鉄血のストラトス (ビーハイブ)
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目覚め


久々の投稿です。鉄血が面白すぎたので書いてみました。

鉄血の世界観をIS世界にねじ込んでますのでちょっと無理な設定があるかもしれませんがそこらへんも楽しんでいただけたら幸いです


 

 

 

 

「うっ……」

 

 唐突に頬に感じた冷たさで、うつ伏せに倒れていた―――は意識を取り戻す。

 

 目覚めた―――の目に最初に入ったのはボロボロになった自分の左手だった。爪はひび割れ、手の甲には刃物で斬られたような傷があり、塞がっていないのかうっすらと赤い血が滲み出している。

 

「あれ……えっと……俺はどうしてここに……いって……?!」

 

 目覚めた直後は意識が朦朧としていたが、突然体中に走った痛みによって急速に意識が覚醒する。

 

 しかし混乱していて自身の身に何が起きたのか全く思い出せない上、醒めた意識とは逆に、襲ってくる激痛のせいで身体に力を入れる事ができず思うように動かない。

 

 だが頑張って襲ってくる痛みに耐え、腕の力で精一杯、ゆっくりと身体を引き摺って行き、渾身の力を込めて起き上がると壁へともたれ掛かる。

 

 頬に触れると水気を感じ、上に視線を向けると天井に走った亀裂に水滴が付いているのが見える。それを見て先ほど感じた冷たさの正体が亀裂から降ってきた水滴だと理解する。

 

「ぐっ……!」

 

 背中にも傷があったのか、力を抜いて深く壁に身を預けた瞬間に痛みが襲ってきて思わず目を閉じる。しばらく痛みのせいで目を開ける事ができなかったが、少しずつ落ち着いてきた事でようやく目を開ける事ができた―――は、反対側の壁にあったひび割れたガラスに誰かの姿が映っている事に気が付いた。

 

 そこに映っていたのは顔立ちをした黒い髪の虚ろな目をした日本人の子供だった。身に纏う服はボロボロで、その顔には殴られて付いた痣と倒れた時にできた擦り傷があり、口の中を切ったのか口元には流血の痕が付いている。

 

 

 それが数秒遅れて自分の姿だと理解し、同時に何が起きたのかを少しずつ思い出していく事ができた。

 

 ●●●の応援をするために日本からこの国にやってきた事。

 

 ●●●の試合を見るために泊まっていたホテルから出たところでいきなり捕まった事。

 

 そこで●●の身柄の安全と引き換えに●●●を棄権させる為の交渉材料として人質になっていた事。

 

 薄暗い倉庫の中で恐怖と戦いながら●●●が助けに来てくれる事を信じて待っていた事。

 

 そして……監禁場所となっていた古ぼけた施設に置かれていたテレビの中で●●●が優勝する姿を見た事を。

 

「見捨て……られた……」

 

 ―――がそうポツリと呟くと同時にその身体が小刻みに震え出す。思い出してしまったその絶望的な事実に身体が無意識に震えるのを止める事が出来ない。

 

 幼い頃からずっと傍にいてくれた●●●は助けに来てくれなかった。大好きだった●●●は自分の命ではなくて栄光を選んだのだと。

 

 だが……絶望に打ちひしがれる時間さえ、その時の―――には与えられなかった。

 

 交渉が失敗した事に誘拐犯達は激しく怒り、その怒りの矛先を―――へと向けた。

 

 ……そこから後の記憶は曖昧で思い出せない。ただ今の自分の様子から相当容赦なく理不尽な暴力を振るわれた事は間違いないだろう。しかしそれももはやどうでも良かった。

 

 ●●●は―――にとって憧れの存在であり、目標であり……全てだった。

 

いつか強くなって●●●を守れるような男になりたいと夢見て、幼い頃からがむしゃらに強くなろうと一番得意だった剣道に打ち込んでいた程に。

 

 そんな●●●に捨てられたのだという絶望は―――から生きる気力もここから逃げ出そうと足掻く意思も奪っていた。

 

「オ。生きてたカ。案外しぶといなお前」

 

 聞こえてきた片言の日本語に虚ろな目を横へと向けると、扉に付いていた鉄格子の向こうに男が立っているのが見えた。

 

 鉄格子の向こうにいる男の顔には見覚えがあった。何故なら意識を失うまで自身の事を痛めつけていた相手だったからだ。

 

「悪いな、あまりに腹ガ立ったんものだから手加減し忘れちまっテ……ヨッ!!」

 

 その中の一人が牢屋の鍵を開けながらそう言うと笑いながら牢の中へと入ってくると―――の髪を乱暴にその大きくゴツゴツした手で掴み上げてそのまま―――の身体を乱暴に引っ張る。

 

 髪を乱暴に引っ張られた痛みにうっすらと涙が浮かんだが、散々痛めつけられた身体に抵抗する力はなく、壊れてしまった心には足掻こうとする意思すら沸かなかった。

 

 無理矢理部屋から引きずり出された―――は隣の部屋に投げ込まれる。そこには残りの誘拐犯の姿があった。

 

「てっきり死んだと思ってたゼ」

「賭けは俺の勝ちだナ」

「チッ!大損したじゃねぇカ」

 

 ―――の姿を見た誘拐犯達は思い思いの事を言いながら―――を持ち上げると、鉄でできた台座のような場所へうつ伏せに寝かせ、その手足を拘束し、その中の一人が―――の頭を押さえつける。

 

 「テメェにもう価値はねぇ。ただ殺すのは勿体ねぇから俺らが価値を埋め込んでやるよ」

 

 男が言った言葉の意味を理解しようとした次の瞬間、―――の背に殴られていた時とは比べ物にならない激痛が走った。

 

―――は狂ったように叫びながら痛みから逃れようと暴れるが、男達は下卑た笑みを浮かべながら逃がさないようにとその身体を押さえつけている。

 

(ゴメン……ウキ……リ……オレ……モウ……)

 

 死よりも辛い痛みの中、脳裏に浮かんだ二人の少女へ心の中で謝罪の言葉を伝えると―――の意識は完全に途絶えた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

「うっ……」

 

 唐突に感じた眩しさにうつ伏せに眠っていた人物が僅かに身じろぎする。

 

 上半身は裸、下半身には銃が入ったホルスターを付けた厚手の長ズボンと、上下対照的な格好でベッドで眠っているのはまだ子供らしさを残す整った顔立ちの黒い髪の少年。

 

 中性的なその顔立ちとは裏腹に晒されている上半身は徹底的に鍛えられて引き締まり、左腕から先を覆う無骨な白いガントレットと傷痕がうっすらと残る健康的に焼けている肌と対照的だ。

 

 しかしそれ以上に左右の肩甲骨のちょうど間、脊髄がある場所には普通の人間にはあるはずがない3つの突起が目を引いた。

 

 身じろぎから数分後。むくりと少年は身を起こすとベッドから降りる。

 

 そして床に捨ててあったタンクトップを拾って着ると、ドアの傍に脱ぎ捨ててあった少年が着るには少し大きいジャケットを羽織り、背中の異様な突起を覆い隠した。

 

 ジャケットを羽織った少年が窓の外に目を向けると空高くに浮かんでいる太陽が目に入る。目覚めの原因はおそらくこれだろう。

 

「昼くらいかな。久々に良く寝れた」

 

 少年が流暢な日本語でそう呟きながら窓の外の景色を眺める。そこには荒廃した建物が建ち並んでおり、その向こうには砂漠が広がっていた。

 

 それからしばらく意味もなく外を眺めていた少年だったが、不意にジャケットの内側に手を入れると何かを取り出す。

 

 それは左側が焼け焦げたパスポートだった。水に塗れたのかシワがあり、ボロボロになったそれは殆どのページが失われている。

 

「あの夢……」

 

 少年は手にしたパスポートを眺めながら小さく呟き、先程見ていた夢の光景を思い出そうと目を閉じる。しかし数秒後、少年は頭を押さえて苦痛の呻きを上げた。

 

 しばらくそのまま頭を押さえていたが、やがてゆっくりと手を離す。

 

「やっぱ無理か。まぁいいや」

 

 少年は直前まで苦痛を感じていたとは思えないあっさりとした様子でそう言うと、パスポートを懐に戻してきびすを返し、部屋の入口へと向かう。

 

「さて、次はどこに行こうか()()

 

 少年はそう言いながら扉を開くと部屋の外へと出る。そして203と書かれたプレートの付いた扉を閉め、近くの階段から一階に降りると古びたロビーへと辿り着いた。

 

『んじゃ、出るよ。一晩ありがとう』

 

 階段の近くにあるカウンターには従業員と思われる初老の男性がおり、少年は無表情で立つ従業員へ先程の独り言と異なる言語で礼を贈るが、その口調は日本語と違い不慣れであった。

 

『また生きてご宿泊してくださる事を祈ります』

 

 それを聞き、従業員がやや不吉ながらこの地域では当たり前となった挨拶を返すが、言葉とは裏腹に、少年を見下すような空気が含まれていた。

 

『そっちが死ななきゃまた来るかもね』

 

 少年はそれに気が付いていたが、軽く流し古びた木製の扉を開いて外へ出る。その時ちょうど少年と入れ替わるように宿に男が入っていき、扉が閉まる直前に従業員の媚びるような挨拶が聞こえたが、少年はそれに気を留める事はなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 身を焦がすような日射しの中を少年が歩みを進む。

 

 破壊され三階より上がなくなったビル、崩れて原型を失った家、同じ大きく抉れた地面。辺りには破壊の痕跡が多数あり、少年が歩く大通りにも僅かではあるが瓦礫が転がっている。

 

 

―――旧エジプト・カイロ。それが少年が今いる場所の名前だ。

 

 

 この状態からここで大規模な紛争があった事は手に取るようにわかるが、道行く人に悲壮感や憤怒の様相はない。

 

 確かにこの地は争い……それも世界大戦と呼ばれる規模の戦争に巻き込まれたと言われている。しかしその戦争、【厄祭戦】と呼ばれる戦いが起きたのは今からおよそ三百年以上前の事。

 

 争いの発端は当時作り出され、現在も最強の立場に君臨し続けている兵器が原因だったと言われているのを聞いたことがあるが、少年の記憶と知識ではこれ以上の事はわからない。

 

 当然当時を知る者は今ではおらず、この街の住民にとってはこの惨状は景観と変わらないものなのである。

 

 修繕などを行うべき国家は厄祭戦により滅び、この地は戦後に地球の国家群が統合され出来た四つの経済圏の一つの勢力下に入ったが、現在は犯罪者や行き場を失った者達に勝手に占拠されていた。

 

 それでもある程度の治安は保たれており、破壊された建物の合間には新しく作られた石造りの民家があり、また先程少年が一晩過ごした宿屋や露天といった旅人向けの建物も立ち並んでいるし、多いとは言い難いがそれなりに人の往来もある。

 

(やっぱあいつらの勢力圏はそれなりに安定して……)

 

 歩きながら周囲の観察をしていた少年だったが、不意に建物の隙間からこちらへ向けて駆けてくる人の気配を感じて立ち止まる。

 

 視線をそちらへと向けると、フードを目深に被った少年より少し小柄な人物が後ろを見ながら走ってくるのが目に入った。

 

 追われているのだろうか、後ろばかりを気にしていて直線状に立つ一切気付く様子がなく、このままでは間違いなくぶつかるだろう。しかし少年はその場から動かず、足に力を入れて受け止める体勢を取った。

 

「あっ……!」

 

 直前で前を向いた逃亡者が少年に気が付き、慌てて制止しようとするが間に合わず二人は正面からぶつかる。

 

そうすると身構えていた少年は多少仰け反る程度で済むが、勢いよく突っ込んできた方は弾かれるように後ろへよろける。だが少年がその手首を掴み引き寄せた事で、逆に少年の胸元で受け止められる形となった。

 

 手首を掴んだ瞬間に少年が感じたのはその細さ、そして引き寄せた時に感じたのは軽さだった。そして軽い衝撃と共にめくれたフードの内側から綺麗な金色の髪と白磁の肌が見えると共に、その紫の瞳と目線が会う。

 

(女の子……? なんでこんな場所に……?)

 

 ある程度の治安は保たれているとはいえ、基本的には無法者の集う街である。間違ってもこんな華奢な女の子が一人で訪れる場所ではない。考えられる可能性は―――

 

「あのっ! 日本……の方ですよね? 僕今ちょっと急いでて……。できれば手を放していただきたいんですけど……っ!」

 

 一人思考を巡らせていた少年だったが眼前の少女に声をかけられて驚く。その切羽詰まった様子にではなく、こんな場所で自分以外から日本語を聞く事になるとは思わなかったからだ。

 

 どうするべきかと少年は思案する。

 

 ここで手を離すのは簡単だ。そうすれば少女は雑踏に紛れ、上手くいけば今少女を追う者から逃れることができるかもしれない。

 

 だがこの場所では無力な者は奪われ、使われるだけの存在になる。そこに性別も年齢も関係はない。ここで逃げてもこの少女も結局は別の相手に捕まり、殺されるか自由も尊厳も奪われた『かつての自分』と同じことになるだろう。

 

 弱者は食われ強者は食らう。

 

 少なくとも少年が生きる小さな世界ではそれが当然で、食われたくなければ強くなるしかない。

 

 ここで彼女が悲惨な結末を迎えたとしてもそれは彼女が弱かっただけ。例えこの少女がどうなろうとも多少は心は痛むかもしれないが少年の人生になんら影響はないだろう。

 

 だが少年はその手を離せなかった。

 

 けして正義感からではない。生きるためにこの手を汚してきた自身にそんなものを語る資格が無いと知っているし、そもそも自分がそんな善人だとは思っていない。ただ少年は欲しかったのだ。

 

 避けられない厄介事、命の危機、戦う理由。

 

 この地獄のような世界で無意味に過ごしていた少年は生きる目的が必要で、目の前の少女がもしかしたらそれをくれるかもしれないと思ったのだ。だからこそ―――

 

「ねぇ、助けてほしい?」

 

 少年は表情を変えることなく少女へそう問いかけた。




 「」は日本語、『』は別言語のつもりです。
 書いてて面白いので少しずつですが投稿していきたいなと思っています。


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襲撃

長いので二つに分けてます。

《『』》は日本語以外の言語でかつ通信時の会話を示しています。なぜかといいますと私が日本語以外の文法がわからないからです。


 

 

「ねぇ助けてほしい?」

 

 その言葉が予想外だったのだろう。それを聞いた少女の身体が固まり、その眼が大きく見開かれる。

 

 そんな少女の様子を少年は観察するように見つめる。よく見れば見れば少女の額からは汗が流れ、表情からは疲労の色が見てとれた。

 

 彼女の身体能力と持久力がどれ程のものか少年には知るよしはないが、少なくとも少女にとっては限界まで体力と精神力を摩耗する程逃げていたのだろうという事は少年にも理解できた。故にすぐに頷かれると思っていたが、少女は驚愕から困惑に変わった表情で少年を見つめるだけで、その理由がわからずに少し首をかしげる。

 

 一方の少女は少年の言葉の真意がわからず、ただただ困惑していた。

 

 絶望的な状況下、それも心身共に限界を迎えた状態で差し伸べられた救いの手。思わずその手を掴みたくなる少女であったが、本当にそうしていいのかという疑問がそうする事を躊躇させる。

 

(どうしよう……嬉しいけど……でも無関係な人を私の事情に巻き込む訳には)

 

 見ず知らずの他人を信用できないからという至極当然のものではなく、少年の身を案じての物という彼女の現状を鑑みれば検討違いと言える理由であった。

 

 方や破滅願望と言ってもいい危うい目論見から助力を申し出る少年。方やそんな事を思っているとは露と思わず、助けてほしいと思いつつも少年の身を心配して頷けない少女。

 

 それぞれの考えを言葉にすればその結果はどうなるかはわからないが、少なくともこのような行き違いの考えには至らなかっただろう。しかし互いが互いに相手が言葉を発するのを待っていたせいで、何とも言えない沈黙が二人の間に流れていた。

 

 見つめ合う二人。少女の右腕を掴む少年の左手の指先は鋭利な爪のように鋭く、その無感情な表情と相手が求める事を叶えようとする様と合わせて、まるで契約を囁きかける悪魔のようであった。

 

 そのまま両者共に沈黙し、喧騒の中で互いを見つめ合うが、そこに甘い雰囲気は一切ない。少女は気まずさを感じ、少年は完璧な無表情のせいでそもそも現在何を考えているかすらわからない。そんな中、最初に沈黙を破ったのは少年であった。

 

「ところで追いかけてきてたのはアレ?」

「え? ……あっ!」

 

 少年が視線を少女の後ろに向けながら問いかける。その問いを受けた少女が慌てて振り向く。

 

 少女が出てきた建物の隙間の向こうからこちらに向けて走ってくる屈強な男二人の姿が視界に入る。

 

『おい!いやがったぞ!』

「に……っ!逃げなきゃ……!」

「大丈夫」

 

 怒声と共にこちらに向かってくる男を見て慌てて駆け出そうとする少女を少年は制止しつつ、掴んだ左手だけでくいっと少女を引き寄せる。それと同時に少年が一歩前に進むことで二人の位置が入れ替わり、少年が少女をその背に庇うように追跡者に向き直る。それとほぼ同時に男二人が少年達の前に立ちはだかった。

 

 一人は短い金髪で少し日に焼けた肌の男。もう一人は長い黒髪を後ろで束ねた浅黒い肌の男であった。二人とも服の上から鍛えられているのがよくわかり、背丈は170センチの少年と比べたら20センチ以上高い。

 

(金髪の方は懐膨らんでるしたぶん拳銃持ってる。もう一人は腰にナイフか……うん)

 

 少年は後ろに庇う少女を意識しながらも目の前の二人を冷静に観察し、武器の有無や種類を確認すると一人内心で頷く。

 

『おいクソ餓鬼!その女を大人し――』

 

 屈強な金髪の男が口を開いたのを合図に少年の身体が動く。凄まじい瞬発力で距離を詰めたかと思うと、手甲に覆われた左拳が金髪の男の鳩尾に深々とめり込んでいた。

 

『がっ……?!』

『このガキッ……!』

(余裕だな)

 

 相方が一撃で沈められたのを見てもう一人も慌てて腰のナイフへと手を伸ばすが、それよりも先に少年の右足が男の軸足を払う。

 

『しまっ……ガッ?!』

 

 バランスを崩し、前のめりに倒れてきた男の顎へ少年の強烈なアッパーカットが叩き込まれ、ベキリと固いものが砕ける嫌な音が周囲に響く。

 

 そして少年が一歩後ろに下がると同時に、屈強な男二人が地面に倒れ伏す。少年が最初に動き出してから実に五秒程の出来事だった。

 

「ふぅ」

 

 鮮やかな動きを見せた少年とは対照的に何が起きたか理解できずに固まっていた少女であったが、 少年のため息が聞こえた事でようやく我に返る。そうしてようやく自分が助かったのだという事実を自覚し、安堵すると共に目の前に立つ見ず知らずの少年へ感謝を伝えようと口を開く。

 

「あ、ありが――ッ?!」

 

 だが伝えようとした言葉は響いた金属音に遮られる。そしてその音の正体に気が付いた少女の表情に再び驚きの色が浮かんだ。

 

 いつの間にか少年の右手に鈍く光る小型の自動拳銃が握られており、その銃口が地に倒れて呻き声を上げる男達に向けている姿を見てしまったからだ。先程の金属音は初弾装填のために遊底を引いた音だろう。

 

「まっ・・・!待って!」

 

 その意味と待ち受ける結果を理解した少女が慌てて静止の声を上げるが、少年はそれを意に介す事なくトリガーに掛けていた指を引く。次の瞬間、乾いた音が二度鳴り響き、紅い血の華が咲く遊底から排出された薬莢が二つ、地に落ちた。

 

 数秒の痙攣の後、先程まで生きていた男達は物言わぬ肉塊となる。一切ぶれることなく放たれた弾丸は正確に後頭部からこめかみまで到達しており、男達は自身が死んだことにすら気が付かずに逝ったであろう。

 

「……終わり」

 

 そう呟くとほんの僅かに少年の表情が何かに耐えるように歪む。だがそれが誰かの目に入る前に少年は浮かび上がった感情を消した。

 

 そうして元の表情に戻った少年が二人を葬った拳銃を腰のホルスターへと戻した時、その背後でドサリと何かが地面に崩れ落ちる音が少年の耳へ届く。少年が振り返ると視線の先では呆然とした顔で地面にしゃがみ込む少女の姿があった。

 

「……大丈夫?」

 

 少年が少女へ声をかけるも返事は返ってこなかった。だが無理して聞き出す必要もないと判断したようで、視線を少女から二つの死体へと戻してしゃがみ込むとうつ伏せに倒れる金髪の男の死体をひっくり返す。その懐へ鋭利な爪を持つ装甲に覆われた左手をかざした時、淡く青い光がその掌に浮かび上がるがそれも一瞬のことで、すぐにその光は消えた。

 

(勘が外れたな……)

 

 もっと危険な相手が出てくると思って助けた少年だったが、予想よりも随分あっさりと決着がついてしまい、自分の直観が外れた事に落胆していた。

 

 それと同時に自力で逃げ切れた可能性はゼロでは無かったのに、こちらの身勝手な理由で引き留めて男達に追いつかれた事に少しばかり申し訳ないと思う気持ちを抱いていた少年は、償い代わりに落ち着ける場所への移動を手伝おうと考える。

 

「とりあえずここにいても仕方ないからどこか―――」

「どうして……殺したの……?」

 

 歩み寄り、右手を差し伸べながら呼びかけた少年の耳にそう少女が呟くのが聞こえ、その問いに対して何と答えればよいのか思案する。

 

 少女の反応は当然といえる。いくら自らに害をなそうとしていた相手とはいえ、眼前で人が殺害される瞬間を見れば恐怖するのは普通だろう。それ故に少年は少女がこの場所に来て間もないのだと確信する。

 

 何故ならこの場所事態が異常であり、そんなまともな感性の持ち主はここでは生きていけないと理解しているからだ。

 

 眼前の少女は動揺と恐怖感から周囲の様子を認識できていないようだが、このような通りで人が銃殺されたというのに騒ぐ人間どころか、立ち止まる者すらいないこの状況がその異常さを物語っている。

 

 取り敢えず何から答え、伝えるべる気かと少年は思案しようとし――不意にその眼光と気配が鋭さを増す。

 

「ちっ!」

「え……? きゃあっ?!」

 

 そしてしゃがんでいた少女を舌打ちと共に無理矢理引っ張り上げる。そして何をするつもりかわかっていない少女の腰に左手を回し、横投げの要領で全力で振るう。鍛え抜かれた少年の全力の投擲に華奢で軽い少女の身体には踏ん張ることもできず、その身体が可愛らしい悲鳴と共に宙を舞う。

 

「かはっ!?」

 

 そのまま受け身もできずに数メートル先の地面にその身体を叩き付けられた少女の肺から空気が抜け、痛みで呼吸が一瞬止まる。

 

 何故投げられたかわからずに理由を訊ねようと起き上がろうとした少女だったが、それよりも先に爆発音と共に何かが崩れる音が響き、同時に発せられた風圧によってさらにその身体が地面を転がった。連続した衝撃でふらつく身体を何とか起き上がらせ、少女は先程まで自身がいた場所を見る。

 

「え……?」

 

 そしてその目にした光景に少女の身体が硬直する。何故ならば先程まで二人がいた場所は瓦礫の山と化していたのだから。

 

 瓦礫の正体が先程少女自身がその隙間を駆けてきた建物である事は眼前の光景から察する事は容易く、そこに先程まで話をしていた少年の姿はないのは、普通に考えれば崩落に巻き込まれたからだとも遅れて理解する。

 

 そして思考がそこまで達すると共に先程の行動は自身をこの惨劇から逃がすためのものであったと気が付き、その表情を青ざめさせた。

 

 周囲では無関心であった街の人間も流石にこれを無視することはできず、恐慌し騒ぎ立てる者や悲鳴を上げて逃げ出す者、少女のように座り込み呆然とする者と様々な反応を示しているが、 今の少女にはそちらへ意識を向ける余裕はなかった。

 

《『あらら。助かってしまいましたかぁ』》

 

 不意に周囲へ嘲るような声色の女の声が響き渡り、呆然とするしかできない少女であったが、その声を聞き、弾かれたように視線を声の発された場所、上空へと移すとその目に絶望の色がうかんだ。

 

 

 

―――――そこには三つの人型をした機械の鎧が浮かび上がっていた

 

 

 

 モスグリーンをベースカラーにした機械の鎧は人型と呼ぶにはやや長い四肢、胸部、肩アーマー、頭部は分厚い金属の装甲で作られている。

 

 一見すればまるで機械のようだが、腹部や首、上腕や太腿といった装甲がない部分からは一肌が表出しており、人間であることがわかるだろう。

 

 機械の鎧の名前は【インフィニット・ストラトス】。通称ISと呼ばれるこれこそがかつて起きた厄祭戦の原因である。

 

 【エイハブリアクター】と呼ばれる特殊な動力炉を持ち、そこから発生する【エイハブ粒子】という特殊な粒子の効果によって、ISは他の兵器ではあり得ない驚異的な性能を発揮する機動兵器だ。

 

 剣に纏わせれば凄まじい切れ味を発揮し、弾丸に纏わせ射出すれば戦車の装甲すら容易く貫く。

 

 またエイハブ粒子には慣性制御もあり、重力操作による飛行能力と操縦者をGから守る事であらゆる航空機を上回る機動力と旋回性を有する。

 

 さらにエイハブ粒子をエネルギーシールドに変換した【シールドバリア】とエイハブ粒子と反応し硬化する特殊塗料【ナノラミネートアーマー】。操縦者が致命傷を負うのを防ぐ【絶対防御】。これら三つの防御機構によりエイハブ粒子を纏わない通常兵器の攻撃を完全に遮断する。

 

 攻撃力、機動力、防御力全てにおいて他の兵器を圧倒し、事実上IS同士でしかダメージを与えられない事から、現在も全ての兵器の頂点に君臨している存在。

 

 だが少女が怯えたのはISを見たからではなく、その声であった。

 

 響いた声を言葉として認識した者は少女だけだろう。何故ならそれはこの地では珍しく、少女にとっては聞きなれた言語であったからだ。

 

《『ゴミに救われるとは運がいいですねぇお嬢様?』》

《『即死した方が幸せだったかも知れないですがね』》

《『むしろ不運かもしれないですよ』》

 

 小馬鹿にしたような女性達の声に、お嬢様と呼ばれた少女はすぐに反応できなかった。

 

《『なんで……ここにっ! 私をここに捨てるのが仕事だって!』》

 

 数秒の硬直の後、震える声で少女はそう叫ぶ。何故なら彼女達こそが少女がこの地にいる原因であり、先程の凶行を為した相手であったからだ。ここで恐ろしい体験をさせられた少女にとってはまさに恐怖と怒りの対象であり、同時に無力な少女には彼女達に対抗することすらできない。

 

《『そうだったんだけどねぇ。お嬢様売り払ってから依頼主のとこに行ったら、『やはり死んだと確認しないと安心できない』って抜かし出してねぇ』》

 

 睨み付けるという最低限の抵抗もできぬ少女へ明確に死の宣告を突き付け、三機のISが先程まで少年がいた建物の瓦礫の傍に降り立ち、そのうちの一機が手に持った60mm口径砲ライフルを少女へ突き付ける。ISに合わせて作られたその弾丸が当たれば瞬時に人を肉片に変えるだろう。

 

《『まぁそういう訳できっちり死に様を録画してやるからさっさと死ね』》

 

 そう言って女が引き金を引こうとした時、突如衝撃と共に瓦礫の山から粉塵が巻き起こり、三機のISが砂塵の中に消える。

 

《『なん――ガバッ?』》

 

 ライフルを持った女の困惑する女の声が苦悶の声に変わると共に、その機体が砂塵の中から勢いよく弾き出される。弾き出された機体の胸部装甲は潰れ、右手装甲はライフルごと破壊されていた。

 

《『アレットさん?!』》

 

仲間の一人が慌てて駆け寄るように砂塵から飛び出した数秒後、砂塵が晴れる。そこに新たなISの姿があった。

 




続きます。別のSSに投稿して焦りました。


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戦棍の悪魔

続きです。2話目見てない人は1つ前からお願いします。正直これがやりたくてこのシリーズ始めました。


 

―――――悪魔

 

 

 それが最初にその姿を見た少女の印象だった。

 

 白をベースに赤、青、黄色の三色を使って鮮やかに彩られ、装飾された装甲を各部に纏い、露出した肩からは鍛えられた筋肉が覗き、指先は鋭利な爪を連想させ、鉤爪のような爪先は血のように赤い。

 

 またV字のアンテナが付いたバイザー付きのフェイスアーマーによってその顔の半分が隠され、表情わからないことがその禍々しさを際立てている。

 

 だが左腕にはこの機体に感じたイメージと合わない無骨な青いガントレットが装備されており、剥き出しの肩と合わせてどこか不完全さも感じさせる。そして少女に悪魔を連想させたその最たる物は両手に掴んでいる二つの存在だ。

 

 一つは右手に持つ自身の身の丈を越える長さのメイス。

 

《『がっ……あっ……!』》

 

 そしてもう一つは左手で頭部を掴まれて持ち上げられたISの姿だった。

 

 振りほどこうと白い機体の左腕を両腕で掴み、足掻いているがその拘束はびくともせず、掴み上げられた頭部装甲からはミシミシと金属がひしゃげていく嫌な音が響いている。

 

《一応どっちが悪い奴か確認するために様子窺ってたけどさ……あんたらが悪い奴らっぽいな。何言ってるかわかんないけど》

 

 白いISから声が響く。その声は少女を救う為に瓦礫に押し潰されたと思っていた少年のものだった。

 

《『男がIS? まさか阿頼耶識――』》

《うるさい》

 

 冷たい一言と共に白いISの爪が頭部に完全にめり込み、紅い血飛沫が飛び散る。何かを言おうとした女の身体が痙攣し、動きを止め、両手から力が抜けてだらりと下がった。

 

《『リュシー……?』》

 

 目の前で起きた事がわからず、粗暴そうな女が呆然と呟く。

 

―――死んだ

 

 現象としてはただそれだけであり、明白な結果だが同時に女達には理解が出来ないことであった。

 

《『絶対防御が……作動しなかった……だと?』》

 

 もう一人、アレットと呼ばれた女もそう呟く。その声色には先程まで少女が感じていた感情と同じ恐怖があった。

 

 女達がこのような反応を示した理由は一つ。絶対の守りを持つISを纏った状態で死ぬなど想像していなかったからだ。

 

 確かにISの守りは絶対ではないが、絶対防御を通過した上で肉体に傷を負わせる事は容易ではなく、出来るとしても熱量兵器を用いた大火力攻撃が必要である。それを目の前のISはただ握り潰すという最小かつ最低限の攻撃だけで為した。

 

 

――檻の外から見る虎と内側から見る虎。同じ対象であっても感じる感覚は違う

 

 

 二人の抱いている想いはまさしくそれであった。

 

 絶対的な安全圏から死地に引きずり込まれる恐怖。狩る側から狩られる側になった絶望。

 

 そして何よりも殺された女が引き剥がそうと掴んでいた白いISの腕には一切の傷がないという事実。そこから導き出される答えはシンプルな物だ。

 

 白いISの防御は彼女たちのISよりも高く、絶対防御を無効化、もしくは突破できる力がある。

 

《『あぁぁぁぁぁっ!!!』》

《『ッ! 馬鹿っ!』》

 

 そう認識した瞬間、粗暴そうな女が雄たけびと共に背中にマウントしていた100mm口径滑空砲を放つ。大型サイズの物をISに合わせて小型化したこの滑空砲は、ベースと比べれば3分の1程度のサイズではあるがエイハブ粒子を纏う事により威力はベースを大きく上回っている。この距離で直撃すればISといえど無事では済まないだろう。

 

 だが白いISはそれを回避する様子を見せず、黙って左腕を迫り来る砲弾に掲げるだけだった。それにより砲弾は左手に掲げられていた彼女達の仲間『だった』ISに直撃し、轟音と同時に着弾の衝撃で発生した風圧によって生まれた砂塵に白いISの姿が消える。

 

《『リシューを盾にッ?! あの野郎どこにい――ガァッ?!』》

 

 白いISの姿を見失った女が周囲を警戒しようと構えようとするが、音速で飛来した何かに対応しきれず、それがぶつかった衝撃で大きくバランスを崩し、視界を遮られる。

 

《『あ―――』》

 

 慌てて振り払ったそれが自身の放った滑空砲の直撃で、見るも無残な残骸になった仲間のISであったと気が付くと共に見たのは、目の前で白いISが右手に持つ巨大なメイスを振り上げている瞬間であった。

 

 メイスの直撃が女の頭部に叩き付けられ、ゴシャリと鈍い音が周囲に響く。

 

 やがて砂塵が晴れ、アレットが見たのは白いISとメイスを胴体にめり込ませて絶命する仲間の姿だった。

 

 白いISがその手に持つメイスと一体化した仲間の死体が、逆光のせいでシルエットとなり、まるで大鎌を持った死神のように見える。

 

《『こんな……化け物がいるなんて……聞いてない……ッ!』》

 

 めり込んだメイスを無理矢理引き剥がし、構えなおした白いISを見て、アレットが後ずさりながら呟く。もはや彼女には少女を殺すなど考えている余裕などなく、ただひたすらにどうすれば生き残れるのか必死で思案していた。

 

《こ……! 降参だ! だから命は……!》

《こっちに得が無いし。生きてても邪魔だから死ねよ》

 

 慌てて日本語で命乞いする女の願いを冷たく切り捨て、白いISが疾走する。それを見たアレットの機体の残された左手にシールドを出現させて防ごうと構える。

 

 ISには拡張領域という武器を粒子化して収納する機能があり、搭載している装備を瞬時に取り出す事ができるので状況の変化にすぐ対応しやすい。

 

《『ぐぁっ?!』》

 

 だがこの場においては全く意味をなさない物であり、白いISの一撃はシールドごと左腕を破壊し、そのままアレットへ強烈な回り蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。アレットはスラスターを使いバランスを取ろうとするが、そこへ白いISが迫り、メイスを持ったままの手で思い切り頭部を殴りつけた。

 

《『あがっ!!』》

 

 拳の一撃では絶対防御を抜けず、アレットの身体は声にならない声を上げながら地面に叩き付けられる。そして白いISは倒れたアレットの腹部を踏みつけ、同時にメイスの先端を胸元へ向けた。

 

『死ね』

 

 冷たい少年の声と共に白いISの持つメイスの先端からニードルが射出され、女の胸を貫いた。

 

『――――ッ!……』

 

 衝撃と共にその身体がバウンドし、断末魔すら上げることなくアレットは絶命する。

 

『終わり。それじゃあ……』

 

 死んだ事を確認した少年が力を入れて突き刺さったメイスを引き抜くと、ニードル先端からは紅い血がしたたり落ちる。

 

 それをメイスを一閃して振り落とすと背中にあるウェポンラックに戻し、同時に左手を掲げた。

 

『貰うよ』

 

 そう呟くと壊れ残骸となった三機のISが光の粒子に変化し、3つの球体を形作る。それは吸い込まれるように白いISへと近付くと溶けるようにその左手のひらの中へと消えていき、そして後に残ったのは3人の女の死体だけとなった。

 

(あれってまさか……)

 

 目の前で起きた出来事に固まっていた少女が呟く。彼女には白いISの圧倒的な性能と今行った行動……ISを機体ごと吸収するという能力に心当たりがあったのだ。

 

 

―――ISによって引き起こした厄祭戦の話には一つの伝説があった

 

 

 当時存在した千を超える全てのISの性能差は殆どなく、それによって戦いは膠着、泥沼化した事で地上は大損害を被り、多くの犠牲者が発生した。

 

 そんな状況を打破すべく、七人の科学者が七十二機のISを作り出す。

 

 ソロモン七十二柱の名を与えられたそのIS達は単機で従来機を圧倒する性能と倒したISを吸収する能力を持っており、その力によって厄祭戦を終結させた。というものだった。

 

(最後は同士討ちで大半は喪失、今は一部の機体が保管されてるっていう話だけど……だけどきっと間違いない。あれは……)

 

 現存機の存在は知っているが、実物どころか実戦稼働している機体など少女は今まで見た事が無い。だがそれでも目の前の白いISはその伝説の存在だと確信させるには充分な力を有していた。

 

「【ガンダムフレーム】……」

 

 少女が呟いたその名こそが、戦争終結を為した英雄たるISに付けられた名であった。

 

 




ISの武装の口径はオリジナルよりも小型化してます。

口径300mmとかISサイズだともうただのバズーカですし


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悪魔との契約

ようやく少年と少女の名前出せます。本当はもっと早く出したかったんですが思ったより長くなりました。

今回は説明回的な感じです今後もこんな感じのはさみます。こういう作品同士の設定混ぜて書くの大好きなんです。


「お疲れ。相棒」

 

 全ての脅威を一掃した少年が労いの言葉を言うとその姿が光に包まれ、光が消えるとその姿は白いISから少年のものへと変化していた。

 

 ISの解除。展開したISを携帯可能な装飾品の形をした待機状態に戻す事で、少年の場合は左腕にあるガンドレットがその状態となる。

 

 そうして待機状態に戻した白いISを労うように一撫でした後、少女の方へと振り返ると、少女も少年に視線をずっと向けていたので、二人の目線が自然に交差する。

 

 少年が少女の元に歩み寄り、二人は再び向かい合う。ここの住民達は戦闘から逃れる為に避難しており周囲に人影はない。

 

 ちなみに少女が少年をずっと見ていた理由は死体を視界に入れない為である。あんな攻撃を受けた死体の状態は想像に難くなく、もし見れば女性にあるまじき醜態を晒すのは明白であったからだ。

 

 少女には抵抗なく人を殺せる少年に対する恐怖心はあったが、こうして向かい合っていてもそれはあまり感じていなかった。

 

(この人がいなかったら私はもう死んでいた)

 

 少女の心の大半を占める想いは感謝の念。先程までの状況を自身だけの力で乗り切るのは不可能だったのは確実で、少年がいなければ今こうして生きていることは不可能だったと理解していたからだ。

 

「あ……あの……助けてくれてありがとう……」

 

 そんな万感の思いを込めて少女の感謝の気持ちを伝える。

 

「……? 礼を言われる理由がわからないんだけど。なんで?」

 

 だがそれに対する少年の反応は首をかしげながら聞き返す事であった。

 

「え? なんでって……」

「俺は俺の為にあんたの都合に首を突っ込んだだけだよ」

 

 そう語る少年は嘘を言っている様子はなく、本心からそう思っていることが伝わるだろう。

 

「まぁ。いいや。これからどうすんの?」

「え?」

「とりあえずの問題は解決したけど、ここにいたらまたあぁいう連中に狙われるよ?」

 

 そう言って少年が指を指す。その先にあるのは今は瓦礫の山と化した二人が出会った場所。

 

 つまりはそこに埋まっている少年に殺された者達のような人拐いに狙われる危険性があると少年は言っているのだった。

 

「・・・・・・戻らなければならない場所があるの。今からでもそこに向かうつもりだよ」

「一人で? 死ぬよ?」

「死ねないよ。戻って叔父に話を聞かないといけないから」

 

 そう語る少女の眼には先程までと違い、確固たる意思があった。

 

「そ。じゃあそこまで案内して」

 

 それを聞いた少年はあっさりとした様子でそう言った。

 

「……ふぇ?」

「最初に助けようかって聞いたのは俺だし、護衛くらいするよ。ここで見捨てて死なれたら目覚め悪いから」

 

 その意味がわからず思わず変な声を上げた少女に少年はそう説明する。その言葉に偽りがないのはこれまでの出来事や会話の中から少年の誠実さを感じていた少女に疑う余地がなかった。

 

「……あの……その……」

 

 再度差し伸べられた手。それを取るべきか少女が迷いを見せる。

 

 それは少年にその感覚はなくとも、少女にとっては多大な迷惑をかけた相手に更なる迷惑をかける事に他ならないからだ。

 

「お願い……します」

 

 だが躊躇したのは僅かな間。

 

こ の状況でそれを拒否も遠慮もできるはずもなく、素直に助けを請うことを選んだ。

 

「了解。契約成立だな」

「本当にありがとう! お礼は……私に出来る事なら何でもするから!」

「何でも? ……んー。じゃああんたにしか出来ないこと頼もうかな」

 

 絶望的な状況から希望を見出だした事で安心感を得ると共に、こちらから頼み込まねばならない事だったと気が付いた少女がそう言うと少年が少女の顔をじっと見つめてくる。

 

 その様子を見て何でもと言った事を言った事を後悔する。

 

相手は男であり、自身は女。貞操を求められる可能性がある事をすっかり失念していたのだ。

 

「……何でもします」

 

 だが今更訂正して少年から見捨てられるわけにはいかないと、覚悟を決めて少年の要求を待つ。そして少女の言葉を受け、少年が少女へと自身の要求を告げた。

 

「勉強教えて」

「・・・え?」

「だから勉強。歴史とか世界の常識とか。俺そういうの全然知らないし、あんた頭良さそうだから」

 

 そう語る少年の眼にあるのは純粋なる知識欲。人生経験も心理学もわからぬ少女にもそこに下心が一切無いことがわかる。

 

「あの……身体を寄越せとかそういうのじゃなくて?」

「は? 身体? 確かに臓器買い取る連中いるけど俺は利用しないし。つかそれ貰ったらあんた死んじゃうでしょ」

「……勉強。私にわかる事なら教えるよ。後、ごめんなさい」

「?」

 

 失礼な勘繰りをした事を恥じる少女の謝罪の意味がわからず再び疑問符を浮かべる少年だったが、突如その視線が鋭くなり周囲を警戒する素振りを見せる。

 

 遅れて少女も周囲の変化、消えていた人の気配が少しづつ戻って来ている事を感じ取った。

 

「ま、いいや。とりあえず人が戻ってくる前にここを離れよう。目立つと厄介な事になる」

 

 そう言って少年が左手を振ると光の粒子と共に古ぼけたフード付きのローブが現れる。

 

「顔、隠して。少し離れた場所に廃村があるからそこで色々話し合おう。事情や目的地詳しく知りたいし」

 

 そういうとジャケットを脱いで同様の方法で取り出した同じローブを代わりに羽織ってフードで顔を隠す。いつの間にかジャケットは消えていた。

 

「行こう」

 

 少女が最初から来ていたローブのフードで顔を隠した事を確認すると、少年は手を差し出す。言葉では何度もあったが、こうして直接手を差し伸べられたのは初めてだと少女は気が付いた。

 

「うんっ!」

 

 そして今度こそ躊躇うこと無く差し出された手を取り、二人は旧カイロ地区から抜け出したのだった。

 

 

――――――

 

 

 日が落ち、揺らめく炎のついたランプに照らされた室内にローブを脱ぎ、楽な格好をした二人の姿があった。

 

「まずは自己紹介からさせてもらいます」

 

 ベッドの上に座る少女が日本について学んだときに知った居住まいを正した姿勢、所謂正座をした状態で少年に向き合ってそう告げる。

 

 二人がいるのは旧カイロ地区から北にある廃村の中にあった宿泊施設とおぼしき建物の一室。

 

 建物自体は旧カイロ地区の物より新しいが放棄されてから数十年以上は経過しているようで、昼に二人が来た時には開いていた窓から入ってきた砂埃が溜まり、家具は劣化し壊れ、以前二人のようにここを利用した者が捨てたゴミと思われる物が散乱していた。

 

 その為、話し合いの前にとりあえず寝床を確保しようという事になり、片付けやら掃除をしている間にこんな時間になっていたのだ。

 

 ちなみに現在少年は床で胡座をかきながらアレットの使っていたISから損傷していない装甲やスラスター、配線を抜き取りながら話を聞いている。

 

「私の名前はシャルロット・デュノアって言います。年はもうちょっとで十四歳です」

「よろしく。長いからシャルでいい?」

「え? あ、うん。全然大丈夫だよ」

 

 少女……シャルロット・デュノアの自己紹介に対し、ISの肩アーマーを外していた手を止めてそれだけ返すと再びISの分解作業へと戻る。

 

「………」

「……?」

「いや、君の名前も教えてほしいなーって」

「俺の名前? 無いよ」

「え?」

「俺、記憶無いから。名前も過去もわかんない。一年くらい前に目が覚めたら何も覚えてない状態で阿頼耶識埋め込まれてて、その後はすぐにヒューマンデブリとして売られた。そこでは23番って呼ばれてたけど名前じゃないし」

 

 シャルの問いに対し、少年は軽くそう答えるが話している内容は余りに重く、シャルは言葉を失う。

 

 ヒューマンデブリと阿頼耶識。それは厄祭戦時代から人類が抱える負の遺産の名だ。

 

