IS<インフィニット・ストラトス> IS学園の異分子君 (テクニクティクス)
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1話

――世界は何でも起こる。 ――ありえないなんてありえない。

どちらも好きで読んでいた漫画の一台詞のひとつ。

実際、人間が5分、いやたった数秒後の出来事だって予想することはできても

それが現実に起こるなんて確証を持つことは、超能力、魔導、異質な力でもなければ不可能だ。

 

ただ、それが自分に降りかかることが起こるなど、信じられないわけで――

 

 

 

 

 

彼は冬の雪の降る寒い日に、あつらえたように養護施設の軒先に倒れていた。

この時期には、まずありえない薄手の白いTシャツに洗いざらしのジーパンという恰好で。

偶然倒れている人影を見つけた職員に保護されて事情を聞くと、名前以外すっぱり記憶もなく

苗字は分からないし持ち物も、今着ている服しか見当たらなかった。

警察に捜索願を届けられてないか確認しても、該当する件は存在しなかった。

行き場のない少年は院長の誘いもあり、その養護施設の一員となった。

同年代の子と比べると随分と落ち着き、分別のある子ではあっても、特に問題を起こすことはなく、すくすくと育った。

――ある日、全テレビ局が流した事件を見て、光の濁流のような記憶の波に飲まれて『彼』は気付いた。

この世界は「IS(インフィニット・ストラトス)」の世界なのだと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園のとある教室。全方位を見回しても、女の子ばかりでその視線は二人の男子に注がれている。

廊下に目を向ければ、2、3年生までも物珍しそうにこちらを見ているので、客寄せパンダにでもなった気分だ。

 

「うぅ……、思ったよりキツイぞこの状況は。

 本当なら俺達、春から藍越学園に行くはずだったのに」

「まぁ、起こってしまったことに対してグチグチ言ってもどうしようもないんだから、受け入れようよ一夏。……ただ、この状況は俺も辛いが」

 

その二人の男子の名は織斑一夏と塚本猛(つかもと たける)

一夏に比べると、若干髪は長くすこしクセがあり毛先が外に跳ねている。

凡庸な容姿は、親しみやすさを感じさせて悪く言うなら地味。

 

藍越学園の入試試験会場を間違えて、うっかりISに一夏が触れた途端男には起動すら出来ないはずの代物が起動。

更には一緒に受験会場に行くはずの猛が冗談で触ってもISを動かせてしまったのだ。

全世界で二人もISを動かせた男が現れたとなれば、その後の展開は想像するに容易いので割愛。

急遽、このIS学園に新入生として入ることになったのだ。

 

そして教壇に立ち、優しげな笑みを浮かべている副担任の山田真耶先生。

 

「えーと、つ、次は、お、織斑一夏君! じ、自己紹介をお願いしますね」

 

まだこういったことに対し耐性、経験がないのか、しどろもどろに進行しているが逆にそれが庇護欲を掻き立てる。

立派な成人女性にそういった感想はどうなのかとは思わなくもないが。

名指しされた一夏は席を立ち、自己紹介を始める。

 

「……えっと、初めまして、織斑一夏です。よろしくお願いします……以上です」

 

文字通りの自分の名前しか告げない自己紹介に思わず全員ずっこける。

ただ一人キョトンと突っ立ってる一夏の頭上に音速の拳骨が叩き込まれる。

急な暴力と強烈な痛みで声も出せない一夏はその暴徒に目を向け、驚愕する。

 

「げぇ!? 人修羅っ! あいたぁ!!」

「誰が人でも悪魔でもない者だ、馬鹿者」

 

背の高い、スーツをビシっと着こなしている女偉丈夫が一夏の後ろに立ちもう一度鉄拳制裁を加える。

 

「お久しぶりです、千冬さん」

「塚本、学校では織斑先生と呼べ」

 

久しく会えていなかった幼馴染の姉と再会し、笑みを浮かべる猛。

鉄面皮に見える彼女にうっすらと喜びの色が混じっているのを気づけるのは今悶絶している愚弟ぐらいだろう。

 

「ちょうどいい。塚本、順番は変わってしまうが、今度はお前が自己紹介をやってみろ」

「了解しました、織斑先生」

 

一夏に変わり席を立ち、とりあえず離れたところにも聞き取りやすい声でしゃべり始める猛。

 

「初めまして、塚本猛と言います。

 事情があって正確な誕生日は分かりませんが一応2月生まれです。

 基本的に嫌いな食べ物はありませんが、青魚などクセの強いものは苦手です。

 趣味は読書にゲーム、空を見上げること。

 中学までは弓道部に所属し、時折部員の足りないところへ助っ人に行ってました。

 これから1年間よろしくお願いします」

 

模倣的な自己紹介を終え、拍手の中席に座り直す猛。

 

「どうだ織斑、これが自己紹介というものだ。貴様もちゃんと見習え」

 

そう言って山田先生の隣に並び立つ織斑先生。

 

「諸君、私が担任の織斑千冬だ。

 君たち新人を一年で使い物になる為のIS操縦者に育てるのが仕事だ。

 私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。

 私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛えぬくことだ。逆らっても構わんが、私の言うことは絶対に聞け。いいな?」

 

その宣言と共に教室の窓ガラスが割れかねない大きさの黄色い悲鳴があがる。

 

「キャ~~~~~! 素敵ぃ! 本物の千冬様をこの目で見られるなんて!」

「お目にかかれて光栄です!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に北九州から来ました!!」

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しくも本望です!」

「私、お姉さまの命令なら何でも聞きます!」

 

毎回のこととはいえ、うんざりした表情で女生徒たちを眺めている織斑先生。

 

「……はぁ。毎年毎年、よくもこれだけ馬鹿者共がたくさん集まるものだ。

 ある意味感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者だけを集中させるように仕組んでいるのか?」

「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って! 鞭で叩きながら罵って!」

「でも時には優しい笑顔を見せて!」

「そして絶対につけあがらないようにキツイ躾をして!」

 

女三人寄れば姦しいとは言うが、これからこれに何度も晒されなきゃならんのかと思うと、黒二点は背中が煤けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……猛、俺もうだめかもしれない」

「そんなブラック企業に入ってしまった人みたいに……いや状況的には似たようなもんかな」

 

1時限目を終えて早くも一夏はグロッキー状態だ。何せ授業中ですら好奇の視線に晒されて

話しかけられる人間は隣の同性のみ。精神を徐々にやすりで削られているようなものだ。

 

「というか、この状況でよく教科書なんて読んでられるよな、お前」

「そりゃ、今まで学ぶ必要なかったものが必須になってるんだ。少しは予習とかも必要じゃん?」

「う……」

 

と、そんなやりとりをしている二人の前に黒髪をポニーテールにした女生徒が立つ。

 

「ん……? 箒か?」

「やほー、箒も久しぶりだね。元気してた?」

「ん、あ、あぁ……。悪いが一夏を借りていっていいか?」

 

どうぞどうぞと促すと箒は一夏を連れて教室を後にした。猛はまた参考書に目を戻そうとすると別の女生徒から声を掛けられる。

 

「ちょっとよろしいかしら」

「ん……? 俺?」

「まあ! なんですの、その返事は。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから

 それ相応の態度と言う物があるんではないかしら?」

 

うわぁ……とあまりに強烈な売り言葉に苦笑してしまう猛。確か彼女はセシリア・オルコット。

”蘇った記憶”に寄ればイギリス代表候補生だったはずだ。

女尊男卑がまかり通ったこの世界では男性を単なる奴隷などと、見下す女性も少なくない。

だが、できうる限りそういった選民思想の人は意識的に遠ざかったり避けたりしてきたが

こんな女性の園で回避しきることは出来なかったようだ。

 

「えっと……謝罪と賠償を求めているので?」

「なんですの!? その人を馬鹿にした対応は! これだから男は……」

「ははは……」

「……まぁ、いいですわ。わたくしが言いたいことは」

 

二の句を告げる前に次の授業の予鈴が鳴る。

次の休み時間にまた話すと言い残し去っていくセシリア。

そしてギリギリで教室に駆け込んできた一夏と箒は織斑先生の制裁を仲良く受けた。

 

 

 

 

 

今日一日の授業が終わり、亡者のような足取りで進む一夏とそこまで疲弊はしていないが疲れ気味の猛。

入学前に配られた参考書を間違えて捨ててしまった一夏にまたも織斑先生の拳骨が炸裂し

更には一週間以内に全て覚えろと命令されて、灰寸前にまで燃え尽きている幼馴染。

確かに電話帳、辞書サイズの厚さはあったとしても

要点など重要なところをきっちり抑えられている参考書なので身を入れて勉強すればある程度は理解できる内容なのだ。

自業自得としか言いようがない。

 

山田先生から急遽寮のカギを貰い、そこまでの道のりを進む。

一週間は自宅から通学してもらうはずだったが、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしい。

せめて荷物くらいはと抗議するも、最低限の生活必需品を渡され、他に必要なものは日曜に取りに行けと夜叉に威圧されて反逆するほどの気概はない。

 

「それにしても、俺と猛が別々の部屋ってのもおかしいと思わないか?」

「多分重要性の違いの現れなんじゃないかな。試験の結果、一夏のはまぐれだとしても、俺の醜態は事実なんだし」

「何だよそれ……」

「誰だって優秀な方を取りたいってことさ。じゃあ俺はこの部屋だから」

 

一夏と別れて、部屋のカギを開けて中に入る。

猛の目の前には裸エプロン姿の痴女が居た。

 

「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」

「…………」

「あ、あの……その汚泥を濃縮して更に煮詰めたような目で見つめるのは、止めてくれないかな……?」

「誰だって目の前に痴女が湧けばこういう目をします」

 

まるで養豚場の豚でも見るような、感情の篭らない目で見つめられて痴女は白旗を上げる。

 

「えっと……とりあえずこの下は水着だから安心してね!」

「どこに安心する要素があるか分かりませんが、了解です」

「それじゃあ、改めまして私は2年の更識楯無。今日からルームメイトになるのでよろしくね」

「俺は塚本猛です。よろしくお願いします」

 

笑顔で握手する中、猛の頭の中では疑問符が浮かぶ。確か彼女は学園の生徒会長。

自分の護衛役としては、あまりに……。

 

「なんか納得いってない顔してるね」

「え……表情には出してないはずなんですが」

「んー、雰囲気と乙女の勘ってやつね。まぁ、一夏君と比べると月とすっぽんのようなものだけど

 わざわざハニートラップに引っ掛けて攫われるのも面白くない連中が居るのよ」

「はぁ……モルモットコースに乗せるしか使い道にならないと思うんですがね」

「……怒らないのね」

「事実ですから。それより、何か飲みますか? 紅茶があればそれが一番なんですが」

「ああ、待って。私の方が先客なんだし、私が淹れる……きゃっ!?」

「うわっ、あぶなっ!」

 

足を滑らした楯無を支えようとした猛も同じく滑ってしまい、彼を押し倒すように楯無が覆いかぶさる恰好に。

目の前に水着姿の美人(見方によれば裸エプロン)が居ればどうしたって顔は赤くなって動悸も早くなる。

 

「……硬くなってるね」

「ちょっ!? 何言ってはりますのん!」

「言葉づかい変になってるわよ。そ・れ・に・私は身体全体のこと言ってるのだけど?」

 

は、ハメられた! と羞恥で真紅になってるところに一夏がノックもなしに飛び込んでくる。

 

「た、猛っ! 助けて……く、れ……」

 

目の前には今にも美味しくいただきますと言わんばかりのお姉さんに押し倒されている幼馴染が。

数回まばたきを繰り返した一夏は油の切れたロボットか擦り切れたビデオテープの映像のように不自然に後退していく。

 

「お、おじゃましました……」

「ま、待って一夏! 誤解だ……ぁ……、行っちゃった……」

 

入学初日にラッキースケベをするのは一夏の方だろうとたそがれてしまう猛。

いつの間にか楯無の広げた扇子には『無様(面白くなってきた!)』と書かれ、必死に笑いを堪えている。

そんな彼のIS学園初日は終わりを告げる。



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2話

次の日の始めの授業は教科担当の山田先生ではなく織斑先生が教壇に立っていた。

 

「今日はまず、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める」

 

初めて聞く単語に疑問符を浮かべて、猛は先生に質問を投げかける。

 

「先生、代表っていったい何のことなのですか?」

「クラス代表者とはそのままの意味だ。

 対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……。

 まあ、普通の学校で言う学級委員長だな。

 ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。

 今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで」

 

完全には飲み込めていないが、疑問の8割は解けたので、ここの学園ではそういう役職があるものなんだと納得する。

 

「さて、誰が代表者になる? 自薦他薦は問わない」

「はい! 織斑くんを推薦します!」

「うぇぇっ!? なんで俺が!?」

「ああ、ちなみに推薦された者は辞退できないからそのつもりで」

「う、嘘だろ、千冬姉ぇ! ぐわぁっ!?」

「学校では織斑先生と呼べと言っているだろう」

 

目に見えない速さで投げつけられたチョークが一夏の額に直撃して砕け散る。

痛みで額を抑えて涙目になりながらも、一夏もなんとか手を上げる。

 

「そ、それじゃあ俺も猛を代表者に推薦する!」

「お待ちになってください! 納得できませんわ!」

 

机をバンっと叩いた立ち上がる金色の髪が長い女生徒。

セシリアは頭に血を上らせて、感情の赴くまま言いたい放題喚き散らす。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ!

 わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

興の乗った演説に酔ってしまっている彼女は周りの状況など気にも留めず、更にテンションを上げる。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!

 わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!

 それに、クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはイギリス代表候補生であるわたくしですわ!

 大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

聞いていられない暴言の数々に皮肉の効いた一夏の一言で、青筋を浮かべたセシリアが視線を向ける。

 

「お、おほほほ……、わたくしの聞き間違いだと思いますが、今なんとおっしゃったのですか?」

「何だ、口だけじゃなく耳まで悪いのかよ。救いようがないな」

 

今度こそぶちっと堪忍袋の尾が切れる音がして、もう一度机に手のひらを叩きつけるセシリア。

 

「決闘ですわ!」

「おう、望むところだ! ここまで馬鹿にされて黙っていられるか」

「そして、そこで知らんぷりをしている貴方!

 貴方にも決闘は受けてもらいますからね!」

「……えー」

 

知らぬ存ぜぬーと無視を決め込んでいた猛も二人の決闘騒ぎに巻き込まれることに。

仕方がないかとため息をついて、やれやれと首を振る。

そうして、猛は席を立ちあがりセシリアに向き合う。

 

「ところで、ハンデはいくらくらい貰えるのかな?」

「あら、殊勝な方ですのね。いいですわ、素人を相手に無慈悲に勝ち越しても弱いものいじめにしかなりませんもの。

 貴方が望むだけ、ハンデを背負わせてもらいますわ。それでもわたくしの勝ちは揺るぎませんが」

「ありがとう。それじゃあ、ビットは一切使用しないで武器は遠距離狙撃銃のみ。スピードも6割まで落としてもらえるかな?」

「は、はあっ!? あ、貴方わたくしを馬鹿にしていますの!? それだけハンデを付けたなら素人だって勝てるじゃないですの!」

「いやぁ、俺はそれくらいハンデが無いと勝ち目すらないから」

 

ポリポリと情けなく頭を掻く猛。その仕草にまたしても激高しそうになるセシリアに対して山田先生からフォローが入る。

 

「いえ……、冗談ではなく塚本君はもしセシリアさんと戦う場合それくらいのハンデが必要になってしまいます」

 

 

 

時は入試試験まで遡る。ビギナーズラックを発揮し山田先生を相手に勝利を納めてしまった一夏。

気負い過ぎて空回りしてしまったことを反省し、次の猛を相手には堅実に自分の持ち味で試験官の役割を果たそうとした。

――その結果、猛はほとんど何もできずにエネルギーシールドを失って惨敗した。

彼はISを起動できた。だが、試験の際に分かったのだが出来るのはISの起動のみで、傍から見てた千冬でさえ悲壮の色を隠せなかった。

まるで中世の甲冑を身に着けたかのような、鈍足な機動。武器のコールでさえあまりに遅く

猛のラファールは同じISを纏った山田先生に鴨撃ちのごとく、ろくな回避も出来ずに終了した。

 

 

 

セシリアは同情するような瞳で、ただ決して親しみが籠ったものではなく下賤な者を見るような目で猛を見る。

 

「……もし、貴方がここで非礼を詫びて土下座でもするのでしたら、わたくしも鬼ではないので決闘を取り下げてもよろしくてよ?」

「いや、やるって言うんだから撤回はしないよ」

「はぁ……所詮貴方も実力差の分からないお馬鹿さんな男なのですね。試合当日に無様な姿を全員に晒すと良いですわ」

「話は纏まったな。では一週間後お前ら3人で戦って代表を決めろ」

 

そう締めくくる織斑先生。一瞬大丈夫なのかという色を含んだ視線に対し苦笑を返す猛。

今まで他の生徒の試験結果など知らないし、むしろ結果を知り心配そうな声をかけてくる一夏。

 

「なぁ猛。今からでも遅くないからお前は試合辞退した方が良くないか?」

「一夏は頑張るんだろ? なら俺も少しは頑張ってみたいし、ダメならダメで良いってことでやらずに後悔するよりはいいかなって」

「そうか……。昔からこう引かない部分は滅多に引かないしなお前。じゃあ頑張ろうな!」

 

 

 

 

 

その後、一夏には専用機が送られることを織斑先生から告げられて

一夏が猛にはないのかと問いただすと

やはり適性が歴代学生の中でも最低ランクである彼にわざわざISを作る企業、研究所などなく

しかし、ただ世界で2人目の男性操縦者に何も渡さないのも……ということで練習機のラファールを臨時で個別貸出をしてくれた。

そして練習用アリーナにやってきた猛はラファールを身に纏って、練習用プログラムを起動させて訓練を始める。

始めの頃は物珍しさで見物にくる生徒も多かったが、何より不恰好な機動で一番簡単なプログラムですらせいぜい6割の達成率。

もはや、彼の練習に興味を持つ生徒は居なかった。

 

明かりがほぼ消えかかり、薄ぼんやりとしたアリーナの中央で

大の字に寝そべり荒い呼吸を繰り返す猛。

重い腕を天に伸ばして、星空を見上げる。幼いころから暇さえあれば夜空を見上げていた。

天体観測と称するほど崇高な趣味ではなく

よく聞く夏の大三角や星座などひとつも覚えていない。

それでも、吸い込まれてしまいそうな漆黒に瞬く星々を見つめることが猛は大好きだった。

 

「……こんなところに居たのか。一夏が心配してたぞ」

「やっほー、箒。ちゃんと話すのはこれが初めてかな」

 

不意に隣に現れた人物に目を向ける。やれやれと言った感じで猛を上から覗き込んでいる箒。

そのまま、倒れ込んでいる猛の傍に座り込む。ここに来る前にシャワーでも浴びたのか仄かに柔らかな石鹸の匂いが鼻をくすぐる。

 

「そっちはどうなのさ? 今までたるんでる一夏をビシバシ鍛え直してるって話は聞いたけど」

「う、うむ……。まったく一夏のやつは何であんなに鈍ってしまっているのだ! かつては私が敵わない腕を持っていたのに!」

「そりゃあ、剣道止めちゃってずっと帰宅部にバイトやってれば鈍るよ」

「それにしたって…………。と、ところで猛の方はどうなんだ、剣道は続けてたのか?」

「ごめん、箒が居なくなってからは剣道は止めちゃって、代わりに弓道部に入ってたよ。俺、目だけはいいから」

「むぅ……お前はお前で光るものがあったのに。

 ああ、そういえばうちの剣術道場で稽古が終わってから、境内に座ってずっと星空を見つめてたことがあったな。

 ……ふふ、猛は星を見るのが好きなわりにいっさい星座とか覚えようとしないで

 逆に私の方が詳しくなってしまったことがあったな」

 

楽しかった幼少期を思い出し屈託のない笑顔を浮かべる箒。

 

「箒も一夏の前でその笑顔見せてやればいいのに」

「な、なぁぁっ!? ば、馬鹿なことを言うな! は、恥ずかしいではないか……」

「ふーん、俺に笑顔見せるのは恥ずかしくないんだ。やったー。一夏より一歩リード」

「ひ、人をおちょくるのもいい加減にしろ!」

 

ぽかりと頭をたたかれても、全然力も入っていない拳骨に、にこにこと笑っている猛。

箒はぶすっと頬を膨らませて、不機嫌さをアピールするがそれも長く持たずに、訥々とまた話し始める。

かつての幼馴染との再会で、尚且つ不必要に触れられたくない部分には踏み込まない猛に、どうしても会話は弾む。

そうして、あちこち走り回り、息を弾ませて猛を探していた一夏がアリーナにやってきた。

 

「……と、ずいぶん話し込んでしまったな。早く寮に戻らないと千冬さんに怒られてしまうな、急ごう猛」

「あー、ごめん箒。起こして。もう自分ですら起き上がれないのだ」

「はぁ……仕方のないやつだな、お前は」

 

ISを解除して箒の肩を借りて立ち上がる。そのまま一夏の肩も借りて、何とか寮へ帰って行った。

 

 

 

 

 

 

そして試合当日のハンガー。一夏に猛、箒が居て、少し怪訝そうな表情を浮かべている教師2人。

 

「えーと、一夏君の専用機。試合前に何とか間に合ったのですが……」

 

何か言いたげな表情で山田先生は隣で腕を組んでいる織斑先生に助けを求める。

眉間に軽く皺を寄せたまま、彼女は口を開く。

 

「今日、ハンガー内に見たこともないISが置かれていて、撤去しようにも強固なロックが掛かっていて動かすどころか触ることも出来ん。

 そしてそのISはずっと所有者シグナルを発しているんだ。

 ……塚本、ずっとお前の名を呼び続けている」

「え……? いやいや、最低ランクの適性しかないモルモット候補にそんな専用機送るやつがいますか」

「で、でも本当に急に搬入されてたんですよ。……業者の履歴を調べましても、そんな機体を搬入したは痕跡ありませんが」

「だが……今のお前がラファールに乗ったところでセシリア相手に勝ち目など0だ。

 もし異常や危険を感じたら強制的に接続遮断するから試しに認証をしてみろ。何よりいつまでもここに置いておくわけにもいかん」

 

そのまま、その異質なISの前までやってくる。

 

「これが……猛を呼んでいるISか……」

「ずいぶんと、細見だな。普段の練習用ISとは全然……というより別物じゃん」

 

一夏と箒はそんな感想を告げる。

そこに鎮座しているISは、普通のものと比べてまったく異なる形をしていた。

ISは基本的に人間部分は不可視のシールドに守られているが、ほぼむき出しで巨大な手足にさまざまなオプションが付く。

だが、このISはフルアーマーのように全身を包むようなタイプで、かつての白騎士より更に余分なものをそぎ落とし

色合いもガンメタルより若干明るく、少しくすんでカラーリングされている。

例えるなら、強化外骨格や戦術兵器と言った無骨さと機能美を兼ね備えていた。

 

促されるままに、猛は手を伸ばしISに触れた途端その機体は光の粒子となり

彼はISを装着していた。

 

「……やはりお前専用機と言うことになるのか。おい、大丈夫か? 平気なら返事をしろ」

「…………あ、は、はい。特に問題はないです。ただ、今すぐに動かすことはできないみたいで、システム類がほぼ稼働してません」

「そうか、では織斑。今度はお前の専用機を教える。ついてこい。塚本はどうする?」

「俺はしばらくコイツの初期調整に時間かかりそうなのでここに居ます」

「では、織斑の方が先に試合になりそうか。じゃあ異常があったらすぐに知らせろ。……ああ、ところでそいつの名はあるのか?」

「はい。コイツは天之狭霧神(アメノサギリ)というみたいです」

「随分と珍しい名だな。まぁいい、何かあればすぐに呼べ。ではいくぞ」

 

一夏に頑張ってねと手をひらひらと振る猛。

そして彼は皆の姿が見えなくなると、そのままメンテナンス用ベッドに懸架させ意識を深く落とす――

 

 

 

 

 

 

 

自分の試合が終わり、惜しくも勝つことができなかった一夏は箒と一緒にピットにやってくる。

 

「あー、あそこでエネルギーが切れなければなぁ……」

「調子に乗り過ぎるからだ、馬鹿者」

「まぁ、それは今後の課題ということで。おーい猛、次はお前の番だぞ」

 

そう一夏が声を掛けるが、ハンガーのISは反応を返さない。

一応中に人の気配を感じはするが、まるで鎧武者のようなその外見の機体は静かに鎮座したままだ。

 

「おいおい、どうしたんだよ……本当に大丈夫か?」

「なぁ、一夏。これは織斑先生を呼ぶべきなんじゃないか?」

「そ、そうだな、俺千冬姉を呼んでくる!」

「どうした、騒々しいな」

 

そこに管制室からやってきた千冬と山田先生が騒ぎに気付くが、それに合わせるかのように機体の瞳に光が戻る。

 

「ん、んん……? あれ、どうした一夏? 試合はどうなったのさ」

「え、あ、ああ……すまん、負けた。ってか、猛! お前こそさっき話しかけて何も言わなかったんだよ!」

「あー、ごめん。イメージトレーニングしてたら、いつの間にか寝てたみたいだ」

 

あまりにのんびりした受け答えに、心配して損したと落胆のため息をつき、織斑先生の出席簿で喝を入れられる。

フルアーマーですら脳まで痺れる衝撃を叩き込む先生に、相変わらず恐ろしいなぁと思う猛。

 

「で、そこまでリラックスしていたんだ。準備はできているな?」

「もちろんです。いつでも行けます」

 

ひょいっとハンガーから飛び降りると軽く身体を動かして

出撃カタパルトの前までつかつかと進む。

あまりの気楽さにちょっと心配になる山田先生は隣の織斑先生に話しかける。

 

「あ、あの……塚本君、あまりに気を抜き過ぎじゃないでしょうか? 織斑君はもう少し緊張してたと思うのですが」

「緊張し過ぎてロクに動けないくらいよりかは、多少気が抜けている方がいいでしょう。それでダメなら説教です」

 

PICを起動させてふわりと重さを感じさせなく空中に浮かぶ。

 

「それじゃ塚本猛、出撃します」

 

離陸からほぼ苦労することなくカタパルトからアリーナ内に飛び出していく猛。

その中央には補給と修理を終わらせたブルー・ティアーズが待っていた。

 

「ごめん、待たせちゃったかな」

「いえ、私もつい先ほど来たばかりですのでお気になさらず。それはそうとして、貴方には専用機は無いと聞いていたのですが?」

「何かどこかの変わり者が俺用に用意してくれたみたいで。

 まぁ、これ以外だと打鉄でもラファールでもまともに動かせないんだけどさ」

「それでは、この間の約束通りにハンデを付けずともよろしいのですか? それなら私も全力でいかせてもらいますが」

「うん、コイツなら俺もどこまでやれるか知りたいしね。……セシリアさん、どこか変わった?」

 

今までの彼女だったなら、女性を待たせるなど所詮男は下劣なのですわとか、他人を見下すことが多かったが目の前のセシリアからはそういった雰囲気は消え、真摯な表情を浮かべてこちらを見ている。

 

「男性にも、見るべきところがある人も居るということに気づいただけですわ」

「そっか」

 

猛は一度上を向いて眼前に広がる青空を見つめる。ああ、満点の星空や深淵のような光のない闇夜もいいが、この蒼天もまた、どこまでも遠くまで見通せて――

 

「綺麗だな」

「なっ!? いいい、いきなり何を言い出すのですか?」

「え? ……い、いやいやっ。俺はこの青い空が綺麗だなって言っただけで……セ、セシリアも綺麗だと思うよ?」

「そ、そんな歯の浮くようなこと言われましても、嬉しくありませんのよっ!」

 

自分の勘違いで顔を真っ赤に染めたセシリアがスターライトmk3を構えて、戦闘準備を終えたことを告げる。

 

「さ、さぁ、貴方も踊りなさい。私、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」

「見せてもらうよ、セシリア。君の全てを」

 

 

 

 

 

 

試合が始まって数分後、管制室に居る面々の表情はさまざまだ。

一夏に箒は驚愕、山田先生は困惑、そして織斑先生は真剣な表情で彼らの戦いを見守っている。

 

「う、嘘だろ……。なぁ箒、猛が練習している姿見たよな?」

「あ、ああ……。私が見ても、ISの重さが枷になってまともに機動すら出来ないような不恰好な動きだった」

 

そうは言っても、今目の前で繰り広げられている戦闘はそんな様子は一切ない。

むしろ手足のように完全に機体を自分の制御下に置いて、戦闘機動をこなしている。

 

「そ、そんな……私が試験官だった時にはあんな動きは出来ませんでしたよ。いったい……」

「皆何を言ってる。今の塚本の動きが本来のアイツの動き方だ」

 

そう発言した織斑先生に全員の視線が集まる。

 

「そんなこと言っても、ちふ……織斑先生。今までのISを纏った猛は」

「そうだ。だが、それは適性のない場合だろう。自分の思い通りに機体を動かせるなら、それは枷にはならん。

 そして、今やっている戦い方も昔、私が塚本と稽古や練習した時と同じ……いや更に洗練されている」

 

そう、千冬の戦い方が火だとするなら、猛のは水や風。

状況を読み、相手の挙動を写しとり、僅かな隙を逃さずに突く。

その戦術眼と思考の読み・決断までの速さとが猛の一番の強みだ。

 

「まだまだ青いが、私としては一番戦いたくないタイプだ」

「え、えぇぇっ!?」

 

驚きで管制室に叫び声が響く。

 

「ち、千冬姉が、苦手にするものなんてあるなんて……」

「ん? 私だって人間だ。苦手なもの位はあるさ」

「ああ、掃除は全然ダメだしな……ぐわぁっ!」

 

一夏の頭に鉄拳制裁を加えて、こほんと咳払いをする。わざわざ虎の尾を踏む気はない箒と山田先生はアリーナに視線を戻す。

 

「まぁ、いざとなったらまだ力で押しつぶせる程度だ。……さて、塚本。お前はどこまでの高みまで行けるんだろうな」

 

 

 

 

 

 

(いったいどうなってますの!? 何故……何故一発も当たらないのですわ!)

 

目の前で綺麗な機動を描いて、回避に徹している猛に対して困惑と苛立ちを隠せないセシリア。

決して手を抜いているわけではないし、むしろ一夏戦の時より気合いを入れて立ち会っている。

しかしどんなに狙いをつけ、フェイントと織り交ぜて射撃をしても

ギリギリのところで回避され、避けられないものは手に持った小刀で弾かれる。

そして、ビットを使った全方位からの射撃ですら、視線を向けずに危なげなく回避する猛に対し、不安が首をもたげる。

 

(いくら、ハイパーセンサーが360°見渡せると言っても本当に全てを……見通せている……のですか?)

 

不意に動きを止めた猛に対し、いぶかしげになりつつも声を掛けるセシリア。

 

「あら? もう逃げ回るのは終わりですの?」

「んー、何か手になじむ武器を検索してたんだけど、ひとつ使ってみたいものを見つけてそれを使おうかと」

 

持ち上げた右手に瞬間的に光が集まって現れたそれは、機殻に包まれてはいるがどこから見ても弓としか言えない。

矢もつがえず、光で出来た弦を引き絞る猛だが、その弓にエネルギーが溜まっていくのをセシリアのブルー・ティアーズは感知する。

表情はフルフェイスで読めないが、しっかりとこちらを捉えており

まるで狙いを定めた猛禽か、己を映し出す水鏡のような視線に背筋に冷たいものが流れる。

 

(あ、あれを撃たせたら、私は負けてしまいますわ!)

 

根拠はどこにもないが、この直感は無視したらそれこそまずいことになる。

もはやなりふり構わず、必死にスターライトmk3、ブルー・ティアーズを総動員させて五月雨のごとく射撃を開始する。

が、それでも猛の駆るISにまともに当たるものはなく、せいぜい掠る程度。

そして、限界まで引かれた弦を猛は解放する――

 

「行け――”八俣”」

 

キィンと甲高い金属音が響いたと思った瞬間、弓から巨大な光の濁流が8本、楔を解かれた大蛇のごとくアリーナ内を荒れ狂い、踊る。

その光の龍は不規則な動きをしながらセシリアに向かっていく。

 

(こんなものに当たったら、それこそ一撃で絶対防御が発動してしまいますわ! な、なんとかしないと!)

 

今展開していたビットは全て飲み込まれ、ミサイルビットすら何の役にも立たないだろう。

焦りで思考が上手く纏まらない中、眼前に何とかすり抜けられるかもしれない隙間を見つける。

このまま、突っ立ってていれば間違いなく負ける。

セシリアは意を決すると瞬時加速でその僅かな間に身を滑り込ませ、足先が通り抜けたところでそこが締まりきる。

何とか窮地を脱して、ほっと気を抜いてしまったのが悪かった。ふと見上げた自分の真上。

そこに、射撃姿勢を整えた猛が浮かんでいた。

 

「そ、そんな……誘い込まれたと言うのですか?」

 

セシリアが回避行動を取ろうとしたのより先に、弦を離す方が速かった。

真っ直ぐ伸びる光の矢に胴部分を射抜かれて、セシリアのエネルギーゲージは0を差す。

 

 

<<勝者、塚本猛!>>

 

 

試合終了のブザーが鳴り響く中、先ほどの光景に皆言葉を発することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

次は一夏とは試合のはずだったのだが、彼は最初から白旗を挙げて棄権。

そのまま、なし崩し的に試合は終わって、各々自室に戻って行った。

猛も寮内の部屋に戻ると、テーブル横の椅子に座ってこちらに笑みを浮かべている楯無が居た。

 

「おかえりなさーい。試合見せてもらったわよ」

「あ、モニターとか録画とかでもされてたんですか?」

「うん、まぁ覗き見みたいな感じで。しかし、あんな初陣でとんでもない武器使うなんてお姉さん信じらんない」

「まさかあそこまで凄いものが出るなんて俺だって思いませんでしたよ。ただ前から部活とかで使ってた弓が

 使えるなら使ってみようとしたら、ああなっただけです。出力抑えれば普通の弓矢ですよ」

 

ふーんと意味深なため息をつきながら椅子から立ち上がると、猛の胸元に手を伸ばす楯無。

首からネックレスのようにぶら下げられた翠色の勾玉。これが天之狭霧神の待機状態だ。

 

「これ、取り上げられなかったのね」

「一応織斑先生に検査のため、渡したんですが何かあっさり返却されたんですよ」

 

勾玉を手の中で弄ぶ楯無。どこか仄かに暖かく感じるのは気のせいだろうか。

 

(一応、第二の男性IS操縦者ってことで、たやすく攫われたりしてモルモットにされないよう目を付けてたけどこれを扱えるってことが知れれば、もっと強引な手段に出る輩も出てくるんでしょうね……はぁ、憂鬱)

 

どこか疲れたため息をつく楯無に対し、疲れてるなら何か甘いものでも出しましょうかという猛の誘いにすぐさま食いつく。

そのまま、紅茶を二人分淹れて軽いお茶会みたいなことをし始めた。

 

「で、このISの出所は分かったんですか?」

「それが、まったく。髪の毛程の情報すらどこにも無いの。

 それこそ、本当に今日その場に現れたとしか言いようがないくらいに……って何でそんなこと私に聞くのかしら?」

「うーん、楯無さんって泣きつけば何でも教えてくれそうな感じしたんで。髪の色もどこかの青だぬきみたいだし」

「人を未来からきた世話焼きロボット扱いしないの」

「うわーん、楯無さーん何とかしてよぉ」

「調子に乗らない」

 

猛は嘘泣きして、の○太風な声色を出しても頭を扇子で叩くだけで楯無は乗ってきてくれなかった。

 

「はぁ、このまま隠してても、猛君はどこかで気づきそうだしぶっちゃけると、私この学園の生徒会長なの」

「ふむふむ……で?」

「で、この学園の生徒会長ってのは、学園内で最強を意味してるの」

「つまり千冬さんを除けば、トップってことなんですね。ますます俺に貼りついてたのか分からなくなります」

「んー、本当は一夏君の方を護衛ってのも有りだったんだけど、彼、女の子といろんなトラブル起こしそうでそっちを先に見たくなっちゃってね。

 君は君でまた面白いから、こっちもそれなりに楽しめてるけど」

 

そう言って艶の含んだ流し目でこちらを見つめる楯無。綺麗な華には毒があるって言葉が似あうなぁとうかつにこの人の誘いに乗らないよう、気をつけようと思う猛。

 

「それでも、今日の試合で貴方を見る目は変わると思うから、自分でも気をつけてね」

「了解です」

 

変な虫が付く前に私に夢中になってくれるなら、それでもいいんだけど……と胸元を見せつけようとする楯無に脱兎のごとくその場から逃げ出す猛。

ホントいじりがいのあるタイプと口元を隠してくふふと笑う楯無。

その後、消灯ギリギリになりデカイたんこぶを付けて織斑先生に引きずられるように部屋に投げ入れられた。

 

 

 

 

 

 

「という訳で、クラス代表は織斑一夏君に決まりました! あ、同じ一繋がりで縁起がいいですね」

 

翌日のHRで山田先生がそう発表する。それに対して困惑した表情で疑問を投げかける一夏。

 

「あ、あの……俺一回も勝ってないんですが」

「それが、お二人とも辞退してしまって、結果的に織斑君に繰り上がって……。

 あ、でもセシリアさんとの戦いでは健闘しましたから、これから頑張っていけばまだまだ伸びますよ!」

「そ、そうですわ! 私はあの戦いで一夏さんに勝つことができました。けれど……」

 

それでも納得がいってない一夏に対し、プライベートチャネルで話しかける猛。

 

『おいおい、俺が代表に立てない理由分からないのか?』

『どういうことだよ、猛』

『お前の白式は倉持技研というちゃんとした所が作ったものだろ? 

 俺のは誰が作ったのか、何故あるのかすら分からない不明機体だ。そんなもの代表に出せるわけないだろ』

『そ、そうか……忘れてた』

『一応千冬さんとかが、出所調べてるが公になる試合には無理でも他は出れるはずだ……多分。

 まぁクラス代表頑張ってくれ』

 

滔々と言葉を連ねているセシリアを横にのんきに雑談を繰り広げる猛と一夏。

織斑先生が投げた出席簿が見事に二人の頭に命中し、ブーメランのように寸分違わず手元に戻ってくる。

 

「織斑、塚本、ずいぶん入れ込んで話をしていたようだな」

「えっ!? この通信って誰にも分からないんじゃないのか!?」

「あっ、バカ!」

「ほほう……やはりそんなことをやっていたのか。おい、貴様ら前に出てこい」

 

出席簿が当たった痛みが引かぬうちに、おかわりとしての織斑先生の拳骨。

しばらくの間、教室の横で先生がいいと言うまで突っ立ってるハメになってしまった。

 




鎧武者とは書いたけど、筆者のイメージ的に猛のISは
クーガーNX、川上作品の武神系フォルム


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3話

 

数日後、本格的なISを使った授業が始まる。

白色のジャージを着た織斑先生と紺色のジャージ姿の山田先生の前に

専用機持ちであるセシリア、一夏、猛が整列している。

 

「これからISを使った授業を行う。まず専用機持ち、ISを展開してみろ」

「分かりました」

「了解」

 

先生の命令と共にISを展開する。

まだ慣れてない一夏に、代表候補生であるセシリア、そして猛の順の速さでISが展開される。

 

「セシリア、織斑、もっと早く展開できるようにしろ。ベテランなら1秒でISを纏うことができるぞ。

 塚本は……特にないな」

 

ISの展開はまず光が集まって、そこから順に身に纏っていくのだが

天之狭霧神は一瞬猛の全身がぼやけたかと思うと

浮かび上がるように全身装甲を纏っているのだ。

やはり、他のISに比べて異質さがあるのか、皆の視線がこちらを向いているのが分かる。

その中には嫉妬、恐れ、憧れといったものも少し混じっているのも。

 

「では、とりあえずアリーナ上空まで飛び上がってみせろ。いけ!」

 

掛け声と共に三人は急上昇をする。セシリアに続くように猛、最後に遅れて一夏。

 

『どうした? スペック上では白式が一番出力が高いんだぞ』

 

そう言われても今まで自転車に乗ったことがない者に最高速度を出せというのは酷だろう。

なんとか、スピードを上げて二人のいる高さまで上がる一夏。

やれやれと疲れた表情を浮かべて二人に質問を投げかける。

 

「二人ともいったいどうやって空を飛べてるんだ? こう、自分の前方に角錐を展開させるイメージって言われても

 イマイチ、ピンとこなくてさ」

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法でやったほうがうまくいきますわよ」

「うーん、それもな……。そうだ、猛はどうやって空を飛んでるんだ?」

「そうだなぁ……。これについては、自在に自分で動ける分そういったイメージはいらないが

 ラファールに乗ってた時には漫画やアニメを意識してみたかな? 舞空術とか、魔砲少女の飛び方とかな」

「ああ……、ん? お? ……いや、やっぱり難しいよ。あれも鍛錬いるだろ」

「結局は慣れってことなんだろうね。泳ぎみたいに誰かに教えてもらうのも手だろう」

「そ、それなら私におまかせくださいませ! 手取り足取り教えて差し上げますわ!」

「一夏! いつまでそんなとこに居る! 早く降りてこい!」

 

その途端山田先生から無線を奪った箒の怒声が聞こえる。恋する乙女の察知能力は計り知れない。

しかしこの距離ですら、箒や他の皆の顔がくっきり見えることに一夏は驚く。

 

「ずいぶん離れているのに、よく見えるんだな」

「ちなみに、これでも機能制限がかかっているのでしてよ。

 元々ISは宇宙空間での稼動を想定したもの。

 何万キロと離れた星の光で自分の位置を把握するためですから、この程度の距離は見えて当たり前ですわ。」

「なるほど、だからあんなに空が綺麗に見えたんだな」

 

そう言って猛は蒼天を見上げるが、横でちょっぴり顔を赤らめているセシリアに頭に疑問符が浮かぶ一夏。

しばらく上を見つめている猛に対し、セシリアは表情を少し引き締め口を開く。

 

「ひとつお聞きしたいのですが、猛さんのIS、どこの資料を探しても何の情報も入っておりませんの。

 言いたくないのなら構いませんが、その機体は……」

「うん、箝口令は一応敷かれてるけど人の口に戸は立てられないね。正体不明機だよ。製作者も製造元もいっさい分からない。

 けれど、これ以外だと相変わらず起動しか出来ないから温情で乗せてもらってるようなものだし」

「そうでしたの……。では一部で猛さんによくないことを言っている人たちが居るのも」

「それも知ってる。かといって人の考えを変えることなんて出来ないし

 直接害が及ばなければ何言われても気にしないことにしてる」

 

そう、あの試合は結局あの機体が強いから勝てたようなもの。ヒドイ場合には不正を使った、何かしら学園や先生に対し

弱みを握っているから専用機を貰えたんだという誹謗中傷が少なからずある。

だが直接戦ったセシリアはそれは無いと言い切れる。あの最後の一撃が派手で強く印象に残るだろうが

試合開始からずっと、代表候補生とまでなれた自分の射撃がほぼ通用しなかったのだ。

あの研ぎ澄まされた観察眼と判断力。それは決して機体の性能ではない彼自身のこれまでの鍛錬なのだと同じ戦う者として理解できる。

 

「あの、今度また私と戦ってもらえないでしょうか? 今度こそは必ず貴方にまいったと言わせられるよう努力いたしますわ」

「いいよ。……というか、俺も練習に混ざっていいかな? 一応ISに乗れるようにはなったけど、どう特訓していいか分からないし」

 

恥ずかしそうにしている猛に対し、あの試合とのギャップにくすりと笑ってしまうセシリア。

 

「笑うことないじゃん。だって俺もISに関しちゃ一夏と同じ素人なんだよ?」

「ご、ごめんなさい。レディにあるまじき失態でしたわ。ええ、三人一緒に訓練しましょう」

「親睦を深めるのもいいが、そういうのは休み時間にでもやれ。今度は急降下と急停止をやってみせろ。

 ここまで降りてこい。目標は地表から10cmだ」

「了解しましたわ。それじゃ私はお先に」

「俺もいきまーす。じゃあね、一夏」

「お、置いてくなよ。っと……ととと!」

 

セシリアは見事な加速と停止を見せ、誤差もほぼ無い。猛は誤差はなくとも加速が弱くそこを織斑先生に注意される。

一夏は加速は良かったが、停止することが出来ずに地面に巨大なクレーターを作る。

何とか底から這いあがってきた一夏が列に並んだところで次の指示が来る。

 

「続いて武装を展開しろ。織斑お前からだ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

「り、了解です」

 

そういって一夏は中段に武器を構えるように手を重ねる。そこに光の粒子が集まって剣が実体化する。

 

「まだ遅い。0.5秒で出せるようになれ」

「はい……」

「続いてオルコット。やってみろ」

「分かりましたわ」

 

水平に腕を持ち上げたセシリアの手に大型のスナイパーライプルが顕現する。

しかしその銃口が隣に向いているのはどうなのだろう。

 

「オルコット。貴様の武装展開は速い。しかしそのように真横に銃口を向けて出現させていったい誰を撃つつもりなんだ。

 ちゃんと真正面に出せるようにしろ」

「で、ですがこれは私のイメージを纏めるために必要な……」

「直せ」

「……はい」

 

有無を言わせぬ織斑先生の言に頷くしかできないセシリア。

 

「オルコット。次は近接武装を呼び出せ」

「あ、は、はいっ」

 

先程とはうって変わって手に光は集まるのだが一向に形を成さない。

それに対し苛立ちが募ったのか、セシリアは強い口調で武器の名を呼ぶ。

 

「ああっ、もう! インターセプター!」

「遅い。いったいどれだけ時間をかける気だ。実戦では敵にも展開するまで待ってもらう気か?」

「じ、実戦では近接の間合いに入らせませんから、問題ありませんわ!」

「ほぅ、この間の代表戦で、織斑にいいようにやられておいてか?」

 

うぐっと言葉を詰まらせるセシリアに対し、更に辛辣な言葉が続く。

 

「戦闘で常に有利な状況で戦いたいのなら、どんなことが起ころうとも対処できるようにしなければ話にならん。

 長所を伸ばすことは確かに成長、強さに繋がる。だがお前らはまだその段階にすら達していない。

 それよりも自分の欠点、弱点を無くすか補えるように出来なければ、そこを敵は突いてくる。

 現にオルコット。お前は織斑に近接戦を挑まれてあそこまで追い詰められているんだからな」

 

努力します。としおらしい声を出してうなだれるセシリア。

そして次は猛の番となる。

 

「とりあえず、何か近接武器を展開してみろ」

「何でもいいんですか?」

「ああ」

「分かりました」

 

返事をして、腰付近に手を降ろしていくとそこに光が集まり、分厚い刀身の大太刀が顕れる。

 

「おい、何故腰に付けたまま呼び出している」

「ああ、すみません。居合い抜きを考えていたらこのまま出てきちゃいまして」

「まぁいい。次は射撃武装を呼び出せ」

 

柄に乗せていた手を握り、上に持ち上げれば刀は消え去りその手の中にアサルトライフルが姿を表す。

 

「ふむ……。他の武器を呼び出すことは出来るか」

「やってみます」

 

くるりと銃を一回転させるとストック部分から中心に向けて形を消し

洋弓と和弓の中間な風貌をし、機殻で組まれた八俣が手に収まる。

 

「武装展開と機体制動はお前が一番長けているようだ。だが塚本、貴様は正確さを求めて時折急加速、急停止が疎かになっている。

 ある程度の誤差は許容し、一瞬の爆発力を発揮した方が打開できることもある。頭に入れておけ」

「了解です」

 

三人に今後の課題を与えた織斑先生は1組の生徒たちに向きなおす。

 

「いいか、たとえ代表候補生と言えども私から見ればまだまだヒヨっ子だ。慢心できる部分などまるでない。

 むしろ努力を怠ればそれこそ、候補生の資格を剥奪される可能性もある。

 故に常日頃から鍛錬を積み、己を高め続けることを忘れるな。いいか!」

 

織斑先生の叱咤激励に力強く返事を返す1組生徒。

 

「それでは今日の授業はここまでとする。織斑、塚本、そのクレーター跡をしっかり直しておけ」

「え、ええっ!? これ、誰かが直して……くれないんですね」

「当たり前だ。自分で起こした失態だ。ちゃんとお前が後始末をしろ。それに補助まで付けてやったんだ、感謝しろ」

「ははー、俺の自由意思はないんですね」

 

その後二人してせっせとクレーターを元通りに復元させていった。

 

 

 

 

 

 

「というわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

掛け声と共に一斉にクラッカーが鳴り響く。

まだ詳しい状況がつかめてないせいかポカンとしたままの一夏。

そこから少し離れたところで、パーティ料理を食べている猛にちょっと不機嫌な箒。

ほぅ……と熱を込もったため息をつくセシリア。

 

「いや……これ、いったい何?」

「なにって、代表に決まったお祝いとクラスの親睦会も一緒にやろうっていうパーティだよ」

 

パーティの開始と共にクラスの娘たちから説明攻めに合っている一夏に対し、更に不機嫌になる箒。

それに対してもくもくと皿に料理をとって、順調に消費していっている猛は軽く側頭にデコピンを放つ。

 

「いたっ、な、何をする!」

「あんまりブスッとした顔してると、その内そのまんまの表情で固まっちゃうよ?」

「余計なお世話だ! 元々私はこういう顔だ!」

「そうかなぁ? むしろ箒はからかうと百面相みたいにコロコロ表情変わった気がしてたけど」

「た、猛! お前は昔からそうやって人を……!」

 

すぐ沸騰しかける箒に対しケラケラと笑って、尚もからかう猛。

そこに少しぐったりした一夏とセシリア、知らない上級生と何人かのクラスメイトがやってくる。

 

「あ~疲れた~。皆根掘り葉掘り聞いてくるから何かぐったりしちまうよ」

「頑張れ、客寄せパンダくん! 俺の分までタゲ取りよろしく」

「お前なぁ……」

「あー、ちょっといいかな? 君がもう一人の男性操縦者である塚本 猛 君だね?

 私、新聞部の黛 薫子。二年生で部長やってまーす。今度は君にインタビューしたいんだけどいいかな?」

「いいですよ」

 

新しくメモ帳のページをめくり、ボールペンをマイク代わりに突き出してくる。

 

「えーと、とりあえず皆が気になってる部分。過去最低の適性率でまともに機体を動かせない。

 けれど、あの専用機だけは別で文字通り完全に君しか動かせないって本当?」

 

箝口令って何だっけ? あのクスクス笑う生徒会長のにいつか仕返ししよう……

たぶん無理だろうなぁと思いつつ質問に答える。

 

「ええ、織斑先生や山田先生と相談しましたが、打鉄、ラファール、どちらの練習機も纏うのが精いっぱいで

 無理やり動かすしか出来ません。なので何度測定しても適性値は最低ですね。

 あと、あんまり話すと機密に引っかかるのでうかつなこと言えませんが、確かに天之狭霧神は

 俺以外の人に起動させようと試したそうですが、反応を返さなかったそうです」

「なるほど……では、もう少し」

「これ以上は俺は何も話せないですよー。どうしても聞きたいなら、織斑先生にどうぞ」

 

事実上の取材不可能相手に投げて、この話は終わりと打ち切る猛。

むーと少し膨れる黛だが、新たなネタがあるのを思い出しそちらを掘り下げようとする。

 

「では話題を変えて、塚本君は一夏君だけじゃなく、ずいぶん箒さんとも仲がいいみたいだけど三人はどういう関係?」

「ああ、それなら簡単だ。俺と箒、猛は幼馴染なんだよ」

「ほほぅ! なんと、一夏君と箒さんはそうだと聞いてましたが猛君も!」

「猛の居た養護施設が私の住んでた実家の近くにあってな、幼い頃から一緒に遊んでいたのだ」

「基本的に一夏や箒が面倒ごと抱えたりするから、俺がフォローに回ることが多くてねー」

「あー、何かそんなイメージがすぐ湧くのが説得力あるね」

「いやいや、お前時折それ楽しんでひっかきまわしたりしただろ?」

「そうだ! 猛は普段は真面目な癖に時折暴走するではないか」

 

三人のやり取りは気の置けない仲間たちという雰囲気を醸し出し、長年の付き合いと信頼があると皆に納得させる。

 

「んー、そういえばもう一人幼馴染いるんだよな。アイツ元気にしてるかなぁ」

「おい猛。お前鈴と会って大丈夫なのかよ」

「なにがさ」

「だって、一回アイツに告白してフラれてんじゃん」

「「「えええぇぇぇっ!?」」」

 

いきなりの一夏の爆弾投下に恋バナの好きな思春期女子たちに火がつく。

今までより、気合い……というか別の何かが暴走し血走った目でぐいぐい来る黛。

 

「そ、それ詳しく話してもらえるかな!?」

「まぁ別にいいですけど。凰 鈴音っていう中国の女の子で……本人には言えないですが

 凶暴が服着て歩いているようなもんで、可愛い外見とのギャップが凄く、ある意味アライグマっぽいんです。

 それでも、常に元気いっぱいで明るい娘でして、傍に居て楽しくて

 気がついたら好きになっていて、ある日勇気出して告白したんです」

「そ、それで……何て言われたの!」

「……ごめん、あたし一夏のことが好きでアンタは男として見れないって」

 

その言葉でクラスメイトはぶわっと涙を流す。

セシリアと箒が優しく肩を叩いてくれるのが何だかせつない。

 

「まぁ、それで普通は気まずくなったりして、距離離したり消滅したりするんだろうけどな……。

 コイツ、その後も鈴が帰国するまでずっと友達でいたんですよ」

 

それに対し、ぎょっとする黛。恐る恐るボールペンを猛の前にまた差し出す。

 

「え、えっと……猛君はその鈴ちゃんにフラれたんだよね? しかも一夏君の方が好きって言われて」

「ええまぁ。けど、鈴に好きな人が居るからって別に彼女を嫌いになる必要はないでしょう?

 アイツが俺と居るのが辛いなら、離れるつもりでしたがそんな素振りないですし

 むしろより気さくに相手してくれましたから、今でも大事な幼馴染で友達と思ってますよ」

 

まるで猛の背後から後光が差しているよう。そんな幻視をこの場に居る女子達は瞳に投影した。

その後、クラスメイトから猛は滅茶苦茶優しくされつつパーティはお開きになった。

 

 

 

数日後発行された学園新聞では、1面を一夏が飾ったが別号としてデカデカと猛の失恋記事を

かなり尾ひれがついた状態で張り出されており、一時期かなりの確率で話題に上ることになったが

本人がそこまで気にしていないのでしばらく経つとそれもなりを潜めていった。



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4話

 

朝、太陽が水平線から顔を覗かせて辺りを照らし始めてる中、ひとつの人影が静かに弓を引く。

的は浮かんでおらず、矢すら番えていないがその目は確かに標的を捉えている。

澄んだ空気の中、金弦をはじいたような音が周囲に響く。

ゆっくりと弓を降ろし、静かに息をつき、また弓を引き絞る。

 

「ずいぶんと精が出ているな」

「……あ、おはようございます織斑先生」

 

白いジャージに身を包み、軽く息を弾ませた織斑先生が猛の傍にやってくる。

彼は挨拶を返すが、集中を途切れさせず同じ動作を繰り返す。

 

「まぁ、自分が好きなことも理由ですが、ほぼ日課になってますね」

「そうか。精進することだな……ところで、ここに来るまでは一夏はどうだったんだ?」

「どうって……普通に男子中学生やってましたよ。ISを動かさなきゃ俺も一夏も藍越学園に入学してたと思います」

「普通はそうなるな」

「……千冬さん、起こってしまったことはもう諦めるか受け入れるしかないと思いますよ。

 あまりIS関係に一夏を拘わらせたくないことは分かりますけど」

「ふ、お前に心配されるとは私も耄碌したというのかな」

「まだそんな歳じゃないでしょうに。それより早く伴侶でも見つけた方が一夏も安心しますよ」

 

目にもとまらぬ速さで振られる拳をすいっと首をかしげて躱し、脱兎のごとく逃げ出そうとする猛。

だが、その襟首をしっかり掴んでこの場に縫い付ける織斑先生。

 

「面白いことを言うじゃないか、塚本。いい機会だ、久しぶりに私に付き合え」

「ええー、俺の腕で千冬さんに敵う訳ないじゃないですか」

「文句を言うな。それと織斑先生と呼べと言っているだろうが」

「他の人の前だと先生って呼んでますよ。はぁ……」

 

ため息をついて、八俣を消すと織斑先生から投げ渡された木刀を手にする。

自然な動作で刀を中段に構えて、右足を軽く前に出す。

正中線を守るように木刀をかざす猛。そこに間髪入れずに織斑先生の剛刀が上段から迫る。

それを刀を傾けて受け、刀身を沿うように逸らしつつ、彼女の脇をすり抜けて再び相対す。

 

「……やるじゃないか。大体の奴は今のに反応できないんだが」

「世界最強の一太刀を反応出来る方がおかしいですって」

 

軽口を言い合うが、この場を包む空気は張りつめて真剣の切っ先のような冷たさを放つ。

 

「それでは、塚本。少々本気でいく。せめて十撃は持ちこたえろ」

「せめて4割の本気でお願いしますよ……」

 

力強く、踏み込みながら袈裟掛けに襲い掛かる織斑先生に対し、刀を地面から水平に肩口まで持ち上げて迎撃態勢をとる猛。

しばらく、木刀のぶつかり合う音が静かに早朝の学園に響いていた。

 

 

 

少し憔悴した猛がぶつぶつと「千冬さんは鬼……千冬さんは鬼……」と念仏のように唱えながら寮内に戻ってくると

ロビーのソファーに腰かけていた布仏本音に声を掛けられる。

 

「あー、たけちーだ。お疲れ様ー」

「ん? あぁ、えっと……布仏さんだっけ? えっと少し待ってくれるかな」

 

猛はポケットから小銭を取り出し、自販機から温かい緑茶と冷たい紅茶を購入すると本音の隣に腰かける。

 

「はいどうぞ。緑茶が苦手ってことはない? それならこっちの紅茶をあげるけど」

「ううん、大丈夫。ありがとね、たけちー」

「たけちーか。たっちゃん、たーくんとかは呼ばれたことあるがたけちーは布仏さんが初めてかな」

「そうなんだ。嫌だったかな?」

「いや、新鮮でこれはこれでいいと思う」

 

キャップを開けて、中身を半分ほど一気に飲み干す。本音は猫舌なのか、小さく息を吹いて少しずつお茶を飲む。

 

「今日は織斑先生と訓練してたんだね。普段はずっと一人でもくもくと弓を引いてるのを何度か見たよ」

「あれ、そんなに見られてた?」

「うん。それに代表戦前に一生懸命ISの操縦練習してたのも知ってるよ」

「な、何か気恥ずかしいな。見てて面白いものでもないでしょ?」

「そんなことないよ。たけちーの真剣な表情、結構格好いいよ」

「顔の良さは一夏の方が上だと思うんだけどな」

「容姿じゃないの。男の子が努力している姿が格好いいの。それに弓を引くたけちー綺麗だし」

 

のほほんさんとも言われる彼女の声は聴いていて心が安らぐのを猛は感じる。

しかし、このままのんびりしていたら朝ごはん抜きで授業に出ないとまずい時間帯に差し掛かり

猛はジャージ、本音はまだ着ぐるみパジャマを纏っている状態だ。

 

「ごめん、布仏さん。俺、着替えて飯食わないと。おしゃべりできて楽しかったよ」

「私もたけちーとお話できて楽しかったよー。またおしゃべりしようねー」

 

今度は他のクラスメイトと一緒にねと手を振る本音に軽く手をあげて答え、猛は自室まで走って行った。

 

 

 

 

 

HRが始まるまで、猛、一夏、箒は固まって雑談に興じていると、そこに今朝別れたばかりの本音がやってくる。

 

「ねぇねぇ、おりむーにたけちー。しののん。今日中国から転校生が来るんだって」

「へぇ、そうなんだ……って、たけちー?」

「何だよ。別に悪くないあだ名だろ?」

「いや、あだ名じゃなく布仏さんといつの間に仲良くなったのか驚いただけで」

「今日、ちょっとお茶してそこで少し話しただけだよ」

「たけちーって気配り上手で、自然にお茶奢ってくれたんだよー」

「ああ、昔からそういう気配りが上手いな猛は」

 

そこに教室の扉を開けてセシリアが猛たちの傍までやってくる。

 

「おはようございますわ。皆さん集まって何を話していたのですか?」

「ああ、そうだそれそれ。布仏さん、それ誰だか分かる?」

「んー。詳しくは分かんないんだけど、中国代表候補生で何か小っちゃくて元気いっぱいそうな子だって聞いたよ?」

 

脳内検索すると多分一件該当する人物が猛の脳内に浮かぶ。

それを横目にクラスの女子陣はクラス対抗戦に話題が移る。

 

「頑張ってね一夏君! 優勝して、私たちにデザートを沢山ごちそうしてね!」

「一夏よ、私が訓練に付き合っているんだ。無様な負け方は許さんぞ!」

「そうですわ。このセシリア・オルコットがコーチになっているんですもの。負けるわけありませんわ!」

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよね」

「その情報古いよ。二組もクラス代表が専用機持ちになったから、そう簡単には優勝させないよ」

 

聞いたことのない声が横槍を入れてきてそちらに視線を移すと、腰に手をあてて仁王立ちしている小柄な女子が。

 

「久しぶりね、一夏!」

「お……お前、鈴か! いや、ホント久しぶりだ!」

「新聞やニュース見た時は本当驚いたわよ。……ところで、アイツは?」

「あ……」

 

いつの間にか一夏たちから離れていた猛は鈴の視線に入らないよう動きつつ、ニヤリとイイ笑みを浮かべて彼女の背後に居た。

そして、勢いつけて鈴の腋下に手を突っ込むとそのまま彼女を抱え上げた。

 

「ひっさしぶりー! りーん!」

「にゃぁぁぁぁっ!?」

 

突然の奇襲に目を白黒させ悲鳴をあげる鈴に対し、朗らかに笑いながらぐるんぐるんと回転する猛。

 

「あっはっはっ! 相変わらず軽くて小さいなぁ! ちゃんと飯食ってるのかー!? 重さを感じねぇー!」

「にゃ――ッ! にゃ――ッ! にゃ――ッ! こ、この……っ、いい加減にしなさいよっ!」

「ぐほぉ!」

 

振り回されっぱなしだった鈴が勢いよく足を後方に振りかぶったため、見事に直撃を受けた猛がふっ飛ぶ。

放り出された鈴は危なげなく着地し、そのままつかつかと横向きに倒れている猛に近付いて不敵な笑顔を見せる。

 

「アンタもぜんっぜん、変わってないわね。猛」

「おーう、そう簡単に変わらんよ。久しぶり鈴」

 

何事もなかったように立ち上がって、笑みを返す二人。

そしてまた一夏の方に振り返り、びしっと指を突きつける。

 

「とりあえず、今は宣戦布告に来たの。中国代表候補生、二組代表 凰 鈴音。

 一夏、ぼこぼこにされたくないなら棄権していいのよ?」

「はっ、そう簡単にやられて堪るか。逆にこてんぱんにしてやるよ」

「言ったわね! 楽しみに……ふぎゃっ!? 誰よ、いったい……」

「意気込むのはいいが、もうHRの時間だ馬鹿者」

 

鈴の頭に振り下ろされた出席簿が凄くいい音を立てる。

涙目になりつつ、文句を言おうと振り向くが相手が最強の鬼であることに気付いた鈴はすごすごと二組に戻って行った。

なお、ちゃっかりと猛は席に戻っていて一撃は貰わなかった。

 

 

 

「なぁ、猛。お前はあいつとずっとそんな付き合い方をしていたのか?」

「アイツじゃなくて、鈴音な。鈴でもいいし。そうだね、あれくらいは普通のじゃれ合いでしょ?」

「どちらかというと鈴が猛や俺、弾を振り回すことの方が多かったしな。で、猛が苦労する」

「あ、あの一夏さん? その、この学園に来る前のこととか話してくださりません?」

「む! わ、私も転校してしまってからのことが聞きたいぞ!」

 

わいわいと食堂までやってくると、入口に朝見た姿とほぼ丸写しみたいな恰好で鈴が立ちふさがっていた。

 

「待ってたわよ! 一夏……! ってちょ、何すんのよ!」

「はいはーい、話したくて仕方ないのは分かるけど、そこだと皆の邪魔になるでしょ?

 一夏ー、俺先に席取っておくから俺の分も注文しておいてくれ。日替わりでいいよ」

「うがー! 放しなさいよ、猛ー! あ、私ラーメン大盛りねー!」

 

はいはいと元気中華娘を引きずるように座席の方に向かう猛。

 

「あの……時折思うんですが、猛さんって皆の保護者って感じてしまうことがあるんですの」

「うむ。なんていうか、昔からこっちが気づかぬうちに何かしらやっていてくれることがあってな。あながち間違いではない」

「何か前に、おもてなしの紳士とかふざけて言われたのを俺、思い出したよ」

 

昼飯を持って、テーブルに五人は座ると途端にずずいと鈴に迫る箒にセシリア。

いきなりのことに面食らうが、元々勝気な彼女だ。すぐに自分を取り戻し迎え撃つ。

 

「い、いきなり何なのよ」

「あああ、貴女も……その、す、好きなんでしょう?」

「う、うむ!」

「え? あ? ……う、うん? ……! な、何で知ってるのよ!?」

「そ、それは……」

 

顔を赤らめて一夏の方をチラチラ見るセシリアと猛にも視線を移す箒。

最初何のことか分からなかった鈴だが、だんだんと顔が真紅に染まっていき

我関せずともくもくと野菜炒めを食べていた猛に掴みかかり、ぎゃーぎゃーと喚きだす。

 

「アンタねぇ! 自分の失恋話をほいほい話してんじゃないわよ!」

「はははー。だって過ぎ去った過去だもの。いつまでも引きずってる方が無駄じゃないか。ぐぇっ、り、鈴!

 チョークチョーク!」

 

スリーパーホールドもセシリアや箒なら嬉しいご褒美もあるだろうが

平たい鈴では逆に密着してしまい締めがきつくなる。

ギリギリと首を絞めつけられて、必死にタップする猛。

鈴がある程度満足し腕を離してくれるまで数分かかった。

少し落ち着きを取り戻した鈴はやれやれとため息をついて席に戻る。

 

「このバカが話しちゃってるけど、まぁそういうこと。で、私がたそがれてるの見れば……分かんでしょ?」

「あ、ああ……うん」

「そうですわよね……一夏さんですもんね」

「ん……? 俺がどうかしたか?」

 

何しろ相手は超を付けてもまだ足りないと言える歩く朴念仁、一夏だ。

女の子のつきあって欲しいという告白を単なる買い物、恋愛の好きと友愛の好きを区別できないという

脳神経がどっか間違って付いてるとしか言えないのだ。故に一夏は同性愛者だというものが後を絶たない。

 

「む、そう言えば鈴も幼馴染だと一夏も猛も言っていたが、どういうことなんだ」

「ごほごほ。あー、俺が説明するよ。箒が転校しちゃった後に鈴がやって来て、中2の時に国へ帰っちゃったんだ」

「つまり、箒と猛はファースト幼馴染、鈴はセカンドってこと」

「幼馴染に番号付ける必要はないと俺は思うけどね」

「とりあえずもう一回言っておくわ。凰 鈴音よ、よろしくね」

「うふふふっ。この時期に急に代表を送り込むなんて、このセシリアを恐れてのことなんでしょうね。オホホホッ」

 

しかし、その言葉を聞いてきょとんとしたままの鈴。

 

「あんた誰?」

「なっ!? こ、このイギリス代表のセシリア・オルコットを御存じないと!?」

「あー、私あんまりそういうの興味ないから」

「ふふふ……、その言葉きっと後悔させてさしあげますわ!」

「別にいいわよ。どうせ私が勝つに決まってるから」

 

ぐぬぬと怖い顔をしているセシリアを余所に鈴は一夏に話しかける。

 

「そういえば一夏、あんたクラス代表なんだって? あたしが練習見てあげようか」

「お、おう、そりゃ助か――」

 

バンと机に手のひらを叩きつけて、二人の夜叉が鈴に食ってかかる。

 

「ふざけないでくださいまし! 一夏さんにはこの私がきちんと教えてさしあげますの! 部外者は引っ込んでいてください!」

「違う! 一夏が最初に頼んだのは私だ! だから私が教える! それにお前は二組だろう!」

「あたしは一夏に聞いてるの。関係ない人たちはどっかに行ってよ。それで一夏、あんたの答えは……」

 

三人の視線が一夏の居た席に向くと、そこには誰も座っておらず無人の椅子が。そして猛の姿もない。

男二人はさっさと食事を終わらせてそこから離脱していた。

まぁ、いろいろややこしいことになりそうな雰囲気だったので

ヒートアップしている彼女らから静かに逃げたのは猛の手引きなのだが。

 

「別にみんなで練習すれば済む話なんだけどな。何でつきっきり、二人っきりでやりたいんだろ?」

「うん、その反応はいつもの一夏だよね」

 

 

 

 

 

 

放課後、猛が寮内の廊下を歩いていると曲がり角から猛烈な勢いで走ってくる子が居た。

慌てて壁際に避けると、見覚えのある姿。下を俯いているので表情は分からないが猛の目は零れる涙をしっかり捉えていた。

 

「鈴……。こりゃ何かあったな。追いかけんと」

 

彼女の駆けていった方向に振り向き、何とか引き離されないよう追跡すると

あまり人気のない場所の椅子に力なく座り込む鈴。時折しゃくりあげるように身体を震わせている。

猛は何も言わずに彼女の隣に腰かける。鈴はとっさに逃げようとしたが、隣の人物が誰か分かったのでそのまま元に戻る。

ぽろぽろと涙を零している彼女に対し、視線は前に向けたまま口を開くのを辛抱強く待つ。

少し気分が落ち着いたのか涙声のままぽつりぽつりとしゃべり始める鈴。

 

「あの馬鹿……あたしの言ったこと、間違えて覚えてた」

「うん」

 

事の起こりは鈴が一夏の部屋に同居するためにやってきたことから。

今のルームメイトである箒と鈴が言い争い、どちらも譲る気配はなく熱くなり始めた時

彼女は昔一夏に言ったことをもう一度話したのだ。

 

『鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を作ってあげる』と。

 

だが、ここで一夏節が炸裂。普通こういうものはプロポーズなものと相場は決まっているのに

ヤツは本当に鈴が酢豚、タダ飯をおごってくれると解釈していたのだ。

そしてショックのあまりに逃げ出してしまって今現在に至る。

 

「一夏のバカ……唐変木……朴念仁」

 

ぶつぶつと呪詛のように一夏への恨みを零す鈴に、やれやれと上を見上げる猛。

そのまま、彼女が落ち着きを取り戻すまで何も言わずに寄り添い続ける。

ぐしぐしと涙を拭うと吹っ切れたように、気合いを入れて立ち上がる鈴。

 

「うしっ! もう泣くのは終わり! 決めた、あのバカがきちんと間違いを理解するまで許してやんない!」

「おお、相変わらず男らしいな」

「…………んで、何で猛が付いてきたのよ」

「いや、ただ鈴が泣いてたから気になってついてきただけ」

「あっそ」

「あの……ところで、ひとつお願いがございまして……俺にもISの操縦訓練をしてほしいんですが」

「ああ、そういえばあんたも乗れるんだったっけ」

「ひどっ!?」

「まぁいいわ。……今は一夏と顔合わせたくないし、あたしがビシバシ鍛えてあげるから覚悟しなさい!」

「よろしくお願いします」

 

にかっと太陽みたく笑う鈴に対して、少し困った顔で微笑み返す猛。

その裏でプライベート・チャネルでセシリアに通信しておく。

 

『ごめん、俺しばらく鈴に練習見てもらうからそっちに参加できない』

『いきなりですわね。何かございましたの?』

『後で詳しく話すけど、箒に聞けばある程度は分かるかと』

『分かりましたわ。……苦労してますのね、猛さんは』

『自分が好きでやることは苦労とは言わないよ』

 

 

 

 

 

アリーナ内で激突しあう二機。鈴の甲龍と猛の天之狭霧神だ。

甲龍の出力に任せて、力の限りに双天牙月を振り回すが猛は鈴の懐に潜り込むようにしながら双剣でそれをいなしていく。

 

「くっ……! この、離れなさいよ!」

 

肩に付けられた龍咆にエネルギーを集めて、霧神をロック。弾丸どころか砲身すら不可視の攻撃を半身をひねるだけで躱す。

避けられたことに呆気にとられている鈴の隙を見逃すことなく

双天牙月を下から跳ね上げて無防備になったところに双剣の斬撃を叩き込む。

その攻撃で甲龍のエネルギーシールドが0になり、試合終了のブザーが響く。

 

「あー! 何なのよまったく! あたしが接近戦で負けるとかありえないんだけど!?」

「まぁまぁ、それだって勝率は半々じゃん。鈴にペース握られると切り崩すの本当に大変だし」

 

ISを解除した二人はパイロットスーツのまま、ピット内のベンチに座って水分補給をする。

あの後、猛は放課後ほぼ鈴と一緒に訓練を続けている。

元々彼女が一夏を避けているのもあるが、一夏自身も謝りに来る気配とかが全くない。

猛がストッパー兼ガス抜きの役割をしてはいるが、火がついた導火線のあるダイナマイトのような

この少女がいつ爆発するか時間の問題だろう。

 

「というかさ、あんた弓道部だったじゃない? なんであんなに接近戦上手いのよ」

「いろいろな部活とかの助っ人も行って、知らず知らずに覚えちゃっただけ。人真似だからあっさり破られることもあるし。

 本腰入れてるのは弓、あとは昔習ってた刀くらいだよ」

「それでも十分脅威だっての」

 

何しろ、中距離から薙刀を使いつつ接近し、刀に持ち替えるという芸当をするのだ。

全ての距離から攻撃が行えるというのは相手する側にはやりにくいことこの上ない。

が、猛の言うとおり長物系は使い慣れてないのか隙が分かりやすく、そこを攻めたてると押し切れることが多々ある。

そこにのこのこと我らがニブチン、一夏が現れる。それも箒やセシリアと和やかに話しながらだ。

ぐしゃりと手の中のペットボトルを握り潰すと、肩を怒らせながら一夏の方へずんずんと迫っていく。

 

「あんたねぇ! あれからあたしのところに一回も顔出さないってどういうことよ!」

「どうって……会おうとしても鈴が避けてたんじゃないか」

「……普通、そういう時何とかして会おうとするもんじゃないの? 放っておいてほしそうだったらそうしておくの?」

「ああ」

 

一気に鈴の頭に血が昇る。ピット内に不穏な空気が流れて、不機嫌さを隠さない箒におろおろするセシリア。

 

「あ、そうか。悪い。俺、お前との約束間違えて覚えてたんだな。ちゃんと覚えてなくて悪かった」

「ッ! 意味を分かってないのに謝られてたって嬉しくないわよ!!」

「なっ、だって俺確かに鈴がこう言ったってこと覚えてるんだぜ! ならどういう意味なのかちゃんと話してくれよ!」

「そ、そんなの言えるわけないでしょ! 察しなさいよ、この馬鹿!」

「ば、馬鹿とはなんだよ! そんなの説明してくれなきゃ分かるわけないだろ!」

「普通、分かるわよ! 馬鹿! 阿呆! 朴念仁!」

「……うるせぇよ、貧乳のくせに」

 

すっと鈴の顔から表情が消えた瞬間、腕にISを纏って壁を殴りつけようとする。

が、寸でのところで同じく腕部分だけ装甲展開した猛が彼女の拳を掴んでいた。

キッと視線で射殺すことができそうな目で睨みつけるが、それを平然と見つめ返す猛。

 

「鈴、それはやりすぎ」

「……もういい。徹底的に潰すことにしたから。次のクラス対抗戦でズタボロにしてやるわ」

 

幽鬼のように一夏の脇をすり抜けていく。鈴の姿が見えなくなってから、猛は一夏の額にデコピンをおみまいする。

 

「いてっ、何すんだよ」

「熱くなりすぎ。鈴から突っかかっていったとはいえ、お前まで喧嘩売ってどうすんだ」

「……悪い」

 

彼女の去って行った方を眺めて、はぁっとため息を漏らす猛。

 

「あの……追わなくていいのですか?」

「ああなっちゃった鈴は、聞く耳持たないからな。クラス対抗戦終わるまではどうしようもないよ。

 俺が傍に居られるだけでも嫌だろうし、しばらくこっちの訓練に混ぜてくれないかな?」

「ええ、構いませんわ」

 

もう一度出入り口を眺めて、しばらくは猛は一夏達と訓練を行うのであった。



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5話

時間は進んでクラス対抗戦。あれから鈴は猛とも距離を置いてまったく姿を現すことがなかった。

そして現在、アリーナの上空で鈴と一夏はお互いを切り結び合い、甲高い金属音が連続で場内に響き渡る。

両機とも近接戦を主体にしているが、代表候補生の鈴につい最近ISに触れた一夏。

何とか喰らいついてはいるが、流石にだんだんと鈴に押し切られ始める。

それでもずるずると負けていかないところは彼の努力の成果だろう。

 

「むぅ……。やはり鈴さんと一夏さんではどうしても経験の差が出てしまいますわね。

 何よりあの見えない砲撃がくせものですわ」

「あれくらい見えずとも避けられなくてどうする」

 

上を見上げるセシリアと箒の隣で、時折首に手を当てて睨むように空を見渡している猛。

 

「猛さん? 先ほどから何か探しているみたいですけど、どうしたんですの?」

「んー、なんかさ首筋がちりちりしてて落ち着かなくて……。気のせいで済めばいいんだけど」

 

苦笑する猛の上空で、一夏が雪片弐型を振りかぶり鈴の懐に飛び込もうとする。

が、その刹那更に上空から何か巨大な物体がアリーナに飛来。轟音を立てて地面と衝突する。

歓声が一変。悲鳴に変わる中、猛は瞬間の速さで狭霧神を纏う。

そのまま跳躍しアリーナ内に入り込むとあと数秒遅ければ阻まれたであろう、遮断シールドが観客席を覆う。

 

「やれやれ、危ないところだった」

「あ、危ないって……猛! 何で入ってきてるのよ!」

「いやー、勝手に身体が動いちゃってさ。何より試合で二人とも消耗してるでしょ? ちょっとお手伝いのつもりで」

「お手伝いってな……。まぁありがたくはあるけど」

 

はぁ……と仲良くため息をつく一夏と鈴。少し緩んだ気分を切り替えると三人は招かれざる侵入者を見つめる。

まだ砂埃が舞う地面。着地体勢からゆっくりと身体を起こしたそれは、猛のより重厚なフルアーマー。

無機質な目で、上空に居る三人を見つめ返してくる。

 

『織斑、凰、そしてそこの馬鹿者。今すぐそこから退避しろ』

 

オープンチャンネルで織斑先生から指示が届く。

 

「そうしたいのは山々なんですが、さっき飛び込んだ後シールドが修復されてどうやら閉じ込められたみたいで」

『お、織斑先生! 今、アリーナの遮断シールドがLV4にまで強化、更に扉もロックされ他の生徒たちも外に出られません!』

『な、なにっ!?』

「とりあえず、応援が来るまで観客席にまで被害がいかないよう時間を稼ぎます。いけるよね?」

「当然でしょ!」

「当たり前だ、あの程度でへばるほど柔じゃねぇよ」

「と、いうことです」

『……シールドを解除するまで時間を稼ぐだけでいい。倒そうなどと無茶はするな。分かったな』

「了解しました」

 

猛は八俣を顕現させて、ぎりりと弦を引き絞り狙いを定めるとそれに応えるよう、謎のISも両腕を持ち上げてこちらに向ける。

 

「俺は二人の援護するから、あのデカブツをタコ殴りにしてくれるかな? そちらの方が得意でしょ?」

「そうね、うだうだ考えずただぶっ潰すことだけに集中すればいいんだし」

「それじゃ、よろしく頼むぜ猛! いくぞ鈴!」

 

一夏と鈴が散開したところに巨大なビームが猛に向かって放たれる。

が、それを最小限の動きで回避し返す刀で紅く光る弾丸を叩き込む。

防御のため振り上げた腕が矢を弾くが、勢いを殺しきれず耳障りな金属が擦れる音を立てて巨体がバランスを崩す。

 

「その隙貰ったぁ!」

 

左右から勢いをつけた白式と甲龍が挟み込むように襲い掛かるが、不明機は不恰好なまま無理やりに機体を機動させ

背後に倒れ込むよう身を低くし両機の挟撃を回避し地を滑るよう回避する。

 

「な、なんて無茶な回避すんのあいつ!」

 

仰向けのまま起き上がろうとする敵機に五月雨のごとく矢を降らせるが、まるで気にも留めずに悠然と上体を起こす。

その後何度も強襲を仕掛けるが、ことごとく失敗。重量のある機体で不自然なほどに軽快に動き回るせいだ。

そして、一つの懸念を感じた猛は二人に通信を入れる。

 

「なぁ、一夏と鈴。俺が思うに、あのISって人が乗ってないんじゃないか?」

「はぁ!? 何言ってるのよ、ISの無人機なんてどこも開発成功なんてしてないのよ?」

「いや、俺は猛の意見に賛成。最初の挟みこむ攻撃の時、あんな動きで回避したから何か引っかかってたんだが

 人じゃできない行動できるのは人が乗ってないって考えれば納得できるし」

 

三人が視線を向ける先には、未だ無言を貫く不明機が両腕を掲げ銃口に光を溜めている。

が、そんな中アリーナ内に大きく響き渡る声が。

 

「一夏ぁっ! ――男ならそのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

箒がマイクを握り締めて観客席に立っていた。それを見た敵機は銃口を彼女に向け、凶弾を放った。

 

「ほ、箒っ!」

「くっそ、間に合えっ!」

 

一夏や鈴より早く、瞬間加速で箒の元へ向かう猛。

今自分の身に何が起こるのか理解し青ざめる箒の前にあと数秒遅ければ、彼女が飲み込まれるはずだった光の奔流に身を呈する。

眼前で両腕を交差させ、敵の攻撃をしのぎ切った狭霧神は全身から白い煙を立ち上らせている。

 

「っ! そ、そんな……た、猛?」

「……箒、無事か? 怪我とかは?」

「あ、う、うむ。特に怪我とかはしていない……」

「そうか。それじゃ遠慮なく」

「あいたっ!?」

 

振り向いた猛は箒のおでこに力を込めたデコピンを一発。ISの力も相まってがくんと首が後ろに反る。

 

「な、何をするっ!」

「何をするじゃないっての。一夏が心配だからって無防備に、のこのこ出てくるんじゃない。

 さっきのだって、俺が間に合わなければどうなってたか分からないんだぞ」

「あう……。ご、ごめんなさい。」

「反省してる?」

「う、うむ」

「なら許す。これからはそういうことも考えてな。俺も一夏も必ず箒を守れるとは限らないんだからな」

 

そう言って箒から距離をとるが、浮き上がることをしない猛。

 

「すまん、今の喰らってこっちのシールド限界で警告音鳴りっぱなし。そろそろ決着つけたいけど何か案ある?」

「一応、あるにはあるんだけど結構危険な賭けになりそうだ。けど俺も鈴も限界近いから一か八かでやってみようと思う」

「了解。じゃ、ここから最大限のサポートするから、とどめは任せた」

 

大きく深呼吸をし、ここ一番の集中力を。悠然と弓を構えて弦に少しずつだが、確実に力を込める。

空気が張りつめて少し息苦しさを感じるのは気のせいではないはず。

無人機すら猛に銃口を向けてはいるが、その甲冑の奥にある射抜くような視線から逃れることが出来ぬ。

実在しない弦が軋むような音を立て、敵機は砲身に光を込めて、まるで西部劇の早撃ち決闘シーンのよう。

その空気を破ったのは、猛然と雄叫びをあげて不明機に襲い掛かる白式。

 

「うおおぉぉぉっ!!」

 

鈴の衝撃砲を背面から受け、そのエネルギーを加速に上乗せし敵機に凄まじい速さで接近する。

慌ててそちらにレーザー口を向ける――が、それが奴の敗北のきっかけ。

 

 

”目を反らしたな”

 

 

一射で四つの矢を放つ猛。一夏に銃口を向ける不明機の四肢に突き刺さり視界が眩むほどの雷撃が敵を襲う。

声にならない叫びをあげ、帯電する身体がガクガクと痙攣しまともに動くこともできない。

 

「ぶちかませっ! 一夏ぁ!!」

「まかせろぉぉッ!!」

 

最大の速度を乗せた白式の一刀は容易く不明機を袈裟掛けに切り裂いて

すぐには止まりきれずに白式は地面を削りつつ停止しようとする。

敵機はしばらくの間、動く気配がなかったが上半身がゆっくりと斜めにずれ、地面に落下する。

それでも不死人のように腕をあげ尚も攻撃を行おうとする姿はどこか不気味だ。

 

「残念だけど、もうお前は何もできないよ」

「その通りですわ」

 

アリーナの客席から猛のとは別のレーザーが不明機の頭部を撃ち抜く。ついに侵入者は地面に崩れ落ちて動かなくなる。

 

「お見事」

「……猛さんに褒められても、何だかいまいち喜べませんわ」

「えー、ひどいなセシリア」

 

朗らかに談笑している二人の傍に一夏と鈴、箒も近寄る。

 

「ナイスアシスト。ところで猛は大丈夫なのか? あの一撃くらってどこかおかしいところか怪我とかはしてないか?」

「大丈夫、大丈夫。何とかギリギリエネルギーシールドも、もってくれてるから」

「まったく、いきなりアリーナ内に飛び込んできた時は本当驚いたんだから。まぁその後にヘンなのが落ちてきて

 そっちに気を取られてからは流しちゃったけど……。あんた千冬さんからの説教は覚悟しておいた方がいいわよ」

「うわ……猛、ご愁傷様」

「あはは、反省文何枚書くことになるんだろうね」

 

ふと不明機に視線を移した猛は、右腕だけ若干持ち上げて小さな光が灯っているのに気が付く。

咄嗟に鈴を突き飛ばし入れ替わるように位置が変わった猛にレーザーがぶつかる。

限界を超えた狭霧神は絶対防御を発動。崩れ落ちるよう体がゆっくりと床に近付く。

意識を失う直前まで、猛の耳には鈴の悲痛な叫び。怒りの声をあげる一夏と冷え切ったセシリアの死を告げる言葉が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

学園の地下深くに、限られた者しか入ることのできない隠された空間。

そこに今回襲撃してきた無人ISが運び込まれ解析調査を受けていた。

しかし、上半身と下半身は分け隔てられ、上半身は原型があるのが奇跡なくらいボロボロになっていた。

 

「織斑先生、解析結果が出ました。やはりこのISに人は乗っていませんでした」

「そうか。コアはどうだ?」

「ほとんどの内蔵機関はボロボロになってしまっていて、どのように動かしていたかは分かりませんが

 奇跡的にコアはほとんど損傷はなく……どこの国、研究機関にも属していないものが使われてました」

 

しばらく沈黙がこの場を包みこむ。小さくアラームが鳴り、画面をチェックする山田先生。

 

「猛君が目を覚ましたそうです。検査の結果は特に異常もなく、しばらく休めば大丈夫だそうです」

「…………そうか」

「……彼も、また不思議なものを感じさせますね。普段から優しい、普通の面倒見のいい子なんですが」

「ああ――」

 

一度、猛のISを借り受け学園の施設で検査をした。

だが学園の権限を持ってすら彼のISは沈黙を守り、ほぼ全ての情報は-unknown-で返す。

おかしいというのなら何より武装一式からだ。

白式のように拡張領域までを占め、あれだけ多彩な武器を繰り出していながら、表示された武装は”十種神宝”一つのみ。

猛の愛用する弓、八俣の名すら無かった。

そして効果を発揮し続けている、単一能力”夢想実現之事”。

 

これだけの不安材料があるにも関わらず――誰一人としてこの天之狭霧神を猛から取り上げようという気が起きないのだ。

外部からも情報提供をするように再三言われ続けているのに、即刻回収せよという指示はどこからも来ない。

千冬ですら、何も分からなかった調査が終わった後、普通に待機状態の狭霧神を返してしまったほどに。

 

「いったい、あのISはどこから送られてきたのかすら分かりませんし、有する力も未知数です。

 けれど……」

「間違いを犯したのなら、先達である私たちが道を正してやるべきでしょう。彼だけではなく、織斑、筱ノ之、凰、オルコットも」

「そうですね。……塚本君がそう簡単にグレる姿は想像できませんけど」

 

つい顔を見合わせて苦笑してしまった二人。

 

 

 

 

 

 

軽い呻き声をあげて猛は目を覚ます。ベッドに寝転がったまま、天井を見上げる。

 

「こういう場合、知らない天井だって言うのがマナーというかお約束なのかな? いや医務室の天井見るのは初めてだけど」

「起きた早々馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」

 

横に視線を移すと丸椅子に座った鈴が居た。目じりが少し赤いのは彼女を思ってあえて口にしない。

 

「あー、俺が気を失ってからどれくらい時間経った?」

「もう夕方でちょっと日が陰るくらいにはなってきたわ」

「そうか。……ところで、一夏とは仲直りできたの?」

「う、うん……。一応、お互い勘違いだったってことを言った……って今はそういう話をしたいんじゃないっての!」

 

上半身を起き上がらせた猛の身体を支えていた手に鈴は自分の手のひらを重ねて俯く。

 

「心配したんだからね……」

「ごめんな、心配かけさせたみたいで。とりあえず身体に痛い部分はないし、検査結果聞いて問題なければ帰れると思う」

「あんた……軽過ぎよ。咄嗟のこととはいえ、そう自分を犠牲にかばうとか危機感が無さすぎ」

「つい身体が動くってことがあるんだよね。まぁそれで損することも多いけど」

 

鈴は掴んだ手をぎゅっと握って口を開く。

 

「ねぇ、前から疑問だったんだけど普通告白とかされて断られたら、気まずくなったりしない?

