いが悪くなったのも、そうした感情の起伏が少なくなってきた時期とほとんど同じ時からだ。

「やっぱり、臨海学校で何かあったのかなぁ……」

 今にも消え入りそうな声で、さゆかは呟いた。彼女が言った通り、彼がおかしくなった様々な要因をたどっていくと、臨海学校直後のふさぎ込んでいた時期に行き当たる。臨海学校の前も最中も、特に変わった様子はなかった。しかし、最終日のバスの中では、既に何かにショックを受けていたような雰囲気を出していた。それが意味するところは、自分たちが全く関与できなかった時――即ち、二日目に()()()()()()()()()()()()()()()に、彼がショックを受けるような出来事に直面したのだろう。例えば、自分の価値観の全てを否定するような、そんな出来事に、一夏は巻き込まれたのだ。

 その出来事がきっかけで、一夏は何かに対して思い悩みふさぎ込んだ。そして、それを克服したと思えば、今度は血のにじむという言葉を超えているような特訓をし続けているのだ。何故、そうまでして自分を追い込み続けるのか。何故、彼はそのような努力をするという選択に至ったのか。その理由を知りたいと思っても、彼は頑なに話そうとしないのだ。それどころか、学業に関しての話題以外では、全く会話に発展しないのだ。

 人付き合いが悪くなったと言ってしまえばそれでおしまいであるが、彼の場合は、自分のことで精一杯であることと、無意識的に自分の内にだれかの存在を入れないようにしていることが、傍から見れば丸分かりなのだ。彼はそれを隠せていると思っているだろう。否、無意識的に行っているから、隠してすらいないのかもしれない。しかし、そうであったとしても、彼が他者とのつながりを極力避けていることには変わりがなく、彼のことを心配している自分たちからしてみれば、八方塞がりと言えるような状態だ。

 

 唯一、一夏の変化の根本的な原因を知っていそうなのは、学校中の一般生徒から宇宙人と揶揄されている、もう一人の男性操縦者だ。何故なら、彼が一夏を見ている瞳の中に、時折歪んだ優越感が写っているのを、度々目撃しているからだ。また、彼と一夏は臨海学校の時に、一度二人で会っている姿を他のクラスの生徒が見たと言っていた。そうした様子から、二人目が彼に対して何かを言った、もしくは何かをやったのかもしれないというのが、彼らの様子をつぶさに観察していた自分たちの見解だ。

 だが、その見解はあくまで予想であり、真実は全く違うという可能性もあるのだ。手っ取り早いのが、二人目に事の次第を聞くことだが、周りを固める専用機持ちの目をかいくぐり、彼と会話するのは困難だ。そして、もし二人目の彼と話せたとしても、彼の今までの言動から、会話になるかどうか怪しい。何故なら、彼は自分たちのことをものとして見ているからだ。確かに自分たちと世間話することはあるが、その言葉には心がこもっていない上に、端々からこちらを見下しているような雰囲気が感じられるのだ。

 そんな人間と、誰が好き好んでコミュニケーションを取るだろうか。いや、専用機持ちなどの()()()()()()()()()を持った人間は、彼に惹かれるのだろう。強くて、容姿が整っていて、甘い言葉を口にする。確かに男としてこれほどの優良物件は存在しないだろう。だが、自分たちからしてみれば、その全てが嘘っぱちに感じてしまうのだ。

「――やっぱり、織斑君に聞こうよ」

 そして、そうであるならば、自分たちが取るべき手はもうそれしか残されてはいない。それがわかっているからこそ、清香はその言葉を口にしたのだ。

「でも、今の織斑君が話してくれるかなぁ……」

 そう不安げな顔で言ったさゆかに対して、清香は大丈夫と言い、口を開いた。

 

「私に考えがあるから」

 

 

 

 午前6時、IS学園食堂。まだ起きてきている生徒が少ない中で、一夏は朝食を摂っていた。今は夏休みであり、学園内に残っている生徒は少なくなっている。ISという特殊なパワードスーツ()()を使っているこの学園でも、余程の事情がない限り、生徒が実家へと帰省するのは普通の寮制の学校と変わらない。何せ、生徒の出身国は日本人が割合では多いものの、それでも世界各地から集まってきているのだ、この長期休暇を利用して自分の国に帰りたいと思う生徒も出てくるだろう。

 だが、そんなこと自分には関係ないと一夏は考えた。おそらく、今日も変わらない。朝から訓練をして、夜になったらご飯を食べて、風呂に入って、勉強をして、眠る。決意してから変わらない日程になるだろう。そう、思っていた。

「おはよう、織斑君」

 聞き慣れた、自分を呼ぶ声が一夏の耳に届く。その声がした方へと一夏は目を向けると、そこには彼のよく知る人物が立っていた。

「相川さん」

 自身のクラスメイトの、相川清香だ。彼女だとわかった一夏は、すぐにおはよう、と挨拶を返した。一夏の挨拶を聞いた彼女は、満面の笑みを浮かべて、口を開く。

「ちょっといいかな?」

 その言葉に、断る理由はない一夏は、すぐに了承の意を示すように頷く。その仕草を見た清香は、ありがとね、と言葉を返し、一夏の向かい側に座る。一夏の視界の端には、少し離れたところに座っている夜竹さゆかと布仏本音の二人が、心配そうな表情でこちらを見ている姿が映ったが、特に関係はないと考え、目の前に座る清香に集中することにした。

「いきなりごめんね、食事中だったのに」

 申し訳なさそうに清香は謝罪の言葉を口にする。そんな彼女に、一夏は別にいいよ、と言った。

「ただ自分が好き好んで一人で食ってるだけだから、相川さんが気にすることじゃないさ」

 そう言って、一夏は箸を置いた。まだ料理は残っているが、清香の話を聞くことに集中するためだ。そうした一夏の様子を確認した清香は、表情を真剣なものへと変え、ゆっくりと口を開く。

「あのさ、今日って特別な用事ってあるかな?」

「用事?」

 清香の言葉に、一夏は一度考える。確か、今日は織斑先生の手伝いや、倉持技研からの依頼はなかったはずだ。そう考えたあと、念のため清香に少し待っててと断りを入れた後に、携帯端末を取り出してスケジュールを確認すると、自分の考えたとおり今日の予定は何も入っていないことが確認できた。そしてその事実を、正直に清香へと伝えた。

「――特にないかな」

 その言葉を聞いた清香は、再度表情を嬉しそうなものへと変えた。そして、その表情のまま口を開く。

「それだったらさ、今日一緒に遊ばない?」

 清香の邪気のないその言葉に、一夏はすぐに回答することを躊躇した。彼女は、自分がIS学園に入学した当初からの付き合いだ。正直に言ってしまえば、彼女の誘いを断るのは気が引ける。