 ヒューマンデブリは屑鉄よりも安く売られた孤児や誘拐された子供達の通称である。売り払われた子供達は奴隷にされたり少年兵に仕立てあげられたりと、幸福に生きられる可能性はほぼあり得ない。

 

 そしてもう一つ。阿頼耶識システムと呼ばれるそれはIS誕生により生まれた忌まわしき技術である。だがそれを語るにはまずISの抱える欠陥の存在を前提に知らなければならない。

 

 それは()()()()()使()()()()という汎用性を求められる兵器としてはかなり致命的なもので、これが原因で現代においてはこの欠陥のせいで男性軽視、女性重視の風潮を作り出す要因となっている。

 

 しかし同じ欠陥でありながらIS誕生をきっかけに始まった厄祭戦時下においては異なる結果を生み出した。

 

 IS同士の戦争となった厄祭戦においては、必然的にISを扱えるが錬度の低い女性達が戦線に送り出される事になった上、当時は絶対防御というシステムが存在しなかった事から戦死者の増加と共に出生率の低下を招いたのだ。

 

 この事態の打開の為に男性でもISを扱えるようにする手段を模索した彼らは一つの考えに至る。

 

 ISが女性にしか反応しないという事は言い方を変えれば女性と認識さえすればISは起動するという事だ。

 

 遺伝子的に見れば男女の違いはそこまでは大差はない。つまりその僅かな差を誤認させてしまえば男性でもISは使えると当時の科学者は考えたのだ。

 

 

――――それこそが阿頼耶識システム

 

 

 脊髄にISとの接続プラグを増設し、その中で伝達される情報を変換することで男性でもISを使えるようにする技術である。

 

 男性がISを使えるようになる点に加え、人とISが直接繋がる事で情報処理速度の加速、どうしても埋められなかった僅かなタイムラグの喪失。そして空間認識能力の肥大化等、阿頼耶識を搭載した操縦者は別次元の能力を発揮できるようになった。

 

 しかしその阿頼耶識にも莫大なデメリットが存在があった。

 

 一つは阿頼耶識の施術の危険性。神経接続を確実にする為に反応を見ながら手術をする必要から麻酔が使えないので、また成功率が三割と低く、失敗した場合は首から下の神経が断絶する。

 

 もう一つは道徳的な問題点。この手術は成長するほど成功率が下がり、16歳以降の成功例は存在しない。それ故に阿頼耶識を埋め込まれるのはそれ以下の幼い子供達であった。

 

 結果、成功数の低さを回数を重ねることで補うためにヒューマンデブリが買われ、阿頼耶識施術に成功すれば兵士に、失敗すれば捨てられて死ぬというより最悪の事態を産み出してしまったのだ。

 

 IS本体というハードの更新を諦め、ソフトとなる乗り手側をハードに合わせる方法を選んだ彼らの発想自体は悪くなく、男性でもISを使えるようになったという結果だけ見れば正解だったかもしれない。

 

 しかしそれを成す手段と過程は余りにも残酷で非人道的な物であった。それ故に厄祭戦終結後、阿頼耶識は忌むべき技術となり、戦後結ばれた条約でヒューマンデブリの取引と共に禁止された。

 

 だが禁止されたからといって無くなるわけではなく、終戦から三百年たった今でも子供達は買われ、阿頼耶識施術を施されている。

 

 それどころかヒューマンデブリとして安く買った子供に阿頼耶識施術を施し、高く売り付ける商売も生まれており、事態はより悪化していると言えるだろう。

 

「ま、良くある話だよ。記憶無くしてるのは珍しいかもしれないけどさ」

 

 そんな世界の不条理をその身に背負わされた少年は、それを良くある事だとあっさりと語る。世界の観点から見ればどれ程不条理であったとしても彼にとっては当たり前の事であったからだ。

 

「手がかりは……これくらいかな」

「うわ……っとと!」

 

 そう言ってジャケットを虚空から取り出し、内ポケットに入っていた物を抜き取るとシャルへ向けて放り投げる。

 

「これって……パスポート?」

「目覚めた時にそれだけ持ってた。たぶん俺の物だと思う」

 

 シャルが受け取ったのは宿屋で少年が見ていた焼けたパスポートであった。それをめくり個人情報の書かれたページを開くが、そのページの半分は焼け落ちて顔写真は無い。

 

 文字も滲み、そうでない部分も赤黒くなった血が染み込んでいて辛うじて読める部分は出身国が日本である事と名前の一部と思われる【夏】という文字だけだった。

 

「そういう訳で俺は名前ない。だから好きに呼んでくれていいよ」

「じゃあ……ナツって呼んでいいかな?」

「ナツって……そこに書いてる字?」

「うん。君の持ち物だっていうならきっと君の名前でしょ?だからナツ」

「なるほどね。それでいいよ」

 

 自身の名に特別価値を見出していなかった少年は新たな名を素直に受け入れる。

 

「さて。行き先と目的とそっちの事情を聞きたいんだけどいい?」

 

 パーツの抜き取り作業を終えた少年……ナツがシャルへと向き合って問いかける。

 

「うん。まず行き先は旧フランス・トゥールーズ地区にあるデュノア社。目的はそこにいるお父さんに会いに行く事」

「フランス……ってどこだっけ?」

「ここと同じアフリカユニオンの勢力圏の場所だよ。セブンスターズの一門、オルコット家の影響力が強いから、ここと違って治安は凄くいい場所だけど」

 

 それからシャルは自身の事情を語る。自身がIS企業の一つであるデュノア社のCEO、ハインリヒ・デュノアの子供である事。

 

 自身の母と恋仲でシャルを授かるも周囲によって別れさせられ、父は別の女性と結婚する事になってしまったが、二人の事を気に掛けて時間を作って会いに来てくれたり、金銭的な支援をしてくれていた事。

 

 しかし母が先週病で急死してしまい、父が引き取ってくれる事になったのだが、父親に元に向かう途中に父親の弟、つまり叔父の命を受けたナツと戦った女達に捕まって人身売買のブローカーに売られた事。

 

 だが偶然戦闘が発生し、その混乱に乗じて逃げ出すもすぐに追っ手がやってきて捕まりそうになっていた時にナツに出会った事を。

 

「叔父が関わってるのはあの人達が言ってたから間違いないと思う。だからお父さんに会って無事を伝えた上で叔父の真意を聞きたいんだ」

「……なるほどね。そっちの事はわかった。んじゃフランスに行く方法だけど……歩いていく事になる」

「どうして?」 

「こいつ色々と限界だから」

 

 そう言って夏は左腕のガントレットを軽く叩く。 

 

「俺の相棒……バルバトスって言うんだけど、装甲のナノラミネートアーマーは完全に剥がれてるし、スラスターは壊れる直前で長距離移動は耐えれない。手入れはしてるけどそれも限界がある。どうしても避けれない戦闘に備えてできる限りバルバトスは使わず温存しておきたい」

 

 どんな機械も整備しなけば劣化し損傷する。それはISであっても例外ではない。

 

「一度しっかり整備しないとどうしようもないけど設備がないしな。今のコイツは本来の性能の半分も出せないと思う」

「えっ?! あれで?!」

 

 IS三機を相手に無双していた姿を見ていたシャルは驚愕する。あれで半分以下ならば一体本来の性能がどれほどの物か彼女には想像できない。

 

「そんな状態であの力……やっぱりナツのISってガンダムフレーム……なんだよね?」

「ん? あー。そういえば始めて使った時にそんな風に表示されてた気がする」

「本当にガンダムフレームなんだ……こんな貴重なIS初めて見たよ」

「貴重なんだこいつ」

「そりゃ厄祭戦を終わらせた英雄的ISだもん。価値は計り知れないよ。どこで手に入れたの?」

「まぁ……昔ちょっとな」

 

 シャルの質問にナツは曖昧に言葉を濁す。その様子は明らかにその話をする事を嫌がっていた。

 

「あ、ごめんなさい」

「いや。別にいい」

 

 触れられたくない部分に触れてしまった事に気が付いたシャルが謝罪し、ナツも気にしていないと返すが、微妙な空気が漂いお互いに口を閉ざす。

 

「……別の部屋でバルバトスの調整とかしてくる」

 

 沈黙を破ったのはナツだった。話しは終わりという風に立ち上がり背を向けて部屋から出ていく。

 

「なんかあったらこれに呼び掛けて。バルバトスに直接伝わるようにしてるから」

 

 扉を開けて部屋から出る直前ナツが振り向きながら何かを投げる。シャルが受け取ったそれはエイハブリアクターであった。恐らく昼間奪い取った三つのうちの一つだろう。

 

 既にシャルの視界にナツの姿はない。彼女が受け取ったのを確認した時点で部屋の外に出ていってしまったようだ。

 

「やっちゃった……」

 

 そう言ってベットに倒れ込んだシャルが盛大に溜め息を吐く。当然悪意は無かったが地雷を踏み抜いた事は間違いなく、己の浅慮を悔いる。

 

 実際にナツが立ち去ったのはシャルが居心地悪いだろうと考えての事であり、シャルを責める意思があった訳でも不快感を感じたからでもなかった。だがそれを彼女が知る由もなく、これから行動を共にしてくれる命の恩人に失礼なことをしてしまったという罪悪感と後悔に苛まれながらベッドで転がり回る。

 

「それにしても……」

 

 シャルがふと動きを止め、先程のナツの様子を思い浮かべる。

 

「なにがあったんだろ……」

 

 聞いてはならないことであった以上、シャルに自分から追及するつもりはないが、ナツの反応の理由が気になり呟く。一瞬だけ彼が見せた表情に浮かんでいたのは後悔と悲しみ。

 

 

――――そしてその瞳に宿った感情は憎悪であった

 

 




というわけで謎(?)の少年ナツ君とシャルロットちゃんでした。

やられ役のモブ出てましたけどオリキャラタグつけ忘れてました。次回からサブキャラ程度のオリキャラ出る予定ですので次回投稿時にオリキャラタグ追加します。


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漆黒の獣

妄想した設定書いてると楽しいです。二期と月鋼の新型ガンダムフレームも話に組み込みたいから早く情報と二期放送してほしいです。


「……ん?」

 

 朝の日差しに瞼を刺激されたナツがゆっくりと目を開く。起床直後数秒間停止していた思考が動き出し、自身が床に座ったまま眠っていた事と目の前に横たわる緑色のISを認識する。

 

「寝落ちしてたか……」

 

 現在の状況と意識を失う前にやっていた事を思い出し、自分が眠気を堪えて作業していて、終わった直後にそのまま寝てしまったのだと理解した。

 

 しかしナツにとっては床で眠るなど日常茶飯事であり、必要な作業は既に終えてからの寝落ちであったのでさしたる問題は一切なく、そのまま立ち上がり背伸びをすると目の前にあるISに触れる。

 

 するとそのISは光に包まれ収縮し、ナツの手の平に入る大きさ、すなわち待機形態へとなった。

 

「よし。問題なし」

 

 ナツが手のひらの中にあるアクセサリー型に変わったISを見て、イメージ通りに仕上がっている事に心なしか満足げな表情を浮かべる。

 

そして特段珍しくもない普通の紐を取り出し、アクセサリー型のISにある穴に通して結んでネックレスにするとそれを持って部屋から出た。

 

「あ…っ!」

「ん?」

 

 同じタイミングで反対側にある少し離れた別の部屋の扉が開き、中から出て来たシャルと視線が合う。

 

「あぁちょうど良か」

「ごめんなさいっ!!」

「った……?」

 

 会いに行こうとしていた相手がタイミングよく出て来たので、これ幸いと声をかけようとしたナツの言葉を勢いよく駆けてきたシャルの謝罪が遮る。

 

「昨日、無神経な事聞いちゃったせいで凄く辛そうにしてたから……」

「あ、あー……」

 

 理由がわからず目の前で頭を下げるシャルに困惑していたナツであったが、それを聞いてようやく彼女が何を謝っているのか理解した。

 

 昨日の事など全く気にしていない。むしろ作業に没頭していたせいで今の今まで忘れていたくらいであったナツは、逆にどう反応すべきかわからず頭をかく。

 

「あー。うん。気にするなよ全然怒ってないし」

 

 しばし考えるがまともな勉強を受けた記憶もなく、敵を力でねじ伏せるくらいしかできないと思っているナツにはそんな咄嗟に短時間でうまい返しは思い付かず、無難な返答をするに留める。

 

「そんな事よりこれやるから昨日のリアクター返して」

 

 これ以上この話題をされても反応に困ると考え、話を流すために当初の目的を果たす事に決めたナツはそう言って先程待機状態に戻したISを強引に手渡す。

 

「え、これって……?」

「バルバトスに使ったパーツの余りとあんまし壊れてない部品使って一機分に作り直した。シャルの実力は知らないけど持ってた方がいざって時に役立つだろうし」

 

 昨晩ナツがやっていた作業。それはシャルに緊急時にその身を守れるようにする為に渡そうと考えたこのISの改修作業であった。

 

 粉砕した頭部と胸部装甲、バルバトスに移植した肩アーマー。それらをシャルが出会う前に手に入れたジャンクパーツや余ったブースターなどで補った即席の補修。

 

 だがブースターの増加とジャンク装甲を使用した事による僅かながらの軽量化によって、機動力がベース機よりも向上しており、組み立てているナツも想定していなかった性能強化が施されている。

 

 半面補修個所の防御力は低下しているが、絶対防御があるので死ぬ危険性は低い。ガンダムフレームの攻撃を受けでもしなければ誤差の範囲と言っていいデメリットであるだろう。

 

「シャルはISに乗った事は?」

「適正調査と練習でちょっとだけ……でもIS適正はAだったよ」

「適正調査ってのはわかんないけど才能はある素人って見ていい?」

「まぁ……うん。そうだね……」

「了解」

 

 シャルの言うIS適正とは簡単に言えばISとの同調率を表すCからSに分かれるランクである。世間的に見ればAランクとなれば破格な才能であるが、ナツからすればいくら才能があろうと実戦経験が皆無であるならば素人と変わりない。

シャルの方は初の模擬戦をした際に周囲から才能があると誉められた事が密かな自慢であったが、バルバトスを駆るナツの圧倒的な力を見たうえでそれなりにやれるとは間違っても言う事ができなかった。

 

「調整したつもりだけど使えそう?」

 

 ナツにそう問いかけられたシャルが右腕のみにISを展開し、その場でシャルが手を動かしたり、武装の収納展開を繰り返す。これは部分展開と呼ばれるもので、感覚を確かめたり、展開時に消耗するエネルギー消費を抑えたりする時に主に使われる方法だ。

 

「うん。グレイズベースっていうのもあるだろうけど癖はないし感覚もぜんぜん不自然さがないよ」

「なら良かった」

 

 完成度の高さに驚くシャルの言うグレイズとはこのISの名だ。

 

 正式名称【第二世代型ISグレイズ】と付けられた派生機を含めずとも世界中で最も使われているIS。

 

 元々汎用性と操縦性に重点を置いて設計されたグレイズであるが、ナツの手によって修復と再調整がなされた機体は、搭乗経験の浅いシャルでもわかるほど高い水準に仕上がっている。

 

 それはナツの整備技術の高さを示すと共に、そんな彼ですら満足に修復出来ないほどバルバトスが複雑な機体であることを示していたが、シャルは純粋にその技術に賞賛し、ナツはその話題をするつもりがないので特に触れられなかった。

 

「ありがとう。ナツは凄いね」

「ん」

 

 シャルが自身のために用意してくれた事に感謝を伝えると小さく一言だけでそれに応じる。その表情に相変わらず感情は見てとれないが心なしか喜んでいるようにシャルは感じた。

 

「じゃあ飯でも食いながらこれからの事、話そうか。たいしたもないけど我慢してくれ」

「わかった。後、ご飯があるだけで充分幸せだよ」

 

 シャルの方を向いたまま親指で後ろ手にある先程まで自身がいた部屋の扉を指しながらナツがそう言うとシャルも頷き、二人して部屋に入るとベッドに座り、ナツがバルバトスから取り出した水と保存食で簡単な朝食を食べ始める。

 

「まず目的地はここだよな」

「うん。ここにあるデュノア社にいるお父さんのもとに行くのが目的だよ」

 

 食事を終えた二人は昨晩の間にナツが見つけておいた宿に捨てられていた地図を開く。そしてナツが旧フランス・トゥールーズ地区と書かれた場所を指差すとシャルがそれに同意する。

 

「とりあえずこの河を辿ってここまで行こう」

 

 次にナツが指差したのはカイロ地区の側を流れる運河であるナイル川。そこをなぞるように上に進め、ラシード地区と書かれた場所の手前で指を止める。

 

「んで、ここから馬かラクダを買ってなるべく市街地や海岸線に寄らずにここまで行く。そこからこの海をISで一気に渡る」

 

 そして旧エジプトから二つ離れた旧チュニジア・チュニス地区辺りを指差し、そこから旧イタリア半島西南に位置するシチリア島をなぞる。

 

「これが一番移動距離も短くてISの使用を抑えつつ安全な道だと思う」

「でもこの方法だと欧州の防衛ラインに引っ掛かるし、逆に遠回りで時間かかるけど陸路で進んだ方がいいんじゃないかな?」

「そんなのあるんだ。だけど時間をかける方が厄介な事になりそうだから俺は早さを重視したい」

 

  旧フランスのあるヨーロッパ大陸と現在いるアフリカ大陸は同経済圏下であるが、治安の不安定さからアフリカ大陸側からの侵入は制限されていた。それはナツの知らなかった情報であったが、それを聞いた上で改めて最初に挙げた理由を強く推す。

 

「それはどうして?」

「俺が昨日戦闘してしまったから」

 

 シャルの疑問にナツはそう答えるが彼女は意味がわからずに首をかしげる。

 

「シャルはブルワーズを知ってるか?」

「ブルワーズ?」

「ここの大陸を支配してる連中の名前」

 

 疑問符を浮かべるシャルへナツは時間をかけたくない理由である存在の事を語る。

 

 ブルワーズとはDDと名乗る女が束ねる規模は小さいながら鹵獲、発掘した十を越えるエイハブリアクターを保有する組織である。

 

特定の拠点を持たずに市街地を移動しており、ISによる武力で逆らう者を排除し、恐怖で反抗の意思を潰してアフリカ大陸を実効支配している戦闘集団。

 

「そんな人たちがいるんだ……確かに危険だけどそれがどうして急ぐ理由に?」

「狙われてるから」

「え?」

「そこの親玉と色々あって昔戦ってから狙われてる。今までは目立たないように過ごしてたから見つからなかったけど、昨日結構派手に戦ったからたぶんだいたいの居場所がバレた。そのうち潰す予定だけど今はシャルを送ることを優先するから見つかる前に抜けたい」

 

 潰す。そう言った瞬間のナツの表情に一瞬だけ昨晩のような暗い影が落ちる。それを見てナツとブルワーズの間に因縁がある事をシャルは理解した。

 

「俺の都合で悪いけど納得してほしい」

「いや……びっくりしたけどわかったよ」

 

 ナツ側の事情が影響している理由であったが、シャルは素直にそれを受け入れる。彼女に出会う前のナツの行動を咎めるつもりなど一切なく、むしろ昨日まで存在すら知らなかった赤の他人であるシャルの為に自身の事情も私情も脇において行動してくれている事に感謝の想いしかなかった。

 

(でも……)

 

 ふとナツの言葉を思い出す。彼は自分の為に助けたと言ったが、シャルを救う事がナツの利益になる意味がわからなかった。

 

 デュノアの刺客、人身売買をする者達に売り付ける、性的欲求の捌け口。もしくはそれらと真逆の正義感や英雄願望。

 

 幾つか可能性を思い浮かべるも、彼の言動、行動、現状から考えるとどれも違うのではないかと直感的に理解していた物の、 本当の理由がまさか死地に踏み込みたいが為であるなど想像すらできなかったシャルは心の中で一人考え続けるしかなった。

 

「どうかした?」

「ひゃっ?! 何でもないよ?!」

「そ。ならいいや。そろそろ出発しようか」

 

 思考の渦に嵌まっていたシャルは突然呼び掛けられて驚き、反射的に誤魔化してしまう。 その反応に夏は首をかしげるも、深く追求するつもりもなかったようであっさりそれで納得し、立ち上がって出発の準備を始めた。

 

「外は暑いけどISを最小限に展開したら暑くないからそうして」

「あ、うん。わかった……」

 

 思わず誤魔化してしまったもののナツが突っ込んできたら聞こうと思っていたシャルは尋ねる絶好のタイミングを自ら潰したことを悟る。そしてどちらかと言えば奥手なシャルには今更聞くこともできず、黙って付いていく事にした。

 

(大丈夫。ナツは信じられる)

 

 心の中でシャルはそう呟く。根拠も何もないが直感的、無意識的に信頼していいと思える何かをナツから感じていた。強いて理由を言うならば圧倒的な力を振るうナツの姿に悪魔を幻視した事が理由であるかもしれないとシャルは思う。

 

 古来よりある書物には悪魔は代償を払う事で契約を必ず履行する存在として描かれている。ならばきっと悪魔【バルバトス】は自身の願いを叶えてくれるだろう。そう彼女は感じたのだ。

 

(まぁ本人には言えないけど……)

 

 悪魔に見えたから信頼できます、なんて失礼な理由は口が裂けても本人には言えない。最もナツは気にしないだろうし不快にも思わないだろうが、かといって言っていい理由にはならないだろう。

 

 だからシャルは言葉にはせず、目の前の悪魔の名を冠したISを持つ少年に祈る。どうか父の元へと連れて行ってください。迫る困難をその手の武器で振り払ってくださいと。

 

 それが叶うのならばどれ程の代償であっても目の前の少年に支払えると思いながらシャルは己の運命と命をナツに託した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 地中海にあるマルタ島の周辺海域の深くを潜航する潜水艦があった。

 

 外観は現代の潜水艦と大差はないが装甲表面は漆黒に染められ、艦首には眼帯を付けた兎のマークが描かれている。

 

「さて……まもなく着くな」

 

 潜水艦内にある司令室。その艦長席の隣に立つ軍服を纏った腰まで伸びた銀髪の少女がそう呟く。その右目は黒い眼帯で隠されているが、見える左目は闘志に溢れ、強者が纏う独特な雰囲気を持っていた。

 

「はい隊長! まもなく上陸地点です!」

「何度も言いますが隊長は貴女ですよクラリッサ・ハルフォーフ三佐。私は貴女の部下の一人です」

 

 艦長席から立ち上がり敬礼するクラリッサと呼ばれた少女と同じ眼帯を付けた軍服の女性へ、敬礼と共に不敵な笑みを浮かべながら少女はそう答える。ただその言葉とは裏腹に少女からは敬意を一切感じず、むしろ面白がっている空気があった。

 

「なら隊長命令です。ラウラ・ボーデヴィッヒ二尉。敬語止めてください。貴方にそう呼ばれると肩身が狭いんです」

「ふっ……くっくっ! 了解したよクラリッサ」

 

 その命令を聞いてラウラと呼ばれた少女が堪えきれずに笑いながら口調を変えるとクラリッサが安堵の息を漏らす。どうやらこちらが本来の彼女の口調なのだろう。そのやり取りを聞いていた艦橋にいる二人と同じ軍服と眼帯を身に付けた女性達も楽しげに笑っていた。

 

 ギャラルホルン特務隊【シュヴァルツェ・ハーゼ】それが彼女達の属する部隊の名である。

 

 彼女達は服装からわかる通り軍人ではあるが、特殊な命令系統下で動く事実上単独の組織であり、直接戦闘や偵察、要人の救出など状況に応じて様々な作戦を迅速に行う特殊部隊。

 

 基本的には上からの指示で動くものの、現場での判断は全て指揮官に委任されている。その分任務を必ず成功させる事を求められる非常に厳しい部隊であるが、それを成す為の装備も充実している。

 

 この潜水艦【ファフニール】も外観は通常の物と大差はないが動力炉にエイハブリアクターを搭載した貴重な物だ。

 

 常に操縦者の代わりとして内部に最低三名の人員が入らなければならないが、稼働中はシールドバリアを展開するので優れた防御力を持つ堅牢な要塞となる。また武装と装甲にエイハブ粒子を纏う為、ISとの戦闘も行える上、エイハブ粒子散布によりレーダー類に補足されない高いステルス性能を発揮する。

 

 さらに最低三機が常時配備され 、状況に応じて特殊なカスタム機や新型ISが最優先で追加配備されるなど特務部隊の名に相応しい装備とそれを十全に扱える実力者で構成された精鋭部隊。その中でも突出した存在が他の者と共に笑っているラウラ・ボーデヴィッヒ二尉である。

 

 若干十四歳でありながらエース揃いの部隊においても一線を画した強さを持ち、以前はシュヴァルツェ・ハーゼを率いていた【狂戦士】の異名を持つ若き獅子。

 

 現在はある事情から二階級降格と共にその任を解かれ、副隊長であったクラリッサに隊長の座を譲っているが、他の隊員の様子からわかるように今でも皆から絶大な信頼と忠誠を向けられており、実質的にはラウラが隊長であるのと代わりはない。

 

「アフリカ大陸にのさばっているブルワーズを再起困難なレベルまで削るか可能ならば撃破。だがそれよりも先に詳細不明の白いガンダムフレームの捕獲をしろ……か。さてどう動いたら良いのか……」

「……テロリストの対処は必要な事ですが、ガンダムフレームの確保など今する必要あるのでしょうか?私には応じる必要を感じないのですが……」

「まぁ、そう言ってやるなアデリナ」

 

 自分達の任務の内容をラウラが呟くと部下の一人がそれに不満な様子を隠すことなく応じる。ラウラはそんな彼女を諫めつつ周囲に自然に視線を向ける。

 

 するとアデリナと呼ばれた女性に無言の同意を示している者達の姿が見え、ラウラは思わず苦笑を浮かべる。命令に不満を示すというのは軍人としてあるまじきものであるが、それを咎めないのはラウラ自身もあまり乗り気ではなかったからだ。

 

 彼女達に今回下された作戦の内容は二つ。一つはテロリスト達の討伐もしくは弱体化。もう一つは荒い画像データに写っている正体不明のISを確保して引き渡すというであった。

 

 前者の任務に対しては部隊員全員の士気が高いのだが、後者に関しては作戦開始直前に外部の人間によって無理矢理ねじ込まれた物であった為、ラウラは仕方なしと受け入れてるが他の者達はアデリナのように納得いかずに不満を口にしていた。

 

 本来は後回しにすべき案件なのだが、その人物の持つ影響力が強いせいで断れず、上層部は優先事項として承認したのだ。そうなってしまえば直属部隊の彼女達には断る権利など無く、為すべき任務を中断して意味を感じれぬ作戦に従事させられる事になってしまった。

 

 だがいくら納得できずともそれを外部に漏らすわけにはいかず、会話が漏れる事のない彼女達のテリトリーである潜水艦の中で不満を吐き出す事でやるせない想いに耐えているのだ。

 

「隊ちょ……ラウラさん」

 

 扉が開く音と共に呼び掛けられたラウラが振り返ると、そこにはラウラより頭一つ分背が高い少女が立っていた。ラウラと同じくらいの長さの黒髪を後ろ手に束ね、直立不動で立つその少女の瞳にはラウラに対する強い敬愛の念が宿っている。

 

「アインか。どうした?」

 

 少女の名はアインハルト・アモン。皆からはアインという愛称で呼ばれているラウラに憧れてシュヴァルツェア・ハーゼに入隊した一六歳の三尉である。

 

「偵察に行っていたアーデから連絡が来ました。捕獲対象を発見したとの事です」

「……ほう?」

「まずはこれを」

 

 もう少し時間がかかると思っていたラウラは、予想外の展開に僅かに驚きつつ目線で続きを促す。アインが左手に持っていた受信用端末を操作するとブリッジ内部の大型モニターに不鮮明な映像が映る。その内容は町を襲撃する三機のISとそれを圧倒的な性能で葬り去る白いIS。その後白いISの操縦者とと思われる黒髪の人物が金髪の人物を連れ去っていくというものだった。

 

「上陸地点からハイパーセンサーにて捕捉した映像です。不鮮明ではありますが、間違いないかと」

 

 ハイパーセンサーとはISに搭載された本来ならば数十キロ先の虫すら鮮明に補足する事もできる優れた物だ。

 

 しかしこの地域には厄祭戦時代に埋められた通信阻害兵器が大量に残されており、通常の兵器では目の前にいても通信すらできない。その点を考慮すれば男女の違いすら認識できない程度の映像であっても写っているだけマシと言えるだろう。

 

「絶対防御の無力化……間違いなくガンダムフレームだろうな」

 

 ダメージを受けた箇所の場所と様子から明らかに致命傷を受けているのがわかり、ラウラは機体の配色を記憶している目標の画像と照らし合わせて目的の白いガンダムフレームと推測する。

 

「よし、私が確かめてくる。ISを借りるぞ」

「お待ち下さいボーデヴィヒ隊長! ガンダムフレーム相手に一人は危険です!」

「隊長と言うなクラリッサ……ひとまずは情報収集だ。無茶はせん」

「しかし……!」

「何度も言わせるな。私一人で出る。アレの相手は私にしか務まらん」

 

 一見すれば傲慢さを感じさせ、クラリッサ達の能力を下に見ているような言い方だが、彼女にそのような意図はない。

 

 ラウラという少女は狂戦士の異名とは裏腹に全てを冷静に、そして公平に見る優れた『眼』を持っている。白いISの性能と動き、自分達の実力を一切の色眼鏡を排して見て判断した結果故の言葉。そしてラウラの実力と眼を信頼している故にクラリッサは何も言えなくなってしまう。

 

「私は戦いしか能がないがお前達は違う。今回は私に任せてサポートに徹してくれ」

 

 そう言うとラウラは優しくクラリッサの肩を叩く。その眼は先程と違い優しさを感じさせるものだった。

 

 隊長の座から下ろされてもラウラにとって彼女達は可愛い部下。そんな彼女達には死のリスクがある戦場で戦う兵士ではなく、領土と民を守る戦士であって欲しいとラウラは考えていた。

 

「そう言えばお前から借りた日本の漫画にあったな。こういう時は帰ったら食事でも奢ると言うのがお約束だと」

「それは死亡フラグです隊長!」

「はっはっは! 冗談だ。後隊長と呼ぶな。クセになるぞ」

 

 当然そのような事は軍人としては口に出せぬので本心を隠し、冗談を言って場を誤魔化す。

 

「という訳で行ってくる。一度浮上し、私が出た後に再度潜航し待機せよ!」

 

 ラウラがそう指示すると了解の声と共に船隊が浮上していく。

 

「くっ……! せめて私をサポートに連れて行って下さい!」

「確かにお前なら背中を任せられるが指揮官がここを留守にする訳にいかんだろう」

「うぐっ……!」

 

 そう言われたクラリッサが黙る。納得している様子はないが他に異を唱える者はおらず、それを確認したラウラが指令室から出ようと背を向けて扉に向かって歩き出しドアノブへ手をかける。

 

「隊ちょ……ラウラさん!私を連れて行って下さい!」

 

 扉を開こうとしたラウラへ後ろから声が掛かり、振り返る。その声の主はアインだった。

 

「本気で戦うラウラさんの戦い方を直接見たいんです!邪魔はしません!遠距離からの支援と観測に徹しますから!」

「死ぬぞ?」

 

 真剣な表情で嘆願するアインへラウラはそう一言だけ投げ掛ける。その瞳には先程の温もりは消え氷のように冷たく、そして幼さを残す外見からは想像できない殺気が溢れていた。

「っ! 死にません! 死ねば隊長の意思に反しますから!」

「……もし覚悟の上だとか抜かしていたら殴り飛ばしていたが……まぁ良いだろう。ついてこい」

「っ! ありがとうございます!」

「なっ! ボーデヴィッヒ隊長!」

 

 アインの答えを聞いたラウラが殺気を納め、ため息混じりにだがそれを認めるとアインからは歓喜の、クラリッサからは驚愕の声が聞こえてくる。

 

「アインは経験は浅いが実力はある。後方支援要員としては充分だ。それに……」

「それに……なんでしょうか? 」

 

 何かを言いかけたラウラだったが、不意に口をつぐみ、その先を聞こうとクラリッサが問いかける。

 

「……いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 しかし彼女はその先を言わず、背を向けて扉を開く。

 

「シュバルベを借りる。アイン!お前は例の新型を使え!」

「私が新型を?! あれは隊長が使うべきでは……」

「あれは行儀が良すぎて好かん! お前が来ようが来なかろうが私がシュバルベを使っていた! だからお前が乗れ! いいな?」

「りょ……了解しました!」

「よし! ついて来い!」

「はっ!」

 

 ラウラはアインが()()()()()()()()()()()安全性の高い新型に乗ることを納得した事を確認すると彼女連れて指令室から出る。

 

「隊長! どうかご無事にご帰還ください! アインも隊長を頼んだぞ!」

「隊長呼ぶな! 行ってくる! クラリッサ! 後は任せたぞ!」

「了解しました! ハルフォーフ三佐!」

 

 ドアが閉まる前に聞こえて来たクラリッサの声に、ラウラは背を向けたまま左手を上げながら、アインは敬礼と共に答えを返す。

 

 扉を閉め、二人は真っ直ぐに潜水艦の後部上層にある場所に向かう。そこがISを保管し、直接外部へISを纏ったまま出撃できる場所であった。

 

 余談であるがこの潜水艦は緊急時に備えて水中からの出撃も可能な仕様になっている。ただしその場合は出撃場所が海水で満たされるので、後で掃除しなければならならない。わざわざ浮上を命じていたのはラウラなりの気の使い方であったりする。

 

 そしてたどり着いた二人がその部屋の壁に取り付けられていた四つの光の球体からそれぞれ一つずつ手に取ると上部ハッチが開く。

 

「さて。ガンダムフレームとやるのは初めてだが……楽しませてもらうか」

 

 開かれた天井から覗く薄明の空を眺めながらラウラがそう呟くと不敵に笑う。その顔は先程まで見せた彼女のどの表情よりも生き生きしており、そして最も狂気的であった。

 

「ラウラ・ボーデヴィヒ! シュバルベ・グレイズ出るぞ!」

 

 そう言ってラウラが地面を蹴り飛び上がると共に、漆黒の装甲と両腕両脚部に白いクローを持つISを身に纏い、続けて出てきたアインのISと共に飛び去っていく。

 

 その数秒後、潜水艦は海中へと姿を消し、周辺の海は静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

 




ラウラちゃん登場。原作よりも強く、この時点で皆に慕われています。その理由は後々書く予定です。

後一応新型ってのはちょっとオリジナル入ってますが【原作機の派生】程度の物なのでオリ機のタグ入れてません。

なるべく原作機と鉄血機で統一していくつもりですがこいつは話の都合上仕方ないという事でご了承ください。

後ラウラ達の軍服は原作のと違ってギャラルホルンの奴を黒くした感じです。


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巡り合う両雄

評価とコメント多くもらえたので調子乗って書けました。このSS書くときはTRPGのKP視点を意識してるんですがうまくできてるでしょうか?


 

 

「まず始めにエイハブリアクターは二種類あります」

 

 ナイル川のほとりを歩きながらシャルがそう話始める。あまり状況的に余裕が無いため、勉強を教えるというナツとの約束を目的地に着くまでは道すがら口頭で伝えられる範囲で教える事になったのである。

 

「一つはナツのバルバトスみたいに厄祭戦時代初期に作られた前期型。エイハブウェーブによる個別識別ができるせいで外装を誤魔化しても敵味方の判別がされてしまう点とリアクター毎に出力のばらつきがある為、同じ性能の機体を作るのが難しい欠点がありますが、後期型よりも高出力で半永久的にエネルギーを形成できます」

 

 誰かに物を教えるという経験がないシャルは変な方向に気合いが入ったのか教師を意識した口調で説明していく。

 

「しかし厄祭戦終結時に技術や設計図が失われたと言われており、それ以降エイハブリアクターの製造は不可能とされてきてましたが、九年前に天才科学者、篠ノ之束博士がエイハブリアクターの一部の解析に成功した事で再製造が可能になりました。それが後期型エイハブリアクターです」

「篠ノ之……」

 

 その名を聞いた瞬間、ナツの頭に小さな痛みが走る。それはパスポートを眺めながら過去を思い出そうとした時と同じ痛みだった。

 

「? 博士がどうしたの?」

「いや、何でもない……続けて」

「わかった」

 

 僅かに表情を僅かに歪めたナツに気が付いたシャルが普段の口調に戻って問いかける。だがどうせ思い出せないと思ったナツはそれ以上考えることをやめ、気にしないで欲しいと伝えるとシャルに続きを促した。

 

「えー、ゴホン。後期型は前期型より出力が劣り、エネルギーも有限です。代わりにリアクターの出力は均一で量産機に使いやすく、またシールドエネルギーと絶対防御は後期型の方が強力で操縦者の安全性は前期型より確保されてます」

 

 ガンダムフレーム相手にはダメだったけどとシャルが説明に付け加える。

 

「後はナツに関係してる違いとして後期型は阿頼耶識システムに対応してません」

「なんで?」

「それはわからないんだ。再現できなかったのか意図的に廃止したのか。篠ノ之博士はその点については語らなかったらしいから」

 

 本来あった機能を有していないという点では後期型は劣化コピーであるが、阿頼耶識システムが禁忌とされている現在においてはデメリットとしては捉えられていない。また出力の低下も安定化と操縦者優先の結果として総合的には後期型の方が優れているとされている。

 

「それに――」

「ストップ」

 

 説明を続けようとしたシャルをナツが制する。その視線は鋭く前を見つめており、シャルはその先にあるものを捉えようと視線をそちらに移す。

 

 そこにいたのは外套を纏いフードで顔を隠した小柄な人物だった。その人物は明らかにこちらに向かって歩いてきており、二人に用があるのだと想像に堅くはない。

 

「失礼します。お尋ねしたいことがあるのですが」

 

 二人の目の前に立ったその人物は丁寧な口調で問いかけてくる。声の高さと幼さを残す声色から少女であると推測できた。

 

「……何?」

「いえ、対した事ではないのですが……」

 

 そう言いながら視線をナツへ向けるフードの中から見える眼帯に隠されていない紅い眼と視線が重なった。

 

「貴様が白いガンダムフレームか?」

 

 その言葉にナツは一切反応を見せなかったが、シャルは身体をほんの僅かに強張らせ、無意識に警戒してしまう。その反応は目の前の少女には充分すぎる答えであった。

 

「ふっ……ようやく当たりか」

 

 そう言うと少女は漆黒のISを身に纏うと同時に、その腕に装備された鋭利なクローでナツの首を斬り落とそうと素早い突きを放つ。

 

「ちっ!」

 

 反射的にバルバトスを展開したナツは左腕のガントレットでその一撃を防ぎ、カウンターぎみにメイスを振るう。

 

『おっと! ……こいつが当たりだ!』

 

 少女がその一撃を軽やかに後退して回避しながらそう叫ぶと同時に、少女の背後から光速の弾丸がナツへ向けて飛来する。

 

『シャル! IS展開して下がれ!』

『っ! はっ……はい!』

 

 それをメイスを槍のように突き出して弾き、シャルがISを纏った事を確認すると、グレイズの肩アーマーと共に移植された滑空砲を左手で腰だめに構えて撃つ。

 

『くっ!』

 

 放たれた弾丸は正確に射角から割り出した敵の位置に着弾し、光学迷彩で偽装されていた機体が姿を現す。

 

『ほう! 初撃で潜伏位置を当てたか! なかなかやるな! アイン! そっちの少女は任せる!』

『了解!』

 

 ナツの技量に素直に関心を見せた襲撃者の少女が楽しげに笑い、もう一人の襲撃者、アインにそう命ずる。

 

『そういう訳だ! サシでやらせて貰うぞ!』

『あっそ! んでなんの……用っ!』

『おっと!』

 

 上空から重力によって加速がつけられたメイスの高速の一振りを身体を左にずらす事でギリギリで回避すると、そのままナツの後ろに回り込みクローによる刺突を放つ。だがナツは攻撃を外した時点でメイスを手放し、回し蹴りを放つ姿勢を取っていた。

 

『ぐっ!』

 

 少女は左から迫っていた蹴りを咄嗟に左腕で防ぎ、吹き飛ばされた勢いを利用して距離を取りながら体制を整え、その間にナツはメイスを拾って構え直す。

 

『ナツ!』

『させん!』

 

 シャルがライフルを呼び出し、ナツを援護しようとするがそこにアインが迫り、右手に展開したプラズマ手刀でライフルを斬り落とす。

 

(早く無力化させてラウラさんの援護に……!)

『甘いよ!』

『何っ?!』

 

 爆発する直前にライフルを投げ捨て、無防備になったはずのシャルにアインの一撃が迫る。だが既にその右手にはシールドが握られており、シャルはシールドでアインの攻撃を弾いた。

 

『なっ?!』

 

 僅かに体制を崩したアインが体勢を直して再度攻撃を仕掛けようとするが、シャルの手には既にシールドは無く、代わりに右手に握られたバトルアックスによって逆に追撃を受ける。

 

 その攻撃も咄嗟に後退して回避したアインだったが、今度はバトルアックスが再びライフルに切り替わっており、同時に左手にシールドを展開しながらライフルによる射撃がアインを襲う。

 

『高速切替だと?!』

『驚いた? 素人だって甘く見ると痛い目見るよ!』

『くっ……!』

 

 予想外のシャルの技量にアインが弾丸を斬り落としながら舌を打つ。

 

『アインの攻撃を防ぐか! ナツとやら! 貴様の相方もなかなかやるな!』

『そりゃどうも!』

『せっかくだ! 私も名乗らせてもらう! 【シュバルツェア・ハーゼ】のラウラ・ボーデヴィッヒだ! さっきの質問だが上からの命令で貴様を機体ごと捕獲しに来た!』

『悪いけど捕まってやる気はないよ!』

『だろうな! だから力ずくで捕まえる!』

 

 ナツがメイスによる必殺の一撃を放ち、ラウラはスピードを生かした手数で攻めるが両者共に決定打を入れることができない。

 

 均衡を崩せる可能性があるアインとシャルも、実力で劣るシャルが守りに入って倒されず引き離さずの状況に持ち込んだ為、両者介入できず膠着した状況になった。

 

 エネルギーに関してはガンダムフレームを持つナツが一歩有利だ。しかしバルバトスのダメージは戦闘が長引けば確実に蓄積し、シャルもいつ倒されるかわからない為、持久戦となればナツ達が不利になるだろう。

 

(さてどうするかな……)

 

 ラウラから意識をそらさずに思案するナツ。

 

 ラウラを倒してシャルの援護に向かうという最善の手が打てず、かと言って他の打開策も浮かばずに迷っていた。

 

 

―――しかしその状況は唐突に崩れた

 

 

 警告音が鳴り響くと共にナツの視界に上空から接近する何かが映る。

 

((ミサイル……ッ!))