 あたしはすんなり流しちゃったけど、男ってそういうの引きずったりするんじゃないの?

 なのにあんたはずっと変わらずにあたしの傍に居るし」

「まぁ、普通はそうなんだろうけど……俺はさ、鈴が笑顔でいてくれるんならそれでいいかな。

 そりゃあ、鈴の好きな人は一夏だし、なぜ俺じゃないんだって悩んだりもした。

 けど、やっぱり鈴が元気に笑っている姿を見るのが好きだし、それが見られるなら俺の想いが報われずともいいかって」

 

 

 

明るく向日葵のように笑顔を向ける猛。

鈴は思い出す。確かに一夏は格好いいヒーローだ。ここぞという時に颯爽と助け出してくれた(本人にあまり自覚はないが)。

けれど、本当に辛いときに何も言わずそっと傍にいてくれた、愚痴も癇癪も困った顔で受け止めてくれたのは――

 

 

 

不意に黙ってしまった鈴に対し、頭に?を浮かべて首をかしげていると何かを決意した、鈴が凛とした顔を上げる。

 

「猛――。中学の時の告白の返事、取り消すというか言い直していい?」

「え、あ、うん」

「……ごめん。 あ、悪い意味じゃないの! 早とちりするんじゃないわよ!? もうちょっと時間を置かせてほしいの。

 きちんと折り合いがついたら答えを聞かせるから……それまで待っててほしいの。

 都合のいいこと言ってるとは分かってるけど、お願い……。

 あ、それとは別に、今度猛の好きな……えーと、あの、そう! 回鍋肉!

 作ってきてあげるわ。絶対美味しいって言わせるからね……か、勘違いはするんじゃないわよ!?」

 

さてと、と言い残して鈴は医務室から出て行く。開け放ったドアの前で、少し耳を赤くして満面の笑みを猛に向けて。

鈴が去った後、軽くため息をついてもう一度ベットに横たわる。

 

――かつて蘇った記憶。IS・インフィニットストラトスという物語。しかしその記憶は簡単な流れと主要人物の名が少しくらい。

それもかなり虫食い、穴だらけではっきりせず、自分のことが一切思い出せない猛にはデジャビュくらいにしか感じない。

ならば、自分はここで自分らしく生きる。そう決めた。

 

「まぁ、何とかなるって考えるしかないよね。過去は変えられない、未来は分からない。

 なら今この瞬間を一生懸命過ごすことってね。ケセラセラっと」

 

よし、と軽く気合いを入れてベットから降りてとりあえず医務の先生か織斑先生を探すかと歩き出した。



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6話

猛が自室で本を読んでいたところ携帯が鳴る。

通話主を見て思わず顔がにやけつつ、通信を繋ぐ。

 

「はいもしもし」

「よぉ、久しぶりだな猛」

「そうだな、弾。あ、この間一夏と一緒に遊びに行けなくて悪かったな」

「いいさ、気にすんな。今度は三人で遊ぼうぜ」

 

中学卒業まで一夏と共に過ごした友、弾の声を聴き懐かしくなり話が弾む。

一夏のここですら発揮する朴念仁に対し、怨嗟の声をあげる弾とけらけら笑う猛。

が、ここで思いもよらない爆弾を彼から投げかけられる。

 

「そういえばさ、猛お前、鈴音と付き合い始めたのか?」

「ぶっ!? い、いきなり何言い出すんだよ!」

「いや、蘭がさ、この間鈴音から珍しくメールが着たって言ってたんだが

 なんか蘭が一夏にアタックするのを応援する、私は争奪戦から抜けるって話が来て

 ずっと一夏LOVEな猪娘が急に心変わりするとか、それこそ新しい恋でも……じゃあ相手は?

 ってここまで推理したのを無理やり俺に聞かせてきたんだが……どうなんよ?」

 

ふー……とため息をつきガシガシと頭を掻きむしる。

 

「……中学の時の告白の返事が断るから、少し考えさせてに変わった」

「お、おお~!?」

「それもまだ確定じゃないから、また断られる可能性もゼロじゃないぞ」

「いやいや、それは流石にないんじゃないのか? そうか……いやー、ようやく猛にも春かぁ。

 だいたいの女子は一夏に惚れて、俺なんて添え物だし、猛だっていい人だけど……って言われてたなぁ。

 あれ、何か言ってて悲しくなってきたぞ?」

「もう話すことないなら切るぞ」

 

一人暗い世界に入ってしまった弾を置いて猛は携帯を切る。

と、ちょうど部屋の入口の扉が開いて少しお疲れ気味の楯無が入ってくる。

 

「お疲れ様です。お茶でも淹れましょうか?」

「ああ、ありがとう猛君。けど、今からちょっと荷物の整理しなくちゃならないからいいわ」

 

立ち上がりコンロの前に行こうとした猛とやんわりと押しとどめる。

こんな遅くに荷物を纏めることに疑問を感じる彼は楯無に質問する。

 

「いったい何するんです? こんな時間から」

「んー、ここに別のルームメイトが来るのよ。だから引っ越しするためにね」

「はい……? いやいや、何で楯無さんが移動なんですか。普通俺じゃないですか?」

「ふふふ、それはね、君と一緒にさせた方が何かと都合がいいから……って言ったら信じる?」

「そこにどれだけの真実と虚偽が混ざるかですね」

「まぁ、そこは追々ってことね。多分明日には新しい子が入ると思うから仲良くね? ケダモノになっちゃだめよ?」

 

むしろ貴女に食べられそうになったことの方が多いですとは口にはしない。

てきぱきと荷物をショルダーバッグに詰めると、ひとり寝は寂しいだろうけど

お姉さんとの別れを悲しんじゃダメよと颯爽と去って行った青い台風。

今まで二人で居た分、静かになった若干寂しさはあるが、今日だけだろうと猛はベッドで眠りについた。

 

 

 

 

 

 

「なんと今日は転校生を紹介します。それも二人です!」

 

HR、教壇上に立つ山田先生はいきなりそう言い放つ。織斑先生は少し離れたところで腕組みをしている。

入ってきてくださいと促されるように教室に入ってきた二人。

一人は小柄で片目に眼帯を着け、氷のような冷たい表情の銀髪少女。

その隣に長い金髪を後ろに結わえて、尚且つIS学園のスカートではなくズボン姿の

どことなく宝塚の男優っぽさを漂わす者。

 

「え、えっと……こちらに僕と同じ境遇の方が居ると聞いて急遽転入することになりました。シャルル・デュノアと言います」

「え……まさか、男?」

 

一瞬の溜めが入ったのち、教室内を揺るがすほどの大音量の黄色い悲鳴があがる。

 

「男子! 三人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「美形! 守ってあげたくなる系の!」

「地球に生まれて良かった~~~!」

 

喧々囂々の大騒ぎをする一組女子陣。急な雄叫びに一夏は耳をやられてくらくらしている。

猛はとっさに耳に指を突っ込み被害は最少。

 

「ええぃ! 静かにしろ馬鹿者どもめ!」

「そ、そうですよ。まだ自己紹介が終わってませんよ? お次は……ラウラさん、どうぞ」

 

そう促されるが、銀の少女は直立不動のまま一切動こうとすらしない。

 

「挨拶をしろ、ラウラ……」

「はい、教官」

「ここで教官はやめろ……。私はもう教官ではないし、ここにいる限りはお前も一般生徒だ……織斑先生と呼ぶように」

「了解しました」

 

まるで機械のようにただ織斑先生の言うことだけを聞く。

 

「ラウラ・ボーデウィッヒだ」

 

ただ名を発しただけで石地蔵と化すラウラ。

 

「以上ですか?」

「以上だ」

 

これ以上言う事は無いと無言を貫く彼女に涙目になり視線を彷徨わす山田先生。

あの頑ななまでに上官の指示に従う姿はまるで軍人のよう。

……おぼろげな記憶では千冬がドイツで受け持った訓練生に彼女が居たはず。

と、思考に耽っていると一夏の前に怒りを隠す気がないラウラが手を振り上げていた。

刹那の間に教科書を挟みこむと、ぎりぎり平手打ちを止めることに成功する。

 

「貴様……!」

「いきなり、そんな挨拶はないでしょう?」

「っ……まあいい。織斑 一夏……私は認めない……お前があの人の弟であるなどとな!」

 

人をも殺せそうな視線で猛を見返し、その憎悪に染まった瞳で一夏に怨嗟の声を投げかけたラウラはもう一度手を振りかぶろうとする。

そこに冷気を感じさせるが、どこか憂いのある織斑先生の声がかかる。

 

「いい加減にしろラウラ。今回はこれでホームルームは終わりだ。織斑、塚本はデュノアの面倒を見てやるように。

 各人は着替えて第二グランドに集合しろ! 今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

くっと歯噛みをするが元教官の命令に従い教室を後にするラウラ。

何やら少し思い当たる節があるのか若干影を感じる一夏。その男子二人組の傍に転入生のシャルルが近づく。

 

「君達が織斑君と塚本君だね? 僕は……」

「んー自己紹介はもうちょっと後でな。急ぐぞ、一夏」

「あ、お、おう!」

「ふえっ!?」

 

シャルルの手を引いて教室から飛び出すが、時すでに遅し。

男衆を見つけ、MG○のゲノム兵のごとく「!」を頭上に浮かべた女生徒が廊下に。

 

「みんなー! ここに男子が居るわよ! しかもNEWフェイスが!」

「げぇ……。最悪じゃん」

「文句言ってる暇あったら逃げるぞ。ほら、こっち」

「え? え? ええ!?」

 

わらわらと火星産じょうじのように大量に表れてくる女子たち。

このままでは飢えた連中にもみくちゃにされて、更には遅刻。そして夜叉の説教……。

なりふり構っていられなくなった猛は、シャルルを横抱きに抱え上げて窓を開け放つ。

その際、シャルルと邪魔者たちの黄色い悲鳴があがったが無視。

そのまま二階から身を躍らせて、地面との衝突直前に一瞬PIC作動。衝撃を殺して危なげなく着地。

窓から身を乗り出してズルをした猛に抗議する一夏。

 

「ず、ずりぃぞ猛!」

「あっはっは。悔しかったら同じことをやってみたまえ一夏君!」

 

某怪盗のごとく高笑いをしつつ、親友をデコイにすったかたとシャルルを抱きかかえたまま更衣室に向かう。

 

「あ、あの……塚本君! 僕、もう歩けるから!」

「おや、こいつは失敬」

 

 

 

 

 

更衣室で、シャルルは別の場所で着替えるよと猛から距離をとる。

ふむ、同性でも裸体を見られるのは恥ずかしい人も居るだろうと(いわゆる着やせで中身ぽっちゃりとか)

あまり気にせずにISスーツを引っ張り出す。

他の女子や一夏と違いフルアーマー形状な狭霧神は全身を覆うのでスーツも身体を大きく包み込むタイプだ。

なお、このスーツもスペア含め、勝手に拡張領域に常に入っている。

背中に大きく空いた入口から全身を通して、首元を締めるとシュッと空気が抜けてしっかり密着する。

 

「あ、あの、着替え終わった……よ」

「ん? どうしたのさ」

 

同じく着替え終わったシャルルがやってくるが、急に言葉が途切れる。

猛のスーツ姿はSFものである生身で陸戦も出来るパイロットスーツ風。

ぴったり貼りつくので身体の輪郭を浮かび上がらせ、尚且つしなやかに鍛え上げられた四肢。

いわゆる細めの筋肉質な姿がまじまじと見えるのだ。

 

「つ、塚本君って、す、すごい身体だね……あ、あの、ちょっと触ってもいい?」

「え? ああ、いいけど……」

 

うわぁ、凄い……硬くて脈打ってる……と若干顔を赤らめて割れた腹筋を恐る恐る触れている。

言いたくはないが、何かまずい空間を形成している気がして、逃げ出したくなるが

そこに何とか難を逃れたデコイ、一夏が息をきらして駆け込んでくる。

 

「こ、このやろ……! 何とか撒いたが、猛、お前……」

 

彼の目にはぺたぺたと腹筋を物珍しそうに触っているシャルルと、それを許可している猛。

先程追い回された婦女子たち大歓喜な空間があれば、知らずに足が後ずさるのも仕方ない。

 

「おい待て。変な想像すんな、これはただ腹筋が気になったシャルルが無理やりお願いしたんだ」

「え、ちょっ!? た、確かに凄かったから触りたいって言ったけど、無理やりじゃないって!」

「あ、ああ……うん。俺も猛の筋肉は……ちょっと羨ましいな」

 

一夏も羨望の眼差しで猛の腹筋を見る。何とも言えない緩みきった空気が流れる。

とりあえず遅刻して鬼の逆鱗を触りたくはないので、一夏に着替えを急がせて二人は先にアリーナに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

アリーナに一・二組の生徒たちが整列し、先生の指示を待つ。一夏もギリギリ間に合って、その左右を箒、セシリアが固める。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。そうだな……凰! オルコット!前に出ろ」

「えー」

「は、はい!」

 

思い切り不満たらたらの鈴に一夏に気を取られていたセシリアは若干驚きの声をあげる。

 

「貴様ら……そんなに不満なら授業が終わるまでずっとランニングさせてもいいんだぞ」

「い、いえ! 大丈夫です!」

「わ、わたくしもちゃんと気合いを入れ直しますわ!」

「ならいい」

「ところで、お相手はどちらになりますの? わたくしは鈴さんでも構いませんが」

「言うじゃない。返り討ちにされて泣いてもしらないわよ?」

「落ち着け馬鹿者。対戦相手は」

 

そう言い終わる前に間延びした悲鳴と空気を切り裂く風切り音が聞こえてくる。

 

「ふえぇぇぇ~~。ど、どいてくださ~い!」

 

ふと上を見上げるとコントロールを失ってこちらに来る……というか落下している山田先生の姿が。

このままでは地面と猛烈なキスをしそうに見え、猛は狭霧神を纏うと進行方向を塞ぐ。

機体同士がぶつかりあう重い衝突音はしたが、受け止めた瞬間PICを使って慣性を打ち消す。

 

「ふぅ……何とか上手くいったか。しっかりしてくださいよ、先生」

「あ、あわわ……ご、ごめんなさい。ちょっと機体制動に失敗しちゃって。あ、あの、それより……塚本君?

 そろそろ放してほしいんですが。い、いえ! 決して塚本君が抱きしめてくれるのが嫌なわけじゃないですよ!?

 むしろ、もっとぎゅってしてほしいなんて……わ、私何言ってるんですか!?」

 

未だピュアな乙女回路(暴走確率80%)を持っている山田先生はわたわたし、顔を真っ赤にしている。

ただ抱きとめただけなのに、こんなに慌てるとか少し耐性無さすぎるような……と思う猛の首筋に

ある意味死神の鎌と同じ意味を持つ、双天牙月が添えられる。

降参の意味を兼ねて両腕を上げるが、ハイパーセンサーは背後で黒い笑みを浮かべている鈴をはっきりとらえる。

 

「ふふふ……たーけーるー?」

「OK、鈴。話し合おう。これはただ先生を受け止めただけで他意はない」

「そーねー。猛は優しいもんねー。一夏のようなラッキースケベじゃないしねー。けどさ……やっぱり納得できないのっ!」

 

思い切り振り上げられた双天牙月。だが、一瞬でアサルトライフルを呼び出した山田先生が甲龍の手を撃ち

衝撃で痺れた手のひらから滑り落ちた牙月がずしんと地面に落下する。

 

「ふぅ……、だめですよ鈴さん。いきなりそんな乱暴しちゃ」

「山田先生って……凄かったんですね」

「えっ!? ひ、ひどいですっ、塚本君、私そんなにへっぽこじゃないです!」

「そうだ。山田先生はかつて日本代表候補生だ。これくらいは簡単に出来て当然だ」

「織斑先生には最後まで勝つことができませんでしたけどね……」

 

ふくれっ面でまだ納得いってない鈴を放置しつつ、織斑先生は二人に告げる。

 

「さて、山田先生の実力も分かったところで二人には彼女と戦ってもらう」

「え? 二対一になってしまいますが……よろしいので?」

「ふっ、今のお前たちではまともな勝負にすらならんさ」

 

嘲るような織斑先生の言葉にかちんときた中国・イギリス代表候補生。

 

「いいですわ、わたくしの真の実力、お見せいたしますわ!」

「ふんっ! さっきは不覚をとったけど、今度はこてんぱんにしてやるから!」

 

気合十分な二人と山田先生が上空に昇り、試合が開始される。

上空戦を見ながら織斑先生はシャルルに山田先生の駆る機体、ラファールの説明を求める。

 

――デュノア社製ISラファールリヴァイヴ…第二世代機ラファールの改良機。

世代こそ第二世代だが、その操縦の容易さや他機種にはない拡張性の高さで各国で使用率の高い名機だ。

打鉄に比べると汎用性が高く、かつて猛も乗っていた機体。だが、適性の低さで本来の性能を発揮できなかったのが少し心残りだ。

 

説明が終わった頃には上空の戦いもほぼ決着がつき始めている。

衝撃砲がどこに飛んでくるのかを予測し、時には誘導させて回避し、セシリアにアサルトライフルの銃口を向け牽制。

鈴の位置を調整し、セシリアの射線を塞がせて援護を封じ、それでいて尚、接近戦を容易に挑ませない。

そして銃撃で両者の逃げ道を塞ぎ、固まったところに銃身の下部に付いた

グレネードランチャーから三連続でグレネード弾を叩き込む。

大爆発に巻き込まれた二人は煙をあげながら落下してくる。

地面に衝突した後もぎゃいぎゃい罵り合う鈴とセシリアに対してため息をつく織斑先生。

 

「まったく……普段の言動から実力を低く見積もったんだろう。更には互いの特性を生かせず、好き勝手動いて

 まともな連携も出来なかったことが敗因だ。いい加減に言い合いをやめろ馬鹿者!」

「はいぃっ!」

 

先生の一喝で、そのまま直立不動な姿勢になる二人。腕を組んだまま今度はクラス全員に視線を移す。

 

「今ので連携の大切さ、IS学園所属教師の実力の高さが分かったな? これからは教師に敬意を払うことだ。いいな!」

「はいっ!」

「では、各自専用機持ちの所に班として整列しろ」

 

当然、猛・一夏・シャルルのところに人数は偏る。頭を抱えた織斑先生の怒声で次は全員均等に近くばらけた。

今回の授業は簡単な操縦訓練らしく、搭乗から歩行、降機までを行うらしい。

教え方もそれぞれでセシリアはまず理論から入り、動かし方を口頭で説明し、意識させている。

鈴はいきなり乗せて、あとはなんとなくやれば分かるとスパルタタイプ。

シャルルは意識的なコツを丁寧に教えて、一夏・ラウラは……論外。

そして我らが猛は、相変わらず自機以外はまともに動かせないし

かといって、狭霧神は逆に完全に自分の意思をくみ取るので、動かそうと意識することすらいらない。

というわけで、鈴に似た方法だが乗せてみてうまく動かせない子には

猛が動かしやすいんじゃないかと思うコツや操作を教える手順になった。

 

「よろしくね。たけちー」

「おや、布仏さんは俺のとこに来たんだ。こちらこそよろしく」

「あの、それでね……おりむーみたいに運んでほしいなー」

「あー、あれをやれと?」

 

一夏の方に視線を向けると、立ったままISを解除させてしまい昇れなくなってしまったのを

毎回抱きかかえて乗り降りさせているのだ。箒の嫉妬のボルテージが高まって陽炎が見えるのは気のせいのはず。

 

「……白式とかと違って、俺フルアーマー形状だから抱きごこちとか悪いと思うよ?」

「んー、でも騎士に抱えられるお姫様とかに見えて良さそうだよ」

「はぁ……、円卓の騎士とかよりはドン・キホーテっぽいけどね。一回だけだから」

 

あー本音だけずるいー、私らもお姫様抱っこしてーと文句を垂れる他の班メンツに対し

それこそきりないっての、早いもの勝ち先着一名様限定です、残念でした。と切り捨てて布仏だけ抱きかかえてISに乗せた。

 

 

 

 

 

 

授業終了後、親睦を深めようと皆でお昼を食べることに。その際、すでに姿を消していたラウラは欠席。

屋上に猛、一夏、箒、鈴、セシリア、シャルルと見る人が見れば豪華なメンツが集まる。

まずは、転入生でもあるシャルルの自己紹介から始まる。

 

「あ、えっと、シャルル・デュノアです。デュノア社でテストパイロットをしていて、フランス代表候補生になれたので

 このたび、このIS学園に編入することになりました。よろしくお願いします」

「ん……シャルルの苗字ってさ」

「うん、僕の父親がデュノア社の社長なんだ」

「ふむ、御令息ってわけなんだな」

 

そうして各自、自己紹介を終え堅苦しいのは苦手だから、猛と一夏は君付けいらないから名前呼び捨てでいいよとシャルルに言う。

ぐぅぅ……と男子陣の腹の音が鳴ったので、ご飯を食べようと皆持参したものを用意する。

一夏は購買で買ったパンを取り出すが、箒からお弁当を渡されて笑顔になる。

 

「ひ、一つ作るのも二つ作るのも手間にはならないからな。よ、よかったら食べてくれ」

「おお、ありがとうな箒。やっぱパンだけだとお腹すくことあるから嬉しいよ」

「お、お待ちになってください! わたくしもサンドイッチを作ってまいりましたの!」

「あ、あたしも一応酢豚作ってきたから食べて。で、猛、あんたにはこれ」

 

食べ盛りの男子に沢山のお弁当が渡されてほくほくな一夏。

猛には鈴が別のタッパを渡し、蓋を開けると美味しそうな回鍋肉がぎっしり詰まっていた。

箸を取り出して、一口食べると冷めていてもしっかりと味噌の味がしてご飯が進みそうだ。

 

「うん、やっぱり鈴の料理は美味いよ。ただ、もう少し香辛料控えた方が俺は好きかな」

「えー、どれどれ……そこまでキツイ感じはしないけど」

「じゃあ、これを。俺はこれくらいの味付けが好きで作ってるよ」

 

自作の回鍋肉を食べて疑問符を浮かべる鈴に、猛は自分の作った野菜炒めを箸で挟んで食べさせる。

 

「ふーん、これがあんたの好みの味なんだ。分かった、参考にするわ。

 あ、玉子焼き貰うわね。……うん、猛はこれ結構甘目に作るわよね」

「鈴のは出汁巻きだからな。あれはあれで美味しいよ。じゃあ俺はこれ貰う」

「ちょっ!? 肉団子取らないでよ!」

 

和気藹々と食べ合っている二人だが、ふと顔をあげると一夏はぽかんとしてるし、女性陣は顔を赤く染めている。

 

「……? どうしたのさ、みんな?」

「い、いや……お前たち気づいてないのか?」

「うぅ……見てるこちらが恥ずかしいですわ」

「あ、あはは……仲良きことはいい事なんじゃないかな?」

 

そう言われて、考えると自分たちが何をしていたのかを理解しこちらも顔を真っ赤にする。

互いのお弁当を分け合い、更には無意識で食べさせあっていたのを見られていたとなればそりゃあ赤面もする。

 

「……何だか、最近鈴は妙に猛にくっついているよな。猛が女子と仲良くしてると凄くイライラしてたりするし。

 あ、もしかしてつきあ……」

「い、一夏! あんたもぼーっとしてないであたしの酢豚食べなさいよ! ほらぁ!」

「ちょっ!? まっ、もがー!」

 

無理やり酢豚を口に詰め込もうとして、ごまかそうとする鈴に目を白黒させる一夏。

鈴の暴走を止めようと箒、セシリアが参戦しそこから少し離れて、困った顔をしているシャルル。

 

「ま、まぁこんな騒がしいメンツだけど、これからよろしくね」

「うん、皆いい人たちだし楽しそう。こちらこそよろしく、猛」

「ヘ、ヘルプミー! 猛ー!」

 

はいはいと空返事をしつつ、騒動を止めるのに立ち上がる猛。くすくすと笑うシャルル。穏やかな昼休みはこうして過ぎていく。



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7話

放課後、一夏・猛メンバーはアリーナに集まって練習を行うが……皆はっきりいって個性的すぎる教え方で

素人にはキツイとしか言えない。

 

箒は擬音を多量に使い、鈴は考えるな、感じろとどこかのカンフー映画のノリ。

逆にセシリアは一つの挙動に細かい理論を付け過ぎて、実戦しようとするとまともに動けない。

そんな中、現れた救いの天使。

初心者にも分かりやすく且つ理論的に教えてくれ、進歩度合で適切な実地を行うシャルルに

どうしてもつきっきりで接してしまう一夏に二人の不満ゲージが跳ね上がる。

そして反復行動が得意で、ある程度を見覚えで習得する猛は、軽く鈴と組み手みたいなことをしている。

 

「ねえ、アレ」

「ドイツの第三世代ね。……肩に大口径レールガンって、ずいぶん重装備よね」

 

他の訓練生のざわめきに視線を移すと、そこにはドイツ代表候補生・ラウラ・ボーデヴィッヒの姿が。

有象無象には目もくれず、憎悪に染まりきった瞳で一夏を睨みつけている。

 

「おい、貴様。私と戦え」

「何でだよ。お前と戦う理由がねぇよ」

 

猛が防いだとはいえ、いきなり初対面で平手打ちをしようとし、悪意しかない相手に好意を抱く訳もない。

 

「貴様にはなくとも私にはある。織斑教官の経歴に泥を塗った貴様の存在など、私は認めない。

 戦う気がないのなら、戦わざるをえない状況を作ってやる」

 

言うが早いか一瞬でシュヴァルツェア・レーゲンを戦闘モードにすると肩部の大型レールガンを射出。

だが、一夏に向けて放たれた弾丸はあらぬ方向へねじ曲がり、防御シールドに激突し大きな音を立て

一夏を守るためにシールドを展開していたシャルルはあっけにとられる。

 

「……また貴様か」

 

紅い瞳が捉えるのは機殻で出来た弓を構えるフルアーマーの機体。

腕を降ろしてはいるが、いつでも射撃体勢に移行できるようにしている猛。

 

「まぁ、そちらにもいろいろ言い分はあるんだろうけどさ、いきなり実力行使はどうかと思うんだけど」

「余計な手出しをして自分が撒き込まれる事を考えられん愚か者か」

「性分なもんでね。自分が身を呈して事が収まるなら安いものでしょ?」

 

話の途中に不意打ちでレールガンを三連射するも、細い光が弾丸の回転を乱して軌道を逸らし全弾ありえぬ方向に飛ぶ。

軽く弦を引いた一射撃ちで、針の穴を通すほどの精密さで矢を放つ猛に対し

砲撃では埒が明かぬと思ったラウラは片手のプラズマブレードを展開し、瞬時加速で近接戦を挑もうとする。

 

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号は!』

 

アリーナ管理担当の先生の放送が入り、水を差されたと鼻をならしラウラはもう一度一夏を睨みつけてその場を後にする。

ここに残るは歯噛みをして、手をぎゅっと握る一夏に、ヒロイン面々。

ポンポンと肩を叩いて猛は彼に話しかける。

 

「そうあまり思いつめても過ぎ去ったものは変えられないよ。それにあの事件は不可抗力でしょ」

「…………そう言ってもだな」

「なら、千冬さんが心配しないよう実力つけるために頑張る方が有意義だよ」

「そうだな、悪いな猛。また励ましてもらって」

「気にすんな。友達で幼馴染だろ?」

 

差し出された拳をゴツンとぶつけあって笑い合う友人。すぐには気持ちの切り替えられはしないだろうが

いつまでもこうしてぼーっとしている訳にもいかないので時間が許す限りISの練習に打ち込むのだった。

 

 

 

 

 

 

猛が寮内の自室に戻ると、誰かが先に来ていたのだろう。風呂場から水音が聞こえる。

そういえば楯無が居なくなって変わりに別の生徒が入ると聞いていた。

猛は風呂場のドアをノックすると中から慌てた声が聞こえる。

 

「あっ、あわわっ!? ど、どちらさま?」

「ああ、シャルルか。オレオレ……詐欺じゃないぞ? 猛だ。どうやら俺と一緒の部屋みたいだな。

 そうだ、ボディシャンプーが切れてたから、使うなら洗面台の上の棚に詰め替えがあるから入れておいてくれると嬉しい」

「う、うん……分かった。詰め替えておくね」

「悪いな」

 

荷物を床に置いてベッドに横になる。少しくぐもった水音が心地よく目蓋が重くなってくる。

とりあえず、シャルルが出たら俺もシャワーを浴びるか……とぼんやり考えるも少しずつ思考がまどろみの中に溶けていく――

 

 

 

 

 

 

「うーん、この展開は予想できなかった」

 

そうごちる猛。目の前には何故かシャルルが。うたた寝から目覚めると金髪が目に飛び込んできてぎょっとし

すぅすぅと寝息を立てていて、寝間着変わりなのだろう、紺色のジャージの胸元がはだけていて

コルセットが緩んで、よくこれを収めきっていたと感心してしまうほどのたわわな”胸のふくらみ”がこぼれている。

 

「つまりシャルル君は女の子だったということ……。ラッキースケベのフラグは折ったはずなんだけどなぁ」

 

これ以上は彼女の口から事情を聞かないと進展しないと、肩を掴んでゆさゆさと揺さぶる。

ううん……と身じろぎをして寝ぼけ眼で目覚めたシャルルはふにゃっと柔らかな表情を浮かべる。

 

「あ……おはよう、猛」

「いや、まだおはようの時間じゃないですよ」

「え、あれ……うそ!? ぼ、僕……やっちゃった!?」

 

だんだん意識がはっきりして自分がどんな状況に居るか把握してわたわたとパニックになる。

 

「とりあえず俺の名誉にかけて、手は一切触れてません! それじゃあ、何で男装までして学園に来たのか教えてくれるか?」

「うん、そうだね。猛には知ってもらう必要があるね。正体もバレちゃったし……」

 

少ししょんぼりしているシャルルを見て、おもむろにキッチンに向かった猛は二人分のカップを温めお湯を沸かす。

棚内の缶から、茶葉を取り出して熱したポットに入れ十分に蒸らした後にカップに注ぐ。

スティックシュガーとスプーンを彼女の前に置いて、一口飲んだのを見計らい自分も紅茶に口をつける。

 

「あ……美味しい」

「そういってもらえると嬉しいな。前のルームメイトにも好評だったんだ。

 ただ、本場のセシリアには満点はもらえてないんだけど」

 

クスクスと楽しげに笑う。そして落ち着きを取り戻した彼女はとつとつと話し始める。

 

 

 

――彼女、”シャルロット・デュノア”は、最初母親と二人で仲睦まじく暮らしていた。だが2年前母親が亡くなってから

その人生は一変する。彼女はデュノア社の社長の娘、妾の子だったのだ。デュノア家に引き取られたが彼女に最初から居場所はなく

正妻に「泥棒猫の娘」と罵られた。その後、偶然IS適性が高いことが判明したことから、自分の意志と関係なく

IS開発のための道具として扱われ、学園に編入してきたのもデュノア社がIS開発の遅れによる経営危機に陥ったため

男性の操縦者として世間の注目を集めつつ、白式か狭霧神――完全不明機であるこちらの情報を優先的に盗めと命令された。

 

 

 

話を聞き終えた猛を天井をずっと見つめ続けていた。

 

「えーと、シャルロット……でいいんだっけ? 君はこれからどうしたい?」

「え……、それは多分犯罪者として強制帰還。そして投獄になるの……かな?」

「それは周囲にバレた場合でしょ? 俺言いふらすつもりないし。

 それに俺はシャルロットがこれからどうしたいかを聞いてるの」

「……やだよ、せっかく一夏や皆と仲良くなれたのに、このままお別れなんて……いやだよ」

「その言葉が聞きたかった!」

 

急に跳ね上がった猛にシャルロットは驚くが、彼が学園手帳に記された一文を示し、それを読んで目じりに涙が浮かんでいく。

 

「ここに居る限り、基本的に外部からの法とかは無効化するっぽいし、すぐさまどうこうは出来ないはず。

 ……それに、シャルロットの今までの苦労が分かるとは言えない。けれどさ、ここで今まで辛かったことを

 忘れるくらいの思い出を作ることはできると思うんだ。それのお手伝いはしっかりさせてもらうよ」

「……シャル」

「ん?」

「シャルロットって長くて言いづらいでしょ? だから、シャルって短く呼んでいいよ」

「ではシャルと……ああ、この響きは君に実に似合っている」

「……ぷっ、何か格好つけた言い回しだね」

「うるさいっ、恰好つけなきゃいけないときが男の子にはあるんです」

「あ、それじゃあ僕の過去の話聞いたんだから、猛の昔の話をしてよ」

「それこそ平凡でつまらないと思うんだけどなぁ……あ、お茶のおかわり淹れるけど飲む?」

 

そうして夜遅くまで二人は他愛もない話を沢山話し合った――

 

 

 

 

 

 

まだ完全に日が昇りきらない朝、すやすやと眠っているシャルロットの姿を見つつ

起こさないよう部屋を後にする猛。

一応朝練もできるようジャージ姿だが、本当の目的は別にある。

そうしてお目当ての人を見かけて声をかける。

 

「おはようございます、織斑先生」

「ああおはよう。これから朝練か?」

「いえ、ちょっと先生に相談したいことがありまして」

「何だ、話してみろ」

「ちょっと気軽に話せる内容じゃなく誰にも聞かれたくないのでどこかいい場所ないですか?」

「……この近くに相談室がある。ついてこい」

 

近場の相談室に入り、対面で向かい合う二人。

 

「ここなら盗聴の心配もない。何を言いたいんだ?」

「先生はシャルル、いえシャルロット・デュノアについてどこまで事情を知ってますか?」

 

ポーカーフェイスを貫いている織斑先生だが少し眉が跳ねたのに気づく。

 

「……それを切りだすということはお前はどこまで知っている」

「昨日全てを本人から話してもらえました」

「ではお前はどういう解決法を思いついた」

「それは俺のISの情報をわた……いだっ!?」

 

強烈な頭への一撃を貰い、後ろを振り向くとぽんぽんと手のひらに扇子を打っている楯無の姿が。

織斑先生もやれやれと呆れた表情を浮かべている。

 

「塚本、たとえお前が身売りしたところでデュノアに好転する事が起こる機会などまったくないんだぞ」

「自己犠牲精神は美しいこともあるけど、時と場合を選びましょうね猛君?」

「だって、他に俺の頭じゃ何も思いつきませんもの。というかいつから楯無さんが?」

「うふふ、ずーっと猛君の背後に貼りついていたわよ?」

 

こわっ!? 全然気づかなかったと戦慄する猛の目の前に表示枠を差し出す楯無。

 

「これ、デュノア社のいろいろな情報なんだけど……あ、分からない? グラフの伸長差が分かるくらいならOKよ?

 妙に乱高下が激しいと思わない? いろいろ探ってみたんだけど、何やらきな臭いものが出るわ出るわでね。

 まぁ簡単に言えば、社長は奥さんに尻に敷かれてしかもその婦人はやりたい放題って状況みたいね。

 もっと言うなら、非合法な怪しい何かも結構出てきたわ」

「えーとつまり?」

「その辺りをすっぱ抜いてしかるべき処置を取ればあるいは……ってところだ」

「安心してねーお姉さんが悪いようにならないよう、腐心してあげるから」

 

おちゃらけている楯無の手をぎゅっと掴む猛。あらあらと少し驚いた表情を浮かべる彼女。

 

「ありがとうございます。何とかするとは言いましたけど

 俺だけじゃ結局何もできなかったと思うので。本当にありがとう、楯無さん」

「んふふー。そう言われるとお姉さん頑張る甲斐があるわね。じゃあ、お礼として何か聞いてもらおうかなー?」

「あ、ピンク色な空気感じたので俺朝練してきます。それ以外なら後日聞きますので!」

 

疾風のようにすたこらと相談室が逃げ出す猛。それを見送る二人。

 

「何か一夏君とは違うタイプでからかうと面白い子ですね、猛君は。ちょっと潔癖な気もするけど」

「いや、あいつはむっつりなだけだ。一皮剥けば……野獣が顔を出すかもな」

「自制心が強いってことですか?」

「さあな。自己責任で覗いてみたらどうだ?」

「でも、ずいぶん簡単にシャルロットちゃんの秘密を話してしまいましたね」

「あいつは自分で解決できることなら自分でやりとげようとするが、一人ではどうしようもないと分かれば

 素直に人を頼る。むしろ、そうやって秘密を打ち明けて真摯に助けを求められるのは悪くない。

 甘えられる人とそうじゃない人間を見分けるのが上手いからな」

「彼のこと、よく知ってるんですね。私もそれくらい大事な人にしてもらいたいな」

「一夏の幼馴染として長く接してきたからな。分かるものだ。そして、十分お前も猛は信頼してるさ」

 

バッと開かれた扇には、感慨無量の四文字が。

さーてお姉さん頑張っちゃいましょうかと楯無は相談室を後にした。



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8話

猛とシャルロット、一夏が話をしつつアリーナに向かうと横を心配そうな表情で駆けていく女生徒が。

胸騒ぎがした三人は急いでアリーナ内に駆け込む。

そこには三機のISが戦闘中だった。だが、ブルー・ティアーズに甲龍は見るからにボロボロで

所々回線がショートしているのか火花が散る。

対してシュヴァルツ・レーゲンは無傷といっていい。

鈴もセシリアも決して弱くはない、弱いならば代表候補生になれるはずがない。

が、相性が悪すぎた。衝撃砲やビットなどはAICで動きを止められ、プラズマブレードの連撃でペースを乱されて

距離を離そうにも、自在に動くワイヤーブレードで逃げ場を封じられる。

セシリアの射撃を難なく躱して彼女の苦手な近接戦を挑まれれば為す術がない。

そして動きを止められた鈴に腕のブレードが振り下ろされる――

 

猛は狭霧神を纏い、八俣から散弾のごとく矢を放つ。エネルギー攻撃とAICは相性が悪いのか、発動させることなく回避する。

拘束を解かれ、自由落下する鈴を抱きかかえる。一夏とシャルロットもISを展開し、セシリアを支える。

 

「大丈夫か? 鈴」

「大丈夫……って言いたいとこだけど、この恰好見れば分かるでしょ?」

「分かった。もう無理してしゃべるな」

 

普段なら強がりを言う鈴だが、それすらできないくらい消耗しているらしい。

何とか意識を保っているが、セシリアの方は意識を失ってしまったらしく二人が焦っている。

このままではどちらにせよ、まずいことになる。猛はこの騒動の加害者に視線を向ける。

 

「なぁ、流石にこれはやりすぎじゃないのか? とりあえずさ、二人を医務室に連れていきたいんだけど」

「私を倒していけばいいだろう? それくらいの事も出来ないのか?」

 

話の途中ですら、猛にレールガンを撃ちこんでくるラウラ。鈴に負担が掛からないよう少し余裕を持ちながら回避するが

いたずらに時間を消費しているわけにはいかない。更にワイヤーブレードも組み合わせた攻撃を何とかかわし続けていると

シャルロットから援護射撃が入り、何とか一夏たちの傍に寄ることができた。

 

「織斑……一夏ぁ!」

 

激高したラウラがレールガンを放つ。

鈴をシャルロットに預けて、一夏に向かい飛んできた砲撃を蹴り飛ばす。

 

「悪い、セシリアと鈴を医務室まで運んでくれるか」

「それはいいけど……大丈夫なのかよ」

「僕か一夏が援護にまわった方がよくないかな?」

「二人を抱えて行くよりかは一人ずつの方が楽でしょ? 俺の方は心配しなくていい」

 

移動しようとする二人にラウラは標準を合わせて砲撃するが、猛の迎撃で全て防がれる。

 

「なぁ……負傷兵を狙うのは無しだろう」

「ふん、弱いそいつらが悪い。初めはそいつらが喧嘩を売ってきたのだ。だが実力の差も分からない馬鹿どもだったな。

 退屈であくびが出そうだったよ。これで国家代表候補生などど笑わせるな。まぁ、おもちゃとしては悪くなかったぞ」

 

――ぎしり、と空間が歪んだ。そんな錯覚を感じさせるほどに猛の雰囲気が変わったのをシャルロットと一夏は肌で感じる。

知らず鳥肌が立ってしまった二人から離れ、ラウラと高さを合わせる。

 

「――はは、可愛そうだな千冬さんも。こんな出来の悪い生徒がやってきてしまうなんて」

「何だと?」

「事実を述べただけだけど? 所構わず憎悪を向けて悪びれもしない。もう戦うこともできない相手を平然といたぶり殺しかける。

 さらにその弱者いじめを誇る? あまりにも貧相だな。軍人というより人としても最低愚劣だな」

「き、貴様ぁ……!」

 

腰に顕現させた大太刀――”十束”の柄をコツコツと指で叩き続ける。

その刀身にじわりと深淵の光が満ちていく。

 

「分かるか? お前の行動全て千冬さんの悪評に繋がるんだ。

 あれが織斑教官の教え子だ。あの様子だとまともな教育すら出来なかったんだなと。

 よかれとやったことが逆に千冬さんを苦しめるとか、いい笑い話だ。俺は笑えないが」

「お前が……教官を語るなぁ!!」

「――やかましい。今ここで、終わるといい。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

狭霧神は瞬時加速より速い、まさに目の前に今現れたとしか言えない空間転移並の踏込みでレーゲンの懐に潜り込む。

驚きで声の出ないラウラの下部からかちあげる剛刀の斬撃。

黒い刀身は肩部のレールガンを容易く切り落とすが、それに対し困惑を隠せない。

大きな損傷があれば発動する”絶対防御”を起こさせずにレールガンを容易く切り落としたなど

織斑千冬の駆る暮桜、一夏の白式以外にも存在するなど信じられるわけがない。

振り上げた太刀の持ち手を逆さにして、更に踏込み、首の皮一枚切る手前で動きを止める猛。

峰討ちで止められたことに、屈辱を感じるが奴の行動に笑いがこぼれてしまう。

 

「は、ははは……馬鹿め! 情けのつもりか!? この距離ならAICで」

「それを発動させる前にお前の首が落ちるのが早いか……試してみるか?」

 

冷たい声に、どうしても腕を動かすことができないラウラ。装甲の奥の静かに燃える瞳から目を逸らせない。

そのまま数秒が流れた後、織斑先生の怒声が響く。

 

「そこまでしろ馬鹿者ども! 私に世話を焼かせるな!」

 

言われた通り、静かにすっと太刀を収めてラウラから離れる猛。屈辱と怒りに満ちた表情で吐き捨てるように言葉を放つ。

 

「いい気になるなよ……お前など、いつでも殺せるんだからな」

「――首、ちゃんと手当しておけよ」

 

首筋に手を当てるとぬるりと血でレーゲンの装甲が濡れる。歯噛みしながらラウラはピットに戻っていく。

猛は織斑先生の傍に着地すると、ISを解除して頭を下げる。

 

「すみませんでした。つい頭に血が昇って自分を抑えられませんでした」

「後で何があったのか報告書を提出しろ」

「分かりました。……あまり怒らないんですね」

「前にあいつの教鞭をとっていたからな。何があったのかは大体想像がつく。

 ……狭い世界にずっと居続けて、尚且つ不必要とされていたんだ。それを救われて、ずっとあの調子だ」

「自分の認識できる範囲が世界の全てじゃないんですけどね。

 辛いときには尚更それに気づけないんですが、教えてくれる人が居ればすんなり抜け出せたりしますね」

「かつては私がその役を担ったが……逆に今はそれに囚われている。すまんな、塚本。愚痴みたいなことを」

「いえいえ、シャルロットの件では俺がお世話になりましたから。一応心を割いておきます」

 

猛は医務室に運ばれた二人の様子を見てくると言ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

医務室のベッドの上で鈴とセシリアが寝そべって、シャルロットと一夏を話をしていた。

一時期意識を失っていたので心配だったセシリアだがどうやらそこまで重症ではなさそうだ。

 

「セシリア、鈴。大丈夫か?」

「ご心配には及びませんわ。わたしくも鈴さんも御覧の通り無事ですわ」

「ちょっと擦り傷と痣があるくらいであたしも平気よ」

 

おもむろに鈴の腕をとり、若干青くなっている痣を指でなぞるが、そこまで痛いものでもなさそうで平気な顔だ。

 

「よかった……。後はこれが残らないことだね。女の子の肌に痕が残るとかよくないことだし」

 

気がつくと、セシリア・シャルロットは顔を赤くして、一夏は呆れ顔。

鈴は頭にやかんでも乗せればすぐ沸騰しそうなくらい茹っている。

慈しむように優しく鈴の二の腕を擦っていたことに今更気づいて、申し訳なさそうに腕をベッドに降ろす。

 

「出ましたわ……猛さんの無自覚な行為が」

「え……? あれって意識してやってるんじゃないの?」

「いや、あいつは本当に天然でああいう恥ずかしいことを平気でやるんだ。

 後で気づいて悶えてるのを昔からよく見てる……あいつ、意外にむっつりでな。だから余計恥ずかしがるんだ。

 俺も無自覚に恥ずかしい行為禁止って何度叫ぼうかと思ったくらいにな」

 

へ、へーそうなんだ……、と羨ましそうな表情を浮かべるシャルロット。

そこに医務室どころか、校舎全体を揺るがす地響きがこちらに近付いて、ドアが壊れんばかりの勢いで開かれて

雪崩のように女子たちが押し合いつつ入ってくる。

 

「た、猛君、織斑君、シャルル君! 私と一緒に組みましょう!?」

 

いきなりそんなことを言われても理解できない。状況が分かってない三人に対してプリントが渡される。

今度開催される学年別トーナメントはより実践を模すためにタッグマッチで行う。

あらかじめチームを組むことは可能だが期限内に決まらない場合は余った中でランダムに決められる。

すでにパートナーが決まっている場合は、用紙に氏名、クラスと出席番号を書いて事前に提出すること――

 

「だからお願いします!」

「い、一夏さんっ! わ、わたくしと組んでくださいましっ!」

「猛! これはあたしと一緒に出るわよ!」

 

どこか皆若干正気度を無くした目で迫ってくる。ふと逸らした視線がシャルロットと交差し軽く頷く。

 

「悪い、俺はもうシャルと組むことにしてるから」

「ご、ごめんね。みんな」

 

残念そうな声があがる中、残った獲物に眼光鋭く振り返る女性陣。

その視線に怯えきってしまった一夏はごめんと一言残して医務室から逃げ出す。

兎を追いかけるために駈け出した飢えた狼の群れが去って、やれやれとため息をつく。

 

「ありがとうな、シャル。俺の意図をくみ取ってくれて」

「ううん、お礼なんて。むしろ僕の方からタッグの約束をしたいくらいだったから」

 

何かいい雰囲気を感じさせるなか、虎娘が強烈な負のオーラを放っているのに気づく。

 

「あんた……あたしが居るのに、ぽっと出の奴と組むとか許されると思ってるの?」

「一夏さんも一夏さんですわ! このセシリアと組めばトーナメント優勝間違いなしですのに」

「だって、鈴の甲龍にセシリアのブルー・ティアーズ、試合前までに直るの?」

「申し訳ないですが、それは難しいかもしれません。蓄積ダメージが大きくてしばらくは回復に専念しないと

 後々に重大な疾患を抱えてしまうかもしれませんので、トーナメントは棄権になってしまいます」

 

真剣な表情で検査の終わったISの状態を伝えに山田先生がやってくる。そして軽く鈴の肩をつついたところ

彼女はびくんと身体を硬直させて、目じりに涙を浮かべて震えている。

 

「鈴さん、猛君の前で恰好つけたいのは分かりますが、安静が必要な状態なのも分かってくださいね。セシリアさんも」

「う、うぐぐ……」

「え、じゃあさっき触った時痛かった? ごめん」

「ふぇ? あ、ううん……猛が撫でてくれた時のはそんな痛くなかったし、むしろ気持ちよくて……」

 

所構わず、ハチミツみたいな空気を展開させる二人にセシリアの恥ずかしい言動禁止のつっこみが入る。

 

「ううぅ……けど、このタッグを阻止しないと取り返しがつかないことになりそうな気がすんのよ。

 男同士なんだから心配することはないはずなのに、あたしの中の危機感がずっとアラート鳴らしてるし

 いつの間にかシャルとか愛称で呼んでるし」

 

普段はそんなもの無いはずなのに、鈴の頭から一本あほ毛を飛び出て二人を差してびびびと震えている。

どういう原理なのかな、と疑問に思いつつしっかり休んでねと言い残して医務室を後にした。

 

 

 

数日後、シャルロットとの連携訓練を終えてアリーナから戻る途中に前からラウラがやってくる。

猛は軽く手をあげて挨拶をする。

 

「やっほー。この間はついかっとなってしまってごめんな」

「…………何故だ」

「ん?」

「何故貴様は敵に対し、そのような態度をとっている」

「あ、ああ……ん? 俺ラウラの敵なの?」

「私はそう見ているが」

「あーなるほどね。俺は別にラウラを敵とは思ってないからね」

「……? 理解できんが」

 

猛は近くのベンチに腰を降ろし、怪訝な表情でも比較的素直に隣に座ったラウラ。

 

「あの鈴やセシリアに対する行為には怒ってしまったけど、憧れの人の汚点になった原因を憎む気持ちは分からないでもないし」

「貴様に私の憎しみが分かるものか」

「そりゃ、俺はラウラじゃないもの。完全に理解はできないさ。ただ、共感はできるな」

「ふん……ただの自己満足だろう」

「分かり合えないからこそ、近づく努力ができるんだ。そう考えてもいいんじゃないかな」

「おかしな奴だな」

「よく言われる。……にしても、ラウラ意外に話せるんじゃないか」

「この間のあれは屈辱だが、そこまで憎むほどの相手ではないからな。じゃあな」

 

少しは険も取れてきたのかな……いや、まだっぽいなと苦笑しつつ颯爽と去るドイツ軍人を見送る。

 

 

 

「ただいまー」

「えっ、あっ、ご、ごめんっ!」

「ん? ……げっ」

 

自室に戻ると、ラウラと話し込んでいたので帰る時間がずれてちょうど着替え中のシャルロットと鉢合わせする。

ズボンを床に落とし、学園制服の上着をちょうど脱ぎ掛けていて、髪色と合わせた菜の花色のブラとショーツが目に眩しい。

 

「わ、悪いっ! ……というか、シャル男装していること忘れてるんじゃないか? 無防備すぎるぞ」

「か、鍵掛けてたから他に入ってこれるの猛だけしかいないからいいかなーって」

「ならばせめて脱衣所で着替えるとかしてください……」

 

シャルロットと同室になってからは頻繁にラッキースケベが降りかかっているような気がし、そういうのは一夏の役目だろうと悩む。

彼女から視線を逸らしつつ、風呂場に向かうとおもむろに猛も着替え始める。

が、上半身を露わにしてから妙に気になることがあるので、後ろを振り向くと少しドアが開いてじーと誰かの視線が。

……スーツ姿でも時折、誰かの視線が集まることがあるのを感じ、特に鈴が無意識に背筋とかを見つめている。

そんなにこの細マッチョがいいのだろうか。

 

「……筋肉もう少し落とそうかな」

「だめー! ぜったい、ぜーったいだめー!!」

 

外の悲痛な叫びに、はぁ……とため息をもらした。



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9話

学園トーナメント当日。猛とシャルロットは控室で待機していた。

アリーナの観客席はほぼ満員状態で来賓席までぎゅうぎゅうだ。

 

「しかし凄まじい人の集まり方だな」

「そりゃそうだよ。三年生はスカウト、二年生は今までの成果を見せたり、期待のルーキーの発掘まで出来るんだもの。

 各国の要人に軍関係者、IS関連企業の研究員なんかが一堂に会するのなんてそうそうないんだよ?」

 

そんな中、二人の表示枠が現れて一回戦の組み合わせが発表される。

 

<<第一回戦 塚本猛 シャルル・デュノアペア 対 ラウラ・ボーデウィッヒ 織斑一夏ペア>>

 

「こ、これって……」

「こんなことってあるんだなぁ」

 

あの後の一夏は最後まで逃げ続けて結局ペアが決まらず、同じくペアを決める気すらなかったラウラと共に

ランダムに選ばれて、乱数の神のいたずらが起こったらしい。

いっそのこと、箒と組めばよかったものの、この試合でもし彼に勝つことができたなら一夏と付き合うと宣言してしまったため

ペアにはなれなかったが、この結果を見ると逆にタッグを組んで優勝した際告白したほうが……。

たぶん今、誰も居ないところでのの字を書いているやも。

 

それが尾ひれをつけて拡散し、タッグトナメで優勝者は一夏か猛とお付合いできるという話題になり

鈴が事実を知り、怒髪天を突いたのは別の話。

 

『猛聞いてる!? あのいけ好かないドイツ人、あたしの代わりにぼっこぼこにしておいて! ぶざまに負けたら承知しないから!』

『シャルルさん、わたくしの名誉を見事取り戻してくださいまし。鈴さんと一緒に応援していますわ』

 

試合内容を見て彼女らからの叱咤激励が通信で入る。

 

「これは責任重大だね」

「一夏は複雑な気持ちだろうけど、手は抜かない。一緒に頑張ろうな」

 

拳同士をこつんと突き合わせて二人はピットに向かった。

 

 

 

 

 

 

射出カタパルトから出撃すると、先に出ていた一夏とラウラの前に猛とシャルロットは向かい合う。

相変わらずの鉄面皮と随分複雑な表情を浮かべている一夏。

 

「とりあえず、布仏さんか他のクラスメイトに一応声をかけておくべきだったな」

「あの状況じゃそんなこと考える余裕はなかったんだよ……」

「あはは、後悔後先に立たずってことだね」

「しかし、試合は試合だ。全力でいくから、本気で来いよ」

「分かってるさ」

「織斑一夏……私の邪魔だけはするな。すればまずお前から撃墜させる。そして塚本猛、今度こそお前を叩き潰してやる」

 

最初から協力する気が更々なく、誤射と称して一夏を撃ちかねないラウラ。

猛ペア、一夏ペア、両者気を張り詰めさせていると試合開始前のカウントダウンが始まる。

 

――3、2、1、0!

 

「先手必勝!!」

 

シグナルが零になった途端、瞬時加速で猛に突進をかける。

まだ武装をコールしていない状態の猛に何か装備を持ち出される前に零落白夜で速攻落とすつもりのよう。

上段から振り下ろされた雪片が袈裟掛けに切り捨てる――はずだった。

 

「な、なにぃ!?」

 

必殺の一撃になるはずの一刀は、猛の呼び出した身の丈を覆い隠す巨大な大岩のようなタワーシールドに防がれていた。

瞬時加速の勢いを乗せた斬撃を後ずさりすることもなく容易く受け止めたことから、重量はいかほどの物なのだろう。

 

「確かに白式の単一能力は恐ろしいが、エネルギーシールドを失わないものならそこまで脅威ではないな。

 では、今度はこちらからいかせてもらうぞ!」

 

狭霧神の馬力をいかし、超重量の大盾を振り上げ、雪片弐型を吹き飛ばす勢いでのシールドバッシュ。

体勢の崩れたところに、これまた途轍もない大きさの鎚を振りかぶる。

逃げようとする一夏に鎚は振り下ろされて、聞く者がおもわず瞳を閉じてしまいそうな破砕音が会場に響き渡る。

地面に猛烈に叩きつけられて、砂埃が舞う。

そんな一夏を気遣うこともなくラウラは猛の背後に回り、レールガンの照準を狭霧神に合わせる。

 

「馬鹿め! そんな重装備でまともに回避が出来ると思っているのか!」

「そっちこそ、これはタッグマッチだってこと忘れてない!?」

 

レーゲンの周囲を旋回しながらリヴァイヴは両手のアサルトライフルを掃射。

咄嗟に回避行動を取るが、接近してこようとしないシャルロットに怪訝な表情を浮かべるが

攻撃アラートに気づいて、半身をずらすと数センチ先を巨大な光の柱が通過する。

 

「おっしーい」

「貴様……! これでもくらえ!」

 

ラウラが目を離してしまった猛は、大型プラズマキャノンをコール。

アリーナ下部から上のラウラに向けて放ち、砲身が冷却のための白煙をあげている。

6機のワイヤーブレードを全て狭霧神に射出し、前方の逃げ道を塞いだところ落下していた一夏が復帰。

挟み撃ちの形に陥る。

 

「今度こそ……ぉ!」

 

当たりやすいよう雪片を脇構えにして、猛の胴を薙ぐつもりだろう。

キャノンを量子変換し重量を軽くしたのち、背面を向けたまま後方に瞬時加速。速度の乗りきらない白式の懐に潜り込む。

勢いを殺さないまま、半身を開きつつ丹田に力を込めて、一夏の両腕の間に自分の腕を突っ込む。

虚空を踏みしめると同時に腕をひねって鳩尾をえぐる。肉を叩き潰したような耳障りな音が大気を裂いた轟音の後に続く。

 

「ぐは……っ、ぐ、う、うぇ……っ!」

 

ぎりぎり嘔吐は免れたが、瞳孔がほぼ開ききり、しきりに咳とえずきを繰り返す一夏を肘鉄でもう一度地面に縫い付ける。

白は再び地に落ち、黒は回避を行う。それを囲うように周回を回り続けて弾幕を張る橙と暗灰色。

猛は多数のチャクラムのようなチェーンソーの刃が付いた投擲武器をラウラに向けて放つ。

耳障りな金属音を立て所狭しと浮遊して、不規則な起動で襲い掛かり冷静さを失わせる。

 

「この、こんなこけおどしなど……!」

 

レーゲンのAIC領域を最大に高めて全てのチャクラムを静止させるが、リヴァイヴがミサイルポッドを展開し弾幕がラウラに迫る。

だがそれを読んでいた彼女はワイヤーブレードでミサイルを迎撃。爆風範囲外から全て迎撃を成功させる。

シャルロットに意識をとられてしまっていたラウラは猛が弓を引き、投擲武器を射抜こうとしていたのに気がつかなかった。

光の矢がチャクラム型の武器を貫き爆発、その衝撃で集中が途切れてAICが解除。

次々と誘爆する中、先ほどのより大きなミサイルが真横に飛来していた。

 

(くそ、今までの全てが囮だったということか!)

 

ミサイルの爆音が会場を満たす。

致命傷は避けられたが中型ミサイルの爆風で決して軽くはないダメージを負うラウラ。

戦いはまだ続いていく。

 

 

 

試合が始まってしばらく時間が経ち、ラウラは焦燥に駆られていた。

AIC対策のつもりなのだろう、基本的に銃撃などの長距離に主体を置く戦い方をする両者。

 

それだけなら、実力の差で押し切って無理やり接近戦をおこなってしまえばいい。

が、実弾は豊富でもエネルギー武器が少なく、近接格闘を不得手とするシャルロットを庇うように猛がカットを行い

すぐさまリヴァイヴがフォローに回る。元々あてにはしていなかった一夏は序盤で徹底的にいたぶられた所為か

まだ闘志は萎えてはいないものの、接近戦しか出来ない白式は狭霧神と相対すると、若干攻撃に怯えが混じって動作が遅れる。

故に、ほぼ2対1の状況に持ち込まれてじわじわとシールドが削れていく。

 

――なにより、こいつら連携することが上手すぎる!

 

この短期間で、アイコンタクト、掛け声のみでこれだけの連携をとれるとはどれだけの時間、練習に費やしたのだろう。

万能機同士がほぼ完璧なタッグを組むとこれだけ戦い辛いものになるのか、いや今までも同じように連携をとる有象無象を滅してきた。

それなのに苦戦するということはハイクラスに息が合っているという証明にしかならない。

 

――負けるのか? この私が?

 

ラウラの心の奥底にどろりとした黒いものが蠢き始める。深淵から手を伸ばして銀の少女に感情無く問いかける。

 

 

 

”力が欲しいか――?”

 

 

 

男とも女ともとれぬ無機質な声。だが、ラウラは悪魔に身を委ねてしまう。

 

 

 

「ああぁぁあああ――――ッ!!」

 

尋常ではない雄叫びをあげるラウラ。一夏たちは急変した彼女に驚き戦闘を中止してそちらに視線を向ける。

全身からスパークを放ちつつ、人体部分を飲み込んだISは地面に落下し、泥のように蠢いている。

異常事態に全生徒、来賓たちに避難放送が流れるなか黒い物体はついに形を作り上げる。

 

「あの武器は雪片、つまりやつは……」

「暮桜……千冬姉のISだ」

 

シュヴァルツ・レーゲンの姿はどこにもなく、かつて織斑先生の駆った機体「暮桜」を模した。

しかしその大きさは本来のものより大きく通常ISの二倍の大きさになっている。

 

「あいつ……ふざけやがって……! 千冬姉のまねなんかして!」

「おい、待て一夏!」

 

稼働限界近いであろう白式を無理やり瞬時加速で接近させ雪片弐型で切りかかる一夏。

しかし、カウンターを取られて容易く吹き飛ばされるが、なおも異常ISに対し怒気を放ち襲い掛かろうとする一夏を

羽交い絞めにして無理やり止める。

 

「落ち着け一夏!」

「放せ! あいつは千冬姉を汚したんだ! 俺が、俺が倒さなきゃいけないんだ!」

「中にいるラウラをどうする気だ! 一緒に切り捨てるつもりか!?」

 

その一言で多少は冷静になったのか、大人しくなる一夏。そこにシャルロットも合流する。

どうやら、攻撃されるか武器を持っているなどをしないと敵と認識しないのか、不気味に佇んでいる偽暮桜。

 

「悪い、猛……。つい頭に血が昇ってしまって」

「でもどうしたらいいんだろう? このまま何もできないのとか……」

「それなんだが、一夏の零落白夜であれをシールドごと切り裂いてラウラを引っ張り出せないかな?」

「そうか……試してみる価値はあるかもな。けど白式にはもうエネルギーが」

「じゃあ僕の分のエネルギーを分けてあげる」

「よし、決まりだ。じゃあ俺がそのエネルギーを補給する時間分を稼いでくるよ」

 

まるで散歩に行くかのように悠然と敵機に向かって歩みを進める猛に二人は驚く。

 

『おい塚本。貴様何をするつもりだ』

 

管制室から織斑先生の通信が入る。

 

「あの偽暮桜からラウラを助け出そうかと」

『生徒が余計なことをするんじゃない。実戦教員に後は任せろ』

「いやいや。さっき一夏を止めましたけどね……先生のガワだけ似せてるとか、ちょっと俺も頭にきてるんで」

『馬鹿者が。五分くれてやる、その間にケリをつけろ』

 

正面に立ち、こちらを見据える奴に対し猛は十束を脇構えにして相対する。

 

「それでは、しばらくの間つき合ってもらうとしようか」

 

 

 

 

 

 

避難した人たちが現在のアリーナ内を映した映像を声も無く見つめている。

偽物とはいえ、かつて世界を征した戦乙女を相手に一歩も引かず、数分も打ち合い続けられるものが居るなど。

暗灰色の機兵は黒い暮桜が放つ衝撃の刃を、白刃の一刀を持って正面から弾き返す。

偽物は一歩側面に踏み込んで、狭霧神の脇を狙う。横からの一撃を防ぎつつ、一瞬の加速。

暮桜は突進を受け止めて重い金属音と火花が散る。両者の剣は拮抗し、身じろぎすらしない。

なおも狭霧神は瞬時加速を上乗せし、暮桜を押し返す。が、返す刀の斬撃の暴風にそれ以上追撃は不可能。

迎撃する刃が奏でる大気が震動せし剣戟音が、この一戦の目を離せぬ一役を買う。

 

 

が、相対している猛はむしろ冷え切った思考で偽物を見ていた。

これは、こいつには意思もなく、熱もなく、信念も、力を振るう決意も、重荷も、何もかもがない――

ただただ、模倣するだけの贋作。先生の上っ面だけを真似た汚物以下の代物だ。

 

「なぁ、ラウラ。お前が追い求めてたいたものってのはこんな最低のゴミ以下のものじゃないだろ?

 何度も打ちのめされて、地べたに這いつくばされたけど、千冬さんの剣は厳しくても暖かかったぞ。

 だからさ、そんな紛い物を捨ててもう一度先生と話し合えよ。貴女の強さの理由が知りたいって。

 もし嫌われたらと考えるのが怖いかもしれないけど、ぶつかっていって本心を打ち明けてみると案外うまくいくもんだよ」

 

白き刃に黒い光が宿る。上段から振り下ろされた雪片を容易く切り捨てて、震脚。

地面がくだけ、ひび割れるほどに踏みしめられて放つ斬撃は、衝撃波と共に偽暮桜の四肢を全て吹き飛ばす。

ぐにゃりと変形し、元に戻ろうとする泥は切断面が発光した途端、爆発四散する。

そして、残った胴部分から一歩ずれて、不肖の幼馴染は真の彼女の剣を受け継ぐ若武者にとりを譲る。

一夏の渾身の零落白夜で汚泥を切り裂き、零れ落ちるようにラウラが姿を現す。

地面に落ちないようしっかりと抱きとめ、様子を確認するが気を失っているだけで大丈夫らしい。

こうしてラウラ救出作戦はなんとか無事に完了した。

 

 

 

 

 

 

その後、織斑先生から仲良く猛と一夏は拳骨を貰い、山田先生からは説教を。

救出されたラウラは怪我もなく、身体に異常はないらしい。

ただ、大事をとって一日医務室で過ごすらしい。

それと、あのレーゲンが変質したものはVTシステム。

過去のモンド・グロッソ優勝者の戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行する仕様らしく

あらゆる企業・国家での開発が禁止されている代物。

そんなものを使用した時点で言い逃れはできないだろうが、それでどこが不利益を得ようが知ったことではない。

さらにこの大会はこのまま続けるのは中止になり一回戦のみおこなう事になった。

つまり、優勝者は居ないということになり、女子たちの悲痛な叫びがどこからともなく聞こえた気がした。

 

 

 

今日から大浴場が男子も使用できるようになった。制限時間付きとはいえシャワーのみではどうしても疲れが抜けず

ゆったり足を延ばして風呂に入れるというのは日本に生まれた者としては格別だ。

腑抜けきった顔で湯船に浸かる猛。ちなみに一夏は先に上がっている。

と、そこに脱衣所の扉を開ける音が聞こえて、そちらに背を向けていた猛は一夏が忘れ物でも取りに来たのかと振り返る。

 

「どうした? 忘れ物か二度風呂でも……は?」

 

湯気にけぶる中、浴槽に身体を沈めているのはここには居るはずもないシャルロットだった。

咄嗟に前を向きなおす猛。

 

「あ、あの……シャルロット=サン? 今は男子の入浴時間ですが? 貴方は女の子じゃないですか」

「い、今の僕はシャルルだよ? つまり男なので、何の問題もないよね?」

 

ざぶざぶとお湯をかき分けて、猛と背中合わせで寄り添うシャルロット。背中だというのに互いの鼓動が響く気がして落ち着かない。

 

「……ありがとうね」

「ん? 何が」

「僕ね、もう騙したまま学園に居なくてよくなったんだ」

 

どうやら、ついに王手が掛かったらしくデュノア社の社長夫人のスキャンダルが公表されるらしい。

出るわ出るわの不正に罪状を読みあげるだけでもかなりの時間を要したようで

これから婦人の息のかかった者の焙り出しやら何やらで社内は粛清の嵐らしい。

 

「織斑先生から聞いたよ。僕を助けるために自分を売ろうとしたって」

「ただ、俺の頭じゃシャルを助ける方法が思いつかなかったから先生に泣きついただけだよ。

 最悪な場合は本当にシャルロットを犯罪者として、告発しちゃったのかもしれないし」

「それでも、お母さんが亡くなってから僕に優しくしてくれたのは……猛だけだよ」

 

振り向いたシャルは彼の背にぴったりと寄り添って、前に腕をまわしてより密着する。

 

「本当にありがとう。僕だけの……王子様」

「う、そういうのだけは止めて。王子様やヒーローって言われるの駄目なんだ。

 ただ、俺は自分がしたいことをしてるだけだからさ」

「ふふ……分かった。それじゃあ僕、もう上がるからさ、目を瞑ってくれないかな?」

 

言われた通りに目を瞑ってシャルロットが上がるのを待つが、気配は彼の前に移動してくる。

そして不意打ち気味に唇が柔らかいものでふさがれる。

驚きで目を見開くと、前から縋るかのように猛に抱きついて瞳を軽く閉じたままキスをしているシャルが。

数秒の間のはずなのに、数分もの長さに感じる。唇を離して、はふ……とため息をついたシャルロット。

全身が仄かに桃色に染まった彼女が口を開く。

 

「大好き……僕は猛のこと、ずっとそう思ってて、どうしても伝えたかったから」

 

そして消え入りそうな声でもう一度大好きとつぶやくとその場を去って行った。

完全にのぼせ上がってしまった猛はくらくらしつつ、何とか部屋まで戻って行ったが隣のベッドで

同じく今更茹であがってしまったシャルロットと少し微妙な空気の中、眠るのだった。

 

 

 

 

 

 

「えーっと……今日は皆さんに転校生を紹介します」

「シャルロット・デュノアです。皆さん改めてよろしくお願いします」

「ええと……デュノア君はデュノアさんということでした」

 

突然の事実発覚にクラス中がざわめき始める。

 

「つまりデュノア君って女?」

「おかしいと思った。美少年じゃなくて美少女だったわけね」

「って言うか塚本君!!同室だったって事は……」

「絶対解らないはずがないわよね!?」

「あー、いやー、その」

「ちょ、ちょっと待って!? 昨日男子が大浴場使ったわよね!?」

「いや、俺は猛と一緒に入ってたけど先に出たから後から誰か入ってきたのは知らないぞ」

 

まずいまずいと警鐘が頭の中に鳴り響くが、そこにシャルロット自身がとんでもないものを投げ込んでくる。

 

「そ、その……猛のって、お、大きいよね」

 

顔を赤らめつつその発言はいけない。

教室が轟くほどに黄色い悲鳴があがるが、それをかき消すほどの轟音が壁をぶち破る。

 

「げぇ!? り、鈴!」

「うふ、うふふふ……たーけーるー? いっぺん、死ねぇ!!」

 

教室を区切ってある壁をぶち抜いて高速で接近し、双天牙月を振りかぶる鈴。

しかしそれが振り下ろされる前にシールドを展開して受け止め、猛を庇うように立ちふさがるシャルロット。

 

「……なによ、あんた」

「いやいや、いきなりそんなことしたら猛が本当に死んじゃうし。それに何で僕と猛が仲良くすると鈴が怒るの?」

「そ、それは……」

「僕ははっきり猛に自分の想いを告げたよ」

「ッ!?」

「鈴はどうするの?」

 

少し逡巡した鈴は決意した表情で倒れ込んでいる猛の前に立つ。

 

「猛、あんた目を瞑りなさい」

「は、はい」

 

目を瞑って鈴の鉄拳制裁を耐えるべくじっとしているが一向に拳がこない。

……昨日も同じようなことが…まさか!? と思い出した時、完全に昨日の風呂場と同じ状況に。

違うのはキスをしているのがフランスの男装少女ではなく、幼馴染の虎娘でシャルロットはリトルキスだが、鈴はディープなこと。

身体の境界がなければ溶けて混ざり合ってしまうんじゃないかと思うくらいに、情熱的に身体を擦り付ける鈴。

両手で顔を優しく包んだまま、口を離した際、互いに掛かった銀糸がぷつりと途切れて鈴が愛をささやく。

 

「好き、あたしも猛のこと……大好きなんだから。ぜったい、他の誰にも渡さない……あんたはあたしのものよ、んっ、ちゅっ……」

 

名残惜しそうにもう一度キスを交わす。潤んだ瞳で猛の眼をのぞいた後、途端に熱を帯びた鈴の目。

そして、シャルロットの前に一歩も譲る気はないと仁王立ちして向かい合う。

 

「これで文句はないわよね?」

「うん、認めるよ。今この瞬間から鈴は僕のライバルだ」

 

闘志溢れる鈴とにこやかに笑っているがよく見ると目が笑ってないシャルロット。

二人の背後にワイバーンと白虎が相対しているのが見えるのは錯覚ではないはずだ。

自分の隣にはラウラに口づけされて、嫁発言で理解が及ばないまま箒とセシリアの殺気を受けて冷や汗を流している一夏。

修羅場、修羅場よーこんなのドラマでも見たことない! 

と大歓声に沸く教室にほぼ泣いてる状態であわあわと混乱中の山田先生。

鬼がやって来て一喝が入るまで、この騒動は続いて一組全員と鈴は山のような反省文を書かされるのであった。




R-15ってどこまで許されるんでしょうね?


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10話

 

「この間は本当にすまなかった」

「いやいや、だから俺は気にしてないし、そんな畏まらなくても」

 

開口一番ラウラはそう切り出した。

シャルロットが女の子と皆に判明してから、彼女は部屋を移動して今はラウラと同室。

猛の部屋には、今までと同じ楯無が戻ってくることになった。

一夏君と一緒になるのも悪くないんだけど、猛君が甲斐甲斐しくお世話してくれるのがクセになってとは本人の言。

世話といっても、時折お茶を淹れてあげるくらいのことなのだが。

そして話がしたいとラウラに誘われて、猛は食堂のテーブル席に彼女と共に座って会話をしている。

 

「……本当に怒ってないのか?」

「そりゃあ、あの時はついかっとなってしまったけど、その後普通に会話したでしょ?

 一夏も多分同じ風に言ったんじゃないかな」

「……あ、ありがとう。け、けれど頭を撫でるのは止めてくれないか」

「ああ、ごめん。撫でやすい位置にあったから」

 

無意識にラウラの頭を撫でてしまって、顔を赤らめて俯いている。

 

「ところで、最初に私のレーゲンのレールガンを切り裂いたあれは何だ? 教官もかつて同じような事をしたが

 あれほど綺麗に切断できた者など他に居ないんだが」

「あー、あれかぁ……。とりあえず、怒らないで聞いてほしいかな」

 

そういうとラウラの前に表示枠を浮かべて、十束の詳細を見せる。

 

「あの刀は普段使う分には、切れ味のいい頑丈な刀なんだけど、黒い光を纏わせてただろ?