 ――だが、自分はまだ強くならなくてはならない。そのためにも、使える時間は全てそれに注ぎ込まなくてはならないのだ。それが例え、誰かとのつながりを断ち切るものだとしても。だから一夏は、彼女の誘いを断るために、口を開こうとした。

 

「ここにいたか、織斑」

 

 しかし、耳に届いたその声に、一夏は寸前まででかかった言葉を飲み込んだ。そして、声がした方へと顔を向けると、そこには自分の姉であり、クラスの担任でもある織斑千冬が立っていた。

「織斑先生、何か用ですか」

「ちょっとした連絡だ、すぐに済む」

 そう言った千冬はチラリと清香の方を一瞥したが、すぐに一夏へと視線を戻し、言葉を続ける。

「非常に申し訳ないが、アリーナの緊急メンテナンスをすることになってな。今日一日はアリーナを使うことができなくなってしまった」

 千冬の言葉を聞き、一夏は思わず声を上げてしまった。その言葉が意味することは、単純に予定していた訓練ができなくなってしまうということである。しかし、一夏はそんなことが起こるなど、全く予想もしていなかった。否、そこまで気が回らなかったという方が正しい。しかしそれは、自分のことに精一杯で、周囲のことまで気が回らないとも言える。だからこそ、彼は驚いたのだ。そしてその感情は、そのまま困惑に変わる。

 そうして、いきなりやろうと思っていたことができなくなってしまい困惑している一夏に、さらに千冬は畳み掛けるように口を開く。

「さて、訓練ができなくなってしまったお前にはこれをプレゼントしよう」

 その言葉とともに、千冬は一夏に一枚の紙を差し出す。それは、外出届の書類だった。教師である千冬が、生徒である一夏に対してそれを渡すということが示す意味は、言外に今日は休めと言っているようなものだ。彼女が何故そのような行動に出たか、その意味はよくわかる。おそらく、自分を心配しているからだろう。山田先生から自分の訓練時の様子を聞き、今日の緊急メンテナンスをこれ幸いと考え、このような手を打ってきたのだ。ご丁寧に、あらかじめ一夏の名を記入し、すぐにでも申請ができるような状態でだ。

 正直に言ってしまえば、そうした思いやりは、素直に嬉しいと思えた。彼女が今の一夏の状況を理解し、それを考えてこうした行動をとったことも、彼の心と体を案じてのことであることは、言葉にしなくてもわかる。だが、そうであったとしても、自分は()()()()()()()()()()()()のだ。

「あの、織斑先生」

「――織斑」

 そうした決意を胸に、千冬の配慮を断ろうとした一夏の言葉を、彼女は言葉で遮った。

 

「少しは、周りを見てみることをおすすめする」

 

 有無を言わせないような雰囲気でそう言った千冬は、一夏が座るテーブルの上に外出届を置き、そのまま食堂の入口の方へと歩いて行ってしまった。そんな彼女を一夏は引きとめようとしたが、そうしようとした時に、清香と目があった。彼女はどこか真剣さを感じられる表情で、じっと一夏の方を見つめていた。そんな彼女の雰囲気に少し圧されながら、一夏は少し考えた後、小さくため息を吐きながら、口を開いた。

「……そういうわけだから、今日はよろしく頼む」

 その一夏の言葉に、清香は満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

「良かったんですか、織斑先生」

 食堂の出入り口から出てきた千冬に、廊下で待っていた山田先生が声を掛ける。彼女の言葉に対して、千冬は何の話でしょうかと答えた。

「私は何も悪いことはしていないつもりですが?」

 そう言った千冬に、それはわかっていますが、と山田先生は言い、そのまま次の言葉を紡ぐ。

「今日はアリーナのメンテナンスは入っていないはずですよ。それなのに、なんで一夏君にはメンテナンスだと言ったんですか?」

 山田先生の言葉のとおり、千冬が一夏に伝えたアリーナのメンテナンスについての連絡は、()()()()なのだ。しかし、千冬は今回の嘘をつく為に各所に根回しをして、全アリーナを閉鎖し、本当にそうであるかのように見せかけているのだ。ある教員には、やりすぎではないかという疑問を口にされたが、それに対して千冬は念には念を入れたいと言って、納得してもらった。

「さて、なんのことだか。私は嘘など言った覚えはありませんが?」

 そうした積み重ねがあるからこそ、千冬は堂々とその言葉が言えるのだ。

「……もういいです」

 そんな千冬に、山田先生は追求することを諦めた。

 

 

 

 午前9時頃、IS学園校門前。一夏は朝食を食べ終えた後、一度清香に別れを告げてから職員室に寄り、外出届を提出した。その時の教員のどこかほっとしたような表情に引っかかりを覚えつつも、自室に戻って数が少ない私服に着替え、備え付けのノートPCで少し調べごとをした後に、待ち合わせ場所である校門へと急いだ。

 そうしたこともあり、待ち合わせに予定していた時刻よりも早く校門の前に着いたが、まだ清香は来ていないようだった。その事実に、一夏は当然だろうな、と心の中で考えた。男性よりも女性の方が準備に時間がかかるというのは、よくある話だ。姉を持っている身としては、それがよくわかる。

 何にしても、待っていればそのうち来るだろう。そう結論づけた一夏は、早々にその考えを打ち切り、別のことを考えることにした。

 それは、何故今回彼女が自分を誘ったのか、ということだった。通常、女子が遊びに行くといったときは、自分の彼氏か自分が所属しているグループの友人とだろう。IS学園という特殊な環境であれば、特に後者がほとんどのはずだ。いくら自分と、もう一人というイレギュラーがいたとしても、そうした基本的な行動は変わらないはずなのだ。

 しかし、彼女は自分を誘うという選択をした。その行動から考えられる動機は、二つ。一つは、彼女が自分のことを友人として誘ったというもの。こちらはよくある話だ。しかし、そうした場合、二人きりということはありえない。大抵が、女子の方が多いか、ほかの男子もいるパターンだ。よくある、男友達と女友達という関係の付き合いだろう。もう一つは、彼女が自分に恋愛感情を持っているから誘ったというもの。こちらは絶対にありえないだろう。何故なら、食堂で声をかけてきた時の雰囲気からは、そうしたものを読み取れなかったからだ。もしかしたら隠しているだけかもしれないが、彼女の性格から、そんなことはありえないだろうと考えた。

 だが、もしも彼女がその考えで自分を誘ったのだとしたら――

「一夏くーん!」

 そう考えているときに、清香の声が耳に届く。その声を聞いた一夏は、自分が考えていたことを一度頭の隅に追いやり、声がした方へと顔を向けた。そちらには、清香の他にも二人の女子がいて、清香とともにこちらへと向かってきていた。夜竹さゆか、そして布仏本音。その二人の女子は、どちらも一夏のクラスメイトであり、一夏とは何度か面識がある人物だった。特に、布仏本音に関しては、あだ名で呼び合うほど仲がいい、と思いたいが、それだけの信頼関係は築けているとは考えている。