 

 四人を取り囲むように接近するミサイルにナツとラウラは気が付くが、ナツの滑空砲だけで対処できる量ではなく、ラウラの機体にはそもそも射撃装備が搭載されていなかった為、後手に回る。

 

『ナツ!』

『ラウラさん!』

 

 戦っている場合ではないと判断したシャルとアインはそれぞれの味方の元に駆け寄る。シャルはライフルを、アインは右肩に展開したレールガンでミサイルを撃ち落としていくが対処できる量には限度があり、撃ち落とせなかったミサイルが確実に迫る。そんな中、ナツは破壊したミサイルの中から零れ落ちる物を視界に捉えた。

 

『金属片……?!』

『何ッ?! マズいッ!』

『ひゃあっ?!』

『ラウラさんッ?!』

 

 ナツがその正体と狙いに気が付き、同じ考えに至ったラウラも焦りを帯びた声を上げ、二人は同時にお互いの味方の機体を掴むと、驚く二人を無視してナイル川へスラスターを全開にして駆ける。そして四機が水中に飛び込むと同時にミサイル全てが着弾し、中から大量の金属片が飛び散った。

 

 ミサイルにパイプ爆弾を積んだ物。それがこのミサイルの正体であった。

 

 高い防御力を持つISにミサイルを当ててもダメージを通す事はできても決定打にはなりにくい。しかしそんなISにもスラスターや関節部と言った脆弱な部分は存在する。これはそういった部分を狙うのに優れた物であった。

 

 エイハブ粒子さえ纏えばダメージを通せる以上、ISを倒すのにそれ程大掛かりな兵器は必要ない。ISの性能を過信していないナツとラウラだからこそその脅威を即座に理解し金属片の直撃を受けにくい水中に移動したのである。

 

『囲まれたか……』

 

 水中でラウラがセンサーに映った敵の反応を見て呟く。四人のセンサーに映っている敵の数は合計八つ。その内一つは他の物よりも高いエイハブウェーブを発していることがわかる。

 

『一応聞くけどアンタの仲間じゃないよな?』

『我が隊には味方ごと攻撃する馬鹿はいない』

『あっそ。じゃあ手貸してくれ。俺とシャルだけじゃちょっとしんどい』

『そうだな。決着はこいつらを蹴散らしてからにしよう』

 

 先程まで死闘を繰り広げていたとは思えない調子で二人は言葉を交わす。そのまま自然にナツは普通に共闘を提案し、ラウラもあっさりとそれを了承した。

 

 共通の敵、第三者に介入された時点でこのまま戦いを続けるより、無駄なプライドに拘らない二人は手を組んだ方が早く確実に対処できると抵抗なく判断できたのだ。

 

『(ラウラさん、こいつは……)』

『(わかってる。だがこの場を切り抜けるには乱戦になるよりも手を組んだ方が確実だ)』

『(騙し打ちをしてくる可能性もあると思うのですが……)』

『(確かに可能性はあるだろうが、少なくとも勝ちが決まるまでは無いだろう)』

 

 プライベートチャンネルと呼ばれる一対一での会話をする為の機能を使ってラウラとアインは言葉を交わす。そして二人はナツ達を信頼するつもりは無く、常に警戒はしておくが仕掛けてくるまでは応戦しないという結論を下した。

 

『(ナツ、いいの?私達を襲ってきた人達と手を組んで……)』

『(流石にこの状況でこっちを攻撃してくるような馬鹿じゃないでしょ)』

『(そうだといいけど……)』

『(まぁ突破できそうなら途中で置いて逃げるよ。最後まで付き合ってやる義理は無いし)』

 

 同様にプライベートチャンネルでナツとシャルもやり取りを行い、ある程度まで削ればこの場を離脱して余計な戦闘を避ける事となった。

 

『んじゃ、お互い考えは纏まったみたいだし……』

『あぁ、行くぞ!』

 

 ラウラの掛け声と共に四機のISは水中を飛び出し、敵の姿を視認した。

 

 緑をベースにしたカラーリングに頭部と一体化した胴体。全身が重厚な装甲で覆われ、脚部は特徴的な可動ブースターとなっている。そしてその左手にはミサイルポッドを持ち、右手にはチョッパーとハンマーを融合したような特徴的な装備を有している。

 

『あれはマン・ロディ……!』

 

 そしてその姿を確認したナツの声に剣呑な雰囲気が漂う。その声色にシャルは心当たりがあった。

 

(まさか……)

 

 何故ならそれは今朝この地域を支配している者達の話をしている時、潰すと言った時の声と同じであったからだ。

 

『ブルワーズ……っ!』

 

 シャルが気が付いた敵の正体の名をナツが告げると奥にいた形状の異なるISが姿を現す。

 

 マン・ロディと呼ばれたISに酷似しているもののより重装甲で各部の意匠は細かく、脚部は通常の物に装甲を増設したものとなっており、その手には巨大なハンマーが握られていた。

 

『久しぶりィ二十三番。ようやく会えたなァ……』

 

 重装甲のISを纏った者がナツへ向けてそう呼びかける。その声から女という事がわかるが、マン・ロディと同じく分厚い装甲に完全に覆われていてその姿は見えない。

 

『あぁ……そうだな……』

 

 そして敵のリーダーと思われる人物に声を掛けられたナツは地面に降り立ち、メイスを強く握り締めながらゆっくりと敵の元へ向かって行く。その声は今まで殆ど感情を見せなかった彼と同一人物かと疑いたくなるほど憎悪と殺意が籠もっていた。

 

 実戦経験が豊富なラウラは豹変したナツを冷静に観察しながらも、突如現れた自分達が倒すべき敵へ意識を集中させる。逆に本格的な戦闘が初であったアインはナツの殺気に恐怖を抱き、ブルワーズへの警戒が薄くなっていた。

 

 シャルはナツがブルワーズと因縁がある事を知っており、明確に敵意を持っていた事を理解していたのでそこまでの動揺は無く、先程敵のリーダーが言っていた二十三番という言葉から昨晩のナツの言葉を思い出す。そして彼が以前いた組織がブルワーズであった事と敵のリーダ―の名がDDである事に気が付く。

 

『ふっ……!』

 

 ナツが息を吐くと同時にその身体がその場から消える。そして次の瞬間には敵のリーダーのISの真後ろでメイスを横に大きく振りかぶっていた。

 

(二重…いや、三重瞬時加速(トリプルイグニッションブースト)?!)

 

 

―――瞬時加速(イグニッションブースト)

 

 

 後部スラスターから放出したエネルギーを内部に一度取り込み、圧縮して再度放出する事で習慣的にトップスピードに入る事ができる技術である。

 

 ナツが行ったのはさらにその上。本来ならば直線距離しか移動できない瞬時加速は途中で再度行う事で、途中での軌道変更を可能にする二重瞬時加速(ダブルイグニッションブースト)で傍らにいたマン・ロディを回避して後ろの回り込み、さらにもう一度瞬時加速を行ってDDの背後に回り込んだのだ。

 

 しかし一度の瞬時加速でもスラスターへ掛かる負荷は相当であり、今のバルバトスのスラスターには致命的なダメージを与えたのは想像に難くない。

 

 だがガンダムフレームの爆発力で行われた瞬時加速は通常のISのそれをさらに上回り、文字通り瞬間移動を行ったようなものだ。それに反応するのは難しく、仮に反応できたとしてもあの一撃を防ぐ事は不可能である。

 

 

――――そのはずだった

 

 

『はァッ!!』

 

 DDはブースターの炸裂音と共にその手に持ったハンマーを勢いよく振るい、振り抜かれたメイスと激突させる。その瞬間凄まじい衝撃が周囲に伝わり、地面が抉れ、発生した風圧が砂塵を大きく巻き上げるが、DDのISは微動だにせずその場に留まっている。

 

『なんっ……だと?!』

 

 目の前で起きた出来事に今まで冷静にこの状況を見ていたラウラも動揺の声を上げる。

 

 完璧な不意打ちと共に放たれた必殺の一撃。もし自身であったら少なくとも腕の一本は持っていかれていたであろう攻撃を完全に防ぎ切ったのだ。他の二人程ではなくとも動揺を禁じえなかった。

 

『なァにぼーっとしてんだよォ!!』

『ッ?!』

 

 攻撃を完全に防がれた事で硬直していたナツへDD空いている左手で、ナツの胸部めがけて強烈なストレートを放つ。

 

『ぐっ……?!』

 

 ナツが咄嗟に左腕で防いだ瞬間、金属がひしゃげる嫌な音と共にガントレットにその拳がめり込んでいく。

 

 このままでは危険だと即座に判断したナツは損傷したメインスラスターの代わりに脚部のスラスターを使って距離を取り、再度メイスを構えなおそうとするが、その隙は与えんと言うかのように接近してハンマーによる攻撃を放つ。

 

『こいつはアタシがやる!てめェらは残りの三匹を潰しとけ!!』

 

 メイスの柄でその一撃を防いだナツと鍔迫り合いをしながら、DDがそう命じると怒涛の攻防に驚き止まっていた部下達が動き出す。

 

『シャルッ!』

『行かせるかよォ!!』

『ちっ!邪魔……っ!!』

 

 シャルを守る為にそちらに向かおうとしたナツをDDが阻む。初撃で決着を付けようとしていたナツは、()()を前にして冷静な判断を下せていなかった事を悔いるが、初撃に失敗した事で冷静さを取り戻す。

 

『こいつの攻撃に耐えるとかなんだよそのIS!』

『あァ、てめェはこいつを見るの初めてか……まァガンダムフレームはてめェだけの特権じゃねェって事さぁ!』

『ガンダムフレーム……まさかそいつも……っ?!』

 

 ナツがDDのISの情報を得る為に動揺を隠そうとしている雰囲気を演じながら問いかけると、返ってきた答えはその異常な防御力の正体を知るのに充分な物だった。

 

『あん時はマン・ロディだったから遅れを取ったが今度はそうはいかねぇ!このグシオンで今度はきっちり殺してやるよォ!!』

 

 勝利を確信したDDは自らの駆るIS、グシオンの名と共にナツへ向けてそう告げたのであった。

 

 




死亡フラグかと思った?残念味方だよ。って事でラウラちゃん死亡フラグ回避です。

もうちょっと二人の旅を伸ばしても良かったんですがぐだぐだになるかなと思い、ちょっと急展開気味に……。

アインの機体は?なんでラウラはわかったのか?ナツとDDの因縁は?と色々疑問ありますがそこらへんは書いていくので今は納得していただけると幸いです。

後ナツのバルバトスとシャルのグレイズで武装の運用方法が違うのも一応設定あります。後々作中で書く予定ですがあれでしたら次回当たりの後書きにでも設定書いていきます。


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狂戦士

描写に悩んで難産でした。読み辛かったら申し訳ないです。


 バルバトスとグシオン。二機のガンダムフレームが激突する中、残された三機もまた激しい攻防を繰り広げていた。

 

『ちっ!』

 

 その中でも特に苦しい戦いを強いられているのはナツを相手に一歩も引けを取らなかったラウラだった。

 

 五機のマン・ロディを一人で相手取る彼女は、迫り来る全ての攻撃をかわしながらもクローによる攻撃を的確に相手のスラスターや間接部に撃ち込んでいくが、敵はそれを僅かに身体をズラすことで装甲で防いでしまい、僅かにシールドエネルギーを削る程度に留まる。

 

 ラウラのシュバルベ・グレイズとマン・ロディの相性は最悪だ。機動力で撹乱しつつ威力は低いが手数で攻める事をコンセプトにカスタムされたこのシュバルベ・グレイズでは、重装甲で高い防御力を持つマン・ロディ相手にはダメージが通らないのである。

 

【シュバルツェア・ハーゼ】にはランスを装備した一撃離脱タイプのシュバルベ・グレイズもあったのだが、対ガンダムフレーム……正確にはバルバトスとの戦いを想定して機動力と手数で削る方が良いと判断してこちらのタイプを選択した事が悪手となっていた。

 

(くそっ!使い慣れた機体を選んだことが仇となるとは……!)

 

 ラウラは少し前の自身を殴り飛ばしたい想いに駆られるがそんな事に意味もなく、そもそもできるはずがないので、それは諦めて残りの二人が一対一に集中できるように気を配り、時折サポートに入りながら戦う。

 

 アインは大事な仲間であるので当然だがシャルに対してそんな気を使う義理は本来はない。だが後ろから「彼女に何かあったら真っ先に殺す」というオーラが飛んできており、仕方なしにシャルのサポートも行っていた。

 

『ちっ! 鬱陶しい!』

 

 彼女には単純な技量ならばマン・ロディ全機を相手にしても勝てる自信はあった。実際に目の前のマン・ロディ全てを相手取りながらも一度も被弾せず、逆に百を越える攻撃を当てている。しかしダメージが通らなければ話しにはならず、結果として劣性を強いられ続けられていた。

 

『仕方ない……か』

 

 そう呟いたラウラは突然地面に向けて急降下し、そのまま静止する事なく脚から地面に激突する。その姿は衝撃で発生した砂塵によって覆い隠されるが、ハイパーセンサーは明確にラウラの位置を感知しているので目くらましとしては殆ど意味を為しておらず、五機のISがラウラの元へ向かおうと動き出す。

 

 

―――ただしそれはあくまで位置を誤魔化す為であったならばの話だ

 

 

 砂塵の中、突如激しいスパーク音が鳴り響き、次の瞬間には金属を貫く音が周囲に伝わる。

 

 そして砂塵が晴れた時、ナツとDDを除く全員が見たものはシュバルべ・グレイズの右腕のクロ―に分厚い装甲を貫かれているマン・ロディの姿であった。よく見ればその腕にはシュバルべ・グレイズの左腕から射出されたと思われるワイヤーが絡み付いている。

 

 射出後に対象を拘束し強力な電撃によって搭乗者にダメージを与える。これこそが本来のシュバルべ・グレイズの武装であるワイヤークローの正しい運用方法であり、今までの使い方はラウラ独特のものであった。

 

『カハッ……!!』

 

 刺し貫かれたマン・ロディの操縦者から空気の抜けるような声が吐き出される。そしてラウラが右腕のクロ―を引き抜くと完全にひしゃげて使い物にならなくなっており、その先端は真っ赤な血で濡れていた。

 

 クローが引き抜かれると同時にマン・ロディはぐらりとバランスを崩す。それに合わせてラウラが左腕の装甲の一部をパージすると、マン・ロディは腕に絡み付いたワイヤークローごと地面に落ちてそのまま動かなくなった。

 

『絶対の守りなど有り得ない』

 

 壊れた右腕のクローもパージし、動かなくなったマン・ロディの武器、ハンマーチョッパーを拾い上げて右手で構えながらラウラはそう語る。その口元からは僅かに血が流れていた。

 

『高密度に圧縮したエイハブ粒子を一点に集中させ、絶対防御を相殺すれば撃ち抜く事は不可能ではない。ようはガンダムフレームの攻撃と理屈は同じだ』

 

 彼女は事も無げにそう言うが実際にはそう簡単なものではない。

 

 最初に砂塵を巻き上げたのは自身の動きと狙っている相手を悟らせないための目眩まし。しかもターゲットロックを行えば敵に狙いが伝わってしまうので、ハイパーセンサーによる大まかな位置確認と感覚だけで左腕のワイヤークローを使い的確に敵を拘束。その後、電撃によるダメージでシールドバリアの出力を減衰させた上で敵ISの胸部装甲を瞬時加速による最高速度の一撃で貫いたのだ。

 

 しかもただ攻撃を当てるだけではなく機体全体に流れるエイハブ粒子をワイヤークローの先端に瞬間的に収束させる優れた精密操作を彼女は行っている。加えてこれを行っている間はシールドバリア、耐G機能、絶対防御といった操縦者を守る機能全てを攻撃に回すことになるので攻撃を当てる瞬間に行わなければ操縦者の命を危険に晒す諸刃の剣であった。

 

 実際にこれらを完璧に成したラウラでも僅ながらだが吐血するようなダメージを負ったのだから、他の者が下手に真似したらどうなるかは想像に固くない。

 

 常人ならば躊躇う事も平気で行うその無謀さとそれを可能にしてしまう強さ。故にラウラ・ボーデヴィッヒは【狂戦士】と呼ばれていた。

 

『まぁ大量にエネルギーを喰うし、負荷に耐えれずに武器は壊れる。あんまりやりたくはない技だが……』

 

 そう言いながらラウラは脚部の先端にあるワイヤークローを軽く動かす。

 

『少なくとも後一回は撃てる。大人しく降伏するなら無駄な犠牲は出さずに済むのだが?』

 

 不敵な笑みと共にラウラがそう言うとマン・ロディの動きが止まる。彼らは理解していながらも自らを鼓舞するために気が付かぬふりをしていたラウラとの圧倒的な実力差に気が付いてしまった事で、生き物の本能として脅威から逃れたくなって思わず後退しようとする。

 

『てめェら!ぼさッとすんじャねェ!』

 

 だがその瞬間DDの怒声が響き、逃げようとしていた全員の意識と視線がぶつかり合う二機のガンダムフレームに向かう。

 

 

――――二機の戦いは苛烈を極めていた

 

 

 バルバトスは背中のメインスラスターからは黒い煙が上げており、またフレームに異常をきたしたのか左腕がダラリと下がり、慣性に合わせて振り子のように揺らしながら右腕一本でメイスを振り回していた。

 

 それに対するグシオンは左肩の装甲が完全に破壊されてはいるがそれ以外に目立った損傷はなく、ナツの方がダメージを負っているのは明らかであった。しかし凄まじい執念で迫るバルバトスの動きはその状態にあってなお衰えることなく、むしろその動きは冴え渡っており、グシオンと互角以上の戦いを繰り広げている。

 

『そんなゴミはさっさと片付けてこっちにきやがれ!』

 

 そう叫ぶDDの一撃がバルバトスの肩を掠るが、ナツは肩の装甲を強制パージする事で衝撃を受け流し、グシオンの腹部へ蹴りを叩き込んで引き離す。そして体制を崩したDDの脳天にメイスを振り抜くがそれをハンマーで受け流して後退する。

 

『ゴミが何死ぬ事をビビってやがる!そいつら殺してIS奪えないなら後でてめェら殺すぞォ!』

 

 そんな一進一退の攻防を見ていたマン・ロディの操縦者達だったが、DDのその言葉を聞くと再びラウラ達へと迫る。だがその動きには先程までと違い、僅かではあるが動きが精彩を欠いていた。

 

『…やはりこうなるか』

 

 今の一人の犠牲で戦いが終われば良いと僅かに期待していたラウラは、それが叶わぬ事だと悟ると、向かってくる機体の攻撃を回避しながらその手に持ったハンマーチョッパーで手首を切り落として別の機体から武器を奪い取った。

 

『こうゆう武器は苦手だが無いよりはマシだな』

 

 ラウラが奪った二本のハンマーチョッパーを逆手に持ち替える。両腕のワイヤークローを失った事で動きに干渉する物がなくなり、小型武器を使えるようになったのだ。これにより決定打は難しくとも先程のような事をせずにダメージを通せるようになり、状況は一気にラウラ達の優勢へと傾いた。

 

 実はラウラは最初から武器を狙っていたのだがワイヤークローでは関節を狙いづらく、苦戦していたのである。

 

 だが()()()()()()()()()()()()()()彼女は殺さずに武器を奪い取るつもりだったが、このままではこちらが全滅すると判断し、強行手段を取ったのだ。

 

『さて、そちらは残り()()だがどうする?』

 

 四機のマン・ロディと対峙していたラウラが呼び掛けると同時に彼女の背後から鈍い音が響く。

 

『ラウラさん! お待たせしました! 敵IS、戦闘不能です!』

 

 アインがラウラの傍らに並びながらそう報告する。その背後にはアインの手によってエネルギーを消費させられ動けなくなったマン・ロディが倒れている。先程の音は機体が地面に落ちた音であった。

 

 ラウラとアインが一機ずつ倒した事でマン・ロディの数はシャルと戦う一機とラウラと相対する四機となる。

 

『よくやった。彼女を援護してやれ』

『了解!』

 

 ラウラの命を受けたアインが徐々に追い込まれていっているシャルの元へ向かう。それをラウラと戦っていた一機が止めようとするが、それよりも早くラウラが射線上に割り込んでそれを阻む。

 

『さてそろそろ決着を――』

 

 付けよう。そう言いかけたラウラの耳に警告音が鳴り響く。自身がターゲットロックされていると即座に理解したラウラが即座に回避行動に移ると、ラウラのいた場所に手榴弾が投げ込まれ爆発する。

 

 攻撃してきた方向を見るとグシオンの姿が目に入る。その右腕は完全に潰れ、その手に持っていたハンマーも持ち手ごと破壊された状態で転がっており、一目見ただけでも白兵戦は不可能な状態とわかる。

 

 一方バルバトスはとうとうスラスターが限界を迎えて滞空能力を喪失しており、地面に降り立った状態でメイスを背中の武装ラックに戻して左手の滑空砲でラウラを狙うグシオンへと砲撃を行っている。両機共にガンダムフレームの破壊力を最大限に発揮する近接武器を手放した事で決定打を通せない状態となっていた。

 

『一度撤退して体制を建て直す! 壊れた機体もってさっさと付いてこい!』

 

 手榴弾の攻撃によってラウラとマン・ロディをある程度引き離したところでDDはそう告げると同時に離脱していく。スラスターの全損により機動戦が不可能となってはいるが、それ以外のダメージが殆ど無いバルバトスの格闘能力は衰えていない。

 

 砲撃戦では決着はつかず、このまま白兵戦に入れば自らが敗北すると判断したのだろう。それにいつの間にかラウラとアインが撃破した機体を二機で支えるように回収していたマン・ロディも追従していく。

 

『悪いがそいつは置いていけ!』

 

 ラウラが自らが撃破したマン・ロディを抱えて逃げる二機へ向けて両手のハンマ―チョッパーを投擲する。

 

 ブーメランのように回転しながら放たれたその一撃は無防備に晒された二機の背中のスラスターへと直撃し、爆発と共に抱えていたISを落とす。再度回収を試みるがラウラの追撃を受けては自らも危ないと判断したのかそのまま離脱して行った。

 

 

―――――こうしてブルワーズとの初戦は両者痛み分けの結果で幕を閉じたのであった

 

 

 




シャルやアイン、ナツの戦闘描写も書こうと思ったんですが一方その頃的なの連続でやるのもあれかなと思ったんで一番頑張ってるラウラちゃんメインで絞りました。

 アインは終始有利に、シャルは苦戦しながらじわじわと押されて、ナツはグシオンと死闘してる感じです。


後シュバルべのワイヤークローは原作よりちょっと強化してます。電撃無しでも良かったんですけどラウラの技を自分の中で違和感なく決めさせる為に追加してます。


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共同戦線

二期の新型MSの情報はよ


 

――――日が落ち、暗闇に包まれた廃村にある小さな小屋

 

 

 昨晩ナツ達が宿にした場所よりもその寂れた場所にナツとシャル。そしてラウラの姿があった。

 

 鍛えられた上半身を晒して床に座るナツの額からは汗が流れ、その表情は苦痛に歪んでいる。

 その隣ではシャルがナツの汗をぬぐいながら空いている片方の手で彼の手を優しくも強く握っていた。

 

 そして少し離れた場所では両手に機械仕掛けの手袋を付けたラウラが傍らに展開されたバルバトスの壊れた内部フレームを取り出し、バラバラにされたマン・ロディのパーツを移植する。

 

「ぐっ……?!」

「ナツ?!」

 

苦しげにしていたナツが呻き声を上げ、瞳から光彩を失いながら後ろに倒れかける。それをシャルが慌てて支え、その手を非力ながら精一杯に握ると、ナツの瞳に力が戻る。

 

「だいぶ負荷がかかっているな……ここまでで抑えるか?」

「いや……大丈夫。あいつを殺す為に限界まで上げる」

 

()()()()()()()()()()()座り直したナツがラウラの提案を拒絶する。

 

「わかった……すまんな」

「謝る必要はない。覚悟してたしこれしか手段はない」

 

 暗闇の中よく見ればナツの背中には機械のパーツが取り付けられ、そこから伸びたコードが胸部装甲を外されたバルバトスの中へと繋がっている。

 

 一体三人は何故このような場所にいるのか。そして何をしているのか。それを語るにはナツ達がブルワーズとの戦いを終えた時まで遡る必要があるだろう。

 

 

――――――――

 

 

「ナツ!大丈夫?!」

 

 グシオン達が去った後。シャルはすぐにナツの傍に駆け寄り、ISを解除して声をかける。その声色から本気で心配していた事が伝わってきた。

 

「クソ……倒しきれなかった」

「ナツ……」

 

 だがバルバトスを解除したナツはそれに応える精神的余裕はなく、掌を血が出るほど強く握りしめながら怒りの籠った声でそう呟く。だがその怒りの矛先は敵にではなく、仕留めきれなかった自身に向けられていた。

 

「そんな壊れかけの機体であれだけ奮戦できれば充分だと思うがな」

 

 その声を聞いた瞬間、ナツはすぐさまホルスターから銃を取り出し、声のした方へ銃を構えるとISを解除したラウラが二人の元へ歩を進めているのが目に入る。その姿が出会った時のように外套を身に纏ってはいたが今はその顔を隠すフードを外し、銀色の髪と眼帯を付けた幼さを残した端正な顔立ちを晒していた。

 

「安心しろ。今はこちらに敵対する意思はない」

 

 だがそれに対してラウラは両手を上げるだけで反撃する意思を見せず、先程までの獰猛な気配も鳴りを潜めていた。その様子と言葉から彼女が言っているのは嘘ではないと感じた二人は警戒を解き、ナツもその手に持った銃を下す。

 

「改めて自己紹介させてもらう。ギャラルホルンを守りしセブンスターズが一門、オルコット家直属部隊【シュバルツェア・ハーゼ】所属、ラウラ・ボーデヴィッヒ二尉だ」

「セブンスターズの直属……?!」

「長いし、どうでもいい。それより何? なんか話あるんだろ?」

 

 胸に手を当てた敬礼の姿勢と共に自らの立場を明かしたラウラの言葉にシャルは驚愕し固まり、ナツはどうでも良さげに話の続きを促す。

 

「貴様……! 隊長に向かって無礼な……!」

「やめろアイン」

 

 自らが敬愛するラウラに対するナツの態度に怒りを抱いたアインが懐に手を入れながら一歩踏み出す。だが彼女が懐に仕舞っているものを取り出すよりも早く、ラウラが二人の間に入ってそれを阻む。

 

「しかし……!」

「先に手を出したのはこちらだ。どちらかと言えば礼を失していたのは我々だろう・・・…さて、話なのだがこちらから提案がある」

 

 アインが渋々ながら一歩下がった事を確認したラウラはナツへと向き直る。その様子には軽蔑や尊大さは無く、お互いに対等な存在であると思った上で交渉を持ちかけているのだとわかる。

 

「……何?」

 

 だからこそナツは聞く価値はあるだろうと判断し、一蹴せずに素直に彼女の言葉を待つ。

 

「君がブルワーズのトップを倒すのに全面的に協力したい。具体的には君のISの修復と強化。そして君が奴と一対一で戦えるように取り巻きの機体の足止めをしよう」

「理由は?」

 

 次に攻撃されれば無事で切り抜けれる事は不可能なダメージを負ったナツにとって、ラウラが提示した援助は一切デメリットの存在しない絶対に受けておきたい物であった。

 

 だからこそ安易に受ける事ができず、彼女の本意を探る為にその目的を尋ねる。何故ならこの地に置いて最も信用できない事は一切の不利益を顧みない善意であるからだ。

 

 ここでは右手を差し伸べながら後ろ手で武器を持っている事など当たり前であり、無条件に信頼した者は大抵死ぬか身ぐるみを剥がされる。

 

 その為お互いがそれぞれに利益を得られる取引であった方が、目的が果たされるまで絶対はなくとも裏切られる可能性が低くまだ信頼できる。そう思っているナツはその答え次第では受けるべきではないという考えていた。

 

「勿論ある。面倒なので正直に言うが、君に倒してもらうのが一番こちらの被害が少なくて済むからな」

 

 そんなナツに対してラウラはナツにとって最良と言える答えを返す。

 

 グシオンの戦闘は観察していたラウラは仲間の援護とそれなりの機体があれば撃破する事はできる確信を持っていた。

 

 しかしその結果、自身もしくは仲間の犠牲は避けられない事も理解しており、仲間を守りたいラウラとしてはあまりその手段を取りたくないと言うのが本心にあったのだ。

 

「先程の様子から君がブルワーズのトップを憎んでいるのはわかる。君は奴を倒す事に集中でき、こちらは被害を最小限に留めた上で目的を果たせる。双方にメリットがある条件だとは思わないか?」

 

 一見すればナツの心理を読み切った上での交渉のようにも見えるが実際にはそうではない。

 

 このラウラという少女。天性の才覚と弛まぬ努力によって培われた強さと頭脳を持つが、こと交渉に関しては致命的なまでに下手であった。

 

 騙し合いや駆け引きといった能力は戦闘中であれば十全に発揮されるが、話し合いの場になると良くも悪くも真っすぐな性格が仇となって馬鹿正直に話してしまうのである。

 

 なので交渉ごとはクラリッサの方が巧い為、隊長であった頃から大事な話し合いの場では基本的には彼女に任せて自身は横で話を聞いておく事が多かった。そのせいでお飾り隊長など呼ばれていたりしたがラウラ自身は気にしておらず、むしろ部隊のメンバーの方がその陰口に対して怒りを抱いていた。

 

 そんな訳で基本的に交渉事には向いていないのだが、その馬鹿正直さがプラスの方向に作用する場合も存在する。それは本心をさらけ出した方が信頼を獲得しやすい相手と話す時であり、今がまさにその場合であった。

 

 ナツという少年には生身であれISであれ培われた破格の戦闘力はあるが、相手の真意を探り、己の本心を隠した交渉技術がある訳ではない。

 

 彼が信頼できるかできないかの判断基準は、怪しいか怪しくないか。嘘を吐いてるかいないかという単純明快な点に尽きる。シャルに対して好意的なのも彼女が自らの境遇を包み隠さずに明かしたのが大きい。

 

 つまりラウラの性格はナツと非常に相性が良いのである。実際ナツの中ではラウラの理由を聞いた時点で信頼しても大丈夫だと考えており、九割方この話に乗る意思を固めていた。

 

「でもいいの?アンタ達俺を捕まえたいんだろ」

「そうだな。奴を倒せば君を捕える為に動くだろう。まぁ戦いが終わった後はこちらも疲弊しているだろうし、君に逃げる隙を与えてしまうかもしれんが」

「そっか。じゃあいいよ。アンタの話に乗る」

「協力感謝する。これから少なくとも奴を倒すまでは我々は味方だ」

 

 遠回しに戦闘後に見逃すという言質を取ったナツは残り一割の不安要素が無くなった事であっさりとその提案を受け入れる。

 

「とりあえずどうする?」

「まずは君の機体を修理する場所に移動したい。ここに来る途中でちょうど良い廃村を見つけたからそちらに向かおう」

「わかった。じゃあ取りあえずそこに行こうか」

 

 お互い戦闘特化の猪突猛進タイプという似通った性質の持ち主である事も幸いし、これまでの事をあっさりと水に流した二人は部下と護衛対象を放置して先程まで死闘を繰り広げていたのが嘘のように今後の行動方針を話し出す。

 

「ラウラさんすみません」

「ナツ、ちょっとだけゴメンね」

 

 そんな二人のやり取りを黙って見ていたそれぞれの相方が腕を引いて引き離し、お互いに会話が聞こえない場所まで引っ張っていく。

 

「ラウラさん。男がISを使っているという事は奴は間違いなく阿頼耶識施術者です。そんな奴と組むなど貴女の矜持が穢れてしまいます」

「矜持を優先してお前達を犠牲にするなら私はそんなもの捨てる」

「……しかし」

 

 嫌悪、侮蔑、恐怖。ナツを見るアインの眼に宿っていた色はラウラとは真逆のものであった。その理由を嫌という程理解していたラウラは諭すべきかと考えたが、どれだけの言葉を重ねてもすぐには理解するのは不可能だと思い諦める。

 

「それに私のこれも彼と()()だと思うが?」

「ッ!隊長は違います! 貴女とあのような輩が同じだなどと――」

 

 自身の眼帯を人刺し指で軽く叩きながらラウラがそう言うとアインは恐ろしい事を聞いたかのように身を震わせながら敬愛する者の言葉を強く否定する。

 

「隊長言うな。実際変わらん。そしてあまり他者を見下していると自らの心も貶めるぞ」

 

 本質の部分には触れずあくまで人として間違っていると諭すと、優しく自身の腕を掴んでいたアインの手を外してナツの方へ目を向ける。その視線の先ではシャルから解放されたナツが同じようにこちらへと視線を向けていた。

 

 セブンスターズの名を聞いた時点でシャルからはこちらに対する警戒心は薄れていた事を感じていたので、ナツの手を引いたのはこちらのように共闘を否定するのではなく、あくまで共闘をあっさりと決めた事に対する理由を聞いていた程度だろうとラウラは推測する。

 

「今はブルワーズを倒す事だけを考えろ。余計な事を考えていて勝てる相手じゃない」

「了解……しました……」

 

 納得はしていないが敬愛するラウラにそう言われてしまえばアインに反論できる訳は無く、彼女は不満を抑えて付き従う。その様子を見てラウラは気付かれないように溜息を吐いた。

 

 アインがそのような反応をするのは自らの所属する組織が生み出した歪んだ認識が原因であり、それは彼女だけではなく世界中へと広がっている。ラウラのように全ての人間がその影響を受けている訳ではないが、正直言ってアインのような考えの方が大多数を占めていた。

 

(セシリア嬢、貴女の理想の世界はまだ遠いみたいです)

 

 そんな世界を変えたいと願っている相手の顔を思い浮かべながらラウラはそう心の中で呟くのであった。 

 

 

 

 




この世界のセブンスターズの立ち位置説明は次回になるかと思います。

そして皆さん。コメントとお気に入りありがとうございます。感想が私の力です。

下手にコメントするとネタバレしそうだったので控えさせていただいたのですが、感想を書いてくださる方がたくさんおられるので、ネタバレは避けつつこの回以降の感想にはなるべく返信するようにしていきたいと思います。


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同調

超難産かつ区切ったら短くなっちゃうので二話分の量になりました。

セブンスターズのこと書こうと思ったんですが不自然な感じになったので以降の話になりそうです。


 

「まず最優先は君のISの修復だ」

 

 今後の方針を話し合う事になったラウラが開口一番にそう告げた。

 

 バルバトスはスラスターの八割が機能停止し、移植していたグレイズの肩アーマーと左腕のガントレッドの喪失。さらには深刻なダメージを負った状態で強引な三重瞬時加速を行ったことによって機体内部のコードの一部が断線を起こしている。

 

 普通の機械ならばとっくに動くことすら不可能な状態であるが、それでもあそこまで戦闘を継続できたのはガンダムフレームが厄祭戦時代の高い技術で作られているからだろう。逆に言えばここまでのダメージを与えても同じガンダムフレームであるグシオンは倒す事が出来ないことを示しており、この状態で挑めば勝算がないのは考えなくてもわかる。

 

「シュバルべでは勝ち目は無い。アインの使っていた新型でも厳しいだろう。君の機体が唯一の対抗手段だ」

 

 どちらにせよ立場上こちらの機体を貸すことは出来ないがとラウラが苦笑しながら付け足す。非合法にISを所持している捕獲対象と手を組んでいるというこの状況だけでも、かなり無理矢理な言い訳と()()に頼らなければ厳罰では済まされない状態であり、さらにISを貸与するなどしたら最悪の場合部隊を潰される可能性もある。黒ギリギリのグレーゾーンで対処したいラウラとしては流石にそれをする訳にはいかなかった。

 

「万全にする為には相応の施設も必要だが、そこに行けば君の身柄が拘束される。なので現地で応急処置で対応する」

「できるの?」

「道具はある。修理に必要なパーツは手に入れた」

 

 そう言ってラウラが自身の左側に人差し指を向ける。その指の先にあるのはラウラによって貫かれ、ブルワーズの離脱時に回収を妨害した事で放置されたマン・ロディであった。

 

「あの機体のベースは厄祭戦時代に作られたロディフレームだ。ガンダムフレームとの親和性は比較的高いだろう。内部フレームはこの機体から抜き取って使い、左腕はシュバルべの物を流用する。即席だが現状を考えれば充分な修復ができるはずだ」

(すごい……)

 

 話に入れず、黙って聞いていたシャルはただそれしか言葉が浮かばなかった。

 

 自身が一機相手に必死になって戦っている間、ラウラは五機と戦いながら二人のサポートを行いつつ先の事を考えながら動いていた。

 

 おそらく年齢は近いはずなのに技術、発想、判断力。全てにおいて自分と比べ物にならないラウラへ尊敬の念を抱く。こういったところにアインも惹かれ憧れるのだろうと充分に理解すると共に、自身と比べ物にならない能力を持つラウラという少女に対して僅かながら嫉妬する。

 

 勿論特殊な事情と優れた才能を有しているとはいえ、母親が死ぬまでISに一般人と同程度にしか関わっていなかったシャルが、素人目に見ても努力を重ねてきたとわかるラウラに勝てるなどとは考えていない。

 

 たった二日間であるがナツと出会い過ごした事で己が如何に無力であるかを知った彼女はそれをしっかり受け入れて自身にできる最善を尽くそうという考えに至っていた。

 

 だが同時にこれまでの戦いでそんな自身に手を差し伸べ、気に掛け守ってくれるナツという存在に強く惹かれる何かを感じていたシャルは、そんなナツと対等の存在であるラウラに対して複雑な思いを感じていたのだ。それがアインがラウラへと向けるものと限りなく近い感情であると気が付かず、シャルは一人心の中で悩み続ける。

 

「アインはこいつで母艦に戻って状況の報告と支援の準備を行ってくれ。合流地点は登録してある」

「了解しました。すぐに戻ります」

 

 そんなシャルから向けられる視線に気が付かぬふりをしつつラウラが待機状態のシュバルべをアインへ向けて投げ渡しながらそう言うと、アインは何も聞かずに自らの持っていたISをラウラへと手渡すと装甲を欠損したシュバルべを身に纏うとこの場から去っていく。以心伝心という言葉以外が思い当たらない完璧な流れであった。

 

「さて……。少しだけ時間をくれ」 

 

 アインの姿を見送った後、マン・ロディの方へと歩み寄るラウラの両手が光に包まれ、ISのような鋭利な指先を持つ機械仕掛けの手袋を纏う。その右手の甲には蒼く輝く球体が埋め込まれ、左手の甲からは小さな空中投影されたディスプレイが見える。

 

「それは?」

「IS整備補助装具。完成したばかりで我が隊のみに配備された貴重品だ」

 

 そう答えながらラウラが左手のディスプレイを見ながらマン・ロディに右手をかざすと、モニターに細かな文字が流れていき、数秒後には【Operation possible(操作可能)】と表示される。

 

「これがあれば操縦者が死亡した場合や許可が下りていれば、第三者でも直接コアに介入できる。一応許可が出てなくともクラッキングすれば干渉できるが、凄まじく時間がかかるのでその場合は基本的には使い物にならん」

 

 今度はマン・ロディの周囲に大きめの空中投影ディスプレイとキーボードが出現し、それを軽やかな指使いで操作していく。

 

「よし。これでこの機体の所有権は私に移った。さてシャル……と言ったかな?」

「はっ……はいっ!」

「別に取って食ったりはせんから緊張しないでくれ」

 

 急に声を掛けられて驚くシャルに苦笑しながら落ち着くように言った後、不意にラウラが真剣な表情に変わる。

 

「君は死んだ人間を見た事はあるか?」

「……あります」

 

 彼女の脳裏に自身を追いかけ、ナツの手によって銃殺された二人の男の姿がよぎる。バルバトスに葬られた刺客の姿は必死に目線を逸らしていたこともあり見てはいなかったが、そちらの方はしっかりと見てしまい脳裏に焼き付いていた。

 

「慣れたか?」

「……っ!!」

「愚問だったな。すまない」

 

 続けて問われた質問に対してシャルは激しく首を振って否定し、その答えを聞いたラウラが素直にシャルへと頭を下げる。

 

「だったら余計に目を逸らしておけ。この死体を見れば君は後悔する事になる」

 

 その光景を思い出してしまった事で顔を青くするシャルに対し、ラウラはそうはっきりと告げる。ナツもその言葉を否定する事無く、同意を示すように静かに頷いた。

 

「……酷い状態なんですか……?」

「いや胸部を貫いてはいるが他に傷跡は無いだろうから死体の状態はそこまで壊れている訳ではない……が」

 

 シャルの問いに今までの彼女の言葉にはなかった躊躇と苦悩、そして後悔の感情がにじみ出ているのを感じる。

 

「この世界の闇を見る事になる。見たいというなら無理強いはせんが」

 

 そう言うとラウラはシャルへと背を向け再度マン・ロディの操作へと戻る。その言葉の通り強制する意思は無く最終的な判断はシャルに委ねるつもりなのだろう。

 

 シャルがナツの方を見ると彼の視線はマン・ロディの方へと向けられている。相変わらずの無表情だが、その瞳はマン・ロディを通してどこか遠くを見ているようにシャルは感じた。

 

「待機状態に戻すぞ」

 

 ラウラがそう言って最後の手順を行う。彼女としては目を逸らしておくようにという忠告を兼ねての宣言であったが、ここで小さな誤算が起きた。ナツの瞳に魅入られていたシャルはラウラの声を聴き、反射的にそちらの方向へと視線を向けてしまったのだ。その結果、シャルはマン・ロディの操縦者の正体を見た。いや見てしまった。

 

 最初にシャルが認識したのはうつ伏せに倒れる栄養をまともに取っていない人間特有のやせ細った小さな身体。身体を覆う服はボロボロの薄手の黒いノースリーブと半ズボンだけで靴すら履いていない。そしてその腕には生々しい傷跡が複数残されており、劣悪な環境化に置かれていた事を察するには十分過ぎる状態であった。

 

 そして黒地のシャツを濡らす鮮血の中心にはラウラのワイヤークローにより開かれた穴があった。その攻撃は正確に心臓を貫いており、ほぼ即死であったと推測できるだろう。

 

 驚愕するシャルの方は一瞥もせず、ラウラがうつ伏せに倒れる身体を優しくひっくり返す。そうした事でその顔が明らかになり、彼女はさらなる驚きを受ける事となった。

 

 幼い顔立ちをしており、体格と合わせて考えれば十歳前後であるという事がわかるが、驚いたのはそれだけではなかった。胸を刺し貫かれるという悲惨な最期を迎えたというのに、その表情は安心したように穏やかであったからだ。まるで安らかに眠っているようなその表情は死んだ事を幸せに感じているようにも見える。

 

 シャルは困惑すると共に幼い子供がこんな悲惨な目にあっていた事へ心を痛め、同時に背筋に冷たいものが走る。

 

 ここにいるマン・ロディの操縦者は子供だった。ならば他の機体に乗っていた操縦者はどうなのか。自分が戦っていた相手は―――

 

 そこまで考えた時、頭の上に僅かな重みと暖かい熱が広がる。振り返るといつの間にかナツが傍に寄り、その大きな右手の平で弾ませるようにシャルの頭を撫でていた。それを知覚した瞬間、シャルの胸に暖かいものが広がり、恐怖を感じていた心は強い安心感に包まれた。

 

「阿頼耶識手術を受けたヒューマンデブリの子供。予想はできていたが当たっていると心苦しいものだな」

 

 コアの状態へと戻ったISをポケットにしまい、子供の亡骸を抱えてラウラが立ち上がる。その表情から本心から子供の死を悼んでいるのがシャルとナツに伝わってきた。

 

「まぁ……無意味にこの子を殺した私にその死を悼む資格は無いか……」

 

 ラウラがそう小さく呟く。戦士として最善の判断としてヒューマンデブリの子供だと推測していた上で命を奪ったが、結果だけを見ればその直後にDDは撤退を決断している。手に掛けずともあの状況は打開できたのではないかと彼女は思わずにいられなかったのだ。

 

「無意味じゃない」

 

 自嘲するラウラにナツがはっきりとそう告げると、そんな風に言われると思っていなかったのだろう。ラウラが驚いた表情でナツの方へと振り返る。

 

「アンタがそいつを殺したから他の奴らが動揺して動きが鈍った。だからアンタの部下も勝てた。そうなったからこそアイツは不利だと感じて逃げたんだと思う。だから無意味じゃない」

 

 そう語るナツは声を荒げてはいなかったが、その声にはDDに対する物に近い熱が籠っている。

 

 その感情は怒り。だがそれはラウラが自らを自嘲した事に対してではなく、その言葉を発した彼女自身に向けられていた。

 

「俺達は使い捨ての駒だ。命の価値なんて殆どない。だけどどんな死に様だって絶対意味がある。意味がなくちゃダメなんだ……!」

 

 その言葉を聞いてラウラはナツの怒りの理由を知る。ナツが怒りを抱いたのは無意味にヒューマンデブリを死なせたという発言。それはこの子供が無駄死にしたというのと言っているのと同じであったからだ。

 

 当然ラウラにその意図は無く、純粋な後悔を抱いているのはナツにも理解できる。だがそれでも彼にはそれを肯定する事はできなかった。

 

「最期に意味がないなら俺達は――」

 

 感情的になっていたナツだったが、彼にとって決定的な何かを口にする直前に冷静さを取り戻して言葉を止める。

 

「ごめん。忘れてくれ」

 

 そして代わりの言葉を口にすると視線をそらして口を噤んだ。

 

「すまない。不快にさせてしまったようだな。ひとまず今は許してもらえれば助かるのだが」

「……あぁ。その方がいいな」

 

 ラウラはあえて踏み込むことをせず、現状優先すべき事の為にこの件については触れないでおくべきであると考えて一旦互いに忘れる事を望み、ナツもまたそれに同意して頷く。

 

「この子を目的地に連れて行って埋葬したい。私の我儘だが構わないだろうか?」

「うん。俺もできたらそうしてやりたいし。俺が持とうか?」

「いや、私の手で連れて行かせてほしい」

「……わかった」

 

 先程のような空気へと意図的に戻した二人が会話しながら目的地へと歩みを進める。

 

(ナツ……)

 

 そんなナツの後姿を見つめながらシャルは胸を締め付けられるような感覚を抱く。

 

 ブルワーズと何があったか。ヒューマンデブリへの想い。表面的な事だけでナツの本質を全く知らないのだと実感させられると共に、彼女は彼の抱える影を知りたいと考えていた。

 

 与えられるだけの存在ではなく、ナツの強さの中に隠れた痛みを少しでも取り除くか緩和する事で今まで受けた恩の一部でも返したい。今のやり取りの中でシャルはそう思うようになっていた。

 

(DD。次は必ず……殺す)

 

 だがナツはそんなシャルの想いに気が付くことなく、己が倒すべき敵へ向けて憎悪と殺意を向けるのであった。

 

 

 

―――――――――

 

 

「とりあえず脱げ」

 

