平成のワトソンによる受難の記録 (rikka)
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☆登場人物一覧(ネタバレ注意)

111話、『仕事、取引、捜査。ついでに紛失』までの事務所関連の人間のまとめです

 

 

※ とりあえずゲストキャラはアニメの方で登場回をまとめております。

 

 

 

≪浅見探偵事務所:人員構成≫

 

 

所長:  浅見透

 

副所長: 安室透

 

秘書課: 日向幸(アニメ77-78 『名家連続変死事件』)

 

特別協力員:メアリー

 

調査員: 瀬戸瑞紀(アニメ537-538『怪盗キッドvs最強金庫』)

     アンドレ=キャメル

     マリー=グラン(キュラソー) (劇場版コナン⑳『純黒の悪夢』) ※現在は不在

     沖矢昴

     鳥羽初穂(アニメ716~717話 『能面屋敷に鬼が踊る(前後編)』)

     恩田遼平(アニメ:File661-662 『小五郎さんはいい人(前後編』)

     小泉紅子(『まじっく快斗』より)

     遠野みずき(劇場版コナン⑮ 『沈黙の一五分』)

     世良真純

 

研修生: リシ=ラマナサン(劇場版コナン㉓ 『紺青の拳』)

 

    

事務員: 下笠穂奈美(アニメ184話 『呪いの仮面は冷たく笑う』※初登場)

     下笠美奈穂(アニメ203~204話 『黒いイカロスの翼』※二度目)

 

 

研究開発部:阿笠博士

       小沼正三 (アニメ698話 『まさか! UFO墜落事件』)

      金山誠一 (アニメ547-548話 『犯人との二日間』)※鈴木財閥より出向

 

 

特殊調査部:山猫隊 (劇場版コナン⑭『天空の難破船』)

 

保護中:クリス=ヴィンヤード

 

 

≪レストラン:マダム=ハドソン≫

 

料理長:   飯盛薫 (アニメ635話 『ダイエットにご用心』)

 

調理師:   亀倉雄二 (アニメ225話 『商売繁盛のヒミツ』)

 

パティシエ: 西谷美帆(アニメ71話 『ストーカー殺人事件』)

 

パフォーマー: 山根紫音 (劇場版コナン⑫ 『戦慄の楽譜』)

        設楽蓮希 (アニメ385-387話 『ストラディバリウスの不協和音』)

        黒羽快斗

        土井塔克樹 (アニメ132-134話『奇術愛好家殺人事件』)

 

≪調査会社≫

社長:越水七槻 (アニメ479話 『服部平次との3日間』)

 

秘書:中居芙奈子(アニメ797話 『夢見る乙女の迷推理』)

 

調査員:大嶺良介(アニメ547-548話 『犯人との二日間』)

    水野薫子(アニメ478話 『リアル30ミニッツ』)

 

    (その他多数)

 

 

≪浅見家≫

 

家政婦:米原桜子

 

居候:中北楓 (638~639話 『紅葉御殿で謎を解く(前後編)』)

   灰原哀(宮野志保)

 

ペット:源之助(白猫)  (劇場版コナン① 『時計仕掛けの摩天楼』※ほぼオリジナル)

    クッキー(ダックスフント) (アニメ635話 『ダイエットにご用心』)

 

 

 

 

≪浅見探偵事務所≫

 

 所員は基本的に全員スーツを着ています。女性もスカートではなくパンツスーツです。大事な事なので忘れないように。そしてシャツやブラウスの下には、14番目編に登場した防弾・防刃ジャケットを着込んでいます。

 

 例外として事務組の双子はメイド服。ふなちはアニメと同じ様な服や双子と同じメイド服で調査時はスーツ。小沼博士は白衣姿となっております。

 書いてて思ったんですが、双子はスーツも似合いそうだ。

 

 ちなみに家政婦の桜子ちゃんは、たまに浅見君の秘書というか付き人のような仕事をしています。

 その際は彼女もスーツ姿。

 

 

≪レストラン マダム=ハドソン≫

 

 実は店名を設定していないという笑えない事態だったのですが、感想でのコメントから勝手に一つ採用させていただきました。

 一応当初から、作品内に登場した一芸持ちのキャラを登場させやすくするための場という設定でした。

 といっても、思いついていたのは作中に出て来た料理系技能持ちのキャラのみ。

 

 ふと、キッ……じゃない、瑞紀ちゃん達を参加させればいいじゃん! と思いついてステージ追加。

 現時点で料理長は飯盛さんですが、当初は他のキャラを引っ張るつもりでした。なんで変更になったか?

 たまたまその話を見ていた上に、彼女が好みの顔と声だったからだよ!(逆切れ)

 

 

≪一階 洋菓子店≫

 

 一覧には載せておりませんが、香坂夏美と『ショコラの熱い罠』の佐倉真悠子が現在準備しているお店でございます。

 こちらも、名前が今の所未定。

 もし良い名前を思いついたら活動報告にお願いしますw

 

 

≪浅見家≫

 

 当初の予定だと今頃炎上していたはずなんですが……。

 なんやかんやで越水やふなち以外にも同居人が出来、動物も増えてきました。

 ……動物もちょっと考えておくかw

 

 今では灰原も来たので、セキュリティは最新の物へと更新され、万が一のパニックルームというかシェルターも完備というごく普通の民家にございます。

 



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ワトソン最初の事件 ― 時計仕掛けの摩天楼
001:ある大学生の日記① (副題:ワトソンが登場した日)


 4月19日

 

 いい加減、こういう形で記録を残していかないと頭がおかしくなりそうなので、今日から日記を付ける事にした。

 というか、本当にこれはどういうことなんだろう?

 自分でこう言ってはなんだが、普通の大学生だ。

 容姿も普通――だと思いたい。成績も普通、やりたいことも特に無く、ただなんとなく大学に入っただけ。決して真面目な大学生とは言えないだろうが、それでも至極真っ当な学生生活を続けていたはず。

 

 

 なのに――どういう訳か3月を越え、4月になっても進級出来ていないとはこれ如何に。

 

 

 

 

 4月20日

 

 今日も相変わらず、ごく普通の一日だった――去年と同じように、だ。

 誰一人として卒業していないし、誰一人として入学して来ない。まじでどうなってんのさこれ。三度目の2年生ってどういう事?

 まるで時間がループしているかのように世間は何にも変わらず、ただただ日々を過ごしている。

 たまにあるテストなど、問題こそ変わってはいるが範囲は変わっていない。にも拘わらず、全員、毎年ほぼ同じ資料や本を必死になって読み返して勉強している。

 

 

 そこやったから。去年も一昨年もおんなじ所やったから。

 

 

 

 4月21日

 

 一日の間に、このループ(とりあえずこの現象をそう呼ぶことにした)について考えるのはもはや日課となっている。

 一体全体、何がどうなって『終わらない一年』――いや、終わらないような一年が延々と続くんだろうか?

 今、自分はニュースを見ながらこの日記を書いているわけだが、冒頭のキャスターの挨拶も週間天気予報もなにも変わり映えのしない物となっている。だが不思議な事に、たまに表示される西暦表示だけは変わっていっている。

 天気予報が終わったテレビでは、最近よく耳にする探偵『毛利小五郎』がまた警察に多大な貢献をしたというのが話題になっている。というか、本当にこの探偵の名前をよく聞く。

 ……書いてて思い出したが、このループが始まったのって、確かこの探偵がテレビに出だした次の年からだったよな?

 機会があれば調べてみよう。

 

 

 

 4月22日

 

 

 

 講義が入っていない日に図書館に篭って、この数年の記事を調べ上げてみた。

 思った通り、一年が巻き戻ったと感じた前の五月から、新聞で『毛利小五郎』の名前が出るようになっていた。

 これは偶然だろうか?

 2度目のループを体験した時に夢想したことだが、俺は今生きている世界がいわゆる物語の世界なのではないかと考える事がある。

 そして、この世界がループを始めたのは、物語が進まなくなったために止まってしまったのではないか、と。

 逆にいえば、このループを解くには物語を進めればいいのではないかと。

 頭の片隅に追いやっていた考えだが、意外に当たっているかもしれないと思うようになった。普通ならあり得ないと思う事だろうが、すでにその前提は壊れている。

 

 これが物語なら、話を進めていく主人公がいるはずだ。

 もし、なにかの原因で話が進まなくなっているのだとしたら、それを動かしてやれば話――つまり時間は進むのではないだろうか。

 そして、いきなりTVに姿を見せるようになった『毛利小五郎』は、主人公・あるいは主人公と関わりが深い重要人物なのではないかと。

 とりあえず調べてみよう。毛利小五郎の近辺と、彼がTVに出だした前後で彼の周りで何か変わった事がなかったか。

 

 

 4月23日

 

 今日はバイトもサークルの活動も入っていなかったので、毛利探偵事務所を訪ねてみた。

 といっても特に依頼などある訳でもなし、とりあえず同じビルの一階、ちょうど毛利探偵事務所の真下にある喫茶店に立ち寄るふりをして情報収集と洒落込んでみた。長時間居てもおかしくないようにノートパソコンを持ち込んで、作業をしているふりをしながらだ。

 今、あの場所に住んでいるのは三人。あの事務所の主である毛利小五郎本人と、彼をお父さんと呼んでいた女の子。残る一人なのだが……甥っ子なのか? 毛利探偵をお父さんとかパパとかではなく、『おじさん』と呼んでいた。

 なんらかの関係で引き取った子なのだろうか。

 話しやすそうなウェイトレスの女の子――梓さんに話を聞くと、詳しい事は知らないが少し前から事務所で預かりだした子供らしい。

 

 少し前ってどのくらいのレベルでの少し前なんですかね?

 

 せめて時期が分からないとどうしようもないと、もうちょい踏み込んで聞いてみたら、『毛利小五郎という探偵が有名になる少し前からだったと思う』という証言が得られた。

 

 あくまであのトンデモ仮定が正しかったらという前提だが、これは……もしかしたらもしかするんではないだろうか?

 気になる点はまだある。その毛利小五郎と入れ替わるように消えた高校生探偵――工藤新一の存在だ。毛利小五郎、江戸川コナン、工藤新一……この三人がどうしても気に掛かる。

 引き続き、調査を継続しようと思う。

 

 

4月24日

 

 結論から書こう。

 やっぱりあの子供が主人公だったよ。

 今日、自分は以前お世話になった病院の先生――黒川大介という医者に自宅に招待されていたのだ。

 高校の頃、たまたま入院した黒川医院の内科医で、よくよく世話を見てもらっていた先生だ。

 年こそ離れているが趣味の将棋で話が合い、退院後も将棋クラブで何度か対戦を繰り返していた。

 今日は先生の自宅で、夕食を御馳走になってから一局やろうという話だったのだが……

 その夜に、先生の父親――黒川病院の院長である黒川大造さんが、撲殺されたのだ。

 当然、すぐに警察を呼ぶ事になり、程なくパトカーが到着した。

 普通の制服警官の他に、恰幅……と、体格のいい、帽子とひげが似合う警部――目暮さんと、その傍らに控えていた痩せ気味の刑事、高木さん。そして、その後ろには、あの毛利小五郎と娘の蘭、居候の江戸川コナンが立っていた。

 

 

(次のページへと続いている)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なにが名探偵よ! そんなダジャレで私を犯人扱いするって言うの!!!?」

「い、いやこれは……いわゆる論理的な推理というやつ――」

「今のどこが論理的なのよ! それなら証拠を出してみなさいよ!!」

 

(ったく、相変わらずだな。このおっちゃんは……)

 

 高校生だった自分が『子供になって』から、このおっちゃんとは随分行動を共にしているが、相も変わらず推理はとんちんかん。

 たまーに光る時もあるんだけど……どうにも頼りない。というか見ていてハラハラする場面が多々ある。

 

(さて……そんじゃ、そろそろいつも通りに時計型麻酔銃で眠らせて……)

 

 黒川医院の院長である黒川大造を撲殺した容疑者は4人。

 被害者の後妻の黒川 三奈

 被害者の息子、長男の黒川 大介

 家政婦の中沢 麻那美

 そして。長男、黒川大介が招待した、彼の将棋仲間の大学生――浅見 透

 

 現場に残された最大の手掛かりは、被害者がパソコンのモニターに遺した『J U N』という三文字のアルファベット。

 

 犯人はもう分かっている。被害者のダイイングメッセージが指し示しているあの人だ。

 ただ、気になるのは……あの男――浅見 透だ。どういう訳か俺やおっちゃんの行動一つ一つを覗き見ている。いや、あれは観察していると見るべきか。

 小五郎のおっちゃんがとんちんかんな推理を始めてから興味を失ったのか、今度はこっちの動きをチェックしている。なぜだ? 名探偵のおっちゃんを見ているというのならば好奇心からつい、という事もあるだろうが……。名探偵についてきた子供の俺が珍しい? いや、それにしては随分と真剣に観察している。今もだ。

 

(っくしょー。どうにか、上手い事アイツの視界を避けて……)

 

 とりあえず、現場に直接入ってこれないアイツの視界から隠れてから……よし、いつも通りおっちゃんの首筋を狙って――

 

――パシュッ!!

 

「ふぁ……ふぁ……ふぁっくしょい!!」

 

――ひょい

 

(え――ちょっ!!?)

 

――パキンッ!!

 

 麻酔針を発射した瞬間、間が悪くおっちゃんが大きくクシャミをしてしまった。

 針は当然おっちゃんには当たらず、そのまま真っ直ぐ飛んでいき――その向こう側にいたあの男に……浅見 透に『叩き落とされた』。

 

 まじかよコイツ。麻酔銃の弾速は結構なモノだぞ!?

 

 男――浅見は自分が床に叩き落とした針を、指紋が付かないようにかハンカチを被せてから引き抜き、繁々と見つめている。そして――真っ直ぐに俺の目を覗き込んだ。

 

(や、やっべ……)

 

 ここで浅見に、あの針を警察に渡されたら――おまけにそれを俺がおっちゃん目掛けて発射してたってのがバレたら……っ!

 

(どうする……どうするっ!?)

 

「おい、少年探偵。ちょっとこっち来てくれないか?」

 

 浅見はニッコリ笑ってこちらに手招きしてやがる。ちくしょう、胡散臭い笑い方しやがって……

 

「な、なぁに? お兄ちゃん、僕に何か用??」

 

 大丈夫、いつもやってることじゃねーか。できるだけ無防備に、無邪気な子供を演じて――

 

「ごめんね。とっさの事とはいえ、針壊しちまった」

 

 そう言って浅見がすっと差し出したのは、先ほど俺が発射した麻酔銃の針。叩き落とされたせいか、床に刺さった上で曲がってしまっている。

 浅見はさらに体勢を低くして、声を潜める。誰にも聞かれないように。

 

「眠りの小五郎。巧いネーミングだね」

「な、なんのこと? さっきのはただの悪戯で……」

「君は頭がいい。こうして現場をうろついていられることが証拠だ。確かに毛利探偵は君を叱って現場から引っ張り出そうとしていたけど、他の警察の人間はそこまで咎めようとしない。またか、みたいな感じでね。まぁ、目立たないように動いてはいたようだけど。つまり――」

 

 彼は、一度そこで言葉を切る。軽く息を吸って、

 

「そう。つまり君は、無意味に現場を荒らすような行動を今まで全くしていないという事だ。そうでなければもっと厳しく――いや、絶対に君を現場から締め出しているハズだよ。君は線引きが上手い。捜査にプラスとなる行動をし、マイナスとなる行動をしない。その基本を守り、かつ相手を警戒させない。子供である事を最大限に利用してだ。そんな君がこんな危ない悪戯を? ないない。君はそんなことをする子じゃない。……なら、この針を撃ったのは必要な事だったんだろう? 俺は君みたいな名探偵じゃないが、ここまでくれば流石にこれくらいは分かるさ」

 

 呆気にとられ、針を受け取る事を忘れていた俺に『ほれ』と受け取るように麻酔針を勧めながら浅見は、ゆっくりと口を開く、

 

 

「眠りの小五郎さん?」

「え、えと……あの……」

 

 

 やっべぇ、マジでどうする!? この針を無理矢理刺して眠らせ……いや、ダメだ。

 コイツは勘が鋭い。そもそも、一度眠らせた所でその後どうする!? それに、今起こっているこの殺人だって……っ!

 

 

「解けているのか?」

「……え?」

「だーかーらー」

 

 

 ひょい、と、襟を掴まれ持ち上げられる。よくおっちゃんからやられているように。摘み上げられる、というのが正しいだろうか。

 

 

「犯人、わかってんだな?」

 

 

 ただ真っ直ぐに、俺の目を覗き込む。奴の瞳に俺の顔が映っているのが見えるくらい、まっすぐ、鬼気迫ると言ってもいい表情で俺を見ている。

 

「あ。あぁ」

 

 虚偽は許さない。そう言わんばかりの気迫に押されて、思わず素に戻って答えてしまった。

 

「……これ、麻酔針は使えるか?」

「ちょっと待って。……だめ、さっき拾い上げた時に布で拭ったし、かなり強く叩きつけたせいか、薬がもう出ちまってる」

「チッ。図らずも、探偵役の邪魔をしちまったわけか」

 

 軽く顔をしかめると、コイツは暫く顎に手を当てて考え込みだした。

 数秒程だろうか? 僅かな時間をそうして過ごすと、立ち上がった。

 

「声は誰の声でも出せるのか?」

「え? あ、うん」

 

「そうか。……んじゃ、頼むわ」

 

 立ち上がる際、そう呟いた浅見はもう一度僅かな時間を使って、何度か静かに、だが深く息をする。そしてついに――

 

 

「なるほど……どうやら本日は、有名な『眠りの小五郎』の推理ショーは見られないようですね」

 

 ひょっとしたら何かそういった訓練をしていたのだろうか? 程良く響く声で、そう告げた。誰に聞かせる――ではない、この場にいる全ての人間の耳を、目を引くように――惹くように声を紡いでいく。

 

 

「なら、次は私がお見せしましょう。しがない、いち大学生の推理ショーを……ね」

 

 

「にゃ、にゃにおうっ!!?」

 

 浅見は静かに、だが力強く切り出した。

 態度だけなら、既におっちゃんより探偵然としている。

 

 

「なんだね、君は一体?」

「失礼、先程は言っていませんでしたが……。私は助手なのですよ。とある探偵のね」

「探偵の……助手?」

 

 

 目暮警部の問いにそう返し、『とある探偵』の所で、こちらに目線だけで合図をしてきた。

 疑わしげな目暮警部の視線など気にしないように、不敵に笑ったまま――浅見 透という男は堂々とそこに立っていた。

 

 ……OKだぜ。なんで協力してくれるか分かんねーけど、力貸してくれるんなら――!

 

『――ふっ。そう、先ほど警部さん達の会話に出てきたJUNという三文字のダイイングメッセージ。これは極めて単純な物なんですよ。毛利探偵が見抜けなかった――いえ、見落としたのも無理はない。今まで名探偵と名高い毛利探偵が解いてきた物に比べて、質は恐らく低い物でしょうから』

 

 いつもと同じく、蝶ネクタイ型変声器で浅見の声を真似て出す。

 

「単純な物だと?」

『そうです、警部さん。このメッセージは被害者が鈍器で殴り倒された後、犯人が去った後に死ぬ間際で残る力を振り絞って遺した物。その内容はひどく単純なものなんですよ。その三文字はそのまま犯人を指し示すワード』

 

 

『そう、犯人は――貴方です!』

 

 

 これは、俺とアイツの最初の事件。そして、これから始まるとんでもない事件の始まりだった。

 この時、俺は予想もしていなかった。ホームズにワトソンがいるように、俺にも、

 

 

――相棒が出来るなんて

 



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002:ささやかな日常、及び始まりの招待状

ちょっと予定より短かったですが、キリが良かったので投下


 黒川邸の事件は無事解決できた。

 いや、できたというのは語弊がある。結局、あの江戸川コナンに全部頼った形だ。自分の力など、99%関与していなかった。残る1%? まぁ、パペット役にもそれくらいの価値はあっただろうさ。

 それに、自分は探偵ではない。それに関して無力感を感じるのも本来はお門違いというモノだ。気にするのもアレだろう。

 そう、『事件』は無事に解決できたのだが――

 

「さて……説明してもらおうか、容疑者江戸川コナン。自称6歳」

「おい。容疑者はやめろって……」

 

 俺にとっての本題はこっちだ。この終わらない一年を終わらせるためにも、ここでこの自称小学生を逃がす訳にはいかない。

 

「毛利小五郎の昔の事は色々調べていた。少し前まで事務所は閑古鳥が鳴いていたってな。もし彼に本当に能力があるのなら、さっきの様子からしてもっと派手に喧伝してるハズだ。有名になっていないのがおかしい」

「あぁ、確かに……おっちゃん、お調子者だからなぁ……」

 

 江戸川コナン――フルだと長いな。江戸川はため息混じりにそう呟く。

 まぁそうだろう。なにせ、解決した覚えのない事件が相当多いはずなのに、堂々と自分で『名探偵』と豪語しているんだ。江戸川……苦労してるんだろうなぁ。

 

「まぁ、一番不審に思ったのは、ある名探偵が消えた後に、新しい名探偵が入れ替わるように出てきたことだけどな」

「…………」

「何も言わないのか?」

「ったく。おめー、もう確信してんじゃねーか」

「子供の体ならどうにかなるんじゃないか?」

「んな事言ってる時点でもうどうしようもねーだろうが」

 

 あぁ、やっぱりそうだったのか。正直、半信半疑だったけど、やっぱりコイツ、高校生探偵の――

 

「んで、工藤新一君。なんでこんな面白可笑しい状況になってんのか……教えてくれないか?」

 

 ここだ。能力の高い高校生探偵が子供の姿になった。恐らくこれが、メインストーリーだ。

 思わず身を乗り出してしまいそうになるのを、必死に抑えながら尋ねる。だが、江戸川は俯くばかりだ。暫くばかりじっと待っていると、ようやく彼は口を開いた。

 

「……その、協力してくれた事には感謝している。本当だ。俺の事を誰にも言わなかった事も……本当に感謝してる。けど――」

「――説明するわけにはいかない。いや、違うな。知られるわけにはいかない、か?」

「……あぁ」

「……そう、か」

 

(どうする? どうにか踏み込むか?)

 

 一瞬迷ったが、この様子だと恐らく話してくれないだろう。

 とはいえ、このままバイバイというのもアレだ。

 

「ちょっと待て。えぇと……あった。ほれ」

「え?」

 

 いつも持ち歩いている手帳からそのページを見つけ出し、それを破って渡した。自分の名前と住所、家と携帯の電話番号にメールアドレスが書かれているページだ。

 

「持っときな。全てじゃないとはいえ、事情を少しは知っているんだ。役に立つ時もあるだろうさ」

「あ、あぁ……確かにそうだけど……どうしてそこまで?」

 

 さて、どうしてなのか、全て説明してやろうかとも思うが……信じてくれるだろうか?

 今年は3年目の今年なんだ、と。とんでもない現象を自分の身で体験している彼なら、あるいは信じてくれるかもしれない。だが――

 

「さぁ? そこは内緒だ」

「んだよそれ……」

 

 そうしてむくれる姿はどう見ても年相応なんだが…… 

 

「内緒にしておきたいことは誰にでもあるだろう? 君が子供になった理由を話せないようにね」

 

 結局、話さないようにした。仮にこの世界が、俺の妄想通りに物語だとするなら、それを自覚出来ている自分は間違いなくイレギュラーとなる存在だ。それを、世界の基幹だろう人物に伝えた所で、何が起こるか分かったもんじゃない。戯言と受け取られ、何も起こらない可能性も十二分にあるわけだが……。

 

「コナンくーん! そろそろ帰るわよー!! 高木刑事が送ってくれるってー!!」

 

 遠くの方から、毛利探偵の娘さんが工藤――いや、江戸川を呼んでいる。

 毛利探偵は眠そうな欠伸をしながらこちらを睨んでいる。当然と言えば当然だが、向こうのお株を奪った形になるのだ、いい印象を持たれないのは当然だろう。

 

「――あんまりあの時計、使いすぎるなよ? 『眠りの小五郎』にも意味はあるんだろうが……それをやりすぎると互いのためにはならんぞ、きっとな」

 

 なんとなくそう思い、江戸川に忠告しておく。どんな事柄にも言えることだけど、慣れと言うモノはとてつもなく恐ろしいものだ。プラスの意味での習慣ならば話は別だが、慣れはそのまま怠惰を呼び、忘れたころに痛みという教訓と共にやってくるのだ。

 物語として、あるいはその教訓を得る所まで含まれているのかもしれないが……せっかく知り合った仲なのだ。ループとか主人公かもしれないという事は置いておいて、知り合ってしまったんだ。しょうがないだろう?

 

「……そう、だな。覚えておくよ」

 

 江戸川は、最後にもう一度『ありがとよ』と小さな声で呟くと、それまでの声と違う、子供らしい高い声で「待ってー!」と叫びながら彼女達の所へと戻っていた。

 

「……さて、俺も行くか」

 

 目暮警部から調書取りのためにこれから警察に来てくれと言われているんだ。明日は休みだとはいえ、ゆっくりはしていられない。調書を終わらせたら、今日は早く休んで明日に備えよう。

 

 

 

 

 

 

 ――あ、やっべ、向こうの連絡先聞くの忘れてた

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なるほど、それで浅見様は警察に……。そうですか、悪事を働いたというわけではなかったのですね。ふなち、ほっと致しました!」

「ふなちさん、昨日の夜暴走していたよね。浅見君がパトカーに乗ってるのを見かけて『浅見様がついに不祥事を!』って……」

「越水様、『さん』は不要だと――。いえ、なんにせよ安心致しました。浅見様が日ごろの鬱憤を抱えて、よもや犯罪に手を染めたのではないかと、ふなちは不安で不安で――!」

「――どうしよう越水、この腐った友人が心配してくれたことを喜ぶべきかな。それとも、いつかやらかすと思われていたことを怒るべきかな。どっち?」

「まぁ、ここは素直に喜んどいていいんじゃない?」

 

 

 そんなこんなで次の日、朝っぱらから友人(一応、先輩にあたるんだが……)のふなち、こと中居 芙奈子からのけたたましいモーニングコールに叩き起こされる羽目になった。

 朝一番から、『ついに悪事を働いてしまわれたのですか! 浅見様!!』などという叫び声を聞かされた件について一度厳重に抗議を入れたい。

 今俺たちがいるのは、ランチが安いことで有名なカフェ。

 話を聞きたいということで、二人の友人からお呼び出しを食らったのである。

 

 

「まぁ、良かったよ。私も浅見君が逮捕されたなんて聞かされたから、ちょっと焦っちゃった」

「ふなちぃぃぃぃぃぃぃ……」

「うぅ……申し訳ございませんでした……」

 

 

 もう一人は、越水七槻。同い年の大学二年生で数少ない自分の友人の一人だ。

 

 

「まぁ、安心しなよ浅見君。もし君が事件に巻き込まれたら、その時は私―いや、『ボク』が解決してあげるよ」

「お、おう……。そういや、探偵だって言ってたな。冗談だと思ってたよ」

「ひどいなぁ。一応これでも九州では有名だったんだけど?」

 

 

 また探偵かよ。俺が気付かなかっただけで、実は俺の周りにむちゃくちゃいるんじゃねーだろうな? 探偵って人種が。

 

 

「そういえば、越水様は福岡の御生まれだと以前お聞きしたことが……」

「こっち来てから、その探偵業は続けてんのか?」

 

 なんとなく気になって尋ねてみた。ふなちもそうだが、越水の将来というのがどうにも想像できない。

 探偵をやっていたと言われれば、確かに似合っている気もするが……

 そして、俺の問いかけに越水は首を横に振って、

 

 

「ううん、今は特に依頼を受けるようなことはしていないよ。もっとも、一個だけやり残したことがあって、今度の連休にもう一度四国に行くことになってるんだ。探偵稼業をやっていくかどうかは、その後で考えることにしているよ」

「ふーん……。そっか」

 

 

 ――そう、その後で……ね。

 

 

 そう小さな声で呟いた越水が、真面目な顔で呟いたのが妙に印象に残ってて――

 

 それが、真面目な顔ではなく、思い詰めた顔というべき物だと理解できたのは、ほとんどすべてが終わった時だった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「んで、話は変わるけどさ……。お前ら、ガーデンパーティーに興味ないか?」

「本当に話が飛ぶよね、浅見君。それに……ガーデンパーティー? 君にそんな高尚な趣味があったなんて知らなかったな」

「ほっとけ。つか、代役みてぇなもんだけどな」

 

 

 朝、こいつらと会うまでの話だが、ちょうど大介さんから電話があったのだ。

 

 

『昨夜は事件に巻き込んですまなかった――』

 

『それに事件まで解決してくれて、なんとお礼を言っていいのか――』

 

『それで、この屋敷を設計した人からパーティーのお誘いが来てたんだけど、こっちはこれから病院のことで忙しくて……よかったら友人を誘っていってみないかい? 招待状は3人分あって、パーティーを企画した人も別にいいって――』

 

 

「――ってな具合で、招待状くれるって言うんだけど……もらっていかないのも悪いし、かといって――」

「ご友人の少ない浅見様では、そのような華やかな場に同行して下さる方などとてもとても――」

「喧嘩売ってんのかふなちぃぃぃぃぃっ!!?」

 

 このやろう、他の人間には暴走することはあってもそれだけなのに、俺にだけはちょくちょく毒が出やがる。

 

「まぁまぁ、浅見君落ち着いて。ふなちさんもあんまり煽らない。彼、友達少ないの気にしているんだから」

「なにちゃっかり止め刺しにきてやがるっ!!」

 

 ちくしょう、お前達だって他の面子とつるむこと少ねーだろうが。特にふなち!

 

「~~~っ! ま、まぁ……残念ながらその通りだよ」

「でも、なかなか面白そうだよね。日程はいつなの?」

「あぁ、わり。そういや言ってなかったな。29日の火曜日だよ。時間は3時半。」

「29日とはまた急ですね。少々お待ちを……。えぇ、その日ならば空いております」

「私も大丈夫。久々にしっかりおめかしして行こうかな? あ、そうだ。ちなみに招待主って誰なの? さっき建築家って言ってたけど」

「えぇと、なんか有名な人らしいけど……」

 

 大介さんから聞いた名前を一応メモっておいた。後で調べようと思っていたんだが、そういえばずっと忘れていたな。

 手帳の最後の方のメモ欄に書いたはずと、そこらへんをパラパラと捲り――あった。

 

「モリヤ テイジって人なんだけど……知ってる?」

 

 メモしておいた名前を告げた。すると、ふなちと越水は顔を合わせ、

 

「知らないの!?」

「ご存知ないのですか!?」

 

 

 

 

 

「え、あ、うん…………なんか、すみません」

 

 

 

 

 

 

 




原作において、越水はどこに大学に通っているという設定がなかったような気がするので、
都合のいいように捕らえて、九州から上京してきた設定にしております。

あと原作派の方に説明しておくと。ふなちこと中居芙奈子は、アニメオリジナル回に登場したオタクな女の子です。コナンの助けがあったとはいえ、推理しているときの堂々とした態度とドヤ顔っぷりはすごい好きでした。

(σ・∀・)σ<おとぼけ~~~!


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003:ガーデンパーティー(副題:ホームズとの再会)

「一応スーツを引っ張り出してきたんだけど……大丈夫かな?」

「おぉ! お似合いです、浅見様!」

「うん、似合ってる似合ってる。やっぱりスーツなら誰が着てもそれらしく見えるね~」

「……さりげにディスるのは止めてくれませんかねぇ」

 

 ティーパーティー当日、俺たちはそれぞれ正装した上で、一旦越水の家に集合することになった。彼女が、この中で唯一車を持っている人間だからだ。自分は……まぁ、免許と安い中古の原付だけは持っているよ。

 

「それにしても……俺からすりゃあ、あれだ。フナチがドレス着てるのが一番、こう、なんというか……」

「言いたいことはわからなくもないけど、私は似合うと思っていたよ? ふなちさんの服装、いつも可愛いしねー」

「わわわわ、か、可愛い……ですか?」

 

(……まぁ、黙ってればなー)

 

 ふなちはいつもの――可愛らしい? 服装を、ちょっと大人しめにした感じだろうか。パステルカラーが多い彼女の普段着だが、今日は黒メインのパーティドレスだ。少しゴスロリ寄りと言えばそうだろうが、意外な事によく似合っている。いつも引きずっている小さなキャリーバッグもいいアクセントになっている。

 越水は、自分とほとんど変わらないスーツ姿だ。違いがあるとすれば女性用というだけだろうか。パンツスーツなので、ぱっと見た時は一瞬男に見えてしまった。

 これだけ書くと悪口のようだが、越水はセミロングの髪と中性的な顔立ちも相まって、ボーイッシュな服装が本当によく似合うのだ。

 

「浅見様? そのお顔は、なにやら私達にとって不愉快なことを考えていらっしゃる顔ですわね?」

「……越水、ちょっと今の俺の顔、写メとってくんない? これからの参考にするから」

「何の参考にする気なのよ、まったく」

 

 いつも通りのやり取りに越水は呆れたといった様子で軽く肩をすくめてみせる。

 

(まぁ、ふなちも越水も顔はいいからなぁ。着飾って化粧すればそら映えるか)

 

 正直、美人二人に囲まれて平和な日々を過ごすのは嫌いではない。むしろ積極的に好きである。

 越水は普段から気が利く存在だし、話してて苦痛ではない。

 ふなちは人を振り回し、こっちの話を聞かず平穏を乱してくる存在のトップだが、なんやかやでコイツも傍にいて苦痛に思う事はない。

 たまに喧嘩をする事はあれど、だいたい互いに謝って終わりだし、後に引いた事もそういえば少ない気がする。

 ……少しだけだが、ループを解かなくてもいいんじゃないか? と、そう思った自分がいる。

 この、楽しい時間がいつか終わると思うと――少し、いや、かなり淋しい。

 

「ま、有名な建築家のパーティに参加できるなんてそうそう無い事なんだ。いい思い出作りになんだろ、楽しもうぜ――特にふなち」

「へ? な、なにゆえ私を指名されるんですか?」

「お前、俺が誘ってなかったら今日はどうしてた?」

 

 今日ですか? とふなちは唇に軽く指を当てて考える。

 その時間はかなり短かったので、元々今日は、他人と関わらない個人的な用事を入れていたのだろう。コイツの場合だと間違いなく――

 

「まずはanime shopに行って本日の新刊とそのおまけのグッズを吟味したうえで三冊ずつ購入して、それから先日オンラインショップで注文したゲームが届きましたので……っ! 近年の乙女ゲームにおいて最高のキャラと謳われる蜃気楼の君様のその後が作中で語られるらしいですし……あぁ! やはり、残念ですがパーティーのお誘いはお断りして、本日は蜃気楼の君様と一日――」

「時刻、ヒトヨンヒトロク」

「被疑者、確保」

「よし。うら、行くぞ」

 

 ここら辺はこの2年――プラス2,3年の仲の賜物だ。即座に二人でふなちの腕をそれぞれ確保する。

 

「あ、あら!? あ、浅見様、越水様! どうか! どうか手を御放しにぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」

「却下だドアホウ」

「ふなちさ~ん。君の趣味を否定するつもりはないけど、いい機会だからもっと外に出ることを覚えようよ~」

「お前、ゲームのために、この間カップ麺と麦茶だけで連休過ごしてただろうが。その様子だと、今日の分――いや、今度の連休の分までカップ麺とかおにぎりとか貯め込んでやがるな?」

「この間あんなに説教したのに……」

「し、しかし! 蜃気楼の君様とのお時間は私にとって――! あぁ、ちなみに私のニックネーム『フナチ』は、ゲーム内で蜃気楼の君様をお慕いするヒロインの――」

「越水、さっさとコイツ車に詰めよう」

「トランクでもいい?」

「OK」

「浅見様ぁぁぁぁっ!!!??」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 洋風の庭園というのは、やはり圧倒されるような美しさがある。計算され尽くした美しさというのだろうか。程よい大きさの噴水が中央に設置され、それを囲むように木をメインに植物が配置されている。

 来客の印象に残らないほど地味ではなく、威圧するほど派手ではなく――。

 素人から見た感想だが、逆に言えば素人ですらいいものだと分かる作品だと言える。――ような気がする。

 

「……なるほど、屋敷の方も含めて完全に左右対称。シンメトリーになっているわね」

「イギリスの古典建築を好まれるそうですわね。なんでも森谷様、シンメトリーに拘るがゆえに名前の方も読みをそのままに漢字だけ左右対称の漢字に変えたらしいですわ。こう、ペンネームのような感じで」

「こだわりもそこまでいくと凄まじいな……」

 

 携帯でちょっと調べてみる。すると、……なるほど、森谷 帝二。『帝二』ね。

 

「うぅぅぅ、今更ではありますが、やはりふなちは場違いな気がしてきたのですが……」

「あほぅ、気にしすぎなんだよ。今回俺たちが代役としても参加してもいいって言ったのは森谷教授自身だ。なら、楽しめるようにパーティーを進めるべきなのは向こうだ。つまらなかったり浮いちまったら、森谷教授の気が利かなかったせいで、俺たちが場にそぐわないとか見当違いもいいところだろ」

 

 

「……………」

「……………」

 

「―――なに、その目?」

 

 

「…………浅見君、相変わらず変な所で肝据わってるよね……」

「……さすがの私もドン引きですわ……」

 

 さて、なにゆえ友人達から冷たい目で見られなければならないのだろうか。俺は当たり前のことを言っただけだというのに……解せぬ。

 

「おや。ひょっとして――浅見 透というのは君かね?」

 

 なにやら微妙な空気になった所に、聞いたことのない声が割って入ってきた。

 

「初めまして、浅見君。君の事は大介君から聞いたよ」

「――森谷教授ですね? 本日はお招きいただき、ありがとうございます。大介氏の代わりとして参りました、浅見 透です。どうぞ、お見知りおきを」

 

 おい、後ろの二人。陰でコソコソ「誰? あれ?」とか言ってるんじゃない。俺には聞こえてんだからな。

 

「黒川院長のことは残念だった。息子の大介君はこれから大変だろうな……。お父さんの事もそうだが病院の事もあるだろうからな……」

「えぇ……」

「だが、こう言ってはなんだが、君という存在を知れたのは非常に嬉しいよ。私は若い才能の種を見つけるのが大好きでね」

「才能……ですか?」

「あぁ、大介君から聞いたよ。あの眠りの小五郎が解けなかった殺人を、現場を一瞥しただけで物の見事に解決したと。いや、素晴らしい」

 

 いえ、解いてません。

 

「黒川院長って……この間の殺人事件? 病院の院長が自宅で撲殺されたって」

「あ、浅見様、殺人事件を解決されたのですか!?」

 

 いえ、口をパクパクさせて立っていただけなんです。

 あ、止めて、越水さん。その疑わしさMAXの微妙な視線止めてください。

 ふなちも目をキラキラさせてこっち見るの止めろ下さい。

 

「おや、こちらのお嬢さん達は――」

「あぁ、失礼致しました。二人は、同じ大学の友人です」

「申し訳ございません、御挨拶が遅れました。越水七槻です」

「あわわ、なな、中居芙奈子と申します!」

 

二人が挨拶すると、いかにも紳士といった佇まいで森谷教授は一礼する。おい、俺には頭下げなかっただろうがおっさん。

 

「今回の趣向として、ちょっとしたクイズを用意している。君みたいな推理力に優れた人間には、楽しんでいただけると思うよ」

「……なるほど、クイズ……ですか」

「えぇ、ほんの余興として、この知恵足らずの頭から捻り出したものです」

 

 照れ隠しの笑みを浮かべる森谷教授。

 それだけならば、こちらもいい年をした男だ。成人だ。「いえいえ、そのような……」のような感じで返すのが大人の対応というものだろう。

 

「もっとも、あの名探偵を上回るという頭脳をお持ちと言うのなら、このような問題など解けて当然でしょうが……」

 

 

 かっちーーーーん

 

 

 頭の中で、擬音として表わすならばそんな音がした気がした。

 大人の対応? ゲストのマナー? え、なにそれ食えるの?

 

「いえいえ、自分はしがない若造。高名な森谷教授が考案されたパズル、そう易々と解けるなんて……。『それは悪いでしょう?』」

「……ほう」

 

 いかにも、といった目で森谷教授はこちらを見ている。『解いて見せろ、小僧』と、そう挑んでいるような目だ。先に喧嘩売ってきたのはそっちだろうが。

 パーティのホストが自信満々に上から目線で挑んでくるのならば、それを叩き伏せ、踏み付けて高笑いするのがゲストの義務というモノだ。大丈夫、俺の主観で言えば俺は間違っていない。

 

 そこのどん引きした目で俺を見ている二人は後でミーティングな。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「で、いつの間に殺人事件を解決なんて探偵みたいなことをやってたの? 浅見君?」

「すみません、後で全部説明しますのでその腕を放していただけないでしょうか、越水探偵」

 

 ミーティングで強気に出て誤魔化そうと思ったけどダメだったよ。

 てか越水、お前力むっちゃ強いね。俺の腕、多分服の下で青くなってるよ、マジで。

 

「……はて?探偵って事件を解決するというより、素行などの調査が主な仕事ではないのでしょうか?」

 

 よく言ったふなち。もっと言ってやれ。越水然り、あの眼鏡のガキとか爆睡の小五郎とかそこら辺に。

 

「ねぇ、浅見君。なんでこっちを見ないの? 話をする時は人の目を見るようにって教わらなかったかな?」

「あの……ほんと、すみません。隠し事をするつもりはなかったんです」

「――危ない事はなかった? 事件を解決って、聞こえは良いけど恨みも買うよ? もし間違っていた場合は恨みどころか――」

 

 腕を掴んでいた手は、いつの間にか肩へと動いていた。

 あの、越水さん。さっきから俺の肩からギチギチと何かが鳴る音が響いていてててててっ!

 

「あ、あぁっ。恨みはわかんねーけど、そっちは大丈夫。一番の証拠になる血痕もその人から出たし、動機も含めて全部自白して認めたから……っ」

「――そう。なら、うん……いいけど」

 

 俺がそう言うと越水は手を放し、今度は顔を両手で挟むようにして自分の方にまっすぐ向けさせ、 

 

「――本当に、気をつけてよね」

「お、おう……」

 

 まぁ、昨夜の出来事は俺が『眠りの小五郎』の邪魔をしてしまうというハプニングが起きたために起きた『推理ショー』だ。探偵役になることは……あるかもしれないが、そうそうは無いだろう。

 

 

「まぁまぁ、お二人とも。そこまでにしておきましょうよ」

 

 メインの会場となるこの裏庭には、すでに多くの人が集まっている。その視線が気になり出したのだろう、ふなちが割って入ってきた。情報に疎い俺でも知っている音楽家にモデル、料理人などテレビによく出る人達がゴロゴロいる。

 

「もうすぐパーティーも始まるようですし」

 

 ふなちがそう言って視線で指し示したのは、入口の方。森谷教授が、最後の客を案内している所だ――って

 

「わぁー、すごい庭園! 来てよかったね、二人とも!」

「はは、気に入っていただけて何よりです。さぁ、遠慮なく、午後のひと時をお寛ぎ下さい」

 

 森谷教授にエスコートされて入ってきたのは、おっさん一人、女の子一人、そして眼鏡のガキンチョ一人の計三人だ。――というか。

 

「あれ? 貴方は、先日の――」

 

 やはり覚えられていたのだろう。女の子が自分を見て声を上げる。

 

「んん~? あぁぁぁっ!! き、貴様というお前は!!?」

 

 続いておっさんの方が――うん、ごめん越水。そういやこっちの恨みは買ってたよ、俺。

 

「――浅見っ……さん!?」

 

 おいそこの年齢詐称小僧、今ナチュラルに呼び捨てにしようとしたなコノヤロー。

 

「はれ? あの方は……名探偵と名高い毛利小五郎様では? 浅見様、お知り合いだったのですか?」

「まぁ、一応な? つっても、先日の事件で知り合っただけなんだけどな」

 

 つっても、あの中で知り合ったって言えるのは毛利探偵でも娘さんでもなく……

 

「や、黒川邸以来だな、江戸川君」

「久しぶりだね! 浅見おにーちゃん!」

 

 ――ゴメン、サブイボ立った。

 

 子供に目線を合わせるようにしゃがんでから小さい声でそう言うと、江戸川は小さく「うっせ」とぼやく。

 

「ってか、なんで此処にいるんだよ?」

「黒川家の皆さんの代わりだよ。事件に巻き込んだ侘びと……解決したお礼って事でな」

「ほ~~ん? 解決した、ね」

「うん、正直体中が痒くなってしゃーない」

「……わりぃ、今のは俺が悪かった」

 

 俺が江戸川と話している間に、越水とふなちは、毛利探偵たちと互いの紹介を終えたようだ。

 

「さて、どうやら招待していた方は全員揃ったようですな」

 

 そうこうしている内に、森谷教授が声を上げる。

 

「本日は私の主催するガーデンパーティへお越しいただき、誠にありがとうございます。お茶と簡単な料理を用意させていただきましたので、どうぞご自由にお寛ぎ下さい。ただ――宜しければ、ちょっとした余興はいかがでしょうか?」

 

 あの野郎、俺と毛利探偵をあからさまに見やがったな。

 

「なに、ちょっとしたクイズですよ。ある三人のパソコンに設定されているパスワードを当てる、ね」

 

 そう言って森谷教授は、紙の束を取り出した。問題用紙か?

 

「これは、その三人のプロフィールです。パスワードは三人とも同じもので、ひらがな五文字。三人の共通する言葉です。見事解かれた方には、特別に私のギャラリーへと、御招待致しましょう」

 

「もっとも、本日お越しのゲスト……名探偵である毛利小五郎さんや、彼に匹敵するとも噂されている、ある大学生には少々簡単すぎるかもしれませんが……」

 

 そう言う森谷教授の目は、さっきとは違い確実にこっちを見ている。

 それに釣られて毛利探偵もこっちを睨んでやがる。おぉう、まったくもう、どうしてこうなるのか。

 森谷教授は急に悪人顔でこっちに笑いかけている。あぁ、良い年した大人がさっきの私の煽りにかかったと?

 

「もちろん、受けて下さいますよね?」

 

 はっはっは、どうしたんですか、東都大建築学科の名誉教授。建物はともかく煽り方となると組み立てが下手ですなぁ――

 

「越水、ふなち、知恵貸せ。速攻で解いてやる」

「……や、まぁ、力になるけど……」

「燃えておりますわね、変な方向に」

 

 ふなち、うっさい。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

『小山田 力 (おやまだ りき)(A型)』

昭和31年6月生まれ

趣味:温泉めぐり

 

『空飛 佐助 (そらとび さすけ)(B型)』

昭和32年6月生まれ

趣味:ハンググライダー

 

『此掘 二(ここほり ふたつ)(O型)』

昭和33年1月生まれ

趣味:散歩

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 これが問題となる三人の情報だ。やはりというか、パッと見では共通する物がない。

 

「うーん、気になるのは名前、誕生日、趣味といった所かな」

「ええ、血液型は4種類。RHの違いを含めても8種類。こういった物の問題にするのは難しそうですわね」

「名前はどうだ? あからさまに怪しい感じだが……」

 

 三人で額を突っつき合わせて考えている。

 文字通り、三人寄れば文殊の知恵だ。越水は頭の回転速いし、ふなちも頭は悪くない。発想力と記憶力はかなりのものだ。

 俺? お察しください。

 

「あの野郎、こっちを見向きもせずにパイプ吹かしやがって……」

「なんでそんなに敵愾心を燃やしてるの?」

「人を試そうとする奴は基本的に人類の敵。常識だろ?」

「そんな常識聞いたことないよ。や、言いたいことは分かるけどさ」

「分かるんなら問題ないだろう?」

「……変な所で頑固というか負けず嫌いというか俺様気質というか馬鹿というか」

「おい、最後なんつった越水」

「え、それ以外はよろしいんですの?」

 

 そこら辺は気にしない。さて、問題で気になるのはさっき言った通り名前だが……。

 

「浅見様が仰る通り名前でしょうか? ひらがなで五文字らしいですし、何か並び替えるとか、漢字とか」

「……いや、ボクもその線は考えたけど、それらしいワードは引っ掛からなかった」

「となると……」

 

 カンニングみたいでちと気が引けるが、反射的にチラリと江戸川の方を覗いてみる。指を折って何か数え始めている。

 数える……数字。となると――

 

「越水、ふなち、誕生日で気になる事ってあるか?」

「誕生日?」

「ふむ……そういえば、綺麗に一年ずつズレていますわね」

「――だね。誕生日にそれ以外の情報があるとすれば……あっ」

 

 越水が小さく叫び声を上げるのと同時に、ふなちも勘づいたようだ。指を折って何かを確認しだしている

 

「ヒントは三匹の動物だよ、浅見君。もっとも、答えは動物じゃないけどね」

 

 耳元で越水がヒントを囁いてくれたが、まだ分からない。

 三匹の動物。つまりそれぞれの人物が動物を指している。生年月日から示される動物。 

 

「あっ」

 

 そうだ、生年月日には書かれていない情報がもう一つあった。

 

「正解は――」

「そう、」

 

 

 

「「「「ももたろう!!」」」」

 

 

 俺と越水、ふなち、そして江戸川の4人の声が、同時に裏庭に響いた。

 

 

 

 



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004:ある大学生の日記② (副題:激動の一日~前半戦~)

久しぶりに書いたっていうのもあるけど書き方が安定しないorz
リハビリ兼ねてるのもあるから慣らし慣らし書いていきますので、ここら辺の話は、内容とかはそのままにちょくちょく手直し加えるかも。


そして気が付いたら日刊2位とナニソレコワイ。(´・ω・`)
そして越水七槻の人気っぷりが凄まじくてマジでビビる


4月29日

 

 今の気分を一言で書こう。

 

 ざまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

 や、俺一人の力で勝ったわけじゃないけど、森谷帝二のあの顔に泥を塗ってやったのは最高だった。

 なんだろう、初めて会ったとは思えないほどに気が合わない相手だった。あれだ、あの紳士ぶった佇まいで攻撃的な本性を隠している感じが非常に気に入らなかったんだ。

 これを越水達に言うと、すごい怪訝な感じの目で見られたが……。

 あの後、クイズに正解した俺たちと江戸川、そして一緒に蘭さんがギャラリーへと案内された。

 中には森谷帝二がこれまで建ててきた建築物の写真が額に入れて飾られていた。有名人の屋敷、教会、橋、米花シティビルと、本当に色々建てている。名建築家というのは伊達ではないようだ。

 で、問題はここからだ。江戸川――工藤のアホは、蘭さんと5月3日に、米花シティビルの映画館でオールナイトの映画を見る約束をしているらしい。工藤新一と、毛利蘭が。

 

 アイツなにしてんの?

 

 ひょっとしたら、何か策があるか、実は自由に元の体に戻れるのかと思ってそっちを見たら、顔を引きつらせて固まっていた。

 

 アイツなにしてんの?

 

 なんでも5月4日がアイツの誕生日らしく、オールナイトの映画が終わった後に二人で祝う……らしい。

 

 え、お前ら、年とんの?

 俺、20歳から全然年取ってないんだけど。永遠のハタチなんだけど。

 

 

 4月30日

 

 今日はスーパーで生鮮食品が安くなる日だ、講義が終わり次第原付を飛ばしてスーパーまで買い物に行けば、蘭さんと、その友達の鈴木園子にあった。まさかいきなり堂々と、『あんま冴えない感じ』と言われるとは思ってもみなかった。

 まぁ、なんだろう。関わると面倒くさそうな感じはしたが、不思議とそこまで嫌みには感じなかった。

 

 感じなかったけど泣いてもいいかな(真顔)

 

 蘭さんがえらく謝ってきたが、正直その横で悪びれずに「ニヒヒ」と笑ってられる鈴木さんの肝はすごいと思った、うん。

 そのままなぜか二人と一緒に買い物をする羽目に。

 

 なんでそうなるかな?

 

 

 

5月1日

 

 珍しく、江戸川から電話が入ってきた。先日のパーティーの際に今度こそ連絡先を聞いてはいたのだが、互いの着信履歴に名前が入った事は、試しがけの一回のみだろう。

 ついに話が進んだのか? そう思って通話ボタンを押すと第一声が

 

「おい、お前変装とかそういう特技、持ってたりしないか!?」

 

 反射的に電話を切ろうとした俺は、多分間違ってないと思う。

 お前アホか。どうやら、背格好が近い俺を変装させた上で小型スピーカーを付け、例の変声機と組み合わせてどうにか乗り切ろうと考えたらしい。うん、アホか。

 そもそもだ、そうそう完全に他人になりきれる変装術の持ち主なんてそうそういて――

 あ、いるわ。キッドとかルパンとか。いや、泥棒ばっかじゃねーか。

 

 なんにせよ、そういった技能は持ってないと伝えたら、「だよなー」と電話の向こうでうなだれていた。当たり前だ。

 俺が持ってるスキルなんて、精々が家事と語学(英語のみ)くらいだ。将棋は下手の横好きだしな。

 結局、その後電話で互いの近況とかを軽く報告し合い、近いうちにまた会う約束をして会話を終えた。

 その後、ふなちと越水が来てウチにだべりに来た。酒と料理持参で。

 さすがだ、我が心の友よ

 

5月2日

 

 なんか知らんけど、猫探しに付き合う事になった。小学生の。

 出会ったのは、ゲンタ、ミツヒコ、アユミという三人組。どうやら彼らは少年探偵団というらしく。今までに数々の難事件を解決してきたと豪語していた。正直、スッゲー嫌な予感がしたが、ただの猫探しだったんで協力する事になった。

 他にもう一人いないか? って聞きたかったけど、それはそれで面倒くさい事になりそうだったんで聞けなかった。探偵系主人公とそのグループが揃って何かしてる。

 

 ―― 死人が出るな(確信)

 

 まぁ、結局そのあとどうにか猫を捕まえる事は成功し、飼い主の元へと届けた後、一応三人をそれぞれ家まで送り届けてから帰宅。

 

 そういや、明日アイツどうするつもりなんだろう? なんだったら明日、アイツのとこに寄ってみるか。

 なんか、アイツの知り合いの阿笠とかいう人に会ってほしいらしい。とりあえず、今日はもう寝よう。

 

 

 

 

 

(5月3日の記述が抜けている)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ふわぁぁ……ぁ……」

 

 いかん、眠い。日記を書き終わってからすぐに眠るつもりだったが、なーんか眠れず、うだうだやっている内に朝の5時になっていた。おまけに起きたのは9時。4時間、いや、多分3時間くらいしか眠れてない。ちっくしょー。

 このまま夕方近くまで眠ってようかとも思ったが、さすがにそこまで自堕落な生活をすると越水に怒られるし、ふなちに何も言えなくなる。それに、眠気より強く空腹感を感じる。

 

「さて、どこで食うかな」

 

 どうせ江戸川達に会うのだからと、米花駅へと原付を転がして来ていた。

 江戸川が探偵事務所にいるのなら、会いに行くついでにポアロで飯食っていこうかと思ったが、昨日アイツと電話した時、もうアイツは例の阿笠さんの家にいて、今日は泊まるような事を言っていたからなぁ……。

 とりあえず、適当なベンチに座ってコンビニで買ったお茶で喉を潤す。

 さて、どっかで適当に飯食って、それからちょっと買い物でもして――

 

――コツン。

 

 ん? 靴のかかとに何か当たったような?

 足元――ベンチの下を覗いてみると、何かあった。……かご?

 

「なんじゃこら?」

 

 ベンチの下に置いてあったのは――なんていうんだろう、犬とか猫みたいな小さいペットを入れて運ぶ――キャリーケース? ピンク色のそれが置かれていた。

 扉の所には『誰かもらって下さい』の張り紙。

 

(またベタな……)

 

 扉を開けて中身を確認すると、やはりというかなんというか、一匹の白猫が入っていた。

 妙に人懐っこい猫で、軽く撫でてやると「な~お」と鳴いて、そして喉をゴロゴロ鳴らしながらすり寄ってくる。

 

(……どうせ一人暮らしだし飼ってもいいけど……餌代とか病院代とかどうするか……んん?)

 

 おかしい。

 まず反射的にその言葉が出てきた。

 ペットを捨てるという行為は、どんな理由があったとしても良い目で見られない行為だろう。だからこそ、そういった事をする時は、まずある程度人目が少ない所でやるものじゃないだろうか? ペットを泣く泣く手放したと言うのならば、早く拾われるようにと願うかもしれないが、それにしても駅前というかなり目立つ場所に捨てるだろうか?

 

(それに、結構乱暴にカゴを持ち上げたけど、水が零れる音がしなかった。わざわざこんな金掛かりそうなキャリーに入れるくらいなら、水とか餌とか入れるんじゃ?)

 

 あぁ、奥に入ってんのか? そう思って、もう一度扉を開けて奥を覗いてみる。

 

 

 

――ピッ……ピッ……ピッ……

 

 

 

―― ぱたん。

 

 

 

 ふぅぅぅぅぅぅぅ…………………

 

 

 

――パカッ

 

 

 

――ピッ……ピッ……ピッ……

 

 

 

「目覚まし時計とセットの猫か。斬新な捨て方じゃねーか」

 

 

 なんか、時計――っていうかタイマーとセットだった気がしたんだけど。

 やだこれ。なにこれ。

 後ろになんかいかにもって感じの固形物が8~10本近くのコードでタイマーとつながれてたんだけど――

 え、どうすんのこれ。え、逃げろ―って叫べばいいの? 投げればいいの? それとも……

 

「浅見さ――んっ!!!」

 

 うえーい。

 聞き覚えのある声が聞こえたな。それも切羽詰まった感じの声で、こう、冷や汗が止まらない感じの――

 

「それを落とさないで! そいつは―」

 

 やめろくださいお願いします。その先すっごく聞きたくないです。

 それでも人の反射は簡単には止まらない。止められない。声がした方を振り向いてしまう。

 そこには、なぜかスケボーを抱えたまま鬼気迫る表情でこちらに走ってくる――死神の姿があった。

 

 

「そいつは――っ!」

 

 

 ええ、はい。爆弾なんですね? 分かりたくありません。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 5月3日。それは、蘭に一方的にとはいえ映画の約束をした――してしまった日であった。

 蘭との約束をどうするか、夜までに答えを出さなきゃいけないと頭を悩ませていた所にかかってきた電話。それは俺に――工藤新一に対する挑戦状だった。

 奴は、緑地公園では飛行機のラジコンに爆弾を取りつけ、元太達にそれを操縦させていた――どうにか被害が出ない場所で破壊出来たけど、あのままだったらきっと大勢の人間を巻き込んでいた。そして奴は工藤新一の携帯に再びかけてきて、今度は米花駅前を爆破すると言ってきたのだ。唯一のヒントは――木の下。タイムリミットは一時、もう時間がない。

 とにかく、駅にたどり着かないとどうしようもねぇ! 

 博士が開発したパワーボードで一気に飛ばして、米花駅にたどり着く。

 そこにいたのは、ピンクのキャリーケースを抱えた――

 

(浅見さん――っ!?)

 

 ここ最近、俺の周りによく現れる謎の男――浅見 透が、そこにいた。

 奴の肩には、恐らくそのケースの中に入っていたんだろう白猫がちょこんと大人しく座っている。

 

(猫……。待てよ、ヒントは木の下。木の下……下にあるのは、根っこ。根っこ……猫!!)

 

「浅見さん! それを落とさないで! そいつは……そいつは――!!」

 

 俺の方を向いた浅見は、軽くため息をつくと、中に入っていたんだろう白猫を肩に乗せたまま立ち上がる。

 

「やっぱ爆弾か! ったく、仕掛けた奴も悪趣味な目覚ましを仕掛けてくれたもんだっ!」

 

 吐き捨てるように叫ぶや否や、奴は乗って来たんだろう原付に跨り、俺に向かって自分のメットを投げ渡す!

 

「早く乗れ! もう時間がねぇ!」

「おう!」

 

 どうしてコイツがここにいたのか、そんなのは後だ! この爆弾をどうにかしないと!

 俺がメットを被って浅見の後ろに乗り、片手で爆弾を固定しながらもう片方でしがみつく。

 

「やっぱ捨てるしかねーか」

「あぁ、この近くで被害が出ない空き地――」

「かつ、人がいない場所……となりゃ――!」

 

「「――堤無津川!!」」

 

 そうだ、もうそこしかねぇ!

 

「裏道を飛ばす、つかまってろホームズ!」

「あぁ、頼んだぜ――」

 

 

 

 

 

 

 

「――ワトソンくん!!」

 

 

 

 



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005:第三の爆弾、及び共闘

難産。うーん、摩天楼編終わったら、単発シナリオを使ってちょっと練習する必要あるかも


――爆発まであと10秒切ってる!!

 

――ギリギリっ! 川の中に投げ込め、江戸川!!

 

――うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上に、一人の男が寝ている。

 死んだように、眠っている。

 

「浅見さん……」

 

 爆弾は無事に処理できた。

 アイツは驚くほど裏道に詳しかった。原付とはいえ、隙間を縫うように住宅街を駆け抜けて、時間ギリギリだが堤無津川に爆弾を放りこめた。だが――俺は爆弾の威力を甘く見ていた。元太達が渡された爆弾と同じくらいだと思っていたのだが、それよりも一回り大きかった。

 爆風に吹き飛ばされた俺を抱きとめ、庇ってくれたのが――浅見さんだった。

 俺には一切怪我はなかった。せいぜい少し血がにじむ程度のかすり傷で済んだ。おかげで、今は病院で一応軽い検査を受けただけで済んでいる。

 だけど浅見さんは……俺を受け止めたものの爆風に踏ん張りきれず、地面を転がされた後、傍の木に叩きつけられた。

 恐らく、後頭部を強く打ったんだろう。まだ意識が戻らない。

 

「くそ――っ!」

 

 犯人からの電話はまだ来ない。さっき目暮警部と毛利のおっちゃん達が来て、工藤新一に犯人が挑戦してきたという事、爆弾が使用された事。恐らく、今日の朝ニュースで流れていた、化学工場から盗まれたオクトーゲン――それを使用して作ったプラスチック爆薬が使われていること。話せる事は全て話した。一つ、嘘をついたことは――

 

 

―― おい小僧、説明しろ! なんでコイツが爆弾持って走りまわっていたんだ!!?

 

―― そ、それは、えっと……

 

―― コナン君、全て話してくれんか?

 

―― ……あ、浅見さんは……

 

 

 

   あの人、実は――

 

 

 

 とっさに、嘘を言ってしまった。子供が動いているのはどう考えても不自然。それでとっさに思いついてしまったのだ。とんでもないウソを。

 彼が――浅見透は爆弾犯人からの工藤新一に対する挑戦を、引き受けざるを得なかったのだと――、爆発までの時間がなかった事に加え、彼は――

 

(ごめん、浅見さん。また頼る形になってる――)

 

 後で謝ろう。何度でも。面倒なことにしちまったって。本当に、悪い事しちまった。

 

(借りは絶対に返すぜ、浅見さん。この爆弾事件を解決してからな)

 

 浅見さんが起きた時にまた話を聞くため、警部達は空き病室に控えている。戻ろう。きっと犯人から電話はまた来る。今度は爆発させねぇ! 犯人は絶対に捕まえる!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 おぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉ……身体の節々が痛ぇぇぇぇぇえぇぇ…………っ

 

 

 あれだよ。俺、今度の連休とかフルに使ってバイクの免許速攻で取ってくるわ。今までちょっとした足代わりで原付乗ってたけど、あれだね。時代は小回りより速さだわ。後ろから死神が追ってくるどころか、後ろに死神乗せるシチュが増えるってんなら尚更。

 もうちょいだけ早く到着すりゃ、上手い事爆弾を川に沈めて伏せるなりなんなりできたと思うけど、結局爆風に吹き飛ばされてしまった。とっさに飛んできた江戸川の身体をキャッチしたのは自分でもファインプレーだったと自負できる物だったが、記憶がそこから曖昧に終わっている。

 江戸川抱えたまま吹きとばされて地面をゴロゴロ転がって……どうなったんだっけ?

 まぁ、部屋の様子とかから、自分がいるのがどこかの病院だということが分かっているから、とりあえずは問題ない。

 頭が包帯でグルグル巻きになっている? うん、手足が残って意識がハッキリしてるんなら安い安い。

 一番の問題は……

 

「ねぇ。僕、君に無茶しないようにって言ったよね? ついこの間言ったばっかりだよね?」

「いえ、あの……今回は不可抗力でして……」

「――――は?」

「……すみません。なんでもないです」

 

 誰か助けて。

 もうね、ブチ切れてる。今まででトップ5に入るほどのブチ切れモードだわ。どうしよう。

 

「浅見様! お目覚めになったとお聞きしまし――」

 

 ガララっ! と音を立てて入って来たのは、いつも通りにキャリーバッグを引きずっている友人の姿。

 ナイスだ、ふなち! そのままこの空気をいつものノリでなんとかしてく――

 

「――――失礼いたしました。どうぞ、ごゆっくり」

 

 ふなちてめぇ! こんな時だけ空気読んでんじゃねぇっ!!!!

 

 越水のジト目でやばいと思ったのだろう。即座にドアの向こうへと退避していくふなちの背中に思わず手を伸ばすが、その手は越水に掴まれてしまった。ちくせう。

 

「……あ、あのー、越水さん?」

「で、いつから?」

「はひ?」

 

 ずいっ。と越水が身を乗り出して来る。や、越水さん、質問の意味がよく分からないんですが。

 

「いつから、探偵の助手なんて始めてたの?」

「へ? それは――」

 

 この前の事件からってこの間――。そう言いかけた口が、越水の続けた言葉で止まってしまう。

 

 

 

 

「――工藤新一の助手をやってたなんて、聞いたことないよ!!?」

 

 

 

 

 うん。――――うん?

 

 What's? ごめん、なんだって?

 

「あの警部さんと毛利探偵が、江戸川くんから聞き出してたよ! 今回、君が爆弾抱えて走り回る羽目になったのは、工藤新一への挑戦を、代理として君が受けるしかなかったんだって!!」

 

 江戸川ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!

 いや、確かにあの時『お前』の助手ってつもりで名乗りを上げたんだから間違ってないし、多分仕方なかったんだろうけど、こう、俺が起きた時に備えて何かメッセージとか――伏線残しててくれてもいいんじゃない!!?

 違うんです越水さん! 隠し事をしていたんじゃないんです! 隠し事がいきなり生えてきたんです!

 

「じょ、助手って言っても……あ、あれだよ? ちょっとした頼まれごととか、調べ物くらいで……」

「で? そのちょっとした頼まれごとには、爆弾魔との対決なんてものも含まれてるの?」

「…………いえ、あの、気がついた時にはもう時間がなくてですね」

 

 爆弾というゴミをダイナミック不法投棄しに行っている間に江戸川から事件の顛末は聞いている。江戸川も多分事件に関する事実こそ喋ったものの、俺に関してはふわーっとしたくらいしか話していない。と、思う。

 確定しているのは、俺が工藤新一の助手だと思われている事。そして、いま江戸川がここにいないっていうことは、ここにいられないって事。

 警部達に話を聞かれているのか? それとも――犯人から電話が来たのか?

 

「――話は後で。今は情報が欲しい。今度こそ、(話せる範囲の事を確認してから、出来るだけ)きちんと全部話す。……もうちょっとだけ、待ってくれないか?」

 

 まっすぐ、越水の目を見つめてそう言う。決して誤魔化そうとかそういう意図はない。ただ考える時間が欲しいだけで――

 

「辻褄合わせる時間を稼ごうとしてる目だよね。それ」

 

 オゥ、バレテーラ。

 

 越水は、じと~~~っという擬音がしそうなジト目でこちらをしばらく睨むが、やがて肩を落として深~~いため息を吐くと、

 

「とりあえず、車いす借りてくるからじっとしてなよ」

「へ?」

「事件の情報を聞きたいんでしょう?……君の無茶はちょっとやそっとじゃ止まりそうにないからね。捜査に協力するのはいいけど、僕とふなちさんで監視しておいた方がいいみたい」

「は、はい……。え、でも車いすは?」

「身体も色々打ったみたいだし、念のために借りてくるよ」

 

 すっごい気を使われている。どうしよう、すっごく胸が苦しい。

 

「……越水さん、もうそろそろ落ち着いてくれないでしょうか? ほら一人称がもうずっと『僕』に戻って――」

 

 越水は元々自分の事を『僕』と呼んでいて、今では基本『私』だが、興奮している時とかだが、一人称が戻るのだ。……今のように。

 

「――誰のせいだと思ってるの?」

「……大変、申し訳ございません」

「ふなちさん! 車いす借りてくるから、ここで浅見君見張っててっ!!」

 

 越水が小さな声で叫ぶという微妙な技能を発揮する。その声に反応して扉の陰からふなちが飛びだし、

 

「はい、了解いたしました!」

 

 おい、ふなち。思いっきり尻に敷かれてんぞ。……俺もだけどさ。

 

『逆らえるわけないでしょう!? あんな激おこな越水様、久々に見ましたわ!!』

『だよねー』

『あの目はあれですわ、もう浅見様に首輪とリードを付けかねない勢いでした!』

『犬かよ、俺は……』

『まったくですわ。飼い主の目を避けて悪戯するなら猫でしょうに……っ!』

『いやそのつっこみはおかしい。というか――おい、なんで俺が越水に飼われている事前提になってるんだよ』

 

――そういや……あの白猫、大丈夫かな?

 

 爆風で吹き飛ばされた時、江戸川と一緒に抱えていた記憶が……あるようなないような……

 互いに小さな声でボソボソ呟いて話している。まだ外の方から気配はしない。越水が来るまでまだ時間がかかりそうだ。

 

「ふなち、刑事や江戸川達はどこにいるか分かるか?」

「確か、どこかの空いてる個室を借りて待機しているようですわ。部屋は越水様がご存じのようですが……」

「越水が?」

「えぇ、起きたら知らせてほしいと目暮様から言われておりましたので……」

 

 ん? アイツ、さっきそんな事言ってなかったけど……

 

「――多分、本当は目暮様にお伝えするつもりはなかったのではないでしょうか」

「へ?」

「浅見様が寝ている間の話ですが、江戸川様から事情を全てお聞きになってから、もう一度江戸川様にお声かけをして……すごく真剣に情報を集めておりましたわ。警察の方や、毛利様以上に」

「…………アイツ、まさか――」

「多分、工藤様や浅見様に代わって追うつもりだったのではないでしょうか。犯人を」

「…………」

「そして、目暮様たちにはまだ起きないと言い張って、事が終わるまで浅見様が事件に関わるのを防ごうとしていたのではないかと……」

 

 この間の一件からなんとなく分かっていたことだが、アイツは探偵行為……探偵を疎んでいる節がある。

 アイツ自身、元探偵だったというが、少なくとも大学に入ってからそういった活動はしていないはず。

 

(一度、話を聞くべきかな……)

 

 なんにせよ、今はこの爆弾事件――というより、江戸川との事をどうにかしよう。このままじゃ不味いことになる。

さて、どうにか越水達をまいて、アイツと合流せにゃ……

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『よくあの爆弾を防いだな。だが、もう子供の時間は終わりだ。工藤を出せ! いるのだろう!? 工藤新一は!!』

 

 やはり電話が来た。今度は完全に本当の俺を――工藤新一を名指ししてきた。即座におっちゃんがスピーカーボタンを押して、音をその場の全員が聞けるようにした。

 

「あぁ、そうだ。子供の時間は終わって、ここからは――大人の時間だ! 俺が相手になってやる!!」

 

 啖呵を切ったおっちゃんに同意するように、その場にいる目暮警部をはじめとした警察関係者が強く頷いている。

 

『誰だお前は、工藤新一を出せと言ったはずだ!!』

「あぁ! あの探偵坊主なら、自分の助手に全部任せてここにいねぇんだよ! こっからは、この名探偵、毛利小五郎が相手になってやる!」

『助手……なるほど、そういうことか。ならば、その助手はどうしたのかね? まさか、先ほどの爆発で、怖くなってリタイヤかな?』

 

 ふざけんな! 

 周りの目を気にせず、そう叫びたい衝動を抑える。感情を我慢するのが、これほどにも難しいことだと思わなかった。

 あの人は――浅見透という男は、偶然そこに居合わせたにも関わらずすばやい行動で事態を最小の被害に抑えた男だ。こんな卑劣な奴に、馬鹿にされていい男じゃねぇ!

 

 

「ふざけんなぁっ!」

 

 まるで俺の感情を代弁するかのように、おっちゃんが叫ぶ。

 

「確かにアイツはリタイヤだ! でもなぁ、逃げたわけじゃねぇ!」

 

 あぁ、そうだぜおっちゃん。

 だから、負けられねェ。なんとしても、これ以上の爆発を防がなきゃならねぇ。

 おっちゃんが、電話の向こうにいる誰かに再び啖呵を切ろうとした瞬間――

 

 

 

 

 

 

――誰がリタイヤなんですか。毛利探偵?

 

 

 

 

 

 

 

 病室が一瞬、水を打ったように静まりかえった。

 まだそれほど聞いたことのない、だが、耳に残る声。

 ガラッ、と言う音と共に部屋に入って来たのは、奴自身の友人――越水七槻が押す車いすに乗った、

 

 

「お久しぶりです、目暮警部。毛利探偵も……」

「あ、浅見君!!」

「お前っ! 怪我はいいのか!?」

 

 警部とおっちゃんが驚きの声を上げるが、浅見さんはそんな声をモノともせず、テーブルの上に置かれている携帯電話を睨みつける。

 

「お待たせしました。先日寝不足だったので、ついつい寝坊をしてしまいまして……さぁ、用意しているのでしょう? 第3幕を。まさか、さっきみたいな子供だましではないでしょうね?」

 

 浅見さんは、怪我なんて意にも介さないといった様子で、電話の向こうの相手を挑発する。

 長い付き合いで予想していたのだろう、後ろに控えている越水さんと中居さんは頭を抱えて『やっぱり……』とつぶやいている。

 

『貴様は――! そうか、工藤新一の助手……なるほど、そういうことか』

 

――ん?

 

『いいだろう、浅見透。お前を正式にゲームの挑戦者として認めてやる』

 

――なんだ、なにか違和感が? まさか……

 

 とっさに浅見さんの方を向くと――浅見さんもどうやら感じたようだ。僅かに首をかしげて……そして、にやぁぁっと笑いだした。

 あぁ、そうだ。きっと電話の相手は――。だが、どうして?

 

『一度しか言わないからよく聞け。東都環状線に、5つの爆弾を仕掛けた』

 

「な……っ!」

 

 目暮警部やおっちゃん達が絶句する。浅見の後ろにいる二人も顔を驚愕に染めている。浅見さん自身は、まるで予想していたかのように、静かに携帯を見つめている。

 

 

『その爆弾は、午後四時を過ぎてから、時速60キロ未満で走行した時に、爆発する。日没までに解除できなかった場合も同様だ』

 

『そうだな……一つだけヒントをやろう。工藤の助手に、毛利名探偵。爆弾を仕掛けたのは、××の×だ』

 

 ××の×……?

 

『×の所には漢字が一字ずつ入る。それでは……頑張ってくれたまえよ、毛利名探偵、そして工藤新一の助手君?』

 

 変声機で変えられた声は、そういうと通話を切り、残されたのは『ツー、ツー』という音だけ。

 

 いくらなんでも悪戯――ただの脅しなのでは? おっちゃんが恐る恐ると言った様子でそう言うが、目暮警部はそうは思わないと否定した。俺も同意見だ。しかし……

 

「まずは、本庁に連絡を入れなければ……っ!」

 

 目暮警部が電話をかけに、病室の外へと出て、刑事二人――佐藤、高木刑事の二人も一度浅見の方を見てから後に続く。残されたのは阿笠博士とおっちゃん、そして――浅見さんと浅見さんの友人達だ。

 

「おい、浅見! 工藤新一は――あの探偵小僧はどこにいるんだ!? お前、助手なんだろう!!」

 

 おっちゃんが、浅見に掴みかからん勢いでそう言うが、浅見さんに答えられるわけがない。いや、居場所は知っている。ここだ。ここにいるんだが……。

 

「工藤新一の居場所については後で、今は爆弾について考えましょう」

 

 浅見さんは、静かにそう言ってくれた。後ろの越水さんも頷いている。――かなり頭の切れる女性だ。さっき、自分に色々質問していた時も、かなり鋭い所まで突っ込んでいたし……多分だけど、浅見さんが動いたのは二つ目の爆弾からだともう分かってるんじゃないか? 工藤新一とのつながりが分からないから確信が持てないだけで……

 

「場所は東都環状線のどこかに5か所。タイムリミットは日没まで――」

「気になるのは、その爆弾が速度に反応するって言う所だね。加えて、日没までっていうタイムリミット」

 

 浅見さんが独り言のように状況を繰り返すと、越水さんが気になった点を追って口にする。

 

「つまり……爆弾を解除するまで列車を止めるわけにはいかないと言う訳ですわね? ……となると、タイムリミットなど関係なしに急がなければ、閉じ込められたままの乗客の皆さまがどのような行動に出るか想像もつきませんわ」

 

 そして中居さん。あまり話したことはないが、越水さん同様、頭の回転はかなり早いようだ。

 

「お、お前ら、コイツの友達の――」

「はい。越水と中居です。一方的ですみませんが、今回の事件、僕達も協力させていただきます」

 

 友人が巻き込まれていますし。そう言って越水さんは浅見さんに視線をやるが――なんでジト目?

 そうこうしている間に、阿笠博士がこっそりとこっちにやってきた。

 

「お、おい、新一。彼が、その?」

「あぁ。俺の正体に気付いて、かつ、なぜか何も言わずに協力してくれるとっても怪しい――ワトソンさ」

 

 大丈夫なのか? と、阿笠博士は少しうろたえながら聞いてくるが……なぜか、すんなりと信じられる。少なくとも、アイツからバラす事はないだろうって。さて――

 

「江戸川君、なにか思いついた事はないか?」

 

 浅見さんがこっちに話を振ってきてくれた。ありがたいが……

 

「いや、今の所は何も……」

「……やっぱり、ヒントを解くしかねぇか」

「そんなヒントが当てになるか! お前らはじっとしてろよ!? 俺は目暮警部と行く!!」

 

 おっちゃんはそういうと、病室を飛び出して行ってしまった。 

 

「わざわざ挑戦を叩きつけるほどプライドの高い犯人、か。偽のヒントをわざわざ出すとは思えないけど……」

 

 越水さんの言うとおりだ。俺が――多分浅見さんも気づいているだろう人物なら、そんな真似はしないと思う。だけど――やはり、問題はそのヒントだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 あれからさらに時間が経った。だけど、いい案がまだ思い浮かばない。

 場所を浅見さんの病室に移し、博士が持ってきたテレビで事件の情報を得ながら考えている。

 

「行き詰ったときはあれだ。ブレインストーミングでも試してみるか」

 

 浅見さんはそう言って越水さん達に目配せをすると、二人がそれぞれ、ペンと紙を用意する。

 

「漢字二文字……キーワードは東都環状線。電車、乗客、荷物、車体、線路――」

「踏切、終点、始発、電灯、えー他には……」

 

 そして、それぞれが思い思いに意見を思いついたままに喋り出す。

 確か、正誤を問わずに意見を出し合う会議なんかの技法だったか。

 そうして書きあげた漢字二文字のキーワードの一覧を、ベッドの横にあるサイドテーブルの上に置く。越水さん達がそれを囲むように立つので、自分も浅見さんの横に立って覗き込む。

 

「じゃ、ま、とりあえずここから考えていこうか」

 

 越水さんが音頭を取り、三人はとりあえず出したキーワードを元に一個ずつ考えていく。

 

「ふむ……爆弾だけというならともかく、速度が関係するのならば乗客や荷物の線は薄いのではないでしょうか」

「うーん、断定まで出来ないから△で。一番怪しいのは車体だけど……」

「そういや、前に映画でそんなの見たことあったな。センサー付きの爆弾を車に仕掛けるやつ」

 

 そうだ、俺も最初は『車体の下』だと思ったけど……。気になるのは――

 

「タイムリミットが日没っていうのも気になるね」

「あぁ、江戸川君もそこが気になったんだね?」

「うん、夕方までっていうんなら、2番目の爆弾のように、タイマーを設定すればいいだけの話だよね? わざわざ日没って言ったってことは――」

「ひょっとして、仕掛けに何か関係があるのでしょうか?」

 

 中居さんが思いついたようにそう言った。確かに、そう考えるのは筋は通っている。

 

「日没……日が暮れると爆発。光?」

 

 浅見さんが続けて、ぼやく様にそう言う。本当に当たり前の連想ゲームだが、何かが引っかかった。

 そうだ光。日光。日光がなくなった時に爆発する。逆に言えば、日光がある間は爆発しない。

 

「そうか……っ」

「そういうことか!」

 

 越水さんも気がついた様だ。そう、爆弾が仕掛けられていたのは――っ!

 

「すぐに目暮警部に電話を! 爆弾は――線路の間に仕掛けられている!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 やっぱり、この江戸川コナン君の推理力と発想力は小学生のものじゃない。僕と同じ……いや、前のパーティーの時や、どこまで本当か分からないけど浅見君と一緒に爆弾の処理に動いていた事も考えると、下手をすると僕よりも優秀かもしれない。

 

「越水様、目暮様へのお電話は?」

「うん、大丈夫。きちんと聞いてくれたよ。今ちょうど東都鉄道の総合指令室にいるらしくてね。これから対応するって」

「そうですか……後は、お二人の推理が合っていて、爆発しない事を祈るだけですわね」

「うん、そうだね……」

 

 気にしすぎかもしれないが、やはりあの子供とは一度話をしたほうがいいだろう。 

 あの子自身についてもそうだけど、同時に工藤新一についても。

 今回、あの警部さん。目暮警部がすんなり話を信じてくれたのは、大なり小なり、浅見君が『工藤新一』に関わっているという事が作用したのだと思う。子供の江戸川君はもちろん、私だけの言葉では届かなかったかもしれない。一緒に考えていた中に、工藤新一の助手がいたから……。

 

「? あれ、そういえば浅見君は?」

「はえ? 先ほど、越水様が目暮警部へお電話をされに公衆電話の方へ行った後、越水様にお伝えすることがあると……あれ?」

「なに、それ、聞いてないんだけど」

 

 私が電話をした公衆電話は、ナースセンターの近く。エレベーターに行くなら見えるはず……いや、階段の方なら死角!

 

「江戸川君に阿笠さんは!?」

 

 そうだ、部屋に戻ってきてすぐに聞くべきだったけど、あの二人も姿が見えない。

 

「そ、その時に浅見様の車いすを押して行ったので……てっきり、越水様の所に行かれたのかと……」

 

 や、やられた――っ!

 

 咄嗟に窓に駆け寄り、外を――駐車場の方を見ると、黄色いビートルに乗り込む見慣れた背中が……っ!

 

「越水……様?」

 

 今から降りて車に乗っても多分間に合わない。しまった、まさかこの期に及んで逃げるなんて!

 

「ねぇ、ふなちさん」

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

「……あの大馬鹿野郎、どうしてくれようか?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「阿笠博士、協力ありがとうございます」

「い、いや、それはいいんじゃが……よかったのかのぅ? きっと、君の連れの女の子は今頃カンカンじゃろうて」

「まぁ……覚悟の上です。事が済めば折檻でも軟禁でも大人しく受け入れますよ」

 

 ははっ。蘭もそうだけど、女は怖えからなー。

 

 爆弾の位置を特定した後、越水さんに目暮警部への連絡を任せている間に、俺と阿笠博士は浅見さんがこっそり耳打ちした作戦で病院を抜け出た。

 

――こっそり抜け出したい。力を貸してくれ。

 

 浅見さんがどうしてそんな事を言ったのか。……なんとなく、分かる気がする。

 

「俺が、工藤新一の助手って事にしてしまったから?」

「――きっかけだよ、それは。結局のところ、くっそ上から目線で姿隠して馬鹿やってる奴に、その場のノリで喧嘩売ってしまった俺が原因だ」

 

 犯人に名指しで挑戦者に認定された今、あの二人と距離を置いておきたかったのだろう。

 危険が及ばないように。そして多分、越水さんよりも先に犯人を捕まえるために。

 

「まぁ、とにかく情報を集めねーとアイツを追いつめ切れねぇ。まずはそっから始めよう」

 

 浅見さんの口ぶりからして、やっぱり犯人はもう『あの人』だと目星を付けているようだ。だからこそ、浅見も……

 

「それで新一。まずはどこへ向かえばいいんじゃ?」

 

 そうだな。気になる事はいくつかあるけど……。

 

「博士、米花駅からちょっと離れた所にある児童公園に向かってくれ」

「児童公園? なんでまたそんな所に?」

「……あの爆弾が一度止まった所か」

「ああ、やっぱりそこがどうしても気にかかるんだ」

 

 浅見さんと爆弾を捨てに行っている時、確かにあの辺で一度爆弾が止まった。

 

「なるほど、犯人が遠隔操作でわざと止めたと考えておるのか?」

「いや、わからねぇ。ただ、もしそうならば、犯人があそこで爆発させたくなかった理由があるはずだ」

「……おい、ついでに工藤新一として思いつくことはねぇのか?」

「工藤新一として?」

 

 浅見さんは、頭をかきむしりながら、

 

「今回の事件。発端は工藤新一に挑戦の電話が来た所からスタートしてる。愉快犯とか、目立ちたいって理由なら、実態はともかく、今一番名前を売りだしている名探偵に挑戦を叩きつけるだろう? 消えた名探偵よりさ」

「……あぁ、そうだな。そうか、そっちも調べなきゃならねぇな……」

 

 浅見さんは俺のぼやきを聞くと、少し考え込んで……

 

「警察に、工藤新一として電話をかけるのはどうだ?」

「ん?」

「公園付近の捜査をそっちがやっている間に、俺が助手として本庁に行こう。事前に工藤新一から、助手を向かわせるって言ってな。で、資料を見させてもらって、アイツに関わってそうな、怪しいと思ったのを可能な限りピックアップしておく。そっちは公園に一区切り付いたら博士の車で本庁に、んで一緒に洗い直す」

 

 なるほど……。それはいいかもしれない。もし向こうの方で動きがあれば、警官も工藤新一の助手に教えてくれるだろうし、当然浅見さんも即座に連絡をくれる……よし。

 

「乗った。一応こっちも、児童公園でなにか気になった事があったら、メールや画像でそっちに送っていく。いい?」

「問題ない。そっちも蘭さんの事があるだろう? 今日中に片を付けるぞ」

「あぁっ!」

 

 博士がアクセルを踏み込み、ビートルは速度を上げてあの公園に――現場へと向かっていく。

 探偵とその助手を乗せて、だ。

 

 

 

 




次で摩天楼を終わらせてサクサク行きたいな……
はやく組織の連中だしたいw


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006:それぞれの動きと死亡フラグ

 俺は、ループが起こったのはこの数年の間の話だと思っていた。

 卒業式や入学式が消え、ただの始業式、終業式となったあの日から、この終わらない一年が始まったのだ、と。

 だが、今ここにきて、その考えを改めざるを得なくなっていた。きっと、もっと前にループはあったのではないかと。なにせ――

 

 

 中学最後の一年を含めたとしても2.3年の間にあの男が解いた事件の資料が膨大な量となって目の前に現れているのだから。

 

 え、たった2・3年でお前こんなに事件関わってたの? は? これ死人が出てる奴だけ? じゃあ出てないのは? あ、まだまだあるんですかそうですか。

 

「これをどうやって捌けと……」

 

 読みが甘かった。俺はループが起こったのは奴が高校生になってから江戸川コナンになるまでの、およそ2年くらいの間の資料だと思っていた。確かに今こうやってアイツと関わって事件に巻き込まれているわけだが、黒川邸の事件からは少々時間が経っている。一月に多くて3件として、一年で36件。トータルで60件もないだろう。そこからあからさまに関係なさそうな物を抜けば、多くても30がせいぜいじゃないか。そう考えていた。

 

――なに、この山? あいつが高校生探偵の時もループ実は起こってたんじゃねーだろうな? どっちかが本編で、もう片方が外伝的な感じで。

 

「本当にこの量をひとりで捌くのかい?」

 

 えぇ、正気の沙汰じゃありませんよね。いやマジで。

 資料を運んできてくれたぽっちゃりした刑事――千葉さんが、何も言わずに缶コーヒーを差し入れてくれた。ヤバイ、涙出そう。

 

「えぇ、まぁ。探偵の期待に応えるのが助手の役目なんで」

 

 出来るなら人手を借りたい所だが、さすがにそこまで図々しいお願いは出来ない。さっき聞いた情報だと、例の爆弾は位置こそまだ分かっていないが、環状線内の列車は全て他の路線に切り替え、無事に乗客を全員下ろす事が出来たそうだ。今は目暮警部が陣頭指揮をとって、残された爆弾を探しているらしい。

日没までまだまだ余裕はある。恐らく問題はないだろうが、当然今、署内の人手はかなり少ないだろう。

 

「まぁ、なにかあったら近くの人を呼んでくれよ。僕も目暮警部から言われている事があってね。そっちの調べ物をするから」

「えぇ、何から何まですみません」

「なぁに、事件に関係がある事なんだろう? 本当なら僕達警察がしっかりしなきゃいけないのに、君たちの様な若い探偵さんにこんな仕事を押しつけちゃう方が問題だよ」

 

 じゃあ、頑張って。千葉さんはそう言いながら、軽く手を振って会議室から出て行った。

 まじでいい人だなぁ……。

 

「さて。そんじゃこっちも始めるか」

 

 調べるのは新しい方から。注目すべきは『アイツ』の名前が出ていないか、あるいはなんらかの『特別な建築物』などが事件を通して何か変化したか。

 そう、多分犯人は―――あの糞野郎だ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「こうして見るとただの公園じゃのう」

「だよなぁ。公園じゃなくて、周りの方か?」

 

 児童公園で車を止めてもらい、阿笠博士と共に児童公園の近隣に何か手掛かりはないかと調べているが、特に成果は出ていない。

 

「その時、この公園に誰かいたとかじゃないかのぅ。ほれ、例えば、犯人の子供か孫が公園で遊んでおって――」

「いや、確かに子供は何人かいたけど、もしそうなら犯人は俺たちの姿を常に確認していた事になる。……いや、その前に、死なせたくないような人間がいるのなら、現場には近づかせないんじゃねぇかな」

「まぁ、死なせたくない人がいるのならばそもそもその近くで爆弾騒ぎなど起こさんと思うが……」

 

 博士がそうぼやく。確かにその通りなのだが、人間、何が原因でタガが外れるなんて分からないのだ。

 

「でも、もしずっと監視していたんなら一体どうやって? 途中までは高い場所から双眼鏡なんかで追えるかもしれないけどそれ以上は無理。この住宅街にある高い建物はアパートがあるけど、こっち側だと逆に米花駅周辺は当然見えない。加えて、爆弾を捨てに行ってる時、近づく車や人がいないか後ろを何度か確認してたけど、そんな怪しい車やバイク、人影もなかった」

「なら、どうして……」

「一番可能性が高いのは……元々、特定の場所に近づいた時にタイマーが止まるように設定されていた場合だ」

 

 そう、それならばタイマーに作用するセンサーのような仕掛けがあるハズだ。そう思ってこの近辺を探してたんだが……。もう回収されたか?

 

「なんにせよ、ここが壊されたくない理由が分かれば犯人に近づくという事じゃな?」

「あぁ。まぁな」

 

 正確には、犯人を追いつめる手段の一つになる。だが……

 期待していた手掛かりが見つからなかったんなら……。次の策に移るしかねぇか。

 

「博士、ちょっと付いてきてくれ。大人がいた方が話は早く済むだろうし……」

「あ~、それは構わんが、何をする気じゃ?」

「何って……捜査の基本」

 

 

 

「聞きこみさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――ぷるる、ぷるる、ぷるる

 

 大量の捜査資料と、それに添付されている無数の遺体の写真に半ばグロッキーになりながら紙をめくっていた時に、ズボンのポケットに入れていた携帯が鳴り響く。

 

「――っ、どうした? なにかわかったか?」

 

 電話の主は分かっている。携帯のディスプレイに表示されていたのは――

 

『あぁ、大至急調べてもらいたい事がある。もう本庁で資料漁ってるんだよな!?』

 

――『江戸川コナン』。何らかの理由で子供の体になってしまった……高校生探偵、工藤新一!!

 

「後ろから始めて60くらいまで終わったかな。で、怪しいのとそうでないのとは全部仕分け終わった所だ。そっちが手に入れた情報は!?」

『結論から言えば、何も分からなかった』

「はい!?」

『だから、視点を変えてみることにした。もし犯人と工藤新一につながりがあるとした場合、犯人はこの場所と繋がりがある人間じゃないかってね』

「あの場所……西多摩市か」

『そうなんだ。それで今すぐ、調べてもらいたい事件がある。元市長の件だ』

「元市長……元市長……岡本とかいう人の事件か!」

 

 それだったら、仕分けたファイルの中にあったはず。

 

『そう、それ!』

「だったらちょっと待ってろ。ちょうどさっき触ったファイルに……あった!」

 

 元西多摩市市長の岡本さんが起こした事件。というより、事故を息子さんが罪を被ろうとした事件だった。あ、西多摩って事は……

 

「江戸川、確かあれ、市長がつかまって再開発計画とやらが中止になったんじゃねーか!?」

『あぁ。やっぱりチェックしてくれてたか』

「それらしいワード拾った奴は全部メモしておいたからな。……まさか、計画していたのがアイツだったのか?」

『断定はできない。ただ工藤新一とこの場所を繋ぐ線としてソコを思いついたんだ。急いで調べてほしい』

「わかった、こっちで詳しい情報を集めよう」

 

 電話を切って、とりあえず一息吐く。

 情報はちょっとずつ集まっている。問題は、それを繋ぐピース。動機の面がよく見えてない。この調べ物でなにか分かればいいが……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「高木刑事、放火があった物件はこれらで間違いないんですね?」

「あ、うん。間違いないけど……本当、探偵って子達に縁があるなぁ、俺……」

「すみません高木刑事、顎で使うような真似をして……」

「あぁ、いやいや! 気にしないで大丈夫だから!!」

 

 問答無用で浅見君を確保しに行こうとも思ったけど、きっと浅見君はあの少年と一緒に事件を追っている。あの阿笠という人と子供が一緒ならば、多分無茶はしない……はず。

 

「黒川邸、早川邸……連続している放火事件、そして爆弾予告のあった米花駅……」

「全て森谷教授が設計された建物ですわね」

 

 病院側の御厚意で、浅見君がいた病室をそのまま借りた私たちは、高木刑事から情報提供を受けて推理を始めていた。

 少々癪ではあるが、浅見君に力を貸すのが一番浅見君の負担を減らす形になるんだ。

 ……お話は事件を終えてからにしよう。いや、その前に病院にもう一度叩きこんで精密検査を受けさせないと……。爆風で地面に叩きつけられて、転がされて、頭打ったっていうのにそんなの知った事かとばかりに浅見君ときたら本当に――!

 

「ふなちさん、早く捕まえようね」

「え、えぇと……犯人ですよね? 犯人の事をおっしゃっているんですよね?」

「…………」

「こ、越水様~~~~っ」

 

 大丈夫大丈夫、ちょっとお説教するだけだから。

 

「とにかく、今はこれについて考えよう」

「そ、そうですわね。しかし、どうして森谷教授に?」

「今は勘としか……。ただ、犯人は工藤新一に恨みがあるのは間違いないと思う。何らかの形でね。思い出して、毛利さん達がパーティーに来たのはどうして?」

「えーっと……。あっ! 工藤様の代理で!!」

「そう。そこなんだよ。森谷教授は名探偵と呼ばれた彼を招待したって言うけど、それなら毛利探偵を呼ばなかったのはどうして? いや、まぁ、ただ単に毛利探偵の方には興味がわかなかったってだけかもしれないけど……」

 

 ただ、あの爆破予告の時の反応。あれは浅見君に思わず反応したって感じだ。

 工藤新一と浅見君。探偵と助手って関係が本当だったらいくらでも心当たりはあるんだろうけど、正直僕は信じていない。これまでメディアへの露出が多かった工藤新一に対して、浅見君が一度も出ていなかったのはおかしい。

 現状、その関係を無視して考えると、二人に共通する人物となると森谷教授しか思いつかない。

 あくまで仮説だけど、多分……

 

「放火されている建築物は全て森谷教授の設計。そして駅も……。でも、東都環状線は……」

「そこなんだよねぇ……」

 

 そこがピンと来ない。今回の火災と爆弾は全て森谷教授の建築物に関係している。僕はそう推理したんだけど……。

 

「……越水様」

「ん? なに、ふなちさん?」

「あのガーデンパーティーの折に、森谷教授のギャラリーの写真を見たの覚えていらっしゃいますか?」

「あ、うん。覚えているけど……」

「その写真の中にございませんでしたっけ? 橋が」

 

 ――あっ!

 

「あの中で、唯一、塔や家ではない建築物だったので印象に残っていたのですが……」

「ちょっと待って」

 

 ふなちさんの携帯でネット機能を使って橋について調べてみる。昭和58年に完成した墨田運河をまたぐ橋で、当時主流だった鉄橋ではなく、英国風の石造りだったために話題となった。この建築で建築新人賞を取ったのが――森谷帝二!

 

「……繋がりましたわね、越水様!」

「あぁ、すぐに浅見君に連絡を――っ」

 

 ブラウザ画面を消して、電話帳を開く。彼は電話帳の一番最初、すぐに通話ボタンを押して――

 

『ただいま、電話に出ることはできません。ピーという発信音の後に――』

 

――ブツッ

 

「………………」

「………………」

「………………ふーん」

「め、メール! メールならばきっと届きますわ! わ、私が打ちますので! 越水様は警察の方に電話をですね!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「森谷教授の建築物ばかりが狙われているのは間違いないのかね、白鳥君!?」

「えぇ、私の方でも確認しましたが、――越水さんでしたか。彼女の言うとおり、全ての建築物は森谷教授のものでした」

「……となると、森谷教授への恨みの線もあるということか……」

 

 無事に環状線内の爆弾解除を確認し、東都線のコントロールルームでとりあえず安心していた目暮警部は、いきなり鳴りだした携帯に安穏を奪われた。

 

「まったく、工藤君といい毛利君といい、あの娘といい……探偵というのは心強いんだかやっかいなんだか……」

「探偵と言えば、目暮警部。彼はどうなんでしょう?」

「彼? 誰の事かね、白鳥君」

「浅見君ですよ。浅見 透。子供を連れていたのは褒められませんが、二つの爆弾を無事に処理した行動力は大したものじゃないですか」

「あぁ……工藤君の助手という。私は彼を見たことないんだがなぁ……」

「? そうなんですか?」

 

 白鳥刑事の疑問に、目暮警部は首をひねって、

 

「うむ、彼の性格からしてそんな人物がいれば現場に呼ぶか、私に顔くらいは見せていると思うのだが……」

 

 目暮の記憶の中に浅見透という男はいない。だが、あの黒川邸で披露した推理は、確かに工藤新一のそれに似ていた。いや、似ているどころか、あの自信満々の口調、論理、まさしく目暮の記憶に残る工藤新一そのもの――

 

――ぷるる! ぷるる! ぷるる!

 

「って、またかね……まったく」

 

 再び鳴りだした携帯をポケットから取り出す。ディスプレイは確認せずに通話を押しながら耳に当て――

 

「はい、目暮だが……?」

『目暮警部、遅くなりました。工藤です』

 

 電話から聞こえてきたのは、長い間顔を見ていない高校生探偵―工藤新一の声だ。

 

「おぉーっ、工藤君! 待っておったぞ!」

『事情は全て私の助手から聞いています。警部、今回の爆弾事件、全てのカギは森谷教授にあります』

「うむ、今君とは違う探偵からもそう言われてな。これから森谷教授の自宅に向かう所だ」

 

 あの越水という探偵と、傍で事件を解決する様をよく見ていたなじみの工藤が同じ答えにたどり着いた。

 他力本願的な考えであることに目暮警部は悔しさを感じるが、恥じるよりも行動しなければ刑事ではない。

 

『すみません、本来ならば私が向かう所なんですが、どうしても伺う事が出来ないんです』

「そ、そうなのかね……」

『えぇ、ですが、代わりに彼を今森谷教授の所に向かわせています。ぶしつけなお願いで申し訳ありませんが、彼の同行を許していただけないでしょうか?』

「か、彼と言うのは……やはり」

『えぇ、……私の頼れる、助手です』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…………」

「お前、元の体に戻った時大丈夫なのか? 電話を切る直前、毛利探偵なんかお前に向けて怒鳴ってたけど」

「ははっは……」

 

 江戸川が蝶ネクタイ型の変声機を元の位置に戻すのを見ながら、俺はアイツの手から受け取った公衆電話の受話器を元に戻す。

 外では阿笠博士が、止めたビートルの運転席で缶コーヒーをすすっている。

 

「しかし、結局証拠が見当たらなかったな」

「出たとこ勝負のハッタリでも仕掛けるか?」

「あー、まぁ……確かにアイツすぐに引っかかりそうだけど」

 

 なにせ、あの状況下で感情抑えきれずにヘマやらかした男だ。予想外の展開にはかなり弱いと見るが……。

 

「まさか、ここまで来て運頼みか。本当にこれ探偵のやり方か?」

「しゃーねーだろ、他にいい手段をおもいつかねーし」

 

 どうしよう、主人公だから大丈夫だと思うけど不安で不安でしゃーない。

 ……越水に協力を頼んだ方がいいかな。あとで土下座する事前提で。

 

 携帯を開いて、メール画面を開く。先ほどふなちが送ってくれたメール。全ての事件に森谷帝二の建築物が関係しているという事を知らせてくれたメールだ。

 まぁ、問題はメールの本文よりも、題名か……

 

『sub:お覚悟を』

 

 うん、たった一言でこんな不安な気持ちにさせられたことないよ。

 や、本当に悪かったって。越水には謝るから、死ぬほど謝るから。

 

「伏線、敷いておくか……」

「あん?」

 

 江戸川が上げた疑問の声はさておき、とりあえずふなちの携帯を鳴らす。

 多分出て来るのは――

 

『浅見君! 今どこにいるの!!』

 

 ですよねー。うん、出ると思ったよ。うん。

 いかんいかん、焦ってはいかん。表情という一番大事なパーツを見られないで済むのだ。堂々と――

 

「越水、心配掛けまくって悪い! けど、悪いが頼みごとがある!」

『……本気は5割、罪悪感2割、残りはやっぱり時間稼ぎって言った所?』

 

 …………なぜ分かるんですか。

 

『ま、きちんと観念して電話をかけてきたことは評価してあげる。で、何?』

「あぁ、実はな――」

 

 とりあえず、やれることは全部やった。あとは――乗り込むだけ。

 ……死ななきゃいいなぁ、俺。いや、大丈夫、例え手足が吹っ飛んでも命があれば安い安い。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ジンの兄貴。ちょっと妙な情報が入っているんですが……」

「妙?」

 

 町並みには似合わない、黒い高級車の中に、同じく黒い衣装でつま先から頭まで固めた男が二人がいた。

 

「へい、警察の中に紛れ込ませている野郎からの情報なんですが……工藤新一って覚えてやすかい?」

 

 ジンと呼ばれた男は、咥えたばかりのタバコに火をつけ、一度煙を肺に取り込み、吐き出してから口を開いた。

 

「いや、覚えてねぇな。誰だ?」

「以前、兄貴が例の毒薬を飲ませた若い探偵です。まぁ、こいつは死んだようなんですが……」

「死んだ奴に……何ができる?」

 

 ジンと呼ばれた男が不機嫌になったのが分かったのだろう、がっしりした体格の男は慌てた様子で、

 

「あぁいえ、ソイツはいいんですが……今起こっている爆弾事件。どうやらその工藤って奴の助手が動いているそうでして……」

「助手……だと? そいつが気にかかるのか、ウォッカ」

「へい」

 

 ウォッカは、ジンの機嫌が少なくとも先程より下降していない事に安堵の息を一度吐く。

 

「工藤新一は、確か死体は見つかっていないはず。あの毒を飲んだんなら死んだのは間違いないでしょうが……ひょっとして、死ぬ間際に何か聞いたんじゃないでしょうか」

「なるほど……死体が見つからないのは、薬がすぐに効かず、どこかに移動してのたれ死んだ、と?」

「へい」

「……ふん、なるほどな」

「どうしやす、兄貴。消しますかい?」

 

 ジンはすぐには答えず、もう一度紫煙をくゆらせる。

 

「ほっておけ。今は恐らく警察の近くで動いているだろう。あの時も取引現場を見られただけだったか? その工藤新一とやらが何かを知っていた訳でもねぇ」

 

 それでいいのか? 口には出さずとも表情に出ているウォッカをあざ笑うかのように、ジンは口の端を吊り上げ、言葉を続けた。

 

「――まぁ、保険は必要だが、な」

 

 

 

 

 




すみません、ちょっと感想返信はまた後日。ちょっと今追いついてないです(汗)
感想には全て目を通しておりますので、これからもよろしくお願いいたしますm(__)m


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007:時計の針が止まる時。(副題:心がやすりで削られていくその前日)

 シンメトリー。完全な左右対称を美とする英国の古風建築用法のひとつ。

 まさにそれを体現したような庭、そして玄関をくぐり抜ける。

 玄関を抜け、扉を開け、廊下をまっすぐ歩き応接間へ、そこには――

 

「ようこそ、刑事さん。それに――久しぶりだね。浅見君――」

「えぇ、お久しぶりです。――森谷教授」

 

 糞野郎がソファにふんぞり返って、待ち構えてやがる。

 英国紳士が客を座って招き入れるのはマナー違反だろ? あぁ、客ではなく敵だと。大正解だよ糞野郎。

 

「警察の方々も、さ、どうぞ腰をかけてください。それで、話があるという事でしたが?」

「え、ええ……」

 

 目暮警部が対面のソファに腰をかけ、「実はですね――」と切り出して始める。

 

「おや、どうしたのかね浅見君。くつろいでくれて構わないんだよ?」

「えぇ……お言葉に甘えて」

 

 江戸川頼むぞ、こいつのにやけヅラに泥――いや、汚物塗りたくる勢いでけなしてくれ。

 時間はなんとか稼いでみるさ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 いくらなんでも、早すぎたかな。

 とはいえ、久しぶりに――本当に久しぶりに幼馴染に会うのだ、少し気持ちが浮ついているのも仕方ない。

 友人の園子と別れてから、米花シティビル内のカフェでもう一度時間を潰している。

 9時を過ぎたら映画館の前に行こう。映画を見て、日が変わって……そしたら、アイツに誕生日を思い出させてやろう。

 

――あれ? なんか、騒がしい?

 

 辺りを見回すと、急にパトカーが何台も止まりだした。

 なにがあったんだろう? もっとよく見てみよう。そう思って立ち上がってみると、ちょうどパトカーから、私服姿の誰かが降りてくる所だった。

 あれ? どこかで見たような……

 

「いたっ! 蘭さん!」

 

 パンツルックのボーイッシュな格好にセミロングの髪、最近知り合った大学生の

 

「な、七槻さん? どうしてここに?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なるほど……確かに、全て私が設計したものですな」

「えぇ、森谷教授。何か、心当たりはありませんか?」

「さぁ……心当たりと言っても。特にありませんなぁ……」

 

 相も変わらず胡散臭い笑みを浮かべたまま、森谷教授は目暮警部と応対をしている。

 

「しかし恨みというなら、例の工藤君はどうしたのでしょう?」

「工藤君……ですか?」

「えぇ、先ほど聞いた話では、事の始まりは工藤新一君への挑戦から始まったとか……。ならば、私の恨みもそうですが、彼の周囲――過去の事件などを調べた方がよろしいのでは?」

 

 白々しい顔しやがって……。

 事件の詳細を聞いた時から感じていたが、犯人――もうほとんど確信しているが、目の前にいる男はヒントを出すのが大好きな男だ。もちろん、親切心からではないだろう。

 想像以外の何物でもないが、二番目の爆弾しかり、その次の予告電話の時もそうだったが、あのヒントを出す癖はあの男の中にある無意識な防衛反応の表れではないかと思う。

 ヒントを出すという行為は、言い方を変えればハンデをやるという事、つまりは自分の方が立場は上だと言うアピールと言えなくもないだろうか。そして同時にヒントがあるから解けたのだという逃げ道の作成なのではないか。

 まぁ、こういうタイプは追いつめられた時はやっかいなのだが……。常に追いつめられた時の事も思考のどこかで考えているはず。

 

つまり、隠し札は必ずあると見ていい。それも、恐らく二つ以上。

 

 この考えは江戸川にも伝えてある。彼も彼で、盗まれたオクトーゲンの量からまだどこかに仕掛けられている可能性は十分以上にあると推理していた。

 

「えぇ、もちろん私の相棒――工藤新一が関わった事件に関しては、知人に頼んで洗い直してもらっています」

 

 ウソです。すでに見切りをつけて全部片付けちゃいました。

 これが『物語』の世界であるという仮定の下での当てずっぽうだが――今回の事件は今日中に終わるものと考えている。

 なにせ明日が工藤新一の誕生日。そんじょそこらにありふれた誰かの誕生日じゃない。主人公の誕生日だ。おまけに普通で考えたら、今は絶対に会えない二人――いや、実際には毎日会っている訳だが――まぁ、その二人がオールナイトの映画の約束をしている。この時点で、いわゆるイベントフラグは全部立っているといっていい。

 これだけならば恋愛方面のハートフルストーリーのフラグだが、ふなちと越水に調べさせた所その映画館がある米花シティビル。ここ、森谷帝二の設計したビルである。

 

 爆発するね。どう考えても爆発するわ。役満どころの話じゃねぇ。

 

 ヒロインと思わしき蘭さんがそこにいるのにこれでピンチにならないとか……フラグ全無視? 読者がブチ切れるわ!!

 

 以上の理由で適当な理由をつけて越水たち経由で警察にはもう動いてもらっている。先ほど、目暮警部にも確認したが、爆発物処理班も念のため動いてもらっているらしい。遠隔で爆破される可能性もあるので、最低限の人員以外には口止めもしているらしいし、大丈夫だろう。

 

「ほう、君の知人……あの二人のお嬢さんかね?」

「さぁ? 探偵という生き物は隠し札をいくつも持っている者なんですよ。工藤君が、このギリギリまで自分を隠していたように」

「ほう…………」

 

 互いに腹を探り合う。どこまで気が付いているのか、気が付いていないのか。ただ嫌悪しているだけか、確信を持ってここにいるのか。

 

(越水からも連絡はないし、江戸川からもまだ……。やっぱりないのか、証拠は……)

 

 そうとなれば、仕掛けるタイミングは必ず来る。

 そっと、自分の服の襟の裏に付いている小型スピーカーを静かに撫でる。

 

 こっちはいつでもいいぞ、――ホームズ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 目暮から見て、浅見 透という青年はやはり変わった男に見える。

 今も頭に包帯を巻き、身体の所々に擦り傷や打身を手当てした後が垣間見える。正直に言えば痛々しい。弱弱しい。だが、そんな外見とは裏腹に、その目は爛々と輝いている。

 目暮は、この目をよく知っていた。懐かしさすら覚える目だ。

 

(ぱっと見は似とらんのに、こういう時は本当に彼にそっくりだ――)

 

 今、浅見は森谷教授と話している。恨みを買う心当たりについてだが、思いつく人物に心当たりはないと言う森谷教授に、彼は「そうですか……」と納得した様子を示した後、話を変えて雑談を始めている。雑談の中から探るつもりなのだろうか?

 

(彼や越水君の言うとおり、爆弾は見つかったからとりあえずは一安心か)

 

 浅見と共に捜査をしている女子大生の探偵――越水七槻が、浅見が不審に思った点を元に意見をまとめ上げ、次に爆弾が仕掛けられているだろう建物を特定してくれた。民間人の避難も終わり、爆弾を発見したと言う情報もついさっき入ってきた。今頃は処理班による作業が始まっているだろう。

 

(浅見君と越水君の意見が正しければ、爆弾の設置個所もすぐに分かるはずだが……)

 

 二人の意見で共通しているのはもう一つ。相手は建築や設計に関係の深い人物である可能性が高いということだ。

 まぁ、分からない意見ではない。森谷教授の作品と言える場所が連続して狙われているのだから、相手もまたそういった関係者である可能性は十二分にある。そのため、タワーを破壊するのにもっとも最適な箇所に設置されているだろうというのは分からんでもない。

 気になるのは、その後に浅見が口にした追加注文だ。

 

(映画館と、その周りの階層は徹底的に洗ってくれとは、一体どういう事なんだ?)

 

 内心首をひねる目暮をよそに、浅見は話題を変えて会話を続けている。

 

(そもそも、例の建物――米花シティビルの爆弾に関しては森谷教授に伏せておいてくれだとか……)

 

 こういう、ギリギリまで何も言わず、我々が結論を出しかけた時に限ってちゃぶ台をひっくり返すが如く口を開くのが、工藤や毛利の様な探偵という人種だ。少なくとも、目暮の周りにいる探偵は。

 そして浅見 透――本人は探偵ではなく助手だと言ってはいるが、この浅見という男もそうではないか。なにせ、頼りにはなるが最も目暮をヤキモキさせる、あの『工藤新一』の助手なのだから。

 

「――さて、長々とお話をしてしまって申し訳ありません、森谷教授」

「いやいや、パーティーの時にも話したが才能を感じる若者との会話ほど面白い事はない。次は是非、工藤君も交えて話をしたいものだ」

 

 森谷教授が残念そうにそう言うと、浅見君は軽く耳を押さえ、そして軽くため息を吐いた。よく見ると、その耳にはイヤホンの様なものが付いている。

 

「工藤君ですか。……残念ですが、それは難しいですね」

「ふむ? それはまたどうして?」

「それはもちろん――」

 

 その瞬間、目暮にも分かった。雰囲気が――変わった。

 

 

「あなたがここで、『私達』に敗北するからですよ、森谷教授……いや、連続爆弾魔――森谷帝二」

 

 やっぱり、彼と同じだ。

 この、犯人を追いつめる時の顔、目つき、そして自信に満ち溢れた声。

 本当によく似ている。

 

「ほう……」

 

 一方で、森谷教授の雰囲気も一変した。先ほどまでの紳士然とした雰囲気は消え、どこか不敵な様子でパイプに火をつけた。

 

「えぇ、最初は私も目暮警部達と同じ考えでした。この事件は貴方に恨みを持つ者の犯行だと――」

「だが、そうではないと君は言うわけだ。なるほどなるほど……」

 

 自分が犯人だと言われているのに、教授はまったく余裕を崩さない。

 それは予想済みなのか、あるいは、実は内心癇に障っているのか、浅見は口を開く。

 

「余裕ですね、森谷教授」

「いやいや、これでも私は焦っているのだよ? 君が優秀な人間であるというのはよく知っているからねぇ」

 

 さて、と教授は切り出す。

 

「聞かせてもらおうじゃないか、名探偵君。なぜ、私が犯人なのか……ね」

「……私は、探偵ではなく助手なのですが……」

 

 浅見は、そこで軽く咳払いをし、

 

『そう、森谷教授。なぜ貴方が工藤新一に挑戦し、かつ自らの作品を破壊しようとしたのか。それは――貴方が完璧主義者だからです』

「あ、浅見君。それが一体どう関係するのかね……っ!?」

『事の発端はいつなのかは分かりません。ですが、もっとも大きな理由としては、西多摩市前市長――岡本氏の逮捕の時から、貴方は工藤新一を憎んでいた。違いますか?』

 

 思わず声を挟んでしまうが、二人とも自分の事など目に入っていないかのように互いの目をそらさない。

 

『調べるのに苦労しましたよ。工藤新一とのつながりを持つ人間は多い。恨む人間も当然。今回の事件で一番引っかかったのは、あの児童公園の近辺で一度爆弾が止まった事でした。犯人はなぜ爆破をわざわざ止めたのか。その理由こそが、犯人の動機につながると……』

「なるほど、確かにあそこは――」

『えぇ、西多摩市の再開発計画……設計担当は貴方でしたね? 都市開発計画ともなれば、長い時間を費やしたでしょう。その計画が立ち消えになった。……工藤新一が、計画を主導していた岡本市長の犯罪を暴いたからです』

 

 そうか、工藤君が解決した偽装事件か!

 

「ほう……。よく調べ上げたね、さすがは工藤新一の助手だ」

『……貴方が長い時間をかけて組み立てた都市計画は、あの事件で白紙になってしまった』

「…………」

『そして、爆破しようとした米花駅、あの東都環状線の石橋、放火の被害があった屋敷の数々。全て貴方が建てた建物です……。今となっては――いや、ひょっとしたら当時からかもしれませんが……貴方にとって不本意な建築物だった。そうですね?』

「……君にはギャラリーを見せていたから、ね」

『全ての建築物を、建築に造詣の深い白鳥刑事に調べてもらいました。被害にあった建築物の全ては、貴方がもっとも美しいとする完全なシンメトリーではないと』

「それで、それが許せずに自分の作品を潰して廻ったと? ふっふっ、まるで、自分の作品を気に入らずに割ってしまうという、ステレオタイプの陶芸家のようだね」

『貴方はガーデンパーティで言っていたじゃないですか。……建築家は、自分の作品に責任を持たなければならない、と』

 

 森谷教授は、完全に纏う雰囲気を変えていた。

 彼は懐から、やけに大きく、派手な装飾のライターを取り出した。パイプにまた火をつけるのかと思ったがそうせず、ただ手の中でいじっているだけだ。

 

『そう、犯人は高いプライドを持ち、かつ証拠を残さない慎重さを持っている。――そして、いちいちヒントを付け加える大胆さも』

「ほう、証拠を残さないのならば捕まえるのは難しいのではないかね?」

『いいえ、そうでもないんですよ。慎重な犯人は、常に確実性を求めます。そうなると、証拠をどのように処分するかも想像しやすいんですよ。例えば――変装などに使った道具を一体どう処分するか、なんてね?』

「なに?」

 

 ここで初めて、教授は眉をひそめた。

 そして、ほとんど同じタイミングで、いつの間にか姿を消していたコナン君が、両手に何かを持って飛び出してきた。

 

「透にーちゃん! 言われた通りの場所を探ったらこれが出て来たよっ!」

 

 それは、サングラスに付けひげ、それにぼろ布……いや、あれはかつらか?

 

「ば、馬鹿なっ! それは金庫に――」

「へぇ……金庫に、ねぇ……」

「――っ! 小僧共……貴様らっ!!」

 

 もはや教授に、先ほどまでの余裕は残されていなかった。

 逆に、浅見くんは緊張を解いたように、肩の力を抜いている。タバコか何かを取り出そうと言うのか、ジャケットの内側を探りながら――

 

「そう、貴方は完璧主義者にして慎重な性格。単純にゴミに出すハズがない。となると、絶対に俺たちが手を出せず、かつ貴方の近くに置いているだろうと思ってましたよ」

「それに、僕の友達がラジコンを渡してきたおじさんから、甘い匂いがしたって言ってたのもやっと分かったよ――あれって、パイプの臭いだったんだね!」

 

 教授は、今まさに手にしているパイプに目をやり、憎々しげにコナン君を睨みつける。

 もう、間違いない。情けない事だが……自分がする仕事は最後の仕上げだけだ。

 

「森谷教授、署まで御同行――」

「動くな!!」

 

 がたっ!

 ソファや机を倒さんばかりの勢いで教授が立ち上がった。その右手にあるのは、先ほどいじっていたライターだ。

 

「動くとスイッチを押すぞ! この屋敷に仕掛けた爆弾のなっ!」

「ば、爆弾!?」

 

 まだ残っていたのか!

 反射的に立ち上がっていたが、足が止まってしまう。

 とっさに口から「落ちつきなさい!」といういつもの言葉が出そうになるが、

 

 

―――バキンっ!!

 

「ぐあっ!!!」

 

 その時突然、森谷教授の持っているライター……起爆装置が吹き飛び、教授は思わずといった様子で右手を押さえる。

 何が起こった!?

 咄嗟に辺りを見回すと、そこには、何かを突き出すように右手を前に上げている浅見君と、それを唖然と見上げているコナン君がいた。

 それと同時に、チャリンッという音がする。机の上を見てみると――

 

「これは……鍵?」

 

 そこに落ちたのは、何の変哲もない民家の鍵だ。

 まさか……これを投げつけて起爆装置を吹き飛ばしたと言うのか?

 

「……身に付けた技術って、どこで役に立つかわかんねぇもんだな……」

 

 平然と、素に戻っている浅見君は右手を握ったり開いたりしてから鍵を拾い、そして森谷教授に不敵な笑みを浮かべる。

 

「チェックメイトです、森谷教授。米花シティビルの爆弾もすでに発見しています。恐らく、そろそろ処理が終わる頃じゃないでしょうか」

 

 浅見君がそう言った後に、私の携帯電話が鳴り始める。ディスプレイに映っているのは……白鳥君。無事だったか。

 

「貴様……っ……なぜ、ビルに爆弾を設置していると分かった!」

 

 森谷教授の言葉に、浅見君は苦笑し、少し経ってから口を開いた。

 

「繰り返すようですが、貴方は完璧主義者だ。その貴方が、一応は恨みを持つ工藤新一に挑戦状を送りつけたとはいえ……。前回のパーティーの時も欠席した彼だ。万が一を考えたんじゃないですか? だから、思ったんです。工藤新一と確実に対決するには、彼が確実に行く場所――あの日、蘭さんが話していた彼との約束の場所。米花シティビルの映画館に仕掛けるしかないんじゃないか、と。調べたら、あのビルも貴方の設計でしたしね」

 

 違いますか? 教授?

 

 目でそう語る浅見君に対し、教授はついに崩れ落ち、その場に膝をついてしまった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 5月5日

 

 どうにか全部終わった。

 江戸川の推理を聞きながらただドヤ顔浮かべて口パクしてただけだが、どうにかなってなによりだ……。いやマジで。

 森谷教授はあの後、全ての犯行を認めて目暮警部に逮捕された。

 米花シティビルの爆弾も、ギリギリ爆発する前に全て処理され、恐らくはクライマックスだったのだろう大規模な爆発は阻止できた。

 気になるのは、映画館にひとつだけあった大きな爆弾。それだけが時刻が0時3分に設定されており、また、他の爆弾と違いダミーまで用意されていたそうだ。……流れからして、多分江戸川と蘭さんが解体する奴だったんだろう。

 なんにせよ、一つの大きな事件を乗り越えた。恐らく、これでこの世界の時計の針も少しは進むことになるだろう。

 今自分は病院の庭でこれを書いている。

 病室にいても暇だし……。

 森谷を逮捕した後、米花シティビルに向かった俺を待っていたのは、越水からの凄まじい説教だった。

 いやもう本当にすみませんでした。でも、なんでお前も現場に向かっちゃったのさ。待っとけって言ったのに。

 その後、あれよあれよと病院に叩きこまれ、今は精密検査のための検査入院をしている。

 無茶をやった自覚はあるけど、今回ばかりは許してほしい。これからもするだろうけど手加減くらいはしてほしい。

 ……書いてて思ったけど、この日記、絶対に見られないようにしないと俺の寿命が縮む気がしてきた。肌身離さず持っている事にしよう。

 

 何にせよ、とりあえずこの入院が終われば色々忙しくなるだろう。今の内にゆっくりしておくとしよう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 日記を書き終え……もうこれ手記だな。

 これからは肌身離さず持ち歩くことになるだろうし……。こんなん見られたら頭おかしいと思われるし、無茶します宣言など越水に見られたら、説教フルコース2本分くらいはされそうだ。

 やっぱり女は怖ぇよな……。江戸川も昨日は変声機で、電話越しに蘭さんに色々事情の説明したり謝り倒したりイチャイチャしたり……爆発しても良かったんじゃねーかな、やっぱ。

 まぁいい。問題はそっちじゃない。

 

「さて……これどうするかなぁ……」

 

 俺が手にしているには今日の発売の週刊誌。先ほどふなちが持ってきた物だ。多分、あとで越水も来るだろう……江戸川も……。というか、今日は朝から毛利探偵が来るわ目暮警部が来るわ白鳥刑事が来るわ……とにかく訪問者の数が半端じゃなかった。

 目暮警部は純粋に事件のより詳細な質問。毛利探偵からは爆弾に気がついて、娘の蘭さんを危険から遠ざけた事に対するお礼――ちょっと罪悪感で胃が痛かった。白鳥刑事からは半ば尊敬の目で見られていた……すっごく胃が痛くなった。

 そんな感じで半ば悶えながらベッドでゴロゴロしていた時にふなちが顔を見せに来てくれた。その手土産が週刊誌だった。

 その表紙の一部には、大きな文字でこう書かれている。

 

『名建築家、森谷帝二、まさかの連続爆弾魔』

 

 うん、ここまではいい。まごうごとなき事実だ。問題はその見出しの横だ。少し小さな文字――だが、人目を引くには十分な大きさでこう書かれている。

 

『新たなる名探偵登場! 正体は、あの高校生探偵の助手か!?』

 

 目暮警部達に俺の事は黙っておくように念を押したんだが……どっから漏れたんだちくしょう。

 昨日見舞いに来た江戸川と色々話したが、とりあえず俺と工藤新一の関係は公に認める事はやめておこうという話になった。相変わらず、事の全ては聞いていないが、やはりデカイ訳ありなのだろう。

 とにかく、警察の人に口止めを頼んだのにこうなるとは……。

 

「面倒事になる気がするなぁ……」

 

 売店で買った缶コーヒーのプルタブを開けて、少し口に含んで一息吐く。

 

「あの、少しよろしいですか?」

「……はい?」

 

 そして週刊誌の記事にもう一度目を通そうとした時に、いきなり声をかけられた。女性の声だ。

 誰だと思い振りかえると、スーツ姿の女性が立っていた。誰だ? いや……どこかでみたような?

 

「私、日売テレビの水無怜奈と申します」

「」

 

 なんで? なんでもう?

 ってか、水無怜奈? 有名なレポーターじゃねぇか!

 

「浅見 透さんですよね? よろしければちょっとお話を伺ってもよろしいですか?」

 

 ちょっと特定するのが早すぎませんかねぇ……

 俺に向けてニッコリと笑う水無さんの笑顔に少し見とれながらも、同時になにかげんなりとしてきた俺の気持ちを、完全に察せる奴はいるだろうか?

 そんな事を考えながら、何か答えようと頭を必死に回転させる自分がいる。

 

 

 

――ほんとにどうしよう……。

 

 

 

 



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摩天楼、その後―
008:今後の先行き、動く影(副題:乱立する死亡フラグ)


いろいろ書きたかったけど一度ここで切りますー
次からいくつか事件やって登場人物少しキープしながらフリーザ様編に入ろうと思います。


「――ええ、貴方と少年が、爆弾を川に向かって投げたという目撃情報が多く寄せられ、噂されている工藤新一の助手とは、貴方ではないかと」

 

 

 わっはぁ。さすがにあの時の人の目とかは全然気にしてなかったわ~。そんな余裕なかったし。

 

 

 

 さぁ、どうしよう。

 

 

 

 というかね、水無さんこわい。マジ怖い。

 なんだろう、この人から越水とか江戸川に近い怖さを感じる。切れ者の気配と言えばいいのだろうか。

 適当に否定しながら雑談だけして終わらせようと思っていたのだが、気が付いたらもう結構な時間喋ってしまっている。話し上手、聞き上手と言うのだろうか。

 で、こっちの隙をついて核心を放り込んでくるから性質が悪い。

 正直、言葉にこそしていないがいくつかの情報を取られている気がする……。

 やっべぇ。なにがと言われれば全てがヤバイ……気がする。病院とはいえ庭という人が集まる所にいるわけだし、すっげぇ見られている気もする。やっぱり人目を集めているか?

 

「どうでしょう、水無さん。とりあえず私の――と言うのもおかしいですけど、病室に入ってお話しませんか?」

「あら、女性を部屋の中に連れ込む気ですか?」

 

 これだよ。この人、懐に入り込むのが上手い。ふとした時の冗談で、言葉を選んでいる自分の緊張を解いて口を軽くさせる。汚いな、さすがマスコミ汚い。

 

「いえいえ、待たせている人がいるでしょうし……せっかくなら、御一緒にと思ったんですが……」

「…………」

「あれ? お一人でしたか?」

 

 雑誌の記者ならともかく、アナウンサーなんだ。カメラマンとか、一緒に来たスタッフがいるんじゃないかと思ったんだが……。

 

「え、ええ。今日は私の個人的な興味もあって来ていたので……」

 

 あー、なるほど。今言いづらそうにしたのも、この取材(?)がいわゆる先走りだったからかもしれないな。

 

「私、実は工藤君のファンでして、助手の貴方ならと思ってつい……」

「あぁ、ついでに私の事も調べたかったと」

 

 この人はまだ話が通じそうな人だったからよかったが、このままだと強引な手段で情報を手に入れようとする奴も出るだろう。……ここで水無さんと会っておいてよかったかもしれん。越水やふなちはもちろん、爆弾捨てる所を見られていたと言うのならば江戸川に向かう好奇心をどうにか遮る必要がある。

 これが原因で江戸川の動きが鈍るようなことがあれば、『本当の意味での来年』がまた遠のいてしまう。

 ……一計、案じておくか。

 

「でも、よかったです。水無さんが話しやすい方で。正直な所、マスメディアに携わる方ってもっと強引な方ばかりという偏見を持っていまして……」

「あぁ、ええ。お恥ずかしい話ですが、確かにそういう人もいます。どうしても情報を扱う人間には、早い者勝ちという意識が強くてですね」

「なるほど……。このままだとやはり私の周りの人間に強引な取材をする人間も出るでしょうか」

「……そうですね。可能性は十分にあると思います……」

 

 よぉし、マスコミ関係者からそれ聞けりゃ十分だ。

 

「そこなんですよね。正直の所、私はともかく友人に迷惑がかかるのだけはどうにか避けたくて……」

 

ここで少し考える振りをする。まるで今、真剣に悩んでいるようにだ。そして――

 

「水無さん、もしよかったら報道関係者や、それに詳しい人を紹介していただけないでしょうか?」

「えぇ?」

 

 水無さんは、ほんの少しだけ考える素振りを見せ、その後すぐに納得したように、

 

「――なるほど、報道関係の人間と親しくなって牽制か、もしくは強引な取材の気配を感じたら事前に教えてもらおうと? ちょっと分が悪い手じゃないかしら?」

「素人の浅知恵でも、打てる手は打っておこうと思いまして……」

 

 限りなく本音でもある。ぶっちゃけマスコミとか報道関係の相手にどう立ち回ればいいのか分からないし、やり過ごすのにも、どこまで周りの人間に聞こうとするのかとかいった、マスコミ側のやり方やルールを知らないと対策がたてられない。

 

「私が、素人の浅知恵を逆手に取るとは思わなかったの?」

「貴方はしないでしょう? するにしても、それをするにはまだ早いでしょうし」

 

 仮にも大手のアナウンサー。わざわざそんな小細工する必要があるとは思えないし、俺にそんな価値があるとも思えない。やるなら、自分がなんらかの形でもっと名前が売れてからだろうさ。

 

 

 

 

 

 あれ? 水無さん、どうかしました? なんかじーっとこっち見て……俺、なんかまずいこと言った?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……どうだった? キール」

 

 キール――水無怜奈が車に戻ると、中で待っていた二人組みの男のうち一人が声をかけてきた。

 水無は、無言のまま運転席のドアを開けてそのまま乗り込み、

 

「タダ者じゃないっていうのは確かかしら。……気付かれていたかもしれないわよ、あなた達」

「へぇ……それはよかった」

「? よかったってどういうことかしら?」

 

 怪訝な顔で、後部座席に座っている男に水無が問いかけると、男は薄笑いを浮かべながら顔の皮を剥ぎだした。いや、よく見るとそれは皮ではなく――

 

「仮にも、名探偵とよばれる人間の助手だもの、張り合いがなくてはつまらないでしょう?」

「……相変わらずね……ベルモット」

 

 それはとても薄く、だがよく出来ているマスクだった。そのマスクの下から現れた白人の美女――ベルモットは、男の扮装をしていた時と変わらない薄笑いを浮かべている。

 

「しかし、そう……。まさか、私たちの正体までは知らないでしょうけど……」

「…………ベルモット」

 

 助手席に座っているもう一人の男――こちらは間違いなく男だ。サングラスで顔を隠しているその男は、ベルモットの方に顔をやりながら……

 

「気になるのか、その男が」

 

 呟くようにそう言う。もともと寡黙な男だ、口を開くのは珍しい。仕事の事か……惚れた女に関わること以外では、

 

「えぇ、気になるわ。敵になり得る人間としても……男としても、ね」

「…………」

 

(この女……よくもまぁ白々しい事を)

 

 男――カルバドスがベルモットに惚れているというのは公然の秘密である。本人は気付かれていないと思っているだろうし、一部の勘の悪い連中は実際気付いていないだろうが……残念な事にベルモットはそういうタイプではない。むしろ、かなり勘がいい方だ。

 

(分かっていてこんな事言って……焚きつける気ね)

 

 カルバドスもプロだ。こんな言葉で仕事を間違う様な男ではない。だが、もし決断を迫られた時――彼を害するかどうかの選択を迫られた時、彼の引き金はわずかだが軽くなったはず。

 

(あの子に恨みはないけど……)

 

 今、水無の立場でどうこうすることはできない。

 当面は自分が彼に付く事になるだろうが、万が一浅見 透という男が本当に『こちら』と敵対しうる人間だったのならば……その時は、

 

(彼の能力と……悪運に賭けるしかないわね。今は……まだ)

 

 せめて祈ろう。ほんの気休めにしかならないが彼が平穏無事に過ごせる可能性があることを。

 一人そんなことを思い浮かべながら、水無はため息とともに、エンジンをかけるのだった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 とある病院の個室。そこが俺に与えられた部屋だ。

 備え付けてあるのは、ベッド以外にはサイドテーブルと、その上に置いてあるテレビくらいしかない。まぁ、ぶっちゃけ差し入れとかもあるから退屈しないし、どうせあと一日の検査入院なんだ。

 

「ねぇ江戸川。これ、どうしたらいいと思う?」

「ハ、ハハ……」

 

 奴の眼前に、水戸のご老公が如く突き付けたのは、ふなちが買ってきた例の雑誌だ。

 それを見た江戸川は、顔を引きつらせて、これまた引きつった声をあげている。

 

「まぁ、バレるのはしゃーないけどな。あのエクストリーム不法投棄の現場見られてたっぽいし」

 

 この週刊誌がどうやって情報を入手したかというのは確かに気になるが、とりあえずは直接乗り込んできた日売テレビの水無玲奈をどうにかしないといけない。

 

「もう取材とか受けたの?」

「正式には受けてない。カメラマンもいなかったし……雰囲気からしても様子見っぽかったな。ただ、どちらにせよ接触する必要はあるだろうから、連絡先は交換しておいた」

「……その、本当にごめんなさい」

「いいっていいって、直接的な命の危険に晒されてるわけじゃないし、安い安い」

「………………」

 

 おい、なんで黙る。なんで目をそらす。こっち見ろやオルァ。

 

「……江戸川?」

「いや、大丈夫。工藤新一とは音信不通ってところの矛盾さえなければ大丈夫」

 

 なんで大丈夫を二回言った。

 というか、お前この間思いっきり電話で工藤新一の名前だしとったやん(絶望)

 おうこら、一方的にフラグ立てんな。え、何、思った以上にヤバいん? や、ある程度の覚悟はあるつもりだけどさ。

 とりあえず俺の友達には被害がいかないようになんか策打っといてくれよ主人公。そこさえ安心できたら、できる限り全力で手伝うぞ。

 もう、自分が異物だと感じながら続ける日常生活は嫌なんです。嫌なんです!

 

「まぁ、とりあえずの共闘体制があるってだけでよしとしよう。問題は、俺の立場をどう使うかだ」

 

 厄介事も多い、『工藤新一の助手』という立場だが、使いようによってはかなり面白いことになるだろう。

 ……訂正、『使いこなせれば』、だが。

 

「なぁホームズ、虎の威を借る狐の気分なんだが……報道メディアへの露出を少し考えている。そっちの役に立ちそうか?」

「……どこまで読んでんだ、ワトソン君」

「……ホームズが情報を引き出す窓口を一つでも多く求めているってことくらいしか」

 

 たぶん物語の大筋は、主人公が元の体を取り戻すのが大筋だろう。そして主人公は見た目が小学生、個人では動くに動けないという設定。で、毛利探偵が主人公に代わり……代わり……操られ? なんか黒幕っぽいな。とにかく、情報入手の窓口のために毛利という探偵を持ち上げているんだろう。

 とはいえ、どうしたって窓口は一つ。今では警察にある程度顔が利くようだが、どう考えたって手数が足りないだろう。ここで使える窓が増えれば、例えばだがストーリー上間に合わなかったり、零れ落ちた事案だって救い上げることができるかもしれない。あるいは、物語が終了するまでの『年数』を大幅に短縮できる可能性だってある。

 もっとも、俺は本来は探偵じゃないし、毛利探偵のように刑事の経験もないから、万が一に備えていろいろ江戸川から手ほどきを受ける必要はあるだろう。

 

「まぁ、それに……さっきも話題に出たけど、このままだと俺とお前の両方に余計な注目を集めることになるだろう? 両方動きにくくなるんだったら、片方に全部寄せればいい」

「……かなり負担かかってしまうよ?」

「だから?」

 

 挑んでくるような目で聞いてくる江戸川に、俺はそう返す。

 お前……こっち側の住人になってみろ。文字通り先が見えないんだぞ。マジで。打ち崩す手段っぽいのが目の前に転がってるんならとりあえず試したくもなるわ。

 

「まぁ、なんだ……」

 

 利害関係は完全に一致している。具体的にどういう事件かはわからないが、絵にかいたようなヤバい奴らがいるんだろう。それも複数。だから迂闊に少年探偵は情報を出せない。けど――

 

「これからよろしくな、ホームズ」

 

 俺がそういうと、江戸川は観念したようにため息をつき、そして今度は森谷を追い詰めた時と同じ不敵な笑みを浮かべて、こう返した。

 

「こちらこそ……ワトソン君」

 

 

 

 

 

 

 



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009:つかの間の平穏(殺人事件はあるよ! やったね浅見君! 死亡フラグが増えるよ!!)

映画を見たおかげか、すっげー筆が進んだので投稿


5月14日

 

 正式に江戸川と協力体制を取り付け、退院してから一週間。

 たった一週間でもう殺人事件と殺人未遂事件に遭遇しました。はえーよ。

 殺人事件の時は毛利探偵が受けた依頼で派生した事件だったので俺と江戸川で毛利さんのアシストをしてどうにか事件を解決。江戸川も、少しはあの時計の使用を控えるそうだ。まぁ、それが一番だとは思うが……

 どういうわけか、解決したのは毛利探偵だというのに水無さんがこっちに来る。なんでや。

 地味ーに気が付いたら越水やふなちとも仲いいし……

 

 もう一つの方は、江戸川から呼び出しを受けた先で待ち構えていた事件だった。

 江戸川――工藤の中学時代の音楽教師が当人の結婚式で毒を盛られるという事件。

 江戸川は謎に気が付きはしたものの、ちょうどいい探偵役が見当たらず、電話を掛けたところ、たまたま俺が近くにいたというわけだ。

 ……江戸川がいたから事件が起こったのか、江戸川と俺がそろったから事件が起きたのか……。

 深く考えるのはやめよう。胃が痛くなってきた……。

 まぁ、事件はまた俺がパペット役を演じて無事解決。これはさきほど蘭さんから電話で聞いた話だが、犯人と被害者の花嫁は一応和解……仲直り? したそうだ。それでいいのかとも思うが……まぁ、外部が口を挟むのは野暮だろう。死人は出ず、ハッピーエンドならそれでいいか。

 問題は被害者――花嫁のお父さんが警察のお偉いさんだった。目暮警部たちの上司だって。

 娘さんの無事を直接確認した後、あのスッゲーいかつい顔を破顔させて「君の顔と名前は覚えておくぞ」って言われちゃったよ。一応計画通りだねHAHAHA!!

 

 

 

 

 あぁ、胃が痛い……

 

 

 

 

 

5月15日

 

 そういやいろいろあって書くのを忘れていたけど、うちに家族が『一匹』増えたことを書いておく。

 森谷の事件の時に拾ったあの白猫だ。あの後病院に直行だったため完全に忘れていたが、この間どういう偶然かうちの前に来ていた。ちょうど越水達が来ており、俺も一人暮らしはちょっと寂しかったので飼うことになった。

 病院代とかの出費が痛かったけど、猫がいる生活も割と悪くない。

 ただ、越水。お前のネーミングセンスはどうにかならんのか? 何、『源之助』って。お前の口からそんな渋い名前がでたのにびっくりだわ。ふなちも気が付いたら源之助様って呼んでるし……アイツ猫にも様付けなのな。

 

 今日は蘭さんが家を訪ねてきた。いや、どうやってここ知ったのさ? 今度聞いておこう。

 蘭さんから話があると言われて聞いてみれば、例の雑誌を持って来ていた。もうこの時点で胃痛Lvが3くらいまで跳ね上がったわ。で、予想通り―

 

「この記事に書かれている助手って浅見さんですよね?」

「新一がどこにいるか知りませんか?」

「連絡先は?」

「なにか手がかりだけでも欲しいんです」

「新一……どこにいっちゃったんだろう……」

 

 いつもそこにおるやないかい(激オコ)

 いや、別に彼女が嫌いなわけではないんだけど……ちょっとしつこくてまいった。

 ……たぶんこれから何度もこういうことあるだろうから、早く慣れないとマズいだろう。あ、書いててまた胃が痛くなってきた……。

 とりあえず連絡は取れないんですよーってこちらも答え続けると、ようやく諦めて帰ってくれた。

 見送るために玄関まで出ると、外に黒い車が止まっていた。ちょっと覗いてみると、水無さんと白人の美人さんがいた。――あの金髪の美人さん、どこかで見たことあるけど、結局今も思い出せていない。

 なにか取材絡みかと思って、蘭さんに関わらないでと目くばせしながら首を横に振ると、金髪さんが手を振って微笑んでくれた。

 ちょっとドキッとしたわ。

 

 

 

 

 

 

 

5月16日

 

 水無さんから連絡があり、会いたいというのでテレビ局まで行ってみると、日売テレビの関係者という男性を紹介してもらった。名前は明かせないということだったが、もし俺の友人に強引な取材が行くようならば事前に教えてくれるということだった。

 握手したときに、中肉の男性にしては指がやや細めだったので、とっさに「綺麗な手ですね?」と言ってしまった。なにそれ、お世辞にもなってないわ。というか男にいうセリフじゃなかったわ。

 幸い、向こうは気にせずニッコリ笑ってくれたけど……優しい人で良かった。水無さんの目がちょっと怖かったけど。

いや、本当にすみませんでした。わざわざ紹介していただいたのに……あとで謝罪のメール入れておこう。余計なことを言ってすみませんって。

 こうして一日の記録を書き記している間にすり寄ってくれる源之助に癒される……。

 ちょっと今日から肩に乗せる訓練しよう。

 

 

 

 

 

5月17日

 

 江戸川が風邪を引いたらしいので探偵事務所まで見舞いに行ったけど留守だった。風邪ひいたんちゃうんか。

 まぁ、ひょっとしたら毛利探偵事務所の方に仕事が有って誰もいないから、阿笠博士の家に行ったのかとそちらにも足を延ばしてみるが、こっちにもいなかった。風邪ひいたんちゃうんか。

 予想が外れたうえにもう暗くなっており、どうしようかなと思ってたら、工藤新一の家の前に車が止まっているのを見つけた。

 何事かと思って、そこにいた赤みがかった茶髪の女の子に声をかけたけど、これがまたすんげー可愛い子だった。

 

(次のページへと続いている)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 上からの命令で、工藤新一の自宅を再度調査することになった。すでに一度調査を入れているというのに、だ。

 工藤新一――私が作った……作ってしまった毒薬の犠牲者の一人。なぜ組織は彼にこだわるのだろう?

 

(死体が見つからなかった。つまりは生死不明。……ジンは毒薬を飲ませた本人というのもあって死を確信しているようだけど……)

 

 ただそれだけで組織がこれほどの人員を動かすだろうか? いや、そもそもここ最近、組織は妙に日本を重視しているような……

 

(ま、他の幹部と関わることの少ない私じゃ、知りようもないことだけど……)

 

 組織の人間で関わりがある幹部はジンとウォッカの二人を除けばほんの数人くらいだ。

 唯一頻繁に話す人間がいるとすれば姉くらいのものだが、なぜか最近姉とは会っていない。何か特別な仕事についているということだが……。

 

(この仕事が終わったら問いただそう。お姉ちゃんが今どこにいるのか……)

 

 今は目の前の仕事だ。工藤新一が死んだかどうか。その答えを上は求めている。

 そして、私は今、その答えにたどり着きそうな一つの事象を前にしていた。

 

(……やっぱり、子供服だけがない)

 

 この家は、相も変わらずほこりまみれで、人が住んでいる気配など全くない。誰も住んでいないというのは間違いないだろう。ただ――この棚だけに変化がある。

 

(一か月前には確かに子供服が入っていたはず……まさか)

 

 例の薬を用いた動物実験で、一度面白い結果が出たことがあった。投与したマウスに薬が妙な作用を起こし、死ぬのではなく幼児化するという事象だ。

 もしや、工藤新一も同じように……

 

(……私ってば、最低の女ね)

 

 この薬が本来の目的に使われていないことに腹を立てていても、こうして興味深い事象を目の前にすると好奇心が先立ってしまう。

 現に今、頭の中にあるのはいかにして組織のデータベースを改ざんして工藤新一を死んだことにするか。そして組織よりも先に工藤新一を確保するかを考えている。

 とりあえず、すこし気分転換にこのほこり臭い屋敷を出よう。

 玄関を出て、門の脇に止めてあった車へ。中には入らず、ボンネットに軽く腰掛ける。近くに自販機さえあれば何か買うんだけど……どうにも口が淋しい。

 

「あの、少しいいですか?」

 

 なんとなく暇をもてあましていたときに、一人の男が私に声をかけてきた。

 見た目を一言でいうなら――冴えない男だ。平凡そのものといった方がまだいいだろうか? どこにでもいそうな青年。年は……私と同じか、少し上くらいだろう。

 

「……なにかしら?」

 

 あまり人と関わるのは好きじゃない。接点のまったくない男ならなお更だ。

 不機嫌丸出しの声でそう返すが、男はそれを意に介さず、

 

「いえ、この家の人間とはちょっと前まで繋がりがあったので、何をしているのか少し不思議に思いまして」

「! あなた……工藤新一の知り合いなの?」

「……ほとんど連絡のやりとりはないですけどね。必要なときにだけ声がかかるみたいな……」

 

 あれ? これってただの都合のいい奴? などとつぶやきながら男は首をひねっているが――どうでもいい。

 工藤新一の知り合い。それも多分――私たち『組織』を知らない人間。仮に彼が生きていて、かつ私達の事を話していれば、彼の自宅を調べているような怪しい連中に声なんてかけないだろう。

 

「貴方、彼のなんなの?」

「……逆に聞くけど、貴女は工藤の……?」

 

 まぁ、聞くのは当然だろうが……なんて答えればいいのだろう? 恋人だなんて答えて、藪をつつくのもつつかれるのも馬鹿らしい。死体を増やすような真似をして何になるというんだろう。

 

「ちょっとした友人よ。彼と連絡つかないから心配になってね」

「ふーん……」

 

 少し疑わしげな様子だが、一応は納得したようだ。

 

「で、名前は?」

「あら、こんな所でナンパ?」

「いや、きれいな女の子ととりあえずの会話が成立すりゃ、名前聞きたくなるのが男の性じゃね?」

「それ……性を下心って置き換えても成立するわね」

「…………なんか下世話っぽくなるからやめよう、この話」

「…………そうね」

 

 情報を聞き出す才能は自分にはないらしい。まったく以て中身のない会話を繰り広げただけだ。

 ……姉さん以来かもしれない。こういうたわいない話をしたのは。

 

「ねぇ。貴方の名前は?」

「おい、そっちが聞くのかよ」

「いいじゃない。で?」

「……浅見 透」

「――――っ」

 

 浅見 透。ここ数日、組織内で噂になっている存在。あのベルモットが『面白い』と評した男。

 まさか……どうしてこんな所に!?

 

(今いるのは調査員のみ……直接的な戦力はないに等しい……まさか、この人――)

 

 

―― 待ち伏せていた!!?

 

 

「……どうやら、もう俺のことは聞いてるらしいな」

 

 私の表情を読んだのか、浅見透は目を細くして私を見つめてくる。

 

「っ……あ、貴方……本当に! ここで……」

 

 待ち伏せをしていたの?

 目でそう訴えかけると、彼は苦そうな顔で頷く。

 やっぱり……。さすがは高校生探偵の助手。聞いた話では、連続爆破事件を見事に解決したらしいが……まさか単独でこちらに仕掛けてくるとは。

 

「……ここの家主になにか用だったのか?」

「……………」

 

 どうする……狙いはいったい何なの? この男は……

 

 互いに目をそらさない。そらせない。どうする? 大声で中にいる調査員を呼び寄せるか?

 ……いや、考えてみれば、本当に単独だと限らない。

 こちらの焦りを浅見透は見透かしたように、話しかけてくる。

 

「今日は出直してきたほうがいいんじゃねぇか? 工藤はもう長いこと連絡がつかねぇし……ぶっちゃけ、生きてるかどうかすら分かんねぇからな」

「え、えぇ……そうね、そうさせてもらうわ」

 

 こちらのことなんてどうでもいいと言うように、浅見という男は気がついたら手を振って向こう側へと立ち去ろうとしていた。

 

「ま、待って!」

 

 思わず呼び止めてしまったが、正直どうしてそんなことをしたのかわからない。

 おそらくは生きているのであろう工藤新一について聞きたかったのか、それとも彼を足止めしたかったのか……

 浅見は私の声で足を止めるでもなく、そのまま歩きながら、私の声に答えた。

 

 

 

 

 

「まぁ、縁があれば……また会おうよ」

 

 

 

 

 

 

 




志保「……うかつに触れたらこっちが怪我するわね」

浅見「なにあの子むっちゃ可愛かったんだけど。外人さんといい水無さんといい、最高やわ。工藤への依頼人かな?」


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010:束の間の平穏……平穏?

(前のページからの続き)

 

 ――結局名前を聞き損ねてしまったけど、あれかな。なんかハーフっぽかった。

 それにしても、あの子まで浅見透という名前に反応したってことは、完全に自分は『工藤新一』の助手として世間から見られているのだろう。

 まぁ、好都合と言えば好都合だ。このまま警察やマスコミの関係者、それに加えて各業界方面に人脈を伸ばして、なんらかの異変が起こった際に素早く察知できる情報体制の構築が当面の目的だ。

 時間は無限にあるといえるし、ないとも言える。これから先、江戸川に関わり続ける――そして江戸川と共に行動をする事で、時計の針を進める事が出来たのならば、そのうち本命に関わることもあるだろう。その時に上手く立ち回れるように準備をしておかないと……。準備なしで戦場にいくとか無謀以外の何者でもない。

 

 書いてて思ったが、とりあえず水無さんともうちょい親しくなっておいて損はないかもしれない。

 先日の謝罪メールの時も、すぐに気にしなくていいとメールを返してくれたし、その時の流れで携帯電話の番号も交換している。

 その日なんか、わざわざ『向こうも貴方との会話を楽しんでいたから大丈夫よ』と電話で教えてくれた。

 本当に頼りになる人で困るわ~。その後も電話で色々話してしまったけど、かなり楽しい時間だった。

 ただ、電話にちょくちょくノイズが走るのさえなければもっとよかったのに……。あれだけがちょっと耳ざわりだった。

 

 

 

5月18日

 

 なんか江戸川が高熱で寝込んでいるらしい。風邪の状態で歩き回るからだよ……って思ったけど、どうも状況が少し違うらしい。蘭さんからの電話だと、今朝のニュースにもなっていた外交官の殺人事件に、また毛利探偵一行と、服部平次とかいうこれまた高校生探偵が関わっていたらしい。また探偵かよ。

 

 まぁ、ぶっちゃけそっちはどうでもいい。問題は、その場で間違った推理を披露した服部平次を止める様なタイミングで、工藤が現れたと言うのだ。

 アイツ、なにやらかしたんだ……。

 蘭さんいわく、新一もかなり体調悪そうだったから、もしそっちに来たらすぐに教えてほしいという事だった。

 

 教えないけどな!!

 

 ともあれ、一度工藤に戻ったと言う事は時計は進んでいるとみていいだろう。

 爆弾からスタートして死体に囲まれるような生活に片足入れている覚悟をしているんだ、これで全く気配がなかったら泣くぞ。

 とりあえず、明日は江戸川の見舞いに行こう。

 

 そういえば、源之助が何かを噛んだり爪を立てたり落としたりしてる。何かの小さな機械みたいなんだけど、これ何だろう? 見覚えが全くない。とりあえず使い物にはならないみたいだし、なくても困りそうにないし(そもそも猫の唾液だらけに加えて傷だらけで壊れている可能性大)、捨ててもいいかな?

 この家に来るのって越水とふなちだけだし、奴らの落し物かもしれん。明日一応二人に見せてみようと思うけど……どこにこんなんあったんだろ?

 

 

 

5月20日

 

 越水が一日のほとんどを俺の家で過ごすと言い出した。え、なんでそうなるの?

 ふなちも今までよりもこっちに来るようにしますと息巻いていた。なんで?

 そのふなちに連れられて、いつの間にかふなちと仲良くなってた千葉刑事に高木さん佐藤さんペアまでが今日は来た。本当になんで!?

 

 俺がなにかやらかしたのかと頭が真っ白になったが、どうにも俺を心配してくれている模様。

 どうやら昨日の機械、盗聴器だった模様。まじでか。

 

 いや、盗聴器仕掛けられたってのはショックだけど、それで家に人が増えるのはどう考えてもおかしい。

 心配してくれるのはありがたいけど、男の一人暮らししている家に乗り込むのってどうよ。いや、家賃光熱費とかどうでもいいから。

 

 で、そっちも問題だけど、一番デカイのはやっぱり盗聴器だ。

 誰だ? というか、どこだ? 地雷を俺はどこで踏んだ? あれか、工藤の家にいたあの女か?

 ……いや、あれは追いつめられるとクソ度胸発揮するタイプっぽかった。怪しさではトップだけどとりあえず保留。……名前を伏せてたあの人とかもうそうだけど●●●●―――

 

(ここからの2行がペンでぐちゃぐちゃにされている)

 

 あかん、疑い出すとキリがない。共闘関係にまでは持って行ったが、本当の意味での信頼関係にまでは届いていないだろう江戸川、工藤の情報が欲しい蘭さん、マスコミの怜奈さんに関係者の鐘下さん(偽名)などなど……

 信じることも、疑うことも大事な事。問題はどっちを選ぶかだ。

 とりあえず、風呂に入りながらどうするか考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

―― プルル、プルル、プルル

 

 机の上に置いていた携帯電話が鳴り響く。

 一瞬、『仲間』からの通信かと思って身構えるが、ディスプレイに表示されている名前を見て……私はさらに身を固くした。

 

――『浅見 透』

 

 初めてあった時からこちらに対してアドバンテージを持ち続ける青年。ベルモット……あの性悪女のここ最近のお気に入りにして、同時にあの女が危険視している相手。

 彼女の変装はほぼ完璧だ。顔も身体も、そのほとんどが……。ただ一つ、実際に変装したまま行動するために、ある程度の制限がかかってしまう手以外は。

 それでも彼女は、違和感のない特製の手袋を付けて、可能な限り『リアル』に近づけた。実際、彼女の手は、見た限りでは完全に少し毛深い男のそれだった――が、彼には通用しなかった。

 

 

 

 

『綺麗な手ですね』

 

 

 

 

 

 あの時のベルモットの気配。殺気と歓喜が混じったような気配は今でも忘れられない。

 

 

――ピッ

 

 

「もしもし、透君? どうしたの?」

『すみません、こんな時間に……折り入ってご相談がありまして……』

 

 相談。さて、その言葉もどこまで信じていいのだろうか?

 見た目も雰囲気も平凡と言える彼が、ふとした瞬間に垣間見せるあの雰囲気。

 陳腐な表現だが――狙った獲物を視界に納めた獣の視線。――飢えた獣。

 まだ彼と交流を持ってそんなに経っていないが、伝え聞く話が彼の異常性を物語っている。

 連続爆弾魔との対決に始まり、ベルモットの変装を見抜く観察眼、離れたベルモットやカルバドスの気配を感じる勘の良さ。推理力。最近、また一つ事件を解決へと導いたという話を『仲間』から聞いた。

 油断すれば、こっちが食われかねない。

 

「どうしたのかしら? ひょっとして、変な取材でも入った?」

『えぇ、そうみたいなんです』

 

 変な取材……こちらが情報をリークした連中のどこかが無茶でもしたのだろうか。

 

『実はですね、先日ウチに盗聴器が仕掛けられてまして……』

「――っ! な、なんですって!?」

 

 なんだ、それは!? 私はそんなもの仕掛けていない!!

 今、『組織の仲間』で彼の監視を命じられているのは実質私だけ。ベルモットは興味本位で接してはいるが、まだそんなものを使うほどじゃないはず。……カルバドス? いや、尚更違う。

 …………じゃあ、誰が……!?

 

『一応警察の方にも連絡はして、今盗聴器を調べてもらっているんですが……多分何も出ないでしょうね』

「…………た、大変ね」

 

 何も証拠は出ないと彼は確信している。つまり、それがプロの物だと彼は見抜いていると言う事になる。マズイ――!

 

『えぇ、本当に……007やらCIAでもあるまいし、誰がそんな事をしたんでしょうね』

 

 電話の向こうでは『ハハハー』といつもと変わらない感じで笑っているが……私は思わず歯を噛みしめてしまった。

 

(007……CIA……。やっぱり、彼は知っている。でも、どうして――どうやって!!?)

 

 水無怜奈が偽名であること。これは別に知られてもしょうがない。だが……もう一つのほうは、どうやって彼はたどり着いた!?

 

『警察の調査を一応は待ちますが、水無さんにも協力をお願いしてほしくて……もしマスコミ内でそれらしいことをしたという話を耳にしたり、怪しい動きがあったら教えてほしいんですよ。……これ以上の干渉はごめんですし』

「え、えぇ……そうね。こちらでも大至急調べてみるわ」

『お願いします。水無さんのこと、信じてますから』

「…………ありがとう。さっそく、知ってそうな人に連絡をとってみるわ」

『ありがとうございます。――それじゃあ、また電話しますね? 夜遅くにすみませんでした』

「ううん、気にしないで。何かあったらまた電話ちょうだい? ……それじゃあね」

 

 通話を切り、あたりに沈黙が広がる。だが、胸の鼓動は強く、うるさく脈を打っている。

 

(どうする……どうする!)

 

 彼はベルモットとも繋がりがある。組織に入っている人間というわけではないが、彼がうまく立ち回れば私はすぐにも追われる立場になる。

 

(彼を守らなくてはならない。私個人としても、CIAの一員としても)

 

 先ほど浅見からかかってきた携帯とは別の携帯を取り出し、頭に焼き付いている仲間の電話番号をコールする。

 幸い、今なら監視の目が緩んでいる。『仲間』に連絡をしないと!

 

(まさか……彼、ここまで読んで……っ!?)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「盗聴器が破壊された? なるほど……」 

 

 部下から報告を受け、降谷は『やはり……』と思っていた。

 浅見 透。『例の組織』との不自然な繋がりが見られる妙な男。

 尤も、彼自身の行動に怪しいところは少なかったため、念のための一時的な調査として盗聴器を設置したが、先日すぐに破壊されてしまった。

 そこで、念のためにもう一度仕掛けに行くよう指示を出したのだが、彼のそばにいる越水、中居という二人の女性が彼の家にいるようになり、さらに警察の人間が彼の周りをうろつくようになったために近づきづらくなっているようだ。

 

「彼は盗聴器を捨てたんですか?」

『いいえ、どうやら盗聴器自体は警視庁に提出されたようです』

「ふむ……まぁ、それは問題ない」

『えぇ……。ですが……気になることがいくつか』

「気になること?」

『はい、今日の話なんですが、浅見透の近辺の空き家のいくつかが、急に買い手がついております。それと同時に、彼の家の周りを通る人間が少し増えています。そのうちの何人かは……外国人です』

「……へぇ」

 

 それは興味深い話だ。盗聴器に気が付いた彼は、身の危険を感じたはずだ。そして彼は、身を守るために彼の知り合いに助けを求め……。

 

「浅見透から目を離すな。彼のバックボーンにも興味があるが、『組織』の人間も彼に興味を持っている。……ことが起こるとすれば、彼の周りだ。念のために、越水七槻、中居芙奈子の両名にも人員を」

『監視ですか?』

「いや、それもあるが護衛を主としてくれ。彼女たちを何としても守り抜け」

 

 浅見透のことは何度も調べているが、怪しいところは全く出ない。それが逆に怪しいからこうしてさらに調べているのだが……。

 彼は隠された地雷のような存在だ。どこを踏んだら爆発するかわからない存在。

 直接目にしてはないが、彼女たちは彼にとって大事な存在であることは間違いない様だ。

 もし彼女たちが害されたら……。

 

(間違いなく爆発する。浅見透という特大の爆弾が)

 

 どういう形でかは分からないが、こうして彼の周りにそれらしい影が現れた今、楽観視はできない。浅見透にはなんらかのバックボーンがある。

 

「……だれか来る。切るぞ」

 

 足音が聞こえてきたため、返事を待たずに電話を切る。そろそろこっちの仕事の時間のようだ。

 足音が徐々に近づき、その主が姿を現す。

 

「あら? 誰かと電話をしていたのかしら」

「なに、表の顔の依頼人ですよ。浮気調査の経過報告がありましたので」

「あぁ……そういえばあなた、探偵をしていたわね」

「それよりも遅かったですね、ベルモット」

 

 組織でも謎の多い幹部ベルモット――女優クリス=ヴィンヤードは髪をかき上げて、そこに立っている。

 

「えぇ、ちょっとお気に入りの様子を見に行ってたのよ」

「……例の彼ですか。あなたほどの大女優に気に入られるとは、彼も光栄でしょう」

「ふふ、彼は私を女優とは気づいていないでしょうけど……」

 

 ベルモットは自分の右手をさすりながら笑っている

 

(握手しただけで、ベルモットの変装を見抜くなんて……)

 

 観察力、洞察力に優れた人物。正直な話、降谷個人としても浅見透には興味がある。

 やはり、一度彼とは直に接触する必要がある。今はまだ無理だろうが機会を見て……

 

「まぁ、今はその話はいいわ。行きましょう? バーボン」

「えぇ、すぐに車を出しますよ」

 

ポケットからキーを取り出し、自分の車に向かおうとして……足を止める。

 

「あぁ、ベルモット。一つだけ聞きたいんですが」

「何かしら、バーボン?」

「例の彼、どんな人間なんですか?」

「そうねぇ……普通の男よ。本当にどこにでもいそうなハタチの男の子。でも――」

 

 ベルモットは、そこで一旦口を閉ざした。

 

「ふとしたときに、私の知り合いに似た気配を持つのよ」

「知り合いですか?」

「えぇ、一人は私の個人的な知り合い。そして、彼の持つ気配はもう一つ――あなたがよく知る男よ、バーボン。悪い意味でね」

「…………へぇ、それはそれは」

 

 自分がよく知っている男。その言葉だけならわからないが――

 

(悪い意味――か)

 

 脳裏に浮かぶのは、一人の男。この組織にいて……そして裏切った――いや、最初から裏切っていた男。

 願わくば、自分の手で決着をつけたい男――!

 

 

「会うのが楽しみですね」

 

 

 

――浅見 透くん

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「浅見様! ご飯の用意ができましたわ!」

「できましたじゃねぇ! 何ナチュラルにうちで飯食ってんだ!」

「まぁ、作っているのは越水様ですが……」

「…………」

 

 警察と水無さんが打った手の二段構え。だれが仕掛けたかはわからないけど、とりあえず盗聴器はあれから仕掛けられた様子はない。定期的に佐藤さんや高木さんも来る……千葉刑事はどういうわけかふなちとある程度は話せるようで、来るときは大体ふなちに引きずられてやってくる。

 うん、いや、それはいいんだが……。

 

『浅見君、ふなちさん! 早く来ないと夕飯冷めるよー?』

「…………どうしてこうなった」

 

 最近ではふなちも借りてるアパートではなく、車で一緒に越水の部屋に帰って寝泊まりしているようだ。もうそれルームシェアのほうが早くね? あ、もう計画してるんですかそうですか。

 

「源之助様もお腹空きましたよねー?」

 

 さっきから俺のズボンの裾で遊んでいる源之助をふなちが抱き上げてクルクル回っている。

 おい源之助、『なーお♪』じゃねーよ。お前俺が抱き上げる時より喜んでねーか?

 

「はぁ…………」

 

 まぁいいや。意外とこういう生活も悪くない。明日は講義が終わったら水無さんが話があるらしいし、今日ぐらいはゆっくりしよう。

 明日から、盗聴器の件も含めて身の回りを固めておかないと……。

 

「ちょっと待って越水ー、今行くー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胃が痛い…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 




越水「また危ないことに首突っ込んでるんでしょ!? そうでしょ!?」
浅見(ブンブンブンブン)「知らねぇ、俺知らねぇ」

水無「彼からどうにかして詳しい話を聞かないと」

降谷「赤井に似た男か……」
ベルモット(ニッコリ)







感想返しは後でちょくちょくやっていきます


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011:再び始まる受難の日々

 5月23日

 

 ここ数日は大変だった。どこから書けばいいのかちょっとわからないレベルで大変だった。

 まずは、例の盗聴器の件だ。高性能品というわけではないが、市場に出回るようなタイプの物ではなかったらしく、心当たりはないか目暮警部に電話で聞かれた。

 真っ先に思い当ったのはマスコミ関係者だ。あるいは工藤新一の関係者とか。

 そこらへんを目暮警部に伝えると、一応パトロールを強化するのと、おかしいと思った時はすぐに連絡をくれという微妙な回答だった。いや、頑張ってはくれているんだろうけどね? 佐藤さんたちも警官としてではなく個人として俺たちの所に来てくれるし。千葉刑事? いつもウチのふなちがご迷惑をおかけして申し訳ございません。今度一杯誘う事をここに決めた。

 

 ともあれ、そんなこんなで次は例の件を調べてくれるといった怜奈さんとあった時の話。待ち合わせの喫茶店に行くと、窓際にスーツ姿の水無さんがいた。仕事の合間を縫ってきてくれたかと思うと頭が下がる。

 で、さっそく怜奈さんが作成した資料(めちゃくちゃ分厚かった)とやらを一通り見たけど……思わず『なにこれガチすぎる』って思う物だった。金のためならばなんでもやるようなフリーライターのリスト、反社会勢力との間に大きな金の動きが見られるマスコミ関係者のリスト。反社会勢力の動向、最近近辺で動いているらしい警察の公安の動きなどなど……。

 見てはいけない物を見た気がするが、見てしまったものはしょうがない。

 大事なのは、近辺にこれだけ危険な種があると言う事と、この街を中心にでかい事が動き出している事だ。

 特に気になったのは公安の動きだ。公安といえば、正直イメージでしか知らないが、CIAみたいな組織の日本版だった……様な気がする。今度改めて調べてみよう。

 そんな組織が近くで動いていると言う事は、ここでなにかデカイ事が起きつつあるということだ。その大本を探せば、時計の針を大幅に加速させる行動も思いつくんじゃないだろうか?

 

 ここら辺は今度、盗聴器の件も兼ねてまた江戸川と話し合おう。

 

 大きな出来事はとりあえずこれくらいだが、細かい出来事が色々とあってまいった。

 怜奈さんとあった日の夜には、図書館で麻薬を捌いていたおっさんを蹴り倒して、次の日には蘭さんからの恒例のラブコール(対象は俺ではない)が入って、さらには毛利探偵の飲みに付き合うという……いまさらだけど奢ってもらって大丈夫だったのかな? あの「十和子」ってクラブ死ぬほど高そうだったんだけど……。

 事務所まで毛利さん連れて帰ったら蘭さんには「お父さんがごめんなさい」って頭下げられ、江戸川から(何やってんだオメー)みたいな感じで見られた。なんかイラっときた。おめー今日二日酔いで小学校行っただろーが、俺知ってんだからな。

 

 

 書いてて思ったけど二日酔いの小学生ってもう存在がロックだな。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「呼び出してごめんなさい透君、これが頼まれていた調べ物よ」

 

 呼び出した喫茶店の席で私は彼と会っていた。彼に渡すものがあるから、それと……。

 資料とは、彼の近辺で動く可能性があるフリーの人間や、なんらかの組織の動向などを調査し、まとめたものだ。

 

「ありがとうございます、怜奈さん。おかげでかなり助かりますよ」

 

 浅見透は、私が手渡した資料をその場で開き、その一枚一枚にすばやく目を通していく。本当に読んでいるのか怪しいくらいの速読、なるほど……事務能力も高いと見ていいだろう。分かってはいたが、実に多彩な技能を持つ子だ。

 

(ベルモットが、彼と重ねてみるのも分かる気がする)

 

 彼女が例の記事、組織がリークした爆弾事件の情報を元に書かれた彼を示唆する記事を目にしたとき、小さくこう呟いたのを……今でも覚えている。

 

 

 

 

――シルバーブレット、やっぱり貴方が関わるのね……。

 

 

 

 

(シルバーブレット、赤井秀一……)

 

 組織のボスが恐れる男。心臓を射抜くかもしれない……銀の弾丸。

 ベルモットが浅見透をたまに彼と重ねて見ている事は薄々気づいているが、あの口調はまるで……

 

(どういうこと? ベルモットはすでに彼と出会ったことがある?)

 

 分からない。会話の断片から彼の周囲を推理しようにも、新しい情報が出れば出るほど彼という男が分からなくなっていく。

 

「? これは……?」

 

 資料を読み進めていた彼が、パタッと手を止めた。気にかかる組織があったのだろうか。目だけを動かして彼の開いているページを覗いてみると――

 

(! 警察庁……公安?)

 

 そういえば『仲間』の方からも、彼の家の周辺を探っている何者かがいるという報告は受けていた。まさか……その何者かが?

 彼はかなりそのページを真剣に読んでいる。公安に関しての情報はガードが固いのもあって、内容としてはこの米花町を中心に何らかの活動を始めたというくらいしか分かっていない。確かたった2ページの報告だったハズだ。それを彼は、そこのページだけ何度も読み返して……そして、ニヤっと笑う。

 

 

 

 

 

―― ……悪くない流れだ

 

 

 

 

 

 普通なら聞き洩らすだろう小さな声。かすれるような声だが、今私は彼の目の前にいて、そして彼は、ある意味組織よりも油断してはいけない男だ。その小さな囁きを、私は逃がす訳にはいかなかった。

 まさか――公安の動きは、この男の計画通りだというのか!?

 あり得ない。今まで見てきたが、浅見透は確かに特異な人間だが、公安という組織を動かす程の力はなかった……ハズ。

 それとも……最初から巧妙に隠していた? そうだ、そもそもどうやって私をNOCだと調べたのかも分かっていない。

 まさか……そんなことがありうるのか。彼の背後か、あるいは彼の手の中に。CIAですら把握できていない情報戦、諜報戦に長けたナニカが。

 頭の中で今までの事を思い出していく。

 本来ならば、そろそろ私は事故死して後続の人間とバトンタッチするはずだった。それがこうなったのは――

 

(彼が現れ、組織の標的になった人間の関係者という事で注目を集め……私が張り付くようになって……そしたら盗聴器が――)

 

――盗聴器!!

 

 浅見透は仕掛けられたからと言っていたが、あれが彼による自作自演だったら? あの時点で彼は私を知っていた。重大なアドバンテージを持っていた。だから、彼は私に違うと分かっていてあえて警告の連絡をしたとしたら……彼にはわかっていたハズだ、周辺を固めるために人員を出すと! しまった!

 

(我々CIAは……釣り出されたのかもしれない!)

 

 目的は分からないが、この町に人員を集めている今になって公安が動き出した。これから先、迂闊なまねはできなくなる。彼の目的が、CIAをこの米花町に足止めすることだったとしたら!?

 

(彼は公安の人間!? いや、それならばさっきの呟きはおかしい。じゃあ、公安も同じように?)

 

 CIAと公安。二つの諜報機関をこの米花町に集める事が彼の目的だった!? 馬鹿な、何のために!?

 目をそらすため? あり得ない。公安もCIAもそんな小さい組織ではない。この町に来ている人員だって最小限の物だ。

 

(やっぱり、浅見透はなんらかの目的のために行動している。それだけは間違いない)

 

 そう、彼は何らかの目的のために行動している。そして、それを知らないまま迂闊な行動に出れば……我々は呑まれてしまうだろう。浅見透の得体の知れなさは、漠然とそんな予感をさせる。

 資料を大体読み終わりそうな彼を尻目に、こっそりと携帯で仲間にメールを送る。内容はたった一言――『撤退』だ。

 近くのビルの屋上を見ると、待機していた『狙撃班』の影がちらっと見えた。

 

(今、うかつに彼を消す訳にはいかない……。もっと情報を得ないと……)

 

「ありがとうございました、怜奈さん。おかげでかなり参考になりました」

 

 あれだけの膨大な資料をもう読み終えたようだ。

 

「そう、それなら良かったわ。どう、目星は着いた?」

「いや、それはまだなんですけど……。ただ、これだけ周囲の動きが分かれば、色々手は打てそうです。本当にありがとうございました」

「ふふ、お役に立てて嬉しいわ」

 

 手を打つ……。彼の周りで何かが動き出すと言う事だろう。調査をより強固にする必要がある。

 

「しかし、ここまで詳しく調べてもらってすみませんでした」

「いいのよ、私はただまとめただけだし」

「いえいえ、そんな事は。それと、調べてもらった方々にもよろしくとお伝えください。報酬もキチンと――」

「――お金はいいって言っていたわ。それよりも、また面白いネタを提供してほしいって」

「……自分、基本的にはしがない大学生なんですけどね……?」

 

 なるほど、この白々しさはベルモットに似ているかもしれない。これに胡散臭さも加われば、それこそ男版のベルモットだろう。なんて性質の悪い……。

 

「一応このファイルはお返ししておきます。盗聴器を仕掛けられたばかりの家にあっていいものじゃないでしょうし」

「そうね、もし必要な項目があったら連絡を頂戴?」

「えぇ、その時はまたお願いします」

 

 そして浅見は右手をすっと差し出し、

「貴女と知り合えて、本当に良かったです」

「……えぇ、こちらこそ」

 

 私もまた、彼の手を握って答える。決して逃がさない。貴方が何者なのかを知るまでは。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 5月24日

 

 小学校が終わるのを待って江戸川に会って来た。

 内容はもちろん、盗聴器に関することだ。仕掛けられていたという話をした時、江戸川の顔がすっげー真っ青になったが、公安がうろついているという話をすると、今度は真面目な顔になった。

 あの顔色を見る限り、もう厄ネタが動いているとみて間違いないだろう。思ったよりも早かったな、ちくしょう。江戸川もヤバいと思ったのか、改めて阿笠博士の家で話す事になった。これで本格的に関わることができるだろう。

 とりあえず、その盗聴器の件で性質の悪いマスコミ関係の可能性があるとした上で、いろんな方面に顔が利く水無怜奈に協力を頼んだ事を全て話した。

 その後、怜奈さんから見せてもらったファイルの内容を記憶している限り江戸川には伝え、周辺の状況を伝えておいた。正直、役に立つかどうかは分からないが、主人公なら活かせるだろう。

 

 問題は厄ネタへの対処法だ。公安の動きの中心にいるのが、江戸川の身体が小さくなった理由とやらに関係しているんじゃないかと伝えると、その可能性は十分にあるとアイツは言っていた。

 そうなると、公安の人間とどうにかして接触したい所だが……公安の動きの中心点となってるのはいったいなんなんだろう?

 それと、江戸川が今度怜奈さんと会う時は呼んでほしいとの事なので、近いうちに場をセッティングしておく必要があるな。これも忘れないうちに準備を進めておこう。

 

 

 

 

 

 5月29日

 

 なんか爆弾事件に巻き込まれて死ぬとこだった。また爆弾ってどういうこと?

 雰囲気がいいという噂を聞いて米花町の大黒ビルの最上階にあるラウンジバー『カクテル』という店で飲んでて、ちょっと電話をしに店の外に出た瞬間いきなり明るくなったかと思ったら、病院だった。なに書いてるか分かんねーけどマジでこんな感じだった。気が付いたら越水もふなちもむっちゃ泣いてるわ目暮警部一行や毛利探偵一行までが勢ぞろい。いやもうマジで何が何だか分かんなかった。

 とりあえず体が痛ぇ。軽い火傷で済んだのが奇跡だったらしいけど……。正直まだ実感が湧いてない。

 江戸川、頼むから後日説明プリーズ。

 




感想返そうと思ってたらいつの間にか話を書いてたというこのorz
今話こそはキチンと返信……できるといいなぁ(汗)

いつも感想ありがとうございます。結局返せてませんがいつも楽しみにさせてもらっています。
誤字報告をしてくださる方も本当にありがとうございます。

浅見君を示す言葉が『なぜか死なないアイツ』で固定されつつあって爆笑させていただきましたw
これからもどうか、よろしくお願いいたします!


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012:ある大学生の周辺(副題:フラグが立たない日ってあるの?)

やばい、キールさんいじめるのが楽しくなってきた。
こんな扱いにするハズじゃなかったのに……


「一体どうなっているの!?」

 

 痛む胃を押さえながら、水無怜奈は病院のエントランスで思わず呻いていた。

 始まりは彼の監視をしていた仲間から、無茶苦茶な報告が入った所から始まる。

 

 

――浅見透が単身、組織の取引現場に乗り込んでいった。

 

 

 もうこの時点でテレビ局を飛び出したかったのだが、続く報告でさらに愕然とした。

 『浅見透が爆発に巻き込まれた』とは一体どういう事なのか。今、彼に万が一があっては困ると慌てて病院に行けば、当の本人はほぼ無傷でピンピンしているときた。一体彼はなんなんだろう。

 監視していた人間が言うには、出入り口の重い扉を上手い事爆風を逃がすような角度で盾にし、殺しきれなかった爆風に逆らわず被害を最小に防いだらしい。

 確かに彼の身体はかなり鍛えられているが、ほとんど傷はなかった。そんな高度な訓練を受けたとは思えないが……。あぁ違う、先入観に囚われたらダメだ。その結果がCIAの人員がうかつな行動ができない今に繋がっているのだ。

 問題は、彼が一体何の目的で『カクテル』に向かったのかだ。これに関しては私もジンに報告を上げるしかなく、正式にカルバドスも彼の監視に付くことになった。

 これから先、私もますます動きづらくなるだろう。先日彼が言っていた『手を打つ』というのがなんなのかすらまだ分かっていないというのにっ! 