 ――のほほんさんとおりむーという、なんとも気の抜けた呼び名ではあるが。

「ごめんね、待った?」

「いや、俺も今来たところだよ」

 三人の先頭にいた清香と、なんともお約束めいたやり取りをする。自然と出てきた言葉に驚きながらも、一夏は彼女の後ろにいる二人にも声を掛ける。

「のほほんさんも、夜竹さんも、今日はよろしくな」

「うん、よろしくね」

「よろしくね~」

 一夏の言葉に、嬉しそうに二人の少女は言葉を返す。そんな三人の様子に、清香はうんうんと頷きながら、口を開いた。

「じゃあ、早速いこっか」

「お~」

「おー」

 清香の言葉に律儀に返答する二人の様子を見ながら、一夏は自然と表情を柔らかくしていた。

 

 

 

                    ◇

 

 

 

 正午、某ファミリーレストラン。一夏たちは料理が運ばれてくるのを待ちながら、自分たちのクラスのことで会話を弾ませていた。しかし、会話をしているのはもっぱら女子たちだけで、一夏はあまり口を挟まずに、聞くことに徹していた。

「でね、その時鷹月さんがね――」

「そうそう、そう言ったんだっけ」

「意外だったよね~」

 彼女たちの話は、一夏からしてみれば自分の知らない世界のことであり、とても新鮮なものだった。そして、そんな知らない世界が、自分のすぐそばにあったという事実に、正直なところ驚くとともに、自分がどれだけ周りを見ていなかったことを思い知らされていた。ただ、それを女子たちに知られるようなヘマはしてはならないという思いから、自分が抱いているその感情を、なるべく表情に出さないように努めた。

「意外と言えばさ、一夏君がアクセサリーに詳しいのも意外だったよね」

 そうした中、さゆかは一夏の方に目を向けながら、話を一夏の意外な一面のことに変えた。彼女がいきなり話を自分のことへと変えたことに驚きながらも、一夏はそうでもないよ、と答え、頬をかいた。

「ちょっとその方面に興味を持ってた時期があってさ、その時の知識だよ」

 さゆかが一夏に話を振ったきっかけは簡単なものだ。午前中にアクセサリーショップに入る機会があり、その時に一夏が、彼女たちが見ていたアクセサリーについての話をしただけだ。その時のことが、さゆかにとっては印象的だったのだ。何故なら、彼女たちにアクセサリーの知識を話す一夏の表情が、とても生き生きとしたものだったからだ。臨海学校から帰ってきたあとの彼とは違う、しかしその前の彼のものとは違う。おそらく、一番彼の本質に近いものだと思ったのだ。ただ、それを今ここで言うほどデリカシーがないわけではない彼女は、その事実を今は自身の胸に秘めておくことにした。

 

 そんな彼女の思いなど露知らず、一夏はさらに言葉を続ける。

「はっきり言って、今のトレンドなんて俺にはわからないし」

 恥ずかしそうにそう言った一夏に、清香がそんなことないよ、と言う。

「そういうことを知ってる男子ってあまりいないからね」

「そうそう、だから織斑君って結構すごいんだよ!」

 清香の言葉に、さゆかが追随するように言葉を紡ぐ。そう言われた一夏は、気恥ずかしくなりながらも、内心満更ではなかった。何せ、IS学園に入学してから今日まで、教師など年の離れた人間からしか褒められたことがなかったからだ。こうして同年代の人間に褒められたりするのは、もう一人の男性操縦者の方が圧倒的に多いからだ。

「――そんなに褒めても何にも出ないぞ」

 だから、一夏は謙遜してしまう。褒められ慣れていないことと、今まで自分は何も為していないという無力感が、彼にそうした言動を取らせてしまうのだ。それをわからない彼女たちではない、だが、()()()()彼の心に踏み込むべきではないということも、理解していた。

しかしその反面、徐々に一夏の心が開いてきていることもわかってきた。こうして自分たちの話題に乗って会話に入ってきていることも、そうした変化によるものだろう。そのことを実感した三人は、一夏にはわからないようにアイコンタクトを交わす。たった一瞬、それだけで自分たちの心を一つにした彼女たちは、すぐに一夏の方へと向き直り、新たな話題を振る。

「ねえ、一夏君――」

 そうして、様々な感情で固まった彼の心を解きほぐしていく。こうすることしかできないし、ほかに方法を知らない。でも、こうすることが、今の自分たちにできることなのだと疑わなかった。

「午後はどうしよっか?」

 清香のその言葉に、一夏はしばし考えを巡らせた後に、自分の考えを言う。それに便乗するように本音が自分の行きたい場所を口にし、それをさゆかが冗談交じりでたしなめ、そこでまた笑いが生まれる。その輪の中で、一夏もまた自分では気がついていないが、彼女たちと同じように笑うことができるようになっていた。

 

 こうして、料理が来るまでの間、一夏は三人のクラスメイトとの会話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 




一年一組で、一般生徒で、一夏とある程度接触がある人物は誰だと考えた末に、彼女たち三人が選ばれました。
本音は言わずもがな、相川さんも結構原作・アニメともに出演回数が多かったりします。ただ、夜竹さゆかさんの立ち位置には、最初鷹月静寐さんを入れようと思っていましたが、彼女は箒のルームメイトなことと、wiki等で性格を確認した結果、一人勝ちする可能性が出たので、本音の「しずしず」呼びでの出演とさせていただきました。

一夏のアクセサリーの知識については、今作のオリジナルです。作中で彼が言っているとおり、一時期興味を持っていたので、少しそちらの知識がある程度です。

そして、今回の話が予想よりも長くなってしまったので、あらかじめ決めていた完結までの話数が、予定していたものより一話多くなることが決定しました。読者の皆様はそちらのほうが嬉しいかもしれませんが、もしそうでない方は、ご了承ください。

それでは、ここまで読んで下さり、どうもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。






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上を向いて、星を見上げる

今回はほかの話に比べれば短めだと思われます。
しかし、書きたいことを書いていたら、後半がかなりグダってしまいました。
――あと、今回の話はアンチ・ヘイト作品を書いている人にぜひ読んでもらいたい話です。

それでもよろしければ、どうぞ。





 

 

 

 楽しかった時が終わり、一夏たちがIS学園の校門前まで戻ってきた時には、もうすぐ太陽の淵が地平線へとかかろうとしている頃だった。一夏の前を歩く三人が口々に今日のことを話しているのを見ながら、一夏は今日のことを思い返していた。