 その状態で物を切ると、分子崩壊を引き起こして切断するんだ」

「つまり?」

「基本的に切れないものが無くなる。空間くらいかな無理なのは。

 ……あの状態で少し刃を動かしてたらラウラの首がポロリしたかも」

 

急にぷるぷる震えだしたラウラは涙を浮かべて、ぽかぽかと猛の肩を叩き始めた。

 

「き、貴様……! なんてもので、なんてものであんなことを!」

「ご、ごめんごめん! 大丈夫、結構危ない代物って分かったし、出力調整とかで切れ味抑えること出来るようになったから!」

「むぅ……お兄ちゃんは時折考え無しで酷いことをやってのける。痺れも憧れもしないが」

「……お兄ちゃん? 誰が?」

「ん? 猛のことだが。クラリッサが言っていたぞ? 自分を守ったり、間違いを正し、支えてくれたり相談にのってくれる

 頼りになる男性のことをお兄ちゃんって呼ぶと」

「……その人、日本のある文化にどっぷり浸かってるね。ただ一つ訂正があるぞラウラ」

「何だ?」

 

猛はピッと人差し指を立てて軽く微笑む。

 

「歳が近い場合、兄さんって呼ばれた方が好む人も居るってことだ」

「おお! 流石は兄さんだ、博識だな!」

「…………何言ってるのさ、猛」

 

呆れ顔でやってきて自然に猛の隣に座るシャルロット。

 

「少し引いてる気がするが、シャル。俺は一応家族内では兄の役目が多かったぞ」

「え? ああ、そっか。猛は施設の出だったね」

「ところでどうしたの? 何か用があって来たんじゃないの?」

「ああ、そうだった。今度臨海学校で海に行くじゃない? その時に使う水着を見たくてさ、一緒に来てほしいんだ」

「そういうことか。うんいいよ」

「よ、よかった……。そ、それじゃあ今度の日曜日にレゾナンスに行こうね」

 

ほっと溜息をついて嬉しそうな笑顔をうかべるシャルロット。同じようにニコニコしている猛だが

これはもしかしたら、デートなのではないかと気づいてからは気恥ずかしげに頬を赤らめた。

何とも甘酸っぱい空気が展開されている中、ラウラは私も嫁を誘うべきなのか? クラリッサに相談してみるかと考えていた。

 

 

 

 

 

 

日曜の朝、駅前の噴水の前で猛、シャルロット、そして鈴が並んでいる。

猛を間に挟むように綺麗で可愛らしい少女が傍に居る風景は両手に花の羨ましい状況だが

彼女らの発する暗黒のオーラによって、その印象は捕まったグレイ宇宙人か、断頭台に輸送中の囚人のよう。

敵意を隠そうともせずに猛の腕を抱きかかえている鈴。

普段の笑顔のはずなのに、重圧を感じるほどの滅紫のオーラを噴き出しているシャルロットが

猛の手に自分の手のひらを重ねて指を絡めている。

 

「……何で鈴がここにいるのかな?」

「ふっ、あたしを出し抜いて二人でデートなんて許さないんだから」

 

猛が駅前で待ち合わせしていたところに、シャルロットがやってきたまではいい。

だがそこで、待ちくたびれたと言わんばかりに後ろから飛びついてきて自然に腕を絡ませてきた鈴。

途端にその場の空気が5度ほど下がった気がした。

にこりと笑ったシャルロットは自然に空いている方の腕にまわって同じく腕を絡めて今の状況に至る。

 

「僕、今日の事誰にも言ってないんだけど」

「あはは、あれだけウキウキ嬉しそうにしてたら何かしらあるって分かるわよ」

「え、えっと喧嘩とかは無しだからね? いがみ合うようなら俺は帰るからね」

 

そんなことするわけないじゃないとにこやかに笑う二人だけど、周囲の気温は下がったままに感じる。

ずるずると引きずられるままに、水着売り場へと連行されていく。

 

始めに展示されている水着を手に取って身体にあてがってどんな風に見えるかを聞いてくる。

普段着ているISスーツがほぼ水着みたいなものなので、二人はレオタード型よりかはビキニ、セパレート型を選ぶ。

実際に試着した姿を見て個人的にはシャルロットには白いビキニに青いパレオを合わせたもの

鈴は動きやすそうなセパレート型でオレンジ色のビキニが似合うと告げる。

 

「ふーん、あんたはこういうのが好みなのね」

「うん、じゃあまずはこれを買うことにするよ」

「あれ? 一着で終わりじゃないの?」

「何言ってるのよ、せっかく買い物に来ているんじゃない。

 もっといいものがあるかもしれないから更に探すのよ」

「お気に入りの一着もいいけど、掘り出し物を探し出すのも楽しいんだよ」

 

猛が好みだと言った水着は確保したまま、新しい水着を探しに散開してしまう二人。

彼女らと一緒なら気にはならなかったがここは女性用水着売り場だ。

一夏のような居るだけで絵になる美青年ならともかく、男一人で手持無沙汰でいると

どうしても周りの女性の視線が気になっていたたまれない。

 

その時、脳髄を駆け抜ける直感が身の危険を知らせ、咄嗟に近くの更衣室に身を隠す。

カーテンの隙間からそっと様子をうかがうと、女尊男卑の悪い部分を増長させた者が周囲の人間に対して自分に傅くよう喚いている。

 

「ふぅ……。やばかった、ただでさえ女性水着売り場に男一人居たら恰好のえじきだしな。よかったよかった」

「よかったじゃないわよ……何してんのよ、猛」

「ん? ……げっ」

 

あやうく大声を出しかけるのを寸でのところで口を押える。

猛の目の前にはちょうど試着を終えて服を着替えかけている下着姿の鈴が顔を真っ赤にして胸を隠している。

 

「ご、ごめんっ! 咄嗟に飛び込んじゃったから、中の確認を怠ってしまって……。

 すぐ出てくから、その後いくらでも怒ってくれていいよ。じゃ」

「ま、待ちなさいよっ!」

 

猛の腕を掴んで放そうとしない鈴。何かを決意した表情になると依然頬を朱に染めたままじっと瞳を見つめてくる。

 

「あたしの着替えを見て、そのまんま逃げ出そうなんて許すわけにはいかないわ」

「だ、だからここから出たらいくらでもお叱りは受けるって」

「ダメよ……罰として、あたしの着替えを目をそらさずにじっと見てなさい……。ちょっとでも逸らしたらグーでイくわよ?」

 

身体を隠していた服をぱさりと落として、ライトグリーンのブラとショーツ姿になる鈴。

恥じらいの表情を浮かべて、どこか艶のある潤んだ瞳が儚い妖精の印象を鈴に与えている。

知れずに唾を飲み込んで彼女のほぼ裸体に近い姿から目が離せない猛。

恐る恐る背後に手を回すと、プチリとホックが外れる音がする。

ゆっくりとブラが下に降りていき、柔らかく張りのありそうな胸の膨らみに薄桜色の先端が――

見えそうなところで誰かに目隠しをされる。

 

「うわわっ!? な、なにごとっ!?」

「はーいそこまでー。これ以上は見せられないかなー」

「なっ!? シ、シャルロット!? あ、あと少しで猛に逆らえない誓約をさせられたのにっ!」

「そんなズルい手なんて認めるわけにはいかないね」

「お風呂で色仕掛けみたいなことしたあんたに言われたくないわよ!」

 

猛を挟み込んでぎゃいぎゃいと言う鈴に、涼しい顔で受け流しているシャルロット。

目を塞がれているので、密着した身体の柔らかさがより強く感じられる。

背中にふかふかで柔らかいクッションのようなものが当てられて、胸板には小さくても張りのある何かがぎゅっと押し付けられている。

更には彼女達の甘いような香りに包まれて、頭がくらくらする。

血が昇ってそのまま失神しかねない状況である意味救いの使者、もしくは地獄の邏卒かもしれない者がサッとカーテンを開けた。

 

「皆さま……? なにをなさってるんですか?」

 

そこには素晴らしい笑顔でこちらを見ているセシリアの姿が。

まるで絶対零度と言わんばかりの酷薄な表情は背筋につららでも突っ込まれたかのように寒気が走る。

 

「鈴さん? いつまでもそのような格好していてはいけませんわ。猛さんにシャルロットさんは今すぐここから出るように」

「イ、イエスマム……」

「着替え終わりましたら、ちょっとお話がございますわ。逃げてはいけませんよ?」

 

もし逃げたなら、どうなるかは想像するに容易い。身なりを整えた鈴を交えて売り場から離れた隅で紳士淑女としての在り方を

滔々と語るセシリアのお説教を仲良く正座しながら三人は反省をすることになった(反省の意を示すにはこれがいいと猛が薦めた)。

 

 

 

 

 

セシリアのお説教が終わり、四人はとりあえず通路のソファーに並んで腰掛ける。

 

「セシリアも臨海学校の水着を買いに?」

「ええ、せっかく一夏さんに素晴らしいこの私の姿を見せるのですから栄えさせるものを探しにまいりましたの。しかし……」

 

ふと言葉を濁して猛の姿を上から下までじっと見つめる。

しっかりおめかししてきたシャルロット、鈴に比べると、決して悪くはないのだろうがどうも見劣りしてしまう。

ちゃんとした有名ブランドに比べれば、庶民の味方の○○クロでは荒が目立ってしまうのは仕方ない。

 

「あの、これはっきり言ってしまっていいのでしょうか?」

「セシリアもそう思うんだ。うん、言っちゃって言っちゃって」

「……地味ですわね」

「うぐ、で、でもちゃんとこういう日のために買った普段着とは違うやつなんだよ?」

「あたしも気軽に買いはしないけど、そこそこ値段張るところでおしゃれ着は買うもの。多分これ1万少しで全部揃うでしょ?」

「だ、だって俺今まで普通の学生だよ? デートの予定とかも無かったし、シャルや鈴、セシリアとじゃどうやっても

 俺が見劣りするのは仕方ないじゃないか」

「それでもきちんと服装を整えたり化粧するだけでもまったく変わるものですわ。とりあえず、こちらに行きましょう」

 

セシリアに手を差し伸べられて若干連れられるようについていく猛。

何だか面白そうな雰囲気になったのを感じたのか少しわくわくしながらシャルと鈴も続く。

 

 

 

「うわぁ……」

「こ、これは……」

「う……まさかここまでのものが仕上がるとは思いませんでしたわ」

 

黒いジャケットにチノパンを合わせて、少し胸元をはだけさせたYシャツ。

本人が露出を控え、服装も体格を隠す風のが多い。

しかし、元々身体つきは細見の頑強で、どこかギリシャの彫像風で筋肉質な胸板が僅かに見えるのがとても情欲的だ。

そして柔和な顔つきを伊達眼鏡でキリッと引き締めているせいで、クールな印象を強めている。

 

「どうかな? 似合ってるかな」

「うん……いい、凄くいい……」

「え、えっと……り、鈴?」

 

ポーっと顔を赤らめてどこかのお土産の牛のようにこくこくとうなづきを繰り返しつつ手をぎゅっと握っている。

真横から今度はシャルロットがどこからか洋服を持ってきて笑顔で猛に渡してくる。

 

「あ、あのシャルロットさん?」

「ふふっ、猛って意外に服装とかで化けるんだね。今度は僕の選んだのを着てくれないかな」

「……俺に拒否権はないですよね」

 

案外押しの強いシャルロットの笑顔を向けられて断れるほどの度胸はないので、とほほと力なく笑みを浮かべて更衣室に入る。

今度は若干明るめの白っぽいサマーセーターにジーンズ。少し白衣っぽいモスグリーンの外套と合わせて

先程とは違う丸みを帯びた眼鏡がより一層彼の普段の柔らかさを強調させている。

ニコニコ顔で腕を組むシャルロットに、今度はあたしの番と言って衣装を探しに行っている鈴と

先程よりもっといいものをと奮起しているセシリア。

どうやらこのまま女の子たちの着せ替え人形になりそうな猛だった。

 

 

 

レゾナンス内の通路を歩く四人。猛の手には三つもの紙袋。

彼女たちが選んでくれた服を全部買う場合、諭吉さんが少なくとも十枚は飛んでいく額。

そんな大金今日は持ち合わせてないと元に戻そうとすると、少女たちはテキパキと各レジに進んで行って会計を済ませてしまった。

 

「今度からはデートの時にはその恰好してきてね」

「うふふ、これからは猛に似合う衣装を探す楽しみが出来たわね」

「え、えっと……その、こ、これは今日私を楽しませてくれたお礼ですわ! 素直に受け取ってくださいまし」

 

そこまで言われて断れる訳もなく一気にカジュアルウェア一式三点が揃ってしまった。

わいわいとファッション考察談義(猛に似合う物の)に花を咲かせている中

猛はふとモール内のアクセサリーショップに目を向ける。

 

「ごめん、皆ちょっと待っててくれるかな」

 

そのショップ内の品をある程度見渡すと、購入するものを決めて会計を済ませて戻ってきた。

 

「これ、今日のお礼な。セシリアにも」

 

鈴には髪を結ぶための白いリボン。セシリアには青い雫型のネックレス。そしてシャルロットには指輪を。

 

「この服に比べたら安いものなんだけど、気に入ってくれるとありがたいかな」

「い、いえ。せっかくの殿方からの贈り物ですわ。大切にいたしますわ」

「ふ、ふーん。猛にしてはいいセンスしてるじゃない。貰っといてあげるわ」

「ありがとうね猛。大切にするよ」

 

女の子たちは顔を朱に染めつつ、貰ったプレゼントを身に着ける。

素材がいいから質素なものですら華を輝かせる。

 

「……ん? そういえば何でシャルロットのだけ指輪?」

「え、あ、その……シャルにはリヴァイヴのネックレスがあるから他に何かいいのはって探してさ、それで」

「ならイヤリングとかがあるじゃない」

「猛には僕の指のサイズ教えてあるんだよ」

「ほぉ……何か聞きださなきゃいけない事がありそうね。しかも薬指って」

「べ、別に問題なんてないと思いますが? セ、セシリア笑ってないで助けて!」

「あら、私も何故猛さんがシャルロットさんの指のサイズ知っているか教えていただきたいですわ」

 

最後に一悶着はあったけれど、結果として今日の買い物は皆の思い出となる楽しい一日となった。



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11話

夏にしては抜けるほど透明に透き通った青空。じりじりと身を焦がす日の日差しも夏の風物詩だ。

ちょっと遠くに見える海原を見つめながらうーんと伸びをする猛。

バス内で皆とわいわい遊んでいたとはいえ、やはり身体の節々は少し固まる。

 

「おーい、猛。皆旅館前に集まっているから早く来いよ」

「ああ、今行く」

 

臨海学校でお世話になる旅館は趣ある年代を感じさせる立派な佇まいをしていた。

時代が時代なら、廊下でひょっこりお忍びで来ている文豪と鉢合わせしてもおかしくない雰囲気だ。

玄関口でクラス点呼を取って、部屋割り表の前に行き自分の泊まる部屋を確認する。

 

「……ん? んん? なぁ、一夏。俺の名前見つけたか」

「いや、猛の名前もだけど俺の名前もどこにもないぞ」

「書き忘れたのかな。とりあえず先生の所に行って聞いてみるか」

「その必要はない。貴様らの部屋はこれから案内するからついてこい」

 

言われるがまま、織斑先生に先導されて旅館内を進む二人。

教員室と張り紙がされた襖の先に案内されてこちらを振り向く先生。

 

「お前らが泊まる部屋はここだ」

「……? 先生、俺と猛の二人部屋じゃないんですか?」

「はぁ……貴様ら二人だけの部屋割りなんかしてみろ。どれだけの生徒が押しかけて入り浸るか分かったものじゃない」

「絶対不可侵防壁があればそんなことはないですからね」

 

ちょっとだけ織斑先生の眉が上がったのをさらりと無視して、荷物を置く猛。

 

「今日は全て自由時間だ。各々好きに楽しんでくるといい。ただ、教員や旅館の人に迷惑をかけるなよ」

「了解です。さてと、どうする一夏? せっかく海に来たんだ。少しは遊ぶだろ」

「少しどころじゃなく、しっかり遊ぼうぜ。明日からはみっちり授業漬けになるんだろうしさ」

 

二人は荷物から水着を取り出して、更衣室に向かった。

 

 

 

 

 

 

白い砂浜は太陽の日差しを反射して、遠浅な海原は綺麗なコバルトブルーに染まっている。

手のひらで目の上に日よけを作って絶景を見渡す猛。

パーカーを羽織って、カーゴ風のハーフパンツ水着を身に着けている。

更衣室から出る際に、先に一夏を出させたところ待ち構えていた女子陣が取り囲み

箒、セシリア、ラウラがその包囲網を突破してお持ち帰り。

そのスケープゴートの犠牲を後目にちゃっかり逃げおおせたのである。

 

一夏がイケメンの美少年なら、猛は顔つきは普通でも皆に知れ渡ってしまった身体付きが

女の子の本能的な部分をきゅんきゅんときめかせてしまうので

時折飢えた肉食獣の視線がクラスメイトはもちろん、他クラスの娘からも注がれることに背筋が冷える。

 

「猛ー! 見つけたー!」

「もう、鈴ったら。そんな駆けて行かなくても」

 

砂浜に響き渡るほどの大きな声のした方向に視線を向けると

元気に手を振りつつこちらに走ってくる鈴と、苦笑しながらついてきているシャルロットの姿が。

この間の買い物で可愛いといった水着を身に着けて、試着した姿もよかったが、やはりこのような海岸の方がより栄えて見える。

 

「うん、この間の水着もお店の中より海辺とかの方がより綺麗に可愛くみえるね」

「相変わらず口がうまいんだから。おだてたってなにも出ないわよ」

「普通に感想言っただけなんだけどな」

 

そこに若干ぐったりした一夏と箒たちもやってくる。

女子陣が妙につやつやしていることにはあえて触れない。わざわざ蛇を出す必要もないだろう。

 

「大丈夫か、一夏」

「あ、ああ……何とかな」

「それじゃあ、まず何して遊ぶ? ビーチーボール持ってきたからバレーでもやらない?」

「あ、僕は猛と組むよ。いいよね」

「ちょっ、う、うう……い、いいわよ! ならあんたら二人まとめてけちょんけちょんにしてやるんだから!

 セシリア! タッグ組んで!」

「わ、私ですの!? ふふっ、山田先生との時は無様な姿を晒しましたけど今度はそんなことありませんのよ!」

 

砂浜に線を描いて簡易コートを作り、脇にビーチボールを挟んで勝気にこちらを指さす鈴。

さて、一勝負とコート内に入ろうとする前にシャルロットが両手を差し出してきた。

 

「そのパーカー、着てたら動きにくいでしょ? 脇に置いといてあげるよ」

「……脱がなきゃだめ?」

「だめ」

「他意はないんだよね」

「猛はその身体の何が気に入らないの?」

「うーん……、嫌いというわけじゃないんだけど毎回何かしら騒がれるのがね」

「慣れだよ。僕だってセシリアとかも最初はモデルとか緊張したけど数こなす内に慣れちゃったし

 ISパイロットってもはアイドルみたいなところもあるからね。

 そ、それに……猛の身体、見せないと損だもん。本当は誰にも見せたくないんだけど」

 

最後の消えかかりそうな呟きは聞こえないふりをする。いつまでも悩み続けても解決はしないだろう。

シャルロットのアイデアに倣い、慣れていくしかないかとするりとパーカーを脱ぎ去る。

途端黄色い悲鳴のような声と甘く芯が蕩けているような溜息が周囲から聞こえる。

写真担当の子が一心不乱にシャッターを切っているのを苦笑しつつ軽く準備運動をする。

鈴とセシリアが少し見とれてしまったのを振り払うように気合いを入れているのを見つつ

シャルロットと並んで構える。

 

「いつでもいいよ」

「ふっふっふ。手加減するのは勝負に申し訳ないもんね。それじゃ全力でいくわよ!」

 

そうして夏の日差しの中、太陽に負けないくらい輝いている美少女たちとビーチバレーを楽しんだ。

 

 

 

自販機に飲み物を買いに来た猛は地面に珍妙なものが生えていることに気が付く。

ピコピコと細かく動いているそれはどこからどう見てもウサミミ。しかもご丁寧に引っ張ってくださいとの立札付き。

このまま放置してもいいのだろうが、そうすれば今度はどんな方法で現れるか予想が付かない。

その方が不安だ。やれやれとその地面から生えてるものをむんずと掴んで

聞いたら即死するような叫びをあげないことを祈り、引っこ抜く。

あまりに手ごたえなく抜けてしまったその付け根には何もついてはいなかった。

が、上空から空気を切り裂くような音が近づいてきたのでその場から数歩離れる。

勢いよく衝突した巨大なにんじんは瀑布のように砂を巻きあげたので咄嗟に目を庇う猛。

段々砂埃が収まりつつある中、高笑いを上げながら稀代の天才且つ厄災の主が姿を現す。

 

「あーっはっはっはー! 束さんの登場だー! ……ってあれ?」

「お久しぶりですね。束さん」

「おやおや、いっくんが引っこ抜いたのかと思いきやたっくんの方だったか。んー、たまにはこんなこともあるか。

 ところでたっくん、箒ちゃんはどこにいるかな?」

「箒なら一夏と一緒に居るかと思いますが」

「んにゃ、何か察したのか別の場所に居るみたいだね。お姉ちゃんから逃げられぬのは分かってるのになー。

 じゃぁ、またねー」

 

何かしらの機構を組み込んでいるのか、レーダーみたいに一定の方向を指し示すウサミミに従って駆け抜けていく束。

 

「……まぁ、いっか」

 

まともに付き合うと、疲れがどっと押し寄せてくる相手だ。

この邂逅はとりあえず記憶の片隅に置いて、皆のところに戻るか。

その前に飲み物だな、と何事もなかったように自販機に向けて歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

楽しい時間はあっという間に過ぎて、日が沈み旅館での夕食の時間。

新鮮な海の幸に舌つづみを打ち、シャルロットが薬味であるわさびをそのまま口にしてしまい

涙目になっているのに心配しつつ、お茶を渡す。

正座に慣れていないのに一夏の傍に無理して座るセシリアが

箸を上手く使えず、見かねた一夏が食べさせてやったのを見た女子陣が自分も自分もと騒ぎ立てて

織斑先生の怒りを買ったりと。

 

 

そして夕食後――

 

 

「千冬姉、久しぶりだから緊張してる?」

「そんな訳あるか……。んっ、おい、もう少し加減しろ」

「はいはい。それじゃ今度はこれで……どうかな」

「んっ、う……ぁっ、ああ、気持ちいいな……」

 

一夏や猛と遊ぼうと部屋に来たはいいが、襖の奥から漏れる艶めかしい声に、好奇心満々で聞き耳を立てる女子陣。

突然すぱーんと勢いよく襖を開けられて、部屋になだれ込んでしまい驚きの表情を浮かべて、視線を上げる。

布団に寝そべっている織斑先生に呆気にとられている一夏、そして襖を開けてにやにやと笑っている猛。

 

「おやおや皆さま、どうなさいましたか? リビドー溢れる妄想もいいけど、ここには俺も居るんだよ?

 第三者に見られつつとか、マニアック過ぎでありえないでしょ」

 

何を想像してたかを揶揄されてかぁぁ……と顔を赤らめた箒と鈴がぽかぽかと猛を殴り始め

セシリアとシャルロットは委縮して縮こまる。

ラウラは、これも一種のトラップだな。気をつけねばと別な視点から教訓を得ている。

ようやく落ち着きを取り戻したヒロインズ。

そんな彼女らを見ながら猛と一夏に風呂に行くよう告げる織斑先生。

 

手持無沙汰で何を話していいか分からない彼女らに、何本目かのビールの缶を開け、半分まで一気に飲み干してから口火を切る。

 

「ところでお前ら、あいつのどこに惚れたんだ? ああ、デュノアに凰は塚本の方か」

 

酔っ払いの絡みに近いが、この人に逆らっていいことなど一つもない。

それぞれ甘酸っぱい主張を力強く伝えていく。

一夏に対する想いの丈を吐露し、まるで婿を貰いに来たかのように言うが、容易く一蹴する織斑先生。

が、シャルロットと鈴音の想いを聞いた彼女は少し影のある表情を浮かべた。

 

「あいつの優しいところに……か。デュノア、凰、なら少しは気が付いているんだろ? あいつの危うさに」

 

その言葉で少し部屋の空気がしんと静まる。酒精で喉を湿らしてから織斑先生は言葉を続ける。

 

「一夏もやさしいところがあると先ほどボーデヴィッヒは言ったが、猛はそれが一線を越えてしまっている。

 あいつは自分と救えるものを天秤に掛けるとあっさりと自分の方を切り捨ててしまう。

 デュノア、お前を救えるなら身売りすると容易く言い放った。それがどういう意味か想像できていないわけでもないのにだ。

 ……だから、もしあいつの傍に居たいと思うのなら、いざという時にはどんな手段を持っても猛を繋ぎ止めてやってくれ」

「千冬さんは、猛のことも気にかけているんですね」

「まぁな、一夏が手のかかる弟なら、猛は心配ばかりかける義弟みたいなものだ」

 

苦笑して缶の中身を飲み干す織斑先生。少し湿っぽくなってしまった空気を切り替えるように明るく手をあげる鈴音。

 

「はいはーい。千冬さんは猛とも幼い頃から知り合いなんですよね? 過去の話とか聞かせてくれませんか?」

「ふむ、まぁいいだろう。私はこの剣一本で世界を取って、昔からそこそこ剣道も嗜んでいた。

 最初から強かったわけではないが、一夏や猛とも練習として何回か手合せもしたな。

 一夏はある程度やられてしまうと、しばらく延びてしまうが猛は何度打ち倒しても気力が続く限り立ち上がってな。

 それが心地よく段々と熱が入ってきて、終いにはあいつが気絶するまでやってしまうことが多々あって私もまだ未熟さを感じたよ。

 ついこないだも、もう少し、もう少しと熱中してたらあの馬鹿、うつ伏せにぶっ倒れて気絶してな。

 そこまで我慢するなと再三言い続けてるんだが……どうした?」

 

正座した箒たちは小さく身体を震わせて、顔を青ざめさせている。

 

「え……? 千冬さんのしごきを耐えてるの、猛?」

「しかも気絶するまで、やり続けてるとか……マゾなの?」

「人して、どこかおかしいのは……そのせいじゃありませんの?」

「お前ら……言いたい放題言ってくれるな」

 

 

 

そして、その当人はというと――

 

 

 

「ふぅ……気持ちいいな、足の伸ばせる風呂は最高だ」

「そうだな。一応部屋に風呂はあってもユニットバスだし、大体皆シャワーだけで済ますし、大浴場は交代制だ」

 

学園のたった二人の男は露天風呂にのんびり浸かっていた。

こきこきと首をまげて、コリをほぐしている一夏は傍の頭にタオルを乗せてる幼馴染に視線を向ける。

 

「本当、羨ましいよ。その身体」

「おい……、意味深な言い方をするな。だからホモだ何だと言われるんだぞ」

「だから俺はホモじゃねえって。普通に女の子が好きだよ」

「なら猥談しようぜ」

 

くるりと一夏の方に向き直りニマニマと嫌味ったらしい笑顔を浮かべる猛。

 

「……何でそうなるんだよ」

「修学旅行とか男子高校生が女子の居ないところで話すことなんて下半身直結なことだろうが。

 漫画やラノベで見た! で、一夏くん相変わらず写真集の好みは千冬さんにそっくりなモデルさんかな?」

「んなっ!?」

「その反応は、答えを言っているようなものだぜ。数を揃えるよりかは吟味してお気に入り数点を持つタイプだしなお前。

 ……そういえば最近新しいものが増えたんだよな」

「どどど、どうしてそれを知っていやがる!?」

「さあ? 何でだろうね」

「な、なら猛はどうなんだよ! 相変わらずスレンダーボディの元気たっぷりお転婆系専門だろ!」

「んー、それも悪くないんだけど可愛らしい、守ってあげたくなるお嬢様系もなかなか良いと思えるようになった」

「……シャルロットの影響か」

 

ふふふ、と意味深な笑いをする猛。

 

「ではお次は女子のどこら辺に魅力を感じるかだ。今度は俺から言おう、やっぱり胸とお尻だろ」

「お前、それじろじろ見たら一番嫌われるやつだろ」

「じろじろ見るからいけないんだ。さっと見て脳内に焼き付けるんだ。

 小さいものも、大きいものも、安産型も小ぶりな桃も等しく価値があるだろ? 流石に奇乳は勘弁するが」

「今度は俺か。そうだな……、俺はうなじとかが好きだな」

「ほうほう、詳しく」

「髪を長くしている子が居るだろ? そんな子のちらりと見えた首筋とか、ちょっとどきっとする」

 

実に下らない話だが、女子高内のたった二人の男子だ。思う存分語り合い少しのぼせ気味になりながら部屋へと帰って行った。



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12話

沢山の感想ありがとうございます
説明、解説ヘタなためほとんど返信していないですが
とても励みになりました

相変わらずの亀の歩みな投稿ですが
暖かく見守ってもらえたなら、作者冥利に尽きます

一応指摘された部分は修正入れてみました


次の日、IS各種装備試験運用とデータ収集に全てが費やされる。

そんな中、束が乱入しすったもんだの末に箒に対して専用機『紅椿』が渡される。

未だ世界では第三世代開発に何とか着手し始めているのに、箒のISは第四世代。

試運転として動かしているだけでも、格が違うのを周囲の者――箒でさえ実感している。

呆気にとられている中、山田先生が息を切らしてやって来て織斑先生に小型端末の画面を見せる。

眉間にしわを寄せた織斑先生は響き渡るように手を打ち、視線を集めさせて口を開く。

 

「現時刻を持ってIS稼働訓練は中止だ。各生徒はISを片付けて旅館へ戻れ。連絡があるまで全員自室待機だ。

 分かったな。なら今すぐ行動に移れ! それと専用機持ちは全員集合しろ」

 

普段より数倍威圧感を高めて淡々と言葉を発する織斑先生。不安げな表情を浮かべてISを片付けていく生徒。

それを後ろに見送りつつ猛たちは先生の後をついていく。

 

 

 

 

 

二時間前、ハワイ沖で試験稼働であったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代軍用IS

『銀の福音』が突如暴走。監視空域を離脱し、ここから二キロ先の空域を通過することが判明。

それを止めることが猛たちに任されたらしい。

 

「それでは作戦会議を始める。意見があるものは挙手するように」

「はい、目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

各々の表示枠に銀の福音のスペックデータが羅列されていく。

広域殲滅を目的とした特殊射撃型……現在も超音速で飛行中など

つらつらと挙げられていろいろな推測を考え作戦を組み立てていく。

 

「一度きりのチャンス……ということは一撃必殺の攻撃力で沈めるしかありませんね」

 

山田先生の言葉が終わると全員が一夏へ視線を向ける。

 

「え?」

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

「え? え?」

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟が無いならば無理強いはしない」

「……いえ、やります。俺がやってみせます」

「ならば、その現場まで白式を運ぶ方法だが……」

「はいはーい! それなら紅椿が適任なんだよ!」

 

突如天井からぬぅっと束が首だけを出す。

まるで天井下がりのような登場をした怪異は猫のようにくるりと綺麗に回転して着地する。

 

「束さん謹製の紅椿なら換装いらずに超音速移動が可能なのさ!

 何なら今すぐ調整始めればカップラーメン出来る前に出撃が出来るよ」

「……分かった。織斑、筱ノ之、出撃する準備をしろ」

 

その言葉を合図に教師陣はバックアップ用の器材の設営などに入り始める。

手の空いている猛は重い器材などの搬入などの手伝いをしつつ

セシリアや鈴音、シャルロットから手ほどきを受けている一夏を横目で見ていた。

 

七月の晴れ渡る青空の中、砂浜には白式と紅椿が並んで立っている。

移動の全ては箒に任せるので一夏は彼女の背に乗るような形だ。

そこにプライベートチャンネルで猛からの通信が入る。

 

『ハロー。あまり長話してると織斑先生に勘付かれるから短めに。二人とも緊張してないか?』

『緊張してないというなら、それはないな』

『ふっ、何を恐れる必要があるのだ。これさえあれば怖いものなんてない』

『おー、ずいぶん乗り気だね箒。何かいいことでもあったのかい?』

『ふん、私はいつも通りだ』

 

紅椿が手に入ってからはどうも箒の様子がおかしい。

通信を切る前に、猛は一夏にのみ箒に何かあったらフォローにまわってほしいと告げておく。

そして二人は海の彼方へ消えて――――銀の福音撃破は失敗に終わる。

 

 

 

 

 

 

旅館の一室。ベッドに横たわる一夏は三時間以上目覚めないままだ。

ISの絶対防御のおかげで酷い外傷はないが、それでも完全に防ぎ切れたわけではないので

所々に包帯が巻かれて、それが痛々しい。

その傍で、拳が白く色を失うほど強くスカートを握り締めている箒。

 

(私は……どうして、いつも……)

 

いつも、力を手に入れるとそれに流されて、後悔する。

湧き上がる暴力への衝動を抑えられず、暴走して……。

それを抑えるために剣術に打ち込んだというのに、この体たらく。

かつての全国大会でも結局は自分の憂さ晴らしの意味合いが強く、また同じように己を律せず浮かれて、それがこの結果。

自責の念が渦巻いて、何も見えなくなっていく箒の傍に誰かが座る。

 

「それ以上自分を責めても仕方ないでしょ。――箒は悪くない」

 

もう一人の幼馴染の柔らかな声。その言葉にキッと顔をあげて猛の胸倉を掴みあげる。

 

「何が悪くないだ! 私が、私がしっかりしてないから、一夏が……!」

「箒は頑張ったよ。ただ運が悪かっただけだ。結果はこうなってしまったけど、次に生かせばいいじゃないか」

「私は……もう、ISには、乗らない……」

「そうか。箒が自分で出した答えなら、俺は何も言わない。けれど、それで本当に後悔しないのかな?」

 

手のひらから力が抜けていき、俯いて涙をぽろぽろと零す箒。

私は……どうしたらいいんだ……と、悲痛な吐露する彼女の頭を優しく叩く。

その答えは自分で出すんだと、言葉を残して猛は部屋を後にする。

 

 

 

まだ夏日の沈まない砂浜を一人静かに歩いている猛。

おもむろに足を止めて海原へと視線を移す。

 

「どこに行くつもり?」

 

その声の主の方へ振り返ると、そこには鈴音とシャルロットの姿があった。

 

「どこって……ただ散歩してただけだよ?」

「そんな嘘言ったって騙されると思う? ……福音のところに行くんでしょ」

 

やれやれ、とため息をついて猛はこくりと頷きを返す。

 

「何で一人で行こうとしたのさ。セシリアの高機動パッケージとかに換装すれば全員で福音を止めに行けるんだよ」

「それじゃ間に合わないかもしれない。そして俺の狭霧神も紅椿と同じく、換装なしで亜音速で飛べる。

 ……そしてたとえ止められずとも、俺一人撃墜で済む。

 時間を稼いで一夏が目覚めれば皆が居る方が助けにもなるだろうし」

 

その言葉に対して、堪忍袋の尾が切れたのか激高する鈴音。

 

「馬鹿じゃないの!? 何でそうやって自分一人で解決しようとするのよ!

 あたしたちのことなんて当てにしてないってこと!?」

「違うよ。大事な人たちだから危険な目に合ってほしくないだけ」

「猛……そう思われるのは逆に辛いよ。私は君に支えてほしいし、猛が苦しい時には支えてあげたいよ」

 

困ったように笑顔を浮かべる猛が、どこか遠く別の存在に感じて胸の奥に寂しさがよぎる。

 

「結局のところ、自分勝手な人間なんだよ俺。そして自分自身に対して重きが置けない。

 正義の味方みたく誰彼救おうなんてことは思えないけど、近くの人の涙を止めるためなら俺は自分を投げ出せる。

 たとえそれでどんなに傷ついても、これはたぶんずっと変わらない信念みたいなもんだと思う」

「分かった……。あんたを止めたいなら物理的に動けなくさせるしか方法はないのね」

 

鈴音とシャルロットは甲龍とリヴァイヴを身に纏って今すぐにでも猛に飛びかかれるようにしている。

 

「一人では絶対福音のところには行かせないから」

「多少ボロボロになったとしても、それは我慢してもらうからね」

「――ごめんね。二人じゃ俺は止められない」

 

苦笑する猛の笑顔が急に見えなくなる。どこからか現れた霧が二人の周囲を取り囲む。

 

「な、何なのよ、この霧!?」

「うそ……ハイパーセンサーだけじゃない。一切のセンサーが機能していない」

 

自分の手ですら薄ぼんやりとしか見えず、計測器の類は沈黙しているので

必死に彼の姿を手探りで探す。

時間にして一分くらいだろうか、ようやく謎の霧が晴れた時にはもう猛の姿は無かった。

歯が砕けんばかりに噛みしめて、表情を歪める鈴音はシャルロットに話しかける。

 

「ねぇ、今の福音の場所って分かるのかしら」

「うん、大体の場所の検討はついているみたい」

「ラウラとセシリアに今すぐパッケージ換装するよう通信して。

 あのどうしようもない馬鹿を引っ叩きに行くわよ!」

 

 

 

 

 

 

海上二百メートルの場所で胎児のようにうずくまっている銀の福音。

ふと、おもむろに頭をあげたところに彼方から巨大な八頭の光の竜が飛来し、彼女に襲い掛かる。

雨のような光線の群れで竜を迎撃するが、完全には相殺しきれずその咢に飲み込まれる。

が、致命傷には程遠いのか福音は健在。そこに自分の身長ほどもあるガトリングを四連装備した狭霧神が接敵する。

 

「さて、今度は俺の相手をしてもらおうかな」

 

その言葉に答えるように高らかに歌を紡ぐ福音。それに合わせて光の雨が彼に向けて注がれる。

光線と実弾の嵐の応酬。福音の射撃を回避しながら猛は思考する。

先程の八俣のフルチャージ攻撃は、少なからずダメージを負わせただろうがフルスキン型で表情の読めない福音に

どれだけの負傷を与えたかが、分からない。

 

ならばもう一撃を、と思うがスコールにも見える光線の群に足を止めたらそれこそ撃墜される。

集中しなければ八俣にエネルギーを充填させることは出来ない。先ほどの先制で落とせなかったことがこれほど響くとは。

瀑布のように薬莢を排出し続けて、低い地響きのような轟音を立てて

射撃を続ける肩部と両腕のガトリング弾も大半は福音の射撃で相殺され

逆にカウンターで放たれるレーザーに、少なくない被弾をしてしまう。

このまま削り合いを挑んでも先にこちらが落ちる事は明白。

 

(何かないか、考えないとな……。光学兵器、確か大気中だと普通の状態ですら減衰するんだっけ。……やってみる価値はあるか)

 

目の前に表示枠ゲージが現れる。早い方に思えるゲージの進み方に逸る心を懸命に抑えつつ回避と牽制を続ける。

盾代わりに振り回しているガトリングがボロボロの廃品のように痛み

シールドゲージが半分ほどに落ち込んだ時に待ち望んでいたものの充填が終わる。

各装甲から柱のようなものが隆起して、内部のラジエーターのような網目からこの周辺を真っ白に覆い隠すほどの霧が噴出する。

一瞬のうちに敵対ISの反応が消えて、福音は周囲を慌てて索敵するもセンサー類がまともに機能しない。

やみくもにレーザーをばら撒いても、数mを進んで先細り淡く消えていってしまう。

銀の福音の名に恥じぬ神々しい光の雨は、目の前を塗りつぶす霧を晴らすことも出来ない。

 

「光学兵器は宇宙空間でもない限り、大気だけでも減衰し、蒸気だけでもかなり威力を落とすらしい。

 漫画の受け売りだけど、いろんな本を読むことはやっぱりためになるね」

 

聞こえてきた声に福音は一点に出力を集中し、狙撃銃のような貫通の高いレーザーを音源に放つ。

一瞬霧が晴れ、撃ち抜かれたものを確認するが、ゆっくり墜落していくものは狭霧神ではなく小型の丸い機械。

 

「残念。これでチェックメイトだ」

 

デコイに引っかかってしまった福音がゆっくりと背後を振り向くと、限界まで弦を引き絞る狭霧神が目の前に。

力を溜めきった八俣が機殻の継ぎ目から光を溢れさせ、軛を外し襲い掛かる合図を今か今かと待ち続けている。

 

「この距離なら外さないし、逃がさない。落ちろ福音」

 

八頭の竜の力をただ一点に集中した一射。普段は荒々しい力の奔流が針のように小さく纏まり、福音の心臓付近を貫く。

彗星のような光矢が彼女の身体を貫通し、風切り音を立て鏃の背後の霧を円錐状に吹き飛ばしていく。

ぴくりともしなかった福音だが、ぐらりと身を前に傾けるとゆっくり海面に落下していく。

八俣をしまうと猛は水没する前に回収しようと福音に近付いて行く。

 

海面付近で彼女を掴もうとした時に、福音の目に光が戻る。

 

「Ga・AAaaAaaa――――ッ!!」

「しまっ――」

 

今までの歌うような声から一転、獣のような咆哮を上げ、くるりと反転。

大きく白い羽を背部から展開し狭霧神を包む。

救助目的で近付いていた猛は回避することも出来ずに光の繭の中に包まれて、光の豪雨に晒される。

咄嗟にコールした双剣である程度の弾き返しは行えたものの

シールド残量はほぼ無くレッドアラートが鳴り響く。

 

「第二形態移行か……。何も抵抗なく落ちていったことに決着がついたと思ったのが失策だったか」

 

さて、今の状況でどれだけ粘れるか……と冷や汗を流す猛を後目に別の方角に視線を移す福音。

どこを見ている? といぶかしんだが、広域センサーに引っかかるものを探知し顔を青ざめさせる。

そのレーダーには5個の光点がこちらに向ってかなりの速度で近付いている。

間違いなく換装の済んだシャルロット達がこちらに急行しているのだろう。

そして、福音の狙いも。

 

「待て――」

 

今までとは比べものにならない速度で水平線の彼方へ消えかかる福音を、数秒遅れで追いかける。

たったコンマの遅れがどうしても追いつけず、あと少しで手が届きそうなのがもどかしい。

 

 

福音が見たこともない大きさの羽を広げる。

 

 

あれだけの威力の攻撃を、まさに暴風のように彼女らに放とうとしている。

 

 

手は伸ばせど、届かない――

 

 

あれだけ大きなことを言って、シャルロットを、鈴音を、皆を――守れないのか

 

 

力を――望むだけの力を――俺に願いを叶える力を寄越せ――!

 

 

 

 

 

”夢想実現之事”要求承諾――力の放流、流転開始

 

”十種神宝”錠門開放――”鏡”

 

 

 

 

 

福音と勝手に先行した猛を追って、箒たちは海上を進んでいたが、セシリアが何かを捉えて通信を飛ばす。

 

『高速でこちらに飛来するものがありますわ! ひとつは……猛さん! ということはもう一つが福音ですわ』

 

その言葉が言い終わらないうちに、全員のセンサーに強烈なエネルギー反応が感知される。

まるで視界全てを埋め尽くすかのような光線群。

一度福音と戦った箒ですら、これだけの攻撃を出せるとは想像すらできなかった。

 

「くっ! 皆、防御態勢をとれ! あれだけの攻撃でどれだけ耐えられるか分からないが、何もしないよりましだ!」

 

ラウラの叫ぶような声に各々、身を守る態勢をとる。回避しようとする気も起きない濃密な弾幕だ。

助けに来たというのにヘタしたら、この先制攻撃で全員撃墜されるやもしれない。

 

(このまま、何も出来ないというの……?)

 

絶望の最中、彼のことを想うシャルロット――。

白い光の雨の中、橙色の尾を引いて何よりも先に彼女らへと飛来するものがあった。

 

「……あ、あれ?」

 

衝撃に身構えていたシャルロットは何も起こらないことに疑問を抱き、恐る恐る目を開く。

薄い膜のようなシールドを張り、リヴァイヴの傍に静かに寄り添う菱形の結晶。

周りを見渡すと、他の皆にも同じ結晶が浮かんでいる。

福音は再度、羽を広げて膨大なエネルギー波で攻撃するが

シールドは全てのレーザーを吸収し結晶体は光を強めて輝く。

 

「――皆、無事みたいだな。よかった」

「た、猛っ! 勝手に福音に挑むなんてひどいよっ!」

「ごめんごめん、後でしっかりお叱りは受けるから今は福音を何とかしよう」

 

彼女たちの前にゆっくり降り立った狭霧神は新たな武装を纏って、福音に立ちふさがる。

大量の展開装甲を身に着け、重武装した歩兵のよう。

狭霧神の周囲を浮遊する棺のような大型追加装甲には

各所にオレンジ色のパネルが埋め込まれている。

引き離したはずの敵に追いつかれ、更には増援すら許した福音は

怒りの色が混じる獣咆をあげ襲い掛かる。

 

しかし、まともな戦いすら起こらない。第二形態移行で大幅に威力、性能を上げた銀の鐘のエネルギー波。

それをこともなげに全て吸収してしまうシールドが全員についているのだ。

近接し、格闘術で応戦しようにも元々は広域殲滅型IS。

連携がとれる者たちに主兵装が封じられている状態では次第に押され始める。

皆から数歩離れたところで佇んでいた狭霧神は裁定を告げるよう手を持ち上げる。

 

「皆いったん離れて。……終わりにしよう、福音。”八咫鏡”――天照・顕現」

 

福音の周囲に狭霧神から飛翔し囲い込む大型の展開装甲。

発光パネルが一層強く輝くと、天を貫くほどの光の柱が福音を焼き、空を白く染める。

 

「す、すご……」

「……いや、まだ終わりじゃない。脱出するつもりだ、鈴! もう数発叩き込むぞ!」

 

ラウラが叫ぶ。光の中の福音は身をよじりつつも、最後の力を振り絞り銀の鐘からもう一度翼を広げ始める。

換装パッケージの二門大型レールカノンと新たに二つ追加され、計四つの衝撃砲を福音に向ける。

――が、狭霧神は差し出していた手をくるりと反転。手のひらを上にし指を折り曲げて、終焉を謳う。

 

「――再誕」

 

更に展開装甲が飛来し、元の柱を囲んで二重の輪を作りあげる。

そして新たに追加された結界が発動。極光が海上に顕現する。

中の様子が見えないほどに白く光り輝く柱。

夕闇を吹き飛ばすほどに光る様はまさに名の通り、太陽がここに降り立ったようだ。

 

時間にして数分だろうか。光の柱が消えた後には全身から白い煙を上げている福音。

ISが消え、スーツ姿になったパイロットが海面に落ちていく。

放心状態からいち早く回復したシャルロットがパイロットを確保して状態を確認。

 

「……うん、疲労で気を失ってるけど心肺機能は正常。後は精密検査が必要だと思うけど命に別状はなさそうだよ」

「よかったぁ。止めるために全力使っちゃったけど大丈夫だったか不安だったし」

 

ふぅ、とため息をついて猛は後ろを振り向く。

 

「よぉ、寝坊助ヒーロー。あまりに遅いからこっちで倒しちゃったぞ」

「悪い。ちょっと寝過ぎたみたいだな。だけど、皆を守ってくれたんだろ? ありがとうな」

 

第二形態移行を完了した白式を纏った一夏がそこにいた。

 

「さて、福音は止められたし先生のところに戻ろうか。……反省文だけで済むといいなぁ」

「お、お前……嫌な事思い出させるなよ。うぅ、帰りたくねぇ」

 

全員がこれから閻魔の前に首を差出に行くのを少し青ざめつつ苦笑しながら、旅館へ戻るのだった。



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13話

 

さて、現在の臨海学校でお世話になっている旅館はあまり知られていないが

小さな別館。いや、館というほど大きくはないが戸建の建物がある。

文豪が居た頃から著名人がお忍びの避暑や原稿が出来上がるまでの缶詰に使われたそう。

故に小さな家風呂や簡易台所、果ては洗濯機までが各部屋にあり

本館に向かわずともそこで用事が済ませられる。

 

「……で、何で俺は両手足を縛られて転がされているんでしょうか?」

 

半逆エビ反りな恰好で布団の上に情けなく横たわっている猛。

その傍には、浴衣姿のシャルロットに鈴音。

 

福音撃破後に帰還した一夏たちは、静かに怒りをにじませる織斑先生の前で震えながら

三十分も正座をさせられ続け、最後に帰った後に反省文と懲罰用の特別トレーニングを科せられる。

のちに各員身体の検診を受け異常がないことを知り、ほっと一息。

猛は廊下を歩いて部屋へ戻ろうとしていた時、織斑先生に呼び止められる。

 

「ああ、塚本。少しいいか?」

「はい、何でしょう」

「…………ん」

 

不意に先生は外に顔を向けて声をあげる。

ついその視線の先を追ってしまった途端、軽い衝撃が顎に。

脳震盪を起こしゆっくり身体が崩れ落ち、床にぶつかる前に誰かに抱きとめられた。

そうして、目を覚ました現状がどこかの別室の布団の上に拘束されて転がされている。

 

「とりあえず、これ織斑先生からの伝言ね」

 

シャルロットが猛に見やすいよう手紙を目の前に差し出す。

 

 

 

たった一人で福音を止めに向かうとは馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが

ここまでどうしようもない馬鹿者だったとは私のお前の行動予想もずいぶん甘いようだ。

そういう訳で塚本、お前は特別にこの臨海学校中、謹慎・軟禁処分させる。

そこの別宅は必要なものは全部揃っているので外に出る必要はなく

一緒にデュノア、凰も居るから大丈夫だろう。

 

そして今、私が監督役となっているので”そこで何が起ころうが一切私は関与、認知しない”

腹上死などするなよ、後処理が面倒だ。――――少しは自分の身を大事にしろ、阿呆が。

 

 

 

「千冬さん……これ、まずいでしょうに」

 

手紙を綺麗に折りたたみ、机の上に置いたシャルロットはゆっくりと猛の傍に近寄り

同じように鈴音も近くに来る。

 

「織斑先生が言ってたんだよね。いざという時にはどんな手段を持っても猛を繋ぎ止めてくれって」

「泣いてお願いしても、強引に止めようとしてもあんた逃げ出すからね。もう最後の手段とるから」

「さ、最後の手段って……まさか」

「私たちの身体に猛の杭を打ち込んでもらって繋ぎ止める重りになるの。

 二つ分もあれば、勝手にふらふら飛んでいけないでしょ?」

「いやいやいや! 二人とも冷静になって、考え直そう! 女の子が身体を粗末にしたら駄目ー!」

「……これほどこの言葉が白々しく聞こえることもないわね。

 私も気安い覚悟でいる訳じゃないから、安心して? すっごく重い女の子になるから」

「女の子を傷物にして、居なくなっちゃ嫌だよ? 猛」

 

ぱさりと鈴音とシャルロットは浴衣を脱ぎ去ると

月光の中、まるで光っているような美しさの均一の取れた身体が目の前に現れる。

呆気にとられ、見惚れている猛を前後から挟み込むよう抱きついて

軽く呻くような声をあげて、最初は鈴が、続いてシャルロットが猛の口を塞ぐ。

頬、唇を重ね合い、髪を梳かれ、甘く濃密な匂いと吐息に浮かされて――理性の鎖が飛んだ。

 

好みの女性やもし初体験するならの願望など、リビドー溢れる話は同性の一夏には

話したりはするが女性の前ではひた隠しにしている猛。

そんなむっつり野郎の抑えるものが無くなったらどうなるか――

結果から言うなら、シャルロットと鈴音はいろいろと

本気で泣いてしまうことになった……愛され過ぎて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? たっくんのIS? あれ、ISじゃないよ」

 

岬の先端の柵に腰かけて足をぶらぶらとさせている束。

何気なく問いかけたつもりで、返ってきた答えに表情には出ないが内心驚いている千冬。

 

「どういうことだ、束」

「どうもこうも、あれ私が作ったものじゃないってこと。登録されていない

 というよりISコア自体がない。

 この生みの親である束さんのハッキングすら跳ね除けている防壁。

 第二形態移行もしていないのに単一仕様能力を発動させていて、それを除いても多彩過ぎる武装。

 ある意味あれも第四世代、それの発展・進化型みたいだよね」

「……怒らないのか?」

「なんでさ」

 

上半身を捻って千冬に顔を向けた束は何故そんな必要があると

疑問が少し浮かんだ笑みを浮かべている。

 

「ISの皮を被って、第一世代にも劣るシロモノなら完膚なきまでにぶっ壊したと思うよ。

 けれど、まだ私にも分からない理論で組まれててさ、未知の領域に踏み込めるのが

 何だかすっごい楽しいんだよちーちゃん」

「お前ですら分からないのか」

「うーん、分からないって言うより方程式が理解できてないってこと。

 例えるなら9割は理解できてるんだけど

 あと一つ、xに入れるものが分からないから答えが導き出せないって感じかな?」

 

うーんと伸びを入れて束は海原を見つめて、千冬も同じく彼方を見る。

 

「それにしても、惜しかったなぁ。箒ちゃんに華々しい晴れ舞台を用意したのに

 全部たっくんに持ってかれちゃったし」

「何か報復でもするつもりか」

「んー、まだそれはいいかな。箒ちゃん、ちーちゃん、いっくんよりかは順位落ちるけど

 たっくんもあれはあれで面白いし。

 あはは、初めて会った時、手ひどい対応したのに「そうなんですか。で、それが何か?」って

 態度も変えずに相変わらずつき合うもんだから、束さんの方が受け入れちゃったし」

 

ひとしきり笑うと、次はどんな面白いことしようかなと独り言を呟きつつ、こともなげに崖の方へ身を躍らせる束。

軽い風切音がしただけで、何かが水に落ちた様子もなく忽然と天災は姿を消した。

後には月を眺めている千冬だけが残された。

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇたけちー? 大丈夫? おりむーもお疲れみたいだけど、たけちーは……色素が薄い?」

「あ、あはは……気にしないで布仏さん。休めばたぶん大丈夫になるから」

 

暴走した獣は美女二人を美味しくいただいてそのまま眠ってしまい、朝食の時間ぎりぎりまで皆起きなかった。

白くべたつくなにかと赤い染みがついたシーツを洗濯機にかけて急いでシャワーを浴び

着替えて朝食を食べたら即撤収作業。少し動きがぎこちないシャルロットと鈴のフォローに猛は駈けずり回った。

 

バスに乗り込んでほっと一息ついているが、遠くに見えるシャルロットが

時折顔を赤らめて身をよじっているのを誰かにつっこまれないか少しヒヤヒヤする。

そこに見知らぬ女性がバスに乗り込んできた。金色の髪にブルーのカジュアルスーツ。

見事なプロポーションな彼女は周囲を見渡すと猛の前に立つ。

 

「あなたが塚本猛君?」

「はい、そうですがどちら様ですか」

「私はナターシャ・ファイルス。銀の福音のパイロットよ。あの子を止めてくれてありがとう、これはお礼ね」

 

頬に軽くキスをするとヒラヒラと手を振ってバスから降りていく。

アメリカンな人だなぁとぼんやり思っていると、いつの間にか隣に座っているシャルロット。

 

「あははー、何? 猛も歩くフラグメイカーになったの? 許せないなー、ホント許せないなー。

 ……鈴にも言いつけないといけないかなー」

「OK、シャル。落ち着こう、これは不可抗力なんだ。

 だ、だから、く、首を絞めるのは止めて……!」

 

ドス黒い紫オーラを纏って、あははと壊れた人形のように笑いながら

猛の首に手をまわして締め上げてカクカクと揺さぶっているシャルロット。

何があったのか知らないが、止めに入ってあの紫鬼の牙がこちらに向くと思うと

しり込みするのか、見ないふりをする一組メンバー。

学園に帰るまで、嫉妬の炎は消えなかった。




境ホラや終わクロみたいな、18禁にならないエロが書ければなぁ


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14話

 

夏休みに入ったIS学園。そんな中、鈴音は猛と一緒にクーラーの効いた彼の部屋で漫画を読みふける。

過半数の生徒は帰省中だったりするのだが、いちいち帰るのが面倒くさい

帰って軍施設で辛い訓練など受けたくない、といった理由で帰らない者もいる。

ちなみに上記の理由で帰らないのが鈴だ。

 

元々本を読むことが好きで、大型単行本から新書、ラノベに文庫、コミックまで

さまざまなジャンルの本が持ち込まれ、尚且つ時折新刊と入れ替えているので

その気になれば一日中ここで本を読んで過ごせてしまう。

 

「…………って、ちがーうっ!!」

「ん、どうしたいきなり叫び出して」

「あんたねぇっ! 夏なの、夏休みなのっ! ひと夏の思い出を作る時なのよ!

 それを、こう部屋の中でだらだら本を読んで過ごすとか、ありえないのよ!」

「ふむ、それも一理あるな。じゃあどこか出かけるのもいいかな。鈴はどこか行きたい?」

「え、さ、誘ってくれるの?」

「一人だと、その辺散歩するくらいでもいいって思っちゃうし

 それなら鈴と一緒の方が楽しいだろ?」

「う、うふふ……しょ、しょうがないわねぇ! こ、ここにさ、今月できたばかりの

 ウォーターワールドの前売り券があるの。 私、ここに行きたいかな」

「分かった。日時は……明日か。ずいぶん急だな。まぁ仕方ないか。

 俺は予定ないから平気だけど鈴は?」

「大丈夫、大丈夫。あ、そうだ。学園内だと制服しか着れないから

 ここの入場ゲート前で待ち合わせね。じゃあ、私明日の準備するから部屋に戻るわね」

 

後ろ手でドアを閉めて、少し部屋を離れた鈴は身体を震わせてガッツポーズをとる。

臨海学校では勢いでつい深く繋がってしまったが、今までまともなデートはしていない。

もう一人の幼馴染とは違い、あいつならこれはデートだと分かってくれるはず。

 

(ああ、もうどうしよう。勝手に顔がにやけちゃうじゃない! 

 ふふ、この間買っておいた別の水着を見せたら猛どんな顔するのかしら。

 ちょ、ちょっとセクシー過ぎるかもしれないけど……

 ま、また襲われちゃったら、きゃーっ♪ や、やだやだやだぁ!)

 

「あー、鈴? 大丈夫? 暑さで頭やられちゃった?」

 

上の空で部屋に戻ってきたと思ったら、きゅうに身体をくねらせて身悶えている鈴に

ルームメイトのティナは怪訝な表情。

ピンク色の妄想から帰ってきた鈴は、鼻歌を歌いながら明日持っていくものの準備をしていく。

耳が聞こえてない状態な彼女を見て、今年はおかしくなるくらい猛暑になるのかなぁ……と思いつつポテチを食べるのであった。

 

 

 

 

 

待ち合わせの五分前に鈴がゲート前にやってくると、すでに猛はその場で彼女を待っていた。

シャルロット、セシリアと共にレゾナンスで見繕った服を夏用にアレンジしてる。

自分が選んだ服をちゃんと着こなしていることに嬉しく思ってしまう鈴。

……ちなみに、マッサージとお手製菓子で楯無会長にファッション指南を受けたのは内緒だ。

 

「ごめーん、待たせちゃった?」

「ううん、それほど待ってはいないから大丈夫。ただやっぱり暑いな、早く中に入ろうぜ」

 

 

 

手早く着替えて、広場で鈴がやってくるのを待つ。

しばらくしてこちらに元気よく小走りで駆けてくる鈴。

臨海学校の時のオレンジ色のタンキニとは違い、今回のは真っ白いビキニの水着。

ずいぶん布面積が少なく、尚且つ控えめな胸の谷間部分がほぼ丸見えなのに少しどきっとしてしまう。

そんな猛の表情を見て、にししっと笑うと自然に腕を組む鈴。

 

「さぁ、今日は全力で遊ぶわよ! まずはあのウォータースライダーに乗るわよ!」

「わわわ、そんなに引っ張らなくても大丈夫だって」

 

スライダーの乗り口まで来ると、どうやら二人ペアで滑ることも出来るそうだ。

係員のお姉さんに促されるまま指導を受ける。

 

「まず最初に男の子が座って、その足の間に女の子が入ってくださいね」

 

鈴は猛の足の間に身体を滑り込ませる。

危険だからしっかり女の子を抱きしめてくださいと言われて胴に腕を回す。

 

「ひゃうっ!」

「だ、大丈夫か、鈴?」

「へ、平気だから……もっとしっかり抱きしめなさいよ」

 

抱きかかえるように鈴とぴったり密着する。合わさった肌同士からお互いの鼓動が聞こえ

彼女の髪から、心地いいシャンプーの匂いが香り鼻をくすぐる。

普段の元気さがなりを潜め、頬を染める姿が可愛らしい。

そして押し出されるようにしてスロープの中に侵入する。

結構な速さと急カーブの連続で一層強く鈴を抱きしめる。

巨大な水しぶきをあげて、プール内を滑るように着水し、少し沈んだ後二人は顔を出す。

 

「ぷはっ。いや、意外に速度出てたな。確かにこれはしっかり抱きしめないと……」

「あははっ、結構速くて驚いたわ。これならもう数回乗っても……猛?」

 

ざぶざぶと水を掻き分けて傍に寄ってきた猛は、おもむろに鈴を抱きしめた。

 

(え? え? な、何事!?)

 

急な行動に思考回路がショート寸前になり目を白黒させている鈴に

軽く背中をつついて囁く猛。

 

「鈴、胸の部分の水着、取れちゃってる」

「えっ、う、嘘っ!?」

 

慌てて下を見ると確かにブラ部分が無い。きょろきょろと辺りを見回すと

少し離れたところに白い布が。

猛に抱きしめられたまま、水着を取りに行きちょっと人目に付きづらい場所でつけ直す。

鈴の姿が見られないように壁に徹していた猛に、もう振り向いてもいいと背をつつく。

 

「あ、ありがとう。全然気づかなかったから」

「いいよ。……他の誰かに鈴の胸、見せたくないし」

 

暗に自分の彼女の痴態は誰にも見せぬ、という言葉に嬉しさが胸にこみ上げる。

満面の笑みを浮かべて、猛の前に回り込む。

 

「今度は流れるプールで競争でもするわよ! ほらほら、時間は限りあるんだから遊びつくすわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後流れるプールで競争をするも張りきり過ぎたのか、軽く足を攣り溺れかけた鈴を抱きかかえ

岸部まで行く間背中にしがみつかせたところ、にこにこの笑顔になる元気娘。

いっぱい遊んでお腹は空っぽ状態、フードコートで思いつく限りの食べ物を買う。

焼きそば、ラーメン、たこ焼きにかき氷とまさに夏の海に来たなら

これを食べるべきというようなラインナップの昼食。

 

「腹減ってるから食べきれるとは思うけど、ずいぶん買い込んだよな。あと、またラーメンか」

「何よ、好きなもの食べていいじゃないの。……けれど、あんたの焼きそばも美味しそうね」

「食べてみるか? ほれ、あーん」

 

綺麗に箸でつままれた焼きそばを持ってこられて、少しどぎまぎしながら口の中へ。

心臓の鼓動が大きくてあまり味が分からないが一応味わって飲み込む。

 

「うん、味は普通ね。悪くないけど、凄く美味しいってわけでもないし。

 じゃ、じゃあ、あたしのラーメンも……食べる?」

「いや、そこのたこ焼きの方が食べたいからこっち寄越して」

「待って、あたしも食べたいから食べさせてあげる」

 

今度は鈴が箸でたこ焼きを摘むと軽く息を吹きかけて冷まし、差し出す。

先程はつい無意識でやったが、目の前の鈴が若干頬を染めているのに気付いて猛も赤くなる。

 

(これこれこれよぉーッ! あたしが今までやりたかったのはこういうことなのよっ!

 ああ……ダメ、何だか幸せ過ぎて昇天しそう♪)

 

微笑んでいる鈴だが内面は狂喜乱舞状態。

頬付近に付いた青のりを指で拭ってもらったりして、周りの喪な人の非難の目など気にも留めず

ひたすらデートを楽しんでいた。

 

 

 

食休みも兼ねつつゆっくり休憩し、トイレの帰り道で猛は見知った顔を見つける。

数人の男性に強引にナンパでもされているのだろうか

毅然とした態度を見せているがどうやら分が悪いらしい。

 

「おーい、セシリア。何やってるんだ?」

「えっ? あ、ああっ、猛さん! もう、待ちくたびれましたわ」

 

驚いた顔をしていたが、こちらの意図をくみ取ったのか花が綻ぶような笑顔を見せて駆け寄ってくる。

ナンパ達は男連れだということを知り、悪態をついてそのままどこかへ行ってしまう。

安堵のため息をこぼすセシリア。

 

「ありがとうございましたわ。何度断ろうとしても

 たち悪く追いすがるものですから困ってましたの」

「それはそうと、セシリア一人なの? 友達とかと一緒じゃないの?」

 

触れてはいけなかったのか、どよーんと暗いオーラを発し始めるセシリア。

 

「実はここのプールのチケットをもらいまして、一夏さんを誘ったのですが……

 先程用事が入って来れなくなったと。悪いからセシリアだけでも楽しんできてくれと言われたので

 一応中には入ったのですが、あまり泳ぐ気分でもないので帰ろうとした時に

 あの殿方たちに捕まってしまって」

「ああ、そりゃ災難だったな」

「猛さんは誰かをご一緒ではありませんの?」

「あー、うーん、鈴と一緒に今日は遊びに来ている」

「鈴さんと……デートってことですのね。ふふ、羨ましいですわ……」

 

より一層どよーんとして、ずぶずぶと地面に沈み込んでしまいそうなくらい落ち込むセシリア。

あまりの落ち込みっぷりにいたたまれなくなった猛は彼女を誘う。

 

「少しでいいのなら、一緒に遊んでいかないか? 嫌な思い出だけ残って帰るのは残念だろ」

「え……よろしいんですの?」

「一夏じゃなくて悪いけどな。それと、鈴にビンタか……噛みつかれるのは覚悟する必要あるけど」

 

休憩していたところに戻ると帰ってくるのを

待ちわびていた鈴は隣にセシリアが居るのに怪訝な表情。

訳を話したところ、猛は思い切り噛みつかれ鈴は心の中では朴念神に

衝撃砲の乱れ撃ちをお見舞いしておく。

 

しばらく三人で遊んでいたところ、園内放送が響き渡る。

 

『只今より、水上ペアタッグ障害物レースの受付を行います!

 優勝賞品は何と、豪華温泉旅行1泊2日のペアチケットになります!

 ふるってご参加ください!』

 

最初はまったく興味がなかったようなのに景品のことを聞いた女子二人はぴたりと動きを止める。

 

「セシリア」

「鈴さん」

 

顔を見合わせると、二人はこのレースに出場することを告げた。

30分後、会場には沢山の参加者が集まっていた。全ての選手は女性である意味目の保養になる。

というのも、受付の時点で男は弾かれているので参加できる訳ないのだが。

手を振ったり、おじぎを返したりする者も居る中、セシリアと鈴は軽く身体をほぐしている。

 

(この勝負、負けらんないのよね。あいつと一緒に旅行行って、温泉入って、夜には布団の上で

 浴衣の裾を少しずつずらして……潤んだ目で見つめてやれば、そのまま……う、うふふ)

(一夏さんに今回のことの責任を追及すれば、断れないはずですわ。そ、そして

 今度こそ、海では使えなかったあのとっておきの下着でお誘いすれば……やんっ♪)

 

引き締まった表情の裏では、淫靡な妄想がどんどん膨らんで増殖していく。

そんなことはつゆ知らず、猛は二人に声援を送る。

 

「二人とも頑張れー。目指せ優勝」

「当然よっ! 出たからには一等を目指すんだから」

「私の華麗な動きに見とれてしまうといいですわ」

 

Vサインを返して声援に応える二人。

各員スタートラインについて合図を待つ。

空中に向けられたピストルが乾いた破裂音を放ち、水着の妖精たちが一斉に駈け出す。

先行逃げ切り型と妨害専門の過激派が居るようで、後続に襲い掛かっていく。

それを難なく躱して、トップ集団に追いついていく鈴とセシリア。

国家代表候補生に選ばれる二人が素人の妨害や障害物で止められるはずもなく

華麗な動きで観客を魅了しながら、一位に狙いを定める。

 

が、流石に体格差は覆せないのか女性というより筋肉ダルマといった方が似合いそうな

トップのタッグが向かってきたのに足が止まってしまう。

 

「……セシリア、ごめん!」

「え? きゃああっ!?」

 

瞬間の判断で、囮代わりにセシリアを相手に蹴とばすついでに踏み台にしてゴールに跳躍。

セシリアは突進に撒き込まれるようにして三人は水面下に落下し、鈴は意気揚々とフラッグを掴みとる。

 

「えへへ、ごめんねセシリア。けれど勝負は非情なものなのよね」

「ふ、ふ、ふ……許せません、許せませんわ! この屈辱は! 覚悟なさい!」

 

水柱をあげて、セシリアはブルーティアーズを身に纏い宙に浮く。

 

「はっ! 返り討ちにしてやるわ! 甲龍!」

 

対する鈴も甲龍を呼び出して臨戦態勢をとる。

一触即発の状況で阿鼻叫喚の地獄絵図が広がるかと思いきや。

 

「はーい、二人ともそこまでねー」

「「あばばばばば――――っ!?」」

 

二つの光矢がセシリアと鈴を貫いて、強制的にISをスタン。重力に引かれてそのまま水面に落下。

痺れて動けない二人にアンカーを射出して岸部まで動かしていく。

うちあげられた魚のように時折びくんびくんしているのをそのままに司会のお姉さんに頭を下げる。

 

「すみませんでした。大惨事になる前に何とか止めることができました」

「あ、ああ、いえいえ。こちらこそ、ISを使われたら私たちではどうすることもできませんから。

 ……そうだ、でしたらこれ、貰ってください」

 

そう言って渡されたのは優勝賞品の旅行チケット。

断ろうと思っても、どうせあのままだと優勝も決まらず被害が出るだけなのでどうぞ貰ってくれと。

ならありがたく貰っておきますと、商品は猛の手に渡った。

 

 

 

 

 

「うう……あの時、セシリアが暴走しなけりゃあたしが優勝してたのに」

「ふんっ、卑怯なことをするのがいけないのですわ」

「妨害ありなんだから、卑怯じゃないわよ!」

「二人ともそろそろ言い合いは止めなよ」

 

帰り道、三人並んで駅前へ向かって歩いていた。

鈴は若干不満そうな顔だが、セシリアには会った時の憂いが消えていたので

誘ってよかったかなと思う。

 

「と、ところで……そのチケットどうするの?」

「んー、そうだな……」

 

目の前でひらひらと動かしつつ彼女らを見る。

少し上目使いでこちらを見ている鈴に、もしかしたらという期待の表情のセシリア。

 

「ごめんな、セシリア。鈴、どこか空いてる日あったら一緒に行く?」

「はぁ、しかたありませんわ。貰ったのは猛さんですものね」

「えっ、あ、そ、そりゃ行くに決まってるじゃないの! 待って、今から空いてる日探すから!」

「なら少し腰落ち着けてスケジュール確認した方がよくないか」

「でしたら、@クルーズに行きませんか? 期間限定のパフェなんておすすめですわよ?」

「あの……それ一番たっかい奴ですよね? 割り勘でなら……」

「何みみっちいこと言ってんのよ、猛のおごりでしょ」

 

勘弁してくれと肩を落としかける猛に対して笑いかける鈴とセシリア。

そんな夏の思い出のひとつの情景だった。




いつか鈴音、シャルロットとの甘い睦み合いを書きたいな


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15話

 

特にやることもない日。本ばかり読んでいるのもどうかと思い、誰か誘って

どこか遊びにでも行こうかと寮内をぶらついていると、廊下でシャルロットとラウラを見つける。

 

「おーい、シャル、ラウラ。何してるの?」

「あ、猛。どうしたの」

「暇ならどこか遊びに誘おうと思ってたんだけど、何か用事?」

「うん、ラウラが日ごろ着る服を持ってないって言うから買い物に行こうと」

 

思い起こせば確かにラウラは常に制服か、もしくは軍服しか着ていない。

それを見て、年ごろの女の子がそんなことじゃだめだとシャルロットが世話を焼いたのだろう。

 

「そっか、それじゃあ邪魔しちゃ悪いかな」

「そんなことはないぞ。私は別に猛が来ても構わない」

「うん。男の子の意見も聞いてみたいし、一緒に来てくれる?」

「分かった。もう行くのか? なら出発だな」

 

最初に一夏を誘おうと思ったそうだが、部屋には居なく、連絡もとれない。

猛、シャルロット、ラウラの三人で駅前の百貨店に向かう。

バス亭でバスが来るのを待ちながら、シャルロットは今頃になって気づく。

 

(……あれ? こ、これってデートってことになるんじゃないの!? う、うわぁぁ……

 ならもうちょっとちゃんとした格好してくるんだったよ……)

 

そうはいっても制服のラウラにほぼ普段着の猛に比べればちゃんとした格好のシャルロット。

思い悩むのは、好きな人に綺麗な姿を見せたい乙女心なのだろう。

 

 

 

 

 

百貨店の案内図前でバッグから雑誌を取り出して、何かを確認していくシャルロット。

ラウラも周囲を見渡しているが、気になる店を探しているというより市街戦のシミュレートを

行っている雰囲気。

 

「よし、この順番で回ればムダがないかな。最初に服を見てから、途中でご飯。

 その後雑貨や小物を見に行きたいんだけど、いいかな? 猛はどこか行きたいとこある?」

「私はそういったことは詳しくないからシャルロットに任せる」

「俺はどこかで本屋に寄れればいいから、皆の行きたいところ優先でいいよ」

 

上の階からだんだん下に降りていく順序でラウラの服を選んでいく。

着れれば何でもいいというラウラに、にっこり笑顔で恐ろしい威圧をするシャルロット。

最初は何でもなかったのだが、彼女ら二人の美しさに皆がうっとりし始めている。

 

金髪に銀髪、御伽話に出てくるお姫様のような現実感のない美少女二人が

仲良く服を選んでいるのだ。

しっかりしたシャルロットがエスコートし、少し大人しいラウラが服を選んでいる。

その雰囲気にあてられて、熱に浮かされている店員に客人。

ちなみに猛は女性服売り場に男一人という状況。

間違いなく場違いな存在なので完全にステルス状態にしている。むしろその方が気楽。

シャルロットや店員たちに薦められた服を手に試着室に入るラウラ。

しばらくしてからカーテンを開けて中をのぞくと、いつもの制服のままだ。

 

「あれ、どうしたのラウラ? 何か気に入らなかった?」

「いや……そうではないのだが、もう少し可愛らしい服がいいなと」

 

彼女に手渡された服は格好よさを表に出したいわゆるクール系ファッション。

 

「なら、試しにこれを着てみてくれないかな」

「これか? 分かった」

 

今まで完全に気配を消していた猛がすっとラウラに服一式を渡す。

衣擦れの音が止んでカーテンが開けられると、皆一同おもわずため息が漏れてしまう。

黒い細めのリボンで襟元を飾り、レースをボタン周りにちりばめているブラウス。

お腹周りをきゅっと引き締めているコルセット型のスカート。

ラウラの背の低さもあって、良家のお嬢様のような守ってあげたくなる雰囲気を醸し出している。

黒ウサギ隊の副官が見たら鼻から赤い雫を垂らしつつ、全力で激写し続けるほどだ。

 

「ど、どうだろうか……おかしいところはないか、兄さん」

「パーフェクトだ、ラウラ!」

「……って、猛! これ君の趣味でしょう!?」

「可愛らしいものが着たいっていう要求はちゃんと満たしてるよ? 案外一夏も気に入るかも」

「よ、嫁も喜んでくれるのか……、とりあえずこれは買うことにする」

「ああもう、今度は僕が探してくるからっ」

 

今度は女性視点からの可愛らしい服を探しに行くシャルロット。

しばらくラウラをマネキンにしたファッションショーが繰り広げられることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうど正午を回った辺りで三人はオープンテラスのカフェで昼食をとることに。

ラウラは日替わりのパスタ、シャルロットはラザニア、猛はLサイズのピザにチーズフォカッチャ。

多目の料理に二人は大丈夫かと思っていたが、そこは食べ盛りの男子高校生。

特に苦もなくペロリと平らげてしまう。

 

「ラウラ、あのまま選んだ服を着てきてもよかったのに」

 

数点気に入った服を買ったのだが、今は制服に戻り購入したものは袋の中にしまってある。

 

「いや、その……」

「あー、そっか。一夏に最初に見せたいからなんだね」

「なっ、なななっ! そ、そんな訳ないだろう!」

「ラウラ、スプーンとフォークが逆になってるよ」

「あぅぅ……」

「そういえばラウラのファッションショーばかりで、シャルは服選んでなかったけど

 よかったのか?」

「うん。僕はもう数点新しいものを買ってあるからね。ところで、猛は」

「えーと……ごめんなさい。いつもの量販店で揃えています」

「はぁ……。いや、別にそれが悪いとは言わないよ? けれどちゃんとした服も持っておいた方が いろいろ良いんだよ?」

「はい。それじゃあ、また今度一緒に服選びにつき合ってくれないかな」

「分かった。約束ね」

 

自然に差し出された小指に自分の指を絡めて指切りをする。

柔らかな笑顔を浮かべるシャルロットの内心は、密かにガッツポーズを決める。

午後からは、雑貨を見に行こうと提案するが、そういうものに興味がないラウラは

猛と共に本屋に行きたいと言うので、もう少し女の子らしくしようよと肩を落とすシャルロット。

 

ふと、シャルロットが隣の女性の様子に気づく。

何度もため息をついて、気落ちしているようで、目の前の料理もすっかり冷め切っている。

ちらちらとこちらを見てくる彼女に、苦笑する猛にあまりお節介をし過ぎるなよと釘を刺すラウラ。

ありがとうねと感謝の言葉を伝えるとシャルロットはその女性に声を掛けた――

 

 

 

 

 

「……何でこうなっちゃったんだろうね」

 

シャルロットは誰にも聞こえないよう小さく言葉を零す。

あの後、猛烈な押しを拒否しきれず三人は急遽臨時のアルバイトをすることになる。

ただ、その内容が変わっていて喫茶店の接客なのだが

男性は執事服、女性はメイド服を着る事になっている。いわゆるメイド喫茶だ。

そしてシャルロットは執事服を着て給仕の真っ最中というわけ。

 

普段から柔らかく癒される物腰や振る舞いをし、初めての接客業だというのに物怖じしていない。

故にこういった喫茶店で行われる執事やメイドに奉仕してもらうサービスをしてもらおうと

ひっきりなしに呼ばれて、貴公子とまで揶揄されている。

逆にラウラはかつて冷氷と呼ばれていた姿そのままで、ツンデレどころかツンドラといった対応。

が、それがいいとマニアックな方たちから御呼びが掛かってセメントな接客の最中。

給仕を行いながら、シャルロットはちらりと三人目の方へ意識を向ける。

 

(けれど、意外というか本来の素質なのか、分かんないんだけど……)

 

「お待たせいたしました。ブレンドとカフェオレ、ケーキセットとなります。

 それでは何か御用がございましたら、お気軽にお申し付けくださいませ」

 

きちっとしたお辞儀だが、堅苦しさを感じさせず安心感を与える笑みをずっと浮かべている。

ちょっとしたトラブルは、被害が最少のうちに手早く処理。

何か申しつけようとした時にはすでに対処が済んでおり、尚且つ嫌味さを感じさせない。

気が付けば全てをあっという間に片付けている、まさに完璧執事(パーフェクトバトラー)

逆に凄すぎて外見より老練っぽい印象、執事長さを強く感じる。

 

「猛ってこういうことも得意なんだね。ふふっ、何だか僕専用の執事にしたいくらい」

「周りの状況に目を配らせておけば誰でも対処できるよ。

 それにシャルは元々社長令嬢でもあるんだよな。シャルロットお嬢様の付き人も悪くないか」

 

バックヤードで他の人達の目を盗んでちょっと雑談をする二人。

そんな最中、突然店内に響き渡る食器が割れる音に銃声。

ホールに繋がる入口から様子を窺うと、覆面マスクに銃器と今時見かけることすら珍しいだろう

オールドスタイルな強盗団が客達を威圧している……

のだが、人質としてある者を捕まえているのがこの強盗たちの運の尽きなのだろう。

なぜなら冷めた表情で首筋を腕で抑えられているのはラウラなのだから。

 

「おい」

「な、なんだ!? 大人しくしていろ!」

「飽きた。これから貴様らを制圧する」

 

腕を掴みなおすと、見事な背負い投げを決めて強盗の一人を拘束する。

慌てて銃を向けるが、その背後にまわっていたシャルロットが肩を叩く。

無防備に振り向いてしまった男のアゴに掌底を叩き込むと、あっさり意識を手放して崩れ落ちる。

リーダー格の男が怒声をあげるが、怯むことなくラウラが頭に一撃を加え全強盗団を無力化する。

呆気にとられていた客たちと他スタッフは助かったことに気づいて、歓声をあげる。

ぱちぱちと手を叩きつつ、猛が二人の傍に寄る。

 

「凄い凄い、さすが国家代表候補生。これくらいは問題でもないんだね」

「ふん、軍で行われていた訓練に比べれば、こんなもの児戯に等しい」

「一応こういった事態に対処できるように訓練は受けているからね」

 

この活躍劇の功労者を湛えていると、決まりが浅かったのかリーダーが激高しながら立ち上がる。

C4爆弾を腹に巻いて、起爆装置は手の中。怒りにまかせて全てを吹き飛ばすつもりだろう。

 

「このまま捕まるくらいなら、この店ごと吹き飛ばしてやらぁ!」

「お客様――」

 

くるりと振り返りつつ、猛は腰元に十束を召還。風切り音と共に黒い線が一筋だけ走る。

数秒の空白が空いて男の爆弾と起爆装置、服まで粉みじんに切り裂かれパンツ一枚だけの姿に。

何をされたか分からず、腰くだけになる強盗の顔数センチ横に

がつんと床を容易く貫通した十束が突き立てられ、目の前には恐ろしい笑顔の猛の顔。

 

「これ以上の狼藉は他のお客様のご迷惑になりますので――今度は首が落ちるぞ」

「は、はひ……」

 

突然叩きつけられた底の知れぬ殺気に気の抜けた返事をして男は気絶した。

 

 

 

 

 

代表候補生に、世界に二人だけの男性IS操縦者だ。

このままではメディアが騒ぎ立てるのは想像に容易い。

警察のお世話になる前に人知れずその場を後にした三人。

夕日が綺麗な海が見える公園で休憩しつつ、クレープを食べる。

 

「はぁ……ミックスベリーを食べたかったのになぁ」

「ん? それ美味しくないの」

「いや、美味しいよ。けど他の子に聞いたジンクスでね、あのクレープ屋さんで

 ミックスベリーを食べると幸せになれるって言われてるから」

「む、しかしあの店には元々ミックスベリーは置いてないぞ。

 メニューにも載ってないし材料すらなかった」

「ええ? じゃあいったい……」

「ああ、そういうことか。今ならシャルとラウラのクレープを互いに食べさせると?」

「……あ! ミックスベリーってそういうこと!?」

 

シャルロットのストロベリーにラウラのはブルーベリー。

つまり恋人同士がお互いのクレープを食べさせあうのならそれは幸せだろう。

ちなみに猛はチョコバナナ生クリームカスタード。

 

「なかなか面白いジンクスだね。謎かけでもあるし。ああ、ラウラ、頬にソースがついてる」

「む、すまない」

 

ハンカチを取り出してラウラの頬を拭う猛。

 

「ふふっ、猛だって生クリームがついてるよ」

「えっ、まぁ二人のより多く入ってるから食べる時はみ出したのかなぁ。どこ?」

「僕がとってあげるよ……んぅ」

 

不意打ちでシャルロットは猛の唇を塞ぐ。じっくりと彼とのキスを堪能して

口を離した彼女は頬を赤く染めて、ぺろりと舌を出して自分の唇を舐める。

 

「バナナにチョコレートの味がするね。美味しい」

「あの……俺の食べてるのはベリーじゃないよ?」

「ミックスベリーじゃなくても、幸せになれるのならいいんじゃない?」

「シャルロット、私がいることを忘れてないか」

 

しかし、ラウラの脳内では猛を一夏、シャルロットを自分に置き換えたリバイバルが放映中。

今度は嫁を連れてきて、絶対ミックスベリーを食べようと誓う。

また夏のひと時の大事な思い出が1ページ埋められる。



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16話

 

蝉の鳴き声が聞こえる篠ノ之神社。板張りの剣術道場は昔と変わりなかった。

子供の頃とは違い、壁には多くの木製札が掛けられていてずいぶん盛況らしい。

その一覧を見つつ箒は過去に思いを馳せる。

 

『今日は俺が勝つ!』

『ふん』

 

気合いを入れた叫びをあげつつ上段で切りかかる一夏。

それを容易く叩きのめす箒。

 

『あ、明日は俺が勝つ!』

『ふん、その日はいつ来るのだろうな』

 

…………。

 

(いや、待て。幼い私はここまで愛想のない子供だっただろうか?

