墓守達に幸福を (虎馬)
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1.夢の終わりと全ての始まり

 VRMMORPG「ユグドラシル」。

 圧倒的な自由度を売りに数多のプレイヤー達を魅了し虜にしてきた傑作ゲームであり、この手のゲームとしては破格の12年という長期に渡り運営され続けた名作だ。

 しかしそんなユグドラシルも時代の流れとともに多くのプレイヤー達が新たなゲームへと移り行きついにその歴史を終えることとなった。

 それはつまり41人の仲間達と共に知恵と技術と労力、そして何より膨大なリアルマネーをつぎ込んで作り上げたこのナザリック地下大墳墓も今日限りで消えてなくなるという事だ。

 

 それも仕方ないのかも知れない。

 我らがギルド「アインズ・ウール・ゴウン」もまたかつての勢いをなくし、僅かなメンバーが辛うじて拠点の維持費を賄っているような状況なのだから。

 

 

 素晴らしいギルドだった。

 格好よさそうだからという理由で吸血鬼を初期種族に選び、吸血鬼と言えば支配者! 貴族! という頭の悪い発想から戦闘力度外視で「エンペラー」「ハイエンペラー」「カリスマ」といった戦闘職でも生産職でもない珍妙なクラスばかりを取り続けていた俺をネタ込みで仲間と言ってくれた愉快な連中だった。

 共にクエストをこなし未踏のダンジョンに挑み、あるいはキャラ設定について日がな一日語り合ったことだってあった。

 一緒に悪役ロールプレイを繰り返し、悪の集団としてPKを繰り返していた時期もあった。

 全てが素晴らしい思い出だ。夢の時間だった。

 今でも飽きずにインしているのはそんな仲間がまだ残ってくれているからこそだ。

 

 一緒にギルドの維持費を稼ぐためにイベントをこなしたり新しいキャラ設定を考えて笑い合ったり、あるいはお互いのロールプレイでそれっぽく振る舞い批評し合ったりと二人しかいないなりに楽しく遊んでいたのだ。

 仲間が減って寂しいという思いは当然あったし、みんなに帰ってきてほしいという思いもあった。そして良い年した男二人で何やってんだと思わなくもないが、夢の時間は続いていたのだ。辛うじて。

 しかしそれもついに終わってしまう。

 ユグドラシルというゲーム自体が終わってしまってはもうどうしようもないのだ。

 

 

 ならば、せめて最後は渾身のロールプレイをして最期を飾ろう!

 どうか悔いの残らぬように。寂しい思いを少しでも隠すために。

 それがこの俺「吸血貴族」ネクロロリコンと、我らがギルドマスターにして偉大なる「死の支配者」モモンガが下した結論だった。

 

 

 

 各種準備を終えて迎えた最終日。

 お互いに最上級の装備を身に纏い、集められるだけのNPCを一度も本当の意味で使われた事の無い玉座の間に集結させる。モモンガさんは作ってはみたものの使われた事の無いギルド武器も折角だからと持ち出し、俺も能力的に相性が良いと解っていたが結局実戦で使用した事の無いワールドアイテムを宝物庫から引っ張り出してきている。

 まさに大盤振る舞い。

 最期は時間まで会議室で最終打ち合わせまで念入りに行い、ついに会議室から玉座の間に向けて歩き出す。

 

「プレアデスか、こいつらも玉座の間と同じく作っただけで使った事のない者たちでしたね」

「うむ、折角だからここに待機させておいたのだよ。最期の晴れ舞台なのだから従者くらいいなくては格好がつくまいよ」

「オホン! なるほど確かにその通りだな」

 

 俺がロールプレイを始めるなり即座に対応する辺り流石はモモンガさんというべきか、まあプレアデスを供に最期の地へ向かうのだからそろそろ始めどころだろう。

 

「私など手塩にかけて育て上げた吸血メイド忍者を供にしているというのに、我等が盟主殿に供の一人もいなくては格好がつかぬだろう?」

「スキル〈血の従僕〉で作りだした最初の一体だったか、メイド服はホワイトブリムさん謹製で設定はペロロンチーノさんと煮詰めたのだったか。まさに珠玉の一品といったところ。しかし吸血鬼でメイドな忍者とは相変わらず、なんというか、凄いな」

 

 軽い雑談をしつつ玉座の間へと歩を進める。時間的にまだまだ余裕はあるが若干早足なのは仕方ない。尻切れトンボになるのは情けないにもほどがある。

 

 そして辿りついたナザリック地下大墳墓の最奥、玉座の間。

 集められるだけ集めたNPC達が整然と並ぶ様は圧巻の一言。支配者系スキルを連発してこの日このときのためにこっそりAIを弄ったりして練習した甲斐があるというものだ。モモンガさんの感嘆の声が聞けて俺も思わず頬が緩む。

 

「ナザリックの主力が一堂に会すると、やはり圧巻だな。あちらの騎士団はネクロさんが育て上げた吸血騎士団か。まさに総軍という言葉がふさわしいな」

「そうであろう、何せ宝物庫の彼すらも連れてきているのだからな」

「え!? そ、そうか。まああれも一度くらい宝物殿から出してやらないとな」

 

 そうこうする内に玉座まで辿り着いた俺達は玉座に座るモモンガさんとその傍らに立つ側近という風に位置を調整する。

 改めて見るとこの光景はまさに圧巻だ。意思を持たぬNPCの集団とは言えこれだけの者達の前に立つというのはさすがに興奮してしまう。

 もう暫く眺めていたいがそろそろ良い時間だ、最期のロールプレイを始めるとしよう。

 

「我等が盟主よ。かつては1500からなる大軍勢をも跳ね返したこのナザリックにいよいよ最期の時が来た。我等が力を以てしても避けえぬ世界の終焉。それに伴いこの偉大なるナザリック地下大墳墓もまた消滅する。しかしこれは誇るべきことだ。我等がアインズ・ウール・ゴウンの威を世界に示し続けたこの地は、まさに世界が滅ぶその時まで健在であったのだから」

 

「その通りだ我が盟友ネクロロリコン。そして我等アインズ・ウール・ゴウンの栄光はたとえ世界が崩壊しようとも決して消えることはない」

 

「然り。たとえこの世界が崩壊しナザリック地下大墳墓が塵芥と化そうとも、我等がアインズ・ウール・ゴウンは決して消えることはない。何故なら我等が盟主モモンガが健在である限りアインズ・ウール・ゴウンもまた滅びぬからだ!」

 

「その通り、その通りだ。既に死をも超越したこの私が世界如きの終末に付き合ってやる義理などない。世界が滅ぶというならばそれもよかろう。終焉を迎えたその先の世界で今一度アインズ・ウール・ゴウンの威光を示してみせよう」

 

「無論この身もまた不死不滅である以上、終末を迎えた先にある新たなる世界へと歩を進める事となろう。さすれば我等は再び相まみえることもあるだろう。しかし済まぬ、ナザリックの同胞たちよ。我が覇王の力を以てしてもナザリックの同胞達を連れていくことまでは出来ぬのだ。諸君等は世界の終焉に堪えることが出来ぬ故に」

 

「ナザリックが誇る精鋭達よ、これまで大儀であった。諸君らの健闘と忠勤により難攻不落のナザリック地下大墳墓は、今ここに不滅の伝説となったのだ!」

 

 加速度的に高まるテンション。悪乗りに次ぐ悪乗り。ナザリックとアインズ・ウール・ゴウンを称賛し、そんなナザリックを置いていかねばならない苦痛を吐き出していく。

 

「ナザリックの栄光よ不滅なれ! アインズ・ウール・ゴウンの栄光よ永遠なれ! アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

 

「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

 

「「アインズ・ウール・ゴウン万歳!!」」

 

 仲間達と共に作り上げた最愛のホームに最期の別れを済ませ、そしてメンバー達との再会を誓う言葉を交わす。大仰なロールプレイでのやり取りだったが結局のところこれがやりたかったのだ。

 このゲームに入れ込んでいた俺達は暫く他のゲームが手につかない事だろう。だがそれでもいずれは新たなゲームをプレイし、また一緒に遊ぼうという誓いの儀式だ。

 そしてこのユグドラシルというゲームとの別れの儀式。

 友と最期の夢を見る瞬間。

 

 残された時間は後数秒。

 多少駆け足だったがきちんと終えられて良かった。モモンガさんも満足げに天を仰いでいる。

 それを見て俺も満足感と空虚さから天を仰ぎ目を閉じる。

 

「さらばだ、ユグドラシル」

 

 23:59:57、58、59―――――

 

 00:00:00、1、2、3・・・・・

 

「あれ?」

 

 

 

 

 




という訳でプロローグでした。
墓守は勿論モモンガさんを指す言葉ですが、同時に霊廟を守護する彼もまた本来の姿のままでは望まれない悲しい存在です。
そしてもう一人、不要な悲しみを背負ってしまったあの守護者。

この3者をはじめとした本編で悲しい思いをした皆さんを救済する、そんな話を作りたいです。

ギルメンがいるのでモモンガさんも人類の守護者ルートです、念のため。


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2.変容

今回試験的に別人視点です。
理由はあとがきで。


「あれ?」

 

 静寂が支配する玉座の間に響いたのは一体誰の声だったのでしょうか。

 世界の終末が迫る中最期まで共にある事を望まれ、ナザリックとの別れを惜しむ支配者たちのあまりにも慈悲深い御姿に胸を打たれ涙ぐむ者達が集うこの玉座の間であまりにも異質で不敬な発言でありました。思わず周囲に視線を配ってしまうほどに。

 

 とは言え誰が発した御声かは直ぐに判明しました。世界の終焉を嘆いていた至高の御方々が訝しげに周囲を見渡しておられる。更に聞く限りでは世界終焉の時は既に過ぎている筈であり何事も起こらない事がおかしいとも。

 世界の終焉というモノが如何なるものか? そのような事は蒙昧なる下僕である我々には到底計り知れぬこと。至高の御方々が何故その終焉を予知できたかも重要ではない。至高の御方々が言うのならば世界は消えてなくなっていたはずであり、むしろ御方々にとって不測の事態に陥っている事の方が憂慮すべき事態と言えましょう。

 沈黙を守るシモベ達を余所に至高の御方々は一定の所作で手を振り特定のワードを呟き状況を確認しておられます。そして速やかに結果を報告し合い共有する様はこの異常時においても泰然となさり凡庸なる者達とは正しく一線を画す聡明さの片鱗を示しておられました。

 

「やはり0時は過ぎてますね、強制退去が行われていないってことはシステム障害でしょうか?」

「強制終了も出来ませんし、そもそもメニューバーすら無くなってるし。全くクソ運営は最期の最後に」

「まあまあ、猶予時間を得たのだと前向きに考えましょう。終わったと思ったゲームがもう少しだけ遊べるって事で」

「言ってる場合じゃないですよ、そもそもモモンガさん明日早いらしいじゃないですか! 折角ナザリックの支配者として最期の瞬間を演出したっていうのに!」

「まあ、それは私も思うところがありますけど」

「一周回って最終日が延期になりました~とか言われても困りますよ、まあ嬉しいですけども」

「手放しには喜べませんしねぇ」

 

 ある程度状況の把握が進んだのか世界の終末が先送りになったのではないかという結論に至り、しかし同時に起こった何かしらの異常を訝しんでおられるご様子でもありました。今しばらく我等の主として君臨してくださる事が解り安堵の息を漏らす者達がそこかしこに現れ始めます。それも致し方ないことと言えましょう。私自身もそうなのですから。しかしそのような自分本位な感情より優先すべき事があります。見れば至高の御方々はこの異常により何らかの支障をきたしておられます。ならば我等シモベ一同は状況把握の一助となるべく死力を尽くすべきでありましょう。至高の御方々の近くに侍る守護者統括アルベド殿もまたナザリックのシモベとして当然の如く、いや守護者統括という立場ゆえにより強く決意された御様子。

 そしてアルベド殿は至高の御方々にお仕えする者達の総代として上奏すべく意を決し、

 

「おそれながら申し上げます。何らかの異常が起こっているのでしたら我等に調査を―――」

「!? 『防御陣形構築』っ!」

 

 かけられた声に素早く反応し眷族の召喚と操作を得手とされるネクロロリコン様は眷族の中から守護に適した部隊を選択・召喚し、自らの身を守る防衛陣を構築なされた。なんという神業か。ガードナーの一団を瞬時に、それも防衛に適した完璧な配置で召喚されるとは。

 勿論それだけでは終わりません。

 ネクロロリコン様が手ずから鍛えられた吸血騎士団、その最精鋭達もまた号令に対し即座に反応、特に吸血メイド殿は私の目を以てしても気付いた時には短刀を抜き放ち主の傍らで身構えてすらおられました。至高の御身をお守りすべく行動に移り始めていた他の者達もあれこそ近衛のあるべき姿であろうと称賛の念を浮かべておられます。しかし本来それをなすべきであったにもかかわらず出遅れてしまったプレアデス隊は己の未熟さを不覚に思っているのでしょう、いずれ必ずと決意をその瞳に灯しておりましたが。勿論かく言う私も同じ思いではあるのですが。

 

 さて、至高の御方が神業的な速度で防御陣形を展開しその血族達もまた御身をお守りしようと行動を起こされ、僅かに遅れて他の者達もまたすわ一大事とばかりに動き出しておられましたが、それらとは全く別の行動を同時に取る者達がおりました。

 声をお掛けしたアルベド殿本人と玉座におわす至高の御方々の頂点モモンガ様。

 

「な!? え、ま、待ったネクロさん! 皆も静まれぇ!!」

「申し訳ございません。不敬をお詫び申し上げます!」

「!? ――ふぅ」

「だ、大丈夫ですか? 落ち着かれましたか?」

「……今の発言はお前か、アルベド?」

「おっしゃる通りです。シモベの身の程を弁えず、おそれ多くも至高の御方々の会話に口を挿む不敬深くお詫びいたします。いかようにも罰をお与えくださいますよう」

「ね、ネクロさん。今はどうか冷静に」

「わかっています。すみ、すまなかったアルベド。少々想定外の事が続いて焦ってしまっていたん、いたのだ。皆も構えを解い、解くのだ!」

「謝罪など勿体のうございます! 身の程を弁えぬ不敬をなしたのは事実。であれば罰を受けるは必定! どうかご存分に」

 

 言って跪いたまま髪を払い首を差し出すアルベド。

 それに応えるようにして吸血騎士団の最精鋭たる聖騎士が剣を片手に主命を待つ。

 

「それには及ばぬ。咄嗟に防御陣形を整えてしまうのは長年戦いに明け暮れたが故の職業病のようなものだ。そなたに非は無い。故に罰する必要もまたない。盟主殿もそれでかまいませんね?」

「勿論だとも。ところでアルベド、我等に何か声をかけようとしていたようだが何かね?」

「寛大なる処置に感謝いたします、モモンガ様、ネクロロリコン様。声をお掛けしましたのは、御二方を悩ます不測の事態への対処に我等シモベ共も及ばずながらお力添えできぬものかと考えたがゆえにございます。御命令頂ければ我等シモベ一同万難を排し必ずや御期待に添う成果を御覧に入れましょう」

「ふむ、そうか(ネクロさんどうしましょう?)」

「(とりあえず守護階層に戻して内部に異常がないか見てきてもらうのはどうでしょう? 色々チェックしておきたい事もありますし)」

「(そうですね、ではそのように)

 アルベド、直ちに全軍を各守護階層に戻しナザリック内部の総点検をさせよ。異常がなければそれで良し。もし何かあれば即座に私かネクロさんに伝えよ。そして三時間後に各階層守護者は再び集合せよ」

 

 モモンガ様は他にも点検する必要のない場所や集合する必要のない守護者等の諸注意、私へ外部の偵察命令等続けざまに指示を出されていかれました。

 

「一先ずこんなところか。ネクロさんからは何かありますか?」

「ふむ。まず吸血騎士団の諸君はシャルティア君の指揮下に入り第1から第3階層の点検に協力してあげたまえ。彼女のシモベ達だけでは手に余ろう」

「御心遣い感謝いたしんすえ、偉大にして強大なる鮮血の支配者ネクロロリコン様!」

「え、う、ウム。点検が終わったらそのまま第1階層の守護に着かせておきたまえ。あそこは言わば最前線だからね。

 それから、〈眷族招来・【影狼/シャドウウルブズ】〉!(よし!)セバス君、この子達を連れて行きたまえ。戦闘力は兎も角索敵と隠密に長けた者達だ。撤退する際にソリュシャンの盾として使わせたまえ」

「ネクロロリコン様、身に余るご配慮感謝いたします」

「それだけ重要な仕事であるということだ。心してかかりたまえよ?」

「承知いたしました!」

「あとは、あ! そうだ。お前達は第9階層の巡回をし、そのまま警護に。確か誰もいなかったはずだ」

 

 身に余る御配慮に必ずやお応えしようと決意を新たにする私を余所に、次いで子飼いの吸血騎士団の中でも最精鋭である聖騎士や吸血メイド達に声をかけられる。

 偉大なる《神祖/ヴァンパイア ザ・ワン》であるネクロロリコン様が力の一部を削ぎ、分け与える事で生み出された真祖や始祖の吸血鬼達。至高の御方の直接的な血族である彼等は一人一人が階層守護者に迫るほどの猛者達とお聞きしております。なるほど格式高いロイヤルスイートである第9階層の守護を任せるに足る格と力を併せ持つ者は彼らをおいて他にないでしょう。

 

 その後も幾つかの御言葉をかけてくださったネクロロリコン様はしばし考えた後、モモンガ様に向き直られ号令をかけるよう促されました。

 

「―――以上だ。では皆の者、己が使命を果たすが良い」

 

 至高の御方の御不安を解消せんと、そして御期待に応えようと次々と退出していくナザリックの仲間達。それを見送られるという事は御二方はこのナザリックの最奥たる玉座の間に残られる御様子。なるほどこの玉座の間こそが最も危険が少ない場所に違いありません。我々シモベに調査を命じ身の安全が確保されるまでは最も安全な場所に身を置かれる、正しく支配者として最善の行動と言えましょう。感服すると同時に後ほど幾人かメイドを部屋の前に回しておくよう手配しておかねばと心にとめおく。

 

 さて、私達も至高の御方々のご期待に添えるよう全力を尽くさなくては。

 気合いを新たに私達も玉座の間を辞したのでした。

 




という訳で第2話は突然NPC側の視点で始まりました。
それというのも最初の邂逅のシーンはプレイヤーが困惑しつつどうにか上手く話を合わせようと四苦八苦するのが見所だと思うのですが、既に他の二次創作等で見あきている内容なので奇をてらってみました。少しでも楽しんでもらえたなら幸いです。
シモベの一人であるセバスの視点でやっぱ至高の御方すげえ!ってなるシモベの心情などが上手く描けていればよいのですが。
あと敬語がかなり怪しいです。おかしなところがあったら御指摘いただけますと幸いです。

ちなみに次回は普通にネクロロリコン(オリ主)視点で反省会をやります。



おまけとして使ったスキルなどの解説と言い訳を少々

『防御陣形構築』
「将軍/ジェネラル」のスキルで自分を中心に設定したモンスター等を召喚して配置するスキル。ネクロはヘロヘロさんから習ったマクロを使って細かな配置なども弄ってます。

〈眷族招来【影狼/シャドウウルブズ】〉
「吸血鬼」のスキルでシャルティアが使った眷族招来と同じく設定してあるモンスターを呼び出すスキルです。ネクロは主に司令官系のスキルを取っているので出せる数がシャルティアより多くやや強化されています。

《神祖/ザ・ワン》と吸血鬼
イベントボス神祖カインアベルを始祖の時に倒すと手に入るアイテムを使ってなれる吸血鬼最上位種族。一応本家にも存在するそうですが細かい部分はオリ設定です。エフェクトが派手になる?らしいですが。
吸血鬼は元々前衛型のステータスとスキルを有し、上位の種族になるとプラスして魔力が上がると予想。しかし上位吸血鬼で魔法使いになるくらいなら初めから魔法使い特化な種族をやった方が無駄がなく強い。だから上位種族を取るよりナイトなどのクラスレベルを取った方が前衛に特化出来て強かったのではと思います。中途半端は弱いというのがオバロ公式設定の基本ですし。
ガチビルドらしいシャルティアを見る限りは魔力が伸びてくる真祖にして前衛よりの魔法戦士にして殴るのが強かったのでしょうか。

「血族」
神祖のスキルで特定の量の経験値を消費して作り出されたNPC。傭兵NPCや拠点防衛型NPCがあるなら御供用NPCもあるに違いないという妄想の産物。吸血鬼しか作れない、最大レベルは種族と作り手のスキルに依存、強いNPCが作れる始祖と真祖の数および血族の総数は決まっている、真祖・始祖にクラスチェンジするには経験値を追加投入、守護者達と違い普通にレベル上げしないといけないなどの縛りがあるため話題にはなっても実際に使う人はほとんどいなかった、みたいなスキル。勿論捏造設定です。
作中ではオリNPCを入れる為の口実であり主人公の中二っぷりを示すために主に使われることになります。



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3.支配者達の対談

勘違いされて困る支配者達のお話です。
玉座の間の扉が重い。


 NPC達が全て退出し、先ほどまでの物々しさが嘘のように静まり返った玉座の間。至高の御方々ことモモンガとネクロロリコンは頭を抱えていた。

 当然である。ゲームの最期だからとノリノリでやっていたロールプレイを他人にばっちり見られていた上にそれを真に受けられてしまいとんでもない誤解をされてしまったのだから。

 そもそもどうしてNPCが動いているのか? これはゲームではないのか? 思わずスキルを使ってしまったがメニューバーも無いのにどうやったんだろう? 等々疑問が次々と浮かんでは消えていく。

 

「夢、って事は無いんでしょうね。やっぱり」

「夢にまで見た状況、ではありますがね」

「じゃあゲームって可能性は?」

「これがゲームだとしたら拉致監禁罪辺りが適用される状況だねえ。それに電子なんとか法で触覚やら味覚嗅覚やらはダメなんじゃなかったっけ? つばを飲んだときとかになんとなく感じたんだけど?」

「そうなると、やっぱアレですかね? ゲームの中に入っちゃった的な?」

「そんなバカな、と笑えないのが困りものですね」

「ところでさっきのスキルはどうやったんです? メニューバーに近いものが見つかったんですか?」

「・・・いや、咄嗟に出たというか、なんというか。アレです、息をするようにって奴ですよ!」

 

 暫く考えてからフワフワした返答を返す。どうやって手を動かすのかを説明できないし声の出し方も口では説明できない。それらと同じ感覚で意識したら出来ると説明を続ける。

 それを聞いたモモンガは目を閉じているような雰囲気になり集中すると。

 

「あ、出来ました!」

 

 嬉しそうに語るモモンガの全身から禍々しいオーラが立ち上る。楽しげに絶望のオーラを纏い即死判定の波動を撒き散らす骸骨の姿は控えめに言っても邪悪な魔王そのものであった。

 

「なんとなくですけど魔法も使えそうですね! 残MPも体感的に解りますし」

「ゲームでここまで体に信号を送るなんてのはかなり無理でしょうし、やはりゲームの中に・・・!」

「可能性は高そうですね!」

「そうなると、マジックアイテムも普通に使えるみたいだし戦闘力はアバターそのままって認識でよさそうだな。これならナザリックにいる間は安全だろうね」

「アイテム? ああ、そのモノクルですか」

 

 モモンガはネクロロリコンが掛けている片眼鏡に目を向ける。細やかな細工の施された金縁のそのアイテムは勿論ただの飾りではない。レアなデータクリスタルと希少金属をふんだんに使った神器級装備であった。

 

「ナザリック1無駄に豪華な神器級装備と呼ばれ恐れられた成金貴族のモノクルですね!」

「ナザリック1格式高い神器級装備の悪魔貴族の片眼鏡です!」

 

 最上級装備である神器級の装備は製作に必要な希少金属やデータクリスタルを集めるのが非常に難しい。そのため作られるのは戦闘に直接関わるものばかりだ。しかしこの自称悪魔貴族の片眼鏡は違う。戦闘に使わない〈鑑定〉等の情報系魔法ばかりが大量にかかっている。それも普段使い用であるならその度に付け替えてやれば比較的製作の容易な伝説級から聖遺物級で収めることが出来るような効果ばかりである。その上であえて神器級の装備として作り上げてしまったのだからメンバーからは呆れと称賛の声が盛大に贈られることとなった。勿論その多くは「さすがはネクロロリコンさんぱねぇ!」という称賛(?)の声であったあたりアインズ・ウール・ゴウンメンバーの人となりがうかがえる。

 

「それの効果と言えば、ああ〈鑑定〉ですか。つまり今装備品などの名前や耐久値が眼鏡に映っているという事ですか」

「正確には頭の中に直接流れ込んできていますね。どうぞ」

 

 手渡された片眼鏡を付けてみると、確かに「解る」。装備品の凡その性能や身につけている小物の数々、そして口髭を生やす老紳士の姿と重なりあうようにしてもう二つの姿も「見える」。

 

「見えている、というのとは違いますね。姿がダブつくように真の姿が解りますし」

「凄かろう? 貴族たる者身につけるものはやはり特級の物でなくてはならんのだよ」

「はいはい凄い凄い」

 

 正しく夢にまで見た状況に緊張感が薄まりつつも、更に幾つかのスキルや魔法の効果を確かめ、感覚は少し違うとは言えいつもの使いなれたものだと結論付ける。

 

「さて、能力装備ときたらそろそろNPCについて考えますか」

「とりあえず敵ではないですね。全力で平伏していましたし。アルベドなんかあのまま首を落とされても本望って雰囲気でした」

「吸血騎士団についても問題なさそうです。なんというか、俺が作った奴等は繋がりみたいなものがあってなんとなくわかるんですよ、本気で守ろうとしてるのが」

「繋がり、ですか。メニューバーにあるタグ付きのステータスなどでしょうかね」

「ええ、体力とか状態とかもなんとなくわかる感じです。倒されたら直ぐに解るかと」

 

 ナザリック地下大墳墓の内部については各階層守護者達からの報告待ちということで問題ないと判断、外部のセバスとの連絡を取ることとなったのだが、ついに問題が発生する。

 

「何? 草原だと!?」

 

 弛緩した空気から一変したモモンガの雰囲気からネクロロリコンもまた気持ちを切り替える。

 

「それで、周囲に知的生命体やモンスター等は? ふむ。少し待て、ネクロさんとも情報の共有をしておかねばならん。一先ずナザリックに帰還し指示を待て。

 大変ですよネクロさん! なんかグレンデラ沼地じゃなくて草原地帯になってます!」

「え、何で?!アップデートで地形が変わったのか?ゲーム内時間が超進んだとか?!?!いやしかし・・・ふぅ、モンスターは何がいるんです?」

「え!? その、モンスターもそれ以外の知的生物もいないみたいですね。どうしましょう、一旦帰還するよう指示しましたがもう少し遠くまで行かせてみますか?」

「・・・駄目だな、離れれば離れるほど何かあった場合助ける手立てが無くなってしまう。よし、それなら索敵部隊を編成しよう!」

「そうなると、やはりアレですか?」

「俺と言えばアレだろうよ。ぷにっと萌えさん考案ヘロヘロさん協力の我が108の必殺技の一つ!」

「ちなみに107番目は?」

「え?!・・・サモンカスケード!」

「じゃあ3番目」

「えーっと、あー、そのー、完全人化?」

「それ昔ラッキーセブンって言ってませんでしたっけ? そもそも108も無いでしょうに」

「・・・48の必殺技にするべきだったか!」

「そういう問題じゃないと思いますが、まあとりあえず1階層に行きますか?」

「いや、その前に戦力を整えよう。〈伝言〉!・・・シャルティア君、今大丈夫かね?」

「(はい! 至高の御方以上に優先すべきもの等何一つありんせん)」

「まず、守護階層の方はどうかね? 何か異常は見つかったかね?」

「(いえ、全ての場所を見て回れたわけではありんせんが今のところは何も異常はみられませんえ?)」

「それは何よりだ。では一旦守護階層の調査を取りやめ、我が吸血騎士団を率いて地表部中央霊廟に集結せよ。その他の者は所定の位置にて待機。これより私と我等が盟主殿による地表部の視察を行う。その護衛を任せたい」

「(それはっ!光栄でありんす、直ちにネクロロリコン様の親衛隊を率い推参させていただくでありんす!)」

「ああ急ぐ必要は無いよ、私達も用意をしてから向かわねばならんのでね。そうだな、十五分後に向かうのでそれまでに用意しておいてくれたまえ」

「(十五分後に地表部中央霊廟でありんすね。了解したでありんす、今すぐ用意してくるでありんすからどうかごゆるりとお越しになっておくんなまし!)」

「ああ、あまり急がなくて良いからね。あと言いにくいようなら私との会話は廓言葉も控えめで構わないよ」

 

 《神祖》の血族であるため普通の吸血鬼より強化されている吸血騎士団の護衛と守護者最強の戦力であるシャルティア、これらを用いた布陣であればモモンガが後方で待機していれば撤退は容易い。最悪の場合でも〈鮮血の降雨〉を使って血の狂乱を引き起こし突っ込ませてやればたとえワールドエネミーの類が相手でもそれなりの手傷を与える事が出来るだろう。最悪の場合1から騎士団を作り直す羽目になるので出来ればやりたくないのだが、背に腹は代えられない。

 ちなみにネクロロリコンが考案した自称108番目の必殺技がこの『最終突撃命令』である。実際に使ったときはあの1500人からなる大攻勢に精鋭騎士団を含めた全軍を突っ込ませて相手の布陣を大いに乱す事に成功している。勿論自身を含めて全員玉砕し、後日メンバーの力を借りて泣きながらレベリングを行う羽目になったため二度と使わないと決めたのだが。

 

 モモンガもまたネクロロリコンの行動に応じてアルベドに連絡をとり内部の警戒レベルを最大限まで引き上げるよう指示を出す。

 相変わらず仕事が早くそつがない、流石は我等が盟主殿。思わず緩む顔を引き締め頼りになる盟友と共についに支配者達は玉座の間を出る。

 

 いざ未知の世界、新たなる冒険へ。




という訳で思ったより進みませんでした。今回で偵察隊を出すところまで行って、次回が忠誠の儀から作戦会議の予定でしたがカルネ村がまた遠のいてしまいました。

ネクロロリコンのキャラについて少しずつ掘り下げていったらどんどん伸びてしまい、結局玉座の間から出てません。
次はもう少し動きますよ!・・・きっと。


以下ちょっとした解説など、読み飛ばしてもらっても大丈夫です。

血族
随伴用NPC作製とか言うチート能力ですが、レベル1の下級吸血鬼か通常吸血鬼をそれぞれ経験値消費で生み出すというスキルで作り、後は頑張ってレベリングする必要があります。
そして勿論死亡時のペナルティである5レベルダウンとレベル0以下になった際のキャラ消滅もあるので『最終突撃』でみんな仲良く玉砕すると・・・という設定です。
便利そうなスキルなのでペナルティも重い、というオリ設定でした。

ネクロロリコン
インパクトが強すぎたせいか名前に対する反響がすごかったですね。ちょっと驚きました。

名前はネクロノミコンをもじっただけの中二的なネーミングの筈です。根暗な巫女んと悩んで横文字のネクロロリコンにしたという裏設定あり。
だからロリコンじゃないよ!
ペロロンチーノさんとも仲が良いしシャルティアを作る時に多大な協力をしたけどロリコンじゃないよ!
好きな女性キャラを挙げると幼女ばっかりだけど吸血鬼がロリキャラ担当になってる事が多いだけだよ!
決して少女性愛系不死者を自称している訳ではないんだよ!

以上、ネクロロリコン氏の弁解コーナーでした。


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4.胎動

最初に、神話級やら紳祖やらお恥ずかしいミス連発でお目汚し致しました。
この場を借りてお詫び申し上げます。



ちょっと今回は長いです。
ネクロロリコンのキャラや改変(?)されたあの方についても少しずつ出していきます。

では、ごゆっくりどうぞ。


「お待ちしておりました。愛しの支配者様方」

 

 一旦第9階層の自室に戻り装備品の最終チェックを行ってから表層部中央霊廟に転移したモモンガとネクロロリコンは深紅の鎧を纏う一団の歓待を受けた。

 中央には鮮やかな緋色の鎧を身に纏う銀髪の戦乙女、1階層から3階層の守護者シャルティア。

 脇に控えるは血族としては最下級の下級吸血鬼とは言え上限一杯までレベルを上げられた上揃いの全身鎧「アカゾナエ」を与えられた吸血騎士団。

 整然と隊列を組んだ騎士団は正しく転移してきた主達を待ちかまえていた。

 

「ご、御苦労シャルティア君。時間ぴったりだね」

「お褒めに与り光栄でありんす。しかしながら御方々の御命令とあらば万全を期すは当然のことでありんす!」

「うむ、シャルティア。お前の忠義に感謝する」

「感謝など! わたし達シモベは至高の御方々の御役に立つ事こそが喜びにして生きる意味でありんす。どうか感謝などと仰らないでおくんなまし」

「そうかね。ではシャルティア君、これより我々は変化した地表を直々に視察する。君は私の騎士団の半数を伴い先行し、我々の身の安全を確保して貰いたい」

「畏まりました。至高の御方々の先陣、見事務めて御覧に入れます!」

 

 何故だろうか、シャルティアが拳を握り気合いを入れる様子を見ていると何かを思い出す。

 

「よっしゃあ! 俺のゲイ・ボウが火を吹くぜ! ひとっ走りして先に陣取ってるぜぃ!」

 

 そうだ、みんなで狩りに行くとき率先して場を盛り上げてから狙撃に適したポイントに陣取るべく飛んでいく同志ペロロンチーノだ。ふざけているようで実際は位置取りで仲間を待たせないよう気遣う良い男であった。別に死んだわけではないが。

 

「どうかなんしんしたか、モモンガ様ネクロロリコン様?」

「いや、頼もしい姿をみて安心してしまったのだよ。君が警護についているなら安心だ」

「もっちろんでありんす! わたしの目の黒いうちは御方々に傷一つ付けさせたりしないでありんすよ」

「実に頼もしい、よろしく頼むぞシャルティア。では行くとしようか」

 

 騎士団を伴い意気揚々と進むシャルティアを先行させ警戒しつつ進んでいく。ゲーム時代にはそれこそ見あきるほど通ったこの中央霊廟もリアルになった所為か目新しい気がする。

 そんな益体も無い事を考えつつ霊廟を出ると。

 

「おお!」

 

 目に飛び込んできたのは満天の星だった。

 リアルでは汚染された大気に阻まれ、更に常夜灯の光が乱反射するためこれほどまでに明瞭な星空というものは地上から見る事が出来ない。

 本来ナザリックがあった世界ヘルヘイムも常夜の世界ではあったが分厚い雲が覆う荒涼とした世界であったため星空というものは存在しなかった。

 文字通り生まれて初めて見る満天の星をこうも突然見せつけられてしまっては思わず声の一つも洩れるというものだ。

 

 今は星空を鑑賞している場合ではないと我に返った俺は隣のモモンガさんに振りむき、同じくこちらを向いたモモンガさんと顔を見合わせた。

 どうやらそろってこの星空に心を奪われていたようだ。表情の無いはずの髑髏顔が何処となく気恥ずかしそうにしているように見える。俺だってそんな顔をしている事だろう。

 立ち止まった俺達を見て異変かと周囲を見渡すシャルティアには悪い事をしてしまった。

 

「すまないシャルティア君。我々がいた世界にはこのような星空は広がっていなかったものでね。思わず見惚れてしまったのだよ」

「それは素晴らしい事でありんす。美を愛ずる心は誰にも抑えることなど出来ぬとペロロンチーノ様も熱く語っておられたでありんすから」

 

 空を見上げて穏やかに語るシャルティアは正に貴族令嬢と言うべき雰囲気を身に纏っていた。

 ただし、同志ペロロンチーノの言葉という点だけがどこか引っかかるような気もしたが。

 

 外部の調査から戻ったセバス達と合流した俺達はそのまま開けた場所で広域索敵の準備に取り掛かる。

 やる事は簡単、〈眷族招来【吸血蝙蝠・群体】〉を使い最上位吸血鬼である《神祖》故に無駄に大量に呼び出す事の出来る吸血蝙蝠達を呼び出し群体操作に適したクラスである「将軍」のスキル〈散開〉と〈広域索敵〉によって一気に周囲の様子を探ってやるだけだ。これは元々一日数回使える〈眷族招来〉を緊急時に使う目くらまし以外で何かに使えないものかとぷにっと萌えさんに相談したところ、フィールドにばらまいて索敵させればいいと「将軍」スキルの使い方などを教えて貰って完成した代物だ。魔力を用いることなく地形の把握と敵の所在を纏めて調べ上げる事が出来る為意外と重宝している。更にばらまく眷族たちに〈視力強化〉〈看破〉〈敵感知〉〈感知増幅〉〈超常直感〉〈上位幸運〉〈加速〉と索敵に有用な魔法をたっぷりかけてやれば上位の情報系魔法詠唱者にも負けない索敵能力を発揮する事が出来る。

 

「行け、我が眷族達よ!」

 

 大げさに手を振り必要な魔法をかけた吸血蝙蝠達にとりあえず飛べるだけ飛んでいくように命令を出し全方位に出発させる。そういえば今一時を過ぎた頃だったと思うがこの世界では何時になるんだろうか? 草が生えるのなら日も昇るだろうけど。

 

「盟主殿、周囲の警戒網も私が構築してしまって構わんかね?」

「そうだな、眷族の数にまだ余裕があるなら頼む」

「承知した」

 

 全周索敵は自分を起点に一定角度ずつにまっすぐ進ませるだけで良いから簡単だが警戒網となると多少細かい指定がいる。このあたりは司令官型プレイヤーの腕の見せ所だ。

 

「〈眷族招来【吸血蝙蝠・群体】〉〈編隊・三分割〉! 第一『円周警戒陣形』! 第二『索敵陣形』! 第三『全周埋伏』!」

 

 新たに呼び出した吸血蝙蝠達を「将軍」のスキルで3チームに分割する。《神祖》の無駄に多い召喚数だから出来る荒技だ。これらにそれぞれ異なる命令を出す事でローコストハイリターンな警戒網を構築する。まず基点となる地点から一定距離を飛行させ続ける円周警戒陣形、次に基点から一定距離内をランダムに飛び回る索敵陣形、最後に基点から一定距離内に〈潜伏〉させて敵を待ちかまえる全周埋伏。空を飛びまわる吸血蝙蝠に気を取られているうちに伏兵として隠密能力にボーナスがかかった第3隊に引っかける事が出来るという草原地帯専用の中々いやらしい陣形だ。これを考えたぷにっと萌えさんはやはり天才だと思う。後はこれ見よがしに影狼をばら撒いておけば完成だ。

 ゲーム時代ではマクロで指定していた命令も頭に思い浮かべるだけで大体通じるのだから実に便利だ。それともずっとやっていたから出来るだけなのだろうか? このあたりは追々調べておいた方がよさそうだ。

 

「お待たせした盟主殿。全周索敵並びに周辺の警戒網の構築全て恙無く」

「うむ、流石は我が盟友ネクロロリコン。見事な仕事だ」

「なに、この程度雑作も無い」

 

 最後にドヤ顔で支配者ロールも欠かさない。

 俺達に守護者達が従っているのがゲームの仕様による強制的な作用なのか、あるいはこれまでナザリックを作り上げ維持し続けた実績によるものか解らないのでとりあえず凄そうなふりをしておくことで意見が一致している。今回やり過ぎなまでに各種スキルやプレイヤーズスキルを使いまくったのは勿論見栄を張るためだ。

 特に俺達アンデッドと致命的に相性の悪いシャルティアの反応はと見てみると、

 

「御見事でございます。あれほどの群体を縦横無尽に操作するとは流石は至高の御方」

「わたしも吸血鬼として見習わせていただくでありんす!」

 

 目を輝かせていた。

 見た目少女のシャルティアは年相応に、見た目老年のセバスもやや興奮した面持ちで称賛の言葉を贈ってくる。

 一先ず落胆されなかったようで何よりだ。

 

「ありがとう二人とも。だがこの程度の事、私からすれば児戯にも等しい事だよ?」

「流石ネクロロリコン様! この程度では称賛に値しないと仰るのでありんすね!」

「ナザリック1の将帥の御力。その片鱗、しかと拝見させていただきました。今後の糧とさせていただきます」

 

 ヤバ、さすがに調子に乗りすぎた。これ以上高度な操作技術はもう持ってないよ。

 モモンガさん助けて!

 

「うむ、何といっても群体の制御にかけては我等ギルメンの中でもトップの腕前だったからな。この程度雑作も無いとも」

 

 違うから! そっち向いたのはもっと褒めてって意味じゃないから!

「俺良い事言ったろ?」みたいなドヤ顔いらないから!

 

「盟主殿! 警戒網の構築も終えた事だしそろそろ内部に戻るとしよう、うんそれが良い」

「え? うむ、そうだな。シャルティアとセバスは本来の業務に戻るが良い」

「我々は一足先に第9階層の自室に戻り今後の方針について検討するので、御先に失礼するよ」

「ネクロさん? 二人とも、更なる忠勤に期待する」

 

 モモンガさんが言葉を終えるなり逃げるようにして転移する。

 いやあえて言おう、正しく逃げ帰った。

 そして転移した自室で思わず地面に突っ伏し「やっちまったああああああ! いきなり鬼札斬るとか初心者じゃねえかああああああああああ!!」と頭を抱えて悶える。

 恥ずかしすぎる。「この程度児戯にも等しい」ってその児戯が出来るようになるために何時間ソースコードと格闘したと思ってんだ俺は! これ以上のスゴ技要求されても正直思いつかん。

 ふぅ。

 まあ今のところは上位者としてメンツは保てたと思っておこうか。最近パニックになると妙に頭が冴える気がするけど「カリスマ」とか「エンペラー」とかのクラスが影響してるのかなぁ?

 暫く地面に座り込み頭を抱えてうんうん唸っていると、

 

「どうぞ、花茶です。御気が静まります」

「ああ、ありがとう」

 

 差し出されたティーカップを何も考えず受け取り口に含む。

 ああ、落ち着く香りだ。口の中に広がる香りと旨味。心が安らぐ。

 このティーカップも金縁にバラの意匠が実に俺好みだ。というより俺が気に入って買ったティーセットだ。

 

「・・・アルベド、君は何時からここに?」

「御命令に従い第9階層の点検を行っておりましたところ、丁度ネクロロリコン様のお部屋の点検中に」

 

 もう一口お茶を飲む。旨い。

 

「御代りをお注ぎします」

「ありがとう」

 

 床に胡坐をかいて座りお茶を飲む貴族風の装いの老人とティーポットを持ち脇に控える傾城の美女というシュールな光景がそこにあった。

 

「・・・先ほどの醜態は「世界の崩壊に伴う異変に襲われたこのナザリックを背負う至高の御方々の御心労は察して余りあるものがございます、どうか御自身のお部屋の中では御心安らかに」」

 

 そっかー、その設定まだ生きてるんだー。

 ちらりと顔を横眼で見るとにこりと微笑み返される。

 何という破壊力。これが守護者統括、同士タブラ・スマラグディナの最高傑作か。

 

「気遣い感謝する。ここで見た事は――」

「私はお疲れになったネクロロリコン様に備え付けのティーセットをお出しした、それだけでございます」

 

 皆まで言わせず微笑むその姿は正に女神。種族はサキュバスだが。

 

「私は眷族の操作に戻るのでモモンガさんの下に行っておくれ。集中する必要があるので暫く部屋には誰も入れないように」

「畏まりました。ではモモンガ様にもそのように御伝えしておきます」

 

 去り際に「どうか御自愛くださいますよう。我等シモベ達全員に代わりお願い申し上げます」と丁寧に頭を下げて退室していった。

 おそらく拠点のNPC達には多少情けない姿を見せても見損なわれたりしないだろう。少なくとも現状が落ち着くまでは。

 

 それにしても設定魔の同志タブラが書き上げたあの長大な設定文をおそらく忠実に再現しているだろうアルベドは正に理想的な女性にしてこれ以上ないほどに有能な存在と言っても過言ではない。

 ショックで頭を抱える俺に余計な声をかけず、それでいて素早く立ち直るようにアシストする様は素晴らしい。

 

「でも、」

 

 ビッチなんだよなぁ・・・

 

 




という訳で漸くお外に出ました第4話です。
あのお方は基本的に完璧に振舞ってもらいます。そのためネクロもモモンガさんも高評価です。
ただしビッチである。

誤字の修正と並行して魔法やスキルは〈〉で、種族は《》で、マクロ等を使って特殊な動作をしているときは『』にしてみました。
会話の「」以外はそれぞれ技を使ってるんだな~程度に認識してもらえればと思います。

なんとかの群体ってバラけさせて索敵させたら便利そうだなって考えから妄想した全周索敵でした。
流石に「ジェネラル/将軍」のクラスがないと出来ない、というオリ設定です。
覇王炎莉将軍閣下は「サージェント/軍曹」のクラスでゴブリンを動かしてそれっきりですが、新たに得た「コマンダー/司令官」や「ジェネラル/将軍」のスキルも見てみたいものです。
何が出来るようになるのでしょうか・・・ただでさえ過剰戦力なのに。

最後に、評価をしてくださった皆様、コメントを下さる皆様いつもありがとうございます。
何というか気合いが乗りますね、高低どちらも励みになります。
また次話も楽しんでもらえるよう頑張ります。


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5.至高たる所以

遅めのGWでもう一話。
ついに彼が出ます!


 ユグドラシルの終了から3時間後、再び玉座の間にナザリックの主力達が集結していた。

 今回は非常事態という事もあり多くのシモベ達は各階層の守護と点検に充てられており、この場に集ったのは階層守護者と特殊な立場の者達、そして支配者たるモモンガとネクロロリコンであった。

 

 報告会はアルベド主導の下、粛々と進められ、ナザリック内部にはユグドラシル時代との違いは見られない事、しかし周囲が沼地ではなく草原になっていた事、周囲数kmに渡ってモンスターも知的生命体も存在しない事、一先ずネクロロリコンの眷族による警戒網が敷かれており今のところ襲撃は受けていない事、そして眷族の一部を用いて周囲の索敵に向かわせたという情報が共有された。

 

 齎された情報を反芻してデミウルゴスは思う。これが至高の御方々の御采配なのかと。

 まず驚くべきはネクロロリコン様。

 突如起こったナザリックの転移。それを知るなり即座に警戒網を構築し更に周囲への索敵をもただ御一人で速やかにこなしてしまわれるとは。まさに個にして軍、破軍の主と呼ぶべき御方!

 同時にナザリック内部の調査を即座に命じられて異変の有無を調べあげさせたモモンガ様もまたその冷静さ堅実さは目を見張るものがある。

 凡百の輩ではとても浮足立って行動など起こせまい。異常時に必要なものは確固たる足場である事をよく御存じなのだ。流石は至高の御方々を纏め続けたナザリックの頂点。これがナザリックの支配者の姿か! 

 この尋常ならざる御方々の御役に立つためにこの非才の身で何が出来るのだろうか。

 

「す、凄いです。ネクロロリコン様! 僕達が内部の調査を行っている内に外敵からの襲撃を想定して手を打たれているなんて。そ、尊敬します!」

「ええ、マーレの言うとおりでありんす! いと高き御方々は未開の地であってもその御威光を御変わりなく世界に示しておられるでありんすよ!」

 

 その場を見ていたシャルティアの興奮ぶりたるやいささか目に余るものがあるが、外部への視察に親衛隊を率いて随行したのだからその心境は察して余りある。

 

「そのような事はない。君達が内部の調査を十全に行ってくれるという信頼があるからこそ、私が先んじて外部の調査を行う事が出来たのだよ。そして現に恙無く調査も終えてくれた。広大なナザリックを調べあげる事は簡単な事ではないというのにね」

「ネクロロリコンさんの言うとおり、皆の協力なくしてこの未曽有の脅威を乗り切る事は出来まい。皆の働きに期待している」

 

 何とありがたい御言葉だろうか。

 我等を必要とし、あまつさえ期待していただけるとは。

 その場に集うシモベ達は感動に震え、如何なる御命令にも必ずやお応えしてみせようと奮起する。

 

「そして早速だが君達に頼みたい事が出来た」

 

 士気が高まった矢先に新たな命令を下される。なんとシモベ冥利に尽きる御方なのだろうか。

 

「つい先ほど、このナザリックより南西方向約10kmの地点に小規模な村落を発見した。今のところ【影狼】を追加で派遣してはいるが、日が昇ってからは闇に紛れる事が難しい。そこで、君達の中で隠密能力に長けたシモベを選出しこの村の調査をしてもらいたい」

 

 何ということか。内部の防衛体制を速やかに構築したのみならず外部の調査ですら既に結果を出してしまわれるとは。

 しかしこの御方の凄さはやはりシモベの扱いの巧さ。全てを自らこなすのではなく、十分に道を示された上で後は自ら考え動く事を求めておられる。それが出来るという信頼をこめて!

 これに応えぬシモベなどシモベとは認めない。少なくともこの場に集うもの達はそう断言するだろう。

 

 アルベドが支配者の求めに応え、エイトエッジアサシンを使わした上で第6階層のニグレドを動かし監視体制に入る事を進言する。

 それを受けて御二方も満足気に頷かれ採用、エイトエッジアサシンを後ほど呼び出し正確な座標を伝えることとなった。

 

 更に村人の脅威度を測り、危険性が低ければ人員を派遣し交流を図る案を提出。これも即座に受諾し早速派遣する人員の選定に入られた。

 正に果断即決、尋常ならざる速度で今後の方針と取るべき行動が決まっていく。

 しかしここで新たな情報が入り会議は大きく動くこととなる。

 

「皆、新たな情報が入った。件の村は人間種が住む村落で、数は100にも満たぬ模様だ。モンスター等を飼っている様子は今のところ無い」

 

 人間如きにそれほど過剰な警戒をする必要は無い。即座に捕えて情報を吐かせるべきとの声が多数上がる。

 シモベ達は皆この意見を支持したが至高の御方々は即座に斬って捨てる。

 

「この世界の存在の力量が不明な状況で無暗に攻め込み、万一返り討ちにあえば今後のナザリックは立ち行かない」

「我等ナザリックが何故この地に来たのか、それが解らない以上同じく世界の終焉に立ち会った他のプレイヤー達もまたこの地に来ている可能性が多分にある。その状況下でいきなり敵を作りにかかる等無謀である」

「仮に村の戦力が乏しく情報の搾取が容易くともその支配者がいた場合対立、あるいは不利な状況での交渉をすることになってしまう」

 

 と諌められたのだ。

 

 皆この深謀遠慮に感銘を受けまずは戦力の分析と周囲の状況整理、その上で改めて使者を選定する事で話はまとまる。

 至高の御方々の御言葉がなければ、あるいは精強な軍勢を無用に敵に回しこのナザリックが襲われることとなっていたかと思うと、自らの配慮の足りなさが情けない。

 今後はより一層深く思考し、至高の御方々の御手を煩わせる事の無いようにせねばと心に誓う。

 

 

 

 現状打てる手はこれ以上ないだろうと会議は終了とし、最後に紹介すべきものがあると一人のシモベを前に出させた。

 

 パンドラズ・アクター。

 ナザリックの会計を担当する宝物殿の領域守護者。

 偉大なる至高の御方々の頂点であるモモンガ様が御作りになった守護者。

 情報だけならば多くの者達が耳にしていたがその姿を見たものは無かった。

 しかしこの非常事態にあたり戦力として表に出す事を決断なされたという。

 

「ではパンドラズ・アクター君。皆に自己紹介を頼む」

「畏まりました、ンゥネクロロリコン様!」「ひょ?!」

 

 大仰に御方々に一礼し守護者達に向き直る。

 

「ゥわたしの名はプァンドラズ・アクター!」「ひ」

「至高のゥオン方々の頂点! ンゥモモンガ様に御作り頂き」「ひぃ」

「至高のゥオン方々の命の下、畏れ多くも宝物殿の管理を任されておりました」「ヒギィ」

 

 大きく手を振り肩にかけた軍服を翻す大仰な名乗りから始まり、力強く拳を握り、帽子の縁に指をかけ、指先をスライドさせつつ最後の決めポーズは手で顔を隠しつつの斜め45度!

 

 その独特のアクセントと無駄に大仰ながらも無駄に洗練された所作に度肝を抜かれる守護者達。

 しかし凍りついた玉座の間において凍りついていない者がただ一人いた。

 

「素晴らしい口上でした。アクター(役者)としての己を知らしめる洗練された動きと台詞、さぞや研鑽を積まれた事でしょう」

 

 拍手と共に微笑みながら褒め称えるは守護者統括・アルベド。

 アクターの名から至高の御方々を楽しませるべく作られたのだと即座に理解し、十全にあるべき姿を貫くその様を称える。

 

「お褒めに与り恐悦至極です、お嬢さん(フロイライン)」

「名乗りが遅れ失礼いたしましたわ、ぅわたくしは! 偉大なる錬金術師タブラ・スマラグディナ様の御手により生み出され、守護者統括の大命を任じられし者、アルベドと申します。以後良しなに」

「これは失礼いたしました守護者統括殿」

 

 大きく翼を広げこちらも大げさな所作で即興のセリフを歌い上げるアルベドもまた中々の役者と言えよう。それでいて最後の一礼を貴婦人としての作法に則ったもので締める事で言外に小娘扱いを窘めているのだから侮りがたい。

 見事な返しを受け瞬時に非礼を詫びるパンドラズ・アクターだったが、こちらはどこか嬉しそうですらあった。

 

 その後もアルベドに触発された各守護者達も各々の創造主を褒め称え自身の役割と名を負けじと大げさな動作付きで名乗っていく。

 それを受けるパンドラズ・アクターもその一人一人に拍手で応え挨拶を交わしていく。

 聞けば名乗りの最中の所作はなんとモモンガ様とネクロロリコン様が考案なされたものだとか。

 これは表に出るとするなら不測の事態が起こったときである事を考えると、出てきた際に即座に溶け込めるようにあえて大仰な名乗りを教えておられたに違いない。そしてそれをさせる為にあえて皆の前に出させたのはモモンガ様。

 早速他の守護者達に溶け込んでしまった新たなる仲間を見ながら、デミウルゴスは支配者達の周到さ用心深さに恐れ入る。

 

「恐らくは緊張をほぐすためでも、あったのだろうね」

「どうかなさいましたかな、ェ炎獄の造物主ッ! デミウルゴス殿?」

「ああ、頼もしい仲間が増えた事を喜び、それ以上に偉大なる支配者様方の深謀遠慮に感銘を受けていたのだよ」

「・・・さようですか。このパンドラズ・アクター!必ずやご期待に応えて、いえ、御期待以上の働きを御覧に入れましょう!」

 

 おどけてパフォーマンスをする新たなる仲間に笑みを深くするデミウルゴスは、共に御方々を盛り立てていきましょうと硬く握手を交わし壇上から暖かく見守る偉大なる支配者達を見上げるのだった。

 




渾身の中二ポーズを曝露された至高の御方々は生温かい目で眺めていたのだった。
イイハナシダッタキガシタンダケドナー

勝手に膨れ上がっていく支配者像と上がり続けるハードルを必死に超えようとするのがオバロの醍醐味ですね。

パーフェクトアルベドさんは有能、ドウテイコロコロだって御手のものです。
アクターの設定にどう書かれているかは解りませんが、作ったモモンガさんの影響を大きく受けているとすれば・・・?
有能な副官ばかりでモモンガさんも安泰ですね!


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6.出撃準備

本日二度目の投稿、次は短いGWが終わってしまったので数日空くと思われます。

今回は再びシモベ目線、と言うか会議をネクロ達目線にすると進まない病気に罹ってしまったのです。
多分これからも「御方々すげえ!」するために会議等のシーンはシモベ目線で心中を語って貰うことになると思います。

第三者目線は・・・最初書いてたんだけど膝に〈トゥルーダーク〉を受けてしまってな。


 ナザリック時間2日午後8時、転移から44時間が経過した段階で都合3度目の会議を執り行う事となりました。

 勿論主な議題は昨日ネクロロリコン様が発見なされた人間の村の戦力分析と送りだす使者の選定であります。

 

 送り込まれた我等エイトエッジアサシン隊はネクロロリコン様の眷族【影狼】の皆さまと交代する形でナザリックに帰還しており、守護者統括アルベド様に報告して報告書を作成して頂きました。更にそれだけでなく会議の場に私めも参加するという念の入れようであります。

 ナザリックの今後を占う重要な会議に直々に作られた守護者の皆様以外が参加することは憚られましたが、

 

「何を憚る事があるのです、貴方は我等ナザリックの仲間の一人として至高の御方々に作られし者。何より直接現場を見て来た貴重な人材なのですから、参加に異を唱える者などいるはずがありません。大丈夫、何かあってもわたくしがフォローしてみせますわ」

 

 との御言葉を頼りに出席する事となりました。

 

 あの偉大なる支配者ネクロロリコン様の眷族の方々と交代で戻っている事を申し訳なく思いつつも、この不肖の身が直接御方々にご報告出来る事を大変誇らしく思っていた事はシモベとして否定できません。

 

 

 

「以上で報告を終了いたします」

「大儀であったエイトエッジアサシン隊隊長殿。未開の地への潜入任務、この危険な任務を無事にやり遂げた君達エイトエッジアサシン隊の皆の事を私は誇りに思う」

「こ、光栄であります! 我等エイトエッジアサシン隊、今後とも御方々の御役に立つべく鋭意努力させていただきます」

「ああ、私もお前達の働きに満足している。感謝するぞ」

「感謝など! 勿体なきお言葉、我等を今後とも御使いいただければこれに勝る喜びはございません「では! エイトエッジアサシン隊の皆の情報を精査し今後の方針を決定してまいりましょう」」

 

 至高の御方々直々のお褒めの言葉に感激し混乱しかけていた私に対し、割り込ませるようにして守護者統括様が次の話題を促して下さいました。

 あのまま話していては無様にこれからもどうぞ御使い下さいと他の守護者の皆様を押し退けるような発言に至っていた事でしょう。危ないところでありました。

 

「要点を整理しますと。この村はカルネ村という名称で総人口は120人ほど。日中は主に農作業をしておりこれが主産業と思われます」

「派遣した部隊が察知され偽装工作を行っている可能性は?」

「可能性は限りなく低いかと思われます。理由といたしましてはエイトエッジアサシンに気付いた者は無く、また農作業などの様子から非常に脆弱な肉体をしている事も確認されております。更にニグレドの調査により村人のレベルはやはり5にも満たないとの報告も上がっております」

「ふむ、ご苦労だったアルベド君。では村に使者を派遣するにあたって危険性はほぼないと考えても?」

「はっ、カルネ村及びその近辺に我等を害するだけの力を持つ者は見られませんので危険性は限りなく低いと考えられます」

 

 ここまでの会議でカルネ村の危険性が低い事が解り、後は誰を使者として送るかが今後の議題となるのでしょうか。

 

「ならば使者は私だな。盟主殿、構いませんな?」

「お、お待ちください! 何ゆえ脆弱な人間ども如きとの交渉を至高の御身がなさるのでしょうか」

「そうでありんす! レベル5程度の者と言えど至高の御身に万が一の事があっては!」

「コノヨウナ些事ハ我等シモベ達ニオ任セ下サイマセ!」

「そうですネクロロリコン様! なんなら私達がひとっ走りしてきますからどうかナザリックで指示をお願い致します」

「そ、そうです! あんな奴等の所に態々至高の御方が足をお運びになるなんて!」

 

 ネクロロリコン様の御言葉に会議室は沸き立ちます。

 当然です。何故態々至高の御方々の御一人があのように寂れた村に出向かなくてはならないのでしょう。むしろ拝謁すべくあちらから挨拶に出向くのが筋というもの! 

 

「まあ落ち着きたまえ。私とて、何も無用な危険を冒したい訳ではない」

 

 落ち着きを払った様子で片手を上げ守護者の皆様を宥めるネクロロリコン様。我等には考えもつかぬ崇高な御考えがあるのでしょう。皆様も一時口を閉じて発言を待たれます。

 

「まず、この交渉は我等ナザリックとしての初の外交だ。その発言には多大な責任が伴う。たとえ寒村の村人が相手であっても発言を反故にするような事は出来ない以上それなりの立場の者が行かなくてはならない」

「でしたら守護者統括であるわたくしか軍事総括のデミウルゴスであれば」

「君達の能力に疑問は無い。しかしよく考えてほしい、この村に住むのは全て人間種であり、それ以外の種族は今のところ確認されていない。人間種というのは困ったことに異種族というモノを極端に恐れ排斥する傾向があるのだよ」

「それで私やアルベドが候補から外れる、と?」

「そうせざるを得ない。単に異種族であるというだけで交渉が成り立たない可能性が、困ったことに非常に高いのだよ」

「鎧を纏って村に出向くというのは如何でしょう?」

「君は全身フル装備の客人を素直に客間に通すのかね?」

「それは、仰る通りでございます」

「ではわたしは如何でしょう? 見た目は人間と変わりませんえ?」

「……守護者の身分であり人型である君は確かに最低限の条件を満たしてはいる。だが、君に細かい交渉が出来そうかね?幼子と侮られたとき威圧する以外に話を続けさせる手段があるのなら構わないが?」

「それは、その」

「ナザリックの未来を決しかねない大事な第一歩、君に託しても「ネクロさん、そこまでです」」

「! すまなかったシャルティア君。私も少々気が急いていたものでね」

「いえ! 至高の御方が謝られる必要などございません。何も考えず発言したわたしに問題が」

「そうであっても! 自発的な行動に水を差すなど上に立つ者として恥ずべき行為であったと私は考える」

「ですが、「シャルティア? 至高の御方が不問に付すと仰って下さるのです。この度は軽挙な発言であったと反省し次に生かすべきではなくて?」」

「……はいで、ありんす」

 

 あのシャルティア様が竦み上がるとは、軍を預かる将であらせられるネクロロリコン様の眼光はやはり凄まじい。しかし反対なさる御様子が妙に必死でありましたが、いえ私の気のせいでありましょう。ナザリックの未来を真摯に御考えの上で万全を期すべきとの御判断でありましょう。ありがたい事でございます。

 

「私が行くべきという理由は立場や姿だけではない。まず私は姿形をある程度操作できる「シェイプシフター」のクラスを極めている。このクラスのスキルである〈完全人化〉により人間種の土地にも問題なく忍びこむ事が出来るのだ」

「御言葉ですがネクロロリコン様。〈完全人化〉のスキルは御身の吸血鬼としての御力が全て」

「うむ、その通りだデミウルゴス君。しかしあくまで吸血鬼として種族スキルやアンデッド等の異形種専用クラスのスキルが使えなくなるだけの事。それ以外のクラスは全て使用可能でありステータスも、まあこの人間的な状態は著しく劣化しているとはいえ、最上位異形種レベル100のものだ。レベル一桁の村人に後れを取る事は無いし、億に一つの可能性に備えて部隊を配置するつもりだとも」

 

 最悪の場合即座に〈完全人化〉を解いて〈時間逆行〉や〈肉体再生〉のスキルを使えば、たとえたっち・みー様やウルベルト様相手と言えど致命傷を貰う事などない、と語るネクロロリコン様にこれ以上反対の声を上げる者はおりませんでした。

 

「それに私の習得したクラスには「カリスマ」というものがある。これは交渉や対話の判定にボーナスが出るクラスだ。これを使い幾度となく人里に潜りこんで様々なクエストをこなしたものだよ」

 

 人里に潜りこむノウハウ、ナザリックでの立場、「カリスマ」によって齎される交渉の有意性に〈完全人化〉のスキル。ここまで揃っては守護者の皆様も否やを申す者はありませんでした。

 

「では続いてカルネ村に赴く際の護衛について詰めていこうか」

 

 次なる議題に進むよう促すネクロロリコン様の御言葉を受け即座に挙手する者がおりました。

 

「恐れながら申し上げます。その大任、是非ともこのデミウルゴスにお任せ頂きたく」

「ナザリックにおける軍事部門のトップである君以外に任せられる者等いる筈あるまい? 勿論君にお願いするつもりだったとも」

「出過ぎたまねを致しました。申し訳ありません」

「いや、私は先走り過ぎるきらいがあるからね。君の自発的な行動は嬉しく思うよ」

「ありがとうございます。このデミウルゴス、偉大なる将帥にあらせられるネクロロリコン様には程遠い不肖の身ではございますが、全霊を以てこの大任を全う致します! どうかお任せを」

「そ、そうかね?私はあくまで眷族の扱いが上手いだけで軍事の才覚とはまた別問題だと思うのだが……?」

 

 謙遜を仰るネクロロリコン様の御言葉に「また御冗談を」と恐縮するデミウルゴス様。あるいは同じく至高の御方にして盟友であらせられるぷにっと萌え様やベルリバー様を引き合いに出しておられるのでしょうか。私ごときでは想像もつかぬ神々の領域であります。

 

「では具体的な方針だが、君には盟主殿の傍らで全体の指揮を執ってもらいたい。私は盟主殿と常に〈伝言〉で連絡を取り合える状態を維持する予定だ。つまり君は」

「連絡の取れぬモモンガ様に代わり全体への指示を出す役割、という事ですね」

「セバス君も同じく盟主殿の脇に控えて貰ってメッセンジャー兼遊兵として待機となる」

「畏まりました」

「後は私の後方支援に徹する盟主殿に代わり全体を俯瞰し細かな指示出しもデミウルゴス君に頼みたいと思う。一歩引いた位置から見る立場というのは意外と重要なのだよ」

「仰る通りかと」

「待機場所は氷結牢獄でニグレドと共に私の監視を頼みたいと思うのだがどうだろうか?」

「よろしいかと思われます。ではわたくしはナザリックの警備を担当という事でよろしいでしょうか?」

「そうだね、地味な仕事ではあるが」

「同時に重要な御役目であると心得ております」

「最悪の事態に備えて完全装備で待機しておけ。ただし【真なる無】の携行は許可しない」

「畏まりましたモモンガ様」

「次にコキュートス君」

「ハッ!」

「君は遊兵としてデミウルゴス君の指揮下に入り何時でも出撃できるように待機していてくれるかね?」

「オ任セ下サイ、ネクロロリコン様」

「瞬間火力としては君が最強だ。いざ戦いとなった場合戦いを決する物はやはり火力だからね。私はあまり戦いが得意ではないので期待させて貰うよ?」

「畏マリマシタ。至高ノ御方の剣トシテ全テヲ切リ伏セテ御覧ニ入レマショウ!」

 

 瞬く間に陣容を揃えていかれます。眷族の操作が上手いだけだなどとんでもない事です。

 戦力の配分を次々と決めていかれるネクロロリコン様に全幅の信頼をおかれておられるのでしょう、モモンガ様は時折口を挟まれるのみで後は会議の進行を御覧になっておられます。まさに鋼の信頼関係と申せましょう。

 

「それから転移が阻害されている可能性も想定すべきだ。そこでシャルティア」

「はいでありんす!」

「君に私の精鋭騎士団を預ける。カルネ村の北に広がる森に潜み万一の場合はこれらを率いて村に突入、私の救援に来てもらいたい」

「精鋭騎士団と言えば、あの?」

「私の血族の中でも《吸血鬼》として生み出し「騎士」や「戦士」の職を取らせて育て上げた私の主力達の事だ」

「『紅薔薇騎士団』の指揮をお任せ頂けるとは! このシャルティア、この身に代えましても至高の御身をお守りいたします!!」

 

 至高の御身の御力の一部を譲渡する事で生み出された精鋭騎士団『紅薔薇騎士団』。格式高い彼の騎士団の指揮を任されたとあってはシャルティア様の喜びようも致し方ない事でしょう。

 

「アウラ君。君は索敵や隠密能力に長けたシモベ達を連れて森に潜伏しシャルティア君の援護を頼む。良いかい? 森の中は君が本領を発揮する環境だ、シャルティア君も君の指揮下に入れるのでデミウルゴス君の指示に従い確実に任務を遂行してくれたまえ。君の陣地こそが私の避難先であり、君こそが私の命綱なのだと覚えておいてほしい」

「はいっ! 森の中でならあたし達に敵う守護者はいません。お任せ下さい」

「シャルティア君、君はあくまでアウラ君の指示で動くようにね? 独断は許されないという事を肝に銘じたまえよ?」

「は、はいでありんす」

「マーレ君はアウラ君と共に私の避難場所の防衛をお願いするよ。出来れば君達の世話にならなくても済む事を祈っておいてくれたまえ」

「は、はいっ! ぼ、僕達の所に逃げ込むような事態になんてならない方が良いに決まってます! 僕達のことなどお気になさらず、どうか御身の安全を第一にお考えください」

「ありがとう、マーレ君。最後に、あー、パンドラズ・アクター君?」

「ゥ私にもこの大計における出番を! 頂けるのでございますね?」

「お、おう。君には……モモンガさんの所について最終兵器として待機して貰いたい、「ぅえ?!」41人のギルメン全員になれる君ならばどんな状況にも柔軟な対応が可能だからね!」「ちょ!」

「くぁしこまりました! このプァンドラズ・アクター! 如何なる状況であろうとも 万 全 な対応をして御覧に入れましょう!!」「「ふぉお!!」」

 

 パンドラズ・アクター様のやや大仰過ぎる対応を御覧になり至高の御方々も気力が充溢されたご様子。これは我々ナザリックのシモベ達は皆が参考にするべき行いなのでしょう。そうに違いありません。

 

 かくして守護者の皆様総出の作戦の概要がついに完成いたしました。

 私も先遣隊として日の出とともに【影狼】の皆様と交代して村の最終チェックを行う作業に入る事が決まっております。更に明後日の作戦当日は村に潜みネクロロリコン様の直近で近衛としてお守りする事も仰せつかっております。なんという大役でしょう。全体の指揮を執るデミウルゴス様にも劣らぬ大任と自負しております。

 

「では作戦決行は明後日の朝方。皆はそれまでに部下の選別や地勢の把握等の準備を十分に行っておくように。これは我が盟友ネクロロリコンさんの命にかかわる事だ。油断も慢心も妥協も一切許さぬ! 良いな?」

「「「畏まりました!」」」

 

「では私達は作戦の細かい打ち合わせを行うので先に行く。お前達の働きに期待している」

「この世界における最初の第一歩だ。皆で栄光へと歩みだすとしよう」

 

 最後に激励の御言葉をかけて転移される至高の御方々を見送り皆様慌ただしく作戦に必要な物資や人員の整理を開始されました。

 私もデミウルゴス様やアウラ様へ挨拶を行うと同時に当日の打ち合わせを行い、少し早めにカルネ村へと出発、【影狼】の皆様と当日の警備担当箇所などの打ち合わせをしなくてはなりません。

 至高の御方々の御期待を裏切る事だけは死んでも許されない事なのですから。

 

 




という訳で漸くカルネ村に行けます。
7話でカルネ村とかちょっとどころじゃないスローペースですね・・・でも会議シーンを挿んでやらないと情報をかき集める上に慎重すぎる二人組は行動が取れないのです。

某守護者の扱いについては、ネクロロリコンが同士と呼び特に親交のあったギルメンが作ったキャラと言う事もあって設定もよく知っています。そしておそらく作り手に似るのではという疑惑もあるのでやや扱いが慎重です。

さて、次はついに戦闘です!
漸く書けます、どうぞお楽しみに!

あ、いや、やっぱり程ほどでお願いします。


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7.軍狼の檻

明らかな過剰戦力ですがあくまでネクロロリコンを守るための予備兵力です。
そのため出番はあまりありません。



 貧しくも幸せな生活をするカルネ村は今無数の兵達に蹂躙されていた。

 いつもと同じ、そしてかけがえのない今日を過ごすはずだった人々は次々と襲われ彼方此方で悲鳴や怒声が響く。そんな中、両親の決死の奮闘により兵士の攻撃を辛くも掻い潜り村のすぐそばに広がる森林へと逃げ込んでいく姉妹がいた。しかしそのまま無事に逃げられる訳もなく、追いついた兵達の凶刃が迫りくる。

 両親に託された妹を守るため、姉は歯を食いしばり果敢に抵抗するも力及ばず殴り倒されてしまう。

 少しでも幼い妹が逃げる時間を稼ごうと立ち上がる姉、そんな姉を助けようと駆け寄る妹、そして下卑た顔を浮かべて剣を振りかぶる兵士。

 

 妹を守ろうと決死の覚悟を決めた姉、エンリ・エモットは眼前に迫る白刃に己の最期を悟る。何事もなければこれで死ぬ事だろう、ならばせめてネムだけでも助けて下さいと天に祈るしかなかった。

 

「GAAAaaahhh!!」

「ぐあっ、なんだこいつら!?」

 

 突如視界の端から襲いかかる灰白色の何かに兵士が吹き飛ばされる。そしてエンリを守るかのように灰白色の狼達が並び立つ。

 

「GRRRuuhhh!」

「狼? なんでこんなところに!」

「クソ! 森から出てきやがったのか」

 

 幼い姉妹を斬り伏せるだけの簡単な仕事から精悍な体躯を誇る狼との戦いに変化してしまった事に思わず愚痴をこぼす兵士達。しかし異変はこれだけでは終わらない。

 

「間一髪、と言ったところか。やれやれ間に合ってよかった」

 

 上質な仕立ての服を着込み片眼鏡をかけた老紳士が不快気な面持ちで歩み寄ってくる。

 オールバックにセットされた頭髪と丁寧に揃えられた口髭には白髪が交じっていたが、その眼光は鋭く全身には生気が満ち溢れている。何より全身に纏うオーラは怒気に満ちていた。そんな老紳士に騎士の如く付き従う灰白色の狼達もまた彼の怒りに呼応しているのか牙を剥き出しにして低い唸り声を上げる。

 

「な、なんだお前ら! どこのどいつだ」

「礼儀も知らぬか。もはやかけてやる情けは無いな。『これ以上悪さが出来ないようにしてやれ』」

 

 弾かれたように駆けだす狼達に反応する兵士達だったが野生の身でありながらも巧みな連携やフェイントを織り交ぜた攻撃に為す術無く剣を持つ手を食い千切られていく。

 

 痛みと恐怖に我を忘れ仲間のもとに逃げ帰っていく兵士達を見ていくらか溜飲を下げたのだろうか、老紳士はエンリに向き直り、

 

「危ないところだったね。御怪我は、無いはずがないな。幼い妹を守るその雄姿、感服した」

 

 と懐から赤い薬液の入った小瓶を取り出し「傷薬だ、飲みたまえ」と差し出した。

 

 エンリは死の危機を脱した事で抜けかけた気を張り直し、命を助けて貰った事の御礼を言い更に村を助けてほしいと必死に嘆願する。

 

「どうかお願いします御貴族様!」

「おっ!? 貴族。……私が貴族に、見えたのかね?」

「え? ええ、まあ」

 

 上品で高そうな仕立ての服を着込んで農民や冒険者という事は無いだろうと、それ以上に纏うオーラが自分達平民とは違いすぎるため思わず口にしたが不味かったかと焦るエンリだったが。

 

「うむ。ああいや、今の私は御忍びなのでね? ただの旅好きな老人という事にしておいてくれたまえ」

「は、はあ」

 

 ここでは深く突っ込まない方がいいだろうと曖昧な笑みを浮かべるエンリだったが、すぐさま村の危機を思い出し再び嘆願する。

 

「どうか村を御救いください! お願いします!」

 

 もとよりそのつもりだったのだろう、自称旅好きな老紳士は深く頷き、

 

「うむ、承知した。偉大なるギルド、アインズ・ウール・ゴウンが一人にして栄光あるナザリックの支配者の一人であるこの、……ブラム・ストーカーが! 微力を尽くさせて貰おう」

 

 言うなり彼に従う『軍勢』へと指示を飛ばす。

 

〈敵は無辜の民を襲う悪逆非道の輩、情けも容赦も不要! アインズ・ウール・ゴウンの理念の下、今ここに義の旗を掲げん!〉

 

〈下卑た笑いを浮かべた狩人気取りの悪漢共に誰が追われる獲物なのかを教えてやれ。そして村の中央に追い立てるのだ。奴等がやろうとしている事を、逆に味わわせてやれ。細かな誘導と住民の避難、そして死なない程度の攻撃の差配はお前に任せる〉

「Won!」

〈さあ、狩りの時間だ! 行動開始!〉

 

 指令を受けてリーダーと思しき狼は遠吠えを以て号令をかける。これに応えるようにして一回り小さい狼の群は一斉に村に目掛けて駆け出していく。

 しかしエンリは更に多くの、それこそトブの大森林そのものが動くかのような気配すら感じていた。

 

 

 

 その変化は徐々に、しかし確実に村全体を呑み込んでいく。

 

 まずは襲う兵士達。

 彼等はまず付近で聞く事の無い大型の獣の声を聞き任務に支障が出る可能性が頭によぎる。そして死臭につられて出張ってきた獣に襲われるのではという漠然とした不安に襲わることとなる。

 

 次に襲われる村人達。

 彼らもまた聞きなれない獣の声を聞き更なる異変が村を襲っている事を悟る。しかしただ襲われ、追い立てられ、殺されるだけの状況を変えうる何かがあるとも、何故かはわからないが感じていた。そんな僅かな希望の光が胸に灯り、結果熱が全身を駆け巡っていく。

 

 そして劇的な変化が起こる。

 片腕を引き千切られた兵士が逃げ戻ってきた事で兵士達にとっての脅威が迫ってきたのだと判明してしまう。見えざる獣の恐怖が徐々に兵士達に蔓延し士気の低下を引き起こし何より焦りが見え始める。

 同時に強者の優位性が崩れ始めた事を見てとった村人たちは農具を手に逆襲を開始、襲われるばかりであった状況を押し戻すことに成功する。

 元々村の中央に追い立てた後にそこで纏めて殺す算段を立てていた兵士達はけが人こそ多く出したものの死者はほとんど出していなかった。その事実がここにきて重くのしかかる。

 原因不明の恐怖に襲われ、息を吹き返した上に異常なまでに高度な連携を取って襲ってくる村人たちの逆襲にあい、更に獰猛な獣達までもが見え隠れしている。

 見える脅威と見えざる恐怖に駆られ、追い立てられていく兵士達。

 

 そして気がつけば兵士達は本来追い立てる筈であった中央広場に追い詰められていた。

 

 有り得ない、何が起こったというのか、何故この獣たちは村人を襲おうとしない、農民ごときがどうして自分達兵士に立ち向かえる。次々と疑問が浮かんでは消えていくが焦燥に駆られた精神状態ではまともな判断など下せない。

 腕をへし折られた者がいた。手首から先が無くなった者がいた。剣を咬み砕かれた者すらいた。それらの惨状が目に入る度に恐怖が足元より這い上がってくる。

 周囲を取り囲み唸り声を上げる統率された狼達に恐怖し、ついには泣き始め喚きだす者すら出始めた時だった。

 

「追い立てられ、一方的に狩られる気分を味わってどうだったかね?」

 

 他の狼より一回り大柄な見事な狼を引き連れた老紳士が現れる。

 その目には情けの欠片も無く、哀れな罪人が処刑される様を見下ろすかのような気配すら漂わせていた。

 事実この場を処刑場として考えていた兵士達からすればついに処刑人が現れたようにしか思えない。

 現に商人の息子であるという隊長が金を以て解決を図った際に放たれた殺意が凝縮したかのような視線はそれだけで隊長の口上を押しとどめ死を覚悟させたほどだった。

 

「……私は無辜の民が襲われている事が我慢ならなかった。そしてなにより我等偉大なるギルド、アインズ・ウール・ゴウンは虐げられる弱者の救済こそを是としている。だからこそ私は推参した。しかしながら命令の下で来ている君達を殺してしまうのもまた我等の理念から外れる行いだ。故に、装備を外し速やかに立ち去ると言うならば、これ以上私は君達と関わる気は無い。速やかに村を去りたまえ」

 

 もっとも村人たちの報復を止める事もしないのだが? と周囲を見渡すが、慣れない闘争に疲労しきった村人達は若干悔しそうに首を振る。

 

「では君達、『村が見えない場所まで御案内してあげなさい、二度とこの村に来ないように』」

 

 装備を解いた男達を狼達が村の外に追い立てるようにして駆けていく。その恐怖にひきつった顔を見て村人達は僅かに溜飲を下げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 村長に村を助けた御礼をと家の中に招かれるネクロロリコンをモニター越しに見て作戦の成功を安堵するモモンガは一旦〈伝言〉を切りデミウルゴスに捕虜の尋問の指示を出す。

 事の重大さを理解するデミウルゴスも即座に捕虜たちのもとへ駆けていく。

 

 この世界への進出、その第一作戦は今のところ大成功と言える状況だった。

 所属不明の兵団を発見したとアウラから連絡が上がった際は作戦の延期を視野に入れて静観の構えを取ったが村を襲う様子を見るや即座に救援を決意、疫病による間引きや犯罪者への粛清という雰囲気ではなかったことも一因としてあるが何より村人達との有利な接触を図る事が出来るとの判断があったためだ。

 なにより一方的な虐殺を見てアインズ・ウール・ゴウンのかつてのありかたを訴え救助すべしと声を上げたネクロロリコンとそれに応えたモモンガの発言が決定打となった。

 弱者が一方的に蹂躙される姿に心を痛めたネクロロリコンの言葉に従いデミウルゴス主導のもとアウラのスキルとシモベ達の協力により最初期に抵抗した一部の者以外は怪我こそすれど命に別状のない程度で済んでいる。

 

 至高の御方々の慈悲深さを称えるセバス達を残し部屋を出るデミウルゴスは一人別の事を考えていた。即ち至高の御方々の真の狙いとは何か、である。

 一人残らず捕えた兵士達、村に残された武器の数々、そして未だ解かれぬナザリックによる包囲網。

 

「やはりそういう事でしたか、ならば私も急がなくてはなりませんね」

 

 もし捕虜たちから不利な情報を聞けば即座に村を「兵士達」によって皆殺しにする事で事件そのものを握りつぶすおつもりなのだ。そしてとくに問題がなければそのまま村を救った英雄としての名声を得る。殺しを良しとしない慈悲深き英雄として。

 先々の事を見越して即座にこの判断を下したネクロロリコン様、そしてその考えを正確に読み取り出撃を命じられたモモンガ様。なんという智謀、そしてそれを即座に決行する胆力、やはり至高の御方々は我等のはるか上を行かれている。

 この素晴らしき主達にお仕えする事が出来る幸福をかみしめながら足早に捕虜たちのもとへ向かう。

 

 ご期待に添えられないシモベに存在意義など無いという覚悟を持って。

 




「カルネ村の戦い」

主演:ネクロロリコン
演出:デミウルゴス
協力:アウラ・ベラ・フィオーラ

スポンサーはギルドアインズ・ウール・ゴウンでお送りしました。

本編ではデスナイトさんによって無残な死を遂げる隊長さんもまさかの生還です、ちゃんと「村が見えない場所」に無傷で辿り着きましたよ!

明らかに過剰戦力でしたが本編のアインズ様はあくまで突発的に動いたから一人だっただけで情報を得てから動けばこんな感じで動いていたのではないかと思っています。
あの尋常ならざる用心深さは後の事を知っている二次創作であっても追い付くのが難しいレベルです。そこがオーバーロードの面白さですが。


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8.交渉

 村の救世主として村長宅に案内されたブラム・ストーカーことネクロロリコンは、ただのきまぐれで助けただけだと謝礼を受け取らず情報の収集に努めていた。やんごとなき身分の老人が世の見聞を広める為に旅をして回っているという設定で村の来歴などの当たり障りのない話に徹してボロを出さないように必死である。

 周辺の勢力やこの世界のあれこれについてはデミウルゴスが捕まえた兵士達からかき集めているだろうからむしろこの村とその周辺の情報の方が有用だろうと考えた結果でもある。

 これによりリ・エスティーゼ王国の開拓村である事、トブの大森林という危険地帯のそばだが森の賢王の縄張りだから森からのモンスターが出てくる事はないらしいという事、外貨獲得に森で採れる薬草を使っている等の情報を得る事が出来た。

 ついでにこの村で手に入る薬草などを幾つかサンプルとして持って帰る事も出来た。早速ナザリックに持ち帰って効能などを調べてみようと未知のアイテムにホクホク顔ですらあった。

 

 そんな異文化コミュニケーションの途中に死者の葬式のために中断させてほしいと申し訳なさそうに言われたため、関わった身であるので同席させて貰ったのだが。

 

 来るんじゃなかった。

 

 まさか最初に助けた姉妹の両親が初期に必死の抵抗で亡くなった数人の村人の一人であったとは!

 泣きじゃくる妹さん(ネムだったか?)を見ていると申し訳なさで胸が痛む。この子達の両親は村が襲われ始めた段階で直ぐに出ると決めていれば助かったはずだ。そしてこの姉妹が命の危機に陥る事も無かっただろう。

 しかし娘を守ろうと必死の抵抗をする両親を見て気が変わったのもまた事実。モモンガさんも気分が悪いだけで殺される村人達には特に思うところがなさそうだったが、俺も村人が殺される様子に何も思うところは無かった。ただ必死に娘達を逃がそうとする両親の姿と、おそらく無事を祈る心に動かされてしまったのだ。

 

 《神祖/ヴァンパイア ザ・ワン》。

 ユグドラシルにおける神の一柱であるカインアベルを倒した吸血鬼だけが至る事の出来る吸血鬼系統の最上位種。カインアベルの後継となる存在。そのため低級ではあるものの神の一柱として(設定上は)扱われている。

 そのあたりの設定が機能したため普通のアンデッドと違って生者の声にも反応してしまうのだろうか?

 泣きじゃくる妹を相手に気丈に振舞う姉(確かエンリだったはず)を見ながらそんな事を考えてしまう。

 こんな事を考えられる時点でまともな人間ではないだろうと思うが、このあたりの考察も後でモモンガさんと共有しておこうと記憶に刻みつける。

 

「すまない、私がもっと早く来ていたら君の両親も」

「いえ! ブラム様の御蔭で私達は生き残る事が出来ました。両親は私達を生かすために必死になり、わたしたち、も……」

 

 いたたまれなくなった俺は頭を撫でてみたが、堰を切ったように泣き始めたエンリに戸惑ってしまう。イケボで「俺がいるだろ?」とでも言う事が出来れば良いのだろうが、そんなスキルは無い。

 

「この笛を吹くと小鬼達が君に従うべく現れるだろう。困った時に使いたまえ」

 

 なので物で釣る事にする。

 大層な名前が付いている癖に効果がしょっぱいアイテム「ゴブリン将軍の角笛」。何か隠されているのではないかと大量に集めて様々な方法を試してみたが結局最後までその効果が解らなかった所謂ゴミアイテムだ。レベル一桁ばかりの村ではそれなりに役に立つだろうととりあえず二つ渡しておく。

 

 エモット家の墓前で手を合わせた俺はそろそろ話の続きを聞かせて貰おうと村長宅に向かおうとしたが、ここでモモンガさんから連絡が入る。

 またしてもこの村に兵士の集団が向かってきているという。それも複数。

 アウラの見立てでは、近くにいる方は先ほどまでいた兵士達と大差ない集団だが一人だけ少し強い者がいると言う。デミウルゴスが得た情報と合わせるとこれらがリ・エスティーゼ王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフが率いる戦士団の可能性が高いという。

 面倒事に巻き込まれる可能性が高いが、ここで逃げると黒幕扱いされるのではないかと考え残って会うことにし、その旨をモモンガさんにも伝えておく。

 

「村長! 村の近くに騎兵の集団が!」

「ブ、ブラム様……?」

「報復にしては早すぎる気もするが……村人達を村長宅周辺に集めておきたまえ。君は私と応対に」

「解りました! よろしくお願いします」

 

 そんなにビビらなくても危害を加えてくる事は無いから安心しなよ、と言ってやれないのが少しばかり心苦しい。あくまで一人で動いてる事にしておかないと面倒事になったとき困るから仕方ないが。

 

 不揃いの鎧や武器を身に付けた戦士の集団、先ほどの画一的な装備の兵士達と比べるとアウトローな雰囲気がするが、これが王国の戦士団のスタイルなのだろう。各々が使いやすいように改造して使うスタイルは中々悪くない。

 帝国の兵士達が付近の村々を襲っているという情報でやってきたという戦士団。彼等は村であった事を話す村長の言葉に驚き、続く俺の「ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの理念の下、虐げられる弱者を見過ごせなかったのだ!」と言う決め台詞に感動したらしく戦士長殿から握手を求められてしまった。

 この人も苦労しているのだろう。村人を守りたいという気持ちは間違いないが、それを存分に出来ないのだという無念の思いを感じた。

 クラス「エンペラー」のスキルに読心などは無かったはずなのだが、どういう訳かガゼフ殿の言葉からは真意が伝わってくる。村の人々からも凄いとかカッコいいとか守ってほしいとかの思いがひしひしと伝わってくる。

 

 これは、もしかすると俺はこの世界で神になったのではなかろうか!

 正確には神の一柱である神祖でしかないのだが。

 

 などと馬鹿な事を考えている内にもう1つの兵団が到着してしまう。

 

「ブラム殿、あの集団に心当たりは?」

「私は白ずくめの集団に知り合いはおりませんが、ガゼフ殿は?」

「ならばやはり私でしょうな。よほどこの私が邪魔らしい」

 

 やるせない顔で呟くも直ぐに気を取り直したように助力を要請してくるガゼフ殿に。

 

「国家間の諍いにまで首を突っ込む気はありませんな。ましてや戦う対価に給金を受け取る将兵達の命の取り合い、おまけに政争とあってはなおのこと」

「報酬は望まれるだけ御約束するが?」

「ならばこの付近一帯の土地を全て頂けますかな?」

「そ、それは私の一存では……」

「……ただの冗談ですとも。しかし出来もしない口約束をするのは頂けませんな?」

「ぐ、それは、不用意な発言をしました」

「まあなんにせよ、貴方に協力する気はありません。そろそろ帰ろうかと思っていたところですし」

「連れている狼達だけでも構いませんが?」

「私の言う事しか聞かないので、手を咬まれるかもしれませんぞ?」

 

 戦えば負ける事は確実である以上どうにか戦力として引き込みたいのだろうが、いい加減その気がないと解りあきらめてくれたらしい。口約束でこの付近の土地を贈ると言わないあたりやはり誠実さを旨とする男なのだろう。少しだけ気に入った。

 

「ならば、どうかこの村の住人達だけでも」

「それについては御約束しましょう。折角手ずから助けたのですから『あの連中に殺させたりしません』よ」

 

 俺の返答を受け満足そうに別れを告げる戦士長とその配下達。

 決死の覚悟で突っ込んでいく姿からは悲壮なまでの覚悟が見て取れた。

 

 

 

「太陽が地平線の彼方へと向かう黄昏時。

 輪郭が定かでなくなる事から誰そ彼という言葉からなったと言われるように、この時間帯は人と魔が巡り合う魔性の時間帯であるとされる。

 そのため人はこの黄昏時を逢魔ヶ時とも呼ぶ。

 人が魔と出逢ってしまうときであると。

 ッハァアアアたしてェ! 『魔』と出会ってしまうぬぅぉはッ! 誰なのクァァアアッ!!!」

 

「パンドラ、少し静かに」

「ハッ! 失礼いたしました、我が造物主様」

 

 悲壮な覚悟を胸に駆けていく戦士達だが、その光景をモニター越しに眺めるモモンガ達は完全に他人事である。

 それもそのはず、既にネクロロリコンは王国に恩を売るつもりだと宣言しており、アウラ達スタッフも準備は万端。後は戦士団が消耗したあたりでネクロロリコンが颯爽と駆けつけ共闘、そのままスキルマシマシで当然の勝利を飾るだけである。

 

「シカシコレホド回リクドイ行動ヲ取ル必要ガアルノデショウカ?」

「始めから共闘すればよい、と。そういうことかな? コキュートス」

「ソウダ。破軍ノ将ネクロロリコン様デアレバ御一人デ殲滅スル事モ容易イ筈」

「勿論その通りだとも。あの程度の軍勢では至高の御方々に傷一つ付ける事も叶わないだろうね。更に現場にはアウラとシャルティア、吸血騎士団の正規軍までいるのだから」

「ナラバ何故?」

「それは……」

 

 話しても構わないかと主の顔をうかがうデミウルゴスに鷹揚と頷くモモンガ。畏まりましたと一礼して、

 

「共闘した、という実績作りの為だよコキュートス。それも報酬のためではなく、善意で行ったと釘を刺すおつもりなのだよ」

 

 襲われる村人を助ける為に降臨した善意の救世主ブラム・ストーカー。そんな彼が血生臭い政争に首を突っ込むのは憚られる。しかし国民を守りたいと願う戦士長が姦計に嵌り命の危機に直面したのなら? 志を同じくする彼は居ても立ってもおれずに飛び出してしまう。

 そんなシナリオで王国戦士長という国家元首に直通な存在とのパイプを作るおつもりなのだ、と簡潔に説明する。

 更に、共通の敵との戦いを経る事で絆をより強固なものにする事が出来ると付け加えるパンドラズ・アクター(無駄なアクション付き)によって支配者達の思慮深さが一層際立つ。

 

 誰よりその思慮深さに驚愕しているのはモモンガであったが、あの設定好きで陰謀論マニアなネクロロリコンであればやりかねんと納得してしまう。

 

「流石はデミウルゴス、我が盟友ネクロロリコンさんの計画を全て言い当てるとは」

「いえ、私もここまで至って漸く全容が見えてまいりました。いえ、このカルネ村における計略、その一部でしかないのでしょうが」

「ネクロロリコンさんなら王国での立ち回りも既に考えている事だろう。一人で抱え込みすぎないようよく支えてあげてくれ、デミウルゴス」

「ハッ! 不肖の身ではありますが、全力で御方々の御手伝いをさせていただきます」

 

 モニターの中では既に壊滅状態の戦士団が映っていた。

 




現地勢はガチシリアスしつつナザリックはギャグで進む、大体こんな作りで行きます。
そして次回は現地勢で唯一アインズ様に手傷を負わせたあのニグンさんの登場です。
ネクロロリコンの運命や如何に!

こんな扱いですが現地勢の中ではトップレベルにガゼフの事好きですよ?
特に1巻の無双シーンは完全に主人公でした。不器用な生きざまが実に良いです。

そして全力でハードルを上げにかかるナザリックの愉快な仲間達。
ダメージレース的には一緒に勘違いするモモンガさん(こっちは素)はパンドラをモモンガさんに押しつけるネクロロリコン(わざと)と割と良い勝負しています。


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9.王国の勇者達

気がつけばお気に入りに登録してくれてる人が500人を超えてしまいました。
ありがたい事です。500人から面白いと言って貰えたようなものですから。

これからも楽しんでもらえるように頑張りたいですね!

追記:誤字報告機能便利ですね。異形種、ありがとうございました。


 倒れた戦士達を背に満身創痍の戦士長は尚も気炎を上げる。

 国を守り民を守る、そのために剣を執った。無辜の民を蹂躙するお前達を断じて許す訳にはいかないのだと。

 

 それを見る陽光聖典の隊長ニグン・グリッド・ルーインは、そのような狭い視野で戦っているからこのような場所で骸を曝すのだと切って捨てる。己の価値を理解できない愚かな男であると。

 そして油断も容赦もなくとどめを指すべく指示を出そうとして、やめる。

 勿論ガゼフの声に感化された訳ではない。訝しげに視線を送る先は倒れ伏した戦士団より更に後方。精悍な獣たちを従えた正体不明の闖入者。

 

「そんな愚直さが人を惹き付け、廻り廻って窮地を救うのであろうよ」

 

 突如何処からか現れた貴族風な老紳士の発言は明らかにガゼフに与する者のそれだ。「来てくれたのか」と呟くガゼフの様子から間違いないだろう。本人の強さは兎も角ひきつれている灰白色の獣たちは脅威と判断したニグンはガゼフを包囲する天使の一部を下げさせて防備に充てる。

 

「貴様何者だ? ガゼフ・ストロノーフの仲間か?」

「礼儀を知らぬ小僧め、人に名を訊ねる時はまず自分が名乗るものだぞ」

 

 見下すような返答にややいらだちを覚えるニグンだったが、一応相手がどこのだれかは知っておくべきだろうと怒りをこらえる。

 

「これはこれは、大変失礼いたしました。私はスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典の隊長を務めております、ニグン・グリッド・ルーインと申します。以後お見知りおき下さい。そしてよろしければ貴方様の御名前をお聞かせ願いますかな?」

「ふむ、私は偉大なるギルド、アインズ・ウール・ゴウンに属する者にして栄光の地ナザリックの支配者の一人! ネ、ブラム・ストーカー! 気軽に ブラム と呼んでくれたまえ」

 

 厭味ったらしく名前を訊ねてやったというのに平然と返してくるブラムとやら。アインズ・ウール・ゴウンにナザリックと聞かない名前ばかりだが、この場で出会った以上は生かして帰す訳にはいかない。ガゼフを助ける為にやってきたのならなおのことだ。

 ならばこれ以上の問答は時間の無駄だと切り上げたニグンは攻撃の指示を出す。

 

「ブラムとやら、愚かにもこの場に出てきた事をあの世で後悔するのだな! 天使達を一斉にけし掛けまずはそこの死に損ないに止めをさせ。狼共には牽制の魔法を放ち近寄らせるな、アレは危険だ!」

「『我々でガゼフ殿を助ける』、行けお前達!」

 

 魔法による援護を受けた天使の軍勢の猛威に曝されたガゼフだったが素早く駆けつけた狼達による防御陣形によって辛くも命をつなぐ。

 その後も素早く動き回る狼達がガゼフの周囲を駆け回り、時に天使に食らいついてガゼフに倒させ、時にガゼフを狙った攻撃から身を呈して防ぎ、また攻撃が緩んだと見るや襲撃を掛ける事で脅威を与える。徐々に狼達はその数を減らしながらも、天使もまた次々と討取られていく。

 恐ろしく高度な連携を取る狼達は間違いなく後方にいるブラムという老人の指示によって動いている。ならば彼さえ落とせばとも思うが、その立ち位置は後方の更に奥。魔法は届かず、天使達をけし掛けるにもその間に包囲を食い破られてこちらが壊滅させられてしまうだろう。そのためこの泥沼染みた消耗戦を続けなければならない。おそらくはあの老人の狙い通りに。

 歯噛みしつつもニグンは思考を巡らせる。先ほどから天使を仕留めているのはガゼフのみ、他の狼達はあくまでその補助を行っているにすぎない。囲みを強引に突破して隊員を仕留めに来ないのは目的がガゼフの救助であるためか。

 ならば好きなだけ守って貰おうではないか。

 

「包囲網を前後二重のものに構築し直せ、狼共の突破が出来ぬようになァ! 

 後は全力の魔法をガゼフに撃ちこめ、奴さえ倒せばこちらの勝ちだ!」

 

 狼達による強行突破を封じつつ最大火力で一気に仕留めにかかる陽光聖典に思わず舌打ちしてしまうブラムだったが、気持ちを切り替えて次なるカードを切る。

 

〈勇者ガゼフに率いられし王国の戦士達よ、何時まで地に伏しているつもりだ! 君達には傷ついてもなお民を守らんと戦う彼の姿が見えないのか!!〉

 

 兵を操るクラス「将軍/ジェネラル」。そのスキルである〈激励〉は仲間の士気値を上昇させる事で接触系攻撃や被ダメージに有利な判定を出させる事が出来る。マスクデータである士気値は別名やる気ゲージやテンション値などとも呼ばれ、上げ続けると『高揚』『興奮』『熱狂』とステータスの上昇やクリティカル率や回避率へのボーナス等が増える状態へと移行させることも出来る。勿論良い事ばかりではない。『興奮』状態では魔法が使えず、『熱狂』まで上がるとスキルが使えなくなるというデメリットが出てくる上、上限近くまで上げた『狂乱』状態は筋力等に大きなボーナスが付くが操作不可能な上に一定時間経つとHPが削られ始めるという諸刃の剣だ。そのため指揮官型プレイヤーは士気値の管理が大きな仕事であるとされている。

 なおゲーム時代は〈激励〉を使うとその場で動かなくなるだけだったが、現実化した今では頑張って声を出さなければならなくなっている。ゲーム時代のネクロロリコンが黙っていたかはまた別だ。

 

〈立て、王国の勇者達よ! 君達はガゼフ・ストロノーフ討伐のついでに倒されようとしている。そんなおまけのような最期で満足か!!〉

 

 ブラムの〈激励〉により戦意を取り戻した戦士達は一人、また一人と得物を手に立ち上がる。

 

〈あの者達はガゼフ・ストロノーフ暗殺のために罪なき民草を平然と虐殺する悪漢共だ! 諸君! あのような卑劣な輩にガゼフ・ストロノーフの首を取らせるつもりかァッ?!〉

 

 言葉を聞く度に全身に活力が湧き上がる。王国戦士団の一員である誇りが、無辜の民を虐殺する卑劣漢達への怒りが、そして何よりガゼフを救いたいという思いが彼等を駆り立てる。

 

〈正義の剣をその手に、いざ断罪の一撃を振り下ろせ! 〈突撃〉ィッ!!!〉

 

 クラス「カリスマ」による精神コマンドへのボーナス、戦士団の精神耐性への脆弱さ、そして単純なレベル差によって一気に『熱狂』状態まで士気値を高められた戦士団は、機動力と物理攻撃力に補正のかかる〈突撃〉の号令の下ガゼフ包囲網へと襲いかかる。

 元々スキルなどほとんど持たない戦士達は事実上ノーリスクで能力だけが上昇した状態である。倒せないまでも倒されない程度の能力を得た戦士達の出現により一気に陽光聖典の包囲網が崩されていく。

 

 突如息を吹き返した戦士団によって独力でのガゼフ討伐はほぼ不可能な状態に持ち込まれたニグンは切り札を切る決意を固める。

 この作戦は人類の未来のためにも失敗することは許されないのだから。

 

「最上位天使を召喚するゥ! 皆、時間を稼げェッ!」

 

 ガゼフの戦士としての直感があのマジックアイテムは危険だと警鐘を鳴らす。これまではどこか余裕の感じられたブラムが険しい顔で片眼鏡の位置を直している事からもやはり危険な代物に違いない。

 

『大丈夫だ、何も問題ない』

 

 思わず振り返ったガゼフに敢然と言い放つブラムだったが、覚悟を決めた者特有の気配が見える。

 

「勝負どころだストロノーフ殿、覚悟を決めて貰おう!」

「元よりここを死地とする覚悟を決めている! どうすれば良いッ!?」

 

〈英雄足らんとするならば越さねばならぬ窮地だ、ガゼフ・ストロノーフ! そして勇猛なる戦士達よ!!〉

〈悪逆非道の輩に今こそ正義の鉄槌を振り下ろすのだ!!〉

「〈最終突撃命令〉ェェエエエエエ!!!」

 

 〈激励〉の重ね掛けから思考停止で全力攻撃させる最上位の攻撃指示による突貫。既に限界ギリギリまで士気を高めた戦士達は『狂乱』状態でニグン目掛けて突撃する。

 攻撃をものともせず死に物狂いとなって襲い来る戦士達を目にした陽光聖典の隊員達は士気の低下により『恐怖』状態になり行動が制限されていく。

 法国の至宝を使うことに幾許かの葛藤があったニグンもまた『恐怖』状態にはならずとも萎縮して発動を数瞬遅らせてしまう。

 

 そしてその僅かな時間が明暗を分ける事となった。

 

 戦士の直感がガゼフを突き動かす。ここで、この刹那に勝負を決さねばならないと。

 残る体力を振り絞り全身に気力を行き渡らせる。

 今必要な武技は未だ習得していないもの。しかし、今この瞬間であれば必ず使える。

 

 否、使ってみせる! 

 

「武技〈疾風走破〉アアアアアアアアア!!!」

「なぁにぃぃぃぃぃいい!?」

 

 すれ違いざまにマジックアイテムを持つニグンの右腕を斬り飛ばす。

 僅かに光が漏れ出していたが、ギリギリ発動に間に合ったのだろう。何も起こらない事を確認し安堵するも、突如激痛が全身を襲う。

 

 無理に無理を重ねた影響で血を吐き激しくせき込むその体を支えるものは、もはや戦士の意地と大地に突き立てた一振りの剣のみだった。

 

「惜しかったな、ガゼフ・ストロノーフ。やはりお前は人類の剣となれる男だった」

 

 土壇場で限界を超えてみせたガゼフを前に、切り落とされた右腕の傷口を押さえるニグンは称賛の念すら感じていた。

 そして同時に何を言っても無駄である事も理解してしまった彼は、背後に控えさせていた【監視の権天使】に攻撃を命ずる。

 

「【監視の権天使】よ、その男に止めを「〈入城/キャスリング〉!」 な、何ィ!?」

 

 ガゼフがいたその場所に突然現れたのは後方で指揮を執っていたはずの老紳士ブラム。あわててブラムがいた場所に視線をやると崩れ落ちるガゼフの姿があった。

 

 その隙にブラムの下へ狼が駆け寄って水晶を差し出す。予め魔封じの水晶を回収させておいたのだろう、その抜け目なさに思わず唸るニグン。

 

「切り札というものは、最後の最後まで取っておくべきものだよ。高くついたが良い授業だったろう?」

 

 発動の準備が整い光を放つ魔封じの水晶を掲げるブラムの様子から使い方と効果を知っているのだと悟るニグンは屈辱に顔を歪ませながらもジリジリと後退する。

 

「そして、チェックメイトだ。この第7位階魔法を使われたくなければ速やかに兵を纏めて去りたまえ。『私は追わない、後はお好きにどうぞ』」

 

 ニグンは屈辱と痛みに顔を歪ませつつ現状把握に努めるも、もはや勝敗は覆せないと悟る。

 あと一息だった。戦士団は無理がたたって既に倒れている。ガゼフも最後の力を使い切った。狼達も無傷なものは無くほぼ壊滅している。だというのに!

 

「貴様、ブラム・ストーカーと言ったな? 覚えておくぞ。その顔、この屈辱! 忘れんぞ!」

 

 この怪人物の情報を持ちかえる事を優先したニグンは屈辱を噛み殺して隊員達に撤収の命令を下す。戦えばガゼフを討取る事までは出来るだろうが、陽光聖典が最高位天使たる【威光の主天使】によって皆殺しになるのは間違いない。生き残った狼達によって逃げ切る事も難しいだろう。そして皆殺しにされればブラムの情報を本国に知らせる事が出来ない。あるいはガゼフより危険かもしれないこの底知れぬ男の情報を。

 

 

 

 撤収する陽光聖典の監視に数頭の狼を付け『その姿が見えなくなる』と急いでガゼフの下に向かうブラム。頑張って助けたのにこれで死なれては骨折り損のくたびれ儲けだ。まあ情報収集という意味ではたっぷり収穫があった訳だが。

 

 大急ぎで効果がある事を確認したマイナーヒーリングポーションをかけて一先ず死なない程度の状態に持ち直す事が出来たので、このままカルネ村まで担いでいく事にする。

 

『恩着せがましく手ずから運んでやるとしよう、この私がね』

 

 一人虚空に向けて呟くと狼達を兵士達の護衛に残し、カルネ村に向かう。

 その背中はどこか満足気だったそうだ。

 




そんなわけでカルネ村の戦いは終結。
これにて無事にオーバーロードのチュートリアルは終了です。

ところで相手が悪すぎて序盤の雑魚敵扱いされるニグンさんですが、真面目にかなり強いと思っています(現地勢としては)。なんといってもあのアインズ様にダメージを与えた唯一の現地勢ですからね!特殊部隊の隊長と言う事もあってそれなりに頭も良いでしょうし。
ニグンさんの強さが少しでも伝われば幸いです。出番はもうありませんが・・・。



以下作中設定の解説など

〈伝言〉
二次創作だと脳内でやり取りしている設定が多い気がしますが、普通に声に出しているんじゃないかと個人的に思っています。そのため周りに人がいない時に使うか、発言に違和感を持たれないように注意する必要があると言う縛りです。その方が背後の関係者が透けて見えて面白いかな、とか。ちなみに最近出ている『』での発言は〈伝言〉でナザリックに送られている台詞です。

〈入城/キャスリング〉
チェスにおいて特定の状況下のルークとキングの位置を入れ替える事が出来ると言うルール。作中ではキングでは無く「エンペラー」のスキルで、同一フィールド上の仲間と位置を入れ替えると言うオリジナルスキルです。今回はガゼフの救助に使いましたが、普段は眷族と位置変えを行って攻撃から逃げる為に使います。

士気値
勿論オリジナル設定ですが、一応作った理由の様なものはあります。魔獣にビビって恐怖状態になった仲間に〈勇敢な心〉をかけて立ち直らせるようなシーンからビビらせるタイプの攻撃があるのは確実ですので、それで上下するパラメーターがあるのでは?と考えた訳です。低レベル版〈絶望のオーラ〉も士気低下系能力じゃないかと。
ついでに精神作用が完全に無効化されるはずの吸血鬼に〈血の狂乱〉が起こるのは士気値がアンデッドで唯一設定されているというオリ設定というか独自解釈です。シャルティアは喜怒哀楽激しいのにアインズ様は興奮できないあたりの説明にも使えるかな?と。
そのためネクロロリコンも興奮はしますが混乱は沈静化してくれます。一応そう言う風に書いている筈ですが、「ここ興奮が静まってるんじゃね?」というシーンがありましたらご指摘お願いします。


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10.反省会

真面目な話を書くとどうしても反動で彼を書きたくなる。
あの強烈な演技が頭に鳴り響くのです。

しかし一々説明が長くなるのはもう少しどうにかしないとですね。
解ってはいるのですが中々・・・。


 負傷して動けない戦士団の皆を村人達の助力の下でカルネ村に移し、目覚めたガゼフ殿と軽く打ち合わせをして俺は漸くナザリックに帰還した。

 

 話し合った内容としては、あくまで陽光聖典を撃退したのはガゼフ・ストロノーフ率いる戦士団であるという事。厄介事に巻き込まれたくないからと、その際たまたま通りがかった魔法詠唱者の老人が手を貸したということにして欲しいと頼んだ事。戦利品の魔封じの水晶(第7位階天使召喚)はガゼフが証拠品として持ち帰って構わないという事。報酬は所持金から気持ちだけで良いとした事。そして、兵士達の装備はカルネ村の所有物として後日適正価格で買い取って村の財源として欲しいと頼んでおいた。

 

 完璧だ、これで俺は弱きを助け強きを挫くナイスガイという評価になるだろう。王国の重要人物とのコネをしっかり作るという仕事もこなす事が出来た。

 ナザリックの今後を考えて冷徹に振舞わなければならないモモンガさんの分まで俺が人気取りをしておかなくては……!