 人手が足りない。全く足りない。早急に何か手を打たないと……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「つまり、あの店はヤバい奴らの取引に使われていた現場だったってわけか」

 

 再び病院のやっかいになっている俺の元に江戸川が阿笠博士と一緒にやってきたのは、空が赤くなり始めた頃だ。

 

「で、そのヤバい奴らっていうのがお前の身体を小さくした原因で、江戸川はそいつらを追っていると」

「あぁ……。せっかく見つけた手掛かりは爆死して、残ってた手掛かりも同じく吹っ飛んじまった」

「同じく? その手掛かりとやら、口封じとかで殺されたのか?」

 

 となると知っちゃいけないことを知った、いわゆる重要なショートカットを逃したことになるが……。

 

「いんや、ソイツが死んだのは手違いだったよ。犯人は、本当はその取引相手を殺そうとしていたんだけど爆発物を仕掛けたカバンが取引で入れ替わって……」

「悪者にこういうのもなんだけど、不運ってレベルじゃねーな」

 

 いや、本当に。しかしなるほど……おそらく、流れそのものは本来とそう変わってはいないのだろう。俺がかかわっていたとしても変えられそうにない様子だし……。それにしても、手掛かりが全部吹っ飛んだか。物語のお約束に当てはめると、これはどのパターンだ? メインストーリーにかかわっているのは間違いないだろうが、何も進行しないなんて考えづらい。現状、あるとしたらこっちじゃなく、敵側に何かが?

 

「江戸川、他になんもないのか? 例えば取引の内容とか」

「一応聞いてきたけど、優秀なプログラマーのリストを高値で取引したとしか……」

「プログラマーのリスト?」

 

 なんじゃそりゃ? と尋ねたら、阿笠博士が答えてくれた。

 

「あの企業のヘッドハンティング候補者のリストじゃったらしい。同時に、警戒せねばならん相手のリストでもあったらしいのぅ」

「? 事件があった企業って確かゲームの開発を主とする会社でしたよね。プログラマーが大事っていうのは分かりますけど……やっぱり取り合いが激しいんですか?」

「うむ、今は様々な会社が次世代ハードの開発に専念しておる。満天堂のような国内の会社もそうじゃが、最近では海外のシンドラーカンパニー等が新しいプロジェクトを立ち上げておる」

 

 シンドラーカンパニー? あー、どっかで聞いたことがあるようなないような……あ、

 

「例の天才少年がいた所か」

 

 確か、サワダ ヒロキくんとか言ったっけか。この間にニュースで特集が流れていたハズだ。その特集というのが――

 

「うむ……残念な事に先日、自殺してしまったがのぅ……」

 

 ――そう、追悼特集だった。現養父のトマス=シンドラー氏や実の父親である人のコメントまで入っていて、ヒロキくんがどんな子だったかを語っていた。

 

「んんっ! 話がそれてしまったの。まぁ、そのリストを調べて何かが出ればいいんじゃが……」

「奴らに関しては手掛かりなしだろうな……」

 

 江戸川は本当に残念だという感情を全て込めたような、深ーいため息を吐いた。

 この様子からすると、どうやら物語もまだまだ序盤の方なのだろうか? 少なくとも、そうであるという覚悟だけはしておいた方がよさそうだ。

 

(……俺、あと何年大学二年生をやるんだろう……)

 

 この時期はまだいいが、12月とか1月辺りになるとダメージがでかいのだ。心の。あ、ヤバい、泣きそうになる。話題を変えよう。

 

「あぁ、それと怜奈さんに会う件だけどもうちょっと待ってくんない? ここんとこ頼みごとの連発で俺としてもちょっと間を置きたいんだわ」

「それは別にいいけど……どういう人なの? 例の資料、裏も取ったから本物だって分かるけど……あれ、とんでもないものだろ?」

「色んな方面に顔が利く人なんだと。いや~むちゃくちゃいい人だわあの人。盗聴器の時なんか電話の向こうで無茶苦茶心配してくれてな?」

 

 江戸川の懸念も分からなくはない。確かに、一アナウンサーにしては怜奈さんは有能すぎると思う。だからこそ、俺は確信している。あの人は間違いなくメインストーリーに関わる人間だ、恐らくは――味方で。

 まだ完全な確信は持てないから、いくつかカマをかけたりしながら立ち位置を探ろう。江戸川と会わせるのはそれからでいいだろう。

 

「あぁ、そうだ。浅見さん退院はいつの予定?」

「ん? おぉ……ぶっちゃけ明日にでも退院できるぞ。軽い火傷と、身体を打っただけだしな」

「ふーん……。それじゃあさ、今度の土曜日って空いてる?」

「あん? 空いてるけど、なんかあったのか?」

「多分、後で蘭か園子からまた声かけられると思うけどさ――」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「浅見さんを誘えって……なんでそんな事になったの?」

 

 放課後、園子と街に行く約束をしていた蘭は、彼女と二人で色んな店を見て回っていたのだが、ふと園子からある事を頼まれていた。

 

「次郎吉おじさまに頼まれたのよ。彼を是非とも連れてこいって」

「次郎吉おじさま?」

「あー、そっか、蘭は面識なかったっけ? パパのお兄さんで、鈴木財閥の相談役をやっている人。ついでに無類の目立ちたがりでさー、色んな事に手を出しては賞とってんのよ。ゴルフにヨット、サバンナラリー他諸々ってね。この間も何かの賞を取ったみたいなんだけど……それがこの間の爆弾事件で、一面に乗るはずの記事が潰れてしまってもうカンカン」

「ちょっと園子、それで浅見さんを呼び付けて八つ当たりしようなんて話だったら私断るわよー?」

 

 蘭が焦った様にそう言うと、園子は「ないない」という様に手を横にパタパタと振り、

 

「逆よ逆! 『儂の一面を潰した憎っくき悪党を捕らえた若造に、是非とも会って直接話したい!!』とか言っちゃってさー。まぁ、面倒なのには変わりないけど、蘭が心配しているような事にはならないんじゃない?」

 

 もはや世間では、静かに浅見透の名が広まりつつあった。正確には名ではなく、事件を解決した『工藤新一の助手』が存在するという話なのだが……。

 

「でもビックリしたよね。あの新一君に助手がいて、しかもそれがあの浅見さんだったなんてさー」

 

 園子から見て、一度だけ会った事のある浅見透は、極々普通の男だった。顔は……悪い訳ではないが、いい訳でもない。面食いの園子の食指が働く相手ではなかった。

 

「あの人なら、新一君の居場所も知ってるんじゃない?」

「ううん、あの人も新一の場所は今は分からないって。連絡もろくに取れないって言ってたし」

「ふーん、そっかぁ……」

「ま、まぁ、浅見さんにはこっちから声をかけておくから……えっと、米花シティビルの?」

「そそ、例の爆弾があった所。ウチが出資してるイベントだから、浅見さんには本当に感謝だね~」

 

 もし米花シティビルが崩壊でもしようものならば、イベントどころの話ではなくなり、かなりの損失がいろんな方面に出ていただろう。あのビルの出資者である鈴木財閥ならばなおさらだ。

 

「浅見さんがこういうのに興味あるかどうか分かんないけど、一応パーティーもするみたいだからよろしく誘っておいてね!」

 

 

 

 

 

「来月の15日から始まる、わが鈴木財閥主催の展覧会! 『ロマノフ王朝の秘宝展』に!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 6月1日

 

 今度、鈴木財閥のパーティーに参加する事になりました。ちょっと最近状況動きすぎじゃね??

 なんでも、森谷が爆弾仕掛けたあのビル、鈴木財閥も一枚噛んでいたそうな。それに加えて、理由こそ詳しくは聞いてないけど、鈴木財閥の相談役という人から直々に俺にお誘いがあったそうな。……園子ちゃんに聞いた所、言っておけばその人数分の招待状を出してくれるというので、俺と越水、ふなちと怜奈さんの分を頼んでおいた。蘭さんや江戸川も恐らくは来るだろうし……え、何も起こらないよね?

 

 まぁいいや、怜奈さんにも電話で予定を確認したら、大丈夫と言っていたし。……楽しんでもらえるといいなぁ、ここ最近はお世話になりっぱなしだ。今度時間が合えば、どこかいいレストランでも誘ってみよう。少しずつでも借りを返していかないと、ついついあの人には甘えてしまいそうになる。お姉ちゃん気質っていうのだろうか? 面倒見がよくて、会話をしてて苦にならない人だ。越水やふなちもそうなんだけど……。

 

 越水達にもフォローしとかにゃヤバい。ついに一人暮らしから三人暮らしになってしまった。うん、もう勘弁してくんないかな、マジで。

 俺が爆弾に巻き込まれたのは、誰かが俺を狙っているからじゃないかと思ったらしく、越水が傍から離れてくれない。

 組織などの事情が説明できなかった俺も悪いのだが……うん、その、肩身が狭いです。

 まぁ、向こうからしたら家賃なんかは浮くし、こっちの光熱費とかに当てても安く済むから悪い事ばかりじゃないんだけど……交代制だけどご飯も作ってくれるし、外食とか弁当が減ったから実質食費も浮いてるし、一人だとろくすっぽしてなかった掃除もするようになったし……。なんだろう書いてると俺がダメ人間な気がしてきた。

 

 代わりと言っちゃなんだけど、近いうちに越水の調査を手伝う事になった。本当はこの間のGWの時に四国に行くつもりだったらしいけど、例の爆弾事件で行くのを取りやめたそうだ。怪我しまくっていた俺を放っておけなかったそうで「君って本当にズルいよね」って散々言われた。もうそろそろ許してくれませんかね(汗)

 飲みに行くときも迂闊に遅くなれないし、その事を話したら毛利探偵は爆笑してるし、江戸川は乾いた笑いを浮かべているし。

 おのれー。

 

 

 

 

 6月2日

 

 源之助が肩に乗ってくれるようになった。一度やってみたかったんだ、猫を肩に乗せて歩いてみるって。中二病と笑わば笑え、それでも一度やってみたかったんだ。実際、試しに家の周りをグルっと回れば、例の少年探偵団のメンツにすっごい人気だった。

 ……越水とふなちから生温かい視線を頂いた。ちくしょう、意地でも乗せ続けてやる。

 

 今日は水無さんから身体は大丈夫かという連絡が入った。いつも心配してもらって本当に頭が下がります。まじで今度どこかで奢ろう。死傷者こそ多く出ているが、幸い自分には大した怪我はない。

『爆発程度なら慣れてますからー』と冗談で言ったら沈黙されたのがちょっとつらい。慌てて弁明したが、怒らせてしまっただろうか?

 例のバーにはどうして向かったのか聞かれたが、ぶっちゃけ本当に偶然だったので『ちょっと気になってて』と正直に答えると、また少し沈黙。どうしよう、この人にも越水が言っているように俺が狙われていると思われているのだろうか? 実際、ここ最近は確かにえらい心配をかけている。

 身を守る方法も考えておいた方がいいなぁ。一番手っ取り早いのは……人を集めるか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「浅見の兄ちゃん、相変わらず面白いよな! 肩に白猫乗せてさ!」

「うん! あのお猫さん、すっごい可愛かったー!」

 

 元太くんと歩美ちゃんが口々に先ほど再会した男の人の感想を言っている。

 

「まるであの小説、三毛猫ホームズのようでしたね」

 

 前に会ったのは先月の初め、僕たち少年探偵団に猫探しの依頼が来た時だ。その時はコナン君が先に帰ってしまっていたため、僕たち三人だけで捜査をすることになった。けど、僕たちだけでは目撃証言が集まらず、途方に暮れていた所に、あの人が――浅見さんが力を貸してくれました。

 子供の言う事で、話を聞いてくれそうにない人がいたら、浅見さんが上手く聞き出してくれて、猫のいそうな場所なんかもリストアップしてくれて……。本当にいい人でした。

 

「でも、浅見さん……怪我をしていましたね」

 

 前に会った時はなかった包帯が腕に巻かれていた。包帯がない所にも擦り傷などの痕があった。一体どうしたんだろう。

 

「あの兄ちゃん、うっかりして転んだんじゃねーか?」

「でも、浅見さん、前に猫を一緒に探した時はしっかりしてそうな人だったよ」

「はい、僕も歩美ちゃんと同意見です」

 

 あの人、ぱっと見は痩せているけど、腕とか見る限りかなり鍛えているように見えた。

 最近ではこっそり人を観察するように心がけているのだ。いつまでもコナンくんに負けるわけにはいかない、と。自分も少年探偵団の一員なんですから――!

 

「そんなに怪我が気になるんならよー。明日、浅見の兄ちゃんのとこに遊びに行こうぜ!」

「え、元太君、浅見さんの家知ってるの?」

「コナンなら知ってんじゃねーの? この間二人で歩いている所を見たぜ!」

 

 そうか、浅見さんはコナンくんと知り合いだったのか。……やっぱりコナンくんはすごい。毛利探偵と一緒にいるというのもあるけど、彼は変な所で色んな知り合いを作っている。

 

「それなら、後でコナン君に電話をして予定を合わせましょう! 浅見さんも、我々少年探偵団の協力者! いわば身内なんですから! 様子を見に行くのは何も不自然なことじゃありません!!」

「「おーっ!」」

 

 歩美ちゃんに元太君の同意も得たし、後はコナンくんだけ。近くにいるのならば探偵バッジで呼びかけて――

 

「おや、ひょっとして君たち、浅見透の知り合いなのかい?」

 

 と思ったら、いきなり後ろから声をかけられた。聞いたことのない声だ。

 

「なんだよ兄ちゃん! 浅見にーちゃんの知り合いなのか!?」

 

 振り向いた時には、すで元太君がいつも通り、元気にその人に突っ掛かっていた。

 第一印象は、ちょっとかっこいい人。肌は少し黒くて、背は高い。年は20歳よりは上だと思う。

 

「知り合いというか、同業かな。ちょっと彼について調べててね。話を聞かせてもらえないかな?」

「その前に、貴方が誰なのか教えてくれませんか?」

 

 少し警戒を込めて僕がそう尋ねるが、彼は全然気にした様子もなくニッコリと笑って、

 

「僕は、安室透。彼と同じ――探偵だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 




ベーカー街と世紀末のフラグが立っていますが、一応次は14番目です。
その間に色々やらかすつもりですがw


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013:鈴木財閥という色んな意味での爆破フラグ(たまに墜落もあるよ!)

久々の一万超ww
やっぱり戦闘描写が苦手になってる。またここも要練習ですねorz



 6月3日

 

 なんかまた俺の周りに人が増えた。昨日会ったばかりの少年探偵団が、江戸川と一緒に遊びに来たんだ。光彦君曰く、怪我をしたっぽい俺の見舞いに来てくれたらしいが、歩美ちゃんは源之助目当てみたいだ。サービス精神なのだろうか、歩美ちゃんの目の前で普段見せないレベルでゴロゴロしている。お前普段ゴロゴロどころか動きもしねーだろうが。大体ソファの上でぐでーんとなっているだけだろうが。

 ともあれ、遊びに来てくれたので、適当にお菓子とジュースを出しておもてなしタイム。

 元太くん、よく食べるなー。あの後ちゃんと家でご飯が食べられたか不安になるレベルで。

 

 んで、その後飯を待っていたら(今日の当番はふなちだった)お客さんが来た。

 この近くで開業した私立探偵の安室透という男だ。ちくしょうイケメンは爆発しろ。爆ぜろ。

 その挨拶という事で同業者の俺の所に挨拶に来たらしい。ちゃう、俺探偵ちゃう。ただの助手って言ってんじゃん。

 なんでも、探偵の中では俺の名前が地味に広がっているらしく、是非会いたかったとのこと。うん、計画としては悪くない流れなんだけど、まだこっち守りが固まってない(汗)

 水無さんから誰か紹介してもらうのも考えたけど、まだ決め兼ねている。ストーリーに関わるキャラなのはほぼ間違いなしと見てはいるが、どの立ち位置かがまだハッキリしない。あの性格から『馬鹿め! ひっかかったな!』というタイプではない……と、思うのだが……。

 

 ともあれ、今日はカレーという事と、たまに出るふなちのよくわからん天然がさく裂して安室さんを入れた4人で夕食となった。マジでどうやったらこんなミラクル起きるんだよ。ふなちすげぇ。

 会話もごく普通に進むという奇跡。ふなちの空気の読め無さと安室さんの会話術が上手い事噛みあって……上手い事? うん、まぁとにかく面白い夕食ではあった。

 越水も安室さんと結構話していたが……アレは警戒しているっぽいな。まぁ、盗聴器が仕掛けられてしばらくしたら探偵が乗り込んできたんだから、そりゃ疑うわ。

 ただ、安室さんも疑われるのを知ってるっぽいんだよなー。こう、なんと言えばいいんだろう? 勘と言えば勘なんだが……。俺から少し踏み込んでみるか。多分、関わらざるを得ないんだろうな……。

 

 

 

 

 

6月4日

 

 毛利探偵と江戸川、それに蘭さん。三人は今日から三泊四日のツアーに出かけるそうだ。『シャーロック・ホームズ・フリーク歓迎ツアー』というツアーらしいが……。これ、俺ついていかなくていいんだろうか? どう考えても人が死ぬ。絶対死ぬ。賭けてもいい。

 まぁ、足が原付しかないしどうしようもない。明日から教習所に行こう、早くバイクの免許取らねーと……車の免許ならあるけど……ぶっちゃけ手が出ないし、置く所もないしなぁ……。唯一の車庫は今越水とふなちの車で埋まってるし……。

 まぁ、江戸川と眠りの小五郎のペアがいるなら一応は大丈夫だろう。……大丈夫だよな?

 

 その後、恒例となりつつある源之助を連れての散歩。今日は八木沢さんと会った。散歩のときによく合う男性で、いつもゴールデンレトリーバーの『クール』という犬を連れて散歩をしている人だ。非常に大人しい犬で、うちの源之助とも仲がいい。今日もクールと会うや否や、俺の肩からひょいっと飛び降りてクールの背中に乗っかってぐで~っとなっている。頭をクールの頭の上に乗せて、なんか新種の生き物みたいになっていた。

 

 八木沢さんと別れた後、今度は水無さんと会えた。今日はサングラスをかけた男と一緒だった。TV関係の人か……恋人だろうか? サングラスとキャップのせいで顔は分からないけど結構顔はいい方な気がする。

 珍しく源之助が威嚇する人だった。『こいつが威嚇するなんて中々ないんだけどねー』って笑い飛ばしてみたが、男の人はクスリとも笑ってくれなかった。……今思い返してもやりづらい人だ……。さりげなく握手しようとしても応じてくれず、話のタネとして趣味とか仕事とか酒の話を振ってみたけど答えてくれず。

 なんとなく目線を合わせづらくて胸のあたりに視線をやってたけど、男のそんな所見ても楽しくないのでしょうがなくまた目線を合わせる。本当に変な意味で緊張した。…………水無さんに言いよる男と思われたのかなぁ。いや、下心がゼロかって聞かれると素直に答えられないけどさ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、お前やベルモットが警戒するわけだ」

 

 カルバドスが、冷や汗を隠そうともせずにそう言ってため息をついた。この男がこんなに緊張するのを見るのは初めてだ。

 

「……浅見透。あの男、こちらが武装している事に気がついていたな」

 

 そうだ、それは傍から見ていた私からも分かった。彼の視線は、カルバドスがサスペンダーに付けているホルスターを確認していた。偽装もしていたから、ほんの少しの膨らみしかなかったはずなのに……。

 

「おそらく、俺の動きで分かったんだろう。銃を下げている方は重心が下がる。意識して隠したつもりだったが……。すまん、奴の観察力と洞察力は聞いていたのに……」

 

(まさか、あの無口なカルバドスが私に謝罪するなんて……)

 

 あまり組んだことのない男だが、プライドが高い男だというのは知っていた。その男がこうも簡単に謝罪の言葉を口にするとは……。

 よほど恥じている……いや、悔しかったのか。見破られた事が。

 

(……惚れた相手であるベルモットが認めた洞察力と観察力、それを試したかった……いや、信じたくなかったのかしら?)

 

 とてもそんな軽率な男とは思えないが……いや、それでも女が関わると男は変わってしまう。良くも悪くも……。

 

「それにしても、『好きな酒はなに』と来たか。どう思う、キール?」

「……何とも言えないわね。雑談の流れとしてはおかしくなかったし」

「だが、警戒して損はない相手、か。奴の体付き、恐らくは何かの体術を修めているものだろう。それに、あの手――」

「手?」

 

 そういえば、彼から握手を求められた時、身じろぎもせずにじっと彼の手を観察していたが……

 

「肉の付き方や人差し指のタコ……。かなり使い込んだ手だ。訓練か、あるいは実戦で」

「……得物は?」

 

 私が口にした問いを、彼自身も考えていたのかもしれない。彼はあらゆる武器を使いこなす人間だ。当然、武器を使う人間を多く見てきている。カルバドスはしばらく、何も言わずに考え込んで――

 

「ダーツか……細身のナイフのような物の投擲。それと多分――リボルバーだ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

6月7日

 

 江戸川が帰って来た。思った通りというかなんというか……やはり向こうで事件が起こったようだ。江戸川くんマジパネェっす。さらに、正体があの関西の高校生探偵にバレたらしい。素晴らしい、いい流れだ。アイツには悪いけど、正体を知る人間、あるいは協力者が増えるというのは俺にとっての一つの目安になる。

 最近では江戸川もすっかり家の一員になりつつある。ふなちが運んで来て、越水とテレビを見ながら色々話している。……大丈夫かなぁ、越水も勘が鋭いし、言質を引きずり出す技術はトップクラスだし、迂闊にバレなきゃいいんだけど。や、越水がストーリーに関わっている可能性は十分にあるけど――アイツも元とはいえ高校生探偵だしなぁ――なんにせよ、アイツに江戸川の正体や例の組織がらみが知られると、どう動くのか一番想像がつかねぇ女だ。出来るだけ伏せておきたい。

 

 日が沈みかけてから、江戸川を毛利探偵事務所まで送っていって、毛利さんと顔合わせしておいた。友好関係を築いておいて損がない人物のトップ3には入る人だ。……見ていて不安になる人でもあるが……飲みに付き合っておいた方がいいだろう。事務所に散らばる競馬新聞やパチスロ雑誌を見ていると、目を放した瞬間に身持ちを崩してそうですっげー怖い。

 最近はよく飲みに誘われているし、結構いい関係は築いているはずだ。……もうちょっと様子を見て、近いうちにこの人から色々人を紹介してもらおう。警察関係者ならそこそこ顔は利くはずだ。

 

 

 

 

6月8日

 

 やばい予感がする。今日、鈴木家から誘われて例の展示会――まだ準備段階の物だが――に招待してもらった。

 なんでも、鈴木相談役――すっげー元気な冒険おじさんが、俺と会うのを我慢できなかったらしい。文章にしてみてもあんまり嬉しくねェ。や、すっげぇ権力振り回せる人と知り合えたのはこれ以上ない幸運だったけど……なんで安室さんまで来てるんだ。いや、たまたま居合わせたっていうんなら分かるけど、なにちゃっかりついてきてんだ。相談役も構わんとか言いだすし。

 まぁいいや、ここまでは比較的どうでもいい。一番の問題は、パーティだよ。

 

 江戸川いねーのに、なんで俺が事件に巻き込まれてんの?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「お主が、あの森谷なる卑劣な輩をとっ捕まえた小僧か! よくやった、この鈴木次郎吉が褒めてつかわすわ!!!」

 

 今回のロマノフ王朝の秘宝展は、鈴木財閥が前々から企画していた物らしく、米花シティビルの最も大きな展示場を借りているとの事。相談役はともかく、園子ちゃんのお父さんである鈴木史郎氏はかなり力を入れているらしい。

 

(まぁ、なにか政治がらみの動きもあったんだろうけど)

 

 今度の展覧会の直前に予定されているパーティには、政財界の大物や警察の関係者などかなりの大物が多く招待されているらしい――と、安室さんが教えてくれた。安室さんどんだけ顔知ってんだよマジぱねぇ。

 というか、それだけの顔を知っているってことは……安室さん、ひょっとしてどこかの御曹司とかじゃねーだろうな?

 だとしたら、是非ともつながりが欲しい所だけど、この人は相当怪しいからなぁ。今回はおかしくない程度に……そうだな、警察関係者あたりから当たっていこうか。経済界に政界はまだ手が出せん。というか、よくよく考えたらそっち方面は数人顔を作っておけばいい。一番大事なのは警察関係と医療関係だと思う。

 

 そう考えてから、とりあえず鈴木相談役と園子ちゃんに招待されたお礼を言わねばと近付いたらこれだよ。横にいた安室さんも、気が付いたら距離を取って引きつった笑いを浮かべてやがる。

 

「鈴木相談役ですね? 今回はこの場にお招きいただき、ありがとうございました!」

「なぁに! お主とは是非逢うてみたかった。警察の人間からも話は聞いておったからのう。園子の友人でもある工藤何某にも劣らぬ有能な男だとのぅ!!」

 

 あっあっあっ! と、独特な笑い声を上げる上機嫌なオジさん。あ、やめて。褒めるの止めて、俺いいとこパペットなんだからさ。あとぶっちゃけ俺の推理ってその工藤何某の物なんです。

 

「いえ、鈴木相談役、自分はまだまだ物を知らぬ若造でして――」

「はっはっは! 随分と謙虚じゃのう。気にいったぞ小僧!」

 

 ねぇ止めてよ、フレンドリーに接してこないでよ。警備態勢確認している人達の目が集まっちゃうから、集まりすぎちゃうから……。

 安室さんはこっち眺めているだけで――おい、俺の内面察しているだろう貴様、そのニヤニヤやめろ。

 

「すっごいわね、浅見さん。おじ様がここまで気にいるなんて滅多にないことよ」

 

 まじでか、園子ちゃん。このおっさん初っ端からえっらいフレンドリーなんだけど。

 

「どうじゃ、一足先にロマノフの秘宝を見てみぬか?」

「え、いいんですか? 一応まだ未公開なんじゃ……」

「なぁに、構いはせぬ。公開が始まれば、ゆっくり見ることなど出来ぬからのう」

 

 

 

 

 

 

「へぇ……」

 

 展示場に飾られているのは、まさしく秘宝展の名にふさわしい宝の数々だ。

 豪華絢爛な宝石を大量に使用したアクセサリー、宝剣、彫像……。

 警備の人下げちゃったけど大丈夫なんすか、相談役? あ、外は固めてるんですか。

 

「こりゃすごい。さすがはロマノフ王朝……さすがは鈴木財閥といったところか」

「まぁのう。もっとも、おかげで釣られてやってくる奴が多いがのぅ。今日もロシアの大使館から交渉を持ちかけられて史郎が困っておったわい! まぁ、ほとんどはくれてやってもいいが……」

 

 俺や園子ちゃん、安室さんを先導するように鈴木相談役は一つのショーケースの前に立った。

 そのショーケースの中に入っていたのは――

 

「卵?」

「これは……インペリアル・イースターエッグですか?」

「ほう、安室と言ったか? よく知っておるのう。そう、これが鈴木家の蔵から発掘された51番目のインペリアル・イースターエッグ。展覧会で一番の目玉じゃよ!!」

 

 パっと見で感想を言うならば、二つに綺麗に割れた緑色の卵だ。片方は蓋で、もう片方には中身が入っている。金かな? それで出来た彫刻が中に納められている。一つの大きなソファに、恐らくは父親だろう人物が本を広げ、それを赤ちゃんを抱えた妻や4人の子供が覗き込んでいる。

 

「中にいるのはニコライ皇帝一家の模型じゃ。むろん、純金で出来ておる」

 

 外側だけを見たら緑色の卵型のおもちゃだろう。だがなるほど、こうして開けてみると大したものだ。

 ……多分。俺に良し悪しが分かるはずがないだろう。

 

「ん? どうしたんですか、浅見さん」

 

 実際いいものかどうか考えていたのが顔に出てしまっていたのだろうか、いきなり安室さんが話しかけてくる。

 

「あ、いえ……ちょっと気になって」

「ほう、お主も気になっておるか!」

 

 え、適当に出た言葉に食いついて来たんだけどこのオジさん。安室さんも目を丸くして驚いている。

 

「鈴木相談役も? へぇ……何が気になっているんですか、浅見さん?」

 

 俺が聞きたいです。切実に。鈴木相談役、俺の代わりにご感想を――あ、聞く姿勢に入っていますね。

 

「いや、その、上手く口に出来ないんですけど……何か、物足りないような」

「うむ、儂も同じ事を思っておった。史郎のやつは『こういうものじゃないですか?』などと言っておったが……まったく、目利きに関しては朋子くんの方が頼りになる」

 

 ……ハッタリも意外と役に立つもんだ。ってか、俺が適当に言った事に同意しただけじゃねぇだろうな相談役。……実は美術オンチ? さすがにそれはないか。

 安室さんは今の流れをどうやら信じてくれたらしく、「お二人ともすごい観察力ですね!」等と言っている。なんだろう、やっぱこの人なんか胡散臭い。同時になんか憎めない感じだけど。

 ともあれ、もう少し安室さんを知る必要がある――前に、相談役としっかり関係を築いておこう。金持ちと仲良くしておいて損はないんだ。俺知ってる。

 

(――あれ?)

 

 いざ相談役に適当に無難な話題を放り込もうと思ったんだが……なんだろう、今空気が変わった様な気がした。なんとなくだが、

 

「安室さん、今周りに警備の人いますよね?」

「え? あぁ、この展示室にはいないけど、僕たちが入る時、確かに周辺は固めていたようだよ。これだけ国宝級の物が揃っているんだから、設備も人員もかなりの物だったよ」

「…………」

 

 聞かなきゃよかったと思った。いや、警備がなかったなんて言われたらもっと不味いが、こう、しっかり固めてあるというのは、なんだかフラグっぽい――

 

 

 

 

――バチン!!

 

 

 

 

「……そらきたよ」

 

 周りを見渡しても、今は何も見えない。全ての灯りが一斉に消えたからだ。慌てた声を上げる相談役と、腰を落としたのかやや低い位置に安室さんの気配を感じる。

 

「な、なんじゃ、これは一体――」

「しっ!」

「相談役、声を立てずに体勢を低くしてください」

 

 安室さんは、落ちついて相談役の安全を確保している。――手慣れてるな。

 

「安室さん、相談役をお願いします」

「分かった。気をつけて」

 

 これで相談役は大丈夫だろう。手探りで展示物の位置を確認しながら、出入り口の方に向かう。

 異常は外も感じているはず。それで中に入ってこないどころか物音一つしないというのは、少し嫌な予感がするが……。ともかく一度外に。

 

 

――チャキッ

 

 

 いつだか聞いたことのある音がした瞬間、気がつけばその方向に全力で鍵を投げつけていた。昔『師匠』の方に教わった簡単な技術。一番真っ直ぐ、かつ速く相手に物をぶつける技術。方向からして、間違いなく相談役や安室さんではない。となれば―

 

(当たってくれ!)

 

 ヒュンッ! という音と共に自分も音のする方に走る。徐々に暗闇に慣れてきたため、遮蔽物があるかないか位はなんとか見えてきた。

 

(立ち止まったらアウト! さっさと確保する!)

 

 人影はうっすら見える。それを確認するのと同時にチャリン!という音とそれとは別に重い何かが落ちる音がした。人影は――普通に立っている。外れか!

 叫び声を上げたい欲求にかられるが、そんな事をしたら完全に場所がばれる。

 

(もういっちょ!)

 

 ポケットに入れておいた携帯を、今度はソイツの足元辺りを目掛けて思いっきり投げつける。こっちの姿は向こうにももう見えているハズ。投げた動作位は見えただろう!

 

「…………っ!」

 

 向こうの呼吸が乱れる音が聞こえた。当たったかどうかは関係ない。迷わず、そいつの腹の辺りをめがけて思いっきり蹴りをお見舞いしてやった。

 肉にめり込む感触が足を通して伝わってくる。

 

「おおぉっ!!」

 

 ここまでくればもう声なんて関係ない。自分を奮い立たせる意味で叫びながら、そのまま相手を押さえ込――

 

『―――――っ!』

「がふ……っ!」

 

 

 マスクか何かをしていたのか、くぐもった声で何か怒鳴りつけられたのと同時に腹に熱が走る。チラっと目でそちらを見ると、相手の膝がめり込んでいる。くそ、かなり重いっ!

 こちらが一瞬怯んでしまった隙に、相手はこちらから距離を取り――いや、『タタタタッ』と走り去る音が聞こえる。音が聞こえなくなるかならないかというタイミングで、復旧したのだろう。電灯が徐々に点灯しだした。

 犯人らしき姿は……あるはずない。先ほどと変わっているのは、落ちた鍵と――拳銃。漫画やゲームでよく見かけるサイレンサーの様なものと、レーザーサイトが付いている。

 

「浅見くん! 大丈夫かい!?」

「小僧、無事か!」

 

 もう安全だと判断した安室さんと鈴木相談役がこっちに来る。

 腹の痛みはまだあるが、少しずつ引いてきている。口も開けるし、立てもする。あそこで怯まなかったら――

 

 

 

「……くそっ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『昨日、米花シティビルにて発生した強盗未遂事件の続報です。犯人は、催眠ガスの様なもので警備員達を無力化した後、展示会会場の全ての電源を落とし――』

 

『ロマノフ王朝に関連した物を狙っていた事や、現場に残された銃などから、犯人は国際手配されている盗賊、通称スコーピオンである可能性が高いと見られ、当局は捜査を――』

 

『武装した犯人を撃退した大学生に怪我はなく、居合わせた鈴木次郎吉相談役も――』

 

 

 

 翌朝――もう昼か。昨日の夜、警察まで浅見君を迎えに行った時に説明は受けていたけど……こうしてテレビで情報が流されると、改めて実感が湧いてくる。

 

 今、目の前で眠そうな顔のまま肩に源之助を乗せて、のほほんとテレビを見ている大馬鹿野郎が、また危ない目にあったと言う事が……っ!

 

「浅見様はあれですか? ホラーやサスペンスもので最初に転んじゃったり逃げようとするドジっ子の如き一級フラグ建築士なのでしょうか? このままではいつか浅見様が乙ってしまうのではないかと……」

「乙ってしまうってなんだ、乙ってしまうって。そもそも昨日の事だけは俺は悪くないぞ。いやまじで。招待受けたらこれだぞ、どうなってるんだ。俺は巻き込まれた被害者なわけで――」

「でも、拳銃を持った犯人目掛けて特攻されましたよね? 丸腰で」

「おっとそろそろ江戸川の所に行かなきゃ、俺ちょっと準備して――」

 

「浅見君、ステイ」

「…………わん」

「なおぅ……」

 

 私がそう声をかけると、怒られると思ったのか椅子の上で小さくなっていく。なぜか肩の源之助まで一緒に小さくなってるけど……。

 危ない目に遭ったという自覚は――あるけどないんだろうなぁ。薄々気づいていたけど、本当に危なっかしい。自分の命というか、体を軽く見ている所がある。仮に昨日、犯人に撃たれて身体に障害が残ったり、手足を失うような事になったとしても『命が残ってりゃおっけおっけ』とか言いかねない。

 それでも心配かけた事は悪いと思っているんだろう。心からそう思っているのが分かるから余計に性質が悪い。見るからにしゅーん、と項垂れている。もう、本当に……もうっ!

 

「はぁ……。まぁ、最後の特攻だけは褒められないけど、あのまま待っていたら多分撃たれただろうし、前の! 爆弾事件の時とは違って! 自分から首突っ込んだわけじゃないから、今回は許してあげる。……今回だけだからね!?」

「アッハイ」

 

 まぁ、今回はしょうがない。浅見君が無事に帰ってきてくれただけでも良かったとしよう。

 それにしても――浅見君から聞きだしたい事がすごい勢いで増えつつある。

 ただでさえ、工藤くんとの事や江戸川君との事、盗聴器の心当たりに絡んでくる水無怜奈さんの事と色々あったのに、今回の件でまた一つ増えた。

 

 あの安室さんの話が事実なら、暗闇の中で物を投げつけて的確に拳銃を叩き落とすなんて尋常じゃない技能を持ってる事になる。目暮警部から、森谷教授の起爆装置を家の鍵で叩き落としたのは聞いていたけど……。

 

 彼が日課として身体を鍛えているのは知っている。知ってはいるが、室内でどんな事をしているのかまではさすがに知らない。せいぜい外でやってる走り込みと、庭先での木刀の素振り位しか知らない。部屋の中でも筋トレのような事はやっているらしいが……。多分、それだ。

 

 さて、いい加減積もりに積もったこの話、どうやって切り出そう……。

 とりあえず、この空気をどうにかするためにもテレビに注意を向ける。画面には、鈴木相談役の記者会見がライブで流れている。

 

 

 

『では、鈴木相談役。その大学生とは、例の連続爆弾事件を解決した彼なんですね!?』

『うむ、あの暗闇での冷静さ、犯人の気配を感じるや否や立ち向かう勇気! 度胸! まっことアッパレな若者よ! あの浅見透という男は!!』

 

「うぉいっ!!!!???」

 

 それまで気まずそうにチラチラと画面を見ていた浅見君が、がたっと立ちあがって思わず声を上げる。そりゃ上げるだろう。私も上げそうになった。というか、上げたのかもしれない。開いた口が塞がらないというのはこういう事か。

 警察には口止めしてあったのが、まさかこんな形であっさりばらされるとは!

 

『あの小僧も、あれだけの能力があるのならばもっと早くから出ておればよかったモノを!』

『は、はぁ……』

 

 うん、記者の人も困っている。そりゃそうだろう。僕があそこにいたとしてもなんと言えばいいか分からない。浅見君がその場にいたら? 泣いてる。

 

『なに、これからは心配いらん。奴には場をくれてやったわい!』

 

「…………浅見くん。『場』って、なに?」

 

 知らないだろうと思いつつ聞いてみると、やはりそうだ。『ブンブンブンブンっ!』と音が出るくらい首を横に振っている。源之助も。なんで動きがリンクしてるの? というかよく落ちないね、源之助。

 

――ピン、ポーン……

 

 ちっ、テレビの方に集中しようかと思ったらインターホンが鳴った。誰だろう、こんなタイミングで?

 

「はーい……今行きまーす」

 

 宅配便? いや、それとも江戸川君だろうか? 今日は浅見君と会う約束をしていたようだし……

 半ば茫然としていた浅見君がフラフラーっと立ちあがり、玄関口に降りて、適当な靴に足を引っ掛けてドアを開ける。そこにいたのは――

 

「おはようございます! 昨日はご活躍でしたね!」

「安室さん!?」

 

 いきなり僕たちの前に現れた探偵、安室透。今、僕が一番警戒している相手だ。なんでこの家に!?

 

「どうしたんですか、安室さん? 昨日の件でまた何か?」

「? あれ……相談役から聞いていないんですか? もう自分は用意を終わらせたんですが……」

「…………用意?」

 

 浅見君と駆け寄ったふなちさん、ついでに源之助が揃ってキョトンと首をかしげている。安室さんは、この場にいる全員の視線をモノともせず、懐から手のひらサイズの――名刺入れだ。それから一枚引き抜いて浅見君に渡す。浅見君は受け取ったそれに目を通して……あ、固まった。ふなちさんが横から覗いて、あ、こっちも固まった。

 僕も浅見君の所に寄って覗きこむ。やっぱり名刺のようだ。

 えーとなになに、『浅見探偵事務所 所属調査員 安室 透』。へー…………うん?

 

 

 

 

「「「浅見探偵事務所!!!?」」」

 

 

 

 

 そこに書かれている内容に驚いた僕と、再起動した二人の叫び声が重なった。

 思わず浅見君の横顔を見るが、叫んだまま開けた口をパクパクさせている。

 

「はい! 昨夜、警察の調書取りを終えた後、鈴木相談役から、浅見さんに協力してくれと頼まれまして。相談役がすでに事務所も用意してありますので、案内も兼ねて迎えに来たんです」

 

 そんな馬鹿な。いくらなんでも無茶苦茶すぎ――あぁ、でも、噂に聞く鈴木相談役なら確かにやりかねない。いやいや、まさか本人の了承も得ずに……いやいやいや。資本金とかどうしたのさ。まさかもう相談役が? まさか財閥の金は使えないだろうし……個人資産? いやいやいやいや、そんなまさか――まさか……え、まじで?

 

「表に車を止めてあるので、どうぞ乗ってください。越水さんや中居さんもどうぞ」

 

 安室さんが一歩下がると、彼の物と思われる白のRX-7が止まっている。

 浅見くんが何か言いたげに茫然とした様子で安室さんを見ているが、言葉が出ない――言葉にならないのだろう、変わらずパクパクさせているだけだ。

 

「本日からよろしくお願いします! 『浅見所長』!!」

 

 ここ最近ドタバタしている浅見君の家に、無駄に明るい安室さんの声が大きく響くのと同時に、浅見くんが膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

――浅見くん……君、どんな星の下に生まれてきたの??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は珍しくキールさん出番なし。なお次回から本格的にやりたい事が出来そうでなんだかワクワクしておりますw


探偵事務所の細部というか細かい所も次回! 説明の矛盾があった場合?
優しく温かい目で見守っておいてください(汗)


-追記-
ごめん、キールさん出番あったやん(汗)


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探偵事務所設立―
014:浅見探偵事務所、満を持してオープン!!(強制)


昔集めていたVHSを引っ張り出して当時のビデオを見返すと結構楽しいですね。
オリジナル回とかは完全に忘れていて、当時を思い出しながらすっげー楽しめました!



……あれ、なんで泣いてるんだろう



 作業用のビジネスデスクがそこそこの数設置されている。応接用のスペースもキチンとしており、さらに個室もいくつかあり、おまけにトイレはどこぞの施設のように男女に別れた上にいくつか数があって、その全てがセンサー式。なぜかバスルームまで設置されているという――

 

「……事務所ってなんだっけ……」

 

 少なくとも、そのまま宿泊施設として使える様な場所ではない。

 事務所だとしても、こんな高そうな調度品がごろごろ転がっている場所って大丈夫なん?

 デスクとか椅子もいいけど、来客用のソファとかパッと見で超高そうなんだけど……。 いや、そもそも実質『ビル』の2階と3階をほぼ丸ごと貸すのは間違っていると思う。2階とかさらに広くて使いづらいわ。これもう完全なテナントじゃん、どう使えって言うのさ。一応3階の方が事務所って事になってるけど……。え、今月まではいいけどそれからはテナント料取る? 一月もない時間で探偵事務所を、こんな一等地でやっていけるほど流行らせろとかなんて無理ゲー?

 

「所長。まだ少ないですけど、いくつか依頼が入っています」

 

 そして安室さんやい。年下にそんな言葉使わないで、俺泣きそうになるから……おっと涙が。

 安室さんからFAXや手紙の束を受け取り、片っぱしから目を通していく。浮気調査にストーカーの調査、結婚相手の素行調査などなど――

 

「……時間制限がある結婚相手の素行調査が一つあるから……これは安室さん、お願いします。ストーカーの調査は俺と越水で行こう。残りは……緊急性がありそうなものは毛利探偵事務所に回すか。ふなち、一応事務所は閉めておくけどFAXとか郵便物の整理、毛利探偵事務所との仕事の調整をお願い。あぁ、それと――」

 

 事務所のドアをそっと開けると、そこには色んな所――白鳥刑事に松本警視正や毛利探偵事務所、黒川医院に水無さん、それと鈴木財閥関係の所から送られてきた花が所狭しと並べられている。あれ? こんな花あったっけ……From Chris Vineyard……クリス=ヴィンヤード……誰だ? 聞き覚えはあるけど……。

 

「まぁ……これ、どうにか上手い事飾っておいて」

「……地味に難題ですわね」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

6月19日

 

 この一週間、日記書く暇が全然なかった。大学終わったら事務所に行って調査に入るか、依頼主の所に行くか……。この間にバイクの免許をとる予定だったけどほとんど教習所に行けてねぇ。おのれあの狸ジジィ! 今の所は昼は安室さんに事務所を任せてるけど、人が足りねぇ……。

 ちくしょう、なんでこんな事になったんだ。毛利探偵事務所に行きゃあ毛利探偵から『よぅ浅見~、お前も偉くなったもんだなぁ。ん~~!?』という有り難くないお言葉を頂戴し、頭を下げる蘭さんの姿を見ることになる。なんだろう、俺、何か悪い事したかなぁ、江戸川からは純粋に心配されてガチ泣きしそうになった……。

 

 ここしばらくは水無さん経由である女優の警護依頼に専念していた。星野輝美という女優で、元アイドルグループのアースレディース。安室さんと交代で張り付いて――途中、安室さんはモデルのスカウト受けていた。イケメン爆発しろ――まぁ、どうにかストーカーは無事に捕獲。事務所からの依頼料に加えて、星野さんからポケットマネーでボーナスいただいた。ありがたやありがたや。

 

 

 星野さんは工藤新一のファンだったらしく、江戸川から色々聞いていた話をそのまましたら結構楽しんでもらえ――それに我慢できなくなったストーカーが飛びかかって来たのを取り押さえて終わり。千葉刑事に来てもらって逮捕してもらった。いや、本当に神経使う仕事だったわー。工藤新一の助手という形で名前も覚えてもらったらしく、これから先なにかあったらウチの事務所を頼ってくれるらしい。

 

 ……人手がまじで足りねぇ。ある意味目的にはかなり近づいているが、やることが多すぎて何から手をつけていいか分かんねぇ……人手ぇぇぇぇ。

 

 

 

 

6月20日

 

 ふなちがちょっと――いや、相当グロッキーだ。そりゃ事務仕事溜まってるもんなー。今いる人員全員で出来るだけやってるけど、さすがに多い。調査依頼もあるから効率も悪いし……あれ、そういやしっかり休んだ日ってなくない? やべぇ、いくらなんでもこれはブラックだわぁ……。

 

 鈴木財閥からは税理関係の人員は借りているが、手を出しすぎないように相談役から言われているらしいから、多分人手は貸してくれないだろう。

 ……募集をかけるか。というか、紹介所みたいなやつないかなぁ。個人情報が多いから信頼できる人間がいいんだけど……。

 今日はまさかの殺人事件。またかよ……。江戸川いないのになんで起きるかなぁ。やっぱ俺か?

 俺と安室さんで、浮気調査の結果報告に行ったら、依頼主の旦那さんが殺害されていた。幸い、複雑なトリックではなく、俺と安室さんだけでどうにか解決できた。佐藤刑事と高木刑事が到着した時には、犯人である奥さんの偽装工作を安室さんが暴き、そのまま警察に引き渡すだけで終わった。

 安室さんの頭の回転も相当なものだ。正直、江戸川並みだと思ったわ。――けど、それならなんで俺みたいな出来そこないの探偵に協力してくれるんだろうか?

 ……そんな事言ってる場合じゃねぇ、優秀な人がいてくれるならラッキーだ。愛想尽かされないように頑張ろう。

 

 

 

 

6月23日

 

 人手が来てくれた! 事務員というか、どちらかと言えば使用人だが。

 下笠穂奈美さんと美奈穂さん。双子の姉妹で、俺の一つ上だ。

 この間募集の広告を出してみて見つけた人だ。一応、受けた依頼の報酬自体はすでに大分多かったから――テレビ局関係の仕事の払いがよかったというのがあるが――早すぎるが思い切ってやってみた所、何人かの応募が来ていた。その中で、来客対応もこなせる人という事で二人を選んだ。

 で、今日が出勤だったんだが――うん、服装については何も言わなかったけど……なんでメイド服? や、すっげぇ優秀な二人だから全然いいけど。何かある度に二人同時にステレオみたいにしゃべるのにビビってしまう。

 そして、遊びに来た江戸川から微妙な視線を頂いた。違う、違うんだ江戸川……俺の趣味じゃないんだってば……。

 

 

 

 

6月24日

 

 双子すげぇ……。接客出来るってのもでかいけど事務能力高ぇ……。空いた時間で掃除もやって料理もやってくれている。確かにキッチンはあったけど使う事はないと思ってたのに、講義が終わって事務所に入ればいつも飯がある。ふなちは双子を完全に尊敬の目で見てる。いやそりゃそうだわ、安室さんとも話してたけどあの二人絶対手放さねぇ。派遣会社抜けてもらってから再雇用とか真面目に考えている。給料もっと出すよ、いやまじで。

 

 

 

 

7月5日

 

 月末乗り越えた! 色々面倒くさい書類仕事を全部終わらせ、税理の人に提出して……おぉう、まじで疲れた。

 儲けもかなりあって、各人員の給料と経費分差っぴいても相当ある。もうちょい人増やしても余裕――というほどでもないが、まぁ大丈夫っぽい。や、あくまでこの調子が続けばの話だけどさ。

 そういえば、今日訪ねてきたお客さんから聞いた話だが、例の中止になったロマノフ展は、機会をみて大阪でやるらしい。浦思青蘭さんというロマノフ王朝の研究家だそうだ。どうやら、あのイースターエッグを見せてほしいと鈴木財閥に頼んだんだが断られ、実際に目にしたという俺から話を聞きたかったらしい。

 ロマノフ王朝の研究をしていて、その論文のために是非とも見たかったとか……。

 ぶっちゃけすっげー好みだわ。今度食事の約束を取り付けたし、良い事あるといいなぁ。

 今日も夜は水無さんと食事。おぉ、俺今すっげープレイボーイっぽくね!?

 

 あー、でもアレだ。今日事務所に行く途中に、すっごい綺麗な女子高生から「貴方、なんで生きてるの?」とか聞かれた。なんでなんですかねぇ(哲学)

 なんか、男連中の取り巻きを従えて歩いてる、漫画でしか見たことない様な子だった。「アカコ様」って呼ばれてたけど……なんだったんだ、あれ? 高校生探偵ならぬ高校生占い師? むちゃくちゃ美人だったけど、なんか面倒くさそうなオーラが出てた。

 しかし、顔を見られるや否やあんな質問されるとは思ってなかった。俺、そんなに死にそうな顔してたのか。

 

 

 

 

7月10日

 

 また事件に巻き込まれてた。事の始まりは、阿笠博士に頼んでいた物を受け取りに行った時だ。

 これから先、緊急事態も増えるだろうという予想の元に、阿笠博士に特殊なサバイバルキットと、江戸川と行動する時用に、例の少年探偵団のバッジと同じ機能の物を作ってもらった。阿笠博士、本当にありがとうございました。代金こそもう振り込みましたが、今度また何か美味い物を持っていきます。

 

 で、江戸川と将棋の対局をしていたら、阿笠博士が江戸川に伊豆のツアーを勧めていた。阿笠博士が友人とその孫娘さんの三人で行く予定だったが、その孫娘さんが熱を出したためにキャンセル。代わりに毛利さん達3人で行こうという話らしい。

 ミステリーツアーはどうでもいいが、伊豆というのは素晴らしい案だとこの時俺は思ったんだ。

 最近休みらしい休みはなかったし、ちょうどいいと事務所のメンバー全員で軽く伊豆のホテルで遊んで行こうと――今、心から思う事がある。どうして俺はこの時、江戸川達のホテルや日程を確認してなかったんだろう。

 

 

 調査依頼も一区切りついていた事だし、といざ予約を取って『伊豆プリンセスホテル』という豪華なホテルに。運よく部屋がギリギリ空いてて――今思ったけどこれフラグだったんじゃね?

 運転は下笠姉妹が車を二台出してくれるというのでお言葉に甘えて伊豆のビーチへ!

 

 初日はすっごい楽しかった。到着してからプールで泳いだり、美味い飯食ったり酒呑んだり。そうだよ、あれこそ休日だよ。やばい、ちょっと無理して良かった。さすがに毎月は無理だろうけど、今度また企画しよう。今度こそ江戸川と予定をずらしてな!

 んで、次の日だ。嫌な予感はしてたんだよ。プールの方ですごい水しぶきが上がった音がしたので見に行ったら、見覚えのある姿の小さな子供がずぶ濡れのまま走り去っていく姿が見えた。

 そっかー、同じ伊豆に行くって話だったもんなー。日程もホテルも俺確認してなかったしなー。ちくせう。

 まぁ、常にフラグが立つ訳じゃないだろうって思いながら、念のために事務所の面子全員で行動してたら――起きたわけです。悲鳴が。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 悲鳴を聞きつけて3階の屋外レストランに駆け付けた時には、俺たちも参加していたツアーの客の一人、江原時男が銅像の剣に串刺しになっていた――父さんの小説の登場人物――闇の男爵、ナイトバロンの格好をして。俺は蘭や刑事の目を盗んで、下ろされて横になった遺体を調べている。

 

「なるほど、客の中に紛れている主催者を突きとめる謎解きツアーで、その主催者がナイトバロン……。では、江原さんが主催者ということですか!?」

「さ、さぁ……よく分かりませんけど」

 

 後ろでは蘭が、駆け付けた刑事――埼玉から静岡県警に異動してきた横溝刑事に事情を説明している。

 どこかで飲んでるだろうおっちゃんも、あの悲鳴を聞いてりゃ駆けつけてくるだろう。その前に出来るだけ調べておかなきゃいけない。こういう時に浅見さんがいると楽でいいんだが……っ。

 

(これは……ベルトも、ネクタイの結び方まで……!?)

 

 おかしい。おかしいぞ、この死体――!

 

「う~む、これは……自殺か、事故死か、それとも……」

 

 

 

――殺人ですよ、刑事さん。

 

 

 

(そう、これは殺人……て、え?)

 

「な、誰だ! 君たちは!!」

 

 自分の内心と重なるように、聞き慣れない男の声がした。いや、でもどっかで聞いた様な――

 思わずそっちの方を向いてみると、立ち入り禁止のテープギリギリの所に6人の男女が立っていた。――って、おい!

 

「そのネクタイとベルトを見てください。おかしいとは思いませんか?」

「え、えぇと……」

 

 褐色肌の男が、横溝刑事にそう言うと、横溝刑事は素直に遺体を調べ出す。

 

「ん~? ……これは! 逆だ! 結び方が逆になっている!」

「ベルトもだよ、刑事さん」

 

 横溝刑事が気付いた事を叫んだ後、今度はセミロングの女性が口を挟む。慌ててそっちも調べ、やはりベルトも締め方が逆になっている事を確認した横溝刑事は難しい顔で死体を見つめている。

 

「なるほど――つまり、その遺体が着ているその妙な衣装は、他の誰かが着せた物である可能性が高いという訳ですわね?」

「あ、貴方達は一体……?」

 

 締めくくるようにそう言ったツインテールの女は、セミロングの人と同じで良く知っている顔だ。そうか、ここに来ていたのか――

 

 

「「申し訳ございません。御挨拶が遅れました」」

 

 双子のメイドが、まったく同じタイミングで頭を下げる。そして、ここ最近でもっとも付き合いの深い男が面倒くさそうなため息と共に前に出る。

 

「浅見探偵事務所、代表の……浅見 透です。よろしければここに来ているはずの毛利探偵と共に、事件に協力をしたいのですが――よろしいでしょうか?」

 

 横溝刑事の顔を真っ直ぐ見てそう言った少し後に、こっそりと俺に目配せをする。

 

 

 

 

―― 浅見さん、久々に一緒に動けるな。

 

 

 

 

―― …………あぁ、そうだな

 




コ:一緒に動けるな!(喜)

浅:あぁ、そうだな!(泣)


登場キャラ紹介を入れておきますw
興味を持たれた方はぜひググったりして調べてみてくださいw


○星野輝美(ほしの てるみ)
File249-250 アイドル達の秘密(前後編)(アニメ)
32巻File5-7

 毛利小五郎のお気に入り歌手で有名な沖野ヨーコや他二人の計4人で『アースレディース』というアイドルグループで活躍していた人。23歳。今は女優をやっているようです。
 工藤新一の大ファンで、演技にもそれが表れているクールに見えて可愛い人です。
 アースレディースのメンバーも是非もう一度出てきてほしいですw




○下笠穂奈美 (しもがさ ほなみ)
   美奈穂 (しもがさ みなほ)

File184 一時間スペシャル
『呪いの仮面は冷たく笑う』にて初出。

 アニメ版のオリジナルキャラで、何気に一度復活しているメイドさんです。
 もう一度出てこないかなー、この二人の雰囲気すっごい好きだったw



○アカコ様

 まだ本登場とは言えませんが、「まじっく怪斗」のもう一人のヒロイン、小泉紅子(こいずみ あかこ)の事です。
 余りに美人過ぎて、キッド以外の男は全て跪くらしいですが、コナン世界と混じってしまったから決してなびかない男が爆発的に増えたという……残念!

 とっても綺麗な魔女(ガチ)です。
 正直、当時からメインヒロインの青子より彼女の方が好きでしたw





○浦思青蘭(ほし せいらん)

調べたい人は調べてみてください(にっこり)


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015:幕間 ―探偵事務所の日常―

1日でこれだけ書こうと思えば書けるもんなんだ……(汗)

感想でしばしば言われていた探偵事務所の様子などを別キャラ視点で書いてみました。
ノリと勢いで書いた作品でもあるので深く気にしないで頂けると幸いです(汗)


 事の顛末を話すと、ベルモットは車の助手席で上機嫌に笑い転げていた。

 

「それで……貴方達のせっかくの休暇を潰した殺人事件も解決というわけ?」

「えぇ。まったく、あの事務所にいる人員の能力は侮れないモノです。越水七槻、中居芙奈子。……二人とも素晴らしい探偵です」

 

 普通ならば、この女にこんなに親しい人間の話はしないのだが……。自分も迂闊なことをしているという自覚はある。だが同時に、この女は浅見透を敵になる可能性がある人間として見ていない気がする。論理的な根拠は一つもないが、割と合っている気がするのだ。

 この女が事務所に送ってきた花束の中に、アクセントとしてアゲラタムという花が添えられていた。

 この花は日本では育ちにくく、冬前に枯れてしまうので、園芸用に改良されたものを春ごろに蒔き夏ごろに開花する小さな花――要するに生花店で普通に注文しても、まず花束には使われない花だ。アゲラタム。ギリシャ語で『老い知らず』という意味の花だ。そして、その花言葉は――『信頼』。

 

(彼女は一体、彼の何を信頼しているのか……あるいは、何に対して信頼を求めているのか……)

 

 この一月、彼の部下として働いているが、本当に彼は興味が尽きない。

 あの『スコーピオン』と対決した夜。あの暗闇の中での正確な投擲。

 一撃目で拳銃を狙って武器を奪い、二撃目で利き足を正確に攻撃して勢いが落ちた所に真っ直ぐ突き抜けての攻撃。最後の詰めは甘かったが……いや、そもそも評価すべきはそこじゃない。あのブレーカーが落ちる前に見せた異常なまでの勘の良さ。あそこで暗闇に対してあんなに早く暗順応をするなんて、そういった訓練を受けていたからとしか思えない。キールから聞いた、カルバドスの話がそれを裏付けている。

 加えて、徐々にだが彼は影響力を強めていっている。事務所を開業してから広がっていく人脈、彼自身の有能さ、なにより見え隠れする鈴木財閥との関係。中には鈴木次郎吉相談役の隠し子、隠し孫なのではないかという噂も広まりつつある。

 浅見透の両親が亡くなっていて、それより前の血縁がハッキリしないのが手伝っているのだろう。まぁ、あくまで噂。せいぜいほんのささやかな悪口のスパイス程度に終わるのがオチだろう。

 

(両親がいないから……かな)

 

 彼が小学4年生の時に両親が事故で他界。以後、引き取る親戚もおらず施設に預けられている。一時期行方不明の期間があるのが気になるが……。

 

「ベルモット、貴女が彼を赤井に似ていると評した理由がよく分かりましたよ。性格、言動、その他もろもろ、赤井と彼は全く似ていない。けど――」

 

 あの得体の知れなさは確かに、と思う。

 

「一緒に仕事をしていてどう?」

「そうですね……まだ二十歳とは思えないくらいに有能だというのは間違いないですね」

「探偵として……かしら?」

「いいえ、探偵としては……まぁ、優秀な方とは言えますが、越水さんの方が優秀でしょう」

「へぇ?」

「ですが、助手――サポートとしては掛け値なしに優秀なんですよね……」

 

 異常なまでの勘の良さ、観察力、行動力、構築しつつある人脈と、それを使う手腕。

 残念なことに単独では答えにたどり着く所まで行かないが――誰か一人。一人、推理力を持つ人間が傍にいれば、あっという間に事件が解けてしまう。先日のナイトバロン事件の時も、居合わせた毛利探偵や自分達探偵事務所の面々を使って、的確に情報を集めたのは間違いなく彼の功績だ。

 空手の達人である蘭さんの攻撃を、犯人らしき人物が全てかわしたという話が入って来た時も、彼は動じずに多方面から事件を見ていた。

 

「楽なんですよね、一緒に仕事をしていても……一緒に酒を飲んでいても……。それに、後数年経験を積めば、それこそ本当の名探偵になりますよ、彼」

「あら、本当に彼を買っているのね」

「えぇ、それはもう――貴方と同じですよ、ベルモット」

 

 今ベルモットは、あの時自分が撮った写真を見ている。事務所の面々や、途中合流した毛利探偵たちの写真……さすがに遺体の写真は警察に提出したが、捜査中に撮ったのも入っている。彼女が興味を示したのが少々意外だったが……よくよく考えれば浅見君にはかなり執着を見せていた。

 

「……ねぇ、バーボン?」

「なんですか?」

「この写真、いえ、他にもいくつか焼き増ししてもらえないかしら?」

「……本当に珍しいですね。別にかまいませんよ?」

「フフ、ありがとう」

 

 彼女が指定した写真を横目で確認する。

 

「えぇ、この子もすごい優秀な子でしたね。実質、彼と浅見君で事件を解いた様なものです」

 

 写真に写っていたのは、二人の男――いや、男が一人と少年が一人、というのが正しいだろうか。

 我らが浅見探偵事務所の所長、浅見透と、毛利探偵事務所の居候、江戸川コナン君。

 あの事件を解くきっかけとなった壊れた万年筆を見て、二人して――悪戯小僧の様な不敵な笑みを浮かべているその写真をベルモットはじっと、宝物を見るような目で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「おはようございます所長。さっそくですが、こちらが緊急性の高い御依頼になります」

「ありがとう、穂奈美さん」

「所長、お茶はこちらに」

「美奈穂さんもありがとう。……これは安室さんに頼んで、これは俺、こっちは越水……よし。ふなちー、これお願ーい」

「はい、かしこまりました! いつも通り、毛利探偵事務所に紹介しておけばいいんですね?」

「こっちで向こうにFAXで書類を送っておくから、スケジュール調整は任せるよ。向こうがだめだったら……そうだな、ダメだったら槍田さんの所当たってみて」

「はい、それでは行ってきます!」

 

 下笠さん達が来てからは本当にふなちさんも元気になった。最近では毛利探偵事務所や他の探偵さんとの連絡や調整を主な仕事にしている。普段はエキセントリックな彼女だけど、やっぱり優秀なんだよなぁ。

 

 元気に事務所を出ていくふなちさんを眺めながら、僕は自分のデスクにつく。

 奥の所長席には浅見君が座って、その肩には源之助が座っている。

 傍には下笠――今日は穂奈美さんかな? が控えていて、お茶やお菓子を出している。僕やふなちさんの席はもちろん、今日は昼からこっちにくるという安室さんにはまだ出されていないが、事務所に来た瞬間に美味しいお茶とお菓子を出してくれるんだろう。

 美奈穂さんは接客用の備品を確認したり、テーブルをしっかりと磨き上げている。

 

 今日もいつも通りの事務所だ。――いや、安室さんがいないから、完全にいつも通りってわけじゃないか。

 

「あ、そうだ。今日は少年探偵団も来る日じゃん。穂奈美さん――」

 

 壁に掛けられたスケジュールボードを見て、浅見君が声を上げると、すぐに穂奈美さんが内容を察して返答する。

 

「はい、すでに皆様の分のランチボックスは用意してあります。それと、少年探偵団の皆様に手伝っていただく仕事……警視庁のこども防犯キャンペーンへの協力ですね。こちらは、私達が車で送迎いたします」

「悪いね。前もって御両親にはパンフで説明しておいたけど……。もう一度こっちで電話しておくか」

「所長、探偵団員のご自宅の電話番号はこちらになります」

「ん」

 

 もうすぐ7月も終わる。浅見君がスコーピオンの事件に巻き込まれてからドタバタする形で開業することになった探偵業だけど、どうにかこうにか順調な流れになってきた。空いている金食い虫の2階のテナントをどうするかが問題なわけだが……浅見君が相談役と昨日、飲みながら話したらしいけど、ここを手放すことは許さないらしい。

 ……浅見君の適性を見るためかな? ただ広いだけのテナントは、言ってみれば真っ白いキャンバスの様なものだ。元々探偵の助手だった浅見君に探偵事務所以外にどんな絵が描けるのかを試すつもりなんだろうか?

 まぁ、今月の締め日に計算をして、予算案をある程度考えてからの形になるんだろうけど……

 

「浅見君、新しい人員はどうする? 今は夏休みだからいいけど、このままじゃ学校始まった途端にまたあの地獄になっちゃうよ?」

「そこだよ、そこなんだよ……。マジでどうすっかねー」

 

 浅見君も悩んでいるんだろう。何枚か履歴書が郵送で届いているのは知っているが、彼にはピンと来なかったらしい。最近では、あの江戸川君も仕事を手伝ってくれているが……これ、児童労働にならないよね?

 いや、そもそも彼と浅見君で仕事に行けば二回に一回は殺人事件とか誘拐事件だし……本当にこれ問題にならないよね? 

 ま、まぁ……おかげで浅見探偵事務所も名が売れて、今では毛利小五郎と人気を二分する名探偵扱いである。ここ最近は雑誌やテレビの取材も多くなっている。本来は断りたいところだが、テレビ局の関係者はウチのお得意様でもあって、断れない。この間なんて、とうとう安室さんや私までテレビに出てしまった。安室さんも「まいりましたね」なんて苦笑いをしていた。……私も変な風に映ってなければいいけど……。

 

「そういえば安室さん、またスカウトされてたね。今度はCMに出てみないかって」

「おのれイケメンめ! 絶対に許さん!!」

「……安室さんが辞めるなんて言い出したら」

「足にすがりついてでも止めます」

「だよねー」

 

 今も正直、安室さんのことは疑っているけど……。ここまで真摯に浅見君を支えてくれているのは間違いなく彼だ。……ちょっと悔しいけど、多分浅見君も彼を必要としている。

 

(それと……江戸川君)

 

 事件に関われば関わるほど、彼の特異性が露わになる。いくらなんでも小学生にしては優秀すぎる。

 浅見君と安室さん、そして江戸川君の三人がそろった時に殺人が起きた時なんて、すごく安心して見ていられる。これは今日中に解決するなと考えてしまうだろう――本当に解いてしまう辺りが頼もしすぎて性質が悪い。

 ついこの間は、偶然誘拐事件に遭遇したが酷い物だった。娘を誘拐された父親が、病院に入院していたある男を殺すように脅迫されていた事件があったが、江戸川君と安室さんが気付いた時点でもう犯人は詰んでいたと言っていい。

 父親の監視役だった二人は安室さんと浅見君が瞬く間に制圧。近くのデパートの屋上で人質と一緒にいた女は、江戸川君のよく分からない威力のシュートで吹っ飛ばされていた。

 思わず合掌してしまったのは、割と正しい反応なのではないだろうか。

 

 あれ? 考えてみればあのシュートもおかしいよね。地上から屋上まであの威力のシュートなんて子供には……いやいや人には出せないよね? あれ? 江戸川君ってあの年でもう人間辞めてる?

 

「どしたの越水? 変な顔して」

「あ、うぅん、なんでもない」

「…………なぉぅ?」

 

 浅見君と、最近ではこの事務所のマスコットになりつつある源之助が僕の顔を覗き込んでいる。

 拾った当初は毛が伸び放題でボッサボサの白猫が、今ではトリミングしてすごいスマートな猫になっている。事務所にいる時はよく肩に乗っているから、雑誌の記者も面白がってその時の写真を良く使っている。

 雑誌かぁ……。ほんの数ヶ月前までは、こんな生活になるなんて思ってもみなかったな。

 

「ま、予定通り週末には四国に行けるだろ。さすがに他の面子は動かせないけど……ま、俺とお前の二人ならどうにかなるだろ」

「うん…………」

 

 そうだ、そのこともある。なんとしても、解かなきゃいけない謎。

 でも、その謎を解いた時に……僕は……

 

「越水、お前本当に大丈夫か? 顔色ワリィぞ」

「……うん、大丈夫。さ! 今日も仕事頑張ろう!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「あ、浅見さん、いらっしゃい」

 

 夜の九時を回った頃に、事務所のドアがノックされた。この時間にお客さんが来ることは少ない。でも、ここ最近は週1でこの時間にいつも来る人がいる。新一の助手で、今は一探偵事務所の所長でもある浅見さんだ。

 

「おー、浅見ー」

 

 お父さんはソファに寝そべって、飲みかけの缶ビールを掲げて浅見さんを迎える。もう、行儀が悪いんだから!

 

「お、もう始めてましたか名探偵。どうです? ウチの職員がちょっとしたツマミを作ってくれたんですが」

「おぉ! あの双子のメイドか! あの二人の料理は美味いからなー! おう、そこに座れ浅見! 蘭ちゃん、ビール持ってきてちょーだい!」

「もう、お父さんっ……! すみません浅見さん、いつも」

 

 ここ最近、こっちが暇な時を見計らって仕事を持ってきてくれてる人なのに!

 

「あー、それじゃあ蘭ちゃん、これを冷蔵庫に入れておいて」

「本当にすみません、浅見さん」

 

 ここ最近は浅見さんがビールを持ってきて、入れ替えるようにこちらがビールをお渡ししている。

 ……本当に、今度何かお返ししないといけない。浅見探偵事務所の人達にはお世話になりっぱなしだ。事件の時も、コナン君が電話をして浅見さんに知恵を借りてる時もあるし、事件で困った時に居合わせた安室さんにも助けてもらっている。

 本当にどうやってお返ししよう。

 私が頭を悩ませている事になんてまるで気付かず、お父さんは浅見さんとビールで乾杯している。

 あ、いつの間にかコナン君も浅見さんの横でジュース飲んでる。もうっ!

 

「あ、蘭ちゃんもよかったらどうぞ。今日は美奈穂さんが作ったマリネです。サーモンとキノコ類がさっぱりしてて美味しいですよ? そこそこ量も多いですし」

「すみません、それじゃあお言葉に甘えて――」

 

 わぁ、本当に美味しい! 下笠さんとはあの伊豆の事件の後も何度か会ったけど、本当に料理が上手なんだ。越水さんにふなちさんも上手だったけど……。

 

「そういえば浅見さん、今日も仕事を紹介していただいてありがとうございました」

「あー、いえ。こちらも手が足りていないので、毛利探偵が受けてくれてこちらとしても助かりました」

 

 なんというか……同じ探偵事務所のトップでこうも違いが出るのかと思う。

 お父さんは確かに名探偵だけど、普段の姿を見ると浅見さんの方が立派な探偵に見える。向こうの調査員の安室さんや越水さんもすごい推理力で、この2か月でズバズバ事件を解決している。

 

「お、そういや浅見。あの綺麗なねーちゃんとは最近どうなんでぃ? もう振られたかー?」

「ふっはっは! 残念ですが小五郎さん、まだまだ縁は切れてませんよ。今度も食事に行く約束を取り付けています」

「かーっ! 本当にうまいことやりやがって、こいつぅ!!」

「? 浅見さん、誰とご飯食べるの?」

 

 コナン君が不思議そうな顔で聞く。うん、誰のことだろう? 話の流れからして越水さんでもふなちさんでもないよね?

 

「あぁ、そうか、コナンとは面識なかったっけ。浦思青蘭さんっていう中国からきた学者さん。ロマノフ王朝を主に研究している人だよ」

「ロマノフって……じゃあ、あのスコーピオンの事件で?」

「あぁ、七月の初めくらいにウチの事務所を訪ねて――話を聞きたいってね。あの後、展示会は中止になったからな……。展示される予定だった美術品のいくつかの話を聞きたいってなってな。そっからちょくちょく飯に行ったり、美術館に行ったりしてるんだ」

「ふーん……」

「はっはっは! 浅見、女は大事にしとけよ! いざとなると、女は怖いからなー!」

 

 へぇ、浅見さんモテるんだ。この間もアナウンサーの水無怜奈に似た人と歩いてたし……。

 そんな軽い人には見えないけど……越水さん、大丈夫かな。

 

「そういやコナン。少年探偵団、今日は大丈夫だった? 一応穂奈美さんから報告はもらったけど」

「あぁ、大丈夫大丈夫。ポスター用の写真撮影がメインだったし、その後地域企画課の人と――」

 

 本当に幅広くやっている事務所だ。園子から聞いた話だと、次郎吉さんが浅見さんの事務所が新聞に載る度に切り取って額に入れているらしい。本当に浅見さんを気に入っているんだろう。――逆に、相談役の道楽のおこぼれをもらった男って悪く言う人もいるらしいけど……園子のお父さん、お母さんも浅見さんに興味を持ち始めたらしいし、本当にすごい。

 気に入っていると言えば、最近はコナン君ともすごい仲がいい。江戸川君って呼んでいたのが、いつの間にかコナンって呼び捨てにしてるし、コナン君もよく浅見さんにくっついて仕事をお手伝いしている。まるで、本当の兄弟みたいだ。

 

「――て感じだったよ」

「……なるほどなー。穂奈美さんからも聞いてたけど、地域企画課の大沼さん、少年探偵団を気に入っててな。また変な頼みごとするかもしれないから、その時は頼むわ」

「わかった。あいつらも、変に事件に関わったりするよりこういうちょっとした仕事の方がいいだろうし」

「だよなー。あ、そうだ、阿笠博士にまたちょっと依頼したい事があるんだけど――」

 

 浅見さんと話す時、人目がある時はコナン君も丁寧な言葉を使おうとしているが、ふと気を抜いたら、まるで長く連れ添った友人のように話している。今がそうだ。

 

(本当に、仲良しなんだから……)

 

 お父さんに茶々を入れられ、浅見さんがお酒を勧めて、コナン君が呆れた目でそれを見ている。

 ここ最近は本当に良く見る流れだ。なんだか家族みたいな光景で、少しだけ焼きもちを焼いてしまいそうになる――と思ったら、まるで空気を察したように浅見さんが私に話を振ってくる。

 本当に、敵わない。

 

(……私にお兄ちゃんがいたら、こんな感じだったのかなぁ……)

 

 お父さんがいて、私がいて、コナン君と浅見さんがいて……ここに、お母さんがいれば。

 

(そうだ、お父さんとお母さんの仲を取り持つの、今度浅見さんに相談してみよう!)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「今日は僕に用がある人が多いですね……どうかしましたか? 水無怜奈さん」

 

 ベルモットと別れたあと、昼から事務所入りして仕事を終えた時に、電話がかかってきた。

 キール……水無怜奈からだ。

 

「貴方の口から聞きたかったのよ。浅見君について、ね」

「貴方もですか……。今日はベルモットからもその話を聞かれたのですが……なんでも、もうすぐ一度向こうに戻らなければならないので、浅見君の話を聞いておきたいと」

 

 ベルモットの名前を出した瞬間、後部座席からわずかに衣ずれの音がした。

 

「……女は怖い。そうは思いませんか? カルバドス」

 

 

――チャキッ

 

 

「……その口を閉じてやろうか。――バーボン」

「ちょっと、カルバドス! バーボンも止めて!」

「すみません、ちょっとからかってみたくなって……」

 

 キールが間に入ったおかげで、後ろから感じる殺気が薄れていく。

 あのスコーピオンの事件以来、カルバドスは浅見透をより強く意識しているとは聞いていたが……ここまでとは――

 

「カルバドス。一応仲間として忠告しておきます。常に冷静でいないと足元をすくわれますよ……彼なら、尚更。――浅見透、今は敵じゃあありませんが……今回彼は、財閥という大きな力を味方につけました。もし彼と敵対する日が来るとしたら、その時はより大きな力を率いているでしょう」

 

 これは間違いないと確信している。彼が一体どのような仕事を重視するかで、彼が何を求めているのかは推理できる。目先の金ならば単純に効率のいい仕事を、人脈ならば高名な依頼人を優先するように、大体の流れというモノが見えてくる。

 では、彼は? 浅見透の目指す物は?

 

(おそらく、最終的に目指す物は……巨大な情報網、あるいはそれ以上の何か)

 

 彼は基本、キャパ以上の仕事は受けないか後回しにしているが、警察関係の依頼はどんな小さな物でも必ず受けている。今日もそうだ。厳密には彼が受けたわけじゃないが、少年探偵団を説得して警察の地域課の仕事を手伝わせた。それも、ほぼ無料に近い形で。警察との間に友好関係を築こうとするのはおかしくないが、彼の場合は相当重視しているのが分かる。後は病院関係者や、テレビ局関係者――特に報道関係者は、水無怜奈であるキールを通じてこまめに顔つなぎをしている。鈴木財閥からの依頼も当然受けているが、傍で見ていてそこまで熱意はない様に思える。

 

(報道、マスコミ関係から始まり、警察や病院。それも特定の部署などではなく全体的に……彼は、何かを調べるための環境を整えようとしていると見ていいだろう)

 

 政治絡みの依頼はまだないが、もしこれから先そのような依頼を受けた時に彼がどう動くのか、今からすでに興味を惹かれてしょうがない。

 

(そして、もう一つ気になるのは……彼がどんな依頼を受けていても必ず優先するもの――)

 

 『彼』から電話があった時は必ずそっちを優先していた。どんなことがあっても、だ。

 さすがに全てを放り投げるわけではないが、張り込みなどの拘束される仕事の時は、常に自分や越水さんを傍において、『彼』から電話があった時はこちらに任せて、浅見透は必ず彼の元へと駆け付けている。――本当に、なにがあっても……

 

(……江戸川コナン君……か)

 

「本当に……当分は退屈しないで済みそうだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おっと忘れてた、名前だけの登場ですが新キャラ紹介!

○槍田 郁美(そうだいくみ) 29歳
File219 集められた名探偵! 工藤新一vs怪盗キッド
30巻file4-7

名前だけなら劇場版にも実は出ている、名探偵の一人。元検死官の美人さんです。
元検死官らしく、ルミノール等の検死に使う薬品を常に持っているという鑑識みたいな活躍をした人です。
この人とか、同時に登場した茂木さんとかもっと出番あってもいいキャラだと思うんだけどなぁ……。
この世界では、7月の間に一度出くわして連絡を取り合っているという事になっております。


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016:四国と魔女と新入りと

当初考えていた『事務所』の面子はこれでほとんどは揃ったかな?
四国編というか越水編は地味に長くなるか、四国編と○○編(ちょっと未定)の二つにわけるかも知れません。

なお、改めて強調させていただきますが、『紅子様』は魔女(ガチ)でございます。


8月3日

 

 あーつーいー!

 畜生まじで今年は半端ない暑さだな! テレビのお天気お姉さんも言っているよ! 今年は例年にない猛暑になるようです……それ去年も言ってたやん! 去年っていつだよ! 去年は今だよ! 今年は来年だよ!!!!!(激おこ)

 

 なんにせよ、浅見探偵事務所は今日も盛況でした。っつっても仕事があったっていうよりも仕事が一段落した後処理に追われていたって感じだけど……。ひたすら浮気の様子を文章にしていく作業って心にくるなぁ、ちくしょう。旦那さんの方にはもう一度だけ顔を合わせておこう。お酒が好きって言ってたし、お酒も持って行ったほうがいいか。

 仕事の方はさておき、とりあえず今月からは資金繰りに力を入れよう。……さて、二階のテナントどうしようかな。ちょっと越水と安室さん交えて話し合っておこう。

 ……駅前だし、飲食関係が無難かなぁ。とはいってもそれやるとなると下笠姉妹の負担が間違いなく増えるけど……。

 帰りがけに公園のベンチに座って缶コーヒー飲んでたら、この間の女王様みたいな女子高生が隣に座って来た。……なんで?

 隣に座ったかと思ったらこっち見て鼻で笑って、そのまま無言。なんだったんだろう、あの空気。

 しばらくそのまま互いに無言で座ってたら、向こうが俺に手帳を渡してきた。白紙のページを開いて、貴方の連絡先を書きなさいと来たもんだ。良く分からないが、自分の名前と事務所の電話番号を書いたら、奪い取るように手帳を取り、「今度連絡するわ」と言って立ち去って行った。……新手の逆ナン?

 

 んで、夜からついさっきまで次郎吉さんに呼ばれて晩酌に付き合わされていた。

 なんでも、次郎吉さんに反抗的な連中の口を俺たちが黙らせているらしい。いつそんな事したっけと思ったら、地味に妨害を受けていたらしい。なにそれ、初めて聞いた。

 かなりヤバそうな妨害は次郎吉さんが止めてくれたらしいが、そうでないのはわざと見逃してたらしい。なんでやねん。で、見逃したのって何かと思えば、居もしないストーカーの調査を依頼して、わざと俺たちを失敗させて、相談役に対しての発言権をいくらか得ようとしたらしい。……暇な奴もいるもんだ。しかもその調査って安室さんが担当した奴じゃねーか……。確かにストーカーも存在せず、しかもその事を説明して納得してもらったって報告書にあったけど……明日一応安室さんに聞いておくか。

 なんにせよ、鈴木の関係者内ではそこそこ名が売れてきているらしい。

 相談役は教えてくれなかったが、予約待ちしてる仕事の中に残った嫌がらせが混じっているんだろうなぁ。

 ……今月、遅くても来月中にはもう一人くらい雇わないとまじで対応できなくなる。

 いや、スタートダッシュで金銭面の悩み少ないってのがこれ以上ない幸運ってのは分かっているけど……人手かぁ。

 

 

 

 

 

 

8月4日

 

 仕事の後始末、完了。月締め作業の確認も終わり。

 さぁ! 行くぞ四国に!

 明後日からだけどね。やべぇ、全然準備してねえ(汗)

 家の事はふなちに任せてるし、ついでに下笠さん達もあの家に泊まるようにお願いした。少し厚かましいお願いだとは思うが、女の子一人で家に放置というのも不安だったし、ついでにふなちは下笠姉妹とはプライベートでも交友があったので頼みこんできた。ふなちは基本的な家事スキルは高いけど、空いてる時間を全て趣味に費やしかねない所があるからな。

 それと、安室さんに例の調査の件を聞いたら、向こうの狙いは一目瞭然だったので、先手を打ったらしい。向こう側の不正の証拠を叩きつけた上で調査完了の書類にサインをしてもらったとのこと。その部分まで報告してほしかった(涙)

 まぁ、安室さんもこの事務所に割と洒落にならない悪意が叩きつけられているのを言いたくなかったんだろう。多分、向こうが何もできないという確信があったんだろうけど。

 まぁ、逆に言えば何かあっても安室さんなら対応できると分かったのは良かった。これからもかなり頼る事になるだろうから、改めてこれからもよろしくお願いします。

 ……うん、安室さんに頼ってる面が大きすぎる。早く人員追加しよう。

 

 面接をしてみて一人妙に気にかかった人がいる。フルではなく、時間をある程度自由に入れられるパートタイムでならという人員だが……なんでか雇う事になった。書いててちょっと分かんないけど、雇った方がいい気がして、とりあえず試用という形で雇ったんだ。やべぇ、理由聞かれたら答えられねェ。安室さんや越水に今問い詰められたら多分ぶっ殺される。

 明後日の仕事の時に、試しに皆と一緒に仕事をさせるつもりだ。四国の件が終わって帰ってきたら安室さんから評価を聞こう。

 

 

 

8月5日

 

 引き継ぎも兼ねて安室さんと飯食いに行った後、久しぶりに飲みに行った。そして安室さんにこの間次郎吉おじさんから聞いた話をかいつまんで話しておいた。これからいくつか妨害が入る可能性があると言う事と、下笠姉妹をウチにしばらく泊まってもらう事を話したら、そのうちあの姉妹も同居することになるんじゃないかとからかわれた。俺のうぬぼれじゃなければ、ここ最近はすっごい安室さんと仲良くなった気がする。最初の時みたいな演技っぽさが消えて、本当に所長として見てもらってる気がする。

 今日はコナンとの事を良く聞かれた。まぁ、そろそろ聞かれると思っていたよ。先月は俺と安室さん、そしてコナンの三人か、あるいはそのうちの二人で事件を解決する事が多かったからなー。コナンも安室さんの手腕を無茶苦茶褒めてたし、この間三人で飯食いに行ったらコナンも安室さんと話が合うみたいで、ずっと暗号の種類や解読法について色々と話していた――だけならよかったけど、気が付いたら女の事で二人からすっげーからかわれた。大人の安室さんはともかく小学生にからかわれる俺って……いや、高校生だけど……いや、やっぱ年下じゃん。

 

追伸:日記書き終って、明日の準備を終わらせようと思ったら青蘭さんからメールが来てた。明日から四国に行くというメールの返信で、『数日とはいえ、しばらくお会いできないというのは寂しいです。帰って来た時は、またお食事でもいかがですか?』というメール。……やばい、今すっごいテンション上がってる。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 長距離を運転するのは疲れるので、僕たちは新幹線で四国に行くことになった。まずは岡山まで行って、そこから乗り換える予定だ。

 

「…………ん…………ん~……」

 

 僕の隣では、浅見君が完全に熟睡している。早起きできる自信がなかったから徹夜してたって……本当にもう、子供みたいな事をして!

 まさか安室さんに駅まで連れてこられるなんて思ってなかった。今日は安室さん達、確か事務所の全員でやる大仕事があったはずなのに……。

 

――ずず……っ

 

「あ、ちょっと――!」

 

 少しずつ頭がずれて変な姿勢になっていたのには気が付いてたけど、思いっきりズレそうになる所をとっさに肩と二の腕で受け止める。――あ、やっぱりお酒臭い。

 まったく、お酒に強いのは知ってるけど、たまにやらかす無茶な飲みはどうにかならないかな。

 ここ最近は忙しかったのと、付き合いもあって飲酒量も増えてるし……。せめて休肝日を作るようにきつく言っておかないと……。

 

(まったく……何考えてるんだろう、僕……)

 

 僕は、彼女の事件――正確には、彼女の事件を調べた奴を見つけ出さなくてはいけない。なんとしても――なんとしても、だ。

 そうだ、本当ならば浅見君だけではなく、安室さん達も呼ぶべきなんだ。僕以上に優秀な安室さん、それに観察力と僕たちにはない視点を持つふなちさん、下笠さん達だって、事件に役立つ話をしてくれることが良くある。……それでも皆に話さなかったのは……多分、まだ心のどこかで燻っているんだろう、自分の中にあるこの――復讐心が……。

 

(そうだよ……。皆を呼ぶべきだなんて考えていたけど、本当は一人で行くべきだったんだ――いやそもそも)

 

 手掛かりは、彼女が『死ぬ』前に残したメッセージだけだ。今から四国に行くのは、新たな手掛かりを集めるため。――そうだ、だからこそ、もっと早く行かなければいけなかった。なのにそうしなかったのは、

 

(僕が、親友の彼女より……彼を優先してしまったからだ)

 

 浅見君もまた親友だ。初めて会ったのは大学に入ったばかりの時、下心が透けて見える学生たちの誘いを断り続けている時に、先輩にあたる女生徒――ふなちさんといきなり、漫才みたいな喧嘩をしている人がいた――これが浅見君だった。浅見君も下心がない訳ではない。自分がちょっと露出の多い服装をしたりすればちらっと視線を感じるし、美人の頼みにはほいほいついていっちゃう女好きだ。そこまで女好きなら、もうちょっと身だしなみに気をつければいいのに、いつも無難な服装とボサボサ頭のままで、ちょっと頼りなくて……でも、優しくて変な男の子。

 正直、ふなちさんもちょっと似てる。身だしなみには気をつけているけど、彼とは違う方向にエキセントリックで、変わった視点で物事を見て、ふとしたときに核心をつくあたりは本当にそっくりだ。

 ちょっと気になって、話しかけただけだった。本当にすれ違うのと変わらないくらいの、ちょっとした接触。それが気が付いたら、いつも傍にいた。いてくれた。浅見君と……ふなちさんが……。

 決して、彼女をおろそかにしたつもりなんてなかった。いつも電話で話して……連休の時はいつも顔を出していた。けど、すぐに調べなければいけない時に僕は動けなかった。動かなかった。

 

(浅見君が心配で、心配で……気が付いたらずっと付きっきりで……)

 

 考えがまとまらない。さっきからずっと頭の中で思考がぐるぐるとループしている。

 僕は、いつの間にか彼女を過去の存在にしていたんじゃないか? 結局の所はこれに尽きる。

 それともう一つ――

 

(……ねぇ、浅見君。なんで僕、君だけに付いてきてもらったんだろう?)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで浅見所長、越水副所長が共に不在なので、代理として数日はこの僕――安室透が仕切らせていただきます!」

 

 自分がそう言うと、中居さんや下笠さん達がパチパチパチっと拍手を送ってくれる。

 今の自分は演じた物だ。普段の自分が一人称で『僕』なんて使っている光景なんて考えただけで笑えてくる。

 ただ……『彼』と一緒に、一から作り上げたこの事務所で働いていくのも悪くはない。不思議……ではないのかもしれない、一から始めたここは、妙な懐かしさの様な物を感じる。

 もっとも、今は肝心の『彼』がいないが……。こうして探偵として働く『僕』も捨てたものじゃないと、そう考えている自分がいる。

 

(浅見君……あっちは大丈夫かな)

 

 自分にとっての宿敵に似ていると言われていた浅見透。実際に会ってみたら、まるで似ていない――様で、どこか似ている不思議な子だった。同時に、越水さんとふなちさんが彼のことを飼い犬の様だと話していたが、まさしくその通りだと思った。

 

(自分や周りに危険が迫れば、たちまち牙をむく狂犬に早変わりするけど……ね……)

 

「それで安室様、今日は下笠様も参加する大きな仕事と聞いておりますが?」

「えぇ……正直な話、今日の仕事は探偵の仕事とは言えないような気もするんですが……」

 

 そう切り出すと、下笠姉妹はそろって首をかしげる。

 

「要するに遺産……というか遺品整理なんです。ある資産家の当主が亡くなりまして、その屋敷に残された物の整理をするのですが……所々に仕掛けがあるらしくて……それで、調査に優れた探偵と共に調べたいということです」

「仕掛け……ですか?」

「えぇ、例えば開け方の分からない金庫や、隠し部屋などがあったようです」

「……なんだか、宝探しのようですわね」

「あはは――」

 

 実際、認識としては間違っていないだろう。見つけた物の保護、保存が主な仕事で、それでいて報酬はでかい。まぁ、実入りのいい仕事だ。浅見君もそう考えて、この仕事を彼がいない間に入れておいたのだろう。

 経験不足なのはもちろんだが、それでも彼には人を使う才能があるようだ。

 ぱっと見た様子ではその様には見えないのだが――せめてもうちょっと髪や服など身だしなみを整えれば、本当に有能な人間に見えると思うのだが……何度言っても中々髪を切りにいかない。短くして、ギリギリまで伸ばしてまた切るというのを繰り返しているらしい。

 

(まぁ、それでも人を集める才能があるのだから、彼はよく分からないんだけど――)

 

「……そういえば安室様。今日の仕事、また江戸川様がお手伝いに来られるそうですが?」

 

 ――そう、江戸川コナン君。あのずば抜けた切れ者に信頼される男というだけで、彼に対する興味はつきない。同時に、わずか7歳で自分と同じか、それ以上の才覚をみせる江戸川コナンという傑物も。

 

「えぇ、車を出して毛利探偵事務所に寄って、彼を拾ってから依頼主の家に行きます。あぁ、その前に――」

 

 

――ピンポーン!

 

 

 もう一人来るんです。と言おうとした時に、事務所のインターホンが鳴った。あぁ、そういえばそろそろ来る時間だったか。

 

 

「どうぞ、入ってください!」

 

 そう言うと、ドアを開けて一人の女の子が入ってきた。また女の子か。

 浅見君が妙に気にかかる子がいたと言っていたけど――彼、やっぱり女好きだよ。本人も特に否定してないけど……。彼が帰って来た時に、またコナン君と一緒に煽ってみよう。毛利探偵と一緒でも面白そうだ。

 

「は、はい――っと、うわわわわ!!!」

 

 中に入ってきた女の子は、事務所に入ってきた瞬間に何もない所で思いっきりずっこけた。

 ……おい、浅見君。本当に大丈夫なんだろうね?

 

「お怪我はございませんか?」

 

 すかさず下笠姉妹がそっと駆け寄り、手を貸すと彼女はよたよたと立ち上がり 

 

「す、すみません! あの、本日から試用ということで世話になる『瀬戸 瑞紀』です! 皆さん、よろしくお願いします!!」

 

 恐らく、浅見君から動きやすい格好でと言われていたのだろう。スカートではなくジーンズを履いたショートヘアの、ちょっとおっちょこちょいな女の子――瀬戸瑞紀さんは、なぜか敬礼をしながら元気に自己紹介をした。……ここは警察でも自衛隊でもないんだけど。

 

「では、瀬戸様ですわね! 今日からよろしくお願いいたします!」

 

 どうやらふなちさんとは波長が合うようだ。互いに手を取ってにこやかにあいさつをしている。可愛らしい女性二人がそうしている光景は確かに目の保養にはなるけど……浅見君。君、本当に――本当に顔だけで選んでないだろうね?

 

「ま、まぁ……詳しい自己紹介は依頼主の所に向かいながらする事にしましょう」

「……そういえば、依頼主をまだ聞いていないのですが」

 

 聞いていないのは当然だ。説明する暇がなかったのだから……。

 まいったな、どうにもペースを崩されている。

 

「すみません、そうでしたね。えー、依頼主は香坂夏美さんという、パリでパティシエールをしている女性です。年齢は27歳。そのお婆さまの邸宅が今日の仕事場で――」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 米花駅前の綺麗なビル。その三階の窓に大きく書かれてある『浅見探偵事務所』という七文字を、一人の女の子が見上げていた。セーラー服を着たその女の子は、後ろに執事を控えさせていることから、お嬢様であるのは間違いないだろう。

 

「よろしかったのですか、紅子様? あの浅見という男、少々危険な臭いがいたしますが……」

「『理』から外れた人間なんて、初めて見たのよ。それも死線がいくつもまとわりついていて……つい手を貸してあげたくなってしまったわ」

「は、はぁ……」

「まったく、ほんのちょっと会わないだけであんなに死線が激増してるなんて……本当に、どうして生きているのかしら、彼」

 

 紅子様と呼ばれた少女は、浅見探偵時事務所を眺めたままため息をつく。

 

「それにしても、まさかこんな形で『彼』にお願いごとをする事になるなんて思わなかったわ」

 

 もっとも、『彼』も利点を見いだしたから私の頼みを聞いてくれたのだろう。この浅見探偵事務所が鈴木財閥の息がかかっているのは公然の事実。さらに、その音頭を取っている相談役は道楽好きときた。今の会長夫人も含め、お宝を集めるのが大好きな一族の近くに潜り込めるのは、十分彼にとって利になるだろう。

 

「この小泉紅子が手を貸したのよ……簡単に死んだりしたら――」

 

 死んだらどうするのか。それを口にはせず、紅子はふふっと静かに笑うと、近くに止められていた車の後部座席に乗り込む。控えていた執事も、ドアを閉めて運転席に向かう実に忠実な執事っぷりを見せる。

 

 

 

――じゃあ、後は頼んだわよ。

 

 

 口には出さずそう願った紅子は、『出して』と告げて執事に車を発進させる。

 現代に生き残る最後の魔女は、自分にこんな気まぐれを起こさせた冴えない男の困り顔と、自分が頼みごとをした時の『彼』が目を白黒させた時の顔を思い出しながら、再び静かに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




紅子と『彼』のやり取りは次回ー


新キャラが出たのでいつも通りの解説です



○香坂夏美 27歳
世紀末の魔術師

もはや語る必要もないほど有名なキャラ。コナンの女性の人気キャラでは大体上位に入っている女性。いやまじで美人さん。世紀末の魔術師は二人の女性が出るけどどっちも好きですw


○瀬戸瑞紀 23歳
File537-538 怪盗キッドvs最強金庫
64巻file11 65巻file1-2

知らない人は感想欄を見る前にググってください。出来る事ならば更にその前にレンタルで該当する所を借りてほしいです。まじでこれしか言えねぇw


あ、そうだ。意外にこの作品を読んでふなちを知ったと言う方が多いので、改めてしっかりと紹介しておきます。さぁ、興味を持った人はDVDやブルーレイを買うんだ(ダイマ)

○中居芙奈子 22歳
file797 夢みる乙女の迷推理

最近のアニオリキャラでは恐らく一番インパクトがあるキャラじゃないでしょうか?
ぶっちゃけ、当作品のふなちはめちゃくちゃ大人しい方です。いざあのキャラを表現しようとするとめちゃくちゃ難しかった。

オタク。それも乙女ゲー特化のオタクです。引きずっているキャリーバックには好きな乙女ゲーのキャラ『蜃気楼の君』のステッカーを張りまくっているという筋金入り。
 ただし、コナンの手助けはありましたが、コナンが呟いた一言に対してほぼノータイムで正解に辿りついたり、走ってきたルートに何の店があったか即座に出てくる辺り、暴走癖こそあるものの割と優秀なオリキャラでした。

(σ・∀・)σ<おとぼけ~~~!



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017:四国にて浅見探偵事務所、出張営業中(なお、所長は放置中)

今回、越水さん及び香坂さんはちょっとお休み。次回で多分出せると思う。


今、何かタイプしようとした瞬間に忘れた件について。
思い出したら追記しておきます(汗)


「なーんで俺が探偵の手伝いしなきゃなんねーんだよ」

 

 放課後大事な話があるからと、取り巻き連中から殺気立った視線のシャワーを浴びながら呼び出された場所――音楽室に行ってみりゃ、相も変わらず偉そうな顔をしている紅子がピアノ前の椅子に座って、これまた偉そうに足を組んで待っていた。んで、いきなり何を言うかと思えば……

 

「もう一度言うわ、快斗君。最近ちやほやされてるあの浅見っていう探偵に協力……ううん、守ってやってほしいの」

「だーかーらー! なんで探偵の仕事を手伝わなきゃなんねーのかって聞いてんだよ、俺はどろ……マジシャンだぞ!?」

 

 思わず泥棒と言いかけたの必死に止めてマジシャンと言い直す。もっとも、コイツはどうやってかは知らないがとっくの昔に確信してる様子だけど……。

 

「えぇ、分かっているわ。ただ……あの浅見っていう男。一人でも多く味方がいないと死んじゃいそうなのよ……というか死ぬわ。絶対。確実に。間違いなく」

「どんだけ死ぬんだよソイツ!?」

「それくらい、よ」

 

 紅子はそう言って、足を組みかえながらため息を吐く。

 

「……お前がそんな顔するなんて初めて見たな。まじでどうしたんだ?」

 

 いつもなら高笑いしながら自分を良い様に振り回す女が、憂鬱そうな顔をしてため息をつく姿なんてそうそうない。少なくとも、興味は惹かれる。

 

「――とりあえず話してみろよ、紅子」

 

 しゃーねぇ。話だけでも聞いてみるか……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ここらへんを歩いた時の足音からして多分……」

 

 瀬戸さんがそう言いながら、使われていない暖炉の中でゴソゴソしていると思ったら、次の瞬間にはガコン!! という音と共に瀬戸さんの姿がいきなり消える。

 

「……地下室への入り口……ですか」

 

 

――安室さーん! こっちに扉がいくつか見えまーす!!

 

 

 瀬戸さんが消えた所に大きな穴が開いていて、近づいてみると階段があった。そして一番下には、無邪気な笑顔で手を振っている瀬戸さんの姿があった。

 

(疑ってごめん、浅見君。君の人を見る目はやっぱり凄かった)

 

 かなりおっちょこちょいに見えた瀬戸瑞紀さんだったが、その観察力は一級品だ。隠し金庫や隠しスイッチを容易くみつけ、その中に設置された防犯トラップも解除できる。……危険度の低い物に限ってたまに引っかかってしまう辺りがちょっと残念だが……。金庫や鍵開けのスキルは自分では足元にも及ばないだろう。まさしくプロ級――しかも頭に超一流がつくレベルだ。

 よくこれほどの人材を発掘したものだ、今現在はフリーターと言う事だが……。

 

(こっち側に勧誘できないものか……)

 

 いっその事、浅見探偵事務所の人員を丸ごとこちらに引き込めないかと、最近よく考えている。まだ浅見君は、その目的やバックボーンが不透明なため完全な信頼は出来ないが……。

 例の外国人達の事も調査を続けているがかなりガードが固く、アメリカから入国した事しか実質分かっていない。当然パスポートから色々わかった情報はあるが、おそらくほとんどがダミーだろう。

 彼の周りを調べているキールも、奴らの事はよく分かっていないそうだ。この間、浅見君の情報を問題ない所まで流した時に尋ねてみたが、分からないと首を横に振っていた。

 

「瑞紀おねーちゃん、こんなのよく見つけられたねー!」

「コナンくんも、さっき隠し金庫見つけたじゃない。えらいねー!」

「えっへへー」

 

 褒められて素直に嬉しかったのか、近寄って来たコナン君の頭を撫でている。

 瀬戸さんについて特に意外だったのは、コナン君と相性がよかった事だ。ふなちさんと組ませようかとも思ったが、車の中でコナン君の相手をしていた時……コナン君が自分や浅見君といる時のような話し方ではなく、全力で子供らしさを表現したような笑える――もとい、素晴らしい演技で瀬戸さんと話しているのを聞いて、試しに組ませてみようと思ったのだが――これが正解だった。

 子供相手にどう対応するかも見てみたかったし、コナン君の観察眼なら信頼できる。それに、子供相手に酷な事を言うようだが、彼なら仮に何かあっても大抵の事態は乗り越えられるだろう。

 さっきこっそり、新入りの様子を見てくれと頼んでおいたし、後でさらに詳しい話を聞くとしよう。ふなちさんはもちろん下笠さん達とも見た限りでは仲良くやれているみたいだし、フルで雇ったとしても人間関係は悪くはならないと思う。

 おっちょこちょいな所と、本人の都合で浅見君たち以上に働ける時間が少ないという欠点はあるが、それでもチャラ――いや、それどころがおつりがくる人材だ。

 

「いやぁ、お見事ですね瀬戸さん。先ほども、あの不可思議な金庫をたった5分で開けるなんて」

「えぇ、まぁ。一時期、鍵師の手ほどきを受けていたんです」

「貴女程の腕前を鍛え上げた先生ですか……是非お会いしたいものです。その方は今どちらへ?」

「……八年前に亡くなりまして……」

「それは……すみませんでした。しかし、大変有能な方だったんですね、貴女の先生は」

「はい、とってもすごい人でした! 私が世界で一番尊敬している人です!」

 

 もういないとなると、実質、彼女はその方の後継者の様なものだろう。

 いっそ今ここで彼女に頭を下げて、教えを請いたいものだ。いや、時間を見て教授をお願いしよう。ポケットマネーから授業料を払ってもいいと思うくらいだ。

 

「――って、うん? …………コナンくん、これ」

「え? …………これ、図面?」

「どうかしたかい、二人とも?」

 

 先ほど見つけた地下道は、どうやら特殊なワインセラーだったようだ。部屋ごとにワインの種類が分かれていた。今は三人で、一番奥の部屋――ワインセラーではなく、純粋な倉庫……しかも長い間使われていなかった部屋を調べている。残りの面子は、応接間を使って依頼人と話しながら、今まで発見した物の整理をしている。

 コナン君と瀬戸さんは、並んで古い紙を慎重に眺めている。どうやら一枚の紙が破れて二枚になっているようだ。

 

「……安室さん、確か浅見さんと一緒にロマノフ展にいたんだよね?」

「? あぁ、いたけど……それがどうかしたのかい、コナン君?」

「ちょっと、これを見てもらえませんか?」

 

 瀬戸さんが懐中電灯でその紙を照らしたまま、そっと数歩離れる。

 彼女と場所を入れ替わるようにして、その紙を覗き込むと……

 

「これは……あの時の?」

 

 そこに書かれていたのは世界でもっとも豪華な卵――インペリアル・イースター・エッグが描かれていた。……? でも、あの時見た物と違うような?

 紙全体を見回すと、文字で注釈のような物が書かれているようだが、そのほとんどがもう読めない状態だ。唯一読めるのは、小さい紙の左下の個所。そこにはアルファベットで『MEMORIES』と書かれている。

 

「……メモリーズ・エッグ」

 

 瀬戸さんが静かにそう呟いたのが、この地下室に響き渡る。妙に響き渡り、残響するその声が、どうにも不吉な予感をさせていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「開幕放置プレイってどーなのよ越水……」

 

 いざ、四国が愛媛――そして問題の屋敷に到着したのはいいんだけど……。

 俺たちの宿を取って、越水からようやく話を聞く事が出来た。どうも、ラベンダー畑の中にある屋敷で起こった殺人事件と、その後に起こった被疑者の自殺の再調査が目的らしい。

 越水は屋敷の関係者やそこから繋がる人達に話を聞いてくるといい、俺はいきなり別行動宣言をされて途方に暮れていた。

 

(いやー、それにしてもなーんか引っかかるんだけど……)

 

 なんだろう、越水らしくないというか……しっくりこないというか……。

 俺が頼まれたのは、別視点からの調査――調査? まぁ調査か。

 主にやっている事は、その殺人事件から半年後に現れ推理をした高校生探偵が誰かという調査だった。

 どうもその高校生探偵から、推理の経緯なんかを聞きたいみたいだけど……ふむ?

 

(そもそも、アイツにしちゃあ何から何まで不親切すぎるんだよ。あからさまに何か隠してるんで疑って下さいって言ってるようなもんだが――)

 

 さて、どうしたものか。今回ばかりは越水の真意が読み取れない。これが江戸川が関わってるような案件だったら違う視点から推理もできるんだけど……、さすがにこういう時、物語前提での展開予想は使えない。

 

「さて……どうしたものか」

 

 一応屋敷の関係者や、白鳥刑事経由でこちらの刑事に情報を流してもらったりしたけど、肝心のその男の事は教えてもらえなかった。本人のプライバシーのためと言っていたが、恐らくその男が目立たないように口止めをお願いしたのだろう。そして今、図書館で調べ物をし終えて、適当なファミレスで軽い食事を取っている所だ。――あとアルコール。……一杯、一杯だけだから。

 

(新聞や雑誌の情報だって、結局は高校生探偵としか書いていなかったし……)

 

 そういえば、なんでその情報だけが出てるんだろう? 名前を出さなかったのは……謙虚なのか、あるいはなんらかの形で名前を出したくなかったかの多分どちらかだろう。

 とはいえ、本当に謙虚だったらそもそも存在すら出さないだろう。俺で言えば、あの黒川邸の事件の時がそうだった。最初っから刑事にそう言っておけばキチンと黙ってくれる物だ。噂とかの口コミは止められないだろうが、新聞に『高校生探偵』という言葉が書かれることすらないはずだ。――となると……どういうことだ?

 

「あー、だめだ。よくわからねぇ」

 

 じんわりと汗で湿った髪を手櫛でおおざっぱにとかしながら、さっきコピーした新聞や雑誌をホッチキスで止めたものをもう一度パラパラっと読み直してみる。ちくしょう……どうしたものかな。

 

「こういうことを難しく考えるのって、そもそも本来の探偵の仕事じゃねーだろ……はぁ、殺人事件よりも、まだ身辺調査の方が気が楽だ……」

「せやせや! なんで一々殺人が起こったら首を突っ込まなアカンねん!」

「あれだろ、もう本能っていうか習性みたいなもんだろ。それがなきゃ生きていけないんだよ」

「そんなん、人の不幸でおまんま頂いてます~って言うてるようなもんやん!」

「だよなー。つっても、殺人起こった時なんて顔キラキラさせて首突っ込んじゃうからもうどうしようねぇ……」

「ホンマホンマ」

「まぁ、実際それで狡い事して逃げようとしてる奴引きずり出してるわけだから、必要っちゃ必要なんだけど」

「そやけど、物事には限度っちゅーもんがあると思わん!?」

「言いたい事は分かるけど……止められる? あのキラキラした悪戯小僧みたいな顔見てさ」

「……………」

「……………」

「……アカン、無理やわ」

「だろう?」

「「アッハッハッハッハッハ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「で、おたく誰?」」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 後ろに座っている見知らぬ客と偶然会話が成立するという奇跡を見せた後、その関西弁の女の子――遠山和葉ちゃんという高校生と相席することになった。ポニーテールいいなぁ。

 

「あぁ! 名前に聞き覚えがあるなぁ思うとったら……平次が最近話す工藤とかいう女の連れやん!」

 

 速報、俺の相棒がいつの間にか性転換した模様……じゃなくて。

 多分、俺の知る工藤の事だと思いつつ訂正を入れると、本気で工藤という人物を女だと思ってたらしく、真っ赤になって照れてしまっていた。

 しかし、工藤――コナンと話している人物か。

 

「それで、相棒さんがなんで愛媛に来とるん?」

「……連れの手伝いに来たつもりが振り回されてるっていったところかなぁ……」

「……苦労しとるん……やね?」

「分かってくれるか」

「いや、ちいとも分からへんけど……ごめん、嘘、ちょっとは分かる気がする」

 

 和葉ちゃんもまた、先ほどの俺と同じように「はぁ……」とため息をつく。あぁ、なんだろう事務所開いたばっかりの頃の俺ってこんな感じだったのかと思ってしまった。

 

「なに? 和葉ちゃん、彼氏さんが探偵なん?」

「な……っ! ちゃうちゃう、彼氏とちゃう!! ただの幼馴染や!」

「ほーーん?」

「な、なんやねん! その気色悪い反応は!」

 

 ……多分年の頃は高校生。幼馴染っていうなら相手も当然同じ年、誤差があったとしても前後1年くらい――やはり相手も高校生と見ていいだろう。工藤新一と同じ高校生の探偵で? 彼の事をよく話していて? かわいい幼馴染がいて、かつ関係がじれったい所から中々進みそうにない爆発しろ。……ストーリー関係者か。

 となると、やはりもうあの子で間違いないだろう。名前も一致するし。

 

「ひょっとして、君の幼馴染って服部平次君?」

「! やっぱり、平次の事知っとるん?」

「まぁね。直接会ったことはないけど……コナン君から服部君の話を聞いていたから」

「コナン君?」

「……あぁ、服部君は話してないのかな? 二つの事件で服部君が相手をしていた子供だよ。あの子とは仲よくてね」

 

 一回工藤に戻ったっていう時は知らんけど、コナンとの遭遇はまだなし。……服部平次の名前が出たならストーリー関係者は確定、ただ今回は本編前にフライングで会ったと見てよし。となると、やっぱり今この時は描かれてない、あるいは存在しない場面と見るが吉。うかつな展開予想は避けた方がいいだろう。こういう時にいつも頼りにしている越水は隠し事をしていて、全部俺には話してくれないだろうし。――よし。

 

「――そういや、服部君は今どこにいるの? 」

 

 ブレイン役の確保から始めよう。他力本願と笑わば笑え。保険は掛けられるんなら掛けておくに越したことはない。

 

「平次なら、今警察に行っとるわ。せっかく夏休みの旅行にきたのに事件起こって首突っ込んで――ホンマ腹立つわ、平次の奴」

 

 ごめんなさい、巻き込む気満々なんです。恨むんなら、俺に隠れてこそこそ何かしてる越水を恨んで――あ、止めとこ。後でボコられる。

 

「あはは。旅行は何日の予定なの?」

「ん? 愛媛には今日来たばっかなんよ。平次の夏の大会が終わった後に、ゆっくり四国回ろう言うてて……そうやね、あと四泊くらいで他にも色んな所を回ろうと思うとるんや」 

「へぇ、それじゃあ結構ゆっくりじゃないか。まだ彼氏君と過ごせる時間は十分にあるって」

 

 その時間、こっちにもらうけどな!

 

「だ、だから彼氏やないって!!」

 

 照れて必死に否定する和葉ちゃんを尻目に、越水には少し遅れるとメールを打っておいた。もう少し遅くなっても大丈夫だろう。怒られたら? 怒る元気があるなら安心出来るわ。

 向こうが隠れているように、俺も隠れてこそこそ動く事になるが……親友が『触ってほしいけど触ってほしくない』という何かがあるなら、近づける所まで近づくのが俺のスタンスだっていうのは向こうも知っているはずだ。

 

 

―― 一応、もう一個の保険もあるし……

 

 

 サマージャケットの胸ポケットに差している『サングラス』を無意識に手でいじりながら、俺は和葉ちゃんとの会話を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「あー、すまん和葉! えらい遅なってしもた!」

 

 いくらなんでも遅くなりすぎたと、服部平次は慌てて県警近くのファミレスに駆け込んで入った。

 

(むちゃくちゃ怒っとるやろうなぁ……。こらきっついで……)

 

 県警本部で事件の事を話すついでに色々な事を聞いていたら、気が付いた時には予想した時間を2時間も過ぎてしまっていた。

 席を見回すと、目当ての姿がそこにいた。予想通り一人で待っているが、

 

(あれ? 思うた程怒っておらんな……)

 

 不機嫌なのは間違いないが、正直店に入った瞬間に怒鳴りつけられる覚悟はしていた服部だったが、とうの和葉はむすーっとはしているが、激怒している様には見えなかった。

 

「か、和葉! 本っっっ当にすまんかった!」

 

 とはいえ、怒っていることには変わりなく、平謝りするしかない事を服部は分かっていた。席にはつかず、頭を下げていると、和葉は「はぁーーーーーっ」と深いため息をついて、

 

「わかっとるわかっとる、事件の話色々聞いとったら、気になる事がぎょーさん増えて色々話して、ほんで遅なったんやろ? まぁ、ちゃんと慌てて謝ったし? ええ、ええ、アタシも理解のある方やし、もう許したるわ」

「………………」

「……なんやのん? 人の顔じーっと見て」

「和葉、お前……なんや悪いもんでも食うたんか?」

 

 

――かっちぃぃぃぃ……ん

 

 

「こん……のぉ……。せっかく人が下手に出たっちゅーのに……」

 

(あ、しもたっ!)

 

 口にしたのが不味かったと服部が気が付いた時にはもう遅かった。

 和葉はプルプル震えながら『ゆらぁ……り』と立ち上がり、その拳を握りしめて―― 一歩ずつ、服部の方に足を進め、

 

「ちょ、ちょー待て和葉! おお、俺が悪かった! つ、つい口が滑ってやな――」

「口が、滑ったやとぉ…………っ」

「あ、ちょ……ちが―――」

 

 

 

 

 

「こんっの……あほんだらぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんでな、その浅見っちゅー人がずっと話を聞いてくれてなっ!」

「……そら、よかったのぅ……」

 

 赤く腫れた頬を押さえながら、目の前で料理を凄い勢いでパクつきながら話す和葉の姿を服部はジトっとした目で眺めている。非があるのは自分だと服部も理解はしているが……

 

「って、浅見? おい、和葉。その人ひょっとして浅見 透か?」

「あ、そやそや! 言うの忘れとった、その人、アンタが電話でこそこそ話しよる工藤君の相方やって!」

「こそこそて……なんや、棘があるのぅ」

 

 ぶーたれながらも服部は、以前友人の江戸川コナン――工藤新一が話していた助手について思い出していた。工藤曰く、自分の推理を、持ち前の身体能力、観察力、なにより事務所を設立してから広げている人脈を駆使して手助けしてくれる、優秀な助手。

 

(うらやましい話やのぅ……)

 

 高校生探偵である自分は、いざ事件に関わる時も信用が足りず、知り合いの刑事の協力を得ないと何もできない時がある。それに対して工藤は、名探偵の毛利小五郎について事件に関われる上に、いまや社会的地位がある男が様々な手法でバックアップしてくれる。

 

(ほんまに恵まれとるやないか、工藤。噂が本当なら鈴木財閥もバックについとるっちゅーし……)

 

 まぁ、強いて言うならホームズではなくワトソンの方が、世間では名探偵と称されているのが少々皮肉だが……。

 

「ほんで? その浅見っていう人、なんか用やったんか?」

「うん。でも、ウチやなくて平次にって話やったで?」

「? 俺に?」

「うん……なんでも、手伝ってほしい事件があるって……あ、そうや、これを平次に渡してくれって!」

 

 和葉が自分の鞄から取り出したのは、数枚のコピー用紙をホチキスで止めた物だった。言うまでもなく、浅見が図書館で作った簡単な書類である。

 裏には浅見透の名前と、携帯電話の番号、そしてメールアドレスが書かれている。

 服部は表情を引き締めて、その書類に目を通す。

 

 

「ふーん……なるほどなぁ。ラベンダー屋敷の密室殺人……っちゅーわけか」

 

 

 

 

 

 

 

 




越「で、なんで帰りが遅くなったの?」
浅「いえ、あの……ですね。たまたま共通の知り合いがいる子と会いまして」
越「…………年下の女の子?」
浅「なんでわかるんですか」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


関西弁は難しいので、自分で想像して違和感が出来るだけないように書いています。
もしよっぽど酷い物などがあったらコメかメッセージでお願いいたしますw

ようやく服部と、原作より早い和葉を出せて一安心です。
この話を終えたら、あとはキッド(ある意味出てるけど)を出してから日記編でスキップして14番目に入ろうと思っています。

それと、感想欄でも書いた事ですが、基本劇場版が順番にやるつもりではありますが、アニメ版は意図的に順序を変えたりすることがあります。ご了承ください。

え、そんなことしたら違和感が強い? サザエさん時空のせいだから仕方ない


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018:四国での騒動の一幕

「協力者?」

「そう、協力者」

 

 とりあえず越水に今日の行動を洗いざらい吐かされた。

 なんでも、ファミレスの席で後ろ向きに喋った時にか、髪の毛が一本付いていたらしい。髪型までずばり言い当てられて、「第一回浅見透の好みは年下か年上か討論会」が勃発した。しかも自分の意見を、討論会の最初に宣誓した通り正直に話したらドン引きされた。なんなんだよ、マジで。

 

 

……あれ? そういえばなんで年下って分かったんだろう?

 

 

 ……ともあれ、本題に移ろう。越水の方も、今日は特に進展はなかったらしい。

 だから俺も一緒に行くって言ってんだろうが。一応最低限の知識はコナンから叩きこまれてる。状況を保存したまま倒れた人の生死を確認する方法、遺体の死後硬直や死斑から判断する遺体の状況判断、爆弾解体の基礎知識、緊急時における蘇生法、基本的な暗号パターンに毒も含めた薬品の種類とその対処法などなど……。事務所を開いてからは、工藤新一の家から本を持ってきてくれたりして、阿笠博士の家で授業を受けている。

 はたから見るとシュールな光景だけど、実は結構楽しい時間だ。阿笠博士と協力しての様々な実験なんかやってくれたのは、昔の理科の実験を思い出して、中々楽しかった。

 ともあれ、そんなこともあって今なら結構役に立てると思うのだが……。

 

「ちなみに、その協力者って誰なの?」

「ん? ああ、工藤の知り合いだよ。西の高校生探偵の服部平次――」

 

 

 

――ガタンッ!

 

 

 

「あっちあっちあっちぃ!! おい、なんでいきなり湯呑み倒した! しかも狙ったように俺の方に!!」

 

 

 思いっきり手にかかった熱いお茶を振り払いながら、思わず立ち上がった。

 とりあえず冷やそうと、冷蔵庫に入れておいたコーラの缶を押しつけて冷やす。……あれ、静かだな?

 

「……お~い、越水? どうした~?」

 

 越水は黙ってずっと手元を見ている。おうこっち見ろやコルァ。

 

「…………ねぇ、浅見君。彼、どんな喋り方だった?」

「へ? いや、俺まだ直接会ってないんだけど……。てか、さっき説明しただろうが……お前、本当に大丈夫か?」

 

 おかしい。どうにも集中できてない。こんな越水久しぶりに見るな。それこそ、入学したての時みたいだ。そういや、あの時のコイツは上京したばっかだからか、えらいピリピリしてた……まぁ、コイツ顔はいいからナンパとかサークルの勧誘がしつこくてイライラしてたっていうのもあったんだろうけど……。

 

「浅見君、明日も別々に調査しよう。君の方には協力者がいるから大丈夫だよね?」

「おーい無視か。お茶ぶっかけたのはスルーか、おい……」

「僕は、もう一度心当たりを当たってみる。浅見君には、また今日と同じように独自に動いてほしいんだ。で、明日その調査を詳しく話して欲しいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「――その高校生探偵が、どんな推理をするのか、ね」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「瑞紀様、一息入れてお茶とお菓子はいかがですか?」

「わぁ! ありがとうございます!」

「いえ、瑞紀様は今日も大変な場所の調査をされると聞いておりますので……、あ、こちらにお弁当も用意しております。……ちゃんと、お魚は使っておりませんのでご安心を」

「本当にありがとうございます、美奈穂さん!」

 

 美人のメイドさんから弁当箱を受け取る。こちらの好みを把握していた上で、バランスも取れた美味い食事、必要な設備や装備は安室さん――本来は所長だが……――に申請すれば大体は揃えられるという優遇っぷり、ついでに調べ物が必要な時などかなり濃い資料が揃う。疲れた時は、何も言わなくてもすぐに美味しいお茶とお菓子が出てくる。

 

(悪くねぇなぁ! この環境!!)

 

 紅子の頼みで、瀬戸瑞紀という人間に成り済ましてこの『浅見探偵事務所』に入り込んでまだ二日だけだが、今の所仕事内容に不満はない――どころか気に入りかけている。

 昨日の香坂家の一件で鍵開けや仕掛け物に強いと判断されたのか、変わった鍵や仕掛け等が関係する場所の調査を優先させてもらえることになった。昼から行く場所もそうだが、今予定が入っている仕事はいわくつきの開かずの間や廃旅館の調査、幕末の天才絡繰師、三水吉右衛門が絡んだ絡繰屋敷の調査などなど……

 

(やっべぇ、ここの仕事、超楽しい……)

 

 てっきり、浮気やら素行調査やら他人のあらを探すような仕事ばっかりになると思っていたが、こういう仕事になるんなら全然OKだ。仕事も事務所に来た時に溜まっているものから自分で選んでいいってことだし、報告書を書くのは少し面倒くさいがそんなの全然気にならない内容だ。そして給料も悪くない。

 唯一気になるとしたら、紅子も気にしていた浅見という探偵。まだ自分も面接の時の一回しか会ったことがないが……。安室さんや中居さん――もとい、ふなちが『優秀な変人』という評価をする男。……部下にそう評価される上司ってどうなんだろうとも思うが……。

 

「でも、穂奈美さんも美奈穂さんもすっごい料理お上手ですよね! 昨日の夕飯とかすっごい美味しかったです!」

「ふふ。ありがとうございます、瀬戸様。でも、今度は私たちの魚料理、一品だけは食べてくださいね? 魚らしい生臭さや食感は工夫いたしますから」

「あ、あはは……。ぜ、善処しまーす」

 

 

――ピンポーン!

 

 

 あれ、お客さんか? 基本的にここに来る依頼は電話かFAX、メールが主って聞いていたけど。

 

「はい、少々お待ち下さい」

 

 すぐに穂奈美さんがトレイを片付けて、ドアの方に向かい扉を開け、応接スペースへと案内する。

 今日は安室さんもふなちも香坂家の方に呼ばれていて不在。今いるのは自分と下笠姉妹だけだ。と。なれば自分が話を聞くしかないんだろうなぁ……。

 

「どうぞ、お掛けになってください」

 

 中に入ってきたのは、――あー、話が本当ならばうちの所長は絶対に声かけるだろうなっていう美人だ。真っ直ぐ伸びた長い黒髪に整った顔……すっげー美人だなー。

 ソファに腰をかけた女の人は、まだ落ちつかない様子で窓やドアを気にしている。人目を避けてここまで来たのかな? なら電話をすりゃいいのに……いや、何かの理由で電話をかけることが出来なかった?

 

「すみません、浅見透さんは……」

 

「申し訳ございません、所長の浅見は今四国に出張しておりまして……」

「私が話を伺いますよ! 所長は明後日までは帰ってこないようですし」

 

 しゃーねぇ、一応俺が話を聞いておくか。緊急性があった場合――例えば身の危険を感じるとかそういった話の場合は、どうしても俺が動かなきゃならねーだろうし……

 

「とりあえず、お名前とご用件を伺ってもよろしいですか?」

「あ、はい。名探偵と名高い浅見さんにお願いがあって来たのですが――」

 

 

 

 

 

 

「私は、……広田……広田雅美という者です」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ほーん、なるほどなぁ。こら確かに、『ラベンダー屋敷』やな」

「ほんま、どっちのほう見てもラベンダーだらけや! 綺麗やなー」

 

 翌日、俺は平次君と和葉ちゃんの二人と合流してから、例のラベンダー屋敷に来ていた。

 さすがに越水の態度が引っかかって少し強めに問い質したが、結局友人からの依頼の一点張りで何も教えてくれず、朝には少し喧嘩してしまった。おぉ、もう……こうなると長引くんだよなぁ。ふなちがいてくれると楽なんだが……。

 

「平次くんも和葉ちゃんもごめんね。せっかくの旅行の間に巻き込んでしまって」

「かまへんて! せっかく良い人と友達になれたんやし、ここで力を貸さんとか関西人の名折れや! なぁ平次!」

「……いつから俺ら、関西の名を背負うたんや……」

「あ、あははは……」

 

 平次君、和葉ちゃん、本当にごめんなさい! 今度必ず良い感じのデートをセッティングしてあげるから今回だけはご協力お願いいたします。基本的に自分は無能なんです。

 

「とりあえず、現場に入ってみようか……」

 

 今、事件のあったラベンダー畑は人の手を離れ、無人となっている。買い手がまだつかないらしい。

 おかげでこうして俺たちが入れるんだが……。

 

「せやな。現場を見ぃひんことにはなーんも分からへんし、早速中に入ってみよか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、結論から言おう。ぶっちゃけ、ほぼ結論しかないんだが――むちゃくちゃ早くトリックはわかった。調べて2,3時間くらいで終わったんじゃなかろーか。

 窓枠全体が一度取り外されて、ボンドで仮止めされていた状態だったのだ。ようするに、鍵をかけたまま窓を、螺子を外して枠ごと外し、後からボンドで固定したのではないかという事だ。ご丁寧に窓を固定しているネジの先端を切り取ってからまた締めて、パッと見は細工をされていると分からない代物だった。

 証拠までしっかり残っており、近くに切り取られたネジ片が落ちていたのだ。

 とてつもなく単純なトリック……だからこそ、今俺と平次君は行き詰っていた。

 

「浅見さん、こんな簡単なトリックを初動捜査で警察の鑑識が見逃すやろか? どこぞの山奥とかやなくて、十分な用意をしてから来れる所やっちゅーのに」

「だよなぁ……。仮に最初の通りに自殺の線で見ていたっつっても、侵入できそうな窓は徹底的に調べるだろうし……」

 

 平次君がいてくれてよかった。俺一人だったら、おかしいとは思ってもこの『ミステリー世界』ならまかり通るんじゃないかと納得しかける所だった。

 

「でも、実際にこういう仕掛けがあるんやったら、やっぱりその自殺したっちゅうメイドさんが犯人やったんとちゃうん?」

「……いや、どうだろう。もう一個引っかかっているのがアレだ。自殺って決まってから半年も経ってから殺人ってなった点だ」

「せや、ネジの錆具合もちょっと事件から半年以上経ってるにしては、錆が新しすぎるわ。こらひょっとしたら……」

 

 昨日図書館で漁った資料のコピーを読み返す。今日は朝から何度も読み返している資料だ。いい加減に内容は全部頭に刻み込まれているが、それでも読み返している。

 

「今思えば変だな……県警の人も教えてくれたのは概要だけで、詳しい事は教えてくれなかった……」

「関係ない探偵やったからやないか? 向こうもそう簡単に、一探偵を信じるわけにはいかんやろ」

「でも、一応警視庁のキャリア組からの紹介で、かつ解決した事件なのに?」

「……そう言われてみればそうやな……」

 

 気になっているのは刑事の反応もそうだけど、なによりも『半年』という期間が気になっている。

 

「……平次君、ちょっと和葉ちゃんと一緒に動いてもらっていい?」

「ん? かまへんけど……あぁ」

 

 平次君も納得したように声を上げる。

 

「人手が必要っちゅーことは……聞きこみやな?」

「あぁ、ちょっと調べてほしい。……あの『半年』の間のことを、ね」

「おっしゃ、まかしとき! あんたも同じ聞きこみか?」

「あぁ、ただその前に――」

 

 俺はその間に携帯電話の電話帳を開いて、フォルダ区分の二つ目からまず誰から始めようかと選んでいる。どうにも、警察の動きに引っかかる所が多すぎる。平次君までおかしいと言っているなら、何か隠している事があると見て間違いないだろう。

 そうとなれば話は早い。こちらに後ろめたい事がないのならば、打てる手はいくらでもある。目には目を、歯には歯を、権力には――当然、権力を。

 

「使えるコネを有効に使わせてもらうけどね」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 ほとんど人が乗っていない電車の中、僕は一人で席に座っている。……いつもならいる二人が、どっちもいない。

 

(……まいったなぁ……)

 

 浅見君があれだけ僕に強く出たのなんて久しぶりだ。気が付いたら、言い合いになっていた。

 まぁ、彼と喧嘩をするなんて一年の時はよくあったことだけど……。

 今から行くのは、あの屋敷の近くの街だ。あの『高校生探偵』の情報を集めるには、やはりあの街に行くしかない。仮にも探偵だと言うのならば、きっとあの街である程度の聞きこみはしたハズだ。

 

――もし、それすらしていない様だったら……

 

 絶対に許してはおけない。許すわけにはいかない。

 人の人生に関わる事で、最善を尽くさない人間など許されていいはずがない。存在していいわけがない。

 現に、それであの子は追いつめられて、死んだ。――殺されたんだ。警察に、マスコミに、……どこかの探偵きどりの、取るに足らない奴に――!

 

 浅見君を昨日一人で動かしている間に、警察に当時の事を聞きに行ったがなしのつぶて。解決済みの一点張りで何も教えてもらえなかった。

 

(浅見君だったら、どうするかなぁ……)

 

 ほんの数カ月で、隣にいたはずの浅見君が随分と遠くに行ってしまった気がする。何かの謎に当たる度に、彼の観察力にはいつも驚かされている。推理の方も安室さんや江戸川君の影響か、徐々に鋭くなっていってる気がする。きっとそのうち、一人でもある程度の事件を解決できるくらいにはなるだろう。もっと時間をかければ、もっともっと……すごい探偵になれる。

 なにせ、あの性格だ。感情に呑みこまれるようなことがなければ、きっとたくさんの人の助けになれる。

 

(だからもう……僕は――)

 

 

 

――ブー、ブー、ブー

 

 

 

 ポケットに入れていた携帯が震える。そうだ、マナーモードにしてたのを忘れていた。

 席を立って、人がいない端っこの方に行って携帯を開く。

 表示された文字は……『浅見くん』

 

――ピッ……。

 

「も……もしもし?」

『……あー、越水? その……今、大丈夫か?』

 

 やっぱり、居心地が悪そう……って、そりゃそうか。喧嘩、しちゃったもんね。

 

「うん、大丈夫……なにか、分かったの?」

『あぁ、一応な……ラベンダー屋敷のトリックが分かった』

「……殺人事件の?」

『いや、その……盗難事件の方だけど……』

 

 え……盗難事件?

 

『平次君……例の関西の高校生探偵と聞きこみをして、辺りの情報を洗い直したんだ。事件が起こってからの半年前後を重点的に。そしたら、例の屋敷の仕掛けと同じような手口の空き巣が数件発生してる。追えたのは途中までだけど、多分かなりの常習犯だ』

「それ、本当!?」

『このタイミングで冗談言ってる場合かよ。今警察に問い合わせたんだけど、この空き巣の件を聞いたらなぜか門前払い喰らった。例のラベンダー屋敷の事件に関しても同様だ』

「……っ! じゃあ、警察も……っ」

 

 やっぱり、警察も薄々感づいて――! おかしいと思ったんだ! 被疑者である彼女が死んだ後の裏取り捜査が、やけに早く終わっていたのが!!

 

『…………。今、小田切警視長と次郎吉さんに頼んで愛媛県警に圧力を掛けている。ある程度の確証が取れたら、水無さんの知り合いのフリーのライターやカメラマンも動いてくれるハズだ』

「浅見君!」

 

 そこまでの人を動かしてくれたのか。次郎吉さんはともかく、小田切警視長なんて、例の連続爆弾事件の説明で一度会っただけの人だ。……多分、毛利さんか目暮警部……知り合いの警察関係者全員に頭を下げてどうにかチャンスを作り――やってくれたんだ。

 

『……片が付いたら、全部話してもらうからな』

 

 最後に浅見君はそう言うと、一方的に切ってしまった。

 ……とっさにお礼の言葉が出なかった自分が嫌で……でも、やっぱり嬉しい。

 

「ごめんね……『透君』。……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「よし、準備完了。行こうか」

「……俺、こんな怖い探偵事務所、初めて見たわ」

 

 平次君が引きつった笑顔でこっちを見ている。はて、そこまで酷い事してるかな? 今の所、警察の偉い方にとある県警の風紀に妙な所があると教えて、ついでにフリーライターの方達に県警にカマかけるようにお願いしただけである。別に潰そうとかしているわけではないからセーフ!

 

「まぁ、実際は内部調査の人が行くだろうって話だったけどね。いやー、小田切さん堅物だったわ」

「……その堅物の警視長相手にやり合うアンタも相当なもんやと思うけど……」

 

 平次君がなにかボヤいているが、気にしたら負けだ。とりあえずこれでどういう形にせよ警察は動くだろう。さて、マスコミの方も次郎吉さん経由で財閥の圧力掛かってるだろうし、今から行きゃあ面白い話が聞けるだろう。

 

「さぁ行こうか、西の高校生探偵。こっからが一番難しいと思うよ?」

「ま、の。でもやる気は湧いてきたで……。裏付けもようせんまま、下手な推理で人ひとり死なせたドアホウがどこのどいつか知らんままやと、俺の気も収まらんしの……ただ、どうする気や?」

 

 そこなんだよなー。と、口には出さずにボヤく。一番悪いのは誰かとなれば間違いなく警察とマスコミだ。だからこそ、それ相応の責任を取ってもらうために色々手を回しているが……その口出しした高校生探偵ってのは、言っちゃあなんだが、ある意味で責任はない。

 

(恨みは相当深い……と、思う)

 

 さっき電話をした時、警察の方の話になったらアイツは警察『も』と言っていた。多分――

 

「その越水っちゅー姉ちゃんも、多分警察やマスコミが必死に隠しとることがあるのに気がついとるんやろ?」

「……みたい、だね」

「……なぁ、ひょっとしてその姉ちゃん。そのどこぞのアホウを――」

 

 それ以上言わせないように、人差し指を一本立てて、平次君の前に突き出す。

 いや、多分それで合ってると思うんだけど……。越水も少しは思いとどまってくれたんじゃないかと思う。

 責任が重い所をこれから徹底的に引っ張り出すんだ。少なくとも、亡くなったメイドさん――越水とどういう関係だったかは分からないが……多分、友人だろう――の名誉は回復するだろう。越水が実際に見つけ出してどうするかは分からないが、仲間として当然力になるし、もし一線を越えようとしたのならば、身体を張って止めるのも仲間の役目だろう。

 

「ま、それよりもまずは一番大事な所から押さえよう。例の、清掃業者を装って侵入していた奴の足取りを追う」

「任せとき。こうなったら最後まで付き合うで」

「……和葉ちゃん。今度、東京に来たら最高の旅行をプレゼントするから――」

「ええってええって、大事な人の一大事やったんやろ? ウチも最後まで付き合うで」

「……ありがとう」

 

 さぁ、最後の締めだ。張り切っていこう!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

8月12日

 

 色々あったが、無事に四国から帰って来た。事件についてはメモで残しているので、その後どうなったかを書いておこう。

 あの後、全ての元凶とも言える連続窃盗犯、槌尾広生を追う事になった。足取りを追っていくうちにちょうど現行犯で発見。やっと追いつめたと思ったら、清掃業者の物に偽装したワゴンで逃走しやがった。とっさに和葉ちゃんとバトンタッチして平次君のバイクで追跡、野郎の車が速度を上げて逃げきろうとしたのだが、逃げ込んだ先の県警が上手い事非常線を張っていてくれて無事に捕まえる事が出来た。

 越水の方は、あの屋敷の使用人だった甲谷廉三という人物を追いつめていた。どうやら、この人は最初の娘さんが自殺だと知っていたらしく、娘さんが自殺した事を彼女の汚名だと考え、黙っていたらしい。

 今日、越水から聞いた話だが、最初は彼も槌尾も殺そうと思っていたらしい。

 その後の調査で、越水は例の高校生探偵が誰かもわかったらしいが、本人いわく、もういいとの事。

 

「今どこにいるか分からないクソヤローより、いつ何をやらかすか分からない目の前の大馬鹿の世話で手いっぱい!」

 

 だ、そうだ。大馬鹿で悪かったな。ちくしょう……平次君が、あのワゴン止めるために俺が飛び移ろうとしたのバラしちゃったから……。もうね、むちゃくちゃ怒られた。おかげで只今絶賛禁酒中。お酒~、お酒~。

 

 今向こう側は大騒ぎになっている。どこの馬の骨とも知らない高校生の言葉を真に受けて騒いだマスコミと、それに加えて無実の人間を死に追いやるほど厳しい尋問をした警察――というか向こうの県警は激しいバッシングを受けている。

 一部の雑誌では、問題の高校生探偵はコイツだと、顔写真に目線をいれて『T・J』氏と載せたらしいが……まぁ、正直興味なし。ん? なんかフリーライターに追われているらしい? さ~て、なんのことやら。

 そのついでに、事実の解明に動いたのは俺たちだという記事もあったが、怜奈さんがツテを使って抑えてくれた。また今度奢らせていただきます。

 マスコミはともかく、警察の方は相当風通しがよくなったらしい。安室さんが知り合いから教えてもらったらしく、これからは少しはまともになるだろうという話だ。……そういえばどっから聞いたんだろう? ここ最近機嫌がいつもよりちょっといいし。

 

 ついでに瑞紀ちゃんも良く働いてくれてる。来月からは少し減るそうだが、思ったよりも来てくれそうだ。

 そういや、その瑞紀ちゃんから明日改めて話があるって事だけどなんなんだろう?

 

 

 

 

 




最初の予定では、浅見が四国で服部と槌尾を追いかけ、北海道に時津を殺しに行った越水はコナンと安室が止めに行くという予定でしたが、モチベや無駄にシリアスが長くなりそうだったので大幅カット!
次回はシェリーの伏線を引きながらいくつか主要ストーリーを消化しつつ14番目に備えていきますw


また忘れてた。登場した新キャラ紹介

○小田切敏郎 56歳

警視庁刑事部部長
瞳の中の暗殺者(初出)

多分、劇場版限定キャラ……だったはず(汗)
真実を明らかにするのは警察の仕事だという信念を持ちながら、コナンの能力に一目置いているおじ様。居合のシーンはすごい印象的でした。
実はその後の劇場版でもチラホラ出ているお方。自分は名前が思い出せなかった時は
いつも『記者会見の刑事さん』と言っていましたw
容疑者の一人だったために、左利きという役に立つのか立たないのか良く分からない設定がある方ですw




甲子園編の人は……超簡潔でいいかな?w
○槌尾広生

時津もそうだけど、こいつさえいなければ全部丸く収まったんじゃないかと思った。
けちなコソ泥。以上。




○甲谷廉三
ラベンダー屋敷の使用人。

お嬢様の自殺を恥と考えて黙っていたら、メイドが疑われる。

捜査が進めば疑いが晴れるだろうと放置

え、自殺? うっそでー! ……マジ?


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019:グラサン、散髪、行方不明者の三本立て

サングラス=かっこいい
グラサン=マダオ

サブタイ書いてたらなんかこんなイメージが浮かんできた


「さてと、それで浅見君。これは何かな?」

「その……発信器、です。はい……」

 

 ちくしょう、回収するの忘れてた。

 越水の様子がおかしいから、阿笠さんに作ってもらった発信器をあいつの鞄に仕掛けていたのだ。念のために。帰りの電車でこっそり回収するつもりが、平次君と色々話している内に完全に存在を忘れていた……今の今まで。

 事務所に行こうとしたら越水に呼びとめられて、今越水は椅子に腰かけて足を組んだ上で俺を見下ろしている。

 

 そして――俺はその目の前で正座させられている。もちろん床に。

 おい、足組み変えるな、下着が見えるぞ。

 

「で? なんで女の子の鞄に発信器なんて仕掛けたの?」

「いや、その、これは手違いでして――」

「……で?」

「えーと、発信器を仕掛けたつもりはなくて、俺本当はサプライズのプレゼントを――」

「……で?」

「……じゃなくて! なーんとそれは発信器に見せかけた驚きのびっくり変形――」

「吐け」

「はい」

 

 やだ越水さん超怖い。今までに見たことないくらいの満面の笑顔が逆に怖い。

 

「その、越水――さん、の様子がおかしく感じまして、はい。それで……」

「それで?」

「……」

「……」

「……あーっと! 瑞紀ちゃんから大事な報告があるんだった。ちょっと急いで事務所に行ってき――」

「おすわり」

「……わん」

 

 言わなきゃだめですかそうですか。

 

「し、心配しまして……」

「…………」

「…………」

「そっか……ボクが心配だったんだ」

「あの……。恐れ多くも……はい」

「…………ふーん」

「………………」

「……そっか。そっかそっか」

「……あの、もし?」

「そっかー、心配させちゃったって、そりゃ当然だよね。それじゃあ、ちょっとやりすぎても仕方ないか」

「あの……越水さん?」

 

 なんかすっごい笑顔だ。え、なに、どしたの?

 怒ってるの? そうじゃないの? どっち?

 

「それで、この発信器ってどうなってるの?」

「あぁ……、このサングラスが受信機っつかディスプレイになっていて、他にもいくつか機能が付いてるんだけど……」

「へぇ、ま、詳しい事は今度聞くよ。今日は瑞紀ちゃんから何か話があるんでしょ? ボクもふなちさんと行く所があるからさ」

 

 えぇ、まぁ機嫌がいいみたいで何よりなんですが……俺、いつまで正座してればいいんすかね。もう足が痺れ切ってて――おいこら、頭撫でるな。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「浅見君が本気を出すとこうなるわけね。……本当に恐ろしいわ」

 

 事の全てがまとめられた資料を読み直して、改めてそう思う。

 マスコミの方は私が少し手を貸したが、あの短時間で警察関係者――それもかなり上の方を一気に動かし、県警という一つの大きな組織を相手に見事やり合うあの手腕。フリーの報道マンを動かすタイミング、逃げ道のつぶし方。理想的な詰将棋と言えばいいだろうか? 確信した。あの男と敵対することは、全力で避けるべきだ。

 本来ならばマスコミも警察も自分達の不始末である。それを公開させるというのは非常に難しいハズだが、浅見君はその全ての関係者を説得……いや、利を示す事で物の見事に操った。

 今現在、県警はともかく警察は、自ら動いた形を見せたおかげで自浄作用が機能しているという形を見せた。マスコミも、不審な所があった地方局に対して調査を入れて、情報を扱う者としての筋を通したと。

 ただの大学生なら誰も耳を貸さないが、彼はただの大学生などではない。一探偵事務所の所長にして、鈴木財閥相談役と深いつながりを見せる男だ。そういう意味でも、最初に鈴木相談役を動かしたのは大きい。力にも流れがある。それを上手く使うあたり、浅見透は非凡という言葉が似合う男だ。

 

 こうしてみると、最初から懐に入り込んで絶対の信頼を得たバーボンは最適な行動を選んでいた。

 ただ、気になるのは……浅見君の信頼を買うのは別にいい。だが、同時にバーボンも、安室透として浅見君を信頼しているような節が見える。バーボン……一体何を考えているのか……。

 

(相も変わらず彼の背後関係は見えないし……)

 

 バーボンは、彼の周りを固めている人間――CIAの仲間に目をつけ始めているようだ。

 私も、両方の組織から彼とのつながりを強くしろと言われているし……。多分、彼からそう悪くは思われていないと思うが、彼は本当によくわからない。例のスコーピオン――国際手配されているような凶悪犯と真正面から渡り合い、今では謎のバックボーンの存在など関係なく、各勢力にとって無視できない勢力へと変わろうとしている。

 

(バーボンは、女性に弱いとか言ってたけど……)

 

 言われてみれば、彼は女性との繋がりが多い。最近では浦思青蘭という学者とよくデートをしているようだし、そういえば越水さんやふなちさん、事務所に所属している双子のメイドに、報告にあった瀬戸瑞紀。……言われて見れば綺麗な人達を侍らせているわね。……私も警戒した方がいいのかしら? あの年頃には珍しい落ちつきを持っている子だと思っていたが。

 

(なんにせよ、彼にはもっと注意を払わなければならないわ)

 

 今では越水さんや中居さんにも例の公安らしき人間が付いている。彼女達の安全はほぼ確実だろう。

 彼らにちょっかいを掛けようとしていた反社会勢力はこちらから手を廻して潰したし、公安も似たような動きをした痕跡がある。今あの事務所は日本でも有数の安全地帯かもしれない。

 

 CIAの人員は、別の件があってこちらから減らさなければならない。公安に目をつけられている気配があるというのもあって、動きづらくなってきたのだ。

 

 ここからが勝負だ。人数こそ少なくなったとはいえ、彼も――浅見透も表舞台に上がりつつある。表舞台に上がったとなれば、彼にもまた動きに制限がかかってくる。組織からの命に応えながらも、彼の正体を明らかにする。それが――

 

(それが私の――任務なのだから)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

8月14日

 

 さて、またもや奇妙な話になってきた。瑞紀ちゃんが対応したお客さん。広田さんの行方が掴めなくなった。

 そもそも依頼からして奇妙な物で、『もしこの事務所にこの娘が来たら、保護をお願いします』というすっごいふわふわした感じの依頼だった。で、押しつけるように渡された依頼料100万円と写真を押しつけられたらしい。どういうこっちゃ。

 

 しかも一緒に受け取った写真を見せてもらったら、すっげー見覚えのある子だった。あの時、工藤の家の前でうろうろしていた可愛い子じゃん。え、ひょっとしてあの子重要人物だった? やっべぇ、しくった。

 

 瑞紀ちゃんも、依頼主さんが『可能な限り内密に』とすごく念を押していたのが気になって、一応彼女の事は居合わせたメイド姉妹と瑞紀ちゃんだけの秘密となっている。ナイスだ瑞紀ちゃん。うかつに広めていいものじゃないっぽい。

 安室さん達には悪いが、当面の間この件は俺と瑞紀ちゃんで対処する。とりあえず、広田さんを探す所から始めよう。

 

 

 

 

 

8月21日

 

 1週間たっても全然みつからねぇ、どうなってんだ一体。瑞紀ちゃんは、あの広田雅美という名前が偽名だったと見ている。俺も同感です。しかし、名前を隠されるとなると……。一応コナンにも、例の写真を見せて事情は説明しておいた。コナンもその顔に見覚えはないらしいが、個人的に探してみると言っていた。

 明日は瑞紀ちゃんに、コナンが協力してくれる事を伝えておこう。瑞紀ちゃんとコナンのコンビもヤバいからなー。この間の殺人事件の時も瑞紀ちゃんが趣味の手品からトリックを見抜き、コナンが証拠を抑えて安室さんが犯人ぶん殴って無事解決……文章にするともう意味わかんねぇなこれ。

 

 そうそう、最近では安室さん、瑞紀ちゃんの時間が空いてる時に、事務所でピッキングや金庫破りの手ほどきを受けている。うん、これも書いてみるとおかしいよね。うち、探偵事務所だったハズなんだけど……。あれ、探偵ってあらゆる方向のエキスパートじゃないとやってけないの?

 今日も、鈴木相談役から受けた……受けた? 受けさせられた依頼は調査とかじゃなくてとある企業間の交渉事だったし……。俺はいつからネゴシエイターになったんだろうか。探偵だって――やっべ、素で間違えた。助手だって言ってんじゃん。

 

 というか、この1週間は財閥のお偉いさんと会う機会が異様に多かった。どいつもこいつも娘さんを紹介してきやがって眼福でしたありがとうございます。ただ、見る分にはよくても好みじゃないけどな。まだ園子ちゃんの方がいいわ。あの子は基本的に裏表がなくて付き合いやすい。

 

 それこそ今日園子ちゃんに会ったんだが「偉くなったんだからちょっとは身だしなみをどうにかしなさい!」って怒られて、知り合いという美容院にぶち込まれ、その後は服をいくつか見繕ってもらった。

 なんだろう、蘭ちゃんとは違う方面で妹みたいな子だ。今度蘭ちゃんとコナンも誘ってケーキバイキングでも奢ってあげよう。

 

 

 

8月22日

 

 阿笠博士に頼んだ、コナンの眼鏡と一部機能をリンクさせたサングラスが完全に完成した。四国の時までは少し重かったからかけていなかったが、軽量化と機能性がようやく安定したので事務所にかけていったら、安室さんに「そんな馬鹿な」って言われた。どういうことやねん。俺がお洒落をしたのがそんなに意外だったのか。泣くぞこら。

 

 で、警察の方に用事があったから警視庁の方に行ったら、今度は捜査1課の皆さまや由美さんに茫然とされた。なんでや。てゆーか由美さん、『松田君』って誰やねん?

 高木さんも疑問だったらしく、周りの反応を不思議そうにキョロキョロしてた。

 

 で、そのまま歩いてたら今度は佐藤さんに遭遇。さっきまでの例から身構えていたら、中身が入った紙コップを落として茫然としていた。あ、また勘違いされてるなと思って俺が「あの、浅見ですけど」って言った瞬間なぜか全力の平手打ちをくらった。泣いたぞこら。

 

 もうすっげーテンション下がりながら事務所に帰ってたら、たまたますれ違った蘭ちゃんが、「すっごいカッコよくなりましたね!」って言ってくれた。ありがとうございます。

 次に向こうの事務所に行く時は有名店のケーキを買ってきてあげよう。

 

 

 

8月25日

 

 佐藤刑事が事務所までわざわざ謝りに来た。なんでも、知り合いに似ていると思ったら、色々感極まって思わず手が出てしまったらしい。どういう人なん? その説明だと疑問しか残らない人なんだけど。

 安室さんも知ってる人だったらしく、その事で安室さんと佐藤さんはどうやら気があったらしい。

 

 最近刑事さんと仲良くなってる面子が多いな、うちの事務所……。ふなちもよく千葉刑事とフィギュアショップを冷やかしに行くらしいし……。

 俺? 仲良いのは……由美さんと高木さん、佐藤さん、あとは白鳥さんかな? 非番が重なった日には、たまに5人でカラオケに行ったり呑みに行ったりするし……。そういや最近はトオル・ブラザーズっつって安室さんも一緒になる時があるな。妙に警察関係の皆さんが生温かい目で見るし、安室さんも似たような目をする時があるけど、あれなんなんだろう? 高木さんもその時は様子変だったし。

 

 あぁ、そうだ。今日も俺、コナン、瑞紀ちゃんの3人プラス源之助の一匹で例の広田さんの情報を探しまわっていた。が、相変わらず情報なし! 顔を書くのが上手いふなちに、詳しい情報は伏せて瑞紀ちゃんの説明を元に書いてもらった似顔絵を元に探しているが、相も変わらず引っかからない。

 いくらなんでも上手く隠れすぎだ。これそうとう厄介な物が動いているんじゃないか? それこそ、例の組織の可能性も含めて考えた方がよさそうだ。やっぱり、最低限の人員で極秘裏に動くのが吉だろう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(はて、この女性を探しているのでしょうか……)

 

 浅見透が、仕事の関係で描かせた似顔絵。念のために、もう一度その似顔絵を描いて手元に置いていた。

 

(普段ならば安室様や越水様にすぐに相談される浅見様が、これだけ慎重に動くとなると……)

 

 浅見透とは、そこそこ長い付き合いだ。その性格のせいか、友人と呼べる人間がいなかった中居にとって浅見と越水は大学生活で初めての友人だった。特に、浅見透。サークルの勧誘活動の際に、思い切って自分の趣味のサークルを開こうと色々暴走してた時に、自分と関わってくれた男の子。

 自分にとって一番の趣味が違うのにも関わらず、これだけ腹を割って話せる人がいるとは思わなかった。

 だからこそ、一番の友人。浅見透も越水七槻も、中居芙奈子にとってはかけがえのない友人だ。だからこそ、一緒に住む事もできる。

 

(……ひょっとして、越水様に報告した方がいいのでしょうか)

 

 越水から、もし浅見が無茶をやるような素振りを見せたらすぐに教えてほしいと言われているが……判断が難しい。

 確かに浅見は凄まじい勢いで危険地帯に猛ダッシュしていく男だ。だけど、基本的に無意味にそんな事をする人間ではないし、周りに気を配ることもできる人間だ。……女が関わらない限りは。

 

(……浅見様も殿方ですから……可愛い方や綺麗な方に何か言われるとほいほい言う事を聞いてしまいますし……)

 

 で、良い様に利用されて捨てられて泣いて越水七槻が慰める、というのが1年の時に何度も見た流れだ。今ではそれに飲み潰れるまでがセットなのがまた性質が悪い。

 

「はぁ……。仕事を受けたのが瑞紀様とはいえ……不安ですわ」

 

 似顔絵をもう一度眺める。おそらく美人だろう。瀬戸もそっくりだと言っていたし。

 二年生になってからは妙に大人びてきたし、例の爆弾事件を乗り越えてからは――正直、少し格好良くなった気もするし、先日髪をいつもの理髪店ではなく美容院で切ってもらってからはかなり印象が変わったと思う。

 

「あぁ、でもでも最近は浅見様も蜃気楼の君様のライバルキャラ、染井吉野に似た渋みが出てきてお傍には石蕗の方にそっくりな安室様まで! ここしばらくは忙しくてしっかり堪能できてませんが、実は私、今天国にいるのでは――わぷっ」

 

 色々想像を膨らませて楽しんでいると、どうやら目の前が見えていなかったらしく誰かに思いっきりぶつかってしまった。

 キャリーケースは問題ないが、手に持っていた似顔絵がひらひらっと宙を舞い、そして地面に……落ちる前に、ぶつかった相手――背の高い男が素早くそれを拾ってくれた。……と思ったら、拾ったその絵をじっと見つめている。

 

「あ、あのー?」

「――あぁ、すまない。この絵が、少し知り合いと似ていた気がしたので、つい」

「! その方をご存じなのですか!?」

 

 手掛かりが見つかった!

 そう思って思わず詰め寄るが、男は表情を崩さず――いや、まったく変えずに、

 

「いや、勘違いだったようだ。すまない……」

「い、いえ……こちらこそ、ぶつかってしまって申し訳ございませんでした」

「気にする事はない。俺も少し考え込んでいた……過失の割合は50:50と言ったところだ」

 

 その男はわずかにずれたニット帽を直すと、もう一度謝罪の言葉を口にして立ち去って行った。

 その去っていく背中をぼけーっと見ている。僅かにこちらをうかがったような素振りが見えたからだ。

 

(あれ、さっき少しだけ……笑った?)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「――彼女が日本に来ているのは間違いないようです」

『ふむ、情報は正しかったようだな』

 

 彼女が行方をくらませたと聞き、保護のためにあちこち情報を聞きまわっていた。どうにか日本に来ている可能性があるという情報を頼りに日本に訪れてみたが……こうも早く手掛かりが見つかるとは。

 先ほどぶつかった少女の後を尾行しながら、電話で現状を報告する。

 

「しかし、幸運の女神はこちらに微笑んでくれたようです」

『末端とはいえ、組織にとっての重要人物と思われる人物の姉だ。出来る事ならばこちらで確保したい』

「えぇ、決して逃しはしません」

 

 そう、逃すわけにはいかない。彼女とは――約束がある。

 

 少女が、自宅と思わしき民家にたどり着いた。……どういうわけか、監視の目があるようだ。それも、複数。余り近づかないようにしながら、小型の単眼鏡で表札を覗き見る――『浅見』、か。

 

 

 

――越水様、ただいま戻りましたー!

 

 

――おかえりー。浅見君は江戸川君たちとご飯を食べてくるから遅くなるよー。

 

 

 少なくとも、違う名字――つまりは血縁関係のない3人の人間がこの一軒家に住んでいるようだ。

 会話の内容も普通の家族――いや、友人のようだが……なぜ、こんな監視が?

 ……『彼女』の似顔絵を持っていた事もある。面白い、実に興味深い家だ。

 

『我々はまだそちらには行けない。頼んだよ――赤井君』

 

 電話の相手の言葉に、返す言葉は一つだけ。この状況では、他の言葉など必要ない。

 

 

 

 

 

 

「――了解」

 

 

 

 

 

 

 




今回はモブの新キャラは出ていない……よね?(汗)

久々にコナンのfile600くらいを見直してたら、出したいモブが多すぎて困る。
500位からモブでも相当可愛い子が増えたイメージあるなぁ。

次回では、9月から、進めることができれば1月くらいまでのテナント回を含んだスキップ日記をやって……そっから14番目ですなw


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020:すきっぷ!(飛ばしてるんだからフラグが立つはずがない)

9月4日

 

 とりあえず、広田さん(仮名)の捜索は一旦打ちきることにした。手掛かりがまったく見当たらねぇ。

 コナンは、家の前にいたという女の子が気になっているらしく、そっち方面から当たってみるらしい。

 月末処理も確認まで終わって、ちょっとお休みモード。

 今日は俺とふなちでストーカー被害の女の子の警護……というか、付きまとわれているという証拠を掴むために見つからないように張り付いていた。それらしい奴を発見した時に、ちょうどいいタイミングで佐藤刑事も来てくれた。いやマジでいいタイミングだったわ。

 

 で、電車に乗って杯戸町に着いた時に、依頼者を階段から突き落とそうとした瞬間を取り押さえた。その場で殺人未遂の現行犯で御用。依頼者も、ようやく安心できたのかへたり込んでいた。無事に解決出来てよかったが、あの様子だと相当追いつめられていたようだ。下手したら自殺か……むしろどうにかして相手を殺していたような気がする。警察での調書取りの後、一度部屋に上がらせてもらったが、窓もドアも錠を付けたりしていて、数か所に防犯スプレーが置かれている。相当ストレスだったんだろう。

 

 ストーカーが捕まった今でもちょっと参っているっぽかったので、ふなちと相談した結果、事務所の使っていない個室を使う事になった。一人であの事務所に泊めるのもあれなので、ふなちもしばらく泊まることになった。

 念のために越水も泊まるように言っておこうか? ってふなちに言ったら「浅見様はひょっとして頭にドが付くほどの阿呆なのでしょうか?」と言われた。解せぬ。何が悪かったんだろうか?

 

 

 

9月5日

 

 例の依頼者――西谷さんから改めてお礼を言われた。久々にぐっすり眠れたらしい。

 なんでも、元はパティシエールを目指して洋菓子店で働いていたが、ストーカーの被害にあってから夜に眠るのが怖くなり、夜働ける24時間営業のファミレスに転職したらしい。米花町に住んでいるのにわざわざ杯戸町で働いているのも無関係ではないのだろう。当面はこの事務所を拠点として使っていいと言っているので大丈夫だろう。いいと言ったのに家賃を払ってくれるというし、こちらとしては文句はない。

 下笠姉妹の料理の腕前に惹かれたらしく、空いた時間に鍛えてくださいと言っていた。

 西谷さんもなんだかここの一員になりそうだなぁ、割とマジで。

 

 ……そして、安室さんの俺を見る目が痛かった。いや怒ってるとかじゃなくて、『分かってる分かってる』みたいな感じで見られるのがちょっとつらい。言っておくけど、西谷さん俺じゃなくて安室さんの方を見ているからね? 気づいてる?

 

 

 

 9月9日

 

 西谷さんの一件も少しずつ落ちついて来たので、蘭ちゃん園子ちゃんと以前約束した通り、有名なヨガのダイエット合宿に週末を利用して付き合わされた。男の俺がヨガというのもどうだろうと思ったが、約束は約束。コナンも付いてきてたし、いかにも殺されそうな人もいたしで身構えていたら……うん、起こっちゃったよ、殺人事件。

 被害者は出川アツ子。出川コンツェルンの社長の娘さんで、かつ悪質クレーマーだったらしい。らしいというか……うん、実際目の前でみてたけど凄まじかった。合宿所――『チャンダニ』という所だけど、そこにいたシェフは前に被害者にいちゃもん付けられてクビにされて、合宿所を経営していた里山さんなんざ、俺たちの目の前で土下座をさせられていた。死んだ人を悪く書くのはあれだが、アイツ本当に半端ないわ。

 

 俺とコナンで事件は解決できたが、合宿所は閉鎖が確定。なんとも後味の悪い事件となった。

 働く場所を失ったシェフ――飯盛さんも、その場の流れでウチに来る事になった。……安室さん、そのニヤニヤは止めろ下さい。いや、今回は仕方なくない? 目の前で綺麗な女の人が困ってたら手を貸したくなるのは男の性じゃない? つまり俺は健全な一般男性じゃん? ちょっと最近使えるお金とか色々な物が爆発的に増えてるけど。

 ……例の女の子ともこんな話をしたなそういえば。

 ついでに、合宿所のマスコットだった犬も預かることになった。クッキーっていうダックスフンドだけど、死ぬほど可愛い。源之助とも喧嘩はしてないようだし、家で飼うことになった。またいろいろ買ってきてやらねぇとなぁ。

 

 

 

9月11日

 

 とりあえずはテナントの方が決定ー。後々さらに改装すること前提で、やや大きめな厨房スペースにホール設備を整えてレストランになりましたとさ。や、今から手を入れるんだけど。

 メインは飯盛さん、サブに西谷さんで回してみるらしい。できれば下笠姉妹のどちらかも貸してほしいとのことだが……まぁ、ふなちを完全に事務に回せばなんとかなるだろ。

 

 そうだ、瑞紀ちゃんが言ってたけど、小さな組み立て式のステージとか用意してマジックショーとかも悪くないかもしれない。なんでも、知り合いの男の子が有名なマジシャンの息子さんらしく、結構腕は立つらしい。それを鵜呑みにするわけではないが、探偵事務所の下にある店なのだから、少しはミステリーの雰囲気があっていいだろう。やろうと思えば、ショーの度にマジシャンや、あるいはピアノやヴァイオリンの奏者を呼べるし。……ちょっと今度ADの篠原さんに話を聞いてみるか。テレビ局のADならば、ステージとか演出とかの話には詳しいだろうし。

 

 ついでに、事務所がお金を出す形で、双子に合気道を習ってもらいにいった。念のためだが、――例えばしつこい記者とか、あるいはうちの事務所に恨みを持っている奴とかからある程度身を守る手段を身につけてほしいし……。この間、阿笠博士に作ってもらった緊急用の発信機――ボタンを押すと、俺のサングラスに居場所が表示される奴だ――を渡しておいたし、例のサバイバルキットも全員に渡してある。

 こっそり調査を続けていても未だに見つからない広田さんの事もあるし、事務所員の安全確保は最優先だ。そういえば、今日珍しく小田切さんから食事の誘いがあった。四国の件だろうか? 今から行ってくるけど……これ大丈夫なんかね?

 

 

 

9月12日

 

 小田切さんとの会食、なぜか大阪府警本部長までが参加している始末でした。あ、平次君のおとうさんでしたかそうでしたか。それに加えて途中から警視総監の白馬という人まで出てきて死ぬほど緊張した……。

 なんかそれぞれが息子さんの事で色々話していたが、その後は四国での話や、県警のその後、マスコミ関係の動きなんかの話になってた。なんかそれぞれのお方から褒められてすっげー背中が痒かった。

 いや、部下の人達が超人級に優秀なだけで、俺トップにも関わらずバックアップが専門なんですが……。

 

 なんやかんやで、それぞれの方との名刺交換をしてもらい、白馬警視総監からは、機会があれば息子と会ってくれとのこと。あ、高校生探偵なんですかそうですか。絶対ストーリーに無茶絡む重要人物じゃねーか! 平次君とかも間違いないし! 是非今度会わせてください!

 

 まぁ、とりあえず会食は無事に終わり、そのまま家で爆睡。いつもだと起こしに来るのはふなちなのだが、越水が起こしに来るとなんか落ちつかねぇ。

 夕食の時も、えらい楽しそうに飯を作ってるし……やっぱ落ちつかねぇ。

 

 ともあれ、今日は工事の人達やシェフの飯盛さんと話し合いながらレストランの大まかな構図を決めていってた。

 自分の店を持てるとなって、すっごい楽しそうだ。

 

 

9月15日

 

 なんか、死ぬほど美味いラーメン屋を見つけた。何がびっくりってマジで店の名前がそうなんだよ。よく付けようと思ったな、こんな店名。それも多分、相当な年期が入った物だし……。

 そして実際に味が美味い上にビビるほど安いというのがまた……。ただ美味いのではなく、本当に美味いのである。隣の席に座った人も思わずと言った様子で「美味い」って呟いていた。

 

 ニット帽を被った人で、なんか鋭い目つきの人だけど悪い人じゃなかったっぽい。なんか、銃を撃ち慣れた手のように見えたけど、気のせいだったかな? 目元の感じとかからスコープをつけたライフルとか撃ってる姿が想像できたけど……。諸星さんって人だが、話した感じも悪くなかった。

 事務所に戻ってから安室さんに話したら、「面白そうな人だね」って言ってたけど、その人の様子とかを一切聞かなかったのが気になった。――知ってる人だったのかな?

 

 仕事が片付いたので、久々に将棋クラブに顔を出してきたら、えっらい強い人がいた。皆からシュウさんとか羽田さんとか呼ばれてたけど、一手差す時間がほぼノータイムでめちゃくちゃ強かった。三回目でようやく勝てたけど、次の局ではほぼ完封された。なんだあの眼鏡の人。今度また指しましょうって言われたけど……。しまった、連絡先聞いておけばよかった。

 

 

9月20日

 

 安室さんから、広田さんから預かったまま手つかずの100万円の事を尋ねられた。そりゃ尋ねられるよね。さすがにこれ以上は話さない訳にはいかないと思って、瑞紀ちゃんと一緒に、こちらが怪しいと思っている事は全部伏せて広田さんの事を話した。

 そしたらなぜか安室さん、諸星さんを最近見たかって聞いて来たけど……え、なんで? どんなミラクル推理で諸星さんが話に出てくるのさ?

 例のラーメン屋の時から会ってなかったから、「いや、あれから見てないんですよねー」って言ったら、もし今度会ったら教えてほしいとの事。……知り合い?

 珍しく安室さんがすっげー焦ってるというか、余裕がない感じだったから全力で探すって答えておいたけど……、なんだろう、すっげー嫌な予感がする。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「で、最近は探偵事務所どうなの?」

「変わんねーよ。調査に出歩いて、変な場所を探検して、報告書をまとめて、利害の調整交渉を手伝って、下のテナントの打ち合わせをして、会食に出て、パーティに出て――」

「…………探偵……事務所?」

「うん、俺も今ちょっと疑問に思った。……いやいや、でも小五郎さんの所も割と同じような感じじゃねぇか?」

「いくらなんでも、浅見さんの所みたいにいつも呼ばれてないよ。園子のツテが多いし……そういやこの間はテレビに出てたよね。浅見さんじゃなくて下笠さん達だけど――しかも探偵要素一切ない料理番組に」

「キャラ立ってるからなぁ……。美人の双子で探偵事務所に勤めていて料理がプロ級と来たもんだ。おかげでテレビ関係者との付き合いがネズミ算のように増えて増えて……」

「おっちゃんが、沖野ヨーコが出る時は呼べってよ」

「…………あの人、この間事務所で飲んだ時も同じ事言ってたなぁ……」

 

「「はぁ…………」」

 

 久々にまるまる一日空いた休日。せっかくなのでコナンに飯でも奢ろうかと、先日諸星さんと会った例のラーメン屋『小倉』に来ていた。

 注文はもちろん、閻魔大王ラーメン。本当はこれ以外を頼もうかと思ったんだが、バイトの大橋さんが注文させてくれなかった。ちくせう。

 

「おう、この間の兄ちゃんじゃねーか! まいどっ!」

「ども、まいどです。今日は知り合いの子を連れてきました」

 

 大将は俺の顔を覚えてくれたようで――こら、コナン、客が少なすぎるとか言うんじゃない。

 味は最高、値段はとびっきり安いという珍しい優良店なんだから。ちょくちょく通って残してやらないと……次は安室さん――いや、佐藤、高木ペアとか千葉さん連れてくるか。

 

「いやー、この間は助かったよ兄ちゃん、店の騒ぎを止めてくれてよぅ!」

「? 店の騒ぎ? 浅見さん、なにかしたの?」

「ん、ただの喧嘩の仲裁だよ」

 

 正確には諸星さんが黙らせたようなものだけど、俺がやった事っつったら爪楊枝を投げつけただけだ。

 あとは諸星さんがじっと睨んで小さな声で2,3言なにか話したら黙って出て行った。いやー、安室さんが警戒しているちょっと怪しい人だけど、正直あの雰囲気はちょっとカッコ良かった。

 

「はい、閻魔大王ラーメン2丁、お待たせ!!」

 

 そうしていると、ちょうど大橋さんがラーメンを持ってきた。メンマが大量に乗せられているラーメンを見てコナンが半笑いを浮かべるが、一口啜った瞬間、箸が止まらなくなったようだ。うんめー! と声をあげてから、アッと言う間に具も麺も食べつくしてしまった。俺もだ。

 

「ふぅー。美味かった美味かった」

「今度小五郎さん達ときたらどうだ?」

「あぁ、機会をみて誘ってみるさ」

 

 どうやら満足していただけたようだ。水をもう一杯いただいて少し舌を休める。

 

「――で、コナン。広田さんの足取りはどう?」

「瀬戸さんが言うとおり、偽名なのは間違いないよ。前に助けてもらったお礼がしたいからって理由であちこちで探してみたんだけど、目撃情報はなし」

「……例のハーフっぽい女の子は?」

「あぁ、阿笠博士に頼んで、博士の家から俺の家を映すカメラをつけてもらって、いつもチェックしてるんだけど……この間から掃除に来るようになった蘭と園子以外は入ってねーよ」

「……しまったな、ナンバーも車の車種も覚えてないし……ぶっちゃけ黒かったって事くらいしか覚えてねぇ……」

「……黒、か」

 

 そういえば、例の組織の奴は黒ずくめだったか。そりゃあ気にするわな。

 

「あ、そうだ。大将!」

「へい! なんでしょう」

「ビールとウーロン茶!」

「あいよ!」

 

「……おい、昼からかよ」

 

「まぁまぁ……。それと大将、聞きたいことがあるんだけどさ」

「ん? なんでい?」

「この間一緒にいたあの男の人って、最近こっちに来た?」

「ああぁ! あの目つきの怖ぇ兄ちゃんか! いや、見てねぇな。客なんざほとんど来ねぇから……来たら忘れねぇと思うんだけどな……」

「そっか……悪いね大将」

 

 来てないのか。もし来てたら安室さんに教えておこうかと思ったけど……。

 

「何のこと?」

「ん? そっちの事務所で話すさ。今日は俺の仕事は入ってないし、今は――」

「真昼間から酒呑んでると、越水さんに怒られるよ?」

「…………一杯、昼は一杯だけだから」

「昼はって……あぁ、まぁそうだよなぁ……」

 

 コナンも俺の酒好きは理解してくれているのか、「好きだねぇ」とため息を吐くだけだ。

 まぁ、さすがに小五郎さんみたいに酔い潰れたりはしないから勘弁してほしい。最近は越水に酒の管理されてるんだから……。

 

「ま、当初の目的通り色々な情報が入って来るようになったんだ。広田さんの件もそうだけど、怪しいと思った情報はそっちに回すから」

「あぁ、よろしく頼むよ。おっちゃんの事務所にも事件は来るけど、そっちも中々凄い事件が来るから」

「おう、期待しとけ。これから事務所ももっと大きくなるだろうし、そうすれば面白い情報がもっと来るようになるだろうさ」

 

 ちょうど運ばれてきたビールジョッキを少し掲げると、コナンも受け取ったウーロン茶のグラスを軽く掲げて、軽くぶつけた。

 

 

 うん――悪くない休日だ。

 

 

 

 

 




浅見用サングラスの機能一覧でございます

・超小型カメラ(コナンの眼鏡とリンク)
・発信器の追跡機能
・暗視モード
・サーモグラフィーモード
・なお完全防水

辺りを想定しております。これから先の場面によっては劇場版の如く機能が追加されていくでしょうw

 また、かなり前に阿笠博士に頼んでいたサバイバルキットの解説を――

・緊急用簡易酸素ボンベ
・レーション
・塩、砂糖の丸薬
・ソーイングセット
・工具セット
・メタルライター
・十徳ナイフ

 ここら辺を想定しております。蛇足になるかも知れませんが、装備考えるのすっごく楽しいですw 小学校の頃とか思い出すwww

では恒例のキャラ紹介! 今回は多くの美人さん出せて大満足。


西谷美帆(作中では西谷さん)
file71 ストーカー殺人事件
アニメオリジナル

ストーカーの被害に合っていた美人さん。年齢は分かりませんが20~25くらいではないでしょうか?
かなり初期のアニオリ回で、個人的には完成度が高かったと思う作品です。
基本的な情報は作中でほぼ書いてしまいましたので割愛。『西谷美穂 コナン』でググったらキチンの画像が出たので是非調べてほしいですw



『file635:ダイエットにご用心』
アニメオリジナル

アニオリ回で好きな作品の一つ。
とはいえ、描写的にトリックが分かりやすいため、自分でも大体解けてしまいましたがww

被害者である出川アツ子。ご令嬢とは思えない外見(26歳というのが未だに信じられないww)と圧倒的クレーマーで犯人以上の悪役感を出した人。いやまじで。だから印象に残っているんですかね?w

そして舞台となるヨガ合宿所『チャンダニ』オーナーの里山月子さんとシェフの飯盛薫さん。二人とも美人です。
 特に里山さんは、善人というか良い人というかそういうオーラがすごいです。作中でも描写した土下座シーンやその後のセリフなどは、この人本当にすごいと思いました。出来る事なら当作品で使いたかったのですが、上手く思いつけず断念。
 代わりと言ってはなんですが、飯盛さんは西谷さんと一緒に、原作での梓ちゃん的役割を果たしてもらおうと思いますw



篠原浩子(作中:ADの篠原さん)
File789 女王様の天気予報

今気が付いた。やっべぇ、この人ググっても顔出てこない(汗)
録画撮ってる奴からキャプチャ取って来た方がいいかな(汗)

一部のファンからはアナ雪回と言われている回。その中に登場する容疑者の一人でございます。この回は作画というか、描写がすっごい良く出来てた作品です。ほんの一瞬のカットにもヒントというか暗示するものがしっかり描かれており、たまたま録画を見返した時に(あっ)てなる作品でした。
え? トリック? うん、まぁ……


―追記―
ずっと忘れておりましたが、感想欄にて有志の方が画像を挙げてくれたので、一応ここに載せておきます。……大丈夫だと思う。もし引っかかるようだったらすぐに下げますので(汗)

ttp://i.imgur.com/azumf6X.jpg




『死ぬほど美味いラーメン』
File644-645
73巻File3-5

小倉功雅(作中:大将)
49歳 

「死ぬほど美味いラーメン 小倉」の店長。腕はいいがギャンブル狂。なぜその店名にしようと思ったし。
ですが、味は本当に美味いらしく、世良や「領域外の妹」もちょくちょく来てるお店です。閻魔大王ラーメン一度でいいから食べてみてぇwww

大橋彩代
28歳

同じく「死ぬど(以下略)」で働くバイト。いつか同じようなラーメンを作る事夢見る方です。いざ書こうと思うと特徴がない人なんですが、なぜか結構好きな人なんですよねw

メニューを取る時のあのやり取り大好きw 原作コミックもいいですが、この作品はアニメの方をオススメいたします(そのワンシーンのためだけですがww)



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021:もう一度すきっぷ!(スキップだから以下略)

 

 

(まさか……まさか日本に来ていただなんて……)

 

 あの人を死なせた――いや、殺した男。

 なんとしても、俺の手で一矢報いなければならない男……っ!

 

(赤井――赤井秀一!)

 

 恐らく、明美さんを保護するために来たのだろう。あの男にとって彼女は――特別だから。

 そしてFBIとしても、彼女の妹――『シェリー』が組織にとって重要な人物というのは知っている。姉である宮野明美を確保する事で、彼女となんらかの交渉を行う際に有利に立つことができる。恐らく赤井から、明美さんが組織内での立場が危険であることは聞いているだろうし――

 

(渡すものか……貴様に――貴様なんかにっ!!!)

 

 今、安室透――いや、降谷零は公衆電話で、急いで部下の電話番号をプッシュしている。すると、コール音が二回鳴り響いた所で、電話を取る音がした。相変わらず早い。

 

『……はい、風見です』

「風見。動かせる人員を全て動かせ。中居、越水に付けている人員はそのまま……浅見く――浅見透に付けてる人員も最低限は残して、残りは人探しに回ってほしい。……現時点での最重要任務とする」

『! 了解しました!』

「資料と詳しい指示はすぐに回す。頼んだぞ」

 

 確か、昔のモノとはいえ写真が残っているはずだ。面影があるかどうかだけでもかなり効率は違うだろう。

 問題は……組織の人間がこちらの動きに気づくかどうか、だ。

 赤井の存在を報告しておとりにする――いや、ダメだ。行動が被ってしまえば意味がない。

 そもそも、これだけ探しても見つからないと言う事は、今明美さんはジン……あるいはピスコと一緒にいる可能性がある。

 迂闊には動けない……エリアを絞りながら、聞きこみではなく目に頼った地道な調査をしていくしかない。

 そして、それと同時に――

 

「炙りだしてやるぞ……赤井っ!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

11月3日

 

 最近は月日が過ぎるのが早い。

 ここしばらく、仕事としては鈴木財閥の内部調査が主だった。不正している連中を徐々に炙りだして引っ張り出す。それを財閥自体が手を加えたということで、財閥内の自浄作用を強調しようということだろう。

 おかげで結構な仕事を毛利探偵や槍田さんに回すことになってしまった。物によっては江戸川と穂奈美さんの管理の元で少年探偵団に手伝ってもらうことになった。いや本当にすみません。特に少年探偵団。まさか猫探しが殺人事件になるとは思ってなかったんだよ。油断していた。

 

 そうそう、テナントのオープンは来月初めの予定になった。一応内装はある程度完成し、並行してメニュー作りや仕入れ先の調整をしているそうだ。今月末にプレオープンを行う予定らしい。

 大衆向けとは次郎吉さんにも言っているし大丈夫だと思うけど……。飯盛さんも、もう一人シェフがいればいいって言ってるし、探してみるか。

 

 

 

 

11月10日

 

 青蘭さんがお菓子を持ってきてくれた。そういやしばらく会えてなかったからなー。久々にちょっと高めの中華店で食事。青蘭さんオススメの場所と言うだけあって美味かった。こっちが払うって言ってるのに今回は向こうがご馳走してくれた。やっぱ良い人だなぁ……。例のラーメン屋『小倉』の話を気に入ってくれたらしくて、今度連れて行く形になった。……味はともかくちょっと汚い店だけど大丈夫かなぁ。

 あと、帰ったら越水がリビングで酔いつぶれてた。お前なにしてんの?