 昼ご飯を食べたあとは、駅前の映画館でさゆかが見たかった映画を見た。その映画はこの御時世では珍しく、男性を主演としたものだった。また、ジャンルもISの登場で勢いを盛り返したSFではなく、少し時代背景の古い伝奇ものであったのだ。最初にこの映画を見たいと言われたときは、彼女はこのようなジャンルが好きなのかと素直に驚いたが、いざ映画が始まってみると、その作り込み具合に物の見事に引き込まれたが、それよりも主人公のキャラに引き込まれている自分がいた。

 

 今回見た映画の主人公は、文武共に極めて優秀な人物であり、曲がったことや非合理なことなどが嫌いで自他共に厳しいが、そうした辛辣な言動は冷淡さの表れではなく、困った者を放っておけないという彼の持つ面倒見のよさの裏返しなのだ。そうした真面目で堅い言動から、作品のことをよく知らない人が見れば、彼のことを良家の子息と勘違いしてしまうだろうが、実際は決して裕福と言えない母子家庭育ちであるという設定であり、その部分が、物心着いた時から姉と二人で暮らしていた自分と似通っていると感じた。

 しかし、物語を通して彼の人間性を見て、そうした部分を抜きにしても、まるで自分とは正反対な人物だという印象を、一夏は心の中で抱いた。何故なら、自分は、文武共に優れているとは言い難いし、自分にも他人にも甘い人間なのだ。また、そうした観点から、一夏はその映画の主人公に一種の憧れとも言える感情を抱いたのだ。そして、彼は自分とはかけ離れた人物なのだと、その時は思っていた。

 しかし、映画の終盤、その考えは見事にひっくり返った。

 主人公には、ほとんど生き別れになったような父親がいる。その人物は、有名な学者であり、宗教学、社会心理学、考古学、民俗学といった文化人類学全般の分野で名を馳せた天才であったが、相当な人嫌いな上に凄まじいまでの利己主義者であり、高慢を絵にかいたような性格であり、息子である主人公に対して欠片ほどの愛情も示さず、また主人公を含め全ての他者を自分のための道具としてしか見做していない人物だ。

 その父親と、主人公はある理由から度々ことを構えることとなるのだが、あるとき主人公は一つの試練を受けることとなる。

 その試練の内容は――父を許すこと。主人公にとっては母を蔑ろにし、そして捨てた怨敵とも言える父親という存在を受け入れ、許す。それが、彼に課せられた試練だったのだ。

 当然、主人公は悩んだ。そして悩みに悩んだ末、彼はある答えを出す。

 それは、親がいなければ子がいないという、ある種当たり前のようなものだ。しかし、主人公は、このような父でも、彼がいなければ自分は生まれなかったのだと苦しみながらも悟ったのだ。その思いを胸に試練を超えた主人公は、ある言葉を口から紡ぎ出す。

 

 ――親父。俺は、あんたの息子だったよ。

 

 ただの短いその言葉が、主人公がどのような存在であるかの集大成のように、一夏には聞こえた。生まれも育ちも、ある程度までしか選ぶことはできない。だが、それを誇るか唾棄するかは、その人物がそれに対してどう向き合うかによるものだと、思い知らされた。

 だから、一夏は映画の主人公である彼と自分を重ね合わせ、考える。自分はどうであるのか、彼にあって自分にはない、そして自分にあって彼にはないものはなんであるのか、考え続けた。自分の今までの生き方を誇ることができるのか、自分という存在が、どのようなものであるか、わかっているのか。

 わからない。自分はなんであるのか、過去どのような人間であり、今このような人間で、これからどのような人間になりたかったのか、全く頭に浮かんでこなかった。

悩んで、悩んで、一夏はある一つの考えに行き当たり、それを実行に移していた。

 

「――なあ、相川さん」

 それは、他人に自分のことを聞くということだ。いつもだったら他人に頼ることを極力避け、自分で答えが出るまで悩み続ける一夏であったが、その時は珍しく他人に聞くという行為を忌避することはなく、言葉を発していた。

 一夏に呼ばれ、清香は彼の方へ顔を向ける。そんな彼女の行動につられるように、他の二人も一夏の方へと顔を向ける。純粋な興味をその内に秘めている三対の瞳が、一夏を見る。それに少しだけプレッシャーを感じながらも、一夏はゆっくりと言葉を続ける。

「俺って、どんな奴だと思う?」

 一夏の言葉が意外なものだったのか、清香はきょとんとした表情で目をぱちくりと瞬きさせた。本音は首をかしげながら難しい顔をして、さゆかはそんな二人の様子を交互に見ながら困惑しているようだった。

「それってさ~」

 そんな中、最初に言葉を発したのは本音だった。

「おりむーが私たちにどう思われてるかってことだよねー」

「ああ、のほほんさん。その通りだ」

 本音の言葉を、間髪入れずに肯定する一夏。そのやりとりでようやく何が論点であるのか把握したさゆかが、なるほど、と呟いて何かに納得したような表情に変わった。

「えっと、正直に言っていいのかな?」

 何か言いづらそうなことがある表情をしながら、清香は一夏に問う。

「そうしてくれると助かる」

 元より、そう言われるのは覚悟の上で自身は問いかけたのだ。否定されることは承知の上――否、()()()()()()()()()()()()()()。だから、何を言われても、大丈夫なのだ。少なくとも、今は。

 一夏の言葉を聞き、少し迷うように視線をさ迷わせた後、清香は観念したように語り始めた。

 

「――織斑君には悪いんだけどさ、訓練してる時とかの雰囲気が、正直怖かった」

 その言葉は、覚悟していた。周りのことなど考えていなかったとは言いながら、本当は頭の隅で、もしかしたらこう思われているのではないか、と考えていた。だから、そう言われても、表情を変えることなく彼女の言葉を受け入れることはできた。しかし、こうして面と向かって自分のことを言われるのは、実際に分かっていても精神的にくるものがあった。

 そんな彼の心の内がわかっていても、清香は言葉を続ける。

「それとさ、たまに考え事をしてる時の雰囲気が、なんか悲しそうに見えてた」

 まっすぐと見つめられて言われたその言葉に、一夏は虚をつかれたような表情をした。確かにあの時以来考え事をすることが多くなったが、周りからそう見られていたのは意外だった。というよりも、そんなこと考えている余裕など、全く一夏にはなかった。だから、こうして面と向かって言われて、一夏は驚いたのだ。まさか、自分がそう思われているなど、思いもしなかったのだ。