 ナツに向けて放たれたラウラの発言を聞いて、シャルの身体が硬直した。

 

 あれから一時間ほど歩き、目的の廃村に着いた三人はヒューマンデブリの子供を土葬の形で埋葬し、改修作業をするのに適した集会場の跡地とおぼしき建物に入った。そこに入って開口一番にラウラが放った台詞がこれである。

 

「わかった」

「わあっ?!」

 

 固まるシャルの目の前でナツは躊躇いなくコートとシャツを脱ぎ捨てると上半身を晒し、ナツの鍛え抜かれた身体を見たシャルが慌てて手で真っ赤になった顔を覆う。

 

 知り合ったばかりの同年代。しかも本人には自覚はないが強く関心を抱いている異性の裸身は、男性に対する免疫のない少女には刺激が強く、恥ずかしさから反射的に見えぬように顔を隠してしまう。だがそれと同じ程度に興味もあり、ちらりと僅かに開いた指の隙間からナツの身体を見ていた。

 

「何を照れてる?」

「さぁ?」

 

 洞察力の優れた二人はシャルが指の隙間からしっかり見ているのに気が付いていたが、一般的な感性からはやや離れている為、シャルが何故恥ずかしがっているのかわからず、二人揃って首をかしげる。

 

「驚いたな……三本だと……」

 

 そんな風に照れるシャルをスルーしてナツの背中に回ったラウラが驚嘆と得心の混ざった表情を浮かべながらそう呟く。指の隙間から覗いていたシャルがそれに気が付き、ラウラに倣ってナツの背中を見る。

 

「っ?!」

 

 その背にある阿頼耶識手術を行った証を見てシャルが絶句した。

 

 ISを使用している時点でナツが阿頼耶識施術者であるのはラウラもシャルも理解している。二人が驚愕したのは阿頼耶識施術者に埋め込まれるピアスと呼ばれる金属端子が()()あったことであった。

 

 一度の阿頼耶識手術で埋め込まれるピアスは一つとされている。それが三つあるという事は阿頼耶識手術を三度行った事を意味しているからだ。

 

「君の強さの理由がわかった。()()()が反応速度で負けるのも納得だが……随分無茶をしたものだな……」

「どうして……もしかしてブルワーズで無理矢理……?」

 

 言葉でしか施術の痛みを知らない二人であったが、その危険性と負担は想像に難くない。故に自らの意思で行ったとは思えず、先程の戦いでブルワーズの残忍性を感じた二人は施術を強制されたのかと考えた。

 

「自分の意思だ」

 

 そんな二人の考えを叩き潰すようにナツははっきりと口にする。

 

「力が必要だった。だから俺は望んでこの力を手に入れた。……力を手に入れる意味は失ってしまったけど、自分の選択には後悔はないよ」

 

 ナツのその言葉にどんな意味が込められているのか二人にはわからなかったが、その目に宿る意思は強く、その言葉に嘘はないと十分に伝わってきた。

 

「……そんな事よりさっさとやろう。」

「そう……だな」

 

 自らの過去をそんな事と切り捨てたナツの言葉に思う事はあったが、簡単に深く踏み込んでいい話題ではないと悟ったラウラは改修作業を行う事を決める。

 

「阿頼耶識を接続したままISをメンテナンスモードで展開してくれ。できないのならばこちらで補助する」

「いや大丈夫。たぶんできる」

 

 展開するようにラウラから指示を受けたナツが目を瞑って意識を集中すると、ナツから少し離れた位置にバルバトスが膝を付いた状態で展開される。その胸部からはコードが伸びており、ナツの阿頼耶識を覆うように現れたデバイスと繋がっていた。

 

「これでいい?」

「あぁ。取りあえずは機体の修復をする。指示は私が出すから二人とも手伝ってくれ」

「わかった」

「……うん」

 

 ナツは何事もなかったように淡々と頷き、シャルは聞きたい想いを抑えてバルバトスの補修作業を開始する。殆ど部品を流用するだけであったので数時間が経過した頃には修復作業が完了した。

 

 破損したバルバトスの左腕にはシュバルべ・グレイズのワイヤークローと装甲が移植され、両肩には余っていたグレイズの物を再度移植。さらに機体を一度外に持って行ってからラウラの持っていたナノラミネートアーマー用の塗料を使用して失われていた防御力を復活させている。

 

 ちなみにワイヤークローが紫に変更されているのはシュバルツェア・ハーゼのISから流用した事を隠す為である。あまり効果は無いだろうがそのまま使うよりはマシだろうというラウラの判断であった。

 

「次は阿頼耶識の同調率を確認する」

 

 そう言ってIS整備補助装具を展開したラウラがバルバトスへと手をかざす。するとマン・ロディの時と同じようにディスプレイが表示され、ラウラはそれを滑らかな手つきで操作していく。

 

「同調率82%か……これだけ高ければ同調率を維持するだけで問題は――」

「上げてくれ」

 

 ない。と言おうとしたラウラの言葉をナツが途中で遮る。ラウラが驚き振り返るとナツと目が合い、彼が本気で言っているのだと充分に理解させられた。

 

「これ以上同調率を上げれば今の状態のISだとだいぶ負荷がかかるぞ?」

「構わない。あいつを確実に殺すにはやり過ぎなくらいじゃないと駄目だと思う」

 

 ラウラはナツの身体の負担を考慮し止めるように言うが、DDを倒す事に執着しているナツはそれを拒絶する。おそらくは死ぬと言われても止めるとは言わないだろう。そう思わせる程の強烈な意思をラウラはナツの言葉から感じていた。

 

「はぁ……わかった……おいシャル」

「何?」

 

 黙って二人のやり取りを聞いていたシャルへラウラが声をかける。

 

「こいつの手を握っていろ。そして意識が飛びかけたら潰すつもりで強く握れ」

「え? それってどういう……?」

 

 シャルは同調律を上げる事でナツにどれだけの負荷がかかるかわかっていないようで、ラウラの言葉に首を傾げた。

 

「まずは一%上げるぞ」

 

 説明するより見せた方が早いと判断したラウラはシャルの疑問に答えることなく、コントロールパネルを操作して宣言通り同調率を僅かに上昇させる。

 

「……っ?! あっ……グッ……?!」

「ナツっ?!」

 

 次の瞬間、ナツの身体が痙攣し、その場に崩れ落ちて膝を着いて右手で顔を覆う。そのまま床に倒れ込みそうになるのを慌ててシャルが支え、咄嗟に先程ラウラに言われたように強く手を握る。非力な彼女の力では全力で握ったところで手がどうにかなる事は無く、むしろ消えかける意識を呼び戻すには十分な刺激程度で留まる。

 

「……っ?! ナツ、血が……っ!」

 

 シャルのおかげで辛うじて意識の消失を避けたナツが右手を顔から離す。彼の鼻から決して少なくない量の血が流れており、先程の様子と合わせて尋常でない事が起きたとシャルは感じていた。

 

「脳への負荷を上げたからな。こうなるのは予想できた」

「ラウラさんっ! わかってたならどうして……」

 

 一方こうなる事を理解していたのかラウラは当然といった様子でそう告げると彼女の言葉の意味をようやく理解したシャルが抗議の声を上げる。

 

「どうせ言っても聞かんだろう。それに本人は止めるつもりはなさそうだ」

 

 シャルが諦めが籠った声でそう答えるラウラの視線の先を見れば、床に座り直すナツの姿が視界に入る。床に座り込み、ラウラを見つめるその瞳は早く続けるようにと語っていた。

 

「ナツ! 無茶したら駄目だよ! ISも直ったんだし今のままでもナツは強いんだから勝てるよ!」

 

 脳へ負荷を掛け続ける事がどれ程危険かなど医学の知識が無くても理解できる。

 

 先程の戦いでグシオンに後れを取った最大の要因はバルバトスの整備不良であり、ナツの技量不足ではない。現時点でも倒せる可能性は十分にあり、廃人になる可能性がある無理な強化をすべきではないとシャルは考えていた。その判断は決して間違いではなく、合理的にも倫理的にも正しいものであろう。

 

「ごめん」

 

 だがそんなシャルの言葉を短い言葉で否定する。何故ならこの戦いにおいてナツを突き動かすのは合理的な判断でも理性的な状況判断ではなく、紅蓮のように燃え上がる殺意であったからだ。

 

「あいつを殺さなきゃ俺は俺を許せない。今が全部終わらせる最大のチャンスなんだ。シャルを先に連れていくって約束を破ってしまうけど、出会ってしまった以上あいつを無視することはできない」

 

 ナツは己の過去を語らない。聞いても答えない事は短い付き合いではあるがシャルもラウラも何となくだが理解していた。そして今のナツの言葉を聞いてシャルには確信させられる事があった。

 

 それはDDを討つまで彼の心が憎悪から解放される事がないという事。()()()()()強い信頼を築けていない自身がどれだけ正論や綺麗事をいくら言っても彼には確実に届かないとシャルは受け入れざるを得なかった。

 

「……わかったよ」

 

 止める事を諦めるしかなかったシャルは心配そうな表情を浮かべたままナツの手を包み込むように握る。

 

「ナツが意識を失わないようにしっかり握っててあげる。だから安心して」

「ありがとう」

 

 止められないのならばせめて支えになろう。そう決めたシャルが真っすぐにナツの眼を見ながら言うとナツもまた本心からの感謝で答えた。

 

「……万が一の事が起きては困るし……私も覚悟を決めるか」

 

 二人のやり取りを見ていたラウラがそう言って自らの左眼を覆う黒い眼帯を外すと閉ざされた左眼が露わになる。ラウラは数秒間そのまま静止していたが、やがてゆっくりと左眼を開ける。

 

 

―――――そこにあったのは深紅の右目とは異なる金色の光を湛えた瞳であった

 

 

「色々あってな。身体を少しばかり弄られた。阿頼耶識と似たようなものだよ」

 

 明らかに自然ならざるその瞳は明らかに外的処置を施されたのが明白であり、晒した本人はこの眼に対して良い感情を持っていないのか二人に対し自嘲気味にそう答える。

 

「綺麗だな」

「うん。キラキラして凄く綺麗だと思う」

 

 だが二人は嫌悪感を示すどころかラウラの左眼をそう褒める。そこに遠慮や虚偽の色は無く、二人とも純粋にそう想い、感じたから故の答えだという事が真っ直ぐに伝わる物であった。そんな反応が予想外だったのかラウラは驚きと困惑が混ざったような表情を浮かべている。

 

「……不気味じゃないのか?」

「え? なんで? インペリアルトパーズみたいで素敵だと思うけど」

「シャルが言ってるインぺ何とかはわからないけどたぶんそんな感じだと思う。つかこっちのが気持ち悪いでしょ」

 

 意味がわからないと首をかしげるシャルと今はデバイスに覆われて見えない自らの背中の阿頼耶識を指さしながら答えるナツ。

 

「……ありがとう」

 

 その答えを聞いたラウラが感謝の言葉を告げるその瞬間、一瞬だけであったがふと彼女の顔から硬さが抜け柔らかな表情が浮ぶが、次の瞬間には今までと変わらぬ不敵な気配を漂わせるものに戻ってしまう。

 

「さて、話を戻すが、この眼を使って同調率の上昇時の負荷の一部を私が肩代わりする」

「は?」

「へ?」

 

 だがそれでも先程までより僅かに固さが抜けた口調でラウラはとんでもない事をさらりと言い、思わず二人共間抜けな声を上げてしまった。

 

「先程の様子で確信したが、普通に同調率を上げたらお前の脳が壊れる。だからこいつで阿頼耶識システムに介入し、演算の負担の一部を私が受け持つ。これならば限界まで同調率を上げる事もできるはずだ」

 

 至極簡単な事のように言うラウラであったが、実際にダメージを負ったナツやそれを見ていたシャルとしては素直に頷く事には躊躇いがあった。

 

「ブルワーズを倒すのに必要な犠牲だと思えば苦ではない。それにあくまで一部しか肩代わりできん。掛かる負担はお前の方が大きいぞ」

「だけど……」

 

 ナツがラウラの提案に対し躊躇を見せる。それを見てシャルは自身がナツに対して抱いていた考えが一つ正しかったと確信する。それは彼の本質にあるのが純粋さと優しさという事であった。 

 

 自身が苦痛を受ける事に抵抗がなく、敵であれば容赦なく殺害できるナツは一見すれば冷徹な殺戮兵器のような印象を与えるかもしれない。だがそれは血と硝煙の臭いに包まれた劣悪な環境下で身を守る為に歪まざるを得なかったせいであり、元来は優しい性格だとシャルは考えていた。

 

 実際に自らの都合と言いながらもシャルを守る為に寝る間を惜しんで修復したISを渡し、ラウラに対して激情に任せてしゃべった時も傷つけたと思えば素直に謝罪している。おそらくヒューマンデブリとして戦場で生きるのではなく、正しい環境で育てば人の命を尊び、救おうとする慈愛に満ちた好青年になっていたのは間違いないだろう。

 

「気を使ってくれるのは有り難いが、私達は協力者。今は互いを利用する事だけを考えろ」

 

 ラウラも短い間であったがナツと接した事でその本質の一部を理解しつつあったが、その上で今は必要ないと否定する。似た者同士である彼女もまた本質は優しく同時に自身を切り捨てる事に関してはナツに負けていなかった。

 

「……わかった。頼む」

「頼まれた。シャル」

「うん」

 

 ナツが受け入れたのを確認したラウラがそう言って頷き、シャルに声をかける。その意味を理解したシャルは手で包んだままにしていたナツの手をまた強く握る。それを確認したラウラは一度両眼を閉ざして深呼吸する。

 

「行くぞ……!」

 

 様々な覚悟を決めたラウラが目を開くと、再び同調率を上昇させる操作を行った。

 

「「ガッ?!」」

 

 その次の瞬間、ナツとラウラは自らを襲った強烈な負荷に同時に苦痛の声を上げる。視界が揺らいだナツはシャルに強く手を握られる事で辛うじて意識を保ち、ナツよりはマシとはいえ決して軽くない痛みを奥歯を噛み締める事で耐える。

 

「ラウラっ?!」

 

 シャルが悲鳴のような声を上げる。彼女の視線の先には眼球から血涙を流すラウラの姿だった。

 

「問題ない……! ちょっと視界が紅くなってるだけだ……!」

 

 ナツと違い眼球に負荷を受けているのだろう。瞳の光彩が強まると共に本来白いはずの部分は充血しすぎた事で真っ赤に染まっている。

 

「阿頼耶識と違ってこの眼はあまり長く使えない……一気に行くぞ覚悟しろ……」

「問題ない……! そっちもキツいなら止めていいよ?」

「はっ! 私の心配より自分の心配をしておけ……!」

 

 激励と挑発が混ざった言葉を掛け合う二人は、共に限界を極めようとする事で変な友情を芽生えさせたのか、お互いに痛みで顔を歪めながらもどこか楽しそうに不敵な笑みを浮かべている。

 

 それを見てシャルは二人が同じ場所、同じ立場にいたのならば親友と呼べる間柄になっていたのではないだろうかと思うのであった。

 

 

 

 




ラウラの目の状態のイメージ映像。

鉄血最終話の全部よこせな三日月の右目。

あとわかると思いますが機体の姿は第三形態です。


お気に入り数が異常に伸びてビビってます。感謝とプレッシャーが凄いですが頑張って書いていきます。

次回は決戦前夜的な雰囲気にしたいですが書いていくうちに構想からかけ離れていくことが多いので(今回も途中でネタが浮かんで6割書き直したりしてますし)その通りになると限りません。

推敲はしましたが、途中でごっそり書き直したんで誤字脱字、なんか文章おかしくね?という突っ込みは遠慮なくしていただければありがたいです。


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痛み

もうちょっとオサレなタイトルが良かったけど浮かびませんでした。




 

 それから一時間後。三人にとっては永遠に続くかと思われた改修作業が終わりを迎えると、部屋の中では多量の血を流している美少年と真っ赤に染まった左の眼球から血涙を流す銀髪の美少女。そしてそんな二人を見て半泣きになっている金髪の美少女という凄まじい光景が出来上がっていた。

 

「90%……限界値までよく耐えたな」

 

 絹糸のような銀髪を汗で顔に張り付かせたままバルバトスとナツの同調率の数値を確認したラウラはそう言うとモニターを閉じると同時に後ろに倒れ込んで目を瞑る。激痛と疲労のせいでぐったりとする姿には先程まであった強者が纏う威圧感は完全に鳴りを潜めており、顔半分を真っ赤に染める血涙がなければ運動を終えた年相応の少女のように見えるだろう。

 

「まだ……行ける……!」

「行けるか馬鹿……これ以上は理論上不可能の域だ。気合いや根性で何とかなるものでは……ない……」

 

 ラウラとは逆に激痛と負荷のせいでアドレナリンが大量分泌されたのか、一周回って意識が完全に覚醒していたナツは床に座ったまま続行の意思を示すが、彼女はそれをバッサリと切り捨てる。

 

「……ISと文字通り一体化できればわからんが……そんな事は実際には不可能。故にここが最高到達点だ……」

 

 起き上がって右眼だけを開けたラウラが語る。同調率90%とは厄災戦時代の記録から調べても十名も存在しないIS適正における最高ランクであるSに相当し、本来ならば選ばれた者しか到達できない究極の領域であると。

 

 そしてナツがそこに至れたのは三度の阿頼耶識施術に成功した事、汎用的な才能を捨ててバルバトス一機を使う事だけに絞って調整をした事、そしてそのバルバトスが最高峰のISであるガンダムフレームであった事。これら全ての要因が揃った上で死ぬような苦痛に耐えきったからであり、正直言ってこの時点でも奇跡に近い状態であり、後1%でも上げたなら脳が焼き切れて確実に死ぬと断言する。

 

「という訳で終わりだ。ついでに言えばもう私の眼が限界だ。しばらく使えん」

「その眼……!」

 

 そう言って振り返るラウラと目が合ったナツが驚愕の声を上げる。何故なら真っ赤に染まった左の眼球の中にある瞳から()()()()()()()()()からだ。

 

「正直ほぼ見えていないが大丈夫だろう」

「それ全然大丈夫じゃないよ?! すぐに治療しないと……! でもどうしたら……!」

 

 大した事ないという口調でとんでもない事を口にしながら、落ちていた眼帯を拾って付け直すラウラに半泣きだったシャルが血相を変えて詰め寄り尋ねる。重傷なのはわかっていたが視力を失う程だとは思わず、何とかしたいのにどうしていいかわからずに混乱する。

 

「安心しろ。この身体は治癒力も強化されているから数か月もすれば視力は戻る……はずだ」

「全然安心できないよっ!?」

 

 ラウラなりに安心させようとしたのだろうが、完全に戻る確証がなかったのだろう。思わず最後に呟いたたぶんという言葉のせいでシャルは余計に不安を掻き立てられてしまっていた。

 

「まぁ気にするな。こうなる事をわかってやったんだ。普段使っていない左眼一つでブルワーズが潰せるなら安い物だろう」

 

 こいつが負けたら無駄になるがな。とナツを見ながら二ヤリと笑いながらラウラが言葉を続ける。挑発しているようにも見えるが、彼女の言葉にはナツならば大丈夫だろうという無言の信頼も感じ取れた。

 

「さて。シャルは疲れたろう。見張りは私がするから寝てもいいぞ」

「いやナツとラウラさんの方が疲れていると思いますし、休んだ方がいいと思いますけど……」

 

 起き上がり猫のように身体を伸ばしながら休息を促すラウラにそう答える。この場で殆ど何もできなかったのは自身だけで、体力を消耗し、肉体的にもダメージを負った二人の方が優先的に休むべきだと思ったからである。

 

「ふむ……。気が付いてないか……なぁシャル」

「なんですか?」

「ここには私たちがいるから大丈夫だ……安心していいぞ」

 

 それを聞いたラウラは数秒の思案の後にシャルの名を呼ぶ。気が付いていないの意味が分からず首を傾げながら応じる彼女にそう伝える。

 

「あれ……?」

 

 その言葉を聞いたシャルの身体から突如力が抜け、座り込んでいた彼女は姿勢を崩す。慌てて起き上がろうとするが身体が鉛が付けられたように重く、うまく立ち上がれなかった。

 

「詳しくは聞いてないから知らんが大方誘拐されたか事故で不時着したかの民間人だろう? そんな実戦経験もない素人がこんな場所に放り込まれたなら心身が摩耗するのは明らかだ。今までは気力で持っていたようだがな」

 

 詳細はわからずともラウラはナツの態度と二人の会話、多少の汚れはあれど綺麗な肌や整えられた髪などからシャルがこの地に来たばかりだと察しており、加えて言えば先程の戦いで立ち回りと運用技術から素人である事も把握している。

 

 こんな無法地帯に民間人が放り込まれればその身に掛かる重圧がどれ程のものかなどラウラには想像に難くない。今まで平静を保てたのはナツという絶対的な強者が傍にいた事による安心感によって精神が極限状態に追い込まれなかったからだろう。

 

「そういう訳でシャルはしっかり寝て休め。私は目の痛みで冴えて眠れん」

「俺も付き合う。頭が木の棒で殴られた感じで寝れそうにない」

「殴られた事あるのか」

「血が止まらなくて死ぬかと思った……よっと」

「わひゃっ?!」

 

 バルバトスを待機状態に戻しつつ、世間話をするように強烈な体験談を話しながら起き上がったナツがシャルを持ち上げると彼女の口から可愛らしい悲鳴が漏れる。その持ち方は少女の憧れのお姫様抱っこ……ではなく荷物運びの際に片手がフリーになるので色々と便利な肩に担ぐという方法であった。

 

「とりあえず適当に寝れそうな場所連れてく」

「お前……荷物じゃないんだからその持ち方は無いだろう……」

「? こっちのが持ちやすいしドア開けやすいだろ?」

 

 ラウラが残念な物を見る目でナツを見ながら、できたらお姫様抱っこが良かったと思うシャルの気持ちを代弁する。だがナツに乙女心などわかるはずはなく、結局そのままの方法でシャルを比較的綺麗な民家のベッドへ運んでいったのであった。

 

 

――――――

 

 

 ベッドに入った事で緊張の糸が完全に切れたのか、すぐに眠りに付いたシャルを見届けたナツは、なるべく音を立てないように気を使いながら家から出る。

 

「寝たか」

「あぁ」

 

 外に出ると家のすぐ傍で待っていたラウラにそう尋ねられたナツはその問いに短く答え、そのまま家の壁を背もたれにして座り込むとラウラもナツの左隣へ同じように座る。

 

「さてそちらの事情を聞いてもいいか?」

「……」

「そう警戒するな。もしかしたらお前達の力になれるかもしれん」

 

 いきなりそのような事を聞いてくる意図が掴めずに警戒するナツにラウラが苦笑しながら理由を話す。

 

「助けようとする理由がわからない」

「人を助けるのに理由などいらんだろう」

 

 あっさりと何の躊躇いもなくそう答えたラウラはだから話せと続きを促してくる。それが彼女の本心であり、打算も悪意も無い事をナツは理解していたが、手離しに頼ってもよいのか迷っていた。

 

「難しく考えずに話すだけ話してみろ。私が役に立つとは限らんしな。無理なら無理と言った上で内容は私の中で留めておいてやる」

「……わかった」

 

 そう言われたことで決心が付いたナツがシャルから聞いた事とデュノア社から襲撃を受けた事を話す。とはいえ世情を知らない為、企業の規模や立ち位置がわかっていないナツはシャルが親戚に命を狙われていて父親に会いに行こうとしているという表面的な事情しかわかっておらず、事態の複雑さと深刻さを理解していなかった。

 

「ふむ……」

 

 だが世情を知り、その立ち位置や自らの属する組織との関わりを理解しているラウラにはそのような簡単な話ではなかった。

 

「確かめたいことがある。襲撃者から奪ったリアクターを一つ貸してくれ」

「ん」

 

 深刻な表情に変わったラウラにそう頼まれたナツは躊躇なく取り出したコアをラウラに手渡す。受け取ったラウラは礼を言うと再びIS整備補助装具を右手に展開して掌を左手に持ったリアクターに掲げ、空中に投影されたディスプレイに書かれたデータを読む。

 

「……襲ってきたISはグレイズで間違いないか?」

「あぁ」

「そうか」

 

 それを聞いたラウラは上を見上げる。つられて上を見上げたナツは自身にとっては見慣れた、ラウラにとっては初めて見る満点の星空が視界に入る。

 

「どうやらデュノア社はギャラルホルンに喧嘩を売ったようだな」

 

 しばらく空を眺めていたラウラがポツリと呟く。その声に反応したナツが彼女へと視線を戻すと、氷のように冷たい瞳で空を見つめているラウラの姿が目に入る。

 

「あぁシャルと恐らくデュノア社長は被害者だ。二人に害を加えるつもりはないよ」

 

 ナツの視線に気が付いて視線を戻しながらそう言うラウラの瞳からは先程見た冷たさは消え、穏やかな物へと戻っていた。

 

「結論から言うが君達に協力したい。お前の安全の保障はできないが、彼女の身の安全は保障しよう」

「俺の安全とかどうでもいいけど理由は? 喧嘩売られたってヤツ?」

「まぁそうだな。勿論シャルがデュノア社長令嬢である事も理由の一つだが、一番はそちらだな」

 

 自らの命をどうでも良いと切り捨てて真意を訪ねるナツにラウラは頷き、そう答える。

 

「まずそのリアクターだがギャラルホルンのグレイズの物ではない」

「その前にギャラルホルンってのもそうだけどセブンスターズとかオルコットってのは何?」

「あぁ、まずはそこからか……すまない。確かに通常の教育を受けていなければわからない事だな」

 

 ナツの疑問を聞いたラウラはこれまでのナツの反応から彼に基本的な知識が不足している可能性に至っていながら説明していなかった事を思い出し、謝罪と共にこの世界の情勢を語り始めた。

 

 

――――ギャラルホルン

 

 

 厄祭戦終結後に結成されたアーブラウ、SAU(STRATEGIC ALLIANCE UNION)、アフリカンユニオン、オセアニア連邦と呼ばれる四大経済圏の平和を守る為に作られた治安維持組織である。

 

 近年までは厄祭戦時代のISをレストアした物を使っていたが、十年前に後期型エイハブリアクターが開発された際にその技術を独占し、第一世代型ISと呼ばれる兵器としてのISの完成を目指して作られたゲイレールを大量に製造して急速に勢力を拡大した。

 

 現在ではゲイレールをベースに後付装備による戦闘に多様化を目指して開発された第二世代型ISグレイズを主戦力とし、一部の優れた操縦者の為に作られたカスタム機であるシュヴァルベ・グレイズや、次世代機として試験開発されている特殊装備を搭載した第三世代型ISを製造するなど常に最新技術を作り出している。

 

「そのギャラルホルンを総べる七つの名門がセブンスターズだ。オルコット家、更識家、凰家、ファイルス家、コーリング家、ミューゼル家。そして十年前にリアクターの再製造に成功した事で復権した篠ノ之家によって構成されている」

 

 

――――ラウラの所属するシュバルツェア・ハーゼを直属部隊とし、組織内部の腐敗是正とヒューマンデブリ問題の解決を担うオルコット家。

 

――――不穏分子の鎮圧や危険人物の捕縛などを執り行う更識家。

 

――――テイワズと呼ばれる複合企業体を有し、ギャラルホルンの財政を支える凰家。

 

――――次世代型ISの開発指揮を主導し、現在は当主自らが試験操縦者を積極的に努めているファイルス家。

 

――――武の象徴として君臨し、現当主がギャラルホルンのエリート部隊アリアンロッドのトップを務めるコーリング家。

 

――――過去の研究を調査し、得られた技術を使って生体治療の発展に貢献しているミューゼル家。

 

――――そして他のセブンスターズと異なり家ではなく希代の天才と呼ばれる篠ノ之束一人の手で後期型リアクターの製造を執り行っている篠ノ之家。

 

 元々は象徴的意味合いが強かったセブンスターズだったが、急速に力を付けたギャラルホルンの暴走を抑える為に現在はそれぞれの家が役割を与えられ組織の運営がなされていた。

 

「それがギャラルホルンとセブンスターズだ。大雑把な解説だが理解できたか?」

「これで大雑把なんだ。まぁだいたいは」

「よし。それでは話を戻すが、ギャラルホルンが製造したリアクターは組織を支援している企業や研究所に貸し出された物も含めてナンバーが振られて管理されている。このリアクターも同じだ」

 

 左手に持ったリアクターを掌の上で転がしながらそう語るラウラの言葉を聞いたナツは先程彼女が言っていた「ギャラルホルンのグレイズの物ではない」という意味を理解する。

 

「そのリアクターは貸し出されたリアクターだって事か?」

「正解だ。ついでに言えば一部を除いてギャラルホルン以外の組織がグレイズ系のISを製造する事を認めていない。絶対的な拘束力は無いとはいえグレイズを使って悪事を行い、ギャラルホルンの名声を穢す連中が出てくる事。例えばギャラルホルンが市街地を襲撃したと言った悪評が出る事を防ぐためにな」

「喧嘩を売ったってそういう……なんでまたそんなややこしくなる事を……」

 

 これまでの出来事とラウラの話を合わせればシャルの命を狙った彼女の叔父がギャラルホルンの命令に反して製造もしくは偽装したグレイズを使って襲撃を行ったという事はナツであっても推測するに難くない。だがわざわざ巨大な組織を敵に回すような真似をした理由までは見当がつかなかった。

 

「何か考えがあったのか、何も考えていなかったのか。それは私にもわからん。だがグレイズが市街地を襲撃したという事実が作られたのは変わりない」

 

 ナツの疑問をわからないとあっさりと流す。ラウラにとって重要なのは理由ではなく結果。理由などは後で調べれば良いと考えている彼女にはそこまで重要な事柄ではなかったようだ。

 

「まぁあれだ。普通売られた喧嘩は倍額で買う物だろう? その流れでシャルも助ける事になるという事だ。素直に助けられてくれた方がこちらも色々助かる」

「成程。そういう事なら協力してもらおうかな」

 

 色々と説明が面倒になってきたラウラがリアクターをナツに返しながら凄まじく大雑把に話を纏めようとザックリと本音を吐くとナツはそれもそうだと頷く。シャルが起きていたならばおかしいと突っ込みを入れていただろうが、あいにく彼女は深い眠りの中にいて二人の会話は一切聞こえていない。

 

 双方揃って壁があれば乗り越えずに粉砕して前に進むタイプであるので、出会ってから過ごした時間は短いがすでにお互いの性格は理解している。

 

 ラウラはナツの場合長々と理屈を語るよりストレートに頼んだ方が納得するだろうし、ナツもラウラにこちらを騙す意図がなく、説明を省いたのも単純にめんどくさくなったんだろうなと気が付いており、同時に立ち位置が逆なら同じ事をしていた自信もあった。

 

 それでお互いに良く今まで戦場で生きてこれたと思うが、ナツの場合はラウラと会うまで話し合いが成立する相手と出会ったことがなかった為、暴力での解決が最良の選択であり、ラウラの場合は彼女が自身には勿体無いと思っている素晴らしい部下が支えてくれていたので、致命的な事態に出会わなかっただけである。

 

「ところで先に寝る? 俺はまだ平気だし先に寝ていいよ?」

「そうだな。痛みも引いたし好意に甘えさせてもらうよ……その前に一つ聞きたい事があるんだがいいか?」

「なに?」

 

 起き上がり背伸びしながら思い出したのでついでに聞いておこうといった具合で問いかけてくるラウラに僅かに違和感を感じたが、気付かない振りをしながら質問を待つ。

 

「織斑千冬という名前に覚えはあるか?」

 

 そう言って振り返ったラウラはどこか探るような目でナツを見つめる。

 

「? いや、知らないけど?」

 

 だが、その名に全く覚えがなかったナツは素直にそう答える。

 

「……すまんな。変なことを聞いた」

 

 そのまましばらくナツを見つめていたラウラだったがナツが本当に知らないのだとわかったのか、素直に頭を下げながら謝罪する。

 

「お前を捕らえるようにギャラルホルンに依頼してきた者と顔立ちが似ているような気がしてな。だから尋ねさせてもらった」

「ふーん……」

 

 常にDDから狙われ、流れで喧嘩を売った者達から狙われる事もあるナツには一人増えたくらいでは大した事はなくあまり関心を抱かなかった。

 

「では寝るよ。三時間で起きる」

 

 睡眠時間を調整できるのだろう。ラウラは起こしてくれではなく、起きると伝えてシャルの眠る家の中に入っていった。

 

「オリムラチフユ……か」

 

 ラウラが家に入ってしばらくした後、暇を持て余していたナツは先程聞いた名前を何の気なしに呟く。すると先程聞いた時には感じなかった物をナツは感じた。

 

 それは喜びでも悲しみでも怒りでも恐怖でもなく絶望。本当に微かに、意識しなければ感じない程微かな物であったが、信じていた者に裏切られた時に感じるあの耐えがたい苦痛に似ていた。

 

 だが同時にその感覚を抱いた事にナツは戸惑う。何故ならば記憶を失って目覚めてから自身は誰かに裏切られた事などなかったからだ。なのに何故その苦しみを知っているのか。

 

「ちっ……!」

 

 そこまで考えた瞬間、記憶を思い出そうとした時に襲ってくるあの耐えがたい頭痛と不快感を感じたナツは反射的に地面を拳で力強く殴る。皮膚が裂けて血が滲み、無視できなくはないがジンジンと感じる痛みに意識を向ける事で胸に抱いた嫌な気持ちを誤魔化す事が出来た。

 

 その後は聞いた名を記憶の片隅に追いやり一時的に忘れる事で暇な時間を過ごし、きっちり三時間で起きて来たラウラと交代で家に入り、シャルが眠るベッドを背もたれにして眼を閉じる。

 

 強い不快感を感じたせいか、傍に誰かいる事が久々な為か、それとも外に最強の見張りがいる安心感か。どれが理由なのか全てのおかげかはわからないが本当に久々に安心して眠りに付く事ができた。

 




ようやくセブンスターズとギャラルホルンの事書けました。正直これを知らない体で文章書いていくのは大変だったので早く解説させたかったのですが、いいタイミングが掴めず、今回ゴリ押しでねじ込んだ感があります。

今後は後書きで本編中でもいずれ語らせたい妄想鉄血IS設定を書いていこうと思います。

『ガンダムフレーム』

厄祭戦末期にエイハブリアクターとISを作り出した初代篠ノ之博士が戦いを終える為に開発したエイハブリアクター二基を搭載した特殊なIS。

並列稼働させた事で従来のリアクターよりも高出力になり、それと共に粒子の高密度化という現象が発生している。

従来のリアクターよりも高密度で発生するエイハブ粒子を纏った装備はシールドエネルギーを中和し消滅させる事が可能である為、絶対防御を無視して操縦者を撃破する事が可能となる。

ただし同出力を誇る相手、すなわちガンダムフレームが相手の場合は粒子が相殺され攻撃力と貫通力が大幅に減少する。

高密度粒子は操縦者側が出力を調整する事が可能であり、通常のISレベルまで低下させれば絶対防御の貫通能力を無効化する事もできる。


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急転

幕間入れようと思ったんですがそれはまた今度にして続きです


 

 

 

 

 朝日が差し込む頃、外から聞こえる話し声に気が付いたナツが目を覚ます。

 

 ベッドの上で安心しきった顔で眠るシャルを見てふと優しい笑みを浮かべたナツは彼女を起こさないように気を使いながら立ち上がり扉に向かう。

 

 ゆっくりと音を立てないように扉を開いて外へ出たナツは家の前で話し合うラウラと必要な準備を終えて戻ってきたアインの姿を見つけた。

 

「ん?起こしたか。済まないな」

「ラウラさんが謝る必要は無いと思いますが……」

 

 ナツに気が付き、友好的に話しかけるラウラと彼女とは逆に敵意を隠さずナツを睨みながらも話しかけようとしないアインとそれぞれ両極端な反応が返ってくる。

 

「あぁ」

 

 だがヒューマンデブリであるナツにはそんな反応は普段から当たり前のようにされていたものであり、今更その程度の事で悲しむ事も心を痛めることもなく、いつもと変わらぬ様子でラウラの言葉に応じた。

 

 そのナツの如何にも眼中にないという反応。実際に眼中にないのだろう態度を受け、アインは挑発したのが自身だという事を忘れて怒りと共に一歩前に踏み出す。

 

「アイン」

 

 昨日も同じような事が合ったなと内心思いながらラウラは二人の間に身体を割り込ませて止める。敬愛するラウラを押しのける事などアインにできるはずなく、ナツは全く関心がないようで欠伸と共に背伸びをするだけであった為、それ以上の事態にはならなかった。

 

 何故アインがここまでナツを敵視するのか。その理由には世界中に広がるある認識が大きく影響していた。

 

 

――――人体改造は悪である

 

 

 それが厄祭戦以降ギャラルホルンによって広められたとされる差別意識だ。

 

 人は自然な姿で在る事が当然であり、身体に機械を付けたり埋め込むのは自然の摂理に反するもので穢らわしい事であるいう考えで、そう言った教育を幼少期からされる事が当然の世となっているため、今を生きる大多数の人間はこの思想に染まっている。

 

 代表的な物は当然ながら阿頼耶識システムであり、それ以外には生きることに必要な埋め込み式のペースメーカーや事故などで肉体を損傷してしまった人達の為の生体義肢の装着。酷ければ入れ墨やピアスのように身体を傷付ける装飾すら嫌悪する者さえいるといった状況である。そこにISの誕生によって生まれた男性差別が合わさり、阿頼耶識手術を受けた男など生き物としての価値がないと公言する者も少なくはない。

 

 ラウラは自身が強化手術を施されている事や、()()()()()()()()()影響もあり、差別意識を持っていないが、アインはそんな教育を受けて来た者の一人である為、アインがナツを敵視するのはある意味では当然の事であった。

 

 彼女はナツという個人を見ておらず、ヒューマンデブリという一括りで判断して嫌悪し否定している。それを理解していたがラウラは否定する事も諭す事もしない、いやできなかった。

 

 何故なら人の気持ちなど他の者からどう言われたところで変わるものではないからだ。多少の苦手意識程度なら第三者の意見を受けて変える事もできるかもしれないが、アインのそれは簡単な物ではなく思想に基づいた嫌悪感であり、価値観を変えるような大きな転機が訪れるか、洗脳でもしなければどうする事もできない。その為ラウラは内心で心苦しく思いながらも彼女を否定せず、両者の緩衝材となる事に徹していた。

 

「さてこちらの準備は整った。しかしこちらから奴らを捕捉するのは困難。かと言って待ちに徹して奇襲を受けるのを待っていたらこちらの神経が消耗するだけだ」

 

 このまま黙っていても状況は改善しないと理解していたラウラは強引に本題に移る。

 

「という訳でまずはお前達が向かっていたラシード地区へ向かう。海岸に出れば通信が復活するので即座に我々の母艦と連絡が取れる。そうなればこちらが有利に立ち回れるだろう」

 

 自分達の母艦であるファフニールにナツが入る事を想像したのかアインが非常に嫌そうな顔をしていたが、不満を口に出す事はしなかった。どれだけ否定的な意見してもラウラがそれを決して蔑ろにはしない事を知っていたが、これ以上我を通して彼女に失望される事がアインにとって一番恐ろしい事であったからだ。

 

 部外者を軍事機密の母艦に入れては行けないと意見すべきかとアインは考えるが、そもそもラウラは母艦と連絡が取れると言っただけで入れるとは言っていない。推測で意見して違った場合には自らの浅さを晒すだけだろうと考えて沈黙を選んだ。

 

「当然だがお前を母艦には入れる事はできんぞ。シャルに関しては保護の名目で大丈夫だが」

「わかってる。わざわざ捕まりに行くのは嫌だしね」

 

 するとアインの思考を読んだかのようにタイミングよくラウラが説明にそう付け足し、ナツも入る意思がない事を示したことで、余計な事を言わなくて良かったとアインは安堵する。

 

「そういう訳で移動する。その間に奴らに襲われたらそこで応戦を―――」

 

 不意にラウラが言葉を途中で切ると共に右目が鋭い物となる。それと同時にナツも先程までの眠そうな態度とは一転して戦士の顔つきに変化していた。そしてその理由がわからず戸惑うアインの眼の前でラウラは彼女から引き継いだISを、ナツは新たな姿となったバルバトスを展開する。

 

 ラウラが展開したのは腹部と頭部以外を漆黒の装甲に覆われたISであった。頭部には兎を思わせるヘッドバンド型のアンテナを付け、右側に巨大な砲身を有している。背面にはスラスターが無く、巨大な砲身と本体を接続するバックパックを装備し、代わりに腰部には中型のスラスターが装備されている。

 

 

――――【プローベ・レーゲン】

 

 

 ギャラルホルンが次世代モデルのテスト機として試作開発した第三世代型ISの一機であり、シュバルツェア・ハーゼに配備されたワンオフ機である。試作機である為、カタログスペック上の性能は発揮できず、戦闘能力はシュヴァルベ・グレイズに一歩譲るものの、それを補う性能を有している。

 

 ISを展開したラウラが振り返ると同時にこちらに向けて飛来する三十cm程の砲弾が視界に入る。こちらに迫ってくるそれはハイパーセンサーで強化された知覚でようやく認識出るほどの速度で迫っているというのに音は一切しなかった。

 

 無音弾。エイハブ粒子を利用して空気を切る音を消し去りながら放たれる弾丸である。一発撃つのにエイハブ粒子のチャージが拳銃サイズの物でも一時間かかる為実戦には向かないが、奇襲に使う場合には非常に脅威となり、さらに恐ろしいのはエイハブ粒子を纏っているため、ISを纏っていてもダメージを与える事ができる事であった。

 

『……ふっ!』

 

 その音無き一撃に本能で気が付いたラウラは砲弾に向けて右手を掲げて小さく息を吐く。するとその一撃が三人に届く前に動きを止め、停止した砲弾にラウラの右肩の砲身から放たれた一撃が直撃して爆散した。

 

『今のは?』

 

 メイスを投擲して迎撃しようと構えていたナツが目の前で起きた現象に付いて問いかけると、その問いが聞こえたアインがようやく状況を悟ってISを展開する。アインのISはラウラが以前使用していた物と同じ漆黒のシュヴァルベ・グレイズであったがワイヤークローが左腕のみに装備され、代わりに右手にはライフルが握られていた。

 

『AIC。こいつの固有能力だ。簡単に言えば一つの対象に意識を集中すれば動きを止めることができる』

 

 AIC。正式名称アクティブ・イナーシャル・キャンセラーと呼ばれるこれこそがプローベ・レーゲンに与えられた特殊な能力である。ISに備わった慣性操作能力を応用したもので、範囲内に入った物体を補足し動きを停止させることができるという最新鋭の技術である。

 

『まぁ集団戦では使い物にならんがな……来るぞっ!!』

 

 それを使えないとあっさり一蹴したラウラは話は終わりだという意味を兼ねて叫ぶ。その意味を理解していないナツではなく、即座に反転して先程まで自身が身を休め、今もシャルが眠る家にバルバトスごと突入する。

 

「きゃあっ……! ってナツ?!」

 

 ラウラの攻撃の音で目を覚ましていたラウラは突如壁ごとドアを粉砕して侵入してきた存在に驚くが、それがバルバトスを纏うナツだと気が付くと即座に事態を把握したシャルは即座にグレイズ改を身に纏う。

 

 バルバトス、グレイズ改、シュヴァルベ・グレイズ、プローベ・レーゲン。四機のISが臨戦態勢に入ると共に、四方を囲むようにISが出現する。

 

 四機を囲むのは全員の予想通りマン・ロディ。その数は伏兵を想定しなけば一五機。どこからか調達したのか。はたまたすでに保有していたのを温存していたのかは不明であるが昨日よりも戦力は増加していたが、当然ながらこの場に現れたのはマン・ロディだけではないだろう。

 

『昨日ぶりだなァ二十三番!!』

 

 そう考えていたナツの耳に忌まわしき声が響く。その眼に再び憎悪を宿したナツが眼前へと視線を向けると装甲が完全に修復され、右手にロングアックス、左手に鉈を携えたグシオンの姿があった。

 

『他は私達が引き付ける! お前は奴を倒せ!!』

『あぁ。頼んだよ、()()()

『ふっ……勝てよ()()!』

 

 今までアンタとお前としか呼び合っていなかった二人が初めてお互いの名を呼び合う。そこにあったのは長い時間をかけて培われたものではなく、互いの力を知る故に任す事ができるという戦士たる者にしか理解できない独特の感覚から来るものではあったが間違いなく信頼であった。

 

『ハァッ!』

『おらァっ!!』

 

 瞬時加速でグシオンに接近したバルバトスがメイスによる一撃を振るい、それをグシオンが振るったロングアックスで受け止める。衝撃が大気を振動させ砂塵が巻き上がるが、三人の力で修復されたバルバトスは昨日と違いダメージを受けている様子はない。