 

11月15日

 

 今日はカメラマンと雑誌の取材の人がセットで来ていた。俺と小五郎さんによる名探偵の対談という取材依頼が来ていたのが一つと、カメラマンの人――宍戸永明さんから犯罪に関してのコメントというか意見を頂きたいと言う事だった。なんでも、『犯罪者達の肖像』という写真集の第二集を作るらしく、それにコメントを乗せたいと言う事だ。

 宍戸さんとは、なんかすっげぇ馬が合った。口調こそ乱暴で、俺を探偵坊主と呼んでくるが話しててそんなに苦にならない人だ。ぶっちゃけすっげぇ気にいった。そのまま、一緒に居酒屋で晩飯も兼ねてがっつり呑んできた。写真家という仕事にかなりの誇りを持っている人だ。各地を回った話や、それこそ今日話していた犯罪者の写真についても色々聞かせてもらった。

 

 

11月20日

 

 ふなちと一仕事終わらせて事務所に戻ろうとしてたら、久々に諸星さんに会った。いや本当にお久しぶりですね。ふなちも会ったことがあるらしく、挨拶していた。なんでも仕事でこっちに来ているらしく、俺たちとほぼ同業と言う事だ。ほぼってどういう意味だろう。探偵に似た仕事という意味なのか、俺たちが探偵とはちょっと違うのか……やべぇ、後者な気がする。

 またいつか一緒に食事でもしようという話をして、しれーっと連絡先を教えてもらおうと思ったらふらーっとどこかに行ってしまった。気づかれたかな? 帰り道には息切らした安室さんとも会うし……やっぱり知り合いなんだろうか?

 

 そういえば、今日杯戸町ですごいチェイスがあったらしい。なんでも十数台の車が街中で猛スピードの追いかけっこを繰り広げていたらしいけど……。コナンが少し気にしているのがちょっと引っかかったけど……すぐに興味失くしてたし……どっちだろう?

 あ、そういえば、瑞紀ちゃんから阿笠博士に会わせてほしいって頼まれた。なんか作ってほしいものがあるのかな。

 

 

11月22日

 

 なんでも瑞紀ちゃん、小型のグライダーを作ってもらっているらしい。ブレスレット型から一気に展開される、片手でぶら下がるグライダー。なんでも、今度の週末に調査に入る鍾乳洞の中が高低差が激しいらしく、万が一のために用意しておきたいらしい。小型の小回りが利く、丈夫な物ならベストと言ったら、博士も気合いを入れて開発を進めているらしい。瑞紀ちゃんの貯金から資金を出すらしいが、そんなことはさせられないと阿笠博士に領収書を頼みに行って来た。

 瑞紀ちゃん、本当にいい子だよなー。9月に入ってから少し来れなくなるとか言ってたけど、それでもかなりの頻度で仕事を受けてくれるし……。ふなちと同じくウチのマスコットみたいな子だわ。最近ではシャツにベストにスラックスというバーテンダーみたいな姿でいつもいるけど、よく似合っている。バーテンダーみたいって言ったら、「マジシャンって言って下さいよ!」って怒られたけど……。

 この間彼女の紹介で来てた土井塔さんも黒羽くんも、優秀なマジシャンだったし……例のステージの話、本格的に考えておこう。篠原さんも、こっちの仕事の方がストレス発散になるって良くウチに来てくれるし、協力してくれる事も多い。うん、本当によくうちに来るよね。下笠さんの飯食いに……レストランがオープンしたら常連になるんじゃなかろうか?

 

11月29日

 

 さて、レストランの一件で、下笠姉妹のどちらか一方が下を交代で手伝うことになったので、せめて補助が必要という事で少し前から人材募集を載せていたのだが、一人どうしても気になる人がいて採用してしまった。

 

 小沼正三さん。ダブルワーク希望の58歳。

 現職業――UFO研究博士。

 

 採用。超採用。これは採用せざるを得ない。

 

 安室さんからは「正気かい!?」って言われたけど、大丈夫大丈夫。こういう夢追い人――それもこの年までまっすぐ……いや、ある意味曲がりくねっているかもしれないが――追いかけ続けている人は信用できる。逆にしっかりしすぎるくらい経歴を事細かにして優秀さをアピールして「探偵事務所に入りたいです」っていう奴の方が信用出来ねぇ。

 この人も、研究資金に回せる金が少なくなって、より稼ぎの良いこちらで仕事したいということだったし……変に優秀な人間よりもいいんじゃないかな。今なら下笠さんもふなちも仕事を教えられるくらいには習熟してきたし。――仕事には関係ないが、今度阿笠博士に会わせてみたら面白いかもしれない。ちょっと計画してみよう。

 

 

12月5日

 

 小沼博士、思った以上に有能だわ。いや、さすがに下笠姉妹には負けるけど、まったく慣れてない仕事でもそこそここなせている。穂奈美さんの教え方が上手いってのもあるけど……。とはいえ完璧ではなく、穂奈美さんにちょくちょく注意されている。まぁ、穂奈美さんも優しく教えているし、博士もちゃんと反省して次に活かしている。……変わった人だというのは分かるが、第一印象通りすっごくいい人なんだよなぁ。今日来た少年探偵団の面子とも仲良くやれてたし。

 安室さんも一応は認めてくれたのか「君の人を見る目はもう異次元だよね」とのこと。え、褒められてるの? けなされてるの? うん、まぁ、今日は小沼博士って呼んで親しくしていたから悪い方にはならないだろう。もし人が合わなくてストレス溜まるようだったら、別々に飲みにでも誘って軌道修正して行けばいい。――上手くいけばだけど。

 

 そして先日からOPENしたレストラン。いや、中々繁盛してますわ。今日は特に人が多くて……でもなんか外人さん多くない? いや、多いって程じゃないけど……開店当初にしてはなんか割合が、ね?

 そして怜奈さんお久しぶりでした。わざわざ来ていただいて……でもなんか痩せたような?

 ご予約されてた中森さん一家に、紅子ちゃんと執事さん、青蘭さんに篠原さん、毛利さん達も今日は来てくれてたし……ただ、佐藤さんと高木さん。いや来ていただいて嬉しいんですがあからさまに貴方達を尾けてる集団……っていうか警視庁男性陣の皆さまも来てるんですが。というかキレてるんですが……おい白鳥さん、そのニット帽は変装ですか? 変装のつもりですか? シーッじゃない。明日直接会いに行ってやろうかな……。

 

 まぁ、突貫工事とはいえ作り上げたステージでは、瑞紀ちゃんから紹介された黒羽君のマジックがかなり好評で拍手がすごかった。こっそり様子を見に来ていた次郎吉さんにも喜んでもらえたようだ。

 一番印象的だったのは紅子ちゃんだなぁ。いつもクールというか大人びた表情だと思ってたけど、あんな女の子みたいな顔するんだ。中森さん――確か捜査2課の刑事さんだ――の娘さんも同じような顔で黒羽君見てたし……青春だなぁ。

 いやぁ……、作って良かったなぁ。この店。

 

 

12月20日

 

 師走とはやはり忙しいものなんです。いやまじで。

 探偵の仕事もそうだけど、テレビに呼ばれたりパーティーに呼ばれたり会食に参加したりと忙しかった。

 安室さんも携帯に誰かから電話がかかってきて――風見って言ってたな。その人から電話を受けるとどっかに車飛ばして行っちゃった……緊急なのかな? お疲れ様です。

 

 レストランの方は予約だけでも凄まじい事になっていて、週末には下笠姉妹が両方厨房に入ったりしている。レストランの皆も下笠姉妹、小沼博士もふなちもお疲れ様です。俺らも手伝っているけど……なんか、懐かしいなぁ。半年前くらいになるのか? 俺と安室さん、越水とふなちの4人で立ち上げた――させられた時は皆でひぃひぃ言いながら苦労したものだが……。

 

 ――あぁ、もうすぐ今年が終わるのか。一応来年にはなるけど……なるけどなぁ……ちくしょう。

 

 例の組織の人間も、結局俺は一人も会ってないし、見てもいない。コナンはあのテキーラとかいう爆死した奴と接触したらしいが……。本編に間違いなく関わったって言えるのはあの爆弾事件とテキーラの件くらいか……。

 俺は……つながりだけは広いけど、まだ怪しい人には出会ってない。この間も自動車メーカーの会長さん――枡山さんって人を紹介してもらったけど、それだけだしなぁ……。当面はやっぱり今のまま手を広げていくのが一番か。

 

 ちょうど今テレビを流しているが、大きな事件といえるのは小五郎さん――多分コナンだろうなぁ……が解決した事件の話と、ついさっき起こったという首都高での4~5台の暴走車の話くらいだ。最近暴走車の話多いなぁ……。そういやその運転手にはいつも逃げられてるらしいし……あれかな、やっぱりまたデカイ事件のフラグなのかな? そういやバイクの免許取ってから運転するのが1週間に1回くらいだし、念のために回数増やして慣れておくか。

 

 

1月3日

 

 皆で初詣に行こうと話していたので、レストランの方が休みに入る今日、事務所やレストランの皆で近くの神社に。

 事務所自体は年末年始を含めて1週間お休みをいただいているが、そもそも正月の間は年賀状の処理と追加に書く分で大変だった。ちなみに、小沼博士が年賀状の束を凄まじい勢いで事務所宛てと各個人あての物を捌ききるという無駄にすごい技能を見せて高笑いしていた。やっぱ面白い人だなぁ、この人。

 

 んで、いざ出発してみると……カメラマンが大勢待ち構えているのを回避するのが面倒くさかった。勢ぞろいしてりゃ、そら張り込まれるか。ここ最近は浅見探偵事務所全員で――という取材依頼が多くて困る。さすがにこれだけはいつも断っているが……ちょっと面倒くさいな。

 

 ともあれ、今日は本当に久々に皆で揃ったんだ。大人数で少し不便な所もあったが楽しかった。西谷さんも楽しそうでなにより。最近安室さん、忙しそうだったからねぇ。

 事務所のメンバー用に作られていたおせちは、レストランの二人に下笠姉妹、そしてなんと安室さんが作ったらしい。……料理が出来て気配り出来る上で仕事までできるイケメンとか爆死すればいいのに。

 

 事務所に戻ると、コナンと少年探偵団が挨拶に来てたのでお年玉を渡しておいた。――それ目当てだったなこいつら。

 蘭ちゃんと園子ちゃんも来てくれて、閉めている下のレストランで簡単なパーティーを行う事になったが……人数多くなったなまじで。気が付けば捜査1課の刑事さん達――佐藤、高木ペアに白鳥刑事。千葉さんといったいつもの面子も参加することになり、飯盛さん達は結局働かせてしまった。本人達は楽しかったと言っているが……。なんにせよ、皆さんあけましておめでとうございます。今年――うん、今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ふなちがこっちに帰るのもなんか久々だな。……西谷さんに迷惑かけてないだろうな?」

「久々に帰ってきたらこの扱いとは……少々酷いのでは、浅見様?」

「うわぁ……なんか懐かしいね、この空気」

 

 久々にこの家に三人揃った。西谷さんが今日明日は実家に泊るらしいので、今日はふなちが家に帰って来た。そうか、帰って来たか。……なんというか、あれだ。本当にここは俺たちの家なんだなぁと思った。

 

『……それで浅見様。越水様とは?』

 

 急にひそひそ声になったふなちが、耳元で話しかけてくる。ねぇそれくすぐったいから止めてくんない?

 

『ん? あぁ、いつも通り。酒の量を日に日に制限されてるけど……まぁ楽しくやっているよ』

『…………』

『……どしたの、ふなち?』

 

「……浅見様、ちょっとそこに正座してもらってよろしいでしょうか?」

「え、なんで――」

「正座してもらってよろしいでしょうか?」

「おい、俺なにか――」

「正座してもらってよろしいでしょうか?」

「あっはい」

 

 やだデジャヴ? 少し前にもこんなやりとりした覚えがあるんだけど。

 文句を言ったら実力行使に出かねないと大人しく正座をしたら、ふなちがずいっと顔を近づけて、

 

「――浅見様……貴方という方は本当に……ヘタレですわね!!?」

「ふぁっ!?」

 

 まさかド直球で罵倒されるとは思わなかった。え、なに、なんで俺怒られてんの?

 

「何のために私が事m――」

「わー! わー! ふなちさんストップ! ストーーップ!!」

 

 そのまま越水が乱入してきて、ふなちを押し倒して口を塞いでいる。なにこれ? ユリ?

 そのまま小声でごにょごにょなにか話しているけど……

 

「……年明けから騒がしいなぁ。なぁ、お前ら?」

 

 もう一度コタツに入って寝っ転がると、いつの間にかコタツの中に入っていた源之助とクッキーが『ひょこっ』と顔を出して、俺の傍でごろごろしだす。クッキーも完全にウチの一員だなぁ。あの人が帰って来た時は返すことになるけど……。

 

「ま、今までと変わった年明けってのは……良い方なのか、な?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 赤井秀一は、離れた場所から浅見家の様子を双眼鏡でうかがっていた。最近突然、この家の監視に穴が開いたからだ。なんらかの要因があったと考えられるが……。

 

(こうして見ると……まさしく家族、だな)

 

 先日弟から、将棋で浅見透に一度負けたと聞いている。手加減も兼ねて一手だけ最善手ではなく次善の手を打ったら、そこから切り崩してきたと嬉しそうに話していた。弟も、いい練習相手が見つかって嬉しいのだろう。あれからも彼とは何度か手合わせをしているようだ。今では全力で指しているようで、彼には一勝も許していないが、彼も喰らいつこうと最近は彼の将棋仲間以外では弟とばかり打っているようだ。

 

(強者に喰らいつくガッツ。そして僅かな手加減を見抜いた観察力。……探偵、いや――刑事向きの男だ)

 

 有能な面は多々見られるが、同時に弱点も多く見られる。――たとえば女とか……だが、面白い男だ。

 彼の――あのバーボンの入れ込みようを見れば分かる。本来ならば、とっくに事務所を飛び出してでも自分を捕まえようとするだろう。それをしていない理由は……彼の周りにいるいくつかの不自然な影を警戒してのことだろう。

 缶コーヒーを近くに置いて、ここ最近撮った写真を見る。浅見探偵事務所の面々を隠し取った写真だ。

 

(浅見探偵事務所。各界とのつながりを急速に広げていく探偵集団。だが、各界との付き合い方から、目的は金銭や権力ではなく……広域情報網の構築。だがその真の目的はいまだ見えず、か)

 

 多少の運があったとはいえ、ここまで手を広げていくのは所長である浅見透の意思であると見て間違いないだろう。彼が持つコネクションは、捨て置くには惜しすぎる。だが――

 

(俺は、彼に顔を知られている。よほどの変装でなければ彼に見抜かれるだろう。そうなると……)

 

 誰か。誰かをあの事務所の内部に置いておきたい。今動かせる人員で、顔を知られていない存在。二人程思いついたが、恐らく動かせるのは一人――奴なら、やってくれるだろう。

 携帯の電話帳から上司の番号を選び、プッシュする。

 

『……私だ。どうした、赤井君?』

「ジェイムズ。今のままでは彼女の確保は難しいと判断せざるを得ない。最近は『彼』に追いかけまわされて、彼らとの接触もままならない。だから……一人、貸し出してほしい人員がいる」

『ふむ、誰だね?』

 

 

 

 

 

 

 

「――キャメルを。アンドレ=キャメル捜査官を、お借りしたい」

 

 

 

 

 

 

 




次の4月位に飛んで、ブラックスター事件やってから14番目。
ようやく……ようやく!!


○宍戸永明
14番目の標的

 劇場版に登場した男性キャラではトップクラスに好きな人。
 口は悪いけど、あの緊急事態で子供や水に弱い仁科さんを助けようとするめっちゃ良い人。もう片方のピーター=フォードも結構好きですが、どちらかと言われればこっちかなぁw




○小沼正三
File698 まさか!UFO墜落事件
アニメオリジナル

すっごい好きな話。トリックもへったくそもない話ですが、なぜか何度も見直してしまう回です。そして、そんな話に出てきた小沼飛行円盤研究所所長! それが小沼昭三さんです!!(なお、研究所の中身は以下略)
この回はこの人も好きでしたが、犯人(?)の人も大好きでしたww


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14番目の標的編
022:剣と毒


さすがに連続投稿はここまでになりそうです。連休の9割はパソコンの前で過ごした気がするwwwwwww

=追記=

4月の浅見君のけだるさ描写ですが、モチベ維持のために違う機会に誰かの視点でやろうと思っています。(越水かコナン?)
今回、違和感があるでしょうが、ご了承ください。


3月15日

 

 大学と探偵事務所の二足のわらじももはや慣れたもんだ。今日は安室さんと一緒にストーカーの調査というか確保。ちょっと米花町も杯戸町もストーカー多すぎない? いや殺人事件も多すぎるってレベルじゃないけどさ。そもそも毒も拳銃も手に入りすぎててビビるわ。それこそ今日とか、ただのストーカーが拳銃ぶっ放してきた時は死ぬほどビビった。安室さんが囮になって作ってくれた隙にいつも通り鍵を投げつけて撃鉄の隙間に差し込んだ。

 拳銃が撃てなくなり、撃鉄の所に引っかかった鍵を外そうとしている間に安室さんが一気に接近して気絶させて解決。高木さんを呼んで逮捕してもらったわ。いや本当にこの町おかしい。

 銃口こっちに向けられて引き金引かれた時は死ぬかと思った。世界の全てがスローになって飛んでくる銃弾が見えたような気がして必死に体動かしたら、どうにか頬にかするだけで済んだ。これなんて言うんだっけ、走馬灯? 俺死ぬところだったじゃん。

 

 警察から帰ってきたら越水が超心配してた。うん、そりゃそうだよね。いやマジでゴメン。

 今度どっか連れて行くからさ。

 

 

3月20日

 

 割と物騒な案件が結構あると言う事で、そういう覚悟がある人を募集しようといつも通り広告出していたら、早速人が来た。向こうで刑事をやっていたという人相の悪いアメリカ人だ。名前はアンドレ=キャメル。ちょうど3か月前から日本に住みだしたらしく、仕事を探していたらここを見つけたと言う事。かなり身体は鍛えているみたいだし、向こうでは発砲なんて日常茶飯事だったから動けないなんてことはないと言う事。

 安室さんがちょっと怖い顔で見てたけど、体付きからしてキチンとした訓練を受けているのは間違いないと、能力に関しては太鼓判を押してくれた。採用。

 

 なんでも一番の特技は車の運転らしく、運転手は任せてくださいと笑っていた。たまに来る警護依頼の時とかはぜひお任せしよう。

 

 とりあえず、歓迎会という事で下のレストランで簡単な食事会。うん、かなり気にいってもらえたらしい。なんか感動していた。一瞬演技かと思ったけど、あれガチっぽかった。安室さんも呆気にとられてたし。今日は車で来てたからお酒は飲めなかったけど、今度は飲みに行きましょうって言ったら是非と言われた。うん、顔は怖いけど悪い感じがする人じゃない。多分大丈夫だ。

 

 

 

3月24日

 

 最近園子ちゃんは安室さんにお熱のようだ。放課後寄った時に安室さんの手料理を食べて感動していた。

 そして西谷さん、俺の陰に隠れるのは百歩譲っていいとして肩を全力で掴むの止めてくれませんかねぇ……。痛いっす。いや、元気になったって分かるからいいけどさ。安室さんも気づいているのか気づいてないのか上手く流すからなぁ……。

 今日はキャメルさんとコンビを組んで動いていたら……またかよ殺人事件。んでもって念のために辺りを調べようとしたら――いたよコナン。少年探偵団と一緒に。んでもって、目暮警部が来るまでに出来るだけ調べて、目暮警部に頼み込んで俺が容疑者の取り調べに同行。この時の音声と映像は全部コナンの眼鏡に転送して情報を共有。その後、証拠品探しを少年探偵団に頼んでスピード解決。キャメルさんから尊敬の目で見られるようになった。うぇーい。

 

 キャメルさんが来てくれたおかげで学校がある時でも昼の事務所の運営が楽になった。いくつか話してみて、彼は純粋な調査に向いているように思える。なんと言えばいいのかな、『刑事は足が命』っていうキャラっていうか……コナンや安室さんみたいに万能超人ではないが、聞きこみや調査のような堅実な手法にはかなり向いてるようだ。良い人が入ってくれたなー、いやまじで。一番欲しかった人材だ。

 

 

3月26日

 

 今日はどうしても人手がいると言う事で、キャメルさんは瑞紀ちゃんの手伝いに行っている。週末を利用しての一泊二日である。

 なんでも、一度目の調査で、最低二人いないと仕掛けが解けないようになっている隠された地下通路があったらしい。三水吉右衛門の絡繰らしいが……すっげぇな三水吉右衛門。厄介な家とか金庫の内の三割くらいは間違いなくあの変人絡繰じーさんの作品な気がする。それをまた片っぱしから解いていく瑞紀ちゃんもマジぱねぇっす。

 

 キャメルさんもまた、瑞紀ちゃんの鍵開けスキルに惚れこんだらしく、瑞紀ちゃんの手が空いた時は俺たち全員で講習を受けている。報酬は穂奈美さんか美奈穂さんの夜食。瑞紀ちゃんがすっげぇ気にいっているらしい。今では、彼女らが作ったものならば苦手な魚料理もいくつかは食べられるらしい。先日瑞紀ちゃんのお母さんという人が家の事務所を訪ねて来て、下笠姉妹に頭を下げてレシピを伝授してもらってた。そういや、この間出版社の人からレシピ本出さないかって話が来てたな。下のレストランと下笠姉妹に。どうするかは飯盛さんに決めてもらうつもりだけど……。

 

 ……あれ? うち探偵事務所だよね?

 

 

3月28日

 

 なんだろう。キャメルさんが最近可愛く思えてきた。皆が色んな方面で活躍するたびにすっごい感動してくれる。最初はかなり警戒していた様子の安室さんも、なにかある度に「しょうがないですねぇ……」とか言いながら色々キャメルさんに教えている。憎めないじゃなくて……なんていうんだろう、あのタイプ。

 うん、ただふなちからオタクの知識教えられて「日本の文化はすごいですね!」って感心するのは止めてほしい。見かけた時は必ず妨害しているが……。越水にも相談しておこう。いやマジで。

 

 明日からしばらく瑞紀ちゃんは来れないらしいし、マジックショーもしばらく中止か。

 代わりというのも変な話だが、堂本音楽アカデミーの一揮さんから紹介されたヴァイオリニスト、山根紫音という女性をたまにステージに上げることになった。なんでも、神経質な子らしくて、ヴァイオリンの腕はいいんだが小さく縮こまってしまう癖があるらしく、うちのステージで弾かせて自信をつけさせてくれと言うことだった。

 

 写真を見る。

 むっちゃ美人。

 俺の好みのドンピシャリ。

 

 二つ返事でOKした。一揮さんは元ピアニストの、現オルガニスト。音楽という芸術の場の第一線で活躍している人だ。ある依頼で会ったことがある人だが、熱い情熱を持っている人だ。そんな人が紹介した人なら信用できる。だから大丈夫、大丈夫なんです。

 ねぇ、理由はあるんだから安室さん、ため息とセットのいつもの目は止めてくれませんかね?

 

 

4月2日

 

 コナンが昨夜、泥棒と対決したらしい。珍しくすっげぇ燃えている。なんでもブラックスターという真珠を狙って動いたらしいが、初戦は完全に向こうにしてやられたらしい。19日に再戦するらしく、今度は必ず捕まえると言っている。で、頼まれたのが……俺たちには出ないでくれとの事。なんでも、サシで勝負をつけたいらしい。あ、これ引き分けで泥棒は捕まえられないパターンや。服部君とは違う、今度こそ本当のライバルポジションか。

 じつは鈴木朋子さんからも依頼が今日来たのだが……代わりにコナンを推薦するという形を取った。やっぱり向こうも小学生を推薦するなんてって怒ってきて、朋子さんと賭けをすることになった。もし宝石を盗まれたら、この事務所は朋子さんの直属になると言う事。まぁこれもOKしたけど。代わりにこっちも条件を提示した……。

 で、この事を一応次郎吉さんに報告しておいたら、電話の向こうで超爆笑してた。『結果を楽しみにしとるぞ!』とのこと。あ、それでいいんすか。ちょっとは怒られると思ったけど……。

 

 

 

4月15日

 

 枡山会長に会食にお呼ばれした。なんだろう、お偉いさんと二人っきりで会話って初めてな気がする。

 何の話題を振ろうと考えていたら、どうして探偵業を始めたのかという話から切り出された。上手く答えられねぇ。いや、だって……気が付いたら始まってたんだもん。スコーピオンの事件から安室さんが登場するまでの流れの大体を正直に話したら、なんか受けがよかったから良いとするが。

 

 それより、ここしばらく瑞紀ちゃんの休みが増えているのが気になる。例の紫音さんが今は毎回ヴァイオリンを弾いてくれているから別にいいが……タイミングというのは重なるもので、他の二人のマジシャンも休みだ。

 今では、瑞紀ちゃん自身と有名な真田さん、それに黒羽君と土井塔さんの4人で交代しながらショーをやっている。今度は演奏家の方を増やしてみるか。紫音さんのヴァイオリンも人気だし……。

 あ、最近ようやく紫音さんが喋ってくれるようになった。最初は弾き終ったらすぐに帰ってたけど、俺と越水、安室さんには話してくれるようになった。……もうちょいアプローチしてみようかなぁ。

 

 そして、なんか気が付いたら鞄に口紅で『約束の件をお願いします』って書かれた手紙が入ってた。越水から紫音さんの事と一緒にすっごい問い詰められてる……いや、マジで分かんねーんだけど。

 

 

 

4月20日

 

 久々に瑞紀ちゃんが帰って来たけど風邪のようだ。マスクをしている状態で出勤。穂奈美さんが生姜湯を作って渡してた。休んでいいって言ってるのに、ここの仕事がしたかったと言ってすぐさま調査に行っちゃった。……本当にいい子だなぁ。

 

 例の勝負も、予想通りコナンと泥棒――怪盗キッドってやつとの引き分け。朋子さんに電話をかけようと思ったら、本人が直接事務所に乗り込んできた。『まったく、想像通り生意気な顔をしていますわね』というのが事務所に入って最初の一言だった。一緒に鈴木財閥の会長さんまで来てたけど……大丈夫なの、鈴木財閥? こんな探偵事務所にわざわざ来る前にもっとやることあるんでね?

 その後しばらく朋子さんとやり取りして、今後、ウチの事務所にちょっかいは出さない。との事で決着はついた。その後も色々話していたが、鈴木会長がウチラのファンだと言ってくれたのがちょっと嬉しかった。

 

 

 

4月29日

 

 この一週間、安室さん、キャメルさんと一緒に不正の疑いがある会社に夜間に連日潜入していた。夜の間に少しずつセキュリティを書き換えて、昨夜、ここ3年の帳簿と裏帳簿の両方のデータを吸いだして次郎吉さんと鈴木会長に提出してきた。どうも、陰でこっそり麻薬や他社の研究データなどを取り扱っていたようだ。

 今回は鈴木会長が会社の動きを取り押さえてから、こっちで警察に提出する手はずになっている。ちょっと卑怯臭い気もするが、混乱を最小にする工作だと言う事で安室さん達に納得してもらった。というか、安室さんが最初に言い出したことだけど……。

 

 キャメルさんが「日本の探偵ってこんなこともするんですか?」って少し青い顔しながら言ってたけど、うちでは良くあること良くあること。鈴木財閥の内部をこっそり調べることはある。少なくとも、余所の汚くないデータを盗むスパイの様な真似はしないから安心してほしい。

 

 そうそう、今日は報告書を全部まとめてからキャメルさんと飲みに行ってきた。今までの仕事の内容とか聞かれて答えてたけど、なんでちょっと顔色悪かったんだろう。この一週間の物はともかく、他の仕事は結構普通だと思うんだけどなぁ……。

 

 

 

5月3日

 

 なんでも、今日は小五郎さんが奥さんと食事をするらしい。蘭ちゃんが言うには別居中だとか。写真も見せてもらったけど……これ妃先生じゃん。裁判所で見たことある。検事の九条さんから事件の説明をお願いされた時に、法廷で会っていた。本人も罪を認めているのがあって、かなり減刑されたようだ。後で九条さんが「さすが妃英理」と悔しそうに褒めていたのを思い出す。……九条先生、元気かね。向こうも忙しくてなかなか会えない人だけど。

 

 そういや最近、越水と飲む機会が増えた。なんでも、酒を教えてほしいとの事、なんじゃそら。飲兵衛の自分が言うのもなんだが、酒呑み過ぎるとあまり良い事はない気がするが……。小五郎さんを見てるとそう思う。他の奴に酔いつぶれた姿を見せるのもあれだから、基本家飲み。……まぁ、少しだけお酒の制限が緩くなったからいっか。ただ毎回毎回、俺の目の前でダウンしてるけど……ベッドまで運ぶ俺の身にもなってくれ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――キキィッ!

 

 キャメルさんが運転するワゴンが、ブレーキ音を立てて目的地にたどり着いた。米花中央病院だ。

 車を回してくるというキャメルさんを置いてけぼりにするような形になるが、一緒に来ていた安室さん、越水、瑞紀ちゃんの4人で病室を聞きだしてそこに向かう。622号室だ。歩きながら、瑞紀ちゃんがキャメルさんにメールで病室番号を教えている。――着いた!

 ノックが少々乱暴になってしまったが勘弁してほしい! 中からどうぞという事が聞こえるのと同時に中に入る。

 

「目暮さん! ご無事でしたか!」

 

 ベッドに横たわっているのは、いつもお世話になっている鬼警部、目暮さんだ。傍には白鳥刑事も一緒にいる。――なんで帽子被ったままなんですか、目暮さん?

 

「おぉ、浅見君……越水君達も来てくれたのか」

「お久しぶりです、目暮警部。……お体の方は」

「心配無用だよ、安室君。この通り、ピンピンしとるよ」

「これお見舞いの品です。こちらに置いておきますね?」

「あぁ、瀬戸君もありがとう」

 

 目暮警部が襲われたという話を聞いたのはついさっきだ。今日はここ数日の依頼に関する書類作成が主だったもので、俺たちは全員デスクに向かって仕事をしていた。佐藤刑事から電話がかかってきたのはそんな時だ。

 目暮警部が、朝のジョギング中にボウガンで撃たれたという知らせが。

 そこからは、すぐにキャメルさんに車を出してもらって、こちらに急行したわけだ。

 多分、そろそろ小五郎さんも来るはずだろう。そっちには白鳥さんが連絡をしたらしいし……。

 傷の具合を聞くと、急所を外れていた様で、命に別状はないと言う事。ただ、数日はやはり入院が必要らしいが……。

 

 白鳥刑事から話を聞いている内に、小五郎さんに蘭ちゃん、コナン――で、なぜか少年探偵団も来ていた。……そういや、コナンが皆でハイキングに行く予定って言ってたな。

 同じタイミングでキャメルさんも到着し、これで面子は揃った。

 

「それで白鳥、捜査の方はどうなっている?」

 

 やはり小五郎さんもそっちが気になっているのだろう。目暮警部の無事な様子にホッとすると、早速白鳥刑事に話しかけている。

 

「はい、まず凶器についてですが、ハンドガンタイプのボウガンの様です」

「ハンドガンタイプ……片手で使える軽い奴って事か」

「はい。狙いが目暮警部だったのか、たまたまそこにいた人間を狙ったのか……その両面から、捜査を開始しています」

「警察官なら誰でもよかったと言う可能性もあるのでは?」

 

 キャメルさんが自分の考えを口にすると、安室さんが、

 

「その可能性も無くは無いと思うけど……もしそうなら、分かりやすい制服警官を狙うんじゃないかな? 目暮警部はその時はジョギング中。格好だって恐らく運動着だったのでは?」

「あ、あぁ。いつも着慣れたジャージを着ておったよ」

「ならば、警察官への無差別だとは考えにくいよ。それで警察官と分かったのならば、つまり目暮警部の事をよく知っている事になるからね。ほら、そうなると無差別という前提は崩れるだろう?」

「な、なるほど……」

 

 キャメルさんはひとしきり感心した後に「すみません、余計な口を挟んで」と小さくなってしまった。安室さんも慌ててフォローを入れているが……なんだろう。知り合いが襲われた時に不謹慎だけど、和むなぁ。

 

「それと実は、犯人がボウガンを発射したと思われる場所にこんなものが落ちていました」

 

 そういってサイドテーブルからビニールに入った何かを摘みあげる。

 

「……剣、ですよね?」

「ダンボールで作った物にしてはかなりしっかりと作っていますね……」

 

 越水と瑞紀ちゃんが見た感想をそれぞれ言う。実際にその通りだ。強いて言うなら、剣と言うには少々短すぎる気がするが……。

 

『おいコナン、どう思う?』

 

 こそっとしゃがんで、小声でコナンに意見を聞いてみる。今までずっと黙っていたから、ちょっと気になったんだ。

 

『さすがにまだなんとも……ただ、あの作り物の剣。どっかで見たことある気がするんだよなぁ』

『……何か違う事件で、とか?』

『いや、そういうのじゃなくて……』

 

 それ以上は考えても出てこないらしい。いつもの考えているポーズのまま、じっと何かを思い出そうとしている。

 

「しかし、警察官を堂々と狙うか……」

 

 それも、間違いなく重要人物の一人が。

 これは……来たな。

 

「キャメルさん、安室さん、今日は空いてる個室で待機してもらえますか。……一応、念のために」

「了解しました」

「僕はそのつもりでしたよ。まだニュースの扱いは小さいですが、刑事を狙うなんて物騒な事件。我々が見逃すわけにはいきませんからね」

 

 キャメルさんも安室さんもしっかりと返事をしてくれた。

 その後の安室さんの発言に、キャメルさんは「探偵ってなんだっけ?」って首をかしげていたが……。

 越水と瑞紀ちゃんも、何か相談している。後でどう動くつもりなのか聞いておこう。

 

『コナン、何かあったらすぐに連絡を頼むな?』

 

 こっそりそう言うと、コナンも頷いて。

 

『あぁ。こっちこそ、何かあったら色々お願いすると思う』

 

 どうやら、コナンも少し嫌な予感がしているようだ。

 ……こりゃマジでヤバいかも。まだ現状を把握していないふなち達にも身辺に気をつけろって言っておいた方がいいかも。

 それと、コナンとも連絡を密にしておこう。あのダンボールの剣の事も何か思い出すかもしれない。

 そう考えながら、俺たちは事務所へと戻り、それぞれの準備を始めていた。

 

 そして、俺たちは事務所で一夜を明かし――その日の昼前に、妃先生に毒物が盛られたという話を電話でコナンから聞かされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『戦慄の楽譜』より

○堂本一揮
堂本音楽アカデミーの創始者。俺、最初はこの人犯人だと思ってましたすんまっせんorz



○山根紫音
劇中、余りにセリフが少なすぎてコイツ犯人じゃないなと思った子(笑)
この考えが当たっているかどうかは是非作品をご覧になってくださいw

いや、すっげぇ可愛い子で印象に残ってた。もっと出番の多かった千草ららのほうは……個人ではなくシーンで覚えている模様(ラストのアメイジング・グレイスの所ですね)



○真田一三
File96 追いつめられた名探偵! 連続2大殺人事件
14巻File1-4

結構覚えている方も多いのではないでしょうか? 最近では出番がないですが、ブラックスターの事件ではキッドに変装をして寸劇を行ったマジシャンです。
初登場の事件でのマコさんとかも正直出したかったのですが、あの人は既に罪を犯している方ですから、残念ながら断念。

割とコナンの中にはキッドの存在があるからか、マジシャンの登場人物は多いですよね。



○九条玲子 33歳
File264 法廷の対決 妃vs毛利小五郎

アニメの方を見ている方ならば知っていて、かつ印象に残っている方も多いのではないでしょうか?w
『検察のマドンナ』と称される東京地方検察庁きってのエリート検事。『法廷のマドンナ』と呼ばれる妃先生のライバルキャラであります。

むちゃくちゃ好きな人で、下手したらこの人がレギュラーになってたかもしれませんww


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023:ボウガンと銃弾と『出来そこない』

動かしたい人が多すぎて収集つかなくなりそうなので、ちょっと短いですが投下w




 

 

 

「手ごわいな。……実に手ごわい」

 

 ある大手自動車メーカーの会長、枡山憲三。――いや、コードネーム・ピスコは静かにそう呟いた。周りにいるのは水無怜奈――キールと、その補佐のカルバドス、そしてもう一人の女が立っている。

 

「貴方から見てもそう思いますか、ピスコ」

 

 キールが、どこか安堵したような様子でそう言う。どれだけ探りを入れても浅見透の背後関係が分からず、加えてここ最近は彼の周りで奇妙な動きが多いため、とても追い切れないのだろう。補佐のカルバドスも頑張ってくれているのだが、どうにも浅見透を強く意識しすぎている。幾度か見せている彼の非凡さに、どこか余裕が見られない気がする。

 

「あの会食は開いて正解だったよ。……起こった事実のみで上手く話を盛り上げ、自分の感情、感想は出来るだけ排除して、自分の裏を悟らせない。そしてこの短期間で恐ろしい程のコネクションを構築する手腕。歳に見合わぬ老獪さ……。素晴らしい。『あのお方』が気にかけるだけのことはある。実に素晴らしい若者だ」

 

 ピスコの言葉に、キールは驚愕の表情を、カルバドスも珍しく表情を動かす。彼の傍に立っている女は、驚きに息を呑むがすぐに冷静さを取り戻し、静かに呼吸を落ちつける。

 

「キール、カルバドス。君達への命令は変更だ」

「変更……ですか?」

「あぁ、浅見透の背後調査は、バーボン、そして後から来る人員に任せることになる」

「なら……俺達は?」

 

 カルバドスが静かにそう尋ねると、ピスコは老獪な笑みを浮かべたまま、指令を伝える。

 

「キール、カルバドス。君たちには……虎穴に手を入れてもらおうか」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「それで、蘭ちゃんのお母さんは無事だったのか?」

「あぁ、胃洗浄が早かったおかげで大丈夫だったよ。今は、東都大学病院に入院している」

「……好物のチョコに毒を盛られたんだっけか?」

「あぁ、あの人の事務所の郵便受けに直接置かれていたらしい」

「……犯人はあの人の好物を知っていたってことか?」

「あぁ……そうなる」

 

 今日は事務所の方を越水と安室さんに任せて、俺たち――コナンと、肩にいる源之助だ――は阿笠さんの家で事件の整理をしていた。

 目暮警部が襲われたことから始まり、今度は妃英理弁護士。

 

「しかし、あの慎重な人が差出人不明の物を口にするとは……」

 

 阿笠博士が、コナンの特製パワースケボーを調整しながらそう口にする。

 まぁそうだろう。普通の人でも、見知らぬ人からの贈り物など警戒するだろうに……

 

「あぁ……。この前の食事の時におっちゃん、結局蘭のお母さんを怒らせちまって……」

「あぁ、それ聞いたよ。蘭ちゃんから電話で一時間くらい愚痴られて大変だった――」

 

「………………」

 

「え、なんで俺睨まれてんの?」

「いーや、べっつにー」

「良く分からんが腹立つわぁ……」

「……んんっ! とにかく、あれだよ。怒らせちまった後だから、おっちゃんからのお詫びの品だと思ったらしいんだよ」

 

 あー、なるほど。名前も何も書いていないのが照れ隠しだと思ったのか。

 しょうがない気がする。自分なら……たとえば越水とかと喧嘩した後に同じような事されたら疑わずに手をつけてしまう気がする。

 

「あぁ、そうだコナン。例の紙で作られた花だけど、瑞紀ちゃんが面白い事言ってたぞ」

「! なにか分かったのか!?」

 

 コナンから送られてきた紙花の写メを印刷したモノと、前に撮らせてもらったダンボールの剣の写真を事務所の机に並べて皆で考えていた所、瑞紀ちゃんが「あの~」と静かに手を挙げたのだった。

 

「あぁ、あれ……トランプなんじゃねーかってな」

「トランプ?」

「剣はスペードのキングの絵柄で王様が持っている剣。花も同じくスペード、クイーンの絵柄で女王様が持っている花なんじゃないかってね。ほれ」

 

 ここに来る前に携帯で撮った写真、瑞紀ちゃんが見せてくれたトランプを撮った写メを見せる。

 あー、こら源之助、携帯で遊んじゃだめだってば。『なーう?』じゃねぇ。

 

「そうか、見覚えがあるってこれの事だったんだ。目暮警部の名前は十三でそのまま13のキング。妃先生の場合はクイーン、そういうことか! さすが手品師の瑞紀さん。……じゃあ、次に狙われるのはジャックの11が示す人?」

「多分な。瑞紀ちゃんの指摘には、安室さんも頷いていた」

「……浅見さんの所、前から思ってたけど色々おかしい――いや、変だよね。新しく入ったキャメルさんも、聞きこみ上手いし車の運転はプロ級だし……。おっちゃんから聞いたけど、映画の関係者から依頼を受けた時、一緒にカースタントの代打もこなしたんだって?」

「あぁ。……運転上手いとは聞いてたけどあんなに上手いとは思ってなかったわ。おかげでちょっと目立ち過ぎた気がするけど……」

「今更だよなぁ……」

 

 最近は、少々鬱陶しいレベルで取材やら撮影の依頼がわんさか来る。露出を可能な限り抑えている安室さんへの依頼はトップクラスだ。さすがイケメンおのれイケメン。土下座しますからうちの仕事を辞めるのだけは勘弁してください。テレビとかモデルの方が稼ぎ良さそうなら給料上げるからさ! っていうかもう上げたからさ!!

 

「……部下持つと大変だね」

「ただの部下じゃねぇぞ。頭に、『上司の数倍有能な』って言葉が付く」

「は、はは……」

 

 いつも通りの半笑いを頂いたあと、コナンと共に口を閉じる。お互い考えているのだ。ジャック、或いは11という数字が示しそうな人物を。先にその人が分かれば、これ以上の被害を抑えたまま犯人を抑えられるのだが――

 

――パリーンッ!!!

 

「……あん?」

 

 突然ガラスが割れる音が阿笠邸に鳴り響いた。

 

「誰じゃ! こんな悪戯をしたのは!」

 

 ちょうどスケボーの修理を終えた博士がそう言いながらドアへと向かっていく。

 誰かが石を投げ込んだようだ。……え、このタイミングで? ――やばっ!

 

「下がれっ!!」

「博士! 出ちゃだめだ!」

 

 たどり着いた方法は少々違うだろうが、俺とコナンが同時に叫ぶ。

 割れたガラスの部分から僅かに向こう側が――うわぁ、あからさまにヤバそうな奴いるし!

 

「くそがっ!」

 

 かなり早い段階で叫んだおかげか、阿笠さんもドアの前で呆気に取られているままだ。

 一気に走りだし、阿笠博士をそこからどかせようと失礼だとは思いつつ襟首を掴んでこちら側に引き寄せる。それよりも僅かに早く、『パシュッ』と音が耳に入った。あ、これ不味い!

 

 

――ズキ……ッ!!

 

 

「……っ――らぁっ!」

 

 とっさに見えた影に、速度を合わせて、這わせるように指を絡めて――よし、掴んだ。

 ちっと手の皮をやったが、大した怪我じゃない。……毒を塗られてなければ。うん、多分大丈夫大丈夫。

 

「浅見君!!?」

 

 阿笠博士が飛んできた矢に驚いているがそれどころじゃねぇ。

 

「コナン、追え!」

「お、おう!」

 

 コナンも少し驚いていたようだが、すぐにスケボーを抱えて走り出す。

 向こうも慌てて逃げ出したが――あのスケボーの速度なら、なにか妙な事態が起きない限り多分追いつけるだろう。

 

「あ、浅見君、大丈夫なのかね? あぁ、ちょっと待ってくれ、すぐに消毒液と包帯を持ってくる!」

 

 阿笠博士が、少し血がにじんでいる手を見てドタバタと奥の方へと走っていく。そんなに慌てなくても傷――というか怪我というレベルなんだけど……。

 問題はそんなことより……

 

(これが一連の奴の仕業なら、あれがあるはずだ)

 

 スペードのジャックが示すモノ。あの――よく分からない奴。あれマジでなんなの? 剣なの? 杖なの? 今度瑞紀ちゃんに聞いてみよう。

 

「あぁ――やっぱりあったか」

 

 バイクがいた辺り――玄関の所に、例のよくわからないヤツが落ちていた。とりあえず回収しておくか。指紋が残らないようにハンカチ用意して――

 

「ふしゃーーっ!!」

「……なんだよ源之助……」

 

 いつの間にか玄関先まで来ていた源之助――ガラス踏んでないだろうな?――が、毛を逆立てて俺に向かって威嚇している。今までにない剣幕だったので、思わず身体の動きを止めて反射的に身体をそっちの方に逸らしてしまった。

 

「ふぅぅぅぅぅぅっ」

 

 なに? ついに飼い猫にまで嫌われたの俺? とりあえず宥めようと手を振り……あれ、俺の手ってこんなに重かったっけ?

 ふっと自分の手……妙に動かない手を見ると、えらい真っ赤に染まってる。あれ? あれ?

 よくよく見ると、自分の服に穴があいている。……撃たれた? どこから? え、さっきの奴逃げたじゃん? じゃあ――誰?

 

 あ、ダメだ。身体に力が入らねぇ……。阿笠博士が俺を抱き起して家の中に運んでくれてるのが分かるが感覚がねぇ。くそ、メインらしき話が始まった瞬間にこれか、笑うしかねぇ。

 

 

 

 

 

 

――クソったれ……

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……紙一重で致命傷を避けたか」

 

 スコープごしに、倒れたターゲットが屋内に回収されていくのを見て、カルバドスは笑みを浮かべた――わけではなく、頬に冷や汗を垂らす。

 

(この目に焼き付けられたと言うべきか……)

 

 狙いをつけ、引き金を引いて着弾を確認する一瞬の刹那。その一瞬の間に、これ以上の狙撃はないと確信しているように、スコープを通して自分の目を見てニヤッと笑い、そしてそのまま倒れた男――浅見透。

 最初は胴体を撃ち抜くつもりだったが、まるで650Mも離れたこの距離など関係ないとばかりにあの男はこちらの狙いをわずかに外れ、傷こそ負ったが致命的な物にはならないだろう。腕の、それももっとも被害が少ない箇所で貫通させた。口惜しいが……さすがと言わざるを得ない。

 

「キール。とりあえず狙撃は完了した。これからどうする?」

『……彼、大人しく撃たれたの?』

「……お前もそう考えるか」

 

 つまりは……撃たれた、のではなく――あえて撃たせたんじゃないかと。あのスコープ越しの笑み、狙い澄ましたかのような程良いケガ。

 確信はない。だが、じわじわと胸の内に広がっていくような気味の悪さが己の頭の中を表している。

 

「……今回の任務。お前はどう思う?」

『……怪しいわね。本当に組織のための指令なのか……ピスコの私欲による暴走なのか』

 

 奴は、昔こそ後進の育成などに力を入れる優れた幹部だったが……組織の力を利用して今の社会的地位を手に入れてからは、少しずつ変わっているように思う。彼に育てられたアイリッシュ等は、彼を父親のように慕っていると聞くが……。

 

『浅見くん――ごめんなさい、ターゲットは、今各方面に対する発言力を強めている人間。大企業の会長でもあるピスコは、表の意味でも裏の意味でもターゲットが邪魔になるはず。……今回はあくまで脅してこいという命令だったけど、本当は消したくて仕方がないんじゃないかしら? 未確認の情報だけど、ターゲットが動いた結果いくつもの裏金や副業のルートや、産業スパイが挙げられているという話を聞くわ』

「…………あの男ならば十二分にあり得る」

 

 唯一、あの男の起こした出来事で確実な情報となっている、四国での一件。あれがきっかけで、道府県警はもちろん警視庁も、どこかで奴の動きを意識している。ひどい噂になると、奴が公安の中でもさらに特殊な位置にいる重要人物だというものまで……。奴ほど、退屈とは無縁な男も珍しいだろう。

 

「……ピスコが胸を張って組織のために必要なことだというのならば、完全な暗殺命令が来るはずだ。今回みたいなどっちに転んでもいいというモノではなく」

『……組織に対しての無意識の後ろめたさが、ピスコに今回の手段を取らせたと?』

「でなければ、奴に最も近いバーボンに隠す必要がない。どういう任務にせよ、浅見透への工作が最も確実なのはアイツなのだから。確かに、浅見透に入れ込み過ぎていると思うが……」

 

 恐らく、あの家の主人――阿笠とかいう発明家が呼んだのだろう、救急車のサイレンがこちらに近づいてくる。これ以上の長居は無用か。

 

「撤退する。キール、早すぎない程度に早く奴の見舞いに行くんだな」

 

 ……バーボン程ではないが、キールも奴を気にしている一人だろう。

 よく、奴に関して愚痴が出る時があるが、奴の家や事務所に顔を出す時は楽しそうにしている。

 

『……えぇ、そうさせてもらうわ。貴方も、見つからないように上手く撤退することね』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「小僧、無事だったかぁっ!!!!」

 

 あ、はい。貴方の声が今んとこ一番のダメージです。次郎吉さん。

 ……訂正、俺が目を覚ました瞬間の越水・ふなちタッグによる渾身のダブルハグが一番キツかったかも。いや、柔らかいしいい匂いがしたしでそれは良かったのだが、身体へのダメージはMAXだったわ。

 

「相談役……。えぇ、まぁ大丈夫です。撃たれただけなんで」

 

 いや、正直結構怖いけど、命を取られることはないと思う。俺が意識失ってから、阿笠博士が屋内に運んでくれるまでに少しは時間が開いていたようだし、本気で命を取ろうとしていたのならばさっさと二発目を撃ち込んでいるはずだ。出血死の可能性こそあったが、腕を撃ち抜いただけだったんだから。

 

 今まで関わったどこかが、俺たちの関与に気付いたか疑いを持ったか――まぁ、そんな所で脅しにかかったというところじゃなかろーか?

 

「おのれ、悪党め! 儂の身内に手を出すとはいい覚悟じゃ!」

 

 問題はこのおっさんだよ。今にも『槍を持てぃ! 出陣じゃあ!!!』とか言いかねない勢いでヒートアップしている。ここ病院なんですけど……。あと寝てる人がいるんで……。

 

「俺の事は大丈夫です。銃撃程度ならば対処法はいくらでもあります。……ただ、ひとつお願いしたい事が」

 

 俺が目でそっとそちらを示すと、次郎吉さんも分かっておると言いたげに頷いていた。

 俺が病院に担ぎ込まれてから目を覚ますまで、まる一日かかった。その間、ずっと俺の世話をしてくれていた二人の同居人が、恐らく病院の人が持ってきてくれたんだろう大きめのソファー、というかベンチに横になっている。かかっている毛布は、小沼博士と穂奈美さんが持ってきてくれたものだ。

 

「お主にとっての家族は、儂にとっても家族の様なものじゃ。必ず、守り抜いてみせよう」

「……ありがとうございます。相談役」

 

 次郎吉さんが来る前に警察には、今回の事件はパニックを防ぐためにも可能な限り伏せていてほしいと頼んでいる。いや、正確には念を押したというべきか。既に安室さんが各所を走り回って必要な工作を全部終わらせてくれていた。本当に俺の考えを分かってくれてるなぁ。

 小沼博士が言っていたが、俺が撃たれたと聞いてから安室さん、寝ずにあちこち走り回っているらしい。今はサイドボードに入っているが、『いい機会だからゆっくり休んでいいんじゃないかな? 後の事は任せてくれ』っていう手紙だけで、安室さんは直接見舞いには来ていない。

 

 いやぁ、そんな手紙をもらってそんな現状を聞かされると勤労意欲が湧いてくるというモノだ。

 多分別件だろうが、トランプ事件の件もある。

 え、気遣い? それを無下にする所までワンセットだって安室さんなら気づいているって、大丈夫大丈夫。怒られたら土下座した後でどこかで一杯奢ろう。

 

「行くのか? 名探偵?」

 

 次郎吉相談役が、俺の顔を見てそう聞いてくる。や、俺名探偵じゃないっす。いいとこ頭に『出来そこないの』が付きます。

 

「お主も普段は飄々というか助平な顔をしているが、やはり武者じゃのう」

 

 出てるんすか、顔に出てるんすか。俺が肝心な所でモテないのはそこっすか。

 了解しました。この件終わったら、自分ちょっとキャラを修正する所存にございます。

 

「男には闘う時が必ず来る。が、無茶だけはするでないぞ」

「えぇ、任せてください。相談役なら知っているでしょう?」

 

 

 

 

 

 

「手を抜くのは得意なんですよ、自分」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うーん、ちょっと内容が薄かったような気が…・・
次回はもっと濃い内容にできるといいなぁと反省中でございます。

感想は全て目を通しております! ちょっと全部に答えることができないですがorz
これからも皆よろしくお願いします!


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024:それぞれの捜査網

感想返せてない(汗) こ、今度こそかならず……出来るといいなぁ
いまさらですが、『疲労胃ン』という当て字を生み出したこの作品ってなんなんですかね?(汗)


 さて、寝ていた二人は次郎吉さんに任せて来たけど、これからどうしよう。とりあえず真っ青な顔で必死に追いかけてくる看護師さんやら張り込んでた刑事達は撒いたけど……。あーくそ、腕が重い。これ外しちゃだめかな。

 一応いつものスーツに着替えたけど、腕だけは不格好な物になっている。ワイシャツもそっちだけハサミ入れて腕まくりして誤魔化してるし……今度また新しい奴買わなきゃ。

 

(まずはどこから手をつけるかねぇ……)

 

 安室さんと合流したうえでコナンと合流するのがベストなんだが、コナンの奴、さっき一度顔見せた時に真っ青な顔だったからなぁ。腕とかの事を色々聞いた後で、フラフラっと出て行っちまって。なんか責任感じてるっぽいし……アイツの言う組織の人間に撃たれたと考えているんだろう。

 

(とはいえ、少なくともあのトランプ野郎は別件だろう。例の組織ならわざわざ証拠残したりしねーし。なら撃った奴が組織の人間か? そうなると俺を殺さなかった理由が分からねぇ……生かしておく理由なんてないだろうに……)

 

 今の所、事務所の人間には被害が出ていない。まぁ、まだ一日しか経っていないから機会を窺がっているだけかもしれないが……とりあえず所長であるという意味でも俺が狙われているという仮定で行動しよう。

 一つ考えていたことが、俺達がいくつか潰した妙な密輸ルートが、例の組織の物だったんじゃないかという物だ。ただこれなら、組織の手の早さからとっくにもう皆殺されている気がする。……が、それらを辿ればどこか一つにたどり着く可能性は高い気がする。

 ……うん、やっぱ出来そこないの名探偵は一人じゃ答えにたどり着けません。ってな訳で――

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 自分の『本来の上司』に、彼が撃たれた事やそれによって事務所の人間がどのように動いているかの報告メールを打っている時にかかってきた一本の電話。その電話によって呼び出され……今自分は車を運転して街中を走っている。

 

「いやキャメルさん本当にありがとうございました。安室さんとかに頼むとその場で確保されそうだったんで……」

 

 いや、貴方撃たれたばっかりですよね? 病院から出てて大丈夫なんですか? あと、なんで後部座席で身を低くしているんですか? ……隠れてますよね? 誰かから隠れてますよね?

 

「いや、ほら狙撃されたばっかりなんで姿を見せるのも拙いかと思って」

「……確か、副所長と中居さんが一緒だったと思いますが」

「あぁ、鈴木相談役に引き取ってもらったよ。あの人なら確実に守ってくれるだろうし」

「す、鈴木相談役!? い、いいんですか、そんな大物を顎で――」

「次郎吉さんもあの二人は気に入ってくれてるし、動いてくれるって言うんなら遠慮なく使わせてもらうさ。それで、事件の方はどうなっている? 聞いた話だと安室さんと小五郎さんがすっげーピリピリしてるってことだけど」

 

 そういえば、毛利探偵もすごく所長の事を気にされていた様子だ。警察の人に「こいつを頼む」と言ってそのまま自分も捜査に向かわれたようだし……。あれ? ということは所長、警察も撒いて来たのか?

 

「え、えぇ。今警察では『村上 丈』という男を重要参考人として追っているようです」

「村上丈?」

「はい、なんでも毛利探偵が刑事時代に捕まえた男らしく、カード賭博のディーラーだったとか」

「カード賭博……トランプからそこにたどり着いたのか」

「はい。先日仮出所したばかりで、今目暮警部達が行方を追っています」

 

 警察からの情報がすぐに集まるのがこの探偵事務所の一番の特色かもしれない。よく事務所に来る若い刑事達はもちろん、あの恰幅の良い警部も色々と教えてくれる。本当に、変わった探偵事務所だ。

 

 そのまま、事件は毛利探偵に近い人間を狙っているのではないか、所長を狙撃した共犯者は未だ手掛かりが掴めていないこと。10年前、毛利探偵が村上を捕まえた時に何かあったらしい事など、自分が聞いた限りの事は全て伝えた。

 

 バックミラーで後ろを確認すると、所長の浅見透はじーっと考え込んでいる。自分を狙撃したのが村上かどうか考えているのだろうか。そのまましばらく運転していると、後ろからボソリと……だが妙に確信した声がした。

 

 

「――違うな」

 

 

 という、妙に説得力を含んだ、たった一言が――

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 キャメルさんから聞いた情報を纏めるとこうだ。犯人と思われている男――村上丈は、10年前に毛利探偵に逮捕されたという恨みがあり、仮出所として外に出た今、自分の商売道具だったトランプになぞって13から逆順に小五郎さんに関係がある、名前に数字が入った人間を襲っていると。

 うん、まぁツッコミ所がいくつかあるのも含めて、こういう時は得てして一番最初に疑われた人間は犯人じゃない。仮に犯人だとしても裏で操っている人間がいたり、他にも意図しない犯人がいたりする物だ。参考にする事はあっても、ほぼミスリードと判断していいだろう。

 その考えが口から出ていたのか、キャメルさんが慌てた様子で「ち、違うんですか!?」と聞いてくる。

 前を見なさい、前を。せっかく苦労して看護師や佐藤さん達から逃げて来たんだから、ここでパクられたら病院に逆戻りだ。あの人なんでか泣きそうな顔で追ってくるから超悪いことした気分になってしまう……。

 

「そもそも、本当に小五郎さんが狙いならば本人を直接狙えばいい。それを抜きにしても、目暮警部や妃先生は理解できるが阿笠博士を狙ったのが解せねェ。蘭ちゃんならつながりあるけど、小五郎さんにはないだろ?」

「た、確かにっ! じゃあ……一体誰が!?」

「さすがにそこまでは……ただ、一つヒントがあるとすれば」

「あ、あるとすれば?」

「……妃先生の好物を知っていたってのが引っかかるな」

 

 小五郎さんと妃先生の共通の知り合いってのが容疑者の中にいりゃあドンピシャ……だと思う。安室さんかコナンが同じ答えならほぼ確信できるんだけど……。

 

「あのー」

「? なにか?」

「犯人が村上丈ではないかもしれないというのは分かりましたが……所長を撃った人間は、誰なんでしょう?」

「……一応気になってる人がいるにはいるんだけど」

「い、いるんですか!?」

「ん、まぁ……。こればっかりは完全な勘なんだけど……」

「だ、誰なんです!!?」

 

 今、俺が知っている人間でそれっぽいイメージを持っているのは二人いるが、妙に気になっているのは――

 

「諸星――諸星大って男なんだけどおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!????」

 

 ちょっとキャメルさんやい! なんでいきなりハンドル切った!? 顔が引きつってる上に真っ青だけど腹でも壊したの!!? ちょ、前! 前!!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「――ええ、やっぱりそうなりましたか。すみません佐藤刑事、お手間をかけさせてしまって」

『こちらこそ、ごめんなさい。なんとか捕まえようと思ったんだけど撒かれてしまって……本当にごめんなさい』

「いえ、浅見君が本気になると誰にも止められませんから……」

『……そんな所ばかりそっくりなのね、彼。アイツと……』

「……えぇ、困ったものですよね」

『本当にね。……すぐに所轄に応援を出して探してもらうわ』

「いえ、それは不要です。先ほども言いましたが、もうこうなったら止められませんから……。それより、出来る事ならば捜査の状況を流してほしいですね」

『……そのちゃっかりした所、浅見君と同じね。さすがはトオル・ブラザーズの兄貴分かしら?』

 

 電話の向こうで佐藤刑事が笑いながらそう言うが……少しだけ涙ぐんでいるような気がする。

 

 

――やはり、重ね合わせているか……アイツと……。

 

 

『本当はだめだけど、状況が動けばすぐにそっちに連絡するわ。……目暮警部には内緒ね? それと――』

「分かっています。こちらも何か掴め次第情報を送ります」

『ついでに今度奢りなさい。もちろん払いは浅見君でね! それじゃ、また後で!!』

 

 向こうも急いでいるのだろう、そこまで言うと一方的に切られてしまった。……まぁ、当たり前だが。

 さて、問題はここからだ。警察が動き出す前に狙撃場所を特定したが、650mとそこそこの距離だ。少なくとも狙撃の訓練を受けた人間であることは間違いない。

 

(まさか、赤井が? ……いや)

 

 可能性があるとすれば、浅見君が『組織』の重要人物だと推測して威嚇を兼ねて撃ったという場合だが……この日本で、それも人を撃つという事をアイツがするだろうか?

 いや、正直あの男ならばやりかねないと思う。……俺は、だが。

 

(先入観を捨てろ……。今だけは全部忘れろ……っ!)

 

 優先順位を忘れてはいけない。浅見君を狙った奴を燻りだし、その背後を確認しなければならない。万が一、組織が動いている場合は……。

 

(いざという時は別の戸籍を用意する準備も整っている)

 

 守らなければという思いがある。公安の一員としてだけではない。……口調も性格も違う癖に、顔やたまに出る言葉が自分の友を思い出させる彼を――いや、それだけじゃない。そうだ、さっき佐藤刑事も言っていたじゃないか――

 

「弟分を守るのも……兄貴分の役目といった所か」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(――ったく、紅子が言った通り、死亡フラグだらけの男ってことか)

 

 瀬戸瑞紀――の格好をしたまま、俺はあのやっかいなガキンチョと一緒に動いていた。

 動いている、といっても、今は人のいない毛利探偵事務所で事件を見直しているが……。

 あの青子にちょっと似てる蘭って子は今病院に向かっている。うちの所長のお見舞いだそうだ。俺とガキンチョも誘われたんだが、こいつは断って事務所に残っている。……なんか釈然としねーな。

 

「それでコナン君。次の10の人に心当たりは?」

「……10、つまりは『とお』って事で浅見さんが狙われたんじゃないかっていう意見が警察内では出てるみたいだけど……」

「トランプが置かれていなかった。それに、状況を聞く限りバイクの犯人がコナン君に追いかけられたのは予想外だったはず。わざわざ狙撃手を配置できるわけがない」

 

 それにしても、このガキンチョいつもに比べて余裕も元気もねーな。……所長さんが心配だからか? まるで兄貴みてーに懐いてる感じだったから仕方ねーっちゃあ仕方ねーが……大丈夫か? 蘭ちゃんもかなりまいっているようだし……。

 

「狙撃事件の方はウチのエースが調べているから大丈夫ですよ。私たちはこっちの方を解決しましょう! こっちは、最悪あと10人の人間が狙われているんですから、放っておくわけにもいきませんし!」

 

 あー、ちくしょう。本当なら俺も安室さんと動きたかったけど、安室さんからこっちの捜査を手伝ってほしいってメール来てたしなぁ。多分、副所長さんとふなちにも同じような内容で送ってんだろうけど……。

 

(どこのどいつか知らねぇけど……俺の職場に手を出したツケはしっかり払ってもらうぞ……)

 

 ぶっちゃけた話――あの職場は理想の職場だ。仕事もやりがいがあるし、そうでなくても今では下のステージがある。料理や酒に注意を向けてる客が、俺の一挙一動に注目しだすあの瞬間の高揚感。瀬戸瑞紀の時は違う視線も感じるが……。小さな舞台、仕掛けも何もないから、行うのはテーブルマジック。レストランだから当然動物は使わない。制限がある中でどうやって奥の席の客にも分かるように、派手に、大胆に、だが新鮮さを失わないようにと創意工夫を重ねていく日々。とても充実している日々だ。

 

(きっかけは紅子。与えてくれたのは所長さんだ)

 

 恩は返さないといけねぇよな。所長さんは……何かあっちゃあ酒呑むし、美人や可愛い娘を見かけたらヘタレの癖に声かけて、副所長の愚痴を俺とふなちで聞くことになって、酒に付き合わされて、呑んでないのを気づかれないように中身減らすのに苦労して……俺に面倒事を持ってくる人だ。だけど……だけど――

 

(まぁ、今だけは平成のルパンではなく平成のジム・バーネットってことで――)

 

 どっちの事件も解決してやるさ。また、事務所の面子と……ついでにこのガキンチョに、とびっきりのマジックを見せてやるために。

 まずはガキンチョを元気づける所から始めるか――

 

――プルル! プルル! プルル!

 

 そう考えていたら、ガキンチョの携帯が鳴りだした。ガキンチョは、「誰だよこんな時に……っ」とぼやきながら画面を確認して、慌てて通話ボタンを押す。一瞬だけ名前が見えたが、どうやら蘭ちゃんのようだ。二、三言葉を交わしてからしばらく黙ったままのガキンチョだが、唐突に――

 

 

「――えええっ!!? あ、浅見さんが病院から脱走したぁっ!!!!!!!!??」

 

 

 

 

 

 ……せめて抜け出したって言ってやれよ、ガキンチョ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「どうしようキャメルさん。なんか俺、この事件が終わったら正座どころかボッコボコにされる予感がしてきました。色んな人に」

「じゃあ病院に帰りましょうよ!? 撃たれたばっかりなんですよ!!?」

「大丈夫大丈夫。弾は貫通してるから」

「どちらにしろ腕に穴が開いてるじゃないですかぁ……」

 

 えぇい、デカい図体で泣きそうな声を出すんじゃない。

 

「とりあえず、どう動くべきかなぁ……。人を当たるか、そうでない所に目をつけるか……」

「……その、あk――諸星大という方が犯人だと思っているんですか?」

「あー、どうなんだろう?」

 

 単純にそれっぽい――つまり、狙撃仕様かどうかはともかく、ライフルを使っていると思った人で思いついたのが諸星さんだった。もう一人は水無さんと一緒にいた人……ただ、あの人の手は良く分からなかったな……どっちかっていうと猟師とかそっち系な感じがしたけど。

 まぁ、あくまで目星だ。

 

「正直、実行犯よりも理由の方を明らかにしたいかな?」

「理由……ですか」

「恨みだったら恨みで、逆恨みなのか正当な物なのか。浅見探偵事務所に向けてのものか、浅見透に向けてのものなのか。そこを明らかにしねぇとちょっと安心できねぇな」

 

 前にコナンから聞いた話だが、しっかりしたスナイパーライフルを素人が使って当てられるのは、銃の性能にもよるが300~400程だと聞いた覚えがある。そうなると、650という距離で成功させた今回の狙撃犯は訓練を受けたプロだという事になる。

 となると、やはり今回の狙撃は俺を殺すつもりはなかったんじゃないかと考えても――いいよね? いいよね?

 

「……あくまで俺の考えだけど、やっぱり今回は脅しだったと思うんだよね」

 

 狙撃に関わるような人間に喧嘩を売った覚えはない。そのプロは誰かに雇われたと考えるのが自然だろう。つまり、雇うような金とコネを持っている人間となる。

 

「入ってみて驚きましたが、この事務所はいろんな所を対象にした依頼が来ますから……」

「そりゃしゃーない。人員は優秀だから自然と仕事のレベルも上がっていくし、次郎吉さんによる無茶ぶりが来る時もあったしね」

「いや、この間の潜入捜査もそうですけど……ここ、本当に探偵事務所なんですよね?」

「安心してくれ、盗聴、防諜態勢は完璧だから。相談役が今の内に壁とか床、窓ガラスまで対策入れてくれるし、ネットの方も独自の――」

「本当に探偵事務所なんですよね!!?」

 

 だからそうだと言ってるじゃない。看板に堂々と探偵事務所と書いているでしょうが。

 

「ま、その話はさておき……」

 

 相手に今殺す気がないなら、手を打つ時間はまだあるってことだ。とりあえず、詰めれる所から詰めていくか。

 

「さて、どうにかコナンと連絡を取らねーと……」

 

 

 

 

 

 



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025:なお、越水七槻は処刑方法を模索中

お待たせいたしました! 飲み会が続いていたのもありますが、劇場版はある程度自由にできる間の話に比べて、限られた枠でどうキャラを動かすのかが難しくて少々筆が遅くなりそうですw 気分は既にピスコ編に向いていたりww


「そ、それで浅見さん飛び出して行っちゃったんですか!? 撃たれたばっかりなのに!?」

 

 白鳥刑事が話してくれたお父さんの事、それに新一が電話で言った事を相談したくて、お見舞いを口実に浅見さんに会いに行ってみたら、彼ではなく彼を探しまわっている高木刑事に会った。

 

「あぁ、狙撃される心当たりについて聞こうと思ったら鈴木相談役が「アヤツはもう行った」って言って……慌てて皆で探し出して追い掛けたけど撒かれちゃって……」

「な、何を考えてるんですか、あの人は!!?」

「僕が知りたいよぉ……」

 

 高木刑事が泣きそうな声でそう言っているが、今はどうでもいい。越水さんとふなちさんが一緒だったはずだけど――

 

「蘭ちゃん? どうしたの?」

 

 あの二人の事を高木刑事から聞き出そうとしたとき、後ろからまた違う声が掛けられた。佐藤刑事だ。

 

「佐藤刑事! 浅見さんが飛びだしちゃったって」

「えぇ。彼、足も速いのね。あっという間に走っていっちゃって……見失っちゃったわ」

 

 そういう佐藤刑事の目が、少し――ほんの少しだけ赤くなっている気がする。どうしたんだろう?

 

「とにかく、浅見君の事は安室さんに任せてきたわ。彼なら浅見君に追いつけるでしょ」

 

 そういえば、安室さんと佐藤刑事は結構仲が良かった。浅見さんも一緒にだが。

 部活の帰りなどの、少し遅い時間に浅見さんの事務所に寄ると、事務所の中で浅見さんと安室さん、佐藤さんの三人と、他の誰かが混じってお酒を飲んでる光景をよく目にする。……一番多いのは由美さんかもしれない。

 

「じゃあ、佐藤刑事達は?」

「これから毛利さんと一緒にいる目暮警部と合流するわ。浅見君が10っていうのもしっくりこないし、10番を指し示す物が何も見つかっていないしね」

 

 じゃあ、お父さんは10と思われる人の所にいるんだ。

 

「蘭ちゃんは家に帰りなさい。大丈夫! 私達が必ず、この事件を解決するから!」

 

 元気そうにそう言う佐藤刑事の様子を見て、なんとなく分かった。多分、佐藤刑事もお父さんの事を聞いているんだろう。

 

「…………でも」

 

 じっとなんてしていられない。自分の父親のせいで多くの人が狙われているのだ。お母さんだって……。それに――いくら腕に自信があったからなんて言っても、お母さんに銃を向けて、そして傷つけたお父さんを許せないし、信じることができない。そんな今、お父さんを信じてただ待つなんて……。

 

「あれ? 瀬戸さん? っとと――もしもし?」

 

 考えがまとまらなくなってきた時、高木刑事が震えだした携帯を取り出しながら離れていく。瀬戸さんも動いているんだ。当たり前か、所長である浅見さんが撃たれた事に関係がある事件だ。あの事務所の人達は皆仲がいいから……きっと皆が怒っているだろう。心配させている浅見さんにも、あの人を傷つけた犯人にも。

 

「――えぇ!? 10の付く人がもう一人いた!? 今からそっちにいくって……コナン君も一緒なのかい!?」

 

 

 

――えぇっ!?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「事務所に来ても誰一人いねぇし……」

「鍵が開けっぱなしでしたが……大丈夫なんでしょうか?」

「中が荒らされてねぇし大丈夫だと思うけど……コナンの電話も繋がらねーし、探偵バッジの方も範囲外ときたもんだ」

 

 とりあえずコナンと合流しようと思った俺は、キャメルさんに頼んで毛利探偵事務所へとたどり着いたのだが、事務所が完全にもぬけのからとなっている。

 ……あれ? この香り――

 

「瑞紀ちゃんがいたのかな?」

「え?」

「あの子がよく使ってる香水の香りが少し残ってる」

「…………」

「何か言いたい事でも?」

「……いえ、何も」

 

 いや、なんとなく何思ったか分かるけど仕方ないじゃん。分かっちゃったんだから。

 

(しかし……コナンと瑞紀ちゃんがコンビで動いているとなると、逆に余計なおせっかいか?)

 

 コナンは主人公を張る能力があるし、瑞紀ちゃんは普段こそドジっ子だが決める所は決めてくれる、何気に安室さんと同じく我が事務所のエースだ。推理力も相当なもので、コナンや安室さんとは違うマジシャンとしての視点が役に立つ事が多い。ちょっと厄介な案件だと思った時は、大体安室さんか越水と瑞紀ちゃんのペアを当てることが結構多い。瑞紀ちゃん、地味に自衛もしっかりできる子だし。普通のトランプ投げつけて、暴漢がナイフ持ってる手に当てて武装解除した時は思わず感嘆の声を出してしまった。いや、今思い返してもやっぱあの子凄いわ。

 

「あれ? ここに鍵ありますね。それにメモも……って、所長、これ瀬戸さんから貴方宛てにです」

「……俺宛て?」

 

 少し事務所の中を見て回っていたキャメルさんが、机の上の物を指して俺に声をかける。

 そちらに目を向けてみると、なるほど確かに。鍵を重しにして、一枚の紙が置かれている。

 

「出ていく時は鍵をかけておいてください……瑞紀ちゃん、俺がここに来ることが分かってたんだな」

「……あの、最後に赤字で添えられている『ご愁傷様です』の一言は――」

「俺の目には何も見えん」

「はぁ……」

 

 やけに最後の一文だけ達筆に書きやがって……、ちくしょう、森谷の時のふなちからのメールを思い出すな。結局あの時は色々あってそこまで怒られなかったけど。あー、やっぱりなんらかの形で一応捜査に協力させておけば……いやいや――

 

「あのぅ、所長」

「はい? 何か気付いたことが?」

「いえ、ずっと気になっていたんですが……どうして副所長と中居さんを置いて来たんでしょうか? あの二人がいれば、捜査もかなり楽だと思うんですが。特に副所長は、安室さんと同じくらい切れ者ですし」

「……俺が撃たれりゃ、アイツの事だ。いつもみたいに冷静にとはいかねーだろ」

 

 ここに来るって事を予測したうえで、鍵開けたまんま行ったってことは、なにかヒントを残しているはずだ。直接さっきのメモに書くかメールくれればいいのにそうしないのは、一応の抵抗っていったところか。

 事務所の様子を眺めながら、

 

「四国の件で分かったけど、アイツ、実の所かなりの激情家なんですよ。エンジン入るどころか怒り狂うかもしれないアイツには、文字通り命かかってる今回は後ろに控えておいてほしいのが本音です。……次郎吉さんの下でふなちも一緒なら、うかつに動くような真似はしないでしょうし……」

 

 ついでに言うなら、俺個人が狙われているんなら出来るだけアイツ等とは距離を取っておきたい。

 俺に万一の事があっても、次郎吉さんなら面倒見てくれるだろうし、安室さんがいるなら事務所の方だって安心だ。

 

「……まぁ、ヤバい事になる前にケリをつけましょう。――急いで解決しないと越水の怒りゲージが限界を突破しかねん」

「……もうすでに振り切っているのでは……」

「ごめんキャメルさん、今日耳日曜、何言ってるかわかんない」

「今まさに会話していますよね!?」

 

 あーあーきーこーえーなーいー

 

「……っと、なるほど……こういうことか」

「何か分かりましたか?」

 

 こっちに近づいてきたキャメルさんに何も言わずに、書類棚の上を指す。

 そこには場違いなトロフィーと一緒に大きめの写真立てが飾られており、その写真立ての下には、一枚のトランプが挟まれていた。種類はもちろん――スペードの10。

 その写真に写っている人こそが、次のターゲットの可能性がある人。そう言う彼女のメッセージだろう。

 

「この人は確か……プロゴルファーの?」

「俺もあまり詳しくないですけど、以前に小五郎さんから話だけは聞いていますよ――辻弘樹さんの事はね」

 

 さて、敵が複数いるのならば、まずは手っ取り早い方から潰させてもらおう。

 こういう時に動いてくれる高木刑事……佐藤さんと一緒っぽいからパス。千葉刑事……ふなち経由で七槻の先兵になってそうだからこれもパス。白鳥刑事……目暮警部と一緒に行動してる可能性が高いので同じくパス。由美さん……対価が怖いのでこちらもパス。……よし、所轄だけど内部の動きを聞くことくらいはできるだろう。ピ、ポ、パっと――

 

「誰にかけているんですか?」

「この間知り合った杯戸署の人」

「……婦警ですか?」

「…………なぜ分かる」

 

 イカン、最近ちょっと俺のイメージがぐらついている気がする。やっぱりどこかで軌道修正しないと――

 

「お、もしもし三池さん? 今大丈夫ですか? えぇ、ちょっと緊急で教えてほしい事があるんですけど――」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 あの後、小沼博士の運転で来たコナン君と瀬戸さんと合流した後、私はお父さんも辻さんの所に向かっていると聞いて、そのままヘリポートまで向かった。そうだ、レストランでお会いした時も、今度ヘリコプターを飛ばすという事を言っていた。

 ヘリポートに到着した時には、お父さんと目暮警部、白鳥刑事が辻さんと話している。きっと、今回のフライトは取りやめるように説得しているんだろう。近づいていったら、実際そうだった。

 

「それで、毛利さんに関わる人間が次々と襲われていて、次は私かもしれない。そういう事ですか?」

「えぇ、ですから今回のフライトは取りやめた方が――」

「大丈夫ですって。狙っているって言っても、これから僕は空に行くんですよ? 何にもできやしませんよ」

 

 目暮警部が説明しているが、辻さんは聞く気はない様だ。

 

「そんなに不安でしたら、毛利さんや刑事さんも一緒に乗られたらどうです?」

「あ~、いや……空を飛ぶ物はちょっと……」

 

 お父さんは高い所がダメだ。完全に外が見えない飛行機の通路席とかならどうにか大丈夫みたいだけど、ヘリコプターみたいな狭くてすぐ下が見える物はダメだろう。

 

「あのー、それなら私、乗せてもらってもいいですか?」

 

 そんな時、手を挙げて瀬戸さんがそう言いだした。

 

「安室さんから可能な限り警察に協力しろと言われていますし、私としても所長の狙撃事件につながっている可能性があるのならば出来ることはしたいんですが……」

 

 目暮警部もお父さんも、反論したそうに口をモゴモゴさせるが、そう言われると弱いのだろう。結局大きなため息をついて、

 

「分かった。瀬戸君も一緒に乗りなさい。君ならばまぁ、大丈夫だろう」

 

 何が大丈夫なのだろうと思ったが、なんとなく分かる様な気がする。あのすっごい優秀な人達が揃っている事務所の中でも安室さんと瀬戸さんは、どんな厄介事に巻き込まれてもなんとかしてしまうだろうという安心感がある。浅見さんは……何とかするけど最後に大怪我しそうで怖い。頼りになるけど頼りに出来ないというかなんというか……。

 

「警部、村上は目的地である東都空港で待ち伏せをしている可能性があります。念のため、私は先にそちらに向かっておきます」

「うむ、頼んだぞ白鳥君。そしてこちらは……ほれ、行くぞ毛利君!」

「あのー……私も白鳥刑事と共に空港へ――」

「一人だけ逃げる気か! 行くぞ!!」

「いやあの、私ちょっとトイレに……け、警部殿ーーーぉっ!!」

 

 お父さんは警部に無理矢理ヘリコプターの中に押し込まれていった。

 瀬戸さんも乗り込もうと近づいているが、タイミングが計れず少し困った様な笑みを浮かべている。

 

「蘭君。残念だが、君達はここまでだ。後は、我々警察に任せてくれ」

「大丈夫です蘭さん。私達、浅見探偵事務所も安室さんを始め、皆完全にスイッチ入っていますから! このトランプにまつわる事件、必ず解決します!」

 

 瀬戸さんが大げさに胸を張ってそう言うのと一緒に、後ろにいる小沼博士も「うむっ!」と力強く頷いている。……いつもどこか抜けている二人だけど、やっぱりあの事務所の一員なんだ。説明しづらい、変な説得力がある。この人達なら、本当にどうにかしてしまうんだっていう……。

 

「分かりました……。瀬戸さん、お父さんの事お願いします」

「はい、任されました!」

 

 本当に、この人の笑顔は強い。

 瀬戸さんは呑気な様子のままヘリの助手席に乗り込みドアを閉め、――そのままお父さんたちと一緒に飛び去って行った。

 

「それでは蘭ちゃん、事務所まで儂が送っていくぞ? 儂も、阿笠先生の所に用事があったからの」

 

 小沼博士は、先日阿笠博士と話してからすっごい尊敬している。今では先生と呼んで一緒に色んな研究をしているらしい。この間は昆虫の飛ぶ構造とUFOの飛ぶ構造がどうのこうのとすっごい話しあっていたけど……。

 口にした事はないが、あの事務所の人脈は色んな方向に飛び火していて謎だらけだ。図にしてみたら凄い事になるんじゃないかな?

 

「では蘭さん、私も空港の方に行きますので……」

「あ、はい。ご迷惑をおかけしました――ほら、コナン君行くよー? ……コナン君?」

 

 これ以上長居する必要はないとコナン君に声をかけるが返事がない。慌てて辺りを見回すが、どこにもいない。

 

「コ、コナン君!?」

「あー、蘭ちゃん? あのメガネの少年なら――」

 

 

――キキィィィ……ッ!

 

 

 

 小沼博士が何か言おうとした時に、小さなスキール音を響かせて見覚えのあるパジェロがヘリポートに乗りつけてきた。あの車――キャメルさんの車だ。そして助手席に座っているのは――

 

 

「キャメルさん……それに、浅見さん!!?」

 

 あの人ときたら本当に……っ! 越水さん達を心配させているのになんてことない顔をして――っ!

 

「しょ、所長!? 病院を抜け出したとは聞いておりましたが……」

 

 車がしっかり止まる前に飛び降りるように車から出た浅見さんは、そのまま白鳥さんの方に向かっていく。私の事なんて目に入っていないように。――そんな所がちょっと『アイツ』にそっくりで……少し、いやかなりイラッと来てしまった。

 

「ちょっと浅見さん!! 今まで一体どこに――」

「アイツは、コナンはどこ行った!?」

「え……」

 

 そうだ、浅見さんの事で頭が沸騰しかけたけどコナン君!

 

「あー、浅見所長。江戸川君なら……瑞紀ちゃんと一緒にヘリコプターに乗って行ったぞ」

「えぇぇーーーっ!!」

 

 一緒に乗って行ったって――どうして止めてくれなかったの瀬戸さん! 小沼博士!

 

「あ、いや、瑞紀ちゃんが江戸川君と一緒にこちらに目配せをしてきたのでつい……」

「ついって――」

 

 

「所長、どうしましょう? ……所長?」

 

 車を降りて浅見さんの傍に来たキャメルさんが心配そうな顔でそう言うが、浅見さんは胸ポケットに入れてるサングラスを片手で器用に開いてかけると、深刻なのか軽いのかよく分からない声で、小さく呟いているのが聞こえた。

 

「そっかー。そっかそっかー…………乗っちゃったかー」

 

 浅見さんは、その場に「どかっ」と片膝立てて座り込むと、その膝に肘を立てて頬杖をつきながらしばらく考え込みだした。白鳥刑事は、何も言っていないのに横で浅見さんに、今の状況を全部話している。

 

 

 

 

「なるほど。なるほどなるほど……」

 

 状況を全て聞くと頬杖を解いて、その手で今度は面倒くさそうに頭をバリバリと掻き毟る。そして――

 

「白鳥刑事」

「はい。何かお役に立てますか?」

 

 白鳥刑事も、浅見さんと仲がいい刑事の一人だ。浅見さんの呼びかけに少し皮肉気に返答すると、浅見さんも口元をニヤッと歪めて、

 

「地図、貸してもらえる? それと、刑事の立場」

「……それだけかい?」

「とりあえずは。……ダメ?」

「まさか――」

 

 

 

 

 

「喜んで、協力させてもらうよ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ぐあ……あぁぁぁぁっ!」

「辻さん! しっかりして、右に流れています!」

「くぅ……っ」

 

 ヘリを発進させてしばらくは大丈夫だった。ヘリに何かが仕掛けられた様子はなく、そのまま快適な空の旅を(おっちゃん以外は)楽しんでいた。異変が起こったのは、それからしばらくしてからだ。

 時折、辻さんが目をこすっていたり、顔をしかめて目を細くしていたのは気になっていたが、突然顔を抑えて絶叫しだした。眩しくて目を開けられないと、

 

(クソ! このままじゃ墜落しちまう!)

 

「辻さん、ペダル操作!」

 

 瑞紀さんの声で我に返ったのか、流れかけてた態勢を取り戻す。けど、目が開けないこのままじゃあ……っ!

 

「毛利君! ヘリの操縦は出来るかね!?」

「出来るわけないでしょ!!」

 

 後ろでは高所恐怖症のおっちゃんはもちろん、目暮警部も焦っている。

 

「私が出来ます!」

 

 そんな時、瑞紀さんが声を上げる。

 

「辻さん、こちらに……コナン君。悪いけど――」

「大丈夫、少しはヘリの操縦は分かるから、移動させてる間はなんとか安定させるよ」

 

 それまで瑞紀さんの膝に乗せられていた俺は、操縦席に潜り込んで操縦桿を掴む。この身体だとペダル操作が難しいけど、少しの間なら可能だ。そして、辻さんと瑞紀さんが完全に入れ替わり――

 

「どうする、コナン君? とりあえずは大丈夫だけど」

「うん、早く辻さんを病院に連れて――いや、もうどこかに緊急着陸をしないと……っ」

 

 

――どうする! どうする!?

 

 

 そんな時に、胸の探偵バッジが機械音を上げる。これは――

 

 

『コナン! やっぱり何かあったか!?』

 

 

――浅見さん!

 

 

 思わずホッとしそうになるが、ここで安心している場合ではない。墜落の危険がなくなったといっても、辻さんの容態がどうなるか分からないんだ。

 

「所長! こっちは大丈夫ですが、辻さんの容態が変なんです!」

 

 俺の探偵バッジに向かって瑞紀さんがそう言うと、浅見さんは、

 

『おぉう、やっぱり何かあったか……』

 

 やっぱり、何かが起こることを予想していたんだろう。

 

「今からどこかに着陸させるつもりだけど……」

『そうなると思ってたよ。今、白鳥刑事に頼んで帝丹小学校の全校生徒を避難させた所だ。校庭を空けるようにな』

 

 帝丹小学校! そうだ、あの場所ならもうこの近くだ!

 

「瑞紀さん」

「えぇ、了解です!」

 

 瑞紀さんが進路を少し直すと、帝丹小学校が目視できる。浅見さんが言うとおり生徒は校門前に整列して待機していて、広い校庭の端にはキャメルさん、蘭と小沼博士、そして――サングラスをかけたままこちらに軽く手を挙げている、ワトソンが立っていた。

 




「そっかー、コナンが乗っちゃったかー」
(あ、落ちかけるな)


サブタイトルは今回使用したこれとは別に、『なお、使用されたヘリはカプコン製』のどっちにするかで悩みましたw


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026:【速報】ふなち、早くも説得を諦め、所長の無事を祈っている模様

 

 

「はぁ……水が美味しい。どうにか逃げ切ったか」

「蘭さん、本気で所長を気絶させるつもりでしたね」

「命を狙っていましたって言われても納得できるわ。ちくしょう、コナンと瑞紀ちゃんとは話しておきたい事があったんだけど……」

 

 ヘリコプターは無事に帝丹小学校の校庭に着陸。念のために呼んでおいた救急車に辻さんを乗せて、こっそり皆から離れようとした時、妙に嫌な予感がしてその場を飛びのいた。その瞬間――空を斬る音と共に尖った拳が俺がいた所を貫いたのだ。

 

「お願いだからじっとしていてくださいって言われてもなぁ。あんな殺気籠らせた目で睨まれたら逃げたくなるよ」

「痛くはしませんという言葉とも矛盾していましたね」

「あれだろ、痛みを感じる前に落としますって意味だったんだろ」

「……あぁ……」

 

 とっさにキャメルさんと一緒に車に飛び乗ってギリギリの所で逃げ切れた。怒ってはいるだろうなぁと思っていたけどあんなにブチ切れていたとは……片がついたら土下座しに行こう……。

 ともあれ、そんなこんなで今はファミレスにて一息入れている次第だ。おろ? 着信?

 

「? メールですか?」

「あぁ、白鳥刑事から……。目暮警部や蘭ちゃんに隠れてこっそり情報流してくれたわ」

「いい人ですねぇ」

「……佐藤と高木の両名が絡まなければな」

「? 何かあるんですか?」

「…………キャメルさん、今度一緒に警視庁に行かない?」

「丁重にお断りいたします」

 

 こやつ、ノータイムで断りやがった。

 危険というか厄介事を察知する勘がだいぶ鍛えられているようだ。所長として嬉しい限り……。よし、今度行く時は安室さんにキャメルさんの確保をお願いしよう。俺一人であのテンションはキツイし。

 

 ともあれ……なるほど、目薬に仕掛けがしてあったのか。……こりゃあますます村上とかいう奴じゃねぇな。妃先生の時もそうだけど、細かい所まで知りすぎている。となると、そいつの知り合いの中にいるっぽいけど……。誰だ? いや、そもそも俺は犯人と会っていない可能性がある。主人公はあくまでコナンで、そして恐らく本来の重大なサブキャラは小五郎さんだろう。村上の件といい妃さんが狙われたことといい、少なくともこの事件の中では重要なポジションにいると見ていいんじゃないかな。

 となると、コナンと小五郎さんがこれまで辿った道筋の中に犯人がいる可能性が高い。……とはいえ、二人に怪しい奴は誰がいますか? って聞いてもピンとこねーだろうし……。

 そもそも毛利さんは俺に動くなって言ってきそうだ。さっきは蘭ちゃんが問答無用で襲いかかってきたから呆気に取られていたようだけど……。あぁ、自業自得とはいえ胃が痛い……。

 

「とりあえず何か頼もう、腹に何か入れておかないと持たないわ」

「ですね、さすがに私もお腹が空きました……。カレーにしようかな」

「俺が奢るんです。好きな物頼んでいいですよ?」

「いえいえ、ここのカレーライスが絶品なんですよ。先日給料を頂いた時は、ついついここでレトルトの物を買い溜めしてしまって」

 

 え、そんなに美味いの? ここのカレー?

 とりあえず頼んでみて、味が普通だったら休日にキャメルさん連れてグルメ食べ歩きツアーを企画しておこう。そうしよう。さて……さすがにビールは拙いよな。…………いや、一杯くらいなら。

 

「おや? 久しぶりじゃないか、浅見君」

 

 そんな時、いきなり後ろから声をかけられた。目線だけ動かしてそっちを確認すると――

 

「……諸星さん?」

「少し遅めのランチかな?」

「えぇ、まぁ、そんな所です」

 

 いつも会う時は手に何も着けていなかったが、今は皮の手袋を着けている。以前も被っていたニット帽に黒いジャケット、そしてワンショルダーの肩ヒモをつけた、かなり大きなケースを背負っている。

 いつものあの薄い笑みを浮かべて、特になにも言わずじっとこちらの様子をうかがっている彼に、俺は口を開いた。

 

 

「先ほどこの店を出ていった家族。子供が持っていたおもちゃは?」

「仮面ヤイバーの小さなフィギュア。塗装が色褪せていたから、おそらくあの子の私物だろう」

「母親が付けていた指輪はいくつ?」

「二つ。結婚指輪と、恐らくは何かの記念か、小さなアメジストがついた指輪をネックレスに通してつけていた」

「俺の後ろ側、端っこのテーブルの客の数は?」

「4人。母親、祖母、そして子供二人。子供は男の子と女の子だ」

 

「……諸星大は偽名?」

「ああ」

「本名は?」

「それは答えられないな」

「…………なるほど」

 

 俺の質問に、ほぼノータイムですらすらと答えていく。観察力半端ねぇな。俺が分かった事以上の事まで答えていってる。ついでにと名前の事も聞いてみたけど、まさか正直に答えてくれるとは思わなかった。

 ん? あぁ、そういえば諸星さんが狙撃犯かもって話したっけか。キャメルさん微妙に顔が引きつってるけど……。

 ともあれ、これだけ観察力が高い人だ。他の能力も結構――いやかなり高いと見るべきだろう。んでもって本当に俺を撃った犯人で、かつ殺す気があるのならばとっくにここで撃っているハズ。というより姿を見せる必要はないはず……少なくとも今すぐ命のやり取りをする相手ではない、と。あ、忘れてた。

 

「あぁ、そうだ。これが最後の質問なんだけど――」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(な、なんで赤井さんがここに……。それに所長もなんであんなことを聞いて――)

 

 誰かが所長の所に来ているなと思って、注意をメニューからその人物にやった時――どういう顔をすればいいのか真剣に悩んでしまった。自分の本来の上司が――赤井秀一がそこに立っていた。

 それだけでも内心いっぱいいっぱいだったのに、今度は所長が赤井さんに色々な質問をしていく。

 先ほど出て行った家族についての質問はともかく、その後赤井さんの偽名については……赤井さんも堂々と答えてしまうし……。

 

(わ、私はどうするのが正解なんだろう……何も知らないふりをして……いやでも赤井さんの誤解を解かないと――)

 

「あぁ、そうだ。これが最後の質問なんだけど――」

 

 自分が葛藤している間に、所長が赤井さんに最後の質問と切り出してきた。この質問が終わったら、一緒に食事でもと誘って……いやいや、奢ってもらうのにそんな事を言い出すのは不自然だ。どうすれば――

 

 

「諸星さん、650m離れた所からライフルで人を撃てます?」

 

 

(…………え)

 

 

「あぁ、可能だとも」

 

 

(あ、赤井さん!!?)

 

 そ、そんな質問に答えたら! 所長は貴方を疑っているんで……そうか、それを知らないんだ。自分がもっと早く報告しておけば――

 

「……キャメルさん。席を詰めてもらえますか?」

 

 所長は自分にそう指示をすると、さっきまで自分が見ていたメニューを手に取り、そして赤井さんに差しだす。そして――

 

「ここの飯はそこそこ美味いらしいですよ。そちらの彼が言うにはカレーが絶品だとか」

「ほう?」

 

 赤井さんは、面白がるような目でこちらを見てくる。いや、赤井さんそれどころじゃないんですってば――

 

「ここは俺がご馳走しますから、なんでも好きな物をどうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「――長丁場になりそうですし」

「……ふっ。なるほど……ではお言葉に甘えよう」

 

 そして赤井さんは自分の隣に座りメニューに目を通している。……気のせいでなければ、少し楽しそうだ。テーブルを挟んでいる所長も。

 

(……なにがどうなっているんだ……)

 

 元々赤井さんの考えは読めた試しがない。後になってから『こういうことだったのか』と納得できるが、それまでは全く分からない。

 所長――浅見透もよく似ている。所長もどうしてその答えにたどり着くのか分からないが、気が付いたら重要な証拠を見つけたり、真実に辿りついたりしている。人に対しての観察力――人を見る目というべきか――に関しては、あのずば抜けて優秀な安室さんですら『理解するのを諦めた』と匙を投げるほどだ。

 確実に分かる事といえば、二人とも信じられないほどに優秀だという事だけだ。

 

 よく分からないが、……本当によく分からないが今の所二人は意気投合している――様に見える。

 なら、深く考えても仕方ない。これ以上考えると胃が痛くなりそうだ。いや、痛い。所長の言葉を信じるのなら長丁場になるという。そんな時にこんなコンディションでは参ってしまう。そうだ、これは自己防衛というものだ。

 

「お待たせいたしました。ご注文は何になさいますか?」

「…………カレーライス。サラダセットで」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「君がわざわざ訪ねてくるとは……一体、どういう風の吹き回しかね? バーボン」

「いえ、最近貴方とお会いしていなかったので、いい機会ですし親交を深めようかと……」

「ほう? 独断専行の多い君にしては殊勝な心がけじゃないか。まぁ、確かに君とは最近会えてなかったな」

 

 組織の重鎮にして、『あの方』の側近――ピスコ。安室の目から見れば成金趣味にしか見えない応接室で、彼はその老獪な男を相手にしていた。

 

「いつもあの事務所の仕事にかかりきっているおかげで、中々会えないからねぇ」

「えぇ、事務所も盛況でして、自然に抜けるのが難しくなってしまっています」

「ふむ、余裕がないくらいに仕事を入れているのか……浅見透という男、話に聞く程有能ではないようだな」

「ハハ、おっしゃる通りで、おかげで苦労しています。……マスコミにも注目されていますし、本当に予想外の事ばかりです」

 

 見た目は質素だが、かなり座り心地のいいソファに腰をかけたまま安室は笑みを浮かべたまま雑談に興じている。――その内心は別にして、だが。

 

「そういえば、今現在の浅見透の動きが不透明だが、どうなっているのかね?」

「えぇ、それが……つい先日の話ですが銃撃に遭い……一応マスコミには混乱を防ぐようにと伏せていますが、彼は入院しています」

「ふむ? なるほどなるほど……腐っても有名な探偵事務所。恨みだけはたくさん買っていると……どうかね、バーボン。そろそろ彼には見切りをつけてこちらに戻ってきては? 君には大きな仕事を任せたいと思っている」

「それは魅力的な提案ですが……申し訳ございません、まだやり残している事が残っておりまして」

 

 差し出されたお茶に口をつけた安室は、至極残念だという風に首を振りながらそう言う。

 

「やり残している事?」

「あの事務所は警察とのつながりが非常に強いので、今の内にやっておきたいことがたくさんあるんですよ」

「ほう……具体的には?」

「そこは、仕掛けが終わってからの楽しみという事で……」

「くっくっ、相変わらずの秘密主義か」

 

 ピスコは、老獪な笑みを浮かべたまま安室との雑談を続けている。

 安室が最も嫌いな笑みだ。静かに己の顔に張り付け、その下を見せない仮面の笑み。

 実質、社会に出る――いや、誰かと関わる以上誰もが持つ物だが……質が――匂いが違うと言えばいいだろうか? 安室に取っては鼻につく物だった。

 

「どうかねバーボン? 君のコードネームには合わないが、なかなか質の良いワインが手に入ったんだ。よければ一杯?」

「――是非」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(バーボン。才気に溢れる麒麟児だが――まだまだ若い)

 

 先ほどまで彼が座っていた席。そこに残された空のワイングラスを眺めて、ピスコは静かに先ほどの短い会話を思い返していた。

 

(会話としては、私の言葉を肯定して浅見透をけなしていた。が、ただの雑談にしても、報告にしても過剰すぎる肯定。……組織への忠誠は知らんが、彼の気持ちはあの探偵事務所にかなり傾いていると見ていいだろう)

 

 彼に馳走したワインはまだ残っている。自分のグラスにそれを注いで、少し口に含む。程良い酸味と風味が、頭の動きをなめらかにしてくれるのだ。

 

 今回バーボンが自分の元を訪ねてきたのは、大方あの狙撃が組織の命令だったのかどうかの確認だろう。普段ならばぶれることのない体幹が僅かに乱れていた。恐らくカルバドスに命じたあの狙撃から、ほとんど休みを取らずに動き回っているのだろう。それだけで、バーボンが浅見透をどれだけ大事にしているかが透けて見える。

 

(あの麒麟児をそこまで突き動かす、もう一人の麒麟児。こちらは能力ではバーボンに劣るが、こと話術と交渉においてはなかなかどうして……。)

 

 長く生きた分、多くの人間を見てきたという自負はある。だが、浅見透のような男は初めて目にする。

 言葉では説明できないが、あえて一語でそれを表すとすれば――矛盾。天真爛漫にほとんど飾らず、あるがままに振舞う――だが強かな男。自分にとって欲しい物をかっさらっていくあの才能は……なるほど、鈴木次郎吉が手元に置く訳だ。

 あれは凡人に好まれ、良くも悪くも才人の注意を引き続ける男だ。それがあの事務所の多様な人材を集め、広がり続ける人脈を形成している。やっかいだ。実にやっかいだ。

 

(さて、出来る事ならば麒麟児達の勢いは削いでおきたい。いずれは大きな邪魔になるだろうあの事務所自体も……すでに私の持っていたルートもいくつか削られてしまった。これ以上被害が大きくなることは防ぎたい)

 

 だが、その手段をどうするか。今日の様子によってはバーボンというカードを切ろうと思っていたが、あの様子だと殺した振りをして匿う可能性がありそうだ。理想を言えば、バーボンにその行動を起こさせ、あの男を匿わせた後で現場を抑えるというのがベストなのだが……。

 

(奴はベルモットとつながりがある。噂ではベルモットもあの男を気に入っているとか……。可能性は低いが浅見透を救うために、あるいはあの女狐までが動くやもしれん)

 

 そうなると少々面倒なことになる。ただでさえあの女は厄介なのだ。

 

(さて、最善となる一手。どの駒を、どこに打つべきか)

 

 時間はまだある。焦る必要などどこにもない。

 今はこの程良く冷えたワインを楽しむ事にしよう。

 傍に控えている女性に注ぎ終えて空になったボトルを渡す。

 

「そのうち、君にも動いてもらうよ? 明美君」

「…………はい」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「アクアクリスタル? 聞き覚えがある名前ですが……」

「あぁ、でしょうね。ここ最近ニュースでやってたから」

「ニュース……あぁ、思い出しました。確か今度新しくオープンする海洋娯楽施設の名前でしたね」

「そのニュースなら俺も見たな。旭勝義という実業家が主導しているとか……。なるほど、『旭』か。確かに九が名前に含まれているな」

 

 新たに加わった諸星さん(仮名、もとい、偽名)も含めて三人でファミレスで食事を取って、これまでの流れを説明している時に、白鳥刑事からメールが来た。

 小五郎さんの友人で『8』が名前に入っているというソムリエさんの家に行っている時に、旭さんの名前が出たらしい。その『8』の人――沢木 公平さんという人も招待されていたという事で、旭さんが待つアクアクリスタルに向かうそうだ。……『8』と『9』が名前に入っている人が揃う。……揃うのはそれだけか? 襲われた人間は今の所、目暮警部、妃さん、阿笠博士、俺――は、とりあえず除いて辻さんの4人。長編小説なら前後編に分かれていてもそろそろ最後の山場に来るんじゃないかな? ……って、さすがにそれだけだと断定できないか。

 

(森谷の時は、コナン――工藤の誕生日っていう明確なフラグがあったから想定しやすかったけど……)

 

 なんにせよ、これで現場に数字が入っている人間が揃えばラストステージと見ていいんじゃなかろうか? ……そうだな、あれだけデカい施設が舞台になるというのも十分なフラグだろう。

 

「さて、これからどう動く? 名探偵」

「やめてくださいよ諸星さん。話してて分かりますけど、推理力も観察力も貴方の方が確実に上ですよ」

「そうかな? 君は、俺とは違う視点で見ている様に伺える。俺が気にする所と、君が気にする所は随分と違うからね」

「ははは……」

 

 やっべぇ、この人の観察力マジぱねぇ。今まで自分の視点を気づかれないようにフェイントかけたり視線誘導するのは大体容疑者がいる時だけだったけど、これからはもっと注意したほうがいいかもしれない。

 

「ともあれ……諸星さん、どう思う?」

「そうだな。君が推理した通り、犯人は被害者の候補となっている人間の中にいる可能性は十分にあると思う」

 

 とりあえず、白鳥刑事から教えてもらった話をまとめると、主に新しい登場人物は名前に数字が入った人ばかりということ。その線で捜査しているから当たり前だが。

 

 辻さんの時から、コナンも白鳥刑事と一緒に行動しているらしいから、手に入った情報も基本的には同じはず。その前の時の情報が少し気になるが……今は置いておこう。

 そうなると、犯人になり得る人物は狙われている数字が入った人間と見ていいだろう。

 

「そうなると、犯人は9から先の人物の中に紛れているということでしょうか?」

「ふむ……今まで狙われて命を取り留めた人間はどうだ?」

「カモフラージュでわざと、ですか? ……俺からの視点で言えばないですね」

 

 ほとんどが知り合い――加えていわゆる主要人物っぽいからというのが理由だが……理由づけが難しい。辻さんは死亡する確率が高いものだったし、全米オープンには参加できなくなっているから除外してもいいと自信を持って言えるが……。

 恐らく、俺が内心困っているのをなんとなく察したんだろう諸星さんがニヤッと笑っている。いつぞやの安室さんを思い出したぞこの野郎。

 

「そうか……君がそう言うのならば、それでいいんじゃないのかな? ところで」

「?」

「ずっと気になっていたんだが、その腕はどうしたんだ?」

「あぁ、撃たれました」

 

 そういうと諸星さんはすっげー面白そうに声をあげて笑いだした。なんでやねん。

 そしてキャメルさんは頭を抱えていた。なんでやねん。

 

「そうか、撃たれたか。それは大変だったな」

「いや全く。こうして撃たれたのは初めてですけど……まぁ、貴重な体験でした」

 

 実際撃たれると、最初は全く痛くないんだな。いや、俺がボーっと油断していたせいもあっただろうけど。気が付いたら痛み――というか熱が一気に来る。あの感覚は正直忘れられそうにない。

 悪くない体験だ。遅かれ早かれ銃持った相手と相対することもあるだろうし、今にして思うと――うん、本当にいい経験だった。

 だからなんで諸星さん楽しそうなん? 俺が撃たれたのがそんなに楽しいかこの野郎。

 

「……君は、俺が撃ったと思っているのだろう?」

「今は違いますが……えぇ、まぁ、重要参考人といったところでしょうか。……今だから分かりますけど、諸星さん、常に高所からの視界なんかを気にしていますよね。それに、手に大型の銃を扱い慣れた人特有の型が付いていますし」

「ほう、さすがだな。手の型で分かるとは……ライフルを扱う人間を見たことあるのか?」

「たまに……基本はいつも拳銃使う人でした」

「だろうな。ついでに言うなら早撃ちが得意のようだが?」

 

 そういう諸星さんは、今度は俺の手を見て頷いている。うん、貴方なら分かりますよね。

 

「まぁ、そんな所です。――さて、それじゃあそろそろ行きましょうか」

 

 さて、とりあえず腹ごしらえはおしまいだ。……ビール飲めなかったけどしょうがない。

 諸星さんは例のケースを背負う態勢に入っている。キャメルさんも車の鍵を取り出して、やる気満々といったところだ。

 

「行き先はアクアクリスタルでいいのか?」

「えぇ、さっさと序幕は引いちゃいましょう」

 

 

 

 

「この事件が終わった時が、本幕が開く時です」

 

 

 

 

 




やっぱり組織の人間出すと筆が進みますわwww


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027:佐藤刑事の携帯に着信が入りました (副題:水面下の暗躍)

今回出番のない人の話ですが、検察のマドンナこと九条検事、一度作画が変わってすごくかわいい容姿になりましたが、自分は普段のお姿にも興奮します(何)

久々に可愛い方の九条検事みたけどこっちもまた可愛くていいなぁ。
当作品では、皆さんのお好きな方でお楽しみくださいw
(活躍させたいのですが、まだ出番が決まってないという……orz)


「やはり来たか。そろそろだと思っておったぞ、安室君」

「お久しぶりです、相談役」

「そんな堅苦しい呼び方などせんでいいわ。お主も透同様、儂にとっては身内同然。透のように次郎吉さんでいいぞ?」

 

 冗談めかして――いや、恐らくは本気でそう言う鈴木相談役の笑顔に迎えられながら、俺は促されるまま席に着く。

 あの老人とは違う。この空気は……なんというか、すごく合う。

 

「うちの副所長達は大丈夫ですか?」

「透との約束があるからの。まぁ、割と自由にさせてはいるが……強いぞ、あの娘っ子達は。待つ事も戦いの一つであることを心得ておる」

「えぇ。我らが副所長と、ムードメーカーですから」

「うむ。……まぁ、事が終わったら透は八つ裂きにされるやもしれんが……」

「そちらは問題ありません、良くあることですから」

「……そうじゃのう」

 

 まったく、アイツも本当に懲りない奴だ。関わった案件で、誰かが傷つきそうになったら身を張って止めて、副所長に心配されて怒られて――ついでにいうとそう言う時に限って美人と関わるから彼女も機嫌が悪くて……本当に、我らが所長と来たら……

 

「相談役。多分ですが、相談役自ら、例の狙撃事件に関しては独自の手を使って調べているのではないでしょうか?」

「うむ、儂を訪ねてきた理由はやはりそれだったか」

「えぇ。警察からの情報は、知り合いから回してもらっていますが……恐らくこの事件、それだけでは情報が足りないかと」

「……やはり、いずれかの企業か組織が裏にあると思うか?」

 

 やはり鈴木相談役も調べていたか。この人の性格からして、大人しく座して待っているとは思えなかったが……当たりのようだ。

 

「まだ分かりません。ですが、狙撃距離から考えて、かなり精度のいいライフルとスコープ、そして当然それを使いこなせる腕を持つ人間が必要です」

「人はともかく、物は海外から来たと考えるか?」

「断定はできませんが……」

 

 ピスコは過剰なまでに浅見君をけなしてこちらの反応を窺っていた。あのあからさまな態度は、『組織を裏切るつもりじゃないだろうな?』というメッセージにも見えるし、あるいは『浅見透から距離を取れ』という意味に取れる。――少し揺さぶりをかけてみたが、全てのらりくらりと逃げられてしまった。

 今の所一番怪しいのはあの老人だが、断定は難しい。そして、これ以上の揺さぶりもまた難しい。

 

 ……あの老人はやっかいだ。彼自身も少々やっかいだが、一番の脅威はピスコが育てた子飼いの連中だ。有能な人間も多くいるし、特にアイリッシュというコードネームを与えられた奴はかなり優秀だと聞いている。

 より詳しい情報を得るならベルモットの協力を得るという手段もあるが、個人的に可能な限り彼女の助力は最低限の物にしておきたい。現段階では。

 雑な物言いだが、今は勘を頼りに動いてみよう。瀬戸さんも、警察や毛利探偵と一緒に例のトランプ事件の中枢に近づきつつあるという報告は受けている。瀬戸さんは信頼できる娘だし、あのコナン君と一緒だとなれば大丈夫だろう。彼女から見て、少々ナーバスになっているようだが……。

 

(……君は、すでに多くの人間に影響を与える人間なんだ。気をつけろよ……)

 

 撃たれるなとは言わない。一度狙われれば完全な回避は難しいし、彼の性分から大人しくしている事も出来ないだろう。せめて――せめて生きてくれれば……。

 

「調べさせたのは信頼できる者だけだ。外部には漏らさんように厳重に言いつけておる」

 

 相談役が用意していたファイルを受け取り、パラパラっと見てみる。推測される狙撃地点周辺での不審人物の目撃情報。銃刀類を含むの密輸ルートと思われる不自然な流通のリストなどなど、事件に関係あると思われる事象を片っぱしから調べたリストだ。

 この短時間で、しかも少人数でここまで調べるのは大変だったろうに……。

 

「少しはお主の手助けになるかの?」

「少しどころではありません。大変参考になる資料です」

 

 この人も裏でこっそり動いてくれていたんだ。本当に頭が下がる思いだ。ケリがついたら、浅見君と一緒に頭を下げに来よう。……彼が色んな意味で無事ならば、だが。

 

「本当にありがとうございます、相談役――いえ、次郎吉さん。早速ですがこれを頼りに捜査を進めようと思います」

 

 深く頭を下げると、「頭を下げる必要などない」と笑って一蹴された。本当にこの人は……。

 

 思わず口の両端がつり上がる。ピスコが謀略でのし上がった男ならば、この人は純粋な行動力でのし上がった男だ。ピスコは敵を可能な限り作らないように動いていく。事実、権力欲からの闘争はもちろんあるだろうが、上手い事直接的な闘争は避け、己の手を汚さずに玉座を守るだろう。

 

 対して鈴木次郎吉は、力を振りかざすことはあっても、必ず姿を見せて突き進む男だ。ピスコと比べると敵を作りやすいだろうが、同時にピスコとはまた違うカリスマを備えている。

 優劣を競う訳ではないが――安室透は、降谷零は、そんな次郎吉がどうしても嫌いになれないのだ。

 逆に言えば、ピスコ――枡山憲三はどう頑張っても好きになれないのだが……。

 

「あぁ、安室くん」

「? なんでしょうか?」

 

 もう一度軽く頭を下げ、この場を去ろうとした所を呼びとめられ振り向くと、相談役がいつもの豪快な笑みではなく……真面目な笑みと言えばいいのだろうか。そんな笑みを浮かべて静かに、俺に向けてこう言った。

 

 

「身体は、労わるようにな?」

 

 

 

 

「…………はいっ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「コナン君、この場に集められた人達って……」

「うん。瑞紀さんも気づいた?」

「うん……一応」

 

 全自動のモノレールに乗って海洋娯楽施設『アクアクリスタル』へと到着した俺たちは、モデルの小山内奈々が、料理エッセイストの仁科さんに対して「紹介していた店が不味かった」と文句をつけているのを尻目に瑞紀さんと話していた。

 

「招待主の旭さんの『九』、ソムリエの沢木 公平は公の字の『八』。モデルの小山内さんは名前がそのまま『7』になる」

「宍戸さんも『六』が入ってますし、5は毛利探偵、ニュースキャスターのフォードさんにも『4』の数字が入ります……仁科さんが『二』だとして……3と1は?」

 

 そこまで揃えば全ての数字が揃う事になるが……。

 

「……3なら、僕じゃないかな?」

「え?」

 

 3の数字が入る人間について考えていたら、いつの間にか傍に来ていた白鳥刑事がそう言った。

 

「白鳥刑事の名前って?」

「あぁ。僕の名前は任三郎だから」

 

「……白鳥」

「……任三郎」

「あぁ。……なんだい、二人とも変な顔をして」

「「いや(いえ)、別に」」

 

 でも、そうか……その可能性があったか。

 

「コナン君。ひょっとして所長が3だと思ってた?」

「……浅見の『浅』のさんずい、あるいは右上の部分が漢数字の三になるからね。ひょっとしたらって思ってた」

「……コナン君、今は所長の事は考えないようにしよう? 大丈夫、銃弾どころか爆発に巻き込まれても平然としてそうなのが所長だよ?」

「あぁ、でも……多分浅見さん、ここに来るよね?」

 

 白鳥刑事が誰かにこっそりメールを送っていたのは分かっていた。警察関係者――例えば佐藤刑事かとも思ったが、それならあんなにコソコソやる必要はない。多分、情報を回していたのは……

 

「白鳥刑事が所長に情報流してるから……多分」

「…………まぁ、君達には気づかれていると思ったけど。あぁ、浅見君にいくつか頼まれていてね」

「いくつか?」

「あぁ、今回の事件に関係する情報を出来るだけ流してくれという事。それとコナン君に瀬戸さん、そして蘭さん、君達の事をね」

「え……僕達と――蘭ねーちゃんの事?」

 

 白鳥刑事が軽く頷き、

 

「あぁ、もし浅見君本人が君たちの傍に居れなかった時、出来るだけでいいから力を貸してやってほしいと。そして蘭さんについては……どうもいつもと様子が違うようだからこちらもよく見ておいてほしいって……。彼女に関しては僕に責任があるからね……」

 

 確かに、蘭がこれだけ今回の事件に執着しているのは、あの時白鳥刑事が話した村上との一件があるからだろう。

 署から逃走しようとした村上が、蘭のお母さんを人質に。おっちゃんは、腕に自信があったのか拳銃を発砲。それは村上には当たらず、蘭のお母さんの足に当たり負傷させてしまった。その後すぐにもう一発発砲して村上を確保。蘭のお母さんも怪我は大したことはなかったが、その後二人の別居が始まり――おっちゃんも人質がいるにもかかわらず発砲したのが問題になり、追われるように刑事を辞めてしまった。

 

 恐らく蘭は、お母さんを撃ったおっちゃんに不信感を覚えているのだろう。そしてその結果、また多くの人を巻き込んでいることでじっとしていられないのだろう。……最近、本当の兄みたいに慕っている浅見さんが撃たれたのも、それを手伝っていると見える。

 

「蘭ちゃん、所長が逃げた後少し泣いてましたものね。男って勝手なことばかりするって」

「……蘭」

 

 俺がコナンになってから、自惚れかもしれないが、蘭は人がいなくなることに少し臆病に――そして敏感になっている節がある。蘭のお母さんとおっちゃんの間を取り持とうと計画する『作戦』の頻度が上がっているのもひょっとしたら……。

 

「コナン君、君がそんな顔しちゃダメだよ。ちゃっちゃと事件を解決して、笑顔で蘭ちゃんを元気づけてあげよう? 大丈夫! 私と君、それに白鳥刑事がいるのならこんな事件どうにかなるよ!」

「……瑞紀さん」

 

 浅見さんが撃たれてからというもの、『奴ら』の影がちらついて全く集中できていなかった。そんな時、手掛かりを見落とさず、重くなりそうな空気をどうにかしながらずっと助けてくれたのは、瑞紀さんだ。

 

「……ありがとう、瑞紀さん」

「いえいえ! ヘリの時も言いましたけど、安室さんからこちらの事件を任されていますから!」

 

 胸を張ってそういう瑞紀さんはどこまでも明るい。本当に、どれだけ救われたことか……。

 

「とりあえず、場の空気ちょっと悪いみたいだし、飲み物でも持って来てから少しずつ話を聞いていくっていうのはどうかな?」

「その案、いいね」

 

 俺の言葉に同意してくれた瑞紀さんが、皆が座ってるテーブルの方に歩いていって、『皆さん飲み物はどうですか~?』と聞きに行っている。そういえば、下笠さん達に使用人としての教育を受けてたっけ。マジシャンの仕事が入っていない時、たまに下のレストランでメイドの格好して給仕をしているらしい。

 

 うん、よし、気持ちを切り替えよう。浅見さんは大丈夫だ。少なくともキャメルさんが一緒にいて、ある意味であの人最大の武器である車もある。よほどのことがない限り、危険から逃げることは難しくないはずだ。

 

「あ、瑞紀さん、僕も手伝うよ!」

 

 これ以上犠牲者は出させねェ。絶対に!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「まさかもう抜け出していたなんて……撃たれたばっかりなのに!」

「あぁ……あの男の行動力でもさすがに、と考えていたが……」

 

 浅見透という最大の障害を一時的にとはいえ行動不能にした――と思い、ちょうどいい機会だと探偵事務所の方に探りを入れたが……異常なセキュリティレベルの高さに断念。鈴木財閥関係のセキュリティ会社もいたし……あれは窓ガラスを防弾仕様にしているようだ。さらに床や窓が二層構造になっていて、その間に何かの音が流れる仕掛けが施されていて、高精度のレーザーマイクロフォンやコンクリートマイクでも中の様子を外部から探るのは不可能だった。変装が得意ならば、作業員の中に紛れ込んで盗聴器を仕掛けることも出来たが……いや、彼やその周りのスタッフが相手なら、証拠が残る方法は危険か……。

 

 ともあれ、中にいた双子のメイド――なんでメイド? 趣味かしら?――の下笠さんから、知っているつもりだった浅見君の現状を聞いて、入院している病院の場所を聞いたという状況を手に入れようと思っていたのだが……。彼女達から、すでに意識を回復して病院から抜け出したということだった。

 

(CIAの方の仲間が少なくなったこの瞬間を狙っての行動。仲間も撒かれたようだし、その情報を手に入れるにも現状カルバドスと行動を共にしている以上、どうしても状況の把握に誤差が出てしまう。――これが計算されていたものならば……いや、仮定で思考を組み立てるのは危険ね。あのピスコやバーボン、ベルモットが認める男だ。全てが彼の掌で踊らされている位に考えていいわ)

 

 恐らくカルバドスも同じ考えなのだろう。最悪、組織を隠れ蓑にバーボンに手配をしてもらって事務所の人間を誰か拉致。情報を無理矢理引きだそうかとも考えたが――

 

「浅見透の行方が分からない今、うかつに事務所に手を出せば痛い目を見るな」

 

 カルバドスの言葉を信じるならば、彼はあの長距離の狙撃を察したうえで、ピンポイントでどこに弾丸が来るかを理解して一番ダメージの少ない部位であえて受けたとのこと。信じられない神業だが……やはり、彼ならばあり得ると思ってしまう。――今思えば、油断していた。彼の普段の様子に惑わされてはいけないと、いつも言い聞かせているのにまたやってしまった。……彼は本当に、人の隙を引き出すのが上手い……。

 

「えぇ……。それにしても、撃たれてからすぐに行動を開始するなんて、呆れた行動力ね。彼、今なにをしていると思う?」

「……普通に考えれば、狙撃犯。つまりは俺を探しているだろう。例の連続殺人未遂事件の方を追っている可能性もあるが……いや、奴の思考パターンならむしろ……」

 

 カルバドスは、彼が所有している銃火器のメンテナンスを続けながら言葉を続ける。

 

「銃の入手経路などに関してはダミーを張り巡らせている。相当な数だ、そうそう足は付かないだろう。鈴木財閥に所属している調査機関がいくつか調べているようだが、奴らが調べているのは組織的なルートだしな……」

 

 分解した銃をパーツごとに磨いている手は止めず、だが言葉は少し止め、少し経ってから彼は呟く。

 

「――だが、奴は何らかの形でこちらに気づくだろう。仮にバーボンが何か手を回してくれたとしても……」

 

 仮に、か。やはりカルバドスもこう考えているのだろう。バーボンが、浅見透が関わる組織――事務所ではない。例の、公安と繋がりが見られる未だに姿が見えない組織と関係しているのかもしれない、と。

 傍から見ても、浅見君とバーボンの間には強い信頼関係にあるように見える。本人は『演技も疲れますね』と愚痴っているが、私にはその言葉こそ演技に見える。根拠などない、ただの勘だが……。

 

「……キール」

「? なに、カルバドス?」

「この任務から手を引け。そして、出来るなら日本を出ろ」

「――え」

「嫌な予感がする」

「……浅見透が私達に対して反撃の用意をしていると?」

「それもあるが、――ピスコだ」

 

 彼が愛用しているショットガン、その銃口を掃除している手を止め、ついに身体ごと私の方を向く。いつも何を考えているか分からない無表情が、この場の真剣味を増している。

 

「……彼が、どうしたの?」

「奴もこの組織の重鎮。保身と利を得る事には長けた男だ。そうでなければとっくに消されている」

 

 言っている事は理解できるが、それがなんだろう? 浅見君の狙撃の件を、彼にやらせたことを言っているのか?

 

「狙撃もそうだが、浅見透の動きを阻害しようとするのは奴の保身のため。……なら、利はどこにある?」

「……貴方はどう考えているのかしら?」

「分からん。何も。何もだ。……だからこそ、分かることもある。奴が何かを隠しているという事が、な」

 

 カルバドスは、ケースに弾丸を込めて蓋をする。出かける準備は出来たようだ。

 

「……貴方は、これからどうするの?」

「なんにせよ、浅見透は行動に出ている。このままでは我々の存在に追いつく可能性があるだろう。そうでなくても、意図こそ分からんがピスコに利用されている可能性がある。ならば――」

「……消すの? 浅見君を……」

「あぁ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「会長にお会いしたいというお客様が来ておりますが……」

「私に……学生かね? 明美君」

「えぇ」

「そうか、ようやくたどり着いたか……うんうん、通しなさい」

「……はい」

 

 老人――ピスコが自分とは別の秘書に命じるのを横で見ながら、私は答えの出ない思考の迷路にまた足を踏み入れている。

 厳重な監視をつけられたまま、ピスコの管理下に置かれてどれだけたっただろう?

 

(……志保。貴女はまだ、あそこにいるのかしら)

 

 妹は優秀だ。薬学の知識で妹の右に出る者はいない。組織からしても、彼女はなんとしても手元に置いておきたい人間だろう。……私が大きな功績を残せば、妹と一緒に組織を抜け出す事を許すと言ってはいたが……そんな口約束、信用しろという方が無理だ。私は、仮に大きな功績を上げられたとしても……多分、殺されるだろう。私が死んだと分かれば、あの子は必ず組織に反抗するだろう。……利用価値があるあの子が殺されるとは思わないが……いや、それは楽観的だ。殺されるかどうかは、いい所半々と見ておくべきだ。

 

(……浅見透。噂ではコードネーム持ちの幹部が数人がかりでも尻尾一つ掴めない存在)

 

 あの優秀な妹だ。ひょっとしたら組織から逃げる事ができるかもしれない。ただ、一人で逃げ続ける事など不可能。あの子には、仲間が必要だ。あの子が一人ぼっちにならないように。寂しくないように。……そしてあの強がりの彼女が、頼る事が出来る人――

 

(浅見さん。もし、もし志保が貴方に関わることができたのならば……)

 

 100万程度じゃ安すぎる事は重々承知している。それでも、あの時持ち出せるお金はあれが精一杯だった。

 そして、思いつく場所もあそこしかなかった。思いつく人は貴方しかいなかった。志保を守ることができる場所は……

 

――コン、コンッ……

 

「あぁ、入りたまえ」

 

 ピスコがそう言うのに合わせて、私がドアを開ける。すると、そこにいたのは先ほどの秘書と、眼鏡をかけた男の子がいた。

 

「あ、あの、わざわざお招きいただき、ありがとうございます! ぼ、僕は――」

「あぁ、そんなに固くなる必要はない。言葉遣いもね。さぁ、そこにかけなさい」

「は、はい! しし、失礼します!」

 

 固くなるなと言われても無理だろう。大企業の会長が目の前にいるのだ。……しかし、就職活動中の学生にしては若すぎる。……高校生くらいだろうか?

 私は用意していたお茶をそれぞれに差し出し、後ろに控える。

 

「さて、聞きたい事があるそうだが?」

「え、えぇ……先日の日売テレビでの特集番組についてなんですが……」

「ふむ?」

 

 ……嫌な感じだ。

 好々爺を装っている時のこの男は、陰で何かを進めている時に間違いない。だが、この男の子がなんだというんだろう? どう見ても普通の男の子なのに……。

 

「同局のアナウンサー、水無怜奈が取材に来ていましたよね? 実は、お聞きしたい事とはその事なんですが……」

 

 男の子は、持ってきていた鞄から写真を取り出しピスコに渡した。それを見たピスコは――

 

(今……笑おうとしたのを我慢した?)

 

「ふむ、若い時の水無怜奈に見えるが……これがどうかしたのかね?」

「その……実は……」

 

 口ごもる少年に対して、ピスコは好々爺の仮面をかぶったまま口を開く。

 

「少し長くなりそうだね。二人とも下がっていなさい。……あぁ、そうだ。君の名前は何と言ったかね?」

「は、はい。本堂、本堂瑛祐といいます」

「ほう、そうかそうか君の名前は――」

 

 私達がそこにいないように会話を続ける二人に一礼してから、部屋を立ち去る。

 部屋を出てから、ドアを閉じるその時、隙間からそっとピスコの表情を覗き見る。……ほんの一瞬だけ、あの仮面が外れた瞬間を――

 

 

 

 

 

 

「本堂というのか……良い名前じゃないか」

 

 

 

 

 

 

「――本当に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




珍しく主人公お休み回。

なお、佐藤刑事に電話をかけたのは……


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028:下笠姉妹はレストランの方で活躍中

「それで諸星さん、今の所異常は?」

『今君がいる地点、そして例の施設に向かうモノレール、到着口の向こう側、各地点に対して有効な狙撃ポイントをそれぞれ順に一通りチェックしたが、誰かが潜んでいる痕跡はない。もっとも、下見に来ただけという可能性は十分にあるが……』

「……やっぱり、それぞれの事件は別と考えていいか。それじゃあ、引き続き警戒をお願いします。こちらは今から、キャメルさんと一緒にモノレールに乗って内部に入り込むんで」

「……皆さん、きっといますよね?」

「えぇ、多分」

「……蘭さんも……ですよね?」

「祈ってください。お願いですから」

「所長の冥福をですか?」

「おい」

 

 どうしたのキャメルさん急に擦れちゃって。ついさっきまでの素直で素敵な貴方はどこにいったの? ……俺のせいですかそうですか。うん、なんか本当に俺のせいな気がする。なんかごめんなさい。

 ファミレスでのやり取りあたりから少しずつ雰囲気変わってたけど……あれか、狙撃犯候補の諸星さんと相席とかしたから心臓に悪かったのかな。そう考えると悪い事をした気になる。

 

 あの後諸星さんとは別行動を取り、彼には狙撃手を警戒してもらっている。

 ねぇ、諸星さん。電話の向こうで静かに笑ってるの、微妙に聞こえてるんですが……。

 

『なんにせよ、気をつける事だ。ここで君が倒れると俺にとっても面倒でな……』

「そうやって利害関係を口にしてくれると、こちらとしても楽でありがたいです」

 

 たとえば枡山会長とか、ガチドSモードに突入した朋子さん――鈴木会長夫人とかだと、表向きはにこやかでもどこかで言質を取ろうと会話振って来るから料理も酒も味が分からなくなるんだよな……せめて笑顔だけは壊さないようにして言葉を最低限にして応対してるけど……。

 

「まぁ、色んな事はさておき……」

 

 

 

「背中は任せますよ。……『今』は」

『あぁ。――任せてもらおう』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 やっぱり、犯人はここで片をつけるつもりだ!

 未だに水槽の中に浮かぶ『9』を示す標的――旭勝義さんの遺体を睨みつけながら、俺は舌打ちをした。

 

 今は俺と蘭、瑞紀さん、そして恐らくは次の標的だと思われる小山内奈々さんの4人でエントランスに残っている。残る人達は、どこかに脱出できる出口がないか探しまわっている。

 

(正面玄関も封鎖され、今の所見つかっている非常口は全部セメントで固められている……)

 

 本音を言うなら、今すぐにこの場を抜け出して脱出口を探しに行きたいが、次の標的かもしれない奈々さんと蘭を置いていくわけにはいかない。

 

「ねぇ、コナン君」

「ん?」

「そもそもこの事件、本当に村上丈の犯行だと思う?」

「…………」

 

 そうだ、そこが最初っから引っかかっていた。

 村上丈が犯人だとするのならば、出所してからの短い間に目暮警部のジョギングコースや妃さんの好物。そしておっちゃんが仕事で応対した人間までわざわざ調べ上げた事になる。……それに、辻さんの目薬の事やヘリで飛行する事まで……そんな事が可能なのか?

 だが、村上が犯人じゃないとしたら……

 

「……もし、本当に恨みを持っている犯人ならば、親しい目暮警部や妃さんを生かしたまま、見逃すわけがないよね?」

「……もっとも確実に殺そうとしたのは、ヘリを墜落させて殺そうとした辻さん、そして、多分犯人が直接殺した旭さん……」

「……今思った事なんだけど」

「? なに、瑞紀さん?」

 

「――ABC殺人事件って読んだことある?」

「そりゃあまぁ。ミステリーファンなら基本中の基本――」

 

 当然だ。クリスティの作品でも評価が高い作品。イニシャルがAA、BB、CCの人達が次々と殺されていく事件。その連続殺人の真の狙いは――

 

「――なるほど。そういう事か」

「どう? ヒントになったかしら?」

「あぁ……それに、今思い出した事があるんだ」

「思い出した事?」

 

 思い出した事は二つ。一つはディーラー時代の村上の写真。あの写真の中で、村上はトランプを『左手』で配っていた。そして、あの時阿笠博士を狙っていたバイクの男。あの時奴は、右手でボウガンを構えていた。つまり、この連続殺人の犯人は村上じゃないという事になる!

 

「なるほど、利き手が違うか。……確定だね」

「あぁ……。でも瑞紀さんも凄いよ。どこで気が付いたの?」

「ううん、私じゃないのよ」

「え?」

 

 瑞紀さんは、ポケットからピンクの可愛らしい携帯を取り出すと、あるメールを開いてこちらに見せる。受信者は当然瑞紀さん。送信者は……あぁ、やっぱり。

 

「――さすがというか、なんというか……」

「うん、気持ちは分かるよ。――所長だもんね」

 

 

――村上にこだわるな。気をつけて。

 

 

 たったこれだけの短いメール。恐らく、急いでメールを打ったんだろう。――やっべ、そういえばアクアクリスタルに入ってからメール確認してなかった。

 慌てて携帯を広げて確認すると、やっぱり俺にもメールが送られてきていた。浅見さんからだ。多分同じ内容だと思うけど……。

 

 

 

――狙撃手一名確保。準備が出来次第反撃する次第にて候。

 

 

 

「どういうことだ!?」

「……さ、さすが所長。一歩先すら読めないですね……」

 

 事件とは別に頭が痛くなってくる。撃たれたばかりでもう動き回るなんて……いや、誰かに狙われているとしたら、行き先を隠して動き回った方が安全だと考えたのか? それなら説明はつくけど――いや、十分にありそうだ。

 そう考えると、普段の無茶な行動にも全部理由がある気がしてくる。例えば……越水さんや中居さんに被害が行かないように目立つ事で注意を引きつけている? 確かに、あの探偵事務所で一番有名なのは浅見さん。安室さんも色々騒がれているけど、メディアへの露出は一番少ない……。トップという事もあって、やはり何かあった時に狙われるのは浅見さんだろう。――そうなると、やはり……。

 

(まさか浅見さん、もう組織に関わっているんじゃないだろうな……)

 

 さすがにそれはないと思うが、浅見さんのあの人脈の広さと、あの事務所に来る依頼の多様さを考えると関わっていてもおかしくない。本人は気が付いていないかもしれないが、怪しい件がいくつかあったのかもしれない。越水さん――いや、もし気が付いていたらもう浅見さんに忠告しているだろうし……

 

(この件が終わったら、それとなく安室さんに聞いてみるか。あの人なら信用できるし……)

 

 あの人は、見た目小学生の俺の言葉もキチンと聞いてくれるし、言葉をきちんと選べばそこまで怪しまれずに話してくれるだろう。

 安室さん自身、時に自分を頼りにしてくれる人だし、俺も話しやすい人だ。……さすがに全部を話すわけにはいかないが、出来る事ならば仲間になってほしい人なんだけど……。

 あの相談役に巻き込まれる形で一緒に事務所を建てる事になったらしいし、浅見さんからの信頼も厚い人でもある。『もし俺がいない時にヤバイ事になったら安室さんを頼れ』ってよく言ってるくらいだ。

 

「まぁ……所長の事は一旦置いておきましょう。問題は犯人……どう、コナン君? 今の時点で他に引っかかっていることはない?」

「……ずっと引っかかっていたのは、狙っている人間の行動パターンや好物なんかを知っていたっていう事なんだけど」

「……やっぱり、知り合いの中にいると思う?」

「多分……。そうなると、チョコの件や村上に罪を着せようとした点から考えて、少なくともおっちゃんや妃先生の事をよく知っている人だと思うんだけど……」

「……真犯人にとっての本命が分からないと推測が難しい、か」

 

 そうだ。一つだけ分かっているのは、これまでの人物を殺害しようとした方法から、もっとも確実性があったのは辻さんだけだ。他の被害者には、さっき考えたが執着というものがないように見える。

 

「奈々さんの轢き逃げの話も気になるし――」

「……あっ。そういえば、奈々さんだけプレゼントもらってましたよね? マニキュアを」

「そういえば……。旭さんから送られたって言われたけど、もしあれが真犯人からの物だとしたら……あれには一体どんな意味が――」

 

 俺が瑞紀さんにそう言った瞬間、突然ライトが順々に消えていき――闇がその場を支配した。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「しっかし、完全無人のモノレールとか……これ緊急時とかヤバいような……」

「ですねぇ。いやしかし、日本の技術はやはりスゴいというかユニークというか……」

 

 モノレールのプラットホームはもぬけの殻だった。いきなり移動手段を絶たれたと思い、最悪レールの上を歩いていこうかと悩んでいた時に、浅見所長がこちら側にモノレールを動かす運転室を見つけてくれた。

 そしてモノレールが到着して乗り込むと、車両の先頭に発進のボタンを見つけた。いや本当にすごい。ボタン一つで扉が閉まって自動的に発進していくなんて……いや、でもこれ却って危ないような?

 

「いやしかし、この光景は素晴らしいですね。捜査中に不謹慎ですが、海の上を走っているようで……」

「綺麗なものを綺麗と思えるのは良い事ですよ。周りを見る余裕があるという事ですし」

 

 浅見所長は少し笑みを浮かべてそう言ってくれる。そして彼も、サングラスをかけたまま窓の外に目を向けて、鼻歌交じりにその光景を楽しみだす。

 

(よくもまぁ、これだけリラックスしていられるものだ……)

 

 浅見所長が撃たれたと聞いた時は本当に驚いた。それも、たまに起こる拳銃を使用した犯罪などではなく、プロの手による狙撃。当然所長も同じ情報を得ているのだが、まさか即座に病院を抜け出して単独で犯人を追おうとするなんて……。

 この事務所に潜り込んで最初の大仕事――とある企業への潜入調査の際に安室さんから『ここの事務所、特に所長に常識は通用しない』と釘を刺されていた時は、異常な依頼の数々にそのことかと納得していたが……恐らくこの事を言っていたんだろう。所長本人はいつも『自分は能力的に皆さんに劣りますから』等と言っているが嘘だ。絶対に嘘だ。特にバイタリティとメンタルは狂人の域といってもいいのではないだろうか。自分は死なないと思っているのか、あるいは命を安く見ているのか……。

 

 なんにせよ、この人の思考パターンは私には分からない。ヘリの時などまさにそうだ。話を聞く限り、どうやってかの部分をすっ飛ばして、ヘリを墜落させようとする犯人の狙いだけを見抜いたように見える。それも、かなり確信を持って。

 そうでなくば、即座に地図でフライトプランのルートの上で着陸できそうな場所を即座に確保し、消防車と救急車を事前に呼んでおくなどしないだろう。

 

 

(あの異常といっていいレベルの先読み。……なるほど、赤井さんが気に入ったのも理解できる)

 

 二年前、自分のミスのせいで赤井さんが潜入捜査に失敗した時から、普段から笑わないあの人が更に物静かになった。あの人が静かに笑うのは何度かあったが、あんなに声を上げて笑った所なんて初めて見る。

 先ほどの電話の時も、自分にも聞こえるほど電話の向こうで笑っていた。

 

(まぁ、安室さんが言ったように完全に理解しようとするのは無駄な労力ということか)

 

 浅見さんは、狙撃事件の前にトランプ事件の方のケリをつけると言っていた。となると、今このモノレールの目的地である『アクアクリスタル』に犯人がいる可能性は十二分にあり得る。所長も赤井さんも、犯人を村上丈ではなく、例の名前に数字が入っている人間の中に紛れている可能性があると見ている。

 ……覚悟をしておいた方がいいかもしれない。一応、先日小沼博士と阿笠さんが共同で作った防弾、防刃チョッキを下に着込んでいるから、いざという時も大丈夫のハズだ。

 とりあえず、今はこの光景を楽しんでおこう。

 

「? ねぇ、キャメルさん……」

「はい、なんでしょう所長?」

 

 

 

 

 

「なんか、今少し揺れなかった?」

 

 

 

 

 

 

 




少々短いですが、今回はここで一旦投下!
あと2、3話で14番目を終える予定です。


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029:アクアクリスタルへの突入(副題:Snipe)

「うぅ……ああっ!」

「大丈夫です、奈々さん! 致命傷じゃあありません!」

「瑞紀さん、包帯あったよ! 消毒液もあるし、これで止血を!」

「ありがとう。少し沁みますけど、我慢してくださいね……」

 

 明かりが消え、遮られたはずの視界に飛び込んできた薄い明かり――それは、奈々さんの爪。旭さんから送られたというマニキュアに蛍光塗料が混ぜられていたのだ。

 暗闇の中、それを目印に犯人はナイフで彼女に襲いかかったが、彼女が叫び声をあげた瞬間、かすかに見えた人影目掛けて、瑞紀さんがトランプを飛ばした。恐らく直撃はしなかったのだろうが、手にしていたナイフの軌道を逸らせることには成功したようだ。ただ、奈々さんは背中を切りつけられて大きな傷を負ってしまった。命に別状はないだろうが……モデルの仕事は――

 

「――張りつけたまま縛ってと……。よし」

「あぁ……っ……ち、くしょう……」

 

 かなり傷むんだろう。奈々さんは顔をしかめたまま、椅子の上でうずくまっている。

 瑞紀さんが止血をしている間に戻ってきた皆は、席に着いてそれぞれ強がっている。……や、宍戸さんだけは普段通りだけど……。そういやあの人、浅見さんと特に仲良かったっけ。何回か一緒に飲みに行ってるって聞いたことがある。

 

「どう、瑞紀さん?」

「やっぱりコナン君の記憶は正しかったよ。奈々さんの肩に強く掴まれた跡があったけど、形からして左手で掴んだのは間違いないわ」

「ならやっぱり、犯人は――」

 

 

「「右利き」」

 

 

 浅見さんが予想した通り、犯人は村上じゃないのは間違いないだろう。

 

「犯人は旭さんの名前を騙ってここにいる人達を呼び寄せた」

「奈々さんにわざわざ夜光塗料入りのマニキュアを送りつけるという事は、殺害方法に停電を利用することは織り込み済み。となると、この建物をよく知っている人間という事よね?」

「宍戸さんはカメラマン、仁科さんはエッセイストでフォードさんはニュースキャスター。そしてソムリエの沢木さん……」

「ソムリエの沢木さんは、元々ここの店で働く誘いがあったから、オープン前の店の様子を見に来ていてもおかしくないわね。それに、残りの人達も取材とかでここを訪れていた可能性は十分にあるわね……」

「うん。どうにか犯人を絞り込む方法があればいいんだけど」

「……あ、実はね瑞紀さん。さっき奈々さんが襲われた時なんだけど……」

 

 そう言って瑞紀さんに屈んでもらって耳元に口を近づけながら、一か所に集まっている皆の方を見る。注目するのは――足元。

 

『実はね、ブレーカーが落とされる前に中身がかなり残ってるジュース缶を置いたままにしちゃったんだ……。ほら』

 

 目でそちらの方を示すと、瑞紀さんも転がっているジュースの缶を確認したようだ。なるほど、と小さく呟いて、全員の足元を確認する。足元が汚れているのは……いた!

 

「……あの人、か」

「みたいね。でも動機は? 奈々さんはなんとなく分かるけど、旭さんはこのレストランを任せようとしてたんじゃなかったかしら」

「……分からないけど、ひょっとしたら」

 

 もう一個気になることがある。瑞紀さんと一緒に飲み物を取りに行った時、キッチンにはちょうどあの人がいた。

 あの時、あの人は調味料を舐めていたけど……

 

 

「瑞紀さん、ちょっといい?」

「もちろん、今の私はコナン君の助手だもの!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 モノレールが発進したのを確認した。奴は……乗っている。

 

 奴を狙撃する最適なポイントをいくつか歩き回って考えてみたが、並大抵のポイントでは奴に気づかれるだろう。かといって近接戦を挑めば、奴の傍にいるあの大柄な男も同時に相手にする事になる。詳細は分からないが、恐らくこちらもなんらかの訓練を受けていると見える。ただでさえ戦力の把握が出来ていない男を相手にするのに、余計な要素を加えるのは悪手だ。

 

 念入りに調整したライフルを構えて撃つ場所を確認する。幸い奴はモノレールの席に着いて外の光景を眺めている。いきなり大きく動く可能性は低いし、仮に失敗しても外に出るルートが限られているこの施設ならば、チャンスは必ずもう一度来る。その時はより困難な狙撃になるが……。

 

(確信がある。ここでこの件になんらかのケリをつけなければ、ピスコは何らかの手を打ってくるだろう)

 

 それも多分、俺たちにとっても浅見透にとっても面白くない手を……。

 このまま流れをピスコに操られるのは、俺にとっても好ましくない。

 年食った男に、何も分からないまま好きなように踊らされるのは趣味じゃない。

 あの老人の事でかろうじて言えるのは、俺があの男に拘っているのと同じように、ピスコもまた拘っているように見えることだ。

 

(それと、最近余裕がない様に見えるキール……)

 

 浅見透に振り回されているとはいえ、ここ最近は特に余裕がない。

 仕事に私情を挟まれても困ると、こっそり彼女の事も監視し、周囲を調べていたが、たまたま彼女がどこかに電話をかけているのを耳にした。どこにかけているかまでは分からなかったが、どうやら電話の相手の監視下にあった彼女の弟が、行方をくらましたらしい。……奴に家族はいないと聞いていたが。

 

 先日、浅見透に接触しようとして取りやめているのを見たことがあったが……奴に弟を探させようとしていたのかもしれない。それをためらう理由は分からないが……。

 ひょっとしたら、奴に迷惑をかけると考えたのだろうか。もしそうなら、キールもかなりあの男に気を許している事になるが――さて。

 

(許せよキール。だが、ここで奴を始末せねば――)

 

 そろそろ奴を乗せたモノレールがポイントに入る。走行中のモノレール、しかもその中の人の頭に当てるのは難しいが……だからこそ、さすがの奴でも多少の油断は出るはず。射撃体勢に入り、スコープを覗く。理想を言えばもう一段高い、近くの建物の方が気づかれにくい地点なのだが、距離や高さから考えて、ただでさえ高難度の狙撃がより難しくなってしまう。

 

 モノレールが、海の上を走っていく。……モノレールの速度、風、そしてこのライフルの弾速から計算して、5秒前…………3……2……っ

 

 トリガーに指をかけ、そして力を――

 

 

――ガキィ……ンッ!

 

 

 

「ぐあっ!」

 

 力を込め、引き金を引こうとした瞬間、いきなり凄い衝撃がライフルの側面からかかって弾き飛ばされてしまった。

 悪態が出そうになる口を閉じ、咄嗟に身体を衝撃がした方向から隠す。それと同時に、遅れて飛んできた発砲音が聞こえてくる。音より早い弾速、それが明確に分かるほど離れた地点からの――

 

(スナイプっ!? 一体、誰が!?)

 

 浅見透本人は、拳銃を使う人間特有の跡――右手母指球の独特なふくらみと、加えて左手中央の撃鉄跡からリボルバー、それも早撃ちの使い手なのは分かるが、他には銃を扱うような人間は奴の周りには、今奴と一緒にいるドイツ系の男と、バーボンしかいないはず。なら――誰が!?

 

 身を隠し、偵察用に持っていた双眼鏡で狙撃方向を覗く。最初に自分が狙撃ポイントにしようと思っていた、あの場所だ。かなり入念に下調べをしたから建物の構造は頭の中に入っている。その場所に、ライフルを構えているのは……

 

「そうか。お前のつながりが一つ、見えたぞ……浅見透」

 

 実働隊の幹部ならば恐らく知らない者はいないだろう男。かつて我々の中に潜り込んでいたFBIの捜査官。『あのお方』が最も恐れる男――我々の心臓を射抜きうる、唯一の男。

 

「FBI――赤井……秀一!!」

 

 双眼鏡の中の男は、目が合った瞬間にニヤリと笑い――レンズの向こう側で、引き金を……止めた。

 なぜか? 俺にも分かる。僅かにだが、妙な震動がここにまで伝わってきた。これは――あの施設の方からだ。

 浅見透との関係は分からないが、共闘関係にあるのは間違いないだろう。

 仮にも手を組んでいる相手が向かう先に異変を感じたのならば、わずかに気を取られてもおかしくない。

 

(九死に一生を得たか……っ)

 

 その一瞬の隙をついてライフルを足で引き寄せ、この手に戻す。自分の装備に雑な事はしたくなかったが……。

 

(足音は聞こえない。そうなると、仲間はいないか)

 

 ここから狙撃をするというのがバレていて、かつ仲間と共に動いているのならば、とっくに突入しているはずだ。

 どうする。このまま逃げるか? ――逃げるべきなのだろう。今なら敵は赤井一人、逃走に専念すればどうにか……。だが、このままでは自分の汚点になる。普段ならば気にしないが、今は政治に長けたピスコが背後にいる。本当に守ってくれるのか、それとも背中を刺そうとしているのか読めない相手だが。――少なくとも、抗ったという事実は必要だろう。

 

「……敵の浅見や赤井よりも、味方のピスコの方が面倒とは、な」

 

 ままならない。そう思いながら、銃の調子を確かめる。だめだ、的確に破壊されている。

 壊れたライフルは、しょうがないが捨てるしかないだろう。最終的には逃げると決めているため、重荷になるものは可能な限り排除しなくてはならない。痕跡を残さないように。

 

 本当にままならない。本当に。

 頭の中で同じようなフレーズを繰り返しながら、バッグに入れていた予備のライフルを組み立て、それを構える前にと、胸ポケットから煙草を取り出す。

 

 自分の居場所を知られている今だ、集中を高める意味でなら一服くらい許されるだろう。

 咥えた煙草にそっとライターで火をつける。そして煙を肺に貯め、一巡させて吐き出す。

 自分が吐いた煙よりも、煙草から今立ち上っているか細く揺らめいている紫煙の方が綺麗だと、なぜかそんな事を思った。

 自分を構成する全てが、少しずつスローになっていく。

 聴覚、視覚、触覚、嗅覚、そして味覚も……。

 煙を吸うと、口から喉、喉から胸へと、甘みと苦みがじわじわと浸食していくのが分かる。

 好きでもあり、嫌いでもあるこの感覚――

 

「……不味い」

 

 今日は、また格別に。

 

 2、3度だけ吸った、まだ長い煙草を海に放り捨てる。そして、その後に続くように相棒と言えるライフルを同じく海へと放り捨てる。

 元々大仕事のつもりだったのだ。何事もなく狙撃だけで終わるなんていう方が都合のいい甘えだった。

 スコープの様子を確認して、弾を込めて装填する。鋼材同士が擦れる音は、こちらの準備が整った合図だ。さて――

 

 

「お手柔らかに……とは、いかないか」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「あぁもうっ! 厄介な事に!」

 

 いつもほんわかしている瑞紀さんも、さすがにこの事態は予想外だったのか珍しく小さな声で毒づいている。

 

 瑞紀さんの協力で、犯人を特定するために一つ仕掛けをして確信し、犯人を名指ししようとした矢先に異変が起きた。ホールと海を隔てる分厚いアクリルの壁が、仕掛けられていた爆弾で破壊されてしまった。恐らく、リモコンによる遠隔操作で起爆させたのだろう。ちくしょう!

 流れ込んで来た濁流に流され、身体を打ちつけそうになった俺を瑞紀さんが助けてくれた。見た目は華奢だけど結構力があって、怪我のせいもあって身動きとれずに溺れかかっていた奈々さんも一緒に掴んで水面へと連れて行ってくれた。

 

 目暮警部は白鳥刑事が引き上げて、泳げない仁科さんはおっちゃんが引き上げた。

 蘭を見失った時は焦ったが、瑞紀さんの協力と浅見さんが阿笠博士に作らせて、事務所員や俺達に持たせてくれたサバイバルキット――その中の一つの携帯酸素ボンベ。そして、同じく博士が作ってくれたサスペンダーのおかげで蘭を救う事は出来た。海水が流れ込んできた時に、その海水に流された車に足を取られてそのままだったせいでかなり疲労しているが……。

 

「こりゃあ、早く脱出しねぇとやばいぞ……」

 

 おっちゃんがそう呟く。背中を怪我している奈々さんはもちろん、おそらく海水が流れ込んできた時の衝撃でだろう、傷口が開いた目暮警部もかなり辛そうだ。このままじゃあ皆の体力が持たない。

 

「瑞紀さん、酸素ボンベはあといくつある?」

「この間仕事で使ってから補充してなかったから、今のが最後……コナン君は?」

「2本だけ……」

 

 脱出する方法は思いついている。今の爆発で破壊された箇所だ。一度下まで潜る必要があるが、そこからならば外に出られる。だけど――

 

(目暮警部はともかく、襲われて怪我をしている奈々さんは体力が持つのか? それに蘭、仁科さんも……)

 

 正直な話、迷っている時間はない。時間が経てば経つほど体力が失われて、脱出の手段が失われていく。

 しょうがねぇ、ボンベは奈々さんと仁科さんに渡して蘭に頑張ってもらうしか――

 

――カンッ! カンッ! カンッ!

 

 結論を出しかかった時に、金属をまた違う金属で叩きつけるような音が響き渡った。

 

「な、なんだこの音?」

「村上かっ!?」

 

(いや違う……もっと上の方から……閉じられていた扉か?)

 

 しばらくその音は続くと急に止み、走るような足音が今度は響く。音の数は二つ。

 

「……瑞紀さん、これって」

「多分、そうだと思うよ」

 

 思わず瑞紀さんと顔を見合わせる。いや、来るとは思ってたけど……。

 そのまま白鳥刑事の方も見てみると、『さすが……』と呟いて苦笑いし、仲が良い宍戸さんも気づいたのか、遅ぇよと豪快に笑っている。

 

「多分、下に向かうエレベーターが止まっちまってんだな……」

「それで別ルートを探して……」

 

 しばらくしてその音が止むと、今度はぎぎぃ……っ、何かに力を掛ける音が響き、そして、

 

 

 

――バキンっ!!

 

 

 

「――っしゃおら! 外れたぞ! って、うお、浸水してんのか!」

 

 やっぱり浅見さんだ。多分通風孔から入り込んで、音と俺の探偵バッジを頼りにこの場所の真上を捜し出して薄い所をこじ開けたんだろう。キャメルさんがいないのは、身体が大きいから入り込めなかったせいか。

 俺たちが掴まっている大きな飾り柱からすぐ上の天井から、工具を掴んだ右手と顔を覗かせている。

 ……確保したという狙撃手はどうしたんだろう? もう警察に捕まえてもらってるのか?

 

 

「俺たちは大丈夫! ただ――」

「怪我人が一人いるんです!」

 

 瑞紀さんがそう叫ぶと、浅見さんが舌打ちをして、

 

「そこの女の人か。この隙間を通れるか?」

「……多分、厳しいと思う。深い怪我をしているから身動きも取れないし、まだ爆弾がセットされている可能性だってある事を考えると……」

「……あっ、そうか。爆弾がまだある可能性もあったか。そうなると脱出に時間がかかるここは拙いか」

 

 ちょっと待ってと浅見さんは言うと、おそらくキャメルさんと連絡を取っているのだろう。ボソボソと話声が聞こえる。そしてその後、今度は身体を揺するようにして穴から抜け出し水面にダイブした。

 

「――ぷはっ! あつつ……海水が沁みる。で、コナン。脱出方法は何かあるか?」

「うん、さっきの爆発でここと海が完全に繋がっているから――」

「そこをくぐり抜けて外に出ようってことか。それなら……」

 

 浅見さんが懐から、俺達が持っているのと同じキットを取りだす。当然ある酸素ボンベの本数を確認して、

 

「怪我人の女と目暮警部と……蘭ちゃんもヤバそうだな」

「それと、仁科さんも泳げないんだ」

「……俺とコナンのを合わせて4つ。ギリギリ足りるな。コナン、お前は大丈夫か?」

「いや、そういう浅見さんこそ大丈夫?」

「あぁ、傷口は開いてないし、他に怪我らしい怪我もないよ」

 

 こういう身体面において、浅見さんはさすがだと思う。

 例の狙撃手と対決したらしいのに、特に傷らしい傷はない。ここまであの細い通風孔をくぐって、無理矢理道をこじ開ける作業までこなして……

 

(前々から思ってたけど、この人五感も身体能力もずば抜けてんだよなぁ……)

 

 ぐったりしている奈々さんに酸素ボンベをセットさせながら――美人だから真っ先に行ったな――瑞紀さんとなにか話している浅見さんを見ながら、割とヤバい状況にも関わらず、なぜかため息をついてしまった。

 

(ホンットに……よくわかんねー人だなぁ……)

 

 蘭を支えている小五郎のおっちゃんに酸素ボンベを渡して、使い方を教えている。

 色々聞きたいことはあるけど、とりあえずは脱出して――あの人を捕まえてからだ。

 

 

 

 




ホームズがサッカーボールをワトソンの顔面に叩きこむカウントダウンが開始されました。どれほどめり込むかはコナン君が足のツボを刺激するか否かにかかっております。

この間のコナン(827話)は、他の部分の作画が少し手を抜いていた変わりに、黒タイツさんがスッゲーぬるぬる動いていましたねw これは録画ではなく後々DVD購入したいですわw 何回見直しても笑ってしまうww 最後の〆のシーンですらただ一人動くとかwww

あと忘れてたんですが、あのラーメン屋って由美さんと羽田さん使ってたんすねw


―追加―

作中の携帯酸素ボンベ。これは映画『紺碧の棺』にて阿笠博士が開発した優れモノです。ペンライトをもっと太くした感じでして(多分そうだった……久々に借りて確認するか)10分程呼吸ができるという色々おかしい壊れ道具の一つですw
 こういった超優秀な道具が単発で終わり、なぜか花火ボールが常連になるという劇場版スタッフのチョイスは凄いと思うw


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030:苦悩する男

さぼってた。超さぼってた。何が悪いかって整理してたら出てきたスクールランブルのDVD全巻とVHSに録画したロストユニバース全話が悪い。





いや、本当にすみませんでしたorz


「やっと直接顔を合わせる事が出来たな」

 

 裏路地ともなれば人目はない。いや目どころか少し大きな音がした所で周りの騒音にかき消され、誰も気づかないだろう。そんな場所で、二人の男が顔を向き合わせていた。

 

「赤井……秀一……」

 

 今ここで何が起こっても、気づく人間は誰もいないだろう。それが銃声だろうが、苦痛に喘ぐ声だろうと……。男の片方――安室透はそう考えるが……

 

「驚いた。まさか君がこんな手段を取るなど、思いもしなかった」

「…………」

 

 言うべき言葉を口にしたい。しなければならないのに、安室透の感情がそれを拒否する。正確には、感情の一つが。今、彼は頭の中で、様々な感情からどの行動を選択すべきか迷っていた。

 

(決めていたハズなんだがな……)

 

 安室は、自分の迷いを自嘲し、何のために彼と接触したかを頭の中で反芻する。

 

「これまで、確実に俺を捕まえようと、部下を使って網を張り巡らせていた君が、なぜいきなりこんな分かりやすい穴を? まるで――」

「まるでもなにも、想像している通りだ。一対一でお前と会うには、お前が絶対に逃げられる状況で誘いをかけるのが一番だと考えたまで。思った以上に早かったがな……」

 

 安室が取った手段はなんてことない。赤井という男が、なんらかの形でこちらの動きをかなりの精度で把握しているのは知っていた。だから、今まで動かしていた人員に指示を出して『穴』を作ったのだ。

 赤井秀一と会うために。もちろん捕まえるため……ではない。その欲求は今でもある。安室透自身の手で捕まえ、赤井を追っている人間に突き出して利用するという――復讐心は。

 だが、それと同じくらい――

 

「それで? 裏切り者のFBIになんのようだ?」

「……取引をしに来た」

「……取引?」

 

 元々安室透――バーボンらしくない行動に好奇の目を向けていた赤井は、より強く『面白い』と思ったのか、彼の目を真っ直ぐ見る。

 

「宮野明美に関する情報を提供してもいいと考えている。俺が知る限りの事だが……」

「なるほど。……それで、俺は何を提供すればいい?」

 

 まさか、俺の首だなんて言わないだろうな?

 赤井が冗談めかしてそういうが、安室はまったく笑わず、持ってきていた大きなバッグを赤井へと渡す。

 赤井が開けて中身を確認すると、そこに入っていたのはライフル。スコープを取りつけた、長距離狙撃仕様のものだ。性能も悪くない。

 

「まさか、FBIの俺に暗殺を依頼するつもりか?」

「……いや」

 

 安室は首を振りながら、懐から一枚の写真を取りだして赤井に見せる。

 

「彼を守ってほしい。お前なら、出来るハズだ」

 

 その写真に写っているのは、浅見探偵事務所の面々で飲みに行った時に撮った一枚の写真。安室の隣に座っていた『彼』の写真だ。 

 

「説明はいらないハズだな?」

「……君なら守れるんじゃないのか? 病院を君の部下で固めればいいだろう」

 

 赤井がそう言うと、安室は首を横に振る。

 

「あの病院を固めたら、敵をおびき寄せる事になる。というより――彼はじっとするのが苦手でな……もう元気に走り回っているよ」

 

 それに、浅見透には動いてもらった方がいいかもしれないと安室は思っていた。怪我をした彼が一か所に留まれば、敵が――『組織』かもしれない連中が付け狙ってくる可能性は高い。それよりかは、彼には動き回ってもらった方がいい。それが安室の考えだ。……少し、諦めも混じっているかもしれない。

 

 最初安室は、浅見を撃ったのは赤井かもしれないと考えた。今でもその考えが拭いきれない。

 同時に、それが先入観――いや、自分の感情に振り回されていると言うことにも気が付いている。

 安室は、浅見探偵事務所にいる時のような軽い喋りではなく、重苦しく口を開く。

 

「もう分かっているだろうが……彼を撃ったのは、『組織』の人間の可能性がある」

 

 それは赤井も重々承知の事だ。だからこそ、この依頼が解せない。赤井からすれば、確かに目の前の男――コードネーム『バーボン』という男は、組織の構成員ではあるが組織の人間だという確信が持てない男だ。

 

「……断ると言ったら、どうするつもりだ?」

 

 罠の可能性はほぼ0だと、赤井は確信している。この発言は、より情報を引き出すためのカマだった。いや、カマにすらならないただの好奇心から来る発言だったという方が正しいかもしれない。

 だから、赤井にとってその光景は予想の遥か外にあるものだった。

 

 

 

 

 あのバーボンが、自分に頭を下げる光景など。

 

 

 

 

「…………頼むっ」

 

 

 

 

 宿敵に頭を下げるのは悔しいはずだ。屈辱なはずだ。 

 安室の口元から、歯を食いしばる音がするのがその証拠。そして、幸か不幸か赤井秀一という男は、それを聞き逃すような男ではなかった。

 赤井は何も言わず、渡されたライフルケースを背負い彼に背を向ける。掛ける言葉が思い当らなかった。そしてなにより、今の彼に余計な言葉は無粋だと、そう思っていた。

 

「その取引、引き受けよう」

 

 示すべきは行動だ。赤井はそう思った。だから――

 

「守ってみせるさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(……顔を見れば分かるかと思ったが……俺の知らない顔だな)

 

 今ちょうど撃った2射目を避け、また物陰に身を隠した男。スコープ越しに見たその風貌を思い返すが……記憶に残る顔ではない。だが、弾丸がかなりきわどい所を掠めたにも関わらず、ピクリともせずただ真っ直ぐに自分を狙い、この頭を狙って引き金を引く姿は、これまで見たどの狙撃手より手ごわさを感じる。

 

(だが、狙撃手ならば逃げるべきこの状況で逃げないとは……)

 

 撤退という選択肢が出てこない程冷静を失っている? 否だ。この男の狙撃がそれを物語っている。

 こちらもそうだが、相手も撤退をするというフェイントを掛けながら、互いに居場所を変えながら一撃を叩き込もうとしている。

 もっとも、こんな狙撃戦は本来あり得ない。発見されれば即撤退。そして態勢を立て直して次の機会を待つのが狙撃手だ。こうなっているのは、奴がこのまま逃げ切ろうとしないからだ。

 まぁ、こっちもそう易々と奴を逃がすつもりはないが……。

 

(なんにせよ、奴は出来る事ならばこちらで捕らえたい。バーボンは可能性が高いなどと言っていたが、確信していなければ俺を頼ろうなんてしないだろう)

 

 あのバーボンが頭を下げた時は、自分の目を疑った物だ。彼にとって自分は仇以外の何者でもないはずだ。それが、歯を食いしばってまで頭を下げるなど……。

 

(さぁ、どうする? 俺としても、早く向こうに行きたいんだが……)

 

 先ほどの振動は、恐らく海中でそれなりの爆発が起こったものだ。おそらくは――爆弾。

 先ほど隙をついてキャメルと浅見透が乗っているモノレールを確認したが、とりあえず向こう側には無事着いたようだ。もっとも、すぐにでもまた次の異変が起こるだろうが……。

 

 

チュイ……ッン――!

 

 

 相手の弾丸がかなり上の方の壁に当たる。かなり狙いにくい筈だ。相手はモノレールを狙える位置をキープしていたようだが、こちらの建物を狙うには、間に変則的な強風が吹いている。

 こちらの不利な点は時間。利点は、この地の利。

 

「さて……それじゃあ、そろそろ決着と行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(やっべぇ、強がったけどまた傷開いてるわこれ……)

 

 痛いのか熱いのか冷たいのか分からない嫌な感覚を右手から感じながら、必死に泳いでいる。

 念のために強めに包帯締めて、その上からまた布巻いたけど、その時コナンがこっち見てたから多分気づかれてる。あぁ、これ後で下手したら皆の前で小学生に説教される大学生という構図が出来上がる訳か。

 誰かコイツの身体を今すぐ元に戻せる薬師さん来てちょ。まじで大至急。

 ……ダメじゃん。戻っても高校生じゃん年下じゃん。成長促進剤はよ。

 

 そんな事を考えている間に、だんだん水面が近くなってくる。ぶっちゃけもう相当きつい。泳ぎづらいってのもある上に息がもう限界。鼻とかもう既にツーンってなっているし、なによりこんなバカな事を考えてないともうきつい、やっぱ腕が痛い。さっきから考えないようにしてたけど、目の前が良く見えないのって海水が目に入ってとか息が切れそうとかじゃなくて、意識が朦朧としてるからかもしんない。いやまだまだ持つよ、うん。多分。メイビー。プロバブリー。

 

(……事前にこうなるって読んでりゃ酸素ボンベ多めに持ってきたのにな……)

 

 いつからその話が始まって、一体どこがその締めになる場所なのか。これを読めなきゃ生き残るのは難しい。こういった爆弾騒ぎになればなおさらだ。

 

(犯人を捕まえる前に施設が一部崩壊し、そして脱出か……)

 

 多分、もうコナン――それに瑞紀ちゃんも犯人が分かっているんだろう。そうなると、水面から上がってすぐに推理ショーの時間か。今回俺はほとんど事件に加わっていないから瑞紀ちゃんとコナンのコンビに頼るしかないんだけど、前回の森谷の時と同じ様に、多分これだけじゃあ終わらないんだろうなぁ。

 

(絶対爆弾が爆発する。んでもってさらに、白鳥刑事から聞いた話だと蘭ちゃんが違う意味の爆弾持ってるみたいだし……ストーリー上の締めはここだろうな)

 

「――ぷはっ!」

 

 とにかく、どうにか無事に外に出れた。

 すぐ近くに上れそうな所があったのでそっちの方に泳ぎ、よじ登ろうとした瞬間ガシッと手を掴まれる。

 

「所長! 大丈夫ですか!」

「あぁキャメルさん……ナイスタイミング」

 

 事前に避難させていたキャメルさんが俺を引き上げてくれた。

 いや、本当に頼りになるわキャメルさん。安室さんや越水とは違った方向に。

 

「――ま……ったく! 所長! じっとしていないのはいつもの事ですけど、何もこんな時に来なくてもいいじゃないですか!!」

 

 同じようにキャメルさんに引き上げられた瑞紀ちゃんがそう叫ぶ。

 

「いやいや、おかげでボンベが十分に確保できたのにこの雑さはいかに?」

「いかに? じゃないですよ!! 七槻さんに怒られますよ!?」

「監禁までは覚悟してる」

「そこまでして!!?」

 

 いやだって俺が狙いだった場合、アイツに傍にいられると狙われるかもしんないじゃん。

 ……つまりしゃーなくない?

 

「ほんっっとうにこの人は……」

 

 息を切らしながらため息を吐くという地味に器用な仕草をする瑞紀ちゃん。

 ? なんか違和感があるんだけど……気のせいか?

 まぁ、今は置いておこう。

 とにかく、怪我人を含めて全員を引き上げないといけない。

 あの怪我してた美人さんもそうだが、早い所全員引き揚げて瑞紀ちゃんとコナンに推理ショーをさせないと、じゃねーと……

 

 

 

 

 

 

 

 

――…………っ――ぁぁぁんー!

 

 

 

 

 

――…………たぁ――っん!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この遠くの方から微かに聞こえてくるこの銃声についての説明もできやしない。

 や、出来る事なら説明したくないんだけどね。コナンと瑞紀ちゃんがすっごい目でこっちを見てる。

 や、大丈夫大丈夫。片方の狙撃手はこっちの味方だから。ねぇキャメルさん? なんでそっぽを向くのキャメルさん?

 とりあえず悪くは無い状況なんだよと伝えるためコナンと瑞紀ちゃんにサムズアップをすると、向こうもサムズアップで返してくれた。よし、とりあえず状況は伝わった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あ、親指が二人とも下向いた。

 

 

 

 



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031:救助完了、そして……

 

 

(くそっ! どうして――どうしてこうなったんだ!)

 

 数合わせの連中はどうでもいいとして、結局殺さなきゃいけなかった連中で殺せたのはたった一人。

 あの旭だけだ。他の連中は全員無事……。辻も、あの女も、仁科も!!

 

(くそっ! くそっ! くそぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!)

 

「大丈夫ですか? 引き上げるんで、捕まってください」

 

 自分の目の前に、一本の手が差し伸ばされる。細い割に、引き締まった硬い腕。

 もう片方の腕は包帯が巻かれているが、それでもこの男の身体能力は尋常じゃない。

 その瞬間を、この目で見ているから――!

 

(コイツだ! 全部……全部この男のせいだ!)

 

 最近テレビに良く出る男。毛利小五郎と同じく、米花町を代表する――忌々しい名探偵。

 

(浅見……透ぅぅっ!!!!)

 

 聞けば、辻を殺し損ねたのもコイツとコイツの事務所の人間のせいだった。

 小山内奈々を殺し損ねたのも! 仁科が既に水から逃れ、荒い息をしているのも!

 全部全部全部!!!!

 

 どうする……どうする! また違う機会を待つのか!? ……いや、いくつもの事件を解決している探偵が複数いるのだ。時間が経てば経つほど、こちらにとって不利になる。なら――!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……家の方は、そこまでセキュリティがきつい訳じゃないのね」

 

 カルバドスと別れた後、私は浅見君の家を調べに来ていた。

 カルバドスは私が彼と関わる事をあまり良いとは思っていないようだが、どちらの顔でも彼の情報は必要だ。なんとしても。

 

 幸い、同居している七槻ちゃんやふなちちゃんも今はいない。鈴木相談役が万一に備えて保護しているらしい。

 ――いざという時の備えも早い。その彼が、この家にさほど防犯・防諜設備を置いていないのが気になる……いや、一般の住居にしては過剰ではあるが。

 

(……何か、一つでもいい。彼より優位に――いや、せめて交渉できる道筋を見つけないと……っ)

 

 組織の方はバーボンが近くにいるため、特に何か言ってくる事は無い。

 問題は自分が本当に所属する組織の方だ。日本の様々な組織――マスコミ関係に財閥、有力企業、警察……そして恐らくは、公安も彼と繋がりを持ちつつある。

 上も、ある種の危機感を持ち始めたのだろう。

 やれ裏を洗え、やれ暗殺計画を立てろ、やれ友好を保て……。

 いい加減にしろと怒鳴りたくなることが何度もあったが、潜入している身。内心で罵声を浴びせるだけで精一杯だ。

 ただ、同時に理解も出来る。恐らく、彼が怖いのだろう。

 現に今回も、彼にはしてやられている。監視は全て振りきられた。それも撃たれたすぐ後に。

 これは、彼には監視を振りきること等容易いという事。つまり、これまでの私達の監視は『見逃してもらっていた』ということに他ならない。

 

(本当に……どこまでも底が見えない子。一体、どのような生活をすればああなるのか――私よりも年下なのに)

 

 私個人としても、やはり彼は恐ろしく――そして同時に、だからこそ頼りに出来る人間でもある。彼ならば……彼ならば救ってくれるのではないだろうか? 自分の……自分のたった一人の弟を――たった一人の家族を。

 

 もっとも、彼に対してある種の不安感があるのも事実。だからこうして隠れて家探しをしているのだ。

 心の底から彼を信じられていたら、とっくに彼に助けを求めている。弟の事を話している。

 

 

 

――カタッ

 

 

 

 日記の様なものがないかと探してみたが、それらしい物は本棚や机の上にはない。

 なにかないかと机の引き出しを開けてみると――それはあった。

 黒光りする、手よりも大きい金属の塊。いや―― 

 

「……リボルバー……」

 

 

『ダーツか……細身のナイフのような物の投擲。それと多分――リボルバーだ』

 

 カルバドスの言葉を思い出す。まだ彼と接触し始めた時に、彼について尋ねた時にカルバドスがそう言っていた。

 正直、そんな馬鹿なという思いがあった。何度調べても、彼は孤児院暮らしの時期があるとはいえ基本的には普通の男の子だった。それが――

 

(それにしても、この銃……妙に重いわね……)

 

 なんとなく、弾を込める部位――シリンダーを確認してみる。

 

(これは?)

 

 本来ならば弾を込める薬室は埋められていた。銃弾ではない、鉛によってだ。それに、薬室自体よく見ると歪められているようだ。これではどう足掻いても使い物にならない。

 だがグリップやトリガー、フレームについた所々に残っている手垢の跡から、使いこんでいる事が良く分かる。手入れを欠かしていないことも……。

 さらに調べてみると、トリガーを引くとレーザーが発射されるようになっている事が分かった。

 

(練習用……ということかしら?)

 

 なにか手掛かりがないかと他の部位も観察していると、グリップの底――グリップエンドと呼ばれる部位に、文字が刻まれている事に気がついた。刻まれているのは、たった一文字のアルファベット。

 

「……J?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 サングラスをかけた狙撃手は、未だに逃走するそぶりを見せない。

 あの様子からして、逃げるわけにはいかない理由でもあるのだろうか?

 こうして互いをスコープに捉えようと策を弄している間、なんというか……執念を感じる。なんとしてもここで浅見透という男を倒しておきたいという執念。

 ――ひょっとしたら、あの組織に目の敵とされている自分よりも強いそれをだ。

 

(なるほど……キャメルの報告書にも書いてあったが、浅見透という男は随分とモテるようだ)

 

 色んな意味で、と付け加え、諸星大――否、赤井秀一は狙撃戦の僅かな隙に、彼らの位置を確認する。

 

 彼ら――浅見透達が今いるのは例の施設の海上に出ている所の一部。おそらく、先ほどの爆発で内側と海が繋がったのだろう場所を全員でくぐり抜けてきて、近場に泳ぎ着いたという所か。

 事前に別ルートで脱出していたキャメルが、泳いできた彼らを次々に引っ張り上げている。

 後からついて来た刑事や、『彼』と人気を二分する名探偵――毛利小五郎もそれに加わっている。――キャメルはどうやら上手く彼らの中に馴染めているようだと、ひそかに赤井は安堵していた。人相や間の悪さが手伝って、アンドレ=キャメルという男は誤解をされやすいからだ。

 

 少し安堵の息を漏らすと、再び索敵を始める。オペラグラスではなく、再び構えたスコープで。

 一対一であることを確信したあのサングラスの男は、恐らく自分と相対しているように見せかけているが、実際は浅見透を狙う隙を狙いだしたハズだ。

 

 その証拠に、彼らの姿を確認したあたりから向こうの索敵頻度が少し落ちた。

 だからこちらも彼らの状況を確認する時間が取れたのだ。

 狙いが分かれば思考が絞れ、思考を絞れば場所が絞れる。

 

 そして、敵がその中のどの位置に現れるか。ここからは経験則に基づく勘になる。

 だが、この勘が上手くはまった時――その時の静かな高揚感は抑えるのに苦労するほどたまらない。

 

 

 

 

 ちょうど今、スコープの真ん中に現れてくれたように。

 

 

 

 

 

 ――そして赤井秀一は……引き金を引き絞った。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 とにかくほとんどの人間を無事に引き上げた。

 不安だった怪我人も、とりあえずは大丈夫だ。

 奈々さんも、かなり強めに傷口周りを縛っておいたおかげか、一番恐れていた海の中で意識を失う事は無かったようだ。

 目暮警部も傷が開いたとは言っていたが、意識はしっかりしているようだ。

 蘭ちゃんも意識が朦朧とはしているようだが、小五郎さんの声にきちんと答えている。

 残っているのは――

 

「……っ……すみません、今引き上げます!」

 

 ヤバイヤバイ。今一瞬、浮遊感に近い感覚――いや、快感を脳が認識した。真面目にヤバいかも……。

 とはいえ残すはこの人――ソムリエの沢木さんだけだ。そしてここが今回の事件のラストステージなら、ここまで引き上げた人間の中に犯人がいるはず。ソイツを速やかに確保すれば……。

 

 かなりの負傷を負っている小山内奈々、そして俺たちがいなかったら危なかった仁科さんは無視していいだろう。残るのは……この沢木さんと宍戸さん、ピーターフォードの三人。

 相手は爆弾を用意している。つまり――その、大事件ということだ。それもコナンがいる。

 なんらかの形でストーリー上に関わる大事件となれば、犯人は例の組織に関わる人間か、あるいは主人公勢の誰かと関係が深い人間が殺されるか犯人かのパターンが推測される。

 今回、襲われているのは工藤新一というより小五郎さんの知人。それが基本だ。

 そして犯人は、この場合小五郎さんと親しい人間であるパターンである――と思う。

 そうなると……この人っぽくはあるんだが……。

 

 しかし――キツい。恐らく海水にダイブしたのが良くなかったんだろう。

 痛みを感じているうちはまだまだ大丈夫だと思うが、もう一度さっきの浮遊感が来たらヤバいかもしれない。

 

(助けに来ておいてこのザマってのも締まらねぇな……)

 

 狙いとしては、自分を客観的に見てここに行くだろうという所に姿を見せる事で囮になる事だった。

 まぁ、同時に必要ならばコナン達に手を貸せるかもしれないという気持ちもあったが……。

 知り合いを次々に巻き込んでいく事件、ヘリコプターを墜落させようという規模のデカイ犯行、ついでにまたコナン(主人公)と蘭ちゃん(ヒロイン)が一緒にいる。

 そうなると、去年という今年初めの森谷帝二の様な犯罪者が現れたのは確定だった。当然ヒロインである蘭ちゃんの危機もあるだろう。それを少しでも軽減出来ればと思ったが――

 

(……事が全て片付いたら、当分は七槻に軟禁されるな。間違いなく。さすがにふなちも庇ってくれまい)

 

 前に安室さんと一緒に拳銃持ったストーカー相手に戦ったことがばれた時は警視庁のロビーでまさかの正座をする羽目になった。

 今度はいったいどんな罰が待っているのか――禁酒は間違いなくあるな。加えて……

 

(割と真面目に怪我が治るまでは軟禁かなぁ……)

 

 さすがにこれ以上の無茶は出来ん。例の狙撃手は諸星さんに任せているが、銃声は先ほどのを最後に途絶えた。諸星さんの推理通りの場所に相手はいるはず。もし諸星さんが負けたのならば今頃俺の頭は吹っ飛んでいるはずだ。

 ということは――諸星さんがやってくれたのだろう。諸星さんも彼を確保したいと言っていたし、殺してはいないだろう。情報は共有してくれるという約束だし、場合によっては警察に引き渡してくれるという。

 詳しい話は後で聞くとして――

 

「――大丈夫ですか? 引き上げるんで、捕まってください」

 

 よっぽど疲弊したのか、荒い息をしながら海面から上がろうとしない。差し出した自分の腕を掴もうともせず、ただ浮いているだけだ。

 この人もどこかで怪我をしたのか?