 そんな彼の様子に構うことなく、さらに清香は続ける。

「何かあったんじゃないかって、クラスのみんなで話してた。それに、そんな織斑君を私たちは見てることしかできなくて――悔しかった」

 彼女の吐露した言葉に、一夏はあの臨海学校の時よりも打ちのめされた気分になった。誰かを守るために力を求め続ける自分の態度が、結果的に守るべき対象であるはずの彼女たちを心配させていたのだ。そんなことになっているなど知る由もなかった彼は、そんな彼女らの真実を知り、全く自分は変わることができていないと考え、自分に対しての不甲斐なさで、心が後悔で満たされそうになった。

 

 しかし、後悔とともに俯きかけた彼に対し、でもね、と今度はさゆかが言葉を紡ぐ。

「怖かったけど、訓練を頑張っている時の織斑君、とってもかっこよかった」

「うんうん、クラスのみんなもおりむーの頑張ってるところ見てかっこいいーって言ってたよ」

 さゆかと本音の言葉に、一夏は俯きかけていた顔を上げ、二人の方へと視線を向ける。彼女たちもまた、彼のことを見つめており、その顔には優しげな笑顔を浮かべていた。彼女たちのその様子と、先ほど紡がれた言葉が、一夏の心を覆いかけていた後悔の闇に、一筋の光として射し込んだ。

「……そうなのか?」

 小さく、しかし彼女らにも聞こえるくらいにはっきりと、一夏は呟く。その言葉が届いたのか、清香は笑顔を浮かべ、言葉を紡ぐ。

「織斑君と、天原君との間に何があったかなんて、当事者じゃない私たちにはわからないし、そのことを詮索するつもりもないよ、でもね――」

 清香の言葉を引き継ぐように、さゆかが口を開く。

「私たちも、クラスのみんなも、織斑君が思っている以上にあなたたちのことをしっかり見てるから、異変なんてすぐに気付けちゃうんだよ」

「だからね、おりむー」

 いつの間にか目の前に来ていた本音が、一夏の両手を取る。余った袖に隠されていない、彼女本来の両手で――

「たまにでいいから、私たちを頼ってくれると嬉しいなーって、困ったことがあったら、私たちを頼って欲しいしー」

「なんか言いたいことがあったら、私たちが相談に乗るよ?」

「だから――」

 

 一人で抱え込まないで、私たちがついてるから。

 

 ゆっくりと、三人の言葉が一夏の心に染み渡っていく。その優しさと、暖かさが、彼の凍てつき、凝り固まった心を溶かし、解きほぐすには十分なものだった。それと同じくして、今まで彼の思考を覆っていた迷いが晴れていくのが、実感できた。迷いが晴れた彼の思考は、ゆっくりと、しかし正確に自分自身のことを整理することができた。これから自分はこうあるべきで、今の自分はこうであって、過去の自分はどうであったのか、それらの問いに対する答えを、すぐに導き出すことができた。その末に、彼は自らが探し求めていた答えを、ようやく見つけ出すことができた。

 そうしてその答えに行き着いた時、彼の口は自然と言葉を紡いでいた。

「――わかったよ」

 その言葉には、二つの意味があった。

 一つは、彼女らが頼ってほしいという願いに対する肯定の意味での言葉。

 もう一つは、自らが見失っていた、()()()()()()という問いに対する答えを見つけたという意味での言葉。

 ――自分は、彼女らとの日常を守りたかったのだ。それ以上でもそれ以下でもない。IS学園には、専用機を持たない生徒がほとんどだ。それは即ち、平常時のときは戦闘能力を持たない生徒の方が多いことに他ならない。いや、戦闘能力を持っている専用機持ちの方がそもそもおかしい存在なのかもしれない。そのことを、一夏は見失っていたのだ。力があるのが当たり前ではない。むしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そのことを完全に忘れていた。恥ずかしい話だ。

 そう考えながら、一夏はふと臨海学校での出来事を思い出していた。

 それは、箒に対して専用機が与えられることとなった時に、それを羨んだ一般生徒たちに対して、篠ノ之束が言った言葉だった。

 

 有史以来、人間が平等であったことなど一度もない。

 

 あの時はその意味がよくわからなかった。彼女が自身の才能を尺度にそう言ったのだと思っていたのだ。しかし、今の自分ならば、彼女のその言葉にこう返すだろう。

 

 それでも、人は生きていくのだ。

 

 力など、無い事の方が当たり前なのだ。しかしそれでも、人は生きていけるのだ。時に奪い合い、時に助け合い、自分にはないものをどうにかして補おうとする。それを進化と呼ぶか、簒奪と呼ぶか、はたまた補填と呼ぶかは、今を生きる人間一人一人の考えの違いによる変化でしかない。元の思想はただ一つ、求めて――手に入れる。ただそれだけだ。

 そして、一夏もまたその考えに従い、()()()()()()を求めたのだ。そして、彼にとっての守ることとは、即ち敵を排することに他ならない。何故、敵を排するのか。何故、誰かを守るのか。それら二つの問いに対する答えは、()()()()()()()()()()という思いに集約される。そして、その思いを形とするために、彼は力を求めたのだ。それこそが、彼が力を振るうべき理由なのだ。

 そう考えるのと同時に、一夏の脳裏には、天原春輝と彼の周りを固める専用機持ちの姿が浮かんだ。彼らのことを思うと、今でもはらわた煮えくり返る思いがこみ上げてくる。しかし、それと同時に彼に理性が、彼らもまた自身の大切な日常の一欠片であるのだと囁きかけてくるのだ。

 確かに、彼らは憎い。だが、敵ではない。ならば、彼らとどう付き合っていけばいいのか。それを考え続け、やがてある答えを一夏は導き出した。

 

 それは即ち、自らの感情を飲み込み、彼らも守るという気概を持つこと。

 それこそが、彼らという存在に対する向き合い方であり、自身が目指すべき()()()()の姿であるだろう。憎いからといって守らなければ、そこから自らの日常が崩れ去ってしまうかもしれない。ならば、守るまでだ。それを気づかせてくれたのは、他でもない目の前にいるクラスメイトであるのだ。

 

 だからこそ、一夏は様々な感情を込めて、言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう」

 

 いきなりの感謝の言葉に、最初はきょとんとしていた彼女たちであったが、その表情はすぐに満面の笑顔に変わり、口々に一つの言葉を紡ぎだした。

 

 ――どういたしまして。

 

 

 

 

 




――許すこと。
それは下手なアンチ・ヘイトよりも書く事が難しいものであると考えています。
憎いから排除するのは簡単です。しかし、それでは生産的ではない。
憎くても、それを飲み込んで受け入れてこそ、真の強さと言えると思います。
決して救済ではなく、かといって断罪でもない。
『そして花は開く』ではたどり着けなかった境地に、今作の一夏は到達しました。