 もっといい思い出があるはずだ。きっとそうだ)

 

首をかしげて他の思い出を探す。

 

 

 

道場の床に仰向けに倒れこみ、荒い呼吸を繰り返している猛と、それを見下ろす箒。

 

『箒は強いね』

『当然だ。いつかはここを継ぐのだから弱くてどうする』

『よし、いつか箒から一本とってみせるよ』

『ふん、その日はいつ来るのだろうな』

『頑張るから、期待してて』

『それより、また星を見て帰るつもりか? あまり遅くまで居られると迷惑だ。さっさと帰れ』

『そういうけど、箒心配してつきそってくれるよね。ありがとう』

『んなっ!? そ、そんなわけあるかっ!』

 

 

 

「わぁぁっ!? わーっ! わーっ!」

 

顔を真っ赤に染めてわたわたと手を振って思い出をかき消す。

はぁはぁと荒い呼吸を整えつつ、ぎゅっと胸元を掴む。

 

(私は……猛をどう思っているのだろう)

 

生徒手帳を取り出して挟んである写真を取り出す。

剣道着を着た一夏と箒が並んで写っている思い出の写真。

折りたたんである片方をそっと戻すと一夏の隣に猛、千冬が居る。

ちなみにもう片方側には束が写っている。

その猛の肖像をそっと指でなぞる。

 

「こんにちわー」

 

突然の来訪の声に慌てて写真を手帳に戻すと玄関に向かう。

 

「あらあら、お久しぶりね。猛ちゃん」

「どうも、ご無沙汰してます。雪子小母さん。あ、これお土産の水ようかんです。よかったら」

「そんな気を遣わなくてもいいのに」

 

箒が急いで駆けてくると叔母と世間話をしていた猛の姿が。

 

「な、な、何で猛がここにいるんだ!」

「一夏から篠ノ之神社でお祭りがあるって聞いてさ、なら箒も戻ってるかなって様子見に。

 久しぶりに剣道場も見たいと思って。迷惑だった?」

「そ、そんなことはない……。じゃあ、案内するからこっちにこい」

「お邪魔します」

 

箒に案内されて、道場内に足を踏み入れる猛。

懐かしさに目を輝かしてあちこち見つめている。

そんな彼を複雑な思いで見る箒。

 

「昔と比べると門下生増えてるね。俺、箒、一夏に千冬さんしか居なかったのに。

 そうだ、久しぶりに軽く打ち合ってみないか?」

「ふん、またこてんぱんにやられてもしらないぞ」

 

剣道着に着替えて相対する箒と猛。そこまで本格的に試合をするつもりはないので防具は籠手のみ。

気持ちを落ち着かせて、正面に竹刀を構える。

軽く目蓋を閉じていた猛がゆっくりと瞳を開くと、気配が薄くなったのを箒は感じる。

 

(昔より洗練されているな……)

 

箒や一夏、何より千冬の剣は燃えるような火の剣に対して、猛は研ぎ澄まされた水か風のよう。

道は違えども武に携わっていた成果か、水鏡のように澄んで相手の挙動を映しこんでいる。

静謐な空気に満ちた場内。猛の竹刀の先端がゆらりと揺れ、箒は先手必勝と手を出した。

 

(しまった! 誘いだったか!)

 

上段から面を狙いにいったが、それよりも早く深い踏込で箒の胴が払われる。

竹刀の音が響き渡り、余韻が消えたのち元の位置に戻って一礼をする。

 

「はぁ。やった、初めて箒から一本とれた。約束守れたね」

「え……覚えていたのか」

「うん、いつか箒から一本とるって約束してたものね」

「そうか……」

「え……箒、どうかした? まさか結構痛かったとか? ごめん」

 

心配そうな顔をして近づいてくる猛。ふと頬に熱いものが流れるのに気付くと指で拭ってみる。

その指先がしっとりと濡れ、自覚なく自然と涙が零れている。

 

「すまない……しばらく、こうさせていてくれ。

 大丈夫、大丈夫だから……すぐ普段の私に戻るから、今だけは……」

 

猛の肩に自分の額を当てて声を押し殺して、静かに涙を零す箒。

何も言わず、ただそっと髪を撫でてその場に立ちつくし、泣き止むのを待つ猛。

 

思い起こせば、芯が強く我を曲げる事ができなかった自分。

その愚直さが良い方に向かう時もあれば、悪い方に向かうこともしばしば。

自分を抑えきれずに暴走し、落ち込むことも。

……陰ながら支えてくれた、彼の思い出が少しずつ記憶の底から浮かび上がる。

 

 

 

夜空に満点の星が散りばめられて瞬きを繰り返している。

それを心の底から嬉しそうに眺めている猛。

神社の境内は他に明かりになるものがほとんどないので普段は見えにくい星が見える。

 

『……早く帰れと言ったはずだぞ』

『ごめんごめん、もうちょっと眺めたら帰るから』

 

寝転がる猛の傍にそっと腰を降ろして空を一緒に見つめている箒。

ただただ、静かな境内に時折虫の音が混じることも。

ここで、よく箒はどうでもいいことやちょっとした悩みを独り言のように零した。

猛はそれをただじっと話し終えるまで聞いて、軽い助言をすることもあれば

彼女が自分の中に答えが出せるまで根気強く待った。

 

『なぁ、どうしてお前はそうまでして私に構う?』

『そりゃあ、箒は友達だもの。友達が悩んでいたら助けたいじゃないか』

『……私はあまり可愛げが無い方だぞ。クラスにはもっと可愛らしい子もいるし

 お、男女だと馬鹿にされたりもした』

『他人がどう思ってひどいことを言っても、箒は可愛いもん。俺はそう思うし笑顔も綺麗だよね』

『そうやってすぐ人をおちょくって……誰にでもそう言っているのだろう?』

『誰彼構わずなんて言ってないよ! そう思った人にしか言ってないし!』

『やっぱり言っているのではないか』

 

気が付くと自然に笑顔になり、神社から家路に向かう猛に手を振って別れの挨拶をした。

離ればなれになるまで、こうして他愛もない話をするのが箒にはいつしか楽しみに

そして支えになっていた。

 

セピア色に染まった思い出に真新しい福音の時のことも

全て繋がって心の奥からゆっくり湧き上がる。

今聞こえる声、触れている暖かさ、辛い時には傍でやさしく微笑んでいた君――

 

 

 

「うん。もう大丈夫。悪かったな心配かけて」

「そりゃあびっくりするよ。いきなり泣き出すから、何事かと思ったし」

「何か吹っ切れてしまったからな。もう悩まないと思う。あ、夜には神楽舞をするから

 そろそろ準備しないといけないんだ。悪いが猛」

「分かった。一旦帰るよ、箒の舞楽しみにしてる」

 

ばいばいと手を振ると、同じく手を振り返して帰っていく猛。

軽く頬を叩き、風呂場に向かい身を清めると巫女衣装に身を包む箒だった。

 

 

 

 

 

「おーい箒、こっちこっち」

「あ、一夏に猛。舞を見ててくれたのか」

「ああ、なんていうか凄く凛々しくて……綺麗だった」

「ふふ、そう言ってくれると踊ったかいがあるというものだ」

 

純白の衣に袴を穿いて、神楽を舞った箒は剣の巫女と呼ぶに相応しい

厳格さと静寂さを兼ね備えていたが、少しだけ女性らしい色香を感じさせる雰囲気を纏っていた。

巫女服から着替えて軽く湯あみをした箒は、神社の鳥居の前で待っていた

猛と一夏の所にやってきた。

水縹色(みなはだいろ)に染められた浴衣にはさまざまな朝顔が散りばめられて

彼女の長い黒髪と相成って、縁日の背景によく映える。

 

「ど……どうだ? 変なところはないか?」

「そんなことはないよ。きちんと綺麗だよな、一夏?」

「お、おう……何だか箒に見えないくらいに、凄く綺麗だ」

 

褒められて、花が開くような笑顔を浮かべる箒。

猛は昼間に箒に会っているし、神楽も見れたから二人だけ残して別行動しようとしたが

一夏と箒に久しぶりに幼馴染三人だけで遊ぼうと引き留められる。

一夏はともかく二人きりになれるシチュエーションだというのに、同じく引き留めようとする

箒に疑問を抱きつつも、縁日を回る。

 

金魚すくいに射的、りんご飴、らくがき煎餅などの駄菓子に焼きそば、たこ焼きを堪能する。

そんな中、ダーツの的当てに挑戦する三人。ブリキのおもちゃなど粗品景品がもらえる的は

大きいがゲーム機やらノートPCなどの豪華景品は豆粒かと思うほどに小さい。

 

「ぐぬぬ……流石に三等以上は難しいな」

「俺、3DSかPS4欲しいけど……当てられる自信ないわ」

「むー、しっかり集中すれば……そりゃ」

 

猛の投げたダーツは惜しくも一等の的を逸れたが、運よく左隣下の三等的に刺さる。

たとえ偶然でも当たりは当たり。的屋のおっちゃんから景品を受け取る。

 

「はい、これあげるよ」

「えっ、い、いいのか? 猛が当てたものだろう?」

「他に欲しいもの無かったし、それに箒それじっと見てただろう? 貰って嬉しい人に

 使われた方が景品も喜ぶだろうし」

 

デフォルメされただるまのぬいぐるみを手渡される箒。それだけ上手いなら俺のも取ってくれと

じゃれつく一夏に、それぐらい自分で取りやがれといなす猛。

先を進んでいる男陣に気づかれないように、ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。

 

神社の水飲み場付近で休憩をしながら八時に上がる花火を待つ。

が、猛は用事を思い出したと言って帰ろうとし、最初に強く引き留めてしまった憂いもあるのか

強く押せない二人。そろそろ夏休みも終わりだし、次は学園始まってからかな、会えるのはと。

去り際に上手くやれよと箒に視線を向けると、何故か切なそうな顔をする。

参道を下っていくとちょうど花火が上がり始める。

星もいいけど、夜空に咲く大輪の花もまたいいよなと

猛は一人夜空の花火を見つめた後、寮に向かう。

 

 

 

 

 

 

「すまない、シャルロット。少し相談があるんだ」

「あれ? 珍しいね、箒が相談なんて。どうしたの」

 

残り少ない夏休みのとある朝。

ノックされたドアを開けるとそこには少し俯きがちの箒が立っている。

普段の凛とした雰囲気はなりを潜め、どこか悩みを抱えているのが分かる。

 

「で、できれば鈴音とも一緒に話がしたい。

 立ち話じゃなく、どこか落ち着いたところでなるべく誰にも聞かれたくないことなんだ」

「ん? 僕だけじゃなく、鈴も一緒に? どうして?」

「じ……実は、私……た、猛のことが、す、好きかもしれないんだ!」

「……はい?」

 

箒の口から告げられた意外な言葉に

一瞬呆けた返事をしてしまったシャルロットを責められはすまい。

 

 

 

ご飯の時間帯からずれた人がまばらなIS学園の食堂。その一角に三人は座っている。

未だ俯いている箒に、イライラを隠さず腕組みをしている鈴。

そして困った笑顔を浮かべたシャルロット。いかにも立て込んでますという雰囲気に

人は興味があっても、藪蛇はしたくないので、遠巻きに見る程度。

ストローを咥えて、上下に動かしていた鈴がコップにストローを戻して口火を切る。

 

「で、なに? 一夏があまりに唐変木だから気遣ってくれる猛の方に乗り換えでもするわけ?」

「ち、違う!! そんなつもりはない! だ、だけど……この学園で再会して

 私が一夏に想いを告げられるよう、親身になってくれたり、昔と変わらず接してくれたり

 福音の時にも支えてくれたり、まだ道場に通っていた時の約束を覚えていてくれたり……」

 

不意にはじまった彼女らしからぬノロケがつらつらと口から零れて、シャルロットは苦笑する。

逆に鈴は、あー私の嫌な予感が当たったと机に肘をついて頭を抱える。

 

「嫌な予感ってどういうこと、鈴?」

「んー、まぁ一夏はさ、ヒーローっぽいところがあるでしょ? それに結構顔もいいし

 いわゆる白馬の王子様みたいな所があって、ピンチな時、颯爽と助けてくれたりするから

 そこやルックスに惚れる子が多いの。

 逆に猛の方はあんまりパッとしないし、どちらかって言うとイケメンじゃないでしょ」

「うーん、まぁアイドルや俳優さんと比べると、埋もれちゃうよね」

「その代わり、あいつは人が弱ってたり辛かったりするとき、そっと傍にいて立ち直れるよう

 支えてくれるのよ。分かるでしょ? あたしも、あんたも、箒だって思い返すと

 あの時ずっと支えてくれたんだなアイツって」

「う……うん……。あれ? けれど、猛ここに来るまではほとんどモテてないって」

「たぶんね、そこに気づくか気づかないかだと思うのよ。

 気づかないなら、ただ、ただ「いい人」で済むの。

 けれど、一旦気がついてしまったら、今までの積み重ねが一気に噴出するんでしょうね。

 例えるなら大量に埋まった地雷よ。一個でも起爆したら連鎖反応起こすんだわ」

 

どれだけ不発弾埋まってるのか、誰についてるのかも分からないし

よけい困るわーと悩み始める鈴。

ふと顔を赤らめていた箒が一番の疑問を口にする。

 

「……そう言えば、鈴もシャルロットも猛に好きだと告白して、その、キスもしてたな?

 なのに、何故未だに二人ともカップルのようなことをしているんだ?」

 

その言葉に困ったような笑顔を浮かべて互いを見つめ返す鈴とシャルロット。

 

「そこはね……、あたしたちどちらかを選んでってハッキリ言ってないのよ」

「最初はさ、僕が一番猛のこと好きなんだってことで意気込んでたんけど

 だんだん今のままでもいいかなって思うようになってきちゃって」

「どういうことだ?」

「あいつはさ、あたしのこともシャルロットの事も均等に扱ってくれてるの。

 デートに誘えばちゃんと時間空けてくれるし、向こうからも遊びに誘ってくれる」

「流石にキスとかはこっちから積極的に行かないとダメだけど、手を繋いでくれたり

 抱きしめてくれたりとかは普通にしてくれるし、大事にしてくれて」

「それにね、あたしたちが本気で迫れば、悩んだ末にどちらかを選んでくれるのよ。たぶん」

 

つまり、迫って0になるか1を得るか現状8割くらいのまま均等に愛してもらうのか。

今までの過去なども振り返りつつ、彼女らの出した結論とは――

 

「うん、今のままでも、その、何の問題もないな! うん!」

「そ、そうそう! 贔屓しないし! してほしいことやってくれるし

 したいことちゃんと受け入れてくれるし!」

「と、ところで箒はいつ自分の想い伝えるの?」

「うえぇっ!? そ、それはまた……日を改めてそのうちに……」

 

現状維持のまま、もうしばらく居ることにしたらしい。




筆が進むままに書き進めるとヒロインが増えていくよ……


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17話

すみません、どうやら投稿する順番を間違えていたようで
これが本当の17話になります。申し訳ございません


「ん……んん、んんぅ?」

 

布団の中で微睡んでいると、自分の側に随分柔らかいものが寄り添っているのに気づく。

ラウラが裸で潜り込んできて困ると言っていた一夏だが

彼女が自分の所に来るとは考えにくい。

ならば、同室の人の悪ふざけの可能性が高い。ため息をつきながら布団をめくる猛。

 

「楯無さん、こういういたずらは……あれ?」

「すぅ……すぅ……」

 

そこには見たこともない少女が丸まって猛の寝間着の裾を掴んで眠っていた。

透き通るような真っ白い髪と肌。ゆったりとしたどことなく民族衣装っぽく見える服。

現実感の無さがより一層彼女の神聖さを際立たせている。

 

「猛君……お姉さん、流石に犯罪行為は許容できないかな」

「た、楯無さんっ! 誤解ですっ! 俺は何もやってないし!」

 

扇子で口元を隠しながら若干引き気味で目を逸らしている生徒会長。

『このロリコン』と書かれている面をこちらに向けてそそくさと離れようとしている

楯無を追おうとするが、裾を掴まれているので上手くベッドから降りられない。

すると、おもむろに目を覚ました少女が起き上がり未だ眠そうな目で二人を見るとおじぎをする。

 

「おはようございます。私は天之狭霧神の総合補助を行うよう設計され、先ほど完成された

 疑似人格OS『霞』と言います。よろしくお願いしますマスター」

「「……はい?」」

 

唐突な言葉に二人は固まってしまった。

 

 

 

 

 

「ふーん、つまり貴方は猛君のISの機能が大幅に拡張されたことで

 個人では完全に制御しきれなくなった。

 そこで今までの経験の蓄積から彼の補助を行うよう作られたってこと?」

「概ねそのような考えで大丈夫だと思います」

 

流石この学園で生徒会長をしているからか、あっという間に動揺は沈めて事態の把握をする楯無。

しかし、あまりに突拍子もないことに半信半疑のよう。

 

「でも、言っちゃ悪いけどどこからどう見ても普通の女の子にしか見えないのよ。

 それで信じろって言われても、ちょっと無理かな」

「分かりました。ならばこれならどうでしょうか?」

 

そういうと、彼女の身体が輪郭部分から小さな粒子となって消えていき

数秒もかからないうちに消えてしまう。

 

「あ、あれ? 霞、どこに行ったんだ?」

「ここ、ここ。こちらですマスター」

 

すぐ近くで聞こえてきた声に視線を向けると二頭身サイズに縮小した霞が

ちょこんと猛の肩に腰かけていた。

 

「どうでしょうか? 更識生徒会長。これで信じてもらえますか? まだ信じられないというなら

 一時的ではありますが、マスターの許可なしの狭霧神の召還、運用なども可能ですが」

「あ、ううん。分かった。目の前で起こったことを否定はできないし。

 けれど、ほんと未知のISよね……」

 

少し眉間にしわを寄せて、目頭を摘む楯無。

 

「それでは私は休眠に入らせていただきます。基本眠っていることが多いですが

 脳内で呼びかけてくれれば応答しますし、補助自体はオートで行ってますので。

 それではおやすみなさい」

 

小さなあくびを一つするとまた身体を消してしまった霞。

新学期早々物凄いサプライズだなぁと思うのだった。

 

 

 

 

 

9月初めての実戦訓練は二組と合同から始まった。

鈴は猛との練習を始めていたが、いかんせん狭霧神に押され気味だ。

 

「くっ、このっ……離れなさいよっ!」

 

双天牙月は重量もあり、甲龍のパワーもあって接近戦では脅威になりうる。

が、それも振り回すことが出来ての話。懐に潜り込まれて殴り合いが出来る距離では

その大きさが仇になり満足に振り回すことが出来ない。

猛が手にしているのは二振りの小刀を逆手持ちにし、威力より手数を重視し鈴に切りかかる。

盾代わりにしか双天牙月を扱えない鈴は、じわじわとシールドを削られていくのに苛立ちながら衝撃砲を放つ。

空気が押しつぶされる重音を響かせながら連続で放たれる不可視の大砲を距離を離して回避する。

 

「これでぇ……ッ!!」

 

その一瞬の隙を逃さぬよう連結させた双天牙月を猛に投げつけるが

瞬時加速を使い、投擲されたそれを胴体に掠めさせただけで回避し再び彼女に急接近する。

 

「う、うそぉ!?」

「悪いね鈴、もらった」

 

小刀を収容し、空を震脚しつつ手の中には十束を呼び出す。

じわりと刀身に黒く眩い光が沁み出し、鈴は危険を察知し逃げようとするがもう遅い。

風切音をたなびかせて甲龍の左わき腹から肩口に向かって逆袈裟に薙ぎ払われる十束。

シールドの残量を示すゲージが一瞬でゼロになって、試合終了のブザーが響く。

 

 

 

前半戦、後半戦含めて全ての実戦訓練が終了し、猛と一夏とヒロインズは学食で自分の好みの食事をとっていた。

が、普段と変わらずにいるのは猛と小動物のようにもくもくと食べているラウラ。

シャルロットは若干苦笑の表情を浮かべていて、箒はどことなく浮ついて、セシリア、一夏、鈴はどんよりとしている。

第二形態移行により、背部のウイングスラスターが大型化し加速度、最高速度が伸び

荷電粒子砲や近接クローなどの新しい装備が増えた一夏の白式。

が、ただでさえ燃費の悪い第一形態から尚悪くなったせいでうかつなエネルギー消費が出来ない。

更に今まで近接だけでよかったのが遠距離戦闘との同時切り替え、基本戦術の組み直しまでしなければならなくなり

そのせいでいまいち勝率が伸び悩んでいる。

 

その反対を行くが如くな猛。遠距離から近接戦闘までを自在にこなし、武装も多彩。

八俣、十束と気をつけるべきものがどの距離でも存在し

霞の言う通り、より細かく、かつ簡単に調整が出来るようになったこの大太刀は

”疑似零落白夜”として振り回すことが出来て、燃費は本家と雲泥の差。

よって成績は同じくオールレンジで戦えるラウラ、シャルロットと猛の三人が上位、中間に鈴

少し下に一夏、箒、そしてセシリア。

 

特にセシリアの落ち込み様はちょっと無視できないほどだ。

理由は彼女のIS、ブルーティアーズでは一夏、猛に敵わないから。

エネルギー武器しか積んでないこれでは白式の盾を貫けないし、福音すら封殺した八咫鏡を1つでも出されたら

棄権する以外に方法がない。インターセプターで雪片、十束に挑むなど愚の骨頂だ。

状況の打破に本国に実弾武装を送るよう頼んでも暖簾に腕押しな状況が拍車をかけている。

 

「卑怯よ。卑怯過ぎよ。距離離してもダメ、近接じゃ一夏の白式と同じく一撃に気を付けないとダメなのに

 低燃費で長時間戦闘可能? うがぁぁっ! ほんとデタラメすぎ!」

「そんなこと言われてもそれが狭霧神だからなぁ」

「むぅ……」

「レーゲンのAICも八俣の矢にはほとんど効果がないからな。

 猛の得意な遠距離よりかは近接戦がまだ戦いやすいのだが、だんだん刀の扱いも洗練され始めて

 うかうかしてられん」

「斬り合いの近距離だと、やっぱり十束が怖いからね。中距離で銃火器の応酬がまだ有効だけど

 対策取られないようにいろいろ煮詰めないと。溜めてなくても八俣は脅威だしこれを封殺し続ける方法も」

「……なんでみんな俺対策ばっかなのさ」

「「「一番脅威だからだ」」」

 

三人だけでなく一夏、セシリア、箒すら声を重ねてそう言った。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

とある日、HRと一時限目の時間を使って全校集会が行われた。内容は今月に開催される学園祭について。

檀上に上がった楯無は、軽く微笑みながらも気品さを感じさせていかにも生徒会長っぽさを醸し出している。

が、その口から発せられた言葉は学園の黒二点の頭を抱えさせるものだった。

 

「学園祭では毎年各部活ごとの催し物に良かったものに投票し、上位の部活には特別補助金を出していました。

 けれどそれではつまらないと思い立ち――今年は1位を取った部活動に織斑一夏、塚本猛を強制入部させます!」

 

一瞬間の抜けた空気の後、講堂を揺るがすほどの雄叫びがあがる。その中には異議の叫びも混じっていたが。

 

「え、えええぇぇえええっ!? な、何だそりゃぁ!?」

「楯無さん! 楯無さんっ! 職権乱用は良くないと思いますが!?」

「……あはっ♪」

 

猛の抗議に可愛らしくウインクを返して誤魔化す生徒会長。そんなことをされても困るだけなのだが。

しかし欲望で暴走した女子陣は闘志の炎を燃やして静止の言葉も、もはや届くまい

男子二人の許可も得ずに争奪戦の幕は上がった。

 

 

 

「メイド喫茶だ。メイド喫茶しかない」

「うん、僕もラウラの意見に賛成するよ」

 

一組の出し物を決める放課後を利用したHRの時間。各々が出してきたものは大体一夏か猛とイチャつけるものばかり。

ホストになれ、ツイスターの相方になれ、ポッキーゲームをやれと欲望塗れの願いがわんさかと。

そんな中、鶴の一声としてラウラがぽんと切り込んでシャルロットがそれを援護する。

 

「客受けはいいだろう。それに飲食店は経費の回収ができ、来賓や一般客も来るのだろう?

 休憩所としての場所があれば尚、人が集まる。メイド服はツテがあるから貸してもらえる」

「それに、一夏に猛は執事か調理を担当してもらえばいいし。あ、ごめん訂正、猛は執事しかダメだよ?」

「はい?」

「うむ。猛は執事役で給仕してもらう、絶対にだ。あれほど完璧で瀟洒なご奉仕が出来るのだ。

 利用しない手はない」

 

うんうんと頷くラウラにあの情景を思い出したのか、ポッと頬を赤らめて執事役を押してくるシャルロット。

きょとんと眺めている一夏にやれやれと頭をかく猛。

 

「なぁ、どうしてラウラとシャルはそこまでお前に執事役をプッシュしてるんだ?」

「一度シャルとラウラと一緒にメイド喫茶の手伝いしたんだよ。その時の俺をもう一回見たいんだろう」

「へえ、あの二人があれほど必死に推薦するってことはかなり有能なんだな。何か俺も見たくなってきた」

「はぁ……しゃーない。受け入れるか」

 

こうして一組の出し物はメイド喫茶、もとい『ご奉仕喫茶』となった。

 

 

 

さて、やることもないから部屋に帰ろうと教室のドアを開けると朗らかに、やぁと手をあげる楯無に

何か疲れ切った一夏の姿が目の前に。クラス代表として織斑先生に会議の報告に行っていたはずだが

この様子だと出待ちされてそのままついて来られたのだろう。

 

「ちょうどよかったわ。猛君は寮に戻るところかしら?

 特に用事がないのならお姉さんにつきあってほしいんだけど」

「デートのお誘いではないですよね?」

「うーん、それも魅力的だけど今回は違うわ。ちょっと生徒会室まで招待するから来てほしいの」

「まぁ、いいですけど」

「それじゃあ決まりね。素直な子はお姉さん大好きよ」

「はいはい」

「……猛、よく普通に受け答えできるな」

「伊達にこの人とルームメイトしてないってこと」

 

生徒会室まで案内され、扉を開けて中に誘われるまま入るとファイルを持った三年生の女生徒と

見知ったクラスメイトがべちゃりと机にうつ伏せでへばりついていた。

 

「あれ? 布仏さんだ」

「本当だ、のほほんさんだ」

「んにゃ~? あ、おりむーにたけちーだ。やっほー」

 

やってきた二人に少しだけ顔をあげると笑顔で返事をするとまた突っ伏してしまう。

 

「あらあら、二人とも本音と仲がいいのね。とりあえずそこにかけて。お茶の用意をするから」

 

促されるままソファーに腰かける男子。三年女子、紹介された布仏虚、本音の姉である彼女が優雅な手つきで

お茶を差し出してくれ、ふらふらとしながらも本音が人数分のケーキを持ってきて向かい側に座る。

 

「えへへ~、このケーキすっごく美味しいんだよ」

「猛君が淹れてくれたお茶に、作ったケーキも美味しかったけど、これも引けをとらないわよ」

「えー!? 会長ずるい~。私もたけちーのお菓子食べたい~。あいたっ」

「本音。お客様の前です、ちゃんとしなさい」

 

いきなりの鉄拳制裁にどことなく、鬼神のような一組担任先生を思い出してしまう。

 

「まぁ、そのうちに布仏さん……本音さんにもお菓子作って味見してもらうから」

「ほんと~? 約束だよ、たけちー」

「ある程度の自己紹介も終わったし、本題に入りましょうか。猛君に一夏君が部活動に入らないせいで

 かなりの苦情が寄せられていてね。生徒会は貴方たちをどこかに所属させないと

 まずいことになっちゃったのよ」

「はぁ……。ん? 猛、お前も帰宅部なのか? ここ一応弓道部あったぞ」

「あーそれなんだけどね……」

 

一応どんなところか見には行った。行ったのだが、普段はちゃんとしているのだろうが完全に

猛に釘づけ状態でまともに活動が出来なかった。何より試合には出れないだろうし、マネージャーという柄でもない。

鍛錬なら日頃の朝練でも十分だし、IS訓練で八俣を使うことも出来る。なら入らなくてもよくね? という結論。

 

「あ、それなら生徒会はダメですか? おいおい仕事は覚えていきますから庶務辺りからってことで」

「わーい、たけちーが一緒に仕事してくれるんだ。ありがと~」

「んー、それは嬉しいけどまだ保留ってことにしておいて。それでね、二人ともまだまだ未熟だから

 特別に学園祭までに特別指導してあげることになったから」

「……全然話が繋がってないんですが」

「だって、猛君はまだしも、一夏君はてんで弱いもの。それじゃあいずれ取り返しのつかないことになる。

 だから鍛えてあげるって話」

「……なら勝負しましょう。俺が負けたら従います」

 

かちんときた一夏が立ちあがって楯無に指を突き付ける。それをにこりと笑って受け止める。

猛は、学園最強に相手してもらえるのは役得なのかな? と考えていた。



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18話

学園内の畳道場に三人は居た。白胴着に紺袴という武芸者スタイル。

布仏姉妹はまだやるべき仕事が残っているということでこの場には居ない。

少し息が弾んでいるだけで疲れた様子もない楯無に、息も絶え絶えで畳の上でぶっ倒れている一夏。

先手を譲ったのだが、何をやってもいなされて床に叩きつけられて、限界を迎えて起き上がれないようだ。

最後の立ち会いで、勢いよく胸元を掴んで引いたため胴着がはだけて豊満な胸が零れ出てしまったのを

見てしまったのは不可抗力とはいえ、ごちそうさまですと感謝の念。

 

「猛くーん? お姉さんの胸、見た代償は高いわよ?」

「不可抗力じゃないんですか? というより部屋で今よりキワドイ恰好の

 シャツ一枚で動き回ってるじゃないですか」

 

やれやれと思いつつも、楯無に手招きされたのでよろよろと立ちあがった一夏と交代。

相対した楯無は自然体で目の前にいる。猛も軽く深呼吸をして意識を切り替える。

ピンと空気が軽く張りつめる感覚を身体が感じる。

先手は楯無。初戦で一夏を沈めた律動を感じさせることのない、無拍子で懐に潜り込んで連続した掌底を放つ。

が、後方に下がりながら掌打を受け止めつつ離れ際に頭部を狙ったハイキック。

楯無は上体を逸らして猛の蹴りを回避し、軽く構えるが追ってラッシュを駆けるでもなく

彼は先程と同じく静かに佇む。

 

(ふふ、やっぱり猛君の売りはその観察眼よね)

 

相手に挙動を悟られないようにする無拍子だが、一夏との戦いの際に楯無のほんの僅かな動きを見切ったのだろう。

無論、そう易々と見てとれるものではない。だからこそ、その眼は脅威でもあり、強みなのだ。

後の先を捕る戦い方が自分に合っているからなのか、仕掛けてくる気配はなく泰然として仕掛けてくるのを待つ猛。

ならばと、先ほどより手数やフェイントを交えて攻めたてる楯無。

不意に距離を詰めて、後ろに下がった彼女の襟首を掴む。一夏の時のように完全にはだけはしないが

ちらりと胸元が露わになるが、ここで動揺するわけにはいかない。

 

(この人相手にずっと後手にまわっていても勝てる気がしない。なら不意をついて!)

 

体重が掛かった軸足を払って、楯無を床に倒す算段をつけた猛。

彼女を床に倒すことができたなら勝ちという勝負だ。ならば手っ取り早く失敗しにくい柔道の投げ技を選んだ。

 

「けど甘い!!」

 

猛の差し出してきた刈足に楯無は自分の足を絡める。腰を落として体重を預けるように猛の方に倒れ込みながら

絡めた足を後方に蹴り上げる。不意をついたつもりが逆に自分が倒されている。

 

(くっ!? やっぱり返されたか。けれど、こっちは倒されても負けじゃないし、起き上がって……)

 

受け身を取り、即座に立ち上がろうとする猛の首に彼女の腕が絡みつく。

 

「んー、狙いは悪くなかったんだけど、ちょっと甘かったかな? 残念だけど、このまま気を失ってもらうね」

 

素早く綺麗に締め技をかけられて、必死にもがいても抜け出せる気がしない。

段々と意識が遠のいていく中、甘く香る匂いと柔らかなものにずっと包まれて

地獄なんだか天国なんだか……区別がつかないまま視界が黒く染まった。

 

 

 

 

 

目を覚ました猛の視線の先にはかつて見た医務室の天井。数回まばたきをして、ゆっくり身体を起こして

どこか痛みや異常を感じるところはないか探す。

 

「……うん、ちょっとぼーっとするけど、痛みとかはないかな」

 

近くの机には綺麗に折りたたまれた制服と一枚のメモが。

それによると、猛の気絶中に一夏にISの操縦訓練を行いつつ、いろいろしごくそうだ。

今日は一夏君に集中したいから付きっきりだけど、今度は猛君もビシビシ鍛えるからね♪

そんなことが書かれていて、追伸として胴着はここに置いておけば後で取りに来るからとのこと。

 

外を見るともう日は沈んで少し夜の帳が折りかけている。

猛は制服に着替えて、胴着をきちんと畳んでベッドの上に置く。

空腹を訴える腹の音がしたので、ちょっと早いかもしれないが学食で夕飯を食べてから自室に向かう。

廊下を歩いていると、何だか必死になって走ってくる二つの足音がするので邪魔にならないよう

横に避けようとすると、その当事者たちが目の前に急停止した。

 

「た……猛! 私が一緒に住んでいいよね!?」

「……はい?」

 

一字一句間違わずに同じ言葉を発したシャルロットと鈴。それに気づいてキッとにらみ合う。

理解が追い付かない猛はずいぶん腑抜けた声を出してしまったが

二人が大きいボストンバックを肩から下げているのに気付いた。

 

「いやいや、一緒に住むって、俺の部屋には楯無さんって人が居るんだって」

「そ、その生徒会長が言ってたんだよ! 今日から一夏と一緒に住むって!」

「さっき一夏の部屋の前で聞いちゃったの! 生徒会長権限でどーたらこーたらって」

「つまり、もう猛の所には誰も居ないんだって。だからさ……あ、あの……また一緒に」

「何言ってんの! あたしと猛の方が付き合い長いんだから、気心しれてる方が生活も楽でしょ!?」

 

ぎゃいぎゃいと火花を散らす二人に、どう収拾つけたらいいんだろう、逃げても……だめかなと

考えている猛の裾をくいくいと引っ張る者がいる。

そちらに視線を向けると、どこか戸惑いがちに視線を下に向けている箒が居た。

 

「ん、どうしたの箒」

「す、すまない……。実は、あの楯無って人が一夏のルームメイトになってしまってな。

 追い出された訳ではないが、私の部屋が無いんだ……。わ、悪いんだがしばらく住まわせてもらえないか?」

「あの人は……」

 

すでに部屋の埋まっているところに強権で入ってきたら、そりゃあ前居る住人の一人は追い出されるだろう。

まったく、今度楯無に文句の一つでも言ってやろうと猛は心に書きとめておく。

……ちなみに、猛にそう言えば快く同居してくれるだろうと箒に吹き込んだのも楯無である。

 

「悪いな、シャルに鈴。二人はちゃんと元の部屋あるんだし、戻っておいてな。箒、カギは持ってるのか?」

「あ、ああ。あの人から渡された」

「んじゃ、行こうか」

 

同室になることを許してもらった箒は花が咲いたような柔らかな笑みを浮かべ、嬉しそうにしている。

箒を伴って自室に向かう猛に、しばらく唖然としてしまった二人。再起動が掛かると顔を突き合わせて話し合う。

 

「ねぇ……、箒ってあんなしおらしかったっけ?」

「何かあたしたちに相談してきてからは、猛の前じゃあんな風になってない?」

「一夏の前では素直になりきれなかったのに、あの変化は……マズイよ」

「どう見ても恋する乙女なのよね。猛が箒は一夏が好きだって思い込んでるから

 まだいいけどそれも何時までもつか」

「……何か対策しておかないと、手遅れになってからじゃ遅いよ」

「会議が必要ね」

 

お互い頷くと、どこか腰を落ち着けて話が出来る場所を探す二人だった。

 

 

 

自室のカギを開けて、箒と一緒に部屋に入る。確かに自分の私物以外、楯無の荷物が綺麗さっぱり無くなっていた。

元々そんなに物は置いていなかったとはいえ、たった数時間でここまで違和感なく痕跡を消せるのは流石というべきか。

 

「そっちのベッドが空いているから使って」

「わ、分かった。その、済まないが先にシャワーを使わせてもらっていいか?」

 

別に構わないと言うといそいそと着替えを取り出してシャワーを浴びに行く箒。

その後、猛もシャワーを浴びて部屋に戻ると部屋着にしているのだろう、淡い色の襦袢を着ている彼女が

少し緊張の色を見せて椅子に座っていた。

おもむろに緑茶を二人分淹れて、箒と自分の前に茶碗を置いて向い合せに座る。

 

「なんか、箒とこうして二人っきりになるのって珍しいよね」

「そ、そうか……?」

「うん。まだ箒が居なくなる前には、神社の境内で話したりはしたけどそれ以来は」

「……また、いろいろ話したり相談してもいいか?」

「そんなこと断らなくてもちゃんと箒の話は聞くよ。幼馴染じゃん」

「ありがとう……猛。ん、美味しいなこのお茶」

「そう言ってもらえるならこっちも嬉しいな」

 

にこっと自然に微笑みかける猛に対し、急に気恥ずかしくなり顔が赤くなる箒。

 

「あれ? 箒、顔赤いけど大丈夫?」

「だだだ、大丈夫だっ、な、何でもないっ」

「そう? ちょっとごめん」

「んにゃっ!?」

 

ごく自然に箒の前髪を掻きあげて額同士を触れ合わせる。

ちょっと顔を近づけたらキスが出来てしまいそうなほど傍に猛が居るので一層顔が赤くなる。

段々と目がぐるぐる渦巻きをかき始め、あわや熱暴走するかの所でようやく離れる。

 

「んー、何かちょっと熱っぽいけど本当に大丈夫か? ……箒?」

「……う、わあああぁぁぁぁ――ッ!!」

 

ついに耐え切れなくなった箒は勢いよくベッドに飛び込むと布団を頭からすっぽりかぶってしまう。

幼馴染の急な異変行動におそるおそる声をかける猛。

 

「あの……箒さん?」

「す、済まないっ! ちょっと風邪ぎみなのかもしれないっ! た、猛にうつす訳にはいかないから

 今日はこのまま眠らせてもらうぞ! お、お休みっ!」

 

強引に話を切られて、何度声をかけても言葉を返してくれない。

途方にくれた猛は、携帯を取り出してどこかに電話をする。

 

「あ、もしもしシャル?」

「猛? どうしたの急に電話なんかしてきて」

「箒がおかしくなったんだけど、どうしたらいいか分からないから同じ女子なら分かるかと」

「……何やったの」

「何って、箒が急に赤くなるから額をくっつけて熱はかっただけなんだけど」

「…………馬に蹴られて死んじゃえばいいんじゃないの?」

 

辛辣な受け答えを返してきてそのままプツリと電話を切られてしまう。

……何か悪いことしたのかなぁ、俺と何か納得いかないまま困り果てる猛であった。




思い込みって怖いね


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19話

 

「……っと、まぁこんなものでいいかな練習は。あれ?」

 

学園祭当日、ご奉仕喫茶の目玉であろう一夏と猛の執事姿での給仕をする際に簡単な流れ確認として

二人は箒、シャルロット、セシリア、ラウラを仮想客として接客の練習をしていた。

が、一通りの手順を示した時一組の女子陣が固まってしまっていて、何人かは歯を食いしばり血涙を流さんばかり。

 

「ぐぅぅ……っ、なに、何なの! こんなのを見せるなんて、神様はあんまりよっ!」

「何で私は一組なのかしら……、別クラスだったら、一夏君に猛君の奉仕を受けられるというのにっ」

「けれど、その場合はご奉仕喫茶自体が無くなってるかも……。

 それに近くで二人の執事姿をじっくり見れる利点も、ううぅ……」

 

悲喜こもごもにコロコロ表情を変えるクラスメイト。

苦悩から抜け出した人は息つく暇なく二人の写真を撮りまくっていて、やれやれとため息をつく一夏。

 

「何か行事あるたびにこんなこと起こってないか?」

「日常茶飯事というものだよ、あまり気にしない方がいいさ。あと、開店したら言葉使いに気をつけような」

「あ、ああ分かった。ところで接客の方はどうだ? おかしなところは無かったか?」

「うむ、まぁ悪くない接客だが流石に猛と比べると嫁はまだまだだ」

「あはは……あれと比べたら可哀そうだよラウラ」

 

可愛らしいメイド服に身を包んだシャルロットにラウラが答える。

仮想客役は一夏にシャルロット、ラウラ。猛にはセシリアと箒がその役を担った。

 

「ええ、確かに猛さんの給仕はまさに素晴らしかったですわ。できるなら私専属にしたいくらいですわ」

「あげないからね?」

「そ、そんな間髪入れずに断らなくても平気ですわよ……?

 あと、そんな笑顔で睨まないでくださいまし」

「箒はどうだった? おかしなところとか気づかなかった?」

「え……? あ、う、い、いや……うん! 変なところなぞ全くなかった! 最高だった!」

 

ぽーっと夢見心地だった箒は声をかけられてようやく正気を取り戻す。

猛と同室になってからは少しは落ち着いてきてはいるが、やはり時折こういうことが起きている。

一夏と話す時や、訓練の際にも今まであった険のようなものがとれて凛々しくも女性らしさが現れて

最近箒が優しく、落ち着きがあって何か格好良く、綺麗になったと一夏が言う。

彼女のいい面が表に出てくるようになり、後は素直に告白さえすれば彼氏彼女の関係になるのはそう遅くないと猛は思う。

 

幼い頃から一夏一筋で頑張っていたのを知っているので、その対象が変化しているのに気づけていないのだが。

何より自然を装って訓練や食事をとる際も箒は猛の傍にいるし、この学園内では二人しか男子はいないので

猛の傍には大体一夏もいる。そこから複雑な乙女心に気づけというのは、そこまで恋愛経験のない者には酷だ。

なるべく傍に居て監視目的もあるシャルロットに、クラスが違うのであまり接触できない鈴の内心は

音が聞こえるなら地獄の奥底から地鳴りのようなものが聞こえてきそうだ。

 

そんな思惑が渦巻いてるとは知らず、学園祭は幕を上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

朝から長蛇の列ができたご奉仕喫茶。さぞ慌てふためくことになるかと思いきや回転率はそこまで悪くない。

不慣れな接客でも一生懸命行っている雑務担当の中に、皆のフォローに回っているシャルロットが的確に動き

そして、再び現れた完璧執事。ギクシャクした硬さのとれない一夏の援護から

シャルロットとのアイコンタクトで話すことなくテキパキと手が足りないところの雑用をこなし、更にはご奉仕まで抜かりない。

時折調理班や他の給仕役の子がため息と共に憧れの視線を注いでくるのがちょっと困る。

シャルロット、箒などは特にチラチラ見てくるし。

 

「それでは気を付けていってらっしゃいませ」

「…………えーと猛、でいいのよね?」

「はい、塚本猛でございます。お帰りなさいませお嬢様」

「あー、そういう設定なわけね。ごめん、ちょっと普通に話してくれる? ちょっと受け入れにくいから」

 

帰る客を見送りに出た猛は、隣のクラスからやってきた鈴と出くわす。

 

「あんまり演技してないと怒られるから、少しだけね。鈴のところは何やってるの?」

「あたしんところは中華喫茶やってるんだけど、こっちに全部客取られて暇過ぎ」

「ああ、だから鈴はチャイナドレス着てるのか」

 

普段のツインテールを解いて髪型をシニョンに変えている。

服装は一枚の布を使ったスカートタイプで真っ赤な色合いに金で装飾された龍が彼女に似合っている。

しかしずい分大胆に切れ込みが入っていて激しく動けば下着が見えてしまいそうで

背中側も大きく開かれていて鈴のお尻上半分が少し見えている。

 

「なぁ、今日鈴は誰かに変な目で見られていないか?」

「ん? 別にそんなことは……ふふ~ん、なに? あたしの恰好がじろじろ見られちゃ嫌なの?」

「そりゃあ、自分の彼女が別の男に嫌らしい目で見られて嬉しい奴はいないだろ」

「え、あ、そ、そりゃそうよね……」

 

あっさり恋人宣言みたいなことを言われて、からかうつもりが逆にからかわれたみたいに赤くなる鈴。

 

「ところで、その恰好ってちゃんと穿いているんだよね」

「へっ? ……なっ、この、馬鹿ぁ!!」

「痛ぁ!?」

「こ、こういうのは線が浮き出ないようなのを穿くの!

 そ、それにどうなってるのか知りたかったら……二人きりの時に全部見せてあげるから」

「あ、ああ……ありがと」

 

ちょっとピンク色な気まずい雰囲気になりかけたが、その空気を流して教室内に鈴を案内する猛。

自然に椅子を引いて腰かけた鈴にメニューを見せる。早くも役に入り直した彼は優雅に佇んでいる。

 

「えーと、この『執事にご褒美セット』って何よ?」

「申し訳ございません。そちらは別の者が担当となっておりまして、私が担当しているものはこちらでございます」

「なになに……『とある執事の黄金配合(ゴールドブレンド)』ってやつ? じゃあそれ注文するわ」

「畏まりました。それでは少しだけ席を外させて準備を致しますので少々お待ちください」

 

そう言って綺麗なお辞儀をして一旦その場から離れた猛はバックヤードからミルとドリッパー、ポットを持ってくる。

 

「お嬢様。コーヒーが苦手ということはございませんか? その場合は紅茶に変更もできますが」

「大丈夫だから、そのまま作っちゃっていいわ」

 

慣れた手つきで独自ブレンドしたコーヒー豆をミルに入れ、心地いい豆を砕く音が教室に響く。

一動作が洗礼されていて、騒がしいはずの外の音がかき消され、ここだけ静謐さを感じる。

ドリッパーに注がれたお湯が微かに音を立てながらカップ内にコーヒーを抽出していく。

そうして差し出された褐色色の風味豊かなコーヒーに鈴は砂糖とミルクを入れて一口飲む。

 

「あ……美味しい」

 

苦味が程よく抑えられていて、甘いコクがある。それでいて口の中いっぱいに芳醇な香りが広がり

舌触りはとても滑らかだ。凄くほっとする味で知らず知らず夢中で、けれど焦ることなくコーヒーを飲み干して一息をつく鈴。

 

「はぁ……。これ、喫茶店とかで出されるやつよりよっぽど美味しいじゃない」

「そういってもらえるだけで私も恐悦至極に存じます」

 

お辞儀をしつつ、鈴にだけ見えるようにウインクをする猛。お帰りになる鈴を見送るために入口まで付き添う。

教室から出る前に振り返った彼女はにっこりと満面の笑みを浮かべ、そして自然な動きで猛の頬に軽く口づけをする。

途端に雑務担当と様子見していた調理係からも黄色い声があがる。

 

「とっても素敵な給仕をしてくれた執事に、あたしからのご褒美♪ ありがたく受け取っておきなさい」

 

バイバイと手を振って隣の教室に戻っていく鈴。あはは……と苦笑していると両端から手の甲をつねられる。

必死に笑顔から表情を変えないようにしながら視線を左右に向けると、笑っているのにどこか怖いシャルロットに

私不機嫌ですという態度を隠す気もない箒が居た。

 

「不意打ちとはいえ、猛なら躱せたんじゃないかなー? なんで素直にされちゃうのかなー?」

「いやいや、咄嗟だったからね? ところで、何で箒まで俺をつねっているのさ」

「……知るか、馬鹿」

 

 

 

 

 

 

客足が若干少なくなったのでとりあえず休憩をとるように言われた猛は

バックヤードで一息ついてからちょっと他の出店でも見てこようと思っていると

シャルロットに箒も休憩に入ったので一緒に学園祭を回ろうと誘われる。

箒は一夏とは別時間になってしまい、一人で回っても面白くないから付き添ってくれとある意味説得力のある建前。

とりあえず一時間のうち、最初の三十分はシャルロット、後半は箒と回ることにする。

 

執事服とメイド服のまま、外に出るとシャルロットに誘われるままついていく。

彼女が行きたがっていた場所は料理部の出し物で日本の伝統料理が食べられる……まぁ惣菜販売の店だ。

所狭しと大皿が並べられていて、どれも凄く美味しそうに見える。

そんな中、シャルロットは肉じゃがを二人分貰って片方を渡してきた。

保温装置を使い温かいままの肉じゃがを口に入れると、しっかりした味でも決してくどくない風味が広がる。

 

「うん、美味しい。白いご飯が欲しくなるな。ところで何で急に肉じゃがを選んだの?」

「あ……、前に聞いたことがあるんだけど肉じゃがを美味しく作れる人が結婚したい人になるって噂を聞いて

 じゃあ猛が美味しいって思える味ってこんななのかなって探りを入れようと」

「ふむ。まぁ俺も肉じゃがは嫌いじゃないけど、どちらかって言うと焼き物の方が好きだな。

 あ、あとシャルの作る洋風料理も好きだよ。前に作ってくれた鶏もものチキンステーキ、凄く美味かったし」

「そ、そうなんだ……。えへへ、何だか嬉しいな」

「おっ、この鯖の味噌煮も美味しいな。味付けも好みだし生姜の風味がいい。シャル、食べてみてよ」

「えっ? じゃ、じゃあ……あーん」

 

「あー、お二人さん? 料理を褒めてくれるのはいいけど、甘すぎて胸やけしそうだからほどほどにしてね」

 

料理部だけにごちそうさんと言いたげな顔をした部長に苦言まじりのつっこみをされて、そそくさとその場を後にする。

 

 

 

「いらっしゃいませー……って猛じゃない。そしてシャルも一緒か」

「やっほー。鈴とは休憩噛み合わなかったから様子見にきたよ」

「ふふっ、残念だったね」

「うぐぐ」

 

一組の教室に戻る前に鈴のクラスの出店にやってきた二人。

ウェイトレス役の鈴に案内されるまま、席につく。

渡されたメニューにある程度目を通すが、少し残念そうにため息をつく猛。

 

「はぁ……、飲茶喫茶だからかご飯や麺類みたいな、がっつり食べるものはほぼ無いね。鈴が作ってくれるの?」

「残念。私は給仕役だからレシピは渡したけど今回は直接作ってはないわ。まぁ味は悪くはないはずよ」

「それじゃあ、肉まんに月餅。それに烏龍茶を。シャルは?」

「僕はあんまんとジャスミン茶でいいかな」

 

注文を受けた鈴はキッチンに戻ろうとするが、いたずらな笑みを浮かべて猛の傍にくると

そっとチャイナドレスの裾を持ち上げる。あと少しで付け根が見えてしまいそうなスリットから差し出されたほっそりとした鈴の足を見て

思わず飲んでいた水を噴き出しかけてむせる。

 

「あはははっ! 猛のす・け・べ♪」

 

けらけらといたずらが成功した鈴は嬉しそうに逃げ出す。

猛はゴゴゴゴと擬音がついていそうなシャルロットを必死に宥める。

 

「……僕ももう少し過激なメイド服ならよかったのかなぁ」

「そうなると、なんかいかがわしくなるから止めて」

 

 

 

 

 

 

後半は箒と一緒に回っていないところを見てみる。茶道部で茶道の体験をしてみたり、剣道部に行ったら

最近サボり気味……というかほぼ幽霊部員なのをチクチク突かれて気まずそうにしていたり。

そんな中彼女が行ってみたいと念を押していた出店にやってくる。

小さく個室に区切られていて、中は青一色に統一されてどことなく、エレベーターガールと長鼻の主人でも居そうな雰囲気。

けれどそんな人物がいることはなく、机を挟んだ向かいの椅子に

フードを深めに被った占い師役の人が座っていた。

二人分用意された椅子に腰かける。

 

「さて、今日はどのようなことを聞きたいのですか?」

「わ、私の恋愛診断をしてもらいたい!」

「分かりました。ではこのタロットを好きなように抜いて5枚順番に渡してください」

 

目の前に差し出されたタロットの山札の中から無造作に5枚引き抜いて占い師に渡すと

手馴れた手つきで魔法陣を描くように札を並べていく。

そして順番にカードの表面を現していくと、考えるようなそぶりを感じさせながら結果を告げる。

 

「そうですね……。貴方の恋愛運は決して悪くありません。心を寄せている人も貴方に悪い印象を持っていませんし

 むしろ大切な人として認識しています。ただ、相手の方が貴方の想いに気づいていないせいで先に進めない状態のようです。

 いっそ、しっかりと自分の想いを、友人とかではなく異性だと意識しているとはっきり告げた方がいい展開になるかもしれません。

 それと、言いにくいのですがすでに何人かのライバルが彼の傍には居るようで、その人達との関係も悪くないと出ています。

 後は貴方の努力次第で運命は二転三転します。どうか決して諦めないでください」

 

ずいぶん具体的に結果が出たが思い返せば、当てはまるところが多くてこの人実は凄い人ではないのかと思う猛。

箒も一字一句間違えないように本気で聞き込んでいる。

 

「しかし、箒がこういうことに興味があるって思わなかったな。占いなんて眉唾、気合いさえ入れれば

 何とでもなるって感じだし」

「わ、私だってお、女なんだ……、雑誌とかの星占いもちょっとは気にしたりはする」

 

占いの館を出て、そろそろ休憩も終わりなので教室に戻ろうとするところを、いきなり背後から抱きつかれる。

 

「はーい、猛君♪ 楯無おねーさんだよ」

「うわっ!? た、楯無さん、いきなり抱きついてこないでくださいよ」

「えへへ、ごめんごめん」

 

突拍子もない出現にもう慣れたと困り気味の笑顔で振り返る猛と、今まで嬉しそうにしてたのが一気に

不機嫌な表情になる箒。

 

「それで、何の用ですか? 用事もなくやってくるとは考えにくいですし」

「あら、察しのいい子は好きよ。生徒会の出し物に人手が足りなくてね、出演してほしいの」

「申し訳ありませんが、猛はこれから仕事に戻るので協力できません」

 

キッと眼光鋭く間に入り、お呼びじゃないから帰れと暗に言っている箒。

だが、こういうことに対し百戦錬磨の強者の楯無にはまったく無意味だろう。扇子で口元を隠しながら

残念そうに言葉を発する。

 

「あ~あ、残念。もし猛君がOK出してくれたなら箒ちゃんも一緒に手伝ってほしいとお願いするつもりだったのに」

「え、ええっ!?」

「生徒会の出し物は演劇なんだけど、綺麗なドレスを着て猛君と一緒に劇をしてもらおうと考えてたのに……。

 忙しいんじゃ仕方ないわよね。他の子を探すわ、シャルロットちゃんとかいいわね」

「あのー、俺はどちらにしても強制出演になってるんですがそれは……」

「そそそ、そんなことないです! 喫茶なら他のクラスメイトがしっかりやれば問題ないでしょうし

 猛も快く手伝ってくれるはずです! なっ、猛!」

「ええー……」

 

人たらしの本領発揮というやつだろう。あっという間にほだされて、敵側に回ってしまった箒に呆れてしまう。

 

「まぁ、いいですよ。決まっていないとはいえ生徒会に入るつもりですし、庶務の仕事の前倒しだってことにすれば。

 ところで、劇って何をやるんですか?」

「んふふ……それは『シンデレラ』よ」



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20話

 

「なぁ……何でこんなことになってるんだろうな」

「あの生徒会長さんに俺らが勝てる部分はあると思うのか?」

「……ないなぁ」

 

猛と一夏は軽くぼやきながら舞台袖に待機している。

どうやら、一夏も誘われて(というより半ば強制)この生徒会主催の演劇に出演することになっているようだ。

彼の恰好はいわゆる王子様の恰好をし、頭には楯無から渡された王冠を乗せている。

そして猛の姿はと言うと、具足に籠手、動きを阻害しない陣羽織、十束の大きさに近い模造刀と一夏に比べると

ずいぶん実戦向き、まるでどこかの薩人マシーンを模したような恰好。

一夏は一着しか衣装はなかったのに猛には他に二つ用意されていたのが、これ以外だと侍魂の主人公か俺より強い人に会いにいくような胴着だった。

 

そして照明が落ちてブザーが鳴ったので二人はいそいそと舞踏会場のセットへと向かう。

最初からノリノリでナレーターをしている楯無の劇内容はグリム兄弟に謝れと言わんばかりのぶっ飛んだもの。

幾多の舞踏会(戦場)を潜り抜け、群がる敵兵をなぎ倒す灰塵を纏うことすらいとわぬ者、それがシンデレラって。

どこの御伽の国の大戦争のサンドリヨンだ。……箒とかあの恰好似合いそう、声的にはラウラだが。

ああ、シャルに鈴はマッチ売りの少女やアリスもいいなと軽く現実逃避してしまう。

 

「もらったぁぁぁ!」

「へっ? う、うわぁぁっ!?」

 

そこに掛け声と共に飛び出してきた鈴に、驚きで硬直してしまった一夏を庇うように間に入る猛。

 

「ちっ!? このぉ!」

 

奇襲を防がれてしまい、舌打ちしながら隠し持っていた飛刀を投げつけるが猛は手にした太刀で弾き落とす。

 

「くっ、分かっちゃいたけどあんたがいると奇襲とかは無理そうね。

 正々堂々、真正面から死なない程度に殺してあげるわ!」

「いきなり物騒だな、鈴!」

「うりゃあぁぁっ!」

 

多彩な蹴り技に応酬するように、刀を振り回す。ガラスの靴には補強でもされているのか

ガツンガツンとぶつけあってもヒビすら入らない。

ちらりと見えるスカートの奥はスパッツが見え、ちょっと残念に思いつつ鈴の猛攻をいなす。

と、ぞくりと背中を悪寒が走り、身を屈めると今まで頭があった部分に銃弾が通り抜ける。

その方角に目を向けるが、隠密に長けた装備をしているのか場所は特定できない。

 

『王子を守るその青年。実は彼も異国の王子だったのです! 親友の危機を耳にした彼はたった一人で

 彼の元に馳せ参上した次第。なおとある信用できる情報筋からは、彼と深い関係になるには

 己より強い者でなければならないとのこと。つまり、この場で彼を打ち倒せるシンデレラこそ

 正妻になる権利があると!!』

 

もうシンデレラの要素すら無くなったノリノリのナレーションに生徒会長は何をしたいのか

うんざりした表情を浮かべる一夏に猛。

 

ちなみに女子たちだけに告げられた情報には

『王子の王冠を手にするか、塚本猛を倒した者には彼らとの同室同居の権利を与える。

 尚対象はどちらでもいいが、一緒になりたい方を相手すると高ポイント(フレーバー)

というものがある。

 

こういう荒事にはあまり積極的ではないシャルロットすら、アサルトライフルのモデルガンを持ち

困り顔のまま、暗がりから姿を現して、気が付けば箒やラウラも殺気立ちながら二人を包囲していた。

 

「なぁ、これってどう見ても最悪な状況だよな」

「この囲まれた状態で楽観視できていたら、俺はお前の頭の中がお花畑だと確信するよ。

 ……まぁ、俺の方にも何人かは引きつけられるだろうし、その間に何とか逃げ回ってくれ」

 

猛は太刀を上段に持ち上げて刃を水平に、霞の構えにし大見得を切る。

 

(ぎょく)を守りきることさえ出来るのであれば、たとえこの身が果てようとも本望。

 全力を持って挑んで来い。そう容易く抜かれはせんぞ?」

 

空気が一瞬冷たく張りつめた気がした。その鋭い眼光に、誰かがごくりと唾を飲み込んでしっかりと武器を構え直す。

……しかし、遠くから響いてくる地響きの音にふと全員そちらに視線を移す。

 

『さぁ、今からフリーエントリー組の参戦です! この数の暴力を捌ききることはできるのでしょうか!?』

 

数十人以上いるシンデレラの群れ。あっけにとられている中、素早く再起動した猛は一夏に声をかける。

 

「一夏! とりあえず逃げるぞ! あんな量相手になんてしてられねぇよ!」

「あ、ああっ! じゃあ俺はこっちに行くから、猛も無事逃げ切れよ!」

 

二手に分かれた一夏と猛を追うNEWシンデレラ群。さて、どうやって逃げ切るべきかな……と思っていると

併走してきた箒が猛の手を取って、誘導するように走っていく。

そうして、更衣室の一角に逃げ込んできた二人。薄暗い部屋の中、大きく深呼吸をして息を整える箒。

先程までの敵意のようなものが感じられず、むしろ別のことで緊張しているのかどこかぎこちない。

少し警戒しつつも、猛は箒に声をかける。

 

「あのー、箒?」

「猛、話があるんだ。真剣に聞いてほしい」

 

凛とした佇まいでこちらを見つめてくる箒。

 

「お前とは幼いころからの付き合いだな。

 篠ノ之神社の道場で初めて出会って、クラスも一夏と私、ずっと一緒で。

 私が、一夏への想いに気づいた時、恋人同士になれるよう気をまわしてくれたり、そうでなくても道場での稽古の後、神社境内で星空を見上げながら他愛もない話をするのが、実はとても楽しかったんだ。

 あの事件の後、離ればなれになってこの学園で再会して、また一緒に過ごせるようになって」

 

一旦言葉を区切り、決意と不安が入り混じった目で猛に相対し、口を開く。

 

「そして、福音戦の時をきっかけにし、あの夏祭りの時に私は気付いたんだ。私は……猛のことが好きなんだって。

 お前はいつも、誰かに支えてほしい、辛いことを抱えている時に自然に傍に来てくれて、ただ静かに寄り添ってくれる。そんなお前だから、気づいてしまったら段々と想いが膨らんで心がいっぱいになってしまったんだ」

 

ありったけの勇気をかき集めたのか、頬を赤く染めて瞳は涙を溜めて潤んでいる。

箒の手にしていた太刀が床に落ちて、カランと小さく音が響く。

駆けこむように猛の胸へと飛び込んで、ぎゅっと抱きついて背中に腕を回す。

回された腕に密着した身体が小さく震えているのに気づく。

 

「好きだ……私は、お前のことが……どうしようもなく、好きになってしまったんだ。

 どうかこの気持ちを……受け入れてほしい……んっ」

 

猛が呆気にとられている間に、箒はそっと目蓋を閉じると唇同士を重ねあわせる。

二つの影が重なりあって、そのまま時がゆっくり過ぎ、彼女は身体を名残惜しそうに離す。

俯いた顔は薄暗さもあってどんな表情を浮かべているのか猛からは見れないが、その方がいいと思う箒。

そこに乾いた拍手が響き渡る。

咄嗟に彼女をかばうようにした猛の前にロッカーの影から一人の女性が姿を現す。

確か喫茶店をしている時に一夏にしつこく技術提供の旨を迫っていたのを覚えている。

が、人のよさそうなにこにこした笑顔が今は獰猛な獣のような敵意をひしひしと感じる笑みを浮かべている。

 

「ここは学園内でも、関係者以外立ち入り禁止なところですが……道にでも迷いましたか?」

「くっくっく……、白式か不明機かどちらか手に入ったなら儲けもんとして潜んでいたんだが

 まさか、青臭い青春劇を間近でやってくれるとはなぁ。あまりに甘過ぎてヘドが出そうだぜ」

「ああ、つまり貴方はISを強奪しにやってきた敵ってことですか」

「ははっ! 察しのいいガキだな、そうだよあたしは悪の組織の一人オータム様だ!

 てめぇのISを奪いに来たんだよ!」

 

元から凶悪な笑みをより狂気に染めて、嘲笑う女。

スーツが引き裂かれて毒々しい黄色と黒に彩られた八本の爪が現れる。

 

「箒! ISを纏え! そして援護頼む!」

 

一瞬で狭霧神を装着して、謎の女に急接近する猛。

 

「はははっ! せいぜい足掻けよクソガキども!」

 

 

 

 

 

 

(なんなんだよ、コイツ!? 実戦なんか知らない腑抜けたガキじゃねぇのかよ!)

 

八つの爪の装甲が開いて中から銃口が現れ、狭霧神に照準を合わせて一斉に射撃が飛ぶ。

一呼吸置いて、猛は距離を詰めて背を数発弾丸が掠める。

懐に潜り込まれたならばとオータムはそのまま、抱き潰すように爪を閉じる。

それよりも早く手に薙刀を呼び出して弧を描くように振り回して爪の檻をこじ開ける。

強引に弾かれて耐性を崩している毒蜘蛛に対して、強く震脚を入れての鉄山靠。

とっさの回避の跳躍のおかげで、さほどダメージは大きくないが派手に吹き飛ぶ。

そこに後ろに下がっていた紅椿が雨月を使ってのレーザーで援護をする。

 

「ちっ! 邪魔くせぇ!」

 

放たれたレーザーを容易く弾くが、一瞬でも猛から目を離してしまった。

慌てて周囲を確認すると、ちょうどオータムの真上に蜘蛛のごとくぴったりと貼りついている。

瞬時加速を使って、気づかれぬうちに移動していた狭霧神。

そのまま落下するもブースターを使い、加速度を増して彼女に襲い掛かる。

間一髪身をよじって回避。叩きつけられた大太刀は、容易く床を粉砕し瓦礫をまき散らす。

 

「この、クソガキがいい気になるなよぉ!!」

 

五指を一斉に刺し穿つように殺到させるが、霞むように狭霧神は姿を消して今度は横の壁に難なく着地している。

オータムの駆る『アラクネ』が蜘蛛の容姿をしているならば、狭霧神は人の形をしている蜘蛛のよう。

この狭い更衣室を縦横無尽に、辛うじて目で追える速度で飛び回って襲い掛かる。

侮っていたことは認めよう。だが、この程度の逆境を乗り越えるなど幾多の荒事をこなしてきた己には簡単なことだ。

 

「確かにてめぇはすげぇかもしれねぇが、もう一人の方はてんで素人だなぁ!」

 

視線を向けずに、箒の方へと光球を投げつけるオータム。

急な攻撃に慌てて防御する箒だが、目の前で破裂するような音を立てて巨大な網へと変わり紅椿に絡みつく。

 

「くっ!? こ、このっ、と、とれない!」

「ぎゃははっ! それはそう簡単に取れやしねぇよ! さて、形勢逆転だなぁ?」

 

一瞬のうちに紅椿の傍に寄ると、オータムはその細首を無骨な手で掴みあげ箒は苦しそうな声で呻く。

 

「さぁ、あたしの気分が変わらないうちにこっちに来てもらおうか。気まぐれでコイツの首をへし折ってやってもいいんだぜ?」

「う……く、ぅぅ……す、すまない、猛」

 

必死に抵抗し、身をよじろうとも外れる気配すらない。

地面に降り立った猛は警戒するようにオータムを睨みつけているが、それが彼女の気に障る。

イライラしつつも、散々苦労かけた奴をこれから嬲れることに舌舐めずりし、粘ついた笑みを向けて言葉を発する。

 

「ああ、別にこれを見捨てるってのもいいんだぜ? まだ世界のどこにも存在しない第四世代のISってのも

 喉から手が出るほど求める奴らは居るしな。その場合、ISを奪うだけじゃなく殺しちまうかもしれないがな」

 

脅しじゃないと言うように、更に力を込めて箒の首を絞めあげると苦痛の色が更に濃くなる。

そのまま、しばらく膠着状態が続くがどこか諦めたように肩の力を抜く。

 

「はぁ……。うわー、箒が人質に取られちゃったぞ。助けて生徒会長ー」

「ちょっ!? え、ええっ!? た、猛君?」

 

困惑した声を出しながら、ドアの向こうから楯無が姿を現す。

 

「確かにこの学園内で物騒なことはご法度だけど、そんな呼び方しなくてもいいんじゃない?」

「いやぁ、本当にいるかどうか分からなかったものですから。あれだけ棒読みなら出てきてくれるんじゃないかと。

 あ、一夏の方は大丈夫でしたか?」

「うん、ほらこれ王冠。これだけは何とか奪ってみたけど、あれだけの人に囲まれてたらよほどのことが無いなら

 危険はないはずよ。傍に本音も居るから」

 

急に表れた楯無とのんきに話を始めた猛に対してついに怒り心頭し、殺意をむき出しにして吠える。

 

「てめぇ!! 何のんきに話なんてしてやがる! こいつがどうなっても」

「ああ、そのことか。大丈夫さ、だってあんたはもう動けない――」

 

疑問の声をあげようとした瞬間、アラクネは不快な音を立てて全身が異様に捻じ曲がる。

同時に箒の首を掴んでいた腕もあり得ない方向に強制的に引っ張られて、ごきりと肩の関節が外れ

限界まで四肢も胴も捻られる。

 

「ぐっ、が、ああぁぁっ!?」

 

奇怪なオブジェとなり、足が着かなくなったオータムは宙で静かに揺れている。

アラクネの糸が絡まって動けない箒に近寄って丁寧に全身から糸を取り払っていく。

 

「な、何が起こってる!?」

「よく自分の身体を見てみればいいよ」

 

ハイパーセンサーの感度をあげて身体を見つめると、きらりと光る線のようなものが無数に付いている。

アラクネの末端から己の身体の部分までくまなく付いたそれはこの狭い更衣室に天井、壁に至るまで廻らされ

その根本は狭霧神の指先に集約されていた。

限界まで感度を高めて、オータムは何をされたのかようやく気づく。

 

「これは……糸か!?」

「ご明察。あんたのそのISを見て思いついてね、気づかれないよう糸を張り廻られてみたのさ。

 西新宿の人探し屋や病蜘蛛(ジグザグ)には程遠いけど、それなりには上手くいったかな」

「猛君があのせんべい屋さんっぽくなったら、それこそ学園が崩壊するからそのままでいてね?

 あーあ、せっかくお姉さんに惚れちゃうくらい恰好いいところ見せようと思ったのに猛君は何でも出来過ぎよ」

 

軽口を交えつつ、オータムの前に移動する楯無。笑みを浮かべているがその瞳の奥は恐ろしいまでに冷え切っている。

 

「さて、無粋なテロリストさんにはこれからいろいろ吐いてもらおうかしら」

「く……っ、は、ははっ、はははっ! やっぱりてめぇらは最後の詰めが甘いんだよ!」

 

オータムは固定された身体を力任せに動かし始める。糸が身体に食い込み、指先からはぶちぶちと肉が引き裂かれる音を立てる。

咄嗟に止めようとした楯無より先にISを強制解除したオータムはスタングレネードを実体化し目先に投げ捨てる。

猛は自分の目と耳を庇いつつ、箒に覆いかぶさって彼女を守る。光と音の衝撃が収まった後顔をあげると

ボロボロのままうち捨てられたアラクネがあり敵の姿はどこにも無かった。

 

「やられたわね。まさか四肢を引きちぎってでも逃げ出そうとは思ってもいなかったわ。認識が甘いと言われても仕方ないくらい。……コアもしっかり抜き去っていってるし」

「すみません。まさかそこまでやってまで逃走しようとは考えられずに少し糸の拘束を弱めてしまって」

「いいのよ。荒事なんてほとんど経験したことない人にそこまで非情さを求めるつもりはないもの」

 

楯無は逃げたオータムを追うと言って更衣室を後にし、やることがない二人は少し休んでから戻ることにした。

 

 

 

 

 

夜、あの後の展開を生徒会長から聞いてから自室に戻った猛。

いろいろなことがあって楽しいこともあったが、やはりどっと疲れがやってきた。

シャワーを浴びてさっぱりした後、早めに寝ようとした所、箒が遠慮がちに裾を摘んできた。

 

「ん? なに」

「そ、その……き、今日は隣で眠ってもいいか?」

「え……。いや、別にいいけれど」

「そ、そうか! 今日はいろいろあって特に疲れたな! もう寝るんだろう?」

 

いそいそと布団の中に入る箒に続いて、猛も彼女の隣に横になる。

電気を消すと、しばらくは何も見えなかったが窓から少し差し込む光で薄ぼんやりと箒が見える。

 

「こうして二人きりで眠ることって思い返すと無かったな」

「そうだね。箒の家に泊まりに行くことも無かったし、俺は施設で暮らしてたからな」

「猛。手を……握ってくれないか」

 

重ねた箒の手のひらには少し竹刀タコっぽいものが感じられるが、それでも女の子らしく温かくて柔らかい手だ。

想い人が隣で優しく手を繋いでくれる。それだけでこれほどまで心が安らぐ。

彼になら、どれだけ甘えようとも受け入れてくれることがとても嬉しい。

 

「温かいな……」

「箒、なんかずいぶん雰囲気が変わったというか素を出すようになったというか」

「ふふ、お前相手にいいところ見せようとか、取り繕うとするより、ありのままの私の方が接しやすいだろう?」

「まぁ、誰にだっていいところはあるし、悪い部分はあるけど、そういうものを全部含めて箒だろうし」

「そんなお前だからこそ、好きになったんだと思う。……ふぁぁ、ん……すまない、もう眠くて……」

 

だんだんと目蓋が重くなって、箒は手を握ったまま、すぅすぅと穏やかな寝息を立て始める。

安らかに眠る彼女につられるように、猛も眠りの中へと旅立っていく。

静まり返った神社の境内で、幼い頃の箒と手を繋いだまま、取り留めのない話をしながら時折満天の星を見上げる。

 

差し込む朝日で目が覚めた時、未だに手は繋がれていて、ゆっくりと覚醒して

おはようと微笑む彼女はあの頃より大人びてはいたが、その優しい笑顔は昔と変わらなかった。



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21話

 

学園祭の舞台の秘密の景品。二人の男子との同居権である王冠を楯無がゲット。

そして猛を倒した者にも同じ権利が与えられるはずだったが、該当者は無いはず。

だが、一応更衣室での一幕で猛を縫いとめたということで、箒がなし崩しで一緒に居たのが

正式に同居人として認められることになった。

 

投票は生徒会の演劇が一位となり(まぁ結果は楯無の手のひらの上だった)一夏は生徒会所属となり

元々ここを希望部活として挙げた猛も生徒会の役員となった。

最初はブーイングの嵐であったのだが、適宜各部活に貸出要員として東奔西走させると宣伝したところ

呼び込みのアピール合戦に成り代わり、人の津波が起こりかけこの学園の女の子のバイタリティにおののく男子二人。

 

 

 

「織斑一夏くん、塚本猛くん、生徒会副会長及び庶務着任おめでとう!」

 

楯無、本音、虚の三人に歓迎される。クラッカーが軽快な音を立てて紙吹雪が飛び出す。

生徒会室で着任祝いとして、軽いお茶会を開いている。

皆の前には猛が自作して持ってきたベイクドチーズケーキに淹れたての紅茶が置かれ

うまうまと顔をほころばせながら、パクパクケーキを食べる本音、感心した表情の虚。心から美味しいと思ってくれている歓喜の顔の楯無。

これだけ喜んでもらえるのなら作ってきた甲斐があるというものだ。

 

「ふむ、お嬢様から聞いてはいましたが、これはなかなか出せる味ではないです」

「でしょでしょ。猛くんのお菓子ってほんと美味しくて、時折体重計乗るの怖いときがあるのよ」

「たけち~、今度おっきなケーキ作って私に頂戴? 1組の皆と一緒に食べたい~」

「了解。今度はチーズスフレとかも作ってみるよ」

「……時折、何か男としてもいろいろ負けたような気がするんだよな」

 

終始なごやかなムードで、これから生徒会での役割を三人から聞かされた猛と一夏だった。

 

 

 

 

 

 

一番の景品を手に入れた箒はここしばらく、ずっと機嫌がよく心なしかポニーテールも弾んでいる。

その反対として、むすっとした表情の鈴。クラスが違うため、合同授業が無ければ休み時間くらいにしか合うことが出来ず

尚且つ恋敵が同居しているという現状に、どうにかしたいと躍起になって隙を見つけては傍にいる。

そんな中、おこぼれでもいいやと達観しているのに、おいしいところは意外にとっていっているシャルロット。

今日も専用機持ちで集まって夕食をとり、猛の隣には箒と鈴、正面にシャル、一夏の両脇にはセシリア、ラウラが座る。

 

「そういえば、そろそろキャノンボール・ファストの時期になるのよね」

 

談笑中、ふと思い出したように鈴がそう切り出す。本来は国際大会として行われるISを使ったレースだが

学園外での実習の意味を持たせて、市のISアリーナを借りて大々的なイベントとして開催される。

それに合わせて皆は高機動用パッケージへの調整、換装を始めていくそうだ。

 

「白式に狭霧神は追加パッケージは無いのだろう? 駆動エネルギーの分配、各スラスターの出力調整がメインになるな」

「うぇぇ……またいろいろややこしいことやらないといけないのか」

「ふむ、なら調整の仕方を教えるついでに、久しぶりの全力演習でもするか。いいな」

「了解しました少佐殿」

 

一夏とラウラの演習取り付けの話題から、生徒会はどうなのかというところから所属した部活のことなどを話し

食事も終わって各々席を立ち始める。皆が部屋に戻っていくなか、猛は鈴を呼び止めた。

 

「ん? なにか用?」

「次の日曜日空いてる? どこか出かけないか?」

「んん……? へ、ふぇぇっ!?」

「キャノンファスト・ボールが近づいたら忙しくなっちゃいそうだし、鈴ともあまり遊べてないし。

 都合が悪いなら諦めるけど」

「ままっ、ちょっと待ちなさいよっ! ……えーと、うん、特に用事ないし平気よ」

「じゃあ駅前で待ち合わせして、遊びに行こう。それじゃ」

 

去っていく猛の姿が見えなくなった後、だらしなく頬が緩んでしまうのを感じる。

 

(えへ、えへへ……♪ 久しぶりのデートじゃない! 学園祭は休憩が合わなくて一緒に回れなかったし

 それ以降も都合が悪くていまいち遊びに行けなかったのがちょっと腹立たしかったけど

 今度の日曜は本気で遊び倒すわ!)

 

明るい鼻歌を奏でながら、自室に戻っていく鈴だった。

 

 

 

 

 

駅前で待ち合わせをして、近くの大型アミューズメント施設に遊びに来た二人。

猛はバスケットコートの一つを借りて、動きやすいTシャツにハーフパンツに着替えて軽く柔軟をしていると

脇にボールを抱えて鈴がやってきた。

タンクトップの上に淡いピンクのシャツ、黒いスパッツと彼女によく似合った恰好がよく映える。

 

「お待たせ。ボール持ってきたわ」

「ああ、ありがとう」

「けれど、遊ぶって言うからデートっぽいのを期待してたんだけどな」

「一緒にショッピングに行くのも悪くないけど、夏休みプールに行った時が楽しかったし

 学園で実戦訓練で鈴とやりあうのは心地いいしね。

 鈴だって、身体を思い切り動かすのは嫌いじゃないだろ?