 

 だとしたら、尚更はやく引き上げてやらないとヤバい!

 さらに身を乗り出してその人の腕を掴むと、意外とすんなり力を込めてくれたから引き上げるのは容易かった。怪我をしていた訳じゃないのか。

 とりあえずこれで全員だ。この後は推理ショーになるはず。すぐにコナンから話を聞いておかないと……。それと、一度壊れた後の周辺の状況を確認して、爆弾が仕掛けられてそうな場所をチェックしておかなければ――

 

 

 

 

 

「――所長!」

「――浅見さん!!」

 

 

 

 

 そんな事を考えていたら、瑞紀ちゃんとコナンが俺に向かって叫び出した。

 似たようなシチュエーションを思い出す。つい先日、俺に向かって唸り声を上げた源之助の声だ。

 ということはつまり――

 

(あ、ヤバい……っ!)

 

 自分の最も傍にいる人間――沢木公平さんから距離を取ろうと反射的に腕を振ろうとした瞬間、脇腹に熱湯をかけられたような熱と、金属の冷たさを同時に感じる。

 とっさにそこに手をやると、抉り上げるように刺さったナイフがある。そして顔を上げると、たった今自分が引き揚げたばかりの男――この事件の犯人が、壊れた笑いを上げながら、撃たれた傷に指を食いこませてきた。

 

 

 

 




普通に難産。
次回で14番目編が終わるため、越水さんがバイキルトを唱えながらアップを始めました。


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032:決着

「――っ……ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 これまでにも、浅見さんが危ない目に遭う事は何度もあった。俺と浅見さんが初めて一緒に解決した森谷帝二の事件の時は俺を庇って吹っ飛ばされた。それからしばらくして今度は組織の奴らが仕掛けた証拠隠滅のための爆弾に巻き込まれ、そして探偵事務所を始めさせられてからは次々に凶悪犯と向き合ってきた。

 刃物を振り回す相手はもちろん、拳銃や猟銃を持っている相手だっていた。

 そんな事件の数々をあの人は、あの事務所にいる優秀な人員と一緒にくぐり抜けてきた。

 怪我をすることだってあったが、いつだってあの人は笑っていた。

 

 初めて、そう、初めて聞いた。あの人の絶叫を。

 初めて見た。あの人が激痛で顔を苦悶に歪める姿を。

 

「――さ、沢木……さん?」

 

 おっちゃんが、信じられないという様子で声を出す。いつもの声じゃない。本当に力の抜けた、か細い声だ。

 いや、声が出ただけおっちゃんはまだ現状が分かっているほうかもしれない。

 他の皆は何が起こっているのか全く理解できてない。

 いや、その中の二人――瑞紀さんとキャメルさんを除いてだ。

 特に瑞紀さんは、それこそ人を殺せそうな目で沢木さんを睨みつけている。

 普段のほんわかとした雰囲気はどこにもなく、隙を見せ次第飛びかからんばかりの怒気を全身から発してだ。

 

「……これから私達の推理ショーを……って思っていたのに、まさか先手を打たれるとは思ってませんでしたよ。沢木さん」

 

 瑞紀さんは、ユラリと背筋を伸ばす。沢木さん――いや、沢木公平を睨みつけたまま。

 隙を見せ次第、恐らく投げつけるのだろうトランプをさり気なく手の中に隠して。

 

「クックックック……やっぱりお前らは気づいていたんだな? いつだ……いつから気づいていた!」

 

 人の良い顔をしていた沢木さんが、今では人が変わった様な凄まじい顔をしている。

 笑っているにもかかわらず、まるでこの世の全てに絶望し、憎んでいるような顔だ。

 

「コナン君の記憶力の良さのおかげですよ。コナン君が阿笠博士が襲われた時の様子を詳しく覚えてくれてたから分かったんです。犯人は村上丈じゃないってね」

「そう、阿笠博士を襲った犯人も、奈々さんを襲った犯人も両方――右利きだったからね」

 

 瑞紀さんの後に続けるように、俺も口を開く。少しでも浅見さんへの注意を引くように。隙が出来れば――隙を作れば……っ!

 

「白鳥刑事が見せてくれた写真では村上丈は左利きだった。もし村上丈が犯人ならば、当然ボウガンだって左手で撃っていたはずだからね!」

 

 少し自分を奮い立たせる意味でも、強い口調でそう言う。

 刺さっていた場所を考えると、すぐに止血しないと危険だ。

 恐らく浅見さんも、立っているのが精いっぱいだろう。さっきから反応が一切ない。無意識の下、気力だけで立っているのだろう。

 くそ――っ! 待ってろ浅見さん……今助けるっ!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「…………さすがと……言ったところか……っ」

 

 思わず手をついた壁に、血の手形が付く。

 大丈夫、グローブはしているから指紋などは出ない。もっとも、捕まってしまえばそれまでだが……。

 朦朧とする意識でそんなしょうもない事を考えながら、カルバドスは階段を降りていく。

 

(……出来る事なら、ピスコに対しての発言権を得ておきたいと欲張ったのが俺のミス、か)

 

 赤井の狙撃は見事なものだった。的確に右手を撃ち抜き、こちらの戦力を奪っていった。

 一応ライフルは海に落としはしたが、逃げ切らなければ意味がない。

 あの建物からここまで少し距離がある。ここにたどり着くまでには多少は時間がかかるだろう。

 それまでに脱出しなければ……。

 

(……とはいえ、一つしかない出入り口は間違いなく危険だ。俺ならなんらかの手を打つ……)

 

 赤井は間違いなく、俺を生かして捕らえようと考えている。

 FBIは組織の情報を必要としている。そして赤井個人としても内部の情報は知りたい所だろう。

 どこまでが真実かは知らないが、組織内部に親しい人間を残してきたという話がある。女だと言う話だが……。

 とにかく、コードネーム持ちの人間の身柄は喉から手が出るほど欲しいだろう。

 

 階段を一段一段踏み締めるたびに、今すぐ拳銃を引き抜き自分の頭を吹き飛ばしたい欲求にかられる。

 いや、本来ならばそうするべきだ。決して知られてはならない、組織の一員として。

 だが――

 

(キール……)

 

 あの女を放っておくわけにはいかない。そう強く感じていた。

 あの女はなにかを背負っているのだろう。それも、とびっきりやっかいな何かを。そしてそれを俺たち仲間に言えない。

 個人的な事かとも思ったが、それなら尚更あの時浅見探偵事務所の戸を叩かなかったのが気にかかる。

 我々のターゲットになり得る男の力を借りたくなかったというのも考えられるが……。

 

(薄々は分かっていた。あの女、多分――)

 

 裏切っているのだろう。以前、ベルモットが組織内部にNOC―― 一般民間人を装い行動する工作員が入り込んでいるらしいと言っていた。恐らくはあの女……あるいは他にも……。

 

(……関わる理由はない。ないのだが……)

 

 アイツを問い詰めなければならない。それが組織の人間として取るべき行動だが――そういう気が一切起こらない。

 

「……馬鹿な事をしているな……俺は……」

 

 細かい事は後で考えよう。今はなんとかして脱出しなければ――。

 かといって出入り口は使えない。

 ならば……残る道は……

 

「海……か。賭けだな」

 

 ――賭けるものは、自分の命。頼るのは……自分の体力と悪運。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「――沢木さん。貴方の目的は、村上丈による毛利小五郎への復讐……というフェイクの下で、小山内 奈々、旭 勝義、そして辻 弘樹の三人を殺害することだった。そうだよね?」

「どこで情報を手に入れたかは知らないけど、村上丈がトランプ賭博に関わっていた事や、毛利探偵に捕まえられた事を知って利用しようとした」

 

 コナン君と瑞紀ちゃんが、何かを言っているのがぼんやりとした頭に入ってくる。

 詳しい内容はよく分からない。ただあの人が……沢木さんが犯人だというのだけは分かっていた。

 

(……お父さん……)

 

 力が入らない私を支えてくれているお父さんの腕が、細かく震えているのが伝わる。

 視界がぼやけてよく見えないが、口元が小さく動いている様な気がする。

 

(そうだよね……信じられないよね……)

 

 お母さんと喧嘩したあのレストランで、古い友人だと言っていた。

 きっと、お母さんと、そしてあの人との楽しかった思い出はいくらでもあるだろう。それが……。

 

「その通りだよ。アイツが仮出所した日に、毛利探偵事務所を訪ねて来た村上とたまたま会ってね……」

「――おっちゃんが麻雀で事務所を空にしてた日か」

「あぁ。初めは恨んでいたが、今はただあの時の事を謝りたいなどと言っていたなぁ……その時思いついたのさ。この男を利用して、そこにいる小山内 奈々! 仁科 稔! 今頃そこらへんを漂っている旭 勝義! そして……辻 弘樹――っ! 奴らを殺す計画をなぁっ!!」

 

 お父さんとお母さんとそんなに親しかった人が……どうして?

 

「…………蘭」

 

 いつの間にか、お父さんの腕の震えが止まっていた。

 首に少し力を込めてお父さんの顔を見上げようとしたら、その前にお父さんが近くの壁に私の背を預けるようにそっと私を下ろした。

 

「ちょっとだ。ちょっとの間だけ……一人で頑張れるか?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 所長さんは顔を俯かせたまま動かない。唯一動きがあるのは、荒い呼吸のために上下する肩だけ。

 

(くそっ……! 俺とした事が油断してたぜ。まさかいきなり襲いかかってくるとは……)

 

 村上丈の犯行に見せかけていることから、あの沢木って男は犯罪者の汚名から逃げようとしていると俺たちは考えた。

 だから、全員の安全を確認してから所長さんと一緒に相手を制圧しようとガキンチョと打ちあわせていたのだが……

 

『瑞紀さん、トランプで相手のナイフを撃ち落とせる?』

 

 推理の話で時間を稼ぎながら隙を狙っているが、状況は不味くなる一方だ。

 合間にガキンチョが俺にそう提案してきたが――

 

『……近づけば―――ううん、ダメ。ここじゃあ風の影響を強く受ける。正確に狙った所に当てるのは難しいわ』

 

 沢木の奴は、ナイフの切っ先を所長さんの首筋にピッタリ付けている。呼吸のたびに僅かに傷ついているのか、首元に少し血がにじんでいるのが見える。あの切っ先がもう数ミリ食い込めば……食い込んでしまったら……っ

 

(――所長さん!)

 

「い、いい加減にしろ沢木公平! 浅見君を放せ! さもないと撃つぞぉ!」

「面白いじゃないか! 撃てるものなら撃ってみろぉ!!」

 

 所長さんがよく一緒に遊んでいる刑事の一人――白鳥さんが撃鉄を上げて銃口を沢木に向ける。

 だが、その手は恐怖か緊張か不慣れなのか、震えている。……だめだ、そんなんじゃ所長さんに当たっちまう。それが分かっているのだろう、沢木の奴も全く銃を恐れていない。

 

(せめて――せめていつものトランプ銃があれば……っ!)

 

 怪盗キッドとして使い慣れたあの銃ならば、綺麗に当ててナイフを落とすことも可能かもしれないが、『瀬戸瑞紀』はそれを持ち歩いていない。特に、今回はガキンチョと行動を共にするため、万が一に備えてアジトに置いてきていた。

 

(どうする――どうすれば所長さんを救える!?)

 

 白鳥さんの拳銃を奪い取って自分が使おうかとも一瞬思ったが、自分は実銃を撃った経験はない。不慣れな物を使って精密射撃を行うのは不可能だ。せめて、誰か拳銃を使う事に慣れてる人がいれば――

 

 

 

――それに、仮に銃を持っていたとしても私は毛利君と違ってそっちの腕はからっきしダメでなぁ……

 

 

 

 ふと脳裏をよぎったのは、あの病院で目暮警部と話した時の会話。

 

 

 

――警視庁でも一位、二位を争う腕前だったんだよ。

 

 

 

(毛利さん!)

 

 頭の中身を瀬戸瑞紀から『キッド』へと変えていく。舞台はここ、観客は所長さんにナイフを突きつけているクソ野郎。そして自分の近くにいる人間。今注目されているのは自分とガキンチョという探偵役の二人と犯人の奴。どうやって視線を逸らせるか……。

 

「もう……もう止めてくれ、沢木さん」

 

 そんな時、俺たちの後ろから声が上がる。

 

「この間英理と飯を食いに行った時、俺の話を聞いていたんなら知ってるはずだ。アンタが刃物突き付けている奴ぁ、娘が――蘭が兄貴の様に慕ってる奴だ」

 

 体力を消耗した蘭ちゃんを抱きかかえていた毛利さんが、いつの間にか立ちあがっていた。

 さっきまで動揺していた毛利さんは、今は覚悟を決めた目をしている。

 

「ソイツ、頭は切れるハズなのに馬鹿でなぁ……。女見かけりゃ鼻の下伸ばすし、それで蘭や七槻ちゃんに説教くらってショボくれて……」

 

 一歩、また一歩、毛利さんが――眠りの小五郎が足を前に運んでいく。

 今なら、俺から注意が離れている。この隙に――っ!

 

「そんでまた俺が飲みに誘えば、懲りもせずについてきて……また俺と一緒に蘭に怒られる。そんな事の繰り返しばっかやってる……大馬鹿野郎だ」

 

 ガキンチョもこれをチャンスと見たのか、沢木から見えない所で腕時計をイジっている。

 

「蘭も、そんなやり取りをなんだかんだで楽しんでるのか、浅見がウチに来る時は楽しそうでなぁ……」

 

 俺が沢木から離れるのとは逆に、ガキンチョは少しずつ間合いを詰めていく。

 あの腕時計の仕掛けは近づかなきゃ出来ないものなのか、他に狙いがあるのか……。ともかく俺は目当ての場所にどうにか意識されずに辿りつけたようだ。――銃を下ろして、それでも隙を窺っている白鳥刑事の近くに。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 自分が浅見さんの代わりに人質になって、近寄った隙に麻酔銃で眠らせる。俺が思いついた作戦だ。

 時計型麻酔銃の存在をおっちゃんや目暮警部達に知られる可能性があるが、そんなの二の次だ。

 なんとしても浅見さんを助けないと――っ!

 

 最初は瑞紀さんにナイフを叩き落としてもらおうかと思っていたが、それは難しかった。それに、仮に瑞紀さんがどうにかナイフを叩き落とせたとしても、確保する間に浅見さんに危害を加える可能性が高い。普段だったら浅見さん自身が倒しているんだろうが、体力を消耗しきっていて、かつ撃たれた傷を抉られた今、意識があるのかどうかも怪しい。ここで更に傷を抉られたら、出血だって不味い。すでに包帯には真っ赤な楕円が広がり、包帯が吸い切れない血液が滴となって地面に滴っていく。

 

(くそ! 時間がねぇ……っ!)

 

 まだ沢木さんには理性がある。本当にヤケクソというのなら、とっくに浅見さんの首にナイフが突き立てられているはずだ。

 あの人はまだ、逃げる事を考えている。それなら浅見さんより俺の方が人質に適していると判断するはずだ。そう思い、沢木さんに子供の演技で声を掛けようとした時に――

 

「もう……もう止めてくれ、沢木さん」

 

 おっちゃんが動いた。

 後ろを全然見ていなかったが、いつの間にか蘭を安全な所に置いて、ゆっくりこちらに向かってきている。沢木さんもおっちゃんに気を取られている。

 おっちゃんは、沢木さんに向けて言っているのか、あるいは自分でこれまでの事を確認するかの様に浅見さんとの思い出を口にしながら歩いてくる。

 

 

「――浅見が蘭の兄貴分なら……なぁ、俺にとっちゃ息子ってことになるだろ」

 

 

 

「なぁ、沢木さん。――なんでだっ!!!?」

 

 

 

「なんで俺の友達が! 俺の息子を殺そうとしている光景なんて見せつけられなきゃいけないんだ!」

 

 

 ――おっちゃん……っ

 

 おっちゃんが浅見さんと仲が良いのはよく知っていた。

 浅見さんは事務所を開いてから、おっちゃんの事務所に何度も足を運んでいた。

 浅見さん自身は『同業との繋がりっていう下心ありきの訪問』なんて言っていたが、おっちゃんは毎週浅見さんと飲みに行くのを楽しみにしていた。初めて会った時こそ険悪だったけど……やっぱりおっちゃんと浅見さんは――

 

「知った事かっ! コイツが探偵なんてやって、私の邪魔をするのが悪いんだよ……」

 

 沢木さんには、おっちゃんの言葉は届かない。多分頭にあるのは――

 

「さぁ、コイツの首をかっ斬られたくなかったら小山内奈々をその銃で撃て!」

 

 やっぱりそうだ。今回、一番の原因となった奈々さんは殺せず、理由こそ分からないがかなり殺意をもっていたであろう辻さんも殺せなかった。

 この人の殺意のきっかけは味覚障害だろう。

 瑞紀さんに配ってもらったミネラルウォーターに、あの人の物にだけ塩を入れたのに気がつかなかったから間違いない。

 味覚障害には様々な原因があるが、おそらくこの人の場合は事故の後遺症、そしてストレス。

 奈々さんが車でひき逃げをしてしまったと言っていたその相手が恐らく沢木さんだ。そして詳しくは分からないが、ストレスの原因となったのが辻さんたちなのだろう。――多分、殺害の邪魔をし続けた浅見探偵事務所……その代表の浅見さんにも……。

 

「――白鳥! 銃をよこせ!」

「……っ! 何を言ってるんですか……貴方には渡せませんよ!」

 

 焦れたのかおっちゃんがそう叫ぶが、白鳥刑事は眉に皺をよせて断る。昔のおっちゃんの話を知っているから、不信感があるのだろう。

 だけど、これじゃあ状況はどんどん悪くなるばっかりだ。どうすれば……どうすれば……っ!

 

「はいはい、とりあえずそんなに力んでいると、暴発しちゃいますよ?」

「――え、瀬戸さん!?」

 

 いつの間にか、瑞紀さんが白鳥刑事の隣に立っていた。

 瑞紀さんは、さっきまでの緊張した声ではなく、あのレストランでマジックを披露する時の様な笑みを浮かべている。

 瑞紀さんは、胸ポケットから白いハンカチーフを取り出してそれを白鳥さんの手元にかけた。

 白鳥刑事はいつの間にか隣に来ていた瑞紀さんに驚いて動きが固まってしまう。そして瑞紀さんはハンカチーフに手を掛け、『スリー……トゥー……』とカウントを始める。

 

「瀬戸さん、何を――!?」

「ワン……ゼロッ!」

 

 白鳥さんの驚く声をよそに、瑞紀さんがハンカチーフを取り払う。すると、そこにあった拳銃が姿を消していた。

 

「……なっ!?」

 

 握っていたはずの拳銃が無くなり、白鳥刑事は唖然としている。そして瑞紀さんはおっちゃんの方を向いて、自分の脇腹のあたりを叩いて見せる。

 それに気がついたおっちゃんは、自分の脇腹の辺り――内ポケットをまさぐる。そしてそこから取り出したのは、先ほどまで白鳥刑事の手にあった拳銃だ。

 

「……毛利探偵、後は――」

「あぁ、お前んトコの所長は任せろ」

 

 慌てておっちゃんを止めようと白鳥刑事が慌てるが、瑞紀さんが肩に手を置いて止めている。

 そしておっちゃんは瑞紀さんの言葉に軽く答え――銃を構えた。

 

「浅見ぃっ!!」

 

 おっちゃんが叫んで呼びかける。聞こえているかどうかはわからない。だが――

 

「俺を信じろ……っ!!」

 

 わずか――ほんのわずかに顔が上がった浅見さんが、ニヤッといつもの不敵な笑みを浮かべた……気がした。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 やべぇ、少し眠って痛たたたたたたたたっ!

 いやちげぇよ! 思い出した! 沢木ってソムリエが犯人だと気づいた瞬間に傷口思いっきり抉られたんだ。ついでに刺された。いや刺さってないけど。防弾・防刃チョッキのおかげで思いっきり食い込んだだけで済んだ。いや、少しチクッてきたけどそれだけ。

 阿笠、小沼両博士には今度お礼をしておこう。ついでにこのチョッキ、警視庁に売り込んでみようかな……。

 

 それにしてもこのソムリエ野郎、思いっきり傷口を抉りやがって……激痛のおかげで意識が少しハッキリしてきた事には礼を言うけど、後できっちり豚箱に叩きこんでやる。

 とりあえず顔を動かさずに状況を把握する。キャメルさんがいつでも飛びかかれるように待機していて、コナンは後ろ手でなにか――多分麻酔銃を起動させてんだろう。瑞紀ちゃんは白鳥刑事の肩を掴んでいる。なんで?

 他の面子は――

 

「浅見ぃっ!!」

 

 はいなんでしょう?

 

 とっさに目線を声の方向に向けると――小五郎さんが真っ直ぐ俺に向けて銃を構えていた。

 

 視界がボヤけてはっきりとした狙いは見えないけど、この状況ならば恐らく後ろのソムリエだろう。

 犯人と探偵――主人公ではないが主要人物の対峙。これがクライマックスだろう。本来ならコナンか蘭ちゃんのどっちかがいそうなポジションに自分がいるわけだが……。そうだよ、これどう見てもヒロインのポジションじゃん。何が悲しくて激痛で意識朦朧としながら野郎に密着されてナイフ突きつけられなければならんのだ。せめて青蘭さんとか怜奈さんみたいな美女でお願いします。

 

 ……ヤバい、馬鹿な思考でどうにか意識保たせようと思ったけど限界だわ。

 

「俺を信じろ……っ!!」

 

 当然じゃないですか。主要人物というのもありますけど、こういうガチな時の小五郎さんは本気で頼りにしています。

 そしてこのクライマックスの綺麗な構図。恐れる理由が一つもない。綺麗にナイフ、あるいは腕に当ててその後確保という流れか。

 立っているのが精いっぱいで、上手く取り押さえられる自信はない。コナンとキャメルさんに頼るしかない。俺に出来る事は、さらに犯人に捕まるとかいうポカを防ぐためにさっさと距離を取るくらいだ。

 

 残った気力を全部費やして足に力を込める。少し体勢を左に傾けて、小五郎さんがナイフを狙いやすい様にする。そしてOKという意味を込めて、小五郎さんに向けて軽く笑ってやった。

 

 意図は伝わったのだろう。飲んだくれてる時のだらしない顔ではなく、少しニヒルな笑いを浮かべると小五郎さんは銃を構え直す。そして、引き金に指をかけ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――俺の脚に激痛が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………え、そっち?

 

 

 

 

 

 

 




相変わらずの難産。
次回は後日談という形でこの後の出来事を色んな人の視点から描いていこうと思います。

以前あと二人ほど事務所に入れたいと言ってましたが、作中のモブから二人という意味でした(汗)

Q本編で重要だった人は? A:関わらない理由がない。

Q:事務所外で登場させたい人物はどれくらい?? A:多数。


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033:一難去って……まぁ、こうなるよね

 あの事件から数日。お母さんの具合も良くなり、今日から仕事に復帰すると聞いてコナン君と一緒に様子を見に来た。正確には、あの事件でやっと分かった事をお母さんに話しておきたかったのだけど……。

 

「えーーっ!! お母さん、お父さんが撃った理由が分かってたの!?」

「当たり前じゃない。これでも一応妻ですもの」

 

 意識が朦朧としていたあの時、一瞬目に入った光景が信じられなかった。

 子供のころ見たあの光景。まるでそれを再現するように、お父さんは銃を構えていた。

 その向こう側には、別人のように怖い顔をしている沢木さん。そして、あの沢木さんにナイフを突きつけられている――浅見さん。

 

 とっさに叫んでいた。『お父さんやめてっ!』って。

 お母さんみたいに、浅見さんが遠くに行ってしまうようで……。

 でもあの瞬間、視界がボヤけていたにも関わらずハッキリ見えた気がした。

 お父さんに向けて、たまに見せるニヤリとした笑みを浮かべた浅見さんの顔が……。

 

「人質を盾にしている被疑者を確保するには、要は人質が邪魔になればいい。囲まれている状況では、殺す暇もない」

 

 そう、そして多分浅見さんもそれが分かっていたんだろう。後でキャメルさんから聞いた話だと、お父さんが撃ちやすく、そして体勢が崩れても自分に被害が出ないように姿勢を変えていたらしい。

 あの瞬間、浅見さんとお父さんは互いを理解して、信じあっていた。そう思うとなんだか嬉しい。

 本当に――本当に浅見さんが私の家族になった気がして……。

 

「そういえば、例の浅見透はどうしたの? 出血が酷かったって話は聞いたけど……」

「うん、お見舞いに行った時は元気そうだったよ?」

 

 浅見さんが目が覚ました日、私とコナン君でお見舞いに行って来た。

 やや広い個室で、『ひまーひーまー……蘭ちゃんお酒持ってきてー』なんてふざけてたけど……。

 足を吊っている布には、七槻さんの文字で『今度こそ大人しくしているように』なんて書かれていた。

 そういえば、その後しばらく安静にさせるって七槻さんからメールが来てたっけ。

 今度またお見舞いに行こうと思うけど……。

 

「コナン君は聞いてる? 私、あの後は詳しい事は聞いてなくて……」

「あー……」

 

 特に仲が良いコナン君に聞いてみる。ひょっとしたらあの後浅見さんの所に行っていたかもしれない。

 すると、コナン君はお見舞いの時の瀬戸さんみたいに顔を引きつらせる。

 

「うん……まぁ、大丈夫なんじゃない? ……今の所は」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 さぁ、お待ちかねのクイズタイムだ。窓の上から鉄格子が取り付けられ、カーテンを引けばプライバシーはある程度確保できるとはいえ監視カメラの目がある。ついでにガラスは防弾仕様で、鍵は外からしか掛けられない部屋ってなーんだ?

 

 

 

――病室である。

 

 

 

 

――病室である。浅見透専用の。

 

 

 

 

「……どうしてこうなったんだ」

 

 軟禁は覚悟してたけど、まさか病室を魔改造されるとは思わなかったよ。しかも俺専用の個室。

 目を覚ました時は普通の個室だったと思うんだけど、一度眠って目が覚めてたらこうなっていた。俺はこの出来事を『本当にあった○○な話』とかいう感じでどこかに投稿した方がいいんだろうか?

 

 足の怪我はかすっただけだったので、歩けるようになって取り敢えず鉄格子を外してみようとチャレンジしたらセンサーが反応して20秒で高木刑事がすっ飛んできた。なんで警察官が来るんですかねぇ……。

 聞けば、自分を捕獲した後のことをふなちが佐藤刑事に相談していたらしい。その結果、狙撃されたということもあるので護衛として人員を付けるのは難しくないと――佐藤さんやってくれるなぁ……。

 

「はぁ……」

 

 まさかの鈴木財閥――というより次郎吉さんがポケットマネーを使ってこの部屋を用意させて設備を整えたようだ。あの後、ヘリで迎えに来た安室さんが俺や蘭ちゃん、怪我をしている奈々さんを救助してくれ、コナンや小五郎さん達は海保の船に助けられたらしい。

 なんでも、爆薬はまだまだあったらしく、爆発していたら建物は崩壊していただろうとの事。

 

(だけど、やっぱりデカい事件の時は爆弾が関係するか)

 

 やはり、そっち方面の知識は多く吸収しておいていいだろう。特に解体技術。

 ……刑事の誰かに頼めばいい人教えてくれるかな? コナンも十分な知識を持ってるけど、勉強しておいて損はない。……高木刑事――なんか不安だからパス。白鳥刑事……最近忙しそうだからこれもパス。

 

(――佐藤刑事なら教えてくれるかな?)

 

 ぶっちゃけ、刑事の知り合いは多い。非常に多い。最近白鳥刑事や由美さんの誘いで他の刑事と居酒屋に飲みに行ったりしている内に知り合いが非常に増えている。

 この病室を埋め尽くさんばかりの見舞い品のうち、警察関係者から送られてきた花やフルーツは交通課や地域課の婦警さん達から。ハートマークや音符マークが入ったカラフルなメッセージカード付きである。皆さん本当にありがとうございます。

 

 そして小さな盆栽やサボテンといった鉢物は、知り合いの警視庁男性陣の皆さまからの見舞い品である。お前ら退院したらおぼえてろよ。

 それぞれにボールペンや筆ペンで、『しっかり休んどけ馬鹿!』とか『そのままじっとしてろ馬鹿!』等と書かれたメモやチラシの裏をちぎった物がセロテープで張りつけられている。煽り雑じゃね? 馬鹿馬鹿書きすぎじゃね?

 見舞いに来た九条検事が、それ見て珍しく爆笑してたんだけど。

 

 ともあれ、知り合いこそ多いがそっち方面の人脈を期待できる面子はそんなにいないのだ。鉢物持ってきた奴ら? マージャンとか飲みの相手ならいくらでも紹介してくれそうだが……。

 

――コン、コン

 

 これからの計画を立てていたら、ドアがノックされる。ノックの仕方、そして直前の足音の小ささは……

 

「安室さん? 鍵閉まってるんで開けて入ってください」

 

 そう答えるとガチャッという音がして鍵が開く。

 

「やぁ。見舞いが遅くなってすまない」

「いえ、安室さんもお疲れですし……もう意識は無かったんですが、あの後ヘリで迎えに来てくれたんですよね? おかげで病院への搬送がスムーズだったようで……ありがとうございます」

 

 ここしばらく姿を見ていなかった安室さんが顔を見せた。目の下に少しクマが出来ている所を見ると、本当に休まず動いてくれていたのだろう。いやもう本当にすみません。

 

「しかし……五体満足ってことは、まだ副所長が来るような事態じゃないみたいだね」

 

 すみません、七槻の奴は何をやらかす気なんですかねぇ……。

 何か知ってるんならすぐに教えてほしいんですけど……もう一回だけ抜け出す気だし。

 ――大丈夫、一晩だけ、一晩だけだから。ちょっと野暮用済ませるだけだから。

 

「それにしても……所長が人気者で調査員の僕も鼻が高いよ。これ全部お見舞いの品だろう?」

「呪いや罵りの言葉とセットなのが妙に多いんですがそれは……」

「愛されている証拠じゃないか」

「愛とは一体」

 

 思わず哲学へと思いを馳せる所だがおいておこう。

 

「それで浅見君。怪我の経過はどうだい?」

「怪我は全く問題ないです。むしろ七――越水とふなちの二人と顔を合わせた時を想像した時の胃へのダメージの方が深刻です」

「それはもう諦めるしかないね」

「いやはやまったく……。まぁ、真面目に怪我は問題ありません。阿笠博士と小沼博士が作ったジャケット、ウチで正式採用ですね。ついでに警視庁――SITやSATにも売り込もうと思うんですが……」

「君という奴は本当に……本当に無駄にたくましいよね。色んな意味で」

 

 おかしい。普通の雑談をしているはずなのに、俺が口を開くたびに安室さんのため息が大きくなっている気がする。

 

「ま、まぁ元気そうでなによりだよ。で、浅見君――いや、所長。今度紹介したい人がいるんですけど」

「? 安室さんから?」

「えぇ。出来れば、しばらく試用で使ってみてもらいたいんですが」

 

 それはまた珍しい。安室さんはむしろ、ウチで働きたいという人間を断る方が仕事なんだが……。

 

「履歴書とかは? まぁ、写真だけでもいいんですけど」

「もちろん。こちらですが……」

 

 そういって安室さんが、持ってきていた鞄から茶色の書類袋を取り出して俺に差し出す。

 それを受け取り、中から紙を取り出す。

 

「えーと、マリー=グラン……外人さん?」

 

 書類から顔写真ははがれていた。書類袋を覗くと、それらしい物が中に入っているので後廻し。

 で、名前を見る限りは外国人の女性のようだ。ふと頭に思い浮かんだのは、いつぞやの金髪美人さん。もしあの人なら即採用なんだが……。

 や、ほら、水無さんと一緒に動いていたから、そういう方面から情報を得る事に長けているかもしれないからね? それなら十分に採用する理由として妥当じゃん? 見た目有能そうだし、スーツ似合いそうな美人だったし……ねぇ?

 

「安室さんは、どこでこの人を?」

「以前、一人で探偵業をやっていた時に何度か仕事を手伝ってもらっていた人です。調査能力――そうですね……情報収集に関しては僕以上かと」

「ふむ……」

 

 余り経歴は書かれていないのが気になったが、探偵という事ならば分かる。あんまり何をやったこれをやったという情報を書く訳にもいかないだろうし。

 一応出来ることに格闘術や護身術に長けていると書かれているし、少々特殊なウチの仕事でも活躍できるだろう。

 

 で、顔は――

 

「どうしろっていうのさ」

 

 思わずそう呟いた俺は悪くない。いや、普通の人なら気にしない所か喜ぶ事なんだろうけどさ。

 書類袋の底から写真を回収して見る。――うん、美人。すっごい美人。それはいい。積極的にいい。が――

 

(……キャラ立ちすぎじゃね?)

 

 気の強そうな表情をした、あの金髪さんと同じくスーツ姿が似合いそうな銀髪ロングの美人さんがそこにいた。

 銀髪て。銀髪て。

 こう、なんだろう。ここまでキャラが立ってると『あぁ、絶対なんらかの関係者だ』と考えざるを得ない。

 

(そして紹介してきたのが、滅茶苦茶優秀な安室さん。おぉ、もう……)

 

 これは少し判断に困る。いや、重要そうな人物と言うなら要チェック人物なのだが……。

 

(雇う? それとも違う方法で少し距離を置いて観察した方がいい?)

 

 要するに、彼女が味方サイドか敵サイドかという話だ。

 ついでに、ここまで目立つ外見のキャラだとそれだけで死亡フラグが立っているような気がする。

 この世界に、緑とかピンクの髪のキャラがいればそこまで警戒しなくていいんだが……。

 やべぇ、これまじでどうしよう。

 

「……意外ですね。美人ですから、所長なら写真みて即答すると思ってたんですが――美人ですから」

「なんという風評被害。訴訟も辞さない」

「へぇ……胸に手を当てて思い返したらどうです? 瀬戸さんとか紫音さんとか。……どうです?」

「記憶にございません」

 

 えぇまったく。一体なんのことやら。

 記憶にないって記憶にない人が言ってんだからそのニヤニヤ止めてくれませんかね。

 

「――安室さん」

「はい?」

 

 まぁ、どっちにせよ確保しておくべき人ではある。彼女が敵か味方かで安室さんへの対応も変わるだろうが――

 

「手綱はしっかり握っておいてください? その……無茶しない限りで」

 

 万が一安室さんが敵だったとしても、いざって時に対応できる諸星さんっていう知り合いも出来たし。

 

 ――ある見舞い品の中に、携帯電話の番号を書いた紙入の封筒を紛れ込ませていた。

 紙には諸星だと書かれた上で、別の名前で登録してからこの紙を処分するようにと走り書きで書かれていた。

 スパイかよ。ちゃんと処分したけどさ。

 

 それはともかく……ぶっちゃけ今更疑ってもなぁ。

 もうこうなったら突っ走れる所まで突っ走るのも悪くないだろう。

 

 一方、安室さんは俺がそう言うと、……唖然とした様子と言えばいいのだろうか。ぽかーんとしばらく俺を見ていた。どうしたんすか?

 

「……いいのかい? 僕に任せて」

「頼りにしてますから」

 

 他になんて言えばいいんだろうか?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「随分と時間がかかったようだが……彼は元気だったかい?」

「お前には関係のない話だ」

「仮にも護衛を務めた身としては気になってな」

 

 浅見君との会話を終えて車を止めてある駐車場に戻ると、俺の車の傍に見たくない顔が平然と立っていた。赤井だ。

 

「よくもまぁ平然としていられるものだな。お前を殺したいと思っている男の目の前で」

「彼のために頭を下げた君だ。君がどう思おうと、私は君を信頼できる人間だと思ったまで」

 

 あくまで、彼が関わっている事に関してだが、と奴は断りを入れるが……。この薄い笑いが浮かんだ顔を、今すぐ全力で殴り飛ばしたい衝動に駆られる。

 

「一応礼は言っておく。おかげで彼もピンピンしているよ。撃たれた腕を更に抉られたとは思えない程にな」

「さすがというかなんというか、凄まじい生命力だな。我々FBIの中でも、撃たれてすぐに行動できる者が何人いるか……」

「じっとしていてもらいたいというのが本音だがな……」

 

 もっとも、今回は彼が動いてくれたおかげで色々と事が運べた。例えば――

 

「例の男は確保したのか?」

「さぁ? なんのことだ?」

 

 部下――『組織』ではない方のだ。そちらを走らせ、アクアクリスタル付近の海岸で負傷して打ち上げられていたカルバドスの確保に成功した。

 今は怪我の影響で未だに意識が戻らないようだが……戻り次第尋問をする事になるだろう。

 実行部隊の一員にすぎない奴が、そこまで情報を握っているかという不安はあるが――

 

(ともあれ、牙を一つ抜いた事には変わりない、か)

 

 問題はやはりピスコだ。恐らくは個人としてカルバドス……恐らくキールも動かして浅見君に対する揺さぶりを掛けようとしていたのだろうが――

 

(今回の件、上手く印象を操作していかないと不味いな……)

 

 ピスコは浅見君への警戒を強めている。カルバドスの失踪はそれに拍車をかけるだろう。もっとも、捕まえなかったらまた不味い事になっていたのは間違いない。非常に面倒な状況だ。

 とはいえ、ピスコは未だに動く気配を見せない。いざという時のために、浅見君の家と事務所の双方に部下をつけて、なおかつピスコも監視させているが……。

 

「とりあえず、これが報酬だ。受け取れ」

 

 ともかく、コイツに渡す物を渡してさっさと消えてもらおう。一緒にいる所を見られると不味い。

 用意していたもう一つの書類袋を赤井に押し付ける。『あの人』に関しての情報をまとめた物だ。

 赤井は中身を軽くパラパラと確認し、眉に皺を寄せる。

 

「……ピスコの元にいるのか。ある意味で一番やっかいな所だな」

 

 確かにそうだ。だが、身体の安全という意味では現状悪くない場所にいると思う。これがジンの元ならば、すでに危険な仕事を押し付けられて使い捨てられていてもおかしくない。

 むしろ、やっかいな事になったのはそっちじゃなく……やはりというかなんというか――

 

「赤井、お前は出来るだけ事務所には近づくな。こっちもこっちで面倒な女が張り付く事になった」

 

 浅見探偵事務所に、情報収集に特化した幹部を潜入させる事が決定してしまった。

 ピスコからの指示ならばどうにか回避できると思ったが、どうももっと上からの命令らしい。そうなると自分にはどうにも出来ない。

 だからお前が見られるとヤバイ。そういう意味を込めて発言したのだが、コイツは頭を軽く押さえてため息をつく。

 

「女……となると美人だろう? 君も苦労するな」

「…………」

 

 浅見君、君は――君という奴は、赤井にもそう思われているのか……。

 何とも言えない脱力感を少し覚えるが、笑い事ではない。

 

「その女好きの浅見透が、警戒する美女。と言えばどうだ?」

 

 正直、彼の事だから書類を見た瞬間『採用!』なんて即答すると半ば確信していたのが……良い意味でその確信は外れた。

 

 以前から感じていたが、彼の人を見る目は理解できないレベルで凄いと思う。瀬戸さんや小沼博士の件、自分の視点からみて非常に怪しいが、アンドレ=キャメルもまた優秀な人員だ。

 あれだけの人員を見出す彼が、真剣に悩んだ。短い時間とはいえ本気で。

 

(実際、正しい。なにせ、組織のNo.2――ラムの側近と言われる女だ)

 

 コードネーム・キュラソー。顔を見るのは今回が初めてだった。情報収集に長けた工作員で、その技能から警察組織や政府関係の組織が主な仕事対象だったと聞く。組織が、それほどの女を浅見探偵事務所に付ける理由はなんだ? 

 

「ふむ……」

 

 赤井も事態の厄介さは理解しているのか、顎に手をやり考えているが――すぐにその表情は苦笑になる。

 

「――なにがおかしい」

「いや、彼ならどうにかしてしまいそうだと思ってな」

「…………」

 

 笑っている場合かと怒鳴り返したかったが、出来なかった。

 なぜか? その言葉に納得してしまったからに決まっている。

 

「はぁ……っ」

 

 本当に、彼が関わった途端にありとあらゆる事象の――重力のような物が軽くなってしまう気がする。

 

「とにかく、渡せる情報はここまでだ。次からはまたお前を追い掛ける。お前は――お前は……」

 

 ――仇。仇なのだからと言おうとしたが、それを今は言う気分にならなかった。

 

「情報はありがたく頂いていく。――それと、これも前回同様好奇心だが……これから君はどうするんだ?」

 

 これからの事を考えて携帯を取り出した瞬間、赤井が尋ねてくる。本当に何気なく聞いたんだろう。

 

「……ちょっとした野暮用だ」

 

 携帯のディスプレイには、ある人物からのメールが来ていることを伝えるアイコンが表示されている。

 その人物は自分にとって一応の上司に当たり――しかも年下の人物である。ただし、浅見透ではない。

 つまり――

 

 

『越水七槻』

 

 

 我らが副所長からのメールであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「柚嬉ちゃ~~ん! いつものちょうだ~~い♪」

「もう! 毛利さん、ここのところほぼ毎日来てるじゃないですか! 娘さんが心配してるんじゃないですか!?」

「だ~いじょ~ぶだ~いじょ~ぶ! 心配ないって~!」

 

 蘭には英理の所に通ってやれと言っている。実際、毒を飲まされてからアイツも心細いだろうし、今日はコナンと一緒に向こうに泊まると言っていた。

 俺が来たのは、ここ最近よく飲みに来る『ブルー・パロット』というバーだ。ダーツやビリヤードが置いてある、おおよそ自分のような歳の男には似合わない店だが、よく通っている。

 この女の子が可愛いからだ。この女の子が可愛いからだ。

 今俺の相手をしてくれている柚嬉ちゃんは、バーテンダーとしてここで働いている子だ。

 よくこうして怒られるが、なんだかんだで今みたいに酒を出してくれる。

 

 冷えたグラスに注がれたビールをグッと喉に叩きつける。

 炭酸と苦みから来る、痛みに似たような刺激。これが今の自分の癒しだ。

 だが、それもあっという間に無くなってしまう。

 しばらくは煙草の苦い煙で満足しているが、すぐにまた口寂しくなってしまう。

 さっそくお気に入りの子にお代りの注文を頼み、再びビールを口に含み――。

 

「――ここで飲んでたんですか。他の店回ってもいないから探し回りましたよ」

 

 

――ぶうううううううぅぅぅぅぅぅっ!!!

 

 

 盛大に吹いた。柚嬉ちゃんが『ちょっと毛利さん!』と怒っている。

 

「あ、あ、浅見!? お前入院してんじゃねぇのか!?」

「抜けだしてきました。監視カメラ誤魔化しながらセンサーを無力化するのにどれだけ手間暇がかかったことか……」

「なにやってんだてめぇ!?」

 

 失礼しまーすと、軽いノリで俺の横に座ったのは、ついこの間大怪我のオンパレードを負った――はずの年下の同業者だ。

 

「ちょっと羽を伸ばしに……ですかね。さすがに常に監視されているのはキツい」

「って……お前例の狙撃犯はどうなんだよ」

 

 刑事連中から『歩いても寝ててもネジがポロポロ落ちていく男』と呼ばれているのは知っていたし、コイツの怖いもの知らずな所も知っているつもりだったが……まさかあの監視すら抜け出すとは……。

 

「そっちの方は多分カタが付いたと思うので、あんまり心配してません」

「カ、カタがついたって……」

 

 相変わらずコイツ自身もコイツの周りも謎だらけだ。この間拳銃をもったストーカーが出た時も、コイツとコイツの部下の安室という奴の二人掛かりとはいえ、ほぼ丸腰かつ無傷で取り押さえている。

 

 先日の事件の時は、俺が足を掠めるように撃った直後、コイツは綺麗に犯人――沢木さんの体勢を崩すように倒れた。どういう訳かウチの居候のガキが近づいていたが……なんであのガキ近づいたんだ?

 

 そしてナイフがコイツの身体から離れた瞬間、あの手品師の嬢ちゃんがトランプを投げつけた。数枚同時に投げた内の一枚が綺麗にナイフに当たり、取り落とした所を今度は同時に飛び出していた大柄な運転手が取り押さえる。刑事時代にあまりそういう機会はなかったが、少なくとも自分には素晴らしいコンビネーションに見えた。

 

(本当にどうにかしちまった……って言っても納得できちまうのがこいつらだよなぁ……)

 

「ま、飲み仲間がいないと寂しいですからね」

 

 浅見がポロッとこぼした言葉に、なんとなくコイツがここに来た目的が分かった気がする。

 恐らく、言葉通りだろう。ただ、それは浅見自身じゃなく――

 

(……この馬鹿野郎、人の事を気遣っている場合かよ)

 

 コイツが目を覚ました時に、蘭と一緒に見舞いに行ったが、その時も自分の事より蘭や俺を気遣っている気配はあった。余計な事をするガキめと思ったが……。

 

「ったく、柚嬉ちゃん! コイツに何か軽い物作ってくれ! 浅見ぃ! 一杯飲んだら帰れよ!?」

「もちろんです! ゴチになります!」

「調子いいな、てめぇはよぉ!!」

 

 この数日、一人で店の人間に管を巻いていた。

 それはそれで悪くはない。気晴らしにはなった。だが、カウンターの向こうの人間ではなく、隣にいる奴と話すのも……まぁ、悪くない。

 怪我人でなければ、もっといい。

 

「浅見、早く怪我治せよ」

「はい」

「んで、また美味いツマミでも持ってこいよ。安酒で良ければ用意しといてやる」

「はい」

「……浅見」

「はい?」

 

「何歳になっても。いや、歳を取ったからこそか……」

「…………」

「……友達を失くすのは……堪えるなぁ……」

「…………」

 

 柚嬉ちゃんが、浅見のグラスを持ってくる。普段のコイツなら絶対に飲まないカクテルだ。

 本人も似合わないと思ったのか、微妙に苦笑しながらグラスを掲げる。

 

「浅見」

「はい」

 

 体の向きをそちらに向ける。松葉づえを足にひっかけながら、コイツも俺の方をしっかり向いてくれる。

 

「お疲れさん」

「小五郎さんも、お疲れさまでした」

 

 軽くグラスをぶつけ、軽い音がカウンターの上に響く。

 若い奴と飲む機会なんて、去年まではお店の女の子相手がほとんどだったが……こんな馬鹿と飲む酒も、悪くないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「まったくもう……」

 

 ブルーパロット。発信器が指し示しているのはこの店で間違いない。

 

「例によって例の如く無理無茶無謀の三拍子で色々突っ走ったばかりだっていうのにさっそく脱走するなんて――」

「いやぁ、副所長の読みは凄いですね。そろそろ逃げ出す頃だから待機ってメールが来た時は何事かと思いましたよ」

 

 運転席にいる安室さんは、やけにニコニコしながら店の方を眺めている。多分だけどボクも似たような顔をしているんだろう。バックミラーに映るふなちさんは、さっき一度十字を切ってから手を組んで必死に祈っている。優しいなぁふなちさんは……。

 

――ザ、ザザ……っ!

 

『こちらキャメル、配置に付きました。万が一タクシー等に乗られた時に備えてエンジンはかけています』

 

『瀬戸瑞紀、こっちも大丈夫です。小沼博士と待機してます!』

 

『美奈穂です。こちらには穂奈美、それに非番でした由美様もご一緒です』

 

 無線から次々と報告が流れてくる。ブルーパロットから、仮に裏口等を使ってこっそり逃げようとしても追えるよう完全に逃げ道をふさいでいる。アリ一匹逃さない包囲とはこのことだ。

 

『あ、あのぅ……本当にいいんでしょうか?』

 

 キャメルさんが不安そうな声でたずねて来た。

 

「大丈夫です、店に突入なんて無粋な事はしません。店を出て離れた所を速やかに確保します。多分毛利探偵と一緒でしょうが……仕方ありません。同時に包囲して彼を引き渡してもらいます」

『いつからウチの所長は凶悪犯のような扱いをされるようになったんでしょうか……』

 

 結構前からだと思う。というか、まさかセンサーを無効化されるとは……おそらくコナン君や阿笠博士と一緒にやっている『授業』で技術だけはほいほい取り込んでいるんだろう。……対策が必要だなぁ。瑞紀ちゃんと一緒に色々考えてみるか。

 

「あ、あのぅ……越水様?」

「ん? なに、ふなちさん?」

「さ、さすがに浅見様も今回はすぐに帰るのでは……いや、あの人もきっと反省して――」

「ふ・な・ち・さ・ん」

「ひゅいっ!?」

 

 どうしたのふなちさん。変な声出して。僕、君の名前を読んだだけじゃない。

 

「前にね、ボクが彼に心配かけちゃった時にさ、浅見君色々と用意してたんだ」

「は、はぁ……」

「発信器用意して、おまけに走行中のバイクから飛び降りて並走してるワゴン車に飛び乗ろうとしたりさ……」

「あの、もし?」

「要するにさ、ふなちさん」

 

――こんなに心配かけてるんだから、こっちがちょっと位やりすぎても仕方ないよね?

 

 どうしたのふなちさん、また十字を切ったりして?

 

 




この文量でこの内容は少し薄かった気がする……長い間書いてないと色々と変になりますねぇ……
次回、後日談もう一話やってから、再びスキップモードに入らせていただきます



そしてよっしゃー! 久々のキャラ紹介!

○福井柚嬉(26歳)

アニメ:File738-739 小五郎はBARにいる(前後編)
原作:81巻File2-5

調べるまで知らなかったんですけど、どうやらイベントでファンの名前を実際に使ったキャラのようですね。

小五郎の行きつけの店、『ブルーパロット』に勤めるバーテンダー。
名前に『ゆず』が入っていることから、柑橘系の香りが好きな方です。
個人的には可愛い系で結構上位に入る人ですねw



○マリー=グラン

この名前はオリジナルですが、正体は作中で書いた通り。
ぶっちゃけ何書いてもあれなんで、分からない人は『純黒の悪夢』のDVD・BDを是非買いましょう!

……レンタルでも可!!!!w



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034:その後の色々そのに(副題:内緒のクリーニング)

「ねぇ浅見君。大人しくするってどういう意味か知ってる?」

「あ、はい。えぇと――」

「どういう意味か知ってる?」

「いや、だから」

「どういう意味か知ってる?」

「お願いだから喋らせてくれませんかねぇっ!!?」

 

 酔っぱらった小五郎さんをタクシーに乗せて、見送った三秒後には包囲されてました。

 由美さん、なんでノリノリで交通課の方々引き連れてきちゃったんですか……他の人から見ればどう考えても俺、取り押さえられる直前の逃亡犯じゃないですか。……あれ? 間違ってなくない?

 

「……ねぇ、浅見君」

 

 越水がカーテンを閉めて、ベッドの端にちょこんと腰をかける。

 

「僕達の事を考えて、相談役の所に保護をお願いしてくれたのは分かってる。ありがとうね?」

「……越水?」

 

 あれ? スタンガンの一撃くらいは来ると思ってたけど……あれ?

 

「でもさ、もうちょっと僕達に――僕に頼ってくれても良かったんじゃない?」

「……おいっ」

 

 一瞬、何かで手の甲を刺されたのかと思った。だが違う。その感触の正体は、ひんやりとした七槻の指だった。

 

「うん、知ってた。そういう意味では、安室さんや瑞紀ちゃんを頼りにしてるっていうのは。実際正しいと思う。荒事が関わりそうな事件であればあるほど、あの二人は頼りになる。僕が浅見君の立場でもそうするよ」

 

 手の甲に伝わる冷たさが、点から面になる。不思議と顔が動かせないが、理解できる。越水が、俺の手の甲に自分の手を這わせている。

 おかしい。様子がいつもの七槻と違う。

 気が付いたら、もう片方にも越水の手が添えられている。そこまで考えて、ようやく今の状況に気が付いた。

 

「七槻、お前――!」

 

 気が付いたら、七槻が完全に自分の動きを封じていた。俺の上に乗る事で。

 

「ねぇ、浅見君。答えてくれないかな?」

 

 顔を見て、俺は何も言えなくなった。――そりゃそうだ、この状況で何か言える奴がいるなら俺はそいつを勇者と呼んでやる。

 

 

――涙を流す女に勝てる男なんて、そうそういねぇだろうさ。

 

 

「僕、そんなに頼りないかな?」

「……七槻」

 

 違う、そうじゃないんだ。反射的に七槻の顔に手を伸ばそうとしたが、不思議と手は動かなかった。

 俺の手を撫でるようにしていた動きが止まり、指と指が絡み合う。

 その手が少しずつ上へと伸びていき、それと同時に少しずつ七槻の顔が近づいてくる。

 思わず目を閉じながら、今言わなきゃいけない言葉を探して、口にする。

 

「七槻……ごめん。俺が悪かった、でも――」

 

 手を七槻の背中に回そうとする。だが、動かせない。

 手首に感じる冷たい感触。こころなしか先ほどよりも強く、そして痛く感じる。

 

「……おい」

「ねぇ、答えてよ。僕、頼りないかな?」

「――その前に、俺が聞きたいんだが」

 

 手首を――ほとんど身動きのできなくなった両手首を動かすと、『ジャラッ』という金属音がする。

 ベッドの金属部分――ではない。もちろん。

 

「なに? 僕に何が出来るか? そうだね、今まで推理力には自信があったんだけど最近じゃあ安室さんに――」

「誰がんなこと聞いてんだくらぁっ!」

 

 ガシャガシャと音をたてて、自分の両手を拘束している『手錠』の存在を強調するが、七槻は俺に乗っかったまま平然とした顔で言葉を続ける。おい、今ポケットに隠したの目薬か? 目薬だよな!? 

 

「てっめこの野郎!! 完全に拘束するために芝居打ちやがったな!?」

「撃たれて刺されて抉られて銃弾掠めたのにさっそく抜けだしてる奴に発言権があると思ってるの!?」

「馬鹿野郎! 撃たれて抉られて銃弾掠めたんだ! ジャケットのおかげで『刺された』のはノーカンだノーカン!」

「ちょっとでも肌に傷が付いて血が出たんなら刺されたでいいんだよ!」

 

 どうにかコイツをどかそうと足をバタバタさせるが、腰の上に乗っているために攻撃が一切届かないちくしょう。

 

「ほら、暴れない。傷口開くよ?」

「てめぇがどきゃ済む事だろうが! や、その前に手錠外してくださいお願いします! 所長命令ですだよ!?」

「副所長権限で却下」

「ガッデム!」

 

 このやろう、ここ最近で一番いい笑顔してやがる! なんて女だ! 俺はただ怪我を無視して病院抜けて暴れ回ってちょっとまた怪我した後でもう一度病院抜け出しただけじゃないか!!

 

「ま、いい機会だから身体をしっかり休めておきなよ」

「拘束された状態でか!?」

「仕事の方は僕達でやっておくからさ」

「うぉぃっ!?」

 

 あ、ダメだ。こいつマジで俺をここに監禁するつもりでいやがる。

 お巡りさん助けてお巡りさん! ……あぁ、いるよねお巡りさん。多分すぐ外に。

 

 越水は、引き攣っているのだろう俺の顔を携帯のカメラでパシャっと撮ると、満面の笑顔でその出来を確認して――

 

「と、いうわけで所長。後の事は我々に任せてゆっくり療養をしててね?」

「良し分かった。きっかり療養取ってやるからこれを! 手錠を外してくれ! さっきからトイレ行きたくてしゃーねーんだ!! せめて鍵おいていってくれ!」

「…………ふーん」

 

 そういうと越水は、『わかったわかった、ちょっと待ってね』と言って立ちあがるとベッドから離れ、カーテンを開け、そしてドアを開けて笑顔で手を振り、そしてそのまま鍵をかけていったのだった。

 

 

 

 

 

 

「――――鍵寄越せっつったんだよ誰が掛けていけっつったんだオラァ!!?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 多分、今頃ドアの向こうで浅見君は騒いでいるだろうが、ここまでくれば音は聞こえない。防音対策はしっかりしている部屋だ。ウチの事務所とほぼ同レベルの防音、盗聴対策をしている特別室。そう簡単に声が漏れる事はないだろう。

 

(さて、手錠の近くに隠したナースコールのスイッチにいつ頃気付くかな?)

 

 緊急事態の時はともかく、普段の彼は変な所でおっちょこちょいだからひょっとしたら気が付かないままかも……まぁ、それはそれでいいか。

 

「…………ふふっ」

 

 懐から、さっきまで録音機能をONにしていた携帯を取り出し、耳に当てて再生を始める。

 

 

 

――『……七槻』

 

 

 

――『七槻……ごめん』

 

 

 

 思わずと言った様子で彼の口から出た、自分の名前。

 罪悪感のせいか、弱弱しいが確かに『七槻』と呼んでいる。

 

「~~~~♪」

 

 特に深い意味はないが、その音声データにロックを掛けて、ファイル名を編集して日付をタイトルにする。

 そのままストラップの紐を指にかけて、くるくると宙で回しながら病院の出口へと向かう。今日はここしばらく溜まってた仕事の整理をしなければいけないから事務所に泊まろう。外に小沼博士と穂奈美さん達が車を止めて待ってくれている。

 これからとっても忙しい夜になるが――良い夜になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご覧ください。あれが、浅見様を完全に監禁、その後上機嫌で鼻歌を歌いながら立ち去る我らが副所長の勇姿ですわ」

 

 半分スキップになりかかっている越水の後ろ姿を物陰から見つめる複数の姿があった。

 事務員兼調査員のふなちに、主力調査員の安室、瀬戸の三人だ。

 

「安室様、瀬戸様。……ご感想は?」

 

「そうですね……とりあえず、副所長には……」

「ぜ、絶対に逆らわないようにします」

 

 順々にそう答える安室と瀬戸。その回答に、それが正解だと言わんばかりに『うんうん』と頷いているふなち。

 揃って引き攣った笑みを浮かべている三人の探偵は、微かに金属をぶつける音と『トイレ~』とか『カメラを~』などといった微妙な声が漏れてくる病室のドアを開けるかどうか僅かに悩み――結局、そのまま静かに病院を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 沈みかかった太陽が、堤無津川に紅いイルミネーションをかけていく。

 その河原を、一人の男が息を切らしながら走っている。

 その男――白鳥は、いつものスーツではなく、めったに着ないジャージ姿だ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っ」

 

 かれこれ5時間程、ほとんど休まずに白鳥は走っていた。

 非番の日だから、時間は気にしなくていい。たまに水を口に含みながら、限界まで足を前へ前へと踏み出していた。

 

「あれ? 白鳥刑事じゃないですか」

 

 ふと足を止めて、夕日が川に反射する光景を眺めていたら、後ろから声を掛けられた。

 誰だと思い白鳥が後ろを向くと、よく知っている顔がそこにいた。

 最近よく一緒に仕事やプライベートで一緒になる男の子が立ち上げた探偵事務所。その調査員の一人で、スタントマンが舌を巻く程の運転技能を持つ男――アンドレ=キャメルだ。

 

「キャメルさん……あなたも走っているんですか?」

 

 キャメルも、白鳥と同じようにジャージ姿だ。額の汗を、首にかけているタオルで拭い、白鳥の傍へと歩いてくる。

 

「えぇ、トレーニングは向こうにいた頃からの日課でして……特に、ウチの事務所は思いがけない仕事が多いので気が抜けなくて……」

 

 ハハッと笑うキャメルの身体を、白鳥は観察していた。ガッシリした身体付き、太い腕に足。しっかりと鍛えられていることが良く分かる。

 そうでなくても、キャメルが格闘術に長けているのは先日の一件で白鳥は知っていた。

 

「そういう白鳥刑事こそ、トレーニングですか? 千葉刑事から、今日は非番だと聞いていましたが……」

「えぇ、ちょっと鍛え直そうと思って……しかし、日頃の訓練があるとはいえ、それだけだと徐々に鈍るものですね……」

 

 その様子にキャメルは疑問を持った。普段からトレーニングをする人間だと、大体の限界を知っているモノだ。それがあからさまなオーバーワークをしている事に気が付いたからだ。

 

「無計画で身体に負荷を掛けるのは逆効果ですよ?」

「えぇ、そうですね。本当に……今まで何をやっていたのか……」

「……白鳥刑事?」

 

 白鳥は、既に限界まで走っていたのか、その場に腰を下ろした。

 キャメルも、なんとなくその隣に腰を下す。

 

「どうかされたんですか?」

「……先日の一件で、自分の無力さを痛感したんですよ」

 

 先日のトランプに纏わる一連の事件。その最後の時に、結局自分は何の力にもなれなかった。そう白鳥は痛感していた。

 ヘリが墜落しかかった辻の一件は、浅見透という名探偵の思考を頼っただけだった。

 最後の時――その浅見透が人質になった時も、毛利小五郎と彼――浅見透の部下の人達が解決した。

 怪我をしていた目暮警部は仕方ないにせよ……一切負傷をしていなかった自分が何もできなかった。

 あの時銃を構えた時も、震えが止まらない自分の手を見て、自分が撃てない事を白鳥は自覚していた。

 

「……犯人が分からなかった事……ですか?」

 

 キャメルは、経験則――自分の経験から、少々無神経だと思いつつも突っ込んで聞いてみた。そっちの方が良いだろうと思った。

 

「えぇ、まぁ……平たく言うとそうですね。それに……」

 

 白鳥は、水分補給用に買ってきていたミネラルウォーターのペットボトルを取り出しキャップを開ける。

 だが、それを口に付ける様子はない。そのまま川の水面を眺めたまま、言葉を続ける。

 

「あの時、瀬戸さんが僕の拳銃を奪い取った時に……少しだけ僕は――ホッとしてしまったんです」

 

 その時の感情を思い出したのか、白鳥は苦虫を噛み潰したような顔をした。そして水を飲もうとしたが、まるで飲むことが罪だと言うように額に更に皺をよせ、結局飲まないままキャップを閉めた。

 

「責任、行動、そして結果。それが自分の手から離れて他人の手に渡った。そう思って……」

「白鳥刑事……」

 

 刑事として何も出来なかった事に責任を感じているのか、あるいは歳の離れた友人のために何も出来なかったことを悔いているのか……。そこまで話した白鳥は、大きくため息をつく。

 

「僕が警察官を目指したのは、ある女の子との思い出を追い掛けたのが理由でした。……桜の花は警察の花、正義の花。そういって笑いかけてくれた女の子の事が忘れられずに、ここまで……ですが――」

 

「――今の僕は、正義という言葉がふさわしい男なんですかね?」

 

 別に答えを求めていたというわけではない。自問自答という言葉が最も合うだろう。

 キャメルには、白鳥になんと声をかければいいか分からず、しばらく揃って水面を見つめていた。

 

「……自分も、失敗したことがあります。大きな失敗を。……それこそ仲間の、そして人の命にかかわる事でです」

 

 しばらくしてから、キャメルが口を開く。キャメルの顔も先ほどの白鳥の様に、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「胃が痛いなんてものじゃありませんでした。幸い、犠牲者は出ませんでしたが任務は失敗。……そのせいで、今もある人物は危険な状態にあると思われます」

 

 キャメルの痛恨のミス。ある意味で、アンドレ=キャメルという男が今、浅見探偵事務所にいる原因と言えるミスだった。

 

「その失態をなんとか償いたい。そう思って、私は日本に来ました」

「? それで、どうしてあの探偵事務所に?」

「え? あ、あぁ、それはえーと……じ、事件などを調べるのならば、あの探偵事務所が一番妥当だと思ったんですよ」

 

 ハッハハハと、誤魔化すように笑うキャメルに白鳥は首をかしげたが、特に追究せずに「そうだったんですか」と一応納得したようだ。

 

「自分は、今も足掻き続けています。あの時の失態を背負って……」

 

 引き攣った笑いをひっこめたキャメルは、真っ直ぐに白鳥の顔を見る。

 

「白鳥さん。貴方もそうするべきだと、勝手ながら思います。本当に誰かを失う前に。ただ、がむしゃらに――今の様に」

「…………」

 

 白鳥は、その言葉を聞いて目を見開く――訳でもなく、その言葉を予想していたように少し笑って頷いていた。

 その横顔を見てキャメルは、ほっとしたように息を吐いて、

 

「ただ、やはりオーバーワークはオススメしません。良かったら、簡単なメニューで良ければ作りましょうか?」

「是非、お願いします」

 

 事務所で一番の新参者というのもあって、キャメルと白鳥はあまり話した事がなかった。

 知り合いの刑事、知り合いの探偵という間柄だった。だが、今日こうして言葉を交わしてよかったと、互いに思っていた。いい友人になれると、そう感じていたのだ。

 

「どうです? 先日安室さんに教えてもらったんですが、この近くに安くて美味い定食屋があるらしいです」

「いいですねぇ。喜んで、ご一緒させていただきます」

 

 そうして立ち上がったジャージ姿の大人二人は、その後も雑談を続けながら、夕焼けに染まる河を背に、肩を揃えて立ち去って行った。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「んで? 結局狙撃手って誰だったの? 名探偵の浅見透さん!」

「すみません、とりあえずパリパリ音が鳴ってるその靴どうにしてくれませんか? あとお前の猫撫で声って鳥肌立つから止め――あ、ごめんなさいごめんなさい俺が悪かった! 悪かったから靴のダイヤルを一段階上げるのやめてくんない!?」

 

 先日、俺の尊厳をガリガリと削ってくれたあの一夜から数日が経った。もう本当に……もうちょっとでもっとヤバくなる所だった。カメラのデータも消してもらったし――

 

 一応今はある程度自由を許され、こうして外の庭でコナンと話している。

 

「と、とりあえず順番に話すんだけどさ――」

 

 そっから俺は、見舞いに来ていたコナン(凶器所持)に色々と説明した。

 ヘリの一件の後、白鳥刑事からの情報を頼りに動こうとした時に狙撃手っぽい個人的最重要参考人こと諸星さんと遭遇。

 そっからなんやかんやで囮作戦を決行。敵がいるという前提で狙撃する場所を限定させて、その場所目掛けてカウンタースナイプというとっても効果的な作戦を――おいホームズ、なんで靴をさらにいじった?

 

「つまり、ワトソン君の言い分をまとめると……会ったばかりで、しかもこの日本で狙撃銃を所持している超不審人物を勘を頼りに信じて背中を任せた――って事でいいんだよね?」

「…………おっと、そろそろ部屋に戻らないとまた監禁コースだ。それじゃあコナン! 詳しい説明はまた今どぇっぱぁあっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、そいつはどんな奴だったんだよ?」

「待って、ちょっと待って。まずはおれの首が真っ直ぐになるかどうかゆっくり試した後にして。いやマジで」

 

 すでに十分痛いが、それ以上に首を伸ばすのが怖い。非常に怖い。本人はちゃんと手加減したって言っているが嘘だ、絶対嘘だ。だったらなんで威力を強めたんだよ。そもそもサッカーボール持参の時点でやる気満々じゃねーか。

 

「ま、まぁ恐らく大丈夫じゃろうて。それで浅見君。その諸星という人はそれから連絡を?」

 

 今では場所を移動して、駐車場で待っていた阿笠博士の車の中に移動していた。このちびっこホームズ、マジで俺への制裁のために庭まで来ていたのかこの野郎。

 

「一度だけ向こうから。『後日詳しい話をしよう。連絡はこっちからする』っていうメールが来たな」

「まぁ、だろうな。狙撃銃を持っているような人物なら、今も狙撃事件の捜査を続けている警察を警戒して当然。今、浅見さんはふなちの要請で警察が張り付いているから……」

「あぁ、おかげでナースコールの時も検温の時も食事の時も、看護婦さんと刑事がセットで来るんだけど……」

「ハ、ハハ……ある意味愛されてんじゃねーか」

「おめーまで安室さんみてーな事言ってんじゃねーよ」

 

 最近は千葉刑事と佐藤さんがよくよく張り付いてくれる。他の刑事も大勢来るが……特に最近ではキャメルさんと一緒に白鳥刑事が来てくれる。

 

「まぁ、こっちから連絡すりゃあ多分取れると思う。とりあえず、退院したらこっそり飯にでも誘って詳しい話を聞こうと思うんだけど。さっき言った通り、向こうも話があるみたいだし」

「……博士。浅見さんのサングラス、確かそっちの音を俺のメガネに送ることができるよな?」

「ん? おぉ、可能じゃ。眼鏡のつるの先にイヤホンを付けられるようにしておる。それで浅見君のサングラスが拾った音を転送する事ができるぞぃ」

 

 そうだな、それが一番良いだろう。うかつにコナンを前に出すわけにもいかない。コナンが言うとおりまだ怪しいと言えば怪しい人物だ。

 個人的には、怪しすぎて実は味方サイド。あるいは中間の第三者っていうポジションっぽいんだが……これ言ったら頭の心配されるか、今度こそ話に聞く大木をへし折ったレベルのキックを喰らうかもしれん。

 

「……問題の狙撃手の方は?」

「あぁ、安室さんが調べたら、諸星さんが言った通りの建物に血痕があったよ。それを追っていったら、海に続いていたらしい」

「……逃げられたか」

「いや、それなんだけど……」

 

 ちょっと重要な事なので、念のために周辺を見回す。

 こちらに注意を払っている奴はいない。

 そっと後部座席から身を乗り出して、助手席のコナンの耳元に口を近づける。

 

「一応捕まえたらしい。警察の――公安が」

「……はぁっ!?」

 

 おいこら傍で叫ぶんじゃない。しっ!

 

「あぁ、この間、風見さんっていう人が来て状況を教えてくれたんだ。あの近くで、打ち上げられていた男を確保したって」

「……本当に公安の人だったのか?」

「あぁ、多分。高木刑事が敬礼してたのがチラッと見えたし。――まぁ、ともかくだ」

 

 んんっ、と咳払いをして後を続ける。

 

「この話は他の面子は知らない……っていうか話しちゃいけないってことだからよろしく頼む」

「あ、あぁ、それで? なにか分かったのか?」

「全然。今の所、意識が戻らなくてずっとベッドの上ってことだ。どこにいるのかはさすがに教えてくれなかったけど……」

「そっか……」

 

 加えて、仮に何か分かったとしてもあの風見という刑事が教えてくれるかどうかは疑問だ。

 俺に対して高圧的というか威圧的というか――

 

(なんだか敵視されているような気がしたな、あの人)

 

 正直、話していてあまり楽しい相手ではなかった。今までの警察関係者が余りにフレンドリー過ぎるだけかもしれないけど。

 えらく言葉の一つ一つが皮肉めいていて、やたらめったら『一般人の貴方は~』『一般人なのだから~』って一般人という所を強調されていた。いや、本当に話してて肩凝った……。

 

(まぁ、それでも守ってくれていたのは間違いないみたいだけど……)

 

 以前水無さんが見せてくれたファイルで、公安が米花町で動いていたのは知っていた。

 コナンではないが、俺も正直本物の公安の人かどうか不安だったので、さりげなく

 

『いつもありがとうございます』

 

 と言ったら一瞬だけ動揺した。その後『さて、何のことでしょう?』なんて嘯いていたが……。

 

「ともあれ、今回俺はほとんど足引っ張っただけだったわ。悪かったな、コナン」

 

 いや本当に。せいぜい俺が『本来の流れ』から被害を減らせた所があるとしたら、多分最後の爆弾だけだろう。

 

「バーロー、浅見さんが探偵事務所で人を集めていたから犠牲が少なかったんだよ。ヘリの時もそうだし、奈々さんが襲われた時も瀬戸さんがいなかったらどうなっていたことか……」

「……そうかな?」

「そーだよ」

「……ふむ」

 

 コナンからの視点であからさまに足を引っ張ったと言う事はないのか。

 最後の時とかは完全にしくったと思ったんだが……。

 

(まぁ……終わりよければすべてよし、か)

 

 

 




今回のゲスト!

○風見 裕也

映画『純黒の悪夢』に登場した安室さんの部下。作中でも描写した通り公安の人間です。

今週のサンデーに乗っていた彼は違うんでしょうか? 髪型が違うようですが帽子かけてますし……
というかコナンは原作でもどんどんキャラが増えていきますねぇ(汗)
単行本買わないと、例の和葉のライバル(?)っぽい人の事件見逃してて分かんないんですよねぇ……例の新しい先生の件も(汗)

次回からスキップモード! 出したいキャラが多くて困る!!(笑)


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探偵事務所の日常(2年目)
035:新顔、家政婦、そして手品師


6月4日

 

 超久々に日記を書く。いや、書く機会はあったんだけど入院生活が退屈すぎて……。

 とにかくここ最近の出来事を書いておこう。

 まず、久々に現場復帰したのと同時に例のマリーさんと会ってみた。うん、超強気。

 

 こうなんだろう。自信満々というか、いかにも試している視線というか――ある意味でこの間会った風見さんに近い気がする。まぁ、なんらかの重要人物であるっぽい事に加えて美人だから良し。優秀だから良し。

 

 んで俺と安室さん、そしてマリーさんでさっそく一仕事。今回は行方が分からなくなった家出娘を探してくれという内容だったが、調査を続けていけばまさかの麻薬がらみ。おまけにドンパチがセットで付いてきやがった。どうなってんだよ米花町。

 久々ってレベルじゃないくらい久々に銃撃ったけど怖かった……。先生からもらった銃で練習だけはずっとやってたけど、そのおかげか怪我をさせずに無力化できた。

 その後警察が来て全員無事に御用。小田切さんから『相変わらずだな』って言われたけど俺普段からこんな無茶してましたっけ? ……してましたね。うん。狙撃の件も無視して走り回ったばっかりだったし。

 

 ともあれ事件は無事に解決。家出していた娘さんは、友達に薬を止めさせようとして巻き込まれたようだ。幸いヤバい事になる前に無事保護。そして事が終わったらマリーさんがスッゴイ目で俺を見ていましたとさ。

 ……ホント、立ち位置不明だけど安室さん手綱をしっかりとお願いしますね?

 さて、そろそろペンを置いて、七槻に全力で土下座しに行ってこよう。

 

 

 

6月6日

 

 家政婦さんを雇う事になった。

 というのも、大学と事務所を行き来しているせいで、家がどんどん汚れていく一方だったためである。

 交代、あるいは同時に休みを取ってはいるのだが、ふと油断すると洗い物が溜まっていたり、洗濯物が積み重なっていたりする。家事をやる余裕が段々無くなっている。

 

 そういう話を、狙撃事件の前に知り合ったデザイン会社社長の若松という人に話したら、一人紹介してくれるらしい。なんでも、娘みたいな子だと言っていたが……。

 

 それと同時に、事務所の方も人を増やす計画が出ている。

 別に調査員足りてるんじゃない? って思ったんだけど、七槻の案で医療関係の知識を持っている人を出来れば雇いたいと言うことだった。本人は、『調査の際の視点がより多角的になる』なんて言っていたが、多分目的は俺だろう。

 まぁ、実際の所物騒な事が増えつつあるから、何かあった時のためにそういう人がいてくれるとありがたい。……元看護師とか、看護師から転職を考えている人とかを探してみるか。

 

 ついでに今日は次郎吉さんの所に行って来た。なんでも、例の『ロマノフ王朝の秘宝展』の再開を真面目に計画しているらしい。青蘭さんにメールで教えておくか。

 

 

 

6月7日

 

 今日は書類仕事だけで、しかもすぐに終わったので安室さんからギターを教わっていた。

 

 七槻やふなち辺りに言ったらなんで? って聞かれるだろう。実際俺もどういう流れでギターを教わっていたのか説明できないが……なんでだろう?

 

 なぜか途中で瑞紀ちゃんが来て、更には紫音さんやコナン達少年探偵団まで来るというカオス。特に紫音さん、迷惑じゃありませんでした? 安室さんみたいに上手い人ならともかく、こんな下手なギターを聞かせてすみませんでした。

 

 一通り終わって、皆で近くのファミレスでご飯食べてた時に、なんでギター教えてくれたのか聞いてみたけど、安室さんも笑いながら『なんとなくですよ』と言うだけ。

 まぁ、楽しかったからよし。今度は瑞紀ちゃんがキーボードをやりたいって言っていたし、少年探偵団は一緒にリコーダーの練習をしたいって言ってたし、どこかのスタジオ借りておくか。

 安室さんがギターなら、俺はベースにしようかな……安室さんどっちも教えられるって言ってたし。

 

 

 

 P・S

 なお、コナンの音痴っぷりが凄まじかったことを追記しておく。

 紫音さんが『ある意味天才的』と言うレベルだ。もっと分かりやすく書くと、安室さんがフォローできないレベル。お前すげーなマジで。

 

 

 

6月9日

 

 今日から家政婦さんが来てくれるようになった。やばい、すっごい可愛い。や、顔とかもそうだけど仕草とか声とか口調とかで滅茶苦茶癒される。米原 桜子さんっていう女性で、俺より年上なんだけど年下みたいな扱いになりそうだ。気をつけないと……。

 

 ついでに例の求人も出しているが、今の所まだ引っかからない。まぁ、看護師や医者、薬剤師から探偵を目指す人なんてまずいないからなぁ……。

 なぜか雑誌なんかでは、ウチの事務所が募集をかけているって既に騒いでいるようだが――そんなに騒ぐレベルなんだろうか?

 マリーさんの情報も地味に出回っているらしく、『謎の美人探偵、参戦!』みたいな感じの記事が週刊誌ではチラホラ出ている。それを見たマリーさんが忌々しそうに眉に皺をよせていたのが印象的だった。

 

 マリーさん、一応俺や安室さんとはそこそこ話すけど、他の面子とは打ち解けていない様だ。七槻はともかく、小沼博士やふなちはちょっとやりづらそうだ。どうしたものか……。

 

 

 

6月10日

 

 とりあえず、アニマルセラピー効果を期待して源之助とクッキーを交互に事務所に連れて来るようにした。二匹とも躾はしっかりしているから、粗相をすることはないし安心できる。

 

 源之助はともかく、クッキーは人懐っこい犬だ。誰にでも懐く。源之助? なぜか俺にだけ素っ気ないです。はい。

 源之助も、寝るときは俺の所に来るがそれ以外は基本『ぐで~~っ』となっている。俺以外の奴が相手の時だと全力で媚を売るんだが……具体的に言うと少年探偵団とか蘭ちゃんとか。

 

 今日は瑞紀ちゃんと一緒に枡山会長の所に顔を出してきた。怪我が完治した事に対する御挨拶という奴だ。

 枡山会長も変わらない笑顔と握手で出迎えてくれた。ついでに豪華な飯と酒(瀬戸さんは遠慮していたが)を振舞ってくれた。いやぁ、油断はできないけど良い人だなぁやっぱ。

 飲んでいた時に色々と聞かれたけど、事務所というか俺の目的とか。

 お酒が入っていたから思わず、時間に関係する所を話しかけたけど、それっぽい事言って誤魔化した……誤魔化せたよね? 一応、本音に近い所であったのは間違いないし。

 

 で、戻ってから穂奈美さんと一緒に書類仕事をやっていたら、蘭ちゃんと園子ちゃんが変なドジっ子を連れて来た。なんでも先日転校してきた子で、本堂瑛祐というらしい。そう、男である。ドジッ子の男というのは一体どの層に向けてのキャラなのか……。物語のキャラっぽくはない――と俺は思ったんだが……怜奈さんにちょっと似てるんだよなぁ。一応注意をしておこう。

 

 ……そう言えば瑞紀ちゃん、あの後野暮用が出来たって言ってたけどなんだったんだろう?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……まさか、堂々と真正面から乗り込んで来るとは……」

 

 枡山憲三――コードネーム・ピスコは昼間に彼をもてなしたのと同じボトルをグラスに注いでいた。珍しく手酌である。隣にたっている明美が注ごうかと戸惑っているが、今のピスコにはその暇すら煩わしかった。

 

「浅見透。……カルバドスを倒したのは恐らく間違いあるまい。その上で奴の単独犯と考えたのか、違う存在を背景と推理したか、あるいは――」

 

 そう、これはあり得ない事だ。あり得ない事だが――この枡山憲三が黒幕だと気が付いた上でここを訪れたとしたら? その本意は? ……一つしかない。

 

(宣戦……布告……っ)

 

 先ほどの会話を思い出す。いつもと変わらない一見軽薄な――その実、自信に満ち溢れたあの眼。

 奴は、あの眼で真っ直ぐ私を見据え、私とこんな会話をしたのだ。

 

 

『――狙撃犯の行方は未だ知れずなのか。全く警察は何をやっているのかねぇ?』

 

『いえいえ、警察の方には非常に助けられています。おかげで無防備だった自分が、完全に回復できたのですから。おかげでまた動けます』

 

『動く……ふむ。今回の事件では、例の連続殺人犯と狙撃犯に随分と痛い目に遭わされたと聞くが――それでも君は止まらないと言うのかね?』

 

『――止まりません。止まれませんよ』

 

『ほう? どこまでだね? 浅見透という男は、どこまで走り続けるつもりなのかね?』

 

『……そうですね。色々とあります。やりたい事、やらなきゃいけない事、終わらせなきゃいけない物……でも結局は――』

 

 

 

―― 俺の中の好奇心が燃え尽きるその時まで……ですかね。

 

 

 

 あの眼はいかん。あの眼はダメだ。

 バーボン、そして浅見透の二人に並ぶもう一人の麒麟児――赤井秀一。シルバーブレットと称された存在。『組織』を恐れさせる『個』。

 あの時の浅見透の眼は、奴のそれと同じ物だった。狙ったものは逃さないという――覚悟を秘めた眼。

 

(――奴の人脈の広さ、そして繋がりの質から、下手に消すのは悪手と思い先手を打ったが……)

 

 ここに来て、それが悪手だったと気付いた。気付いてしまった。これから先、あの男は決して立ち止まることはないだろう――我々の喉笛を、噛み切るその時まで。

 

(……いいだろう。君がどういうつもりだろうが、私は君に挑戦しよう。ピスコとして……いや、枡山憲三として……)

 

「明美君、例の高校生に連絡を取ってほしい。会って話したい事が出来た、とね」

「……かしこまりました」

 

 まずは、一手。確実に動く手駒を用意せねばなるまい。

 もし、浅見透という男が真に私を敵と見据えているのならば、奴もまた次なる一手を打つだろう。

 

(……久しぶりだ。この緊張感は――)

 

 一歩間違えれば、浅見透達の手によって捕らえられるか、組織の人間から粛清されるかのどちらかになるだろう。だが――

 

「負けはせんよ。……決してな――」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 とある建物の、とある部屋の中にその男はいた。――シルバーブレット、赤井秀一。

 安室透から渡された狙撃銃は、まだ手元にある。返そうと思ったら『銃刀法違反で警察にしょっ引かれろ』と言って押し付けられていた。まとまった数の予備弾丸を渡されて、だ。

 

(あの駐車場の時もそうだが……僅かに変わった……)

 

 組織にいた時、彼は秘密主義を貫く男だった。何をしているかは知らないが、気が付いたら結果を残す。そんな男だった。当然、彼と行動を共にする人間などほとんどいない。彼自身、自分の事をあまり知られないために単独行動を多く取っていたのだろうが……。

 

 そのバーボンが、徐々にだが棘が取れていっている。いや、ある意味逆か。見せかけの仮面が取れ、彼本来の顔がたまに出る時がある。軽い皮肉を飛ばして、笑って苦難を乗り越えていく。『彼』と共に。

 

(相変わらず、興味の尽きない探偵だ)

 

 あの事件の後、例の狙撃手のリトライを警戒して彼の周辺を見張っていたが――まさか、彼自身があのセンサーを無力化し、病室の窓から逃走するとは思っていなかった。

 直後にバーボンが追い掛けていたのでそのまま待機していたら、やはりというかなんというか……満面の笑顔の越水七槻やバーボン、そしてなぜか警察の面々に連行される彼の姿があった。

 ミニパトの後部座席にちょこんと座らされ、両隣りをいかつい刑事に固められている様は紛れもない容疑者そのもので、思わず声を出して笑ってしまったものだ。

 それは、バーボンも同じだった。彼を病院へと連行していく彼の姿は、とても仮面をかぶっているいつもの彼とは重ならなかった。まるで、歳の近い悪友とのやり取りを見ているようだった。

 

 なんとなく微笑ましい気分になった赤井は、窓の外を眺めながら煙草を取り出す。そしてそれを咥え、火を付ける。――いや、付けようとした。

 

 

 

――シュガッ!!!!!

 

 

 

 咥えたばかりの煙草が飛んできた『ナニカ』によって斬り飛ばされたからだ。

 

「……ほう? ここを嗅ぎつけるとしたら、奴らだと思っていたが……」

 

 斬り飛ばされて、煙草が短くなった事を気にせず赤井は、片方の耳に付けていたイヤホンを外してゆっくり立ち上がる。その先にいるのは、『ナニカ』を投げ飛ばした人間――女がたった一人で立っていた。

 

「驚かせてすみません。得体のしれない人には、インパクトを与えておきたかったので」

 

 浅見探偵事務所に所属する調査員。その中でも主力と言われる女――瀬戸瑞紀が笑みを浮かべてそこに立っていた。

 彼女は布の塊を取り出すと、それをゆっくりほどいていく。中から出たのは、盗聴器。

 赤井自身が、ピスコの家に忍び込んで仕掛けた物だった。

 

「やはり君が回収していたのか。あの時の様子からそうじゃないかと思っていたが……」

「感謝してください。あの場所だといずれ気付かれていましたよ?」

「気付かれても良かったのだが、君たちがあの男の家に入った時は焦ったよ。下手に発見されれば、君たち浅見探偵事務所に疑いが向いただろうからな――缶コーヒーでよかったらどうだ?」

「はい、いただきます♪」

 

 赤井が座っていたソファの向かい側の椅子に腰を掛けた瀬戸瑞紀は、缶コーヒーを受け取り、カシュッという音を立ててタブを開ける。

 

「しかし、よくこの場所が分かったな」

 

 冷たいコーヒーを一口飲んだ瀬戸は、ため息をついてから、赤井の問いかけに答える。

 

「この盗聴器は、有効受信範囲がそんなに広い物じゃありません。その範囲内で気にかかった場所を順番に調べていたんです。――特に、枡山会長の家を狙撃出来そうな場所は念入りに」

「ほう……」

 

 赤井はまっすぐ、話を聞きながら瀬戸の視線を観察していた。彼女もまた、真っ直ぐにこちらを見据えているが、一瞬だけ自分の後ろに立てかけてあるケースに視線がいった。

 

「――正直、得体が知れない人ですし、聞きたい事が山ほどありますがまずは……ありがとうございます。少し納得はできないですけど、所長を守ってくれてたんですよね?」

「あぁ。俺個人として、彼を死なせるわけにはいかなくてね」

「そうなんですか?」

 

 目の前でキョトンと首をかしげる姿は、無邪気で無防備な女そのものだ。だが、最初に彼女が見せたトランプ投げ、盗聴器に気が付いた鋭い観察力、この場所を探し当てた推理力と行動力が、彼女が油断ならない存在だということを示している。

 

「まぁ、せっかくですし……ちょっとお話しませんか? えぇと……」

「諸星大。彼にはそう名乗っている」

「その偽名は表に出してもいい名前ですか?」

「不味いな」

「それ、所長に伝えてますか?」

「ふむ……」

 

 短くなっていたため、すぐに吸い終ってしまった煙草を灰皿に押し付け、

 

「忘れていたな」

「……伝えておきまーす」

 

 ジト目になった瀬戸は携帯を取り出し、素早くメールを打って送信する。そしてその携帯を閉じると、今度は懐から一枚の写真と一枚の絵を取り出す。

 

「で、まぁ本題なんですけど――」

 

 その写真も、絵も、赤井にとって馴染み深い物だ。自分がたった一つ抱えている――約束。

 

「この二人の事、詳しく知りたいんです。……多分、お互いのためになる事でしょう?」

 

 やはり変わらない笑顔。否、ポーカーフェイス。だけどその目は、あの日怪我を物ともせずに死地へと身を投げ込んだ彼と同じ目だ。

 

 

―― 俺の中の好奇心が燃え尽きるその時まで……ですかね。

 

 

 

 あの時盗聴器から聞こえた、どこかで聞いたことがある様なフレーズを思い出し、思わず笑みが漏れる。

 

「……本当に、あの事務所の面子はやっかい者揃いだな」

 

 誰に言うのでもない、思わず口にした言葉に、瀬戸瑞紀は当然と言わんばかりに平然としている。

 長い夜になりそうだ。そんな事を考えながら赤井は煙草をもう一本取り出し、そして静かに火を付けた。

 

「さて、まずは君から話してくれないか? 名探偵さん」

「深く知ってそうな方から話してくださいよ。それに、探偵じゃありません」

 

 そう言って彼女がパチンッと指を鳴らすと、火を付けたばかりの煙草がポトリッと灰皿の上に落ちた。

 目を見開いて落ちた煙草を見ると、先ほどの煙草の様に切られていた。いや――まったく同じ……。

 

「――マジシャンなんですよ。私」

 

 そう言って瀬戸瑞紀は、ニッコリと笑みを深めた。

 

 

 




○米原桜子

初登場
コミック74巻
アニメ652話「毒と幻のデザイン(EYE)」

皆大好き家政婦さん。家政婦さんみたいな立ち位置の可愛いor美人キャラって結構多いですが(魔犬とかホロスコープ事件の姪っこさんとか)
その中でも個人的トップクラス。CV丹下桜。 CV丹下桜。(超重要なので2回以下略)

何気に登場回数が多い準レギュラー。警察の三池苗子の友人ということもあって、これからも登場する機会は多いと思われます。
可愛い声ですがよくよく殺人事件に巻き込まれ、目暮警部に「私、呪われているんでしょうか!?」と不安を零すが、本物の死神はその時隣にいました。

この子が実は組織の一員だったとか聞かされたらマジ泣きする。

筆者的セクハラしたいキャラ№1。



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036:スパイとフリーターと小学生の三本立て (なお、主人公は大学生)

「おい、バーボン」

「? どうかしましたか?」

 

 今日の仕事は俺と、新入りのマリー……コードネーム・キュラソーとの二人での仕事。――というより後始末だ。先日浅見君と一緒に潰した麻薬取引に関係する組織、その残党の動きの把握と処理が目的だ。相変わらず、普通の事務所のやることではないが、今回はまぁしょうがないと言うべきだろう。引き受けた依頼が偶然、大事に関わっていただけなのだ。

 

「……あの男は、なんだ?」

 

 だが、彼女の眼にはやはり彼の存在は奇異に映ったのだろう。それもまた、仕方がない。

 

(――厄介事を引き寄せるのは君の特徴だが……せめてもう少しタイミングという物をだな……)

 

 今ここにはいない弟分に向けて、口には出さずに愚痴を零す。

 

「体術に関してはそこまでではない。だが……あの早撃ちは――」

 

 そうだ。そこは自分も驚いた。あの時、俺たちに銃口を向けた男達に向けて素早く銃――取引品の一つだったのだろうリボルバーを拾い、構えた浅見透は文字通り『目にも止まらぬ早撃ち』で相手のほとんどを無力化して見せた。誰一人怪我をさせず、見事に武器だけを弾き飛ばして。

 

(相も変わらず、怪しい所ばっかり増えていく。だが――)

 

 普通に考えたら、あのような状況とはいえ銃を扱えるという技能を表に出すのはためらう所だろう。 だが、彼は何の迷いも見せずに銃を抜いた。俺やこの女、そしてあの家出少女のために。

 

(とりあえず、この女の印象をどうするか)

 

「えぇ、僕も驚きましたよ。まさかあそこまでの射撃能力を持っていたとは……」

「今まで見せた事は無かったのか?」

「もちろんです。射撃が必要になる様な事件はありませんでしたし、彼も拳銃を所持していません。今回は本当に特別なケースだったんです」

 

 そうだ、彼自身は拳銃を持ったことは一度もない。今回はそこにあった物を拾って使っただけだ。

 そういう意味合いを込めてそう言うが、それでもキュラソーの目から警戒の色合いは消えない。まぁ当然か。

「……身体付きなどから、鍛えてはいても体術の類は大したことないだろう。だが、あの射撃は間違いなく脅威だ」

「ですが、あの性格です。他人を振り回す事に嫌悪を感じる――十分に避ける事が可能なレベルです。我々が警戒すべき脅威は他にありますよ」

「……ライ。いや、赤井秀一か」

 

 組織の№2、ラムの側近だけあって奴の事も聞いていたのだろう。眉をひそめたキュラソーは。

 

「間違いないのか? 奴が日本に再潜入したと言うのは」

「えぇ、確かな筋からの情報です」

 

 実際会っているから――とは、口が裂けても言えない。そして奴には悪いが、囮になってもらおう。組織のトップ――『あのお方』と呼ばれる人物が恐れている相手がいるとなれば、どうしてもそちらに注意を向けなければならないだろう。

 奴にも警告は出していたし、事務所からは距離を取るはず。

 

(――その隙に、可能な限りこの女を調べる)

 

 俺自身の任務を達成するために。そして――

 

 

 

 

 ――弟分へ向かう害意を、減らすために。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

6月12日

 

 最近人を紹介する人多くない?

 今度は瑞紀ちゃんから人を紹介された。瑞紀ちゃんの知り合いで、沖矢昴という現在フリーターの人だ。

 瑞紀ちゃんが言うには、シャーロキアンで且つミステリー関係の知識が深い人だという話。職探しに難航していて、知り合いの瑞紀ちゃんを頼ってきたらしい。

 瑞紀ちゃんが言うには、観察力がずば抜けていて、瑞紀ちゃんの手品のネタも少し考えれば見抜けてしまうらしい。

 正直、ちょっと悩んだけど優秀な瑞紀ちゃんの紹介だ。加えて、就職難……就職難というか、人によっては延々面接を繰り返しているかもしれない人達の事を考えると――

 

 とりあえず、瑞紀ちゃんと同じ体制で雇おう。

 

 

 

6月15日

 

 なぜ沖矢さんがフリーターだったのか疑問に思わざるを得ない。え、なにこの人、ストーリーに関わる人じゃないの? 安室さんや瑞紀ちゃん、マリーさんとほぼ同レベルなんだけど。

 簡単な調査を選んだと思ったら短期間で簡単に証拠を抑えて、かつ報告書も不備なし。強いて言うならアフターフォローを軽視する傾向があるが、俺がむしろ気を使い過ぎなのか。

 とりあえず、先日俺と安室さん、マリーさんに加えて昴さんも鈴木財閥絡みの調査に入れてみたけど、普通にこなした。え、マジで? 手の感じとか雰囲気とか、すっごい諸星さんに近い。――いや、でも違う……違うよね?

 

 ともあれ、これだけのスキル持ってる人間がフリーター。これは日本に革命を起こさざるを得ない。

 や、多分例によって例のごとく進まない時間のせいだと思うけど……。

 

 とりあえず今度正式に社員として雇用させてもらおう。

 いやぁ、すごい人が入ってきたもんだ。

 

 

 

6月16日

 

 更に人員が追加されました。元看護婦さんです。鳥羽初穂という年上の方だが、やはり元看護婦。応急手当などに関しての知識は大したものだ。若い時に苦労した人の様だし、採用。

 こう、なんというか――妙にウマが合う所があった。

 今はまだ猫を被っているのだろうが、時間が経てばいい関係を築けるのではなかろうか?

 

 とりあえずは下笠姉妹に任せておこう。技術に関してはとりあえず安室さんが色々と教え込むらしい。

 今日はマリーさんと、とあるお偉いさんの元にきた脅迫状の送り主を探す調査依頼を受けて来た。

 具体的な調査はこれからになるけど、とりあえず指紋を調べる所から始めようか。

 

 そうだ、今日は久しぶりに水無さんと一緒に飯を食ってきた。コナンが一緒だったが。

 いい機会だから、例のサングラスの人がどこにいるか聞いてみたが、分からないと言う事。

 やっぱりあの人が狙撃犯だったのだろうか。そうなると水無さんは? 敵にしては、こちらに有益な行動をやけに取ってくれる様な……。とりあえず多少は警戒しながら動いた方がいいか。

 そういえば、水無さんに少し似た男の子が蘭ちゃん達の高校に転校してきて、かつウチの事務所に顔を出すようになった事を話した時に、僅かに顔色が悪くなった様に感じたけど――やはり何か関係があるんだろうか?

 

 本堂瑛祐。……水無さんと直接会わせてみようかな。

 コナンはコナンで、本堂瑛祐が気になっているらしいし。水無さんとなんらかの関係があるのならば、彼の立ち位置もひょっとしたら重要な物かもしれない。――例えば人質ポジとか。

 

 

 

6月17日

 

 今日はマリーさんと仕事をしていたら銃撃された件について。先に気が付けたから隠れられたけどさ。

 あの時の狙撃手かと思ったけど、捕まえてみたら全然違った。ただのストーカーだった。いや、ただのストーカーがなんで銃を……今更か。

 マリーさんはともかく俺が顔を知られていたため、探偵が自分の事を調べに来たんだと感づいて俺を殺そうとしたらしい。行動力のある奴ってどっかでやっかいなんだよな。マジで。

 

 それにしてもマリーさん強いわ、マジで。咄嗟に隠れた後、弾を込めてる一瞬の隙をついて物陰から飛び出して即確保。さすが安室さんが紹介した人だ。キャラが立ち過ぎてるのと合わせて最強に見える。

 

 で、飛んできた千葉刑事と一緒にこいつを連行したら、別の仕事についていた瑞紀ちゃんと昴さん、ふなちは殺人事件を解決して来ていた。この街ときたら本当に……。

 

 

 

6月19日

 

 キャメルさんのスキルアップが著しい。最近白鳥さんと訓練をしている時があるのは知っていたが、瑞紀ちゃんや安室さんから様々な技術を吸収しようと頑張っている。

 鍵開けや演技、簡単な変装なんかはもちろん、休日には、公共の多目的施設の体育館を借りて体術の訓練を重ねている。今日は流れで自分も参加することに。

 

 ……すみません、探偵ってなんですかね? 今更ですかそうですか……

 安室さんやマリーさんが強いのは知っていたけど昴さんも強いっすね。あっさり取り押さえられてしまった。今の所、俺とキャメルさんでいい勝負だろうか? ……いや、まだまだ自分が下か。

 

 小沼博士は、今日から阿笠博士と一緒に飛行機械の開発・研究を行うため明日から一週間ほど有給を取っている。

 あの二人は気が付いたら生活がずぼらになりそうだから、美奈穂さんと初穂さんに様子を見てもらうように頼んである。自分もちょくちょくコナンと一緒に様子を見に行くか。

 

 

 

6月22日

 

 最近、あの瑛祐君がよくウチに顔を出して来る。今日は蘭ちゃんに連れられて一緒に事務所に遊びに来ていたので、仕事に一区切り付いていた初穂さんとマリーさんも連れてご飯を奢ろうとした所に、青い車が女の子を引き殺そうとする事件に遭遇した。

 間一髪でマリーさんが少女と、その傍にいた女性を救出。俺はたまたまポケットに入っていたやや大きな六角ナットを運転席に向けて思いっきり投げつけた。

 罅が入って視界を奪うのに成功したのか、車はそのまま逃げて行った。ナンバーは一応確認したんだけど警察に確認した所ただの盗難車。

 念のために、皆で彼女の家まで送っていくことになった。……まさかの不動産王、片寄王三郎の屋敷だったけどな! 紅葉御殿って呼ばれている屋敷で、今は季節外れだが素晴らしい紅葉が見られると噂の屋敷だ。

 女の子と一緒にいた女性は片寄家の運転手の須坂衛子さん。そして問題の女の子は王三郎さんの養子という中北楓ちゃん。

 

 金持ちの家に招待され、しかもそこに関係する小さい子が殺されかかる。この時点で本編と判断したが、どの様に展開するか謎だった。念のために、王三郎さんと色々話していくうちに一晩泊っていくことになり、楓ちゃんと王三郎さんの両方に注意を払っていたが何にもなかった。

 屋敷に一緒に住んでいた王三郎さんの長男・長女の方(あからさまに遺産を狙っていた)には瑛祐君と初穂さんに注意を払ってもらっていたが、翌日になってもやはり何も起こらず。

 

 事件が起こるのを未然に防げたのだろうか? ――いや、紅葉御殿での事件だから、時期が合わなかったと考えるべきか。まぁ、状況が大きく変わるから、これから先の展開になんらかの変化が起こるのは間違いあるまい。今回の事件のおかげで、ウチの家に居候が増えたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『お兄ちゃん! 朝ごはん出来たって桜子さんが呼んでるよー! 早く起きなさ―い!』

「うぇーぃ……」

 

 子供は元気がいいなぁ。何歳だっけ? 8歳か。俺? 永遠のハタチだよ! ははっ!

 寝そべっている自分の腹の上で寝そべっている源之助の首を毛布の上からつまみあげる。すると源之助は不満そうに『なーご……』と小さく鳴くと、一度俺の腹の上に着地して、そのまま毛布をずるずると引きずっていく。おいこら、持っていくな。あと5分。あと5分だけ……

 

「こーらっ! 起きなさ―い!」

 

 バンッ! と俺の部屋のドアを勢いよく開けて出て来たのは楓ちゃんだ。王三郎さんからの依頼で、彼女を預かってほしいとの事。まぁ、あからさまに命を狙われているからしゃーないだろう。

 学校も、ちょうど帝丹小学校に転校させる所だったという話だし、それならと引き受けたのだ。

 一応彼女の生活費に少々色を付けた額を毎月いただく形で話が付いた。放課後は、ウチの探偵事務所の人間が付いた上で須藤さんが車で迎えに来て、そして紅葉御殿まで顔を出しに行くが……まぁ、今の所襲撃は無いし問題ないか。

 

「オーケー、分かった。分かったよ楓ちゃん、今起きるからちょっと待ってね?」

「ご飯を食べる前にちゃんと手を洗うの忘れないでね!?」

「……はーい」

 

 預かってからの数日で痛感していたが……どうしよう、小学生に面倒見られてる大学生がいる。言葉にすると情けなさが半端ない。

 とりあえず着替えて、下に降りようとした時に玄関のインターホンが鳴る。

 彼女の護衛を兼ねた面子――まぁ、要するにウチの所員である。

 

「おはようございます、所長」

「おはよう。……浅見さん、やっぱり寝起きだったね?」

 

 ちょうど降りて行った先にこの数日で完全におなじみになった顔が二つ並んでいる。安室さんとコナンだ。その足元には、クッキーが全力で尻尾を振って二人を出迎えていた。

 

「所長、やっと起きたんですね? あ、安室さんおはようございます。コナン君もおはよう!」

 

 そこにエプロン姿の桜子ちゃんがダイニングのドアを開けてくる。基本、紅葉御殿への送迎は安室さんかマリーさんのどっちかが付いている。そして学校や通学路ではコナンが注意を払っていると言うわけだ。や、登下校の際も出来るだけウチの所員一人は付けているけどさ。

 

「安室さん、コナン君も上がってください。朝食は出来上がってますので」

「えぇ、御馳走になります」

「桜子さん、ありがとう!」

 

 そして、コナンと付いて来た所員がうちで朝飯食って行くのも、もはや恒例になりつつある。なんだろうこの光景。そして一応家主の俺の扱いが軽い気がするのもいかがなものか。――いや、いつものことか。

 

「ほーら浅見君、さっさと顔と手を洗って来てよ。皆を遅刻させる気?」

 

 はいはい、今行きまーす。だからちょっと待って下さい越水さん。

 

「……もう完全に大家族だよな。浅見さんの所」

「そしたらお前は長男だぞ。小学一年生」

「あぁん?」

「そしたらコナン君は私の弟だね!」

「――えぇっ!?」

 

 

「漫才している暇があったらさっさと顔と手を洗って来なさーーいっ!!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「「マリー様、おはようございます」」

「おや、マリーさん。おはようございます」

 

 事務所に着くと、双子のメイドと眼鏡をかけた優男――沖矢昴が出迎えた。

 

「軽い物で良ければ朝食のご用意は整っております。いかがいたしますか?」

「あぁ、いただく」

「「かしこまりました」」

 

 この事務所に潜入してそれなりの時間が経つが、相変わらず慣れない。

 この事務所に来れば大体双子のメイドが出迎えて、色々と世話を焼いてくれる。世話好き共め。

 あまり不審に思われてもやりづらいから、それなりに愛想良くするように努力しているが――クソッ……。 

 

 しばらく経ってから、双子の片方がトレイにトーストが乗った皿に、ベーコンエッグとベイクドビーンズ、そしてサラダが盛られたプレートを乗せて私のデスクに来る。

 もう片方は、オニオンスープと紅茶が入ったティーポッド、そして温められたティーカップをトレイに乗せてその後ろを付いてくる。

 

「ありがとう。それで、今日の仕事は?」

「今日は、僕と組む事になるみたいですよ?」

 

 そう言ったのは沖矢昴。こっちは離れたデスクで、こちらはカップに入ったコーヒーを飲んでいる。

 

「ある企業のお偉いさんが、脅迫状を送り付けられたそうです。詳しい内容は知りませんが、どうやら警察には内密にという事で……極秘裏に解決するために、我々に依頼をしたという訳です」

「……なるほど」

 

 この男も、要注意人物の一人だ。格闘術に優れていて、恐らく私やバーボンとほぼ互角だろう。加えて高い洞察力と推理力を持つ存在。敵には回したくない男だ。

 このような人材が集まっていく事を考えると、やはり浅見探偵事務所は到底無視できる存在ではない。

 

(安室透――バーボンはいいとして……)

 

 浅見透、越水七槻に瀬戸瑞紀、アンドレ=キャメル。どれも優秀で、無視するには危険すぎる存在達。

 

(……しかし、カルバドスを隠しているような痕跡はない、か)

 

 この事務所は3階部分にかなりの居住スペースがある。下のレストランの従業員や、浅見透の友人仲居芙奈子は実際ここに住んでいる。未だ行方が掴めないカルバドスがもし浅見探偵事務所の人間に捕まっているとすればここだと思ったのだが――

 

(まぁいい。カルバドスはそこまで重要ではない。私の任務は浅見探偵事務所を隠れ蓑に、この事務所の物も含めての諜報態勢を構築する事。そして――)

 

「あぁ、もっとも今回はあくまでも打ち合わせ。所長達が来てからはまた違う仕事になる様ですよ」

 

 私にかけられた沖矢昴の声で、思考の海から自我を引き戻す。

 

「浅見所長が来てからは?」

「まずは――こども防犯プロジェクトの続きで、少年探偵団のポスター撮影、及びパンフレット用の写真撮影の付き添いですかね?」

「……少年探偵団? この事務所は子供も使うのか?」

 

 子供相手ならば、警戒を緩める人間もいるだろう。計算して組織をしているとなると――浅見透、やはりやっかいな相手だと言う事になるが……。

 

「まさか、違いますよ。帝丹小学校の生徒――ほら、例の江戸川コナン君の友人達が勝手にそう名乗っているだけです」

 

 江戸川コナンという名前を聞いて、ようやく思いだす。子供っぽい様子を見せるが、バーボンに負けず劣らずの観察眼を見せる奇妙な子供。その周りをウロチョロしている3人の子供。

 

(……あのうるさい連中か)

 

 江戸川コナンはまだいい。あれは聞きわけがあって接しやすいが、あの三人は奔放かつ自由で――苦手だ。

 

「その後は、今調査に出ている初穂さんとキャメルさんの二人と合流して、場合によっては本格的に脅迫状の調査に入るらしいです」

「……了解」

 

 なんにせよ、当面の間はできるだけ従順に従っておく必要がある。

 浅見透からの信頼を得つつ、キールと共に動かなければ……

 

(面倒だ……。果てしなく……)

 




次回は瑛祐視点も含めた話になります! そしてキャラ紹介!


○鳥羽初穂
TVオリジナル file716,717
「能面屋敷に鬼が踊る(前後編)」

とある美術館の館長の専属ナース。28歳です。

割と好きなオリジナル回。ただし、いくつか首をかしげざるを得ない部分がちょくちょくありますがが、それが吹っ飛ぶほどのラストの推理ショー!
観た人は分かるでしょうが、非常に印象に残るシーンでしたwww

「はいは~~い♪ お・待・た・せ」



○中北楓(8)
○須坂衛子(48)
○片寄王三郎(68)

TVオリジナル file638,639
「紅葉御殿で謎を解く(前後編)」

同じく妙に気にいっているTVオリジナル回。ただし、最後がなんかやるせない。
これ最後楓ちゃんどうなるの? ってすっごい疑問に思った回。
結局事情は知らないまま事件は終わっているけど、知った時がなぁ……。

どうでもいいけど運転手の須坂衛子ってなんか描き方がルパン世界のソレに見えてしまうw

楓ちゃんは、コナンとすぐに仲良くなるちょっとボーイッシュな女の子です。



さて、どんどん酷い事になっていく事務所ですが大丈夫なんでしょうか?



……大丈夫なんでしょうか、色んな意味で(汗)
多少変更があったとはいえ、予定通りに進んでいるハズなのに……

いつも誤字報告をして下さる方はありがとうございます! 非常に助かっておりますw


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037:暗躍、軍師、デート、そして新人の3本立て――3?

これで出したい面子は完成。問題は描きたいシーンが多すぎる事だ。


『それで瑛祐君。彼らの動きはどうかね?』

 

 本堂瑛祐が携帯を掛けた先は、本来ならば一介の高校生が気軽に掛ける事など出来ない相手、―― 一大企業の会長の携帯電話だった。

 

「はい。最近では不動産王、片寄王三郎の養子を自宅で保護しているようです」

『ほう……。あの片寄氏を……面白い方向に手を伸ばしていくな、彼は』

「……その養子、楓ちゃんを狙ったのは浅見探偵事務所の人間の仕業でしょうか?」

 

 瑛祐は、あるいはその可能性があると考えていた。

 元々片寄王三郎は有名な不動産王。自宅である紅葉屋敷の事も含めて、名前は聞いた事ある人間は多いだろう。探偵事務所という、情報を扱う場所ならば、より詳細な情報を得ている可能性は十分以上にあり得る。

 

『なるほど、確かにその可能性はある。片寄氏が可愛がっていた養子が彼らの手の内にある。それを下地に片寄氏の莫大な財産を手に入れる用意を整えたのかもしれん。やはり、彼らは警戒せねばならんようだ』

 

 浅見探偵事務所。姉さん――いや、姉さんの振りをしている奴と繋がっている可能性の高い連中。

 ただ単に水無怜奈に会いたいと言っても、何の肩書も持たない自分にはとうてい不可能。だったら、可能性が少しでもある所を当たるしかない。そんな折に――

 

『なんにせよ、情報が必要だ。ゆっくり、少しずつ、だが確実に事を進める必要がある。――分かるね? 瑛祐君』

「――はい」

 

(ようやく見つけた可能性だ。なんとしても見つけてやる……っ)

 

 

 

 

 

(瑛海姉さんの手掛かりをっ!)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「珍しい組み合わせになりましたね。我々三人での調査なんて」

「はい、こういう事件の本格的な調査は初めてになるので、どうかよろしくお願いします」

 

 今日は俺と昴さん、そして鳥羽さんの三人で長野まで足を伸ばしている。とある家出人の捜索依頼を受けて調査をしていった結果、長野で偽名を使って歓楽街で働いているようだ。もう一度確認したうえで、依頼人に資料を送付、その後来てもらって再確認という形になるだろう。

 

 ここまで言えば分かると思うが、その仕事はもうほとんど終わっている。では調査とは一体なんなのか。

 

 OK。誰にでも分かるように説明しよう。

 俺たちの後ろには泣き崩れたり混乱して騒いでいる人達が何人かいる。

 そして前には、頭から血を流して倒れた女の人がいる。ピクリとも動かない。

 すでに鳥羽さんが脈が止まっているのを確認している。

 お分かりいただけましたか? ――そう、またである。

 

(……コナンの死神補正が俺たちに伝染しているんじゃなかろうか)

 

 本人が聞いたら、また靴のダイヤルをいじり出しそうな事を考えながら、とりあえずどうしようか考える。――まずは保存だな。

 

 探偵稼業の必須アイテムとしてカメラは常に持っている。コナンや元検死官の槍田さんから現場保存のやり方は徹底的に教わっているし、そもそもそれなりに経験がある。長野県には刑事の知り合いはいないから少し揉めるだろう。

 ……小田切さんも基本的に俺たちが事件に関わる事を良しとはしない人だし、そもそも探偵が刑事に協力しろなんて言えるはずがない。

 ――とりあえず、可能な限り情報を集めて警察の人間に提供。後は静観というのが正しい判断だろう。昴さんは録音機を持っているから、より正確な情報提供出来るだろうし……。

 

「俺は現場を保存します。昴さんと初穂さんは、皆さんを別室にお連れして話を聞いておいてください」

「分かりました。それでは皆さんこちらに……初穂さん」

「えぇ。――皆さん落ちついてください! 浅見探偵事務所の者です! すぐに警察が来ますので――」

 

 とりあえずこれでいいだろう。昴さん一人だと全員を見張ることが出来ないし、補佐としてはベストだろう。死体を見ても取り乱さなかった時点で、俺の鳥羽さんへの評価は鰻登り。推理力は分からないけど、補佐としてはかなりベストな人材を拾ったんじゃないだろうか。

 さて、とりあえず写真を全部取って現場を状態を確保したら俺も調査に加わ――

 

「なるほど、見事な手際。さすがは、あらゆる難事件を解決してきた精鋭集団。お噂はかねがね……」

 

 ――はい?

 

 妙に落ち着いて、且つもったいぶった様な言い回しをする男――三十代前半くらいかだろうか? が後ろに立っていた。なんだろう、小五郎さんとは違う、細く整えられた口髭と、鋭さと柔らかさを合わせたようなつり目が印象的な人だ。

 彼は自分と同じように手袋をはめようとしている。そして、その手袋をしっかりとはめた後、内ポケットに手を入れ――

 

「申し遅れました。姓は諸伏、名は高明、あだ名は名前の音読みで――コウメイ」

 

 内ポケットから取り出したのは、警察手帳だった。階級は警部と書かれている。

 

「長野県警新野署に所属する者です」

 

 そして、どこか自信満々な微笑を見て、俺もまた静かにこう思うのだった。

 

(――また、えらくキャラの濃い刑事が出てきたなぁ……)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

6月25日

 

 長野への出張から無事に帰宅。また面白い刑事さんと知り合って来た。いやぁ、すごい人だわ諸伏警部。最近周辺に有能な人が増えていると言う事は、また事態が大きく動く前兆と見ていいのかな。

 ちょっとした資料作製のために立ち寄った図書館で殺人事件が発生。その時たまたま現場に居合わせたのが新野署の警部さんだった。名前は諸伏高明。前述したとおり、すごく有能な刑事さんだ。

 昴さんと高明さんだけで実質解決。

 犯人は逃げようとしたけど、鳥羽さんが本をネクタイで縛って掴みをつけた物で犯人の顔をフルスイング。一撃で昏倒していた。いやぁ、大人しそうな顔でその実アグレッシブとかいいギャップだね。俺の中での鳥羽さんの評価は右肩上がりである。来月から給料跳ね上げよう。この人逃がしちゃいけないわ。

 

 その後元々の依頼だった家出人捜索をしっかりと終えた後、諸伏警部と仲良くなって(特に昴さんとは馬が合ったようだ)携帯の電話番号とメールを交換してきました。

 

 俺達が出ている間に、安室さんとマリーさん、越水の三人は企業への脅迫状を解決。こっちは未然にテロを防いだらしい。いやぁ、本当に皆頼もしい。

 

 

 

6月26日

 

 久々に青蘭さんとデートしてきた。つっても主に美術館や博物館めぐりだったけど……いやでも楽しかったなぁ。やはりロマノフ王朝を主にしているとはいえ歴史の研究者。日本や中国の歴史にも詳しく、非常に楽しかった。一通り回った後はレストランで食事をして、その後は瑞紀ちゃんがこの間教えてくれた『ブルー・パロット』というプールバー(柚嬉ちゃんの店とは違う)で飲んで来た。

 

 一番の予想外だったのは、別れ際に向こうからキスしてくれたことだろうか。

 正直、今もすっごいドキドキしている。

 

 

 

6月28日

 

 楓が少年探偵団に入ったらしい。いっつもコナンの傍にくっついていてズルい! って話を歩美ちゃんから愚痴られた。早いよ小学生、怖いよ小学生。夕飯の時に桜子ちゃんと七槻で、最近の子は進んでるよね!? って話で盛り上がった。最近では桜子ちゃんも結構ここにいる事が増えた。若松社長からこっちの仕事を重視するように言われたらしい。なんで? って今日聞いたら、

 

『あれほど危なっかしい男は見たことがない。しっかり見張ってやってくれ』

 

 ということらしい。待って、待って若松社長。貴方は俺をなんだと思ってるんですか。危なっかしいって言っても死ぬような事態は可能な限り全力で避けてますって。手足はともかく。

 書いてて思いだしたけど、そういえば楓ちゃんにもこの一週間で怒られてるなぁ……。銃とか爆弾関係の事件に関わった後に『今日くらいは大人しくしてなさいっ!』って怒鳴られる。ちなみにその後ろには大抵七槻と桜子ちゃんが腕を組んで立っている。どう考えても勝てません。

 

 そうそう、楓ちゃんは今日は博士の家に泊まっている。阿笠博士が皆でカレーパーティーをやろうと企画してくれたのだ。本当に面倒見のいい人だよなぁ、博士。

 今日は仕事が終わってから小沼博士も行くと言っていたし、途中入った報告だと買い出し途中にマリーさんも一緒になったらしい。最近マリーさんは少年探偵団とよく一緒にいると楓から聞いている。

 ふむ、あの感じから子供は苦手だと思っていたが――なんだかんだで意外と相性がいいのだろうか?

 

 

6月30日

 

 やっべぇ、ちょっと浮かれてた。遊びすぎた。人が増えて安心してたけど月末はやっぱり地獄でした。まぁ、無事終わったけどさ。今日はマリーさんや昴さん、鳥羽さんといった新人さん達の歓迎会をキチンとした形でやっていなかったというわけで下のレストランでちょっと豪華な食事を。瑞紀ちゃんのマジックショーと一緒に、紫音さんがヴァイオリンで盛り上げてくれた。今までこういう事をしたことはなかったのだが、紫音さんが自分から提案してくれた。紫音さんも最近ではよく話しかけてくれる。今日なんてレアな笑顔を見せてくれて思わず惚れかかった。その直後にふなちに股間蹴りあげられたけど。

 

 あぁ、そうだ。来月からはふなちもまた家に戻る事になった。

 色々あって、マリーさんも事務所に住む事になったため、今住んでる女性達の護衛としては十分すぎるという事になった。というか、安室さんも事務所に住む事になったし、防犯という意味では非常に安心できる。

 そういう意味合いを込めて『ありがとうございます!』って安室さんにいったら『君という奴は本当に……』って言われながら頭全力で掴まれた。解せぬ。

 

 

 

 

7月5日

 

 大学の先輩が毛利小五郎のコスプレをしていた件について。いや本当にびびった。恩田先輩なにしてんすか。

 おばあちゃん相手に『お待たせしました、毛利小五郎です』なんて言ってる所に出くわしたから、一緒にいたふなちと佐藤刑事と一緒に締めあげたのは絶対に間違ってない。そのおばあちゃんに怒られたけどさ。

 

 問い詰めたところ、おばあちゃんは恩田先輩の小学校時代の先生だったらしい。

 それがなんで毛利小五郎を名乗る事になったのか非常に謎だが、まぁ心配して様子を見に行っていたということらしい。佐藤刑事も、他人の名を騙るだけでは一応罪にはならないらしく、悪意もなかったという事でこっそり叱るだけで済ませた。が、問題はおばあちゃん。目の前でドタバタやったから説明をしないわけにはいかず、かといって先輩を突き放す真似も憚られた。

 別に単純に真実を突きつけても良かったが、それもなんだか後味が悪かった。

 鳥羽さんが、想定を超えて単独でも動けるくらい優秀だったし、もう一人雇うのも悪くない。

 

 と、いうわけで。偽物の名探偵を本物の探偵にしてきました。安室さん、キャメルさん。がっつりしごいちゃってください。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ひぃ……はぁ……っ」

 

 以前白鳥刑事と走った河原で、安室さんと一緒に新入りの若い男を走らせている。

 

「もうちょっと頑張りましょう! あと2キロ走ったら休憩です!」

「に、2キロ……っ……」

「なぁに、すぐに慣れますよ。慣れてきたら今度は階段を全力で上り下りする訓練ですね」

「ちょ……っ……!?」

 

 所長が新しい人員を連れてくると言った時は、一体何事かと思った。基本的に所長はいつも、一芸をもった人間を募集していた。自分の時は現場の経験を、鳥羽さんは医療関係の経験を求めての求人で入った。沖矢さんやマリーさんは、主力人員の推薦で雇用した人員だ。

 

(……所長が連れてくる人員にしては……普通、ですよね?)

 

 要するに、気にかかっているのはそこだった。浅見探偵事務所の人員は全員なんらかの一芸を持っている。だからこそ、全員が最前線で活躍できる訳だが――

 

「この事務所でやっていけるのかって顔をしてますね、キャメルさん」

「安室さん……えぇ、まぁ……」

 

 一緒に彼の訓練に付き合っている安室さんは、いつも通りの笑顔だ。不安や懸念などどこにもない。そう言うように。

 

「確かに、彼の能力は現状きわめて低い。ですが、それはあくまで現状。だから所長から、こうして彼の訓練を頼まれた訳ですし」

 

 まぁ、確かに今、彼は一生懸命訓練を受けている。大学生活も送りながら、体力作りに所長や副所長が色々な技術を教えている。なぜか、所長が教える時はコナン君も一緒にいるが……。

 

「それになにより――キャメルさん、所長が連れて来た人間が普通だと本当に思いますか?」

「思いません。あり得ません」

 

 色々と不安な所は確かにあるが、所長が連れて来た人間というのはある意味で信頼できる要素でもある。

 そうだ、信頼できる要素ではあるんだが――

 

「……予想外の方向にぶっ飛んでいたりしませんよね?」

「…………きっと、多分、いや――覚悟だけはしておこうか」

 

 もはや息も絶え絶えになりながらも、必死に足を動かしている新人の死にそうな顔を見ながら、二人の探偵は彼に聞こえないようにため息を吐いた。彼に向けてではなく――ここにはいない、とびっきりぶっ飛んでいる所長に向けて。

 

 

 

 

 

 




まずはキャラ紹介。

○諸伏高明(35)

※初登場回
アニメ:File558-561
コミック:65巻File8-11,66巻File1

『赤い壁』シリーズにて登場した長野県警の刑事の一人。この時点では所轄の刑事でしたが、次に登場した時は県警本部に復活していました。

 同じ長野県警の大和敢助とはライバル関係にありますが、いい幼馴染でもあるようです。長野県警が出てくる事件は大体二人の内のどちらかが容疑者になる気がします。
 というか長野県警は優秀な人間多いけど闇も深い気がする。

 落ちついた話し方で、故事成語を引用するのが癖ですが、これを再現するのが難しい。なぜか? 作者の教養不足。

 個人的に、『漆黒の追跡者』には大和刑事と一緒に出てきてほしかったですね。まだ出てなかったかもしれませんがww



○恩田遼平(21)

アニメ:File661-662
小五郎さんはいい人(前後編)

コミック75巻:File3-5

割と最近の人なので、覚えている人も多いのでは? 二代目『偽』毛利小五郎でございます。尚、初代は悪人ヅラな上に速攻で死んだ模様。

昔の恩師の様子を見に行くために毛利小五郎になりきるという謎のウルトラCを決めてくれた大学生。男性キャラですっごい好きなキャラ。この話の構成を考えていた時に、この男は絶対に引っ張ってこようと決めていたキャラですw

ふなちと違い、100%コナンに頼りっきりの推理でしたが、アニメでは声優さんの名演技もあり(外見だけは)名探偵になっておりました……最後以外は(汗)


明日辺りに、リクエストに答えて事務所の人間をまとめた物を乗せます。
今回で事務所の面子は完成といって良いでしょう。



……あ、新出先生(?)を勧誘したいなんて、考えてないんだからね!!?


まぁ、真面目にどうにか設定作って、小咄用のキャラをストックの場みたいなものは欲しいと考えています。


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038:とある探偵事務所の平穏な日……うん、まぁ平穏

「どうです? 変装の具合は」

「問題ない。彼もまったく気付いていない様だし……見事な技能だな」

 

 プールバー『ブルーパロット』。先日、所長がデートに使ったバーは、同時に『俺』のアジトでもある。

 そこの従業員スペースで、『俺』は瀬戸瑞紀のまま、先日出会った狙撃手、諸星大(偽名)に変装の技術を教えている。

 

「とりあえず、諸星さんはレフティ(左利き)というのが特徴です。右利きの練習を欠かさないようにしてください。演技自体に関しては問題ないですから」

「ほう、君ほどの逸材から及第点をもらえるとは……。知人に自慢出来るな」

「――事務所内では止めて下さいよ? 絶対ですよ? 振りじゃないですからね!?」

 

 この人、なんとなく所長に似ているから不安になってしまう。こう、なんと言えばいいのだろうか……。

 

――コイツ、何かやらかしそう。

 

 というのが一番しっくりくる言い方か。

 

「あぁ、分かっている。もし私の正体が知られたら、最低でも一人は死人が出るからな」

「分かってはいたけどデンジャラスですね!?」

 

(本当にコイツ所長さんに似てんなちくしょう!)

 

 いや、パッと見の鋭さとか緊張感とかから見て、単純な能力で言えば所長よりもずっと高いんだろうけど。

 

「それで、諸星……いえ、昴さん。枡山会長は黒という事でいいんですよね?」

「あぁ。詳しくは話せないが、様々な組織が彼と、その背後にいる者たちを探ろうとしている」

「そんな大物が……どうして所長を?」

「そうだな、考えられるのは……あの男の裏の仕事、あるいは副業を邪魔したのではないか?」

「副業?」

「武器や麻薬の密輸、そしてそれらを安価で売りさばき治安を悪化させ、混乱を作りだす事か」

「……心当たりがありすぎますぅ……」

 

 ついこの間、情報は伏せてもらっているものの麻薬の密売組織とやり合ったばかりだし、妙に出回っている銃や爆弾がらみの事件は片っぱしからそうだよなぁ……探偵事務所の仕事じゃねぇよな、どう考えても。

 毛利探偵の所も、妙に殺人事件なんかに絡むけどあそこは元刑事だからなぁ……。

 うちは設立の理由からして、あの鈴木の爺さんのごり押しとかいう訳のわからない物だ。設立してしばらくは普通の探偵の仕事が多かったけど、今ではそれに加えて企業内偵や利害調整の交渉、不審な動きのある組織や施設の調査――場合によっては警察が来る前に制圧。うん、おかしい。どう考えてもおかしい。何度か参加してるけどさ。

 爆弾や罠の解体技術の取得が必須条件の探偵事務所なんてあってたまるか。

 

「あぁ、ここしばらく君たちの活動は監視させてもらっていた。警察顔負け、いや、スペシャルチームも顔負けの活躍ぶりをな」

「もう色々とおかしいですよねぇ」

「そういう君も、やっている仕事のほとんどは、探偵というよりもトレジャーハンターのようだが?」

「……言い返せません」

 

 あぁ、ダメだ。話が変な方向にずれていってしまう。

 

「ともかく、枡山会長の動きを注視する必要がありますねぇ。……隠れていましたけど、例の『広田雅美さん』も確認しました。こっそりこちらに接触しようとしていましたけど、諦めたようです。まぁ、あれだけ監視があれば仕方ないですけど。何を伝えようとしたんですかね?」

「多分、妹の事だろう。妹の件を君たちに依頼したということは……妹の方も、やはり日本にいるとみていいか」

「どういう人なんですか? 広田さんの妹さんって」

 

 諸星さんは、俺が預かっていた例の写真を取り出す。

 

「俺も詳しくは分からないが、組織でも特別な立ち位置にいる女。……優秀な薬学者だと聞いている」

「……薬学」

 

 なるほど、その知識を買われて重要視されてんのか。

 

「その妹さん。捕まっていると思いますか? それとも、まだ――」

「姉が無事なのだから……協力をしているだろうな。組織に強い反感を持っていたとしても、姉がいる以上協力せざるを得ないだろう。余り会えないとはいえ、姉妹仲は良好だった」

 

 となると、当然やっている。あるいはやらされている事は薬の研究。それが出来そうな場所は製薬工場、あるいは――

 

「製薬会社。早速いくつか当たってみます」

「顔を変えて、かな?」

 

 あたりめーだ。瀬戸瑞紀で顔を見られでもしたら事務所に迷惑が行っちまう。

 

「……私がいない間、所長の周辺をお願いしますね?」

「あぁ――もちろんだとも」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 警察病院の中にある、案内図には載っていない病室。その病室に、厳重な監視の下で昏々と眠り続けている男がいる。

 

「どうだ、風見。奴は起きたか?」

「あ、降谷さん。お疲れ様です」

 

 その病室の監視カメラの映像が回してある部屋を、俺は公安警察官、降谷零として定期的に訪れていた。

 事務所の人間や、組織の人間に気付かれないように、全力で注意はしてある。

 

「今の所、まだ起きる気配はありません。先日の脳波検査でも確認しています」

「そうか……」

 

 一刻も早く、ピスコに対して攻勢に出なければならない。出来る事ならば警察として奴を捕まえたいが、最悪組織の人間として奴を失脚させる。そうすれば浅見君の身の安全もしばらくは確保できるだろう。

 その後、誰がこちらに来るかで厄介事の度合いが大きく変わる。

 

(ピスコ自身は動きを見せない。一番あり得そうなのは、やはり他の人間を使っているということだが……)

 

 キュラソーは違う。あの女は別の目的で動いているようだ。正直、脅威の度合いで言えばピスコよりも上だが、情報が足りない今では動けない。

 まずは、ピスコの手足となっている人間を抑えなければならない。

 そこで最も怪しいのは――

 

「風見、本堂瑛祐という少年について可能な限り調べてもらいたい」

「例の、帝丹高校に転校してきた少年でしたか……最近では浅見探偵事務所に顔を出しているようですが……」

「調べてみた所、毛利探偵事務所にも顔を出している。どうやら、両方に探りを入れているようだ」

 

 彼とは何度か話してみた。基本的には友好的な態度を装っているが、稀に――稀に俺や浅見君に、僅かな敵意……いや、不信感という方が正しいか? ともかく、弱いとはいえ負の感情を向けているように見える。

 幸い全員という訳ではなく、瀬戸さんや小沼博士には多少。新顔の沖矢さんや恩田君にはそれなりに心を許しているようだ。

 

(……やはり、浅見君に何らかの疑いをもって調べに来たと考えるべきか)

 

 その内容――目的を知る事さえできれば、あるいは彼を味方につける事だって可能かもしれない。

 

「あの……降谷さん」

「? あ、あぁすまない。なんだ、風見?」

 

 思考に没頭していたのだろう。部下が心配そうな顔で声を掛けて来た事にしばらく気付かなかった。

 

「いえ、大丈夫ですか? 例の浅見透への狙撃事件以降、あまり休息も取っていないのでは……?」

「はは、アイツにも同じ事言われて怒られたよ。大怪我している年下に叱られるのは……全く、堪える」

 

 最近よく楓ちゃんに怒られている所長の気持ちが少しは分かる気がする。

 少年探偵団が事務所に遊びに来た時の恒例行事を思い出し、思わずでそうになった笑いをかみ殺す。

 

「……降谷さん」

「安心しろ、事務所の方は明日まで休みをもらっている。少し羽を伸ばさせてもらうさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

7月10日

 

 仕事が終わってコナンと蘭ちゃん、園子ちゃんと一緒に飯を食いに行ったら今日も元気に殺人事件だ! 勘弁してくれませんかねぇ……。

 しかも青蘭さん来ちゃうし。腕組んでくるし胸が当たってたわでドッキドキ、蘭ちゃんが指をパキポキ鳴らし出してドッキドキ。なんでそこで七槻とふなちの名前が出てくるのか……。

 

 事件も無事に解決し、青蘭さんから飲みのお誘いがあったのだが蘭ちゃんに腕を固められて引きはがされてしまった。とりあえずコナン。いつもより5割増しのあざとい声で俺に駄々こねるの止めろ。嫌な汗が出るから。

 

 

 

7月12日

 

 瑛祐君と仕事する事になった。なんでや。事務所員じゃねーのに。

 今日は単純に素行調査だったのだが、それになぜか瑛祐君が同行させてくれという事。

 とりあえず瑞紀ちゃんも一緒だし、なにかあっても大丈夫だろうと仕事を開始。

 依頼人である女性からの依頼は、息子さんが付き合っている女を調べてほしいという仕事で、すでにある程度は調査済み。今日から尾行して調べていこうと思っていたら、まさかの目の前で誘拐未遂である。本当にどうなってんのこの街。

 

 どうにかそっちは解決。いきなり車で目撃者の俺たちを轢き殺そうとしたのはびっくりしたけど、瑞紀ちゃんが逃げ遅れた瑛祐君を救出。その後とっさに阿笠博士作の発信機を取り付ける事に成功。白鳥刑事と千葉刑事が車で追い掛けてくれて無事に確保。最後の最後でお約束の人質を盾にして『来るなー!』をやられたけど、隙だらけだったんで俺が投げた500円玉でノックアウト。凶器のナイフは同時に瑞紀ちゃんのトランプで弾き飛ばして問題なし。

 

 

 

7月13日

 

 瑛祐君がすっごい懐いている。……瑞紀ちゃんに。

 あれ? 俺は? 昨日俺も活躍したじゃん。

 助けたのが瑞紀ちゃんだったからか?

 

 しかもなぜかふなちに慰められてる。え、俺そんなに落ち込んでた?

 瑛祐くんにも、『あ、浅見探偵もカッコ良かったですよ?』というフォローをいただく始末。

 安室さんは滅茶苦茶笑ってるし、マリーさんは微妙な顔で俺を見てるし、小沼博士は俺にフォローという名のトドメを刺しに来た。おのれ、おのれ。

 

 小五郎さんの所で晩酌ついでに愚痴ったらこっちでも爆笑された。なんでや。

 

 

 

7月15日

 

 青蘭さんが例のインペリアル・イースターエッグを展示会の後になんとか譲ってもらえないかと次郎吉さんと交渉しているらしい。さっき、家に遊びに来た次郎吉さんと飲んでたら話してくれたのだ。

 ふぅむ、さすがにあれだけ高価な物だと肩入れする訳にはいかんしなぁ。

 なんでも、他にも色んな人達があのエッグを狙って動いているらしい。

 今ではロシア大使館の人間や古物商が多数、交渉を持ちかけてくるらしい。次郎吉さんの様子からして、かなりうっとうしいんだろう。こりゃあ史郎さんに全部押し付けるつもりかな?

 

 今日はふなちと一緒に、以前仕事を依頼してくれた香坂さんに会ってきた。自分はその時、ちょうど四国の件でいなかったので直接顔を合わせるのは初めてだった。……真面目に後悔している。なぜ俺は、もっと早くこの人とコンタクトを取っていなかったのか。一年近くこの人と接するチャンスを逃していた事になる。

 

 こちらも目当てはイースターエッグだったが、欲しいというより確認させてほしいので、次郎吉さんに会わせてということだった。え、美人だよ? 断る理由あんの?

 

 ふなちから足を全力で踏みつけられたが、美人の前では恐れる事など何もない。むろん即座に快諾。ついでにいうならば、さっき次郎吉さんの了承を得た。

 加えて戦果として、レストランへたまに遊びに来ていただく約束を取りつけた。美人だし癒されるし西谷さんが目指すパティシエ――しかも海外で活動している方だ。きっと得るモノは多いだろう。だから、ほら、俺超ファインプレーじゃない?

 

 

 

7月18日

 

 やばい、思った以上に夏美さんいい人だわ。早速店に来て、西谷さんに色々と教えてくれた。

 グッジョブ。俺本当にグッジョブ。安室さんとも気が合ったのか作ったお菓子について西谷さんを交えた三人で色々話していた。料理も出来る安室さんも興味がある話題だったのか、すっごく楽しそうだ。

 

 西谷さんも久々に安室さんと話せてよかったよかった。

 だから『余計な事を……っ!』って視線で俺を睨んでくるのはどうにかしてほしい。え、明日になってもあんな目で見られるんなら、許してくれるまで厨房の入り口で泣きながら土下座してやる。

 

 

 

7月21日

 

 今日は就職してから連絡をしなくなった息子さんの調査をお願いされた。会社に親が連絡するのも、迷惑だと思ってということらしい。そうだよ、こういう仕事でいいんだよ。企業に潜入したり死体を触ったり爆弾を解体したりしなくていいんだよ! や、そういう事しないと時間は進まないんだろうけどさ!

 

 佐藤刑事に『爆弾絡みの事件には絶対に関わらないで!』って胸倉掴まれたけど、向こうから飛んでくるからどうしようもないよね。

 

 勤めていた製薬会社に偽名を使って問い合わせ。無事に発見できたので、その人に電話で状況を説明。これでご両親にキチンと連絡を取ってくれるだろう。

 そういえば、今日散歩していたらいつぞやの女王様系女子高生に会った。なんで俺の顔見た瞬間に顔を引き攣らせたんですか? なんかその後、テクテク近づいて来たと思ったら何も言わずに頭を撫でてくれたんだけど……今思い返しても謎だ。あれなんだったんだろう?

 俺、なんか泣きそうな顔でもしていたんだろうか? 別に普通だったと思うんだが……。

 

 

 

7月25日

 

 最近マリーさんや昴さんと仕事をするようになった。マリーさんはもちろん、本格的に昴さんも主力として動いているので、自分が次郎吉さんから受けるような仕事も一緒にやった方がいいんじゃないかということだった。

 

 ぶっちゃけ一理あるから快諾。昴さんは訓練必要ないくらい技能持ってるし、むしろこちらから頼りにしたい。

 

 恩田さんも、尾行や簡単な調査は出来るようになった。瑞紀ちゃんが言っていたが、恩田さんは演技に関しては才能があるらしい。むろん、まだまだ要特訓ということだが。

 最近では安室さんとキャメルさんが、体力の訓練に加えて解錠技術を教えている。そこまでいけば、本格的に仕事を回してみようという話になった。

 

 そういえば、最近瑞紀ちゃんは抜ける事が多いな。なんでも、ちょっと忙しくなってきたらしいが……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「所長、先日の件の報告書が仕上がりましたわ」

「あ、ありがとうございます鳥羽さん。上がってもらって構いませんよ?」

「いえ、せっかくですしお待ちします」

 

 今日は七槻とふなちはお休みで、二人でどこかに食べに行ってくると言っていた。沖矢さんは安室さんと一緒に仕事に行ってるし、マリーさんは阿笠博士の企画した潮干狩りに少年探偵団と一緒に参加している。

 

「そういや恩田さんは?」

「先ほど戻ってきましたが、かなりお疲れの様だったのでキャメルさんが自宅まで送って行きました」

「まぁ、ここ最近は走り込みが多いからなぁ……」

 

 新しい人がかなり入ってきたおかげで、仕事をこなすのもかなり安定してきた。最近ではえらく難しく、時間もかかる依頼も多いため、簡単な仕事は毛利探偵事務所に回すことが多い。

 恩田さんの訓練が一通り終われば、鳥羽さんかキャメルさんとコンビでそういった案件を担当してもらおうか。

 

「――そういえば、前からお聞きしたかったのですが……」

「はい?」

「所長はどうして私を買って下さるんですか?」

 

 鳥羽さんは唐突にそう聞いて来た。

 

「? 採用理由ってことですか?」

「えぇ、まぁ。実際に入ってみて思ったのですが、ここの事務所は求められる人物像が非常に高いので……恩田君も、根性はすごいですし」

「……ふむ」

「そんな中で、特に最近はお給料も増やしていただきましたし――少々気になってしまいまして……」

 

 まぁ、気になるのは仕方ないか。自画自賛する様だが、うちの事務所はかなり有名だ。取材依頼なんかも凄まじいし、安室さんとマリーさんの二人は特に輪を掛けてすごい。パパラッチが出てくるレベルだ。本当にどんな事務所なんだウチは……。

 

「そうですね、理由としては経験や技能なんかですが……」

 

 どうしよう、一番の理由を言って怒られないかな。

 

「一番自然だったから、ですかね」

「――自然……ですか?」

「えぇ、あの条件で面接を受けに来た人達、言っちゃなんですがお金やある種の名誉が目的の人が多かったんです」

「まぁ、あれだけの好条件でしたから……。自分も正直それが目当てでしたし。あの、ひょっとして自然だというのは……猫かぶり、ですか?」

 

 あ、はいそうです。コロコロ笑って下さって本当にありがとうございます。

 

「――別に善人である必要はないですからね。ウチに必要なのは」

 

 そりゃあ、『私、実は例の組織の人間なんです』とか言われたら困るけど、『私、欲まみれの悪人なんです』なんて可愛いもんだ。むしろそういう人間がいてくれると助かる。普通では気が付かない道筋や視点を教えてくれそうだ。

 

「悪人だろうが元犯罪者だろうが、一緒にやっていけるならそれで十分です。正しいかどうかは大事じゃない。今犯罪者だとか、何かを計画しているとかじゃなければ、ですけど」

 

 ついでに言うなら、鳥羽さんはいざという時にためらうことなく行動出来る事が分かったから個人的には無茶苦茶気に入った人員である。

 

「ぷっ――はは、ははっ!!」

 

 そしたら、鳥羽さんはこらえきれないと言った様子で大笑いをしだした。いつもの静かな笑いじゃない。腹を抱える本当の大笑いだ。

 しばらく笑い続けた鳥羽さんは、何度か深い呼吸をした後、大きく息を吐き、

 

「はーっ、やれやれ。降参だよ、所長さん」

 

 鳥羽さんはいつもやや長い髪を、後ろで団子みたいにまとめている。軽く目を瞑った彼女はそれを束ねている紐をほどき、ポニーテールに髪型を変える。そして開いた目は、いつもの優しい目じゃない。

 

「……野良犬の目、かな?」

 

 とっさに口にしてしまった俺をちょっとぶん殴りたいと思ったが、当の本人はツボにはまったのかまた大笑い。さすがにさっきよりは落ちついているが。

 

「いいねぇ、その表現。自分じゃよくわかんないけど多分アタシにゃピッタリさ」

 

 手をひらひらさせる鳥羽さんは、いつもみたいに真っ直ぐ立つのではなく、ソファに軽く腰をかけている。いつもの清楚な感じは微塵もないが、個人的には今の鳥羽さんの方が好きだ。

 

「今のが鳥羽さんの素って事でいいんだよね?」

「初穂でいいさ。アンタにゃ色々とバレちまったからね」

 

 何が? いや、猫かぶってたってのは知ってるけど、バレるってほどですかね?

 

「まぁ、ここは居心地がいいからね。払うもん払ってくれてるし、むしろ増やしてくれたから文句はないよ。ここで金を稼いでから計画を実行しようと思ってたけど、名探偵に気付かれてるんならしょーがない。あの馬鹿な姉や、むかっ腹の立つジジィ達は生かしてやるか……」

 

 

 

――はい?

 

 

 

「と、いうわけで。当面の間は探偵をやってやるよ」

 

 いやすみません、何をやらかす気だったんですかね!? 姉? ジジィ!?

 

「所長さん、よ・ろ・し・く♪」

 

 ピースサインを送る鳥羽さん――あぁいや、初穂さんの悪者みたいな笑顔に、俺もなんとなくピースサインを返した。

 ……よく分からないけど俺――ヤバい事を止めたんだろうか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 少し引き攣った笑顔でピースサインを返す所長の顔がおかしくて、また大笑いをする所だった。

 有名な探偵事務所ならば難事件を解く事だってある。そこらへんを参考にしながら、貧乏だった自分たちをさっさと切り捨てた姉や、その姉とよろしくやっていた爺さんを殺して、ついでにいただけるモノをもらっていく計画を立てようと思っていたが……まさか自分を悪者だと知った上で雇っていたとは知らなかった。

 

(何かをやらかそうとしているって所まで気付かれてんじゃあ、下手に動く訳にもいかない、か)

 

 実際にここで働いてから、ここが普通の探偵事務所じゃないのはよく理解していた。しかしまぁ――なるほど、ぶっ飛んだ所長さんだ。アタシが事務所相手に何か企むとは考えなかったのだろうか? ……いや、仮にそうだと考えていたとしても、この男は平然と受け入れそうで――怖い。あぁ、そうだ、この年下の男は怖い男だ。怖くて――面白い。

 

(……意外と、面白い所に拾われたのかもしれないねぇ)

 

「あー、とりあえず、互いに腹を割ったって事で」

 

 ぼんやりとそんな事を考えていると、所長さんが後ろ頭をかきむしりながら口を開いた。

 

「――飯、食いに行くか?」

「ハハッ、いいねいいねぇ。たまにゃいい男と並んで見せつけるのも悪くない」

「そっちかよ!」

 

 多分、所長以外にもアタシが悪人だってことに気が付いている奴はいる。安室やマリー……特に安室はアタシを警戒している。ただ、所長ほど深い所まで理解はしていないはずだ。

 深い所まで知った上で、飯に誘う馬鹿は――多分、コイツしかいない。

 

「所長さん」

「はい?」

 

 

 

「……なんだかんだで……長い付き合いになりそうだねぇ」

 

 

 




なお、浅見君は色々と踏んでしまった模様。

鳥羽さんや恩田さんに関しては、色々と補完する事が多いと思われます。
原作のイメージとは異なるのでDVDを借りるんだ!

次回辺りから色々動くかな? ずっと14番目をやっていたから、色々と遊びたい気持ちもありますが(笑)


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039:再起

本日? 2度目の更新です。うだうだやってたら出来てしまった。


「――最近瑞紀ちゃんが俺の傍を離れないんだけどこれってそういう意味なのかな? どう思うコナン?」

「まず目を洗って耳も洗って、それで脳みそ洗ってみたら?」

「よし表出ろ、決闘だこら」

「いいぜ、PK勝負な」

「……お前が両足禁止なら」

「PKだって言ってんだろーが」

 

 時期的に例の連絡の取れなくなった息子さんと母親の仲を取り持った辺りからだろうか。

 あの辺りから仕事の時は大抵瑞紀ちゃんと組む事が増えた。そうでない時も、『所長は一人で行動するべきじゃないです! 色んな意味で!』ということだ。え、なに、俺またなにかやらかした? それか、やらかしそうだと思われてんの?

 

「自分でそういう風に思うってことはそーゆーことなんじゃない?」

 

 後、最近コナンが毒を吐く事が多くて悲しくなる。

 

「この野郎、せっかく他の所員に黙ってこっそりデータ作ってきたって言うのに」

「わぁい! ありがとう浅見にーちゃん!」

「……コナン、今度恩田先輩と一緒に瑞紀ちゃんの講習受ける? 今演技の訓練やってんだけど」

「うっせ」

 

 微妙に拗ねたが、まぁいつも通りだ。とりあえず本題に入ろうと、徹夜でまとめた資料をコナンに渡す。

 

「捜索願が出されたり、連絡が付かなくなったプログラマーやSEのリストだ。もっとも、方向性の様なものは見えない。まぁ、全部が全部組織のモノってわけじゃないだろうから当然か」

「まぁ、だよなぁ……。例の『テキーラ』がプログラマーリストを狙っていたから、そこから何か分かるんじゃないかと思ったけど……」

「ふむ……やっぱり色々と足りないか」

 

 時間を進める条件は大きく分けて二つ。組織の事件を解決することと、そして当然だがコナンの身体が元に戻ることだ。前者は恐らく、ゲームでいうフラグがいくつか立たないと無理だろう。これに関しては何がキーになるか分からないので静観。何がフラグか分かれば手元に置いてキープしたり、探偵事務所という強みを使って監視しておくんだが……。

 

「薬学に強い人間が欲しいなぁ……」

 

 これは以前から考えていた事だ。以前コナンが工藤新一に戻り、服部平次と推理対決した時には……なんだっけ? パイカル? とかいう中国酒を飲んで元に戻ったと聞いている。つまり、その酒の成分などを解析すれば身体が戻る薬を作れるんじゃないだろうか?

 

(とはいえ、筋を考えると組織を倒す直前、あるいはその後に元に戻ると考えるべき。……難しいな)

 

 もっとも、そういう人材も確保しておいて損はないだろう。というか、以前初穂さんを雇った際にもそういう人材を探してはいたんだが……特に面白いと思える人物がおらず断念。

 小沼博士くらい突き抜けているか、技能的にキャメルさんや安室さんの様に高い水準でバランスが取れているか、あるいは初穂さんみたいに私欲の人がいればいいんだが……。

 

(と、いうか。工藤新一の身体を小さくしたのが薬なら、重要人物の中に絶対にいるよな。薬学に長けた人物)

 

 阿笠博士は発明家だから違う。……うん、やっぱり周囲に気を張っておこう。自分がこの世界でどういう立ち位置かは知らないけど、こうしてループに気付いて動いてしまっている以上、変化は必ず起こる。あるいは、認識できていないだけですでに――

 

「ともあれ、当初の予定通り動く……それでいいんだな?」

「あぁ。って言っても、危ないのはそっちだよ?」

「ほとんど接点がないコナンが動くとバレやすいだろ。子供の姿だからって……いや、むしろ子供だからこそ目立つかもしれねぇ」

 

 懐から取りだしたのは、指紋なども拭き取った上で性能もかなり上げてもらった――盗聴器。

 

「俺を狙ったのはあの時のサングラスの男でほぼ間違いない」

「なら、あの人もなんらかの形で関わっていると見ていいよね?」

 

 

 

「アナウンサーの……水無怜奈さん」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――人生……急に変わってしまったなぁ……。

 

 学校は既に休みに入っていて、仕事も入っていない完全な休日。色々と教えてくれる瀬戸さんの教え通り、左利きの訓練をしながら、昨日仕事帰りにコンビニで買った雑誌を読んでいる。

 記事の内容は――浅見探偵事務所。少し前ならば『ここの所長、ウチの学校の後輩なんだぜ』っていう話だった。それが今は……『自分がその一員なんだよ』っていう話題に出来る。とても自分から話題にする気は起きないが。

 

(安室さんやマリーさん、透――いやいや、所長の仕事を実際に見てると、とてもそんなこと言えない……)

 

 自分と同じく入ったばかりという沖矢さんですら、観察力と推理力、場合によっては体術を駆使して犯人を追いつめる――まさしく名探偵という存在だ。

 彼だけではない。あの細い身体で、犯人を容易く取り押さえたり、武装解除したりする瀬戸さん。

 女性だが、格闘術では恐らく事務所内でもトップに入るマリーさん。

 いや、ここまではいい。まだ理解できる。

 ショックだったのは、同じ大学――大げさかもしれないが、同じ世界にいると思っていた人達。

 

 浅見と同じ後輩の越水七槻。ちょっと気難しいけど美人だと知られていた彼女は、私服からスーツに着替えた時、大学生から名探偵へ、浅見と絡んでいる女の子は、彼を補佐する副所長と変わっていた。

 

 中居芙奈子――こちらは可愛いけど変わっている先輩と有名な人だった。そんな彼女は事務所に入れば、エキセントリックな発言は同じだが書類を捌き、電卓を叩く事務員。そして事が起これば、スーツに着替えて現場や依頼人の元に急行する立派な調査員。

 

 なにより……浅見透。色んな学生とつるむことはあっても、深く入ることはない。人によっては潤滑油なんてあだ名をこっそり付けてあざ笑われていた男。何度か大規模な合コンで見たことがある程度の男。

 正直に疑問だ。きっとあだ名をつけたりした奴は嫉妬か何かでそんなあだ名を付けたんじゃないかと思う。

 スーツに身を包み、サングラスを掛けて夜の街を歩く一つ下の男は、大学で見たどんな男より――格好良く見えた。

 

(この間の誘拐事件の時も、人質に怪我をさせずにあっさり犯人を捕まえたって瀬戸さん嬉しそうに話してたからなぁ……)

 

「俺、あの事務所にいていいのかな……」

 

 後輩に有名な探偵がいて、しかも事務所を開いていると聞いて妄想をする事はあった。自分がそこに所属して、その所長よりも活躍して世間に注目される。そんな馬鹿げた妄想――本当に馬鹿げていた。甘かった。

 

「……よし」

 

 左手で延々雑誌の内容をノートに書き写す作業を止め、買っておいたペットボトルのコーヒーを飲んで喉の渇きを潤す。

 

「キャメルさんが教えてくれたビルの階段……挑戦してみますか」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

7月30日

 

 うん、月末は仕事を調整して全力で事務を片付ける。効率が上がったこともあって仕事量も収入も増えたのは嬉しいんだけどね。おかげで所員全員にボーナスもキチンと渡せるし……。今度機会があれば旅行でも考えておくか。……出来れば小五郎さんの所や少年探偵団も連れて行きたいけど……。

 

 最近事務所では恩田さんが人気だ。キャメルさんと安室さんがすっごい気に入っていると言うのもあるが、特に技能を持っていない所に色々と教え込んだためか、皆さん揃って『使いやすい』と評判だ。

 本人が何か手伝えないかと、下のレストランでもホールと簡単な調理補助を手伝っているらしい。……俺たちには内緒にしておくようにと飯盛さんに言っていたらしい。しかも無給で、と。

 本人曰く、これも訓練だからと言っていたらしいがそういうわけにはいかない。

 こっそり飯盛さんに、彼の給料分を渡している。……正直、言い方は悪いが虚言癖のような所があったので少し不安だったのだが、恩田さんも言い方は悪いがいい拾い物だった。

 

 プライベートでは最近初穂さんがウチによく遊びに来る。酒持参で。さすが悪党、よく分かっている。

 最初は七槻やふなちも素に驚いていたようだが、今では割と馴染んでいる。

 一番意外だったのは、もっとも初穂さんと馬が合ったのが桜子ちゃんだったという事だ。強気な初穂さんと相性がいいのか、割といい友人関係を築いている様子。

 

 酔っぱらった桜子ちゃん可愛いし、初穂さんが持って来る酒は美味いし、ふなちと七槻も色っぽくなるしでパーフェクトだ。

 

 

 

7月31日

 

 今日盗聴器を設置してきた。指もコーティングしていたから恐らく問題ない。

 狙撃した奴は未だに起きないらしいし、情報は手に入らない。普通の人間なら待っていれば起きると考えるのだろうが、進まない一年を知っている俺としては別の可能性を考えざるを得ない。要するに、フラグが立っていないために起きないのではないか、と。

 狙撃なんて特殊な技能を持っていて、且つ腕もいい。間違いなくストーリーに関わる人間と見ていいだろうし。……そうなると関わりそうなのはやはり行動を共にしていた怜奈さん。多方面からのアクションが鍵になるのなら、その場合主人公のコナン、あるいは優秀な安室さんやマリーさん、昴さん辺りが怪しいが……。

 まぁ、とりあえず待ちだ。いつでもリアクションが取れるように用意しておかなくては。

 

 

 

8月1日

 

 夏美さんがお菓子作って事務所に遊びに来てくれた。すっげーテンション上がった。

 青蘭さんがお酒を持って家に来てくれた。際どいチャイナドレスで。テンションが跳ね上がった。

 その後初穂さんが耳元でぼそっと『美人局~』『ハニートラップ~』『騙して悪いが~』とか囁いた。泣いた。

 その後七槻が酔いつぶれた。ただでさえ暑い夏がさらに暑い。今も現在進行形で離れない。

 こりゃ今日は4人で雑魚寝だな。

 

 

8月3日

 

 免許取ってからバイクほとんど乗ってなかったので久々に転がしてみる。

 とりあえず街中を走り回ってから適当に止めてショッピング。いい機会だしと本屋に行ったら高木刑事にあった。最近色々と話せてなかったし、暇だからとしばらく立ち話をしていたら佐藤刑事が来た。色々察した。――ごめん、高木さん。邪魔した。

 付き合っているという訳ではなかったようで、俺がさりげなく席を外そうとしたら『二人より三人の方が楽しいじゃない』という佐藤刑事のトドメの一撃が飛んできた。もうこうなったらと思って、たまたま目が合ってしまった白鳥さん(隠密行動中)と、確か非番だったはずと三池さんを召喚。5人でついさっきまで遊び回ってきましたとさ。

 

 そうそう、三池さんは桜子ちゃんと小学校からの友達だったらしく、今日は二人ともウチに泊まっております。ヤバい、楓を外しても女性率が高すぎる。

 

 

 

8月5日

 

 今更だけど、最近浅見家の朝は早い。楓と一緒にラジオ体操に参加しているからだ。

 桜子ちゃんには朝食の用意はこっちでトーストとスープくらい用意するからと断ったのだが、『楓ちゃんもいますししっかり作らせていただきます!』と更に早起きしている。本当にいい子だよねぇ……。

 最近ではたまに秘書というか付き人のような仕事をさせてしまっているし、マジで申し訳ない。若松さんは喜んでいる様だけど。

 

 桜子ちゃんが言うには、家でもたまに話題に出しているらしい。『浅見君や服部君の様な息子がいればよかったのに、なんでウチのはダメなんだろう』とのこと。止めてください若松さん、思わぬ所から刺されそうなフラグを建てるのは。っていうか平次君を知っていたんですね。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(……降谷さん)

 

 公安警察の一員。安室透――もとい、降谷零の部下である風見は例の組織の幹部『カルバドス』を監視しながら思案していた。

 

(いくらなんでも、浅見透を気にかけ過ぎている)

 

 例の狙撃事件の時はまだ分かる。だが、あの事件以降あの男……いや、その周辺の安全確保にリソースを割き過ぎている。少なくとも風見と風見に近い人間はそう考えていた。

 優秀な事は認める。状況によっては公安以上に動けるかもしれない環境を整えた手腕は素晴らしい。

 だが……その状況を作りだしたのは組織幹部として安室透が接触した事から始まっている。

 いや、それに加えて奴の周りには怪しい人物が多すぎる。我々にとって敵である可能性が十分ある男だ。だというのに……降谷零は、隠し切れないほどの全幅の信頼を浅見透にかけている。

 

(噂では、警察学校時代の友人に異常なまでに似ていると聞くが……)

 

 浅見透は危険だ。敵だった場合、いったいどれだけの脅威になるのか想像が出来ない。降谷零という上司の能力はよく知っているし、信頼もしている。だが同時に、現状の様子では万が一ではあるが足元を掬われかねない。

 

(……浅見透。奴の事を詳しく調べる必要がある)

 

 当然、すでに公安で調べている。怪しい所は見つからなかった。だが、唯一引っかかるのは――彼の両親が死んだ後、孤児院に入った直後にある空白の三か月。彼が行方をくらました期間だ。小さい子供だった事も含めて、たった三か月がどうしたと思うが……。

 

(分かっている。分かっているんだ…………これは、この嫌な感じは――)

 

 口に出すのも憚られるような、どうしようもない感情だと。だが、それでも……いや、だからこそ、

 

「浅見透。奴は……警戒しなければならないんだ……」

 

 二人しかいない空間。一人は寝たきりだ。だから、返事は返ってこない。

 

 

 

 

 

 ――『奇遇だな。同意見だ』

 

 

 

 

 

 ……ハズだった。

 

 

「っ! 貴様――」

 

 

 口を開くはずのない男に向けて、とっさに風見は銃を抜こうとする、抜こうとした。だが、それよりも早く、男の――カルバドスの指が喉に食い込んだ。

 

「……が……っ…………あぁああっ!!」

 

 寝たきりだったとは思えない程強い力だ。振りほどけない。その後風見はジタバタもがくが、徐々に弱まり、そして――『どさっ』という音と共に、地面に崩れ落ちた。

 

「…………すまない。僅かにずれていた様だ。苦しめてしまった」

 

 別に殺したわけではない。殺す暇もない。バタバタとやかましい足音が近づいてくるのを認識したカルバドスは、素早く風見の銃を奪う。威嚇用だったのか、こうして奪われることを想定していたのか、弾は一発しか入っていない。

 

「――十分だ」

 

 その一発しか撃てない拳銃を握り締め、浅見透を撃ち抜いた男、そしてシルバーブレットと互いをスコープで狙った男……カルバドスは静かに、そして完全にベッドから起き上がった。

 

 

 



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040:考察と疑惑、そして反撃の一手(無意識)

8月7日

 

 安室さんと一緒に仕事をしていたら、スーツ姿のいかつい男が来た。安室さん抜きで話がしたいという事なので席を外してもらったら、なんと公安の人だった。俺を撃った男が逃げ出したらしい。おい、おい。

 

 風見さんも負傷、ついでに拳銃も取られている。別にいいけどさ。拳銃ならジャケットだけでも対応できるからいいけどさ。むしろ後遺症などが残る様な怪我をしていないかどうか不安だけど……。

 とりあえずその公安の人に『風見さんに安静にしておくようにお伝えください』って言っておいた。

 なんかすっごい顔で、『手厳しいですね』って言われたけど、あれどういう意味だったんだろう?

 

 

 

8月8日

 

 とりあえずしばらくの間は家を出ることにした。七槻に問い詰められました。うん、分かってたけどね。今回は安室さんがフォローしてくれた。

 で、最低限の荷物を持って安室さんの運転でとりあえずの避難場所――工藤新一の家へと向かった。

 入り口で例の女王様系女子高生が待っていた。待っていたっていうか待ち構えていたというか……なんで?

 あと安室さん、「君という奴はどこまで……」とか言われても心当たりがない物には答えられません。あと未だ名前くらいしか知らない女子高生が、今工藤の家を歩き回っている訳だけど……これ、コナンに報告しないと不味いよね?

 すっごい電話かけたくない。そもそも携帯の着信履歴がスッゴイ事になっていて携帯開きたくない。

 

 

 

8月9日

 

「私に出来るのはここまで、あとは頑張りなさい」と言って彼女は出て行った。待って、せめて何をしたのか説明してから行ってよ。様子を見に来た瑞紀ちゃん顔引き攣ってたじゃん。付いて来ていた瑛祐君すっごい睨んでたじゃん。コナンから「おめー、人の家で何やってんだ」って怒られたじゃん。

 いや、無許可で泊めたのは悪かったけど俺もどうしようもなかったんだって。あの子多分寝ずに俺の横で本か何か読んでたから。

 良いから寝てなさいとベッドに半分押さえつけられた直後、なんか急にスッゴイ眠気が襲ってきたおかげでほとんど覚えてない。呪文みたいな何言ってるか分かんない声だけは覚えてる。

 で、目を覚ましたら頭撫でてくれてた。――これ誰にも話せないな。意味不明過ぎるし、下手したら俺変態さんだわ。

 

 

 

8月10日

 

 安室さんが一緒に住む事になった。君は大分緊張感が足りないとか言われましても……敵が来る事が分かっていて、そして現在地のアテも付けられないなら防御を整えて迎え撃つしかないじゃないかと俺なりの意見を言ったら頭抱えられた。解せぬ。

 どうでもいいけど、朝「じゃあ仕事に行ってくるよ。食事は冷蔵庫の中に作ってあるから」って言われる生活ってヒモっぽくてなんか涙出そう。

 という愚痴を初穂さんにしたら爆笑された。おのれ。

 

 

 

8月11日

 

 いくらなんでもおかしい。動きがなさすぎる。余りに動きがないから見晴らしのいい所や人気のない所を歩いてみて誘い出そうとしたんだけど何もない。諸星さんの携帯に『今日一日囮になるのでヨロ』ってメール送っていたから、仮に敵が動いていたら教えてくれると思うんだけど……。

 

 で、工藤の家に戻ったら玄関にコナンがいた。足がパリパリ鳴ってた。そして吹っ飛ばされた。

 

 

 

8月12日

 

 安室さんと現状を話し合った。いくらなんでも動きがなさすぎるという事。囮になってみたけど特に動きは無し。尾行されてたり監視されている気配もほとんどなし。(一部マスコミは除く)

 例の狙撃手、例えば完全な雇われだったんじゃなかろうか。あるいはもっと上の人間に切り捨てられたか。

 なんにせよ、狙撃技能持ちの強敵が起きたっていうことは話が進んだと言うことだ。問題は何がきっかけなのか……単純に時間なのか、あるいは水無怜奈を調べ始めたからか、他にあるとすれば、

 

 

≪次のページに続いている≫

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 カルバドスに逃げられた日から浅見君の周辺には警護を付けてある。副所長やふなちさんを始めとする、浅見家の人間にもだ。むしろ、そっちの方を重視している。もし、カルバドスが赤井の事を組織の人間に話していたのならば、とっくに幹部が集結しているはずだ。赤井抹殺は組織の悲願でもある。

 だが、その様な気配はない。ひょっとしたら俺が疑われているという可能性もあるが、それでも完全に動きを隠せる訳ではない。

 現に、赤井に対する重要な戦力になり得るキュラソーに動きがないのがその証拠。

 念には念を入れて家を移動したが――

 

(分かってはいたが……彼にはある種の二面性がある……)

 

 カルバドスが逃走したという知らせを受け、負傷した風見に代わって違う人員を使って彼にその事を伝えてもらったが、自分を狙撃した人間が逃げたと聞いても彼はまったくと言っていいほどいつもと変わらない。それどころか意味ありげな、そしてどこか挑戦的な笑みを浮かべていた。

 自分の身辺の事など一切聞かず、負傷した風見を心配していた。やや挑戦的だったが、それは仕方あるまい、もしこれが一般人ならパニックになってもおかしくなかった。

 

「で、安室さん。とりあえずこうして家を移したんですけど……越水達に付いていてくれませんか? って言いたかったんですけど」

「その副所長達から、貴方から基本目を離すなと言われていまして」

「……うん、知ってた」

 

 なぜか彼から離れない白猫の源之助を肩に乗せたまま膝を抱える彼は、とても普段の様子と重ならない。刃物を振り回されようが、銃弾が飛んで来ようが笑って全てを乗り越えていく姿とは、とてもとても……。

 

「しかし、このタイミングで狙撃手が逃走ですか……」

 

 相変わらず膝を抱えたままだが、顔は真剣な物へと変わっていく。心なしか、肩に乗っている源之助まで真面目な顔をしているように見える。

 さぁ、ここからだ。俺が知りたいのは、彼がどのような意見を出すか。

 キャメルさんと昴さんの三人と、以前こんな話題で盛り上がった事がある。『所長には、いったいどのように物事が見えているんだろう?』という話題で。

 

 アンドレ=キャメルはこう言った。『まるで、結果だけを掴み取っているかのような思考だ』と。

 沖矢昴はそれに対して同意した上で、『彼の強い好奇心が、我々とは違う視野を作りだしているんでしょう』と言う。

 二人とも、きっと合っている。俺もそう思う。だが、もう一つ。彼の行動が最も活発になる時は――自分や身内に危機が迫った時。選べるのならば守勢よりも、攻勢を迷わず選ぶバイタリティ。

 

(彼の最大の武器は多分、頭脳でも勘でも体術でも、あの早撃ちでもない。生存本能とでも言うべきものじゃないかな)

 

 それも守り続けて生きるのではなく、外敵を倒して生きようとするタイプの。

 だからこそ、あの時間違いなく警戒していたキュラソーを懐に入れた。そうとしか考えられない。

 現に、そのおかげで異変が起これば察知できる状態にはなっている。

 

(さぁ、浅見君。君はここからどういう意見を出すんだ?)

 

「――日売テレビの怜奈さん、水無怜奈さんは最近どうですか? それと瑛祐君も」

「あぁ。水無さんは特に異常はないと思うよ。最近、事務所には来てないけどね。瑛祐君は……そうだね、君が仕事を休んで外出を控えるようになってからは回数が少し減ったかな?」

 

 まぁ、ふらっと来て瑞紀さんや恩田君と話している様だけど。

 

「――そうですか。……あぁ、そうだ。ちょっと話は変わるんですけど」

「? なんだい?」

 

 

 

「薬の研究をしている人に心当たり、あります? マッドサイエンティストと呼ばれているような人なら尚更いいんですが」

「…………」

「? 安室さん?」

 

 

 

 

 

 

―― 本当に、一生かかっても理解できない気がするよ。

 

 

 

 

 

 

―― 浅見君。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「浅見透が事務所に来なくなったか。拠点まで変えて……なるほどなるほど」

 

 本堂瑛祐からの報告に目を通して、ピスコは満足げに頷いた。

 バーボンの証言だけでは信用できないが、キュラソーの報告も交えて見ると奴の人柄が見えてくる。

 

「奴は、背を見せる事は恐らくしないだろう。あるとすれば、撤退ではなく後退」

 

 周囲の人間への、万が一の被害を警戒したのだろう。そして、それはそのまま奴が警戒せざるを得ない事態が起こったということだろう。考えられるのは――

 

(カルバドス、貴様だとすれば。……やはり生きているのか)

 

 動きを見る限り、浅見透ではない。他の人間、あるいは組織が奴を捕らえていたと見る方が自然だ。そして、その組織が浅見透と繋がっている。でなければ、逃げたという情報は手に入らない。

 そのような事をするとすれば……

 

(もしカルバドスが生きていて、そして何者かの手から逃げ切ったとするならば――来る。ここに。何らかの情報を手に――)

 

 それが有用な物であるのに越したことはないが、まぁそこはどちらでもいい。あればいい程度に考えておけばいいだろう。問題は――

 

(……もう一個、使い捨てられる手駒を揃えておくか。どう転んだとしても、私にとって上手く使える存在)

 

 身近にいる人間は全て使う。そうしてこれまで伸し上がってきた。そう、これまで――そしてこれからも。

 

(奴も少しずつ、我々の喉元に近づいている。あの会社に目を付けるとは……)

 

 念には念をと、得意先以外の外部連絡をチェックしていて正解だった。今時珍しい公衆電話からの電話が一つあり、それを調べてみたらあの男が引っかかった。一見裏のない普通の仕事の電話だったが、あの男の場合、仕事の対象があそこにいたから選んだという可能性がある。目的はまだ掴めないが……ひょっとしたら。

 

「……掴んでいるのか? 『出来そこない』の存在を――」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

8月13日

 

 昨日の安室さんとの話し合いは、実はコナンも聞いていた。俺のサングラスの機能を使って、音声をアイツに送信していた。本人が参加してもよかったのだが、今回は話が話なだけに、子供の参加は止められる可能性があると言う事でこっそり聞く事になった。本人は隣の阿笠博士の所で聞いていた。

 

 しかし、動こうとした瞬間にこれである。今まではなんとなく状況を察したのだろう七槻達の意見を元に動いていたが、こうなってはしょうがないよね。冗談抜きで千日手になったらアウトだもん。

 

 ってな訳で、コナンをバックアップ役にして水無さんに接触してきた。

 水無さんに例の男性の行方を改めて聞いてみたけどやっぱりというか情報は無し。まぁ、そういうだろうなぁ……。盗聴器の方でも今の所成果はないし――どうしよう?

 

 むしろ、逆にこっちが質問されてしまった。この間事務所に、眼鏡を掛けた高校生が来ていたけど新人かしら?っていう話だ。……瑛祐君の事だよね? 最近よくうちに遊びに来る放っておけないドジッ子ですって言ったら微妙な顔をしていたけど……やっぱり水無怜奈と本堂瑛祐は関係あるって考えていいのだろうか? まだ情報が足りない。薬学者の方は一旦置いて、一か八かこっちサイドの情報収集に力を入れてみよう。

 

 




今週のサンデーで、文字通り平成のワトソン(ある意味明治の?)が登場しててなんだか後ろめたい気分になってしまいましたwwww

万が一ストーリー的に平成のワトソンってワードが出てきても突っ走るつもりではありますが……w


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041:探偵、悪者、そして事務屋

『……無事だったか、キール』

「カルバドス! 良かった……連絡が取れなかったから心配していたのよ」

 

 アナウンサーの仕事を終え、帰宅したタイミングで掛かってきた電話は、私を十分に驚かせた。

 カルバドス。浅見君を狙うと言ってから、ずっと連絡の取れなかった仲間。……そうだ。私の敵で、そして仲間がようやく連絡をくれたのだ。

 

『浅見透は、あれから?』

「えぇ、怪我こそ酷かったけど……貴方が撃った腕の傷を、例の殺人犯に抉られたと聞いているわ」

『それでも生き残ったか。……やはりというか、さすがというか』

 

 そう呟くカルバドスに、見えはしないと分かっているのに頷いてしまう。彼は――尋常じゃない。

 

「ただ、彼の周辺にかなりの動きが出たわ。バーボン以外にキュラソーまでが張り付くようになった。注目度で言えばあの赤井秀一に匹敵するわね。浅見透は」

 

 あるいは、それ以上かもしれない。まさかラムの側近までが動き出すなんて……。

 

『――その赤井秀一がいたぞ』

「……バーボンが言っていたわ。この街で見つけたって……今まで連絡が取れなかったのはひょっとして?」

『あぁ、赤井と撃ち合いになった。欲をかいた俺のミスでもあるが……気をつけろ、キール』

「赤井……あのシルバーブレットに? そんなの――」

 

 当たり前。そう続けようとしたが――

 

『赤井と浅見透は共闘体制にある』

 

 その口が塞がらなくなった。

 

「あの赤井が――それじゃあ浅見透はFBIと!?」

 

 馬鹿な! 日本の公安とはそれらしい繋がりは見え隠れしていたが……FBI、それも赤井と共闘体制にあるなんて寝耳に水だ。

 

(で、でも……あの浅見君と、シルバーブレットの赤井秀一。二人が手を組んでいるのならば)

 

 救ってくれるかもしれない。最近あの事務所に接触している――私の、家族を。だけど……

 

『ピスコの動きはどうだ?』

「少なくとも、私には特に……動きも見せてないわ」

『……何も、か?』

「え、えぇ……知る限りは」

『……動いていない時などない。動いている場所が水の上か、下かの違いだけだ』

 

 カルバドスは何かを警戒するような声でそう尋ねる。分かっている、あの老人は隙を見せて良い存在ではない。だが――

 

「ねぇ、カルバドス。ピスコは何をしようとしているのか分かる?」

 

 目的はどこにある? 確かに、私欲で動いている所はあるだろう。仕事の邪魔になる浅見探偵事務所の動きを鈍らせておきたいのも分かる。

 

『分からん。だが……気付いているか? キール』

「え……何を?」

『あの男……例の狙撃の少し前から、お前と話す時はいつもより僅かに饒舌になっている。お前の近辺に、弱みになり得るものはないか?』

「さぁ、特に思いつかないわ」

 

 嘘だ。ある。特大の弱点が。でも、あの子は浅見探偵事務所に……

 

(――っ! まさかっ!?)