 

 

 

 ナザリックに戻った俺はまずモモンガさんと作戦会議を行い、その間に捕虜からこの世界の情報を集めて貰うことにした。猶予はあまりないがしっかりと支配者としての立ち位置を確固たるものにしておかなければならない。ナザリックにおける今後の立場を考えるとむしろここからが本番ですらある。

 とりあえずみんなの意見をしっかりと聞く気がある事をアピールするために円卓で会議をする事で一致、取り急ぎ9階層に設置している我が最精鋭騎士団の待機部屋を使って今回の会議をすることが決まった。

 今後の方針についてはナザリックの周辺地域を自分達の領地に出来るように立ち回るのが良いだろうという事で、今のところはガゼフ殿とのパイプを使って吸血貴族ブラム・ストーカーの立身出世方面で進めていく事にする。勿論同時に周辺国家の情勢を見極めつつだが、王国に属するのが良いのでは? というのが今のところの共通認識だ。そもそも法国とは一戦交えてしまったし、帝国とはパイプが無いのだから選びようがないのだが。

 

 

 

 デミウルゴスから少々問題が起こったが一通りの情報収集が終わったとの連絡が入り気合いを入れて迎えた会議本番、その開幕からいきなり事件が起こる。

 

 曰く、至高の御方々と対等の席に着くなど有り得ない事であるとか。

 

「会議と言えば円卓、デキる支配者って感じがして良いよね!」という割と軽い気持ちで出した円卓会議案であったが、まさかそんな理由で反対されてしまうとは。

 

「私とネクロロリコンさんはギルマスとギルメンの関係ではあるが、それ以前に対等な同盟関係にある。その事に鑑みると我々は同時に上座下座のある席につく訳にいかないのだ」

「こと会議の場において、立場の上下によって発言に憚りが生じる事は好ましくないのだよ。特に今は1つでも多くの視点からの情報が必要なのだから」

 

 といった(内心は割と必死な)説得でどうにか納得させたところまでは良かった。

 アルベドやデミウルゴスも「それならば」という雰囲気を出したところでついに本当の事件が起こってしまう。

 

「ン何と配慮に満ちたゥ御言葉なのでしょうか?! ゥ我等シモベ達に対して単に発言を促すンゥのみならずッ! 実際に発言を滞りなく行えるよう環境の整ェェェィ備まで行ってくださるとはァッ!!」

 

 集団からゆっくりと歩み出るようにして周囲の注目を集めつつ、拳を握り、天を仰ぎ、両手を広げるモーションを続ける事で更に視線を引き付ける。緩急をつけて歩み続けるのは自らが動体となって視線を引き付け続ける為のテクニックだ。

 何故そんな事が解るかって?

 そりゃ俺が「演説を行う偉大なる皇帝」のテーマで作ったモーションだからだよ!

 

 説明しよう!

 仲間が減り始めたアインズ・ウール・ゴウンで暇つぶしに催した「パンドラズ・アクターズ・ショー!」。それはイタいポージングやモーションをパンドラに取らせてもっとも「らしい」動作を作ったものが勝ちという混沌の宴であった。

 流石と言うべきか、序盤はゴーレムクラフトとして腕を振っていたるし★ふぁーさんやかっこいいぽーずを次々開発するタブラさんが勝利を飾っていたが、後半はモーションの操作に慣れてきた俺やモモンガさんも拮抗するようになっていった。拮抗するほどに成長してしまったのだ。色んな意味で!! 

 

 ふぅ、てか何でそのモーション知ってるんですかね!? 毎回ワンオフで特にデータを残していたわけではないのに!! ふぅ、覚えてるの? 当時の俺達の言動見てたの!? ふぅ、その独特な抑揚をつけたしゃべり方も絶対昔のモモンガさんだよね? やっぱ見てたの!? 他の守護者達も俺達の昔の姿を見て覚えてるの!!? ……ふぅ。

 

 ノリノリな《禁忌の箱》は急停止から大きく外套をはためかせるターン、通称「モモンガターン」を決め、そのまま勢いに乗って大きく前傾しつつ手のひらを顔に当てもう片方の腕を後方上部に真っ直ぐ伸ばす「至高のスリークォーター」のポーズに移る。これは前に飛び出た肘から後ろに伸ばす腕が一直線になり、これが地面に対してきっかり45度になるという「スリークォーター」に嵌っていた頃にモモンガさんが作ったポーズだ。これらを連続して決める「モモンガコンボ」は一時期彼の代名詞となっていた程の技である。

 ところでそろそろやめて差し上げなさい、モモンガさんがプルプル震えているから。

 

「そのクァん大なる御配慮に、このパンドラズ・アクター! 全霊を以て応えさせていただきましょう!!

 では、お隣失礼いたします我が造物主様」

 

 そのままシレっとプルプル震えるモモンガさんの横の席に着くパンドラズ・アクター。

 そのためか? お前まさかとは思うがモモンガさんの横の席に座るために一芝居打っていたのか!?「どうかなさいましたか?」とでも言いたげなその顔、いつものハニワ顔のはずなのに表情が見えるぞ!

 

「わたくしも、御隣に失礼させていただきますねモモンガ様」

「ネクロロリコン様、お隣宜しいでしょうか?」

 

 ブルータス、じゃなかったアルベドデミウルゴスお前らもか!?

 ふぅ、と言うかパンドラが歩いているときこっそり移動していたのか。お前らも大概抜け目ないな。

 

 ここにきて席順は早い者勝ちと気付いた他の守護者達も慌てて動き出す。

 

 まず慌ててマーレを連れて動き出すアウラに先んじてシャルティアが残る最重要席であろう俺の隣に突っ込む。

 先手を許して悔しげなアウラはそのままマーレを連れてシャルティアの隣に座り、その奥にマーレ。更に奥にはアルベドが座っており俺の対面がモモンガさんという配置になる。

 コキュートスは迷わずデミウルゴスの隣に来たが、やはり切れ者の傍にいた方が質問等が出来るからだろうか?

 最後に慌てず騒がずパンドラとコキュートスの間にセバスが座り円卓が埋まった。

 

 なんで席に着くだけでこんなに疲れないといけないのだろうか? アンデッドだから疲労無効のはずなのに。

 

 

 

 しかし会議自体は非常にスムーズに進んでいった。

 

 まず俺が二つの作戦「軍狼の檻」と「斜陽」を成功させた事を報告し、皆の協力と献身を称える。実際1人でやっていたら数人死んでいただろう。戦士団は勿論捕虜として捕えたかった陽光聖典の連中も幾らか殺さざるを得なかった。

 

 これに対し、デミウルゴスは眷族である軍狼の皆さんの素晴らしい連携とマーレの適切な補助、アウラの牽制、そして何より稀代の将であらせられるネクロロリコン様のお力によって完璧な結果となりましたと返す。

 誇らしげなアウラやマーレを見ていてほほえましい気持ちになってしまった。

 

 その後もガゼフや村長との会話で幾らかの情報と金子、カルネ村と戦士長というパイプも手に入った事を共有する。カルネ村は復興の手伝いなどを行いつつ交流を深め、この世界における橋頭堡としたいとも語る。

 情が湧いたからというのが根底にあるのだが、皆も肯定的な反応をしていて一安心だ。デミウルゴスが実に良い笑顔で「委細承知いたしました」と頷いてくれるのが心強い。悪の華ウルベルトさんが作っただけあって弱者を見捨てられないのだろう。向かいでカルマ値善のセバスも喜んでいる。

 

 割と和やかだったのはここまでである。

 捕虜から得た情報を報告する段になり、デミウルゴスが苦虫を噛み潰したような顔で隊長のニグンに死なれてしまった事を報告する。

 予め聞いてはいたが、捕虜となった状態で三度質問に答えると死亡する呪いのようなものがかかっていたらしい。

 俺が完璧な働きをして手に入れてきた上等な捕虜から些細な情報しか得る事が出来なかったと酷く申し訳なさそうにしている。

 

「御方々の崇高にして万全なる作戦に泥を塗ってしまいました事、このデミウルゴス、痛恨の極みです。どうか、何なりと罰をお与えくださいますよう」

「君の判断は至極もっともであり、今回は相手が一枚上手だったと考えるべきだ。私だってそのような聞いた事も無い呪いが相手では同じく死なせていた事だろう。そもそも追跡魔法等を警戒せず素通りでナザリックに運び込ませたモモンガさんにも問題があった、という話になるしね?」

「ネクロロリコンさんの言うとおりだ、捕虜の処遇を決める権限を持つのはこの私であった。ならばデミウルゴス、お前のミスは私に起因していると言えよう」

「そんな! 至高の御方々に問題などある訳が……!」

「私達とてミスはする、今回は皆の協力あっての戦果だと認識しているしね?」

 

 俺は隣に座るデミウルゴスの肩に手を置き、

 

「何より。ミスをする事、それは誰しもあることだ。重要なのは次に同じミスをしない事だと私は考えている。盟主殿も、そうだろう?」

「正しくその通りだ。大切なのは失敗を忘れず糧にし、次に生かす事だ。まさか同じミスを何度もしないだろう、デミウルゴス?」

「勿論でございます! 次こそは万全に万全を重ね、この命に代えましてもご期待に添える成果をお出しいたします」

 

 命をかけるまでしなくてもいいのだが、本当に命がけで何かをしかねないのが心配だ。しかし水を差す訳にもいかないだろう。

 

「デェミウルゴス殿! 不肖の身ではありますがこのパンドラズ・アクターから一つ! 至高の御方々直伝の英知をゥお授けしましょう」

 

 お前はもう良いよ。手で顔を覆う中二ポーズも良いから。

 

「失敗を避ける秘訣、それはホウレンソウ! 即ち、報告! 連絡! 相談!!

 至高のゥ御方々は御一人御一人が多くの手勢を従える立場であらせられました。その部下の者達の失敗の原因のゥ多くがホウレンソウの不足であったと、ゥお聞きしております!」

 

 一々大げさなポーズを取ってはいるが、言っている事は実にまともだ。一々大げさなポーズを取ってはいるが。

 

「定期的に作業の結果を『報告』し、何かしら異常が見えれば正確にその情報を『連絡』、そして不測の事態が起こったならば『相談』し指示を仰ぐ。情報の共有によって多くのミスは未然に防ぐ事が出来るの、デス!」

 

 そういえばへろへろさんとかたっち・みーさんが愚痴っていたときにるし★ふぁーさんが妙に真面目に語っていたな。お前が言うなと突っ込まれてはいたが、至極正論であった事もあって本気でそれを言うやつもいなかったのを覚えている。あいつも普段の言動に問題があったとはいえ仲間思いのメンバーだったからなぁ。

 

 紆余曲折を経て報告会は今後定期的に開く事等が決まっていった。

 その場で普段感じている疑問などを解消し、シモベの手に余る事態であれば至高の御方々の英知をお借りするという事にもなった。あまり期待されても困るのだが……。

 

「ところでデミウルゴス、この付近一帯は特に誰かの土地という訳ではないのだな?」

「ハッ、王国の領地ではありますが辺境の地であり、また帝国との国境付近にあるためほぼ手つかずである模様です」

「それなら見つかって厄介事に巻き込まれないように隠れておいた方がよさそうだね。将来的にこの付近の土地を手に入れようとしている事がばれると面倒だ」

「? 何か意見があるようね、マーレ。至高の御方々より発言の際に遠慮は不要との御言葉も頂いているわ、言って御覧なさい」

「は、はい! そのぅ、ナザリックの外壁に土を被せて、その上に幻術をかけてやれば見つかりにくくなると思います」

「マーレあなた、栄光あるナザリックの壁を土で汚すというの?」

「いや、名案だ。何時までもネクロロリコンさんの眷族達で防衛線を張っている訳にはいかないからな。今のままではいずれ近くを通った者らに見つかってしまう。発見されない事の方がはるかに重要だ」

「幸いここ数日で近付いた者はいなかったが、追い払い続けるにも限界があるからね。しかし周辺は平原地帯だ、丘を他に幾つか作った方が良いか?」

「決まりだな。マーレ、まずはナザリックの外壁に土を盛り周囲の景観に溶け込ませろ。それが終わり次第周囲に同じものを幾つか作りナザリックを隠蔽せよ」

「流石にこの量を一人では苦しいな、何より作業は急を要する。……ッ、パンドラズ・アクター君、君もブループラネットさんの姿を借りてマーレ君の援護に向かいたまえ」「えっ」

「Wenn es meines Gottes Wille !!」「クッ」「!?」

 

 

 

 多大な犠牲を払いどうにかナザリックの方針が決まった。モモンガさんの眼光が虚ろなのは気のせいではないだろう。

 すまないモモンガさん、俺があいつを引っ張り出したばっかりに……。

 だが御蔭で凡その議題が消化できたのでこれで会議は終了だ。とりあえず部屋に帰ってお茶を飲もう。

 モモンガさんと一緒にグダグダするのも良いだろう。

 

「では、これで会議を終える。ネクロロリコンさん、最後に何かありますか?」

 

 ぅえ!? えーっと、その、アレだ!

 

「……このナザリックは我々アインズ・ウール・ゴウンの魂の在処。この身が全霊をかけて守り抜かねばならぬ安住の地だ。ナザリックの民達よ、どうか力を貸してほしい。そして共にナザリックに更なる繁栄をもたらすのだ!」

 

 最後の締めと言うならやはりこれくらい言わなくてはな!

 ふふ、皆も力強く頷いて

 

「ヌゥアザリックの栄光よ、不滅なれェエイ! ゥアインズ・ウール・ゴウンの栄光よ、ゥ永遠なれェエイ!

 ゥアインズ・ウール・ゴウゥン、ぶぁんざぁあああい!!」

 

「「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」」

 

「「「「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」」」」

 

「「「「「「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」」」」」」

 

 

 

 ……言うんじゃなかった。

 

 俺達は鳴りやまない万歳コールから逃げるようにして転移で会議室を後にする羽目になるのだった。

 




そんな訳で1巻の内容が終わりました。
基本的に原作の流れを踏みつつオリ主が余計な事をして少しずつ原作から離れて行くようになります。

どうでもいいですが、パンドラズ・アクターは求められる事を過不足なく100%こなすタイプだと思っています。
大げさな動きでアインズ様がダメージを受けてしまうのは初期設定でカッコいいポーズを取るように命じられているからであって、一回全部リセットして影に徹しろと言われれば完璧にこなして見せる事と思います。

ついでに言うとウチのパンドラズ・アクターはネクロロリコンとモモンガさんの合作、奇跡のハイブリッドです。その破壊力は2倍ではなく2乗、エクリプスをも上回る破壊力です。


対してデミえもんは求められる先を自ら考え実行するタイプで、150%の成果を出す事を自らに課していると思います。迎撃指揮官としても、そしてナザリックに残ってくれた御方の為にも。



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11.忍び寄る死者達

元気一杯なパンドラが(至高の方々以外からは)温かく迎えられているようでなによりです。

そして今回から2巻に相当する内容に入りますが、そろそろ本格的に原作からずれて行きますね。
まあ今回は心配性な支配者達が色々準備するだけですが。



 城砦都市エ・ランテル。

 リ・エスティーゼ王国有数のこの大都市に華美な一団が現れて既に2日が経つ。

 ドラキュラ商会を名乗る彼等は金払いの良さと取り扱う宝石の質、そして何より豪奢な身なりと容貌により早くも都市内に知らぬ者は無いほどに名前が広まっていた。

 

 宝石商ブラム・ストーカーは、美貌の孫娘ソリュシャン・ストーカーと筋骨隆々な老執事セバス、そして精悍な灰白色の狼を引き連れて観光の名目の下、新たな商談を求めて各店舗を廻っていた。

 既に市内の主だった商店を回っており、とりわけマジックアイテムや武器、ポーションに興味があるらしくそれらに秀でた店を入念に訪ねて回っていた。既に町一番のポーション製作者と原材料の仕入れに関わる契約まで取りつけているのだから恐れ入る。

 

 勿論宝石商ブラム・ストーカーは(自称)吸血貴族ネクロロリコンであり、美貌の孫娘のソリュシャン・ストーカーは戦闘メイド隊:プレアデスの一人ソリュシャン・イプシロン。老執事セバスもセバス・チャンである。

 

 彼等がエ・ランテルに来た理由は到着の更に2日前、転移後4日目の夜にまで遡る。

 

 

 

「ネクロさん、冒険者になりましょう!」

 

 転移してから常に支配者ロールを崩す事が許されず、疲弊しきったところにあのパンドラによる連続攻撃である。さすがのモモンガさんもグロッキー気味であった。

 俺の方も勿論それなりのダメージではあったのだが、カルネ村での戦闘はいいガス抜きになってくれたらしくモモンガさん程のダメージではなかった。

 

 勿論モモンガさんは単に息抜きがしたいと言うだけではなく、現地での情報収集を支配者自ら行う事は重要であり市井の様子を体験することは有意義であると熱く語ってくれた。

 俺としてもそもそもの発端が宝物殿から無許可で動く黒歴史ノートであるパンドラズ・アクターを引っ張り出した事にあるため否やは言えない。モモンガさんの精神の安定のためにも全力で応援させて貰おうと思う。

 

「ィ良し! 俺に任せてくれ盟主殿」

「おお! さすがネクロさん、話が解る!!」

 

 そうときまればNPC達から許可が出るように手をまわさねばなるまい。

 

「とりあえず色々準備がいるからデミウルゴスを借りるよ? 俺達より頭が良いアイツがいれば他のNPCに突っ込まれる前に問題点を潰せるはずだ」

「さっすがネクロロリコンさん! 準備の入念さだけならギルド1ですね!」

「フハハハハ! そうだろう、そうだろう! 伊ァ達にノリと勢いだけの男とは言われてないぞォ!」

「褒めてませんけどね、ソレ」

「臨機応変と言ってくれたまえ盟主殿ォ!?」

「そうですね、異常事態への対応力もギルド随一でしたね!」

「ィよーし、ゥ俺っち色々下準備しちゃうぞー!」

「よッ! ロリコンアンデッド!!」

「止 め ろ !」

 

 いつものノリを取り戻したモモンガさんと冒険者になるための建前の理由を詰めていく。

 組織の頂点に立つ者としてこの世界の事を部下の情報越しにしか知らないでいるのはあまりに危険である事や、最初から最大戦力を十分な守りで送り出す事で戦力の逐次投入という最大の愚行を避けるという方向性で押してみる事になった。

 

 さて、俺の見立てでは障害として立ちふさがるのはまず守護者統括のアルベド、そしてモモンガさんが作ったNPCであるパンドラであろう。

 

 アルベドはその立場から皆が思う意見を代表して言う役割であり、組織のトップが安全の確保されていない場所に行く事には反対を表明するだろう。

 これには十分な安全を確保した作戦である事を示せば何とかなると思う。王国最強の男の脆弱さを引き合いに出せば行けると見る。

 

 しかしパンドラはどうなのだろう? 少なくとも報告会議でモモンガさんの隣に座るためだけに謀(はかりごと)を巡らす程度には制作者であるモモンガさんを慕っているようだが……?

 そういえば俺が作った『演説を行う偉大なる皇帝』の動作を行った後はずっとモモンガさんが作った動作をしていたような気がする。喋り方もモモンガさんが昔やっていたものを真似ていたような気がするし、これは。

 

「どうかしましたか、ネクロさん?」

「いや、NPCの皆を納得させるための言い訳を考えていてさ」

「あぁ、なんかすごい忠誠心持ってますからねぇ」

「少なくともモモンガさんの安全を保証できない事には冒険者になるのは厳しいと思っているよ。我等が盟主殿はこのナザリックの頂点に君臨する御方ですので?」

「止めてくださいよー」

 

 割と冗談ではないのだが、あえてそうと明言するべき内容でも無いか。

 

「とりあえず俺が考えた作戦で行けるかどうか、ナザリックの頭が良い奴等に聞いてきますね?」

「よろしくですー。ちなみにどんな話をする予定なんです?」

「それは――――」

 

 

 

「――なるほど、至高の御方々は自らこの世界に触れる事で最善の判断が出来るように備えるおつもりという事ですか。……このデミウルゴス、我等シモベが不甲斐ないばかりに御不便をおかけしてしまう事、慙愧に堪えません!」

「き、君達がどれほど優秀であっても盟主殿は自ら前線に赴かれた事だろうよ。あまり自分を責めてくれるなよ?」

「ゥ我が造物主様方はァ! ゥ御自ら前線に立たれる事で! 最善の道を選びとられるゥ、と言う事ですねッ?!」

「君達を信頼していないとか、そう言う訳ではないのだがね? 長らく前線にいた、謂わば職業病というやつなのだよ。一度現場の空気を吸っておかないと不安になるというか」

「御配慮、痛み入ります。ならばこのデミウルゴス、御方々の視察が滞りなく進むよう全力を以てサポートさせていただきます」

「嗚呼、くォれぞォ! ンゥナザリックのあるべき姿なのですねェッ!! ゥ御自らをも駒としてェ、最善の一手を打つ至高の御方々ァ!! そして無私の心で従い、結果を出すべく尽くす我等シモベ達ィ!! ンンゥ正に盤石ゥッ!!」

 

 なんとなくだがデミウルゴスとパンドラの説得が上手くいった気がする。

 モモンガさんが冒険者になるのがナザリック全体の為みたいな雰囲気になっているけど、一応モモンガさんもそういう建前で行くと言っていたからそれは良い。

 

「では、最終的に我々二人が自らエ・ランテルに潜入する事について二人は賛同してくれるという事で良いのかね?」

「ンゥ勿論でございます! そも、御二人の御決定に異を唱えるシモベなど有る筈がァ、ンゥゥ無いのですからァッ!!」

「私といたしましても御二方の安全が確保されている今回の作戦について異を唱える余地などございません。組織の首領として実に御立派な御覚悟でございます。ただ、シモベの立場といたしましては。どうか、御自愛頂きたく存じます。御休息を取られる事も、支配者たるものの仕事の内かと」

 

 見ればパンドラも働き詰めではお体に障ります、と胸に手を当てて訴えている。誰が作ったかは忘れたが『臣下』がテーマの時に優勝したポーズだったか。

 十分な力になれない悔しさと、それ以上にこの身を案ずる思い。それらがこもった眼差しを向けられた俺としては少々申し訳ない気持ちになってしまう。

 そこで、

 

「デミウルゴス君。私は君の智を、頼りにさせて貰うつもりでいる。そこで、都市部の情報を取りまとめる役職を君にやって貰いたいと思う。私達の潜入が滞りなく進むようにね」

 

 まずはデミウルゴスに諜報部の仕事を任せる事にした。

 

 元々エ・ランテルには俺が行く前に先遣隊として恐怖公を送るつもりでいた。そこにデミウルゴスの配下を追加して情報を取りまとめて貰えば組織だった諜報活動が出来る筈だ。息抜きがしたいモモンガさんとしては少々窮屈かもしれないが、身の安全には代えられない。

 何より、

 

「私は血族を一度に手元に集める手段に乏しい、そのため私の力は攻め込むより血族達を展開した防衛線でこそ真価を発揮する。そして我々がこれから手を伸ばすのは三重の城壁で囲われた城塞都市だ」

「お任せ下さい。血族の皆様を安全かつ即座に動員できるよう配備し如何なる状況にも対処できるよう取り計らいます」

「将来的にはここをナザリックの対外的な本拠地として行きたいところだね。ナザリックその物に攻め込ませぬためのダミーとして。まあ追々考えていくとしよう」

「畏まりました」

「それからパンドラ君」

「ハイッ! ゥ私にも御力になれる事が?!」

「後ほど私の部屋に来て貰えるかね? 金策と潜入工作の両方に有用な策があるのだが、そのためには君の力が必要なのだよ」

「ゥ私の力が御役に立てるのでしたらこれに勝る喜びはございません! ンンゥ何なりとォッ!!」

 

 その後恐怖公を交えてエ・ランテル諜報網の話し合いを進めていく。

 最終的に恐怖公の眷族達と共に俺の眷族である【影狼】とデミウルゴスの配下であるシャドウデーモン達、更にコキュートスの配下であるエイトエッジアサシン達から数名がエ・ランテルへの先遣隊として向かう事となった。

 

 これらの先遣隊が収集した情報から血族を配備し、万一の場合の逃走経路なども用意しておく。特に数が多い恐怖公の眷族達には重要施設への潜入もやって貰うつもりだ。これらの情報の取りまとめは諜報部のデミウルゴスの仕事とした。

 

 更に俺とモモンガさんの本隊が潜入する際にはカルネ村の時と同様にニグレドによる監視体制を敷き、アウラ率いる強襲部隊もエ・ランテル付近に布陣させる。これだけ用意すれば安全に関しては問題ない。この体制は都市内の安全が確保されるまで続ける予定だ。モモンガさんにも少しだけ我慢して貰おう。

 そして第一陣として街に出向くのは〈時間逆行〉や〈再生〉と言ったスキルを持つ俺であることも決まった。ナザリックにモモンガさんが待機している状態の方が対応の幅が広まるという理由もある。

 

 後日、ナザリックの管理で忙しいモモンガさんにも恐怖公達から送られてくる情報を基にした会議に出席して貰った。議題は御供をどうするか、配置する血族の選抜、潜入する際の偽装身分について等だ。

 商人として入り込むのは吸血騎士団を使えば実質コスト無しで運送が出来るのではと言う俺の発案で、とりあえずの売り物は錬金術師のタブラさんの力を借りうけたパンドラに〈錬成〉して貰った宝石だ。触媒無しの〈上位錬金術〉で作られたユグドラシル基準では飾りにしか使えない小石だが、売れればラッキー程度のお守りである。勿論自前の指輪や腕輪もなめられないように持っていく。

 新米冒険者は碌な仕事が無いという事も解ったためそのアシストも必要だろう。商談がてらどこかに行く仕事を受けて俺が雇ってみるのも良いか。そのあたりは臨機応変に決めていけば良いだろう。普通に最下級から順次上げていくのも一興だとはモモンガさんの言だが。

 

 

 

 こうしてナザリックのエ・ランテル侵攻は始まる。

 ゆっくりと、しかし確実に。

 財力と武力の両面から襲いかかる彼等に抗う術を人類は持たない。

 

 




2巻の内容に入りましたが相変わらず会議をして軍勢を配備して道具を揃えてと、一体何と戦っているんだと言われそうな準備編でした。

恐ろしい事に作中時間ではまだ8日目の朝だったりします。
時系列を見て原作のアインズ様はよく一人でこんな強行軍が出来るものだと感心してしまいます。流石は智謀の王。

ところで作者は悪の秘密組織が謀りを巡らせるシーンがわくわくして大好きです。
それと同じくらい予想外の事態に慌てて対処するのも大好きです。
ウチで慌てて対処するのは誰の仕事になるのか。



以下作中設定の解説など

〈錬金〉
原作ではタブラさんが取っているのではないか、と言うこと以外は詳細不明な錬金術ですが、鉄を魔力で変性させるみたいな技術として扱っています。タブラさんは魔力系魔法詠唱者らしいですし。
ちなみに下位錬金術は確率で鉄を別の金属に変える程度、中位錬金術でお飾り程度のちょっとした宝石などが出来、上位錬金術でやっと装備品の材料に使える素材が出来始め、最上位錬金術に高価な触媒を使えば神器級にも使える素材が確率で作れるという設定です。
あと宝石は硬度と重さで価値と作製の難易度が変わるという設定で、ルビーやサファイア、ダイヤモンドは小さくても高価ですし、ヒスイやコハク等はお手頃価格です。



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12.薬品店にて

 エ・ランテルで最高のポーションメイカー、バレアレ薬品店。ここには冒険者や軍の関係者をはじめとした様々な人物がやってくる。

 物見遊山で貴族がやってくることだって稀にある。今日の客もその類だろうと最初は考えていた。

 

 ドラキュラ商会の代表を名乗るブラム氏が町一番のポーションと聞いて是非話を聞かせて欲しいと訊ねてきた時は、美人なお孫さんとの観光と同時にうちのポーションを扱いたいという商談に来ているのだと思っていた。

 実際その気はあったように思う。

 しかし商品を眺め、効能を聞き、原材料や製法に対して異常なまでに興味を持ち始めた頃、僕は少々戸惑いを覚え始めていた。

 ある種の違和感と言ってもいい。

 まるでこの店にあるポーションが異質なものであるかのようなその態度。

 

「青以外の色をしたポーションは無いのかね?」

 

 特に記憶に残るこの質問。彼はその後「例えば赤とか」と付け加えていた事もよく覚えている。

 困惑気味な様子から見るに、彼にとってポーションは青では無いのだ。

 

 赤いポーション。

 

 神の血とも呼ばれる僕達錬金術師が求める究極のポーション。

 それは〈保存〉の魔法をかけずとも永遠に品質を保ち続ける事が出来る完成されたポーションだ。

 しかし現在の技術ではどうやっても青く変色してしまうことから、神の血は青いのだというジョークすら生まれてしまった伝説の品だ。

 

 まさかこの老人はどこかで赤いポーションを見た事があるのだろうか?

 

 今日のところはと、店で扱っている全ての種類のポーションを2つずつ購入することを決めた彼に更なる疑問が湧いてくる。まるで調査をしているかのようなその行動に疑惑が加速していく。

 このまま帰らせるべきではない。

 直感的にそう思った僕は商談を持ちかけることにした。

 

「原料の調達ですか?」

 

 先ほど材料についても随分と詳しく知りたがっていた事からこちらにも興味があるはずと、カルネ村での薬草採集に誘ってみる。

 信頼関係の構築と原材料の実物を見る機会を得られるという説明に彼もなるほどと答える。

 更に言えば付近の村々を回る行商の下見にもなるだろうと語る彼は是非ご一緒したいと答え、お孫さんは執事と共に街に残し向かうのはブラム氏一人と御供の狼達だけという事で決まった。

 

 往復で約3日の旅路だ、もし本当に赤いポーションを知っているのなら何としてでも聞きだしたい。

 あるいは話してもいいと思って貰えるほどの信頼関係を築かなくてはならない。

 

 その後も旅の日程などを軽く打ち合わせし、明日冒険者を雇いに冒険者組合へ行くことになった。

 ブラム氏は自分の護衛は狼達がいるから問題ないが、荷物の積み下ろし等を行う人手はあった方が良いだろうとそれなり程度の冒険者を雇うことに決まった。

 

 

 

 そして翌日、冒険者組合。

 依頼を出そうと待ち受けに向かう際に全身鎧の戦士が銅級の依頼では不服だからもっと上の依頼を受けさせて欲しいと難癖をつけているところに出くわした。

 彼曰く、後ろの二人は第3位階の魔法詠唱者であり自分もそれに引けを取らない腕前だから難しい依頼も可能だと言う。

 そんな彼らに興味を持ったのだろう、ブラム氏は僕に一言断って彼等の下に向かった。

 

「見事な装備品と御供を連れているが、鎧の中身はそれに見合ったものなのかね?」

「勿論、身の程に合わない装備は寿命を縮めるだけですからね」

 

 首元に下げるプレートは銅。

 つまりは最下級の冒険者ということになる。

 しかし身につける装備は明らかにミスリルやオリハルコンといった上級の冒険者が纏うべき物だ。

 おまけに後ろの美女2人も揃って第3位階の魔法が使えると言うのだからあまりにもチグハグなチームだと思う。

 

「見たところ冒険者になったばかりのようだね。碌な仕事が受けられなくて困っているといったところかな?」

「お恥ずかしながら」

「ではどうだろう? これから私達はちょっとした薬草採集に向かうのだが、護衛と荷降ろしを行う冒険者を探している。銀級の最低額でどうかね?」

「ふむ、少なくともあの壁にかかった依頼よりはやりがいがありそうですね」

「ンフィーレアさんも構いませんか? お代は私持ちという事にしておきますが」

「僕は構いません。それから依頼料は折半という事で」

「よろしいのですか?」

「ええ。大事な商売相手ですし、守って貰うのは主に僕になるでしょうから」

 

 これはまぎれもない本心だ。

 ブラ厶氏は狼達を率いてそれなりに戦えると語っている事から恐らくはテイマー。そして1人で旅が出来る程度の実力者だ。

 対して僕は第2位階の魔法が使えるとは言えあくまで薬師。戦うのは得意ではない。

 彼は僕の身を守るために有力な冒険者を安く雇うつもりなのだろう。

 

「一応確認の為に、第3位階の魔法を使って貰えますかな? 屋内では難しいなら一旦外に向かいますが?」

「いえ、この場で結構。ナーベ、〈飛行〉を使ってみてくれるか?」

「はい、モモン、さ――ん」

「「……」」

「その、彼女は人前で話すのはあまり得意では無いようですね、モモンッサーンさん?」

「ブフッ、……モモンです。ええ、彼女はあまり人前で話すのが得意ではないのですよ」

「いやぁナーベちゃんにも困ったもんッスよねぇ。あっ、あたしはルプゥって言います。よろしくッス!」

「おっと私とした事が名乗っていませんでした。ドラキュラ商会のブラム・ストーカーと申します」

「バレアレ薬店のンフィーレア・バレアレです」

 

 ちょっとした騒動はあったが、ナーベさんが〈飛行〉を使って軽く移動をするところを確認してから依頼を出し、3人組と奥の控室へ向かう。

 そのまま翌日の朝に出発する事や荷物の手配、食料についても各々が携行食で済ませる事等が決まり明日に備える事になった。

 




今回は短いですがここまでです。このままンフィーレア視点でモモンッサーンさんの無双シーン書いても仕方ないですし。
ちなみにネクロさんは素でポーションの事を聞いてるだけです。

そして残念ですが漆黒の剣の皆さんは出番なしです。
ペテルもルクルットも好きなキャラではあるのですが・・・。
出会うフラグが折れた代わりに死亡フラグも折れました。

チーム『漆黒』が3人なのは勿論設定厨なオリ主の仕業です。
アレだけアインズ様から釘を刺されても改めないあたりそう言う設定だとしか思えないのです。
どんなやり取りがあったかはまた次回、入れられなければあとがきで解説します。


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13.初依頼

開幕から捏造設定マシマシですが、あのトンでもギルドの皆さんならこんな感じではなかろうか? と思っています。


 吸血メイド忍者『コルデー』。

 クラン:ナインズ・オウン・ゴール時代に作られた《吸血鬼神祖》ネクロロリコン初の血族にして後のナザリックに多大な影響を与えたNPCである。

 

 黒を基調としたクラシックスタイルのメイド服と輝くプラチナブロンドの髪、そして手裏剣をモチーフにした飾りと首元のチョーカーのみを飾りとした非常に手堅くオーソドックスな造形をした彼女は、メイド服に命を捧げるクランのメンバーであるホワイトブリムが丹精込めて作り上げたネクロロリコン自慢の血族である。

 そのあまりの出来栄えに「これは3Dなのだからもはやリアル嫁なのではないだろうか?」だの「ゥ俺はこの子と生涯添い遂げるぞォ!!」と有頂天だった事は消し去らなければならない最大レベルの黒歴史である。

 

 しかしその性格等の設定は、メイドとしてもアサシンとしても沈着冷静に仕事を全うするという他の仲間達からすれば少々面白みのない内容であったという事も事実であった。

 勿論そんな真面目でクラシカルなメイドこそが至高であるというメンバーも少なくなかったものの、「ミニスカメイドこそ至高」「ドジっ子の良さが解らないのか?!」というメンバーも少なくなかった。

 

 これに端を発して巻き起こったのが「ナインズ・オウン・ゴール メイド戦争」であった。

 

 それからは日がな一日自身の理想のメイドについて熱く語り合う日々が続いた。

 

「クラシカルなメイド服を着て真面目だけどポンコツ! これこそがメイドのあるべき姿だ!」

「何を言う! 出来るドSメイドと夜な夜な主従逆転プレイこそが至高では無いのか!!」

「ショタメイドとか良くない?」

「褐色肌の元気っ子とかどうよ?!」

「やっぱドジっ子のロリータっしょ!」

「ハラペコ属性も捨てがたいぞ!」

「和風メイドとかどうかな? 行ける?!」

「僕はメイド長には眼鏡を掛けてて欲しいかな」

「けも耳とかも良いよね~」

「ショタメイドがダメならロリ執事はどう? 良くない?!」

「だったら老執事も良いと思うんだ」

「今話しているのはメイドだろう、相変わらず空気の読めん奴だ」

「無表情クールっ子こそが最強の属性だと何故解らん!!」

「重火器使うメイドとかも良いぞ~これ~」

「フワフワ甘ロリ廓言葉ロリババアメイド!」

「「「「「ペロロンチーノ(弟)黙れ」」」」」

「なぁあああんでえええええ?!」

 

 もはや宗教戦争の様相を呈してきたメイド戦争は長らく論争の的となり、最終的にギルドホームを手に入れた際に各々が最高だと思うメイドを作りあうことで一同が合意し、一応の決着を見た。

 そうして生まれたのが戦闘メイド部隊:プレアデスであった。

 

 

 

 そんなプレアデスの制作秘話を黒歴史に苛まれつつ思い返しているのは勿論それなりの理由がある。

 外部の調査を行う際の御供をプレアデスから選抜することになったからだ。

 

 他の階層守護者はナザリックの防衛や後方での強襲部隊等任せなければならない任務が別にあるため、人型を取る事が出来てそれなりに戦える格式のあるNPCとなると彼女達しかいないというのが理由として挙げられる。そして、

 

「私は鎧を着て『モモン・ザ・ダークウォーリアー』になるので魔力系魔法詠唱者のナーベラルを連れていこうと思うんですよ」

 

 というモモンガさんの言葉を聞いて浮かんだのがメイド戦争の時に弐式炎雷さんが主張する「ばっちり決まってて真面目だけどポンコツなドジっ子メイドこそが最高である」という言葉であった。

 

 NPC達は大体設定に従って動いている事が解っている。更に言えば作る時に望んでいた事も叶えようとしている節がある。これはあくまで俺の予想ではあるが、パンドラが異常なまでにモモンガさんに構おうとしているのは寂しがっている彼を慰めたいという皆の思いが彼の中にあるからではないだろうか?

 

 今はまあ良い、目の前に迫る外部視察の御供の選抜に注力するべきだろう。

 

 さて、それでモモンガさんが連れていこうとするナーベラルだが。彼女こそがポンコツメイド萌えなあの弐式さんが作ったNPCだ。普段の様子を見る限りポンコツとかドジっ子といった雰囲気は感じないが、外部でやらかしたら終わりなのだから慎重に選ぶべきだろう。

 

 ところで他のメンバーはと言うと。

 

 まずナザリックの内部のギミックを熟知しているという設定がなされているシズはダメだ。

 続いてデュラハンのユリも万が一首がポロリしたらシャレにならない。冒険者をやる以上アクティブに動けなければならない以上避けるべきだろう。

 それからエントマ、ハラペコキャラと設定されていたが何処まで食べるのか? またそもそもが幼い容姿であることや全身を蟲で擬態している状況は中身が見える可能性を考慮すると避けるのが無難か。

 そういった観点からナーベラル、ルプスレギナ、ソリュシャンの三人から選ぶのが安全ではないかというのが最初の俺の意見だった。

 

 モモンガさんも凡そ同じ考えの下ナーベラルを選んだという。

 

 ここまで来てやはり考えてしまうのが制作者達の思いだ。本当にナーベラルを連れていって大丈夫なのか? ドジっ子を抱えて息抜き出来るのだろうか? 不安で仕方ない。

 

「冒険者モモンはナザリックの好感度稼ぎの一環でやるんですよね?」

「ええ、あとは資金稼ぎでしょうか? 勿論情報収集も兼ねてますけど」

「それなら回復職を連れていって傷ついた冒険者に恩を売ってはどうかな?」

「二人も連れていくんですか? 多すぎません??」

「プレアデスを全員連れていっても足りないとデミウルゴス辺りは言いそうだけど、まあそれは置いておくとして。パーティーメンバーを固定するためには回復役はいた方が良いだろうよ。新しい仲間を加えるって訳にはいかないしね」

「ああ! それは考えてなかった」

 

 ナザリックの内情を外に漏らさないためにもパーティーメンバーに外部の者を入れる訳にはいかない。その考えの下、身内だけでバランスのとれたパーティーを作ってしまった方が良い。あと蓮っ葉な口調で明るいメイドという設定だったはずのルプスレギナなら回復職という立場もあって人気が出やすいはずだ。

 作った奴はおバカな子ほど可愛いみたいな事も言っていた気がするけど、普段の仕事ぶりを見る限りナザリックのメイドを作るにあたっておバカキャラは入れなかったのだろうと思う。

 俺も最後に余ったドSメイドであろうソリュシャンを連れていく事を決める。心配したモモンガさんからはセバスも連れていくよう勧められたのでこれも受ける。実際先遣隊が行っているとはいえ、俺達が実質の先陣を切るのだから前衛職が多い方が安全ではある。

 

 そんな思惑からの振り分けであったが……。

 

 

 

 これは酷い。

 俺はナーベラルのポンコツぶりを甘く見ていた。

 

 モモンガさんを呼ぶ時は必ず「モモン、さ   ん」といった具合にモモンさんとハッキリ呼ぶ事が出来ない。

 

 それだけならまだ良い、喋るのが苦手な内気な女の子という方向性でやっていける。

 しかし他のパーティーのチャラそうな男から声をかけられた際に「ゴミ蟲」呼ばわりを始めたときは顔が引きつったのを覚えている。

 

 潜入任務であり悪目立ちしないのがモモンガチームの基本である事。他者から尊敬される冒険者になる事が目的である事は出発前に重々話しておいたしモモンガさんだって個別に話していたはずだ。それを第一声からゴミ蟲とは……。

 更には俺にとっての取引相手であり、モモンガさんにとっては依頼主という立場のンフィーレアさんに対しても欠片も愛想が無い。どころか嫌悪感剥き出しである。百歩譲って軟派してきた他チームの男ならまだ邪険に扱っても良いだろうが、依頼主にこれはどうなのだろうか? わざとなのだろうか? 気さくな笑顔で必死にフォローに入るルプスレギナが何とも頼もしい。

 

 しかしンフィーレアさんが大人な対応をしてくれた御蔭で依頼自体はスムーズに進んだ。

 馬車馬はこちらが用意すると言ってアンデッドの首なし馬を提供。疲れ知らずで駆け続ける馬車に驚くンフィーレアさんも直ぐにそういう物なのかと納得してくれた。

 途中でゴブリンやオーガが襲ってくる事もあったが、俺が軍狼達で防衛陣を築き冒険者モモンがグレートソードの二刀流で暴れまわって蹴散らしてしまった。ナーベやルプゥも元気一杯でゴブリン達を蹴散らして楽しそうにしていた。

 ンフィーレアさんも「はぁー」とか「へぇー」とか言いながら観戦する様は緊張感皆無であったが、まあ仕方ないだろう。実際2、3匹抜けてきた哀れなゴブリンは軍狼の餌食になっていたのだから危機感を持つ方が難しい。

 

 

 

 そんなある意味のんびりとした空気は2日目の朝、カルネ村が見えるようになった辺りで霧散した。

 

「塀が出来てる? それに空堀も?」

 

 ンフィーレアの知るカルネ村はモンスターの襲撃もほとんどなかったため柵などの防衛施設はほとんどなかった。

 しかし今はどうか?

 村の周囲をぐるりと囲むようにして頑丈そうな塀が組まれ、その外には空堀が掘ってある。入り口と思しき表門には鐘が吊られた櫓まで立っており、その中には見張りとして村の男が周囲を見回してすらいた。

 これはもはや村では無い。要塞とまでは言わないまでも、防衛陣地として十分機能するだろう。

 

 まさか野盗に村を奪われたのだろうか?

 そんな心配をするンフィーレアさんに気付き、俺は村が帝国の鎧を着た連中に襲われて焼かれそうになったから自分が助けた事、その後も村の防衛能力強化のために色々手を貸している事を話した。

 

 まさかそんなことになっていたとはと驚く彼は、知り合いがいると言って気が気ではない様子だった。

 幼馴染がいると言う彼の様子はただの幼馴染を案ずる雰囲気ではない。おそらく想い人だ。

 大人が数人助けられなかったが同じ年格好の子供は死んでいないという説明をしたが落ち着かず急かす彼に従い村に近づいていく。

 

 こちらに気が付いた櫓の彼は俺がいる事にも気付いて手を振ってくる。

 手を振り返す俺を見て開門すると同時に皆に伝えてくれたらしく、辿り着く頃には歓迎の人だかりが出来ていた。

 

 慌ててやってきた村長達から、ナザリックから派遣されたストーンゴーレムや下級吸血騎士団の面々、エンリが呼びだしたゴブリン達が非常によく働いてくれているという感謝の声も受け、恩人の一行だからと色々用意して貰える事になった。

 また、村の防備がかなり進んだことや村人全体で弓の訓練をしている事、防衛のための自警団を組織した事等を伝えられた。

 

 後ほどンフィーレアさんの幼馴染はあの時偶然助けた姉妹であった事が解り、彼からも改めて御礼を言われてしまい流石に照れてしまう。

 今後とも良い付き合いが出来ればそれで結構とにこやかに返すも、ンフィーレアさんは浮かない顔をするばかりであった。

 

 不思議に思って話を聞いてみると、俺から伝説の赤いポーションの話が聞けないかと思って今回の話を持ってきた事を後悔しているという。

 無関係な村を善意で救いその後の支援までするような人に対して自分が浅ましいと消沈してしまっていた。

 

 申し訳なく思うならと、俺は赤いポーションについて詳しく聞いてみる事にした。

 曰く今の錬金術師では作れないとか。

 しかし伝説に存在する赤いポーションは随分と細かな情報まで伝えられているという。

 そんな赤いポーションを求めて青いポーションを作っているのが今の薬師達であるという。

 

 俺が青いポーションを不思議そうに見ている事からもしかしたらと声をかけたという言葉に若干戸惑うものの、「物珍しかったからそんな態度に出ただけだ」「もし赤いポーションを『譲る事が出来たら』お渡しする」と言っておいた。

 

 後日行われる定例会議の議題が決まった瞬間であった。

 

 




ルプスレギナ! お前には感心したぞ!!
(相対的に)出来るメイドとなった駄犬は何時まで出来るメイドでいられるのか?
意外とずっとそのままかも解りません。ホウレンソウについてはモモンのそばにいますし、意外と器用ですし。

今回は見所が無いので駆け足でカルネ村まで行きました。漆黒の剣がいないのにゴブリンなんかと戦っても仕方ないですし。
なにより二巻の見所は次回から出てくるオバロのマスコット枠をアインズ様と奪い合うあの子ですからね。
そしてその後のアンデッド戦。

あぁ、はよ書きたい。



吸血メイド忍者コルデーは相変わらず名前しか出ませんがもうそろそろ出番がある予定です。
まあずっといるんですけどね。


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14.森の賢王

今回もちょっと地味目ですね。

主人公のネクロロリコンが自分で殴って無双したり範囲魔法で吹きとばしたり出来ないから延々地味な謀略ばかりやっています。

ですのでその分別の人に頑張って貰います。
色んな意味で。


 カルネ村の人々との挨拶が長引いてしまったため、本来の目的である薬草の採集は明日に延期となった。

 

 宿泊や食料の便宜を図って貰えるのだから2泊しても良いだろうとンフィーレアさんと話した結果だ。

 「漆黒」の面々には1日延びる分の追加料金を払って中々逢えない幼馴染と旧交を温めるべきだと2泊する事を勧めたと言った方が正しいか。幸い彼も乗り気であったため直ぐに決まった。

 

 勿論これは恋する少年に対するお節介という訳ではない。昨日の夜にあったデミウルゴスとの定期報告で気になる情報を得てしまったため帰還を先延ばしにしておきたかったというのが本音だ。

 何でもンフィーレアさんの店を他の町人とは比較にならない程高レベルな存在が嗅ぎまわっているというのだ。

 

 高レベルとはいえ所詮レベル30程度の人間種ではある。直接的な脅威とは言い難い。

 しかし、俺達がバレアレ薬店に関わった直後に現れるなど偶然とは思えない。おまけに俺達と接触できないと見るやギルドの組合や「漆黒」やドラキュラ商会の宿泊先を次々回り情報収集を始めたというのだから決定的だ。

 

 一体何者なのか?

 このレベル帯でプレイヤーという可能性は限りなく0と言って良い。何故ならユグドラシルはソロでも60程度まではサクサク上がっていくし、廃人レベルなら90まで一気に上げる事が出来るゲームバランスだ。そこそこ遊んだプレイヤーならば30で止まる事は有り得ない。ユグドラシル末期では運営もプレイヤーも色んなアイテムを安売りしていたからなおのことだ。安く強力な装備を買えるなら狩りも捗るというもの。

 

 そしてNPCという可能性も低いだろう。

 拠点防衛用NPCだとしたらせめて50代は無いとレベル100同士の戦闘では役に立たない。勿論恐怖公やヴィクティムのような特殊なクラスを取らせた一芸特化ならばその限りではないが、明らかな前衛職だという話だ。

 そうなると俺のような指揮官型プレイヤーが作り出した随伴型NPC辺りだろうか……? 

 血族を作るインスピレーションを得る為に度々WIKIでクラス関係の最新情報を調べていた俺だが、そんな面白そうなクラスには覚えがない。特に人間種の随伴型NPCとなると悪魔とかが操ってどうこうみたいなのが幾つかあったくらいだろうか?

 

 とにかく情報が足りない。これがモモンガさんと話した結論だ。

 そのため監視を付けて少しでも情報を集めておきたい。少なくともニグレドに調査させてレベルと〈情報偽装〉がかかっていないかを精査させるべきだろう。

 そのための時間稼ぎだ。

 幸いカルネ村の近くには森の賢王なる主もいるらしい。一戦交える事も視野に入れておきたい。これでモモンガさん達の知名度アップ間違い無しだろう。

 

 

 カルネ村で宿を借り翌日早朝。早速トブの大森林へと薬草採集に出掛ける。

 

 ここで面白い事が解った。

 どうやらンフィーレアさん以外は誰一人として薬草とそれ以外の雑草の見分けがつかないらしい。

 索敵能力に優れた軍狼はギリギリ嗅覚で識別する事が出来るが、これもあくまで解りやすい薬草だけは見つける事が出来るという程度である。

 かく言う俺にしても自慢のモノクルが〈鑑定〉の効果を持っているから名前が違うという認識が出来る程度で、モノクルを付けている方の目を閉じて見比べるとさっぱり違いが解らない。

 

 「薬師」や「錬金術士」等の専用のクラスが無いと見分けがつかないのか、それとも〈調合〉などのスキルが必要なのか、あるいは俺達のようにユグドラシルから来た者達ではこの世界の物は見分けがつかないのか。この辺も調べていかなくては。

 早速マッドドクターとして作ったネームド血族の一人をカルネ村に派遣してみよう。あいつは〈医者/ドクター〉や〈薬師/ファーマシー〉、そして大型アップデート後に追加されたクラスの〈化学者/ケミスト〉や〈工学者/エンジニア〉のクラスを取らせた生粋の科学者だ。

 下級血族を強化するために作ったキャラがこんなところで役に立つとは思わなかったが調査員としては最適だろう。モモンガさんにも早く許可を取らないと。

 

 その後も俺とンフィーレアさんを中心に次々と薬草を採集していった。俺は常時〈鑑定〉が発動しているので今まで知られていなかった薬効のあるキノコや薬草も見つける事ができて二人でホクホク顔である。

 

 しかしいささか深入りしすぎてしまったようだ。

 突如軍狼達が同じ方向を向いて一斉に唸り声を上げる。

 

「捕捉されたようですな。このあたりにいる大型の獣となると」

「も、森の賢王!?」

「二手に分かれて撤退しますか? 我々が殿を務めますが」

「駄目だな、側面を取られている。別れてこちらが狙われればンフィーレアさんが危険だ」

「では、迎え撃つという事で」

「構いませんね、ンフィーレアさん?」

「はい、こういった方面は素人なので。御二方にお任せします!」

「任されました。では御二人は後ろに」

「珍しいものを見た御礼に報酬は上乗せさせて貰いますよ、冒険者さん?」

「きちんと受け取れるよう、万全を尽くすとしましょう」

 

 と、ここまでが仕込みである。

 

 薬草採集に夢中になって森の奥まで踏み入り二手に分かれて逃げられない状況を作り出し、外部の人間に高名な森の賢王とやらとモモンガさんが戦うところを見せ付ける。

 流石はナザリック一の知恵者デミウルゴスである。

 軍狼達をそれとなく誘導する手際も、アウラに森の賢王を走らせるルートとタイミングも絶妙であった。

 二手に分かれて逃げられない完璧な状況である。

 

 全ては我々の予定通り。

 ただ唯一想定外だったのが、その見た目である。

 

「こ、これは!」

「なん……だと……!?」

「ふふふ、某の威容に声も出ぬようでござるな!」

「お前の種族は、ハムスター、と言ったりしないか?」

「もっと言えばジャンガリアンハムスターってところか」

「むお?! 某の種族を御存じなのでござるか?」

 

 そりゃ知ってはいるがこんなにバカでかいハムスターは見た事も聞いた事も無い。単に鼠であるとしても数10年前に絶滅したなんとかっていう鼠が結構大きかったらしいが、それでもこんなに大きくないはずだ。

 

 番が見つかるのではというかすかな希望が消えてしまったハムスターに少々申し訳ない気持ちになるが、気を取り直して戦うつもりになったらしい。

 一騎打ちを望む戦士モモンの声に応え俺達は少し離れてみる事になった。

 

 戦いは一先ず互角と言ったところか。

 戦いなれてない癖にカッコつけて二刀流で戦うモモンガさんと野生の勘を駆使して襲いかかる森の賢王。レベル差と熟練度の兼ね合いで中々良い勝負だ。

 

 しかしその拮抗も長くは続かない、モモンガさんの二刀の間合いが徐々に見切られ始めてきている。明らかにモモンガさんの鎧に傷が増え始めた。

 当然だ、二刀流は慣れない事には全く使えない剣術なのだから。俺も昔たっちさんから素手の方が強いとまで言われてしまった。

 

 そして、その時にたっちさんから教わったタフな前衛職の戦い方というものもある。

 

「その立派な鎧は飾りか冒険者! ダメージを恐れていては永遠に殴り合いでは勝てんぞ!!」

 

 そもそもモモンガさんには〈上位物理無効化Ⅲ〉という鉄壁の守りがある。レベル30程度の森の賢王ではダメージを負う可能性すら皆無なのだ。

 そんな状況で攻撃手段の剣を使って防御する意味もまた全くない。

 更に言うなら、

 

「毛皮は天然の防刃素材だ。ここは手数より火力を重視する場面だぞ!」

 

 二刀流もやめた方が良いだろう。

 なにせ相手の毛髪に刃が通らず肉を切るまで至っていないのが現状なのだから。

 

 俺のアドバイスを素直に聞いて片方の剣を捨てたモモンガさんは両手で剣を持って上段に構える。

 相手の攻撃後の隙目掛けて全力で振り下ろすという相撃ち覚悟の戦法は体力や膂力で劣る相手にとっては非常に恐ろしいものだ。現に危険性を察知した森の賢王も攻撃を止めて様子見に入っている。

 

 しかしこのまま逃がす訳にはいくまい。

 

〈力と力、タフネスとタフネス。どちらがより強いか! より頑強か! それを比べるのに小細工など要らぬ。互いに全力の一撃を交換しあう。強きが勝ち弱きが倒れる、これこそがまさに原始の闘争! 極限まで突き詰めた殺し合いの姿だ!〉

〈どうした森の賢王! 貴様も王を名乗るなら、真正面から受けて立って見せるが良い!!〉

 

 民を導き、煽り、意のままに操る王者のクラス「エンペラー」。そのスキルの一つである〈扇動〉は敵の士気値をも強引に上げる事が出来るスキルである。

 敵の士気値を上げる。これは一見すると相手に取って有利に働くスキルに思える。しかし士気値を上げ過ぎると魔法やスキルが使えない『興奮』や『熱狂』状態になってしまう。更に上げていけば一切の制御が利かない『狂乱』状態にまで至る。

 そのため集団戦においては必ず一定値以下に士気値を戻すギミックや装備が不可欠とまで言われている。それほどまでに危険で恐れられているスキルなのだ。

 実際に俺もいくつものパーティーを〈扇動〉を使いまくった挙句思考停止で突っ込んでくる雑魚敵化して仕留めてやった事がある。

 

「某も森の賢王などと呼ばれ恐れられている存在。真正面からの打ち合いは望むところでござる!」

 

 興奮して思考が凝り固まった森の賢王は全力で尻尾を振う。

 これを肩のアーマーで防御したモモンガさんはすかさず踏み込んでお返しとばかりに切り込む。

 咄嗟に防御した森の賢王だったが深々と肉を抉られ毛皮を赤く染める。

 

「何のぉ! まだまだぁあああああああ!」

「森の賢王、覚悟ォッ!!」

 

 先ほどまでと打って変わっての乱打戦。

 恐るべきは森の賢王、聖遺物級であるモモンガさんの装備に傷を付けるとは30レベルとはいえ流石は伝説のモンスターと言うべきか。

 しかし鎧にどれだけダメージを喰らわせようと本体のダメージはどうやっても0である。徐々にその均衡は崩れ、

 

「おおおおおおああああああああああ!!」

「グアアアアアア! み、見事……!」

 

 当たり前だが冒険者モモンが鎧をボロボロにしつつも勝利を収めた。

 

「人間の勇者よ、名を聞かせて欲しいでござる」

「モモン、モモン・ザ・ダークウォーリアーだ!」

「モモン殿、見事でござる。さあ! この森の賢王の首級、持っていくが良いでござる!!」

 

 いざクライマックス!

 と、ここでモモンガさんが興奮しすぎて『熱狂』状態まで士気値が上がったのか沈静化が発動してしまう。

 そして気付く、大の大人がバカでかいハムスターとガチンコバトルを繰り広げた上に止めを刺そうとしているこの状況に。

 

「……何か言い残す事は無いか?」

 

 どうにかしてハムスター殺しの汚名を回避すべく思考を巡らせるモモンガ。

 

「フッ、某は気付いた時から天涯孤独の身。遺言を残す相手などいないでござるよ。……しかし、一度でいいから、同族と相まみえたかったでござるな。それだけが心残りでござる」

 

 満足気な笑顔(?)を浮かべる巨大ハムスター。

 しかし天涯孤独で同族と逢ってみたかった、か。

 

「…………ルプゥ、森の賢王殿に回復を」

「なんと?! 某に情けをかけるつもりでござるかッ!! 嘗めるでないでござるよ、モモン殿ォッ!!」

「情けをかけるのではない。独りで生きて独りで死ぬというのは、寂しいものだと思った。それだけだ」

「……モモン殿? そなたももしや」

「敵の施しは受けぬというならばそれもいいだろう。行け」

「良いのでござるか? 某を討てば名声を得られるであろうに」

「そのような名声など、こちらから願い下げだ」

 

 気高さすら感じる台詞だが、本音はハムスターを殺してちやほやされるとか願い下げという切実な思いが根底にある。

 どうにか逃げてくれそうな雰囲気になってほっとしたモモンガは、ここで思わず余計なひと言をこぼしてしまう。

 

「同族に会えると良いな」

 

 この一言にハッとした顔(?)になった森の賢王は地面に頭をすり付けるような体勢に変わる。

 

「モモン殿! 某をそなたの家来にして下され!」

「えぇ!?」

「某はこの森から出た事が無いのでござる。しかし殿の下であればきっとより広い世界を見る事が出来るでござろう。どうか、お願いするでござる! 殿にお仕えさせて下され!」

「身の程を知れこの毛玉風情がァ!!」

「な、ナーちゃん落ち着くっす!!」

 

 想定外の事態に思わずネクロロリコンの方を向いてしまうモモンガ、しかし仕方ないだろう。なにせハムスターをボコボコにするという他者に見られれば苦情を貰いかねない状況からやっと脱出出来るかと思ったところで仕官を願われてしまったのだから。

 しかし焦っているのはあくまでモモンガだけである。傍から見ていたネクロロリコンは冷静に仲間として迎えるメリットを計算する。

 

「モモン君、迎えてあげてはどうかね?」

「ちょ、何を!?」

「見たところ森の賢王と呼ばれるだけあって高い知性を持っている。名高き森の賢王と一騎打ちを行い、屈服させたとあれば冒険者組合で一目置かれる存在となるだろう」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

「君が受けたくないとゴネた最下級のクエストを受けずに済むかも知れんぞ? クエストの達成履歴よりはるかに明白な森の賢王討伐という実績があれば、あるいは一足飛びに階級も上がるのではないかね?」

「ぐ、ぬうううううううう」

「モモン殿、どうかお願いするでござる」

 

 おなかを上に向けて服従のポーズを取るハムスターの視線に耐えかねたモモンガはついに森の賢王を従える事を決める。

 苦渋の決断であった。

 

 その後ルプゥの回復魔法で全快した森の賢王の案内の下、更に大量の薬草を手に入れた一行は森を後にする。

 その道中でンフィーレアが森の賢王の縄張りが無くなるとカルネ村が危ないのではと気付き相談したが、ブラ厶が自身の軍狼の一部を森の守護に充てる事を約束して事なきを得た。

 更に今後カルネ村にはドラキュラ商会の役員を派遣して薬草の研究をする予定だと語り安全を保障したため、ンフィーレアも安心して帰路に就く事が出来たようだった。

 

 そうして一行はカルネ村にもう1泊し、4日目の昼前にエ・ランテルに帰還した。

 勿論依頼は大成功である。

 

 

 

 後日、カルネ村にブラム・ストーカーの紹介で一人の男が現れる。

 

「皆さんはじめまして。ブラム・ストーカー様の御紹介で参りました、ドラキュラ商会主任研究員ヴィクター・フランケンシュタインと申します。専攻は医学と化学、ですが薬学生物学生態学工学等にも精通しておりますので何かお困りの事がありましたら是非気兼ねなくご相談ください何かしら御力になれるやもしれません」

 

 眼鏡を掛け白いコートのような服を纏ったこの優男は、村の救世主であるブラム様の依頼により村の復興と発展に助力しつつ薬草の調査をしに来たという。

 ばけがく? という学問を修めており、村でポーション作りをするつもりだという彼は長口上の最後に村人達にこう尋ねた。

 

「ところで皆さん、科学技術で力を得る事の出来る『人体改造』に興味はありませんか……?」

 




着実に魔境と化して行くカルネ村の明日はどっちだ?!

ちなみにヴィクター博士はネームド血族の真祖で主に「化学者」と「医者」、「ゴッドハンド/神医」のスキルによって血族を強化する事が出来ます。
主に行う強化改造は薬物投与、モンスターとの癒着、機械化の3種。レベルが低く強化値が低いほど成功率が高く、失敗すれば勿論デスペナです。
普段は下級吸血鬼の一部を使って人体実・・・研究を行っていました。それこそユグドラシルの末期まで騎士団の強化の為に。
ある意味ネクロロリコンがユグドラシルを続けた原動力の一つだったりします。

しかし何でメイド忍者コルデーより先に本編に出ているんだろう?
誰得かと言われれば俺得なのですが。

マッドサイエンティストって良いですよね!!

「さあ、偉大なる英知の礎となりたまえ!!」



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15.逃亡者

オバロ最新刊読みました。
やはり同じ場面を二つの視点で描写してそれぞれの視点で思惑を語らせるオバロの描写は面白いですね。
同時に自分のぶつ切りで拙いシーンの書き方が情けなくなります。

日々精進、ですね。



 追われる身であるからか、この街についてから何者かの視線を感じて仕方ない。

 普段の自分であれば何を恐れているのかと嗤い、監視者がいるのならぶっ殺せば良いだろうと吐き捨てるだろうに。

 

 人外の領域に至った身でありながらこのような情けない思いを浮かべているのは、さすがに生国を捨てた負い目があるからだろうか。

 あるいはもっと単純に法国の戦力に脅威を感じているのだろうか。

 

 かつてはスレイン法国特殊部隊:漆黒聖典に所属していた英雄級の実力者、クレマンティーヌはやってきた城塞都市で一人物思いに耽る。

 それと言うのもこのエ・ランテルに来てからどういう訳か何者かの視線にさらされ続けているような気がするのだ。

 

 6色聖典の1つである風花聖典の追手が自身を捕捉し監視しているのではないかという思い込みによる錯覚だろうと自らに言い聞かせると同時に、街に入ってから感じる異常な気配に対して神経をとがらせていた。

 少なくない時間を対異形種の戦いに費やしてきたという自負が彼女を慎重にさせていたのだ。

 決して追手に恐怖して曲がり角の度に後ろから誰が来るかを確認している訳ではないのだと言い聞かせているともいえる。

 

「チッ」

 

 らしくない。

 仮にも人外の領域に至った英雄級の実力者がまるで生娘のようではないかと、思わず舌打ちをしてしまう。

 

 視線を感じて思わず振り返ったのはこれで何度目だろうか。相変わらず無人の路地を確認して忌々しげに舌打ちをする。

 

「薄ッ気味悪い街だ」

 

 街全体を覆うかのような忌々しい気配はこれまで幾度となく感じた戦場の気配そのものだ。

 だと言うのに街中を歩くのは雑魚ばかり。人外の化け物が闊歩している様子は無い。

 そうと知りつつ神経をすり減らしているこの状況はあまりにも不愉快であった。

 

 更に言うなら、この街にいる『あらゆるマジックアイテムを使う事が出来るタレント使い』が街の外に出ているというのも神経を逆なでする。

 

 この街を少しでも早く出ようと攫いに来た当日に2泊3日の外出を始めるとは何とも間の悪い。

 下見の為に店を訪れた際に、新たな取引先との交渉がてら薬草の採集に向かったと聞いた時には思わず店主の老婆を刺殺しそうになったものだ。

 勿論この街を覆う異様な気配を気にして思いとどまったが、それほどまでに彼女は神経がささくれ立っていた。

 

 嫌な予感に襲われ続けるクレマンティーヌは普段よりも遥かに慎重になっていた。

 その結果、ターゲットのンフィーレアが雇ったらしい新人冒険者についても取るに足らない雑魚だと思いつつ宿泊先に出向き情報を集めてしまった程だ。

 

 結果から言えば、調べてみて正解だった。

 酒場兼宿屋での小競り合いで大の大人を片手で持ち上げ投げ飛ばしたと聞いた時はそれなりの実力者だろうと思ったものだが、冒険者組合で話を聞く限り御供の2人も第3位階の魔法を操る実力者である事が解ってしまう。

 そしてリーダーと思しき鎧の戦士はその2人を従えるだけの実力者であるという。

 つまり第3位階の魔法詠唱者レベルの実力者が3人のチームだということだ。

 

 その上ンフィーレアの商談相手も最近エ・ランテルにやってきた豪商らしき老人らしい。

 屈強そうな狼を連れているという話を聞く限りこちらもそれなりに警戒しなければならない。

 野生の獣の嗅覚は人間の比では無い。それを痛いほど知っているクレマンティーヌは警戒度を数段引き上げるに至った。

 

 断じて街に入ってから感じているこの違和感が理由では無いと自らに言い聞かせながら。

 

 

 

 結局標的のンフィーレアが戻ったのは予定より1日遅れた4日後の昼であった。

 

 神経を擦り減らすような逃亡生活を余儀なくされていたクレマンティーヌは即座に襲撃して攫ってしまいたい衝動に襲われていたが、雇った冒険者が森の賢王を従えて帰ったと聞いて急遽予定を変更する。

 

 森の賢王自体についてはその雄大な姿と知性を感じさせる瞳を見て、負ける事は無くとも苦戦は必至と評価した。

 そしてその魔獣に跨る鎧姿の偉丈夫についてもそれ以上の怪物と評価せざるを得ない。どういう訳か強さを感じさせないその男についても、一騎打ちによって出来た生々しい傷跡を残す鎧に警戒感が高まる。

 少なくとも森の賢王2体分の実力者と第3位階の魔法詠唱者が一か所に集まっているのだ。如何に英雄級の実力を持つと自負する彼女も不用意に挑もうとは思わなかった。

 異様な気配に満ちたこの街ではなおのことだ。

 

 もっとも、人目に付きすぎると言う事を最大の理由としていたのだが。

 

 だからこそ更に我慢した。

 普段の彼女を知るものであれば驚きを隠せない事だろう、それほどまでに慎重になっていたのだ。

 荷物を積み込む様子を窺っているときに取引相手の老人がふとこちらを向いたときには、何気なく別の方を向いて立ち去り暫く近付かなかった程だ。

 

 

 

 そのため、翌日森の賢王を従える冒険者達が暫く魔物の討伐に出ると聞くや即座に行動に移った。もはや我慢の限界だったから。

 

 

 

 住民が寝静まる深夜3時。

 酒場で飲んだくれる男たちですら宿で高いびきをかくこの時間に行動を開始する。

 

 この時間に起きているものは寝ず番の衛兵くらいのものだ。闇夜を行く彼女を見る者等いない。

 だから今感じている視線はあくまで自分の妄想の産物でしかないと言い聞かせる。

 

 所詮は水薬を作るだけの小僧である。静かに潜入し、身動きが取れないようにして攫うのは簡単であった。

 獲物を担いで闇夜を駆ける彼女に声を掛ける者は無い。

 すれ違う者すらいない。

 もっとも、いたとしても殺すだけなのだが。

 

 じりじりと神経を削られる感覚を覚えながらも速やかにエ・ランテル共同墓地へ向かい、ズーラーノーンの高弟であるカジットが待つ霊廟地下の神殿へ降りていく。

 どんなマジックアイテムでも使えるらしい小僧に叡者の額冠を付けて〈死者の軍勢/アンデスアーミー〉を使わせればこの薄気味悪い街は大混乱に陥る。

 

 そうなれば、後は混乱に乗じて逃げるだけだ。

 漸く風花聖典の追手から逃げおおせる事が出来る。

 この不快な視線からも今日限りでおさらばだ。

 

 思わず頬が緩むのを自覚してしまう。

 〈死者の軍勢〉によって次々生み出されていくアンデッド共が霊廟から地上に向かう様を見ているとここ数日の苦労が報われたような気さえする。

 

 視界の隅では満願成就の時が来たと興奮気味なカジットの姿がある。

 

 彼には精々派手に暴れて貰おう。

 カジットが望む『死の螺旋』が成功するほどの死と破壊と混乱が巻き起こされたなら、追手の目も眩む事だろう。

 もしかするとここで死んだ事になるかもしれない。

 

 

 

 1人離れて昏い笑みを浮かべるクレマンティーヌの背後で無数の虫達が蠢き影がゆれる。

 

 そして、結局ただの一度も影の中に潜む存在に気付くことは無かった。

 




エ・ランテル編ラストの導入が終わりました。

何も考えずに突っ込ませたらレベル100の前衛型最上位異形種であるネクロさんにぶつかって即死してしまうので、街中にばら撒かれた異形の気配に気付いて警戒体勢に入って貰いました。
原作にいない大量のモンスターがいるので、元漆黒聖典の彼女であれば多少は違和感を持ってくれるはずです。

一応解説しておきますが、魔法使い系種族《エルダーリッチ》の上位種である《オーバーロード》にして純粋な魔力系魔法詠唱者のモモンガさんが扮する戦士の『モモン』より、前衛種族である《吸血鬼》の上位種である《神祖》でありやや前衛よりな扱いの指揮官系クラスをとったネクロロリコンが扮する『ブラム・ストーカー』の方がスキルを封じていても強いです。
身を守る必要から近接戦闘もそこそこやる必要のあったネクロさんは、スキルこそなくとも技術はあるのでなおのことです。

本編中で生かされる事はありませんが。



以下オバロ最新刊の(あとがきの)感想など。

個人的にバカな指導者はいないというスタンスに感銘を受けました。
何というか、どうしてその状況でその判断をするの?と言う突っ込み所が無いのがオバロの良さだと思っていたので妙に納得してしまったのが一番の感想でしょうか。

そして組織経営で何をするのか?それを二次創作やオリジナルで書いて欲しいという御言葉にも、何というかグッときました。
自分ならどうするか、自分がいたらなんというかを考えながら読むタイプなので、やっぱりそう言う楽しみ方をする人は他にもいるんだなと嬉しくなってしまいました。

そんな思いが高じてこれを書いている訳ですし。

素晴らしい素材を提供して下さった丸山先生に感謝を。


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16.城砦都市の『英雄』達

気付けばお気に入りが1000名様を越えてしまいました。いつもありがとうございます。
マジかぁ、1000人以上に読まれているのかぁ・・・マジかぁ。

そんな記念のお話ですが、何とあの人達が主役です。
最新刊でちょっと気に入ったあのキャラにも出番を与えてみました。
さて、誰の事でしょうね?



何時も何時も誤字の御報告ありがとうございます。
もっと減らせるように頑張ります・・・。


 墓地からアンデッドの大軍が溢れだしたという凶報は瞬く間にエ・ランテル中に広まった。

 

 未だに日も昇りきらぬ早朝とはいえこれほどの異常事態である、冒険者組合の対応も早かった。

 即座に街に三チームあるミスリル級冒険者の内【クラルグラ】と【虹】へアンデッド討伐の依頼を出し出動を要請した。

 残念ながら【天狼】は別の依頼で出払っていたためこの2チームが中核となる。

 

 勿論他の冒険者達もかき集め総力を挙げてアンデッドの軍勢を抑えにかかる。

 これはエ・ランテルという街そのものの危機なのだ。余らせていい戦力など有る筈がない。

 そのため冒険者組合の長であるアインザックは集まった冒険者達に仕事を割り振り次々と戦場へと送り出していく。

 低級の冒険者は市街地への道を封鎖させ、上級の冒険者たちは中央広場で墓地を塞ぐ門から出て来たアンデッド達を迎撃する。

 勿論切り札であるミスリル級冒険者の2チームは広場での迎撃の主力として前線での指揮を任せる事とした。

 

 

 【クラルグラ】のリーダーであるイグヴァルジは自己顕示欲が強く他者を顧みない男として知られていたが、それ以上にフォレストスト-カーとして広い視野と的確な判断力を持ち合わせた有能なリーダーとしても知られていた。

 その上これまでメンバーを死なせた事が無いという実績もあって広場における冒険者のリーダーとして指名される事となった。

 

 対して【虹】のリーダーであるモックナックは重厚な鎧を纏い果敢に前に出て仲間を守る戦い方や、他者に敬意を払う普段の行動から人望が高かった。

 しかし多くの冒険者に指示を出すという事にはそれほど適した能力を持ち合わせていないためイグヴァルジの指揮下に収まる事を本人は納得し了解していた。

 

 こうして2つのミスリル級チームを含めた冒険者連合は1つのチームとして事件に当たる事となった。

 

 

 

 イグヴァルジは内心興奮していた。

 街の危機、集結した冒険者達、そして彼等を指揮して街を救うのが自分であるというこの事実に。

 

 まさに英雄。

 この事件を見事解決に導いたならクラスを上げてオリハルコン級に、いや最高峰のアダマンタイト級すらも視野に入る。

 歴史に名を残す偉大な冒険者としての名声を得る事が出来るようになると。

 

 だからこそ奮闘していた。

 残念ながら衛兵たちは【集合する死体の巨人/ネクロスォーム・ジャイアント】に蹴散らされ退散してしまったが、始めから衛兵程度ならばいない方が邪魔にならなくて良いと気持ちを切り替える。

 声を張り武器を振るい、戦場を見渡す。押されているチームがいれば援軍を差し向け優勢なチームには進み過ぎて囲まれないように指示を出していく。

 死者を出させないよう疲労したチームを見れば即座に下げさせ、地力のある【虹】のメンバーには無理をさせない程度に前線を押し上げさせていく。

 【クラルグラ】のメンバーはどちらかと言うとやや下がったところから前後に出し入れする冒険者チームの援護や連絡係に徹していた。

 目立ちたがりではあるものの、勝手知ったるチームのメンバーを利用しなくては雑多な冒険者達に指示を飛ばすのは追いつかない。だから今目立てないのも仕方ないと割り切っていた。

 それ以上に、「【虹】の連中もそのうち息切れし始める。そのとき万全な俺達【クラルグラ】が美味しいところを頂いてしまえば最終的に俺様が第一功だ」という狙いもあったが。

 

 イグヴァルジの指示の下、効率的にアンデッドの大軍を押しつぶしジワジワと戦線を押し戻していく。

 数で劣るとは言えそこは冒険者、豊富な対アンデッドの戦闘経験と巧みな連携を以てすれば低級アンデッド程度には後れを取ることは無い。

 

 しかし、戦いにおいて物量の差は大きい。

 人間である以上戦い続ければ疲労がたまり、魔法を使い続ければいずれ精神力が枯渇する。

 

 最初に音を上げたのは広場に来ている中では最下級である銀級の冒険者達だ。

 金級の冒険者達に引きずられるようにして死者の軍勢を薙ぎ払っていくが、次第に息切れしていく。

 やむなくイグヴァルジもそれぞれに一旦下がって態勢を整えるよう指示を出すが、それが2チーム3チームと増えていけば押し上げた前線が再び押し戻されてしまう。

 それを理解しつつも最後に残った銀級チームである【漆黒の剣】にも下がるように指示を出す。

 

「モーク! お前らも下がれ」

「ま、まだ行けます!」

「バカヤロウ! 限界になってから下がれませんじゃこっちが迷惑なんだよっ!

モックナック! 戦線を下げるぞ、モーク達の援護に回れ!」

「了解した!」

 

 悔しそうに歯を食いしばる【漆黒の剣】のリーダーであるペテル・モークだったが実際のところ彼自身が最も疲労がたまった状態であった。自らがチームの盾となり多くのアンデッドを仕留めつつもあえて一部のスケルトンを後ろに回し仲間のドルイドやウィザードの打撃で仕留めさせるという戦い方でどうにか格上の冒険者達に食らいついていたが、あまりにも負担が大きすぎる戦い方であった。

 それに気付いたからこそイグヴァルジは撤退させ、モックナックも即座に応じたのだ。彼等は戦力として数える事が出来ると評価して。

 

 空いた穴を埋める為に戦線を下げようと各チームに指示を出そうとしたイグヴァルジだったが、背後から来る異様な気配に気づき取りやめる。

 

〈アインズ・ウール・ゴウンの理念の下、今ここに義の旗を掲げん! エ・ランテルの勇者達よ、このブラム・ストーカーに続けぇえええええッ!!〉

 

 近頃このエ・ランテルに現れた商人であるブラム・ストーカーの〈名乗り〉と共に、逃げ去ったはずの衛兵たちが対アンデッド戦線に参戦した。

 

 

 

 時はイグヴァルジ達が戦場に到着して少し経った頃。

 ネクロスォーム・ジャイアントに吹き飛ばされる防衛陣地とアンデッドに食い殺される仲間を見て『恐慌』状態に陥った衛兵達は我先にと逃げ出し詰め所に駆けこんでいた。

 

 嗤いたいものがいるならば嗤えば良い。あの恐怖を代わりに味わってくれるのなら喜んで受けてやる。そんな投げやりな感情に支配された彼等はもはや戦えない。

 

 そう、『恐慌』状態を解消するスキルを持つ者がいなければ。

 

〈恥を知れ貴様らァッ!!!〉

 

 老人の〈一喝〉により一時的にとはいえ『恐怖すら忘れる』衛兵達。

 思わず振り返った彼等に老人は更なる檄を飛ばす。

 

〈今、多くの冒険者達が我が身を顧みず戦っている。貴様等にはそれが何故か解るか?!

 アンデッド達との戦いに慣れているからか? 無論それもあるだろう。

 報酬が出るからか? 貴様等にとって報酬は命より大切なものかね?!

 そんな事は瑣末事だ、彼等はそんな事の為に戦っているのではない!〉

 

 拳を握り、腕を振り回し、激情に駆られるがままに声を上げる。

 しかし、だからこそその声は逃亡者達の胸に突き刺さる。

 

〈心安らぐ我が家が! 大切な仲間が! 愛する家族がッ!! 今、無くなろうとしているからだッ!!〉

 

 兵士達は思う。

 このエ・ランテルで共に笑い合い過ごした家族達を。

 一緒に仕事の愚痴を吐きあいながら酒を飲んだ仲間達の姿を。

 生まれ育った愛しいこの街の事を。

 

〈未来は! 運命は! 自らの手で勝ち取るべきものだ!!

 何時まで己の命運を他人に委ねるつもりだ。勝ち取れ! 君達は今それが出来る立場であると自覚しろッ!!〉

 

 震える体に鞭を入れ、続々と立ちあがる兵士達。

 その目には次々と戦意の火が灯る。

 許せるはずがないのだ、この生まれ育ったエ・ランテルを異形の徒に明け渡すなど。

 堪えられるはずがないのだ、このエ・ランテルの危機を黙って見ている事など。

 

〈エ・ランテルを想う勇者達よ! 槍を取れ、盾を構えよ! 陣形を組み直せ!!〉

 

 気付けば兵士達は再び立ちあがり、闘志をみなぎらせて武器を構えていた。

 想うところは皆同じ、このエ・ランテルを守りたいというただ一つの願いのみ。

 

〈アインズ・ウール・ゴウンの旗の下! このブラム・ストーカーに続けェ!!〉

 

 老紳士の力強い〈名乗り〉に率いられ、一度は逃げ出した死者の軍勢の下へと舞い戻るエ・ランテルの衛兵達。

 そもそも逃げ出した原因である〈恐慌〉状態が誰によって齎されたかもわからずに。

 

 

 

 こうして広場での戦いの情勢は一気に傾く。

 突如現れた衛兵達の士気に後押しされ、何より単純に人手が増えた事により冒険者達も勢いが増す。

 更にイグヴァルジ達【クラルグラ】がチーム単位で前線に出られるようになった事が大きい。

 

 それと言うのも衛兵達を引き連れたブラムが全体を見渡し即座に的確な指示を出し始めたからだ。

 自らを囮にして集まったアンデッド達目掛けて盾を構えた衛兵達で押し潰させる戦術で瞬く間に磨り潰していくその采配は、イグヴァルジをして格上と認めざるを得ないものであった。

 更に全体の指揮を執るようになってからは、敵の集まった個所に目掛けて〈火球〉を打ち込ませ焚火を作りそこに敵を押し込むという戦術で更に多くのアンデッド達を葬っていった。

 

 行ける!

 この場にいる者達が明確に数を減らし始めたアンデッド達に手ごたえを感じ希望を持ち始める。

 

 しかしその矢先に絶望は現れる。

 

「あ、アレは!」

「ヒィ!」

「もう駄目だぁ……お終いだぁ……!」

 

 かつて衛兵達の防衛陣地を完膚なきまでに蹂躙した絶望そのものが出現してしまう。

 金級以下の冒険者達からしてもその巨体はやはり脅威なのだろう、衛兵達の恐怖が伝播して動きが鈍っていく。

 

 不味い。

 イグヴァルジは咄嗟に指示を出そうとするも混乱し始めた集団が相手では収拾が付かない。

 

〈冒険者達は半円形に陣形を組み使える者は〈火球〉の詠唱! それ以外の者は詠唱者を守れ!〉

 

 混乱し始めていたとはいえそこは命のやり取りを繰り返してきた冒険者達。咄嗟の指示に従いチーム単位で〈火球〉の詠唱準備に入る。

 

 詠唱が済んだ詠唱者達がブラムに目を向けるが、真正面でネクロスォーム・ジャイアントの攻撃を引きつけるブラムが発射を手で制する。

 

 そして全ての詠唱者の準備が終わるまでゆっくりと移動しつつ敵を誘導し、

 

「今だ! 〈一斉射撃〉撃てェ!」

 

 両手を振り下ろす。

 

 全身に〈火球〉を打ち込まれ崩れ落ちるかつての絶望に歓声を上げる衛兵達。

 

〈見たか! 団結した我等の前ではでかいだけの木偶の棒など恐れるに足らんのだァッ!!〉

 

 更に敵を引きつけ注目を浴びていたブラムの〈激励〉で萎えかかった衛兵達の士気が再び急上昇する。

 

 その後も次々現れるアンデッドの軍勢に抵抗し徐々に戦線を押し上げていく冒険者達。

 ネクロスォーム・ジャイアントも数体現れたものの危なげなく仕留めていく。

 

 

 

 この状態に焦れたのは墓地の霊廟地下で儀式を執り行っていたカジットである。

 予想を上回る抵抗にしびれを切らした彼は止む無く切り札を切る。そう、彼の奥の手にしてあらゆる魔法を無効化する【骨の龍/スケリトル・ドラゴン】である。

 最上級のアンデッドである骨の龍を抵抗激しい墓地の隔壁付近の広場へと差し向けたのだ。

 

 

 

 太陽は既に西に傾き、日が落ち始めていた。

 無尽蔵とすら思えるアンデッドの軍勢を水際でせき止め続ける防衛軍にも半日近い戦いによって疲労の色が見え隠れし始める。

 

 せめて日が沈みきる前に墓地と市街地をつなぐ門を閉じておきたい防衛軍は最後の力を振り絞り門へと突撃する。

 あと一息、隔壁を降ろすためのレバーまでもう少しで手が届くというところで、最後の試練が立ちふさがる。

 

 そこに現れたのは無数の骸骨によって形作られた巨大なドラゴンであった。

 低級冒険者達や衛兵達はその巨体に驚く。

 しかし、それ以上にミスリル級冒険者達はあまりの厄介さに苦虫を噛みつぶしたような顔になってしまう。

 

 それも無理からぬことだ。

 何せ【骨の龍】は一切の魔法が通じない最上級のアンデッドなのだから。

 つまりこれまで幾度となくネクロスォーム・ジャイアントを仕留めたアンデッド殺しの〈火球〉が通じないという事に他ならない。

 

 その事実を知る上位の冒険者達は、だからこそその厄介さに歯を食いしばる。

 そして見る。

 これまで的確な采配を取り続けたブラム老を。

 

〈総員、ここが正念場だ! 魔法詠唱者は周囲の残敵の掃討に当たり前衛職はそのデカブツを叩け!〉

 

 剣を使う物は鞘に納め、槍を持つ者は石突きで挑めと指示を出し攻撃が集中しないように細かく前後させるようにして冒険者達に指示を出していく。

 

 まずは足元から崩す。これが大物を倒すセオリーだ。

 ブラムの指示の下、近付いては攻撃を誘い別の者が一気に踏み込んで足を砕いていく。

 

 そんな中、ここが見せ場とばかりに武技を用いた渾身の一撃を叩きこむイグヴァルジの耳に凶報が飛び込む。

 

「【エルダーリッチ】だ!」

「いかん、下がれイグヴァルジ!」

 

 声を聞き振り返ったイグヴァルジの目に飛び込んできたのは【エルダーリッチ】とこちらに飛んでくる〈火球〉。

 

 見た瞬間に悟ってしまう。このタイミングではもはや避けられまい、と。

 おとぎ話に出てくる『英雄』に憧れてここまで這い上がり、この異変さえ解決すれば間違いなく『英雄』と呼ばれる領域に辿りつける。そう思っていたというのに。

 他者を蹴落としてでも功績を上げようとしてきたこの俺が、功を焦ってくたばるならそれもやむなしか。

 あきらめの境地に至ったイグヴァルジは、せめて最後まで敵を見据えていようと目を見開く。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 そして見てしまう。

 己が身を顧みず他者を救う『英雄』の姿を。

 

「モックナック!? テメェ、何してやがる!!」

 

 疲労の極致にあったモックナックは、最後の力を振り絞りまだ体力のあるイグヴァルジを守る事を選択した。

 合理的に勝利の為に己が身を犠牲にしたのだろうか。

 それとも、ただ危険に晒された仲間を目にして体が動いてしまったのか。

 そんなことはもはや誰にもわからないだろう。当の本人にすら『解らないのだから』。

 

 ブラム老の号令の下、石突きを向けた状態で投槍が【エルダーリッチ】に叩き込まれる。

 追撃を阻まれ撃ち落とされる【エルダーリッチ】を横目に【骨の龍】は忌々しげにモックナック目掛けて尻尾を振り下ろす。

 

 普段のイグヴァルジであれば、半死人に攻撃する愚かしさを嗤い少なくとも片足を砕いてみせていただろう。

 しかし幼き日に脳裏に焼き付いた物語の『英雄』を、冒険者となった原点を思い出してしまった彼は最善の行動を取る事を拒む。

 

「〈能力向上〉、〈要塞〉ェェェエエエエエエエス!!!」

 

 意地を込めた剣を盾に【骨の龍】の尾撃を見事受け止めてみせる。

 しかしその代償はあまりに大きい。

 

 剣は砕かれイグヴァルジ自身も衝撃を受け止めきれずモックナックのすぐ横に叩きつけられる。

 激痛を噛み殺し、イグヴァルジは無理やり立ち上がる。苦境にあってもなお立ちあがり、その上で敵を打倒するのが『英雄』なのだから。

 

 我ながら愚かな選択をした。

 横目で薄く息をするモックナックを見るイグヴァルジは血を吐きつつも後悔の言葉だけは吐かない。むしろ晴れやかな笑顔すら浮かべていた。

 人生で初めて他人の為に戦うという、正に『英雄』の働きをしたのだから。

 

 ならば、このままもうひと踏ん張りして本物の『英雄』になるんだ!

 

 すぐそばに落ちていたモックナックの剣を拾い上げ、【骨の龍】が繰り出す踏みつけを紙一重でかわす。

 狙いは着地の衝撃を受ける脚部。

 

「〈豪撃〉ィッ!!」

 

 モックナックの剣を両手で握りしめ渾身の力を込めた叩きつけは、その脚に罅を入れるにとどまる。

 

「……畜生が」

 

 怒り狂う【骨の龍】の蹴り上げを受けて宙を舞うイグヴァルジはもはや受け身を取る力すら残されていなかった。

 

 もはや痛みすら感じてはいない。

 その胸に去来する想いは、結局英雄にはなれなかったという無念と、残された仲間達への謝罪だった。

 余計な事を考えなければ、あるいは倒せていたのだろうか。

 そんな後悔の思いが全身を駆け巡る。

 

 誰でもいい、この化け物を倒してくれ。

 俺の代わりに『英雄』になってこの街を、俺なんかを助けたあの馬鹿を、どうか――。

 

 振り下ろされる巨大な爪を見ながら彼は『英雄』の到来を希う。

 自身が届かなかった頂きに立つ者の救援を。

 

「ッ!!」

 

 とどめの一撃が体を襲う衝撃は、ない。

 

 恐る恐る目をあけるイグヴァルジの前には、【骨の龍】の一撃を大剣で受け止める漆黒の『英雄』の姿があった。

 




「待たせたな!」

と言う訳で、誰得感満載なイグヴァルジ率いる冒険者と衛兵の連合軍によるアンデスアーミー戦でした。

ネクロさんは戦わないのかって?
あの人は英雄の役じゃないんで、その辺は纏めてモモンさんに持って行って貰います。
あくまで市民の味方をするのがブラム・ストーカーの仕事です。

誰かを護りたい、その心をもつ者こそが『英雄』なんだよ!

と言うありきたりなお話で心をガッチリ掴みに行っている
と、デミウルゴス辺りから誤解されるお仕事ですね。



以下、いつもの設定等。

〈一喝〉
見ての通りで恐怖や恐慌と言った状態異常を一時的に無くすスキルです。ついでに次に発動する指揮系スキルの効果を増幅する事も出来ます。自分に注目を集めるタイプのスキルですね。
ところで原作に出ましたね、絶望のオーラシリーズ。アレは一気に士気値を一定値以下に下げるスキルと言う扱いにさせて貰います。無理無く組みこめそうで良かった。

〈名乗り〉
敵のヘイトを自分に向けさせたり、味方の士気値を上げたり、指揮下のユニットの能力値を上昇させる複合スキルです。やあやあ我こそわ!って感じです。勿論ゲーム時代ではエフェクトが出るだけですが、ネクロさんが黙っていたかは別です。
地味に過去にも使っています。

〈一斉射撃〉
射撃スキルの効果を上昇させる攻撃指示スキルです。一部の魔法でも効果が出ますが、魔法の場合は命中補正とタイミングを合わせる程度の恩恵しかないです。
あくまで指揮官型ユニットは魔法使いでは無く物理型ユニットのサポートと考えていますので。



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17.モモン・ザ・グレート ビギニング

モモンガさんことアインズ様の御活躍を御覧になりたい方は是非原作でお楽しみ下さい。
例えば最新刊の10巻では魔法を使わず培った戦闘技術のみで戦う偉大なる魔導王様のお姿が拝見できます。
お勧めいたします。是非どうぞ。


ウチのモモンガさんは・・・強力な助っ人がいるのでヌルゲーなんです。
本家のアインズ様ほど強くはなれないのですよ。



『漆黒の英雄譚

 これはリ・エスティーゼ王国を中心に活動した冒険者『漆黒の剣士』モモンの輝かしい功績を伝える物語、その序章である。』

 

 

「ちょっと待って、なんですかこれ!?」

「近々ドラキュラ商会で売り出す予定の商品だよ。リアルヒーローを題材にしたノンフィクション英雄譚さ!」

「いや、待って。ホント待って。そもそも何のためにこんな物を?!」

「勿論冒険者モモンの人気を不動のものにする為の小道具さ。より多くの人々に冒険者モモンの活躍を知らしめると共に、紙切れを金貨に変換できる正に錬金術! いずれは紙幣を発行して更なる錬金術に挑みたいものだなぁ!!」

「ホント落ち着いてください。錬金術は鉄を宝石に変えるだけですから労力の割にもうからないってぷにっと萌えさんが結論出してたじゃないですか!」

 

 金策の鬼と化したネクロロリコンに恐怖しつつ、検品を頼まれた魔書「モモン・ザ・グレート 1 ビギニング」を読み進める。まさか自分を主人公にした物語を作られてしまうとは思いもしなかった。更に言えば限りなく自分の言動をそのまま描かれている事がダメージを加速させていく。

 ネクロロリコンの〈激励〉で高揚状態になった結果色々とはっちゃけた言動を取っていた記憶があるモモンガとしては読み進めるのが恐ろしい程である。

 

 

 【骨の龍】の攻撃を受け止めたのは漆黒の鎧で全身を覆い隠し、身の丈程の大剣を構える偉丈夫であった。

 さらにその男は攻撃を受け止めるのみならず、巨大な【骨の龍】を力任せに押し返してみせる。

 

 その場に集った人々はその異常な光景に声が出せない。

 彼等が必死の思いで立ち向かった伝説級のアンデッドの攻撃を受け止め、更には押し返してしまうなど一体誰が想像できるだろうか。

 

 続けて放たれた彼の台詞によりその場に集った者達は更なる衝撃をうける。

 

「遅くなってすまなかったな。後は私に任せて貰おう」

 

 今この男は何と言った?

 任せろだと? 一人で戦うつもりか? そんなバカな事が出来る筈がない。

 

「何言ってやがる、一人で倒せる相手じゃねえ」

「出来る訳が無い」

「そんな事が出来るのはおとぎ話の英雄だけだ」

 

 次々に飛び出る否定の言葉を聞き、しかしモモンは一刀の下に切り伏せる。

 

「ならば私がそれを可能とする英雄となろう」

 

 気負いも無く言い切ったその言葉には、あるいは本当に出来るのではと想わせるだけの自信が込められていた。

 

「一撃だ」

 

 両手に構える大剣の片方を地面に突き立て、両手で身の丈ほどもある大剣を握りしめる。

 

 この男は何を言っているのか? 一撃で倒すと言ったのか? そんな事が出来る筈が無い。

 しかしこの自信に溢れる立ち姿。

 まさか本当に……?

 

 肩に担ぐようにして大剣を構える漆黒の剣士の姿に釘付けになる防衛軍の面々は固唾を飲んで見守る。

 

 迫り来る【骨の龍】を迎え撃つようにして力ある言葉を呟くモモン。

 

「―――――モモンズ・ギガ・ブレイド!」

 

 次の瞬間、【骨の龍】が文字通り粉砕されていた。

 

 目にもとまらぬとは言うが、本当に動作そのものが見えないなど有り得るのだろうか。

 しかし現に、気付いた時には巨剣を振りきったモモンの姿と、その前方で崩れ落ちる【骨の龍】の姿があった。

 

「……ふむ、少しやりすぎたか?」

 

 剣に付いた骨片を振い落しモモンは事も無げに呟く。

 この程度の事は当然とでも言いたげなその姿に人々は漸く状況を正しく理解する。

 

「凄い、これが本物の英雄!」

「エ・ランテルに英雄が来たんだ!」

「勝てる。これであの化け物たちに勝てるぞ!!」

「モーモーン! モーモーン!」

 

 沸きおこるモモンコールを背に墓地へ―――――

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「おいやめろ! それは試作品だから。壊されたらまた一から作り直しになるから!」

 

 当時の様子を思い出し、思わず破り捨てようとするモモンを慌てて制止するネクロロリコン。

 

 ドヤ顔で必殺剣「モモンズ・ギガ・ブレイド」という名のただの振り下ろしを放った光景を文面で突きつけられたモモンガの精神的ダメージは計り知れない。

 〈パーフェクト・ウォーリアー〉を発動した渾身の振り下ろしは現地の人々にとっては正しく一撃必殺の大技に見えた事だろうが、そんなことはモモンガにとっては関係のない事である。

 

「そもそも一撃宣言はネクロさんが煽ったからじゃないですか!? 『良く言った英雄を目指す者よ!』とか『さあ、森の賢王が相手では出しきれなかったその力! ここに示すが良い!!』とか『相手は物言わぬ死者、加減は無用だ! その荒ぶる本能を解き放てェッ!!』とか言ってド派手に煽ってたじゃないですかぁああああ!!!」

「はて、俺もその時は興奮していたものでね。自分が何を言っていたか覚えていないのだよ」

「つーかモモンコールを始めたのもネクロさんだし! そもそも何でブラムのブの字も出てないんですか?!」

「モモンが主役の英雄譚なのだから旅の商人なんて端役に割くページ等ある訳ないだろう?」

「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 余談だが、「漆黒の英雄譚」がエ・ランテルを中心に爆発的な売り上げを叩きだした結果、スピンオフとして「エ・ランテル偉人伝」や「破軍の老将 ブラム外伝」が製作され、絶妙な脚色がなされた内容で出版される事になる事は未だ誰も知らない。

 群像劇として舞台映えするため、劇場ではむしろ「老将ブラム」が主題の演劇が多くなる事も全くの余談である。

 それによりある人物が将来悶え苦しむ事になる事も勿論余談である。

 

 

 街の防衛を仲間達に任せ、漆黒の剣士モモンは一人墓地を行く。

 雲霞のごとく押し寄せる死者の軍勢を前にしてもなお、その歩みが止まる事は無い。

 左右の巨剣は吹きすさぶ嵐の如く、その歩みは無人の野を行くが如く。

 

 そして辿り着いたのは墓地の中心、この事件の黒幕である地下組織:ズーラーノーンの高弟である悪の魔法使いが巣食う霊廟であった。

 

「よくぞここまで辿り着いた、勇敢なる戦士よ!」

 

 悪の魔法使いは嘲笑を交えて語りかける。

 

「そして実に愚かだ! ただ1人でここまでやってくるとは!!」

 

 脇に控える弟子達が詠唱を始める。

 更にその背後には伝説のアンデッドである【骨の龍】が屹立する。

 

 この絶望的な状況にあってなお、モモンに焦りの色は無い。

 落ち着きを払ったモモンは訊ねる。何故このような事を為すのか? と。

 

「知れた事!」

 

 悪の魔法使いは答える。

 

「このエ・ランテルに大いなる破壊をもたらし、我が名を永遠の物とするためよ!」

 

 この答えにモモンは激怒する。

 そのような下らぬ目的の為に無辜の民を巻き込んだのか?! と義憤に燃える。

 

 全く悪びれることなく、我が名声の糧となる事が出来た事を喜べと吠える悪の魔法使いの声を聞き、もはや語る舌は持たぬと剣を構えるモモンは――――

 

 

「もっと色々言ってませんでしたっけ? 死の螺旋がどうとか、永遠の命がどうとか」

「大衆はそんな小難しい理屈も、悪役の主張にも興味は無いのだ。悪役が悪事を為して、正義の味方に倒される。それでいいのさ」

「そりゃそうだけどさぁ」

 

 個人的には大量のアンデッドによって充満した負のエネルギーで不死の魔法使いになるという「死の螺旋」とやらに興味津々であったモモンガは不満を覚えたが、先にデミウルゴスに読んで貰ってそれが良いと言われているならと納得する。

 シュウグには解りやすい悪役と明確な正義の味方を用意するのが宜しいでしょうと言われたらしいが、ナザリック1の知恵者が言うのなら間違いないのだろう。

 

 そのままページを読み進めるモモンガだったが、意図的に【骨の龍】を倒すクライマックスのシーンを読み飛ばしていく。

 必殺の「ファイナル・エクサ・ブレイカー」が炸裂する山場だったのだが、モモンガにとっては最新の黒歴史を目の前に突き付けられたに等しい。

 これが検品でさえなければ破り捨てていたところだ。

 

 そのまま攫われていた少年を助けてめでたしめでたしとなったところで本を置く。

 

 暫く無言で天井を眺めていたモモンガだったが、4度5度と大きく息を吐いて精神を安定化させていく。

 

「ブラムを出さないのは、ンフィーレア少年を表に出さないためですね?」

 

 今回のミッションにおける収穫の一つ、エ・ランテル随一の薬師であるリィジー・バレアレ。

 孫を取り戻す事でモモンへの忠誠を取り付けた老婆は勿論それなりに意味のあるカードとなるが、ある意味それ以上に価値のあるのが孫のンフィーレアである。

 祖母のリィジーに対する人質であると同時に、「あらゆるマジックアイテムを使う事が出来る」というタレントを持つ彼はもしかするとナザリックに対して大いなる脅威となっていた可能性がある。

 

 「叡者の額冠」によって精神支配されていた彼を助ける事を強く主張したのは、本では描かれていないブラムことネクロロリコンであり、希少なこの世界固有のアイテムである「叡者の額冠」を回収しつつンフィーレアを救助できたのもまた彼の力によるものだ。

 

 精神支配を受け、外した時に精神を破壊されると言うならば、絶対的な精神異常耐性を持つアンデッドにしてしまえば良い。

 そう言ってズーラーノーンの死体から〈ブラッドプール〉で回収した血液を媒介にして〈血族創造〉を発動、ンフィーレアを血族としてしまう。

 

 勝手に血族化した事を詫び、嫌なら記憶を消して元通りにすると語るネクロロリコンだったが、果てしない研究をする学徒にとって永遠の命は喉から手が出るほど欲しい物と返答されそのまま無事に血族として迎え入れる事となった。

 

「私は血族を作る際に相手の望みを一つ聞くことにしている。力を求めるもの。永遠の美を求めるもの。研究に全てを捧げるものもいる。君には、そうだな。村娘を一人、でどうかね?」

「そ、それは!」

「うむ、では決まりだな。君が十分な働きを示したならば、君をより強大な吸血鬼である〈真祖〉とする事で意思を持った君だけの眷族とさせてやろう。まさに死が二人を分かつまで共にある事が出来るだろう! 勿論それなりの価値を示しさえすれば私が血族に加えてやっても良い、精々頑張りたまえよ?」

 

 その際傍から見れば悪魔の取引ならぬ吸血鬼の取引が行われたが、これはネクロロリコンとしては善意100%の行いである。

 望みを叶える代わりに血族にするというのも、血族の設定におけるマイルールである。

 今回もお互いにとってWIN-WINな関係の素晴らしい取引であったと自負している。

 昏い笑みを浮かべるンフィーレアに愛しの娘がいるカルネ村へと住処を移す事を指示し、彼が欲していた「神の血のポーション」も譲り『渡す』事にした。

 

 そのまま吸血鬼化した事がばれないよう素早く住処を移すよう細かく指示するネクロロリコンを見るモモンガは驚愕していた。

 

 まさかそこまで計算していたのかと。

 

 実際そんなことは無いのだが、モモンガとしては色々先の事を読んで手を打つネクロロリコンのことをぷにっと萌えレベルの鬼才と思い込んでいた為「さすがネクロさん!」と納得してしまっていた。

 

 この誤解によって後に地下大墳墓では神算鬼謀の主、地上では明智の狼王と呼ばれることに繋がるのだが、今は誰もその事を知らない。

 




今回は批判がちょっと怖いですが、ンフィーレアさんをナザリック入りさせました。
まあ原作でも半ナザリック入りしていますし、何よりこんな危険人物を野放しにはできませんよね?
特に意味は無いですがレアアイテムもゲットできますし(ここ重要)。


こうしてンフィーレアはカルネ村に向かい、ドラキュラ商会研究部門副主任にして製薬部門長となったのでした。
ああ、カルネ村がまた一歩魔境へ。


>エンリの覇王炎莉将軍閣下化フラグが折られ、血濡れのエンリルートのフラグが立ちました。

>某人物の勧誘フラグが立ちました。

>建国フラグが立ちました。


次回は楽しい楽しいアンデスアーミー騒動の反省会。
さすモモさすネクロは書いていて楽しいのですが、デミウルゴスの深読みは書いていて頭が沸騰しそうで困ります。
少々時間がかかるカモなのでそこはご了承ください。


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18.幕間:影に潜むもの

今回を逃せばもう二度と彼女の活躍が書けない気がする、と言う事で幕間です。
まあ予定は予定という事で一つ。



 時はエ・ランテルが死者の軍勢に襲われていた頃に遡る。

 

 クレマンティーヌはエ・ランテルの墓地内部の霊廟にて脱出の機会を窺っていた。

 カジット達の召喚したアンデッド達は一時は門を破り市街地を脅かすまで戦線を押し上げたが、組織的な冒険者の抵抗によって後退し日が西に傾き始めた頃には墓地付近にまで押し戻されていた。

 日が沈んだ頃にエ・ランテルを発つつもりでいたクレマンティーヌとしては、冒険者が疲労した頃合いを見計らい夜闇に紛れて姿をくらませるのが最善と判断していたためこの時点では十分に想定の範囲内であった。

 

 状況が変わったのは日が西に落ち始める黄昏時。

 

 ズーラーノーンの高弟であるカジットは切り札である伝説級のアンデッドを差し向け冒険者を蹴散らし、勢いに乗じてアンデッド達に街を蹂躙させることにした。

 クレマンティーヌとしても闇に包まれた夜間に多くの人々が逃げ惑う状況になる事は望ましい状況である。

 着実に逃亡の為の下拵えが進んでいく。

 

 しかし想定内に収まっていたのはここまでであった。

 まず渾身の切り札である【骨の龍】は出向いた先で多少暴れただけで消滅してしまう。

 その後も墓地の入り口付近のアンデッド達の反応が次々と消えていき、更にその原因が霊廟目掛けて真っ直ぐ進んでいる事が解る。

 

 援軍が到着したに違いない、おそらくは森の賢王を従えたあの冒険者チームが。

 うろたえるカジットを尻目にこれ以上の混乱は期待できないと判断したクレマンティーヌは即座に脱出を決断する。

 

 カジット達には十分混乱したからと立ち去る旨を伝え、形だけでも了承を得ておく。

 元々互いにメリットがあるからと手を組んでいたにすぎない関係だ。『叡者の額冠』を提供し、その使用者である『タレント持ち』まで用意してやったのだから黙って消えても文句はあるまい。

 それでも立ち去る事を告げるのは少しでも長く抵抗して貰う為だ。

 そのためならば助言までする。

 クレマンティーヌは異様な気配に包まれたこのエ・ランテルの生活によって何処までも慎重になっていた。

 

「じゃあねぇ、カジッちゃーん。あたしの見立てだと厄介なのは黒い全身鎧の大男って感じだからうまい事援護して押し潰すのがいいと思うわよぉ? 仲間の2人は見るからに魔法詠唱者、後は狼を連れたジジィ、そして『森の賢王』」

「昨日も話していたが、やはり本物なのか? お主の見立てであるならばそれに近い強さではあるだろうが」

「ん~、多分本物ねぇ。タッグで襲われれば如何に伝説のアンデッドと言えど危うい、カモ?」

 

 自他共に認める性格破綻者であるクレマンティーヌ。

 しかし同時にその実力については疑う余地は無い。彼女は正しく英雄級の戦士なのだ。

 その英雄級の性格破綻者が戦闘を避け、今も態々助言しているというこの状況は戦闘者では無いカジットにも危機感を抱かせるには十分だった。

 

 クレマンティーヌは覚悟を決めたカジットの顔を見てそのまま立ち去る。

 少なくとも暫くは持ちこたえる事が出来る事だろう、と期待を込めて。

 

 

 こうして漆黒の英雄に挑む事を決めたカジットは、そのまま表舞台から姿を消す事となる。

 その場にいたはずの徒弟の数と死体の数が合わない事はその場にいた2人の人物以外に知る由は無い。

 

 しかしもし戦いを避けていたなら、カジットは生き残る事が出来たのだろうか?