話は変わりますが、作中で出てきた映画の内容には、ちゃんとしたモチーフがあります。
多分、分かる人にはわかります。セリフとかそのまんまですし……

最後に、ここまで読んでくださってどうもありがとうございます。
次回が最後なので、そこまでお付き合いして頂ければ幸いです。
感想も待っていますので、どうぞよろしくお願いします。




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顔を上げて、暁へ進む

遅くなって申し訳ありません。
そしてこの話が今作の最後の話です。
みんな大好きあの人が出ます。
悲しいことに、楯無さんは存在のみが少し出ているだけです。

それでもよろしければ、どうぞ。





 

 

 

 光陰矢の如し。その言葉が示すように、一年という時間はあっという間に過ぎ去り、あと数日で三月になろうとしていた。一夏はその言葉の通りに日々を大切に過ごしていたつもりであるが、それでも変わったものと変わらなかったものがあった。

 まず、変わったものは一夏の心の持ちようと交友関係であった。清香たちとのふれあいを通し、見失っていたものを見出した彼の心には、幾分かのゆとりができ、謎の焦燥感も解消された。交友関係も、一組のクラスメイトを中心にゆっくりと広げていき、やがて全学年に彼の知り合いが複数いるほどにまで広がっていた。

 その過程の中で、男女の違いや学年の違いなどを発端とする軋轢があったが、一夏はしっかりと彼女らと向き合い、分かり合ってきた。何が気に入らなくて、何が受け入れられないのか。時に怒鳴られ、時に難癖を付けられながらも、彼は決して理解することを諦めずに行動し続けた。

 そんな誠意ある態度もあってか、徐々に軋轢はなくなっていった。また、彼のそうした行動が、奇しくも学年間の交流が活発になるという結果を生んだ。そしてその交流が、IS学園の一般生徒全体の操縦レベルの引き上げにつながったのだ。そんなこともあり、織斑一夏の名は、生徒や教師の間では有名なものとなっていた。

 

 逆に変わらなかったものは、専用機持ちとの関係と、一夏と春輝の実力の差だろう。一夏も春輝も、そして専用機持ちの彼女たちも、平時はあまり関わらなくなってしまったとはいえ、授業で一緒になった場合に模擬戦をする程度には関わりを持っている。

一夏は確かに血を吐くような努力しており、逆に春輝はこれといった努力してはいない。しかし、その差は一向に縮まることはなかった。そして、それは模擬戦の結果として現れており、現在のところ一夏が全敗している。だが、一夏が負け続けているのは、彼の努力不足が原因ではない。彼が負け続けている原因は、全て、春輝のイノベイターとしての能力と、ダブルオーライザーの特性といった理不尽な能力差のみに集約されている。

 トランザムを始め、量子化などといった物理法則を無視している能力が、春輝のダブルオーライザーにはあるのに対して、一夏の白式は一撃必殺の諸刃の刃である零落白夜のみが勝ち筋なのだ。その時点で差がある上、天原春輝という人間はうろ覚えとはいえ()()()()を持つ転生者だ。言うなれば、答えを見ながらテストに回答しているのに等しい。そうした要素から、一夏が春輝に勝てる可能性は、ほぼ天文学的な数字であるのだ。

 ただ、その事実を気にしているのは、春輝の方だけであり、一夏の方はもはや彼との模擬戦の結果を気にしなくなっていた。そもそも、一夏が鍛錬をする理由は、大切な日常を守るための力を手に入れるためであり、決して春輝を打倒するためのものではないのだ。

 だが、彼がそう思っていても、周囲の人間が考えていることは違う。

 まず、一夏側とも言える一般生徒たちは、様々な形で一夏が努力していることを知っており、その努力に見合う実力がついてきているということもその目で確かめている。そうしたこともあってか、彼女達は彼が春輝に負け続けていることが理解できないのだ。何故、あんなに努力している彼が勝てなくて、なにも努力していないようなあいつが勝っているのか。そうした思いは様々な憶測を生み、それはやがて噂となり、学校中に広がっていた。

 ――曰く、天原春輝はズルをしている。はっきり言って、そんな事実はない。だが、専用機を持たない彼女達からしたら、それを持っているに相応しい努力をしていないでそれを持っているという事実が、許せないものであるのだ。

 そして、そんな噂に良い顔をしないのが、春輝の周囲を固めている専用機持ちの面々だ。彼女らの言い分は簡単だ、自分の愛している人間がいわれのない誹謗中傷を受けている。ただそれだけだ。少なくとも、彼女らはそう判断しているのだ。だから、その噂の()()()()()()()()()である、一夏のことを悪く言うことにしたのだ。ただ、彼女らにも体裁というものがある。そのため、表立って悪口を言うときは、専ら一夏と春輝が模擬戦をしている時だけに限られていた。

 しかし、そう言っている彼女らは、ある時を境に一度も一夏に勝てなくなっていた。どのような武装を使っても、どのような戦法を使っても、その度に一夏は彼女らを斬り伏せた。ただそれだけの行為が、彼女らのプライドを刺激し、それによって溜まったフラストレーションが、彼女らの口から悪口を吐かせていた。しかし、彼女らがその美貌を歪め、一夏に対する悪口を言うたびに、彼女らの心には一つの疑問が浮かぶのだ。

 

 ――何故、諦めないのか。

 

 それに対する答えを、彼女らは出せないでいた。

 

 そして、そうした噂や悪口の中でも、中心人物となっている二人の男子は、その心を変えることはなかった。何故なら、そんな噂などがあったとしても、彼らが守ると決めているものは変わらないからだ。一夏は自分が生きていく場所を守るため、春輝は一緒に生きたいと思っている人達を守るために力を振るい続けているからだ。ただ、そうするに至った動機だけが違う。

 一夏は、守ると決めたから守る。その守る対象が、どんなに憎い相手でも、自分と関わってきたのならば、それも守るという心でいるのだ。

 対して春輝は、好きだから守る。守る対象は自分が好きだと思ったヒロインたちだけなのだ。それ以外には興味すら抱いていない。

 そうした考え方の違いは、彼らの行動にも違いをもたらす。そうなれば、当然彼らが為した功績は違ったものとなってくる。

 まず、一夏が為した功績は、学年問わず、生徒間のいざこざを解決したことだ。ある時は食堂の席のことでもめ、ある時は一般生徒のアリーナ使用権についてのことでもめ、そしてある時は一夏の処遇のことでもめた。そして、その度に一夏は彼女達の話を聞き、どちらが正しいか、どちらが間違っているのかを判断し、時に仲裁に入ったり、時に彼自身が口論に参加したりもした。そして時にはそうしたいざこざを抑えられる人物を探し、学校中を走り回ったりしたこともあった。ただ、その甲斐もあってか、彼は全校生徒のほとんどと知人になり、ほかの何にも代え難い(えにし)を手に入れた。