 訓練とは違うけどスポーツで鈴と競うのも俺は楽しいよ」

「ふふーん。そんなこと言っていいのかしら? あたしが本気出したら勝ち目無くなるわよ?」

「望むところ。さぁ、勝負だ」

 

軽いウォーミングアップをこなしてから、1on1で試合を始める。

鈴が小柄な体格を生かして、素早くそして力強いプレーを見せるなら

猛の方はテクニックを駆使してレイアップ、3ポイントシュートなどで点を稼ぐ。

そして1、2ポイント差を奪いあいながら互いに譲らず、最後は鈴が10ポイントを先に取って勝ちを得た。

傍にあるベンチに腰を降ろし、息を整えながら汗を拭いていると鈴が自販機からスポーツドリンクを買ってきて猛に投げ渡す。

頬や首に汗が流れて、一気に水分を飲み干していく際に喉が蠢きどこか健康的な色気を鈴は持っている。

ぷはぁ、と一息ついた鈴はおもむろに口を開いた。

 

「そういや、今月は一夏の誕生日があるんだったわね」

「あー、そういえばそうだったな。中学の時からの誕生会みたいなのは続いてるから今年もやるんだろうな。

 ……あいつは来いって言うだろうが、馬に蹴られたくはないからプレゼントだけ渡すか」

「あのどうしようもないにぶちんささえ治せばねぇ……。

 そうだ、この後レゾナンスで一夏にあげるプレゼント一緒に探してよ。男の意見聞きたいし」

 

そうして、午後は鈴と一緒にレゾナンスに向かうことになった。

 

 

 

「……どうしてこうなんのよ」

 

レゾナンスにやってきたはいいのだが、最初の店で箒とシャルロットに鉢合わせしたのだ。

箒たちも一夏への誕生日プレゼントを買うために来ていたのだが、やはり同性の意見を聞きたいと

なし崩し的に一緒に買い物をすることに。

 

「というか、何自然な感じで隣に陣取ってるのよ! 離れなさいよ」

「別に私がどこにいようが構わないではないか。いちいち目くじらを立てるな」

「じゃあ、手を繋ぐのはやめなさい!」

「その言葉、鈴にそのまま返そう」

 

両手をがっちりと箒、鈴に握られ、ぎりぎりと力を込められてかなり手が痛い。

助けてください、シャルロットさんと目線を合わせても何とか耐えてね? と困ったように微笑んで流されてしまう。

 

「そういえば、猛の誕生日は2月だったな」

「そうだね。あ、ごめん。箒には今年誕生日プレゼント渡してなかったね」

「い、いや……別に気にしなくてもいいぞ。……プレゼント貰うよりいい状況に今居るしな」

「……そうだ! 来年なんて待たなくても今ここでプレゼントあげてもいいんじゃない!? 再会できたのもIS学園に入ってからだしね!」

 

待ってなさい! 猛に何か似合うもの見つけてくるからと走り去ってしまった鈴音を追うように

箒も負けじと別方向に行ってしまった。

今日は一夏のための誕生日プレゼント買いに来たはずなんだけどね……と少し呆れ気味で佇んでいると

優しく手を握られる感触に、横を見ると少し頬を赤く染めたシャルロットが居た。

 

「えへへ、やっと猛と手が繋げたね」

「えーとシャルロットさん。このまま待ちぼうけしてるのも暇なので一緒に買い物に行きませんか?」

「もちろん」

 

基本的に鈴音、箒と猛が行動すると彼女らに振り回されつつ、追従する事が多いに対し

シャルロットはそこまで自己主張も強くない。

しかし、互いに相手を立てるタイプ同士のため、二人きりの場合シャルは意外な押しを見せるのだが

彼女に頼られるのはそんなに悪い気はしない、むしろ嬉しいと感じることもある。

ウィンドウショッピングをしながら不意に猛に問いかける。

 

「男の子ってどんなプレゼントを貰ったら嬉しいのかな?」

「そうだな……。おしゃれにセンスがある奴なら香水とかだけど、そういうものは好みがあるからね。

 ぶっちゃけると、タオル、ハンカチみたいな消耗品、気軽に使えるものとか

 食べられるものの方がありがたいな。まぁこれは俺の意見であって参考程度に」

「ふぅん……。あ、ならさ、腕時計とかどうかな?」

 

ちょうど時計を取り扱っている店舗が傍にあったため、中のショーケースを見て回る。

やはり有名ブランドを数多く置いているだけはあり、見栄えがよく、それでいて日常でも使いやすい設計をされている。

とりあえず、派手過ぎず且つ地味でもないものを選んでプレゼント用ラッピングをしてもらう。

 

「ところで、猛は時計とかしないの?」

「一応しているけど、有名ブランドとかじゃない普通の時計だよ。こんな感じの」

「うーん、悪くはないけれど一つくらいちゃんとしたブランドものを持つのも大事だよ?

 代表候補生になると、メディアや取材とかに顔を出すことが増えるから。あ、そうだ」

 

シャルロットはおもむろに自分の嵌めている腕時計を外すと猛の腕にあてがう。

女性ものとはいえ、シックで大人しめのデザインで機能美を感じられるその時計は猛の好みだ。

 

「これ、男性用もあってね、あ、そこのショーケースに飾られてるよ。多分猛も気に入るんじゃないかな?」

「うん、これはいいね。あー……けれど今日そんなにお金持ってきてないよ」

「大丈夫、僕が払うから。これは僕からの猛への誕生日プレゼントだと思ってくれていいよ」

 

その場でサイズの調整をしてもらい、腕に装着する。

腕を寄り合わせると、ペアウォッチとなっていて少しだけ気恥ずかしさが両者を包む。

 

「ありがとう、シャル。大事に使わせてもらうよ」

「そう言ってくれると僕もプレゼントした甲斐があるよ。……ん? どうしたの」

「いや……デザインは違うけど、シャルとはお揃いが多いなって」

 

言われてみれば、ISの待機状態は同じペンダント風のアクセサリで腕にはお揃いの時計。

それに気づいたシャルロットはポポポっと頬を赤らめてしまう。

 

「う……言われてみるとそうだね。な、何かちょっと恥ずかしくなって……あわわ」

「ふ~~~ん? そうなんだぁ……」

 

地獄の底から響くような低い二つの声にゆっくりと振り向くとジト目で二人を見ている鈴音と箒。

 

「私たちがプレゼント探している間に、ちゃっかりイチャついてるとか許せないわ」

「シャルとはお揃いのものを買ってもらったみたいだな……。ならば今度は私とお揃いのものをプレゼントしてやろう。

 さぁ、いくぞ!」

「え、あ、ちょっと箒。そんな引っ張らなくてもちゃんとついていくから……あいたたたっ!?

 何故にそんなぎゅっと手を握るのさっ!?」

「次は私の番だからね! 覚悟しなさいよっ!」

「何の覚悟をするべきなのかなぁ!?」

「あ、ちょっと待ってよぉ」

 

その日は遅くまで箒と鈴音に連れ回されて、箒からは寝間着用の浴衣、鈴からはお揃いのスポーツタオルを貰ったのだった。




シャルロットさんはあざと可愛い(策士かわいい)


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22話

 

とある放課後、猛はテニスコートの脇で試合を眺めていた。

今週から始まった『生徒会役員・織斑一夏及び塚本猛貸出キャンペーン』

その抽選を決めるビンゴ大会で1位と2位を手にした部活

1位が先に欲しい相手を選んでもう片方に選ばれなかった方が派遣されるという手順。

そんなわけで猛はテニス部に臨時部員として来ており

現在『塚本猛に何でもお願い聞いてもらう権利(18禁展開はなし!)』をかけた

鬼気迫る練習試合を見ているのだ。

 

 

ちなみに運動部に行くことが分かったので、作ってきたレモンのはちみつ漬けは皆に好評でした。

 

 

壮絶なトーナメントを征したのは息も絶え絶えだが、ストレート勝利を決めたセシリアだった。

試合の終わったメンバーからタオルと飲み物を配っていた猛は彼女に近付いていく。

 

「お疲れ様セシリア。見事な勝利だったね」

「はぁ……はぁ……っ。これくらい、当然ですわ……はぁ、ふぅ……。

 すみません、私今、腕が上がりきらないので……はぁ、水筒の蓋を開けてくださいませんか?」

「はいはい」

 

頼まれるまま、蓋を取ると自然にセシリアを支え、飲みやすいように加減しながら

水筒を傾けて水を飲ませていると、周囲から悲鳴のような非難の声があがる。

 

「セシリア――ッ!! あんた何自然に羨ましいことしてんのよっ!?」

「え……、あ、い、嫌ですわっ、私ついぼーっと促されるまま……というか猛さんも

 ナチュラルにそんなことしないでくださいましっ!」

 

そのまま喧々囂々と騒ぎまくり、ならこっちはもっと過激なこと頼むとヒートアップしそうな

状況にもう一品持ってきてあるお菓子をあげずに持って帰ると年頃女子には厳しい仕打ちを

告げるとしぶしぶその要求は取り下げてくれた。

 

「ところで、その権利でセシリアは何してほしいの? あんまり無茶な願いは聞けないけど」

「そうですわね……、この後ちょっとお話に乗ってほしいのですがよろしくて?」

 

 

 

 

 

シャワーを浴びてさっぱりしたセシリアは猛の自室にやってきて、出された紅茶を一口飲んで

のどを潤すと単刀直入に切り出した。

 

「まどろっこしいことは抜きにしますわ。猛さんはどうやって偏向射撃を行ってますの?」

「あー、うん……。ごめん、説明できない。ほとんど理論じゃなく感覚でやっているから尚更」

「私との初戦の時もそうですの?」

「あの時の八俣は偏向射撃じゃなく膨大なエネルギーが荒れ狂って

 濁流となってたようなものだし制御も何もないよ」

 

更には補助OS『霞』が目覚めてからは演算処理は彼女に一任してしまっているので尚分からない。

 

「では、私のブルー・ティアーズで白式、天之狭霧神に勝つ方法を思いつきますか?」

「……視界を完全に覆い隠すほどの飽和攻撃中に、接近して短期決戦。……言っておいて

 何だけど、無理があり過ぎるのとそれでも勝ち目はほとんどないね」

 

エネルギー兵装特化というかそれ以外の実弾武装がほぼないブルー・ティアーズでは

零落白夜をそのまま盾にしたようなもの――雪羅を抜くことは出来ない。

 

更には銀の福音すら完封した対エネルギー防御兵装――八咫鏡を持つ狭霧神。

全方位を覆ってしまうバリアーなため、まぐれ当たりなど望むことは無理だし

たとえ攻撃を続けようとも、吸収したエネルギーを倍以上にして返すカウンター。

小型結晶1つでも出されただけでセシリアは詰みに近い。

 

装備で勝ち目がないのなら戦術で覆せばいいと唯一の近接武器の練習や

手刀で戦う装備があるラウラとも近距離訓練を重ねている。

元々近接特化の白式に十束という大太刀を持つ狭霧神に接近戦を挑もうとは思えないが。

ゆえに黒星を重ね続けている現状が彼女には辛い。

 

「ううぅ……わたくし、どうしたらいいのかしら。本国に何度実弾武器を送ってくれと

 通達してもいい返事は貰えませんし」

 

決して人に弱みを見せようとはしないセシリアが、珍しくヘコんでいる。

それだけ煮詰まっているということなのだろう。

猛は彼女の背後にまわって肩に手を沿える。

 

「ひゃっ!?」

「セシリアは十分頑張ってると思うよ。いつかその努力も報われる。

 けれどちょっとオーバーワークなのかな? 結構肩がガチガチ」

「ちょ、ちょっと猛さん!? あっ、んっ、そ、そこはぁ……っ」

「一夏ほど上手くはないかもしれないけどそこそこマッサージの心得はあったりして」

「や、やめてくださいまし……、あっ、あぁっ……だ、だめですわ……んっ」

「んー、肩だけじゃなく全身疲れが溜まってるのかな……」

 

妙に乗り気になってしまった猛は不意を突かれて緩んでいるセシリアをベッドに寝かすと

そのまま整体・ストレッチを始めてしまう。

そこに箒が帰ってきて完全に蕩けきってしまったセシリアを見て噴火しそうになるが

返す刀で箒にもマッサージ。

骨抜きになった女の子二人を見ていい仕事をしたと額の汗を拭くが何か間違っている気が。

 

「う、うぅ……。猛さんってばヒドイですわ。わ、私が拒否できない状態なのをいいことに

 あ、あんなことするなんて……」

 

人聞きが悪い言葉を零しながら、血色のいい顔でふらふら部屋に歩いていくセシリアが

他の寮生に見られなかったことはお互いに幸運だろう。

 

 

 

 

 

 

高速機動についての授業を行うために第六アリーナに集まっている一組。

専用機持ちはペアを組み、実演として皆に見てもらうそうだ。

猛とくじで一緒になったシャルロットがスタートポジションにつく。

軽い酩酊感の後に視界が一気にクリアになり、遠くのものもかなり鮮明に映し出される。

設定を高速機動用に切り替えていつでも発進可能だ。

 

『それじゃ一緒に頑張ろうね』

「おう」

 

シグナルが青になってから、すぐさま最高速度近くまでスピードを上げる。

常時亜音速状態でもまったく苦にならないことにやはりISは凄いものなのだなと。

専用パッケージは無いにしても、カスタマイズされているシャルロットのリヴァイヴに

代表候補生として十分な操縦技術を持つ彼女は余裕でガイドのように併走してくる。

綺麗な軌道を描きながら両者は中央タワーを駆けあがり、アリーナに戻る最終コーナー付近で

不意に猛はシャルロットと通信を繋ぐ。

 

「シャル、何となく感覚がつかめてきたから少しだけ段階を上げてみる」

『え、何するのさ猛?』

「――2nd=G(セカンド・ギア)

 

そう呟いた途端、隣の狭霧神の姿が掻き消えた。

ハイパーセンサーを通したレーダーに映るのは最終コーナーを抜けきった光点。

 

「え、ええっ!? このコーナーで減速するどころか加速したまま抜けきったってこと!?」

 

普段の瞬時加速を常にしているような状態で更に加速し

インサイドに突っ込んでほぼ直角に曲がりきったとしか方法はない。

慣性制御を間違えればそのままコースアウトもあり得ただろうに、シャルロットはつい呆れてしまう。

 

「あーもう、時々無茶をするところがあるって分かってきたけど……あんまり驚かせないでよね」

 

 

 

皆の元に戻ってきてぴょんぴょんと飛び跳ねる山田先生の賞賛、あの最後のコーナーリングは

素晴らしかったと殊更嬉しそうに猛の手を取って喜ぶ先生に

目の前でたわわなメロン二つが揺れるのは目の毒だなぁ……と思いながら感謝の言葉を返す。

そして、一足遅れで戻ってきたシャルロットと一緒に一夏と箒の傍に戻ると

青ざめた顔で箒に背中を擦られている彼にどうしたのか尋ねる。

 

「いや……視界共有の仕方を知って猛のを見ていたんだけど、最後のあそこで思い切り酔った……」

「まったく、軟弱すぎる。あの程度のことなど国際大会のキャノンボール・ファストなら

 毎回起こり得ることだ」

 

織斑先生がさも当然のように言い放つので、いろんな意味で顔を蒼白にして軽くえづく一夏。

そのまま先生に引きずられて連れ去られていく一夏を見送ってから追加装備をしないメンツとして

箒と一緒に機体の調整内容を話し始める。

 

「むぅ……、どうしても装甲を展開するとエネルギーが足らなくなってしまう」

「単一仕様能力の『絢爛舞踏』使うのは?」

「あれは……まだ使えない」

「ふーむ、紅椿は基本的にあれでエネルギー供給するのを前提に作られてる気がするんだけど。

 じゃあここの部分を少しこちらに持って来れば安定性は下がるけど速さは得られるかな」

「お、おお……! うむ、これなら展開装甲を維持できる。ありがとう猛。

 ところでお前は全然設定をいじっていないが、大丈夫なのか?」

「あー……、とりあえずこれを見てほしい。怒らないでね」

 

猛の出した表示枠をのぞきこんでいた箒が、だんだんと眉間にしわが寄ってきて

何とも言えない顔で見つめ返してきた。

 

「なぁ、私の目は正常か? 先程の加速の凄さを覚えてる身としては冗談にしか見えん」

「悪いけど箒は正常だよ。感覚を掴めてきたからギアを一段上げたんだけど

 詳細を呼び出したら最大が5th=G(フィフス・ギア)

 トップギアにしても2割ほどエネルギーに余裕あるんだってさ」

「……装甲展開も追加ブースターもなくあの加速をして

 尚、上と余裕があるとか恐ろしいとしか言えない」

 

その後、コースを一周して戻ってきたシャルロットとラウラにも詳細を見せたが、怪訝な顔で

やはりまっ先に潰すべきだなと冗談の色が見えず真剣にそんなことを言うラウラに

賛同する箒とシャルロットだった。

 

 

 

 

 

 

キャノンボール・ファスト当日。天気はよく晴れて会場は超満員。

今は二年生のレースが行われていて抜きつ抜かれつのデットヒートの大混戦。

会場は熱気に包まれて、応援の声がピット内にも響いてくる。

 

「あれ、この二年生のサラ・ウェルキンって人、イギリス代表候補生なのか」

「そうですわ。専用機はありませんけど、優秀な方ですわよ」

 

レースの中継画面を見ながら一夏とセシリアは話している。

周りを見渡すと一年生の専用機持ちが勢揃いして各々調整に入っている。

セシリアと鈴は専用パッケージを装着し、ラウラとシャルロットは追加スラスターを増設

箒は最後の確認をしつつ、猛はただ静かに腕を組んで直立し佇んでいる。

 

「みなさーん、準備はいいですかー? スタートポイントまで移動しますよー」

 

山田先生の若干のんびりとした声が響き、マーカー誘導にしたがってスタート地点へと移動する。

各自位置に着いてスラスターを点火。甲高い駆動音を響かせながら空気が震え始める。

シグナルランプが点灯し、緊張で鼓動が大きく感じられる。

カウントダウンが始まって――青色が灯った瞬間に狭霧神の姿がかき消えた。

スタートダッシュで一頭身差をつけて先頭に躍り出た猛。

 

「くっ、いきなり瞬時加速で頭を押さえてきたか。だがまだこれから……なっ!?」

 

歯噛みをしていたラウラだったが、目の前の展開に驚いてしまった。

あまりに前のめりで突き進んだと思っていたのだが、ゆっくりと身体を回しながら前転をしていた。

手には八俣を顕現させており、弦はすでに絞り込まれている。

猛はごく自然に指を離し、五月雨のように光の矢がラウラたちに向かって降り注ぐ。

ロックオンされずに放たれたそれはでたらめに動き回るせいでどれを落とせばいいか

瞬時に判断がつかない。

回避や撃ち落としに手間取っている中、衝撃砲で進行方向の矢を全て吹き飛ばした鈴

それにラウラが続いて猛に追いすがる。

 

「いきなりやってくれるじゃない! けど、勝負は始まったばかりよ!」

 

第一コーナーに向けて突き進む。コーナーリングの際に減速するだろうと、機体制御は

あまり得意ではないが今日のために、鈴はみっちりしごかれてきたのだ(半分しぶしぶだが)。

が、狭霧神は軽くアウトに膨らんだだけで速度を落とす気配がない。

 

(何考えてんのよ、あいつ。あんな速度で曲がりきれるわけないのに。

 そのまま大きくコースアウトする気?)

 

訝しげな表情で二人が見つめる先で、狭霧神はインコーナーの壁に向かってワイヤーを放つ。

しっかりと壁面を捉えたワイヤーを握り締めると、トルク全開で身体を引っ張りあげる。

むりやりなコーナーリングでほぼ速度を落とすことなく抜けきった猛は

コーナー出口で更にギアを上げて空気を吹き飛ばす音を残してかき消える。

 

「な、なんて無茶なことをしているのですか……まったく」

「けれど、これくらいで勝つのを諦めたりなんかしないよ!」

 

見事なコーナーリングで鈴たちを抜き去って躍り出たシャルロットとセシリアが彼を追う。

直線では鈴、一夏が、コーナーはシャルロット、セシリア、ラウラ

どの状況でも四番目以下にならぬ箒が順位を入れ替えながら狭霧神の独走を崩そうと競い合う。

 

白熱するバトルレースが二週目に入った時異変は起こった。

上空からレーザーが放たれてシャルロットとラウラに直撃。

とっさに展開したシールドで次の攻撃を防ぐと、視線の先に不明機が浮遊している。

 

「あれは……サイレント・ゼフィルス!」

 

苦々しい表情ですぐさま敵に向かって飛翔するセシリア。

猛は壁に衝突して地面に落下した二人の傍に着陸して、声をかける。

 

「シャル! ラウラ! 無事か!?」

「な、なんとかね……スラスターが破損しちゃったから飛行は難しいけど」

「私も同じようなものだ。直接戦闘は無理そうで、せいぜい支援砲撃くらいしか出来ん」

「分かった。俺はあの機体を止めに行ってくるよ」

「気をつけてね」

 

視線を上に向けると一夏、鈴、セシリアの連携攻撃を事もなく華麗な軌道で回避し

逆に苛烈な攻撃を返している敵IS。

後部スラスターに蒼い光を瞬時に溜めて爆発させ、轟音と共に駆け抜けていく狭霧神。

 

 

 

 

 

一夏に向けられたサイレント・ゼフィルスのBTライフル最大出力の攻撃を庇って鈴は気絶。

セシリアは高機動パッケージの大出力を生かした体当たりで

敵ISを押さえつけるようにアリーナシールドに突貫。その衝撃でシールドが割れて

外部に青い二機のISが飛び立つ。

 

市街戦に持ち込んだが、セシリアの戦況は良くはない。

正確な射撃に圧倒的な連射速度、更には偏向射撃が彼女を苦しめていた。

ならばとインターセプターを呼び出して接近戦を挑むが、薄笑いを浮かべた敵パイロットに

いいようにあしらわられている。

超音速状態での接近戦は精神力を大幅に消耗する。だが、それでも負けられないと食い下がる。

ブレードを弾き飛ばされ、連続射撃を全身に浴び、ライフルさえ破壊されてしまう。

 

「終わりだ」

 

感情の篭らない言葉と共にライフル先端に取り付けられた銃剣に光が灯る。

 

「まだ……ですわ。わたくしの切り札はまだございましてよ!」

 

叫んでセシリアは心の中でトリガーを引く。

ブルー・ティアーズ・フルバースト。閉じられた砲口のパーツを吹き飛ばしての四門一斉射撃。

空中分解もあり得た、偏向射撃を使えないセシリアにとっての必殺の間合いでの最大攻撃。

 

「……そんなものか」

 

だが、起死回生の一撃はあっさりと射撃を回避されてしまった。

呆気にとられているセシリアの二の腕に銃剣が突き込まれ、灼熱の痛みが脳を焼く。

耐えがたい苦痛に悲鳴があがるのを、敵ISパイロット――エムは狂気の笑みを浮かべている。

 

「――お願い、ブルー・ティアーズ……」

 

虚空に左手を伸ばす。私にもっと力があったのなら。

心の中に蒼い雫が落ちて、静かに波紋を広げる。そして、想起される対抗戦の時の――

 

セシリアがゆっくりと笑みを浮かべた瞬間、背後から強力な一本のレーザーがエムを貫いた。

発射された四本のレーザーを偏向射撃で束ねて、威力を上げた一撃をお見舞いしたセシリアは

ISが崩壊を始めているなか満足げな表情のままゆっくりと背後に倒れていく。

 

(ふふ、文字通り一矢報いたということですわね……)

「ごめん、遅くなった」

 

薄れゆく意識のなか誰かに抱きかかえられたのを感じた。

 

「悪い、お目当ての王子様じゃなくて」

「そんなことありませんわ……、猛さんだって立派な騎士じゃないですか。

 ごめんなさい、もう限界に近くて……加勢することが無理そうですわ」

「分かった。セシリアはしばらくゆっくり休んでいて」

 

目蓋を閉じて意識を失ったセシリア。生命反応は命に別状はないと告げているので

手近なビルの屋上へ彼女を寝かす。

――エムはゆっくりとこちらを向いた狭霧神と視線が合った瞬間、謎の寒気を感じた。

 

「さて、学園祭の時の人とは別人みたいだけど何の用があって学園まで来たのかな?

 ああ、答える必要はないよ――」

 

手に十束を顕現させて、自然に一歩踏み出した狭霧神は――

 

「あんたを捕えていろいろ聞きださせてもらうから」

 

ビル屋上から掻き消えてエムの正面から大太刀を振りかぶっていた。

 

「くっ、だが!」

 

ありえない速度からの不意の一撃にもすぐさま対処を取り、銃剣で斬撃を受けきろうとする。

が、太刀が当たる瞬間にエムは背後から斬撃を受けていた。

驚愕に顔を歪めながら後ろを振り向くと、刀を振りおろしきった狭霧神の姿。

 

(馬鹿な!? あの瞬間で背後に移動したというのか!?

 ハイパーセンサーでも捉えきれぬ速度でか!?)

 

サイレント・ゼフィルスは元々BT兵器搭載用の実験機体。接近戦は不得意だ。

瞬時加速で距離をとって連続射撃。

実弾、レーザー織り交ぜられた弾幕の中、減速することなく狭霧神は突っ込む。

銃弾の雨の中を輪郭が時折ぶれるだけでひとつも当たることなく一直線に突きぬけていく。

 

 

 

――八咫鏡には弱点がある。それは使用リソースを大幅に食うことで戦術が狭まることだ。

小さな結晶一つ呼び出すだけで高速切替は使えなくなる。

大型装甲なんてものを展開すれば、八俣・十束はもちろん自由に銃器を使う余裕もほぼなく

アサルトライフル片手に素手での格闘・近接戦を挑むくらいしか武装はない。

エネルギー吸収、防衛、カウンターに特化している分自由度がない。それが八咫鏡。

 

 

 

故に己に向けて迫りくる幾多の弾丸に視線を向ける。

集中に依り世界の色彩が消え、空中の塵さえ的確に感じ取れている。

銀河の星群を見分けるよりかは容易い銃弾の中を最低限の動きで躱して敵に向かう。

傍から見れば、弾がすり抜けているようにしか見えない。

 

「この……化物が!」

 

全シールド・ビットを射出し狭霧神の全方位を覆うようにレーザーを放つ。

偏向射撃を織り交ぜたそれは絶対回避の出来ない包囲網。

 

猛は想う。自分の剣は一夏や千冬のような一刀で全てを薙ぐような力は出せないと。

ならば質よりは数を求めよう。

何よりも、風も、光も、刻さえ置き去りにする位にどこまでも疾く――迅く!

 

「おおぉ――!!」

 

上段に担ぎ上げた十束を咆哮と共に水平に弧を描くように振り回す。

その斬撃で生まれた幾多の余波で廻り一帯を薙ぎ払い、驚きから再起動する前のエムに向かい

5th=G(トップギア)の速度で肉薄。

猛の下段からのかち上げに彼女は咄嗟にシールド・ビットを付近に戻し展開。

ナイフとライフルの銃身でギリギリ間に合った強固な防御をし――

それらと纏めて全身を無数の斬撃で切り刻まれる。

 

「な……馬鹿な、ただの一振りの攻撃だったはず!?」

 

仰け反ったエムに、振り上げられ持ち手を返した十束の痛烈な一撃が上から叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

陥没した道路のひび割れの中心。そこに仰向けで倒れているエム。

かろうじて絶対防御の発動は防げたが、もはや戦闘など望むことなど

出来ないほど痛めつけられている。

 

(太刀筋も、剣質もまったく似ているところは無いと言うのに……

 なぜ姉さん(織斑千冬)を想い起させる!)

 

憎悪により何とか意識を失わないように保っている彼女の傍に音もなく影が下りたつ。

無造作に目の前に突き付けられた刀の切っ先を見つめつつ、歯を食いしばる。

 

「はーい、そこまでにしておいてくれるかな? 塚本猛くん?」

 

場違いなどこか間延びした声の方向に視線を向けると

バイザーで顔を隠した金色のISを纏った女性がいた。

腕の中には気を失ったままのセシリアが居てそのこめかみに銃が突き付けられている。

 

「命に別状はないとはいえ安静にしておいて欲しいんですがね」

「だって貴方たちあっという間にいなくなってしまったんですもの」

「その状態から俺がセシリアを助け出せると思わないんですか?」

「あら、流石に停止状態から即あの速度は出せないでしょう?

 まぁ、試してみてもいいのだけれど、そうしたらこの子はどうなっちゃうかしら」

 

口元に笑みを浮かべてトリガーに指をかける女性――スコール。

一触即発な雰囲気が漂うが、ため息をついて猛が口を開く。

 

「要件は?」

「私たち二人の離脱よ。別に後続を待ってここで争ってもいいのだけれど

 たとえそんな状態のエムだって、他の子たちが束になっても負けはしないわ。

 そして、貴方の相手は私」

 

少し逡巡したが、十束を量子変換させて軽く手を上げておく。

 

「了解。こっちからは手を出さないのでさっさとお帰りください。

 あ、その前にセシリア下さい、セシリア」

「はい、眠れるお姫様。さ、帰るわよエム」

 

手渡されたセシリアをしっかり抱きかかえておく。

スコールの手を借りて身体を起こしたエムは殺気の篭った視線で猛を睨みつけている。

 

「今度会った時には殺す。必ず殺してやる」

「もう二度と会いたくないんですが……無理ですかね。えーと」

「スコール。こっちの子はエムね。もしまた会うことがあれば

 今度はお姉さんが遊んであげるから期待してて」

 

そう言って投げキッスを返すスコール。

二人の姿が見えなくなって程なく、一夏たちの姿が遠くに見えた。

とりあえず、セシリアを医務室に連れていかねばとお姫様抱っこに持ち替えて

合流するため猛は飛び立った。




相手が強ければ強いほど強くなるどっかの戦闘野菜人みたいな猛くん


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23話

あの襲撃事件の後、参考人として取り調べを受けた猛。

外に出たのはもう辺りが薄暗い状態の時刻だった。

学園関係者である織斑先生や山田先生も慌ただしく働いていたのを見てやはり大事だったのだろう。

 

亡国企業の目的は今回も不明、ということで一応の決着はついたらしいが

こう何度も襲撃されているのを見ると、どこまで手が伸びているのか

分からないところに不安を感じる。

 

 

 

街灯付近に自動販売機があるのを見つけて猛はラインナップの中から

いつも飲んでいるお気に入りの紅茶を選ぶ。

蓋を開けて三分の一ほど飲み干してから一息つく。

自販機から少しだけ距離を空けると、明かりが届くかギリギリの位置に人影が見えた。

不意に空気が破裂するような音がして半歩身体をずらしたところ、壁に小さな穴が開いた。

 

「ほぉ……今のをかわすか」

「そりゃあ、さっきから突き刺さるような殺気を当てられてたら嫌でも気づくよ」

 

明かりの中に姿を現した少女。その姿は見覚えがある。いや、かつてあったというべきか。

十五、六歳の容姿の彼女は昔の織斑千冬に瓜二つだった。

 

「今日は世話になったな」

「えーと、エム……でよかったんだっけ?」

「いや、私の本当の名前は――織斑マドカだ」

 

 

 

織斑姉弟には他に血縁は居なかったはず。それなのに三つ子と言われても信じてしまうほどに

千冬に酷似している。……が、然したる動揺も見せず佇んでいる猛。

 

「驚かないんだな」

「いや、ちょっとは驚いた。けれど世界的に有名な千冬さんだもの。よからぬこと考える奴は

 どこにでも居るってことでしょ? ブリュンヒルデのクローンやコピーを作りたいとかさ」

 

まぁ、本とかの受け売りだけどね。と苦笑する猛に片眉を上げる。

そんな彼女に不意に何かを投げつける。

身構えたマドカの手の中に温かいペットボトルの紅茶が。

 

「……なんだこれは?」

「立ち話も何だから、とりあえず奢り。市販品だけど味は保障するよ。

 ああ、毒なんか入ってないし」

 

不機嫌な表情のまま、蓋を開けて中身を飲む。そのまま数秒時が流れる。

 

「おかしな奴だな、貴様は」

「そういうアンタだって、憎悪に任せて襲い掛かってこないじゃん」

「してほしいのか?」

「やってみる?」

 

不敵に笑う猛の片手にはいつの間にか十束が握られている。

昼の戦いと同じようにはならないとは思うが、あの痛烈な攻撃は未だに身体が覚えている。

 

「……自分が自分であるために、私は織斑一夏を殺す。だが、その前に塚本猛。

 姉さんの剣を想わせる貴様を惨殺する。お前を亡き者にして初めて私は姉さんの剣に挑める」

「俺の剣の大本の師は千冬さんなのかもしれないが、今はまったく違うただの我流なんだけど」

「知るか。私がそう思ったからそうするだけだ。それまで誰にも殺されるんじゃないぞ」

 

言いたいことを勝手に言い放ち、マドカは夜の闇に消えていった。

 

「……はぁ。ああいうのをベジータ系女子って言うのかね? デレとか無いことを祈ろう。

 というか自然に挑発しちゃったけど勝ち目なんて無かったよな」

『いえ、今までの戦闘実績を統合し、狭霧神装着中に肉体への調整を入れ

 日頃の訓練の成果もあり、撃退くらいなら私のサポートを含め可能な範囲かと』

「許可してないのに、いつの間にそんなことをしていたのさ……。

 改造人間とかになってたりしないよね?」

『求められる前に最善を尽くしておくのが従者の勤めかと』

「無事か!? 猛!」

 

声のした方に振り向くと一夏とラウラが息を切らせて駆け込んでくる。

 

「発砲音がしたから急いで駆けつけてきたんだが、敵はどこだ!?」

「さっさと消えちゃったよ。それより二人はどうしたんだ」

「いや、俺がみんなの分の飲み物買いに来てたんだけど、その時に襲われて」

「妙な胸騒ぎがして、後を追ったんだが正解だったな」

 

とりあえず一夏を家まで送り届けてからラウラと一緒に寮へと戻った。

 

 

 

 

 

 

「襲われたぁ!?」

 

次の日の夕方、学食で昨日会った襲撃のことを告げると箒と鈴が大声を張り上げた。

なぜ昨日のうちに告げなかったのかは、一夏が誕生祝いの余韻を無くしたくなかったからだ。

 

「サイレント・ゼフィルスの操縦者か……目的は何なんだろう? 二人は何か思い当たることは?」

「さぁ……俺にはさっぱり」

「ああ、俺には目的を告げていったよ。この首が欲しいんだって」

「はぁ!?」

「何かあれだけズタボロにやられたことが気に食わなかったんだろうさ」

「そんな軽いノリで言われても呆気にとられるだけだよ……」

 

呆れた表情でがっくりと肩を落とすシャルロット。

その後、腕を負傷しているセシリアが一夏にご飯を食べさせてもらっているのに対し

ラウラが焼きもちをやいて、羨ましそうに見つめる箒、シャル、鈴。

 

「ねぇ……もし僕がセシリアみたいに怪我をしたら猛も同じことしてくれる?」

「まぁ、骨折とかして動かせないならやってもいいかな」

「ふーん……」

「おーい鈴? 意味深に腕を見つめるな。わざと怪我したって世話してやらないからな? 箒もな」

「なっ!? そそそ、そんなことするはずなかろう!」

 

 

 

食事を終えて、自室に戻りドアを開ける。

 

「あら♪ おかえりなさい、あ・な・た♪」

 

そこにはエプロン姿の楯無がしなをつくって待っていた。前にも同じようなことがあったなと

ゲンナリする猛。

 

「二度ネタは寒いですよ会長。というか、ちゃんとカギはかけていったはずなんですが」

「ふふふ、会長特権でマスターキーを使わせてもらったの」

「職権乱用ここに極まれりですね。俺一人の時はいいですけど、他の人と一緒にいる時は

 自重してください。箒や鈴をなだめるの大変なんですから」

 

猛は疲れた表情で椅子に座るとテーブルの向かい側に楯無が座る。

 

「それで、要件はなんですか?」

「あら、もっとお姉さんといちゃいちゃしましょう?」

「……ぶぶ漬けでも出しましょうか?」

「いやん、つれない」

 

やれやれ、と諦めつつ一度席を立ち、キッチンで二人分の紅茶を淹れて

楯無の前に差し出しておく。

ごく自然にカップを持つ姿は気品に溢れ、そういう姿は様になるのに……と猛は思う。

 

「……ふぅ、やっぱり猛くんの淹れる紅茶は美味しいわ」

「そう言ってもらえるのはありがたいですね」

「昨日、襲われたそうね。うちの方で警備の人間をつけましょうか?」

「いや、遠慮しておきます。ISもない人では最悪殺される可能性がありますから。

 あ、一夏の方には?」

「一夏くんにも断られちゃったわ。まぁ、彼には別の思惑がある風だったけど」

「要件はそれだけですか」

「あー、もう一つあるんだけどね……」

 

どこか困ったように視線が彷徨う。

今まで見てきた楯無の姿の中でもこんなのは見たことがない。

ようやく決心がついたのか両手を重ねあわせ拝むように猛に頭を下げる。

 

「お願い! 妹をお願いします!」

「……はい?」

 

 

 

 

 

携帯に入っている写真を見せてもらい、概要を聞く。

日本の代表候補生なのだが、専用機を持っていないらしい。

 

「……それは何かのとんちなんですか?」

「そうじゃなくて、原因は一夏くんの白式にあるの」

 

楯無の妹、更識簪の専用機開発を受け持っていたところは倉持技研。

つまり一夏、世界に二人だけの男性パイロットが乗るISに

人員を全て回してしまっているせいで開発は大幅に遅れ未だ完成に至っていないらしい。

 

「それで妹を頼むっていうのはどういうことなんですか」

「キャノンボール・ファストの襲撃事件を踏まえて、各専用機持ちのLVアップをかねて

 今度全学年合同のタッグマッチを行うの。だから、その時簪ちゃんと組んでほしいの!」

「ふむ、なぜ俺に頼むんですか? 別に一夏でもいいと思うんですが」

「一夏くんも悪くないとは思うんだけど、猛くんの方が気配りや心遣いが上手いし

 いざって時のフォローもできるから安心して任せられるから。

 それに、彼のISのせいで開発が遅れているのも簪ちゃんには面白くないと思うし」

 

珍しくしおらしい楯無の姿に振り回されることも多かったが、お世話になっている

先輩の頼みを聞くのも悪くないかと思う。

 

「分かりました。妹さんには俺から誘いをかければいいんですか」

「あ、その時私の名前は絶対に出さないでね。あの子、私に対して……引け目を感じてるの」

 

もごもごと言葉を濁す楯無の姿は同居人の幼馴染を思い出させる。

不仲な姉妹、さまざまな策を講じる姉、反発する妹とどうにも自分の周りの姉妹は

上手く仲良くできないのだろうか……ああ、姉弟も(姉の方)。

 

おもむろにキッチンに向かって冷蔵庫を開けて、とっておいたガトーショコラケーキを

皿に乗せて楯無の前に置く。

 

「どうぞ。疲れている時には甘いものがいいですよ」

「え、でもこれ」

「箒の分は別にとってありますし、自分のはいつでも作れますし。紅茶も淹れなおしてきます」

 

目の前のケーキを一口分切り取って口に運ぶ。程よい甘さにしっかりとしたチョコの風味。

新しく淹れ直された紅茶からはふわりと優しい香りが立ち上っている。

 

「俺には想像もつきませんが、やっぱり会長ってのは大変なんでしょうね。

 人に話すだけでも少しは気持ちが楽になると思うし、俺でよければ愚痴を聞きますよ」

「……もう、そうやっていろんな女の子を口説いているわけ? 悪い子ね」

「そんなつもりはありませんよ。ただ俺が相手を分かりたいってだけでやっているだけです。

 あ、でも仕事ほっぽり出してくるのはだめですからね」

「うう……猛くんが虚みたいなことを言い出したわ……」

 

 

 

 

 

二時限目の休み時間、二年の黛先輩がやってきて一夏と箒に声をかけてきた。

どうやら彼女の姉が雑誌記者として働いていて、二人に独占インタビューをしたいそうだ。

二人はもちろん、猛もほとんど芸能関係に疎くいまいちピンとはこない。

まぁ、あの二人は容姿も綺麗だから写真栄えはするだろうが。

ふと昔にシャルロットがISパイロットはそういう仕事も多く来ると言っていたのを思い出し声をかける。

 

「そう言えば、モデルとかアイドルみたいなこともISパイロットはするって言ってたけど本当?」

「うん、国の代表を担うわけだから。候補生でもそういった類のはいっぱい来るよ」

「はぁー、大変だな。まぁ出自不明の謎機体を使い

 一夏に比べると容姿は下な俺にはそういうのは来ないね。まぁ、そういったのは苦手だしいいけど」

「あ、あはは……」

「ん? だとするとシャルはそういった仕事をしたことがあるってことか? ちょっと見たい」

「何よ、猛は興味あるの? 仕方ないわね、あたしの写真を見せてあげるわ」

「おお、見せて見せて」

 

いつの間にかやって来ていた鈴が端末を操作し、画像を呼び出して差し出してくる。

画面に映っている鈴は見事にカジュアル服を着こなして、素人目に見ても綺麗に感じる。

明るくハツラツとした彼女の良さが生き生きと映し出され、見ていて楽しい。

 

「あ、あの猛、猛。僕のも見てほしいかな」

 

いそいそとシャルロットも端末を取り出し、自分がモデルをした画像を呼び出して差し出してきた。

鈴と比べると、幾分大人しい印象だが普段の彼女の優しさ、親しみやすさを十分に引き出されていて

セシリアが高嶺の花の深窓嬢様なら、傍に一緒に居ると安らげるお姫様のようだ。

さまざまな衣装を着飾っている二人の写真を見て、疑問が湧いたので鈴に聞いてみる。

 

「シャルのは水着を着ているのも結構あったけど、鈴のは無いのか?」

「な……、あんた、それ分かっていってるでしょ?」

「え、何の事……? あ、そうか。いや、ごめん」

「謝るんじゃないわよ、ばかぁ!」

 

顔を赤くして頭をはたく鈴。一応水着姿を撮った写真はあるがシャルロットのと並べて見せる気はない。

プロポーションには自信はあるが、一部の圧倒的物量差を比較されるのは乙女心が……。

 

「そ、それにあんたにはしっかり水着見せてるじゃない。それで満足しなさいよ……。

 どうしてもって言うなら二人きりの時、また着て見せてあげるから」

 

頬を朱に染めて、もじもじとそんなことを呟く鈴にこちらも気恥ずかしくなってしまう。

そんな甘い雰囲気があったのを打ち破る強烈な拳骨。

 

「お前ら、もう授業開始のチャイムは鳴っている。凰はとっとと二組へ戻れ」

 

すごすごと教室から出て行く鈴。一緒に居たシャルロットはちゃっかり自分の席に戻っていた。

少し非難の色が混じった目で見つめると、小さく舌を出してふいっとそっぽを向いてしまった。

 

 

 

四時限目の終了のチャイムが鳴り、昼休みとなって校舎内はにわかに騒がしくなる。

昼食を一緒に食べようと誘ってきたシャルロット、鈴に用事があってまた今度と断りつつ

四組の教室前にまでやってきて入り口付近で雑談している子に声をかける。

 

「あの、すみません」

「あ、猛君だ! この前のお菓子美味しかったよ、また作って持ってきてね!」

「えー、羨ましいなー。うちの部活にも早く貸出こないかなー」

 

部活応援の際に手土産として持参していくスイーツは皆に好評で

好きで作ってはいるが喜ばれることは素直に嬉しい。

 

「ところで四組に何の用で来たの?」

「えっと、更識さんっている?」

 

頭に疑問符を浮かべた子たちが自然に一か所を見つめる。

そこには購買のパンを脇によけて、一心不乱に空中に浮かべた透過ディスプレイを見つめて

キーボードをひたすら叩く少女の姿があった。

お礼を言って、猛は簪の傍に歩み寄る。

 

「更識簪さんだよね。初めまして、塚本猛って言います」

「……知ってます」

 

簪はちらりと視線を向けただけで、すぐ画面の方へ意識を戻しキーボードを叩く指も淀みない。

 

「……要件は?」

「えーっと、今度のタッグマッチを一緒に組んでもらいたくてそのお願いに」

「いや」

「……どうしても?」

「いやよ……。それにあなたは組む相手にだって困らないはず」

 

けんもほろろな対応にどうしたらいいか悩んでしまう。

理由だって楯無に必死にお願いされたからであって、更にはその理由を告げることはできない。

ディスプレイを消して席から立ち上がって入口に向かう簪は、思い切り拒絶の意思を感じさせていた。

手持無沙汰で茫然としていたが、このままいても仕方がない。教室を後にすると不意に襟首を引かれる。

 

「ぐぇっ!?」

「猛……お前こんなところで何をしている?」

 

振り向くと、箒、鈴、シャルロットが思い切り睨んでいた。

 

「お前の姿がちらりと見えて妙に気になったから後を付けてみたんだが」

「用事って他の女に声をかけることだったのね……」

「ひどいや猛……、僕を放っておいてそんなことしてるなんて」

 

怒りの色を見せる箒と鈴に対して、よよよと堂に入った泣き真似をするシャルロット。

こうなった三人には何を言っても聞く耳を持ってはくれない。

 

「あはは……、こ、これには深いわけがあってね。……ん、待って待って。あれ、なに?」

 

困り顔で三人の圧迫をいなしていたが、不意に気の抜けた顔で横に指を挿す。

つい視線を向けてしまったが、その先には何もない。顔を元に戻すとあの一瞬で猛は姿を消していた。

 

「あんにゃろぉぉ~!」

「逃がすな! 追え!!」

 

大声をあげて三人は走りだしていった。

 

 

 

 

「前途多難だなぁ……」

 

窓枠に指をかけて、外壁にやもりのように貼りついていた猛は一人呟くのだった。



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24話

「はぁ……どうしたらいいんだろ」

 

四組で話しかけてから、何とかしてコミュニケーションをとろうとしても

言葉数少なくすぐにその場を離れて行ってしまう簪。

彼女の興味があるものを知ることが出来るのならそこから話題を繋ぐこともできるが

向こうが相手をしようとせず、居なくなってしまうのではどうすることもできない。

自室の椅子に背をあずけてぐったりしていると、不意に誰かが覗き込んできた。

 

「お疲れみたいね」

「ああ、楯無さん……いらっしゃい」

「今日は私がお菓子とお茶を用意したから猛くんはそのままでいて」

 

シュークリームと紅茶を用意し、テーブルの上に並べていく。

温かな湯気が立つ紅茶を一口すすり、煮詰まっていた気持ちが幾分か和らぐ。

 

「結構苦戦しているみたいね」

「ええ、まぁ。話すことが出来るなら何とかしたいんですが、イヤの一点張りで

 すぐに立ち去ってしまっては……。簪さんは何故一人で専用機を組み上げようとしているんですか?」

 

IS整備室でただ一人黙々と作業に打ち込んでいる姿や初めて会った時でさえ

彼女はずっとプログラムを組み続けていた。

そこには頑なな拒絶の雰囲気を纏って孤立してもいいと言葉無く周囲に告げていた。

 

「簪ちゃん、私が一人で専用機組み上げちゃったのを意識しちゃってるのよ。そんなの気にしなくていいのに」

「え……楯無さん、あの機体自分で組んだんですか」

「けど七割方完成したからできたんだけど。それでも薫子ちゃんや虚ちゃんに意見を貰ったり

 手伝ってもらったから」

「ん? それはどういうことで」

「ああ、二人とも整備課に居て、三年主席と二年のエースなのよ」

 

整備の専門家ならそういった芸当もできると言うことなのだろう。

 

「猛くんの機体は……ほぼ言うことないのよね。いきなりの無茶な行動すら可能なくらいに調整されきってるし」

『常日頃からメンテナンス、調整、自己再生は怠っておりませんから』

 

そのついでに本人の知らぬところで人体改造は止めてほしいのだが。

 

「一夏くんみたいにラッキースケベでも狙ってみたらどう? お尻とか胸とか触っちゃったり」

「それこそ次会った時にゴミを見るような目で避けられるだけじゃないですか」

「ファーストキスから始まる物語だってあるじゃない」

「俺は伝説の使い魔じゃないです。それに俺は初めてじゃないし」

「あら、じゃあ猛くんの初めてのお相手は誰かしら?」

「この話はここで終了ですね」

 

だが、楯無と気兼ねない話をして少しは気を持ちなおせたのは事実だ。

タッグパートナとなることに念を押すのと同時に機体開発を手伝ってあげれば

進展するのではないかと気軽に言って楯無は去っていった。

残された紅茶とシュークリームを見て、口に運ぼうとしたが妙に胸騒ぎがする。

中のクリームを指に取り舐めてみると鼻に抜ける刺激的な味が。

シューの中にカスタードではなくマスタードが詰められていたが

からしではないだけ良い……と思いたい。

 

「むー! 猛くんってそういうとこノリ悪いのよね」

「いいから帰ってください」

 

ドアを少しだけ開けてこちらを覗きこんでいた楯無にひらひらと手を振るのだった。

 

 

 

 

 

 

今朝、妙に気合いが入ってそわそわしている箒に少し疑問を感じていたが決心したように彼女は告げる。

 

「き、今日は雑誌の取材を受けに行くのだが……そ、その、ゆ、夕食を一緒に食べないか!?」

「えーと、特にこれと言った用事もないし。うん、いいよ」

「そ、そうか! じゃあ、駅前で待ち合わせしよう。私は取材に行ってくる!」

 

まるで犬の尻尾のように箒のポニテはぶんぶんと揺れて、かばんを掴むと颯爽と部屋から出て行った。

 

 

 

その日の夕方、駅前で箒を待っていると早歩きでこちらに向ってくる彼女を見つけた。

普段着ることのない、大胆に胸元が開けられたブラウスにフリルが可愛い黒のミニスカート

ショート丈のジーンズアウターとパッと見ると箒とは気づきにくく、つい見とれてしまう。

 

「た、猛……? どうしたのだ、あまり似合っていないのか?」

「え……、あ、いやいや、そうじゃないよ。ただ結構似合っているなって思ってつい見とれて」

「そ、そうか。似合っているか」

「それ、取材で使った衣装なの?」

「ああ、お前にも見せてやりたいと思ってそのまま急いで来たのだ」

「だからか。箒、普段化粧とかあまりしないけどちゃんとメイクすると可愛くなるんだ」

「ばばば、馬鹿者! いきなり何を言うんだ! さ、さぁもう行くぞ!」

 

顔を真っ赤にして猛の手を握ると先導しつつ歩き始める。

クラスメートから借りた雑誌の『カップルがデートで行くお店ベストテン』という記事を読み込み

おすすめの店へ向かう道筋を立てながら時折、頬が緩んでいるのを

見られていないか後ろをちらちらと気にしていた。

 

 

 

日曜日のディナータイムということもあり、雑誌に取り上げられていた店だ。

現在満席で待ち時間二時間という状況にがっくりきてしまう箒。

 

「どうする? このまま待つの?」

「い、いや! ちょっと待ってくれ、今どうしようか考えている!」

 

せっかく猛と二人きりでデート中なのだ。このまま終わりたくはない。

しかし他に知っている店となるとファミレスにラーメン屋と今の雰囲気にはそぐわない。

雑誌の内容を必死に思い出し、悩んでいる箒の肩を軽く叩く猛。

 

「だったらさ、俺の知っている店でもいいか? ここから少し離れたところだからちょっと歩くけど」

「あ、ああ……任せる」

 

今度は猛が箒を先導しながら歩き始める。オフィスビル群の中の小さな一角。

赤レンガの外壁に赴きのある木の扉がついたレストランへとやってきた二人。

ドアを開けると戸に付いていたベルがカランカランと心地よい音を立てる。

 

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

 

ウェイトレスに案内されて二人は席につく。レストラン街からは離れているが

夕飯時ということで八割はテーブルが埋まっていて結構な人気を要している。

落ち着いた橙色の照明と、穏やかなBGMがこの店によく似合っている。

 

「時折ここに来たりするんだけど、ファミレスやラーメンとかよりもいいかなって。

 それよりもそっちの方がよかった?」

「いや、こちらの方がいいな。……意外だな、猛がこんなところを知っているなんて」

 

注文を聞きに来た給仕に猛はハンバーグステーキセット、箒はミートソースを頼む。

料理が来るまで一息つくことになり、もう一度箒のことをまじまじと見つめる。

 

「うん、こうしてしっかり見るとやっぱり雰囲気違うな。

 たまにはちゃんとおしゃれするといいんじゃないか。シャルや鈴はこういうこと経験しているらしいし

 メイクとかそういうの教えてもらうとか」

「……デート中に他の女のことを話題に出すのはNGだと思うぞ」

「あー、ごめん。しかし、普段からずっと一緒にいるから世間話ってのもな」

「そうか? 私はいろいろ話したいぞ。たとえば……」

 

他愛のない話をする箒に相槌を返し、彼女のころころと変わる表情を見ていると

だんだんと猛の方も饒舌になり和やかに会話を楽しむ。

ちょうど話題の途切れた所に注文の品がやってきたので、料理に口をつける。

箒のミートソースはトマトと肉の旨味がぎゅっと凝縮されて、濃厚な風味が口の中に広がる。

食べ盛りな男子に嬉しいずっしりとしたステーキにハンバークをご飯と一緒に頬張る猛。

元々考えていたデートコースとは違ってしまったが、それでもこれはこれで幸せだ。

 

 

 

「箒、大丈夫か?」

「んにゅ~? なんか身体が熱くてふわふわする~」

 

その後、手違いで水代わりに白ワインをグラスに注がれて二人はそれを飲んでしまい

慣れない酒に、今までの緊張からの疲れで思い切り酩酊してしまった箒。

なお、猛はワインと気づきつつ一杯飲み干している。

そんな彼女を背負い学園寮に向かう。あまり揺らして気分を悪くさせないように気をつけながら

見回りの先生、特に織斑先生には絶対見つからないようにしながら何とか自室まで辿り着く。

ベッドに箒を降ろすと、酔いは少しは覚めてきたのか頬が少し赤いくらいに視線ははっきりしている。

 

「とりあえず、水を持ってこようか? あとその服シワになっちゃうといけないから

 ちゃんと着替えてな」

「…………くれ」

「え?」

「脱がせてくれって言ったんだ。一人だとまだふらふらするし、寝間着に着替えたいから……

 て、手伝ってほしいんだ」

 

もはや頬を酒の影響だけではなく赤らめながら、両腕をバンザイするように上げてじっと見つめる。

いつまでもこの状況でいる方が苦痛なので、アウター、ブラウス、スカートを脱がす。

嘗て臨海学校で今の恰好とほぼ同じ水着姿を見ているとはいえ

たった二人きりで下着のみの箒と向かい合うのはまったく意味合いが違ってくる。

視線が不安げに彷徨い、ほんのり桜色に染まった身体に淡い水色のブラとショーツ姿の箒。

理性がショートする前に後ろを振り向いておく。

 

「もう後は一人で出来るよね。じゃ、じゃあ俺はもう寝るから」

「あ、ああ……すまない」

 

シャワー室に入って冷たい水を頭からかぶって熱を冷ます。

風邪を引かないように身体を温め直して、部屋に戻ると間接照明で仄かに明るい。

着替え終わったのか、髪を降ろした箒は猛に背を向けてベッドで横になっていた。

あの状態のまま、待っていられたらどうなっていたか……ほっと軽く息を吐いて猛もベッドに入る。

 

それからしばらくして、キッチンで水音がしたことに目が覚めた。

どうやら箒が水を飲んでいるらしい。

猛はまだうつらうつらした状態だったがベッドに潜り込まれて流石に心臓がどきっと跳ねる。

箒も寝ぼけて間違えて入ってきたのならいいのだが、腕をまわして抱きついてこられたのでは

彼女もわざと入ってきているとしか思えない。

 

「えっと、箒のベッドは向こうなんだけど」

「……分かっている。別に間違えているわけじゃない」

 

言葉少なく言い切った箒はより抱きしめる力を強めて身を寄せる。

背中ごしに押し付けられるたわわな胸に、とくんとくんと響いてくる彼女の鼓動。

 

「はは……、酒のきっかけでもないと吹っ切れないなど思ったより女々しいんだな私は。

 その、シャルロットと鈴が一線を越えているのは知っているんだ。

 勝ち負けではないのだが……わたしも、お前と……イヤなら拒んでくれて構わない。

 でも、出来るなら私を―――」

 

寝返りをうって微かに震える手を握り、幼馴染の首筋に顔を埋める。

より強く感じる彼女の香りに酔いそうになりつつ、細い腰に手を回す。

甘く啼いた箒がそっと唇を重ねたのがお互いの枷を外す合図となった。

 

 

 

 

 

 

猛が簪と出会って一週間になるが、まったくといって進展していない。

更にはタッグを組もうと思っていたがすっぽかされた形になり鈴は怒りで闘志を燃やし

シャルロットは絶対零度の笑みを浮かべて機体調整と訓練に励む。

なお、箒は「私もタッグを組みたかったが、猛本人の希望を蔑ろにするわけにもいかんだろう」と

彼女らしからぬ懐の深さを見せ、時折首筋に手を当ててにへへと顔を綻ばせていたのを

怪しく感じた二人が尋問。あの一夜のことを話し出させ、多分一番脅威になりつつある

同居中というアドバンテージを持つ箒に対し、なりふり構わず行くべきか? と危険思想が芽生え始める。

 

そんなことが起こっているとはつゆ知らず、頭を悩ませている猛に声をかける人が。

 

「やっほー、たけちー」

「ん? ああ、布仏さん。おはよう」

「もしかして、かんちゃんのことでお悩み中?」

「ええ、そうなんで……、何で簪さんのことを知ってるの?」

「んふふ~。実は私とかんちゃんは少なからず縁があるのだー」

 

詳しく話を聞いてみると、布仏家自体が代々更識家に仕えてきた家系であり、虚、本音と

楯無、簪は幼馴染で専属メイドとして傍にいるそうだ。

が、どうやら簪の方は元からの性格もあるせいか、あまり本音を傍に置かず、それどころか

クラスでも浮いている、いやむしろ孤立している状況らしい。

 

「だから、会長のお願いを抜きにしてもたけちーにはかんちゃんと仲良くなってほしいのだ」

「協力してもらえるんですか?」

「力及ばすともがんばるよ~。ふえ?」

「布仏さん、今度好きなケーキワンホールプレゼントします」

「おおぉ! これは嬉しいサプライズですよ。うーんたけちーのケーキ全部美味しいから

 迷っちゃうな~」

「とりあえず、簪さんがどんなものが好きなのか教えてください」

 

がしっと手を握られて少し顔を赤らめつつ、猛の質問に答えていく本音。

 

 

 

学食でかき揚げうどんを食べていた簪のテーブルに本音が声をかける。

 

「かんちゃ~ん、一緒にご飯食べてもいい?」

「……別に」

 

肯定と受け取った本音が簪の前に座るがその隣に座った人物を見てうどんを噴き出しそうになる。

 

「こんにちわ。簪さん」

「な、な、なな! 何で貴方がここに!?」

「何でって、俺と布仏さんはクラスメイトだし、一緒に昼飯食べないかって誘われたから」

 

自分が意図的に猛を避けていることを知らぬ本音ではないだろうと、睨みつけるが

どこ吹く風といった表情ののほほんさん。

今すぐこの場を去りたいが、まだうどんはいっぱい残っており、もし食事を切り上げたら

午後の授業途中で確実にお腹が減ってしまう。

さっさと食事を終わらせようと思う簪に猛が声をかける。

 

「簪さんってアニメや漫画が好きなんだって?」

「え……、う、うん……」

「実を言うとさ、俺もラノベとかゲーム好きでさ。簪さんの好きな作品とか

 おすすめ教えてほしいんだ。個人的には攻殻機動隊やグレンラガンとか好きで」

 

言うが早いか、凄い勢いで猛の手をしっかりつかんだ簪。ふるふると俯いて震える彼女に対し

何かマズイことでも言ってしまったかと思ったが、顔をあげた簪はキラキラと目を輝かせていた。

 

「グレンラガン……いいよね!」

「お、おう」

 

同志を見つけた簪に少しだけ引いてしまった猛だが、やはりその道を深く行く者の話。

熱が入ったしゃべりは聞いていて自分とは違う観点を知るのはまた趣があり楽しかった。

あまり人と話すのは得意ではない簪が昼休み終了目前まで会話を楽しんでいたのは珍しいことだ。

 

「ほえ~、かんちゃんがあんな熱く話す姿滅多に見たことないよ」

「これで少しは進めることができたかな」

「うん、もうタッグ組むのを頼んでもイヤの一点張りはないんじゃないかな。

 というよりたけちー以外いないと思う。

 ……私の助けとか無くてもかんちゃんと仲良くなれてた気がする」

「いやいや、とっかかりも無いんじゃ流石に俺だって無理ですって。本当にありがとう布仏さん」

「会長とは違った性質でたけちーはたらしだよね」

「え……」

 

 

 

五時限目の授業中、簪はぼーっと授業内容を聞き流していた。

昼食中に現れた猛に対し、最初は忌避感を感じていたが、彼が自分と同じ趣味を持っていて

それも、口先だけではなく本当にアニメが好きなこと。

自分の上手くないしゃべりをちゃんと聞きとってくれて、疑問に思ったことを素直に言ってくれた。

ずっと専用機開発に躍起になっていたせいでクラスメイトと話す機会もなかった分

思い切り趣味の話をすることができたのは、すごく気分転換にもなった。

 

(……タッグ、組んでみようかな。そしたら今度練習するときに

 私のお気に入りの作品を勧めて見てもらうのもいいかも……また意見を交わすのも面白そうだし)

 

軽く頬を赤く染めて、少しだけ前を向いた簪だった。




天然たらしがここまで恐ろしいものだったとは、リハクの目をもってしても読めなかった!

塚本猛立志伝か……(某光●ゲーっぽく)


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25話

 

さて、念願かなって猛は簪と一緒に第二整備室に居た。

専用機持ちのみのトーナメント、つまりそれだけレベルの高い試合内容になるわけで

他にも機体整備、調整を行っている生徒が沢山いる。

金属音が絶え間なく響き、更には怒号まで聞こえてくるような中、皆真剣にISの整備をしていた。

 

「うーむ、見たことない機体が結構あるね。上級生のなんかさっぱりだ」

「あっちが、二年のフォルテ・サファイア先輩……専用機はコールド・ブラッド。

 向こうは三年のダリル・ケイシー先輩とヘル・ハウンド・ver2.5」

 

普段のおどおどとした雰囲気を感じさせず、すらすらと流暢に説明する簪。

やはり日本の代表候補生という肩書は伊達ではないのだろう。

奥に視線を向けるとセシリアが、おそらく二年と三年の整備科の生徒なのだろう。

表示枠を見ながら何か相談をしている。猛の視線に気がついたのだろうか、こちらを見ると

ちょっと困惑しつつ、軽く会釈をしてからまた話し合いを始めた。

 

普通なら箒、鈴、シャルロットと組んでいるだろう猛が、知らない子とパートナーとなっているのだ。

もしこれが一夏だったなら、セシリアはお怒りを隠さずプイっとそっぽを向いているだろう。

鈴は会うたびに野犬のように、ぐるると唸って今にも噛みつきそうだし

シャルロットにに至っては「何かな、塚本くん?」と最初に会った頃より冷たい。

なお、箒さんは未だにこにこ。懐の深さを見せるのも正妻の勤めだと嘯いているかは知らない。

ただちょっとは構って欲しいっぽい。

 

簪は自分の専用機である打鉄弐式を呼び出して整備ハンガーに固定させる。

弐式は頭に装備するハイパーセンサー以外は別物と言っていいほどの共通点がなかった。

しかしぱっと見た辺りだとどこもおかしい部分はなく完成されているように感じる。

 

「んー、これほぼ完成している風に見えるんだけど」

「武装がまだ……。それに、稼働データも取れてないから今のままじゃ実戦は無理……」

「そうなんだ。ちなみに武装はどんなのを使うの?」

「マルチロックオンシステムによる高性能誘導ミサイルに、荷電粒子砲を使おうと……」

「ならこれとか参考になるかな」

 

狭霧神の戦闘データで簪の弐式に応用できる可能性がありそうなものをピックアップし送信する。

送られてきた資料を真剣な眼差しで吟味し、指を躍らせてチェックを始める。

そこへぱたぱたと軽い足音を立てて、ちょっと間延びした声で名前を呼ぶ人が。

 

「たけち~。かーんちゃーん~。お手伝いに来たよ~」

「おお、ありがとう布仏さん。人手は多くあった方が進みやすいしね」

 

猛も狭霧神をハンガーへと固定し振り向くが、何だか簪の目がキラキラと輝いて

猛の専用機を眺めている。

 

「えーと、簪さん?」

「……やっぱり近くで見ると恰好いい……。メタルヒーローみたい……」

 

他のISに比べると一回り小さくフルアーマーな狭霧神は確かにどこか特撮ヒーローっぽさはある。

とりあえず今は整備、調整に意識を向けようと声をかけると、頬を赤くして視線を外し表示枠を見る簪。

そうして整備調整に取りかかった訳なのだが……

 

 

 

「布仏さん、そこにあるレンチ取って」

「ん~? これでいい?」

「うん、ありがとう。……簪さん、これでどう?」

「……ん、もう少し締め付けは緩くてもいい。あとは……」

 

出力調整や特性制御を行うために機体のアーマー部分を開いて直接パーツを弄りながら

搭乗者である簪の意見を聞いてマシンアームや工具を用い、付きっきりで弐式の調整を手伝う猛。

というのも、狭霧神の細部を覗きながらシステム画面を表示枠に表した際に

「……これ、どこを弄ればいいの?」と本音と猛は零す。

はっきり言って弄った時点で今より悪くなる可能性が大きすぎて迂闊に触れない、というか調整すらいらない。

ISのメカニックな知識が自分より多くあるであろう本音に簪がそういうのだ、ほぼ素人な猛に出来ることなど……。

 

「ISって自己進化と最適化が凄いんだけど~、本当はいっぱい、いーっぱい手をかけてあげないと

 ダメなものなんだよ~。けど、たけちーの狭霧神は最初からずっと最高のコンディションを保っていて

 調整すらいらない状態に常になってるみたい。まるで専属整備士やSEがずっと付き従ってるようだよ~」

「あ、あはは……」

 

実際それに近いようなものが宿っているとは言えない。

さてある程度機体構築も進んだため、試運転として第六アリーナにやってきた三人。

弐式の飛行テストを行うことにし、本音はコントロールルームでデータスキャナーを使って支援。

猛は何かあったときのヘルプを兼ねて先導役を買って出る。

簪は腰を落とし、偏向重力カタパルトに両脚をセットし、シグナルが青に変わった瞬間

一気に機体を加速し、アリーナの空へと飛びだした。

機体制御のチェックからハイパーセンサーの接続、連動を行うと狭霧神の姿を補足する。

ズームで猛の横顔がアップになると簪はついドキッとしてしまった。

 

(あう……、い、今は集中、集中……)

 

スラスターの出力特性に気をつけながら、キーボードで機体を調整し続け猛と合流する頃には

ほとんど飛行システムを完成させていた。

 

「どう? 調整は済んだかな」

「うん、大丈夫……、そ、それじゃあ……戻るから……」

 

どうにも気恥ずかしさが勝って、猛の返事を待たずに先に降下していく簪。

それを後ろから追う猛は彼女の機体が異常を起こしていることに気づく。

脚部ブースターのジェット炎が、点いたり消えたりを繰り返している。

異常を知らせるため通信を開こうとした瞬間、打鉄弐式の右脚部ブースターが爆発し

衝撃と推進器の片方を失ったことによる姿勢崩壊で簪は機体ごと大きく傾き中央タワーの外壁へ突き進んでいく。

 

(反重力制御が利かない……!? ど、どうして――)

 

目の前の表示枠には数えきれないほどのエラーメッセージが浮かび上がり、困惑と恐怖で脳内が白く染まる。

反射的に目を閉じてしまった簪の前に、暗灰色の物体が滑り込んで抱き留める。

彼女を抱きかかえたまま、最大出力の瞬時加速。僅か数センチの幅を残して止まりきった狭霧神。

恐る恐る目を開けるとこちらを覗きこんでいる猛の姿が。

 

「あ……つ、つかもとくん……」

「ふぅ、危なかったな。ケガとかはしてない?」

「え、う、うん……大丈夫」

「そうか、それならよかった」

 

傍から見たらお姫様抱っこされて、その相手は正に変身ヒーローそのもの。

今までになく簪は茹蛸のように真っ赤に染まって頭からは湯気が湧き出ている。

そこへ慌てふためいたアリーナ管理担当の教師の通信が飛び込んでくる。

 

『ちょ、ちょっと、何が起きたの!? こっちにはタワー破損の表示が出ているんだけど!?』

「あ、すみません。IS訓練中の事故が起きまして。一組の塚本猛と四組の更識簪が当事者です」

『事故!? 怪我とかしてないわよね!? 大丈夫なの!?』

「はい、二人とも無傷です。ただ……」

 

猛が壁の方へ視線を向けると、近くで瞬時加速の衝撃を受けた壁は放射状に罅が大量に入り

ボロボロと破片が零れ落ちている状態だ。

とりあえず事情を説明するためにピットに戻りますと告げて通信を切る。

 

「またエラーとか起こしたら大変だからこのまま降りるよ。ちゃんと掴まっててね」

「う、うん……」

 

顔を見られないよう俯いてしっかりと抱きつく簪を支えつつ高度を下げていく。

 

 

 

 

 

 

ピットに戻った猛たちは先生に事情を話し、身体に異常がないかチェックされた後

レポート用紙十枚分の紙束を渡されて、報告書の提出を求められた。

寮に戻る帰り道、隣の簪は申し訳なさそうな顔で歩いている。

自分で調整した機体が事故を起こし、尚且つ猛や先生に迷惑をかけたと自罰的な考えをしているのだろう。

もう残り時間も少ないし、意地を張らずに整備科の人達に手伝いを頼もうと提案しそれは受け入れられた。

が、ただ原因ばかりを考え続けても落ち込むだけだ。

 

「簪さんの眼鏡って、表示枠も兼ねてるんだよね? 今データ送るからそれ使って空を見て?」

「……? うん……」

 

言われるままに送られたデータを実行し、すっかり日も落ちた夜の空を見上げる。

すると、明度が引き上げられ今まで見れなかった星が鮮明に目の前に広がる。

 

「うわぁ……」

「驚いた? 狭霧神のセンサーを使ってどこでも星空が見えるようにしてみたんだ」

 

猛も表示枠をゴークルのように目の前に展開して空を見る。

もし星座とかを知りたいのなら、その範囲を指定すれば図から由来まで表示してくれる。

しばらく秋の空を眺めながら猛がぽつりと口を開く。

 

「実現は難しいだろうけど、ちょっとした夢があってさ。子供の頃から星を眺めるのが好きで

 それなのに星座とか彗星の名とかは覚えようとしなくて。

 そして白騎士事件が起こって、ISが世に知られて……。今は軍事転用が主だけど

 いつかはISで宇宙に行ってみたいなと思ってるんだ。

 それが無理ならISじゃなくても星の海へ行ってみたい……」

「…………」

「あはは、バカな夢とか言うかな?」

「そ、そんなことない! り、立派な夢だと思う……!」

「ありがとう。俺のこんなデカ過ぎる夢に比べれば、簪さんの頑張りはきっと報われるよ」

「あ……」

「元気出た?」

 

何気ない話でこちらを元気づけてくれたのだと気づくと、恥ずかしくなったのか

胸の前で絡めた両手は、せわしなく指を弄んでいる。

 

「あ、あ……、ありがとう……」

「どういたしまして。そろそろもっと冷えてくるし、帰ろう」

 

そう促すが、簪は歩き始めようとしない。

 

「あの、簪さん?」

「い、いらない……。さん、はいらないから……か、簪って呼んで」

「うん、分かった。簪。俺のことも猛って呼んでいいよ」

 

そういって微笑むと、彼女はぷしゅうとまた頭から湯気を噴き出して、逃げ出すように走っていってしまう。

呆気にとられつつも、同じ寮なんだからそんなに急がなくてもと玄関に入るのだった。

 



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26話

前回から結構間が空いてしまってすみません

相変わらず不定期であげていくので、気長にお待ちいただけると幸いです


 

翌日、楯無の専用機を作る際にもかなりの貢献をしてくれたという

整備科のエース、黛薫子にコンタクトを取り助力を願う。

そして昨日の働きっぷりからして期待を持てる布仏本音もしっかり手伝ってくれるそうだ。

更には黛先輩の友人である京子とフィーと呼ばれる二人も黛が召集をかける。

電話をしている先輩は呼び寄せるための餌を提示しているのだが――

 

「んー……猛くんとの2ショット写真とか? 自費出すなら学内デートも有り?」

「勘弁してください、お願いします。特製ケーキを作りますんでそれで何とか」

「た、たけちーの特製ケ、ケーキ!?」

 

逆にここに居る本音がフィッシュ。ギャグじゃなく本気でじゅるりと唾を飲み込むが

決して演技ではないそれが興味を湧かせて、先輩は説得にかかる。

それを見てほっとする猛。ただでさえ機嫌がよくない鈴にシャルロット、そこに箒と今むすっとしている

簪に睨まれて学内デートなどしたら胃に穴が開きそうだ。

 

頼れる仲間が第二整備室に集合し、途端に慌ただしくなる。

 

「塚本くん、そっちのケーブル持ってきて! 全部!」

「あと、こっちに特大レンチと高周波カッター持ってきて」

「んむー、投影ディスプレイが足りないから液晶のやつ取ってきてくださいなぁ。

 あと小型発電機も借りてきてねぇ」

「はいはーい」

 

ISアセンブリのことなどド素人もいいところなので、言われるがままに整備室を走り回る猛。

丁稚として動き回りながら簪のことが気になり視線を向けるとISを装着したまま両手足全部使って

カスタマイズされた球形キーボードを高速で叩いている。

真剣に画面と向き合い頑張る簪の姿は見とれてしまう位綺麗だが、それで作業を止めてしまうわけにはいかない。

運搬作業に戻る猛に対し、ちらりと視線を向けて少し残念そうな色が浮かぶ簪。

 

 

 

最後の方はもう、整備関係なくパシリとして使われていた猛だが、いじわるとして

ジュース買ってきて、10秒以内にねと言ったのに5秒で駆け込んできたことに黛は驚愕する。

そして大会前日にようやく終わりが見えてきた。

当初の予定ではマルチ・ロックオン・システムを使うはずだったが完成せず

本来の高命中率、高火力のスペックを引き出せなかったので通常のロックオン・システムに妥協した。

それでもここまでこぎ着けられたのは四人の協力があってこそだ。

 

「あ、ありがとう……ございました。わ、私ひとりじゃ、完成させられなくて、あ、あの……

 本当にありがとうございました……!」

 

頭を下げる簪の姿を皆優しく見つめていた。

 

「あはは、気にしないでよ。同じ学園の仲間じゃないか」

「ま、あれだな。ひさびさに日本製のISを触れて楽しかったよ」

「んんー。今度甘いもの食べさせてくださいねぇ」

「あ、それならたけちーのケーキが食べたいなー」

「それじゃあ、布仏さんのリクエストにお応えしますよ」

「え、えええ!? も、もしかして……もうあるの!?」

 

目をキラキラさせて見つめてくる本音に促されるようにケーキの入った箱を取り出す。

作業テーブルの上を軽く片付けて、3つの箱を置いて取り皿とフォークを皆に配る。

そうして普段よく振舞われるパウンドケーキに新作のミルフィーユ、ティラミスが目の前に。

お預けをされた犬のように、本音はケーキを凝視してそんな姿を簪は初めて見る。

 

「ちょっと新しいものに挑戦してみたんで、味見を兼ねて持ってきたので感想ください」

「お、おお……! た、たけちーの新作スイーツ! こ、これは垂涎ですよ……!」

「す、すごい食いつきっぷりね……。まぁ、これでも私はそれなりにいろんなお店のケーキ

 食べ比べてるからちょっと辛辣な感想になっても許してね?」

 

各々好きなケーキを皿に取り、いただきますと口に運ぶ。

一瞬時が止まったかのようにしんと静まり返り、誰ともなく切なくため息が漏れる。

 

「おいしい……」

 

疲れた体に甘いものが沁み渡るのでエッセンスになっているだろうが、それを除いても

かなりの出来であると評価できる。

 

「凄い……凄いわ猛くん! 一流とかに比べたらちょっと劣るかもしれないけど手作りで

 これだけのもの作れるのなら、私毎日君のケーキ食べたいくらい!」

「んっふっふっー。たけちーのケーキはほんと美味しいんだよー」

 

皆が美味しい美味しいと言って三種のケーキを食べ比べている風景は作り手として冥利に尽きる。

しかし、パウンドケーキを見つめながら難しい顔をしている簪に対し猛は声をかける。

 

「あれ? もしかして口に合わなかった?」

「え? あ、う、ううん……、そんなことない。ちゃんと美味しい……。

 けれど、どうやったらこんな風に美味しくできるのか考えてて……」

「簪もケーキとか作るんだ。そうだね……」

 

自分が普段心掛けているちょっとしたコツを話し出すと簪はメモを取り出すとこくこく頷きながら

要点を纏め、疑問に思ったことを猛に聞き返し、彼はそれに答える。

そんな二人を先程とは違う優しい視線で見ている四人。

 

 

 

 

 

片付けが終わり、皆解散となった後簪はシャワーを浴びて身体を清めると寮の調理室を借りていた。

赤く熱を持ったガスオーブンの前で今か今かと待ちわびて、何度も時計を確認する。

チンっと軽い音を立ててオーブンが焼き上がりを知らせると、ミトンを手に嵌めて中のものを取り出す。

綺麗に焼き色がついて砂糖の焼けた甘い香りと芳醇な抹茶の匂いがふわりと漂う。

数少ない簪の得意な料理、カップケーキなのだが先ほど猛に聞いた小さなコツを試してみた一品。

上手に出来たか少し不安になりつつも、一個味見として食べてみると……

 

「うわぁ……美味しい」

 

今までの中で一番と言っていい出来に仕上がっており自然と頬が緩んでしまう。

 

(猛……くん、喜んでくれるかな……)

 

用意しておいた袋にひとつひとつカップケーキを入れて丁寧に包装を施す。

冷める前に渡したいと逸る心に促されるように足も速まっていく。

大切な人への贈り物。それが少し恥ずかしくも誇らしく思う。

あと少しで猛の部屋の近くまで来た簪は一旦立ち止まり呼吸を整える。

そして角を曲がろうとした時、目に飛び込んできた光景に咄嗟に身を隠してしまう。

 

廊下で猛と話をしていたのは、姉の楯無だった。とても仲良さそうに話をしている姿に

簪の心は大きな杭が刺さったかのように痛み、無意識に袋を強く握りしめていた。

そこに彼女の口から出た言葉を聞き簪は足元が崩れ落ちるような衝撃に晒された。

 

「私の機体データ、役に立ったでしょう?」

 

思わず声を上げそうになるのを慌てて口を塞ぐ。

しかし身体を支え続けることが出来ずに、へたり込んでしまう。

打鉄弐式を組めたら、自分だけの力で完成させることが出来たのなら、やっと、やっと――

姉さんに追いつけると思っていたのに。

 

幻だった。優しくしてくれた猛のことも、専用機を完成させることが出来た喜びも

――すべて、姉の根回しだった。

 

絶望の深淵に沈み込んだ簪の前に楯無の幻影が現れる。

その優しく心に染み入るような声が何よりも恐ろしい。

 

『簪。あなたは何もしなくていいの。私が全部してあげるから。だからあなたは――』

 

 

 

 無能なままでいなさいな。

 

 

 

心が、身体が耐え切れなくなり、自然と簪は走り出していた。

走って、走って、走って、無我夢中で自分の部屋へとたどり着く。

荒い呼吸を繰り返していると、頬を伝い落ちるものがあることに気づく。

拭っても止めどなく流れる涙に、堪らず布団の中に逃げ込み堰を切ったように嗚咽が溢れだす。

 

「う、あ、あぁぁ…………っ、あああぁぁぁ…………っ」

 

 

 

楯無との話が一区切りつき、ふと気になって曲がり角を覗き込むと

綺麗にラッピングされ袋詰めされたカップケーキが落ちていた。

落ちたことで少し型崩れしてしまったそれを取り出し、自然と口に運んでいた。

この味はどことなく自分が作るケーキと少し似た味がして。

 

「楯無さん。さっき話してたときに何か聞こえませんでしたか?」

「えっ? 特には何も聞こえなかったけれど」

「俺には、何故か簪の泣く声が聞こえた気がするんです……」

 

今この場には居ないパートナーのことが、どうしても心から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

専用機持ちタッグトーナメント当日。開会の挨拶の後、対戦表が表示され

第一試合は猛と簪、箒と楯無ペアの試合となった。

しかし、学園内を探し回っても簪の姿はなく通信への応答も沈黙したままだ。

どこか胸騒ぎを感じつつ探し忘れた場所はないか思い返していると、轟音と共に学園全体が揺れた。

廊下の電灯が赤く染まり、非常事態警報発令の表示枠がそこかしこに現れる。

緊急放送が告げられるが、突如途切れた後に続けてまた大きな衝撃が襲い、生徒の悲鳴が響き渡る。

 

「簪……、今どこにいるんだ」

 

 

 

「あ、あ……あぁ……」

 

一人暗いピットの隅に座り込んでいた簪は突然の襲撃者に対処することもできず

がたがたと噛み合わない歯を鳴らしながら身を縮こまらせる。

後ずさりしたくとも、背後は完全に壁に遮られて前方には不明機が不気味に佇み

逃げる事もできない。

ゴーレムがゆっくりと迫りくるのに、ぎゅっと目を硬く閉じて祈るように必死に念じる。

 

(誰か……誰か、助けて……!)