 答えは残念ながら否である。

 何故なら霊廟は無数の影達によって包囲され、更にエ・ランテルという街そのものがナザリックの精鋭達に囲まれていたのだから。

 

 

 日が落ち始めた薄暗闇の中をクレマンティーヌは走る。

 英雄級の軽戦士であるクレマンティーヌは人類最速と言っても過言ではない。

 更に武技までも併用しての疾走である、もはや誰にも追いつくことなど不可能だ。

 

 現に街から距離が開くにつれ、疾走を続けるにつれ、自身に向けられる視線が確実に無くなっていくのが解る。

 当然だ、どれだけ巧く隠れ潜もうとも物理的に付いてこられないのだから。

 

 視線を感じなくなった状態でエ・ランテル近郊の森に入り更に駆け、漸くクレマンティーヌは立ち止まる。

 全身から噴き出る汗をそのままに荒い息を整えつつ後方を確認する。

 

 追手は、いない。

 

「へ、へへ。当然だ、このクレマンティーヌ様についてこれる奴なんざいる訳ねぇンだからなぁ」

 

 エ・ランテルで苛まれ続けた視線も今は無い。法国の探査も今のエ・ランテルの混乱によって難しくなっている筈だ。

 やっと一息つけると安心し、大きく息を吐く。

 

 そして警戒を緩めてしまう。

 

「もう鬼ごっこはお終い?」

 

 突如掛けられた有り得ない、あってはならない呼びかけに驚愕しつつ、それでもステイレットを抜き去り振り向くのは流石元漆黒聖典の精鋭である。

 

 咄嗟に声を掛けられた方向に体ごと振り向くも、何もない。

 

「どういう―――」

 

 まさか幻聴だったのか? そんな思考が頭に過ったが、視界の端に自身の影に突き刺さる短剣が映る。

 そして自身の体が動かない事に

 

「〈首狩り/ヴォーパル〉」

 

 気付くことなく意識を断たれた。

 

 意識を失い崩れ落ちるクレマンティーヌの背後で尚も油断なく逆刃の短刀を構えるのは、漆黒のメイド服を着込む吸血鬼であった。

 彼女こそギルド:アインズ・ウール・ゴウンの一人であるネクロロリコンの最初の血族にしてもっとも長くネクロロリコンと共に戦った歴戦のメイド忍者:コルデーである。

 

 普段と違い森林迷彩柄のマントを羽織り、刃と峰が逆になった非殺傷武器である『忍刀 不殺』を構える彼女はここ数日クレマンティーヌの監視を仰せつかっており、その結果背後に組織が無い事が解った為に一人になったところを確保するよう命令されていた。

 そして街を離れ必死になって人気のない森を駆け抜けるクレマンティーヌを密かに追いまわし、警戒を解いた瞬間を見計らって気絶させたのだ。

 

 ちなみにコルデーが行ったのは〈忍術・山彦〉で明後日の方向を向かせた上で〈忍術・影縫い〉を使って動きを止め、背後から〈首狩り〉を放つというユグドラシル黎明期に数多のプレイヤーをデスペナの憂き目にあわせた「ニンジャ」の即死コンボである。

 特に〈忍術・影縫い〉は影が武器で貫かれた時点で魔法の詠唱以外は一切行動不能という初見殺しのスキルであったため、多くの前衛職に恐れられていた。

 仲間に体を動かして貰えばそれだけで解けてしまうし、〈瞬間移動〉で動く、〈火球〉等で影を消す等対処法も多いのだが、それが解るまでは正に回避不能の必殺コンボであった。

 勿論今回は『忍刀 不殺』を使っていた為即死の追加効果は発生せず、傷も無いのだが。

 

 クレマンティーヌが気絶した事を油断なく確認したコルデーは次なる指示を出す。

 

『シャドウ1より各員、目標の無力化に成功。これより回収し帰還する。目標の回収はシャドウ2に、シャドウ3は周囲の警戒を続行』

『(シャドウ2、了解)』

『(シャドウ3、了解)』

 

 クレマンティーヌの影から湧き出るようにして現れるもう1人の『コルデー』が迷彩柄の布でクレマンティーヌを包んで担ぎあげる。

 マントを羽織る『コルデー』も武器を普段使っている普通の忍刀に持ち替える。

 そしてそんな2人の頭上で枝の上に立って周囲を見回すのもやはり『コルデー』であった。

 

 瓜二つの容姿を持つ3人ではあるが、別にネクロロリコンが三姉妹を作った訳ではない。

 「ニンジャ」のスキルの1つである〈忍術・影分身〉で人手を増やしているだけである。

 

 

 こうして元漆黒聖典クレマンティーヌはエ・ランテルから森へ駆ける姿を最後に法国の追手から完全に姿をくらませる。

 以後数度に渡り魔法による探査を行ったが見つからなかった為、他の任務に人手が必要になった事もあって捜査は打ち切られる事となった。

 




漸く吸血メイド忍者が書けました。
オリキャラはオリ主以外あまり出さずに原作キャラをしっかり動かしたいと思うのでまた暫く影に徹して貰うことになるでしょうが。

クレマンティーヌは慎重かつ的確な判断を下し続けましたが、あくまで前衛職の軽戦士なので探索能力は高くないです。
そして前衛殺しのアサシン系メイド忍者が相手とあってはあまりにも分が悪い。

こうして哀れにもナザリック送りになったのでした。


以下オリ設定等

〈首狩り/ヴォーパル〉
「アサシン」のスキルである〈暗殺/アサシネイト〉シリーズの一つ。難易度の高さから全てのスキルの中で最大の「ダメージ値」を出す事が出来ると言う設定です。
生物に対して最強の攻撃力を誇る暗殺系スキルはバックアタックボーナスや不意打ちボーナス等による様々な補正によって高いダメージを出す事が出来ますが、中でも〈首狩り〉は単純な威力の他にクリティカルヒットダメージ上昇や高確率の即死判定等が含まれたユグドラシル最強のスキルと言う設定です。ただし首に当たらないと普通の斬撃になると言うデメリットもありますが、当たれば最強です!
ちなみにコルデーは敵モンスターの形に合わせてきちんと首を狙えるように細かくAIが組まれています。勿論へろへろさんが作り、暇人ネクロロリコンが細かい調整をし続けた結果であり、現実化したコルデーにとっては長年に渡る修行の成果と言う認識です。
ロマンに拘るネクロロリコンの生き様が垣間見えます。


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19.錯謀

タイトルは誤字ではありません。
謀りが錯綜しているって言うだけです。

そして作者が迷走しているだけです。
ラナーとか言う化け物の思考は想像するだけで頭から煙が出そうです。

あと今回長いです。
無駄に色んな視点で書いてしまいました。
休日だからってやりすぎでしたね・・・。


「では、その後のクレマンティーヌの足取りは全く掴めないという事ですか」

「エ・ランテルにおける不死者騒動については、当該人物が奪い去った『叡者の額冠』を用いて引き起こされたものかと思われますが……」

「待ってほしい。あのマジックアイテムを使用する事が出来る人材はこのスレイン法国においても数年に一度出るかどうかだ。そう都合よく出てくるものかね?」

「あるいは目星がついていたからこそ奪い去ったということでは?」

「そもそも件の魔法を使える何者かと接触した可能性も考慮に入れるべきだ」

 

 スレイン法国の中枢では今日も人類存続の為に最善を尽くすべく議論が交わされている。

 今の議題は逃亡者クレマンティーヌ、そして奪われた最秘宝『叡者の額冠』のその後についてであった。

 

「〈アンデス・アーミー〉は第7位階の魔法だ、そんな魔法を使えるものがいるとは思えないが?」

「クレマンティーヌの足取りを追った結果、最後に接触していたのはかの秘密結社ズーラーノーンの高弟であるカジット・デイル・バダンテールだ。更に彼女自身高弟の1人としての地位を得ていた事を考えればかのズーラーノーンの助力を得る事も可能ではないだろうか?」

「盟主であるズーラーノーンが今一度『死の螺旋』を行おうとした、と言う事かね?」

「〈オーバーマジック〉を用いて無理やり発動させたという可能性の方が現実的だが、そういう意味でもズーラーノーンの関わりは考えておくべきだろうな。彼等がこれまで行った外道の所業は皆も忘れていないはずだ」

 

 各々意見を出し合い、各自が得た情報を共有し合う。

 その中には未確認ながらもズーラーノーンの高弟の1人を、彼が従える伝説のアンデッドである【骨の龍】もろとも始末した無名の英雄『漆黒の剣士モモン』の話題もあった。

 

「この人物についてはどう思う?」

「噂が本当であれば素晴らしい実力の持ち主だと評価出来るな。陽光聖典が壊滅し、漆黒聖典にも空きがある今是非とも勧誘したいものだよ」

「今のところ人類を守ろうという意思を感じますね」

「少なくともエ・ランテルをアンデッドが蔓延る死都にせずに済んだのは彼の尽力によるものだろうな」

「しかし、いささか腑に落ちん。本人は常に仮面で顔を隠しており、過去は不明。供の魔法詠唱者は第3位階の魔法が使える若い娘だとも聞く。そんな腕ききがこれまで無名でいた理由がさっぱりわからんぞ」

 

 結局のところ、情報不足である。

 独り歩きした噂話である可能性も捨てきれず、かと言ってもし事実であるなら放置するには惜しい実力者だ。

 王国に取りたてられ、かの戦士長のように王国内のパワーバランスを歪めてしまう可能性も捨てきれない。王派閥に取りこまれれば戦力が増して権力の集中が進むだろうが、万に一つでも貴族派に引きこまれてしまえばそのまま内乱に陥りかねない。

 

 王国がつぶれるだけならまだいい。そのまま帝国の属領として呑み込まれるだけで、むしろ法国が望んでいた形に落ち着く。

 

 しかし貴族派の者達が半端に力を持った結果自治領が乱立してしまえば?

 戦力の分散と足の引っ張り合い、低下した戦力と荒廃した領土によって齎される結果は王国領という人類の生存圏の縮小である。

 人類の守護者たるスレイン法国としては何としても避けなくてはならない事態である。

 

「やはり、剣士モモンと接触を図るべきだろう。中途半端に王国を存続させる事は危険だ」

 

 無難な選択、しかし異を唱える声は無い。

 本当に噂通りの実力者であるならば、王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフ以上の実力者であるということである。つまり英雄級以上の、即ち帝国の逸脱者フールーダ翁に並ぶ程の傑物ということになる。

 あるいは神の末裔という可能性すら視野に入れておかなくてはならない。

 

 剣士モモンと法国の秘宝についてはもう暫く調査を続けるという事で決着し、次なる議題へと移行していく。

 人類の守護者、その最高意思決定機関である彼等の会議はその後も長く続いた。

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の首都、王都リ・エスティーゼ。

 王城の一室で王家の至宝とでも言うべき『黄金』の姫君は彼女の唯一の従士であるクライムと穏やかに談笑していた。

 現在話題に上っているのは近頃エ・ランテルで起こった騒動と、それを解決した英雄の活躍であった。

 

「まあ、その剣士様は伝説のアンデッドを御一人で倒してしまわれたの?」

「そのようですラナー様。一切の魔法を無効化する伝説の怪物を御一人で、それも一太刀で粉砕してしまわれたとか。更にはそのまま御一人で墓地に向かい、首謀者であるズーラーノーンの高弟を討取ってしまわれたそうです。今やエ・ランテルでは知らぬ者は無いほどの人気だそうですよ。どうやら多くの冒険者達の前で行ったようで、かなり信憑性が高いようです」

「つまり凡そ噂通りの実力を御持ちという事ですね! なんて心強い冒険者様なのかしら」

「ッ、ええ! 近頃は彼の活躍を描いた冒険活劇が本となって出回り、吟遊詩人はこぞって彼の活躍を歌い上げているとか」

「……エ・ランテルを中心に、急激に名を上げた冒険者様ですか。

 そういえばお仲間もかなりの腕前だとか?」

 

 最愛の姫君が英雄的な男性への称賛の声を上げた事にクライムは僅かに嫉妬に駆られるが、即座に気持ちを切り替え噂の冒険者チーム『漆黒』のメンバーについて語っていく。

 

 曰く、トブの大森林を長らく治めていた大魔獣『森の賢王』を一騎打ちの末に下して従えているとか。

 曰く、陽光の如き笑顔を振りまき多くの怪我人を治療して回り、分け隔てなく支援魔法を掛けた上で自らもメイスを振って死者の軍勢に果敢に立ち向かった『赤毛の聖女』がいるとか。

 曰く、無表情で淡々と死者の軍勢を駆逐した敏腕ながらも毒舌な魔法詠唱者『黒髪の美姫』がいるとか。

 

 彼らを置いて単身向かうとは、余程の自信があったに違いないと感嘆の声を上げるクライムに微笑みを返すラナーだったが、同時にその明晰な頭脳は別の答えを引き摺り出していく。

 

「ところでクライム。ドラキュラ商会のブラム・ストーカー氏を知っているかしら? 近頃エ・ランテルで手広く商売をしているそうなのだけど」

 

 英雄譚を好みそれらの情報を仕入れる為に『冒険者や戦士について』手広く情報を集めているクライムだったが、さすがに商人の話までは集めていない。

 申し訳なさそうに聞いた事が無いと答えるクライムに「そう」と興味無さ気に返すラナーはそのまま物憂げにエ・ランテルの市民の話に焦点を移していく。

 

 しかし彼女の脳内では『漆黒』と『ブラム・ストーカー』についての考察が続いていた。

 

 最初期に広まった情報では、『衛兵達を鼓舞して共に死者の軍勢相手に立ち向かった商人』がいた。そして『英雄モモンと共に墓地へと向かったのは2人であった』。

 しかし後日急激に広まった噂話や物語では『ブラム・ストーカー』の名は全く挙がらない。

 何者かが意図的に削除しているかのように。

 

 更に言うならあまりに噂の広がるペースが速すぎる。

 まるで誰かが『漆黒の英雄』を表舞台に引き上げようとしているかのような、作為的な匂いすらする。

 

 また、『ブラム・ストーカー』と言えば先日戦士長に助太刀した狼使いの老紳士の名前でもある。

 隠すつもりであれば始めから名乗る必要はないはず、その上で名乗りを上げたのならば何らかの意味があるという事だ。例えば『タレント』や『魔法』で大衆を操作する為に名乗りを上げなくてはならない、などが考えられる。他に特筆すべき言動が無い為一芸に特化した『集団操作型のタレント』と考えるべきか。

 

 恐怖に駆られて逃げ出した衛兵達を前線に引き連れていった事実と、戦士長を助ける際に戦士団を用いて勝利した手腕からやはり集団操作等の『タレント』である可能性が高い。戦場で見ず知らずの他人に命を預けられるはずがないのだから。

 

 ここまで考察したラナーは、『ブラム・ストーカー』が全ての裏にいると結論付ける。注視すべきは衆目の集まる『漆黒の英雄』では無く、裏から全てを操る怪人物『ブラム・ストーカー』であると。

 

 それでは集団操作を得意とする老人が、あえて表だって名を上げない理由とは何なのか?

 更に言えば商人、それも高価な宝石を扱う宝石商として動き回る目的とは?

 

 有力商人との繋がり、多くの貴族との面通し、その上で人気を集めた『英雄』を操り何が出来るのか?

 

「……カルネ村周辺の土地?」

「どうかなさいましたか、ラナー様?」

「いいえ、何でもないわクライム。近頃エ・ランテル周辺では物騒な出来事ばかりって思っただけなの」

「そういえば戦士長様も襲撃を受けておられましたね……」

 

 思わず零した言葉は、戦士長殿がかの老人に求められた報酬『カルネ村周辺の土地の権利』だ。

 「何でも用意する」と言う不用意な発言の言葉尻を取られて忠告を受けたというだけであり、本当に欲しがったものではないのだろうと結論付けられていたのだが。

 しかし活動する土地が『カルネ村』と『エ・ランテル』である以上ただの冗談では無かった可能性も視野に入る。

 

 つまりブラム・ストーカーの目的は―――――

 

 

 

 

 

 

「今後の目標は、このナザリック地下大墳墓がある周辺地域を我々の領地とする事だ」

 

 定期報告会議が行われているこの円卓の間で、今後の方針を話すのはこの地の支配者の1人ネクロロリコン。

 

「ただし、単に武力に訴える形で奪い取るのではなく、あくまで平和裏に割譲される形である事が望ましい」

 

 もう1人の支配者であるモモンガも重々しく頷く。

 

「何故なら、武力で奪った物は同じく武力で奪われるものだからだ」

 

 この発言を聞き守護者達は思う。

 至高の御方から何かを力ずくで奪おうとする輩がいる、それはたとえ想像の中の存在であっても到底看過できる物では無い。ナザリックの総員を以て誅殺しなければならない。

 剣呑な空気が場を支配するが、ネクロロリコンは手で制して続きを語る。

 

「安心したまえ。我等偉大なるアインズ・ウール・ゴウンが、力を以て訴えてきた輩にどう対処するかは皆もよく知るところの筈だ。力を以て我等に訴える者には、同じく力を以て制するのみ。そしてそれを実行する力を我等は有している」

 

 思い浮かべるはかつてナザリックを襲った未曽有の大侵攻。

 1500からなる大軍勢の侵攻に曝されながらも、至高の御方々が逆に蹂躙した輝かしい歴史の1ページである。

 しかし同時に守護者各員にとっては苦い敗北の記憶でもある。

 

「ただし無用な諍いは望むところでは無い。戦は出血が伴い、出費を伴う」

 

 ここにきて守護者達は気付く。

 御方々は不甲斐ない我等を守るために、再びその命を散らさせぬ為に、このような迂遠な手段を取っているのだと。

 己の不甲斐なさを噛み締める守護者達を前に、ネクロロリコンの言葉は続く。

 

「戦における真の上策は、そもそも『戦わない事』だ。そしてその為には、相手に攻め込む口実を与えない事こそが肝要なのだ」

 

 この世界の存在は概して取るに足らない戦力である。

 しかし、未だにナザリックはこの世界の広さを測りきれていないのだと続ける。

 

「我々は比類なき強者である。しかし、だからと言って蛙になってはならない。真の強者とは相手に敬意を払い、油断なく、確実に勝てる勝負のみを行い、堅実に勝つ者を指す」

 

 言葉を聞き、至高の御方々が常勝不敗であったその真の理由を守護者達は垣間見る。

 違うのだ、そもそも戦というものの考え方が。

 戦うという事は、戦になったという事は、既に後は倒すだけの状況に相手を引き込んでいるのだと。

 

「相手に情報を与えることなく、着実に相手の情報をかき集める。そして必ず勝てるときに勝負を挑み、当たり前の勝利を手にする。真の名将とは絶望的な戦力差から劇的な逆転勝利をしたものではない、勝てる戦を当たり前に勝ち続けるものを指す言葉なのだ」

 

 だからこそ、手の内を曝さないようナザリックは影に徹するべきと結論付ける。

 来るべき本当の闘争の際に、当たり前の勝利を得る為に。

 

 守護者達は落雷を受けたかのような衝撃を受けていた。背筋が凍りついたかのように震えが止まらない。

 至高の御方々の戦闘理論の凄まじさに。

 そしてこの世界に来てから『必勝』の為に置かれ続ける布石の数々に。

 

 思えば真っ先に行った事はなんだったか?

 周囲の情報収集だ。その為の人員も皆索敵能力以上に隠密性を重視していたではないか。

 そしてこのナザリック周辺に警戒網を築き、周囲に監視の目が無いと解るや即座に隠蔽を指示し速やかに拠点を秘匿してしまった。

 

 全ては敵に先手を取らせぬための布石だったのだ。

 

 更に言えばこの世界で最初に行った外交は襲われる村人を助けるという正義の行いであり、襲撃者は一人残らず捕えたため襲撃者には情報を与えていない。

 それでいて王国最強の戦士長に勝利の名声を譲り渡した事で『ブラム・ストーカー』の名は無暗に広まっていなかった。この時点では。

 

 しかし先のエ・ランテル襲撃で即座に方針を変えたのだ。

 市民に望まれる英雄を作り上げる事で、望まれるがままにこのナザリック周辺の土地を得るという方針に。

 

 始めから土地を手に入れる事を目標として動いておられたのだと気付いてしまえば、打たれたその全ての手が最善手であった事がよく解る。

 僅かな情報から瞬時に計算し直し、最短距離で目的を達するべく計画を修正し次手を打たれているというこの神業めいた智謀の冴えたるや。

 

 ここまで理解出来たならば、次に打たれるであろう手もおぼろげながら見えてくる。

 

「つまり、今のところは『ブラム・ストーカー』を王国の貴族にする御積りなのですね?」

 

 ニヤリ、と笑うネクロロリコンにデミウルゴスは漸く己の理解が追いついたのだと確信する。

 

 

 その後も会議は続き、新たな捕虜などから得た情報を共有していく。

 

 冒険者組合ではモモン達のチームを特例としてオリハルコン級にする事を決め、幾つかの依頼を受けさせた後で速やかにアダマンタイト級に据える事を決定している。

 

 エ・ランテルでは配布された『モモン・ザ・グレート』が広まっており、酒場などでは吟遊詩人達がこぞって『漆黒の英雄』を称賛する歌を吟じている。

 

 カルネ村では新たに血族として迎えられたンフィーレアが祖母共々移住し、ポーションの研究に入っている。

 更にヴィクター博士はンフィーレア達に「化学者」が製作する化学ポーション『ドラッグ』の製法を伝え、それを参考に新たなポーションを作らせている。

 またヴィクター博士の呼びかけに応えた村人達に投薬による強化改造〈ドーピング〉の試験を行っていると同時に、親を失った姉妹を引き取り製薬法等を仕込んでいるという情報も共有されていく。

 

 最後に仕事内容が変更される守護者へ今後の指示を出していく。

 

 まずアウラとマーレはトブの大森林に偽りのナザリックを建造する役目が与えられた。勿論敵の攻撃目標を他に逸らすためである。

 次にコキュートスがモモンガへの剣術指南を任せられる事となった。あの拙い剣技と現地基準で高過ぎる身体能力のチグハグさは早く無くすべきであろうと。

 最後にデミウルゴスは近々赴くことになる王都内部の情報、特に有力貴族について恐怖公を用いて調べ上げ、戦士長以外に取り込めそうな者がいないかを見繕っておくよう厳命される。

 

 こうしてナザリックの今後の方針が明確に示された重要な会議が終わりを迎える。

 

 

 

 会議を終え支配者達が立ち去った後も、守護者達は衝撃で席を立つ事が出来ないでいた。

 無理もない、これまでの全てが計画の為の布石であったと解り、その智謀の冴えを垣間見てしまったのだから。

 

 しかし結局どうやって貴族になるのか? と説明を求めるシャルティア達の声を聞きデミウルゴスは理解が及ぶ範囲で支配者達の計画を語る。

 

 戦士長という王国の頂点へ直通のパイプに徹底的に恩を売り。

 現地用ポーションを研究させ、更にカルネ村の住人達にも手伝わせる事で大量生産が可能になるように下準備をし。

 エ・ランテルでは広く、特に衛兵達に名前を売り。

 低レベルでも戦えるように現地民にあわせた強化改造法も調査させている。

 更に言うなら王国は毎年隣国のバハルス帝国とこのエ・ランテル近郊のカッツェ平原で戦っているという情報まである。王国が劣勢であるという情報も。

 

 ここまで情報が揃えばもはや答えは1つであろう。

 

「つまり最終的にはカッツェ平原で行われる戦争でバハルス帝国を叩き潰し、その功績を以てエ・ランテルを治める貴族となられる御積りなのだよ」

 

 今のところは、でしょうが。

 と最後に悔しげに付け加えるデミウルゴス。

 

 王都周辺の貴族についての調査というのも、言ってしまえば内部工作だ。

 現在の王国は王と有力貴族が対立しているが、腐敗しきった貴族達の内情を暴露してやれば容易くどちらかに傾ける事が出来る。

 その際に証拠を握りつぶして恩を売ってやれば喜んで尻尾を振る事だろうと笑う。

 

 その為にはもう暫く『ブラム・ストーカー』をただの老商人にしておいた方が都合が良い。

 だからこそ『モモン・ザ・グレート』ではモモンの活躍しか描かれていないのだと。

 

 未だ計画は修正され続けている為あえて『ブラム』の将としての力を表に出していないが、戦争が近付けばそれとなく流布させるつもりなのだろう。

 あるいは帝国を油断させるために最後まで隠し続ける可能性も捨てきれまい。

 

 勿論常に最善手を再計算し直し続ける鬼才の御方の事、市民を扇動して王国を打倒し王になられる可能性もあえて残してあるのではと付け加える。

 

 即ち『英雄王モモン』と『宰相ブラム』がエ・ランテルで独立するパターンである。

 

「我々はいかなる状況であろうとも十全に手足として動かなくてはならない。御方々の神算鬼謀は到底我々の及ぶところでは無いのだから、せめて御邪魔をしないよう細心の注意を払って行動すべきだろうね」

 

 最後にくれぐれも早まった行動は慎むようにと釘を刺すデミウルゴスに神妙な顔で頷く守護者達は、決意を新たに各々が最善を尽くすべく自らの職場へ向かうのだった。

 

 

 

「いや~本物の吸血貴族になりたいなっていう願望気付かれちゃってたよ~」

「何せデミウルゴスはナザリック一の知恵者ですからね。まあ、私も冒険者ごっこをもう暫く楽しませて貰いますよ」

「金稼ぎも兼ねて、ね?」

「世知辛いですねぇ」

 

 支配者達は知らない。

 ただの行き当たりばったりな言動が神算鬼謀に見えているという事を。

 そして何処までも評価が高まってしまっている事を。

 




と言う訳で、デミウルゴスが予想するネクロロリコンの計画のお披露目会でした。
準備はしっかりするクセにその場その場の思いつきで行動するネクロさんは守護者達からはこんな風にみえているんですよって言う回でもあります。

まだもう暫く紆余曲折があるのであくまでデミウルゴスが現状で解る限りの情報で予想した計画です。そのままにはなりませんのでご了承ください。

ただ少なくともバハルス帝国の騎士団には壮絶な死亡フラグが建ちました。
何気にオバロ二次では珍しい気がします。大抵切れ者なジルを引きこんでいますから。

個人的に腐り切った王国をなんやかんやして呑み込んだ方が簡単じゃないかと思うんですがね?
国民の支持は得やすいかと。


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20.浸食

この作品は会議のシーンが一番の見どころなのではないか?そんな気がしてきました。
誰とは言いませんがうるさいアイツのせいで。



 ナザリックの方針を決定し通知した会議の数日後、ナザリック近郊の土地を王国から割譲させる為に何が必要だろうかという次なる会議が行われていた。

 

 議長は勿論ネクロロリコン。

 出席者は参謀役であるデミウルゴスを始めアルベドやパンドラズ・アクターとナザリックの頭脳が集結している。

 ちなみにモモンガは剣の鍛練の為にコキュートスやシャルティアと共に円形劇場である。

 

「現在の王国は王の権威が低下しており、各貴族が大きな発言権を有しております。

 中でも6大貴族と呼ばれる有力貴族達は全て合わせると王自身に匹敵するほどの権力を持っているそうです」

「国王としてはどうにかして権力の集約を図りたいところだが、下手を打てば貴族の反感を買いそのまま内乱に突入してしまうという訳だな。……その結果が今の王国か」

「ええ、仰るとおりです。貴族共は醜く足を引き合い、改善の糸口すら見えません」

「嗚呼、何と愚昧な者達なのでしょうか?! 偉大なる支配者により良く奉仕する為にどうして最善を尽くす事が出来ないのでしょうッ?!」

「忠を尽くすべき主を持たぬとは、なんと哀れな者たちなのでしょうね」

「ンゥ正に! その通りですな、アルベド殿。それに引き換え我等ナザリックの民は! ンゥゥ何と! 幸せな事かッ!! 偉大なる支配者様方に全てを捧げる事が出来るッ! これ以上の幸せがありましょうか!?」

「! いいえ、ございませんともッ!!」

 

 会心の掛け合いだったのだろう、パンドラとアルベドがこちらの様子を窺っているのが解る。

 

 出た反語! 強調の反語!!

 と、乗ってやるべきなのだろうか? 正直懐かしすぎて気付くのに遅れてしまった。メンバーがまだそれなりにいた頃だから……もう何年前の話だったか思い出せない。

 ノリについて来られないデミウルゴスはきょとんとしている。

 

 パンドラのネタ振りに完璧な対応が出来なかったと悔しげにしているアルベドだが、そこじゃないぞ? 別に一拍遅れたから俺が反応しなかったとかではないからな?

 そもそもアルベドよ、お前は何処でそのネタを仕入れた? 玉座の間でそういったおふざけをした覚えは無いのだが……?

 守護者統括の立場なら必要だろうとリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡したのだが、これのせいか?

 

 実際アルベドの仕事ぶりは凄まじい。

 本来の業務である守護者統括としてのナザリックの運営を行いつつ、ナザリックの隠蔽を行うマーレの陣中見舞いに疲労回復効果のある軽食を届け、デミウルゴスと情報共有の為の会合を開き、コキュートスと防衛体制のチェックをするために地下墳墓内を駆け回る。

 その上現在ブラムの付き人として外部で活動しているセバスに代わり、俺やモモンガさんの体調やスケジュールの管理まで行っているというのだから頭が下がる。男ばかり相手をしている気がするのは気のせいだろう。

 魔性のクラス「ビッチ」のスキル〈八方美人/オールレンジビューティー〉を発動している訳ではないはずだ。

 そんな恐ろしいクラスはユグドラシルには無かったはずだ。……ないよな?

 

 取敢えずモモンガさんはシャルティアやコキュートスと一緒に剣の訓練に行って貰って大正解だった。

 ここにいたら悶絶してそのまま死んでいたかもしれない、既にアンデッドなのだが。

 

「あー、愚かなニンゲン達にとって権威とは力、端的にいえば武力に付随するものだからね。それが無くなれば抑えが利かなくなり、好き勝手をするようになるのも仕方がないのだろうね」

「定期的に力を以て押さえつけねば増長してしまう。嘆かわしい事だ」

 

 空気を変えるべく発言したデミウルゴスに素早く乗っかり話の方向性を戻す事にする。

 

「仮に担がれるだけの神輿であっても、皆が担ぎたいと思う程の魅力があるならば、問題は無いのでしょうけれど」

「それだと2代も3代も続けるのは難しいな。やはり権力を集約させるシステムがなければ国は荒れてしまうのだろう」

「そういう意味では、バハルス帝国の治世は中々と言って良いでしょうねぇ。優秀な皇帝の独裁によって必要な事を速やかに為す事が出来る。このナザリックの支配体制に近い形式です」

「優秀な支配者が舵を取り、他の者達は手足となって働く。嗚呼、何と素晴らしい。誰もが幸せを享受する事が出来るとは!」

「しかし権力を集約させた独裁体制も、次代が暗愚であれば即崩壊だ。先ほどの神輿ではないが、いっそ優秀なものに宰相などを任せる事で国を回すシステムが必要になるということか? ナザリックであればデミウルゴスやアルベドに任せておけば安泰だが、他だとそうもいくまい。まず能力の評価方法の問題がある」

「何と身に余る御言葉! その際には我等ナザリックのシモベ一同、全霊を以て担がせていただきます」

 

 ですからどうか末永く我等の頂点に君臨なさってくださいませ、と続けるデミウルゴス。

 

「なに、君達からナザリックを追放されるまでは支配者として頑張らせて貰うつもりだよ」

 

 割と冗談では無い。見捨てられないように今も結構必死なのだから。

 

「でしたら永遠にこのナザリックに君臨して頂くことになりますわね」

「未来永劫このナザリックの支配者たるものは至高の御方々以外にありえません」

「嗚呼、ナザリック万歳! 至高の御方々万歳!!」

 

 しかし支配のシステムか、いっそ有能な領主を不老不死にしてしまうか? 過去の権力者達が不死を求めたのもそんな考えが根底にあったのだろうか。

 

 おっと話題がそれてしまった。

 

「オホン! では、どうするのが良いと思うかね? ナザリックがあるエ・ランテルは王の直轄領だから、単純に何らかの功績で拝領する訳にも行くまい」

「仰る通りです、これ以上王の領地を削れば貴族を押さえる権威を失いかねません。そのため、まずは王国を存続させるためにも貴族の力を削ぐのが先決ではないかと」

「貴族の家に生まれたというだけで、あたかも自らが有能であるかのように勘違いした愚者共に、その愚昧さを思い知らせてやるのが宜しいでしょう」

「ええ、腐敗しきった王国貴族共であれば少し叩いただけで幾らでも埃が出るというものです。実際軽く調査しただけでも贈収賄に他国への情報の横流し、裏組織への資金提供等々、一部を除いて真っ黒でございました。その証拠書類を国王に渡すだけで纏めて粛清出来てしまうでしょうね」

「つまり私がそれをガゼフ殿に渡してやれば一気に国王の権威が増すという訳か」

「後は混乱した国内の平定に手を貸してやれば、名声も高まる事でしょう」

 

 

 新たなる貴族ブラム・ストーカーが悪しき旧貴族の残党を刈っていく、そんな光景を見せれば誰が支配者か直ぐに解らせる事が出来るでしょうと笑う悪魔。

 

「ところで除かれた一部というのは具体的には?」

「はい、エ・レエブンの領主について少々気になる事が」

「ほう、気になる事とは?」

 

 私見ではございますが、と前置きをして語った内容を纏めると。

 レエブン侯は王族派と貴族派を行き来する事でバランスを取ろうとしていた形跡があり、見つけた裏組織への献金などもその一環だったのでは? という事だった。

 領地の運営も良好で民に慕われている事もあり、私腹を肥やす事に執着している様子も無いらしい。

 

 組織間を行き来する事でバランスを取って現状維持か、国家への忠誠心だろうか。

 

「……それで、彼の目的は何かわかるかね?」

「調べによりますと息子を溺愛しておりますので、完全な状態で次代に譲り渡したいのではないかと。貴族の親によくある望みですね」

「代替わりの頃には王国なんか潰れてるんじゃないか?」

「私の見立てでは、あと数年と言ったところでしょうか? 勿論我々が関与しなければですが」

 

 息子に領地を継がせたい親心か、使えるな。

 ナザリックにとっても無害な人間であり、願いもささやかなものだ。

 

「デミウルゴス君。そのレエブン侯は善政を布き、王国を瓦解しないように尽力する程度には優秀で、望みは領地を息子に継がせる事だけなのだな?」

「あくまで私の見立てでは、でございますが」

 

 表に立って動いてくれる人材は必要だ、暗躍するにも限界がある。

 

「よし、ではレエブン侯を引きこんでしまおう。王国の存続と来るべき大粛清の際に家の存続を約束してやれば協力してくれるだろう」

「実に宜しいかと」

「細かい事は任せてしまっても?」

「勿論でございます。ナザリックの為に働く忠実な駒にしてみせましょう」

「……あまりむごたらしい事はしないようにね?」

 

 承知しております、そう語る悪魔の顔は実に輝いていた。

 よし、あまり考えないようにしよう。

 

「ところで大過なくエ・ランテルを割譲させる理由などは考えてあるのかね? 別の貴族の領地をあてがわれる可能性も捨てきれまい」

「フフ、ネクロロリコン様も人が悪い。その為に態々エ・ランテルでいくつもの布石を打たれたのでしょう?」

「……え?」

「例年行われるバハルス帝国との戦争は今年も同様に、いえ、むしろ王国で粛清の嵐が吹き荒れた今こそが好機とばかりに動き出す事でしょう。それに対抗するため、軍略に長けた『ブラム・ストーカー』が国の盾となると言えば誰もが納得する事でしょう」

「ンゥ正しく! 帝国と王国、更には法国が接する要衝であるエ・ランテルを任せるには、高い信頼と卓越した軍才が不可欠! ヌゥァアらばァ! 衛兵を率い死者の軍勢と戦った事で現地民からの信頼も厚い『ブラム・ストーカー』以外にあり得ません!」

「かつての動乱においては民を勇気づける為にあえて解りやすい英雄である『漆黒の英雄モモン』に光を当てさせ、自らは影に徹したドラキュラ商会の主がついにその正体を明かす訳ですね」

「謙虚さ故に表に出る事を望まなかった老将が、国王に! 民衆に! そして時代に望まれ、遂に歴史の表舞台に現れるのですッ!」

「人々は知るでしょう、『モモン・ザ・グレート』に描かれることのなかった偉大なる男の真意を!

 そして『漆黒の英雄』と並び立つ『もう一人の英雄』の姿をッ!!」

「目撃者が多数いるというのにあえて自らの活躍を盛り込まなかったのは、大剣を振う全身鎧の偉丈夫と言うビジュアル的な解りやすさで可及的速やかに物語を民衆に広めさせるためだった訳ですね」

「そして先行した英雄譚を追う形で事件の真相が当事者たちによって広まる! これは普通に広まるより遥かに素早く、そして好意的に映る事でしょうッ!」

「あの時点でここまで考え布石を打たれておられたとはスァァアアッすがは至高のゥ御方ァッ!!」

 

 あれ? 俺は単に恥ずかしいから自分の情報を握りつぶしただけなんだけど……?

 それとアルベドは無理して盛り上げなくて良いからね? それとも単に突っ込み待ちなの? ビッチだけに??

 

 困惑しつつ様子を見れば、解っておりますと言わんばかりに頷くデミウルゴスとアルベド、そして目を輝かせている(気がする)パンドラの姿が映る。

 

「……フッ、少々あからさまだったか?」

 

 取敢えず渾身のドヤ顔でお茶を濁す事にした。

 

 

 

「コルデー、君は何も発言をしていなかったが何をすべきか解っているのかね?」

 

 会議を終え、自室に戻りつつもう一人の参加者に話を振る。

 結局一度も口を開かなかったのは自らを奉ずる者、忍ぶ者と認識しているからだろうか。

 正しくそのように設定したのだが、さすがに無口という設定にはしていなかったはずだが。

 

「ハッ、わたくしは旦那様の影として控え、旦那様の手足となって動くのみでございます」

 

 つまりいつも通りか。

 良かった! 俺と同程度の知能レベルだ!

 正直デミウルゴス達がなんであんなに称賛していたのかよく解らなかったけど、俺だけじゃなかったんだね!!

 

「では、わたくしは一足先にナザリックを出てレエブン侯の屋敷の下調べをしてまいります」

「下調べと言うと?」

「直接交渉を行う前にどの程度の戦力があるかを見てまいります。余裕があれば重要書類の場所や御子息の活動状況などの情報も得ておくべきかと」

「随分と性急だね、まだ協力を仰ぐか解らないのに」

「旦那様のこれまでの御働きに比べれば些事も良いところかと」

 

 やっぱり俺だけだったか。

 この羨望の眼差しは間違いなく先ほどのデミウルゴス達と同質のものだ。

 

「くれぐれも気を付けていくように。蘇生が出来るかどうかも定かではないのだから」

「御言葉、肝に銘じさせて頂きます」

 

 一礼して〈潜影〉で消える我らがメイド忍者を見送り、1人部屋に戻る俺は色んな意味で孤独を味わうのだった。

 




着々と『浸食』が進んでいきます。
どういう意味かは御想像にお任せしますが、かなり浸食しています。



以下オリ設定の様な何かの解説

「ビッチ」と〈八方美人〉
勿論そんなクラスもなければスキルもありません。
しかしあの設定魔なタブラさんがビッチとは何か? を明確に定義せずにアルベドを作ったとも思えない訳です。
彼のネタ帳にはビッチの特性を細分化しそれをスキルとして命名していたのではないかと思います。〈ポジティブタッチ/セイの接触〉とか。
モモンガ付きの為彼女は出番が少ないのですが色々頑張って貰いたいですね。イロイロと。



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21.ンフィーのアトリエ ~開拓村の錬金術師~

名前だけです。
アトリエシリーズはアニメで見た事があるだけなのでそれっぽい所とかはありません。
むしろアトリエしているのは姉妹の方ですが、あくまで彼がメインです。


全く関係ないですが漂流者の新刊を読みました。
あのいろんな場所で無関係な人々が同時に同じ方向を向くみたいな展開はゾクゾクしますね。鳥肌が止まりませんでした。
オーバーロードが気に入った人なら展開は気に入るのではないかと思います。絵柄や時折入るギャグを込みでも。

続きを読むためにもう1年生きてみようと思えますね。


 カルネ村。

 本来はなんの変哲もないただの田舎村であったが、騎士団の襲撃とその撃退により村の様子は大きく変化した。

 もっとも大きな変化は何かと聞かれれば、村人たちは口を揃えて村の防備だと答えることだろう。

 

 事実、カルネ村の防備は他の村の比では無い。

 城砦都市として知られるエ・ランテルとは比べるべくもないが、村の外周をぐるりと囲む土塁とその上に建てられた防壁は簡素ながらも頑丈な仕上がりである。更に言えばその土塁を作るために土砂を掘り上げられたため空堀がその周りに出来上がっており村の防備を更に固めている。

 村の唯一の出入り口である正門は一際頑丈だ。特別深く掘られた空堀の上にかかる跳ね橋が村唯一の出入り口であり、鉄製の門が外敵を阻む。そんな鉄門の両脇は長く伸びる櫓となって外敵を迎え撃つ備えである。

 

 しかし本当に大きな変化があったのは村人の心境であろう。

 野良仕事をこなしつつも朝夕の弓の鍛練を怠る事のない村人達は、ある意味王国の正規兵をも上回る気迫を見せていた。

 これも当然だろう、彼等は己の身を守るために死に物狂いで力を欲しているのだから。

 

 そんな村人達が更なる力を求めてヴィクター博士の下を訊ねるようになるのも自然な流れだった事だろう。そしてその内容が徐々にエスカレートしていく事も。

 

「博士から貰った『疲労がポンと取れる薬』は最高だ! 一日中休みなしで働けるようになったぞ!!」

「そんなものより『筋力増強剤』の方が凄いぞ! それまで以上に弓が強く引けるんだ!」

「俺はこの間オークの細胞を腕に移植して貰ったんだが、明らかに腕力が増したよ。皆も改造手術を受けた方が良いって!!」

 

 そんな話が村中で聞かれるようになったのだ。

 村人たちは薬品の製造に必要な薬草を村で栽培できるように試行錯誤を始め、村に派遣されたドラキュラ商会の研究員であるヴィクター博士への協力を惜しむことは無かった。

 

 そんなカルネ村に新たな薬師が加わる。ンフィーレア・バレアレとその祖母リィジー・バレアレである。

 彼等は新たなポーションの作製を目的としていたが、村人の協力を得る為に、そしてそれ以上にヴィクター博士とその背後に存在するドラキュラ商会の御機嫌取りの為に各種薬品の製造を行っていた。

 

 勿論彼等も嫌々やらされていた訳ではない。

 ヴィクター博士から薬品の製造作業中に様々な知識を教授して貰う事ができるのだから。

 知識を欲する彼等は、それこそ肉体労働であっても喜んで従事していた事だろう。

 

 今日もドラキュラ商会薬品研究所において博士の講義は行われている。

 

「―――そういう訳ですので、空気中に存在する酸素を除く事で薬品の保存期間を飛躍的に延ばす事が出来るのです」

「まさか空気に触れる事で薬品が劣化するとは思わなんだ!」

「神の血のポーション、その容器にも秘密があったのですね。機密性は確かにただの栓では得られないでしょうね。そして容器の構造によるものなので〈道具鑑定〉でも解らなかった訳ですか」

「他にも薬草などの生体由来の素材をそのまま使用した薬品の場合、暫くすると薬効成分が失われてしまいます。それを」

「しっかつって言うんだよね! そうならないためにせーせーぶんりしてゆーこーせーぶんを取りだすんでしょ?」

「ええ、その通りですよネムちゃん。『私が作った飴ちゃん』をあげましょう、頭を使うと糖分が必要になりますからね! これを食べれば『頭の回転が良くなります』よ」

「わーい!」

 

 ブラム氏の推薦によって薬品作りの助手としてエモット姉妹が働き始めて暫く経つが、何処でここまで差が付いたのだろうか? と姉のエンリは考える。

 年長であるという慢心か、ゴブリン・トループを率いて薬品の採集をするエンリと薬品製造を行うネムとの環境の違いか、あるいはそもそもの才能が……?

 

「私、薬草の磨り潰しが終わったので採集に行ってきます!」

 

 恐ろしい考えが浮かび始めたエンリは即座に思考を切り替え採集に向かう事を決める。どうせ考えたところで何も変わらないのだから、せめて有益な事をしよう思い立ったのである。

 決して現実逃避をしている訳ではない、と自分に言い聞かせて。

 

「え?! あ、その……」

「―――ンフィーレア君、幾つか薬草の生態について気になる事があるので見てきてもらえないかな? このメモの通りに頼むよ」

「! ハイ、任せてください!! エンリ、僕も一緒に行っても良いかい?」

「うん、解った。それじゃあ一旦私の家に行って道具を取ってくるから」

「門前で集合だね! じゃあおばあちゃん、博士の御言葉は」

「解っとる! 一文字残さずノートに書き込んでおくわい。こんな重要な知識をこの頭に入れるだけで終わらせてたまるもんかい!」

「作業中でなければノートを取ってくれても構わないですよ? 私としては作業の合間の雑談と言うか、暇つぶしの意味合いが強いのでね?」

「ありがたい申し出じゃが仕事はきちんとこなさねば! これほどに貴重な知識を! タダで! 教授して貰っているのじゃ!! 手を抜く訳にはいかん!」

「そうです! 新たな薬品の研究を行いつつその知識も得られるだなんて全ての薬師の夢です!」

「ああ、うん。やる気があって実に結構、これからもよろしく頼むよ?」

「勿論じゃ!」

「……それじゃあ私はお先に失礼しますね?」

「ああ、待ってよエンリ。僕も行くから!」

 

 ンフィーレアがエンリと共に薬草採集に向かうのは何時もの事だ。

 これはゴブリン・トループを率いるエンリが村1番の戦力として採集に適しているという事が1つ、それなりの知識と体力を持っているのがンフィーレアとヴィクター博士しかいないというのがもう1つ、そしてヴィクター博士は薬品の製造と薬草の分析で忙しいため必然的にンフィーレアに御鉢が回ってきているという形になる。

 勿論老婆心も少なからず込められた人材配置ではあるが、老婆も博士もその事をあえて語る事はない。知らぬは本人達ばかりである。

 

 

 門前に集う採集班は、その数20を超える規模であった。特に装備は生半可な冒険者をも上回る事だろう。

 ゴブリン・トループは鉄製とはいえしっかりとした装備がドラキュラ商会より貸与されており、ンフィーレアに至っては全身をマジックアイテムで固めている。

 特に目立つのは腰に下げられたボーガン『ハイドラ』であろう。これは本来「アサシン」等の暗殺者系のクラスでないと使用できない特殊装備であり、「ポイズンメーカー」等のクラスが無いと使用時に〈猛毒〉を喰らうという特殊装備でもある。吸血鬼となったンフィーレアは〈毒無効〉のスキルを持っていたが、表向きにはタレントによって無効化されたことになっている。

 他にも隠密等にボーナスがある上に視覚的に見えにくくなるというリアル効果を持つ森林迷彩のマントは本来「スナイパー」や「ニンジャ」等の特殊職専用装備であり、他にも「スニーキングブーツ」や「黒装束」等の隠密型の装備を全身に纏ったンフィーレアは見る人が見れば森林専用のガチ装備をした「レンジャー」にも見えなくはない程のものであった。

 更に「テイマー」でないと使えないはずの仲間モンスターと長距離で意思疎通が可能なアイテムである「犬笛」まで持たされているという念の入れようである。

 勿論これらは全てブラムことネクロロリコンが新たな血族のタレントの検証ついでに与えた森林探索用の装備である。他にも新血族のお祝いとして射程を延長して命中率を上昇させる眼鏡や敏捷性を上昇させるバンダナ等をモモンガから贈られている。

 正にいたれりつくせりであった。

 

 そんなンフィーレアが参加する採集チームは今日も安全にトブの大森林を探索している。

 元々森の賢王が治めていたトブの大森林南部は現在ネクロロリコンの眷族が各所に配置されており、モモンガの命によりアウラもまた時折見回りを行う領域であるためモンスターはほとんど存在しない。もしいたとしてもほとんどは吸血鬼化したガチ装備ンフィーレアからすれば相手にならないほどの敵である。

 実際近くを彷徨っていた【悪霊犬/バーゲスト】は密かに忍び寄ったンフィーレアに気付く事もなく一撃で葬られていた。

 

「凄いわンフィ! また一撃だなんて」

「そ、そんなことないよ。僕の実力というよりブラム様から頂いた装備の御蔭だから」

「しかし、見たところ毒矢の効果が無くたって一撃ですぜ? やっぱりンフィーレアの旦那の腕前もありますよ!」

「だってンフィ! どんなに良い道具でも使いこなせなきゃ意味無いもの」

「そ、そうかな? ありがとうエンリ、僕も少しは自信を持てそうだよ!」

 

 【悪霊犬】の一撃必殺は「ドクター」のクラスを持つンフィーレアが高確率で急所を打ちぬく事が出来るという事が原因であるためエンリの言葉は的を射ていたのだが、そんなことはそこそこクラスの知識を持つプレイヤー以外は知らない知識であるためンフィーレアは素直に喜んでいた。

 新たな血族を作っては削除するネクロロリコンや、彼と共に新たな戦力のビルドを考察する事が晩年の唯一の楽しみであったモモンガ等であれば「ドクター」の〈クリティカル上昇〉はある意味常識と言える知識ではあるのだが、意外と知らない人も多い豆知識である。

 

 危なげなくトブの大森林を探索する一行は薬草の分布や生える場所の特徴等を細かく記録していく。これは新たな群生地を探すときの手掛かりになる他に、人工的に栽培する際の参考にもなる。カルネ村の新たな産業として盛り立てて行きたい現状としてはエンリの視点も中々重要だった。ンフィーレアもそれを重々承知していたため時折彼女にアドバイスを貰っている。

 実際のところこれはンフィーレアのエンリに対するアプローチを目的として命じられたものであったのだが、残念ながら彼に気付く様子は無い。ヴィクター博士も少々歯がゆく思っているのだが、これ以上手を出す余力が無く成り行きに任せていた。

 

 こうしてカルネ村は今日もにぎやかだが平和な日常が過ぎていく、表向きは。

 

 

 

「ほう、大分綺麗に仕留める事が出来るようになりましたね」

「ありがとうございます、博士!」

「そろそろ〈局部麻酔〉も使えるようになったのではないかね?」

「いえ、申し訳ありません。まだ動く相手の急所を正確に狙うまでは」

「いずれは〈全身麻酔〉もかけられるようになって貰いたいところだが、まあいきなり出来るようになる訳もない。今日も【悪霊犬】の〈死後解剖〉をして経験を積むとしよう」

「はい! よろしくお願いします」

 

 夜のトブの大森林、そこには医学を追究する師弟の姿があった。

 

「良いかい、ンフィーレア君。【悪霊犬】の足の神経はここで一旦まとまっており、ここから脳に向かっていく。後ろ両足の神経がまとまるのがこの位置だ。つまりここを破壊する事で後ろ足の動作を止める事が出来る、解るかね?」

「はい、先生! それでは〈全身麻酔〉を掛ける場合はここでしょうか?」

「んー、そこでは余程巧く穿たなくては内臓の機能も停止してしまいますね。もう少し手前、このあたりを針で刺せば良いでしょう。さあ、開いて御覧?」

「はい。……おお、これが四肢の神経ですね?! そしてその先に、あった! ここで内臓の神経が合流する訳ですね?!」

「ええ、その通りです。生物の身体の構造はある程度法則性がありますから、慣れてくれば見ただけで直ぐに解るようになりますよ」

「はい、先生!」

 

 彼等が行っているのは「ドクター」のスキルである〈死後解剖〉の実演である。

 ユグドラシル時代においては死体オブジェクトを消費したレベリングとして利用されるとともに、「ドクター」系クラスの戦闘方面における最大の長所である〈クリティカル上昇〉を発揮するために行われていた。この〈死後解剖〉を行う事によって同系統モンスターへの〈クリティカル上昇〉効果が蓄積されていくことは知る人ぞ知る隠し効果である。

 

「ンフィーレア君も大分経験を積みましたし、そろそろ初見のモンスター相手でもある程度は急所が解るようになったのではありませんか?」

「はい、重要な臓器の位置でしたらある程度は解ると思います」

「それは結構。では近日中にこの辺では見ないモンスターを送って貰いましょう」

「宜しいのですか?」

「ええ、夜間であれば人目もありませんから。それに上級モンスターの場合ンフィーレア君の装備では殺しきれませんので、即座に回復すれば問題ありません」

「その、ブラム様にご迷惑にならないのでしょうか?」

「フフ、大丈夫ですよ。むしろ君がより優秀な「ドクター」になってくれた方が御方々はお喜びになるでしょう。勿論「ファーマシスト」としても大成して欲しいところですね」

「はい! 頑張ります」

 

 ンフィーレアの歩みは止まらない。

 むしろこの世界においてはもっとも早足で『経験』を積んでいると言っても過言ではないだろう。

「薬師」としての知識を先達であるリィジーとヴィクターから教授され、「ウェポンマスター」としての技を磨き、「ドクター」としての経験を積んでいく。文字通り寝る間も惜しんで。

 全ては愛する人と永遠を過ごすために。

 

「エンリ、待っててね。直ぐに君も永遠にブラム様にお仕え出来るようにしてあげるからね?」

 

 ンフィーレアの歩みは止まらない。

 その無限の命が尽きるまで。

 




いやぁ、純愛って良いですね!(

ンフィーレア強化計画第一弾が終了しました。
前々から気になっている人が多かったカルネ村のその後も書くことが出来て満足です。本編も現在準備期間と言うか頭を悩ませている最中なので丁度いい感じに挟み込む事が出来ました。
半アンデッドな私としても、セバスが追い詰められる展開を書こうとすると心が痛むのです。下手すると彼が自害するレベルに発展してしまうのです。
・・・ネクロさんもモモンガさんも少し落ち着いて、ナザリックは盤石だから!

ちなみにンフィの装備は大体コルデーさんのお下がりだったりします。血族に上級の装備を渡せなかった頃のネクロさんが購入した公式武装などがメインで、もっと言うとアサシン・ニンジャ系ばっかりなのもそのせいです。

ヴィクター博士は基本的に知識を追い求めるキャラ設定ですが、そこはナザリックのシモベの一人であるので主命が第一です。つまり主の契約である『エンリをやる』を彼なりに解釈して実行しています。
他の血族も大体そんな感じに動きます、出ていませんが。


最後にオリ設定等

ンフィーレア・バレアレ LV.24(21)
「ウィザード」3・「アルケミスト」(ジーニアス)4・「ファーマシスト」(ジーニアス)4・「ドクター」1/「吸血鬼」1/「アルケミスト」2・「ファーマシスト」3・「ドクター」3・「ウェポンマスター」3
吸血鬼になった後で色々な経験を積んだのでレベルアップしています。()の数字はユグドラシル基準のレベルです。
WEB版のブレインと違い【吸血鬼】としてのモンスターレベルでは無く〈血族〉として「種族レベル」と「職業レベル」で取っています。そのためブレインは下がったと思われる職業レベルもそのままとして扱っています。
また、ユグドラシルでは戦闘以外でも経験値を所得できた説を採用し、日々の薬品製造と狩りによって各職業レベルを所得したということにしています。現地のレベルアップは考察の対象ですが、ンフィがそうそうモンスター討伐をやっていたとは思えないので研究をしていればレベルは上がると考えました。
あとどうでもいいですが(一般)が無印職業レベルの3割程度と言う事なので(ジーニアス)は6割と計算しています。勿論これもオリ解釈です。

エンリ・エモット LV.6
「ファーマー」2・「サージェント」3・「コマンダー」1
農民としての知識と経験を日々問われており、またゴブリン・トループを使役する日々を送るため原作より基礎的なレベルが高くなっています。配下のゴブリンが得た経験値もエンリが受け取る説を採用しているので更に増えます。覇王炎莉将軍閣下にはなれなくても既に血濡れのエンリには十分なれるレベルです。

ネム・エモット LV.3
「ファーマー」1・「ファーマシスト」1・「ケミスト」1
カルネ村期待の新星。全部ヴィクター博士が悪い。
彼特製の『頭の回転が良くなる飴』を食べ続けた結果INT値が上昇してしまいンフィ顔負けの薬師と化しています。
正確に言うとINT値が上昇した状態で「ケミスト」としての作業を手伝った結果職業レベルを手に入れてしまいました。エンリは優しいお姉さんなので自分が貰った飴ちゃんを全て妹に与えてしまったのです。それが全てを決してしまいました。つまり環境の違い。

「ドクター」とそのスキル
普通に独自解釈です。
「ドクター」はニューロニストとンフィが取っているクラスですが全くそれらしい描写が無いので好き放題にオリ設定を入れています。
ですが、昔どこぞの平和を作るマンガで『殺し屋は急所を知っている。だからもっとも医者に近い(意訳)』と言う台詞を見て感銘を受けたもので、『医者と言えば急所を知っている』みたいな先入観があります。
〈クリティカル上昇〉
勿論内臓の位置を知っているという事もありますが、血管や神経の通り方も熟知している医者や殺し屋以外はそうそう得られない強力なスキルです。
〈死後解剖〉
モモンガさんが魔法を覚える為に消費したらしい死体オブジェクトを消費して経験値を得るスキルとなります。また、同じ種類のモンスターに対して多くの知識を得ることが出来ます。その結果が〈クリティカル上昇〉等です。
〈全身麻酔〉と〈局部麻酔〉
リアルで考えれば薬を使うところですが、ゲーム的に急所を殴って動きを止めます。
〈死後解剖〉をした種族であれば成功率が上昇します。
ついでに〈生体解剖〉は〈死後解剖〉の強化版となるため〈全身麻酔〉を覚えておけばレベリングや〈クリティカル上昇〉の準備がしやすくなる、みたいなオリ設定です。
遠からずンフィが覚えることになります。それも人間用の物を。


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22.誓約



12/29 追記
某人物達の処遇について軽く追記しました。
脳内設定でやっている事を幾つか書き忘れていた為、後日非常に唐突に名前が出てしまっていました。


 宝石の訪問販売がしたい。

 そう言って近頃王国に現れた老商人ブラム・ストーカーは王国随一の財力を誇るブルムラシュー家へやってきていた。

 

 まず彼は見事な宝石の数々を並べ「是非とも御贔屓にして頂きたいものです」と差し出していた。

 詳しく聞けば鉱石の売買等もやっていく予定だとかで、リ・ブルムラシュールでも取引がしたいと語る。

 

 始めのうちは何時もの商人によるゴマすりだと思い、鷹揚に対応していたブルムラシューであったが、ブラムがおもむろにカバンから幾つかの書類を取り出し机に並べ始めたとたん空気が激変する。

 

「貴様、その書類を何処で?!」

「わたくし、宝石以外にも色々と扱っておりましてね? こういった伝手もあるのですよ、ブルムラシュー侯」

 

 机の上には帝国への内通を示す書類や、地下組織『八本指』へ流した奴隷や麻薬の目録、税金逃れの為の隠し財産を含む裏金や贈収賄の証書などが雑多に並べられていた。

 

「いやはや、人の欲望というものは恐ろしい。鉱山を領有し懐が潤っている筈の侯爵様がこれほどまで悪事に手を染めておられるとは」

 

 この書類が国王陛下の手に渡れば即取り潰し、領土没収は間違いありませんなと笑うブラムを前に苦虫を噛み潰したような顔になるブルムラシュー。

 

「……幾らだ?」

「おお、話が早くて助かりますな! 私も貴族様を取り潰しの憂き目にあわせる事は望んでは―――」

「下らん世辞はいらん! 貴様、一体何が望みだ? 金か? 鉱山の権利か?!」

「私はアクマで取引がしたいだけでございます、ブルムラシュー侯」

 

 にこやかに笑うブラムに警戒の色を強めるブルムラシューであったが、上質な書面で提示された内容は存外良心的であった。

 

 1つ、リ・ブルムラシュールで産出した鉱石をドラキュラ商会に定価の半額で月々一定量を卸す。

 1つ、ドラキュラ商会について他者に話さない。

 

 以上2点を守る限り、私『ブラム・ストーカー』はこの場に用意した書類を王国の関係者へ提供する事をせず、またこれ以上の要求をしない事をここに誓うものである。

 』

 

 この書類を読み、ブラムを睨みつけるブルムラシューは内心ほくそ笑む。

 この男は貴族を敵に回す事の恐ろしさを全く理解できていない、と。

 

「この書類にサインをすれば、本当にその書類を外部に出す事は無いのだな?」

「勿論です。この誓紙は〈誓約/ゲッシュ〉の魔法が込められたいわばマジックアイテムですので、お互いにサインした以上は決して違える事はできません」

 

 やはり愚かだ。

 効果のほどは定かでないが、このようなマジックアイテムを持ち出してきたのだから『ブラム・ストーカーとその関係者に危害を加えてはならない』と誓約させなければ意味がない。

 商人風情が、明日にでも私兵を差し向けて全て奪い取ってくれる。

 

 

 

 〈とでも、思っているのでしょうねぇ〉

(〈ああ、先日のペスペアとかいう若造も、あんなあくどい顔つきをしていたよ〉)

 〈それでは暫く領内で御宿泊となりますね。動くのは今夜早速といったところでしょうか?〉

(〈その後の処理で都合3日と言ったところだろうね。別行動中のセバス達の様子はどうかね? 盟主殿の指令を道中でこなしたそうだが、その後の進展はどうかね?〉)

 〈特に問題はございません。件のアダマンタイト級冒険者との接触も避けておりますので。あえて報告を挙げる事があるとすればペットを1匹拾った程度でございます〉

(〈そうか、それは何より〉)

 

 ブルムラシューの邸宅を出て街を散策しつつ、ブラム・ストーカーことネクロロリコンは腹心のデミウルゴスと今後の予定を話し合っていた。勿論練習して口に出さずにこなせるようになった〈伝言〉を使ってである。

 イメージとしてはボイスチャットをしながらタイピングをするような感覚と言ったところだろうか? 口を動かしつつ〈伝言〉で別の指示を出すというのは暫く難しいだろう。

 

 現在ブラムの仕事は釣りである。

 餌は諜報部が手に入れた『貴族を失脚させるに足るだけの重要書類』と『それを使って脅す商人ブラム』であり、獲物は勿論貴族だ。

 相手が何もしてこなければ月々お小遣いが入り、手勢を直接差し向けてくるならナザリックの戦力で返り討ちにして更に搾り取る事が出来るだろう。

 ちなみに書類の方は契約したブラムは誰にも渡さないが、デミウルゴスが勝手に持っていく事を止めなくて良い。このあたりは入念に下調べしてある。

 

 情報系魔法の1つである〈誓約〉は本来『お互い攻撃しない』等の即席パーティーの結成に使われる魔法だった。あるいは経験値の配分やドロップアイテムの所得等の取り決めも予め決めておくことが出来たので使い方次第ではかなり無茶なレベリングもする事が出来た。全体的に情報系の魔法はこのように有ると便利な品物ばかりだったのだが、この世界では大きく変質したものが多いことが解っている。全体的に自由度が跳ね上がっているのだ。

 その事に気付いたのは陽光聖典隊長の死亡をユグドラシルの魔法で再現できないかという実験がきっかけだったのだが、その中で〈誓約〉で設定できる項目が事実上無制限である事が解ってしまった。

 魔法を込めた書類にサインさせても良いし、お互い宣言したところで魔法を発動しても良い。相手の言葉尻を捕まえて発動する事も出来た。そして発動したら最後、お互いの同意がなければ解除できない。

 無理やり破棄するためには高位の「神官」が〈魔法解除〉しなければならない事も解っている。ちなみに破棄されると相手に伝わる事も実験で解っている。

 

(〈これで少しはナザリックの財政も楽になると良いのだがな〉)

 〈御方々に御手間をお掛けしております事、誠に申し訳なく思います〉

(〈なに、構わないさ。ナザリックの維持の為に毎日駆けまわるのは今も昔も変わらない〉)

 〈本当に、感謝の言葉もございません〉

 

 リ・ブルムラシュールの街中で産出された金銀のインゴットを眺めながら自分に出来ること、つまり金策について思いを巡らせる。

 今頃アダマンタイト級に昇格したモモンガさんも高額の依頼を次々達成して金貨を手に入れている事だろう。俺も負けてはいられない。

 しかし商人の立場を利用してシュレッダーこと「エクスチェンジ・ボックス」に各地の特産品等を集めて放り込んでいるのだが、成果の方は芳しくない。鉱山で大量に出る土砂を纏めて放り込んでしまえばまとまった量の金貨が手に入りそうだし、量が無くても金銀を含む鉱石を使えばもう少し効率的に金貨を作れるのではないかと思うのだが。このあたりは今後の研究に期待だ。

 

(〈そういえば、『黄金の』ラナーの話は聞いているかね?〉)

 

 貴金属を扱う商店で世間話をしていたブラムは、ふと話題になった王女について尋ねる。

 これまでも行く先々で耳にするその美貌と才気は設定厨にして人材マニアな気のあるネクロロリコンの食指が動く存在であった。

 

 〈第3王女、ラナー殿下でございますね。中々に優秀だとか〉

 

 そしてさすがは諜報部のデミウルゴス、こちらも少なからずの情報を得ていた。

 街道の整備に冒険者の地位向上、果てには三圃式農業の考案までしているそうだ。国力の増強の為に様々な施策を提案しているが、残念ながらその提案のほとんどは無能な貴族達によって潰されているらしい。全ての意見が通っていれば随分国力が取り戻せていた事だろう、とはデミウルゴスの言である。

 

(〈私も少し調べてみたのだが、国民の人気も高いようだし、彼女も先日捕えた法国の離反者のように引き込む事が出来れば大きく手が進むのではと思うのだが〉)

 〈ええ、能力的には問題ありませんね。彼女の動きを見る限りでは、王国の発展が狙いに見えます。もしくは単に自身のアイデアを実現したがっているのか〉

(〈どちらにしても、王国の貴族を目指すこちらとしては仲良くできそうだね〉)

 〈どうにも彼女には裏がありそうですが、それが我々と相反する目的でさえなければ手を取り合う事も出来るでしょう。こちらも調査を進めておきます〉

(〈ああ、頼む〉)

 

 デミウルゴスと話をしつつ錬金術で作り出した宝石を売り込み、金のインゴットを買い込む。金の精製度合い等でもやはりエクスチェンジ・ボックスの評価は変わるのだろうか?

 宝石を放り込むよりはそれを売って得られた交金貨や王国の金貨を入れた方がたくさんユグドラシル金貨が手に入ったのだが、使われている金自体は粗雑である事を片眼鏡が教えてくれている。この辺りをうまく使って効率的に稼げないものだろうか、等と考えつつも宿に戻る。

 ネクロロリコンは楽して儲ける為の努力には余念が無い。悲しい事にあまり儲けた事もないのだが。

 

(〈ところでレエブン侯はどうだったかね?〉)

 〈はい、やはり彼は中々有能です。王国を崩壊させないように立ち回っておりました。犯罪にもほとんど手を染めておらず、目的もご子息の健やかな成長と領地の十全な受け渡しのようです〉

(〈ならば十分引き込めそうだね。それこそお子さんが病にでもなった時に声を掛けてやればイチコロだろう〉)

 〈ええ、それは実に宜しいかと〉

 

 後にネクロロリコンは自分の不用意な発言により幼子が苦しむことになったと心を痛めることになるが、それは暫く先の話である。

 




と言う訳で金策をしつつ手を進めて行きます。
相変わらずブラムメインで話を進めると地味ですね。

個人的に王国の金貨とか純度低そうだな、とか思っています。
ユグドラシル金貨は99.999%とかで、王国の金貨は少し混ざっているんじゃないかと。
ネクロさん的にはユグドラシル金貨を潰してエクスチェンジ・ボックスに入れるのと交金貨を入れるのでは違うはず、ならば何処の金貨に変えてやるのが最も効率が良いのかみたいなことを考察している訳ですね。もしかすると銅貨の方が単価あたりの変換効率が良かったりしないだろうか? なんて事も考えてしまいます。
本編で語られないということはそんなことは特にないのかもしれませんが。


そろそろ問題のシーンが近付いてきましたね。


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23.軽挙さの代償

色々書いていたら過去最長です。

ギルメン至上主義    過準備     御方マンセー
  モモンガ   ×  ネクロ   ×  守護者達   = ?



 ナザリック地下大墳墓に使えるシモベの1人鋼の執事セバス・チャンは、現在未曽有の窮地に立たされていた。

 そのきっかけは路地裏で拾った死にかけの女性、ツアレである。

 正確に言うなら困っている人を助ける事を是とする彼の思考がそもそもの原因であり、もっと言えば彼の創造主にしてギルド:アインズ・ウール・ゴウン最強の男たっち・みーへの憧れが引き起こした悲劇と言うべきだろう。

 何にせよ絶対の支配者から目立ち過ぎない程度に宝石を売り込み金銀やマジックアイテムを買い集める事を命ぜられた彼が、独断により不要な問題を抱え込んでしまった事は厳然たる事実として受け止めなくてはならない。

 

 支配者の片割れ、吸血貴族『ネクロロリコン』様の供としてエ・ランテルで活動しているときは何も問題は無かった。むしろ高い評価を得ていたのではないだろうか。

 主人の手足として日々仕える傍ら、その名声を高めるべく市井の民と交流を深め、時に酔漢に襲われる若者を助け、時に重荷を背負う老人に手を貸し、細やかな気配りで名声を高めるお手伝いをしていた。その働きぶりを高く評価されたからこそソリュシャンと僅かな【影の悪魔】、【影狼】達を供にして王都への潜入を命ぜられたものと自負している。

 だというのに、単独で行動を取るようになった途端この有様である。

 

 明らかに虐待を受けた形跡のある女性をまるでゴミのように扱い廃棄しようとしていた現場に出くわし、本能の命ずるままに助けたセバスに後悔はなかった。ただ厄種になるだろうという推測はあったが、速やかに治療して寒村に送れば良いだろうという楽観もあった。

 しかし、その結果奴隷売買を行ったという事にされてしまい、王国の法を利用した強請を相手に許すという結果に至ってしまった。

 ツアレを最後まで守ろうとした己の愚かさにより更に相手に足元を見られるという不覚まで取ってしまっている。王都で最も強力な地下組織である『八本指』がバックに付いた連中による強請とあっては簡単には解決できまい。

 それこそ骨までしゃぶられる様子が目に浮かぶようだ。

 

 現状の再確認を終え、大きく息を吐く。

 先ほど偶々であった少年騎士との出会いの御蔭で幾許かの精神的余裕が出来たセバスは、屋敷に戻り次第至高の御方へ洗いざらい報告する覚悟を決めた。口惜しいが既に自分1人で解決できる領域を超えている。自分の勝手な行動によりこれ以上御方々の崇高なる計画に支障が出る事は許されないのだ。

 

 

 恥を忍んで助力を請う覚悟を決めたセバスであったが、屋敷に到着した瞬間全てが手遅れである事を悟る。

 彼の鋭敏な感覚が捉えてしまったのだ、拠点として使用している屋敷に蠢く中位アンデッドの軍勢を。

 この気配は恐らく吸血鬼、そしてまとまった数の中位レベルの吸血鬼の集団となると、

 

「ネクロロリコン様直轄の精鋭騎士団『紅薔薇騎士団』……!」

 

 屋敷の内部に散開させるようにして布陣している事が気配で解ってしまう。

 勝手な行動を取ってしまったセバスへ詰問するためだけにしてはあまりにも過剰戦力であろう。

 その上でこれほどの陣を敷いている事は、セバスがツアレを守るために反旗を翻す可能性を考慮しているという事に他ならない。

 

 全身が氷水で浸されたような寒気に襲われる。

 

 至高の方々に忠誠を誓い御役に立つ事こそが生きる意味と言っても過言ではないナザリックのシモベにとって、己の忠誠を疑われるという事がどれほどの衝撃か。

 

 震える手足を鋼の意思で捻じ伏せ、屋敷の扉を開く。

 

「おかえりなさいませ、セバス様」

 

 正装であるメイド服を纏ったソリュシャンの出迎え、この時点で屋敷に御方がお越しになっている事が確定した。

 ガチガチと無様に震える奥歯を噛み締め全身に活を入れる。

 これ以上の醜態をネクロロリコン様にお見せする訳にはいかないと奮起するセバスの心は、

 

「―――セバス様、モモンガ様とネクロロリコン様が奥でお待ちになっておられます」

 

 早速へし折られかける事となる。

 

 

 屋敷の奥へと案内するソリュシャンに付き従いセバスも屋敷を歩く。

 屋敷の内部に配備されているのは間違いなくレベル60程度の吸血鬼達、即ちネクロロリコン様手製の『紅薔薇騎士団』に相違ない。

 そして時折部屋の内部に感じる一回り強力なアンデッドの気配はネクロロリコン様から契約と共に特別な力を与えられた《真祖》達であろう。

 

 ナザリックの偉大なる支配者2人が同時に外部へ出向くと言うならば、万に一つの危険にも対処できるよう万全の陣を敷くのは当然である。

 用心深いネクロロリコン様であればある程度安全の確保がなされた土地であっても、盟主であるモモンガ様の身を案じて精鋭騎士団を動かす事も辞さないはずだ。

 ましてや打撃と気功を主武器とするレベル100の龍人が仮想敵であるならば、と震える体を押さえつつセバスは思考する。

 

 やはり助けた人間の娘に情が移った結果ナザリックに反旗を翻すに至ったと想定しているのだろう。

 つまり自分は今現在反逆者とみなされているのだと、忸怩たる思いで結論付ける。

 

 ナザリックの為に命を使い潰す事はこれ以上ない誉である。

 そして同時に、反逆者として処されるなどナザリックのシモベにとっては考えうる限り最悪の最期だと言って良い。

 

 

 しかし支配者達の下に辿り着いたとき、自分で思い描ける最悪など現実は容易く凌駕する物なのだとセバスは知る事となる。

 

 

 応接間の扉を開いてまず飛び込んできたのは部屋の奥で椅子に座るナザリックの最高責任者モモンガ、そしてその傍らに立つ現ナザリックのナンバー2ネクロロリコンであった。

 しかもネクロロリコンは普段の老人然とした姿では無く、生気に満ち溢れた青年風の姿、所謂第2形態でその場にたたずんでいたのだ。

 普段の第1形態では大幅に弱体化している筋力・魔力・敏捷が本来のステータスに戻ったこの状態は紛う事なきネクロロリコンの戦闘態勢であり、その姿を取っているという事だけでも彼の本気度合いを如実に物語っている。無防備に座る事すら避けている念の入れようだ。

 2人の支配者の脇を固めるのはネクロロリコンがただ2人のみ作り出した《始祖》達、その背後に更に2人の近接戦闘用の《真祖》達が控える。

 またネクロロリコンの足元の影にも何者かの気配を感じるが、おそらく彼女はわざと気配を悟らせているのだろう。何が起ころうとも主人を守り切るという絶対の自負を以て。

 

 無論それだけでは無い、セバスの両脇からも殺気が放たれている。

 

 1人は守護者最強の座に君臨するシャルティア・ブラッドフォールン。

 完全武装の彼女は自慢の神器級装備『スポイトランス』を砕かんばかりに握りしめ、隠す気のない剥き出しの殺意をセバスに叩きつける。

 

 1人はナザリック随一の知恵者デミウルゴス。

 憤怒を含む幾つかの感情を押し殺すようにして、しかし殺意を隠す事のないそのあり方は普段のいがみ合いは所詮お遊びでしかなかったという事を如実に示す。

 

 1人はデミウルゴスの腕に抱かれるヴィクティム。

 万に一つの事態に備え、自らの命を使いその忠誠を示さんとセバスの一挙手一投足に意識を配る。

 

 この状況に比べたならば、針の筵はさぞかし居心地の良い事だろうと思わず嘆く。

 

 本当に恐れるべき事態とは、忠を疑われた先にある本当の恐怖とは、セバス1人が究極の侮蔑を以て死を賜る程度では済まないのだと今更ながらに気がついてしまったのだ。

 

 忠誠を捧げる主人に疑惑の目を向けられる事も、まだやむを得ない事とあきらめがつく。

 いっそ自分が不忠者として処刑されるだけで済むならどれだけ気楽であったかと己の不明を恥じ入る思いにすらなった。

 

 

 至高の方々は、ナザリックのシモベ達、その全ての忠誠に対して疑惑を持ってしまわれたのだ。

 

 

 至高の方々の脇を固めるのも、背中を守るのも、更に言えばこの屋敷で防衛を任されているのも全てがネクロロリコン様の力を分け与えられた血族であり、仮に今ここにいるナザリックのシモベ達が一斉に蜂起したとしても十分に対処できるだけの戦力が動員されている。

 つまりその可能性を考慮する程にナザリックそのものの信頼が失墜しているという事になる。

 

 シャルティアの殺意は、つまるところナザリックの汚点を今すぐ抹消する事で己の曇りなき忠誠を示したいという渇望の表れであり。

 デミウルゴスの抱く憤怒以外の感情とは、支配者達に不要とみなされた結果辿る支配者無きナザリックの未来に対する恐怖に他ならない。

 

 普段は絶対の忠誠を示しているナザリックのシモベの一角であるセバスも命令に反する事があるという悪しき前例が、今出来上がりつつある。

 そしてその結果ナザリックの全てに対する信頼が無に帰そうとしている。

 

 本当の意味で今の立場を理解したセバスは全身が凍て付いたかのような寒気に襲われる。

 全身から汗が吹き出し、呼吸もままならない。

 しかし、落ち着きを取り戻す時間は与えられない。

 

「セバス君、我々が何故ここにいるか、説明した方が良いかね?」

 

 平坦な声色で訊ねるのは慈悲深くも敵対者への苛烈さを持ち合わせたネクロロリコン様。

 半ば恐慌状態にまで陥りかけたセバスの全身に御方への忠誠からくる活力が蘇る。

 これまでの失態は未だ取り返しがつく。御方々への不忠では断じてないと、今ここで示さなければ本当の最悪が襲いかかってくる。

 裏切り者として処される以上の最悪、即ち『見捨てられる』だ。

 何もせず、ただナザリックを去られるという、これ以上ないほどの地獄だけは何としてでも回避しなくてはならない。

 

「いえ、必要ございません。全ては私の愚かさにより引き起こされたものでございます」

 

 まず表明すべきは愚かさによって引き起こされたという事だ。

 断じて至高の方々へ異を唱える気は無いと。

 

「愚かさ、か。では何を為したのか、順を追って説明して貰えるかね。如何なる理由・心境から来たものか。君の口からも聞いておきたい」

「畏まりました」

 

 普段から王都の地理を把握すべく独自の判断で散策をしていた事。

 その最中にゴミのように打ち捨てられる人間を見つけ、助けを求められた事。

 自身の創造主であるたっち・みー様への憧れから、面倒事になる事を承知で助ける事を決めたが、発覚する前に寒村に逃がしてしまえば良いと甘い考えを持っていた事。

 助ける際に高額を渡してしまったため、背後の組織に目を付けられた事。

 金銭を以て人手を回収した事で王国の法の下に罰金をせしめられそうになっている事。

 交渉の際に、この期に及んで人間を守ろうとしてしまい、足元を見られてしまった事。

 即座に報告しなかったのは状況の変化に付いていけなかったからであり、何より報告する事で叱責を受ける事を恐れたからである事。

 全ては甘い認識と愚かな発想によるものであり、決して至高の方々への翻意は無かったと切々に語った。

 

 時折左右から突き刺さるような殺気が放たれたが、最後まで止められることなく聞いて貰う事が出来た事を一先ず喜ぶべきだろう。

 

「なるほど、つまりセバス君はたっちさんに憧れ、そのように生きる事が第一であり我々の命令は二の次という事か」

「い、いえ、断じてそのような事は! あくまで命令を遵守する上で可能な範囲で行いたいというだけでございます!」

「しかし現状を顧みればそう取られてもおかしくはないだろう? それとも私が疑い深い見方をしているのかな。盟主殿、私はそれほどおかしな物言いをしているのかね?」

「いいや、ネクロロリコンさん。私もセバスの意見を聞いた上で同じ結論に至っている」

「デミウルゴス君」

「私も、己の主義主張を第一義としているように見受けられます」

「シャルティア君」

「シモベにあるまじき思考でありんす! 与えられた仕事を十全にこなす事以上に重要な事などわっち達には有る訳ないでありんしょうに」

「ヴィクティム君」

「(おんかたがたからのごかめいをはたすさなかに、ほかのことをかんがえるよちなどないかと)」

「ふむ、実際どうなのかね? 我々ナザリックの利益の為に己の主義主張を捨てざるを得ない状況というものは時折出くわす事だろうと思うのだが、君は私達の命令及びナザリックの利益の為に私情を捨てられるのかね? 出来ないと言うのならそのように理解してこれからの指示を出させて貰おうと思うの、だが?」

 

 命令を聞く気が無いのなら、そうと弁えた上で今後は扱う。

 これはいうなれば最終勧告である。今後とも御方々からの命令を受け、無私の奉仕を続ける気があるのかと聞かれている。

 セバスの答えは無論唯一つ。

 

「捨てます! ナザリックの利益と私ごときの私情とでは比較になりえません。勿論御方々の御命令と私の考えも決して同列に扱ってよいものではありません、今回はあくまで任務中の余暇に行っているつもりでおりましたが、認識が甘かったと反省しております」

「では、私が人間を惨たらしく殺せと命じたなら」

「殺します。私の保有する各種スキルを用いて、可能な限りの苦痛を与えた上で、必ずやお気に召していただけますよう惨殺して御覧に入れます」

 

 一切の迷いなく断言する。

 元より御方々に仕え御役に立つために作られたこの身にとって、本来であれば今更聞く必要のない問いかけなのだ。

 それを問われている事すら本来は恥ずべきことであると、全てのシモベは断ずるだろう。

 

「その言葉に。いや、ここで私達に対して発した言葉に嘘偽りはないのだな?」

「ありません。至高の御方々並びに、我が創造主たっち・みー様に誓います」

 

 多くのシモベ達が最大の敬愛を向ける『自らの創造主』への誓い、その重みを知る周囲の者達もそれならばと殺意を収めていく。

 

「そうか、ならばその言葉を信じよう」

「ありがとうございます」

「ではソリュシャン君、件の娘をここに。次の話に移るとしようか」

「畏まりました」

 

 鋼の自制心で動揺を抑える。

 もはや次に起こる事は予想が付く、己の愚かさの象徴をこの手で刈り取るのだ。

 この身がもう少し上手く立ち回っていたなら、などという無駄な思考をしてはならないと言い聞かせる。

 

 そして落ち着こうとした結果、ネクロロリコン様がシャルティアに視線を送っている事に気付いてしまう。

 彼女がジッとネクロロリコン様へと視線を向け、軽く頷いた事にも。

 

 

 

「連れて参りました」

「ひっ」

 

 背後から聞こえる怯えのこもった声に、もはやセバスは応える事は出来ない。

 当然だ、今からこの手で殺さなくてはならないのだから。

 

「入りたまえ、娘」

 

 1歩、また1歩と異形の巣窟へと足を踏み入れるツアレに、セバス以外全ての視線が突き刺さる。

 そのまま彼女は震えながらも部屋に入り、セバスの隣にまで辿り着き並び立った。

 そんな2人の背後には今尚剣呑な雰囲気のシャルティアが移動している。

 

 泣き出さない事はもはや奇跡であろう、それほどの重圧を彼女は受け続けている。人間の世界では決して味わう事のない人外の化け物達からの純然たる殺意を四方から向けられているのだ、到底耐えられるはずが無い。それに耐えているのはただそこにセバスがいるという一事に尽きる。

 

〈跪き―――〉

「―――デミウルゴス君、必要無いよ。この重圧の中、脱兎のごとく逃げ出す事も、恐怖に押し潰され蹲る事も無く歩んで見せた彼女の勇気に、私は敬意を表したい」

「出過ぎたまねを致しました、申し訳ございません」

「良いとも、私達への敬意と忠誠から出た行動だと理解している。とがめる気も理由も無い。他の諸君も、少しは落ち着きたまえ」

 

 穏やかに周囲を見渡すネクロロリコンによって空気がやや緩和される。

 セバスの裾を握りしめるツアレも、重圧が収まった事で初めて呼吸が出来たかのように錯覚してしまう。

 

「まずは挨拶からだな。私は偉大なるギルド:アインズ・ウール・ゴウンの1人ネクロロリコンだ」

「同じく、アインズ・ウール・ゴウンの盟主モモンガだ。我々がそこにいるセバスの支配者だ」

「あ、……わ、わたし……」

「不要だ、ツアレとやら。ある程度君の事を聞いてはいるが、ハッキリ言って君が何処の何者かなど今我々は興味が無いのだ。暫くそこで黙って待っていたまえ、呼ばれた意味は直ぐに解る」

「は、はい」

 

 しばし宙空を眺め、ネクロロリコンはセバスに目を向ける。

 

「私は基本的に、無知無能による失態は1度だけ見逃す事にしている。これはその後の成長に期待しているからだ」

 

 ちらりとネクロロリコンから目を向けられたデミウルゴスは深く礼をする。

 未だ謎のベールに包まれたスレイン法国の多くの情報を逃した責任はあまりに重い。にもかかわらずあえて情報を取り扱う諜報部に抜擢したのは、その奮起に期待しての事だとデミウルゴスは理解している。

 僅か数日でデミウルゴスが引っかかった情報統制用の細工を〈誓約〉によるものと暴いたのは、正に彼の執念によるものだと言って良い。

 

「ではセバス君、君の失態だが。まず厄介事の最中にいるだろうツアレを保護した事を、きちんと正確に報告していなかった事が発端だ。デミウルゴスには、確か浮浪者の娘を拾った程度の説明だったと聞いている。その際不用意に大金を積んでしまったという判断についても一言言っておくべきだろうな。短絡的に殺してしまわなかった事は評価するが、それでも金を払えば終わるという発想はいささか愚かだと言わざるを得ない」

「申し訳ありません」

「更に、未だ供給の目処が立っていないスクロール、それも〈大治癒〉という有用な品を無許可で消費してしまった事、これも見過ごせない。任務に関わる事であれば、そして急を要する事態であれば勿論即座に使って貰わなくては困るのだが、そうではあるまい?」

「……仰るとおりです」

「裏組織からの介入についても、即座に報告していない。自力で収拾できない事態であると自覚しつつ、襲撃にもあったというのにだ」

「今にして思えば、即座にご報告を。いえ、その遥か前に、やはり拾った時点で報告すべきでした」

「そうだね、正にその通りだ。『ほうれんそう』を怠った事、これが最大のミスだった。そうだね?」

「はい」

「ツアレを拾ったという連絡を怠り、スクロールを相談無く任務外で使用し、裏組織からの接触も報告しなかった。ミスは全てその女に起因している」

「仰るとおりです」

「っ!」

 

 セバスの裾を掴む手が離れていく。

 結局自分の勝手な思いでは彼女は救えなかったのだと無力感に苛まれる。ただの自己満足だと笑われても返す言葉が無い。

 

「では、君に罰を与えよう」

 

 

 

「君の罪の象徴、ツアレを―――殺せ」

 

 

 

 無言で頭を垂れ、今にも泣き出しそうなツアレを見る。

 

 罪の象徴、正にその通りだ。

 彼女と共に、ここでたっち・みー様への憧れも、愚かな私情も、全てを断ち切る。

 この身を、真の意味でナザリックの執事とするために。

 

 向き直った時に見たツアレの顔に浮かぶ感情は、申し訳なさだった。

 そして最期を悟った瞬間の彼女の微笑みを、セバスは生涯忘れる事はないだろう。

 

 鋼の決意を以て、セバスは硬く握りしめた拳を―――――

 




ここで切るか?! って言うのを一度やってみたかったのです。
今では少し反省しています。

まあ長すぎるので一旦切ろうかと、過去最長ですし。


さて、やたら長々とセバスが苛められていましたが、実際ネクロさんがオバロ世界にいたら守護者はどう感じるんだろうと言うのが実は前々からありました。

彼の特徴としては、
原作アインズ様張りの智謀の持ち主(シモベ視点)、
各種スキルによる人手の確保が可能(これは事実)、
ナザリック外での固有の戦力を所持している(守護者には勝てないが血族がそこそこ)、
と言う感じです。

シモベ的には、「もうあの方御一人で良いのでは?」状態な訳です。
そしてモモンガさんはギルメン至上主義(周知の事実)であり、より優秀なのもギルメンのネクロさん(シモベ視点)なので、ネクロさんに見捨てられてしまったらそのまま支配者がいなくなってしまうと言うサドンデス状態の運営に感じるんじゃないかと思う訳です。
雑用程度なら血族や吸血によって作った眷族でもいい訳なのでかなり必死だと思います。

実際は二人ともそんな事を考えてはいませんが、特にミスをしてしまったデミウルゴスは強い懸念があるのではないかと思う訳です。



関係無いですけど、どうせならナーベちゃんを苛めたい(ボソッ


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24.信賞必罰

少し短いですが思うところあって早めに投稿します。

感想返しでも言いましたが、少なくともネクロさんはセバスを疑ってかかっていました。
色恋沙汰と言う物は人を狂わせる、物語の基本ですね。
そしてそう言った物を色々と読み漁っているのがネクロさんな訳です。

彼の命名方式やプレイスタイルからなんとなく察して貰えるかもしれませんが、やたら慎重なのもそのあたりに起因しています。そして設定厨なところも。
まあ特に作中で解説した訳ではないですし伝えきれていなかった私の腕不足なのですが、そう言うキャラな訳です。

頭でっかちなんですね。



 結果から言うと、セバスの贖罪と決別の一撃はツアレの命を取る事は無かった。

 

「何のつもりですか、シャルティア!?」

 

 セバスの渾身の一撃を掌で押しとどめ、ツアレを庇うかのように立ちはだかるシャルティアを前にセバスは声を荒げる。

 これ以上御命令に違える事はあってはならない事だと。

 

「つもりも何も、わらわは至高の御方の御命令を忠実に遂行しているだけでありんすえ?」

 

 対するシャルティアは嘲笑を浮かべて応える。言外に「お前と一緒にするな」と言わんばかりに。

 歯を食いしばり、乙女がしてはならない顔をしている事についてはあえて誰も指摘していない。

 

 拳を握りしめ邪魔物を排除せんと踏み込むセバスと口角を釣りあげて哂うシャルティアの視線が交錯する。

 

〈そこまで!〉

 

 激昂したセバスは拳を振りかぶった姿勢で動きを止め、冷静にさせられた精神が即座に状況を分析する。

 

 眼前にいたシャルティアは支配者達へ優雅に一礼して元の立ち位置へと戻っていく。

 デミウルゴスに至っては始めから微動だにしていない、つまりこれは。

 

「ご苦労だったシャルティア君。絶妙な仕事ぶりであったよ」

 

 始めから示し合わせていたのだ。

 

「聞くまでも無さそうだが、シャルティア君、セバス君の一撃はそこの人間の命を落とすに足るものであったかな?」

「はい、脆弱な人間の小娘の頭部であれば跡形も無く粉砕する事が出来たかと。勿論守護者最強であるわたしにとっては取るに足らない一撃でありんす!」

 

 さりげなく受け止めた左手を隠して自慢げに語るシャルティアにネクロロリコンも満足気に返す。

 

「うむ、つまりセバス君は私の命令の下、守ろうとしていたそこの娘の命を取る事に躊躇いは無かったと、そういう事だ」

 

 一旦言葉を区切り周囲を見渡すネクロロリコン。

 何処にも反対の意見を挙げる者が無い事を確認して言葉を続ける。

 

「ならばこれを以て、セバス君は罰を受け罪を雪いだと共に、反逆の疑いも晴れたものと私はみなす。モモンガさん、何かありますか?」

「……いや、私からは何もない。そもそもセバスが反逆するなど始めから考えていなかったからな。ネクロロリコンさんも皆も、心配性に過ぎるのだよ」

「アダマンタイト級の片割れが滞在するこの王都に出向くのだから防備にやり過ぎるという事はないぞ? あくまで万が一に備えての事だ!」

「解っているとも。ネクロロリコンさんの周到さは非常に心強い。これからもその調子でお願いしたい」

 

 暫く不満げにモモンガを見つめていたネクロロリコンだったが、気を取り直したように周囲に目を向ける。

 

「他に何か意見のあるものはいるかね?」

 

 居る筈が無い。

 支配者2人が良しとしたのだ、それに異を唱えるなど余程の事態である。

 

「……何も無いようだね。ならばこの案件は一件落着という事だな。後になって蒸し返す事の無いようにな?」

 

 周囲を見渡して念を押すネクロロリコンに神妙な顔で頷く一同。

 

「では、次の話に移るとしようか」

 

 獰猛に笑う支配者の姿に身を硬くする守護者達は弛緩しかけた精神を張り直す。

 

「娘、ツアレと言ったかね。辛いかと思うがもう暫く頑張ってくれたまえ、君の将来に関わる話なのでね?」

「……は、はい……」

 

 死の覚悟をした矢先にそれが無駄になり、そうかと思えば突然話しかけられる。目まぐるしく変化する周囲の状況に必死に付いていくツアレ。

 

「まず、君は地下組織『八本指』が経営する裏娼館で働かされており、その内容は法にも人道にも背いたものであった。間違いないね?」

「……は、はい」

「そこで死にかけたため廃棄されそうになっていたところを、うちのセバスに助けられた」

「は、はい」

「その後は彼の献身的な介護により体調は戻り、今では屋敷の外に出る事が出来るようにもなった」

「はい」

 

 質問を重ねるごとにネクロロリコンの口角が吊りあがり人外の牙が見え隠れするようになっていくが、ツアレの受け答えはどういう訳か滑らかになっていく。

 人外の気配に慣れてきたのか、それとも彼の「カリスマ」に絆されているのか。

 

「君の処遇についてだが、私の配下が保護しているという手前、無下にも出来ん。そこで私は、君に2つの道を示そうと思う。1つは私の馴染みの開拓村で第2の人生を送るというもの。もう1つは私に仕えて人里で過ごすというものだ。勿論私に仕える場合は難しい事をさせるつもりはない、ハウスキーパーとして人里で暮らす我々のサポートをしてくれればそれで良い。勿論どちらにしても幾つかの約束を守って貰わなくてはならないのだが」

 

 突然与えられた選択肢に驚き、思わず隣のセバスに目を向けるが反応は無い。

 セバスにはツアレのすがるような視線に応える術が無いのだ。

 その様子を見て取ったネクロロリコンは言葉を続ける。

 

「開拓村に行く場合は、私の紹介と少なくない支度金を約束しよう。不自由なくとまでは言わずとも、少なくとも飢える事は無いだろう。逆に私に仕える場合は、君の隣にいるセバス君や後ろにいるソリュシャン君と共に人里で暮らして貰う事になる。君もメイドとして家事等を行ってもらう予定だ」

 

 にこやかに条件を付け加えるネクロロリコンにツアレは反応する。

 

「わ、私はネクロロリコン様にお仕えしたい、です」

「ふむ、確認するが、『私に仕えて人里で暮らしたい』のだな?」

「はい、お願いします」

「それでは1つ約束して貰いたい。なに、難しい事では無い。『私達の正体やドラキュラ商会の背後にいるもの達のことを誰にも言わない』で貰いたいのだ」

「はい、誰にも言いません!」

「もし何者かに攫われて口を割られそうになったときには、心臓が止まりそのまま死に至ったとしても構わないかね?」

「はい! 『私から情報を引き出そうとする者がいれば即座に死を選びます』!」

「宜しい、ならばこの『私に仕える事を許可する』! 〈誓約〉!」

 

 全身を這いずる魔法の気配に怯えるツアレであったが、何も起こらないためネクロロリコンに視線を戻す。

 

「ご苦労だったなツアレ君。これで私と君の契約は成立した。疲れただろう? 部屋に帰って休むと良い」

「はい! ありがとうございますネクロロリコン様」

「人里では、私はブラム・ストーカーと名乗っている、間違えないように注意したまえ。意図せぬ情報漏洩と言えど〈誓約〉はその命を刈り取るだろうからね?」

「はい! ブラム様。それでは私は自室に戻らせていただきます」

 

 

 

 深々と一礼して部屋を出るツアレを見送り、ネクロロリコンは口を開く。

 

「では、続いてセバス君の働きへの賞与に移る」

 

 突然の発言に唖然とする一同。

 己を責める思いで一杯なセバスはことさらである。

 

「私の、でございますか? 何かの間違えでは」

「何を言う、信賞必罰は組織の基本だぞ。君は私が忌み嫌う地下組織である『八本指』から被害者である娘を救出・保護し、彼等から先に手まで出させてくれた。つまり私が『八本指』を誅殺するための御膳立てをしてくれた訳だ」

「え、その、私は」

「嗚呼、セバス君! 何も言うな。君達は私達に仕える事が当然であるから褒美を受け取る気が無いという事は承知しているとも! しかし、しかしだ! 私は君の働きを高く評価している。過程はどうあれ、結果的に私の目的を達するために動いてくれたのだからな!」

「それは、たまたまで」

「謙遜が過ぎると逆に嫌味になってしまうぞセバス君! 私は君が自発的に行った行為に感心しているのだ。空き時間に王都を散策し、地理を頭に叩き込み、挙句私に開戦の口実を用意するとは実に見事だ! モモンガさん! 君もそう思うだろう?!」

「え、ええ。セバスの働きは、過程はどうあれ、有益でしたね」

「そんなセバス君に私は褒美を与えたいと思うのだ。ああ! セバス君、何も言うな、解っている、必要無いと言いたいのだろう? それでもここは黙って受け取るべきだ、上司に気分よく褒めさせるのも部下の仕事というものだからな」

 

 オーバーアクションでまくしたてる支配者にセバスは返す言葉を持たない。気付けば反逆の汚名を着る一歩手前まで行ったセバスが褒賞を受け取る流れになってしまった。

 

「君へ与えるのは、ツアレだ」

 

 断る為の言い訳を頭に並べるセバスだったが、この一言で思考を停止させる。

 

「彼女は先ほど私の使用人として組み込まれたのだが、私はあまり屋敷にはいないのでね。ならば君の指揮下において利用して貰うのが最善と考える次第だ。中々に有益なのだろう? 彼女は」

 

 元々デミウルゴスへの報告において、ツアレはアンダーカバー作製の為の一環として雇い入れた事になっていた。その際に有用性について色々と語ったのは他でもないセバスである。

 ネクロロリコンはその言葉を逆手にとって有能な手札を与える事を褒美として提示しているのだ、ツアレの居場所作りの為に。

 セバスからすれば、元々自分が助けようとした存在でもある。ナザリックの庇護下に置かれるのならば最善の結果と言える。

 なにより至高の御方の御配慮を無下にすることはできない。

 

「御配慮、有難く存じます!」

 

 こうしてツアレは『ドラキュラ商会』の構成員としてナザリックにおける一定の地位を確保したのだった。

 




予定では今後の作戦の概要などもこのままの流れで決めて行くつもりでしたが、予想外の反響があったのでここで投稿しておきます。

私はセバスの事嫌いじゃないですよ? 渋いおじ様な執事とかそれだけで評価高いです。
ただ、彼の行いについては一言程度では済まないレベルでモノ申したいだけなのです。

少なくともナザリックが表だって動かないと言う縛りがある本作ではセバスの言動は致命的なレベルです。
それをある程度自粛してくれないとこの先何度でも反逆の罪を着せられ、内部はゴタゴタ、終いにはネクロさんも切れて処刑しようとしかねません。
恩人であるたっちさんの面影を見ているモモンガさんが必死に止めるでしょうけど、それが何度も続くと・・・と言う状況になります。
少なくとも私ならそうなるでしょうし、他の守護者達も良い気分では無いでしょう。シャルティア洗脳の無い本作では尚の事です。

あと、ネクロさんがツアレ助けた本当の理由も次回明らかに(ナザリック視点)。


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25.下準備

作戦の準備をするための会議。
その準備をするために会議をする回です。

そこまでやるか? って言われそうですが、それくらいやりたくなるものなんです。
特に責任が重くなったりすると、どれだけ準備しても足りないような気がしてきて藁にもすがる思いになってしまうのです(遠い目

関係無いですが、最近オバロ二次の復帰勢が目立ちますね!
嬉しい事です。



 時はセバスへの詰問を終えたその日の深夜、場所はナザリック地下大墳墓第9階層が作戦会議室。

 定例会議を行うその一室にデミウルゴスとアルベドの連名を以て招集されたナザリックの主だった守護者達が集っていた。

 

 目下の議題はネクロロリコンによって布告された大計『ゲヘナ』の作戦会議、その前準備である。

 支配者達は作戦会議の準備時間を与えようと配慮してか、休息を取る事を通知していた。

 

 ナザリックの総軍を以て行われる転移後最大のこの作戦は、正しくナザリックのシモベ達にとっての晴れ舞台であり、それ以上に自らの存在意義を賭けた一世一代の大一番であった。

 

 

 デミウルゴスのミスは見逃され、セバスの失態についても事なきを得た。

 しかし、これ以上至高の御方々の御慈悲にすがる事はシモベとして到底許される行いではないと声を上げる守護者統括に一同は神妙に頷く。

 続けてデミウルゴスが作戦の概要を説明していく。

 

「皆さん! この『ゲヘナ』は、ネクロロリコン様が私の提案を手直しして下さる形で遂行する事となります。提案当初の作戦概要と現在の状況、及びそこから推測される変更点については資料に纏めておきました、これに目を通しつつ私の解説を聞いて頂ければと思います」

 

 上奏した作戦を採用された事を羨む視線を送るものも少なからず存在したが、デミウルゴスの現状を考えると嫉妬する者は皆無であった。

 皆解っているのだ、彼が崖っぷちに追い込まれている事を。

 

 かつて取るに足らない人間如きに辛酸を舐めさせられたデミウルゴスは、もはや失敗の許されない立場である。

 ナザリック随一の知恵者ですら既に窮地に立たされているという現実を前に楽観視できる者は余程の大物か、あるいは近衛兵を預かるシャルティアと情報収集を行う恐怖公等の明確な実績を積み上げている者達くらいのものであろう。

 そしてそのシャルティア達が食い入るように配布資料を読み込んでいるのだから焦燥感を煽られる。

 

「この作戦では、ネクロロリコン様が自らの『我儘』を盛り込んでくださっています」

 

 転移してから不眠不休でナザリックの為に活動し続け、数多の功績を上げ続ける支配者様が、初めてシモベ達に『我儘』を言って下さっていると殊更に強調するデミウルゴス。

 

「ネクロロリコン様は大変慈悲深い御方です。他の御方々が次々とこのナザリックを去る中、モモンガ様と共に我々の許に君臨し続けてくださいました! また、皆さんの知る通り、転移してからも不眠不休でナザリックの為に心を砕いておられるのです!」

 

 会議室に集う一同が御方の慈悲深さに心を打たれ、己の不甲斐なさを恥じる。

 更に、これほどの功績を上げ続けた御方のささやかな我儘を叶えられずして何がシモベか、と声を上げるデミウルゴスに賛同の声が上がる。

 

「だからこそ、私は皆さんの御力をお借りしたい。御方々は仰いました! 『会議の場では多くの意見が欲しい』と。これは、より良き結論を得る為には、多角的な視点が必要であるという御方からの助言であったと私は認識しております」

 

 だからこそ、どうか少しでも『ゲヘナ』の目的とその前提情報を理解し、より深い議論が為せるよう一人一人が努力してほしいと懇願するデミウルゴスを目の当たりにした守護者達は必死になって資料に目を通す。

 

 その中には王国の協力者達から得られた情報やナザリックの傘下に入った有力者達を始め、本来であれば歯牙にもかけない程度でしかない現地における実力者等も記述されていた。

 更にネクロロリコン様が何を目的に動かれているのかを、推測を交えて事細かに解説されている。

 

 そして追撃とばかりに最も重要な情報が齎される。

 

「最後に、この作戦にはネクロロリコン様の御力を授かり、至高の御方々と共に数多の死線を潜ってこられた上位血族の方々も参戦なさるそうです」

 

 ある意味ナザリックのシモベ達が最も恐れている相手がこの作戦に参加する、その情報に思わず震えが走る守護者達であったが、これにはナザリック地下大墳墓の守護者であり続けたからこその理由がある。

 ネクロロリコン様直轄の兵団、その中でも更に研鑽を積み上げた果てに更なる力を与えられた上位血族と言えばシモベ達にとっては羨望の的であった。

 まず、ナザリックの外部で至高の御方々と共に敵に立ち向かい、その身を盾とする事はこれ以上ない誉であると言える。それを長年こなし続けた彼等はいうなれば歴戦の猛者である。

 その為至高の御方々から、実績を積み上げている血族達がいればシモベ達は不要であると思われれば捨てられてしまうという状況も容易に想像できるのだ。

 たとえ特別な失態が無くとも、である。

 更に彼等を率いるのは神算鬼謀の将ネクロロリコン様である。知も勇もあり余っているのだ。

 

 本当の意味で危機感を全員で共有した瞬間であった。

 

「では、『ゲヘナ』の概要の説明に移ります」

 

 

 

 

 

 

 時を同じく第9階層吸血騎士団待機所『円卓』にて、守護者達の話題に上がった血族達もまた来る作戦を前に会議を行っていた。

 

「大計『ゲヘナ』は大きく3つの段階に分ける事が出来ます」

 

 会議を取り仕切るは最初の血族『メイド忍者』コルデー。

 最も長く主人であるネクロロリコンと共に戦い、幾度となく窮地を切り抜けた彼女を軽視する者は、レベルが上の《始祖》達にもいない。

 

「うむ、我らが主ネクロロリコン様がブラム・ストーカーとして八本指の拠点を襲撃する初期、協力関係にある貴族達を用いて八本指を追い込む中期、そして反攻作戦に出てきたところを叩き潰す後期作戦であるな。デミウルゴス卿の献策を流用した作戦であったか」

「元々は国家転覆を謀る貴族達が行った悪魔召喚が失敗して大量の悪魔が王都を襲撃した、という表向きの理由で有力貴族を纏めて始末するという筋書きだったかしら? 本当、よく考えるものよね」

「その通りです、『公爵』殿、『伯爵』殿。追い込まれた結果安易に他者に頼るという哀れな愚者を作り上げ、ナザリックの戦力を表立って行使できる環境を作り上げるという見事な作戦です」

 

 ネクロロリコンの血族達の中でも特に上位の吸血鬼である『名前持ち/ネームド』達、彼等は同時に外部で活動できる数が限られるため最大保有数に比べて実数は僅かである。

 何せ支配者系のスキルによる恩恵を得たネクロロリコンであってもレベル90まで上げられる《始祖》ならばただ1体のみ、80まで上げられる《真祖》であっても3体しか連れていけないのだ。一段落ちた《吸血鬼》であれば10体連れていけるが、こちらの最大レベルは60までしか上げる事は出来ない。

 その為上級の血族は何かに特化した者を数人作ってそれを使いまわす方向にシフトしていき、多くの上位血族の候補者達が作られては消されていく事となった。

 ちなみに通常の上限以上に上げる為には経験値を消費した糞レートでの経験値譲渡以外に方法は無い。それでも上位血族へ5レベルの追加が限界である。

 

「その見事な作戦に我々は参加させていただくのです。皆さんご存じでしょうが、旦那様は失態に対しては寛容ですが無能な者へかける慈悲は皆無です。世界が、環境が変わった以上、これまで通りに我々が重用されるなどという幻想を持つべきではありません」

 

 冷然と告げるコルデーの台詞を冗談と捉える者は無い。

 当然だ、これまで幾人もの血族候補が『不要』の烙印を押され消去されてきたのだから。

 守護者達が抱く以上に、彼等血族達の危機感はシビアなものであった。

 要らなければ、気に入らなければ、即座に消去されるという現場を幾度となく見てきたのだから。

 

「では、作戦初期に動かすであろう人材ですが」

 

 

 

 

 

 

「ここはセバスに任せてやろうと思う」

 

 与えられた自由時間を使い、至高の方々と呼ばれる2人もまた今後の検討に入っていた。

 

「ええ、今頃悔やんでいるでしょうし、ここらで発散させてあげた方が良いでしょうね」

「そんじゃまずは俺がセバスを率いて娼館に突入、一暴れしてガゼフに付きだす訳だな!」

「ここでカルネ村の一件が効いてくる訳ですか! さっすがネクロさんです」

「いや、偶々だって。まあアレよね、日頃の行いって奴?」

「恥ずかしげも無く良く言えますねぇそんなこと?」

「フッ、この身は常に正義と共にある!」

「よっ! カルマ値500」

 

 和気藹々としつつもそこはナザリックの支配者(ロール)達、自分達が考えられる限りで道筋を予想していく。

 

 現状置かれている状況からネクロロリコンが案を提示しモモンガが修正を加えていくその結果は、拙いながらも守護者達が立てる方針に近いものであった。

 元々デミウルゴスが発案した貴族派強制排除プランを手直しした作戦なのだから大きく異なる事はそうそう無いのだが。

 

 

「しかしセバスの一件、無事に済んでよかったですよ」

「あー、俺もう二度とやらん。胃に穴が開くわ、あんなの!」

「流石に次は無いと思いますがね」

 

 作戦会議が一段落付いた二人の話題は今日の一件に移っていった。

 

「咄嗟にツアレを配下にしようとしたのは驚きましたよ、何か特殊な能力でもあったんです?」

「いや、ありゃあただの元村娘だよ。ただの、犯罪者につかまっていただけの、哀れな村娘さ。そんな娘を助けて地下組織に戦いを挑むとか、正に正義の味方じゃね? 悪を倒すのが正義ってもんよ!」

「うわぁ、あくどい! カルマ値500から来る脅威の腹黒っぷり!」

「正義の味方は白ではない、相手を塗りつぶす別の色って訳よ!」

 

 悪の華ウルベルトのロールプレイを想わせるネクロロリコンの正義論に納得しつつも、思わずかつて自分を救った別の正義に思いを馳せる。

 彼もまた己の理想を貫かんとしてゲームをしていた。

 悪を貫くPKプレイヤーだったウルベルトと方向性の違いから度々ぶつかっていたが、彼等の起点もきっと同じだったのだろう。

 彼等がここにいれば、王国を救ったのだろうか? それともかつての言葉通りに世界征服に邁進したのだろうか? あるいはリアルに……。

 

「ネクロさんは、リアルに戻りたいと思いますか?」

 

 ぽつりとこぼれた言葉に思わず焦るモモンガだったが、

 

「えっ、モモンガさん帰りたかったの?」

 

 しまった、と言わんばかりの顔で問い返されてしまう。

 はいと答えた場合、彼なら本気で帰還方法を見つけ出しかねない。空想科学をこよなく愛する彼であれば、思いもよらない方法を引っ張り出してくるかもしれない。

 

 しかしモモンガの答えは決まっている。

 

「いえ、私は全く帰りたいとは思いません。ただ、正義という言葉で彼を思い出してしまいましてね?」

「たっちさんかぁ、あの人は帰りたがるかもねぇ。嫁さんに御子さん、あと地位もあるっぽいし。こっち来てたら未練タラタラだったろうよ」

「……ネクロさんは無いんです?」

 

 探りを入れるような質問。

 これほど踏み込んだ質問をした事は、ユグドラシル時代を含めても無かったことだ。

 

 もし、ここであると言われたら自分はどうするのだろうか?