 

『ともかく、これからピスコの元に顔を出す。――念のため、赤井の事は伏せておけ』

「……どうして?」

 

 重要な情報を伏せておけだなんて、立派な利敵行為だ。自分としては別に構わないが……。

 

『――もし、俺が連絡の取れない状況になったのならば、周囲に気を付けておけ。場合によっては、浅見探偵事務所と赤井の存在が切り札になる。情報を渡して手柄にするのも、互いにぶつけ合わせるのも有効だろう。俺と違ってお前は頭が切れる。この札を上手く使えるのはお前なんだ、キール』

「カルバドス……」

 

 まさか、組織を敵に回しかねない事を口にしてまで、気を使ってくれるとは思っていなかった。他に惚れた女性のいる男だから尚更だ。

 

「どうして? カルバドス……どうして……」

『……浅見透だ』

 

 思わず尋ねてから、少しの沈黙を挟んで彼は口を開いた。とぎれとぎれに。言葉を選ぶのではなく、探すように。

 

『俺も……ピスコと同じだ。相手は倒す。……味方は利用する……そして邪魔なら切り捨てる。それが俺たちの生き方だ。間違っているが間違っていない……俺たちのルールだ。そのルールこそが、生き残る方法だ』

 

 わかる。自分もそうだ。自分の失態を父に押し付け、その屍を踏み越えてここにいる。

 

『だが……浅見透は違う……と思う。良く知りはしないが……そう思う。仮にバーボンが裏切ったとしても、あの男はそうそう態度を変える事はないだろう。全てが終わって互いが生きていたのならば、しがらみなんて忘れた様に互いの手を握るだろう。……まったく持って理解できない……矛盾した男だ。それでも……強い』

 

 それも、分かる。だから私は追いつめられ、カルバドスは敗れた。赤井という強力なカードがあった様だが、その手札を揃えたという時点でやはり尋常ではない。

 

『だから、少しだけ真似をしたくなった……のかもしれない。あの男なら、この状況なら、きっとお前に手を差し伸べただろう。……奴と同じ事をして、同じ土俵に登って――その上で決着をつけたいと……そう思った――のかもしれない』

 

 珍しく、迷いながらも長々と言葉を紡いだカルバドスは、今度は黙った。数秒、そのまま沈黙を続け――

 

『……すまん。全部忘れてくれ』

 

 心なしか、やや早口でそういう彼が少しおかしくて、思わず噴き出してしまった。

 電話の向こうから、不機嫌そうな舌打ちの音が響いた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「…………おい、コナン」

「あぁ――ビンゴ、だな」

 

 水無怜奈に取りつけていた盗聴器を聞いていた俺とコナンは、互いの顔を見合わせていた。

 距離が離れているために雑音が入る上に、さすがに電話の声までは入らなかったが、重要すぎる情報がポンポン出て来た。

 

「水無怜奈、カルバドス、バーボン、キュラソー、そしてピスコ。まさか5人も幹部が来ていたなんて……」

「俺を撃ったのがカルバドス。残るのはバーボン、キュラソー、ピスコ」

「そのバーボンとキュラソーは、浅見さんの所にいる様だけど……怪しい人って?」

 

 正直そう言われても困る。一番怪しいのはマリーさんだが……ぶっちゃけ彼女以外だと優秀な主力調査員は全員怪しく思えてくる。違うかな? っと思うのは恩田先輩と初穂さんだ。

 

「――よし、気にしない様にしよう」

「おい」

 

 や、深く考えて行動出来なくなっても仕方ないじゃん。七槻やふなちが正直不安だけど、これだけ注目されている事務所だ。うかつな真似は出来ないはずだ。――という訳で、とりあえずは皆を信じるから、疑う役はお前に任せた。

 

「……っていうか、もう一つ聞きたい事があるんだけど」

「あ、うん。内容は分かってる」

「だよね。じゃあ――――いつの間にFBIと手を組んでいたの?」

 

 真面目にまったく記憶にございません。とはいえ、多分その赤井って人は――

 

「諸星さん、だよなぁ多分。そっかそっか、FBIだったのか……」

 

 意外な所に意外な人が来てビビる。いや、絶対にこれ重要人物だと思ってたけど。イケメンだし頭いいしイケメンだし強いしイケメンだし。

 

「例の狙撃手さんか。っていうか、そんな人が浅見さんに目を付けていたってことは――前から浅見さんの近くには組織の人間がいた?」

「あぁ、悪くない流れだ」

「どこがだよ!?」

 

 いや、いい流れだって。確実に話の核心に近づいている。問題は所員の中に敵がいるってことだけど……

 とりあえず、敵は分かった。要するに、攻め口を見つけたんだ。ならば打てる手はいくらでも選択できる。

 

「――とりあえず、怜奈さんと飯食う約束取り受けるから」

「バレない様に盗聴器の回収だな。鞄の」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「本っ当に毎度毎度、毎度毎度……本当に手錠をかけてやろうかな。あの頭に炸薬が目一杯詰まってる様な逆噴射式暴発男の腕に」

「本当にというか、つい先日実際に手錠で監禁――失礼いたしました。なんでもございませんわ」

 

 しばらくの間家を空けるから! とかいきなり言いだした自爆探偵浅見透は、元の相棒である工藤君の家にしばらくいるらしい。危ないことだ。絶対に危ない事に首突っ込んでる。素直に危ないって認めたと言う事は尚更危険度が高い気がする。一応安室さんを向こうに送り込んだけど……。

 

「で、安室さん。最近の浅見君の暴走の履歴は?」

「はい、副所長。先日は一人で見晴らしのいい所や、人気のない所をうろうろしていたので、恐らく囮作戦を決行したのかと」

「躊躇わずに暴露とか鬼ですか安室様!!!」

 

 今は報告に来ていた安室さんを交えて報告会だ。キッチンでは桜子さんが楓ちゃんと一緒に食事の準備中だ。

 浅見君と安室さんが向こうで食べる用に、鍋を二つに分けてカレーを作ってくれている。

 

「なんだ、囮作戦くらいならまだ序の口だね。ボクはてっきり、もう目星をつけて殴りこみを掛けていると思ってたよ」

「こうして話している間に突入用意っていうメールが来ても、僕は驚きませんね。念のためにもう例のジャケットも着込んでいます」

「……私の思う浅見様と、お二方の脳内の浅見様に凄まじい誤差があるように思えるのですが」

 

 そうかな? いつの間にか物騒な人や警察の人達引き連れて、どこかの危ない所をぶっ潰しちゃった♪ とかいう報告を受けても納得できる。……あぁ、考えてなんだけどすっごいやりそうだ。

 

「まぁ、出来る限り僕が傍にいるようにします。請け負っている仕事がいくつかあるので、完全にとはいきませんが……」

「うぅん、すみません。事が落ちつくまでお願いします」

 

 彼が遠ざかったって事は、例の狙撃絡み。でも、この間まで一緒に住んでいた事を考えると、多分何らかの理由で公表されていなかったけど逮捕されていたんだろう。で、なんらかの証言で厄介事が見つかったっていう所か。

 

「まぁ、近々浅見様にも会っておくべきでしょうね。どうでしょう安室様、今度様子を見て皆さんで食事でも……事務所の皆さまと一緒ならば問題ないかと思うのですが?」

 

 それには同意する。安室さんや瑞紀さんだけでも凄かったのに、マリーさんや昴さんが入ってからは十分なんて言葉じゃ足りないくらい凄い。

 

「そうですねぇ……。少し様子見をする事になりますが、また皆で飯盛さん達の料理に舌鼓を打つのもいいですね」

 

 色々あって、未だに納得できない所もあるけど浅見探偵事務所は悪くない。マリーさんも少しずつ距離が掴めてきたのか、少し空気が柔らかくなった。また皆で揃うには――浅見君の抱えている問題を潰すのが一番手っ取り早い。

 

「安室さん、ボク達はどこまで知っていいんですか?」

「と言われましても――僕も調べている所ですので」

 

 ……やっぱりこの程度の不意打ちじゃ、隙は見せないか。

 いや、疑ってはいるけど、信頼はしている。だから、出来る事なら協力体制を築きたいと思っているんだ。ただ、きっかけが掴めない。

 ボクも、もう少し事務所の皆を知らないといけないな。

 

「……浅見君の事、お願いしますね? いざとなったら首輪くらい許可します」

「「いや、さすがにそれはどうかと……」」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……こっちは異常なしです」

「こちらも、周辺に動く気配はない。しかし――まさか狙撃手を恐れず囮役を買って出るとは、見上げた勇気だ」

「そんな勇気、放り捨ててほしいんですけど」

 

 彼からのメールを受け取り、即座に彼の元に急行したが……まさか本当に囮として動くとは。いくらあの優秀な防弾ジャケットがあると言っても、頭を撃ち抜かれたら危険だというのに……。

 自分に付いて来た瀬戸瑞紀は、浅見透の行動に頭を抱えて、

 

「どうやったらあそこまで奔放というか自由というか自爆というか……」

「結果を出しているからいいんじゃないか?」

「こっちの心臓と胃が持ちませんよぅ……」

 

 そう涙目でぼやくが、この女性も油断できない存在だ。もし敵になるのであれば、非常に危険な存在になるだろう。――『彼』と一緒にいる所を見ると、とてもそうなる未来は想像できないが。

 

「しかし、仮にも所長の持ち物に発信器を仕掛ける君も中々やるじゃないか」

「しょうがないじゃないですか。あの人目を離したらすぐにいなくなるんですから。ちなみに副所長の許可は取ってあります」

「……そうか」

 

 相変わらず、慕われているのか馬鹿にされているのか……評価の難しい上司だ。

 

「とりあえず、変装やり直すんで店に来てください。清掃会社の制服は用意していますからそれに着替えて――」

「内部に潜入、か。まったく、いい度胸をしている。俺の上司に紹介したいくらいだ」

「そもそも、貴方の『本業』を知らないんですが……」

「ふむ……まぁ、しがない事務屋さ」

「…………事務、屋?」

 

 俺がそう言うと、彼女は手をピクッと震わせ、そして事務所では決して見せないしかめっ面でこちらを睨む。

 

「あー……あー、なるほど。そういうことでしたかぁ……」

 

 やはり気付いたようだ。まぁ、わざと情報を出したのだが……それでも、たった一言で真実にたどり着く辺りは、さすがと言うべきだろう。

 

「どうだ? 正直な話、君はもちろん浅見探偵事務所の人員まとめて勧誘したいくらいなんだが」

 

 限りない本音でそう言うが、瀬戸瑞紀は『はいはい』と言いながら手をぶらぶらさせ、

 

「むしろ事務屋辞めてこっちに来ましょうよ」

「ほう、安定した仕事を辞めて危険な仕事に就け、と?」

 

 本来ならば、安定はともかく『本業』の方が危険であるはずなのだが、この事務所に常識が通用しないのは互いに分かっている。

 

「えぇ、まぁ、そうでしょうけど……。変装の上からでも分かりますよ」

 

 

 

「――今の仕事の方が、燃えてるんじゃないですか?」

 

 

 

「……さぁ? ご想像にお任せするよ」

 

 実際、俺が今の仕事をどう感じているのか。彼女がどう感じているのか。ぜひとも語り合いたい所だが……

 

「安室さんが所長と合流したのを確認したら、乗り込みましょう」

「あぁ――本丸にな」

 

 




このイベントを世紀末と混ぜたら面白いんじゃね? とかいう余計な考えが出てきて悩み中。
出したい女性も多いし、カルバドスも動かしたい。キールさんの胃にダイレクトアタックもしたい。どこから手を付けよう……


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042:導火線に火が付いたようです(一つとは言っていない)

 今日、俺は怜奈さんを誘ってコナンと一緒に食事をし、盗聴器を回収した後、水無怜奈を尾行していた。瑞紀ちゃんから変装は一応教わっていたから、微妙に顔を変えてだ。もっとも、瑞紀ちゃんみたいにばっさり変えるのは不可能なのでカツラと簡単な化粧で印象を変える程度だが――意外と有効な手である。

 特に俺の場合は、普段はダークスーツにサングラスという格好なので、それを変えるだけでもかなり変わる。

 

(って……おいおい待て待て、この方向って……)

 

 後ろにコナンを乗せてバイクを走らせているこの道は、非常に見覚えがある道だ。

 というか、ついこの間瑞紀ちゃんを後ろに乗せて走った道だ。――要するに、その先は……

 

「――コナン、一応聞いておくけど今武器になりそうな物って何がある?」

「? いつも通り時計型の麻酔銃と、キック力増強シューズ……くらいか? 役に立ちそうな物っていうなら追跡メガネくらいだけど……例の発信機兼盗聴器付きの」

「……そうか」

「――ヤバい感じがするのか?」

「想像が当たってたら……かなり」

 

(あの人が組織の幹部だったら……どうしよう?)

 

 事務所を始めてから色んな人間を見て来たと自負しているが、老獪という言葉がもっとも似合う人物はあの人だった。

 もし、あの人が悪者サイド。漫画やアニメといった絵で描写される作品ならば、顔付きがガラリと変わる様な人物ならば、様々な方面に警戒せねばならない。

 

「コナン、ちょっと待ってろ」

 

 とりあえず七槻とふなちには家も事務所もセキュリティをフル稼働させる様にメールで伝えておく。で、安室さん。ちょっと迷ったけど、あの人が本気になればどうしようもない。それに、信じると決めた。

 素早く、所員全員の安全を最優先で動いてくださいとメールを打つ。ついでにマリーさんの事も書いて……送信。

 

「――安室さん?」

「あぁ。組織の人間の候補だってのは分かってるけど、もし本当にそうならどうしようもない。なら、確率が高い方に賭けさせてもらう」

「うん、それでいいと思う」

 

 出来る事ならば、ほぼ組織の連中ではないだろう諸星さんに協力してもらいたかったが、メールの返信はない。

 

(まぁ、事務所員じゃねーし、完全に足並みを揃える訳にはいかねーか)

 

 さて、この道は高級住宅街という事もあって人目が少ない。……代わりに監視カメラが至る所にあるというオマケ付きだ。さて、そうなると目立つな。

 

「浅見さん、適当な所で降ろして。場所がわかっているなら、迂回ルートを通ってスケボーで行くよ」

「……それ、逆に目立たねぇ?」

 

 まぁ、主人公なら上手くいくかもしれねぇけど。……あ、そうだ。もう一回電話しておかなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――プルル! プルル! プルル!

 

(? マリー用の携帯?)

 

 ちょうどついさっき、事故に見せかけた殺人を副所長の越水と共に暴いた所だ。そして越水は事件の詳細を説明するために、佐藤という刑事と一緒に警視庁に向かったはずだ。となると、穂奈美か美奈穂か。

 

(追加で緊急の依頼でも入ったのか……?)

 

 そして開いた携帯のディスプレイには、やはりよく知った名前が映っていた。――少々予想外ではあったが。

 

「浅見……透……」

 

 組織から命じられた最重要任務。その対象となっている男からの電話だった。

 

「……はい、マリーです」

『あぁ、マリーさん! 今大丈夫?』

「えぇ、問題ありません。何か御用ですか?」

 

 それなりに話はするが、思っていた程ではなかった。バーボンから、『結構話しかけられるかもしれないから、カバーストーリーの用意は念入りに』と当初は言われていたのだが、肩透かしを食らった気分だ。

 最近少しずつ気を許してくれたようだが――

 

『えぇ、ちょっと気になる事があるのでお願いしようかと――』

「なんです?」

 

 本当に珍しい。一体なんだ?

 

『本堂瑛祐君、今どこにいるか分かる?』

「瑛祐君……ですか?」

 

 一応、浅見探偵事務所に関わる人間は全員チェックして、行動をある程度は把握している。

 本堂瑛祐ならばこの時間、恐らく学校が終わり毛利蘭や鈴木園子と一緒に下校中だろう。ルートはもちろん、立ち寄りそうな店舗の位置も分かる。

 

「お時間をいただければ、すぐに探し出して見せます。彼の行動は大体把握していますので」

『そうか――それじゃあマリーさん、ちょっと瑛祐君に張り付いておいてくれません? それも、しばらくの間』

 

(……何?)

 

「構いませんが、事情をお聞きしても?」

『……そうだな、理由を言うなら――勘、かな』

 

 勘。その言葉を額面通りに受け取れる程馬鹿ではない。この事務所で働いていればなおさらだ。

 奴が勘だけだと断ってから口にした場所を調べれば証拠が出る。人を調べれば見えていなかった繋がりが見つかる。張りつけと言われて傍で監視していれば、高い確率で犯人だったり、あるいは襲われたりする。

 

(あれは勘などという生易しい、曖昧なものではない。胡散臭い言葉になるが――まるで予言の様だ)

 

 本当に未来を見据えていると言われても納得できそうだ。

 さて、このまま仕事を引き受けるのは当然だが、ただ引き受けるだけというのもあれだ。

 

「了解しました、所長。ですが、急なご依頼。ちょっとしたご褒美をいただいても?」

『お、だいぶ事務所に馴染んで来たね。なにか希望が?』

「……では、下のレストランで一緒に食事なんてどうですか?」

 

 任務のためにも、この男の信頼を得るのは必須事項だ。もう少し距離を近づけておきたい。

 

『…………なるほど。それが貴女にとって必要な事なんですね?』

 

 そう、例えそれが、虎の穴に入る事になっても、だ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「よし。一番やっかいなのは封じた」

 

 コナンと二手に分かれてから、マリーさんに電話を掛けておいた。もう一人の怪しい奴を押さえておくために。本堂瑛祐――最初はピンと来なかったが、やはり怜奈さんに少し似ている事が気になる。付け加えるなら、狙撃事件の後に来たことも、気になる。

 

(いや、そもそもおかしかったんだよ。『転校』してくるなんて)

 

 ループを経験していて、高校の動きなどに注意を始めたのは『去年』からだが、少なくとも『去年』蘭ちゃんの所に転校生が来たという話は聞いていない。

 

(……森谷の爆弾から始まって事務所設立に狙撃に連続殺人と、繰り返すだけじゃない大きく違う一年に浮かれてたかな)

 

 そうだ、変化があったと言う時点で最も注目しなければいけない相手だった。

 

(ヒロインがいる高校に出た変化と、キャラ立ちまくってる高い能力持ってる人)

 

 とりあえず、この二人を一まとめにしておこう。

 張り付くという仕事ならば、マリーさんの動きを制限できる。ついでに情報を入手できる可能性もある。

 その間に枡山会長に探りを入れよう。

 

――ザザッ

 

『浅見さん、そっちはどう?』

「相変わらず動きなし。誰かを待っているにしては、少し妙だよなぁ……」

 

 とりあえず、枡山会長宅に向かっていると思われた怜奈さんを離れた所から監視しているけど――

 

「家に入る様子がない。なにか、待ってるって感じだな」

『あぁ。ただ、人を待っているならもっと分かりやすい所にいるはずだ』

 

 今いるのは枡山さんの家からはまだまだかなり離れている場所にある公園だ。頭に超が付く程の高級住宅街の公園だけあって、米花公園並みにデカイ。その一画のベンチに、サングラスをかけた彼女は座っている。

 

「……待っているのが人じゃないなら、時間か?」

『いや、それならもっと時間を調整していたハズ。こんなにずっと待つはずない』

「そうか。……そういや、さっきから腕時計はまったく見てないな」

 

 まぁ、携帯はこまめにチェックしているから必要がないだけかもしれないが。

 

『時間じゃないとすれば、いつ起こるか分からない突発的な事態。だよな?』

「多分。とはいえ、それが何かはさっぱりわかんねーけど」

 

 しかしまいった。思った以上に長丁場になりそうだ。まぁ、安室さんにはさっきメールを送っておいたからそっちはいいけど……水も買っておけばよかった。

 

「所長、水ならありますよ」

「お、サンキュー」

 

 後ろから伸びて来た手には、ペットボトルのミネラルウォーターが握られていた。

 

「それと、コンビニで適当に食べるものも買っています。よかったらどうぞ」

「すみませんね」

 

 反対側から伸びて来た手は、コンビニの袋が持っている。中にはサンドイッチやパン、おにぎりが結構ぎっしりと――あ、ツナマヨもら……い?

 

「……すみません、どちら様でしょうか?」

 

 振り返ると、若い高校生くらいの男と、その父親くらいの男性がいた。え、マジで誰? ……あぁ、いや、ウチの所員でこういう事が出来るのは……

 

「瑞紀ちゃん? となるとそっちは昴さんか?」

 

 他に思いつく人間がいない。で、どうやら当たった様だ。高校生くらいの男の子は人差し指を軽く鼻にあてて「しっ」とやる。

 

「ダメです。今の自分は新見健一という母親と二人暮らしの高校生で――」

「私は親権を妻に取られ、月に一度だけ息子に会える藤堂啓輔という埼玉に住む会社員という設定です。今日もこうして月に一度の息子との散歩を――」

「必要か!? その設定!!?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、みず――藤堂君達は枡山会長を調べに行こうとしてたのか」

「というか、侵入経路の下見に来てました」

「アグレッシブか!」

 

 アンタが安室さんと合流せずに、真っ黒確定の人ん所に突っ込みかかってるからだろうが。

 安室さんから「またいつものです」っていう短文メールが入ったから何かやらかす気だと思ってそのまま張り付いてたら、ガキンチョと一緒にあの胡散臭い枡山っておっさんの所に向かってるから――戦争おっぱじめる気かと思って冷や汗かいたぜ所長さん。

 

「というか、どうしてここに来たんですか? 例の家に行こうとしていたのは間違いないんですよね?」

「…………あー」

 

 すると所長さんは軽く親指を咥えて、少し考え込む。教えていい事かどうか悩んでいると言う事は――やっぱりやっかいな事なのか? サングラスをこっそりといじってるが、確かあのサングラスはガキンチョのメガネに音を送ることができたはず。で、イヤホンを片方にだけつけてるって事はガキンチョと通話中。

 ……あれ? ひょっとして疑われている? キッドとしてならともかく、状況からしておっさん関連だよな。

 

(どう思う?)

 

 変装させた昴さん――もとい、本名不明の勤勉な事務屋さんに目で問いかけると、心当たりがあるようだ。ニヤリと笑っている。おい、俺何も聞いてねーぞ。

 

「……実は、俺の目当ては会長じゃなくてだな――」

 

 その後の所長の話をまとめると、要するに女子アナのケツを追っかけて来た……っていう簡単な話じゃないみてーだな。全部は話してないけど、所長さんの様子と、話を聞いてじっと考え込んでいる昴さんの様子を合わせて考えると、水無怜奈と枡山憲三になんらかの繋がりがあると見ていいはずだ。

 

(何かを待っている。何かが……起こる?)

 

 もしそうなら、水無怜奈だけに張り付く訳にはいかねぇ。……多分、何か起こるとしたら向こうだ。

 

「とりあえず『おじさん』の所には私が行きます。しばらくは父さんと一緒にいてください」

 

 どちらにせよ、枡山の家には忍び込むのは変わりない。所長さんが一切関わらないタイミングで盗聴器や、内部を調べるための仕込みをしていくつもりだったからな。

 

(そのためにも、今のタイミングで所長さんをあのオッサンの近辺に近づける訳にはいかねぇ)

 

 あの事務所に手を出させる訳にはいかねぇ。内部に潜り込んでいる『組織』とやらの人間を追いだす。そして、出来るだけ所長さんを関わらせないようにして『組織』をぶっ潰す。

 

(……紅子が直接来たって事は、前に言っていた死亡フラグみたいなもんがえらい事になってんだろうし)

 

 マジで所長さんから目を離すわけにはいかねぇ。なんだかんだで紅子と約束したし、俺個人としても所長さんに無茶はしてほしくねぇ。あの人がいない事務所も、レストランも考えられねぇ。

 

「それじゃあ行ってきます」

 

 少なくとも枡山のおっさんに関しては速攻でケリを付けてやる。――今度はキッドとして、例の『卵』を狙うつもりだしな。

 

 

 




短いですがここで切って、次回から本格的にピスコ編。

え、キール? そろそろ(胃が)死ぬんじゃないかな。――あれ? もう動いてない?


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043:嵐の前の……

 見覚えのある家、見覚えのある玄関、見覚えのあるドア。それらをくぐり抜けて中へと入り、いつもの部屋にたどり着く。

 何度もこの家に来た事はあるが、相変わらず好きになれない。

 自分と同じく、裏の人間であるピスコは、財という分かりやすい力でそれをすべて塗りつぶしている。

 純然たる黒を、上から目がくらむ金色で塗りつぶしたハリボテの家。

 ――やはり、嫌いだ。反吐が出る。

 

「おぉ、カルバドス。無事だったか……安心したぞ。とりあえず、腰を掛けたらどうだ?」

「……いや、このままでいい」

 

 白々しい。実際に顔を見たら、あるいは他の感想が出るんじゃないかと思ったが、やはり嫌悪感は拭えない。

 

「む、そうかね。まぁいい。……それで、カルバドス。今までどこにいたのかね?」

「……警察病院だ。公安に捕まっていた。もっとも、俺も意識を失っていたために、バレた事があると言えば俺の顔くらいの物だ」

 

 その顔がここを訪ねているのは枡山に対して不利な事でもあるのだが、――これくらいのささやかな仕返しは許されるべきだ。

 

「……公安?」

「あぁ。意識が戻らない振りをして会話を盗み聞いていた。間違いない」

「ふむ――」

 

 ピスコは静かに考えている。日本の公安は以前にネズミを紛れ込ませていたことがある。コードネームは……確か、スコッチだったか。

 

「――先日、例の会社に奇妙な客が来てな。巧妙にデータまで改ざんして、メンテナンス会社を装って侵入してきた男がいたのだよ。かなりの手練だったが、そうかそうか……公安、か」

「……なに?」

 

 その話が事実なら、確かに公安は怪しいとは思う。だが、断定する程ではない。

 なのに、――なぜだ?

 

「まぁ、それはいい。浅見透と実際にやりあったようだが、どうだったかね?」

「……やっかいだ。大怪我をする覚悟がないのならば、関わらない方がいい」

 

 これは本音だ。うかつに手を出せば赤井や、ひょっとしたら繋がりがあるかもしれない公安が一斉に敵に回る。これらは敵対関係にある連中だが、同時に敵に回すのは可能な限り避けたい。

 

「なるほど。なるほどなるほど……」

 

 ピスコはたった一言そういうだけだ。最近ピスコの付き人をしている女が淹れて来た紅茶に口を付ける。

 

「では、浅見透の弱点は?」

「……毒を体内に抱えている事……か」

 

 分かりやすい弱点として越水七槻と中居芙奈子の二人がいるが、もしこの二人に手を出せば、間違いなく浅見透は本気になる。俺の狙撃すらモノともしなかった男が、その手にある権限の全てを駆使して、我々の喉元に喰らいつくまで――いや、食い破るまで止まりはしないだろう。

 唯一あの足を止める可能性があるとしたら、バーボンとキュラソーを上手く使うしかない。暗殺ではない。暗殺は――失敗したときが恐ろしい。

 そうなれば、恐らく浅見透だけではない。鈴木財閥までが本腰を上げて我々を追う存在になるだろう。

 

「――感謝するよ、カルバドス。あぁ、おかげで改めて理解できた」

 

 ピスコは静かにソファから立ち上がった。

 

「あの男を相手にするには、第一線を退いた私では力が足りないと言う事が」

 

 そう言うとピスコは懐から、まるで携帯電話を取りだすような気軽さで――拳銃を取り出した。

 悪態をつく暇もない。咄嗟にピスコ目掛けて飛びかかるが、奴の身のこなしは年寄りのそれではない。

 ――いや、気のせいでなければ、以前よりもキレが増した気がする。

 

 伸ばした腕をかわされる。目に映るのは消音機が取りつけられた銃口。そして、その銃口から立ち上がる細い白煙。

 足に激痛が走る。最初から、確実に動きを止めるつもりだったのか。

 

「どういう……つもり……だ」

「なに。本来ならばキールに担ってもらう予定だった役割を君にやってもらおうという話だよ。彼女は私が思った以上に『使えそう』だからね。彼女の代役という訳だ。コンビを組んでいた君が適任だろう?」

 

 とても銃声とは思えない、パシュッという軽い音が二度響く。

 両手を射抜かれ、完全に動きを止められた。思わずうめき声を出しかかったが、どうにか耐えた。

 こんな裏切りで、情けない声を出すのは癪だ。

 

「君は公安から潜入していたスパイだった。証拠? 安心したまえ、準備は終わっている。そしてそれが発覚した君は、私を確保しようとしたが失敗。ここで死ぬ。……ふむ、少々陳腐すぎるが、まぁ問題はないだろう。……どう思う? カルバドス」

「――きさま……っ!」

「浅見透がどう動くか分からんかったからな。君という分かりやすい敵を提供することで動きを制限させてもらったのだよ。その結果疑われようが構わん。仮に君が捕まった所で、情報は出ない――いや、そもそも君のことだ。自決すると思っていたが……そんな余裕もなかったのか、心境に変化でもあったのか――どちらなのかね? カルバドス」

 

 持って回したような口ぶり。腸が煮えくりかえる様なこの感覚。さて、なんと口を開けばいいのか……あぁ、そうだ。

 

「口を閉じてろ、ピスコ。臭うぞ」

 

 

 

 ――空気の抜けるような静かな銃声が、二発響く。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「会長に怪しい所がある、と?」

「えぇ、瑞紀さんと一緒に先日の密輸事件を見直していた時に枡山会長の会社の名前が出てきまして」

「――車のパーツなんかに紛れ込ませて密輸とか?」

「さすがですね、所長。その通りです」

「うっはぁ……」

 

 残った昴さん――もとい、息子さんの親権を母親さんに取られて月に一回だけ彼に会いに来ている埼玉在住の藤堂さん……なげぇ……と一緒に水無さんの監視をしている。ちなみに自分も今は瑞紀ちゃんの手で顔を変えられている。瑞紀ちゃん正所員になってくんないかなぁ。技能的にウチの必須人員だわ。

 昴さんの変装も彼女がやったみたいだし、今は技術も教えているらしい。さすがに声はどうしようもなくて、瑞紀ちゃん手製の変声機のおかげみたいだけど……。

 

「しかし、どうしたものか……」

「枡山会長……ですか?」

「えぇ。黒だとしても、うかつに動いて藪をつつくのは現状危険。警察を動かすにも現状では悪手」

「悪手、ですか?」

 

 うん、悪手。できることならば、相手が気が付いたら包囲されているという形にしたい。組織の人間というのならば警察内部にもスパイがいるだろうから、事前準備の段階で動きが察知されてしまう。可能な限りギリギリまで情報を集め、動く時は一気にというのが理想――ではある。

 

「それに、以前俺を撃った狙撃手がなんのアクションもないって言うのも引っかかって……」

 

 もう、すっごい妙な感じがするんだよね。一個なにか動いたらドミノ倒しの如く色々と進む予感。それはいいんだけど、問題はその一枚目がどれなのかがさっぱり分からねぇ。

 

(フラグ立て忘れて無限ループなんて勘弁だしなぁ……)

 

 その事を相談しようにも、現状これを話せるのはコナンしかいない。一応皆信頼はしているつもりだが、なんでもかんでも情報を与えるというわけではない。下手に動いてゲームオーバーというのが一番笑えない。

 

「まぁ、とりあえずは水無怜奈を攻めましょう。瀬戸さんから、貴方を絶対に動かすなと厳命されていますし」

「――あの、俺の方が上司というかトップというか……いえ、なんでもないです」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「瑞紀さん、こっちこっち」

 

 枡山家に設置されている監視網の範囲よりも余裕も持って離れた場所に、待ってた人が来た。

 浅見さんからの連絡通り、変装した瑞紀さんが来た。内部に組織の人間が潜り込んでいるというのは分かっているし、疑ってかかるつもりだが……トランプの事件の時の様子から、瑞紀さんとキャメルさんは疑いづらい。

 

(少なくとも、キャメルさんも瑞紀さんもあの時ブチ切れ一歩手前だったからなぁ……)

 

 いや、むしろ瑞紀さんは割と切れてた気がする。

 

「やぁコナン君、久しぶりだね。元気にしてたか? 前に近所に住んでた『健一にーちゃん』が来てやったぞ」

「あ、あぁそういう……」

 

 男装した瑞紀さんは、完全に普通の男子高校生にしか見えない。元々胸はほとんどなかったからさらしかなにかで押さえているのだとしても、声が完全に男だ。

 

(やっぱすげぇ……まるでキッドだ)

 

 変声機なしで声色を変えて完全に別人になりきっているのを見ると、改めてあの事務所の人間はずば抜けている。

 

(誰が敵になったとしてもやべぇな……)

 

「さて、どうしようかコナン君?」

 

 しゃがんで俺と目線を合わせた瑞紀さんは、手元からいくつか小さな機械を取りだす。そして小さな声で、

 

「とりあえず、僕達はあの人の動きを掴むために内部に忍び込んで盗聴器を仕掛けるつもりだったんだけど……」

「その前に――どうしてあのオジサンの動向を調べようと思ったの?」

 

 気になっていたのはそこだ。理由がなければ動くはずがない、盗聴器を用意するなんてそれこそよっぽどだ。

 

「――ほら、例の広田雅美さん。覚えてるよね?」

「うん。瑞紀さんに百万円を押し付けていった女の人だよね? 浅見さんから聞いてるよ」

「そう。その雅美さん。この間浅見さんと二人であの家に行った時に見つけちゃったのさ」

「本当!?」

 

 それが本当ならば、やはりあの人も組織に関係がある人だったということか? そんな人が、有名な探偵事務所に現れて金を押し付けて逃げるように消えた。

 

(組織の目を逃れながら来たのか?)

 

「広田さんはどんな様子だった?」

「監視が付いているのは間違いない。僕達が訪ねた時は隣の部屋にいたね。……こう、眉が特徴的で屈強な大男がいたんだけど、ソイツが監視役っぽかったかな」

 

 そういう『健一さん』は、その男の特徴を真似ているのか眉の所を――逆L字というか逆への字のようになぞっている。

 

「鋭そうな奴だったから一瞬しか確認できなかったけど、多分広田さんは大丈夫。特に痛めつけられているような気配はなかったよ」

「……そう」

 

 大丈夫そうというのはいい情報だが、もう一人やっかいなのがいるというのが面倒だ。

 

「まぁ、僕達が調べてみようとしたのはそういう訳。で、とりあえず今日下見をして隙があれば盗聴機を仕掛けて――無理そうならばすぐに撤退。監視体制を整えてから所長に報告しようって話だったんです。下手に所長を動かす訳にはいかないから……なにをやらかすか分からないし」

「…………あぁ、うん。……そだね」

 

 いつも通りの結論にたどり着き、二人揃って同時にため息をついてしまう。

 

「で、話が戻る事になるけど……これからどうする? 健一さん」

「うーん……真面目にどうしましょう」

 

 選択肢は二つ。水無怜奈に狙いを絞るか、あるいは可能な限り枡山憲三に接近するか。

 瑞紀さんから見れば水無怜奈といういきなり現れた手掛かりが気になっているのだろう。こっちからすれば突然枡山会長という大きすぎる札が見えて混乱していたのだが……。

 

「枡山さんについて調べるには、話を盗み聞くか話をしてくれそうな人を確保するかだな……」

「犯罪を立証して、枡山会長を逮捕してから洗いざらい吐かせることはできないのかい?」

「――その場合……」

 

 さっさと全部吐いてくれればいいが、多分そう簡単に口を割ることはないだろう。その間に組織の人間がどう動くか。取り戻しに来る……それならまだいい。一番ありそうで怖いのは、奴らが枡山会長の口を塞ごうとしてきた場合だ。

 

(広田さんが有益な情報を持っているのならば――いや、そうでなくても彼女はどうにかして助けたい)

 

 ただし、現状ではやはり手の打ちようがないだろう。上手い事広田さんが外に出てくれるか、枡山会長になんらかの怪しい点があれば動きようがあるのだが。

 

「まずは情報から――」

「だね、コナン君」

 

 

 

 




遅れて申し訳ございません! 軽くスランプに入ったのもあって更新が遅く、かつ少々短くなっております。6000はいきたかったな……。

そしてカルバドスの存在がどんどん大きくなってきてビックリ……。
次辺りでとある女子アナ(スパイ)の胃にアタックしたい所ですねぇ……


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044:姉と狙撃手と雨蛙

――暗くて、そして静かだ。

 

 俺が目を覚まして最初に思ったのは、そんなたわいない事だ。

 僅かに入ってきた光の眩しさに、開きかけた瞼を再び細める。

 軋むような音と同時に入ってきた光の方に目を向けると

 

「……お前か」

 

 記憶が途切れるその寸前、自分に銃口を向け、そして引き金を引いた女――宮野明美が立っている。

 

「……塗料――いや、疑似血液を込めたパラフィン弾。中々に強烈だった……当たり所によっては死んでいただろうな」

 

 ピスコが俺に銃口を向けた瞬間。同時に動いた人間がいた。ピスコの傍らに立っていたこの女だ。

 この女は、懐から素早く小さな拳銃を取り出し、自分に向けて引き金を二度引いた。

 その時走った激痛が、体を貫く物ではなく体の表面で何かがはじけ飛ぶ痛み。そしてわずかに見えた、赤くて小さい欠片から染めた蝋――パラフィンで作られたものだとどうにか判別できた。

 すぐに意識を失ったのでその後の詳細は分からないが、こうして自分が息しているのだ。おそらくこの女がどうにかしたのだろう。

 

「ピスコが俺を生かせと?」

「……カルバドスは私が射殺。そして死体の処理は私に任せて、今は他の人間と何かの打ち合わせ中よ」

 

 つまり一芝居を打ったという事だろうか。

 ……あの老人を相手に楽観視は危険だ。この女もろとも泳がされていると見て行動したほうがいい。

 

(となると、下手に動けばすぐにこの女諸共殺されるという前提で行動を模索するしかない、か)

 

 行動しなければ、あるいは生き延びられるかもしれないが、座して待つなどというのは自分の性に合わない。それに、このままズルズルと命を長らえた所で、いずれピスコ――あるいはジンに殺されるのは間違いない。

 

「宮野明美……だったか。なぜ、俺を救った?」

「……そんなつもりはなかったのよ」

 

 まずは正確に現状を把握する必要がある。俺の命の『とりあえず』の綱であるこの女が、なぜ俺を救ったのか。それを知る必要がある。

 

「私はただ聞きたかっただけ。コードネーム持ちの幹部なら、知っているんでしょう?」

 

 俺の問いかけに宮野明美は、未だ碌に体を動かせない俺の襟元をそっと掴み、感情を押し殺した静かな――だがどこか迫力のある声で俺に尋ねる。

 

「お願い、教えて。志保は――私の妹はどこにいるのっ!?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「全くと言っていいほど動きがないですね。……どうです所長? いっその事、私と貴方で本丸を攻め落としますか?」

「待て、待って。待って下さいお願いだから」

 

 我が探偵事務所の新人ながら既に主力の一人である沖矢昴さんの素敵な提案を丁重に却下する。アンタ顔に似合わず好戦的だよねマジで。

 差し入れとしてもらったコンビニのおにぎりを齧りながら、怜奈さんを監視する。

 顔が知られているから不味いんじゃないかと思ったが、そこは瑞紀ちゃん印の完璧変装。今の所気が付かれている様子はない。まぁ、本人が枡山さんの家の様子や握っている携帯をしきりに気にしていて、周辺に注意がいっていないからというのも大きいだろうが……。

 

「まぁ、冗談はさておき……所長、貴方は枡山会長とどう決着を付けるおつもりで?」

「ん? あー……」

 

 やっべぇなんて答えよう。

 実は見た目小学生、実態もやっぱり年下である高校生の主人公に丸投げするつもりだったため深く考えていませんでした。とか言ったらさすがに上司というか所長としての威厳が崩れる気がする。元からない? ハハッ、そんなまさか……そんなまさか……

 

「……枡山憲三が犯罪行為をしているという証拠を押さえて警察に押し付けて情報をいただく、かな。まずはそこから押さえていかないとどうしようもないですからね」

 

 マジでそれくらいしかねぇ。どっちかっていうと、今頭の中は怜奈さんとか『広田雅美さん』の方で一杯一杯だ。要するに――

 

「正直な感想として、枡山会長はとっかかりであっても本命じゃないんですよ。ぶっちゃけ、そこまで重要視してないです」

 

 なにせ、経済界の重鎮で且つメインストーリーの敵サイドという立ち位置だ。重要と言えば重要だが、逆に言えば確実に関係してくる相手。コナンの手助けに徹していれば問題はないだろう。

 一番確保したいのは、死ぬかどうか分からない……もしくはいかにも死にそうで、重要な情報を持っていそうな相手。と、なると――

 

「自称『広田雅美さん』の保護。今の所、自分にとって興味があるのはこれだけ――かな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(――相変わらず、興味深い男だ)

 

 自分と同じベンチに腰を掛けたままコンビニで買ってきたおにぎりを齧っている男の様子は、自分の10は年下というのに相応しい平凡な雰囲気しか感じない。

 だが、彼の口から出る言葉、語られる思考、そして経済界の大物を相手に『重要視していない』と言い切る胆力と行動力。

 この軽い口調から、本当にどうでもいいと考えていると見ていいだろう。やはり、侮れない男だ。

 

 彼の元に潜伏したのは、バーボンこと安室透の言から組織の重要人物が関心を寄せているのが確定していた事に加え、『彼女』が接触をしたという事実からだ。

 もし、浅見透という男が組織寄りの人間だったのであれば間違いなく『彼女』は接触などしないはず。ましてや、自分の妹の事を託しにいくとなると、浅見透が組織と敵対――そこまではいかなくとも決して相容れる存在ではないと確信したのは間違いない。

 故に知る必要がある。

 浅見透という男を。組織を警戒させ、だが同時に幹部である人間を惹き付けてしまう奇妙なこの『探偵』を。

 

(……あのバーボンが、プライドや怨恨と秤にかけて優先させた男というだけでも非常に興味を引かれる存在というのは間違いないが)

 

 先日の事件の時、バーボンは、浅見透負傷の情報がひそかに流れてから動きだそうとしていた悪質なマスメディアや反社会勢力等といったアウトローに近い勢力を、鈴木財閥のバックアップを受けたとはいえ実質一人で抑え込んでいた。

 そしてその事実が表に出ないように念入りに痕跡を消していた。恐らくは組織の人間に気取られないようにするためだろうが――

 

(……彼に余計な心労を掛けまいとしたのが見てとれるあたりが、なんとも……)

 

「なるほど、老人ではなく女性の方に興味を持つ。確かに、何もおかしい所のない自然な反応ですね。正常な男性として」

「……そこはかとない悪意を感じる」

 

 自分としては普通の感想を告げたつもりだったのだが、どうやらお気に召さなかったようだ。浅見透は、ジト目でこちらに目線だけをよこしてくる。

 

「これは失礼。所長は美しい女性にはめっぽう弱いと、瀬戸さんや副所長から聞かされておりましたので……」

「……あの二人には俺から説教が必要――俺がされそうだから止めておこうか」

 

 実際、嘘ではないというか――客観的な目で見ても間違えようのない事実だ。これで彼が全力で否定した所で、職員全員から白い目とため息のスペシャルセットが大量生産されるのは確実だろう。もっとも、その前に浅見透本人が隣で大きいため息を吐いている。

 

「……もうそれなりに働いているから十分理解していると思いますが――ウチの事務所って駆け込み寺に近い所があるんですよ」

「あぁ……ええ、分かりますよ」

 

 ちょうど自分が事務所に入ったばかりの頃かららしい。大口の依頼、例えば鈴木財閥やその他の会社からの依頼はもちろん、ストーカー等の付き纏いや身の危険を感じるモノまで事務所に依頼が来るようになったということだ。恐らく、警察では動きづらい案件に対していくつも解決してきた実績があり、且つ警察との関係が非常に強いという事が証明されたためか。

 

「――まぁ、だからっていうのもアレだけど、ウチに助けを求めて来た人たちは出来る限り助けてやりたいのさ。そうやって、何度も助け続けていけば、それが財産になる……。利用しようとする奴は叩き潰すけど」

 

 なるほど。分からなくはない理由だ。組織のトップとしても、様々な業界・世界に手を伸ばそうとしている男としても、名声という物は無視できない要素なのだろう。

 そして、その名声の使い所。それによっては――彼に、彼と……。

 

「そうだ。ちなみに、かよわいお年寄りと若く美しい女性ならばどちらを優先して助けるんです?」

「………………………………。お、お年――いや、なんとしてでも同時に――」

「あ、もう結構です」 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「どう? 瑞紀さ――健一にーちゃん」

「んー、ちょっと待ってねコナン君」

 

 健一にーちゃんこと瑞紀さんは、以前浅見さんと一緒に枡山会長の家を訪ねた時から怪しいと思っていたらしく、後日別人を装っていくつか侵入路を用意していたようだ。

 瑞紀さん曰くセキュリティのごまかしは浅見探偵事務所の必須スキルらしく、今ではあの双子のメイドやふなちもある程度の事は出来るらしい。一番の新顔である恩田さんも、今は安室さんと瑞紀さんの監督で色々と叩き込まれているらしい。相変わらずぶっ飛んだ事務所だ。……前に安室さんが言ってたな、いい意味でネジが取れている、どこかが飛んでる人材が互いの色を混ぜ合う事務所だって。……これ、褒め言葉か?

 

 

「よし、これで設置されている監視カメラは、こっちの好きなタイミングで用意した映像を流せる。全部は把握できてないから、ルートは限られるけど……」

「さっそく入ってみる?」

「いや、内部映像の入手・解析に二日は欲しいね。それで準備を整えてから――じゃないと、いざって時のアドリブも作れない。内部の構造、人員、その役割……最低でもここら辺までは押さえておかないと怖いからね」

 

 さすが、あの事務所の難易度の高い仕事を任される人だ。潜入に関してのノウハウがすごい。

 最近では、浅見さんと同じく次郎吉さんのお気に入りだと聞いている。浅見さんと一緒に食事会に呼ばれる事も多いとか。苦手なのか、本人は苦笑いしてたけど。

 

「それにしても……前も思ったけど、人がほとんどいないのがやっぱり気になるな」

「あぁ、お手伝いさんとかいないよね。部屋のほとんども使われていないって話だし」

「うん。……よくよく考えてみると、経済界の重鎮って人にしては家も小さいよね」

 

 確かに豪華な家ではあるが、豪邸という程ではない。使用人も0。瑞紀さんの話だと、例の『広田雅美』がある程度の家事をやっているようだが……。

 

「家の中の人間を少なくする。……機密性を高めるため?」

「じゃないかな。警備の人間を多くするって、一定以上のレベルの人間には却って隙になるからね。技術レベルの高い今、システムを組み合わせた少数精鋭が一番手ごわい……まぁ、それでもやっぱり付け入る隙はあるけどね」

 

 どんな警備システムにも穴は絶対にあるんだよ、と泥棒のような事をいう瑞紀さん。――そういや、この間キャメルさんと一緒に防犯対策を教えるゲストとしてテレビに出てたな。その前は、女性が3倍綺麗になる化粧だっけ。

 

「しかし、まいったな。こっそりあの女性を助けて逃走。適当なタイミングで変装した私が連中の目の前で死んで見せる予定だったのに……人の目が少ないとどうしようもないな……」

「……甘く見ない方がいいよ。アイツラ」

「……コナン君。ひょっとしてアイツラの事、よく知ってる?」

 

 手元で端末をいじりながら、横目でそう尋ねてくる。

 正直な話、この人も奴らの候補の一人だ。うかつな事は話せない。

 

「ううん? でも経済っていう世界で生き抜いてきた人なら、とっても強そうじゃない? 頭が切れるって意味でさ」

「……ま、確かにね」

 

 今こうして一緒にいて、敵対するような気配は全く見られない。万が一、そんな素振りを見せたら迷わず麻酔針を打ち込んで、洗いざらい吐いてもらうつもりだが……

 

(例のマリーって人はともかく、瑞紀さんも安室さんもそんな感じはしないんだよなぁ……)

 

 安室さんは推理力も行動力も抜群。とても有能で、事務所内での浅見さんの相棒と言っていい立ち位置だろう。設立当初から行動を共にしていて、警察内部でもトオル=ブラザーズなんて呼ばれてコンビ扱いされている。――そんな当初から、浅見さんが組織に目を付けられていたとは考えづらい。いや――

 

(いや待て、浅見さんが事務所を立ち上げる切っ掛けになったスコーピオン事件。あの事件が組織に関係していたとしたら……。ロマノフの財宝になんて奴らは興味はないだろうし……そもそもあれが本当にスコーピオンの事件だったという確証は未だにない。ひょっとすると――)

 

 鈴木財閥になんらかの接触をするのが狙いだった? 相談役の暗殺が第一目標で、それが失敗したから次善の策で……ダメだ。疑えば疑うほど怪しくなる。

 

(確かにあの爺さんが、組織の事を知れば対決しかねない。前にも、赤いシャムネコとかいうテログループを相手にやり合っているし)

 

 とにかく、ピスコを突っつく事で相手の動きを見るしかない。ここで水無怜奈や枡山憲三を始めとする幹部を一網打尽に出来れば、事態は一気に動くだろう。そして浅見探偵事務所の周辺から組織の影を一掃できれば、そのまま浅見さん達の身の安全に繋がる。

 

(――失敗はできねぇ。でも、急がねぇと……)

 

 その時、探偵特有の耳の良さが、その音を拾い上げた。

 独特の不等長なアイドリング音。そしてレスポンスのいい吹き上がり――水平対向エンジン特有の音。

 その音は確実にこちらに近づいてきている。

 

「――隠れてっ!」

 

 反射的に、小さな声でそう告げる。それと同時に瑞紀さんは端末をポケットに突っ込み、俺の体を抱きかかえて走り出した。本当に反射的だったのだろう。

 

(こんなエンジンを積んでんのは、ワーゲンかスバルか……あるいは――)

 

 近くの家と家の隙間に身を隠し、そこからそっと覗き込む。ちょうど、枡山邸の前に一台の黒い車が止まった。

 

(ポルシェ……)

 

 

 その黒い車――ポルシェ356Aはそのアイドリングを止めず、まるで何かを見計らうように枡山憲三の……ピスコの本拠地の前に止まっていた。

 

 

 




えらく伸びてしまったorz でも書き上げたのは実質一日なんだよなぁ(汗)
疲労胃ンさんとかその他の動きは合間合間で出てくるかもしれません。

マジでスコーピオンと色々被りそうだなぁww


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045:幕間のような、そうでもないような話。(副題:ワトソンに関わった人はズレていく)

(これは……どういう事だ?)

 

 あの浅見透が気にかけた男――本堂瑛祐。

 今は毛利小五郎の娘の蘭、そして鈴木財閥令嬢の鈴木園子と共に街を回っている少年の跡を付けながら、思わず言葉を漏らしてしまう。

 あの男が気にした人物、事象には高い確率で何かがある。一事務所とはいえ、決して侮れない組織を率いる男の言葉だ。そのため、よっぽどの事情があるのではないかと考えるのは自然な話だろう。当然、彼を発見した時にその周辺を調べるのは当然だ。その結果――

 

(……複数の人間が彼ら――多分彼を尾行している。勢力としては恐らく……二つか?)

 

 どちらもそれなりに訓練を受けてはいるが細かい仕草、マニュアル化されているのだろう部分の差異から大体の当たりは付けられる。

 問題は――

 

(日本人が主体の方は警察――もしかしたら公安か? まぁ、こちらはいい。……一番の問題はもう片方)

 

 東洋人に見える人間を揃えているが……良く見れば分かる。全員、日本人ではない。

 

(それにあの動きは……。極限までシステム化された尾行。予備・補佐の置き方、車を1,2……3台以上配備するやり方)

 

 もう間違いない。以前、一度潜入した事があるから間違えようがない――CIAだ。

 

(CIAがなぜ、一介の男子高校生に監視を付ける?)

 

 鈴木財閥の令嬢が目当ての可能性もあるが、この物々しさはどちらかといえば『護衛』に近い。

 日本の財閥である鈴木の令嬢を守る理由はCIAにはないだろう。毛利蘭も同様。

 ならばなおさら、一介の男子高校生でしかない本堂瑛祐を守る理由も見当たらないが――

 

(……浅見透が目を付けた男の周辺に、CIAがいる。無関係と断言していいはずもない)

 

 突発的な調査等のために常備している、探偵事務所から支給された手袋をはめる。

 当然指紋は残らない。それに加えてこの手袋の素材は非常に薄く、かつ丈夫に出来ているため仕事に使いやすい。サバイバルキットといい、こういった小道具に関してのレベルの高さには舌を巻く。あの浅見透が、小沼や阿笠といった技術者に色々と作らせていると聞くが――

 

「さて、まずは離れた所にいる奴から――色々と吐いてもらおうか、CIA」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「へー、じゃあ浅見探偵は、事務所を設立する気なんてなかったんですか?」

「うん、七槻さんからそう聞いてるよ?」

「あぁ、それ安室さんから聞いた聞いた! 伯父さまが一方的に設立しちゃって、後で安室さんからそれを聞かされた時に膝から崩れ落ちたって」

「へ、へー……」

 

 聞けば聞く程、浅見透という人物が分からなくなる。

 探偵という情報を集められる立場を利用し、何か悪事を企んでいる人間だと考えていた。今でもその疑いは全くと言っていい程晴れていない。彼の周辺の環境が、この短い時間で整い過ぎているというのが理由の一つだが……。

 

(……鈴木次郎吉を始めとする経済界の重鎮、小田切敏郎や服部平蔵という警察幹部、そしてマスコミ方面では――)

 

 水無怜奈。日売テレビの看板アナウンサー。

 そして、瑛海姉さんの顔をした『誰か』。

 あの女が、浅見透に力を貸している。どれだけ思考をめぐらしても、彼が怪しく見えてしまうのはこれのせいだ。これがある限り、僕はあの人を疑い続けるだろう。

 

「でも、意外でしたね。こう、なんていうか……浅見探偵っていつも自信満々で、何をするのも先陣を切っていくイメージでしたけど」

「そりゃ、アンタが名探偵になる前のあの人知らないからよん。今みたいにテレビや雑誌に出るようになる前は、髪も伸ばしっぱなしでもっさりしてて、『冴えない男』を地で行く人だったのに……ちっ、今思うと惜しい事したわね」

「もう、園子ったら……」

 

 割と本気っぽい舌打ちをする園子さんを、蘭さんがたしなめる。

 当初は浅見探偵との繋がりを考えて接触した二人だけど、今ではいい友人だ。

 

「あの事務所、今では美形、美人の集まりですからね。この間マリーさんがボヤいていました。ファンレターまで来るようになって鬱陶しいって」

「あぁ、あのクールビューティー……。なんていうか、たまに怖い話し方するからアタシ苦手かも……」

「そう? あの人、子供達のお世話を良くしてるからいい人だと思うよ? 特に歩美ちゃんは懐いて『お姉ちゃん』って呼んでるし」

「マジで? 想像できないんだけど……」

 

 マリーさん。あの事務所にいる人間の中でとんでもなく強い女性だ。前にあの事務所の格闘訓練を見学させてもらった時に、安室探偵とすごい格闘戦を繰り広げた女性で、今では主力調査員の一人に数えられている。

 

「そういえば、この間仲居探偵と一緒にいる所を見ましたよ。どうにも、仲居探偵が振りまわしていたようでしたけど……」

「は、はは……」

「……あのクールビューティも、天然オタク娘には勝てないって訳ね」

 

 なんにせよ、やっぱり浅見探偵については調べていかないといけない。

 全ての始まりとも言える人物。浅見探偵が注目される理由になった、今は姿を見せない彼の『本当の相棒』――工藤新一の事から……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなったんだろう」

 

 思わず口にしてしまった現状への疑問に、いつもなら突っ込みを入れてくる所長もマジシャンもUFO研究家も今はいない。

 

 ……これは本当にどうしよう。

 澤南一郎(さわなみ いちろう)という、あるオカルト漫画家の担当編集者が半月前に自宅マンションで刺殺された。白鳥刑事が捜査をしているが進展が見られず、捜査に行き詰まりを感じた刑事が浅見探偵事務所に協力を仰いだ所から始まった。今現在所長の浅見は、特別な捜査に専念していて連絡が付かないことが多い。副所長の越水は、安室さんと共に息子を誘拐されたという家族の依頼を受けて犯人との交渉――結局犯人は二人で確保してとっくに通報済み。今ごろ事情聴取中だろう……。

 結果、今回白鳥刑事に同行したのは、自分と初穂さん、そしてふなちの三人。そう、三人だ。『事務所員』は。

 

「――ふざけているわね。まさか私の目の前で、ここまでオカルトを……魔術を虚仮にしてくれるお馬鹿さんがいるなんて」

 

 事務所員ではない同行者が、一人いたのだ。

 その人物は瑞紀さんの知り合いのようで、蘭さん達とは違う高校に通う女の子で――そして、なぜかウチの所長と謎の繋がりがある女子高生だ。ウチの所長、あんだけ綺麗所侍らせておいて更に手を広げやがった。

 

 小泉紅子。

 

 なんでも所長の様子を見に来たとの事。白鳥刑事が話をしていた時にちょうど現れ、『オカルトと言う事ならば、私が力になれるかもしれないわよ?』という一言で同行する事になった。

 そして関係者が集まっていると言う事で、オカルト漫画家――比良坂零輝(ひらさか れいき)の屋敷に向かったのだ。うん、ここまでは良かった。

 問題は到着してから。到着し、白鳥刑事がノックをする。すると当然、中から人が出てくる。それが黒フードの怪しげな集団だった辺りから、僅かに機嫌が悪かった気がする。

 いや、まだましな方だったろうか。その後、この集まりが一年前に事故死した雅原煌(みやはらきら)――通称キラというコスプレイヤー上がりのグラビアアイドルの魂を呼びだす儀式だと聞いた辺りから機嫌が急降下。

 

 なんやかんやで降霊術に参加した時にはすでに凄まじいオーラを出していた。勝手にろうそくがはじけ飛んだり、皿が落ちて割れたり、儀式が行われた部屋中に奇妙でおどろおどろしい女の声が響き渡ったトリック――インチキを、ふなちと共に凄まじい勢いで解いていった時あたりからドSモード全開だ。

 

『こんなちゃちなトリックを用いるようでは、貴方の想像力もしれた物。とても漫画には期待できないわね』

 

 とか、

 

『そもそも魔法陣の描き方から、周囲を囲うアイテムの配置、果ては呪文まで……何から何まで意味も法則もないじゃない。それでオカルトに一家言があるだなんて、私なら恥ずかしくて言えないわ』

 

 と、煽る煽る。白鳥刑事が顔を引き攣らせる程だ。ふなちの必死のフォローなどなんのその。あの瞬間、間違いなく魔女がその場に降臨していた。言葉で人を落とす魔女だ。

 ともあれ降霊の儀式は終わり、詳しい話は次の日に聞くと言う事でその日は解散。空いてる部屋に泊めてもらい……そして事件は起こった。

 

「――デタラメなオカルト屋敷にインチキ降霊術の時点で頭にキテたのに、よりによってよみがえった幽霊による殺人!?」

 

 歌倉晶子(うたくら しょうこ)――キラのファンで、グラビアアイドルの卵という女性が、降霊術が行われた『瞑想の間』で絞殺死体となって発見されたのだ。それも、密室と化した『瞑想の間』で。

 そして、その死体を発見する理由となったのが、その歌倉晶子の携帯からその場にいる全員に送られてきたメール。

 

 

『 我、ここに復活す キラ 』

 

 

 という内容の物だった。

 直後、例の漫画家も同じく密室と化した自室で毒を飲んで死んでいるのが発見された。

 参加者の中でも熱狂的なファンクラブ会長など、『キラちゃんがよみがえったんだぁ♪』なんて浮かれて喜んでいるが――

 

 

「魔術を馬鹿にしてるの!? えぇっ!!?」

「滅相もございません紅子さん! いえ、紅子様!!」

 

 所長に教えず、こっそり通っていた可愛い娘がいる店を教えるから……浅見所長、今すぐここに来てこのお嬢様を宥めてほしい、全力で。それはもう全力で。

 なにやら背後から『ゴゴゴゴゴ』と効果音が聞こえてきそうな重圧感を発しながら、たまたま近くにいた自分の襟首を掴みあがぁ―――っ!!!!!

 

「どうなのよ!」

「こ、小泉様落ち付いてくださいまし! 恩田様の首がキマっておりますわ! 死ぬ、死んじゃいますから!!」

「……微妙に頸動脈から外れてるから無駄に苦しみますね。もうちょっとこっちを締めれば――」

「初穂様ーーーーーっ!!!!!!」

 

 ふなちが必死に宥めてくれる。やっぱりいい奴だ。そして初穂さんが丁寧な口調のまま煽ってくる。やっぱり悪い奴だ。瀬戸さんの演技指導を受ける度に、この人から感じる違和感が日に日に強くなっていた。それに気が付かれたのか、最近扱いが酷い気がする。

 ちくしょう、所長とはえらく扱いが違うじゃねぇか、この悪女め。

 

「貴方達、浅見透の部下というのならば、当然こういう事件に対しての知識は人一倍あるのでしょう? ――力を貸しなさい」

 

 

 

 

 

「どこの誰だか知らないけど、この小泉紅子の目の前で魔術を愚弄する真似など、決して許すわけにはいかないわ――――!!」

 

 

 

 

 




心霊探偵小泉紅子の誕生である。


本当は先日の投下の時に後ろに付けたかった話ですが、ジンニキの出番を最後にしたくて切った部分でござる。



さて、アニオリキャラが色々出ましたが今回はキャラではなく、事件の紹介を。
自分イチオシのアニオリストーリーです。



☆アニメ603-605話「降霊会W密室事件」

アニオリでは珍しい3話連続放送の事件。その分トリックもよく練られていましたね。
基本コナンのアニオリで繰り返し見るのは気楽に見れる話が多いのですが、ガッツリ見る時はこの作品が一番ですね。

何気に7年前の作品になるのかぁ……
時が流れるのは早いなぁ……。あれ、頬に水滴が……



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046:そして事態が膨れ上がる。(なお、引き金引いたのは実質某所長)

 今でも覚えている。その後ろ姿を。

 今でも焼き付いている。その憎々しい銀の長髪を。

 今でも、憎悪している。その鋭い――深緑の鋭い眼を……っ!

 

 

「――ジン……っ!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「それで奴らは始末したのか、ピスコ?」

「いいや、まだだ。彼らには尋ねたい事があるだろう? 特にお前はな……ジン」

 

 老人――ピスコは、いつもとまったく変わらない静かな笑みを浮かべて訪ねて来た客人を迎え入れた。

 

「まぁ、話は応接間でしようじゃないか」

 

 そう言ってピスコは家の中へと入っていく。当然、ジンとウォッカが後に続き、最後にピスコの後ろにいた男がドアを閉めてから追う。

 

「それにしても、まさかあのカルバドスが裏切るなんて……嫌いじゃなかったんですがね、アイツの事……」

「…………」

「あ、あぁいや、情け心とかじゃなくてですね。その……すいやせん、兄貴」

 

 歩きながら、二人いる客人のうちの大柄な方――ウォッカが、わずかにしんみりとした感情を込めた口調でそういうが、ジンに一睨みされると委縮して黙ってしまった。

 

「問題は『女』の方だ。一度は見逃してやったが、やはりこうなったか。疑わしきは罰するべきだった」

 

 ジンは言葉こそ後悔するような事を言うが、その口調はどこか楽しげですらある。

 ウォッカもピスコも別に何も言わない。ジンという男がそういう人間だと、その場にいる全員が認識していると言う事だ。

 

「ふむ……まぁ、詳しい話は中でしようじゃないか、ジン。……『妹』の方の処遇も含めて、な」

「――最初から、目的はそれだったのだろう? ピスコ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(これでいい、計画通りだ)

 

 ジンはとっくに気が付いているようだが、私の一番の目的はあの娘を――シェリーと呼ばれる優秀な研究者を手元に置く事にある。組織の中で重要視される彼女を手にする事は、そのまま組織での発言力に繋がる。

 そのためには、まずシェリー自身の発言力・立場を落とさなければならない。そこで目を付けたのが、彼女の姉――宮野明美だ。ジンは最初から、あのFBI捜査官、赤井秀一と繋がりを持つ明美君を適当な理由を付けて殺そうとしていたが、それではシェリーに無用な反発心を植え付けてしまう。それではダメだ。彼女には組織に、なにより私の役に立ってもらわなくてはならない。

 

 一番確実なのは、彼女の生殺与奪の権利をこの手に握る事だ。それも、あからさまにそれを掲げるような高圧的なものではなく、出来れば彼女が自主的に協力してくれるような体制が望ましい。――まぁ、そこに、多少の猜疑心が混ざろうとも……問題はないだろう。

 

「……しかし、残念だよ。明美君が公安に利用されるとはな」

 

 あの時、宮野明美はカルバドスを助けようと行動を起こした。理由は――いくつか推定できるが……まぁ、どうでもいい。大切なのは、宮野明美というキーがタイミングよく自分の目の前に落ちてくれた事だ。

 

「ふん、だからさっさと始末してしまえばよかったんだ」

「そう言うな、ジン。宮野夫妻とはそれなりに親交があったんだ。紙屑のように捨てる訳にもいくまい」

 

 今は、という言葉が頭に付くが。

 そう、今はまだ、今はまだ駄目だ。死ぬのならば、せめてシェリーを働かせる理由となって死んでもらいたい。理想を言えば、事故死してくれるのが一番……それに浅見透やその仲間が関わってくれればさらに良いのだが……まぁ、贅沢は言えまい。

 変に話を作るのも悪手だろう。シェリーは優秀な研究者というだけあって、中々に頭がキレると聞く。

 

(……まずは違う研究施設を用意せねばなるまい。浅見透に嗅ぎつけられた場所など、いつ警察や奴自身に踏み込まれんとも限らん。職員も処分せねば……)

 

 そしてもう一つ。再び組織における発言力を取り戻すには、なによりも足りない物がある。

 チェスでいうポーン、将棋でなら歩。切り捨てるのは容易いが、同時に相手がどれほど強い駒でも場さえ整えてやれば討ち取ることができる力を併せ持つ――便利な捨て駒。

 当初は、キールを『例の件』で追いこみ、組織に献上。そのまま彼女と組んでいたカルバドスを『監視』の名目で手元に置くつもりだった。

 

(だが、もう彼女は私の手元から逃れられまい。父の死を乗り越えた奴でも……いや、奴だからこそ弟を、本堂瑛祐を容易く見捨てる事は出来ないだろう)

 

 場合によっては弟の方も利用できると思い、浅見透への不信感を植え付けておいたが……おそらく、そう長くは持つまい。挙げてくる報告からも、当初感じた憎悪と嫌悪の熱が徐々に失われているように見える。

 あの事務所にいる人間の一人―― 瀬戸瑞紀という女に青臭い感情を寄せているのも大きく影響しているだろう。

 

 瀬戸瑞紀という存在を利用して、浅見透と本堂瑛祐の仲を決定的に裂く事も出来なくはない。が、それには時間がかかりすぎる。少なくとも優先順位は低い。後々、楽しめそうな事ではあるが――。

 

(何はともあれ、本堂瑛祐を遊ばせておくのもそろそろおしまいだ)

 

 先ほど、アイリッシュに子飼いの兵数名を付けて身柄の確保に向かわせた。おそらく、カンパニー……『CIA』の人間が多少はついているかもしれないが、決して数は多くないはずだ。

 いや、ひょっとしたら想定している数よりもさらに少ないかもしれん。そもそも連中が本堂瑛祐を重視していたのならば、この街には決して近づける事はなかったろう。

 

(キール――水無怜奈、それに加えて意外と頭のキレる本堂瑛祐。この二人を捨てられる駒として活用し、得た利を私やアイリッシュ達が使わせてもらう)

 

 そして、相応の――あまり好きな言葉ではないが、自身の派閥を再構成した時。その時こそ――

 

 

 喉元に喰らいつく。奴の、私が認めたもっともやっかいな麒麟児――浅見透の、その喉元に。

 そして、その時出来る事ならば……手元に奴を――

 

(……いかん。事が回り始めて、柄にもなく気が急いているな……)

 

 最優先はシェリーの身柄の確保、次にキールと本堂瑛祐の身柄を掌中に。まずはここまでだ。

 余計な事を考えるな。必要以上に欲を出せば、あの男は必ずそこを突いてくる。

 

――ザ、ザザ……ッ

 

 

『ピスコ、聞こえますか。アイリッシュです』

 

 気を落ちつけるために深呼吸をした所、耳につけていたインカムに通信が入る。腹心の部下といえる存在からのだ。

 本堂瑛祐の確保成功の報告だろう。ようやく来たか。そう思い、返答しようと――

 

『不味い事になりました。本堂瑛祐を確保しようとしたところ、既にキュラソーが張り付いています。しかも、カンパニーの奴らと交戦しています』

 

 

 

―― …………何?

 

 

 

 

『どうしましょう、ピスコ。本堂瑛祐は、鈴木財閥の令嬢達と一緒です。下手な確保は難しいかと――』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 キュラソー。ラムの側近がどうして本堂瑛祐の所にいる。奴の『今の任務』としては、浅見透の近くにいなくてはならないはず。それが――どうして……。

 

(いや、それはいい。問題は既にあの女がカンパニーと関わっていると言う事だ。どう言う事だ、早すぎる!)

 

 アイリッシュは、共に来ていた部下たちを情報収集に走らせ、止めている車の後部座席で思考を走らせる。

 

 確かに、ピスコの計画内でも、本堂瑛祐にキュラソーが興味を持つ可能性は十分に想定していた。それはいい。想定していたのだし、いくらでも対策はあった。だが、それは疑念を持つ、あるいは軽い接触というレベルのものだ。まさかCIAと直接やり合うとは……。

 

 本堂瑛祐を囲んでいたCIAの人員。その最も外側にいる奴を、キュラソーが強襲した。

 監視員としての役目を果たしていた人員からの連絡が途絶えた事で異常事態を察したのだろう。

 CIAと思わしき人員は半分がそのまま本堂瑛祐に張り付き、残りは襲撃者を探しに出た。

 

 こういう工作に長けた奴の事だ。そもそも顔すら見せずに倒しているだろうし、向かってくるCIA職員を一人でも多く生け捕りにするつもりだろう。

 

(……キールは恐らく、仲間に弟の保護を頼もうとしたはずだ。だが、CIAは迂闊に動く訳にはいかず、軽い監視に留めていた)

 

 それに、CIAは少しずつ人員を減らしていた。これをピスコは、CIAが水無怜奈――いや、ピスコの推理が正しければ本堂か。奴と、その弟を切り捨て始めたと見ていた。おそらく、それは正しいだろう。

 キールは気取られまいとしているようが、日に日に憔悴していくその顔色は、どれだけ化粧で隠そうとしても隠せるものではない。

 

(まずは宮野明美の件を片付けてから、その時のCIAの様子に合わせてキールを取り込むつもりだったが……)

 

 CIAを頼りに出来なくなれば奴が頼るのは、頼れるのは実質浅見探偵事務所のみ。弟を守れるのはアソコくらいだろう。その時に、その弟がピスコの掌中にあれば――

 ピスコは、キールに関しては手に入ればいいという程度に見ている。

 つい先ほど指示を仰いだが、無理はせずに、確保が無理だと思ったのならばすぐに帰還せよというものだ。あぁ、多分そうするのが正しい。手に入らないのならば、すぐに切り捨ててピスコ自身の手柄にするべきだ。

 キールというCIAのNOCと、その弟の確保。手柄としては申し分ない。キュラソーにみすみす渡すのは惜しいくらいに。

 

 とはいえ、無理はピスコが言うように不要。キュラソーがCIA相手に暴れている内に退かせてもらおう。一人でいるならばともかく、鈴木財閥の令嬢と一緒となればかっさらうだけでも面倒な事になる。

 CIAもそう簡単に吐くとは思えない。つまり、時間的な猶予はまだある。仮にタイムオーバーとなっても、こちらが失う物は無い。

 運転席の部下に、車を発進させるように伝えよう。事の顛末は部下からの報告で十分だろう。

 

――コン、コン。

 

 そう算段を立てていた時に、窓が軽くノックされた。誰だ? 部下でないのは間違いない。警戒しながらドアを開けると、眼鏡をかけて神経質そうな雰囲気を漂わせた、なぜか首に包帯を巻いているスーツ姿の男が立っていた。

 

「すみません、警察の者ですが……少しよろしいですか?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『安静にしておくように、と伝えておくようにと……』

 

 浅見透からの言伝は、たった一言だった。とても重く、のしかかる。

 

(悔しいが……何も言い返せない)

 

 FBIの力を借りた様だが、それでもあの男がいたからこそコードネーム・カルバドスを捕まえられた事には違いない。それに対して自分は、仲間内で完全に囲み安心していた所を逃げられてしまった。おまけに拳銃を奪われる始末だ。上司の降谷さんが取り成してくれなかったら、さらに重い処分を受けていたハズだ。

 

 浅見透。多くの技能を持ち、部下からも信頼されている降谷零という有能な公安警察官が信頼を預ける……一般人。そうだ、一般人なのだ、あの男は。それが――

 

(分かっている。俺は……浅見透に劣等感を抱いている)

 

 僅か20歳で、連続爆弾魔を追いつめた行動力。狙撃により怪我を負い、だが、一切恐れず事件解決のために躊躇わず動いた胆力、行動力。なにより、自分たちの上司はもちろん、多くの癖がありながらも一流の人材の信望を受け、そして使いこなす統率力を身に付けている――まさしく、逸材と呼ぶにふさわしい存在。

 今回も、自分ではなくあの男がいれば……。

 

(……今は、余計な事を考えている場合じゃない)

 

 考えれば考えるほど、ドツボにはまりそうだ。今は仕事に集中しなければならない。

 降谷さんからの命令は、二手に分かれての捜査だ。

 片方は、近隣の製薬会社や工場、それに大学の研究所などの極秘調査。これは違う班が請け負っている。

 そして自分達風見班は……

 

(本堂瑛祐の身辺の洗い直し、及び監視か……)

 

 この少年に目を付けたのも、聞けばあの男の一言が決め手になったという事だが……

 

(――くそ、余計な事を考えるなっ)

 

 とにかく、彼の周辺から目を離すなということだ。それも、気付かれないように注意して。

 今は五人体制で彼の周辺を固めているが、特に異常はない。毛利小五郎の娘と、鈴木財閥の令嬢と共に……この方向からして、浅見探偵事務所に向かうつもりだろう。ここしばらくは浅見探偵事務所というよりは、あのマジシャンの舞台を見に行っているようだが。

 

 周辺を見渡して、ふと違和感を感じた。こう、浮いていると表現すればいいのか。ある一台のワゴンが目に止まったのだ。なんてことはない、ごく普通のワゴン車だがその後部座席はスモークが貼られている。……まぁ、よくある事といえばそうなのだが……。

 

(念のため、確認しておくか)

 

 そして公安警察官、風見裕也は――その車の窓を叩いた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「では副所長、今日一日お疲れさまでした」

「ごめんなさい、安室さん。わざわざ送ってもらって……」

「いえいえ、今日はドタバタしましたから……仲居さんも、もうちょっとしたら戻ってくると思います」

 

 先ほど、白鳥刑事から連絡があった。仲居さんや恩田君達が例の『キラ』というダイイングメッセージの事件を無事に解決したらしい。

 しかし……『また名探偵が一人増えたんだね』とはどういうことだ? 恩田君か鳥羽さんの事だと思うが、ニュアンスが少し違うような……。

 ともあれ、これから白鳥刑事の車で戻ってくるらしい。まずは警視庁で事情聴取を受けてからという事だが……。

 

 越水七槻は無事に家に帰りついた。中北楓も、週末という事で王三郎氏の家に例の少年探偵団の面子と共に泊ると聞いている。念のために公安の部下を付けているため大丈夫だろう。

 ここにも当然護衛は付けているし、そもそも今現在のこの家の防犯レベルは素晴らしい代物だ。透が狙撃されたのを機に全てを一新し、窓も壁も防弾仕様。重火器でも多少は持ちこたえられ、最新鋭の防犯センサーを配備しているここに侵入するのは至難の業だろう。例え潜入に特化したキュラソーでも、だ。

 

「……安室さん」

「なんですか?」

 

 一度、運転席にいる自分に一礼してそのまま家に入るかと思っていた越水さんが、もう一度声をかけてきた。

 

「――浅見君を……どうか、よろしくお願いします」

 

 もう一度、『安室透』に深く頭を下げた彼女は、今度こそ振り向かずに家の中へと入っていった。

 ……気のせいでなければ、振り向くその瞬間、歯を食いしばった様な固い表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「――いい人ですよねぇ、副所長は」

「ですねぇ」

 

 事前に連絡をしておいたキャメルさんが、いつの間にか助手席側のドアの外に立っている。近くのファストフードで買い物をしてきたのだろう紙袋を抱えている。

 

「淑女って言うのはああいう人の事を言うんですかね……」

 

 キャメルさんがしみじみとした様子でそう呟く。ひょっとしたら、頭の中で誰かと比較しているのだろうか?

 

「おや、ひょっとしてキャメルさんは副所長に好意を?」

「いえいえ、違いますよ。なにより、私も馬に蹴られたくはありません」

「確かに」

 

 互いに軽く笑う。それに、互いをあれだけ上手く扱いこなせるのはあの二人くらいのものだろう。……いや、あの三人と言うべきか――今の所は。

 

「それで、キャメルさん。周囲の様子は?」

「これと言って怪しい影はありませんでした。車も特になし。マスコミの追手や張り込みも一切ありません」

「上々ですね」

「えぇ」

 

 キャメルさんは助手席にその大柄な体をねじ込み、抱えていた紙袋を膝の上に置いてドアを閉める。

 

「で、所長はやっぱり?」

「えぇ、メールが来ましたよ。そして瑞紀さんも今日はお休み。彼女から紹介された沖矢さんも同じくお休み。ついでに――」

「まだあるんですか?」

「えぇ、江戸川コナンくん。今日は皆で紅葉御殿にお泊りする所を、彼だけ断ったそうです」

「……このタイミングで、ですか」

「えぇ、このタイミングで」

 

 本当はそれに加えてキュラソーの事もメールにあったが、彼女は所長命令で本堂瑛祐に張り付いているハズ。念のために、復帰を希望した風見と現場慣れした部下に彼の周りを固めさせている。

 なにより、ひょっとしたら赤井の仲間かもしれないアンドレ=キャメルを必要以上にあの女に関わらせるわけにはいかない。変な所で変な情報が流れる可能性は1%でも下げておきたい。

 

 そのアンドレ=キャメルは江戸川コナンという名前が出た瞬間に顔を引き攣らせ、そして大きいため息を吐いた。

 

「厄介な事になってますね」

「なってますね、間違いなく」

 

 紙袋の中から、キャメルさんが薄紙に包まれたハンバーガーを取りだす。それを受け取り、紙を適当に剥がしてかぶりつく。キャメルさんも同じ物を食べ始めている。初めて会った時から思っていたが、どんなものでも美味しそうに食べる人だ。ひょっとしたら千葉刑事と気が合うかもしれない。

 

「所長からの指示は何か来てます?」

「副所長とふなちさん、要するに浅見家の皆の安全を確保。で、その後は各々の判断に任せるそうです」

「相変わらずアバウトな指示ですね」

「僕達らしいじゃないですか」

 

 ファストフードのいい所は、すぐに食べ終えてしまえる所だ。これから何かを始める時には最適と言える。すぐに包む物が無くなってしまったソースだらけの包み紙を軽く畳んで、紙袋の中に放り込む。

 

「『これだけ能力がある人間達で、お手手つないで横一列の仕事なんてナンセンスですよ。個々がベストを尽くして結果として問題を解決できればそれでいいのさ』」

 

 キュラソーや鳥羽初穂、恩田遼平という今のメンツが揃った時の彼の言葉を、口調も真似て言ってみる。

 どうやら結構似ていたようだ、キャメルさんは笑って『そっくりですねぇ!』と褒めてくれた。

 

「あの時は、所長も無茶苦茶な事を言うなと思っていましたが……実際、我々の動きの基本になっていますからね」

 

 我らが所長の言っている事は本当に滅茶苦茶過ぎるのだ。『お前ら好き勝手やっていいよ。責任は俺が持つから』と言っているのに等しい。半端な人間では、とても組織は回らないだろう。

 だが、責任問題も後始末も、本当にどうにかしてくれると思わせてくれるのが彼だ。どうにかしてしまうのも。

 そして、それに応えたいと思ってしまったのが我々だ。

 

 少なくとも俺は。多分――ここにいる二人は。

 

「さて、キャメルさん。そろそろ、その無茶苦茶な所長に手を貸しに行きましょうか」

「えぇ――行きましょうっ」

 

 

 

 

 

 

 




浅見「いやだって主要人物候補の動きを阻害して無限ループとか怖いし……」


次回はキュラソーの描写から一気に進……めばいいなぁ。


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047:連鎖する銃弾

「……やはり、動きに厚みがないな」

 

 マリー=グラン――いや、キュラソーは、背後から忍び寄り、そして昏倒させたCIAらしき男の襟首から手を離す。

 当然だが意識のない男の頭は重力に逆らえず、床にゴトンと叩きつけられるが、それでも起きる気配はない。

 さっそく男の所持品を調べてみるが、身分を示す物はパスポート以外持ちあわせていない。

 万が一の時に備えて、余計な情報を自分のような敵に与えないためだろう。

 慎重、というのは別にいい。問題は、そこまで対策させているのに一人で行動させているという点だ。

 日本という、日本人以外はどうしても浮きやすい国での活動だからかもしれないが……。

 

「……調べていたのは本堂瑛祐か、鈴木財閥か……あるいは――」

 

 浅見探偵事務所か。

 あの事務所は、ただの事務所ではない。徐々に、そして確実に広がっていく人材の輪。流れを見る限り、いずれは間違いなく政界にも絡む事になるだろう。別ルートからの情報だが、組織のターゲット候補になっている土門康輝という政治家が、浅見透との会談を希望しているらしい。

 警察に対して非常に協力的で、かつマスコミ受けがいい浅見透は、過激な発言が目立つとはいえクリーンなイメージが強い土門康輝の印象を更に強化するだろう。

 

(……浅見透が政界に関わる、か)

 

 組織としてはともかく、個人としては……似合うとは思うが、同時に止めてほしいと心から思う。余りそういう世界に、足を踏み入れてほしくはない。色々な意味で心臓に悪いやり取りが激増するのが目に見えている。なにより、政治家特有の本心を隠す仮面の様な笑顔など、あの男にはしてほしくない。

 

(なんにせよ、CIAは本腰を入れているとは言い難い状況だ。今しがた昏倒させたこの男を救うために人員を送り込んでくるだろうが……。ソイツラをもう少し捕まえて情報を集めれば、あとは逃がして構わないだろう)

 

 コイツにも顔は見せていないし、見せるつもりもない。監視カメラの機能も掌握しているし問題はないだろう。下手に殺して、本腰を入れられても――面白そうとは少し思うが、やはり面倒だ。

 ここは小競り合い程度で終わらせるべきだろう。

 

(さて、もう一つ気になる事があるとすれば――こいつら以外に小競り合いの気配がある事だが……)

 

 このあたりは指定暴力団、泥参会(でいさんかい)の縄張りだったはず。もしや、違う反社会組織との抗争でも行っているのだろうか。

 

(――念のため、こちらも調べておくか。下手に本堂瑛祐が巻き込まれでもしたら、ようやく掴みかけた浅見透の信頼を失うことになる)

 

 とりあえず、適当でいいから変装をしておこう。ここから先は、完全に顔を隠し続けたまま戦うのは不可能だ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 その一報を受けて、思わずベンチから立ち上がってしまった。

 本堂瑛祐を保護、そして退避させる人員が何者かの襲撃を受け、現在交戦中。

 既に三名が連絡の取れない状況に陥っており、現場は混乱しかかっている。場合によっては、本堂瑛祐の保護を一時保留――撤退する。

 それが、仲間から送られたテキストメールの全てだ。あまりに短く、あまりに急で、あまりに……あまりに……

 

(どうして……どうしてこんな事に……)

 

 そもそも、本来ならば元いた学校で、普通の学生生活を送っていたはずなのだ。確かに、自分を追ってくる可能性はあった。でも、まさかここまで事態の中心に近づくなんて……っ。

 

(瑛ちゃん……っ)

 

 自分達に関わらせたくはなかった。だから『カンパニー』の事は一切伝えていないし、遠ざけていた。

 それが、今あの子を追いつめている。仮にあの子が捕まえられても、重要な情報は持ちあわせていない。あるとすれば、私との関連性くらいだが、近々『カンパニー』は水無怜奈を『事故死』させる予定だった。

 あまりにも事態が動き過ぎたため、体制を整える事にしたのだ。中途半端に深い所にいるキールという存在は、一歩間違えれば逆に情報を抜かれかねない危険性がある。

 そのために、ピスコと接触してしまった本堂瑛祐を遠ざけると同時にピスコの拉致、あるいは暗殺。そして、その後に事故死を偽装し離脱する。そういう筋書きだったのが……。現状、さらに事態は悪化し、どうなっても『こちら』に悪影響を及ぼさないだろう本堂瑛祐から実質手を引きかねない所まできてしまっている。

 

(どうして、どうしてそこまで瑛ちゃんに注意が集まってしまっているの……っ!?)

 

 思わず声に出してそう嘆きそうになる。だが、そんな事に意味はない。どうにかしなくては。

 

(カルバドス……ごめんなさい)

 

 出来る事ならば、力になってあげたかった。借りはキチンと返す男だったから、力を貸しておけば後々役に立つだろうという下心もあったのは否めない。だが……いや、こんな事を考えてもしょうがない。

 家族を救う。そう決めた。

 

 車を向こうに止めてあるが……万が一を考えると、『キール』が騒動に関わろうとしている事はあまり知られない方がいい。

 まずは、適当な移動手段を手に入れる。まずはそれからだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……これは予想外の動きですね」

「ですねぇ……」

 

 息子さんの親権を母親さんに取られて月に一回だけ彼に会いに来ている埼玉在住の藤堂さん(仮名)の、どうでもよさそうな軽い口調に、俺も釣られて軽く返す。ってか、その声どうやって変えてるの? 変声機? 瑞紀ちゃんに作ってもらったって、あの娘そんなことまで出来るんですか……。

 

 ともあれ、ついに怜奈さんに動きがあった。

 それ自体はいいのだが、問題は彼女の向かう先だ。

 

 てっきり枡山邸に向かうものだと思い、コナン達に伝えておいたのだが……どうやら、この場を離れようとしているように見える。

 様子や気配からして、なにか焦っているような気がするが……ふむ。

 

「どう思います?」

「不測の事態が起こったのでしょうが……問題は、それがどのような事態なのかということですね」

 

 色々と考えられるが、まず大事なのはその事態に枡山さんが関わっているかどうか。これについてはコナンから、客人が来た以外はまだ動きがないと言う事だ。どうも、その客人は知っている相手の様だったが……。

 意外と考えなしに突っ走る事もあるからちょっと不安だったけど、どうやら瑞紀さんがちょうどいいストッパーになっているみたいだ。アイツ自身が、もう少し様子を見ておくと言った事に少しホッとする。

 

「枡山さん自身に動きがないと言う事は、厄介な犯罪がらみじゃないってことか」

「さぁ、それはどうでしょう。本人はただ、そこから指示を出しているだけかもしれません。唯一、確実に言えるのは、そのなんらかの事態の現場に、彼自身がいないという事だけです」

 

 だよなぁ……。

 ただ、何にせよ怜奈さんをこのまま放置するわけにもいくまい。ただ、そうなるとコナンと瑞紀――健一君を置いてけぼりにする事になっちまう。藤堂さん(仮名)も向こうに付けるべきなのだろうか。

 

「所長の好きなように動くべきだと思いますよ」

 

 悩んでいると、それを見透かしたように藤堂さん(仮名)が声を掛けて来た。

 

「所長が舵を取っていただければ、後は我々がベストを尽くすだけです。その舵取りに万が一不安な所があれば、当然フォローもいたします」

 

 もっとも、私は貴方の判断に全幅の信頼を置いていますけどね。と、真顔でのたまう。やめてください、ハードルと胃痛レベルが跳ね上がって死んでしまいます。

 キーになる人間は二人。アナウンサー、水無怜奈と自動車会社会長、枡山憲三。

 向こう側には主人公とマジシャンが付いていて、こっちは――まぁ、人をそれなりに呼ぶことの出来る出来そこないの探偵と、万能エース二号の二人。

 ぶっちゃけ、現状ではまぁ、それなりにバランスは取れていると思う。

 問題は、それが事態の解決に見合うかどうかだけど――

 片や真っ黒確定の経済界の大物というボス臭漂うお方。片やドジッ子っぽい目元が似ているヒロイン候補の謎の同級生と関係がありそうな敵の女幹部。

 

 ……物語の展開の可能性で言えば、怜奈さんは『味方になる敵』、あるいは『いやいや従っている有能な敵』パターンのどちらかの気がする。無論、本当に敵だったり、あるいはそもそも敵の敵だったなんていうパターンもあり得るが……この際こっちは保留。

 敢えてそう仮定すると、説得のために主人公を連れていくか、強そうな敵に戦力を残していくかの選択と言える。

 

――よし。

 

「そうですね、それじゃあ――向こうの援護に向かってくれませんか?」

「なるほど、冷静ではいられないような精神状態の美しい女性を、その頭脳と口でお得意の策略にかける訳ですね?」

「…………」

 

 沖矢さん、この件が終わったら飲みついでに話しあいましょう。じっくりと。飲み代は俺が持ちますんで。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「この声は……っ」

「……ジン、それにウォッカか」

 

 宮野明美が探している妹――シェリーに関係しそうな事を次々に聞かれていた所に、聞き覚えのある声が僅かに聞こえて来た。

 

(最悪だな)

 

 おそらく、ピスコが呼んだのだろう。奴の言葉を信じるのならば、すでに俺がスパイだという証拠は出揃っているハズ。――そうか。

 

(ピスコ……この女が、俺を救おうとする可能性があるのを知っていたな?)

 

 なんとなく、読めて来た。あの時俺がピスコに大人しく殺されていればそれでよし。宮野明美が俺を助けた場合は、その事実を利用して何かを行うつもりだった――という事か。そして、その何かは……

 

 

 

 

――お願い、教えて。志保は――私の妹はどこにいるのっ!?

 

 

 

 

 コードネーム・シェリー。実働隊である自分は詳しくは知らないが、非常に優秀な科学者である事は聞いた事がある。組織にとって非常に有益な存在だとも。

 

(……思い出した。あの男、例の狙撃指令の少し前から、組織の息がかかった製薬会社の資料を揃えていた。恐らく、最初から……)

 

 組織にとって非常に有益、故に発言力のあるシェリーを自らの手に入れる事で、組織に置ける影響力を強めようとしたのだろう。そしてその目的は、組織内で再び返り咲くため。

 

(……ラムの側近のキュラソーを呼び寄せたのも、あるいは何らかの計画を用意していたのかもしれんな……)

 

 もっとも、今は考えても仕方がない。こうなった以上、どう足掻いてもジンは俺とこの女を殺すだろう。

 懐には拳銃が残っている。あの時、俺を見張っていた男から奪った、一発しか残っていないリボルバー、M37を抜き、――女のコメカミに突きつける。

 

――チャキ……ッ

 

「な……っ!」

「選べ、宮野明美」

 

 女は、目を見開いてこちらを見る。

 

「どちらにせよ、俺もお前も利用されるだろう。生きていても、死体になっても。……いや、その前にジンにここで殺される方が高いか……」

「…………」

「死ねば楽になる。少なくとも、お前の妹がピスコに利用されていく様は見なくて済む」

「ピスコが……っ」

「もうお前も気が付いているだろう。ピスコの目的は、お前の妹だ」

 

 薄々、その疑いは持っていたのだろう。宮野明美は、深いため息を吐く。

 

「ここで確実に楽になるか、あるいは――」

「決まっているじゃない」

 

 こちらに全てを言わせず、宮野明美は俺を睨みつける。先ほどまでと違い、力のこもった眼で。

 そして、先ほど空にした肺の中に再び空気を入れた宮野明美は、小さく、だが強く言葉を放つ。

 

「お姉ちゃんが、何もせずに妹の事を諦められるわけないじゃない……っ!」

「……そうか」

 

 眼に、揺るぎや諦めは見えない。なら、もうこんな脅しは必要ないだろう。

 銃口を下げ、撃鉄も下ろす。両手共に撃ち抜かれはしたが、右手の方はどうにか動かせるのも確認できた。

 

「おい、武器は持っているか?」

「け、拳銃一丁だけ……」

 

 そうして取り出したのは、自分を撃った拳銃だろう。銃身が非常に短いスナブノーズ・リボルバー――コルト・ディテクティブスペシャル。

 すでに一発分薬室が空いているのは、自分に向けて撃ったパラフィン弾の分だろう。

 

「この銃は自前か?」

「え、えぇ……向こうにいた時に、女ならこれが使いやすいって店の人に言われて……」

「……なるほど、悪くない。いいセンスだな、その店主は」

 

 宮野明美から拳銃を受け取り、代わりについさっきまで突き付けていた銃を代わりに渡す。

 仮に弾薬を十分に持っていても、撃ち慣れていないこの女では使いこなせまい。

 だから、一発。――本当にどうしようもなくなった時、敵か、あるいは自分に向けて使う……お守りの様なものだ。

 

「おそらく、ピスコはわざと俺たちに銃を持たせているのだろう。自決してもよし、襲ってきても、スパイであるという裏付けに使うつもりだろう」

「……じゃあ、不意を突くのは難しい?」

「あぁ。だから――さっさと尻尾を巻いて逃げるぞ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『というわけだ、コナン。不満はあるだろうけど枡山さんはそっちに任せた。沖矢さんもいるなら、ちょっとやそっとの異常事態でも対処できるだろ』

「あぁ、俺も瑞紀さんは信頼してるし、その紹介っていう沖矢さんの能力も疑っちゃいねーけど……むしろそっちこそ大丈夫?」

 

 浅見さんから探偵バッジの連絡が来たのは、ジンが枡山邸の中に入っていってすぐの時だ。

 

『正直、不安。だけど、重要度というか……やっかいな事が起こるとしたらそっち側の可能性が高いと思う。だから、手持ちの戦力は全部そっちにぶっこむよ』

 

 こうやって、平然と自分の身の安全を削る辺りは、森谷の事件の時から一貫して変わらないと強く思う。

 越水さんやふなち、楓ちゃん達の身の安全は、何重にも対策を練って確保し続ける。その分自分の安全に関するリソースはガンガン削っているような気がするのだ。

 

「……油断すんなよ? 黒ずくめの連中って事は確定してんだから。水無怜奈は」

『あぁ、分かってる。念のために、こっちもキャメルさんと合流する予定だよ』

 

 なるほど、と思う。キャメルさんならば運転技術に長けているし、追跡――場合によっては逃走にも力を貸してくれるだろう。

 

『今メール送ったら、安室さんと一緒にいるみたいだ。戦力的には悪くないさ』

「……安室さん、浅見さんの『勘』ではかなり濃いグレーなんだよね?」

『……まぁ、そう……かな』

 

 そう答える浅見さんの歯切れは悪い。

 論理で勝負する探偵にはあるまじき事だが、浅見透が口にする『勘』は中々馬鹿に出来ない。

 最近だと、辻さんが目薬に細工をされて危うく彼が操縦するヘリが落ちかかった時。

 手段も、本当に狙われているかも全く分からない状況で、強い確信を持って対策を練っていた。一歩間違えれば大惨事になっていた事態を、ほぼ無傷で終わらせたのは間違いなくあの人の『勘』のおかげだ。

 そして、その『勘』が、安室さんと、あの人の紹介した女――マリー=グランが非常に怪しいと判断している。

 

「……やっぱり、安室さんが敵だなんて考えられない?」

『まぁ、な』

 

 それは分かる。俺も同じだ。

 浅見さんがスコーピオンと対決してから設立させられた浅見探偵事務所。

 その事務所設立時から、ずっと浅見さんを支えてきた探偵――安室透。

 捜査一課の人達からは、トオル=ブラザーズなんて呼ばれるくらい浅見さんとコンビを組むことが多く、正直俺も信頼している人だ。

 

「……浅見さん、怪しいっていうのも変わらないんだよね?」

『……あぁ。変わんねぇな』

「でも、同時に信じてる?」

『……あぁ』

「それも、『勘』?」

『いや。経験と、情……かな』

「……そっか」

 

 意味のあるやり取りじゃない。なんとなく交わした会話だけど、それだけで浅見さんが、安室さんをどう思っているのか分かった。――正直、もっと慎重になるべきだし、そう言おうと思ったけど……。

 

(とても、聞き入れそうにねぇよな……)

 

 多分、なんだかんだ言いながらギリギリまで、この相棒は安室さんを疑いきることはできないだろう。

 

 

 ――それでいい。浅見透は、それでいい。

 

 

「……繰り返すけど、気を付けて。水無怜奈にとっての非常事態が、こちらにとって良い事とは限らないよ」

『あぁ。そっちも気を付けてな、ホームズ』

 

 

 

 

 

 

「分かってるさ、ワトソン君」

 

 

 

 

 

 




本庁刑事恋物語を視聴しながら執筆。
そう言えば目暮警部って子供いないor出てきてないなぁと考えながら……

というか、佐藤刑事の好きな人が目暮警部と考えられていた時期もあったんだなぁとなんか懐かしい気分に。ここら辺は完全に記憶に残ってなかったですね。



また忘れてた! 名前だけの登場ですが、

土門康輝(どもんやすてる)
アニメ:File425 ブラックインパクト!組織の手が届く瞬間
原作49巻

衆議院選立候補者、元自衛隊幹部。
非常に正義感が強い人らしく、反社会団体や犯罪に対しては強硬な姿勢を崩さない方です。
 コナンだとこういう人って大抵裏があるイメージがありますが、少なくとも原作内ではそういった描写は一切ない方です。
 こういう人なら、劇場版の政治家キャラでも出てきておかしくないなぁと思うんですが……


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048:集結

 誰も人が通っていない、とある道路。そこに止められている一台の車に男女が乗り込んでいる。

 その車には灯りは一切ついていない。暗くなりかけているにも関わらずだ。

 運転席に男がいるが、席に座っている訳ではなく、本来ならば足がある所に潜り込み、なにやら操作をしていた。

 

「貴方が言った通り、警戒が薄かったわね」

「逃げれば完全に裏切り者。どう足掻いても弁明は不可能だし、これで何を言っても説得力はない。そこまで計算していたのだろう。……これで名実ともに裏切り者だ」

「それはそうだけど……そもそも、あのままいても、ジンが聞く耳を持っているとは思えないわ。貴方もそう言ってたでしょう?」

「あぁ、仕方ない。奴は耳が遠いからな」

 

 女のイラついたような、焦る様なぼやきに、男はなんともないような声で答える。

 運転席の鍵穴付近のカバーがこじ開けられている。言うまでもなく、この男の仕業だ。そして配線をどうにか弄っていると、やがて『キキッ!』という音に続いて、エンジン音が響き渡る。

 

「よし、かかった。イモビライザーのない車があって助かったな……」

 

 その手際の良さに、女はあきれたような顔で運転席に座り直す男を見る。

 

「どこで覚えたの? 車泥棒の手段なんて」

「中東で戦っていた男からだ。緊急時における移動手段の現地調達方法として覚えたらしい」

「中東……軍人かしら?」

「あぁ。軍人だった」

 

 男はライトをつけて、ドライブに入れ、そしてサイドブレーキを下ろしてアクセルを静かに踏み込む。

 

「……それで、これからどうするの?」

「隠していた装備を取りに行く。いずれ追手が来るからな。それに対しての備えを用意しなければ何も出来ん」

 

 男は、いつ仕事が入っても良いように様々な所に自分の装備を隠しておいた。問題は、それらの場所はいざというときに組織の仲間が使えるように教えている事だ。教えていない所となると、たった一か所。

 

――あの男と、戦うために武装を集めておいた場所。

 

「どこに隠しているの?」

「……アクアクリスタル。その周辺だ」

 

 あのモノレール駅周辺の建物には、銃の類はそれほど置いてなかったが、浅見透との決戦のためにいくつかのトラップツールや……爆薬があるはずだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「マリーさん。わざわざ迎えに来てもらってすみません」

「いえ、たまたま通りかかっただけですから」

「いやーびっくりしたわ。なんか急にカーチェイスが始まって、この辺りなーんかピリピリした雰囲気になっちゃってさー」

 

 申し訳なさそうに軽く頭を下げる毛利蘭と、能天気な笑みを浮かべる鈴木園子に、事務所内ではめったに使わない笑みでそう答える。

 こうしてみると、比較的演技の必要が少ないあの事務所は、意外と悪くない場所だと気付かされる。

 

(しかし、どうにも小競り合いの気配がすると思っていたが……まさか公安とはな。なにをやっている、アイリッシュ)

 

 顔を隠してCIAの人員と交戦。数名を倒し、やはりめぼしい情報を持ちあわせていない事を確認した後、本堂瑛祐の確保へと動いた時にそれが起こった。

 急きょ、一台のワゴンが信号を無視して交差点を突っ切ったのだ。それと同時に、何台かの車――公安のものだと当たりを付けていた車がその一台を追い掛け出したのだ。

 今では警察も来て、辺りを調べ出している。恐らく、今頃アイリッシュは車を捨てて、どこかに潜伏している――いや、ああ見えてアイリッシュは中々に機転の利く男だ。反撃の手段を整えているのかもしれない。ならば、公安の事は奴に任せて問題はないだろう。

 

(それに、奴がこの近くに来ていたのは……おそらく、コイツが目的だったんだろう)

 

「? あれ、僕の顔に何か付いていましたか? マリーさん」

 

 本堂瑛祐。浅見透が気にかけ、そして現にこうして複数の組織が小競り合いを起こしている。

 この少年に、何かあるのはもはや疑いようがない。

 

「ううん、なんでもないわ。それで? どこか寄りたい所があるって言ってたけど?」

 

 とりあえず、車に三人を乗せて、適当なレストランで食事する事になった。自分が車に乗ってきているという話になったら、ちょっと遠出したいと鈴木園子が言いだしたのだ。

 すると、意外な事に本堂瑛祐が食いついて来た。

 

「いや、実は一度見てみたかった場所があるんですよ」

「へー、どこよ?」

「アクアクリスタルですよ! 例の、浅見探偵事務所の面々と眠りの小五郎の強力タッグが大活躍して、犯人を捕まえたっていう……一度どんな場所だったのか、見てみたかったんです!」

「あ、あぁ……」

 

 毛利蘭が、引き攣った笑顔を浮かべているが、それはそうだろう。なにせ、犯人の直接の標的ではなかったとはいえ、危うく死にかかる所だったとバーボンから聞いている。

 

「あ、すみません蘭さん! ちょ、ちょっとだけ興味があって……あの事件、写真家の宍戸永明が探偵事務所の人達をベタ褒めしてて、どういう感じだったのか……その、すみませんでした」

 

 本人も不味い事を言ったと思ったのか、反省したような顔を見せるが――こいつ、今の発言は狙って言ったか?

 なんとなく、そう感じた。

 

「でもいいんじゃない? あそこ夜景スッゴイらしいし。もう事件も終わったんだしさ。警察の調査ももう終わってるんでしょ?」

「もう、園子ったら……」

「それに、今度いい男を釣った時のデートコースに使えるかどうか、チェックしておきたいし!」

 

 勘を信じるのならば、この三人。特に本堂瑛祐を連れていくのはマズいかと思ったが、鈴木園子が余計な事を口にする。

 あの子供達もそうだが、この女とも合わないという事を強く感じる。

 

(……やれやれ)

 

 毛利蘭は、基本的に鈴木園子に対して強く出る事はそこまでない。このまま押し切られる形になるだろう。

 となると、あの場所に行く事になるのか。

 

(カルバドスがあの男と交戦したと思われる場所。確かに、見ておいて損はないが――)

 

 そう考えた時、ふと、ある可能性を思いついた。

 

(本堂瑛祐の狙いも、もしや……浅見透の足跡を調べる事だとしたら?)

 

 あの時、事件に関わっていた毛利蘭がいれば、あるいは当時の事で何か思い出す可能性はある。この男は事務所での体術訓練を見学している。私が戦力だという事も熟知しているから、護衛役としてちょうどいいと考えていたら? そして鈴木園子も、浅見透のバックである鈴木財閥の令嬢である。しかも、こういっては何だが口が軽く、情報を収集しやすい女だ。

 

(――浅見透が警戒したのも、それが理由か?)

 

 仮に浅見探偵事務所を調べているとすれば、ただのファンにしては少々手が込み過ぎている。

 本堂瑛祐、まさか……。

 

(浅見透が張り付かせ、そしてその周りを固めていたCIAと公安。……アイリッシュ――ピスコまで目を付けている)

 

 少なくとも、確保して置いて損はないだろう。実際に動いていたCIAや公安はもちろん、裏でコソコソ動いていたピスコ達にも渡すわけにはいかない。

 

 本堂瑛祐は、私が押さえる。それがベストだろう。

 

「それじゃ、どこかでご飯を食べてから、ドライブがてらそちらに行ってみましょう。確かに、夜景は悪くなさそうだわ」

 

 ついでに、もし本堂瑛祐の尻尾を掴めれば、『組織』にも浅見透にも良い報告が出来る。

 あの得体のしれない男の命令だったが、意外と悪くない。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 食事の用意は桜子さんがいつも通り済ませてくれている。こういう時は家政婦を雇ってよかったと本当に思う。今は、二階で取りこんでいた洗濯物を片づけて、アイロンを掛けてくれている。

 僕は……たまたま来たお客さんの相手だ。ちょうど、安室さんに送ってもらった少し後にインターホンが鳴り、モニターで確認すると……意外な人が訪ねて来ていた。

 

――パチン。

 

 

「ふむ、中々いい所に打ちますね。なら、僕は……」

 

――パチン。

 

「……浅見君から、プロ棋士と聞いていましたが……まさか太閤名人だとは思いませんでしたよ」

 

――パチン。

 

 テレビから流れてくるニュースをBGMに、昨日までこの家にはなかった足付きの立派な将棋盤で名人――羽田秀吉と対局している。なんでも、先日新しい盤を買ったらしく、せっかくなので将棋仲間の浅見君に古い方を譲りに来たというわけだ。……太閤名人と対局する仲だなんて、初耳なんだけど。

 ちくしょう、職権乱用って言われるだろうけど安室さんと一緒にアイツの人間関係全部暴きだしてやろうかな。

 

「ハハ。彼とは、たまたま立ち寄った将棋クラブで対局してね。思った以上の指し手で驚いたよ。一手手加減しただけで切り崩されたしね」

「……アイツ、本当に変な所で多才なんだから……」

 

 まさか、名人に勝っていたなんて。そういう話を聞かされていないというのは、なんだか少し悔しい気がする。……名人だって気付いていない、なんてことないよね?

 

「しかしそうか、出かけてたかぁ。いやね、近くに用事があって、由美た――知り合いの運転でこっちまで来てね。で、ちょうどいいから盤を持ってきてたんだ」

「わざわざありがとうございます。浅見君、ちょっと面倒な事件に関わっているみたいでいつ帰るかは……」

「あぁ、いいよいいよ。顔はまた今度……っていうか、彼とはテレビ局でよく会うしね。近いうちに対談の企画もあるって水無さん言ってたし……なんだかんだで顔は合わせてるんだ」

 

 日売テレビは、水無怜奈さんを仲介に使ったつながりがいくつもある。情報を提供してもらう事はもちろん、逆に情報を一定期間押さえてもらったりなど……。そのため、向こう側の依頼を受ける事が非常に多い。仕事はもちろん、テレビへの出演など。浅見君の意向で、メディアへの露出は本人の意向を可能な限り通すようにしている。

 

――もっとも、安室さんは余りに出演依頼が多すぎて断り切れず、最近テレビに出るようになってしまっている。

 

「僕も、テレビ局にはついていってますけど、実際浅見君、どうですか? なにか不手際とか――」

「いや、特にそんなことはないかなぁ……。むしろ僕の方が助けてもらってるしね。ほら、彼ってなんだかんだで程良い距離での知り合いを作るの上手いじゃないか。星野輝美さんや沖野洋子さん……というか、アースレディースの面々や雨城瑠璃みたいな歌手とか女優とも仲良いし、それ以上にスタッフと良好な関係だから――ほら、事務所下のレストラン――『ミセス・ハドソン』によく関係者が来てるでしょ? ADの篠原さんに八川さん、ニュースキャスターの浅野亜紀にプロデューサーの坂東さん、上諏訪さん、それにカメラマンだと浜田さんに……」

「よ、よく覚えてますね」

 

 何気にこの人がレストランに食事やショーを見に来ているのは知っていたが、まさか来店していたテレビ関係者全員を覚えているのだろうか?

 

「覚えるのは得意だからね」

「そうなんですか?」

「あぁ、日本一……いや、世界一かも」

 

 内心の僕の疑問に答えるかの様に、丸眼鏡を直しながらそういう名人は少しさまになっている。これで服装に気を使って、髭をキチンと剃ればいいのに――

 

(あぁ。そういう所で似た者同士だから仲良くなったのか。浅見君と羽田名人)

 

 浅見君も、油断するとすぐに髪の毛が伸びて、服も家用と外用の二着しか着ない着たきり雀になっちゃうし。

 

「羽田名人から見て、浅見君ってどういう人間に見えます?」

「……そうだなぁ。いざという時の機転と行動力は飛車。思いがけない発想力は桂馬を連想させるけど。――でも、やっぱり彼の立ち位置は指し手だよね」

「指し手……」

「そう。常に全体の構図を見て、適切な駒をそこに打ち込む。それが浅見透という男だと思うよ」

 

 全くもって、反論のしようがない意見だ。僕もそう思う。

 

「じゃあ――」

 

 

 僕と同じように彼を見ている人がいる。だから――この質問が出るのも当然だ。

 

「僕は、どのように見えますか?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 瑛ちゃんに――本堂瑛祐に直接顔を合わせるわけにはいかない。

 

 事態がどう転ぶか分からないからだ。だから、弟の周辺の現状を把握して、可能ならばCIAの仲間の援護。最悪、襲っている人間の撹乱だけでもと思いここまで来た。

 

(まさか、貴女が動いているなんて……)

 

 もっとも接触したい女であり、同時にもっとも関わりたくない女――キュラソーの運転する車の助手席に弟の姿を確認した時は、軽いめまいと吐き気に耐えるのに一苦労した。

 

(くっ……よりにもよって……っ!!)

 

 もし、弟がかつて自分のために命を投げ捨てたCIA――本堂の息子だと疑われているとすれば、ここで自分が姿を見せる訳にはいかない。血を分けた姉弟なのだ、どうしても面影は似てしまう。同時に顔を見られれば、あるいは血縁関係がバレて、自分も弟も処分される可能性が出てくる。正確には、確率が跳ね上がると言うべきか。

 

 先ほどまでは、かなり離れた所から後を付けて、大体の行き先を推測していた。襲撃を逃れた仲間も、態勢を立て直して彼女達の行き先を追ってくれている。

 行き先は、恐らく――

 

(アクアクリスタル!)

 

 先日、あの浅見透がカルバドスと対決した場所。いや、浅見透と赤井秀一が、か。

 しかし、なぜあの場所に……?

 

 適当な路地にバイクを止めて一息吐く。

 

 まいった、あんな場所に行く理由がさっぱりわからない。理由が分からなければ詳細な対応を練る事が出来ない。

 今いる人員でキュラソーの乗る車を強襲する手段もあるが、弟や一緒に乗っている蘭ちゃん達も危険にさらすことになる。いや、なにより緊急時に対してもっとも手段を持たない園子ちゃんに万が一があれば、鈴木財閥は間違いなく詳細を調べようとするだろう。そうすれば、最悪どちらの組織も鈴木財閥に対して余計なアクションをとるかもしれない。

 

(……キュラソーは……多分まだ瑛ちゃんのことには気が付いていない。気付いていたのならば、余計な事をせずに瑛ちゃんだけをさらうか、あるいはピスコやジンと共になんらかのアクションに出ているはず)

 

 大丈夫だ。まだ、まだチャンスは十分にある。そう胸中で繰り返して精神を落ち着かせようとするが、上手くいかない。大抵の事態はどうにかしてみせる自信はあるし、また平静を装う自信もあった。だが、それが、残されたたった一人の肉親の事となれば……。

 

 母も死に、父は自分が『殺して』しまった。せめて、せめて瑛ちゃんだけでも……。そのために、無理を言って撤退するはずだった人員を数名残してもらったのに……工作全般に長け、戦闘も得意とするキュラソーを相手取るには足りない。数を減らされた現状では、尚更だ。……ひょっとしたら、その減らした相手もキュラソーかもしれない。

 彼女の傍にいる瑛ちゃんを、キュラソーに疑いを持たせないまま奪還する。まずはそんな難題をこなさなければならない。それに、仮に奪還できても――

 

 

(瑛ちゃんの安全を確保するには、あの子がそこにいることに誰もが違和感が持たず、かつ組織を相手に守れるだけの力がある居場所が必要だけど……)

 

 そんな都合のいい場所なんて……っ!

 

 

 

 

 

――綺麗な女性のそういう姿は嫌いじゃないけど、見てて辛いな。

 

 

 

 

 

 突然聞こえて来た言葉と共に、どこか軽い足音が、人気のない路地に響く。カツン、カツン、と。まるで一歩一歩確かめるようにゆっくりと、自分の方に。

 

「――浅見君……っ」

 

 この路地裏を歩く男は、いつもと同じダークスーツを身にまとい、いつもと同じサングラスの下にいつもと同じ静かな笑みを浮かべていた。

 何度も自分を、そしていくつもの組織を翻弄し、そこから大きな利を生みだしていく得体の知れない男。

 

 

 

 

――……必要ですか? 俺の力?

 

 

 

 

 

 その男は、まるで何もかも見透かしたかのように笑みを深くし、たった一言、そう告げるのだった。

 

 

 

 

 




アクアクリスタル「解せぬ」


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049:衝突

 先日、自分の背中には瑞紀ちゃんを乗せていた。今朝がたはコナン。そして今は、人気アナウンサーの水無怜奈を乗せている。役得って言葉はこう言う時に使げふんげふん――いやいや今はそれどころじゃない。

 

 状況をまとめよう。あの瑛祐君と怜奈さんは親戚同士で、ただし向こう側は怜奈さんの事を知らないと。

 で、詳細は話せないけどとびっきりの爆弾になりうる女がいて、それがあのマリーさんだという。

 現状、疑われる訳にはいかない怜奈さんは、疑われないようにどうにかして瑛祐くんとマリーさんを引き離さなければならないんだってさ。HAHAHAHAHA。

 

 

 

 

 

 

 

 ……話を聞いた時、やはりすぐさま土下座した方がよかったんじゃなかろうか。

 いや、ぶっちゃけこちらの計画通り事態が動きまくって、誰がどっちサイドかハッキリしたから俺個人としては万々歳なんだけど。

 正直ガッツポーズを取りたいくらいだ。

 

(もっとも、マリーさんも怜奈さんも両方敵で、これがただの内輪もめっていう可能性もあるけど……)

 

 それでも、怜奈さんが血縁のために動く人間だと知れたのは大きい。となれば、怜奈さんの立ち位置をもうちょいこちら寄りにするためにも、瑛祐君の保護はなんとしても俺かコナンがやらなければならない。

 下衆い言い方だが、水無怜奈という便利な将を手にするためには、瑛祐君という馬を手に入れるのが一番ということだ。

 …………いや、違うんですよ沖矢さん。今回は緊急だからこうして色々やっている訳で普段はこんな狡い手段なんて使わないどころか思いつきもしない一般的な小物なんです私。

 決して動揺している所を更に揺さぶろうと素顔出したとかそういうわけじゃないんです。ちょっと浅見透がどう思われているか確認しておきたかっただけなんです。

 

 さて、そのために現状どうするかという問題に戻る訳だが……。マリーさんに直接電話をかける手段も考えたが、念のためにこうして後を付けている。

 俺も怜奈さんもフルフェイスのヘルメットだし、パっと見で誰かは判別できないだろう。

 

(さて、どう事態に決着を付けるか……)

 

 マリーさんをここでとっ捕まえるのはNG。出来るだけ敵側も手元に確保しておきたいのもあるけど、そもそも主人公であるコナンが全員をどう見るかを参考にしないといけない。――勝てないなんて考えているわけじゃないですよ?

 

 加えて、マリーさんを紹介してきた安室さん。あの人の立ち位置もやっぱり分からない。そもそもなんで俺の所に来たのか……いや、やっぱり目的が鈴木財閥だったって考えた方がいいか。

 

(でも、コナンと安室さんはそれなりに関係は良好。……探偵みたいな推理力からしてアレかな。コナンのライバル的な立ち位置なのかな?)

 

 コナンという主人公にとって完全な敵は、コナンから通信で聞いた『ジン』と『ウォッカ』っていう二人組だろう。となると、他にいそうな物語のポジションといえば、敵か味方か良く分からないミステリアスなライバルとかなんだけど……うーん?

 

「ねぇ、浅見君」

 

 後ろから、フルフェイスのヘルメット越しのくぐもった声をかろうじて拾う。走行中というのもあって、危うく聞き逃しかねない声だった。

 

「なんです?」

「貴方は……私達の事をどこまで?」

「残念ながら、なんにも」

「信じられないわ」

 

 おかしい。助けを求められてそれに応えようというのにこの扱いはなんなのか。

 

「本当ですよ。ある理由(貴女を盗聴して)から枡山会長にちょっとした疑いが出て……その調査中に貴女をお見かけしたので気になって、失礼ながら尾行させてもらったという所でして。何がどうなっているのかはさっぱり……」

 

 うん、嘘は言ってない。

 

「じゃあ、赤井秀一とはどういう繋がりなの? どこで彼と出会ったの?」

 

 えーと……諸星さんの事でしたよね?

 

「一緒に食事をしただけの繋がりですよ。ちなみに初めて会ったのはラーメン屋です。美味いんですよねぇ、そこが」

「…………」

 

 いや、本当に。それがどういうわけか、自分を守ってくれたけど。

 

「他に、何か聞きたい事はありますか? ぶっちゃけ、不安や不満、疑問は今の内に全部ぶつけてほしいんですけど」

 

 さすがにこれだけだと信頼もヘッタクソもない。瑛祐君を手元に置くつもりである以上、少しは彼女にも友好的になってもらわないと。

 

「……いいわ。今の私に、選択肢はないもの。あの子を救ってくれるなら、私は……」

 

 そう思って聞いてみたけどこれである。ねぇ、怜奈さん。なんでずっと悲壮感を漂わせているんですかね。ちゃんと瑛祐君は助けるし怜奈さんも安全になるように全力を尽くすって言ってるんだから、そんな13階段を上がっていく死刑囚のような顔しなくても……。

 

 あ、やっべ。合流する予定の安室さん達どうしよう。場所は教えているからもう向かってると思うけど。

 

「いえ……そうね、一つだけ聞いておきたい事があったわ」

「なんでしょう?」

「――貴方の最終的な目的って何?」

「何って……そりゃあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ハッピーエンドですよ」

「…………やっぱり信じられないわ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 これだけの面子が集まるのも久々だ。

 ジン、ウォッカ、キャンティ、コルン、私――ピスコ。

 すでにキャンティとコルンは、内部の調査に入っているためこの場に顔があるわけではないが、それでも豪勢な事には変わりない。

 

「最後の舞台は海辺、か。アイツにもそんな洒落た所があったんだな……」

 

 いつもと同じ銘柄のタバコにマッチで火を付けながら、ジンはそんな事をのたまう。

 発酵煙草など吸うものだから、酷い臭いがする。やはり、コイツとは趣味が合わない。

 

「ジン、アイリッシュから連絡が入った。公安に嗅ぎつけられたようだ。今追手を引きつけながらこちらに向かっている」

 

 その一報が入った時は心底驚いたものだ。まさか公安が本堂瑛祐の周辺を固めていたとは。

 CIAの可能性はあったが、まさか公安とは……。拳銃を隠し持っているのを見られたために、咄嗟にその公安警察官を突き飛ばし逃走。

 別に放置しておいても良かったが、どうやら相手側に執念深い指揮官がいるようだ。アイリッシュを追う手が厳しく、完全に振り切ることが難しいということだ。

 

(ならば、おびき寄せるまでだ)

 

 最近、公安は私の周辺を嗅ぎまわっていたようだしちょうどいい。ここでまとめて始末させてもらおう。

 ここで人員を大幅に削れば、公安の活動も鈍くなる。私にとっても、組織にとっても有益となる。

 カルバドス、明美君諸共……ここで退場願おう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 アクアクリスタル。ショッピングモールや映画館、舞台にレストラン、バーなど様々な要素を盛り込んだ一大海上娯楽施設。そして、つい先日連続殺人事件……いや、殺人および連続殺人未遂事件の舞台になった場所だ。

 

「海水が入り込んでて、レストラン部分とかは完全に沈没してるね。聞いた話じゃあ、めったに飲めないビンテージのワインなんかも下にあったらしいけど……これじゃあ、引き上げるには一苦労するね」

「……もったいない」

 

 相棒のコルンと共に、内部を調べていく。本当にカルバドスはここに逃げ込んだのだろうか。

 

(いや、もしアタイらと戦うつもりなら……)

 

 海の中にそびえ立つこの施設、侵入するには無人のモノレールを使うか、ボンベを担いで海中部のホールの割れた窓からしか侵入口は無い。侵入口が限られているのならば、動きも推測しやすいだろう。

 自分とコルンの狙撃技能も、仮に狙撃出来そうな所でカルバドス達を発見したとしても、向こう岸からでは距離と風の影響で難しい。

 

(組織から逃げ出したばかりのアイツならば、武装なんてほとんど持っていないはず……追手の第一陣になるアタイらと戦うには、武装が制限されるここは絶好の場所ってわけか)

 

「……キャンティ」

「なんだい、コル――おっと」

 

 相棒に呼び止められ、足を止めて気が付いた。暗闇で気が付かなかったが、よくよく見るとわずかに光が反射した細い線が目に入る。トラップワイヤーだ。そのワイヤーを辿ると……

 

「ブザーかい。ひっかかっていたら盛大なファンファーレが鳴り響いていただろうねぇ」

「居場所、バレる。近づくのが難しくなる」

 

 そう、ジン達からはカルバドスの殺害命令を受けているが、どうにかして説得できないかと考えていた。

 ジンも、カルバドスも。

 

「そもそも……どう思う、コルン。あの不器用なカルバドスがノックだなんて……」

「信じられない」

 

 カルバドスへの疑いを、相棒は一言で切って捨てる。

 確かに、自分達の世界で裏切りは良くあることだ。良くある事だからこそ、許されないのだが……。

 それでも、あの不器用な男と裏切り者という行為はどうにも繋がらない。

 むしろ怪しいと思うのは……

 

「ピスコ、何か企んでる」

「あぁ、ベルモットみたいな目をしやがって……気に入らないねぇ」

 

 久々に顔を見たピスコだが、以前にはなかった隠しきれない野心が垣間見えていた。ジンは却って気に入ったようだが……。

 

「……カルバドス、嵌められた?」

「アタイはそう思うね」

 

 ピスコの栄達のための、ちょうどいい手柄としてでっちあげられたら? ……いや、でっちあげるのも一苦労するはずだ。なら、どうしてそこまで――

 

(あー、ダメだ。どうにもこういう頭を使う事は苦手だねぇ)

 

 同じ頭の使い方でも、どうやって対象の頭を吹き飛ばすかの方がよっぽど楽しいし有意義だ。

 

「……浅見透は?」

「あん? あぁ、ベルモットに吠え面かかせたって愉快なヤローかい?」

 

 あのいけ好かない女にひと泡吹かせた男の話は、組織の幹部ならば全員が知っているだろう。

 組織が消した工藤新一という高校生探偵の助手。そして今や、日本でも有数の探偵として活躍を始めた男だ。本来の探偵業である調査以外にも事実上の警護等も行っているため、海外でも一部メディアが騒ぎ始めている。

 そして今、ピスコが主導していた密輸計画も半分はあの男に潰されていると聞く。いい気味だ。

 

「カルバドス、よく話してた。やっかいな男だと」

「へぇ、あのカルバドスがねぇ……」

 

 あの男は基本的に執着しないタイプと思っていたが……いや、ベルモットに惚れていたのは見れば分かったし、逆に執着するタイプなのか。

 

「まぁ、大した脅威じゃないだろうさ。あそこにはバーボンにキュラソーも入り込んでんだ」

「…………」

 

 相棒は相棒でしゃべらない男だ。自分と違って辛抱強く、じっと標的を待ち続けられるタイプのスナイパー。カルバドスと同じタイプ。

 だが、こう言う時に会話がよく止まるのは勘弁してほしい。イラっとして適当な所に向けてトリガーを引きたくなる。

 

「それよりもカルバドスの場所を――」

 

 その時、殺しに携わってきた人間としての勘と経験則が脳を刺激し、警鐘を鳴らす。

 ……いる。近くに。

 

 アイツだ。

 

「――カルバドス!」

 

 こちらの位置を知らせないために付けていなかったライトを付けて、前方を照らす。そこにいるという確信があったからだ。

 そして、やはり。目の前の曲がり角。その向こうから、そっと僅かに姿を見せる同僚の姿――いや、元・同僚か。

 

「……キャンティ、それにコルン。やはり来たのはお前らか」

 

 やはり予測していたのだろう。まぁ、今日本にいる幹部から考えると妥当な人選だから予測もつけやすかっただろう。

 いつもとおなじサングラスにニット帽姿のカルバドスは、一見手ぶらに見える。

 

「カルバドス、本当に裏切った?」

 

 相棒がそう問いかける。

 

「……俺がここで否定した所で、組織は俺を排除する意向を変える事は無い。疑わしきは消せ。……それが俺たちのルールだろう」

 

 心なしか、最後に会った時に比べてカルバドスは口数が多い。命を懸けた現状への不安の表れかと思ったが、そもそもそんなのを気にする男ではなかった。

 

「カルバドス。武器を捨てて降参しな!」

 

 ここで交戦すれば、ますます立場が悪くなってしまう。たとえそれが、針に穴を通すようなわずかなモノだとはいえ、まだカルバドスを救う可能性は残っている。

 自分と相棒で、癪だがあの女狐――ベルモットに頼み込んでみるつもりだ。『あのお方』のお気に入りのあの女と、コードネーム持ちの自分達二人の嘆願ならば、ひょっとしたら届くかもしれない。

 まずは、組織に直接武器を向けずに投降したという事実が欲しい。そう考えて叫ぶ。頼む、聞き届けてくれ――と。だが、

 

「悪いが……それは出来ない」

 

 だろうね。アンタはそういう男だったよ。

 

「カルバドス、女に助けられた?」

 

 自分が思っていた事を、相棒が言ってくれる。あぁ、そうだろうさ。あの不器用で、命令違反するくらいならば自決する様な男が動く理由なんて、それくらいしか思いつかない。女――もあるが、貸しをそのままにできない男だ。

 

「……そうだ。経過はどうあれ、あの女に命を救われたのは事実だ。だから――借りは返す」

 

 その一言と共に、聞きなれた金属音がする。リボルバーの撃鉄が上げられた音。……開戦を知らせる音。

 

「キャンティ、コルン」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――来い……っ」

 

 

 

「この……馬鹿野郎っ!!」

 

 暗闇に、互いの銃声が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 小さなペンライトの僅かな灯りを頼りに、宮野明美は渡された手書きのメモ通りに『ソレ』の設定をしていく。自分と、カルバドスと呼ばれる男の唯一の逆転の手段であり、そして命綱。『爆弾』だ。

 

 彼が回収した物は、以前に浅見透と交戦した時に使用するつもりだった物だ。といっても、重火器の類は一切なかった。

 なんでも、最初の狙撃が失敗した時に浅見透をこの施設に閉じ込めるための物だったらしいが……詳細はよく分からない。

 

(志保……。待っててね)

 

 自分の行動のせいで、恐らく組織内での彼女の立場は揺らいでいるはずだ。

 かつて、『あの人』が組織を去った時の自分の様に。

 ならば、もう待っていては駄目だ。この窮地を切り抜けて、そして――

 

(必ず、迎えに行くからね……っ!)

 

 

 

 

 

 




紅子様「この星の動き、輝き…………なるほど、爆発ね」


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050:駒の役割。指し手の役割

「なるほど、ね」

 

 盤面での闘いは、もう終盤だ。こちらの囲いは崩された。

 一応何度か反撃して、持ち駒はいくつかあるし、攻めようと思えば攻められるが……

 

「彼のために、何かしたい。でも、何ができるか? 肝心の敵が分からず、自分も分からないから、自分の進む道筋も見失いかけている。そんな所かな?」

「はい」

 

 やっぱり太閤名人、というべきだろう。強い。まぁ、将棋なんて僕もそんなに打った事はないけど……。

 向こうの台所では、桜子さんが食事の用意を終えたのだろう。源之助とクッキーの餌をいつもの小皿に持って歩きまわっている。『源ちゃーん? 源ちゃんご飯ですよー? もう、クッキーちゃんはいるのに……っ!』と言っている様子からして、またいつも通り源之助がどこかに隠れているのだろう。

 

「なるほど……なるほど」

 

 羽田さんは、こちらが打つ手を考えている間に、同じ言葉を何度も繰り返している。

 

「彼は指し手。じゃあ、その指し手がなんとしてでも守ろうとするのは、何かな?」

「……王将……ですよね」

「正解。そう、王将だ」

 

 その言葉に釣られた訳ではないが、自分の玉を動かす。まるで今の僕の様に、一歩、危険地帯から遠ざかる。

 

「じゃあ、王将の役目って何だと思う?」

「捕られない事じゃないんですか?」

「まぁ、そうなんだけど」

 

 自分はたっぷり数分は考えたと言うのに、羽田さんはあっさりと次の手を打ってくる。

 ……透君の将棋仲間っていう黒川医師と一度話して、こういう場にもっと足を踏み入れた方がいいのかな。

 透君、ゲームとお酒以外の趣味ってなると将棋とアウトドアくらいしかないし。

 

「僕はね、越水さん。王将って盤上と指し手を繋ぐ存在だと思っている」

「……繋ぐ……」

 

 パチン、と盤と駒がぶつかる音がする。指した訳ではない。意味なく、手にした駒をその場で軽く打っただけだ。

 

「そう。盤の外にいる人と、盤の上にいる駒――いや、人をね」

 

 頭に思い浮かぶのは、あの事務所の面々だ。僕、ふなちさん、安室さんで始めた事務所にどんどん集まってきた人達。

 

「王将があるから、指し手は疑似的に盤上の世界に関わる事が出来る。逆に、指し手がいなければ王将は捕られちゃう。……その前に、勝負が全滅するかさせるか、しかなくなっちゃうけど」

「…………」

 

 ふと、浅見君がいなかったらどうなっていたかを考えてみる。答えはすぐに出る。

 今頃、僕は死んでいるはずだ。あの取るに足らない高校生探偵や、関係した人間を道連れにして。

 

「指し手がいなければ王も死ぬ、か」

 

 確かに、そうかもしれない。僕と同じように守られているふなちさんは、とてもそんな感じには見えないけど……ただ、間違いなく彼女の人生も透君の影響で大きく変わったはずだ。――透君のせいで捻じ曲げられたという方が正しいのかも。

 

「時には駒を犠牲にしなければならない指し手と繋がり、理解し、そして受け止める。それが王将の在り方の一つじゃないのかな?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「アクアクリスタル……またここに来るなんてね」

「……あの時を思い出すね。コナン君」

 

 枡山憲三の家に現れたジン達の跡を付けてたどり着いた先は、先日、自分たちの推理の舞台となった施設の近くだった。

 

「内部はほとんど水没したそうですが、それでも形は結構残っていますね」

 

 浅見さんの指示で、こちらと合流した沖矢さんが、眼鏡の位置を直しながらそう呟く。

 

「内部に入るには、二か所。モノレールの軌条の上を歩いていくか、あるいは瑞紀さん達が以前脱出された時の様に、海中から侵入するか……もっとも、この薄暗い中ではどちらもライトが必須。あの黒尽くめの怪しい連中に見つかるのは確実だろうね」

 

 そうだ。こちらから仕掛けるわけにもいかないし、おまけに内部では恐らくこれからドンパチが起こる。

 

(どうする……目暮警部に連絡して……いや、駄目だ)

 

 今すぐに連絡をすれば、警部は人員を引きつれて来てくれるだろう。が、問題はその後。

 万が一にでも逃げられれば――いや、捕まえたとしても、組織が即座に潰れる訳ではない。

 残った組織の人員は、恐らくどこから警察に連絡があったのかを調べるだろうし、加えて組織と交戦した警察関係者をそのままにしておくとは思えない。

 

(くそっ、どうする。手掛かりを得るためには――)

 

「ふむ……連中が分かりやすい暴れ方を……例えば発砲でもしてくれれば都合がいい。そういう所かな?」

「え……」

 

 突然、こちらの顔を覗き込むように沖矢さんがしゃがみ込む。

 

「う、うん。えっと……まぁ……」

 

 とっさになんて言えば分からず、曖昧な言葉を返すと、沖矢さんはあやすようにポンッと軽く俺の頭の上に手を置いて、そして立ち上がる。

 

「瑞紀さん、ちょっと行ってきます」

「はいはい。ちゃんと帰ってきてくださいね?」

「……行くって、どこに?」

 

 気安いやり取りをする二人に、思わず疑問の声を上げてしまう。

 そのまま沖矢さんは、ちょっと近くのコンビニに出かけるような気軽さで、ここまで乗ってきた車から白くて大きなケースを持ちだした。

 

(あの大きさ――まさか、ライフルケース!?)

 

 その大きなケースを肩にかけ――沖矢昴という男は、眼鏡をわざとらしく直しながら、俺たちにこう告げた。

 まさか……ひょっとしてこの人、あの時盗み聞いた話の中の――っ

 

「ちょっと……大暴れに、かな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 暗闇に包まれた、従業員用の細い通路を駆け抜けていく音がする。

 その音を頼りに追っているが――

 

「ちぃっ! 待ちな!」

 

 カルバドスの逃げ足は早い。例の浅見とかいう男との戦闘に備えて内部の情報を仕入れていたのだろう。かなり正確に内部を把握している。

 

(とはいえ、全てを完璧にというわけじゃないねぇ……!)

 

 先ほどコルンが回り道をして挟撃を仕掛けた際に、恐らく想定していない逃げ道を取ったのだろう。それまでに比べて一度逃げ方に精彩を欠いた瞬間があった。

 もっとも、だからと言ってそれで捕らえるのが楽になるというわけではない。

 

 走っている自分の足に、僅かな違和感を感じる。咄嗟にそこを飛び退くのと同時にキュイッ! という音がする。くくりつけたワイヤー同士がこすれる音だ。そして、飛びのいたその場所目掛けて、ぶしゅううううっ! という音と共に白い煙幕のような物が大量に降りかかる。

 

「ちっ、消火器かいっ! またチマチマしたトラップをっ!」

 

 カルバドスは、その技能の高さから狙撃を任される事が多いが、自分やコルンの役割が『狙撃手』であるのに対して本来の役割は『兵士』だ。地形を読みとり、有利な状況を作り出し、そして多数の武器を使い分けてそれに対応する。純粋な『戦闘』において最高の技能を持つ存在。それがカルバドスだ。

 

(……あぁ、でも女が絡んだ時に変な厄介事を呼び込む癖があったね)

 

 最近だと、あの女狐――ベルモットに入れ込んで……そうだ、そもそもカルバドスが日本に来たきっかけもベルモットじゃないか。

 

(……馬鹿な男と厄介な女が絡むと面倒だねぇ)

 

 とにかく、こうして追いかけっこをして分かった事は三つ。

 一つ、もう一つのターゲットの宮野明美はどこか別の所にいる。少なくとも、同時に行動していないし、奇襲の気配もない。

 一つ、カルバドスは武器――銃も弾薬もほとんど持っていない。高い確率で、今所持している武器と弾薬だけだろう。予備として、もう一丁くらい隠し持っている可能性も残っているが……。追いこまれない限り使わないだろう。

 

(アイツが発砲したのは、最初に一発、最初に逃げ出した時の威嚇に二発の計三発のみ。撃った後に薬莢の音がしなかったところを見ると、持っているのは最初の撃鉄音と合わせてリボルバーと確定していい)

 

 となると、残る弾は最大三発。

 

(それだけの武器しかないのに、逃げ場のない施設に立て篭もる? あのカルバドスが?)

 

 分からない。だが、カルバドスには何か狙いがあるに違いない。

 

(――くそっ。なんだい、アイツの狙いは)

 

 もっとも気になるのは、例の公安とカルバドスを繋げたという『ことになっている』女――宮野明美がここにいない事だ。

 今自分達とカルバドスは、アクアクリスタルの二階部分で撃ち合いをしている。

 ……待て、そういえば自分達はどうやってここにたどり着いた?

 

(モノレールの走行路を歩いて接近。内部を調べたらトラップが仕掛けられて――)

 

 そう、トラップだ。仕掛けているという事はそちらに待ち構えている。コルンがそう判断して、それで……

 

(――まさか、トラップがなかった方に女が?)

 

 それはない。最初のトラップを見つけた時に相棒とそう話した。

 真実はどうあれ、カルバドスは女――宮野明美を守って逃走している。要するに奴の護衛対象だ。

 あの男が、護衛対象を無防備にさせるとは思えない。思えないが――

 

「……やっぱり、アンタは面倒な男だよ。コルン」

「なに?」

「カルバドスはアタイが足止めする。アンタは女を探し出しな」

「…………」

「……分かってるよ。撃つにせよ、そうでないにせよ、ちゃんと待っといてやるよ」

「……約束」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 内部にいるキャンティ、コルンと逃亡者達の攻防が始まっている。

 

「どうやら、鼠どもは自分から袋に入り込んだ様だな」

「みたいですね、兄貴」

「問題は公安の連中だが……どうするかね、ジン」

 

 とりあえず分かる所にいる連中は一旦置いてもいいだろう。カルバドスと宮野明美は、反撃の手段を持っているとしてもそう手数はない。ここに足止めできていればそれで十分。

 

(問題は、アイリッシュを追っている公安をどうするかだが……)

 

 ラムに貸しを作ることになるのが癪だが、キュラソーに排除してもらう手もある。

 一応自分の部下達も招集を掛けているが、FBIやCIAならともかく日本の警察機構とやりあって、妙な手掛かりを掴まれるのは可能な限り避けたい。

 日本という場所は、我々にとって特別なのだ。だから幹部が常に常駐している。

 賄賂を受け取らない警官が多い国だ。ここでの活動で求められるのは慎重さ。

 

(……いっそのこと、私も一度海外に逃げた方がいいのかもしれん)

 

 宮野志保を掌中に収める計画は、ジン、そしてラムに集中を始めている組織内の力関係に、新しい楔を打ち込むものだ。

 今のままでは、組織はいずれ持たなくなる日が来る。そう考えている。

 ラムはともかく、ジン。奴はあまりに攻撃的過ぎる。組織内部を引き締める役目ではあるが、今のままジンに権力が集中すれば、奴が誰を始末しようが文句を言える人間はいなくなる。

 それは組織に柔軟性を失わせる。『そういう人間』を利用し、逆にこちらから根を張るような真似もジンには出来ないだろう。

 

(宮野明美とカルバドスを追いつめるまでは良かったが……まさか、本堂瑛祐の周りにCIAだけでなく公安までいたとは……)

 

 これはつまり、元々本堂瑛祐が公安の監視下にあったと言う事だろう。

 なぜ、一応はただの高校生である本堂瑛祐に監視の目が付いたのか?

 

(……まさか……まさか――)

 

 脳裏をよぎるのは、三人目の麒麟児。適当に着崩したスーツにサングラスをかけて、ふと気が付けば近くにいる――探偵。

 複数の組織に介入しうる存在。そして、この枡山憲三を相手に戦おうとする気概を持つ人間――

 

(貴様の仕業か……っ! 浅見……透っ!!)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「さて……瑛祐君を上手い事現場から遠ざける方法が思いつかないんだけどどうしようか怜奈さん」

「そんな、今更!?」

 

 とりあえずアクアクリスタル付近に到着。マリーさんの車も発見したけど、園子ちゃんが車の外で、妙にテンション高く夜景に向けて携帯を向けている。カメラで夜景を撮影しまくっているのだろう。相変わらず頭の中がお花畑げふんげふん――恋愛関係で一杯だなぁ……。

 

「どうにもアクアクリスタルに色んな連中が集まっているみたいだし……。一応手っ取り早い変装道具は持って来たけど、顔をさらすのは色んな意味で危険ときた」

 

 しかも肝心の瑛祐君とマリーさんがいない。本当はもっと近づいて調べたいのだが……

 

「とりあえず再確認。モノレールの発着所の近くに陣取っている奴らは危険っていうことで間違いないんですね?」

「えぇ、私の知っている中でも、特に引き金の軽い奴らよ」

 

 わーお。なるほど、とびっきり危険な連中って事か。

 

「ちなみに、怜奈さんから見た枡山会長はどういう印象ですか?」

「……難しいわね。とびっきりの曲者としか……」

 

 曲者。ふむ。

 

「自分なりにその一言を解釈させてもらうと……いつもうっさん臭い何考えてるか分かんない表情してるおかげで実際の感情も内面も読みとれず、しかも陰謀とか謀略とかが得意なおかげで、言ってることが全て信じられない上に、行動や言動等がどう作用するか分からないという……なんというか、絶対友達にしたくないような死ぬほど陰険で面倒くさい男――って感じでいいですかね?」

「…………えぇ…………えぇ、そうね。何一つとして間違ってないわ」

 

 どうしたんですか怜奈さん、むちゃくちゃ深いため息吐いて。

 俺の顔をそんなに見つめても解決策は出ないっすよ。

 

「となると、森谷に近い感じか。……予備策いくつか持ってそうだなちくしょう」

 

 能力ある上にプライド高そうな奴ってのは、どうしてこう面倒な奴が多いのか。

 こういう奴は保身には長けている。問題はその保身が、周りを固めるタイプか、逃げ道を確保するタイプかだ。両方の策を持っている奴はいても、必ずどちらかに偏るはず。

 

「他に何か特徴は?」

「そうね……今はいないようだけど、彼自身が育てた子飼いの部下たちがいるわ。中にはとびっきり優秀なのもいるそうだけど……」

「……自分で育てた?」

「えぇ、そう聞いているわ」

「……自分で盤面を全て整えたがるタイプか」

 

 んー、まだ人物を掴みきれない。

 あの連中が、なんらかのアクションを起こしてくれるといいんだが……かといって武装している連中相手にコナン達に『ちょっとつついて来て』なんて言えるはずがない。こう言う時にベストなのは、実際にそういう連中相手に動きなれているだろう諸星さん――あぁ、いや

 

「赤井さんに期待するか」

 

 そう口に出して、懐の携帯電話に触る。理由はともかく自分は重要視されてるみたいだし、メールすれば答えてくれるかもしれない。そう思った瞬間――プルルルルッ! という甲高い電子音が辺りに鳴り響いた。

 とっさに音のする方を確認すると、そこはモノレールの発着場だった。

 それまで暗かった発着場の明りが次々と点灯し、そして動かないはずのモノレールが動きだした。

 

 

 

――いくつもの銃声と共に。

 

 

 

 

 




疲労胃ン「自己紹介乙」


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051:『ナイト・バロン』

 夜もだいぶ更けて来た。

 事務所内の自分のデスクにかじりついて必死に先日の事件の報告書を初穂さんと一緒にまとめながら、どうしてこうなったんだろうと、新米調査員「恩田遼平」はこれまでの足跡を振り返る。

 

「……やっぱり嘘はいけないですよね……」

「いきなり何言ってんだい、アンタ」

 

 ふと彼がもらした一言に、わずかとはいえ先輩の鳥羽初穂があきれた声を出す。元々医療アドバイザーという建前の元、実質所長向けに応急処置要員として採用された彼女だが、とうの浅見透の提案で調査員を兼任することになった。

 実際観察力は高い。特に殺人事件の調査の際は、死因の判定、そしてその傷口などから状況などを推察し、場合によっては傷口の様子などから凶器の特定までこなす調査員だ。エースの安室や越水とは少々気が合わないようだが、間違いなく『浅見探偵事務所』にとってなくてはならない人物であるのは疑いようもない。

 

「いえ。自分が変な嘘つかなければ、今頃自分はただの大学生だったんだろうなって」

「ご不満なのかい? 今の恵まれた状況が? 給料なんてバイト扱いのアンタでも下手な社会人よりもらってんだろうさ」

「え、えぇ。金銭面で不満なんてまったく。いえ、職場自体にもないんですが……」

 

 あまりに、自分はここにふさわしくない。そういう気持ちが日に日に強くなっていた。

 安室透やキャメルは自分の事を使いやすいと褒めてくれる。

 瀬戸瑞紀は自分に才能があると認めてくれる。

 ただ……誰よりも自分が自分を信じられない。

 

「……今回の事件。紅子さんとふなちの推理を、自分が推理したように話しちゃいましたけど、あれでよかったのかどうか……」

「なんだい、そんな事を気にしてたのかいアンタ」

 

 どかっ! と自分の椅子に腰をかけて足を組む。普段は猫を被っているが、安室さんや沖矢さん達がいない時はこんなものだ。この姿を見るのは自分と所長――というか浅見家の人間くらいじゃないだろうか。

 

「別にいいんじゃないのさ。瀬戸から言われてただろ、アンタの演技は説得力が出せるって。アンタに求められてんのはそこさ」

 

 そう、先日の訓練の時に、初めて人から才能があると言ってもらえた。

 『この事務所のエース』から。

 

 

 

――恩田さんは、いい演技の才能がありますね。

 

 

 

――私みたいに他人の模倣は難しいと思いますけど、状況に応じて人格を使い分けられるようになれば、活躍できる場面も広がると思いますよ?

 

 

 

「顔はいいけど高飛車……っていうか生意気な女子高校生はもちろん、観察力や発想はいいとしても発言が普段飛んでる中居じゃ、警察への説得や説明には向いてないさ。……ムカつくけど、女より男のほうがこういうときは強いもんなのさ」

「はぁ……」

 

 言っている事は分かるが、それは他人の努力や才覚へのタダ乗りではないか。そう恩田は思ったのだ。

 

「納得できないかい?」

「正直に言えば」

「アンタ自身が、あんな風に推理したり相手を挑発して吐かせたりできないから?」

「……はい」

 

 恩田の表情が優れないのを見て、鳥羽は深くため息を吐く。

 鳥羽から見て、この恩田という後輩は自信がなさすぎた。以前毛利小五郎の格好をしていたというのも、自分への自信の無さを、違う他者を模倣する事で補おうとしていたのではないかと邪推している。

 

「別に、推理が出来る必要なんてないし、それで失敗したところでいいじゃないかい。所長の口癖、言ってみな?」

 

 いくら超人揃いのこの事務所でもミスはある。扱う事象が大きいだけに、たまにシャレにならない事もある。

 推理ミス、企業間の決裂、人質解放交渉の失敗、警報システムへのハッキングミスなどなど。

 そうしたミスの報告をした時、あの若い上司はいつもそれを笑い飛ばし、

 

「……過程には拘るな。終わりよければすべてよし」

「それから?」

「ミスは過程にすぎない。そこから次の一手を模索するのが仕事である」

「更に?」

「……所員のミスは所長のミス、責任は全て自分にある。だから自分の判断を信じろ」

 

 これが、自分の年下が言っているのだから辛い。恩田からすれば、ついこの前まで後輩だった男だ。

 逆に鳥羽はこの言葉をわざと鵜呑みにして、割と好き勝手にやっている。

 

「深く考えすぎなのさ。というより、役割が違う」

 

 鳥羽は、胸ポケットから煙草を取り出し、火を付ける。

 

「……元看護師が煙草なんて吸っていいんですか?」

「ほっときな。身体に悪いもんは心にいいんだよ」

「それ、所長の言ってることですよね」

「真理さ」

「所長でも煙草は吸ってませんよ」

「アタシは逆に酒を呑まないのさ」

 

 越水や中居に飲み過ぎを叱られている浅見の口癖を、悪びれずに口にした鳥羽は、ぷはーっと気持ちよさそうに煙を吐き、煙草を挟んだ指をついっと恩田に向け。

 

「ま、精々悩みな。で、辞めたくなったなら所長に直談判するこった」

 

 

――気が付いたら、きっとアンタはここに残るって決めるさね。

 

 

 

――あのボウヤ、口は達者だからね

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 ボタン一つでアクアクリスタルへと向かうことが可能なモノレール。特別な技術をなにも必要とせず、ボタン一つでこの大きな鉄の塊が動かせるというのは、非常に便利だ。

 一人で十分以上に目立ち、敵の目を惹きつけられる。

 

――チュインッ! チュインッ!!

 

 発車させたモノレール、それも自分が入る辺りの窓ガラスはすでに割れている。弾丸で、ではない。自分であらかじめ割ったのだ。撃ち合いになった際、割れた窓ガラスの破片が飛ぶと地味に面倒な脅威となる。

 ついでにその際、見つかるわけにはいかない変装のマスクは外してある。

 つまり、今の自分は素顔をさらしているわけだ。

 

「お前達としては、なんとしても押さえておきたい存在だろう? ……ジン、ピスコ」

 

 かなり適当に銃弾を撃ち込んでいるのだろう。あてずっぽうな跳弾ばかりがモノレールの外装を心地よく弾いていく。

 どういう流れで現状になったのか完全に把握はしていないが、どうやら彼女はこの施設に追いつめられているのは確実な様だ。

 やっと……やっとこの日が来た……っ。

 

(正直、彼には感謝しなくてはならないな)

 

 日本に来てからまったく手掛かりが見つからず、少し焦りを見せていた時に、彼女に会った。中居芙奈子という女。彼女が手にしていた似顔絵を見た時、心から驚いたものだ。

 それから彼に――浅見透に目を付け、部下を彼の元に送り込み、彼の部下に逆に目を付けられ……自分もまた、彼の部下となった。

 

 そして今、ここにいる。――FBIの一員としてではなく、浅見透の部下としてでもなく。

 

 

 ――約束を守るため、一人の男として。

 

 

(所長からも、好き勝手にやっていいと言われているし、思う存分暴れさせてもらおうか)

 

 カルバドスという男の思考は分からないが、宮野明美の思考は分かる。

 あの女は、何があっても妹の事を諦める事はしない。つまり、この場所になんらかの逆転の手があるという事になる。

 そして、その場所が包囲されつつある今でも特にリアクションがないと言う事は、ここに組織の連中の目を集めたいのではないか。それならば、自分の存在はこれ以上ない『撒き餌』になる。

 

「状況が収束しつつある。さて、所長君。君はどうするつもりだ?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(本当に……いったい、どこまでが手の内なのかしら)

 

 浅見透。おそらく、この状況も最初から想定していたのだろう。赤井秀一を配置していたのがその証拠だ。

 おそらくジン達は、これから来るだろう公安に対して動くつもりだったハズだ。

 そこに予想外の戦力が強襲をかけたのだ。カルバドス達を諦め態勢を立て直すか、ここで諸共仕留めるかで躊躇いが出来たはず。

 

(そして、その間に彼も接近か)

 

 今、ここに彼はいない。どういうわけか用意していた変装セットを身につけて行ってしまった。

 自分はここで待てという指示だ。顔がバレている私は念には念を入れて可能な限り危険は避けるべきだと言う話だ。

 

(相変わらず、本当にやさしいのか、ピスコのように裏があるのか判断できない)

 

 少なくとも、彼が瑛ちゃんを――自分の弟を害するつもりはないように見える。

 そこに、賭けるしかない。 

 

 まず、私がするべきことは……

 

「毛利蘭と鈴木園子の保護、ね」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(やっべぇ、ホントにどうしよう)

 

 いや、状況が動いたの良いんだけどまさかというかなんというか……。

 狙撃で車を壊して相手の逃走手段を奪えませんか? ってメール打とうとしたらこれである。

 

 今起こっている事を整理すると、どうやら沖矢さんというか諸星さんというか赤井さんが、枡山会長を含む危ない連中をまとめて引きつけてくれている……で、あっているんだよね?

 

(……とりあえず車に発信器付けておくか?)

 

 今回の事件が解決した所で、組織の中枢に近づけるとは思えない。あれからコナンと共に事件を解決して、事務所の体制を整えはしたがまだまだスタートしたばかり。ほんの一年二年で一気にこのループが終わるほど事態が進むだなんて考えていない。

 もっとも、主人公だろうコナンは当然相手を追いつめるための手段を取るだろうから、俺は第二の策。要は予備の策を整えておけばいいだろう。

 多分だが、いくつかの手掛かりを得はするものの核心にたどり着く事は出来ないハズだ。ここを上手く使えば、大幅に短縮できるはず。

 

(選択肢は二つ。主人公達が揃ってる状況で、敵の幹部を一網打尽にするか。あるいは現場を主人公たちに任せて、確実な利を取るか)

 

 前者のデメリットは当然ハイリスクな事。だが見返りは十分すぎるほどにある。後者はローリスクだが確実性に欠ける。車に付けて、途中で乗り捨てられたらアウト。そもそも脱出に車を使わない可能性もある。

 

(いや、そもそも……)

 

 そうだ、そもそも。

 仮初(かりそめ)かもしれない関係とはいえ、年下で馬鹿ばっかりやってる俺の命令で命を賭けてくれる部下を、見捨てるという選択を自分にできるかどうか。

 

 ノー、だ。瑞紀ちゃんも沖矢さんもマリーさんも俺の部下だ。今向かっている安室さんもキャメルさんも。

 敵かもしれない。

 そして、裏切られたら――

 

(まぁ、どうしようもないし、その時はその時か)

 

 ぶっちゃけ、痛い目に遭う可能性なんて最初っから計算内だ。殺されそうになるのは……まぁ、そりゃそうだ、主人公の近くのポジションになるってのはそう言う事だろう。

 撃たれたり、刺されたりするくらいなら……別にいいか、と思う。

 

(要するに、裏切ったり疑うような勇気がないってことだよなぁ……)

 

 コナンに悪いところばかりを押し付けている気がして、正直申し訳ない。

 一度、こういうところも話しておくべきか。まぁ、今はとりあえず――

 

「……行くか」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ピスコ、どういうことだ。なぜアイツがいる」

 

 それは私の台詞だ。

 そう叫びたいのをぐっとこらえ、残弾数を確認する。ある程度は持ってきていたが、今回はあくまで処刑ショーだったのだ。まさかここまで事態が動くとは思っていなかった。無論、念のための備えとして子飼いの兵を持ってきているが、先ほど公安の追跡を振り切れず交戦に入るという報告を最後に途絶えている。

 

(く……っ! まさか、切り札のアイリッシュまで……っ!)

 

 嫌な予感がする。伏せた手札の読み合いをしている時に、一方的に札を焼かれているような気分だ。

 こちらは向こうの札をまだ一枚も見ていないと言うのに……っ!

 

「――赤井秀一が来たと言うことは、こちらの行動は漏れていると見ていいだろう。宮野明美は、奴との繋がりを疑われていた女だ」

「ふん、自分の女を取り返しに来たか。意外にロマンチストな野郎だ……」

 

 ジンは、不敵な笑みを浮かべる。そうだ、確かに状況は悪くない。カルバドスと宮野明美という獲物二匹がいる檻に、猛獣が自分から入ってくれたようなものだ。リスクはあるが、悪くはない。

 

――目の前の状況だけは

 

(く……っ)

 

 浅見透。

 恐らく、奴だ。

 あのアイリッシュを足止めできる存在など、そうそういない。

 自画自賛になるかもしれないが、アイリッシュには教えられる全てを教え込み、そしてそれを見事に超えてくれた自慢の息子だ。

 

(公安なんぞに遅れは取らん。逃げ出す事自体は可能だろう、だが……間に合わんかっ)

 

 可能ならば、本堂瑛祐を確保した後はこちらと合流。カルバドスと宮野明美の始末を手伝わせるつもりだった。自分でやってもよかったが、可能な限り手数は欲しかった。――確実に、自分の手柄にするために。

 

(だが、それを打ち崩すか! 麒麟児め!)

 

 身体が熱くなる。内側の血が沸騰し、暴走して、外側に出ようと喰い破ろうとしているような、そんな久々の感覚だ。

 

(いいだろう、ならば――)

 

 ジンとウォッカが、モノレールに向けてひたすら撃ち続けている。

 その反対方向――背後の方から音が響く。

 まるで低く唸る、獣の様なエンジン音。それが、近づいてくる。

 我々ののど元を喰い破らんと。

 

(貴様は私が撃つ。他の誰でもない、私がだ。そうして初めて……そう、初めて私は貴様に勝ったと胸を張って言える。だから――)

 

 さらに近付く。獣の足音が。振り向くと、バイクが一台。主を――白い仮面に黒のシルクハットとマントでその身を隠した主を乗せて、真っ直ぐこちらに向かってくる

 

闇の男爵(ナイト・バロン)! 洒落がきいているではないか!!!」

 

 奴の本来の相棒――工藤新一の父親が世に生み出した怪人。

 神出鬼没、怪盗でありながら冷酷な殺人鬼にもなる目的も正体も不明の存在。

 まさしく、奴にふさわしい。

 

「来いっ!!」

 

 二輪という足を持った鉄の獣が、主を乗せて自分たちを飛び越え――狩り場へと向かう。

 

 

 

 

 

 



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052:馬鹿は死んでも治らないので諦めてください

「……マジかよ」

 

 沖矢さん――いや、FBI捜査官、赤井秀一がライフルを構えて武装した黒尽くめの連中と交戦、モノレールを奪って内部への突入を開始してから少し遅れて、今度はバイクに乗って内部への突入を敢行した奴がいる。

 バイクだけで。武器も何も持たず。身につけているのは恐らく例の対刃対弾性のジャケットのみ。

 

「丸腰で突っ込みやがった!!!?」

 

 身を隠す事も忘れて、ガキンチョが立ちあがって絶叫している。

 無理もない。正直自分も作っていない『素の声』が出そうになった。

 

(あぁ、やっぱりやりやがった……)

 

 沖矢――いや、諸星さんに『所長の命令でこちらに来ました』と言われた辺りで嫌な予感はしていたのだ。

 そもそも、どう動くか分からない水無怜奈と二人っきりになったという時点で頭を抱えたくなったのだが、まさか諸星さんに続いて突撃とは――

 

(まぁ、でも、うん……俺達らしくはなったか)

 

 それに、状況から見てチャンスでもある。敵の注意は完全に逸れた。諸星さんだけではなく、仮面・シルクハット・マントという変人三種の神器を身に着けた怪人(あやしいやつ)まで現れたのだ。誰だって注目する。

 

「行こう、コナン君。どちらにせよ、中にいる例の広田さんを確保しない事には始まらないよ」

「……その前に、一つ聞いておきたいんだけどさ」

「なに?」

 

「瑞紀さん、ひょっとしてFBI?」

 

 ――あぁ、そう考えるか。考えるよなぁ。

 

「ううん、沖矢さんが変装していた捜査官って事は知ってたけどそれだけ」

 

 実際、詳しいことは聞いていない。

 あの枡山会長と、その周りにいるのがとびっきりヤバい連中だと言う事。そしてそれに喧嘩売ってんのが諸星――沖矢さんだってこと。

 そしてなぜかその中心にいるのが、現在進行形で弾の雨の中をバイクで突っ切っているウチのバカ所長だって事くらいだ。

 

「こう言うのもなんだけど……よく信じたよね、あんな怪しい人。浅見さんも瑞紀さんも」

「まぁ、所長と共闘していたって事は聞いてたし、枡山会長の家を見張ってもいたしね。それに――」

「それに?」

 

 それに、の後に何を続けようとしたか。一瞬自分でも分からなくて口を開いたまま少し待つ。

 それに、それに……あぁ、そうだ。

 

 

 

 

「なんか、声がそっくりなんだよねぇ」

「声? 誰に?」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私が世界で一番、尊敬している人にさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 離れていても感じる硝煙の臭い。背後から突き刺さる殺気。頬を掠る銃弾――

 

「あはっ……」

 

 というか、さっきから何発か背中に思いっきり防弾繊維越しに直撃をもらっている。

 ハンマーで殴られたような痛みと衝撃、そしてそこから広がるわずかな麻痺感が全身を覆っている。

 

「あっはっは――」

 

 音を頼りにヘッドショットとバイクへの直撃だけは全力で避けている。が、一歩間違えたら頭がスイカのように弾けるか、バイクと共に爆散するかの二択だ。

 いや、そのまえに不安定な足場を全力でかっ飛ばしているから、一歩間違えたらこんなふざけた格好のまま海に真っ逆さま。海面に叩きつけられて『ぱーん』ってなるだろう。即死待ったなし。

 

「はっはっ! はっはっはっはっはっはっは!!! そうだよ! これだよ! これなんだよ! これを俺は待っていたんだ!!」

 

 後ろには全ての黒幕の組織の人間。しかもあからさまにヤバイ武装をしている上に表の立場もあると言う超重要人物が全力で殺しに来ている。

 

 やっと、やっと時間が進んでるという実感が得られた。

 昨年は爆弾にふっ飛ばされたり入院したりまた爆弾でふっ飛ばされたり会社建てたり撃たれたり刺されたりしたけど、いまいちこの『物語』を進めているという実感はなかった。強いて言うなら、『流されている』という感覚だろうか。

 それが、今は違う。よくは分からないが『動かした』という確信がある。

 背中から浴びせられる殺意と銃弾のシャワーの刺激がそうさせるのだろうか? あ、弾の衝撃逃がしきれなくて左肩外れかけてる。

 

(あー、くそ、さすがにこれ以上は無理か)

 

 思いっきりスロットルを回して加速する。激痛のせいか、酒でほろ酔いした時の様な酩酊感が脳を直接撫でている様な変な気分だ。夢見心地と言うのだろうか。

 

(夢じゃないって実感をもうちょい味わっていたかったけど)

 

 嫌な音と気配を感じて首を傾けると同時に弾丸が安物の仮面を掠っていく。多分、枡山会長だろう。先ほどから確実に当てるという強い殺気を感じる。

 バイクが、先を進んでいくモノレールに追いつく。

 

「――さらば65万円……かっ!」

 

 免許を昨年……一応昨年、免許取ってからずっと乗りまわしてた中型バイクを踏み台にしてモノレールに飛び移る。

 同時に、すでに割れていた窓から腕が伸びて、片腕でしがみついていた俺を『ガシッ』と掴んで中へと引きこんでくれた。

 

「闇の男爵、か。ある意味、もっとも君に似つかわしい衣装じゃないか」

 

 その腕の持ち主――諸星さんがニヤッと笑いながらそう言う。

 本当に貴方は拳銃やらライフルやらが似合いますね。顔もいいですね。ちょっと分けてくれません?

 

「まぁ、この仮装は今回だけになるでしょうね。なんせ知り合いの父親が産みの親……あれ? 俺、アイツの兄貴分の仮装してる事になるのか?」

「そうか。君は工藤優作の息子、工藤新一の助手だったな。……それより、肩は大丈夫か?」

「あ、大丈夫です。すぐに嵌め直します」

 

 利き手じゃなくて本当に良かった。これが逆だったら、そもそもモノレールに飛び移れたかどうかも怪しい。

 右手をそっと添えて左肩を外してから、改めて関節を繋ぐ。最近こういう技術ばっかり覚えてしまって本当に困る。

 

「手慣れているな」

「文字通り、慣れているので」

「その年で大したものだ」

「……半端者の証拠です」

 

 こうしてドンパチが増えるとなると、現状のままじゃ俺も含めて全員の技術――そもそも人員が足りなくなる可能性があるなぁ……。予算見直して……いや、企画書練って史郎さんか朋子さんの所に直談判しに行くか。

 

「さて、これからどうする?」

「そうですねぇ。相手が弾を消費しきるまで相手するのも面白そうですけど……さすがにそれまでには増員が来るか」

 

 敵は前と後ろにそれぞれ。後ろは現在三人、前方には……多分二人。しかも保護対象がいる。

 

「突入して内部の敵を制圧する。これは俺たちがいつもやってることなんでまぁ問題ないんですが……」

「その後、か」

「えぇ」

 

 一番の問題は脱出方法。

 選択肢は二択。枡山さんたちを相手して表から出て行くか、こっそり出て行くかだが……。

 

「広田さんの証言だけで枡山会長を押さえる事、出来ますかね?」

「……身柄の拘束は可能だと思うが……色々な所に顔が利いてそうな枡山を相手に、日本警察がどこまで本腰を入れてくれるか、だな」

「それに、警察内部に連中側の人間がいないとも限らない」

 

 今すぐ押さえられたのならば硝煙反応っていう証拠があるけど、一度逃げられたら俺達と広田さんの目撃証言――あ、俺、ここにいないはずの人間だから証言できねーや。や、確実に全てを一網打尽に出来るならいいんだけどそんなはずはねーしなぁ……。

 そんな簡単に決着がつけられるんなら違和感しか覚えない『一年』を繰り返しているハズがない。

 

「まぁ、向こう側に到着する前に作戦を立てましょう」

 

 手持ちの武器はなし。というか使うつもりはなし。

 だから諸星さん、使うかね? って言いたげに拳銃ちらちらさせないでください。

 こういう時うかつに武器使うと余計なフラグが立つんですから。

 えっと、たしか前の時に用意していた地図はまだ残しておいたハズ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(なるほど、武器は必要ないと言うことか)

 

 差し出した拳銃を受け取らず、静かに息を整えている男は、相変わらず程良い刺激をくれる男だ。

 諸星大――赤井秀一は改めて、浅見透をそう認識した。

 

「内部に突入したら二手に分かれましょう」

 

 事前に用意していたのか、浅見透は懐から地図を取り出す。先日の一件の際に、事前調査として用意していた物だ。これを今も持ち続けていたとは物持ちがいいというか――

 

(あるいは……始めから決戦の予定地と見ていたか?)

 

 あり得る話だ、と赤井は思っていた。

 ここは、浅見透が組織の人間と直接戦った唯一の場所だ。組織の人間が調査しに来る可能性は十分以上にあった。なにより、あの狙撃手が行方を絶った所でもある。その可能性が跳ね上がる事はすぐに思いつくハズだ。この非凡の塊と言っていい男なら。

 

(……もちろん偶然という可能性もあるが……それにしては全てが整い過ぎている)

 

 すぐにでも駆けつけると思っていた組織の増援が来る気配はなく、敵の主力は分断され、保護対象は逃げ場の多い場所に逃げ込み、どういうわけかかつて交戦した狙撃手が彼女の護衛戦力になっている。

 

「浅見君、君はいつからこうなる事を読んでいた?」

「? 今こうして戦っている状況ですか?」

 

 浅見は仮面の上からトントンと額を叩くような素振りをする。

 しばし、そうして考えて――

 

「いつかこういう状況になると思ったのは、森谷の事件の時から。覚悟が決まったのは、その後の爆弾事件からでしょうか」

「爆弾事件?」

「カクテルというバーでちょっと……」

「バー・カクテル……なるほど」

 

 森谷帝二の事件は、死亡確認が取れない工藤新一の助手が表舞台に出たと言う事で組織が注目を始めた辺りだ。

 そしてカクテル。確か、テキーラが取引場所としてよく活用していた場所だったはず。

 

(……少なくとも、戦う事はかなり前から決めていたのか)

 

 やはり興味深く、そして侮ってはいけない存在だということは確信できた。

 

「さて、そろそろ到着します。後方の連中もすぐにモノレールを呼び寄せてこっちに来るでしょう」

「罠を警戒して時間をかけてくれる可能性はないか? 名探偵君」

「――ないでしょう。向こうにとって時間は敵のはず。……こっちにとってもですが」

 

 浅見はすばやく、地図に何箇所かペンで×印と△印を次々に付けて行く。

 何のことかとしばらく見ていたが、

 

(なるほど、隠れるのに最適な所が×、逃走経路に最適な道が△か)

 

 ひょっとしたら、以前の狙撃戦の時に、内部での戦闘すら想定したのかもしれない。

 

(いや、していたと取るべきか。キャメルの話だと、内部のパイプまで把握していたという事だ)

 

「到着次第、二手に分かれましょう。諸星さんは隠れる場所の多い上層を、俺は逃走経路の確保も兼ねて中層を押さえます。下層は――まぁ、水没してますので」

 

 指で順路を指し示す手際にためらいはない。やはり相当この建物の研究、シミュレートを行っていたのだろう。

 

「まずは俺が予備の自家発電を起こして、警備システムを掌握します」

 

 問題ないだろう。何度か彼と仕事を共にしているが、建物内のシステム掌握に関しては瑞紀君、バーボン――安室君に次ぐ実力があると見ている。

 浅見透の持つ技能の中では、最も得意な爆弾解体技術の次に誇っていいスキルだろう。

 彼は少々謙遜しすぎのきらいがあるが。

 

「照明はあったほうがいいですか?」

「そうだな、建物の掌握をアピールすることで相手にプレッシャーを与える効果があるだろうが……掌握する君のほうは発見される可能性が高くなるぞ」

「こちらが発見された場合は、上層まで敵をおびき出します」

 

 警備室を差していた指がエスカレーター、エレベーター、非常階段の三つのルートをそれぞれ辿る。

 どれを選ぶかは状況によるので、こちらも場所を正確に把握しておく必要がある。

 

「ただし、最優先は敵の確保よりも広田さんの発見、保護。場合によっては俺を置いて先に彼女と脱出してもらって構いません」

「……君の危険度が跳ね上がるが?」

「保険なんかもそうですが、死ぬ用意は済ませてあります。身元を示す物は持ってきてませんし、持ち物に指紋は付けていません。唯一怖いのは顔ですが……まぁ、どうにかします。あぁ、ですから――」

 

 仮面にシルクハット、そしてマントを羽織い正体を隠した男は、音もなく立ちあがる。

 前から思っていたが、日に日にこの男は身のこなしが洗練されていく。

 

「いざという時は、越水達のことをお願いします」

 

 そして所長は――おそらく仮面の下でいつも通りの笑みを浮かべているのだろう――シルクハットの位置を直しながら、「これ、皆にお願いしてるんですけどね」とボヤいている。

 

(本当に――怖いな、君は。とても……怖い)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「これを繋げば……後少しっ」

 

 元々の基礎配線は彼が――カルバドスがやってくれていた。自分の仕事は彼が時間を稼いでくれている間に全ての用意をする事だ。

 先ほどから銃撃の音は続いている。それに外でも。ひょっとしたら、組織の増援が来たのかもしれない。

 

「もう少し、もう少しで――」

 

 あの子を迎えに行ける。

 広田雅美――宮野明美の目的はただそれだけだった。

 組み立て終わった爆弾を、カルバドスが印を付けた所に取りつけて行く。

 効率的にこの建物を程良く壊すための仕掛け。今仕掛けているのは重要な支柱の一つだ。

 

 ここから無事に逃げ出せたら次は逃げるのではなく、組織の懐に斬り込まなくてはならない。

 組織にとって貴重な頭脳と言われている妹なら、間違いなく組織の中枢か、あるいは重要な施設にいるはずだ。

 

(多分、そこまで彼は付き合ってくれない)

 

 カルバドスは、その表情から何を考えているか全く読みとれないが、ここまで全力で守ってくれた男だ。

 だが、お人よしというわけではない。いや、裏の世界にいるにしてはかなりお人よしの部類だが、貸しと借りに関してしっかりしていると言うべきか。

 

(でも、私一人では不安が残る)

 

 手助けしてくれる戦力がどうしても必要だ。妹を救い出すために。

 その第一候補がカルバドスなのだが、彼を味方にするには、自分が彼の役に立つところを見せなくてはならない。向こうに貸しを作らせればいいのだが――どうすればいいのかが分からない。

 

(やっぱり、あの人に頼るしかないのかしら)

 

 あのピスコがもっとも警戒し、そしてもっとも打撃を与えた男。

 密輸ルートを潰し、資金洗浄のためのダミー会社を潰し、表の経済面でも鈴木財閥の活動を支え、枡山傘下の会社の動きを抑えた。

 ワインに酔ったピスコが良く零していた三人の中の一人。その中でも特に注目していた――明美の目には激しい嫉妬と狂おしい程の執着の目に見えた――麒麟児の一人。浅見透。

 

(事実、ピスコの個人資産だけとはいえ、組織の幹部に最も攻勢に出て、かつ手を出させなかった人は彼しかいない)

 

 幾度か、ピスコは泥参会の様な反社会勢力を上手く煽り、浅見探偵事務所やその周辺の人物にダメージを負わせようと画策していたけど全て失敗。事前に襲撃グループが逮捕されたり、あるいは『偶然』対立勢力のいずれかに逆に襲撃されるなど、理由は様々だ。

 後者の場合は、なんとか浅見探偵事務所の関与の痕跡を探そうとしていたが欠片も見つからず。

 杖をへし折って悔しがっていたのを、よく覚えている。

 

(だけど、どうやって彼に接触を? 周りに監視の目があるのは確実。迂闊に接触すれば、あの子をかくまってくれそうな逃げ場を潰してしまう事になる)

 

 彼が個人で動く存在ならばなんとか強引に接触する手もあったが、もはや彼は鈴木財閥の後ろ盾の元に一大勢力を築き、率いる重要人物だ。当然、周囲の目の数は以前接触した時よりも確実に増えている。少なくとも、数倍というレベルじゃないだろう。

 

「――あっ」

 

 手元から、爆弾のケースを固定するために使っていたドライバーが滑り落ちる。

 手袋をしていた事に加えて、これからの見通しの悪さに知らず知らず手が震えていたようだ。

 カラン、カラン、と音を響かせ床を跳ねていく。

 

(……今からビビってちゃあ世話ないわね)

 

 スッと無意識の内に息をひそめ、辺りに人影や気配がないかを確認してから静かに動きだす。

 

「――え?」

 

 それと同時に、思いがけない光景が目に入って来た。

 つい今しがた取り落としたドライバーが、こちらに向かってきている。いや、その後ろに白い物がひょこひょこ着いて来ている。正確には――

 

 

 

――……にゃおう?

 

 

「…………猫、ちゃん?」

 

 黒い首輪を付けられた、白くてスマートな白猫がドライバーを咥えて、ひょこひょこと彼女の元へと向かってきていた。

 

 




やっぱり書いてて一番楽しいのはこの作品だなぁ
2,3話でケリ付けて次の章に行きたいと思います


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053:なんでいつも誰かが爆発するん?

 元はショッピングモールとして設計されていたのだろう。だだっ広い間取りには、レジカウンター等最低限の設備や仕切りがあるだけで、他にはいくつかの設備が残されているだけだった。

 身を隠す場所はほとんどない。――だが、

 

 

――コツ……コツ…………コツ

 

 

 

「……物音、したと思った。……気のせい?」

 

 

 自分のすぐ『上』を、男が通り過ぎていく。

 今、自分――宮野明美が身を隠しているのは、店舗の収納スペースか何かのためだろう床下のスペースである。発見したのは偶然である。いや、正確には――

 

(ありがとう、猫ちゃん)

 

 自分と一緒に、この狭いスペースに身を隠しているこの白い猫のおかげである。

 ドライバーをくわえて近寄って来たと思った白猫は、突然その身を翻して駆けだしていってしまった。

 少し離れた所にある停止したエスカレーターから、誰かが下りてくる音が聞こえたのはそんな時だ。

 

 一瞬、どうしていいか分からなくなり足を止めてしまったその時、か細い猫の鳴き声が耳に入った。

 まるで『モタモタするな』とでも急かすかのようなその声に、とっさに自分はそちらに足を向けていた。

 そこには、くわえたままのドライバーの先で床を指し示しているこの猫がいて――

 

「………………ふぅ」

 

 足音はもう聞こえない。先ほどまでピクリとも動かずジッと耳を立てていた猫も安心したのか、背をぐーっと伸ばしていて、心なしか少しリラックスしているように見える。

 猫とはいえ一人ではなくなったことで僅かに緊張が解けた事を自覚しながら、じっとしている訳にもいかないと扉に手をかけるが、また白猫が――今度は足元にまとわりつくことで動きを阻害してきた。

 

「……動くなってこと?」

 

 言葉が通じるはずのない猫に、思わず声をかける。

 むしろ、この猫には分かっているのかもしれない。事実、猫は自分がそう尋ねると少し離れて、ゴロンと横になる。ただし、唯一の出入り口であるやや重い戸からは目を離さずに。

 

(ひょっとして、本当にこっちの言葉が分かってるんじゃ……)

 

 そもそも最初から気になっていたが、この猫はどこかで見た覚えがある。

 恐らく強風に煽られたせいで毛並みが乱れているが、それでも普段はかなり手入れされていることはすぐに分かる。

 そして、少々高そうな革製の黒い首輪。誰かの飼い猫であるのは間違いないだろうが……

 

(どこで見たんだっけ、この猫ちゃん)

 

 その場に膝をついて、隅に置いてあった折りたたまれた白いカーテンを足でつんつんと触っている白猫を抱き上げる。

 すると、ちょうど猫の両前足が首元に当たる。

 

(――? 冷たい?)

 

 前足――正確には右前脚が濡れていた。海水だ。

 

(どうしてここだけ……)

 

 猫は基本的に泳げない。浅い所でもすぐに溺れてしまうほどだ。この子は恐らくここに住んでいたか、そうでなければあのモノレールの長い架線を辿ってここまで来たはずだ。

 潮の臭いがする事から、恐らく水没しかかっている所で濡らしたのだろう。

 単なる水遊び。そう考えるのが普通だ。普通だが――それはこの猫が普通だった場合の話だ。

 

 いや、ともかくじっとしている訳にはいかない。

 早くあの人と、カルバドスと打ち合わせた場所に行かなければいけない。時間が迫っている。

 

 

――ッ……ッ……キッ……

 

 

「…………っ!」

 

 そんな時、また足音が近づいてくる。

 先ほどと違い、かなり小さい足音だ。時折靴底のゴムと床が擦れる音がするが、それがなければ聞き逃してしまう程に隠された足音だ。

 その足音は、真っ直ぐにここへと向かってくる。そしてすぐ真上で、その足を止める。

 思わず、息を飲む。

 そして音を立てないようにそっと耳をすませる。

 視界の端では、白い猫は扉に顔こそ向けているが、気だるそうに「くあ~っ」と欠伸をしている。

 

 

――……ここか?

 

 

 小さな、本当に小さな呟きが耳に入る。

 それと同時に、扉がきぃっと音を立てる。

 思わず、身を固くする。

 手元の携帯のライト以外ほとんど光のなかった空間に、外の暗い光がそっと差し込まれ――

 

「……まさかとは思ったけど、そのまさかだったか」

 

 そこには、左手になぜか白い仮面を持った男が覗きこんでいた。

 

「源之助……お前なんでここまで来てんのさ」

 

 白猫が不機嫌そうに、あるいは退屈そうに『なぉう……』と小さく鳴いた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 システムの掌握に行こうと思っていたら、妙に潮の臭いが強くなっている所があった。

 ひょっとしたら別ルートでの侵入者がいるのかもしれないとそこらを調べたら、発見したのは確かに侵入者の足跡だった。――なぜか足一つ分だけの猫の足跡。それもどことなく見覚えがある様な気がするモノだ。

 

 べたべた濡れている訳でもなく、光の加減によってはかろうじて見えるという具合の足跡をどうにかこうにか辿っていくと、まぁ途中で銃構えた奴発見して隠れる羽目になるわ迷いかけるわやっぱ真っ直ぐ目的地に行っときゃよかったと後悔するわ……。

 ともかくそれをどうにかこうにか辿ってみると、床下の収納区画らしき場所を発見。一度ここに来てからどこかに行っているようだが……微かに気配がする。

 あからさまに誰かを探しているっぽい武装した男と、その近くで隠れている誰か。

 もうこの時点で正解は見えていた。

 

(問題は、なんでウチのぐーたら猫がここにいんのか……)

 

 うちの猫助は謎の美人さん、その足元にちたぱたちたぱたとじゃれついてやがる。おい源之助そこ代われ。

 

 しばし呆然としていた女の人は慌てたように懐から拳銃を抜いて、俺に突きつける。

 

「貴方――誰!?」

「声を上げるのは上策とは言えないし、ここでソイツの引き金を引くのは一番の愚策だよ。敵を呼び寄せた上に味方が減るんだからな」

 

 美人さんにじゃれつくのを止めた源之助がとてとてこっちに歩いて、いつも通り肩にひょいっと乗る。

 こいつ、俺の肩で濡れた足拭いてやがる。

 

「……ぁ」

 

 そしてコイツがいつも通りのポジションに来たおかげで、ようやく彼女も思いだしてくれたのだろう。雑誌とかテレビに出る時は大体セットだからなぁ……。

 

「肝心の依頼対象がさっぱりウチに来てくれなくてね。ウチの信用のためにもサービス――広田雅美さん、ですね?」

「浅見透……そうか、この猫ちゃん」

「他にも何人か来ていますけどね」

 

 とりあえず携帯で諸星さん――赤井さんにメール……いや、かなり緊急性の高い事だし電話するか。イヤホンで携帯繋いでたし隠密行動中でも音でバレることはないだろう。

 

「私を……助けに?」

「さっき言った通り、例の写真の子はさっぱりウチに来なくてね……せめてもうちょい情報が欲しかったのさ。俺も一度会っただけだったし」

「志保に会ったの……っ!?」

「一度だけな」

 

 いやマジで下心あったとはいえもっと真面目に話広げりゃよかった。顔も雰囲気も好みだったし本気で口説こうかとも思ったけどそういう雰囲気でもなかったしなぁ……。

 色んな意味で惜しいことした。いやマジで。

 

「でも……ダメなの。ダメなんです浅見さんっ!」

「ん?」

 

 そういえば、赤井さんの話だと傍に誰かがいるハズって言う事だったけどいない。

 やられたというわけではなさそうだ。それならここに留まる理由は薄い――と思う。こう考えてしまう俺はちょっとドライなんだろうか? ……そもそも、ループしだした頃って俺こんな考え方してたっけ?