 

 バルバトスが強化された事を実感しつつ、ナツは一つの違和感を抱く。昨日のバルバトスの攻撃は機体への負荷を抑える為に初撃以外はフルパワーではなかったが、それでもグシオンを圧していき、その状態でも確実にダメージを与えていった。

 

 しかし今は昨日以上の威力を持って放たれた一撃を受けたのにも関わらず、グシオンは完全にそれを受け止め、しかも余裕さえ見せている。

 

『おらァっ!』

 

 ナツの意識が生まれた疑問に反れた一瞬をDDは見逃さず、鍔競り合っていた状態から加速を付けずにバルバトスを押し返す。

 

『死ねよクソ餓鬼がァ!』

『くっ……!』

 

 体制を崩したナツの首元に向けて振るわれる鉈を強引に上体を反らして回避するが、完全にかわすことができずに薄皮一枚切り裂かれ、鮮血が僅かに飛び散る。

 

 反応速度を上げる前であったら今ので終わっていたと安堵と後悔が過るが、その思考を即座に消して眼前の敵を葬る事に意識を集中させる。

 

『ちッ!避けやがったか!』

 

 一撃を回避したナツに対してDDは舌打ちしながらも今度はロングアックスによる追撃を放つが、すでに冷静さを取り戻しているナツはこれをメイスで防ぐと距離を取って即座に体制を立て直した。

 

『……随分腕の良い奴がいるんだな』

 

 一連の流れからグシオンが強化されている事を確信したナツがそう口にする。何故ならナツの知る限りDDは阿頼耶識手術をしておらず、そこまで優れた整備技術を持っていなかったからだ。

 

 だというのに一晩でバルバトスに匹敵するほど性能を底上げしてきた事から、ラウラに匹敵もしくはそれ以上の技術を持った者が部下もしくは協力者として付いたと考えるのが当然だと思ったのである。

 

『あァ。昨日最高のスポンサー様が付いてよォ……おかげでこいつも絶好調だぜェ!』

『……ちっ!!』

 

 DDが喋っている最中に不意打ちを仕掛けてくるが、ナツはそれにしっかり反応して受け止め、再び鍔迫り合いの状況にもつれ込む。

 

『俺と同じくらいクズなアンタに協力するなんて随分最低な奴だなっ!』

『そうでもねェさ! てめェらの居場所を教えるだけじゃなく、無音弾と追加のマン・ロディまで用意してくれる素晴らしいスポンサー様だぜェ!』

 

 同時に武器を押し込み、反動を使って離れた二人が再度離れた後、再び激しい攻防を繰り返す。

 

 ナツはグシオンの持つ鉈のリーチ内に入らぬようにロングアックスの攻撃をメイスで的確に捌き、DDは不規則に動いてナツが首元を狙って放とうとするパイルバンカーの照準を付けさせない。

 

『しかもこんだけ至れり尽くせりで向こうの要求は中身の生死を問わずてめェのISを持ってくるっていうだけっていうお手頃さよッ!』

『またそんなの? こいつ狙ってる奴多すぎだろ……!』

『それだけじゃなく成功すればさらに追加の報酬まで約束してきやがってなァ!そりゃ頑張るしかねェって訳さ!』

『あっそ……! まぁお前にだけは渡さないけど……!』

 

 不意に一歩下がったナツがメイスを地面に叩き付けると、衝撃と砂塵が舞い上がりバルバトスの姿を覆い隠す。

 

 ナツが多用する即席の目眩まし。その狙いが次のモーションを隠すための物だと即座に気が付いたDDは身を固めるように武器を構えながら攻撃に備えるが、それこそがナツの狙いだった。

 

 その場にとどまって警戒していたグシオンのロングアックスに砂塵の中から飛び出した何かが絡み付く。それがバルバトスのワイヤークローだと認識した時にはナツの目的は達せられていた。

 

『捕まえた……!』

『このォ……!』

 

 強靭なワイヤ―フレームの拘束は引っ張った程度では取れず、DDが鉈でワイヤーを切断しようと構えたが直観的に何かを感じたのか、ロングアックスを手放して後部に向けて瞬時加速を行ったその瞬間、砂塵の中からメイスを正面に構えて突進するバルバトスがパイルバンカーを心臓に撃ち込まんと迫ってくる。

 

 それを鉈の平で受け止めると射出されたニードルの強烈な一撃が武器を貫き粉砕するが、グシオンの胸部装甲に僅かに食い込む程度で止められてしまう。

 

『DD様を……舐めんなよクゾガキがァ!!』

 

 DDが叫びながらメイスの先端を空いた左手で殴り、地面に叩き付けさせると同時に柄に向けて胸部に搭載されたバスターアンカーと呼ばれる40ミリ口径火砲を放つ。

 

 逸らす事も出来ずその砲撃を柄に受けてしまったメイスは金属が折れる嫌な音と共に柄が真ん中から折られてしまった。

 

『ちっ…!』

 

 愛用の獲物を失ったナツは咄嗟に左腕のワイヤークローを引き戻して絡み付いたままだったグシオンのロングアックスを引き寄せて掴むと上端から脳天めがけて振り下ろす。

 

『捕まえたァ……!』

 

 だが先程の仕返しとばかりにロングアックスの一振りを白刃取りの要領で受け止めると今度はナツに向けて放たれたバスターアンカーの一撃がバルバトスを直撃する。

 

 ガンダムフレームの強靭なナノラミネートアーマーは砲撃によるダメージを無力化する事はできるが衝撃まではどうしようもなく、受けた衝撃のせいでロングアックスを手放してしまった。

 

『ナツッ!』

 

 獲物を失い、ロングアックスを取り返されて形成が不利になったナツにラウラが呼びかける。

 

 ラウラのISはアインのサポートとシャルを守りながら多数と戦っていたせいか損傷が激しく、左肩と胸部の装甲が破壊され、右足のユニットと特徴的な巨大な砲身は失われていたが、シュヴァルベの時と違い決定力がある武装を持っていた為かその周囲にはすでに戦闘不能になったマン・ロディが七機転がっている。

 

『……! 止まらないっ?!』

 

 ナツを援護しようと右手を掲げAICによってグシオンの動きを止めようとするが、グシオンは見えざる拘束による影響を一切受ける事なく、バルバトスを破壊するべくナツへと迫る。

 

『死ねやァ!!』

 

 グシオンの攻撃を回避し続ける事は困難。さらにグシオンの攻撃を防ぎダメージを与えられる唯一の武器を喪失したバルバトスはもはやDDにとっては脅威ではなく、待っているのは一方的な蹂躙。

 

 離脱して体制を立て直したくてもこの状況では難しく、無理をすれば一番技量の低いシャルが犠牲となる可能性が高い。もはや逆転の手はなく、最悪の結末が脳裏に掠めたその刹那。

 

 

 

―――深紅の閃光が衝撃と共に空から落ちた

 




最期のはビームじゃないですよと一応言っておきます。


前に言っていた原作機の派生ってのは原作ISの試作機って事です。試作段階なので装甲が多く、背中の浮遊しているスラスターユニットが無かったり、レールカノンも機体と繋がってます。






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剣舞

戦闘書いてて楽しいですけど脳内イメージを文章にするって難しいです


――――この場にいる者全ての動きが静止する

 

 

 突如戦場に現れたの深紅の装甲を持つISであった。まるで兎の耳のような特徴的な長い一対のアンテナを持った頭部と余分な装甲が存在しないスマートな手足。その腕にシールドと一体化した細身のブレードを、リアスカートには茎が剥き出しになった片刃の剣が装備されている。

 

 全身装甲と呼称される身体全てが装甲によって覆われている型の為、性別すら判断できないその乱入者の出現に対する戸惑いもあったが、全員が動きを止める程驚愕した理由はそれだけではなかった。

 

 そのISが着地した場所は戦場で戦っていたマン・ロディの一体の上。その丸みを帯びた装甲を持ったISの上に乱入者は器用に膝立ちした状態で静止しているが、マン・ロディにそれを振り払う様子はなく、それどころか微動だにしない。何故ならばすでにマン・ロディの操縦者の命は尽きていたからだ。

 

 乱入者の右腕に装備された細身の剣がマン・ロディの頭部を守る装甲を真上から貫き、致命傷を与えたのである。おそらく操縦者は自らの身に何が起きたかすら認識する前に絶命していただろう。

 

 操縦者の死を認識したマン・ロディがその機能を停止して地面に落ちる瞬間、乱入者は立ち上がりながら突き立てた剣を引き抜き、優雅な動きでふわりと地面に舞い降りる。そして驚愕する全員の前で右腕を一振りすると剣先を穢していた鮮血が地面に軌跡を描いた。

 

『なん―――』

 

 ナツとラウラに遅れて我に返ったDDが怒りの声を上げようとした瞬間、乱入者の姿が掻き消える。それが瞬時加速によるものだと気が付いた時には別のマン・ロディが首を刺し貫かれて絶命していた。

 

 

――――そこから先は惨劇であった

 

 

 乱入者は一体どのような手段を用いているかはわからないが、音を立てる事もなく瞬時加速を行ってマン・ロディの元へ移動しては前後左右あらゆる位置から最も守りの薄い首元へ正確に剣を突き立ててマン・ロディの操縦者達の命を刈り取っていく。そして乱入者の動きを全く補足できなかったDDは、グシオンを動かす事すらできぬまま目の前で配下であるマン・ロディが斃されていく様を見せつけられていた。

 

『無事か』

『あぁ』

 

 襲撃者が自身に攻撃をしてくる気配がない事を悟ったナツがラウラの元へ移動すると、シャルとアインも二人の傍に移動してくる。その間にもマン・ロディは撃破されていき、残り三体となったところでDDも我に返って攻撃し始めるが、襲撃者は苦もなく回避していた。

 

『なんだよあのIS』

『グレイズの祖。英雄の陰に隠れた悲劇のISだ』

 

 ナツの疑問にラウラは簡潔に答えると素早く投影ディスプレイを表示して素早く操作を行う。するとラウラからナツの元へデータが送られてきたのでそれを即座に展開しその内容を確認する。

 

 ハイパーセンサーによってISと脳は直結している為、簡単な文章程度ならば視覚を介さずに直接脳内に情報として入力する事ができる。なので文字を読むことが苦手なナツであってもその内容を一字一句、正確に把握する事が可能なのである。

 

 そうやってラウラから齎された情報によってナツは乱入者の機体名がグリムゲルデであり、ガンダム・フレームと同時期に開発された機動力強化と、エネルギー効率の向上を重点に置いて設計されたヴァルキュリア・フレームと呼ばれるグレイズの前身、ゲイレールのベース機であると知ることができた。

 

 その情報を知ると共にナツの乱入者に対する警戒心が一段と上がる。何故ならばあのISはガンダム・フレームではないと言うのに絶対防御を貫いたという事になるからだ。

 

 方法については想像に難くない。同様の手段を持ってシュヴァルベ・グレイズを使ってラウラがマン・ロディを撃破したのをナツは知っている。

 

 エイハブ粒子を近接武器に纏わせて放つ事で絶対防御を破る一点突破の攻撃。しかしそれを成功させる為にラウラですら武器を一つ犠牲にしていたというのに、グシオンの攻撃を軽々とかわしながらマン・ロディを撃破していくグリムゲルデの持つ剣にはヒビ一つ見当たらない。粒子制御の技術は機体性能でゴリ押ししているナツは当然としてラウラですら上回るであろう。

 

 そこまで考えたところで突如ナツ達の目の前にグリムゲルデの姿が現れる。即座に眼前の乱入者から意識を逸らさないようにしつつセンサーで周囲を確認すると、全てのマン・ロディが機能を停止し、残されたのは自分達四機とグリムゲルデ。そしてグシオンのみとなっていた。

 

 ナツとラウラは同時に両手の平を手刀の形に変える。ナツはそこに武器と同じようにエイハブ粒子を纏わせ、ラウラは手刀を延長するように一メートル程のエネルギーブレードを発生させる。二人が臨戦態勢を取ると共にアインはシャルを守るようにその前に立つ。

 

 グシオンと違いガンダムフレームではない上に装甲の薄いグリムゲルデには通常のISの攻撃は有効であるし、ガンダムフレームであるバルバトスならば手刀の一撃だけでも装甲を貫く事は容易いだろう。

 

 そう考えたナツが攻撃に移ろうとするがそれよりも早くグリムゲルデはシールドのラッチで固定されていた両腕の剣を回転させて裏側へと収納してしまう。その意図がわからず怪訝な表情を浮かべていたナツに腰に携えていた武器を手に取り放り投げる。

 

『……っと!』

 

 ナツが咄嗟に片刃の剣の柄をつかみ取ると、それを確認したグリムゲルデはそのまま瞬時加速を行うとグシオンと反対側、すなわち自分達を挟んで盾にするような場所に移動してしまう。そして両手のシールドをマウントされたブレードごと収納すると腕を組んで悠然とその場に佇む。

 

 自身の役目は終わった。後は任せたと言うような雰囲気を漂わせているグリムゲルデ。その正体は目的は一切わからないが、マン・ロディを撃破し、武器を失ったナツに獲物を渡した上にこちらに攻撃してこなかった事から、ナツは一先ずは敵ではないと警戒心を保ったまま判断する。

 

 そしてラウラにグリムゲルデを警戒しておくように頼むと怒りと殺意を全開にしているDDの前に立つ。 

 

 

――――神経を研ぎ澄まし、眼前の敵に向けて意識を集中させる

 

 

 DDはグリムゲルデに対する怒りと目の前に立っている己を殺してやると言っていたが、極限の集中状態に入っている今のナツには全く聞こえていなかった。

 

 ナツは右腰に鞘があるイメージを浮かべ、そこに納刀するように右手で柄を持ったまま片刃の剣を構え、左手を刀身に添えるように置く。

 

 メイスよりも細く軽いこの剣は打撃武器としては使い物にならないし、バスターソードのように重量を利用して叩き付けるようにして斬る事もできない。そのような方法ではグシオンの堅牢な守りの前ではあっさりと弾かれてしまうだろう。

 

 ならばどうすればいいか。その答えをナツは知っていた。

 

 ナツにこのような武器を使った記憶はない。しかし同時に武器の特性、使い方、最適な扱い方を身体が覚えていた。

 

 おそらく記憶を失う前。何千、何万、あるいはそれ以上、その使い方を肉体に焼き付くほどにこの武器を振るい続けたのだろう。何故自身がそこまでこの武器を極めようとしたのか、どれだけ鍛錬を積み続けたのかはわからない。

 

(まぁどうでもいいか)

 

 一瞬だけ浮かんだ疑問を切り捨てるとナツはそのまま瞬時加速を行う。DDも反応し、迎撃しようとロングアックスを構えようとするが、それよりも早く抜刀のモーションと共に上段に向けて剣を振り上げる。

 

 メイスの時とは比べ物にならない速さで放たれた一撃はグシオンの手首ごとロングアックスの柄を切断し、同時にその向こうにある胸部装甲を紙を切るかのようにあっさりと切断する。ガンダムフレームのエイハブ粒子を纏った刀身はその剣技と合わさる事でグシオンの堅牢な守りを斬り裂いたのだ。

 

 そして振り抜いたと同時にくるりと刀身を返し、逃げる暇を与える気はないと言わんばかりに今度は垂直に振り下ろす。

 

『がああああァッ!?』

 

 DDの叫び声がナツの耳に届く。振り下ろされた刃はグシオンの左腕をその向こうにある生身の腕まで深く斬り裂いたのだ。鮮血を噴き上げる左腕は駆動系ごと切断したのでもはやガードにすら使えないだろう。

 

 

―――だがそれでもナツは止まらない

 

 

 右腕でガードしようとすれば肩ごと切断して斬り落とし、蹴りを加えようとするならば足首を斬り落とす。胸部のバスターアンカーを撃とうすれば砲口ごと弾丸を切断し、体当たりしようとすればかわしながら装甲を切断する。

 

 そして攻撃手段と戦意を完全に失ったDDは背中を見せて逃げようとするが、ナツは背中のスラスターを切り裂いた上に二重瞬時加速で回り込む。

 

『バケモノ―――』

 

 絶望の籠った声で罵声を浴びせようとしたDDへ、ナツが初撃で開いた装甲の隙間に刀身を差し込むと肉に刃が突き刺さる音と共に隙間から鮮血が飛び散った。

 

『今更気が付いたの?』

 

 それに対し、胸元を貫いた剣を引き抜きながらナツは何を当たり前の事をといった様子で答えるが、それ以上DDが何かを言う事は無く、そのまま重力に引かれるようにグシオンは地面に落ちる。

 

『ぐっ……?!』

 

 終わったと実感すると共に極限まで高めていた集中力が途切れ、同時に凄まじい頭痛がナツを襲う。同調率を上げている時に匹敵する痛みに意識を奪われそうになるが、歯を食い縛って辛うじて耐える。

 

『終わったか……奴は去ったよ』

 

 数秒程痛みと戦い、落ち着きを取り戻したナツにラウラが声をかける。その言葉に振り返ると突如現れ状況をひっくり返したグリムゲルデの姿はどこにもなかった。

 

『……あぁ』

 

 そして全ての脅威が去った事で終わったというラウラの言葉を実感したナツが静かにそう呟くと共に、空虚な声を上げると共に前身から力が抜ける。

 

 今まで己の中で燃え続けていた()()の対象が無くなった事で自らの心が空洞になったような感覚に陥ってしまったのだ。おそらくISのアシストが無ければそのまま膝を着いていただろう。

 

『……大丈夫か?』

 

 バイザーでナツの表情は見えていないはずだが、纏う雰囲気から虚脱し完全に覇気を失った事が伝わったのだろう。完全に自殺する前の人間と同じ状態になっているナツを心配してそう声をかける。

 

『大丈夫。まだやる事があるから』

 シャルを連れて行くという目的を原動力にして再度心を奮い立たせたナツは、背中のバックパックにグリムゲルデの置き土産である剣をメイスの代わりにマウントする。

 

『……奴はお前に何をしたんだ?』

『……大切な仲間の仇』

 

 その問いにナツは素直にそう応じる。そして何となくそのような予感を抱いていたラウラは『そうか』とだけ答える。ラウラがその理由に気が付いていた理由は難しい事ではない。ただ単純に己も仲間を殺されたらきっとナツと同じ反応をするだろうという確信を持っていたからだ。

 

『さて。名残惜しいがこれで私達の共闘は終わりだ。今すぐにでも捕獲したいが残念ながら機体のダメージが大きくて追う事は出来ん。今なら逃げ切れられてしまうな』

『そっか。なら逃げさせてもらうよ。それはいらないから好きにしてくれ。シャル、行くよ』

『わっ……っとっと……! ラウラさんっ!お元気で! アインさんも守ってくれてありがとうございました!』

 

 わざとらしく見逃すと言うラウラにお礼の代わりにとグシオンを指さした後、ナツはシャルのグレイズ改の手を掴んで引き寄せると再び肩に担ぐ。バルバトスの機動力の方が圧倒的に高いのでこの方が早いという判断したのだ。

 

 シャルも二度目となれば担がれる事を諦めと共にであるが素直に受け入れ、同時にグシオン撃破後は別れざるを得ない事情を理解していたので、ラウラとアインにお礼を伝える。

 

『一カ月後。ラシード地区。準備しておく』

 

 瞬時加速でその場を離脱する直前。ラウラがプライベートチャンネルで早口にそう伝えてくる。その意味を理解したナツは見えたかわからないが頷くとそのまま二人と別れて戦場から離脱していったのであった。

 

 

 

 




ホントは原作と同じ風にしようとしましたけど斬り刻みみたくてこうなりました。まぁ何故か使い方理解してましたので斬れたという事で。

実際に三日月があの武器の使い方りかいしてたらグシオンの装甲の隙間狙わずに倒せたんでしょうかね? グレイズアインはスッパリ切れてましたけど。

グリムゲルデってすぐバレてしまってちょっと焦りました。

そしてラウラとはいったんお別れです。

『グリムゲルデ』

厄祭戦末期に開発されたヴァルキュリアフレームの一体。同時期にガンダムフレームが作られた為、厄災戦での活躍の記録は少ない。

特殊な金属を使って精錬された軽く鋭いヴァルキュリアブレートとその剣をマウントできるヴァルキュリアシールド。アフリカ大陸に出現した機体には装備されていなかったが専用ライフルであるヴァルキュリアライフルを基本武装としている。

非常に高性能なISで、ある操縦者が乗っていた機体はガンダムフレームすら追いつめたという記録が残っているが詳細は定かではない。

ヴァルキュリアフレームを量産型にしたものがグレイズの前身たるゲイレールであり、旧日本で開発された初の後期型エイハブリアクター搭載機である白騎士と呼ばれるISはグリムゲルデを模して開発されている。





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紅い影

謎の仮面の男、誰リオ・ボードウィン特務三佐の登場でテンションがやばいこの頃です。




 

――――あの死闘から三週間が経過した

 

 

 DDを倒しラウラ達と別れた二人は現在、彼女との合流予定であり元々目指していた場所でもあるラシード地区、その周辺の廃村を定期的に移動していた。

 

 すぐにラシード地区に向かわないのは、治安が良くない以上あまり一か所に長く滞在していると面倒に巻き込まれる可能性が高かったため、目的地に入るのは直前になってからにしようと決めたからだ。ちなみにその話し合いの中でシャルは、自身が眠っている間に彼女が()()を保護してくれる事になったとナツから伝えられている。

 

 その判断の正しさを裏付けるようにこれまで何度か襲撃を受けていたが、バルバトスとナツという絶対的な力と自衛程度の力しかないとはいえISであるグレイズ改を有しているシャルには脅威とはならず、これまで無事に乗り切る事ができていた。

 

「どうしよう……」

「さてどうしよっか」

 

 とはいえ問題が一切ない訳ではなく、立ち寄った廃村の広場で二人は目の前の立ちはだかっている問題に対して頭を抱えていた。

 

 ブルワーズとの戦いから幾度となく行われた戦いからシャルの身を守っていたグレイズ改が、蓄積されたダメージにより応急処置程度では対処しきれない程に壊れてしまったのだ。

 

 スラスターや関節部は勿論、換装されていた胸部装甲は爆発によって溶け、肩アーマーは既にパージされて失われている。残っていたグレイズの部品と交換して使っていた腕部と脚部も装甲表面が破壊されてところどころから内部フレームが剥き出しとなっていた。

 

「グシオンかマン・ロディ貰っておけばよかったな」

 

 特に何も考えずに撃破したブルワーズの機体を放置してきた事を悔いているナツのバルバトスは、問題がないどころかほぼ万全の状態を維持している。

 

 シャルが心の中で勝手に第三形態と名付けている姿になってから被弾を一切していない上、厄災戦時代のリアクターであるガンダムフレームはエネルギーの自己生成ができるので、多少の負荷によるダメージはあれどその性能に陰りは無い。ここまで差が出たのは機体性能差以上に操縦者の技量の違いであろう。

 

 グレイズ改の修理に使ったせいでもはや完全に残骸となったグレイズの部品を地面に並べながら、ラウラがいれば何とかなったかもと呟いているナツを見ながら不意にシャルは身の回りで起きた様々な変化に思いを馳せる。

 

 一つ目は治安の悪化。

 

 ブルワーズというこの地にとって脅威であり抑止力であった存在が失われた事で、今まで目立たぬようにしていた組織やブルワーズの後釜を狙う組織の台頭。さらにタガが外れて犯罪行為に走り出す者も出るなどシャルがこの地に来た時以上に無法地帯と化してしまった。

 

 その状況に拍車をかけているのは未だにギャラルホルンの存在であった。アフリカ大陸が混迷を極めているというのになんら対処しようという気配が感じられないのだ。

 

 ラウラ達に何かあってブルワーズを倒したことを伝えられなかったのかともシャルは考えたが、「ここにはDD以外にラウラを倒せるやつはいないだろうし、死なれたら色々困るし何としても生きてて貰わないと」というナツの言葉を聞いてその可能性はないと信じることにした。

 

 二つ目はナツの変化。

 

 DDに仲間を殺されたとラウラと別れる前に言っていたのは、傍にいたシャルも当然聞いていたので知っている。そしてナツがDDに対して強烈な憎悪を胸に抱き、仲間の敵討つ事を望んでいた事も出会ってから二日目、同調率を上げる為に無茶をしたあの夜の時点でよく理解していた。

 

 シャルは自身ではナツの復讐は止めれないと考え、せめて支えようと決意したのだが、同時に復讐を果たした後によく創作物で言われるような虚脱状態になってしまわないかと不安を抱いていた。実際にDDを殺した直後には消えてしまいそうな儚さを感じたのだが、すぐにそのような雰囲気は無くなった。かわりにどこか遠くを見る目をする事が増え、同時にあの半分焼けてしまったパスポートを取り出しては何かを考え込むような様子を見せるようになった。

 

 そのような変化はあったが、シャルを守ろうと動いてくれる事や知識を得る事に興味を抱いている事、その冴えわたる戦闘技術に変化はない。むしろ片刃の剣、シャルの教えによって正しい名が太刀であると判明したそれを得た事でより動きが洗練されていた。

 

 そして最後にシャル自身の変化。

 

 端的に言えば人の死に耐性が出来てしまっていた。

 

 最初はこの地で生きて行く為に精一杯で心に余裕が無かった事が幸いし、恐怖はあれど疲労が勝って毎日死んだように眠っていたのだが、ナツという最強の護衛が傍にいて、ブルワーズとの戦い以降命の危険を感じた事がなかった為、精神的余裕が生まれて来た。

 

 だが余裕が生まれると人の死ぬ瞬間を見た時など、自身が受けた恐怖を思い出すようになり、名も知らない誰かが死んだ瞬間や自分が殺される悪夢を見てうなされたり飛び起きたりするようになったのだ。

 

 そうやって震えるシャルをナツは抱き締めて頭を撫でたり、大丈夫だと言って慰めてくれるようになり、人を殺す時もシャルに見えないように気を付けたり、可能ならば殺さずに戦闘不能にまで追い込む程度に抑えるようになった。

 

 おかげで随分とマシになっていき、今では流石に自身が手を下す事は怖くてできないものの、普通に人が死んでいるのを見た程度では恐れなくなり、寝る時は必ずナツが傍にいてくれるようになった事で安心して眠れるようになっていた。

 

 シャルがそのような事を考えていたら、ずっと見ていた事に気が付いたからか不意にナツの視線がこちらに移る。だがその次の瞬間ナツはバルバトスを展開し、シャルが突然の行動に驚く間もなく、ナツは背中にマウントしていた太刀を掴むと同時に彼女に向けて振り抜いた。

 

 その行動にシャルが反射的に目をつむると同時に強烈な金属音が頭上から響く。彼女が今度は驚きから逆に目を開いて上を見上げると、視界に入ったのはナツの太刀に受け止められている深紅の刀身であった。

 

『離れろシャル』

 

 殺意の籠ったナツの声を聞き、いつの間にか現れた襲撃者に自身が狙われていた事に気が付いたシャルはISを展開してこの場から離れようとするが、それは叶わなかった。

 

「えっ……?!」

 

 シャルの口から信じられないといった呟きが漏れる。短い警告音が鳴り響き、ISの展開に失敗したのだ。

 

 予想外の事態に一瞬動揺するが、それなりに修羅場を乗り越えた事で多少は精神面が鍛えられていたシャルは、すぐさま我に返ると生身のまま転がるように襲撃者とナツの間から抜け出す。そしてシャルがすぐに対応できる状態になっていた事に気が付いていたナツは、彼女が離れると同時に襲撃者に回し蹴りを叩き込んで引き剥がすと追撃せずにシャルを守る為にその傍に移動して太刀を構えて襲撃者と相対する。

 

 二人の前に現れたのは見覚えのあるISであった。グレイズの意匠を有しながらも全身各所にスラスターが増設された機体、シュヴァルベ・グレイズである。

 

 ただし二人と違い全身に装甲が装備されているため肌が一切見えず、カラーリングもラウラやアインが使っていた物と違って鈍い金属色で統一されている。特徴的なワイヤークローは装備されていないが、代わりにその右手には刀身まで深紅一色で統一された剣が握られており、装甲の色と相まって強烈な存在感を放っていた。

 

「自己修復の為の休止モードっ?! よりにもよってこんなタイミングでなんて……!」

 

 ナツの後ろで展開できない原因を調べていたシャルが、判明した理由を見て頭を抱える。何故ならば彼女の目の前の展開された空中投影ディスプレイに【ダメージレベルEにより機能休止】と表示されていたからだ。

 

 後期型リアクターには自動修復機能とダメージレベルと呼ばれるA~Eまでの損傷判定システムが搭載されている。

 

 軽微であればダメージレベルはAとなり、その程度ならば自動修復の範囲内であるが、それ以上のダメ―ジを受けた場合は自動修復に任せると機体へ不具合を生じさせる為、その機能が停止してしまう。

 

 BはISを使用しても問題はなく、軽い補修作業で対処できる状態。Cは内部フレームが損傷し、無理に使用すれば性能低下する恐れがある為、運用をやめて修復作業を行わなければならない状態を示す。最初のグシオン戦の後のバルバトスがこの状態に近いだろう。さらにその上のD判定の場合は運用を即座にやめて設備が整った施設でオーバーホールを行い、損傷部品を交換しなければならない状態を示す。

 

 そして今回、グレイズ改に表示されたE判定は一番酷く、まともな運用ができず絶対防御が機能しない可能性がある状態を示す。そしてこの状態になると起動するのが休止モードだ。

 

 これはリアクターが外部からの操作を拒絶して展開不可能となり、ダメージレベルDまで戻す為に機体への負担を無視して自動修復機能を起動するシステムである。つまりこれが発動してしまった以上、しばらくシャルのISは使用不可能となりこの状況であっても生身の状態でいなければならない。それを彼女が実感した瞬間、襲撃者の姿が消える。

 

 瞬時加速。まだシャルは出来ないが、彼女が見てきた実力者が当然のように使って距離を詰めるために最適な方法であり、戦いにおいて最低限使えなければならない必須技能。

 

 ISを使っていないシャルには当然姿を捉えることができず、気が付いた時には赤い刀身を振り上げた姿が目の前にあった。

 

 だがそれが振るわれるより早くナツがその間に割り込み、横に振るった太刀で受け止める。そのままバルバトスの出力を生かしてそのまま力ずくで押し返すと同時に切先を向け、そのまま最小の動きで太刀を振り上げるとその切先は正確に顔の右半分を捉えて斬り裂いた。

 

『ん……?』

 

 阿頼耶識によってISに伝わる感覚を生身の身体と同じように感じる事が出来るナツは、その手に伝わってきた斬った感触と斬り口に違和感を覚える。

 

 表面ではなく深く斬り込んだはずなのに伝わってきたのは肉を斬った感覚ではなくて金属を裂く独特な感覚。斬り口にも出血が見て取れず、火花を散らせているだけであった。

 

 さらに位置的に考えれば眼球を斬ったにも関わらず、襲撃者は痛みを感じた様子を一切見せずに反撃を行ってきたのだ。

 

(こいつ……人間じゃない?)

 

 人を何度も殺しているナツはその感触、反応、どこを斬ればどれだけ血が出るかを知っている。故に目の前の存在が操縦者無きIS、すなわち無人機であるだろうと推測した。

 

 そしてもしその予想通りならば、首を切っても心臓に刃を突き立てても殺すことはできないと考えたナツはその手に持った太刀を背に戻す。そしてそれを見た襲撃者は好機とばかりに瞬時加速で接近しながらその手に持った剣を振る。その一撃は正確にナツの首を狙っており、どれ程の切れ味かはわからないが、何らかの手段でガンダムフレームの守りを突破できるならば確実にナツの首を切断できるだろう。

 

 だが既に完全に動きを見切っていたナツは、相手の武器を持つ手を掴んで攻撃を止めると空いている右の拳で傷ついた頭部を殴りつけ、そしてそのままスラスターを全開にして地面に叩き付けて馬乗りになる。

 

 そのまま武器を抑えていた左手を素早く動かし、襲撃者の右腕を掴み直して武器を振るえない状態にすると、右手でひたすらに襲撃者の顔面を何度も殴りつける。襲撃者が左手で防御しようとすれば空いている胴体を殴り、胴体を守ろうとすれば顔面を殴る。ナツはそれをひたすら繰り返していく。

 

 相手が人でないならば、いくら人体急所を刻もうが刺そうが殺せない。完全に破壊するかリアクターのエネルギーが尽きるまで止まる事はないだろう。そう考えたナツはひたすらに殴り続けてシールドエネルギーを消耗させ、エネルギー切れにして倒すという方法を選んだのだ。

 

 マウントを取られた襲撃者は抜けだろうと必死に暴れ、時折左腕でバルバトスを殴るが、ガンダムフレームに勢いのついていないシュヴァルベ・グレイズの拳など効くはずもなく、バルバトスによる一方的な暴力が続いていく。十分ほど経過すると、そこには頭部が完全に潰れて動かなくなったシュヴァルベ・グレイズの姿があった。

 

(ついでにこの武器貰っとくか)

 

 そう考えながら完全に機能を停止した襲撃者から深紅の剣を奪い取って立ち上がる。手に入れた剣を軽く振り、それなりに手に馴染む事を確認するとバックパックのウェポンマウントに装備されていた滑腔砲を外して地面に捨てた。

 

 そうして空いた場所に装備すると同時にシュヴァルベ・グレイズの胸部装甲が開いて何かが飛び出して転がり落ちる。それがリアクターだと気が付いた瞬間、嫌な予感を感じたナツはシャルを庇うようにそのリアクターの前に立つ。その瞬間、爆発音が響くと共に衝撃が生まれ砂塵が舞い、少しして土煙が晴れるとリアクターがあった場所に小さなクレーターが出来上がっていた。

 

『ISって無人で動かせたんだね。初めて見た』

 

 リアクターが自爆したという事よりも無人操作されていたという事実の方に強い関心を抱いたナツがそう呟く。興味深い物を見たといった言葉を聞いて、マウントをとってタコ殴りにした上、倒した相手のリアクターが飛び出して爆発するという強烈な光景を見て固まっていたシャルが我に返る。そして動かなくなったシュヴァルベの傍らにより、頭部を失ったのに血が一滴も流れていない姿を見て、本当に人が乗っていないことを確認した。

 

「本当だ……。ISの無人化は出来ないって言われてるのに」

『そなの?』

「うーん。私の勘違いかもしれないけど、確か現時点では不可能だって結論出されてた気がする」

 

 それを聞いたナツはそんな特殊な存在が自分達を襲ってきた理由を考える。

 

『まぁいいや。とりあえずをやる事しよう』

 

 だが考えたところで答えはわからないと判断してすぐにやめると潰したばかりのシュヴァルベ・グレイズの腕を掴んで引き摺って行く。

 

「やる事って?」

『これ直してシャルの新しい機体にする。リアクターはグレイズに使ってたのを使い回す』

 

 ナツがなるべく頭だけ狙ったのはできるだけ壊さずに奪い取ろうという狙いからであった。そして思惑通り頭部以外は胸部装甲が凹んでいる程度のダメージで戦闘不能にしたシュヴァルベ・グレイズを適当な建物の壁に立て掛けるとシャルに向けて手を差し出す。それがグレイズ改を渡せということだと理解した彼女は素直にグレイズ改の待機状態であるペンダントを手渡した。

 

 受け取ったナツはグレイズ改をその場に展開。リアクターを取り出してシュヴァルベ・グレイズに移し代えると、そのままグレイズ改を放置すると道具を呼び出して器用に機体を分解し始めた。

 

 そして生身の代わりに内部に入っていた人体を模した機械の人形。無人運用に必要と思われる貴重なそれを外しては躊躇いなく捨てて通常の状態に戻していく。

 

 グレイズ改への改修時には眠っており、バルバトスの修復の時はラウラが主導に行っていた為、実質的にナツの整備技術を初めて見るシャルは驚きながらも興味津々といった様子で見つめていた。ナツは見られていることに気が付きながらも、あえて気が付かぬふりをしながら手元に意識を集中して作業する。

 

 

――――そんな二人を見つめる人影があった

 

 

 ナツ達から十メートル程離れた遮蔽物の無い荒野に立っているのは、金色の仮面で顔の上半分を隠し、銀色の髪を靡かせるこの場には明らかに似つかわしくないスーツを着た人物。服の上からでもわかるふくよかな胸元から女性である事はわかるだろう。

 

「ふふ……やっぱりあの程度の玩具じゃ彼を倒すのは無理だったかぁ」

 

 仮面の女は無邪気な笑みと共にそう呟く。彼女は声を抑える事も姿を隠す素振りも一切見せていないというのに、シャルだけではなくナツですらその存在に気が付かない。

 

 明らかに異常な存在。そして仮面の女の異常性の際たるものはその足元にあった。日差しの下に立っているというのに彼女の立つ地面の上に影が存在していなかったのだ。

 

「三度の阿頼耶識施術に成功。バルバトスを手に入れておまけに同調率は九十%。本当に凄いね……だけど」

 

 ナツの阿頼耶識の本数だけでなく、あの夜にあの場にいなければ知り得ないはずの同調率の情報を楽しげに喋っていた仮面の女の声色が不意に失望が籠った物に変化する。

 

「それでもグシオンとの戦いでも、今の戦いでも覚醒には至ってない。やっぱ雑魚が相手じゃダメなんだね。気は進まないけどやはり最強の駒をぶつけないと駄目かな?」

 

 そう言うと仮面の女が踵を返し、同時にその姿が光に包まれてISを纏う。その機体はグシオンとの戦いの際に突如出現したグリムゲルデであった。

 

「さてどうやったら我が親友と愛しの()()を戦わせることができるか……」

 

 グリムゲルデを展開した仮面の女はそう呟きながらその場から音もなく瞬時加速を行って姿を消す。その際に生まれた風がナツ達の頬を撫でたが、二人がその存在に気が付く事は最後までなかった。

 




グリムゲルデを駆る謎のモンターク(♀)一体何者なんだ……。


『ビーム兵器』

近年研究されている熱量兵器。エイハブ粒子があれば弾数を気にせず使える為、実弾に変わる兵器として研究されていた。

だがエネルギーの自動生成ができる前期型リアクター搭載機はシステムエラーが起きてしまう為、装備できず、自動生成できない後期型にしか装備できない為、無限の弾丸という訳にはいかなかった。

ビーム兵器の理論は圧縮して固定したエイハブ粒子を放つというものだが、またエイハブ粒子の圧縮というのは厄災戦時代の高い技術力をもってしても難しく、現在の最新技術で作られたビーム兵器ではナノラミネートアーマーを持つグレイズにすらダメージを殆ど通せない。

実戦で使えるレベルに至っているのは旧ドイツの研究所が開発した近接格闘装備であるプラズマブレードくらいである。

結果的にビーム兵器よりも安定したダメージを通せる実弾兵器の方が有用性が高く、最終的にはナノラミネートアーマーに確実にダメージを通せる近接兵器が最も強力であるという結論が出されている。

その為、現在ではビーム兵器は対ISではなく人やIS以外の兵器に対する武器であると認識されている。




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蒼黒の絆

二回ほど書き直してまるっきり別の物に変わりました。


 階級をISではなく鉄血のもの(自衛隊の階級)に修正します。過去のものも今回のUPと同時に修正したいと思いますので何ぞとご理解ください。

 そしてアニメの謎の男ヴィダール(CV松風雅也)……一体何者なんだ(大興奮)


 

―――旧イギリス・コーンウォール地区

 

 

 厄災戦時に喪失したティンタジェル城跡地に建てられた蒼と白の美しきコントラストの広大な屋敷の廊下を黒いギャラルホルンの制服を身に纏ったラウラ・ボーデヴィッヒが歩いていた。

 

 屋敷の大きさとは対照的に廊下には絵画や壺といった骨董品は一切飾られておらず、色合いも派手さはない悪く言えば地味な空間であったが、開かれた窓から聞こえてくる波の音と潮の香りがとても心地よく、心穏やかにさせてくれるこの場所がラウラは好きであった。

 

 最初に玄関で出迎えてくれた執事と時折すれ違う数名のメイド、そして自身を呼び出したこの屋敷の主しかいない静かな空間を満喫したラウラは、訪れた目的である主のいる部屋の前に辿り着く。

 

「オルコット様。ラウラ・ボーデヴィッヒ二尉、参上致しました」

「……どうぞお入りになってください~……」

「失礼致します」

 

 敬礼と共にドアの向こうへ呼びかけたラウラの声に疲れて間延びした少女の声が応じる。それを聞いて思わず浮かんでしまった優しい笑みを引っ込ませて真面目な表情に戻すと扉を開いて部屋の中に入る。

 

 部屋に入ると共に視界に入るのは高級そうな大きな机に突っ伏している薄手のワンピースを着た金髪の少女。

 

 机以外にはその上に置かれたノートパソコン、壁に置かれた本棚だけで他に家具や調度品が無い廊下と同様に質素な室内であったが、一点だけ異なり少女の後ろには大きな絵画が飾られている。

 

 だがそれは著名な人物が描いた美術品ではなく、笑顔で微笑む金色の髪と蒼い瞳を持つ幼い可憐な少女と、その左右で少女を見守るような笑顔で微笑む男女が描かれた幸せな家族を描いた物であった。

 

「お疲れですか? オルコット様」

 

 ラウラが声を掛けると机に突っ伏していた少女が顔を上げる。その顔は後ろの絵に描かれた少女の面影を残す人物であった。

 

 彼女の名はセシリア・オルコット。ラウラと同じ十四歳でありながらセブンスターズの一角であるオルコット家の現当主である。

 

「……今は仕事抜きでいいですわ」

「わかった。それでどうなった?」

 

 再び机に突っ伏したセシリアがそう言うとあっさりと敬語を止めて本来の口調で問いかける。

 

 ギャラルホルンという組織の中ではセブンスターズ当主と直属部隊の隊員という間違ってもラウラがため口を使っていい相手ではない。だが個人的には二人は友人であり、互いに師であり弟子であり、そして命の恩人であるという非常に特別で強い絆で結ばれた間柄であった。

 

 なので仕事抜き。すなわちプライベートであるとセシリアが言えば二人はどこにでもいる同い年の友人に戻るのである。

 

「……篠ノ之博士を除くセブンスターズ当主で集まって、ブルワーズ壊滅後のアフリカ大陸をどうするか話し合いました」

「それは知ってる。その結果がどうなったかが知りたい」

「……アリアンロッドは動きません。介入に賛成したのは更識家だけで他は静観を決めました。ただ更識家は賛同したとは言っても動く意思はないようなので実質他と変わりません」

 

 相当疲れているのか頭が回っていない様子のセシリアに話の続きを促す。遠慮をしないというのはラウラという少女にとってそれだけ親密な相手だという事である証拠であるので嬉しいと思うセシリアであったが、反面疲れてるんだからちょっとは優しくしてくれてもいいのではないかと思いつつそれは口にせずに結果だけを伝える。

 

 アフリカ大陸での戦いでナツの力を借りてDDを倒したラウラは即座に帰還してその事をセシリアに伝え、セシリアはこれを切っ掛けとしてアフリカ大陸へギャラルホルンの派遣を行ってヒューマンデブリの保護、治安回復と統治を行うとした。

 

 しかし彼女と更識家を除くセブンスターズがこれに対し反対の意を唱え、ギャラルホルンの部隊を動かす事を認めなかったのである。そうなってしまえばセシリアにギャラルホルンの部隊を動かす事はできない。

 

「シュバルツェア・ハーゼだけで何とかしろという事か……まぁ無理だな」

「わかってますわぉ……」

 

 一切オブラートに包まないでばっさりと結論を口にしたラウラにセシリアが情けない声を上げる。現時点で彼女が自由に動かす事が出来る部隊は少数精鋭であるラウラの属するシュバルツェア・ハーゼのみ。

 

 流石に彼女達だけで治安を維持するなど不可能であろう。それがわかっている上にどうする事も出来ず、こうして頭を抱える事しかできないのである。

 

 目の前の問題解決を焦り、こうなる事を予測できなかった己の甘さと失策をセシリアはどうすれば挽回できるのか必死に考えており、ここ数週間最低限の睡眠以外はセブンスターズとしての仕事と問題解決の手段の模索に時間をかけていた。

 

「助けてやりたいが私に政治はわからん。それでデュノア社の件はどうなった?」

「……そちらは問題ありません。調査の結果、デュノア社長夫人と社長の弟のテロリストとの繋がりが判明し……更識家によるしかるべき処断が下されました」

 

 表情に影を落としながらそう答えるセシリア。それを聞いたラウラも複雑な表情を浮かべる。セシリアと同じセブンスターズである更識家の仕事はギャラルホルンに牙を向けるもの達の粛清という組織の汚れを一手に背負う物。

 

 そしてその実行部隊を率いるのはその十七代当主、更識楯無。常に穏やかな微笑みを湛えながら、反逆者を冷酷に苛烈に処理していく姿から【微笑む殺戮姫】の名で恐れられるセシリアやラウラより一つ上で少女だ。また前当主が任務の最中に亡くなり当主を継いだ際に、同じ正当後継者であった妹を邪魔であると追放して一族を掌握した人物である。