 帰らないでほしいと懇願するだろうか?

 あるいはナザリックの総員を導入して帰還の道を探すのだろうか?

 

 おそらく自分は今回も同じように

 

「ねぇよ! そもそもネトゲを末期の末期までやり続ける廃人がリアルにしがみ付く訳ャねぇじゃん?」

 

 だからそんなすがりつくような目で見んのは止めろ、と笑い飛ばされてしまう。

 

「目玉無いですけどね?」

「表皮もねぇな!」

「顔色も真っ白ですし!」

「死相が出てるぜぃ?」

 

 最近のトレンドである死体ジョークを交わしてのばか騒ぎをしつつ確信する、彼も同じだったのだと。

 去りゆく仲間達を黙って見送りつつ、少しでも楽しい今を続けるために策を練り続けた。

 結果は残念ながら寂しい墓守しか残らなかったが、それでもここに残ったのは1人では無いのだと。

 

「『ゲヘナ』、成功させましょうね!」

「応ともよ! ここらでナザリックの支配者が俺達だってことを見せてやろうじゃねえの!」

「ええ、私達2人で!」

 

 決意を新たにする支配者達を余所に、波紋は広がっていく。

 

 それはナザリックの外部にまで波及している事を2人は予想すらしていない。

 

 

 

 

 

 

 『黄金』のラナーはその明晰な頭脳をかつて無いほどに振り絞り現状の把握に努めていた。

 

 愛するクライムに予め接触を図った上で、その報告を受けたラナーの下を現れるという悪辣かつ周到な根回しにさしものラナーも戦慄していた。

 

 愛するクライムが初対面の実力者に手ほどきを受けたと聞いたその日の夜に、至高の御方に仕えるという悪魔が訊ねてきたのだ。それらが無関係であると考えるなど余りにも愚かしい。

 

 ドラキュラ商会の一員である件の実力者は、王国屈指の騎士であるクライムをして別次元の実力者であるという。

 また貴族派の者達を失脚させられるだけの証拠品を携えて訊ねてきた悪魔は、話を聞く限りラナーと同格の知恵者である事が窺えた。

 そして彼等を束ねるのは、集団操作系のタレントを持つと思われる全てを裏から操るブラム・ストーカーである。

 

 武力・知恵・民衆の3つの方面でいかようにでも王国を動かす事が出来るという事が解ってしまう。

 

 そんな彼等が今、八本指を潰そうと動いている。

 その為に力を貸せと、王国最高の知恵者と自覚するラナーの下にやってきた。

 おそらくはその先にある本当の目的への協力こそが本来の目的だろう。

 クライムと接触を図りつつ、永遠の命も働きによっては与えられるという解りやすい飴まで用意して。

 

 表情の抜け落ちた顔で思う先は、王国の未来などではない。

 如何に自分を売り込めばクライムと永遠を生きる事が出来るのか、その一点である。

 その上で、主従と言う関係が続けば尚良い。

 

 ラナーの脳裏に絶望は無い。

 このまま時間が過ぎればどこぞの貴族に降嫁させられるか、王国が潰れて王女の立場を失うかしか無かった。

 そうなればクライムとの関係は大きく変化するだろう。断絶も有り得る。

 それを想えば、王国を残す意思を見せているブラム・ストーカーの計画に乗る事は決して悪手ではない。

 

 市井の民の人気を集めよう画策するブラム・ストーカーが望む先を引き寄せつつ、クライムと共にある未来を勝ち取るにはどうすればいいのか。

 

 思考を加速させるラナーの貌には、久しく見ない本物の感情が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 日を改めてレエブン邸。

 そこには愛する我が子と積み木遊びに興ずる大貴族の姿があった。

 

「おとうさま、どだいはよっつずつです」

「うんうん、そうだね。よっつ並べてやれば上に置きやすくなるね! 相変わらず賢いなぁぁあああ!」

「おとおさま、もっとたかくしたいです」

「うんうん、そうだね。もっと積み木がいるね。

 おい、ブラム氏に至急手紙を送れ! 積み木をもう1セット、いや3セット発注するんだ!」

「もう既に3セットも届いていますよ?」

「3セットの積み木程度ではこの子の想像力に追いつかんのだ! 何故そんな簡単な事が解らない。子供の才能を伸ばすのは親の義務というものだぞ!」

「そ、そうですね。とりあえず発注しておきます。ところでお仕事の方は?」

「全て夜の内に済ませているから何も問題ない! 嗚呼、こんなに清々しい気持ちで仕事をするのはどれだけぶりだろう!」

「眠らなくて本当に大丈夫なのですか?」

「ああ、ブラム氏から贈って貰った『疲労がポンと取れる薬』の御蔭で疲れ知らずの睡眠要らずだ! 120時間働けます、だ!」

 

 謎の老人ブラムに対して始めのうちは不信感しか無かったレエブン侯であったが、息子の快気祝いにと贈られた知育玩具『積み木』を見て考えを改めていた。

 

 高級家具を作る際に用いる木材を画一的な大きさに切り出し、幼児が扱っても怪我をしないようにと丁寧に鑢掛けされた表面は熟練の匠の技だ。角も十分に丸められている。

 最初に見た瞬間、所詮子供の玩具だと侮る事の無い徹底した仕事ぶりに感銘を受けたものだ。銘にヤルダバオトと彫られていたが、彼お抱えの職人なのだろう。

 子供の想像力を刺激するこの発想も素晴らしい。

 

 同時に信頼と実績のバレアレ薬店製の解熱剤や下痢止め等の子供用薬剤セットなども贈られており、子供への深い配慮が窺える。

 更にはレエブン侯が試しに舐めてみたところ普段より仕事が捗ったためその効果を認めた頭の回転が良くなる飴『ヴィクターズオリジナル』があったが、これは自身が舐めた1つ以外は全て愛する我が子に与えている。

 

 聞いたところによると、孫娘のソリュシャンはラナー王女に匹敵する程の美貌と類まれな知性を併せ持った才媛であるとか。

 今では是非とも自宅に招いて子育て術について御教授願いたいとすら思っている。

 全て子供の健やかな成長を望む研鑽の成果なのだろう、これほどまでに子を想う心を持つ男を疑った我が身が恥ずかしい。

 王都に蔓延る八本指を掃討したいと言う協力要請にも喜んで協力したいところだ。

 

 これまで王国を存続させるために腐心してきたレエブンは今、心からの幸福を享受していた。

 




まさかのレエブン侯オチです。
オバロ二次創作は数あれど、レエブン侯が幸せになれそうな作品がどれだけあっただろうか?(なれるとは書いてない

賛否両論あるかと思いますが、本作の守護者達は見捨てられないために必死です。
そしてオリキャラ軍団である血族達も、これまでトライ&エラーで血族を作っていたネクロさんを間近で見続けていたので必死です。
お互いがお互いを意識しまくっています。

しかし相手の足を引っ張る事はしないかと思います。原作でも自分が目立つように足を引っ張ると言う発想は無いようですし。
実際にやった場合、一時的には有用性を認めて貰えるでしょうが、将来的には有害のレッテルを貼られてしまいますしね。


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26.襲撃

丸山先生の2次創作者に対するエールを受けてやる気ゲージがえらい事になっています。
今まで謎だったプレイアデスの情報がかなり出た事が二次作家にとっては最大のエールかもしれないですね。
取敢えずやまいこさんに作られたユリ姉さんは脳筋、まあ大方の予想通りでしたが。
あとあの子があのお方に作られたって言う話がシレっと出て来るとか、先生その辺の情報だけで良いので全体に公開しましょうよ。
そしてもっとお願いします。

後はフレンドリー・ファイアの仕様が軽く出てきていた辺り今後の二次の設定に関わってきそうですね。



 王都のとある路地裏に、王国屈指の実力者達が打倒八本指の呼びかけに応えて集結していた。

 

 発起人、義の老将:ブラム・ストーカーとその執事セバス。

 恩人であるブラムの呼びかけだからと、仔細を聞くまでも無く参上した王国最強の戦士:ガゼフ・ストロノーフ。

 ブラムの動きを察して送り込まれたラナーの忠実なる剣:クライム。

 そして、王国の忠臣レエブン侯が手配した新進気鋭のアダマンタイト級冒険者『漆黒』のメンバー達。

 

 後に『救国の7英雄』と呼ばれる彼等は、八本指傘下の裏娼館を襲撃するべく作戦会議を行っていた。

 

「正面の扉から突入するのは漆黒の皆さんに行っていただき、我々とクライム君が裏口を押さえる。そして突入により混乱した頃に突入する事にします。ガゼフ殿はある程度片が付いた頃合いに戦士団を率いてこちらに向かってください」

「本当に私が突入組に編入しなくても良いのか?」

「構わない。むしろチームに部外者が混ざる方がお互いにとって危険だ」

「私が率いればある程度は回せるでしょうが、裏口を押さえる役割がいなくなります。おそらくこちらから重要な顧客等は逃げ出すでしょうから人員を割いておきたいのですよ」

「ならばせめて私がそちらに付くべきなのでは? 制圧した後で戦士団を呼んでくれば」

「それではダメなのですよ、ガゼフ殿。陛下直属の戦士団が他の誰よりも早くこの現場に辿り着き、全ての証拠と証人を押さえる事が何より重要なのです。襲撃班はそれまで逃げられないように押さえるだけでも良い訳ですからね」

 

 相手に動きを悟られないように現地集合の形を取り、即座に行動に移るという電撃的なこの作戦を聞いたガゼフは自ら前線で剣を取る事が出来ない事に不満げな顔をしていた。

 強者たるという自負があるのだろう、それを見てとったモモンが動く。

 

「王国最強の戦士長殿は、我々アダマンタイト級冒険者程度では御不満と見える。しかしながら適材適所という言葉もあるのですよ? 我々では敵を倒す事は出来ても犯人を捕らえる事は出来ないのです、お分かりですか?」

「いや、君達の実力については私も聞いている。いや、うむ、そうだな。すまなかった、出来るだけ素早く準備を整えこちらに向かうので、それまでどうか保たせておいてほしい」

「ふっ、それは自分の獲物を残しておけという事ですかな? そればかりは約束しかねますね、うっかり全て平らげてしまうかもしれませんので」

「さすがはエ・ランテルの英雄、言う事が違う」

 

 獰猛な笑顔を向けあうガゼフとモモン。

 ガゼフとてモモンのエ・ランテルの活躍は十分に聞いている為、決して大言壮語ではないという事を理解している。

 

「ブラム殿、どうか御武運を」

 

 軽く会釈して戦士団の宿舎へと走るガゼフを見送り、残された6人も移動していく。

 

 襲撃のタイミングは突入する漆黒が判断する事になっている。

 そのため裏口を押さえるブラム達は、緊張した状態で待ち続けなければならない。

 正確にはブラム達と共に来ているクライムが緊張の面持ちで待機しているだけなのだが。

 

〈少年、少しは落ち着きたまえ。緊張感は体を臨戦態勢に持って行く為に有用だが、興奮しすぎれば視野が狭まり動きも硬く直線的になってしまう。大一番でこそ、練習でやってきた事をそのまま出す事だよ〉

 

 武者震いが止まらない少年騎士の肩に手を置きブラムが静かに言い聞かせる。

 

〈さあ、大きくゆっくりと呼吸するんだ。大丈夫、いつもやっている事をいつも通りにやる。それが最も良い結果を生むものだ〉

 

 穏やかな声色で言い聞かせるブラムの声を聞く度に、クライムの震えは消えていく。

 

 そうだ、僕はラナー様の為に今まで訓練を重ねてきた。

 先日ガゼフ戦士長からのお言葉に従って体を動かし、毎日行ってきた素振りの通りに切り伏せれば良いんだ。

 

〈そうだ、日々の努力は決して裏切ることは無い。さあ行こう、王女の剣よ!〉

 

 良い感じに肩の力が抜け、それでいて程良い高揚状態に調整されたクライムを引き連れて、ブラム達は裏口へと移動していく。

 気付けば建物内では怒声と爆音が鳴り響いていた。

 

「セバス君、木っ端の輩と言えども」

「承知しております。手足をへし折った上で気を失わせ、速やかに次へ移動でございますね」

「宜しい、では派手に殴りこむとしようか!」

 

 獰猛な笑みを浮かべる老人二人を見てもクライムの精神は穏やかだった。

 老執事が蹴りで鉄扉を粉砕して一瞬我に返りかけたが、今は戦闘中だと意識を切り替える。

 

「な! 何だてめぇ!」

 

 疾風の如き身のこなしで扉の隙間から飛び込んだセバスを追い掛けたクライムの前にショートソードを持った男が襲いかかる。

 

 見える、振り下ろされてくる剣が。

 だが、遅すぎる!

 戦いに不要な情報を脳が排除し、必要な情報のみを最大限詳細に分析していく。

 その結果視界から色が失われ、その分相手の動きが詳細に把握できるようになっていく。

 

「フンッ!!」

 

 自身に振り下ろそうと持ち上げられた剣の軌道に合わせるようにして上段からの振り下ろし、剣諸共男を切り伏せる。

 肩口から股下まで両断された男に生き残る術など無いだろう。

 崩れ落ちる男を尻目に奥へと進んでいく。

 

 油断なく周囲を見渡せば、倒れた男達を打ち捨て二階へと駆け上がっていくセバス姿があった。

 

〈見事な一撃だったぞ。しかしそのままでは危険だ、ゆっくり息をして体を落ち着かせるんだ〉

 

 色彩を取り戻したクライムの視界にブラムが映り込む。

 

「よしクライム君、我々は1階を見て回ろう」

 

 普段以上の処理を行った脳が悲鳴をあげているが、構わずブラムの後に続く。

 

「ふうむ、誰もいないようだな」

「2階にも誰もおりませんでした。地下から気配がしますので、恐らくは」

「地下への隠し通路があるはず、か」

 

 室内を走ったせいでずれたのだろう、片眼鏡をかけ直しつつ呟くブラムに戻ってきたセバスが応える。

 

「そこの床が怪しいな。うむ、ここだけ木材が四角く揃っている」

「剣を突き立ててこじ開けますか?」

「いや、こういう連中は大抵開けようとしたときに反応する罠を仕掛けているものだ。セバス君、真上からぶち抜きたまえ」

「畏まりました」

 

 そこそこ頑丈な作りをした隠し扉だったが、セバスの蹴りの前では紙切れ同然である。

 内部に仕掛けられたクロスボウ諸共踏み砕かれてしまう。

 

「入口はここ1つのようだな。セバス君?」

「お任せ下さい」

 

 仕掛けの残骸を無造作に掴んで放り投げ、地下へと続く階段を下りていくセバスにクライム達も続く。

 

 階段を下り、石造りの廊下を抜け、鉄で補強された木製の扉は蹴り破る。

 既にこの程度ではクライムも驚く事は無くなっていた。

 

「これ以上先に行くと警備に穴が開くか、我々はここで待機しセバス君は」

「内部の捜索ですね。畏まりました」

 

 一礼して颯爽と次の扉へと向かうセバスを見送り、クライムは大きく息を吐く。

 辺りを見渡すとブラムは入り口の扉に陣取り訝しげに部屋を見渡している。

 

「この部屋が、どうかなさいましたか?」

「いや、どうにもきな臭い。この部屋、何かあるんじゃないかと」

 

 口元に手を当て物置と思われる部屋全体を見回すブラムを見て、クライムも近くにある木箱を開けてみる。

 密輸品などが置かれているのではと思ったが、ただの服しか入っていない。

 

 訝しげにしつつも扉の前を動かないブラムに代わり次の箱を開けてみようかと動いたとき、突然壁際に置かれた大箱が倒れる。

 そしてその奥から2人の男が部屋に入ってくる事に気付いたクライムは即座にブラムが立つ扉へ戻る。

 

「さすがブラムさん、大当たりですね」

「脱出経路はもう一つくらい作るべきでしたね、コッコドールさん」

 

 即座に戦うために意識を切り替えたのは前衛職のクライムと六腕の1人サキュロント。

 クライムは勝ち目の無い相手だと判断し、殿となってブラムを逃がそうとするが。

 

〈逃げる必要など無いぞ、君なら勝てる! 所詮あの男は三下だ〉

 

 獰猛な笑みを浮かべるブラムから拒否されてしまう。

 

 この発言に不快感を煽られたのはサキュロントである。

 地下組織八本指において戦闘要員として鳴らす彼は人間の最高峰たるアダマンタイト級冒険者にも匹敵する実力を持つと自負している。

 こんな小僧と爺相手に舐められる訳にはいかない。

 

 幻魔の二つ名を持つサキュロントは幻術を剣を持つ右腕に施し、偽りの腕を振りかぶる。

 

「! いかん、〈下がれ〉!」

 

 振り下ろされる剣を受け止めようと剣を構えたクライムを咄嗟に下がらせる。

 言われるがままに下がったクライムは胸元を横に切られている事に気付く、振り下ろす動作であったにも拘らず。

 

「ちっ、勘の良い爺め!」

〈爺と小僧の2人組相手に態々幻術を使って挑むとは、程度が知れるな?〉

「抜かせ! てめえ楽には殺さねえぞ?」

〈ほう、腰抜けの分際で言う事だけは一丁前だな。吠える子犬を見るようで憐みすら感じるよ〉

 

 肩を竦めつつ首を振るブラムを見て頬を引くつかせるサキュロント。

 切りかかろうと踏み込むもクライムが立ちふさがる。

 

〈聞いての通りだ、クライム君。幻術による小細工しか能の無い詰まらん三下だ。どうだ、勝てそうに思えてきたろう?〉

 

 ギリギリと奥歯を噛み締めて憤怒の表情を浮かべるサキュロントだったが、彼自身クライムと真正面から戦っては勝てない事を自覚している。

 その事実を理解する為、そして長い実戦経験によりどうにか「興奮」状態にならずに堪え切る。

 

「〈多重残像〉」

 

 サキュロントの周囲に幻影が現れていく。

 油断なく構えるクライムは、

 

〈視覚を潰しにくる相手なら、偽りの情報を取り込むくらいなら、視覚など捨ててしまえ!〉

 

 ブラムの言葉のまま目を閉じる。

 

 サキュロント達は正気を疑うと言わんばかりに驚愕の顔を見せたが、耳に全神経を傾けているのだろうと声には出さない。

 

 無数のサキュロント達とブラムの静かな睨みあいは、

 

「ふんっ!」

 

 ブラムのロングフックであっけなく幕を閉じる。

 

「ぶっ、が、何で?!」

「魔法発動の瞬間、あからさまに私の事を見ていたではないか? 足音を殺してクライム君を迂回して辿り着く頃合いを見計らって、歩きやすそうな側に拳を振ってやっただけだよ」

 

 ぴったりだったろ? と事も無げに言い放つブラムを驚愕の表情で見るサキュロントだったが、そのままクライムの振り下ろしを受けて意識を失う。

 

 肩口から背中にかけて深々と斬られたサキュロントはもはや動けまい。

 いつの間にか戻っていたセバスによってコッコドールも倒されている。

 気付けば地上部もガゼフ率いる戦士団が到着したのだろう、随分と騒がしくなっている。

 

「上々だな、勝利の凱旋と行こうか!」

 

 

 

 老商人ブラム・ストーカーが八本指の拠点の1つを襲撃し、ガゼフ・ストロノーフ率いる戦士団の下に証拠品が渡ったというこの大事件は、翌日には王都中を駆け巡る事となる。

 また助けられた女性達を見て憤怒の感情を見せるモモンや、献身的に治療を施すルプゥ、そして彼女達を屋敷で引き取り手厚い看護を行ったブラムの名声は大きく高まる事となる。

 

 しかし多くの者達は予想していた、この事件は、これから起こる大乱の幕開けにすぎないのだと。

 




ドヤ顔しているネクロさんですが、悪魔貴族の片眼鏡の主な効果は視界に入ったアイテムの鑑定です。

それからクライムですが、セバスとの修行とネクロさんのブーストによって本家より危険な武技を習得しつつあります。
なんの役に立つのかと言われると困ってしまう程度の微妙な強化ですが。

着々とゲヘナが近付いていますね。
6巻は特に好きな話なので書くのも楽しいです。


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27.波及

今回は日常(?)回です。

穏やかな日々は貴重っすよね!
早くブチ壊してしまいたいッス!(駄犬


 八本指傘下の裏娼館が襲撃されてから数日。

 ここブルムラシュー邸でも新たな布石を置くために動く者がいた。

 

「これはこれは若旦那様、ようこそお越しくださいました!」

「御無沙汰しております、ブルムラシュー侯。先日お願いした物は?」

「勿論用意しておりますとも! 当家の物以外にも銀やオリハルコン等の鉱山のクズ石も用意させていただきました、こちらが明細となります」

「ふむ、確かに」

「何処かの開拓ですかな? ドラキュラ商会と言えば先見の明をお持ちですからな、先立つ物が御入り用でしたら私の方で―――」

「ブルムラシュー侯、行き先や使用目的は関知しないという話では?」

「これは失礼。勿論承知しておりますよ? ただ、私もあなた方の御役に立ちたいと思った次第でして」

 

 ネクロロリコンが誇る最上位血族の一人、《始祖》ヴラドは現在ブラムの子としてブルムラシュー侯の邸宅を訪ねていた。

 目的の一つは「エクスチェンジ・ボックス」に入れる為の大量の土砂を、秘密協定を結んだブルムラシュー侯から買い付けることである。

 鉱山によって違いが無いかもついでに調べていたため、ブルムラシュー侯の手配をヴラドは高く評価していた。

 

 ブラムが八本指への大攻勢を仕掛けている事や、自身が重要な機密を握られている事等から、下心丸出しで息子役の自分にすり寄っている事が目に見えて解る事がいささか不愉快ではあったが。

 

「それで、新しい商談なのですが」

 

 捲し立てるように自身を売り込んでくる様子に辟易としていたため、今回の本当の目的を素早く切りだすヴラド。

 

「この『魔神像』を売っていただきたいのです。利益はそちらが3、こちらが7で如何でしょう?」

 

 ナザリックが現在取りかかっている大計ゲヘナは現在中期段階に移っている。

 その主な目的は八本指の弱体化であり、囲い込みだ。

 

 まずブラムやガゼフによる各拠点への襲撃を続けることで組織全体にダメージを与え着実に追い込んでいく。

 

 同時に秘密協定を結んだ各大貴族達に「たかが商人相手に好き勝手されている裏組織とは取引できない」と距離を置かせ、そのまま中小貴族や商人たちにも離反工作をかけていく。

 これで王都から逃げて再起を図るという道もある程度潰す事ができるだろう。

 弱みを見せた悪党など誰も恐れたりしないのだから。

 

 そうして最終的に依り所を失った八本指はブルムラシュー侯から購入した『魔神像』に縋り、発動。

 そのまま最終局面に至るという筋書きである。

 

 今回の目的のもう一つはこの下準備という事になる。

 

「悪魔を召喚、ですか。いっそ自分で使いたいような気もしますが」

「確かに強力な悪魔を召喚できますが、呼んだ後使役する手立てに心当たりはおありで?」

「え?! ……なるほど、そういう事ですか」

 

 着実に追い詰められている八本指へ高値で売り付け、最終的に自滅させるという計画に気が付いたのだろう。

 下卑た笑いを浮かべつつ帝国系の商人から買い取った曰く付きの品として売り渡すつもりと語るブルムラシューを見て満足気に頷くヴラド。

 

「では良い報告を期待しておりますよ、ブルムラシュー侯」

「ええ、若旦那様。どうぞお楽しみに」

 

 ヴラドを見送ったブルムラシューは、新たな儲け話に笑みが止まらない。

 忌々しいドラキュラ商会との取引を続けて『長い』が相変わらず金になる連中だ、と。

 

「……忌々しい? はて、若いころのブラムから何か言われたかな」

 

 そのまま過去の諍いなど銅貨1枚の価値も無いと気にせず流してしまう。

 

 そんなブルムラシューの傍らで魔神像は3つの宝玉を怪しく光らせ、その本懐を果たす時を静かに待つのだった。

 

 

 

 

 

 

「はい皆さん、おはようございます!!」

「「「おはようございます!!」」」

 

 ブラム邸では今日も朝早くから元気な挨拶がかわされている。

 一種の行事となっているこの朝の集会は、元々は裏娼館に囚われていた元娼婦達を無理矢理稼働状態に持っていく為に〈激励〉していたのが習慣化したものである。

 長らく恐怖と苦痛を与えられ続けた彼女達の精神状態は最悪の一言であり、良くて「恐慌」状態、一部は「狂気」状態にまで至っていた。

 しかしそこは感情値操作の特化職ネクロロリコン、広間に全員をかき集めて延々と〈扇動〉を放ち続け、「熱狂」状態にした上で屋敷の掃除を命じて解決してしまった。

 

 当時、精神の快復にどれだけの時間がかかるのかと不安に思っていたセバスやクライムは、そのあまりにも強引な解決法を目の当たりにして暫く唖然としていた。

 

「屋敷の汚れは!」「「「心の汚れ!!」」」

「窓の曇りは!」「「「心の曇り!!」」」

「旦那様は!「「「神様です!!」」」」

 

 暫く様子を見て問題が無ければカルネ村に送り調薬の手伝いをさせるつもりだとも話しているため、彼女たちからすれば救われた上に第二の人生まで用意して貰ったと言える。

 一種の宗教化し始めていたが、その様子を見るセバス達からすればブラムことネクロロリコンとは正しく崇拝すべき神である為何もおかしなことは無い。

 信仰化の中心にいるのがナザリックの実態を知るツアレである事も拍車をかけているのだろうが。

 

 ほほえましくこの様子を眺めるセバスは、多くの困っていた人達を救う事が出来たと慈悲深い支配者へ感謝の念を送り、より良く勤めようと心を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「黄金の」ラナーの従者であるクライムは、先日手に入れた新たな武技の研鑽を積むべく、今日も主に断ってブラム邸を訪ねていた。

 

 彼が手にした新たな力は、謂わば火事場の馬鹿力を任意のタイミングで引き出せるというものであった。

 しかし普段の訓練では全く発動する事が出来ず、止む無く教えを請う事にしたという経緯がある。

 

「人間の体は普段全ての力を発揮する事が出来ないようになっている。大体3割程が使用不可能だと思ってくれれば良い」

「3割ですか、しかしそれだけの力とは思えませんが?」

 

 襲撃の際に自身が放った振り下ろしは明らかに普段の3割増し程度の威力では無かった。

 勿論あのブラム様の言葉に疑問を持つ訳ではないが、それでも釈然としない。

 

「3割程度、とは言うがね? 踏み込みが3割増し、腰の捻りも3割増し、腕を動かす肩周りに腕そのもの、手首に至るまで全てが3割増しになった状態でその力を集約するような斬撃を放てばどうなると思うね?」

「それは! なるほど、何時もとは比較にならない威力でしたが、それなら納得です」

 

 相手の動きがゆっくりに見える現象についても、極度の興奮状態にある時に時折見られる現象であるという。

 先日知人のアダマンタイト級冒険者から聞いた話でも同じ事を言っていたが、どうやらより深い知見を持つらしいブラムからの方がより詳しい解説を聞く事ができた。

 

「間違えて欲しくないのだが、その力は普段から使って良い物ではない。普段7割しか出せないのは、それが普段から使っていても体に支障が無い出力だからだ」

 

 それを無視して普段から10割の力で行動していれば、直ぐに体が壊れてしまうと続けるブラム。

 

「しかし、君の場合格上を倒さなければならない状況というものは必ず来るだろう。何せ王女の近衛をしているのだからね」

「はい、日々の鍛練は欠かしていませんが、やはりそれでも」

 

 悔しげに拳を見つめるクライムにブラムも頷く。

 

「勝つために必要なのは相手より上の地力ではない、勿論地力で勝れば勝つのはより簡単になるのだがね」

「では、何が必要なのでしょう?!」

「簡単さ、殺す瞬間に相手を上回っていればそれで良い」

 

 ニヤリと事も無げに言い放つ。

 

「武器を良くするのでも良い、能力上昇のスキル等を使っても良い、武技ではね上げてやっても勿論良い」

 

 ただ、交錯の一瞬に全てをかけて殺しきれ。

 そう締めくくる。

 

「講釈ばかりでは身になるまい。セバス君、今日も頼むよ」

「畏まりました。クライムさん、今日は一歩踏み込んでみましょうか」

「はい! よろしくお願いします」

 

 何時もの、と言うにはいささか問題があるだろう強烈な殺気を主への忠誠で押しつぶし、クライムは剣を構える。

 

〈そうだクライム、王女を背にしていると思え! 王女に危険が迫りつつある今、君が倒れれば次は主だぞ!!〉

 

 折れそうになる心をブラムの〈激励〉で支え、震える手で剣を振り上げ―――

 

「やはりまだ無理だったか」

「忠誠心は見事です。筋は良いのですが、如何せん精神力の限界が見えますね」

 

 上段に構えたまま白眼を剥いて気絶してしまったクライムを前に、怪物2人は会話を続ける。

 

「こう言っては何ですが、いささか無謀ではないでしょうか?」

「そうは言うがね、セバス君。八本指との戦いでせめて生き残る事が出来るくらいには鍛えておかなくては死んでしまうよ? それとも身の程を弁えて程ほどに仕えろと助言するつもりかね」

 

 それを言われては返す言葉が無い。

 至高の御方々に御仕えするのに不足と言われて、はいそうですかと納得できる訳が無いのだから。

 

「私の見立てでは、体のリミッター自体がかなり緩くなっているように思うよ。通常の精神状態でも「熱狂」状態程度の身体能力を発揮しているはずだ」

「少なくとも剣を構えるところまではきました、後ひと踏ん張りと言ったところでしょうか」

 

 しかし振り上げて止まったこの状態、ここまで行けるのなら後ひと押しも要らないように思うのだが。

 

〈斬れ!〉

 

 轟音と共に振り下ろされる剣が地面を抉り取る。

 

「理性を持ったままでは斬れないのだろうか?」

「あるいは、私が標的だからという事もあるかと」

 

 まあ知り合いを本気で殺しにかかる事が出来るか、と聞かれれば難しかろうと納得する。

 実際今のクライムが放った一撃は、まともに食らえばこの世界の住人では到底耐えられないだけの威力を誇っている。

 涼しげに横から眺める事が出来るのは、あくまでブラムとセバスだからである。

 

「あるいは目で見るからいかんのかも知れんね。次は目隠しをして気配を探って斬らせてみようか」

「石か何かを投げてそれを斬らせるのであれば、問題無く斬れるかと。先日のサキュロントとの戦いもありますし、それが宜しいでしょう」

 

 方針が決まり、セバスが気を送り込みクライムを叩き起こす。

 

 超越者達の鍛練は日が落ちるまで続く。

 この日もクライムは幾度となく気を失う事となるが、弱音を吐く事だけは無かった。

 

 

 

 

 

 

 各所で対八本指の為に動きまわっている中、レエブン侯は一人ベッドで横になっていた。

 

 愛する我が子と楽しい積み木遊びをしている最中に突如寒気を覚え、即座に自室に戻ったレエブンは吐血しそのまま倒れてしまったのだ。

 自室に向かう最中に息子には近付かせないよう妻に厳命し、何かあれば自身を隔離してブラム氏を呼ぶように伝えてのけた辺りにその才覚と深い愛情を窺わせる。

 

 そして連絡を受けた翌日にはドラキュラ商会の主任研究員ヴィクターが訪問していた。

 

「これは……」

「やはり、悪いのかね? 息子を守り育てる為にはまだ死ぬわけにはいかん! 頼む、何でもする! だから、どうか」

 

 表情を曇らせたヴィクターから現状を察したレエブンは縋りつくようにして頼み込む。

 

「何でも、と仰いましたか?」

「勿論だ! まだ私は死ぬわけにはいかん、王国もこれからなのだ、頼むヴィクター博士!!」

「それでは、『疲労がポンと取れる薬』は暫く控えて夜はちゃんと寝るようにして下さい」

「解った! ちゃんと夜は寝る。他には?!」

「あとは、栄養のある物を摂って安静にしておけば良いですよ」

 

 一体何を言っているんだ? と言わんばかりに訝しむレエブン。

 吐血など生まれて初めての事だ、これがただ安静にしているだけで治るものかと。

 

「端的に申しますと、過労ですレエブン侯」

「か、過労だと?」

 

 何を言っている『疲労回復薬』なら毎日3回は飲んだと問うレエブンの言葉を聞き、ヴィクターは思わずこめかみを押さえる。

 

「だから、です。あの薬は疲労を軽減し覚醒作用で睡眠も暫く不要になりますが、全く不要になるような物ではないのです」

 

 せめて3日に1度はきちんと寝ないと体に悪いと続ける。

 

「何、疲労回復薬を飲めば睡眠休息が不要になるのではないのか?!」

「そんなことは1文字も書いていません。こちらの説明書にも書いてあるではありませんか。『疲労は完全に抜けないので最低3日に1度は普段通りに睡眠をとる事』と」

 

 そういえばそんな事も書いてあったような気がする。

 しかし積み木遊びに夢中になってしまった為、忘却の彼方であった。

 

「それでは、この病気は誰かにうつる事は無いのだな?」

「そもそも病気ではありませんから、感染する事はありません。ただし」

 

 目を輝かせるレエブンを見かねて釘を刺す。

 

「今日1日しっかり寝て貰います。息子さんと会うのも禁止です」

「なんだと?! 貴様、一体何の権利があって私と息子の間を引き裂くと言うのだッ!!」

「どうせ休息と言い張って一緒に積み木遊びでもする御積りでしょう? 今日はしっかり寝て頂きます」

「ふざけるな、ふざけるなよ! 私はもう2日も愛する我が子に会っていないのだぞ?! 今までは悪い病気なのではと我慢していたがそうではないなら―――」

「〈全身麻酔〉」

 

 問答無用で寝かしつけて部屋を出たヴィクターは、覚醒作用の無い疲労回復薬や栄養剤、あとはおまけに体力増強剤を奥方に手渡してレエブン邸を辞することにした。

 その際子供と遊ぶ為に無理をし過ぎないようよく監視しておくように言い含めておくことも忘れない。

 

 彼はマッドな「化学者」ではあるが、同時に「医師」でもある。

 助けられる患者は助けるのがポリシーなのだ。

 

 勿論本人が御望みとあらば人体実験も厭わないが。

 




もはやレエブンオチを書かないと眠れない病気に罹ってしまった気がします。
幸せそうな親子、ん~良いっすねぇ! 見ていて楽しいっすよ。

御薬に不安の声が上がっていたので一応言っておきますが、あれは「ヒロポン」ではないです。
勿論ヴィクター博士ならもっとエグイ御薬も作れますが、彼はあくまでドクターなので依頼されるまでは作りません。
ええ、依頼されるまでは。


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28.六腕

リアルで色々あったせいで時間が空いてしまいました。
更に言えば難産でもありましたが。

お楽しみいただければ幸いです。



 ブラムの攻勢は苛烈を極めるものだった。

 捕えられた関係者から速やかに情報を引き出し次々と重要拠点を襲撃、その裏で商人としての繋がりを駆使して貴族達に働きかけ反八本指の陣営へと引き込んでいく。

 

 王族であるラナーや国王直属の戦士団が後ろ盾となっている為、裏から手をまわして証人を助け出すには幾許かの時間を要し、その遅れが更なる襲撃を許す結果となっていた。

 

 ブラムの攻撃に対し八本指もまたブラム邸への襲撃による反攻を企てたものの、邸宅を護る【軍狼】達により返り討ちとなってしまった。

 

 続く劣勢によりついには離反者が出始め、追い詰められた八本指は最後の手段に打って出る。

 アダマンタイト級の実力を持つ戦闘集団「六腕」をも投入した総攻撃である。

 

 

 組織の重要拠点の場所をあえて流す事で「漆黒」を王都から引き離し、その隙に反八本指の旗頭であるブラム邸を最大戦力で襲撃、抹殺する。

 

 そして作戦通り「漆黒」は王都を離れ、魔獣「森の賢王」も消えた。

 館を護るのは老商人ブラムとその執事セバス、そして5頭の狼達だけである。

 

 その筈であった。

 

「ガ、ガゼフ・ストロノーフ?! 馬鹿な、何故ここに」

 

 襲撃の為に動員された警備部門の戦闘員達がざわめく。

 庭の中心で大剣を担ぐその男は、人類最強の呼び声高き戦士長:ガゼフ・ストロノーフその人であった。

 

「それだけでは無いぞ、悪漢共ォ! 見よ、我が爪牙達をッ!!」

「アレはまさか?!」

「バカな、5頭だけの筈じゃ」

「有り得ねえ、何でこんな事に」

 

 号令の下、屋敷の内部から続々と現れる【軍狼】の群は30を優に超える。

 かつて襲撃者達を僅か5頭で返り討ちにした怪物達が大挙して押し寄せるその光景は、ガゼフの出現により浮足立っていた襲撃者達の戦意を致命的なまでに挫いていた。

 

 嵌められた。

 

 「闘鬼」ゼロは万端な迎撃準備を見て即座に悟る。

 八本指打倒における最大の障害、「六腕」を抹殺する為の餌にまんまと食いついてしまったと。

 

 出しうる最大の戦力を動員したこの状態で、王国戦士長を相手に尻尾を丸めて逃げたとあっては八本指の名は完全に地に墜ちる。

 つまり逃亡が許されないこの戦場は、ブラムが、あるいは忌々しい「黄金」のラナーが用意した処刑場であると。

 

 しかし、同時に思う。

 

 この状況はブラムを抹殺するついでに目障りな戦士長をも討取る事が出来る絶好の好機ではないか、と。

 

 浮き足立つ部下達を一喝し、ガゼフを討取り八本指の脅威を王都に知らしめる絶好の機会だと声を上げる。

 そして逃げ出した者は必ず誅殺すると。

 

「皆殺しにしろォッ!!」

〈加減無用! 殺しつくせェッ!!〉

 

 かくして、不退転の覚悟を決めた「六腕」率いる八本指精鋭軍団との決戦の幕が上がる。

 

 

 

 同時に王国における頂上決戦もまた幕を開ける。

 

〈ガゼフ殿!〉

「武技〈疾風走破〉ぁ!!」

 

 開幕と同時に行われる「人類最強」の強襲、かつて帝国の騎士団を単騎で蹴散らした彼の突撃はもはや指向性を持った災害と言っても過言ではない。

 人外の領域に到達した英雄の突撃に、「不死王」デイバーノックは反応する事すら出来ない。

 

「甘いわ!」

 

 即座に反応してのけるは六腕最強「闘鬼」ゼロ。

 ガゼフの狙いを瞬時に読み取り、突進に対し鉄拳を以て迎え撃つ。

 

 無論それだけではない。

 

 奇襲を防がれ足を止めたガゼフを「踊る三日月刀」エドストレ-ムが放った浮遊する5本の三日月刀が取り囲む。

 

〈眼前の敵に集中しろ!〉

 

 動いたのは無論エドストレームのみではない。

 

 5匹の【軍狼】を嗾け三日月刀の攻撃を防がせるブラムの援護を受け、更に押し込むガゼフ。

 陽光聖典との死闘を経たガゼフは一回り力を増し、正真正銘「英雄」の領域に至っていた。

 更に言えば剣士とモンクという根本的な肉弾戦における性能差も相まって押し込まれるゼロ。

 

 ガゼフの鬼気迫る猛攻に対し「千殺」マルムヴィストが咄嗟に援護に入るも、到底討取るには至らない。

 しかし、それでも2人がかりであればガゼフの足を止める事が出来た。

 

 最大戦力であるガゼフさえ止めれば後は各個撃破が可能だ、その後でゆっくりと料理してやれば良い。

 

 想像を超えるガゼフの猛威に内心焦りを覚えつつも、余裕を取り戻したゼロは。

 

 

 ―――グシャ。

 

 

 背後で何かが砕かれる音を聞く。

 

 咄嗟に振りかえった彼の目に飛び込んできたのは、拳を突き出す老執事と頭部を粉砕されて崩れ落ちるデイバーノックの姿であった。

 

 

 

 「六腕」の中でその光景を目にしたのは、後方で援護に徹するエドストレームだけであった。

 彼女が目にしたのは、マルムヴィストがゼロの援護に向かった瞬間、それによって生じた陣形の隙を人類最強のガゼフと『同じ』速さで駆け抜ける老執事の姿であった。

 

 しかしその情報を他に伝える暇は与えられない。

 何故なら、

 

「《舞剣士》! 軍勢操作型との戦いは久しぶりだ、精々楽しませて貰おうかァッ!」

 

 口角を釣りあげたブラムに目を付けられてしまった彼女は、他に目を向ける余裕を一切失ってしまったからだ。

 

 

 

 この地に集う「六腕」最後の1人、「空間斬」ペシュリアンはここに至るまで一切の行動をとっていない。

 正確には、一切行動をとる事を許されなかった。

 

 

 ――――――――――――――あと5歩。

 

 

 優れた戦士である彼もガゼフの強襲に反応する事は出来ていた。

 邪剣の使い手であろうとも、戦士として腕を磨いた彼は十分にその動きに反応する事が出来てはいたのだ。

 そんな彼が参戦出来なかった理由は、参戦しようとした瞬間切り殺されると悟る事が出来るほどに、戦士として優秀であったという事に尽きるだろう。

 

 その白銀の鎧を着た少年は、誰もが一目で王女ラナーの付き人であると解った。

 そしてこの場で最も貧弱な存在である事もまた、全員が即座に理解出来ていた。

 

 しかし、彼から殺気を向けられたペシュリアンは悟っていた。

 彼もまたこの頂上決戦に参加する資格を有する猛者であると。

 

 

 ――――――――――あと4歩。

 

 

 ペシュリアンが誇る必殺の「空間斬」は、薄く伸ばした剣を用いて剣士の間合いの外から斬りかかるという、相手の虚を突く奇襲である。

 そしてその真価を発揮する為の戦術は、薄く伸びた刀身を悟らせる前に斬りかかる事の出来る居合である。

 その為彼は、最初に討取る相手の見極めを特に重視しなければならない。

 刀身の秘密を知られてしまった時点で彼の最大の優位を殺されてしまうのだから。

 

 

 ――――――あと3歩。

 

 

 クライムが剣を上段に構え、少しずつ距離を詰めていく。

 静かに、しかし確実に『必殺』の間合いへと近づいていく。

 

 人類最強と呼ばれ恐れられる男は、その猛威をいかんなく発揮し「六腕」最強の男を確実に追い込んでいく。

 また彼と『同じ速度を誇る』老執事もまた、マルムヴィストの毒剣をかわし続ける。

 これまで多くの戦士を血の海に沈めてきたエドストレームの三日月刀も、ブラムに率いられる狼達を前に防戦に徹さざるを得ない状態に陥っている。

 

 もはや一刻の猶予も無い。

 

 ペシュリアンは必殺の一撃をクライムに放ち、即座に他の戦場へと向かう事を決める。

 

 

 ――――あと2歩。

 

 

 少しずつ、地面を擦るようにして距離を狭めていくクライムは一定の速度で間合いを縮めていく。

 

 極限の集中状態にあるのだろう、あるいは仲間への信頼か、一切他の情報を取り込む事をせずひたすらペシュリアンを斬る事だけを考え近付いてくる。

 一切ぶれる事の無い重心から彼の積み重ねた鍛練の量を見て取ったペシュリアンは、だからこそ勝利を確信する。

 

 鎧を着込み如何にも剣士と言った風体であり、実際剣士としての技量を高めたからこそ、

 異形の剣を使い間合いの外から奇襲を仕掛けるとは思われない。

 鎧姿も、普段の言動も、立ち居振る舞いからして全てを真っ当な騎士として作り上げたペシュリアンは、二つ名となった「空間斬」を打つ為だけに全てを注ぎ込んだと言っても過言ではない。

 

 これまで数多の実力者を葬ってきた必殺の一撃は、数多の布石の上に成り立っているのだ。

 

 

 ――あと1歩。

 

 

 柄を握る手に思わず力がこもる。

 

 相変わらず一定の速度で隙を作らないようにして距離を詰めてくるクライムの愚直さを、一介の剣士として評価しつつも愚かと断ずる。

 タイミングを計ってくれと言っているようなものだと。

 

 周囲の音が消えていくかのような錯覚を覚えつつ、必殺の一撃を放たんと感覚を研ぎ澄ます。

 

 あと

 

 

 

「――〈修羅一閃〉!」

 

 

 

 必殺の一撃を放つ、正にその瞬間を狙い撃たれたペシュリアンはクライムの行動を即座に理解する事が出来ない。

 

 自身にとっての間合いではあっても、クライムが真っ当な剣士であり、剣士にとっての間合いには未だ至っていないという思い込みが反応を鈍らせる。

 

 

 ――――――クライムが剣閃を放つ。

 

 

 視界の中央でクライムが剣を振り下ろす姿が見える。

 それが何を意味するのか、完全に不意を突かれたペシュリアンは理解する為に、更に僅かな時間を要した。

 

 

 ――――その一撃は並の〈剣閃〉を凌駕する速度で迫る。

 

 

 武技〈剣閃〉。剣士が用いる武技の一つであり、戦いのペースを握る為の牽制用の飛び道具だ。

 距離が離れれば威力が下がり、速度もそれなり程度である。そのはずだ。

 

 

 ――力尽きたクライムが崩れ落ちる。

 

 

 眼前に迫る一撃は致命的なものであると漸く認めたペシュリアンは、しかし即座に回避へと移行する事が出来ない。

 それでも必死に迫りくる致命的な一撃から逃れようと身をよじり―――

 

 

 必殺の「空間斬」を放つ事無くペシュリアンの命運は尽き果てる。

 

 

 

 ペシュリアンが通り名にまでなった「空間斬」を放つ間すらなく血の海に沈んでいく。

 その光景を認識する事が出来る者は僅か2人のみである。

 

 その1人は、

 

「フハハハハハ、アッハハハハハハハ! どうしたァ?! 浮遊剣で身を守らなくても良いのかァアア、舞剣士ィィイイイ!!」

 

 縦横無尽に【軍狼】を走らせ、相手の視界の外から確実に浮遊剣の耐久値とエドストレームの体力を削りにかかるブラムである。

 

「マジックアイテムと魔物の致命的な違いが出たなァ! お前は浮遊剣を自在に操る事は出来ても、見えない攻撃に対応することが出来ていない。それが出来ない内は三流の集団操作型という事だァ!!」

「くぅっ、言わせておけばァ!!」

 

 浮遊剣は特定の職業を修めていればかなりの数を同時に扱う事が出来る為、手軽に高火力を手に入れる事が出来る。

 ただしその動作は恐ろしく単調であり、特定のパターンをマクロ等で設定していなければ全て手動で操作しなければならないという欠点もある。

 

 そのため強力な浮遊剣を数本使うか、異常な量の浮遊剣を用いた〈剣舞〉で魔法のように使うかのどちらかしかないものだ。

 かつて舞剣士の血族を作ろうとしたネクロロリコンは、その面倒くささに挫折したからよく覚えている。

 

 そのため5本もの浮遊剣を所持し使いこなしている様子から、この世界でもマクロに近い何かがあるのではと興味を持ったのだ。

 何より集団操作型同士で一騎打ちをするのは随分久しぶりであった為年甲斐も無く興奮してしまっていた。

 見る限り特定の動作をいくつもセットしてそれらを使いまわすのではなさそうだが、一体どういった理屈なのか。

 

 そういった理由から手を変え品を変え出方を窺っていたのだが、手動での操作が異常に巧いというだけである事が解ってしまう。

 巧いが、ただそれだけの手合いであると。

 

 急激に熱が冷めていく。

 

 ゲーム時代、同レベル帯で使用できる物としては基本的な攻撃力や耐久値、扱える数で勝る浮遊剣であっても、貧弱な眷族に押し切られる事がままあった。

 その代表的な攻略法こそが現在行っている複数の方向から攻撃する『啄木鳥戦法』であった。

 

 エドストレームの頭は1つしか無く、目玉も2つだけであるため視界には限界がある。

 そして生粋の前衛職である彼女に周囲の敵の配置を完全に把握する能力は備わっていない。

 その為視界の外に置かれている浮遊剣が次々に襲われ、また自身への奇襲に対しても十全に反応させる事が出来ないでいる。

 

「そろそろ終わりにさせて貰おう、〈襲え!〉」

 

 背後に回り込んだ【軍狼】の突進を辛うじてかわしたエドストレームではあったが、咄嗟に動かした浮遊剣達はぎこちない動きで彼女に追従し、

 

「チェックだ!」

 

 待ちかまえる【軍狼】達に噛み砕かれてしまった。

 

「これが経験の差という奴だよ、残念だったな」

 

 武器を失い絶望の顔を浮かべるエドストレームは、そのまま為す術も無く意識を断たれる事となった。

 

 

 

 クライムの金星を視界に収めたもう1人、セバスは素早い身のこなしと巧みな駆け引きを駆使してマルムヴィストの毒剣を凌ぎ続けていた。

 

 マルムヴィストからすれば、当てるだけで命を奪える猛毒の剣を振い続けてこれほど長く戦った事は今までに無い事だった。

 

 最初は勘が良いのかと思っていた。

 しかしそれだけでは説明がつかない程に異様な回避を続けられている。

 

 人類最強に匹敵する速度を出せるとしても、マルムヴィストの刺突はそれを僅かに上回る速度の攻撃である。

 それを素手でかわし続けるなど、はたしてどういった方法をとれば可能だと言うのか。

 

 もしや、未だに全速ではないのだろうか?

 

「ブラム様をお待たせする訳には参りませんので、そろそろ終わらせていただきましょう」

 

 恐ろしい可能性が頭をよぎる中、これまで回避に徹していたセバスがリズムを変える。

 

 刺突以外の速さは概ねセバスが上である。

 そのセバスがフェイントを織り交ぜつつ緩急を付けて攻め手に回ればマルムヴィストには対応しきる事が出来ない。

 何よりこれまでの戦いで動作等がほぼ盗まれていた事が致命的であった。

 

 トン、とレイピアを持つ手を払いのけられたと気が付いた時には。

 

「シッ」

 

 マルムヴィストの胸部は粉砕されていた。

 

 

 

 次々と同僚達が討取られていく様子は、ゼロも見えていた。

 

 これまで血と暴力に満ちた裏社会で生き伸びてきた彼は、己を強者だと認識していた。

 その上で強者足らんと日々己を律し、鍛練を怠る事も無かった。

 

 しかし、所詮蛙であったと今は認めていた。

 

 ゴロツキ共を相手に少数の中で負け無しだったに過ぎないゼロと、万を超える正規軍と熾烈な闘争を繰り返し、また多くの存在から首を狙われ続けてきたガゼフでは本当の意味で潜った死線の数が違うのだ。

 

 「不死王」は完全に手玉に取られて討取られた。

 「空間斬」は決死の覚悟によって己が頼みとする奇襲を返された。

 「踊る三日月刀」は己を上回る技術に押し潰され。

 「千殺」は純粋な実力で圧倒された。

 

 「闘鬼」も今、眼前の「人類最強」によって確実に追い詰められている。

 

 このままでは終われない。

 

 王都の裏社会に君臨し続けた「八本指」、その最強集団である「六腕」がこのまま為す術も無く皆殺しにされる訳にはいかない。

 

 戦いが終わった他の3人がこちらに来れば到底堪えられない。

 とはいえ逃げる事も、もはや不可能だ。

 連れてきたゴロツキ共は既に逃げ出しているのだろう、静かなものだ。

 

「ガゼフ・ストロノーフ、貴様は強い。認めよう、貴様こそがこの王国で、いや人類で最強だと」

 

 これまで歯を食いしばり、無言を貫いてきたゼロが初めて口を開く。

 漏れ出たのは心からの称賛であった。

 

「ゼロ、といったか。お前も道を違えていなければ、いや、言っても仕方のない事か」

 

 油断なく剣を構えるガゼフではあるが、もはや勝敗はついたと投降を呼びかける。

 

「お前の実力は間違いない。その力を王国の為に使う気は無いか?」

「舐めるなよ人類最強。確かに我等六腕は負けた! しかし、貴様と俺の戦いの決着は、まだついていない!!」

 

 闘気を張り巡らし、全身に彫られた刺青が光を放つ。

 

「これで終わりだ、行くぞガゼフ・ストロノーフ!」

 

 筋肉が膨れ上がり、乾坤一擲の一撃を放たんと構えをとる「闘鬼」を前に、

 

「良いだろう、王国戦士団戦士長ガゼフ・ストロノーフが受けて立つ!」

 

 「人類最強」は静かに正眼の構えを取る。

 

 

 静寂が2人を包み込む。

 最期の一騎打ちに手を出すような無粋な者は、この場にはいない。

 

 ゼロは横やりを入れてこないブラム達に心の中で感謝を送り、裂帛の声を上げ神速の踏み込みを放ち―――崩れ落ちる。

 

 王都の闇を束ねてきた「闘鬼」の死に顔は、どこか満足そうであったと言う。

 

 

 

 こうして「八本指」の乾坤一擲の反攻作戦は失敗に終わる。

 最大戦力である「六腕」を失い、名声を失い、挽回の機会すらほぼ失った。

 

 その手に残るのは、大枚を叩いて手に入れた「邪神像」のみ。

 

 彼等の手元に唯一つ残された蜘蛛の糸。

 それが何処に繋がるのか、彼等は知らない。

 




と言う訳で六腕戦でした。

原作ではセバス無双によって為す術無く皆殺しに会う哀れな彼らですが、ガゼフが主力になる本作では中々の強敵として活躍できました(勝てるとは言ってない


以下設定等

武技〈修羅一閃〉
クライムがセバスとブラムにより仕込まれた、一瞬だけ相手を上回る戦闘理論群の集大成。
相手を倒す事だけを求めた修羅の一撃。

肉体のリミッターを外された状態でありったけの体力精神力を振り絞って最速の〈剣閃〉を放ち、相手の意表を突いて倒すある意味「空間斬」です。
彼の人となりや愚直な努力を繰り返した過去から、虚を突くような戦い方をするとは思われにくいと言うのもより効果を高めます。
更にセバスの殺気を受け続けたクライムは相手が攻撃を放つ瞬間を読む事も鍛えられているので、攻撃を放つ瞬間を狙い撃つ事も出来る様になりました。
正に「空間斬」を倒す為に仕込まれたかのような技です。

地味にアダマンタイト級の実力者を2人も倒してしまったクライム君。
さすがネクロロリコン様、彼の実績作りの為にここまで作り上げるとは!


勿論偶然ですが。


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29.悪魔降臨

一丁前にスランプと言う奴になってしまったのか、巧い事書けずにやきもきする日々が続きましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
きっと暑さのせいですね、あと仕事で忙しかったに違いない。

色気を出して巧く書こうとするからダメなんでしょうね。



「では、邪神像を起動する。皆異存は無いな?」

 

 最大戦力である「六腕」を失い、後ろ盾となる貴族との繋がりを失い、度重なる襲撃により財力すらも大半が失われた。

 更に六大貴族が主力となって作られた王都包囲網によって退路すらも断たれた彼等が取る事の出来る手段は、『偶然』手に入れた「邪神像」に縋る以外に無かった。

 

 彼等は、どうしようもなく詰んでいたのだ。

 

 ブラム・ストーカーと関わってしまった時点で。

 

「おお! これが悪魔か!!」

「ブラム・ストーカーめ、覚悟しろ! 目に物見せてくれる!!」

 

 捨て鉢になった彼等の前で「邪神像」がその力を発揮し、人の領域を遥かに逸脱した超級の魔法〈最終戦争・悪/アーマゲドン・イビル〉を連続で発動させていく。

 その光景を見て、人払いを済ませ大きめの倉庫を借り切った判断は正解だったと堪え切れずに嗤い始める者すらいた。

 それほどまでに圧巻の光景であった、上級の悪魔達が次々と出現するその光景は。

 

 続々と出現する強大な悪魔達を目に恍惚の表情を浮かべる八本指の幹部達(の生き残り)。

 

 

 しかし、その喜色も長くは続かなかった。

 

「ようやくでありんすか。待ち草臥れたでありんす、よ!」

 

 厳重に封鎖されていた筈の入り口から響く少女の声によって、そしてとりわけ強大な力を持つであろう巨腕の悪魔が神聖な輝きを放つ槍で討取られる様子を見せ付けられ、思考が凍りつく。

 進路上にいた悪魔達も纏めて粉砕されていた事に気づけた者もいたが、それを現実だと認識できるかは別問題である。

 

「あんたさぁ、スマートにしろって御命令を忘れてんじゃないでしょうね?」

「で、でも、壁には傷が付いていないんだからちゃんと言われた事は出来てると思うよ?」

 

 次々と複合弓を用いて悪魔を射抜いていくダークエルフの少年と、同じく漆黒の杖で出口から逃げ出す悪魔を撲殺するダークエルフの少女を見てもまだ正気に戻る事は出来なかった。

 強大な悪魔が幼さの残る少年少女に討取られていくという光景が、あまりにも非現実的であったのだ。

 

 彼等を正気に戻したのはその奥で指揮を執る人物、

 

「ブラム・ストーカー! 貴様ぁぁぁああああ!!!」

 

 八本指を壊滅に追い込んだ全ての元凶、ブラム・ストーカーの姿であった。

 

 

 その場にいた者の一人が激情に駆られ、思考を放棄して襲いかかるが、

 

「下等生物風情が、身の程を知りたまえよ? 〈跪きたまえ!〉」

 

 より強大な悪魔によって押し留められる。

 

 そして半ば強制的に冷静にさせられた彼は気付く、戦闘音が既に止まっている事に。

 

「ふむ、「邪神像」によって呼びだされた悪魔はこれで全部か」

 

 悠然と倉庫の内部へと歩を進める彼の姿を見て、もはや戦いを挑む者はいない。

 そもそも彼等は戦力が無くなったからこそ、「邪神像」などという怪しげな力に頼ったのだから。

 

「皆、見事な働きであった。命令に従わない者は敵と変わらんのでな? 速やかに、且つ痕跡を残さず排除する必要があったのだよ」

 

 そんな幹部達に一瞥もくれず、部下と思しき強者達に労いの言葉を送るブラム・ストーカーは、周囲を見渡し高らかに宣言する。

 

〈諸君! 大計「ゲヘナ」の最終段階に移行するゥッ!! 総員、速やかに行動に移りたまえィッ!!!〉

 

「「「ハイ!!!」」」

 

 この瞬間、長らく王都の闇に君臨し続けた「八本指」は完全なる終焉を迎える事となったが、多くの者達がその事実に気付くのは暫く経ってからの事だった。

 

 

 

 王国のみならず、近隣諸国にまでその名を知られるアダマンタイト級冒険者チーム「蒼の薔薇」は、謎の悪魔によって壊滅の危機に陥っていた。

 

 きっかけは蟲の報せでじっとしていられなかった戦士ガガーランに付いていく形で王都の倉庫街を歩んでいたときの事、人肉を喰らうメイド服を着込んだ蟲使いに出会ってしまったことである。

 義に厚いガガーランは人間を喰らうメイド服の少女を見逃す事を良しとせず、メイド服の少女もまた挑まれた以上は受けて立つと戦意を漲らせ、こうして王都における最初の戦いが幕を上げることとなる。

 

 その戦い自体は、イビルアイの持つ〈蟲殺し/ヴァーミンペイン〉と4人の高度な連携によって優位に進める事が出来ていた。

 問題はその後である。

 

「それぐらいにしていただきましょうか」

 

 懐に潜ませていた蝙蝠を握りつぶした際に嫌な予感はあったが、メイド服を着ている以上は主人に当たる存在が居るのはある意味当然であろう。

 問題は、現れた奇妙な仮面の悪魔が予想を遥かに上回った力を持っていた事だ。

 

「……難しいですね。死なない程度の手加減というのは」

 

 速やかにメイドを後退させた悪魔を前に、あまりの実力差から仲間を逃がすべきと即断したイビルアイであったが、逃げた仲間が狙われてあっさり殺されてしまう。

 更にわざとらしく殺してしまったのは己の不手際であったと語る悪魔に神経を逆なでされたイビルアイは、それでも最善を目指して仲間の死体と距離を置くべく戦いを続行する。

 圧倒的な強者を前にしても、仲間を護る為ならば一歩も引かない彼女は正に英雄と言える精神を持ち合わせていた。

 

〈貪り喰らえ、我が爪牙よ!〉

 

 そして彼女の覚悟に応えるようにして戦場に新たな戦士が現れる。

 その名はブラム・ストーカー、八本指討伐の旗頭として王都にその名を轟かせる義将であった。

 

 圧倒的なステータスで襲いかかる悪魔を前に、巧みな用兵で狼達を指揮し迎え撃つブラム。

 押せば引き、下がれば攻め寄せる狼の群れに遣り辛さを覚えたのだろう、悪魔が攻撃の手を止める。

 

「実に見事な御手並み、感服いたします」

 

 未だ無傷な悪魔は最上位の礼を尽くしてブラムの手並みを褒め称える。

 

 ふと気付けばガガーランやティア、ティナの遺体は何処かに運び出されていた。

 あれ程の戦闘の指揮をとりつつ気付かれないように死体の搬送まで行う手際にイビルアイも舌を巻く。

 噂には聞いていたがこれ程とは、と。

 

「君は一体何者かね? そして何が目的なのか、聞かせて貰いたいものだよ」

 

 油断なく相手を見据えるブラム老は、しかし対話の余地があると見るや問いを投げかける。

 

「私はアルコーンと申します、勇敢なる司令官様。そして目的は、今のところは徴収でございますよ」

 

 徴収、これほどの大悪魔を召喚・使役する為には少なくない対価が必要となるだろうが、こいつを呼んだ何者かはろくな対価を用意せず呼びだしてしまったのだろうか? とイビルアイは思考を巡らせる。

 

「彼女達と戦っていたのも徴収の一環かね? 私の知る限り彼女達が悪魔召喚を行ったとは思えないのだがね」

「それは不幸な事故でございます。徴収を行う私の部下を襲っておりましたので、自ら出向いた次第でございます」

 

 人間を喰らう存在を見つけたら退治するのは当然だと声を荒げるイビルアイの言葉を聞き、僅かに顔を顰めるブラム。

 義に厚い彼の御仁であれば当然の反応であろうと思うが、悪魔の反応も苦虫を噛み潰したかのような雰囲気であった。

 

「……不幸な行き違いで戦端が開いてしまったようだが、矛を収める気はあるのかね?」

「申し訳ございませんが。既に願いを聞き、対価の一部を受け取っておりますので」

 

 恭しい態度を取りつつも、返答自体は取りつく島も無い。

 

「願いとは一体何だ! そもそも何処の愚か者が貴様等を呼び出した!?」

「契約の内容を話す悪魔などおりませんよ、魔法詠唱者」

 

 思わず声を上げるイビルアイに、契約の内容は明かせないと返すアルコーン。

 これはある意味当たり前であろうと思考を切り替える。

 

「対価を徴収している、という事はこの建物の持ち主が召喚者という事だな」

「そう取っていただいても結構です」

「……他にも大規模な徴収を行っているようだね? 私が動いたのもその気配を狼達が感じ取ったからなのだが」

 

 そして私はこの建物にいる者達が如何なる組織に属しているか、よく知っていると続けるブラム。

 王都を拠点にした小さくない規模の組織で、今悪魔召喚等という外法を使いそうな連中等唯の一つしかないとイビルアイも思い至る。

 

「そうか、八本指か!」

 

 そうなると願いとやらも目星が付く、戦力の拡充か単純に敵対者の排除、あるいは破れかぶれに王国の破壊などだろう。

 違うか、と問うイビルアイに、アルコーンの返答は無い。

 

「……今この場で私を狙わないという事は、私への報復という可能性も低そうだね」

「……ええ、その通りです。私が受けた願いはこの王都に破壊と殺戮を齎す事。貴方がたと戦う必要は特に無いのですよ」

 

 ですので、ここまでに致しませんか? と問いかける悪魔の声は、おぞましいほどに優しげであった。

 悪魔の誘惑に歯を食いしばって耐えるイビルアイを余所に、

 

「舐めるなよ悪魔! 無辜の民を襲う怪物を前に見過ごす事等出来る筈があるまい!!」

 

 ブラムは断言してのけた。

 そんな彼に呼応するようにしてもう1人の男が戦場に馳せ参じる。

 

「然り! 王都に混迷を齎す者よ! 民に厄災を成す者よ! 天地が許そうと、このモモンが許さん!!」

 

 巨剣を手に、狼に連れられた漆黒の英雄が参戦した。

 

「遅かったな、英雄殿! 待ちわびたぞ」

「何、主役は遅れて現れるものと相場が決まっているのでね!」

 

 直感的に解る、噂で伝え聞く実力は誇張ではないと。

 全身に纏う豪奢な全身鎧が、手に持つ巨剣が、何より放たれるオーラが彼の実力を如実に示している。

 

「悪魔め、覚悟するが良ィッ!!」

 

 地面を踏み砕くほどの強烈な踏み込みで一気に近付き斬撃を放つその姿は到底人間に見切れるものではない。

 そしてその威力もまた、明確に人類の領域に無い。

 

 しかし対する悪魔アルコーンもまた人類の手が届く領域には居ない。

 

「〈悪魔の諸相・剛魔の巨腕〉!」

 

 即座に両腕を肥大化させ受け止めてみせる。

 受け止めるのみならず、反撃を繰り出し、更にそれをモモンが捌き、返す。

 そのまま人類の認識できる領域を遥かに超越した死闘が幕を上げる。

 

「……凄い」

 

 200年を超える時間を生き抜いてきたイビルアイと言えど、これほどまでに人間の領域を逸脱した戦いを見た事は無かった。

 かの13英雄と呼ばれた者達ですら、これほど苛烈な戦いをしてはいなかった。

 

 何よりモモンの戦いは熾烈な中にも華がある。

 思わず見惚れるイビルアイは、遥か昔に止まったはずの胸の鼓動が聞こえた気がした。

 

「……がんばれ、ももんさま」

 

 思わず漏れたその言葉を聞いた者は、その場にはただ1人しかいなかった。

 

 

 

 英雄と大悪魔の死闘は、意外なほど速く幕を下ろす事となる。

 

「クッ、新手か!」

 

 遠く離れた建物の屋上から奇妙な方法で狙撃をするメイドを始め、巨大なガントレットを嵌めた同じくメイドや血塗られた大斧を振りかぶる皮鎧の戦士、強固な兜で頭部を覆う重装騎士が次々と現れた為だ。

 怒りと悲しみがないまぜとなった奇妙なその仮面はアルコーンが被る物と同一のもの、現れたタイミングと良い仲間と見る以外無いだろう。

 

 悪魔アルコーンと比べれば幾らかマシな強さではあるが、メイド達はそれぞれがイビルアイと互角程度、戦士2人はそれをやや上回る気配を纏っている。

 

「少々肝が冷えましたが、ここまでのようですね」

「フッ、この程度の戦力で私を討取るつもりかな? 背中の2本目は飾りでは無いぞ!」

 

 周囲を見渡しつつ背中からもう一振りの巨剣を取り出し2刀流の体勢に移行するモモン。

 敵の増加に対し、手数を倍にすることで対応するつもりか。

 

「漆黒の英雄モモンの首を獲りたくば、この3倍は持ってくる事だッ!!」

 

 羽を広げた猛禽の如き構えで迎え撃つモモンの後ろ姿に、イビルアイの目が釘付けとなる。

 己の力への絶対の自負と、何より洗練されたその所作に目が離せない。

 

「確かに、貴方を討取るには心もとないと言わざるを得ませんね」

 

 言いつつ背中から翼を伸ばすアルコーン。

 その羽根は一つ一つが異様な鋭利さを備える。

 

「しかし後ろの御二人、特にその魔法詠唱者はどうでしょうね?」

 

 ナイフの如き羽根達が射出される。

 狙いは、魔力をほぼ使い果たしたイビルアイ。

 

「チィッ!!」

 

 咄嗟に割って入るモモンであったが、2人の戦士からの追撃によって鎧の一部を砕かれ後退を余儀なくされる。

 

「ああ、モモン様! モモン様の鎧が!」

「大丈夫だ、この程度なんの問題も無い。それより君が無事で良かった」

 

 トクン、と。

 再び胸の鼓動が聞こえた気がした。

 

「よもやこの私をお荷物扱いしてくれる者がいるとは……! 随分と久しい感覚だよ、アルコーン!!」

 

 腰を落とした前傾姿勢で、周囲に配下の狼達を控えさせたブラム老が口角を釣り上げ忌々しげに呟く。彼の感情に引きずられているのだろう、狼達も牙を剥き出しにして唸り声を上げる。

 

〈このゥ私をォ! ただ護られるだけのォ! か弱い老人と侮るなよォッ!! アルコオオオォォォォンッッ!!!〉

 

 後退させられたモモンと入れ替わるようにして、弓で撃ち出される矢の如く狼達が一斉に駆け出す。

 狙いは均衡を崩した2人の戦士達。

 

「侮るなどとんでもない! 〈獄炎の壁/ヘルファイヤーウォール〉!」

「! いかん、〈止まれ〉!」

 

 命令に従い急停止する狼達の眼前に自然界では有り得ない黒い炎が上がる。先ほどイビルアイの仲間達を一掃した必殺の魔法だ。

 狼達の突撃を読んでいたかのように必殺のカウンターで迎え撃つアルコーンも恐ろしいが、そのカウンターを咄嗟の判断で回避してのけるブラムの手腕もまた凄まじい。

 

「逃げるか、アルコーン!」

「元より貴方がたと戦う必要もありませんので、名残惜しいですがこの辺りで失礼させていただきます」

 

 優雅に一礼するアルコーンに従うようにして戦士やメイドも素早く撤退していく。

 

「後ほど王都の一部を炎で包みます。煉獄の炎に焼かれる覚悟がおありでしたら、再びお会いしましょう! 強大なる勇者達よ!!」

 

 アルコーンも最後に言い残しこの場を後にする。

 獄炎の壁に阻まれて追撃もままならず、みすみす取り逃がしてしまうとは、と拳を握りしめるモモンの後ろ姿が少女の心に焼けついていた。

 




何時もの原作であったシーンは大体吹っ飛ばすスタイルですが、原作より戦力がお互い強力です。
ブラムも居ますし、漆黒の英雄は中身がガチ戦士ですし。

しかしこいつらノリノリである。
誰かさんも良い感じに毒されてきています。

次回は待望の「ゲヘナ」、早めに上げたいですね。


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30.勧誘/奸雄

遂に30の大台に乗りました。
ここまで続ける事が出来たのはひとえに多くの読者さん達の評価や感想等の応援の御蔭です、今までありがとうございました! そしてこれからもよろしくお願いします!!

更に言えばお気に入りも1500を超えておりました。
これからも楽しんで貰えるよう、そして楽しんで書けるよう精進したいと思います!


今回は前々からやりたかった事が一つできました。
まあ暗にやっている、と言うだけですが。



 英雄と大悪魔の戦いから暫し、アルコーンの宣言通り王都の一画が陽炎の如き炎に包まれる。

 しかし人間達も指を咥えてその時を待っていた訳ではない、緊急招集を受けた多くの冒険者達が王城の一画に集っていた。

 彼等は王女ラナーの名の下に集い、異常な力を持つ大悪魔アルコーンとの戦いの為の作戦の説明を受けている。

 その作戦の中心に居るのは大悪魔アルコーンと互角以上に渡り合った『漆黒の英雄』モモンであり、冒険者達を束ねるのは類稀なる指揮能力を持つブラムであった。

 この作戦に異論をはさむ冒険者は居なかった。彼等は青の薔薇を一方的に殲滅する悪魔と互角以上に渡り合ったというモモンの実力に疑問を呈する実力もなければ、八本指を壊滅寸前に追い込んだブラムの腕前に異を唱える度胸も無かった。

 しかし、彼らにも看過できぬ事柄があった。

 

 市民の税金で日々を謳歌する貴族や王族は、この王都の危機に対して一切手を出さないというのだ。

 今この場が設けられたのも、あくまでラナーという個人の意思によるものだと言うのだから不満が高まっていく。

 

〈諸君、落ち着きたまえ!〉

 

 会議の流れを静かに眺めていたブラムが、ここにきて声を上げる。

 自分達を率いる事になる男の言葉であると認識した冒険者達は即座に静まる。王都の闇を支配した八本指を壊滅させた男であれば、あるいは王国最強の男を動かす事も出来るのではという期待を持って。

 

「王国戦士団はあくまで国王陛下の命の下、国王陛下を護る為の存在だ。そんな彼等が侍るのは国王陛下の傍であるというのは当然であろう」

 

 しかし彼等の期待はあっさりと裏切られてしまう。

 失望の色を浮かべる冒険者達を前にブラムは続ける。

 

「王が、貴族達が、自らの身を守る事を全てにおいて優先し、民を護らないと言うのなら。『王国戦士長』が剣を取る事が出来ないのは当然であろう? 彼はあくまで国王陛下の命の下に動くのだから」

 

 戦士長を見るブラムの目は鋭い。

 彼の視線は始めから冒険者達には向けられていない、あくまで話すべきは王国戦士長ガゼフ・ストロノーフであると言外に示している。

 

「国家とは、多くの民を束ねる為にあると私は思う。そして王族という血筋はそれらを束ねる旗頭であり、彼等を失えば国という組織は成り立たない事だろう。だから王族を護るという事は国を護る事と同義であるという事は理解しているつもりだ」

 

 戦士長の職務に一定の理解を示すブラムだったが、誰もがその言葉の続きを予想出来た。彼は、今の『戦士長』のあり方を肯定する気が無いのだと。

 そしてやはり、ブラムは「しかし」と続ける。

 

「果たして護られない民衆は、『国』に従うのかね? 虐げられる民草は、何時までも貴族の言葉に唯々諾々と従うと思うかね? 彼等が自らの力で生きる事が出来るならば、直ぐに離れていくとは思わないかね? ここに集う冒険者達のように! 他国に渡って糧を得る事が出来るならば特にだ!!」

 

 その言葉は、冒険者達の胸に突き刺さる。

 何故王国にいなければならないのか? 自らが生まれ育った土地だから離れたくない、家族がいる、それ以上の理由など無い。根無し草である冒険者はなおさらだ。

 もっと言えば、実家に居場所が無いからこそ冒険者などという明日をもしれぬ身分に身をやつしているのだ。他国に渡ることでより良い生活が出来るのなら今すぐにでも離れたいというのが彼等の偽らざる本音である。

 

 そんな彼らを王都の防衛の主力として用いようというのが今の王家であるとブラムは断ずる。

 

「待って欲しい、ブラム殿! 陛下は民の事を重視して動いておられる」

 

 だからこそ自分は忠誠を誓っているのだと訴えるガゼフの声に、冒険者達の心は揺らぐ。

 しかしその程度の言葉ではブラムは揺るがない。

 

「心持ちは御立派だが、実際はどうかね『戦士長殿』? 民を虐げる貴族達により明日の生活もままならぬほどに搾り取られ、一部は闇市で奴隷として売られて、今日も無礼討ちで罪無き民草が命を落としている。だというのに、民を護る仕事は冒険者に丸投げで、命がけの仕事だというのに十分な手当てが無いのが現状だ! どうしてそんな者達を護らねばならない?!」

 

 どれも王国では見慣れた光景である。

 見慣れてしまって何とも思わなくなってしまった光景だ。

 挙げられた悪行の1つである奴隷売買の横行を世に暴いたのは他ならぬブラム自身である。

 この光景を見て、その上でこの国を護る為に剣を取るのかと問いかける。

 

「君は選ぶ事が出来る立場だ、人類最強の男、ガゼフ・ストロノーフ。君は、一体『何』を護りたい?」

 

 半ば睨みつけるように見詰めるブラムの問いかけに、ガゼフは即答する事が出来ない。

 常であれば、民を護る事こそが自らの道であると断言しただろう彼をして、この場で民を護ると断言出来なかった。迂闊な物言いをする事の危険性を他ならぬブラムから教わっていた事もある。

 何より国王ランポッサ三世を護る事が、国を護り、ひいては多くの民草を護る事だと信じていた彼にとって、国王と民を秤にかける事自体が有り得ざる事であった。

 

 静寂が場を支配する。

 

 その場にいる誰もが、ガゼフの解答を固唾をのんで待ちかまえる。

 それほどまでに重い意味を持つ回答だと、誰もが理解していたからだ。

 

 眉間に皺を寄せ、拳を握りしめ、歯を食いしばるガゼフは、己の半生を思い返す。

 剣を取った日の事を、剣を陛下に捧げた日の事を、そしてそれから続く日々の事を。

 

 

 

 長い葛藤の末に、ガゼフは答えを出す。

 

「私は、民を護る為に、陛下に剣を捧げた! その決断を、私は間違ったとは思っていない!! 陛下の命の下に剣を取る事が! 民を護る事だと信じている!!」

 

 血を吐くような彼の叫びを嗤う者は、唯の1人もいなかった。

 

 彼が人知れず歩んだ苦難の道を、同じく命がけの過去を切り抜けてきた冒険者達は容易に想像できたからだ。

 そして彼が過ごしたであろう葛藤の日々もまた、今の問答で想像する事が出来てしまった。

 

 その上で国王陛下を信じるという彼の言葉を、一体誰が否定できるというのか。

 

 問いを投げかけたブラムもまた、ガゼフの回答を聞き押し黙る。

 2人が共に過ごした時間は極僅かであったが、それでも命をかけた濃厚な時間である。互いにそのあり方を知るには十分すぎる時間であった。

 民の命を護るためであれば、その命を差し出す漢であると認めざるを得ないほどに。

 

 ここで民を護る為に作戦に参加すると言えば、それが一時しのぎの虚言であっても、一先ずブラムと肩を並べて王都の防衛の為に万全を尽くす事も出来ただろう。

 

 彼はあえてそれをしなかった。

 

 直接的に民を護りに行くより、国王陛下を護る事こそが、最終的に民を護る事になると信じているとあえて言い切ってしまった。

 

 その結果、ブラムというこの作戦の要諦を為すだろう男の離反を招く事になると理解した上で、虚言を弄する事を拒否したのだ。

 

 

 

 身を切るような静寂が場を支配する。

 

 そんな空気の中、全ての視線を一身に浴びるブラムは、暫し目を伏せて大きく息を吐く。

 

「君の答えは、よく解った」

 

 諦観するような、切り捨てるような、複雑な思いのこもった言葉だった。

 

 彼の言葉1つで、あるいはこの王都の防衛が機能しなくなるという事は全ての冒険者が理解していた。王国の守衛達はそれほどに心許無いのだ。

 しかし彼が指揮を執ればあるいはという思いもあった。

 かつてズーラーノーンからエ・ランテルを護り切った、最も新しい伝説を刻んだ男であれば。

 

 固唾をのんで見守る一同の視線を一切歯牙にもかけず、ただ1人ガゼフだけを見つめてブラムは語る。

 

「君がそこまで言うのなら、国王陛下はさぞかし民を慮る君主なのだろう。私も、一時信じてみる事にしよう」

 

 穏やかな笑みを浮かべるブラムが、ガゼフに賛同の意を示した。

 おお、と声が湧き上がる。

 

〈このブラム・ストーカー。及ばずながらこの作戦に協力させて貰おう!〉

 

 そして宣言する。

 王都を護る為に、その力を尽くすと。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 酷い茶番だ。

 冷やかにその光景を眺めていたラナーはそう断じた。

 

 ブラム・ストーカーという男の力を知っていれば、そして先ほどの問答を聞いていれば、彼が欲していたのはガゼフ・ストロノーフ唯1人である事は容易に解る。

 この茶番劇は巧く嵌れば1手でガゼフを取り込む事が出来、ダメでも国王に貸しを作った上でガゼフとの間に楔を打ち込む事が出来る。そもそもの勝算もかなり高かった事だろう。

 更に言うなら、多くの冒険者達に自身の方針を知らしめる事も目的なのだろう。民を護らない為政者は不要であり、自身は護る力を有していると。

 後は王国の協力者であるラナーへのデモンストレーションの意味もあるのだろう。相も変わらず念の入った事だ。

 

 かつての予想通り、彼が今すぐにでも王国の民衆を自らの手駒とする事が出来てしまう事は、今日のやり取りを見る限り間違いない。ただ街頭で貴族への不満をぶちまけ、民衆に立ち上がる事を促すだけで王国を崩壊させる事だって出来るだろう。

 そしてそれが出来てしまうだけの下地が、残念ながら現在の王国には出来あがっている。だからこそ彼は旗揚げの地に、このリ・エスティーゼ王国を選んだに違いない。

 

 また、彼が率いるセバスはガゼフと互角の実力者だと聞くが、なればこそ王国から引き抜く意義は大きい。個の武力はどうしても簡単には手に入らないものだ。だからこそガゼフを欲しているのだろう。

 

 安易に反乱によって領地を奪わない理由も予想できる。

 無駄な戦闘によって口数が減り、その後の『財』が減ってしまう事を嫌ったに違いない。

 

 多くの貴族達は何故か理解できていないが、領民の数は純粋な財力と言っても過言ではない。生産にも労働にも兵役にも、あらゆる方面に利用できる重要な『財』なのだ。

 それを最大限獲得できるようにあの男は動いている。

 

 この一件が終われば国も民も挙って相応しい地位に彼を押し上げる事だろう。

 八本指から徴収し、多くの貴族を取り潰した事により今の王家にはかなり余裕がある。そうなるように仕向けられているのだから当然だ。

 周囲に促されるまま、懐に余裕の出来たランポッサ三世から望みの領地を拝領するだけで貴族になれる所まで来ている。先々の事を考えられないあの王であれば、言われるがまま渡す事だろう。そうなれば終わりだ。もはや武力と財力と名声を兼ね備えた上に、権力まで握ってしまった彼を止める手立ては完全に無くなる。

 

 とはいえ、王国には現在の彼ですら止める術が殆どないのだが。

 

 そもそもラナーとしては、クライムとの関係を永遠の物としてくれるブラムを止める理由など無い。

 むしろ彼の治世を最大限応援するつもりですらある。

 

 何らかの方法で永遠の命を得る事が出来るという話も、これまでの活動から信憑性を帯びてきている。それほどまでに有り得ない動きを幾つもしていた。

 単純に頭が切れるだけでは到底為し得ない幾つもの行い。それを為しうる何かを彼は隠し持っている。どうせこの騒動も彼の手引きなのだろう。

 

 そうなると、後は―――だけで彼の地位は盤石になる。

 ラナーとクライムが永遠を過ごす事が出来るようにする、と言う彼の言葉からも間違いあるまい。その為にクライムに功績を積ませているのだから。

 

(ああ、私のクライム。あと少し、あと少しだけ待っていてね)

 

 溢れだす激情を仮面の奥に隠し、ラナーは謀(はかりごと)を巡らせる。

 愛しのクライムを、文字通り永遠に繋ぎ止める為に。

 

 一先ず近々の問題を片づける為にも、裏手で待っている兄達をどう動かすのが良いかを考えなくてはならない。

 少なくともバルブロには失脚して貰うとして、次に為すべきは……。

 




と言う訳で、ネクロさんのスカウトは残念ながら失敗しました。
民を護りたいと言いつつ王の剣として黙って振られる立場に居続ける事は正しいのか、と言うお話でした。原作でレエブン侯も言っていましたね、確かWEB版でしたか。

でも実際どうなんでしょうね、ガゼフは民が幸せになる為なら王を斬れるのでしょうか?
自身を厚遇し続けてくれた恩人であり、民を慮る優しい王として慕っているので、ランポッサ三世が死ぬのが国の為と言われても葛藤しつつ斬れないんじゃないかな? と個人的には思っていますが。

皆さんはどう思いますか? あの状況でアインズ様の誘いを断った程の漢、ガゼフを取り込む条件などを考えるのも中々面白いです。
普通にナザリックを動かしていれば必要無い、と言えばそれまでなのですが。


ラナーはナザリックのナの字を知ればかなりのレベルで動きを読む事が出来るのではと思います。しかし戦力については流石にガゼフ級以上の想像をするのは厳しいだろうと言う事でこんな感じに予想させてみました。
彼女はある意味本作のジルクニフ兼原作デミポジですが、ジルほど迷走はしません。

作者より頭の良い人は書けない、よく言われる話ですが彼女を書いていると実感しますね。もっと深いところまで読めるんじゃないかとか。



どうにかゴールが見えて来たので、30話記念にもう少しだけ。

実は書き始めたころからオチは考えておりまして、その為に色々伏線をばら撒いているつもりです。が、ちゃんと張れているかが不安ですね。
やり過ぎると「ああやっぱり」ってなりますし、足りないと「なんでいきなり」ってなりますから加減が難しいです。
世の作家さん達はそう言った葛藤と日々戦っているんだろうなと思うとマジで尊敬します。
息の長い作品であれば尚の事。

あとゴールが見えたと言っても、後数話で終わる様な事にはならないです。長々と書いてしまうタイプなので終わらせられないとも言えますが、きちんと切り良く完結できるように頑張ります。

蛇足な2部も構想中ですしね。


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31.ゲヘナの炎

シモベ達にホウレンソウを徹底させている本作、それでもやっぱり意思疎通に齟齬は出るものです。


〈振られちゃいましたね〉

〈残念だが失敗だわ、ガゼフ殿の勧誘〉

 

 突入作戦前の空き時間、ブラムことネクロロリコンはナザリックで有事に備えるモモンガと雑談をしていた。

 勿論傍目にはゲヘナの炎を睨み、今後の作戦を思案しているかのような振りをするのを忘れていない。

 視界の端ではモモン(パンドラ)が冒険者達を勇気づけているのが見える。

 

〈まあ、王様に忠誠を尽くすあの武骨さが良いと思うのよ。俺は〉

〈ネクロさん好きですもんね! 忠節の騎士みたいなキャラ〉

〈国の為に泣く泣く王に歯向かうみたいなシチュも好きだけどねぇ〉

〈……私達は切られる愚王にならない様にしないとですね〉

〈ホントホント〉

 

 主な話題は先程失敗したガゼフの勧誘に始まり、そのまま先の戦闘に言及していく。

 

「そういやパンドラは大丈夫なの? 思いっきりウチの子らに斬られてた気がするけど」

「ああ、中身たっちさんでしたし、本人も大丈夫って言ってましたよ? ルプスレギナも回復してくれてますし」

「そうか、それなら良かった。デミウルゴスには『手加減無用』と言っておいたが、変に禍根が残って貰っても困るし」

「そこは大丈夫だと思いますけどねぇ。一応私の方でフォローしときますね」

「ああ、たのんます」

 

 そのままエントマの遭遇戦によって生じた誤差の修正に関する話題に移るが、未だ暫く時間があるらしい。

 暇を持て余した支配者達の話題は今後の王国のあり方に移っていく。

 

〈そう言えば王国の今後はどうするんでしたっけ?〉

〈デミウルゴス達と話していて、やっぱり君臨すれども統治せずって形にシフトして行きたいと思うのよ。王様はあくまで置いとくだけ、優秀な文官に動かして貰う感じかな。そんで所謂官僚政治にしていく先駆けとして、ガゼフ殿には王国の戦力を一手に握る名誉職について貰うのが良いんじゃないかって話になってるよ。御子さんが優秀かどうかは別問題だから一代限りの騎士位みたいな感じかな? これに着かせる方向でレエブン侯にも動いて貰おうって話になってるよ。勧誘が上手く行けば簡単だっただろうけどねぇ〉

〈軍権は何より重要ですからね、実力があって王への忠誠もばっちりなガゼフしかいない訳ですか。そして親が優秀でも、子・孫・曾孫まで優秀とは限らない訳ですからねぇ。あくまで有能な人物に権力を持たせ、使えない愚図な貴族を排除して行く訳ですか。良いですね!〉

〈……頑張れば報われる、そんな国にしたいよね。折角俺達が国造りに関わるんだしさ!〉

 

 2人が思い浮かべるのは、夢も希望も無い灰色のリアル世界。

 自分達は一応の逃避先としてユグドラシルがあった。しかしこの世界の住人にとっては、今生きているこの状況しか無い。

 それが搾取されるばかりの灰色の世界で逃げ道すらないとは、どれほど息苦しい世界なのだろうか?

 

〈「ええ、封建社会がなんぼの物か! って奴ですよ。実権を握るのは1代限りの完了政治がやっぱり正しいですよね!」〉

〈やっぱり生きていくには夢が無いとだよな!〉

〈「夢ですかぁ、冒険者も夢を見る事の出来る仕事に出来たら良いですね!」〉

〈文字通りの『冒険者』って訳か、良いねそれ!〉

 

 支配者達は雑談に華を咲かせていく。

 興奮気味なモモンガの口から内容が漏れている事にも気付かずに。

 

 

 

 ネクロロリコンの片腕として頭脳労働を行うデミウルゴスはアルコーンとして物資と捕虜の回収に勤しみ、普段は与力としてデミウルゴスのサポートを行うパンドラズ・アクターもモモンガの影武者として王都にいる。

 アウラとマーレも王都付近で万に一つの事態に備えて強襲部隊として控えている為、現在ナザリックの頭脳担当はアルベドしかいない状態となっている。

 

 警戒していたアダマンタイト級冒険者も大した事がないと解ったとはいえ、それでも至高の御身に万一の事があってはならないと気を張り詰める彼女は、しっかりとモモンガが漏らす言葉を聞いていた。

 

(愚図な貴族から権力を奪い取り、封建社会から官僚政治へとシフトさせていく。人々に偽りの夢を与える事で従えていく御積りなのですね! そして実権を少しずつ我等ナザリックの人員で固めていき、支配体制を盤石なものへと整えていく。いつもながら脆弱な人間共を効率的にご利用なさるご手腕は素晴らしい。特に厚遇しておられる第3王女は有能な上に利用価値も大きいと言えますわね。将来的にはナザリックを表に出さぬようにしながら、王国を、周辺諸国を、裏から支配なさる御積り! 後ほどデミウルゴスと協議して案を修正しなくては……!)

 

 いつもながら至高の御方々の慈悲深さには頭が下がる思いである。

 時折こうして『つい口から零れてしまった』体を装って指示を出して下さるのだから。

 

 最終的に自力で辿りつけるようになれと、自ら先導して道を示されるネクロロリコン様。

 道を誤っていると見るや、それとなく正しい道を示して下さるモモンガ様。

 

 至高の御方々はナザリックのシモベにこれ以上ないほどの慈愛を持って接して下さっている。御期待して下さっているのだ。

 それに応えずして何がシモベか! 守護者統括か!!

 

(今しばしお待ちください、モモンガ様、ネクロロリコン様! 我等ナザリック一同、必ずやご期待に応えて御覧に入れます!!)

 

 1人決意を新たにするアルベドは、より英雄的に活動が出来る様悪魔達に指示を出していく。

 指揮を執る事が出来るシモベはデミウルゴスだけではないのだ。

 

 

 

 蒼の薔薇がプレイヤーではないかと疑っていたネクロロリコンことブラムは、心配事が無くなったせいか晴れやかな気持ちで任務をこなしていく。

 

 焼き殺されそうになっている衛士達を咄嗟に伏せさせ、【軍狼】達に突撃させて【地獄の猟犬/ヘル・ハウンド】を蹴散らし、冒険者達を襲う【極小悪魔の集合体/デーモン スォーム】を食い荒らし、【朱眼の悪魔/ゲイザーデビル】を蹂躙し、速やかに戦況を安定させ決戦の地へと突き進む。

 未来が見えているかのような迷い無い言動と次々に悪魔を蹴散らしていく雄姿は、後に『明智の狼王』と人々の間で語り継がれる事となる。

 

 

 

 所変わってゲヘナの炎内部、倉庫街。

 王女ラナーの命の下、白銀の鎧を纏った少年クライムは悪魔達の監視を掻い潜り奥へ奥へと進んでいく。

 

 共に行くのは狼将ブラムの執事、セバス。そしてブラムが貸し出した【軍狼】が3頭。

 僅か2人と3頭による決死隊であった。

 

「シッ!」

 

 疾風の如き身のこなしで悪魔の一体を葬ったセバスの後に続き、3頭の【軍狼】が残った悪魔達に襲いかかる。

 僅かに遅れてクライムも距離を詰め、纏わりついた敵を振り払おうとする悪魔に渾身の一太刀を叩きこむ。

 その頃には既にセバスが蹂躙を終えており、戦闘は終了しているという状況が侵入してから続いている。

 少なくともクライムにとっては何時命を失うかもわからない、そんな綱渡りのような戦いの連続である。

 

 勿論そんな風に思っているのはクライムだけである。実情を知る者達からすれば、危険性など皆無と言って良い。

 

 何故ならアルベドが綿密な計算の下、手加減したセバスが全滅させる前にクライムが一太刀振るう程度の時間で終わるような絶妙な戦力を道中に置いてぶつけているのだから。

 セバスが本気になった瞬間全滅するような戦力である。その上ネクロロリコンも1度に1体しか呼び出せない【軍狼・リーダー】を付けている程の過剰戦力である。バックアップは万全、危険など皆無である。

 

 そんな彼等が逃げ遅れた住人達を隔離した倉庫にたどり着くまで多くの時間を要することは無かった。

 そして退避中にセバスの援護を受けたクライムが【羊頭の悪魔/バフォメット】を必殺の〈修羅一閃〉で仕留めたが、謙虚な彼がその功績を語る事もまた無かった。

 

 しかし救助された人々によってその名は王都のみならず、近隣諸国にまで広まる事となる。

 『黄金』の姫の剣、『白銀』の剣士として。

 

 

 

 王都各地で熾烈(人間目線)な戦いが繰り広げられる中、『悪魔アルコーン』と『英雄モモン』の戦いもまた加熱していく。

 王都を舞台にした騒乱において最大の戦力同士が激突しているのだから無理も無い。

 

 片や異形種用クラス〈シェイプシフター〉のスキルを駆使して戦うレベル100《最上位悪魔/アーチデヴィル》。

 片やスキルを封印しているとはいえ、最上位ギルド:アインズ・ウール・ゴウン最強の男「たっち・みー」のステータスを8割とはいえ模倣し使いこなす《上位二重の影/グレーター・ドッペルゲンガー》。

 彼等が手加減無用の御言葉を受けて激突しているのだからたまらない。

 

 長剣の如く伸びた爪が建物を紙屑のように切り裂き、負けじと振り抜いた巨剣が尖塔を半ばから切り落とす。

 そんな自然災害もかくやという死闘を超高速で駆けまわりつつ行っているのだから、残される傷痕の深さは筆舌に尽くしがたい。

 王都の復興に一体どれほどの資金と労力が必要になるのか、モニター越しに戦況を眺めるモモンガは早々に思考を放棄してしまっていた。

 

 

 

 モモンの援護という体で付いてきていたナーベとルプゥ、そしてイビルアイもそれぞれが人外の領域の死闘を繰り広げていた。

 

 ナーベは地を駆けつつ〈飛行〉で物理法則を超えた挙動の機動戦を展開、この世界では切り札と言える〈雷球〉や〈龍雷〉を雨霰と叩き込み皮鎧の狂戦士の突進を見事にやり過ごしていく。

 出鱈目さではルプゥも負けてはいない。使い得るあらゆる肉体強化系の魔法を重ね掛けし、怒涛のラッシュを仕掛けて全身鎧の騎士をその場に釘付けにしているのだから。

 

 王国の危機である事を自覚しているからか、あるいはリーダーであるモモンの勝利の為か。恐らくそのどちらもが理由であろう。何よりあの若さでこの錬度、並はずれた才能と修練の成果と言えよう。

 遠距離からの不可解な狙撃と〈ストライカー〉職と思しきメイドの連携を耐えつつイビルアイは一時の仲間達の戦いぶりを盗み見る。

 

 「黒髪の美姫」ナーベは無理を承知の短期決戦を仕掛けている。

 同じ魔法詠唱者であるからこそ、より一層その無謀さが理解できてしまう。しかしそうでもしなくてはこの場に留める事すら叶わないという事は、魔法の直撃を食らいつつもスキルで回復しながら突っ込んでくる狂戦士を見れば理解できる。

 自慢の魔法を無視して突っ込まれるなど、魔法詠唱者からすれば悪夢のような状況と言っても良い。腰に佩いた剣で無理押しからの攻撃にも耐えてはいるが、半ばから折れたあの剣では何時まで保つか。

 

 無謀と言えば「赤髪の聖女」ルプゥは更に酷い。息も吐かせぬ連撃で攻め込みつつ、荒い息で次々と支援魔法を唱え続け、効果が切れる度にかけ直しているのだから。

 対する敵方の全身鎧の騎士はその場に釘付けとなってはいるが、未だ無傷である。息が切れて支援が止まるか、体力が尽きて連撃が止まるか、あるいは精神力が底を突くか。いずれにしても破滅は目と鼻の先と言って良い。

 

 歯を食いしばり、鬼気迫る形相で戦線を維持する2人の様子を見て、イビルアイも覚悟を決める。

 軽く2回りは格上な相手に挑む2人に比べれば、所詮同格の相手2人である。やってやれない事はない、と。

 

 

 ところで、プレアデスの2人が同じナザリックの戦力を相手に死力を尽くして戦っている事には彼女たちなりの理由がある。

 彼女達プレアデスは至高の御方々の盾となるべくして作られた存在である。階層守護者達のように華々しく活躍し敵を討取る事は期待されていない事は百も承知だ。

 各階層守護者を打倒し難攻不落のナザリック地下大墳墓を駆け抜けた強者達が相手なのだ、これを倒せるなどと思いあがる者は、今のプレアデス隊には1人もいない。出来る事は、分断しての時間稼ぎと足止めが精々であろう。

 ならばそれをこそ、万全にこなせるようになるべきなのだ。

 

 そして今、本当の意味で必要とされる時の為に、格上との全力戦闘を経験する機会を設けて頂いた。他でもない至高の御方から『手加減無用』の御言葉も頂いている。この機会を無下にするなどシモベとして到底許される事ではない。

 相手がネクロロリコン様が作り、鍛え上げた《真祖》達であろうとも、タダでは倒されたりしない。レベルが2回り違うからなんだと言うのか。

 

 何より現地の戦力に苦渋を舐めさせられたエントマの分も、プレアデスの力をここでお見せしなくてはならない。

 時間稼ぎもままならず、無様に敗北する訳にはいかなかったのだ。

 

 

 傍にいる2人の気合いに煽られ、イビルアイは賭けに出る。

 大きく振りかぶった近接メイドの鉄拳を、あろうことか真正面から喰らったのだ。

 

「これは?!」

 

 思わず漏れ出る懐疑の声を聞きつつ、意外なほどに少ない痛みを堪え賭けに勝ったと笑う。メイドの打撃は吹き飛ばし効果や体勢崩しに重きを置いており、肉体への損傷が少ない事が多かった。後方からの支援射撃に期待しての選択だろう。

 両足で地面を踏みしめ、全力で〈飛行〉の推進力で吹きとばしに抵抗すればその場にとどまることは十分可能だ。

 

「〈魔法抵抗突破最強化/ペネトレートマキシマイズマジック〉〈結晶散弾/シャード・バックショット〉!!」

「くぅっ!!」

 

 負のエネルギーを込めた水晶の散弾が至近距離で炸裂する。

 追撃をかわすために咄嗟に飛びのくも、

 

「逃がすかッ!」

 

 吸血鬼の身体能力を駆使し、魔法と種族的な飛行能力で更に踏み込む。

 メイドの影に隠れて狙撃を回避する事も出来るという、小柄な体躯を駆使した絶妙な位置取りでもあった。

 

「〈頭だ!〉」

 

 〈水晶の短剣〉を発動し一気に攻め込むイビルアイの耳に、頼れる老紳士の声が飛び込む。

 『生物』全ての弱点である頭部を抉り、一撃で仕留めろという事か。つい今しがた来たばかりだというのに咄嗟にそんな指示を出せるのだから相変わらず凄まじい男だ、と評価を更に上乗せする。

 

 〈飛行〉の勢いに乗せて水晶の短剣を握る右腕を突きだす。

 狙いは忌々しいほどに豊満な胸部の更に上、憤怒と哀愁が同居したかのような異様な仮面をかぶった頭部。

 

 とう、ぶ……が?

 

「―――無い?!」

 

 本来頭部があったはずの場所に何も無いという想定外の事態に襲われ、次の瞬間には物理的な衝撃が腹部を襲う。

 

 吹き飛ばされたのだと理解するなり即座に体勢を整える辺りは伊達に250年も生きていない。

 そして見る、メイドの掌の上に乗った生首を。

 

「貴様、【首無し騎士/デュラハン】か!」

 

 必殺の一撃をまさかの方法でかわされてしまったイビルアイは思わず叫ぶ。

 緊張の面持ちをしたブラムの傍に吹き飛ばされたイビルアイに向け、メイドは丁寧な礼を以て返すのみだった。

 

 

 ブラムが登場した事により、戦いは仕切り直しと言うべき状況となった。

 ナーベは折れてもなお酷使され続けた剣を握りしめ、ルプゥも無残に切り刻まれた法衣を纏い荒い息を吐く。どちらも傷が無いとはいえ、魔力はもはや空に近い事だろう。

 

 円形に取り囲む3者の内、メイドはイビルアイの決死の一撃で少なくない損傷を受けているが、残る2者はほとんど無傷と言って良い。特に騎士の方はルプゥの怒涛の連撃を以てしても唯の一撃とてその身に受けていない。

 

 傍目には絶望的な状況であると言えるだろう。

 

 しかしブラムの胸中にある想いはただ1つである。

 

 

 

 どうしてこうなった?!

 

 やらせだと解らない程度には本気で戦うべきだと思い、特に自分と戦う事になるデミウルゴスには『手加減無用』と念を押しておいた。自分と戦う時に困らないようにと配慮から出た言葉だ。

 

 しかしこの状況は何だ?

 

 プレアデスの2人は自分の血族とガチンコバトルを繰り広げていたらしい。

 ナーベラルは〈エレメンタリスト〉の威を示して倉庫街を更地に変え、ルプスレギナは治療しているとはいえ全身切り刻まれて目の毒と言うべき有様だ。

 

 誰がここまでやれと言った?! 俺か? 俺が軽々しく手加減無用とか言っちゃったからか?!

 

 もっと危険だったのはイビルアイである。

 現場に到着して暫し呆然と現状を眺めていたが、至近距離で散弾状の魔法を喰らったユリを見て我に返り、追撃に移るイビルアイとユリの2人へ咄嗟に『頭だ』と指示を出した次第だ。

 幸いユリの胸元が魔法の短剣で抉られる事は無かった。

 

 勿論ネクロロリコンが護ったのはユリではない。アンデッドであるためクリティカル無効な彼女は、そのまま受けていても即死には程遠いだろう。そもそも《動く動死体/ゾンビ》系種族は基本的に鈍間だが、とにかくタフである。

 故に護るべきは、ユリに大ダメージを負わせてしまうとこの場から生きて帰れなくなるイビルアイの方だ。少なくともNPCを大切に思っているモモンガは黙って返さないだろう。ネクロロリコン自身も冷静でいられる自信は無い。

 

 アンデッドの身となり人間に対する親近感が薄れてもなお、ネクロロリコンはマッチポンプに巻き込まれただけの他人を死なせるようなことはしたくなかった。これは恐らく人間であった頃の残滓であろうと2人は見ている。残念ながらモモンガにはあまり残っていないようではあるが。

 

 さて、しかしこの状況はどうしたものだろうか?

 包囲したまま動かないという事は、こちらの出方を窺っているという事か。

 戦えばこのまますり潰されるのが目に見えている訳だから、このまま睨みあいで時間を潰したいところだが。

 

 演技そっちのけで後ろ向きな思考をするネクロロリコンことブラムだったが、丁度良く遠方から轟音が近付いてくる事に気付く。

 

「モモンか!」

 

 天の助けとばかりに思わず声に出てしまったが、周囲の面々も顔を輝かせる。

 その理由はそれぞれ別ではあったが。

 

 

 轟音と共に倉庫の壁をぶち抜いて転がり出てきたのは、今回の騒動の首魁である大悪魔アルコーン。

 それを追って現れたのは、全身傷だらけではあるものの雄々しく立つ英雄モモンである。

 

「モモン様!」

 

 絶体絶命の窮地に現れた英雄に、歓喜の声を上げるイビルアイ。これに握りしめた拳を掲げて返すモモンは実に英雄らしい振る舞いである。

 ちなみにこれはかつて作られた『英雄の凱旋』のポーズであったりするが、そんな事を知っているのは2人しかいない。そして今更そんなことでダメージは受けない。

 

 随分と派手に戦ったのだろう、全身余さずボロボロにされたアルコーンは周囲を見渡し両手を上に挙げる。

 この世界でも降参を表すポーズなのだろう、イビルアイのモモンを称賛する声が更に加速していく。

 

「超級の戦士である貴方に、彼の御仁の指揮まで加わってしまえば到底勝ち目などありません。ここまでとさせていただきましょう」

 

 何処か余裕を感じさせるアルコーンの発言を聞き、訝しげな気配になるイビルアイ。

 泰然としたモモンは顎をしゃくり続きを促す。

 

「今日のところはこれで立ち去りますので、見逃して頂きたいのです。勿論ただでとは申しません、この王都に控えさせた悪魔達はおとなしくさせておきますので」

 

 突如指を鳴らしたアルコーンに思わず身構える一同であったが、特に目に見えて変化は無い。

 しかし突如ブラムが振りかえる。次いで王都各地から響く狼達の遠吠え。

 

「王都中に手勢を放っておられたようですね。即座に気付かれるとは、流石でございます。お気付きのように、潜ませた悪魔の一部を表に出しました。まだ何もさせてはおりませんが」

 

 ブラムがうめき声を上げ、顔をしかめる。これでは王都中の市民を人質に取られたようなものだ。追撃し確実に討取るべき大敵であれど、無辜の民を犠牲にする事は憚られる。

 

 止む無く信義に生きる男ブラムは苦渋の決断を下す。

 

「行くが良い。だがこの私を相手に、何度も同じ手が通じるなどとは思わぬ方が良いぞ?」

「勿論、承知しておりますとも」

 

 優雅に一礼して配下共々転移するアルコーンを忌々しげに見送ったブラムは、しかし即座に踵を返す。

 

「残党狩りだ。もうひと頑張りして貰うよ、我等が『英雄』殿?」

「ふっ、言われるまでも無い事。案内に一頭借り受けるぞ!」

 

 こうして王都の長い1日は終わる。

 

 ブラム達の活躍により、市井の人々は怪我人こそ出たものの奇跡的に死者は無かった。

 しかし八本指の人員は下部組織に至るまで1つの死体すら見つからなかったという。

 

 この騒乱により、屋敷に引き籠った貴族達や第1王子バルブロに向けられる怒りや不信感が増し、逆に戦士長ガゼフを率いて王都に出撃した国王ランポッサ三世や私兵を率いて見回りを行った第2王子ザナックとレエブン侯へ称賛の声が寄せられた。

 そして八本指の関連施設に残された貴族達との癒着に関わる資料の数々と『邪神像』、アルコーンの脅威が残る事となった。

 




想像以上に長くなりましたが、王都編はこれにて終了です。

そしてモモンガさんが「主人公」スキル〈うっかり〉と〈幸運〉を発動。
これは最強スキルですね。

もう少しだけ王国内部のごたごたを書いたら遂に戦争編です。
その前にナザリックの日常的な話も挿んでいきたいと思いますが。


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32.縮小会

少々思うところあって前話の前に一個挿みます。
やっぱり報告会のシーンは必要だと思いまして。

次話を先に読んている人にも「あッ!」とか「うわぁ・・・」と思って貰える様な内容にできるように頑張りました。
彼の受難が終わり、あの子の受難の始まりですね。

11/27 23:50
蒼の薔薇について言及する会話を追加しました。
あとちょっぴりエントマの描写を増やしました。ホンの1行程。
この1文がないと違和感があるので不作法ですがあとになって加筆です・・・。


「―――結果、大量の物資及び捕虜の確保とブラム・スト-カー、モモンの名声向上、犯罪組織八本指の壊滅、非友好的な現地勢力の排除、全て滞りなく完了いたしました」

 

 ナザリック地下大墳墓第10階層「玉座の間」。

 もはや大計後の恒例となった報告会であったが、今回は何時もよりやや浮ついた空気が漂っている。

 それもそのはず、

 

「そして、無関係な市民の死傷者は、0でございます!」

 

 今回はナザリックの維持以外に御方の御要望も叶える事が出来た。それもシモベ達が主導になってである。

 責任者であったデミウルゴスも晴れやかな顔で報告を締めくくる。

 

「うむ、実に見事である。流石はデミウルゴスと言わせて貰おう」

 

 玉座に座りシモベの報告を聞いていた支配者は満足気に頷き功績を讃える。更には拍手までして。

 

「盟主殿の言うとおりだ。よくぞ、よくぞここまでやってくれた! 私の期待を遥かに上回る素晴らしい戦果だ。会議に度々顔を出していた私は君の努力の程を知っている。だからこそ言わせて貰おう。ありがとうデミウルゴス君。君はこのナザリックの宝だ!」

 

 惜しみない拍手を送り、満面の笑顔で称賛の声を送るのはナザリックのNo.2ネクロロリコン。

 

「元々はある程度市民に被害が出ぬよう注意して欲しいという程度の願いであったというのに、君という男は!」

 

 逃げ惑う一般市民の安全すらも確保してみせるというもはややり過ぎと言えるデミウルゴスの仕事ぶりに感嘆し、称賛の嵐を巻き起こす至高の御身の姿はかつてないほどに上機嫌だった。

 この世界に転移してからひたすらナザリックの安寧の為に心を砕き続けた御方が喜ぶ姿を見る事が出来た。それだけでシモベ達は感無量であった。

 

「お褒めに与り恐悦至極でございます、ネクロロリコン様。しかしながら御方々の御要望とあらば万難を排して御叶えする事こそが我等シモベの使命にして存在意義でございます。今後とも、何なりとお申し付けくださいますよう」

 

 特に作戦を主導したデミウルゴスはこみあげてくるものがあった。

 

 もっと任せて欲しかった。

 もっと頼って欲しかった。

 もっともっと、使って欲しかった。

 しかし、非才な己が身では足を引く事しかできなかった。

 

 汚名を雪ぎたかった。

 己が為で無く、御方々の為にこそ有用性を示したかった。

 

 「無関係な市民の死傷者を減らして欲しい」という漠然とした要望を聞いた瞬間、これだと思った。難しい要望を与えて頂けないならば、与えられた仕事で期待以上の成果を出せば良いのだと。

 

『何もそこまで徹底しなくても構わないのだよ? ある程度配慮して欲しかっただけでだな』

 

 情報をかき集め、異常なまでに精密な作戦を練り上げようとする様子を見かねて声をかけられた事もあった。

 その気づかいが、むしろ心苦しかった。

 

『しかしながら、ネクロロリコン様はより犠牲が少なくなる事を御望みの御様子』

『まあ、うむ、その通りだ、が』

『でしたら、どうかお任せ下さいませ。このデミウルゴスが何処までやれるのか、せめて挑戦させて下さいますよう、御願い致します』

 

 大丈夫です、と言いたかった。

 御気づかいは御無用、と返したかった。

 しかし言う事は出来なかった。

 否、この身では許されなかった。

 英知に溢れる御方々をして未知の技術が潜むこの異世界で、どうして無責任に大丈夫などと言えようか。

 既に1度、敵の術数に嵌ったこの愚かな身で。

 

 胃袋に鉛を詰め込まれたかのような気さえする日々であった。

 

 僅かな綻びも見逃さぬようひたすら情報をかき集めた。

 新たに迎え入れた者達を質問攻めにし、他の仲間達からの些細な情報も聞き逃す事の無いよう神経をとがらせ続けた。

 

 人間の脆弱さを嘆いた事もあった。

 特に赤子と老人の分布には気を遣って作戦の開始場所を定めた。時間帯ごとの人々の分布や逃走に適した経路を選定した上で誘導方法の模索もした。

 

 何より当日、エントマが勝手に戦端を開き最終確認を途中で切り上げるはめになった時は思わず罵倒しそうにもなったものだ。かつて己が失態を演じた際の御方々のお気持ちに鑑みて必死に呑み込んだものだ。

 

 その成果が今、

 

「ああ、これからも頼りにさせて貰おう。よろしく頼む」

 

 目頭が熱くなり、視界が歪む。

 この御言葉をどれだけ待ち望んだ事か!