 対して、春輝が為した功績は、亡国機業や篠ノ之束の野望を打ち砕いたことだ。なんのことはない、原作で一夏が行っていくであろう道筋を彼なりに解釈し、想像できる限りのハッピーエンドで終わらせたのだ。それに関しては、彼の能力やISの特性をフルに使えばいつでも可能であったことだ。ただ、彼はそれをなるべく原作で起こりうるであろう時期に合わせて片付けてきただけだ。そうして、彼は一年という時間の中で、原作での敵を両方とも再起不能にしたに等しい。少なくとも、亡国機業は解体された。だが、篠ノ之束だけは逃がしてしまった。

『ふぅん、君はそう選択するんだぁ』

 そう言って、篠ノ之束は笑う。自分が追い詰められているにも関わらず、その余裕を崩さない。

『なら、私にも考えがあるから! バイビー!』

 そう言って、忽然と消えてしまった。慌ててどこに行ったか追おうとしたが、どんなに索敵しても網には引っかからず、完全に逃がしてしまった。ただ、去り際の彼女の口ぶりから、近いうちに何かしてくるのではないかと思い、しばらくの間は何が起こってもいいように身構えていたが、一向に彼女からのアクションはなく、平和な日々を送ることとなった。そうした時の経過の中で、春輝や専用機持ち達は、彼女のことを忘れた――忘れてしまっていた。

 

「ねえ、織斑君!」

 

 だから、不意打ちだったのだ。

 

「早くテレビつけて!」

 

 彼女が今になって表に出てくるなど。

 

「篠ノ之博士が映ってる!」

 

 ――彼女が彼らの考えていなかった方法をとるなど。

 

 

 

『もすもすひねもす~束さんだよぉ!』

 一夏の目に、テレビに映っている篠ノ之束の姿が見える。しかし、その姿は、彼が知る限りでは、()()()()()()()と思えるような姿だったのだ。

 今彼女の来ている服装は、白い。しかし、その白はただの白ではなかった。

 

 ウエディングドレスの上に、白衣を着ているのだ。

 

 何故、彼女がそのような格好をしているのか、彼女自身ではない上に小さい頃からの知り合いである一夏であっても、わからなかった。ただ、彼の観点からは、いつもの『一人不思議の国のアリス』よりも奇抜に見えた。そんな彼の心情などまるで気にしないかのように、彼女は言葉を続ける。

『今日は、重大なニュースをみんなにお届けだい! ぶいぶい!』

 そう言って彼女は、まるで子供がするように自分の体の前でVサインを作る。相変わらず何を考えているのかわからない。傍から見ればただ子供のように笑っている彼女であるが、その笑いの裏にある思考は、そちら側の駆け引きには疎い一夏には到底読み取れるものではなかった。それはもちろん、春輝も同じことだった。いや、春輝の場合は、実際に彼女の打倒を行った人間であるがゆえに、今このタイミングで仕掛けてくるということに最も動揺していた。

『よーし、じゃあ早速伝えたいことを言っちゃうよお!』

 そんな二人の心のうちなど知らぬ存ぜぬといった風に、画面の中の天災科学者は顔に張り付けた笑顔をそのままに、言葉を続ける。

 

――世界を容易く変えてしまうその言霊を、彼女は何の戸惑うことなく、紡ぎだす。

 

『なんと! ISが男の子でも動かせるようにしちゃったんだよ! でもそれじゃあ動かせない子たちが出てきていろいろと不公平だから、新しく創ってあげたコア5000個を私の独断と偏見で配布しちゃう!』

 

 ただ、それだけの言葉で、世界は簡単にひっくり返ってしまうのだ。

 

 

 

 その日から、世界各国は混乱に包まれた。何故なら、篠ノ之束が言ったことが、順番は逆であるが、全て真実であったからだ。まず、アラスカにある国際IS委員会宛に、ISコアがきっかり5000個、篠ノ之束の名義で届けられた。ご丁寧に、どの国にどれだけの個数を配分するかの指示書も一緒に送られてきた。そのコアの一つを使い、試しに男性が起動できるか試したところ、見事に起動させてしまったのだ。そのことは、たちまちのうちに世界を駆け巡り、混乱を呼んだ。

 そしてその混乱に飲み込まれたのは、他の国から干渉を受けないとされているIS学園も例外ではなかった。しかし、世間が日に日に騒がしくなっても、IS学園では騒ぎが大きくならなかった。それは何故か、簡単だ。IS操縦者の憧れとも呼べる織斑千冬が、ある日の職員会議で問うたからだ。

 

――我々は、IS学園は、本来どうあるべきか。

 

 その問いを聞いた職員たちは、今の今まで混乱していたのかが嘘のように静まり、次に口を開いた時には、既に冷静さを取り戻し、これからどう学園を運営していくかを話し合い始めていた。その議題の全てが、これから訪れるであろう男性IS操縦者の台頭という一つの時代に備えるためのものだった。

 

 そうして、様々な場所や組織が今後に向けて動き出し、世界が徐々に変わり始めていく中でも、織斑一夏と天原春輝の生活は特に変わりはしなかった。元々IS学園は他の国からは干渉されないという特記事項があるし、そうでなくても学校の女子生徒は彼らが思っている以上に強いのだ。そのため、最初は混乱していたが、それも二週間程度で収束し、すぐに元の日常が戻ってきた。と言っても、それは表面的なものであり、一部の生徒の間では、未だに世界情勢の変化への不安が根付いていた。そしてそれは、彼ら二人も同じことであり、時が経つにつれて、いつの間にか二人の心中は対照的なものとなっていた。

 意外なことに、一夏はほとんど変わらなかった。確かに最初は束の発表に驚きをあらわにしていたが、様々な情報が明らかになっていくうちに、いつしかこれから現れるであろう他の男性操縦者への期待が生まれていた。しかし、そう思う傍ら、自分ができることは少ないだろうという考察もあり、何かできることはないかと悩みながら訓練をする日々を送っていた。

 しかし、そんな彼のもとに、山田先生から一つの話がなされる。それは、これからのIS学園の運営について、数少ない男性操縦者としての意見が欲しいというものだった。その話を聞いた時、何故自分にその話を振ったのか疑問に思い、その意味を山田先生に問い掛けた。それに対し、山田先生は、もう一人の彼は、自分たち教員の間ではあまりよく思われてはいないため、それとは対照的に生徒間の問題を度々解決している一夏の方が生徒目線で意見を言ってくれるのではないかという話し合いの結果だと言った。山田先生の話を聞いた一夏は、それだったらと考え、彼女の頼みを快諾した。