 

 デュノア社の動きを諜報に特化した更識家と共に探った結果、デュノア夫人と浮気相手である社長の弟がテロリストと手を組んでデュノア社の乗っ取りを計画している事が判明。

 

 単純な乗っ取りであれば更識は動かないが、テロリストと手を組んでいるとなれば彼女達が動くのは当然であり、そのまま二人の粛清とデュノア社内部の不穏分子の摘発が行われたのである。

 

 そしてこの件で大幅にダメージを負ったデュノア社は倒産の危機を迎えるが、オルコット家が後ろに付く事でそれを回避。多少規模を縮小しながらもギャラルホルン直轄企業となる事で無事に持ち直す事に成功した。

 

「……あまり気持ちの良い結末ではないが、彼女を迎える事に問題は無くなったな」

「そうですわね。なのでラウラさんは予定通りデュノア社長令嬢と『護衛の方』の御迎えを頼みますわ」

「……感謝するセシリア」

 

 ラウラがセシリアに頭を下げながら礼を口にする。ラウラがセシリアに話したアフリカ大陸での出来事の中には当然シャルとナツの事も含まれていた。

 

 ナツには無理だと伝えていながらも彼の事もどうにか助けたいと思っていたラウラは、オルコット家の庇護下に入れる事で人間らしい生き方ができるようにしてやりたいと考え、セシリアに彼の保護を頼んだ。

 

 セシリアも阿頼耶識手術を三度行って生還したという、他のセブンスターズの手に渡ればどんな扱いを受けるかわからない特異な存在を守る為の措置として自らが保護するべきと考え、同時にラウラがここまで執心する少年に興味を抱き、会ってみたいとも思い了承した。

 

「私の我儘に付き合わせてしまったのですからそれに答えるのは当然ですわ。それに……」

 

 セシリアが机の上に置かれた開かれたままのノートパソコンを操作する。そこに表示されたのはかつてDDが使用し、ラウラの手によって鹵獲されたガンダムフレーム、グシオンのデータと同じくガンダムフレームであるバルバトスの整備記録。

 

「正直これだけでも充分すぎる戦果ですわ」

 

 厄災戦の遺産の中でも最高峰のISのリアクター本体と別の機体の整備記録という貴重なデータは、セブンスターズの一角であるオルコット家の財全てに匹敵する貴重なものだ。本来の目的は達成できていないが、これを得ただけでも今回の行動は無駄ではなかったといえるだろう。

 

 とはいえやはりセシリアにとって重要なのはアフリカ大陸の解放とヒューマンデブリの解放と尊厳の回復であり、そちらがうまくいっていない時点で失敗である。それが自身の采配ミスである為悔やむ事しかできないのであるが。

 

(うぅ……無能な自分が嫌になりますわ……)

「……なぁセシリア。もう一つだけ頼みがあるんだが……」

 

 自己嫌悪で再び机に突っ伏すセシリアにラウラが改まった様子で声をかける。その声を聞いて短期間で二度目の頼みをしてくるとは珍しいと思いつつ、顎を机に付けたままラウラに顔を向ける

 

「そのIS……グシオンを私用に改修して貰えないだろうか」

「いいですわよ」

 

 決意の籠ったラウラの願いにセシリアはあっさりとそう答える。

 

「い……いいのか?」

「元々ラウラさんに渡す予定でしたから。わたくしが持っていても使いませんし」

 

 戸惑うラウラにセシリアは自身の左耳に付けられた紫色の槍型のイヤーカフスに触れながらそう答える。それは彼女の専用ISの待機状態であると共に初代当主が使用していた言われるオルコット家における家宝であり、当主の証であった。

 

「実はすでにラウラさんが使う事を想定して改修作業を行っていました。今回呼んだのはその試験運用と貴女に合わせた調整の為です」

 

 そう言うとセシリアが立ち上がって背伸びをすると入り口に向かって歩き出す。ついて来いと言う無言の意思を受け取ったラウラは慌ててそれに付き従う。

 

「グシオンの改修は早速デュノア社にお願いしております。少し遠いですが一緒にトゥールーズ地区に向かいますわ。そこで模擬戦をしながら調整しますわ」

「……一応聞くが模擬戦の相手は?」

「当然わたくしですわ!」

 

 振り返りながら右手の人差し指で自らを指さすセシリア。腰をひねらせて上半身だけラウラの方に向けているのでその魅力的な胸元が強調されるが、そういう事に一切関心のないラウラはそこには全く反応しない。

 

「……まぁ実力に問題はないし、いい調整相手にはなるな」

 

 セシリアが模擬戦の相手として自身を選んだのは確実に気分転換の為だろうが、ラウラに不服は無いどころか充分であると判断してその提案を受け入れる。

 

 何故ならセシリアは令嬢のような外見に反して生身でもそれなりに鍛錬を積んでいるので一般兵士程度の技能は有しており、特にISの技量に関してはセブンスターズという立場でなければ最前線に立って武勲を上げられる程の実力者であるからだ。

 

「調整に九日。その時点で完成未完成問わずにシュヴァルベで二人を迎えに行く」

「わかりました。その方針で行きましょう」

「あぁ」

 

 約束の合流の日まであと十日。可能ならばそれまでに仕上げたいというのがラウラの本心であった。

 

 ISの性能差が勝敗を決すると考えたくはなかったラウラであったが、格闘特化のシュヴァルベ・グレイズがマン・ロディに通じず、ギャラルホルンの研究者が対個人戦においては無敵と自信を持っていたAICはグシオンには一瞬たりとも効果を為さなかった。

 

 突如現れたグリムゲルデがマン・ロディを一蹴する姿を見ているラウラは、自身が何もできなかったのは己の実力不足だと第三者が聞けば間違いだと断言するような結論を出している。

 

 だが同時にそれを任務失敗の言い訳にできる訳がないとも考えていたラウラは絶対的な力の象徴であり、これから二度と負けないという決意の表れとしてガンダムフレームを望んだのだ。

 

(もう敗北はしない。これからはグシオンと共に勝利をセシリアに捧げ続けよう)

 

 そう心の中で不敗の決意とグシオンを託してくれた友であり主であるセシリアへの忠義を誓ったラウラは機体の完成を優先し、十日間ギリギリまでグシオンの調整を行い完全に自身の専用機として使いこなす事ができるようになる。

 

 だがこの判断が大きな運命の分岐点となってしまうとは、今はまだこの世界の誰しも知る由が無かった。




誤字脱字チェックしてもどっかで抜けてしまうこの頃。なのでご指摘大歓迎です。



【セシリア・オルコット】

セブンスターズの一角であるオルコット家の現当主である十四歳の少女。

五年前に列車での自爆テロにより両親を亡くした為、若くして当主を継いでいる。

そのテロには自身も巻き込まれたが、父親が身を挺してその身を守った事で致命傷を負わずに済み、その後救助に来た実験兵としてシュバルツェア・ハーゼに所属していたラウラによって発見されて一命を取り留めた。

ラウラのある事情を知った彼女は、その後正式に当主となった際の最初の仕事で彼女を救い出す事に成功し、それ以降セシリアはラウラと交友を深めていく。

その後―――――




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悲劇の白刃

めっちゃ長くなりました。そして切るタイミングが掴めなかったので1本で投稿してます


 

 

 

――――約束の日

 

 

 ラウラと交わした一ヶ月後の朝が訪れ、ナツとシャルはラシード地区へと向かうべく歩みを進める。

 

 一週間前の襲撃後、ナツが鹵獲し修復したシュヴァルベ・グレイズを新たな愛機としてナツと共に今日まで過ごしてきたシャルに大きな変化があった。

 

 まずシュヴァルベ・グレイズとは操縦の難易度を代償として通常のグレイズよりも高い性能を発揮できるようにしたISである。

 

 故に使いこなすのには相応の訓練と優れた技量が要求される玄人向けの汎用性が欠如した機体であり、シャルのような素人が使っても機体に振り回されてグレイズ以下の性能しか発揮させることができないのが普通である。

 

 だがシャルは最初の一日は高機動に振り回されたものの二日目には運用に慣れ、現在ではグレイズ改を使用していた時以上の強さを見せていた。

 

 これ程急速にシャルが成長したのは彼女自身のセンスの良さもあるだろうが、それ以上に後期型リアクターとシュヴァルベ・グレイズの機体特性がシャルロット・デュノアの能力を最大限に生かす物であったからだろう。

 

 まずは武装搭載数の上限差。

 

 前期型リアクターと後期型リアクターの差異はいくつかあるが、その中でも最大といっていい相違点として拡張領域と呼ばれる武装を収納する空間の容量差がある。

 

 バルバトスやグシオンのようなガンダムフレームが搭載している前期型リアクターは、拡張領域と呼ばれる量子変換した物体を収納する空間が非常に小さい為、IS用の装備を格納する事が出来ず、武器を含めて一つのISとして認識させる事で武器を保有した状態で待機状態に戻さなければならない。

 

 その為、前期型リアクター搭載機は両手に持てる分と武装マウントに装備できる分までしか装備を保有できない。ナツが深紅の剣を手に入れた時に滑空砲を放棄したのはこれが理由であった。

 

 一方グレイズやシュヴァルベ・グレイズの搭載している後期型リアクターは拡張領域が非常に大きく、量子化した武装を複数搭載する事ができる。

 

 速度に個人差はあれど自分の意思で武器を即座に呼び出す事が出来る為、前期型リアクター搭載機と違って装備を取り出し構えるというモーションをせずに武器を使う事が可能となっている。

 

 だが阿頼耶識を持たない人間は思考してからISが反応するまでの時間がほんの僅かの差であるが一致しない。

 

 その影響によって武装の展開には早くても一、二秒のタイムラグが生まれてしまうのだが、非常に優れた並列思考能力を持つ人間であればその差をほぼ零にまで縮め、瞬時に武器を展開、収納ができる。それがアインとの戦いでシャルが見せた【高速切替】である。

 

 そして本来シュヴァルベ・グレイズが主に行う高機動戦は足を止めた戦いよりも周囲の状況を認識、対応する事が難しいのだが、高速切替が使える程並列思考が優れている者はそういった状況判断能力も高い為、問題なく扱える場合が多いのである。

 

 このような理由からシュヴァルベ・グレイズとシャルの相性は非常に良いのだが、理論など一切知らずに感覚で戦うナツはシャルがなんか強くなった程度としか思っておらず、肝心の本人はグレイズ改よりも使いやすい程度の認識しか持ち合わせていなかった。

 

 ちなみに損傷が激しかったグレイズ改はあの場に放棄された。あそこまで壊れてしまったら直すのが難しく、ジャンク品として売却しても大した額にならないだろうから持っていくメリットがないとナツが判断したからだ。勿論絶対に直せないとは限らないが、おそらくはナツ以上の整備能力を持った者が設備が充実した施設で修理しなければ不可能であろう。

 

 だがナツにとっては邪魔な荷物でもシャルにとっては幾度と自身の命を守り、共に戦った愛機である。なので捨てる事に抵抗があったが、状況を考えてやむを得ず手放す事を受け入れた彼女はせめていい人に拾ってもらって修復される事を祈るのであった。

 

「いよいよだね……」

 

 そんな葛藤をもあったが何とか乗り切ったシャルが、長かったようにも短かったようにも感じられる密度の濃い一ヶ月を終えた事にフードで顔を隠したまま感慨深げに呟く。

 

 母の死。叔父の裏切りによる誘拐。そして死地に送られ殺される直前で見ず知らずの少年に救われ、共に旅をする事になった。

 

 それからすぐにギャラルホルンとの戦いからブルワーズという犯罪集団との戦いに巻き込まれ、共通の敵が現れた事で最初は敵であったギャラルホルンとの共闘。戦いの最中の謎のISの乱入、その果てにブルワーズの首領を打ち倒すところを見届けた。

 

 そんな激動の数日が終わった後の一ヶ月も同行者となった少年との日々は目まぐるしい物であった。決して楽しいものではなく、辛く苦しいものであったが視野が広がり、精神的な成長を感じられ、とても意味のある時間であったとシャルは感じていた。

 

「……あぁ」

 

 同じくフードを深く被って顔を隠しているナツはそれに短く応じるだけだ。そしてシャルは気付かなかったが、その声には落胆と切望の色があった。

 

 シャルが信じているかは別として、彼女に出会った頃に伝えたようにナツがシャルの手を取ったのは善意ではない。

 

 

――――避けられない厄介事、命の危機、戦う理由

 

 

 今となっては仲間意識が芽生え、その望みを叶えてやりたいという想いも持っているが、出会った時はただそれが欲しかった為にシャルを助けたに過ぎない。

 

 戦う理由はできたし、命の危機はあった。避けられないと言うほどではないが厄介事もあった。だがナツが本当の欲しかったのはその果てにあるものであり、そしてそれは手に入らなかった。

 

(俺が本当に欲しかったのは――――)

 

 そこまで考えたナツが不意に足を止める。ラシード地区へ続く道なき道を歩く二人の前にいつの間にか人影があったからだ。

 

 こちらと同じく顔をフードで隠し、身体付きも防塵用の外套のせいで隠されており一見して性別はわからない。だが立っているだけだというのに一切隙が無く、それだけで相当実戦慣れしているか武芸に秀でているのだというのが充分に伝わってくる。

 

『っ?! シャル! 下がれ!』

 

 不意に相手が強烈な殺気をこちらに向けて飛ばし、それを受けて危機を察知したナツが無言でバルバトスを展開し、左右の手で太刀と深紅の剣を構える。

 

「確認の手間が省けた。貴様がアイツの言っていた白いISか」

 

 ISを展開したナツの耳に女の声が聞こえてくる。その声の主が目の前の人物であり、女の言葉から殺気を放ったのはナツにISを展開させる為であったと気が付く。

 

『……いつでも動けるように警戒してて』

 

 こちらの行く手に立ち塞がり、殺気を向けて来た相手を排除するのに躊躇するナツではない。誘導された事に不快感を感じながら目の前の敵を排除すべき存在と認識すると冷静にシャルへとそう指示を出し、小さく息を吐いて全ての感情を消し去った。

 

 一時的な感情の消去。自身の中でスイッチを切り替える事で、あらゆる感情を欠落させつつ冷静な判断能力を保ちながら行動する事ができるようにするナツが自力で修得した技術。

 

 元々は人を殺す事が辛くて苦しいとまだ感じていた頃、それでもどうしても殺さざるを得ない時に己の心を守る為に覚えた自己防衛の手段であったが、殺人に慣れてきた頃に、こちらの感情を相手に読ませないという使い方があると気が付いてからはこのような風に使うようになった。

 

 相手に思考を読ませないという利点はあるが、感情の爆発による瞬間的な脳のリミッター解除ができないのでこのように目の前で対峙している相手に初動を読ませない程度しか使えない。

 

 だが敵意も消えるので、同時に武器を持つ手から力を抜いて僅かに下げれば、相手は攻撃の意思はないと勘違いしてくれる場合が多く、油断を誘いやすい。

 

「試すような真似をして済まない。お前に―――」

 

 狙い通りこちらが話し合いに応じると思った女が何か言おうとするが言い切る前に瞬時加速で女との距離を詰め、当たれば死ぬのだからと一番当てやすい胴体へ横薙の斬撃を振るう。感情を消していた事で完全な不意打ちとなった女の左側へと放たれたその一撃はそのまま胴体を分断する。

 

 

――――はずであった

 

 

『くっ……!』

 

 だが、その斬撃が振るわれると共に聞こえてきたのは肉を斬る音ではなくて甲高い金属音と女の声。同時に視界にとらえたのは白い装甲のISを展開し、その左手に持った純白の刀を縦に構えて斬撃を受け止める女の姿であった。

 

 ナツは止められた次の瞬間には感情を即座に戻し、右手の太刀で鍔迫り合いをしながら左手の剣でがら空きになっている反対側の胴体を狙う。だが女は右手の刀を量子化して収納すると同時に後ろへ瞬時加速で交代する事で左右からの攻撃を同時に回避する。

 

『待て……!私はお前に聞きたい事があって……!』

『先に敵意飛ばして来ておいて何言ってんの?』

 

 後退しながら再度刀を展開した女がそう呼びかける。その顔はナツのバルバトスと同様にフェイスガードで隠されており表情はわからないが、声色から焦っているのが伝わってくる。だがナツは聞く気は無いと左手の剣を逆手に持ち替えながら女の言葉を一蹴し再び攻撃に移った。

 

 ナツは二本の獲物を無秩序ながら切れ味を最大限に発揮できる動きで操って攻めるが、女は洗練された動きでそれを防いで逸らす。

 

 一進一退の攻防。阿頼耶識によって反応速度はナツが上回るが、純粋な剣の技量は女の方が上である為、実力差は五分五分といっていい状態となっていた。今はナツの方が優勢であるが、それはあくまで対話を望んでいる女が防御に徹しているからであり、攻撃に転じれば完全に拮抗するであろう。

 

『シャル。先に行って。こいつを片付けてから俺も行く』

「でも……」

『悪いけどこいつ強いから庇いながら戦う余裕ない』

 

 忍耐力勝負だと判断したナツは防衛対象であり自身にとって最大の不確定要素となりかねないシャルにこの場から離脱するように告げる。

 

 勿論、シャルを一人にする事に不安がないとは言えないナツであったが、彼女の実力ならばそれなりの相手ならば対処できるだろうし、ラウラと合流できれば大丈夫だろうと二人の少女への信頼からこれが最適と判断した。

 

『……わかった。先に行って待ってるから!』

『……あぁ』

 

 シュヴァルベを纏ったシャルの言葉にナツが短く応じると彼女は街へと移動を開始する。ISの加速力とレーダーによる補足ができないというアフリカ大陸の環境が合わさってすぐにその姿はナツの視界から消える。

 

(さようならシャル)

 

 彼女の姿が消えると同時に心の中で小さく別れを告げると同時に一度距離を取り、右手の太刀を収納して片手を空け、瞬時加速で再び距離を詰める。

 

 そのままカウンターを恐れずに渾身の力で放った逆袈裟は女の持つ剣を弾いて僅かながら隙を作り、空いた右手で女の首を掴むとそのままラシード地区とは真逆の方向へ瞬時加速を使って一気に加速する。

 

『ぐっ……!』

 

 グレイズの頭部を握りつぶした程の強力な握力で首元を掴まれた女が苦悶の声を上げ、女は手を掴んで引き剥がそうとするがナツの手が離れる様子はない。そのまま捻り潰そうと力を込めようとしたナツだったが、視界の端で女の剣が変形し、エネルギーの刃が形成されるのを捉える。

 

 それを見た瞬間、悪寒を感じたナツは咄嗟に首の拘束を解き、右足で女の胴体を蹴り飛ばしながら後ろに向かって瞬時加速を行うが、それよりほんの僅かに早く女の剣が振り上げられ、切っ先がナツの左肩を捉える。

 

『……っ?!』

 

 その瞬間、左肩に焼けるような痛みが走りナツの表情が僅かに歪む。距離を取り攻撃を受けた場所のダメージチェックを行うと装甲が溶け、その下の皮膚が焼けている事に気が付く。

 

『へぇ……』

 

 それを見たナツの表情が変化する。質量の無いエネルギー兵器でバルバトスにダメージを与える事はできないという認識を持っていたナツにとってこれは予想外の結果であったからだ。

 

『まさか傷付けられると思ってなかったから驚いた……よっ!』

 

 バイザーの下で()()を浮かべたナツは、その未知の攻撃を警戒しながら女と一定の距離を保ち、再度太刀を抜刀して二刀流に切り替えると、今の間に実刃に戻っていた女の剣と斬り結ぶ。

 

『私は人を探す為にここに来た……!』

『興味ない……ねっ!』

 

 このままでは話し合う事などできないと判断した女が刃を交えながらナツへ呼びかけるが、構わずナツは攻撃を続ける。

 

 ただしバルバトスの強力な防御を無視した貫通攻撃の特性を警戒し、即座に離脱できる状態を維持しながら戦っている為、先程よりも苛烈さは薄くなっている。戦いながら女が話しをする余裕ができたのはこれが理由であった。

 

『私の名前は織斑千冬! 探しているのは弟で名前は織斑一夏と言い、生きていれば十四になる!』

『知らないよ。見つかるといいねっ……!』

『貴様のISと弟らしき日本人が共にいたのを私の友が見たと言っていたんだ……! もう手がかりがそれだけしかないんだ! 頼む! なんでもいい……知っている事を教えてほしい!』

『だから知らないって……のっ!』

 

 すがるように問いかけてくる女へ答えの代わりとばかりに、刀を半回転させて逆刃に持ち替えての強烈な打撃を叩き込む。女はそれを防ぐが、高出力を誇るバルバトスの一撃を完全に止める事は出来ずそのまま弾き飛ばされた。

 

(やっぱ使いにくいなこれ)

 

 手にした太刀を再度持ち替えながらナツが内心で呟く。太刀の斬撃の威力は凄まじいが、どちらかと言えば打撃武器のような力任せに振るう武器の方が好みのナツにとって、記憶を失う前はわからないが今の自身にはあまり相性がいい武器ではなかったのである。

 

『目撃したのは旧イスマイリア地区だと言っていた! 何か覚えて―――』

『……イスマイリア?』

 

 その地の名前を聞いてナツが思わずといった様子で言葉を漏らす。その名は彼にとって確かに印象深い場所であったからだ。

 

 DDの元から去ってから少したった頃、街の中に身を隠していたナツはブルワーズの襲撃を受けた事があった。

 

 当時のDDはグシオンを有しておらず、その時はそれ程苦戦する事無く離脱する事ができたのだが、主にブルワーズ側の攻撃によって街が壊滅するという結果となってしまった。その場所が旧イスマイリヤ地区であったのである。

 

(あの場所にいたのか……という事は……)

 

 あの時街は大打撃を被り多数の死者が出ていた上、ナツが離脱した後もブルワーズはその場に残っていた。

 

 殺戮と蹂躙を快楽とするDDが残された街の人間に何もしないとは想像できず、ナツはオリムライチカという少年はもうこの世にいないだろうと推測する。

 

 ある程度は不可抗力であったとはいえ、ナツが原因の一端としてその少年が死んだと知れば目の前の女はこちらに殺意を向けてくる可能性がある。戦いを避ける為ならば知らないと白を切るか嘘を伝えて誤魔化すべきだろう。

 

『俺がいた時期にそこにいたって言うなら確証は無いけどたぶん死んでると思うよ』

『な……ん……だと?』

 

 だがナツはあえてその事を女へと伝える。何故ならば戦いを避けようという意思などナツには欠片もなかったからだ。そもそもそのような考えがあったならば最初に斬りかかるような真似はしていない。

 

『そこで結構派手に戦って街の大半吹っ飛んだからたぶん巻き込まれて死んで―――』

 

 ナツが言葉を言い終える前に今度は女が瞬時加速で接近し、エネルギー刃を再度形成した純白の剣の切先がナツの首元に迫る。だがそうなる事を予想していたナツは余裕で反応して太刀で攻撃を受け止める。

 

『チッ……!』

 

 だが完全に対応しきったはずのナツの表情が苦々しい物に変化する。何故ならばエネルギー刃を受け止めた太刀の刀身がじわじわと溶けていったからだ

 

 ナツが後ろに後退すると同時に太刀の刀身が切断される。だが女の攻撃は止まらず、そのまま距離を詰め、返す刃で今度はナツの胴体を狙う。

 

 その攻撃を避けきれないと判断したナツは反射的に残った深紅の剣で斬撃を受け止めてしまい、お互いにそのまま刀身が溶けてナツの胴体を切断する未来を想像した。

 

『何っ?!』

『これは……?!』

 

 だが互いの武器がぶつかった時、両者の予想と異なる結果が生まれる。深紅の剣にエネルギー刃が触れた瞬間、深紅の剣に吸い込まれるようにエネルギー刃が消滅し、それに呼応するように深紅の剣が紅く眩い光を放ったかと思うと、膨大なエネルギーが弾けてその衝撃でナツの手から剣が弾かれる。

 

『っ?!』

 

 ナツは咄嗟に刀身が中ほどから溶けた太刀を捨て、効き手である右手で深紅の剣を掴み取ると、今度は瞬時加速で後ろに一気に後退して女との距離を取る。

 

『正直今ので()()()()と思ったんだけど……そううまく行かない―――』

『貴様が……』

 

 その手に持った剣の特異性に驚くナツだったが、女の呟きを聞いて言葉を止める。

 

『貴様が一夏を殺したのか?』

『さぁね。まぁ俺の事情であの街が戦場になったって意味では俺が殺したのかもしれないな』

『貴様ぁっ!!』

 

 女が殺意を振り撒きながらナツへ斬りかかる。吸収を警戒してかエネルギー刃は形成されておらず、怒りのせいで単調でナツにはどこを狙っているのか手に取るようにわかる斬撃であった。

 

『ぐっ……?!』

 

 だがその一撃は先程までとは比べ物にならない威力が籠っており、受け止めたナツが思わず小さく呻き声を上げる程であった。

 

『私の命に代えても仇を取らせてもらう……!友がくれたこの白式で!』

 

 女の白いIS、白式は守りに徹していた時とは比べ物にならない機動力と重い斬撃でナツを苛烈に攻めるが、バイザーで隠されたナツの表情は先程傷付けられた時と同じく笑みが浮かんでいた。

 

(ようやくだ……!)

 

 ナツは歓喜に心を震わせながら女の全力の攻撃を躱し、防ぎ、隙を見つけては斬りかかっていく。その表情はずっと欲しかった物を手に入れた子供のように無邪気なものであった。

 

(やっと見つけた……! ()()()からずっとアンタみたいな人を探してた……全力で生きようとする俺を殺してくれる奴を!)

 

 ナツは機体の負荷を考慮しない動きと今の自身が出せる最高の反応速度を発揮して女の全力に追随していく。

 

 愛する弟を奪った仇を討たんと死力を尽くして戦う女と、死なないように本気で戦いつつ、自らの死を望むという強い矛盾を抱くナツ。

 

 

―――そんな永劫に続くかと思われた二人の死闘は唐突に終わりを迎える

 

 

 突如ナツの剣を握る右手首からバチリとショートするような音が響き、急に力が入らなくなったのだ。

 

 そしてそんな状態では女の攻撃を受け止めきれるはずもなく、互いの剣が交差した次の瞬間にはその手から深紅の剣が弾き飛ばされてしまう。

 

 無防備を晒す事になったナツは後退して剣を拾いに行こうとするが、それよりも一歩早く女の手に持った純白の剣がエネルギー刃に変化していた。

 

『くっ―――』

『はあああああっ!!!!』

 

 瞬時加速と共に放たれた突き。その動きをナツは完璧に捉えていたが、深紅の剣を失ったナツにそれを防ぐ手段は無く、その切っ先は吸い込まれるようにナツの右脇腹を貫く。

 

 勝敗は決した。二人の間に実力差も武器の有利不利も、そしておそらく機体の性能差も無かった。

 

 違いはただ一つ。万全な状態であった白式とラウラによる整備と修復があったとはいえ結局は現地での応急処置に過ぎなかったバルバトス。それが二人の明暗を分ける決定的な要因となったのだ。

 

『ガハッ―――?!』

 

 自身の敗北をナツが悟ったナツを文字通り焼けるような痛みが襲うと共に、彼の世界から音が消失した。同時にエネルギーが尽きたのか女のISが解除され、出会った時と同じフードを被った姿が晒される。

 

 それに合わせてナツの腹部を貫いていた刀身も消え去り、ナツの身体に人の腕が通るほどの空洞が残される。エネルギー刃に焼かれた為か出血は無いが明らかに重傷であり、本来であれば激痛に襲われ続けているはずであるような傷であったが、ナツは痛みを感じていなかった。

 

 痛覚遮断機能。特定条件下で発動する阿頼耶識システムによる防衛機能によって意識の低下と共に痛みを一切感じなくなっていたのだ。

 

(あぁ―――)

 

 この感覚を味わうのは初めてであったが、ナツはこれが意味する事を知っていた。

 

 痛覚遮断が起きる条件は施術者が致命傷を負う事。それが今発動した理由を理解するのは難しい事ではなかった。

 

 やがてバルバトスの展開を維持出来なくなり、ISが解除されてナツがその場に膝をつく。その時、突風が吹いてナツと女のフードが外れてお互いの素顔が見える。

 

 女の顔を見た瞬間、ナツはその顔をどこかで見た事のあるものだと感じるが、意識が朦朧としてきていたナツはどこで見たのか思い出す事が出来なかった。

 

(これで―――みんなに会える―――)

 

 薄れゆく視界の中、驚愕と絶望に染まった表情で何か自身に話しかけている女の姿が見えるが、その意味も理由もわからないままナツの意識は闇の中へと沈んでいった。





――――このSS書き始めた時からやる気満々だった展開である


【前期型リアクターと後期型リアクターの差異】

――【前期型リアクター】――

 現時点での搭載IS

 バルバトス、グシオン、マン・ロディ、グリムゲルデ

 メリット

・阿頼耶識システムに対応している
・粒子が一定速度で回復する。ガンダムフレームの回復量は特に著しく、事実上エネルギー切れが存在しない
・ガンダムフレームのみ後期型の絶対防御の貫通能力あり

 デメリット

・拡張領域が小さく、武装の展開収納ができない
・現時点の技術では生産できない
・各リアクターの周波数に個性があり、データが残っている場合は周波数を照会する事でリアクターの識別ができる

――【後期型リアクター】――

 現時点での搭載IS

 グレイズ、シュヴァルベ・グレイズ、

 メリット
・拡張領域が大きく、量子化して武装をストックできる
・絶対防御と呼ばれる機能があり、操縦者を致命傷から守る
・篠ノ之束のみであるが生産する事が可能(本人曰く月に最大十個が限界との事)

 デメリット

・阿頼耶識非対応
・エネルギーが有限


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蠢く影

今週の鉄血の絶望感がやばくて辛い。最後のジュリエッタちゃんが癒しでした。


 

 

 

 

 モニターの灯りに照らされた薄暗い部屋。その部屋の中心に置かれた椅子に座る一人の女があった。

 

 銀の髪に特徴的な金色の仮面を着けたスーツ姿の女。ナツが無人機と戦った日に彼の姿を見ていた人物である。女の周囲には機械やケーブル、製造中のISなどが置かれており、そこがISの開発室であると推察できるだろう。

 

「かくして生き別れた姉弟はすれ違いの果てに殺し合い、弟は姉の刃に斃れるか。ありきたりな物語みたいな結末だね」

 

 唯一の光源であるモニターに映る映像を眺めていた女がポツリと呟く。その表情は顔の上半分が仮面に隠され見えない為わかりづらいが、声色から心底残念だと思っているのが伝わってくるだろう。

 

「さて、どうするべきかな」

 

 女が椅子に深く座り直しながらそう言うとほぼ同時にその背後から扉を叩く音が部屋に響く。

 

 女が振り返らずに「どうぞ」と応じると自動ドアがスライドして開き、外の光が射し込んで人影が部屋に映り込む。人影の主と向き合うためにクルリと椅子を回転させると女の視界に入ってきたのは、可愛らしい白い服に青いスカートを履いた銀色の髪を持つ眼を閉じた少女の姿であった。

 

「た……モンターク様」

「ふふ。今は二人だから束でいいよ」

 

 少女が女の名前を呼ぼうとして慌てて言い直すと女はそう言って仮面に手をかけて外す。すると仮面に繋がっていた銀色の髪も取れ、その下から後ろ手に纏めた躑躅色の髪を持つ美しい女の顔が露になる。

 

 女の名は篠ノ之束。後期型リアクターの開発者でありセブンスターズの当主である。

 

「おいでクロエ」

 

 束は先程の呟きとは違い、優しい声でクロエと呼んだ銀色の髪の少女を手招きする。クロエが少し恥ずかしそうに傍に近寄ると、束はその手をとって引き寄せて少女を自らの膝の上に乗せる。その姿は歳の離れた仲の良い姉妹のような微笑ましい物であった。

 

「お望みの結果にならなかったのですか?」

「あぁ。残念ながら我が親友が勝ってしまい、孤高の狩人は覚醒に至らずに地に堕ちたよ」

 

 クロエの頭を撫でながら椅子を回転させて再びモニターに視線を戻す。そこに写っているのは不鮮明な映像の中で倒れた少年を抱き抱える女の姿があった。

 

「元々分の悪い賭けであったけど、やはりそう都合よくはいかないものだね」

「束様でも失敗なさる事もあるのですね」

「あはは。私は神様じゃないからね。失敗するし間違えもするよ」

 

 束はそういうと左手をクロエの頭に置いたまま右手を軽く振る。すると空中投影型のキーボードとディスプレイが出現し、それを片手だけで器用に操作する。

 

 ディスプレイを見ようとクロエが目を開く。開かれた瞼の下にあったのは不思議な光彩を湛えた金色の瞳と黒い眼球という異質な物であった。

 

「興味あるかな?」

 

 クロエが覗こうとした事に気が付いた束はクロエと眼を合わせながら尋ねる。その自然ならざる異形な眼を見ても束に嫌悪や侮蔑の色は無く、純粋な慈愛に満ちた表情のままであった。

 

 クロエが頷くのを見た束は手元のキーボードを軽く操作し、ディスプレイの位置を彼女にも見やすい向きに変える。彼女がそれを覗くと市街地で戦う漆黒に染められた二体のISが映されていた。

 

 片方は薙刀のような武器を持った左右非対称のIS。左腕と右の脛辺りに装甲がなく、内部フレームが剥き出しという奇妙な姿をしたそのISは縦横無尽に動き回り、攻撃の嵐を振り撒いている。

 

 もう片方は背中に特徴的な丸みを帯びたスラスターを持ち一部にバルバトスの面影があるIS。左手にシールドで攻撃を力強く受け止め、右手に持つハルバートを必殺の威力の一撃を叩き込まんと振るっている。

 

「きっちりと足止めしてくれているようだね。流石、というべきかな……それにしても皮肉な事だね」

「皮肉……?」

「大した事じゃないよ。厄災の時代の姿が失われた二機。それを駆るのは人体実験の闇が生んだ二人。なかなか運命的な物を感じると思っただけ」

 

 戦う二機を見ていた束がクスリと笑みを浮かべながら口にした言葉の意味がわからず、クロエは彼女に問いかけると束はそう答える。

 

 そんな彼女が見つめる映像の中ではフェイスバイザーによってその顔を隠した薙刀を持った操縦者と、ハルバートを振るいながら銀の髪を靡かせる少女が激闘を繰り広げていた。

 

 実力的には拮抗しているように見えるが、銀髪の操縦者は全力で暴れる薙刀を持ったISの攻撃で街に被害が出ないようにしつつ、自身の攻撃が街に被害を齎さないように気を使っているせいで徐々に劣勢に追い込まれているようであった。

 

「万全ではないとはいえ、初陣で狂戦士と渡り合うとはね。流石は我が親友のクローンと言ったところかな?」

 

 薙刀を振るうISを見つめながら束はそう称賛を送るのを聞いたクロエが改めてその動きを見る。

 

 確かに動きに無駄があり、機体に振り回されているような様子もあった。だが凄まじい反応速度と手数、回りの被害を無視した動きによって結果的に相手が周囲を守らざるを得ない状況を作り出すことで終始優位に立ち回ることに成功していた。

 

「足止めに問題は無いようだね。回収の方も上手く行きそうだ」

 

 束が壁のモニターに視線を向けるとその中で少年を抱き抱える女。つまりナツと織斑千冬の二人が数機のグレイズと水色を基調とした色の装甲を持つグレイズに似たISに囲まれていた。

 

「死体に興味はないけどバルバトスは回収しておきたいからね。更識に回収を頼んでいたんだよ」

「……彼は助からないのですか?」

 

 モニターに表示されているナツのバイタルサインは風前の灯といった様子であり、聞かずともわかる状態であったが、心優しい少女は束ならば助ける事ができるのではないかと思い、問いかける。

 

「残念ながら腹部に十センチ以上の大きさの風穴が開いて助かる人間はいないだろうね。勿論、私が知らないだけかもしれないけど」

 

 しかし束はクロエの問いに全く悼む様子も無く淡々とした口調でそう答える。その声色は先程クロエへ慈愛の想いを向けていた人物と同じだとは思えない程冷淡で無関心だった。視線はモニターに向けられたままではあったが、その心は既に次の手を考える為に別の事を考えている。

 

「おや?」

 

 だがモニターの中で起きた変化を見た束の表情が変化する。それは先程までの無関心な物から一転し、欲しかった玩具を手に入れた子供のように無邪気で歓喜に満ち溢れた物であった。

 

 バイタルサインが死を示した瞬間、ナツの身体が光ったかと思うと、千冬の手から離れISを展開したのである。展開状態で操縦者が死亡した場合はISを纏ったままの状態になる事はあるが、当然ながら死者がISを展開する事は出来ない。

 

 だがナツは絶命した瞬間にISを展開し、膝立ちの状態のバルバトスがその場に出現する。細やかな傷跡はそのままであったが、千冬によって貫かれた腹部と斬られた左肩の部分は緑色の結晶体に覆われている。だが驚くのはそれだけではなかった。

 

「バイタルサインが……」

 

 同じくその光景を見たクロエがナツの傍らに表示されている数値を見て驚愕する。何故なら先程完全に尽きたはずの命の胎動が健常者の者と差異の無い状態に戻っていたからだ。

 

「この現象は……はははっ! いやぁ驚いたっ! 正直この可能性は除外していたよ!」

「束様……いったい何が起きたのでしょうか?」

 

 その奇跡とも呼べる現象に思い当たる節があった様子の束が心底楽しそうに笑い声を上げ、何が起きたか理解できていないクロエは束に尋ねる。

 

「簡単な事だよ。ガンダムフレームに備わった自我が操縦者を死なせないようにその命を繋ぎ止めた。ただそれだけさ」

「……え?」

 

 軽い調子で告げられた理由を聞いたクロエは言葉の意味がすぐに理解できず、数秒程思考が停止する。そしてその意味を理解すると共に間の抜けた声を出してしまった。

 

「ガンダムフレームには自我がある。最もその意思と対話する事は難しいけどね。でも彼はおそらくバルバトスと意思疎通できてるね。そうじゃないとこんな現象起きるとは思えない」 

 

 そう言うと束はクロエの両脇を抱えて立ち上がり、彼女を優しく地面に下ろすとクロエが入ってきた部屋の入口へと歩き出す。

 

「ちょっと出かけてくるね」

「どちらに向かわれるのですか?」

「彼……今はナツ君だったかな? このままではもし助かってもモルモットにされるだろうからね。そうならないように動いておこうかなって」

 

 クルリとクロエの方へ向き直りながらそう言う束の表情はとても楽しそうで、本当に少し前まで冷酷な表情を浮かべていた者と同一人物なのかと傍にいたクロエすら疑問を抱いてしまう程に異なるものであった。

 

「落としどころはIS学園に入れる事だね。保護、研究、拘束。あの場所ならば他のセブンスターズが考える狙いを全て叶える事が出来る。それに……」

 

 そこまで言ったところで束が優しい笑みを浮かべる。それは先程までクロエに向けていた物と同じ慈愛に満ちた物であった。

 

「あそこには来年から我が愛しの妹も入るからね。上手く行けばあの子の心を変える要素になるだろう。失敗するかもしれないけどね」

「あの子……束様の妹君ですね。私はまだお会いした事はありませんが……」

「そう。昔は剣道が好きな普通の女の子だったのだけど、恋していた幼馴染が生死不明になってから何故か力を渇望するようになってね。剣道を止めてIS操縦者の道に進んだのさ」

 

 モニターの中で回収されていくバルバトスに視線を向けながら妹について語る束。どこか含みのある言い方に違和感を感じたクロエだったが、彼女はいずれわかるよとでも言うように意味深な笑みを浮かべるだけであった。

 

「さて、行ってくるよ。全く自業自得とはいえ、信頼できる駒がいないせいで毎回自ら動かなければならないというのは大変だね……」

「束様。あの……でしたら私を―――」

「駄目だよ」

 

 何かを言いかけたクロエの言葉を途中で遮る束の声にはどこか怒りの色があり、クロエは思わず口を噤む。

 

「クロエは私の為に生きなくていい。自由に生きればいいんだよ。以前も言ったけど私から離れたいならば引き取ってくれる人物を探してあげる」

「ですが……! 私は地獄の中から貴女に救われました! 貴女のおかげで学校にも通えて、友人もできて幸福に生きています。何か恩返しをしたいんです……!」

「気持ちだけは受け取っておくよ。ありがとう」

 

 束から発せられる威圧感を堪えながらクロエは一切の偽りのない感謝の気持ちを込めた想いを口にする。だが束の考えは変わらないようで一言礼を返すだけで決して首を縦に振ろうとはしなかった。

 

「どうしてですか……! 私ではお役に立てないということですか……!」

「君の才能は素晴らしい。私が磨けば優秀な戦力となってくれるという確信がある程にね」

「でしたら何故―――」

「私は目的を果たす為に必要ならば誰であっても切り捨てる。それが家族であっても友であっても……どれだけ愛する者であってもね。だからクロエは私の役に立ってはいけないよ」

 

 束の歪んだ本心を聞いたクロエは今度こそ言葉を失う。彼女はすでに背を向けており、その表情から真意を伺う事はできなかった。

 

「私が本当に愛せるのは私の役に立たない存在だけ。だからクロエ。どうか私に変わらぬ愛情を注がせて欲しい。私が望むのはただそれだけだよ」

 

 そしてそれ以上の問答を拒絶するようにと束は部屋を後にする。一人残されたクロエは束が出ていった扉を見つめる事しかできなかった。

 

「さて……」

 

 クロエを置いて部屋から出た先は十メートル四方程の空間であった。自身が出て来た扉以外は透明な窓となっており、その向こう側は地上の光のが届かぬ海の底が、部屋の明かりに照らされて薄っすらと見えている。そしてその部屋の中央には緑色に光る十センチ程の大きさの球体が浮かんでいた。

 

「厄災を打ち破りし力を受け継いだ彼が表舞台に出て来た時、一体この世界にどのような影響を与えるのかな?」

 

 口元に薄っすらと笑みを浮かべたままそう呟きながら球体に触れた束の身体が光に包まれる。そしてその身体が粒子となって空気に溶けていき、光が消えた時には彼女の姿はこの部屋から跡形もなく消え去っていたのであった。

 

 






主人公生存フラグと入学&ある人物との再会フラグ。そして原作キャラがいっぱいの回でした。




『IS学園』

十年程前に設立されたセブンスターズが運営するISを学ぶ事ができる唯一の専門機関。

大抵のIS関連の会社に入るためには本校の卒業資格を得る必要があるが、試験用の機体が阿頼耶識非対応の為、実質的に女子高となっている。

訓練用の機体としてグレイズ三機、その前身であるゲイレールが二十機、ゲイレールの姉妹機であるゲイレールシャルフリヒターが七機配備されている。

なお学園教師になる為にはセブンスターズの当主の推薦が必要であり、スカウトを受けれなかった者が学園教師を目指すならばギャラルホルンに入って実績を作らなければ難しい。



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Another Story:偽りの平和の地で【前編】

外伝というか別の視点。時系列的にはグシオン戦と無人のシュヴァルベ戦との中間頃です。


―――光あるところに闇がある

 

 

 子供が大人たちに搾取され、当たり前のように殺される国もあれば、大人や権力に守られ、争いも飢えも知らずに平和に暮らせる国もある。

 

 そんな理想のような場所の名は【日本】

 

 四大経済圏が経済支援と治世を行い、セブンスターズの一門、更識家によって常に守護される非戦闘地帯である。

 

 ガンダムフレームを生み出した篠ノ之家やオルコット家と並び、自らもガンダムフレームと共に前線で戦い多大な戦果を上げた更識家。

 

 後のセブンスターズとなった二家だけではなく、立花、織斑、風間、布仏、龍造寺、篝火と言った様々な分野で二家を支え、厄災戦終結の力となった現在は衰退し権力は喪失しつつも、今でも特別視される一族が住まう地でもある。

 

 民間人の銃所持規制や駐在するギャラルホルンが治安維持に従事している為、そこに住まう人達は争いとは無縁の人生を送ることができる仮初めながら平和な国。

 

 そこにはセブンスターズの支援を受けて作られた世界で唯一、ISの実技が高等学校のカリキュラムに取り入れられている教育機関【IS学園】が存在する。

 

 学園卒業時に優秀であればギャラルホルンへ士官相当での入隊が可能であり、士官になれなくとも卒業生の方がエリート部隊であるアリアンロッドへ入れる可能性が高くなる利点がある。ギャラルホルンに入隊しない場合でも、IS関連企業への就職斡旋や有名大学への推薦枠が用意されているなど、IS学園で努力した物は所謂勝ち組と呼ばれる道に進みやすい。

 