 あーいかんいかん、思考が横にずれていってる。

 

「私、どうしても上層に一人で行かないといけないんです!」

「上層に?」

 

 さっきちらりと見て来たけど何箇所かに爆薬っぽいもの仕掛けられてたし、あんまりオススメしないなぁ。

 付け方の上手い奴と下手な奴に別れているから複数で取りつけ――あ、ひょっとして……

 

「爆薬を取りつけたの、あれは貴女か?」

 

 誰かと一緒に取りつけて、その後一人で設置していたのだろうか。そう予測を付けて尋ねてみると小さく頷いた。……その上で上層に行きたいのか。

 

 

――あぁ、なるほど。そういう展開か。なるほどオッケー。

 

 

 自分で仕掛けた死地に自分で行きたがる人間など普通はいない。死ななくてはいけないというのならば、そもそも逃げていないだろうしとっくに自決している。拳銃に弾が少なくとも一発は入っているし。

 となれば、物語的にはこの先の展開は限られる。

 

「――と、言う事らしいんですが……諸星さん」

 

 ちょうど向こうと繋がっていたので、先ほどから音を拾わせてもらっていた。

 諸星さんの名前が出た辺りでようやく緊張が解けたのか広田さんが拳銃を取り落とす。……あの、暴発怖いんでしっかり握っててください。セーフティ外れてるんですから……

 

『なるほど、大体は読めた』

 

 スピーカーをオンにする。同時に、諸星さんの声が携帯から響く。

 

「なんか事前の作戦全部反転させることになるんですけど、一案あります。どうです諸星さん?」

『策を思いついた……というわけか』

 

 いいえ、ただの便乗です。

 

「大君……」

 

 とりあえず説明しようと思ったら、広田さんがボソリと呟く。

 

 ――え、知り合い?

 

『あぁ、構わない。恐らく、同じ事を考えているのだろう? それに、悪くないさ……明美』

 

 ……あの、ひょっとして……ひょっとしてですけど諸星さん……

 

『一緒に死ぬというのも、中々悪くない。お前となら、な』

「大君……っ!」

「……………………」

 

 ……あぁ、はいはい。そうかそうかそういうことですか。そらー命かけますよね。えーえー命かけなかったら海に蹴落としてるところですよはいはい。

 ちくしょうこいつら本気で爆発すればいいのに。

 

 

 

 

――あぁ、するか。今から。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「まさか人気アナウンサーさんと一緒に仕事をする機会が来るとは思いませんでしたよ。それじゃあ蘭さん達は遠ざけているんですね?」

『えぇ、銃声がしたのもタイミングが良かったわ。安全な所に保護すると言って……ただ』

「何か?」

 

 瑞紀さんが、携帯のスピーカーをオンにしてキール――水無怜奈と話している。

 

『マリーさんと本堂君がいなくなってるそうなの。心配だから探しに行くって言いだしてて――』

「あぁ、それなら問題ありません。こちらで人をやりますので蘭さん達によろしく言っておいてください……特に蘭さんにしっかり。あの娘、善意とはいえ変なタイミングで動いちゃう癖がありますから」

『分かったわ』

 

 瑞紀さんが蘭のことを気遣ってくれるのはありがたいんだが……なんだか素直に納得できねぇ。

 会話を終えて通話を切った瑞紀さんが、しゃがみ込んで俺に視線の高さを合わせて、

 

「さて、どうしようか。所長からは待っておけって言われているんだけど……」

「とりあえず、浅見さん達のおかげで騒ぎに気付いている人達はいる。というか、多分園子――姉ちゃんか蘭姉ちゃんが警察には連絡してるだろうし」

「あぁ、そういえば電話の後ろでそんな声してたよ。多分佐藤刑事に電話したのかな」

 

 すっ、と瑞紀さんは左腕の袖を引いて腕時計を見る。

 

「大体30分くらい、かな。多分銃声に関しても話しているだろうし、そうなると近場の警官送り込むんじゃなくて準備整えてくるよね」

 

 俺もそう思う。その30分が武器になり、盾になる。その間持ちこたえれば、警察に存在を掴まれたくない黒尽くめの連中は恐らく撤退に入る。ただし、黒尽くめの連中が増援を呼ばなければという前提があっての話だが……。

 状況が悪いならばただ時間を稼ぐだけでいい。そうでないのならば、なんとかして奴らをここに足止めすればジン、ウォッカ、枡山会長に他にもいる幹部を一網打尽に出来る。

 

「コナン君、今のうちに瑛祐君を捕まえといてくれる?」

「うん、そしたら蘭姉ちゃん達もキチンと避難してくれるだろうし……。でも、それじゃあ瑞紀さんは?」

「んー……」

 

 瑞紀さん――抜けているようで、浅見さんがかなり頼りにしている女の人は、軽く指をくわえて少し考える。

 

「とりあえず、いざという時の保険はちょうど到着したみたいだし」

「え?」

 

 海へと向けられている瑞紀さんの視線を辿っていくと、すっかり暗くなった夜の海に、わずかにチカチカと光る物が見えた。目を凝らして良く見ると、黒く塗られたボートがプカプカと浮かんでいる。

 

「キャメルさんだね。安室さんは万が一に備えてここから離れた所で待機。事務所にいた鳥羽さんを待っているって。一応手当の道具を持ってきてね」

「……船なんていつ買ったの?」

「あれ? 阿笠博士から聞いてない? この間安室さんに続いてキャメルさんも船舶免許取ったから、それに合わせて相談役が冒険に使おうとしてた奴を一つ、安く回してくれたんだよ」

「相変わらずおかしい方向に飛ぶよね、そっちの事務所」

「まぁまぁ。おかげでこういう時に役に立つから」

 

 瑞紀さんはぐーっと伸びをしてから、いつものスーツの上から黒いマントの様な物をどこからか取り出して羽織る。どことなくキッドを思わせる、だけど奴とは真逆の真っ黒なマント。闇夜に浮かび上がる怪盗とは違い、闇に紛れるマジシャンだ。

 

「多分大怪我してるかするだろうから、さっさと所長と合流して手助けしてくるよ。あの人自爆めいた行動でも効果が大きいって判断したら躊躇わずにやっちゃうからさ」

 

 ある意味で、越水さんやふなち以上に浅見さんに近い女性だ。本人がいざという時の危機を脱するだけの体術や技能を持っているからか、一番頼りにしている女性となるとこの人が思い浮かぶ。

 

「瑞紀さん、気を付けてね?」

「そっちもね」

 

 



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054:爆弾は爆発させるもの。地雷は踏み抜くもの。

 闇に包まれていた辺りが、突然光で照らされていく。

 片付けられていないコード、ダンボール、ショーウインドウ。それらのほとんどは破損していて、場所によってはガラスの破片が床に散らばっている。

 それらをブーツで、できるだけ音を立てないように歩いていた男――コルンは怪訝そうに周囲を見回す。

 

「誰かが電気を点けた。……カルバドス? いや……」

 

 そう考えるが、すぐにそれを否定する。カルバドスは今、キャンティが相手をしているはずであると。

 そうなると復旧させられるのは――

 

「女の方」

 

 それしか考えられない。

 となると、女がいるのは電源を復旧させられる場所になる。

 明るくなったおかげで周辺の様子はすぐに分かる。

 コルンは地図に目当ての場所が書かれていないかそちらに足を運ぶ。

 が、ちょうどその一歩目で足を止める事になった。胸ポケットに入れている携帯が震えだしたからだ。

 

 一瞬取るかどうか迷うが、結局コルンは携帯を手に取り通話ボタンをプッシュする。

 

「キャンティ?」

 

 この状況で自分にかけてくる人間は彼女しかいないと、彼は考えた。事実、返って来た声は彼女の物だった。

 

『コルン、今どこにいんだい!?』

「中層部」

『すぐに上がってきな!! 女を見つけた!』

「……女、そこにいる?」

 

 この建物の中にいるのは内部にいるカルバドスと女。先ほどモノレールの到着音がしたから外を固めているジン達も来たのかもしれない。

 とにかく、こちらサイドでない人間はカルバドスと女だけ。そうコルンは考えていた。

 

『女だけじゃない! カルバドスだけでも厄介なのに、もっと厄介なのがきやがった!!』

「厄介……誰?」

『赤井だ! 赤井秀一が女と一緒にいる!!』

「……」

 

 赤井秀一。組織の人間なら知らない者はいない組織の天敵。

 幹部ですら、いや幹部だからこそ恐れる『銀の銃弾』。

 

「分かった」

 

 携帯の向こう側から炸裂音と跳弾音が聞こえてくる。

 カルバドスはほぼ弾切れだった。となるとすでに赤井秀一とは交戦状態。コルンはそう判断する。

 

「ただ……こっち、電気が突然点いた。他に誰かいる」

『――っち! FBIかい?!』

「……多分」

 

 コルンは、考えるのは苦手だった。いかに綺麗にターゲットを撃ち抜くか。それ以外の事に頭を使った事が、はたして何度あっただろうか。

 もっとも、皮肉な事に電話の相手もそれは同じなのだが。

 

『……いいさ、どうせすぐにジン達が後ろを固める。数がいるのならとっくに動いているさね!』

 

 再び、ノイズまじりに跳弾の音がする。

 

『すぐに上がってきな!』

「どうする?」

『赤井を仕留める! その手柄で――』

「カルバドス、助ける」

『そういうことさ!』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「あらら、こっちには来ないか。ちっと予想外だな」

 

 災害等の緊急時用の予備電源を復旧させ、シャッターを下ろして明美さんと源之助が安全に上に行けるようにルートを作り終えた。

 生き残っている防犯カメラで状況を確認する限り、どうやら一応諸星さん――もとい、赤井さんとの合流には成功したようだ。

 源之助がなぜかあの白い布っきれを咥えて離さないから大丈夫かと不安だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 

(……今思ったけど、別に源之助まで連れて行かなくて良かったんじゃあ……)

 

 抱きかかえていこうとすると、なんか布咥えたまま鳴きもせずじーっとこっちを見つめて、その後明美さんの方をまた見つめるという行為を繰り返すのでなんとなく彼女に預けてしまった。

 まぁ、源之助なら大丈夫だろうが……。

 

「さてさて、とりあえずパパッとシャッター下ろして白髪グラサンの行動を阻害してっと」

 

 ここら辺の操作は仕事と訓練で慣れたものだ。

 安室さんと瑞紀ちゃんが用意したハッキングやシステム介入のシミュレート700選×2、次郎吉さんが企画した鈴木財閥の所有するビルなんかで実際に行った潜入、脱出訓練。最近だと沖矢さんとのハッキングの特訓。他の皆と比べてスキルや才能、頭脳などといった足りない部分を補うために色々と手を付けていたことが、無駄じゃなかったと実感できる。

 や、仕事にはずいぶん役に立ってたけど、物語(世界)を加速させる役に立つとは。

 

(やー、それにしてもこれほど大きく事態が動いた切っ掛けはなんなんだろうか)

 

 この世界、本当にコナンが主人公格であるのならば当然時間が動く鍵も奴のハズ。フラグのほとんどがアイツに集中する……が、全部が全部そうとは言えない。例えばヒロインであるだろう蘭ちゃん、その父親の小五郎さん、友人の園子ちゃん。

 誰の行動がどこにどう繋がるか、これが誰かの作り上げた物語ならばそこには必ず一定の法則性がある。

 どの人物が扱いやすいのか、良く使うのか、そしてどれくらいのタイミングで使っていない人物にテコ入れをするのか。

 男女の間柄を重視するのか。同性の友情を重視するのか。その場合男か女か。あるいはミステリーに全振りなのか。好みは喜劇か悲劇か。あるいはそれらを交互に物語に組み込むのか、三回に一回なのか四回に一回なのか。

 

 そこらへんを把握出来れば、この世界の流れをコントロールすることもできる……はず……なのだが。

 

 四六時中コナンに張り付いていればある程度は確信が持てるのかもしれないが、次郎吉さんによる事務所設立という予期せぬ先制攻撃を喰らったおかげでそれも無理。

 まぁ、そのおかげで安室さんを始めとする人材が集まったんだけどさ。

 七槻やふなちの収入源が確保できたのも正直ありがたい。下手な会社員よりも給料は出せてるし。

 

 そんな事を考えていると、緊急時(死ぬかもしれない時)用の携帯が震えだす。

 ディスプレイを見ると、当然非通知。というか、これに電話をかけられる人間は非常に限られている。

 通話ボタンを押すと、予想通りの声がする。

 

『もしもし、そっちは大丈夫かい? こっちは今、鳥羽さんと合流した所さ』

「今の所は大丈夫です。キャメルさんは?」

 

 安室さんだ。万が一の可能性を考えてキャメルさんにだけメールをしていたのだが、一緒に居た為こっちに来ることになった。

 一瞬、どうしようか悩んだけどぶっちゃけ上手い断り方も思い浮かばなかったし、マリーさんと別行動ならまぁいいかとそのまま話を進めていた。

 それに、キチンと七槻を家に送り届けてくれているし、信頼してるしまぁいいや。

 万が一裏切っても、七槻を下手に巻き込む人じゃあないだろう。いざって時は俺だけぶっ刺すか撃ち抜いてくださいお願いします。

 それならお礼参りの際に手加減はキチンとしますので。

 

『えぇ、キャメルさんはモノレール発着場の反対側の海で待機しています』

「例の船?」

『えぇ、念のために小沼博士がササッと黒く塗ってくれました。エンジン音が少し不安ですが……』

「あ、それなら大丈夫です。多分ド派手な音がボカボカすると思うんで」

『…………』

 

 俺がそう言うと安室さんは少し黙って、

 

『ひょっとして、前の事件の時の爆弾がまだ――』

「いやそっちじゃなく、新しく仕掛けられています。まぁ、簡単に爆発させるつもりはありませんが」

 

 ごめんなさい、むしろ片っぱしから爆発させます。

 一応、今からの作戦内容知ってるのは俺と諸星さん、明美さんだけだ。コナンにも伝えておきたいけどこの携帯に情報はあまり残したくないし、探偵バッジの無線機能は盗聴される可能性もあるから使えない。

 

『爆弾……よりによって、また君が関わるのか』

 

 よりによってってどういう意味ですかね。俺なら爆発させそうだ?

 はっはっは、いい勘してるじゃないですか。今回だけですけど。

 

『浅見君、やはり僕もそっちに行こう。今からならキャメルさんに迎えに来させて、裏側から侵入出来ると思う』

「? 安室さん?」

 

 普段よりも少し早口になってそういう安室さんに、少し焦りを感じる。

 

「特に気にせず、いつも通りに行けば大丈夫ですよ。今回は十分以上に勝算……じゃないな、なんていうんだ? 逃げ道はキチンと確保してますし」

『しかし、君が――っ!』

 

 これだよ。これだから、どうしても安室さんを疑いきれないんだよなぁ。

 園子ちゃんに美容院に叩きこまれた辺りか、あるいは警視庁の人からトオルブラザーズと呼ばれだした辺りからか、本気で俺の身を案じてくれているんだなぁと分かる時がある。……あるというか、しょっちゅう感じる。いやなんかもういつもすみません。

 

「焦ったらダメですよ、安室さん」

 

 退院してから何度かあった銃撃関連の事件の時とかそうだ。マリーさんは事態に対応しながらこっちを観察しようとしているけど、安室さんは真っ先に俺の安全を確保しようとしている。本っ当にすみません。

 

「こういう一種の極限状態の時こそ、焦ったらアウト。大抵碌な事にはならない」

 

 だから信用してるし信頼してるし、大好きなんだよなぁ。

 

「焦りこそ最大のトラップ。そうでしょう?」

『…………』

 

 あれ? 安室さん? 聞こえてました?

 

『お前という奴は……本当に……』

 

 おぉう、呆れ果てている姿が目に浮かぶようです。なんというか重ね重ねいつもすみません。

 あ、初穂さんの爆笑する声もちょっと聞こえました。おめーは今度覚えてろよ。

 

『とりあえず鳥羽さんとここに残っているから、何かあったらすぐに連絡してくれ――いつでも飛びこむ用意は出来ている』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「さってさて、とりあえず会長さん達を観客席までご案内しなきゃねー」

 

 安室さんとの会話を終えて少しすると、すぐに状況に変化が起こった。

 

 モニターの一つに、ある防犯カメラの視界が映っている。

 金髪で長髪の男、がっしりした体形のサングラス男、そして……何度も食事を共にし、共に酒を飲んだ枡山会長が映っている。

 

「そういや、前に言ってましたっけ。一度、俺と対局したいって」

 

 カメラの場所はモノレールの昇降口。金髪とサングラスは真っ直ぐ非常口の方へと向かう。ちょうどいい、そっちは観客席への直通路だ。

 そして、枡山会長。

 会長は特に走るでもなく、ゆっくりと辺りを見回し――そして画面越しに、こちらを睨みつける。

 確信している。間違いない。

 今、自分と俺が、モニター越しに互いの目を合わせていることを。

 

「一局、お願いします」

 

 真っ直ぐカメラへと銃口を向けた会長が、引き金を引き絞る。

 モニターに残されたのは砂嵐、そして直前に見せた枡山会長のどこか狂気――いや、狂喜を見せる笑みだけだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 報告書を終え、事務所に残ると言っていた鳥羽と別れて帰路に着こうとした恩田を引きとめたのは、事務所にかかって来た電話だった。

 ディスプレイに映っていた文字は――『毛利探偵事務所』

 

 

『なーーんでぇ、透の奴もいねぇのかよ……』

 

 

 電話に出ると、当たり前だが毛利小五郎の声がする。

 なんでも娘の蘭さんは友達と出かけているらしく、コナン君も今日は楓ちゃんの家である紅葉御殿でお泊まりをするらしく、食事は一人。せっかくなので所長を誘ってどこかの居酒屋で夕食も兼ねて食事をしようと思っていたらしい。

 

『よっし遼平! せっかくだしお前が来い! ビールに日本酒、焼酎! 酒につまみもしこたま買ってんだ!』

 

 そしてお誘いを受けた。

 以前、毛利探偵の格好をして先生の所を訪れていた時の事を一応謝っておこうと、所長と共に事務所を訪ねて以来、毛利探偵とは奇妙な縁が出来てしまった。

 所長の口が上手かったのもあったが、毛利探偵に憧れて探偵になった――という人物になってしまった俺は、何かと所長と毛利探偵の飲み会に付き合うことが増えた。

 まぁ、誘って来るのは基本的に所長だ。大体は安い居酒屋や焼肉店などで三人で飲んでいる。

 何度かそういうことを繰り返せば、次第に一人でも誘いを受けるようになり、こういう関係になったわけだ。

 

 車を飛ばして近くのスーパーで惣菜やつまみ、多分本当に買い込んでいるんだろうけど念のために酒も補充して、事務所に辿りついた時には――既に毛利探偵は出来上がっていた。

 

「おーぅ、遅かったじゃねぇか遼平ぃ~~」

「すみません先生、色々モノを買っていたら遅くなりまして」

 

 大抵毛利探偵と話す時、それもプライベートの時は先生と呼んでいる。こう呼ぶといつも機嫌が良くなるのである。

 毛利探偵事務所での先生の定位置、入って一番奥の机で、空き缶の山を現在進行形で築き続けている。

 

「とりあえずお腹に溜まるモノとして、スーパーでオードブルとか焼き鳥とか、あと粉モノ系買ってきました。まま、とりあえずは私も一杯」

「おう! ジャンジャン飲め飲めーい!」

「はい、いただきます!!」

 

 こう言ってはなんだが、毛利探偵は思っていた以上に親しみやすい人だった。なんというか……ちょっと年上というか、入ったばかりの頃の大学の先輩の様な――ただ、大学にいる先輩や後輩たちよりも邪気は感じない。ある意味で自分達学生よりも欲に素直で、無邪気で、どこかホッとする人だ。

 所長曰く、『目を離した隙に身持ち崩しそうでハラハラする人』でもあるとの事だが。

 

「かんぱーい!」

「乾杯!」

 

 カシュっと勢いよく開けた互いの缶ビールを軽くぶつけ、グッと飲む。

 

「ぷはーっ! やっぱりビールは美味いねぇ!」

 

 いつもながら先生の飲みっぷりは見事なモノだ。いつもいろんな所から誘われるのも分かる。一緒に食べたり飲んだりしていて楽しい人というのはそれだけで貴重な技能といえるのだ。浅見探偵事務所で言えば、所長やキャメル、瀬戸がそれに当たる。

 

「ん……だけどこりゃちょっと温いな……ちょっと待ってろ遼平、新しい缶取ってくる。ついでにいくつかのつまみもレンジにかけてくらぁ」

「あ、それくらいなら自分が」

「いーから座ってジャンジャン飲んどけぃ! 透なら今頃三本は開けてるぞ」

 

 あのアルコールを燃料に動くスーパーミュータントと一緒にしないでほしい。心からそう思った。

 

「ん?」

 

 冷蔵庫の方へとフラフラ歩いていく毛利探偵。

 ふと、彼がいなくなった机の方に目を向ける。

 自分から見て左側に空き缶の山、右側には同じく吸殻の山を築いた灰皿と書類らしき山が見える。

 書類が汚れたら大変だと思い、そっと紙束を手に取ってトンットンッと軽く整える。

 

「おっと。……これは」

 

 一番上の書類――何かをコピーして二つ折りにしていた紙に挟まれていた写真が零れ落ちる。 

 元の所に戻そうとその写真を手に取る。

 

「確か……所長の元々の……」

 

 そこにいたのは、蘭さんの学校の制服を来た男子生徒。チープな言葉だが、非常に頭良さそうに見える。

 当然だ。『あの所長』を助手にしていた高校生探偵。工藤新一その人なのだから。

 

(所長よりも更に年下で、その所長を使っていた高校生か)

 

 きっと、所長以上にとんでもない人間なのだろう。

 銃撃戦も刀傷沙汰もなんのその、撃たれようが刺されようが斬られようが骨を折られようが抉られようが顔色一つ変えずクールに事件を解決する、そんな高校生だったのだろう。なんだただの怪物か。

 

 なんとなしに、それが挟まっていた紙を開いてみる。開いてからちょっと、いやかなりマナー悪い事をしていると思ったが、目に入ってしまったモノは仕方ない。

 

(? これは……卒業アルバムのカラーコピー? 小学校のモノか?)

 

 何人もの子供が一人ずつ笑顔で映っている。左上の方には小学生の頃の蘭さんが映っている。

 その時、どこかで見たことある様な顔がもう一人目に入り、思わず凝視する。

 

「……江戸川君?! いや、でも――」

 

 そこには、あの奇妙なまでに頭の切れる少年。事務所員ではないが、間違いなくエースの一人である江戸川コナンその人が、眼鏡を外して映っていた。

 

 

 




世紀末と暗殺者、順番スイッチさせるかもしれません(汗)


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055:30秒前

 こちらに向かってくる銃弾はすべて足か腕を狙う物ばかり。何が狙いかなど一目瞭然だ。

 

「それでいいのか、キャンティ」

 

 そう尋ねてみる。すると奴は、

 

「るっさいねぇ! そんなこといちいち聞くくらいならさっさと降参しな!!」

 

 と、この有様だ。

 物陰に隠れたおかげで表情は見えないが、恐らく本気で怒っているのだろう。

 相手がターゲットならば、イライラしたり敵意を示すことはあってもあんな風に怒ることはない。

 いや、そもそも口調がもっと下品になっているはずだ。狙撃に関してはともかく、口調に関しては冷静さをすぐに失う。それがキャンティの悪い癖だった。

 

(……良い友を持った。俺などにはもったいないほどの……)

 

 自分達は、掃き溜めの中にいる汚物のような人間だ。そんな中、過程はどうあれ本当に組織を抜けた裏切り者。

 敵として以外で関わるのはどう考えても損しかない。弁護などしようものならば、それだけで様々なデメリットを背負うことになる。

 だと言うのに……キャンティも、コルンも、

 

(もし、背負う物がなければ……)

 

 女を――宮野明美を無事に逃がす。

 他の誰でもない、己で決めた己の任務がなければ、大人しく投降――いや、ピスコの事がある。変に利用されないように自らキャンティかコルンの銃弾の前に身を投げ出す所だ。

 

「カルバドスさん!」

 

 待っていた声が、遠くの方から聞こえてくる。

 むき出しのエレベーターの向こう側、上層へと続く階段。塔の様になっているここを、駆け昇っている一組の男女がいる。

 

(やはり、来ていたか)

 

 なんとなく、来るのではないかと感じていた男。

 裏切り者、FBIの狗、『あの方』が恐れる男、そして――宮野明美(あの女)を愛し、あの女が愛した男。

 

(赤井秀一……)

 

 スコープ越しではなく、直接目で互いを確認したのはこれが初めてだ。

 なぜか白猫が先頭を切っているが、走る彼女の後ろを、後ろからの追手を警戒するように駆けあがっていく。

 共に行動しているということは、恐らくこちら側の狙いも把握しているのだろう。

 確かに、顔を知られて常に狙われているあの男にはちょうどいいだろう。

 

「ここはいい! 走れ、赤井秀一!!」

 

 だから、叫んだ。奴に届くよう大きな声で。

 そしてキャンティに聞かせるために。

 

「カルバドス、アンタ……っ!」

 

 一瞬、虚をつかれたのか少しの間無言だったキャンティが、怒声を上げる。

 

「これで、俺を撃つ理由が出来ただろう?」

 

 状況証拠は揃っている。カルバドスはFBIに通じていた。ここにいるのがジンならば迷わず抹消リストに入れているだろう。

 だが、キャンティはそうではないようだ。まぁ当然だ。こんな即興の三文芝居に乗れるほど器用なタイプじゃない。それでも、赤井の名を呼んだのは彼女に『まさか、本当に?』という疑念を植え付けたはずだ。

 

(まだ死ぬわけにはいかない。ピスコにはツケを払ってもらう必要がある。もう一度、今度は真正面から相まみえたい男がいる)

 

 だが、それでもこう思ったのだ。

 

「お前とコルンになら……この命、くれてやる」

 

 手柄として。

 

「……っ、馬鹿かいアンタは!」

 

 キャンティがもう一発、発砲する。やはり、狙いは適当――いや、当たらないようにだ。

 本当に、キャンティという女は――。

 

「スナイパーに標的を諦めろなんて無茶言うんじゃないよ!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――ここはいい! 走れ、赤井秀一!!

 

 

 あの時と同じ、サングラスに黒いキャップを被った男――カルバドスが向こう側からそう叫ぶ。

 

「カルバドスさん……」

 

 明美から聞いた話では、そこまで接触はなかったらしいが、それでも一定の信頼は出来る。

 今もこうして、敵の注目を一身に集めている。

 染めた髪を短く切った女がすばやく狙撃銃をこちらに構えると、その動きを阻害するようにカルバドスが牽制の一撃を叩きこむ。

 

「大丈夫だ」

 

 不安そうな顔をする明美に、そう声をかける。

 

「あの男の身のこなし、かなりの物だ。ミドルレンジで、しかも互いが足止めに徹している戦い方をしている以上窮地に陥ることはない」

「互い……あの女の人も?」

「カルバドスという男、人望の厚いタイプのようだな。出来れば組織にいる頃に一度会ってみたかった」

 

 心からそう思う。

 あの狙撃の腕前、俺というFBIの狗との繋がりを大声で宣伝しても未だに殺すのを躊躇わせる。決して裏切る男ではないと信じられているのだろう。

 なにより、誰も注視していないが……今の所『彼』に膝をつかせた、ただ一人の男だ。

 

「あの人、死ぬ気なのかしら」

 

 その問いは、返答に困る問いだった。

 答えづらいのではなく、分からないから。

 

「……あの男の生死、その鍵を握っているのは多分自身でもあの狙撃手でも、ジンでもピスコでもないだろう」

 

 唯一分かるのは、あのカルバドスという男が執着し、そして強い影響を受けている男。

 きっと、カルバドスの行く末を左右するのは彼だろうという根拠のない、だが強い確信だけがある。

 

(さて、君はどう動く? 浅見君……いや、所長)

 

 これまで出会った人間の中で最も底が見えない、奇妙で興味深い男。

 君ならば――

 

「ぁ――大君、そろそろ!」

「あぁ、分かっている」

 

 カルバドスの牽制を避けてこちらに一撃を叩きこんできた女性スナイパーに、手にしたライフルでお返しの一撃を叩きこむ。

 『目撃者』は一人でも多い方がいい。こちらは当てるつもりはない――が、相手はそうではないようだ。

 カルバドスに何か叫んでいる。自分との関係を問いただしているか、あるいは未だカルバドスを説得しようとしているのか……恐らく後者だろう。そんな気がする。

 

「さぁ、そろそろジン達もこちらに到着する頃合いだろう。舞台を整えなくてはな」

 

 真っ白な大きい布、浅見探偵事務所のマスコット――いや、一員が持ってきたそれを用意しながら、明美と共に先の長い階段を駆け上がる。

 舞台まであとわずかだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 もう一人の銀の銃弾(シルバーブレット)。これまで、あの男を指し示すのに使っていた言葉だ。

 自分達(怪物)を倒す唯一の武器。

 なるほど、確かにそうだ。間違ってはいない。

 静かに、枡山憲三としてではなく幹部ピスコとして……そう思った。

 

(浅見透……)

 

 赤井秀一に続く、もう一発の銃弾――だと最近まで考えていた男。

 

 だが、本堂瑛祐やキュラソーからの報告を聞く度にそうではないと強く思わされる。

 あの男は銃弾ではない。ただ一発の銃弾等ではない。

 

 あの男は、銀の弾丸――それを放つ銃そのものだ、と。

 

 ただ一人、いや一発を警戒すればいいという訳ではない。

 関わり、強い影響を与えた人間全てが『銀の銃弾』になり得る存在になる。

 報告にある中では瀬戸瑞紀、アンドレ=キャメル、最近では沖矢昴、恩田遼平。油断できない存在が次々に集まり、あるいは頭角を現しだしている。

 安室透……バーボン、キュラソーも。

 単独行動が多く、不審な点も見られるバーボンはともかく、『ラム』という恐怖に縛られているキュラソーにも、僅かながら雰囲気に変化が見られる。

 奴の所に送り込んでそれほど時間が経っていないというのに。

 

 関われば関わるほど、知れば知るほど、興味が湧く。もっともっと奴のことを知りたくなる。

 

 酒の好み、食の好み、チェスの癖、好みのスポーツ、返答に困ったときに僅かに首を左に傾ける癖、時間を気にしだしたときに手首を撫でる振りをしてこっそり時計を見る癖、会談の時に傍に置いていた秘書を見る目からある程度絞った好みの女の外見。好みの女性の部位、好みの香り、酩酊し始める酒量、満腹感を感じ始める食の量、好みの肉、野菜、味付け……。

 

 戦うには、争うためには、競うには理解が必要だ。浅見透という男を知り、把握し、理解し、思考をなぞる事が出来るように――数少ない機会を利用して全力で観察した。だが足りない。こんな程度では足りない。全く足りない。

 

 危機に陥った時にどのように動くのか。危機を察知した時にどう動くのか。危機を察知するためにどのような策を練るのか。親しい者に順位はあるのか。誰が危機に陥れば全力を出してくれるのか。どのようにして守るのか。どのような人間を信用するのか。 

 

 いや、そもそも何があの男の根幹なのか。

 

 どの様に育ったのか。幼小の頃はどうだったのか。数年前はどうだったのか。女の好みは。友人とする者の好みは。交友関係は。今と違うのならどこから変化――いや、変異を起こしたのか。

 

 そうだ、まだまだ自分はあの男が見えていない。観ていない。魅足りない。

 

 分かるのは、一つだけ。

 あの男が最も得意とする事だ。

 単身で突破する事? 可能だが奴の好みではない。

 自身の知能と機転で策を生み出し、型に嵌める? 好みではあるだろうが、少し違う。

 奴が最も得意とするのは――

 

「あ、アニキ! あそこに!」

 

 ウォッカが叫ぶ。その視線は上を向いている。

 それに釣られて視線を上に向けたジン。

 その口元が、忌々しそうに歪む。

 

「赤井秀一……っ」

 

 突如、本来ならば想定していなかった『鬼札(ジョーカー)』の登場。その後のやはり予想外の変装しての突入。いかにも奴らしい手だ。

 

 番狂わせ、ちゃぶ台返し、前提崩壊――おおよそ『予想の外』という所から痛い所を付いてくるのだ。浅見透という男は。

 

 攻撃を仕掛ければその横っ面を殴られる。

 それを踏まえての作戦を立てれば、その前に根を叩き潰される。

 攻撃の手を止めさせるために一手を打てば、その手を掴まれ、もぎ取られる。

 

 いくつの下部組織を潰され、部下を捕らえられたことか。

 

 取引のあった密輸グループからの信頼を失い、マスコミを経由して評判にダメージを与えようとすればその前に押さえられる。

 最後の手段と同居人の(いづ)れかを誘拐して強いアドバンテージを得ようと画策すれば、これまた阻まれる。

 

(そうだ、いつもいつも、常に貴様に先手を取られ……)

 

 だからこそ、味わってみたい。

 浅見透の見ている世界、その更に先が見えた時の達成感、征服感――月並みだが、勝利の美酒の味という物を。

 

(赤井秀一という最高の戦力がいても少数は少数。確保したい人員がいる事も合わせて考えるとまとまって動くのが普通。そう、普通だが……)

 

 そもそも、どちらも普通ではない。片や単体での最大脅威となるFBI捜査官、片や、闇を煮詰めた様な男。

 そんな時、次々に辺りが照らされていく。モノレールの昇降口、出入り口、非常灯、誘導灯。

 最低限の、だが道を把握するには事足りる灯りが次々に点いていく。

 

(そうか……奴め)

 

 予備電源に火を入れて、最低限のここのシステムを復活させたのだろう。こちらの動きを把握するため――いや、掌握するために。

 微かなモーター音と共に金属が軋む音がする。シャッターが閉まり出しているのだ。

 ジンはウォッカを伴って、ゆっくりと狭くなりつつある入口の向こうへと足を進めている。恐らく赤井のいる上層へと向かっているのだろう。

 

(馬鹿め、上に行っても碌な事にはなるまい)

 

 文字通り痛い目を見るか、あるいは――利用されるか。

 

「ジン、お前達は先行している二人と共に赤井を押さえるといい。いかに奴といえども袋の鼠だ。私はシステムをどうにかする。このままでは脱出にも一苦労しそうだ」

 

 最初のシャッターは二人に続き、その後でそう告げる。

 

「ふん、執着していた手柄よりもわが身が大事になったか?」

 

 ジンが鼻で笑ってそう言う。

 ウォッカは、どう反応すればいいか少し迷い、結局無言を通す。

 

「手柄に執着した覚えはないよ、ジン。私は、私の成すべき事を成すだけだ」

 

 我ながら白々しい事を口にしていると自覚する。

 だがどうでもいい。

 計画は元々二段構えだった。それが二段目に移行しただけ。

 

(いや……内心、こちらの方が実は本命だったかもしれんな)

 

「それに、あの赤井が不用心に姿を見せるには理由があるはずだ。退路も兼ねる後方の安全を死守すべきではないかね?」

「……ふん。ならせいぜい後ろを守ってもらおうか」

 

 ジンは、相も変わらず自信に満ちた声でそう言う。

 傲慢とも言える自尊心。裏だろうが表だろうがある程度は必要な物であるが、過剰に持つ者はそれに値する実力が求められる。

 

(貴様にそれがあるか、ジン? あの悪魔に愛された直感と頭脳、そして死を恐れぬ――いや愛するような狂気を闇で煮詰めた男と戦うだけの実力が)

 

 だから、見せてもらうとしよう。

 

「後ろは私に任せて……ジン、君は行きたまえ」

 

 奴が牙を研いで待っている、その口元へ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 ジンと別れ、既に閉まってしまった防火シャッターを迂回しながら、前へ前へと進んでいく。

 奴がいる。間違いない、奴がいる。

 普通、シャッターは全て閉めるはずだ。操作をしている警備室への道だけが開いている。

 まるで招き入れるように。待ち構えているかのように。

 

 拳銃のフレームをスライドさせ、初弾が装填されていることを確認する。

 いる。いる。いる。

 気配を感じる。間違えるはずがない。

 奴を屋敷に招き入れる時、今か今かと待ち構えていた時にいつも感じていた気配。

 先ほどは虚をつかれたが、こうして集中すれば分かる。肌で感じる!

 

「ようやく」

 

 銃を構え、角を曲がる。むろん警戒してだ。

 

「ようやく、こうして――こういう形で相見える事が出来たな」

 

 そして、曲がった先の通路にいたのは――『闇の男爵』(ナイト・バロン)

 

「私が認めた麒麟児よ!」

 

 その白いマスクで隠された顔は見えない。

 だが、待ちくたびれたと言わんばかりに肩をすくめてみせる、ふてぶてしい態度をその男は見せる。

 

 自動車会社会長、枡山憲三。これまで出会った時に付いていた肩書を放り捨て――今ここに、ピスコとワトソンが対峙した。

 

 

 




白髪にサングラスの男が上に行っちゃったので最短の脱出路を開けてさっさとお外にフライアウェイしようとしたらサイコスマイルを浮かべる枡山さんと遭遇してシステムエラーを起こしたワトソンの図。


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056:ゼロ

 聞きたい。すっごい聞きたい。是非とも問いただしたい。

 

 なんでこっちにおるん?

 

 白髪のライフル持ちも上に行ったやん。あの金髪とグラサンの二人組も上に登ってたじゃん。そこでカメラ破壊されたけどさ。

 普通単身で誰が何人いるか分からないこっちに来る? どう考えても重要拠点だよ? 普通防衛側は待ち構えるよね? だからシャッターほとんど下ろしてなるたけ遠回りのルート作ってたんだよ?

 それをガン無視されたら――もう皆上に行くと思うじゃない。お外に向かって走るしかないじゃない。

 いや、死ぬ用意も覚悟も済ませて来たけど想定外の事故死はちょっと……

 

「さて、顔を隠した人間に名前を喋らせようとするのはマナー違反だな。初めまして……ナイト・バロン、と呼べばいいかな?」

 

 マナーとかいいからあっちに行こう! お外に行こう! そこまでなら俺付き合うからさ! すぐに海にダイブして逃げるけど!!

 こっちの武器って明美さんから預かった弾一発しか入ってない拳銃だけなんだけど!

 特定されないように念入りに持ち物を削ったから武器になるようなモノ無し!

 

 やっぱり直感を信じていつもみたいに六角ナットとか、それか小釘くらい忍ばせておけば良かった。

 

「あの工藤優作が生み出した傑作小説の主人公。神出鬼没にして大胆不敵、出生すら不明の怪人。なるほど、この死地に踊り込んできた君にこそ似合う衣装だ。素晴らしい」

 

 登場人物補正が受けられないイレギュラーな俺じゃあ中途半端な変装程度じゃバレるかもしれないと思ってフルフェイスにしたんだよ! 深い意味なんてないやい!

 というか、こうして直接対峙してコナンの親父さんと関わる名前をまんま名乗るのは拙いか。

 

「私が尊敬する方の一人が生み出した存在を、そのまま使わせて頂くのは品に欠けますね。そうですね、私は――」

 

 声は大丈夫、瑞紀ちゃんから声を変えるコツをおしえてもらい、快斗君からその特訓を手伝ってもらっている。たまにステージ後に、土井塔さんに変えた声のチェックをしてもらってOKもらったから問題ない。

 舞台に来る紫音さんにも驚いてもらった。間違いなく問題ない。

 

 さて、名前名前――

 

 ワトソン。まんますぎるし助手って立場をまんま名前にするとどこかで足が付きそうだ。

 もっと違う、この殺人世界に違和感のない――あ、そういや前にコナンからシャーロック=ホームズのうんちくを聞かされた時に、なんかちょうどいい語感の名前が……あぁ、そうだ。

 

 

 

「――出来そこないの名探偵(シェリング=フォード)

 

 

 

 シャーロックホームズの初期設定のネーム。実際に使われなかったその世界に存在しない、だが同時に存在している名探偵。

 うん、これでいい。限りなく近く、だが外れている名前。

 

「以後、そう呼んでいただければ」

 

 物語の世界ならばキャラ付けはある程度必要じゃないかと、それっぽく一礼する。

 ゆっくり顔を上げると枡山さんは拳銃を腰に差し、パチパチと軽く拍手をしながらゆっくりと近づいてくる。

 

「素晴らしい」

 

 歳のいった枡山さんだからこそか、妙に絵になる姿だちくしょう腹立つ。

 

「実に素晴らしい。あぁ、やはり君は素晴らしい。奇妙に思うかもしれないが――惚れ直したよ、君には」

 

 ……あの、なんで笑顔がすっごく怖くなるんですかね。

 

「例の製薬会社に、手の込んだ潜入をした二人組がいたと聞いた時からそんな予感はしていたんだよ」

 

 何の話!? あれか、前に依頼で調査の電話をした製薬会社の事か!? いやでも潜入とかまだしてねぇし!

 

「綺麗にデータまで吸い取ってくれたねぇ、シェリング=フォード。まったく、見事な手際だったよ。まぁ、こちらも念には念を入れてダミーにすり替えておいたが」

 

 知らねぇ! おら知らねぇ!

 

「志保ちゃん……いや、宮野志保。彼女を押さえようとするのは正しい。戦略的にも戦術的にも。まぁ、幼いころから組織の中で育ったせいか、秘密を親しい者にも漏らさない慎重なところがある。君が彼女を自らの力にするには時間がかかるだろうが……。いや、この話は止めよう」

 

 枡山さんが、再び拳銃を手にする。

 一瞬、その抜こうとする隙を狙って最後の一発で叩き落とそうかと思ったが、発砲音を聞かれて上の奴らが降りてくると不味い。

 対して枡山さんは、オートマチックの拳銃にしっかりとサイレンサーを取りつけている。

 

「男と男がこうして相対しているのだ。ここにいるわけでもない女の話は無粋。そうだろう?」

 

 このまま話しててもいいのでは?

 

「さぁ、踊ってくれ! 魅せてくれ!」

 

 このまま警察が来るまで雑談しててもいいのでは?

 

「シェリングフォォォォォォドォォォォォォォォォォォォォっ!!!!!」

 

 このまま――あ、駄目ですかそうですか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 サイレンサーは嫌いだ。空気の抜けたような発砲音が全てを台無しにする。

 いや、少し前ならばこんな事は思いつきもしなかったのだろう。

 全てが変わった。

 見守っていたい存在、観察したい存在、育てたい存在、手元に置いておきたい存在。――なにより……超えてみたい、超えるべき存在。

 まさか、そんな男が目の前に現れるとは思ってもみなかった。

 

 ラムが浅見透を排除、あるいは取り込もうと色々と計画をしているようだが……組織はどう足掻いても彼には勝てん。

 こうして彼を相手に戦っていると分かる。

 上手く言葉に出来ないが……何かしらの『枠』を外れない限り、浅見透を超える事は出来ない。それを強く感じる。

 だから私は捨てるのだ。地位も名誉も権力も栄光も金も部下も常識も経験も過去も未来も昨日も明日もいらぬ。そんなものはクソ喰らえだ。

 力だ。今までの自分を構築していた何かを脱ぎ棄て、そして新たに己を構築して初めて手に入るだろう力。それこそ、それこそが――!

 

 手元から、台無しな発砲音が三回する。

 その瞬間、奴は身を捻る。威嚇の二発は無視して、本命の一発だけを確実に避ける。並の動体視力ではない。

 

「……ちぃっ!」

 

 変声機を使っているのか、あるいは声を変える(すべ)を身につけているのか、普段とは違う声のまま奴がうめき声をあげる。

 一発は左足を掠め、一発は左肩の肉を僅かに抉る。が、その程度で止まる男ではない。

 いや、正確にはそうあってほしいという願いだったが、はたしてそれは正しかった。

 

 すぐ横の壁を強く蹴りあげ跳躍。そのまま回し蹴りの体勢に入る。

 私が狙いを定める前に拳銃を蹴り落とそうという腹なのだろう。だが――甘い。

 武器がピストルだけとは誰も言っていない。左手で腰から鞘に収まっているナイフを抜き、奴の横腹に突き立てる。

 仮面で見えないが、苦痛に顔を歪めているのは間違いない。

 これまでに見た事のない顔だ。仮面を剥ぎ取ってその顔をこの網膜に焼き付けたい衝動に襲われるが――そんな余裕を与えてくれる相手ではない。

 まるで痛みを感じていない――いや、無視したのかと思うほどの速さで、着地した瞬間にナイフを持つ手を裏拳で弾き、腹目掛けて鋭い蹴りが刺さる。

 まったくもって容赦がない。だが、それがいい。

 浅見透という男は、そうでなくては。

 

「はっはぁっ!」

 

 こうして痛みを感じるのはいつ以来だろう。

 まだ組織に入ったばかりの頃か、あるいは子飼いの部下を育てていた時か。

 

「歳の割に……っ!」

 

 後ろに跳躍した奴は変えた声でそう叫び、横腹に突き刺さったままのナイフを素早く抜いて手の中でくるっと回して、そのままナイフの刃先を指で挟む。

 

「ほう……やるなぁっ!」

 

 次の瞬間には、そのナイフが今度は自分の右肩に深く突き刺さっていた。

 

 いつ投げたのかさえ分からないほど見事な投擲術。ただのダーツや的当て等とは違う。身体の動作や身につけている衣服、そして手先を利用して相手に狙いを覚らせずに仕留める技術。とても高度な手裏剣術に近いそれを、この男は容易く行って見せる。

 

 そうだ、それだ!

 

「いいぞ! いいぞシェリングフォード! もっとお前という男を見せてくれ! もっと! もっと!」

 

 もっと! もっと! もっと! もっと! もっと!

 

「もっとだっ! なぁ!!」

 

 距離を空ければさらに撃たれると思ったのだろう。奴は躊躇わずに距離を詰めて格闘戦を仕掛けようとする。

 もし、これが浅見透と出会う前なら正解だ。

 今ならば――そうだな、60点という所だ。

 

「紳士だな! わざわざ落し物を返してくれるとは!」

 

 肩に深く突き刺さった――恐らく骨まで達しているのだろうナイフ。

 酷い傷だ。まさかこの歳になって、こんなに嬉しい贈り物をもらえるとは思わなかった。文字通り心身に残る贈り物だ。感謝の心しかない。

 だから――

 

「返礼しよう」

 

 勢いよく引き抜く。痛みは感じない。残念だ。

 そして奴の足に、同じように深く突き立てる。

 

 肉が裂け、血が零れる音が響く。

 奴はわずかに呻くだけで、大声はあげない。

 どうした麒麟児、音楽もない舞踏会など寂しいだけじゃないか。

 

「ぐ――っああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 だから突き立てたナイフを思いっきり回してやった。

 あぁ、いい。その声を聞きたくて、君と出会ったあの日から、ずっと老いた身体に鞭を入れて鍛え直したのだ。

 所詮は老骨。付け焼刃程度だがこうしてこの男と戦えている。

 安い言葉だが、拳で、蹴りで、銃で、刃物で――語り合っている。

 あるいは錯覚かもしれん。いや、錯覚だろうが――それでもそんな気がする。

 

「こん……のぉ……っ!」

 

 何度も繰り返すが、やはり、さすがは浅見透。さすがは出来そこないの名探偵(シェリングフォード)

 ナイフを掴む私の手を掴みあげ、ねじり上げる。

 見事な力の入れ方だ。骨が軋み、今度は明確な痛みが走る。

 その手を放させる『防御』という選択は浮かばない。

 あるのは『攻撃』……いや、違う。そんな一言で表せるものではない。もっとも近い言葉は――刻み込みたい。

 この私と、ピスコ――枡山憲三という男と戦った痕を。

 出来そこないの名探偵を名乗ると言う、『組織』への宣戦布告に等しい行為を平然と行い、正面から戦う道を選んだ『銀の銃』。

 

 左手で腰から拳銃を抜く。同時に、掴まれている右手に更に力を込め、ナイフで肉を更に抉る。

 奴の握力はそれでも緩まず、むしろ強くなり――私の右手を砕いた。

 

「ふ、は……はっはっはぁっ!」

 

 うめき声や苦痛にゆがむ声が出る。自分でもそう思っていたが、反射的に出たのは笑い声だった。

 さすがに痛みが限界に来たのか、彼は体勢を崩し倒れ込む。

 胸も、胴も、がら空きだ。

 

 静かに、そっと、銃口を向ける。頭ではない。まだその時ではない。

 そうだ、この男は死なせてはならない。死なせてはつまらない。この男を倒し、心をへし折り、そして――

 

(そうだ、必ず――かならず私は君を!)

 

 一発、二発、三発、四発、

 

 気の抜ける発砲音と共に、仮面の男の身体が跳ねる。

 どうやら防弾繊維の服を着込んでいる様で赤い血は見られない。だが、衝撃による痛覚への刺激は、ひょっとしたら弾丸に貫かれるよりも大きいかもしれない。

 

 七発、八発、九発、十発、十一発、十二発、

 

 決して死なないように、そして少しでも銃痕が残る様にまばらに撃つ、撃つ、撃つ。

 たまに赤が足りないと、手や足を貫く以外には血が全く出ない。素晴らしい防弾装備だ。やはり、彼の後ろには優秀な開発者がいるようだ。

 そしてマガジンが空になり、次のマガジンを装填しようとした時――今度は明確な破裂音が響く。自分の真後ろだ。

 それを認識すると同時に背後から流れ込む、真っ白な煙。

 

「くっ、おのれ……っ!」

 

 彼によって砕かれ、彼の血で赤く染まった右手で煙をはらうが白煙は濃く、視界を完全に奪われる。

 自分のすぐ横を、何者かがすり抜けていくのを風で感じる。 

 

「私と彼の間に入ってくるんじゃない!!」

 

 無粋な輩に素早く、装填したばかりの拳銃を向けて引き金を引こうとするが、それよりも早く何かが拳銃を吹き飛ばす。

 思わず舌打ちをしながら、彼がいた辺りを思いっきり蹴飛ばす。

 しかし、やはり感触はない。空を蹴るだけだ。

 そして煙が少し薄れた頃には――彼は消えてしまっていた。

 

「……っ」

 

 思わず拳を壁に叩きつける。年老いて薄くなった皮が割け、彼の血と私の血が混じる。

 これからだ。これからだったのだ。

 彼がやられっぱなしになるはずがない。ここから間違いなく、彼は反撃を始めていた。

 それを、それを――!

 

 吹きとばされた拳銃に目をやる。そこの隣には、忌々しい笑みを浮かべる悪魔のカード。

 

 

 

 

 

 

――ジョーカーが静かに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「所長さん、しっかりしてください! もう、もう大丈夫ですから!」

 

 瀬戸瑞紀は、浅見を抱きかかえて走っていた。

 脱出路は先に確保しておいた。

 すぐにでも浅見の助勢に入り被害を少なくするか、先に安全な逃げ道を作っておくか、ハンググライダーで施設内部に侵入した瑞紀は、文字通り苦渋の判断で後者を取った。

 

 見た目だけならば本来逆であるのだが、瑞紀は今浅見を抱きかかえて通路を駆け抜けていた。

 あの老人はすぐにでも追いかけてくるだろう。耳に入って来た声だけでもそれは判断できる。

 執着。

 言葉にすれば僅か一言のそれに、あの老人の声は染まりきっていた。

 殺意も敵意も感じさせず、ただ執着だけであの老人は浅見を相手にしていた。

 

「キャメルさんも外で待っています。安室さんも今初穂さんと一緒に埠頭で……蘭ちゃんと園子ちゃんは水無さんが、瑛祐君とマリーさんはコナン君が押さえています」

 

 ここまでの状況を説明していくが、浅見の反応は鈍い。いや、ぴくりとも反応しない。

 ただ、滴る血が床を叩く音が響くだけだ。

 布できつく縛って出来る限り止血をしたのだが、それでも負傷個所が多すぎる。

 

 瑞紀は、浅見の血で体中を濡らしながら、手で押さえられる所は必死に押さえながら速度を落とさず走り続ける。

 祈るように大丈夫、大丈夫ですからと繰り返しながら、走り続ける。

 

「帰ったら、きっと副所長はカンカンで、ふなちさんがお祈りしてて、穂奈美さん達と桜子さんはお夜食用意してて……」

 

 抱きかかえた時には、僅かに服を掴んでいた浅見の手からどんどん力が抜けていく。

 

「病院に押し込まれたら、きっと飯盛さんがお見舞いにちょっとした手料理を作ってくれて、西谷さんがお菓子を作って……小沼博士も多分、どこかのお店でお菓子とか持ちこんで来て……っ。だから、所長さん」

 

 浅見の右手がだらんと垂れ下がる。

 止血する手を離すわけにはいかない。ぐっと顔を近づけ、肩より少し下辺りの服に口付け、歯で引っ張り上げて浅見の体の上に置く。

 

 少しでも呼吸が楽になる様に今は仮面を外している。そして少しでも楽な体勢にして疲労を減らし、一滴でも出血を減らして体力の減退を抑える。

 だが、少しずつ力が抜けていっているのか、ますます重く感じる。

 

「所長さん」

 

 心なしか、薄ら開いていた瞼が閉じていく。

 

 

 

「所長さん!! しっかりしてくれ――――浅見さん!!」

 

 

 

 声が響く。

 瀬戸瑞紀でも土井塔克樹でも怪盗キッドでもなく――黒羽快斗の声が。

 

 

 

 

 

 

 そして、その腕に力なく添えられていた浅見の手が、それを力強く掴み――

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……っ?! ご、ごめん瑞紀ちゃん! 安心したせいか眠りかかってた」

「………………」

「足は大丈夫だから下ろしてくれて大丈夫……瑞紀ちゃん? どうしたの瑞紀ちゃん黙ったまま……ねぇこっちは何もないよ瑞紀ちゃん? 中層部だから結構高いよ瑞紀ちゃん? 落ちたら死ぬよ瑞紀ちゃん――ねぇ、俺今ボロボロだから受け身取れずに潰れたカエルみたいになるよ!? 水没してるから海水に叩きつけられて身体パーンだよ瑞紀ちゃん?! ねぇ瑞紀ちゃんってば!? 瑞紀ちゃーーーーんっ!???」

 

 無表情のまま浅見を下層の海面に叩き落とそうとする瑞紀、今まで死にかかっていたと思えない力で必死に瑞紀にしがみつく浅見。

 

 その浅見の絶叫をかき消すように、上層からすさまじい爆発の轟音が鳴り響いた。

 

 




紅子様、帰宅してから延々お祈り中


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057:その後のおはなし① 魔女とワトソン

 その後の話をしよう。

 

 俺が明美さんと諸星さんの二人と話した計画は、例のカルバドスという男と明美さんが建てた計画に便乗することだった。

 当初の予定では、カルバドスという俺の腕ぶち抜いてくれたあの男が敵の目を引いている間に明美さんが上から幾度か援護、十分に目を引き付けた上でセットしていた爆弾を起動。塔の半身を敵の方へ倒壊させるのと同時に敵の目を欺いて――まぁ、しっかり確認している暇もないだろうが……傍目には死亡確実という状況を作って身を隠す。それが作戦だった。

 そこに、諸星――いや、赤井さんが乗った。

 赤井さんはあのジンとかウォッカとかいう連中にえらく目を付けられているらしく、後の作戦のためにどこかで連中の目を撒く必要があると考えていたようだ。

 そのため、一緒に死ぬ事にした。

 あの時源之助が離そうとしなかった白い仕切り布。別れた時に持って行かせたままだったが、あれが非常に役に立ったらしい。

 闇夜の中、白い布を纏った状態からそれを取っ払って黒っぽい衣装に突如として変われば、まるでその場から消えたように見える。

 

 どうやらマジシャンにとってはよく使う手らしく、後で瑞紀ちゃんが源之助を凄い褒めながら撫でていた。

 ちなみに俺は身体を大事にするということを延々説教されながら、後ろからホールドしたまま顳顬グリグリされた。

 もうね、むっちゃ痛かった。

 ついでに分かっちゃったけど瑞紀ちゃんパッドなのね。

 や、前々からそうじゃないかと思ってたけどあれだけ密着されれば分かるわ。

 でも、あの厚さのパッドなら実際のサイズはほとんど――いや、これ以上はよそう。殺される。間違いなく殺される。これ以上ないくらい無残に殺される。

 

 ともあれ、予定通り爆弾が爆発した。

 思っていた以上に赤井さん達は役者だったようで、黒く塗装したボートで待機していたキャメルさんが動揺しながらも報告してくれた。

 爆炎の中に消えた二人の姿を。――まぁ、実際は爆発する少し前に、瑞紀ちゃんがよく使うグライダーを使って脱出、近くに着水したみたいだけど。

 次の日の朝には源之助は家に戻ってたらしいし。

 

 枡山の爺さんにフルボッコにされた後、立つことにも不自由だった俺は瑞紀ちゃんに支えられながら外壁を伝って安全な所から避難しようとした所、カルバドスと呼ばれている男が他の仲間から切り抜けようとしているところに出くわした。

 例の金髪男にグラサン男に監視カメラでみた白髪の男、離れた所にもう一人いたようだけどそっちは確認できず。

 ちくしょう、なんとなく女の予感がしたから一目見てみたかったのに。

 

 白髪の方もグラサンの男も撃つかどうか迷っている様子だったが、金髪ロンゲは速攻でカルバドスに向けて銃を向けていた。

 こっちには弾丸一発だけの拳銃、敵は三人。内一人は躊躇いがあり、内一人はここぞという時に弱そう。あの中心的な一人さえやればどうにかなると思って、大きな声で『撃て!!』って叫んだのにあのカルバドス野郎なぜか俺に向けて発砲しやがった。まぁどうにかしたけどさ。

 

 そのタイミングで警察も到着。連中はさっさと逃げ出してしまった。せめて枡山さんだけは押さえておきたかったけど……まぁ、逃走する時にあの人とカルバドスだけは警察に見られたらしく、現在手配中らしい。

 こっちはキャメルさんのボートで脱出し、安室さん達と合流。

 初穂からは「アンタやっぱりやらかしたね」と呆れられ、安室さんはなぜかキャメルさん同様に動揺していた。あ、俺上手い。

 

 そこら辺で意識が限界だった俺は――実際、瑞紀ちゃんに運ばれていた時も罅が入った骨と抉られた痛みで気を失ってたし……なんか涙ぐんでいた人の声で目を覚ましたけど……多分瑞紀ちゃんだったのかな。良くわかんなかったけど。

 

 で、今俺は――窓が完全に鉄格子に覆われ、センサー類が強化され、出入り口や壁が妙に分厚くなった部屋にいる。

 

 ご存じ、俺の病室……病室? うん、病室。俺の。完全に俺専用の。

 

 すぐ外に警察官および警備員の待機室まで作りやがって越水と次郎吉の爺さんの奴……

 

 しかも設備に関しては瑞紀ちゃんが念入りに仕掛けたおかげで脱出が前以上に難しい。

 頭の中でシミュレートしているけど……駄目だ、最低限の部分をごまかすのに20秒はかかる。その間に他のセンサーに捕まって御用だ。別のルートか方法を見つけねーと。

 

 

 

「どうしてこうなったんだ」

「むしろ、どうしてこうならないと思っていたのかしら?」

 

 ミイラ男のごとくギプスと包帯で真っ白になってベッドに放置されている俺の横で、紅子ちゃんがリンゴを摩り下ろして、買って来たヨーグルトと混ぜてくれている。

 

「ほら、口開けなさい」

「なんかもうホントにごめんね、紅子ちゃん」

「ちゃん付けは止めなさい。紅子でいいわ」

 

 あの後病院に担ぎ込まれた時、すでに病院に来ていたらしい。

 なんで担ぎ込まれるって分かってたのさって聞いたら、なんでも『お告げ』があったらしい。さいですか。

 それから俺はまた完全に寝ていたんだが、その間もちょくちょく来てくれていたらしい。

 

「わかったよ紅子。てか、面倒かけてホントにすまん」

「いいのよ、今日は暇だったし。それに、越水七槻と瀬戸瑞紀から貴方の監視を頼まれているしね……ほらっ」

 

 紅子に急かされて、あーっと口を開けると、程良い温さの陶器の匙が舌の上に乗せられる。

 あ、少し蜂蜜かかってて美味しい。いつの間にかけたんだ。

 

「それにしても、無茶をしたものね」

 

 俺がコナン達と水無さんを尾行している間に起こった殺人事件を、なぜかウチの事務所員と一緒に解決した紅子。

 日売テレビの八川さんも一緒にいたらしく、先日から紅子への取材依頼が殺到しているとの事。

 あくまで善意の協力者だったとして穂奈美さん達が断ってくれているが、先走った週刊誌なんかは『美人女子高生探偵』とか『新メンバーはオカルト探偵』とかいったタイトルでページを割いている。どうにか写真掲載は阻止したし、隠し撮りしようとした連中は越水と安室さんに指示して潰してもらった。

 

「骨折、刃物による刺傷、おまけに呼吸器官にもダメージ。貴方にしてはボロ負けだったんじゃない?」

「んー、あぁ、まぁ得られるものはあったしダメージも与えられたし、痛み分けってところかなぁ」

 

 本来ならばこれだけ酷い怪我――しかも銃やナイフの痕が大量に残ってるんだから警察に色々聞かれると思ってたのだが安室さんが手を回してくれたらしく、ほぼノータッチで終わっている。

 まぁ、あの爆発現場にいたんじゃないのかって佐藤刑事に超締めあげられたけど。精神的に、物理的に。

 

 ホントにあれどうしたんだろう。なんか最近、佐藤刑事ってば泣きそうな顔で俺を見るからホントに勘弁してほしい。

 佐藤美和子親衛隊の皆様からの取り調べ(飲み比べ)が絶えないんだから。肝臓悪くしそうマジで。

 さっき見舞いにきた由美さんとか、俺の退院予定日の三日後に刑事連中とかとの退院祝いの麻雀会入れやがって……人数からして、多分飲み放題付きの焼肉とかとカラオケのフルコースなんだろうなぁ。

 

「まぁ、こうして貴方のお守り役を受けたのは、聞きたいことがあったからよ」

「ん? なに?」

 

 二口目を咀嚼してから聞き返す。

 紅子ちゃんは、綺麗な黒髪をかきあげて、

 

「貴方、わざと死のうとしてないかしら?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 私がそう尋ねると、浅見透はバツが悪そうに頭を掻こうとして手を止める。それはそうだろう、その手が完全に固定されているのだから。

 

「……やっぱり、そうだったのね」

「いや、無理して死ぬつもりはないよ?」

「でも、死にかねない状況には率先して踏み込もうとしているのでしょう?」

「……」

 

 私がそう言うと、彼はぷいっとそっぽを向く。

 とりあえず頭を掴んでこっちを向かせよう。

 

「どうなの?」

「…………」

「それ以上黙秘を続けるなら思いっきり頬を抓るわ。爪を立てて。思いっきり」

「すみません、死ぬかどうかはともかく危ない所は率先して踏みつぶすようにしていました」

 

 頬に手を添えて、少し爪でひっかいてやったらあっさり白状した。

 どうして? と理由を聞いてみる。すると今度は、黙ったまま視線を下げてしまう。

 先ほどとは違い、その視線は重い。

 言えない。というよりは、どう言えばいいか分からない……といったところだろうか。

 

「……貴方が死んだところで、この世界は変えられないわよ。いえ、元に戻る……かしら?」

 

 だから、核心を突きつけてあげる。

 きっとこれまで彼が口にしたくても出来なかったこと。抱えていたこと。

 傍観者でいるつもりだった。実際、だから一歩引いた所から彼を見ていた。

 だが……

 

「紅子ちゃん、君は……」

「言っておくけど、理解はしていないわ。……恐らく、聞かないほうがいいでしょうしね」

 

 最初に釘を刺しておく。

 魔術という、別方向とは言え表に出てはいけない物を持つ自分は、彼同様イレギュラーな存在だろう。

 そんな自分が、彼の感じている違和感を知ってしまった時にどうなるか分からない。

 その一線を越えられるのは、何があっても彼と関わり続けるだろう――それも表側の人間だけだろう。

 

「…………まぁ、色々あってさ」

 

 浅見透が――『理』を外れた男が口を開く。

 

「この世界は、犯罪によって成り立つ世界だ……って俺は思うんだ」

 

 唐突に飛び出た言葉に、モノクルで顔を隠し、白いタキシードを身に纏い、そして白いマントを翻して月下を飛び回る彼を思い浮かべる。

 

 

「で、まぁ……他にもあるんだが、現状をどうにかしたくてな。例の事務所設立を機会に色々やっちゃあいるんだが……実感が一切持てなくてな」

 

 それは……分からなくもない。

 実際、何かが変わったような感じはしない。彼は元気に怪盗をやっているし、彼のライバルを自称する白馬君は必死に彼を追っている。

 もっとも、最近の彼は怪盗を行う回数が少し減っており、白馬君はキッド――というより黒羽君が懐いている目の前の男に妙な対抗心を持っているようだけど。

 

「まぁ、そういう意味で今回は収穫あったけど……ひょっとしたら別の方法もあるんじゃないかってね」

 

「……ねぇ、ひょっとして」

 

 この男の性格は少しは分かる。

 自分の部下全員を駒として使いこなす頭脳。だが切り捨てることは出来ない情。その分、自分の身体――いや、命を道具として消耗する事を躊躇わない精神性。

 

「有能で信頼できる大勢の人間と繋がりを持った状態で、貴方の目的にとって邪魔になる相手によって貴方が殺されれば、彼らが一致団結して事に当たってくれるんじゃないか……なんて考えてない? もちろん、殺される時も相手の何かを仲間に伝えられるように」

 

 ワンテンポ遅れて、視線を逸らす。逸らした視線すら泳いでいる。

 ……考えてたわね。

 

「その、あれだ――ピィッ?!」

 

 もう一度、頭を鷲掴みにしてこっちを無理矢理向かせる。

 首から『コキャ』っていう変な音がしたが気のせいだろう。

 おごごごご等と呻いているが大したことはないだろう。

 

「で?」

 

 吐け。

 目線でそう告げる。

 

「……お、俺ぁ、世界からズレた死人みたいなもんだからさ」

「…………」

 

 ポツリと、彼はそう呟いた。

 顎に手をかけ、上を向かせる。

 

「それで?」 

「いや、その、まぁ……」

 

 彼は喉を鳴らして言葉を続ける。

 

「世界がこんなんだから俺が気付いたのか、俺が気付いてしまったから今があるのか……賭けをする価値はあるんじゃないかな~~なんて、思ったり思わなかったり」

「死人のような自分ならば、仮に死んでも大丈夫……と考えていたのね?」

 

 頭をぐぐっと押して枕に押し付ける。

 引き攣った顔を笑ってるんだか泣きそうなのか良く分からない表情に歪める彼の顔で、少しは溜飲が下がった。

 

「馬鹿ね」

 

 比較的無事な方の彼の手をそっと包む。

 

「紅子?」

「ほら、分かる?」

 

 傷だらけで、ボロボロで、ボコボコで、でも――

 

 

 

 

 

「死人の手は、こんなに温かくないわ」

 

 

 

 そうでしょ? と声をかける。

 すると、浅見透は少し顔を赤くしてから、またぷいっと横に顔を背けてしまった。

 

 

 




コキャッ


短かったですが今回は紅子のその後。

次はカルバドス視点でのその後の顛末語りと副所長のターン。




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058:その後のおはなし② カルバドスの脱出、ワトソンの決意、魔女とマジシャン

 轟音と業火のベールを纏い、かつて殺人事件の舞台となったバベルの塔が崩れていく。

 

 見る者が見れば、どこか神秘を感じるかもしれないそんな光景を背中に、俺はバイクを飛ばしていた。

 少し後ろには、チカチカと目障りな赤色灯と耳触りなサイレンを奏でる『パンダ』が後ろを追ってきている。

 

 どこからか手に入れた白い衣を身に着けていた赤井は、宮野明美と共に姿を消した。恐らく――いや、確実に無事だろう。

 

 キャンティの足止めをしている時に、ジンとウォッカが、遅れてコルンもやって来た。

 ピスコがいなかったのは今でも悔やまれる。姿を見せたのならば、すかさず眉間に銃弾を叩きこんでやりたかったのに残念だ。

 

 爆発が起こり、上層部の崩壊――そして赤井と宮野明美の心中紛いの金のかかった芝居を連中に見せつけた後、脱出に全力を尽くした。

 コルンもキャンティも、俺の横をギリギリ外すような射撃を繰り返す。

 ジンやウォッカの目の前でだ。下手すれば、アイツラも疑われかねないというのに、意地でもアイツラは俺を死なせるつもりはないようだ。

 ……いずれ、本当に何らかの形で借りを返さねばなるまい。

 

(それにしても……やはり奴は……)

 

 浅見透。

 仮装のような衣装を纏っていたが、あれは間違いなく奴だった。

 こちら側から見えたが、奴の事務所員である瀬戸瑞紀に支えられながらヨタヨタと歩いてきたあの男は、瀬戸瑞紀を一度避難させてから、一人身をさらし、そしていつもと違う声で叫んだのだ。

 

 

―― 撃てっ!!

 

 

 俺に向けて銃を向けようとするジン、一拍遅れてウォッカ。

 その二人を牽制するかのように、ちょうど俺の真正面に当たる位置に身体を出して、仮面を被ったあの男が、そう叫ぶ。

 反射的か、直感か。

 気が付いたら、銃口を奴に向けていた。

 俺に向けて撃て。そう言っているような気さえしてきた。

 

 狙いは奴の中心。こちらに残った最後の武器は、あの公安の男から奪った一発だけの拳銃。

 射程距離は……奴の所までは恐らく届かない。だが――迷わず発砲する。

 瞬間、恐らく宮野明美から渡されたのだろう拳銃を、いつ抜いたのか分からない程の早業で構え、発砲する。銃口はまるで鏡合わせの様にこちらを向いている。

 そして、奴の銃口にマズルフラッシュが灯るのとほぼ同時に――俺と奴の間に小さな火花が走った。

 

 そして、その一秒にも満たない僅かな間を置いて――ジンとウォッカがその手に握る拳銃が弾き飛ばされた。

 

 あの火花が散った瞬間、俺は確かに見た。

 俺と奴が放った二発の弾丸、その二つが互いに軸をずらしてぶつかり、互いの軌道を変えて、それぞれがジンとウォッカの拳銃の側面を――

 

(……あの赤井と組むだけはある)

 

 どう見ても満身創痍だった。現に引き金を引いた後はすぐに裏に引っ込んだし、その前から瀬戸瑞紀の補助無しでは立っているのがやっとの状態だった。

 そんな状態での、あの目にも止まらぬ抜き撃ち。コンマ以下の正確な精度の射撃、瞬時に行ったあの射角計算。

 同じ事が、自分に出来るだろうか。

 

(……無理、だな)

 

 ただ訓練の量が足りないとかそういう話ではない。

 あの撃ち方は天性のモノだ。

 才能、そして積み重ねた鍛錬だけが可能とする奇跡の様な一撃だ。

 あの一発が残っていたと言うことはピスコとは出会わなかったのか……

 いや、それはない。あのピスコの執着を見れば分かる。

 となると、浅見透……発砲音によってジン達に位置を悟られることを恐れて使わなかったのか。

 

『そこのバイク! 止まりなさい!』

 

 後ろから、妙にドライビングテクニックの上手い警官が追いかけてくる。気の強そうな女だ。バーボンと同じRX-7。奴の車とは違い塗装は赤。

 

 その後ろからはさらに白バイやパトカーが来ている。

 

(……このままでは追いつかれるか。キャンティ達が無事に逃げてくれていればいいが)

 

 逃げる際に、車で逃げようとしていたピスコをなけなしの弾丸で奴の存在を警察に知らせ、押し付けてやった。

 出来る事なら、先に逃げたジンにも同じ事をしてやりたかったがキャンティ達が同じ車に乗って逃走していた。

 逆にこうして目立つ事で、いくらか引き剥がせたと思うが……。

 

 フェイントをかけたコース取りで一気に引き剥がそうとするが、訓練を受けた白バイ隊はもちろん赤いRX-7も振り切れない。

 恐ろしく腕の立つドライバーだ。女の悲鳴の様なスキール音を響かせ、ハンドルを取られやすいカーブを易々と攻略してくる。

 

(……ここまで、か)

 

 再び警察に捕まる気はない。

 少し走らせれば海に戻れる。そこにバイクごと飛び込んで――

 

(……場所も近ければ辿る道筋も近いか)

 

 あの時は赤井に追いつめられて海に飛び込み、今度は警察に追いつめられるとは。

 

『逃がさないって――言ってるでしょ!!』

 

 RX-7のドライバーが更にアクセルを踏み込む。

 隙がない。横に押し付けて確保する気だろう。

 銃の類は全て海に捨てた。そもそも、あの撃ち合いで弾は使いきっている。

 

 

――分かるか? 俺たち兵士は、このダイスと同じだ。良い目が出るか悪い目が出るかは、いつだって振ってみるしかない。

 

 

 かつて、俺に狙撃技能を叩き込んだ男の言葉を思い出す。

 ダイスゲームが大好きで、俺が知る中で最高の狙撃手で、そして――失意に沈んだ、疑惑の英雄。銀の星を奪われた兵士。

 

(ティム……どうやら、俺という男は……ツキに見放された、最低のダイスのようだ)

 

 最後くらいは華々しくと思ったが……このままではどうやらしょうもない結末になりそうだ。

 せめて、またも捕まるくらいならば事故死でも……。

 

 そう思った時に、それは突然現れた。

 豪快なエンジン音と共に、一台のバイクが現れた。

 フルフェイスのヘルメットで顔は隠しているが、ライダースーツのおかげで強調されるボディラインで女だという事は分かる。

 その女は片手でバイクを操り、もう片手に――拳銃をもっている。

 ワルサーPPK。

 ご丁寧にサイレンサーまでつけたそれを後ろ手に、俺のバイクに並走させたまますばやく二連射。

 

 赤のRX-7の前輪二つをそれぞれ見事に撃ち抜く。

 

『ちょっと……っまずい!』

 

 RX-7のドライバーは、後続を巻き込まないようにハンドルを切るが遅い。

 一気に減速するように両タイヤを撃ち抜いたのだ。後ろに付いていた白バイ隊は回避に成功するが足は止まり、パトカーに至ってはブレーキも回避も間に合わずに玉突き衝突を起こす。

 

 そしてワルサーを懐へと締まったバイクの女は、俺に対して付いて来いと手で示し、ヘルメットのバイザーを上げて僅かに顔を見せる。

 

 

 

 

 

 

 どこか――(サソリ)を思わせる、獲物を狙うような鋭いその目を。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「全く、毎度のごとく無茶するんだから……」

「わん」

「さすがに今度は逃げ出そうにも足も手もボロボロだと逃げ出せそうにないね」

「わんわん」

「……ふざけてるのかな、浅見君」

「わわわわわわわわんっ!!」

 

 おめーが果物ナイフという刃物持って隣にいるから緊張してんだよ! いや別にお前に刺されてもしゃーないけどさ! お前には刺されてもいーけどさ!

 

「にしても本当にズタボロですわね浅見様。例のトランプの事件の時よりも」

「お、おう……まぁな」

 

 雑誌やコミック本が入った買い物袋をぶら下げたふなちがソファに腰かけて、中から取り出した漫画を読みながらそう言う。……おい、それBLコミックだろ。なんでここに持ってきた。俺が読むと思ったのか。返答次第では泣いて謝るまでくすぐりの刑待ったなしだぞオルァ。

 

「……ねぇ、浅見君」

「ん? なんだ? 桃なら結構好きだぞ」

「いや、知ってるよ。だから買ってきたんだし」

 

 桃の皮を剥いて一口サイズに切り分けながら、越水はため息をひとつ吐いてこっちを見る。

 

「浅見君、大丈夫?」

「何が?」

 

 怪我の事――ならそもそも見りゃ分かるくらいボロボロだし、かといって死ぬような怪我じゃない。

 手術台に放り込まれた時は、二度と立ち上がれないかもしれないって話もあったらしいが、この間経過を見に来た医者が「ちょっと君の中身見せてくれ。大丈夫大丈夫、君なら多分大丈夫だから」とか言うくらい回復してたらしい。あの医者も中々笑えるジョークを飛ばしてくれて、粋だよねぇ。

 

「枡山会長の事だよ」

 

 俺はあの場にいなかった。ということになっているが、さすがに何人かの人間には喋らざるを得ない。

 特に、この二人には。

 もっとも、組織うんぬんの事はさすがに話せず、枡山会長に怪しい所があって内密に調査していたと説明していた。

 

「浅見君、枡山会長の事結構好きだったでしょ?」

 

 越水は桃の一切れに爪楊枝を刺して、俺の口元についっと差し出す。いただきます。

 んでもって桃の甘みをしっかり味わって飲み込んでから、口を開く。

 

「よく分かったな。あんまりあの人のこと話した覚えなかったけど」

「ん、まぁ……分かるよ。君のことだもの」

 

 照れくさいこと言うの止めてくれませんかね。

 

「浅見様は、基本お腹の黒いお方か、それか非常に面倒くさいお方が好きですよね。特に男性は」

「ふなち、退院したらお前刑執行な」

 

 それだと俺がそういう人間としか友達になれない人格に問題アリの人物みてーじゃねーか。訴訟。

 

「まぁ、な……。うん、確かに嫌いじゃなかったよ」

 

 なんだろな。一緒に酒飲んだり飯食ったりしてて、どことなく次郎吉の爺さんに似てると思っていたんだが……。性質は正反対だけど、根っこは似ているというか。

 

「……今度、ワインをごちそうになる予定、入ってたんだけどな……」

 

 青蘭さんと夏美さんとご一緒する約束してたんだが……。まいったな。暇な日が出来てしまった。

 枡山会長の話題になれば、必然例のこともある程度は話さざるを得ない。

 というか話そうと思っている事もあるし……先に言っておくか。

 

「なぁ」

「なに?」

「や、言わなきゃいけねぇなぁ……ってことがあってさ。お前と、ふなちにはさ」

 

 この間、紅子と話していて思ったことがいくつかあった。――や、正確には覚悟が決まったと言うべきか。

 ふなちが本を横に置いて、首をかしげながら俺を見る。越水もそのまま静かに、聞く態勢に入ってくれている。

 

「正直な話さ、俺は……これからもこんな目に遭い続ける。避けられないし、避けるつもりもない」

 

 こればっかりは仕方ない。本当の意味での『来年』を迎えるためには、人が死に、騙され、何らかの事情で追いつめられている世界のど真ん中――現場を駆け抜けることを決めている。

 そのためには、危険な匂いがする所は片っぱしから突入するつもりだし、そのために事務所も大きくするつもりだ。そういう『匂い』を嗅ぎつけ、少しでも被害を減らすために。

 

「んで、今回みてぇに大きな事件に巻き込まれることは増えると思う……」

 

 物語が進んでいけば、当然事件も大きくなるはずだ。

 真面目に佐藤刑事に頼んで爆弾解体班の人紹介してもらおう。土門さんにも自衛隊から人を紹介してもらって……それから公安と鈴木財閥にも……。あぁ、いかんいかん。頭が違う方向に飛んだ。

 

「……事情は、話せない?」

 

 越水が探偵の目でそう聞く。まぁ、当然だ。

 

「あぁ、すまん」

「まぁ、簡単に話せるようなお話ではないことは分かりますが……公安の方からも念入りに口止めされましたし。私達もそうですし、現場にいたキャメルさんや安室さん達にも口止めされましたし……」

 

 ふなちが両手の人差し指を突き合わせながらそう言う。

 やはり、色々と気になっていたのだろう。

 私、知りたいです。と顔で語っている。

 や、ホントすまんな、ふなち。

 

「これから先、危ない目に遭うと思う。だから――俺、本気を出そうと思う」

 

 この間、紅子と話していて思ったのは、俺の覚悟は覚悟じゃなかったって事だ。

 

「それでってわけじゃないけど、先にお前達と約束しておきたい」

 

 だから、ここで覚悟を決めようと思う。

 

「俺は――これから先、何があっても絶対に死なない」

 

 今まで命は懸けていた。

 逆に言えば、それだけだった。

 

「これから先、何発銃弾ぶち込まれても何回刺されても何回斬られても何回毒を盛られても――」

 

 紅子ちゃんと話していて整理がついた。

 そうだ、俺の敵は犯罪者だけじゃなかった。言うならば、俺の目的の敵はこの世界そのものだ。

 

「手を何度もがれようが足を何度もがれようが、肉を刻まれようが内臓を何度抉られようが、眼球を抉り出されようが舌をねじり切られようが鼻を削がれようが耳を切り取られようが――」

 

 そんな途方もない戦いで、命を懸けて?

 今なら――実際に時間を進めたという感触を得た今なら分かる。俺はどうしようもない阿呆だった。

 命を懸けるなんざスタートライン。大前提。当たり前の事だった。

 

「この身体が焼かれても、海に沈められても、爆弾で吹きとばされようが、生き埋めにされようが」

 

 死んでも目的を為す? やかましいわクソボケ。

 その更に向こうへ、命を懸けたその先へといかなくてどうして世界を動かせるというのか。

 そうだ、間違っているこの世界に、なんでこの命をくれてやらにゃならんのだ。

 俺が死ぬ? うるさい、お前が死ね。このくそったれな世界め。

 

 俺は死なん絶対死なん何が何でも死なん生きて生きて生きて生きて生き延びる。

 どれだけ肉を断たれ骨を砕かれ血反吐吐くような羽目になろうが生きてやる。

 生きて学校卒業してその先にいってやる。

 

「俺は絶対に死なない。とにかく死なない。必ず帰ってくる。七槻と、ふなちがいて、桜子ちゃんがいて、楓が帰ってくるこの家に帰ってくる」

 

 だから、大学に入るまでほとんど『友達』と『家』を知らなかった俺が、一番それを強く感じるあの家に帰る。

 その宣誓を、俺にとって一番強い繋がりを感じる、この二人にする。約束する。

 これでもう死ぬわけにはいかない。何が相手でも生きるしかない。

 

 静かにソファから立ち上がったふなちが、七槻と一緒に抱きしめてくれた。

 抱き返そうと二人の背中にそれぞれ手を回すと、二人が俺の両肩をそれぞれ掴み、七槻が携帯を取り、

 

「あ、相談役ですか? すみません、すぐに工事の人を病院に。はい。この病室ちょっと蟻一匹出られない様にして下さい」

「浅見様、大丈夫ですから! ちょっと休めばきっと気持ちが落ち着きますから! 私達が傍にいますから!!」

 

 

 ……お前ら何言ってんの?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 全ての授業が終わり、HRが終わり放課後になる。

 帰宅準備を始めたり部活へと向かう生徒がいる中、小泉紅子は頬杖をついて自席でため息を吐いていた。

 いつもならば荷物持ちの取り巻きが来るのだが、今日は先に帰らせた。正確には今日『も』帰らせた。

 

「どーしたー、紅子。最近ずっとそんな感じじゃねーか」

 

 人がいなくなった教室に、一人の男子生徒がどこからか現れる。

 

「あら、黒羽君。今日は事務所はいいのかしら?」

「今日はどっちの意味でも休みだよ。今日はヴァイオリニストの河辺奏子って人が演奏する日」

 

 出入り口の戸を閉めた後、黒羽快斗はその戸に背を預ける。

 

「迷ってんのか?」

 

 そして紅子にそう尋ねる。

 

「所長に誘われたんだろ? 力を貸してくれって」

「ただの魔女が、探偵事務所の力になれると思わないけどね」

「ただの魔女って何だよ……」

 

 呆れたような顔をする快斗に、紅子は少し調子を取り戻したのか小さく笑う。

 

「私には、彼の役に立つような力はないわ。越水七槻のような頭脳も、安室透のような万能性も、貴方のような技術も、あのドイツ系のような体力も、貴方の弟子のような人を落ちつかせる声も」

「弟子?」

「色々教えているんでしょう?」

「……恩田さんか」

 

 がたっと音を立てて、紅子は席を立って窓辺へと足を運ぶ。

 外は綺麗な青空だ。グラウンドには部活生が掛け声をあげながら走り込みを開始している。

 

 なんとなく後を追ってきた快斗が、自分の少し後ろに立っているのを感じ、紅子は口を開く。

 

「私は何の役にも立てないわ」

「んなこたねーよ」

 

 紅子の言葉を、快斗はばっさりと否定する。

 

「お前、あの所長さんを少しだけ泣かせたじゃねーか」

「……覗き見かしら?」

「聞き耳……だな」

「全く、貴方って男は……」

 

 あの夜の語らいの後、特に何もなかった。

 ただ、なんとなく、いつものようにお祓いも兼ねて頭を撫でて、別れの言葉を告げて病室を出ていった。

 ただ、その背中で紅子は聞いていた。

 念のためにと仕掛けておいた盗聴器で、快斗は聞いていた。

 

 ほんの少しだけ鼻をすする音と、微かな嗚咽を。

 

「来いよ、紅子」

 

 快斗は、どこか自信満々に口を開く。

 

「きっと、お前が傍にいるだけで……あの人の無茶も少しは落ち着くさ」

「……落ちつくかしら」

「…………多分。…………きっと………………うん」

 

 そしてすぐに言葉を濁す。

 ポーカーフェイスを信条とし、基本弱気は見せない快斗の珍しい様子に、再び紅子は小さく笑う。

 

「だけど分かるのさ。お前が必要だ。あの人にも……多分、俺にも」

 

 どうしたものかしら、と紅子は口に出さず思った。

 自分を必要だと言ってくれる快斗に照れればいいのか、あるいは彼にそう言わせるあの男に嫉妬すればいいのか。

 

「そうね」

 

 ただ、悪い気はしない。

 

 振り返ると、当たり前だが快斗がいる。

 キッドでも、瀬戸瑞紀でもない、高校生兼雇われマジシャンの黒羽快斗が。

 

「もう、傍観者を気取るには関わりすぎたし、いい頃合いかもね」

 

 紅子は席へと戻り、普段は誰かに持たせている鞄を自分の手で持つ。そして、

 

「ねぇ、青子さんは?」

「あん? 今日は恵子と帰ってるよ。なんか約束があるってさ」

「そ、じゃあ――」

 

 がらがらっと教室の戸を開けて、

 

「今後の相談も兼ねて……どうかしら、小倉で閻魔大王でも食べて帰らない?」

「そうだな……」

 

 快斗は鞄を乱暴に背中に回して、そして笑ってこう言うのだ。

 

「乗ったぜ」

 

 

 




浅「(片方を)撃て! (もう片方俺が撃つから!!)」
カ「わかった(ぱーん)」
浅「!!!??????」







越水ピックアップになると思ったら浅見メインだった。
さて、久々の登場人物紹介。


○ティモシー=ハンター(本編ではティム)
劇場版「異次元の狙撃手」

 中井さんが声を当ててる。中井さんが声を当ててる。←重要
 なかなか渋いスナイパー。今でも思うんだけどなぜこの人を犯人役を交換しなかったのか。
 正直、あの犯人よりこっちの方が(以下略)


○河辺奏子
劇場版「戦慄の楽譜」

 美人。美人。美人。
 作品の出だしを飾る人にして、すぐさまフェードアウト。声もほとんどない可哀そうな人。一応声優を付けられているのですが……どこに声あったっけ(汗)
 正直、どんな人かほとんど分からない。けど出しちゃう。美人だもん。

 絶対音感を持つヴァイオリニストさんです。

 ……今wiki見てビビった。この人ギアスのマリアンヌ様とシスターかよwwwww




 そろそろ灰原かな


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059:その後の連鎖爆破

「とりあえず、瑛祐君には枡山に絡むことを分かる範囲である程度説明して、公安の人に警護をお願いしています」

「公安警察が?」

 

 ブルーパロット。瑞紀ちゃんに盗聴の恐れのない場所がないかと尋ねた所、前に小五郎さんと飲んだお店と全く同じ名前のプールバーを紹介してもらい、そこに皆集まっている。

 俺、コナン、瑞紀ちゃんの三人。そして水無さん、先日の一件で助け出した宮野明美さんと、彼女と一緒に『死んだ』赤井さん。

 一応それぞれお酒やコーヒーを出されている。

 ……俺以外にいないの? お酒飲む人。赤井さん飲んでもいいのよ?

 

「その前に、浅見さんってまだ入院中の予定じゃなかったっけ?」

「大丈夫。今回は真面目に七槻達に頭下げて外出許可もらった」

「私が監視役という名目もらったから許可くれました!」

「ついでに一杯だけなら酒呑んでもいいって許可も取り付けてきた」

 

 おめーまた抜けだしたんじゃねーだろうな。そう目で訴えるコナンに弁明する。

 おう、俺の説明じゃなくて瑞紀ちゃんの説明で納得するってどういうことじゃコルァ……。

 

「んんっ! 話を戻すぞ。一応今は公安の人間は何も聞かずに護衛を引き受けてくれてますが――」

「何も聞かずにって……」

「それくらいの貸しは作っています」

 

 狙撃犯――カルバドスに絡む事だって伝えて風見さんにお願いしたらあっさりお願い聞いてくれた。

 またも逃がしてしまって申し訳ないとかなんとか良く分かんないこと言ってたけど、ちょうどいいから『これで貸し借り無しで』って言って頼んでおいた。

 念のために、他の事務所員にも内緒の話なんでって言っているので大丈夫だろう。

 あの人クソ真面目っぽいからこういう時は頼りになる。連絡も取れるようにしておいたしこれで良し。

 

 ……ところで水無さん、人を得体の知れない人間見る目で見るの止めてくれませんか。

 

「ただ、こうなった以上正確に事態を知る必要があります。あの連中のことは置いても、貴女と瑛祐君のことに関しては」

 

 組織の事はともかく、護衛している人間の事は、ある程度風見さんに説明しなきゃならんだろうから知る必要がある。

 

「そうだね。マリーさん、瑛祐兄ちゃんの事何か調べてたみたいだし、できることなら早めに対策を打っておいた方がいいかも」

 

 ごめん、それ多分マリーさんに瑛祐君の周り固めるように言ってしまった俺が原因なんだわ。

 

「そうだな。恐らくあの女、情報収集に関してのプロフェッショナルだ。彼女が何かを入手する前に手が打てるのならば、それに越したことはない」

「えぇ……そうね……」

 

 水無さんは、赤井さんの言葉に頷きながらティーカップのコーヒーを少し口にし、そして深いため息を吐く。

 

「分かった。まずは私の事から話すわ」

 

 そしてカウンターの上のソーサーにカップを戻して口を開く。

 

「私の本当の名前は、『本堂瑛海』。彼と同じく、組織への潜入捜査員よ」

 

 彼、という所で目線で赤井さんを差しながら言葉を続ける。

 

「もっとも、彼が事務所(ビュロウ)からなのに対し私は――会社(カンパニー)の人間よ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 浅見さんが質問し、赤井さんが間を縫うように気になった事を尋ねていく。

 この赤井というFBI捜査官は、思った以上に優秀な人間だった。

 先日のアクアクリスタルの一件の時に、瑞紀さんからある程度は聞いていたけど、捜査官としても狙撃手としても超一流の腕前だと言う事だ。

 実際、沖矢昴に変装していた時は一緒に事件を解決した事もあるから良く知っている。

 

「それじゃあ、組織の具体的な目的とかについては今の所不明か」

「えぇ、ごめんなさい。分かっている事は、手段を問わない資金の獲得、プログラマーや学者といった特定分野の識者の誘拐、あるいは脅迫等による協力の強制、そして……治安の低下」

 

 そして、肝心の組織についての情報は、核心に触れるものは無かった。

 いわば、現場レベルの目標といった所か。

 

「……ねぇ、水無さん」

「何? コナン君」

 

 最初は子供の俺がここにいる事に難色を示した水無さんだったが、浅見さんが「コイツは大丈夫」と一言言うと納得してくれた。

 ここ最近、おっちゃんや少年探偵団の面子と動く時に良く良く感じるが『浅見探偵事務所所長のお墨付き』という後ろ盾が非常に大きいモノになっている。

 おっちゃんは元々警察との繋がりがあったけど、少年探偵団はたまに警察の広報等に協力しているおかげか、ちょっとした事ならば、喋りのしっかりしている光彦なら電話一本で調べてもらえたりする。

 

 仮にも組織の一員で、CIAの人間でもある水無怜奈が俺の言葉を真面目に聞いてくれるのも、きっと浅見透という後ろ盾のおかげだろう。

 

「この間の事件の後、赤井さん達の扱いはどうなっているの?」

「……幹部の一人、君もあの場にいたなら見たかもしれないけど長髪の男よ。ジン。彼は仕留めたと思っているようね。まぁ、一応部下に裏取りをさせているようだけど……ただ」

「ただ、なんだ?」

 

 赤井さんが煙草に火を付けながら尋ねる。

 

「どうやら、FBI内部に組織の人間がいるらしいわ。その人間が、貴方が死んだという情報を上にあげてきたって耳にしたわ」

「ほう、なるほど」

 

 やはり、組織は色んな所に自分達のスパイを潜ませているのか。

 それを赤井さんは予想していたのか、煙を燻らせながら静かに「やはりな」と呟いている。

 

「……俺に関しての情報は?」

「浅見探偵があの場所にいたという情報は入っているけど……あの場所に行っていた毛利小五郎の娘たちを迎えに行っていたって聞いているわ。警戒はされているけど、深く問題視はされていないって所かしら」

 

 静かに浅見さんを見上げると――

 

「へぇ、そうですか……なるほどなるほど」

 

 悪い顔で笑っている。

 すっごく悪い顔で笑っている。

 

 瑞紀さんは「うわぁ……」みたいな顔で頭を抱えてる。

 赤井さんは「ほう?」と興味深そうに笑っている。

 水無さんは「あぁ、また……」と顔を引き攣らせている。

 

 なんだろう。アクアクリスタルの一件が終わってから、浅見さんはたまにこういう顔をするようになった。たまに安室さんがする顔に近いと言えば近いけど。

 

 越水さんとふなちに相談したら、越水さんは「出来るだけ目を離さないで」といい、ふなちは「優しくしてあげてください」と生温かい目で言っていた。

 前者は分かるけど……本当に何があったんだろう。というか、この男は何を言ったんだ?

 

「まぁ、こちらに害がないなら結構。他はどうなんです? そこら辺の事情は、正直かなり興味があるんですが」

 

 浅見さんが切り出す。

 水無さんは、少しぎこちなく返事をしてから、説明を続ける。

 

「あの後、ジン達は逃走に成功。ただ、ピスコ――枡山は警察と交戦して、顔も見られたために単独で地下に潜ったわ。多分、今頃ジンが探しまわっているハズよ」

「始末するために?」

「えぇ」

 

 逆に、ジンに捕捉される前に枡山会長を捕まえることができれば、あるいは組織の情報が手に入るんじゃないか。

 とっさにそう思った。

 高木刑事に協力してもらって情報を流してもらえば……

 

「……?? んん??」

 

 一方で、浅見さんは何か引っかかる所があるようだ。

 

「どしたの、浅見さん?」

「ん、いや……らしくねぇなと思って」

 

 推理に関してはともかく洞察力と人を見る目は、状況にもよるが俺よりも上じゃないかと思える人だ。

 何を感じたのか、何に違和感を持ったのか、聞いておいて間違いない。

 

「らしくないって?」

 

 水無さんも、同じような考えなのか真面目に――あるいは不安げに浅見さんに尋ねる。

 

「……あの人、森谷をもっと狡猾にした感じってイメージがあってな。その、あくまで根っこ部分だけど」

 

 俺は枡山会長を知らない。

 対して浅見さんは、枡山会長と食事を何度か共にし、そしてピスコと一騎討ちをしている。

 その人物評には一定の信頼が置ける。

 

「明美さん、今回の発端は貴女と例のカルバドスって男だと思うけど……カルバドスって男に対して何か言ってた?」

 

 それまで赤井さんの隣の席に静かに座っていた明美さんに話題を振ると、明美さんは思い出すように首をかしげながら、

 

「私やカルバドスさんに関しては特に……どちらかというと……」

 

 そしてじっと、浅見さんの顔を見つめる。

 なんとなく察したのか、浅見さんは遠くを見る目で「うん、知ってた」と呟く。

 

「警戒しなきゃいけない人が三人いるって言ってました。大……秀一君と、バーボンっていう人、そして……浅見さん、貴方の事をいつも……」

「あ、うんそれは……いいかな、もう」

 

 話にゃ聞いてたけど……本当に怖かったとか。

 下手なホラーよりも怖くてちょっと泣きそうになっていたらしい。

 気分を変えようと思ったのか、ビールを二、三口飲んで、浅見さんは一息吐く。

 

「……森谷が整えた盤面の上で人を右往左往させるのが好きなタイプなら、枡山会長は整えた盤面の上で綺麗に策に嵌めるのが好きなタイプ……だと思う」

 

 やや自信はなさげな浅見さんの言葉だが、水無さんは強く頷いている。納得できる所があるのだろう。赤井さんも異論はないようだ。

 

「ただし、どちらもイレギュラーに弱い。うん、そう考えると警察に見つかってポカやらかしたっていうのも納得できるんだけど……」

 

 今度はジョッキの中身(ビール)を一気に飲み干して。それをカウンターにドンッと置く。

 

「なーんかこう……違う気がするんだよなぁ」

 

 空になったジョッキを瑞紀さんに向けて軽く振ると、瑞紀さんが手でバツ印を作る。

 

「あぁ、そうだ。それと、もう一つ」

 

 浅見さんにとって重要な事のハズなのに、今の今まで忘れていたかのように手を叩いて切り出す。

 おせーよ、いつ俺が切り出そうか考えてたのに。

 

「安室さん、そしてマリーさん」

 

 一人は浅見探偵事務所の開設メンバー。浅見透の相棒。

 もう一人は、その安室さんが連れてきた新しいエース。

 

「この二人、組織の幹部ってことでいいんだよね」

 

 疑問形ではない。まるで、ただの確認のように軽くそう言う浅見さん。

 その言葉に赤井さんと、水無怜奈が頷いて肯定する。

 

 そのまま浅見さんは、空になったジョッキを寂しげに振り続けたまま、こう言うのだ。

 

 

 

 

 

「最高の流れだ。天は俺に味方してるな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『やってくれましたね、ピスコ』

 

 受話器の向こう側から聞こえる、変声機を通した声。

 苛立ちを隠そうとしない組織のナンバー2、ラムの声に、枡山憲三は気分を良くする。

 

「何、気にすることはない。全ての罪は私が背負うのだ。君達は新しいルート構築に専念してくれたまえ」

『貴方は……っ』

 

 変声機を通したために、異音へと変化した歯ぎしりの音が聞こえる。

 

「それとも、私を追って殺すかね。丁寧に死体を処理すれば警察も永遠に私を探し続けるかもしれんぞ?」

『そうならないように、既に手を打っているのでしょう、ピスコ。貴方がそれをしないハズがない』

 

 今頃警察は、これまで自分が住んでいた自宅から大規模な密輸計画の存在を知ったはずだ。

 成功したモノから、警察や浅見透に潰されたモノまで。

 そしてこれだけ大規模な計画が存在するのならば、必ずこう考えるはずだ。

 

 枡山憲三の後ろに、大規模な裏組織が存在していた。

 あるいは――枡山憲三こそが、組織を率いていたと。

 

『中途半端に貴方を消せば、警察や公安が我々に気付く可能性は高い。公安の狗だったスコッチの存在があったのです』

「ん、おぉ、そういえばいたな。公安警察のNOCが……いやはやすっかり忘れていた。歳は取りたくないモノだ」

『白々しい……っ!』

 

 これだけ冷静さを失う所を初めて見る――いや聞いた枡山はますます機嫌を良くし、電話機の横に置いていたグラスを呷る。中身はキャプテン・モルガン。――ラム、だ。

 

『アイリッシュ達も貴方の元へ?』

「当然だろう。コードネームは当然、名前等も割れんだろうが顔は割れている可能性はある。あのお方の元にそんな者達を置いておくのは不安でなぁ。引き取らせてもらったよ」

 

 再び、受話器を通して歯が擦れる音が耳をくすぐる。

 枡山にとって、それは心地よい酩酊を誘う最高の肴であった。

 

『……これから、どうするつもりですか』

「ピスコの名前は返上しよう。もう組織にはおれん。だが、一応の忠誠心というものは私にもある」

 

 グラスもボトルも空だ。飲み干してしまった。

 

「そちらの仕事がしやすいようにしてやろう」

 

 ラムは何も喋らない。

 

「この国の治安をとことんまで落とす」

 

 治安の低下、それは裏で動く人間にとってこれ以上ない『職場環境』だ。

 

「どこかで誰かが盗み、殴り、刺し、火を放ち、爆発物を仕掛け、銃を撃つ」

 

 これまでに多くの凶器をこの国にばら撒いて来た。

 毒、麻薬、銃、弾薬、爆発物。

 ただ、ばら撒くだけだった。それだけでも十分、犯罪の芽は息吹き、育ってきたのだから。

 

 

 

 だが、今となっては少々――物足りない。

 

 

 

 あの夜の続きを渇望する身としては――全然足りない。

 

 

 

 

 

「そう。血と、暴力が当たり前になる。そんな国に変えてみせようじゃないか」

 

 ラムは、黙ったままだ。

 別に枡山は構わなかった。

 仮に反応があった所で無意味だ。

 決めたのだ。

 あの男と、戦い続けると。競い続けると。

 いつか再び来るその日のために――ありとあらゆる所に火を付けてやると。

 

 

 犯罪という業火を。

 

 

「あぁ、そうだ。ラム、一つだけ忠告をしておこう。これは純粋な善意だ」

 

 

 そして、同時にあの男は、今まで枡山がいた組織も相手に戦うだろう。

 そうに決まっている。

 奴の本来の相棒――工藤新一。

 彼を殺した相手で、そしてその彼の命を奪った薬、そのコードネームを我々に向けて名乗ったのだから。

 

「あの仮面を被った存在。シェリング=フォードを名乗る存在」

 

 

 

 

 

 

「忘れるな、ラム。あれはいつか必ず、必ず――お前達の喉元に喰らいつくぞ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 赤井秀一、死亡。

 日本で既に活動していたアンドレ=キャメルからもたらされた一報は、日本への出発を決めていたFBI捜査官達にとって、衝撃――いや、驚愕に等しい知らせだった。

 

「うそでしょ……」

 

 各捜査員がざわめいている中、崩れ落ちそうなのを必死にこらえている一人の女性がいた。

 

「嘘だと……嘘だと言って下さい! ジェイムズ!!」

 

 金髪に、少々不釣り合いな大きな眼鏡をかけた女性が、ジェイムズというスーツの男に掴みかかる。

 本来ならばしないであろう上司に掴みかかるという行為を止める者も、批難する者もいない。

 

「まだ死んだと決まった訳ではない。だが、彼が爆炎に包まれるところを、キャメル君が見たそうだ」

「……そんな」

「今、キャメル君が潜入している探偵事務所の所長に働きかけ、彼を通して警察が大規模な捜索を行っているようだが……未だに何も発見がないようだ」

「そんな……っ!!」

 

 彼女は、かつて赤井秀一と付き合っていた女だ。

 彼を、愛していた――愛している女だ。

 

 この悲しみをどこにぶつければいいのか。憤りをどこにぶつければいいのか。

 

 ふらつきながら席へとついた彼女は、どうしてこうなったのか、意味のないことを考え出す。

 自分が彼から離れなければ、彼が『彼女』と出会わなければ。彼が日本に留まると言いださなければ――

 

 

 

――あぁ、彼女の手掛かりを手に入れた。それと、面白い男も一人。

 

 

 

 ふと、思い出した。

 彼が日本に留まると言い出した理由の一つ。

 

 

 

――凡庸に見えて奇才、底が見える様で見えない、興味の尽きない男だ。

 

 

 

 そして最もこだわり、その男を守るために戦うという選択をするほどに気に入った、まだ二十歳の男。

 だが、水無怜奈のような『組織』の一員の可能性のある人物を周囲に多く置き、様々な勢力との繋がりを広げる正体不明の存在。

 

「……浅見……探偵事務所……」

 

 彼が悪い訳じゃない。悪い人間だと決まったわけではない。

 だが、そこが見えない。それが自分の嫌な感情に火を入れる。

 

 どうして、彼を救ってくれなかった。

 

 どうして、彼を守ってくれなかった。

 

 

 

 

 

「――浅見……透……っ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 それから一週間、ようやく退院できた。

 もうね、本当に大変だった。基本的に越水かふなちが泊る様になって、いつもソファで寝てたんだけどあからさまに身体を痛めてたからしゃーないと添い寝。

 身体を本気で痛めてた俺はどうなるんだって思ったけど、なんかすぐにギプス外れたし……結構治りかかってたのか。

 

 ともあれ、一応の事態は収束。

 カルバドスは相変わらず見つからねーし、ピスコ――枡山会長も行方知れず。

 

(カルバドス……はともかく、枡山さんの方はすっげー嫌な予感がするけど……)

 

 退院したら瑛祐君の事もあるし……どうにかしねーとマジで。

 風見さんから情報をいくつかもらったが、とりあえず瑛祐君の周りに怪しい影はないらしい。

 

(瑛祐君、できることなら俺の下に置いておきたいんだけど)

 

 彼は優秀だ。それは分かる。が、同時に危うさを覚える。

 現に枡山さんの一報を受けて塞ぎこんでいるらしい。たまに瑞紀ちゃんが、蘭ちゃん達と一緒に様子を見に行っているらしいが、中々元気を取り戻さないらしい。

 

「……俺も顔を出しておいた方がいいのかね」

 

 正直、当面は忙しい。

 準備を整えたらCIAの人と会う予定も出来たし、前々から考えていた計画。

 

 

 ――うちの所員が自由に使える、人員を集め、そして育成する組織。いや、会社の設立。

 

 

 電話で次郎吉の爺さんと、前から考えていた構想の全体図を話したら大笑いしてOKもらったので本格的に動こうと思ってるんだが……。 

 

(越水に社長になってもらって……こっちの副所長の座は安室さん――断りそうだな。キャメルさん? 同じくだなぁ……説得に時間かかりそうだ。ふなち……論外。むむむむむ)

 

 白鳥刑事か高木刑事、刑事をやめてこっちに来ないかなぁ。無理ですかそうですか。

 

(まぁ、とりあえずは工藤の家の私物を片付けないと)

 

 またあの家に戻る事になった。

 どうもあの家、俺が入院している間に次郎吉の爺さん直々の指揮で手を入れたらしく、防犯、防弾、防爆性を跳ね上げたらしい。

 なんというか、姿形はそのまんまでも色々変化しすぎているような……俺の家。

 パニックルームってかシェルター的な物も追加されたらしいし。どうなってんだ俺の家、どうなるんだ俺の家。

 

 とりあえず、いつも通り源之助を肩に乗せたまま、こうして工藤邸へと足を運んでいる。

 

「まぁ、とにかく片付け……て……?」

 

 辺りは暗くなりかけている。当然道も暗く黒というか藍色一色なのだが、そこに突然白いモノが目に入る。

 

「……白衣?」

 

 肩から源之助がぴょんっと飛び降りて、白衣の所へとことこっと向かう。

 

「こんな住宅街で白衣なんざ……阿笠博士? いやあの人ならもっと大きいし……小沼博士? いやぁ、それでももうちょいデカいか」

 

 源之助が白衣の周りをグルグル周りながらな~おな~おと鳴いている。

 珍しいな、お前が俺に向かってそんなに鳴き付くなんて滅多にねぇじゃねぇか。

 ほら今行くからあいたぁ!! なんで!? なんで俺の足噛んだの?! なーごじゃねぇし。

 

「んー?」

 

 思いっきり噛んだ後、源之助がまた白衣の所でぐるぐる回りだす。

 近づいてゆっくりしゃがむと……小さな、ほぼ半裸の子供がそこにいた。

 

 白衣をかろうじて纏った少女が、近づいた俺の足を反射的に掴んできた。

 見覚えある、滅茶苦茶見覚えのある髪だ。色も、形も。

 

 なんとなく、深いため息を吐く。

 とりあえず源之助を呼ぶ。それだけで察してくれたのか、服を伝って定位置の肩に戻る。

 

 久しぶりに袖を通したばかりのジャケットを脱いで、彼女の体を包んで抱きかかえる。

 意識が朦朧としているのかほとんど反応がないが、目が薄く開かれる。

 

「ぁ……なた……」

「よう、久しぶり。――」

 

 

 

 

 

 

 

――やっぱり、縁があったな。

 

 

 

 

 

 

 




やっと出せたよ。50話超え……どころじゃねーや、ほぼ60話近くにしてようやく主要人物登場とか。

それと活動報告でも少し触れましたが、劇場版のストーリー構成を少しいじろうと思います。
当初の予定では宣言したように放映された順番通りにやっていくつもりでしたが、今回に限り世紀末の魔術師と、瞳の中の暗殺者を入れ替えようと思います。

世紀末ストーリーを楽しみにしていただいている皆様には申し訳ありませんが、どうかご了承を。


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060:よくある夏休みの光景

色々吹っ飛びます
というか短かったかも


 あの女の子――ってか宮野志保を工藤の家で一旦預かって丸一日。とりあえず目を覚ました彼女は、身体が縮んでいるのと軽い擦り傷など以外は特に負傷らしい負傷はなかった。

 

「うっし、サイズは問題ないみたいだな」

 

 そういえば去年――と言っていいのかどうか、まぁ、去年はふなちのイベント関連がなかったから衣装作りやんなかったからなぁ。

 ふなちが細かい注文出すから何度も縫い直したり仕立てなおしたりコサージュ作ったりと、えーと去年って何年前だっけ? まぁあれだわ去年去年。一応去年。

 

 男モノ女モノどっちでも簡単な物ならすぐに作れる。抱きかかえた時にサイズは大体分かったし。

 季節が夏でよかった。冬物だと時間かかるし俺もついつい凝りたくなるから……型紙無しでささっと三時間でシャツとズボン一着ずつ。

 

「意外ね。組織の幹部すら恐れているあの浅見透が、服作りだなんて」

「施設にいた頃習ってな、高校の時には服飾部と将棋部を掛け持ちしてたんだ。で、大学入ったら友人のコスプレ衣装の作製に駆り出されて……おかげで女服は滅茶苦茶得意になった」

 

 服のサイズを確かめるように身体を動かす志保に、そっとマグカップを渡す。

 ここに寝泊まりしている時に買い溜めておいたレトルトのコーンスープだ。

 

「しっかし、その身体って事は……例の薬、飲んだのか?」

「さすが彼の助手、話が早くて助かるわ」

 

 まぁ、一回顔見てるってのとコナンって実例見てるからな。

 

「そして、あの薬を知っているってことは……彼、やっぱり生きているのね?」

 

 まぁ、そうだよなぁ。

 っていうか、多分本来の目的はコナンだったんだろうな。

 そりゃそうか、間違いなく正確に自分の状況を把握してくれる人だし。

 

「ま、ね。機会を見て会わせるさ。志保ちゃんもそれが目的だったんだろう?」

「……ねぇ」

「ん?」

「ちゃん付け、止めてくれない?」

 

 ……似たような声で、同じような事を最近言われた気がする。

 そうだ、声が誰かに似ていると思ったら紅子に似てんだ。

 

「貴方の声で『ちゃん』って呼ばれると違和感すごいのよね」

 

 どんな声なんだ俺は。

 

「OK、わかったよ志保」

 

 俺がそう呼びかけると納得したのか、軽く頷く。

 

「まぁ、あれだ。状況を聞かせてくれ。明美さんにも伝えねーと悪いし」

「……………………」

「? どうした?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………えっ?」

「え?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「この間はびっくりしたよねー、蘭。いきなりアクアクリスタルが爆発して崩れちゃって……」

「うん、そこに突然やってきたのが水無怜奈だもんね。あのアナウンサーの」

 

 園子と瑛祐君と一緒にマリーさんの運転で夜のアクアクリスタルを見ていたら、突然あの大きな塔が爆発し、燃え盛る炎に包まれながら崩壊していったのだ。

 

「『浅見探偵と夜景を見ていたらこんな事に……』だってさ。あの人、結構手が広いよね。この間も、アタシらと同い歳くらいの子を連れて歩いてたしさ」

「うそっ?!」

「ホントホント、なんか紫のメッシュ入れた子でさ……えらく口悪かったけど仲良さそうにしてたわよ」

 

 今日は園子を誘って、バスでサクラサクホテルのバイキングに行く所だ。

 先日福引きで、狙ったものではなかったがこのホテルのお食事券がペアで当たったのだ。 

 

「やー、外見整えてからはモテるからねーあの人。さっすがこの園子様がプロデュースした事はあるわ! うんうん!」

「……お兄ちゃんのバカ」

 

 席が満席だったため、隣に立ってニッシッシと笑う園子のおでこにデコピンを思いっきりしてやろうかと少し思った。

 だけど同時に、父親に似て女の人にだらしないお兄ちゃんみたいな人に掌底を打ち込みたくなる。

 

「アッハッハ! お兄ちゃんかー、確かにそれっぽいそれっぽい!」

 

 園子は大笑いしている。

 

「あの人、なんかたまーにすっごい年上に感じる時があるよねー。普段はお調子者の女好きなのにさ」

 

 それは、分かる。

 あのアクアクリスタルで、大怪我を押して助けに来てくれた時、沢木さんにナイフを突きつけられた時に、お父さんを信じて笑って激痛を堪えていた時も、実年齢の二十歳よりもずっと上に見える時が――

 

「あぁ、そういやこの前も、アンタのところのお父さんとお店ハシゴしてたって言ってたっけ。綺麗なお姉さんがたくさんいるお店」

 

 

 ……いや、ただあの人がオッサン臭いだけなのかもしれない。

 

 

「――っ!」

 

 突然、園子が眉を吊り上げる。そして、突然誰かの腕を掴みあげて叫んだ。

 

「こ、この人痴漢! 痴漢です!」

「えぇっ!!?」

 

 私が驚く――よりも前に、その腕を掴まれた人が一番驚いている。

 

「ち、違うよ! 痴漢は僕じゃなくてこっち!」

 

 一瞬、懲らしめようかどうか迷った隙にその人が他の男の腕を持ちあげている。

 というか、園子が掴みあげている腕がその男の腕を捕まえていた。

 

「あの、その人の言うとおりです。私も見ました」

 

 その隣から、違う女性が声を上げる。

 周りの何人かも頷いている。

 

 園子はあれ? そなの? と周りを見回してから、バツが悪いのだろう誤魔化す様に乾いた笑いを始めてから、本物の痴漢の胸倉を掴んで怒鳴り散らし始める。

 まったくもう、先に言う事あるでしょう!

 

「あ、あの、すみませんでした! 連れが勘違いを……」

「あぁ、いいよいいよ。すぐに誤解も解けたんだし」

 

 相手は若い男だった。

 ジーンズにシャツ、ベスト、そしてハットを被った……多分、歳は私と変わらないくらいかな。

 彼はなぜか私の顔を見て少し驚いてから、いたずらっぽく笑って、

 

「僕は世良、世良真純。君の名前は?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なぜ、俺を助けた」

「手を借りたかったのよ。彼を相手にするには、一人じゃとても不安だしね」

 

 警察の追跡を逃れた後、俺はこの女のセーフハウスに匿われていた。

 ヘルメットの隙間から覗いた目元の時点でそうじゃないかと思っていたが――やはり、見た事のある顔だった。

 浦思青蘭。

 浅見透の女の一人だ。何度か共に外出している所を見ているし、あの男がこの女の家――当然此処とは違うが――へとよく足を運んでいるのは知っている。

 

「……浅見透か?」

「えぇ」

 

 よく身に着けるチャイナドレスではなく、チノパンにシャツという動きやすそうな格好だ。

 勘だが……恐らく襲撃する時の格好だろう。この上に、あの時の様にライダースーツを着込んでいるかもしれないが。

 

「いいのか?」

「何が?」

「惚れた男を敵に回す真似をして……という意味だ」

「あら、硝煙の臭いが似合うのに、随分とロマンチックじゃない?」

「……男と女の仲なのだろう」

「いいえ、まだよ」

 

 カシュッと缶ビールの一つを開けて、もう一つを投げてよこして来る。

 

「……そもそもの目的はなんだ。随分と荒事に慣れているようだが」

 

 先日の逃走劇から、射撃の腕は悪くない。いや、かなりのモノだ。

 どうも先日から、浅見透を基準に考えてしまう癖がある。

 

「私の血筋、その証を取り戻す。……かしらね」

「……えらく抽象的だな」

 

 煙草を咥え、ライターで火を付け――ようとして、ガス切れに気付く。

 思わず舌打ちして口から煙草を放そうとしたら、目の前に火が灯る。

 器用に片手でマッチを擦った青蘭が、その火を差し出していた。

 そっと火に煙草の先端を近づけ、軽く吸う。口の中に煙の苦みを感じる。

 

「俺よりも、お前の方がロマンチックじゃないか」

 

 軽く振って消したマッチの燃えカスを灰皿の中に放り込み、青蘭はビールを呷る。

 

「私はいいのよ。歴史の足跡(そくせき)を追い掛ける考古学者だもの」

「銃を振りまわす、か? とんだインディ=ジョーンズもいたものだな」

「ふふ……」

 

 酒には強いのか、すぐに缶を空けた青蘭は向かい側の椅子に腰を下ろす。

 

「それに、既に浅見透と私は戦っているのよ。相手は気付いていないようだけど」

「何?」

 

 浅見透と交戦した相手のほとんどは、今頃留置所か刑務所だ。

 その中で今外にいるのは俺とピスコ後は――

 

(いや、いた。一人だけ……)

 

 ある意味で、あの男が表舞台に立つ事になった最大の理由。

 鈴木財閥と浅見透の繋がりを強くするきっかけになった事件。

 

「……スコーピオン、か」

 

 問いかけるというよりも、確認の意味が強かった。

 

「あら、クイズにしては簡単すぎたかしらね」

「ふん、正答者には賞品はなしか?」

「もちろん、あるに決まってるじゃない」

 

 今、俺と青蘭――いや、スコーピオンは大きなテーブルを挟んで向かい合っている。

 そのテーブルの表面が、固い物が擦れる少々耳触りな音を立てる。

 コルト・シングルアクションアーミー。

 西部劇の時代のリボルバー拳銃。

 それを手に取り、弾倉を回転させる。

 今でも一部生産が続けられている銃だが、これはかなり古い代物の様だ。

 ……ようするに、兵士よりもマニア向けの拳銃だ。

 

「よくもまぁ、こんな骨董品を」

「言ったでしょ? 考古学者なのよ」

「銃のか?」

「たまに、ね。で、どう? 正直、銃は持ち運ぶのにも入手するにも手間とリスクがかかるから、自前の以外はそれしかないんだけど」

「……いいだろう」

 

 リボルバー。あまり自分が使用しない銃だ。

 そして、この銃を見てから頭に浮かぶのは、あの男の姿。

 抜きやすい銃だったとはいえ、あの速さで抜き、あのタイミングを捕らえ、全くぶれずに――いや、銃弾のブレすらを、あの短時間で計算し、迷わず撃ち抜いたあの才能。

 

 馬鹿げている。別に同じ様な銃を使った所で、奴と同じ様な才能が身に宿る訳ではない。

 だが、だが……。

 

 

―― 撃てっ!!

 

 

 脳裏に再び、あの夜が蘇る。

 立つのがやっとという満身創痍の身で、それでも迷わず叫んだのだ、あの男は。

 切り抜けたのだ、あの男は。

 

 同じレベルの技能を持てるか? 同じ事が出来るようになれるか?

 そんなイメージ、欠片も湧かない。……だが、だが、だが……っ

 

 

 

 …………だが、それでも! それでも……っ!

 

 

 

「――いいだろう」

 

 これでいい。これが、俺の進む道だ。

 

「奴と戦うというのならば、お前に力を貸そう。どちらにせよ、お前には借りがある」

 

 新しい相棒をもてあそぶ。シングルアクションアーミー。別名――ピースメーカー。

 自分には、とても似合わない愛称だ。

 だが、それでいいのかもしれない。

 

「話が早くて助かるわ。拠点と弾薬は私が用意してあげる。……で?」

「なんだ?」

「名前よ。別に本名じゃなくていいけど、呼び名がないと不便でしょう?」

「……そうだな」

 

 カルバドスという名前は捨てた。いや、捨てたというより、失ったというべきか。

 

(……結局、食事に誘うこと一つできなかったな)

 

 同じ幹部で、俺とは違う役割を持つ、ボスのお気に入り。

 今なら素直に認められる。俺は――惚れているのだ。

 あの、薔薇の棘を体現したような女に。

 

「あら、ひょっとして本当に名乗れる名前がないとか?」

 

 スコーピオンが首をかしげる。

 

「いや……そうだな……」

 

 名前がない。そうだ、俺に名前はない。名前はもう――いらない。

 

「ジョン、ジョン=ドゥ(名無し)。それでいい」

 

 

 

 

 

 




ボクッ娘探偵二人目登場。
劇場版にも出たし説明不要……かな?www

さすがに紅葉さんあたりが出るときはしっかり書くと思いますがw 色々情報足りな過ぎるw

なんだか書いているシーンを思い浮かべると青蘭さんがバイハザのエイダと被ってくるww


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061:新学期目前。所長? またどっか行くってさ

 ようやく落ち着いてくれたのか、志保は肩でぜいぜい息をしながら涙目でこっちを見ている。……や、睨んでいる。ごめんて。ごめんて。

 

「で! お姉ちゃんは貴方達が助け出して! 今は隠れているってことでいいのね! ――っいいのね!!?」

 

 はい、その通りでございます。だから襟から手を離してくれませんかね。

 

「俺はついこの間まで意識不明でしたので報告しか聞いておりませんが、信頼できる人間――あの、ようするに一緒に明美さんを助けた面子で君を探していたんだ……です、はい」

 

 最初に、恐らくあの時枡山さんが言っていたんだろう、前に別件で俺が調べた製薬会社を当たろうとしたがすでに炎上。

 その子会社や関連会社を虱潰しに当たったがやはり収穫なし。

 

 近々海外に行かなきゃいけなかったし、最悪強硬手段として枡山さんの自宅から見つかった書類の中で怪しい所を、また仮面付けた状態で瑞紀ちゃんと沖矢さん引き連れて片っぱしから潜入、強襲、場合によっては法律とか蹴飛ばして破壊工作しようと思ってたけど。

 

 っていうことを首絞められながら頑張って説明した俺は偉いと思うんだ。ねぇ? ねぇ?

 

「ふぅ……、一応お礼は言っておくわ」 

「一応?」

「文句あるの?」

「ありません」

 

 志保は、今度こそ落ちついたのか大きく深呼吸をしてスープを一口すする。

 

「正直……もう、お姉ちゃんには会えないと思ってたから」

 

 さっき本人も言っていたが、死を覚悟していたというのは本当だったのだろう。

 

「今は、俺の部下の所に隠れ住んでいる」

 

 先日、秘密会議をおこなったあのプールバーだ。どうもあそこには従業員用の部屋もあるらしい。

 今は瑞紀ちゃんがしばらく仕事を休んで、明美さんに変装術と声帯模写を叩きこんでいる真っ最中だ。

 沖矢さんもあの近くに住居を移して護衛にあたると言っていた。赤井さんはどこいった。

 瑞紀ちゃんの話だと近くにいるらしいが……。

 

 ……いや、沖矢さんが赤井さんか? 変装の達人の瑞紀ちゃんの紹介で来たし、いつも狙撃されやすいポイントからはチェックしてそこに立たないようにしてるし。

 だとするとその上で俺に正体明かさないって事は、可能な限り知る人間を減らしたいって事か。

 でも……ちょっと分かりやす過ぎる?

 よし、間違っていたりミスリードの可能性もあるし知らんぷり。

 

「さっき暗号通信を送っておいたから、周辺の安全を再確認してから合流する事になっている。俺達から出向くことになるけどいいか?」

「私達から?」

「子供の姿になってるってのはある意味最大の武器だ。仮に顔を見られたとしても、「そんな馬鹿な」ってブレーキがかかる。常識ほど都合のいい武器は無い」

 

 コナンが、顔を良く知る蘭ちゃんのそばにいてここまで気付かれていないのだから大丈夫だろう。

 服部君? まぁ、そんなこともあるよね。

 というか、気付かれる時は気付かれるだろうからなぁ。

 いざって時は盾になっても守るから信用してほしい。大丈夫大丈夫、君も俺も死なない死なない。

 

「とりあえず現状を説明しておこう。俺の周りに例の組織の人間が三人いるんだけど」

「……なんですって?」

「まぁ、内一人は協力関係にあるし、もう一人も大丈夫で――」

「待ちなさい」

 

 待ちません。

 

「問題の一人は……」

 

 

 

 

 

「次の仕事を最後に俺の傍から離れちゃうからなぁ……」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「浅見透への懐柔工作、及び調査任務から私を外すと?」

『そうです、キュラソー。貴女には違う任務をやってもらいます』

 

 先日の一件、本堂瑛祐の件は特に収穫はなかった。

 どうやら浅見透は、本堂瑛祐をキール――水無怜奈の血縁関係かと考え裏取りを進めていたようだ。

 だが、結局は血液型が決め手となり、二人は別人という事だった。まぁ、そんなところだろう。

 恐らくCIAも似たような事だったのだろう。その証拠に、私がCIAの人員を襲ったにも関わらず人員の増加は見られない。減少も見られないというのが気になるが……。

 

(本命は別件だったか?)

 

 あそこにいた重要人物となると――鈴木園子が考えられる。いや、浅見透に近い人間とすれば、毛利蘭の可能性も捨てがたい。

 いや、それはいい。今は仕事の話だ。

 

「…………ピスコ、ですか?」

 

 各方面への人脈、影響力。精鋭を使いこなし、また精鋭に育て上げる手腕。射撃や投擲術といった類稀なる実戦能力。

 私の任務は、浅見透を『組織』に引き入れる布石だった。

 バーボンはどういう目的で動いているのか、少々不明だが……。

 組織に取って、優秀な人材は喉から手が出るほど欲しい存在だ。それが、優秀な人材を生み出す存在ともなれば尚更。

 それよりも大事な事となると、裏切ったというアイツの事しか思い浮かばない。

 

『そうです。本人は表立って我々を裏切るつもりはないと言っていますが……とても信用できたものではない』

「……分かります」

 

 いつ頃からか、浅見透への執着――いや、そんな言葉すら生温い、もっとドロッとした物を感じさせていた。

 

(皆変わっていく。あの男に関わった者は、皆)

 

 ピスコも、バーボンも、ひょっとしたら……自分も。

 

「では、私の任務は彼らの捜索を?」

『……そして見つけたら……分かっていますね?』

 

 当たり前だ。裏切った者に、裏切る者に、敵対する者には……死を。それが私達のルール。

 

「……カルバドスは?」

『放っておいていいです。それよりももう一人……』

「もう一人?」

『シェリー』

 

 シェリー。確か……例の宮野明美の妹だったか。薬学に関して類まれな知識を持つと聞いている。

 つい先日、ストライキによる反抗を起こしたために監禁した所を逃げられたとか……。

 

『彼女が隠れていた施設、そのほとんどに何者かが潜入、調査を行っています。恐らく、彼女の救出のために』

「…………」

『恐らく、例の存在でしょう』

「……出来そこないの名探偵(シェリング=フォード)

 

 ピスコを相手に戦い、カルバドスと共にジンとウォッカを無力化した仮面の男。――いや、性別は不詳か。

 

『その名乗っている名前からして、我々に敵対する者であるのは間違いないでしょう。――あの薬のコードネームを知るのですから』

「つまり、組織の内部を良く知る者……ですか」

『そう見ています』

 

 その場を見ていたキャンティ、コルン。実際に無力化されたジンとウォッカの話を聞く限り、恐るべき脅威だ。

 

『あるいは、シェリーの脱走を手伝ったのもシェリングフォードの可能性があります。いや、むしろ高い』

 

 少なくとも、あの薬に興味がある存在なのは間違いない。

 それなら、その薬の最重要関係者であるシェリーに注目しないハズがない。

 

『できることならば浅見透を――あの方が注目している彼をこちらに引き込みたかったのですが……組織の引き締めを優先せざるを得ません』

「一つ、私とバーボン、それと報告した瀬戸瑞紀での大きな仕事が残っている。それが終わってから戻ります」

『分かりました。健闘を』

 

 携帯電話の通話が切れた。

 緊張の糸が切れ、深いため息を吐く。

 

「……あの事務所の面々とも、お別れか」

 

 例の事件の直後から浅見透の勧誘、その切り口。不可能な場合は彼の周囲に自分とバーボンで組織の人間を引き込み、事務所の動きを把握、コントロールする計画だった。

 それを通して――鈴木財閥にも。

 

「ようやく、慣れてきたのだがな……」

 

 双子のメイドや越水七槻のおせっかいにも、小沼博士とふなちの飛んだ発言にも、沖矢昴のギクリとするような質問にも、なぜか妙に上機嫌に茶化してくるバーボン……安室透にも、おろおろするアンドレ=キャメルにも…………あの奇妙な所長にも。

 

「マリーお姉さん、どうしたの?」

 

 後ろから、吉田歩美が服を僅かに引っ張る。

 

「あ、うぅん。ごめんね歩美ちゃん、ちょっと電話がかかってきてね」

「歩美……邪魔だった?」

「大丈夫よ、もう電話終わったから」

 

 今日は少年探偵団の面子と、ショッピングに来ていた。

 明日行く人形劇の練習合宿と新学期の準備、――ついでに小嶋元太のリクエストで、米花デパートのレストランフロアで食事をするために。

 

(そうか……この子達ともお別れ……か)

 

 明日には我々は出立する。内容は知らされていないが大きい仕事らしい。それが終わり、またこの国に戻ったら私はまたどこかへ――

 

 

(……どこにあるんだろうな。私の居場所は)

 

 

「お姉さん?」

「あ……っ、ううん、なんでもないわ。ほら、レストランフロアは……7階ね。きっと元太君達、お腹ペコペコにして待ってるわ」

「あはは! 元太君はい~っつもお腹空かせてるよ!」

 

 吉田歩美が、その小さな温かい手で私の手を握って引っ張る。

 幾度も血で汚れた、私の手を――ギュッと、

 

「行こっ! お姉さん!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「アメリカに、ですか?」

「そうです、キャメルさん。所長の浅見、副所長の僕、調査員の安室、瀬戸、マリー、沖矢の計六名を向こうに送り込みます。その間は皆さんに任せる事になりますので、今日はその通達を」

 

 赤井さんが炎に包まれるのをこの目で見てから、どれだけの日々が経っただろうか。日の感覚が曖昧だ。

 

「キャメルさんは……大丈夫ですか? 先日から調子が良くないですけど」

「えぇ、大丈夫です。御心配をおかけして申し訳ありません。もう、大丈夫です」

 

 そう、大丈夫だ。身体は。だが動揺は止まらない。

 FBIの人員が本格的に日本に来る。

 あの組織の捜査のために、赤井さんの仇打ちのために。そして、その最重要ターゲットに挙げられているのが……

 

 

 

――浅見 透。

 

 

 

「あの、副所長」

「なんです?」

「あぁ、いえ……えぇと……しょ、所長が今度向かう仕事ってどういう依頼なんでしょうか?」

「それが、良く分からないんですよね。どういうわけか、アナウンサーの水無怜奈さんも同行するらしくて、依頼主を契約で伏せるって言って……」

 

 分かっている中で、組織の人員と推定されている存在――水無怜奈。彼女と共に、依頼主不明、詳細不明の任務に……。

 上からの資料では、安室透、マリー=グラン、それに……あの瀬戸さんもいくつか不審な点があると言う事だ。当然、彼女に紹介された沖矢昴も。

 

 

 

――『いやキャメルさん本当にありがとうございました。安室さんとかに頼むとその場で確保されそうだったんで……』

 

 

 

――『どうしようキャメルさん。なんか俺、この事件が終わったら正座どころかボッコボコにされる予感がしてきました。色んな人に』

 

 

 

――『ごめんキャメルさん、今日耳日曜、何言ってるかわかんない』

 

 

 

(今更……今更あの人を疑えと、そう言うんですか……)

 

 誇りある連邦捜査官として失格だろう。

 だが、何度も命を懸けて犯罪者を相手に――いや、違う。弱者のために身体を張り続けているあの人を疑うなんて。

 

(だから……証明してみせる)

 

 浅見透という男が、あの組織の人間ではないと言う事を。

 あの人が、ただの女好きで、お人よしで、でもとても優秀な――味方にするべき人間だと言う事を。

 

 

「あ、でも浅見君がちょっとだけ何か零してたな……」

「依頼に関してですか?」

「うん、なんか……会社からの依頼とか言ってたけど」

「……アメリカの、ですかね?」

「多分」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

8月30日

 

 灰原哀。例の子はそう呼ぶ事になった。命名者は阿笠博士だ。

 話を聞けば薬学の専門家で、例の薬の開発者というドンピシャな子だった。

 色々詳しく話を聞きたい所だが、まだ気持ちが落ち着かないようだ。

 

 まぁ、だろうなぁ……死んだと思ってた姉さんが普通に生きてんだから。

 お姉さんの方は、先日会議を開いたあのお店で働いている。

 一応この事を知っているのは、俺と赤井さん、コナン、そして瑞紀ちゃんと明美さん本人だけだ。あっと、あのお店の寺井(じい)さんだけだ。悪いけど水無さんには伏せておいた。

 

 さて、とりあえずコナンに説明しないといけないんだけど、肝心のコナンは少年探偵団と一緒に霧ヶ丘高原のペンションにお泊まりだ、なんだっけ、人形劇の練習合宿かなんかだっけ?

 

 電話で説明するのもなんだし、なにより口にはしないが例の薬を作ってしまったことに責任を感じてるらしい。ちょっと一拍置いたほうがいいだろう。

 問題は住む場所だが……とりあえずは俺の家に置くことにした。

 防犯、防衛には最適だし、桜子ちゃんとふなちがいるから問題ない。楓もしばらくは紅葉御殿にいたいらしいしちょうどいい。

 

 とりあえず、俺が帰ってくるまでだな。明日からちょっと日本出るし……。

 そうだ、安室さんとマリーさんも同行させるから問題ないだろう。

 っていうか、事務所はちょっと閉めて、主要メンバーほぼ連れていくからなぁ。

 日本に残るのは恩田、初穂、キャメル、それに双子メイドとふなち、小沼博士か。

 

 志保とコナンの事は、阿笠博士が対処してくれるそうだ。

 正直、コナンと古くから付き合いのある阿笠博士に手伝ってもらえると非常に助かる。

 どう切り出せばいいか悩んでいたからだ。

 

 

 あぁ、そろそろ俺も荷物の準備しなきゃ、明日は早いんだ。

 そもそも、この依頼探偵にするものじゃねぇ……

 武器も貸してくれるって、怜奈さんもえらい仕事を引っ張ってきたもんだ。

 

(次のページへと続いている)

 

 

 

 

 

 




多分ちょっと主人公グループお休み。
暗殺者編どうしよう

※ 居残り組にキャメルさん追加。ていうか抜けてた(汗)


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瞳の中の暗殺者編
062:学者、ホームズ、名無しの動向 (副題:発端)


キリが良かったので短いですが投稿


 朝の天気予報で言われた通り、雨が降り始めた。

 九月になったばかりで、まだジメジメしていると言うのにそれに磨きがかかっている。

 

「まさか、貴方と同じ学校で小学生をやる事になるなんてね」

「おい、おめーの薬が原因だろうが……ったく」

 

 二学期が始まるのと同時に、一人の転校生がやって来た。

 灰原哀。――本名、宮野志保。

 

 ペンション荒らしの事件を解決し、毛利探偵事務所に帰宅した俺を待っていたのは阿笠博士からの電話だった。

 

 浅見さんが、あの薬の開発者を保護したという信じられない内容のモノだった。

 なんでも、俺の家に置いていた衣類や私物を回収しに戻ろうとしていた時に倒れていたコイツを助けたらしい。

 

「分かってるわ。それに貴方達にはお姉ちゃんを助けてもらった恩もあるし……」

 

 そういや阿笠博士が言ってたな。浅見さんから連絡をもらって俺の家に着いた時に、浅見さんの首に絞められた跡がついてて、ちょっと襟元がボロボロだったって。

 ……締め上げられたな。まぁ、いつものことか。

 

「ま、今度瑞紀さんが場を整えてくれるって言うからそん時に会えんだろ。ま、その瑞紀さんも今は浅見さん達と一緒にアメリカに行ってるけど」

「組織の人間と……でしょ? 彼、ちゃんと無事に帰ってこれるんでしょうね」

「無事にかどうかはともかく、帰ってくるだろうさ」

「…………」

「んだよ?」

「まるで、あの人が怪我する事前提で話すのね」

「………………」

「なに? どうかした?」

「いや……浅見さんが無傷で帰ってくる姿が想像できなくて」

 

 思わず頭を抱えてしまった俺を、灰原が白い目で見てくる。

 

「聞いていたよりもハードなのね、あの人」

「……組織の中じゃどういう話になってるんだ、浅見さん」

「幹部の変装を一目で見破る洞察力を持ち、彼にいくつもの計画を潰されたと見られるが証拠が見つからない。疑わしきは消せで刺客を送れば誰も帰ってこない。幹部も恐れる得体の知れない男」

「ひとっつも聞いた事ねぇぞ!?」

「ま、どこまで本当なんだか……」

 

 帰ってきたら問いただすことがまた増えた。雪だるま式に質問事項が増えていく。

 ちょうどあの人がぶっ倒れている時に越水さんとも話したけど、聞きたいことを聞こうとする時に限ってあの人大体死にかけてるよな。

 

「あー、またコナン君と灰原さん内緒話してるー!」

「おい、何の話だよ! 晩飯のことか!?」

「元太君……君の頭はいつもどおり、食べる事で一杯ですね……」

「元太君、もっと運動しないと身体に悪いよ!!」

 

 灰原と、いつもの面子から一歩下がった所で話していた所を大きな声で咎められた。

 歩美ちゃん、元太、光彦、そして楓ちゃん。

 

「あ、いや……わりぃわりぃ。浅見さん、いつ帰ってくるのかなぁってさ」

「帰って来る日、決まってないんですか?」

 

 光彦が尋ねると、灰原が肩をすくめて答える。

 米花公園を横切り、青になったばかりの横断歩道を渡りながら、

 

「えぇ。そもそも正式な依頼なのかしら? 白鳥刑事って人の妹さんのパーティ辞退したらしいし」

「アタシ、空港まで見送りにいった時にお兄ちゃんに聞いたら、『多分一、二週間くらい』って言ってたよ。ね、哀ちゃん?」

 

 今、灰原は浅見さんの家にいる。

 今日からしばらく紅葉御殿に戻るらしいが、ここ数日は今まで通り浅見さんの家にいた。

 つまり、灰原と楓ちゃんは同じ家に住んでいるのだ。

 

「えぇ、桜子さんが食事の献立予定で悩んでいたわね。まったく、アバウトよね……一、二週間くらいって」

「ね、哀ちゃん。ふなちと二人で本当に大丈夫? やっぱり、アタシも家にいようか?」

 

 はっはーっ。ふなち、小学生に頼りにされてねぇ……。

 

「大丈夫よ。ああ見えてふなちさんは結構頼りになるし、桜子さんもいるしね」

 

 あの家の住人、楓ちゃんはともかく他の連中は全員家事得意だからな。

 ……ふなちは少し、浅見さんはかなり片付けが苦手だけど。

 

 

「ん?」

 

 ちょうど今渡ったばかりの横断歩道近くの電話ボックスに、一人の男が入って電話をしながらメモを取っている。

 黒っぽい表紙の手帳を縦に開いて、横書きでメモを取っている。

 あれは、刑事が警察手帳に何か書きこむ時の仕草にそっくりだ。

 

(警察の人、か……)

 

 なんとなく目で追っていると、そこに誰かが近づいてくる。

 黒い傘に、灰色という地味な出で立ちだ。

 その人物は並ぶように、その電話ボックスの前に立つ。ちょうど同じタイミングで刑事らしき男は受話器を置き、外に出ようとして――

 

 

 

 

 

――その何者かに、消音器付きの銃で射撃された。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『今日午後2時ごろ、米花公園交差点にて米花署勤務の警察官奈良沢(ならさわ) (おさむ)警部補、48歳が射殺される事件が発生いたしました。只今米花署には対策本部が開かれ、本庁からの応援も――』

 

 名前を捨ててから、(さそり)のような女があてがってくれたセーフハウス。

 備え付けられているテレビでは、起こったばかりの殺人事件の速報が流れている。

 

「浅見透は?」

「アメリカへ行ったみたいよ。事務所は仕事量をかなり絞っているみたいね」

「……アメリカ、か」

 

 そういえば、テレビの方でも水無怜奈が長期休暇を取ると言っていた。

 何かが動こうとしているのだろう。

 はたして、あの女はどの顔で動いているのか……。

 キールとしてか、水無怜奈か、……あるいは俺がまだ見ていない、もう一つの顔か。

 

(願うならば水無怜奈として、本当にただの休暇であればいいのだが……)

 

 弾丸を抜いたピースメーカーを弄び、手に馴染ませる作業を続けながらテレビに目を向ける。

 

「見た限り、かなり出来る連中のほとんどは一緒に付いていったみたいね」

「……戦争でも起こすつもりか? あの男は」

「あり得そうで笑えないわね」

 

 テーブルの上には、化粧などで顔の陰影を変えたスコーピオンが、ここ数日警戒の薄くなった浅見探偵事務所の様子を隠し撮りした写真を並べている。

 

「……この女、気付いているな」

 

 防弾だけではなく、レーザー照射型の盗聴装置すら対策している窓ガラスごしに、カーテンを閉めながらカメラに目線を合わせているメイド服の女性が写真に写っている。

 確か、双子の従業員だったはずだ。

 

「それと、この女もやっかいね」

 

 青蘭が指し示す写真は、髪を後ろで束ねた女だ。この女も、雑誌の記事で見たことある。

 

「鳥羽初穂。……確か、もと看護師だったか」

「かなり視線に敏感だったわ。窓越しでも気付いていると思う」

「呆れるほどに層が厚いな。主力が抜けたというのに、それでもまだ油断は出来ない」

 

 所長であり底の見えない浅見透はもちろん、組織を抜けた今ではバーボン、キュラソーの二人もあの事務所の中で大きな脅威だ。

 

「やはり、情報が足りんな」

「浅見探偵事務所の?」

「それもあるが……奴自身の事が知りたい」

 

 あれだけの技術、一体どこで手に入れたのか。

 調べた限り、経歴だけは普通の男だった。

 幼少期に両親を失くし、一時施設にいたようだが……。

 

「となると、辿っていくしかないわね」

「あぁ」

 

 奴の足跡を逆から辿っていくしかない。

 浅見探偵事務所を開く前。爆弾魔、森谷帝二と対決するさらに前。黒川邸で舞台に立つその前。

 確実に奴と繋がっているのに、その繋がりが不透明な存在――

 

 

 

 

 

 

「「工藤 新一」」

 

 

 

 

 

 

 あの男の本来の相棒。あの男を使っていたという男。

 組織が殺したと言う事だが……いや、そうか。それならあの時アクアクリスタルに現れたのも納得できる。

 

「出かける」

「あら、いいの? 追手が来るかもしれないんじゃなくて?」

「その時はその時だ。このまま籠っていると、いざという時に困る事になりそうだ」

 

 リボルバーをくるっと回して肩に吊るタイプのホルスターに差し入れ、ジャケットを羽織る。

 

「それに、浅見透の周囲の力を見れるかもしれないしな……」

 

 ニュース番組のアナウンサーは、急きょ入った情報を慌てて読みあげている。

 

 

――城南警察署勤務 芝 陽一郎巡査部長。射殺される。

 

 

 テロップにはそう書かれていた。

 

「動くぞ、あいつらは。間違いなく」

 

 

 

 

 

 

 




浅見探偵事務所本隊の動向。

(手っ取り早く三行で)

・正式に依頼を受けた浅見透、安室、マリー、瑞紀、水無怜奈の4人を連れて、チャーターした飛行機で現地ヨーロッパへ飛ぶ。

・アメリカに残った越水達。鈴木財閥の人間と共に仕事に入る。

・浅見一行搭乗のチャーター機、エンジン爆発。


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063:暗転。そして三人目

前話で補足を忘れていましたが、原作で言う灰原(製作者)とコナン(被害者)の葛藤ややり取りはカットします。


「白鳥さん、妹さんのご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございますキャメルさん」

 

 米花サンプラザホテル15階、鳳凰の間。

 今日はここで白鳥刑事の妹、白鳥沙羅さんとその婚約者である晴月光太郎氏の結婚を祝う会が開かれていた。

 

 本来ならば所長も来るはずだったのだが、どうしても緊急の仕事が出来てしまいアメリカへ。

 今日は恩田さん達を含めた事務所の面子、それに『マダム・ハドソン』の飯盛さんや西谷さん、所長が帰って来てから正式に事務所に所属する紅子ちゃんという面々だ。

 

「所長達の事はすみませんでした。なにせ本当に急で、かつ重要な事項らしく事務所員もほとんど向こうに行ってしまって」

「えぇ、聞いてますよ。恐らく鈴木財閥絡みでしょう。一緒に次郎吉相談役もアメリカへと向かわれたようですし……」

 

 そうだ、それには私もびっくりした。

 急な予定だったために鈴木財閥の自家用機を引っ張り出してきたらしいし、向こうでの移動のためにもう一機チャーターをしたと聞いている。

 

「ただ、瑞紀さん達を呼べなかったのは残念だなぁ。彼女のマジックは、華があるので余興を頼もうと思ってたのですが……」

「彼女も含めてマジック関係者は、真田さん以外は全員出払っていますからねぇ」

 

 紅子ちゃんの話だと、あの黒羽君も離れて暮らす母親の所に行っているらしい。始業式にも出ていなかったとか。

 その紅子ちゃんも、今は中森警部とその娘さん、そして毛利探偵のご家族と会話を楽しんでいる。

 あの子も不思議な子だ。所長達を見送る前に所長を軽く抱きしめて頭を撫でたり……副所長の笑顔を見てふなちさんも恒例となりつつあるお祈りを始めて――まぁ、大変だった。

 

「しかし、白鳥さん大丈夫ですか? 例の事件……」

「あぁ、いや……キャメルさん、そのことはどうか……」

 

 白鳥刑事は例のトランプの事件の後から、私の良い友人になってくれた人だ。

 たまに彼の友人が開くワインの試飲会に誘ってくれたり、一緒にバーを回ったりする間柄になっている。

 だからこそ、ここ最近の彼の変化にも気付く。

 よほど、例の警察官連続殺人事件に触れられたくないのだ。

 

「……私も、元捜査官だからなんとなく分かります」

 

 元ではなく、一応今もだが。

 治安維持を司る組織が外になんとしても漏らしたくない情報というのは相場が決まっている。

 

「嫌な物ですね……身内を疑うというのは」

 

 今の自分には、痛いほど分かる。

 私がそう言うと白鳥刑事はハッと目を開いて、バツが悪そうにシッと人差し指を立てた。

 

「キャメルさん……どうか、内密に」

「えぇ、分かっています。ですが……我々に手伝える事はありませんか?」

 

 主力が抜けているとはいえ、所長が築き上げた情報網はそれでも動くように整えられている。

 下笠姉妹とふなち、三人の内二人いれば情報収集面ではほぼ完全に動く。

 それに最近では、浅見透の付き人を務めている桜子さんも流れを覚え始めている。

 

「大丈夫です、キャメルさん。我々――日本警察が必ず解決して見せます」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「本当に僕、呼ばれて良かったのか?」

「いーのよいーのよ。本当なら来るはずだった浅見さん達の分が空いてたし、お堅いパーティって訳じゃないんだし」

「そうだね。お兄ちゃ――浅見さんも、七槻さん達も来れなくなっちゃって……」

「伯父様まで浅見さん達に同行してるなんて、今度は何をやらかす気なのかしらね」

 

 以前バスで痴漢と勘違いした男の子は女の子で、そして転校生だった。

 世良真純。私達のクラスに入って来た彼女は、私と同じくらい強くて、そして新一と同じ――高校生探偵を自称していた。

 

「お兄ちゃんって――例の浅見探偵の事かい?」

 

 今日も、どこか男の子に見える格好をした世良さんが聞いてくる。

 転校してきてまだそんなに日は経ってないけど、明け透けな性格な事もあってもうクラスに馴染んでいる。

 それに、高校生探偵を自称するだけあって頭も切れる。まるで新一みたいに。

 

「そーよ。蘭にとって、あの人もう本当にお兄ちゃんみたいな人だもんね」

「もう、園子ったら!」

「へぇ。……お兄ちゃん、か」

 

 世良さんは、初めて会った日も被っていたあの帽子にちょっと手を添えて呟く。

 

「興味あるなぁ、浅見探偵! ここ最近じゃあ、蘭君のお父さん――『眠りの小五郎』と人気を二分する名探偵だしな!」

「あ、あはは……最近お父さん、あんまし眠ってないけどね……」

「大体いっつもこのガキンチョの余計な一言で事件が解決してんのよね」

「あと、コナン君が浅見さんに電話して助言もらったりね?」

 

 そうだ、浅見さんがお父さんと良くご飯食べたりする仲になってからは、逆にお父さんから浅見さんが助言をもらったりすることもある。

 ――そういえば、その時コナン君、慌てて浅見さんの仕事用の携帯電話の番号とアドレス教えてくれたけど……なんで知ってたんだろ? 仕事用の電話番号なんて。

 

「へぇ、という事は……君、浅見探偵と仲良しなんだなコナン君」

「あ、あは。あはははは……」

 

 その世良さんは、妙にコナン君を気に入っている。

 コナン君、事件の話とか新一みたいに大好きだし気が合うのかな。

 

「そっか、確かに世良さんは浅見さん達の出張とすれ違いだもんねー。あの人がいれば今頃世良ちゃん、あの紅子ちゃんみたいに事務所のメンバーの一員になってるかもね」

 

 私達が、それなりにしっかりしたモノとはいえ私服で来ている中、一人だけスーツ姿の女の子が混じっている。お兄ちゃんの事務所の人達が着ている、あの服だ。

 

「紅子君だっけ、君も探偵なのかい?」

「まさか、私に彼らほどの頭は無いわ。私はあくまで協力者」

 

 スーツを着ているのもあって――いや着てなくてもすごく、こう、色気? を感じる女の子。

 雑誌とかで、『オカルト探偵』とか『浅見透直々のスカウト』とか色々書かれてたけど……結局すぐに話題にならなくなったな。

 ……ひょっとして、お兄ちゃんが手を回したのかな。水無さんみたいなマスコミ関係の人に顔利くみたいだし。

 

「まぁ、彼が私を必要とした時に少し手伝うだけよ。それ以外は、あの人達の手伝いかしら?」

 

 そう言って紅子ちゃんは、グラスを離れた所にいる三人の女性と一人の男性の方へと軽く振る。

 下笠さん達に桜子さん、そして小沼博士だ。

 

 下笠さん達はいつものメイド服を、少しドレスっぽくしたような服、桜子さんはスーツ。小沼博士は――こんな時でも相変わらず白衣だ。

 

「事務、ですか?」

「えぇ。時給、結構弾んでくれるし、ね」

 

 そう言ってほほ笑む紅子ちゃんは、とても同い年とは思えないくらい綺麗だった。

 でも、とてもいい子だっていうのも分かる。なんだろう、たまに言葉がキツイ時があるけど、同時にすごく気が利く子でもある。

 

(やっぱり、瑛祐君も連れてくれば良かったなぁ……)

 

 声をかけたのだが、元気なく断ったクラスメートの男の子。

 最近、目に見えるくらい落ち込んでいるけど……大丈夫かな?

 

(こう言う時、瑞紀さんがいればなぁ……)

 

 傍から見ても分かるくらいあの男の子が懐いている、お兄ちゃんの傍にいる女の人を思い浮かべながら、内心で深いため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「それで、今日は来ていないの? 貴方のお気に入りの浅見透は」

「あぁん? 蘭が話してただろ、出張でアメリカだって」

「本当かしら? 貴方に愛想が尽きて離れたんじゃなくて?」

「なにおぅ?!」

 

 ちくしょう、この女は相変わらず可愛くねぇ!

 白鳥の身内の祝い事だから足を運んだが……まさかコイツ(英理)まで来てたとは!

 蘭の奴に相手させるかと思ったが、佐藤刑事と会場を出ていくのが視界の隅に入る。くそっ……連れションか?

 

「そういや、お前浅見とは会ったことあるのかよ」

「えぇ、何度か。この間の、その……沢木さんの事件の後からね」

 

 そう言って、英理は少し目を伏せた。

 

「……沢木さんの弁護、やるのか?」

「いいえ。……断られたわ、あの人に。……罵られた、という方が正しいかしらね」

「そう、か」

 

 あの人は、最後には眼に映る全てを憎んでいたように見えた。

 透の奴にナイフを突きつけながら、小山内奈々の射殺を要求した時のあの眼。忘れようにも忘れられない。

 

「俺ぁ、何にも出来なかったよ。探偵としても、元刑事としてもな」

「……アナタ」

 

 辻さんを救い、あの土壇場で救出に来てくれた浅見、キャメル。小山内奈々を守って、真相に気付いていた瑞紀ちゃんと――コナン。

 俺に出来たのは、最後の最後で……。

 

「止めたじゃない」

「え……」

「探偵としてじゃない、元刑事としてでもない。……友人として」

 

 思わず下に向けていた顔を上げると、英理がほほ笑んでいた。

 どこか、懐かしい……優しさを感じさせる笑顔だ。

 

「アナタ、ちゃんと沢木さんを止められたじゃない。ね?」

「……英理」

 

 あの日から、見舞いにこそ行ったがやはり言い争いになって、それから英理と会う機会はなかった。

 いや、俺が会おうとしなかっただけか。

 

「できることなら、浅見透も止めてほしいけどね」

「……あん?」

 

 どういうことだ? と聞くと、英理は不機嫌そうに鼻を鳴らし、

 

「あの男、ウチの栗山さんにちょくちょく粉をかけてるのよ! 栗山さんも何度かランチにホイホイついて行っちゃって……九条検事とも飲む仲だっていうのに、あの女ったらし……っ!!」

 

 あいつ、この間の退院祝いの時も交通部の婦警に飲みの誘いかけてたよな?

 さすがというかなんというか……。

 

「アイツのこと、師匠って呼ぼう」

「アナタ?」

 

 思わず呟いてしまった言葉に、英理が眉を吊り上げる。

 

「ん、ごほんごほん! それよりだな、英理」

「それより?」

「あーいやー、そのだな」

 

 最初から振ろうと思っていた話題だが、お茶を濁すために口を開く。

 

「例の事件、警部殿から何か聞いていないか?」

「警察官連続射殺事件……かしら?」

「あぁ」

 

 先ほど警部殿にも尋ねてみたが、あっさりと流されてしまった。

 ひょっとしたら英理なら何か聞いているんじゃないかと思ったが……。

 

「いいえ、何も。……私としても話題にしづらいことだし。ただ――」

 

 英理は目線を周囲にぐるっと向けて

 

「えらく殺気立っているわね。一目で刑事って分かるくらい、目を吊り上げちゃって」

「…………」

 

 俺もそれが気になっていた。

 まるで、現場の様にピリピリしている空気を所々に感じる。そこに目をやれば、いるのは刑事っぽい奴らばかりだ。

 

(嫌な予感がする……)

 

 あの坊主と一緒に出かけている時にたまに感じる、あのネットリとした感覚だ。

 

「ま、刑事ばかりが狙われているのなら無理もないでしょうけど……」

「狙われている人物がこの中にいる、という可能性は?」

 

 とっさに思いついた事をとりあえず口に出してみる。

 浅見達がチームで捜査をする時の真似だ。

 皆の思いついた事を誰かがメモを取り、それぞれについて一つずつ考えていく。

 今いるのは俺と英理だけで、浅見のように書記がいるわけじゃないが……。

 

「私が警察なら、そういう人間にはガードを付けると思うけど?」

「あぁ、まぁ、そりゃそうか」

 

 誰だって死にたくねぇだろうしなぁ。

 そう考えた次に、自分ならどうするだろうと考える。

 

(受ける……か?)

 

 日頃訓練をこなし、人が足りない中で激務を行う警察官だ。

 相手が拳銃を持っているという情報があるのならば半々。だが、気が強く、自他共に能力の高い刑事ならば――

 

(プライド、自分一人のために数人分の労力を割かせる事への申し訳なさ……)

 

 俺なら……断るかもしれない。

 蘭とコナン、英理と言った周囲の人間に付けてもらう事ならば考えるが……自分の身ならば。

 

(アイツが聞いたら、もっと自分を大切にしてくださいって怒るだろうな。……自分の事は棚に上げて)

 

 今頃外国で、ひょっとしたらもう怪我してるかもしれない男の顔が出てくる。

 

「何にせよ、外には情報を出したくないって事か……」

「えぇ、名探偵といわれるアナタにもね。もっとも――」

 

 再び英理がずいっと顔を近づける。皮肉な顔で。

 

「アナタが、酔っぱらった勢いで情報をポロポロ零しそうだって思われた可能性も高いけどね」

「うっぐ……」

「むしろ、そっちが本命の理由だったりして?」

「き、きっさま―――!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「千葉様! 今回の件、私達にも教えて下さらないのですか?」

 

 たまたま見かけた付き合いのある刑事に、今テレビを騒がせている事件について尋ねてみる。

 恐らく、浅見がいれば迷わず首を突っ込んだだろうし。

 それに警視庁の方々には親しい人間も多いので、自分もそれなりに心配していた。

 

「ごめん、ふなち。今回ばかりは――」

「という事は、千葉様の上におられる方から厳重な情報規制命令が下りたということですわね。ふむむ……もしや! もしや警察にとって不味い事態! ……犯人も警察官の可能性が?!!」

「もう勘弁してくれないかなぁふなち!?」

 

 皿にローストビーフとマッシュポテトを山盛りにしている千葉刑事は、口元にソースを付けたままそうわめく。

 なんというか、相変わらずだ。

 

「ですが千葉様、最後に浅見様と連絡をした時に、浅見様も気にされていましたわ」

「え、浅見君が?」

 

 嘘だ。いや、正確には嘘ではない。向こう側から、越水様と別れて別の国に行ってくるという報告の際に言っていた。

 江戸川コナンや毛利小五郎、そして親しい刑事の周りに何か変化があったら気を配っておいてくれ、と。

 

「えぇ。所長にとって、警視庁の皆さんは友人ですから……ほら、現に先日、所長が海外に行くと知ったら皆さんで送迎会をしてくれたじゃないですか」

 

 傍にいた恩田がフォローを入れてくれる。

 鳥羽の方は興味は全くないらしく、料理とお酒に集中している。

 

「あれ、計画したのは由美さんで、刑事部の人員を扇動したのは白鳥刑事なんだけどね……」

「皆さん妙にノリノリだったのは? 麻雀でも妙に殺気走ってましたけど」

「由美さんが……『アイツが死んでも絶対に帰って来るように大負けさせて悔しがらせてやろう』って……」

「あぁーーーー」

 

 見送りに来た刑事の一部に『てめぇら俺が帰ってきたら再戦だかんなクルァ!!』と怒鳴っていた理由をようやく察した。

 

「刑事部の皆様ってば、浅見様の扱いにだんだん慣れてきましたわね」

「特に由美さんがね……」

「あぁ……」

 

 浅見に飲み仲間として色んな所に引っ張り回されている恩田が、深く納得している。

 毛利探偵の所へ行く時は安室を、刑事と飲む時はキャメルを連れていく事が多い浅見であるが、恩田が来てからはちょくちょくどちらにも彼を引っ張っている。

 あの飲み会好きで麻雀好きの宮本由美は、おそらく恩田ともよく絡むのだろう。――というか、恩田が絡まれているのだろう。

 ちょっと前に浅見が、『恩田先輩は歳上から可愛がられるタイプ』だと言っていた。

 その言葉をそのままバットで打ち返したくなったのを覚えている。

 

「真面目な話、どうなのですか?」

 

 おそらくキャメルも白鳥刑事辺りに声をかけているだろうが、いざという時に力を貸す用意は出来ている。

 

「襲われるかもしれない刑事、もう目星がついてんだろ?」

 

 そんな時、更にパスタとサラダ、一口サイズのステーキを皿に盛ったばかりの鳥羽が後ろから声を出す。

 

「じゃなきゃ、いくら刑事の身内のパーティーだって言ってもこんなに人を配置したりしないだろ? 特に――」

 

 こちらではなく、次に何を取るかと料理の皿を見ながら、元の場所に戻しかけていたトングである一方を差す。

 

「警視庁の刑事部部長なんて大物はさ」

 

 差した先にいるのは、小田切敏郎。刑事部の部長で、あの浅見とも交友のある人物だ。

 なにやら、髪を紫に染めた若い男と揉めているようだ。

 

「……よく見てますね、鳥羽さん」

「安室と瀬戸に色々叩き込まれたからね。それに、観察するのは看護師の仕事の一つさ」

 

 もう最近では、依頼人等の前でしか猫を被らなくなった鳥羽は、気だるそうな目つきのまま、片手を腰に当ててため息がてら、

 

「ついさっきも、目暮のダンナが佐藤に深刻そうな顔で声かけてたし? その周りにずっと目線送ってるってなりゃ……ねぇ?」

 

 だろ? という様にフォークをピッと千葉刑事に突きつける鳥羽。

 彼女が事務所員として入ってから、あの浅見透が『思わぬ掘り出し物』と評する鳥羽初穂。

 確かに、前に恩田とあのオカルトの専門家――小泉紅子と一緒に解決した事件。あの時の交霊会のトリックの大半を見破ったのは彼女だった。

 

「で、どうなのさ。佐藤は護衛をちゃんと付けたのかい?」

「あぁ、いや――」

 

 さすがに観念したのか、千葉様が口元に手を当て、小声で話すとジェスチャーする。

 

「それが、佐藤刑事ってば護衛を断っちゃったみたいで……」

「だろうね。目暮のダンナ、緊張を全く解いてなかったし」

 

 なぜか目暮刑事の事をダンナと呼ぶ鳥羽は、再び肩をすくめる。

 そして、

 

「まぁ、どっちにせよアタシなら、佐藤をやるなら今だけどねぇ」

 

 あっさりとそう言う。

 

「え……」

「ど、どうしてですか、初穂様?」

「どうしてって……いまここにゃ刑事がたくさんいるんだよ?」

 

 先ほど取ったポテトサラダをフォークで掬い、口に運んで。

 

「ここを離れりゃ一人って事もあって常に気を張るだろうけど、大勢がいるここじゃどうしても油断するさね。そんな時に隙を見せれば――」

 

 佐藤刑事をまた指そうとしたフォークの切っ先が――その目標を見失い、迷う。

 

「……あん? 佐藤の奴、どこに行ったのさ?」

 

 

 

 

 次の瞬間、突然会場のライトがフっと落ちる。

 会場が、不安な声でざわめく。

 

 

 

 

「こ、これは……」

「停電でしょうか?」

 

 暗闇の中で千葉が辺りを見回しているのが僅かに見える。

 それと同時に、ガチャン! という陶器をぶつける音も。

 

 鳥羽がテーブルに取り皿を叩きつけるように置いた音だ。

 

「そらそら来たよ!」

 

 その鳥羽はすでに走り始めていた。

 

「恩田! 千葉ぁ!」

「はい!」

 

 返事をする前に恩田も後に続いている。その後ろにも誰かが続いている。輪郭しか分からなかったが、一人は所員のキャメル。そしてもう一人は……あの帽子からして多分――毛利蘭のクラスメートか。

 

 千葉刑事も、「え、えぇ?!」と戸惑いながらも一拍遅れてその後に続こうとするが、周囲が見えておらず、足を止めてしまう。

 

 

 

 

 

 女性の――毛利蘭の叫び声が響いたのは、その直後だった。

 

 

 

 

 

 




浅見探偵の行動記録を三行で

・不時着
・脱出
・到着、カリオストロ公国




登場キャラ解説

●白鳥沙羅
本作、『瞳の中の暗殺者』に登場した白鳥刑事の妹。弁護士の卵です。妃英理がパーティに参加していたのはこれが理由。

劇中では蘭達と一緒に、小五郎と英理の慣れ染めを問い詰めるなどミーハーかつ押しの強い部分が見られましたねw



●晴月光太郎
彼女の婚約者。出番も声もほとんどなし。
職業は画家ですが、小五郎のおっちゃんは『頭に売れないがつくな』と言っていますが……
一応名家っぽい白鳥家に、本当にただの売れない画家が結婚出来るのか。
実はこの人、名家の二男、三男坊なのではないかと邪推をしています。

だってそうじゃないと職業的にヒモげふんげふん。
しかも名家の子供で売れない画家とかいかにも殺人事件に巻き込まれそうげふんげふんげふん


そしてかなり早い世良真純の登場。番狂わせなどは考えていて楽しいですねw


※越水達はアメリカに残っております。
 浅見達は別れてヨーロッパへ行っていつも通り爆発しました


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064:緊急事態、新たな高校生探偵、女王様

浅見一行、公国のホテルにて休息中

















浅見「ホテルで寝てたらなんか外がうるさくなって窓を開けたらアサシン的なサムシングとお目目がばっちり合っちゃった件について」



 佐藤刑事が撃たれた。

 

 とっさに走り出した浅見探偵事務所の人達の後を追うようにして飛び込んだ女子トイレの中に、血にまみれた佐藤刑事と、そして蘭君がいた。

 

 すぐに元看護士の鳥羽探偵が、佐藤刑事にすがりつこうとする高木刑事を引き剥がして手当てを開始。

 といっても銃創が厄介な所だったらしく、慎重な止血しか手がなかったらしい。

 先ほど医師の話が聞こえたが、銃弾の一つが心臓付近で止まっているらしい。助かる確率は――五分。

 

『おじ様! 蘭が――蘭が!』

 

 毛利探偵が目暮という刑事からなんとか情報を聞き出そうとしている時に、眠り続けていた蘭君に付き添っていた園子君が駆けこんできた。

 

『意識は戻ったんですけど、蘭の様子がおかしいんです!!』

『何ぃっ!!?』

 

 外傷はほとんどなく、おそらく大丈夫だろうという事だったのに、園子君の慌て方は尋常じゃなかった。

 僕達は慌てて彼女の病室へと向かう。

 先頭を切るのはコナン君だ。

 そうだろうとも。彼なら、君なら真っ先に彼女の元へ、

 

 

 

 ――そして、

 

 

 

 

 

「坊や……誰……?」

 

 

 そして僕達の目に入ったのは、どこかうつろな目でそう呟く蘭君と、それを茫然と見上げるコナン君だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この子、私達のことばかりか……自分の名前さえ思い出せないの」

 

 蘭君のお母さん――妃弁護士が蘭君の肩に手を置いたまま、そう言う。

 肝心の蘭君は、反応らしい反応を見せないままボーっと僕達の事を見回す。

 

「お、俺のことも――!!」

 

 大きな声で、そのまま言葉を続けようとする毛利探偵だが、恐らく気付いたのだろう。

 蘭君の肩が僅かに震えたのに。

 数回、毛利探偵は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 

 

「お、俺のことも分からないか? 父親の毛利小五郎だ。お前の横にいるのは妃英理。飯が不味くて別居中のお前の母親。そして、居候のコナンだ」

「なんですってぇ……っ?!」

「居候は余計だっつの……」

 

 そして出来るだけ柔らかい表情を努力して、蘭君に問いかける。――もっともその表情は硬いし、隣の妃弁護士は頬がひくついている。

 ただ、おかげで張り詰めたような空気が僅かに緩んだ。

 

「あ、わ、私は鈴木園子。貴女の友人よ。こっちは、転校してきたばかりの――」

「世良真純。君は、僕の事を世良さんって呼んでるね」

 

 僕達がそれぞれ自分達の事を教えると、彼女は僕と園子君の名前を何度も呟いている。

 

「毛利さん、今風戸先生が到着しましたので……」

「あぁ、分かった。……英理」

 

 白鳥という刑事の主治医を務める心療内科――風戸京介という医師だ。

 記憶喪失という事態に、白鳥が急きょ呼び寄せたらしい。

 

 毛利探偵が目配せをすると、妃弁護士は何も言わずに頷いた。

 蘭君の傍に寄り添うのだろう。そうだ、記憶がないのならば、同性がいた方がいいだろう。

 

「おら、お前ら出るぞ。ここは先生に任せよう」

 

 毛利探偵はそっとドアを開けて僕達に退室を促し、僕も園子君も刑事達も部屋から出ていく。

 部屋を出るか出ないの時、傍にいる毛利探偵の小さな呟きが、僕の耳に入る。

 

 

 

 

 

 

――こんな時、あいつがいりゃあなぁ……

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……妙な状況になってきたな」

 

 毛利小五郎の娘と、あの時俺を追いつめた佐藤という女刑事が病院に担ぎ込まれた。

 その情報を手に入れた俺と青蘭は、さりげなく病院を訪れていた。

 青蘭が内部に入り、俺は万が一の時にいつでも逃げられる様に車で待機。もっともそんな必要は全くなかったが……。

 

 内部で情報を入手した青蘭から、車の中で状況を確認する。

 

「医師、仁野保の死亡事件か」

「まさか、またこの男の名前を聞くとは思っていなかったわ」

「……? 知っているのか?」

 

 懐かしむというよりは、うんざりしたような顔でため息を吐く青蘭に尋ねる。

 

「えぇ、といっても一度顔を見ただけ。どこにでもいる、腕も頭も悪い小物よ」

 

 彼女は、腕の悪い『医師』とは言わなかった。それが印象的で、少し考え……ピンと来た。

 

「横流しか?」

「えぇ。薬なんかをよく、ね。といっても仕事は雑。いずれ警察に見つかるか、あるいは暴力団等に強請られるか殺されると思ってたわ」

「そんな事件が……今更になって、か」

 

 事の流れは単純だ。その死亡事件を調べている間に、容疑者に上がったのが警察上層部の息子。それの対応を迷っている内に追っていた刑事が病死。それでうやむやになった事件を今になって再調査していたら、その調査していた人間が次々に襲われ、殺されたと言う訳だ。

 

「まぁ、正直それはどうでもいいんだけど……毛利蘭の記憶が消えたのは痛いわね」

 

 当初の予定では、浅見透の知り合いである青蘭が、浅見透に近く、同時に工藤新一に近かった毛利蘭に接触を試みるという計画だった。が、その肝心の女が……。

 

「計画を変更するか?」

「と言っても、鈴木財閥の令嬢に当たるのはリスクが高すぎるわ。本人はともかく、周りがね」

「ふむ……」

 

 欲しいのは工藤新一と浅見透が同時に活動していた時期の記録だ。

 その記録があれば、あの男がどこにいたか、何をしていたかも多少は読める。

 一応、浅見透の学校や施設も当たったが大した収穫はない。

 小さい頃から手先は器用だったという事、数か月の行方不明期間がある事、それ以外は普通だったという事くらいだ。いや――

 

「行方不明期間の後、施設近くで発見された時に視力を一時的に落としていたというのが気になるな」

 

 具体的に何が、という訳ではない。だが、頭の隅に引っかかった。

 

「頭部に負傷した痕があるっていうし、その時のショックで……ってことじゃないの?」

「その時点で怪我が治りかかっていたという記述がどうも、な」

 

 その時浅見透を診た病院、青蘭が透の行方を探している人間の振りをして担当していた医師から聞いた話だ。さすがに少々記憶が曖昧なようだったらしいが、大筋は外れていまい。

 

「傷そのものは治っていたという事だ。自然に治ったとしても、その間一人だったと思うか?」

「……誰かが、面倒を見ていた?」

「子供が一人でいたのならば、普通は警察に届ける。そうではなく、面倒を見ていた人間となると……」

「ただの人間ではない?」

 

 奴の両手を思い出す。間違いなく投擲術とリボルバーの訓練を受け、そして今も欠かさず続けている手だ。

 ならば、奴に訓練を施し、自主訓練の方法を教えたのは……

 

「青蘭、お前はそっちの方面を当たれ」

「いいけど……貴方は?」

 

 一つだけ、思った事がある。

 

「工藤新一は死んだはずだ。だが、結局死体は確認できていない。もし……もし生きていたならば?」

「地下に隠れているって言いたいの?」

「あぁ、そしてその工藤新一が、かなり親しかった女が記憶を失う程の危機に陥ったとなれば?」

 

 そこまで言うと、青蘭も思い当ったようだ。はっと目を見開いている。

 

「毛利蘭の周りに現れる?」

「まぁ、万が一だが……どちらにせよ、奴らは動く」

 

 浅見透の目であり、手であり、足である連中が。

 

「目を離すわけには……いかないだろう」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「いいのかい、お嬢ちゃん? クラスメートなんだろ?」

「怪我は大したことないし、それに記憶を失っている今じゃ僕は大した力になれないさ」

 

 状況を正確に知るための情報収集役、それとあまり考えたくないが……それなりに親しい佐藤に万が一があった時の報告役として、キャメルとも相談して恩田を付き添わせてアタシ達は現場を調べていた。

 

 ホテルに残ったアタシ達は、目暮のダンナに許可を取って佐藤が撃たれた現場を調べている。さすがに凶器の拳銃や、あの懐中電灯などはもう回収されて鑑識に回されているが、それ以外はあのままだ。

 殺人現場――今回は未遂だが――なんてもう慣れたもんだ。高給と待遇に釣られて、あの年下と思えない男の部下になってから。

 やはり今回の件にあまり部外者を関わらせたくないのか、いつもとは違い目暮のダンナが捜査協力を渋っていたが、『佐藤刑事は我々にとっても仲間です! 手伝わせてください!』と必死に頭を下げる恩田の熱意に負けて、渋々だが許可をくれたのだ。

 こういう時、恩田の真っ直ぐな所は本当に便利だ。

 

「それなら、ここで少しでも調べて何かを掴んで、蘭君を怖い目に遭わせた奴の正体に少しでも近づいた方が、彼女のためになるって考えたのさ」

 

 封鎖していた間に行った内部の人間の調査結果、監視カメラ、停電を作った仕掛け。

 そこらを調べる時に、あのお嬢ちゃんに着いていったと思っていた男みたいな女が途中から加わった。

 最初は警察官もキャメルも渋っていたが、現場の扱いには慣れているようだし、頭を使う奴は今は一人でも欲しい。

 なにせ、普段そういう役をする奴らが今は一人もいないのだ。

 一人くらい残せばいいものを……いや、

 

(……それくらい、向こうでの仕事が厄介だってことかい?)