 

 

「お任せ下さい……!」

 

 

 溢れる思いが頬を伝う。

 漸く自らの有用性を御方々に示す事が出来た。

 御方の、ほんの些細な願いを、たった1つとはいえ御叶えする事が出来た。

 それだけで、満足だった。

 しかし、それだけではすまさないのがこの地の支配者方である。

 

「盟主殿、私はデミウルゴス君の働きは我々が信を置くに足るものであると考えるが如何か?」

「異論などある筈が無い。これほどまでの忠勤を行う者であれば、アレを持つ資格があると言えるだろう」

 

 懐からネクロロリコンが小箱を取り出し、丁重にモモンガへと手渡す。

 察するにデミウルゴスに対する褒賞であろう。シモベ達はその様子を見守る。

 

「デミウルゴス、お前の忠勤は実に見事なものであった。よって我々は、信頼の証としてこれを預ける事とする」

「さあ、来たまえデミウルゴス君」

 

 小箱から取りだしたのは一つの指輪。

 しかし唯の指輪では断じてない。このナザリック地下大墳墓において恐らく最も重要であろうものがその手にあった。

 涙を払ったデミウルゴスは、勿論それが何であるかを一瞬で悟る。

 

「なりません御方! シモベ風情に、そのような」

 

 至高の御方々が、その証として所持するナザリックの至宝「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン」。

 転移以外では移動の出来ない「宝物殿」の領域守護者にして至高の御方々のまとめ役であるモモンガ様が創造したシモベであるパンドラズ・アクターと、守護者統括として作られたアルベドが役職上持つ事を許されているに過ぎないナザリックの最重要アイテムが贈られようとしている。その事実にデミウルゴスは喜びを通り越して恐怖した。

 自分如きが所持して良い筈が無い、と。

 

「デミウルゴス。お前の働きを称え、その無二の忠誠を我等が認めた証だ」

 

 至宝を手に壇上へ誘う声を聞くも、畏れ多いと固辞するデミウルゴスは思わずもう1人の支配者へと視線を送る。

 視線に気付いたネクロロリコンは暫し瞑目し応える。

 

「かつての失態を理由として辞退すると言うならば、我々もまたこの指輪を外さなければならん。我々もまた幾度もの失態を経て、今があるのだから」

 

 放たれるは赦しの言葉。かつての失態を糧として汚名を雪いだと認める言葉であった。

 これ以上の固辞は非礼に当たると覚悟を決めたデミウルゴスは壇上へ上がる。

 

「これはナザリック地下大墳墓を一撃で崩壊させ得る、謂わばナザリックの急所である」

 

 玉座に在るモモンガは恭しく至宝を受け取るデミウルゴスに対して訓示を与える。

 この小さな指輪がどれほど重要で危険な品物であるのかを。急所そのものであるがゆえに、持たせる者を選定する必要がある事を。そしてそれを授ける意義を。

 

 訓示を聞くデミウルゴスは震えが止まらなかった。これ以上ないほどの信頼を、明確な形として受け取ったのだから。

 

「この身に代えても、必ずや御期待に応えて御覧に入れます!」

 

 ともすれば陳腐と評されるであろう宣誓の言葉。しかし至宝を胸にかき抱き歓喜に打ち震える状態で彼が放てる精一杯の言葉でもあった。

 満足気な笑顔のネクロロリコンが拍手を送るのをきっかけに、玉座の間が温かい拍手で包まれていく。それはシモベ達の称賛と、僅かな嫉妬を込めた万雷の喝采であった。

 デミウルゴスは想う、この瞬間はたとえ死してもなおこの魂に残り続けるだろうと。

 

 

 

 ―――このまま終わっていたらどれだけ良かったか。

 

 

 

 後にある者が述懐する。

 この瞬間までは最高の報告会であったと。

 

 全ての発端は成功の秘訣を皆で共有しようと言うネクロロリコンの計らいであった。勿論このことを悪し様に言う者などいない。純粋にデミウルゴスを称えると共に、全体で成功の秘訣を共有しようと言うまぎれも無い善意からの提案であった。

 

「それが必要だと思った理由や懸念事項、想定したあらゆることを、良いかい? 皆に解るように、丁寧に噛み砕いて解説して欲しいのだよ」

 

 至高の御方々の御用命とあらば是非も無い。空回り気味であった用意の数々も成功の要因となったと思えば誇らしくもある。

 意気揚々と大計成功の為に打ったあらゆる手段について解説を行う。

 

「態々呼び出した悪魔を始末したのはそのためでありんしたか!」

「1度に通れる人間の数を計算してあえて一部を倉庫に閉じ込めたって訳ね! さっすがデミウルゴス」

「そ、それを助けに行かせて功績を積ませるのも、上手く出来てるよねお姉ちゃん!」

「王都の立体模型まで作って実験を重ねるとは……そこまでするか? 普通」

「そこまでしたからこその結果、という事だろうよ? 盟主殿!」

「人間ノ貴族達ヲ上手ク扱イ追イ込ム様ハ、仕合ニ於ケル牽制ノ放チ方ニ通ジルモノガアルナ」

「それでいてブラムが借りを作らないように配慮もされております。クォれまでネクロロリコン様が築き上げてこられた仕事を引き継ぎッ、更なる布石を置いていく! ンゥまさにッ! 妙手と言えまショウ!!」

 

 感嘆と称賛。解説が進むほどに高まる評価。準備段階は非の打ちどころが無いほどに完璧な出来栄えであった。

 しかし実行当日になり想定外の事態に出くわしたと話は続く。

 

「実行の日取りにつきましては、王都に存在するアダマンタイト級冒険者、朱の雫と青の薔薇のいずれかが不在の折りにと考えましたが、いささか想定外の存在がございました」

「蒼の薔薇のイビルアイ、か」

 

 プレアデス隊の顔色が変わる。仲間の1人を下し、1人を仕留める一歩手前まで追い込んだ猛者の名であるからだ。

 

「仰るとおりです。詳細な情報が無かったため作戦に組み込まぬ方が安全でしたが、大悪魔アルコーンの脅威を知らしめるためには朱と蒼のどちらかと相対する必要がございました」

「片方のみと相対するとしたら、ベテランの朱よりニュービーな蒼の方が与しやすいという判断はそれほど外れてはいなかったのだろうが、な」

「うむ、相手取るなら蒼の薔薇の方だと思っていたが、まさかその中の1人がプレアデスに匹敵するレベルまで至っているとは予想外だった」

「慎重さが足りませんでした」

 

 デミウルゴスは手違いで討取ってしまった現地の冒険者3人についても言及する。突出したイビルアイのレベルを想定して攻撃したところ他のメンバーが耐えられなかったというのが実際のところではあるが、そもそもアダマンタイト級冒険者の実力を正確に測り切れなかったことは準備不足と言うよりほかない。

 

「それほど悔やむ必要はないだろう。そもそもアダマンタイト級を含む現地の人類が至りうる最高レベルを予想したのは我々だ。これはデミウルゴス君のミスとは言えまいよ」

「何より彼女等は冒険者だ。命をかける対価として金子を受け取るのが冒険者というもの。更に自ら首を突っ込んできたのだから無関係ではなかろう」

「もっと言うならその3人はリーダーが蘇生したのだろう? そして君は傷を付けてもいない。これはつまり『無関係』な『死傷者』は『いない』ということではないかね?」

 

 だから自身の『我儘』は完璧にこなされていると語るネクロロリコンの心遣いに黙って頭を下げるしかないデミウルゴス。

 

「私としてはこの世界で蘇生魔法が効果を発揮するかどうか不安であったからな。〈死者復活/レイズデッド〉が使えるという真偽を確かめておきたかった。そういう意味では3回の蘇生を確認できたのだから十分な収穫と言えよう」

 

 これも蒼の薔薇を相手とした大きな理由であった。蘇生魔法の有無は少数で行動することが多くなるこれからの活動において大きな意味を持つ。しかし無暗に味方の戦力を浪費したくも無い。そんなモモンガの要望を叶える相手であったのだ。

 その為リーダーである神官戦士ラキュース以外で1人の死者を出す事が始めから決まっていた。その上で、あくまでも傷を付けずに体力を削ろうとした矢先に起こった不幸な事故であったのだ。

 

「それに条件次第でそこまで至れるのだという情報が得られたのだから、ナザリックの戦力増強においては嬉しい誤算だったよ」

 

 だから気に病む事は無いと言葉を送られてしまいまたもや恐縮するデミウルゴスであったが、ここまではまだ問題無かった。

 プレアデスが喫した敗北についても、片方は蜘蛛人であるエントマと〈蟲殺し〉の相性の悪さによるものであり、もう一方のユリも非殺傷を主眼に置いた戦い方を逆手に取られた形であるためむしろユリは評価を上げた程でもあった。

 

 問題は、

 

「ところで、どういった経緯で青の薔薇との戦闘になったんだね?」

 

 この質問であった。

 

 問いを受けて竦み上がるエントマ。

 震える彼女を見かねたネクロロリコンが、あくまで不測の事態に陥った際の対処法を検討する為だからと声をかけてどうにか報告を始める程に萎縮していた。

 

 まずマーレと別れた後で直ぐに合流できなかった理由の説明から入るエントマだったがこの時点ではミスらしいミスは無い。むしろ評価する声があがる。

 

「隠し倉庫か、1人で残った後に見つけてしまったのは不運だったと言うしかないな。それでも全て回収したのだから上出来とも言える」

「ああ、実に丁寧な仕事ぶりだぞ、エントマ」

「彼女の合流の遅れは襲撃する建物の内部をきちんと精査していなかった私の落ち度でございます。これからはより注意深く準備をしていくよう肝に銘じます」

「しかしあまり内部を偵察しすぎるのも藪を突く事になりかねんな。これはやむを得ない事態だったという事で構いますまい、盟主殿?」

「むしろ安全管理を考えると物資の回収を諦めるのが最良かもしれん。今後同じ事があったなら連絡を取れる者は応援を要請し、出来なければ帰還という方針にしてはどうだろうか」

「過分な御配慮を頂き感謝いたします。今後はそのように」

 

 想定外の事態に対して適切に振舞ったエントマを評価する支配者達であったが、当の本人はあまり喜んでいる様子が無い。むしろ話を進めるほどに沈んでいく気配すらあった。恐らく敗北の報告をしなければならない事が苦痛なのだろうと多くの者は察していた。

 

 だが違った。

 

 震える声で死体をつまみ食いしている様子を冒険者に見咎められ、戦闘になったと報告した瞬間玉座の間が騒然とする。

 ある者は不快感を顕わにし、またある者は勝手な行動を咎める目を向ける。

 しかし騒がしかったのは僅かな時間であった。

 

「つまり何か? ナザリックの総軍で当たる大計の最中に、小腹が空いたから、つまみ食いをしたと、そういう訳か?」

 

 平坦な声色に玉座の間が凍りつく。

 咄嗟に発言者の顔を窺うシモベ達は見てしまう。温厚な御方が初めて見せた憤怒の形相を。

 

〈貴様ァ! デミウルゴス達が必死になって準備したこの作戦を! そんな下らん理由で台無しにしようとしたのかァッ!!〉

 

 

 

 激情に駆られて発した怒声はスキルの効果も上乗せされ玉座の間を震撼させる。これは直接向けられた訳ではないアルベドですら震えが止まらない程の衝撃だった。

 守護者統括の誇りから奥歯を噛み締めどうにか押さえこんではいるものの、御方々の前で無ければへたり込んでいただろう。

 

 その直撃を受けたエントマはもはや哀れなほどに震えあがっている。『恐慌』状態に陥っていながら逃げ出していないのは一重に彼女の忠誠心故であろう。

 恐怖により自決も同時に封じられてしまったことは、幸か不幸かわからないが。

 

「申し訳ございません! 私の管理不行き届きでした」

 

 咄嗟に頭を下げるのは作戦の総責任者であるデミウルゴスである。声をかけられたネクロロリコンはジロリと発言者に視線を送り問いかける。

 

「全ての会議に出た訳ではないが、私の知る限り毎回作戦の概要や目的、そして注意点を真っ先に説明していた筈だ。その会議にエントマを出席させていなかったのか?」

 

 怒りの収まらぬ御様子ではあったが、冷静さを取り戻し訊ねる御方を見てアルベドはやや安堵する。

 

「いえ、当日の参加メンバーですので、勿論幾度か参加させております」

「その会議で最初の説明は?」

「行っております」

「あの説明を聞いてダメだと言うなら、聞く気が無かったのか、説明を理解できないのか、そもそも従う気が無いかのいずれかであろうよ」

 

 一旦言葉を切り、剣呑な目をエントマに向けて言い放つ。

 

「どれであろうと話にならん」

 

 絶望的な雰囲気を漂わせ始めたエントマを見るアルベドは守護者統括として冷徹に思考を巡らせる。取敢えず最悪の展開だけは回避できたと。

 御叱りを受けて危惧したのは、エントマの失態を受けてナザリックのシモベ全体の評価が暴落してしまう事であった。そのまま全体の罪となった場合は守護者統括としての責務を果たす必要があった。身命を賭して自ら1人の罪として頂き、シモベ全体に対する恩赦を請うと言う難業を為す必要があったのだ。

 幸い、御方は総責任者であるデミウルゴスを赦された。責任の重さでエントマに次ぐ存在に対して理性的な判断の下罪には問わぬと仰せられたのだ。これで他のシモベ達が連座して罰せられる可能性もほぼ無くなった。後は罪を犯したエントマがその身を以て償う事でこの話はおわるだろう。

 

「お前、この作戦においてどれだけの者達が動いていたと思っている。どれほどの苦労を重ねた上での本番だったと! これまで積み上げてきたものが! お前1人のせいで全て瓦解していたかもしれないんだぞッ!!」

 

 怒れる御方に声をかける者はもはやいない。当然だ、そもそも御方の決定に言葉を挿むことなどシモベ如きには赦される事ではないのだから。

 デミウルゴスが責任者として声を上げたが、これはあくまで例外である。

 

 目をいからせ、牙を剥き、御方の叱責は止まらない。むしろ加速していく。

 もはや声をかける事が出来る者等いない、ただ1人を除いて。

 

「そこまでです!」

 

 そう、玉座にあって静観の構えを取っておられたモモンガ様である。

 

「ネクロさん、そこまでです」

 

 あくまで対等であると示す為だろう、玉座から立ち上がり歩み寄るモモンガ様がネクロロリコン様を諌める。

 

「あの時言ってたじゃないですか、基本的には目をつむるって」

「大勢に影響が無ければ、と付け加えていた筈だぞ?」

 

 しかしネクロロリコン様の御怒りは余程凄まじいのか、剣呑な眼差しをモモンガ様に向けておられる。

 

 この瞬間アルベドの脳裏に最悪の未来が浮かび上がる。長らく育まれてこられた御友誼に亀裂が入ってしまうと言うナザリックにおいて考えたくも無い究極の悪夢である。それもシモベ如きの為に。

 

 拳を握りしめ、御方々の関係が壊れてしまう前に禍の元を断つことで己の使命に殉ずる覚悟を固める。独断で御方々の所有物であるシモベを処刑するなど本来赦されるものではない。極刑は免れまい、むしろ自らそれを請うのだ。

 すべてはこのナザリックと至高の御方々の為に。

 

 

 

「ミスは誰でもあるとも言った筈です!」

「あの時とは状況も理由も違いすぎる! このテの輩は何度だって同じ事をするぞ? そして次も問題なく終わるとは限らんのだぞッ!!」

 

 至高の御方々が見つめ合う。

 いや、これは多分に願望が込められた表現だ。睨みあっていると表現するのが正しいだろう。その恐怖の光景をシモベ達は固唾をのんで見守る。否、見守ることしかできない。

 

「……ミスは誰しもある事、重要なのは同じミスをしない事だと言っていた筈です。パンドラ! ネクロさんの言葉を」「え?!」

「ハッ! ンンッ、 『ミィスをする事ォウ、それは誰しもあァることだァ。重要なのはァア、次ゥぎに同じミスをしない事だとォ! ゥ私は考えているゥ!』」「グフッ?!」

「これはつまり1度目は見逃すと言うことでは? パンドラ、もう1度」

「解った! 確かに1度目なら見逃すという意味合いの事も言った! 今回の一件は大目に見よう! それで良いだろう?!」

 

 怒気を霧散させたネクロロリコンの様子を見て最悪の事態は回避されたと胸を撫で下ろすシモベ達。御方々の反目という最悪の未来に辿りつかなかった事に誰もが安堵する。

 

「だが、1つ提案させていただきたい、ギルド長、殿!」

「な、何でしょう?」

「オレはエントマを信用できない。外部での活動を無期限で禁じて頂きたい!」

 

 ギルド長と呼称し、あくまで相手の立場が上であるとみなした上であえての慇懃無礼な物言い。

 シモベ達から怯えを多分に含んだ眼差しを一身に浴びたモモンガは、

 

「そうですね、解りました。アルベド!」

「ハッ! 今後の活動においてエントマ・ヴァシリッサ・ゼータの外部活動の一切をここに禁じる事とします!」

「……内部の活動はこれまで通りに行わせるように」

「畏まりました!」

 

 渋面で瞑目するネクロロリコンの様子を窺いつつ早口に応えるアルベド。不用意な発言で再びナザリックの終焉に近付ける訳にはいかないため内心は必死である。

 

「では、これで今回の報告会を終了する。何かある者は?」

 

 気まずい雰囲気に堪えかねたモモンガは閉会の宣言をする。

 無論異を唱える者はない。

 

「今後も忠勤に励むように」

 

 

 

 転移で玉座の間を去る支配者達を見て大きく息を吐くアルベドは、思わず自らの行動を封じた者達に視線を送る。身命を賭して御方々の仲を取り持つ為に踏み込もうとした瞬間に全身を貫いた2つの殺気、その発生源である者達に。

 

 一人はモモンガ様が手ずから製作された宝物殿の領域守護者パンドラズ・アクター。アルベドの視線に応えるように軽く帽子を上げおどけるような所作を返す。創造主の目的がエントマの助命である以上アルベドを止めるのも当然ではあるだろう。

 

 解らないのはもう1人、ネクロロリコン様の右腕として常に傍に侍り続けたメイド忍者コルデー。御方々の御友誼に致命的な罅を入れかねない事態であったにも関わらず自らの行動を制したその目的が見えない。信頼故か、はたまた別の目的の為か。もし何か目的があるとしたならば一体……?

 

 スカートの裾を摘み軽く一礼して姿を消す彼女を見て物思いにふけるアルベド。御方々の発言にあったあの時とは、恐らくセバス反逆の報を受けて対談を行ったときであろう。しかし大勢とは一体何処までを指すのだろうか? 王国を裏から支配する為の計略か、ナザリックの安寧か、それとも御方々だけが見据える未来だろうか。どれでも有り得、そのどれでもないような気もする。

 

「信頼の有無、でしょうか」

 

 自身が持つ至宝はあくまで役職上持つ事を許されているに過ぎないものだ、それは重々承知している。対して御方々によって創造された者達の信頼度はやはり格別であろうとも想う。2人は何か聞かされているのだろうか、それとも言われずとも解っている何かがあるのだろうか。

 

「わたくしも信頼を勝ち得るだけの功績を積み上げなくてはなりませんね」

 

 デミウルゴスは御方々より多大な信頼を得た。ならば自身もそれに続かなくてはなるまい、守護者統括を任される身であるのだから尚のことである。

 

 

 

「パンドラを使うのは卑怯じゃないですかねぇ?!」

「だってネクロさんマジギレだったじゃないですかー」

 

 苦笑いを浮かべつつ抗議の声を上げるネクロロリコンに悪びれることなく返すモモンガ。2人はシモベ達の心配を余所に自室で談笑する。

 とはいえ今日は比較的真面目な雰囲気が強い。

 

「そりゃ怒るでしょ! あんなにデミウルゴス達が頑張って準備した作戦の最中につまみ食いして戦闘開始ですよ?! 有り得ないでしょ!!」

「それは、まあそうですけど」

 

 でも殺す気満々だったじゃないですか、とやや真顔で問うモモンガに渋面のネクロロリコンが確かにそうだったと応える。

 

「ナーベラルの毒舌もセバスの人助けも基本的に大目に見るって言ってたじゃないですか。どうしてエントマの大食いはダメなんですか?」

「だから大勢に影響が無ければって言ったでしょ?! ナーベラルの毒舌はポンコツ属性だからもはやどうしようもないし、セバスの人助けは局地的に問題になっただけで究極的には問題にはならない訳よ。でもエントマの食人はダメ! 人間種を問答無用に敵に回す行為じゃん! エントマが会ったのが現地人だったから良かったものの、人間種のプレイヤーだったら、もっと言ったら異形種狩りのマジキチ共だったらそのまま全面戦争だったんだよ? そうなったら俺ら人類の敵のレッテルを貼られてそのまま殲滅戦だぞ!」

 

 ネクロロリコンが思い浮かべるのはかつての苦い記憶。異形種狩りのPKプレイヤーを狙ってPKしていたPKK時代から問答無用のPKギルド扱いに変貌して行った頃に味わった異形種狩りプレイヤー達のやり口。そしてギルド:アインズ・ウール・ゴウンの危機。

 

「奴らに攻め込む口実を与えちゃダメなのは解ってるでしょう? 人間を喰うメイドを従えた異形種の集団だとか裏では人間種を支配する為に暗躍してるとか、あることあること言いふらして村八分にされちまうぞ! 俺らにはぷにさんもベルリバーさんもいないんだからそうなっちまったら行くとこまで行くしか無くなっちまう」

「そして、そうなったら第三者のギルドがどちらに着くか、でしたか」

 

 悪事千里を走る。人の悪評は広まるのが速く善行をなしてもあまり広まらないという意味合いの言葉である。ネトゲー界隈では殊更その傾向が強く、異形種狩りから助けられたプレイヤーの擁護よりPKKをされたプレイヤーが行うネガキャンの方が広まりやすいのだ。それが積み重なった結果がPKギルド:アインズ・ウール・ゴウンの悪名である。

 それでもしぶとく生き残り、むしろ敵対勢力の一部を撃破出来たのは計略に長けた仲間の存在によるものであり、局地戦において絶対的な優位を誇るたっち・みーやウルベルトといった強プレイヤーの存在あってのものである。

 

「四面楚歌の状況を打破できる実力も頭脳も無い、残念ながら俺にはそんなこと出来ん。だったらそうならないように徹底的に隙を見せないように動くしかないじゃないか」

「まあ、そうなんですが」

 

 人間を殺さないように気を使っているのも、捕えた人間を活用する手を考えているのも、勿論王国を盛り立てようと腐心しているのも全て異形種だからと攻撃されない為の実績を作る為である。ナザリックの隠蔽も戦力の秘匿も決戦時に優位に立つ為ではあるが、そもそも戦わないに越したことはないのだ。異形種というだけで不利なのだから。

 

「つーか今回は犯罪組織を倒す作戦ではあったけど、完全にマッチポンプだったからせめて人死には無くして欲しかった訳で、それをデミウルゴスは完全に応えてくれた訳よ! 知ってるモモンガさん? 第7階層にある10分の1王都模型。そんなものまで態々作って作戦を練ってくれてたんだよ、俺は我儘という体で御願いしただけなのに!」

 

 眉間に皺を寄せて計画を練るデミウルゴスを見て何度も無理しなくて良いと言ったが、本気で止める事も無かった。頼んだ本人としては非常に心苦しかったこともあってデミウルゴスに肩入れしているという自覚もある。だが、

 

「そんな頑張りを無かった事にされかけたんだから俺が怒らなきゃダメでしょ!」

 

 モモンガとてデミウルゴスの頑張りは知っている。ネクロロリコンの意見もよく解る。だからこそエントマの行いは度し難いものがあった。現地のニンゲンによって痛めつけられた事も一時忘れるほどに。

 何よりエントマの処遇についての提案を受けた際に玉座に集った一同から受けたプレッシャーは忘れられない。

 

「そう、ですね。少なくとも我慢が出来るようになるまでは外には出せないです」

 

 しかしながら仲間が残してくれた大事なNPC達の1人でもある。出来るだけ設定どおりに生き生きと過ごして欲しい。

 

「アルコーンとその仲間達はナザリックとは無関係という事にする、というのは予定通りとして、早めにいなくなって貰った方が良いかもですね」

「そうさな、アルコーンの脅威から守ってくれる支配者ってのがブラムの強みだったんだけど、マッチポンプだと曝露されちゃ叶わんしな。もういっそ出てこない方向にしてしまおう。脅威を感じている内に人心をつかめれば良いんだけどなぁ。薬と安全管理以外にあとは何が出来るか……」

 

 ネクロロリコンとて無暗にNPC達を困らせたい訳ではない。かつては吸血貴族という設定を現実のものにできると喜んでいたが、最近はナザリックの防衛の為という意味合いが増してしまっている。趣味と実益を兼ねていると言えば聞こえはいいのだが。

 

 

 支配者達は悩む。自らが治める領地の為に。

 彼等はまぎれも無くナザリックの『支配者』なのであった。

 




そんな訳でゲヘナの報告会です。
祝勝会になるはずだったのにシモベ達はビビって萎縮して御方々も方針を変える縮小会になってしまいました。

ずっと明かされなかったネクロさんの人間に対する異常な厚遇。全ては人間種プレイヤーと対立した際に「俺らメッチャ人間のこと考えてるし!」というアピールをする為だった訳です。マッチポンプで人気稼ぎをしていても、あくまで犯罪者集団を根絶するついでであると主張し、無関係な市民にも被害を出さない様に気を使いましたという風に。
セバスがあっさり赦された理由もこれです。あくまで人助けをしたと主張できる行いであった訳です。証人もいますからそういう意味でも良い仕事でした。反逆事件は兎も角。
そして怒られたエントマは明らかに人間に対して敵対的だった訳で、最悪の事態まで行きかねなかった事が本当の意味での逆鱗でした。
現地の人間は脅威になり得ませんが、その人間達を護るという体のギルドと対立した場合ナザリック側が悪役という事になり、それを傍から見た第三者達(勿論プレイヤーが想定)が敵に回るという四面楚歌の状態となってナザリックに引き籠るという未来を危惧していた訳ですね。

この辺りの真意はプレイヤー相手にビビっているとか思われると困るので言いだせないでいます。
この辺りは二人が原作アインズ様より人間よりの感性を保持しているという設定が下地にあります。

一応吸血鬼はお肉とかついてますし、ニンゲンとして会話する相手もいますからね。


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33.幕間:あるナザリックの一日

ネクロロリコン最大の黒歴史。
悪乗りに悪乗りが重なったその存在は、アインズ様がパンドラズ・アクターから受ける衝撃に勝るとも劣らないダメージをネクロロリコンに与える。


非常に更新まで時間がかかってしまいました。待って下さっていた方には申し訳なく思います。
そしてかつてない程に長いです。時間のある時にのんびり読んでやって下さい。
帰って寝ると言う生活が続いてしまいまして、これからは月一位を目指したい所です。



 ナザリック第6階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラの朝は早い。

 日が昇る前に目を覚まし、速やかに任された第6階層「ジャングル」の見回りを行う。それが終われば朝食をとり、至高の御方々に命じられたトブの大森林の見回りをするべく大墳墓を後にする。トブの大森林の近くにあるカルネ村は至高の御方の血族が配備され、戦力増強の為に日夜新薬や強化改造手術の研究が行われているという事はナザリックでは常識だ。その安全確保はナザリックの守護の次に重要な任務と言って良く、当然気を抜くことなど有り得ない。

 トブの大森林を一周した頃にナザリックのアルベドから定時連絡が入り、森の様子を報告して次の仕事に取り掛かる。

 

 大規模な作戦における護衛部隊の指揮以外にも、アウラが任されている仕事は多岐にわたる。

 トブの大森林の見回りを行い、カルネ村の保護を行いつつナザリックに迎えられる存在を探すのも彼女に任された仕事の一つだ。先日【木の精霊/ドライアード】の一団を至高の御方々に紹介し、ナザリックの第6階層へと迎え入れる事にも成功している。現在は食糧生産の研究を行うマーレの指揮下で研究の手伝いに従事しているそうだ。

 またセカンドナザリックの建造も彼女の指揮下で行われる事業の一つだ。トブの大森林全体が彼女のテリトリーとなっている為、防衛の責任者もアウラという事になっている。

 そしてそのセカンドナザリックに収容されている捕虜の管理もまた、やはりアウラの指揮下に収まっている。

 先日の大計「ゲヘナ」においても別働隊の指揮を任され、至高の御方の身を護る最も重要な仕事も任されていた。

 あくまで部下を与えられ責任者がアウラであるというだけではあるのだが、あまりにも雑多な仕事が多いと言えなくもない。しかし彼女はそれに不満などない。むしろ重用されているという事はそれだけ御役に立てているという事であり、信用の証とすら認識している。与えられた仕事の忙しさとは、ナザリックに於いては信頼のバロメーターですらあるのだ。

 

 実際支配者達からの評価は頗る高く、「ナザリックの便利屋」「使い勝手が良い」「ホウレンソウができる良い子」と称賛の言葉を賜り、労いの言葉と共に己の創造主の声が入った腕時計まで下賜されている。

 

 そんなアウラが現在任されている最も大きな仕事はセカンドナザリック兼捕虜収容施設の増設である。

 元々はナザリックの人員が出入りする為のダミーとして建造が始まったのだが、現地の住民の脆弱さから捕えられた人間達を保管する為の施設として主に利用されているのが現状だ。

 可能な限り殺さず利用するという支配者達の方針に対し、アウラは勿論異論など無い。

 現にデミウルゴスが魔法の実験台として活用して成果を出しており、更に捕虜たちからスクロールの材料が調達できる事も発見している。調査を進めるほどに利用法は増加の一途を辿っている。

 

「殺せば食糧かアンデッドとしてしか利用できないが、生きていれば何かに使えるかもしれないだろう?」

 

 情報をほぼ絞りつくした陽光聖典の処理を聞かれた際、ネクロロリコンが放った言葉がこれである。

 この言葉に感銘を受けたデミウルゴスは即座に捕虜収容施設の建造を進言し、至高の御方々はその責任者をアウラに任せられた。以来アウラの指揮の下、「ジャングル」と暫く経ってからはトブの大森林にも捕虜収容施設が作られ、それぞれで各種実験が行われている。先日の大計「ゲヘナ」で捕虜の数が大幅に増加したが、セカンドナザリックが予め作られていたため問題無く収容できた。その事についてはデミウルゴスとアルベドは称賛の声を上げたものだ。

 近頃では定期的なスクロールの材料やとある薬品の材料の収集も行われており、生活環境の改善が目下の課題となっている。

 ネクロロリコン様曰く、

 

「このナザリックの役に立っているのだから、十分な慈悲を与えてしかるべきだろう」

 

 とのお言葉故である。

 その為近頃はこの慈悲深い御言葉に従い、カルネ村のヴィクター博士にも協力を仰ぎ、衛生環境や食糧の改善に取り組んでいた。

 その結果各種材料がより効率的に収集できるようになったのだから、やはり至高の御方々は偉大であると言わざるを得ない。

 

 ただ、責任者であるアウラとしては1つだけ思うところがある。

 

「お疲れ様ぁ、アウラ所長。疲れてないかしらぁ?」

 

 見回りから帰るなり抱きつき、頬を撫でる部下さえどうにかして貰えればと思うのだ。

 

 セカンドナザリックの防衛及びアウラの護衛として至高の御方から部下として与えられた彼女に対して不満を言う等本来有り得ない事ではあるのだが、それでも会う度にベタベタと触ってくる彼女は苦手だと言わざるを得ない。

 たった2人しかいない〈始祖〉の片割れである彼女を自身の部下として預けられるなど、破格の待遇である事は言うまでも無い。ナザリックの外部で活動する事から安全管理の為だとは言われているのだが、御方々の周辺に配置すべきではないかと今でも思っている。

 勿論アウラに他意は無い。

 

「こちらもぉ、今日の収穫が終了したわぁ。時間があるならぁ、一緒にイ・イ・コ・ト、しましょぉ?」

 

 何故か解らないが蛇に巻きつかれているような生理的恐怖を感じてしまう。

 良い事と言うのも、一緒に紅茶を飲みながら談笑するだけだ。そして至高の御方々と共に戦場を駆けた彼女の話を聞くのはむしろ望むところでもある。

 それでも、どういう訳か本能的に傍にいる事を拒否したくなる。

 

「新しい薬はどう? ドクターから色々実験して欲しいって言われてたでしょ」

 

 取敢えず話題を変えて仕事の話を振ってみる。

 流石は至高の御方の直臣と言うべきか、仕事ぶりは実に優秀である。質問に対して事前に用意していたのだろう、各種報告書を取り出し細やかに報告をしてくれる。年齢性別を分けて比較試験まで言われるまでも無く行っているのだからアウラとしては脱帽である。食料の違いによって採集される血液の量についても検証されている。モモンガ様から与えられた【死者の大魔法使い/エルダーリッチ】達を指導し、疫病対策も色々と試してくれているらしい。

 

 実力も守護者最弱のアウラを護る為に送られてきただけあってかなりのものだ。特に人間種との戦いにおいてはナザリック全体でも屈指のものだろう。

 吸血鬼の特性を極め、『流血』のバッドステータスを押し付けてスリップダメージを与えつつ「狂戦士」の効果と《吸血鬼》特有のスキルで自己強化を図るというビルドは単純ながらも強力だ。

 実力についても働きぶりについてもアウラは高く評価している。

 いるのだが。

 

「それじゃあ私は報告書を御方の下に持っていくから、ここの防衛はよろしくね! お茶はまた今度、今度ね!」

「そう? 残念ねぇ」

 

 寒気を覚えつつ会話を切り上げてセカンドナザリックを後にするアウラを、えりざべーとさんじゅうななさいは笑顔で見送る。

 彼女は「ナイトストーカー」のスキルを活用し、アウラが無事にナザリックへ辿り着くまで、ジッと、見送っていた。

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第6階層「ジャングル」。

 今日も円形劇場ではコキュートス指導の下、多くの者達が汗を流していた。

 

 ナザリック地下大墳墓の隠蔽を第一とする方針である為、その防衛を任せられたコキュートスは本来見回り以外に主だった仕事は無い。だというのに、彼は現在のナザリックにおいて最も休憩時間が少ないシモベの一人でもある。

 なぜなら彼が任された「武技」の研究は、至高の御方々が重要視するナザリックの強化においてはとくに重要とされる案件の一つであったからだ。

 

「コキュートス様、一手御指南お願いします!」

「ウム、良イダロウ」

 

 武技を最も効率的に習得できる者は、多くの強敵と相対する事の出来る冒険者である。これは現地の人間達が長い期間を経て導き出した答えであった。

 一先ずコキュートスはこの経験則に従い半信半疑で模擬戦を繰り返してみたが、その結果面白いほど簡単に武技を習得させる事が出来た。

 習得する武技についても、状況や本人の意思によりかなり固定できる事も判明している。

 クライムが習得した〈修羅一閃〉も、この地で文字通り血の滲むような修練の果てに生み出されたオリジナル武技の一つである。

 

 今日も向上心旺盛な刀使いが真っ先にコキュートスに挑みかかる。これはもはや見慣れた光景であった。

 コキュートスからの攻撃へカウンター気味に放たれる一撃必殺の居合。装甲を抜く事はレベル差により難しいが、それが無い位置への攻撃であればクリティカルとして手傷を負わせることが出来る。それを理解してからは正確に装甲の隙間に打ち込む最短の軌道を瞬時に割り出し、最速にして全霊の一撃を放たんと日夜研鑽を積んでいる。

 

「踏ミ込ミガ甘イ! ソシテ居合ノ極意ハ脱力ダト何度モ言ッテイル!!」

「はい、すみません!」

 

 本来のレベルを遥かに超えた一太刀ではあったが、既にその変化は承知の上である。未知の一撃であれば腕の腱を切られた恐れもあるが、新たな武技を編み出さない限りもはやコキュートスには届くまい。

 言いかえれば、それ程の領域にまで至っているとも言えるのだが。

 

 僅か一太刀で力尽きた刀使いに続き、刺突専用の短剣等の得物を構えた戦士達も次々に挑みかかっていく。

 彼等の表情は必死そのものである。何故なら一つでも多く、少しでも有用な武技を習得する事こそが、地獄の地下牢獄から遠ざかる唯一の道であると理解しているのだから。

 

 現在のところ、至高の御方々からのコキュートスへの評価は上々である。

 ナザリックのシモベ達が武技を覚える事は未だ出来ていないが、これは世界の違いによるものだろうと考えられている。勿論今でも様々な種族のシモベ達が鍛練に励んでは居るものの、芳しい成果は出ていない。

 レベルが低ければ習得しやすいのではと、第9階層からメイドも3人ほど定期的にやってきて訓練に参加しているが、残念ながら武技を習得できていない。その為現在は『何処までナザリックの手が入れば武技が習得できないか』を重視して調べる段階に入っている。

 

 これまでも低レベルの現地人、既に多くの武技を覚えた戦士、高レベルの魔法詠唱者、〈吸血〉や〈血族化〉で吸血鬼になった現地人と条件を変えて次々に武技を習得させてきた。これもコキュートスの仕事であり成果である。

 そしてレベルが同等以下であっても、モモンガ達が〈アンデッド創造〉で作り出した者達は同じ方法では武技の習得が出来ない事もほぼ確定した。低レベルの【骸骨の戦士/スケルトンウォリアー】による涙ぐましい努力の成果である。

 

 しかしこれらの成果以上に、コキュートスは大いなる充実感を得ていた。

 いずれは御方の血族として吸血騎士団の一員に取りたてられるかもしれない者達。そんな彼等を鍛え上げる事はつまるところ御方々に献上する剣を鍛えているに等しい。未だ完成には程遠いが、遠からず最初の一振りも完成するだろう。

 

 同時に武技への知見を深める意味合いも大きいと心得ている。

 先程の刀使いに吸血鬼化を施せば、今とは比較にならない筋力を得て更なる威力になる事だろう。弱兵と侮った状態で適当に仕掛ければ、あるいはレベル差を超えて首を落とされかねない。

 そんな未来を未然に防ぐためにこそ、コキュートスは今日も剣を振るう。

 

 

 

 ナザリック第9階層には慰労用に「バー」が設置されている。

 日々の業務を苦に感じるシモベなど要る筈はないが、稀に利用する者がいる。至高の御方々が「折角あるのだから利用すべきだ」と仰ってからは、一部のシモベが至高の御方々にお褒めの言葉をかけて頂いた際に祝杯をあげる為に利用している。

 今日は特に大きな催しの為、実質貸切の形で盛大に執り行われている。

 勿論盛大と言っても数人がカウンターで並んでいるだけであり、もし仮に至高の御方々がお越しになったなら即座に解散するのだが。

 

「さあ、今日の主役であるデミウルゴス卿に!」

「そのっとおおおおうり!! 大計ゲヘナの完遂なぁらびにィイ、ネクロロリコン様からの御要望を、完ッ璧ッに! やり遂げた我等が同胞に祝杯をォオウ!」

「ええ、長らくこのナザリックを御守り下さり、この世界においても常に最前線で! 御自ら采配を御取りになっておられる御方の『我儘』を! 漸く1つお聞きする事が出来ました!」

「実に喜ばしい事です。全てご協力くださった皆さんの御力あっての事と、そして御方々の陰ながらの御援助の賜物と、このデミウルゴス、胸に刻み今後とも精進する所存です!」

「では、」

「「「乾杯!!」」」

 

 その場に集うはこの度行われた大計において中核をなしたシモベ達であり、主役は企画から準備、現場の指揮まで執り行ったデミウルゴスである。

 玉座の間で執り行われた大計の報告会においてその成果を報告した際、「流石はデミウルゴス」「期待以上の成果だ」と拍手と共に最大級の賛辞を送られていた。そして送られたのは賛辞のみならず、絶対的な信頼の証もまたその場で授けられている。そう、ナザリックの急所であり、至高の御方々と職務上必要ありと認められた2人のシモベのみが所持を認められていた至宝「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン」である。

 普段では有り得ない程に満面の笑みを浮かべ、左手の薬指に嵌められた指輪を撫でるデミウルゴスと、そんな彼に心からの祝福を送る仲間達。至高の御方々の喜びこそが彼等の喜びであり、漸く至高の御方々に御喜び頂ける戦果をシモベ達の力によって献上する事が出来たのだから。

 

「正直に申しますと、この大計で『我儘』を叶える事が出来なければ、御方々は二度と『我儘』を我々に仰って下さらないだろうという恐怖がありました」

 

 責任者であったデミウルゴスは、乾杯を終えて酒気と共に胸中を吐露する。

 今回共に作戦を行うに当たって、御方の直臣である吸血騎士団と話をする機会を得る事が出来、「もし仮にゲヘナを失敗したとしても、御方々が失望してナザリックを去る事は無い」という確信を持つ事が出来た。何故なら御二方は、他の御方々がリアルという非常に重要な場所でやるべき事があると去っていく中でもナザリックを見捨てることなく、日々金策を行い、世界が終わるその瞬間を共に過ごす程にナザリックを愛しているのだから、と。

 更に言えば、ネクロロリコン様は吸血騎士団が満足な働きが出来なかった時も自らの指示や作戦に問題があったと自戒し何度でもお付き合い下さるほどに辛抱強くお優しい方であるとも。

 そんな話を聞き、しかし、いやだからこそ。

 

「我々は示さなければならなかった。我々シモベの有用性を! 何時までも御世話になり続ける無能ではないのだと!! さもなくば、お優しい御方々は、我々を気遣う余りに己の欲するところを表に出して下さらなくなってしまう」

 

 故に、不退転の覚悟で事に挑んだのだとグラスを握りしめて語る。

 

「そして、その覚悟は実を結んだのです」

 

 そっとデミウルゴスの手に自らの手を重ねるは、守護者統括アルベド。彼女もまた今回の作戦において重要な働きをしたシモベの一人であった。

 表に出て情報収集や作戦の大まかな筋道を決めるのがデミウルゴスならば、裏方として人材の調整や配備を整えたのが誰あろう彼女である。

 当日に後方で指揮を執っていたのも、至高の御方々が手を出さない形式であったため彼女であった。

 

「ええ、ゥ我等は! 漸くゥ御方々の御心を慰める事がァ、出ェエエ来たのッデスッ!!」

 

 感極まり拳を突き上げるはデミウルゴスのサポートとして様々な雑事を行った宝物殿守護者パンドラズ・アクター。「クラフトマン」である彼は集めた情報を精査し、逃走する人々が事故によって怪我をしないよう王都の立体模型まで作り、徹底的に人の流れを計算し尽くす事で死傷者0という難業に貢献していた。

 何より彼の作られた目的は御方々を楽しませることである。特に創造主モモンガの目的は他の御方々を楽しませてナザリックに留めるという事であると認識している。しかし宝物殿で彼が出来た事は道化として御方々の考えた芸を披露するのみ。1人、また1人と去っていく後ろ姿を見て何を想っただろうか。そんな彼が最後の御一人に対して漸く自ら働きかける事が出来たのだから喜びも一入であろう。

 彼の内情を知るからこそ、誰も彼の不作法を咎める事は無かった。

 

「しかし、ここで気を緩める訳には参りますまい」

 

 触角を撫でつつ提言するのはこの場に集う功労者最後の一人、第2階層が「黒棺」の領域守護者恐怖公。

 他に先んじて都市に潜入し眷族達と情報収集を行う彼は、支配者達から他の階層守護者に勝るとも劣らない程の信用を勝ち得ている。勿論今回の作戦においても彼の眷族が日夜駆けまわることで正確かつ膨大な情報を齎し、多大な貢献をしている。

 

「ええ、勿論これで気を緩めるつもりなどありません。むしろその逆、更なる『我儘』を引き出すべく鋭意努力すべきと心得ていますとも」

 

 力強く頷く彼の表情は明るい。少なくとも1つ叶える事が出来た、という実績を築く事が出来たのだから。

 これからはより多く、そしてより困難な課題を任せて貰える事だろう。それこそがシモベの本懐でもある。

 主に気を使わせるシモベなど、至高の御方々に御仕えするにふさわしいとは言えまい。

 

「何より、課題が1つ残りました」

「彼女の事ね。おそらく誰もが起こし得る油断や慢心による些細なミス、そしてその結果起こる不測の事態」

 

 一同が思い浮かべるのは報告会の後半、ほぼ唯一のイレギュラーが起こった経緯についての報告がエントマから挙げられていた時の事。

 

『つまり何か? ナザリックの総軍で当たる大計の最中に、小腹が空いたから、つまみ食いをしたと、そういう訳か?』

 

 戦勝ムードに包まれた玉座の間を一瞬で凍りつかせた平坦な御言葉。普段は穏やかで温厚な御方であるだけに、その変貌ぶりは今でも思い出すだけで背筋が凍りつく。

 

『貴様ァ! デミウルゴス達が必死になって準備したこの作戦を! そんな下らん理由で台無しにしようとしたのかァッ!!』

 

 傍で聞いているだけでも竦み上がってしまう御方の叱責。それを直に受けるエントマの受けた衝撃は如何程であろうか。

 断じて自ら受けたいとは思わないが。

 

 結局はデミウルゴスの「総責任者である自らの教育不十分の結果でございます」という決死の挺身と、モモンガ様の「それまでの臨機応変かつ丁寧な仕事ぶり、何より普段の忠勤も評価に入れるべき」との取りなしによって今後暫く外部での活動禁止という事実上の無罪に落ち着いたのだが、

 

「今後のナザリックを左右する重大な作戦でした。あまりにも、迂闊でした」

 

 グラスを握りしめ、悔しげに語るデミウルゴスに他の者はかける言葉が見つからない。

 十分に避けられるミスであったが、これを運が悪かった結果と片づける愚か者はナザリックにおいては有り得ない。ナザリックを愛する御方の事を想えば、ナザリックの今後に悪影響を与えかねなかった愚か者への御怒りの程は察して余りあるというものである。

 しかし、ただ1人異なる視点を持つ者がいた。

 

「御方は、なにゆえ御怒りになられたのでしょうか?」

 

 グラスを揺らしつつ問いかけるパンドラズ・アクターに怪訝な目を向ける一同。

 

「無論作戦を破綻させかねなかったエントマ嬢の行いに、でありましょう?」

 

 思考を巡らす他の2人に先んじて恐怖公が答える。

 ナザリックを愛する御方が、ナザリックの今後を占う大計の失敗に繋がりかねない失態に御怒りになるのは当然であろうと。

 

「果たして、そうでしょうか?」

 

 先程まで脇に置いていた帽子を被り直したパンドラは語る。

 

「仮に作戦の予定が繰り上がりデミウルゴス殿の最終チェックが途中で終わったとしても、ゲヘナの成否には到底結びつきますまい。それこそ、ゲヘナそのものは一夜もかけず準備は整いましょう。その上で御怒りになった理由は、一体どこにあるのか?」

 

 『我儘』を叶える事が出来なくなる、それ以外に支障はないのだと語るパンドラにデミウルゴスとアルベドは顔を顰める。

 

「御方の『我儘』以上に優先すべき事がありましょうか?! 否、断じて否です!!」

「その通りです。此度の大計に於いて最も重視し、時間をかけた要素は御方の『我儘』にほかなりません。そのような事は共に準備をした貴方が最もよく解っている筈です」

 

 2人の言葉に大きく頷き、パンドラは言葉を紡ぐ。

 

「そこなのです。御方の慈悲深さは改めて語るまでもありますまい? つまり、そういうことなのですよ」

 

 ここに来て2人の明晰な頭脳はある答えに行きつく。本来であれば有り得ないと切り捨てるべき答えに。

 

「まさか、いえ、そんな、畏れ多いにも程が!」

「しかし、そのまさかでありましょうデミウルゴス殿」

 

 望みが叶わなかったからと御怒りになる、それは十分にありうる事。しかし、あえて『我儘』であると失敗した際の逃げ道を用意して下さる御方であればその可能性は低い。ならば、

 

「デミウルゴスの準備が無駄になる事を、御怒りになったと?」

 

 アルベドの問いかけに頷くパンドラ。

 

「思い出してみてください、御方の御言葉を。作戦の成否に関して御怒りになっての御言葉でしたか? 私はそうは思いません」

 

 忘れようのないあの日の光景。そうでなくとも御方の御言葉とあらば一字一句全て胸に刻みつけている。それを想い返し、改めて噛み締める。

 

「御方は、私の準備が無駄になる事を、御怒りに……?」

「ええ。御方は、いえ、御方々は我等ナザリックの民を慈しんで下さっておられます。他の御方々がりあるの事情によりナザリックを訪れる事が無くなった後も、我等の為にと残って下さったのです。そんなシモベの努力が水泡に帰そうとしたのですから、御怒りになる事もあるでしょう」

 

 呆然と呟くデミウルゴスに語りかけるパンドラの声は、優しく穏やかだった。

 

『捕虜の処遇を決める権限を持つのはこの私であった。ならばデミウルゴス、お前のミスは私に起因していると言えよう』

 

 その語り口は、かつてデミウルゴスがこの世界で最初の失態を演じてしまった際にかけられた御言葉を思い起こさせる。

 そしてシモベを庇うために自ら泥を被る方々であった事をデミウルゴスは思い出す。

 

「次は、次こそは……!」

 

 授けられた至宝を胸にかき抱き、震える声で宣誓するデミウルゴス。

 

「ええ、我等シモベ一同」

「ゥ御方々に御仕えする意思は同じ!」

「不肖、吾輩も全力を尽くす事をここに誓いましょう!」

 

 改めて至高の御方々への忠誠を誓うシモベ一同に、マスターは至高の御方の1人が製作したカクテルを配る。

 ここはナザリック第9階層「バー」。

 彼もまた至高の御方々に御仕えする事こそが至上の喜びなのである。

 




注)このあとがきは現32話の投稿前にこの話を投稿した際に書かれていたものとなります。その為時系列や文の内容について少々狂いが生じております。
この処置は投稿した文章は修正以外で消さないという作者の拘りによるものです。読者さんを混乱させてしまうかもしれませんが、どうか御了承下さい。
文章書きの下らないプライドだと笑って貰えれば幸いです。



と言う訳で約4か月ぶりの更新となります。先日(一月前)の感想が起爆剤になったと自分で思います。途中で止まっていた32話にチマチマ加筆して漸く出来あがりました。読みにくくなっていたら申し訳ないです。
しかし書きたい気だけはあったため今後の展開については推敲を重ねていますので、昔のまま続けるより面白くなるのではと思います。
・・・まあ待たされるストレスの方が作品のクォリティ向上より重いとは一読者として思いますが。

こういう事を書くとコメ稼ぎかと反感を買ってしまいそうですが、感想は作者の燃料ですよ皆さん! 続きが読みたい作品には積極的に書いておきましょう(自作に入れろとは言ってないという予防線を張りつつ)。
少なくとも私はコメ返ししながら設定等を見直すのは楽しいですし、世界観が深まる良い作業だと思っています。


最後に
デミウルゴスマンセーになる報告会は書きませんでしたが、今回の話を書きながら書いておけばよかったかなと割と後悔しています。3か月前はここまで報告会が重要になるとは思っていなかったのです。とはいえ今を逃すと更新するのだと言う気勢を無くしそうで・・・。デミウルゴスには更なる無茶ぶりという名の『我儘』を送るので御容赦頂きたい。
そして今回の話に入れるべきかと思いましたが、最後の部分にモモンガさんとネクロロリコンの真意を出す対談は入れませんでした。
これはカルマ値極善のネクロロリコンはナザリック全体の利益を考え、カルマ値極悪のモモンガさんが個々の個性を重視すると言う姿勢で対談し始めると物凄い長くなってしまいそうで完成が遠のきそうだと思ったためです。
一万字目前まで膨れ上がったテキストを鑑みて流石にここまでだろうと思いまして・・・。
もし読みたいと言う奇特な人がいるなら書いてみます。モモンガさんのギルメン愛とナザリックの安寧を願うネクロロリコンの対談で丸々1話行きそうですし。
一応次回はエ・ランテルの統治者となったブラムについて書く予定です。今年中に、なんとか・・・!


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34.エ・ランテル出世戦争

ブラムが治めるエ・ランテルの様子を一般人視点で書く。ずっとやりたかったお話ですが漸くここまで辿り着きました。

今回出てくるオリキャラ、きっと190㎝、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態に違いありませんが、今回限りでもはや出番はありません。


 アーノルド・シュバルツエーカーは生まれた瞬間から長男のスペアのスペアという定められた人生を歩んできた。

 エ・ランテルの木工店「シュバルツエーカー」家の三男坊として生まれたアーノルドは兄達に何かあった時に家業を継ぐ事が出来る程度の教えを受け、その後はそれほど大きくも無い店の手伝いをしながら成長した。幸か不幸か2人の兄は無事成長し、長男が嫁を迎えて店を継ぐことで代変わりも恙無く終了してしまった。二男はそれなりに職人としての腕を持っていた為店の手伝いを任されたが、残念ながらアーノルドを養えるほど大きな店では無かった為シュバルツエーカーという家から不要の烙印を押される事となった。

 その後はエ・ランテルの街を護る衛士として食いぶちを得ていた彼だったが戦士としての芽も無く、冒険者や王国兵士としての栄達の道も随分昔に閉ざされてしまった。衛士隊の配給物資の調達や整理などと言った裏方に回されてからもどうにか食いつないでいた彼は、そのまましがない衛士隊の裏方として人生を終えるものと思っていた。

 

 そんなアーノルドの人生に転機が訪れたのは、エ・ランテルの英雄『狼王』ブラム・ストーカーが新たなる領主ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯としてエ・ランテルに封ぜられた事に端を発する。

 

「私に仕える官僚達に収賄は許さん! 袖の下を受け取ったならその腕を落とし、血税の着服をしたならばその首を落とす!!」

 

 正義を尊び悪の組織をなぎ倒した領主様は就任時にそう宣言し、言葉の通り続々と汚職官僚達が解任されていった。そして空いたポストを新たに清廉な官僚を領民から選ぶこととした。各村々の村長や組合の幹部に声が掛けられる中、衛士隊の中では最も数字に強いアーノルドに白羽の矢が立ったのだ。

 

 突如新たな道が拓けたアーノルドはその道を邁進した。他の領地へと繋がる街道を整備するための監督官として新たな官僚に最初の仕事を与えられたときは、これまでに培った人脈を駆使して誰よりも早く、整然とした街道を少ない予算で作り上げるため血眼になって働いた。アーノルドはこの街道整備を最初の試験と見たのだ。

 聞けばブラム伯爵は領内の統治や運営すら有能な官僚に任せるつもりだという。現に工期が短く仕上がりのよい街道を作った責任者達には次の、大きく長い街道の施設を命じられていた。他の候補達の一部は領民の戸籍の整理や農業改革に関する仕事である為成果を出しにくい事が解ってからは、自身の幸運を噛み締めながら。

 

 アーノルドは自身と同じく店を継げない二男三男達に声をかけ、衛士隊の一部をも動員して街道の整備に明け暮れた。同時に自身のライバルであろう他の官僚候補達の情報を得る為に工夫達に差し入れを入れつつ話も聞いて回っていた。

 

「最近大きな狼が3頭1組でよく街道を歩いてるだろ? 街中でもよく見るけど、アレはブラム様がアルコーン対策に見回りをさせておられるんだとよ」

「ブラム様は賊の襲撃を受けてる村を助けた事があるそうだ。その村の復興にも手を貸したとかで、御礼に住人達が街道整備に無償で協力してるって話を聞いたことがあるよ」

「報酬を全て工夫への賃金や食事に充てる奴がいるって聞いてたけどあんたのことかい?! いやー、俺もその人の所で働きたいって思ってたんだ!」

「俺はこの間別の所で働いていたんだが、ゴブリンやオークと一緒に働く羽目になって困っちまったよ!」

「俺もだ! 魔物なんかと一緒に働けないって言ったら、たまたま見回りに来ておられたブラム様から『4本足の獣と2本足で話の出来る亜人と、どちらと一緒に仕事がしたいかね?』って訊かれちまったよ。ちょっと考えたけど、俺はブラム様が使役する獣の方が良いって異動させてもらったんだ。彼女には悪いことしたかな……」

 

 工夫達の不平不満を解消してより効率的に仕事をして貰うための差し入れだったが、意外と様々な情報が手に入った。

 ブラム様の偉大さについてはアンデッド襲撃事件で十分に思い知っているのだが、ゴブリンやオークを使いこなす官僚候補というのは気になる。そいつらは普通に話が出来る上にタフで力強いそうだから、力仕事では他の候補者達に対して圧倒的に有利に違いない。きっと何処かの開拓村の村長だろうが、腕っ節で全てを捻じ伏せるような奴には領地の運営は任せられまい。

 ならば注目すべきは報酬を全て工夫の賃金に還元しているとかいう輩か。名前はカイ・ヨーリというそうだが、かなりのやり手らしい。目先の利益より最終的な地位を狙っているのなら手ごわい相手だ。衛兵時代に培った人脈を駆使して費用を抑えているにもかかわらず競り負けているのだからそうとうだ。

 

 アーノルドの努力が実ったのか、これまでは街道の一部を任されるにすぎなかった仕事が街道の途中からとある村への道丸々一本を任されるようになった。一定の金貨を受け取り、あとは工夫の募集から食料の買い取り、果ては道に敷く砂利の買い付けに至るまで丸ごと任せられたのだ。しかし喜びもつかの間、同様の案件を受けたものがもう2人いると聞いて気合を入れ直す。

 

「この街道を繋げることでエ・ランテルへの移動も随分楽になります。行商人も多く来るようになるでしょうし、何よりドラキュラ商会の方々もお越しになりやすくなるでしょう! 連絡を入れればこれからは態々町まで果物を持って行かなくても纏めて買い取っていただけるのです!」

「おお、流石はブラム様だ! ワシ等の事を考えてくださっているのだなぁ」

「そうなのです! 私もブラム様の御考えに感銘を受けて働かせて頂いているのですよ」

「そうなのかい? そりゃあ素晴らしいが……」

「そこでお願いなのですがね、街道の整備を行う間食料や宿の工面をお願いしたいのですよ。勿論、ブラム様! から頂いた予算がありますので、ええ、きちんと代金もお支払いしますのでね」

「この辺りは町から遠いからなぁ、解った! 幾らか御用意させていただくよ」

「おお! ありがとうございます。村長、貴方がたの領主様への奉仕、このアーノルドしかとお伝えいたします!」

 

 元々客商売をしていたアーノルドからすれば村人との交渉程度雑作も無い事である。それ以上に自分達の為に領主が動いているという事に加え、これまで上から目線で押しつけてきた様々な協力要請が、きちんと対価を払って、しかも下手に出て頼んできたということが驚きであったというのもあるだろう。

 何よりこの村でも新領主であるブラム・ストーカー伯爵に対する評価は高い。正当な対価を払うというアーノルドに対し、相場より遥かに安い金額しか求めてこなかった事からも領主への信頼が窺える。むしろ進んで人手まで割いてくれるのだから相当だ。しかしこの好意に胡坐をかくことは出来まい、恐らく他の村でも同じ待遇を受けている筈なのだ。

 

「これが傷用の軟膏、こっちが病気用の飲み薬、あとこの紫の水薬が緊急用の傷薬になります。税を納めている領民の健康管理の為に各村々に配っておられるそうです。年に2度支給され、半年で効能が切れてしまうそうです。追加で注文する場合の金額はこの箱に書かれていますのでよく読んでおくようにして下さい」

「おお、有難い! 町まで薬師を呼びに行かなくても良くなるとは!」

 

 アーノルドは領主様から預かった薬箱の説明を行いながら思い返す。これまでの村人達を下に見たやり方ではこのエ・ランテルではやっていけなくなるだろうとは薄々気づいていたが、ここまでの施しをするとまでは思っていなかったと。

 領民は領主の財である、これはブラム様が官僚候補達に対して折りに触れて放つ言葉である。領民に手を上げることは自身に刃向かうも同然であるという意味合いとして受け取っていたが、正しく財として扱うつもりであるとは思いもしなかった。

 

 思えば冒険者達の待遇改善策を発表したときからこの方針は示していた。曰く、

 

『領民の安全を守る為には精強な冒険者の育成は不可欠である。しかし現状では志半ばで倒れるものが多い。ならば駆け出しの冒険者を手厚く保護するのが最善であろう。最低限の食住を我々で提供し、可能な限り装備の充実に充てさせる、これが最善と考える。……もっとも我が領民であるならば、だがな?』

 

 とのお言葉である。

 

 この御言葉に盟友である『漆黒』のモモン等が感銘を受けてエ・ランテルの市民として登録した事が拍車をかけ、多くの冒険者達がエ・ランテルの市民となった。

 彼等は銅級冒険者用の宿が無料で利用でき、ドラキュラ商会が卸す各種薬品の購入時に半額以下で購入できる等の特典を得る事が出来るようにもなった。更に街道の巡回等で定期的に仕事を与えられる等の優遇処置まであるためこぞってエ・ランテルの市民となったものである。

 エ・ランテルに漆黒の英雄を留めようと手を尽くしていた組合長も胸を撫で下ろしたと聞く。

 

 勿論波風立たずという訳にもいかなかった。本人の良心による治療行為であるなら無償でも構わないという宣言を受け、神殿系の勢力から抗議の声が上がった事があった。

 その上配給用の薬品製造の為に神殿勢力への資金提供を控えるという方針を受けて地神に仕える高位神官が直談判に来たのだ。

 

 しかし訪れた神官を前にして偉大なる領主様はこう仰った。

 

〈元はと言えば貴様等宗教家が民を救おうとせんから血税から薬代などを捻出しなくてはならんのだろうがァ! 何だぁその豪奢なローブは! 病人怪我人の足元を見て搾取しおって、宗教家なら清貧を旨とせんかッ!! 恥を知れィッ!!〉

 

 この怒声は付近の通行人にまで響き渡ったと言われている。真っ青になって逃げ出す神官長の様子は職員達の間では語り草である。誰もが思い、しかし誰も言わなかった事を言いきったブラム様を見て付いていこうと決めた者は多い事だろう。現に酒場における吟遊詩人達の演目もこの日から増えた程だ。市民を救う事を旨とする指針に否定的な事を言えば爪弾きになるのも当然ではあるが。

 

 かつては自身の立身出世の為に邁進していたが、今となってはブラム様の御役に立ちたいという事が最大の理由になっていると思い返す。きっと競り合っているもう2人も同じに違いない。

 

「さあ、今日も張り切って参りましょう! 偉大なる領主様の為に!!」

 

 今日も工夫達と共に汗を流す彼の名はアーノルド・シュバルツエーカー。

 後にエ・ランテル市内の物流を取り仕切る副市長となる男である。

 




ブラム伯爵のエ・ランテル統治、その表側の描写が終わりました。

いやー良い社会ッスねー。頑張れば出世できて、安全も狼達に護ってもらえて、お薬も安いだなんて! もう最っ高ッスよ!! 狼王様万歳ッス!

そして次回は今回の話と一つだったはずの後半戦、ナザリックサイドです。
何時もの会議です。もう長くなる未来しか見えません。


追記
ブラム・ストーカー伯爵の名前の考察。

貴族の名前は大体 名・姓・デイル・領地or役職 であるようにみえるので、ブラムさんの名前も ブラム・ストーカー・デイル・ランテア としました。羽柴筑前守秀吉みたいな?
もし正式な命名方式を御存じの方がいらっしゃったら御教授下さい。

あとランテルではなくランテアなのはエ・ペスペルのペスペア侯の名前からの推測です。ウロヴァーナとかもそうですね。

こういうどうでも良い事を考察するのって楽しいですよね。


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35.シモベを騙すなら

 今回は全力で会議という名の陰謀パートです。そして珍しく御方サイドの視点です。ある意味シモベ視点より勘違いの方向性が難しいです。
解説編を読んでからもう一度読み直すと狙いが解って面白い、そんな二回読める話と言うのが個人的に好きなのですが、なかなか難しいです。



「それでは、第9回目の全体会議を始める。今回は新たに領土となったエ・ランテルの支配を含んだ今後のナザリック全体の方針を決定する重要な会議であると肝に銘じよ」

 

 第9階層の一室で円卓を囲んでの会議もこれで9回目。今回はネクロさんの意向でシモベ達も後ろで様子を見させるようになった。やはりエントマの一件が尾を引いているのだろう、会議室に集うシモベ達の表情は真剣そのものだ。

 

「では、ネクロさん」

「承知した、盟主殿」

 

 申し訳無いが会議の進行はネクロさんに丸投げする。知識が豊富で咄嗟の機転も自分より利く上デミウルゴス達との交流も深いため申し訳ないがお任せだ。一応予め二人で協議した内容ではあるが、本人もノリノリであるのが救いだ。

 

「諸君等の働きにより王国からエ・ランテル近辺の、いやあえてこう言おう、ナザリック地表部周辺を我々の領地とする事が出来た。これにより表立ってナザリック地表部、今のところナザリック丘陵とでも仮称しようか? このナザリック丘陵一帯の防衛が表立って行えることになった。これは実に喜ばしいことだ! 我等が拠点の隠蔽を組織だって行えるようになったのだからな!」

 

 相変わらずノリノリで会議を進めてくれるが、このナザリックの内部に敵を入り込ませないように表層部の防御を充実させることは2人の悲願だった。隠密能力に長けたシモベ達の配備だけではやはり心許無いし、何より迎撃するとかえって敵の目を引いてしまう。だからこそ表立って外敵を追い払える権力が欲しかった。

 

「少なくない労力を払って手に入れたこのエ・ランテル周辺地域の支配権だが、仮に失えばもはや同じ方法で得ることは出来まい。故に、今後は一人一人がより一層注意深く行動してもらいたいと思う」

 

 先日の一件もあって改めて釘を刺す。エントマの直属の上司であるセバスの表情が硬いのも仕方ないだろう。

 

「さて、今後の大まかな方針だがエ・ランテルの支配を永きに渡るものとし、防衛体制の更なる強化を図りつつ、収益を以て戦力の拡充を推し進めていくこととする! その為に私は幾つか提案したいと思う」

 

 この提案という言い方も2人で考えたものだ。上から押し付けるのではなく、皆で意見を出し合った上で方針を決められるようにしようと知恵を出し合った結果だ。

 

「まず、このエ・ランテルの支配を盤石とするために市民の支持を取り付ける事を最優先とする。誰ひとり、我々の支配を否定しない社会を作り上げるのだ!」

 

 出席者一同を睨みつけるようにして語る内容はナザリックの安寧の為に必要な方針だ。あくまで望まれて支配しているという状況を作る事が重要であると主張するネクロさんの意見を採用してニンゲン達の声を重視するとこにした。これをナザリックの基本方針として全体で共有しておきたい。

 

「第一に身の安全を保証する。大悪魔アルコーンの脅威、及び他の外的要因からの危険を排除することで市井の民からの支持を得るのだ。具体的にはエ・ランテル市内に眷族の軍狼達を徘徊させ、更に領地の随所に軍狼達のねぐらを作ることで身の安全を保障するのが良いと思うが、どうかな?」

 

 知恵を出し合い捻りだした領民の安全保障案。これが否定されたら割と絶望的な気持ちになるが、緊張の面持ちで周囲を見渡す。ネクロさんも顔がこわばっているのが解る。

 

「アルコーンの脅威によって危機感を植え付け監視社会の構築を目指すという事ですか。実に合理的な方策かと」

「ええ、表面上はあくまで領民が望んでいるという形であるところが非常に宜しいかと」

 

 一先ず身の安全を護るという方向性は大丈夫らしい。デミウルゴスとアルベドの意見しか出ていないが凡その方針が一致しているなら問題ない、筈!

 

「……大筋は同意してもらえたようなので話を進めよう。この防衛機構の一環としてナザリック丘陵を含めた複数箇所に我が眷族達を配備して防衛拠点を作ろうと考えている。勿論ブラム・ストーカーが領地の防衛を行うという建前の上で、な?」

「ハッ! それにつきましては僭越ながら地図を御用意いたしました。こちらを御利用いただければと思います」

 

 待っていましたと言わんばかりにデミウルゴスが羊皮紙を広げる。エ・ランテルの周辺地域の地形や街道の状況、村の位置や各村々の特産品や構成人数、更には棲息するモンスターや田畑の状況等が事細かに書きこまれている。

 

「これは?! 流石はデミウルゴス。用意周到だな!」

「お褒めに与り光栄でございますモモンガ様! しかしながら御方々の英知に至らぬこの身が御役に立つには、こういったささやかな仕事こそが肝要と考え、皆の協力の下御用意させていただきました。御役に立てましたなら幸いでございます」

 

 凄い! 先日の報告会でも思ったけどデミウルゴス有能過ぎぃ!! もはや未来予知でもしてるんじゃないかってくらいに先の事を予測して動いてくる! 表情筋が無いから驚いた顔にならないのが救いだ。

 

 思わずネクロさんの顔を見るとこちらもしたり顔だった。

 

「……う、うむ。ではデミウルゴス君。どこに配備するのが良いと考えるかね?」

 

 凄い! 流石ネクロさん!! デミウルゴスの周到な準備に慌てず騒がず意見を求める様はまさに支配者!! デミウルゴスの行動も想定内に過ぎないということか!

 

「はい! 仮称ナザリック丘陵に似た地勢の内、街道や村に近い要地に印を付けておきました。この3ヶ所でございます。また、丘陵地帯の他にも戦略上重要な平原や森林地帯にもそれぞれ印を入れさせていただきました。こちらになります!」

「……ふぅむ、帝国や法国に対する備えとして国境線上にもう少し置いてはどうかな?」

 

 顎鬚を撫でつつ意見を出すネクロさん、まさに支配者の貫録! 恐らく会議の前に考えていたのだろうけど、それでもここまでデミウルゴスの行動を予測して発言を考えていた辺りさすが自称吸血貴族! これは乗っかっておくべきか……?

 

「うむ、情報が不足している帝国や法国に対する備えにやり過ぎるという事は無い。長期的なエ・ランテル統治における最大の障害はやはり他国だからな!」

 

 この辺りは事前に話し合って把握している。王国の主要貴族達を抑えておけば内部からのごたごたに巻き込まれて潰れることは無い、更に王家に関わる勢力を味方につけておけば盤石だと。つまり外的要因を重視すべきである、ということらしい。

 

「はい、国境線上の防衛要員としてこれらの個所に追加の人員を配備すべきと考えております。……御方直属の眷族にあらせられる方々に追加出動を願う事となりますが」

「構わん、【軍狼】共は日毎生産できる雑兵にすぎん。むしろこれらの食費にナザリック全体の出費が圧迫されないかの方が気がかりだ」

「それにつきましてはアルベドが現地の植生を踏まえて配備する数を考えております」

「はい、御眷族の方々の行動半径を基に恒久的に狩り続ける事の出来る野生動物の数を加味して配備できる数を試算いたしました。こちらになります。不足分に致しましてもトブの大森林から送り届ける事が出来る範囲であると考えます。そして国境警備の為のナザリックからの追加要員がこちらでございます。こちらは御方々の御計画通りナザリック内で生産された食料で稼働可能でございます」

「うぅむ」

 

 国境線上に配備するシモベの配置を見て思わず唸り声をあげてしまう。少なくとも補足する要素は無い。

 

「ナザリックからの食糧援助は最低限にしておくようにな。出来る限り他の地域から食料の援助を行うことで前線の維持をし、地下に潜むナザリックを悟らせぬように」

 

 重箱の隅をつつくようなネクロさんの指摘に神妙に頷くアルベド。

 そこまでするかと思わなくもないが、僅かな違和感からナザリックの存在が発覚することを避ける為だと思えば納得もする。ナザリックからの余剰物資は金に代えたいという下心も多分にあるが。

 

「あとは隠密能力に優れた者達を幾らか潜ませて真の防衛ラインを築けば完成といったところか。領地の防衛に関しては以上で良いかな? 続いて人員の登用なのだが、現地の人員から有能な者を選出し、何かしらの仕事によってふるいにかける方式で行こうと思う。領民の戸籍をしっかりとしたものに変えて、その際にタレントの持ち主も確認しておきたいものだ」

 

 これも予め二人で考えたものだ。

 出自に関わらず領地の運営に関わる人員は能力の有無で決定する。それによって才能のある者にはそれなりに裕福な生活をさせる事が出来るという、頑張れば報われる社会に一歩近づけるという方策だ。

 

「実に宜しいかと」

「ええ、ふるいの方法としましては街道の整備や戸籍の見直しを行わせてその正確さや素早さを指標にするのが公平に『みえる』かと思われます」

 

 意外とデミウルゴスやアルベドもこの方針に肯定的だ。どうして人間如きを! と否定的な意見を出してくるかと思っていたが。

 

「それで、この人員の中にナザリックの関係者を入れて要職を固めておこうとも、思っている」

「やはりそうでしたか! 街道の施設に関わる試算は概ね行っておりますので、何時でも始める事が出来ます。これを行わせる官僚候補の人選並びに現職の者達を汚職の罪に問い追放する為の証拠集めも概ね完了しておりますわ」

 

 内政に関しては流石のアルベドだ。ナザリックからのバックアップを受けて出世街道を邁進する人材も当たりを付けているというのだから恐れ入る。

 そもそもこの方策を読んで先手を打っていたというのがある意味恐ろしい。読心術でも習得しているのだろうか?

 思わず見つめていたら、淑やかな笑みで軽くお辞儀をされた。

 

「それから食料の増産なのだが、マーレ君、アレの研究はどうなっている?」

「は、はい! 【錬金麦/アルケミカル ウィート】の栽培ですが、御方々の御言葉の通り栽培にかける手間や土壌の状態により【銅麦】から【白金麦】まである程度は制御が可能です。ただ……」

「やはり高価な【白金麦】の量産は難しいか」

「ち、力及ばず、申し訳ありません!」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるマーレに構わないと片手を上げる。

 実際【白金麦】の大量生産となると高レベルな農業専用の拠点用NPCを複数用意しなくてはならないと聞いている。かつて拠点維持の足しにしようと挑戦したときはワンランク下の【金麦】ですら安定的な生産は出来なかった。

 

 改めて手元の【錬金麦】を眺めると、ユグドラシル末期にネクロさんと金策の為に試行錯誤した時期を思い出す。金稼ぎと言うよりマンネリ化を脱する為に色々試していただけだが。

 プレイヤーの減少に歯止めをかける為に箱庭的な遊びが出来るよう拠点内の畑などが拡張され、金策の為のアイテムが次々とリリースされた時期があった。勿論大型モンスターを倒した方がはやく多くの金貨や経験値を得られたのだが、パーティーを組む事自体が難しくなってしまったが故の救済処置だったのだろう。冒険でロマンを追い求める事も無く、箱庭作りが目的で始める所謂農家プレイヤーが大量発生したときはユグドラシルの最期を感じたものだった。きっとネクロさんがいなかったら意固地になって調べもしなかっただろう。

 

「一先ず高額作物として作らせてみて、上手くいきそうなら将来的には領内全ての作物を【銀麦】に出来たらと思う。実際唯の小麦よりエクスチェンジボックスに入れたときの査定も高いからな。ただ、この麦の特性として変化した子世代の麦は成長してそのまま収穫できるのだが、その子、つまり孫世代の麦は植えても芽が出ないのだ。つまり大量生産の為には子世代の【銀麦】を安定して供給できるようにしなくてはならない訳だな」

「?! それは、つまり」

「……将来的には種もみの供給元として食料全体の流れを牛耳る御積りですか! なるほど、そのような方法が」

「ええ、気付いた時には食料を自力で生産する事すらできなくなっているとは、何と恐ろしい計略なのでしょうッ!」

 

 は! 昔を懐かしんでいたら会議が進んでいた。どうしたんだろう? デミウルゴスやアルベドが驚いているのは何時もの事だけど、パンドラが戦慄するなんて一体ネクロさんは何を言ったの?!

 

「ま、まあ将来的には、という話さ。なあ盟主殿?」

 

 話を流そうとこちらに振るのはやめてください! と言うか誰か解説を頼まないの? 何時もシャルティア辺りが聞くのに。

 

「うむ、しかし困難であるだけに得られる利益も大きいだろう。期待しているぞ」

 

 これでどうだ?!

 

「は、はい! 僕、頑張ります!!」

 

 行ける! このまま話題を変えてやれば!!

 

「それからスケルトンを使った農業についてはどうなっている? 単純労働しか出来んが、それでも人手が増えるのは良いと思うのだが」

「はい、御方から提供していただいた【骸骨の農家/スケルトンファーマー】の御蔭で【銀麦】以上の生産を安定させる事が出来てます!」

「そうか、それは何よりだ。追加が必要ならば適宜報告せよ、エ・ランテルを手にした事で墓地の死体を利用できるようになったからな」

「か、過分な御配慮ありがとうございます。御期待にお応えできるよう、え、鋭意努力します!」

 

 食料関係はこれで終わり! ネクロさん、次、突っ込まれる前に次です!!

 

「それから領民を慰撫する方策なのだが、各村々に置き薬を配布して医療的な援助を与えようと思うのだが、どうかな?」

 

 この質問に対しても、やはりナザリックの頭脳が動く。

 

「やはり、それが狙いでしたか!!」

「現地における宗教勢力の権威を奪い取るには、やはりそれ以外にないでしょうね……!」

「数少ない血族の御一人をあの様な寒村に向かわせた理由! ッアァ!! この大計も一体何時からァ……?!」

 

 そしてやはりというか、正直何を言っているのか理解できない。

 特にパンドラズ・アクター、胸元に手を当てつつもう片方の手をこちらに向けるそのポーズは俺が作ったものだが当てつけのつもりか?

 

「ど、どういうこと?!」

「デミウルゴス! 解説をしておくんなまし!!」

「御方々ノ計略トハ一体何ナノダ!?」

 

 ありがとう皆! その言葉を待っていた!!

 

「フッフッフ、流石に鋭いな。良いぞ、解説してやるが良いデミウルゴス君」

 

 机に片肘を突いて顔を隠しつつ決めポーズで説明を促すネクロさんも多分解ってない。

 いや、もしかしたら当たり前すぎて俺に言わなかった可能性もあるのか……?

 

「ハッ! 皆、御方の血族であるヴィクター博士が研究しておられたものは何か、覚えているかい?」

「それは肉体強化の御薬でありんしょう?」

 

 そうだ、カルネ村の住民を利用して肉体強化用のドラッグを開発していた筈だ。他にも戦力増強が出来る方法を現地で収拾できる材料を用いて研究していた筈だ。

 

「えぇ、エェ! そうですともッ! それではこの世界に来て最初にゥォオン血族として迎え入れた者は何者でした、カッ?!」

「それは、あらゆるマジックアイテムを使用できるタレント持ちの薬師でしょ?」

 

 これも間違いない。その場にいたのは他でもない俺だ。

 現地特有のアイテムを壊さず、それでいてンフィーレア少年の精神を壊さないようにする為に態々人数制限のある血族にしていた。

 

「それではナザリックの拠点と化しているカルネ村に保護した女達を送って何をさせているか、これも勿論伝え聞いているわね?」

「そ、それは、ヴィクター博士の指導の下……あ?!」

 

 なんだマーレ?! 何に気付いたんだ!

 ネクロさんは相変わらず意味深な笑みを浮かべるばかりだし、ここは俺も格好を付けて意味深な笑いを浮かべておくべきか?!

 

「その通り。薬剤の調合、その基礎的な部分を仕込まれつつあります。そしてカルネ村では傷薬の材料となる植物の生産を行っています」

「ゥ御方々が! ニンゲン共を支配する上で、不満を持たせぬことを前提としておられることはもはや明ッ白ゥッ! ヒトが安定的な食料を得て次に欲するものとは、身の安全に他なりません。ン勿論ッ! 物理的な危険から守るだけでは到底不足ゥ! 脆弱な人間達はあっさりと病に倒れ、嗚呼悲しきかな、命を落としてしまいます!!」

「これまで民をこれらの障害から救うものが何者だったか、それを考えればおのずと答えは出るというものです」

 

 障害から民を救うもの。医者か? いや、この世界の場合は。

 

「あ、解った! 神殿だ、神官達でしょ?!」

「その通りです。神殿勢力がほぼ独占している治療分野の権威を回復薬の処方によって奪い取る御積りなのです!」

「事態は治療行為のみに留まりません。神殿勢力を駆逐することで御方の、つまりはアンデッドによる統治に否定的な組織を速やかに排除する事こそが最大の狙い!」

「吸血貴族ンゥネクロロリコン! ゥ御方の、いえ、ブラム・ストーカーの永遠の統治を可能にするための方策! その布石をォ! カルネ村救済の時点でお考えだったという事ッ! ンゥなのですッ!!」

 

 なんだって―――ッ?!

 思わず視線を送った先にはニヤリと笑うネクロさんの顔が?!

 いや、絶対苦し紛れに笑ってるだけでしょ? そうだと言って下さいお願いします。

 

「我々も3人揃って漸く追いつく事が出来ました!」

「ゥ御方々の教えにございましたァ。誰しも3人寄ればァ? ンゥモンジュの知恵が得られるとォッ!!」

「モンジュとやらが御方々に並ぶ程の者かは測りかねますが、それでも中々の知恵者ではあるようですね。少なくとも御計略の一端を掴むことは出来ました」

 

 まるで犯人を追いつめる名探偵の如き3人。その視線の先にいるネクロさんは。

 

「フッ、私からの解説は不要か。流石だな」

 

 もしかして本当に最初から……?

 いや、ネクロさんなら、タブラさんなみにキャラ設定を書き込むネクロさんならあるいは?!

 

「見事だ3人とも。正しく、私が予定していた統治の完成形に辿りついたようだな! ああ、勿論、全て、計算の内だとも!!」

「「「おお!!」」」

 

 あ、これはやけっぱちになってるパターンだ。

 

「ネクロさん、残る議題は冒険者についてだったかな? 会議も長くなってきたことだし、そろそろお開きにしようではないか」

「! そうですな、長ったらしい会議は害悪というもの。冒険者への優遇策を餌にして領民として登録させる、その際にタレントについて調べてしまおうという訳だ」

「支援策といたしましては、こちらも薬品を使われるという事で?」

「そうだな、駆け出し用の宿も無償にしてしまおうと思っている」

「冒険者組合の独立性もある意味邪魔だからな、モモンの名声を使う事で上手く取りこんでしまいたいところだ」

「なるほど、やはりこれも」

「ああ、我々の予定通り」

「つまりは、そういう事だ」

 

 補足説明は不要であった為、そのまま何時もの万歳三唱をしてお開きとなった。

 

 はぁ、今回の会議も無事終わった。

 今日もアドリブに次ぐアドリブだったけどボロを出さずに会議を乗り切ったぞ!

 ネクロさんはデミウルゴス達と毎回こんな綱渡りをしてるなんて凄いなぁ。もう俺なんか不安で胃がキリキリするよ。

 俺、内臓なんか無いけど。

 




と言う訳で速攻で35話です。
元々34話と一つの話になる予定でしたが、あれもこれもと詰め込んでいくうちに過去最長を大幅に更新してしまい、分割と言う形になりました。

敵をだますならまずは味方から、を素で行う御方々でした。
モモンガさんは支配者ロールをしつつ内心こんな感じで慌てているというのが本当に良いキャラですよね。

原作では一人で四苦八苦していますが、ウチでは頭脳労働は相方に丸投げです。それでいて危なそうならすかさず助け船を出す、これがギルド長を長年務めた男の力!


話は変わりまして、アンデットの統治において宗教勢力の排除は不可欠。ならばその為にはどうすればいいのか? そもそも信仰心なんか殆ど無さそうなこの世界の住人にとって神殿勢力は重要なのか? それを考えた結果がお薬の量産でした。
どうでも良いですが地神を信仰する神官長は書籍版にはいなかったのですね、最近気付きました。



以下どうでも良いオリジナル設定など

【錬金麦】
説明が解りにくかったかもしれませんのでもう一度説明します。
錬金麦を育てると普通に錬金麦が実る他に白金、金、銀、銅の麦が突然変異でできます。この錬金麦からできた銅麦(子)を植えて育てることで大量の銅麦が収穫できます。この収穫した大量の銅麦が銅麦(孫)となります。そしてこの銅麦(孫)はあくまで消費用であり、植えても芽が出ないと言う事です。金麦や白金麦を延々増やしてやれば簡単に稼げそうですが、それは出来ない訳です。金稼ぎは面倒くさいのがゲームの基本ですので。

そしてアルベド達が驚いていたのはこの銅麦(子)を売り込んで主力作物として農家に栽培させた場合、将来的には刃向かった瞬間種もみを得られなくなり、一切麦の生産が出来ない状況を作り出せるということに対してです。領民全体の食料を人質に取るつもり、と思った訳です。何と恐ろしい。
勿論ネクロさんはそんな恐ろしい事は考えていませんでしたが。



農家プレイヤー
全盛期の事から結構いたんじゃないかと思いますが、過疎化し始めたゲームを少しでも長続きさせる為に個人として楽しめるコンテンツを充実させた、と言うのはよくあると思います。
拠点をゲットして畑を耕し、防衛用NPCに家畜の世話をさせる。そんな遊び方もナザリックのジャングルを見ていると可能だと思いますがどうでしょう?
個人的にそう言うゲーム大好きです。時間がけし飛ぶ位やりたいです。


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36.べりー くるします!

???「悪いなザイトルクワエ。私の慈悲は信者と人間限定なのだよ!」
????「さらばだ。せめて美しく散るがいい」

タイトルに特に深い意味はありませんよ? 本当です。
ネクロさんの本気を少しくらい書いてみたかったのです。
折角大量に設定を書きだしたのに一切使わずに終わるのは悲しいので。

そしてどのような道を歩もうとザイトルクワエに生存の可能性は皆無という事実。
哀れ半端な強者。


「御報告申し上げます。アウラより、世界を喰らう魔樹が復活の予兆を見せているとの報告が入りました」

 

 その報告はエ・ランテルの統治をセバスと血族のブラドに任せ、対帝国の戦略を練っている最中に上がってきた。

 とあるドライアードをナザリックの新たなる仲魔として迎え入れる際に聞いた魔樹の存在、万に一つの危険性を考えてアウラには定期的に付近を捜索して予兆を見逃さないようにと言っておいたが、遂に復活の兆候が出たという。

 

 この報告を受けて即座に対応会議が開かれた。そして相手のレベルが90にも満たないと解った時点で、守護者達が集団戦闘を行う訓練の一環として討伐する事が決まった。

 同時にあえて派手に戦い周囲に強者が現れないかを待ちかまえるという方針も。

 

「今回の戦闘は、諸君に集団戦の経験を積んでもらう事がある意味最大の目的だ。その為火力を抑え、あえて長引くよう制限を設ける」

 

 今後の対ギルド戦闘を見据えて集団戦闘の経験を積ませる。これは非常に大切だ。

 ソロとパーティーでは戦いというものが全く違う。そのあたりの事を身を以て知ってもらう良い機会になってほしいところだ。

 

「勿論この私が指揮を執れば魔樹とやらはテンカウント以内にキャンプファイヤーにしてみせるとも。しかしそれではダメだ。私のいないときに守護者同士で連携を取れる事こそが広大な領地を手に入れたこれからのナザリックに必要な事なのだからな」

 

 地下大墳墓に籠って迎撃戦を行うこれまでとは違うと強調することで年少組にも理解して貰う事が出来た。さすがモモンガさんの説明術は解りやすい。もういっそ自分で話せばいいのに。まあ個人的に楽しんではいるし、何より現状だと俺はかなりの嫌われ役だから重要ポジションみたいな扱いをしてくれるのは助かる。

 ……そろそろ後ろから刺される危険があるし、エントマとかセバスとかから。

 

「まずはコキュートス君。君は敵に張り付いてダメージソースになってもらう。ひたすら近距離で殴り続けてもらおう」

「承知イタシマシタ!」

「ただし君が本気で斬ってはすぐに終わってしまうので幾らか縛りを設ける。まずスキルや魔法は使用しない事。そして武器は二戦級のものを使用する事。以上だ」

「時間ヲカケル事ガ重要ナノデショウカ?」

「今回は、だ。本来の戦闘では勿論高火力の攻撃を打ち込み速やかに終了する事が望ましい」

「その本来の戦闘で必殺の一撃を放つ事が出来るよう、今回連携の確認を行うという事だ。勿論何も考えずひたすら強力な攻撃を打ち込めばいいという訳では断じてないのだが」

「理解イタシマシタ。御教授有難ク存ジマス」

 

 強敵との戦闘ではそもそも近づけないという事もある。そんなときにどうやって近付くのかが前衛火力職のテーマの一つと言える。そして近付いてからの技の選択もかなり大切だ。この辺りはAIで設定するのは少し難しい。敵が固定されてきた末期では相手の種族等に応じてピンポイントで対処していたものだが。

 

「次にアルベド君」

「はい。コキュートスの護衛でございますね」

「その通りだ。こちらは特に制限を設けないが、スキルの使用回数を減らし自身や仲間の動きで何処まで被害を減らせるかを考えながら戦ってみてもらいたい」

「タンク職は地味だがよく周りを見ていないと務まらない重要な立ち位置だ。意外と工夫できる点も多い。創意工夫に期待する」

「畏まりました」

 

 その後も二人がかりでポジション毎の役割や目的を説明していく。

 揃って偉そうに語っているが、全てかつての仲間達の受け売りである。右も左もわからないゲーム初心者だったくせに色々考えなくてはならない支援職だった俺と、ややバフよりの魔法詠唱者だったモモンガさんはそれはもうたっぷりと御勉強会をしたものだった。

 

「遊撃というのは隙を見て突っ込めばいいという訳ではない。相手のパターンを把握し、仲間の連携の合間を狙って動く敵の攻撃を邪魔し、またターゲットを分散させ――」

「バフ職は戦いを左右する重要なポジションだと言っていい。如何に強化を切らさず、かつ相手を効率的に弱体化させ続けるかを――」

 

 かつての初心者講座を思い出し少々熱が入ってしまったが、大事な事だから仕方ない。かつて仲間達から教わり、それを仲間達の忘れ形見に教えるこの状況は感慨深いものがあったが。

 

「長くなってしまったが、大切なのは周りをよく見るという事なのだよ」

「敵が何をして、仲間が何をしようとしているのか。そして自分に何ができるのか。それらを常に考える事が集団戦の基本だと心得よ」

 

 説明はこんなところだろうか? 結局やってみないと解らないからむしろ反省会の事を考えてよく見ておかなくては。

 俺は基本フィーリングだから主にモモンガさんが!

 

 

 

 

 

「ほう、確かに見た事の無いモンスターだ。未知のクエストのボスあたりかな?」

「レイドボスとしては中・下級プレイヤー用といったところですか。あるいは、この世界の固有モンスターといったところでしょうか?」

 

 周囲に索敵用のシモベや眷族・血族を配備しているため、守護者達の連携を眺める二人の緊張感は薄い。仮にここに敵襲があったとしても十分に返り討ちに出来るだけの戦力が揃っており、それ以前に超々遠距離狙撃でも受けない限り先手を取られる可能性もない。これほどの防衛線を張っているのだからどうしても気が緩むというもの。偶々片眼鏡で見つけた固有ドロップ品を回収するほどの余裕ぶりである。

 

 戦闘についても事前に割り振った役割をそれぞれが果たしている為非常に手堅く着実に推移している。コキュートスが二戦級の剣でひたすら殴り、アルベドがそれを護る。デミウルゴスの指示の下シャルティアが飛び回りつつ爪で攻撃して撹乱し、アウラが移動や攻撃のサポートをし、マーレが後方で補助を行う。

 それぞれが単独で倒せる実力を持ち、その上で得意分野を生かして連携を取っているのだから負ける要素など何処にもない。コキュートスが無傷で終了するという課題もあっさりクリアしてしまうだろう。護衛のアルベドが種子の弾丸を打ち返して別の種子に当てるなど器用に立ち回っている。

 将来的にも本来的にも単独で敵陣に切り込む事が役割であるシャルティアも事前のアドバイスを聞いて周りをよく見て動いている。自発的に触手部分に攻撃を集め出した辺り評価が高い。こっそりシャルティアの援護をしているアウラもさすがに指揮官型だけのことはあ―――!

 

「?!―――〈112-3000〉!」

「敵襲ですか?!」

「いや。索敵網に何かが引っかかったような気がしてニグレドに座標を送ったんだが、ちょっとわからん。一瞬だったし、気のせいかもしれん。クソッ、指揮官クラスのおまけ程度な情報魔法じゃ精度が足りん!」

「こちらの射程までは入っていないようですが、撤退したのでしょうか?」

「この距離で私達の気配を感じとったのだとすると恐ろしい探知能力だ。あるいは索敵網に勘付いたのか。周囲に伏せておいた奴らを急行させて囲んでは見たが……ダメだ。ニグレドの方も釣果無しだそうだ」

「かなり慎重な相手という事ですか。厄介ですね」

「不覚だ。魔法じゃ相手に気付かれるからと指示を出すか迷ってしまった」

「探知魔法に引っかかった事はそれなり程度の情報系魔法で察知できますからね。まあ悪手では無かったのですから一先ず良しとしましょう!」

 

 若干の薄気味悪さを残しつつも、その後は何事も無く戦闘は終局に向かっていく。

 六本あった触手部分は全て切り落とされ、体力も僅か。戦闘パターンもほぼ出しきったようだ。

 

「じゃあそろそろアレ、やりますか?」

「ですね。〈そこまでだ諸君! お楽しみの仕上げの時間だ〉!!」

 

 仕上げに入ると言った途端、守護者達が顔を輝かせる。二人のコンビネーションアタックを見せると予め言っておいたからだが、随分期待されているらしい。これは失敗できない。

 あえて広範囲に影響が出るだろうスキルを使って最後の餌をばら撒きつつ、久しぶりの全力を楽しむとしよう。

 

 

 

「そんじゃお先に、〈我は狂える月の愛し子にして宵闇の覇者! 哀れなる亡者達の導き手なり〉!」

 

 歌い上げるは《神祖》の設定を元にした〈名乗り〉口上。

 同時に全身が赤黒いオーラに包まれて普段用の老人形態から戦闘特化の第三形態へと移行していく。鋭い爪が伸び、乱喰い歯が飛び出し、マントは蝙蝠風の羽根へと変化していく。

 

「狂乱の紅き月よ! この地に来りて我が同胞達に祝福を与えよ!! 〈狂月招来〉!!」

 

 夜と月の子である《神祖》カインアベル。その力を受け継いだ《吸血鬼 神祖/ヴァンパイア ザ・ワン》。その種族固有のスキルによって膨大なMPを消費して夜空に深紅の満月を召喚する。

 

 元々アンデッドは日中常にペナルティがかかる代わりに夜間にはその分ボーナスを得るようになっている。吸血鬼はそのペナルティが特に重いかわりに、ゲーム時間で30日に一度ある満月の夜に圧倒的なボーナスを得る事が出来る種族である。満月の吸血鬼とまともに殴り合えるのは最強種族たるドラゴン種だけと言われるほどにそのスペックは凄まじい。

 

「彷徨える者たちよ、我が呼び声を聞け! 我が下へ集い、襲えッ! 〈亡霊達の狂宴/ワイルドハント〉ォォオオ!!!」

 

 そして撃ち放つはネクロロリコンの最大火力。支配者系クラスを取った上位アンデッド専用の特殊クラス「不死者の王/ノスフェラトゥ」のスキルによって無数の【鬼火/ウィル・オ・ウィスプ】を召喚し、ザイトルクワエを取り囲む。

 

 襲いかかる鬼火に反応して迎撃に移るザイトルクワエであったが、

 

「〈魔法三重最強化〉〈炎の鎖/フレイムチェイン〉!」

 

 モモンガの放った拘束魔法によってその動きを止められる。

 

 その巨体故止められる時間は僅かしかないが、モモンガからすれば僅か1F(フレーム)もあれば事足りる。

 

「―――〈時間停止/タイムストップ〉」

 

 

 

 青白い鬼火の光に照らし出された巨木は幽玄の美とでも言うべき神々しさを醸し出し、そこに煌々と燃え上がる鎖が巻き付く事で赤と青のコントラストが映える。時間停止によって押しとどめられたザイトルクワエは一幅の絵画のようですらあった。

 

「これは、何と美しい!」

 

 口々に称えるシモベ達に対し、時間停止の性質やクリスマスツリーについての講義を行うモモンガは三重最強化した〈浮遊散弾機雷/ドリフティング スターマイン〉を設置する。

 

 そして講義の終わりを待っていたかのようなタイミングで再び時は動き出す。

 

「〈串刺し処刑/カズィクルベイ〉!」

「〈隕石落下/メテオフォール〉!」

 

 時間停止が解除された瞬間、鎖を引き千切らんと鬼火を迎撃するザイトルクワエの足元に赤黒い杭が乱立、同時に頭上には巨大な隕石が生じて襲いかかる。周囲に設置された浮遊機雷もまた敵を察知し星弾を撒き散らしていく。

 

 ここで隕石が着弾する瞬間を見計らい、

 

「――〈起爆〉!」

「―――〈時間停止〉!」

 

 鬼火達が縮小し、また隕石が着弾してその威を解放した最も輝く瞬間を切り取る。

 

 巨木の周囲に綺羅星の如く輝く無数の光点、周囲に散らされた星弾、足元も薄っすらと赤く照らされ、引き千切られた鎖すらも彩となり、何より樹上の極光が目を引く。全ての光源が最も輝く瞬間で時が止まっている。

 

 その圧倒的な光景にシモベ達は感動し、それ以上に戦慄していた。連携の何たるかを思い知っていたのだ。

 そしてなにより恥じ入っていた。自らが行っていた拙い連携を。

 

 支配者達は腕を組み、ただその背をシモベ達に魅せるのみ。

 

 シモベ達はその雄大な後ろ姿を羨望の眼差しで見続けるのだった。

 

 

 

 決まったァ! 完っ璧じゃね?!

 どーよ、コレがユグドラシル末期に局所的ブームを巻き起こしたモテない漢達のクルシマスツリーver.5 名付けてベリークルシマスツリーだ!!

 

 毎年二人で練習し、徐々にクォリティを上げ続けた結果できあがった最高傑作。この動画を投稿したら凄まじい再生数とコメントが入って内心ビビったモンだ。やはりアンデッドの二人組がツリーを炎上させているという光景がウケたんだろう。中には高度なプレイヤーズスキルを使っている事を指摘するユグドラシルプレイヤーのコメントもあったが。

 

 横目で最後のアレをやる事を確認する。

 

 2.1―――

 

「「べりーくるしまーす!!」」

 

 ハイタッチと共に轟音炸裂!