 

彼女の祈りも虚しく一歩、また一歩とゴーレムは簪に近付いていく。

伸ばされた腕が簪を掴もうと、その先端が触れる瞬間全力で叫ぶ。

 

「や、だ……やだよ……、助けてっ……猛くんっ!!」

 

簪が叫ぶのとほぼ同時に、学園側の扉が吹き飛び一陣の黒灰風が突っ込んできた。

影は粉砕され宙に浮いた扉を掴み、不明機に投げつける。

不意を突かれたゴーレムはかわすことが出来ずに扉ごと壁に叩きつけられた。

左手の熱線で己を押さえつけている破損した扉片を焼き切るつもりなのだろうが、もう遅い。

一瞬に肉薄した狭霧神は刀身が光を飲み込むほどに黒く染め上げた十束を背負うように構え――

壁、扉片、一切合財、一刀の元ゴーレムの脳天から綺麗に割断した。

 

残心するその後ろ姿は、まさに彼女の待ち望んでいた英雄の姿そのもので――

 

「大丈夫?」

 

その優しげな声を聴き、簪は溢れる涙を止められなかった。

思わず立ち上がりそのまま猛に抱きついて、まだ残る不安と恐怖に身体を震わせる。

彼女が落ち着いて泣き止むまでしばらくそっと頭を撫で続けていたが、不意にあっと大きな声をあげた猛。

 

「ど、どうしよう……。簪がピンチだったから思わず全力全開で切りかかっちゃったけど……

 大丈夫かな?」

 

真っ二つになったゴーレムは動く気配もないが、無人機だからよかったものの

もし中に人でも居たら、モザイク無しのグロ画像待ったなしだ。

……まあ、緊急時の正当防衛だと言い切ることにしておこう、そうしよう。

そんな開き直る猛を見て、ふふっと笑顔を浮かべる簪。

その姿を見て大丈夫そうだと思った猛は声をかける。

 

「なんかコイツ一体だけじゃないっぽくてさ、他のところも心配だから見てこようかと思うんだけど

 簪はどうする? 皆が避難している場所まで送っていこうか?」

「ううん、大丈夫。私も猛くんの力になりたいから……」

(だからお願い、力を貸して……打鉄二式)

 

簪の願いに応えるように、彼女の全身が光に包まれて専用機が装着させる。

もう脅威はないであろうゴーレムの残骸をそのままにして、十束を振り抜いてアリーナシールドを切り裂く。

二人が第三アリーナのフィールドに飛び出した瞬間、反対側のゲートで大規模の爆発が起こる。

専用回線を開こうにも、ノイズが酷くてまともに通信することすら出来ない。

 

「簪、あそこに誰か居るかもしれないからちょっと様子を見てくる」

「分かった。気をつけてね……」

 

未だ煙が立ち込めているゲートに慎重に近付いて行くと、ハイパーセンサーがISの反応を捉えた。

 

「大丈夫ですか? 返事をしてください!」

 

その呼びかけに答えは返らず、巨大な左腕が突き出されてきた。

左足を掴まれるが、戸惑うことなく地面に向かって加速。

右足を無人機の肘に乗せて体重をかけ躊躇なくへし折る。

折れた左腕を強引に引っ張り、ブチブチと人工筋肉が引き千切られる音を立てて腕が断裂する。

もぎ取られた腕をそのままに無人機に対し回し蹴りを放てば腕と一緒に壁面へと叩きつけられた。

それでもなお攻撃を続けようと残った右手から熱線を放とうとエネルギーを集めた砲口へ

八俣の矢が綺麗に突き刺さり、暴走した熱線で逆に自分が超高熱で芯まで焼き尽くされる破目に。

 

一応脅威は去ったので、もう一度ゲート内を覗き込むと倒れている人影が見えた。

 

「え……う、嘘……」

 

いつの間にか傍に居た簪が不安の声を漏らしていた。

嫌な予感が拭えず、冷や汗に身体の震えが止まらない。

見覚えのある水色の装甲は無残に壊れていてほとんどが残っていない。

深いダメージを負っているのか、楯無は倒れ伏したままぴくりとも動かない。

何かを叫びたいのに、声が出ない。名前を呼びたいのに、口が動かない。

ぐにゃりと世界が歪んで見えて押しつぶされそうになるのを、肩に乗せられた手が支えてくれる。

 

「大丈夫。楯無さんは生きてるよ」

 

楯無に近付いて、負荷をかけないよう優しく抱き起こして狭霧神のセンサーを全身に走らせる。

身体のあちこちに打撲や骨に少しの罅は入っているが、命に係わる傷はなさそうだ。

軽くうめき声をあげて目を開けた楯無の傍へ簪が駆け寄る。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「あはは……そう呼ばれるの、何年ぶりかしら?」

「お姉ちゃん……」

 

楯無は笑顔を浮かべた。妹が無事であったことを喜び、不安を消し去るために。

 

「どう、して……こんなことに……」

「だって学園の皆を守るのは、学園最強の勤めだもの。ちょっとしくじっちゃって

 こんな姿を晒すことになっちゃったけど。それに、大事な妹を守るのもお姉ちゃんの仕事よ」

「楯無さん。恰好付け過ぎですよ」

 

楯無を簪に預けると、じっと視線を合わせる。

 

「こんな時に言うのもなんですが、一度ちゃんと簪と話し合うべきです。

 どんな人間だって、自分の考えが完璧に相手に伝えることなんて出来ないし

 小さな擦れ違いでここまで溝が深くなってしまったんだから。

 なら今回のことをきっかけに全部ぶちまけてしまってもいいじゃないですか。

 更識の頭首とか、生徒会長、学園最強の重圧やしがらみとかあるんでしょうけど

 大好きな妹の前でくらい弱いところを見せても罰は当たりませんよ」

 

今度は簪に目を向けて話し出す。

 

「簪もさ、いろいろ優秀な姉と比較されたりして辛いこととかいっぱいあったと思う。

 俺がこんなこと言っても説得力ないかもしれないけど、簪はそのままでいいんだ。

 弱くて、卑屈で、情けなくても、それでいいんだと受け入れてしまう。

 そこから立ち上がっていけばいいんだ。

 それにさ、楯無さんだって完全無欠ってわけじゃないんだぞ?

 生徒会の仕事はよくサボるし、人にセクハラ普通にするし、案外大人げないし」

「ちょ、ちょっと猛くん?」

 

このまま喋らせていると余計なことをべらべら言いそうなので、慌てて止めようとする。

じゃあ、この話はお終いと自然に立ち上がり彼女たちに背を向ける。

 

「だから、この騒動はさっさと終わらせます。ただ、俺のことを信じてくれて

 二人で話し合うことができるのならば、それでいいですから」

 

 

 

手に八俣を顕現させ、弦を引き絞る。

単一仕様能力はすでに慣らしを終えて、凌駕駆動状態で八俣に力を注ぎ込む。

凪いでいた空気がゆっくりと流れだして一縷の風となり狭霧神を中心に渦を巻く。

 

「霞、簪が使う予定だったマルチ・ロックオンシステム。流用できないか?」

『了解しました、我が主。演算開始――システム再構築、簪女史と天体を見上げた際の経験を流用――完成』

 

霞の言葉と同時に猛の視界が一気に離れて、学園内のほぼ全てのアリーナを見下ろす俯瞰風景が映し出される。

 

『狙撃補助システム『天球儀』起動。誤差、コンマ5cm以内に抑えました』

 

天空から見下ろす疑似視界からは無人機と争う鈴やセシリア、ラウラ達が鮮明に映し出される。

大きく息を吸いこんで、ゆったりと吐き出す。熱は心に込めて、放つ矢は極めて冷静に。

荒れ狂う神龍の手綱はまだ解かずに、狙いを外すことなどは考えない。

込めた力でぎしりと弦が軋む中、既に的中するイメージを強固に組み上げて、それを信じ抜く。

 

「我が敵を射抜け、八俣――」

 

そして宙に向かって一筋の青い極光が立ち昇った――

 

 

 

「くっ、性懲りもなく何なのよこいつ!」

 

クラス対抗戦で似たような無人機とも交戦経験のある鈴だが、あの当時のものより更に強化された

ゴーレムに苦戦を強いられている。

セシリアの援護を受けつつ、超火力である肩部の龍砲を叩き込むことが出来れば敵機を沈黙させられるはずだった。

しかし、ブルーティアーズの偏向射撃を人間では真似の出来ない動きで躱し

周囲に浮かぶ球状の物体が堅牢なシールドを張り衝撃砲を容易く受け止めてしまい、本体まで届かない。

このままではエネルギーが尽きるのが先か、無人機に潰されるのが先か、二人に冷や汗が流れ――

 

「「っ!? 逃げて!」」

 

同時に上空からの超巨大なエネルギー反応を捉えて二人は咄嗟の回避行動をとる。

球体を上に向け、シールドを張る無人機だが土石流に傘を差し向けて対抗するような圧倒的な差。

まるでSF映画に出てくる衛星砲のような光の柱に飲み込まれて姿が見えなくなる。

時間にして数十秒程度だろうが、光が収まった後に現れたゴーレムは真っ黒に焼け爛れ一部は炭化しているようだ。

引力に導かれるまま、地面に衝突しそのまま動かない不明機。

 

「……私、この光景前にも見た気がするわ」

「奇遇ですわね。私も福音戦のことがはっきり脳裏に浮かんで来ましたわ」

『鈴! セシリア! 無事!?』

 

突然の通信に驚くがすぐに冷静さを取り戻し、返事をする。

 

「え、ええ。私も鈴さんも無事ですわ」

『通信妨害されてたんだけど、あのゴーレムが倒されたら回復したんだ』

「シャルロットの方にもあのへんなの行ってた訳か……ねぇ、もしかしなくても」

『うん……あの光の砲撃に無人機は倒されたよ』

『私の推測だが、あの攻撃は全てのアリーナに同時に突き刺さったと考えていいはずだ。

 アリーナシールドを貫いて、更には無人機をも消し炭にするような一撃を全域にな』

 

皆の間に沈黙が漂う。こんな芸当が出来るのはこの学園には一人しか居ないと。

 

「ねぇ、シャルロット。時折頭を過ぎるんだけど、ISは凄いものだと思う。

 だけど、時折猛だけはISとは違う何かを使っている気がするの」

『それでも、猛は猛だよ……』

「それは分かってるんだけど、ふと気づいたら私の手の届かない場所に行っちゃうような……」

 

二人のプライベートチャネルは、その言葉を最後にしばらく無音が続いた。

 

 

 

 

 

 

ぼんやりとした意識のまま、楯無は覚醒し数度まばたきを繰り返す。

部屋全体がオレンジ色に染まっていて、現在は夕刻なのだと知らせていた。

 

「お、お姉ちゃん……大丈夫?」

「簪ちゃん……ここは?」

「学園の医療室……」

「そっか、あいててて……」

 

まだはっきりしない意識のまま身体を起こそうとすると、激痛が走り簪に止められた。

 

「命に別状はないけど、傷は浅くないから……無理に起き上がろうとしちゃ、だめ」

「分かったわ……」

 

それから二人とも無言の時が流れるが、不思議と違和感や苦痛は感じない。

ささいな擦れ違いでお互い歩み寄れず歪な形で今まで居たのが、嘘のようだ。

 

「あ、あのね……お姉ちゃん……今までごめんなさい」

「気にしなくていいのに」

「で、でも……っ! 私、どんなに頑張ってもダメで……」

 

勝手な思い込みで壁を作り、ずっと避け続けていた自分が恥ずかしくて消えてしまいたい。

そんな簪を痛みを堪えながら楯無は起き上がり、大事な妹を抱き寄せる。

 

「そんなことないわ。あなたは私の大事な妹よ。とても強い、私の妹――」

 

優しく頭を撫でられて、今まで我慢していた簪の瞳から涙が溢れ始める。

 

「お、おねぇちゃん……っ」

 

泣き続ける簪を抱きしめながら、楯無は頭を撫で続けた。

一通り泣き終えた簪は今まで触れ合えなかった分を取り戻すかのように話を始める。

時には怒ったり笑ったりしつつ、悲しかったこと、辛かったことを楯無と話し続ける。

そこで、今回の立役者の姿が見えないことに気が付く。

 

「簪ちゃん、猛くんはどうしたの? 姿が見えないんだけど」

「あ、そ、その……あの後お姉ちゃんをここに運んで、後は姉妹仲良く話すといいし

 俺は邪魔になるだろうからって帰っちゃった……。

 ちょっとだけ、羨ましかったな。お姉ちゃん、お姫様抱っこされてたから」

 

楯無は気を失う最後の景色を思い出す。

ゆっくりと天に翳した弓を降ろしていく、その頼れる漢の背を眺めながら意識が遠のいていったのを。

 

よくよく考えると不思議だった。一時期ルームメイトだった彼に妹と組ませようと思ったのか。

ただ、猛に任せておけば決して悪いことにはならないと確信があり

自分のおふざけを受け止めてくれるし、本当に参ってる時には労わってくれて、何よりあの柔らかな笑顔が――

 

「お、お姉ちゃん? 顔真っ赤だよ、大丈夫?」

「ひゅいっ!? だだだ、大丈夫よ!?」

 

夕日のせいとは誤魔化せないほどに真っ赤に染まったまま、手を振る楯無。

軽く息を整えると、簪に向かって視線を向ける。

 

「ねぇ、簪ちゃん。猛くんのこと好き?」

「ええぇっ!? い、いきなり何言うの!?」

「お姉ちゃんは簪ちゃんの本音を聞きたいの」

「え……あ、うぅ……」

 

視線を彷徨わせながら、最終的には小さく頷く簪。

 

「そう。ならいつかは簪ちゃんとも、戦わないといけないわね」

「え、ええ!? お、お姉ちゃん、それって……」

「ふふふ、さぁ……?」

 

意味ありげに微笑む楯無に、真意を聞き出そうとするがはぐらかされてしまう簪。

しばらくはそんな触れ合いが部屋に響いていた。



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27話

「んー、とりあえず二枚チェンジ」

「じゃあ僕は一枚で」

「なら私は四枚交換しよう」

「俺は……このままでいいか。じゃあコール」

 

猛のコールに続いて箒、鈴、シャルロットもコール宣言。

場に出されたカードの役は鈴がツーペア、シャルロットがスリーカード

箒がフラッシュで猛はフルハウス。

 

「んなぁぁぁぁっ!? フルハウスなんて漫画やアニメじゃ負け役じゃないのよ!

 そんなんで勝つとかありえないって!」

 

勝負事に熱くなりやすい鈴は、手札の役に何が来ているのかが顔に出やすいのでビリ。

平常心を心がけているからか鈴よりはポーカーフェイスが上手い箒。

しかし、共に笑みを浮かべて揺さぶりをかけても効果がいまひとつ表れない猛とシャルロットが

トップ争いを繰り広げている箒と猛の寮室。

 

きっかけはタッグマッチでペアをすっぽかされた腹いせにちょっと遊べと部屋に乗り込んできた鈴に三人で何かしようにも大富豪、麻雀とかやるには人数が足りない。

なら暇しているだろうと連絡をとり、シャルロットも部屋に呼ぶとおもむろにポーカーが始まった。

最初はトップに命令権をつけようとしたのだが続けていくうちに

シャルか猛がその権利を得ることが確実になりそうなので、とりあえず無しということになった。

 

「なぁ、そろそろお開きにしないか? いろいろあって疲れてるだろう?」

「もうちょっとあたしは遊んでいたいんだけど……」

 

ふと何かを思い出したかのように椅子から立ち上がると、自然な感じに猛の上へぽすんと座ってしまう鈴。

一瞬で空気が軋み、部屋の温度がガクっと下がったような気がする。

 

「あ、あの鈴さん? なにをしているんでしょうか?」

「えへへ、実はさ、あたしあの襲撃の際ちょっとケガしちゃってるから猛に労わってほしいかな~って。

 痛いの痛いのとんでけ~みたいなのやってくれるとか、肩揉んでくれちゃったりなんかして」

 

にこにこと上機嫌な鈴に対し、また暗黒オーラを噴き出しながら怖い笑みを浮かべているシャルロットに般若の化身かと思えるほど背筋が冷たくなる視線でこちらを射抜いてくる箒。

というか、ここにいる女子陣はどこかしこに軽いケガは負っているし、無傷なのは猛くらいだ。

 

「り~ん~? 僕の堪忍袋だってちゃんと限界はあるんだよ?」

「勝手な抜け駆けは認められないな。ああ、そうだこれは粛清が必要だな」

「何よあんたらは猛と同じクラスでいつも一緒で、箒は部屋まで一緒じゃない。

 あたしに少しくらい猛のこと譲りなさいよ」

 

身体を器用に動かし向い合せになり抱きついて、鈴は怒れる二人に尚油を注ぐようなことをする。

ヘタすればここに血の雨が降り、騒ぎを聞きつけた織斑先生の何より恐ろしい説教を延々と聞かされるやもしれん。

猛は目の前の鈴を抱きかかえ、ベットにうつ伏せにすると上からのしかかる。

 

「ふにゃっ!? 何するのよ!?」

「とりあえずマッサージしてやるから、それで我慢しておきなさい。

 その後にシャルもしてあげようか。箒はどうする?」

「えっ!? ちょ、ちょっと待って、心の準備が……

 んあっ……あっぁ、あっ、ふわっ……あっあぁん、そこ、だめぇ……気持ちよくなっちゃう……」

「……あ、あの僕ちょっと準備してくるっ」

「あんっ、ううぅ、あぅ、あ、あぁぁ……っ、ひゃぁぁっ……そこは、もうちょっと優しくして……っ。

 ふわぁぁ……っ、いいよぉ、すごく気持ちいい……溶けちゃいそう……ぁぁん」

「あ、ああ……シャルロットの後に、その……よろしく頼む」

 

何をされるのか分からなかった鈴は一瞬ドキっとしたが、優しく身体を解され始めて蕩けた声が出て力が抜ける。

シャルロットは頬を赤く染め、箒に断りを入れてからシャワー室に入りほかほかと湯気を纏ったジャージ姿で出てきた。

鈴の施術が終わり、スライムみたいに溶けきった彼女を猛が自分のベットに移動させ

次にシャルがマッサージをされている間に同じくシャワーを浴び身を清めた襦袢姿の箒。

鈴の隣にシャルを移し、箒をベットに寝かすと入念に解し疲れをとってあげる。

 

精神の緊張と身体の疲れがほぐれた鈴にシャルロットは、あの後気を失うように睡魔に負けて寝息を立てていた。

声をかけても起きそうにないので猛は自分のベッドに二人を寝かせたまま

同じく寝てしまっている箒に布団をかけて自分は毛布を持ってソファーにごろんと横になる。

四人の安らかな寝息が聞こえながら今日一日が終わっていく。

 

 

 

IS学園の地下特別区画、教師ですら一部の人間しか知らないその場所で

真耶は回収された無人機の解析をずっと行っていた。

 

「少し休憩したらどうだ?」

「あ、織斑先生。ありがとうございます」

 

部屋に入ってきた千冬が投げて寄越してきた缶ジュースを受け取り、蓋を開けて口をつける。

一息ついてから、真耶は解析の済んだ情報を表示枠に映して千冬に見せる。

 

「見てください。やはり、以前現れた無人機の発展機で間違いありませんが……」

「コアは?」

「おそらくは未登録のものですが、詳しく調べられることは不可能かと」

 

別の表示枠を展開し、そこに映るのは破壊された今回の無人機。どれも損傷が激しく

至る所が焼け爛れて酷い部分は炭化し、少しの振動ですら破損し崩壊してしまう。

そして綺麗に二つに割られているキューブ状のISコア。

『ある特殊なレアメタル』で作られているためそう容易く壊れたりはしない代物を、こうもあっけなく両断するとは――

 

「形状がほぼ残っているのがこれ一つで、その他は全て完全に破壊されています。

 ただ、自壊したのと高熱により融解したものと半々ですが……」

「なら政府には全て破壊したと伝えろ。ISのコアはどの国も喉から手が出るほど欲しい代物。

 しかし実際に壊れて使い物にならないのだ、それでもその情報を信用できず

 ここにやってくる馬鹿どもには痛い目を見せてやるだけだ」

 

世界最強の戦乙女は口角を釣り上げて、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「にしても、アイツはどこまで理解して行動を起こしているんだかな……」

 

 

 

 

 

 

無人機の襲撃事件から一夜明けて、誰よりも早く目を覚まして顔を洗う猛。

軽い筋肉痛以外にこれといった怪我もないので、とりあえず軽いストレッチをして身体をほぐしているとドアをノックする音がした。

ベットにはまだスヤスヤと眠る皆が居るので、鈴とシャルロットに布団を頭まで被せてからドアを開ける。

そこにはにっこりと元気な笑顔を浮かべた山田先生の姿があった。

 

「おはようございます、塚本くん!」

「おはようございます山田先生。何か用でしょうか?」

「はい、取り調べを受けてもらおうかと」

「はぁ……?」

 

どうやら昨日の戦闘に拘わった者は全員事情聴取を受けないといけないらしく

強制参加、拒否すれば政府の特務機関に拘束され、更には織斑先生の特別個人指導もついてくる。

いわゆる『痛くなければ覚えませぬ』を素で行く鬼教官が気絶するまでみっちり扱いてくれるのだ。

この罰則を受けたある生徒の言は『この世の地獄』だそうな。

まぁ、猛にとっては先生に挑んで気絶し、ぶっ倒れるのはいつものことなのでそれほど恐怖感はない。

 

「それじゃあ、二十分後に始めるので生徒指導室まで遅れずに来てくださいね。

 あ、それと凰さんとデュノアさんを見かけませんでしたか?

 部屋には居ないみたいなんで探しているんですが」

「いえ、見てないですけど、会ったら事情を話して急ぐよう伝えておきます」

「ありがとうございます塚本くん。それじゃあ」

 

内心冷や汗をかいていたが、顔には一切出さすドアが閉められたのを確認し

急いで眠り姫たちを叩き起こし事情を話す。

わたわたと慌てだした彼女らを後目に、着替えは終わっているので先に出て行く猛。

ちょっとー! やら薄情者ー! と言った叫びを後に寮の廊下を早歩きで進んでいると、不意に声をかけられた。

 

「あ、あのっ……た、猛っ!」

「ん? おお、簪か。おはよう、どうしたの?」

「え、えっと……これから、取り調べでしょ? よ、よかったら……い、一緒に」

「いいよ、じゃあ行こうか。簪は身体の方は大丈夫? 怪我とかしなかった?」

「う、うん……た、猛がすぐに助けに来てくれたから、どこも怪我してない……よ」

 

二人並んで廊下を歩く。

 

「そういえば楯無さんの方は大丈夫なのか?」

「お、お姉ちゃんは……しばらく医務室で、経過観察することになりそう」

「ふーん。後遺症とかは無さそうでよかった。……楯無さんって人をからかう以外に

 何か趣味ってあるの?」

「え? えっと……将棋かな」

「ほほぅ、それはなかなか渋い。飛車角抜きのハンデ貰ってもでも負けそうだけど、一度手合せしてみたいな」

 

その言葉に対し、焦ったような表情を浮かべて簪は大きな声を出す。

 

「お、お姉ちゃんのことっ! き、気になるのっ!?」

「え? ああ、しばらく病室から動けないのなら何か気晴らしになるものでも差し入れようかなと」

「差し……入れ……? あっ、そ、そういうことだったの……うぅ、早とちりしちゃった……」

「それ以外なら俺の持ってるラノベや文庫、漫画とかもいいかもしれないけど

 楯無さんどんなジャンルが好きか分からないと合わないもの差し入れしても悪いしなぁ」

「お、お姉ちゃん……ビジネス書や啓発本を読んでたりするけど

 漫画や普通の娯楽、恋愛小説も、き、嫌いじゃないみたいだよ……?

 でも、本は私が持っていこうと思ってたから、別の何かがいいかも……。

 お姉ちゃんけん玉とか好きで、放っておくといつまでもやってることあるから、それなんてどう?」

「けん玉かぁ……、一時期ルームメイトだったことを思い返してもまったく普段の姿からは想像できないな」

 

簪は隣を歩く猛の姿を気取られぬように、じっと見つめる。

格好いいというよりかは、傍に居てほっとできそうな柔和な雰囲気と容姿で

いざとなれば雄々しく万人を守る正義の味方の一面もある。昨日のあの背中を思い出すと尚そう思えた。

 

だが、病室で姉との会話では違う印象を受けた。

 

「猛くんね、正義の味方、ヒーローなんてものにはなりたくないってよく言うのよね。

 簪ちゃんの好きな特撮ものの主人公がそれに当たるのかしら。

 ああ、でも作品自体が嫌いなわけじゃないみたいだからね」

 

完全無欠、全てを救う正義の味方。そんなものは居ない。

が、それに準ずる力を持とうとも見ず知らずの相手まで助けようとは思えない。

それよりかは自分の周りの大切な人を守るためならば、己が身を粉砕しようとも抗う。

たとえ9を救えるとしても切り捨てる1が身内であるならば、全てを敵に回しても構わないと彼は言う。

 

「言うだけなら、妄言みたいなものだけど猛くんには

 それを実現させることの出来る(天之狭霧神)を得ている。

 今のところ、あれを悪用するつもりはないし、多分あり得ないとは思うけど

 彼、私たち、簪ちゃん、箒ちゃんや鈴ちゃん、シャルちゃんを守るためならば

 戸惑うことなく持てる力を際限なく振るうわ。それが少しだけ心配ね」

 

そう言葉を結んだ楯無の表情は今までほとんど見たことのない憂いの色を仄かに含んでいた。

 

 

 

「ん? どうした簪。俺の顔に何かついてる?」

「あ……、ごめん……何でも、ない。そ、そうだ……これ、中見てほしい」

 

ついじっと見つめていたことに気づかれて気まずくなった簪は頬を軽く染めて視線を外す。

そしておもむろにずっと手に持っていた紙袋を差し出してきた。

中身を確認して欲しいといった風に渡された紙袋の中を見るといろんなDVDが入っている。

魔法少女ものに、ラブコメ、勇者ロボシリーズと多種に渡る。

メジャーなものからあまり知られていない作品までいっぱい詰まっていた。

 

「そ、その私が見て気に入ったもの集めてみたの……。よかったら感想聞かせて、ほしい」

「ありがとう。簪のおすすめって意外な複線とかもあるから、それ探すのも楽しいし今度見てみるよ」

 

笑顔を向けると、ポッと頬を赤らめる簪。力いっぱいスカートを握り締めて何度も深呼吸を繰り返す。

はて? と首をかしげる猛に対し、彼女はようやく決心がついたのか勢いよく顔をあげて大きく声を張り上げる。

 

「だ、大好き……っ!!」

 

廊下に響いた声になんだなんだと部屋から女子たちが顔を出す。

同性からの視線が集まる前に、頭から湯気を出さんばかりに真っ赤になっている簪は走って先に行ってしまった。

 

「えーっと……簪さーん」

 

声をかける間もなく走り去った簪に呆気にとられた猛も、何とか再起動して

そのままつったったままでいる訳にもいかず、渡された紙袋を持ったまま事情聴取に向かうのであった。

 

 

 

 

 

(あ、あわわ……い、言っちゃった。た、猛に好きって言っちゃった……!)

 

一世一代の告白をしたつもりの簪は頭の中で思考がぐるぐると輪を書いてそのうちバターが出来上がりそう。

 

(お、おかしなこと言ってないよね? 私変なことしてないよね……?)

 

興奮冷めやらぬ脳を稼働し、先ほどの甘いけど大切な記憶を思い返す。

……そして、少し冷静さを取り戻すと立ち尽くしてしまった。

 

「わ、私……何が好きなのかちゃんと言ってない……?」

 

ただ想いを伝えるために大好きと声を張り上げたはいいが、肝心の主語がすっぽり抜け落ちてしまっている。

これでは渡したアニメが好きなのか猛のことが好きなのか分からない。

交際してほしいと告げたわけではないので返事が貰えなかったのは仕方がないとはいえ

もう一人の男性適性者の「朴念仁の王」に比べればお気遣いの紳士な彼は分かってくれるやもしれない。

が、今までは興味がなく聞き流していた本音の話を思い起こせばすでにライバルは3人も居るし

関係の進展からいって自分は大きく出遅れている。

更に考えたくもないがあの姉が参戦する可能性も無いわけではないのだ。

しかし、あの勇気を振り絞った告白の後どういう顔をして会えばいいのやら。

 

「うぅ……ううぅ……」

 

うろうろしつつ散々悩んだ簪は半分涙目になりつつ、猛の携帯アドレスに対して

きちんとした恋文メールをしたため送ったのだった。



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28話

取り調べは比較的早めに終わり、解放された猛は強張った身体を伸ばす。

襲撃に対し他にも色々調査する必要があるからなのか、今日は授業もなく午後は丸々暇な時間が出来ていた。

さて、何をしようかと考えを巡らせつつ廊下を進んでいると同じく聴取が終わった鈴と出くわす。

 

「ん、猛も今終わったところ? あんた別に午後何か用事あるわけじゃないわよね?

 久しぶりに一緒にデートしましょうよ。拒否権はないわよ」

「へいへい。お供いたしますよ、お嬢様」

 

鈴が強引なのは今更ではないし、むしろその芯の強さが好ましい。

どうせこのまま自室に戻っても本でも読むくらいの予定しかない。

たとえ荷物持ちでも鈴と過ごした方が余程有意義だ。

お互い私服に着替えてから、駅前で待ち合わせすることを約束しその場を離れた。

 

 

 

学園から近い大型モール、レゾナンスに来たはいいが少し鈴の様子がおかしい。

普段なら元気いっぱいに猛を振り回して、全力で遊ぶという表現が正しいのに

今日は服や小物を軽く眺めてすぐにその場から離れて、違う店を探すという塩梅。

昨日の疲れがまだ残っているのかと思ったが

どうやらそれも違うらしくまるで借りてきた猫のよう。

そしてお手洗いに行っている鈴が戻ってくるまで手持無沙汰で備え付けのソファーに腰をかけている猛。

 

「あの、すみません。ちょっとお聞きしたいことがあるのですがいいですか?」

「はい、なんですか」

 

声をかけられた方へ振り向くと

そこにはまるでモデルのような長身で艶やかな女性が立っていた。

金色の髪をゆるくウェーブさせ、少々釣り目なところがあってもそれが彼女の美しさを際立たせ

ビジネススーツに包まれた豊満な胸に細くくびれた腰、張りのあるヒップと露出は少なくとも

どこか官能で蠱惑的な印象を与えてくる。

 

「この店に行ってみたいのですが、道に迷ってしまいまして。

 ここがどこでどう行ったらいいか教えて貰えませんか?」

「あ、はい。失礼しますね。えーと現在地がここだから……こう行って」

 

開かれた案内地図を覗きこみながら、現在地から目的の場所へのルートを考えて彼女に教える。

仄かに鼻をくすぐる甘い香りに、少し鼓動を速めながら身を離す。

 

「拙い教え方でしたが、大丈夫ですか?」

「ええ、ちゃんと分かったわ。教え方が上手いのね、塚本猛くん?」

 

笑顔のまま、自分の中の警戒ランクをひとつ繰り上げる。

いつでも動けるように、軽く筋肉を緩めておく。

 

「貴女とは初対面のはずですが、どこかでお会いしましたっけ?

 そこそこ人の顔を覚えるのは得意なんですが」

「驚かせちゃったかしら? ごめんなさい。私はこういう者なの」

 

差し出された名刺を受取るとそこには彼女の名前であろうスコール・ミューゼルと言う文字と

聞いたことのない社名と雑誌の名が上に印刷されていた。

 

「この間、織斑一夏くんと篠ノ之箒さんが独占インタビューされてね。

 そんな中、未だ公にほとんど姿を現さず謎が多いもう一人の男性IS操縦者に興味が湧いてきて

 とりあえず話だけでもと押しかけて来てみたら偶然貴方を見つけたわけ」

「あの二人に比べたらアイドル性もない俺なんかインタビューしても仕方ないと思いますがね」

「私は貴方の外見より、その中身に興味があるから。まぁうちの会社は零細もいいところだから

 出版した雑誌が並んでいるところなんてほとんど見たことないし、気軽に受けてくれると助かるのだけど」

 

のらりくらりと躱しながら話を切り上げようとするが、如何せん上手くいかない。

お互い営業スマイルでの攻防中に第三者の声が入る。

 

「おまたせー……って猛? その人誰よ?」

 

ちょうどお手洗いから帰ってきた鈴が、不審な女性に目を向ける。

自分には一生縁がないかもしれない二つの果実に一瞬殺気が膨れ上がるが、何とか威嚇する猫ほどに抑える。

こういった手合いの相手の経験は多いのかスコールはにこやかに話しかける。

 

「はじめまして、私トレイター社のスコール・ミューゼルと申します。

 今度我が社で出版される雑誌に塚本くんのことを取材し掲載しようかと考え

 悪いと思いつつもアポなしで聞き込みに来て今お話しをしていたところなのです。

 確か貴女は中国代表の凰鈴音さんですよね?

 彼との関係もお聞かせ願いたいのですが、お時間よろしいですか?」

「え!? あ、は、はい……」

 

立て板に水を流すようにすらすらと言葉を述べ

猛ではなく鈴からうやむやのうちに言質をとるスコール。

どうやらこのまま逃げることは無理そうなので失言には気をつけようと気を引き締め三人は近くのカフェへ。

 

ICレコーダーを取り出してテーブルの上へ置き、手帳を開いたスコール。

記者としてこういう事には慣れているのか、最初は簡単な質問から始まり緊張をほぐして

頃合いを見計らい段々と少々突っ込んだ話も織り交ぜていく。

 

「いきなり女子校へ放り込まれておきながら、話を聞くと上手くやれているどころか

 自然に溶け込んでむしろ皆から重宝されているのね。ただ、一部の子たちとは一線越えてるみたいだけど」

 

妖しい光を少しだけ目の奥に灯して、スコールは鈴へ矛先を向ける。

 

「やっぱり凰さんにとって塚本くんは貴重な男性操縦者だけじゃない、特別な存在だったりするのかしら」

「えっ、えぇ……ま、まぁそれなりには」

「他のクラスメイトに比べれば、鈴は大切な人ですよ」

 

調子のよくない鈴に集中砲火されるよりかはと、援護するように話に割って入る。

 

「あらあら、その言い方だと友人も超えてる感じを受けるけど、そうとっても構わないのかしら」

「お好きなように」

「ふふ……っ、羨ましいことですわ。けれど、他にもデュノアさんや篠ノ之さんとも付き合いがいいみたいだけど、それに関しては?」

「こんな俺と、仲良く親身になってくれることはとてもありがたいことです。

 三人とも失いたくない、大事な人であることに順位はつけられません」

「ふぅ、ごちそうさまと言った方がいいのかしら?」

「あ、けれどセシリアやラウラ、一夏を疎かにしているわけじゃないですよ。皆大事なクラスメイトで友人です」

 

やれやれと大げさに天井を仰いだスコールが軽く息をついて、猛を見つめ返してくる。

今までの会話の中では感じられなかった真意を覗きこむ気概を薄く纏いながら口を開く。

 

「これはオフレコになるけれど、また学園に襲撃が遭ったみたいね」

「ちょっ、何でそんなことあんたが知って……」

「蛇の道は蛇。情報はどんなに抑え込もうとしてもどこからか漏れるものよ。

 ――もし、今後同じようなことが遭ったら」

 

時が止まり、歪に空間が軋んだような……そんな錯覚を受ける。

背骨に無理やり氷の柱を突っ込まれたかのような寒気を感じ、指先が冷たくなり感覚がない。

笑みを浮かべているのに、どこか触れるべきでない恐ろしいものを想起させる

世界で二人のみ、そのうちの一人の男性IS操縦者が口火を切る。

 

「その時は、自分の持てる力を全て使い皆を護るだけですよ。それだけです」

「あ、ありがとう。今回のインタビューはこれで終わらせてもらうわね」

 

声に震えが出ないよう意識を保つ。違和感を覚られぬよう努めながら

スコールは早々と荷物を纏めてその場から去って行った。

 

 

 

彼女が去ったしばらく後も猛と鈴はその場を動かなかった。隣に座った鈴が手をぎゅっと握って離さないからだ。

 

「あの……鈴さん?」

「猛さ、今のあんた本当にあたしの知ってる猛なわけ?」

 

握られた手が微かに震えているのを今更ながら気づく。

 

「福音戦の時から今にかけて、あんたどんどん変わっていっちゃってる。

 そりゃあ、ISは自己進化していく凄い代物だってのは分かってるの」

 

けれどその変化の仕方が急激すぎる。世代交代や形態移行(フォームシフト)することで

ようやく可能になるはずのことを、猛は……狭霧神は苦もなく越えていく。

鈴音がどれだけ手を伸ばそうとも先往くその影にすら届く気がしない。

 

「あたしは、あんたが……猛がいつかあたしの知らないモノになっちゃう気がしてそれが怖い」

「鈴……」

 

人前で、ましてや自分の前では弱音を吐こうとはしない鈴が、心の内を吐露していく。

こんな近くで寄り添っても、彼女の幽かさを埋めることが出来ないことに歯がゆさを感じる。

少し俯いた鈴の奥底に僅かでも届いてほしいと、言の葉を紡ぐ。

 

「大丈夫、何があっても俺は俺のままでいるよ」

「うん……分かってる。だから、あたしを置いて勝手にどこか行ったり

 いなくなったら許さないからね」

 

普段の強さが感じられない鈴は言葉だけでもいつもの自分を露わそうとする。

このまま遊ぶ気にもなれず、二人は寮へと帰っていく。その間鈴は繋いだ手を放さなかった。

 

 

 

 

 

部屋前まで彼女を送り、別れ際に自然と鈴を抱きしめていた。

どことなく彼女が求めていたと思ったから。鈴も猛の背に腕を回し数秒抱きしめあう。

気がかりはまだ奥底に残っていても、それでも最後には笑顔を浮かべてドアを開けて部屋に入っていった。

 

自室に戻ると部屋着の襦袢に着替えくつろいでいた箒がこちらに気づいた。

 

「おかえり。鈴と遊びに行っていたみたいだな」

「ああ……。箒、少しだけ話を聞いてくれないか?」

 

普段あまり見せない猛の少し落ち込んだ姿に、とりあえず椅子に座るよう促して

二人分の緑茶を淹れる。

柔らかなお茶の香りが漂い、幾らかは気分も楽になった。真剣な目をして見つめてくる箒に対して話を切り出す。

 

「……俺って今までと変わってきているかな? 力に溺れて皆を不安にさせているとか」

 

ぽつりぽつりと話し始め、自分の中で道筋を整理しながら言葉を紡ぐ。

福音戦を超えてから顕著になった己のISの進化する速度に、護るために放つ力の苛烈さを。

――それにより、鈴音が不安を感じていることに。

 

頷きを返しつつ、真摯に相談を聞いている箒。一通り話が終わり沈黙が訪れる。

目蓋を閉じて思案しているような彼女は不意に目を開くと安心させるような笑顔を浮かべる。

 

「これは私の意見だが、猛は力になんて溺れてはいないさ。

 覚えているか? 臨海学校の時のことを」

 

あの時箒は第四世代のIS『紅椿』を与えられ

その力に酔った結果一夏を危険に晒すという失態を起こした。

自責の念に押しつぶされそうになっていた自分を

もう一度立ち上がらせてくれたのは目の前の大切な人。

 

「あの時の私こそ、力に溺れ周りが見えなくなっていた良い例だろう。それに比べたら猛は十分己を律している」

 

そう、狭霧神を枷なく使うとなれば1年の専用機持ち全員を相手取ろうが、傷一つ付くことなく叩きのめせる。

だが決して塚本猛はそのようなことはしない。

侮ったり見下しているのではなく、揮える力の中で全力を尽くして競い、戦っているのだ。

そして護りたいものが傷つけられる、失われる可能性がある時には、その枷を外す――

それだけなのだ。

 

「もしお前が外道にでも堕ちてしまいそうなら、私は自分の命を張ってでも止める。

 そうしたら猛は踏みとどまるだろう? 失いたくないものを自分で潰してしまうのだから」

 

恐らく鈴もシャルロットも心の奥底では同じようなことを考えているだろう。

まったく、我ながら惚れた弱みというやつは度し難いものだ。

 

「だから、猛は猛らしくしてくれていればいいさ。何なら皆で一回集まって胸の内でもぶちまけたりでもするか?」

「…………ありがとうな、箒。少し楽になったよ」

「うん、その笑顔だ。私は猛が笑ってくれるのが一番うれしい」

 

ふと、箒の脳内に電球がピカっと灯る。

 

「そうだ、猛の心配事をひとつ解消してやったのだ。私も何かお願いを叶えてもらってもいいはずだ」

「えぇー。……あはは、いいよ。何をしてもらいたいの」

「その……ひ、久しぶりに一緒に寝てほしい。……えっとだな、いやらしいことじゃなくて

 普通に添い寝してくれればいいのだ! ……だめか?」

「オッケー。時間もそろそろ遅いから、シャワー浴びて着替えてきたら一緒に寝ようか」

 

シャワーを浴び身体を綺麗にして温めた猛が、箒に招かれるまま一緒のベッドへ入る。

意識せずに自ずと箒が優しく胸の中へ抱きしめてくれた。

恥ずかしがり屋でありながら時折大胆なことをする彼女だが

今は箒の暖かさが心を癒してくれる。

彼女のぬくもりに包まれながら、意識が蕩けていく。

 

 

 

 

 

後日譚。放課後のカフェテラスの一角に簪と猛にある感情を持つ近衛的な女性陣が固まっていた。

人見知りが強い簪は、おどおどとしてまるで禁則事項が多い未来人のように震えている。

 

「あ、えっとね。そんな怯えなくていいから。もう、鈴は落ち着いてってば」

 

持ち前の優しさで簪を庇うシャルロットに、事あるごとに私不機嫌ですという雰囲気を放つ鈴。

で、泰然自若として佇む箒とある意味混沌としてるこの場にいる簪は早く帰りたいと願う。

 

「はぁ……。もう何度目か数えるのも面倒くさくなったし、もういいわ。

 で、あんたも好きなんでしょ? 猛のこと」

「はぇ……? え、あ、――――っ!?」

 

一瞬何を言われたのか理解できなかった簪は腑抜けた返事をし、沸騰するほどに熱が頭に昇る。

真紅に顔を染めたその姿を見て三人は、ああまたかとため息を漏らす。

 

「きっかけは何であれ、一夏とは違った意味で大変な奴よ猛は。いろいろ心労もあるし」

「ほぅ、なら身を引いても構わないぞ。その分私がしっかり穴を埋めてやるからな」

「誰もそんなこと言ってないでしょうが! 一番傍に居るからってずっと優位に立てはしないからね!」

 

あの後、鈴も吹っ切れたのか前と同じく、元気ハツラツ中華幼馴染として猛と触れ合っている。

……シャルロットと話し合って不安を拭い、折り合いをつけたのはファースト幼馴染の箒には言えぬ。

 

「え、えぇ……っと、更識さん?」

「か、簪でいい……」

「じゃあ僕たちのことも名前呼び捨てでいいから。

 あー、うー、まぁ猛はさ誰彼構わず手を出すって言うような好色家じゃないし

 皆のことちゃんと大事にしてくれるんだけど、そこがいい点でも悪い点でもあって……。

 ハーレムとか今は女性の方が男性を囲うことの方が多いし、その……」

 

何と言ってよいのか、ちょっとしどろもどろになりつつシャルロットが話す。

で、結局皆思っていることを告げて笑みを浮かべる。

 

「お互い難儀な男を好きになった者だ、仲良くやっていこうではないか」

「あ、う……うん……」

 

そうして他愛もない話の最中にファーストとセカンドがヒートアップし、宥める元男装の麗人。

そこに姉との確執を解いてもらった少女が加わりより彼の周りは賑やかになるのだった。




箒さんがヒロインレースの先頭爆走してます……


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29話

「やっぱりこの学園どこかおかしいよね、まぁ楯無さんが無理やり押し通したんだろうけどさ」

 

そうぼやきつつ猛は制服から体操着に着替えている。

今日は身体測定を行う日なのだが、何故か測定員に猛が選ばれていて

尚且つ『体位』の測定をやらされるのだ。

あの面白いことなら何でもやりそうな生徒会長が許可したのだろう。

ちなみに一夏の方に代わりを頼もうとしたら、先に楯無に土下座までして許しを得ていた。

今度学食で一番高いメニューを奢らせてやる。くそぅ。

 

(身体の部位を測るって……まぁ、スリーサイズのことだろうな。

 女の子の秘密にしておきたい数値のトップ3に入るだろうものを

 なーんで俺に測らせるんだか……

 会長が俺の恥ずかしがる姿を見て愉悦したいだけですね分かります)

 

やさぐれつつ検査に使う一組の教室で椅子に座っていると少し慌てながら山田先生が入ってきた。

 

「すみません、塚本くん。ちょっと資料集めるのに手間取ってしまって」

「あれ、山田先生? なんだ、測定するのが先生で俺が記録係ってことなんですね」

「いえ、測定するのは塚本くんで私が記録係ですよ」

 

……神は死んだ。

手のひらで顔を覆い、世の不条理を恨んでいるとがやがやと一組の女子たちが入ってきた。

 

「あ、塚本くんだ」

「ほ、本当に塚本くんが測定するの?

 あぁ、それならもっと早めにダイエットとかしとくんだった……」

「やっほ~たけちー。へへー、たっちゃんさんの秘策炸裂だね」

 

非殺傷設定の八俣でぶち抜いてやろうか。あの人。

 

「はーい皆さん、お静かに。これからする測定はISスーツのための厳密な測定ですから

 身体に余計なものは着けないでくださいね。体操服は脱いで、下着姿になって測りますよ」

 

おいおいマジかよ、夢なら覚めてくれ本当に。

 

「あ、私はパーテーションの裏に居ますから数字だけ言ってくれれば大丈夫です」

「あのー、俺健全な男子学生なんですが、扇情的な女生徒と二人きりにさせていいんですか?」

「大丈夫です! 私は塚本くんを信じていますから!」

 

手を出すつもりは全く無くても、山田先生の無垢な眼差しが今はただ恨めしい。

 

「おい、何をそんなにやさぐれているんだ。ちゃんとしゃきっとしろ」

「織斑先生……何とかならないんですか。俺の精神が崩壊寸前なんです」

「ふむ。まぁ私も鬼ではないからな。これでも着けて測定しろ」

 

猛の手に目隠し用のアイマスクを乗せると織斑先生は廊下へと去って行った。

ああ、悪鬼羅刹と言われる織斑先生にも慈母の心はあったのだ……

ありがたく思いながらアイマスクを着用し、周囲を軽く見渡してみてポツリと呟く。

 

「これ……布地部分がレースになってる」

 

少し霞んで見えてはいるが、はっきり言って相手の表情が分かるほどに目が粗い。

廊下から声を押し殺した笑い声が聞こえてくるのが腹立たしい。

火のない真っ白な灰になってそのまま崩れ去ってしまいたいと

絶望している猛に最後の希望の声が。

 

『マスター。私がフォローしますので安心してください』

(あ、ありがとう霞!)

 

 

 

「出席番号一番、相川清香、行きまーす!」

「はいはい、どうぞー」

「えへへ……って、あれ? そのアイマスクは?」

「せめてもの情けってことで織斑先生がくれたものだよ。それじゃあ測定しますよ」

 

測定場所に入ってきた彼女はブラとパンツだけの下着姿だったが

ずいぶん落ち着いている猛に拍子抜けする。

それもそのはず、この薄いアイマスクの裏地に表示枠を重ねて

今見えている姿はサーモグラフィになっているのだ。

一種のプレデターな視点になっているこれならそこまで恥ずかしがる必要もない。

 

メジャーを手にしてバスト、ウェスト、ヒップの順番に数値を測って山田先生に報告する。

最初清香も猛の恥ずかしがる姿を見てやろうと思っていたのだろうが

落ち着いてサイズを測られていると自分の方が気恥ずかしくなり

指が肌に触れられると「んっ」と少し声が出てしまう。

若干体温が上がるのが分かるので、猛の方もちょっとドキっとしているのだが。

 

「はい、測定終わり」

「むぅ……何か塚本くん手馴れ過ぎ。もうちょっと恥ずかしがってくれてもいいのに。

 というか、そのアイマスク絶対こっち透けて見えてるよね」

「何を言ってるのかなー、ナニモミエテナイヨ。まぁ、間違えて胸とかお尻しっかり触っちゃったらごめんね」

「そ、それはセクハラだよっ! 塚本くんのえっち!」

「あははー、ほら次の人が待ってるから早く着替えてちょうだいね」

 

胸を両手で隠しながら軽く批難の言葉を投げかける清香。もー、と少し顔を赤らめつつ移動する。

淡々と測定を続けていくと次の人が入って来た時、驚く声が聞こえてきた。

 

「えっ、た、猛が本当に測定しているのか!?」

「その声は……箒か?」

「あ、ああ……そうだ。普通こういうことは同性にさせるものだが、どうしてこんなことに」

「楯無さんのゴリ押しだよ。あと、一夏は逃げる先手を打ってやがって俺にお鉢が来ているのさ」

 

一緒の寮部屋で過ごしているとはいえ、普段から下着姿を見せているわけではないのでどうも落ち着かない箒。

 

(……霞)

『…………マスター』

(い、いいじゃないか! 少しくらい俺に役得があったって!

 知らない誰かじゃないんだから頼む!)

『はぁ……、分かりました。やっぱりマスターはむっつりなところがありますよね』

 

霞の呆れた声の後にサーモグラフィの画像から普通の視覚に戻る。

飾り気のない白色のシンプルなブラとショーツ姿の箒が鮮明に網膜へ映り込む。

少し困った表情で胸と下腹部を手で隠しているのがとても可愛らしくて。

 

「あの箒、そのまま立っていられると測定できないからこっち来てもらいたいんだけど」

「う、うぅ……やっぱり恥ずかしいのだが」

 

更に顔を朱に染めつつ何とか両腕を広げて猛の眼前に立つ。

下着すら着けてない姿を見たことがあるとはいえ、やはり箒の身体はいつ見ても均一が取れていて美しい。

もっと見つめていたい欲求はあるが、不信感を持たれたり他生徒を待たす訳にはいかない。

テキパキとメジャーを当てて数値を確認する。出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでる素晴らしいスタイルだ。

 

「はい、お終い。服着替えて次の人と交代してね」

 

次の子が来るまえに、またサーモグラフィの視野に戻したのだが

ちらりと見た自分の下半身の一部が熱を持っているのは仕方のないことなのだ。

 

 

 

「あ、箒が言っていた通り本当に猛が測定係やってるんだね」

「それじゃあ、上から測っていくよー」

「……ちょ、ちょっとなら変なところ触ってもいいよ」

「やめて、本当に手元が狂いそうだから」

「もう、猛の意気地なし」

 

キリっと引き締まり、凛とした箒のスタイルに対し

シャルロットは幾分ふっくらした白百合のような魅力ある身体つきで

豊満な胸の果実に程よくくびれた腰、柔らかそうなヒップにおみ足も素晴らしかったとだけ記憶に残しておく。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

1年生全員の測定は終わり、山田先生は纏めた資料を持って教室から出て行った。

自分の役目もようやく終わったなと固まった身体をほぐすかのように伸びをする。

首を軽く動かしてから教室を出ようとすると、勢いよく駆け込んできた者が。

 

「あ、良かった。まだここに居た」

「ん? どうしたのさ鈴。もう皆の分の測定は終わったじゃないか」

「それなんだけど、さっき山田先生が猛の分測るのを忘れてたって言ってたから

 あたしが特別に測ってあげようと思ってね。ほら服脱いだ、脱いだ」

 

促されるまま、パーテーションの奥で体操着を脱いでトランクス一枚だけの姿になる。

……逃げたあのヤロウは楯無さんにいじられながら測定でもされるんだろうかと

憶測をつけていると、鈴がメジャーを手に傍にやってきた。

 

「どう? ちゃんと脱いで準備……はぅ」

 

振り返った猛の裸体を目にした鈴は、つい顔を赤らめて声にならないため息を漏らしてしまう。

毎日の授業と共に自主練で鍛えられて、より精悍さを増している彼の身体つき。

肉づきよく胸が張っていてどこか堂々とした印象があり

弓を引く腕は鍛錬されているのが分かる。

割れた腹筋に、豪胆さと柔軟さを兼ね備えたすらりと伸びる足。

 

以前見た時の裸体よりもっと男らしく引き締まって、胸がきゅんと疼く。

 

 

ぽかんと軽く口を開いて微動だにしない鈴に、ちょっと心配になって声をかける。

 

「あの、鈴?」

「ひぅ!? ななな、何よっ!?」

「いや、測定してくれるんでしょ? 流石にずっとこの恰好じゃ身体が冷えちゃうし」

「あ、ああそうね。ほら、バンザイして」

 

胸周りにメジャーを当てて測定を始める鈴。

IS学園指定の体操服であるブルマ姿で密着する。

身体つきはラウラよりかは育っているが、やはり箒やセシリアと比べると小柄だ。

しかし、その猫科のようなしなやかで健康的な美しさを感じさせる身体は好みの方。

チーターのようにすらりと細くて力強さもある足が目に眩しい。

適度に絞られた太腿ときゅっとした小ぶりなお尻が鈴によく似合っている。

ちょっとドキドキしながら鈴の測定が終わるまでじっとしていると

彼女はいたずらを思いついた顔をしておもむろに抱きついてきた。

 

「うひゃぁ!?」

「えへへ~、これも役得ってやつよね。んふふ」

 

厚い胸板に顔を擦りつけてご満悦な鈴。

先ほどまで彼女の身体をじっくり見つめてしまっていたので

ちょっとマズイ状態なのだが、離れてくれそうにもない。

 

「ねぇ、何か熱くて硬いものがお腹に当たるんだけど」

「仕方ないだろぉ! 生理現象なんだから! 鈴が離れてくれれば済むんだよ!」

「ふ~ん、でもあたしの身体見て抱きつかれてこうなってるんでしょ? どうしてくれようかしら、うりうり」

 

バカ猛と言われてパンチ一発貰う方がある意味助かると思ってしまうほど、にやにや笑いながら

胸やお腹を擦りつけてくる幼馴染。

このままでは自分の十束が本気モードになってしまう……そこに救世主且つ死を告げる者二人が乱入してきた。

 

「あまりに遅いから見に来てみれば……鈴!」

「それ以上やるなら、僕も黙って見ていられないかなぁ」

 

ヤバイ、時間掛けすぎたと思った鈴が離れた隙に体操服を慌てて着る猛。

姦しい三人が騒いでいる間に、気配を殺しつつ教室を後にするのだった。

 

「ズルイよ! 僕だって猛の裸見たいのに!」

「いいじゃないのよ! あたしなんてクラス違うからこういう時にいろいろやりたいんだもん!」

「だからと言って抜け駆けしていい理由にはならん!」

「だったら、箒もシャルロットも機会見ていたずらすればいいじゃない! 早い者勝ちよ!」

 

 

 

「「「――って逃げられたぁ!!」」」

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

数日後、一学年合同IS実習が行われる。

グラウンドには一年生全員が整列していて、いつものように腕組みをして織斑先生が立っていた。

開始早々、専用機持ち全員が呼び出されて前に進み出る。

 

「先日の襲撃事件で、お前たちのISは深刻なダメージを少なからず負っている。

 自己修復のため当分の間ISの使用を禁止する」

 

あの無人機は対IS用として作られていたため

やはり目には見えないところに大きな損傷を負わせているようだ。

そんな中、猛は手を上げて先生に質問をする。

 

「すみません、俺だけ一切無傷で修復の必要すらない……

 というか自己修復ももう終わってるんですが」

「まぁ、塚本だけは例外としておく。ただ今回はISの起動はするな。

 代わりに乗ってもらうものがある」

 

搬入されてきた大型コンテナが開くと、そこには重厚かつ無骨という表現が正しい代物が姿を現す。

国連が開発中の外骨格攻性機動装甲・通称『EOS』だ。

一応災害救助や平和維持活動を目的に運用を想定しているパワードスーツ。

……が、ISでもないのに搭乗者の部分が剥き出しになっているのはどうかと思う。

まだ、猛の狭霧神を大型化させた方がいいのではないか。

 

「よし、お前らこれに乗れ」

「え!?」

「二度は言わんぞ。これらの実稼働データを提出するようにと学園上層部に通達があった。

 どうせ今は専用機が使えないんだ。レポート作成に協力しろ」

 

一般生徒は別の場所で訓練機の模擬戦を行うようで山田先生に引率されながら去って行った。

そして、EOSを纏った皆は思い通りに動かせない機体に四苦八苦している。

普段使っているISの性能差を改めて感じる。

 

「それではEOSによる模擬戦を始める。

 なお、防御能力は装甲のみのため基本的に生身には攻撃するな。

 ペイント弾を使用しているが、当たればかなり痛いぞ?」

 

間髪入れずに始めの合図と同時に、猛は未だ覚束ない一夏へ銃口を向けた。

 

「悪いな、その隙いただき!」

「なっ!? ちょっ、まっ」

 

身体測定の時の恨み晴らすべしと言わんばかりに、1マガジンを叩き込む。

強烈な反動を返すアサルトライフルを両手でしっかり抱え、適度な指切りで跳ね上がりを抑える。

リロードを行う時には全身ペイントでべったべたになった一夏が、茫然としている。

 

「お次は……簪、君に決めた!」

「えっ、あっ、う、動き……にくい……っ!」

 

速攻で一夏を撃破した猛はランドローラーを軋ませる音を立てつつ、簪に向けて突進を開始。

咄嗟に逃げようとするも、その重量のせいで身体を捻るだけでも一苦労。

逃げ切れることが出来ず脇腹にタックルを貰い、金属がぶつかり合う轟音がグラウンドに響く。

慣性を受け止めきれずにそのまま横倒しになりじたばたともがくが、起き上がれそうにない。

 

「うぅ……何も出来ずに負けちゃった」

「さて、残るは……」

 

残党を探そうと視線を移せば、セシリア、箒たちを始末したラウラが好戦的な目で見つめていた。

 

「やはり、猛が残ったか。そんな気はしていた」

「じゃあ、決着をつけようか。来いよ」

「望むところだ!」

 

挑発されたラウラはローラーの速度を全開にし、猛に向かっていく。

対する彼はラウラを正面に捉えながら追いつかれないよう、後ろへ急速に下がり出す。

手にしたサブマシンガンで弾をばら撒きつつ追うラウラと、スラローム機動を取りながら

三点バースト射撃で彼女を狙う猛。

だがお互い腕の物理シールドで被弾を防いでいるので有効打は当たっていない。

そんな中、先に弾切れを起こしたのは猛のアサルトライフルだ。

 

「もらった! リロードする時間など与えん!」

「それならぁ!」

 

空になったライフルを投げ捨てると逆にラウラに向かってダッシュする。

カウンターを狙い振りかぶられた腕をかいくぐり

懐に潜り込むとその腋の下へ自分の腕を差し入れてぶつかった衝撃を受け流しつつ

ラウラのEOSを横倒しにすべく、かち上げながら自分も倒れ込む。

重量物が二つも勢いよく倒れ込んだため、軽い地響きと砂埃が起こる。

 

 

そこまでは健闘したのだが、ラウラの方が先に立ち上がったため今回の模擬戦の勝者は彼女になった。

 

「そこまで! 今回はボーデヴィッヒの勝利か」

「はい、これもドイツ軍での教官にご指導していただいた賜物で――」

 

EOSのデータ資料を挟んだバインダーで、これまたいい音を響かせてラウラの脳天を叩く。

 

「織斑先生だ」

「は、はい……」

「しかし、ずいぶんと上手く乗りこなしたものだな、塚本」

「いえ、これでも打鉄やラファールに比べれば動かしやすいものですから」

 

紅椿を貰い、それに乗り続けた箒のIS適性はCから最高ランクのSにまで跳ね上がったが

相変わらず猛の適性値は最低ランク。訓練機では普段の狭霧神を扱う姿が嘘のように鈍重でまともに動かせない。

 

「だが、似たようなもので訓練していた私に対し

 今回初めて搭乗してあれだけ動かせるのならなかなかのものだぞ、猛。

 しかし……ぷ、ふ、くくっ」

 

急に笑いを堪え出したラウラにどうしたのかと今まで見ていた方へ視線を向けると

箒や鈴たちの顔や体操服、とにかくペイント弾でまだら模様に染まっている姿がある。

一番ヒドイのは一夏で1マガジンのペイント弾をお見舞いされているのでまるで動く泥人形だ(オレンジ色の)。

 

「ただ、これで軍事活動を行おうとするのはあまりに無茶な気がするんですが。

 今くらいの全力稼働するとバッテリー十分も持ちませんよ」

「まぁ、ISに限りがある以上、災害救助などには大きなシェアを獲得するだろうな」

 

そんな話をしつつ、命令された撤収作業を行い、今日の合同実習も終わりを告げた。

 

 

 

 

 

実習後はいつも混雑する女子シャワー室。その仕切り越しに鈴が話しかける。

 

「しっかし、この間の襲撃事件結構専用機持ちは重症よね」

「ええ、猛さんのおかげで早期に決着はつきましたが蓄積ダメージは馬鹿に出来ませんわ」

「確かにな。特に二年と三年の専用機持ちは、本国での緊急修理が必要だと聞いたぞ」

「う、うん……そうみたい。お姉ちゃんは、学園の設備で直すみたいだけど」

「そういえば私にも帰還命令が出ていたな。近々、一度本国に戻るかもしれん」

「え、そうなの? じゃあ、お土産買っていかないとね」

 

他愛もない話をしつつ、少しにんまりしながら鈴が切り出す。

 

「ところで……この間の身体測定の結果どうだった?」

「あら、鈴さん的にはこの話題には触れられたくないのでは?」

 

普段シャンプーやボディソープを勝手に使われる仕返しにチクリと嫌味を返すセシリアだが

にこにこしている鈴は、軽く受け流しておく。

 

「んっふっふっ……あたしここの学園に来る前より3センチも! バストサイズが上がってたの!

 この調子でおっきくなっていけば、Eカップ超えも夢じゃなくなるわね!」

 

見果てぬ夢を思い描いて、慎ましい二つのかわいいおっぱいを揉んでいる鈴。

そこに、猛・一夏の傍にいるメンバーの中では

核弾頭と言っていいほどの立派なものを持つ箒がぽつりと。

 

「私の方も、また大きくなっていて……。これ以上になると、その……可愛いブラが無くなってしまうのが……」

 

驚愕すると同時にギラッと殺気マシマシで仕切り越しに箒を睨むちっぱい鈴音。

シャルロットはちょっと不満げに、男だったら迷わず撫でまわしたい欲求に駆られるお尻に手を当てる。

 

「箒に鈴はいいよ。僕は胸とお腹周りは変わらないのに、ヒップサイズがちょっと大きくなっちゃってるし。

 おっぱいに貴賤はないと言ってるけど、猛の好みは胸もお尻もどちらかって言うと小ぶりできゅっとしたのがいいっぽいし」

「ちょっと待って、それどこ情報よ? ソースは?」

「え、えっと……秘蔵の男の子専用な雑誌かな」

「……増えてたのか? どこに隠してた? 吐け! 吐くんだシャルロット!」

「男の子のプ、プライバシーなところは許してあげようよ!」

 

ぎゃーぎゃーと騒ぐ三人を余所に、じっくりと自分の身体を眺めて

平均的なスタイルなのがこれほど嬉しいことはないと軽くガッツポーズをとる簪。

 

はぁ……と軽くため息とつくセシリアと、美味しいスープが作れそうなボディを手のひらで撫で回し、嫁の好みを変えるのも恋人の勤めだと意気込むラウラ。

そんなIS学園のとある一日。



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30話

筆が乗って初の9000字超え
原作のワールド・パージより先に進んじゃってますが
まぁそこはR-15だからということで


午後一の授業が終わり、軽く伸びをして身体をほぐしながら

今は座る人がいない席をちらりと眺める。

特別外出扱いで倉持技研に行っている一夏は丸々一日休みになりそうだ。

 

「箒、どこか行く? ならついていくけど」

「ああ、それなら飲み物を買ってきたいから悪いが付き添い頼む」

 

当分専用機が使えないため、安全確保のために

専用機持ちは二人行動することを義務づけられている。

それに緊急修理が必要な機体は本国に戻ったり

一夏のように研究所に行ってたりと、学園自体に居ない数も多い。

 

箒と共に自販機へ来た猛は、合同講義の資料片付けを終わらせて戻ってきていた鈴とシャルロットに出くわす。

しばし、和やかな会話をしていると突如全ての灯りが消え去り、防御シャッターが下りる。

周りの不安そうにざわめく声が響くなか、視覚を暗視表示枠で確保し、箒とシャルロットの手を取り鈴の傍に近付いて声をかける。

 

「これ、また何かのトラブルなんだろうね」

「えっ? た、猛どこにいるのよ」

「ここ、ここ。鈴のすぐ傍。箒にシャルもいるよ」

 

『ラウラだ。シャルロット、無事か?』

『鈴さん、今どこですの?』

「ラウラ、セシリアか? 二人とも俺のところだ。箒も一緒にいる」

 

プライベートチャネルで入って来た通信に応えていると、織斑先生からの緊急連絡が入り

特別区画へ向かう。

 

 

 

 

 

 

今現在学園内にいる専用機持ち全員が地下特別区画に集められていた。

と言っても、いつもの一組メンツに鈴、楯無、簪だけだが。

ざっくりとした話では、学園は外部からハッキング攻撃を受けているらしい。

目的は不明。よって専用機持ちはISネットワークを使って電脳ダイブを行い

システム侵入者を排除する。

異論は認めないと威圧する千冬に気圧されるが、何でもない風に猛が手をあげた。

 

「はい。俺は辞退します」

「ほう、そうか。では別のことをしてもらうが構わないな?」

 

驚く箒たちを余所に頷きを返す猛。なら話は終わりだと手を叩き、猛、楯無を除く皆はオペレーションルームへ向かう。

 

「さて、それではお前たちには別の任務を与える」

「敵の排除――というか、もう何名か侵入してますね」

 

『天球儀』を目の前に浮かべ、大まかな学園の立体見取り図を作り出すと数点赤く光るものが動いている。

 

「えーと、携帯端末である程度リアルタイムで現状把握できますから、活用してください」

 

そう言って千冬と楯無にタブレットを渡すと狭霧神を纏い、まるで散歩に出かけるようにドアから出ていこうとする。

その姿に気負いが一切感じられないので、一瞬呆けてしまったが慌てて声をかける楯無。

 

「ま、待ちなさい猛くん! 一人でなんて危ないわよ!」

「楯無さんだって、ミステリアス・レイディ本調子じゃないんでしょう? だったら無傷で万全の俺が先行します。

 これだけデカく食べごたえのある釣り餌なら、それこそ入れ食いするでしょう」

「……塚本、慢心は死を招くぞ」

「やだなぁ、織斑先生。慢心なんかしませんよ。箒たちが危険に晒されるかもしれないんです。

 なら徹底的にぶっ潰すだけ。それだけです」

 

何気ない一言のはずなのに、背筋に冷たいものがよぎった。

振り返ることもなく暗闇へ足を進めていく狭霧神。それを追うように楯無もドアから出ていく。

 

「織斑先生……」

「私たちも準備に取り掛かりましょう」

 

心配そうにドアの向こうと千冬を何度も見返す山田先生と

一度だけ唇をぎゅっと噛みしめた後、踵を返し振り向くことなく進む千冬。

状況は動いていく。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

人気のない学園通路を靴音を響かせてただ一人、悠然と歩く猛。

脳裏に天球儀を用いた立体画像を転写させているため、構造把握も容易く今自分を追う者の姿も丸わかりだ。

 

「いやはや、わざと気づかれるために歩いているとはいえ入れ食いだね」

『これだけの人数を相手どる場合、この通路では手狭かと』

「それじゃあ調度いい大きさのあるホールにでもご案内するか。ルート表示よろしく」

 

楯無、千冬の方にも敵を示す赤い光点は存在しているが、猛についてきている数はその倍以上。

それもどんどん数が増えていき、背後が赤い点で埋め尽くされそうだ。

相手に気取られないように自然体を装い通路を曲がる。

第一アリーナなどに比べると小型なサイズだが、それなりの広さを持つ室内練習場へ足を踏み入れ

その中央に立ち軽く息を吐いて力を緩める。

 

その瞬間を狙って侵入してきた敵ISが一気に距離を詰め、銃口を突きつける。

観覧席からはギリースーツを纏った歩兵らしき影が狙いを定め、レーザーポインターが狭霧神に無数に刺さる。

周囲を敵に囲まれて更には援護射撃のおまけまであるのだ、普通なら詰んでいる状況でも焦る雰囲気は感じられない。

 

「貴様は馬鹿か……? たった一人で警戒することもなく普通に歩いているだけとはな」

「いえいえ、こちらも釣りをしていただけでして。むしろこれだけ集まってくれたなら餌としては感謝したいところです」

「こんな状況で軽口を叩くなんて、真正の愚か者か狂人か?

 少しでもおかしな真似をしてみろ、ただちに蜂の巣にしてやる」

「それは勘弁願いたいですね。ところで今日は何しに学園に?

 この間の襲撃の際、手に入れた未登録コアを手に入れに来たか、もしくはこの不明機の強奪とか」

 

答える義理はないと、構えを直しトリガーに指をかける。その行動はどちらも正解だと暗に言っているようなものだ。

このまま一斉掃射を行えば流石のISでも絶対防御発動は確実。

その後剥離剤(リムーバー)で分離させ、貴重な男性操縦者として実験体、ISは分解し研究材料として扱えばいい。

掛け声をあげようとしたリーダー格の女性が口を開く――――が、声が出ない。

 

今になり気づいたが、まるで意識だけ切り離されたかのように身体の感覚がなくなっていて

銃を握っている感触どころか自分の足で立っているのかすら分からない。

己の意思で動かせるものが眼球と思考ぐらいで、アイコンタクトを取ろうにもここに居る全員が同じような状態らしい。

 

「やっと気づきましたか。自分の感覚が一切なくなるのって怖いですよね。

 言っていたでしょう? 俺は釣りをしていたって」

 

右手を軽く持ち上げた狭霧神。その指先からはハイパーセンサーでようやく捉えられるほどの細い線のようなものが伸びていた。

それはこのドーム内に張り巡らされていて、全員の首筋に先端が埋め込められている。

この線が身体の自由を奪っているのは確実だ。だが、丁寧に原理を話すつもりは猛にはない。

 

「侵入してきた人たちの……6割くらいはここに居るようですね。まぁ、残りは千冬さんと楯無さんなら問題なく処理できると思いますし、ある程度の負担軽減には貢献できましたか。

 それでは皆さん”おやすみなさい”」

 

その言葉を皮切りに腕が真っ白に閃光し、糸を伝い侵入者へ雷撃が襲い掛かる。

電気の消えたアリーナが眩く見えるほどに輝く。

神経に無理やり電極を押し当てられたような衝撃が全身を蹂躙し、意識が飛びかける。

生身の人間も、IS操縦者も区別なく怒涛の暴威に晒されてその場に倒れ込む。

ISが強制解除され何度も痙攣する身体は、もはや自由も利かず隊長格の女性が薄れゆく意識の中、猛の声が脳裏に響く。

 

「剥離剤を真似てみて一時的にISを起動できなくなるようにしてみたけど……

 まぁそこそこ使えるかな。少なくとも1日はまともに動くことも出来ないから、後は先生たちに任して戻るとしようかな……え、楯無さんが? 分かった、すぐ向かう」

 

踵を返した狭霧神の姿が彼女の見た最後の光景だった。

 

楯無を担いでいた男どもを鎧袖一触、容易く潰して彼女を救出。

そこに緊急連絡を受けて、先ほどまで居た特別区画へ楯無をお姫様抱っこしたまま急行。

慌てている簪からダイブした皆が意識を取り戻すこともできず連絡も取れないらしいことを伝えられる。

救助のため猛は狭霧神を解除し、スーツ姿になると空いているベッドに横たわり己も電脳空間へ沈んでいく――

 

 

 

 

 

 

目を開けると、そこは真っ白な霧に包まれて周囲は何も見えず足元が僅かに分かる程度。

いつの間にかIS学園の制服を着て、手にはカンテラを持っているが霧を遠くまで晴らす程の光源ではない。

皆を助けに行きたくてもこの状態では……と途方に暮れかかる猛の前に薄く青色に光る蝶が舞う。

どこかに連れて行きたいのか、目の届く範囲で止まり追いかけると先導するように動く。

 

導かれるまま進んで行くと不意に視界が大きく開かれた。

蒼い月に照らされて日本神話などでありえそうな、かなり大きなお社が急に表れた。

門から横に伸びる壁の端の方は霧の中に溶けるようになって

全貌はいかほどになるか把握できない。

殿の中に消えていく蝶を追って、少し気後れしながらも社へと入っていく。

廊下の先の大広間に繋がる襖のような大きな扉の前に三つ指をついて頭を下げている小さな少女。

以前見たことはあるが、こうしてちゃんと姿を見るのは初めてだ。

神話のアマテラスなどの神様が着ていそうな純白な服をゆったりと纏い

絹糸のような白く長い髪。

狭霧神の統合OS『霞』が頭をあげて鈴を転がしたような声で主を出迎える。

 

「お待ちしておりました、マスター」

「こうしてちゃんと大きい姿を見るのは久しぶりだね、霞。

 けれど、電脳ダイブってイメージしてたのとはかなり違う印象なんだけど」

 

猛が思い浮かべるのは近未来SFの公安が活躍するアニメだ。

……ラウラみたく織斑先生を冗談で少佐と呼んだらどうなるのだろうか。地獄の扱きで済めばいい方か。

(メスゴリラと言う勇気はない。命は惜しい)

 

「ここは邯鄲、胡蝶の夢。現世(うつしよ)から隔離された世界ですから。マスターには伝奇ものと言ったら分かりやすいですか?」

「サイエンスフィクションじゃなくて、幻想奇譚の方か……。まぁISも一種の魔法っぽいしね」

 

ついのほほんと霞と話をしてしまったが、ここに来た理由を思い出し電脳世界に囚われた箒たちを助けに行く旨を伝えると柔らかく微笑みを返す彼女。

 

「安心してください。皆さんはすでに”ワールド・パージ”から私の領域へ避難させております。

 この襖の向こうに全員いらっしゃいますし、宴の支度も調度整っていますから。後はマスターをお招きするだけです」

 

幽かな衣擦れの音をさせて立ち上がり、滑るように横に避けた霞が手で襖の先へ進むよう促している。

彼女のことは信用してはいるけれどやはり不安はぬぐえない。軽く深呼吸をし気を持ち直して取っ手に手をかけて部屋に入る。

 

大広間には確かに箒、シャルロット、鈴にセシリア、ラウラの姿があった。

……あったのだが、皆朱塗りの杯を持って

注がれてある飲み物をゆっくり味わうように飲んでいる。

ふと気がつくと、円座の中に簪も混じっていて少し困惑の色を見せながらも宴に参加している。

 

「何だこれ。というか、ダイブしていないはずの簪が何故ここにいるんだ?」

「簪さまも仲間外れというのは可哀そうな気がいたしまして、勝手ながらお招きしました」

「えぇ……。あと皆お酒飲んでるんじゃないのか!? 未成年の飲酒はいけないんだぞ」

「いえ、そう見えるかもしれませんが酒精は一切入っておりませんのでご安心を。川神水みたいなものです」

 

そんなぶっちゃけていいのかと目線を移すと自分に捧げられた霞の手には同じく朱塗りの杯。

中には黄金色といっていい位に輝いて透き通った液体が仄かに波打つ。

発せられる香りは強く、脳の芯まで溶かしてしまいそうな甘美なもの。

 

「これを超える甘露はそうありません。どうぞ、まずは一口」

 

誘蛾灯に幻惑された虫のように器を手に取ると一口含む。

芳醇な香りが口から鼻に抜けて、何とも言えない甘味が口腔内に広がる。

一気に飲み干してしまうのがもったいなく思えるほどで、少しずつ味わうように甘露を飲んでいると段々と思考する力が失われていく。

霞に誘われるまま猛もまた皆の傍に腰を下ろす。

 

「主賓も参られましたから、これから先は泡沫の夢を心ゆくまでお楽しみください」

 

しばらくは誰もが黄金色の甘露を味わっていたが、杯を置いた鈴が甘えた猫のような仕草で正面から抱きついてくる。

女性陣はふわりと柔らかそうな純白の巫女装束のような服を纏い、触りごこちもシルクのように滑らかで、光の加減では身体の線がうっすらと透ける時もある不思議な布地だ。

 

「えへへー。ずっとあんたが来るの待ってたんだからね」

「えっと、待ってたとは……皆囚われてたとかじゃ」

「ん~、確かに最初はそうだったらしいけど、不意に全員この場所に転送されてあの子に

 しばらくすれば猛がやってきて助けてくれるからそれまでは待っていてほしいと

 この飲み物を置いていってくれてさ、一口飲んでからは段々気持ちよくなっちゃった~」

 

普段と比べても理性が溶けている、というか蒸発してしまっているようにぴったり寄り添って甘える鈴。

シャルロットや箒、簪も羨ましさ半分、嫉妬半分といった視線で見つめてきて甘露を飲み干す速度が上がる上がる。

我関せずと装っているけれど、ちらちらとこちらに視線を寄越すセシリアとラウラ。

そして、鈴はある意味衝撃的な爆弾を何気なく投下する。

 

「いい機会だから、このメンツでベッドの上ではどんな風に愛してもらいたいか、実戦交えつつぶっちゃけてみない?」

 

思わず咽るセシリアとラウラ。逆にぐるぐるとした焦点の合わない目で意気込みながら猛の傍に寄る箒たち。

あの液体の影響なのか、皆から甘い女の子特有の匂いが強く香る。

もう小指の先ほどしか残っていない理性でどうにか逃げ場を探そうとする猛。

 

「そのほら、あれだ、こんな床の上じゃあ痛いし冷たいでしょ?

 だからこの話はなかったことに」

「それなら大丈夫よ。あそこ見てみなさい」

 

鈴の視線の先には蚊帳のように幾重にも天幕が張られ、真ん中には大きな敷布団が引かれている。

さっきまでこんなもの無かったはずなのに、おそらくここの主人役な霞が「こんなこともあろうかと」と用意したのだろう。

最後のダメ押しとして、金色の甘い蜜を口に含んだ鈴が猛の背に腕をまわしてより密着すると口移しで飲ませてきた。

彷徨っていた猛の手も鈴の背を抱き、彼女の舌が優しく口内を舐めていく。

お互い自然に口を離し銀の糸がふつりと切れて、吐息が漏れる。

 

「ね? ……だめ?」

 

可愛らしく首をかしげる鈴の姿に、抑えるものは全て取り払われた。

 

「あ、あのっ! わ、わたくしはけ、見学させてもらうだけでよろしいですわっ!」

「そそそ、そうだな! 私の操は嫁に捧げているから辞退させてもらう!」

 

そうは言っても、年ごろの女の子。顔を赤くしながら興味津々なのは隠しきれていない。

恥ずかしげではあるが視線を逸らしたり耳を塞ぐことはせず、逆に聞き耳を立てている。

残った三人は順番決めのためなのか、真剣にじゃんけんを行っていた。

 

 

 

 

 

我ながら損をしやすい性格だとは思う。昔から気が強く、手が早いのでそれで騒動を起こしたことは数えきれない。

この学園に来た時にも一夏の勘違いに激情し、突っかかっていったことは記憶に新しい。

けれど、そんなあたしの一面が鈴らしいと言ってくれて、時折感情に任せ理不尽に襲ってしまうこともあるが笑って許してくれる、わたしの大切な想い人。

だからもう最近はあんまりヒドイことはしなくなってるし、うん。

 

細い首筋に唇を当てられると、普段では出すことのない声が出てしまう。

猛の指が、舌が身体中を優しく触ってくれている、そう思うだけで芯の方がじんじんと痺れて熱を持つ。

周りに比べるとつつましい胸にお尻なのだけど、少し赤く痕が残る位にそっと口づけされると悦びで涙がでてしまう。

鈴は猫みたいだと前に言われたことがあり、あたしは猛だけにいつも素直に甘えられる子猫になれたらいいな。

 

呼吸は早く、全身が薄い桃色に染まっていて準備は出来ている。

猫の伸びのように四つん這いになってお尻を高くあげ、後ろを振り向いて言葉を告げる。

 

「もういいよ……お願い、きて」

 

 

 

 

 

母が亡くなった後、ずいぶんと苦しんできていた。引き取られたデュノア社では居場所がなく

自分の意思を無視されてただIS開発の道具として扱われ、学園に送り込まれたのも

経営難に陥っている現状を打破するために男性操縦者の機体の情報を盗むために性別を偽って。

そんな囚われていた僕を、あるきっかけで正体を知ってしまった猛は助けてくれた。

自分がやりたいようにやっただけとは言うけれど、普通はそこまでやろうとはしないものだよ。

ほんと、猛ってばお人よしなんだから。

 

舌先にぴりぴりとした刺激が伝わる。彼の味がする。

それをこくりと喉奥に通すと心が満たされる感覚で溢れてしまいそう。

もしかして、嫌な臭いとか味しないよね? と不安になるが猛もシャルロットの味を受け入れている。

お互いの荒い吐息が耳をくすぐり、熱を高ぶらせていく。

肉づきのいいお尻を触られて

「ひゃんっ、さ、触り方がえっちだよぉ……」と声をあげても抵抗はしない。

時折お尻に熱い視線を感じたりするが、もう一つのはじめても決心がついたら……あげてもいいかなぁ。

猛の手を借りて身体をささえつつ、覆いかぶさるように腰を下ろしていくシャルロット。

 

「猛だけにしか見せない、えっちな僕の姿……。目反らしちゃだめだよ?」

 

 

 

 

 

以前の私は鞘のない抜き身の硝子の刀のようなものだったろう。

白騎士事件で家族と引き離され、事あるごとに姉と比較されてそれが嫌でつい暴力に訴えたり

挙句の果てには力に溺れて大切なものを失いかけ……。

そんな私を影からさり気なく支えてくれた、子供の頃からの幼馴染。

もうむやみに傷つけることはなくしっかりと鞘に納められて、必要とあらば躊躇いなく抜ける芯の通った鋼の刃。

そう、変えてくれたのはお前だ。

 

ぴったりと隙間なく密着している二人。胡坐をかいた猛の膝の上に対面するように箒は座っている。

普段髪に隠されてあまり見ることが出来ない彼女のうなじに顔を寄せる。

どちらかというと甘えてしまうことが多い箒だが、そんな仕草をされると自分の中の母性が刺激されてしまう。

猛の背に腕をまわしてぎゅっと抱きしめると、指で箒の長い髪を梳りながら彼もより身を摺り寄せてきて箒の中でなにかが甘く疼いた。

 

「こうしているだけで、幸せでおかしくなってしまいそうだ……。

 だから、んぅ、猛のす、好きにしてもいい。受け入れるから……」

 

 

 

 

 

最初はほとんど興味がなかった。珍しい男性IS操縦者より、独力で専用機を組み上げてお姉ちゃんに追いつきたくて。

なのに上手く行かなくて焦りばかり増えて気がついたら孤立していた。

それでも必死にもがいていた。

ふらりとやってきた彼を、最初は冷たくあしらっていた。けれど好きなアニメやゲームの話で盛り上がってから一緒にタッグを組むことになり、専用機の開発まで手伝ってくれて……。

一人で無理していたって仕方ないこと、困ったときには皆に頼ってもいいことを教えてくれて

怖くて仕方が無かったお姉ちゃんとも仲良くなるきっかけを作ってくれた……。

猛は嫌がるかもしれないけれど、やっぱり私にとってはヒーロー。

……誰にでも優しくて女の子の押しに弱いのはちょっとキズだけど、それで誰か蔑ろにしてるわけじゃないし押し切られる際の困った顔をするところが、その、好き……か、な……。

 

後ろから優しく抱きしめられて、猛の真ん中にぽすんと収まっている簪。

無理に身体を撫でまわしたりはせずに、お腹の前で手を組み合わせている。

爆発しそうなほどに心臓が鼓動しているのが分かり、顔が熱くなっているのが分かる。

もし拒絶したとしても猛は笑って許してくれるのだろう。

……大きく息を吸いこんで心を落ち着かせる。

しゅるりと純白の衣を脱いで恥ずかしげに後ろを振り向く。

大きい手のひらを自分の胸に押し当てて、貴方を想ってこれだけ激しく心が跳ねてしまっているのだと少しでも伝わればいい――

 

「そ、その……こういうことは、はじめてなので……や、優しくお願いします……」

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

立て続けに愛の広義四連発をやられたせいか、赤熱した鉄のようになってしゅうしゅうと頭から湯気が出ているセシリア。

ラウラなんて途中でオーバーヒートを起こしてぶっ倒れてプスプスと煙を噴いている状態。

そして気だるげではあるが、みな幸せ感溢れるオーラを出して呆けているヒロインズに

尚余裕ありげに甘露を飲む猛はある意味剛の者である。と、段々と意識が遠のいていく。

 

「これにてこの夢の宴は終わりとなります。皆さん無事に現世に戻られるように」

 

最後に優しげな霞の声が脳裏に響いて意識がゆっくりと現実へ浮上していくのを感じた。

 

 

 

 

 

「――くん! 猛くん! 大丈夫ですか!?」

 

通信で必死に呼びかけている山田先生の声がする。何度もまばたきをし意識をはっきりさせて

ゆっくりと上半身を起こす。

 

「山田先生……? 俺は大丈夫ですが、いったいどうしたんですか?」

「ああ、よかった。猛くんがダイブした直後、エラーが発生してしまいまして。

 どうしようか焦っていたんですが、十秒くらい経ったら全部通常に戻ったんです。

 身体のどこかに変な場所はありませんか?」

「はい、特に問題はありません」

 

ちらりと時計を見ると、ダイブしてからまだ5分くらいしか経っていない。

数時間はあの場所に居たと実感しているのに、まさに胡蝶の夢と言ったところか。

それとは別に、猛は手で顔を覆い苦悩する。

 

(霞の奴……何が泡沫の夢だ。全部しっかり覚えてるじゃねぇか)

 

あの疑似的なお酒のようなもので思考や理性は鈍っていたが、あの社で皆とナニをしたのかは鮮明に思い出せてしまう。

そしてついに女性陣も軽いうめき声をあげながら身体を起こしだす。

とりあえず、貼りつけたような爽やかな笑みを浮かべつつシュタっと手を上げて、誤魔化そうとする猛。

箒たちは意識がクリアになっていくのにつれて対照的に赤く顔が染まっていく。

酸欠の魚類みたくパクパクと言葉にならない口の開閉を続け、ついに全員が叫んだ。

 

「こ、こっち見ないで! ばかぁ!!」

 

急いで身体を隠すように腕を使って視線を遮りながら確認する。

 

(あ、ISスーツを着ててよかったぁ!)