 また世界で唯一、一般学生であってもISに触れる事ができるという貴重な機会である事や、制服改造の自由などと言った要素に惹かれて入学を志す者や海外から来る受験生も多い為、倍率は国内の高校の中で最も高くなっている。

 

 そう言った特殊な内情を持つIS学園だが基本的には通常の高校と変わりはなく、同じように入学希望者に向けたオープンハイスクールを夏季休暇を利用して行っている。

 

 そして今年もまた行われたオープンハイスクールで、周囲の視線を集めている同じ制服姿の二人の少女の姿があった。

 

 一人は濡羽色の綺麗な髪をポニーテールに束ねたスタイルの良い美少女。左手首に赤い紐に通された深紅の鈴を身に着けている少女は凛とした美しい顔立ちをしていながらも、黒い瞳はどこか憂いを帯びており、それがまた彼女の美しさを際立てている。

 

 もう一人は内はねとなった水色のセミロングの髪の眼鏡をかけた美少女。もう一人とは正反対に儚げな雰囲気を持ちながらも、眼鏡の奥の紅い瞳には強い意思のような物を感じさせる。

 

 しかし周りに見られている事が恥ずかしいのかもう一人の少女の背に張り付くようにしながら歩いており、姫を守る騎士のような印象を周囲に与えるだろう。

 

「……簪、暑い」 

 

 そんな周囲の視線を一切気にする事無く、背中にくっ付かれたままになっていた少女が自身の背に密着している少女へ声をかける。確かに真夏の炎天下の中で人と密着されたら暑苦しいだろう。だが少女は離れるようにとは口にせず、声にも非難するような色はない。

 

「だって箒……周りの人にじっと見られてて恥ずかしい」

 

 簪と呼ばれた少女は自らがその背に張り付いてる少女、箒へ申し訳なさそうにしながらも変わらずくっ付いたままそう理由を口にした。

 

「……やっぱり、鬱陶しい?」

「お前を迷惑だと思ったことは一度もない。ただ私だって常に一緒にいてやれる訳ではないからな。慣れておかんとこれから困るぞ」

「それは……わかってるんだけど……」

「五反田も御手洗も男だから入学できんし、あいつは……どうなんだろうな……」

 

 堅苦しい口調ながらも簪を気遣う気持ちが伝わってくる箒の言葉に、簪は感謝しながらも踏ん切りがつかないのか離れることなく会話を続ける。

 

 一見どこにでもいる仲の良い友人のように見える二人だが、それぞれの制服の襟元に付けられた赤い椿と水流が描かれた楯のバッジが二人が普通ではない事を示していた。

 

 それはセブンスターズの家柄の人間にのみ付ける事を許されたそれぞれの家紋を形どった徽章。

 

 赤い椿は篠ノ之家、水流が描かれた楯は更識家の家紋であり、それを付けているという事はセブンスターズの血縁者であるという事に他ならない。

 

 

――――篠ノ之箒と更識簪

 

 

 それが二人の名であり、篠ノ之、更識両家の現当主の実の妹である。

 

 とはいえ二人は若く、箒は束のようにリアクター製造ができる技術を持つわけではなく、簪は現当主により戸籍上はそのままながら実質放逐されており、セブンスターズ内部ではそれほど重要な存在と認識されていなかった。

 

 それら事実はとくに隠されておらず、少し調べればわかる事柄であるのだが、二人が注目されるのはそれだけが理由ではない。

 

 箒は阿頼耶識システム無しでIS適正最高値であるSを叩き出し、簪は厄災戦時代に使われていたISを改良した汎用性に優れた機体を設計するなど、それぞれ操縦者、整備士として既に大きな期待を寄せられている存在であるからだ。

 

 ここにいる者達はIS関係の道へ進もうとする場合が多い為、世界有数の名家出身の天才である彼女たちを尊敬の眼で見る者が多いのだが、その全てが好意的とは限らない。

 

「あのぉ。すいませーん。篠ノ之箒様と更識簪様ですよねー?」

 

 後ろから小馬鹿にした調子の口調で掛けられた声に一瞬顔をしかめた箒が振り返ると、明らかにこちらを見下したようなIS学園の制服を着た三人組の少女の姿があった。

 

 中央の少女は身長が百六十センチの箒よりも十センチ以上大きく、金髪碧眼とアーブラウ出身者の特徴を持ち、その左右に立つ少女は二人とも箒と同じほどの身長で、それぞれツリ目とそばかすが特徴的な日本人であった。

 

「……敬語はやめてください。ここの敷地内では私はただの一介の入学希望者に過ぎません」

「あ、そう。わかってんじゃん。もっと生意気な女だと思ってたよ」

 

 身体を三人の方へ向けながらさり気なく簪を庇うように背に隠しながら話に応じた箒へ、声をかけたと思われる金髪の少女があっさりと敬語をやめて嫌悪感剥き出しの様子を見せてくる。

 

 本来であれば、セブンスターズへの不敬罪としてギャラルホルンに連行されるような暴挙であるが、他でもないセブンスターズがIS学園設立時にこの敷地内では全ての地位立場一切を考慮せず、全員を一般人として扱う事を強制している。

 

 これは本来は学園内部で一般の立場の教師が名門の出である生徒に頭を下げるような事態を生み出さないために作られた法であるのだが、優れた家柄の出身者程地位をかざすような真似をせずに目上の者に敬意を払う場合が多い為、結局はこの少女のように高貴な立場の人間を見下す事に利用する場合が多いというのが悲しい現状であった。

 

「それなりの教育は受けましたので。少なくとも初対面の相手を見下すような器の小さい人間にはなりませんでした」

 

 セブンスターズ復帰前からそれなりに伝統ある家柄であった箒は目上の者に対する礼節は弁えていたが、少なくとも目の前の人物は敬意を払うに値しないと判断し、わざとらしく作ったような笑顔で皮肉を込めてそう答える。

 

「ちっ! やっぱ生意気じゃん。没落して成り上がったばっかの張りぼて一族のくせに!」

「ええ。優秀な姉のおかげです。現当主の事は尊敬しています。早くあの人の役に立てるようになりたいものです」

 

 篠ノ之家は百年ほど前に衰退した際、財や地位、初代が保有していたガンダムフレームをリアクターを除いて全て失い、十年前の束の功績によって再度セブンスターズに復権したという経緯を持つ家である。

 

 その事を歴史は長いが中身のない家柄であると皮肉った少女であったが、聞きなれている箒はいつもの事だとあっさりと流す。

 

「ところで何故私に突っかかってくるのですか? 貴女に恨まれるような事をした記憶はないのですが」

「ふんっ! 私は何の成果もあげてないのに家柄だけで持ち上げられる奴が気に入らないんだよ!」

「ふむ……」

「何笑ってんだよ!」

「あぁ、いや失礼」

 

 少女の主張を聞いた箒は予想通りの理由であった事に思わず苦笑を浮かべ、それがさらに気に入らなかったのかツリ目の少女が声を荒げたので、心のこもっていない謝罪を返す。

 

 

――――篠ノ之箒はセブンスターズでありIS適正Sを有している

 

 

 これは箒の名を世に知らしめた大きな要素だが同時に世間の評価はこれだけしか存在しない。

 

 何故ならIS競技への参加経験、練習風景の公開、ギャラルホルンの公開軍事演習といった一般人が目にすることができる機会に箒はこれまで一度も参加していないからだ。

 

「その事については反論できませんが、貴女に迷惑をかけている訳ではないのでそれは許していただきたい」

 

 箒としては単純に目立つことを好まない性格である為、そういったメディア露出のある物に出るのを避けていただけであったが、結果的に彼女達の言う通りの事になっているのでその点については反論するつもりはない。

 

「本当に生意気ね……。アリーナに来なさい! その生意気な性根を直してやるからさ!」

「IS学園に入学できると決まっていない身ですので、ご遠慮させていただきます。それでは失礼します」

 

 アリーナとはIS学園に設置された5つのIS専用の練習施設である。そこに来いと言うのはISを使った模擬戦闘をするという意味に他ならず、面倒かつ自身に一切のメリットが存在しないと判断した箒は、そばかすの少女の要求を拒否し、簪の腰を左手で抱きかかえるようにしながら三人へ背を向ける。

 

「ちっ! 逃げんのかよ。そんな臆病者は隣の情けない根暗女と一緒にいるのがお似合いだな!」

「……何?」

 

 簪への暴言を聞いた箒の声色がほんの僅かに変わる。彼女をよく知る者はそれが箒が本気で怒りを感じている時の物であるとわかる変化であり、それに気が付いた簪は三人を止めようと思うが、緊張と自身が攻撃の対象である事が相まって言葉に詰まってしまう。

 

「だってそうだろ? アンタが馬鹿にされてもずっと何も言い返さず後ろで黙って聞いてるだけじゃん」

「そんなんだから家から追い出されたじゃないー?」

「あははは! 二人ともちょっと言い過ぎー」

 

 そして三人の少女が箒の変化に気が付く事は無く、そのまま簪への暴言を言い続ける。

 

「先輩方。気が変わりました。折角ですのでご教授していただけませんか? 手続きはお任せいたしますので」

 

 それを遮るように箒が冷たい声でそう言いながら三人の方に振り返る。能面のように感情が無い表情の箒を見てようやく彼女が本気で怒っていると気が付いた三人はその威圧感と殺気に怯え、思わず後ずさる。

 

「……! 許可取ってくるから第三アリーナて待ってなさい!」

 

 だが公衆の面前であそこまで相手をけなした上に挑発を掛けた手前引くことができず、そう言い捨てると逃げるようにその場を後にした。

 

「ごめん私……何も言い返せなかった」

「気にするな。お前は何も悪くない。私が対応を間違えただけだ」

 

 そう言いながら周囲に視線を向けると在校生、見学者問わずにざわめいている。自身が注目されていた事と公の舞台でISを使った事がない事実を合わせれば、この場の大半の者が箒の戦いに興味を抱いている事を理解するのは難くない。

 

「目立ちたくはなかったが……仕方ない」

 

 戦う場所予定の場所をあそこまで高らかに叫ばれてはそれなりの数が見に来るのは間違いない。箒としては注目されていたのは自身の自意識過剰で実際には見学者が少ないというのが理想であったが、あり得ないとその可能性を切り捨てる。

 

「箒、私は―――」

「私はお前に救われた。友であり恩人である簪を侮辱されて黙っていられるほど私の度量は広くない」

 

 謝罪を続けようとする簪を制して箒は歩き出し、簪も慌てて彼女に続く。学園の内部構造は先程まで受けていた説明のおかげで把握している為、その歩幅に迷いはない。

 

「でもどうするの?箒の専用機はまだ最終調整が終わってないよ?」

 

 第三アリーナに隣接する整備室に向かいながら簪は問いかける。その視線は箒の左手首に付いている赤い鈴へ向けられていた。

 

「いや訓練機を借りる。勝負は対等の方がいい」

 

 個人で保有できる自らに合わせた調整が施された専用機は大きなアドバンテージであるが、箒はあえてそれを捨てて同じ条件で戦うことを選ぶ。その様子からは自信が溢れており、負けるつもりが全くないのがよくわかるだろう。

 

「篠ノ之さん!」

 

 そんな風に歩きながら二人が話をしていると後ろから声をかけられる。二人が振り替えると簪よりやや短い緑髪の女性が走ってくるのが見える。箒よりも大きく膨らんだ胸が走るのに合わせて揺れるのを見て、サイズに自信がない簪は思わず、二人と自らの胸元を見比べて絶望の色を浮かべた。

 

 そんな簪の変化の理由がわからなかった箒であったが、そこまで深刻そうではなかったので、後で聞くことにして駆け寄ってきた女性への対応を優先することにする。

 

「真耶さん、お久しぶりです。無事に入学できましたら来年から宜しくお願いします」

「あ、いえこちらこそ……ではなくてですね!」

 

 深々と頭を下げた箒に釣られ、真耶と呼ばれた女性も頭を下げるが、すぐに自らが駆けよって来た理由を思い出して頭を上げる。幼い顔つきと大人の女性の身体付きを持つアンバランスな人物の名は山田真耶。IS学園に勤める教師である。

 

「聞きましたよ! アリーナで模擬戦をやるって! なんで先輩がいない時に厄介事に巻き込まれちゃうんですか!」

「申し訳ありません。友を侮辱されたので思わず挑発に乗ってしまいました」

「う……友達の為って言われるとなにも言えないですね……」

 

 一見気弱で頼り気が無く、本当に教師であるのかと疑問を抱きそうになるが、IS学園の教師であるという時点で優秀な人材であるという時点でその不安は杞憂と言ってもよい。何故ならIS学園の教師になるという事は、それだけでその人物が優れているかの証明になるからである。

 

 まずIS学園の教師を目指すにはセブンスターズ当主からの推薦が必須である。

 

 これは身元が保証されていない人間がIS学園に入り込まない為の安全措置であり、同時にギャラルホルンへの敵対意思を持つ者をなるべく入れないようにする目的があった。

 

 その為、推薦されるには絶対条件としてセブンスターズ関係者にその存在を知られる必要があり、それにはIS競技で優秀な結果を示すか、ギャラルホルンに入ってセブンスターズの目に留まるような功績を残す必要がある。

 

 一見するとセブンスターズ関係者に知り合いがいる者が有利のように見えるが、実際にはそううまく行かない。何故なら推薦するという事は同時に責任を背負う事であり、推薦された者が能力が低かったり、何か問題を起こせばその不名誉は全て推薦したセブンスターズが背負う事となるからだ。

 

 故に半端な者を推薦しようとは思われず、もし仮に推薦されるような事が合ったとしても、その後行われるセブンスターズ当主全員の前で技量を披露する際に能力不足と判断されればその時点で不合格となるだろう。

 

 セブンスターズ現当主全員に認められた者だけが就く事が出来る職業。それがIS学園の教師なのだ。

 

「ところで先輩というと千冬さんですよね? 今日は居られないのですか?」

「えぇ、重要な案件と言う事で数日前にアフリカ大陸に向かわれました。おまけにオルコット様と篠ノ之博士の要請があったという事で一か月前から楯無様もご不在ですし……」

「あー……真耶さん、その……」

 

 楯無。と言う名が出た瞬間、簪の顔に暗い影が差し、箒も気まずい物を感じたのか思わずといった様子で真耶の言葉を遮る。ここでようやく箒の隣に立つ簪に気が付いた真耶はその髪の色と紅い眼を見て顔色を変えた。

 

 更識家の事情は学生にも知られている。つまり姉と確執がある事を真耶が知らないはずがなく、自らが失言したと理解したのだ。

 

「えーっと。更識様―――」

「様は要らないです。後、名字で呼ばれるのは好きではないので名前で呼んでください」

「はいっ! 簪様! ……簪さん!」

 

 自らの失言のせいで簪が怒っていると思った真耶の声が上ずる。学園内では平等と言われていてもセブンスターズに選任された教師からすれば敬意を向けるべき対象であるのは変わりないからだ。

 

「あ、いえ! そんな畏まられると逆に困ります……」

 

 だが、姉の名を聞いて確かに気落ちした部分はあったが、決して真耶を責めるつもりも非難するつもりも無かった簪は、その反応を見て逆に慌ててしまう。

 

「真耶さん。簪は怒ってませんから安心してください。ところでアリーナ使用の許可は出たのでしょうか?」

「あ、それはですね―――」

「私が許可を出したよー」

 

 このままでは平行線になると判断した箒が口を挟み、同時に話題を変えるべく話を振る。だが彼女が答えるよりも早く、別の声が箒の問いに答える。

 

 三人が声のした方向へ視線を向けると、そこには壁に背を付けて寄り掛かる女性の姿があった。

 

 艶やかな茶色の髪を腰まで伸ばした美しい顔立ちをし、胸元はそれ程大きくはないが百七十センチ以上の背丈によってスレンダー美人という言葉が似合う人物である。

 

 だが服はジャージで化粧もせず、艶やかな茶色の髪もよく見れば寝癖が付いているなど、その容姿の良さを台無しにする残念過ぎる要素が詰まった格好をしていた。

 

「ちゃお~。箒ちゃんも真耶に負けず胸でかいねー。あたしとあの子に半分くらい分けて欲しいわ」

鈴麗(リンリー)さんは、お変わりないようで安心しました」

 

 箒の前であっはっはーと慎ましさの欠片もない笑い方をするこの女性の名は凰 鈴麗(ファン リンリー)。真耶と同じく教師であり、同時にセブンスターズの一門たる凰家の当主の孫娘に当たる人物。気だるげで自堕落な外見とは裏腹に【白虎】の異名を持つ実力者である。

 

「鈴麗さん。お久しぶりでひゃうっ?!」

「おひさー。かんちゃん。健康さも胸のサイズも変わってないようで安心したよー」

 

 挨拶しようとした簪だったが、近寄ってきた鈴麗がいきなり胸を掴んだせいで変な声を上げてしまう。鈴麗がやってる事は完全にセクハラするおっさんであるが、一応女性であるので辛うじて法の裁きを受ける事はないだろう。

 

 各家が牽制し合い良好とは言えないセブンスターズの直系筋の人間である彼女達は珍しく仲が良い。

 

 それは箒は復権したばかりでセブンスターズとしての自覚がそこまで強くなく、簪は現当主によって追放された事で家のしがらみから解放され、鈴麗は継承権一位であったが既にその権利を放棄している等、全員が家の事情から遠い場所にいる事に加え、箒と簪がかつて鈴麗が居候していた家の従妹と仲が良かったからであった。

 

「箒ちゃん達も来年は高校生かぁー。早いもんだねぇ。折角だしあの子も入ればいいのに」

「あの……やはり彼女は入学しないのですか?」

 

 箒はここにはいない自身と彼女の縁を結ぶ切っ掛けとなった友について尋ねる。何故ならその友人は一年前に突如去ってしまってから今に至るまで一切の連絡が取れていない状態となっていたからだ。

 

「みたいだね。まぁ気持ちは理解できるし。あたしには口出しする資格もないから、あの子の意思を尊重するよ」

 

 そう答える鈴麗の表情は優しくも悲しげで、その子の事を大切に思いながらも自身ではどうにも出来ない悔しさが伝わってくるものであった。

 

「っと。しんみりしちゃったね。話を戻すけど。第三アリーナの使用許可はあたしの名前で出したよ。んで申請してきた三人が出してきた条件はこれ」

 

 重くなった空気を振り払うように鈴麗は強引に話題を戻し、箒へ使用許可証と共に相手が出してきた条件が書かれた紙をジャージの上着のポケットから取り出して手渡す。

 

「これは……」

「ちょっ……! こんなの不公平過ぎませんか!?」

 

 横から覗き込んだ簪が顔を顰め、それを見て気になった真耶も同じように紙に書かれた条件を見て思わず声を上げる。

 

「相手は追加装備ありのグレイズ三機。篠ノ之さんはゲイレールって……こんなの卑怯過ぎますよ!」

 

 申請者の欄には名前と二年生である事が記載され、貸出申請が許可された装備リストにはバズーカ砲、四連式ロケットランチャー、輪胴式グレネードランチャー、地上用ブースターユニットなどIS学園が保有するオプションユニットの名がずらりと並び、それら全ては相手が使用するグレイズへと装備されている。

 

 一方の箒が使用するゲイレールは単発式ライフルと機体に合わない大型のバスターソードという学園の射撃武器で最弱の物と、大型故にそれなりに扱いにくい近接武器という装備であった。

 

 機体を指定してきている事から最初から専用機を使わせるつもりはなく、その上で一番弱くなる組み合わせを選択をした上に三対一という明らかに公平に戦う意思はなく、どんな手段を使っても倒すという悪意が溢れていた。

 

「箒、行ける?」

「無手なら手こずるだろうが武器があるなら問題ないさ」

 

 そんな相手の悪意に溢れた条件を箒はあっさりと受け入れる。そこに焦りや動揺の色もなく、この程度は障害にもならないと言わんばかりに顔色を変えることなく淡々とした様子のまま紙を懐にしまった。

 

「訓練機は既に用意されてますか?」 

「おうとも。整備も装備もバッチリ。後は箒ちゃんが乗るだけよ」

「ありがとうございます。では先に向かいますのでお二人は観客席で見ててください。行こう、簪」

「うん。それでは失礼します」

 

 二人は真耶と鈴麗へ一礼するとそのまま通路の奥に消えていく。後に残された二人は方や笑顔で見送り、方や不安げな表情を浮かべたままであった。

 

「篠ノ之さん……大丈夫でしょうか」

「……真耶先生はさ。箒ちゃんに喧嘩売ってきた三人の事知ってるでしょ?」

「……? はい。私は受け持っていないですが、相当の問題児であると他の先生方が言っておられてました」

 

 真耶の問いには答えず、逆に別の話題を問い返してきた鈴麗へと首をかしげながらもそう答える。真耶は彼女達がそれなりに実力はあるが、性格的に難がある事を知っていた。

 

 セブンスターズの一角であり、入学初日にIS学園最強の証である生徒会長の地位に就いた更識楯無を始めとする実力者達には遠く及ばないが、それなりの強さと成績を持つ彼女達は自分達より格下の相手には威張りながら、自分達より能力の高い人間や教師には喧嘩を売らないという面倒な性格をしていた。

 

 三人はIS訓練機の申請をしないように脅したり、精神的に弱らせる発言で相手を追い込むといった行動を日常的に繰り返している。だが気の弱い人間を選んでやっているせいでなかなか被害者が申告してこない上、無駄にカリスマがあるのか賛同する生徒が取り巻きのように存在しており、口裏を合わせてそれらを隠している。

 

「まぁ、彼女達にはそろそろ現実見てもらいたくてね? 自尊心やら鼻っ面を一回折って貰いたいのよ」

 

 鈴麗は箒達が去っていった廊下の先を悪い顔で笑いなが見つめている。

 

「確かに箒ちゃんは公式戦に出てない。だからって素人って訳でもないのよねー」

「……篠ノ之さんはそんなに強いのですか?」

「まぁ一言で言うならー……この程度ハンデにならない。かな?」

 

 交流はあれど箒がISを使っている姿を見たことがなかった真耶が自信に満ち溢れた鈴麗の様子を見てそう尋ねると、彼女はハッキリとそう答えるのだった。

 

 




原作ヒロインの二人と山田先生です。書きたかったの。

書き終わって張りつけて文字数がいつもの倍だと気が付きました。そらいつもより書くの遅くなりますよね。

次回は後編。箒の実力とはどれ程の物か。そしてオリキャラの言う従妹とは一体何者か。篠ノ之家の失われたISとは。



【IS適正S】

現状における最高の同調率。過去には数名しか到達しておらず、現在では篠ノ之箒と織斑千冬のみがこの数値を出している。

阿頼耶識システムの最高レベルに近い反応と適合率を誇るが、阿頼耶識と違って一体となる感覚にはならず、あくまでISを操縦するという感覚での運用となる。


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Another Story:偽りの平和の地で【後編】

ようやく書けたとコピペして貼り付けても文字数見てビビりました。
そら時間かかるよね。でも前後編で終わらせたかったので仕方なかったんです。


 

 

 

 真耶と鈴麗と別れ、第三アリーナに辿り着いた箒と簪は学園の生徒達によって最終調整とチェックが行われているISを眺めていた。

 

 

―――第一世代型ISゲイレール

 

 

 ヴァルキュリアフレームと呼ばれるISをベースとして十年程前に作られた世界初の後期型リアクター搭載ISである。

 

 後続機であるグレイズがロールアウトするまではギャラルホルンの主力ISとして配備されていたが、現在ではその座をグレイズに完全に明け渡して大半が解体されている。

 

 既に旧式の部類に入る機体ではあるが、一部が格安で民間に払い下げられており、IS学園のように訓練機として使われている物や、傭兵が運用しているなど、現在でも稼働している機体は少なくはない。

 

 だがよく見れば箒の視線が向けられているのはISではなく、機体の整備を行っている一人の女生徒。しかも女生徒を見つめる箒の眼には警戒の色が宿っていた。

 

 とはいえ生徒が訓練機の整備を行う事自体は珍しい事ではない。何故ならばIS学園ではIS技術者志望の生徒達に経験を積ませる為、二年生以降に開設される整備科に属する生徒が訓練機の整備、調整を行う事になっているからだ。

 

 当然資格を持たない生徒が作業をしても事故が起きないようにする為、絶対防御やシールドバリアといった操縦者の命に関わる部分には干渉できないようにプロテクトが掛けられた上に、内部フレームの交換が必要な程の損傷を負った場合にはギャラルホルンから派遣される技術者が対応するなどといった安全策が施されている。

 

 そういった条件付きとはいえISに触れる事ができる為、座学だけでは学べない貴重な学習機会であり、わざわざ普通科ではなく整備科を選んだ生徒はISの整備ができる事を楽しんでいるものが多い。実際に今ゲイレールを整備しているのは任意で呼びされた夏休みを寮で過ごしていた十数名の整備科の生徒達であるのだが、生徒は忙しそうに走り回りながらも楽しそうに作業をしていた。

 

 しかしそんな中でただ一人、箒が見つめるその女生徒だけが異なる反応を見せていた。彼女はその手に持つソフトウェア調整用の小型端末を操作しながらも挙動不審に周囲を見渡し、時折箒の方を怯えた目で見ていたのである。

 

「……箒? どうかしたの?」

「ん? あぁいや、帰りに簪といつもの甘味処にでも寄ろうかと考えていたんだ」

 

 沈黙に違和感を感じた簪にそう問われた箒は思わずそう言って誤魔化す。実際にこの模擬戦が無ければ行こうと考えていたので嘘ではなかったが、真っ直ぐで嘘や虚言、卑怯な真似を嫌う箒は今考えている事とは異なる考えを口にした事に心を痛めるが、それを苦笑を浮かべる事で隠した。

 

「もう……じゃあ行こうか?」

「あぁ。気分良く行く為に勝たなければな」

 

 箒は気が付いている事を悟られない為に、簪と他愛ない話をしながら、あえて女生徒から意識を外して整備が終わるのを待つ。

 

「あの……終わり……ました」

「ありがとうございます」

 

 やがてその女生徒から呼ばれた箒は展開状態のISに載る為のタラップを使わずに僅かな突っかかりを利用して器用に乗り込む。その手慣れた鮮やかな動きに周囲が感嘆の声を上げるのを気にも留めずゲイレールをその身に纏い、ISを起動する。

 

(……む?)

 

 その直後、箒の顔が僅かに険しくなる。起動直後に決して無視できないような違和感を感じたのだ。それは例えるならばサイズの大きすぎる靴を脱げないようにしながら歩くような不快感に近い。

 

(同調率がやけに低いな……)

 

 その理由に即座に思い当たった箒は即座に機体状態のチェック画面を操縦者以外には見えない不可視モードで開く。するとそこには同調率四十%と彼女の予想通りの原因が表示されていた。

 

 同調率とは文字通りISと肉体の感覚のズレをどれだけ埋める事ができるかという指数であり、高ければ高い程IS展開時の違和感は薄れていく。

 

 適正Sを持つ箒がISに乗った場合、機体の同調率は最低でも七十五%、彼女の為に細かな調整を施した専用機ならば八十%まで到達する。それより上の数値を発揮するのは阿頼耶識システムを使う必要があるとされているが、それを使わずにここまで発揮できる人間は公には彼女を含めて二人しか存在しない。

 

 彼女が感じた違和感は本来ならばそこまで上昇するはずの同調率が適正C以下まで低下した上、ISが本来行うはずの調整機能が全く働かない故に起きた物であった。

 

(まるで何かに妨害されているかのような―――)

 

 そこまで考えた瞬間、箒は一つの可能性に至り、原因と思われる方へと顔を向ける。彼女の視線の先には先程までソフトウェアの調整を行っていた挙動不審な女生徒がおり、箒と目が合った瞬間、女生徒の眼に明らかに動揺した様子が見て取れた。

 

(彼女が何か細工をしたのか……だが何故……)

 

 同調率周りの設定は操縦者の命に直接関わらない為、生徒であっても干渉する事は可能となっている。それ自体は理解できるが、彼女が何故このような真似をしたのか理解できなかった。

 

 女生徒が箒に敵意を持っているのならば納得できる。だが彼女から感じるのはそういった負の感情ではなく、罪悪感を感じている様子と縋るようにこちらを見つめる視線であったからだ。

 

「箒? 機体の調子が良くないの?」

 

 ISに乗ったまま動かない箒を見て簪が心配そうに声をかけてくる。

 

 簪の言う通り機体の不調。それも推測の域を出ないとはいえほぼ確実と言っていいほど人為的な原因によるものだ。正直に伝え、犯人と思われる生徒を外した上で再度調整を行ってもらうのが正しいだろう。

 

 だがそれを言葉にしようとした瞬間、不意に箒の脳裏にある光景が浮かぶ。それは幼い頃に見た小さくも頼もしい少年の背中だった。

 

『いや、何でもない。乗った事のないISなので少し戸惑っただけだよ』

 

 そんな過去の記憶を何故か思い出してしまった箒は思うところがあったのか、何も告げる事なくそのままの状態で出撃しようとカタパルトへと機体を進ませる。全身に水中にいるかのような抵抗感を感じながら後ろを振り返らず、ISの全方位モニターで後ろにいる女生徒の姿を確認すると、驚く彼女の姿が視界に入った。

 

(らしくない事をしたな……)

 

 それを確認した箒は苦笑を浮かべる。女生徒に何か理由があり、彼女の意に反してISに細工をしたのだと何となく察した箒であったが、そんな事情を汲み取ってやる義理は本来ない。

 

 機体に細工をするなどIS整備士を目指す人間が絶対にしてはならないタブーである上、その被害を全面的に受けるのは自身である。身内や友人ならばいざ知らず、名も知らない他人の事を庇ってやるほどお人よしでは無いと思っている箒は、彼女の事を無視して事実を口にするつもりであった。

 

(何故今あいつの事を……だが……)

 

 だが不意に思い出してしまった幼い頃に出会い、別れてしまったとある一人の少年の事を思い出してしまった箒はそうする事が出来なくなってしまった。

 

(あいつならきっとこうしただろうな)

 

 その少年は箒にとって正義の味方であり、憧れであり、隣に立ちたいと思えるほど愛おしい存在だった。

 

 今その少年の事を思い出してしまった箒はここで女生徒を見捨てたら彼に顔向けできないと感じてしまい、思わず彼ならばこうするだろうという行動を取ってしまったのだ。

 

『篠ノ之箒。ゲイレール出る!』

 

 少年の姿を思い出した事で胸に感じた郷愁と痛みを出撃の掛け声と共に振り払い、ゲイレールを駆ってカタパルトから飛び出し、アリーナへと降り立つ。既にその心の中に少年の姿は無く、戦いにその意識の全てを向けていた。

 

『ハッ! 来たわね……!』

 

 アリーナに飛び出した箒を待ち構えていた三人のうち、リーダー格と思われる金髪碧眼の少女が声をかけてくる。                               

 

 彼女のグレイズは左右の手に四連式ロケットランチャーと輪胴式グレネードランチャーを装備し、他の二人を楯にするように空中に佇んでいる。

 

 そして彼女を守るようにその前に位置取る二人の少女は、片方はバトルアックスを二振り持ち、地上用ブースターユニットを装備した近接特化仕様。もう片方は左肩にバズーカ砲を装備し、右手に取り回しが良いナイトブレードを持った中距離仕様。

 

 遠近中と三人が役割を持った装備を整え、さらにそれぞれ腰には予備のバトルアックスとライフルをマウントおり、予想外の事態にも対応できるようになっていた。

 

(ふむ……)

 

 手当たり次第に装備を付けたのではなく連係を重視した装備で纏めているのを見た箒は、相手が少なくとも無策で突っ込んでくるタイプではないと判断し、それ以上相手に付いて探る事を止める。

 

 その理由は彼女自身が相手を見ただけで強さを見抜ける程武人として大成していない事を自覚し、素直に戦った方が力量がわかると考えているからである。そこに天才故のおごりは欠片もなく、箒には勝負事で手を抜くつもりも、対戦相手を格下と見下す考えも最初からなかった。

 

『よろしくお願いします。それでは始めましょうか。開始の合図は――』

 

 何を言っても相手の神経を逆なでするだけだろうと思った箒は、相手の挑発的な視線と言動を流そうとする。だが彼女が最後まで言い終えるよりも早く、近接装備仕様のグレイズの姿が掻き消え、次の瞬間にはアリーナに激しい金属音が響き、遅れて何かが地面に叩き付けられる音が周囲に響き渡ると同時に土煙が箒の姿を覆い隠す。

 

 開始の合図を待たずの先制攻撃。だが土煙が晴れた時、観客の目に飛び込んできた光景は簪、鈴麗、真耶を除くこの戦いを見ていた者達の想定を覆す物であった。

 

 地面に叩き付けられていたのは攻撃を仕掛けた側であるはずの少女。そして攻撃を受けたはずの箒は出撃した時に立った場所から一歩も動くことなく、右手に持ったバスターソードを楯のように構えていた。

 

『っ!? 何をしやがった?!』

『試合中に手の内を晒す気はありません』

 

 躱された訳でもないのに自身が地面に叩きつけられた意味がわからず困惑する少女へ箒は答えの代わりに冷ややかな視線と素っ気ない言葉を送る。不意打ちという卑怯な真似を行った彼女に対する箒の評価は零に等しく、丁寧な言葉使いとは裏腹に、その声色には先程まであった年長者に対する敬意の欠片も無くなっていた。

 

『この……っ! 舐めやがって……!』

 

 箒の態度が気に入らなかったもう一人の前衛の少女が肩のバズーカ砲を放ち、誘導性能を持つ砲弾が箒へと迫る。だが箒はそれに動じることなく、機体を操り起き上がろうとしている少女へ接近するとその手に持ったバスターソードで掬い上げるように振り上げ、機体を空中へ浮かび上がらせる。

 

『あ……っ!』

 

 バズーカを放った少女が、浮かび上がった機体が箒と砲弾の中間にいると気が付いた時にはどうする事もできず、砲弾が仲間の少女へと直撃して爆炎が上がって再び二人の姿を覆い隠し、その直後に強烈な金属音と数発の銃声が鳴り響く。

 

 そして黒煙が晴れた時には頭部ユニットを完全に破壊され、恐怖の顔を浮かべたまま気絶する少女の姿と左手にライフルを持ち、無傷のままその場に立つ箒の姿があった。

 

『……何とか戦えるな』

 

 その光景に驚き、静寂に包まれた会場の中心で、一人目を瞬く間に打ち倒した箒が頷きながら呟く。同調率の低さから来る不快感と振り回される感覚の為、万全とは程遠く本来の力の半分も出せない自らの未熟を情けなく思いながらも、想定していたよりは動けた事に安堵する。

 

『由加里?!てめぇ、よくも……!』

 

 箒の声に、自身の砲撃を利用され仲間を倒された少女が我に返り、怒りの籠った声と共に再度砲撃を放とうと砲口を向ける。

 

『遅い。狙いがわかりやすい』

『うぁっ?!』

 

 だが一撃が放たれるより早く、箒は瞬時加速により距離を詰め、その横をよぎると同時に砲身を斬り落とす。放たれる直前だったバズーカ砲は爆発を起こして左手に持つライフルを誘爆させて左腕を完全に破壊した。

 

『手を抜くのは最大の非礼と言うのが私の信条。故に今の私が出せる全力で行きます』

 

 箒はそう宣言すると再び少女へと接近するとバスターソードの重みを利用した重く速い連撃を振るう。

 

『うっぐっ……ああああっ?!』

 

 最初の二撃までは残された右腕に持つバトルアックスで防いでいたが、それもあっさりと弾き飛ばされ、容赦ない一撃が幾度となく叩き込まれていく。

 

『明里!』

 

 リーダー格の少女が援護しようと武器を向けるが、四連式ロケットランチャーも輪胴式グレネードランチャーも細かな狙いには向かない上、箒と仲間の距離が近すぎるので下手に撃てば先程のように巻き添えにしかねない状態であった。

 

『くそっ!だったら……!』

 

 右手に持つ四連式ロケットランチャーを量子化し、取り回しのいいライフルに持ち替えて対処しようとする。だが判断を下すのが遅すぎた為、リーダー格の少女がライフルに持ち替えるのとほぼ同時に仲間の少女は箒の見事な兜割りを受けてシールドバリアと意識を失って地面に落ちていった。

 

『くそっ……! 同調率が低い機体でなんでそんな動きができるのよ!』

『ほう……? 何故私の機体が不調なのを知っているのですか?』

 

 動揺した少女が口にした言葉を聞いて箒は眉を潜める。操縦者以外が機体の同調率を調べることは整備中でも無ければ不可能である為、今彼女が機体の不調を知っているのは有り得ないはずだからだ。

 

『あ……っ!』

『……成程』

 

 箒の問い掛けに動揺した目の前の少女と、機体を改竄したあの少女の様子。その二つの点からあの少女は目の前の彼女達に脅迫されてやむを得ずこのような真似をしたのだと確信する。それが弱みを握られたからなのか、暴力によるものなのかまではわからないが、どちらにせよ最低の行為であることには変わりがない。

 

(下種が……)

 

 箒は言葉にせず、内心で毒を吐くと、そして左手に持っていたライフルを収納する。そしてバスターソードを両手で持ち直し、刀身を頭上へ掲げる。その形は剣道では火の構えと呼ばれる物であった。

 

『もはや敬意を向けるに値せず。全力で斬り捨てます』

『何を―――』

 

 箒の宣言に言い返そうと少女が口を開いた瞬間、その眼前から箒の姿が掻き消える。それと同時に彼女の腹部へ凄まじい痛みを感じたかと思えばその身体が勢いよく後ろへと吹き飛ばされ、背中から壁に叩き付けられ、その衝撃でその視界が白く染まる。

 

『ガ……ハッ……?!』

 

 突然自身を襲った痛みに、少女は一瞬何が起きたかわからなかった。だが視界が戻り、目の前に突き付けられたバスターソードの切先と切断された機体の両腕を認識した事で自らが斬られたのだと理解する。

 

『降参……します……』

『お手合わせありがとうございます』

 

 自らの完全敗北を悟った少女が絞り出すように降伏を宣言すると、箒は淡々とした口調でそう告げるとバスターソードを収納したその瞬間、会場からは割れんばかりの大歓声が響き渡る。

 

 圧倒的な強さを見せた箒を称える声が聞こえてくるが、本人は振り返って一礼するだけで何も告げる事なくそのままアリーナを後にするのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「いやはや圧倒的だったねぇー。予想通りの結果だったけど」

 

 管制室で試合を見ていた鈴麗が笑みを浮かべながら戦いの結末をそう評する。その表情や声色に驚きの感情は一切含まれておらず、本当に箒が圧勝する事を確信していたのだと傍らで聞いていた真耶は理解した。

 

「篠ノ之さんに才能があるのは知っていましたが、既にここまでの強さを身に着けているとは思いませんでした。特に最後の一撃なんて何が起きたか私にもわかりませんでしたし……」

 

 真耶は最後に会った時とは比べ物にならない成長を見せていた箒の強さに感嘆する。彼女の実力が既に自身を超えていると確信できる領域に至っている事を充分に見せつけられ、来年から彼女の教師となる身としては恥ずかしいと思いつつ、操縦者として立派な実力を身に着けたとなった恩人の妹君の成長を喜ばしく思っていた。

 

「あれは縮地。私が知る限りでは箒ちゃんだけができる唯一の技だよ。同じ適正Sだけど千冬は性格が大雑把だからできないみたい」

「縮地……日本武術における体捌きですか?」

「そ。あれのIS版みたいな感じ。瞬時加速の完全上位技だね。簪ちゃん曰く、通常の瞬時加速時に機体周辺の空気を微調整する事で風圧の影響を完全に零にして接近するんだってさ。今日やったのは前見た時よりなんだか雑かったけど、本来ならハイパーセンサーすら認識不可能らしい」

「ハイパーセンサーで感知できない……?! そんな事が可能なのですか?!」

 

 その説明を聞いた真耶は驚愕を隠す事ができず、思わずといった様子で鈴麗に問いかけた。

 

 ISのハイパーセンサーは空気の動きを感知して相手の瞬時加速の発動を予測する機能を有している。本来はこの機能により相手の瞬時加速を発動前に察知して対応するのだが、箒の技はこの予測機能を事実上無力化してしまうというのだ。

 

 やられる側からすれば気がついた時には致命的な間合いに入られている為回避は非常に困難であり、驚異の反応を実現できる阿頼耶識システム対応者でなければ回避する事は非常に難しいだろう。

 

「技術云々より繊細さと才能が為せる技ってやつよ。だからパワーバカの千冬じゃ無理な芸当よ」

「パワーバカって……先輩が聞いたらまた怒られますよ?」

「本人がいないから言ってるのさー。真耶先生が黙ってればバレないしね!」

 

 鈴麗が笑いながら真耶の肩を叩く。笑顔と裏腹に放たれている言ったらどうなるかわかるなと言わんばかりのプレッシャーを受けて、真耶は黙って首を何度も上下に振る。

 

「真耶先生なら黙っててくれると信じてたよ! お礼に今度飲みに行こう! 奢るよー! ってな訳で、ぶっ壊れた機体の修理手続きしてくるね! 集合場所は校門前って簪ちゃんにメールしておくから先に二人のとこ行ってきて……ねっ!」

「ひゃうっ?!」

 

 鈴麗はそう言いながら最後に真耶の胸をわし掴んでからヒラヒラと手を降りながら走って管制室から飛び出していき、真耶は顔を赤くしながらも鈴麗に遅れて部屋から出て箒達の元へ向かうのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 整備室に戻った箒を整備を担当し、ここのモニターから試合を観戦していた生徒達の歓声が迎え入れる。

 

「機体の整備、ありがとうございます。折角お休みの皆様にお手数を掛けさせて申し訳ありませんでした」

 

 ゲイレールを格納庫に戻し、綺麗な動きで飛び降りた箒は彼女達に深々と一礼し、感謝と謝罪を口にする。その表情は変わらず無表情であったが、言葉の端から本心から敬意を示している事が伝わるだろう。

 

「あ……あの……っ!」

 

 そんな箒に近寄り話しかけてくるのはゲイレールのシステム整備を担当していた女生徒。彼女は目に僅かに涙を溜め、申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 

「その……ごめんなさ――」

「あぁ、ちょうどよかった。申し訳ないのですが、最後に無理をしたせいでシステムの同調部分に不調を起こしてしまったのです。どうか見ておいていただけないでしょうか?」

「え……?」

 

 謝罪しようとした女生徒の言葉を遮るように箒がそう言うと、女生徒の顔が驚きの表情へと変わる。

 

 だが驚くのは無理が無いだろう。自らの罪に自覚があり、素直にその罪を告白しようとしたのを被害者であるはずの箒が止めただけではなく、自らの過失であったと告げたのだ。

 

 そしてその言葉がこの場にいる全ての第三者の耳に入った事で、【女生徒の改竄行為によって不調となっていた】という事実が【箒の無理によって機体が不調をきたした】という物に変化し、彼女の罪が消える事となる。

 

 当然調査をすればすぐにばれてしまう事ではある。だがその影響を受けたはずの箒が一見すれば完璧なパフォーマンスで機体を運用した上、そのような事実はなかったと明言し、同時に結果として残っている機体の不調を自らのせいだと宣言してしまえば、少なくとも一般生徒の間で彼女が罪人扱いされる事はないだろう。

 

「無事試験を通れば来年からここの生徒になります。その時はよろしくお願いしますね」

「あ―――」

 

 戸惑う女生徒へ箒は手を差し伸べ、そしてその表情を見た女生徒が呆けた表情を浮かべて固まる。何故なら手を差し出している箒が優しい笑みを浮かべていたからだ。

 

 システム改竄という下手をすれば退学となるような罪を問うことなく、それを自らの失態として女生徒を庇ってくれた名家の血縁者である未目麗しい美少女が笑顔と共に手を差し出している。大げさではなく、彼女には箒が女神のように見えたであろう。

 

 頬を赤く染め、呆然とした様子で握手に応じた女生徒へ最後に一礼を送ると、箒は少し離れた位置で待ってた簪の傍に向かう。

 

「真耶さんと鈴麗さんに挨拶したら帰ろうか。簪」

「……うん」

「……簪? 何を怒っている?」

 

 箒が声を掛けると不機嫌な様子の声が返ってくる。その反応が予想外であった箒は訝しみ呼び直すが、彼女はそれに答えることなく黙って整備室から出て行ってしまう。

 

「何かお前を不快にさせる事をしたか?」

「…………」

 

 その後を追い再び問いかけるが、簪は口を噤んだままであった。加えて彼女は怒りのせいか周りが見えていないようで周囲にそれなりに人がいるにも関わらず、怯え隠れることなくどんどんと先へと進んで行く。

 

「…………なんで最初から不備があった機体で戦ったの?」

 

 そのまましばらく二人は会話する事無く歩みを続けていたが、校門へとたどり着いた簪が立ち止まるとポツリとそう呟く。

 