 完璧だ、完璧すぎる! しかし支配者たるものここではしゃいではならない。ここはドヤ顔で、

 

「とまあ、私達くらいにもなるとこれぐらいのアソビも出来るようになる訳だ」

「お互いのスキルや魔法のタイミングなどを熟知すれば、こういった事も出来るという実演だな」

 

 これは中々驚いてもらえたらしい。目を見開き、震える手で拍手を贈られている。

 いや、これはドン引きされているのか? さすがにちょっとやりすぎたかもしれん。

 

「ま、まあアレだ。ここまでやれとは言わんさ。明らかに無駄も多いからね」

「そ、そうだぞ。ちょっとした遊び心という奴だ。普段はここまでしない」

 

 何と言っても周囲に浮遊する無数の鬼火達の自爆によるダメージとメテオの衝突及び爆風を全く同じタイミングで叩き込んだのだ。表示されるダメージ量は毎回凄まじい数字が出ていたものだ。ベリークルシマス(即死)だのベリークルシマス(オーバーキル)だのとコメントも付いていた事を思い出す。

 

 若干の気まずさを覚えつつ、全員でセカンドナザリックへ移動して一応の偽装工作を行った後、反省会の為にナザリックへと帰還する。

 全体的に連携の大切さを理解してくれていたようだし、今回は一先ずこれで良しとしよう。

 結局誰からも接触が無かったし。

 

 

 

 

 

 ―――某所、

 

「報告します。魔樹の竜王が活動を再開しました」

「そうか、それでは待機させていた漆黒聖典を――」

「お待ちを、もう一つ御報告が」

「む、どうした? 新たな脅威が迫っていて動かせないのか?」

「魔樹の竜王が消滅しました」

「……は?」

「何者かによって討伐されたものと思われます」

「なん……だと……?!」

 




折角の季節ネタ、書かねばなるまい! 等と思いド派手にやって貰いました。
早漏なのは許しておくれ。

二人ともそれなりに楽しんで末期のユグドラシルを遊んでいたんですよ、というちょっとだけ優しい世界。
原作アインズさんは救いが無さ過ぎます・・・。



以下、オリ設定についての解説など。興味のある方はどうぞ。



指揮官型クラスの魔法
前衛職や魔法職と違って直接的な攻撃手段の無い指揮官型、さすがに補助魔法位は貰えるだろうというオリ設定。勿論ガチ魔法職と比べて射程や効果、持続時間等で劣る。

ネクロロリコンの魔法位階
上位吸血鬼(真祖・始祖・神祖)で20レベルと指揮官クラスで45レベルの合計65レベルが魔法職扱いのレベルとして計算されている。そして7レベルごとに位階が上がるという説を採用して、第10位階の魔法を6つ習得。あくまで情報系魔法を固めて取っているため攻撃力は低い。

情報魔法に対する感知
情報系の魔法を極めて行くと情報魔法で姿を見られただけで逆探知してカウンター魔法を叩き込めるという修羅の巷がユグドラシルです。少なくとも魔法を使われたという事程度は低位の対策で感知できるものと思われる。だからこそ術者の現在地を偽装する必要がある訳で。

狂月招来
文中にある通り《吸血鬼 神祖》が習得可能なオリスキル。
イベントボスであるカインアベルは吸血鬼が信仰する神という設定であり、その力を受け継いだプレイヤー用の種族も同族を強化するスキルがあるのではという独自解釈。
隠し要素として、昼間に使うと余計にMPを使う代わりに皆既日食の状態になってエリアエフェクトが昼から月夜に変化する。

串刺し処刑
吸血鬼と言えばなオリスキル。《吸血鬼 始祖》が習得可能。
移動阻害効果が付いた範囲攻撃スキルであり、巨体が相手であれば合計ダメージはそれなりに出る。
予め設置しておくことで射撃手を騎兵の突撃から護る馬防柵のような使い方も可能。

不死者の王/ノスフェラトゥ
モモンガのエクリプスの様な隠しクラスではあるものの、遥かに制限が緩いクラス。
条件は、上位アンデッドである事と指揮官型クラスを多く取っている事、レベル90以上であること。そのためゾンビやゴーストでも所得は可能。
主に集団を召喚してバッドステータスをばら撒くクラスであり、鼠やムカデ、蝙蝠、悪霊を呼び出す。

亡霊達の狂宴/ワイルドハント
《不死者の王》が習得可能なオリスキルで、大量の幽霊系モンスターを召喚する。
今回呼んだのは鬼火で、火属性の接触ダメージと火傷の追加効果が発生し、起爆させればそれなりのダメージが出る。見栄えも勿論だが対樹木モンスター用の選択でもあった。他にもゴースト系を呼べば接触により能力値ダメージと呪い等でデバフをかける事も可能。
魔法使いとしてのレベルを所得しただけ自爆の威力に、呪術師系はゴーストの追加効果に、召喚士系なら呼出す数にボーナスがある。


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37.悩める王達

竜王>法国>ツアー>王国>帝国

帝国>王国>ツアー>法国>竜王



 ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 バハルス帝国の現皇帝にして歴代最高とまで称される絶対的な君主である彼が、珍しく頭を抱えていた。

 

 リ・エスティーゼ王国の攻略は祖父の代から続く帝国の悲願であり、勿論彼の代においても推し進められてきた。王国を併合するべく様々な手を打ち、結果として早ければ今年中に、長くとも数年の内に達成されると思われていた。

 

 そう、過去形である。

 

「ブラム・ストーカー……!」

 

 恨めしげに口から零れたのは崩壊寸前の王国を瞬く間に立て直し帝国と法国に接する要衝エ・ランテルの領主に収まった怪人物にして、ジルクニフが現在最も警戒する人物の名であった。

 

 恐るべきはその軍事力と政治力、そしてなにより情報力であろう。

 長年王都の闇を支配してきた「八本指」を壊滅に追いやったのは他ならぬこの人物であり、その際多くの資料を手中に収めたと言われている。『六大貴族の一つであるペスペア家を取り潰す』際の証拠もそこから来ているという。『王族派と貴族派の対立を解消した』のも各種証拠を抑えている事が大きいと見られている。

 内乱寸前の王国を瞬く間にまとめあげるなど普通ではありえない。長年に渡る派閥争いを解消するという有り得ない結果を齎した方法は恐らく、『有力者全員の弱みを握る』事によるものであろう。そしてランポッサⅢ世から王位を譲られた元第二王子にして現王ザナックも安泰ではない。むしろ貴族達より余程厳しい立場に置かれているはずだ。『勢力争いの強引な解消』によって集中した権力を考慮すると、王位簒奪という危機が目前に迫っていることから王国最後の王になりかねない状況なのだから。

 

 勿論帝国もまとまっていく王国の様子を黙って見ていた訳ではない。各種関係筋から提供される情報を分析し、手を打とうとはしていた。しかし『「八本指」が壊滅する時期から大悪魔アルコーンの襲来にペスペア侯の取り潰し、ランポッサⅢ世の退位と目まぐるしく変化する王国の情勢』により情報は錯綜、結局何一つ有効な手を打つ事が出来ぬまま今に至っている。手に入れた情報を読み返すたびに、『全てが何者かの筋書き通りに動いている』のではと勘繰りたくなってしまう。大筋は間違いなくブラムによるものだろうが。

 

 とはいえ、王国を正常な状態に戻しただけであればまだ予測の範疇に収まった事だろう。問題はその後に打たれた政策にこそある。

 

 『王国内の戦力を国王の下に集めた正規軍』ができあがってしまったのだ。ブラムが持つ各種証拠と純粋な武力を恐れた『貴族達はあっさりと軍権を放棄』し、他国の介入を許す事無く事を終えてみせた。そして軍を率いるのは忠勇厚き元王国戦士団戦士長ガゼフ・ストロノーフ。再編が終わればかなり手ごわい軍勢となるだろう。なにより農繁期に戦争を起こす事で国力を削る手も実質封じられたことになる。そしてガゼフとブラムがいる限りこの体制は崩せまい。

 

 一応、『元貴族派の者達が反攻の時を窺っているらしいという情報』も入っている。その情報を流してきたポウロロープ侯も何処まで信用できるか解らないが、国家の再建が本当に成功するか静観するのも手段の一つとしてある。仮に成功してしまえば肥沃な国土を誇るリ・エスティーゼ王国は一気に帝国を上回る国力を取り戻し、その国力によって賄われる正規軍の数も帝国を上回る事だろう。そうなれば王国の併合どころか逆に帝国の未来が危うい。

 

 仮に攻め込むとすれば、軍の再編が終わる前に戦いを挑み、全力を以て叩き潰すことで再建の芽を摘む以外に手はないだろう。そう思い先んじてカッツェ平原のアンデッド討伐に動き出すも、こちらは遅々として進まない。

 まず王国はアルコーンの襲来による被害と軍の再編を理由に出兵を拒否。ここまでは予想通りではあったが、王都周辺の冒険者達までもが悪魔達への警戒のため王都に留まるよう『ラナー王女の名で』依頼を出されていた事は流石に想定外であった。

 ならばと被害の少ないエ・ランテルに目を向けてみれば、こちらはより酷い有様であった。ブラムの政策によって『エ・ランテルの冒険者が事実上の私兵と化して』いたのだ。建前上は大悪魔アルコーンへの警戒の為に見回りの依頼を出している事になっているが、明らかに事実上の囲い込みが行われていた。

 やむなく帝国騎士団と冒険者、ワーカー達を動員して討伐を行わせているが、『大量発生したアンデッド』の掃討にはまだしばらくかかる事だろう。

 あらゆる意味で帝国にとって逆風が吹き荒れていた。

 

 背もたれに体を預け、大きく息を吐くジルクニフは今後の方針を話し合う秘書官達の様子を眺める。激変した王国の情勢に対する今後の手を話し合っているが、概ね体制が整う前に戦争を仕掛けるべきであるという方針は一致している。開戦の口実としてはエ・ランテル周辺のみならず『トブの大森林を領有する』と一方的に宣言している事について挙げる予定であると。人外の領域であるトブの大森林を領有する事が実際に出来るか甚だ疑問ではあるが、帝国としても森に分け入って薬草などを採集することはあるので締め出しを食らう訳にはいかない。

 ただ、この大森林の領有宣言は帝国に開戦の口実を与える為に行われたのではないか、という懸念がある。老将ブラムの噂は帝国にも届いており、「子犬の集団を獰猛な狼の軍団に変貌させる」とまで言われている。『貧弱な衛兵達を率いてアンデッドに立ち向かった』事実を踏まえて考えれば余程優秀な指揮官なのだろう。『ガゼフ将軍と個人的な繋がり』もある事から、帝国と戦争をするなら軍師として参戦する可能性が高い。これらの事実から王国側は勝算があると見てあえて帝国から開戦させようとしているのではないかと。

 

 同時にそう思わせる事で開戦を思いとどまらせようとしている可能性も多分にあるのだが。

 

 一枚岩になった王国軍を噂の狼将が率い、先陣を切るのは王国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフ。あくまで人づてに聞いた情報でしかないが、これまでの戦争のように睨みあうだけで戦略的勝利を得るということができない可能性も高い。

 『半端に勝たせてしまえば新興勢力であるブラムとガゼフに華を持たせるという最も王国の再建に与する結果となってしまう』のだから更に悩ましい。

 

「それなり以上に優秀な将軍の指揮の下で戦う王国軍……六万と、その先陣を切るガゼフ・ストロノーフ。勝てるか?」

 

 傍らに立つ帝国最強の騎士に問う。

 戦力についてはやや過大評価であることは承知しているが、最悪の事態を想定した問いかけである。

 

「そりゃあ難しいでしょうな。我々帝国四騎士がガゼフを抑え、その他の帝国軍兵士達が王国軍の兵と戦い、最終的に我々を皆殺しにしたガゼフが本陣に切り込むかと」

 

 あるいは力尽きたガゼフが帝国軍の勢力圏内で命を落とすだろうが、指揮官を失った帝国軍は指揮者が存命な王国軍によって潰走する事だろう。帝国最強の騎士である「雷光」バジウッドの答えに思わず顔を顰める。

 

 眉間に皺を寄せ王国軍の戦力を分析するジルクニフは、思わず帝国の切り札に視線を送る。帝国の全軍に匹敵する個、彼の英雄ガゼフ・ストロノーフをも凌駕する逸脱者フールーダ・パラダインに。

 

「……ところでじい、妙に嬉しそうだがどうかしたのか? どこか、英気が漲っているような、そう、『若返った』かのようだぞ?」

「ええ、先日『非常に貴重な魔導書を手に入れ』ましてな。年甲斐も無く興奮しておるのです。この辺りとは異なる言語で書かれた死霊魔術の―――」

「ああ、良い、あいにくと魔導書とやらの中身には興味がない。ところでブラム・ストーカーなる人物だが、何かわかったか?」

「……そうですか。彼の御仁は何かしら強力なマジックアイテムを持っているようでしてな、私の魔法で居場所などを探知する事ができぬようなのです」

「ふん。元大商人で各種貴族とのコネもあるからな、それを使って何かしら手に入れたのだろう。何処までも用意周到な事だ」

 

 忌々しげに言い放つが、同時にやや頬が緩む。これほど傑出した才能の持ち主であれば是非とも帝国に引き抜きたいものだと。

 

「じいはこの人物をどう見る?」

「そうですな、まず非常に頭の回る御仁と言えましょうな。そして仁君でもある。おそらくこちらから手を出さなければ好き好んで戦争を仕掛けてくる事はないのでは?」

「……珍しいな、じいが魔術に関わらない個人に対してそこまで興味を持つとは」

「『私の耳に届く』ほどの御活躍ぶりなのでしょう」

 

 訝しげにフールーダを見つめるジルクニフは、ある疑念が浮かび続けて問いを投げる。

 

「今回の戦争は過去に無い重要なものになる。そして王国軍も、恐らく過去に無い精強さだろう。仮に王国と戦争をするとして、お前も戦ってくれるか? じい」

「ええ、勿論です陛下。『参陣します』とも」

「……そうか。その時は帝国主席宮廷魔法使いの名に恥じない戦果を期待しているぞ」

「お任せを。『全力を尽くします』」

 

 一瞬ブラムからの引き抜き工作でも受けたのではと思ったが、『嘘をついている気配はない』。そもそもフールーダという男は魔法詠唱者であって政治家ではない。権謀術数が入り乱れる魔窟である帝都で生きてきたジルクニフ相手に腹芸など出来る筈はない。無いのだが。

 

 結局己の直感を信じた皇帝ジルクニフの決定により帝国は戦争を延期し、一先ず静観の構えをとる事が決まった。

 

 

 

 

 

 時を同じくして、リ・エスティーゼ王国の若き君主もまた深い悩みを抱えていた。

 

 長年に渡り王都の暗部に君臨し続けた犯罪者組織である「八本指」が駆逐され、王都の治安が大幅に改善された―――ブラム・ストーカーの働きによって。

 同じく王国の構造的欠陥とでも言うべき有力貴族達と王族に与する者達による対立も解消された―――王族とそれ以外の全てである『ストーカー派という派閥』に変化する事によって。

 更にリ・エスティーゼ王国軍という国家の根幹ともいえる正規軍も手に入れる事が出来た―――ブラム・ストーカーと関わりの深いガゼフ・ストロノーフ主導で。

 

 現リ・エスティーゼ王国国王は自身の立場の危うさを理解していた。正確にいえば、それを理解できるだけの知性を持つからこそ王として担がれたものと理解できていた。

 

 これまで自身の後ろ盾となっていた『レエブン侯はブラム伯と子育ての話題に夢中になり急速に接近している』。王家を支配者たらしめる『軍権はあくまで前王ランポッサⅢ世に忠誠を捧げていたガゼフ・ストロノーフに握られてしまった』。

 なにより王国の民を「八本指」や悪魔達から護ったのは実質的には『有力貴族達の首を抑えているブラム』なのである。

 

 ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵。

 本人が望むなら更に高い地位で、例えば辺境伯として王国に迎えていただろうが、彼はあくまで伯爵になる事を望んでいた。当時はこの爵位が王家との繋がりを最低限にとどめた上で他者から侮られない絶妙な爵位であるとは夢にも思わなかったのだ。

 当時の無知な己を叱責したい気持ちで一杯だが今はそれどころではない、どうにかして王国との繋がりを深めなくてはならない。具体的には『王家とブラム一族を親縁にしなくてはならない』のだ。さもなくば王家の血筋は自分の代で途絶える事となるだろう。それだけは到底看過できる事ではない。

 

 しかし同時に自身にとって有力な手札は妹のラナーしかいない。とはいえラナーの献策無くして急速に王国の再建を推し進めるブラムの内政手腕に対抗する事が出来ないのもまた事実。自身には婚姻関係を組むための実子どころか生み出す妻すらいない有様である。せめて幼子であっても娘がいればブラムの養子であるブラドに嫁がせる事が出来たであろうに……。

 

 結局ブラム達「新貴族派」に足元をすくわれないように戦々恐々と国家運営をする以外に出来る事はない。王位を追われる危険を排除する為に、ひたすら国力増強を推し進めるのだ。

 

 

 この危機感によってリ・エスティーゼ王国屈指の名君と呼ばれる事になるが、それは暫く先の話である。

 

 

 

 

 

「―――結局逃げるだけで精一杯だったんだ。見せかけの警戒ラインより外側にあんなに伏兵がいるだなんて思いもしなかったよ」

「あの魔樹はどうなっておった?」

「後日近くを調べてみたけど、もういなかった」

 

 法国の特殊部隊の動向を探った結果魔神の復活が近い事に気が付いたツアーは、復活が予想される時期を見計らって再びその場所に訪れていた。そして、その場にいる強者の集団に気付き慌てて情報収集に移ったのだ。100年毎に現れるあの者たちではないかと。

 その結果得られた情報は僅かであったが、魔樹の気配が消える瞬間に感じた膨大なエネルギーは間違いなくこの世界の者が放った力ではない。

 世界を汚す力、つまりはぷれいやーである。

 

「その場で声をかける、というのは流石に危険だったかのう」

「もしかしたらリーダーのようにこの世界の平穏の為に討伐してくれていたのかもしれない。他の場所ではあまり大規模な力の気配も無かったし、慎ましいぷれいやーなのかもしれない。だけど、あの警戒網は間違いなく」

「魔樹以外の強者が居る事を想定して動いていた、か。他のぷれいやーを警戒したのかのう? 彼等にとってみればこの辺りの者達に脅威など感じまい」

「そうなると、ただ慎重なだけか、他のぷれいやーと何らかの確執があるのかで今後の接し方も変わってくるね」

 

 人間種の生存圏拡大の為に動いた六大神。

 欲望のままに多大な流血を強いた八欲王。

 そして魔神という脅威を排除すべく動いた13英雄のリーダー。

 

 思い浮かべるのは良くも悪くもこの世界に多大な影響を与えたぷれいやー達。友好的な関係を築けるならそれに越したことは無いが、そうでなければまたしても世界に大きな変化が引き起こされる事だろう。如何に強靭な龍種といえども、今回も生き残る事が出来る保証は無い。八欲王は徒党を組んで戦う事で撃退したが、今生き残っている竜王達はそれをしなかった者達なのだから。

 

 遠くない先に今回のぷれいやーと思われる者達が向かった森の要塞に出向くつもりであると語るツアーは、リグリッドにぷれいやー達の残したアイテムの収集とエ・ランテル付近における強者の情報収集を依頼すると意識を魔境と化したトブの大森林の程近くに移した。

 

 

 

 

 

 スレイン法国の最奥。

 ここでも魔樹の竜王消滅の報を受けて急遽会議が開かれていた。

 

 議題は王国、エ・ランテルの新たなる領主:ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵についての情報共有と今後の対応である。

 

「王国の崩壊を食い止め、それだけではなく再建の為に様々な政策を施行している様子。少なくとも王国貴族としては、我々法国は好意的に迎える事ができるな」

「その上で犯罪者組織の討伐に悪魔の撃退、そしておそらく魔樹の竜王の撃破までも行ったのであれば、人類の守護者として活動していると言えましょう」

「魔樹の竜王の撃破についてはあくまで可能性が高い、という程度の認識に留めるべきですが」

「左様。しかしながら可能性としては非常に高いとも言える。何せトブの大森林の領有を宣言した矢先の出来事、無関係と考える方がむしろ愚かしい」

「とはいえ、本当に魔樹の竜王の討伐がなされたかを確認するまでは漆黒聖典は動かす訳には行きますまい。さりとて調査に向かわせるというのも……」

「止めておくべきですな。「一人師団」から、戦闘用の魔獣を従えているなら同等の索敵能力を持った魔獣も従えていると考えるべきとの意見が挙がっている」

「ならば無暗に刺激を与えぬ方が良いでしょうな」

 

 彼の業績について概ね好意的に評価しているが、特に目を引くのはやはり魔樹の竜王討伐である。

 漆黒聖典の見立てではその難度は250を超えると言われている。それを撃破できるだけの実力を持つという事は、神人か伝説のぷれいやー以外にあり得ない。そして神人である可能性は、単独で討伐したのだとしたら低い。噂の「漆黒」が武勇譚として公開していない事も大きな材料となっている。

 つまりはぷれいやーが人類を護るべく活動している可能性が濃厚なのだ。

 

「やはり、この御方は……!」

 

 ゆっくりと、だが確実に縮小していく人類の生存圏。

 その維持を国家の柱としているスレイン法国は、だからこそ絶望的な未来しか思い描く事が出来ないでいた。

 

 増殖する亜人達。人類を脅かす魔物や魔神。そして人類国家を狙って動き始めた強大なビーストマンの国家。更にはこれほどの危機的状況にもかかわらず人間の国家同士で毎年のように戦争をして足を引きあっているというこの惨状は、法国の上層部にある者達にとって長年に渡る頭痛の種であった。

 少しでも人類の状況を理解しているものなら声を揃えて言うだろう。脆弱な人類は、だからこそ結束して他の種族に立ち向かわなくてはならないのだと。

 さもなくば、人類は他種族の家畜に堕ちる事となる。

 

 これまでは六大神や八欲王が駆逐した影響によって多くの亜人達は種の存続にのみ注力していた。しかしもはやその時代は終わっている。確実に勢力を伸ばし始めているのだ。貧弱な人類の勢力圏に向けて。

 

 そんな暗闇の中に差し込んだ人類を護るぷれいやーの出現という一筋の光。あくまで可能性であろうと思わず縋りたくなるのも無理は無い。その情報を知れば、真摯に人類の存続を願うものほど興奮するのも当然である。

 

 しかしだからこそ、振り返らなければならない。自らの過去を。

 

「もしそうだとすると、かなり困った状況になりましたな」

 

 沈痛な面持ちで発言したのは光の神官長イヴォン。

 神の降臨かと浮ついた場も、この発言によって静まりかえる。

 

「ガゼフ・ストロノーフ暗殺計画、ですか……」

 

 ぽつりと呟いたのは、腐敗した王国が内乱状態になる前に帝国に呑み込ませようと計画・実行された王国弱体化策の一つである。

 そう、実行してしまった計画なのである。

 

「陽光聖典が壊滅したあの場に居合わせた老魔法詠唱者というのが」

「ええ、件のブラム・ストーカー氏です」

「その後のガゼフ戦士長との交流に鑑みますと、我々法国に対する印象は、端的に言って」

「最悪、と言わざるをえまい」

 

 重苦しい沈黙が場を支配する。

 可能であるなら万の言葉を尽くして弁解したい。望んで行ったことではなく、人類の未来の為にやむなく決行したのだと。

 しかしそれは困難であろうと見られている。なぜなら、

 

「『エ・ランテルにおける神官勢力の排斥』、やはり我々との繋がりを断つ為に行われているのでしょうか?」

「仮想敵国とみなされている可能性は、残念ながら高いな」

「『国境線上に突如現れた灰白色の狼達』も、やはりそういう事でしょうな……」

 

 待ちに待った救世主、だというのに完全に敵とみなされているというこの絶望感。

 再び円卓が重苦しい沈黙に包まれる。

 

「まずは!」

 

 最高神官長は意を決して強い口調で発言する。

 

「まずは、誤解を解く事から始めてはどうだろうか? 我々法国の行動原理が人類の存続と繁栄であるという事実を知っていただき、ガゼフ・ストロノーフ暗殺計画はその為に行われたと。具体的にはエ・ランテルの領主に封ぜられた事を祝して使者を送り、その使者を通して我々の目的を聞いていただくのだ」

「それしかありませんな。ええ、それが良い!」

 

 まずは誤解を解く、その為ならばあらゆる手を尽くそう。

 単純極まりないが、他に打てる手も無いのが実情である。

 

 その上で本当にぷれいやーであるのかを確かめるにはどうすればいいのか、その方法を模索する方向に会議はシフトしていった。

 

 誰もが縋りたかったのだ。

 人類の護り手たる神の降臨に。

 

 

 

 

 

「もうだめじゃ……、お先真っ暗なのじゃ……」

 

 玉座に座る少女は、その見た目からかけ離れた陰鬱な声を漏らす。

 その目に光は無く、もはやアンデッドを想わせる程に暗く澱んでいた。

 

 竜王国の女王、「黒鱗の竜王」ドラウディロン・オーリウクルスの悩みはとりわけ深い。

 強大なビーストマンの軍勢によって長年に渡り被害を受け続け、疲弊しているというだけでも頭が痛い状況である。その上で、遂に本格的な侵攻が始まったとあってはもはや手の打ちようが無い。

 

 いや、一つだけ助かる目はある。しかし、

 

「法国の連中は何をしておるのじゃ!! 毎年少なくない額の寄進をしておるではないか! ビーストマンの侵攻が本格化した今こそ聖典の連中を動かす時ではないのか?!?!」

 

 来ないのだ、その援軍が。

 頭をかきむしり、怨嗟の言葉を吐こうと、来ないものは来ない。

 

「あー……、もう誰でも良い。誰かビーストマン共を蹴散らしてくれんものか」

 

 無為に叫び声をあげるも、そんなことで事態が好転しない事は重々承知している。

 もはや神頼みに近い心境でこぼれた本心であったが、ここでまさかの返答が来る。

 

「そういえば陛下、王国に新たな貴族が誕生したそうです。かなり武断派な老人だとかで、三国に接した要衝たるエ・ランテルに封ぜられたとか」

「ほう、老人か! 一応聞くが男であろう?!」

 

 老人は子供に甘い。特に重責を背負った王女などには。

 これは長年に渡って、不本意ながら、幼女の姿で過ごし続けたドラウディロンの経験則から明らかだ。

 

「ええ。それも裏娼館に囚われた女性を偶々拾って助けた事がきっかけになり、そのまま裏に付いていた犯罪者組織を壊滅させたとか」

「素晴らしい! 格好良いではないか!! ……ちなみに貴族になったそうだが治世の方はどうだ?」

「そちらについても、税の軽減や交通網の整備、汚職官僚の追放、治療薬の配布、冒険者と私兵を用いた領地の巡回による領内の安全確保と正にいたれりつくせりです。羨ましいことですね」

「グッ。わ、私だって、ビーストマンの襲来さえなければここまで重税を課すことは無かった……! 農業の振興とかも色々……くっ!!」

 

 思わず遠い目になってしまう。

 ビーストマンの侵攻に備えて軍備に予算を注ぎ込み、更に法国からの援軍を要請する為に神官勢力への多額の寄進もしている。

 それらを別の事に使えればと、これまでどれだけ夢想した事か……。

 

「そんな彼であれば、竜王国を見捨てないのではと考えます」

「確かに、この竜王国が落ちればそのままカッツェ平原を隔てた二国か湖を迂回して法国に雪崩れ込むことになる。しかし法国は強い、これまで竜王国を陰ながら護ってきた部隊が居る。ならば」

「王国と帝国のいずれか、という事になりますね」

 

 法国に見捨てられるという最後の希望が断たれるに等しい有様であったが、思わぬところから救いの手が伸びてきた。

 

「よし! 早速王国に使者を送ろう!! ……ところで帝国との戦争がそろそろ始まるのではないか?」

 

 領国の守護をおろそかにしてまで他国の支援をしてくれるだろうか? 普通ならばあり得ない。

 折角見えた希望の光が急激に遠ざかっていく。

 

「それなのですが、どうやら帝国はかなり慎重なようですね。ここのところ王国は内乱寸前だったらしいのですが、その事は御存じで?」

「内輪もめが出来る程平和なのだな、羨ましいものだ!」

 

 思わず吐き捨てるように感想がこぼれる。

 他種族からの侵攻によって生きるか死ぬかの瀬戸際に立ち続けてきた竜王国からしてみれば、交渉の余地がたっぷりある人間同士の争いなど「争い」とは呼べない。

 

「その内乱に終止符を打ったのがその老人だとか。帝国も一枚岩になり始めた王国に危機感を覚えつつも、兵を率いる彼の老人を恐れて手出しができないようですね。帝国から来た行商人からの噂話ですが」

「ほう! 聞けば聞くほど凄まじいな。多少誇張されていたとしても、そんな噂が流れるほどの男なのだろう!」

 

 本格的に希望が見えてきたドラウディロンは興奮気味に問いかける。

 

「それで、その人物の名は?!」

「はい、ブラム・ストーカー。今は貴族位を得て、ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵と名乗っているそうです」

 

 元より他に打つ手は無い。

 即座に王国と、エ・ランテルの領主であるブラム・ストーカー本人に宛てた手紙を書く事が決まった。

 

「あ、文面はちゃんと幼女形態でお願いしますね?」

「ぐへぇ。やっぱりアレで無いとダメか?!」

「駄目です。少しでも、ええ、ホンの少しでも成功の可能性を高める為です」

 

 元より否やは無い。

 酒を腹に流し込み、頭の中がむず痒くなる手紙を書くだけで協力が得られるのなら喜んで書くだけだ。

 

 それでも愚痴の一つくらいは言いたくなるが。

 




 という訳で、周辺国家の王とそれに準ずる人達が頭を抱える回でした。

 この後裏側で色々たくらむ二人が仲良く頭を抱える様子も書く予定でしたが、帝国編が予想以上長引いたのでここまでです。
 ナザリックの一日 その2、みたいなタイトルでそのうち書きます。多分。


 ちなみに前書きにあった順番はそれぞれ、

 本人達の持つ危機感。
 実際の危険度。

 の順番です。


 帝国はナザリックを敵に回して六万+αが消し飛ぶという悪夢を回避、首の皮一枚繋がりました。ジルクニフの直感が長らく立ち続けた帝国軍の死亡フラグを折った訳ですね。

 逆に竜王国は原作でもあるだろう名声稼ぎのボーナスステージ化しました。
 お互い欲するものが得られるのでWin-Winの素晴らしい関係ですね!

 個人的に原作屈指の苦境に立ち、その上で原作登場人物の中でも特に頑張っているのがドラウディロン女王であると評価しています。それこそランポッサⅢ世とか比較にならないレベルの逆境ではないかと。



ところで、遂にお気に入りが2000を突破しました。

 ヤバいですね。感想で3日ほどかけて最新話まで来た、と聞いて先日1話から軽く読んでみましたが、確かに時間が吹っ飛びました。
改めて思うと約十九万字を読んだ人達が軽く2000人を超えたという事です。
 今回を含めると約二十万字ですか……。時間が無駄になったと思われないようにしないとですよ。

 心機一転で度々指摘を受ける部分(・・・を……に、など)を取り入れてみました。こちらの方が読みやすい、という人が多いようなら今後はこちらで行こうと思います。
 過去の部分は、まあ追々。

 ノベルゲー出身な私は・・・の方が馴染むためずっとこちらを使っていたのですが、どうにも気になる人が多い様子ですね。……じゃないといけない、みたいな決まりは特に無いようなのですが。業界の慣習? とか何とか。
個人的に機種などの問題で下側に……が寄っている奴が嫌いでこっちを使っていましたが、気になるという人がいるなら変えた方が無難でしょう。私自身は書き手であって読み手ではないと考えていますし。



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38.軍備

 鮮血帝が戦っていたかもしれないリ・エスティーゼ王国軍+α。そのαの解説がメインです。

 え、おまけが本体だって? 食玩みたいなものですよ。



 12/29 23:40
 誰の視点が解りにくいとの御指摘を受け、少々修正しました。少しは解りやすくなったかと思いますが、腕不足です申し訳ない。
 ついでにブレイン道場の門下生を追加しました。


 ナザリック第6階層。

 一般メイドの一人コンストラクタは今日も一人、剣を振り続けている。

 

 かつてはもう二人の同僚達と共に鍛練を積んでいたが、多くの人間達が武技を習得できる方法では上手くいかなかった為、今は彼女が一人でシモベ達の武技習得の可能性を探っている。

 

 余人であれば彼女の境遇を憐れんだ事だろう。低い可能性を試し続けるだけの日々を送る哀れなシモベであると。

 しかしそれは違う。武技の習得は困難であると中断を決定した至高の御方々に直訴し、彼女は自ら志願して今の境遇にいるという。

 

「まだほんの数カ月の成果でございます。結論を下すにはあまりにも時期尚早かと」

 

 武技習得の計画を一時凍結し、薬品製作等の仕事に配置変更を申し渡された際に彼女が至高の御方々にこう言い放ったという。

 

「これまでの方法が私達に合わなかった、それが判明したにすぎません。何より、人間達は早くても武技の習得まで1年はかかると聞きました。ならば、ナザリックのシモベに出来ないと判断するには早すぎましょう!

そもそも出来ないという言葉はうそつきの言葉なのです!! 100回試してダメなら1000回! 1000回でダメならば10000回試すのです!! 出来るまで! 何度でも!!」

 

 至高の御方々の決定に異を唱えるなどシモベの分を超えた嘆願であったが、彼女からすれば全てのシモベの価値を下げる結果を残す事がどうしても我慢ならなかったのだろう。

 御方々はその熱意を認め、ネクロロリコン様もかつての御盟友の姿を見ておられたのか、

 

「よく言った! その意気やよしッ!! ならばお前にナザリックの武技習得、その可能性を賭ける。お前が必要と思う事を、存分に試すがいい! その果てに武技の習得が不可能であると、お前が判断したならば。俺はお前の言葉を信じよう!!」

 

 と送り出されたという。

 

 それから、彼女はひたすら剣を振り続けていた。

 正確には「剣」ではなく「棒」にカテゴライズされるほぼ全ての種族・クラスが使用できる武器ではあるが、そんなことは瑣末事である。

 

 腕が上がらなくなるまでひたすら剣を振り、腕が動くようになるまで休憩の後また振り続けた。そんな過酷な日々を暫く続けた頃、一人の人間が見かねて声をかけた。

 

「ただ我武者羅に振ったってダメだ、型が崩れちまうぜ? 〈斬撃〉の武技なら何度撃っても同じ軌道、同じ速さ、同じ威力になるもんだ。そんなバラバラじゃあ上手くいきっこねえぜ」

 

 ネクロロリコン様が地上で拾ってこられた武技を扱う人間だった。

 ナザリックの人員を使いにくい地上での戦闘における切り札、その予定であると言われている。

 

「申し出は大変ありがたく思いますが、御自分の鍛練は宜しいのでしょうか、ブレイン・アングラウス様」

「俺ももう一度武技の基礎からやり直したいと思っていたところでな。お邪魔じゃ無けりゃ、ちょっと付き合ってくれないか? それから俺はブレインで結構、ここじゃあ俺は最底辺だと自覚してるからな」

 

 基礎からやり直したい、その人間の言葉に偽りは無かったのだろう。剣の型を繰り返す様は真剣そのものであり、コンストラクタにも同様に無駄な力を込めず最適な振り方を指南していた。

 しかし二人きりの修行風景はあまり長くは続かなかった。

 

「武技って奴はさー、全身の力を必要な場所に集める技術な訳よ。あたしの国ではそう教わったし、あたしも全身に力を張り巡らせて〈能力向上〉を使ってる感じだしー? れべりんぐが出来ないってんなら、ひたすら体を鍛えるしかない訳よー」

 

 試行錯誤を繰り返す二人に声をかける事が出来るのは、やはり独自の武技を有する女くらいのものであった。ネクロロリコン様扮するブラム・ストーカーに脅威を感じることが出来るその才覚を買われ、このナザリックに招かれたと聞いている。

 こちらは後ろ暗い過去がある為表立った活動には使えないそうだが、それでも暗部に関わる仕事を任せる可能性があるという。

 

 岩を持ち上げては下ろす。岩を背負って走る。あるいは岩を背負ったまま屈伸を繰り返す。

 傍目には愚かしい儀式にしか見えないが、武技の習得には有用なのだろう。男の剣士もコンストラクタも真剣な面持ちで繰り返している。

 汗を流し、荒い息を吐きつつひたすら繰り返す。

 その頃には、【骸骨の戦士】達も同じ鍛練を行うようになっていた。

 

 その光景を愚かと断ずることは容易い。

 意味の無い行為に違いないと、徒労であると。

 

 しかし、恐らくナザリックのシモベにそのような思考をする者はいないだろう。御方の御命令であるという事もある。彼女が自らが志願した事でもある。だが最も重要な事は、『シモベ全ての可能性を背負っている』という事実であろう。

 

 コンストラクタが武技を習得したところで、はっきり言って戦力として数える事は出来まい。所詮はレベル1のホムンクルス、多少鋭く速い斬撃を放とうともプレアデス程度の相手にすら通じまい。階層守護者や御方々と同格のプレイヤーからすれば誤差にも感じない事だろう。

 

 しかし、それはあくまで彼女一人が武技を習得したときの話である。

 

 彼女以外、それこそ最強のシモベたる第1~3階層守護者シャルティア・ブラッドフォールンが武技を習得したならば大幅な戦力の向上を齎す事だろう。これは御方々により一層御奉仕する事が出来るという事に繋がる。シモベの価値を更に高める事が出来るのだ。その可能性を摘みとる事など、シモベたるもの到底看過できる事ではない。

 

 

 

 そこまで思考して、コンストラクタの護衛と監視を行っていたエントマは改めて自らの罪の重さを思い知る。

 

 シモベの価値を、可能性を御方々に示す。

 それを目的とした作戦を台無しにしかけた愚昧極まる失態。それを演じたという事実が胸を抉る。

 

 更には、御方々の御友誼に罅を入れかねない事態を引き起こしながらも無様に震えるしか無かったという醜態までも演じている。

 

 守護者統括たるアルベド様からは、硬い口調で「次はありません。もしも次があるならば、御方々の御命令を待つことなくこの手で不和の種は排除いたします」と釘を刺されている。言われるまでも無い、むしろその場で排除して欲しかったとすら思ってしまう。

 迷惑をかけてしまったデミウルゴス様にも謝罪をしたが、「御方々が赦されたのだから、私から言う事は何もないよ」と突き放されてしまった。

 

 現状は他のシモベ達からも腫れものを触るように扱われているし、一部のものからは嫌悪感すら含まれた眼差しを送られる日々を送っている。

 勿論これについては異論など無い。自分も同じ対応をする事だろう。これは仕方ないし当然だ。

 

 耐えがたい事は、自身ほどではないにせよ、他のプレアデスメンバーが僅かとはいえ同じ視線を送られている事だ。

 自身の失態によって、優秀な仲間達が無能扱いを受けかねないこの状況が、たまらなく悔しいのだ。

 

 第6階層における人間達の監視役。

 それが外部に赴く事の出来なくなったエントマの主な任務である。

 

 勿論コキュートス様やマーレ様が常駐するこの階層においては、貧弱な人間達が反乱を起こそうとものの数分で鎮圧される事だろう。ならば優先すべきは何かと考えた結果、コンストラクタの護衛の為に鍛練の様子を眺めているのが現状だった。これ以上の失態はとてもではないが赦されるものではない。

 何より、自分で自分が許せない。

 

「コキュートス様にお願いして金を加工していただいたこの輪っか。この輪っかを紐で通して腰に巻いてやることで、体に負荷をかける事ができるわけ。首輪や腕輪も作っていただいたから、取敢えず使ってみましょうかねー?」

「おっ、これは中々」

「はい! これなら同じメニューでもより効率的に負荷をかける事が可能かと。感謝いたします、クレマンティーヌ様!!」

「まああたし用に作っていただくついで? みたいなもんだからー、あんま気にしないで頂戴。まあ、でも? もし感謝の気持ちがあるならー。武技を習得できた最大の功績はクレマンティーヌ様でした、とかって至高の御方々に説明して頂ければと思う訳よ。解るー?」

 

 浅ましい。

 醜く浅ましいが、そんな彼女は自身よりも遥かに御方々の御役に立てているという事実が一層重くのしかかる。

 少なくとも体系的に武技の習得を説明できる唯一の存在なのだ。至高の御方々に作られながらも御役に立つどころが仲間の足を引く事しか出来ない自分よりも遥かに価値がある。

 

―――お前の様なモンスターを傍において喜ぶものが居るとは思えないが。

 

 ふと、あの忌々しい日に言われた言葉を思い出し背筋が凍りつく。

 腸が煮えくりかえる以上に、背筋が、指の先が、頭の先が冷たくなっていくように感じる。

 

―――貴様ァ! デミウルゴス達が必死になって準備したこの作戦を! そんな下らん理由で台無しにしようとしたのかァッ!!

 

 連鎖的に脳裏に蘇る叱責のお言葉。

 

 ふとした拍子に脳裏に鳴り響き、その度に思考は停止し体が硬直する。

 恐怖からではない。勿論恐怖もあるが、それ以上に申し訳無さと情けなさ、そして己の不甲斐なさに目眩がするのだ。

 もしも過去を変える事が出来るならば己の存在ごと抹消したいとすら思うほどに。

 

 そんな思いを振り切るように、エントマもまた重しを持ち上げる。

 戯れに人間達のまねをしているつもりはない。手慰みのつもりもだ。

 武技の習得の可能性を追求するものがもう一人位いても良いだろうという判断である。

 

 勿論任務に支障が出ない様にある程度の加減はしている。心底歯がゆいが、そこは取り違えたりしない。

 

 

 

 ナザリック第6階層「ジャングル」。

 今日も武技の可能性を探る者達は汗を流す。

 

 

 

 

 

 正式にブラム・ストーカーの領地となったカルネ村では、遂に本格的な軍事調練が始まっていた。

 

「エ・ランテルでカルネ村の地位向上の為に活動しているエモット嬢に代わり、本日より諸君等の調練を手伝う事となった、そうだな、レオ教官と呼ぶが良い! 余にかかれば農兵とて正規兵以上の戦果を叩きださせて見せよう!!」

 

 レオ教官が着任してから、農作業をブラムが手配した作業員に任せた村人たちはひたすら弓を番える日々を送っていた。腕力のある男集は身長以上の大きさをした長弓の扱いを、腕力の無い他の者達はクロスボウを素早く正確に扱う技術をひたすら磨いていた。

 

 彼等の仮想敵はかつて村を襲った帝国騎士団である。

 

「諸君等は村を野獣から護る程度の武力を得れば満足か? ならば堀を深く、塀を硬く高くすれば事足りよう。本来農民である諸君が弓の腕を鍛える必要などないのだ。しかしリ・エスティーゼ王国の一都市であるエ・ランテルの一部にすぎないこのカルネ村は、ともすれば別の支配者の統治下に置かれる可能性がある」

 

 レオ教官が最初に語ったのはカルネ村の未来の姿であった。

 

「君達は選ぶ事が出来る。リ・エスティーゼ王国の国民としてランテア伯爵の領民として生きるか、この地を武力支配した別の誰かの領民として生きるかを」

 

 つまりは誰の支配下で生きていきたいか、という問いかけである。

 言いかえれば、ランテア伯爵の領民でいる為に必要なものは何か? という話でもあった。

 

「諸君等は己が武力を以て未来を勝ち取ると選択した。つまりは己が支配者を自ら選ぶ事を選択したと言える。ランテア伯爵を選ぶも良し、王国国王の統治に戻すも良し、帝国に内応するも良し、自ら武装蜂起して独立するもよしだ! 無論主君は諸君等の選択を尊重したいとの仰せである。皆が良いようにして欲しいと、承っている!」

 

 自らの身を護る為に力を求める村人達に、レオは本当の意味で村を護る方法を伝える。

 ただ村を襲う存在を打ち払うだけでは不足だと、村の発展を保障してくれるブラム・ストーカーを領主たらしめる武力こそが必要であると。

 

 それからの村人たちの行動は迅速であった。

 彼等はブラム・ストーカーの統治下に残るために、あらゆる手段を尽くす事を決めたのだ。

 即ち村の救世主であるブラム・ストーカーの兵として戦場に赴く為に必要な武力、弓の扱いを貪欲に吸収することを選択したのである。

 

 帝国と王国の戦争は毎年行われている。つまりブラムが自らの支配者となった今年も帝国と戦争を行うという事だ。

この戦争で万に一つでもブラムが敗北すれば領土の割譲が行われ、カルネ村が帝国領となる可能性もあるという事になる。それを避けたいなら自らが戦況を変える一助となるしかない。それが最終的に村を護るという事なのだと、村全体で認識を共有したのだ。

 

「焦って撃つな! しっかりと敵を引き付け、必殺の間合いで……〈一斉射撃〉!!」

 

 今日もカルネ村の人々は弓を構える。

 『均衡を失った』トブの大森林から溢れ出たモンスターを相手に、あるいはブラムの配下が追い立てた獲物達を相手に、ひたすら弓の腕を鍛え続ける。

 毛皮と分厚い筋肉の鎧を貫く程に強く。駆ける獣の瞳を射抜けるほど正確に。戦場で「敵」を討取るそのときの為に。

 

 

 

 

 

 帝国との戦争に備えているのは地上の人間達だけではない。

 このナザリックにおいても、やはり重要案件の一つとして扱われている。

 

 勿論脅威として扱っている訳ではない。単にどのように対処するのが最も効率的かということを議論しているにすぎない。

 

「『公爵』、パラダインとやらの印象はどうであった?」

「はっ、彼の人物はデミウルゴス殿の予想通り魔導の探求こそを第一としており、帝国における地位や肩書には頓着しておらぬ様子。彼に吾輩の魔力を見せたところ……あー、御方々への忠誠を誓っておりました」

 

 「聖騎士」等といった上位の信仰系魔法詠唱者クラスを所得している『公爵』は、能力擬態の指輪を外した後に起こった出来事を思い返し僅かに顔を顰める。

 

『吾輩は至高の御方々にお仕えするものにして、偉大なる神祖より血と力を授かりし者。ドラキュリア(竜の子)! ブラド・ツェペシュである!!』

 

 名乗りを聞いたフールーダが平伏し忠誠を誓うまではまあ良かったのだが、狂気に眼を血走らせてにじり寄り靴を舐め始めた時は反応に困ったものだ。一先ずモモンガ様達御方々が自ら出向かれなかった事に安堵するしかなかった。

 秘密裏に、かつ速やかに面会できるように連れて来ていたブレインが慌てて引き離したが、あのまま放置していたらどうなっていたか。お互いにとって不幸な未来しか浮かばない。

 

 前もって報告を聞いていたネクロロリコンも微妙な顔をしていた。

 

「その……ご苦労だったね? しかし君の御蔭で無益な戦争は回避できる可能性が高まった。正直な話、人間同士の小競り合いに時間も金もかけたくは無かったものでね」

「御用意していただいた『若返りの霊薬 Lv.30』も、大きな衝撃を与えた模様です」

「ああ、確かネクロさんが偶然思い出して指示を出したのだったか?」

「うむ、ドクターの調合が成功して良かった。同レベル帯同種族の血液を精製することで稀に調薬できるが、彼に近いだろうレベルの人間は多くいなかったのでね」

「この辺りは、日頃の行いの良さが出たのだろう。私も老化のバッドステータスについては失念していたからな」

「人間達を迎え入れ、レベリングを行わせた御方々の御采配の賜物かと」

 

 実際のところ龍種の血液なら高確率で精製出来るのだが、あいにくと現地では手に入っていないため分の悪い賭けであった。

 しかし結果として不老不死という究極の飴を手に入れたという事になる。

 

「一先ずこれで帝国の首根っこを押さえる事が出来た訳だな。それもかなり長期的に……念の為に用意していた装備は無駄になってしまったが」

「オリハルコン製の長槍と円形盾でしたか。現地の者達に与える御積りだったのでしょうか?」

「まあな。久しぶりに本領である大軍の指揮が出来るかと思っていたのだが、まあ使わなくても良いならそれに越したことは無いだろう。流石の私も数万対数万のマスコンバットを損害なしで終わらせるのは難しい。勿論、欠片も負ける気はしないがな!」

「ええ、何と言ってもネクロさんは地上の集団戦では無敵ですからね! その腕前は一部のクエストボスですら圧倒する程に!!」

「「「おお!!」」」

「いや、敵が貫通属性の飛び道具を持たなくて空も飛ばないという前提が無いと蹴散らされてしまうがな? 殆ど趣味の域というか、上手く決まった大物はホンの数体しかいないし……」

「つまり御方々をして大物と呼べるほどの相手であっても、条件次第では一方的に蹂躙してしまう事が出来るという事ですか」

「宜しければどのような手法なのか、御教授していただけますでしょうか?」

 

 用途の限られる技術ではあったが、良い機会だからと連携の一例としてモモンガは解説を始める。支配者の地位をより強固なものとするために。

 

「難しい事は無い。私が〈サモンアンデッド 10th〉で展開した【不死の重装歩兵隊/ネクロホプリテス】の大軍をネクロさんが率いて、地対地最強の陣形戦術〈密集陣形ファランクス〉を発動する、言ってしまえばそれだけの事だ。ただしネクロさんの陣形戦術は唯のファランクスではないぞ? マケドニア式ファランクスを更に改良したネクロロリコン式ファランクスだ! これでネクロさんは屍の山を築きあげたのだ!!」

「「「おおおお!!!!」」」

「いや、まあ、確かにアレは圧巻だったけども。あくまで二人の共同戦果というか、「ネクロマンサー」として優秀なモモンガさんの御蔭というかだな」

「コレが至高の連携!」

「やはり至高のゥ御方々は三千世界にて最強ォ……!!」

「向かうところ敵なしでありんす!!」

「えーと、そうだ! 周辺国家について今のところどれだけ解っているのかね?」

 

 脱線し始めた話題を強引に戻すネクロロリコンだったが、流石にデミウルゴスは素早く反応する。

 

「はい。法国につきましては御指示がありましたので手を出しておりませんが、隣接しうる聖王国と竜王国についてはある程度情報が集まって参りました」

 

 デミウルゴスは次々と各国家の内情について解説して行く。安定している聖王国と違い、ビーストマンの侵攻を受け続けている竜王国の情報がやや多い。

 

「ふぅむ、竜王国は随分と危険な状況のようだな」

「ああ、周辺国家がこの窮状を知れば派兵を考えるだろう。……まともな感性であれば、だが」

「ええ、ですので先んじて出兵をすることでランテア侯の存在感は更に増す事でしょう」

 

 竜王国に対するビーストマンの侵攻。

 帝国による王国侵略の可能性が低下した今、エ・ランテルの武力を周辺各国に示す場はここしかない。ブラム・ストーカーの武威を示す為にはやはり戦場こそが必要なのだ。

それは支配下に置いた王国の様な人間国家ではなく、他種族の国家で、更には王国にとって脅威になる様な存在であるならなおよい。

 

 こうして、エ・ランテルを敵に回す事の危険性を周辺国家に示すために、ビーストマンを蹂躙する方針が決まる。

 

 続いて竜王国との繋がりの薄いリ・エスティーゼ王国から出兵する大義名分をえる方法と、ビーストマン軍の戦力分析について会議が推移して行く。

 ゆっくりと、しかし確実に『ブラム・ストーカー』の勢力圏を広げるために。

 

 

 

 この会議が催された数日後、竜王国ではブラム・ストーカー伯爵の噂が流れ始める事となる。

 それから竜王国女王からエ・ランテルのブラム・ストーカーへ宛てた親書が届くまで、長く待つ事は無かった。

 

 こうして竜王国への救援要請の手紙をブラム・ストーカーが手に入れる。

 ビーストマンに対する『虐殺許可証』が、ナザリックに渡った瞬間であった。

 




 という訳でαの解説と次回の導入でした。

 ちなみに王国軍の兵力は
王国正規軍:ガゼフ将軍以下正規兵五万+レエブン侯私兵(元冒険者+軍師)
エ・ランテル義勇兵:ブラム伯爵以下五千(ファランクス陣形&経口薬投与)+軍狼(リーダー5+軍狼20)+レオ教官以下狩る根弓隊80(強化改造済)+炎莉混成部隊(ゴブリントループ+ゴブリン20+オーガ15+トロール8+吸血鬼+ウォートロール+ホブゴブリン)+英雄化ブレイン

これと帝国が戦った場合、某人物の毛髪と騎士団が消えます。そして主席宮廷魔法使いが正式に引き抜かれます、髪の毛と一緒に。

しかしこれだけいても原作版覇王炎莉将軍閣下には勝てないという絶望感たるや。



 次回より『竜王国編』開幕です。

 図らずもナザリックを敵に回してしまったビーストマン、彼等はこの先生きのこる事が出来るのか?!

言うまでもありませんが、次回から本格的に原作にないお話になります。そのため登場人物も各種設定もオリジナルばかりになる事を予めご了承ください。
竜王国のキャラとか濃そうな割に描写が少なすぎるし、ビーストマンに至っては容姿と強さしか出ていませんので独自解釈というよりもはやオリジナルです。
 やりたい放題ですね!(オリ主入れておいて今更ですが



 以下何時ものオリジナル設定など。興味の無い人は以下略



コンストラクタ
 一般メイドの一人、ヘロヘロ製作。
 頑張りすぎて何時でも「へろへろ」だった作者の魂を引き継いで不屈の精神を持つ。スポーティーな容姿により武技習得に挑戦を命じられた。
 彼女の努力の成果は何時か幕間で・・・。

 剣と棒
 「棒」系統の装備は杖、槍、剣の性質を持つ特殊な装備であり、凡そ全てのクラスが装備する事が出来る。勿論各系統のスキルも発動可能。所得経験値にもボーナスがある。
ただし重い割に脆くて弱い。魔法詠唱者が魔法剣士になる、異形種が効率的に戦士職を取るなどの目的に使われていた、というオリ設定。

 レオ教官
 ネクロロリコンの血族の一人、下級吸血鬼の弓隊を率いて戦う際に連れて行った弓隊指揮特化型な真祖。
 弓隊は貧弱な下級吸血鬼をどうすれば使えるかを考えた結果、安全圏から強力な弓を撃たせれば良いという考えの下作られた射撃特化部隊。モモンガと二人でパーティーを組む事が多かった為、ユグドラシル末期ではあまり出番が無かった。
 弓系統の装備は使い捨ての矢を使用する場合弾数制限もあってレベルの割に威力は大きい、というオリ設定。
 多分出番はもう・・・。

 『公爵』ブラド・ツェペシュ
 地味に第2話の頃から出ていた最上位血族の聖騎士。
 上位異形種の高いステータスを生かすために魔法戦士としてのビルドになっており、主にバフ系魔法を習得している。そのため集団戦では主に彼が採用された。

 聖騎士
〈司祭/クレリック〉→〈バトルクレリック〉→〈聖騎士/パラディン〉みたいな感じで肉弾戦よりの魔法戦士ではないかと予想。逆にラキュースの〈神官/プリースト〉→〈ウォープリースト〉→〈神殿戦士/テンプラー〉が魔法中心な魔法戦士かと。
神官系は戦士職に次ぐ肉弾戦能力があり、盗賊などより強い(原作設定)とのこと。

若返りの霊薬 Lv.~~
マイナーバッドステータス「老化」を治療する為に必要なアイテム。「老化」は一部の特殊ステージに居続けるか、【死の支配者の時間王/オーバーロード・クロノスマスター】等の時間系上位モンスターと戦うか、〈成長促進〉などの経験値上昇系魔法を使い続けると陥るバッドステータスであり、普通にプレイしていたらならない。
「老化」レベル1から能力の微低下が起こり、最終的には死亡する。一度なったら生き返っても老化は回復しないという最悪のバッドステータスであり、基本的に邪神系の教会に行くか仙人に会うか秘術士に頼まないと回復できない。
転移後の世界では普通に時間経過によって老化して行く為、やってきたプレイヤーにとって最大の脅威となった。仲間割れをした八欲王も・・・というオリ設定。

 陣形戦術
 「将軍」等の指揮官型クラスが習得できるスキル。
 一定数の仲間を一つの群体ユニットとして扱い各種ボーナスを与える事が出来る。仲間のプレイヤー等を組み込めば勿論一緒に強化が可能。
 地上系の陣形は嵌れば強いが空中からの爆撃や魔法による範囲攻撃に弱い為ボーナスの高さの割に習得する者は少ない、というオリ設定。


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39.嵐の前の狂乱

 今更な感はありますが、これから先の物語は原作から本格的に乖離する事となります。原作の描写や設定は可能な限り踏襲しますが、殆どのキャラクターにおいて言動は勿論設定からして私の独自解釈どころかほとんどオリジナルとなります。
 二次制作者として非常に口惜しく思いますが、原作の設定に忠実な二次創作とは言えない物となる事を予めご了承ください。・・・ネクロロリコンとかいうキャラクターがそもそも「ありえない存在」ではありますが、これはモモンガさんを救済する為には入れるしか無かったので勘弁して下さい。



 竜王国女王の親書を携えた使者に対し、ブラムは「竜王国の存亡は周辺国家の危機に直結する。リ・エスティーゼ王国の一員として支援は当然である」と返答した。

 この発言に喜んだ使者であったが、続く「帝国が王国の領地を狙って侵略をもくろんでいるため、この問題を先に片づけなければ領主として迂闊に動くことはできない」という発言に頭を抱える事となった。帝国の領土的野心は周辺国家にも知れ渡っていたため、改革の最中である王国に出兵しない筈が無かったからだ。

 また別に送った使者から竜王国の状況を聞いたリ・エスティーゼ王国新国王も、「竜王国の危機は、我等周辺国家及び領域内全ての『住民』に対する脅威であり、救援を送る事は当然の行いである。これを妨げるということは周辺諸国に対する敵対行為であると認めざるを得ない」との宣言を発表していた。国を挙げてブラム伯爵の発言を支持し、帝国に対する牽制を行った形だ。

 

 王国に派遣された使者はこの返答をすぐさま竜王国に持ち帰り、帝国に停戦を宣言させる事が出来れば「狼王」ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵の救援が来ると報告した。

 

 これを聞いた女王は即座に自ら外交交渉を行う事を決定。カッツェ平原の東端を僅かな供を従えて北上し、皇帝ジルクニフとの直接交渉に向かった。

 

 交渉は難航する事と思われたが、ここで女王に思わぬ救援が現れる。

 

「我々法国は人類の救済を国是としており、人類領域の保護並びに繁栄を目的としている。そのため我が国は、教義により竜王国に対する救援を行う事は無いが、リ・エスティーゼ王国及びブラム伯爵の行いを高く評価し、その行いを支持するものである。またこれに対するあらゆる妨害は我が国を含む周辺国家全てに対する敵対行為であるとみなし、周辺国家国民全ての敵として断固排除する所存である」

 

 国家間の争いに対して基本的に大きくは動かなかった法国が、突如として帝国に対して最終勧告ともとれる宣言を発表したのだ。

 

 これには剛毅なジルクニフも慎重にならざるを得なかった。元より王国への宣戦布告は見送られる事が半ば決まっていたこともあるが、主席魔法使いであるフールーダが周辺国家全てを敵に回した上にビーストマンの侵攻が始まることの危険性を説いた事が決定的であった。

 こうして帝国に乗り込んできたドラウディロン女王は、想像よりも遥かに早く停戦の宣言を引き出す事が出来たのだった。

 

 皇帝から停戦の誓紙を預かった女王はすぐさま馬車を走らせ一路西へ、ブラム伯爵の治めるエ・ランテルへと疾走する。

 既に国を出て帝国に辿りつくまでに4日、帝国で皇帝ジルクニフの誓紙を受け取るまでに更に2日が経過している。こうしている間にも自国の兵達はビーストマンの軍勢に食い荒らされているのだ、一秒でも早くブラム伯爵には救援に来てもらわなくてはならない。

 

 帝都アーウィンタールを出発し馬を潰す覚悟で駆けに駆け、エ・ランテルに辿りついたのは僅か2日後の事であった。

 必死の思いで辿りついた女王は即座にブラム伯爵との面会を求めるが、

 

「い、いない……? どういうこと?! どうしてブラム伯爵がエ・ランテルにいないの!!」

「申し訳無い。女王陛下が自らお越しになると知っておれば、父上とて……」

 

 救援を表明していたブラム伯爵が不在であった。

 後継者候補であるブラドが対応に出てはいるが、肝心の領主であるブラムは『このエ・ランテルにいない』という。

 

「なんでよ!? だって伯爵は、ブラム伯爵は帝国が停戦するならすぐに救援に来てくれるって……!」

「うむ、何分気の短い御方故、既に――」

「既に何よ!! ドラウのこと助けてくれるって信じてたのに!!!」

 

 激昂しつつも女王は幼女形態の演技は崩さない。

 涙を流し、感情的に捲し立てる幼女の姿は万民の心をとらえる。ここが正念場なのだ。ここで息子の心を鷲掴みにすれば、最悪次期領主が援軍を出してくれるかもしれないのだから。

 

「どうか御理解頂きたい、竜王国女王陛下。父上は――」

「言い訳なんか聞きたくない!! 今こうしてるあいだにも我が国の兵士たちが、皆が、死んじゃう……!!」

「? いや、それは問題あるまい」

「……あ゛ぁ?」

 

 思わず素の声が零れる女王であったが、さすがは十年来の幼女。即座に化けの皮を被り直す。

 

「それってどういう意味なの?」

「何、父上であればとっくに――」

 

 ―――ビーストマンを駆逐しておるよ。

 

 

 

 

 

〈諸君! 長く苦しい忍耐の時は終わった!! 私の策を以て! 諸君等の槍を以て! ビーストマンの脅威に怯える日々に、終止符を打つのだァッ!!!〉

「「「「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!」」」」

 

 竜王国女王ドラウディロンがエ・ランテルに到着した頃。

 竜王国東端において南北に連なる3つの城塞群の内、やや東よりに突き出た中央の要塞都市「テルモ」の高台に、既にブラム伯爵はいた。

 女王が帝都アーウィンタールに到着し、法国の宣言が届いたその瞬間に伯爵は動いていたのだ。聡明なる皇帝ジルクニフは停戦を宣言すると見越して。

 

 兵を纏め、軍備をかき集め、アンデッドが跋扈するカッツェ平原を縦断した彼は、既にビーストマンとの戦線を開き、勝利を奪っていたのだ。

 

〈侵略者は殺せ! 奴等は傷が癒えれば何度でも襲ってくる! ならば、一匹残らず殺しつくすしかないのだ!!〉

「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!!」」」」

 

 ブラム伯爵は砦に迫りくるビーストマンの一氏族、ジャガー族600余りを狼の群による奇襲で皆殺しにしてみせるという鮮烈な登場をしてみせた。ビーストマンという種族の中ではやや貧弱な氏族であったとはいえ、これは長らくビーストマンの脅威に凝り固まった竜王国軍の認識を塗り替える出来事であった。

 彼等にとってビーストマンとは倒すものではなく、あくまで追い払うものであった。硬く門を閉じ、城壁の上から矢を射かけ岩を落として負傷させ、ひたすら撤退を待つ。これこそがビーストマンとの戦であったのだ。倒そうという気概など、もはや彼等には無かったのだ。

 

〈野蛮なる蛮族どもには! 無知なるけだものどもには! 苦痛と、恐怖を以て知らしめなくてはならないのだ!!〉

「「「「然り! 然り! 然り!!」」」」

 

 その認識を激変させたのがブラムである。

 城砦に迎え入れられた伯爵は挨拶もそこそこに高台へ登り、兵士たちへの〈激励〉を開始した。

 

 曰く、これは生存競争であると。

 曰く、侵略者は死ぬまで止まらないと。

 曰く、屍山血河の先にこそ平穏の明日はあると。

 

〈諸君、この戦いは我々の生きる領域を護る戦いである! 我々の勝利の先に、我々が築き上げた屍の先に! 輝かしい未来があるのだ!! 諸君の絶望は諸君等だけのものではない、将来に存在する子子孫孫全ての者達の絶望であると知るがいい!!  故に、私は諸君にこの言葉を贈る。ネバーギブアップ、ネバーギブアップだ!! 不屈の精神のその先に、勝利が! 光り輝く明日が待っているのだァッ!!!〉

「伯爵様、ねばあぎばっぷとは?!」

「諦めんことだァッ!!」

「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!! ねばぎば!! ねばぎば!! ねばぎばあああああああああああああああああああああ!!!!!」」」」

 

 テルモ城砦をかつてないほどの熱気が包み込む。

 勝てるのだと、ビーストマンの脅威に怯える日々は終わりであると。

 この男に付いていきさえすれば、明るい未来が待っているのだと。

 

〈私は諸君等に勝利を与えよう! 敵を討取る武器を!! 身を護る盾を!! そして、彼奴等を皆殺しにする必殺の戦術を!!! 見るがいい!!〉

 

 ブラムが引き連れてきた荷駄隊、その覆いが一斉に取り払われる。

 

 そこにあったのは、膨大な軍需物資であった。

 

「槍だ! それも、この輝きはオリハルコン製か?!」

「一体何本あるんだ? こんなに大量の槍を用意するのに一体いくらかかるってんだ!」

「見ろ、あっちには水薬もたくさんだ!」

 

 何と言っても600からなるビーストマンの軍勢を虐殺してのけたブラム伯爵が用意した戦備である。兵達の興奮はいやが上にも高まっていく。

 

〈諸君等の中から槍の扱いに長けたもの、5000を選抜せよ! 勝利の美酒、このブラム・ストーカーが馳走しよう!!〉

 

 こうして、狼王・竜王連合軍重装歩兵隊5000が誕生した。

 

 これは帝国が停戦を決定した僅か2日後の出来事であり、ビーストマン軍3000が消滅する前日の出来事であり、そして女王が帰国して目の当たりにする戦勝報告の山、その極一部を占める出来事であった。

 




切りが良いので今回はここまでです。前回からすこしあいてますし。
ビーストマンの情勢等(オリ設定)も書いていこうかと思いましたが、蛇足感が凄まじかったのでバッサリカットです。

一応言っておくと、法国はまだ使者を出せていません。ブラムが動くと聞いて必死にゴマすりをしただけです。


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40.悪魔の土地で

 想像を絶する難産になりました。
『どうしてビーストマンは今更攻め込むのか』? という疑問を持ってしまった以上はその理由付けを考えて、更に鬱陶しくならない程度に作中で書きこまなくてはならないという難業。
書き手としては楽しいものの、やはり難しいです。



 大陸中央部、現在6つの種族が中心となった6大国が覇を競う戦火の中心。

 多くの種族が衰退と滅亡を逃れるため、存続と繁栄を求めて戦いを繰り返す修羅の巷。

 

 そんな種族も所属も異なる彼等であったが、唯一つ共通の認識を有していた。

 

 約500年前に大陸を席巻した悪夢。種族、部落によって呼び名こそ異なるが、凡その意味は変わらない。

 

 即ち『大虐殺』。

 

 500年程前に突如現れた『悪魔』達によって多くの種族が絶滅の憂き目にあい、そうでなくとも多くの種族が森林地帯や山岳地の奥地に追いやられた悪夢の時代。特に2度行われた『悪魔』達の虐殺は今尚多くの種族に爪痕を残す。

 

 大陸中央部においてほぼ全ての種族に伝わる悪夢の記憶は、文明レベルの高い種族ほど色濃く残る。

 

 曰く、悪魔は大陸北西部からやってくる。

 曰く、ニンゲンと同じ姿でドラゴンをも上回る力を持つ。

 曰く、その名は『六大悪魔』と『八魔王』である。

 

 程度の差こそあれ、全ての種族がこれらの知識を共有している。

 

 これらの知識を共有するがゆえに、大陸中央部北西よりにあるビーストマンの縄張りは長らく平穏が続いていた。近くまで大国の領地が近付く事があったとしても、このビーストマンの縄張りは悪魔の地との緩衝地帯として手を出されなかったのだ。

 

 しかし悪魔達による爪痕は種の繁栄によって埋まり、忌避感は時間と共に薄れ、結果伝説の悪魔達に対する畏れもまた消えていった。

 更に6大国の一つ、とある賢者が残した予言を基に最強の兵器を完成させたミノタウロス王国が大規模な侵攻を始めた事も大きい。中原北部を領有する彼等は列強との戦争を有利に運ぶべく周辺の中小部族を侵略、次々に呑み込んでいったのだ。

 勿論その手は長らく緩衝地帯として存在したビーストマンの縄張りにも及ぶこととなった。

 

 

 

 

 

 人間種とビーストマンの縄張り、その境に流れる大河は飛龍使いの部族が住む山地からスレイン法国と竜王国を分かつ海に向けて南北に走る。

 

 その河の程近くの丘にビーストマンの一団が立っていた。

 

「先遣隊は、まだ戻らんか」

 

 中心に立つ一際大柄な個体が声を漏らす。

 彼こそがビーストマン連合軍の指揮官、唯一人のライガー族【新たな星】である。レオ族族長とタイガー族の神官の仔であり、氏族を超えた連合の象徴でもある。

 

 激化する他種族からの侵攻を前に、ビーストマンという種族単位で連合を組むべきとのレオ族の呼びかけによりビーストマンの各氏族は結束したが、周辺地域の二大巨頭たるレオ族とタイガー族の同盟が無ければ連合の成立は到底達成し得なかったことだろう。

 かつては忌子と呼ばれた混血であったが、幸いにして多くの者達の希望を背負った彼は大きく強く成長し、今では連合の若き盟主として前線の指揮を執っている。

 

 勿論血筋のみで得た地位ではない。その身長はビーストマン種族の中でも最大であるレオ族の平均身長を遥かに上回り、体重に至ってはほぼ倍である。白兵戦における強さを尊ぶビーストマン社会において、この身体的優位性は重大な意味を持つ。更にレオ族で尊ばれる勇壮な鬣とタイガー族の証である縦縞もくっきりと入っている為、両氏族からは勿論他の氏族からも一目置かれている。誰もが一目でその力強さを認め、これまで指示に逆らわれた事が無かったほどだ。

 狩猟生活を主とした原始的な生活を営むビーストマンにとって、強さとは全てに勝る正義なのだ。もっとも他種族の強者は認めない意固地さもこの種族の多くに見られる特徴ではあるが。

 

 そんな【新たな星】であるが、父から受け継いだ勇壮な鬣を風になびかせるその顔は晴れない。神官達の占いでは晴れが続くと出ていたが、河上の山地は雲で覆われている。空気も湿っており、上流地域では既に雨が降っているに違いない。遠からずこの辺りも雨雲に覆われるだろう。

 そうなれば河は氾濫する。如何に強靭なビーストマンであっても増水した河を渡るのは危険に過ぎる。

 このような状況で悪魔の土地と伝えられている河向こうへ行くのは躊躇われる。行けば最後、増水した河に隔てられて容易に戻れない状況とあってはなおさらである。

 

 これまで散発的な襲撃を続けた結果、河の向こうには3つの要塞がありそれぞれが連携して後方の領地を守っていることがわかっている。その何れかを落とし今後の足がかりとする事が今回の遠征の主目的となっている。

 それに先立って、ビーストマン連合に参加する氏族の中では弱小とはいえ3つの氏族が先日河を渡っている。何れも過去に幾度も襲撃を行ってきた者達であり、脆弱な人間種に討取られるような事は無い程度には有力な者達だ。

 

 そんな先遣隊の連絡が途絶えている。余りにも不吉な状況だ。

 悪魔の土地と言われている場所であるならば、尚の事に。

 

「臆したか総長!」

 

 腕を組んで思案する【新たな星】にタイガー族の族長は苛立ちを隠すことなく声をかける。

 

「どうせ先行したジャガー族達は今頃獲物を喰らっておるのだ! このままでは儂等の取り分がなくなってしまうではないか。とっとと渡河の命令を出さんか!!」

 

 レオ族に次ぐ戦闘能力を誇るタイガー族の族長は【新たな星】に詰め寄る。何を恐れるのかと。

 

「しかし族長、河上の天候がいささか……撤退の際に障りとなります」

「攻め込む前から撤退の心配だと?! この臆病者めが! 狩りに頼らず家畜を飼うような一族の出であるからか?! そもそも退路を考える余裕など儂等には無かろうがッ!!」

 

 族長の言葉は概ね正しい。ミノタウロス族の侵攻を受けるビーストマン族は臣従か滅亡かの二択を迫られている。しかし他種族の下に付く事を良しとしない彼等は第三の選択肢を求め、現在縄張りの防衛をレオ族に任せてその他の種族全てを用いた遠征軍を編成しているのだ。地続きの縄張りではミノタウロス軍の侵攻から縄張りを守りきれないという共通認識を持って、河向こうの新たな縄張りを目指している。

 

 森や平原で獲物を獲って暮らす狩猟民族である彼等からすれば、土地自体はそれほど重要ではない。獲物がいなくなれば別の土地に出向いて狩れば良い。

 これは群全体で羊を囲っているレオ族も近い考えを持っている。羊達の餌となる草木が無くなれば次の平原に向かう程度の認識でしかない。

 そして全体としては、障害物の無い平原と侵攻の妨げになる河川を挟んだ土地ならば後者が良いと考えたにすぎない。

 レオ族としては、出来る事ならば人間種を傘下に加えたいとも考えているが。

 

 平原での狩猟生活を軸としつつ近頃は食料の増産の為に羊を飼うようになったレオ族は、食料の安定供給に成功し近隣の氏族の中では最多の戦力を有している。個々の戦闘力においてもまた、屈指の実力者とみなされている。つまり周辺のビーストマンとしては最強の集団という事になる。

 

 そんなレオ族が圧倒される程の力を今のミノタウロス軍は有している。

 

 過去に行われた合戦において、攻めかかるレオ族とタイガー族の戦士達に対しミノタウロスの軍勢が突如爆音を轟かせ、その次の瞬間には同胞達が地に伏していたあの瞬間は多くのビーストマンに衝撃を与えた。

 爆音を轟かせるあの槍をどうにかしない限り、勝利は無いと全ての者たちが確信を持ったほどに。そしてその時間を稼ぐためにも防衛に適した縄張りに移るべきと結論を出したのだ。

 

 万一に備えて食料の確保の為にも防衛に残ったレオ族は、同時にもっとも危険な役割を担っている。

 脆弱な人間種とあの『槍』によって同胞達を蹴散らしたミノタウロスであれば、どちらに攻め込むべきか考えるまでも無い。伝承にある悪魔は今までに現れた事も無く、実在するかすら怪しいのだ。

 

 ならば、

 

「全軍、渡河を開始せよ。攻撃目標は、最寄りの要塞とする!」

「漸くか! 待ちくたびれたぞ!!」

 

 意気揚々と陣に戻っていく族長の後ろ姿を見やり、【新たな星】もまた覚悟を決める。

 伝承の悪魔が現れない事を切に祈りつつ。

 

 

 

 幸か不幸か、河上の天候の影響が出る前に全軍の渡河が終了した。

 増水による被害が出なかった事は喜ばしいが、どういう訳か、不吉な気配が全身を襲う。

 

 日頃から獲物の探索を行う「猟師」達に先行させ、河向こうの安全を確保した上での渡河であったが、それでも無防備なこの状態で攻撃を受けずに済んだ事は僥倖だった。

 

「あの鳥は何と言う鳥か知っているか?」

 

 河を渡ってから妙に目に付く黒い鳥。何故か不吉な気配を感じた【新たな星】は周囲にいる戦士達に問いかける。

 

「ああ、アレは屍肉を漁る【レイヴン/大烏】ですな。戦の臭いにつられて出てきたのでしょう」

「死の臭いにつられて、か」

「……あいつらは鼻が利く、単に嗅ぎ慣れない臭いに反応したのだろう」

 

 【新たな星】の守役を務めてきた【黒い縦縞】は顰め面で追加する。

 

「【新たな星】、土地が変われば見慣れぬ生き物が出るのは当然だ。総長足るもの――」

「つまらない事でうろたえるな、だろう? 解っている、見慣れない鳥がいたから名を訊いただけだ。そんなことで一々気をもんだりしないさ」

「なら良いが」

 

 渡河を終え、軍を纏めて進軍するビーストマン連合軍に緊張の色は薄い。

 

 そもそも人間種の脆弱さは誰もが知る常識ですらある。彼等が護る城砦にしても、単に今まで落とさなかっただけでしか無い。落としても維持できないと見て本格的な侵攻を行わなかった、それが共通認識である。

 

 あくまで狩りの標的でしか無かったのだ、先行させた者達の報告を聞くまでは。

 

「総長! 前方に、その、同胞達の死体が!」

 

 最初に齎された報告は、単にジャガー族の死体が見つかったというものであった。

 どこぞの魔物に倒され捨て置かれたのだろうと認識していたが、続々と齎される情報に認識を改める必要が出始めてきた。

 

 木の柱が乱立し、その先端に串刺しにされる形で同胞達の死体が曝されているという。

 

「おのれ人間共め! 死者を辱しめるとは何事か!!」

 

 報告を聞き激昂する族長は即座に全軍へ檄を飛ばす。

 比較的温厚な【新たな星】もまた不快感をあらわにして同胞達の亡骸を回収するように指示する。

 戦い倒れた者は、倒したものが敬意を持って喰らう。それこそが狩猟民族である彼等ビーストマンの流儀であるからだ。

 しかしその指示はすぐには叶えられない。

 

「人間達がそばで陣を張っているだと? 同胞達の死体を曝しものにしたその先でか?!」

 

 これまで人間達が野戦を挑んできた事、それ自体がなかった。渡河の最中に弓を射かけられた事はあったそうだが、それ以外ではひたすら砦に籠り守るばかりであったと聞いている。

 

「挑発のつもりか! おのれ舐めおって!! 皆殺しにしてくれるわァッ!!」

 

 これまで圧倒的優勢を誇っていた同胞達がどうして倒されたのか? それを一切考慮せず、怒りに我を忘れる同胞達を見て【新たな星】は幾らか迷う。このまま進んでも、本当に良いのだろうかと。

 しかしここで進軍を止める事はタイガー族の離反を招きかねない。そもそも撤退する事で得られる命はあくまで一時的なものでしか無い。人間族を攻め落とすか、ミノタウロス族に攻め落とされるか、今のビーストマンにはその二つの道しかないのだから。

 

「敵陣の前面まで兵を進める」

 

 結局、騒々しく飛び回る【レイブン】の群の下、進軍以外に出せる命令は無かった。

 

 

 

 両岸が平地となっている渡河に適した瀬から最寄りの城塞に向かう途中にある草原地帯、その左右に乱立した木の杭の先に突き刺さる形で同胞達の亡骸は曝されていた。

 そして更にその奥に、武装した人間達が整然と並んでいた。

 

〈我が名はブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵! リ・エスティーゼ王国の貴族にして、竜王国への援軍として馳せ参じた将である!!〉

 

 平原の東端に布陣したビーストマン連合軍に対して、居並ぶ人間達の代表と思しき老人が前に出て〈名乗り〉を上げる。

 

 同胞達の亡骸への冒涜は見過ごせないが、それでも戦場で指揮官が先ず名乗りを上げるという礼儀は弁えているらしい。ならばこれに応えないのは誇り高きレオ族の仔としても、勇猛なるタイガー族の仔としてもありえないことである。

 

「御丁寧なあいさつ痛み入る、人間種の貴族殿! 私はビーストマン連合軍指揮官、レオ族族長【勇猛なる鬣】の仔、【新たな星】である!」

「……【希望】か、中々皮肉な名前だな。しかしそちらにも礼儀を知るものがいるようでなによりだ。

 対話が可能であるならば警告しよう! 此処は我々の土地である、速やかに立ち去るがいい! さもなくば、諸君等は生きてあの河を渡る事はないだろう……!」

 

 強者特有の気配は無い。しかし同時に感じる言い様の無いこの圧力。その身に纏う鎧や片手に持つ槍も逸品だ。他の兵達は穂先を下げている為草に隠れて解らないが、柄の様子から老人の槍ほどではないだろう。人間種の指揮官は他の者達より豪奢な装備をしていると聞く。

 何より、戦えば死ぬ、そう思わせる何かがこの老人にはあった。

 

 実際のところ強者特有の気配を微塵も纏わず、こうして対話できるだけでも大したものである。

 

「ブラムとやら、一つ訊ねる! 我が同胞達に無残な姿を曝させているのは、お前の仕業か?!」

 

 戦場の礼儀を知るこのニンゲンが、何故このような非道を為しているのか。彼の指示か、部下の独断専行なのか。そもそも本当に彼等が殺したのか。知っておかねばならない。

 後々彼等を支配するのなら、指導者である彼を生きたまま捕えて他の者達を従える材料にしたいところだ。その為にも捕えさせる理由が欲しい。

 何より同胞達を殺してのけたのが真実であるなら、脆弱な人間族の兵を用いてジャガー族を皆殺しにし、タイガー族に野戦を挑める指揮官であるという事になる。来たるミノタウロス軍の侵攻でも役に立つ事だろう。

 

「……ふむ。〈そこにいるケダモノ共であれば、私の『手勢』が仕留めたものだ。態々この場で敵将に聞く事かね? 勿論串刺しにしてやったのも私の指示だとも! 次はお前らだと、その野蛮な頭でも解るようにな!!〉」

 

 穂先をこちらに突き付けつつ返された言葉は、残念ながら想定していた中では最悪のものであった。むしろ〈挑発〉され兵が怒り狂っている。もはや生かして捕えろ等と言っても聞くまい。

 しかし嘘を言っていないのなら、ビーストマンの軍勢をあの脆弱な人間種の軍勢で討取ったということでもある。穂先を隠したあの兵達の槍に何か仕掛けでもあるのだろうか? ミノタウロス軍のような仕掛けが……?

 

 未だ冷静さを保ち思考を巡らす指揮官とは裏腹に、兵達は完全に頭に血が上っていた。誇り高きタイガー族が脆弱な人間種にここまでコケにされているのだから無理も無い。

 そもそもビーストマンの戦士3000に対して人間種の軍勢5000程度で挑むというのが無謀なのだ。地勢の効果を得られない平地での野戦とあっては尚の事。

 

「おのれニンゲン風情が……!」

「舐めやがって、同胞達の仇だ!」

 

 血気盛んなタイガー族の若者達がいきり立っている。

 これ以上挑発されれば統率を失いかねない程に。

 

 ジャガー族を血祭りにあげたその手腕には興味があるが、その戦い方はこれから見せて貰えば良い。身を以て知る事で得られるものもあるだろう。

 幸い他の者達より遥かに長身な自身であれば、戦場の出来事を凡そ把握することが可能だ。ある程度の犠牲は始めから覚悟の上での遠征でもある。

 

 対峙を長引かせぬ様、むしろ兵が勝手に戦端を開かぬよう、【新たな星】は速やかに最後通牒を申し渡す。

 

「人間よ、我々はこの河向こうの地に我等の縄張りを持つ事こそを目的としている。我等の傘下に収まるというならある程度の自由を許し、可能な限り殺さぬようにしよう。どうだ?」

「私からも今一度言ってやろう。〈今すぐ尻尾を巻いて逃げるならば追わないでやる。とっとと消えうせるがいい、侵略者ども!!〉」

 

 

 

 戦場を冷たい風が包み込む。

 湿気を孕んだ冬季特有の、冷たい風が。

 

 

 

「―――勇猛なる戦士達よ、この戦いに我等の未来がかかっている!! 〈全軍前進〉、前衛部隊は先行、〈突撃〉ィ!!」

「―――〈兵達よ、愚昧なる蛮族どもに血の制裁をッ!! 恐怖と! 苦痛と! 絶望の果てに死を与えよォオオオッ!!!〉。〈陣形構築〉、『密集陣形 ファランクス』!! 迎え撃てェェエエエエエ!!!」

 

 

 

 死臭に誘われた【レイブン】達が飛び交う平原で、遂に人間とビーストマンの生き残りをかけた戦いが幕を開ける。

 死を運ぶとされる怪鳥達の頭上は、既に厚い雲で覆われていた。

 




やめて! 「将軍」の特殊能力で強化された密集陣形に〈挑発〉されたビーストマンが突っ込んだら一人残らず殺しつくされちゃう!
お願い、死なないで【新たな星】! あんたが今ここで倒れたら、【勇猛なる鬣】との約束はどうなっちゃうの? 兵力はまだ残ってる。ここで勝てれば、人間種の領土が手に入るんだから!
次回「大虐殺」。バトルスタンバイ!



 ずっとやりたかったネタバレ次回予告、遂にかけました! 感慨深いですね・・・。

元々帝国騎士団を相手に使う筈だったネタですが、より「らしい」展開に進んだので良しとしましょう。

ちなみに帝国騎士団は4パターン程の『大虐殺』と2パターンの滅亡を超えて生存に至っています。
妄想段階ではブラムさんがネクロロリコンとして暴れる可能性や、死の支配者「アインズ・ウール・ゴウン」を召喚して吸血鬼に転生するというルートもありました。そして帝国騎士団は基本的に全滅か狂気発症の二択だったりします。
書いていてジルは戦わないのでは? と思って丸ごと消えてなくなりましたが・・・。
吸血貴族ブラム・ストーカーの誕生フラグは結局折れてしまいましたが、キャラ設定を煮詰めた結果ゴール地点がずれていたのでやむお得ませんね。

しかし盛り込むべき情報と削ってやらないと冗長になるという狭間で頭を抱えている間に時間ばかりが過ぎる有様、原作者様方が新刊を出すのに時間がかかる理由もホンの少しですが解る気がしてしまう今日この頃です。他人の褌で相撲を取っている身ですらこの有様とは、原作者様の気苦労も察して余りあるというものです。
とりあえず作中にあったミノタウロスの設定についてはまたいずれ、機会があれば。まあ概ね予想している通りかと思いますが・・・。

次回は開戦ですが、どちらかというとナザリックの皆さん視点が多くなるかもです。
ビーストマンvs人間軍をしっかり書いて欲しいというコメントが多ければそちらをメインにしようと思いますが、読み手の皆さんとしてはどちらがみたいのでしょうか? オリ主とオリ敵がぶつかるだけの話なので書き手としては少しばかり悩み中です。
一応構想としては各地で戦況を見ているシモベ達の様子と、ドヤ顔でギルメンの解説をするモモンガさんを挟みつつ戦況を解説する星君目線で進める予定ですが、視点がごちゃごちゃするから切り替えしないで欲しいという意見が多ければそのようにしようと思います。
この辺は作者たる私の表現力が問題と言えますが、解りにくい文章というのは個人的に嫌いなので忌憚ない意見を聞かせて貰えればと思います。





以下ちょっとした解説や独自設定など。

【新たな星】等のビーストマンの名前
 イビルアイは現地だとラージア・エレという音ですが、邪眼の意味を持って名のるためナザリック勢にはイビルアイと翻訳されて聞こえるそうです。やや原始的な生活をしているという設定にしたビーストマンの命名方式も~~な者という形式としたため多少の誤訳が起きています。
その結果部族の希望として付けられた【新たな星】は、翻訳されるとそのまま【希望】となった、みたいなノリです。細かい事は気にしないことです。
ネクロさん的には、これから部下が虐殺され絶望する指揮官の名前が【希望】とは……とか思った訳ですね。


河川について
大陸北西部にはライン河や長江の様な船で渡らないといけない程に大きな河は無いという独自解釈です。なんとなく本州より広いけど大陸という程広くもないような気がしています。
日本の急で短く狭い河川がそこそこあり、その一つがビーストマンと竜王国の境に流れる河という設定です。

実際河や山などの地勢が勢力圏の境になる事は基本ですし、山だとビーストマンはあっさり踏破しそうなので河を境界にしました。


『大虐殺』の『悪魔』
凡そ御察しかと思いますが、あの人達です。
人間種の味方として動いていたと思われるあの2勢力、敵対する羽目になった異形種からすれば正に『悪魔』です。
ところで悪魔とは神と同格な敵対者を意味するものであり、いわば零落した神そのもの。それはある人にとっては最大の・・・だったりします。


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41.大虐殺

 相変わらずお待たせいたしました。

 そして色々書いていたら此処まで伸びてしまいました。視点が変わりまくっておりますので読みにくかったら申し訳ないです。全ては力量が追いつかない私の実力不足故です。御許しを。

 だってオリキャラ同士のガチンコとかもはやオバロ二次じゃないやん! という思いがありますので、その辺は生温かい目で見て貰えれば幸いです。



 と言う訳で対ビーストマン戦、開幕です。




 雄叫びを上げ突撃するビーストマンの戦士達、その数100余り。

 総勢3000のうちの僅か100程度である。

 先行する戦士の数は聊か少なく思えるが、これにはビーストマンという種族の『経験値』の少なさが影響している。

 

 長年に渡り辺境に住んでいたビーストマンは他種族からの侵略を受けず、また同族同士の戦いは族長や家長同士の決闘で収めてきた。そのため集団対集団という戦争の形態そのものが全くの未知なものであった。

 これはミノタウロス軍との戦いで一方的な敗北を喫した事の一因でもある。

 

 そもそも彼らに陣形などという概念は無い。

 集団戦であろうともあくまで個として戦い、剣や手斧を振り回して倒し倒される。これをどちらかが戦えなくなるまで戦場全体で繰り返すのがビーストマンにとっての「戦争」である。

 そのため攻め込む戦士達は同胞の邪魔にならぬようそれぞれ間隔を取っている。

 

 更に言うと、個としての力を尊ぶビーストマンという特性により連携を取るという考えも薄い。

 比較的集団行動をとる傾向のあるレオ族はまだ複数人がかりで大物にかかるという戦術を持っていたが、そんな彼らだからこそ縄張りの防衛のために残っている。

 

 そもそも脆弱な人間相手であれば、2~3人程度は容易く相手にできるという共通認識が彼らの中にはあった。

 

 

 

 『尋常』な勝負であればという一方的な前提条件の下に、『異種族』と戦争を始めてしまった。

 

 

 

 これが、彼らビーストマン最大の悲劇であった。

 

 

 

 

 

「ステータスの差に任せた無策で野蛮な突撃。知性の欠片も見えませんね」

 

 その光景を観察するデミウルゴスは思わず苦笑を漏らす。

 

「私ハ戦術トイウモノニ明ルクハ無イノダガ、ソレデモ突撃スルビーストマン達ト御方ガ率イル人間達ノ違イハ解ル。整然ト並ブ人間ノ兵達ハ長槍ヲ用イテ相手ノ間合イノ外カラ先ンジテ攻撃シ、横ニ並ブ同胞達モソノ援護ニ回ル事ガデキル。故ニ彼ラハ前方ノ敵ニ複数人掛カリデ対処スルコトガデキル。ビーストマンガ間隔ヲ開ケテ突撃シテイル状況ニヨリコノ効果ハ顕著ニ顕レルダロウ。ソシテ、正面カラ敵ノ対処ガデキルヨウニ戦場スラモ設定サレテイル。不慣レナ長槍トイエド、突キ出シ振リ下ロスダケナラバ問題ハアルマイ。対スルビーストマンハ――」

 

 同じくナザリック地下大墳墓で戦場を俯瞰するコキュートスも戦況を分析しつつ見解を述べる。

 至高の御方が設定した『勝つべくして勝つ』戦況を。

 

「うん、そうだねコキュートス。まず左右に回り込むことができないよう、平原の側面に木の杭を乱立なさった御様子。これによって側面からの攻撃を妨がれている訳だね。更に言うと、同族の亡骸というものは強い忌避感を与えるものだからねぇ。結果として、陣の厚い中心部に敵兵が殺到している訳だ。哀れな彼らはそこが死地とも知らずに!」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべるデミウルゴスは、ネクロロリコンが用意した罠の数々を開帳していく。

 

「この一戦にネクロロリコン様が用意なさった『罠』は実に7つ! 圧倒的な力を御持ちでありながら、尚も確実な勝利を得るために手を尽くされるその御姿! このデミウルゴス、感嘆の念を禁じ得ません……!」

 

 

 

 

 

 突撃する先駆けの若い衆の背中を見守る総長の心は晴れない。

 

 異常なまでに密集した人間の陣形、草葉に隠れて見えない穂先、頭上に飛び交うレイブンの群、そして厚い雲に覆われた空。

 その全てが己らに害をなすものであるように感じてならない。

 

 指揮官が臆病風に吹かれたとあっては二度と連合軍による遠征部隊は編成できまい。歯を食いしばり、不安を噛み殺し戦況を見つめる。

 決して不利な戦況ではない、それは解っている。

 

 だからこそ、止めることは、指揮官には許されない。

 

 

 

 その視線の先で先方の集団が人間の陣形へと攻めかかっていった。

 

 

 

 

 

 攻めかかる戦士達は人間兵達の構えから凡その槍の長さを予測する。

 

 穂先を地面に付けているとしても随分と長い。少なくとも見たことの無い長さの槍であることは間違いない。あの密集した兵達であれば、少なく見積もっても一人当たり5本以上の槍を掻い潜る必要があるだろう。

 

 最前列の兵達の隙間から伸びる2列目の兵達の槍も注視すべきだ。

 仮に最寄りの兵の刺突を回避するなら、その奥で待ちかまえる二列目の槍が襲いかかる。ならばいっそ弾いて真っ直ぐ突っ込むべきか? 戦士としての経験から最善の未来を推測しつつ、前進し続ける。

 

 改めて見れば、恐ろしい状況ではある。

 

 人間の兵達を相手にするとして、5人までならば多少の負傷を覚悟すれば勝利をすることができるだろう。

 しかしすぐ後ろで槍を構えている兵達を加味すれば、一人で10人近くの敵兵を相手にしなくてはならないということになる。こうなると勝利は苦しい。

 一人二人は道ずれにして見せるだろうが、自身の命は無い。

 

 しかし彼らに恐怖など無い。戦場特有の『高揚感』とあの老人への『怒り』によって塗り潰されている。

 

 あと数歩。

 

 あと数歩で人間兵の槍の間合いに入る。

 

 手に持った手斧を握り直す。

 

 前列の兵が繰り出す槍は弾き、左右から迫る槍をすり抜け、後列の兵達の攻撃を耐え、非道なる人間の戦列を喰い破る。

 

 気合を入れ直し、人間兵の動向に意識を集中し、攻撃に全身のエネルギーを注ぎ込む。

 

 その瞬間。

 

 

 その一瞬を。

 

 

 

 その一瞬に生じた隙を。

 

 

 

 戦場の支配者は狙い撃つ。

 

 

 

 

 

「「「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」」」

 

 

 

 

 

 戦士達の頭上から怪音が降り注ぐ。

 

 

 

 

 戦闘に無関係なはずのレイブンの群。

 

 それらが突然上げた奇声。

 

 意識の外から襲いかかる異音に、熟練の戦士達は即座に反応する。

 

 反応してしまう。

 

 

 

 

 

「―――<穂先を上げよ>!!」

 

 

 

 

 

 頭上に意識が向かったビーストマンの戦士達、その足元から刃の壁がせり上がる。

 

 彼らを討取るべくして繰り出された〈槍衾〉が。

 

 そして必殺の罠の数々が。

 

 遂にその姿を現す。

 

 

 

 

 

「グッ!」

「うおッ?!」

 

 先行し、横並びになったビーストマンの戦士達は、ほぼ同時に死の壁に激突する。

 未熟な戦士はなんの抵抗もできずに複数の穂先に胴体を貫かれ、それなりに熟練した戦士もまた咄嗟に避けた先に待ちかまえる『鎌』に絡めとられる。

 そして失速した戦士を待っているのは、すぐ横で虎視眈々と待ちかまえる別の槍の穂先である。

 

 誰もが同様に死の壁に激突し、そして、長槍にその身を貫かれる。

 

 

 

「〈槍玉〉に挙げ、贄を天に掲げよッ!!!」

「「「「ネバギバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッッ!!!」」」」

 

 胴を貫かれた同胞達が天に掲げられる。

 

 これ見よがしに、苦悶の声を上げるビーストマンの戦士達が、『戦場に曝される』。

 

 

 

「グッ、ガァッ、や、やめろぉ……!」

「いでぇ、いでぇよぉ……!」

「止めろ、やめてくれえええええええええええ!!!」

 

 即死にはならなかった哀れな戦士達が、自重で穂先を沈みこませつつ、血と絶望の声を吐きだす。

 

 

 

 

 

 先行した若集の後を追っていた戦士達は、眼前に広がる光景を目にして凍りつく。

 

 戦士達にとって、戦いとはどちらが上かを決める儀式という意味合いが強い。

 互いに命を失うことは同意の上ではあっても、お互い積極的に奪い合うものではない。

 つまり戦士の決闘において、死とは結果であって目的ではなかったのだ。

 

 まして、狩りであれば獲物の反攻により怪我を負わされることがある程度。運の無い者が稀に命を落とす。その程度の認識でしかなかった。

 

 死とは、戦いの場であっても縁遠いものであったのだ。

 今までの彼らにとっては。

 

 しかし二度目の大敗を前に。

 

 徐々にその前提が崩壊していく。

 

 

 

 

 

〈蛮族共に! 恐怖と、苦痛と、その果てに死を与えよ!!〉

 

 

 

 

 

 掲げられた同胞達に次々と穂先が埋め込まれていく。

 

 

 

 即死にならなかった哀れな同胞達が、天に掲げられた亡骸達が、視線の先で無数の槍で破壊されていく。

 

「な、何と言う……」

「こんな、酷過ぎる!」

「コレが、人間達の、戦争なのか……!」

 

 〈公開処刑〉される同胞達を見た戦士達が慄く。

 

 狩りの結果として喰らうのではない。強弱を競った結果の事故でもない。

 『殺した』、その事実にこそ意味がある戦闘行為。

 唯ひたすらに敵を排除するために殺す。戦争の、兵士による殺し。

 

 

 彼らは、

 

 此処に来て初めて、

 

 人間達を対等の敵と認識した。

 

 

 

 

 

〈決ィィイイまったァァァァァァァ!!! やったぜモモンガさん見てるううううううううう?!?!〉

〈さすがネクロさん、完璧です!! よっ! 串刺し公!!〉

〈遂に念願の串刺し公かぁ……! よっしゃァアア! このまま押し潰してやるゼエエエエェェェェェイ!!!〉

 

 〈伝言〉越しに仲間の雄叫びが聞こえてくる。仲間の楽しそうな声が。

 二人きりで資金稼ぎをするようになってから滅多に聞けなくなった興奮する『友』の声に、思わず目元が熱くなる。

 

 ネクロロリコンが興奮する理由もよく解る。この状況はゲーム時代でもそうそう叶わなかった夢のような環境だ。

 仲間が去っていった後は当然として、アインズ・ウール・ゴウンの全盛期であっても、人型の兵を5000も集めるのは簡単なことではなかった。それも長槍で統一するとなると、費用対効果が低すぎて他者に頼みにくい。つまり趣味の一環としてほぼ自力で用意しなくてはならなかった。

 しかしネクロロリコンは指揮官であって召喚者ではない。つまり、自力では到底叶えられない状況となる。《死霊術士》を極めた自分でも性能面と数を両立させるとなると、此処までの兵団を用意するのはかなり厳しい。

 これほどの大軍を率いて、それも軍勢を相手に戦うなど、さぞかし興奮することだろう。指揮官冥利に尽きると言ったところだろうか。

 

 そして〈伝言〉から伝わる歓声で思い起こすのは懐かしの思い出達。趣味に生きるギルメン達が、労力が報われた瞬間に感極まって上げた奇声の数々。

 特に少なくない時間を注ぎ込んで戦力を整えるネクロロリコン達は、準備に費やす地味で地道な作業の反動か上手くいったときは毎回非常に煩かったものだ。

 

 しかし、その煩さは嫌いではなかった。

 

 特に一人、また一人とギルメンが去っていく末期に行われる『狩り』での喧騒は一際心に残っている。

 

 趣向を凝らし、無駄に派手な行動を取らせることで笑いを取り、それを皆で囃し立てる。困難に挑む楽しさから遠のきつつあった当時、挑戦心と仲間を盛り上げようという気遣いから起こる喧騒からは大きな勇気を貰ったものだ。

 勿論、彼らは自分が楽しめるように、自分が楽しいと思えることをしていたはずだ。

 

 自分が楽しめて、なおかつ仲間も楽しめるのが最高に違いない。

 

 最近は剣を振り回す楽しさを覚えた。

 かつては後方で援護をするモモンガと前線で指揮を執るネクロロリコンという分担だったが、これからは後ろで指示を出すブラムと前線に立つモモンという新たな陣形で『遊ぶ』こともできるだろう。

 

 モモンとブラムというアバターであれば、この世界でもまた一緒に『難しいこと』に挑戦できるかもしれない。

 NPC達を交えたコンバート陣形というのも面白い。ナザリックの皆と『遊ぶ』。それはとても、とても心躍る情景だ。

 

 勿論『遊ぶ』ことができるようになるには、しっかりとした生活の基盤が必要になる。リアルではこれが無くてログインできなくなったのであろうギルメンだっていた。自分たちだって他人ごとではない、ナザリックの安全確保と安定した収入を確立させることが重要だ。

 何より二人のナザリックにおける立場をより盤石なものにしていかなくてはならない。

 

「デミウルゴス、お前の説明では些か不足している。ネクロさんの戦略をその程度のものと吹聴されては、彼はどうとも思わないかもしれないが、他でもない私が気にする。良いか? ネクロさんの戦略はそもそも―――」

 

 なので、先ずは可能な限り長所を喧伝していく。

 

 もちろん自分の長所を喧伝するのは気恥ずかしいので、相方であるネクロロリコンの素晴らしさを中心に布教していくことにする。

 悪いことを吹聴している訳ではないのだから何も問題は無いだろう。

 

 そんなモモンガの草の根活動によって、今日も『二人』の株価は高騰していくのだった。

 

 

 

 

 

 滅多刺しにされ、その果てに地面にたたきつけられる同胞の亡骸を見せ付けられた【新たなる星】であったが、彼は辛うじて現状の把握に努めていた。

 多少の犠牲は始めから織り込み済み、そう己に言い聞かせて敵の情報を精査していく。

 

 先ず隠匿され続けた槍の長さと穂先の形状が僅か100名程の犠牲で判明した。

 特に穂先の両脇に用意された鎌は悪辣と言わざるを得ない。知らずに通常の槍と思って回避した先にある追撃は、なるほど隠匿すべきであろう。この槍を密集した全ての兵が持てば回避不能な刃金の壁を作り出すことができる。

 

 戦場の上空を旋回するレイブン達も、間違いなく人間達が用意したものだ。

 軍勢同士が接触する瞬間に突然叫び声を上げるなど偶然なはずが無い。つまりは人間達の仕込みということだ。

 死肉を漁るという性質を利用して戦場におびき寄せておき、あとは何らかの方法で一斉に鳴き声をあげさせたのだ。

 

 人間達の入念な準備により、完全に出鼻を挫かれてしまった。兵達にも動揺が走っている。そもそも掛け声のねばぎばとは何なのか? 言い難い言葉を使うのだから何か意味があるはずだ。

 しかし、穂先の形状にせよレイブンの叫び声にせよ何度も喰らうような仕掛けではない。最初の一回しか効果が無い仕込みだ。

 ねばぎばが何らかの呪文であるとしても、みたところ大きな効果は無いはず。

 

 何より、人間達の攻撃では一撃でビーストマンを倒すことができていなかった。

 

 ならば、

 

「怖気づくな! 全軍が雪崩を打って攻め込めば押しつぶせる!! 一人で戦うな、複数人がかりで攻め寄せるのだ!!」

 

 如何にビーストマンの戦士が精強とはいえ、人間10人が相手では勝てない。一方的に殺されるだろう。

 それなら一人で行かなければ良いのだ。多少動き難くとも、槍を弾いて進み、そのまま押し込めば良い。

 

 

 

 人間達の戦い方を見て学習した結果、ビーストマンの戦士達は集団戦の基礎を手に入れ始めていた。

 複数人で敵に当たるという、有利な状況を作り出してから戦うという兵士の戦いを。

 

 だが、もはや遅すぎた。

 

 

 

 敵を脅威と認識し、死を意識した戦士達の心は、少しずつ「恐怖」に侵されていく。

 

 

 

 ビーストマンが遮二無二攻め寄せてくる様子を見たブラムは、予定通りとばかりに人差し指と親指を口に咥え、勢いよく息を吹き出す。

 

「ふーーーーーーーーーー!!」

 

「「「……?」」」

 

 しかし、なにもおこらなかった!

 

 指笛だろうか? しかし音すら出ないとはいったい何が目的なのか?

 

 警戒と困惑によりビーストマン達は思わず停止する。

 『落ち着いて』、冷静に周囲を見渡す。

 

 警戒する視線の先でブラムはもう一度大きく息を吸い込み、改めて、勢いよく息を吹き出す。

 

「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

 やはり、なにもおこらなかった!

 

 困惑の眼差しが集中した先で、ブラムはそのまま何事も無かったかのように両手で槍を構え直し、

 

「ぜ、〈全軍微速前進〉! 並足!!」

 

 進軍の号令を下した。

 

 

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 

 

 

 いったいなんだったのだろうか?

 こちらの突撃を止めさせるためのフェイントだろうか?

 

 陣形を維持したまま同胞の死体を踏みにじりつつ前進する人間の兵達を見るビーストマン達は、幾許かの疑問を持ちつつも改めて突撃の態勢に入る。

 そのために、まず傍らの戦友とタイミングを合わせるために周囲を見渡す。

 

 そうして漸く気付く。戦場を襲う異変に。

 

「うわっ、何で突然レイブン達が襲ってくるんだ?!」

「! 空だけじゃない、草陰に何かいるぞ!!」

「獣、狼だ! 気を付けろ、こいつら同時に襲って―――うわぁああああ?!」

 

 空と足元、二つの死角からの〈奇襲〉により戦士達は一気に「恐慌」状態に陥る。

 

 勿論ビーストマンを気遣って人間の兵達が歩みを止めることなどありえない。

 

 逆である。

 敵が弱みを見せたそのときこそ、攻め込むのだ。

 

〈進軍せよ! 蹂躙せよ! 虐殺せよ!!〉

「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!!」」」

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 

 上下からの襲撃により己が身を守ることに精一杯なビーストマンは、連携して迎撃する余裕などない。

 更に言えば、草陰に潜む狼の影に脅えて戦場から逃げ出すことすらままならない。

 

 そうして一人一人順番に、確実に、刃金の怒濤に呑み込まれていく。

 

〈フフフ、ハハハハハ! アーーーハッハッハッハッハッハッハ!!!〉

 

 戦場にブラムの〈哄笑〉と戦士達の断末魔の絶叫が響き渡る。

 

 こうして、

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 

 虐殺が始まる。

 

 

 

 

 

「敵を〈槍玉〉に上げ、更に〈公開処刑〉によって相手の士気を挫く! コレがネクロさんの得意技だ!! そして別働隊の奇襲により完全に「恐怖」状態にしてしまえば、あとは一方的な虐殺だ。レベル差が30あっても余裕で押しつぶせる! この一連の流れこそが、ネクロロリコン式ファランクスだ!!」

 

 拳を握りしめ、目を輝かせるモモンガは盟友の手腕を褒め称える。

 

「歩兵隊で敵を抑え込み、ガラ空きの側面に別働隊の騎兵を突っ込ませて壊滅するのがマケドニア式ファランクスなわけだが。しかし、研究を重ねたネクロさんが編み出した新戦術は逆! 足の速い別働隊で相手の足を止めて主力の歩兵隊で押し潰す! まあ騎兵隊を用意するのは難しいからな、その代替案として考案したそうだが……。つまりは臨機応変! 彼にこそ相応しい言葉だと思わないか?」

 

 解説を始めたモモンガだったが、興が乗ってどんどん解説に熱が入っていく。そんな早口に捲し立てるモモンガの解説を、デミウルゴス達は姿勢を正して傾聴する。

 

 至高の御方自らが、態々同じく至高の御方の戦術・戦略の解説をしてくださっているのだ。一字一句聞き逃す訳にはいかない。

 常にシモベ達の成長を促してくださる。何と慈悲深き御方なのだろうか。

 

「ネクロさんはチームプレイが上手くてな? 特に待ち伏せをさせたらナザリックでも屈指の腕前だったものだ。今回もマーレが〈隠蔽草原/マスキング グラスランド〉で戦場を覆ってから【軍狼】を潜ませることで奇襲の成功率と効果を大きく高めている。普段はアウラのモンスター軍団に有利な戦場を作るために使っているものだが、勿論ネクロさんもその事を知っていた訳だな。更に言えば先ほどの【レイブン】達の絶叫もアウラが《猛獣使い》のスキルで上位種族である【死告烏/ネヴァン】のスキルを発動させていたのだぞ? 唯の叫び声ではあそこまでの効果は無かったことだろう。このようにそれぞれの持つポテンシャルやスキル、魔法の性質や効果を普段から頭に入れて戦術を組んでいる訳だ。それから地形や敵の種族的な特性なども考慮に入れるべきだ。より効率的な戦闘を行うためには情報というものは非常に重要ということだな。今まで話したことはどれも単純で基本的なことだがとても大切なことでな。特にデミウルゴス、お前はナザリックの軍事統括なのだから―――」

 

 微に入り細を穿ったモモンガの解説をききつつ戦場の様子を見るデミウルゴスは、背筋の震えが止まらない。

 まさしく、全てが御方の掌の上で動いている。それも僅かな準備期間しか無かったはずだというのに!

 

 後日、ビーストマンの種族的文化的性質までも考慮に入れた作戦であったことが判明することとなるが、そんなことはネクロロリコンとてあずかり知らぬことだった。

 

 

 

 

 

「総員〈撤退〉!! 〈撤退〉――――――!!!」

 

 ビーストマン連合の指揮官たる【新たな星】は声を張り上げる。

 

 正直に言って舐めていた。

 

 人間そのものはそれほど恐れるような相手ではないと。悪魔さえ出てこなければ問題は無いと。

 

 甘かった。甘すぎた!

 

 戦士と兵士の違い、決闘と戦争の違い。かつてのミノタウロスとの戦いで身にしみて理解していたはずだというのに。

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 

 撤退は遅々として進まない。

 レイブンや草陰に隠れる狼達は前線の戦士達への攻撃による人間兵の援護から、撤退する者達への追撃に移行していた。

 

 厄介なことに狼達は殺すことより足止めすることを優先しているらしく、足元に攻撃を集中させて逃げられないようにしているらしい。

 そして足を負傷した後列の戦士が邪魔になって、撤退を更に遅れさせている。

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 

 気づけば頭上からは雨粒が降り始めている。

 勝敗は決した。このまま戦えば全滅する。

 なによりもたもたしていれば本降りになり、河が増水。退路すら完全に断たれてしまう。

 既に上流に降った雨の影響が出ている可能性も否定できない。

 

 指揮官として、種族の未来を守るために必要な決断とは何か。

 

 歯を食いしばり、眼前の同胞を助けることから、この敗北を、この経験を持ちかえることに方針を切り替える。

 

「兵を纏め人間領を脱出する! もはや猶予は無い!!」

「な、何を! 彼らを見殺しにするというのか?!」

 

 後方へと下がってきた戦士達を纏めて戦場を去ろうとする【新たな星】を見て、タイガー族の族長は同胞達を見捨てるのかと声を荒げる。

 戦場には未だ多くの同胞達が残っている。確かにその通りだ。

 

 しかし、

 

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぽた。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぽた。ぐちゃ。ぽた。

 

 壊乱した戦士達は足を負傷した同胞が増加し続けていることもあってまともに後退できていない。

 次々に追いつかれ、着実に数を減らしていく。

 

 何より雨が少しずつ強まっている。

 迷っている余裕などない。

 

「河が増水し、退路を断たれれば我々は全滅だ。つまり人間兵の強さを誰も伝えることができんということだ! 解るか? 此処で我々が死ねば、そのまま一族が滅びるのだ!!」

 

 苦悶の声を上げる族長を尻目に、僅かな兵を率いて戦場を後にする。

 

 比較的正気を保った兵のみを纏め、恐慌状態で四方に散っていく者は諦める。あるいはバラけさせた方が人間の追手から逃げられるかもしれない。

 そうして逃げ延びた者が一人でもいれば、人間の戦い方を一族に伝えることができるかもしれない。

 空を飛びまわるレイブン達が騒々しい。飛び道具を卑怯者の道具と侮ってきた一族のツケが頭上から重くのしかかる。

 

 それでも希望に縋りつき、全力で戦場を離脱する。

 

 

 

 

 

 しかし、そんな僅かな希望すらも、逃亡した先で容易く摘み取られる。

 

 

 

 

 

「―――ファイナル・エクサ・ブレイカアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 同胞達を見捨て、這う這うの体で戦場を後にした彼らを待っていたもの。

 それは増水し氾濫した河と、漆黒の鎧を纏い身の丈ほどもある大剣を振う偉丈夫の姿であった。

 

 狼達の追撃を振り切り、此処まで辿り着いた同胞は僅か50にも満たない。

 それも疲労困憊、まともに戦える者などほとんどいない有様である。

 

「貴様も、貴様もブラムとやらの……?」

「ああ。我々は伯爵とは違う拠点へ援軍に向かったのだが、手を下すまでもなく壊滅していたものでね? そこに本格的な侵攻部隊が来たと聞いて、こうして退路を断つために急行したのだよ」

 

 荒い息を吐く傍らの灰白色の狼が恐らく此処まで案内したのだろう。よく見れば黒と赤の髪をした女達もいた。

 この人間達も装備を見るにそれなり以上の腕前であろう、それを戦場ではなく態々退路に配置したということは。

 

「始めから、我々に勝ち目は無かったというのか」

 

 彼ら無しでも追い払えるという絶対的な自信の表れであろう。

 

 

 

 絶望的な心境で善後策を練る【新たな星】の背後からあの足音が響く。

 

 整然と並ぶ兵士の集団。

 まるで一個の生命体であるかのように、呼吸を合わせ、足並みを揃え、着実に近付いてくる。

 

「こ、殺される……皆! 殺されるぅ!!」

「もう駄目だぁ、おしまいだぁ……」

「に、逃げるんだ。勝てる訳が無い!」

「逃げ道なんかない、もう囲まれている……!」

 

 悄然と立ち尽くすもの、絶望に膝を折るもの、喚き散らすもの、反応はそれぞれであったが、結局のところ何もできないということで一致している。

 口元を鮮血で濡らした狼達に四方を囲まれ、頭上には相変わらずレイブン達が飛び回っている。

 もはや逃げることすらできない彼らは、最期の時が近づくことを待つ以外になかった。

 

「〈全体止まれ〉! その場で待機だ」

 

 眼を血走らせ帰り血と狂気に歪む人間兵達は、獲物を前にしつつも黙ってその場で立ち止まる。

 一人戦列から歩み出てきたのは誰あろうブラムである。

 

「さて。退路を断たれた訳だが、最期は華々しく戦って散るかね? それとも順番に処刑してほしいかね? 仲間を見捨てて逃げたものなど本来は狗の餌にするところだが、兵を纏めて撤退すると言う君の行動は最善のものであったという評価を以て、また君の礼節ある対応にそれなりの敬意を払い、選ばせてやろう……!」

 

 槍を肩に乗せ、あえて無防備な格好で問いかけてくる。

 

「降伏する。どうか見逃してほしい。もう二度と我々は―――」

「駄ァ目だなァア! 言ったはずだぞゥ?! 戦うならァ、二度とこの河は渡れないとォ!! 生かして帰さんよォ? 当然だろォゥウ?!」

 

 確かに当然だ。

 人間達の戦い方を見知った今なら、もう少しましな戦いができることだろう。

 そんな相手を生かして帰して、彼らに得なことなどない。

 

「ところで」

 

 生き残る術を模索する【新たな星】に、ブラムはおもむろに近づく。

 

「生かして帰さないと言ったが。絶対に此処で皆殺しにするとも言っていないわけだ、が?」

 

 此処ではあえて殺さない。

 捕えて別の場所で殺すということか? あるいは、もしかすると。

 

「私は一度だけなら過ちを見逃すことにしているのだよ。私の配下であるなら、な?」

 

 人間の領地に攻め込んだ過ちを、見逃す。だから配下になれ。つまりはそういうことだろう。

 

 断れば此処で皆殺しになることは間違いない。その場合河向こうに残ったレオ族は、報復も兼ねてほぼ間違いなく河を渡り人間に挑む。そして、同じく全滅するだろう。

 

 一族の全滅。それを避けることが今の最重要課題だ。

 屈辱を呑み込み、此処は―――

 

「わかった。ブラム……様。貴方に御仕えする、いや、させてください」

 

 【新たな星】は剣を放り、仰向けに寝転がった。

 それは誇り高きビーストマンにおける服従のポーズであった。

 

「……んん? あぁ、そうかそうか。実に結構! 正しい選択だ」

 

 安堵の息を吐くも僅か、にこやかな笑みを浮かべたブラムの顔を見て心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖に襲われる。

 

「なっ、貴方は?!」

 

 見てしまった。

 深紅に輝く縦に割れた異形の虹彩を。口元に覗く鋭く尖った牙を。

 にこやかにこちらを見る、ニンゲンの姿をした、何かの姿を。

 

 後方の同胞達も見たに違いない。誰もが息をのみ、竦み上がっている。

 

 その場にいるだれもが思いだす。

 

 

 

 この地が何と呼ばれているのかを。

 

 

 

 

 

 ここに狼王竜王連合軍とビーストマン遠征軍の戦争は終結する。

 

 ビーストマン遠征軍の生存者は【新たな星】と共に戦場を後にし、投降した46体のみ。

 ブラム伯爵の軍門に下った僅かな戦士達を除いて、3000を超すビーストマン遠征軍は悉く全滅した。

 

 対する人間軍は、死者無し、負傷者無し、疲労回復薬などの消費が僅かにあったのみである。

 

 正に完全勝利であった。

 

 

 

 またこの日から、ブラム・ストーカーの通り名が更に増えることとなる。

 

 曰く、虐殺王。

 曰く、串刺し侯。

 曰く、ねばぎば伯爵。

 

 この一戦によりブラムの名声は更に高まり、もはや近隣諸国に知らぬ者は無い名将としてその名を轟かせることとなった。

 

 

 

 全くの余談だが、竜王国で最も広まった通り名は「ねばぎば伯爵」であったという。

 




 非常に時間がかかりましたが、遂にビーストマン戦も終了です。勿論ネクロさんは何時だって計算づくです。ええ、全て、最善の結果を得る為の行為なのです!
 そして外患の憂いが無くなったので、これで漸く元気一杯にNAISEIが出来ますね!