 

高性能に作られていて、耐水性、吸水性に優れて型崩れもしにくい。

だから、胸部分に変な起伏、突起なんてないし股部分に謎の沁みなんてものもない。

乙女の尊厳は守られていたのでほっと一安心。

 

ふと気がついて、シャルロットは山田先生と通信を繋ぐ。

 

「あの山田先生。簪はどうしてますか?」

『簪さんですか? 皆さんが目覚める前にお手洗いに行っていますよ。

 しばらくぼーっとしていたら、それから段々顔が凄く赤くなって。

 結構急いで行きましたので急な体調不良じゃないといいんですが……』

「ああ……」

 

簪、今は顔合わせられないだろうなぁと思いつつプライベートチャネルを繋ぐ。

 

『後でちゃんとフォローしてあげないとだめだよ、猛』

『……どうしたらいいんだか分からないんですが。ヘタにデリカシーないこと言えないし』

『一緒に謝る言葉考えてあげるよ。だからそんな落ち込まないで。そ、その……僕は嬉しかったし』

 

落ち込んでそのまま高重力負荷かかって沈んでいきそうな猛。

なのに先程の幸せオーラの片鱗を察した箒と鈴が、シャルロットと猛を見て同時に専用通信に割り込む。

頬を両手で押さえて、ぐるぐるとまた思考が回り出しているセシリアに再起動失敗したラウラが倒れている。結局いつものように織斑先生の一喝が入るまでから騒ぎは続いた。



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31話

あのドタバタの後、猛は医療室のドアをノックしていた。

襲撃の際腹部に傷を負った楯無の容体を見に来ているのだ。

 

「はーい、開いてますからどうぞ」

「失礼します……ってうわっ!?」

 

何気なくドアを開けてしまった所、ベッドの上で上着を着替えている楯無の姿があった。

張りのよい、綺麗な形の胸に少し見とれてしまったが慌てて背中を向ける。

 

「な、何で着替えしているのに入室の許可出したんですか!?」

「いや、養護の先生かと思ったから。それに女の子の裸じっと見つめるのはよくないぞー」

 

不可抗力だと抗議の言葉を言いたいのだが、自分にも不注意な部分はあったと飲み込んだ。

衣擦れの音がしてこっち向いていいよと彼女の許可を貰って振り向く。

備え付けの丸椅子に腰かけて、ざっと楯無の様子を窺うが

それほど酷い怪我があるわけではなさそうだ。

普段よりしおらしい姿を見せながら囁くように言葉を発する。

 

「その……ありがとね。助けに来てくれて」

「いえいえ、もっと敵を引きつけておけたなら

 楯無さんに怪我をさせることもなかったんじゃないかと」

「それだって限度があるでしょう?

 そのせいで猛くんが危ない目に遭ったら生徒会長の面目潰れちゃうわ」

「皆を守るためなら、7万の軍勢でも1人で止めてみせますよ」

「ふふっ、伝説の使い魔じゃないって言ったのは誰だったかしら」

 

穏やかに談笑を続けていると、ふと意を決した表情を一瞬だけ見せた楯無が猛を見つめる。

 

「あのね、楯無って更識家当主が名乗る名前なのって言ったことあったっけ?」

「うーん……すみません。ちょっと覚えてないです」

「そう。私ね、もう一つの名前があるの。……更識――刀奈。それが本当の名前」

「刀奈……刀奈さんか。うん、ちゃんと覚えました」

「あ、あ、あ、あのね!? これ普通は誰にも言っちゃいけない名前なの! だから……」

「分かってます。胸の奥に秘めておけばいいんですね、刀奈さん」

「あうぅ……」

 

普段からかわれている意趣返しも含めて、にっこりと笑みを浮かべてそう応じる。

半分勢い任せでやってしまった楯無は枕を手にすると顔に押し付けて、傍から見ても真っ赤な顔を見られまいとしていた。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

楯無の見舞いを終え、寮への道を歩く猛。

日の入りも少しずつ早まり、辺りは薄闇に包まれて人の正体が掴みづらくなっている。

逢魔時とはよく言ったものだとは思う。

 

『すみませんマスター。少しよろしいでしょうか?』

「ん? 何だ霞。珍しい。こんな頻繁に連絡とるなんて」

『いえ、どうやら私に対して何か申したいことがある人が近づいているようなので』

「……敵? 狭霧神展開した方がいいか?」

『そこまで手を患わせる必要はないかと。私自らお相手しますのでマスターはそのまま寮へ向かってください』

「了解。危なくなったらすぐ逃げてくるんだぞ」

 

白い霧が人を形どるようにその姿を空に顕現し音もなく地に足をつける霞。

街灯の輪の中から闇に消えた猛を見送り、しばらく佇む。

そこに数メートル先の街灯の明かりの中へ姿を現した少女。

銀の髪を長く伸ばし白いブラウスと紺色のロングスカートという出で立ちは令嬢っぽさを醸し出し、神代の巫女のような出で立ちの霞に時間と相まって、異界のような雰囲気が立ち込める。

 

「さて、私に何か言いたいことがあるようですが、ご用件を伺いましょうかクロエ・クロニクルさん」

「…………何者ですか、貴方は」

「それを貴方に答えてマスターや私に利点があるとでも?」

 

普段は目蓋を閉じて滅多に見せることはない黒の眼球に金の瞳を露わに霞を睨みつける。

ワールド・パージは問題なく成功していた。それなのに、猛が介入する数分前に箒たちは閉じた世界から奪われた。

異物混入も察することが出来ず、5人同時に”ワールド・パージの世界ごと何かに飲み込まれた”。

得体のしれない謎の人物へ危機感と恐怖心を抱きつつ対峙するクロエに対し、口元を隠してクスクスと笑いだす霞。

 

「ふふふ……、その忠誠心は買いますがいささか不注意が過ぎるのでは? 捕縛され学園に引き渡される可能性があるとは思わなかったのですか」

「貴方をこのまま放置して束さまに負担を掛けるわけにはいかないのです」

 

刹那、霞は上下左右も分からぬ真っ暗な空間に閉じ込められた。

それなのに少女は相変わらず幽かな笑いを止める事はない。

無防備な霞の背にナイフが深々と刺さり、肉をえぐる感触をクロエに伝えてくるが違和感が拭えない。

突如あり得ない方向へ彼女の腕が回りクロエの腕を拘束する。

驚愕に顔を歪めて必死に腕を引くがびくともしない。

焦るクロエの目の前で、前を向いているはずの霞の首が緩慢とした動きで回り出す。

30、60、90度……絶対に回り切らないはずの角度を超えてまで首が廻旋する。

恐慌を引き起こさないよう冷静さを保とうとする理性に、目の前の現実がそれを許すことはない。

がくがくと身体をいくら揺すろうとも掴んだ手は緩みもせず、レンガで舗装されていたはずの地面は底の無い沼のようになり、気づけば膝まで沈み込んでいた。

かちかちと耳障りな音がすると感じるクロエは、それが自分の歯が合わさる音と他人事のように理解し、己が作ったはずの暗黒世界に逆に囚われて全方位から楽しげに嗤う霞の声が反響している。

 

(な、な……何が……起こって!?)

 

足元から伸ばされた生暖かく濡れた多数の腕に顔をわし掴みにされて目を反らすことも出来ない。

どろどろと粘ついて鉄錆のような異臭がする何かが滴り落ちて全身を濡らす。

そしてついに180度反転した霞の頭部が目の前に晒される。

真っ白い髪が顔を覆い隠しているのだが、ゆっくりと俯いていた首が上がっていくにつれ顔が露わになる。

恐怖で引きつり、滝のように涙を流すクロエだが何をしようとも抵抗出来ている気配はない。

ついに顔を上げきった霞と視線が交わり――目の前に現れた想像を絶する畏怖に、声にならない絶叫を上げ。

 

 

 

「いい夢は見られましたか?」

 

 

 

その声に正気を取り戻したクロエ。ナイフを取り落とし力なく地面に膝をついて放心していた。

刃には血すらついておらず、普通のレンガ調の道路が脛に触れている。

だが、己の頬には幾度となく流した涙の跡がしっかりと残り、全身から生臭い血のような異臭が漂って先程まで見ていた世界が夢ではないことを証明する。

 

「今回はこれでお開きということにしておきましょうか。ああ、もう来るなとは言っていませんよ。ただ、再びマスターに害を為す時にはこれより更に素晴らしいものを御見せして差し上げるだけですので。では御機嫌よう」

 

街灯の明かりの中から闇へと消えるように身を沈ませる霞。

余韻を残すようにクロエの周りでは、彼女の嗤う声や視線が草むらや物陰から空耳、気配として漂っている。

震える身体を必死に抱きかかえ、立ち上がろうとして何度も崩れ落ち、小鹿のように力なく腰を上げて彼女もまた闇の中へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

「あーん」

「あの……楯無さん?」

「んもぅ、ノリ悪いぞ? もう一回。あーん」

 

雛鳥のように口を開けるが、見苦しくないよう気を使っている楯無のベッドの傍には猛の姿が。

やれやれとため息をついて彼女の口へ剥いたばかりの梨を運び入れる。

しゃくしゃくと心地いい音を立てて果物を味わい、笑みを浮かべている。

 

「んー♪ 瑞々しいのに凄く甘くて美味しい」

「そうですか、それはよかった。ん……確かにこれはいい」

 

元々秋の果実では特に梨好きで、いろいろ食べ比べている猛だがこれは随分当たりの実だと思う。

果汁たっぷりなのに、濃厚な甘みが口いっぱい広がるのが至福感を与えてくる。

と、妙に顔を赤らめてこちらを見ている楯無に対し自分は何かおかしなことでもしたかと。

 

「あの……猛くん、そのフォーク」

「え、あっ! ご、ごめんなさい……つい」

 

意図せず間接キスをしてしまった二人。これがいつも通りにからかってくるのなら気安く受け流せるのだが、こうもしおらしい女の子っぽい仕草を見せられて茶化すことが出来るようなタイプでは猛はない。

そんな甘酸っぱいストロベリー空間を窓の外から覗き込む、怒れる恋する乙女たち。

 

「なにあれ、私もされたいんだけど……されたいんだけど!!」

 

羨ましさと妬ましさでツーサイドの髪がぴょこぴょこ跳ねる元気娘の鈴。

 

「…………」

 

まじまじと二人を観察し続けるのはシャルロットだが、自分も同じことをされるにはどうしたらいいかと脳内思考はフル回転中。

 

(えーと、部屋にある果物で林檎とかフォークや楊枝で食べさせやすいものはあったか……?

 猛は柿はあまり好きじゃなかったからな、除外だ。

 しかし同じ梨ではつまらないし、バナナとか……ハ、ハレンチに過ぎるな!)

 

部屋に戻ったらさっそく自分も同じことしてもらうつもりの箒。

 

「……お姉ちゃん、何してるの?」

 

そして何気なく部屋のドアを開けて入ってくる簪。だけどもシャルロットに似たちょっと黒いオーラがちらちら見える。

 

「な、何って猛くんに梨を食べさせてもらっているのだけど?」

「両手は無傷で無事なのに?」

 

痛いところを突かれて反論できない楯無が怯んでいる隙に近くの丸椅子に腰を下ろして口を愛らしく開く。

 

「あーん」

「え、あの……簪さん?」

「……あーん」

 

軽く目蓋を閉じて、同じ言葉を繰り返す簪の姿はやはり楯無の妹だからか似ている雰囲気を感じられる。

諦めの境地へ心を押しやって、皿の中から梨をフォークに刺すと簪の口へと運び入れる。

小気味いい音を立てて、こくりと喉を鳴らし秋の味覚を飲み込んだ。

 

「……うん、美味しいね」

「それは良かった」

「……舐めないの?」

「何言ってるの!?」

 

 

 

「「「それはこっちの台詞だぁぁ!!」」」

 

 

 

三階の窓の外、ISを部分展開して浮遊していた箒たちは平然と抜け駆けをかました簪についに我慢できなくなり、ぎちぎちと窓枠に身をつっかえながら何とか部屋内に転がり込む。

流せぬ抜け駆けにぎゃいぎゃいと騒ぎ出す箒連合と、冷静さを保ちつつ受け流す簪を尻目に気配を消しつつ窓際に逃げる猛。

窓の縁に足をかけるとベッドの上の楯無と視線が交わる。お互いにっこり笑い合うが、あの顔した彼女はマズイことを身に染みて知っている。

 

「ねぇねぇ、貴方たち?」

「なんですか! 元はと言えば楯無さんがあんなことをするから!」

「けど言い争っていいのかしら? 猛くん、もう逃げる準備に入ってるわよ」

 

ギロリと獲物を狙う獣の視線が背中に突き刺さる。

一刻の猶予もないと直ちに窓の外へとI can fly。

投身自殺にしか見えないのだが、ここはIS学園で己はIS操縦者だ。

何度も行って慣れてきてしまっている自分が切ないけれど

地表付近で慣性を殺してふんわり着地。後は足の許す限りに逃げるだけ。

猛を追うために同じく窓外へ飛び出していく箒たちだが、これが先生に見つかれば懲罰は免れぬだろう。

 

「じゃあ、私も行くねお姉ちゃん」

「はい、いってらっしゃい」

 

一人残っていた簪も、ドアから去って医療室には嵐の後の静けさが出来ていた。

 

 

 

それから二日後、完治した楯無は寮の廊下を歩いていた。

しかし体は良しとしても専用機の方はそうはいかない。深刻なダメージが蓄積するまえにオーバーホールが必要だ。

そのためには一度開発元のロシアまで足を運ぶ必要があり、恐らく一週間は見積もるべきだろう。

 

「……その間、猛くんと会えないのかぁ」

 

自然と呟いてしまっていたことに、慌てて否定の考えを巡らそうとする――が逆に胸の痛みが増していく。

生徒会長、更識家当主と背負うものが多くそう簡単に弱音を吐くわけにはいかないのだが

そういう複雑な事情を何となく分かっているのか、自然に寄りかかれるように気遣ってくれていたり長い確執の在った妹とのわだかまりも解かしてくれて、簪が惚れ込むのも無理はないがあの日見た彼の背中は……。

 

「会いたいなぁ……猛くん」

「呼びましたか? 楯無さん」

「ひゃいっ!?」

 

急に想いを巡らせていた本人から声を掛けられて思わず変な声を上げてしまう。

小さな休憩所のソファーに座ってお気に入りの自販機の紅茶を飲んでいた猛に対し、自然と顔が赤く染まっていくのを自覚してしまう。結局自分も一人の『女』なのだなと感じつつ傍に近付く。

 

「あ、無事退院できたんですね」

「え、ええ。ちゃんと傷も残らないで治ったから! ほら」

 

制服をブラウスごとまくり上げて腹部を露出させている楯無。あまりに勢いよく持ち上げたせいで淡い桃色のブラがちらりと見えている。

 

(ああぁぁぁあああ――ッ!! 勢いまかせで何やってるのよ私ぃ!)

「その、楯無さん……ここ普通に皆が通る廊下の近くなんですが」

 

混乱状態で瞳がグルグル渦巻いている楯無に、気まずそうに視線を床に向けて頬を赤らめている猛。その姿に胸の奥がキュンとしてしまう。

 

「い、今は誰もいないから大丈夫よ。それにちゃんと痕とか無いか触ってみてもいいのよ、ほら……」

 

手を掴んで均等の取れた己の腹部へ押し当てる。自分のとは違う男の手が柔肌に触れている。

大きくて少しゴツゴツとした猛の手のひらが壊れ物を扱うように丁寧におへそ周りを撫でている。

より顔を赤くしてはいるけれど、熱のある視線が向けられているのが心地よくもムズ痒い。

 

「……もう少し、下を触ってもいいわ」

「いやいやいやっ! ちょ、ちょっと待ってください楯無さん!?」

 

あともう少し強い刺激が欲しい。疼く下腹部に向かって彼の手を肌に這わせて降ろしていき腰部分からスカートの奥へ――

 

「そこまでにしておけ、この色ボケども」

 

冷や水を浴びせるような声が聞こえてきて、寮全体に響き渡りそうな痛烈な打撃音がする。

あの材質を疑問に思ってしまう出席簿で思い切りはたかれた猛は、ソファーから落ちて潰れたGみたくなっている。

 

「い、い、い……いけませんよ! 不純異性交遊は!」

 

先程のやりとりを見て顔を真っ赤に抗議するは山田先生。猛の背に足を乗っけている織斑先生。

楯無の様子を見にやってきたところへ先程のR-18展開に行こうとする阿呆に教育的指導を行ったのだ。

 

「あのー織斑先生、俺は巻き込まれただけなのに何で叩かれなければならなかったのでしょうか?

 あと足どけて下さい。起き上がれません」

「そう軽々と女子を引っ叩くわけにはいかんだろう。お前なら頑丈だからいいと思っただけだ。

 それにむしろ踏まれて喜んでいるんじゃないのか? あれだけ叩き潰されてそれでも折れぬのだから」

「先生の暇つぶし鍛錬と、物理的説教は別物でしょう!? というか俺をぶちのめすの若干楽しんでますよね、最近!」

 

ぐりぐりと足裏で磨り潰すように体重をかけて、いじめる織斑先生から逃げようと本当のゴキみたく足掻く猛。

制服を元に戻して身なりを整え、心を落ち着かすように深呼吸をしていると不意に声を掛けられた。

 

「おい、楯無」

「何でしょうか、織斑先生」

「……惚れたか」

 

一瞬の間が空くが、動揺を見せずに扇子を取り出して口元を隠す。

 

「あら、おかしなことを言う織斑先生ですね」

「扇子の文字が違うぞ」

 

開かれた部分に書かれている文字は『図星』。

慌ててちゃんとした別のを取り出そうとして、つるっと指が滑って多数の扇子が床に散らばる。

戸惑っているのを隠しきれずに、あわあわと扇子を拾おうとする楯無。

 

「あ、あのっ! 楯無さん……そこでしゃがまれると……」

「えっ? ……あっ」

 

踏みつけられて動けない猛の前に無意識にしゃがみこんでしまい、そうなれば短いスカートの奥のストッキングに包まれたブラとお揃いのショーツが自然と目に入ってしまう。

一番赤く顔を染めて、さっと立ち上がり裾を抑えて俯きながら呟く。

 

「……猛くんのえっち」

「不可抗力ですっ!!」

「はぁ……、お前いっそ『専用機持ちキラー』とでも二つ名付けたらどうだ?」

 

やれやれと疲れた顔で言う織斑先生が更に体重を足裏にかける。

「中身! 押し潰れてモザイク必要な中身が出てしまう!」と一層暴れ出す猛だった。

 

 

 

 

 

夜、大浴場で湯船に浸かりながら纏まらない考えをずっと脳内で捏ね回している楯無。

気の緩みと言ってしまえばそれだけだが、甘え甘えられる関係というのに憧れはずっとあった。

その結果、家族以外には隠しておくべき真名「刀奈」をつい告げてしまった。

――ならば、家族にしてしまえばいいのでは?

 

(うん、そうね……。我ながら悪くない考えかしら!? 猛くん、身内はいないから入り婿でも問題ないし!)

 

疲れて帰ってきた自分をエプロン姿で迎えてくれる猛。バランスが考えられたご飯に、女の子には嬉しい食後のスイーツも付いている。

嗚呼、素晴らしきかな主夫猛。そして食べ終わったらお礼としてベッドの中で運動を……

 

「お姉ちゃん、鼻血出てる」

 

不意にかけられた声に慌てて立ち上がると、何食わぬ顔で隣に簪が居た。

 

「かかか、簪ちゃん!? いつの間に!?」

「お姉ちゃんが妄想逞しく考えている隙に……。かなり熱中してたみたいだね」

 

とりあえず座ったらと言う問いに、何だか落ち着かないままもう一度湯に身を沈める。

じーっと物言わず見つめてくる妹に何と言って返したらいいか分からずにいると、簪の方が爆弾を投下した。

 

「考えてたこと……猛のことだよね。私から言えることは……凄いよ」

「何が!?」

「頭の中で考え付く凄いことの一番を想像してみて……。その斜め上を普通に超えてくから。

 ……へたしたら、お姉ちゃん壊れちゃうかも」

 

口元をお湯に沈めて可愛らしくぷくぷくとしているが、顔の赤さがお風呂の温度ではないのがはっきり分かる。

 

(え!? ええ!? こ、壊れちゃうってどういうこと! あ、あんなことやこんなことよりも凄いの!?)

 

熱暴走した脳が激しく茹って、しゅうしゅうと湯気を上げる程に妄想が止まらない楯無。そしてついに。

 

「はぅっ」

「お、お姉ちゃん!?」

 

綺麗な鼻血の華を咲かして湯船に沈んでいく。

慌てて抱きかかえるが、少しだらしなく嬉しそうな顔をしたまま気絶し起きる気配がない。

簪は姉を必死に抱え上げて、大浴場から脱衣場へ連れ出し目を覚ますまで付き添うのだった。

 

「……くちゅん」



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32話

とある放課後、猛はラウラと連れ添って駅前にやってきていた。

後日に控えている一年生合同大運動会の備品の買い出し班に二人は任命されたので、空いている時間を利用して購入の最中だ。

詳細は知らされてないがあの騒ぎの好きな会長のことだ、余計な特典も付いているのが予想できる。

 

「はぁ……、また余計な茶々入るのかなぁ」

「何だ早々ため息なんかついて。私と一緒に買い出しするのがそんなに嫌なのか?」

「いやいや、そんなことはないよ。

 むしろラウラは一夏の方が良かったろうし申し訳ないくらいかな」

「そこまで気遣いしなくてもいい。決められた役割をきちんとこなすのも大事なことだ」

 

メモを取り出すと購入するべき品物の確認を行い始める。

 

「えーと……あんぱん50個。これは後で配送してもらうか」

「なんだそれは? 何に使うんだ?」

「パン喰い競争に使うんだよ。コースの途中にぶら下げて、手を使わず口でキャッチしてまたゴールへ目指すのさ」

「それにどんな意味があるというのだ」

「そういう競技だからとしか言いようがないなぁ……」

 

後ろをとことこ付いてくるラウラと一緒にパンの注文を済ませる。

 

「あとは何だ?」

「残りは鉢巻に軍手とかかな」

「ふむ、それも全部学園に発送してもらうのか?」

「そうなるね。流石にこの量全部持っていくには辛いし……」

 

メモ帳を見ながらぽりぽりと頭を掻く猛に、首をかしげて「?」を浮かべるラウラ。

 

「なぁ、この買い出し班二人もいらなかったのじゃないか」

「うーん、そうかもしれない。ただ何の役割もない人を作りたくなかったってものあるのかも。

 仕方ないか。注文済ませたらどこかのカフェでお茶でも飲んで帰るとしよう」

「なら私は行きたいところがあるぞ! 新作の抹茶シェイクというのを飲んでみたいのだ」

 

ラウラに促されるまま、猛は彼女の後ろをついていく。人通りの多いモール内を歩いていきお目当てのカフェを見つける。

席の確保をラウラに任せて猛はレジにて注文をする。

 

「えーと、新商品の抹茶シェイクを二つください」

「申し訳ありません。只今材料を切らしていて、一つしかご用意できません」

「そうなんですか。それじゃあ、シェイク一つとアイスチャイラテ

 シナモン多目の豆乳ミルクを」

「畏まりました」

 

会計を済ませると、シェイクとチャイを乗せたトレーを受け取りラウラを探す。

窓際の風通しのよい席に座っているラウラが手を振っているのを見つけて向い合せに座る。

 

「おまたせ」

「いくらだった? 代金は払うぞ」

「そこまで高いものじゃないし、おごるよ」

 

ならありがたくと、ラウラはシェイクに口をつける。一口飲んでその顔に驚きの色が現れる。

 

「う、うまい! なんという美味さだ!

 これは……はちみつ? それとあんこが入っているのか?」

 

キラキラと表情を輝かせてシェイクを堪能しているラウラを見ながら猛もアイスチャイを飲む。

豆乳で若干香辛料のクセが抑えられているが、シナモンを多目にしてもらっているので完全に消えたわけではない。

好き嫌いが分かれるとは思うがこのクセがチャイの味のひとつだと感じながらストローを啜っていると、少し落ち着いたのかこちらを見つめているラウラと視線が合った。

 

「ん? どうしたの」

「ひ、一つ猛に聞きたいことがあってだな……。そ、その……」

 

普段思い切りのいいラウラ(それが若干ネジの外れたことを言い出したりもする)が顔を赤らめつつ、もじもじとしている。

意を決したのかスカートをぎゅっと掴んで口を開いた。

 

「こ、この間の襲撃事件の電脳世界でのことだ! ほ、本当に恋人同士はあ、あんなことをするのか!?」

 

彼女の勢いよく飛び出した言葉に一瞬あっけにとられてぽかーんとしてしまう。

またいろいろ思い出し始めているのか茹で蛸のようになりながらぽつぽつと言葉を紡ぐ。

 

「キキ、キ、キスをしたり、裸で一緒のベッドに寝れば子供が出来るわけじゃないのかっ!?

 本国のクラリッサに通信で話したら”少佐も大人の階段を昇ったのですね”とか言い出して

 いろいろ凄い漫画データを贈ってきて、もし、あ、あんなことされたら……私、こ、壊れてしまうぅ……」

 

一応耐性は付いて来ているのかオーバーヒートはしていないが、赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくると信じている子にえげつない現実を見せつけたようなものなので

まだ完全に受け入れられてはいないのだろう。

今ここで保険の授業とはやらずとも、正気を失って暴走してしまったのは事実だ。ある程度のフォローを入れる。

 

「いずれはちゃんと学ぶことなんだけど、ああいうことをすると子供が生まれるんだ。

 一度織斑先生とかに聞いてちゃんとした知識を身につけておくといいよ。

 あと、クラリッサさんだっけ? その人がくれた漫画の内容、鵜呑みにしないでね。

 ああいうのはフィクションなんだから」

「う、うぅ……分かった。教官にそれとなく聞いてみる」

 

落ち着きを取り戻したのか、置いておいたシェイクを手に取りずずずと中身を啜る。

ふとラウラを見ていると頬に跳ねてしまったのか、クリームがついていた。

おもむろに指で拭い去ると、そのまま口に運んで舐めとってしまいラウラが声にならない悲鳴をあげる。

 

「ぴぃっ!? ななな、何てことをするんだっ!?」

「あ……。ごめん、鈴もよく頬に何かつけるからつい自然にやっちゃった」

「おおお、お前はぁ……っ! そういうところが破廉恥なんだぁ!! もっと慎みを持てぇ!」

 

涙目になりつつ駄々っ子パンチを繰り出してきたラウラを何とか宥める。

寮に帰った後、ラウラは織斑先生に突撃したようで先生は普段の凛々しさが半分以下になりつつも、山田先生も交え何とか保健体育の基礎は教えられたようだ。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

急遽決まったこの一年生のみの代表候補生対戦大運動会。優勝者が猛と一夏、どちらかを選び同じクラスと部屋を共にし二位は残った方を得て、他全員は別クラスとなる。

当然不満は溢れ出て、参加できない上級生は我々も争奪戦に参加する権利はあると非難轟々。ちょっとした騒動も起こった。

最終的に楯無が設定した『裏方ポイント』なるもので、一定以上の貢献をした生徒には男子に何かさせる権利を与えられるということで一旦沈静化した。

 

 

 

見事なまでに晴れ渡った秋の空。大きな歓声が響き渡る中、グラウンドで闘志を燃やすチーム代表六人と何故か居る黒一点。

 

「あのー、楯無さん。何で俺もこっち側なんですか? 一夏と一緒に実況席じゃないんですか」

「んー。それがね、ただ皆を争わせるより一人くらい妨害ユニットが居ると面白いじゃない?」

「そうなんですかー。ならそこで俺関係ないしと平然とした顔してやがる一夏こっちに下さいよ」

 

指を突き付けた先には実況・解説役の楯無の横にしれっと座ってすまし顔の一夏の姿。

 

「ごめんねー。もう一夏くんには実況担当の役職振っちゃってるの」

「そういうわけだ。悪いな猛、頑張ってくれ!」

 

被害を免れたからか、最高にいい笑顔でサムズアップする幼馴染。ぎぎぎ……と歯ぎしりする猛を見て愉悦する。

まだ何か文句をつけたいのだが、ふいに誰かに腕を取られてずるずると引きずられていく。

 

「ほら、猛。いちいち突っかかってないであたしの柔軟に付き合ってよ」

 

鈴は皆と同じ学園指定の体操服、ブルマに身を包み身体をほぐしている。

小柄で引き締まったそのボディは健康的な色気があって胸をときめかせる。

地面に腰を降ろし、大きく股を開いて柔軟体操を始めた鈴の背をゆっくりと押す。

 

「んっ……く、ぅぅ。も、もうちょっとだけ強くしていいわ……」

 

筋肉がほぐれてきて、血行がよくなった鈴の身体はほんのり桜色に染まりだし女の子らしい良い香りがする。

体操服越しに手のひらへブラの形状が伝わるので少しどぎまぎしながら、力加減を調節しながら背中を押す。

柔軟を終わらせてすくっと立ち上がった鈴は腕を回しながらよしっと気合いを入れる。

 

「うん、身体も温まったし調子は最高ね。じゃ、最後の仕上げっと」

 

爽やかな笑みを浮かべて、猛にしっかり抱きついて自分の方に引き寄せ自分の唇と触れ合わせる。

数秒後、柔らかく張りのある鈴の唇が離れていくのに若干名残惜しいものを感じてしまう。

 

「ちょっ!? 鈴、いきなりは」

「えへへ。ちゃんと元気貰えたわ。今度こそあたしが猛と同じ部屋になるんだから負けられないし」

 

文句を言おうにも、邪なものは一切感じない鈴に対し強くは出れない。もう一度ぎゅっと抱きついてきた鈴は50m走に出るため元気よく走って行った。

 

 

 

「た、楯無さん? どうしたんですか?」

「何でもないわよ一夏くん。ただちょーっとイラっとする光景が目に入っただけだから」

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

競技は進み、無難な解説をする一夏だけでは盛り上がらないと、この手の賑やかしは十八番な新聞部の黛と楯無が交互に熱い実況をする。

 

「さぁ、次なる競技はIS学園特別競技『玉打ち落とし』だー!!」

 

各チームはISを使い空から降ってくる玉をひたすら撃墜し続けて総合得点が高い者が一位となる。

なお今回の競技ではISスーツを身に着けるのを禁止され、皆はブルマ姿で居る中現れたフルプレート姿の黒灰の者。

 

「そしてぇ! ここで妨害キャラとして猛くんの投入よー! 彼が落とした分はマイナスとして各チームに振り分けられるから頑張ってね!」

「ふ、ふふ、ふざけるなぁ!!」

 

各代表候補生から非難轟々の悲鳴が上がり若干ヘコむ猛。

抗議の声など知りませんと聞き流す楯無を横目にそっとシャルロットから通信が。

 

『あの、猛? 少しは手心を加えてもらえると嬉しいんだけど』

「うーん、そうしたいけれどやっぱりあんまり手を抜き過ぎると楯無さんに睨まれそうだし……ごめんね」

『うぅ……だめかぁ』

 

射出装置に円陣を組むように一年生の専用機が並び立つ姿に皆の熱気も上がっていく。

固唾を飲みながら号令はまだかとはやる気持ちを抑えながら、集中する。

 

「それでは玉打ち落とし、スタート!」

 

開始と同時に装置から色とりどり大小さまざまなボールがはき出される。

それぞれが軽く飛翔して、照準を定めて撃ち抜こうとする前に光の流星群が一帯を薙ぎ払った。

 

「まずは手始めに得点を多目に頂いておこうかな」

『きゃー!! 猛くんの早撃ち炸裂ー! お姉さん嬉しくておかしくなっちゃいそう!』

『え、あの楯無さん?』

『……はっ!? こほん。猛くんがスタートダッシュを決めて大幅リード! 他チームも点数稼がないとヘタしたらマイナスもあり得るわよ?』

 

一瞬タガが外れた叫びをあげたが、一夏の困惑した声に正気を取り戻して少し落ち着いた実況に戻す楯無。

その後は浮遊小型機を使い、堅実に点数を伸ばしていく猛に必死に追随していくシャルロットたち。

後半に入り、いまいちポイントが伸び悩む箒は一発逆転の方法を考えていた。

 

(……そうか! この手があったか!)

 

射出装置の出口ギリギリに<<穿千>>を放てば――。

肝心なのはタイミングと悟られないこと、特に猛には勘付かれるわけにはいかない。

空中戦を行い各々が獲物を奪い合うなか悠然と佇む狭霧神。

慎重に且つ素早く地面に降り立つと肩部ユニットを展開し、大出力エネルギーカノンにエネルギーを充填させていく。

が、荒れた現場では予測不明の事態が起こりやすい。連鎖的に弾や爆発が繋がって、その余波で箒は体勢を崩してしまう。

結果、照準がずれてエネルギー弾は的から逸れて競技装置に命中すると派手な音を立てて爆散する。

そのペナルティとしてマイナス200点を負わされた箒は叫びをあげて崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

その後、軍事障害物競走という銃器を組み立てて、的を射抜くという変わった競技をこなしつつプログラムは進む。

現在行われている種目は借り物競争。鉢巻き、タオル、水筒といったこの場にありやすい物から

教科書、ペンケースと探すのに時間が掛かるもの、人物そのものといった多種多様なものを連れてゴールに駆け込んでいく。

猛もこの競技に参加することになり、スタートラインに並び合図を待つ。

ピストルの音が鳴ると同時に全速力でお題の入った封筒を探す。まぁ、その封筒は色分けされていて猛専用お題が書かれているらしく、悪意がないことを祈りつつ封を開ける。

 

「…………」

 

数秒出てきた紙を見つめた後、応援席へ駆け寄ると大きな声で名前を呼んだ。

 

「箒! それと鈴! 来てくれ!!」

 

チーム代表ではあるが、競技参加していないのならクラスメイトと混じって応援している候補生たち。

名前を呼ばれた二人は何か必要なものがあるのか聞きに猛の傍までやってきた。

 

「何よ? あたしと箒二人とも呼び出すなんて」

「今は説明している時間が惜しいから、鈴、俺の背中におぶさってくれ」

「えっ!? い、いいの? そ、それじゃあ失礼して」

 

普段から抱きついたり、のしかかったりしている鈴ではあるが今は運動会の真っ最中。

いっぱい動いているから汗もかいているし、匂いも強くなっているかもしれない。

おずおずと負ぶさり変な臭いしてないか少し不安げになる鈴の、背中に押し付けられた胸の柔らかな感触と熱いくらいの体温にどきっとするがあまり意識しないようにしつつ段々不機嫌になっていく箒の方へ向き直る。

 

「……なぁ、何故私は呼ばれたんだ? 鈴に用があるなら一人だけ呼べばいいだろう」

「いやいや、箒にも用あるんだって。そのまま暴れないでいてな」

 

彼女の背と足に腕を回すと、ひょいっと軽く持ち上げてしっかり抱きとめておく。

いわゆるお姫様抱っこ状態にされて瞬間的に真っ赤に顔を染める箒と、ぎりぎりと首に圧を掛け始める鈴。

 

「あ、わ、わわわ……こ、こんな恰好は……」

「…………」

「それじゃあ、行くよ」

 

そのまま二人を連れてゴールへ駆けていく猛だが、流石に女子二人を抱えたままスピードは出せず四位に。

そこへお題に適した物を持ってきたかを確認するため黛がやって来る。

 

「お疲れさま~。二人を抱えたままでも四位に入るとかなかなかやるね」

「いえ……さ、流石につ、疲れました……」

「さて、それじゃあ猛くんのお題は……『あなたの大切な幼馴染』。えっと、これは」

「その、二人を選びきれなかったので、何とか箒と鈴を連れてきたんですが……キツかったです」

 

一瞬場が静まりかえると、会場が揺れるほどのタラシコールが巻き起こる。

この好き者だのすけこまし野郎、どこのバルキリーパイロットだと結構なことを叫ばれているが本人は気にせず手を振り返しているし、皆も悪意ある風ではない。

選ばれた箒と鈴も、頬を薄く桜色に染めて満更でもないらしいが、シャルロット、簪、楯無の嫉妬のボルテージは上がっていく。

 

「ふ~ん。二人のうちどちらかを選ばせて修羅場っぽくなったのをいじってあげようとしたのに

 面白くない結果になっちゃったわね。ま、仲間外れな二人を(つつ)いて焚きつければいいかしら」

「た、楯無さん。怖い、怖いです。もっとオーラ抑えて」

 

ジト目、扇子で口元を隠す楯無は今までの中で一番おっかない雰囲気を纏っていて

案外この席は安全じゃなかったかもと今更ながら後悔している一夏だった。



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33話

午前中の競技が終わり、昼食の時間となった。

学園の中庭で芝生にシートを敷いている子も居れば、備え付けのベンチに腰かけている子も。

思い思いの方法で皆わいわいと楽しそうにしている。

弁当を持ったまま、うろうろとしつつどこで食べようかと考えていると

背中に何かが負ぶさってきた。

この先程まで感じていた重さと柔らかさは鈴だ。

 

「見つけたわよ、猛♪ 一緒にお昼食べましょ」

「それは別にいいけどいきなり飛びかかってこないでよ。驚くじゃん」

「そういう割にはびっくりした様子は見せないわよね」

 

鈴をおんぶしたまま指さす方へ歩いて行くと

レジャーシートを敷いて座っているいつものメンバーが。

 

「猛見つけてきたわよー」

「それはいいんだが、何故背中に負ぶさっているんだ」

「いいじゃない別に。結構大きくて安心するのよね猛の背中って」

「……僕もおんぶされてみたいなぁ」

「シ、シャルはちょっと勘弁してもらいたい」

「ねぇ、なーんであたしはよくてシャルロットはマズイのよ? ん?」

「り、鈴は体重軽いから」

 

藪蛇する前に、鈴を背中から降ろし猛もシートに座る。

箒、鈴、シャルロットに簪、そこに珍しく楯無の姿もあった。

 

「あれ、楯無さんも居るんだ? 珍しいですね」

「お姉ちゃんは私が誘ったの。だめだった……?」

「そっか、簪が呼んだのか。皆で楽しく食べる方がいいから俺は構わないよ」

 

にっこりと笑うが、待ちきれないと腹の虫が抗議の声をあげている。

気恥ずかしげに頭を掻くが、温かく微笑む箒たちとお弁当を広げる。

各々が工夫を凝らした弁当はどれも美味しそうに見える。

 

「ほら、猛。これ食べてみてよ、鶏肉とカシューナッツの甘辛炒め」

 

自分の弁当箱からおかずを箸でつまむと目の前に差し出してきた。

ここで恥ずかしがったりすると、逆にヒドイ目に遭いそうなので素直にあーんと口へ入れる。

唐辛子のピリリとした辛さと生姜、胡椒がよく効いていてご飯が進みそう。

ただ、甘酢より辛みの方が少し強いため目じりに涙が浮く。

 

「どう? あたしの自信作なんだけど」

「うん、美味しいよ。ただちょっと唐辛子の量が多いのか舌がひりひりする」

「えー、そうかしら。んぐんぐ……あたしには普通なんだけど」

「鈴は辛党だからね。でも美味しかった。ありがとう」

 

料理の出来を褒められてふにゃっと微笑む鈴と、ずずいっと猛の傍へ弁当を持って寄ってくる皆。

 

「鈴のばかり食べてないで、わ、私のから揚げも食べてみてくれ!」

「ぼ、僕のものも食べてほしいな」

「蓮根のきんぴら……食べてほしい」

「わ、分かったから順番にね」

 

とりあえず差し出されてきたものは一通り食べていく。

箒のは前と味付けを変えていて、柚子こしょうが絶妙に効いて美味しい。

シャルロットのキッシュは、おやつのパイとはまた違っていてひき肉や野菜の味が濃厚で良い。

簪のきんぴらはしゃきしゃきした触感も然ることながら、しっかりとした味付けが好みだ。

どれもそれぞれ美味しいのだが、そこへそっと差し出された五目おにぎり。

視線を向けると少し顔を赤くしつつ猛を見つめている楯無が。

 

「これ、貰ってもいいんですか」

「う、うん。感想聞かせてほしいかな」

 

受け取ったおにぎりをほおばると、鶏肉、ゴボウ、しいたけの旨味と軽く焼いてあるのか、醤油のいい香りがふんわりと漂う。

 

「うわ、これ凄く美味しいです」

「そ、そう? 作ってみた甲斐があったわ」

 

普段の胡散臭さがない笑みを浮かべた楯無とちょっとだけ良い雰囲気になりかけたせいで箒たちはもっと別のおかずも食べさせようとするが、流石にこれ以上は時間が無くなってしまう。

少し急ぎつつお弁当を平らげながらお昼休みは過ぎていく。

 

「とはいえ、皆からそれなりにおかず貰っていながら自分のお弁当も食べきっちゃうなんて男の子よね」

 

食べ盛りの男子高校生の喰いっぷりに皆微笑ましく思っていた。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

午後の部最初の競技は『コスプレ生着替え走』だった。

あまりにヒドイ種目に一夏は絶句している。

 

「何なんですか、この競技!?」

「え、そのまんまの競技なんだけど」

「いいんですか!? そ、その倫理とか……いろいろと」

「ん? ん? もしかして一夏くん女の子の着替えで興奮しちゃうから?」

 

意地の悪い笑みを浮かべて広げた扇子で口元を隠す。その表面には色欲の二文字。

 

「一夏くんのえっち」

「違いますよ!」

「じゃあスケベ」

「同じじゃないですか!」

「はいはい、漫才はそのくらいにしてさっさと実況に戻ってよね」

 

黛のつっこみにあっさりと流れを断ち切り、競技の説明に移る楯無。

各チームの代表が用意した衣装を各々が抽選で引き当てて、着替えゾーンで着替える。

その際チームメイトに着替えを手伝ってもらうことになり、カーテンで隠されているとはいえライトアップされボディラインはくっきり映り込む仕様だ。

もちろん参加メンバーからは大ブーイングだが、今までの差を覆す得点にしぶしぶながら飲み込んだ。

そして今までで一番落ち込んでいる黒一点が、物凄い重圧オーラを醸し出して同じ男子として同情を禁じ得ない一夏。

 

「……何でこの競技にも俺が出なくちゃいけないんだ」

『だって一番美味しいんだもの。出さなきゃ損よ』

『ほ、骨は拾ってやるぞ……』

 

流石に可哀そう過ぎるので手伝いメンバーは外されているが、先ほどから箒たちや観客の目が光っている気がする。

涎を啜る音なんで聞こえない、ああそうだ気のせいなんだ……。

走者と補助メンバーの紹介があり、中には胸やお尻を強調する子もいて目のやり場に困っている一夏を楯無が冷やかしつつスタートラインに並び立つ皆。

ピストルの音が鳴り響いて十三人が一斉に駆けだす。

箱の中からクジを引いて用意された衣装に騒いだりやじが飛び交う中、専用ボックスを撹拌し続ける猛。

 

「ええい、ままよ! これだぁ!!」

 

ようやく選んだ紙を広げたが、ゴルゴンと視線でも合ってしまったかのように石化してしまう。

怪訝な表情を浮かべるが競技に負けるわけにはいかぬと、カーテン・サークルに走っていく女子たち。

悪戦苦闘の声が聞こえるなかようやく吹っ切れたようで猛も着替えゾーンに向かう。目じりから流れたのは心の汗だ。

だぼだぼのドレス姿の鈴に、いろいろ収まり切れず下着が見えているチャイナ服の箒がカーテンから飛び出していく。

 

しかし、一番遅く入ったはずの猛はすぐさま飛び出してきて一瞬の間が空いた後に黄色い大歓声が地を轟かせる。

 

『き、来たああぁぁぁあああ――! まさかこれを引いてくれるとは!!』

『ああ……強く生きろよ猛……』

 

彼の姿は密林の王者、闇の魂世界の持たざる者、自由人(フリーマン)なHERO。言ってしまえば腰ミノ一つだけの恰好だった。

 

「いくらなんでもこれはヒドくないですか、楯無さん!? 他のもロクでもないんでしょ!」

『いやいやそんなことないわよ? 異能持った仮面の騎士団総統とか心を盗む怪盗団のリーダー、太陽賛美の人とかも入れてたわ。

 でもまさかそれを引き当てるとは……猛くん持ってるわね』

 

本人はいたってそんな裸体を晒す趣味はないのだが身体ネタで弄られることが多くてほんのり悲しくなる。

黛のシャッターを切る音が今までにない速度で響いており、現像焼き増し代で新聞部はほっくほくになるだろう。

これなら地球が俺に輝けと言うようなハードでクールな素肌ジャケットの方がと黄昏るところに箒と鈴が傍に来た。

 

「その、あんまり落ち込まないようにな? わ、私は悪くないと思うぞ?」

「そ、そうそう! 今回の競技限りなんだから割り切っちゃえばいいのよ」

「ふ、二人ともありが……、う、うん、慰めてくれて嬉しいんだけどちょっと離れてほしい。

 一応防具は情けで付いてたけれど……マズいことになるから」

 

幼馴染みズの気遣いは嬉しくてもピッチピチでいろんな所がはみ出しているチャイナ服の箒に、ぶかぶかで胸の先端が見えてしまいそうなドレスを着ている鈴。間違いなく視線を少し動かすだけで、股間の紳士は臨戦形態になる。

ラブコメる三人の横を内心面白くないまま、ドイツの軍服に身を包んだシャルロットと着ぐるみねこパジャマを着た簪が抜けていく。

 

「っと、ぐずぐずしている場合ではないな!」

 

ゴールに向かう途中にはさまざまな障害物が設置されていて、とび箱や何やらと間違いなく下着が見えてしまうものが大量に。

派手に動けば間違いなくポロリが発生しそうな箒、セシリア、鈴は尻込みをしている間にも

そういった心配のないシャルロット、簪、そしてもうどうにでもな~れと達観してしまった猛が突き進む。

きりりと引き締まった雄の身体に見えそうで見えない腰ミノチラリズムに、きゃーきゃーと会場は沸き立つが彼の心は荒目のヤスリでごりごりと研磨されている。

衣装が乱れるのは諦めるとして三人も障害物に挑むが、手を放した途端に脱げそうになってまた黄色い声援があがる。

 

先頭の三人のうち誰が一位になるかという最中、最後尾のビキニアーマー姿のラウラがISを展開し一気にトップに上り詰めるが当然反則なので失格。

激高した彼女がカノン砲を呼び出すが山田先生が綺麗に砲を撃ち抜いて攻撃を阻止され、あっけなく撃墜して大きな衝撃と突風を巻き起こした。

 

「あいててて……。もうちょっと穏便に済ますことは無理だったのかなぁ」

 

急な風に煽られて地面に倒れ込んでしまった猛。

大きな怪我はしていないが上手く起き上がれない。

砂埃が舞う中、どうやら一緒に吹き飛ばされた誰かが上に乗っかっているらしい。

段々と視界が晴れていくと目の前には黒いズボンに包まれた大きくて肉づきのいいお尻があった。

まるくて、エロい、まさに尻神様のご神体に一瞬目を奪われるがぼーっとしていてまた楯無や新聞部のネタにされたくはない。

急いでシャルロットをどかそうとするが、その前に彼女の方が意識を取り戻したらしい。

 

「う、ううん……。いったい何が……? あぁ、ラウラが落ちた時の風圧で飛ばされちゃったのか」

「シ、シャル! ちょっと待って! 今身体を起こされたら――」

 

猛の上半身の方にシャルロットの下半身があり

彼女が上体を起こし始めればいったいどうなるのか。

慌てている猛の顔に向かって柔らかそうなお尻が近づいていって――豊満なヒップで顔全体を圧迫された。

すごく柔らかく何かいい匂いがするお尻に包まれるというある意味男の夢、幸せなシーンなのかもしれないがこんなことで窒息なんてことになったら目も当てられない。

必死になって手を振り、腿やお尻を叩いて気づいてもらおうと奮戦する。

 

「ん……、あれ、今僕……。ななな、何してるの猛っ!?」

 

初めは呆けてぽーっとしていたが、正気を取り戻したシャルロットはどんな状態なのかを気づいて顔を真っ赤にしながら猛の上からどいてくれた。

だが時はすでに遅かった。煙の晴れたグラウンドではラッキースケベの一部始終が公開されていた。

 

『おおーっと!! これは予期せぬハプニング! シャルロットちゃんったらその自慢のヒップで悩殺するつもりだったのね!』

 

テンションマックスの楯無に白い目が向けられる一方、観客は大きな熱気に包まれていた。

 

「シャルロットさん、またやってしまいましたねぇ」

「やはりフランス代表候補生」

「あざとさにかけては右に出るものはおりませんな」

 

 

 

「ううぅ……、好きでやってるわけじゃないのに」

「泣くな、シャル。俺だって毎回こういうイベントではイロモノ扱いだし」

「あっ、えへへ……うん、元気もらえた♪」

 

半分涙目になりつつあるシャルロットの頭をぽんぽんと優しく叩くと、あっさり笑顔になる。

そんな二人を見つつ、簪と本音はぽつりと呟く。

 

「やっぱりフランス代表はあざとい……。これはケジメ案件」

「たけちーも十分あざといよね~。ピロリロリンとか好感度上がる音しそう~」

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

その後つつがなく体育祭は終了したのだが、結果発表の時に目隠し、耳栓までされていったい誰が優勝したのか分からない猛。

部屋に入って初めて同居する人が分かった方がわくわくするじゃないと楯無に笑顔で無理に押し通られてしまった。

祭りの片付けをこなし、寮に戻って自室の前に立つ。大きい荷物は明日入れ替えることになっており、もう先に誰かは中に居るらしい。

ふぅと軽く息を吐くと、鍵を開けて入室する。

 

「あ、やっときた。遅いわよ猛」

 

そこには今しがたシャワーを浴びていたのか、肩にタオルを掛けて水を飲んでいた鈴音の姿があった。

いつもの特徴的な大きなリボンはほどかれていて、背中の真ん中ほどにまで降ろされた髪が普段の鈴とは印象が変わる。

 

「そっか、今回は鈴の勝ちだったんだ。……ってそれ俺のシャツじゃん」

「えへへー、パジャマ代わりに貸してもらったわよ」

 

小柄な鈴だと、猛のシャツなら身体は覆い隠せるし袖丈が余って腕まくりしないと手の先も出ない。

どことなくクラスメイトの本音っぽく見えるが、のほほんとは程遠い鈴である。だがそれがいいのだけれど。

猛もシャワーを浴び、部屋着に着替えて椅子に座ると対面に居る鈴がにこにことしながら口を開いた。

 

「なんか、猛と二人きりでずっと一緒に居るのって新鮮に感じるのよね」

「鈴は二組だし、中学の頃は家に遊びに行ったとしても弾か一夏が一緒だったからね」

 

昔は一夏に振り向いてもらうために、空回りすることもあったが一途に追いかけ続け猛はそのフォローなどもしていた。

そんな鈴が今はお互い想い合う仲になるとは、世の中どう動いていくかは分からないものだ。

 

「ふぁぁ……、今日はいっぱい身体動かしたから流石に疲れちゃった。早めに休みましょう」

「そうだね。って鈴、そこ俺のベッドなんだけど」

「んふふ~。一緒の部屋になったらやりたいことあったのよね。箒やシャルロットとは一緒に寝たんでしょ?」

 

目を細めて、艶めかしいポーズをとる鈴。

ぼすっと勢いよくベッドに飛び込んだせいで裾がめくり上げられ、すらっと引き締まった足と愛らしいおへそに水玉模様の下着が露わになる。

 

「……いかがわしい言い方するのは止めなさい、添い寝したと言え。それと流石に今日はそういうことはしないぞ」

「え、いやいや、ちょっとタンマタンマ! こ、この間のあ、あ、アレで十分満足しているから……しばらくはおあずけでもいいわ。で、でも傍に来て……添い寝はして?」

 

自分から誘うようなことをしておいて、いざ傍に来られるとあっさりヘタれた鈴。

掛布団を捲って中に入り照明の明るさを落とす。薄明りの寝室で隣に寝転ぶ鈴の姿にちょっと鼓動は速まる。

 

「……箒が小さい頃、離ればなれになる前には二人きりでいる機会が多く合ったのって本当?」

「んー、まぁ篠ノ之神社で一夏や千冬さんと一緒に剣術を学んでたからね」

「それだけじゃないんでしょ? 二人きりで天体観測みたいなのしてたの聞いたし」

「天体観測と言うほどちゃんとした望遠鏡とかなかったし、ただ夜空を見上げながら話してただけだよ」

 

シャルロットや箒と歓談している際、箒がぽろっと漏らしたことに鈴の胸奥がちくりと痛んだ。

猛の胸板におでこを押し付けて寄り添う。

 

「なんか同じ幼馴染でも、少し嫉妬しちゃう。あたしの思い出だと皆でバカやってたことしか覚えてないし」

「けれど、強く印象に残ってるし結構楽しかったよ。鈴と一緒に大騒ぎするの」

「ん……そっか。ありがと」

 

あどけなく微笑んだ鈴が背中に腕を回して抱きつき、自然に唇を重ねあわせる。

 

「ん、ふ……、あむ、ん……んぅ、ふぁ……っ」

 

密着させた身体を切なくくねらせ、愛らしいお尻が時折ぴくっと跳ねながらキスを続ける鈴。

彼女の身体からシャンプーのいい香りに混ざって甘酸っぱい匂いが立ち上り、心を優しく満たしていく。

 

「はぁ……、明日からはクラスも一緒だしデートとかもいっぱいして今までよりもっとたくさんいい思い出作るわ。……こ、これ以上キス続けると、お、収まりつかなくなっちゃうからお終い! お、お休み!」

 

唇を離して耳まで真っ赤にした鈴が布団で顔を隠すようにしながら反対側に身体を捻る。

しばらくすると、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえて本当に眠ってしまったようだ。

彼女の吐息をBGMにしながら、苦しくならないように鈴をそっと抱いて猛も微睡んでいった。



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34話

体育祭の翌日、振替休日の午後を楯無は憂鬱に過ごしていた。

ベッドに寝そべって半分目蓋を閉じて弛緩している。

何とか自身のIS『ミステリアス・レイディ』の修復は完了。

現在国籍を置いてあるロシアから予備パーツ一式に新規武装パッケージが数点送られて来たため

それらを組み込み、調整し、仕上げる作業で午前中は終わってしまった。

だが、そんなことくらいでアンニュイになるほど柔なタイプではない。

 

(どうしよう……)

 

彼女の胸の内を締めるのはこの学園での二人だけの男性IS操縦者の片割れ。

借り物競争で一方の幼馴染のみを選ぶことなく両者を連れて行く度量に嫉妬したり

コスプレ競争では猛の半裸を気がついたらじっくり見つめてしまっていたりと(尚写真は別アングルごとに三枚撮ったのを会長権限で独占している)もっともっと彼と触れ合いたい、学年が同じならば一緒のクラスで過ごしたいという気持ちが溢れてしまう。

 

「はぁ……」

 

ぐるぐるとまわり続ける思考で胸が苦しくなって、自然とため息が漏れる。

これ以上は止そうと身体を起こすと、不意にドアがノックされる。

 

「はい?」

 

気の抜けた声で返事をしてしまったが、外から聞こえてきた声によって一気に意識が覚醒した。

 

「あの、塚本猛です。楯無さん、今大丈夫ですか?」

「ちょ、ちょっと待ってて!」

 

心臓が飛び上がるが、驚いている場合ではない。今の恰好は下着姿にYシャツしか身に着けていないのでそんな姿を見せるわけにはいかぬと着替えを探すが

洗濯物も出しっぱなしで散乱している。

同居人の居ない気楽な一人部屋だがこういう時には気を抜いてしまう。

慌てて着替えているためにボタンを掛け違えてしまうし、探していたスカートを踏付けて足を滑らせ思い切り尻もちをつく。

 

(いっ、いったぁぁぁ――っ! って痛がってる場合じゃないわ、早くしないと猛くんが帰っちゃう!)

 

青痣になってなければいいとお尻を擦りながら、身だしなみを整えた楯無はやっとのことでドアを開ける。

 

「だ、大丈夫ですか? 結構どたばたしてたみたいで、凄い音もしましたが」

 

心配そうにこちらを見つめているのは紛れもなく猛本人。突然の来訪で誰かしらの邪魔は入りそうにない。

これは他の部屋の女子に気づかれる前に自分の部屋に入れてしまうべきだと楯無は考えた。

 

「だ、大丈夫よ。それより中に入って? お茶淹れるから」

「それじゃあ、お邪魔しますね」

 

散々いろんなことでからかって来て一時期同居もしていたのに、今は部屋に二人きりだと思うと心臓の鼓動が早くなっていくのが分かる。

もどかしく、じれったくもあるのにどこか心地よさも感じる奇妙な感覚に翻弄され、胸が苦しくなる。

素数か円周率でも数えて気を落ち着かせようかとしている中、申し訳なさそうに声が掛かった。

 

「えっと……楯無さん、これ落ちてましたが」

 

猛が手に持っていたのは、仕舞い忘れた洗濯物――それもよりによって以前見せたこともあるお揃いのライトグリーンカラーのブラとパンツのセットだった。

 

「き、きゃあぁぁあああっ!? か、返しなさい!」

 

引っ手繰るように下着を回収すると、見えないようにクローゼットの中へと放り込む。

自分から見せたことはあっても、不意に見られることは初めて。

たとえそれが未使用であったとしても恥ずかしいことには変わりない。

淡い想いを抱いている相手だったら尚更だ。

顔を真っ赤にしながら、抗議の声をあげる楯無。

 

「た、猛くん、責任とりなさい! 責任!」

「えぇ……。洗濯物を見てしまっただけじゃないですか。それに下着類はいろんなところで見ますし」

「え? それ、どういうこと?」

 

一瞬冷徹な表情を浮かべるが、猛の証言を聞くと少し申し訳なさそうになる。

そう頻繁にあるわけではないが、更衣室のロッカーの中に忘れ物としてブラやパンツがあったりするし、かつての同居人シャルロット、箒ですら時折洗濯物が自分のところに紛れていることがあったのだ。

男子校、共学ならトランクス、ブリーフの忘れ物などいじりネタ等笑い話になるが嗚呼、悲しきかなここはIS学園、女子校なのだ。

 

「えっと……その、ごめんなさい」

「いいですよ、もう慣れました。ヘタに恥ずかしがると逆に良くないみたいですし」

「とりあえず注意喚起はしておくから」

「あ、そうだった。ちょっと生徒会のことで聞きたいことがあって」

 

本件を思い出した猛は楯無に聞きたいことを伝え、要点を応えていく生徒会長。

一通り疑問点は解消し、軽く息を吐く。

 

「ふぅ……」

「大丈夫ですか? 昨日の疲れがまだ残っていたりとか」

「平気よ。お姉さんはいつでも万全なんだから。んー、でも気分転換はしたいかなぁ」

「じゃあ、慰労会って訳じゃないですがどこか遊びにでも行きますか」

「いいわねそれ。あと……ちゃんと”私の”名前を呼んで?」

「あ……はい、分かりました、刀奈さん」

「うんっ♪」

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

「えーと、この大帝国ホテルのディナーに行きたいんですね?」

 

アーケード街を歩きながら、楯無から渡された招待券を見ている猛。

その隣に頬を赤らめながら並んで歩いている生徒会長。

 

「まだ昼過ぎくらいなんで、どこかで時間つぶさないといけないですが」

「そそそ、そうね……」

「うーん、こういう立派なところだとドレスコードとかあったりするのかなぁ。

 変に着飾るよりいっそのこと、制服で行けば大丈夫かな」

「じゃあ、お姉さんが猛くんに合うようコーディネートしてあげる!」

 

天啓を得たりという風に手をしっかり握りしめてキラキラと目を輝かす。

今まで手を繋ごうとして止めたりと躊躇していたが、自分の手のひらに伝わる温かさに鼓動は激しくなってしまう。

吹っ切れた楯無は繋いだ手を引っ張り、花が綻んだような笑みを浮かべて束の間の恋人同士のようなやりとりを心から楽しむ。

 

 

 

以前服装に対し、いろいろとアドバイスをしたこともあったがその時より一層力を入れて猛の衣装を選ぶ楯無。

高級レストランに入りやすく、尚且つちょっぴりワイルドさも併せ持ったジャケットとチノパンを組み合わせて試着させる。

 

「うん、なかなか悪くないわ。猛くんの普段着は無難なので固めてるから、パッと見没個性に感じるけど肩幅や身体の作りはがっしりしてるから、結構荒っぽい印象出すと映えるわね」

「そういうものなんですかね。あんまりファッションには頓着しないで、不快感与えなければいいやと思ってるんで」

「んー。だから簪ちゃんやシャルロットちゃんがいろいろ世話焼きたがるのね。素材の良さ引き出すにはコーディネーターの腕が出るから」

 

とりあえず楯無のおすすめ衣装をセットで購入し、今度は彼女の服選びに付き合う。

冬着にしては丈の短いファー付きのコートを見つけ、身体に当てて猛の方へ向き直る。

 

「ねぇねぇ、これなんでどうかしら?」

「何か短すぎて寒そうな感じですが、コートとしては微妙なのでは?」

「あら、結構動きやすくていいのよ。まぁロシアでは流石に寒すぎて無理だけれども」

 

そう言われて、楯無は現在ロシアの国家代表であることを思い出す。候補生ではないのだ。

 

「ところでロシアってやっぱり一年中寒いんですか?」

「地域に寄ってまちまちって感じかしら。春や夏だと涼しくて過ごしやすい場所もあるわ。

 ただ期間が短くてその分冬が長いんだけれど」

 

ずっとコートにロシア帽をかぶっている印象があるが、現地に行ってみないと分からないことも沢山ありそうだ。

 

「シャルやセシリアの生まれ故郷とかも、行ってみたらいろんな発見があるんだろうなぁ」

「ふふ、猛くんが行きたいのならロシアに連れていってあげましょうか?」

「え、いいんですか? 是非とも案内お願いします」

「それじゃあ、いつか……かならずね!」

 

初めての海外旅行に夢を馳せる猛に、二人きりの旅行に行く言質をとってご機嫌になる楯無。

その微笑ましい姿に周囲は羨ましいカップルだなぁという視線を向けていた。

ブティックから出ると、楯無は通りの向かいにあるゲームセンターに気がついた。

 

「あ、ねえ猛くん。私あそこに行ってみたい!」

「あそこって……ゲーセンですか。いいですよ行きますか」

 

店内に入ると音と光の洪水に溢れていて日常とは違う印象を受けるが、昔から一夏、鈴と遊びに来ているのでそれほど違和感はないが、物珍しく辺りを見ている楯無に少し意外性を感じる。

 

「へぇ……、こうなってるんだ」

「楯無さんはゲーセンとか来たことないんですか?」

「当主のこととかいろいろと忙しくて、ほとんど来たことないのよね。ところで猛くんはいつも何やってるの?」

「そうですね……格ゲーやUFOキャッチャーとか、後はリズムゲーとかですね」

 

ふと目についた場所に、大き目の筐体があり様々な音楽でダンスが踊れるものがあった。

 

「あれとかよくやってましたね。どうですか? 一回やってみません?」

「ほほぅ、お姉さんの華麗なダンスが見たいってことね?」

 

財布から硬貨を二枚取り出して、投入口へ入れる。

簡単な説明を楯無にしてから、簡単なものから選曲し音楽が流れ出す。

すぐさまコツを掴んだ楯無はあっさりとノルマを達成してしまう。

 

「ねぇ、猛くん。もっと難易度高いのとかない?」

「やっぱり楯無さんは何やらせても上手いですね。それじゃあどんどん上げていきますか!」

 

2曲目、3曲目と高難易度の選曲ですら苦も無くダンスをし、息もピッタリに踊り合う二人。

最後をパーフェクトで締めくくると、うっすらと額に浮かんだ汗を拭ってハイタッチをする。

周りには沢山の観客が集まって歓声を上げていた。

 

「凄い! あの曲をノーミスでクリアするなんて!」

「しかも二人とも完璧に揃って踊りきってるし、何者なんだ……」

「あ、あの女の子の方、どこかで見た気がすると思ってたら『ISモデルショット』の表紙の更識楯無だ!」

「でも隣に居るのは織斑一夏じゃない……。ってことはもしかして塚本猛!?」

「え!? あの雑誌とかメディアじゃほとんど姿を見かけない幻のもう一人の男性IS操縦者!?」

 

正体がバレて話が広がっていき、完全に注目の的になってしまう。

サインや写真撮影、SNSの連絡先交換をしようと人が波になって押し寄せてきた。

 

「楯無さん、逃げましょう!」

「うん。行こう猛くん♪」

 

自然と手を繋いで駆けだす二人。その逃避行は心をとても躍らせるほどに素敵なものだった。

 

 

 

その後日が暮れかかるまで休日を目一杯楽しんだが、突如『ミステリアス・レイディ』に秘匿回線で連絡が入る。

今まで無邪気に遊んでいた生徒会長の姿はなく、一瞬で暗部に身を置くエージェントになっていた。

 

「ごめんね猛くん。お姉さんこれからちょっとお仕事入っちゃって行かなきゃいけないの。

 今日のお出かけはここまでにしましょう?」

 

心配をかけないように、おどけてみせるのだがいつもと違い何だか危うさを感じてしまう。

 

「いや、俺も一緒について行きますよ。この間の襲撃よりハードなんですか?」

「んー、そこまでじゃあないと思うけれど……いいの?」

「乗りかかった船ですし、いろいろ有事の際の経験積んでおけば後で役に立つかもしれないから」

 

真剣みを乗せた目で彼女を見つめ、根負けしたのか楯無は同行を許した。

IS学園から近い臨海公園で、二人は制服に身を包んでいた。

 

「もっと重武装でもするのかと思ったら、今回はそうじゃないんですね」

「まぁ、武器は使わないつもりだしこの恰好の方が何かと都合がいいの。あと、危なくなったらISを展開しすぐさま逃げなさい。猛くんの狭霧神なら余程のことがない限り逃げ切れるはずだから」

 

有無を言わさない雰囲気で告げると、真剣な表情で頷きを返す猛に内心微笑ましく感じてしまう。

適度に緊張感を保ちつつ、しなやかさもある彼にそのうち自分の右腕にしてもいいかもと思うほどだ。

水平線の先を扇子で指し示しこれから向かう場所の説明をする楯無。

 

「ここから数十キロほど離れた場所に停泊している米国籍の秘匿空母。これからそこに向かうわ」

「それ、入国許可とかは取ってないですよね」

「だからこのIS学園の制服がいざという時、役に立つのよ」

 

全ての国家や組織に所属しないIS学園だからこそ、国際的な問題にはならないと言う建前にはなる。

ぐずぐずしていて余計な事態になる前に潜り込みたい。ならばとISを展開しようとした猛に扇子で頭を軽くはたく。

 

「こらこら、いきなりISを展開しようとしないの。すぐさま察知されて日本とアメリカ両方の部隊に囲まれるわよ」

「それじゃあどうやって向こうまで行くんですか?」

 

にっこり笑った楯無は猛の手を掴み、一緒に海面へと飛び込む。

制服が濡れて中のISスーツが透けてみえ、髪から水が滴りちょっぴり色っぽさがある彼女に少しどぎまぎする。

 

「さ、頑張って泳ぎましょうか」

「あははー。数十キロ先の空母まで遠泳ですか。まだ冬じゃないとしてもとんだフロッグマン体験ですな」

「あら、珍しい言い方知ってるのね」

「好きな漫画で描かれてたんで。今回潜入する先に聖櫃(アーク)なんてないといいですけど」

「なら猛くんは古代遺跡を護るトップエージェントになるのかしら?」

 

軽口を叩きながら空母へと泳いでいく二人だった。

 

 

 

 

 

びしょ濡れの髪をかき上げながら周囲の気配を探る楯無。

無事潜入が成功し現在二人は空母の調理室内にいる。

まったく息を乱さぬ楯無に対し、流石に軽く呼吸が弾んでいる猛だがこういった荒事にまったくの素人にしては悪くない状態だ。

 

「でも、意外に猛くんってタフな感じよね。ちょっと遠泳して空母をよじ登り、潜入したけど初めてにしては動けなくなるほど疲れていないし」

「まぁ、日ごろ鍛えてますから……。ふぅ、ところで楯無さんこれだけあっさり忍び込めるのはいいことですか?」

「いえ……普通哨戒する者が少なからず居るはずなんだけど。一人も出くわさないなんてことはまずないわ」

 

つまり運がいいのか、最悪な状況にあるのか。それは後者だったと今になり分かった。

 

「おーい、腹減ったぞ。何か作ってくれ……って、ん?」

 

サバサバした口調で調理室にやってきた、米国代表IS操縦者イーリス・コーリングが侵入者を見つけた。

咄嗟に身を隠した楯無と、初動が遅れてばっちりと姿を見られてしまった猛。

 

「何だ、お前?」

「いえ、沖合でヨットが転覆してしまってどうしようかと思っていたところ、ここに入ってみたんですが迷ってしまいまして」

「ふぅん、お前漂流者か」

「はい。それじゃあ失礼します」

「……って秘匿されてる空母内にしれっと一般人がいるか!!」

 

投擲されたナイフを首を傾けて躱すが、容易く壁に刺さったのを見ると冷や汗が流れる。

 

「ん? ……その顔、どこかで見たことあるな。おお、そうだお前『塚本猛』か!」

 

報道にはほとんど顔を出さないとはいえ、貴重な男性操縦者だ。各国のIS操縦者で知らない者は居ない。

 

「てめぇ、こんなどうやってここに入りこんだ? 通常空母ならまだしも、イレイズド所属の秘匿艦だ。救助者なんでいるはずがねぇ……。ははん、他に誰かもう一人いやがるな?」

 

手を組み、わざと音を鳴らしながら好戦的な笑みを浮かべて近寄ってくるイーリス。

ホールド・アップをしていてもまったく遠慮してくれる気はなさそうだ。

しかし、コツンと何かが足先にぶつかったのでイーリスは視線を何気なく移すと驚愕の表情を浮かべる。

 

「なっ!? 手榴弾だと!」

 

円筒状の物体のピンは抜けられていて、一瞬のうちに閃光と巨大な轟音が調理室を満たした。

専用IS『ファング・クェイク』をすぐさま展開したため気を失うことはなかったが猛の姿を見失ってしまう。

更にはそこらじゅうにスモークグレネードが置かれていて視界も悪くなっている。

 

「ちっ、舐めたマネを! つか、何だこれ! センサー系が役に立たなくなってやがる!