 

 そうなると、むしろ自分やキャメルも同行した方が良かったんじゃ、と思うが……

 

(キャメルは護衛向き、初歩調査や応急手当てなんかの万が一にゃアタシ、そしてまだ訓練中で器用貧乏だけど広く浅くカバーできる恩田……それに、あのやたら頭の切れるボウヤもいる)

 

 まさか……いや、まさかじゃない。あるいは何かが起きるとあの男は予測していたのだろう。

 できるだけ主力を連れていきたい中での、ベストメンバーを残した。そう考えると……

 

(ったく、ホントにどこまで見えてんだか。予定を捨てて、こっちの事務所一本に絞ったのは正解だったかね)

 

 もし、あの夜の所長との会話がなく、当初の予定通り金を溜めてあのムカつく姉の計画を利用してたら……きっと自分はすぐさま逮捕されていただろう。あの男の手によって。

 

「それで、真純だっけ? なにか気付いたことはあるかい?」

「そうだねぇ、今の所は……」

 

 真純という自称高校生探偵は、じっとトイレの壁を見て、

 

「犯人、あの暗闇の中でかなり正確に狙うだけの腕があるみたいだね。外した弾が一発しかない」

「あぁ、キャメルも言ってたね。懐中電灯で暗闇は問題ないとはいえ、しっかり狙っているって」

 

 ひょっとしたら、海外とかの射撃場で撃ち慣れた奴か、あるいは自衛隊等の出身か。

 

「つっても、銃そのものは女性でも扱えるような反動の小さい奴。ある程度練習すればできないこともないってキャメルは言ってたっけか」

 

 そのキャメルは今、紅子の嬢ちゃんと一緒に監視カメラで配電室への侵入者をチェックしている。

 

「それにしても、ホテルの誰からも硝煙反応が出なかったっていうのが気になるなぁ……」

「ん? あぁ……」

 

 どうやってかの部分は分からないが、なぜかというところは分かる。

 

「多分、それが佐藤を撃った奴の切り札なのさ」

「切り札?」

「硝煙反応が出なかったら、犯人から外れる。他にやましい点が見つかっても大したことにならず、そこだけで切り抜けられるって考えじゃないかねぇ……」

 

 自分ならそうする。

 自分のその犯行は不可能だったという点が一つあればそれが武器になると考える。

 曖昧なままじゃあ、警察は踏み込まないだろう。計画を考えていた時はそんな点を考えていた。

 探偵事務所員として警察と絡む今、その考えはより強い。――あ、

 

(そうだ、犯人は警察……あるいはその関係者だったね。となると、そこら辺を熟知してる可能性はあるか)

 

「そもそも、刑事相手にこんな事をやらかしてんだ。よっぽど自信のある奴……でも同時に小心者か」

「小心者?」

「空になるまで弾ぶち込むってのは、大体弱い小心者のやることさ。めった刺しとかバラバラとか、凄惨って言われる殺し方の大体はね」

「なるほど」

 

 世良は、佐藤の血で染まったままの床――流れっぱなしだった水のせいで、少し薄くなっているが――を見て眉に皺を寄せる。

 

「さすが、浅見探偵事務所所員。正式な調査員じゃなくても名探偵揃いだね」

「あん?」

 

 そして真純は大げさに肩をすくめ、そして帽子をやや深く被り直してアタシの目を見て、

 

「犯人の狙いを、まるで本人のようにトレースして読んでいる。良く分かるんだね――犯罪者の気持ちが、さ」

 

 と、まぁ分かりやすい挑発をしてくる。

 

「ひょっとして、犯罪を考えたこと……あるのかな?」

 

 なるほど、こういうタイプかとため息を吐いて、口を開く。

 

「『浅見透ってどんな男なんだろう。いきなり現れて話題になって、しかも良く分からない。胡散臭いなぁ、怪しいなぁ』」

 

 なら、少しくらいやり返してもいいだろう。『人を試そうとする奴は基本的に人類の敵』という所長ほど過激じゃないが、

 

「『彼の周りを固めている人達は皆いなくて、ほどほどの繋がりを持つ人間しか残っていない。これはチャンスじゃないか?』」

 

 別に犯罪を犯す人間の視点にならなくても、こういう勝気――いや好戦的な奴の考えてることはなんとなく分かる。

 真純は、何かを続けようと開きかけていた口を開けたままこっちを見ている。

 

「『双子のメイドは意外とガードが固い。家政婦も探偵としての浅見透は話さない。本当に新入りの小泉紅子はどこまで知っているか分からない、恩田遼平は人がよさそうで大体は話してくれるだろうから後回し』」

 

 まっすぐ目を見て、大体こんな所だろうという思考を喋ってやれば、目元を引くつかせて黙ってしまった。

 ちっ、反論してくれりゃもうちょい読めるのに。

 

「『キャメルって人はそれなりにしっかりしてそうだけど、予想の外からつつかれると弱そうだ。まずは違う所にちょっかいをかけて警戒させよう。そうだ、この女の人なんてどうだろう?』」

 

 一筋の冷や汗が、真純の頬を伝う。

 

「『なんか微妙にすれてそうだし、看護師として入って調査員としても動いている。色々知ってそうだしつついてみよう。とりあえず怒らせて反応を見ようかな』」

 

 一歩近づいたら、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

「喉を鳴らした時点でアンタの負けさ。今回は引きな」

 

 なんというか、ある意味で所長や沖矢に会わせたらいけない女かもしれない。

 根は善人っぽい安室はともかく、色んな意味でネジ飛びかけている所長と、その所長と妙に息が合う沖矢にとっちゃいいオモチャだ。

 

「遊ぶんなら、帰って来てから所長を相手にするんだね」

 

 ま、知ったこっちゃないけどさ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「監視カメラ、有力な映像はなかったわね」

「日本の、それもただのホテルですから……。災害などの対策は何度も重ねるでしょうが、犯罪に対してはどうしても遅れが出るかと……」

「それは、日本で働きだした貴方の経験かしら?」

「えぇ、まぁ……向こうとこちらでは、人を信じるプロセスが違いますから」

 

 所長がまた連れてきた美人は、蘭さんと同じ歳の高校生で、しかし妙な落ちつきを見せる人だった。

 

「佐藤刑事を撃った人間、外に逃げたと思う?」

「……いいえ、違うと思います」

 

 小泉紅子。すでにふなちさんや恩田君と共に殺人事件を解決してみせた、新しい『探偵』だ。

 本人は、探偵を出来るほどの頭はないと言っているが……。

 

「あの時、小田切刑事部長の迅速な封鎖指示が出されました。普通に外に逃げおおせたのならば、少なくとも走って外に出る必要があるはず。ですが、それらしい人間の目撃例はありません」

 

 警察の人間の聞き取りの結果も、警視庁捜査一課の高木長介警部補――いつも長さんと呼ばれている刑事に回してもらった。

 所長の浅見の飲み仲間の一人で、基本飲み会好きの刑事部の人間では珍しく所長が二人で飲む人間だ。

 こう言う時に、所長が作った人脈等は非常に助かる。

 

「でも硝煙反応は出て来なかった。……方法はともかく、誤魔化す用意はあったのね」

「刑事が集まるパーティがある事を知っていた上で計画を立てていたのですから……すぐに封鎖される事は想定していたのでしょう」

「どうやら、相手は随分と狡賢そうね。しかし……あの男がいない時に大きな事件が起こるとは思わなかったわ」

「所長ですか?」

「ええ」

 

 紅子さんは、長い黒髪を今は後ろでまとめている。

 映像にもはや価値はないと見たのか、今彼女は例の結婚祝いのパーティ出席者のリストをパラパラめくっている。

 そして、それにも意味がないと思ったのかパタンとリストを閉じる。

 

「……やっぱり、せめて事件の背景が分からないと判断のしようがないわね。そこのところは聞けなかったのかしら?」

「えぇ、あの目暮警部もそこだけは……」

「つまり、かなり面倒くさい状態ってわけね」

「ですが状況が状況です。恩田さんが、病院で目暮警部達と接触していますし……彼なら多分」

「そうね、真っ当な警察官ならば、彼みたいな男は好ましいでしょうし」

 

 紅子さんが言うように、恩田君は自覚はないだろうが聞き出し役としては最適だったりする。

 

 瀬戸さんの訓練のおかげで、その気になれば気弱な所を出さず、自分も相手も落ち着かせて話を聞く事に長けている。

 

 あまりこんな汚い事は考えたくないが、身内であり、かつ刑事部で人気者の佐藤さんが倒れた今、捜査陣は揺さぶられているはずだ。

 恩田君が上手く立ちまわれば――いや、そうでなくとも繋がりの強い毛利探偵の娘が巻き込まれている。情報が手に入る可能性は非常に高いだろう。

 

 それに、あそこには今下笠姉妹もいる。事務所を訪ねてきた顧客から情報を聞き出し、場合によっては盗み聞きやカマかけなどの諜報に近い活動を得意とする彼女達だ。

 

 必ず、今夜中にも警察内部の情報を聞きだせる。そういう確信があった。

 

「紅子さん、そろそろ戻らなくていいのですか? 明日は学校が――」

「もう休みの通達はしておいたわ」

「……え、いや、でもそんなにあっさりと学校を――」

 

 

 

「いいのよ。あの学校で思い通りにならないことなんて、この小泉紅子には一切ないわ」

 

 

 

「……そ、そうですか」

 

 

 

 やっぱり、所長が連れてきた人は……どこか、変だ。

 

 

 

 

 

 

 




キール「逃げ道を開かなきゃ……!」
マリー「こいつらの装甲服、打撃が効かない!」
アムロ「銃も効かない!!」

アサミ「うし、じゃあ吹き飛ばそう。皆下がらないと死ぬでー(バクダンポイー」
ミズキ「ちょ」






●仁野保

最後の方の回想シーンでちょっとだけ喋る医者。故人。もうね、なんというか小物臭がひっどい小悪党。ある意味で劇中事件の諸悪の根源。
だけど妹さんは美人。



●風戸京介
米花薬師野病院心療科医師。36歳。
白鳥任三郎の主治医で、記憶喪失に陥った毛利蘭の診察も担当することになりましたとさ。


●高木長介
アニメ 390-391 本庁の刑事恋物語6

コミック44巻 File4~6

作中では一回しか出てきていないのですが、コナンとは違う警察らしいやり方がこっそり犯人を追いつめていた優秀な刑事。

ぶっちゃけ、私がコナン世界で一番好きな刑事かもしれません。
次点でアニオリ話での千葉刑事。

なお、作中では警部補と表現していますが本編では階級が不明……だったはず。
ただ、目暮の二年上の先輩で、皆から長さんと呼ばれている事から、警部よりは下なんだろうなぁと推測して警部補設定にしております。

どうやら独身の模様。


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065:捜査経過

今回薄味


「で、大丈夫なの? あなたのガールフレンド」

「あぁ、身体はな……」

 

 翌日、自分が住んでいた――いや、住んでいる街の様子で何か思い出さないかとおっちゃんと妃弁護士とあちこちを散歩している時に、米花公園に来ていた少年探偵団の面々、楓ちゃんに付き添っていた衛子さんに王三郎さんも来ていた。前に会った時は車いすに乗ってた王三郎さんだが、今日は杖を突きながら自分の足で歩いていた。

 

「それでね、私は吉田歩美! こっちは元太君に光彦君、そして楓ちゃん!」

「歩美ちゃん……元太君、光彦くん……楓ちゃん」

「そう! で、あっちでコナン君と一緒にいるのが灰原哀さん! 蘭お姉さんは、会うの初めてになるね!」

 

 どちらの探偵事務所にもまず来ない灰原は、当然蘭とは顔を合わせたことがない。

 実質、今日が初顔合わせだ。

 

「哀ちゃん、か。……よろしくね?」

 

 蘭がそう言ってほほ笑むと、灰原は『えぇ、よろしく』と笑みを浮かべて軽く手を振る。

 

「おめぇのそんな顔、何気に初めて見た気がするぜ」

「愛想良くするの、苦手なのよ」

「……あぁ、確かにそんな顔して――」

 

 灰原の言葉を思わず相槌を打った瞬間、灰原がいつものジト目をさらにきつくして睨んでくる。

 そう言ったのおめぇじゃねぇか!

 

「で、これからどうするの?」

「蘭の事か? それとも事件か?」

「どっちもよ」

「……そうだなぁ」

 

 事件のあらましは昨晩、目暮警部から聞いた。

 去年の夏に自殺と断定された仁野保という医師。その自殺と断定された理由が理由なために、再捜査が行われていたところ、その捜査を行っていた警察官が全員襲われたということだ。

 

「蘭の記憶に関しては、おっちゃんと妃弁護士に任せるしかねぇ。専門知識のない俺じゃあ、下手なことして却って蘭を追いつめちまうかもしれねぇ」

「となると、追うのね。仁野保の事件、そして警官射殺事件の真相を」

「ああ」

 

 浅見さんがいないため、いつものような後ろ盾がないのが心細いがなんとかしてみせる。

 それに、犯人を捕まえれば蘭の事件に対する恐怖心も薄れるかもしれない。そうなれば、記憶を取り戻す助けになるかもしれない。

 

「怪しいのは三人。まず、仁野保の事件の容疑者でもあったロックバンド歌手の小田切敏也」

「あの小田切刑事部長の息子が、ロックバンドねぇ……」

「あのって……知ってんのか?」

 

 まさか、組織に関わっていたのだろうか?

 少し怖くなりながらも聞いてみると、灰原は首を横に振って、

 

「浅見透の家に来たのよ。彼が私をあの家に連れていった日にね」

「浅見さんの?」

「えぇ。浅見さん、居合いを齧ってるから……小田切刑事部長は居合いの達人だから色々と話が合うそうよ。月一くらいで、向こうの家で練習も兼ねて食事や晩酌にお呼ばれしてるとか」

「浅見さんが居合い? 聞いたことないけど」

「話すほどじゃないと思ったんじゃない? 居合いの師匠に、そっちの才能は並って言われたらしいし」

「へぇ……」

 

 そういや、あの人の部屋に木刀あったっけ。

 

「ん? そっちは? ってことは他にも何か習ってたのか? あの人」

「さぁ? それより、他の二人は?」

 

 あ、ヤベ。そうだよ今はこっちの方が先決だ。

 

「残るのは、仁野環(じんのたまき)さんと、友成真(ともなりまこと)さん」

「……仁野に友成。それぞれ身内?」

「あぁ」

 

 殺された医師、仁野保の妹。

 そして、小田切敏也さんを調べる途中、発作で亡くなった友成刑事の息子。

 

「動機は十分な人間が盛りだくさんっていうわけね」

「あぁ、あのパーティー会場にもいたし……」

 

 誰からも硝煙反応は出なかった。

 あの時点で姿を消していた友成真か仁野環か。あるいは何らかの方法で硝煙反応検査を逃れた者がいたのか。

 

「ともあれ、事件の事なら昨日鳥羽さんとキャメルさん……が……っ!?!?」

 

 その時、突然灰原が勢いよく振り返った。

 まるで何かを警戒するかのように。

 

「……どうした、灰原?」

「う、うぅん……誰かに見られているような気配を感じたんだけど……」

 

 灰原はそのまま、傍の木陰や公衆トイレの周囲など人が身を隠せそうな場所に目線を這わせる。

 

「ごめんなさい、気のせいだったみたい」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「どうだいキャメル、何かわかったかい?」

「いえ、さっぱりです。……仕事を受けてなくて助かりましたね」

「普通の会社じゃ考えられない発言だねぇ」

 

 仕事を受けてないおかげで残っている人員をフルに使える。

 それをそのまま口にしたら、鳥羽さんは低い笑い声をあげて、もう短くなった煙草を灰皿に押し付ける。

 

「仁野保。当時の結論として、数日前に起こした手術ミス、その遺族から裁判を起こされているのを苦に自殺したと断定。実際、ミスを謝罪する遺書も見つかっているけど……」

「鳥羽さんは、これをやはり殺しだと?」

「間違いないねぇ。写真を見てすぐに分かった。アタシに近い感じがする」

 

 初めて事務所に来た時に、にこやかに挨拶していた彼女はもういない。というかそんな女はいなかったと言うべきか。日に日に被っていた『猫』を外し、今では女らしい笑みよりもどこかニヒルな笑いが彼女の特徴になっている。

 

(ワル)だよコイツぁ。ただし、そこまで賢い感じはしないねぇ……場当たり的に馬鹿やってこけるタイプさ。自分のミスで自殺? ないない、そんな殊勝な人間じゃないよ」

 

 悪党に対する彼女の嗅覚は一級品だ。彼女の勘は、ある意味で所長のそれに近く馬鹿に出来ない。

 もっとも、彼女曰く『本気でヤバい奴はちょっと怪しいと思ったら止まってしまう』らしい。

 具体的な例を聞いたら、『所長に関して勘が働かなかった』ということだ。正直、しょうがないことだと納得してしまう。

 

「こんな時、所長がいて下さると心強いんですが……」

 

 口をついて出るのはこればかりだ。

 いかに普段からあの年下の男に頼っているかが良く分かる。

 警察を始め各方面の人脈を駆使して、捜査のバックアップをしてくれるのがどれだけありがたいか。

 今では、警視庁の方はともかく米花署から資料を見せてもらうのに一苦労だ。

 所長が教えてくれていた三池苗子という婦警経由で対策本部の動きを多少回してもらうのがやっとだった。

 

「いない奴を計算にいれても仕方ないさ」

 

 鳥羽は次の煙草を取り出そうとして、煙草の箱を逆さまにして取り出し、ポンポンと叩いて……

 

「――キャメル、アンタ吸ったっけ?」

「あ、いえ。自分、煙草はやらないので……」

「あぁ、そうだったねぇ。ちっ、沖矢かマリーがいりゃねぇ……」

「……いない人を計算に入れても仕方ないのでは?」

「わーかってるよ!」

 

 煙草の箱をくしゃっと潰し、ゴミ箱へとバスケットボールのようにシュートする。見事な3Pシュートだ。

 

「恩田は?」

「ふなちと紅子さん、小沼博士と一緒に米花サンプラザホテルに。もう一度現場を見たいと……いくつか資料も持っていってます」

「ふぅん……」

 

 先ほど穂奈美さんが下から持ってきてくれたスープを少し口にして、鳥羽さんは今までに手に入れた資料をパラパラめくる。

 

「私は目暮警部と合流して、行動を共にしようと考えています。鳥羽さんはどうします?」

「そうだねぇ……ったく、本来の予定だったら今頃下笠パシらせて事務所の部屋借りて飲んだくれてる所なんだけど」

 

 あなたは本当に駄目な人ですね。

 割と本気で口にしかけた言葉を必死に飲み込む。

 

「くそ、帰ってきたら所長から秘蔵の日本酒分けてもらわなきゃ割に合わないねぇ、小田切の大将から贈られてきた物だっていうし……なぁに、この間知り合った綺麗ドコロを連れていきゃ所長の懐も緩くなるだろうさ」

「貴女達はもう人として手遅れですよね。本当に」

 

 なぜ自分は遠慮等という無駄なことを考えたのだろうか。

 今度は言葉のストレートをぶつけてやるが、彼女は全く堪えずヘラヘラと手を振っている。

 この人は本当に……。

 

「それで、どうするんです?」

「そうだねぇ……」

 

 資料の束をパラパラとめくり、その中から一枚抜き出して鳥羽はこちらに飛ばして来る。

 それを掴んで、印刷面のほうに目を通す。

 

「仁野保……ですか」

「あぁ、とりあえず――大元から洗ってみるさ。アタシ、これでも看護師だからさ」

「……元、ですけどね」

「野暮な事言ってんじゃないよ」

 

 口寂しいのを誤魔化すために缶コーヒーを一気に飲み干した鳥羽は、外へと向かいながら上着掛けのジャケットを羽織る。

 

「看護師が病院に行くのは、自然な話だろ?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「これでいいですか?」

「ありがとうございます。すみません、お仕事中に……」

「ううん。浅見探偵事務所の検証ってのには興味があったからいいわよ。あの事務所の新入りっていう恩田君、君にもね」

 

 髪を左右に分けて三つ編みにしている若い女性の鑑識さん。――確か、所長が以前交通部の婦警達とカラオケに行った時に一緒にいた人だ。

 彼女に協力してもらって、現場を再現してもらっている。

 正確には現場というより、状況の再現か。

 彼女の背中には、小さな丸の赤いシールが張られている。それぞれは微妙に一部が盛り上がっており、少し斜めになっている。

 その上から1,2,3と番号が振られている。

 

「病院のカルテを鳥羽君と儂で計算し、銃弾の入射角を再現しておるぞ!」

 

 小沼博士が、犯人役としてトイレの入り口でモデルガンを構えながらそう叫ぶ。

 鑑識の女性は佐藤刑事の、そして洗面台の傍には蘭さんの役として紅子ちゃんが立っている。

 

 鑑識の女性に付けた赤いシールは、当然佐藤刑事が銃弾を撃ち込まれた部位である。

 背格好がもっとも近かったので佐藤刑事の役を彼女にお願いしたと言う訳だ。

 

「恐らく、体勢を崩しながら撃たれたと思われるので、入射角度の90°に近い順に番号を振っておる」

 

 阿笠博士曰く、発明家として必要な発想力や思い切りは少々不足しているらしいが、単純な数字にはかなり強いということだ。

 元看護師で、これまで数々の検死や現場保存を手伝い、知識と経験を溜めた鳥羽が出した答えならば信じていいだろう。

 

「まずは停電が発生し、恐らく佐藤刑事の行動パターンからして、蘭さんをその場に待機させ、自分が様子を見に行ったはずです」

「辺りは真っ暗だったろうから、手探りよね」

 

 そして鑑識の女性が、手探りで入口の方へと行く振りをする。

 

「そして、洗面台下に仕掛けられていた懐中電灯に毛利蘭が気付く。棚を開けて電灯を取り出し、佐藤美和子の方――おそらく入口の方を照らす」

 

 そう言って、紅子ちゃんが懐中電灯を、入口の方に向ける。

 

「犯人の姿自体は、見えていなかったかもしれないわ。彼女、腕っ節は強いんでしょう? となると、おそらく犯人はトイレ入り口廊下の曲がり角に身を隠していて……」

 

 小沼博士が、紅子ちゃんが言った状況を再現するように身を隠す。

 そして、雰囲気を出そうとしてか銃をスライドさせ――

 

「……んん? ……お、おぉ! おぉそうじゃ! 犯人は、ここで弾を装填したんじゃないかのぅ?! 最初っから装填したままだったとは思えんし、ホテルの明るい中ではそのような動作は出来まい!! となると、人目がなくなる暗闇の中で装填したとしか思えん!」

 

 確かに、小沼博士の言うとおりだ。

 と、なると――

 

「なるほどね。そして、その装填音を聞いて異変を察した佐藤刑事がとっさに蘭さんの懐中電灯を下ろさせようと振り向き駆けだした所を――」

 

 鑑識さんが振り向き、同時に小沼博士が曲がり角から姿を出して銃を構える。

 そして鑑識さんがちょっとだけ走ったところを紅子ちゃんが抱きとめた。

 走った振りの間――というより倒れた振りの間に、紅子ちゃんが支えながら角度と向きを確認していく。

 

「そうして次々に犯人が撃った、という事かのう」

 

 ただのモデルガンなので、弾どころか発砲音一つしないが、律儀に実際発砲されたのと同じだけ引き金を引く。

 

「……どうじゃ、紅子君?」

「まぁ、あの時と違って明るいというのはあるけど……そうね、ただでさえ洗面台前は出入り口からすぐ。仮に佐藤美和子という刑事の体で遮られていたとしても……」

 

 事務所員用のあのスーツに身を包み、長い髪を後ろで束ねてキャップを被っている紅子は、すでに事務所員として馴染んでいる。本人は知識が足りないので探偵役にはなれないと言っていたが、傍から見れば立派な探偵だ。

 

「毛利蘭が、走って来た佐藤美和子の方を見向きもしなかったとはとても思えない。……見た、と考えていいわね」

「……です、よね」

 

 恐らく、一応警察官は付いているはずだ。ただでさえ記憶喪失という状態で、しかも現場にいた人間なのだから。

 万が一があってはならないと警察も考えるハズだが……。

 

(確か、蘭ちゃんの近くには下笠姉妹が交代で一人は付いているハズだし。でも……)

 

 あの双子メイドも、合気道の練習をずっと受けているため護身術には長けているし。情報収集とその分析の術を安室さんや瀬戸さん、マリーさんからちょくちょく講習を受けている。頼りになる存在ではあるが……護衛となると……。

 

(キャメルさんに一応報告しておくか)

 

 そう考え、携帯電話をポケットから出そうとした時、

 

「トメ様! トメ様はいらっしゃいますか~~っ!!?」

 

 気になる事があると言い、フロントへ行くと言っていたふなちが戻って来た。

 こちらも仕事用のスーツに、指紋等で現場や証拠品を荒らさないように手袋を嵌めている。

 

「トメ様! こちらでしょうか!?」

「よう、嬢ちゃんか。どうしたんだい?」

 

 状況の再現を黙って傍から見ていた、少し歳のいった眼鏡の鑑識官。――トメさんと呼ばれている男がふなちに軽く手を挙げて答える。

 

「も、申し訳ございませんが……こちらを調べていただけないでしょうか?!」

 

 恐らく、本当に全力で走って来たんだろう。息を切らしているふなちは、手に持った長い物をトメさんに差しだす。

 傘袋に包まれたビニール傘だ。しかし、

 

「なんだい、その穴の開いた傘?」

「ひょっとしたら、犯人が犯行に使用した何かが残っているのではないかと思って従業員に色々話を聞きながら探していたところ、こちらを見つけまして……」

 

 トメさんが傘を慎重に受け取るのを確認して、ふなちはようやく一息吐く。

 

「この傘、どこかにひっかけたというのならば、普通このような穴の空き方はしませんわよね?」

 

 傘の一部分だけに穴が空いている。コンビニで売っているようなどこにでもあるビニール傘だ。

 そこまで丈夫な物ではないだろう。――あぁ、しかし、

 

「確かに、骨が折れた程度ならば考えられますが……傘に穴が空いたというのは滅多にないですね」

「えぇ、ですから……ひょっとしたら何か関係しているかもと思いまして……」

 

 気にかかった事柄は、基本的に納得がいくまで調べる。

 それが自分達のルールだ。

 

「なるほど、な」

 

 トメさんは、背中と肩のシールを剥がしていた女性鑑識官にそれを渡す。――娘という噂もあるがどうなんだろう。

 

「おぅし分かった。アンタらには世話になっているからな、すぐに調べさせる。結果は事務所の方にFAXで送っておこう」

 

 むしろこちらが散々お世話になっている気がするが……

 いつも自分達の力になってくれる頼もしい鑑識官は、頼もしく笑ってそう言ってくれた。

 

 

 

 

 

――毛利蘭が、殺されかかったという情報が入ったのは、そのすぐ後だった。

 

 

 

 

 

 




あさみんニュース

・逃亡後、久々の本格サバイバルにテンションあげあげ。
・侵入経路が見つからず、状況をしばし静観。
・「あ、銭形のおじさんお久しぶりです」


書くの忘れてた

●鑑識の可愛い娘

file603~605 降霊会Wダブル密室事件
劇場版『水平線上の陰謀』

大抵鑑識役はトメさんかモブ役なのですが、たまに出てくるすごく可愛い鑑識さん。
設定! 設定はよ!

トメさんの娘じゃないかって説もありますが……
なお、声優は半場友恵。


誰やってる人だろうと思ったら、……森精華に四葉……だと……


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066:Who is the sniper ?? (副題:ICPOと共に城内へ)

 蘭が駅のホームから線路上に突き落とされた。

 その知らせが届いたのは、ちょうど浅見の事務所からキャメルさんに電話で危険かもしれないと教えてもらった後だった。

 

 キャメルさんから、遼平達が犯行状況を再現して考察を重ねた結果、蘭はおそらく犯人の顔を見ているだろうという結論に至ったという話を受けたのだ。

 蘭はコナン、そして英理と一緒にショッピングに出かけた所だった。

 慌てて後を追いかけていた所で、救急車が自分の横を追い抜いていった所で嫌な予感はしていた。

 

 突き落とされた後、蘭はどうにか危機を逃れたがショックが大きかったらしく、今は運び込まれた東都大学付属病院での検査を終え病室ベッドで休んでいて、念のために英理が傍に付いている。

「これで確定したな」

 

 警部殿が、重々しく口を開く。

 

「蘭君は犯人の顔を見ており、それを犯人も分かっているという事が」

 

 それはつまり、口を塞ぎに来るという事だ。

 蘭の、命を奪う事によって。

 

「すぐに、彼女の警護を強化するよう手配しよう」

 

 警部殿が。千葉や高木、他にも駆け付けてくれた刑事達に目配せをしながらそう言って下さる。

 

「私もお供してよろしいでしょうか? 決して、警察の皆様のお邪魔はしませんので」

 

 そのすぐ後に、今度は浅見の所のキャメルさんがそう言ってくれる。

 元FBIで、浅見の事務所でも緊急の警護依頼等をよく担当している人間だ。

 

「警部殿……それに、キャメルさんもすまない。恩に着る」

 

 本当に、頭が上がらない。

 娘のために、動いてくれる人間がこんなに――あ、

 

「そういや、眼鏡の坊主は?」

 

 今回、蘭を守ったのはアイツだ。

 突き落とされた蘭の後を追って線路上に飛び降り、蘭の体を引っ張ってホーム下の退避場所まで引っ張ってくれた。

 アイツがいなかったら、今頃蘭は……

 

「うん? コナン君ならさっきそこに――あ、あれ?」

 

 目暮警部が、廊下のベンチに目を向けるが、そこには先ほどまでいた小僧が忽然と消えていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「お姫さんの傍にいなくていいのかい、ボウヤ?」

「そういう鳥羽さんこそ、なんでここに?」

 

 小五郎のおっちゃんと目暮警部の話を聞いている間に、俺は余所行きの笑顔の仮面を張りつけている鳥羽さんを目撃し、彼女に付いて行っていた。

 

「アタシは事件の根っこを掴みに来たのさ」

「仁野保さんの事件だね?」

 

 そゆこと。と手を振りながら笑って答える鳥羽さんは、メモ帳を取り出しページをめくる。

 

「多分、今回の事件は仁野保を殺したヤツさね。手近な警察殺しは、証拠も新しいし検証も終わってない。なにより身内が殺されてんだから警察もそれなりに本腰は入れてるだろうさ」

 

 目暮のダンナも周りも真っ直ぐだしねと、どこかあくどい笑みで鳥羽さんはそう言う。

 

「それで? 何か分かった?!」

「あぁ。仁野保ってヤブ医者が何やらかしてたか、詳しく調べたよ。やっぱり看護師連中はいいネタ持ってるねぇ」

「看護師?」

「病院が大きければ大きい程、噂好きの話し好きの看護師は多いのさ。それも、割と馬鹿に出来ないネタ持ってる奴がね」

「そ、それで?」

「まぁまぁ、そう急かしなさんな」

 

 鳥羽さんは、走り書きにしてはかなり綺麗な文字で色々とメモ帳に書きこんでいた。

 その中の折り目を付けておいたページを開いて、俺に寄越してきた。

 

「仁野はやはり、薬品類を横流しして小遣い稼ぎをしていたらしいね。まぁ、確実な証拠を掴まれない程度には頭が回ったようだけど……素行が悪かったからねぇ」

「周囲には疑われていた。……いや、ほぼ確信されていた?」

「悪党としては三流もいい所さ」

 

 自分の事を悪党だと言って憚らない鳥羽さんらしい発言だ。

 彼女は『なっちゃいないねぇ』と肩をすくめている。

 

「アタシなら、もっと上手くやれるんだけど?」

「は、はは……」

 

(アンタなら本当に上手くやれそうで怖ぇーよ……)

 

 前に浅見さんと鳥羽さんの三人でご飯を食べに行った時に、浅見さんが『鳥羽さん本出さない? 色んなシチュの犯罪計画書いてさ。防犯方面でバカ売れしそうなんだけど』とか言ってたけどすごく気持ちが分かる。

 

「これだけ情報が多いって事は、仁野医師ってかなり色んな方面に嫌われていたんだね」

「あぁ、疎ましく思っている奴はもちろん、恨みを持っている奴もたくさんいたさ」

 

 廊下の自販機で冷たいカフェオレを二つ買って、一つを俺に渡して目の前のベンチに座る。

 俺も並ぶようにその隣に腰をかけて、プルタブを開ける。

 

「そういった中に、今回の事件の関係者がいればズバリと思って、一つ一つ探りを入れてたって訳さ」

「で、収穫は?」

 

 そう尋ねると、鳥羽さんはニィっと笑う。

 

「覚えてるかいボウヤ、仁野保が自殺と断定された理由が何だったか」

「うん。手術ミス、だよね。自殺する数日前に」

「そ。このヤブ医者、その前にも何度か手術ミスをやらかしててね。んな奴さっさとほっぽり出しゃいいのに」

「確かに……」

「その中に一つ気になるのがあってね。手術中に、共同で執刀していた医者の左腕を斬りつけたっていうんだ」

「それ本当?!」

「嘘ついてどうすんのさ」

 

 ほら、ここさ。と鳥羽さんが、俺が手にしている手帳のページをめくって、その記述を見せてくれる。

 証言してくれた人の名前までメモしている念の入れようだ。

 

「『黄金の左腕』と呼ばれた名医……若手で最も有望だった外科医、執刀中に事故で左手首を負傷……」

 

 書かれている文字を次々に読みこんでいく。

 その様子を、鳥羽さんは少しニヤニヤして俺の様子をうかがっている。

 

「その後心療科へ転向……風戸京介先生?!」

 

 白鳥刑事の主治医で……蘭を診ている先生じゃないか!!

 

「どうだい坊や、面白いだろう?」

「う、うん……」

 

 黄金の左腕と呼ばれていたのなら、利き手もおそらく左腕。容疑者の特徴と合致する。

 

「ただ……あぁ、そこまで分かったのはいいんだけど……ねぇ?」

「風戸先生……いや、ホテルに残っていた人達からは、誰も硝煙反応が出なかった」

「それに、証拠がないしねぇ……」

 

 ただ、風戸先生ならば白鳥刑事から事件の状況を聞く事だってやろうと思えば可能だ。

 可能性としてはかなり高い。

 やはり、硝煙反応の問題をどうにかしないと……っ!

 

「ボウヤ、守るよりも攻めた方がいいって考えてんだろう?」

「え……」

「じゃなきゃ、ボウヤがお姫さんの所から離れるわけないしね」

 

 本当に、浅見探偵事務所の面々には驚かされる。

 観察力に長けた人間が多くいて、そこから集められた情報を使いこなす探偵役も揃っている。

 

「どうだいボウヤ、今からウチに来るかい? 多分、今頃恩田やキャメルが集めた情報を、穂奈美達が報告書の形にまとめてくれてるハズさ」

 

 助かるぜ鳥羽さん!

 

「うん! ――あ、でも」

「ん?」

「それだと泊まりになっちゃうし……」

「あぁ……さすがに記憶喪失のお嬢ちゃんを放置するわけにはいかないか……」

 

 一応、今の蘭の日常の中には江戸川コナンがいる。ここで事務所を空ける訳にはいかねぇ。

 

「んじゃ、明日の……昼ごろに来な。それまでにこっちも資料を整理しておくさ」

 

 この人だけじゃない。浅見さんの事務所員のいい所は、見かけが小学生の俺でもキチンと相手をしてくれる所だ。

 

「分かった。それじゃ、その時に」

「あぁ。ついでに飯も下笠達に用意してもらうよ」

 

 鳥羽さんは俺の頭を乱暴に撫でて、

 

「安心しな、ボウヤには美味しいお子様ランチを用意してもらうからさ!」

「……は、はは……うん……ありがとうございます」

 

 あぁ、うん。もっとも――

 

(にゃろぉ……)

 

 事務所員の全員が善人とは限らないけどさ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「今の所、動きなしか」

 

 青蘭は、失踪していた浅見透が発見されてから担ぎ込まれた病院へと向かった。

 一方で俺は、当初の予定通り毛利探偵事務所に張り付いている。

 

(しかし、刑事が多いな……毛利蘭が殺害されかかったからか)

 

 自分はあくまで毛利蘭の動きを追っていただけだった。そのため、実行犯をこの目で見たわけではないが……。

 

(こうも監視の目が多くては、離れた所から見るしかないか……)

 

 今は、オペラグラスを使って、毛利探偵事務所がかろうじて見える場所に車を止めて、その中に待機している。青蘭が、自身の目的のために用意していた車が何台かあるため、たまに場所を変え、車を変えて。

 

 多少でも動きを知るために警察無線も傍受しているが、今の所動きは無い。

 二時間ほど前に、あの江戸川コナンという子供が戻って来たのが精々か。

 

 これまでの犯行状況を見る限り、犯人は単独犯。

 これだけ周りを固められたら手の出しようがないだろう。

 

(相手が普通の犯罪者ならば……だが)

 

 例えば、自分ならばこの状況でも毛利蘭を害そうとすればいくらでも手段はある。

 例えばスナイプ。例えば爆発物の郵送。本気でやるなら、それこそ小さな郵便物に毒ガスの類を仕掛ける手段だってある。

 

(そういえば、ピスコもそこらの密輸計画を考えていたな)

 

 まだ、自分もピスコも浅見透と接触したばかりの頃の話だ。

 より多くの武器を多く日本に運び、反社会組織を制圧、統合する計画だったか。

 あくまで草案止まりで破棄されたが……。

 

(ピスコ、奴は今何をしている?)

 

 今現在、ピスコ――枡山憲三は指名手配されている。そのため動きも日本国内では当然制限される。

 もう海外に逃亡したか。いや、そもそも組織にもう消された可能性も高い。

 だが、同時に……あの狡猾な男が易々と消されるとも思えないのも確かだ。

 

(奴は……恐らく浅見透に戦いを挑むだろう)

 

 となれば、間違いなく戦力を用意する。

 組織に邪魔されないだけの、そして奴の周りにいる戦力と渡り合えるだけの。

 

(仮に奴が組織にいる子飼いの連中を接収したとしても、限界はある。あのアイリッシュがいたとしても……)

 

 先ほど購入した煙草に火を付ける。

 組織にいたころから買い物などでも監視カメラ等を警戒するのは同じだが……感じる重圧はあの頃以上だ。見つかってはならない。決してならない。

 

 だからこそか、変わり映えしないタバコや弁当一つ、酒一杯でも、妙に美味く感じる。

 

(それにしても……)

 

 先ほど考えていた事に、思考を戻す。

 この監視網の中で、毛利蘭を消すにはどうするか――というよりは、

 

(あの事務所ならば暗殺などいくらでもできると言うのに……)

 

 もう一つの事務所――浅見探偵事務所では、その手段が思い浮かばない。

 郵便物のチェックまでマニュアル化されていた上、そもそもの建物が下手な軍・政の重要拠点並に設備、装備を整えられている。狙撃程度では窓一つ抜けないだろう。

 出入り口を狙おうにも、あの沖矢昴という新たなメンバーが、あの周辺の狙撃地点を全て確認し、警護を強化していた。狙撃ポイントの確保だけで一苦労だし、恐らく隠し通路の一つや二つぐらいあるだろう。

 

(対して、毛利探偵事務所なら……)

 

 どこからでも狙える立地、窓もただの強化ガラス、毛利小五郎は大抵窓辺にいる。

 殺して下さいと言っているようなものだ。

 この日本では、そうそう狙撃されるようなことはないだろうが。

 

(それでも、俺が狙うならまずは――)

 

 絶好の狙撃ポイントというのは、同時に逃げやすい場所でもある。

 

「――馬鹿な」

 

 逃走しやすい、事務所の中に銃弾を叩きこめる場所は限られる。

 その一つに、なんとなくオペラグラスを向け――思わず目を剥く、

 

 

狙撃(スナイプ)だと――っ!!?」

 

 

 離れたビルの屋上、そこにいた射撃体勢の何者かの姿を確認し、周囲の人間に存在を覚えられる恐れも忘れて、俺は思わず外に飛び出していた。

 

 

 オペラグラスから見える毛利探偵事務所の窓ガラスが砕け散り、一拍遅れて――その破砕音と、火薬の音が夜の米花町に鳴り響く。

 

 

 




あさみんニュース

・数年(+α)ぶりに恩人と再会。
・安室、マリー、瑞紀、浅見の人脈に頭を抱える。水無怜奈は諦めた
・潜入決定。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「よう、早かったな」

 黒いハットを被り、よれた黒いスーツを纏った男が、やって来た着物に袴姿の男にそう声をかける。
 ハットを被った方は、その手にとても長いライフルを構えている。対戦車ライフルと呼ばれる物だ。
 袴姿の方もライフル程ではないが、細長い物を持っている。白鞘の日本刀だ。

「仕事か?」
「まぁな。おい、五右衛門が来たぞ!」

 黒いハットの男が、奥の方にいる男に声をかける。
 こちらは緑のジャケットを着込んでいる。

「あぁ、こっちも来たぜぇ」
「なに?」

 三人がいるのは目的の城――カリオストロ城が見渡せる古い塔。
 ここに双眼鏡をセットし、城を監視していたのだ。

「見るか?」

 ジャケットの男が、スーツに男に場所を譲る。
 男は黒いハットに片手を添えながら、覗きこみ。

「日本のパトカー?」
「銭形だよ」
「なにぃっ?!」

 確かに、先頭を切る日本のパトカー――なぜか埼玉ナンバーをつけたままのそれの助手席にいるのは、自分達を常に追いまわして来る男の姿だ。
 その後ろには、乗用車が続いて、さらに後ろには機動隊の輸送トラックが数台続いている。

「しかも後ろにはなんだか知らねぇ奴もいるし、誰だあいつら? 中に乗っている女、二人は美人だけど一人はどうも変装っぽいし……」

 ジャケットの男は、先ほどお湯を入れたカップ麺を箸でかき混ぜながらそう話す。

「…………」
「ん? おい、どうしたの次元?」

 対してスーツの方は、言葉を出さずにじっと双眼鏡を覗きこんでいる。

「おい、五右衛門。見てみな」

 今度は着物の男へと席を譲る。首をかしげるジャケット男の横を静かに着物の男――13代目石川五右衛門は横切り、そして席を変わる。
 そして、

「…………あの時の(わっぱ)か」
「やっぱり、そうか。……だが、なぜ銭形と……」
「なになにどったの? 知り合い?」

 ジャケットが尋ねると、スーツの男はハットを深く被り直し、

「ん、まぁ、ちょっとな。と言っても、アイツは俺たちの声しか知らねぇ……ってか、覚えているかも怪しいが……」

 そこで言葉を途切れさせた男に変わり、今度は五右衛門が口を開く。

「……合っているかどうか自信はないが……生徒にござる」




「――拙者と、次元の」







「……なにそれ?」



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067:役者、揃う

短文再び。


 ガラスの破片が飛び散り、机の上の書類が宙を舞う。

 棚も扉もソファーも家具も次々に穴だらけになり、その残骸が宙を舞う。

 

(私のせいだ……)

 

 なんとなく、脳裏をよぎるのは、血まみれになる誰かの姿。

 若葉色を基調としたおしゃれなドレススーツを着た、綺麗な女の人が……見る見るうちに赤く染まり、そして――

 

(また、また私のせいで――!)

 

「蘭、大丈夫だ! やたらめったら撃ってるだけだ! 動くんじゃないぞ!」

 

 小五郎さん――私のお父さんが、お母さんという人を抱きかかえて床に転がっている。

 さきほど何かが掠め、赤い筋が入った頬を震える手で撫でる。

 

(逃げなきゃ……逃げなきゃ――)

 

 ここにいたら、また誰かを巻きこんでしまう。特に――今も私を庇う様に私を押さえたまま、誰かが銃を撃ってきている窓の外を睨みつけている――この江戸川コナン君。

 

 あと少しで電車に跳ねられるという時に、線路に飛び降りて私を助けてくれた、小さな男の子。

 きっとこのままじゃ、この子また危ない事をしちゃう――だから!

 

「あっ! ま、待て蘭!」

 

 足に力を入れる。大丈夫、私、空手をやってるって言ってたし、体力はあるはず。キチンと身体は鍛えているはず。

 ごめんなさい、小五郎さん――お父さんっ。でも、自分はここにいちゃいけないんです!

 

「らぁーーーーーんっ!!」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「蘭姉ちゃん止まってっ!!」

 

 咄嗟に叫び、後ろを追い掛ける。せめて廊下の所にいてくれればと思ったが、期待は外れて階段を駆け降りる音が聞こえる。

 

(駄目だ蘭、出入り口は狙撃犯から丸見えだ!!)

 

 毛利探偵事務所の出入り口は、当然だが真正面。狙撃された窓側だ。

 蘭の後を追って階段を駆け抜ける。

 恐らく、蘭を狙ってだろう銃声が響く。

 相手が持っているのは狙撃用のライフルと、連射が可能なオートマチックライフルの最低二丁。

 今した銃声は一発だけ。また狙撃に切り替えたのだろう。入口の郵便受けが、火花と共に穴が空く。

 

「くっそぉ……っ!」

 

 入口を超えて、跳弾の音がする方へと急ぐ。

 蘭は、近くの路地裏へと入ろうとしている。駄目だ、それじゃ逃げ場がない! 狙撃犯も狙いやすい!

 

「蘭姉ちゃん!」

 

 大きい道を選んでと叫ぼうとするが、蘭は反射的に足を止めてこっちを向く。不味い!

 

「駄目コナン君、来ちゃだめ!!」

 

 狙われる! そう思った瞬間身体が動いた。

 足に力を込めて、思いっきり跳躍する。多分、犯人がいるだろうポイントと蘭の直線上に割り込むように。

 僅かに、離れたビルの屋上に小さな灯りが見えた。マズルフラッシュだ。

 

(来るっ!)

 

 頼むから外れるか、せめて俺の体に当たってくれ!

 

 そう願った時、俺たちの視界に黒い大きな物が割り込む。

 大きなブレーキ音。それと同時に響く、軽い跳弾音。

 

「乗れっ!!」

 

 割り込んできた物の正体――黒い大きな車のドアが開く。

 

「で、でも――」

 

 恐らく、誰も巻き込まないようにと思っていたのだろう蘭が戸惑いの声を上げるが、運転席に座る男は、それほど大きくはない、だが妙に響く声で、

 

「急いでこの場を離れなければ、無関係の人間が更に巻き込まれるぞ」

「――っ!」

 

 それが決定打だった。

 蘭は開けられたドア――助手席に乗り込む。俺も、そこに飛び込む。

 

「こ、コナン君は駄目よ! これ以上は――」

「議論している時間はない。出すぞ!」

 

 男がアクセルを踏み込むのと同時に、俺がドアを閉める。

 こんな夜中だというのに、サングラスをかけたまま、キャップを被った男はアクセルを思いっきり踏み込み、そしてハンドルを切る。

 

「あの、貴方は一体……っ?!」

 

 

 

 

 

 

 

「――俺は……ジョン=ドゥ(名無し)だ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「警察だ! 動くな!」

 

 

 毛利探偵事務所への銃撃がされたと思われた建物の屋上に、二人の刑事が拳銃を構えて突入する。

 毛利探偵事務所の外を固めていた白鳥、高木の二人だ。

 目暮警部は、逃げた毛利蘭の追跡の指示に回っており、千葉刑事は銃撃に巻き込まれ足を負傷していた。

 

「……いない、ですね」

 

 銃を構え、周囲の安全を確保しながら高木がつぶやく。

 

「それにしても、なんだこの匂い。火薬――硝煙の臭いと……お酒?」

 

 高木と白鳥は、屋上の端に置かれたままになっている銃に近寄る。

 

「チャーターアームズ……中距離スコープを付けて、か。残弾は無し……連射式の方はないな」

「匂いの元はこれですね……中身の入ったまま割ったのか?」

 

 その狙撃銃の傍に、なぜか割れている瓶が転がっている。中身が入ったまま地面に叩きつけたのだろう、辺りは少し変わった酒の匂いが充満している。

 

「これ、なんていう酒なんだ……あ、あると……かーめん?」

 

 割れた瓶は、偶然なのか綺麗に残っていたラベルを上にして転がっていた。

 触らないようにしながら、懐中電灯で照らし、そのラベルを高木が読み上げようとするが見なれない酒であるのもあって分からない。

 

「カーメンじゃない。カルメンだよ高木君」

 

 ここ最近、浅見探偵事務所のアンドレ=キャメルや安室透に揉まれているためか、身のこなしが格段に良くなっている白鳥が、周辺を確認しながら高木の方を見もせずそう言う。

 

「アルト・デル・カルメン。それがその酒の名前だよ。度数がかなり高いから、君にはオススメできないな」

 

 そして周囲に誰もいないことを完全に確認したのか、白鳥は高木の方へと歩いていく。

 

「聞いた事ないですね。ブランデーか何かですか?」

 

 高そうで度数が高い酒となると、反射的にブランデーだと思ってしまう高木に白鳥は、

 

「ある意味、ね。それは、ペルーのブランデーと呼ばれる酒」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――正式には……ピスコ、という種類の酒さ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「あの、どうして……どうして私を助けてくれたんですか?」

 

 特に目的もなく車を走らせていると、隣に座る毛利蘭が口を開いた。

 

「……俺とお前に直接の面識はない。ただ、行方を知りたい男の手掛かりがお前だった……それだけだ」

「知りたい男の人って、誰なの?」

 

 彼女の膝に座っている小僧が、今度は口を開く。

 ……どことなく、あの男を思い出させる目だ。意志の強さといえばいいのか。

 狙撃されかねないあの状況で、迷わず毛利蘭の盾になろうとした決断力と行動力――あの覚悟は嫌いではない。

 

「工藤新一」

 

 正直に答えるつもりはなかった。だが、記憶を失った毛利蘭に情報を思い出させるのは、記憶を刺激させていった方がいいかもしれないと思いつき、結局答えた。

 実際、助けた理由もそれだった。

 そして、正直に答えた価値はあったようだ。

 女ではない。膝に乗っている小僧が息を飲んだ。

 

「小僧、お前は知っているのか?」

「う、ううん。最近どこにいるのかさっぱり。蘭ねーちゃんにも電話一つよこさないんだよ?」

 

 小僧は、小僧らしい様子でそう言うが……ひっかかる。

 

「おじさんは、どうして新一にーちゃんの事を知りたいの?」

 

 ……逆に探りを入れてきたか。

 

「――浅見透」

 

 隠す必要はない。この小僧が、浅見透に近い事は知っている。

 

「俺は、奴を知りたい」

 

 奴の生い立ち、育てた親――正確には親代わりになった存在、どういう教育を受け、どうやって自立していったのか。いまの『浅見透』が構成されていった過程と言うのだろうか。それを知りたい。

 

「あの……貴方は浅見さんと――お兄ちゃんとどういう……」

「? お前はあの男と血縁が?」

「あ、いえ、血の繋がった兄とかいう意味じゃなくて……」

 

 今の毛利蘭に記憶はない。だからだろうか、どこか第三者の目線で見ている自分の人間関係が気恥ずかしいのか、わずかに頬を染めているのが見えた。

 

「私、浅見さんって人の事をたまにそう呼んでいたらしくて……」

「……そうか」

 

 人好きのする男だとは聞いている。

 個人主義のバーボンですら、あの男に懐き始めているように見えていた。

 だからあの女も――ベルモットも奴に興味を持ったのだろうか。

 

「俺とあの男がどういう関係か、だったな」

「はい」

「わからん」

「……え」

「少なくとも、一言では説明できないな」

 

 毛利蘭は、じっとこっちを見る。その膝に座っている小僧――確か江戸川コナンだったか。特徴的な名前だったので、覚えている。妙に頭の切れる小僧だとキールが話していたのもある。

 

「最初に感じたのは……恐らく嫉妬だろう」

「やっぱりそうなんですね」

「……やっぱり?」

 

 横目で見ると、毛利蘭は不信感を露わにしていた。

 

「妃さん――お母さんが言っていました。浅見さんってとんでもない女たらしだったって」

 

 思わず、噴き出してしまう。

 膝の江戸川コナンも、眼鏡をずり落としていた。

 

「そうだな、否定はできん」

 

 俺は浅見透と直接話した事はほとんどない。キールと共に接触した時、スコープを隔ててやり取りをした時、そして……あのアクアクリスタルでの闘い。

 

「あの男は、人たらしだ。周りにいる人間が皆、なんらかの強い感情をあの男に抱いてしまう」

 

 バーボンは恐らく……庇護欲、キールは強い恐れ、そして尋常ではない執着を示す――ピスコ。

 

「奴の事は、何も思い出さないか?」

「はい……他の事も……」

 

 恐らく記憶が戻らない事に焦りを感じているのだろう。

 それもそうだ。こうして命を狙われているのに、その相手の事や事件の事が何もわからないのだ。

 状況に対する理解が追いつかないという恐怖は、かなりの恐怖だろう。それが命の危機ならばなおさら。

 

「ただ……」

「ただ?」

 

 毛利蘭は、額に手をあて、何かを思い出すように、

 

「さっきテレビで見ていた場所が……ちょっと覚えがあって……」

「どこだ?」

 

 

 

 

 

 

 

「――たしか……トロピカルランドって……」

 

 

 

 




あさみんニュース
・分かれてこっそり内部を単独調査
・お姫様付きメイド、フジコさんと知り合い、色々情報をもらう
・銭形、行方をくらます






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068:事態の終結に向けて~①

次話くらいまでの間、場面的な都合でやはり短くなります


「すまんな、上等な物を用意できずに……。好きな物を取れ」

 

 工藤新一を通して、浅見さんを知るために蘭を助けたサングラスの男が、コンビニの袋を俺と蘭に差し出して来る。

 中身は惣菜パンやサンドイッチなどだ。適当に選んだのだろうが、そこそこの数が詰められている。

 もう一方の袋には水やお茶のペットボトルが入っている。

 

「いえ、こちらこそすみません。こんなに面倒をみていただいて……」

 

 怪しい事この上ない男――いや、正直この男が何者なのかは見当が付いている。浅見さんから聞いている特徴が完全に合致しているのだ。

 

 あの時、浅見さんの腕を撃ち抜いた狙撃手(スナイパー)。黒ずくめの奴らの一人。

 コードネーム……『カルバドス』

 

「ねぇ、おじさん。これからどうするの?」

 

 なるだけ子供っぽく、でも不自然にならない程度に演技をしてそう声をかける。

 よくは分からないが、少なくともこの男は蘭を害する気はないようだ。

 とはいえ組織の、それも恐らくは追われているだろう男だ。

 

「俺も追われる人間だ。あまり俺と接触しているとお前達にとって好ましくないだろう。トロピカルランドへ辿り着いたら別れた方が賢明だが……」

 

 こうして話してみると、とても奴らの一人とは思えない。

 

「ただ、お前達を狙撃した人間が気になる。出来ることならば、ソイツだけは俺の手でなんとかしたい」

「え、なんで?」

 

 あまり表情に変化の見られない男の眉間に、僅かに皺が寄る。

 

「恐らく、俺がケリを付けなければならない相手だからだ」

 

 男は、片耳に着けていたイヤホンを外しながらそう言った。

 繋いでいるのは……無線傍受装置か? 警察無線で何か掴んだのか。

 

「狙撃してきた人、知っているんですか?」

 

 自分を狙ってきた人間の事だ、気になって仕方ないだろう。

 蘭が食い付くが、カルバドスと思われる男は首を横に振る。

 

「いや、遠目だった上に辺りは暗闇だったからな。……ただ、」

「ただ、なに?」

 

 今度は俺が尋ねる。

 男は静かに、だが自信気に、

 

「おそらく、あの狙撃手……女だ」

「なんでわかるの? 見えなかったんでしょ?」

 

 ひょっとしたら、知っている人間に朧げに似ていたのか。

 そうなれば、そいつは黒ずくめの――っ!

 

 

「……そういう目は養っている」

 

 

 

 まるで、どこぞの誰かが言い出しそうな事を、真面目な顔で言い出しやがった。

 

 

 

(あぁ、そうだ。この感じなーんか覚えがあると思ったら……)

 

 

 

 

 

 

 この男、どこか浅見さんにそっくりなんだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「で、知恵を貸してくれるのかい? 真純の嬢ちゃん」

「あぁ、貴女にも興味はあるし……いや、今はそんな事どうでもいい。コナン君と蘭君を早く見つけ出さないと……」

 

 毛利探偵事務所が襲撃されたという知らせをキャメルから受けた時は心底驚いた。

 犯人は、そこまで堂々とした真似が出来るタイプじゃなく――もっとこう、セコセコしててネチネチした奴だという印象を受けていたんだが……。

 

「ホントに毛利のおっさんの所を襲った奴と今回の犯人、同一人物なのかねぇ」

「別人かもしれないって?」

「大体、狙撃なんて大胆な手段がすぐに使えていたんなら、駅のホームの時にドタマぶち抜いているさね」

「……まだ銃が手に入っていなかったとか?」

「それなら大人しく銃が手に入るのを待つんじゃないか?」

「でも、犯人にはいつ蘭君の記憶が戻って証言をされるか分からないだろ? 一刻も早くって思うんじゃないかなぁ?」

「……あぁ、確かにそうか」

 

 今、キャメルは毛利蘭の捜索を続けている。

 現場の近くを警戒しながら、肝心の時に居合わせなかった事を悔いているらしい。

 

「納得いかないみたいだね、鳥羽探偵」

「その鳥羽探偵ってのはやめとくれ。アタシは探偵って柄じゃないさ。普通に呼んどくれ」

 

 いくつか事件解決の場にいるだけで探偵扱いときたもんだ。

 取材に来た雑誌なんかが探偵呼ばわりするからこうなるんだ。

 あの胸糞悪い姉貴共へのあてつけでマスコミの取材に出てみたが、今は後悔している。

 

「じゃあ、鳥羽さんでいいかい? その代わり、嬢ちゃん呼びは止めてくれよ?」

「わーったよ。それじゃあ呼び捨てでいいかい? 真純」

 

 今はこっちの事務所で、本当ならあのボウヤに見せる予定だった書類を真純に読ませている。

 真純はアタシの提案に頷いて了承する。

 

「アタシとあのボウヤで、そこに書いてある心療内科の先生が怪しいと睨んでいたんだけど……」

「証拠、だね?」

「そういうこと」

 

 例の傘からは硝煙反応、発射残渣が検出されたという報告がトメさんから来てる。

 ついでに指紋が残ってくれていればと期待したんだが、さすがに拭き取られてしまっていた。

 

 今では鑑識が更に詳しく調べているが……。

 

「傘を使ったトリックは分かったんだ。これで蘭君の目撃証言があれば、確実に捕まえられると思うんだけど……現状、追い詰める方法となると……」

「――そうだねぇ……」

 

 現状手に入る情報はここまでだ。となると、別の物が欲しい。

 例えば――まだ入手できていない警察の捜査資料とか。

 

 携帯を取り出して、目当ての人物を電話帳から探し当てて通話ボタンを押す。

 数コールですぐに相手は出る。

 

「よう、恩田。今どこにいるんだい? ……小田切敏也のライブ会場? で、仁野環とたまたま会って今お茶中?」

 

 真純の嬢ちゃんに目を向けると、驚いたように立ち上がっている。

 

「なるほどね。つまり、今警官受けするアンタが殺人事件の被害者遺族と一緒にいる訳だね? いいねいいね、悪くないコンビさ。利用しがいがある」

 

 その立ち上がった真純の顔が、ドン引きしたものに変わっていく。

 無駄に攻撃的で挑発的な癖に意外と潔癖だねぇ、この嬢ちゃんは。

 

「――恩田、ちょっと頼めるかい? そうそう、アンタが一番適任だからさ」

 

 

 

「可能な限り資料をもらってきてくれ。あの堅物の大将からさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「哀ちゃーん、ご飯できたよー」

「ええ、今行くわ」

 

 今日は日曜で小学校はお休み。

 ふなちは昨日の夜から寝ずに工藤君と毛利蘭を探し回り、今日はこっちで少しだけ寝てからすぐに病院に向かった。

 足を負傷した千葉刑事のお見舞いに行ってから、また捜索に行くと言っていた。

 おかげで今日は静かだ。普段ならば浅見が越水さんにお酒のお代わり許可を貰うために腰に縋り付いていたり、浅見とふなちがテレビの前で並んで酒呑みながらゲームして騒いでいたり、おつまみ作ってくれた桜子さんに浅見がハグして肘鉄もらったり……

 

 なんだ、騒がしい理由はほとんどあの男だった。

 それなら静かなのも納得である。なんせ、あの男は今はアメリカだ。

 

(まったく、守りを固めるためにちょっと仕事を兼ねてスカウトに行ってくるなんて言ってたけど……)

 

 正直、不安はある。

 組織の幹部が注目していた男。組織が手を出すのを躊躇う存在。

 当然、彼の周りには監視の目があるだろう。

 彼は、もっとも不安だった者はこれから離れると言っていたが……。

 

(ま、でも今の所は何も無いし……)

 

 浅見透が家を空けると言った時は非常に不安だった。

 彼の部下であり、警護関連のプロであるアンドレ=キャメルが家を訪れてくれているのはありがたいが……なんとなく、あの男がいる方が安心できる。

 

「桜子さん、今日のお昼は?」

「今日は、哀ちゃんが好きだって言ってたしイタリアンで統一してみました! 昨日仕込んでおいたライスコロッケに、お手製パスタにサラダとか!」

 

 いつもニコニコしているこの家政婦は、素姓の良く分からない自分にも本当に良くしてくれるいい人だ。

 

「哀ちゃんはコーヒーと紅茶はどっちがいいかな? 一応、どちらも用意出来るけど……」

「そうね……それじゃあ紅茶で」

「はい、了解」

 

 語尾に音符マークが付いているのが目に見えそうな調子でそう言う桜子さん。

 

(無理して明るく振舞わなくてもいいのに……)

 

 先ほど、誰かからは分からないが電話で毛利探偵事務所が銃撃された事を聞いたようだ。

 私はいち早く鳥羽さんから電話をもらって状況を聞かされたため、大まかな経緯は把握している。

 だが、桜子さんは私が知らないと思っているのだろう。

 そして、友達――江戸川コナンが行方不明という事態を伝えるかどうか迷いながら、とりあえず必死に私を家から出さないようにしているのだろう。

 この家ならば、ちょっとした襲撃くらい耐えられるから。

 

(本当にお人好ししかいないんだから、この家……)

 

 あからさまに何かあると疑いながら、この家に私を置く事を了承した越水七槻。

 なにか考えがあるのかないのか少々怪しいが、それでも私に構い続ける中居芙奈子。

 疑いもしない米原桜子、中北楓。――中北さんは仕方ないと言えるが。

 

 

 そして、全てを見透かした目で『どれだけ傷だらけになってもお前を守る』――なーんて、昔の恥ずかしいドラマでも言わないような恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく言える家主。

 

「今日は哀ちゃん、家でゆっくりするの?」

 

 そうであってほしいと願っているのだろう。

 首を傾げてそう尋ねる彼女に、

 

「えぇ、浅見さんが買ってくれたパーツも揃ったし、今日はマシンの組み立てとセットアップして……終わったら読みたい本があるから」

 

 と答える。実際嘘ではない。

 家主が必要な物はあるかと尋ねてきたので、とりあえず最新型のパソコンをと言ったら、即座に現時点で最高の各パーツから揃えてくれた。

 組み立てまでやろうとしていたけど、自分で組み立てるとそれを断ったのだ。

 

「……最近の小学生ってパソコンとかも組み立てられるんだぁ……」

 

 心から感心したように桜子さんが呟く。訂正しようにもそれができないので、『浅見さんが教えてくれたの』と誤魔化しておく。

 すると、感心した顔から一転、呆れた顔でため息を吐き、『あの人……コナン君といい哀ちゃんといい小学生に一体何を教えてるんだろう……』とぼやき始める。

 

 

 

(――浅見透に悪い事したような……そうでもないような……)

 

 

 

 なんにせよ、(浅見)が帰ってくるまで――あるいは、(工藤)が事件を解決し、戻ってくるまで、色んな意味でこの家は静かなままなのだろう。

 

「ホント、どっちでもいいから早く帰って来てくれないかしら……」

 

 

 

 

 

 

 




瀬戸瑞紀の三行旅行日記
・唐突に『俺ちょっと行方不明になるから』と言いだす上司
・泥棒侵入騒ぎの後、一人探索。
・怪盗、北の離れの塔にて大泥棒と姫の会話、その後のやり取りを盗み聞き、大体を察する。



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069:表を歩く人、裏を歩く人、裏を覗く人

「お願いします。どうか、全ての捜査資料の閲覧許可を――」

「ならん。……君の気持ちは分からんでもない。だが、真実を明らかにし、犯人を捕らえるのは警察の仕事だ」

「今! 女の子と子供の命がかかっているこの状況でですか?! 小田切刑事部長!!」

 

 無茶苦茶だ。受けた頼みも、今自分がやっている事も。

 あの小田切刑事部長相手に真正面からこうして――しかも自分が声を荒げるなど普通なら絶対に出来ない。

 事務所に所属して、そして瀬戸さんから感情を出す訓練を受けていなければこんな事絶対に出来ていないだろう。

 

(……ひょっとしたら、膝が震えている所を見られたかもしれない……かも)

 

 気持ちというか、探偵モードのスイッチを入れるのが少し遅れた。というか、この家に到着した時に見た小田切刑事部長の居合いの迫力と、彼自身の圧に押されてしまっている。

 正直、最初に話を切りだした時に声が震えてしまったのは自覚していた。

 ヤバイと思って咄嗟に気を引き締め直したが……。

 

(せ、瀬戸さんか鳥羽さんがいてくれれば……)

 

 空気の流れを操るのが上手い瀬戸さん。

 相手を怒らせる事を恐れず――いや、むしろたまに嬉々としてやるが、その圧を全部一人で受け止め、いなしてくれる鳥羽さん。

 

 体力が付きだして、受け持つようになった事務所の仕事は、最低でもツーマンセルでの行動が多かった。

 最初は安室さんや瀬戸さんが付きっきりで、それからはキャメルさんや鳥羽さんと。

 大きな失敗をした事はなかった。――そう思っていた。

 

 今ならハッキリと自覚できる。

 しなかったんじゃなく、しないように誘導されていたんだと。

 自分がいかに、手助けしてもらっていたかが良く分かる。

 

 現に今、一人で、小田切刑事部長という大物を前に、どう立ち回ればいいのかさっぱり分からない。

 かろうじて掴みとれた情報は、仁野保の事件の再捜査を命じたのが、小田切刑事部長本人だったという事だが、それも被害者の妹である環さんがいたおかげである。

 

 

 自分には、何も出来ていない。

 

 

「仁野保の事件、一連の刑事連続射撃事件、これらは同一犯の可能性が高いんです! 蘭さんを狙ったと思われる銃撃事件だって――」

「……毛利探偵事務所、及びその周辺には警官を張りつけている」

「しかし、守るだけでは――!」

「言ったはずだ、気持ちは分かると。だが、その役目は我々警察であるべき――いや、そうでなくてはならんのだ」

「――――っ」

 

 小田切さんの言う事が正しいのも分かる。

 迂闊に探偵が出しゃばれば、警察の威信に関わる。

 非常時に何をと最初は思っていたが、関わる様になった今では理解できる。

 

 治安維持の要である警察にとって、威信はそのまま信頼となる。そりゃあその信頼も一定じゃない。上がったり下がったりする。だが――もし、その信頼が低下し続け、文字通り地に落ちれば……。

 

「……せめて、毛利蘭の捜索状況の詳細や計画の共有だけはしていただけないでしょうか」

 

 これ以上は踏み込めない。踏み込む勇気がない。

 

「お願いしますっ!!」

 

 気も回らず、頭も回らない自分には、精一杯を尽くすしかない。

 今、自分に思いつく精一杯は――頭を下げることだけだ。

 

 下げた頭のてっぺんの方から、立ち上がる音がする。 

 隣で、ソファに座ったままの環さんが息を飲むのが聞こえた。

 

「……毛利蘭捜索に関する全ての状況、そして資料を白鳥刑事を通してそちらに回すように指示しよう」

 

 

 

 

 

「今はそれで納得してくれ。恩田君」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『――というわけさ、キャメル。白鳥の坊っちゃんから色々回してもらえるようになったよ。多分アンタも個人的に回してもらってただろうけど』

「えぇ。コソコソ回されるよりも堂々と、しかも定期的に情報が更新されるのは非常にありがたいです。白鳥刑事の負担を減らせそうですし」

 

 昨夜の銃撃事件の時、自分はちょうどいなかった。

 白鳥刑事と共に周辺の殺菌をおこなっているところだった。

 まさか、その最中に――しかも遠距離からの狙撃を行われるとは思っていなかった。

 

――自分のミスだ。これまでの犯行が拳銃、および直接手段だった事から必ず近づいての犯行だと思っていたのが間違いだった。油断していた。

 

『で、どうだい? お嬢ちゃんとボウヤの行き先は分かったかい?』

「攫われたとは思っていないんですね?」

『あのボウヤが一緒にいるなら、仮にそうだったらなんらかの方法で連絡を取っているはずさ。まぁ、殺されてなければって話だけどね』

「……あまり考えたくない状況ですね」

『可能性は低いと思うけどね。簡単にくたばるボウヤじゃないさ。……これで嬢ちゃんの記憶が戻っていれば、もっと可能性は下がるんだろうけどねぇ……。で?』

 

 鳥羽さんは、知り合いが死んでいるかもしれないという事は、顔色――もとい、声色一つ変えずに話す。

 こういう所が苦手であり、同時に頼もしくもある。

 

「蘭さんは、銃撃を受ける前までご家族や園子さんと一緒にテレビを見ていたらしく、その時に流れたトロピカルランドのCMに反応したそうです」

『……家族の記憶かい?』

「いえ、どうも蘭さんと親しかった男の子――工藤新一という同級生と共に遊びに行ったらしいです」

『遊園地でデートなんて可愛いねぇ』

「貴女ならどこがいいんですか?」

『タバコをいくら吸っても怒られなくて、いい酒置いてる所さ』

「でしょうとも」

 

 車のグローブボックスが開きっぱなしな事に気が付いた。

 先ほどロードマップを取り出してからそのままだったのを忘れていた。

 

 それを戻そうと手を伸ばし、自分の手が真っ赤になっている事に気が付いた。

 白鳥刑事からもたらされた情報を、見やすい赤ペンでマップに書き込んでいる間に、インクで手が汚れてしまったのだろう。

 ロードマップをめくるたびについたインクが、まるで手垢のようについている。

 

『で、分析の方はどうだい?』

「園子さん達からの話、そして白鳥刑事達から提供された情報で確信できました。やはり、蘭さんとコナン君を拾った人間はプロです。……後ろ暗いの、ですけど」

 

 相手は警察を含めた追手の撒き方を熟知している。

 車の隠し方、監視カメラからの逃れ方。

 かろうじていくつか残された痕跡――監視カメラの映像や目撃情報――を頼りに、どうにかルートを絞っている。

 

「そして行き先ですが……こちらもこれまでの分析とも一致します。やはり、行き先はトロピカルランドで間違いないでしょう」

『つまり、嬢ちゃん達は記憶を取り戻しに行っている……ってことかねぇ?』

「恐らく。例のドライバーがなぜそれに付き合っているかは謎ですが……」

『悪い奴が悪い事ばっかしているわけじゃないってことだろうさ』

「なるほど、実例の言葉はやはり違いますね」

『はっはぁっ! 言うじゃないのさ』

 

 鳥羽さんの後ろの方から、誰かの声がする。性別の判別はできないが、非常に若い声で『うわぁ……』とドン引いた声を出している。

 

「誰かと一緒なんですか?」

『男みたいな女さ』

 

 また彼女の声の後ろから『悪かったね!』という声が聞こえてきた。

 

「あぁ、例の世良真純とかいう……」

『これからこっちも、その遊園地に向かってみるさ』

「私は、念のために蘭さん達の足取りを塗りつぶしていきます」

 

 まぁ、それでも合流地点は同じになるのだろうが。

 

「警察への報告はどうしましょうか」

 

 犯人は、警察の動きを熟知している可能性があるというのが自分達の見解だ。

 個人的に白鳥警部は信じているのだが、どこかで漏れている可能性を考えると……。

 

『あんまり気にしなくていいと思うねぇ。警察が犯人ならそもそもどうしようもないし、関係者なら信頼の得方、情報の取り方も心得てるだろうさ』

 

 おそらく電話の向こうで肩をすくめているのだろう鳥羽は、さらに続ける。

 

『遅かれ早かれバレると考えている。アタシはね? 例の医者以外の重要人物には張り付いてるし』

「小田切敏也は?」

『警察が完全に張り付いているよ。さすがにおひざ元で銃撃されただけあって尻に火が付いたみたいだね』

 

 せめてもうちょっと言葉を選べば――というかしゃべらなければいいのに。

 心からそう思いながら、キャメルは状況を整理する。

 仁野環には恩田君が張り付いている。

 例の心療内科の男は、今電話をしている相手が探りに行った結果、すでに出かけていると言う話だった。

 

「ここからが勝負ですね」

『そういうこった』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 時間は昼を回った頃だろうか。トロピカルランドの近くにようやく到着した。

 何度か後を付けられている気配がして、やりすごすのに随分と時間がかかったが……おかげで敵の事も少しわかった。

 例の狙撃犯だ。

 やはり女だった。

 おそらく、警察に顔を見られる訳には行かないのだろう。向こうも監視カメラ等を避ける様に行動していた。

 仲間か、あるいは部下か、二人の男がバイクで追ってきたり探し回っていたりしたが……。少なくとも、プロフェッショナルには程遠い。まったくの素人と言う訳でもないようだったが……。

 

(奴らは一体……)

 

 ピスコ――枡山憲三の子飼いの連中ではない。

 あの老人の子飼いは、コードネームを持たない無名の連中ですら危険だ。

 気が付けば背後に近付いてナイフを構えていた。そういう事すら考えられる敵だ。

 

(……そもそも、奴らは本当に毛利蘭を殺そうとしたのか?)

 

 あの女、狙撃に関してはそこそこ出来るように見えた。オペラグラスを通してだが、射撃体勢は崩れていない。――おそらくだが、撃った事が、そして誰かを殺した経験があるのだろう。

 

(かといってプロフェッショナルではない)

 

 自分のような兵士ではない。

 枡山のような……上手い言葉が出てこないが、ああいうタイプでもない。

 強いて言うなら、少々面倒な……そう、面倒な……

 

 

――犯罪者

 

 

「ねぇ、おじさん」

 

 物思いにふけっていると、江戸川コナンが声をかけてきた。

 

「おじさんはこれからどうするの?」

 

 先ほど、毛利蘭には言っておいた。

 ここで別れようと。

 それが正しい。表を歩く人間と、裏を歩く自分が長く一緒にいていい事はない。

 あの女にとっても、自分にとっても。

 

「お前こそどうするつもりだ」

「どういうこと?」

「お前には逃げる選択肢がある」

「…………」

 

 黙ったまま、江戸川コナンは俺を睨みつける。

 

「毛利蘭も、それを願っているのは分かっているだろう?」

「……イヤだね」

 

 間こそ空いたが、声に迷いはない。

 

「あぁ、だろうな」

 

 正直、そう言うと思っていた。

 

「わかっていたのに聞いたの?」

「……お前がもっと俺に歳が近ければ、その必要もないのだがな」

 

 タバコに火を付けようかと思ったが、子供の前で吸うのが憚られ、そっとポケットのタバコの箱から指を遠ざける。

 

「誰かが言ってやる必要がある。……お前は子供で、俺は――」

 

 大人なのだから。そう続けようとする口が動きを止める。

 そも、大人と自信を持ってえらそうな説教を垂れるような人間なのだろうか。

 ――否だ。

 裏を歩く人間に、一体なにを言えるというのか。

 

「……お前に覚悟があるのは分かっている」

 

 だから、口にしかけた言葉を全て捨てて、それを変える。

 

「それでも。それでも、だ。選択肢があるという事をキチンと伝えるべきだと俺は感じた」

「僕が子供だから?」

「ああ」

 

 毛利蘭は、自分がいざとなれば『殺害』という選択肢を選べる人間だと気が付いていない。……あるいは、無意識のうちにその考えを捨てているのか。

 だが、この小僧は違う。

 自分をそういう人間だと見た上で、安易にそういう手段を取らない人間だと見ている。

 その上で、駆け引きをしようとしているのだ。

 

「蘭姉ちゃんには言わないの? 逃げていいって」

「……あの手の女は、自分にとって最悪の道を歩きたがる。言った所で無駄だ」

 

 これに関しては確信があった。

 恐らくは浅見透に保護されているであろう宮野明美と同じタイプの人間だ。

 

 肝心な時に周りが見えなくなる。

 他の選択肢が見えない。そう諭した所で聞き入れはしないだろう。

 能力は見合っている人間ならば、そこまで心配はしないが……。

 

「だから、お前が手綱を握れ」

 

 普通ならば、子供にこんな事は押し付けない。

 だが、まだ組織にいた時に聞いたバーボンの呟きを思い出す。

 

 

 

――あの男の思考は理解できない。フリーターのご老人を雇えば想定を外れてそれなりに優秀で、信頼しているのが小学生だったりする。まったく、物事が一体どういう風に見えているのか……。

 

 

 

 

 おそらく、あの時言っていた小学生とは江戸川コナンの事なのだろう。

 あの非常識が二人羽織をしているような男が信を預ける子供。

 只者であるとは思えないし、事実自分の勘もそう言っている。

 

「生きて、あの女の記憶を取り戻して……そして帰れ。お前達の日常に」

 

 江戸川コナンが、なんとも表現しづらい顔で見上げている。

 一番近いのは――どこか茫然としている……だろうか。

 

「俺は裏の人間だ。自分から死地に来る馬鹿は撃つ。邪魔をするなら、あの女でもお前でも――撃つ」

 

 それは間違いない。生き残るには、邪魔になる物は全て排除が絶対条件だ。

 立ちはだかる者はもちろん、飛び込んできた馬鹿でも撃つ。

 

 だが、ただ迷い込んだだけの女――それも子供を撃つつもりはない。

 それも、その一因にあの男がいるのならば。

 

(狙撃地点にわざわざ、自分のコードネームの酒を残していく。……あの男め)

 

 サインのつもりなんだろう。今はこの国を離れている、あの男に対しての。

 そうなれば、狙撃の意味も少しは分かる。

 挑発か、警告か、あるいは……挨拶か。

 

(あり得そうだ。今の、あの男ならば)

 

 別にあの男の事務所に叩きこむのならばそれでいい。

 銃弾程度ではあの事務所はなんという事は無いだろうが、プレッシャーにはなるだろう。

 だが、あの男はそれを毛利探偵事務所にやった。

 確かに、浅見透には近い。

 例の事件の後から、更に関係が近づいたと俺と青蘭も調査して知っている。

 

 だが、それでも……

 

「それでも今回のは気に入らん。お前の所に銃弾を撃ち込んだ奴も。違う厄介事を抱え込んで何も分からないあの女を巻き込む行為も、俺の好みではない」

 

 戸惑いの気配を強くした江戸川コナンの頭に、ポンっと手を乗せる。

 

「お前はお前の問題を解決しろ。奴らは俺が引きうける」

 

 

 

 

 

「今回だけは……な」

 

 

 

 

 

 

 




あさみんニュース

・隠し通路を発見、身を隠して夜を越す。
・翌朝、騒ぎを聞き付け外に出る。
・なぜかいるキッドと共に銭形と緑ジャケットの男の脱出支援
・また撃たれる。




カリ城編はハイライトいくつか書く予定でございます。


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070:目標地点、トロピカルランド

「千葉様、お怪我はよろしいですか?」

「あぁ、ありがとうふなち。わざわざお見舞いに来てくれて」

 

 鳥羽達からトロピカルランドへ向かうという報告を受けた後、ふなちは、家へと帰る前に撃たれた千葉が搬送された病院へと来ていた。

 本当ならばこの後すぐに鳥羽や恩田と合流して捜査に協力したいふなちだったが、家に小学生の灰原一人を残すわけにもいかず、家へと戻る事にした。

 一応桜子も泊まってくれるそうだが、それでも家の人間が帰らないというのは拙いという判断だった。

 

「ほとんど無傷に等しいんだけどね。弾は肉の所を貫通しただけで、大事な部分はどこも怪我しなかったんだし」

「それでも安静にしておくべきですわ。ウチの人みたいに無茶をしていたらいつ倒れられるかと周りを冷や冷やさせる事になりますわ」

「あ、浅見君は……うん、まぁ……逆上したり取り乱している犯人の攻撃平然と受けようとするし……包丁とか」

 

 いつもその寸前で取り押さえる佐藤刑事や白鳥刑事、たまに江戸川コナンの顔を見なれている千葉は、引き攣った笑いをしている。

 

「せめて犯人の車の前に飛び出したり飛び移ろうとするのはやめてほしいですわ……死んでも逃がさないという気概なのでしょうけど、浅見様は本当にいつも有言実行致しますので……」

「そ、その……浅見君はいつも?」

「浅見様曰く、殺そうとして殺したのか、追いつめられて殺してしまったのかは人を傷つけた時の反応で分かるとかで……えぇ、いつも自殺まがいの説得をしておりますわ」

 

 浅見達が追いつめた犯人は、その場で逮捕される事も多いが、同時に後から自首してくる事が多い。

 とはいえ、どのように説得していたかは……まぁ、それなりに付き合いのある強行犯係の人間ならば、ある程度は想像が付いていた。

 

「……越水さんがとっ捕まえておきたくなるのも分かるなぁ……」

「楓様や桜子様が来てからは多少大人しかったのですが……えぇ、例の死なない発言からもう冷や冷やモノですわ」

 

 浅見透が病院で越水とふなちにした『何があっても絶対に死なない宣言』は、ふなちが仲の良い千葉と世話になっている佐藤に相談する事で、結局親しい警察関係者はそのほとんどが知っている。

 もっとも、全員の反応は『あぁ、うん、知ってた』という物が9割を占めていたのでなにか変化があったかと言われると千葉も首をかしげざるを得なかった。

 せいぜいが、飲みに誘う回数が増えつつあるということくらいだろう。

 

「事件に彼が関わっていない事を喜ぶべきなんだろうけど……」

 

 千葉の口から、少し弱音が漏れる。

 

「まぁ……こういう時に指揮を取ってくれる人がいないのは少々心許ないのですが……」

 

 それに対してふなちは、唇に人差し指を添えて少し「う~~っ」と唸ってから、

 

「大丈夫ですわ、きっと」

「え?」

「元々、浅見様は自分がいなくても回るように、スタンドプレイを重視していたお方でしたし」

 

 思い出すように少しづつ言葉を発する。

 

「それに……確かに浅見様に越水様、安室様……他にも大勢の方が向こうに行ってしまわれましたが……キャメル様に鳥羽様、恩田様、それに小泉様。皆様がいらっしゃいますから」

 

 

 

「浅見様が選んだ方達がいらっしゃるのですから大丈夫! 私達は負けませんわ!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「最後に新一にーちゃんと一緒だった時は、ここで事件があって色々大変だった……みたいなんだ」

「このジェットコースター?」

「うん!」

 

 不安などなく、元気がいいように意識して口調を明るくして、俺は蘭にそう言った。

 

「そう……じゃあ、一緒に乗ってみようか」

「うん、そうしようよ!」

 

 あの男――カルバドスは俺たちと別れた。

 蘭を撃った奴をおびき寄せる方法に心当たりがあるらしい。

 

 ……正直な話、想像していた人間と全く違った。

 あの浅見透を狙撃した犯人。そしてつい先日、例の女の人――宮野明美を守り通し、自分が狙撃した浅見透と協力して黒尽くめの奴らを退けた男。

 

 確かに、所々で人を守る事もあるが、それでも奴らの――犯罪組織の一員。それも幹部だ。

 あのジンやウォッカに限りなく近い存在だと思っていたのだが……。

 

「あの男の人……大丈夫、だよね?」

 

 やはり、蘭も気になっていたのだろう。

 実際、俺の目にもあの男は普通の――いや、決して堅気の雰囲気は出していなかったが……それでも真っ当な『大人』に見えた。

 蘭もあの男には一定の信頼を置いているように見えた。

 あの危険な状況から自分を救いだし、一緒に付いて来た自分とまとめて面倒を見てくれていて、そして今……もっとも危険な囮を引き受けた。

 

(と言っても、正確には片方だけ、か)

 

 あの男が言うには、警官連続射撃事件と蘭の一件は別物らしい。

 くわえて、探偵事務所を襲った奴は今回を乗り切ればもう蘭を狙う事はないだろうとも言っていたが……。

 

(つまり、そっちは組織の人間ではないってことか)

 

 まだまだ分からない事が多いが、もし組織の連中に蘭やおっちゃんが狙われていたのならば、あんな乱暴な襲撃はしなかったはずだ。

 警察の目が消えたその時に、自然に近づき自然に殺し、そして痕跡を残さずに立ち去る。

 それが奴らのやり口だ。組織の一員だった明美さん、そして灰原からもそう聞いている。

 

(組織の人間じゃない狙撃犯、そして二人の刑事を殺して佐藤刑事を撃った犯人……)

 

 あの男が上手くやれるのならば、自分が相手をするのはもう片方。

 佐藤刑事を撃った人間だ。

 

(相手は佐藤刑事を撃った時に銃を捨てている。持ち物検査などでバレるのを恐れたんだろうけど……)

 

 恐らく、蘭を駅で突き落としたのもソイツだろう。

 これまでの凶器を失い、実力行使に出たのだろう。もし例の銃撃犯ならば、そもそももっと早く射殺しているはずだ。……銃の入手に時間がかかったというのでなければ。

 

 そんな時、耳元――いや本当にすぐ近くで電子音がする。

 博士に先日作ってもらった、イヤリング型携帯電話だ。

 

 蘭に手を引かれて歩きながら、気付かれないようにそっと通話モードにする。

 この番号を知っているのはかなり限られている。

 作製者の阿笠博士、浅見さん、灰原、そして先日調査の際に教えた――

 

『よう坊や、通話ボタンを押したって事は一応生きているみたいだね』

 

 鳥羽さんだ!

 

 とっさに応答しようと思ったが、蘭にバレずにやるにはどうしようと一瞬ためらう。

 蘭は、記憶がある頃身近だった人間を傍に置きたがらない。

 実際、自分としても警察につながる人間の中に犯人がいる可能性を考えたために、警察はもちろんおっちゃんにも連絡を入れてないのだ。

 

『……なるほど、喋りにくい状況かい。一応安全なんだね? YESなら軽く二回ノックしな。NOなら一回だけ』

 

 言われた通りにイヤリングを二度指ではじくと、通話口の向こう側の鳥羽さんは『やっぱりねぇ』と笑いながら言う。

 

『OK。まぁ、坊やがそうそう簡単にくたばるとは思ってなかったけどさ。さて、とりあえずこっちの状況を簡単に説明するよ』

 

 それから鳥羽さんは、程良い早さと間を空けながら状況を説明していく。警察の捜査状況、残っている浅見探偵事務所の面々が調べて分かった事。容疑者の現在の状況。そして蘭の捜索状況やおっちゃん達の現状その他諸々。

 

『――と、まぁこんなところさ。やっぱり、アンタらがいるのはトロピカルランドかい?』

 

 先ほどのルールを思い出し、肯定を示すために二回イヤリングをはじく。

 

『そうかい。んじゃあこっちの読みは当たりだねぇ。一応、今アタシと世良の嬢ちゃんと一緒にそっちに向かってるよ』

 

 向こう側から、『だからお嬢ちゃんはやめろよなー』という声が響く。

 あのパーティの時に来ていた、転校生の世良真純だ。自分と同じ高校生探偵だと言う話だが……。

 

『今キャメルが坊や達の痕跡辿ってたんだけど、どうやら一直線に合流させた方がよさそうさねぇ……』

 

 話を聞いてくれて、かつ自分を割と対等に見てくれる鳥羽さんもそうだが、護衛等に長けたキャメルさんが来てくれるのはありがたい。

 すかさず二回携帯をはじく。

 

『OK、すぐに手配させるさ。……あぁ、そうそうもう一つ。さっき恩田から連絡が入ったけど、仁野環と一緒にトロピカルランドに向かう途中で友成 真を発見。警察に確保――っていうか保護してもらったそうさ』

 

 友成真……例の心臓発作で亡くなった刑事の息子。

 佐藤刑事が撃たれてから、確か行方が掴めないって聞いてたけど……保護?

 

『発見した恩田が声かけようとしたら、自分から保護を申し出たんだとさ。今警察が取り調べているけど……多分ありゃ違うねぇ』

「…………」

 

 俺もそう思う。

 いつ記憶を取り戻すか分からない蘭を一刻も早く消そうとしていた犯人が、ここで警察に逃げ込むような真似をするとは思えない。

 

『そうそう、恩田があのルポライターのお姉ちゃんとトロピカルランドに行ってた理由だけど、そこで今日小田切 敏也がバンド演奏するらしいのさ』

 

 小田切刑事部長の息子が?

 くそっ、詳しく聞きたいけど……

 

『容疑者連中の中で唯一行方が掴めていないのはただ一人。――例の先生さ、坊や』

 

 白鳥刑事の主治医を務める心療内科――そして左利きの名医として知られた元外科医。

 

 ――風戸京介。

 

『とにかく、あのお嬢ちゃんと一緒なら目を離すんじゃないよ。こっちはちっと渋滞気味だけど……夕方までには辿りつくさ』

 

 

 

 

 




≪後書きという幕間≫


浅見「あのお姫様の結婚式(笑)は明日、か……」
安室「どうするつもりなんだい?」

マリー(というかなんでもう起きれるんだ?)

キール「ど、どうかしら。例の偽札の証拠も掴んだし」
瀬戸「一度引いて体勢を整えても――」










浅見『全 員 ぶ ち の め し ま す わ ~ ~ ~ ~』





四人「「「アッ、ハイ」」」






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






緑ジャケ「……なんであのガキもう起きてんの?」
黒スーツ「お前が言うなお前が」
緑ジャケ「で、あれがお前らの生徒って何がどうしてそうなったのよ。何を教えたのよ」






黒スーツ「……獲物の取り方とか料理」
着物の男「同じくにござる」






緑ジャケ「……それがなんで機関銃の前に笑顔で飛び出すデンジャラスボーイになっちゃったわけよ? ねぇ、君達? ちょっとこっち向きなさいよ、え?」




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071:※ ≪カリオストロ公国、及びアメリカにて≫

 これまで、彼の行動に呆れる事は多くあった。――特に、最初の頃は。

 それからまだ数カ月しか経っていないというのに、彼は変わらず自分の命を躊躇いなく賭け続けている。

 気が付けば呆れは恐怖へと変わり、そして今――浅見透という存在には畏敬の念さえ覚え始めている。

 

 私達が彼の暗殺を計画していた頃でも、恐らくそれを知りつつ堂々と私を相手に交渉を行った。

 最近になって公安との繋がりを確認できた。あの時渡した資料から何らかの突破口を見つけ、協力体制を敷く事に成功したのだろう。

 

 未だに背後の存在は分からず、彼と繋がりのあった工藤新一は組織によって殺されている。

 CIAは何度か彼を護衛――というより行動を把握するために尾行をしていたが何度も捲かれ……カルバドスの狙撃によって負傷していたときですら彼はこちらの追跡を振り切っていた。

 

「というわけで安室さん。スカウトした人員は?」

「もうすでに国境近くに待機させている。いつでも潜入させる事ができるぞ。……しかし、よく傭兵なんて雇ったな」

「元々考えていたけど、次郎吉さんが色々冒険仲間の伝手を使って探してくれたんだ。今度美味い酒持って冒険譚に一晩付き合わなきゃな」

 

 随分と砕けた様子のバーボンが、浅見透と恐ろしい会話をしている。

 ただでさえ得体の知れなかった男が、ついに自前の戦力を手にし始めたという恐ろしい会話だ。

 

「隊長……えぇと、キャットAで良かったか?」

「あぁ」

「命令内容は?」

「……結婚式のあれこれで伯爵は守りを城の周辺に固めている。ルパン三世とか妙な探偵気取りのアホが自分を狙ってんならそりゃ怖いだろうさ」

「……つまり、国境の守りに隙が出来る?」

 

 バーボンの言葉に、浅見透はニヤリと笑う。

 

「最大火力を持って陸路から潜入。念のためにヘリとパイロットは国境外で待機」

「了解」

 

 本当に、バーボンは上手く懐に潜り込んだものだと強く思う。

 警視庁の人間からは、同じ『透』という事で『トオル・ブラザーズ』なんて呼ばれているようだけど、あるいは本当に歳の離れた兄弟に見えてしまうほどに仲が良い。

 

(元々洞察力と観察力に長けたバーボンと、何をするか読めないけど確実な成果のために全力――いや、死力を尽くす浅見君)

 

 悪夢のようなコンビだと思う。もし、この二人を敵に回せと言われたらどう対応すればいいか分からない。

 いや、こちらが相手をしようとした時には状況は完全に詰みだったと知っても受け入れられる。死ぬほど驚くだろうが、同時に『あぁ、やっぱり』と思ってしまう。そんな予感がある。

 

「それで所長。やっぱり結婚式に殴り込むのですか?」

「殴り込む」

「……しかし、防弾ジャケットを抜く程の弾丸を喰らって腹部に穴が空いたばかりですし――」

「殴り込む」

「……いや、でも下手に動いたら塞がったばかりの穴がまた――」

「殴り込む」

 

 

 

 

「……アクセル役はいないがブレーキ役もいないのだったな……」

 

 

 

 

 頭を抱えている――だが潜入工作に関しては超一流の技能を持つ女性、マリー。いや、キュラソー。

 その実、彼を探る組織のスパイである彼女だが、少しずつ彼に影響を受けているのか、彼と同調している気配がある。

 そして彼の部下はそれだけじゃない。彼の下には個々でも脅威となる人物が多くいる。

 今、この場にいないが……どれもこれも優秀な逸材ばかりだ。

 つい先日まで一般人だった人間ですら、少しずつ様々な技能を覚えていっている。

 ただの大学生だったはずの恩田遼平が、バーボンやキュラソーと共に爆弾解体の講習を受け、降下訓練や戦闘訓練を行っている姿はどう見てもおかしい。

 

(とても手に負えないわ……)

 

 感謝はしている。

 ピスコの監視の目が無くなっただろうが油断はできない。そう言って念のためにと、公安の護衛を付けてくれたのは彼だ。

 今回は彼が急いでCIAと繋ぎを持つ必要があるというためこうして海外に来ているが、日本に戻れば弟へのフォローにも全力を尽くすと約束してくれた。自分との関係の改善も。

 

 信用は、できる。……信頼もしている……と思う。

 事実、彼が自分に対して裏切りを働く姿は想像できない。

 だが、取る手段や目的がどうにも掴めないため、どうしても警戒してしまう。

 同時に、その得体の知れなさがとてつもなく頼もしい。

 

 ……なんとも奇妙な存在と知り合ってしまったものだ。

 

「CIAは、正直信用できない。なんせ向こうが手配した飛行機にいきなり爆弾満載だったんだ。空中爆死は防げたけど……」

「だけど敵は曲がりなりにも国家。こちらのカードは僕達4人とたった7人の傭兵。これで相手を詰ませられるかい?」

「無理です」

 

 浅見透は、自身に不利な事でも断言する。不利な事だからこそ、正確に把握するよう努めていると言うべきか。

 

「だから、余所から引っ張ってきます」

「……あの銭形というICPOの男の報告を利用するのかしら?」

 

 浅見透の知り合いだという、あの男。銭形幸一。

 名前は知っていた。浅見透の過去を調べていた時に引っかかった名前だ。

 なにせ、今彼――彼らが住んでいる家を始めとする彼の両親の財産を保護するために色々手を回していた男の名前だったからだ。

 

「間違いなく、握り潰されるでしょうけど……」

「でも、各国諜報機関は焦るだろうね。自分達が他国に仕掛けた経済攻撃の証拠が明るみに出る可能性が大幅に高まった」

「銭形さん一人を消して済む話じゃないでしょう」

「……後からとはいえ瀬戸さんに彼を追わせたのはそれが理由?」

「まぁ、何事にも万が一はありますので」

 

 浅見は先ほどから延々と何かを食べ続けている。

 茹でたソーセージや肉、野菜等に適当に塩コショウを振ってチーズをかけたモノをパクパクと口にして、スープでそれを飲み干す。

 本人曰く、失くした血を補充するとか言ってるが機械じゃあるまいし、そうそう簡単に治るはずがない――ハズなのだが……。

 

 そもそも、お腹に大穴が空いてなぜ数日で復活しているのだろうか。

 

「さて、どこも焦る。そりゃあもう焦る。恐らく、警部からの報告を受けてなすりつけ合いがあったでしょうね」

「報告の際に各国の警察機構が集まるのは確認している。間違いないだろうさ」

 

 バーボンの報告に、浅見透は満足げに頷く。

 

「いい感じに揉めてくれてるといいんですけどね。そして、各国も何か手を打たなければって焦ってくれると面白い」

「……面白い?」

「自分達が攻撃手段と思ってた偽札が自滅手段になりそうだなんて爆笑モノじゃないですか。お腹が痛くなりますよ。そしていい感じに飯が美味い」

 

 そう言って彼はソーセージにフォークを突き立てる。

 ……お腹が痛いのは穴が空いているからじゃないだろうか。

 

「さて、と。そうなりゃどこも犯罪に関与していた証拠なんざ消したくてしょうがない。そうなると藁にも手を伸ばす。自前の戦力でやったほうが防諜になる? 無理無理、国のトップの結婚式っていうイベントがある以上報道の目もある。一刻も早く動きたいのに動けないジレンマは焦りを生む」

 

 ソーセージを口に放り込んで咀嚼し、ソースのかかったマッシュポテトをかきこみ、飲み込む。

 

「闇が深いと云われている上に弱みも握られているカリオストロ家絡み。下手に動いてバレようものなら手痛い報復がくる」

 

 食事をしながら、浅見透は笑っている。

 よく覚えている笑い方だ。

 つい先日、見たばかりの――

 

「そんな時に、リスクの低い手段があれば嫌でも目につく。しかも時間が敵になっている今、判断力は低下している」

 

 自分自身で確認するように、彼は淡々と自分の考えを述べていく。

 

「即座に切り捨てられる都合のいい戦力が目の前に転がってきたら――ん、来たか」

 

 無線機が、通信を知らせる電子音を鳴り響かせる。

 すかさずキュラソーが、受信のスイッチを入れる。

 

「おう、瑞紀ちゃん。そっちはどう?」

『所長……やっぱり完全に起きてるんですね』

「だいじょーぶだいじょーぶ、今取り敢えず飯食って血と肉を補充してるところだから」

『…………いや、機械とかじゃないんですから』

 

 ですよね。

 

「はっはっは、俺の何倍もでかいジャンボジェットすら一日ありゃ直せるんだ。人も治るさ」

『そんなアホみたいな理屈実践するのは所長くらいですよ』

「大丈夫大丈夫、死なないって決めてるんだから死ぬわけないさ。同じ理由で、さっさと復活するって決めたんだから復活するさ。現に俺起きてるだろ?」

 

 なぜ、今ここに浅見透の家の人間が一人もいないのだろうか。

 危険と分かっている場所に彼が身近な人間を連れていくわけがないのは分かっているが、それでもいてほしいと思ってしまう。

 

『……七槻さんに言いますよ』

「アイツやふなちにそれで閉じ込められたり刺されるんなら喜んで受け入れるさ」

『…………おぉ、もう』

 

 ……お願いだから誰か彼を止めてほしい。切実にそう思う。

 唯一止められそうなバーボンは、悟りを開いたような面持ちで頭を抱えている。

 

「で、収穫は?」

『元から依頼者であるCIAはともかくMI6、CSIS、BND……東側はどうやら独自の手段を持っているようですけど、西側はかなり焦ってますね。おそらく、かなりの偽札のやり取りがあったんでしょう』

 

 ……頷ける。

 敵国攻撃用の紙幣製造は、西側ではまず国内に拠点は持たない。

 対して東側は、隠しているとはいえ予算まで出して国内で製造している所が少なくない。超精密な偽ドルとしてスーパーノートなどは有名だろう。

 とはいえ、経済攻撃として偽札は有効だ。敵国の紙幣信用を落とすのは常套手段と言っていい。紙幣の電子化が進んでいない国家ならば特に。

 

「兵力を貸してくれる所は?」

『向こうから言ってきたのはBND(ドイツ)だけですね。本名かどうかは怪しいですけど、レオナ=ブッフホルツという方が自前の兵力の配備を先に提案してきました』

「……レオナ?」

『お知り合いですか?』

「いんや。で、どう?」

『…………は?』

「美人だった?」

『いますぐ股間のモノ斬り落としてくれたら教えてあげますよ』

「手厳しいねぇ……」

 

 もっと言ってやってほしい。

 ……いや、女に弱い割にはそういう話を聞いたことは一切ないが。

 そもそも、彼は女性とそういう意味ではなく普通に遊んでいる所しか見た事ない。

 例外は……あの歴史学者くらいか。

 

『ともかく、こちらの提案にほとんどの国が賛同してくれました。カリオストロ公国の完全包囲に密かに動いてくれるようです』

「となると、俺たちの動き次第か……」

『どっちにせよ、公国内で伯爵を押さえないと私達が詰みですからね。それにしても、よくこれだけの国家が動いてくれましたね……』

「もしこっちが上手くいけば伯爵を逃がすわけにはいかねぇし、どこもちょうどいいと思ったんだろうさ。上手くいかなければそれはそれで現状維持に動くのは楽だし」

 

 本当に彼はどういう視点で物事を見ているのだろうか。

 

『それと肝心のICPOですけど、所長と安室さんの推理通り、事前に伯爵家から接触を受けたと見られる人間がちらほら見られます』

「リストアップは?」

『当然。“鈴”も付けています』

「ご苦労」

 

 その連中は、自業自得とはいえ哀れだと思う。

 

「全部が終わったらいい感じに揺さぶってやるさ。俺も海外での手足が欲しいと思ってた所だ」

『……すでに指名手配のタイミングを遠ざけるように脅しつけておいてなんですがね……』

「お願いを聞いてくれたのは向こうさ。CIAも俺たちが生きていてちょっとビビって後押ししてくれたみたいだしな」

『……こっちに来ているCIAを真っ先につつけって命令出しておいて……』

「各国の目があったから焦ってただろう?」

『悪魔め……』

 

 これからこの魔王に良い様に使われるのだから。

 

「マリーさん、例の泥棒さん達は?」

「今は所長と同じ様に、明日に備えて回復に努めているようですが……」

「ってことは、一度は起きたのか。早いねー」

 

 貴方が言わないでほしい。

 

「水無さん、泥棒さん達との連絡役を頼んでもいいですか?」

「えぇ、構わないけど……共闘するつもり?」

「えぇ……向こうは俺が気付いていないと思ってるみたいですけど……」

 

 恐らく意識してか、たんぱく質やミネラルを多く含むものを食べ続けながら、彼は続ける。

 

「師匠と先生いるみたいだし」

 

 ………………師匠? 先生?

 

「十数年ぶりの再会を祝して共闘ってのも悪くないでしょ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……浅見君、大丈夫かな」

 

 越水七槻は、鈴木財閥の別荘――いや、これからはアメリカでの拠点となる家の応接間の椅子に腰を掛けたままそう呟く。

 

「依頼内容は不明、行き先も不明。そしてそういう依頼を受けたと言う事を外に明かす事すら禁止。いやはや、相変わらず興味深い依頼に恵まれていますね、所長は」

 

 その呟きに答えたのは、越水の補佐として残った沖矢昴だ。

 越水と沖矢の仕事は、主に浅見透が求める人材に当たりを付けておく事だった。

 人格面に問題のない退役軍人、元警官、あるいはそれらの人材を有しながら経営の上手くいっていない『警備会社』など。

 

「……浅見君、何と戦ってるんだろう……」

 

 尋常ではない事態に、あの男が飛び込んでいる。それは分かる。

 あの狙撃事件を超える負傷を受け、しかもそれに対して公安が情報を押さえに来た。

 

「沖矢さんは、彼の敵を?」

「いいえ、全く。……私としても非常に興味深い事柄ですので、是非とも詳細を聞きたいのですが……」

 

 嘘だ。

 直感だが、恐らく外れていないだろう。越水は確信していた。

 

「聞いたら、どうするんですか?」

「所長の判断に従って、全力を尽くすだけですよ」

 

 これは本当だろう。安室透とは違う方向で、この男は浅見透に近い男だ。

 忠誠心を持っている人間ではない。アンドレ=キャメルや恩田遼平のようなタイプではない。

 だが、浅見と沖矢の二人は、傍から見ても奇妙に噛み合う関係に見える。馬が合うと言うのだろうか。

 

 もっとも、ギリギリの境界を見極めようとする安室と違い、慎重に見えつつも二人で突っ走る傾向があるが……。

 

「……浅見君は、数を必要としている」

 

 先日、浅見から一つの提案を受けていた。

 探偵事務所は今のまま浅見が率いる。

 それと同時に、越水に会社を持ってほしいというのだ。

 

「例の調査会社の話ですね?」

「うん。……それと、アメリカに来てすぐに面接していたあの傭兵達も……」

 

 本名は知らない。

 いつでも互いを切り捨てられるように、名前は知らない方がいいだろうと向こう側が言ってきたのだ。

 ただコードネームで、キャットA、キャットB、キャットC~~と浅見は呼んでいる。

 

 そういう、自分達の技量に自信があるからのビジネスライクな所が、どうやら浅見は気に入ったようだ。

 傭兵7人と酒を入れながら、楽しそうに話していたのを思い出す。

 

「日本に戻ったら、次郎吉さんのバックアップで僕も人を集める事になる。その際、キャメルさんみたいに少し場馴れした人間が欲しいみたいだけど……」

「所長は恐らく、越水副所長に『第二の警察』を率いてほしいのではないでしょうか?」

 

 沖矢の推測――ひょっとしたら直接聞いていたのかもしれないが――に越水は頷く。

 探偵事務所を開き、様々な仕事や事件に接する内に、ある種の共通点が浮かんでくるようになった。

 事前に誰かに相談していれば、こんな事にはならなかった――という事件だ。

 

「……警察に頼るって、人によってはハードル高い事だものね」

 

 世間体を気にする者、状況を楽観する者、警察への不信が強い者。

 

「市民から警察へのワンクッションとなる、イメージの柔らかい民間向けのいわば『興信所』、対して事務所は、警察機構とその他を繋ぐ機能を強める」

 

 これまでもそうだった。

 警視庁の動きを助けるために、浅見透は様々なコネクションを活用している。

 大手からフリーまでのマスメディア、各種企業からの聴取や協力要請、まだ使った事はないが、その気になれば政治家にも何人かいるだろう。

 公安とも繋がっている男だ。どこと繋がっていてもおかしくない。

 

「別にそれはいい。それはいいんだ」

 

 浅見透が、自分の見てきた姿を遥かに超えて優秀だった事はいい。むしろ、どこか誇らしいと越水は感じていた。

 何を考えているか分からなくなって、しかも無茶ばっかりやって、いつもボロボロで、誰かを守ったり説得するためには身体を斬られたり穴が空く事も厭わない滅茶苦茶な所があるが――いや、それほどまでに優しい男。

 少し、見えている物が分からなくて寂しさを感じる事はある。

 だが、決して一人で勝手に進む男じゃない。

 家ではいつも、良く知っている浅見透として傍にいてくれる。甘えたり甘えられたりするいつも通りの関係に自然に戻れる。

 

 

――だから、越水七槻は浅見透が好きだと、いつもキチンと思える。

 

 

「会社を分けるってのが……いざっていう時に僕を巻き込まないようにするためじゃないかなっていうのがどうもね……」

 

 ソファの上で膝を抱えている越水からは見えていないが、沖矢が『ほぅ……』と感心した様に吐息を漏らす。

 これが当たっているからだ。

 沖矢は、これから浅見透が綱渡りをするかもしれない事を聞かされていた。

 万が一という時には、法の隙間を縫うような事をするかもしれないと。

 

――『いざっていうときは俺一人を裁判台に立たせれば済むように場を整えます。俺が表舞台に立てなくなった時は、皆さんで越水を支えてください』

 

 沖矢、安室、瀬戸、キャメルの4人が聞いた言葉だ。

 決して、越水とふなちには聞かせるなとも。

 

(……恐らく今頃死地にいるのだろうが……)

 

 元々、CIAからの依頼だと言う事を沖矢は聞いていた。

 というより、計画を立てている所に自分もいたからだ。

 計画の全てを知っているのは他に、安室――バーボンと瀬戸だけだ。

 そう、聞かされている。

 

 

――ちょっとCIAに暗殺されるように仕掛けてくるんで守ってくれませんか?

 

 

 と、だ。

 

 誰がどう聞いても頭がおかしくなったか、あるいはイカれていると思うような発言だったが……あの場にいた三人はそれを信じた。

 やりかねないと思ったのもある。むしろそれが信じた理由の8割だが。

 

 

(……帰ったら、日本で待っている中居芙奈子も含めて……フォローが大変だな、君も)

 

 

 

 

 

 

 



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072:終結に向けて~② (副題:瞳の中の暗殺者への黙祷)

 傍受した警察無線でその情報を聞いた時、こう思った。

 

 

 まだ終わっていない、と。

 

 

 奴との因縁は――まだ始まったばかりなのだと。

 

 

(……ピスコ)

 

 初めて見た時は、いつか重大な失態を犯すだろうと思っていた。

 過剰な保守に回った人間は、静かに生きるのならばともかく、組織に与すると害をもたらす。前へと進む足を引っ張るのだ。

 そう、そう思っていた。だから気にした事はなかった。

 

(それが、今では最大の脅威になるとはな)

 

 自分自身の最大の壁は誰かと問われれば、間違いなく浅見透だ。

 だが、最大の敵は誰かと問われれば――それは、まぎれもなく奴だ。

 だからこそ――

 

「……今のあの男が、お前達のような素人を雇うとは思えんな」

「えぇ、別にあのお爺さんの部下になったわけじゃないもの」

 

 すでに日は沈んでいる。遊園地から少し離れた大きな駐車場の照明の光が、ここまで届いて僅かに照らしてくれている。

 

 倉庫や、事務所らしきいくつかの小さな建築物、放置されている車やバイク、スクーター。

 その中に混じっている真新しい車から、一人の女が姿を現す。彼女の左右は、UZIで武装した男が固めていた。

 ……やはり、プロの気配を感じない。

 そもそも、こうして策も狙いもなく馬鹿正直に前に出てきている時点でこいつらは違う。

 

「以前、先輩達と組んでの計画にちょっとした邪魔が入っちゃってね。ソイツを排除しようと思っていたんだけど結局取り逃がしちゃって……」

「隣にいる男達はその始末役か?」

「えぇ……もっとも、肝心の彼は最近姿をあんまり見せなくて、いざ姿を見せた時は脱出しづらい船の上」

 

 僅かにカールをかけた、長い茶髪を少しかき上げて、女は続ける。

 

「ホント、いい加減に隙を出してほしいわね。あの奇術士様(マジシャン)には……」

「……奇術士(マジシャン)……」

 

 その言葉が似合う厄介な人間。そうなると思い浮かぶのは、二人。

 一人は女。浅見透の傍を固める一人で、あの夜に浅見透に肩を貸していた『マジシャン』――瀬戸瑞紀。

 一人は男。浅見透と直接関わりを持ったわけではないが、彼の下にいる子供――あの江戸川コナンとの間に因縁を持つ、『怪盗』の一人。

 

「……その奇術士の暗殺を、あの男に依頼したのか」

「えぇ。この間、警察とドンパチやっているグループを見つけてね。その時にちょっと手を貸してあげたのよ」

「……あの老人は、お前ごときが使いこなせる相手ではないぞ」

「えぇ、知っているわ」

 

 とっさに口にしたのは、警告の一言だった。

 それなりに見栄えは良い女だったからサービスのつもりだったのか、あるいは自分なりの善意だったのか。

 いずれにせよ、その一言はばっさり切り捨てられた。

 

「でも、先輩の所の兵隊だけじゃ心許なかったし、彼を狙う時はあのキッドキラーって持て囃されているボウヤがいる」

「子供に気を遣うタイプには見えないが?」

「当然。でもあのボウヤ、あの浅見透に近いでしょう?」

 

 思わず、眉をひそめる。

 

「……なるほどな。あの男ならば悦んで取引に乗るだろうな」

 

 正確には、乗った振りだろうか。

 あるいは――

 

「……奴の尖兵として利用されるだけだとしても……それでもお前は止まるつもりはないのか?」

「ないわぁ。そりゃあ保身も大事だけど、賭ける事が必要な時だってあるのよ」

「自ら、戻り道を消しながら歩いているだけだろう」

「犯罪者ってそういうものでしょう?」

「…………そうだな」

 

 左右の男達はニヤニヤ笑うばかりだ。ナンセンスな物言いだが、品が無い。

 

「確かに、お前の言う通り、犯罪者と言うのはそういうものだろう」

 

 罪を犯した者も、罪を犯すだろう者も――あるいは人はすべからくそういう存在なのかもしれん。

 

「だがな、表にも、裏にも――どちら側にもルールはある」

 

 腰に差している銃に手を――かける必要はない。

 

「目当ての皿以外には手を付けない事だ」

「あのお嬢ちゃんのことかしら? それこそ仕方ないじゃない、そういう取引だったんだから」

「目的もクソも知らず、知ろうともせず、か」

「わざわざ余所様の取り皿に何が盛られているか、覗き込むのも失礼でしょう?」

「ディナーならな。立食会(パーティ)ならば話のタネにもなる」

 

 もう、言葉は要らないだろう。

 女が軽く肩をすくめる。それと同時に、男達が一歩前に出る。

 分かりやすい。

 

「あのお爺ちゃんから、貴方は別に好きにしていいって言われているの」

 

 そうだろう。あの男は、自分にさほど興味は持っていない。

 だからこそ、自分を適当な踏み台に使おうとした。

 

「だからまぁ――死んでちょうだい」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ん、アンタも祭りには間に合ったようだね」

 

 環さんと共にトロピカルランドに到着し、チケットを購入しようとした所に、購入済みのチケットを複数ヒラヒラさせている女性がいた。鳥羽さんだ。

 

 

「キャメルさんは?」

「後から合流だ。そちらは……あぁ、例の医者の妹さんかい」

「えぇ――その、すみません」

 

 顔を合わせたら真っ先に、頭を下げると決めていた。

 自分がもうちょっと上手くやっていれば、今頃全面的な警察の協力を得られたのではないだろうか。

 

「むしろ良くやったと思うけどねぇ、アンタ」

 

 だが、嫌みの一つ二つ覚悟していた自分に鳥羽さんはただ笑い飛ばすだけだった。

 

「あのプライド高い警察絶対主義の堅物が、貸し一って事にしたんだ。それも、そこにいるルポライターが情報を渡す可能性を見逃がした上でだ」

「……それは……」

 

 確かに、あの後環さんから情報の提供はしてもらっていた。

 

「今はそれより、さっさと嬢ちゃんたちの確保だ。中に入るんだろう?」

「えぇ、そうですね。例の男も、トロピカルランドを目指している可能性がありますし」

「……ねぇ、本当なの?」

 

 ずっと沈黙していた仁野環が、口を開く。

 

「私の兄を殺した犯人が、もう分かっているって……」

「九分九厘間違いないさ。だけど、残念な事に証拠がない。だから目撃者だけでも確保しとくって話さ」

 

 分かったかい、妹さん? と鳥羽さんが言うと、彼女は戸惑いながら頷く。

 まだ実感が湧かないのだろう。

 自分の兄の仇に近づいているとは。

 

「とにかく、中に入りましょう。スタッフに聞き込みをしていけば……子供と女性の組み合わせでは、あまり印象に残らないかもしれませんが、一応写真も先ほど穂奈美さんに頼んでメール……で……」

 

 そこまで口にして、ようやく此処にもう一人いる事に気が付いた。

 世良真純だ。

 少し離れた所で、なぜか渋い顔をしている。

 

「……あの、彼女どうしたんですか?」

「あぁ、チケット買おうとした時に、アタシと真純の顔見たスタッフがカップルチケットを薦めてきたのをまだ気にしてんのさ」

 

 

「――悪かったねぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 もう夜だ。

 宮野志保――こと、灰原哀は、桜子の用意したシチューとサラダ、パンを全てお腹に収め、テレビを見ながらフルーツを口にしている。

 

「えぇ、えぇ……それじゃあ、もう七槻さん達は帰ってこれそうなんですね?」

 

 灰原のためにフルーツを切り分け、洗い物をしていた桜子は先ほど鳴った電話を取っている。

 どうやら相手は越水七槻のようだ。

 

「よかった……実は、皆さんが海外に行っている間に事件が起こって……えぇ、警察の人が次々に襲われていて……」

 

 恐らく、受話器の向こう側では越水七槻が『落ちついて、順番に話してください』とかなんとか言っているのだろう。

 灰原のそんな考えを裏付けるように、桜子が事の始まりから説明を始めている。

 

(さすがに、状況聞いたらあの男も飛んで帰ってくるでしょうね)

 

 保身という本能の一つをどこかに落とし、空いたスペースに『特攻精神』とか『突撃上等』とかそういった何かを埋め込んだとしか思えない男――浅見透。

 

 正直な話、先日聞かされた『組織の人間が周りにいる』という話。

 決して軽いノリで話す内容ではないのだが、あっけらかんとそう言われてから正直胃が痛いばかりだった。

 だと言うのに出発する前に、別に任務が入ったのかあの事務所を離れるというマリーとかいう女への贈り物について『なぁ志保、ああいう仕事の出来るクールビューティを体現した美人にはどういうプレゼントがいいかね?』とかいうふざけた質問をする男だ。

 ちなみに灰原はそれを耳にしたきっかり一秒後、浅見透――いや、男にとって共通の最大の急所を思いっきり蹴り上げ悶絶させていた。

 

 その後少年探偵団の面々へ、お別れ会の企画を依頼していた事を知り深いため息を吐いたのもよく覚えていた。

 

「えぇ、そうなんです。毛利さんの所の蘭ちゃんが記憶を失くしていて、しかも命を狙われていて――――はい、昨日の夜にあちらの事務所が銃撃されて、蘭ちゃんは逃げ出してそのまま行方が……コナン君も……」

 

 少し涙声になっている桜子の様子に、無理もないとため息を吐く灰原。

 普通に生きていて、知り合いの家に銃弾を叩きこまれるなど予測出来るハズがない。

 そして、こういう時にもっとも頼りになる面々のほとんどが、帰ってくるのも容易ではない海外にいるのだ。

 

「えぇ、はい…………え?! 透君――じゃない、所長は今そちらにいないんですか!??」

 

 あぁ、やっぱり。

 ホイップクリームを乗せたオレンジを口に運びながら、灰原はそう思う。

 

 これだけ長い間向こうから連絡が入らないのも向こうに行っている面子――浅見透や越水七槻の性格からして少し変だし、なによりこの家の家主が妙な事に巻き込まれないはずがない。

 

(全く、ちゃんと帰ってくるんでしょうね……)

 

 未だ姉に会えていない今、彼女の行き先を知っている人間が揃って日本から離れている上に、その中の一人が導火線というか火薬というか核地雷のような人間なのだ。

 姉との再会を望む灰原にとって、彼らの生還は心から望むものだし、そもそも誰にも死んでほしくないと思ってはいるのだが――

 

(なんとなく考えてしまうのは、あの男が変な方向に優秀だからかしらね)

 

 工藤新一から色々聞かされていた――というより、愚痴られていると言うべきなのだろうか。

 曰く、目を放したら大怪我している。

 曰く、放っておいたら手足を失くしていそうだ。

 曰く、むしろ3秒以上目を離したら死んでいるかもしれない。

 

 彼と共に過ごした時間は僅かだけど良く分かる。

 ある意味で組織の人間と同じ、血の臭いのする男。

 違うのは不特定多数の返り血か自分の血かの違いだろうか。

 

 ……純粋な悪者は前者だが、色んな意味で性質(タチ)が悪いのは後者だ。

 

 ああいう類は傍目でも分かる。色んな人間を振り回して、色々面倒くさい人間を惹きつけて、色々と事態をややこしくする人間だ。

 ある意味でおみくじのような人間だろうか。

 引いて、中身を読むまで当たりか外れか分からない。

 

 もっとも、引いてから中身を読むまでの間にきっと何度もとんでもない目に遭うのだろう。

 灰原はそう当たりを付けていた。

 だからこそ、決意する。

 

 世話にはなるが、深入りするような真似は全力で避けるべきだと。

 

「依頼主は明かせなくて、今まで一切の連絡も許されなかったって……所長今度はどんな事態に巻き込まれたんですかぁ……」

 

 アメリカで名を明かせない依頼主なんて腐るほどいるだろう。今こうして越水七槻が連絡出来ている事を考えると裏側の仕事を掴まされたということはないだろう。

 そうなると一応表と言えなくもない裏側に関わったのだろう。

 

 政府。ペンタゴン。国家安全保障局(NSA)中央情報局(CIA)連邦捜査局(FBI)。あるいは各州が持つ組織か。

 そのどこに関わっていても驚かない。なぜ? だって浅見透だから。

 灰原にはそうとしか思えないし、答えられない。

 

 なんとなしに、テレビのリモコンを操作してチャンネルを次々に変えていく。

 ニュース、俳優やアイドルだけ豪華な安っぽいドラマ、何かのアクション映画、刑事モノ、時代劇、クイズバラエティ……ピンと来るものがない。

 

 なにか面白そうな番組はなかったかと、テーブルの端に畳んであった今日の夕刊を手に取り、テレビ欄を流し見る。

 

(……あら?)

 

 今自分は民放チャンネルだけを流し見ただけだ。

 今見ているテレビ欄には、その中に長い枠で、外国のお姫様の結婚式の中継があるはずなのだが……先ほど流し見た中にそんなものはあっただろうか?

 

 時計を見る。時間は間違っていないはずだ。

 見落としていたのだろうか? 灰原はそう思って、もう一度チャンネルを回す。

 別に見たいという訳ではなく、ちょっと気になっただけだった。

 

『続けぇ! 天下の埼玉県警が探偵さんに後れを取るんじゃぁない! 突撃ぃーーー!!!』

 

 そして番号を押して合わせたチャンネルは、先ほどアクション映画だと思った物だった。

 盾と警棒で武装した機動隊が、時代錯誤な西洋鎧で身を固めた男達に突撃している。

 

『ごらんください!』

 

 レポーターだろう女――なぜか迷彩柄のような服を着ている――がマイクを片手にそう言う。

 

『ルパン三世を追ってきた銭形警部、そして日本の探偵浅見透が現場に突入しております!!』

 

 リモコンを取り落とした。

 

 後ろでは、桜子が受話器を取り落としたのだろう音が聞こえてくる。

 

 画面の向こうでは、鎧の上から魔法使いが着てそうな頭からつま先まで隠す全身ローブの黒尽くめという奇怪な服装の集団が、手にした長剣で躍りかかっている。

 

 見知った顔に。

 というか、この家の家主に。

 

『さすがにこっちも慣れたんだよクソッタレが!』

 

 その問題の家主というか問題児その1は笑いながら、突き出された長剣を握る腕を掴み、背負い投げのようにして黒尽くめの衣装を着た騎士を投げ飛ばしている。叩きつけられた時の音からして、固い装甲服のようなものだろう。

 さらによく見ると、浅見はいつも通りの服装だがシャツのボタンが外れて前が肌蹴ており、腹部に包帯が巻かれているのが見える。

 

 ついでに言うなら、背中にライフルを背負っている。

 

(あぁ、やっぱり大怪我したのね。そしてそのまま大暴れしてるのね)

 

 江戸川コナンが頭を抱えた姿を思い出し、灰原も同じように頭を抱える。

 やっぱり、ここの家主が何もやらかさない訳がなかった。

 

 そうこうしている間に戦いが始まる。

 機動隊が盾で体当たりをし、警棒で殴り倒し、浅見透がライフルで相手の動きを止めて、投げ飛ばす。

 見ていればわかるが、どうやら指揮をしていると思われるよれたスーツにコートの男の援護をしているようだ。

 そして撮影しているレポーターの女も、かなりアグレッシブなようだ。途中でメインのカメラマンと切り替わり、自ら小型のカメラを持って突入する。

 ルパンが逃げ込んだ? という細長い階段。そこを守ろうとする兵士達を、コートの男――銭形という警部と共に浅見が蹴散らしていく。

 容易く、ではないだろう。たまに映る彼の腹部の包帯が徐々に赤く染まっていく。

 

『おぉ?! なんだここは、まるで造幣局ではないかぁ!!』

 

 そして辿り着いた先にあるのは、とてつもない造幣施設。

 銭形という男が、ここで印刷されていたのだろう紙幣を抱えてカメラに向けて見せている。

 

『なんということだー!ルパンを追っていてとんでもないものを見つけてしまったー!』

 

(……なんて分かりやすい小芝居……)

 

『どうしよう?』

 

 とぼけた顔でカメラに向かって銭形がそう言った瞬間、カメラの外から轟音が響いた。

 

『おーおー、ようやく来たか』

 

 リポーターがカメラを向けると、今度は黒尽くめの装甲服を着込んだ集団が整列していた。

 それに対して、あの男は不敵な笑みを浮かべている。

 

『他のメンバー配置も確認済み。それじゃあ本番と行こうか』

 

 手にした長いライフルで肩を叩きながら、平成のホームズ曰く『下手な犯罪者よりもネジ飛んでるかもしれない』男は開戦を告げる。

 

『俺にとっちゃあコイツは試金石でね。試合の勝ちはもう貰っている。こっから先は俺がどこまでやれるかって話だ』

 

 装甲服の一団が、鋭い金属製の爪を剥く。

 

『来いよ、偽札作りども。来いよ、世界でとびっきりの闇とやら。銃も、剣も、爪も、毒も! 船もヘリも戦車もミサイルも!! 使えるもん全部揃えてかかってこいよ!』

 

 隣で十手を構える銭形が、敵の一団よりも浅見にドン引いている。

 いつの間にか、カメラは適当な所に固定されていたのだろう。先ほどのリポーターが、片手に銃を、片手にナイフを持ってその反対側に立っている。

 

 

『――片っぱしから踏みつぶしてやるぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、七槻さん。テレビ画面の向こう側で透君がまた無茶やっているんですけど…………そっちでも見れます?」

 

 

 

 

 

 

『――あ・ん・の・お馬鹿さんは! 自重って言葉をどこに置いて来たの!!!!!』

 

 

 

 多分、母親のお腹の中にだと思う。

 

 受話器越しで、それもこの距離でも聞こえてくるこの家の住人の叫びを耳にして、灰原哀は静かにそんな事を考えていた。

 

 

 

 




≪ネジ飛んだ馬鹿に同行した事務所員のそれぞれの動き≫

・バーボン、傭兵を指揮して邪魔な戦力の足止め。
・キュラソー、花嫁の祝福に戸惑いながらもスーツの男や着物の男と共に公国暗部の本隊を迎え撃つ。
・キール、浅見達が作った隙に、公国の重要書類を回収。
・瑞紀、伯爵の後を追う。








「あそこだ! けっして奴らを逃がすな!!」

 あのガキンチョが連れてきた傭兵達に横っ面殴られて、正規兵や一部カゲは統率が取れていない。
 その隙を縫ってクラリスを連れて時計塔に逃げ込んだんだが、

「お~お~、きたきたぁ……!」

 ある程度階段を登って適度な階層から下を覗くと、兵士を引き攣れた伯爵が後を追ってきやがった。

「よ……っと……あらぁ?」

 牽制するため銃を抜こうとするが、銃口が引っかかる。

(しまった……)

 怪我をしているために、どうやら身体のバランスも少し崩れているようだ。いつもならばすんなり抜ける銃が上手く抜けない。

「おじ様!!」

 クラリスが叫び、自分を引っ張る。
 とっさに不味い! と思ったが、同時に耳に入ったのは、薄い何かが空を切り裂く音だ。



――カシュッ



 そして、恐らくはそれらが突き刺さる音。一拍遅れて、小さい爆発音も。
 見ると、こちらに向けて銃口を向けていたセンサー式のセントリーガンが、破壊されていた。
 その残骸に突き刺さっているのは――トランプ。

「なるほどぉ……結婚式で余興でも見せようと思ってたのか?」

 上を見上げると、石作りの壁に空けられた大きな窓にソイツはいた。
 気障ったらしく月を背に、白いマントをたなびかせ、白いタキシードに身を包み、白いシルクハットで顔を隠し、

怪盗キッド(手品師)さんよぉ……」

 奴はそこに立っていた。

「こちらに来ていたのは野暮用だったのですが、これでも私は紳士を自称する身」

 トンっと軽く跳躍し、俺達の傍にそっと舞い降りる。

「望まぬ結婚を押し付けられようとしている、か弱い女性にはついつい手を貸したくなるのですよ」

 ちくしょう、いちいち気障ったらしい奴だ。コイツ、17,8くらい……いや? よく見りゃ、あの浅見とか言うガキンチョの横にいた女装野郎じゃねぇか。

 そう言っている間に、コイツは俺たちに背を向けて自分の獲物を抜く。
 先ほど使ったのだろう、硬質カードを射出する特殊な銃。

「おい、伯爵は俺がなんとかする。奴のしつこさはとびっきりだ。――兵士共を頼む」
「それでいいのですか?」
「あぁ、ケリは俺が付ける」

 俺も、今度こそ獲物を抜く。
 今までずっと使ってきた、相棒を。

「……兵士は確実に足を止めます。犠牲者は出しませんよ」
「紳士は人を殺さないってかぁ?」
「いえ、乙女の花道を汚したくありませんから」
「かーーーーっ!!」

 このキザ野郎!

 思わず額に手を当ててしまう。

(コイツ、いつかぜってぇ化けの皮剥がしてやるぅ……)

 クラリスの手を引いて、奴に背を向けて階段へと向かう。
 この気障野郎はガキだし、勘に触る奴だが……修羅場をくぐってきているのは分かる。
 そこだけは、信頼していいと感じた。


「――頼むぜ。宝石泥棒」
「……宝を手放すなよ、花嫁泥棒」


 背中あわせに、俺とキッド――泥棒二人は、そんな言葉を掛け合った。




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073:≪悲報≫ぶっちゃけもう詰んでる

・マリー、浅見の師匠と先生を知り戦いの中で驚愕
・浅見一行、主力を撃破。中継も終わらせ、銭形はルパンもとい伯爵を追う
・フジ=ミネコもとい峰不二子、浅見透を後ろから撃つ


 

 

「ハァ……ッ、ハァッ……!」

 

 気付けたのは運が良かったとしか思えない。

 前にキャメルさんから、護衛のコツを教えてもらっていたのが役に立った。

 刃物、銃、あるいは薬品などの凶器を隠し持っている人間の行動、よく待ち伏せしている場所や襲撃パターン等を凶器別に色々教えてもらっていた。

 その基本と、俺自身が気になった所を注意しながらアトラクションを廻り、日が暮れてからナイトパレードを待っている時に、ちょうど視界に入った。

 ほとんどの目がナイトパレードに向いているのをいい事に、サイレンサー付きの銃を堂々と抜いている男――奴だ!

 

 

 

―― 『蘭姉ちゃん、こっち!!』

 

 

 

 咄嗟に、俺は蘭の手を引いて走り出していた。

 人の多い中に紛れていこうかとも思ったが、次の瞬間に破裂したすぐ近くの風船を見て止めた。

 あの野郎、他の人間を巻き込む事なんてなんとも思っちゃいない。

 

 

(黒ずくめの奴の方がよっぽどマトモだったじゃねぇか、クソッ!!)

 

 

 カルバドス。浅見透を狙撃した男。黒ずくめの組織の幹部にして、今は裏切り者として追われる者。

 奇妙な男だった。

 確かに裏にいる人間であるにも拘わらず、あのジンとは違う人間臭さが残っていた。

 

「コナン君、私達、いったいどこに向かって――?!」

「ちょっと待って!」

 

 今俺たちがいるのは5つに分かれたエリアの中で『夢とおとぎの島』、パレードの最中なら人が多くて、中に紛れればすぐに逃げられると思っていたけど――構わず撃つのならば多くの人間を巻き込んでしまう!

 ここからすぐに行けて、かつ逃げ場の多そうな場所……。

 このエリア内はダメだ、他の人間を巻き込まない場所となるとアトラクションの中とかになるけど、それじゃ逃げ道を簡単に塞がれちまう。

 この時間に人が少なくて、逃げるルートを瞬時にいくつか選べる場所――

 

「蘭姉ちゃん、こっち!」

 

 ここからマップでは上に書かれているアトラクションエリア、野生と太古の島!

 道の関係上、ナイトパレードに使われるエリアは少ないから人も少ないし、なによりあそこには、あのエリアを構成する河と――そこを回れるボートがあったはずだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「真純、そっちはどうだい? えぇと、怪奇と幻想の島だっけ?」

『あぁ、こっちでは今の所見つけられてないよ。ちょうどこれからパレードが来る所だから人がやっぱり多いね』

「あのボウヤがいるんだ。いざって時にすぐ逃げれるように、身動きの取れない最前列にはいないだろうから……」

 

 トロピカルランドは、5つのエリアに別れたテーマパークだ。

 世良、そして後から合流したふなちの二人は、今『怪奇と幻想の島』で毛利の嬢ちゃんを探している。

 紅子と小沼は『科学と宇宙の島』を、キャメルは『冒険と開拓の島』を。

 そして恩田は『野生と太古の島』へ、双子がショッピングエリアでもある『夢とおとぎの島』を捜索している。

 

『そういう鳥羽さんはどこにいるんだ? 恩田探偵と一緒に行くはずだったんだろ?』

「あぁ、ちょいと思いついたことがあってね。ここの警備の連中に話を通して、各エリアの巡回してる奴らからリアルタイムで情報を吸い上げてる所」

『……全部話したのかい?』

「まさか! 浅見探偵事務所の所属である事と、厄介な事態になってる事と、一歩間違えたら怪我どころじゃ済まない人間が大勢出る『かもしれない』って事を伝えただけさ」

『…………』

 

 恐らく、電話から少し口を離したのだろう。

 小さく『マジかよこの人』という呟きが聞こえた。

 

『え、えぇとさ、それって後々キチンと説明するのとか色々面倒な気がするんだけど……』

「犯人がここらでやらかしてくれれば説明すら不要になるし、そうでなくても所長さんのおかげでウチは信頼度は高いからね。適当にそれっぽい事言ってりゃ向こうが勝手に納得してくれるさ」

『いや、だから説明とか面倒事――』

「恩田に任せるさ」

『彼に全部ぶん投げるのかい?』

「仕事の分担さぁ。説明とか交渉とか、人相手の面倒くさい仕事はアイツの役割」

『……アンタの役割は?』

「ちょっとした雑用と、所長が死にかけた時に手当てをするかお祈りするかの判断をするのがアタシのし・ご・と」

『それ本当に仕事かい!?』

「そーそー、だからアンタも適当に無茶していいさ。恩田と所長がどうにかするからさ」

『いやそれ恩田さんも浅見探偵も後で困るよね!?』

「アタシはそんなに困らないさ」

 

 再び小さい声で『この人……マジで……』と聞こえてくる。

 鳥羽からすれば、一応事実だ。

 そもそも、本来の自分の仕事は浅見透の付き人だったはずなのだ。そう副所長から言われていた。

 それが浅見透に目をかけられ、仕事を何度かこなす内に今度は、『あれ? 混ぜたらいけない人だった……かな??』と言われたのは記憶に新しい。

 

 鳥羽にとっては、褒め言葉である。

 越水のあの言葉は、つまり自分があの常識外れの男に付いていける存在だという事だ。

 他の何よりも自信の付く言葉だった。

 

「とりあえず、すぐに動けるようにしてな。格闘技できるアンタは戦力なんだから」

『人使いが荒いね』

「アンタみたいなじゃじゃ馬は、抑えようとするよりこき使った方がいい仕事すんのさ――っと」

 

 軽口を叩いている間に、警備の人間に動きがあった。

 どうもスタッフから妙な事があったという報告が上がったようだ。

 

『どうしたんだい、鳥羽さん』

「ちょいと待ちな」

 

 報告を受けたのだろう警備スタッフが、怪訝な顔をしながらこちらへと向かってくる。

 

「あの、鳥羽探偵。今しがた園内スタッフから奇妙な報告があったのですが……」

「えぇ、そのようですね。一体、なにが?」

 

 鳥羽は素早くスイッチを切り替える。仮面を被る。――正確には、猫を。

 

「実は、そちらから聞いておりました特徴と一致する女性と少年の目撃情報が上がって来たのですが……」

「何か、妙な事でも?」

「えぇ、それが……その二名が、『冒険と開拓の島』のボートを奪ってエリアの川を暴走していると……」

「…………」

 

 ふむ、と鳥羽は考え込む。

 あの二人――片方がこれまで自分が知っている女ではないが、それでも良識はある人間だ。

 となれば必然、そうせざるを得ない理由があったという事になる。

 

「失礼ですが、無くなったボートはそれだけですか?」

「え?」

「……現場のスタッフは一人だけなのでしょうか? 今どうなっているのかお聞きしたいのですが」

「あ、あぁ。はい、あのボートはもう閉める所でして……メンテナンススタッフが今向かっている所だったんですが、今いるスタッフは彼一人だけでして……」

 

 猫かぶりを破って舌打ちしそうになるのを、鳥羽は抑える。

 

(ウチの人員なら、基本ツーマンセルだし現場の押さえ方分かってるからすぐに情報伝わるけど……こういう時にはイライラしちまうね)

 

 せめて追跡者がいるかもしれないという事まで情報提供しておくべきだったか、とも少し後悔する。

 が、余計にスタッフを緊張させてぎこちなくさせる事で流れを濁らせる真似もしたくない。

 

(ちっ、目暮のダンナには言っておくべきだったかぁ? ……いや、向こうは向こうでなぁ……)

 

 警察に伝えなかったのは、拳銃を所持している可能性があるとはいえ恐らくは素人だろう犯人の確保に人員を割くより、例の狙撃犯の確保に全力を注いでもらいたかったというのが本音だ。

 この日本に本物のプロがそうそう容易くいてたまるか、とは思う。

 だが、敵が金がかかる上に拳銃以上に手に入れにくい狙撃銃を――つまり、後を辿れそうな証拠をその場において逃走し、しかもその場にわざわざ目印のようなものまで残しているのだ。

 厄介な相手に違いない。

 

(まぁ、拳銃持ってるかもしれないこっちも厄介っちゃあ厄介だけど……)

 

 正直な話、今更だ。

 拳銃や猟銃ごときでいちいち退いていたら、この事務所ではやっていけない。

 所員の中で最も一般人に近い恩田ですら、拳銃相手に立ち向かえるのだ。足は震えているだろうが。

 

 世良達との会話に使っている物とは別の、阿笠が作製した小型通信機を手に取った。

 最初っからスイッチは入っている。

 

「恩田」

 

 そして繋がっている相手の名前を小さい声で呼ぶと、片耳に付けているイヤホンから声がする。

 

『もう向かっています。キャメルさんは今聞こえたボートに行くと連絡があったので、私はボートを使って降りられそうな場所を当たっていきます』

 

(そうだよ、これくらいの判断の早さは欲しいもんさね)

 

 要領の悪い所はあるが、誰かの命が懸かっている時のこのフットワークの軽さは調査員向けだ。

 特に、文字通り警察が駆けつける――あるいは動きだすまでの護衛が多い自分達では特に。

 了承の意を込めて通信機のマイク部分の辺りを軽くノックする。

 

「真純達も上げておくかい?」

『そうですね、知恵を貸していただければ助かります』

 

 そして、常に自分を最底辺だと考えているからだろうか、プライドやメンツにこだわる所がないのもいい。安室やキャメルが日頃言っているように、使いやすい。

 素直というのは、いい事ばかりではないが役に立つ場面はやはり多い。

 

(さて、それじゃあ……)

 

「申し訳ありませんが、場合によってはボートを一隻貸していただく事になるかもしれません。まずは、現場の監視カメラ映像を見せていただけませんか?」

 

 キャメルはすぐに動く。恩田もあの二人にそのうち追いつくだろう。

 だが、あの江戸川コナンがボートをわざわざ奪ってまで急いでその場を離れたと言うのなら追手もすぐ近くにいるのは間違いあるまい。

 

 仲間が二人に追いつくか、あるいは追手を捕らえるか。その時間を縮めるのが自分の仕事だ。

 

 

「待たせたね真純」

 

 

 通信機を切って携帯を再び握りしめ、鳥羽はスタッフ達の目に入らない角度でニヤリと笑う。

 

 

 

 

「――喜びな、アンタの出番さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「ごめんなさいねぇ? でも、私もお仕事で来てるのよ」

 浅見透。日本で最近名を売り始めた探偵が、その場に静かに崩れ落ちる。
 殺していない。殺す理由はないし、この手の人間は殺した場合後が死ぬほど面倒だ。
 彼の無防備な背中に打ち込んだのは、少し効果の強い麻酔薬だ。

(それに、このまま動きまわったら貴方死んじゃいそうだしねぇ……)

 もともと高校生探偵の助手をしていたという事だが、いったいどこまでが本当の情報なのか判断がつかない。付けられないと言うべきか。
 本当にただの高校生探偵の助手だったただの学生が、ここまで無茶を通すネジの飛んだ男であるとうのならば、この男を助手にしていた工藤新一とやらもさぞかしネジの外れた存在なのだろう。
 いや、元々知っていた情報の中では、工藤新一は少々気障ったらしい所はあったがまだ高校生の範疇に入る男の子だった……ハズだ。

(あの姿が、もし擬態だったとしたら……)

 もしそうだとすれば……なるほど、この男を使う人間としてとてつもなくふさわしい男なのかもしれない。
 狂気、あるいは悪意を仮面で覆える人間はすべからく厄介だ。
 例えば――自分とか。

「さてさて、それじゃあお目当ての物をいただいてっと」

 目当ての物。それは、この国の闇の集大成と言えるもの。ある意味ではこの国そのものでもある存在――偽造紙幣の原版だ。

 銭形達や公国の衛兵隊が暴れている以上、全てを回収して脱出するのはむずかしい。
 となれば、価値の高いモノだけ回収して、混乱に紛れて脱出するのがベストだろう。
 幸い、ここを守ろうとしていた衛兵や特殊部隊兵は全員倒されている。

(……それにしても、あの銃火器の取り回し……それに武器の使い方……)

 どれもこれも、見覚えのある手付きだった。

(後で、確かめてみた方がいいかしらね……)

 とにかく、早く目当ての物を回収しよう。
 そう思い、造幣設備に足を向けた時――すぐ後ろで、一発の銃声が響いた。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 うごごごごごごごご! こ、この人容赦なく麻酔銃ブッパしやがって! 以前一度効力確かめるためにコナンに喰らったのもあって麻酔だって気付けたからギリッギリで対処できたものを!

「……ねぇ、アナタ……正気なの?」

 美人のお姉さん――フジ=ミネコだっけ? いや偽名だろうけどさ。
 CIAが手を回しておいた工作員がいるって話だったけど、まさか堂々と裏切られるとは思わなかったよ。
 ドンパチに手慣れているミステリアスな美女に振り回されるとか、俺も出世したもんだ。

「自分でお腹を撃ち抜いて気付けするなんて、イカれていないと出来ないわ」
「俺からすりゃあ、狂っているのは俺以外の全員なんだよクソッタレ……」
「それ、つまり貴方がイカれている事の証拠じゃなくて?」
「うるさいよ、クソッ……」


 ホント、誰か一人くらい気付いてくれてもいいんじゃない? もう何度も正月迎えてんじゃない。何度も春が来て夏が来て秋が来て冬が来てんじゃない。
 しかも爆弾は何度も爆発するし、拳銃事件なんざしょっちゅう起こるし強盗団や密売集団、人身売買の誘拐組織なんかもゴキブリのごとく潰しても潰しても出てくるし。

「それにしても……っ、CIAの人じゃなかったのかよ」
「えぇ、御名答。ちょっと前に、メイドとして潜入していたどこかの工作員が地下に捨てられたって話をきいたから、きっとその人がアナタ達の協力員だったんじゃないかしら? ちょうどよかったから利用させてもらったけど」
「いいや、刺客さ。多分上手い事俺らとこの国ぶつけて美味い所だけ食おうとしてたんだろうさ」

 あー、くそ。麻酔の効果が完全に切れたわけじゃない。手足にちっとしびれが来ている。おかげでさっきは強烈な眠気が迫っているのもあって、とっさに指ひっかけて腹ぶち抜くしかなかった。
 元々開きかかっていた傷を完全に自分で開けちまった。

 まだ呂律はしっかりしているから、全身に廻るにはまだ時間がかかるだろう。
 いや、出血で少しは抜けるか?

「……CIAからも命を狙われてるって……アナタ、本当に正気?」

 最近皆からそれ聞かれるよ。

「正気さぁ。だからここにいるのさ」

 (ぬめ)った手の感覚が最高に気持ち悪い。
 鉄っぽい臭いがするし、ピチャピチャピチャピチャ腹から零れる血の滴が地面を打つ音がうざったい。

「CIAから受けた依頼は原版を始めとする紙幣偽造の確実な証拠の確保。だけど来る前に色々煽ったから殺しに来るだろうなぁとは思ってた。来る時点で爆弾仕掛けられてたし」

 水無怜奈諸共殺そうとするかどうかが確認できたのは大きかった。おかげで、恐らくは物語の重要人物だろう水無怜奈をこちら側に引き込む切っ掛けが出来た。
 出来る事ならもう一度くらい襲ってくれないかな。

「まぁ、そんなちっちぇ事はどうでもいい。ぶっちゃけもう終わった事だし」
「…………」

 おかしい。なんか最近日本で感じるのと同じ視線を感じる。
 七槻とかふなちとか桜子ちゃんとか。あぁ、志保もだ。
 いいんだよ、本当にちっちぇ事なんだよ。もう終わってる事だし。

「重要なのは二つ。今日本が――皆の廻りがどうなっているか……」

 こっちはなにかあった場合もどうにかなっているだろうけど、ちょっとした賭けだからちょいと不安だ。
 何かあった場合すぐに戻れるように沖矢さんこと赤井さんはアメリカに残してきたけど、情報が入るかどうか……。
 まぁ、何かあった所で中心にいるのは九分九厘主人公だ。大丈夫だろう。

「そして一番の問題は……俺が、どこまでやれるのかの限界を見極めること……っ」

 これまで、次郎吉の爺さんのバックアップもあって優秀な人間を揃えてこれた。
 物語の重要人物だろう安室さんを始め、キャメルさん、赤井さん、初穂に恩田先輩、それにマリーさんも。
 これから先は、間違いなく本格的に物語が動く。
 今日本でコナンがデカい事件に巻き込まれているのならば、これから先俺はこの『物語の世界』をある程度コントロール出来るはずだ。
 そうなった時、俺はどこまでやれるんだろうか。それを知っておく必要がある。

「所詮俺は一般人なんだよ。精一杯背伸びしてここまでやってきたが、本来名前も出てこないようなただのモブなんだよ」

 あるいは容疑者、あるいは被害者だった可能性は十二分にあるが、それでも大した存在ではなかっただろう。
 そんな人間が分を超えた動きをしようというのだ。

「言っただろ。これは俺にとっての試金石だって……っ」

 死ぬわけにはいかない。約束しちまった以上死ぬわけにはいかない。
 今では志保――灰原という重要人物まで抱え込む事になったのだ。俺に死ぬことは決して許されない。
 だから、どこまでやったら死ぬのか知る必要がある。

 一応、いつ死んでもいいように作っておいた保険は丸々残してあるけど。

(さて……薬はちったぁ抜けたか?)

 今までにない出血量だけど、伊達にこれまで刺されたり撃たれたり挽かれたり抉られまくってる訳じゃない。あとどれくらい動けるかは把握出来る。

「だから、なぁ、来いよ! アンタは原版が欲しい、俺もそいつを手に入れたい! だったら……なぁっ!」

 全力で動きまわって大体5分。いや、3分も持てばいい方か。その後ぶっ倒れたら――まぁ、なるようになるだろう。
 銭形のおじさんもいるし、水無さんには書類を回収したら俺の援護に来てもらう様に頼んでいる。

 本気を出してみよう。
 とことんまで、行き着く所まで行ってみよう。
 そうして初めて、俺は俺が見えるかもしれない。だから――!

「まいったわねぇ。もうお仕事全部終わったと思ったら……お姉さん、とんでもない地雷を掘りあてちゃった気分よ」

 フジ=ミネコと名乗っていた女は先ほどまで使って、そしてもうしまっていたナイフを再び抜く。

「――そういや結局お姉さんの名前は? まだ本当の名前聞いてなかったわ」

 美人と出会って名前も知らないとか俺のプライドが許さん。

「そうねぇ……」

 そして彼女は銃をスライドさせ、弾の装填を確認してまっすぐ俺を見る。

「お姉さんに勝てたら、教えてあげてもいいわ。アナタ、気に入ったしね――でも」

 そして銃口も真っ直ぐ、こちらを向く。

「残念だけどちょっとだけ私の好みから外れてるの。無条件で教えてあげるのは安すぎるわ」




「――そいつは……ホントに残念」




 この国での、最後の戦いが始まる。





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074:浅見透? 向こうで美人さんにフルボッコにされてるよ

「……また無茶をやっているのね、貴方は」

 

 誰に聞かせるわけでもない、ただ口から零れただけの独り言が辺りの静寂の中に消えていく。

 園内にいくつかある展望台、あるいは展望台として使える見晴らしの良い飾り物のような施設。科学と宇宙の島の中にあるその一つへと、小泉紅子は足を運んでいた。

 

 片方の耳にはイヤホンを付けており、そのコードはポケットに入れた小型のポータブルテレビへと繋がっている。阿笠という博士曰く、肝心の映像が映らない失敗品だったらしいが、これはいつでも一般の情報を収集できる機材としては十分な性能なのではないだろうか。

 

 今や、どのチャンネルに切り替えても緊急特番だ。

 

 内容はどれも同じ、最小の国連加盟国、カリオストロ公国で行われていた国家規模の犯罪について――正確には、そこに乗り込み、兵隊相手に大立ち回りを演じたあの男について。

 

 

―― 現在、浅見探偵事務所には人がおらず詳しい状況は入ってきておりませんが――

 

 

―― 一体どのような理由でカリオストロ公国に向かったのでしょうか。設立時から浅見探偵事務所を追い続けているジャーナリストの――

 

 

―― 所長、浅見透を見出したという鈴木次郎吉氏も、他の主要メンバーと共にアメリカへ発っており、なんらかの関係性があると見られています。現在鈴木財閥には問い合わせが殺到して――

 

 

―― ただいま入った情報によりますと、アメリカへ入国した後の浅見探偵事務所所員の動きが詳しく掴めておらず、今回の件は予め計画されていたと――

 

 

 

 本当に、どこもかしこもすごい食いつきだ。

 まぁ、元々あの鈴木財閥相談役の隠し子、隠し孫疑惑のある色んな意味での『秘蔵っ子』だ。マスコミ関係はどこも注意を払っていたのだろう。

 

 ちょっと前まで、会長夫妻からも覚えがいい事と娘の鈴木園子が家を継ぐ気が薄い事を雑誌やテレビが面白がって『鈴木を継ぐ者』などと囃し立てていたか。

 本人はとても迷惑そうにしながら噂の芽を潰すために色々と裏で動いていたようだが。

 前に、彼の『厄』を払うために膝を貸した際、眠りに落ちる前まで色んな事を愚痴っていた時にその内容が含まれていた。

 

(難儀ね……。彼も、彼を取り巻く環境も)

 

 彼自身を観測することはあっても深入りは避けよう。それが当初の考えだったが――今更の話だ。

 

 いかにも子供が好きそうなサイエンスティックなデコレーションをされた通路を渡り、階段を登っていく。

 

 見晴らしの良い所から毛利蘭達を探す――訳ではない。

 

 正直、それに関しては小沼がもうやっている。

 

 彼が阿笠博士と共に作製した小型のカメラ搭載型無線操縦ラジコン……もっとも、試作段階のため安定性には欠けているので、監視カメラが設置されていない場所が映るように適当な高所まであげて乗せているだけだが……それを駆使して警備室にいる鳥羽の死角を塞いでいる。

 

 自分の目的は、ただ一つ。

 

 

 

 

 

「こんばんは」

 

 

 

 

 

 辿り着いた開けた高台。見晴らしの良いそこに、目的の人間はいた。

 

「おや、こんばんは。……せっかくの夜の遊園地だと言うのに一人かね?」

「えぇ。目当ては貴方だったもの」

 

 かつて、とてつもなく大きな会社を率いた人間だった。

 

「ほう、私かね?」

「えぇ」

 

 かつて、あの男と何度も言葉と杯を交わし――刃を交わした男だった。

 

「一応、私も自分の目で見ておきたかったのよ」

 

 その男は、自分と同じようにイヤホンをしている。自分の持っている小型のラジオもどきではなく、大きめのポータブルテレビを手すりの所にひっかけ、アンテナを伸ばしている。

 見ている内容は。今自分が耳にしている物とそう変わりはしないだろう。

 なぜか?

 

「あの理から外れた男に、とても強い影響を与える存在という男を」

 

 恐らくは、この世界で最もあの男に注目し、最も執着し、――あるいは工藤新一以上に、この世界で最も彼と関わりの深い男。

 

「初めまして、枡山憲三。初めまして、浅見透の――宿敵」

 

 恐らくは、その言葉が気に入ったのだろう。

 老人は、口元を歪め、魔女を見る。

 

「初めましてお嬢さん。君は――彼の部下、かね」

「いいえ」

 

 部下ではない。確かに彼の下で働く身ではあるが、部下と言うには自分は他の人間に比べて彼への忠誠心もその義務感も感じていない。

 ただ、似た視点を持っていただけだ。

 ただ、互いに『ナニカ』からずれてしまっているだけだ。

 ただ、知り合ってしまっただけだ。

 

 

 

 ただ――放っておけなかっただけだ。

 

 

 

「……友人……いえ、同好の士……かしらね」

「ほう? なるほどなるほど……」

 

 

 

 

 

 

 

「それは羨ましい限りだ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「罪とは何か、君は考えた事があるかね?」

 

 遊園地の人気(ひとけ)のない場所で、老人と若い女が小型テレビを前に並ぶという異様な光景の中、老人が魔女に問いかける。

 

「……法を犯す事……というのは答えにはならないかしら?」

犯罪(crime)(sin)は違うというのが私の信条でね」

「なるほど……」

 

 魔女は、しばし指を咥えて考える。

 考えて、考えて……。

 

「人が(おこな)う行為全て、かしら」

「そうだ、私もそう思う」

 

 そうして出した答えは、どうやら老人の好みに合う物だったらしい

 

「命を奪う事が罪? 笑わせてくれる」

 

 老人は笑う。

 

「弱きものを傷つけるのが罪である? では善とは? 弱い者を救う? 年寄りを敬う? 強きを挫く? 笑止、笑止笑止。全ての行為は違う全ての行為と隣り合わせなのだよ」

 

 かつての戦いで見せた狂気とは違う笑みを、静かに老人は浮かべる。

 

「世間が言う善行も、悪行も、全ては社会という……いや、世界というキャンバスに塗りたくられる絵具の種類に過ぎん。銘の同じ絵の具に優劣や上下があるかね? 青が黄に勝ると? 赤が緑に劣ると? 黒が至高の色だと? そんなことはありえん。あっていいはずがない」

 

 火のついた煙草を咥え、軽く一服してから老人はその煙草を掌にそのまま乗せる。

 炎が、白い巻き紙と茶色い草をまずは黒へ、そして灰色へと焦がしていく。

 その様がまるで気に入らないとでも言うように鼻で笑った老人は、皮膚が焼ける事など気にも留めず握り潰す。

 

「あるのは、ただの嗜好だけだ」

 

 忌々しい。

 老人の表情はそう語っている。

 

「その嗜好の塊でしかない社会に貴方は意義を感じない?」

「まさか。私もそれなりに常識という偏見の塊を持っている」

「……面白いジョークだわ」

「気に入ってくれたかね?」

「お腹を抱えるほどじゃないわね」

「ふむ……残念だ」

 

 魔女は、浅見透からこの老人の恐ろしさを聞いていた。

 恐らく、老人との思い出や良い所――良かった所と言うべきか――を最も彼から伝え聞いているのは越水七槻と中井芙奈子だろうが、逆に彼が老人から味わわせられた恐怖を最も伝え聞いたのは、恐らく魔女だ。

 

「……貴方は、浅見透にどんな色を見たのかしら」

「ふむ、いい質問だ。実にいい。組織に君のような話の早い人間がいればどれほど良かった事か。そうだねぇ……」

 

 今度は老人が、口元の髭を撫でながら考え出す。

 

「――この世で最も淡く、儚い灰色」

「……驚いたわ」

 

 本当に意外だという風に、魔女が口を開く。

 

「私は、貴方こそが彼を『黒』だと認識する人間だと思っていたわ」

「それは違う。彼は間違いなく良識を持つ人間だ」

 

 テレビでは、これまでの浅見透の軌跡として、森谷帝二との対決を振り返っている。

 

「彼とは幾度も会食を重ねた。彼を知るために。彼を探るために。彼を超えるために」

 

 握った手を、ゆっくり開く。

 グチャグチャになった煙草と、一部が焼けて変色した手のひらが露わになる。

 

「彼は常に、見えない何かと戦っていた。それは確かだ。命を狙われているのかとまず考えた。事実、一度CIAが彼を狙撃しようとしていたのは知っていた」

 

 魔女が、目を剥く。

 そこまで直接的な脅威が、目の前の老人関連以外にあったことを知らなかった。

 

「だが違う。そうではない。彼の恐怖は違う所にあった。彼の関心は常に、彼自身の知識と人脈を増やす事にあった」

「……味方を増やそうとしたのでは?」

「いいや違う。そうではない。そうではなかったのだよ。今ならば分かる」

 

 老人は、焦げた手とは反対の、ギプスに包まれた手をさする。

 他でもない、あの男に砕かれた手だ。

 

「彼は、何かを取り落とす事を最も恐れている」

 

 いや違う、さすっているのではない。撫でているのではない。

 最も近い表現は――愛でている、だろうか。

 

「それは、あの家に住む者達のことではなくて?」

「越水七槻達かね? 確かに彼女達を失うなど、彼にとって考えられん事だろうが……それは恐れなどではない。決意という、敬意に値するものだ」

「……宿敵とは良く言ったものね」

 

 やはり、この老人は浅見透の理解者の一人なのだ。最高、という言葉には程遠いが。

 

「情報、そして人材――いや、しっくりこんな。優秀な人間を探している様子はなかった。だが……私には分からない『どこかの誰か達』を探していたように思える」

 

 君はどう思うかね? と、老人は魔女に目線で問いかける。

 魔女は、そうね……と、

 

「彼の敵は、人物や組織、国家のような分かりやすいものではないわ。もっと大局的で、曖昧で、しかし絶大な……いいえ、絶対的な何か」

 

 片や魔女、片や異端者。共にあるべき理から外れた存在――老人の言い回しに似せれば……パレットにあるべきではない色と言うべきか。

 

「そういう『何か』と関わりがある物を、ずっと彼は探しているのかもしれないわ。それが情報にせよ、人にせよ……」

「なるほど。どうやら君は、本当に彼に近しい人間のようだ」

「どうかしら。越水七槻達には到底及ばないわ。……それとも、私を殺すか誘拐して利用するのかしら?」

「まさか。彼の絶妙な『淡さ』を味気ない単色にするつもりはないさ」 

 

 老人は、始まったばかりの浅見探偵事務所の解決した事件の再現を、見ていられないと身を乗り出してチャンネルを変え始める。

 

「まぁ……全ては彼が帰って来てからの話だ。まずは、この祭りを楽しもうではないかね。ちょうど一人で観戦するには寂しいと思っていた所だ」

 

 一通りチャンネルを回し、もう見るべきものは見たと思ったのか、老人は伸縮式のアンテナを取り外し、違う何かを取りつけた。

 そしてモニターに映ったのは、音のないただの映像だった。どこかの監視カメラだ。

 

 

 

 

――江戸川コナンと毛利蘭、眼帯のようなスコープを付けた男、そしてアンドレ=キャメル。

 

 

 

 

――三組が操縦するボートによる、過激なチェイスが……一瞬だけ、映ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「さぁ、見届けよう。麒麟児達ではなく、彼が集めた人間と犯罪者の戦いを」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「コナン君、やはりここは私が奴を――」

「駄目だよキャメルさん! いくらその服に防弾性があるっていっても、下手に近づけば頭を撃たれて終わりだ!!」

 

 蘭を追ってきた犯人とボートで逃走劇を繰り広げていた時、ボートに乗って助けに来てくれたのがキャメルさんだった。

 キャメルさんが相手のボートに体当たりをして時間を稼いでくれ、どうにか逃げる事は出来た。

 今はどうにか、逃げているが……それでも追跡されるのは多分時間の問題だろう。

 

(逮捕術や警護術に長けているキャメルさんでも、武器なしで拳銃に立ち向かうのは危険だ!)

 

 今武器といえるのは、腕時計型麻酔銃とキック力増強シューズの二つ。

 鳥羽さんがいれば、今あるモノで戦う手段をすぐに思いついてくれるかもしれないが、合流している時間は無い。

 いや、そもそも鳥羽さんは今警備室にいる。

 

「鳥羽さん、状況を!」

 

 キャメルさんが、小さなマイクに向かってそう叫ぶ。

 

『そう大きい声でがなりたてなさんな。やっと警備の連中も状況を把握したようだよ』

 

 同じように小さなスピーカー――俺達に聞こえるようにキャメルさんがしてくれたのだ――から、まったく焦った様子のない鳥羽さんの声がする。後ろからは、その真逆のドタバタと慌ただしい音がしている。

 

『すぐに目暮のダンナ達も駆けつけるさね。問題はそれまで、ボウヤ達も含めて誰ひとり怪我させずに逃げ切れるかって話さぁ』

「逃げ切れますかね?」

『どーかねぇ、あのお医者さん、意外と監視カメラを避けて通ってるみたいでね……。さすがにさっきの騒動では映っちまったけど、微妙に映りが悪いしねぇ』

 

 避けて通っている?

 

「キャメルさん、多分犯人は、明るいうちに調べ回ってたんだと思う」

「なるほど……」

『となると、逆に言えばカメラのない所を奴は選んで通っているねぇ。……ボウヤ、キャメル』

「何?」

「なんでしょう?」

『一度アイツを揺さぶれるかい?』

「……時間稼ぎ?」

『になりゃあいいけど……それよりも勢いを削いでおきたいのさ』

「勢い?」

『何事にもあるもんさ。そういうのがね。特に、自分以外の犠牲をいとわない奴の馬鹿さ加減って奴には』

 

 正直、苦手な人だ。なんというか、変な所で開き直る所や、あえて空気を読まない所とか。

 けど、こと犯罪者から見た視点、世界に関してはとても頼りになる発言や意見の多い人だ。

 こういう時には特に。

 

『ここさえ凌げば大丈夫、逃げ切れる。そういう考えで、かつ人を殺すのにこれ以上ない銃って武器もある。だからアイツは馬鹿みたいに大胆に動けんのさ』

「ここにいる三人全員を殺して立ち去ればいいって?」

『浅はかだよねぇ……。だけどそう、どんな手を使ってもね。だからここらで機先を制しておきたい』

「躊躇わせるの?」

『あるいは焦らせるか。それでミスをしちまってカメラにバッチシ映ってくれれば良し。ビビって銃をどこかに捨てるか隠してくれればなお良しなんだが……さすがにそこまで期待はできないか』

 

 やれやれ、面倒だねぇ。と、スピーカー越しに彼女が首を振っているのが目に浮かぶようだ。

 

『恩田と真純もすぐに到着する。オタクの嬢ちゃんやUFO博士には万が一を考えて、警備員と一緒にエリアの繋ぎ目を押さえさせてるよ』

 

 本当に、こういう手際の良さは浅見さんを思い出す。

 浅見さんが掘り出し物と喜ぶだけの人材というのは伊達じゃなかった。

 

『あぁ、もし他のエリアやどこかへ誘導したいのならアタシに伝えな、そっちの方が早い。警備や清掃のスタッフを利用して道を空けといてやるさ』

 

 どっちにせよ、まずは犯人をもう一度捕捉。そして出来る事ならば銃だけでも何とかして無力化したい。

 揺さぶるだけならば、アイツの使ったトリックをぶつけてやればいい。

 問題なのはその後だ。

 

 自分の靴や時計――いや、そうでなくとも逮捕術や近接戦の訓練を受けている事務所の面々ならば、凶器さえ無効化できれば後は何とかなる。

 何か、何か策はないか……っ!

 

 

「先生……」

 

 

 横では、先ほどから体調悪そうにしている蘭が頭を抱えて壁に寄りかかっている。

 

 

「…………先生?」

 

 

 

 

 

 



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075:終幕とは、次の演目への始まりである

浅見の攻撃! 不二子はかわした!
不二子の銃撃! 浅見は歯を食いしばった!
不二子の格闘! 浅見は歯を食いしばった!
不二子のナイフ! 浅見は歯を食いしばった!
不二子の麻酔弾! 浅見は自分を攻撃した! 浅見は歯を食いしばった!
不二子の銃――



――おや? そとのようすが?





「高校生探偵、工藤新一の助手という環境に根を張り、経験を吸い上げ、そして――彼はその才能を開花させた」

 

 最初は一つだったモニターが、今では3つ並んでいる。

 どうやってか、この遊園地の監視カメラの映像がそのまま流れている。

 

「どのような相手が、どのような凶器を持っていようが真っ直ぐ立ち向かう胆力」

 

 そのモニターの中の一つには、銃を持ったまま走り回る男が映っている。

 

「曲者揃いの政財界を泳ぎ抜いてきた傑物を相手に対等に立ち回れる頭脳」

 

 もう一台には、その先の遮蔽物に身を隠している江戸川コナン、毛利蘭、そしてアンドレ=キャメル。

 

「様々な技能を持ち、とびきり優秀な――だが癖の強い人間を配下に置き、そして魅了し続ける人望」

 

 更にもう一台には、一瞬だが、走り抜けていく世良真純と恩田遼平が映る。

 

「そして……あらゆる脅威に真っ向から立ち向かう武力」

 

 銃を持つ男の映像には興味もくれず、枡山憲三はキャメル達三人が映っている映像を凝視している。

 

「そして、それらの技能と人脈、得た権力に溺れないその精神力。あぁ、彼こそ――浅見透こそまさに!」

 

 いつの間にか、枡山の手には安っぽい紙コップが握られている。フードコーナーのお冷用に置いてあった物だ。

 そこに、持ち込んだのだろう酒瓶から中身を注ぎ、軽く呷る。――ピスコを。

 

「分かるかね、お嬢さん。あの夜、あの夜! 自らの顔を仮面で隠しながらも死地に踊り込みそして今! 世界の行く末を左右しかねん巨大な闇を打ち破らんとする! これほどの男に出会えた私の喜びを!」

 

 酒が入り、より興奮してきたのだろう。

 老人の声に、熱が入りだす。

 

「時代だ。今ではなく、違うどこかに世界を導こうとする、そう、新しい時代が人の形をとってまさにいる……っ!」

 

 ふと我に返り、調子を戻そうとするが言葉の端々から熱は消えない。むしろ増してそう断言した。

 

「……ええ」

 

 その老人の言葉に、魔女は肯定を示す。

 

「えぇ、そうね。私が彼に力を貸すのも、その先を見てみたいからだもの」

「くっくっ……まいったねぇ。本当に君をこちら側に勧誘したくなる。どうかね? 求める物があれば可能な限り応えるが?」

「悪いけど、私はもう少し彼を後ろから眺めていたいの。真正面から彼を見つめたい、そして見つめられていたい貴方と違って」

「…………惜しいな。あぁ、本当に惜しい」

 

 老人は、心底魔女を気に入ったようだ。しきりに惜しい惜しいと繰り返しながら、手元のリモコンを操作し、モニターを切り替える。

 

「それで? 貴方はなぜ彼を淡い灰色と称したのかしら? 貴方は彼に、能力や才能による力強さと別にある種の無垢さを感じたという事かしら?」

「ほう、良い質問だ」

 

 老人は、更に酒を一口呷る。

 

「芸術、とはどういうものだろう?」

「それは絵画や彫刻、文学といった?」

「もっと広い意味だが……まぁ、それでいい」

「……曖昧ね」

 

 紅子は、これまで自身が目にしてきた色々な作品を思い返していく。

 

「優れた――いいえ、ちがうわね。とにかく、自身の感性を表現する術を持ち、表現する機会を得て、何らかの影響を及ぼすと認められた物……かしら?」

「少々自信がないように聞こえるね」

「えぇ、芸術を理解できるほど経験も年齢も重ねていないのよ」

「ふむ……」

 

 老人は変わらず酒を呷る。だが、顔にそれほど変化は出ていない。

 

「芸術とはなにか、そも、芸術とはどこから始まるのか。何から芸術足り得るのか」

 

 高そうな酒瓶に似つかわしくない紙コップを振りながら、老人は呟くように言葉を紡ぐ。

 

「私はね、無垢なるモノを汚す所から、あるいは傷を付ける所から美しいモノは始まる。そう考えている」

 

 ただ真っ白なだけの紙コップ。その外側に微量の酒が伝い、一筋の線を描く。

 

「よく、ただただまっさらなだけの物を美しいと言う人間がいるが……それは美しいのではない。ただただ綺麗なだけだ。不快感は感じないだろうが、心を動かす物にはなりえん」

 

 そしてコップの底の淵から垂れた一滴の滴が、老人の高そうなスーツのズボンに小さなシミを作るが、老人は全く意に介さない。

 

「ただ白いだけのキャンバスに目を止めるかね? ただの白紙を有り難がるかね? 絵も文もない白紙の本にどれほどの価値があるのかね? 一切削られていないただの大きなだけの石に心を動かされるかね?」

 

 まるで退屈を感じた子供がそうするように、今度はコップの淵に爪を立ててへこませた。

 

「そう。事ある全ての芸術、全ての美は、何かを汚す事から始まる。無垢が汚れる事こそ美。汚したいという欲求は美の追求の第一歩なのだよ」

「……そして行きすぎた汚れが蛇足と呼ばれる?」

「いいや、蛇足の集まりこそが美の中身なのだよ」

 

 魔女の問いに、老人は自信を持ってそう答えた。

 

「人の生も同じだ。純真無垢な赤子に、知識――いや、知恵という異物と周囲の持つ偏見を流し込んで一人前とする。無垢な者は未熟とされる」

「……古く長く残る物を良しとするのは人の性でしょう。だから人も文も絵も物も、いわゆる古典というものはおしなべて重宝される」

「真に古典を理解している人間がどれだけいる? 大半は手垢の厚さを有り難がっているだけだろう」

 

 老人は、なにか思い当たる事があるのか不機嫌そうなオーラを醸し出す。

 

「……それにしても、知恵が異物とは言ったものね」

 

 老人にこちらへの敵意も害意もない事は分かっているが、魔女は一応老人の敵である身だ。

 不機嫌なオーラをずっと浴びせられるのも勘弁だと、話題を変える。

 

「まだ温い表現だよ。聖書を見たまえ。なぜ知恵の実が触れ得ざる物として扱われた?」

 

 それに関して、魔女は頷かざるを得ない。魔女にとって禁断の果実、そして原罪という物は非常に関わりの深い物である。

 

「浅見透は……それら自分を構成する蛇足の塊を常に疑っている」

「……そう聞いたの?」

「いいや」

「では予測?」

「確信だよ、お嬢さん」

 

 自信満々に老人はそう言う。

「常に、彼はどこかで自身をリセットすべきではないかと恐れている。故に淡く……故に灰。白い絵の具を溶かした水に、数滴黒を垂らすような……」

 

 対して、魔女は呆れて深いため息を吐いた。

 

「よくもまぁ……」

「ふふ……だが、君が浅見透に近しい者だと言うのなら分かるのではないかね?」

「えぇ、まぁ……。彼、まず自分の存在そのものを疑っている節があるわね」

「そうだ。自分が多数派かどうかを悩む人間は多く見てきたが、彼はもっと深い所で自己の存在に疑問を持っている」

「……えぇ、そうね」

 

 ついに最後の一杯になるのだろう。

 紙コップに向けて傾けられた瓶の底が高く持ちあがり、瓶の口からは酒は流れず、滴となってコップの中へと滴り落ちている。

 

「完全なまっさらには程遠く、しかしどこか無垢な所を見せる。だから手を加えたいと、自らの色を付け加えたいと、汚したいと思ってしまう。同時にそのままでいてほしいとも」

 

 カメラの向こうでは、銃を持つ男の前にアンドレ=キャメルと江戸川コナンがその身を晒している。

 

「だからもっと見ていたいのだ。彼の脆くも強い所を」

 

 どうやら、江戸川コナンが犯人相手に啖呵を切っているようだ。恐らく、あの男の犯行を順々に本人の目の前で解き明かしているのだろう。

 

「――ふむ。やはり私の蒐集物にするには、彼は役者不足か……」

「……蒐集ですって?」

「あぁ、私も中々に優秀な部下達がいるのだが……彼と相対するには少々色が薄くてね……」

 

 最後の一杯だからか、老人はコップを呷るのではなくチビっと酒に口を付ける。

 

「淡く、儚い彼が好きなのではなくて?」

「そうとも。だからこそなのだよ」

 

 さすがに大分酩酊してきているのだろう。

 僅かに頭を揺らしながら、老人は言う。

 

「淡く儚い色が真にその輝きを発するのは、強い色に囲まれた時なのだよ」

「それで、集めたカードで彼を囲んで殴りつけようと言うのかしら?」

 

 殺しにかかっているとしか思えない。いや、それもそうなのだ。

 この老人は、全力で浅見透とぶつかり合うつもりだ。

 今度は魔女が不機嫌そうに、眉を顰める。

 

「ねぇ、貴方」

「何かね?」

「一応、宣言しておくけど――」

 

 

 

 

 

「――彼、貴方には負けないわ」

 

 

 

 

 

「ほう、そうかね? あぁ、そいつは最高だ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「言っただろう、もう全て種は割れているってな――風戸京介先生」

「おやぁ、だけどあのホテルでの事件の際、僕から硝煙反応は出なかったんだよ?」

「…………傘、でしょ?」

 

 犯人――精神科医の風戸京介は、銃に弾を込めて一歩近づいてくる。

 

(もう、かなり弾は消費しているはずだけど……くそっ、全部を使い切らせるまではいかなかったか!)

 

 ボートを使って『冒険と開拓の島』まで脱出、助けに来てくれたキャメルさんと合流して、迂回したりして何度か無駄撃ちをさせながら、その後ようやく『科学と宇宙の島』まで来た。

 相手の拳銃を奪うため、一つ策を思いついてここまで逃げ込んだ。

 

(時間まで後少し、それまで時間を稼がないと……っ)

 

「主力がいないとはいえ、我々の捜査力を侮りましたね。すでに傘は回収済みです。ご丁寧に指紋は拭き取ってくれていたようですが……」

「――いつから私だと疑っていたんだ?」

「最初に気になったのは、貴方が電話を取った時さ。あの時、貴方はとっさに左手で電話を取った」

「今回の犯人が左利きだという事はコナン君が最初に気付いていましたからね」

「その後、アンタが左利きの外科医だってことが分かった。ま、例の事故で左手を痛めたからかとも考えたけど……普段の検診の様子からそんな素振りは見えなかったしな」

 

 風戸にとって、別に大したことではないらしい。

 軽く肩をすくめて、やれやれと大げさに嘆いてみせている。

 

「だが、君の言葉は少々違うね。あれは事故じゃない」

「……やっぱり、わざとだったんだね? 仁野保の手術中のミスは」

「あぁ、酒が入った時に尋ねてみたら、アイツはなんの罪悪感も無しにこう言ったんだ」

 

 

 

「――お前は人が良すぎるんだよ……ってなぁ!!」

 

 

 

 ふと、今はここにいない相棒との会話を思い出す。

 

 

『黒川さんの一件から、お前や安室さん達とこうして色々事件に関わるけどさ。何が辛いって、犯罪を犯してしまった時の人の気持ちが分かる時なんだよなぁ……』

『気持ちって……例えば?』

 

 

「アイツはわざと、俺の腕にメスを振るったんだ!!」

 

 

 

『実際に強い殺意を抱く理由があったり、あるいはそこまで追い詰められていたり、なんとなく襲われる事を予想していたり……まぁ、色々だな』

『…………』

『もっと早く、誰かにそれを伝えられていれば防げていたんじゃないかって……常々思うのさ』

『……そうだな。だけど、探偵にはそれが出来ない。結局、本人が誰かに相談する勇気を持つしかないんだよ』

『…………そうだよなぁ。うん、それが正しい。正論だ。でも――俺はそれだけで納得はできないかな』

 

 

 

(浅見さん……正直、今ここでアンタにいてほしかったよ)

 

 最近では、麻酔銃も変声機もそれほど使っていない。

 浅見透を通じて、自分の発言が少しずつ信用されるようになったからだ。警察の目暮警部達も、――意外な事におっちゃんにも。

 

(今、アメリカで何をやってるかわかんないけど……アンタならもっと早く手を打てたんじゃないか?)

 

 助手という事にしたのは、本当に偶然だった。

 黒川邸事件での出会いから、こちらに協力してくれる奇妙な大学生だった。

 それが森谷の事件を通し、その後アイツ自身が関わった事件により、今ではなくてはならない協力者に――そしてなくてはならない後ろ盾になってくれている。

 自分が子供の姿のまま、多少強引に事件に関われるのは、ほとんど浅見透のおかげだった。

 自分の体の事は知らないまでも、協力してくれる人も増えた。

 今こうして、共に立ってくれているキャメルさんのように。

 今、後ろで色々と手を回してくれている鳥羽さんのように。

 

 

 ただ、それでも思う。思ってしまうんだ。

 

 なぁ、ワトソン君。今――いやもっと前、警官が襲われ始めたって時にお前がいれば、もっと違う絵を描けたんじゃないか?