 次回は戦後処理と竜王国でドラウちゃんと面会をする予定です。勿論何時もの行き違いをしつつ・・・。

 3つある拠点、残る一つがどうなっていたのかもちょっぴり語られます。
 狩る根混成部隊とか言う奴等の仕業なのですが・・・。



 最後に、ちょっとだけ解説など。


ナザリックが用意した7つの罠

上向三日月型十文字鎌槍(槍の穂先側に湾曲した鎌が左右に付いた槍。横に避けても刺さる)
戦場を覆う伸びた草(ドルイドの魔法で潜伏や奇襲にボーナスを与える)
左右に並ぶ死体が刺さった乱杭(密集陣形の弱点である側面を守る【ついでに死体で敵の動きを誘導】)
レイブンの群(偵察や奇襲、追撃を行うネクロロリコンの眷族達。無駄に多い)
草原に潜伏する軍狼達(何時もの軍狼達。ただし『殺すな』とは命じられていない。地味に強い)
上流から徐々に広がる雨雲(マーレが〈コントロール・ウェザー/天候操作〉で上流に雨を降らせて退路を遮断)
アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』(単独で突っ込ませても殲滅可能。そもそもパンドラズ・モモンなら一人で……)

 という訳で、『絶対に勝てる』ようにはなっていました。
 特に上の方が無いとネクロさんが本気になっても人間兵では勝てません。それくらい人間兵が弱い設定だったりします。


人間兵とビーストマン戦士の戦力差

 人間兵は帝国騎士団の近衛兵が金級冒険者相当(Lv.12程度)らしいので、他種族と戦い続けた竜王国兵はLv.10と設定。

 対するビーストマンは成長しただけで人間の10倍強くなると言う事で、ドラゴン達のように成体になった時点で《ビーストマン幼体》Lv.10を所得済み。戦場に来るやつらはここからからスタートして職業レベルと《ビーストマン成体》の種族レベルを取ると設定しました。主なクラスレベルはビーストマン全体が《蛮族》《戦士》、そして森で獲物を取るタイガー族はもう一種類《レンジャー》を所得しやすく、族長等は《指揮官》持ちです。後方に残した主に雌の神官達が申し訳程度に信仰系魔法詠唱者職を持っているというオリ設定となっております。

 その為今回出て来たタイガー族戦士は大体Lv.20~25と設定しています。
ちなみに一番レベルが高いのが【星】です。
幼体10、成体1、混合種3、戦士6、蛮族3、指揮官3、以上でLv.26。英雄クラスに近いレベルで、種族的なステータスで英雄クラスです。いずれ成体になればLv.35を超える、そんな優良株だったりもしますがあまり意味はありません。


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42.竜公『ドラクル』

 相変わらずお待たせしてしまいました。お待ちいただいた方々には申し訳ないです。

 一応ラストは始めの頃からちゃんと考えてあるので失踪はしない筈です。
 残念ながら疾走もできませんが。



 竜王国女王ドラウディロンがエ・ランテルを発ったのはこの地に到着した3日後のことだった。

 アンデッドが蔓延るカッツェ平原を縦断する帝都への強行軍から殆ど間をおかず、更にエ・ランテルへと駆けた彼女は疲労により3日の休養を余儀なくされたのだ。

 

 より正確にいえば、体調不良を心配した次期エ・ランテル領主ブラドの厚意によって押しとどめられたと言うのが正しい。

 

「一国の主の来訪に対し、当主たる我が父自らの応対がなかったのみならず、碌な歓待もできずに見送ったとあっては当家の名に泥を塗ることとなります。どうか哀れな私を助けると思い、暫しの御滞在を願いたく」

 

 一国の王であるドラウディロンの来訪は大国であるリ・エスティーゼ王国の大貴族と言えど、むしろ大国の貴族であるがゆえに無視できるものではない。来客への、特に貴賓への対応はその家の真価が試される場となるからだ。つまり他国の王族に蜻蛉返りされたなどと噂されればその名声は地に落ちることとなる。

 末永い付き合いを望むドラウディロンは、そのあたりの事情を酌んで休息という名目でエ・ランテルに暫し滞在することになった。

 

 ホストであるエ・ランテル側としては、更に帰路の安全確保についても慎重にならざるを得ない。エ・ランテルからの帰路に命を落とした、などということになれば内外からどのような難癖が付けられるか判らないのだ。新興勢力であるという自覚はしっかりと持っている。

 そのため、ブラムの僕である狼達に加えて、領内を定期運航している荷馬車用の馬型ゴーレム〈石の馬車馬/ゴーレム ワークホース〉を提供し、エ・ランテルに2組いる白金級冒険者チームを護衛に付けた『エ・ランテルが用意できる万全の状態』で帰国の途に就くこととなった。

 

 当然のことながら3日の滞在期間を無駄にするドラウディロン女王ではない。領内で試験的に生産された蜂蜜を使った菓子を頬張りつつ、供の者達を市内の酒場に放ってエ・ランテルの情報を収集していた。

 少しでもブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵の情報を集めるために。

 

 そして幾つかの情報を手に入れることができた。

 

 まず、彼の御仁が凄まじい軍事的才覚を持つことが確定した。

 確定情報だけでも、秘密結社『ズーラーノーン』の高弟が起こしたアンデッド騒動を解決し、王国の暗部である犯罪組織『八本指』の壊滅、王都への大悪魔アルコーンの襲撃を撃退、国家転覆を謀った六大貴族の一つペスペア侯の撃滅と恐るべき戦果を挙げている。

 これらの戦果をもって大国リ・エスティーゼの伯爵に叙せられたともまことしやかに語られている。

 

 更に不確定情報ではあるが、大悪魔アルコーンは王都を拠点とするアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』を一蹴したと言われており、これと互角に渡り合ったのが『漆黒の英雄モモン』であると言われている。

 そしてその均衡を崩したのが他でもない『ブラム・ストーカー』であるらしいとも。

 そんな彼らの活躍無くして王都の平穏は無かったと、件のアダマンタイト級冒険家チーム『蒼の薔薇』が証言しているという話までも流布されている。

 本来であればアダマンタイト級冒険者チームの誹謗中傷は即座にかつ物理的に抹消されるはずであるというのに、アダマンタイト級冒険者チームが敗北したという話が蔓延っているのだ。

 更に更に、周辺諸国に名を轟かせる『王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ』の危機を救ったという噂までも場末の酒場で語られている。辺境の村が幾つか潰されたという被害情報と、それに対して戦士長が派遣されたという『事実』は確実に存在するとはいえ、今や王国の軍事を取り仕切るあのガゼフ・ストロノーフ将軍を下に見るような噂が流れているというのは、そしてそれが許されている現状は、実質真実だと認められているようなものだ。

 

 更に人となりについてもある程度は情報を得ることができた。

 犯罪組織八本指を相手に取った騒乱は、一人の哀れな娼婦を保護したことから始まったと言われている。

 事実上の奴隷として裏組織に買われた彼女が裏娼館で口に出すのも憚られるような扱いを受け続け、廃棄されかけたところを保護されたそうだ。そんな彼女を見て義憤に駆られたブラム伯爵は、それまでに築き上げた人脈を駆使して徹底的に犯罪組織を追いつめ、最終的に壊滅寸前まで追い込んだと言われている。結局その八本指は起死回生の手段として悪魔召喚に踏み切り自滅したそうだが、そこまで追い込んで見せた手腕については高く評価すべきだろう。

 状況からして虎視眈々とその瞬間を待ち続けていたと想像することは難くないのだが、少なくとも表向きには真っ当な正義を指針にして行動する人物であることは分かる。

 

 また領地の経営についても、旧態依然とした貴族達とは一線を画す辣腕を発揮している。

 例えば人材の登用ならば汚職官僚へ厳しい罰則を与えつつ、公共事業を領民に行わせて結果を出したものに官僚としての席を与えることで、力ある者を重用すると行動で示している。実際上の立場に行くほど給金は跳ね上がっているらしい。仕事量も勿論増える様だが。

 行われる公共事業も開墾や道路の敷設が主で、食料の増産と流通の確保を重視している。王都ですら石畳の街道が整備されていないというのに、既にエ・ランテルの市内と周辺の主要な街道は概ね敷設が終了している。

領地の運営についても素晴らしい手腕を発揮していると言える。

 

 何より、人心をつかむのが恐ろしく上手いということがよく分かる。

 裏娼館から保護された娼婦達も、彼の屋敷や息のかかった施設で働かせているという確定情報がある。

 これも一見行くあての無い哀れな者達に職を斡旋したようにも思えるが、恐らくは逆であろう。恩を売った者を利用することで、薬品の製造という最重要機密を外部へ漏れないようにしつつ増産のための人員を確保したのだ。地位を手に入れる作業のおまけとして、決して外部に情報を漏らさない熱心な作業員を手に入れたと言っていい。

 

 何かをやる毎に、人心をより強く惹き付ける。

 そうなるように手を打っていると言い換えてもいい。

 

 この悪魔的とすら言える人心掌握術には、さしものドラウディロンも寒気がした。

 

 彼女自身、他者の庇護欲を掻き立てることで対価以上の仕事をさせるようと仕向けるために日頃から年甲斐もない格好と言動を取り続けている。

 決して騙しているのではない。自分は別に年齢を詐称した覚えは無いと、相手が勝手に勘違いしただけだと予防線を張って日々を過ごしているのがドラウディロン竜王国女王だ。

 

 しかしブラム伯爵は違う。

 ドラウディロン竜王国女王とは対極的だ。

 

 勘違いして行動に移させるのではない、自発的に行動に移させて結果勘違いさせるのだ。

 ある者は『出自以上の待遇を得ている』と、またある者は己を憐れんで高待遇を『恵んでもらえている』と。

 その結果、彼らはより良く仕えようとすることだろう。身に余る立場を与えられていると『思いこんでいる』がゆえに。

 またその事実に気付いたとしても、取るべき行動は変わるまい。汚職を行う自分よりも真面目に働く別の誰かの方が良いと判断されれば、見せしめも兼ねて挿げ替えられることが目に見えているのだから。

 

 集めた情報の総評としては、ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵は厚い義侠心を持ちつつも先々のことを見越した手を打つことのできる優秀な為政者にして高い作戦能力を持った軍人であると言える。

 

―――表向きは。

 

「早まったかなぁ……」

 

 少なくとも竜王国の存続のためには限りなく最良の手を打ったと言える。それだけは間違いない。

 アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』を一蹴する存在を相手に、互角以上に渡り合った存在の協力を取り付けたのだから。

 

 しかし、竜王国の未来のことを考えればそうと言い切ることもできない。

 

 ブラム伯爵は即物的で単純な損得勘定ではない、長期的な損益で動く手合いだ。もっとも厄介な相手と言ってもいい。知る限りでは帝国のジルクニフや王国のラナーと同格か、それ以上の傑物と言っても過言ではあるまい。

 目の前の利益より、将来起こるかもしれない損失を防ぐように、将来の収益を少しでも増やせるようにと手を打つ。そんな人物であるとドラウディロンはみている。

 

 そんな人物にとって、竜王国の現状はどう映るだろうか?

 

 まずリ・エスティーゼ王国は、竜王国に対して手を差し伸べて救うべきである。

 

 これは間違いない。

自国を戦場にして防衛戦をするのと、戦力を派遣して他国を戦場にして防衛戦をさせるのとでは圧倒的な違いがある。自国で決死の防衛戦をし続けたドラウディロンは痛いほど理解している。

 戦場となる平野部は概ね農地に使われる、使える土地である。その農地が荒らされることなく、また農民を減らすことなく、脅威を排除することができる。それも他者に恩を着せる形で、最小限の派兵で利益すら得られるのだ。

 自発的に兵を送るのではなく、相手から求められて派兵するなら『竜王国の持ち出し』での戦争になるということも大きい。

 

 派兵を要請した手前、そして今後ともよろしく付き合うためにはそれなりの出費は不可欠だ。法国だって少なくない寄進をしているからこそ、教義を曲げてまで人類の生活圏の維持を優先して蔭ながら派兵しているのだ。仮想敵国と互いに扱っていたなら、竜王国はとっくにビーストマンによって殲滅され、法国は他種族からなる侵攻の最前線に身を置くことになっていただろう。法国の盾として存在を許されていたという自覚もある。

 

 言いかえれば、今後とも長らく付き合わなくてはならないだろうブラム伯爵に国を守ってもらったという巨大な恩を売られてしまったことは余りに重い。そこらの貴族共とは比較にならないほどに目端の利く人物であれば、この事実をさぞかし高く売りつけてくることだろう。

 

 先々のことに頭を悩ませつつ帰国したドラウディロンは、しかし、未だにブラム伯爵の実力を過小評価していたと理解する羽目になる。

 

 

 

「伯爵が帰ったぁ? え、待って、ビーストマンが降伏してきたのか?? ブラム伯爵が殲滅して? もう攻めてこないと? 貢物まで送りつけられてきたと……?」

 

 自国に帰ったドラウディロンを待っていたのは戦勝報告の書類達と、ビーストマンから贈られた賠償品の山であった。

 

 それなりに王族としての責務に熱心な彼女は、咄嗟に執務机にばら撒かれた報告書の一つを掴み目を通すが、

 

「すまん、長旅で疲れているらしい。我が国の兵士5000がビーストマンの遠征軍3000を殲滅したという報告が目に入った。少し休む」

 

 有り得ない報告を目にして思わず現実逃避を始める。

 

 報告書を放り捨てて回れ右してしまった彼女を責めることは、立場的にも能力的にもなにより報告書の内容を知る者では精神的に難しいことではあるのだが、それを止めることができる者がこの国には存在した。

 

「いえ陛下、それは見間違いではありません。きちんと現状を認識できるようですので、そのまま執務を続けていただきます。ええ、見間違いではありませんとも……!」

 

 竜王国の宰相。

 竜王国を守るために国外へと赴いた女王の代わりに、国政の全てを取り仕切った彼の言葉は今この瞬間においては女王その人の言葉をも凌ぐ重みを有している。

 

「リ・エスティーゼ王国伯爵、ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵閣下は我が国の城砦都市テルモに攻め寄せるビーストマンの一氏族たるジャガー族500を出会い頭に殲滅」

「待て! やめろ! 何も聞きたくない!!!」

「都市に入るなり人心を掌握し、5000の兵を率いて押し寄せるビーストマン遠征軍と決戦を行い、虐殺!」

「おい! やめろと言っている!!」

「ビーストマン遠征軍の死者、およそ3000。捕えたビーストマンが約50体。我が軍の被害……無し!!」

「有り得る訳ないだろそんなの?! 野戦で! 二倍未満の戦力で! ビーストマンの軍勢に勝てる訳……!」

「そして他の戦線における戦果が……」

「まだあるのか?! もう充分だろう?!!」

 

 同じく有り得ない報告を受けて詳細を調査し、あり得ない情報をあるものと呑み込んだ宰相は光を失った瞳で報告を続ける。

 生者を羨む亡者の如く。

 

「南方の城塞都市は伯爵殿が派遣したアダマンタイト級冒険者チームが駐留していたものの、攻め寄せたビーストマンは運悪く『ギガントバジリスクの群』にぶつかり撤退」

「あ、そこは御布施が効いたのか」

「しかしながら! 北方の城塞都市に押し寄せたビーストマン遠征軍はブラム伯爵が派遣したカルネ混成部隊が応戦し、撃滅!」

「んむ? そのカルネ混成部隊というのは聞いたことが無いな。何者だ?」

「カルネという村で発足した、人間、ゴブリン、オーガ、トロールによる異種族混成部隊だそうです」

「トロール?! おい待て、そのカルネ村というのはどんな魔境だ?!」

「ウォートロールを使役する人間が率いる人間の集団、だそうです」

 

 比較的予測できる戦果が報告されるようになった安心感から、エ・ランテルでの滞在中に聞かなかった名前を思わず訊ね、やっぱりあり得ない答えを聞かされて更なるダメージを受けてしまう。

 これまでに見た目よりは長く生きてきた中で培った常識というモノを跡形もなく粉砕されてしまった彼女は思わず訊いてしまう。

 

「なあ、ブラム伯爵が率いた軍は具体的にはどれほどの規模だったのだ?」

「……聞きますか?」

 

 奈落の底を覗くが如きその質問を。

 ドロリとした瞳の宰相に。

 

「南部都市への派兵、アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』の3名。北方城砦都市への派兵、人間とその他種族含めて約100名。そして伯爵閣下が自ら赴かれた中央都市、……実質1名」

「ふぁ?!」

「一応馬車の御者として執事と孫娘が供をしていて、正味三名だそうです。御供の狼達が50ほどいたそうですが、人型を取って戦場で戦ったのは伯爵御一人だそうです! ええ、最も激しい防衛線をしていたはずの中央に赴いたのが、実質御一人なのですよ、陛下!!」

「待て待て待て! そんな、いや、有り得んだろ? そもそも我が軍5000でビーストマン3000と戦うという時点で……もしや魔法詠唱者で出会い頭に?」

「いいえ陛下。都市を出た我が軍の兵5000、その兵達が、その手で攻め寄せるビーストマンを突き殺したと申しております。そして、確かに伯爵が訪れてからの死者は、0です! 怪我人すら出ておりませんし、持参した水薬を格安で提供していただけたとかで怪我人はむしろ減少したとすら」

 

 ドラウディロンの知る限り、竜王国の宰相は頗る優秀だ。

 我が目を疑いつつも報告の裏はきちんととって、間違いないと判断したからこそ今報告していることだろう。

 その裏付け作業中にさぞかし正気を疑い続けたことだろう。

 

「しかし、うぅむ、あの人物ならば不可能ではない、のか?」

「……陛下はエ・ランテルで何を聞いてきたのです?」

 

 竜王国において過分に尾鰭背鰭胸鰭が付いていたであろう噂話が、ほぼそのまま御膝元のエ・ランテルで流れていたという事実を草臥れた笑顔で語るドラウディロン女王は、それなりに離れた竜王国と『全く同じ話が流れている』時点で、殆ど婉曲されていないだろうと笑う。

 

「つまり、それほどの情報操作ができる御仁であると?」

「あるいは付けられる鰭が無いほどにデタラメな存在なのか、かな?」

 

 暫く沈黙の下お互いの顔を見合った結果、ブラム伯爵が異常な存在であるという事実が共有できたため、少しでも建設的な情報交換をするべきと思考が働いた。

 

 言いかえれば常識を捨てた瞬間でもあった。

 

「戦後処理はどうなっている?」

「はい。ビーストマンの捕虜の中に遠征軍の指揮官がおり、その者はビーストマン達の王と言えるものの子であったそうです。彼を解放して交渉させ――」

「賠償と停戦を約束させたのか」

「そのように報告されております」

 

 出来過ぎとも思うが、聞く限り戦場では凄惨な目にあわせている。伯爵唯一人を恐れて和平を呑んだというのもあり得ない話ではないだろう。

 

「それで、謝礼は、その……どれだけ待ってもらえると?」

 

 幾らか、と聞くのは余りに恐ろしい。

 しかし払わないなどという選択肢はあり得ない。あってはならない。そんなことをしてはビーストマンを殲滅した伯爵を向こうに回した戦争になりかねない。

 そしてその戦争で自国の兵士達がこちらについてくれる気も、しない。

 

 せめて支払いを待ってもらえればなんとかして、というよりどんな方法を使ってでも支払わせてもらうと覚悟をした。

 

「ビーストマンから贈られたヒトや羊などの家畜類だけを戦利品として頂いていく、それだけで良い、と。勿論我が国の出身者は国元に帰してもらえるそうですが」

 

 その報告を聞いたドラウディロンは眉をひそめて思案する。

 アダマンタイト級と言っても過言ではない実力を誇る『リ・エスティーゼ王国の伯爵』であるブラム・ストーカーその人に対する依頼料だけでも莫大な金額となることは間違いない。更に王国最強のアダマンタイト級の冒険者チーム『漆黒』に対する依頼料についても自国のアダマンタイト級冒険者チームへの依頼料を軽く超えてしまうだろうことは想像に難くない。

 ここに遠征費用や国境を越えた遠征を行わせる保険や補填が、それこそ正規の依頼料を遥かに上回る費用となって圧し掛かってくるだろう。冒険者チームが最小限の依頼料で了解しても王国そのものが認めまい。自国の危機を治めるために動くならばともかく、他国を防備するために出動させる必要などないのだから。

 その上で派兵してもらったのが竜王国という立場であり、相手に将来的な危険を排除するためという御題目があったとしても、けじめとして謝礼を払わなくてはならない。それが国家として通すべき筋だ。

 王国としても無料で派兵したという実績を残すべきではないと考えてしかるべきだ。

 

そこまで考えて確認のためにもう一度問う。

 

「伯爵殿はビーストマンが保有するヒト族の捕虜とその他の家畜を派兵の対価として貰い受けると言ったのか? それ以上の、我が国に対する請求は何もなしにか?」

「……そのように報告されております」

 

 表面的に見れば、竜王国は一切の支出無しにこの難局を乗り切ったように見える。

 しかし、そんなことはあり得ない。

 

「伯爵殿は、それ以外に何か言っていないのか?」

 

 この質問に対して宰相は渋面を作る。

 

 いっそ国が傾くほどの請求が来た方がマシだった、そんな顔だ。

 

「伯爵殿は、何と?」

「……ビーストマンが我が国へと『逃げ込んだ』元凶である牛頭族を、向かい撃つ準備をせよと」

 

 言葉の意味を理解できなかった。

 

 脳内で耳に入った音を、意味のある言葉に変換するという作業を行ってもなお、脳みそがそれを意味のある文字列とすることを拒否していた。

 しかし、一国の王として現実から目を背けることが許される時間は僅かであった。

 

「陛下! ブラム伯爵閣下はビーストマンを追い散らす牛頭族の侵攻を喰いとめるべく――」

「ええい解っておる! 今後とも我ら竜王国は! 人類領域の最前線で! 異種族の侵攻を向かい撃てと! そういうことか?!!!」

 

 やけくそである。

 

 長年に亘って国を脅かしてきたビーストマンとの和睦がなったと言われた次の瞬間に、そのビーストマンがこちらに本格的な侵攻をしてきた原因、言いかえればビーストマンを圧倒する更なる強敵と戦えと言われたのだから。

 

「いったいどれほどの強さなのだ? 少なくともビーストマン共より強いということだろうが」

「詳しくは解りませんが、報告によると情報を得た伯爵閣下は血相を変えて国元に帰還されたとか」

「最悪じゃないか?!」

 

 もはや長々とした説明すら不要だ。

 ズーラーノーン、大貴族、巨大犯罪組織、大悪魔にビーストマンと様々な敵を殲滅し続けた男が血相を変えるような事態だということだ。

 

 付け加えると近隣のビーストマンの氏族に号令を出し、丸ごと自国の兵士として召抱えるという方策も打ち出したらしい。

 ヒト族より精強なビーストマンの軍勢が必要だと判断したということになる。

 

「ああ、家畜だけ貰うってそういうこと?」

「ええ、食料問題の解決のためでしょう」

 

 驚き続けた先に待っていた暗黒とすら言える絶望的な未来。一筋の光はあるが、それが自分達を救ってくれると思いこめるほど楽観的ではない。

 もはや自分たちでは手の施しようが無いという諦観が頭を占める。

 

 それでも、

 

「伯爵殿に、せめて何か贈れないものかな?」

 

 ある程度の誠意は見せておきたい。

 

 それで竜王国を助けに来ようという気が少しでも湧いてくれるなら。

 

「金子の類は不要、というより国家の再建と軍事の増強に使うよう念を押されておりますので避けた方が良いでしょうな」

「では、物品か?」

「オリハルコン製の長槍と盾を貸与し、最終的に格安で譲ってくださる豪商の御眼鏡にかなうものが、我が国の国庫にありましたか?」

 

 頭を掻き毟って案を絞りだし、やはりこれしかないと。

 

「……いっそ嫁入りを!」

「悪くはありませんが、伯爵閣下は御高齢。孫娘すらおられます。いっそ新王と組んだ方が王国からの支援は得られそうですが……というか重すぎます。そもそも今の竜王国が貰えると言われても、それで喜ぶ方がおられるとは思えません。それとも御自分にはそれほどの魅力があると?」

「ほ、本体はバインバインで……いや、何でもない」

 

 王としても女としても魅力が無いと自覚してしまい、割と本気で凹んでしまったドラウディロンに今回ばかりは追撃を見合わせる宰相。

 

 何とも言えない空気の中、ふと執務室にかけられた絵画が目に入る。

 竜王国の祖。初代国王の父、祖竜【七彩の竜王/ブライトネス・ドラゴンロード】の絵画が。

 

「なあ、爵位というのはどうだ? それもとびっきりの奴だ」

「明日にでも消え去りそうな国の爵位を貰って喜びますかね?」

「祖竜公だ」

 

 ドラウディロンの口から飛び出た言葉に思わず正気を疑う眼を向ける宰相。

 

 彼の反応は無理からぬものだ。何と言っても祖竜公の称号を与えられた存在は唯一つ。竜王国の祖であるブライトネス・ドラゴンロードその竜だけなのだから。

 

「知っての通り我が曾祖父は国王などにはならなかったが、子孫が治める国を守るために戦ってくれていた。そんな父祖を称えて贈られた称号、爵位がこの祖竜公だ」

「それ、そもそも贈って良いものなんですか? 既に祖竜様はこの地を離れて久しいですが」

「流石に祖竜公そのままは不味いな。なら、【竜公】だ」

 

 そもそも贈られて喜ぶかどうか、という不安があると宰相が問うも。

 

「その力、竜の如しと。竜王国女王【黒鱗の竜王】ドラウディロン・オーリウクルスが認めた。その証として贈るのなら、どうだ?」

 

 土地を与える訳でもない。それに伴って得られる金や物品もない。そもそもそんな称号は歴史家でもなければ知りもしない。

 かつて竜王国を守る偉大な存在に贈られた感謝と称賛の証。その意味を込めて贈るならば、伯爵は受け取るかもしれない。

 

「確かに、なんの制約も与えることなく、しかし我々が贈れる限り最も大きなモノかもしれませんね」

「だろう?」

 

 

 

 こうして、ブラム・ストーカー・デイル・ランテア伯爵は新たな称号を得ることとなり、以後彼は書面に『ブラム・ストーカー・ヴォン・ドラクル・デイル・ランテア』伯爵と記すようになる。

 

 また、彼は以後自らを呼称する際に好んでこの称号を用いたという。

 

 【竜公/ドラクル】と。

 




 という訳で意外なところ(?)からドラキュラ伯爵爆誕が現実的なものになる、というお話でした。
 ドラウディロンとは会えませんでしたが、今後とも彼女には某皇帝陛下のような立ち位置でいて貰おうと思います。後になった方が出会った時が面白い事になりそうですし。

 まあ今後会えるかどうかは微妙になってしまいましたが・・・。

 ところで何故ブラムが急いで帰ったのか? それはまた次回詳しく出てきます。
 女王を動かしていたらそこまで書けなかったので・・・。



 ドラクルの前置詞をヴォンにしたのは、『創作』だからというネクロさんの考えです。
 ファンでもフォンでもオブでもツーでも良かったのですが、ヴァンが一番それっぽいかなと。



 おまけに、女王とブラムの足取り。

 女王帝都を発ち二日後エ・ランテル入り、3日休養、移動5日、帰国。
 計10日。

 ブラム国境を超え翌日テルモ入りし先遣隊を壊滅、人心掌握と鍛練と下準備、大虐殺、ビーストマンの取り調べをして大将を派遣、レオ族即落ち、大急ぎで貢物用意して3日、ビーストマンを纏めてブラム帰還。翌日王都に速馬到着。
 計10日。


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43.白金の竜王

 アインズ・ウール・ゴウンというギルドとしてツアーと出会うって言うのも中々珍しいかもしれません。
 二次界隈ではルートの違いもありますが、そもそもそこまで辿り着けずにエタってしまうのが大きいですが……。まあ原作での対応が解らないため書く難易度が高いという問題もありますし、そこは仕方ないです。

 そのまま続けばどんな世界になるのか読者としては毎回興味が膨らむのですが、途中で萎んでしまうのが悲しい所です。



 時は遡り、竜王国女王ドラウディロンが帰国する数日前のこと。

 

 ビーストマンによる竜王国への本格的な侵攻。それは稀代の名将ブラム・ストーカー伯爵の参戦により沈静化し、ビーストマンの氏族達との和議も恙無く進行していた。

 これによって竜王国は一時の平穏を得ることとなった。

 

 しかし件のブラム伯爵の顔色は晴れない。

 ビーストマンの侵攻が起こった元凶、彼等を駆逐した牛頭族の魔の手が忍び寄っている事が判明したからである。

 

 牛頭族の脅威をいち早く察した伯爵は竜王国から対価を受け取ることなく、速やかに領地のエ・ランテルへと帰還する。

 新たなる配下達を率いて次なる脅威へ対抗するために……!

 

 

 

 というのが表向きの理由となるが、これはあくまでもブラム・ストーカーとしての理由である。

 本当の理由。即ちナザリックの支配者ネクロロリコンとしての理由は更に深刻で、ともすれば遥かに致命的な可能性すらあった。

 そう、この世界においてほぼ無敵の戦闘力を誇るナザリックにとっての危機であると支配者達は判断していたのだ。

 

 

 

 事の起こりはその前日、ビーストマン遠征軍との決戦を終え、和睦は難しくないことが解ったためにナザリックの警戒レベルを準警戒態勢に落としたことがそもそもの発端となる。

 

 前線に身を曝す支配者の片割れであるネクロロリコンの警護のために竜王国に潜んでいたシャルティア達であったが、護衛対象が戦場から都市に戻り当座の危険は去ったとともに、セバス達が傍に付く体制に移行したため通常業務に戻るよう下命されたのだ。

 

 ここでシャルティアやマーレをはじめ、ネクロロリコンの眷族達は纏めて〈転移門〉でナザリックへ直接帰還したのだが、アウラとその配下は一旦セカンドナザリックへ向かうこととなった。

 ブラム・ストーカー伯爵の背後にセカンドナザリックを拠点とする何者かが居ることをアピールするためだ。

 

「アウラよ。僅かな可能性とはいえ、ブラム・ストーカーの後援であるお前達の存在を感知した者がいる可能性がある。それが百に一つ、万に一つの可能性であっても備えておかなくてはならない。他者の目が、このナザリックではなく大森林のセカンドナザリックへと向かうように。解るな?」

 

 石橋があれば、その設計図や材質などを調べ尽くしてから漸く渡る算段を立てるとまで称されるのがナザリックの支配者たるモモンガである。その慎重なモモンガの命令によりアウラは夜陰に乗じて竜王国から北上、カッツェ平原を駆け抜けてトブの大森林にあるセカンドナザリックへと向かうこととなった。

 ちなみにモモンガをそのように称したのはネクロロリコンであり、彼は彼で石橋があっても自分で鉄橋を作って渡るタイプとモモンガからは称されている。

 要するにどっちもどっちである。

 

 

 

 アウラは慎重に、ある程度の実力のある者であれば気付ける程度に隠形系のスキルを駆使して移動していた。これは周辺で確認されている野生動物や周辺国家の住人たちでは発見できない程度にまで隠密レベルを抑えたものだ。隠れ過ぎず、かと言って身を曝しすぎない絶妙なバランスと言って良い。

 端的に言えばかなり面倒なことをしている。

 しかし勿論彼女はこの一手間を無駄なことなどとは欠片も思ってはいない。これが最も『御方々が望まれる仕事』と考えた結果の行動だ。

 

 そもそもこの任務は機動力と索敵能力に優れ、トブの大森林を管理下に置く自分以外には任せられない特別任務であるという自負がある。更にアウラは、御方から贈られたナザリック一の便利屋の称号に恥じない働きを普段から心がけてもいる。

 何より他の守護者達と同様に自分が期待されているという自覚があるのだ。期待されているからこそ種々様々な仕事を任せてもらえている、と。ならばシモベとして、その期待には応えなくてはらない。可能な限り全力で、だ。

 

 そんな彼女の努力が通じたのか、トブの大森林に入って直ぐに彼女を捕捉できる存在と出くわすこととなった。

 

「やあ、こんな時間にすまない。君はあの森の奥にある砦の関係者なのかい?」

 

 白金製の全身鎧を身にまとった、何か。

 普通の生物とは異なる妙な雰囲気を纏った、いや、妙に気配が薄いモノに声をかけられた。

 

 先日のネクロロリコンの戦いぶりを見ていたアウラは、『待ちかまえている』相手に欠片も油断をしていない。するはずが無い。

 準備が整っていれば弱兵でも強敵を討取れるようにできるのだと、言いかえれば状況が整っているから姿を曝すのだと、御方々から直接御教示いただいたのだから。

 

 そうでなくともこれは怪しむべき状況と言える。

 相手を侮ってさえいなければ。

 

「そういう……いや、あたしはアウラ。アウラ・ベラ・フィオーラ。あんたの言う砦がトブの大森林奥にある砦のことなら、一応あたしが管理を任されてるよ。……はじめまして?」

 

 相手が何処の何者なのかは気になるところではあるが、ナザリックの支配者が特に嫌うマナー違反を犯さぬよう、先ず自分の名前と表向きの所属を明らかにする。初めて会ったであろう相手なので挨拶をするのも忘れない。

 

 しかる後に、

 

「それで、あんたはどこの誰なの?」

 

 相手の名前を聞く。

 これがナザリックスタンダードである。

 

「ああ、ごめんね。こうして誰かと会うのも久しぶりだったんだ。私は……ツアーという。十三英雄と呼ばれる者達の一人で、白銀と呼ばれているものなんだけど、知っているかい?」

 

 十三英雄。勿論知っている。

 

 眼前の存在が本物かどうかはわからないが、デミウルゴスが作製した資料の中にプレイヤー疑惑のある過去の偉人として紹介されていた者達のひとつだ。

 人間以外も含まれている、という不確定情報もあったと記憶している。

 

「ふーん。その十三英雄サマが、あたしに、っていうかあの砦になんか用? 世界を喰らう魔樹の話?」

「ああ、やっぱりあれを倒してくれたのは君たちだったんだね。近くに住んでるからそうじゃないかと思ったんだ」

 

 最初はあのザイトルクワエの仲間として攻撃してくるのではと身構えていたが、全体的に険を感じない。倒して『くれた』という口ぶりからも敵対していたということが窺える。

 ならばアレを倒せる程度の実力者に用があるということだろうか。知恵に優れた仲間達を羨ましく思いつつ、相手の情報を頭に叩き込んで思考を巡らせる。

 

「君は、守護者かな?」

 

 続けて発せられたこの質問。やはりプレイヤーか、あるいはその関係者か。

 しかし此処までは想定内。あえて『任されている』という言い方をしたのもデミウルゴス達からの助言によるものだ。

 

「そうだけど? そういうあんたは……プレイヤーなの?」

「いや、私はぷれいやーじゃないよ」

 

 余所の勢力を相手に交渉しに行くのなら責任者であるプレイヤーが行くべきというのが至高の御方々の考えであったが、彼らの所では先ずシモベを挨拶に向かわせるらしい。御方々ほど剛毅ではないようだが、同時に一守護者としては安全のために良い方法だとも思う。

 などと相手の情報を整理していたアウラだったが、

 

「あ、でもえぬぴーしーでもないよ? 生まれも育ちもこの世界なんだ」

 

 この発言には少々驚かされた。

 

 ここはもう少し突っ込んで聞くべきと更に問いを投げる。

 

「へえ、じゃあそんな言葉を何処で聞いたわけ?」

「十三英雄のリーダーが、そのぷれいやーだったんだ。……もういないけどね」

「そう。まあ200年も前だから、仕方ない、よね」

 

 至高の御方々は他のプレイヤーに対して特に注意を払っている。これは始めから一貫していたとデミウルゴスが分析している。

 周辺諸国の軍事力が脆弱であることが解ってもなお慎重な行動を心がけているのは、元々プレイヤーこそを警戒していたのだろうとも。

 

 そのプレイヤーではないと言われて安心したアウラではあったが、ツアーの発言からリーダーであったプレイヤーが居なくなってしまった悲しみも酌み取っていた。

 誰かが居なくなることによる寂しさは共感できる。

 

「それで! あたしがプレイヤーかどうかを聞きに来たわけ?」

 

 暗くなってしまった雰囲気をかき消そうとあえて明るく水を向けると、気づかいを感じ取ったのだろうツアーも即座に応じた。

 

「今度のぷれいやーがどんな人なのか、是非会ってみたくてね。私はブラム・ストーカー……さんがそのぷれいやーなのではと思っているんだけど」

「そうだよ。ブラム様はプレイヤーで、あたしはそのお手伝いをしてるんだけど……お会いになられるかは、ちょっと確認を取ってみないとわかんないかな? 今忙しくされているし」

「危機に瀕した竜王国を救うために出かけているんだったっけ? 私は急いでいないから、予定が空けば会ってほしいと伝えてくれるかい?」

 

 アウラの返答を聞き、連絡をするための待機場所を告げられる。

 更にプレイヤー達が100年周期で現れること、そのプレイヤーにも色々な人がいたこと、だからこそ可能な限り接触して意思疎通を図りたいとツアーは語る。

 基本的に人類を守ろうとしていることは既に解っているし、同時にゴブリンやオーガ、トロールにも無用な殺戮はしていない。今後ともその方針で活動していくつもりであれば自分も協力したいとも。

 

「うん、わかった! それじゃあブラム様にお伝えしておくね」

 

 現地の勢力との対話と協調を重んずるネクロロリコン様であれば、ツアーの申し出は断らないだろう。そう判断したアウラは笑顔で応対した。

 それこそが御方々の御意志に沿う対応であるという判断の下で。

 

 

 

 こうして、この世界におけるナザリック2度目の外交交渉が幕を開けることとなった。

 

 

 

 場所はトブの大森林の北端、アゼルリア山脈の麓のくぼ地、アウラがツアーと出会った10日後の太陽が最も高く登るとき。

 これが何時でも構わないというツアーの言葉に対して、速やかにアウラに会いに行くことを伝えさせて決定した会談日時である。

 

 それがエ・ランテルに帰還して事後処理を終えた5日後の南中。

 新たに加わった領民であるビーストマン達をエンリ・エモット戦術開発部長に丸投げし、遠征費用の計上をカイ・ヨーリ財政部長に任せ、内外への戦果報告をアーノルド・シュバルツエーカー通商部長に押し付け、最短日数で叶えた面会日となる。

 

 それが、今だ。

 

「お待たせした」

「いや、忙しいところを呼び出したという認識はあるんだ。わざわざ来てくれたことを感謝するよ」

「そうかね? 私としても君のような者と会談ができることを嬉しく思うよ」

 

 ブラムことネクロロリコンの後ろに控えるは、砦の主としてこの場を設定したアウラとブラム・ストーカーの子として周囲に認識されているブラドである。

 

 対するツアーは、一人。

 一方的に危険な状況に身を曝している『ように見える』。

 

「すまないね、ツアー殿。どうしても供をすると聞かなかったのだ」

 

 傍から見れば3対1という少々宜しくない状況に、先ずは了解を取るべきとネクロロリコンことブラムは先手を取る。

 

「別に良いよ。かつての六大神や八欲王も、ぷれいやーを守るためにえぬぴーしー達が躍起になっていたからね」

 

 さらりと出てきたが、この情報は割と大きい。

 

 他の勢力であってもNPCはプレイヤーに従う存在であろうとは予測されていた。そしてそうと知るということは、随伴型ないし拠点防衛用NPCを率いるチームの形態について知悉しているということになる。

 つまり高確率でギルドの関係者か、その知り合いであるということになる。

 

 仮にプレイヤーでなく本当にこの世界の出身であったとしても、この世界に来たプレイヤーについての深い情報を持っているということは間違いない。

 

「一応紹介しておこう。こちらのダークエルフはアウラ・ベラ・フィオーラ。蔭ながら私の援護をしてくれている。そしてこちらの男がブラド。私の子供、ということになっているNPCだ」

 

 会話の主導権を渡してはならない。

 ここは自己紹介という名目で探りを入れるべく捲し立てる!

 

「実は先ほど竜王国から竜公の称号を贈られてね? いずれ私の跡を継ぐ彼は竜公たるドラクルの子供、つまり子竜公、ドラキュリアということになる」

「? まあ、そういうことになる、かもしれないね」

 

 怪訝そうな雰囲気からして意味を理解していないように見える。

 だが一先ず幾らかの混乱を与えた。ならばもう一声!

 

「今の私が、ブラム・ストーカー・ヴァン・ドラクル・デイル・ランテア伯爵。その子供であり子竜公であるブラドは、ブラド・ストーカー・ヴァン・ドラキュリア・デイル・ランテア伯爵。略して、『ドラキュラ伯爵』だ!」

「!!」

 

 喰いついた!

 ブラム・ストーカーを知らない奴は少なくない、作者の名前までは普通知らない。

 ブラド・ツェペシュ、串刺し公を知らないと言うのもままあるだろう。

 しかし、ドラキュラ伯爵を知らないというのは、プレイヤーではあり得ない!!

 

 同時にこの世界にはワラキア公国も無ければ串刺し公ブラドも、それを題材にしたブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』も存在しない!

 

 よって俺がネタ半分でプレイヤー用の餌として用意したドラキュラ伯爵に喰いついたツアーは『プレイヤー』に違いない!!

 

「良ければもう一度自己紹介をしてもらえるかね? 『人形遣い』君」

 

 更なる追撃を行いつつ、渾身のドヤ顔でプレイヤーネームを明かすよう要求する。

 

 片眼鏡によって眼前の鎧が操作されていることはとっくに気付いていた。 中身は空っぽであるということが、だ。リビングアーマーなどという種族はユグドラシルには存在しない。それはゴーレムであり、つまりプレイヤーなどではないということだ。

 

 しかしこの世界に来てからというもの、割と自分でもネタアイテムだと思っていた『悪魔貴族の片眼鏡』には何度も助けられている。

 やはりこれは有用アイテムだったのだ! 爆笑してくれたルシ☆ファーよ、見ているか!!?

 

「……そうか、気付いていたのか」

 

 勿論だとも。

 さあ、どこのギルド所属だったかもついでに明かすがいい!!

 

 他のプレイヤーの動向は気になるに決まっている。そして疑り深くなってしまう。

 しかし未知の現地勢力だと言い張れば相手に付け入る隙を減らすことができる。中々よく考えられたシチュエーションだったがこの俺にかかれば―――

 

「ああ、仮の名、仮の身体で相対してすまなかった。では改めて名乗らせてもらおう。十三英雄が白銀こと、アーグランド評議国永久評議員、【白金の竜王/プラチナム・ドラゴンロード】ツァインドルクス=ヴァイシオン。故あって仮初の身体で出向かせてもらっている。改めて宜しく頼むよ、ブラム伯爵」

「「おお!」」

 

 ―――はい?

 

「いつもながら、君達ぷれいやーには驚かされるよ。とりわけ君は情報の収集が得意のようだね。あるいは推理力かな? そちらのブラド子竜伯に君が地位を継承した頃に贈り物をしてアーグランド評議国から何らかのアクションを起こせということだと思うけど、竜を冠する二つ名を持つ存在に親しみを覚えたという理由で良いかい?」

 

 良いかい? って言われても……。

 

 曖昧な笑顔で場を濁しつつ、大急ぎで情報を纏める。

 

 アーグランド評議国と言えば、ドラゴンやその他様々な種族が一緒に暮らす多種族国家だと聞いている。一応人間も普通に暮らしているという情報もある。現在ナザリックが目指す『他のギルドから文句を言われない国家』の見本と言って良い。その永久評議員の一角を占める存在となると、やはり保守的なプレイヤーなのか?!

 

 いや、その前に会話のドッヂボールをしなくては!

 

「アーグランド評議国といえば、ドラゴン達が統べる多種族国家でしたか? 人間も、それなりの自治を認められているとか……?」

「! そう、そうなんだ。各種族、民族毎に代表者を一人選出して、その代表者達が一堂に会してアーグランド評議国の運営を行っているんだ。私達永久評議員も人間の代表もあくまで1票として扱う合議制でね! まあ永久評議員はバランスを保つ以上のことはしていないから同じ一票とは言えないかもしれないけど―――」

 

 聞いてもいないのに評議国の政治形態を語り始めた。

 捲し立ててくる話を纏めると、リアル世界では形骸化してしまった民主主義に近い形態だろうか? パッと見平等な政治形態には思える。

 

「種族毎に一つの意見を述べる、という形態か。確かに平等には見えますな。個々の種族からの不満が出にくい形態と言えよう」

「そうだろう? リーダーから聞いたアイデアを参考にして今の形になったんだ!」

「少なくとも、先日までのリ・エスティーゼ王国の貴族主義よりは遥かにマシでしょうな」

 

 種族間の争いごとを治めるために他の複数の種族の意見を取り入れる。これは悪くない。今後の参考にしておこう。

 そしてそのために代表者を選出させて意見を述べさせるのも悪くない。20世紀頃に行われていた政治形態が近いのだろうか? あまり近代の知識は持っていないが、平和な時代だったんだから良い方法に違いない。

 今度アルベドに意見を聞いてみよう。

 

「我々も、所謂多種族国家の成立を目指している。そのモデルケースとしてアーグランド評議国はとても魅力的に映るよ」

「そう言ってもらえて嬉しいよ! 今のところリ・エスティーゼ王国との交流は僅かだけど、今から交易を増やしていけば将来的には王国全体の意識をも変えることができるはずだ。君が前面に立ってくれれば、子竜公即位の際にアーグランド評議国は大々的に祝福できるだろう!」

 

 なんだかトントン拍子にアーグランド評議国との秘密協定ができあがっていく。

 だが待て、一つ重要なことを聞いていない。

 

「アーグランド評議国では多くの種族が共に暮らしているそうだが、……例えばアンデッドなども、立場を認められているのかね?」

 

 此処はとても重要だ。回答如何では非常に厄介なことになってしまう。

 

「アンデッドか……」

 

 やはり反応が鈍い。

 せめて対話する意思はある程度のことを言ってほしいところだが――。

 

「君達には申し訳ないんだけど、無暗に襲いかかってこない、対話のできる知能を持ったモノとは共存したいと思っているんだ」

「……なに?」

 

 心底申し訳なさそうに語る竜王の言葉に思わず疑問の声が出てしまう。

 

「君が治めるエ・ランテルがアンデッドの集団に襲われた事は聞いてるよ? 異形種狩り、というモノがかつての世界で行われていたとも聞いた。だけども、話せばわかるアンデッドだっているんだ。君も知っていると思うけど六大神はぷれいやーで、彼等は人類を助けるために手を尽くしていた。実はその一人もアンデッドだったんだ! 一概にアンデッドだからと排除すべきではないと私は思うんだ。 そもそも人間種以外が多く存在するこの世界では――」

 

 混乱する俺を余所に、アンデッドを始めとした異形種に分類される者達を守ろうと必死の嘆願をされてしまう。

 

「この世界出身のアンデッドにも、話が出来る者はいる。ぷれいやーにもアンデッドはいる筈だろう? 無用な騒乱を無くすためにも、歩み寄ってみては貰えないだろうか……? 勿論話を聞かない、あるいは話をする知性の無いものなら排除すべきだ。それは全面的に同意する。だけど、無用にアンデッドだからと戦うのは、どうかやめて欲しいんだ」

 

 アンデッドを容認して貰うための交渉をしようと思ったら、アンデッドを擁護されてしまった。それもかなり必死に。

 

 混乱状態は即座に解消しているとはいえ、このままでは頭がパンクしてしまう! どうにかしてこの濁流の如き話を止めなくては。

 

「勘違いをして貰っては困る。共にこの地へ来た仲間を排除されるのではないかと思って訊ねただけだ。無論、それらをアンデッドだからと排除するつもりなら……!」

 

 言いつつ自分のように人間化して溶け込むことのできないモモンガさんが悪者扱いされて排除される光景を思い浮かべ、思わず、ほんのちょっぴり怒気が溢れてしまった。

 

 しかし、ほんのちょっぴり程度の怒気で済んだのは俺だけだったらしく、後方から凄まじいプレッシャーが放たれる。

 更には近くで待機していた者達も俺とニグレドの魔法によって音声を共有しているため、後方で待機していた者達から溢れ出た殺意によってこのフィールド全体が覆われてしまう。

 

「そんなことはしない! 先程話した六大神およびスレイン法国とは条約を結んでいるし、かつて十三英雄として活動していたときにもアンデッドの仲間と協力して戦ったんだ! それにアーグランド評議国にも、少ないけどエルダーリッチが住んでる。嘘だと思うなら見に来てくれていい、私が案内しよう。彼等はマジックアイテムを製作しつつ気ままに暮らしている。本当だ! 我々アーグランド評議国、ひいては竜族は平和と共存を――」

 

 少々手の内を曝し過ぎたが、まあ上出来だろう。

 これだけ協力体制になりたいと表明する言質を取ったのだから。

 

「信じよう、ツアー殿。そして信じるがゆえにこの姿を見せておく」

 

 言い放ち、〈完全人化〉を解除して吸血鬼の身体へと変質させていく。

 騙していたようで申し訳ないのだが、先に正体を隠して接触してきたのはあちらだ。文句は言われないだろう。

 

「そうか、君は……。だからアンデッドすらも容認される国を作ろうとしていたのか……!」

「解っていると思うが」

「ああ、君が《吸血鬼》であることは決して誰にも漏らしたりしない。竜王としての誇りに誓おう」

 

 こうしてナザリックとアーグランド評議国の、正確には現地最強の個体たる白金の竜王との秘密協定が締結されたのだった。

 

 

 

 その後も様々な情報を交換していった結果、互いに少なくない収穫を得ることができたように思う。

 

 まず理由はわからないが、100年周期でプレイヤーがこの世界にやってくることがわかった。

 

 過去に来たのは順に六大神、八欲王、口だけの賢者、カッツェ平原の獣人王国、十三英雄のリーダーとドワーフの鍛冶王、ゴブリン王、そして今代のブラム・ストーカーがそれにあたるらしい。

 それ以外、ないしそれ以前に来ていた可能性は否定できないが、大きな変化を齎したのはこれらであるという。

 

 また口だけの賢者が齎した技術革新の影響はこの世界を大きく変えたとされ、その影響力はこの世界に元々存在した原始の魔法を塗り潰して位階魔法に組み込ませた八欲王に匹敵するという。

 

「既に大陸中央部で権勢を誇っていた竜王達は軒並み討取られているんだ。それを可能とする兵器であるらしいけど……」

「火器類は使用者の技量より武器その物の性能がモノを言う、そういう兵器だ。竜の鱗をも貫けるだけの威力を持たせた銃、というか大砲を大量配備すれば兵数を揃えるだけで押し勝てるだろうよ」

「それは……恐ろしい武器なんだね」

「ふんっ。これからそれを相手にせねばならんと思うと、頭が痛い」

 

 思わずため息を吐く。

 これは半分本音であるが、同時に対処は可能だろうという思いを持ちつつ行う「ふり」でもある。

 

 しかし弱気な態度を見せるわけにもいくまい。

 

「まあ、相手の武器の性質さえ知っていればどうとでもなる。任せてくれたまえ!」

「本当かい?! 正直に言ってぷれいやーの出現と同じくらい牛頭族の侵攻には頭を抱えていたんだ。此処で止めてくれると助かる。このままでは本格的に竜族対牛頭族の図式になってしまい、この世界の勢力図を大きく塗り替える事態にまで発展していたんだ……」

 

 恩を売るべく強気な発言を繰り返した結果、ミノタウロス銃兵隊への対処を任されてしまった。

 

 まあ大口を叩いてしまったが、実際のところ余程技術的に発展していなければ対処法は存在する。

 正面を重装歩兵で堪えつつ側面から隠遁に長けた高速の兵団に襲わせればいいのだ。具体的に言えば、正面を高い不死性を誇るトロール重装歩兵隊で固め、スキル〈肉球〉によって静音性に優れたアサシン特化種族であるビーストマンの強襲部隊を側面からぶつけてやれば良い。

 そもそもビーストマンについてはスタミナに難がある代わりに短期決戦に長けた種族的なボーナスがある。そのことを踏まえると何故真正面から攻め込んできたのか疑問ですらあるが、この辺は星君や族長の黒髪と相談しておこう。

 

 まあいざとなったらモモンガさんやマーレの気象操作で濃霧にするだけでマスケット系の銃は無力化できる。これについては〈薬莢〉が開発されていなければだが、流石に今まで見た限りでは作れないだろう。少なくともビーストマンが戦った相手は連式銃ではなかったそうだし。

 

 さしあたって矢面に立たされたという大問題こそあれど、後顧の憂いがほぼ無くなったことは実にめでたい。

 将来的には同盟国として他種族の援軍を得られる可能性も視野に入る。協力して領地を守っているという外聞を得られるということは実に宜しい。

 

 

 

「それではツアー殿、私は人間族の兵団で牛頭族の銃歩兵隊を迎え撃つ準備に取り掛からねばならんのでな。名残惜しいがこの辺りで御暇させてもらおう。強力な武装を施した強大な種族が相手なので、加減の類はしかねるが構わんね?」

「それは仕方ないことだろうね。殺さなくては殺される、そういう武器を使っていると聞いているよ」

 

 少なくない期間に亘ってプレイヤーからこの世界を守護していたかのような口ぶりをする竜王殿の許可を貰い、本格的にミノタウロス王国を相手に戦端を開く用意ができた。対外的には竜公たる自分がこの世界の竜王と同盟を組んだということになる。

 どちらが上かは言うまでもない。

 

 攻めてきた異形種を相手にした場合でなら加減無用の言質を取ったことも大きい。

 額縁だけ見れば相手が攻め込んできたときにだけ効果を発揮する同意ではあるが、『攻めてきた相手を倒す』分にはいかようにでも力を使うことができるとも取れる。その後弱体化した相手をどう料理するかは、現地の人々に任せれば良いのだ。

 

 別に倒すだけならどうとでもなるのだが、100年後にやってくるだろうプレイヤーへの心証を想うとプレイヤーとして暴れるのは避けるべきだろう。それこそミノタウロス系のギルドが来てしまったら目も当てられないことになる。

 

「何かあればこの『ナザリック』まで連絡してくれたまえ。火急の用件であればそのスクロールを使ってくれても良い。長引くようなら私から連絡を取り直しても良いしね。ちょっとした困り事から大規模な侵攻作戦まで、我々アインズ・ウール・ゴウンが相談に乗るよ。力になるかは別としてね?」

「ああ、頼りにさせてもらうよ。君も何かあればいつでも〈伝言〉で連絡してほしい」

 

 ちゃっかり〈伝言〉のスクロールを御土産に渡して現地最強の存在と思われる竜王との会談を終える。

 個として強大な力を誇る竜王であるがゆえに、高位の情報系魔法は習得しておるまい。情報系魔法特化のニグレドと高位のスクロールを大盤振る舞いしたモモンガさんがタッグを組めばほぼ察知されずに追跡できよう。また対情報魔法を使われた瞬間に魔法を停止すればほぼ勘付かれることはない。

 これはギルメンがわざと負けて奪わせたアイテムを使って行う、肉を切らせて拠点を潰すぷにさん考案の対プレイヤー戦術の一つだ。さすがに情報系魔法が軽視されていた初期の頃しか上手くいかなかったが、それでもPVPギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の名を知らしめた戦術の一つである。

 

〈状況終了。これよりナザリックへ帰還する〉

〈お疲れさまでした、ネクロさん。ターゲットは対情報系魔法を使うことなく、住処に向かっていますよ〉

〈それは何より。少々心が痛むがね〉

〈そこはスクロールの対価ということにしておきましょう〉

〈それは何とも、タダが高く付いたものだ〉

 

 最後の最後、スライムの如く崩れ落ちたい衝動に逆らいつつ参加者全てに筒抜けな〈伝言〉での交信を以て、本当の意味で作戦を終了する。

 

 敵を騙すには先ず味方からとは言うモノの、何処からを騙しているという認識にすれば良いかすら解ったものじゃない。そして他者を騙すというのは気が張るし心が軋む。何も気にせずに済む睡眠状態というのはこの世界では究極の安息ではなかろうか?

 

 あー、早く〈怠惰の枕〉を使って夢の世界に飛び込みたい……。

 睡眠無効の種族でもHP・MPの回復量が増す睡眠状態に移行できるという末期に解放された特殊アイテムの一つだが、それらのアイテムに対して種族特性を潰しにかかる処置と憤りを覚えていたのがモモンガさんだった。

 それを説き伏せてまで取りにいったことは、今となっては英断だったと心から思う。世の中何が役に立つかなんてわからないものだ。下手をすると一緒に食事すら取れなかったんだから、本当に危ないところだった。

 

 後でモモンガさんの部屋で打ち上げ会でもしようかなー?

 マーレが育ててくれた金麦を贅沢に使った経験値アイテム〈金麦酒〉をクイっといくのも良いだろう。モモンガさんだって今日くらい許してくれるだろう。多分。

 

 

 

 

 

「―――つまりネクロロリコン様はアーグランド評議国から使者が来ることを見越して今回の竜王国救援を指示なさったと、いうこと?」

「表面的にはそういうことになるね。しかし――」

「遠からずブラム氏に跡を継がせるという御方針はァ、かァなり前から計画しておられましたァ。少なくとも、大計『ゲヘナ』の時点でエ・ランテルの治世おぉぉおよびッ! アーグランド評議国への御対応についてもォ……!」

「御計画しておられた、ということですわね」

「己の見識の狭さが、何と言いますか、嫌になりますねえ」

「こればかりは、デミウルゴス卿。至高の御方々の御共謀によるものでありますれば。我々如きでは測り知れぬというのもやむなきかとぉ、不肖このパンドラズ・アクター! 御意見致したいッ!!」

「当然の如く白金の竜王の住処までも特定されてしまいましたわね。まだ確定情報ではないとの御言葉ですが……。また、この方法はぷにっと萌え様が考案なされた戦術であるそうですが」

「いったいあとどれほどの戦術を御持ちなのか。そもそも同じ手札を持っていたとしても、同じ領域で思考できるか甚だ疑問ではあります……」

 

 もはや定例となりつつあるバーでの打ち上げ会。御方々に御仕えする三巨頭が額を突き合わせて相談し合うこの光景も定番となりつつある。

 デミウルゴスの弱り顔も、アルベドのフォローも、パンドラの解説も、ある意味恒例行事である。

 

「……幸いにして、我々は100年の猶予を与えられております。今の御方々に追いつくことができれば、来たる騒乱において我らも御役に立てることでしょう!」

「その通りよ! それを御期待なさっているからこそ、デミウルゴスに数多の指南をしてくださっているのではなくて?」

 

 至高の御方々の頂点たるモモンガから時折受ける戦術指南の数々。その全てを頭に叩き込み、また自分一人の脳内で風化させるまいと書きとめ共有しているのがデミウルゴスである。対してその知識を補足すべく御方々から享受された英知を惜しげもなく提供するパンドラズ・アクター。そしてそれらの情報を一歩引いた目線で精査するアルベドによって彼らが扱えるように整理されていく。

 こうして『与えられた』知識はナザリックのシモベ達に共有されていく。より高度な戦術行動ができるように、御方々の御期待に添える形へと。

 

 

 

 『騙される』ことこそが、支配者達の『望み』であると知るからこそ。

 

 

 最初に『騙された』シモベは、望まれた『役』をこなし続ける。

 

 

 それこそが己の生きる意義であると『信ずる』が故に。

 




 という訳で騙し騙しツアーと協力関係を構築しました。ばれなければ騙したことにはならないのです。

 お互い必至に譲歩しあおうとしていましたが、ここはプレイヤーとして、更に言えばリアル社会で生きて来たネクロロリコンがやや優位に交渉を進めました。
低レベルな交渉でしたが、最強種族であろうツアーが腹芸出来るかと言われれば難しいだろうと思います。普通の竜族よりは考えて動くと思いますが、それが限界でしょう。それこそリアルで上司達相手に生き抜いてきた周到なプレイヤーが相手では分が悪いです。
 過去にはDQNな八欲王とやりあったであろうツアーにしてみれば話が出来るだけ有難い相手だったという状況でした。

 どうでも良いですが、原作読み返して『僕』じゃない事に少なくない衝撃を覚えたりした作者です。そのしゃべり方は僕だろ……! もしかして雌なのかお前?!
 ええ、どうでも良いですね。

 ドラウディロンも妾だと思っていました。やっぱり喋り方のイメージで。
 イメージって怖いですね……。


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44.酔性無死

 気が付けば一周年になってしまいました。
 長期休業があったり投稿速度が極鈍化したりと想定より長期間になってしまいましたが、それでもやる気を無くさずにいられるのはやはり応援して貰えることによるモチベーションの上昇が大きいのでしょう。
 やはりコメントは作者の栄養であります。

 割と終盤に入っていますが、今後ともどうぞよろしくお願いします。



 どうにか月一から隔週程度に戻したいところですね……。



「モモンガさーん! 一杯、や ら な い か ?!」

 

 推定プレイヤーだったツアーとナザリックの今後を占う外交交渉を行ったあと、極度の疲労に苛まれたネクロロリコンは〈狂乱〉状態で〈金麦酒〉片手にモモンガの部屋に突撃していた。

 疲労で思考能力が低下していたところで唯一心を許せる相手の許に行った彼は、いわゆる徹夜明けのテンションに近いものがあった。

 

 睡眠不要のアンデッドではあるのだが。

 

「え? ネクロさん、どうしたんですかいきなり」

「こんなの呑まなきゃやってらんねーですよ! さぁ、モモンガさんもこの〈暴食のマスク〉を付けた付けた!! そしてこれ、持つ!」

 

 異形種も飲食が可能になるというユグドラシル末期の特殊アイテムを顔面に押し付け、そのままグラスを握らせると、

 

「コルデー! 盟主殿の杯が空だぞ!!」

「はい、只今!」

 

 否応なく手に持った〈金麦酒〉を注がせる。

 

「ちょ、これはマーレが作った金麦で作った〈金麦酒〉じゃないですか?!」

「うむ! 我々以外にプレイヤーがこの世界に来ていることが判明した以上、出来得る限りの戦力増強が必要だ! 具体的には経験値消費で用意できる随伴型NPCの量産だ!!」

「それで、経験値アイテムを使おうと? でも、こういうアイテムはレベルダウンしたときのために取っておいた方が……」

「死んで復活する経験値と、死なないために消費する経験値。どちらに投資するのが効率的か、100年間で用意できるNPCが齎す利益を考えればおのずとわかろうというモノ! いわば利息、経験値を消費することで生じる利益を作ってくれるのが随伴型NPC達ということだよ盟主殿。そも複利とは金貸しに多大な利益を齎し貧乏人から際限なく毟り取る悪魔の技術によって複利のシステムを使うことができる我々は正しく勝利のレールに乗ることができる勝ち組に違いないそのレールに乗らずにいることが如何に無駄の多いことか聡明な盟主殿であれば――――」

「だぁぁぁあああ解りました! 解りましたから顔にマスクを押し付けるのをやめてください!!」

「では、かんぱーい!!」

「え、ええ、乾杯!」

 

 こうして、なりゆきのままにナザリック最高権力者達の酒宴が開幕したのだった。

 

 

 

「いや~、実は俺御酒って飲むの初めてなんですよー!」

「え、そうなんですか?」

 

 駆けつけの一杯を一気に腹(片方はマスクの奥)に収めた二人は、殆ど風景オブジェクトと化していた来客用の机で向かい合う。

 既にこの時点で一般メイドは退席させ、控えているのは二人の供を長らく務めたメイド忍者のみである。

 

「そうなんですよー! いや、興味はあったんですがね? お高いでしょう?? むしろモモンガさんが飲んだことあるってことの方が驚きですよ! ユグドラシル以外の趣味はないって言ってたジャンYO!」

「上司に呼ばれたり接待として何度か呑んだことがあるんですよ。でも言われてみれば自分から呑んだことは無かったですね。そういう場所で呑むお酒って気が疲れるばかりで味なんてわかりませんし……」

 

 問われたモモンガは思わずリアルの飲酒事情を思い出して重苦しい息を吐く。

 それほど良いものではないと。

 

 そんなモモンガを見て、色々と察してしまったネクロロリコンも落胆の息を吐く。

 

「あー、そういうもんなの? 飲んだら楽しくなるって聞いてたから結構楽しみにしてたんだけどなぁ……」

 

 普通の固形食物ですらそれなりに高価な末世がリアルの世界である。

 そんな世界における酒気類は高級嗜好品である。少なくない憧れがあったことは否めない。

 

「いえ、今は楽しいですよ? 気を使わなくても良い相手と呑む酒というのは格別だと聞きますし、実際この〈金麦酒〉は今まで飲んだどのお酒よりおいしいですから!」

 

 そんなネクロロリコンの落胆に気が付いたモモンガは慌てて声をかける。

 あくまで上司と飲む酒が楽しくなかっただけだと。

 

 この辺りの気遣いができるのが彼の彼たる所以であろう。

 

「おっ! やっぱこの御酒おいしいんだ!! いや~、心がピョンピョンしてくるもんねぇ!!」

「ええ、楽しくなりますね!」

 

 既に酔っているのだろう。

 とたんに機嫌を直して赤ら顔で笑い始めたネクロロリコンにモモンガも相好を崩す。

 

「さあさあ。ンフィーレアを眷族にして経験値使ったんですから、もっと呑まないとですよ!」

「お注ぎ致します」

「おっ? ととっとォ! そんじゃ遠慮なく! んっんっんっ! ぷは~~ッ!! 生き返るゥゥウウ!!」

「ネクロさんアンデッドじゃないですか~?」

「そんなら、生き返ったァァアアアアア!!!!」

「なんですかそれ!」

 

 スキル〈完全人化〉で文字通りアンデッドから人間に『戻った』ネクロロリコンが拳を突き上げる様子を見て、こちらも幾らか酒精が入ったのだろうモモンガも愉快そうに突っ込みを入れる。

 

 この辺りのリアルスキルは長い社会人経験で習得済みである。

 そうでなくとも、初飲酒であればたらふく呑ませてやりたいと思うのが人の情というものであろう。

 

「モモンガさんも、これから色々使うんですから飲んだ飲んだ!」

「盟主様、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

「あっ、コルデー! こっちにも!!」

「はい、只今」

 

 再び盃に酒を満たし、どちらからともなく盃を突き合わせる。

 乾杯の音頭は勿論。

 

「「ナザリックに!!」

 

 部屋に硬質な音が響き渡り、愉快そうな笑い声が響き渡る。

 

 

 

「しっかし茶釜さんには頭が上がらないねぇ。この御酒はマーレが用意してくれた〈金麦〉だし、アウラの御蔭で竜王とも密約も結べた! さらに法国の情報もたっぷり仕入れることができたんだからさ! 法国から過去の出来事について謝罪したいとかっていう国書が届いて大慌てだったけど、プレイヤーが居ないことが確定したんだから気楽なもんだよねー!!」

 

 エ・ランテルで買い込んでおいた御摘みを机にばら撒きつつ、顔が真っ赤になったネクロロリコンは水を向ける。

 

 支配者ロールが解けたとはいえ、二人の話題はやはりナザリックを取り巻くアレコレが中心となる。

 酒の場で仕事の話は避けるべきではあるが、ネクロロリコンはそのようなモノを一切知らない以上やむをえまいとモモンガも応える。

 

「本当ですね、あの二人がいなければこうして晩酌をすることは無かったでしょう。何か御褒美でもあげたいですね」

「御褒美か、難しいな。年頃の子供って何が嬉しいんだろう?」

 

 年少組へのプレゼントについて眉間に皺を寄せて考え込むネクロロリコンは、孫に与えるプレゼントについて悩む祖父を想わせる。

 さすがにそれを指摘するモモンガではないが。

 

「アウラには前に茶釜さんの声入り腕時計をあげましたからね、マーレにもそれに準じた物をあげたいところです。さすがに二人に差をつけると今後のためにも良くないですし」

「外部で活躍している方が待遇が良いって思われたら不味いですからね。それこそ俺が嫉妬の的になってしまう。内部で頑張ってる奴らも相応に評価するべきだ」

 

 この御酒を用意してくれたんだからと真面目に語るネクロロリコンではあるが、赤ら顔で酒に対する感謝を語っては唯の飲兵衛の戯言である。モモンガもこういうときに出た話題は大抵良くない方向に進むものだと経験的に悟っている。

 今のところそれなりに冷静なモモンガは、理性があるうちに別の方向に会話の舵を切る。

 

「マーレが面倒を見ている魔法詠唱者チームも、コキュートス道場ほどではないですが結果を出しているようですね?」

 

 マーレについては〈金麦〉の量産を褒めるという方向性でも悪くは無いが、できれば人を使う上司として褒めるべきと。

 

「ああ、確か〈森司祭/ドルイド〉系のクラスを取らせようと畑の管理などをさせてたんだっけ? ちょっとずつ〈銅麦〉の割合が減って〈白金麦〉が増えてきたとか! 凄いよねー!!」

 

 さすがは酔っ払い、あっさりと乗ってくる。

 

 普段であれば訳知り顔で「ああ、モモンガさんもそこを評価しているのかね?」などと返してくるところだが、アルコールの力はかくも恐ろしいものか。

 

「ええ。彼らの頑張りも込みで、マーレに褒美を取らすのが良いと思います。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの所持を認めるのが良いかと思いますが?」

「……ほう」

 

 ピタリ、とネクロロリコンの口元に運ばれた盃が止まる。

 

 ナザリックの急所である指輪を与えるという栄誉がシモベ達にとって非常に重いものであるということは、デミウルゴスの反応を見る限り間違いない。しかしそれ以上に、ギルド武器への経路を増やす危険な行為でもある。

 

 ギルドを崩壊へと導くギルド武器へ辿り着く可能性を無暗に増やしてしまうことがどれほど危険なことかは、酔った彼とて十分に理解できているのだろう。

 

 早まったか?

 

 背筋に冷たい物を感じつつ、鋭く細められたネクロロリコンに射すくめられたモモンガは―――

 

「やっぱりモモンガさんもそう思うよね!」

 

 相好を崩したネクロロリコンの顔を凝視する以外のことができなくなってしまった。

 

「俺も思うんだよ! 新しい仲間を強化することの重要さって言うの? この世界で手に入れた仲間を如何に強化するかって奴! モモンガさんみたくアンデッド化して兵団にするのも確かに合理的だけどそれぞれが考えてくれる方が色々と発展性があると思うわけよ!! それにこの世界にはタレントとか原始の魔法とか色々俺らの想定を外すものが溢れてるわけでそれを使わないことがどれだけ非合理的かってことはモモンガさんもわかってたわけだね!? いや俺もモモンガさんを侮っていたわけじゃないよ? それでもレベリングの手間を考えるとある意味非合理的かもって考えは出てくるわけだそれでも新たな可能性に手を伸ばすべく――――――」

 

 その結果、ネクロロリコンの長口上を止めるタイミングを逃してしまう。

 

 こうなれば長い。

 言われるまでもなくモモンガは知っている。

 

 ネクロロリコンに設定などに関わる談義をさせたら、それこそ日が明けるまで続く危険性すらある。実際にそんな経験もある。

 そこにアルコールを追加してしまえば、いったいどれだけ延長されるか想像もつかない。

 

 しかし、

 

「―――この辺の魔法を効率的に習得させてやれば対人特化の武技道場より効率的に対ギルド要員の育成ができるはずだしミノタウロス達を見習って魔銃の研究を進めていけばそれこそ上位プレイヤーへ打撃を与えられる兵団が無制限に作れてしまうわけだから―――」

 

 上機嫌で未来のナザリックを語る相棒の話の腰を折る気にもなれず、モモンガはそのまま数時間にも渡って相槌を打ち続けたのだった。

 

 恐るべきはその忍耐力であろう。

 アインズ・ウール・ゴウンの問題児達を纏め続けるという難業を務めた男の器量が窺える。

 

 

 

「しっかし、ツアーはプレイヤーじゃなかったのな! 俺は絶対プレイヤーだと思ったのにさぁ~」

 

 コルデーに酌をされる事十数回。

 ここで漸くナザリックの強化から話題がそれる。

 

「チクショウ、対プレイヤー用に滅茶苦茶用意したってのに!」

「本当ですよ、肩すかしというか、何と言うか。まあよかったですよ、現地民と本当の意味で友好的な関係を築けたわけですから」

「それな! これまでの苦労が報われたって感じよね!!」

「そうですね、ネクロさんお疲れさまでした!」

「なぁに、俺も結構楽しませてもらったからね! これで名実ともに吸血貴族ネクロロリコンと相成ったわけだ!!」

 

 ここで遂にモモンガは話題の転換を成功させた。

 

 日が明ける前に終わらせたのだから上出来であろう。

 

 ケタケタと笑う相棒を見て、モモンガもマスクで覆われた仮初の頬を緩ませる。

 幾らかの疲労感を含ませつつ。

 

「そういえば『ドラキュラ伯爵』もそろそろ完成するんでしたっけ?」

「そうなのよ! ブラム・ストーカーが『ドラキュラ伯爵』の生みの親になるわけだ!!」

 

 塩漬け肉を口に放り込み、高い筋力値で噛み砕きつつ上機嫌で本来の目的を語る。

 

「最初から隠してなかったですって体裁を取りたかったわけなのよ。他のプレイヤーに対するメッセージにもなるかな? って思いもあったけども」

「それで元祖吸血鬼であるドラキュラをこの世界に誕生させたかったわけですか」

 

 同じくモモンガも炒り豆を口に放り込みつつ相槌を打つ。

 

 なおこのドラキュラ伯爵談義についてもこれが初めてというわけではない。これまでに何度も話し合われた内容である。

 

「実際ブラム・ストーカーとその子供ブラド、そして『ドラキュラ伯爵』。隠す気配がありませんからね」

「ある程度はプレイヤーの存在を匂わせておきたかったのよね。単に現地出身の傑物とは思えない、他からきた何者かによってなされていますってさ!」

「かと言って八欲王みたいに派手に暴れたら襲われる理由になる。良い塩梅だったと思いますよ?」

「ああ、他のプレイヤーから文句を言われない、現地の奴らからも危険視されない、人間ができそうな最大限の範囲で動いていたからな」

「その分、気苦労も多かったですがね」

 

 肩を竦めるモモンガにネクロロリコンも苦笑いで応える。

 それは確かに、と。

 

「エントマはどうなの? 虐められてない??」

 

 ここでふと眉を顰めつつ訊ねたのは、酒精のせいであろうか。

 

「はい、第6階層にて盟主様の御命令に従いコンストラクタの護衛と人間達の監視を行っております。他の守護者、シモベ達との接触は僅かですので、物理的な圧力は無い物と思われます」

 

 普段であればあり得ない質問であったが、訊ねられたコルデーは端的にエントマの置かれた状況を報告する。

 

「しかしながら、旦那様の御叱責を受けたことは相当に応えているものと思われます。朝昼晩の食事以外での飲食は無く、これまで行っていたという『黒棺』におけるつまみ食いも無くなったと聞いております。……他のプレアデスメンバーともあまり話していないようで、食事は凡そ一人で、自室に持ち帰って摂っているとか。他者の目を気にしているものと思われます」

「……むぅ」

 

 報告するコルデーの表情は変わらないが、幾らか棘がある。

 

ギルド:アインズ・ウール・ゴウンのメイド第一号である彼女からすれば、プレアデスも41人の一般メイド達も纏めて妹分のようなものである。そのため苦境に立たされている後輩メイドは見過ごせない。

 その状況を作ったのが他ならぬ自身の創造主であるため、幾らかの責任も感じている。

 

 これはある意味もの申せる場所に創造主がいるからこその考え方でもあるのだが、他のシモベからは指摘されたことはない。これはそもそも指摘のしようがないとも言える。

 それほどまでに、自身の創造主がナザリックに残っている彼女の立場は尊く、重い。少なくない嫉妬の感情を向けられてしまうほどに。

 これは他の眷族達も同様ではあるが、常に傍らに侍る彼女は格別である。

 

 同じ立場にいるもう一人の被造物はどちらかというとシモベ達側についているため、それほど嫉妬の眼差しを向けられてはいない。これは創造主たるモモンガがそうなるように仕向けたからというところが大きい。

 自身の傍に置かぬように、と。

 

 

 その意味をどうとらえるかは、受け手によるだろう。

 

 

 これらの事情により、メイド忍者コルデーはエントマの情報を積極的に仕入れるようにしていた。

 普段からそれとなく主に訊かれていたということも多分にあったのだが、それは言わないのができるメイドである。

 

「そのあたりは、フォローしておいた方が良いかもですね?」

「でもさー、ナザリックの評価が一発で地に落ちていたかもって思うと、見せしめとしてある程度は、ねぇ?」

 

 ムスッとした表情でちびちびと酒を呷る相方を見て、相当に不本意なことを言っているのだろうとモモンガは悟る。

 別にシモベ達を困らせたいわけではない。彼も時折吐露しているし、そのことはモモンガも承知している。そのうえで見過ごせなかったからこそのエントマの現状である。

 

 理性で許すわけにはいかないと感じつつも、どうにかしたいと悩んでいる。

 

 そんな複雑な心境を知ればこそ、傍らに控える彼女も報告以上のことはしていないのだろうとモモンガは推測する。

 ならばここで助け船を出すのは自身であるとも奮起する。

 

「今度、視察に行ってみてはどうでしょう?」

「視察ぅ?」

 

 胡乱な眼を向けるネクロロリコンに、彼女を許す口実を与えようとモモンガは思考を巡らせる。

 

「エントマが外部活動を制限されているのは、人間をつまみ食いするかもしれないという懸念があることが大きいわけですよね? だからこそ唯一人間が多数活動する第6階層で監視任務に就かせたわけですし」

「それで、今のところ人間を食べてないから外でも我慢できると? 事実上コキュートスやマーレの部下という扱いになっている連中を喰ってないからってだけで、そこまで言うのは拡大解釈って奴でしょう?」

「ええ、そうですね」

 

 失った信頼を取り戻すのは難しい。

 ナザリックの命運を賭けた一大作戦の最中にミスをしたのだから、それをあっさり赦したとあっては他の者たちにも示しが付かないという思いもある。

 

 モモンガとネクロロリコンというナザリックのトップが赦しても、他の者達が果たして納得できるのか。

 モモンガとしては、あの会議中に受けた圧力を思えば楽観視して良い問題ではないと思える。

 

 しかし、それとは別に。

 

「現状の頑張りを認めるかどうかは、別ではないですか? あのミスを無かったことにするかは置いておいて、反省しているということを認めてあげるのも、上司の仕事ではないかと」

 

 ジッとモモンガを見つめて話を聞いていたネクロロリコンは、暫し瞑目した後盃を呷る。

 

 そして口内の酒をゆっくりと咀嚼し、呑み込むと、

 

「そうだな、頑張っているなら、それは認められるべきだ!」

「ええ、頑張ったなら報われるべきです!」

 

 ネクロロリコンの支えの取れたような晴れやかな顔を見て、思わずモモンガも口角を緩めつつ応える。

 これでまた一つ、懸念が消えたと。

 

「……旦那様、盃が空でございますよ?」

「おお! もう一杯頼む。ほらモモンガさんも、シケた顔してないで!!」

 

 シケた顔になった理由が何を言うか、などとは言わない。

 

「ええ、頂きます」

 

 酌を受け、ゆっくりと味わうように口に含み。

 

「美味しいですねぇ」

 

 酒気を含んだ声だけを吐きだす。

 

 

 

 ナザリックの運営に問題は無い。

 

 悩みの多くも、解決しつつある。

 

 そんな状態で、気の合う仲間と飲む酒が、不味いわけがないのだから。

 




 すいせいむし、あるいは酔っ払いアンデッド。

 書いてみたかった元社会人同士の酒宴、一周年記念(遅れは気にしない)で実現です。
 タイトルと内容だけ頭にあって中々形に出来ないっていうのは作者あるあるかなって思います。

 いい加減エントマちゃんも赦されて欲しいですし、ネクロさんも赦したいという気持ちがあるんだって言う事を示しておきたかったのです。



 どうでも良いですが、人生初の酔っ払いモードになったネクロさんが「ルゥゥァァアアアアアアム・チョォォォッッップ!!!」とか言いつつラムチョップを齧ってゲタゲタ笑う話になるはずでしたが、意外と真面目でしんみりした話になってしまいました。
 この辺が創作の面白さですね。


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45.二日酔い

 竜王ツアーとの会談で得られた情報によってナザリックの対法国戦略は大きく変わることとなった。

 元々この世界へ先んじて降臨し一国を掌握したプレイヤー勢力であるとみなし、周辺最大国家とその裏に潜む中規模ギルドこそが目下最大の敵であるとナザリックの人員は考えていたのだ。

 しかし蓋を開けてみれば、遥か500年前に全滅した勢力の残党でしかないという。

 

 一応その法国から送られた資料を使うということで、今回は対外的な本拠であるセカンドナザリックの会議室で話し合いが行われることになってはいる。情報が集まった今となっては、各種情報魔法による解析を終えた後でもあるためあくまで念のためでしかないが。

 勿論ナザリックの隠蔽を第一とする御方々の方針を想えば、この過剰とすら言える警戒態勢も妥当な対応であると言える。御方々の御心を安んじることこそが最も重要なのだから。

 

 しかしながら目下最大の障害とみなしていた勢力が取るに足らない存在であったと知った参加者一同は、御方々と同席する会議にも拘らずいくらか弛緩してしまっていた。

 

 そう、会議室に降臨なされた御方々の御姿を見るまでは。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 いかん、調子に乗って飲み過ぎた!!

 

 何かあった翌日は会議をする、それがナザリック鉄の掟。

 他でもないこの俺が決めた約束事だ。

 

 しかし、だというのに!

 

 頭痛がする。は、吐き気もだ! クッ、グゥ……。な、なんてことだ、この俺が……気分が悪いだと? 《吸血鬼神祖/ヴァンパイア ザ・ワン》たるこの俺が、二日酔いで……会議を欠席するだと?!

 

 〈完全人化〉を解除しても、秘密裏に呼び寄せた第10位階の信仰系魔法を操るヴラドに各種解毒系魔法を使わせても、全く治ってくれない。

 

 体内で分解されたアルコールが悪影響を齎しているとヴィクター博士の解説があったが、『二日酔い』などという状態異常自体がユグドラシルに存在しなかったため対処法がさっぱり解らない。

 

 慌てて〈伝言〉でモモンガさんに連絡してみたものの、内臓などが存在しないあちらも二日酔いに似た症状に苛まれているという。

 

 俺より飲んだ量が少なかったからか、それ程酷い状態ではないそうだが……。ま、不味い、もう会議が始まる!

 

 このままではこれまで必死に築き上げた俺の支配者としてのイメージが崩壊してしまう!

 

 どうにかしてやり過ごさなくては!!

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 『あの』ネクロロリコン様が陰鬱とした顔色で会議に出席しておられる。

 

 大胆不敵、用意周到、常に100手先を見据えて動かれるあの至高の御方が、陰々滅々とした面持ちで会議に出席しておられるとは、いったい何を考え、どのような思索の果てにそれほどまでに憔悴するに至ったのか?!

 

 プレイヤー無き現地国家など赤子の手をひねるかの如く容易く傘下に加えることができると、そう思いこんでいたこの身の浅はかさがもはや恨めしい。

 

 元々アルベドはサキュバスという種族柄他者の感情の機微に聡い。そのうえ守護者統括という立場上、他者の心情について注意深く観察するようにもしている。

 特に至高の存在に対する注意は他の比ではない。

 

 その事情を承知している彼女は思わず傍らの同輩達の顔色を窺うも、幸いにして彼らもまた同じく驚愕と焦燥に染まっていることを確認できた。

 

 特にパンドラズ・アクターが纏う気配は尋常ならざるものがある。

 常ならば会議中は机上に置かれる軍帽を目深に被り直すなど、意外と神経質で礼儀を重んじる彼の気性を考えればあり得ないものだ。

 

 現状を正しく把握したアルベドは気合を入れ直し、御方々の『頭痛の種』を見つけ出そうと神経を尖らせる。

 

 できるできないではない、やらなくてはならないのだ!

 

 それこそがこの身に与えられた至上命題、存在する理由であるのだから。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 いつも通り、そういつも通りにすれば大丈夫だ。

 いつもの不敵な表情で……って、アレ? いつもどの面下げて会議に出てたっけ??

 

 不味い、頭が回らない。

 

 あとお腹が痛い。二重の意味で。

 

 取り敢えずいつも通りに会議を始めるのだ。

 

 いつもの、偉そうな……そう! 『全部わかってる』みたいな態度だ!!

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……皆揃ったようだな。それでは改めて法国の使者に対する検討会議を行う。昨日行われた「白金の竜王」ツァインドルクス=ヴァイシオンとの会談で得られた情報を基に、目下最大の仮想敵国たるスレイン法国との関係を模索する重要な会議になる。……皆奮って会議に参加してほしい」

 

 覇気が無い?!

 

 あり得ない。余りにあり得ない御様子!!

 

 普段であれば「戦いは戦場についた時点で終わっている!!」と豪語し、事前準備こそを重視されるのがネクロロリコン様である。

 だというのに、あろうことか事前準備をするための会議の場でこれほどまでに憔悴しておられるなど、いったいどれほどの不安を抱えておられるのか?!

 

 一同が不安に駆られ、縋るような思いでもう一人の御方に視線を集中させている。

 

「ではデミウルゴス。これまでにわかっている法国の情報と、昨日竜王ツアーから得られた情報を改めてこの場で報告してもらおう。……長くなるだろうからできるだけ簡潔に頼む」

 

 動揺する一同を一瞥し、普段は基本的に無言を通しておられるモモンガ様が会議を進行しておられる。

 

 この時点で漸くネクロロリコン様との交流が薄いシモベ達も異変に気付き始める。

 

 この会議は、常のものとは違うと。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ああ、ネクロさんはやっぱりダメらしい。

 人生初の飲酒をあれだけ豪快に経験したんだから、まあ二日酔いにもなるだろう……普通の身体なら。

 

 何故アンデッドである俺達がアルコールの影響を、いや、話を聞く限りは二次効果ということか? それを受けているのかはわからない。

 しかしいま重要なのは原因の究明ではない、今をどう乗り切るかだ!

 

 普段頼りっぱなしなんだし、今日は俺が頑張らないと!

 

 ……でもできるだけ早く終わるようにしよう。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「―――以上の点から、竜王ツアーを名乗る彼の者は本物の可能性が高いと思われます」

 

 まずラナーを通じて王都に住まう「国堕とし」から得られた13英雄についての情報により、同じく13英雄の縁者である可能性が高いという結論を額に脂汗を浮かべつつ話したデミウルゴス。

 

 竜王ないし13英雄の一員を名乗ることは、王都に「国崩し」イビルアイがいる状況では難しいだろうという推測から始まったデミウルゴスの考察は、可能な限り簡潔に纏められつつも必要な情報は十分に盛り込まれたものであった。

 

 元13英雄の「死者使い」リグリット・ベルスー・カウラウからの紹介で蒼の薔薇に加入したという情報や、悪名高い「国堕とし」を名乗るメリットとデメリット、表向きには種族を隠しつつも仲間には話している状況などを踏まえると、イビルアイが国堕としである可能性は非常に高い。

 そしてそのイビルアイが各所で語ったとされる13英雄の情報の確度も、それに伴って高まっているというのがデミウルゴスの見解だ。

 

 しかし、それを聞く御方の顔色は冴えない。

 

 俯き加減に額を両手の指を組んだアーチ上に載せたままで、「まだそんな話をしているのか?」と言わんばかりに鋭い視線を送っておられる。

 全体で情報を共有するべきであるという普段の御言葉を顧みると、むしろ省略しすぎてしまったことを御怒りであるのだろうか?

 

「うむ、御苦労デミウルゴス。それではツアー殿から得られた情報を基に、法国の言い分に対する分析を聞こうか」

 

 普段のネクロロリコン様であれば、ここで国堕としの真偽やツアーの証言との整合性について2議論、3議論はするところである。

 

 それが、無い。

 

 「今更その程度の情報精査をしなくてはならないのか?」という御不満の声が聞こえてくるようだ。

 普段とっておられる会議の態度は、あくまで我々の程度に合わせてくださっておられたに違いない!

 

「……はい、まず法国から送られた2通の手紙のうち1通目につきましては―――」

 

 神妙な面持ちで過去に話し合われた内容を元にした端的な解説を始めるデミウルゴスを横目に、改めて状況を分析する。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ……頭痛が痛い。胃袋が裏返りそうだ。

 ヤバい、思考が上手く回らない!

 

 それにしてもデミウルゴスの説明はわかりやすい。特に今日は今の俺でも解るほどに簡潔に要点を絞った説明に変えてくれているのが解る。

 時折こちらの顔色を窺いつつ資料を見直しながら報告する姿を見ていると、心底申し訳ない気持ちになってくる。

 

 すまないデミウルゴス、用意してくれた資料が無駄になってしまった。

 

 ……暫く御酒は控えることにするよ。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 法国から送られた2通の手紙。

 その1通目は法国からの公式な書類だ。

 

 端的に内容を言えば、エ・ランテルの領主になったことへの祝辞と竜王国への素早い支援に対する謝辞、そして対ビーストマン遠征軍を撃破したことに対する称賛と今後ともその立ち位置を続けてほしいという要請が書かれていた。

 

 概要としてはそれだけであったが、他国の一貴族に対して送る手紙としては非常に丁寧かつ敬意に溢れた文面でもあった。

 公式な書類としてはこれ以上ない程に『ブラム・ストーカー』に配慮した文面であると評することができる。

 

 この時点で法国はブラム・ストーカーとの誼を結ぼうという意図が見受けられる。

 少なくとも他種族の侵攻から竜王国などを守ろうとしているなら、今後とも裏から援助するという意思も感じる。

 

 そして問題は非公式に送られてきた2通目である。

 

「―――こちらには、カルネ村における法国所属部隊の活動に対する謝罪から始まり、陽光聖典の活動の目的の説明、つまりは弁明に多くの紙面を費やしております。そして文末には被害の補償に関する交渉と直接謝罪する機会を求め、対談の場を設けてほしいと結ばれております」

 

 一方的かつ徹底的な謝罪と弁明。ひたすらへりくだった文面は異常ですらある。

 ここはあくまで部下の暴走であるという体を取って、トカゲの尻尾として切り捨てるのが正しい対処であろう。

 

 プレイヤーであるなら、いや、同格のプレイヤー同士であればこそ、ここまで謙った物言いをすることは怪しいと、先日の会議で御方々も発言している。

 

 更に言えば、

 

「こちらが同封されておりました硬貨でございます」

 

 これ見よがしに同封されたユグドラシルの新金貨。

 これこそが近頃ナザリックを悩ませ続けた存在だ。

 

「法国は6大神が興した国家である以上、プレイヤーの存在を知っていることは傍目にも明らかです。そのうえでユグドラシルの金貨を同封した謝罪の手紙を送ってきたことは、プレイヤー同士で争うつもりは無いと暗に示していると……これまでは考えておりました」

 

 御方々は、可能な限りプレイヤー同士での戦いを避けたがるはずだとみておられた。

 この世界においてほぼ唯一と言って良い同格の存在であるなら、最悪でも相互不可侵の状態に収めたがるだろうと。

 

 同格の相手との戦いでは、間違いなく様々な物資を消費してしまう。この世界では補給の目処が立たない、ユグドラシル時代の各種アイテムが。

 

 しかしそれも過去の話だ。

 

「竜王ツアー殿から得られた「神人」や法国に伝わる各種アイテムの情報、そして法国を含めた周辺の人類国家群の窮状。これらを総合的に考えますと、法国はプレイヤー『ブラム・ストーカー』との同盟関係の樹立、そして将来的にはブラム勢力の規模に応じて法国への取り込みか傘下へ収まることを狙っているものと思われます」

 

 現状を知れば知るほど、戦いたくないどころの話ではないことがわかってくる。

 

 最重要戦力として細々と神人を輩出する血筋の保護を行っていたが、血が薄まっているせいか神人の出現率は低下しているという。

 更にいうと竜王ツアーと6大神がかわした盟約の下、6大神の末裔は相互不干渉ということで見逃されてはいる。しかしそれ以外、例えば8欲王の子孫などは即抹殺対象であるという認識を共有しているという。本来この世界に多大な影響を与え得るプレイヤーの子孫など、見逃せるはずが無いとはツアー本人の言葉だ。

 もし仮に法国に6大神以外のプレイヤーの血筋があるなら、その時点で戦争になるとも語っていた。

 

 そんな法国からすれば、竜王と良好な関係を築き得る6大神のような振る舞いをするプレイヤーとあらば喉から手が出るほど欲しいことだろう。単純にブラム本人だけでなく、その子孫もまた将来的にどれほど戦力の拡充に繋がることか。

 取り込みのためには、あるいは傘下に収まるためならば、多大な出費も厭わないことだろう。

 

 さて、ここまでのデミウルゴスからの解説に対して御方々の反応は悪くは無い。

 法国は『ブラム・ストーカー』と協力体制をとりたいからこそ、あれ程丁寧な手紙をよこしたという見方は的外れではないということだ。

 そして、会談の場を設けることについても肯定的だ。

 

 だからこそ、わからない。

 

 会議でそのまま法国の使者を招いて交渉を行うことが決まる。

 やや高圧的な態度で傘下に収めるための献策もなされ、御方々から更に幾つかの提案を頂きつつ速やかに会議がまとまっていく。

 

 わからない。何故御方々の顔色が晴れないのか。何も問題は無いはずなのに。

 本当にこのまま会議を終えてしまっても良いのだろうか?

 パンドラズ・アクターは、終始無言を貫いている。

 

「意見も出揃ったようだな。それでは会議は此処までとしようか」

 

 終わってしまう。

 このまま終わらせてはいけないような、そんな予感が腹の奥から湧き上がってくる。しかし無暗に会議を引き延ばすことをモモンガ様は好まれない。

 

 会議が終わると見るや、ネクロロリコン様は何処か安堵するかのような表情になっておられる。

 会議が盛り上がること、それこそ話が多少脇にそれるほどに討議が盛り上がることを好まれる御方が、会議が定刻より早く終わることを、今は喜ばれている!

 

 御方々が喜んでおられることは、勿論我々にとっての喜びである。

 しかしこの状況は素直に喜ぶことができない。

 

 やはり『何かを隠しておられる』のか? しかし、何を? 我々に感づかれることが御方々にとって不利益になる何かがあるというのか?? そんなもの、何も考え付かない。

 死ねと言われれば喜んでこの命を差し出す、そんな我々に知られたくない『何か』とはいったい?!

 

「……ネクロロリコン様! 1つ、お尋ねしたいことがございます。宜しいでしょうか?」

 

 終了の宣言がなされようとしたこの段になって、遂にパンドラズ・アクターが沈黙を破る。

 両拳を握りしめた只ならぬ気配を纏っての発言に、会議室は静まりかえる。

 

 対して視線を向けられたネクロロリコン様は、一瞬眉を顰めた後何処かバツの悪そうな表情になられた。不敬な例えではあるが、いたずらが見つかった子供のような雰囲気を纏っておられる。

 

「……無論だ。この会議室、この円卓において、全ての者は同等の発言権を有している! これは他でもない私の発言だ」

 

 どこか苦味を含みつつも覚悟を決めたかのような顔色を見るに、やはり指摘されたくない『何か』があるのだろう。

 しかし、いったい何なのか……?

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 遂に、と言うか漸く会議が終わると思った矢先に……! パンドラ、お前か!!

 

 だが、良いだろう。会議の重要性を説いたのはこの俺だ。

 そしてお前はかつてホウレンソウの重要性を説いた。

 

 ならば俺が『二日酔い』の状態で会議に出たことを、他でもないお前が咎めるのは当然。

 他の者では言い辛いことでも、お前ならば言えるだろう。ナザリックにおいて、お前はそういう立ち位置だ。

 

 視線の先でパンドラがちらりとモモンガさんに視線を向ける。

 

 やや困り顔のモモンガさんだったが、構わない! ここは今後のためにも叱られておくべきだ。

 反省の意味も込めて此処に示しておこう。会議に真面目に参加しないものは、誰であっても、そう俺達至高の存在と呼ばれる者たちであろうと赦されないのだと。

 

「私もネクロさんと同様の考えだ」

 

 視線をあわせ、コクリと頷いた俺を見てモモンガさんがパンドラに発言を許可する。

 

 当然だ、会議というものは真面目に参加しなくてはならない!

 さあ、この俺を断罪するがいい! パンドラズ・アクター!!

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ナザリックの頂点、モモンガ様が頷かれた。

 

 御方々の秘密を暴く。

 余りに罪深いその業を、階層守護者ですらないパンドラズ・アクターに背負わせようとしている。

 

 歯を食いしばり、次なる発言を待つ。

 本来であれば、守護者統括たるこの身が、このアルベドこそが為さねばならぬ罪業を同胞に任せてしまった。

 その無念を胸に押し込んで、今後の糧とすべく発言に耳を傾ける。

 

 

 

「ネクロロリコン様は、精神支配のマジックアイテム「ケイ・セケ・コゥク」を、世界級アイテムとお考えなのですね?」

「……へ?」

「―――っ!!」

 

 

 

 ―――世界級、常識を捻じ曲げる、精神支配、敵対、交渉役、至高の……!!

 

「「なりませんネクロロリコン様!!」」

 

 脳内で数多の情報が瞬時に組み合わされ、想像するだにおぞましい可能性に行きつく。

 あってはならない、可能性が存在すること自体が赦されないその未来に。

 

「なにゆえそのような危険な行いを?!」

「御方がそのような危険を冒す必要など!!」

 

 思わず立ち上がったのはアルベドとデミウルゴス。

 二人はほぼ同じ思考を辿り、同時にその結論に至った。

 

 そして立ち上がった状態で更に思考が加速していく。

 

 世界級アイテムの効果は同じ世界級アイテムを持つことで防ぐことができる。これは普段から〈幾億の刃〉を懐に忍ばせておられる理由の1つであるという説明とともに、かつて教授していただいたことがある。

 

 だからこそ、それを持っておられる御方々が相対するべきであるという御考えは理解できる。そして頂点であるモモンガ様ではなくネクロロリコン様が出向かれるということにも。

 

 だからといって、納得できるかと言われれば断じて否である。

 

 世界級アイテムを何らかの方法で奪取されれば、世界級の効果を防げないということになる。

 御方がそのような失態を演じるはずはない、ないが、万に一つという事はありうる。この世界には未知の〈武技〉や〈タレント〉が存在するのだ。

 

 御方々の指導があったとはいえ、僅か半年で守護者に手傷を負わせるような技術がこの世界には存在する。その技術を600年もの長きにわたって研鑽してきたとすればその脅威は計り知れない。

 

 それでは聡明なる御方々が、何故そのような危険な橋を渡ろうとしておられるのか。

 簡単だ。その責任感の大きさと、ナザリックの民を想う深すぎる慈愛ゆえだ。疑いようが無い。

 そして隠しておられた理由ももはや明白、こうして反対されることが目に見えていたからだ。だからこそ気付かれないうちに会議を終わらせようとしておられた。

 他の者に任せるわけにはいかないという思いゆえに。

 

 不安に苛まれつつも、我々に気付かれないように!