 出てこい塚本猛! お前を土産にすりゃあナターシャがご機嫌になるんだ!」

 

まるで暴風のように暴れまくるイーリスだが、気配すら感じさせないため調理室から出ると手当たり次第に部屋や通路を探し始めた……。

 

 

 

艦内に響き渡る轟音を遠くに聞きながら、楯無はいぶかしげに表情を張り詰める。

これだけの騒ぎが起きていながら誰も出てこないのだ。

おそらく何者かの手によって無力化されているのだろう。

極秘データが集積されているセントラル・ルームに急いで向かいつつ熱源センサーを起動させる。

人間の反応は感じられず、分かるのは若干探知しにくいイーリスと彼女に付かず離れず居る猛の光点のみだ。

 

「……猛くん、本当にスプリガンとかじゃないわよね?」

 

そう呟いた楯無だが突如鳴り響く自沈シークエンスが聞こえると表情を引きつらせる。

秘匿艦とはいえ米国の空母を沈めるのだ。本格的に対テロ部隊を動かすことになるが、隠密を主とする『亡国企業』がやるにはそぐわない。

おそらく、組織そのものを取引に使っているのか……。

それからも一切妨害が入らずに目的の場所まで辿り着けてしまったが、今は時間が惜しい。

情報端末をハッキングして欲しいデータを抜き出していく。

 

「これは……」

 

スコール・ミューゼル。亡国企業の実働部隊のリーダーの情報が何故米国の秘匿艦に存在するのか。

その情報が米軍の死亡者リストにあり、十二年前に亡くなっており検死結果より今現在の方が外見が若い……。

食い入るように画面を見つめている楯無は、背後に火球が浮かんでいることに気づかない。

嫌な予感がして背後を振り向いた瞬間、その姿は爆炎に飲み込まれた。

 

 

 

沈みゆく空母を眺めながら『ゴールデン・ドーン』を身に纏い漆黒の夜空に浮かんでいるスコール。

 

「流石に死んだかしら? さようなら更識楯無」

 

その背後へ向けてミステリアス・レイディを展開した楯無が槍の一撃を放つ。

もはや国際問題がどうと言っている場合ではない。ここで何としても捉えなければ危険だと本能が訴える。

 

「もう逃がさないわ! スコール・ミューゼル!」

「無駄よ。貴女のISでは私のゴールデン・ドーンは倒せない」

 

余裕たっぷりに言い放つスコールの言う通り絶対的に相性が悪すぎる。

楯無の攻撃は熱線のバリアを貫くことが出来ず、逆に水のヴェールを容易く貫通する高温度の火球に晒されてじりじりと押し込まれ、焦りの色が見え始める。

 

「負けられない、逃がさない。そんな心ひとつでどうにか出来るほど私は甘くないわ」

 

距離を離して逃げる楯無を無数の火球が追いすがる。

闇夜に幾度も閃光が瞬き、逃げるばかりではじり貧だとガトリング・ランスを振るい残りの火球を消し飛ばし、瞬時加速で一気に彼我の距離を詰める。

が、その行動は読まれていたのか巨大な尾の先端が大きく咢を開けて待ち構え、楯無を捕食した。

らしくもなく暴けて拘束を解こうとする楯無の様子に、加虐的な笑みを浮かべたスコール。

 

「その焦りよう……あの空母に誰か居るのね。おそらく織斑一夏か……塚本猛ね」

「ッ!!」

 

虚を突かれて一瞬睨みつけてしまった彼女に冷酷な笑みを浮かべつつ、両腕を掲げて今までで一番大きな火球を生み出す。

機体と体が悲鳴をあげるのも構わず、強引に口を押し開いていく楯無だが――

 

「やめなさい! そんなことはさせない!!」

「残念♪ もう遅いわぁ」

 

拘束を抜け出すことが出来たがそれよりも火球が放たれる方が先だった。

もう止める事が出来ない剛炎が空母へと向かう。

 

「あ、あぁ、あ……!」

「ふふ、あと少し早かったら止められたのにね。本当に残念」

 

 

 

『――刀奈! 躱せッ!!』

 

 

 

専用回線に飛び込んできた叫びに咄嗟に身体を捻り、回避行動をとる楯無。

晩鐘のような荘厳な音が静かに一度響き、漆黒の夜を一筋の白い線が縦に走り巨大な火球を跡形もなく消し飛ばす。そして――

 

海が割れた――。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

地響きのような音を立てている足元の大きな瀑布。

分かたれた大海原がゆっくりと元に戻ろうとしている。

打ち上げられた海水が霧雨のようになって三人の上へと降り注いでいる。

狭霧神は楯無を庇うように斜め前に陣取り、その手には十束が握られていた。

 

「……まさか、ここでモーセの神話再現を見るなんて思わなかったわ」

 

仮面に隠されて本当の表情は分からないが、口元に笑みを浮かべているスコール。

左肩口から先は綺麗に消し飛ばされ、その断面図には機械部分が露出していた。

機械義肢(サイボーグ)。楯無の推測を裏付ける証拠だが、今はそれどころではない。

 

「ねぇ、塚本猛くん? 私たちの元へ来る気はない?」

 

あまりに気負いなく出た言葉に、一瞬呆気にとられてしまうが、語気を強めて言い返す楯無。

 

「ふ、ふざけないで! そんな国際的犯罪組織へなんて行かせないわ!!」

「まぁ私たちがやっていることは褒められたものじゃないわ。けれど、あなたたちの方が絶対に正しいとは言えないんじゃないのかしら?」

 

その問いに対し、ぐっと歯噛みをして反論を飲み込む。

暗部に身を置いている楯無だ。人の悪意など腐るほど見てきた。

むしろ表立って正義を名乗る輩の方が吐き気を催すようなことをしていることも――。

 

「いやぁ、スカウトは嬉しいですが今そちらに行くメリットが俺の方にはないので辞退させてほしいんですが」

 

気安い言い返し方に、楯無はつい力がふっと抜けてしまう。スコールもくすくすと笑い声をあげている。

 

「あら残念、フラれちゃったわ。けれどもいいのかしら? 実際国家とか奢った権力者の方が陰惨渦巻いていること多いわ。あなたの大切な人たちが、取り返しのつかないことになってから後悔しても遅いわよ?」

「今起こってもいない未来のことに不安を抱えても仕方ないですよ。……ま、もしそうなって他に手段が無ければプライドなんて捨てて、土下座でもして貴女の元に行きます」

 

お互い肩をすくめて息をつく。

 

「今回は引かせてもらうけれど、私直々に引き抜きたいと思える男性なんて今まで居なかったわ。それだけあなたは魅力的ってこと、忘れないでね。それじゃあ」

 

そう言い残し多数の火球を散りばめて追ってこれないようにしつつ、スコールは戦域を離脱。

幾度もの爆風が収まった時にはもうどこにも姿は見えなかった。

 

「……帰りましょうか、楯無さん」

「ええ、そうね」

 

こうして今回の潜入ミッションは幕を閉じた。



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35話

 

「ありえねぇ、マジありえねぇ! ブリュンヒルデだって海を割る芸当なんて出来ねぇぞ!」

 

理不尽の塊と言ってもいい猛の所業を始めてみた人間は大体こんな反応するわね、と妙に冷静なまま真っ二つになった空母から飛び出してきた、イーリスの喚く声を聞き流している楯無。

その他もろもろなややこしい後始末は、折を見てそのうちということで二人は臨海公園へと戻ってきた。

後はお楽しみのディナーへ一緒に出掛けて、雰囲気にまかせてそのままホテルの一室へ……

 

「あの、楯無さん。言いにくいんですが、もうディナーのチェックインできる時間過ぎ去ってます」

 

甘い妄想から現実へ引き戻されてがっくりする楯無。まぁ仕方がない、次の機会を待ちましょう。

お姉さんの懐の深さを見せるチャンスだと気合いを入れ直す。

 

「そっか、それじゃあ仕方ないわね。なら帰りましょうか?」

「……あ、なら別の店でもいいのなら行き付けの場所があるんですが、いかがでしょう?」

「へ!? う、うん! いいわ、それじゃあお姉さんをエスコートしてくれる?」

 

再び心臓の跳ねる速度が上がり、バーとか大人の夜時間をたっぷりと……と心をときめかせて猛の隣に並んで歩き始める。

 

 

 

 

 

「……猛くんのおすすめの店って、ここ?」

「はい、結構質素な佇まいですが味は保障します」

 

連れてこられたのは趣のある日本家屋。とはいえ料亭とかそこまで洒落た店構えではない。

入口付近には年季を感じさせるそば・うどんと書かれた筆文字の看板行燈。

想像していたものとはかけ離れていて、ついため息が零れてしまう。

 

「猛くんって誰にでもそうな訳?」

「えっ、楯無さんって普段からホテルのディナーや料亭の料理を食べなれてそうだから、いつもと違うものをと考えたんですが……ダメでしたか?」

 

申し訳なさそうに見つめてくる猛に対し、ついにこらえきれなくなりぷっと吹き出してしまった。

彼女はこう見えても名家の令嬢。社交界で異性に誘われて夕食を共にすることがあっても、どれも高級なだけであって退屈なだけだった。

 

「あははっ、私を普通の御蕎麦屋さんに誘ってきたのはあなたが初めてよ。うん、猛くんのおすすめ店どんなものか楽しみだわ」

「ああ、よかった。それじゃあ入りましょう」

 

引き戸を開いて中に入ると、夕食時を過ぎているので混雑はしていないがそこそこの人が席に座っている。

 

「いらっしゃ……あら! 猛ちゃんじゃないの!」

「こんばんは、おばさん。二名なんですが大丈夫ですか」

「あいよ、好きな席に座って待っててちょうだい」

 

恰幅のいい妙齢の女将と話をし、とりあえず手近な席に向い合せに座る。

部屋全体に漂う出汁の香りが鼻をくすぐる。

メニューを見ながら楯無は口火を切る。

 

「えっと、猛くんここのお店の人と知り合いなの?」

「ええ、以前街でさっきの女将さんが困っていたのを助けたことがありまして、その際におそばをごちそうになってからここでよく食べたりしているんです」

 

そこへ湯呑をもった女将がやってきた。

 

「はい、お茶。……猛ちゃん、また違う女の子連れて来てるわね。この子が彼女なわけ?」

「いやいや、楯無さんは俺の学園の生徒会長で今日はたまたま誘っただけです」

「ふ~ん。で、ご注文は?」

 

猛は普段から頼んでいる肉うどんの大盛り。

楯無もそれでいいと決めて注文を受けた女将が厨房へと戻っていく。

メニュー表で顔半分を隠してじとーっとした目で睨むように猛を見つめる。

 

「……た・け・る・く・ん? また違う”女の子”ですって?」

「ここのは本当に美味しいから広めたくて、箒やシャルとか時々クラスメイト連れてきているだけですから!」

「そんなこと言って、いつか猛ちゃんが刺されたりしないかあたしゃ心配だよ」

「ちょっ、お、おばちゃん!?」

 

奥から聞こえてくる声と慌てる猛の姿につい笑顔がこぼれてしまう楯無。

厨房からけじめはしっかりとつけなよと言う声に亭主なのか、男の笑い声も聞こえてきた。

バツの悪そうな顔をしながら席に座り直す姿をつい見つめてしまう。

猛と居ると着飾る必要なく自然体のままでいられる。楯無――刀奈はそう感じた。

 

やってきたうどんは大き目のどんぶりにたっぷりとした肉が乗り、鰹節の濃厚な香りが食欲をそそる。

猛から箸を受け取り、始めにうどんを啜るとしっかりとしたコシがあり喉ごしが凄くいい。

甘辛く煮つけた牛肉も味のアクセントとなりうどん汁との相性も素晴らしい。

つい夢中で食べていたら、ちょっと量が多そうに見えたのが全て腹の中に納まってしまっていた。

 

「ふぅ……、気がついたら全部食べきっちゃってたわ。流石おすすめって言うだけあるわね」

「そういってもらえると誘った甲斐があります」

 

奢ると言っていた楯無を抑えて、ここは自分が出しますと伝票をレジへと持っていってしまう。

そしてあの量でありながらお安い値段に、楯無は驚いていた。

 

 

 

「あ、あの……猛くん? 無理しなくていいのだけれど」

「全然大丈夫ですって。楯無……刀奈さん軽くて背負っている感じがしませんから」

 

あの後、腕でも組んで帰ろうとしたのだが途中何度もよろけてしまった楯無。

危なっかしくて仕方がないので彼女を背負って学園へ向かっている。

まだまだ拙いところはあるとしても、やっぱり男なのだろう。その大きな背に身を預けているとほっとする安心感が得られる。

 

(猛くんの背中……意外に広いんだなぁ。……それに、すごくあったかい)

 

心地よい振動にうとうととし始めてしまい、そのうち本格的に寝入ってしまったらしい楯無の寝息が耳元で聞こえる。

滅多に見せない刀奈の無防備な姿に微笑みを浮かべて、学園へと帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

休み明けの月曜、うっきうきだった鈴なのだが受け取ったメールの内容を読み進めるうちに段々とご機嫌がナナメになっていき、一緒に教室へ向かう際には不機嫌さを隠しきれていなかった。

あまりの突然の変わりっぷりに猛は心配そうに声をかける。

 

「だ、大丈夫か? 鈴? 何か機嫌悪そうなんだが……」

「ん? あ、あぁ……別に猛が悪いわけじゃないから気にしないで。ちょっと、納得できないことがあっただけだから」

 

二組の教室に着いたのだが、そこを素通りして一組の教室へと入っていく鈴を慌てて追うと、そこにはいつものメンツに加えて簪の姿まであった。

 

「あれ? 簪、何でここに居るの? もうすぐHR始まるよ?」

「猛……、まだメール見てないの? メール自体貰ってない……? 今日から専用機持ちは1組に纏められるんだよ」

 

そこへちょうど織斑先生と山田先生がやって来て、先日の体育祭の結果を生徒会長なりに判断した処置として、専用機持ちは全員纏められるのだと伝えてきた。

また楯無の横車押しにがっくりとしてしまう猛に同じ風に項垂れている一夏。

 

「これで事実上、クラス対抗戦は出来なくなったが専用機持ちの訓練は特別メニューを組んでやるから安心しろ」

 

そんな嬉しくないことを嬉々として言われても……と思う猛の周りには隣の席を狙って喧々諤々するヒロインズ。

なお一夏の両隣はラウラとセシリアがちゃっかり陣取っている。

 

そんなドタバタから始まったいつもの日常、午後からの全校集会で楯無が檀上に立っていた。

 

「それでは、これより秋の修学旅行についての説明をさせていただきます」

 

各国からの選りすぐりのエリートとはいえ、まだ花の十代。歓声の声が館内に響く。

さまざまな騒動の結果、延期となっていたのだが再び介入がないとは言い切れない、と楯無は重苦しく言い放つ。

 

「――というわけで、生徒会からの選抜メンバーによる京都修学旅行への下見をお願いするわね。参加者は専用機持ち全員、それから織斑先生と山田先生に引率を頼みます。以上」

 

その発表で周囲からは織斑くんや塚本くんと少数旅行なんて羨ましい、私も行きたいと言う女子特有の声があがり京都という単語に目を輝かせる箒、シャルロット、ラウラにげんなりとした鈴にセシリアと反応は様々。

そんな中いまいち乗り気になれていない一夏に対し軽く肩に手を乗せる猛。

 

「どうしたんだよ、そんな乗り気じゃない風に」

「そりゃそうだろうよ。楯無さんからの話聞いたらさ……」

 

二人は秘匿回線によりこの視察の本来の目的、亡国機業の京都にあるらしい拠点制圧が本命だと直々に楯無から知らされた。

 

「ま、あまり気負い過ぎると疲れちまっていざという時動けないぞ? 気楽に構えていればいいんだよ」

「猛は随分軽く言い過ぎ……」

 

一夏は隣の友人の笑みを見て、何故だか一瞬背筋に寒気を感じた。

普段と何も変わらない笑顔のはずなのに指先まで凍りつくような、覇気のようなものを。

 

「ん? 何か俺の顔についてる?」

「……いや、俺の思い過ごしだと思う」

「そっか。楽しみだなぁ、何か面白いことが起きる予感がするんだ」

 

 

 

時は流れて、京都へ向かう新幹線の中。欠員が居ないか副会長としての務めを全うしている一夏にラウラが強襲。

どうやら銘菓ひよこを買占めようとしていたところ、強引に列車に乗せられたことにご立腹の様子。

首を絞められて段々青くなっていく一夏を助けるため、困った顔でラウラを宥めているシャルロットと騒がしい姿に笑顔で見ている猛。

そこへ缶ジュースが何気なく投げ入れられ、受け取るとキンキンに冷えたオレンジジュースが手の中に。けだるげに椅子へ沈んでいる二年生、フォルテからの差し入れのようだ。

 

「それ、飲むといいっスよ」

「ありがとうございます。いただきます」

 

しかし、どうやっても缶のふたが開かない。よく容器を見てみると周囲に霜が沢山ついて、刺すような冷気の痛みが手のひらに伝わってくる。

 

「これ、完全に凍ってますが。普通に凍らせたら破裂か変形しているのに何でだ?」

「むぅ……もっと驚くかと思ったのに意外と冷静っスね」

「なんだお前、フォルテのISについて知らないのか?」

 

彼女の隣で足を組んでいるダリルが割って入ってきた。

 

「こいつのISは分子活動を極端に低下させて停止、凍結させることが出来るんだよ」

「だから、そういうの止めてほしいっス。ネタバレっスよ? ネタバレっスよ?」

 

大事なことなのだからか、二度同じことを言うフォルテに対しダリルは組んだ足を入れ替えて適当に笑う。

 

「あっはっは。いいじゃねーか、別に。……あ、今パンツ見たな? にひひっ」

「ええ、見えましたね」

 

凍った缶ジュースはバッグに仕舞い、緑茶のペットボトルを取り出して平然と飲みだす。

動揺した様子もない猛に憮然とした表情をするダリル。

 

「なんだよ、もっと取り乱したりしろって」

「そういう短いスカートなら見えてもいい下着とかを穿いたりするんでしょう? ならシャルの白いのが偶然見えた方が余程役得です」

「な、何言い出すのっ!? た、猛のばかっ! えっち! 知らないっ!」

 

突然の爆弾発言に顔を真っ赤にしてそっぽを向くシャルロットに、自分のをうっかり見せたらどうなるのだろう……と思案顔になる箒、鈴、簪。

 

「……お前、すげぇな」

「女性のセクハラに反応する方が酷い目に遭うの、ここで学びましたので」



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36話

京都駅に着いた一行は階段の前で全員が揃った状態で記念写真を撮る。

さて、任務に当たろうかと意気込んでいるところへ楯無が水を差す。

 

「あ、いいわよ今は京都を満喫してて」

「え?」

「実は情報提供者を待っているんだけど、昨日から連絡がとれなくなってね。仕方ないから私が探そうと思うの」

「え、えーと?」

 

上手く状況が飲み込めない一夏に対し、ぽんっと背中を押す。

 

「とにかく京都漫遊を楽しんできなさい。撮りたい写真もあるんでしょう?」

「それは……まぁ」

 

意外と思われる一夏の趣味に写真撮影があり、年季の入った一眼レフを首から下げている。

 

「じゃあ、俺はその辺ぶらぶらと散策してきます」

「ほら、猛くんみたいに気楽に行ってくればいいの」

「分かりました。それじゃあ」

 

どこの観光スポットを巡るか相談している箒たちや一夏と離れる猛。

道に迷ったならスマホかいざとなれば霞に頼ればいいと、大通りから路地裏へと入っていく。

人でごった返す通りに比べると物静かでこれが侘び寂びというやつかと思う。

角を曲がった先の辻の真ん中に真っ白な猫がじっと猛を見つめていて、一鳴きするとついてこいとばかりに歩き出した。

幾多の角を曲がってゆくうちに、現在地も分かりにくくなり時間も結構経ってしまっている。

 

(そろそろ戻った方がいいかもしれないな……)

 

帰り道を模索しようとした時に、ふいに白猫が跳ねて女性の肩へと飛び乗った。

 

「おかえり、『シャイニィ』」

 

どうやら飼い主らしい女性は随分奇抜な格好をして、独眼竜のような刀の鍔を使った眼帯。

着崩した着物からは肩から胸元まで露出していて、事故と思わしき火傷の痕に欠損した右腕。

赤い髪と相まって時代が時代なら傾奇者と言われても違和感がない。

 

「キミ、相がよくないネぇ」

「……は?」

 

煙管を取り出して紫煙をくゆらせつつ、じっと猛を見つめてくる。

古都の雰囲気と合わさり、不可思議な状況に上手く反応できないが今のところ敵意は感じられない。

 

「んー、なんていうかサ。ハレのち女難の相、そしてキミにお熱の子が会いに来るって顔に出てるのサ」

「…………」

「気をつけなよってことサ。じゃあね」

 

髪と同じ真紅の着物を翻して女性は去っていった。

 

「易者さん、だったのかな……?」

 

幻想的な雰囲気に浸っていた猛をメールの着信音が現実に引き戻す。

『すっごく美味しそうなお菓子屋さんを見つけたのでよかったら来てください』

添付してあった地図画像に赤丸がついており、几帳面なシャルロットらしいなぁと。

ナビアプリを起動させて、彼女のところへと向かう猛だった。

 

 

 

付近に着くとぶんぶんと元気に手を振るシャルロットと、控え目に手を上げている簪の姿が。

二人はいつもの制服姿ではなく、着物へと着替えていてシャルロットは橙、簪は水色の振袖姿。

両者のイメージカラーがとてもよく似合っていて結い上げた髪がまったく別人に彩っている。

 

「二人とも凄く似合っているじゃないか」

「えへへ、ここのお菓子屋さんで着物体験コースをやってたから♪ 特にね、簪って凄いんだよ?

 僕の着物も選んでくれて、髪も綺麗に纏めてくれたんだ」

「べ、べつに……普通のこと……」

 

流石は更識家のお嬢様、こういったセンスはお手の物らしく普段の姿から比べると楯無より簪の方が似あってはいる。

ポケットから一夏のとは違う、どこの量販店にでもありそうなデジカメを取り出してピントを合わす。

 

「ちょっと写真撮らせてもらっていいかな? もっと二人とも寄って?」

「うん、綺麗に撮ってね」

「ぴ、ぴーす……」

 

はにかむ二人を写真に収めて、三人はここのおすすめである団子を注文する。

しばらくした後、やってきたみたらし団子を口に運ぶ。

とても濃厚なあんが口の中に広がって、柔らかくて美味しい団子がまた堪らない。

 

「うん! すっごく美味しい!

「……私的には三つ星つけてもいいくらい」

「うーん、これだけ旨いのなら餡団子も食べたくなるな」

「あ、もう猛ってば頬にたれが付いてるよ。しょうがないなぁ」

 

頬についていたみたらしあんを指で拭ってそのまま舐めてしまうシャルロット。

つい自然にやってしまったことだが、何をしたのか分かった途端頬が朱に染まっていく。

 

「……あ、あの猛。私のも拭いてほしい」

 

簪の方へ視線を向けていくと、おそらく自分でつけたのだろうあんが頬の真ん中辺へちょんとついている。

ハンカチを取り出して拭こうとしたところ、その手を掴んで何かをねだる目でじっと見つめてくる簪。

意外と押しの強い彼女に負けて最後まで見届けるという視線に、仕方なく指についたあんを舐めとる。

 

「あ、あはは……」

(つ、つい勢いで恥ずかしいことをしちゃった……)

 

乾いた笑いをあげるシャルロットに、今更恥ずかしくなった簪。いたたまれなくなった猛はその場を離れることにした。

 

 

 

京都の名所のひとつ、鴨川。恋人同士で溢れている河原に箒、鈴に挟まれるようにしている猛。

あの後二人に見つかってそのまま散策でもとぶらぶらしつつ、ここまでやってきた。

並んで腰を下ろし、鴨川の流れをただじっと見つめている。

 

(どうしよう、話題がない……)

 

普段なら他愛もない話をしていられるが、今日に限ってネタが出てこない。

ただ無言のままでいても苦にならない幼馴染たちだが、ずっと沈黙が続くと流石にいたたまれない。

そこへ川向かいから吹いてきた風に、可愛らしくくしゃみをする鈴。

 

「大丈夫か? 流石に風が冷たいな。移動しようか?」

「だ、大丈夫よ! これくらい!」

「いやいや、もうちょっと待ってくれ! 私も平気だから、な!」

 

そう必死に言われると動こうとは出来ない。

そこで何かを思いついたのか、ちょっと待っててと言い残し

商店街の方へ行ってしまう猛に対し手持無沙汰になる二人。

 

「うぅ、この肌寒さなら猛にくっついていられるからここに来たけど……」

「失敗だったかもしれんな……」

 

少し腕を擦り体温を高めようとするなか、温かな湯気が立つ紙コップを持った猛が戻ってくる。

 

「はい、温まりそうなものちょうど売っていたから買ってきたよ」

「あ、ありがと」

「も、貰っておこう」

 

酒麹の匂いが漂う甘酒。ちょっと熱いくらいの温度だが冷えた身体を温めるにはちょうどいい。

 

「二人とも寒いならもっとくっついていいよ、風邪ひく方が大変だからさ」

「そ、そうか。では遠慮なく」

「し、失礼するわね……」

 

隙間なくぴったりと身体を寄せ合う。

触れ合った箇所から温かな体温が心にじんわりと染みていくようだ。

静かに流れゆく川のせせらぎを肴に、甘酒をちびちびと啜る。

 

「あったかい……」

「そうだね」

「ああ……たまにはこういうのもいいな」

 

いつもの騒がしさとは違う、ゆったりとした穏やかな時間を堪能した箒と鈴だった。

 

 

 

皆と別れて再び気ままな散策をしている猛。

古都の街並みを眺めて歩いていると、不意に視界を着物の裾で遮られた。

 

「さがってナ」

 

刹那、女性の腕が視認できない速さで動き、鈍い音を立てて煙管が何かを叩き落とす。

咄嗟に身を屈めると、地面にめり込んだ銃弾を確認した。

 

「これは……狙撃されてるのか」

「次、くるってサ」

 

幾度となく響き渡る音。何が起こってるのかは分からないがとりあえず目の前の女性に声をかける。

 

「あの、さっき会った人ですよね。猫をつれた」

「アリーシャ・ジョセスターフ。アーリィって呼ぶといいのサ♪」

 

首だけを向けてウインクをするがその間も飛翔する銃弾を弾き続ける。

 

「まぁ、この状況からすれば俺の暗殺。狙撃によってのものですかね」

「随分察しがいいのサ、陰の人気者の塚本猛クン。――さて本腰入れていくのサ!」

 

そう叫び、女性の体が光につつまれてISを纏う。第一回モンド・グロッソ準優勝者、そして第二回優勝者の機体『テンペスタ』の姿がそこにあった。

しかし、隻眼隻腕であったという映像はどこにもない。何があったのかと思う猛に微笑むアーリィ。

 

「ああ、こっちは事故で無くなったのサ。でもまぁ、我が『テンペスタ』にぬかりはないんだナァ!」

 

IS装甲によりつくられた義腕。それはさらに襲い来る凶弾を弾き続けるが、狙撃方向をじっと見つめた猛はゆらりと背を伸ばす。

 

「ン? どうしたのサ、立ち上がるより屈んでた方が安全ヨ?」

「アーリィさん、もうしばらく守っていて下さい。”捉えた”のでこちらからもお返しをしようかと」

 

八俣を顕現し、力を込めて弦を引き絞る。その瞳の先、500メートル離れた場所の狙撃者を彼は確かに射程に収めていた。

 

 

 

「暗殺は失敗、と。あのマセガキ、さっそく女をたぶらかしてやがるのか」

「なに、してんすか……」

「なにって塚本猛の暗殺だよ」

 

舌打ちをしているのは凶弾の狙撃者、ダリル・ケイシー。

そしてその傍でただ戸惑っているフォルテ。

訳も分からず強引に連れてこられたフォルテは、足元から全てが瓦解していくような感覚を覚えていた。

ダリルはあっさりと自分の正体を明かした。

己は亡国機業のメンバー、『レイン・ミューゼル』だと。

そしていつも通りの笑みを浮かべ、フォルテを甘美に誘う。全てを裏切ってついて来いと。

未だ混乱から立ち直れていない彼女と、手を差し伸べるレイン。

 

彼女らの葛藤、思惑、それらを全て吹き飛ばす程の痛烈な殺意。

今まで狩られるだけであったはずの獲物が牙を剥いた。

慌てて猛の方角へ振り向くと、この太陽光の中ですら一際紅く輝く星が天へ昇っていく。

一度大きく瞬いたそれは視認がやっとの速さで凶弾者へと向かってきた。

 

「逃げ――!」

 

フォルテは咄嗟にISを展開し彼女を護ろうとし、それに続くようレインも専用機を纏い<<イージス>>を――それよりも先に放たれた猟犬がビルの屋上を綺麗に吹き飛ばしていた。

 

 

 

 

目標に着弾したのを確認し、弓を降ろして残身する。

その隣には煙管を咥えて紫煙をくゆらせるアーリィ。

義眼で強化された視線の先には給水塔等諸々が掻き消え、未だ黒煙がたなびく屋上が映っている。

 

「……躊躇せずに、ドでかいものぶち込んだネ」

「殺すつもりでこっち撃ってきたんです。反撃されるのも想定済みでしょう?」

 

捉えているのなら、相手が誰なのかも分かっているはずでも平然と撃ち返した。

そして今も特に思い悩む様子もなさそうだ。

 

「同じ学園の生徒だとしても、まったく気にしないのかネ?」

「ああ、ダリル先輩とフォルテ先輩ですね。

 今までほとんど接点もなく今日会ったばかりですし、情が湧く程の関係もないですから。

 ISを展開しているのは見えたので多分死んでないから良しとします」

「いい性格してるネ。んで、そこのお前はどうするヨ?」

「……クソッ!」

 

建物の影から、拳銃を手に持ったオータムが姿を現した。

アーリィがレインの元へ向かっている間に猛に接触しようとしたのだが、その目論見は外れ撤退しようとした最中見つかった。

すでに『テンペスタ』を纏っているアーリィと更に狭霧神まで相手にするなど自殺行為だ。

歯噛みをしながら銃を地面に落として抵抗の意思がないことを示し両手をあげた。



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37話

オータムを確保し、アーリィを連れて宿まで戻ってくるとまたコイツは女性を引っ掛けてきやがったと箒たちのジト目に晒される。

猛の頭には白い猫、シャイニィが乗っかって収まりがいいのかごろごろと喉を鳴らして目を閉じてしまっている。

 

「ふふ、シャイニィも猛の頭の上が気に入ったみたいネ」

「おい、今までどこに行っていたんだ。連絡くらいは寄越せ」

「久しぶりサね、ブリュンヒルデ。過保護の弟クンともう一人の有名人を見たかったのサ」

 

くすくすと悪びれた様子もなく笑うアーリィに頭痛を堪えるようこめかみに指を当てる千冬。

いいからさっさと自己紹介をしろと促されて一夏たちに向き直る。

 

「私の名前はアリーシャ。『嵐(テンペスタ)』のアーリィといえば、一応知ってくれているのサ?」

 

この場で第二回モンド・グロッソの覇者の名を知らぬ者……今まで興味がなかった猛と一夏以外はいない。

それでも雑誌やニュースで一度くらいは名を聞いたことくらいはある程の有名人だ。

だが、腕を目を失った理由を躊躇いがちに問えば気負うことなく新型の稼働テスト中事故でと言い放った。

重苦しい沈黙が漂う中空気を読めないオータムが喚いて、千冬が脇腹へつま先をえぐり込み黙らせる。

 

 

 

状況の確認から今後の計画の調整、実行について千冬が話し始める。

 

「さて、ダリルとフォルテが敵に回りこちらの戦力はマイナス2、しかし相手もマイナス1でアーリィを入れてこちらはプラス1だ。悪くない数字だが、敵の数はプラス2であることは忘れるな」

 

千冬の言葉に猛たちは気合いを入れ直す。そこへふらりと楯無が現れて潜伏先の情報を知らせる。

現在地から遠くない市内のホテルと空港内の倉庫が有力地点として搾り込めた。

堂々と一般客として宿泊し、物資は倉庫内に置いておくと盲点を突いた亡国機業らしいやり方だ。

 

「へ、今まで気づかなかっただけだろうが、マヌケ!」

 

騒ぐオータムを黙らせようと再び蹴りを入れようとする千冬とラウラだったが、それよりも先に猛が彼女の目を覗きこんだ。

 

「あぁ!? なんだテメェ……」

 

鋭い眼光で睨みつけていたオータムの目の焦点が合わなくなり、口を半開きにしたまま意識を失って倒れ込む。

訝しげにしながら千冬は立ち上がった猛に声をかける。

 

「塚本、何をした?」

「ちょっと催眠術を。少しえげつなくかけたので、ぶん殴るとかしない限り今夜は目を覚まさないかと」

 

静かになった彼女を脇に寄せて、部隊を二つに分けることにする。

ホテル強襲部隊にアーリィ、一夏、箒、鈴がアタッカー、セシリアがサポートに回る。

残ったメンバー、猛、ラウラ、シャルロット、簪が倉庫へ向かい、先生たちと楯無は本部待機し、危機が迫れば駆けつけることになっている。

楯無の作戦開始の号令と共に全員が行動を開始した。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

空港倉庫付近――闇に紛れて目標へと接近していく最中、不意に猛が足を止めた。

 

「ん? どうした」

「……いや、ごめん。ちょっとトイレに」

 

こんな大事な時に何を言い出すのかと呆れるラウラ。

すぐに済ませてくるからと駆け足で距離を離す。

あまりにも静か過ぎる現場。ISはおろか警備員すら姿が見えないという違和感。

別倉庫の前に佇んでいるとふらりと人影が猛の前へ通路から姿を現した。

 

「遅かったじゃないか。待ちかねていたぞ」

「……やっぱりな、そんな気はしていた」

 

薄明りの中、コートを羽織った少女マドカがこちらを見つめていた。

以前遭った時の狂気に満ちた気配は薄れ、それでいて尚底冷えするかの如く鋭い殺気を突き付けられている。

どちらが促した訳でもなく自然にISを纏い対峙していた。

マドカのISは『サイレント・ゼフィルス』の面影を全く無くし、全身を覆い隠す漆黒のフルアーマーは狭霧神の姉妹機のよう。

 

「これが私の専用機『黒騎士』だ。ああ、それとお前に見せておきたいものがある」

 

自然に踏み出した一歩。それが地面に着く前に狭霧神の懐へ潜りこむ黒騎士。

下からのかち上げに咄嗟に顕現させた十束で受け止めようとするが、背筋に氷柱を差し込まれる感覚にこのままではまずいと悟る。

たった一刀の斬撃であるはずなのに、大気を振動させる程の衝撃が響き渡る。

 

「ははっ、やはり止められたか。初めてお前と出会った時、何をされたか分からなかったが今なら答えられる。知覚出来ぬ程の超高速による連続斬撃。それがあの時貴様が行ったことだ」

 

それを寸分違わぬ動きで再現させたマドカ。

ただ防御しただけでは自分が潰されていた。

咄嗟に意識を集中し、迫る無数の凶刃を全て迎撃することには成功したが油断をしていたら……と冷や汗が伝う。

ゆっくりと大太刀を上段に構えてこちらを睨む黒騎士に、十束を中段に構えて呼吸を整える。

 

「さぁ、存分に殺し合おうじゃあないか、塚本猛!!」

 

狭霧神と黒騎士が姿を掻き消し、周囲一帯を衝撃波で薙ぎ払う。光の尾を描いて二機は夜空の闇へ躍り出た。

 

 

 

刹那の最中、数百、幾億にもおける剣戟の応酬。

不意を突かれて黒騎士の姿を見失う。

高機動戦で相手を喪失することはこちらの不利になりうる。

一時的とはいえ空から地へ足をつけて相手の出方を窺う。

神経を張り詰めていると、霞からの警告が飛ぶ。

 

『来ます! マスター!』

 

全方位から狭霧神に向けて数えきれぬ程の斬撃が襲い来る。

隙間無く包囲されたそれは正に剣舞の囲い。

一区画でも切り裂けば、逃げることは出来るだろうが恐らくそれは罠――。

故に最低限の”八咫鏡”の大型装甲を展開し、腰溜めにした十束の柄を握り締める。

全身を襲う衝撃と抉られていく地面の悲鳴じみた震動に晒されつつ、しかし絶対防御だけは発動させぬように。

瞳を閉じ、精神を集中させただ一点の閃きだけに意識を向ける。

蜂が獲物を刺すが如きの冷徹な殺気。ぎしりと渾身を込めてその輝きへと刃を走らせる。

 

 

(――――浅い!)

 

 

横薙ぎに振り抜いた十束は、黒騎士の胴を輪切りにするはずだったが手ごたえは弱く先端が脇腹を削いた程度。

だが、両断するために接近していたマドカは、咄嗟の回避行動で体勢を崩しかけたまま後方へ抜けていく。

一度”捉えた”のだ。このまま逃がして主導権を渡すわけにはいかない。

未だ脳裏に映り込む黒騎士の背後へ向けて、柄を逆手に持ち替えて身を反転する。

獣じみた咆哮を挙げながら力を流し込み続け、漆黒の輝きを深く強めていく。

上弦の月の影を切るように、地へ向けて大振りに刃を振り抜いた。

白い線が闇夜の空間を切りとり、狙われた黒騎士も――

 

「く、あぁぁああッ!!」

 

強引な真横への瞬時加速で、その魔の咢から逃れる。PICでも消しきれないGの反動で半身が引き裂かれそうな痛みが襲う。

しかし破壊の奔流が紙一重のところを飲み込んでいき、周囲のものを根こそぎ破砕していくのを見て冷や汗が伝った。

……見られている、その寒々しい眼力を肌に感じながら今一度、最大速度まで加速を行う。

周囲の色が抜け落ちて狭霧神と黒騎士のみが動いている世界で、お互い獲物を構え直し再び乱戦状態で宙を舞い飛びかう。その相対する音は遠雷のように古都へ幾度となく響いていく。

 

 

 

今宵戦う者たちは、知らず二機の輪舞曲(ロンド)を見入ってしまっていた。

ハイパーセンサーですら時折捉えきれない圧倒的な絢爛舞踏。

入り込めない――そう自然と口に出して。

そんな中、熱に浮かされながら冷静な己が居るとマドカは客観的に感じていた。

織斑千冬のクローンとして生まれ、彼女を超えることだけが存在価値だった。

だから失敗作と罵られ悪意に晒されながらも、己を証明するためにひたすら突き進んだ。

 

そこへ唐突に表れた人間――塚本猛。千冬以外など虫けらのようなものと歯牙にもかけなかったのにあっさりと叩きのめされた。

身を焼き尽くさんばかりの憎悪で、再び会った際には縊り殺してやると一層訓練に熱を入れた。

が、幾度ともなくシミュレーションを繰り返していくうちに奴のことが頭から離れなくなっていった。

空想の中でもアイツは成長を続けてそれを追うように無数の手数を考え出した。

そして今も必死に考えを巡らせて、意識を集中させねば容易く勝敗は決するだろう。

いつの間にか、織斑千冬のクローンではなく”ただの織斑マドカ”として猛に勝ちたいという感情、繋がりが芽生えていた。

 

(貴様に勝つ――それが、私が私であることの証明!)

 

京都の空に黒騎士と狭霧神が向い合せに足を止めた。お互い満身創痍ですでに機能停止してもおかしくはない状態だ。

自然と互いに大きく深呼吸を行い、獲物を腰溜めに沿える。

放てるのは一撃のみ、故に全ての力をこの瞬間に注ぎ入れる。

冷えていく思考回路、視線の先には好敵手が同じ姿で堰を切る一瞬を待ちかねて佇む。

誰もが固唾を飲み言葉も発せられぬ張りつめた世界――夜空に一筋の星が流れたのが切っ掛け。

音もなく立ち消えた両者、その勝者は。

 

 

 

「……私の、負けか」

 

 

 

ぐらりと姿勢を崩した黒騎士が力なく地表へ向けて落下していった。

 

 

 

黒騎士が落ちた地点へ降下していくと、強制解除してしまったのか生身のマドカが『ゴールデン・ドーン』に肩を貸してもらって立ち上がる最中だった。

 

「ごめんなさいね、ここらが潮時だからエムはこのまま回収させてもらうわ。貴方だってもう余力はないでしょう?」

 

装甲越しでもチリチリと肌を焼く感覚があり、逆らえば強烈な熱波に晒される予感がする。

限界が近い中、これ以上の戦闘は流石に厳しいものがある。そこへ何気ない様子で『テンペスタ』を纏ったアーリィが猛の隣に音もなく降り立つ。

 

「おや、そんなあっさり逃がすと思うのかサ? お互いタッグで一人はもう戦えない、こちらの有利な状況を逃すわけないサ」

 

一触即発な状況。だが、猛は武装を解き、頭部の装甲を無くし素顔のままマドカを見つめて、彼女も視線に気づき目を合わす。

 

「……何だ」

「……また会えて全力で戦えて、とても面白かった。次再戦できる日を楽しみにしている」

 

何を言われたのか分からず、一瞬呆けた表情になるが心底おかしいと破顔し声をあげて笑いだすマドカ。

 

「お、お前、私たちはさっき本気で殺し合ってたんだぞ? それを、あ、あはははっ……だめだ、笑いが止まらなっ、はははっ」

 

それにつられるかのように口端に笑みを浮かべているスコールと、呆れているアーリィ。

どうにも毒気が抜かれて闘争の雰囲気ではない。さっさと行けと手を振るアーリィにマドカを抱えたスコールが宙に浮く。

呼吸を整えマドカは不敵に笑う。

 

「はー……。ああ、次に会うまでは私も更に強くなっておこう。それまで誰にも殺されるな、約束だ」

「ほんと、面白いわ猛くん。ますますこっちに連れ込みたくなったわ」

 

瞬時加速とパッケージ・ブーストでその場から離脱する二人。

姿が見えなくなってから、糸が切れたかのように崩れ落ち狭霧神も解除される。

 

「おっと、大丈夫カ?」

「すみません、こっちも限界で……」

 

意識を保つことすら困難なまま、アーリィに支えられて身体を起こすこともできない。

 

「仕方ないネ、このまま宿まで運んであげるのサ」

 

意識を失う前、最後に聞こえてきたのは霞の悔恨の混じった静かで力強い言葉だった。

 

『申し訳ありませんマスター。5日……いえ3日ほど狭霧神は起動できなくなります。ですが、それまでに完全に調整、修繕を行い、より適性・性能を高めた機体に仕上げます。……二度とマスターに負担を掛けぬ最高のISに。それが私『霞』に与えられた使命ですから』

 

 

 

次に目が覚めた時、猛は布団の中に寝かされていて窓際の傍で紫煙を燻らせるアーリィの姿があった。

 

「やぁっとお目覚めサね」

「えーと、あの後……あ、ずっと見ててくれたんですか」

「ん、それもあるけどお別れを告げるために待ってたのサ」

 

抱えていたシャイニィを離すと、ここが定位置と言わんばかりに猛の頭に乗っかる。

 

「これより、イタリア代表アリーシャ・ジョセスターフは、亡国機業に降るのサ」

 

衝撃的な話のはずなのだが、違和感なく胸の内へすとんと収まってしまう。

なんとなくこうなる予想はついていた。

 

「理由を聞いてもいいですか?」

「答えは簡単サ。私の目的は織斑千冬と戦うこと。そしてその舞台を用意してくれるのは亡国機業だということ……だけれど、もう一つ理由が生まれてしまってネ。塚本猛くん、いずれキミとも雌雄を決したくなったのサ」

 

二人の激闘を見て久方ぶりに熱が籠り、滾るのを感じた。最強のブリュンヒルデ(織斑千冬)との戦いとは別に己も狭霧神との輪舞曲をしてみたくなったのだ。そしてそれが叶うのも亡国機業に居ればいずれ――

 

「いつか会いまみえる時まで、もっともっと強くなっておくのサ!」

 

にやりと笑って彼女は窓の外へ身を躍らせた。残されたのは白猫のシャイニィのみ。

嵐のようにやってきた彼女は嵐のように過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

作戦もひと段落ついたため、特別に露天温泉を開けてもらい心地いい湯に浸かって千冬と真耶は身体の疲れを癒していた。

他に誰も入ってこないだろうとお盆に熱燗と肴を乗せて自由気ままな酒盛り中。

形のいい千冬の乳房を眼福と言いながら拝む真耶に、不思議なものを見る目をする千冬。

そこへ誰かがやってきたらしく水音が響き、すわ亡国機業の不意打ちかと身構える二人。

 

「あれ? 誰か入っていましたか? すみません、入浴中の札が掛かっていなかったもので。失礼します」

 

一陣の風が吹いて湯気を掻き消すと、片足を湯船に浸けている猛の姿が。

お互い全裸で、奇襲に備え立ち上がっていた千冬たちと温泉のルールに従ってタオルは傍の桶に入れている猛。

自然と大事な部分に視線が集まってしまい数秒固まるが、このままでいるわけにもいかず全員身を沈める。

流石に顔を赤く染めつつ、申し訳なさそうに縮こまる。

 

「あの、どうも御見苦しいものを見せてしまって……」

「いいいいえいえいえ! そそそ、そんなことないですよ! じゅじゅじゅ十分凄くて、って何言ってるの私!?」

「ふむ、確かに大きさは悪くないものだ。一夏とどちらが立派か比べてみたことはあるのか、ん?」

 

熱暴走しパニックになっている真耶に、できあがってセクハラ発言を堂々とする千冬。

とりあえず場所を離そうと思っているところに、無理やり千冬が腕を掴んで教師二人の傍へ連行された。

 

「……ほう、また余分なものを削いで実践的な肉づきに仕上げてあるな。実に触りごこちがいい。ほら真耶も触ってみろ」

「え、そ、それじゃあ失礼して……。うわ、凄い。硬くてそれでいてしなやかで、ずっと撫でていたいですね」

 

最初はおずおずとしていたのに、段々と大胆にぺたぺたと身体を触りだす真耶。いちいち発言がえっちぃので冷静さを保って主砲に血が集まらないように努力をするが、そこへ更なる追い討ちがやってきた。

 

「ここの露天風呂、結構素敵だったから楽しみにしてたんだよねー。……って」

「猛……、ここで何をしているんだ? それに織斑先生たちも」

 

和気藹々としていた空気が一変、冷え冷えとした養豚場の豚でも見るかのような視線を浴びせる箒、鈴、シャルロットに簪。

千冬と真耶に挟まれて身体を触られている現場を見れば、誰だってこんな表情になるのだろう。

 

「いや! これは事故なんだ!」

「先生、すみませんがちょっと猛を貸してもらえませんか」

「ああ、いいぞ持って行け」

 

逃げ出そうにも千冬に腕を抑えられ弁解の余地すらなく、箒とシャルロットに両腕を掴まれて奥の方へ引きずられていく。

それを心配そうに見つめる真耶と、にやにやしている千冬。

 

「猛くん、大丈夫でしょうか……」

「なぁに、あいつらだってそこまで考え無しじゃないさ。湯を汚す暴挙まではいかないだろうさ」

 

 

 

その後、地獄のような天国のような状況から解放されたのだが、就寝時に再び不意を突かれてとある部屋の中へ引きずりこまれ、帰りの新幹線で妙に疲れ切っていた猛は死んだように眠りつづけ、逆に箒たちの肌はぴっちぴちになっていたのを一夏は首をかしげて見ていた。



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38話

月日は流れて、明日には十二月に入り気温もめっきり寒く、日が落ちるのも早くなって冬の装いとなっている。

この時期はクリスマスというイベントも控え、寮内の飾りつけ等準備を行うのも生徒会の行う業務の一部。

京都の修学旅行の一件以降、急接近している本音と一夏だが生徒会執行部の仕事ということでさらに一緒に過ごすことが増えて、英・独代表候補生は焦りを感じているのが傍目に見える。

 

「んー、でも一夏くんと本音だけにまかせっきりなのもよくないし、私たちも放課後買い出しに行きましょうか」

「そうだね……お姉ちゃん。という訳で、猛は荷物持ちよろしくね」

「了解です」

「はい、本音。買ってきて欲しいもの……メモしておいたから、よろしく」

「はいはい~。おりむー、一緒に行こうか~」

「それじゃあ、行ってきますね」

 

 

 

放課後、待ち合わせ場所の駅前に白い息を燻らせながら猛は更識姉妹がやって来るのを待っていた。

IS学園の制服から普段使いの量販店の服に着替えつつ、コートは以前楯無に見立ててもらったものを着用。

目立つことや恰好に頓着しない一夏に比べて、基本周囲に溶け込むように無難な、悪く言えば地味な格好を好む猛。

更に彼よりメディアに顔を出す機会がほとんど無いので、制服とか分かりやすい衣装でなければ一般人に紛れ込みやすいのだ。

そこに周囲の視線が集まるほどの美人姉妹が猛に声を掛けてきた。

 

「お待たせ、猛くん」

「ごめん……着替えるのに時間かかっちゃって」

 

ローズピンクのパーカーにライトグレーのチノパンとデニムジャケットを身に着け快活な格好の楯無に対し、白のセーターに黒いロングスカートとグリーンチェックのストールが落ち着いた印象を受ける簪の衣装。

対照的な格好とはいえどこか似ている雰囲気を感じられる。

 

「それほど待っていないから大丈夫。にしても、簪の恰好可愛らしいね。よく似合ってる」

「あ、あぅ……そ、その、ありがとぅ……」

「むー、猛くん簪ちゃんばかり褒めてないで私の服も褒めてー」

 

二人に言い寄られていると周りの男性陣から殺気が混じった視線が注がれているのを感じながら、とりあえずまずは生徒会で使うものを買いに行く猛だった。

 

必要な雑貨を買いそろえた後、彼女たちの買い物デートをする前に小腹を満たすため近場のファーストフードへ足を運んだ。

放課後を彼氏、彼女や友人たちと過ごす学生たちで店内はそれなりに混雑していたが調度よくテーブル席を確保できたので簪がその場に残り二人で注文をしに行った。

 

「ふふっ。お姉ちゃんって昔、オーダー取りに来ると思ってて、ずっと座って待ってたことがあるんだよ」

 

席に戻り注文したバーガーを食べていると、思わぬ妹からの暴露に喉を詰まらせ咳き込む楯無。

 

「ちょっ、簪ちゃん!? いきなりそんなこと言いださなくてもいいじゃない!」

「他にもね……、最初ハンバーガーをナイフとフォークで食べようとしたんだよ」

「だから、子供の時の話はやめなさい!」

 

とにかく恥ずかしくて仕方がない楯無は顔を真っ赤にし、にこにこと朗らかに話を続ける簪。

遠縁だった二人がこうしてまた仲良く話が出来る姿は、協力者としてやはり嬉しい。

だが、いつまでもやられっぱなしではいない学園最強の生徒会長。

にま~と意地の悪い笑みを浮かべて反撃を開始する。

 

「ふふっ、ちょーっと調子に乗り過ぎたようね、簪ちゃん……」

「あ、しまった……」

「ねぇ、猛くん。簪ちゃんって実はピクルスが食べられないのよ」

「え、そうなの? それ大丈夫? ピクルス入ってるはずだけど」

 

猛に心配されるのは嬉しいが、今度は簪が赤面しながら持っていたバーガーをさっと隠した。

 

「む、む、昔の話だから……っ! 今は、へ、平気……」

「安心して。ちゃーんとピクルス抜きで注文してあるから」

「お、お姉ちゃん……っ!」

 

いじる側に回った楯無では簪の手には負えない。

そして更識姉妹のトレーの上には飲み物のコップだけだが、猛の前のにはLサイズのポテトとドリンク、更にナゲットまで。ちなみに今食べているバーガーはダブルサイズの大型でベーコンチーズと油分たっぷり。

しかもポテトはもう半分も残っていないし、二人に一つずつあげたナゲットの容器はすでに空になっている。

 

「にしても、本当よく食べられるわね。夕食残しちゃだめよ?」

「あはは、どうにもお腹がすいちゃって。大丈夫です、まだ腹半分くらいなので」

「それだけ食べて、太らないって……ちょっと羨ましい」

 

三人はバーガーを食べ終えるとお店を後にする。

人で賑わう通りを歩いていると更に人垣が出来ている一角が。

どうやらローカル番組の企画で街往く人たちにインタビューをしながら簡単な素人のど自慢のようなことをやっている模様。

 

「ありがとうございましたー。さて、次の人は……そこの美人姉妹っぽい人こちらへどうぞ!」

 

更識姉妹をターゲットにしたレポーターがカメラを向けてきた。驚きで戸惑う簪の手を握り颯爽とテレビの前に躍り出る楯無。

 

「今日はどのような用事でこちらにいらしたんですか?」

「えっと、私たち生徒会役員をやっていましてクリスマスの準備に必要なものを買いに来ているんです。そこに荷物持ち君も居ますよー」

「や、やっほー……猛、み、見てる……?」

 

あっという間に自分のペースに引きずり込んだ楯無と引っ込み思案ながらも小さくこちらに手を振る簪。

二人に手を振り返していると、彼女らにこれから短いながらも歌を唄ってもらおうとレポーターに言われて簪がリクエストを告げる。スピーカーに接続した端末からイントロが流れ始め、二人は息ぴったりに歌いだす。

 

――あるアニメのテーマソングで二人のヒロインの切ない恋心を綴った曲だが、周囲の人は更識姉妹の歌声に聞き惚れていた。

歌唱力が物凄いわけではないのだが、歌詞に込められた想いが聞く人の心にすっと自然に入り込むほどに情緒深く歌われて本当に作中のヒロインがその場に居るかのよう。

1フレーズを歌いきり、しばらく皆放心状態だったが慌ててレポーターが取り成して猛の傍へと二人は戻ってきた。

 

「お疲れ様。二人とも凄かったよ」

「ありがとう……、前々から好きだったアニメだったんだけど、最近はもっと好きになって自然と歌うことが多くなったから……」

「簪ちゃんが熱入れて何度も見返しているから、私も一緒に見てたらつい口ずさむくらいには覚えちゃってね」

 

意味深な笑みを浮かべながらするりと腕を絡ませて身を寄せてきた楯無。頬を朱に染めつつ負けじと簪も密着してくる。

こうしてデートっぽい生徒会の買い出しは終わって、寮まで更識姉妹に連れられて行くのだった。

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

『私は女風呂を覗いた敗戦主義者です』

そんなプラカードを首から下げて、一夏は一年生寮の廊下に正座していた。

アリーシャから受け取ったシャイニィの世話中に大浴場へ入り込んでしまい、運の悪いことに大勢の子が入浴中だったのだ。

顔のいたるところに青痣が出来て、頭には瘤だらけ。

鈴は未だ収まらない怒りに任せて蹴りを入れているし、絶対零度の視線で微笑んでいるシャルロットに侮蔑の表情を浮かべて冷徹な一言を吐き捨てて去って行ったラウラ。

ヘタに慰めに行くと理不尽なとばっちりを貰いそうなので遠巻きに見るしかできない猛。

骨は拾ってやろうとその場を離れると、何やら挙動不審なセシリアと出くわす。

 

「あれ、どうしたのセシリア」

「あ、猛さん。その……一夏さんの様子はどうでしたか?」

「あー……まだ被害に遭った子たちが憤慨してて、責められてしょぼくれてる。しばらくはそっとしておいてあげて」

「そうですか……」

 

見るからに気落ちしているセシリアだったが、気を取り成すと猛に向き合いチケットを差し出してきた。

 

「あの……猛さん。もしよろしかったら私とここに付き合ってもらえないでしょうか?」

 

そこには横浜にあるテーマパークの一日パスポート券だった。

なるほど、おそらく一夏を誘って休日デートをするはずだったのだろうが、絶賛消沈中のアイツでは楽しむ余裕はなさそうだし罪人を勝手に許して連れ出したら皆がいい気しないだろう。

 

「それなら他の人に譲るとかは?」

「チケットの一方に私の名が入っているため譲ることができませんの……。期限延長も無理なので……だめですか?」

 

楽しい予定が消えてしまったのだ。一夏の代わりにはならないかもしれないが、弱弱しくなっているセシリアを慰めるのに一肌脱ぐことにしよう。

 

「分かった。一緒に行こうか」

「あ、ありがとうございますわ」

 

 

 

「……は?」

 

たまたま通りかかった箒は、曲がり角に隠れつつ今の会話を聞いて間の抜けた声がつい出てしまった。

 

(いいい、いかんぞ!? セシリアと二人きりのデデデ、デートなど! 私も、久しぶりにい、一緒にデートしたいんだ! ぬ、抜け駆けなど……!)

 

闘志をメラメラと燃やす箒。

どうあっても波乱が起こりそうな週末デートだった。

 

 

 

 

 

 

週末待ち合わせの現場に猛は佇んでいた。

約束の時間から二十分は経っていて何か事故にでも巻き込まれてしまったのかと不安がよぎる。

彼女の携帯に連絡を入れておこうかと思っていた時に、後ろから声がかけられた。

 

「す、すみません。遅くなってしまいましたわ」

 

振り向くとバラの香水がふわりと鼻腔をくすぐる。

ブルーのワンピースにホワイトのコート。薄く塗られたピンク色の口紅が普段より彼女を大人びて魅せる。

 

「よかった、何かあってこれなくなったのかと心配してたんだよ」

「ちょっと仕度に手間取ってしまいまして……あら、今日の恰好は以前私が見てあげたものですわね」

「せっかくセシリアがコーディネートしてくれたものだしね。そのまま眠らせておくのも悪いかと」

「ふふっ、猛さんはホントお上手ですわ。さぁ、まいりましょうか」

 

すっと手を差し出したセシリア。それをごく自然に受け取り手を繋いで入場ゲートをくぐる。

どう見てもこれからデートですという雰囲気を見て遠くから怨嗟の焔が上がる。

 

「おのれおのれぇぇぇ~! セシリア許すまじ! 天誅下すべし、慈悲はない!」

「あいつぅぅぅ~! 久しぶりに恰好に気合い入れてるなと思ったら何でセシリアと一緒に居るのよ! あたしとデートしなさいよ!」

「……むぅ。一緒にアニメ見ようと誘ったのに、用事があるって断ったけど……何かムカっとする」

 

出歯亀三人娘はどう邪魔してやろうかと私怨たっぷりで二人の後ろに張り付いていた。

 

 

 

入口で貰った園内のパンフレットを二人で覗きこみながら、どの施設を回ろうか考える。

 

「あら、このドッグパークとか面白そうですわ」

「犬かぁ、それじゃあそこに行こうか。セシリアはどんな犬が好き?」

 

香水に混じる仄かに甘いようなセシリアの匂いに、少しどきっとしながら彼女に問いかける。

 

「それはもちろん我が英国の誇る名犬、シェルティーですわ。あの優雅な毛並み、凛々しい顔立ち、愛くるしい仕草。どれをとっても最高ですわ。でもわんちゃんは何でも可愛いものですし、特にこだわりはありませんわ」

 

出会ったばかりの頃のセシリアなら、イギリス犬種以外認めない勢いがあっただろう。

あの時より丸く、いや柔軟になったのだ。考え方や捉え方が。

 

「セシリアは犬飼ってたことあるの?」

「いえ、私はあいにく飼ったことはありませんが、チェルシーよく写真を見せてくれて」

「チェルシー……、セシリアの御付のメイドさん?」

「ええ、そうですわ。ところで猛さんはどのような犬が好きですか?」

「俺は柴犬やコーギーとか好きだけど、どちらかと言えば猫派かなぁ」

「あら、理由を窺っても?」

「あのしなやかな体の線が触りごこちがいいし、かなり気まぐれな性格も愛らしさがあるよね」

「そうですわね。ふふっ、シャルロットさんは犬っぽいですが、鈴さんはどこか猫らしさがございますしそこが気に入りましたの?」

「ちょっ、いきなり何を言い出すのかなセシリアさん!?」

 

くすくすと笑いながら捕まえてごらんなさいと足早にドッグパークへ向かうセシリア。

それを追う猛。どこからどう見ても仲のいいデートの風景だ。

 

 

 

「ええぃ、二人はどこへ行ったのだ! まだそう遠くへは行ってないはずだ!」

「ちょっと目を離した隙に見失うとか……!」

(……何か帰りたくなってきた)

 

あっという間に煙に巻かれてしまったお邪魔虫たち。彼女らに(強制的に)鍛えられた密会技能は伊達ではない。

 

 

 

セシリアは愛くるしい小型犬に囲まれて、満面の笑みを浮かべポメラニアン、ダックス、パピヨンなどを代わる代わる撫でたり抱き上げていた。

猛の周りにはコーギー、柴、ビーグル、テリアが居てゴムボールを投げて遊んでやり、上手く取ってこれたら目一杯褒めてやる。

犬たちに癒されてほっこりしたままドッグパークを後にする。

その後、前の壊滅的と言っていいほどの出来栄えよりかは上達したセシリアのお手製お昼をいただきお化け屋敷、ジェットコースター等を巡り、朱に染まる遊園地を眺めながら二人は観覧車の中に居た。

夕日のせいで心なしか頬がより染まって見え、どこか憂愁さを感じさせる姿はまさに深窓の令嬢のよう。

 

「きれいですわね……」

「そうだね」

「……そこは私の方が綺麗だという場面ですのに」

「あはは、ごめんね。一夏の代わりだけど、楽しんで貰えたのなら嬉しいよ」

「あ……、そ、そうでしたわね。すっかり忘れていましたわ……」

 

苦笑し、外の景色に視線を移した猛の横顔をじっと見つめているセシリア。

心の内に自分でも説明できない渦巻いた何かは、もやもやとして、胸を締め付ける。

自然と口を開き何か言葉が漏れて――

 

猛は一瞬のうちに外へ八咫鏡の結晶を顕現させ、それに僅かに遅れて突然の閃光が飛来する。

空から降り注いだ極光の柱は遊園地を無差別に焼き払うはずだった。

が、橙色の燐光の傘が地表へ到達させることなく、全て結晶内部へエネルギーを吸収させる。

被害は出なかったが突然の事態に混乱している人々へ避難誘導を行うため二人はISを身に纏った。

 

 

 

パニックも比較的早めに収まり、一息ついているセシリアたちの元へ何者かが近づいてくる。

 

「こちらにいらっしゃいましたか、お嬢様。そして貴方が塚本猛さまですね。もう少し被害が出るかと予想していたのですが……あの判断の速さはお見事です」

「え……チェルシー? どうして……今はイギリスで仕事を任せておきましたのに」

「お迎えにあがったのです、お嬢様。……いえ、セシリア・オルコット」

 

恭しく頭を垂れるチェルシーは感情の籠らない冷たい声でそう告げると、ISを纏う。

 

「イギリスでお待ちしております。それでは」

 

刹那の最中、空間に沈み込むように彼女の姿が消えていく。

未だ纏まらない脳内に、しばしその場に佇んでしまう。

 

「ああ、ここに居たのか」

 

そこへ投げかけられた声に、すぐさま十束を手に呼び出してセシリアを庇うように身を乗り出す。

全身を黒ずくめにし、ロングコートを身に着けている小柄な女性。

亡国機業のエージェント、マドカがそこに居た。

 

「待て待て。今日は別に再戦のために来たわけではない。

 イギリス代表候補生、何が起こっているのか知りたいだろう? それと塚本、お前にも協力を依頼したい。一緒に来てもらおう。それとコイツも連れていく」

「あ、あはは……どうも」

 

また戦いたい欲求はあるものの、別件でやってきたのだからまず落ち着けと取り成す。

警戒は解かずにいるが、どうにも毒気なくあっさりとしているマドカに拍子抜けしてしまう。

そしてどこからか連れてきたシャルロットも困った顔で現場に姿を見せ、混沌ここに極まれりといったところだ。まだ一大事件の始まりか……心の中でそう呟いた。




おや、セシリアの様子が……?


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39話

猛、セシリア、シャルロットは詳しい経緯も知らされず、マドカに連れられるまま亡国機業が所有するジェット機に乗っていた。

おそらく欧州に向かっているのは何となく察し、半日くらいはずっと空の上に居ることになりそうだ。

対面に座るマドカのことを眺めているセシリア。

キャノン・ボール・ファストの際に襲撃してきた彼女と比べ、怖気を感じさせる程の狂気さはまったく無くなって、泰然自若として深みのあるぶれなさを得たマドカはより織斑千冬と似て見えるようになった。

 

「……何だ、ずっとこちらを見て」

「あ、いえ……以前に比べて様変わりしたと思いまして」

「そうか。私もいろいろ考えさせられることがあっただけだ」

「ところで、このまま何もなくずっとシートに座っているしかないのか? 流石に暇なんだが」

「ふむ……、とりあえず飲み物や軽食の類はあるようだ。好きなものを取っていい。アルコールもあるが、あまり勧めはせん」

 

座席から腰を上げると備え付けの冷蔵庫から飲み物を取り出すマドカ。

顔を見合わせてシャルロットとセシリアも気に入った飲み物とサンドイッチを取り出した。

そんな中、どこから見つけてきたのかチェス盤を持ち出してきた猛は、マドカの正面に陣取った。

 

「マドカはチェス打てる?」

「あまり得意ではないが、一応は」

「暇なんだし、しばらく付き合ってはくれないかな?」

「いいだろう。まずは長考無しで手早く指すぞ」

 

駒がコトコトと盤面を打つ音が響くなか、手持無沙汰で二人の対局を見るしかないシャルロット達だった。

ひとしきり全員で対戦したところ一番はセシリア、後はどっこいだがシャルロットが少し頭抜けしている風。

 

 

 

四人を乗せたジェット機は、ドイツのフランクフルト国際空港に降り立った。

入国審査を顔パスで通ったマドカに先導されてロビーに着いたが、若干申し訳なさそうな色を顔に浮かべている。

 

「すまないが、私はこれから任務にいかねばならない。引き継ぎ役がすぐに来るだろうからここで少しの間待っていてくれ」

 

そう言い残すと雑踏の中に消えていってしまう。一応地元に近い二人の代表候補生がいるから、緊急時には何とかなるだろうがいきなり放り出されても動きようがない。

 

「これは……どうするべきなんだろうか」

「ここで待つのが一番なんだろうけど……」

「引率者が私たちに気づいてくれるかどうかが問題ですわね」

「ああ、シャルロットにセシリア、猛も居るな」

 

聞き覚えのある声が背後から掛けられたので振り返ると、そこにはラウラの姿があった。

普通なら学園に居るはずの彼女がここに居るということは、おそらく引率者とはラウラなのだろう。

 

「ラウラさんがここに居るということは」

「まぁ、そういうことだ。クラリッサ経由の秘匿通信で指令を送られてきて急遽戻ってきた。断ろうにも手続きが難しくてな」

 

おそらく軍の将校等の上層部からの通達。もはや国際規約なんてあってないようなものだなと。

ラウラからもたらされた情報によると、遊園地に降り注いだレーザーは衛星軌道上からの射撃らしく、現状詳しいことは分からないがイギリスの開発した対IS用高エネルギー収束砲『エクスカリバー』が何らかのイレギュラーを起こしているようで、欧州の三国で秘密裡に対処したい方針らしい。そしてシャルロットには、デュノア社から最新装備の受諾要請がありドイツからフランスを経由しイギリスへ向かう。

 

フランス行きの急行列車に乗った猛は窓から流れる景色を見つめていた。

日本とは町の作りも自然の風景もまったく異なり、物凄く新鮮に見え外国に来ていることを強く感じさせる。

ドイツ国境を越えフランスに入ると、日本では見ることのできない広大な田園風景にヨーロッパに居るんだなとしみじみ思う。

猛はどこか気落ちしている隣のシャルロットの手を自然に握り、話しかけた。

 

「シャルってどこの生まれなの?」

「えっ、南フランスの田舎町だよ。ここからだとちょっと離れてるけど」

「寄らなくてもいいのか? せっかくの帰国なんだし、時間はかけられないかもしれないけど少しの寄り道くらいはいいと思うし」

「ううん、いいんだ。僕は、祖国の空気が吸えるだけで満足だよ」

 

実の母親の墓参りをしなくてもいいのかと水を向けたが、多くは望まない。手の中の幸せだけを大切にする。出会った頃からずっと変わらないシャルロットのスタンス。

 

「そっか。それじゃあ今度は任務とかじゃなく二人でシャルの生まれ故郷に来たいね」

「ふぇっ!? そそそ、それって……そのぉ……」

 

ぼっと顔を真っ赤に染めて、頭の中ではただの旅行をすっとばしウェディングドレスを纏い地元の教会で式を挙げていて、そしてそのままハニーナイトへと妄想がぐるぐるとメリーゴーランドのように走っている。

とりあえず元気が出たようなシャルロットを見ていると、ラウラから専用通信が入る。

 

『元気が出たようで何よりだ。フランスに向かう途中ずっと落ち込んでいたからな』

『シャルが学園に来た理由を考えればな……』

『いざという時には頼むぞ』

『任せろ』

 

 

 

夜になり、就寝する際に問題が発生した。

男子一人に女子が三人。一人だけ隔離することが出来ればいいのだが、二人部屋しか空いていないそう。なら自分一人そのまま座席で夜を明かせばいいと猛が主張しても、ちゃんと横にならないと疲れがとれないと否定。

前に一緒の部屋で生活してたんだから相部屋でも大丈夫とシャルロットが言い張るので仕方なく従うが、どこか残念そうな顔をしているセシリアが居た。

寝室のドアを開けると、十分な広さにそれなりの設備も揃い、カプセルホテルよりは快適に過ごせそうだ。

 

「それじゃあ、パジャマに着替えちゃうね」

「おう、なら俺も……って待て待て。自然に脱ごうとするな。外に出てるから」

 

おもむろに目の前でシャツを捲りあげて可愛らしいブラとおへそが惜しげもなく晒されている。

おずおずと裾を降ろすがこちらに背を向けて小さな声でしゃべるシャルロット。

 

「う、後ろ向いててくれれば大丈夫だから外に出てなくても、いいよ……」

 

ちょっとどぎまぎしながらお互い着替えを始め、彼女の衣擦れの音がどうにも気まずさを感じさせてしまう。

もういいよと言う声に振り向くとシンプルなストライプ柄のパジャマに着替えたシャルロットの姿があった。

 

「その恰好は初めて見るな。布仏さんみたいな着ぐるみパジャマはよく見たけど」

「あれは学園内の寮だから着れるの。こういう時には持ってきてたりはしないよ」

「そうなのか。――く、ぁぁ……っ。ごめんシャル。どうにも眠くて。もう寝てしまってもいい?」

「セシリアとのデート中にいきなり連行されてだもんね。いいよ、お疲れ様」

 

二段ベッドの上に登ろうとするシャルロットを猛は引きとめて、はてなを頭の上に浮かべる彼女を下段のベッドに誘う。

こんなところで何て大胆な! と一瞬で妄想逞しく赤熱する彼女の頭を優しく撫でる。

熱は冷めていく代わりに暖かなものが胸の内をじんわりと満たしていく。

明かりを消し、胸元へ頬を寄せてぎゅっと抱きついて一緒に寝転がるシャルロット。

 

「やっぱりまだ怖い?」

「うん……。だけどいずれは向き合って、解決しなきゃいけないことだから」

「でもあんまり気負い過ぎなくてもいいよ。ラウラもセシリアも居るし、学園に戻れば一夏や箒たちも居る。シャルは決して一人じゃないから」

「えへへ……、そこは俺がお前を守ってやるって言うところじゃないの?」

「あー、まぁ……うん、ちゃんと守るよ」

「そう言ってくれるだけでも僕は嬉しいよ。……ねぇ、キスしてくれない?」

 

潤んだ瞳をそっと閉じて、顎を軽く上に向ける。そのままお互いの距離が隙間なく埋まり穏やかな時間が過ぎていく。

勇気と元気を貰ったシャルロットは、愛しい人の腕の中に抱かれて安らかな眠りへ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

パリに到着し、列車から降りるとあまりの寒さに猛は身を震わせる。

何しろ札幌より北に位置し12月下旬ともなれば仕方ないことだ。

駅で待っていたシャルロットの使用人に案内され、リムジンに乗り込むとデュノア社に向かう。

特設アリーナの前でシャルロットは自分から彼に身を委ねて、猛も優しく抱きしめ返す。

 

「……最後まで、勇気貰っちゃったね。もう大丈夫だから、行ってくるね」

 

そう言い残して実父との対面に向かう。

セシリア、ラウラと猛の三人は控室のようなところに案内されて彼女が戻ってくるのを待つ。

親友であるラウラが落ち着いている風に見えても、長い付き合いで不安が隠しきれていないのが分かる。

一時間後、ようやくシャルロットが戻ってくるがあまり気落ちしている感じはない。どうやら少しずつでも歩み寄れたのだろう。

 

「シャルロット。大丈夫なのか?」

「うん、ありがとうラウラ。セシリアも心配してくれてたんだよね」

「当然ですわ。蟠りが若干溶けたようでよかったですわ」

「あー、それとね。ごめんね、猛にはちょっとお願いがあるんだ」

 

今まで扱っていたリヴァイヴ・カスタムのデータを流用し作り上げたシャルロットの専用機、リィン=カーネイションだが、起動は出来たがまだ細かい調整が済んでおらずこのまま実戦とは流石に不安が残る。

そこで猛の狭霧神との練習試合という形で慣らし運転を行えないかと。

 

『いいのではないでしょうか? こちらも完全修復が終わってから本格的な調整はまだなので願ってもない案件です』

 

霞にも薦められてアリーナに二人が対峙し、いざ開始のブザーが鳴る直前に不明機が乱入してきた。見覚えのあるシルエット、アラクネが姿を現してセシリア、ラウラもISを纏ってアリーナに飛び込む。

 

「……何をしに現れたんですか」

「はぁ? 察しの悪ぃガキだな! 最新鋭機体をいただくつもりなのさ!」

「今俺達がここにいるのはマドカに半分拉致されたようなものなんだけど、その情報とかは入ってないの?」

「……あぁ!? あたしはそんな話聞いてねぇぞ!」

 

悪の組織だとしても、報告・連絡・相談くらい隅々まで徹底させてくれとぼやきたくなる。

アラクネに向けて親指で何かを弾くような仕草をした一瞬の後、巨大な物体が激突したかのような轟音を立てアラクネが縦に一回転する。

そのまま派手に地面に倒れ伏し、動く様子もない。

 

『龍咆を真似た空気圧縮弾を眉間に撃ち込んでやりましたが、絶対防御が発動したようでしばらくは目を覚まさないでしょう。これでシャルロット様との練習に集中できますね、マスター』

 

「……何だか少しだけあの方が可哀そうに思えてしまいますわ」

「同感だ。猛に借りた漫画で似たような目に遭うのがいたな……えーと、か、かませ犬か?」

 

鈴の故郷のおやつタイムを冠したキャラか、刀を集める物語のへんてこ名で呼ばれる忍者軍団か……。オータムを拘束しつつ邪魔にならないところへ移し、今度こそシャルロットと二人きりで模擬戦を行い慣らしを終えた。

その後イギリスへ向かう空港で、一人だけ少し別の場所に連行され入念にシャルロットの執事にお嬢様のことをくれぐれも頼みますとしつこいほど釘を刺され、開けたらヘタすりゃ死ぬんじゃないかと思う位に怨念の籠ったデュノア社長の手紙を渡され流石に冷や汗が。

 

「だ、大丈夫? 何かジェイムズに連れて行かれてから凄い汗かいてるけど……体調とか悪い?」

「いやいや、何でもないです」

 

一行は空路で最後の目的地へと向かった。



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40話

イギリスの空港から出ると、任務を終えたのかマドカが出迎えてくれたのはいいが、何故か隣に千冬の姿が。

 

「あれ、どうして織斑先生がここに?」

「IS学園上層部に緊急の連絡が入ってな。今回の作戦の助力を頼まれた。篠ノ之たちもすでに現地入りしている」

「ふん。秘密裡に処理したいと言っていた割には統率が執れてないな。雑魚がいくら集まっても弾除けくらいにしかならん、むしろ邪魔なだけだ」

「どこの国も一枚岩ではないということだ」

 

不機嫌さを隠さない二人は、何だか一層姉妹と言われても違和感ないほどに馴染んでしまっている。

欧州、IS学園、そして亡国機業の三者でエクスカリバーの脅威を取り除く作戦が始まった。

 

 

 

場所は変わってイギリスのIS空軍基地。作戦に参加する操縦者たちはそれぞれの機体の調整を行い追加装甲、パッケージ装備のフィッティングなどに数十名のスタッフが忙しそうに走り回っている。

こうなると自身の機体に備わっている霞のおかげで一切調整がいらない(ヘタに他人にいじらせたりすると、極悪ウイルス並の暴挙をかますことも)猛は邪魔にならないようにふらついていると、同じく手持無沙汰になっているセシリアがいた。

 

彼女に誘われるまま、ロンドンのレンガ造りの街並みを二人並んで歩く。

そっと差し出された手を恭しく受け取り、優しく握り返す。

何だかいつもより気品があって淑女のように見えてしまうのは地元だからなのだろうか。

 

「ところでさ、セシリアはどこかコートとか上着売ってる店知らない? 流石に寒くってもう一枚厚手のものが欲しいから。量販店でいいよ」

「もう……猛さんってば。それでは私が推薦するお店に行きましょう。きっと猛さんにぴったりのものが見つかりますわ」

「えっ……、セシリアご愛用とか値段とか6桁いったりしそうだし、いっそユニ○ロでも」

「大丈夫ですわ、代金なら私が支払いますもの」

「それは流石に悪いよ」

「ふふっ、これでもオルコット家当主。女王陛下から賜ったお城もございますのよ。どうしても気になるというのなら貸し1つということで」

 

上機嫌のセシリアは自然に腕を組んでより密着する。そうしてしばらく歩いてメインストリートの一等地にその店はあった。

クラシックと最先端の両立、まさに英国といった店構えに典型的日本人の庶民代表な猛は呆気にとられている。

出迎えに現れた店員と話を二言三言交わしたセシリアに連れられて、重厚なドアを開いた先には温かな暖房と伝統的な内装に彩られていた。

飾られている品の中からある程度気に入ったものを絞ったが、値札が付いていないせいで気軽に手に取ることが出来ない。

 

「あら、それが気になりますの? 大丈夫ですわ、ほら着てみてくださいな」

 

モスグリーン色に統一されたトレンチコートに袖を通すと、派手でモダンなものよりシックで大人びたものの方が似合う男だ。

身体の作りもコートに負けず劣らずといった感じを出し、釣り合っているとセシリアは思う。

 

「まぁ! 猛さん、すごくお似合いでしてよ」

「そ、そうかな」

「それではこれを。そのまま着ていくので包装は結構ですわ。請求はいつものようにしておいてくださいな」

 

てきぱきと手続きを済ませると、セシリアは再び猛の腕を取って店を出る。

仕立てのよいコートは見た目よりかなり温かく、寒さから身体を守ってくれている。

 

「今度はカフェテラスへ案内しますわ。私のお気に入りの紅茶がありますの」

「それは楽しみだな。そのお店で茶葉は購入できるのかな?」

「聞けばどんな茶葉を使っているかは教えて貰えると思いますわ」

 

柔らかな笑みを浮かべるセシリアだったが、急にその表情が強張った。

道路を挟んでの向かい側、雑踏の中に彼女のメイドであるチェルシーの姿があった。

黒のマントコートを纏い『捕まえてごらんなさい、できるものなら』とその唇が静かに言葉を紡いだ。

身を翻し人ごみの中へ消えていく彼女を追いかけようとするセシリア。

 

「セシリア、ちょっとごめん!」

「えっ、きゃっ!?」

 

彼女を横抱き、いわゆるお姫様抱っこの状態に抱え直した猛は車の行きかう道路を軽々と飛び越える。

周囲の人達の驚きの声が聞こえるが、男がISを使えば騒ぎは更に広がってしまうだろう。

 

『PIC制御など細かい調整はこちらで行います。マスターは対象を追うことだけに専念してください』

「このまま彼女を追うからしっかり掴まってて!」

「は、はいっ!」

 

IS展開せず機能のみでサポートをしてくれる霞に感謝し、そこらの家壁を蹴りながら雑踏を飛び越えていく。

お姫様抱っこされた美少女と、トレンチコートを着た宙を舞う偉丈夫に皆スマホを向けてシャッターを切る。

ロンドンよりもニューヨーク、アメコミにでも居そうな感じで追走劇は始まった。

 

 

 

 

 

 

二十分にも及ぶチェイスはチェルシーを袋小路に追い詰めて終わるが、彼女もそれは分かっていた。

二振りの剣を手にしていた彼女は一方をセシリアに投げ渡す。

 

「それでは、セシリア・オルコット。決闘とまいりましょう」

「……ええ、いいですわ。私が勝ったなら全てを話してもらいますわよ」

「セシリア、代わりに俺が出ようか?」

「大丈夫ですわ。負けるつもりなんてこれっぽっちもありませんから。傍で見ていてくださいな」

 

覇気を纏い、セシリアを庇うようにしていたが彼女の言葉に素直に脇へと避ける。

それでもいざという時の為、十束は腰に佩いたままにする。

レイピアに似た長剣を持ち相対する二人。

まるでダンスのように舞い踊り振るわれる剣によって、お互いの装束が切り払われていく。

無粋だと己でも思うが、セシリアの援護のためにチェルシーへ時折痛烈な重圧を叩きつけても、冷や汗を流す程度で乱れる姿を示さないのは流石と言える。

だが、セシリアには致命的な弱点があった。

 

「これで三ポイント。王手と言わせていただきましょう」

「くっ……」

 

それは履いている靴の差。しっかりと地面を捉えられるブーツに対し、セシリアはハイヒール。

これでは一撃の重みに力が乗らない。

意を決したようにヒールを脱ぎ捨てて、更にはビリビリに破けもはや服の役割をしていないドレスも全て脱ぎ去った。

調和のとれた美しい彫刻のように、白くきめ細やかなセシリアの裸体が晒される。

 

「猛さん……、あまり見ないでくださいまし。けれど、これ以上はやらせませんわ」

「そのお覚悟、さすがでございます」

「社交辞令は結構。まいりますわ」

 

冷静さを持ちながらも、全身のバネを使って一撃を繰り出す。

その力強さで鈍い音を響かせてチェルシーの剣が根本から折られる。

しかしセシリアは容赦なく続けざまに更なる追撃を放つ。

幼いころから剣を始め、いろいろなことを教えてくれた姉のような存在だからこそ、次の一手も読めている。

宙を舞った刃を握り締め、血が滴るのも構わずにセシリアの瞳に向けて切っ先を伸ばす。

だが、恐れることなくセシリアはチェルシーのことを静かに見つめ返していた。

 

セシリアの剣は喉の動脈を捕え、互いにあと1ミリのところで刃を止めている。

 

「引き分けですわね」

 

いざとなれば、彼女に恨まれようと割りこんでチェルシーを両断する気で身構えていたが、決着がついたのを覚りセシリアへ着ていたコートを重ねた。

 

「ありがとう、猛さん」

 

その言葉に軽く頷きを返して多くは語らない。

二人をまぶしそうに眺めていたチェルシーはそっと目蓋を閉じる。

主従対決は終わった。

 

 

 

 

 

 

イギリス空軍特務IS部隊のヘリに乗り込んだ一同は、目的地の山岳部へ向かう中最後の作戦内容の確認をしていた。

一夏、鈴、箒、ラウラの四名はエクスカリバーへ向けて重力カタパルトを使い上昇する。

彼女らを囮にすることにより、地上からセシリアが長距離狙撃を行うことで機能を停止させる手筈だ。

一応の保険としてセシリアの防護として猛は傍にいることにした。

 

攻撃衛星というのはフェイクで本当は生体融合型のISで、そのコアとして世界から抹消されていたチェルシーの妹が搭載されているそうだ。

眠っていた自我が暴走したのか、はたまた別の理由があるのかは定かではないが、通常の軌道を外れイギリスを射程圏内に収め、女王陛下の宮殿に狙いを定めている。

英国の象徴である宮殿を破壊されれば大きな社会問題になることは必須。故になりふり構わず事態を収束しようとしたのだろう。

 

 

 

エクスカリバーへ向かって昇っていく4つの光を地上から眺める。

 

『ずいぶん落ち着いていらっしゃいますね』

「あまり気負い過ぎていざって時動けないと逆に危ないからね。セシリアもリラックスリラックス」

『ふふっ……そうですわね』

 

ブルー・ティアーズから加速器へとBT粒子を集め狙撃の時を待つ。

だが、空の彼方からラウラの悲鳴じみた通信が届いた。

 

『な、なんだ! この出力は!? 想定の三倍だと!』

『くっ、ちょっとでも触れただけで消し炭になりそうだ!』

『箒! 鈴! 大丈夫か!?』

『まだ何とかね!』

 

ここからは見えない宇宙で、飽和じみたレーザーに襲われうかつに接近できぬ一夏たち。

 

『ね、狙いが変わっています! 目標は……セ、セシリアさんをロックしています!』

 

真耶の悲痛な通信。箒たちを無視し、目標を変えたエクスカリバーは無慈悲な一撃を叩きこんだ。

為す術なく消滅するはずだったセシリア。だが、ここには彼女を護る盾が居る。

橙色に染まるシールドが上空から降り注ぐレーザーを受け止めて己の力へ変換する。

 

「今度はこちらからの番ですわ!」

 

 

 

返す刀でセシリアが狙いを定め、衛星を撃ち抜いて終わるはずだった――

 

 

 

『――ダメだ! シールドで防がれた! またレーザーを発射するつもりだ!』

「そ、そんな……!」

 

想定外の強固なシールドで決死の一撃は止められていた。

そこへ更なる絶望を叩きつける。よりエネルギーを高めるエクスカリバー。

狙撃は防がれて、一夏たちは近づけない。絶体絶命の危機。

 

 

『舞台は整いました。新生した狭霧神のお披露目としては絶好の機会です』

 

 

”八咫鏡”が大型装甲を展開し、まるで石碑(オベリスク)のように地面へ突き刺さり、光を強める。

8つの礎が方陣を描き黄金色の光を生み出している姿は、敵対するのがエクスカリバーならこちらはアヴァロンか。

 

「……綺麗ですわ」

 

数倍に膨れ上がった天からの照射も、地を揺らすことなく受け止められレイラインを伝い”八俣”へと注がれる。

そしてセシリアは夜を割き、巨大な螺旋を描いて荒れ狂う一柱の金色(こんじき)の龍が天に昇っていくのを見た。

しばらくは誰も言葉を発することも出来ず、静寂が支配していた。

 

『エクスカリバー……完全に沈黙しました。搭乗者は無事に確保しました』

 

一夏からの通信が入り、半壊というには少し言葉が弱すぎる姿が映し出された。

だが、今回の事件はこれで終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

「では、『ダイブ・トゥ・ブルー』を引き渡してもらおうか。チェルシー・ブランケット」

 

衛星が沈黙した今、協力体制は終わり後は彼女からISを奪うことで事足りるようだ。

 

「お断りします」

「なに?」

「お断りしますと、言ったのです」

 

空間潜航(ワンオフアビリティー)を使い、この場から去ろうとするチェルシーの身体が周囲に溶け込むように消えていく。

だが、マドカは焦ることなく軽くため息をついた。

 

「まぁ、そうくるだろうと思っていたが如何せん行動が遅すぎる」

「え……っ、そ、そんなまさか!?」

 

その場から一歩も動いた気配が無いのに、リムーバーを使われ強制解除されたダイブ・トゥ・ブルーの待機状態のコアをマドカは手にしている。

 

「い、いったいどうやって……」

「認識すら出来ていないのか。まぁいい」

「チェルシー!」

 

セシリアと猛が急いで駆けつけてくるも、今の状況からすると決して良いわけではなさそうだ。

身構えるセシリアに対し、普通に猛の方へ向かって悠然とした足取りで近付いてくるマドカ。

そして綻ぶような笑みを浮かべ――大気が軋みをあげるほどの轟音を響かせ、衝撃でチェルシーの傍へ軽く吹き飛とばされてしまうセシリア。

十束と黒騎士の大剣の鍔迫り合いで金属の擦れる音が継続して聞こえる中、この状況にそぐわない気軽さで話す二人。

 

「――む、虚を突いたつもりだったのだがこうも容易く防がれると自信が無くなってしまうな」

「いやいや、それにしたってさっきの攻撃が、瞬間に二十七撃も放てるだけ十分腕は上げてるよ」

「回数まで数えられてるのに調子に乗れる理由が無い……」

 

ようやく剣を離して距離を取る二人。

 

「帰ってからはしばらく訓練漬けだな。今度こそお前に一太刀だけでも入れられるようにしてくる」

「それじゃあ、こっちも頑張っておくさ。あ、それとマドカの笑顔、結構可愛かったよ。どきっとした」

「なっ……、ば、馬鹿にするのも対外にしろ!」

 

逆に虚を突かれて顔を真っ赤にする。そのまま何やらぶつぶつ言いながら瞬きする間にマドカは姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

クリスマス・イブ。

今回の立役者兼城主として持ち城で盛大なセシリアの誕生日パーティが開かれ、社交界の重鎮が彼女の元へ挨拶に列を作っている。

箒や一夏たちもそれぞれ思い思いに楽しんでいるようで何より。

煌びやかな世界だが、かつては孤独を感じることあったけれど多くの友人たちに恵まれ、これ以上の誕生日祝いはない。

ただ、真の立役者の姿が見当たらず、鈴や簪も周囲を見回してどこにいるのだろうと視線を彷徨わす。

 

「みなさん、少し失礼しても?」

 

周囲を取り囲んでいた紳士淑女は、何かを察したように道を開ける。

一礼を返し、セシリアはその場を後にして彼を探しに行く。

月明かりに照らされた庭園に、探し人は静かに佇んでいた。

 

「お寒くありませんか?」

「会場の中の熱気で少し火照っちゃったから熱を冷ましに出てたから」

 

相変わらずの落ち着いた雰囲気が、とても愛おしい。自然と傍に近付いてそっと寄り添う。

 

「あ、そう言えば今日はセシリアの誕生日だったんだね。おめでとう」

「ありがとうございますわ」

「……もっと早くに知ることが出来たら、プレゼントを用意出来たんだけど、ごめん」

「あら、それでしたら一つ私からお願いがございますわ」

 

心臓が飛び出してしまいそうなほど激しく跳ねているのに、どこか心は落ち着いている。

最高の笑みを浮かべられていると信じて、淑女は口を開いた。

 

「猛さん、私――あなたのことを愛しています」

 

決心が鈍らないうちに彼の胸へ自然と飛び込んでいった。未だ茫然としている猛の背へ腕を回してより密着する。

 

「……えっと、その」

「箒さんや鈴さんたちとの関係は、ワールド・パージの時に知っていますし、それよりも貴方の傍にいたい気持ちの方が勝りますの。それに昔から貴族の間では複数の妻を持つのは当たり前でしたし、今では逆に女性の方がハーレムを持つ方も少なくありませんわ。スタートが遅れたからといっておめおめと負けるつもりもございませんわ」

 

ゆっくりと身体を離しながらも、手は優しく繋いだまま澄んだ蒼い瞳で見つめ続けるセシリア。

 

「もし猛さんが拒否するのならこのまま腕を振りほどいてくださいまし。今は受け止められなくても、ひと時の淡い恋だったと良い思い出に変えますから」

「ずるいなぁ、セシリアは。……そこまで言われて、はいさよならってしたらかなり酷い奴だよ。でも本当にいいの? 自分で言うのも何だけど、かなり優柔不断だと」

「ふふっ、少しくらいダメなところがある方が親しみが持てるものですわ」

 

月光に照らされつつ、彼女は腕を引きステップを踏む。セシリアにリードをされながらも、段々と危なげなくワルツを踊る。月が見守る中、二人きりの舞踏会はしめやかに続いていく。

 

 

 

「という訳で私もこれからは猛さんの争奪戦に参加ことにしましたわ」

 

学園に帰ってきて、箒たちの前でいきなり大型爆弾を投下するセシリア。

苦笑するシャルロットに、フリーズしている鈴と箒。そしてムスっとしている簪。

ようやく再起動が済んだ鈴がテーブルを叩き、大声で詰問する。

 

「あああ、あんた! いきなり何言い出してるのよ!?」

「あら、私だって多感な思春期女性ですもの。新しい恋に目覚めることだってありえますわ」

「……セシリア、ひとつ聞きたい。あの城での誕生日パーティ、ふらっと居なくなってからお前は戻ってこなかったが、その後夜が更けても部屋に猛も戻ってこなかったんだが……」

「ええ、あのお城には私の許可なしには誰も入れないプライベートルームがありますの。それに、『恋愛と戦争では手段を選ばない』とイギリスにはこんな格言もございますわ。出だしに遅れているのですから優雅さに欠けても穴埋めはいたしますわ」

「それ、別の人の作風……」

 

ちなみに今セシリアが飲んでいる紅茶は某戦車長な彼女の名の由来になった品種。

ここにきてダークホース参戦とますます賑やかになっていく彼女たちなのであった。



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