それから、一夏の周囲の環境は変化した。教職員に呼ばれ、様々な学園の改革案に意見を求められることもあれば、ほかの一般生徒たちからヘルプを求められることもあった。そうした活動を行っていたからか、生徒会長が生徒会に彼を誘ったのは当然の結果であったといえよう。彼もまた、そうした活動を行っていたからか、生徒会に入ることに否とは言わなかった。むしろ、自分の行っている行動は生徒会で行うべき行動ではないかと思っていたほどである。

 そういった環境の変化もあり、一夏の前と比べて忙しいものとなったが、彼自身はこの現状に満足はしていないものの、今までよりもやりがいがあるものだと感じていた。

対して、春輝の方はというと、表面上は大丈夫だと言ってはいるものの、その心中は得体の知れない恐怖に苛まれていた。何故なら、自身にとって世界と対峙した時に大きな武器となるもののうちのひとつを、突如として奪われたに等しいからだ。その事実が、彼に恐怖を抱かせるとともに、怒りも生み出した。今まで何もしてこなかったのに、どうして今になってアクションを起こしたのだ。なぜ今になって、他の男でも動かせるようにしたのか、身勝手が過ぎるぞ、などといったことを考え、彼女の妹である篠ノ之箒を通じてコンタクトを取ろうとした。

 だが、いくら箒が連絡しても、彼女がその連絡に応えることはなかった。そんな予想外の結果に、春輝は専用機持ちとともに頭を抱えてしまった。彼女が駄目なのであれば、後は織斑千冬に頼むしかないのだが、当の織斑千冬は、先の混乱でとても忙しいらしく、なかなか会うことができないのだ。

 そうしたことから、完全に打つ手が無くなってしまった。それでも、いつか自分に都合がいいことが起こり、なんとかなるだろうという根拠のない考えを抱き、外面上は取り繕って過ごすことにした。それが間違いかも知れないという思いは少しだけあったが、すぐに専用機持ちとの関わりの中で消えていった。

 

 

 

 そんな二人が廊下でばったりと顔を合わせたのは、ある日の放課後のことだった。その日は珍しく春輝の周囲に専用機持ちの彼女らが一人もおらず、一夏も先ほどクラスメイトと別れて、生徒会室へと向かうところであった。

 睨み合うとまではいかないが、あったそのままの姿勢で止まっている二人の間に、変な空気が流れる。そんな空気を壊そうと先に声を上げたのは、意外なことに春輝の方からだった。

「――まだ諦めてねぇのかよ」

 その言葉が何を意味しているのかは、聞かれた一夏はわかっていた。それは、彼がよく口にしている()()()()であるのだろう。しかし、今は彼と付き合っている時間すら惜しい。

「いや、なんのことだかさっぱりなんだけど」

 だから、しらばっくれることにした。そんな一夏の言葉に、春輝は怒りを顕にし、口を開く。

「てめぇ!」

「熱くなっているところで悪いが、少し急いでいるんだ」

 そう言って、一夏は怒りで体を震わせている春輝の隣を通り抜けようとした。

「おい、待てよ!」

 しかし、それは叶わず、右腕を掴まれた。その力はとても強く、掴まれている一夏の顔が歪む。そんな彼の様子に、頭に血が上っているためか全く気がつかないまま、春輝は言葉を紡ぐ。

「お前なんとも思わねぇのかよ!」

 そう言って、一夏を睨む春輝であったが、当の一夏はそんな彼の様子を特に気にすることはなく、言葉を紡ぐ。

「だから何が」

「俺たちの他にも男がISに乗れるようになったんだぞ、俺たちの優位性が失われる可能性だってある。それをお前はなんとも思ってねぇのかって聞いてんだよ!」

 一気にまくし立てられたが、彼の言いたいことを要約すると、自分たち以外に男はISに乗ることは許されないと言っているようなものなのだ。しかし、一夏には何故彼がそのことに関して必死になるのかわからなかった。

「いや、特になんとも思ってないけど」

 だから、偽りなき本音を言った。そんな一夏に対し、春輝はさらに厳しい表情を浮かべて睨みつける。まるで、親の仇を見ているような表情だと、一夏は頭の隅で考えた。

「だから、そう思えるのはなんでなんだよ!」

 そう言った春輝に、一夏は表情を変えずに口を開く。

 

「いや、人も社会も変わっていくもんだろ? 単にそれが今だっただけじゃん」

 

 変わらないものなどない。ならば、人は変わることができるのだ。今までIS学園で過ごしてきた中で、一夏はそのことに気づくことができたのだ。始まりはとても小さな挫折だった。そして、変わっていく過程で本当の自分を失いかけた。それでも、自分は変わっても今ここに有る。

 ――そして、これからも変わっていくことができるのだ。

「話は終わりか? じゃあ、俺は急いでるから」

 そう言って、なるべく彼を刺激しないように手を払い、一夏は生徒会室へと歩き出した。春輝は追ってこないし、一夏もまた彼の方を振り向くことはなかった。そのことを一夏が気にしている時間はない。現在、世界各国では男性操縦者を見つけるための一斉検査が行われている。そして、その中で高校入学程度の年齢であったのならば、この学園に入学することになるだろう。そうであるならば、せめて彼らが少しでも過ごしやすいと思える環境にしなければならないと考えた。だからこそ、今こうして自分は動いているのだ。

 

 ――それが、先達として自分が行うべき役目なのだと、信じているのだ。

 

 そう考えながら、一夏はゆっくりと廊下を歩いていく。自身の歩く道の先に、何が待っているかなど予測することはできない。だが、それでも進むのだ。

 

 人間は有史以来、平等であった試しはない。だが、それでも人は生きていくのだ。

 

 彼女の言葉、そして自分の決意を胸に、一夏は今日も進んでいくのだ。

 

 

 

 

 




楯無さんと簪ちゃん、そしてのほほんさんを除くと最もヒロイン係数が高くなるのが束さんです。

今回の話も難産でした。なんせ転生者と一夏の関係をどう決着させようか迷いに迷い、その結果がとてもシンプルなものになりました。本当はもっと一般生徒とか専用機持ちとかを絡ませてごちゃごちゃにしようかとも考えましたが、プロットを書いているうちにダメだこりゃということになり、その案を没にし、現在のような形に落ち着かせました。

ぶっちゃけ一夏の終着点をこうした形にしたほうがよっぽど転生者には堪えるだろうと考えたからです。これは初期の頃から決まってました。言い訳はしません。
この作品の一夏君は物事をしっかりと考えることができるようになった結果、見事に先輩へとクラスチェンジを果たしました。自分の作品の一夏君の中では初の快挙です。

さて、最後になりましたが、ここまで読んで下さり、どうもありがとうございました。
次の作品も気長に待っていて下されば幸いです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。



――余談ですが、この作品の白式は第二次移行していません。


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