 

「我々を想ってくださっているそのお気持ち! 深く、深く感謝いたします! しかし、だからこそ、その危険を冒す役は我々にお任せくださいませ!!」

「我々が洗脳、支配されたならば即座に討ち取ってくだされば宜しいのです! 御方の身代わりとなれるならばむしろ本望! しかる後に対策をとり、確実なる勝利をお収めくださいませ!」

 

 最初は只ならぬ気配に唖然としていた他の守護者達も、2人の説得を聞いて少しずつ状況を理解し始める。

 

「相手ガ脅威足リ得ヌカラコソ、御身ガ自ラ御出デニナラレルコトヲ良シトシテオリマシタ。シカシ脅威ガ認メラレタ以上、御身ガ出向カレルコトハ看過致シカネマス!」

「何が起ころうとこの身に代えてでも御守り致しますが、これを絶対と言い切ることは到底できぬこともまた事実です。どうか御再考頂きますよう!」

「あ、あたしが! あたしが代わりに交渉に出向くことはできないでしょうか?! あたしなら最悪洗脳されても直ぐに殺してしまえるはずです!!」

「そんなのまどろっこしいでありんす! 至高の御方を洗脳しようだなんて不敬者、速やかに誅殺すべきでありんす!」

「あの、相手が国家ですから! ぼ、僕に任せてもらえたら、その、早いかなって思います!」

 

 守護者達の訴えは徐々に熱を上げていく。

 そうして、その一同の必死な訴えに御方々も動かれる、

 

「……え、っと?」

「……うむ、皆の意見も尤もだ。そして皆のネクロさんを想う心、嬉しく思う。やはりギルドメンバーであるネクロさんをこれ以上危険な目にあわせるわけにはいくまい。ネクロさんも、見ての通りその献身は誰も望んではいないのだ。ここは代役に任せることとしよう」

 

 やはりモモンガ様としても苦渋の御決断だったのだろう。一同の勢いを借りて有無を言わさぬ気配で代役をたてるように説得を始められた。

 ナザリックが打つ最善手とは即ち御方々が動かれること、シモベとしては心苦しいがそれは認めざるを得ない。

 しかし今回は危険を冒さなくてはならない場面でもないはずだ。カルネ村に向かうときとは色々と状況が異なる。十分回避できる危険なのだ。

 

「なァらばその代役、この私に任せてもらおう、か!」

 

 とどめとばかりにこの状況を作り出した張本人が、『ブラム・ストーカー』の姿となって声を上げる。

 

「ゥ御方々には安全なナザリックで指示を出していただき、矢面に立つのは、この! ゥ私が担当させてもらおう!! ……それなりに特徴は捕えていると思うのだが、いかがかね?」

「うっ!」

 

 流石に至高の御方々が纏っておられるオーラこそ無いが、喋り方やポージング、台詞選びに至るまで瓜二つといえる。

 

「良いだろうパンドラ、代役はお前に任す。後ほどしっかりと演技指導をしてもらうと良い、徹底的にな! そしてその間にデミウルゴス、アルベド、お前達が交渉の草案を用意しておくのだ!」

「ちょ?! 待った、待ってくれモモンガさん!!」

 

 やはり御自分で事を為せぬことは不安なのだろう。しかしここは飲んでいただかなくてはならない。

 

「ネクロロリコン様! 我々にこのナザリックの命運を託すこと、そのことが御不安であられることは至極当然のことかと思われます!!」

「これは(ひとえ)に我々の力不足によるもの、慙愧に堪えません。しかし今回ばかりは、なにとぞご自愛頂きたく思います!」

「……この身は決して少なくない時間を御二人と過ごさせていただきました。御方の『ブラム・ストーカー』、必ずや完璧に演りきって御覧に入れましょう!! ですからどうか、このパンドラズ・アクターが造物主様より賜りし使命を果たさせてくださいませ!! 何卒! 何卒ォ!!」

「……ネクロさん、これが『この件』の始末です。その身が心配であることも勿論本心からのもの、聞きいれてください。パンドラ! ……期待しているぞ?」

「ぐ、承知した、盟主殿」

「お任せくださいゥ我が造物主様。御期待には、全力を以て応えましょう! くォオのプゥァァアアンドラズ・アクターのォ、一世一代のォ晴れ舞台ィッ!! どうか御照覧あれェェィイ!!」

 

 

 

 こうして対法国使節団の検討会議は幕を下ろした。

 

 ネクロロリコン様は何処となく頭痛が悪化したようにも見受けられるが、それはこれからの演技指導の難しさに対してであろう。

 

 我々も御方の代理を務めるという難業を果たすべく足早に場所を移す。

 次は始めから任せると仰っていただけるように。確たる成果をお出ししなくてはならない。

 




 タイトルがオチ。

 と言う訳で久しぶりの会議でした。そして勘違い。
 ネクロさんを2重の意味で救ったパンドラのファインプレーが光ります。

 ちなみに彼が最初に傾城傾国の事に気付いたのは普通にアイテムマニアだからです。あと世界級の危険性はプレイヤー二人に次いで理解しているということもあります。
 世界級アイテムを所持しているアルベドといえども、使った事が無いのではその危険性はピンとこないでしょうし。

 ちなみに本作のモモンガさんたちも世界級アイテムの可能性は言われるまで気付いていませんでした。今まで順風満帆だったうえ、何よりシャルティアの洗脳が無かったという事が大きいです。
 そして言われてヤバいと気付いたモモンガさんが慌てて影武者に行かせようと丸めこんだ格好です。
 あとついでに普段のアレコレの仕返しを兼ねて、呑み過ぎへの御仕置きなどもあったりなかったりですが。

 ツアーが6大神の残した秘宝についてどれだけ情報を持っているか解りませんが、概要位は知っているだろうという独自解釈がありました。
 そして法国が下手に巨大化して欲しくないので色々情報を流してきたという状況になります。
 ツアーと法国はあくまで積極的に敵対していないだけで味方でもない、という立ち位置ではないかと思っています。



 最後にどうでもいいオリ設定の解説など。

 『二日酔い』
 これはアルコールの効果ではなく、この世界で発生した高ランクな経験値アイテムを大量に使ったペナルティというか成長痛のようなものになります。そのため「ユグドラシル」に存在した方法での解除は不可能です……世界級アイテムでも使わなければ。
 そのためガバガバ呑んでレベルアップはできないという割とどうでも良いオリ設定。

 飲食可能になっても良い事ばかりではない、それがユグドラシルクォリティだと思っています。
 ちなみにアンデッドであろうと「暴食のマスク」をつければ摂取した食物による毒状態になるという独自設定もあります。こちらは「ユグドラシルにあった状態異常」なので普通に魔法等で解除できます。


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46.衝撃

 相変わらずお待たせしました。
 アレコレ考えていると妙に時間と文字数が伸びてしまいます。

 説明を読むのが面倒くさくなった人は、3章目の会談シーンから読んで貰えれば良いかと思います。



 スレイン法国の使者との会談。

 これまでの対外交渉と、いや他の大規模な全ての作戦と異なり、終始ナザリックのシモベ達の手で行わなくてはならない初の重要案件となる。代役であるパンドラに持たせたアレや控室に置かれた彼らなど準備は万端に見えるが、それでも準備不足なのではないかという不安にかられてしまうのは無理からぬことだろう。

 

 勿論作戦司令部として御馴染となったこの氷結牢獄に支配者達の姿はあるものの、あくまで今回はデミウルゴスが主導で事に当たることになっている。

 此処に至るまでの準備を十分にして頂いたのだからこれ以上の助言をしていただかなくとも結構です、という姿を見せたいという思いから並々ならぬ覚悟が窺える。

 

 この辺りは、ネクロロリコンの意向を曲げてまでシモベ達が意見を推し通したことが大きく影響している。

 

 至高の存在として扱われているネクロロリコンが「わかった、ならば全て任せる」と、デミウルゴスに一任したのだ。

 本人達からすれば、やや『顔をしかめていた』ことからどれほど不服であったのかと不安に思っていることだろうが、それでもナザリックのシモベ達にとっては引けない一線であったことだろう。

 状況を理解してしまった彼女としても、やはり今回は控えていただきたいという思いはある。

 

 ただあの顔色の原因がいったいなんであったのかは、長年に亘って傍付きを任された彼女であっても判断しがたいものがあるのだが。

 

 

 

 ブラム・ストーカー伯爵からの返信が届いた法国上層部は、荒れた。

 

 書類を送ってはや数日。生きた心地がしなかった彼らであったが、少なくとも弁解の機会を得ることができた。同時に多分に皮肉の籠った手紙の内容から、これが最後の機会であろうという共通認識もある。

 人民の被害を嫌っているという印象を伝え聞いた情報から持っている。更に法国の切り札である第7位階魔法を封じた「魔法封じの水晶」まで持ってきていたのだ、不信感を持たれてしまっていることは想像に難くない。

 そのため誰もが、この機会を逃してはならないという不退転の覚悟を固めていた。

 

 まず法国の、いや、人類の未来を掛けたこの交渉に出向く人員の選定が難航した。

 

 非礼を詫びるという意思を明確にするためにも、最上位の者を使者にする必要があることは言うまでもない。つまりは最も失礼のない使者として、最高執行機関12人の中から選ぶべきである。

 

 それでは12人の中で押し付け合いが起こったのかと言われれば、否である。

 むしろ、誰もが己こそがと声をあげていた。

 

 神と対面する栄誉を得ようと身を乗り出したのでもない。逆である。

 誰もが、己をこそ生贄にすべきと名乗りを上げていた。

 

 今回の交渉が困難を極めることは、誰もが覚悟していた。

 

 ブラム・ストーカーとは人類を守ろうという意思を持つ存在であり、実際に王国を救い、帝国との無益な戦争を回避せしめ、竜王国をビーストマンから救ったことはまごう事なき事実である。

 同時に彼の人物が守ろうとしていた王国を潰すために帝国との戦争を助長し、そのためにガゼフ・ストロノーフの暗殺を企て、あろうことかブラム・ストーカーその人と戦ってしまったのが法国である。そのような存在を信用しろなど到底言えるはずが無い。

 そのため、先ずは御怒りを鎮めるためにも、弁解の言葉を届ける使者はその場で自ら命を絶つ程度の覚悟が無くてはならない。

 

 また相手は信仰を捧げる6大神と同じくして、かの悪名高き8欲王と同格と思われるぷれいやーである。何が逆鱗に触れるかすら、法国の人員からすれば想像がつかない、いうなれば天上の存在と言える。

 だからこそ使者は、詫びのために死ねと言われたなら僅かの躊躇いもなく即座に命を絶たなくてはならないのだ。

 言いかえれば国家の運営のためには失ってはならないものは避けつつ、しかしそれなりの格式をもった者こそが今回の使者に相応しいという流れになった。

 

 

 そういった審議の結果、司法・立法・行政の3機関長と研究機関長、そして大元帥はまず外された。無用な混乱を避けるとともに、やはり6大神官長や最高神官長と比べると一段劣る立場であるからだ。

 同時に最高神官長もまた避けることとした。こちらは逆に立場が高過ぎるという判断による。スレイン法国の実質的な頂点である以上、王国における国王のような立ち位置という見方ができる。そのため怒りを治める生贄とするには位が高過ぎ、逆に相手に配慮を強いてしまうかもしれないからだ。

 無論要請を受ければ即座に首を差し出すという書面を自らしたためたが、これはあくまで覚悟を示すために使者の懐に入れておくに留めることとなった。

 

 こうして使者は、6大神官長の中から選ばれることが決まる。

 

 次に除外されたのは火の神官長ベレニスであった。

 ぷれいやーたる神々は女性に対する配慮が強いという文献が残っており、先方への配慮を欠く可能性を恐れて遠慮させたのだ。

 

 次に、残る5人のうち御忍びでの謁見であることを理由として、老齢の水の神官長ジネディーヌも避けることとなった。

 本人は最も長く生きた自分こそがと最後まで訴えていたが、エ・ランテルまで大過なく辿りつける体力が必要であるとの言葉を受けて身を引いた。

 また、いざ交渉を行う際に疲労困憊では御話にならないだろうという意見も出ていた。

 

 こうした議論の果てに、土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンに決定された。

 

 ここまでの議論で、エ・ランテルまでの道中を無事に踏破できるものが相応しいという意見で一致したため、最も若く、なにより長きに亘って漆黒聖典の一員を務めた実績を評価されたのだ。

 これは瞬時の判断力の高さについても評価されている。一瞬の判断の遅れが命取りとなる戦場で長く過ごした彼であればという意見だ。

 また六色聖典のまとめ役をやっている彼は国外の各種情報もよく耳に入っている。外交役として適した立場であるといえる。

 更に言えば、同じ武断派として人類を守る存在であるなら意見があうのでは、という目論見もあった。

 

 また、風の神官長ドミニクが最後まで対立候補として残ったが、やはり老齢であることが懸念となった。他の11人からすれば、その激しやすい性格が喉につかえていたということも多分にあるのだが。

 

 こうして元漆黒聖典のレイモンが使者となったため、その御供も同じく漆黒聖典から選ばれることとなった。

 これは元々決定事項のようなものであったが、元同僚で固めた方が良いだろうという意見も多く出たため決定となった。

 

 まず1人は、先のビーストマン戦役に参戦した「一人師団」が決定する。

 同じ敵と戦った存在であれば無下にはするまいという期待を込めて。

 

 もう1人は、やはりというべきか漆黒聖典の第1席次「隊長」が選ばれた。

 道中で万に1つでもあっては取り返しがつかないことになる。なればこその、法国から外国へ出し得る最強の切り札と言える。

 彼には土産として法国の至宝も預けている。法国の、人類の切り札を。

 これを以て先方の御怒りを鎮めることができるならば安いものだと。

 

 残念ながら最強の『個』である「絶死絶命」は国外に出すことができないため、こちらもやはり国内待機である。

 もしブラム・ストーカーが既に竜王達と交流を持っていたなら、彼女の存在を知った竜王によって法国が滅ぼされてしまうからだ。やはりこれは最後まで隠しておくべき情報だろう。

 

 こうして法国からの3人の使者と、1つの贈りものが決定した。

 スレイン法国渾身の贈りものが。

 

 

 

 エ・ランテル新庁舎、会議室。

 『ブラム・ストーカー』の個人的な会合という名目で、実質的な2大国のトップが相まみえることとなった。

 

 非公式の訪問ということもあって応接室は使われていないが、これについてはお互いに了承している。

 『ブラム』側としては法国との繋がりを『周囲』に感知されることを嫌い、また法国としてもこの動きを『他』の勢力に勘付かれたくは無かったからだ。

 

「本日は遠路はるばるようこそおいでくださった。ホストとして、先ずは歓迎の言葉を述べさせてもらおう。また、私は無駄なことは好まぬタチなのでな。自己紹介などは不要と判断させてもらっても?」

 

 簡素ながらも上質な素材で統一された会議室で向かい合うなり、早速切りだすのはこの場の支配者たる『ブラム』である。

 人差し指と中指で挟み込んだコインを掲げ、意味ありげに問う。

 

「はい。勿論承知しております、ブラム・ストーカー伯爵閣下。そしてその金貨をお送りした意味も、御承知であると認識させていただいても?」

「ああ、勿論だとも。君達が『YGGDRASIL』の金貨を所持し、それを『ブラム・ストーカー』に送ってきた意味については、勿論、理解しているつもりだとも。私なりの解釈ではあるが……プレイヤー、君達にとっては正に神にも悪魔にも匹敵しうる存在だ! その存在を前にした君達が何を想うのか、私なりに配慮しているつもりではあるよ?」

 

 左右にセバス・ソリュシャン・ヴラドの3人を控えた状態で、あたかも自身がその主であるかのように振舞うブラム。

 全てを見透かすかのようなその眼差しはまさに絶対者、即ち神と評される存在。少なくとも相対した存在であればそうと認識せざるを得ない。

 同時に警戒の色が強いという事実も、重く受け止めるべきだろう。

 

「まずは御忙しい中この場を設けていただけましたこと、心より感謝いたします。私はスレイン法国最高執行機関の1人、土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンと申します。どうぞ、お見知りおきを。そしてこちらは、我が国より貴方様への贈り物でございます。謝罪の印として、お納めください」

 

 「隊長」に軽く目配せをし、布に包まれた『贈物』を取り次ぎであるソリュシャンに渡させる。

 そうしてソリュシャンから手渡されたその『贈物』はブラムの手元に渡り、早速改められる。

 

「…………! ……?!」

 

 解かれた包装の中から現れた穂先を見るや顔色を変えるブラム。

 その顔を見るレイモンからすれば、そうであってもらわなくては困るというものだ。

 

 何と言っても、これはスレイン法国に伝わる究極の秘宝。6大神が残した法国の、いや人類の切り札なのだから。

 

 その穂先を何度も見直し、『片眼鏡』をしきりにかけ直し、目を瞬かせるブラム。

 暫くその『槍』を検分し、間違いないと判断したのだろう。中空に視線を走らせ、幾許かの思案の後に漸く口を開いた。

 

「君達はこの『槍』がどういった代物なのか、きちんと理解できているのかね?」

 

 レイモンはこの問いかけから、ブラムが『槍』の価値を理解していると判断した。

 

「勿論、承知しております。そちらの『槍』は我が国に伝わる6大神の秘宝、「殉教の槍」! 〈ロンギニュゥス〉でございます。類い稀なる戦略眼を御持ちのブラム伯爵閣下であれば、有効に活用していただけることでしょう」

 

 傍目にはみすぼらしいただの槍ではあるが、その真価は、正しく人類の切り札と呼ぶに足る秘宝だ。

 その真価は、使用者の『死』と引き換えに、ただ一度ただ一体の敵に対して絶対的な『消滅』を齎すことができるという究極の必殺効果である。脆弱な1人の人間が、その命1つを使い潰すことで竜王すらも討ち果たすことができるのだ。

 これまで幸か不幸か使う機会が巡ってこなかったこの必殺の『槍』ではあるが、ぷれいやーであれば使うべきタイミングを誤ることは無いだろうという判断の下、法国からの賠償品として贈られることとなった。

 

「そうか、これが普通の、唯の槍ではないことを理解したうえで贈ってきたということか」

 

 ゆっくりと、そして慎重に包装用の布で槍を巻き直しつつ呟くブラム。

 しかる後にしっかりと結び目を作って効果が発動しないことを確認してから、くれぐれも慎重に扱うようにと言ってソリュシャンに手渡す。

 

「先のカルネ村周辺で起こった『ブラム・ストーカー』と貴国が擁する陽光聖典の戦い、及びその過程で齎された周辺地域の開拓村の被害に関する謝罪の証として、確かに受け取った。君達が今回行うつもりであった『表向き』の謝罪はこれだろう? それとも別の件についての謝罪も含まれているのかね?」

「は、はい。……王国を野放しにし続けたことで堕落を齎してしまいました我らの怠慢、及びその後始末を伯爵閣下にお任せしてしまいましたことについての謝罪にと、考えておりましたが?」

 

 おかしい。咄嗟にカルネ村の事件以外でブラム様の御怒りにふれたであろう事柄にも触れてみたが、どうにも反応が悪い。

 法国からすれば、2つとない至宝を送ることでこちらの誠意を伝え、やや過大とも言える贈物によって融和を図れるとすら思っていた。だというのに、むしろ警戒感が増してすらいる。

 

「ならば、カルネ村周辺の一件はこれ以上追及するまい。そうさせないだけの、価値がある」

 

 謝罪を受け入れた。言葉の上ではそうとらえることができる。

 しかし、法国の使者たちに向けた視線は激しさを増す一方である。

 

「……埒が明かんな」

 

 こちらから言いだすことを待っていたのだろうか。暫しのあいだ無言でいたブラムであったが、意を決し詰問を始める。

 

「では訊こう。君達は世界を滅ぼす魔樹、巨大トレント〈ザイトルクワエ〉を知っているかね?」

 

 ここからが正念場であろうとレイモンもまた気合を入れ直し、質問の内容を吟味して答える。

 

「巨大トレントという呼称から、恐らくは我が国が〈魔樹の竜王〉と呼称する存在のことであると推測いたします。トブの大森林奥地にて長らく休眠状態にあった彼の者であれば、我々も近頃その復活の予兆を感知し、その調査を致しました。……調査員を送った時点では復活はしておりませんでしたが、その後復活しブラム伯爵閣下が討伐為されたものとみておりましたが?」

 

 魔樹の竜王については法国も把握していた。

 しかしそれを今、詰問する形で訊ねる意図が解りかねる。

 

「ああ、確かに我々が討伐した。あのまま王国領内に進出していたならいったいどれほどの被害が出ていたか、確かに『この』世界を滅ぼし得る魔樹であったよ。

 ……そして法国の特殊部隊がザイトルクワエとの接触を謀ったということもまた、私もとある筋からの情報で得ていた。同時に! 君達が他者を洗脳・支配するマジックアイテムを有しているということも、なァ!」

「?! ご、誤解です! 我が国の特殊部隊「漆黒聖典」は確かにトブの大森林へ調査に向かいました。また仰る通り彼らは「ケイ・セケ・コゥク」も所持しておりましたが、未だ休眠状態であったため何事もなく帰還しております!!」

 

 ブラムの言葉を聞いて、背筋に冷たいものを感じつつも即座に無実を訴える。

 まさかの事態ではあったが、調査のみであったことは事実だ。

 

 なによりその場にいた人物が此処に入る。

 

「此処には漆黒聖典の「隊長」がおります。彼の判断の下、活動を再開しておりませんでしたので一時撤退したのです! そうだな、「隊長」?」

「は、はい! 現場の責任者として証言いたします。〈魔樹の竜王〉は活動を再開しておりませんでしたので、そのまま休眠地点を記録し撤退しました。私が崇拝する6大神と私の信仰に誓って!!」

 

 ジッと鋭いまなざしで見つめるブラムの様子に、さしもの「隊長」も竦み上がる。

 ここで発言を信用できないと言われてしまえば法国は、いや人類はどうなってしまうのか……?

 眉尻から頬に汗が伝っていく感触だけがやけに生々しく感じる。

 

 汗をぬぐうことすらできない。

 何か動きを起こせば、それが呼び水となって法国の、いや人類の最期が訪れる。そんな強迫観念にすら襲われていた。

 

 永劫とすら思えるその時間は、やはりブラムによって破られる。

 

「……君達がそこまで言うならば、良いだろう。確かに確たる証拠が無いというのにこれ以上追及することはできん」

 

 大きく息を吐いて背もたれに寄りかかるブラムを見て、思わず肩の力が抜けてしまった法国の使者達を責めることは誰にもできまい。

 彼らからすれば、たった今、虎口を脱することができたのだから。

 

 そして、その油断を突いてこその『ブラム・ストーカー』。

 

「ところで、君達はこれが何か知っているかね?」

 

 ふと懐から取り出したそれは、法国の中枢にいる者であれば知っていて当然の品だった。

 つい先日、薄汚い裏切り者の手によって法国から失われた秘宝。

 即ち、

 

「〈叡者の……額冠〉?!」

 

 思わず零れてしまったこの言葉を咎めることは誰にもできないだろう。

 それほどまでについ先ほどまで彼らは追い込まれ、そして乗り切った今は反動で弛緩していた。

 

「ほう、やはり知っていたか! つまりこれがスレイン法国にゆかりのある品物ということは間違いない、ということだな!!」

 

 気付いたときには、言質を取られた後だった。

 

「かつてこのエ・ランテルをアンデッドの軍勢が襲ったことは、無論知っているだろう? その首謀者の名はカジット・デイル! バダンテール。現ズーラーノーン「12高弟」の1人で、元! 法国の神官だった男だそうだな?! そして彼にこの〈叡者の額冠〉を渡したのが、法国の! 特殊部隊、「漆黒聖典」のクレマンティーヌ!! 出鱈目を言っていると思うかね? ならば証人も連れてきてやろうじゃないか。セバス君!」

「こちらに」

 

 部屋の奥から引っ張り出してきたのは布でくるまれた人間大の何か。

 その布を解いて出てきたのは青白い中年男性の顔だった。

 

「紹介しよう、カジット・デイル・バダンテールだ! あいにくと死体だが、なに、死人にだって口はある。〈防腐処理/エンバーミング〉を施してあるから、まあ蒼の薔薇を呼べば直ぐにお話しできるようになるとも!」

 

 クレマンティーヌが法国を出たこと、その際〈叡者の額冠〉を持ち出したこと、これらはまぎれもない事実だ。その後エ・ランテルに向かったこととズーラーノーンとのかかわりについても、これらは法国も調査の結果把握していた。

 更に言えば、当のクレマンティーヌの足取りがもはや掴めなくなっていることが余りに不味い。彼女に命じて届けさせたのではない、と証明する方法が法国にないのだ。

 

 即ち、アンデッドの群を用いてエ・ランテルを陥落させようと法国が画策したとの疑惑を払拭できない。

 

 それだけではない。秘密結社ズーラーノーンとの関わりについても疑われている。

 もしこの話を大々的に吹聴されれば、法国の民が混乱し、一部の者は暴動を起こしかねない。その混乱を鎮めるためにいったいどれだけの時間と労力がかかるかもわからない。更に眼前の人物はその混乱を見逃すまい。

 限りなく詰んでいる。

 

 そこまで把握してしまったレイモンは、身体の芯からくる震えを抑えることができなかった。

 かつてこれほどまでに絶望的な状況に追い込まれたことは無かった。自分1人が死ぬ程度の恐怖はとっくに克服していたが、祖国の危機を前にしてなお平静でいることなどできるはずが無かった。

 

 弁解すべきだ。万の言葉を尽くしてでも。

 しかし、震える口からは何も出てこない。何を言えば法国の無実を証明できるのか、一筋の光明も見出せないでいた。

 

 何かないかと左右に控える2人を見るが、若い「隊長」はもはや頭が真っ白になってしまっている。

 もう一方に至っては顔面蒼白で震えるばかりだ。身内の不始末で国に多大な損害を出しただけでなく、廻り廻って国の未来まで閉ざされようとしているのだ。この場で死ねば赦させるならそうしたいが、そんなことをしたところでなんの意味もないと理解しているがゆえに何もできないでいる。

 

「フンッ、君は中々聡いな。今の君が何を言おうと、唯の言葉では『信用』などできるはずもない。むしろ言葉を弄するごとに失われていくことだろう。何せ会って数分、お互いに信用などできるはずもない。その言葉の『真偽』を、確かめる『術』が無いのだからな?」

 

 鋭い視線でこちらを窺っていたブラムの言葉を聞き、ふとある魔法が頭に浮かぶ。

 

「わ、私が嘘をついていないと証明できれば、法国の疑惑は晴れるのでしょうか?」

「嘘をついていないと、証明する? 君達の国の神にでも誓うのかね? まあ、確かに君が『私の質問に正直に答える』なら、法国への不信感も幾らか薄まるだろう」

「わかりました! 私は『貴方の質問に正直に答えること』を神に〈誓約〉します!!」

 

 神に誓いをたてそれを破れば命を失うというこの魔法は、国外で活動する聖典のメンバーであれば誰もが受けている。法国の情報を外部に漏らさぬためにその命を奪うという、まさに外道の所業といえる。

 正確に効果のほどを知っているものは隊長以上だけではあるが、言いかえれば6色聖典のまとめ役であるレイモンはその効果をよく知っていた。

 今回のように1対1の〈誓約〉であれば、お互いに魔法がかかったことを知覚できることを。

 

 これでレイモンが嘘を吐かないことの証明ができた。

 

 立場上必要であると習得していたことは、きっと偶然ではない。けがれ無き日々の信仰の賜物だ。

 この土壇場で思いつけたこともきっと『神』の『御導き』に違いない、と思わず心の中で祈りをささげていた。

 

 

 

 こうして法国とブラムの本格的な交渉は、漸く幕を開く。

 

 彼らを導いた神は生憎と偽物であったが。

 




 レイモン哀れ。
 愚妹をもったどこぞのお兄ちゃんはもっと哀れ。

 法国とブラムの秘密協定の詳細はまた次回。
 このまま書くと今の3倍くらいいきそうなので、視点を変えて仕切り直しです。



 解説を少しばかり。

 ナザリックの目標は、まず傾城傾国の奪取が第一。
 次に法国のもつ戦力を少しでも多く聞き出したい。
 その為に質問に正直に答える状況に持ち込みたかった訳です。

 しかしまさかの開幕ロンギヌス譲渡で作戦変更。世界級2つ目をよこせとは言いにくい、やけになって襲ってきたら困ります。
 そこで武力を背景に脅したという形ではなくあくまで相手が自発的にやったという事にするために、パンドラとデミウルゴスが頭をフル回転させてどうにか〈誓約〉を使うように持ち込みました。
 相手が使えなくてもブラムモードのパンドラが使える、そんな状態です。

 ネクロさんがやらない方が上手くいきそうだとか、そういうことを言ってはいけない。


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47.スレイン法国

 世界級アイテム。

 それは合計200個あるユニークアイテム群の総称であり、その1つ1つがゲームバランスを崩壊させうる凄まじい性能を有している。

 その中でも特に「20」と呼称される消費型の世界級アイテムは、一度だけしか使えないがゆえに、まさにあり得ない効果を発揮する。

 

 そんな世界級アイテムの特性を最も知悉している集団が誰かと言えば、やはり11もの世界級アイテムを保持し続けたアインズ・ウール・ゴウンであろう。

 失ったものを含めれば更にその数が増すという辺りにかつての隆盛が窺える。

 

 そんな彼らが満場一致で最凶最悪の世界級アイテムであると評するものがある。

 それが、〈聖者殺しの槍/ロンギヌス〉。

 

 使用者と対象を永久にゲームから抹消するというその効果は、イベントの進行に必要なモブキャラに使えば二度とそのキャラが復活することはなくなるためイベントを事実上消滅させることすらできる。即ちそのイベントの達成によって得られる報酬もまた永久に封じることができてしまうのだ。

 また拠点防衛用NPCに使えば、そのNPCに使われたNPC作製可能レベルごと消滅すると考えられている。

 

 正しく、運営の狂気を垣間見ることができるアイテムといえる。

 

 

 ところで一般的には秘匿すべきこの情報を、何故アインズ・ウール・ゴウンの面々は知っていたのだろうか?

 その答えは簡単である。

 

 『持っていた』のだ。この最悪のアイテムを。

 

 そしてあろうことか、使ってしまったのである。

 

 異形種には獲得できない人間種専用のチートクラスの1つを、永遠に抹消するために。

 

 元々は全ての人間種専用クラスを潰してしまおうと計画していたのだが、再取得を別のギルドに邪魔されてしまったため1つしか潰すことができなかったという経緯がある。

 邪魔さえ入らなければ、まさに『ゲームバランスが変わっていた』ことだろう。

 

 また余り知られていないが、多くの世界級アイテムには相殺できる特性を持つ世界級アイテムが存在する。

 勿論この〈ロンギヌス〉にも、完全抹消から通常の死亡状態に復帰させるアイテムが幾つか存在すると考えられている。

 

 例えば事実上最強の世界級アイテム〈永劫の蛇の腕輪/ウロボロス〉。

 運営に直接お願いできるという実質何でもありなこのアイテムであれば、同格の消費型世界級アイテムである〈ロンギヌス〉の効果をも打ち消すことができるだろう。

 

 他にも使用することで状態異常を完全に無効化することができる〈ヒュギエイアの杯〉なども、抹消されたのがNPCであれば復帰させることができることがわかっている。

 具体的には〈ロンギヌス〉の使用によって抹消されたネクロロリコンの血族の作製可能レベルは回復可能であった。

 

 ただし抹消されたプレイヤーに使えるかどうかは生憎と不明だが。

 

 そんな最凶最悪の世界級アイテムを贈られたナザリックであったが、未だ予断を許さない状況に置かれていた。

 

 

 

「わかっているとは思うが、最優先目標はあくまで……」

「〈ケイ・セケ・コゥク〉、でございますね? 承知しております」

 

 念を押すネクロロリコンに、デミウルゴスも緊張の面持ちで答える。

 

 第2目標である〈誓約〉で『質問に対して正直に答える』状態に持ち込むことこそできたものの、最優先目標であった〈ケイ・セケ・コゥク〉、恐らくは〈傾城傾国〉の奪取は未だできていない。

 

 使い方次第ではこのナザリックをも壊滅させ得るアイテムだ。そうでなくとも強烈な不和の種を蒔くことができる。

 そのためナザリックにおいては〈ロンギヌス〉以上に危険性の高いアイテムなのだ。

 だからこそナザリック陣営としてはこれを欲し、法国側もまた手放せないことだろう。

 

 一層厳しさを増すだろうこの交渉に、さしものデミウルゴスですら固唾を呑む。

 既に世界級アイテムを1つ差し出した相手に、虚言を封ずる〈誓約〉という譲歩までさせたうえで、更に別の世界級アイテムを手放させなくてはならないのだ。

 その難しさは想像を絶するものがある。

 

 それでも、やらなくてはならない。

 

 落ち着きなく脚を組み直す御方の姿を見て、デミウルゴスは決意を新たにモニターを見据える。

 

 

 

「――ですので、我々法国はガゼフ・ストロノーフの暗殺が失敗した時点で王国への干渉を最小限のものにしておりました。竜王国への救援が遅れたうえに、援軍である「一人師団」が単独出撃に留まったことも、我が国の戦力低下が理由となっております」

 

 ところ変わって、エ・ランテル新庁舎の会議室。

 質問に対して正直に答えるという〈誓約〉を行ったレイモンは、改めて弁解を行っていた。

 

 嘘を吐かない。それを証明できたこともあって、より法国の実情を知ってもらおうとかなり踏み込んだ内容まで話していた。

 特殊部隊の壊滅による戦力の低下など、最も秘匿すべき情報までも包み隠さず話したのだ。状況的にリ・エスティーゼ王国に手を出す余裕が無かったと示すために。

 

「そうか、よくわかった。法国にリ・エスティーゼ王国と敵対する意思は無く、『ブラム・ストーカー』と戦うつもりもない、ということだね?」

「はい! 我々スレイン法国はブラム伯爵に害意などありません! また今のリ・エスティーゼ王国であれば、敢えて帝国に取り込ませる必要はないと考えております。むしろこのまま周辺国家最大の国家として成長することを心から望んでおります!!」

 

 漸く納得してもらえたのだろう。

 深く頷いたブラム伯爵を見てレイモンは深々と安堵の息を吐く。

 

 法国に敵意は無い。そのことを長々と説き続けた結果、漸くブラム伯爵との確執を解消することができた。

 つまり、人類の未来をつなぐことができたのだ。

 

 一時はどうなるかと思ったが、なんとかこの大任をこなすことができた。

 

「それでは、今度はもう少し建設的な話をしようか?」

「ええ、是非とも!」

 

 にこやかに話すブラム伯爵に、もはや敵意や警戒心は無い。

 建設的な話、つまりは今後の関係性についての話だろうとレイモンは身を乗り出して答える。

 

「君達は、私が異形種を配下に加えていることを知っているかね? ゴブリンにオーク、トロール。先日ビーストマンも、我が領地に迎え入れた。このことに対して、君達法国はどのように対処するつもりかね?」

 

 将来の話をするブラム伯爵の表情は穏やかであった。

 敵意と警戒心こそは無いが、目が笑っていなかった。

 

「た、他国の軍備に対して明確に批判するようなことはございません。ビーストマンにつきましても、ミノタウロス族の侵攻に備えるためと竜王国から了解を取られたとか? 彼らにある程度の自治を認めておられるとも聞き及んでおりますが、そのことについてはあくまで他国! 我が国は基本的には他国の内情に積極的に干渉することはありませんので……」

 

 苦しい言い訳だ。

 特殊部隊を潜り込ませ国防の要を暗殺しようとしたのが法国である以上、軍備のあり方に批判的な意見が無くとも、教義に反するという理由で手を出すことになる危険がある。

 

 交流の少ない現状ならば、まだいい。

 法国の上層部は異形種を殲滅し尽くすことなどできないと重々理解している。だからこそ自国の防衛をこそ重視する政策に法国民を誘導できている。

 

 しかし将来的に、法国は他種族を多く取り込んだ王国と隣接し続けることになる。それもこれから着実に外敵の脅威が薄れゆく状態で、だ。

 その結果起こることをブラム伯爵は懸念しているのだろう。

 

 言ってしまえば、法国が忌避していた評議国と隣接する状況そのものになるのだ。

 

「その、他種族を隷属させたという方向性では、だめなのでしょうか?」

 

 これまでの方針を見る限り、当然良くは無いはずだ。あえて自領内の民の不安を押しのけてまで異種族を取り込むという無茶をやっている以上、そうするだけの理由があるはずだ。

 そんなことは聞くまでもなくわかっている。

 

 それでも聞いてしまったのはレイモンの心の弱さゆえか、それとも法国の方針を変えることの困難さを想っての甘えだろうか。

 

「我々は、将来的には多種族の民からなる連合国家、いや、他種族連邦国家の成立を目指している。それぞれの種族毎に邦(くに)単位で自治を行いつつ、複数の邦(くに)からなる『国』として同じ方向に向かって進んでいく。そんな国家の成立を、だ」

 

 ブラム伯爵の説明を聞いた瞬間に思い描いたのは、スレイン法国にとっての仮想敵国にして最も戦ってはならない最強国、アーグランド評議国であった。

 

 評議国の政治形態を知ったなら、かの国に対して好意的な印象を持つことだろう。その結果、今後かの国と急接近する可能性が高い。

 スレイン法国とアーグランド評議国のどちらか片方としか近付けないならば、戦力的にも方針的にも近付くべき国は考えるまでもないだろう。

 

「わ、我が国も! 人類領域の安全が保障されたならば、他種族に対する無用な蔑視も控える準備が―――」

「可能不可能ではない! 実行しているか、していないか、だッ! 王国とて麻薬の製造を止めることも『でき』れば、民の繁栄を第一とした政策も『取れた』。だが君達も知っているように、一切それをしていなかった。実行しがたいから、後回しにしていたというのが実情ではあるだろう。できるが、しなかった。王国の指導者達が何を想っていたかは知らないが、それが、事実だ!」

 

 両手をアーチ状に組みその影に俯き加減に顔を隠したブラム伯爵は、射抜くようにレイモンを見据える。

 

「さて君達は、その王国に対してどのような対応をしたのかね?」

 

 改善の余地なし、と見限った。

 それ以上の介入をやめて、短絡的な打倒をこそ目指した。

 法国の『方針』に沿わないから、法国は、王国を『潰す』ことにした。

 

 全身を冷たい汗が覆い尽くしたレイモンに、ブラム伯爵は更に言葉を放つ。

 

「1つ言っておくと、プレイヤーは人間種だけではない。そして『我々』は、プレイヤー達と余計な諍いを起こしたくはないのだ。だからこそ、それを念頭に入れて今まで活動してきている。おわかりかな?」

 

 問いを聞くレイモンの顔色は悪い。

 当然だ。ブラム伯爵の言動に賛同するためには、法国の方針を大々的に変更しなくてはならないのだから。

 

 なにより、

 

「……あまり言いたくはないのだが、法国は少なくないプレイヤーにとって、敵国に映ることだろうな」

 

 そう、言われるまでもなくこのことを気付いてしまったからだ。

 

 かの『口だけの賢者』は間違いなくぷれいやーである。これはぷれいやーが人間種だけではないということを証明している。

 そもそも法国が崇める6大神の1人スルシャーナもまたアンデッドだ。その上ブラム伯爵の口から改めて言われた以上、もはや疑う余地などあり得ない。

 

 つまり法国が排斥しようとしているもの達の中に、ぷれいやーが居るかもしれないのだ。

 そしてぷれいやーと敵対してしまった法国を、ブラム伯爵は護らないだろう。

 

 しかしブラム伯爵の追及は止まらない。

 

「それに君達は亜人種としてエルフやドワーフまで迫害しているそうだね? しかしプレイヤー基準では、亜人種というのはゴブリンやリザードマンのようなもの達のことを指す。つまり、同じ人間種までも迫害しているとみなされることになるわけだ。ちなみにエルフやドワーフまで敵となると、プレイヤーの大部分が敵ということになるわけだが……?」

 

 半ばあきれた表情で告げられた言葉は、レイモンに多大な衝撃を与えた。

 仮に今後100年の存続を保証されたとしても、その後にやってきたぷれいやーの種族によっては即滅亡もあり得るということが重々理解できてしまった。

 

 人類の存続と繁栄のためなら、法国自身が倒れることも厭わない。

 これは法国の、特にその上層部にいる者達の信念といえる。

 

 しかし、敢えて自ら滅びようとは全く思わない。

 自らも生き残る目があると知った以上、その方法に縋りつきたくなるのが人情というものだ。

 

「我々も方針を転換すれば、ブラム伯爵の傘下に収まり、100年後に現れるぷれいやーとの融和を図れるでしょうか?!」

 

 元々ニンゲン以外を排斥するという国の方針は、あくまで一致団結するための方便でしかない。

 多少の混乱はあるだろうが、教育方針を変えることで2世代で、遅くとも3世代程で方針は変えられるだろう。

 

 そういった目算の下に、ブラム伯爵に縋る思いで訊ねる。

 

「…………そうだな」

 

 暫しの沈黙の後、しっかりとレイモンを見据えて返答を下す。

 

「我々としても、無意味に戦火を広げたいとは思っていない。そして君達も気付いていることだろうが、無用な死者が出ることも望んでいない。法国がヒト以外との融和に取り組むというならば、仮に今を生きるプレイヤーがいたとして、その者が法国を敵国とみなした場合は『私』が君達の弁護をしても良いと考えている。人間種の脆弱さや周囲を強力な異形種に囲まれた窮状を語れば、概ね説得は叶うだろう。更に私との出会いで方針を転換していると言えば、短絡的な処置も控えてくれるとみていい。……勿論君達がそれなりに行動で示してくれるなら、だがね?」

 

 この一言を聞いたレイモンは、暗黒の未来に一筋の光が射したように思った。

 

「勿論です! 他種族からの侵攻を迎え撃つためにこそ、国民を一致団結させる必要がございました。その必要が無くなったならば、早ければあと10年もあれば異種族との融和も可能となりましょう」

「10年か。教えに従う者達で成り立つ国家であるがゆえに、上層部の一存で方針を一変させることはできないということだな」

「は、はい。如何に国家の運営を行う者達がそうと決めたとしても、そのあたりの事情を知らぬ者達は、その、『教義に従うべし』と声を挙げることかと」

 

 嘘で言い繕うことのできないレイモンは正直に速やかな融和策への移行ができないと話す。

 話さざるを得ない。

 

「…………『我々』は、何事もなければ100年後のプレイヤーと相まみえることになる。そのために、こういったアイテムも用意している」

 

 暫く思案を巡らせたあとで、ゆっくりと懐から小瓶を取り出しつつ語る。

 

「それは?」

「〈若返りの秘薬〉という、老化を打ち消す水薬だよ」

 

 驚愕に眼を見開くレイモンを見て、鑑定できるならばしても良いと机の上を滑らせて寄越すブラド伯爵。

 

 震える手でその小瓶を受け取ったレイモンは〈道具鑑定/アプレーザル・マジックアイテム〉を発動し、思わずその小瓶を見直し、震える手で机に戻した。

 そのアイテムが、老化という最も抗いがたい状態に対するアイテムであると理解できてしまったからだ。

 

「つまりブラム様は、100年後に現れるだろうぷれいやーの方々と交渉をするおつもりで……?」

「勿論だとも。そしてその際に大過なく交渉を終わらせるために、如何なる種族であっても迎え入れることができる土壌を作っておきたいのだ。それを作り、維持し続けたものとして交渉に当たれば、相手もそれなりの対応をすることだろう」

 

 100年単位の国家構想。そのあまりに遠大な計画に思わず身震いする。

 

 発想のスケールが、見ている世界が違いすぎる。

 100年後にも自らが存続し続けたうえでそのときに必要になるだろうことのために今から用意をするなど、凡百のニンゲンでは考えることすらできまい。

 これがぷれいやー! 神と呼ばれる者達の言動なのか。

 明日の命すらわからない脆弱なニンゲンとは、まさに生きる世界が違う。

 

 そしてそうと理解してしまった以上は、100年後のスレイン法国のために必死で縋りつかなければなるまい。

 

 

 そう、思わされた。

 

 

「……法国の政策を大々的に変更するには、どうやっても10年はかかるものと思われます。かなり強硬な姿勢で上層部を丸めこんだとしても、どうしてもその程度はかかってしまうのです。国内の反発を抑えつつ穏便に行っても良いのでしたら、先程申しました通り2世代に亘って教育方針の変革を行うことで緩やかに変革することができることかと」

 

 カサカサに乾ききった唇をネバついた舌でどうにか稼働させたレイモンは、やはり正直に目測を語る。

 

 他の法国関係者であっても、この目測と大きく異なる答えは出せまい。

 これは視点の違いや知恵の有無でどうにかできる問題ではない。それほどまでに宗教や人種間の対立の問題は根深い。

 

「…………どれほど急いでも、それこそ国内が乱れる程に急いでも尚10年はかかるということか?」

「も、申し訳ありません!!」

 

 事ここに至っては、ただひたすら謝り倒す以外に道はない。

 

 少なくともこの場にいる法国の使者達はそのように認識していた。

 

「いや、2世代だから50年程か。君は50年あれば変えられると見ているのだろう? ならば私としても好意的に受け止めることができる回答だ。法国の意識改革は急ぐ必要もないからな。ただ、1つ不安があるのだ……」

「不安とは?!」

 

 その不安を取り除くことができれば、法国の未来は開ける。

 そう思い込んだレイモンは勢いこんで訊ねる。

 

 

 そのように、誘導されていた。

 

 

「私は君のことをそれなりに信用している。最高執行部という高官でありながらこの交渉にやってきた君に、一定の敬意すら覚えているのだよ?」

「それは、ありがたき幸せでございます」

 

 柔和な表情を浮かべるブラム伯爵からの称賛の言葉を聞き、思わず背筋に甘美なしびれが走るレイモン。

 これまでの必死な弁解も十分な効果をあげていたのだと自己肯定感が胸に溢れる。

 

「そして君を推挙した現執行部についても、私はそれなりに評価している。2世代50年程で方針を変えられるというのなら、それは可能だと見越して今後の方針を建てられる程度には信頼しているのだよ」

 

 もはや神の福音を聞く心地と言っていい。

 

 自らが信仰する6大神にも匹敵する存在からの、多大な信頼。

 1人のヒトとして、これ以上の幸福など思い浮かべることすら難しい。

 

 そんな彼は、素直に問うてしまう。

 

「何が御不安なのでしょうか?」

 

 と。

 

 正しくその問いを望んでいた『悪魔』達に。

 

 

「世代交代だよ。あるいは、狂信者の暴走と言っても良い」

 

 

 憂いのこもったこの発言を聞いたレイモンは、凡そその不安を察することができた。

 

 今、危機に瀕していると実感している法国とその上層部であれば、ブラム伯爵の言葉を真摯に受け止めて改革に乗り出すことだろう。

 ある程度以上の地位にいる者達ならば、他種族の根絶などとても不可能であると身を以て理解している。

 

 しかし2世代もの長きに亘って改革を行う場合、仕上げを行う世代は脅威を肌で感じていない世代ということになる。

 これまでの最高執行部であれば、常に滅亡と隣り合わせであると理解したうえでの舵取りを強いられてきた。しかしその脅威が薄れたなら? 認めたくはないが、王国という生きた前例をすぐそばで見続けた身としては一抹の不安が残る。

 

 外敵が居なくなったなら、次に起こるのは内輪での潰しあいなのだ。それは悲しいほど見てきたニンゲンの業といえる。

 そして法国の内輪もめは、恐らく宗教対立という形で行われることだろう。そうでなくとも異種族排斥派と異種族融和派の分裂は間違いなく起こる。

 上手く立ち回ることで表面化することが無くとも、間違いなく心の中で燻り続ける。そして表に出なければ抑えることもできない。

 

「理解できたようだね? 私は50年後の、エ・ランテル周辺が安定してきた頃に起こるだろうスレイン法国の内乱こそがどうしても気がかりなのだ。何より君達は、不和の火種を一瞬で大火に変じさせる切り札も有している。一度燃え上がった不安の火は、仮に法国が消えて無くなっても、長く燻り続けるだろう。それをこそ、恐れているのだ」

 

 他種族との融和政策、それは長い時間をかけてお互いに相手が襲いかかってくることは無いという事実を積み重ねる必要がある。多くのニンゲンにとって、ビーストマンやトロールは軽く殴られただけでも致命傷を負わされる相手なのだから。

 そんな難しい事業を推し進めるブラム伯爵にとって、〈ケイ・セケ・コゥク〉は最悪とすら言っても過言ではない存在となるだろう。

 たった1人、適当な異種族を操ってニンゲンを襲わせるだけで良いのだ。

 

 そのたった一度の事件によって、融和政策は大きく後退する。

 

 そして法国としても、その可能性を完全に潰すことは難しい。

 表向きには融和政策に賛同しつつも、本来の法国のあり方に回帰すべしという考えを持った信者を完全に排除しきることはできまい。

 

「それに、完全実力主義の「漆黒聖典」。彼らの暴走も気がかりだ。国に対する忠誠は勿論、信仰心すらも問わない者達と聞いているぞ?」

「それは、正しく、御指摘の通りでございます」

「かと言って解体するわけにもいくまい? 君達にとっての切り札だ。戦略的にも手放すのは惜しいだろうし、その結果本人達がどう動くかもわかったものではない」

 

 ちらりと視線を向けられた「隊長」も、部下に暴走を許した手前何も言えない。

 信頼の薄い「漆黒聖典」が、最大の懸念である〈ケイ・セケ・コゥク〉を使用しているのだから不安も大きいことだろう。

 

 仮に〈ケイ・セケ・コゥク〉を管理する6色聖典の上司である土の神官長を徹底的にマークしたとしても、クレマンティーヌの様な裏切り者が出てきてはどうしようもないのだ。それが〈ケイ・セケ・コゥク〉の使い手でないことも保証できない。

 万に1つ程度しかないかもしれないが、起こり得る状態であると認めるしかない。

 

 ある方法を用いない限り。

 

「…………私は、平穏こそを望んでいる。そして平穏を維持するためには多民族連邦国家の成立は不可欠だ。ゆえに、その成立を脅かすものを私は見過ごせない! あらゆる手を尽くして、障害を排除するつもりでいる」

 

 同じことを脳裏に浮かべているのだろうブラム伯爵は、爛々と光る眼をこちらに向けている。

 

 法国が十分な危機感を持っているうちに、全力でブラム伯爵に擦り寄らなくてはならない。安全になってからでは遅いのだ。行動に移すための危機感が足りなくなる。

 そしてすり寄るためには、ブラム伯爵が持つ不安の種を法国から無くさなくてはならない。

 

「ブラム様! 我々法国が他種族連邦国家の成立に悪影響を与えないと御認めになったなら! 我等法国を庇護下に置いてくださると、御約束頂けますでしょうか?!」

 

 国の切り札を預けるという選択を行う以上、別の手段を用意しなくてはならない。

 その考えの下で、不敬と知りながらも確たる発言を求める。

 

「勿論だ。君達法国の方針こそが、私の最大の懸念だった。その君達が、自発的に! 異種族への弾圧を改善しようというならば。この『私』が、君達を守護しよう。守護するにたる者たちであると認める限り、君達がそうあり続ける限り、永遠にだ!!」

 

 『ブラム伯爵』が守護してくれる、その約束を取り付けた。

 そう認識『させられた』レイモンは、明言する。

 

「ブラム伯爵が我が国を御守りくださるのであれば、御懸念しておられる我が国の秘宝〈ケイ・セケ・コゥク〉をお預けいたします。もし仮に我が国の者が暴走したとしても、手元にさえなければ、使用することはできませぬ!」

「……大丈夫なのかね? 〈ケイ・セケ・コゥク〉は先程贈られた〈ロンギヌス〉と同格の、いわば究極の切り札だ。それを君の独断で預けると表明してしまうなど、私との癒着を疑われて君が国賊として追われてしまうのではないかね?」

 

 この期に及んでも我が身を案じてくださるとは、何とお優しい御方なのだろうか。

 これまでの言動を見返しても、今回の交渉内容を吟味しても、やはりこれこそが法国の取り得る最善の道に違いない。

 

 法国と人類の未来を、ブラム伯爵にゆだねる。それしかない!

 

「ご安心ください! 元よりブラム伯爵が人類の守護者として活動しておられると判断した時点で、法国の全てを差し出しても良いと最高執行部で決定しております。仮に難色を示すものがいたとしても、このレイモン・ザーグ・ローランサンが、必ずや説き伏せ〈ケイ・セケ・コゥク〉をお持ちいたします!!」

 

 

 

 こうして後日〈ケイ・セケ・コゥク〉を献上しに来たときに更に細かい交渉をすることが決まり、その後他に危険なアイテムが無いかなどを確認して交渉は終了した。

 

 鼻息荒く立ち上がったレイモンが部屋を辞し、慌ただしく新庁舎を出ていく様子をモニター越しに見る一同は大きく息を吐く。

 

「上手くいった、のかな?」

 

 腕を組み、顎鬚を扱き、髪をかきあげ、足を組み直しと終始落ち着きなく会談の様子を見ていた本物のブラム伯爵はやや草臥れた様子で呟く。

 普段の余裕に溢れた様子とは随分違っていたが、やはり自ら動けないことが不満だったに違いない。

 

「ええ。彼が嘘を吐けない状態である以上、法国の最高執行部とやらの方針にも大きな差異は無いでしょう。デミウルゴス、見事な采配だった。パンドラも、名演だったぞ!」

 

 対して、終始泰然自若とした態度を崩すことなく大局を見守っていたのがナザリックの頂点であるモモンガだった。

 実際はこれまで何度となくナザリックの将来を他者に委ねてきた経験の差が出ただけなのだが、周囲の者達は「さすがはモモンガ様」と改めて感心していることを本人は知らない。

 これは同時にナザリックのシモベに対する信頼の大小を如実に表しているともシモベ達は認識していたのだが、本人達にそんなことを慮る余裕などなかった。

 

「恐縮です、モモンガ様。しかしながら『ブラム・ストーカー』という立場や名声は勿論、交渉に用いたカードは全てネクロロリコン様に御用意していただいたもの。我々は最後の仕上げだけを代わっていただいたにすぎません」

〈さァアらに申し上げますと、ニンゲン達をよォォり良く! 統治する方法論などにつきましてもォ、日頃から御教授してィいただいておりました。もはや! 地均しと基礎工事が終わり、材料まで用意していただいたうえに設計図まであるという状態!! これで成果が出せないのでは、もォォはや無能の誹りを免れますまい!〉

 

 モモンガから労いの言葉を受け、実質最後に手柄を横取りした格好となったデミウルゴスとパンドラズ・アクターが片方は恐縮しつつ、もう一方はおどけて返す。

 

 大方の予想通り、法国は恭順の姿勢を示していた。そうなるように築き上げられた風聞は、間違いなくこれまでのネクロロリコンの成果だ。差し出がましくも代役を買って出て、その功績を活用し、当たり前の結果を出したにすぎない。これで賛辞を受け取ろうなどおこがましいにも程がある。

 

「少々想定外のこともございましたが、世界級の存在すらも予め示唆していただいておりましたので大きな問題もなく……!」

 

 完璧な準備がなされていた今回の対法国交渉、日頃から語られていたニンゲン国家を正しく統治する方法、そして先日の会議における御方の奇妙な態度。

 

 全てが終わった今、改めて振り返ったデミウルゴスの中でその全てが繋がった。

 

「そういう、こと、なのですか?」

 

 恐る恐るもう1人の支配者に目を向けた先には、満足気な表情のネクロロリコンがいた。

 

 その顔を見て、確信した。

 

 世界級アイテム〈傾城傾国〉に対する脅威は勿論あった。それは間違いない。

 状況的に刃向かってくる可能性は非常に低く、結果を見た今となっては正に杞憂であったのだが、やはり至高の存在が自ら出向くことは避けるべき一件であった。

 

 しかしその不安をあえて表面化させていたことには、やはり別の目的があったのだ。

 

 その目的とは即ち、腹心として仕えているデミウルゴスに手柄を立てさせることだ。

 

 そう考えれば全てつじつまがあう。

 

 デミウルゴスはこの世界に来てからずっとネクロロリコンの片腕として仕えてきた。それ自体は恙無く全うできていたが、彼本人が主導した仕事はどれも完璧とは言い難い出来であった。

 この世界の情報をそれなりに収集したうえで心血を注いで入念に準備したゲヘナですら、あと一息というところでケチが付いてしまっている。そしてそのことを密かにネクロロリコンは気にしていた。

 

 そこで今回、多少強引な方法であったがデミウルゴスに手柄を立てさせることにしたのだ。ゲヘナにも劣らぬこの重要な場面で。

 恐らく今後これほど重大な局面で他者に任せることのできる案件は無いだろうという判断もあることだろう。

 また完璧な準備の整え方を、最後の詰めの段階を任せることで示したかったということもあると思われる。今回の準備をしながら、何気なく置かれた布石を見つける度に背筋が冷たくなったものだ。これをできるようになれという激励であったのだと、今では理解できる。

 

 それでも何か不測の事態が起こってしまうのではと、異様なまでに神経を尖らせていたのもそれが原因だったということか。普段の態度からは解りにくいが、部下に対して非常に思いやり深い御方であれば納得だ。

 さすがに今回までも完璧にできなかったとあっては、自責の念で潰れてしまうと考えたのだろう。

 

 そしてそんなネクロロリコンの思いを汲んだモモンガもまた、そうなるように促していた。

 

 そんな支配者達の気遣いに、デミウルゴスは気付いてしまった。

 

「……ネクロロリコン様、今回は勉強させていただきました。モモンガ様も、お気遣いいただきましたこと、誠に感謝いたします。貴方様方のような素晴らしい主に御仕えできるこの幸福を、改めて実感しております」

「な、なんのことかね?」

 

 あくまで白を切る御方に、それ以上突っ込むような無粋なまねはしない。

 

 改めて深々と礼をして、晴れやかな顔で今後の予定に話題を切り替えるのだった。

 




 対法国交渉その2。
 正直な話デミウルゴス達が何を考えるか解らないのでネクロさんの意向に沿う形に、という縛りプレイをして貰いました。
 そして留まる事をしらないデミウルゴスの御方上げ。これもオバロ二次故致し方なし。

 しかし対法国用にこれまでばら撒いてきた伏線の数々。それを纏めて回収するというのは中々快感でした。
 こういうのは長期連載の良さでしょうね。

 元々法国とは戦わない予定でしたので、その為にこそネクロさんには動いて貰っていました。
 本編では間違いなく悲惨な目にあうだろう彼らもまた、6大神の墓を守るものでしたので。


 エルフの王国などについてはまた今度です。裏切り云々含めてさすがにそこまで書くとまとまりが悪すぎます。
 あとスルシャーナの眷族とかも。


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48.祖たるエルフの王

 大体の二次創作では出番すらない種馬王。
 そして出番を貰ったかと思えば即抹殺というかませ王でもあります。

 しかし、恐らく6大神の眷族だったのだろう彼が今に至ったのにも何らかの理由があったに違いない!
 そんな御話です。



 お待たせいたしました。待って貰っていた読者さんには非常に申し訳ないです。
 なんだかんだで過去最長の2万字超えにまで伸びに伸びた第48話ですが、そうなってしまった理由はあとがきにて。



 スレイン法国の最奥。

 偉大なるブラム伯爵との2度目の会合を終えた一同は、喜びを分かち合っていた。

 

「ブラム様はケイ・セケ・コゥクと共にお納めした資料の数々に大変お喜びでした。今後の我々との関係を構築する上で非常に役立つと。御用意してくださったマクシミリアン殿に、心より感謝を」

「なに。法国の、そして人類の未来のために努力したにすぎぬよ。そして感謝は、実際に資料を用意した彼らに贈ってもらえればそれでよい」

「うむ、『行動で示す』ということは大切だからな!」

「ふふ、本当にね」

 

 初会合を終えて帰国したレイモンは、並々ならぬ覚悟を以て最高執行部の報告会に臨んだ。法国の至宝を提出させるよう説得しなければ折角結んだブラム様との信頼関係も水泡に帰す。その先にあるのはほぼ確実な法国の終焉であったからだ。

 もし叶わなければその場で命を絶つことすら厭わぬ覚悟であったが、実際は想像の斜め上に向かう議論になっていた。

 

 議論では、ケイ・セケ・コゥク以外に何を贈るのが良いか、が話し合われたのだ。

 

 それもレイモンが帰還するよりも前から、各々が用意できる資料の下準備を進めていたというのだから頭が下がる。というより、難色を示すのではと疑っていたことをその場で謝罪したほどであった。

 

「我が国との協定については、暫し内密にすることは先程も話しました通りです。無用な混乱を避けることは勿論ですが、周辺国家最後の1国を国家連合に引き込むために必要な処置であるそうです」

「それもやむなしだろうな」

「ああ。我々人類国家が手を取り合うためには、ある程度の緊張関係でなくては都合が悪いのだろう」

「緊張関係を解消するのは後で構うまい。先ずは形を作ってしまうことだ。あの逸脱者とも既に繋がりがあるというなら、何も問題は無かろう」

「むしろ、表向きには最大の国力を持つ我々を抑えるために帝国の方から王国に擦り寄らせる御積りなのでは?」

「間違いあるまい。我々が周辺国家最強の勢力だからな、表向きは!」

 

 実質的にリ・エスティーゼ王国を掌握したブラム伯爵が周辺国家最大の国力を誇るスレイン法国と協定を結んだと聞けば、孤立したバハルス帝国がどう動くは解らなくなる。

 ただでさえ長年に亘り王国と帝国は戦争を続けてきたのだ。そこで一気に勢力を盛り返されたとなれば、聡明な皇帝であっても疑心暗鬼に陥る可能性がある。そんな状態で3国を1つに束ねるようなまねをすれば反発は必至だ。

 最悪の可能性として、帝国が現状を打破すべく王国に無理攻めをして無駄に互いの国力を浪費する可能性もあるだろう。

 それを避けるためにも、王国と法国の関係性は秘匿するに限る。

 

 この方針は、人類に対する慈愛の発露と誰もが信じて疑わなかった。

 

「エルフ王国との戦争についても、終結の目処が立ったことは喜ばしい」

「そうですね。私も戦争終結のために動いてくださると聞いたときには我が耳を疑いましたが」

「エルフとの関係さえ改善できれば、我が国に対して実質的な害をなした存在は殆ど居なくなるからな。それを踏まえての御判断とみた」

「これで異種族との融和も大きく進むことだろう!」

 

 他種族との融和政策、その第一歩は国内にもいる最も身近な異種族であるエルフから始めるのが最善であるというのがブラム様の考えであることは間違いない。多くのぷれいやーが人間種であり、その人間種にエルフが含まれると聞かされてはそう動かざるを得ない。

 少なくとも一同はそのように解釈しており、実際それが最も堅実な方法であった。

 

「奴隷の解放による法国の絶対的な人口の増加、それによって産業や兵役に齎す影響を軸にして進めれば良いかな?」

「ええ、単純に長命な種族である彼等を法国に取り入れるメリットは少なくない」

「後は本来の教典を開示することで差別的な思想を払拭できれば、エルフとの融和はなるだろう」

「元々、6大神様はエルフを差別しておられなかったからな」

 

 そう、法国の国家的なエルフへの蔑視はあくまで近年始まったものだった。

 もはや当時を知る者は唯一人エルフの王以外にいないが、それでも法国の歴史書にはしっかりと書かれている。彼の者の裏切りと、それによって引き起こされた戦争を。

 

 500年近く続くスレイン法国の歴史上最大の裏切り者、それは彼の6大神の守護者の生き残りでありながら法国を裏切った祖たるエルフの王その人である。彼の悪逆さを思えば、元漆黒聖典の裏切り者たるクレマンティーヌとて無垢な幼子も同然であろう。

 彼は凡そ250年ほど前に何を思ったか仕えるべき6大神の子孫を虐殺し、生き残ったのは彼の者に凌辱された女唯一人だった。

 

 時を同じくして、長らく法国を護り続けた眷神達が突如暴走を始め、長らくスレイン法国の神人や眷神達によって護られた大陸北西部の一帯は混沌に呑まれることとなった。この暴走はかのエルフの王の仕業に違いないというのが現在スレイン法国における定説である。

 更に言えば、その眷神を止め得る唯一の神人が身重にされてしまったこともあって、法国はまともな迎撃すら取ることができなかったのである。

 

 幸いその後に現れたかの13英雄の活躍により多くの堕ちた眷神達が討取られることで混乱は収まった。

 しかしスレイン法国は暴走した眷神達への対応に追われた結果、6大神が降臨し彼らの住処でもあった【神の社】周辺を残して殆どの領地を手放す羽目になった。

 つまり現在の人類の窮状を招いたのはエルフの王に他ならないというのがスレイン法国としての見解であった。

 

 その後混乱を治めた法国は裏切り者のエルフに対して戦端を開き、以後苛烈な攻勢に出ていた。

 全ては6大神に反旗を翻した卑劣な裏切り者に対する激情と国土の大半を失陥した恨みによって。

 

 こういった事情もあって、法国とエルフ王国の戦争はあくまで祖たるエルフの王が引き起こし、彼の存在によって継続していたという方向で治めることになっている。

 法国としては概ね間違っていないためレイモンもブラムの要請に同意し、最高執行部も異を唱えることは無かった。

 

 彼等が狙う首はあくまで唯1つ、6大神の直臣の1人である【祖たるエルフの王】であったのだから。

 

「やはりあの者の裏切りは慈悲深いブラド伯爵様と言えど見過ごせなかったということだな!」

「あの子の無念も、これで少しは晴れると良いのだがな」

 

 虐殺を免れた神人の直系。

 それも戦地へと赴く際に残したとされるスルシャーナの遺言により一時期仕えていた8欲王の落胤の系譜でもある『彼女』は、その特異性に眼を付けられたのか命を取られることは無かった。

 

 ただ、命を取られなかったからと言って無事であったとは言い難い。

 あの裏切り者からの性的暴行による精神的な負担と法国が陥った窮状を止められなかった己の不甲斐なさを嘆き、孕まされた子を産み落とした後に命を落としてしまったのである。

 その一因は母子を引き離してしまったからだという意見は未だ根強くあるものの、裏切り者との間に儲けた子と一緒にいることは悪影響があるのではという当時の者達の行いも否定しかねる。

 

 その後に赤子が歩んだ境遇も悲惨と言わざるを得ない。

 裏切り者の実子にして、あの8欲王の末裔でもあるのだ。即座に抹殺すべきという声すら少なくは無かった。6大神の直系であることを加味してもなお危険な立場だったのだ。

 そんな彼女は、だからこそ法国の切り札として徹底的に『強さ』を求められることとなった。

 法国最強の個となれば、翻弄されるばかりの木の葉ではなくなるという当時の者達の思いによって。

 

 その後彼らの思惑通り、その子は苛烈な鍛練の日々を潜りぬけて強大な力を手にし、現在は法国の切り札たる漆黒聖典の番外席次「絶死絶命」となった。

 

 しかし果たして彼女が幸せかと問われれば誰も頷くことはできない。

 当時の者達とて、頷くことは無いだろう。

 

「ブラム様に、白金の竜王との橋渡しをしてもらえないものだろうか?」

 

 当然のことながら、法国の切り札たる「絶死絶命」の境遇は話している。

 同時に評議国との繋がりを持っているという話も聞いているため、あるいはという思いがあった。

 

「竜王達にとって8欲王は絶対的な敵だ、これ以上ブラム様に頼るわけにはいくまい。せめて、せめて我々法国が有益な存在であると示した後でなくては!」

「左様。今の我々はブラム様にとって害にすらなり得る存在」

「あの子のことを黙認していただけるだけ感謝すべきだ!」

 

 『ブラム』は「『私』が評議国の者に対して話すことは無いし、『下』の者には口外せぬように命じておく」と断言していた。

 ならば少なくとも『彼』から漏れることは無いだろう。

 

「何よりも、先ずは我が国の働きをご覧いただく。それ以外の道はありえません」

 

 レイモンの総括に一同が頷く。

 

 法国の未来を明るいものとするためには、やはり実績を見せる以上の方法は無いのだから。

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓においても、法国との会談の影響は少なからず存在していた。

 

 2度目の会談において、レイモンは宣言通り世界級アイテム〈傾城傾国〉を持参した。

 これによってスレイン法国はナザリックの人員にとってネクロロリコン=ブラム・ストーカーの現地における初の従属国としての地位を得ることとなったが、この事実は意外なほどあっさりと受け入れられることとなる。

 

 彼等は2度目の会談のために幾つもの御土産を用意していた。

 6大神信仰の教典や法国の現行法、法国の史書、軍備状況の明細、更にはこれまで行ってきた研究開発についての目録など法国を支配するために必要と思われる情報を可能な限り準備してきたのだ。

 

 人間蔑視の風潮の強いナザリックのシモベ達ではあったが、ここまで徹底的に従属の姿勢を取る法国の動向は好意的に受け止められていた。

 アルベドですら「あの短時間でこれらを用意したのであれば、中々に有用な者達のようですね」とまで評価した。もっとも、人間風情にしては、という前置きを置いての発言ではあったが。

 

 こうしてスレイン法国はナザリックの下部組織として上々なスタートを切ることができたのだった。

 

 また同時に、彼等から手に入れた『歴史』の内容は少なくない波紋を生んだ。

 

 特にそれらの書物を貪欲に読みふけった支配者達は、時間の空いている者達に特別会議への出席を求めたほどであった。

 あくまで命令ではなく、他の仕事を疎かにしない程度に余裕がある者に限る。それが募集要件であったが、勿論階層守護者達はこぞって出席し、また多くの高位なシモベ達も馳せ参じた。

 

 あのモモンガとネクロロリコンが会議を開く必要を感じるほどの内容である。万難を排して馳せ参じるべき状況であり、仮に役に立てずとも話の内容だけでも頭に叩き込むべきであると誰もが認識していた。

 

 そしてその予感は的中する。

 

「まずはギルド武器が破壊された影響についての意見を交換するとしよう」

 

 法国の歴史において最大の転機の1つであるギルド武器の破壊。その結果起こった騒乱は、周辺勢力の情勢を一変させるほどのものであった。

 特に法国に残っていたシモベ達が一斉に反旗を翻したことについて、支配者達が重大な懸念を持ったことは想像に難くない。

 

 仮に多くの直臣達が最後の主たるスルシャーナを残して去っていたとしても、それでもやはり不穏な気配は感じたことだろう。

 

「改めて、問題のギルド武器について私から説明しておこう」

 

 神妙な面持ちの一同をみて、ギルド武器の所持者であるモモンガが口を開く。

 

「ギルド武器とは1つのギルドにつき1つ作製することのできる強力な武器であり、そのギルドの象徴だ。その性能は非常に高く、ものによっては神器級を優に上回り世界級にまで匹敵すると言われている。我等がアインズ・ウール・ゴウンのギルド武器も、世界級アイテムに匹敵するほどの性能であると自負している」

 

 御方々ですら危険視する世界級アイテム、それに匹敵する性能と言われれば否が応にもその恐ろしさを理解できる。

 戦慄する一同を見渡してモモンガは言葉を続ける。

 

「しかしそのギルド武器には重大な欠点がある。ギルドの象徴であるがゆえに、破壊されればギルドの維持ができなくなるのだ。具体的に言えば、私とネクロさんは同じギルドであるという繋がりが無くなり、またこのナザリック地下大墳墓の支配権も消失することとなる。勿論私とネクロさんの友誼はギルドメンバーであるという以前のものではあるから、破壊から即決裂に繋がるということはないのだが、な」

 

 至高の御方々が制圧・強化し、かつては1500人からなるプレイヤーを主とした軍勢を迎え撃ったこのナザリックを失陥する。

 その重さはシモベに過ぎない一同では理解できるなどと到底言えるものではない。言えないが、非常に恐ろしいことであることは間違いない。それは間違いなく言えることだ。

 

「法国の場合、ギルド武器の破壊と6大神の死亡が異なる時期におこっている。そのため確かなことは言えないが、階層守護者のような我々謹製のNPCではない者達の制御は利かなくなるものと思われる。特に拠点から自動で湧くもの達は、ほぼ間違いなく本来のあり方に立ち戻り暴走することだろう」

 

 ならば予め誅殺しておいてはいかがか? そのように考えた者達もそれなりにいたが、あまりにも不毛だろうと却下される。

 最大レベルは30程度と脆弱なうえに、そもそも自動で補充される要員である。殺しきることなどできないし、仮に反乱を起こしたところで階層守護者が1人いれば鎮圧できる。

 

 そもそもギルド武器の破壊さえなければ、仮に支配者がいなくとも反乱しないという前例が得られたもの達でもあるとネクロロリコンは断言する。

 そんなネクロロリコンの言葉を聞いた守護者一同は、その言葉にある程度の納得はしつつも、忠誠が疑われていることを内心不服に思い己の忠節を示す術はないものかと思案していた。

 

「さて、そのギルド武器ではあるが」

 

 ギルド武器の重要性を周知したうえで、真剣な面持ちでネクロロリコンは周囲を見渡す。

 

「私の見立てでは、6大神のギルド武器は東部から攻め寄せてきたミノタウロス王国との決戦で壊れたのではないかとみている」

「かつてこの地に降臨したプレイヤーである口だけの賢者殿が考案し、彼の教えを受けた奴隷たちが礎を築いた大陸最強の兵団でしたか」

 

 口だけの賢者が考案し、彼が奴隷階級に引き上げた人間達によって生み出された銃歩兵隊。その戦力は群雄割拠する大陸中央部においてもなお強力無比であると言われている。

 

「ああ、そうだ。まあ前提として、この世界の冶金技術ではギルド武器の耐久力を回復することは難しかっただろうと予想されるから」

「〈修復/リペア〉に頼りきりで耐久力の上限値が下がり続けたことが、そもそもの原因ということだな」

「この世界における最強の存在である竜王。これを討伐できる火力であれば、如何なギルド武器といえども損傷は免れませんね」

 

 転移してから経過した時間と、それを扱っていたであろう短命な人間種とその脆弱性。

 それらから強力なギルド武器が破壊された理由を詰めていく。

 

 しかし話が進むほどにある疑問が生じ、大きくなっていく。

 

「……どうしてこれほど強力な武器を他の者たちはつくらないのでありんしょう?」

 

 ギルド武器の重要性とその性能を語るうちに、それを破壊したと思われる武器に注目が移っていった。

 これは当然の帰結であろう。

 

 僅かな筋力と器用さで使用できる銃器は、要求するレベルやステータスが低いにもかかわらず非常に強力である。

 実際ナザリックのシモベの1人であるシズは、ステータスの低さに関わらず火力はプレアデスで最強である。魔力弾を放つタイプの魔銃が主兵装であるため正確にはミノタウロスの扱うマスケット銃系統の武器とは少し違うが、それでも同じ銃使いではある。むしろシズは魔力を銃弾に変換する魔銃使いであるため、威力だけならば使いきりの実弾系の方が上回るだろうと予測できる。

 

 銃を扱える最下級職である〈銃士/ガンナー〉の所得自体も、決して難しくはない。

 そうと知れば、現地における銃兵の精強さも測り知ることができる。

 

 しかし、簡単に使えて強力な実弾系銃器には致命的な欠点があった。

 

「……コスパが、悪いのだよ」

「……威力は、素晴らしいのだがな」

 

 強力な実弾系銃器の運用には火薬を精製できる必要がある。そのためには錬金術師などの専門職を自分か仲間が所得していることが最低条件であり、その材料を手に入れ続ける必要もある。そのため十分な威力を出せる火薬を得るだけでも、低レベルプレイヤーでは難しい。

 つまり単純に実弾系銃器を撃つことはできても、それを恒常的に運用するためには性能に見合った準備が必要になってくるのだ。

 

 更に言えば、銃弾もまた矢と同じ使いきりである。

 そして銃器の基礎攻撃力は銃弾に使用した金属の種類によって決定するため、最大威力を出すためには膨大な高位の金属類が必要になる。そして当然のことながら、高位の金属は手に入れることが難しい。

 

 そういった理由により実弾系銃器の使い手は圧倒的な攻撃能力を有しているのだが、使い手は少なかった。

 

「ナルホド。至高ノ御方々ガ銃器ヲ主兵装トシテオラレナカッタ理由ハソレデシタカ」

 

 支配者達からの解説を聞き、思わずコキュートスは呟く。

 41人全員の所有武器を知るコキュートスは、ミノタウロス族の脅威を知るほどに実弾系銃器の使い手がいないことを疑問に思っていた。

 その答えを今得ることができたのだ。

 

「我が血族に銃使いが居ない理由も、まさにそれだ。運用のコストがかかり過ぎるのだよ。……今にして思えば、ポナパルトや信長を消してしまったことは失敗だったと思うよ。いつ、どこで、誰が有効になるかは解らんものだ」

 

 希少金属を弾丸として消費してしまう。更にそれを発射するための火薬も、十分な効果を出せるものを作るには専用の職業を持つ仲間と材料が必要となる。

 そのような難点があったため、低レベルながらも高い打撃力を持つ重歩兵吸血鬼隊は完成しなかった。その中心となる血族も、一緒に作るはずだった錬金術師達の脚がナザリックから遠ざかった苛立ちもあって削除してしまった。

 今となっては何も消すことは無かったと思うが、転移というあり得ない現状の結果きた思いなのでやむなしとは理解している。割り切れるかは別として。

 

「そもそもアインズ・ウール・ゴウンが銃器の使用が解放される前にできたギルドである、ということも大きな理由ではあるがな? 戦い方を突然変えるというのは難しいものだ。射手が低レベルであれば、飛び道具無効などの対処法もあるしな」

「そォもそも! 御方々の予想をも超えた転移という事象こそがァ、全ての始まりでございます。本来であれば世界が終わり、このナザリック共々! 備えは消失していた筈でェございます! これに備えようなどと、空が落ちてくることを憂うが如き愚行と言えましょう!!」

「……これまでの御方々の御言葉から推測いたしますに、この世界はユグドラシルの9世界はおろか、御方々のおわすりあるなる世界からすらも観測できぬ場所であるようです。そのような場所への転移に備えるというのは流石に行き過ぎかと、わたくしは愚考致しますわ」

 

 ネクロロリコンの心境をよく知るモモンガは単なる判断ミスではなかったという方向に持って行こうと別の要因を語る。

 

 対してネクロロリコンが渋面を作る理由を正確には知らない一同としては、完全無欠のネクロロリコンですら判断ミスがあるのかと驚きつつも、これまで徹底的に殺しを忌避していた理由と結びつけていた。

 同時に失敗とすらいえない判断ミスにもかかわらず、それと真摯に向き合う姿勢に感銘を受けていた。

 

「しかしながら、口だけの賢者なる者は、やはり聡明な御仁であったようですね。周囲の者達が、理解できないなりに彼の言葉に従うほどに。自然と強力な銃歩兵隊ができあがるように必要な知識を残しつつ、人間を唯の家畜から奴隷、即ち労働階級へと引き上げておくとは。見事な手並みと申せましょう」

 

 話題の方向を変えるべく、デミウルゴスは至高の御方々と同格の存在である口だけの賢者に言及する。

 

 それなりに知られている設定ではあるが、ユグドラシルでは隠しステータスとして種族毎に器用さや知能というパラメータが設定されていた。例えばビーストマンは爪が指先を覆っていない形状であるため、鍛冶師のような器用さが必要な職に就くのが難しい。

 更に言えば、獣人系の種族は全体的にやや知能が低めに設定されていたことから、現地のものが錬金術師や化学者のような職に就くことはかなり難しいことと思われる。つまりミノタウロスだけの集団では、火薬を量産できる体制は作れないのだ。

 それを解決したのが、家畜から奴隷に格上げされた人間達であろうことは想像に難くない。

 

「正に有り得ざる軍勢。この世界で猛威をふるうのも当然と言えましょう」

 

 しかし史書によると、その侵攻部隊を法国の前身が迎え撃ち、そして多大な損害を出しつつも撃退したとある。今以上に神人がいたとしても中々の戦果と言える。

 

 しかし戦いの詳しい内容は後世に残されていない。

 撃退した時期とスレイン法国が内乱に突入した時期がほぼ同一であるため、混乱によって情報を残せなかったのだろう。

 

「話が大幅にそれてしまったな。ギルド武器の話に戻そうか」

 

 2つの事件が起こった時期の一致から、この戦いでギルド武器が壊れてしまったのではないかと、やや強引にネクロロリコンは話を変える。

 一時の感情で有用な血族を抹消してしまったことは知られてはならない事実なのだ。

 

「彼らの言うところの眷神、つまりはギルド所属のNPC達が突如として反旗を翻した原因。確かに、ギルド武器の破壊によるものであれば辻褄があいましょう」

「〈伝言〉で上げられた報告が信じられず、結果各所で情報が錯綜したこともあり、対応も致命的に遅れたようですね」

「……史書を見る限り、エルフの王も暫くは法国の維持のために動いてはいたよう、です、ガ! 彼ァァアレはッ! この段階で法国を見限ったということでショウ、か?!」

「……そうだな。噂のリーダーとやらと旅を続け、プレイヤーが恋しくなったのか。それとももっと別の、それこそ積もり積もった不満が爆発してしまったのか……」

 

 思案気に、しかしどこか楽しげにネクロロリコンは周囲を見渡す。

 

「私はこのギルド武器が壊れた瞬間に、即座に君達が裏切るようなことはないと思っている。本来君達はそうあれと作られ、このナザリック地下大墳墓に配備された者達だ。しかし、同時に我々と共に此処に存在し、同じ時を『生きた』者達でもある。心の底で私達を軽蔑していたなら、その枷が外れて反旗を翻すこともあるだろう。……だが、君達の敬愛は心の底から出てきているものであると、私は確信している」

「私も同意見だ。お前達が、少なくとも我々に対して向ける忠誠については疑う余地すらない。よってこのスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが破壊されたとしても、お前達は変わらず我々に忠誠を尽くすことだろうと信じている」

 

 2人の支配者が、共に己の忠誠を肯定している。

 この御言葉を聞いただけでも、命を捨てていいとすら思える福音であった。

 

 しかし、用心深さは至高の41人の御方々においても屈指と思われるネクロロリコンだけは手放しで信を置くことはなかった。

 

「ならば仮に、君達が裏切るとしたならば。……6大神の状況に倣うなら、我々2人がこのナザリックを去った後に、そうだな、我々がナザリックの維持を君達に託したとして、君達がそれに反するとするならばどういった状況が考えられるかね?」

 

 あくまで仮定の話。

 恐らくは6大神のシモベ達がどういった心境で行動したのかを知るために出された質問であろう。

 この問いに対して、真に応えることができることができる者はシモベ以外にあり得ないのだから。

 

 しかし最後に残った慈悲深い御二方ですらこのナザリックを去った後という、あまりにも考えたくもない仮定ではある。

 それを想定せよという、あまりにも酷な指令が下された。

 

 なれど、与えられた命令は確実に遂行しなくてはならない。

 それがシモベとして作られた者達の存在理由であるのだから。

 

「あの! 御方々が御隠れになったとしても、私達はその命令を遂行し続けることかと思われます!!」

 

 真っ先に声を上げたのは、若く、そして御方々からの信厚いアウラだった。

 

「我々ガ、御方々ノ御言葉ヲ違エルコトハアリエマセン!!」

「は、はい! 僕達は、もしも御方々が居なくなったとしても、言いつけを守って、か、必ずや……!」

 

 アウラが意を決し己の意見を述べ、それに追従するように遺志を継ぐことを表明する。

 

 同時に、デミウルゴスとアルベドは、口が裂けても吐けない恐るべき言葉でもあった。

 

 2人は、ただ遺言に従い続ける己の未来を明確に想像できたからこそ、安易に賛同することができなかった。

 

 帰らぬ支配者達の遺言を守り、未来永劫このナザリックを守り続ける。忠義を示すにはこれ以上ないほどの環境であろう。

 しかし、それを何年続けるのだろうか? 何十年? 何百年? 何千年だろうか? 寿命という概念の無い悪魔やアンデッドにとって、それは終わることのない永遠の苦行となるだろう。

 終わらないナザリック大地下墳墓の保全、それは如何に忠厚きシモベ達にとっても苦行といえる。仮に偉大なる支配者から託されたとしても、心が擦り切れてしまう。あまりにも報われぬ行いだった。

 

 同時に思ってしまう。これを自発的に行い続けたモモンガとネクロロリコンの心労は如何程のものであろうか? 39人のギルドメンバーが去っていったあとに、少なくとも世界が終わるまでの間それを成し遂げた2人の心境は想像を絶するものがある。

 敬愛すべき御方々が為したことといえど、待ち人である他の御方々はまだ戻ってくる可能性が僅かとはいえあった。しかし残されたシモベにとっては、異世界に来てしまった以上目指す先がない。仕えるべき存在の居ない中の、いうなれば日の射さぬ荒野を歩み続けるが如き苦行である。

 あまりにも恐ろしい。赦されるならば、御方々と共にこの命を終えてしまいたいとすら思ってしまう。

 

 勿論2人も、まともな神経を保てるならば御言葉には従うだろうという思いはあった。

 しかし、同時に神経が擦り切れてしまうだろうという悲観もまたあった。

 故に、知恵者である2人は、何も言えなかった。

 

 またこのとき、平時であれば真っ先に賛同の声を上げたであろう者も声を上げなかった。

 御方々の御言葉であれば、万難を排して叶えるべしと声を荒げるだろう彼女が、押し黙っていたのである。

 

 2人のように先々を見越して絶望したわけではない。短絡的に、まともな精神状態であれば黙して従うのみと、そう信じていた。

 

 そう、まともな精神状態であれば。

 

「あの〈傾城傾国〉を使われたなら、もしかしたら……」

 

 元より血の気の薄い顔色を一層青褪めさせ、全身をガタガタとふるわせて意見を述べたのは、傾城傾国の実験を任されたシャルティアだった。

 

「アレはアンデッドですら魅了し、従わせるものでありんす。捕捉人数は1人ですが、有効射程内であればまず避けられないでありんす。あれを受けてしまえば、きっとあたし達も……!」

「な?! 貴女はなんということを!!」

 

 精神の限界が来るまでは忠節を尽くすべきである。仮に精神に異常をきたしたとしても、忠義は曲げてはならないとすら信じている。

 そんな信念を持っているデミウルゴスは突然裏切る可能性を示唆し始めたシャルティアに思わず驚愕の視線を送る。ネクロロリコンの憶え目出度い彼女の言葉は、他のシモベが齎す以上の衝撃と不信を御方々に与えるだろうと。

 

 しかし、周囲から殺意すら込められた視線を送られ、針の筵に座ろうとも忠節を貫くのがシモベの生きざまである。

 

 知っていて情報を開示しないことこそが不忠であると信じ、目の端に涙を浮かべつつもシャルティアは口を閉じることを拒絶した。

 他者を魅了することのできる職業か種族でなくては使えないという理由で白羽の矢が立った彼女は、アウラやえりざべーとさんじゅうななさいの協力のもとで行った調査の結果得られた情報を報告する。

 

 調査期間は未だ僅かではあるが、世界級アイテムの猛威は既に十分すぎるほどに判明していた。

 有効射程内で発動を許した時点で回避も防御も不可能であるということと本人の意思は完全に失われて使用者の操り人形になるという恐るべき事実は、支配者達ですら平静を保つことができなかった。

 一同から驚愕と僅かな警戒を浮かべた眼差しを向けられたまま、シャルティアは自らが裏切るという可能性までも忠信から述べ切った。

 

「ふん、傾城傾国による洗脳か……!」

 

 苦み走った顔で吐き捨てたネクロロリコンを見て、シャルティアは湿った眼を閉じる。アンデッドならば洗脳は通じない、つまり自分は何があっても裏切らないという前提を覆してしまった。仮に忠義が本物であっても、シモベにとっては最悪の不忠である裏切り者の汚名を着せられる可能性を自ら示してしまったのだ。

 

 しかし、そんなシャルティアの心情を一切無視してネクロロリコンは言葉を続ける。

 

「考えたくはなかったが、やはり世界級というべきか! フン、無理やりにでも回収しておいて良かった」

「デミウルゴスとパンドラは御手柄だったな」

 

 苦み走った貌で吐き捨てるように言うこの言葉の意味を、誰よりもデミウルゴスが理解できた。

 世界級アイテムである傾城傾国といえども、元より御方々からすれば脅威足り得ない代物であったことは間違いない。

 しかし御方々であればこそ脅威足り得ぬだけであって、シモベ達であれば多大な損害が発生しうる案件でもあったのだろう。そしてそれを未然に察して防ぐために動いておられたのだろうことも察して余りある。

 

「シャルティア、よくぞその可能性を自ら言及してくれた」

「それは可能性の1つとしては十分にありうるものだろう。やはりというべきか、我々アンデッドですら従えることができるとは……恐ろしい話だ。二心なき忠臣である君でなくては到底預けることなどできまいよ」

「そうだな。やはりお前に調査を任せて正解だった」

 

 自らが裏切る可能性を示唆した矢先に贈られた称賛の言葉に、シャルティアは歓喜に震えた。

 自分が裏切ることは無いと信じられていることがひたすら嬉しかった。

 

「法国の秘宝である傾城傾国を使い、法国の内部分裂を引き起こす。それだけならば十分ありうる話だろう。物理的に可能であるとともに、かつて8欲王の友誼に亀裂を入れた方法と同じわけだしな」

 

 ボロボロと涙を流すシャルティアを余所に、ネクロロリコンは話を進める。

 この『自分のしたい話をひたすら続けようとする姿勢』は、普段から見られる傾向である。そして、その内容は常にナザリックの利益に直結するとシモベ達は知っている。多少話が脱線しがちであることも、悪癖に近いものではあるが、知識を共有したいという思いであると察している。

 実際は本当に推測などを話したいだけなのだが。

 

「8欲王は人間種である何人かの仲間の若さを維持するために竜王殺しを続けたが、それも数十年続けば温度差が出てくるのは当然だ。次第に竜王達が隠れ潜むようになったのであれば尚のこと。その熱意の違いを致命的な溝に変えたのが―――」

「―――神の社の民、即ち現スレイン法国の前身でございますね?」

 

 我が意を得たりと笑うネクロロリコンを見て、こっそり拳を握りしめるアルベド。

 そしてどういうことかと不思議そうにしているもの達を横目にデミウルゴスが言葉を継ぐ。

 

「スレイン法国史書によれば、8欲王の1人は6大神の末裔を側近として置いていたそうです。その者が性的な目的も含めた理由で傍に置いていたことは、今の法国にいる彼女を見れば確実ですね」

「短命であるという種族的な特性も含めて、彼女についての情報を交えて考えれば間違いないだろうな! つまるところ、正にその女は国を傾けたわけだ! かくも女は恐ろしい!!」

 

 6大神最後の1人を、如何なる理由かは未だ議論されているとはいえ、葬った。そんな8欲王に対して害意が無いはずがないと興奮したネクロロリコンは語る。

 日々床を共にしつつも、虎視眈々とその時を待っていたということは十分にあり得るだろう。敬虔な6大神の信徒であったとされる彼女であればなおのことである。

 

「とはいえ、これは復讐のための行いだ」

 

 8欲王の牙城を崩壊させる発端、竜王が攻め寄せた切っ掛けの内乱がスレイン法国の前身によるものであるという史書から得られた情報であったが、これは今回とは別であろうと。

 

「それなりに安定していた当時の大陸北西部を崩壊させる動機が薄すぎる。そもそも法国の秘宝を使って内乱を誘発しつつ、その秘宝はきちんと蔵に戻すなどあり得ないだろう?」

 

 故に、傾城傾国による洗脳で動いたという可能性は低いと言い切る。

 言いかえれば、自らの意思で裏切ったという可能性が強調されたとも言える。少なくともネクロロリコンはそう考えているのだろうと一部を除いた一同は察することができた。

 

「少なくとも君達は、何百年経とうとも我々の言葉を守ることだろう。そして外的要因で意思を変えられることもほぼないと考えられる。では、もう一歩踏み込んで質問しよう。我々が与えたであろう命令を守るために、我々の子孫を根絶やしにする可能性であればどうだね?」

 

 シャルティアを除くシモベ達は思案する。

 

 仮に、考えたくもないが仮に御方々が御隠れになったとして、その御子息に忠義を尽くすだろうか?

 問われるまでもない。全霊を以て御仕えするだろう。

 シモベであればそう考える。少なくともデミウルゴスやコキュートスはそう即断していた。

 

 しかし、

 

「なるほど、そういうことでしたら」

 

 アルベドはそう考えなかった。

 

「わたくしは、御方々の末裔に従うことを良しとしないやもしれません」

 

 反逆の意思を見せたアルベドに思わず明確な殺意のこもった視線を向ける一同だったが、その視線を一身に浴びるアルベドは平然と構える。

 

「状況を勘案しますと、6大神のうち5人が亡くなってから300年程が経過しております。更に申せば、最後の1人が亡くなって更に200年以上もの時が経過しております。そうなりますと、はたして私達にとっての御方々にあたるものの血はどれほど残っておりますでしょうか? 例えますと、ネクロロリコン様の血族の、そのまた遥か先の血族の方とでも称すべき状況でございます」

 

 1世代が大体20年だとしても、約15世代。

 異なる直系の血筋を多少交わらせていたとしても、もはや仕えるべき主の面影すらないだろう。

 

「仮にわたくしが『拠点の安定と発展』を命じられていたならば、末裔の方に余程の才覚を認めなければ従うことはないでしょう」

「アルベド! 貴女は――ッ?!」

 

 椅子を蹴って立ち上がり激昂して掴みかかったデミウルゴスであったが、拳を握りしめて冷然とした表情を保とうとするアルベドをみて言葉を無くす。

 

 このような言葉を本心で言えるはずが無い。そんなことはデミウルゴスもよく解っている。

 そんな彼女がこのような発言をするのは、やはり守護者統括という立場がそうさせたのだろうと即座に理解できた。

 

「……ネクロロリコン様。私も、もし仮に御2人が御隠れになったとしたならば! その直臣であるブラド様やえりざべーとさんじゅうななさい様、そしてコルデー様の御言葉に従うことは吝かではありません。それだけの実績を御持ちです。ですが、さらにその眷族にまで従うかは、その者の才覚によると、言わざるを得ません」

 

 表情を変えぬようにして言い切ったデミウルゴスを見て、支配者達が驚きの表情を浮かべる。

 己の不忠を咎められる。そう思ったデミウルゴスが硬い顔で奥歯を噛み締めるが、

 

「何を言っている、そもそも私の血族に従う道理はなかろう?」

「そうだな、私としてもネクロさんの血族にまで従えというつもりはないぞ?」

 

 勿論ネクロさんに意味もなく反逆されるのは困るのだが、と笑うモモンガの声を聞き安堵とともに椅子へと崩れ落ちるデミウルゴス。

 

「……そうなりますと、ンゥモモンガ様が手ずから御作りになりヌェエクロロリコン様に薫陶を受けたこのプゥァァアアンドラズ・アクター!! が、このナザリックの次期支配者筆頭であるということもまた、無ゥゥァァァアアアアイとォォッ!! いうことですかな?!」

「そんなわけないだろう?!」

「ォォオオオウッ!! 神よォォッッ!!!」

 

 大げさな身振りで残念そうな振りをするパンドラを見て、やはり自身の眷族血族に支配権を委ねるつもりはないと一同は理解する。

 そもそも御隠れになる状況にも、見捨てられるような状況にもならないように努力すべきであることは言うまでもないのだが。

 

「また脱線してしまったな。つまりはアルベド君、君が6大神の拠点周辺の安定を至上命題としていた場合、プレイヤーの子孫に仕えるより領地の安定をこそ重視すると考えているわけだな? 仮にその血筋を絶やしたとしても」

「はい。それが最善と判断したならば、御方々の御命令として断行いたします」

 

 硬い表情で言い切るアルベドにそれ以上詰め寄る者は無かった。

 むしろ支配者達は、彼女の最善という言葉に興味を持った。

 

「アルベド。お前の言う最善とは何だ?」

「はい、モモンガ様。かの国の状況に鑑みますと、人類領域の維持のためには6大神の末裔の血筋を護るのみでは不足であると考えます」

 

 徐々に薄まる血筋と、減少していく先祖返りたる神人達。ならばそれらの維持だけでは遠からず窮するだろうと断言する。

 強力な個が万の軍勢をも凌駕する現地の事情を思えば当然の理屈ではある。

 

 この言葉に反応したのは、やはりというべきか、戦力増強を生きがいとしているネクロロリコンであった。

 

「ほう! つまり神人をも上回る戦力を用立てる手段に、君は心当たりがあるのかね?!」

「はい、ネクロロリコン様。端的に申しますと、裏切ったエルフの王はニンゲンどもより遥かに長命であり、それゆえ色濃く血を受け継いだ子を長期的に用意できるものと考えます」

「……つ、つまり?」

「ずばり、産めや増やせやでございます!!」

 

 この返答に暫し支配者達は固まる。

 しかしアルベドは止まらない。

 

「血の薄れた6大神の末裔より、エルフの王の実子の方が強力な個体になる可能性が高いことは法国の現状を見るに明らかでございます。そしてエルフと人間ではエルフの方が遥かに長命。現に神人の末裔とエルフの王の実子は法国最強の個として長年に亘り存在し続けております。即ちエルフの王の子女を増やすことこそが、直接的かつ長期的な戦力増強策と申せましょう!」

「……それでも、6大神の直系は残しておいた方が良かったのではないかね?」

 

 まさかの展開に一瞬意識が飛んだネクロロリコンだったが、頭をフル回転させてどうにか返答をすることができた。勿論言っていることは理解できる。人間は短命だから優秀な個人の寿命を延ばそうという方策は自分だって取っているのだから。

 

 しかし、もしもこの流れで〈完全人化〉した自分がひたすら子作りに励めなどと言われたら? いや、彼女であれば敢えて自分には言うまい。ならば標的になるのは正にアルベドが言う長命なエルフであるアウラとマーレ、特にマーレの貞操が危ない!!

 瞬時にそこまで思考が及んだのは日々の支配者ロールと、繰り返されるナザリック3賢者との頭脳戦の賜物だろう。

 常に負け越していたとしても、経験値は確実に積み上げられている。

 

 対するアルベドも勿論その程度の疑問は想定している。

 

「彼の者にとってみれば。6大神の末裔にして唯一神人の血に目覚めていた女性との間に子を為すことこそが動いた最大の理由でございましょう。それも8欲王の血すら交わった正に奇跡のような血筋。彼の者が軍勢の強化を目指すならば間違いなく狙うメスでございます!! そして目的を果たすためには、ことをナす時間を稼ぐ必要がございます。ええ、ヤる気になっていただかなくては、子は為せませんので……!」

「ヒッ!」

 

 爛々と輝く瞳を向けられたネクロロリコンは思わず息を呑む。

 大蛇に睨まれた蛙とてもう少し希望が見えるのでは? とすら思ってしまった。

 少しだけマーレを庇おうとしたことを後悔してしまったほどである。

 

 しかしそこは守護者統括アルベド、話を脱線させることはなかった。今は攻める時ではないと心得ている。

 

「情報によると最後に残ったスルシャーナの眷族は法国に関わることはない様子。ならば事をナした後の逃走を阻める者は覚醒した神人と一部のNPCのみとなります。そしてNPCはギルド武器の破壊によって暴走しておりますので、目的の女を除いた神人全てを殺すのが手っ取り早いことでしょう。もしも逃亡に失敗して彼女を残して逃げることとなったとしても、彼女が現存する唯一の神人となれば、仮に裏切り者の子を孕んでいたとしても無体なまねはできません。そして孕まされた子についても、むしろ神人と眷神の子とあれば丁重に育てることでしょう。ギルド武器の破壊が齎した混乱を治める手段として!」

 

 アルベドが語る内容はまさに悪魔の所業である。

 しかし当時の法国の状況を史書で知る身としては、なるほどと思わなくもない。思考を誘導されているような気がしなくもないが。

 

「私は民の支配というものに、ネクロさんとは違って、疎いのだが。やはり短命な種族を導くのは難しいことなのか?」

 

 モモンガから質問されたアルベドはちらりとネクロロリコンを見るも、敢えて自ら話す気はなさそうであった。

 むしろ興味深そうにこちらを見ている。普段の薫陶をどれだけ理解しているかを確かめたがっているのだと瞬時に理解した。

 

「まず、民意の制御が難しいということが大きいでしょう。20年程しか生きていない者では、若さゆえに、感情に任せて行動してしまうことが多いことと思われます。教育する時間が短ければ、個々の考え方の違いも大きいことかと。しかし20年程生きたものが子を為すのが当然の種族となれば、その程度の時間しか生きていないものでも一人前と扱われることになります。対して数百年を生きる種族であれば、せめて100年は生きねば一人前と扱われることはありません。短命な種族であれば老境に差し掛かるほどの時間を生きた果てに、ようやく画一的かつ理性的な判断ができるようになるだけ生きて初めて一人前として扱われるのです。エルフとはそういった種族ということですわ」

 

 一般的に、エルフとは頑固であるとされる。その理由としては、見た目こそ若々しいが数百年生きているため、人間で言えば老人になる以上の時を狭いエルフの社会で過ごしているからであろう。

 そのようなことをかつてネクロロリコンが雑談として語っていた。この辺りがギャップ萌えに繋がるとも。

 

 アルベドとしては非常に琴線に響く御言葉であったため、特に記憶に残っていた。

 

「なるほどな。確かに若者は、時として理想を追い求めて無茶をすると言われる。そういったものを全て未熟者として発言権を与えないようにすれば、確かに無茶なことをする者は減るだろう」

「そもそも社会を構成する者の割合の問題がある。若者程多く年を重ねるほどに減っていくピラミッド型の人口比であれば、60年しか生きない社会は半分以上が此処で言う未熟者ということになる。しかし数百年生きるエルフであれば……」

「細長いピラミッド構造であるから、未熟者以外の割合が増すということか」

「仰るとおりです。そして100年の間に都合のよい価値観を植え付けておけば、その集団の制御も容易いことでしょう」

 

 一先ず問題のない回答を返すことができたアルベドは、掌にジットリと浮かんだ汗をそっとぬぐう。

 

「軍事的な観点では更に厳しいことと思われます。神人に覚醒する可能性が低い以上、その神人には長く国を守ってもらわなくてはなりません。しかし短命な種族であればそれが叶いません。帝国のパラダイン氏のように長期に亘って守護者を務めることは、通常であれば不可能ですので」

「本来であれば、弟子達を鍛えて後事を託さなくてはならなかったわけだからな。彼の存在は帝国にとって非常に重い。……ある意味重すぎるのだが」

「法国のように国中から才あるものを集める制度が整っていれば、あるいは彼以上の存在も現れたかもしれませんが……」

「王国にいるアダマンタイト級冒険者達を見るに、少なくとも唯一人に国防を任せるような事態にはならなかっただろうな。蒼の薔薇、朱の雫、あとはガゼフ殿に……アングラウス君だ!」

 

 才能がある者に、それを伸ばす機会を与える。単純明快ながらも国力の増強には非常に有用な方策と言える。

 王国の場合は圧倒的に生まれ出る子供の数が多いうえに、その多くが過酷な人生を歩まざるを得ない環境であるが故の結果であろう。より整った環境を敷いてやれば、純粋な人口の多さという強みもあって爆発的に国力が増すことが予想される。だからこそ帝国はひたすら国力の減衰に力を入れ続けたのだから。

 

 そして稀に現れる実力者についても、条件さえ揃えばプレアデスを下せるものが発生しうることが解っている。奇跡的な確率であっても、生まれ得るのだ。それが数10年で土に還るか、数100年地上に居座るかでは大きな違いであろう。

 

 少なくとも王国で生まれ育った人間の1人は、そうなる可能性があった。

 現在はナザリックに招かれ、ひたすら武技を磨き続ける彼を軽視する者はこの場にはいない。僅か一太刀しか放てないとはいえ、当たりさえすれば、そしてクリティカル無効などの特性がなければ、階層守護者であっても即死させうる領域にまで至った恐るべき人間である。

 実際に当てたとしてもコキュートスやアルベドのような頑丈なシモベであれば倒されることはないだろうが、デミウルゴスやアウラ、マーレあたりであれば危ういという噂が流れている。

 そうでなくとも、至高の存在たるネクロロリコン肝いりの研究である以上軽視できるはずがない。近頃は彼が編み出した武技を更に改良すべく自ら指導しているとも、そして必殺の一撃を当てるための新たな技を授けているとも言われている。

 既にレベリングが意味を為さなくなったこともあってコキュートスですらその全容は知れないが、いずれは階層守護者と一戦設けることが確定している。その相手は、恐らく階層守護者最強の看板を持つシャルティアであろうとも。

 

「人間よりエルフを主軸にした方が、長期的な安定に近付くことはわかった。都合の良いものを長生きさせるという方針にも、ある意味適している。そして当時の神人達を抹殺した理由もまた、それなりに納得できるものだった」

 

 シモベ達の危惧を余所に、モモンガは本来の話に戻す。

 元々それ以外の話をしているつもりがないので、本人としては戻したという意識などないのだが。

 

「他に納得のいく理由を考えられる者はいるか?」

 

 折角多くのものが集まって意見を出し合う場があるのだから臆することなく考えを出してほしい。そう思ってモモンガは意見を求めた。

 同時に、元々あり得ない仮定の先の話をしているという自覚もあって、まともな意見は出ないだろうという思いもあった。

 

 そしてやはりというべきか、皆難しい顔をして考え込む。自分が裏切る可能性を述べよと言われて、鋼の忠誠を持つシモベ達が即答できるかと言われれば無理なのは当然であろう。

 

 そんな一同を見て、いや見たからこそ、ネクロロリコンは口を開いた。

 

「……シモベの扱いが余程酷かった、というのはどうだ? そうでなくとも、創造主により『設定』された方針と異なる命令を強制され続けるというのは苦痛ではないかね? もしくは仕えるに値しない無能であったのなら、本人相手では難しくとも、その子孫であれば恨み辛みが積み重なってついカッとなってやってしまうのではないかな? そうなると、私なら逃亡が上手くいくように組織を壊滅させてから逃亡を謀りそうなものだが」

 

 重苦しい声色で、ネクロロリコンは最大の懸念を顕わにした。

 

 感情論。

 

 理詰めでは完全に制御できないもののひとつである。

 そして多くの情報が出そろった今となっては、ある意味支配者2人にとって最も慎重に扱うべき問題となっている。

 

 言外に、自分が無能であっても従ってくれるのか? という意味を含ませた質問でもあった。

 

 この質問に対して、考えもしなかったと言わんばかりに驚愕に眼を見開くシモベ達を余所に、真っ先に反応したのはモモンガであった。

 

「……そのときは手出し無用と言ってくれればそうしますからね? なんなら〈誓約〉より上の〈禁誓〉を使っても良いので、暴れて出ていくのは本当に無しでお願いします」

「た、例えばの話だよ盟主殿?! 皆も! そんなに怯えた顔をしないでくれたまえ!!」

 

 不満があるから皆殺しにして出ていくと言いたいわけではないとかなり慌ててネクロロリコンは説明をしているが、シモベ達にとって重要なことはそこではない。

 

 シモベ達としてはもしも不満があるのなら殺してもらっても一向に構わないし、むしろ出て行かれる前に死を与えて貰えることはこの上ない慈悲であるとすら言える。ナザリックを見捨てるその時まで支配者としての責務を果たして下さるという、実にありがたい申し出ですらあった。

 数百年にも亘って主無き拠点に侍り続ける可能性を示唆された直後であればなおのことである。

 つまりネクロロリコンの発言を聞いてシモベ達が浮かべた表情は驚きと感謝であったのだ。

 

 また仮にモモンガとネクロロリコンが無能であったとしても、シモベ目線では御仕えすることになんの問題もなかった。むしろ、不敬ながらも張りがあるとすら思える。多少不出来であった方が御仕えし甲斐もあるというものだ。偉大なる至高の御方々が無能なはずがないのだが、これはあくまでも仮定の話である。

 

 しかし、シモベ達がネクロロリコンの質問に対して即答できなかったことにはもっと別の理由があった。

 

 もしも自分の創造主につばを吐けと言われたなら? そこまでいかなくとも、創造主から与えられた『設定』と大きく食い違う命令をされたならどうだろうか?

 これは多くのシモベからすれば想像の埒外にある問いかけであった。そもそもこれまで生きてきた経験上、自身の与えられた『設定』に反する事をさせられる可能性事態が全く想像できなかったのだ。

 

 まず至高の存在のまとめ役であるモモンガはシモベの行いに対して唯の一度も不平不満を述べたことがなく、幾つかあった明確な失敗に対しても怒りの感情すら浮かべたことがなかった。本人の寛容さもあるだろうが、十全に御仕えしている成果であると多くのシモベ達は思っていた。

 また厳しい対応を取ると恐れられているネクロロリコンにしても、これまで苛烈な対応を取ったのは僅か2度のみである。そのいずれもナザリックの利益に関わる案件であったことから、与えられた仕事の意義と目的さえ間違えなければ叱責を受けることにはならないと誰もがそのあり方を信頼していた。

 

 更に言えば、多くのものにとって本当の意味で不平不満を持ち得る環境に置かれなかったということが大きい。

 

 例えばPKギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の成立仮定からして、その影響を強く受けたシモベ達からすれば人間種殺すべしが基本である。しかしこの方針は、ネクロロリコンの「使用法を熟慮し、何も無ければ最後に殺せ」という方針に反するものではない。そのため人間種に対する厚遇についても、敵を利用して別の敵を倒す、そのための方策の一つとして問題なく受け入れられていた。

 

 他にも、かつてエントマは『設定』による間食に対して叱責を受けたことがあったため、現在第6階層における人間達の監視において『任務中の食事』を一切断っている。

 勿論全く食事をしていないわけではなく、朝食、10時のおやつ、昼食、3時のおやつ、夕食、夜食をアルベドが設定した休憩時間に食堂で摂るようにしており、それ以外では一切口にしていないというだけである。十分な食事が定期的に摂れるように配慮されたシフトであり、また睡眠時間は任務とは別であるため空腹になるとすれば就寝時間くらいしか存在しないように設定されている。これはアルベドと協議してスケジュールを決定した結果であり、御方々への報告も行われたうえできちんと許可されてもいる。

 元々一定時間ごとに休憩時間を取ることは、転移からそれほど時間がたっていない頃に出されたモモンガからの『指示』であったため何も問題はない。むしろアルベド達にとっては、こういった事態のために予め余裕を設定してもらっていたことに気付かされた案件ですらあった。

 遅まきながらもこれに気付いたアルベドやデミウルゴスは、己の配慮の足りなさを悔やみつつ防衛用のシフトの見直しを行ったものだった。不測の事態に備えた、より万全な、そして余裕のあるシフトへと……。

 

 また一時期問題になったセバスの『困っているものを助ける』という『趣味』ですら、任務の合間であったとしても、未だ任務に差し支えさえなければ黙認どころか推奨されている。これについては少々デリケートな問題であるため、無暗に敵対する者が増えなければ良いというかなり大雑把な指導が全体に通達されている。

 その敵を作らないようにするための対応法を考えるための勉強会が開かれるようになったのもこのころからだった。後にシモベ達が自発的に行っている勉強会に気付いたモモンガが参加するようになってからは、支配者達から実戦的な指導と評価も貰えるようになった。ちなみにデミウルゴスやアルベド、そしてパンドラズ・アクターは当然として、アウラやマーレ、そして多くのプレアデスメンバーもかなり高い評価を支配者達から受けている。むしろこの勉強会で高い評価を貰えないシモベは新たに外部での任務につかせてもらえないという一種の選抜試験の様相を呈し始めている。この勉強会で高評価を得る条件として無暗に敵対者を作るような言動は厳に戒められてもいるのだが、当然のことながら異を唱えるものはいない。全方位に敵を作りひたすら戦い続けるような『設定』を与えられた『シモベ』はいないからだ。

 ちなみにナーベラルはこの勉強会で散々な成績を残している。かなり目こぼしされているようではあるが、彼女が代えの利かない人材であることと、任務が容易ならざるものであることもあってかなり甘めに評価されているとシモベ達はみている。もしもネクロロリコンの傍付きであれば話は別だっただろうが、幸か不幸かシモベに甘いモモンガの護衛であるため長らく見逃されていたとも、嫉妬心を含めて多くの人型を取れるシモベ達は思っていた。

 最近は勉強会におけるネクロロリコンの凄まじい視線もあってか、幾らか改善されているのだが……。

 

 このようにそもそも不満を持つような状況に陥ったことのないシモベが多くいたため、もしも意に反する行いをさせられても忠義を尽くせるかと改めて訊かれて即答できなかったのである。

 

 しかし、正しくその状況に陥ったものからすれば、誰よりも早く応えるべき問いでもあった。

 

「……御方々の御懸念通りに、無二の忠誠を持つ者として作られたシモベが、そうであるがゆえに忠誠を誓っていると仮定したならば、ギルド武器の破壊によって解放されたとしたならあり得るやもしれません。例えば創造主の違いによって基本的な信念に違いが生じ、仕えるべき主の方針に対して不平を感じていたならば、起こり得ることと、御答えいたします」

 

 硬い表情でセバスは可能性を語る。

 可能性に過ぎないにしても、シャルティアが示した洗脳によるやむを得ない状況ですらない、自発的な反逆の可能性である。不屈の精神力を持つセバスといえど、拳を握りしめ、震える全身を力ずくで押しとどめなければ静止状態を保つことすらできない心境であった。

 

 かつて受けた仲間達からの殺気が、あの時以上の濃度で全身を貫く。

 

 それでも、歯を食いしばり、己の創造主への忠誠で心を補強し、せめて至高の存在の視界に入っているだろう上半身だけは無様に震えぬよう気合で押し留める。

 

 ナザリックの基本的な方針な人間蔑視である。ネクロロリコンとモモンガはその人間を殺さぬよう、そして上手く活用できるよう考えて動いているからこそ、現在は全体としても殺さないように動いている。なによりその方針を取ることによる目的が理解できるからこそ、完全に不平不満も無い。

 しかし理解できていなければ、将来的に不満がたまってしまったかもしれない。そして指揮を執るのが至高の存在その人でなければ、その不満はより大きくなるだろうとも思う。

 

 セバスは、思想の方向性こそ逆ではあったが、己の短慮によってそれに近い状況になったことがあった。

 ならば、その時にあった事実を示したうえで、己の、そしてナザリックのシモベ達の忠誠を示したいと思っていた。

 

「――それでも、少なくとも御方々に対する不平不満による裏切りは、断じてあり得ぬことと! このセバス・チャン、我が創造主たっち・みー様に誓い、宣言いたします。少なくとも私はたっち・みー様から与えられた『設定』よりも、御方々から直に頂いた御指示を重く受け止めておりますれば! か弱きもの達で屍の山を築くことも、一切躊躇いはございません!!」

 

 不満があった、ただそれだけで裏切ることはあり得ない。あってはならない。仮に御方々が御隠れになった後であったとしても、それはかつての忠誠をも汚す行為である。不満があれば裏切る己であったなどとは、死んでも認められない。

 だからこそ仮に相手が本人ではない子孫であっても、反旗を翻すことはできないとこの場で断言する。至高の存在に仕えることは生きる意味であり、存在理由なのだ。シモベにとっては命よりも重い誇りでもある。それを汚すようなことは、僅かでも疑問に持たれ得る行為は、たとえどれだけ苦難を経験して精神が摩耗しようとも決してできないと言い切る。

 

 そして他のシモベ一同もまた、重みのあるセバスの言葉に賛同した。

 彼らは知っているのだ、たとえ勘違いであったとしても、創造主の方針より現在の支配者達の指示こそを重視したというセバスの忠誠を。

 

 セバスの意見に反する者がないことを確認したモモンガは重々しく宣言する。

 

「ならば先程の意見をエルフの王が動いた理由として、今後の方針を決めていくとしよう」

「仮に違ったとしても、本格的に命令に背いたのは300年後だからな。それだけ忠義を尽くしたのだ、不平不満が理由であっても十分すぎる」

 

 モモンガの発言に追従して、憐み、同情、そういった感傷的な表情を浮かべてネクロロリコンは嘆息する。

 

「長年に亘る忠節、実に見事! 仮に我々の見立て通りであるならば、彼は十分に主たる6大神への忠義を示した。ならば、こちらも相応の敬意を持って相対するとしよう」

 

 そして共感の感情を吐ききり、その顔を一変させる。

 

「だが、彼には『一度』死んでもらわなくてはならん」

 

 朱色の瞳を暗く輝かせ、支配者は嘯く。

 

 瞬間、会議室は凍りつく。

 この場に集う者ならば誰でも知っている。

 今ネクロロリコンが浮かべる貌は、罪人を断ずる無情な執行者の貌であると。

 

 情の深いネクロロリコンではあるが、それなりの許容範囲があるとはいえ、己が信奉する道義に反したものに対しては僅かな容赦すらない。

 なにより同情や共感もしても、それがナザリックの利に反するならば、そしてその行いが道義にもとる行動であるならば、断固として誅殺する。それがネクロロリコンという支配者のあり方にして、アライメント極善の思考である。

 

「彼の者の罪は、プレイヤーの末裔である婦女に対する性的暴行。そして私欲のための戦争継続。エルフ王国民に対する搾取も、含めることができるだろう」

 

 断罪するべく動き始めたネクロロリコンは、もはやシモベ如きには止められない。

 

 そして、唯一止め得る存在もまた。

 

「うむ、どれも見逃すことのできるものではないな。むしろ見逃したならば咎められる、そういった罪状だ」

 

 背中を押した。

 

 この瞬間、祖たるエルフの王の命運は決した。

 

 

 

 

 

 これは法国とエルフの王国の長きに亘る戦争が終結する、僅か5日前の出来事であった。

 




 ということで、裏切り者として法国から蛇蝎のごとく嫌われているエルフについて考えてみました。
 自分の子供を増やして戦力拡充を図る6大神の関係者で、裏切り者と呼ばれる存在。腐敗した王国を放って戦争している辺り余程手ひどい裏切りを受けたものと考えます。
 そしておそらく壊れたであろうギルド武器の存在を加味した結果、こんなところではないかと推測しました。

 少なくともエルフ王国と法国の戦争は止めないとこの物語は終わらせられないので、もう少しだけ法国編が続きます。
 風呂敷をたたむ作業の、なんと難しいことか。



 つづきまして異様に時間がかかった言い訳ですが、今回の話を仮完成させるまで「6大神のギルド武器をゴブリン王が壊した」という捏造設定のまま動いており、これは個人的に法国のゴブリンスレイヤーっぷりにも説明がつくかと思って書いていました。
 いたのですが、何度見直しても年表とかつて出した転移プレイヤーの順番を変えることができず全面書き直しになったという悲しい出来事がありました。ここで少々涙目になって心が折れそうになってしまい、書き直しに時間がかかってしまったという事が1つ目です。

 そして書き直しという作業中に盛り込むべき伏線なり、説明しておくべき情報などをガシガシ書き足していった結果が過去最長どころか普段の倍の分量にまで膨れ上がってしまった次第です。
 ……前半の法国編だけ先に投稿しようかとも思いましたが、暫く音沙汰なかったからたっぷり文字数を入れたかったということもなくはないです。二週間ぶりが数千字ではねぇ……。

 まあ大分今回で固まったので次話は早めに出せるかと思います。少なくとも7月中に!
 とりあえず月2はどうにか保守したいところです。そうしないと暑さを言い訳にして去年みたいになりそうですし……。



 さて、話を書く上で本作における法国に関する設定の考察などを色々したので、そのうち活動報告辺りで纏めてみようと思います。勿論次話が優先ではありますが、考察する事こそが私の本来の趣味なので御容赦のほどをお願いしたいです。スルシャーナの死因やそれに対する8欲王との関係など、本編中で書ききれなかったことがたっぷりとあるので……。
 何時上げられるか解りませんが、気が向いた人は是非とも意見感想など聞かせて貰えればと思います。そういった設定等の話がしたいというのが、オバロ二次を書き始めた理由だったりもするので。
 そしていつか答えが出るのが今から楽しみな訳です!


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