「……気が付いたのか? うまく誤魔化したつもりだったのだが……」

「一人目の攻撃への対応が僅かにだけどいつもより遅い。二人目を倒した時の斬撃の動きがいつもより雑。それに三人目に使った縮地がいつもより相手に近付き過ぎてる。他の人は誤魔化せても私にはバレバレだった」

「……お見事」

 

 自分でも気になっていた細かな部分を的確に指摘してきた簪の見事な観察眼に対し箒は素直に白旗を上げる。そもそも箒の戦闘スタイルは簪のアドバイスや模擬戦での動きの分析よって確立されており、そんな彼女の眼を誤魔化せると考えた自身の考えが甘かったのだと気が付き、箒は苦笑を浮かべた。

 

「私が怒っているのは万全じゃない機体で試合をするなんて危険な真似をした事」

「同調率の低さが命の危機に繋がる事はない。心配してくれるのは嬉しいがそれは杞憂という物じゃないか?」

「ISに絶対はあり得ない。あの程度の相手に箒が負けるなんて思ってないけど、小さな不備が大きな事故を引き起こさない保証なんてなかった」

「……確かに危機意識が足りなかったな。心配してくれてありがとう、簪」

 

 簪の言葉が心の底からのこちらを心配してのものだと充分に感じた箒は、ここは変に意地を張るべきではないと認め、感謝と謝罪を伝える。するとそれで納得したのか簪は黙って頷くと共に不機嫌そうであった表情から元のおとなしげな物へと戻った。

 

「……ねぇ箒」

「ん?」

 

 それから1分ほど沈黙が互いの間を支配していたが、意を決した様子で箒へと向き直り呼びかける。それを見た箒は真面目な話だと察し、彼女もまた真剣な表情で簪と向き合った。

 

「今日、たくさんの人が箒に歓声を送ってくれた。その強さを認めてくれた。箒はそれをどう思った?」

「ふむ……」

 

 簪の問いに箒は握った右手の親指を口元に当てる仕草をしながら思案する。

 

 他人に認められる事、自分の強さを示す事、戦い勝利する事。それらは自らの心を満たす行為だ。それが才能に胡坐を掻いているだけでなく、相応の努力の果てに得られた物であれば、得られる喜びは大きいだろう。

 

「何も感じなかった」

 

 だが箒の答えは素っ気無い物であった。その言葉に宿っていた物は高い向上心を持つ故に現状に満足できないという訳でも、この程度は当然だという自身でもなく、何の想いも感じられない冷たい虚無であった。

 

「アイツが()()()()()()()日から何も変わらない。何を言われても、何をしても心が満たされない」

 

 それは簪と実の姉だけしか知らない篠ノ之箒が抱える欠陥。幼い日に愛した少年がとある事情で外国へ行き、そこで死亡したと姉から伝えられた瞬間からまるで喜びという感情が消失したかのように心に浮かばなくなったのだ。

 

 笑う事はできる。一般的に言われる笑顔をイメージし、それに合わせて顔の筋肉を動かしつつ優しい口調で喋るのは、彼女にとってそれほど難しい事ではないからだ。

 

 だが心から笑う事は出来ない。最後に心から笑ったのはいつだろうと記憶を辿れば、少年と他の友人と共に遊んだ光景が浮かぶが、それを思い出しても心が震える事はなかった。

 

「そう……」

 

 その答えを聞いた簪は残念そうに肩を落とす。彼女は少年とは面識はないが、少年が()()()()となる前から箒とはセブンスターズ関係者として出会う機会があり、こうなってしまう前の彼女を知っていた。

 

 それ故にまたかつてのように戻ってほしいと願っており、今回の事が喪失した感情を戻すきっかけにならないかと期待したのだが、結果は簪の望んだ通りにはならなかった。

 

「簪。今回の事でわかったんだ」

 

 辛そうな表情を浮かべる簪がその言葉を聞いて顔を上げると箒の瞳と視線が重なる。その綺麗な瞳は意思を宿しておらず、まるで硝子細工を見ているような錯覚を感じさせられた。

 

「私が欲しいのは名誉でも周囲の評価でも力でも無い。ただ、アイツに凄いなと頭を撫でて欲しかったんだ……!」

 

 そう呟いた箒の眼から涙が零れる。だがそんな彼女に掛けるべき言葉がわからず、ただ唇をかむ事しかできなかった。

 

 




次も幕間入れるか本編進むか悩んでます。


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集う七星

久方ぶりの投稿です。もはやこんなSSがあった事が忘れ去られてるかもしれませんが、書けたので投稿します。


 

 

 

 旧スイス・チューリッヒ地区に佇む広大な白亜の壁で囲まれた巨大施設。

 

 アースガルズと名付けられたギャラルホルンが運営する設備、医師共に最高峰の物が集められた医療機関である。

 

 ここに来れば死んでいなければ如何なる怪我、病であろうと完治するとさえ言われる程の高水準の医療設備を兼ね備えるが、莫大な医療費が要求される為、政府高官や上流階級の人間。または医療保証が受けられるギャラルホルン所属者でなければ問診すらできない、一般家庭の人間には無縁の施設。

 

 その中でも極限られた者しか入ることができない特別区画の廊下を篠ノ之束は一人悠然と歩いていた。

 

 彼女とすれ違う研究者と思われる格好の者は皆例外なく束を見る度に立ち止まり敬礼し、束もまたそれに応じ笑顔と共にねぎらいの言葉を贈りながら歩を進める。

 

 挨拶を返された者達は去りゆく束に背を向けて緊張から深い息を吐く者や彼女に出会えた事に感動する者、尊敬の眼差しのまま束の後姿を眺めるなど様々な反応を見せながらも、彼女に対して負の感情を抱く者は誰一人としていない。

 

 エイハブリアクターの開発だけではなく、機械工学全てにおいて大きな進歩となる技術の開発によりギャラルホルンの急速な拡大を促した束は、現代において最も優れた科学者でありながらその事を奢らない謙虚さと穏やかな性格から多くの者に慕われていた。

 

 そのまま廊下を進んでいた束はID、声帯、指紋、網膜認証と異なるプロテクトが掛けられていた4つの扉を通り抜け、さらに廊下の途中に隠されていた壁の中にあるエレベーターを使い、施設の奥深くにある古びた扉の前へと辿り着く。

 

 セブンスターズ当主にのみ存在が伝えられる幾重にも掛けられたプロテクトと偽装によって隠された場所へと辿り着いた束は、鍵すらかかっていないその扉に手をかけ開こうとするが、それよりも先に扉が開き、中にいた人物と目が合う。

 

 そこにいたのは波打つ金色の長髪と紅い眼。右目の泣きぼくろと豊満な胸元が開いた深紅のドレスを着た美女であった。

 

「あら、束博士。お久しぶりですね」

 

 気品と妖艶さが合わさったような雰囲気を纏うその女性は束に対して丁寧な口調で挨拶を送る。だがその言葉には先程まで出会った研究者達とは異なり刺々しく警戒心が込められていた。

 

「あぁ。久しぶりだね。では私はこの奥に用あるから通させてもらうよ」

 

 束は逆に女に対して一切関心が無いのか冷たく答えると、その場から退くように促す。視線は既に彼女から外れ、その向こうの暗闇へと向けられていた。

 

「冷たいですわね。折角会えたのですしゆっくりお話ししたいと思ったのですが」

「篠ノ之束は君に興味がない。だからどいてくれミューゼル公」 

「あら残念」

 

 束に冷たくあしらわれても全く残念そうでない様子で肩をすくめる彼女の名はスコール・ミューゼル。束と同じくセブンスターズであるミューゼル家の当主であり、このアースガルズの責任者である。

 

 ここで使われている生体治療の大半はミューゼル家の研究によって得られた技術が大きく貢献している為、アースガルズ内において他の家を大きく凌駕する力を持つ人物であるが、束は彼女に対して一切の関心を抱いている様子がない。

 

 一方的な敵愾心と完全なる無関心という最悪とはなりえないが決して良好ではない険悪な空気が両者の間に漂っていた。

 

「まぁいいですわ。この後他のセブンスターズが揃ってからゆっくりと話し合う事になるのですし。私としては何としてでも()を手に入れたいですわ」

「その件に関しては皆で話し合って妥協点を見つけると決めているはずだよ。話の続きは君の望むとおりに後ほどに。今は用事を優先させてもらう」

「ふふ……わかりました。では私は他の当主のお迎えをさせていただきますわね」

 

 わざとらしい一礼と共に去っていくスコールを束は一瞥するとすぐに前を向いて扉の中へと入っていく。彼女の意識には既にスコールの姿はなく、ここに来た目的を果たす事のみを考えていた。

 

 

――――扉の向こうに広がるのは薄暗く寂れた広大な空間だった

 

 

 入口から見て左には【Goetic demons one】、右には【Goetic demons seventy two】と書かれたちょうどISが収まる大きさのガラス張りの格納庫が左右それぞれ三十六個立ち並んでいる。

 

 それらは一見最新鋭の技術が使われているようだが経年劣化が激しく、長い間人の手が加えられた様子が無い。ほぼ全ての格納庫前のパネルには埃が積もっていたが、唯一【Goetic demons eight】と書かれた格納庫だけ光を灯しており、その前には一人の女性が立っていた。

 

「千冬」

 

 目的の場所と人物の元に辿り着いた束が、声を掛けるとその女性、織斑千冬が振り返る。その眼の下にある隈と皺が付いた服から彼女が憔悴しているのが束にも伝わってきた。

 

「話を聞いてすぐに来たけど……あれから二日間ずっとここにいるの?」

 

 千冬の隣に近付いた束はガラスの向こうに視線を向けながらそう問いかける。そこにあったのは傷付き膝を付くIS、バルバトスであった。

 

 千冬が本日より二日前にバルバトスと交戦、撃破した事。そしてその際に操縦者の正体と名を、昨夜ギャラルホルンの関係者から伝えられた束は即座にバルバトスをここに収納する事を提案し、自らも請け負っている職務を中断してアースガルズへと来たのである。

 

「……少し待ってほしいと言ったのは受け入れてもらえなかったみたいだね」

 

 バルバトスを見ながら千冬にそう言うと彼女の肩がビクンと震える。それはまるで悪さをした事を咎められた子供のようにも見えた。

 

 千冬には数年前に誘拐され生死不明になった弟がいた。彼は監禁現場と思われる場所から発見された血痕と一切の足取りが掴めなかった事から公式では死亡扱いとされていたが、千冬は生存の可能性を諦める事が出来ず、セブンスターズとして強大な権力を有している親友である束にその行方を捜してほしいと頼んでいたのだ。

 

 そして数日前、束から彼に似た人物を別件で調査していた場所で発見した事と、その傍でバルバトスが目撃された事を伝えられた千冬は裏付けを取りたいからしばらく待ってほしいと束に言われていたのにも関わらず独断で目撃地点へと向かい、バルバトスと接触。操縦者から弟と思われる人物を殺したかもしれないと言われた事で怒りのままに交戦し、相手に致命的なダメージを与えて撃破した。

 

「バルバトスの操縦者自身が千冬の弟だった……その可能性があったからこそ私は止めたんだけど……考えうる限り最悪の結末になってしまったね」

 

 束が辛そうな声でそう呟く。撃破した際に露わになったバルバトスの操縦者の顔は千冬とよく似た面影をしていたのだ。

 

 当然それだけでは本当に弟であるか確証は取れない為、バルバトスの装甲に残された彼の血痕と展開状態でも可能な限り調べた操縦者の生体データから九割の可能性で探していた弟であったと判明したのである。

 

「責めてはいないよ。一番辛いのは千冬だろうし、何より君が暴走する可能性を理解していながら伝えてしまった私に責任があったと思ってる」

「束……っ?!」

 

 千冬へと向き直り、束が深く頭を下げるとそのような反応をされると思っていなかった千冬が驚愕する。

 

「許せないと思うなら殴ってもいいよ。今なら抵抗はしないし何なら殺しても構わない。その場合でも君を無罪にするように更識当主には伝えてある」

「そんな事……! 今まで私の為に尽力してくれたお前にできる訳ないだろう!」

 

 気に食わないなら殺せと。その口調と雰囲気から本気で言ってるのだと十分理解できた千冬は逆に怒りを込めてそう怒鳴ってしまう。千冬にとって束は親友であり、自宅に戻れない程の多忙な生活を送りながら弟を探していてくれた恩人である。そのような相手に自身がやってしまった過ちの責任を押し付けるなど千冬には想定もしておらず、逆にそうされるのが当然と言った様子を見せた束が許せなかったのだ。

 

「ありがとう。そう言ってくれるならば私も救われるよ。ならばせめて彼の身柄の保証がされるように尽力しよう」

 

 千冬の答えを聞いた束は微笑みを浮かべる。それを見た千冬の無意識のうちに強張っていた表情から力が抜け、代わりに違う感情が浮かび上がる。

 

 

―――絶対な安心感

 

 

 束ならば何とかしてくれるという理屈も何もない思考放棄と言っていい程の何かがあった。

 

 束と千冬は幼少の頃から交友があり、親友同士と周知されている二人であったが、その関係には彼女達の近親者を含めた数名のみしか知らない僅かな歪みが存在する。それは織斑千冬が篠ノ之束を妄信しているという物であった。

 

 幼少の頃より神童と謳われていた束は、あらゆる事象に対して断片的な情報から未来に起こる事をほぼ正確に予測してしまう未来予知と言っても過言ではない頭脳を有していたが、束はその才覚を公の場で振るう事を一切せず、千冬のサポートにのみにしか使う事が無かった。

 

 剣の才能とISの才能を有していた千冬は束の的確な指導を受けてその能力を遺憾なく伸ばしてその二つの世界に置いて最強の名を獲得し、それ以外の分野においても束のアドバイスを聞いていれば常に最良の結果を導き出し続ける事が出来た。

 

 常に束の言葉を信じ、従い続けて生きてきた千冬は挫折と失敗を知らなかったが、数年前に一度だけ、彼女の忠告を無視した行動を取った。それは第二回モンド・グロッソ大会に弟を連れて行くなという物であった。

 

 大会二連覇がかかっていた千冬は自分の晴れ姿を愛する弟に見せたくて束の言葉を無視して大会のあったドイツへと連れて行き、その結果彼女の弟が行方不明になり、千冬の心に大きな絶望を与えた悲劇が起きた。その際も束はもっと強く止めるべきであったと己の非を謝罪、必ず弟を見つけると宣言し、その約束通り手掛かりを見つけ出して千冬へと伝えたのだ。

 

 そして今回、焦りからまた束の忠告を無視して行動した結果がこの事態を招いたことから、千冬の中では一つの考えが生まれていた。

 

 すなわち妄信。自分の考えで動くのではなく、束の言葉に従っていれば間違いは起きないという人として最もあってはならない物であった。

 

「さて、では行こうか千冬。君は一度身を清めてから休みを取った方がいい。後は私に任せておいてくれ」

「……あぁ済まないな束。後は任せるよ……」

 

 束が優しく千冬の背を叩き、この場から退出するように促すと、目の下に隈ができる程寝ずに離れなかったこの場所から一切抵抗する事無く出口へ向かって歩き出す。

 

「あぁ済まない。少しだけここに用事があるんだった。直ぐに向かうから先に行っててくれるかな? シャワールームの場所は出会った職員に聞けば大丈夫だろうから」

「……わかった。先に行って待っている」

 

 何かを思い出したかのようにポンと手を叩きながらそう語る束の言葉に何の疑問も持たず、千冬は素直に受け入れて先に扉の外へと出てエレベーターへと乗り込んでいく。

 

「如何に獰猛な獣であろうと飼いならされれば兎と同じ。というやつかな」

 

 そしてエレベーターの扉が閉まり、千冬の姿が完全に見えなくなった瞬間、穏やかな微笑から氷のように冷たい表情へと変えた束がそう呟いた。

 

 そのままエレベーターへと背を向け、再び格納庫へと入ると鎮座するバルバトスの前に立つ。

 

「全てを与えられた姉と全てを失い自ら力を得た弟。果たして私の求める力を得たのはどちらかな?……ナツ、いや……織斑一夏君?」

 

 今度は心底楽しそうな笑みを浮かべながら束はバルバトスの中に眠る少年へ向けてそう問いを投げかけた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 束と千冬が話を始めた頃、アースガルズの屋上に静かに降り立つ黒い小型輸送機があった。

 

 外見は通常の物と大差がないのにエンジンどころか着地時の音すらしないこの小型輸送機は前期型エイハブリアクターを搭載した特殊な物である。

 

 IS程ではないが通常の航空機を遥かに上回る機動力と旋回性、エイハブリアクターとナノラミネートアーマーによる半永久的な動力と堅牢な防御力を誇る要人輸送に重点を置かれたギャラルホルン内部でも稀少な代物であった。

 

 そして周囲には十名ほどのギャラルホルンの制服を纏った軍人が一糸乱れず並んでおり、全員が輸送機の扉が開くと同時に一斉に敬礼する。

 

 出てきたのは装飾が施されたギャラルホルンの制服を纏った金髪の少女と、その後ろに付き従うように立つギブスで固定された左腕を吊るし、額に包帯を巻いた銀髪の少女。黒をベースにしている点以外は一般兵用と変わらぬ制服をギブスのせいで着れない為か肩に羽織っていた。

 

「お待ちしておりましたオルコット様」

「お出迎えありがとうございます。メーリアン一佐」

 

 前に出てきて挨拶をしてきた初老の男に対し金髪の少女、セシリア・オルコットが優雅に一礼すると後ろに立つ銀髪の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒが無事な右手を上げて敬礼を返す。

 

 男の名はカール・メーリアン。階級は一佐であり、このアースガルズに配備された防衛部隊の指揮官である。ギャラルホルン内部においてセシリアの階級は特務三佐となっており、年齢も階級も彼女よりも上の人物であるのだが、セシリアに対して最大限の敬意をもって接しているのが伝わってくる。

 

「メーリアン一佐。この制服を着ている今はわたくしも一介の軍人です。階級相応の扱いをしていただければ……」

「いえ。セブンスターズ御当主に敬意を示すのは当然の事です。私が貴女を下に見る事は命尽きる瞬間でもあり得ません。……ボーデヴィッヒ二尉も息災そうで何よりだ。負傷したと聞いて心配していたよ」

「御心配をおかけして申し訳ありません。カー……メーリアン一佐」

 

 心なしかセシリアの陰になるように立っていたラウラがメーリアンの視線に入るように僅かに身体を横にズラしながら謝罪する。その顔は常に不敵な笑みを浮かべている彼女にしては珍しく、いたずらが見つかった子供のようなばつが悪そうな表情を浮かべていた。

 

 ラウラを見る優しげなメーリアンの表情や名前を呼びそうになったラウラの様子から親密な様子を見せるこの二人の関係は少し特殊であった。

 

 メーリアンはシュバルツェア・ハーゼ設立前にラウラが所属していた部隊の隊長であり、ラウラが新設されたシュバルツェア・ハーゼに移る際、特殊な出生の為に親族がいないラウラの後見人となった人物なのである。

 

 独り身で子がおらず、幼少期よりラウラを見守っていたメーリアンにとって彼女は娘のような存在である。ラウラもまた厳しくも優しく自身の事を見守ってくれていた彼の事を父親のように慕っていた。

 

「それにしても君にここまでの手傷を負わせる者がいるとはね。まだ足を滑らせて階段から落ちたと言う方が信用できるよ」

「……いえ。私はまだ弱者です。この世界には私程度を殺せる者は少なくないでしょう」

「ほう……?」

「先日この傷を負わせた相手など比べ物にならない強さを持つ男に会いました。訳あって全力で死合う事は叶いませんでしたが、奴と一太刀交えた瞬間は生涯忘れられる気がしません」

「はっはっは常にその男の事を考えているとはまるで恋する乙女だな」

 

 そう話しながら(ナツ)の事を思い出しながら笑みを浮かべるラウラを見てメーリアンが笑いながらそう口にするが、ラウラの表情はどう見ても恋する乙女のする微笑ましいものではなく、戦闘狂が浮かべるそれであった。

 

「確かに……最近は暇さえあればどうすれば奴を殺せるか脳内でシミュレートし、逆に殺される光景を想像するたびに奴の強さを再確認して胸を高鳴らせています……なる程。これがクラリッサが言っていた恋という物なのか……!」

「絶対に違いますわ」

 

 新たな発見をしたといった反応をするラウラに我慢できなくなったセシリアが突っ込みを入れる。世の中は広いのであるかもしれないが、自分の友人がそんなバイオレンスな関係を恋愛と認識するのはそれなりに寛容な心を持っている自負があったセシリアでも許容できるものではなかった。

 

「ふっ……冗談ですよオルコット様」

「はっはっは。さてでは立ち話も難ですし、オルコット様とボーデヴィッヒ二尉は専用通路へお入りください」

「ぐぬぬ……! わかりましたわ……」

 

 二人の反応を見てからかわれたのだと気が付いたセシリアだったが、口でこの二人に勝てる気が全くしなかった為、反論せずに受け入れると、メーリアンに指し示された屋上の中心にある横幅十数メートル程の七角形の壁へと歩みを進める。

 

 その七角形にはそれぞれ七つの扉と紋様が描かれており、セシリアとラウラはその中にあった馬に跨る槍騎士の絵が描かれた扉の前に立つと紋章が一瞬白く輝き、ゆっくりと鋼鉄の扉が開く。

 

 これは七星の門と呼ばれる三百年前の厄災戦時代から奇跡的に残った技術を使用して作られた複製品であり、特定の条件を満たす者が立つと開く仕組みとなっている。

 

 現在ではこの条件を満たせるのがオルコット、更識、コーリング、篠ノ之の四家のみであり、そのうち更識、篠ノ之の二家はその条件を手放している状態にある為、実質オルコットとコーリングしか使用できない扉となっていた。

 

『相変わらず無駄に金の掛かった場所だな』

『全くですわ。お金を掛けるのでしたらこんなことにでなくもっと民の為になる物に使えばよいですのに……』

 

 メーリアンへと一礼したセシリアとそれに続いて敬礼したラウラが中に入ると扉が閉まると同時にISの個人間秘匿回線を開いたラウラがそう呟き、セシリアがそれに応じる。

 

 わざわざ個人間秘匿回線を開いたのは理由があり、いくらセシリア本人が認めていたとしても、一介の軍人がセブンスターズ当主相手に馴れ馴れしい態度を取っている姿を見られればラウラ自身の立場や評判に悪影響を与えてしまう為、第三者の目線がある可能性のある場所では決して友人として会話しないと言う決まりを二人の間で定めていたからだ。

 

『というかこの入り口に意味があるのか……?』

『元々は始祖のISを安置する宮殿への道だったそうですが、百年以上前に始祖のISが失われてしまって、現在ではただの特殊区画への通路となってしまったそうですわよ』

『この厳重さで紛失するとは……当時の警備がザルだったのかそれとも犯人が狡猾だったのか……いずれにせよ既に意味は失われているという事か』

 

 航空機で来る場合にはこちらの方が安全だと言う周囲からの強い進言を受けてこの場所を利用したのだが、前述のようにこの場所を使えるセブンスターズが二家しかない上、セシリアにとってアースガルズはほぼ無縁の場所である。

 

 彼女は残りの一家であるコーリングがここを使う頻度は知らないが、少なくともこの機構を維持する割に合う程使っている事はないだろう。整備費と電力代の無駄遣いだと考えるのは当然であるといえる。

 

『まぁそれはそれとして……ここにアイツがいるんだな?』

『それは間違いなく。とはいえ操縦者より機体の方が注目を浴びている様子ですが……』

 

 これ以上此処について話しても無駄だと判断したラウラはその話題を打ち切ると此処に来た目的である少年の話に切り替える。

 

『コーリング家、更識家は操縦者を殺して機体を確保し戦力とする事。ファイルス家は操縦者に関心はなく機体を確保して次世代機の開発に生かす事。篠ノ之家は機体より操縦者の確保の優先。そしてミューゼル家は操縦者と機体を研究したい。そして意外にも凰家も操縦者を優先で確保したいとの事ですわ』

『そして我々はナツの保護を優先し、可能ならばバルバトスも得る……見事にセブンスターズ各家の狙いが分かれているな』

 

 言いながらこちらの要望をそのまま通すのは不可能だとラウラは理解し、ため息を吐く。席次の差はあれど原則同じ立場にあるセブンスターズの中で自分達の要望をそのまま叶えるのは不可能に近いと言っていいだろう。

 

『まぁ安心しろ。もし駄目でも私が残念な思いを抱いてシャルロットが泣くだけだ。変に気負う事はないだろう』

 

 ニヤリと笑いながらそう口にするラウラはあまりこの事態を深刻に捉えてる様子がないが、それは決して悪意があるからではない。

 

 ラウラは冷静さと公平さ。そして仲間を想う愛情を有しているが、それは世の中に溶け込むために後から学んだ自己を律する為の楔。

 

 彼女の本質は狂気。自らの力を振るい破壊し、勝利を渇望する獣そのもの。それ故にラウラが人を想う為には仲間もしくは友と認識する必要がある。

 

 そしていずれ倒すと決めていたナツに対しては親近感はあれど友情を持っておらず、シャルロットに対しても保護対象以上の想いがない故、「上手くいけばまたナツと殺しあえる」くらいしか考えていない為、心の底からその身を心配できなかった。

 

 ラウラはそれが人として歪んでいると自覚しながらもこれが自分であると割り切り、セシリアもラウラのその破綻した精神を理解した上で友情を結んでいるため、それを指摘することはしない。

 

『うぅ……そう言われると余計にプレッシャーなのですけど……』

 

 そんな理由から気楽なラウラとは対照的にセシリアは肩を落としながら呟く。彼女は現在オルコット家が保護し、ナツの現状と再会を待っている友人()()であるシャルロットが悲しむ事だけは避けたいと考えていた。

 

 元々セシリアはバルバトスの確保自体はそこまで重要視していなかった。ラウラが回収に成功したグシオンに加え、自身が持つオルコット家が代々継承する存在。そして何よりバルバトスの整備データを保有している事からバルバトスを得る事へ興味はなく、ナツの事情とシャルロットの想い、そして結果的にラウラの命を救い、彼女と良き関係を築ける可能性があるという要素が無ければ会議への参加すらしなかっただろう。

 

 それ故にオルコット家を出発するまでは機体の確保を放棄し、普段から彼女が主張しているヒューマンデブリの少年の保護という名目を使えば、案外あっさりと話は進むのではないかと楽観視していたのだが、移動中に他のセブンスターズの主張の中に殺して禍根を絶つべきというのが二家、その後の扱いの違いはあれナツの身柄を狙っているのが三家あると聞いてからは最年少であり場数も経験も未熟な自分の意見を通せる自信が九割程無くなってしまったのだ。

 

 やがて二人はギャラルホルンの紋章が描かれた大きな両開きの扉の前に辿り着く。この扉の先こそが二人の目的地であり、セブンスターズ当主と直属護衛しか入る事を許されない場所である。

 

「さて。着きましたので楽しい密談もここまでですね。参りましょうオルコット様、そのご手腕期待しております」

 

 個人秘匿回線を解除し、真面目な部下としての顔に切り替えて敬礼と共にそう告げるラウラの姿を見たセシリアは眼を閉じ、小さく息を吐く。

 

 そして彼女が再び目を開いた時、そこにいたのは先程まで不安げな表情を浮かべていた年相応の少女ではなく、セブンスターズの一角を総べる者の風格を持った若き当主の姿であった。

 

「えぇ。行きましょうボーデヴィッヒ二尉」

「承知。何処までも付いて行きます。オルコット様」

 

 主従であり、友人。そして相棒である二人はお互いへの信頼を言葉にすると、様々な思惑渦巻く部屋へと続く扉を開いたのであった。

 




遂に明かされたナツの正体(棒)

実はナツ君事一夏君が眠っている間、夢の中の回想の形で過去編を書いていたのですが、話の流れが奇跡のような悪夢のような鉄血本編ともろ被りという事態になったので、そちらは泣く泣く没となり、かつ本編を受けて色々と似てるなーと思った点を変えたり変えなかったりとしてたら偉い時間かかりました。

本編が全滅エンドなんて全く予想してなかったよ……。


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世界の王達

お久しぶりです。仕事だったりFGOの夏イベだったり、仕事だったりFGOのネロ祭りだったり、仕事だったり仕事だったり仕事で忙しかったため、更新が遅れました。




 

 

―――――扉の先に広がるのは不思議な空間であった

 

 

 

 白を基調としたデザインの壁紙。芸術の知識が一切無いラウラでも高価だとわかるアンティークの調度品。そして閉ざされた窓からは綺麗な海が見え、開放的な青空をカモメが飛んでいる。

 

(相変わらず不気味な場所だな)

 

 そんなリゾート地のような景色を見たラウラは一切表情や態度を変えること無く、内心で不快感を示す。ラウラがこの場所を訪れたのは二度目だが、彼女はこの空間が好きではなかった。

 

 だがそれはラウラの美意識が歪んでいる訳ではない。実際似たような光景であるオルコット家の彼女の書斎や私室から眺める景色は見ていると戦いへの衝動を忘れる事ができる為、とても好きであった。

 

 

――――――おそらくこの場所が地下にあるのでなければ好きになれただろう

 

 

 窓が開いていないのはその先に何もないから。今見えているのは本物と液晶に写った遜色ない映像に他ならず、周りの調度品も埃一つないが普段から使われている形跡がない。見た目だけを整えた生活感や人の営みの気配の一切無い偽りの空間がラウラは嫌いであった。

 

 そして部屋の中央に置かれているのは値が張りそうな木製の長テーブルと二メートルはある背もたれに家紋が描かれた七つの椅子。そのうち五つには先程束と会話していたスコールとギャラルホルンの制服を着た三人の若い女。そして浅葱鼠の和服を着た一人の初老の男性が座り、それぞれの隣には護衛が立っている。

 

 彼らはこの世界を支配するギャラルホルンの頂点に立つセブンスターズ。その当主である五人とその専属護衛であった。

 

「お早いお着きだな最年少。待ちくたびれたぞ」

 

 その中の一人、ギャラルホルンの士官を隣に従え、書物を持った人が描かれた家紋の椅子に座る皮肉たっぷりにセシリアへと声を掛けてくる女性の名はイーリス・コーリング。セブンスターズの一門、コーリング家当主であり、二百機を超えるISを擁するギャラルホルン最大戦力である【アリアンロッド】の司令官であり、自らもISを駆って前線に立つ武人である。

 

「申し訳ありませんコーリング公。デュノア社の手続きに少し時間がかかっておりましたので遅れてしまいました」

「ちっ!」

 

 その皮肉を聞いたセシリアが穏やかな笑顔のままそう言って優雅に頭を下げると、気に入らなかったのかイーリスが短く舌打ちする。それを見たラウラは内心では半泣きなんだろうなと思いつつも、けして口にも顔にも出さず、鉄面皮のままセシリアの後ろに控えていた。

 

「コーリング公。会議に遅れたのならばまだしも開始の時間までまだ三十分あります。非がないオルコット公を責めるのはお門違いかと」

「ナタ……ファイルス公。ったく! わぁかったよ」

 

 イーリス同様、ギャラルホルンの士官を傍らに従えた不死鳥が描かれた椅子に座る長い金髪の女性が諌めるようにそう言うと、イーリスは渋々と言った様子で引き下がる。

 

 彼女の名はナターシャ・ファイルス。セブンスターズの一門、ファイルス家の当主であり、ギャラルホルンで使用される兵器の開発を主導している人物である。先程セシリアがここに来るのに使った小型輸送機やグレイズやカスタム機であるシュヴァルベ・グレイズの開発などはコーリング家の功績である。

 

「ありがとうございます。ファイルス公」

「お気になさらず。私はただこの場に相応しくない対応を咎めただけですから」

 

 自身の家の家紋が描かれた席に着いたセシリアが感謝の言葉を伝えるとナターシャは笑顔でそう返してくる。

 

 一見ナターシャがセシリアを庇ったように見えるが、オルコット家とファイルス家は敵対していないだけで友好な間柄ではなく、むしろファイルス家はコーリング家と強い繋がりを持っている。

 

 アフリカユニオンに属する旧アメリカ、アラスカ地区と、旧カナダ全土を拠点とするファイルス家とSAUに属する旧アメリカ全土を拠点にするコーリング家はセブンスターズ内部での発言権を強めるために初代当主の時代から同盟を結んでおり、その縁から住む場所は離れていても現当主二人は幼馴染みと言っても過言でないほど親密な間柄である。

 

 それ故にナターシャが今イーリスを止めたのは今の発言が当主らしからぬ物だった故。つまりは恥ずかしいから止めろという意味合いが強く、けしてセシリアに気を使ったからではなかった。

 

 

――――操縦者を殺して機体の回収を狙うコーリング家と操縦者に関心がなく機体の研究を望むファイルス家

 

 

 コーリング家がバルバトスを運用し、ファイルス家が整備と稼働データの収集を行うならば両家の目的は果たされる上に現当主がそのような関係である以上、両家が対立する事はあり得ず、ナツの保護を目的とするセシリアにとって二人は明確な敵と言えた。

 

「うふふ。小さなことで争う姿というのは見ていて面白いものですわね」

 

 その様子を見ていた水流の模様を持つ楯が描かれた椅子に座る水色の髪の少女が扇子で口元を隠しながら楽しそうに笑う。だがその眼差しには昏い炎のような負の感情が宿っており、その言葉が本心でないとセシリアは簡単に理解できた。

 

「……喧嘩売ってんのか殺人鬼」

「まぁ酷い。更識の使命をそのように言われるとはとてもショックです」

 

 扇子をくるりと返しながら表情は変えず、口調だけを悲しそうに変える少女。その扇子には【残念無念】と書かれていた。

 

 傍らに護衛役として近い年頃の眼鏡を掛けた三つ編みの少女を従えている彼女の名は更識楯無。殺された父親の代わりに若干十二歳でセブンスターズの一門、更識家当主の座を継いだセシリアより一つ上の十五歳の少女。

 

 当主を継いだ年齢だけを見れば八歳で両親を亡くしたセシリアの方が早いが、彼女は一年前まで後見人となった人物の支援を受けていたので、事実上歴代最年少で当主の座を継いだ若き才女。

 

 そして更識家直轄部隊【骸】を率いてギャラルホルンに反逆する者達を笑顔のまま殺し続ける姿から【微笑む殺戮姫】の異名と恐れられる冷酷無慈悲な断罪者。直接手を下したのは当然、命令を下して間接的に殺した者も含めれば既にこの中で二番目に人を殺した数が多いだろう。

 

「我が更識が秩序を乱す者を処理する事で世界の平穏は保たれ、同時にギャラルホルンへ反抗しようとする愚者への抑止力となる。とても効率的でしょう?」

「何が抑止力だ。結局は恐怖と暴力で支配してるだけだろうが」

「うふふ。ギャラルホルン最大戦力であるアリアンロッドの指揮権を持つ貴女がそれを言いますか?」

「私はお前達と違って疑わしいってだけで殺すような真似はしてねぇよ」

 

 ギャラルホルンの栄光と威信の象徴たるアリアンロッドを率いるイーリスとギャラルホルンの暗部と恐怖の象徴たる骸を率いる楯無。

 

 共にギャラルホルンが統治する世界での恒久的平和という理想を持ちながら方法と信念が異なる二人は、決して互いを認める事も受け入れる事もなく、顔を合わせ、会話する度に対立するのが常であった。

 

「双方、静まれ」

 

 うっすらと笑みを浮かべているスコールとまたかという表情を浮かべるセシリア、ナターシャであったが、威圧感の籠ったその声を聞いた瞬間、僅かに身をこわばらせる。

 

 その声を発したのは奥に座る蛇を持つ人が描かれた椅子に座るこの部屋にいる唯一の男。他の五人とは違いセブンスターズの制服ではなく浅葱色の和服を着たその老人が口を開いただけで先程まであった険悪な空気は吹き飛び、緊張感が場を支配していた。

 

 そして直接声を掛けられたイーリスは分かりやすく肩をびくりとさせ、楯無も表情や仕草に変化はなかったが、視線と意識を声の方へと集中させている。

 

「意義ある議論ならば大いに結構。答えが出るまでいくらでも待ってやる。が、こいつは違うだろう?」

「っ!申し訳ありません!」

「お見苦しい所をお見せしました」

 

 イーリスは慌てた様子で謝罪し、楯無は静かに立ち上がると頭を下げる。それを見た老人はわかれば良いとだけ告げると険しい表情のまま背もたれに身体を預ける。

 

 老人の名は凰 白龍(ファン パイロン)。セブンスターズの一人であり、世界最大の複合企業【テイワズ】を手中に収めている老練な支配者である。

 

 未来が見えていると言われる程の慧眼、有能であれば敵であった者も笑って受け入れる剛毅さと義理人情を重んじる気質を持ちながら、裏切れば身内ですら躊躇なく切り捨て、必要であれば恐ろしい程合理的な思考で判断を下す残酷さを兼ね備える。今の女性優位の時代においても決して逆らってはならないと言われている人物である。

 

「全く。お前達を見ているとアイツらを見てる気分になるぜ。本当に親子だなぁ……」

 

 数秒程その表情のままイーリスと楯無を見ていた白龍であったが、不意に楽しげな笑みを浮かべるとそう呟く。その様子は本当に楽しそうで、白龍の事を知らない者ならば、先程まで威圧感を放っていた人物と同一人物なのかと疑ってしまうだろう。

 

 二人の姿に誰かの姿を重ねながら懐かしさに浸っていた白龍が、ちらりと隣へ立つ人物へ視線を向ける。

 

 白龍の傍らに立っていたのは硬い表情を浮かべる若い女性であった。きっちりとしたスーツに黒縁の眼鏡の奥から覗く切れ目。長い茶色い髪を後ろに束ねて直立不動の姿勢で立つ姿はキャリアウーマンといった印象を抱かせる。

 

「他所は若手が熱意に溢れてて羨ましいぜ……そうは思わねぇか鈴玉(リンユー)

「ひゃいっ! そうだねおじい……じゃなかった! 白龍様!」

 

 だが白龍に声を掛けられた女性は先程までの様子とは一転して大慌てしながら裏返った声で答え、それを見た白龍は残念そうに溜息を吐いた。

 

 女性の名は凰 鈴玉(ファン リンユー)。白龍の孫娘であり、当主継承権第二位の資格を持つ人物である。

 

 白龍を超えると言われる程の頭脳を持ち、ISでは防御に重きを置いた堅実な戦い方を主体としながらも遠近中距離問わずに戦える【玄武】の異名を持つテイワズ内でもトップクラスの実力者であり、継承権一位の資格を持っていた姉が権利を放棄した為、現時点での次期当主最有力候補者。

 

「ったく。お前もあの馬鹿も俺を隠居させて楽させようって言う優しさはねぇのかねぇ」

「私におじ……白龍様の後を継ぐなんて無理です! それに私程度の能力ではではお姉ちゃ……姉様に遠く及びませんし」

 

 だが彼女はISを纏わずに多人数の視線に晒されると緊張で上がってしまうという欠点を持っていた。先程までの硬い表情は元来の真面目な性格も影響してはいるが、それ以上にこの場の空気に飲まれて固まっていただけというのが大きいだろう。

 

 それに加えて自己評価が低く、さらには優秀な姉に対する劣等感を抱えていた。その影響により自身よりも優秀な者が継ぐべきであると考えており、正式に継承権放棄を明言していないものの、継承権一位であった姉か継承権三位である白龍の義娘に任せるつもりであった。

 

「姉妹揃って当主の座を他の奴に押し付けてんじゃねぇよ……っとすまねぇ。無駄話するなっつった俺が無駄話しちまったな」

 

 自らの後継者問題に溜息を吐いた白龍であったが、この場において無関係な話であったと気付き謝罪の言葉を口にすると部屋に張りつめていた空気が僅かに弛緩する。

 

 それによって緊張から解放されたセリシアが僅かに視線を逸らすと、偶然鈴玉を見ている楯無の姿を視界に捉える。その表情は普段浮かべている作り笑顔でなく少し寂しそうで、鈴玉に向ける視線には彼女を通して誰かを見ているような様子であった。

 

「後継者問題に悩むのは何処も同じですね。我がミューゼル家も分家が絶え、身内もいないので早く子を為さねばと焦っておりますわ。オルコット公も早く配偶者と子を為さないといざという時に困りますわよ」

「ふえっ!?」

 

 その様子に疑問を感じたセシリアであったが、これまで静観していたスコールに急に話題を振られた事に驚き、視線を楯無から外してしまう。慌ててもう一度視線を楯無の方へ向けるも、その表情はいつもの本心を悟らせない作った笑顔に戻ってしまっていた。

 

 問いかけるタイミングを逃し、またこの場で聞く事柄ではないと思いなおしたセシリアは抱いた疑問を胸の奥にしまい込み、一度深呼吸して冷静さを取り戻してからスコールの方へ向き直る。

 

 駝上の貴婦人が描かれた椅子に座っているセシリアが物心ついた時から変わらぬ容姿を持つ年齢不詳の女性。分家は絶えたのではなく、自らの立場を万全にする為にわざと絶やしたのだとか、人体実験をしているといった黒い噂が絶えない人物。彼女が傍らに置くフルフェイスのヘルメットで顔を隠した性別年齢不明の護衛役も、人体実験によって素顔を晒せなくなったのではないかと言われている。

 

「ご安心ください。まだ死ぬつもりはございませんから」

 

 とはいえあくまで噂であり、実際には証拠は一切ない。疑わしきだけで糾弾するなどする訳にはいかず、セシリアにとって好ましい人物ではないとはいえ公の場で嫌悪感をむき出しにするのは淑女らしく無いので笑顔で応対する。

 

「あら。そうやって油断してますと危ないですわよ。先代のオルコット御夫妻もそうやって――」

「先代は誇りと未来を守って逝きました。その死を語る事は御止めくださいな」

 

 列車テロに巻き込まれて亡くなった両親の名を出されて湧き上がる怒りを必死で抑え込みながら、スコールの言葉をセシリアは笑顔で遮る。両親の死は不運ゆえであったが、少なくともISという最強の守りを持っていた母親は死を回避する事ができた。

 

 

―――両親が死んだ原因は他でもなくセシリアだった

 

 

 父親は犯人の銃弾から身を盾にして母とセシリアを庇って命を落とし、母は父が作った時間を使って自らの持つISの所有権をセシリアに譲渡して彼女を逃がし、爆発する列車と運命を共にした。二人は自分達が助かる可能性を躊躇なく放棄してセシリアを守ったのである。

 

 彼女にとって両親は誇りであり、永遠に愛すべき者である。そして二人が繋いだ命を持つ自分が生きている限り、その魂はけして消えないと考えている。そんな存在をくだらない軽口で出されるというのは彼女にとっては最大限の侮辱であったのだ。

 

 不穏な空気に包まれ、一触即発の気配が漂う室内。その状況を治めようと再び白竜が口を開こうとした時、閉ざされていた扉が開き、自然と全員の視線がそちらに向けられる。

 

「やはり私達が最後か。遅くなってすまないね」

 

 開かれた扉の先に立っていたのは黒いスーツの上から白衣という変わった格好をした束とその後ろに隠れるように立つ黒いワンピースドレスを着て淡く化粧が施された千冬であった。

 

「っと。お取込み中だったかな? 空気の読めない女で申し訳ない」

 

 剣呑な場の空気を察した束が芝居がかった動きを見せながら全員へ向けて謝罪する。動作そのものは意図的だと言うのにその声質には真っ直ぐな誠意が籠っているという相反する行動と発言をしながら束は室内へ歩を進める。

 

「ここは関係者以外の立ち入りは禁止だぜ博士よぉ」

「今回彼女は私の護衛役。つまり何ら問題はない。それに千冬にはこの会議に参加する権利がある」

 

 そんな束に対し僅かに不快感と警戒心を滲ませた言葉を白竜は投げかけるが、彼女は爽やかな笑みを浮かべながらそう答えを返すと、空席であった紅い椿が描かれた椅子に座る。

 

「さぁ、始めようか。鹵獲したISと操縦者の対応を決める七星会議を」

 

 そして部屋に入ってから一分にも満たぬ時間で場の中心となった束は、まるで謳うように会議の開始を告げたのであった。

 

 




主人公が4話連続出てきていないという事実に後書き書く直前に気が付きました。



ファイルス家設定。

ナターシャ・ファイルスが当主を務めるセブンスターズの一席。

ギャラルホルンでは束がエイハブリアクターとゲイレールを開発するまで新型機の開発はされておらず、厄祭戦時代のレストア機がギャラルホルンの戦力と使用されていた。

後期型リアクターの登場で新型開発の流れが急速に進み、ファイルス家主導でギャラルホルンの戦力拡大が行われる事となる。

現在はグレイズでの限界を訴える現場での声を聞き、その後続機の開発と熱量兵器を実戦レベルへ引き上げる研究を行っている。

その為に悪魔と天使の技術を融合する研究がおこなわれているとギャラルホルンの中で噂が流れている。


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