 

 いつも、誰かが被害に遭う前に、あるいは誰かを害してしまうその前に何とかしようとしているお前なら……。

 

「タイミングも良かった。ちょうど奴は手術ミスで訴えられていて、自殺する動機も揃っていた」

「……それを不自然だと思っていた人もいたようだけど?」

「あぁ、奴の妹か。確かに彼女はずっと騒ぎ立てていたけど、所詮一介のルポライター」

 

 余裕たっぷりなままそう言う風戸に向けて、キャメルさんが口を開く。

 

「しかし、彼女が警察を攻め続けたために再捜査が行われたのでは?」

「ふん、その理由は全く別さ。ヤツが裏で行っていた横流しが、あの警視長のバカ息子にばれて強請られていたのさ」

 

 キャメルさんの問いかけに、奴はやはり自信を持ってそう答える。

 

「……白鳥刑事。いや他の人からも聞いたのかな?」

 

 考えられるのはそこだ。この男は、白鳥刑事の主治医だった。つまり警察から信用されていた男だ。

 あるいは、他にも担当していた刑事がいたのかもしれない。

 

「あぁ、奈良沢刑事からね」

「目的は、友成真さんに罪を着せる事だね?」

「本当に……見事だよ、コナン君」

 

 おそらく、息子の友成さんが病死した友成刑事の事で警察の事を恨んでいる事を聞いていたのだろう。

 奈良沢刑事か、あるいは白鳥刑事から。

 

「奈良沢刑事が息絶える前に指し示した胸。あれは、胸ポケットの警察手帳じゃない。心療内科を示す『心』を――心臓を差していた」

「だろうねぇ」

「そしてそれを聞いたアンタは、捜査の撹乱を狙って芝刑事を殺害した時、彼の手に警察手帳を握らせた」

「あぁ。おかげで警察は警察関係者か、あるいはその関係者の息子――友成真を容疑者として捜査の重点を置いてくれたからねぇ」

 

 そして風戸京介は、もう話す事は終わったとばかりに銃を片手に一歩踏み出す。

 

「さぁ、話は終わりだ。君たちには消えてもらおう」

 

 キャメルさんが、俺たちの前に出ようとするのを制する。

 理由は――いや、もうキャメルさんにも分かっているだろう。

 

 そもそも、いくらパレードがあっているとはいえ、この時間に、それなりに目立つこの周辺に人が全くいないという時点で、こちらの連絡を受けたあの人が手を回してくれた事は間違いない。それも、完璧に。

 

 第一に、ルートも含めて一般人への被害を出さないようにする事。

 そして――

 

「残念だけど風戸先生。そうそう貴方の思うようにはいかないと思うよ? まぁ、想定から外れているのはこっちも同じだけどさ」

 

 そう言って肩をすくめてみせると、風戸は眉をひそめて一瞬怪訝な顔をするが、おそらく戯言だと思ったのだろう。

 

 ふん、と鼻で軽く笑い、俺たちに銃を向ける。

 

「そんな戯言(たわごと)――」

 

 言えたのは、そこまでだった。

 続けようとした言葉は、真横左右から飛んできた何かが空を切る音に遮られた。

 

 ひゅんひゅんひゅん、っという軽い音に気を取られ、引き金を引くのを一瞬ためらったのが――この犯罪者の失敗だ。

 

「――な、なぁっ!??」

 

 次の瞬間には、バランスを崩した風戸京介がその場に倒れていた。まるで何かにつまづいたように。

 

「な、なんだこれは――靴と……水筒っ?!」

 

 一つは、革靴の左右を靴紐で結んで繋いだもの。もう一つは、同じように二つの水筒を繋いだ物だ。

 革靴の物は両足に、水筒の物は両手をぐるぐるっとその紐で絡み取り、動きを完全に封じている。

 

「よ、よかった、キチンと当たってよかった!」

「どうだい犯人さん、ウチの所長直伝の即席捕縛術の効果はさぁ?」

 

 ボーラという石と紐を使う鳥の捕縛に使う道具を、靴や水筒で再現したモノを投げつけた二人――恩田さんと鳥羽さんが物影から姿を現す。

 

「うおおおおおおおっ!!!!!」

 

 なんとか立ち上がって反撃しようとしている風戸目掛けて、今度はその後ろの物影から飛び出してきた人間がいる。

 空手ではないが、蘭と同じく格闘技――ジークンドーを修めている帝丹高校の転校生。同じ教室で会った事はないが、俺の同級生。

 

 世良真純が、躍りかかっていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「コナン君、蘭さんもよく今まで頑張ったね。もう大丈夫です。後は私達に任せてください」

 

 ボコボコにされて気を失った――いや、本当にアレはやり過ぎだと思う――風戸京介を念のために拘束した上で、キャメルさんが俺と蘭に向けてそう言う。

 

「ま、そう言うこった。例の銃撃犯の方がまだ残っちゃいるが……」

「あ、それなら――」

 

 多分、あの男がケリを付けてくれたはずだ。

 犯人を殺害してケリを付けるのかと心配だったが、あの男は『殺しはしないから安心しろ』と言っていた。恐らく大丈夫だろう。

 

 敵――のはずなのだが……あの男の言葉には妙な説得力があった。

 

「あの、その犯人なら……大丈夫だと思います。その……多分」

 

 先ほどから様子のおかしかった蘭は、少し体調を取り戻したのか今は大丈夫そうだ。

 ずっと俺の手を握って、だがしっかり立っている。

 

 

 自信なさ気にそう言う蘭を、鳥羽さんは『ふぅん?』と暫し見つめ、

 

「そーかい。ま、そっちの方は警察に任せるさね。さて……恩田ぁ?」

「警察への連絡、及び簡単な説明を終わらせています。すぐに目暮警部達が到着するでしょうから、ゲート外まで風戸先生を運んだほうがいいでしょう……その、立てそうにありませんし」

「やりすぎなんだよ真純は……」

「あ、あはははは……拳銃持っていたからつい……」

「ま、いいさ。恩田、そこらへんも上手い事言っときな」

「……まぁ、状況説明等は私の仕事ですけど……犯罪者を捕まえた傍から、違う犯罪に手を貸している気がするんですがそれは――」

「知られていない犯罪は犯罪じゃないさ」

「……このひと、本当に……」

 

 既に双子のメイドさんと小沼博士が、他の人に騒がれないように従業員用の通路の手配をしているらしい。

 

「あ、そうだ……」

 

 本来の予定では目眩しに使うはずだった噴水。その時間まであと少しな事に気が付く。

 時計のバックライトを付けて、そっと数える。

 

(10秒前か……9、8……)

 

 恩田さんやキャメルさん達がキチンと離れていて、水がかかる位置にはいない。

 向こうから、別行動をしていた紅子さんとスタッフに協力を頼んでいた穂奈美さん達が歩いてこっちに来るのが見える。

 

(7……6……)

 

「5秒前……」

「――え?」

 

 突然上の方から響いて来た声に驚いて、思わず見上げる。

 蘭だ。

 少ししゃがんで、俺の頭の上から一緒に時計を覗き込んでいる。

 

「4……3……」

 

 その目は、自分の事が分からず、身の危険もあってずっと不安そうだった時と違い、随分と落ち着いている。

 

「2……1……」

 

 

 

「「――ゼロ!」」

 

 

 

 時計の長針が上を差し、そして地面から水が勢いよく飛び出る。

 以前、蘭に見せた光景が――あの時と違い、夜の幻想的な光と共に。

 

「まだそんなに時間は経っていないはずなのに……懐かしいなぁ」

 

 小さく、蘭がそう呟く。

 

「蘭、姉ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

「――ありがとね、コナン君」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 闇の向こうから、サイレンの音が近づいてくる。救急車か、パトカーか。

 被害が出たのか、それとも止めたのか。

 

(……考えるだけ愚問か)

 

 あの小さな探偵の目に映った覚悟は本物だった。生半可な犯罪者ごときが相手になるはずがない。

 

(よくやった、江戸川コナン。そして……)

 

 やはり彼らも動いていたのだろう。浅見透に集められた精鋭達が。

 

「……ぁ……ぐっ」

 

 小さなうめき声が響く。

 出元(でもと)は確かめるまでもない。地面に這いつくばっている3人からだ。

 

「実際に発砲したのは今回が久々だったが……こんな所か」

 

 この三人がそれぞれの銃を向けるその瞬間、迷わず俺は銃を引き抜いた。

 何度も思い返していたあの夜のように、あの男のように、素早く、正確に。

 

 イメージトレーニングと弾を使わない抜き撃ちの練習の成果は見ての通りだ。

 三人の銃をあっという間に撃ち落とし――リーダー格の女は少々ガッツがあったようで、更にもう一丁隠し持っていたデリンジャーを抜いたが、それも弾き落とした。

 

 だが――

 

(……浅見透にはまだ及ばんか)

 

「気に……いらないわね……っ」

 

 その後、それぞれに当て身を喰らわせておいたのだが……やはりこの女は少々粘りが強いようだ。

 

「何がだ」

「貴方……私の事……そこらの埃のように……全く興味を持っていないでしょう……っ」

「…………」

 

 事実、そうだ。

 見るべきは、この女の裏にいた存在。

 超えるべきは、今この国にはいない存在。

 

「お前は……好みではない」

「…………っ」

 

 女は、人生最大の屈辱だと言わんばかりに歯を食いしばる。

 

「お前からは葛藤の悲しさも、断固たる意志の冷たさも、誰かを思いやるくすぐったさも感じない」

 

 ベルモットは、裏の女とはかくあるべきだという態度や行動を貫いている。

 だが、その裏で何かしらの葛藤、そして何かを羨望していた事は気付いていた。

 キールも、冷静に、そして冷酷であろうとして成りきれない情があった。

 

 そして、宮野明美もまた……

 

「貴様にあるのは、ただ、欲望の熱だけだ。俺はそれを、美しいとは思わん」

「あ……なた……っ」

「貴様は――醜い」

「……っ」

 

 なすべき事は終わった。

 近くにあの男の気配を感じる。

 この女を始末するのか、回収するのか。

 なんにせよ、この馬鹿げた騒ぎはもう終わる。

 

「あの老人への伝言だ」

 

 始末されるなら良し。されないならば――この女の敵意は、自分が引き受けよう。

 そして――

 

 

 

 

「貴様は俺が撃つ、と。そう伝えておけ」

 

 

 

 

 俺と奴の戦いも、きっとここから始まるのだろう。

 

 

 

 

 




中途半端な人物紹介

○女の狙撃手

まだ本登場ではないので名前は伏せておりますが、毛利探偵事務所を襲撃した時の銃。
そしてキッドとの因縁から推理していただければ……まぁ、もうこれほとんど答えなんですが(汗)

劇場版に登場した人物ですw
後ろの男二人組も同作品に途上していますが、こっちは完全なやられ役A,Bだったので名前は不明です。
お前らそんなチャラすぎる様子で傭兵って嘘やろwwww


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076:epilogue:The sniper in your pupil

 遊園地のゲート付近が、回転するいくつもの赤色灯で彩られている。

 ようやく到着した警察が、犯人――風戸京介を逮捕しに来たのだ。

 もっとも、既にその男は自分達で確保していたが……。

 

(あ、浅見のキャンプに参加しておいてよかった……)

 

 前に――今のトップ(ボス)がまだただの後輩だった時に、アイツが二週間に一度ほど一人でアウトドアを楽しんでいるという話は聞いていた事があったから、一緒に行くかと聞かれた時にそこまで違和感はなかった。

 だから、ちょっと前に荷物は実質水と毛布だけでいいと言われた時も『全部浅見が準備していくのかぁ』と思っていた。

 まさか向こうも手ぶらだとは思わなかった。

 まさか狩猟生活が始まるとは思わなった。

 浄水剤ってなんだ。そんなもの今まで生活してきて一度も聞いた事がない。

 本人いわく、完全に何も持っていない状態から必要な物を探しだして使えるようにするのがとてつもなく楽しいし落ちつくらしい。

 変態である。

 とりあえずそこらの鳥や蛇を食べないでもらいたい。

 

「どうやら、君達の方が早かったようだな」

 

 パトカーに乗せられ連行されていくかつての名医を見送っていると、声をかけられた。

 

「小田切部長」

「見事だったな。恩田君」

 

 鳥羽さん曰く堅物。浅見曰く、筋を通す男――小田切刑事部長が立っていた。

 

「いえ、こちらこそ早まった真似を……」

「それを言うなら、捜査網を混乱させたままの状態にしてしまった我々の責任が大きい」

 

 小田切部長は、周囲を駆けまわっている――おそらく、この遊園地での出来事を把握しようとしているのだろう警察官達を目で少し追って、改めてこちらを見る。

 

「確か、君は浅見透の事務所には非正規という形で入っているのだったな」

「えぇ……その所長と同じくですが、まだ自分は学生の身分を捨てていませんので」

「そうか……」

 

 小田切部長は、直立したまま真っ直ぐこっちを見ている。

 

「大学を卒業したら、警察試験を受ける気はないかね?」

「……はっ……自分が、ですか?」

「そうだ」

 

 何度か食事を共にしている浅見から、小田切刑事部長は居合いの達人だと聞いていた。

 そのせいだろう、自然と威圧感を受けながら聞き返すと、刑事部長はあっさり肯定した。

 

「あの時、守るべき者のために恐怖を抑えこんで一歩も引こうとしなかった君の姿勢を、私は高く評価している」

 

 淡々と、だが力強い言葉が耳に入ってくる。

 

「今すぐに答えは出せんだろう。が、考えておいて欲しい」

 

 

 

 

「――我々警察は、君の様な男を必要としている」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 事件は終わった。

 世界の理から外れた男が今はいないこの日本。この街での事件は。

 

(向こうも大丈夫そう……まぁ、一人あいも変わらず死にかかっている男がいるようだけど……)

 

 浅見透の姿が見えない程の死線に覆われているのはもはやいつもの事だ。

 それこそ、世界が殺しに来ていると思うほどに。

 だからこそ浅見透が日本を発つその直前に少しでも足しになればと、誰に対してかの気休め程度にそれを薄めておいた。

 

(どこまで役に立ったのか、あるいは私の力がなくても自力で死を跳ねのけられるのか)

 

 酷い時にはただの黒い靄の集まりにしか見えない男の顔を思い浮かべ、深いため息を吐く。

 

(まったく……私、本当に役に立っているのかしらね)

 

 新調したばかりの事務所員用のスーツ。日本にふさわしくない物騒な機能で溢れている服を軽く直しながら、他の仲間――いや、同僚と合流する道を歩いている。

 

「……枡山憲三……か」

 

 先ほどまで一緒にいた老人。

 話してみてよく理解した。

 あれこそまさに、最悪の犯罪者。

 そして、まさしく浅見透の宿敵。

 

(……彼、大丈夫かしら?)

 

 今回――まだ暴れているのかもしれないが――浅見透は世界に名前を売った。

 それは彼の力を大きくするだろうが、同時に敵も増えるだろう。

 鈴木次郎吉の無茶ぶりに完全に応えきれる位には有能で、だが抜けている所が多そうな彼だ。

 対策はしてあるのだろうが、変な所で転びそうな所が怖い。

 

(彼の場合、周りの人間関係が複雑なせいで転んだ時に被害が出るのが彼自身じゃないという場合が一番怖いのだけれど)

 

 例えば警察関係者だったり、例えばマスコミだったりメディアだったり学者だったり医者だったりなどなどなど。

 よくもまぁここまで揃えたモノだと前から感心してしまう。

 

 ともあれ、あの老人に対抗するには必要な面々であるには違いない。

 おそらく、これから先あの老人はあの手この手で浅見透の周りの火種に火を付けていくだろう。

 

 彼自身や彼の家の人間には直接手を出さないだろうという妙な確信があるあたり、最高に性質が悪い。

 

(問題は、あの老人がいう火種の一つだけれど……)

 

 宣戦布告が終わり、別れようとした時の老人の言葉がフラッシュバックする。

 

 

 

 

――そうそう、一つだけ警告しておくことがあるのだが……

 

 

 

――なにかしら?

 

 

 

――いやなに。彼の周りに一つだけ、彼ですら乗り切れるかどうか少々危うい火種があってだね……

 

 

 

――……女、かしら?

 

 

 

――まぁ、分かりやすい彼の弱点だからねぇ。一応、君から彼に警告しておいてくれんかね。

 

 

 

――……伝えるだけよ

 

 

 

――それで構わん。伝えてくれ。

 

 

 

 

 そして老人はある人物の名前を告げた。 

 

 

 

 

 

 

「香坂夏美、ね……」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――やはり、彼らは凄い。

 

 犯人、風戸京介を連行しながら、高木渉はそう思っていた。

 

――彼らは凄い。

 

 浅見探偵事務所の面々とは何度か事件を共に追ったり、あるいは共に飲みに出かけたりした事がある。

 そうして何度か話をして、下手な刑事よりも刑事らしい人間の集まりだと常々感じていた。

 

 所員は全員それぞれの視点からの高い観察力を持ち、民間であるがゆえのフットワークの軽さを武器にそれぞれの武器を活かして事件を解決する。

 

(今回、自分は何をしたんだろうか……)

 

 自分は、警察組織の歯車の一つであって、無論事件解決に向けて出来る事をしようとした――つもりだ。

 だが、具体的になにかを成し遂げたかと聞かれると答えられるかは――

 

(駄目だ、何を考えているんだ。俺は彼らと違うんだ)

 

 羨望なのか、あるいは嫉妬なのか。とにかく高木自身が好ましくないと思うそれらを、頭を振って追い払う。

 運転席や、容疑者の左右を固める制服警官の怪訝な目線が気になる。

 

(でもよかった……。佐藤さんが助かって……)

 

 つい先ほど、白鳥刑事が教えてくれた。佐藤さんが意識を取り戻したそうだ。

 同僚が次々にこんな形になって、正直素直にただただ喜ぶ事は出来ない。

 でも――そう。でも、良かった。

 最悪の形にならなくて、本当に良かった。

 

 目の前の信号が青から赤に変わり、運転席の警官がゆっくりとブレーキをかけていく。

 最短となるルートはどうも混んでいるらしく、今は少し迂回した道だ。

 

「ん……?」

 

 その時、それまでずっと俯いていた風戸が声をあげた。

 バックミラーで確認すると、どうも前を見ているようだ。

 

「……あんた、確か……」

「おい、ちゃんと座っていろ!」

 

 少し前に乗り出そうとしていた風戸を、両側にいた警官が押さえつける。

 

「どうしたんだ?」

 

 佐藤刑事を撃った相手だ。正直、憎しみはある。

 だが、今はそれを抑え、振りかえって観察してみる。

 

 風戸は、良く見えない物を見ようとするかのように目を細めている。

 そもそも、あの世良という高校生がボコボコにしたらしくて目元や所々が腫れ上がっている。

 本当によく見えないのだろう。

 

「なぁ、あんた……」

 

 どこを向いているのか少し分かりづらいが、どうやら運転席の警官を見ているようだ。

 

「あんた、ひょっとしてこの間の――」

 

 突如、ビッ! と、鋭い音がした。

 自分の真後ろ――振りむいている現状ではちょうどフロントガラスの辺りから。

 

 パンッ! と、何かが弾ける音がした。

 自分の真正面――風戸京介の眉間から。

 

「……ぁ……?」

 

 口から、変な言葉が出る。

 言葉と言うより、ひょっとしたらただ空気が漏れる音だったかもしれない。

 

 何が起こったのか確認しようと、一度瞬きをして目の前の光景を整理する。

 簡単だ。

 目の前の被疑者の額に穴が空いて、そしてもう何も喋る事は無い。

 

「――く、車をすぐに脇に寄せて! それと応援を!」

「は、はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高木は気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 運転席の警官も、風戸の左右を押さえていた警官も、一瞬笑った事を。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『ピスコ、男の始末は終わりました。スナイパー、無事撤収完了です』

「目撃者は?」

『おりません。監視カメラも大丈夫です』

「なるほど……例の工作の方はどうかね?」

『しかるべく』

「うん、御苦労。そうだ、彼らにはそのまま警察内部での勢力拡大に努めるように頼む」

『はっ』

 

 自らを実の父のように慕ってくれる男――今もアイリッシュと名乗り続けている男の報告に、老人は満足そうに頷く。

 今日はいい日だ。

 あの男の部下の働きをこの目で見れた。

 そして、あの男を支える女の一人と話せた。

 今後の布石も打てた。

 いい日だ。実にいい日だ。

 

 明日は市場に出回らせる銃や火薬の値段をいつも以上に大幅に下げてやってもいい。

 老人はそんな事を考えていた。

 

「さて、それで……君はこれからどうするかね?」

 

 後部シートには、一人の女が手に包帯を巻き付けている。

 丁寧にマニキュアで飾り付けられた爪は、今は血で染まっている。

 銃による傷――ではない。

 まるで礼拝のように組んである手、それが強く握りしめられ、爪がその美しい手に突き刺さっている。

 

「ねぇ、おじ様。あの男の事は知っているのかしら?」

「カルバドスかね」

 

 老人にとって、もっとも予想外で、もっとも喜ばしいのはあの男の参戦だった。

 ただ組織から逃げ隠れ、そのうちどこかでのたれ死ぬと思っていたが……まさか立ち向かってくるとは思っていなかった。

 

「まぁ、君も体験した通り……ではないか。少々彼も方向性が変わりつつあるが……彼は兵士だよ」

 

 女は、痛む手を押さえているが、顔にそれは出ていない。

 今の彼女の顔は、静を思わせる無表情だ。

 怒りと言う感情を抑えているがゆえの。

 

「あらゆる火器のエキスパート。そして優れた狙撃手。派手な戦果は出さないが、堅実な仕事をする男だった」

「……彼、誰かに執着してたりするのかしら?」

「ふむ?」

「――あの男、私に目もくれなかったわ……」

「なるほど。幾人か思いつく人間はいるが……」

 

 老人は知っていた。カルバドスと呼ばれていた男が、同じく酒の名を与えられた存在を。――ベルモットという女に惚れている事を。

 そして友と呼び、互いが互いを強く信頼している狙撃仲間が二人いる事を。

 

「今、彼の眼に焼き付いているのはただ一人だろう」

 

 老人は気付いていた。

 今、あの兵士がもっとも注視している存在を――

 

「浅見透」

 

 だから告げる。その名前を。

 

「彼を超える事にこそ、カルバドスは全力を注ぐだろう」

「そう……貴方と同じなのね」

 

 何も知らないはずの女の断言に、老人は目を丸くする。

 

「おや? どうしてかね?」

「女には分かるのよ。声の抑揚、仕草、瞬きのタイミングの変化、その他諸々……女の勘っていうのは結局、無意識の観察の事なのよ」

「ほう……」

 

 女は、一応巻いていた包帯を解き、その包帯で血に濡れた自分の指を拭う。

 

「貴方、あの浅見透相手に暴れるつもりでしょう」

「無論」

 

 老人は肯定する。

 否定する理由も意味もない。

 

「私も一枚噛ませてちょうだい」

「おや、キッドの事はいいのかね?」

「どうせ私は死んだ事になっているわ。キッドを狙うのは念のため。諦めるわけじゃないけど、優先順位が変わっただけよ」

 

 女は、弾き飛ばされた二丁の拳銃を引き抜く。

 

「あの男がもっとも執着している男を、私が殺す……いいえ、超える……っ」

「――ほう」

 

 徐々に感情が高ぶって来たのか、顔を赤くし始める女。

 最初から機嫌の良い枡山は、さらに機嫌を良くしてポケットからタバコを取り出す。

 

「なら、君に条件があるな」

「なにかしら?」

 

 あるいは身体を要求されると思ったのか、わずかに身体を固くする女。

 彼女に、老人は告げる。

 

「君の左右にいる男を殺したまえ」

 

 今まで話に加わらず、女の左右で完全に背景と化していた男達が、ガバッと跳ねあがる。

 何か大きな声で言おうとするのを、女は手で制した。

 

「……なるほど、ね」

「理解したかね?」

「えぇ、貴方がどういう人か良く分かったわ」

 

 老人が、懐の銃に手を当てる。

 

 

 そして次の瞬間――二発の銃声が響く。

 

 

 どちらも、女性の手元からだ。

 

 片方にはワルサーPPK、片方にはデリンジャーが握られ、そして両手をクロスさせるようにして、引き金を引き絞っていた。

 

 

 当然――男達は死んでいる。

 

 

 どちらも狙いは雑だが頭を撃ち抜かれ、息絶えている。

 

 

「――く、」

 

 老人の口から、空気が漏れる。

 

「くひ、ひ」

 

 戸惑いなどではもちろんない。

 

「ひっ――ひっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!!!!!!」

 

 歓喜の声だ。

 恐らくは使いこなせない、だが間違いなく自分と意を共にする人間を見つけたという、ある意味では何よりも純粋な喜びの歓声だ。

 

「あぁ、いい! いいよ素晴らしい! 気に入ったよ!!」

 

 老人は片手で携帯を操り、メールを打つ。

 後ろでためらいなく、行動を共にしていた二人を殺した女への教育の命令だ。

 今のままでは、浅見透やカルバドスには届かないだろう。そう、今は。

 だから、だからこそ――

 

「歓迎しよう。清水麗子君」

 

 そして老人は女の名前を呼ぶ。

 共に高き壁に挑戦する――同志の名を。

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ……我々の夜へ」

 

 

 

 

 

 

 




≪簡単に分かるカリオストロのその後≫
・浅見、水に流され死体になりかかる所をキッドが回収
・水無、原版回収

・ルパン、クラリスと別れ次元達と共にカリオストロを去――ろうとしたら不二子が次元と五右衛門をぶん殴りに来た



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



マイルールでは次は『男である事の~』の更新なんですが、今回は短く薄味のエピローグだったために、浅見君が帰って来てからのスキップモード後半の一話目の投稿を挟みたいと思います。


【登場人物紹介】

 『瞳の中の暗殺者』より


○仁野 環(27歳)

 数年前に殺された最悪のヤブ医者 仁野保の妹さん。フリーライター。
 コナンに聞き腕の事を尋ねられた時にあからさまにうろたえていたのを見て、子供心に「あ、この人違うな」と思ったモノです。

 予定ではありますが、おそらく本作で何気に出番が増えるでしょうw


○風戸京介(36歳)

 米花薬師野病院心療科医師。
 
 かつては腕の立つ外科医として知られていたが、嫉妬した仁野保に事故にみせかけて腕を斬られてしまう人。

 14番目の沢木さん同様、そりゃ殺したくなるよなぁと心から思った方。
 仁野保がゲスすぎる。
 この人にも言える事ですが、コナンワールドには『いやお前それどっから手に入れたん??!!』っていう犯人が多くいますが、この人もその一人ですね。
 ナイトスコープ……は……ガチのサバゲーショップとかに売ってんのかなぁ……
 そして拳銃がホイホイ手に入るという……まぁ、きっと893さん達が活発だったんでしょう。
 本作ではその役割は枡山一派が請け負う事になりますがw

○小田切 敏也
 
 本作でちょくちょく出てくる小田切刑事部長の息子。ロックシンガー。
 でも遊園地での仕事を受け持つってバンドとしては上手くいっている方なのでは??

 仁野保の薬の横流しを知り恐喝していたようですが、なぜわざわざライター奪ったし。


○友成 真(25歳)

 殉職した刑事の息子さん。
 警察が信じられないのは分からなくもないが、もうちょっと何か案が出なかったのかお前。

 割と映画では目立つ立ち位置にいたんですが、そこまで印象に残っていない不思議。
 とりあえず少年探偵団にボコられた人。




そして、かなり早い登場ですが……

 清水 麗子
『探偵たちの鎮魂歌』

 只今PCのDVDプレイヤーがお釈迦になっているため詳しく確認できませんが、少しカールを懸けたロングヘアーの美人さん。
 前髪がクリンッてなっているのが工藤有希子に似ていて、『悪堕ちしたコナンママ』ってイメージでした。

 年齢については触れられてませんでしたけどこの人何歳なんだろう。作中で語られていたかもしれませんが、事件の流れは覚えていても時間の間隔は覚えていなくて……30位?

 詳しくは彼女が本格的に活躍を始めてから、改めてご説明したいと思います



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探偵事務所の日常(2年目後半)
077:九月に入り二年目も残り三か月となったので事件カモン(願望)


どの感想か分からなくなってしまったのでここで私信。
クッキーおよび八木坂さんの人物紹介の抜け報告ありがとうございます。

もう一度事件を観直してから該当するシナリオに追加するので、もう少々お待ち下さい!


 アメリカへ渡ったのは、今後凶悪化していくだろう犯罪に対して対抗できる人員――ぶっちゃけ戦力の確保が必要だと思ったから。

 

 ――と、いうのが表向きの理由である。いや、嘘ではないし実際すごく重要な事だけどさ。

 

 元々アメリカ行きを決めた理由は大きく分けて二つあった。

 確実に(物語的にも)重要人物であるだろう水無怜奈――本堂瑛海を自陣営に置いておく事。

 そしてもう一つは――実験だった。

 

 正直な話、主人公格たる江戸川コナンの周囲を固めすぎたのではないかという不安が俺にはあったのだ。 

 物語の主人公に必要な物はいくつかあるが、その中で俺が最も重要な要素だと思うのが、自身かヒロインのピンチだ。

 

 往々にして、ヒーローというものは自身が傷つくか何かを失いかけたり、あるいは失ったりして成長していくものだ。

 

 俺は、コナンの捜査の障害となる要因を取り除く事に去年という今に全力を注いだけど、同時にやりすぎたかという不安もあった。

 確かにアイツは安全になる。犠牲者も減る。減らしてみせる。が、それらが俺の目的にとっての遠回りになりかねない。

 本来流れるはずだった血が流れず、その上主人公勢をむやみに籠の中に入れておけば、それこそ完全なループになりかねない。

 

 ゆえに実験。意図的に主人公の周辺の戦力を減らす事で、事態がどのように進行するか見ておきたかったのだ。

 

 全て自分の想像でしかない。そう、妄想かもしれない。

 カリオストロでの造幣設備で出会ったどっかのスパイみたいな美人さんの言うとおり、間違いなくこの世界でイカれているのは自分なのだ。

 

 それでも、自分は前に突き進むしかないのだ。

 いくつかの偶然が重なったとはいえ、自分は権力を手に入れ、それを行使する側になってしまったのだから。

 

「――で、なにがどうなって国を相手に戦争仕掛けるハメになったのかキチンと僕達に説明してくれるんだよね?」

 

 

 

 

 

 それでも、男には逃げ出したい時がある。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「立つのがやっとの状態って一体何をどうしたらそこまでの怪我を負う羽目になるのでしょうか?」

「ま、銃創の様子から見てもかなり大口径の銃で撃たれてるみたいだし……死んでないだけ運はいいんじゃないかしら?」

「……この日本で、そんな運の確かめ方を耳にするなんて私、思いませんでし……あぁ、いえ。最近はよく耳にしてましたわね」

「所長、何も言わずに正座で待機してましたねぇ……」

 

 一足先に戻っていた副所長達は、所長さんが帰国するのと同時に身柄を確保しに来た。俺も安室さんも予想済みだった。マリーさんや水無さんもだ。

 赤井さん――もとい、沖矢さんめっちゃ上機嫌だったけど同時にすごく参戦したかったって言ってたな。

 ちくしょう、呑気な事言いやがって。こっちは全身のあらゆるところから血を流してゴミのように流されかかってた所長拾い上げるのにどんだけ苦労したことか……。

 それでもなんだかんだで三日で意識取り戻してんのはどういうことだよあの人。

 

 今はいつも通りの専用病室にて、ベッドの上で正座している所長と問い詰めている副所長を、俺――瀬戸瑞紀とふなち、そして例の妹さん――灰原哀が眺めている。

 

「だいたいなんでド派手に暴れてるのさ! 仕事は仕方ないとしても、もうちょっとこっそりなんとか君なら出来たよね?!」

「……………………だって」

「だってじゃない!!」

 

 

 

「ガキね」

「ガキですわね」

 

 唇を尖らせてぼそっと呟く所長に対してふなちと妹さんが辛辣な感想を吐く。

 ひでぇ。

 一応所長さん、今や世界中からヒーロー扱いされてる身なのに。キッドも。ルパンも。……特にキッド。

 

「しかしまぁ、確かに……浅見様ならもっと姑息に立ち回れた気がしなくもないのですが……」

「ふなちさん、所長に対しての信頼がちょっと屈折してません?」

 

 いやまぁ大体はあってる気がするけど。

 

「そうね。彼の事だから意表をついて、勝負の前から敵の手も足ももいでいて、相手がその気になった時に拍子抜けさせるって方がらしいと思うけど」

 

 妹さんあれか。明美さんの事知らないまま死のうとしてたのもあって所長への感情大分屈折してるよね。

 あの人の周りには屈折した信頼しかないのか。

 ……なんだ、いつも通りか。

 

「実際、どうなんですの瑞紀様。なんだか、カリオストロでの中継映像も見る限りだいぶ冷静さを失っていたようにお見受けいたしますが……」

「あー、いや、まぁ最初っから色々無茶する予定ではあったんですけど……」

 

 この部屋備え付けのテレビ――他の病室のとは違って少々大型の、しかも阿笠博士が色々手を加えた作品だ――からは、未だに探偵浅見透とカリオストロ公国親衛隊の戦いの様子が流れている。ライフル、そしてシングルアクションの自動拳銃を使って大暴れしている様はどう見ても映画である。

 

「あー、その……今回は所長の知り合いだったICPOの人と一緒にルパン対策という名目で内部に潜入したんですけども……途中で追いだされる羽目になりまして」

 

 一応の流れは知っている。自分も傍にいたのだから。

 チラっとベッドの方に目を向ける。

 所長さんは俯いたままで、副所長は耳がピクッと動いている。

 

「なんとか捜査を続けられないかって所長が切り出したら……そのぅ」

「切り出したら?」

「……副所長とふなちさん……所長の家の女性陣をメイドというか傍付きというか……そう言うので差し出したら考えてやるとか言いだしやがって……」

 

「…………」

「…………」

 

 三人揃って、ベッドの方に目を向ける。

 

「それで所長さん、静かにキレちゃって……」

 

 所長さんは俯いたままで、副所長は耳がピクピクッと動いている。

 

「……そうなの?」

 

 副所長が少し前屈みになって、所長さんの顔を覗きこむ。

 

 ぷいっと、所長さんは左にそっぽを向く。

 

 左から副所長が覗きこむ。

 

 ぷいっと、所長さんは右にそっぽを向く。

 

 右から副所長が覗きこむ。

 

 所長さん、とうとう俯きだす。ガキか。

 

「…………」

「…………」

 

 しばらくそのままじーーーーーーーっとしていると、所長さんは口をモゴモゴさせて、

 

「……………………だって」

 

 と唇を尖らせる。

 ガキだ。まごうことなきガキだ。あんたカリオストロ公国での魔王じみたカリスマどこ行った。

 

 対して我らが副所長は、前屈みになったまま微動だにしない。

 

「ふなちさん」

「そうね、解説お願い」

 

 俺と妹さんの問いかけに、もっとも二人に詳しい専門家においでいただく。

 

「かしこまりましたわ瑞紀様、哀様。いいですか? あちらに見えますのが思いがけず、ご自分が考えていた以上に浅見様が自分達の事を気にかけていたのを知って動揺、怒りを畳み掛けるタイミングを見失った越水様の姿にございます。ごらんください、あの口元を。ニヤけそうになるのを隠すために必死に真一文字に結んでおりますが端の方がピクピクと。それに頬も少し赤く――」

「――そこ! うるさいよ!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 9月7日

 

 記者会見につぐ取材取材取材取材取材こおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……

 おう記者さん共よ。貴様ら、俺が病みあがりだと言う事を忘れていないだろうな?

 

 腹に穴が空いてんだぞ? ブチ空けたの俺だけどさ。

 

 安室さん色々と手を回してくれて本当にありがとうございました。

 おかげで俺の代わりに色々とテレビやらに出る羽目になったようですね。イケメン名探偵と話題の様でふぁーーーーっく!!!

 

 いや、もともとそっちで密かに依頼があったのは知ってるけどさ。よく知ってるけどさ。えぇ御存じですとも。ちくせう。

 

 カリオストロに向かったのは事故からの偶然。その後暗殺部隊の襲撃に巻き込まれて事件に関わる事になったという、一応本当の部分も混ぜての説明がマスコミに対しての説明だった。

 越水達にも、カリオストロの調査が国からの依頼だったという点を付け加えて、後は同じ説明だ。

 

 さすがに自分からCIAをちょっくら(いじ)るために暗殺誘発しましたなんて馬鹿正直に話してはいない。

 そんな事を言えば俺は越水の手で愉快なオブジェに変質させられるだろう。

 

 ともあれ、今回はマジで色々反省することが多い。まさか佐藤刑事が死にかかって蘭ちゃんが記憶喪失になる程の事態が起こるとは思わなかった。

 当初の計画で言えば実験は成功と言えるんだけどこれはさすがに手放しで喜べる状況じゃない。

 最初に考えた事務所メンバー全員を移動させる案を実行しなくて良かった。

 残っていた面々には臨時ボーナス払っておいた。合衆国政府からの依頼は完璧にこなせたし、もちろん報酬もデカイ。それくらいは容易い。

 

 さて、今こうしてペンを走らせながら色々と考えているんだけどこれからどうしよう。

 

 蘭ちゃんってか毛利探偵事務所への銃撃事件に関しては一応決着がついた。

 犯人、風戸京介が確実に口を塞ぐために雇った傭兵が二人いたようだ。

 風戸京介の家のパソコンから拳銃の購入先を洗っているうちに、依頼のやり取りのメールが見つかった……らしい。

 その相手が、風戸京介が捕まったために彼の口封じを敢行。狙撃したのだろうという話だ。

 

 警察の人間には敢えて言わなかったけど、多分その相手を追っかけても捕まらないよなぁ。ダミーだろうし。

 犯人は分かっている。ご丁寧に自分のコードネームだった酒を残しているんだから。

 枡山さんってばホントお茶目。

 

 元々の組織とは決別したはずなのだがこの行動は、独自路線を行くと言うことだろう。

 多分俺にちょっかいをかけてくるつもりだろうけど、物語の世界的にどこかで必ずコナンに――工藤新一に絡むはずだ。その時からが勝負か……。

 

 どこまで補佐できるかわからんけど頑張れよ、コナン。

 俺も役に立てるように頑張るから。

 

 

 

 

 9月8日

 

 志保と明美さんの感動の対面――に、なるはずだったのにどうしてこうなった。

 

 明美さんは、すっかり子供の姿になった志保の姿に動揺こそしたものの、やっぱり妹思いのお姉ちゃん。――家族だ。

 

 明美さんが志保に渡したい物があると言って、彼女自身も変装した上で俺と瑞紀ちゃん、コナンを加えた5人で、二人の父親――宮野厚司の友人であるデザイナー会社社長の出島壮平氏の家へと出向いたら、その出島社長が毒殺されてしまった。ホントにもう……。

 

 念のためにコナンと瑞紀ちゃん連れて来てて良かった。

 その後、目的のモノは回収できたようだ。

 詳しくは聞かなかったが姉妹の雰囲気からして悪い物ではなかったようだ。

 志保は、今晩お姉さんの隠れ家に泊まっている。

 まぁ、このまま姉妹で仲良く過ごすのが一番だろう。

 

 

 9月9日

 

 当初の予定では、志保を確保して周りの動きを確認。場合によってはウチか阿笠博士の所に留まってもらうが、基本明美さんの所に預けようと考えていたのだが……結局ウチで預かることになった。

 明美さん曰く、俺の所以上に安全な所はないということだそうだ。

 

 あの、普通の民家なんですけど。

 たしかに万が一に備えて防犯設備強化に防弾、防爆仕様にはしてますけど基本普通の家なんですけど。

 

 志保にも一応了解をとったのだが、別に構わないとあっさり言われた。

 俺、てっきり君はお姉ちゃんと暮らしたいと思ってたんだけどな。

 

 曰く、放っておいたら何しでかすか分からないから見張る必要があるとの事。

 ……あの、なんかすみません。

 

 見張るで思い出したけど、瑛祐君に会ってきた。謝られた。なんかめちゃくちゃ謝られたんで玄関先で土下座してやった。

 止めてよね。俺謝られると逆に自分が悪い事したように思っちゃう繊細な男の子なの。ガラスのハートなの。

 

 んで、一応少しずつ元気は出てきてるみたいなんだけど、誰かに監視されてる感じがする。

 枡山さんかな? それならまだ大丈夫っていうか、ある程度手は読めるけど……。

 なーんかそうじゃない気がするんだよねぇ。

 

 

 

 

 9月10日

 

 マリーさんとのお別れ会。

 分かってはいたけどつらい……。好みだったし、重要な組織の人間だったし、美人だったし好みだったしもう一度食事に誘っておけばよかったちくせう。入院長引いて食事の約束流れちまった。

 

 まぁ、実際かなり凹んでいるけどそこまで悲観していない。

 多分、またすぐ会う事になるだろう。

 少年探偵団の面々との話を聞いているとそう思う。

 マリーにとって少年探偵団。とくに歩美ちゃんは特別な存在になっているようだ。

 

 とりあえず、死なずに帰って来るように言っておいたらすっごくビビられた。

 なんで?

 

 

 

 9月11日

 

 刑事さんから相談を受けた。それも二人同時に。

 

 一人は彩実さん。埼玉県警の警部さんで、何度か事件でご一緒した横溝刑事の部下だった人だ。

 かなり好みの美人さんだったんで、事件でお会いしてから何度か食事に誘ったりしてた人だった。ちなみに3回に2回は食事の後にバーにお誘いしても乗ってくれる人だ。由美さんみたいにガブ飲みする人間でもないし、ホントもうちょいお近づきになりたいですわ。

 

 もう一人は長野県警の高明刑事。通称、孔明刑事。沖矢さんや鳥羽さんと一緒に出くわした事件で出会った長野県警新野署の警部さんだ。

 

 なにが奇妙かっていうと、二人とも内容が同じ事だった。

 

 『署内で、危険物の横流しが行われている可能性がある』

 

 という内容だ。

 両者とも、些細な事で倉庫内の押収品に違和感を持ったらしく、同時に調べていたらしい。

 正直、助かる。

 彩実さんはともかく高明さんは突っ走りそうな気配があったから、こうして個人で動く前に相談してくれたのは本当に助かる。

 

 しかし、資料を改ざんされた形跡のある個所が全て拳銃や火薬、毒物というのが気になる。

 一番金になりやすく、かつ辿るのが大変な麻薬に手が出されていないのだ。

 

 枡山さんか? こう、なんというか気配がする。

 

 

 

 9月13日

 

 マリーさんが事務所を去ったが、何気にメールのやり取りは続いている。

 瑛海さん曰く、どうも組織は自分を重要視しているらしい。ただの若造になにやってんの? 馬鹿なの?

 まぁ、おかげで少年探偵団とのパイプ役になれている訳だが。

 

 警察内部の横流し事件に関しては安室さんに任せた。

 仮に安室さんが本当に完全な敵だったとしても、敵対している枡山さん絡みで手を抜くことはないだろう。

 

 この間のカリオストロの件でも有用性が立証された『山猫隊』の女性隊員を付けている。

 

 いざってときの事を考えての編成だけど、とりあえずは多目的の救援、救助部隊を題目にしている。主に宣伝も兼ねた外の目対策って意味で。

 いや、凶悪犯に対しての制圧目的の部隊だなんて非公式の武力勢力――すなわち一歩間違えればテロ組織になりかねない。

 それならば、例えば偶然出くわした火災などの事故現場、あるいは海や山での捜索補助などを題目にした方が分かりやすいと言う考えだった。

 

 カリオストロの件で武力面が知られてるのは忘れよう。いや、俺も悪かったけどさ。

 とりあえずアメリカの方に仮の拠点置いたので訓練、及び装備に慣れておいてください。

 カリオストロの『カゲ』の方も現在交渉中なので、追加人員はもうちょい待って。

 阿笠博士が上手い事ちょうどいい兵装を作ろうと、弁護士さんと相談しながら頑張ってるから。

 

 

 今日は越水を社長とした会社設立の準備で忙しかった。

 基本的には調査会社だ。

 俺自身の目的もあって癖の強い人間の多い事務所とは違い、『量』を担当する下部組織の設立は必須事項だというのが俺と次郎吉さんの考えだ。

 

 まぁ、次郎吉さん経由で鈴木財閥の人達から組織の拡大をせっつかれてたって言うのもあるけど。

 あぁ見えて次郎吉さん、結構キチンと鈴木財閥の内部調整やってんのね。

 おかげでトバッチリがこっちに飛んでくる事多いけど、そう言う時は申し訳なさそうに酒持ってきてくれる。

 

 ……山猫隊の件や会社の件について、人員や資金繰りの手助け本当にありがとうございました。

 

 調査会社――警備人材も兼ねた興信所というのが近いんだろうか? も、出来れば来月、遅くとも12月には本格的に始動したい。年末ではない。12月だ。ただの12月だ。

 

 俺が個人的に情報収集に使っている人達も何人か回そうと思うけど、癖強いし応じてくれるかどうか……。

 

 何がつらいって忙しいのにお酒が飲めないのがつらい。

 志保ちゃん手厳しい……。

 

 

 

 9月15日

 

 少し前、とあるゲーム開発の会社を金銭トラブル絡みで調べる機会があった時に優秀なゲームプログラマーと知り合い、鈴木財閥に引き抜いた事があった。

 

 金山誠一(かねやませいいち)という男で、少々口が悪く癖が強いが非常に優秀である。

 今では阿笠博士も一枚噛んでいるシンドラーカンパニー主導のプロジェクトに参加している。

 

 で、この人には大嶺良介(おおみねりょうすけ)っていうチンピラに近い友人がいるんだが、話してみると悪い人ではなく、金に困っている事が多いので個人的に雇ってちょっとした調査を頼む事が多かった。

 

 考えが足りず、少々喧嘩っ早いところこそあるが上手く手引きしてやればいい調査員になるだろうと思って本日採用。

 

 基礎を教えられる人間の育成も兼ねて、当面はキャメルさんを教育係に任命しておこう。

 事実、尾行や警護に関してはうちのトップだし。

 

 

 9月16日

 

 カリオストロ――いや、正確にはアメリカへ発つ前のリベンジをする日がとうとうやってきた。

 あいつら今度こそ全員スカンピンにしてやる。特に由美さん。絶対にアイツだけはフルボッコにしてやる。

 

 決戦は今夜だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由美さんには勝てなかったよorz

 なにあの豪運と読み……。積まれたかと疑うレベルだけど自動卓の雀荘だったからなぁ……。

 ついでに週刊誌記者っぽい人に写真撮られたみたいだけどまぁ良し。

 警察連中ばっかりだったし賭けとか……まぁ、今度全員に奢る事になったけど……まぁよし。

 

 

 そうそう、勝負の途中で星野さんから電話が入った。

 なんでも今度、女優同士の集まりがあるから夜に来ないかというお誘いでお電話である。

 

 綺麗な女優だらけの飲み会に誘われて断る男がいるのだろうか。否である。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「うぬぅぅぅぅぅみゅぅぅぅぅん……」

「人の膝で休んでおいて、何を意味不明なうなり声を上げていますの浅見様」

「忙しすぎて吐きそう」

「人の膝の上でなんてことをおっしゃるんですか貴方は……」

 

 退院してから数日は仕事の処理やアメリカ政府への再度報告、組織への調査に関しての情報交換協定、山猫隊のベースについての打ち合わせなどなどでほぼ事務所に籠りっきりだった。穂奈美さん美奈穂さん本当にありがとうございました。

 

 昨日ようやく終わってそのまま麻雀リベンジに行って、そのまま家に帰る予定だったのだが『山猫隊』の運用でちょっと気になる事があって公安の風見さんの所に直行。結局また事務所に泊まる事になって……

 

「仕事の質が上がり過ぎて機密性が高すぎるんですわ。おかげで手伝える人間が実質おらずに」

「分かってるぅ、分かってますぅ……」

 

 朝になって帰宅したら、家にはふなちだけだった。

 越水は朝早く次郎吉さんの所に、楓と志保は学校、桜子ちゃんは買い出しである。

 

 とりあえずシャワーを浴びて、楽な格好でふなちとソファーでぐでーっとなっていてこれである。

 頭をふなちの足にのっけてボーっとしてたら胸の上にクッキーが乗ってきて丸くなっている。

 腹の所には後から来た源之助が丸くなっている。

 ……微妙に暑い。

 

「真面目に浅見様」

「ん?」

「信頼できるお味方を増やすべきでは?」

「んー……」

 

 ふなちは観察力は優れているし、勘も良い。

 こうしてたまに、全てを見通しているかのような気がする時がある。

 まぁ、大体は勘違いだが……。

 

「鈴木財閥の方達も、浅見様が信用できるのは次郎吉さまと会長の史郎様、奥様の朋子様だけでしょう?」

「……朋子さんは……」

「あぁ、まぁ……でも一方的な不利な事はなさらないでしょう」

 

 テレビでは、女優の緑川くららが主演する映画の宣伝コマーシャルが流れている。そういや今度の飲み会の参加面子だっけか。

 

「まぁな……」

「事務所の現場レベルの質を落としたくないのは分かりますが、それならそれで後方の人間を増やすべきだと思いますわ」

「ふむ……」

 

 身体の上に犬猫が乗っているために動けず、首だけを回してテレビに向けているため少し疲れた。

 顔を定位置に、つまり真上を見るようにするとふなちと眼が合う。

 

「幸い、会社的な意味でもお金にはかなり余裕はありますし」

「そうさなぁ……」

 

 ふなちの言うとおり、今のままじゃあ双子への負担が増えるか。

 小沼博士も、阿笠博士の元で色々教わってから開発部に近い扱いになっている。このままじゃあまた地獄を見る事になる。

 

「あぁ、ちょいと時間はかかるだろうけど、早いうちに募集をまたかけてみるよ」

 

 言われてみれば確かに、ここ最近は上手くいっているから、現場というか前線の強化ばかり考えてたけど、そっちの方はあんまし考えてなかったなぁ。

 七槻に、云わば初期対応にあたる組織を作らせるからちょっと楽になるかな程度にしか考えてなかった。

 

「とりあえず、また事務班だな」

「えぇ、それがよろしいと思いますわ――あぁ、それと」

「それと?」

「いえ、まだ言っておりませんでしたのを思い出してまして」

「うん?」

 

 かさっ、とふなちが俺の髪に手櫛を入れる。

 

「お帰りなさいませ、浅見様」

「…………あぁ……うん」

 

 そういや、俺も言っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マリーさんのお別れ会は次回! 入りきれなかった!!



rikkaの超私見な事件ファイル

≪トイレに隠した秘密≫
アニメ:File340-341
コミック:41~42巻
DVD:PART12-6

本来ならもうこの時点でジョディとかが出てきまくっているのですがそこは浅見ワールド。色々とズレにズレてしまっています。

かなり昔の事なので覚えていらっしゃる方は少ないかもしれませんが、灰原の両親の事を知るために彼女の父親の友人が社長をしているデザイン会社を訪れた際に起こる事件です。

個人的に、明美さんのいたづらの理由がすごく好き。
本編では明美さんは生きていて、そして顔を隠してその場にいるわけです。

どのような事件で、そして明美さんはどういう気持ちだったのか。
是非ともコミックやDVD等で事件を思い返しながら、想像してみてくださいw




≪rikkaの超私見キャラ紹介≫

○荻野 彩実
『劇場版名探偵コナン 漆黒の追跡者』

 埼玉県警警部。超私好みのクールビューティで、横溝参悟が埼玉県警時代に勤務していた頃の後輩です。
 白鳥のように逆輸入を今でも待っています。はよ、はよ!



○金山誠一
○大嶺良介
『File547-548 犯人との二日間』(アニオリ)
DVD:PART18-6


 アニオリでは青山先生の世界とはまた違った個性的なキャラクターが出てきますが。そんな中の二人です。
 方や貧乏(とまではいかないが薄給)プログラマー、方やチンピラ。
 親友とまでは行かない間柄で、ちょっと冷めているけどそれでも僅かに友情を感じる二人の間柄がなんだか好きです。

 割と好きなアニオリですので今日を持った方は是非!


○緑川くらら(28) 女優
『File512 砕けたホロスコープ』(アニオリ)
DVD:PART17-4

 桑島法子。桑島法子。桑島法子。
 作中出てくる占い師に、色々と弱みを握られている女優さんです。
 超美人。めっちゃ好み。
 事件自体もどこかで出そうと思っておりますw


○『山猫隊』(呼称は本作のオリジナル。原作ではリーダー及びキャットA~F)
『劇場版名探偵コナン 天空の難破船』

 海外での傭兵経験があるというグループ。日本人か日系の集団だと思われる。
 他の面子と共にとある人物の犯行計画に手を貸すが……お前らそれでも本当に傭兵なのか。
 リーダーと唯一の女性隊員のFくらいしかまともな……まともな……いや、お前らあの距離でなんで当てられない。遠くから拳銃使ってたFはまだギリギリ弁護できなくもないがリーダーお前……まぁ、主人公補正には勝てないか。


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078:頼むからフラグだけすきっぷさせてくれ

「えぇ、えぇ、テレビは観ました。どうやらそちらの方も予定通り進められたようで、私としてもホッとしています……えぇ……」

 

 浅見探偵事務所には最近まで所長室というのがなかったが、最近では鈴木次郎吉の強い勧めで作られている。

 所長の浅見自身の意向で実質全員での会議に使う部屋となっているが、それでも所長室。

 それなりのレベルの調度品で整えられ、大きなテレビが設置されている。

 

 テレビで流れている海外のニュースは――CIA長官の異例の交代劇だ。

 

「直属の組織というのもまたやっかいですね。長くなればなるほど内部の硬直と腐敗が進み、しかしメスを入れるのも容易ではなくなる」

 

 この部屋の主は、流暢な英語で会話を続けている。

 

「えぇ、原版及びそちら側の関与していた証拠は全て……えぇ、彼女から受け取りましたか」

 

 そういって部屋の主は、机を挟んで立っている女性――水無怜奈に目配せする。

 水無は、まず浅見透の会話が信じられないと顔をこわばらせている。

 

「えぇ、はい……では、新たに体制を組み直したCIA、そしてNSAとの協定は……えぇ、では彼女はそのまま連絡員として傍に置いてよろしいのですね? えぇ……ありがとうございます」

 

 そして心の中で彼女(キール)は叫ぶのだ。

 

「それでは、また御用命があるようでしたらいつでもどうぞ」

 

 

 あぁ、どうしてこうなっているんだと。そして、

 

 

 

 

「――大統領」

 

 

 

 

――この化け物を叩き起こした奴はどこの馬鹿なの! と

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

9月21日

 

 随分とすごい飲み会になったものだ。

 ちょくちょく飲む星野さん、前に俺とマリーさんで警護に当たった庄野杏奈さんに沢崎レイナ、緑川くららと、まぁまぁすごい面子だった。

 

 ただ内容が素直に喜べるものではない。

 マスコミ内部で事務所の足を引っ張ろうという動きがあるようだ。ようするにスクープ狙い。

 

 本当にやらかした時はしょうがないが、わざわざそれっぽく加工した写真を作ってまで足引っ張ろうとは不届き千万。

 まぁ、皆さんの所の所属事務所の力でこっそりとそいつらの動きをもう潰してくれたみたいだけど。

 その報告と警告というのが主題だったようだ。

 

 彼女達はともかく、上の方は貸しということだろう。もうこれだからメディア絡みは……必要不可欠なんだけど面倒すぎる。

 

 ホント笑えねぇ。こっちも対策練っておくか。

 

 

 

 

9月22日

 

 今日は紅子が家に来た。

 枡山さんに会ったらしい。

 危ない事は止めなさいって言ったらお菓子とお茶持って来た桜子ちゃんに「透君がそれ言う?」ってジト目で見られた。解せぬ。

 

 それにしても夏美さんなぁ……。

 多分だけど、彼女自身に悪意があるわけではないと思う。

 もしそうなら枡山さん嬉々として仲間に引き入れていざって時の布石にしそう。

 ってことは、彼女の預かり知らぬ事か、外的要因か。

 

 念のために瑞紀ちゃんと、最近よく協力してくれる黒羽君に特別報酬払って彼女の事を調べさせているけど……あの枡山さんがわざわざ警告したって事は、多分彼女本人を調べたところでそう簡単に出ない事なんだよなぁ。ついでに屈折した思いやりとか罠とかそういうのも隠れてそうだし。

 

 とりあえず日課の鍛錬ちょっとハードにしておこう。

 

 

 

 

9月24日

 

 今日はちょっと珍しい事件を解決してきた。

 俺とコナン、沖矢さんが東京で、仕事で大阪に行っていた安室さんと平次君のタッグで暗号を解読する事になった。

 安室さんは大阪府警本部長――平次君のお父さんからの招待で会合に参加したついでに平次君と会っていたようで、平次君の携帯から安室さんの声がした時はびっくりした。

 

 こっちは沖矢さん、そしてコナンと一緒に、新名香保里さんという美人のOLさんの依頼で、ドラマにもなっている『探偵左文字』の作家、新名任太朗とその奥さんを探している所だった。

 

 コナンのアイデアで毎週送られてきているという新作『二分の一の頂点』原稿を調べた結果、末尾のサインが全てコピーだったり、妙な改行があったりする奇妙な原稿を調べ、それ自体が暗号であると突き止めた時に電話が入ったのだ。

 

 犯人――あぁ、犯人だ――の所にはギリギリ間に合った。

 

 

 

 

9月25日

 

 香保里さんが小説家として活躍する事になったとの事だ。今日はそれで早速取材を受けた。

 お父さんが書いていた探偵左文字とは別に、自分自身の新シリーズを書きたいらしい。

 何らかの特技を持った個性的な探偵たちと、それをまとめあげるリーダーの話らしい。

 俺らじゃん。それ俺らじゃん。

 

 この間のカリオストロの件で取材慣れしていたのもあって、割と要領よく話せたと思う。

 内容はこっちもチェックしていいみたいだし問題ないだろう。出版社もノリノリで止めにくいし。

 

 

 

 

9月26日

 

 広域指定暴力団『泥参会』

 まぁ、ぶっちゃけ今まで何度もぶつかりあってきたウチらの敵である。

 例のマスメディアを使った攻撃も裏でコイツラが噛んでいたようで、枡山さんと戦わなきゃなんねーって時に邪魔されると敵わないので潰す事に決定。

 

 堂々と攻めるわけにはいかないのでいつも通り侵入し、内部資料を警察に渡す。

 ついでに手こずりそうな所は山猫隊に強襲させるつもりだ。鈴木系列の会社からヘリも二機購入したし大丈夫だろう。

 元傭兵だけあって実戦経験豊富だし、降下訓練も念のために向こうでやらせていた。

 今日の夜にはこっちに到着するし、明日一日でこっちに身体を慣らせてから作戦に移ろう。

 

 

 

 

9月28日

 

 泥参会の拠点を固めていた構成員のほとんどが死んでいた。

 薬か何かで身動きとれなくした後で拘束したんだろう。その後ご丁寧にノコギリ状のもので首斬られてる。

 斬り落とされた頭部も見当たらない。持ち去ったんだろうけどなんで?

 ともあれ、個人で出来る犯行じゃない。

 

 即座に現場を保存して警察に連絡。

 説明の時が少しめんどくさかったが、元々泥参会絡みの依頼は入っていたからそこらを絡めて高木さんに報告。

 

 山猫隊の方では同じタイミングで密輸現場の方を押さえる手はずになっていたけど、そっちでは銃撃戦が起こっていた。

 銃撃っていうか爆撃か。

 山猫隊が駆けつけた時点では銃声がしていたようだが、突入前に銃撃している奴らの片方――多分泥参会側がぶっ飛ばされていた。拳銃どころではなくロケットランチャーとかそれっぽいもので木端微塵だ。

 

 どうも泥参会と取引をしていた別の組織が、取引のトラブルでやり合ったんだろうって方向で捜査が進むようだけど……。

 

 風見さんから公安もこの件について調べている事を教えてもらった。

 どうにも本格的に事態が動いて俺としては嬉しいんだけどちょっと急すぎません?

 

 

 

 

9月29日

 

 両方の現場からピスコの酒瓶が見つかった件について。

 枡山さんかよ……。いや、正直そうじゃないかなぁって思ってたけど。

 

 なんか気が滅入ったんで美味しい物食べにラーメン小倉に行ったら、ボーイッシュな可愛い子と一緒になった。

 突然フレンドリーに話しかけられたんで驚いたけど、報告にあった例の真純ちゃんだった。

 やっぱ可愛い子じゃん。

 こっちが一目で女の子だって分かった事に驚いていたけど分かる分かる。

 伊達に女にちょっかいかけ続けた訳ではないのだ。いい女は一発でいい女だって分かる。

 

 驚いたって事は言われ慣れてないんだろうなと思って可愛い可愛いって褒めちぎってたら顔押さえてプルプルしだして可愛いなぁもう。

 

 

 

 

10月2日

 

 殺人、強盗、誘拐その他諸々……一日の事件発生回数が徐々に上がってきている件について。

 しかも、現場などで中身入ったままのピスコの酒瓶が北は北海道南は沖縄まで発見されてる件について。

 

 ……やってくれるなぁ枡山さん。

 もう半ば存在が都市伝説化し始めている。

 

 多分枡山さんの一派が手を出してるというかプロデュースしている犯罪にだけピスコの瓶を置いていってるんだろうけど、その情報も意図的に流しているんだろう。

 おかげで他の犯罪者が撹乱の意味でピスコの瓶を現場に残したりして、色々と広がっているんだろう

 

 この嫌な連鎖を止める必要があるけど、その手段が思いつかない。

 マジでどうしたもんか。

 

 そうだ、もう一つ気になる流れがある。

 蘭ちゃんの所に英語教師が新しく入ったらしい。

 ジョディ=サンテミリオンというアメリカから来た人だ。

 

 瑛祐君の時の方式で言えば、多分関係者なんだろう。

 とりあえず手が空いてたキャメルさんに調べるよう頼んでおいた。

 

 

 

 

10月3日

 

 越水の会社設立の情報を、宣伝も兼ねて少しずつ流していたんだけど……まだ設立もしていないのに需要が凄まじい事になっている件について。

 

 とりあえずこの間雇った大嶺さんや、その他引っ張って来た人材を鍛え中。

 ……ぶっちゃけ、CIAの人間何人か混じってるけど。まぁ、使えるもんは使わせてもらおう。

 

 それよりも警察内部の横流しの方が問題だ。

 今は安室さんが神奈川に留まってずっと調査しているんだけど、明日会う予定だったという警察官の一人が事故死したようだ。

 

 枡山さん、こっちの動きも把握してるっぽいなちくしょう。

 仕掛けてくるのが近いのか、あるいは時間を稼がれているのか。

 

 ここらへんはコナンとも話し合ってみた。

 お前の方が詳しいだろってバッサリだった。

 おい主人公。

 

 今日は新しいラーメン屋開拓しようと思って『鉄龍』って店に入ったら、中学生くらいの外国人の女の子に会った。身体弱そうだけど強いって感じる変な子だった。

 

 というか志保――灰原哀に似てる時点で重要人物だわ。

 

 とりあえず声をかけて――ナンパじゃないよ? いくら好みでも超年下とかないからね?――声をかけて繋がり確保。

 メアリーちゃんと言うらしい。

 真純ちゃんもそうだったけど、発音の感じからしてイギリス帰りかな?

 

 とりあえず色々話して、また会えるようなんとか携帯の番号とメアドゲットしてきた。

 というか向こうから興味あった感じだな。ミーハーって感じじゃなく。

 間合いの取り方とか先生に似てるし……

 

 あ、『鉄龍』美味かったです。

 堅実なラーメンとスープを極めた店って感じでグッド。

 店主さんちょっと無愛想だけどまた行こう。

 

 

 

 

10月5日

 

 気分転換に青蘭さんと遊んでなんやかんやで彼女の家に泊まって来た。

 楽しかった。

 

 

 

 

10月6日

 

 ここしばらく色々あって授業出れていなかったので補講受けてきた。

 まぁ、ここらへん何度もやったからあれなんだけど。

 

 後輩の麻美ちゃんが付き合ってくれた。

 元々俺が家庭教師をしていた子で、ウチの大学入ってからはなにかと懐いてくれている子だ。

 ちょくちょくレモンパイ焼いてくれるし。

 

 あー、そうだ。数美ちゃん勉強大丈夫かな。

 事務所の設立があって家庭教師辞めちゃったけど……。

 同じ空手部だった蘭ちゃんからちょくちょく話は聞いてるけど……ひっかけとかステップの多い問題で詰まりやすい所あるしなぁ。

 

 いつ時間が戻るかわからんし、今度菓子折り持って様子見に行くか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「どうしたのかしら、キュラソー?」

「……なにがだ」

「なにって……貴女最近よくボーっとしているじゃない」

 

 怪訝な顔でこちらの顔を観てくるベルモット。そのさますら、今の自分には鬱陶しく感じる。

 

「いや……浅見透からの定時連絡にどう返そうかと、な。勘が鋭い男だ。下手な事を言えば気取られかねん」

「あら、まだ繋がっているのね」

「……ラムからも、あの男との繋がりは出来るだけ絶つなと言われている」

「そう。……あのラムが」

 

 ベルモットと共に、とある港の倉庫街へと来ている。

 ある調査のためだ。

 

「ここは確か、以前リストに上がったロシア系マフィアの拠点でもあった場所だろう? なぜここを調べる事になった、ベルモット」

「ピスコよ」

 

 取り出したタバコに火を付け、ベルモットは肩をすくめる。

 

「あの夜、組織のメンバーを引き抜いて出奔したピスコ――いえ、枡山憲三が好き勝手やっているのは知っているでしょう?」

「――私があの事務所から引き剥がされたのは、その穴埋めだと聞いている」

「そんなにご不満かしら? あの男の傍にいられないのは」

「……そうじゃない」

 

 一々妙な質問をしてくるベルモット。

 本気でその綺麗な顔に拳を突き立ててやりたくなるが、どうにかそれを抑える。

 

「それで? ここと奴に関連が?」

 

 さっさと本題に入ろう。

 そう考え、質問する。

 

「えぇ。どこにいるか分からないけどあの老人、オリガルヒと密かに繋がりを作ろうとしてる様なのよ」

「オリガルヒ……ロシアの新興財閥か」

「そう」

 

 人気のない倉庫街を歩きながら、ベルモットは続ける。

 

「ソビエトの崩壊に伴い民営化の道を辿った多くの国営企業。それらと密接な関係を持ち、手中に収めることで影響力を強めた強欲者達」

「だが、政治的な影響力を疎ましく感じていた現大統領によって根幹となる部分は解体、あるいは乗っとられていると聞くが?」

「その中の残存勢力が、まだ根強く残っているのよ」

 

 そうして辿りついたのは船舶の荷を仕舞っておく巨大な倉庫だ。

 その大きな扉の横、人員用の出入り口をそっとベルモットが押すと、錆びた鈍い音と共にゆっくりと開いていく。

 

「綺麗な善人とは言えない彼らだけど、それでも基本は商人。だけど中には強引なやり方も辞さない連中がいる」

「……マフィアを使おうと?」

「えぇ、そしてあの老人も、どういうわけかそれに目を付けている」

 

 扉を抜け、機材の横を抜け、そして肝心の中身の部分へと辿りつく。が、もちろん空っぽだ。

 荷は何もない。

 

「先日も、ヤクザの勢力を乗っ取ろうとしていたマフィアを、枡山の戦力が後押ししていたようだし……何か密約でもしたのか」

「……枡山が、そのマフィア達を辿ってオリガルヒの一部と繋がりを持とうとしている。そう推理したんだな?」

「えぇ。彼の目的は見えないけど、その中核は恐らく治安の悪化。だから武器を安値でばら撒き、センセーショナルな犯罪をプロデュースしている」

 

 その空っぽの倉庫の一角に立ち、ベルモットはしゃがんで床を調べる。

 自分もそれに倣い、よく観察する。

 そして――発見する。

 

(ガンパウダー。奴ら、ここで取引を……)

 

「なるほど、物騒な手段に頼りたい連中に自らを売り込み、資金を得ようと言うのか」

「日本の警察は優秀よ。下手な暴力団よりも彼が危険な存在だと気付いているのも少なくない」

「当然マークし、動きを掴もうとする」

「そう。だから国内の企業や隠し金は迂闊に使えないでしょう。足が付きやすい」

「……それで海外、か」

 

 あの老人は、ある日を境に不気味な存在へと変貌しつつあった。

 今でも、たまに思う時がある。あの時、自分がどうにか理由を付けて消しておけばよかったと。

 

(……仮に、過去に戻った所で操り人形の自分に何かできるとは思えんが)

 

 それでも、自分でも不思議な事に、後悔という物が自分の胸の中に強く残っているのだ。

 

 ぎゅっと、携帯電話を握りしめる。

 そこには、小さなイルカがついたストラップが、ぶら下がっていた。

 

 

――これ、歩美達が作ったの!

 

 

――なるだけ見栄えを良くしようと、何度も作り直したんですよ。

 

 

――ねーちゃん、携帯になんにも付けてなかったろ? 歩美がストラップにしようって言ったんだぜ!

 

 

 あの日、カリオストロでの後始末を終えて去ろうとした時の事を思い出す。

 バーボンやキールに共に祝われるのはなんだか奇妙な感じだったが、自分の送別会として所長が子供たちと企画したパーティ。

 下のレストランフロアを貸し切って、皆が祝ってくれた。

 下笠の双子、越水七槻、中居芙奈子にアンドレ=キャメルも……。少年探偵団の騒がしい子供達も。

 多くの人間に祝われたのはいつ以来だろうか。

 

 

(……そうだな。確かに、あの場所が私は恋しいのかもしれん)

 

 危険な場所ではあった。

 組織にいた時以上の死地に放り込まれる事が多々あった。

 

 だが、少なくとも誰かが隣にいた。

 見張りだったのかもしれん。

 だが……。

 

 

 

――死ぬなよ、マリー。絶対ここに帰って来い。

 

 

 

 

 

 

――俺は、俺たちはこの街で待っている。

 

 

 

 

 

 

――……子供達(アイツラ)も、な。

 

 

 

 

(結局、奴が何者か掴めなかったな……)

 

 浅見透。

 あの方が気にかける理由は結局分からなかったが、恐れられる理由は良く分かった。

 目的のためならば、強大な力を持つ国家との戦争すら手段の一つとして使いこなす、正真正銘の化け物だ。

 

(なにをどうすれば……あぁなれるのだろう)

 

 個人での技能は自分の方がはるかに上だと言う自負はある。

 おそらく、間違ってはいないはずだ。

 

 だが、勝てるヴィジョンがどういうわけか見当たらない。

 浅見透はそういう男だった。

 

(奴の過去も、知れば知るほど謎しか出てこない。今持っている唯一の手掛かりは……)

 

 携帯を開く。

 一拍遅れて携帯の画面が点灯し、一枚の写真がデジタル時計の後ろに開く。

 私の最後の大仕事の舞台。カリオストロ公国。

 その近くの古びた遺跡で撮った写真だ。

 写されているのは、ごく一部。

 

 ――カリオストロ家の紋章。

 

 

 

『……なぁんか、これっぽいの昔どっかで見た覚えあるんだけどなぁ……どこだっけ?』

 

 

 

(考える事がたくさんあるな……)

 

 まずはピスコ――枡山憲三だ。

 おそらく、あの方やラムは浅見透とのパイプを重視している。

 キールにもその役割を望んでいるのは間違いない。

 

(奴を片付ければ――)

 

 

 

 枡山憲三を殺せば……。

 

 

 私はあの場所に戻れるのだろうか……。

 

 

 

 




 余談ですが、これまで浅見達の大学を決めていなかったのは米花大学か東都大学のどちらにするか決めかねていたのがありますが、今回で東都大学と決める事にしました。

 という指針報告を終えてからのいつもの行きますー


『rikkaの超私見ピックアップ(女優編)』

○庄野杏奈
 file814-815『ブログ女優の密室殺人事件』
 DVD:Part25-10
 コミックス87巻

○沢崎レイナ
file794『ボディガード 毛利小五郎』(アニオリ)
 DVD:Part25-04)


○緑川くらら file512『砕けたホロスコープ』
 DVD:PART17-4

三人とも女優でゴンス。
もっと出したい気もしたんですが……アースレディースとか羽根木りょうとか秋本冴子とか。

ただ、出した所で描写ができないので今回は厳選。
ちなみに、上に出てきた三人の事件で一番好きなのは『ボディガード 毛利小五郎』
こういう、テンポの軽い良作はアニオリならではな気がします。
沢崎レイナと共に出てくるもう一人の女優、羽根木りょうも中々良いキャラで好きなキャラですw

余談ですが沢崎レイナの声優は早水リサさんです。つまり――越水です



○新名香保里 22歳 OL(cv:大坂史子)
 file116-117:ミステリー作家失踪事件(コミックス19巻)
 DVD:Part5-3

rikka的、この人なんで原作で出番少ないんだろうキャラTOP3にランクインするお方です。
ミステリー作家って使い勝手良さそうな気もするんですが……これは金田一脳なのかな(笑)

もっとも、名前だけなら実は結構出てきております。
最近では、怪盗キッドの絡繰箱で本のくだりで出てきましたねw



○ラーメン『鉄龍』
 File483 『消えたお巡りさん』
 DVD:Part16-4

あえて店名で紹介。自分の大好きなアニオリ回ですww
誰も死なない軽い事件が好きな方にはオススメ致しますw
店主の小田原さんも常連の人達も皆大好きですw




○内田麻美
『初恋の人想い出事件』(コミックス18巻)
 file100-101
 DVD:Part4-6

CV:秦由香里
東都大学文学部1年。18歳。

万が一浅見君と一緒になるとあさみあさみになる人です。だからなんやねん。
子供の頃は一番好きだった女性キャラだったりします。

本編中ではまだ事件は起こってなく、おそらくそろそろ出てくるでしょう
工藤新一と恋愛的なあれこれがあった素敵なお姉さん。

こういうエピソードを知らない方も今では多い気がするのでさぁ皆さん、TUTAYAかGEOに行きましょう! ……DVD購入も可!


○塚本数美
 初出:コミックス44巻
 file361-362『帝丹高校学校怪談』
 DVD:Part13-3

蘭に技を教えていた戦犯――じゃない、先輩。
帝丹高校3年の受験生、空手部の前主将である。

なお、初登場時の声優は桑島法子さん。桑島法子さん。
その後再登場した際は倉田雅世さんへと変更になっております。



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079:水無「すみません、胃薬を……」

「おや、紅子さん。何を見ているのですか?」

「あら、白馬君……イギリスから戻って来たのね」

 

 江古田高校というありふれたごく普通の高校の放課後。

 日本で起こった事件、そして海の向こうでの事件――いや、戦いとその後処理を終えて、事務所の方も少し落ち着いた所である。

 

 所長である浅見や調査会社の設立準備に忙しい越水、なにやら細かい出張が続いている安室やキャメルといった面々はともかく、一応は事務員である魔女――小泉紅子はそれなりに落ち着いた生活に戻っていた。

 

「これは……日本地図に、なにやら赤いシールをあちこちに貼っているようですが……」

「ちょっと気になる所を分かりやすくしているだけよ」

 

 ハーフの男子生徒と言葉を交わしている間にも、紅子は傍に積んである新聞を一瞥して、また一枚赤いシールをペタリと貼りつける。

 長野の辺りだ。

 

「もしや、例の奇妙な犯罪組織の件でしょうか? 関わった事件に関連する場所に、必ずピスコの瓶を残してゆくという」

「……そういえば貴方、警視総監の息子だったわね」

 

 地図を一瞥しただけであっさりと解答を出してみせる白馬に、紅子は以前チラっと聞いた白馬のプロフィールを思い出す。

 

「噂では、あの浅見探偵事務所の一員になったとお聞きしますが。これは貴女のお仕事で?」

「いいえ、ただの好奇心よ」

 

 紅子のその言葉は、嘘ではなかった。

 枡山憲三に関しては、因縁の深い浅見透や安室透、沖矢昴。そして『彼』――というべきなのか『彼女』と呼ぶべきなのか――主力と言える面子が調査をしている。

 

 彼女が今やっている事は、彼女自身の好奇心から出た行動だった。

 

「あの事務所から情報は入るし、ちょっと思いついた事を試してみたかったのよ」

 

 いつも彼らがやっているように、と微笑んで言う紅子に白馬はしばし見惚れ、

 

「なんだか……随分と雰囲気変わりましたね」

「そう?」

「えぇ、なんだかんだで貴女には奔放な所があると思っていましたけど……」

 

 なんとなく悪口を言われたと感じたのか、紅子が少しジト目になると白馬は慌てて手を振って、

 

「あぁ、いえ! なんと言いますか……」

 

 そして言葉をそこらの宙から探そうとしているかのように視線をしばし彷徨わせた白馬は、咳払いをして、

 

「より魅力的になられたと言いたかったのですよ」

「あら、ありがとう」

 

 紅子はそう言って静かに微笑んでみせる。

 白馬からすれば、この時点でかなり違っていた。以前ならば、少なくとも高笑いの一つや二つは出ていたと思う。

 

「しかし危険ではないのですか? 父から耳にしていますよ。あの事務所の話は」

「あら、興味があるわね。警視庁のトップが、彼をどう見ているのか」

 

 これも事実。

 少なくとも現場レベルの人間とはそれなりに友好関係を築いているのは知っていたが、管理する立場の人間からはどう見られているのか、一応所員の一人である紅子としては耳にしておきたい。

 

「毒にも薬にもなる劇薬、探偵というより刑事のような男、鈴木次郎吉が誇る懐刀などと……えぇ、色々と聞かされています」

「……意外ね」

「お気に召しませんでしたか?」

「もっと色々言われていると思っていたわ。鉄砲玉とか地雷とか炸薬とか時計のイカれた時限爆弾とか今一番逮捕したい男とか」

「…………あの、浅見探偵と仲、悪いんですか?」

「いいえ、良好よ」

 

 これも事実である。

 たまに浅見透の家に遊びに行くし、彼と二人で、あるいは事務所の人間、黒羽快斗や中森青子を含めた複数で食事に行く事もよくある。

 

 頬に冷や汗を一筋流す白馬に、不思議そうな顔で首をかしげる紅子は、まぁいいかとため息を吐いてまた地図に目を通す。

 

「まぁ、色々あって……放っておけないのよ。浅見透という男は」

「はぁ……」

 

 紅子からの情報では釈然としないのか、白馬は首をかしげたままだ。

 

「紅子ー、いるかー――って、なんだおめーもいんのかよ」

「おや、これはこれは……」

 

 そんな中、更にもう一人の男子生徒が割って入る。

 黒羽快斗だ。

 

「いつイギリスから戻ったんだよ」

「今朝方さ。向こうでの事件を終えてね」

 

 大げさにやれやれと肩をすくめてみせた白馬は、ピキピキっとこめかみをヒクつかせる快斗に声をかける。

 

「しかし、ちょっと日本を空けている間に世界を股にかける名探偵が登場して。さらに新しい犯罪組織が現れるとは……ほんの数カ月で著しく状況が動いているようだ。君はどう思う?」

「なんで俺に聞くんだよ?」

「あそこで働いていると聞きましたが? マジシャンとしてだけではなく、時には調査員として」

 

 快斗は目線を紅子に向け、紅子は首を横に振る。

 

「中森さんからお聞きしたのですよ。最近君がとても忙しそうだと」

 

 二人の声なき会話を察した白馬が疑問に答えると、快斗は「あんのおしゃべり……っ」と毒づく。

 

「ちょうどいい、僕としても聞いてみたかったんだよ」

「何をだよ……」

「君達のボスについてさ」

「なんだよ、所員になりたいのか?」

「まさか。ただ――」

 

 

 紅子のペースに乗せられていた白馬の目が、快斗の質問によってガラリと変わる。

 

「詳しく知っておきたいのさ。今後、深く関わるだろう興味深い男に、ね」

 

 男子高校生としての目から、探偵の目に。

 その目の本気の度合いが理解出来たのか、再び快斗は紅子に目配せし、そして紅子も再び肩をすくめた。

 

「白馬……」

 

 そして快斗は、男の肩にそっと手を添える。

 同級生で、クラスメートで、そして宿敵の一人の肩に。

 そして――

 

 

 

 

「――止めとけ、死ぬぞ」

「えっ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

10月10日

 

 ちょっと七槻とふなち、桜子ちゃんと志保を連れてカリオストロ公国に行ってきていた。

 クラリスちゃんの正式な女王即位の式典への参加……だけだと思ってたんだけどどういう訳かカゲの残党との戦闘とかカリオストロ公国名誉騎士の位と勲章の受章式とかあったけどどうにか無事に帰ってこれた。

 クラリスちゃん、本当はルパンや師匠達にも来てほしかったんだろうなぁ。さすがに無理あるけど。

 

 緊急で招集に応えてくれた山猫隊各位は本当に御苦労さまでした。

 恩田先輩も隣のヴェスパニア国との折衝本当にありがとうございます。

 おかげでCIAも動きやすかったと大統領から内密に感謝の言葉をいただいておりますので全員ボーナス。

 いや、最近純利益だけじゃなくて一般からの寄付も多いから金には困らないんだよなぁ。

 

 志保に関しては、最初は瑞紀ちゃんに預かってもらおうと思ってたけど、よくよく考えると今後の事もあるのでコナンや沖矢さん――沖矢さんはアメリカ行く時のいざこざで正体知る羽目になったけど、できれば最初っから隠さずに教えて欲しかったです――と一緒に国籍紛れ込ませてパスポート作ってもらった。

 

 外務省や法務省には色々と貸しを大量に作っているのでこういう時は便利だ。

 大丈夫大丈夫、悪用はもちろん多用もしないから。

 

 ただ、おかげで七槻達にドン引きされる羽目になった。戦闘に巻き込んだのそう言えば初めてだし。

 まぁ、ガチの暗殺部隊とやり合う事になってんだからしょうがないだろう。

 コイツラの感覚で言えば一年経ってないどころか、半年未満の可能性が大なのだ。

 

 ちょっと前までは普通の大学生が、ちょっとおかしな大学生になってしまっている。

 遠い所に来ちまったなぁ。

 

 

10月11日

 

 アクアクリスタル以来の宍戸さんとフォードさん、それに小五郎さん、キャメルさんの五人で飲んできた。

 宍戸さんには最近仕事を頼む事が多く、レストランでの紫音さんや瑞紀ちゃんを撮ってもらったり、主に救出などの仕事の時の山猫隊を撮ってもらったりと広報関連で手伝ってもらっている。

 ある意味でアーティストの面が強い宍戸さんにこんな仕事頼んでいいのだろうかと不安だったが、どうも結構ウチらの活動に興味があるらしく、問題はないようらしい。

 

 むしろじゃんじゃん回せと言われたのでお言葉に甘えるとしよう。

 

 

10月13日

 

 桜子ちゃんと三池さんの二人を引きつれて飲んで来た。というか三池さんに引きずられていったというのが正しい。

 

 なんでも、三池さんの好きな人が女を連れているのを目撃してしまったらしい。南無。

 一瞬口説いてみようかと思ったけど、それやると桜子ちゃんに泣きながら怒られそうな気がしたので止めておいた。

 小学校の時の友人らしいし。

 

 延々愚痴に付き合いながら焼酎と言いながら水を注ぐ係に徹して、今日はそのまま桜子ちゃんのアパートに泊まる事になった。

 っていうかもう後ろで二人とも寝てるし。

 

 

10月14日

 

 頭痛かった。完全に二日酔い。飲みが続いていたし仕方ないか……。昼過ぎまで地獄だったよ。

 

 テレビの仕事を終えた後、在日米軍横須賀基地の元司令官マーク=スペンサーとの会談、瑛祐君の様子見、それから警視庁で少年探偵団を引きつれて子供防犯プロジェクトへの協力と比較的暇な一日だった。

 

 マーク=スペンサーとの会談は外務省からの依頼だったけど、多分在日米軍のイメージ向上を狙ってのモノだろう。

 かなり話の合う方で、付き人を頼んでいた美奈穂さんから見ても素晴らしい人だったようだ。

 

 事務所の方では、キャメルさんとコナンが白鳥刑事と、沖矢さんは佐藤刑事と高木刑事と一緒に、それぞれ別の誘拐事件を解決。

 

 子供防犯プロジェクトが出来た理由もそうだけど、米花町ホント誘拐事件が多発しすぎ……。

 

 

10月15日

 

 明美さんがマジックの練習をしているらしい。

 え、レストランのショーに出るつもりですか。

 まぁ、瑞紀ちゃんが変装させるらしいからいいけど。

 手品かぁ……昔ちょっとやってたなぁ。

 

 今日は次郎吉の爺さんから、あのビル全部お前の好きにしろって言われてきた。マジっすか。

 現状で満足してるんだけどなぁ……。満足というか一杯一杯というか……。

 

 明日は前からずっと声をかけてた設楽蓮希さんが来てくれるし、場合によっては定期公演もOKしてくれるかもしれないらしい。

 

 ……いっその事小劇場でも作ろうか。上とかに。

 や、まだ何も決めてないけどさ。テナント整理もあるし。

 

10月17日

 

 元太のやつヤバい。俺よりずっと釣りが上手いかも知んない。

 子供達を連れて海釣りを体験させようと安室さんの運転で行ったのだが大物をかけおった。さすがに引く時は手伝ったけどさ。ベタな言葉だが才能を感じる。

 ……今度キャメルさんに頼んでボート出してもらうか。あと子供用のライフジャケット数揃えておこう。せっかくだしシェフの飯盛さんのスケジュール空いてる時に……穂奈美さん達でもいいな。

 

 楓も北海道にいた頃にやっていたのかフライフィッシング上手いし……今度完全手ぶらで久々に山に籠るか。一月くらい。安室さんにその間指揮を任せて。

 

 昔に比べて勘が鈍くなってる気がする。

 

 あと安室さんは知ってましたけど沖矢さん料理上手いっすね。魚を綺麗にさばけるなんて知らなかったよ。

 明美さんに教えてもらった? よろしい爆発しろ。

 

 

10月18日

 

 志保と相談してるけど、やっぱり薬を研究する専門のスペースが欲しいらしい。

 まぁ、当然だろう。パソコンこそ最新のさらに最新のモノを揃えているけど、それだけじゃあ無理がある。

 阿笠博士の家の地下スペースも考えたけど、薬という口に含む物であるのならば――しかもとんでも副作用のある毒となれば機密性の高いスペースの方がいいだろう。

 

 ただこれには色々と制約が多いので保留、とりあえずは現状で我慢してもらう事にした。

 とりあえず、カリオストロの後から工事してた核シェルター兼パニックルームが完成したのでそっちを少し改造して志保の部屋にしよう。

 

 今まで楓と同じ部屋だったからなぁ……。

 

 

10月20日

 

 楓を連れて、楓の保護者である片寄氏の紅葉御殿に行って来た。コナンと志保も一緒だ。

 

 片寄氏は最後に会った時はいつ死んでもおかしくないと、どこか悲壮感を漂わせていたが今はそうでもない様子だ。

 トリックアートなどの仕掛けで多彩な紅葉御殿のような施設を、どこかに作ってみる話を二人であれこれ計画しながら酒を飲んでいた。

 以前はほとんど飲まなかったそうだが、ここ最近は顔色も良くなって食欲も増したと、運転手の衛子さんも話していた。

 

 でも、ここで何か事件起こる気はするんだよな。

 コナンを連れてきたのもそれに備える意味だったし。

 やらかすとしたらあの長男長女だよなぁ……。気を配っておくか。

 

 

10月21日

 

 久々に七槻とふなちの三人でのんびりしていた。

 七槻の方も人材候補の精査は終わり、他の手続き等も目途はついたそうだ。次郎吉の爺さんホントありがとう。今度『高隈』持っていくから一緒に飲みましょう。

 

 左右にコイツラがいて、酒飲みながら膝の源之助とクッキーをちょいちょい撫でて、一緒に適当な映画のビデオを見たりゲームやったりするのが本当に久々すぎてなんか変な涙が出そうになった。

 見られてなきゃいいけど。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、ジョディ=サンテミリオン。小学校教師の渋谷夏子の紹介で日本に……夏子さんの紹介かぁ……」

「こちらの方、御存じでしたか?」

「えぇ、まぁちょっと……」

 

 キャメルさんに調べてもらっていたジョディという英語教師について、ある程度の情報が揃ったらしく報告書を出してもらったのだが……意外な名前が出るなぁ。

 

「事務所が設立されてすぐ……実質俺の初仕事かなぁ。誰かに()けられている気がするっていう相談を受けて、俺と越水で当たったのさ」

「それで、本当に?」

「あぁ、同僚の先生がストーカーだったよ。一応警察――っていうか高木刑事に頼んで同行してもらったうえで厳重注意で決着。学校側からも処分が出たからもう大丈夫って夏子さん言ってたけど……」

「……ついでに口説いたんですか」

「なぜ分かったし」

「おまけに飲みにも誘ったと」

「なぜ分かったし」

 

 いや、そこまでじゃないよ? ストーカー被害の人にしつこくするのもアレだし。ホントちげーし。

 ただちょっと誘いをかけたら意外とあっさり乗ってくれただけで……飲むのも月1くらいだしちげーし。

 ただ、アメリカ帰りってことで色々日本に慣れない事もあって大変だからちょくちょく相談乗ってるだけだしマジでちげーし。

 

「ふむ……しかし、なるほどなぁ」

「えぇ、こうしてみると……ジョディという女性は、やはりただの教師だと思うのですが」

「いや、彼女FBIだよ」

 

 CIAかと思って大統領との電話会談の時にカマをかけてみたらすぐに資料寄越してくれた。

 

「本名はジョディ=スターリング……いや、本名じゃないか。証人保護プログラムを受けたようだし……さすがに以前のデータは破棄されててそれ以上は辿れなかったけど……」

 

 あれ? 反応がないな。

 CIAから回してもらった資料を広げてから顔を上げると、キャメルさんが口をパクパクさせている。どったの?

 

「どうかしました?」

「え、あ、いや……」

「あぁ、資料の出元ですか? すみません、これに関してはちょっと機密性の高い所でして……」

「え、えぇ……それは問題ないのですが……え?」

 

 どうしたのさエラく挙動が不審……そういや元FBIだったか。

 

「あぁ、安心してください。FBIが不認可で入っている事はまだどこにも漏らしてません。――知った所で政府や警察がこの情報を有効に使えるかは、はなはだ疑問ですが……」

「そ、そうですか……」

「ちなみにキャメルさん、彼女の周囲に知っている顔は?」

「…………いえ、見ていません」

「ん~~~、となると個人での調査か? プライベートでわざわざ教師ってのも考えづらいし」

 

 重要人物だろうから有能キャラだろうし、十分に考えられるか。

 沖矢さん――赤井さんから後々FBIが来るかもしれないとは聞いていたけど、その前に個人で来て地盤を固める事もあり得る。なんせ赤井さんが個人で来てたみたいだし。

 

(FBI内部に情報を流している連中がいるのは間違いない)

 

 組織の内部に潜入している水無さんからもそれは確認している。数名は顔と名前も把握している。

 もっとも、このカードを切るのはここじゃあないだろうけど……。

 どうしたもんかなぁ。味方キャラなら仲良くしておきたいが……。

 

「キャメルさん、調査会社の方の人員教育はどう?」

「あ、ええ。一通りは……何名かはかなり優秀な調査員も」

「例の渡したリストの人間以外で?」

 

 ぶっちゃけ、こっそり紛れ込まされたCIAの面々である。なぜこっちに人員を送ってくるのか……。

 

「えぇ。土橋セキュリティガードに勤めていた人間や元警察官にはかなり優秀な人員が見られます」

「その人達、後進を育てられるくらいには?」

「可能だと思います。重要事項のマニュアルも一応作成していますので……こちらは副所長――いえ、越水社長に提出してあります」

 

 ふむむ……。となると、キャメルさんのスケジュールをもうちょい空ける事が出来るな。

 ここ最近はキャメルさんにかなり負担強いてたし……よし。

 

「キャメルさん、とりあえず一週間ほどスケジュールを空けるから身体を休めてください。その後ですが……」

「なにか特別な仕事を?」

「えぇ、まぁ……」

 

 

 

「ジョディ=スターリング……もとい、サンテミリオンに接触。彼女の目的を探ってください。報告は……貴方の判断に任せます。加えて必要でしたら、彼女の援護もお願いしま――どうしたんですかキャメルさん、今にも死にそうな顔をして」

 

 




キャメル「あの、すみません、胃薬のコーナーってどちらでしょう?」



さてさて恒例のキャラ紹介。

○白馬探
 file219『集められた名探偵! 工藤新一vs怪盗キッド』(多分初出)
 DVD:Part8-7
 コミックス30巻

 元々は『まじっく快斗』の登場人物。怪盗キッドこと黒羽快斗のライバルキャラであります。
 そちらでは紅子に見惚れたり、青子とのライブデートをかけてキッドと対決したりと色々とやらかしている男でもありますね。
 白馬警視総監を父に持つ高校生で、服部と比較されたりもしていますね。
 何気に出ている方なんですが……アニオリとかでは使いづらいだろうなぁコイツはwww


○マーク=スペンサー
 『劇場版名探偵コナン 異次元の狙撃手』

 元横浜基地司令官。で、現在は在日米軍の相談役として日本に留まっている方らしい……です。ぶっちゃけ作中だけだと立ち位置が少し分からなかった方。


設楽蓮希(したらはすき)(23)
 file385-387 『ストラディバリウスの不協和音』
 DVD:Part13-10
 コミックス46巻

 音楽一家、設楽家(したらけ)の令嬢。ヴァイオリニスト。
 絶対に出すと決めていた人。
 この人も再登場してほしいですなぁw

 戦慄の楽譜は題材が音楽だったので、もしやと期待しておりましたw

 レストランの舞台、河辺奏子といい山根紫音といいヴァイオリニストばっかだな。
 そろそろピアニストとかも放り込まねば。


渋谷夏子(しぶやなつこ)
 file779『緋色の序章』
 DVD:PART25-1
 コミックス84巻

 FBI捜査官ジョディ=スターリングの来日を手伝ったらしい小学校教師。
 ストーカーに狙われるわ安室さんに車で跳ねられる所だったわその前に突き落とされるわで散々な人。

 コナンには『夏』が付く人は必ず美人に描かれるという『夏美人の法則』というものがあるらしいですが、それにも納得できる美人さん。

 今度アニオリも含めて懸賞してみようかな。


rikkaの超私見アイテム紹介
高隈(たかくま)
 file388 薩摩に酔う小五郎(アニオリ)
 DVD:13―11

 鹿児島日売テレビの開局記念特番へ出演した小五郎が、コナン、蘭の共にいつも通り事件に出くわすというアニオリです。トリックが凄く好きで、印象に残っておりました。
 本作はとある酒造元が事件の背景にあるのですが、そこで仕込まれているのが本格薩摩焼酎『高隈』でございます。
 小五郎が泣いて喜ぶほどの名酒とのこと。


『蛇足』
 ひょっとしてモデルは森伊蔵(もりのいぞう)かしら?w
 芋焼酎は苦手な私でもすっと飲めるキレの良さと上品な香りを持つ名酒。
 あれなら確かに小五郎みたいに大喜びですわ。また飲みたいなぁ……
 



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080:燃えて刺されて勧誘

「おろ、久しぶり。いや、平蔵さん経由での依頼だったからいるんじゃないかと思ってたけど」

「おぉ、浅見さん! 顔を合わせるのは四国の時以来やなぁ!」

 

 大阪府警本部長、服部平蔵さん直々の依頼で訪ねたのは鈴木家に匹敵する名家、長門家だ。

 

 ぶっちゃけ、前に依頼で長門家の会社――長門建設をこっそり調べた事がある。結局やましかったのは長門家側ではなく依頼者側で、俺たちを利用する気満々だったからマスコミフルで煽って徹底的に潰させてもらったけど。

 

「あの時は世話になって…………。でも越水に飛び移りチクったのは忘れねぇからな」

「いやだってアンタあばらにちっとヒビ入っとったやんけ。そら説明せな……なぁ?」

「いやいやいや……内臓外に飛び出たとかなら分かるけどさぁ」

「前々からテレビでアンタ出るたびに思うとったけど、ホンマにアンタ探偵か?」

 

 依頼人の希望する事柄を調べ上げて、出てきた事実を上手く使って依頼人と調査対象のイザコザ(婚約破棄一歩手前とか闇取引とか浮気とか産業スパイとか)を上手く収める(場合によってはどちらかか両方をシバく)のが俺たちの基本業務。……探偵じゃん。どっからどう見ても探偵じゃん。

 

「浅見さん、最近変な方向で有名だからね。現代に現れた007とかイーサン=ハントとか」

 

 付いて来た――というか平次君から電話もらってたんで連れてきたコナンが俺の隣でボソッと呟く。

 

 スパイじゃん。それ全部アクションモリモリの武闘派スパイじゃん。

 おかしいって。俺探偵だよ? 探偵事務所の所長だよ? 間違ってるって、激しく間違ってる。

 

「いやなにも違わねぇよ」

 

 なんでや。

 

「しっかし、噂に聞く長門家も随分とややこしい状況みたいだね」

「ええ、現当主の道三氏は病気で病弱で寝たきり。その後をあからさまに狙っている人間に、訳ありのような息子さん達……なるほど、興味深い。」

 

「そういや、アンタらは? 見ない顔やけど……」

 

 今回、同行してもらったのは真純と沖矢さん、そして恩田先輩。真純はちゃん付けしたら止めろって言われた。解せぬ。

 恩田先輩には、今敷地内の詳細をチェックしてもらっている。時間のかかる仕事だとついつい焦りがちになる所があるから、その矯正も兼ねてだ。

 

「あぁ、ごめんごめん。自己紹介がまだだったね」

「我々も浅見探偵事務所の者です。彼女はパートタイムですが……」

 

 服部君が信じられないと言う目で真純を見ている。もう分かってる。真純と知り合ってからもう飽きるくらいみたやり取りだ。

 

「彼女って――アンタ女なんか!!?」

 

 なぜ分からん。体型とか目元とかちょっとした仕草で分かるだろう。良い香りもするし。

 あれか、この世界だと分かる方がおかしいのか?

 あと沖矢さん笑いすぎ。

 

 

 

 

 

 

「ほ~、元マジシャンの助手に女子高生探偵……アンタの事務所、相変わらず色んな探偵がぎょーさん集まるなぁ」

「まぁ、私は助手というよりはお手伝いでしたが」

 

 元々は単に瑞紀ちゃんから紹介されただけだったが、どういうわけかそうなった。

 そうだね。そういや恋人さん今マジックの練習中だもんね。当然あなたも仲良く練習してんでしょうね。くっはぁ……。

 

「それで? どうするんだいボス」

 

 ウチでの仕事を一緒にやる時は、真純は俺の事をボスと呼ぶ。最近では日常ですら。

 そして、なぜか初穂さんも俺の事をそう呼び始めた。……なんかマフィア感半端ないんでやめてもらえませんか駄目ですかそうですか。

 

 帰って来てから記憶を失くしていた蘭ちゃんを巡る事件の報告を受けた時、初穂さんから真純の勧誘を勧められていた。

 いやどっちにせよ高校生探偵は迷わず勧誘するよ。しかも蘭ちゃんみたく格闘技が出来るタイプ。

 戦力を求めてというよりも、迂闊に突っ込んでピンチを招きそうで怖いから手元に置いておきたかった。

 

 まぁ、それで初穂さんと一緒に真純を誘ったら二、三日でOKもらった。

 あれかな、親御さんとかに相談してたのかな。ウチで預かるんなら挨拶しておきたいけど、どうやら訳ありっぽいしなぁ。

 

 勧誘といえば、メアリーちゃんもメールとかから切れ者って感じがするし――というか携帯のアドレスや番号、受信記録から居場所割り出そうと思ったらひょいひょいっと逃げられたし――是非とも欲しい人材なんだけど。

 まぁ、連絡だけはなんだかんだで切らさないから向こうも俺に何らかの利用価値を認めてくれているんだろう。また改めて交渉するとして――

 

「とりあえず……真純、俺と一緒に会長の所へ。中には本部長も来てるんだろう?」

「おぉ、オトンもアンタに会いたがっとったからの」

「真純の顔見せにちょうどいい。お世話になっている人だし、お世話になる人だからな」

 

 真純はウチのスーツ――もう着こなしてるなぁ――の襟元を整えながら、笑って「そうだね」と肯定の言葉を返す。

 コナンは平次君と動くだろうし……。

 

「沖矢さん」

「なんでしょうか?」

「恩田さんと一緒に周辺の確認。狙撃や襲撃も想定した上で危ない所や怪しい所を塗りつぶしておいてください」

「おや、随分と物騒な命令ですね。ただの人探しの依頼だったのでは?」

 

 いや、コナンと平次君がいて名家の家に来て何もねぇわけがないんで。

 

「念のためにです。必要だと思ったら事務所に残ってる人員を呼びだす事も許可します。なにかが隠せそうな場所、不自然な地形、なんとなく気になった場所や部屋、オブジェクト。……とにかく念入りに」

「後で侵入できそうなルートも?」

「無論です」

 

 ないとは思うけど、後々何らかの方法でこっちに忍び込む事になる可能性もある。

 そういうと沖矢さんは、ニヤリと笑う。

 あの、その怪しい笑い止めてくれません? なんか悪の組織のボスっぽい気分になるんですけど。

 ほら、真純とかなんか首をかしげてるじゃん。

 

「ま、それはさておき……行くぞ、真純。失礼のないようにね」

「ああ、任せてくれよボス!」

 

 そういって胸を張る真純を引き連れ、屋敷の中へと入っていった。

 

 

 

 

――なお、一時間もしないうちに恩田先輩と沖矢さんから、埋められている死体の発見報告が入って来た件について。

 

 

 

――泣けるぜ

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

11月2日

 

 これまで何度も車で跳ね飛ばされたり撃たれたり刺されたりぶち抜かれたりしてきたけど、今度は危うく燃やされる所だった。というか燃えた。ごめん燃えた。

 軽い火傷で済んだのは運が良かったよマジで。顔も大丈夫。

 

 はい、つまり今日退院してきました。

 

 胸とか背中に痕は残るだろうけど美人救った勲章だ。これは誇りにしても許されると思うんだ。男として。

 

 いや、完全に俺が悪かったんだけどね。自殺しかけていた美人さん助けようとしたら俺が炎に巻かれるっていうね。

 

 まぁ、こう言ってはなんだけど犯行前に片付けたおかげで、手を汚させなくてよかった。

 

 恩田さんと沖矢さんが長門家敷地内で発見した死体は、昔の罪を悔いて自殺した長門家長男の秀臣(ひでおみ)さんだった。

 詳しい事は省くが、彼が自殺した際に残した遺書が決定打となり、一つの殺人計画が立てられていたのだ。

 うん、フライング気味に俺たちが解決してしまったけどね。

 

 計画が起こる前に関係者を確保。あの美人さんも、死体遺棄等で罪に問われるだろうけど理由が理由だし、大丈夫だろう。妃先生の所に金とジゴバのチョコレート持って土下座しに行ったおかげで弁護引き受けてくれるし。

 

 越水とふなちにも心配かけたなぁ。志保にはなんか呆れられてたけど。

 

 

 

11月3日

 

 病院に監禁されていた間も外部とのやり取りはできる。

 

 その間に前から進めていた病院の実質買い取りが完了した。いや、買い取ったのは俺じゃなく次郎吉の爺さんだけど。

 

 しかもその病院、将棋仲間の黒川さんの病院。ある意味、俺の最初の事件の関係者でもある。

 将棋クラブに顔出さなくなって久しかったけど、やはり院長であるお父さんが亡くなってからの立て直しに苦労していたようだったので、こっちで手を回させてもらった。

 

 一応黒川さんを院長に据えた上で、こっちのわがまま色々聞いてもらっている。

 

 今病院は改装中だが、ついでに脱出路にこっそりつけた地下室に研究設備を設置するように手配している。

 これで志保も研究が出来るようになるだろう。

 例の薬もそうだが、他の関係も自由に研究できるようになるだろう。使い方は全部志保に任せよう。

 

 

11月5日

 

 研究設備関連の話を志保にしたらめっちゃ喜ばれた。ここまで御機嫌になった所は初めて見た。

 お酒の量を一日二缶から三缶まで譲歩させた。

 

 これは俺の完全勝利と言ってもいいのじゃないだろうか。

 

 

 

11月7日

 

 第3回『瑛祐君に水無さんの事をどう説明しようの会』を開催してきた。

 新体制のCIAの立ち位置にもよるのだが、正直に全てを話してもいいのかどうかが微妙な所である。

 

 もういっその事ふわーっとした説明で全部終わらせちゃダメかな?

 瑞紀ちゃんの説明なら多少力技でも納得すんだろって言ったら瑞紀ちゃんにぶん殴られた。めんご。

 

 

11月10日

 

 香坂さんとデートしてきた。二日前に。

 香坂さんが気になっているパティシエの新規店舗の試食会にいって、その先でコナンと蘭ちゃん園子ちゃん、真純ちゃんと出会って周囲警戒して殺人阻止して刺されてきた。んもう。

 

 今日御見舞いに来てくれた香坂さんにその後の話を聞いたけど、俺が意識失う前に残した言葉通り事故扱いというか隠蔽してくれたようだ。サンキュー安室さん。

 

 香坂さんと行ってきた店『ル・トレゾール・ド・フリュイ』は、有名なショコラティエ辻元由紀彦(つじもとゆきひこ)と、彼と付き合っていたショッププロデューサーの佐倉真悠子(さくらまゆこ)の協力を得てオープンした店だったのだが、その時点で辻元は彼女を用済みと判断、切り捨てようとしたらしい。

 結果、殺意を抱いた真悠子さんが殺人を計画してあぁもう。

 

 いやもう気持ち分かりすぎるから手を汚させたくなくてまた無茶してしもうた。

 結婚まで考えてたらしいから説得の言葉も思いつかず、刺されながら抱きしめるくらいしか出来なかった。

 

 こういう時、恩田先輩とかキャメルさん、あるいは初穂さんなら上手い事説得出来るんだろうけど……。

 沖矢さん? 安室さん? 前者は当然、後者はなんだかんだで迷わず制圧するだろうから参考外。

 

 それにしても……なんかもう最近この病室が俺の部屋なんじゃないかと思えてきた。泣ける。

 

 

11月15日

 

 真悠子さんもやっぱり躊躇いがあったらしく、浅い傷だったために退院。

 なんか検査に大勢の医者が来てざわめいてたけど何だったんだろう。

 

 辻元はとりあえず放置。いや俺はもう潰す気満々だったんだけど、真悠子さんにそれは止めてくれと言われたので処刑の鎌を振り落ろすのはちょっと保留。

 正々堂々、辻元の店を超える店を作ることで勝ちたいそうだ。

 まぁ、あの店もう完全に鈴木家からの出資はないだろうし評判も悪いだろうから別にいいか。こういう時の園子ちゃんの行動力は本当にすごい。

 

 あぁ、そうだ。香坂さん――もとい、夏美さんから叱られた。無茶をしちゃいけませんとの事だ。

 ぶっちゃけ皆からそれ言われてます。これ書くちょっと前にふなちと七槻からダブルサバ折り喰らいながらそれ言われた。

 

 ごめん。本当にごめん。反省はしてるけど止まる気なくてホントごめん。

 

 あ、今日は青蘭さんの所に泊まります。

 

 

11月17日

 

 先月から調査していたとある詐欺組織叩き潰して来た帰りに紙幣偽造団ぶっ飛ばしてきた。志保から連絡来てなかったら元太達危なかったかも。

 と書いてて思ったけど大丈夫だったかも、コナンいたし。

 カリオストロを潰してから偽札を作ろうとする連中増えてんなぁ。

 

 偽札といえばジョドーさんやっぱり頷いてくれない。堂々と動く山猫隊と潜入などで動く旧カリオストロのカゲの部隊の二面体制で行きたかったのだが……。やっぱり時間かかりそうだなぁ。

 

 事務員は少しずつ増やしているけど、やっぱり現場戦力も増やしたい。

 恩田先輩という例があるし、人材の育成も考えなきゃいけないけど……

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「それで、何の話?」

「ナンパの話」

「……お前という男は……」

 

 世の中には、密会用の料亭というものがある。目立たず分かりにくい出入り口や、他の人間と会わないような中の間取りや案内などをしっかり確立させている特殊な店だ。

 当然高い。やっぱり高い。でも役に立つ。

 掘り炬燵になっている席の向かい側に座って時々咳き込んでいるメアリーちゃんの顔を見ながら、俺はそんな事を思っていた。

 

「真面目な話、君が欲しいんだ。これまでのやりとりで十分分かっている。君は、これまで俺が見てきた中でもとびっきりの切れ者だ。しかも強い」

 

 今まで色んな女にボコられてきたけどメアリーちゃんが一番スゴい。一瞬で、痛みもなく気絶させられる。

 畜生、コナンのスーパーシュートでも最近耐えられるんだけどなぁ……。両手がしっかり使えて真正面から向き合ってるんなら二回に一回はキャッチできるくらいまで目を鍛えたのに。

 

「無論、このままじゃ平行線だ」

「そこは理解しているのだな」

「あぁ、だから取引材料持ってきた」

 

 とりあえずはこれだ。

 用意していた鍵束を取り出して、俺とメアリーちゃんの皿の間にポンっと置く。

 今更だけどメアリーちゃん箸の使い方上手いよね。日本人と付き合いあったんだろうな。

 

「それは?」

「まだ使っていないセーフティハウスの鍵。米花町と杯戸町にそれぞれ5つずつ」

 

 いざという時の避難所――例えばマスコミや追手などから逃げる際、あるいは付き纏いやストーカーの被害者を一時的に匿うために、いろんな所にアパートやマンションの部屋、場所によっては一軒家を購入している。

 その中でまだ使っていない奴で、誰にも――安室さんはもちろん七槻にも教えていない所をまとめてきた。

 

「メアリーちゃん、逃亡中だろ?」

「…………」

 

 確信を持っている俺の問いに、メアリーちゃんはじっと――というかジトーっとした目で俺を睨む。

 

「これまで私を誘っていたのは、私がどこまで警戒しているかを探るためか」

「交渉の基本だろう?」

「確かにな」

 

 静かに湯呑みを啜る姿すらどこか絵になっている。

 姿勢だな。姿勢がいい女はそれだけでも美しく見える。それが綺麗な子なら尚更だ。

 

「それで、その中の一つをくれると?」

「いや、全部」

 

 野菜の煮物へと向かっていた箸が止まる。

 

「……小娘一人に、随分と豪勢だな」

「いい女には貢ぎたくなるのさ」

 

 しかも超有能。何かから逃げてるなんてどう考えても物語的にキーマンだし、単独行動も可能な人間となると正直現状の自分には喉から手が出るほど欲しい。

 

「財布の紐が緩い人間を信用しろと?」

「固い方だと思うんだけどなぁ」

 

 使う額とか機会は確かに増えてるけど、やむを得ずって事が多いし。

 

「まぁ、ぶっちゃけこれは前菜的なヤツで……本命はこっち」

 

 持ってきていた鞄から本命を出して、メアリーちゃんに差し出す。

 メアリーちゃんは少々怪訝な顔をしながらもそれを――留めてある紙の束を受け取る。

 

 そして、顔色が確かに変わる。

 かかった。

 

「……貴様、どこでこれを?」

「そこら辺はご勘弁を。ただ、これで協力し合える立場だというのは理解してもらえたと思う」

 

 志保に、この薬を使われた人間が多くいるという話は聞いていた。

 工藤新一の名前が載っていたリストがあると言う話だったし、その数も膨大だと。

 ならば絶対、こういう人間いると思って作ってもらっておいた。

 

「メアリーちゃんの体、元に戻すための解毒剤研究の定期報告、および完成品の譲渡」

 

 しかもあの薬ってば毒薬扱いだったから、あれ飲まされている時点であの組織の敵対者であるのは確実。

 連中と敵対する俺からしたら、それだけで安心度合いがかなり違う。

 

 ……あれ? 結構ギリギリこっちも危ない所まで踏み込んだいい取引だと思うんだけどなんで微妙に敵意が籠ってるんですかねメアリーちゃん。

 

「俺が今用意できるのはここまで。無論他に希望があれば可能な限り応えるつもりだ」

「……浅見透」

 

 はいなんでしょう。

 

「私も今まで色んな人間を見てきたが」

 

 はいはい。

 

「お前、中々の悪党だな」

 

 解せぬ。なんでや。

 

 メアリーちゃんは深いため息を吐き、

 

「私に何を求める?」

 

 と、実質了承の意を示してきた。

 

「お前はすでに、十分力を持っているだろう」

「表はね。問題は裏の方なんだけど……あぁ、裏っていっても危ない意味じゃないよ?」

 

 安室さんやキャメルさんは信頼してるし信用してるけど、その上で向こうの都合でどうしても敵対せざるをえなくなる場合も考えられる。

 

 安室さんは例の組織。キャメルさん、それに一応沖矢さんもFBI。水無さんはCIA――まぁ、こっちは実質俺が首根っこ押さえてるけど。

 恩田先輩や初穂、双子も有能だけど、万が一彼らと相対する事になったらヤバいだろう。

 

「いざという時のための、俺自身の切り札が欲しいのさ」

 

 万が一組織とかに狙われたら、越水やふなちが狙われる可能性は高いだろうし。

 

「――で、受けてくれるかい?」

 

 さて、どうだろう?

 ぶっちゃけ、あの解毒剤が欲しい人間ならば手を結んだ上で、どこにいるか分からない研究者のために俺の周りを守らざるを得ないと思うんだが……。

 

 たまに咳をしながら何度も書類――というか報告書に目を通すメアリーちゃんは、テーブルの上で書類をトントンと整える。

 そして、また小さくつぶやくのだ。

 

 

「この悪党め」

 

 

 解せぬ。

 

 




rikkaの超私見事件ファイル

○名家連続変死事件
アニメ:File77-78
コミック:15~16巻
DVD:PART3-7

そういえば最近あまり見ませんね。顔を包帯で隠した犯人。というか黒タイツ以外の犯人。

この事件、原作でもかなり印象深いお話でした。
平次とコナンが協力して謎を解き明かす展開はやはり良い。
そしてこの話では、コナンの探偵としての信念というかスタイルが語られる所でもあります。

かなり完成度が高く、かつ本編ストーリーとしてかけてはならない話だと個人的に思います。古い作品のため知らない人も多いでしょうが、是非観て欲しい。


○ ショコラの熱い罠(アニオリ)
アニメ:File658
DVD:PART21-2

今回はアニオリをもう一本。
科学的な仕掛けを駆使した本格トリック、殺人に至った犯人の切なさとやるせなさ。
クオリティの高いアニオリ作品の中でも個人的に上位に来る一作です。

基本アニオリは軽いノリの方が好きなのですが、この作品はちょくちょく観返したくなるくらいよく出来てる。



チラッと日記の最後の方に出た偽札作りどもは、灰原哀登場回に出てきた連中でございます。
勘の鋭い方ならお分かりでしょうがw


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081:止められない流れ(副題:所長が出す答えはだいたいいつも惜しい所止まり)

11月19日

 

 メアリーちゃんが俺の協力者になってくれたけど、いざという時の予備連絡役が必要だよなぁと思ってとりあえず紅子と真純を紹介してきた。

 

 文字通りの隠し札だし、可能な限り隠しておきたいので伝える人間も最低限に絞り込んだ。

 

 七槻たち護衛対象には顔を知られていない方がいいだろうし、キャメルさんや安室さんといったカウンター対象も同様。

 それ以外で秘密を守ってくれそうな人間となると真っ先に思い浮かんだのが瑞紀ちゃんと紅子。

 

 瑞紀ちゃんは赤井さんと繋がりがあるから、残る紅子に頼んだ。

 実際、この世界が変だって事には気付いているようなことを前に言っていたし、危険な所をキチンと避ける行動も取れるしで一番適任な気がする。

 あの枡山さんと出会って話して帰ってこれる時点で只者じゃないし。

 

 真純は……時折突っ走っちゃいそうだから、いざって時の補助役も狙って顔合わせ。

 普段のコナンや蘭ちゃんとの会話を聞いていて、二人と何か関わりがありそうだし敵サイドという事はまずあり得ないと判断できるし……。

 むしろここぞって所で本筋に深く関わりそうな感じだから、メアリーちゃんを通して眼の届く所に置いておくのは間違いじゃあるまい。いざって時の護衛にもなる。

 

 ただ、気になる事が一点。

 なぜか真純がすごく頭痛そうにしてたけど、俺なんかやらかしたかね?

 

 

 

11月20日

 

 枡山さんがひょっとしたら海外に逃亡しているかもしれないという知らせを白鳥刑事から受けた。

 

 いやぁ、あの人がただ逃亡っていうのは考えづらい。多分、同時になにか手を打っていると思うんだけど……。

 

 怜奈さんの話では、枡山さんが関わった事件で必ずピスコの瓶を残していくのを利用して、例の組織の連中もそれを隠れ蓑に自由に動いているみたいだし……。うーん、面倒。

 

 組織に対しても何らかの手を打つべきなのか、それともある意味で諸悪の根源になりつつある枡山さんを急いで確保するべきなのか。

 

 メアリーちゃんに相談したら『いいからさっさと叩き潰せ』言われた。無茶言うな。

 敵の本拠地も手足の数も長さも分かってないのに潰せるか。こちとらモブなんだぞ。

 

 

11月22日

 

 やべぇ、コナンがグレる一歩手前まで凹んでやがる。

 歩美ちゃんに頭撫でられて爆発一歩手前って感じでプルプルしてる所初めて見た。反射的にコナンに気づかれないように写真を撮った俺は凄いと思う。

 

 なんでも、少年探偵団の方が一歩上手だったというか犯人が三歩下だったというか……。

 うん、正直コナンは闇堕ち一歩手前で少年探偵団は有頂天になっていて話がよく聞けない。

 志保曰く、犯人は純粋な人だったらしいがどういうこっちゃ。

 

 

11月23日

 

 話はすべて聞かせてもらった。その犯人さん確保。ウチに欲しい。探偵じゃなくてテナント要員で。

 

 さすがに罰せられるのは避けられないが、刑期を可能な限り短く、あるいは執行猶予狙って次郎吉さんの伝手で有能な弁護士用意してもらった。費用+お手数料+次郎吉さんへの感謝の気持ちでかなりの金額を使ったが問題ない。むしろもっと出してもいい。

 

 5年前の宝石強盗犯、亀倉雄二(かめくらゆうじ)28歳。

 ちくしょう、なにがなんでも手に入れてやる。そんで空いてるテナントにお前の料亭出してやるからちょっと待ってろ。

 

 本当は妃さんに頼みたかったけど、これは完全に私欲だし(みゆき)さんの事頼んだばかりだし……ちくしょう。

 

 

11月24日

 

 犯罪が多すぎて死ねる。

 特に誘拐事件と強盗事件がマジで多発している。由美さん達交通課も、パトロールにかなり気を使っているうえ回数も増えたと飲みの席で話していた。

 むしろ、警察官が襲われるパターンもこの二カ月で数件ながらあったらしい。

 

 たまにマジでこの世界滅ぼしたくなる。

 

 小田切さんに頼んで回してもらった資料を、今安室さん達と分析している所だ。

 12月始めに開く越水の会社だが、すでに小学生のお子さんを持つ保護者方達から連名で登下校中のガード依頼を受けている。

 

 調査兼セキュリティの会社だからなぁ。キャメルさんが教育した専門のチームを動かす予定で、すでにルートの選別に入っているとか。

 

 集団登下校もやるそうだが、念には念をという事だろう。

 

 

11月25日

 

 あまり俺たちをよく思っていないだろう人からまさかの飲みのお誘いを受けてびっくりしている。

 SITの葛城警部だ。

 俺と七槻、安室さんの初期の現場メンバーにとっては割と顔を見るお方なのだが、正直良く思われていないと思ってたわ。

 

 今でもそうだが、誘拐事件が起こった際に警察を呼ぶ事を躊躇った被害家族が俺達とコンタクトを取ることは珍しくない。おかげで俺たちの誘拐用マニュアルまで出来てしまったほどだ。

 

 初期の頃は俺と安室さんで被害者家族の家に、運送会社等に偽装した車と制服で乗り込む事はそこそこあり、その時によくかち合っていたのが葛城警部だ。

 

 どちらかというと、まずは交渉に乗り人質を確保してから犯人を追いつめる俺と安室さんの事を邪魔だと思っていたと思っていたんだが……。

 

 指名は俺と安室さん。正直、ちょっと思いつめているような声だったので不安だ。

 

 

 

11月26日

 

 葛城さん達、誘拐事件の捜査に失敗したらしい。

 足を骨折して入院していた、とある実業家の息子さんが病院から連れ去られたのが事の発端。

 

 その後、電話で三千万円を要求する犯行声明が入り、特殊班捜査係が出た。

 実は、この時家族はウチに電話をしようとしたのを上が止めたらしい。まぁ、対抗意識を持たれるのは当たり前だし悪い事ではないのだが……。

 捜査はヘリまで使って身代金の流れを追跡し、犯人らしきトラックまで特定したのだがトンネル内でロスト。

 金も人質も帰ってこないそうだ。

 一方で犯人の方は、人質の父親の再婚相手が最有力候補とされている状況。

 ただ、葛城さんはそれが納得いかないらしく、こっそりウチに調べてくれという依頼をしにきた訳だ。

 

 誘拐事件と言う事で、子供の安否も気になるのでジョディさんに張りつけていたキャメルさんもこちらに動員。

 というか人質を発見したという報告が、ちょうど今安室さんから来た。

 なんつーか、安室さんと沖矢さん+源之助のコンビ……トリオ? だとすごい勢いで解決するね。

 

 つーか源之助お前何やってんだよ。桜子ちゃんから『源ちゃんがいなくなっちゃいました!!』ってメール来てたぞ。『安室さん達と子供助けてました』ってメールはしておいたけど。

 

 今、俺はコナンの推理を聞いて犯人らしき人間を張っているところだ。

 もうずーっと車の中。今の所動きなし。

 まあ、これから策を仕掛けるって言ってたから多分今日中に終わるんだろうなぁ……。

 

 念のために実習として七槻の会社の人間も周りを固めている。

 確実に確保できるはずだ。後はこっそり犯人は警察に引き渡して俺たちがこっそり消えればいい。

 

 

11月28日

 

 警察内部の雰囲気が徐々に悪くなってきている。

 多発する事件に人が足りていない。警察官の負傷者も徐々に出ているのもあるし……。

 

 それを嗅ぎとっているのか、マスメディアも不安を煽る報道が増えている。

 週刊誌などに至ってはどこが漏らしたのか、例のピスコの瓶の事まで漏らしやがった。

 

 というか、多分枡山さんの手の人間がリークしたんだろう。

 いつ、どこでなにが起きてもおかしくない状況を作りだしたのがまずは第一歩だろう。

 

 社会不安を引き起こすのがとりあえずの目的だとしたら、俺ならどうするだろうと考える。

 発電所とか重要インフラに戦力投下。ぶっ潰して混乱している内に警察の拠点潰すな。俺なら。

 

 自衛隊が出てくる所まで持ってくれば、これまでもっとも治安を維持していた社会への無意識の信頼まで吹き飛ぶ。そうすりゃやりたい放題だ。裏ルートなんざいくらでも構築できる。

 

 ……あ、書いてて思ったけど枡山さんやりそうだこれ。原子力発電所とかならある程度は対策しているだろうけど、こちらでも何か考えておこう。

 

 

11月29日

 

 開業前からウチの事務所を通した七槻の会社への依頼も、深刻な物が割と多くて無視できないとはいえすでにパンク寸前だ。

 

 ウチらが関わった訳じゃないけど、今日も銀行強盗が発生して銀行員が一人射殺されている。ホントにもう……。

 相次ぐ事件の報道、そして常に出る捜査中や未だ捜索中という文字に警察への不信感も徐々に表に出だしている。マズい。

 ぶっちゃけ予測は出来てたけど、想定以上の速さで頭を押さえられている。

 やっぱり枡山さんすげぇよ。

 

 

12月1日

 

 もっとも憂鬱な月だ。

 いつもならやる気滅茶苦茶削がれていたけど、今年というか今回は死ぬほど忙しくてそれどころじゃない。

 

 調査会社開業初日から……というか初日だからこそか? 七槻は超グロッキーだ。なんかごめん。

 もっとも、人員に関しては鈴木財閥――正確には朋子さんと対決して可能な限り引っ張って来たので勘弁してほしい。

 最初は穂奈美さんか美奈穂さんのどちらかを秘書として向こう側につけようと思ってたが、七槻本人に断られた。

 そっちの戦力とは別で揃えた方がいいだろうと言っていたが、こちらに気を使ってくれたのだろう。申し訳ない。

 まぁ、ふなちだけは向こうに送っておいたけど……。

 

 事務所には。例の銀行強盗の射殺された行員の恋人さんがウチに駆け込んできた。

 なんかもうホントに浅見探偵事務所が駆け込み寺になってきてる件について。

 

 安室さんと真純、コナン――ついでに源之助で現在調査中。

 なんか最近肩が寂しい……。

 

 

12月2日

 

 ある程度依頼者――浦川さんから情報が来ていたとはいえ、まさか一日で犯人グループとっ捕まえるとは思わなかった。

 そして犯人が潜伏していたアパートで銃撃戦が起こるとは思わなかった。

 安室さんから山猫隊の要請来てびびったわ。

 半数だけど日本に来ててよかった。ヘリで急行させて後ろから強襲というか挟み打ち。

 相手が武装しているっていうから俺も急行してぶん殴りに行ったら「なんでお前まで来てるんだ!!」って安室さんにガチで怒られたよごめん。

 

 いや、俺のスーツをメンテしたいって阿笠博士が持っていっちゃったから『あぁ、撃たれなきゃ』と思って行ったんだけど……。結局こちらに向けてトリガー引かせる前に制圧余裕でした。

 

 真面目にこれどういうことだろう? あからさまなフラグだったからしばらく意識不明の重体とか覚悟してたんだけど……。まぁ、次の時に期待しておこう。

 

 犯人の一人の女が逃げそうになってたけど、こっそり配置してたメアリーちゃんに制圧してもらった。

 いやホントメアリーちゃん引っ張ってきて良かった。

 

 この後会うし、改めてお礼言っておこう。

 

 

12月3日

 

 メアリーにすら「ちゃん付けを止めろ」と言われた件について。

 そんなに子供扱いしてるつもりはないんだけどなぁ……。

 

 昨日の続きになるが、浦川さん、俺たちが捕まえた犯人を殺して死ぬつもりだったらしい。

 その前に俺たちがとんでもない戦闘やらかしちまってその機会を失って、一人で自殺しかかっていた。

 昨夜からどういうわけか姿消していた源之助が、どういうわけかこっそり浦川さんの傍にいたらしく自殺を邪魔したらしい。グッジョブ、今日の猫缶はグレードアップしておいたぞ。感謝しろ。

 

 今上の文書いたら、肩の源之助にちょっと爪立てられた。おう、どういう意味で爪立てたんだこるぁ。

 あれか? 調子のんなってか?

 

 とりあえず、亡くなった恋人の御家族に挨拶しに行くらしい。

 もう自殺はしないと思うが、念のためメアリーにこっそり監視してもらっている。

 

 ちょうど彼女の住んでる所のすぐ近くにセーフハウスいくつかあるし、その中の一つでメアリーと会ってこよう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「待たせたわね」

「いやいや、俺が早すぎたのさ。で、彼女はどう?」

 

 適当に決めたセーフハウス。ごく普通の二階建ての一軒家。

 そのベランダで月見ながら酒飲んでたら、メアリーがいつの間にか後ろに立っていた。

 

「私見だが、おそらく浦川芹奈は大丈夫だろう」

「ふむ」

 

 玄関を使わずに侵入とか。

 なに? メアリーちゃん……じゃない、メアリー、君ひょっとして忍者の家系だったりする?

 

「また睡眠薬を飲みそうな気配を一度だけ見せたが、結局捨てた。生きる意志は取り戻したのだろう。あの猫に礼を言っておけ」

「……源之助なにしたのさ?」

「睡眠薬を飲みそうになった時に飛びかかって、その後恋人の写真を咥えて見せた。……一応聞くけどあれ、本当に猫なのか?」

「猫以外のなんに見えるんだよ」

「お前の操っている猫型のロボットだと言う方が納得できる」

 

 気が付いたら源之助の存在感が色んな意味で空想レベルの存在になっている件について。

 源之助の奴も出世したなぁ。

 

「まぁいい。犯行グループの武器……出所は分かったか?」

「あぁ、白鳥刑事からさっき連絡が来たよ」

 

 20歳になった誕生日に七槻からもらったスキットボトル――当然酒を入れているそれに口をつけてから、

 

「やっぱり武器の類を安価でバラ撒いている奴らがいる……っていうか、枡山さんだ。多分」

「……酒瓶がどこかから見つかったのか?」

「犯行グループが取引した場所に一本だけ」

「……枡山憲三。やっかいだな」

 

 メアリーは、携帯でネットニュースのサイトを開く。ページは社会欄。当然、内容は各地で起こった様々な事件について。そしてそのコメント欄には――

 

「木の葉を隠すには森の中……と日本では言うらしいが、そんなレベルではないな。砂粒一つ隠すための砂漠を用意している」

 

 全国区で多発している様々な事件の詳細が載っている。

 週刊誌がソースの物には、いや、一部新聞社ですら、ピスコの酒瓶について触れている。

 

「誰でも使える、な」

 

 最近志保に酒を制限されているせいか、少し弱くなった気がする。

 すでに微かな酔いを感じながら、さらに一口呷る。

 

「正直、もう俺にもどれが枡山さんの起こした事件なのか判別できねーよ。週刊誌のリーク以降、あまりにピスコの瓶が残される事件が多すぎる。強盗、殺人、誘拐、脅迫……その他諸々」

「警察は密輸ルートの特定を?」

「んー……」

 

 いやぁ、高明さんや彩実さんからの相談を考えると……

 

「警察内部に、枡山さんの息のかかった人間がかなりいると俺は見ている」

「捜査の撹乱か?」

「後、横流しも」

「……性質が悪いな。そいつらを捕まえようが警察の威信、信頼を落とす布石になるわけか。無駄がないというか……」

 

 ねー。中々に性格悪いよねー。

 

「お前が立てそうな策だ」

 

 なんでや。

 

「胸に手を当ててみなさい。まったく……お前の親の顔を見てみたい」

「あー、それは俺も見たいかも。写真とかも燃えちまったからなぁ……」

 

 俺らが事故に遭ったのと同じ日に家火事になってんだよなぁ。銭形のおじさんが保険とかそこらやってくれて元に戻ったわけだけど。

 

「…………すまない」

「ん?」

「私とした事が、忘れていた」

「あぁ、気にする必要ないよ。正直、顔ももう微妙に思い出せないし」

「……事故、だったのか?」

「うん、交通事故。ハンドル操作のミスで崖からダイブ」

 

 んー、忘れていたって言ってるけど……わざとっぽいな。

 俺の昔を調べたいのか? 事故以外特に何もないと思うけど。

 

「その後施設に預けられてね。幸い、親の資産は銭形のおじさん――あぁ、ICPOの人が確保していてくれてね」

「なぜICPOが?」

「いやぁ、ちょっと世話になった先生の知り合いだったんだけど……うん、まぁ……知り合いでいいのかなぁ。俺もこの間知ったけど」

「?」

「あぁ、ごめん。気にしないで。まぁ、ちょっとした縁で色々動いてくれたのさ」

 

 メアリー、やっぱり俺を警戒してるよなぁ。真純も。

 あ、なんか腹立ってきた。メアリーには勝てる手段見当たらないから真純褒めちぎってプルプルさせてやろう。

 多分その後ボディブローか金的喰らうけど。

 

「しかし親、かぁ……あ」

「どうした?」

「いや、真純の親探すの忘れてた」

 

 この間も真純を銃撃の場に送り込んでしまったし、正直挨拶の一つ土下座の一つはやっておかないと気が済まない。

 

「……お前、まさか」

「ん?」

 

 メアリーが、信じられない物を見る目で俺を見ている。

 どしたのさ。

 

「いや……なんでもない」

「ふぅん。あ、そういやメアリーの親ってどうしてんだ?」

「私の?」

「あぁ。俺よりちっと年上っつっても若い娘さん預かってんだから、もし出来るんなら頭下げておきたいんだけど」

 

 コナンにせよ志保にせよ、あのアポトキシンとかいう薬で若返った年齢は大体10歳くらい。

 となると、見た目中学生くらいのメアリーは多分22~25……俺よりちょっと年上くらいだろう。

 仮に大学に行っていたとすれば卒業か就職かの年齢くらい。親が一番気にする年齢だと思うけど……連絡とか大丈夫かね。

 いや、これだけの切れ者なら上手い事やれていると思うんだけど。

 

「………………」

「なに、どったのメアリー?」

 

 なんか急に空気が微妙な感じになったんだけど……俺、なんか変な事言った?

 

 




ちょこっと事件ファイル

File321-322 消えた誘拐逃走車(アニメオリジナル)
DVD:PART12-2

 少年探偵団で誘拐事件となると真っ先に連想するのは歩美ちゃんですが、今回誘拐されるのは誰であろう主人公江戸川コナン。
 ……何気に誘拐されてるよねコナン。

 今回は、遊びに行きたい入院中のクラスメートのために入れ替わりを元太達に強要されたコナンが、本来のターゲットにかわり誘拐されるというストーリーです。

 アニオリで帝丹小学校の子供は出ていますが、クラスメートって名言されたのって他にいたかな……





本日のrikkaイチオシキャラクター

file225 商売繁盛のヒミツ(アニメオリジナル)
DVD:PART9-2

○亀倉雄二(かめくら ゆうじ)28歳

 5年前に宝石を盗みだした男
 宝石店から3億円相当の宝石を盗んだ後、当時建て替え工事中だった『まんぷく食堂』の地下に宝石を埋めて逃亡。
 そして、時効の5年を迎えるまで警察から疑われない様、日本料理店で真面目に働いていました。超真面目に働いていました。
 修行は厳しく、同僚は耐えられなくなって次々に辞めていく中、彼だけは5年経てば自分の物になる宝石を希望に耐えて、耐えて、耐えて――気が付けば、人の来なかった『まんぷく食堂』を大繁盛させる程の腕前を持つ板前になっておりました。

 ただしコナンから逆に犯罪の手ほどきを受けるほど犯罪に向かない男である。
 わざわざ赤毛連盟のような事しなくても……

・宝石の事があったとはいえ結構忍耐強い。
・ちなみに、ボロかったまんぷく食堂を自腹で改装している。
・住み込みとして押しかけたとはいえ給料なしでめちゃくちゃ働いている。
・修行で身に付けた調理技術を『まんぷく食堂』の主人に短期間で仕込んでいることから、教え込む技術も超高いと見られる。

結論:お前なんで泥棒した



他の登場人物紹介も

file562  虹色(レインボウカラー)の誘拐(アニメオリジナル)
DVD:PART18-10

○葛城健三(45)
警視庁捜査一課特殊班捜査係警部(SIT)

 誘拐事件に対して出張って来た刑事さん
 SITの役割を考えると、原作での誘拐事件が起こるきっかけになった事件を調べといてやれよと思わなくもない。
 まぁ、社長が自分の会社売ってるようなもんだし無理か……


file671-674 探偵たちの夜想曲
コミック:76巻
DVD:PART21-8

今思うと中々に豪勢だったシリーズ。
安室透二番目の事件ですね。

このほかにも世良に沖矢、そしてベルモットまで顔を出したりとまぁ凄かった。
そしてまたもや誘拐されるコナン……まぁ、これはわざとだけど。
最後の詰めが甘くて追いつめられるのは結構お約束ですが、そろそろコナンは時計と靴以外にもなにか持つべきだと思うんだ。

何が凄いって、これでとうとう毛利探偵事務所が完全に事故物件になった件。
この他にも、追われていた空き巣が隠れようとしたり、この探偵事務所は本当にセキュリティ強化した方がいいって絶対。
だってそもそもコナン(死神)が住んでる所なんだよ?

さて、本編に登場した『浦川芹奈』さんですが、どのような人物かは大体書いてしまっているので割愛。

ある意味でバーボン編の始まりでもあるエピソードなので、未見の方は是非! 既に見られた方(比較的最近なのでそっちの方が多いと思いますが)も是非一度見直してみてください!


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082:名を捨てた男

12月3日

 

 自衛隊からウチでの研修を依頼されることになるとは……。ホント、なんで?

 

 どうも自衛隊からも横流しの疑惑が出ているらしく、今度『自衛隊情報保全隊』という防諜部隊を新設するらしい。研修はそのための防諜要員の教育――いや、書いてて思ったけどウチでいいんだろうか。

 

 安室さんに調べさせた所、土門さんが自衛隊時代のツテを使ってウチを推薦したらしい。

 止めてくんない? いや、政治的に利用するのはこっちもやってるから別にいいんだけど、まずは警察側を強化しないとマズいって言うのに……。

 マスコミに少しだけ情報リークしてウチと土門康輝の繋がりを勘ぐる連中が増えるように仕向けたのもアナタですよね? ちくしょう……とりあえず警察側のテコ入れを優先したいし……。

 

 とりあえずメアリーに、これまでに鈴木財閥内部に確保し続けてきたプログラマーさん達に作ってもらった専用のプログラム渡しておいたので、それを使っての情報、印象操作に専念してもらっている。

 

 

12月5日

 

 自衛隊の防諜だけど、ぶっちゃけ何をどうすればいいのか分からないのでどうしようか悩んでたら、メアリーがプログラムのひな形組んでくれたマジありがとう! おかげでどうにかなりそうだ!

 

 そのひな形を元に安室さんと沖矢さんで色々話し合って研修プログラムを組み立てる事になる。

 研修は来年だから、この一週間で完成させたい。

 

 

 今日は、空いたテナント部屋に阿笠博士に頼んでいた機材を積み込んできた。いや、思っていた以上にデカい。完全にフロア一つのほとんどを占拠しちまっている。複数台用意したとはいえ……念のための発電設備まで用意するハメになった。まぁよし。

 現在開発中のゲーム機の試作機という話だったけど、現在では最高クラスのシミュレーターという事だ。

 開発名称はコクーンだっけか。さっそく沖矢さんが狙撃の訓練プログラム試してたけど満足いく出来だったらしい。

 

 明日は日本に戻って来る金山さんが、安室さんと沖矢さん監修の元、研修用の訓練データの作製を行う予定だとか。

 

 

―追記―

 

 警察からも公安からも依頼が来た件について。どうなってんだ……。

 

 

12月6日

 

 研修プログラムのデータがさっそく盗まれそうになった件について。

 三重プロテクトの二層まで抜いてくるとかすげぇなぁと思ってルート辿ったらどうもCIAっぽい。なにやってくれてんだ大統領。この程度じゃ交渉のカードにも微妙過ぎるらへんが実に嫌らしい。

 

 ちくしょう、とりあえずカウンタープログラムで少し反撃させてもらった。

 日本に残っている連中はちょっとパニックになっただろう。おかげで国内のCIAの人員もうちょい掴めたんで公安に全て報告。まぁ、今回はこれくらいで許してやるか。

 

 試作型コクーンを設置した時に導入したセキュリティすごいなコレ。

 ノアズアークって名前のプログラムなんて見たことなくて鈴木財閥のデータベースで調べたら、コクーンのセキュリティに登録されていた。

 

 コクーンのセキュリティがなんで俺のPCとかにまで影響してんのかわかんねーけどあれか、関連してる所全部をガードするように出来てんのか。

 

 

 

12月7日

 

 少しでも社会不安を拭うために、恩田さんや安室さんにテレビなどの広報活動をお願いすることになった。

 こういう活動は馬鹿に出来ない。特に、状況が悪化しつつある状況では。

 俺にも取材が多いけど、仕事も多い。

 山猫隊使って密輸現場を強襲してきたけどダミーだった。完全に手の内を読まれている。

 

 マジで手が足りねぇ、本来なら七槻の会社の人員をアンテナにして情報集めながら事務所の精鋭で潰す予定だったのが逆になってる。会社が稼働した今でも、かろうじて依頼や事件を捌けるかどうかレベルだ。

 

 人を増やすにも、募集をかけるのは止めておけとメアリーに止められた。

 組織としての価値が跳ねあがった今、余計な虫を内部に入れるリスクは避けるべきとの事だ。

 要するに、会社のほうはともかく事務所で人を増やすのは、こちらからのスカウトに限定すべきという話だ。

 

 スカウトって言ってもなぁ……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「えぇ、はい。話を聞いてみた所ジョディ=スターリング捜査官は表向き休業中ということでして……」

「えぇ……休業中で日本って無理あるだろそれ……」

「ですよね」

 

 最近ちょっと吹っ切れた感あるキャメルさんが、レポートを片手にFBIの動きを報告してくれている。

 ホント、色々と仕事押し付けてごめんね?

 

「FBIの面々の動きはどう?」

「えぇ、どうやら何らかの犯罪組織を追っているらしいです」

 

 どっちだ。枡山さんか、それとも例の奴らか。

 

「わざわざ日本に来たって事は、明確な目標があるって事だよね」

「えぇ、何人か候補がいるらしいです」

「その人間、誰か分かる?」

「いえ、ほとんどは……ただ、一人だけ」

 

 そいつは貴重だ。例の組織に対しての調査が枡山さんのおかげで全く進んでいない現状では、情報はかなり貴重だ。

 

「その、所長の知り合いなのですが……」

「俺?」

「はい、その……アナウンサーの水無怜奈さん……らしいです」

 

 いやちょっと待て。それむしろ完全に君達サイドの人間やん。

 アメリカサイドやん。

 

 あー、ちょっと待てよ。

 そういやFBIとCIAってぶつかることが多々あるって大統領さん言ってたっけ。しかも今回は間違いなくCIA側の縄張りに踏み込んでいる訳だし……。

 

「とりあえず、一つ確定したな」

「何がです?」

「FBIは完全に独断で、後ろ盾を何も用意せずに日本に乗り込んでいるという死ぬほど面倒な事してくれやがってるって事さ」

 

 ひょっとしたらFBIという恐らく重要な登場人物たちを強制送還にしかねないから政府筋には問い合わせてなかったけど、どうやらマジで正解だったようだ。

 だけど、これどうしよう? アメリカサイドですら一枚にまとまってないよね、これ。

 

「あ、あの……どうしてそのように……推理を……?」

 

 キャメルさんが顔を真っ青にして尋ねてくる。

 あぁ、大丈夫ですって。元同僚さん達追いつめるような真似はしませんから。

 

「判断材料はいくつかあるんですが……まぁ、まだちょっと秘密で」

 

 大統領とCIAの長官が来月日本に来るから、その間に会談の希望を出しておく……か?

 FBIに関してどう動くか分からないけど、そこら辺把握しておかないとキャメルさんにどこまで話していいか分かんねぇ。

 

「しかし、そうなるとますます面倒だな」

 

 FBI内部の裏切り者もまだ一部しか確定していない。沖矢さん――赤井さんも独自に調べているけど……。

 

「――いっその事取り込むか?」

 

 ふと思ったことが口に出た。

 ……あれ? 意外と悪くない。

 強行策として公安に情報リークして、動きをマークした上で適当に捕縛。

 スパイだって囲い込んだ方が見つけやすいし、仮に政府サイドが出張ってきても貸し一になるように立ち回れば……おぉ……。

 

「あ、あの、所長?」

「あぁ、ごめん。それで、調査の方面などでFBIは人員足りてる?」

「え、えぇ。その、大丈夫みたいです。私も支援を願い出たのですが、十分だと断られまして」

「…………頭数も十分あるか」

 

 真面目に取り込み考えてみようか。

 あくまで組織の調査に関してだけで。ついでに内部のスパイとっ捕まえよう。

 

「キャメルさん。とりあえず現状維持をお願いします」

 

 ……うん、他の仕事はなるだけ振らないようにしますんで。身体を大事にね?

 なんか体調悪そうですので気を付けてください。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 キャメルさんが退室した後、穂奈美さんにちょっと雑務を頼んで所長室に戻る。

 そして、無駄に座り心地の良い椅子に腰をかけると同時に、天井から微かに気配がし――伏せ札(ジョーカー)が静かに床に降り立つ。

 

「どう?」

「お前の予想通り、アンドレ=キャメルは今もFBIだ」

 

 少し気になる事があってキャメルさんにメアリーを付けておいた。

 FBI連中の情報の第三者視点のものが欲しかったし――赤井さん地味にはぐらかしてたし。

 

「なるほど、やっぱりか。……大統領に赤井さんも、そこだけちゃっかり隠しやがって」

「……どういう人脈なんだお前は」

「俺の周りは、ちょくちょく奇跡が起きるのさ」

 

 なんせ主人公格のそばにいるんだからな。そりゃあミラクルだってあり得るさ。

 それにしても……赤井さんまでキャメルさんの事秘密にしてるとか……よろしい、今夜の飲みは赤井さん持ちな上に尋問タイムな。

 

「それでどうする? アンドレ=キャメルはお前に虚言を用いた。FBI側の人間だろう」

「いや、どうするって……別に?」

「お前に害をなすかもしれんぞ?」

「俺にならいいさ。罠にかけようが背中から撃とうが刺そうが」

 

 むしろ、これであっさり完全に俺側に付いたらそれキャメルさんじゃねぇよ。

 悩んで迷ってあがいて、それでも頑張り続けるのがキャメルさんだ。

 そんな人だから俺も信じてるんだ。

 

「状況が把握できたのならばそれでいい。後はキャメルさんの判断に任せる」

「お前を敵とみなすかもしれないのにか」

「あぁ、それでいいのさ」

 

 意味無く裏切る人じゃないし、仮にFBIが俺たちに理不尽な真似をしようとすれば、キチンと止めてくれるだろう人だし……まぁ、いいんじゃないかな。

 

「……つくづく、お前は掴めん男だ」

 

 あと最近メアリー、微妙にため息増えてません?

 

「まぁいい。それで、お前の方は成果はあったか?」

「ありません」

 

 あ、やめて、そのピースサインやめて、それ眼つぶしの用意だよね?

 

「そうは言っても。この環境下で優秀な在野の人間探し出すって難易度ベリーハードだと思うんですが」

「存在自体が難解なお前なら容易いだろう」

「君、俺の事なんだと思ってんのさ」

 

 なんだろう、最近メアリーってば、俺への警戒は下げてくれたけど代わりに扱いがすごく雑になってない?

 

「メアリーのツテで誰かいない? 推理力とかよりも警察と上手く連携できそうな人物」

「裏で動く逃亡中の人間に無理を言うな……いや、」

「ん?」

「話を聞く限り、例の元幹部――カルバドスという男は確保しておきたい」

「協力的にはならないと思うんですけど……」

 

 あの時真っ直ぐ俺目がけて撃ったし。

 

「少なくとも組織、そして枡山憲三に対しては敵対関係にあるのだろう?」

「俺に対しても敵対関係になりそうなんだけど」

「私には関係のない話――」

「お・く・す・りっ! 俺が研究者とのパイプ役って忘れてねえか!?」

「冗談だ」

 

 君、基本無表情だから分かりにくいんだよ!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「アイリッシュ。準備、全て完了しました」

「あぁ。……ピスコは無事に?」

 

 アイリッシュというコードネームは、ピスコ――枡山憲三から与えられたに等しい名前だった。

 だから、今も男はその名を使い続けている。

 

「はい、無事出国致しました。ロシアに到着次第連絡を入れると」

「そうか……」

 

 事前に手引きをしていた仕事も今日で大詰めだった。

 これまでに裏に流してきた凶器、犯罪マニュアル、資金、情報。

 

「例の女も同行しているようですが、よろしかったので?」

「構わん。ピスコの傍に置いておく人間としては悪くない。それに、我流にしては狙撃の腕は高い」

 

 おかげで、全てが動いた。

 もう自分達は実質何もしていないに等しい。

 すでに社会の歯車に、くさびは打ち込まれた。

 

「組織の人間も、我々の象徴を利用しているようですね」

「こういう時だけフットワークが軽いのだな……」

 

 アイリッシュは、かつての自分の居場所を思い出す。

 何度も思い出す。へどの掃き溜めだった。

 どいつもこいつも、腹に一物抱えている。

 まともに話の通じる奴より、ただ殺す事だけを楽しんでいるようなイカれた奴の方がよっぽど信頼できる時点で、ろくでもない組織なのは間違いない。

 

「ジン……いや、ラムが俺たちを探しているようだ」

「……となると、キュラソーも? あの事務所から抜けたとは聞いていましたが」

「恐らく、な」

 

 アイリッシュは、痛む頭を押さえる。

 

「あの女はやっかいだ」

「工作員としては組織の中でもトップクラス……だからこそ、あの男の傍につけられていたと思うのですが」

「組織はビビっているのだろう。だから身の周りを固めたがる」

「我々に、ですか?」

「いいや」

「では、浅見透? 確かに、もはや会社等ではなく勢力といえる集団ですが……」

「いや、それも違う。――どういう訳か、あの方とラムは気にかけているようだが、組織ならば恐らく勝てる相手だ」

「では、何に?」

「……流れだ」

 

 次の計画は警察署の襲撃。目標は長野県警本部だ。すでに内部に手引きはいる。

 元から警察内部の押収品などを横流ししていた連中だ。どこにも、腐った人間はいるものだ。

 

「ピスコは、あの男に会う度にいつも言っていた」

 

 浅見透。恐らくもっとも、ピスコ――枡山憲三に影響を与えた男。

 

「人とは、短い間にこうも変わるものなのかと」

 

 アイリッシュは、その言葉をよく覚えていた。老人が酒の酔いに頼って己の内を零す。

 

「ほんの数カ月の時間で、ただの学生がこれほどまでに輝くものなのかと、な」

 

 だが、その言葉はいつしか、アイリッシュ自身が枡山憲三に向けての言葉になった。

 

「何事にも勢いというものがある。あのガキしかり、ピスコしかり……社会しかり」

「それが、組織の恐れるものですか」

「そうだ」

 

 ある意味で、枡山憲三も恐れるものだ。

 

「急な流れはなにもかもを変える。この短い間で、社会が変わりつつあるように」

「だからピスコは、流れを後押しするのですね。我々という色を、この世界に塗りつけるために」

「……あぁ」

 

 

 

 

 

 

――自分でも信じ切れていない事に肯定の返事をする、か。……らしくないな、アイリッシュ

 

 

 

 

 

 

 別の男の、声がする。

 それに遅れて、爆音と熱風が。

 

 計画の要の武器の数々が、弾け飛ぶ。

 

 

 

 

「お前はそんな言葉を使う男じゃなかったハズだ」

 

 燃え盛る炎を背に、一人の男が歩いてくる。

 いつもと同じ様にキャップを被り、サングラスで顔を隠し――男は自分の足で、アイリッシュ達に向かってくる。

 

「……お前」

「あの女から聞いていたハズだ。あの老人は俺が撃つと」

 

 表情は見えない。サングラスが目元を隠し、口元に変化は見られない。

 唯一、忙しく動くのはその右手。

 リボルバーをくるくる回す、その手だけ。

 

「あの老人は、浅見透と戦うために最短のルートを選ぶだろうと予測していた」

 

 戦う意志を、その手に込めて。

 

「監視の体制が多い日本で戦力を集めるには限界がある。日本に種を蒔いて、外に出るのは予測していた。時間稼ぎの大きい計画を張る事も」

「……お前、本気で俺たちと戦うつもりだったのかっ!」

 

 アイリッシュは、信じられない気持ちで男の顔を見ていた。

 一人なのだ。

 

「だから、ここで出鼻を挫く。奴をこの国の外へと締め出し、その間に奴のくさびを外す」

 

 爆発により混乱したアイリッシュの――いや、枡山憲三の部下達が武器を持って集まろうとしている。

 負傷者は出ただろうが、それでもかなりの数の罵声と走り回る音が響く中――

 

「警察には情報をリークしておいた。少なくとも、再度あの男が日本に根を張るには時間がかかるだろう」

 

 目の前の、かつての同僚は一人で立っているのだから。

 

 

 

 

 

「お前達の計画、野望、野心」

 

 たった一人で、立ち向かうつもりなのだから。

 

 

 

 

「全て叩き潰す……っ!」

「カルバドスぅーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 




裏主人公、出陣


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083:幾度目かの20歳のイヴ

「ふぅ……」

 

 女は、爆弾のスイッチを握り締めたままその光景を離れた所から眺めていた。

 誰も来る者はない。そも、知る者もほぼいないだろう隠された倉庫。

 その隠されていた荷は、今しがた全て吹き飛ばした。

 男に頼まれた、たった一つの依頼だった。

 いや、もう一つ。男が敵を引きつけている内に、安全に脱出すること。

 

 

――これは俺の個人的な寄り道だ。

 

 

 女は、手を組んでいる男の言葉を思い出し、苦笑を浮かべる。

 

「本当に、男という生き物はどいつもこいつも」

 

 今頃、銃弾の雨嵐を掻い潜り暴れているだろう男。そしてもう一人――どこかのだれかの姿を。

 

「馬鹿ばっかり……」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

12月8日

 

 どうにも長野の倉庫街でドデカいドンパチがあったらしい。高明刑事がこっそり情報を流してくれた。

 おまけに中身にどうも、神奈川県警内部で横流しされていたと思われる品が混ざっていたのだと彩実刑事も情報を流してくれた。

 なお、長野県警からの横流しも確認されたと高明刑事からの情報に付け加えられていた。

 予想はしていたけど……。

 

 一度に使われれば小競り合いでは済まないレベルの銃火器、それらを無事押収。

 ただし、その情報が表に出る事はないようだ。

 ま、そりゃそうだろう。両警察の特大級の汚点をそうそう明かすわけにはいくまい。

 

 次また非番が重なる時を見計らってこっちに来れるようにするらしい。

 三人で飲もうと言う話だ。

 

 うん、絶対ただの飲みじゃないよね? 飲みという名前の作戦会議だよね?

 

 

12月9日

 

 以前、万引きしようとしていた女の子をとっ捕まえて止めさせた事があったんだけど、その子が七槻の会社に無事入ったようだ。や、手引きしたの俺だけどさ。

 

 水野薫子(みずのかおるこ)

 まだ高校生なのだが、バイトという形で入ってもらった。

 

 ぶっちゃけ、万引き止めた後に店に頭一緒に下げに行った後からなんか懐かれて、これまでちょくちょく小さい仕事や俺の補佐を頼んだりしていた。

 おかげで、仕事に関しては問題ないだろう。ウチに遊びに来た時に穂奈美さん達から合気道習ってたし。

 

 問題はむしろこっち。そうこっち。

 ぶっちゃけ向こうが整ったら、ふなちに戻ってもらおうかと一瞬思ってしまった。

 しないけどさ。ふなちまでこっちに来ちまったら意味がないからさ。

 

 本当にどうしよう。もういっその事スパイ上等で怜奈さんを――いやぁいかんいかん、メディアに対しての玄関口を減らすわけにはいかんし……

 

 

12月10日

 

 長野で起こったドンパチの現場を調べに向こうに出かけ――追い返された。只今長野のホテルにてペンを取っている。

 ちくしょう、四国の一件があるから俺達を警戒してやがるな。

 

 まぁ、今は中に忍び込んだ沖矢さんと瑞紀ちゃん、真純が中を調べている。さっきからチマチマと、阿笠博士が作ってくれたカメラで撮った画像をこっちに送ってくれている。

 

 万が一に備えてメアリーもこっそり近くにつけているし大丈夫だろう。

 というか、メアリーってば妙に沖矢さん高く買ってるよね。

 

 真純が長野に同行したいって言いだした時に、こっそりメールで沖矢さん同行させろって言ってたし。

 さて、そろそろ下のバーに行くか。ちょうど青蘭さん来てたみたいだから飲みに誘っておいた。

 

 なぜかメアリーから、お前は下手に動くなって忠告されてたし休憩がてらちょっと一息入れさせてもらおう。

 警察官のパトロール情報や、あの現場にこだわっている警察の人間の洗い出しを一日である程度終わらせたから疲れた。

 

 

12月11日

 

 久々に大学に出た。

 ヤバいな、七槻とかふなちはどうにか学校行けて――っていうか行かせるようにしているけど、こっちは入院とかカチコミとかしている日数が多くてちと不味い。

 いや、不味いっていうのもなんか納得いかないんだけどさ。

 

 大学側からも遠回しに中途退学勧められるしちくせう。

 や、わかるけど嫌なんだよなんか。

 止まっている時間の間になんで俺が止まる前にやってた事捨てにゃならんのだ。

 

 ともあれ、久々の講義――というか、なんか久々に七槻とふなちの二人と肩を並べて外を歩いた気がする。

 カリオストロからこっち忙しかったからなぁ。会社の事もあって。

 

 んで、恩田先輩含めた四人で学食で飯食おうとしたら、安室さん達事務所の人間もいた件について。

 目立つよ。そりゃあ目立つよなにしてんのアンタら。

 穂奈美さん達も来てたからな。それに怜奈さんも。

 

 単純にこっちにご飯を食べに来たらしい。

 いや、まぁちと前にもキャメルさんと初穂さん来てたけどさ。

 キャメルさんこっちでもカレー食ってたけどさ。

 

 おかげで遠くから地味に写メ取られまくってたわ。

 安室さん最初はカメラとかテレビとか全力で避けてたけど、なんか今年に入ってからノリノリだよね? なにか心境とか環境に変化でもありました? ヤケクソってわけじゃないですよね?

 

 

 

12月15日

 

 微妙に治安が良くなってきた気がする。

 というか、犯罪が雑になって来た。

 白鳥刑事が言ったように、枡山さんマジで海外に逃げた? 勢力伸ばすって言うなら分かるけど、それならこっちに致命的な一手を打つと思って警戒してたけどそれもなし。

 

 やっぱり例のドンパチか?

 痕跡は消されていたらしいし、念のためにメアリーも後から調べたらしいけど詳細は不明との事。

 

 対抗勢力が現れたのかもしれないとメアリーは言っていたな。

 問題はそれがどこのどれほどの規模の組織なのかという話だが。

 

 とはいえ、今ならば少しは猶予がある。恩田先輩と初穂さんの二人、ちょっとイギリスまで出張。

 元々米花町で多かった身代金目的を始めとする誘拐事件の対処は、地味にウチに良く来る案件であるので今回研修に出てもらう事にした。

 

 解決というより交渉(ネゴシエイト)の研修だ。

 警察に電話するなと言うのを真に受けてこっちに電話してくる人が多くて多くて……。

 

 捜査、逮捕は警察に任せてこっちは交渉に対応するのが主だった。

 瑞紀ちゃんの変装スキルを使って交渉役と入れ替わったりとか。

 

 いい機会だから正攻法を覚えてくるのもいいだろう。イギリスは誘拐保険があるため、交渉等の蓄積は多い。

 ホントは初穂さんと双子のどっちかの予定だったのだが、恩田先輩の強い要望で向かわせることにした。

 

 元々努力家な恩田先輩だけど、例の蘭ちゃんが記憶を失くした事件からえらく気合い入ってるなぁ。

 

 

 

12月16日

 

 空港まで見送って来た。なんか真純が微妙な顔してたけどアレなんだったんだろう? メアリーもなんか微妙な顔してたし。――というか頬抓られた。『お前は一体何なんだ』と言われましても……。

 

 というか最近メアリーと過ごす時間が多い気がする。

 最初の条件に、接触は最低限と言われてたけど……監視なの? 観察なの?

 

 まぁ、態度が柔らかくなった気がするから別にいいけど。見た目年下の年上っていう複雑な立場だけど、やっぱり綺麗な(ひと)はいい。

 源之助も妙に懐いてるし……クッキーは懐かないけど。

 クッキーは、最近だとむしろ真純に懐いているな。

 

 家に遊びに来ると、とてとて~っと近づいて鼻先擦りつけてるし。

 クッキー連れて飼い主の顔見に行くか。レストランの飯盛さんも連れて。

 

 

 

12月17日

 

 再び女子会に同席する事になった。

 というか女優会か。

 メンバーは星野さんと沢崎さん、それと来日していたクリス=ヴィンヤードさん――前に会った外人さんだった。その節はどうも。

 

 いやぁ、飲んだ飲んだ。クリスさん話がえらく上手いわ。

 仕事の話を詳しく聞こうとしてくるから話を誤魔化すの大変だった。

 

 そこからキャメルさんと金髪の美人さんも来てなんか微妙に気まずかったわ。

 顔写真では知ってたけど、例のFBIの人かぁ。

 うん、美人ではあったけど……なんだろう、こう……嫌な予感というか妙に不安にさせるというか。

 

 完全に勘だけど、キャメルさんに目を離さないように言っておこう。

 

 

12月18日

 

 尾行されてる件について。

 ターゲットは俺と、多分志保。志保はどうやら気付いてないみたいだけど。

 

 組織の人間ならばとっくに手を出してるだろうし、そもそも志保が言うには組織の人間は基本的に分かるらしい。実際、安室さんには近づこうとしないし、沖矢さんも明美さんから聞いてなかったら組織の人間だと思ってたらしい。まぁ、そりゃそうだよなぁ。

 

 さて、そうなるとアイツらは誰だ? 外人っぽいけど、プロじゃない。というか、微妙に日本に慣れていない?

 少なくともCIAほど上手くはない。アイツら気が付いたら色々ちょっかい掛けてくるから。

 

 となるとFBIか? ちくしょう手が足りねぇ。

 

 恩田先輩達も帰ってくるのは年明けだし……。まぁ、そっちはいいか。

 なんか向こうで早速テロ事件の捜査に協力、解決したらしいし心強い。

 スコットランドヤードとのつながりも作って来たと報告あったしホントありがたい。

 

 あれ? 誘拐関係の研修だったよね?

 

 

 

12月19日

 

 キャメルさんにカマかけてみたけど本気で知らないっぽい。

 もしこれが演技だというのならば、FBIが本腰を入れてきたという事だ。あるいは、最悪キャメルさんが向こう側に切り離されたか。

 

 さて、どうしよう。

 FBIを取り込もうと考えていたけど、俺の家族に手を出すのならば公安の人に情報提供して外交問題にまで持っていくのも辞さない構えだ。

 

 とはいえ、とはいえ、だ

 重要人物に外に行かれるのもあれだし……

 

 蘭ちゃんの学校にいるってことだし、コナンと出会うようにセッティングしてみるか。

 まずはそっからだ。

 

 

 『追記』

 よく考えたらジョディとか言う人の件はおかしい。なんでまだコナンと出会ってないんだ?

 キーとなる事件が起こっていない? いやでも接点は確実に出るはずだ。

 これが例えば安室さんとか風見さんとかそういう人間なら分かるけど、蘭ちゃんが間に入っている人物で接点がないってどゆこと?

 

 あ、駄目だ。書いてて胃がシクシクしてきた。

 

 

 

12月22日

 

 CIAにちびーっと情報リークしてFBIの動きに対応してもらっている。馬鹿正直にFBIとは言わず、こっそりいくつか手掛かりバラ巻いていったけど、上手い具合に調べて手を打つハズだ。今回はFBIがCIAの領分にある意味土足で上がっている事になるし。

 

 多分、こっちに情報は来ないだろうけどいい牽制になるはずだ。

 

 事実、昨日今日は監視の目はほとんどなかった。

 おかげでのんびり七槻とふなち、志保の買い物に付き合って映画見て飯食って帰ってきた。

 

 ワインも飯も美味かったなぁ。七槻もいい店知ってたもんだ。

 

 

 『追記』

 今、メアリーから連絡入った。さっそくCIAとFBIが、互いの正体を知らずに諜報合戦を繰り広げているようだ。

 時間稼ぎにはなったか?

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「こうして君とゆっくり街歩くのも久しぶりだね」

「だなぁ。最近は会社の件で忙しかったし……」

 

 何度目かの20歳のクリスマスイヴ。

 去年は仕事の処理に慣れてなかったのもあって、こんな風にゆっくりしている暇なんてなかったが、今年はちっと忙しい程度で済んでいる。まぁ、人員が増えたのが一番だ。

 

「さて、楓のクリスマスプレゼントは何にするべきか……」

「哀ちゃんはいいの?」

「アイツにはもう用意してある」

 

 フサエブランドのバッグとか抜かしやがったので拘束してくすぐりの刑に処してきた。その後鳩尾にヘッドバット喰らった後に顎に一発いいのもらったけど。

 俺を昏倒させるとかやるな、アイツ。

 

 まぁ、アイツには研究施設とセキュリティと色々用意してやったし、子供らしく服でいいだろう。

 カシミヤ生地を安く回してもらってたから、二月ほどかけて楓とセットでコート作っておいた。それに既製品のちょっとした小物か帽子を付けてやればいいだろう。

 

「しかし、肝心のお前へのプレゼントがこれでいいのか?」

「いいのいいの。浅見君に任せようとすると気合い入れちゃうでしょう? 今は渡す人数多いんだから、これでいいの」

 

 むぅ。去年はほとんど何も出来なかったから気合い入れようと思ったのに、ただ単に出かけるだけで良いと言われるとは。

 金出そうと思っても頑なに拒否されるし。普通に割り勘だ。

 

 ちなみに明日はふなちだ。プレゼントの準備始めようとした時に真っ先に仕事を入れないように釘を差されていた。

 

「なんだろうね」

「ん?」

「こうして仕事とかで忙しくなると、なんだか学校や、こうして君と歩いてるのが凄く楽しいんだよ」

「……こっ恥ずかしくなるから止めてくんない?」

「ふふっ」

 

 なんかコイツと最近腕組むの増えたなぁ。

 まぁ、前に普通に歩いてたら雑誌になぜか不仲説書かれたからなちくせう。

 多分、越水が事務所離れて会社作ろうという話を出したあたりだからそれが原因だろうけど。

 

「じゃ、ま。デートの続きと行こうか。次、どこ行く?」

「そうさね……」

 

 去年もそうだが、今年も激動の一年だった。

 おかげで、最初の一年の時ほどパニックにもならないし、憂鬱にもならないが――逆になにか寂しさを感じる。

 こんだけやっても変化がない事の寂しさか、こんだけあって去年とか言っているのになにも違和感を覚えない皆に対してか。

 

「とりあえず、適当にブラブラ駅の周りの店覗いてみようぜ」

 

 きっと、俺が学校を次の進級をするまでには、大きく変わってしまうだろうこの街を。

 ちょっとでも長く、コイツらと一緒に眺めていきたい。

 

 

 

――もうすぐ、また明けない新年が来る。

 

 

 




本日のキャラ紹介

水野薫子(みずのかおるこ)
File478 リアル30ミニッツ(アニメオリジナル)
DVD:PART16-3

別名、個人的にあの同時進行のテレビ番組の意味を小一時間問いただしたい回。
そこまで好きな話というわけではないハズなのに、なぜか妙に印象に残っている話。

やるならいっそ、高木と犯人のキャッキャウフフ回くらいぶっ飛んでくれてたらなぁと少し思う。

そんな話の中に出てくるのがこの子です。
紫のメッシュが印象的な、万引き常習犯。
じつは年齢不詳なのですが、多分高校生くらいだろうと辺りを付けて本編の設定にしました。

口は悪いですが元気がよく、同時にはみ出したいだけの普通の女の子でしたね。
こういう子の方が妙に可愛く見えるのはなんでなんだろうか。



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084:探偵事務所の業務は多岐に渡る

「やれやれ、会社の金で海の外に来れるとはいい会社に入ったもんだ。なぁ、恩田」

「鳥羽さん……普通にロンドン楽しんでましたよね」

「レポートはキッチリまとめたよ。仕事だからさぁ」

 

 鳥羽の言う通り、自分達がここに来たのは誘拐や立てこもりと言った特殊犯罪に対しての交渉術の基礎を学び、それのノウハウを持ち帰るためだ。

 なぜか途中、爆弾テロに出くわしてその犯人追ったり格闘したり解体したりと慌ただしかったが。

 

(コクーンで解体実習やっておいてよかった……)

 

 ゲーム感覚というのもあって爆弾解体や格闘、狙撃、パラシュート降下等の完成したシミュレーターをいくつか行っていたが、かなり有効だった。特に爆弾の捜索シミュレーターはかなり役に立った。

 

「それより、恩田」

「……これ、やっぱりそうなんですよね?」

 

 適当なカフェで食事を摂りながら自分は――そして鳥羽も――目を動かさずに視界でそれを探知していた。

 

「尾行……それも二組」

「イギリス側でしょうか?」

「さてねぇ。ま、仕掛けてくる様子はないし護衛と考えておこうか」

 

 鳥羽は本当に気楽そうにそう言うが、気が気ではない。

 なにせ、つい先日テロを相手にしたばかりである。

 

「ここで気付かれる程度の相手なら気にしなさんな。わざとなら意味が無いし――」

 

 鳥羽はサンドイッチを摘み、眉をひそめる。

 

「……安室の作った奴の方が美味いな」

「あの人、なにやらせてもプロ顔負けですから……」

 

 自分も一つ摘まんでみる。確かに、ウチのエースの作るサンドイッチの方が美味い。

 なんというか、微妙に冷たいし味が微妙だ。

 

「それで、尾行は本当にこのまま放置でいいんですかね?」

「あぁ、ここでウチらになにかあったら、ウチらのボスがどう動くか読めないだろうし――ボスも万が一の対策は打っているって言ってた」

「なら、私達は本来の仕事に専念すればいいんですね?」

 

 日本での仕事ならば、大抵緊急事態が起こって企業や警察関連の施設に潜入したり見張ったりする事になるのだが……。

 

「そうそう。ま、肩の力を抜いて楽~に――」

 

 そう言う鳥羽の言葉が止まる。

 視線が、尾行とは違う方向に向かう。釣られて自分も。

 

 一台のバン。

 人通りが多い中に溶け込むような、普通のちょっと使い古された車。

 その中に、押し込まれる少女の姿を見た。

 

「楽に……とはいかないようだね」

「――ですね」

 

 脱いでいたジャケットに袖を通し、手持ちの装備の確認をする。

 いくつかの装備は置いて行っているが、基本的な装備は十分に足りている。

 

 ――要するに、事件を解決するには十分な装備が。

 

「さて、行こうか。浅見探偵事務所の出張サービスだ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

1月1日

 

 何が地獄って年賀状が地味に地獄すぎる。

 単純な取引先やお得意先だけでも大変なのにそれ以上にわんさか送られてくると、それを返すのにまたえらい手間がかかるちくせう。

 

 まぁ、忙しいからあんまり余計な事考えなくていいってのは良いのかもしれない。

 

 例によって事務所の皆と初詣。今回は色々手が回せたおかげで以前みたいにマスコミ連中でごちゃつく事は無かった。

 去年と違うのは、少年探偵団が別行動だった事か。志保の事もあるし、阿笠博士に頼んで手配してもらった。

 実際、ウチは新年の挨拶って事で午後からはレストラン使って立食パーティになってたし。

 料理は同じ物を送ったし、元太も満足していたらしいし問題なし。

 こっちと向こうで違う物があると言えば、この間皆を連れて行った釣りで元太が自分で釣った魚を料理にして出したことか。

 

 うん、よし。やっぱりボート買おう。

 

 

1月5日

 

 昨日今日と連続で警察の人間と飲み会だ。

 昨日と今日で非番の人間が違うので、交互にそれぞれの飲みに参加した形だ。

 

 昨日は刑事が多く、今日は交通課の人間が多かった。というか婦警か。

 酔っぱらった由美さんに絡まれたり、三池さんに惚れた男の事で泣きつかれて、佐藤さんには怪我が絶えない事で絡まれたりの飲み会だった。

 

 あれだよね。ずぼらな所もあるけど、佐藤さんなんだかんだでオカン気質だよね。面倒見いいよね。

 だから高木さん、明日からあの眼は止めてくれませんか? 止めてくれますよね?

 明日もあの眼だったら強行犯係の前でずっと土下座してやる。延々土下座してやる。

 

 そろそろ恩田先輩達の飛行機が着く頃だし、お迎えに行ってこよう。

 なんか向こうにいる間に誘拐やらテロやらに出くわしまくって大変だったらしいし、秘蔵の酒瓶で歓迎するとしよう。

 

 

1月10日

 

 各機関からの研修依頼を本格的に処理する事になった。

 と、いうか一部の県警がえらく熱心に打診してきて仕事が増えている。

 

 彩実さんや高明さんが、こっそりとウチらの宣伝をしているのもあるだろう。

 もっとも、肝心の長野も埼玉も動きが鈍いけど。

 この二県が要注意対象か。安室さんに調べさせておこう。

 とはいえ、長野は最近妙にガードが固い。埼玉も同様だ。

 

 これまでは、コナンが住んでいる場所だっていう理由で警視庁を重視していたけど、どうもこれから先はそれだけでは足りなさそうだ。

 

 場合によっては警察内部の裏切り者の策で警察そのものが敵になったり、警察の施設が占拠される可能性もあるんじゃないかと考えるようになった。

 

 話的に、敵対とまでは行かなくても一度か二度警察とは当たりそうだしなぁ。

 推理物で主人公が疑われるなんてお決まりだし。コナンは見た目小学生だから無いにしても、小五郎さんとか……あと、俺とか。

 

 現在、安室さんと沖矢さん、初穂の三人と山猫隊主体で警察署が制圧される場合のパターン、その場合の制圧作戦、奪還作戦のシミュレーションを立てさせている。

 

 使う事がないのが一番だけど、万が一に備えて損はないだろう。

 今は警視庁をモデルに計画を組み立てている。

 機会があれば、小田切さんや白馬警視総監に掛け合って実際に訓練と称して計画通りいくかやってみるか試してみるのも良いかもしんない。

 

 

1月13日

 

 安室さんからの提案で、シミュレーションに公安の風見さんも一枚噛ませる事になった。

 これで、ある意味で公的なプロジェクトになったわけだ。

 そうだよ、安室さんの提言なかったら俺らただのテロリストだよ。

 だって計画、警察署だけじゃないもん。

 書類に偽装テロとか交通網破壊とか物騒なワードが並んでるもん。そりゃあ例のセキュリティの一番ガードの固い所にデータ封印ですわ。

 

 風見さんドン引いてたもん。懐に手が行ってたもん。あれひょっとしなくても手錠取り出すかどうか悩んでたもん。

 

 

1月16日

 

 再び安室さんからの提案で、公安職員が守る建物を、銃火器無しで制圧できるかどうか演習を行ってみた。

 人員は俺、安室さん、沖矢さん、瑞紀ちゃん、キャメルさん、恩田先輩に山猫隊各員。

 結果? 意外に勝てた。

 

 エアガンっていうか、ペイント弾を向こうに使ってもらって、こっちはペンみたいにインクが付くナイフのみでやってみたら、負傷扱いが数名出たけど勝っちゃった。

 

 まぁ、安室さんと沖矢さんが強すぎただけな気もするけど。あと瑞紀ちゃんの援護というか撹乱がドンピシャすぎて……。

 

 一番驚いたのは恩田先輩か。風見さんと普通に格闘戦して、ほぼ相討ちとはいえ勝利をもぎ取った。

 安室さんがめちゃくちゃ感心してたわ。

 

 

1月25日

 

 越水の調査会社の方からこっちに流す必要があるとした仕事はこちらで受け取れるようにしていた。

 今、それをすごく後悔している。ちょっと仕事増えすぎ。事務所にしばらく泊まる形になってしまった。

 

 やはりというかなんというか、誘拐事件が思った以上に多い。恩田、鳥羽コンビはここ最近本気で忙しかったと思う。神経使う仕事だし。

 

 多分、今まで表に出ていなかった分が、警察じゃない民間という捌け口が出来て吹きだしてきたのだろう。

 二人の意見聞いてみると、何人かプロっぽい犯人がいたって話だし。

 SITの葛城さんとも協力して、この一週間ちょいで誘拐事件5件解決。人質無事保護。うち、犯人逮捕は3件。

 

 恩田先輩、今は企業合併の調査、交渉役として次郎吉の爺さんに最近連れ回されていていないんだけど、SITの葛城さんから電話来るんだけど。

 まぁ、初穂さん行かせたけど。

 

 調査会社の方でも、基本的には素行調査や探し人――あるいは物が主となっているが、たまに奇妙な依頼が来る。具体的には護衛依頼とか。

 

 危ないと感じた時は、メアリーに依頼。瑞紀ちゃんから教えてもらった変装技術で俺直々にちょっと顔を変えさせて援護を頼んだ。

 

 でも、最近思うけどメアリー結構手が早いよね。なんていうか、口より先に手が出るタイプというか。

 いや、俺も制圧しなきゃいけない可能性があるとしてメアリーを投入してるんだけど、制圧率100%というかなんというか……。

 

 後、地味に俺の病室のセキュリティ攻略するの勘弁してくれませんか。俺が解く楽しみが減るじゃないですか。

 

 おととい、ちょっと車に轢かれて検査入院している間にあっさり入ってきて俺びっくりしたよ。

 

 

2月3日

 

 志保の研究室が稼働できるようになった。セキュリティも万全である。

 そして同じ病院に俺の専用病室が作られていた。七槻テメェ……いつの間に次郎吉の爺さんに依頼してやがった。

 

 とりあえずコナンを呼び寄せて病院で一度精密検査をしてもらっている。志保もだ。

 そのデータは全部志保に渡る事になっている。コナン達の身体検査や研究のデータは基本的に全部志保の管理で、地下にはIDを持った人間以外は入れないようにしているから大丈夫だと思う。

 

 今のところ、入れるのは俺と志保だけだ。

 

 で、問題は早速それを調べ回ってる奴がいる事だ。

 監視カメラで怪しい人間チェックしたら、例の金髪メガネさんがいた件について。

 

 よくこっちが分かったなというのが正直な感想だ。俺がよくブチ込まれる病院の方にダミーばら撒いてたんだけど、どうやら引っかからなかったらしい。

 

 こうなると、狙いは俺というよりも志保と考えるべきなのだろう。

 とりあえずいつでも動けるように準備だけは済ませておくか。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「キャメル、例の病院施設にどうにかして入れないの?」

「え、えぇ……。そもそも、ジョディさんから聞いて初めて知りましたし、どういうセキュリティが張られているのかも全く……」

「それじゃあ、水無怜奈との繋がりは!?」

「そ、それも……森谷帝二の連続爆破事件以前には全く見られません。例のクリス=ヴィンヤードも同様です。所長の話だと、以前何度か顔を見た程度だったと――」

 

 鬼気迫る表情で問い詰める金髪の女性――ジョディの気迫に押されながら、自分が知り得る情報は出来るだけ隠さずに伝えていた。

 

 唯一ぼやかして伝えているのは、政府関連の仕事の内容くらいだ。

 

(それにしても、わざわざ病院を買い取ったうえで機密区画を作るなんて……)

 

 あの所長が、この数カ月で急激に組織を拡大させているのは確かだ。

 今までマスコミや医療機関に強い興味を示していたのは知っていたが、枡山憲三が手配されるようになってからは多方面に手を伸ばしている。枡山憲三が会長を務めていた会社を手にしようとしている気配もある。

 

「……彼がガールフレンドに建てさせた会社は?」

「特別おかしい所はありません」

 

 あの会社についても調べていたが、おかしい所は何もない。

 そもそも、あの所長が元副所長――越水七槻に無茶な事をさせるはずがない。中居芙奈子も一緒というのならば尚更だ。

 

「強いて言うなら、ある意味で浅見探偵事務所以上に警察との繋がりが強い事でしょうか。多数の法律相談事務所とも繋がりを強めています」

 

 何かと話題になるのは浅見探偵事務所だが、地域と密着しながらも警察と上手くやっているのは調査会社の方だろう。

 所長が越水七槻に求めているのはそれだろうし、越水七槻もそれを理解して動いている。

 

「……必ず何かあるわ。浅見透と、奴らの間には」

「それは……」

 

 否定は出来ない。

 枡山憲三――連中の幹部、ボスにもっとも近いとされる存在の一人だった男に、ある意味もっとも強い関係を持つ男。それが自分の仮初のボスであり、自分達FBIがもっとも警戒してしまっている男である。

 

「幹部である可能性の高い水無怜奈、それに……あの女とも接点のある男が……」

 

 先日、浅見透に接近しようとしたジョディだが、その計画は延期になった。

 ジョディが、とても冷静ではいられなくなったからだ。

 

「無関係な訳、ないじゃない……っ!」

「ジョディさん……」

 

 そうだ、無関係ではない。それは自分も強く思う。

 ただし、ジョディが考えているのだろうそれとはまったく真逆だった。

 

 彼こそ――浅見透こそ、自分達と共に戦ってくれる人間ではないかと。そう考えている。

 

(どうすれば、ジョディさんがあの人を信じてくれるのか……)

 

 つい先日、何者かがこちらの通信を傍受しようとしているのが発覚した。

 ジョディ達は、それを浅見透の手に依る物だと強く信じているようだ。

 無理もない、FBIであるという事が知られていると自分が伝えてしまったからだ。

 

(どうするべきなんだ、私は……)

 

 最近増えたため息を付いて、キャメルはそっと携帯を開く。

 FBI同士の連絡に使うのとは別。浅見探偵事務所用の携帯だ。

 そして、先日届いたメールに目を通し、再びため息を吐く。

 

 

『この間キャメルさんと一緒にいた女の人、ジョディさんだっけ? ちょっとヤバい気がするから目を離さないようにね♪』

 

 

(所長……せめてもうちょっと詳しく書いてください……)

 

 

 




そろそろ灰原視点+リクにあった双子視点も書くか。
そしてもう一話追加して激変していく世紀末じゃない世紀末編突入


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085:当事務所は、出張費を多めに出すのが特徴です

「よう志保、おかえり……って言っていいのか? まぁいいや、ここの様子はどう?」

 

 実質、私専用の個人研究室に唯一入ってこれる人間である浅見透が、おざなりに作った応接スペースのソファにいる。……というか、ダラけている。

 

「アナタねぇ……」

「ん?」

「例のFBIはどうしたのよ? 尾行されていたんでしょ? 私とアナタ」

「あぁ、そっちは対処した」

「対処したって……」

「出元偽装して情報撹乱を仕掛けた。今頃、俺たちどころじゃないはずだ」

「…………」

 

 思わず、頭を抱えてしまう。

 これだ。

 この男、正直な感想を言えば誰よりも頼もしいが、同時に誰よりも予想がつかなくてどう反応していいか分からなくなってしまう。

 

「偽装した先は、いくつか枝分かれした先にダミー仕込んだ上で例の組織に関連していると思われる所にしといた。上手くいけば先にFBIが奴らとやり合ってくれるかもな」

「仮に組織とFBIが戦闘になったら、アナタどうするつもり?」

「横っ面殴り飛ばして美味しいとこ持ってくつもりだけど……」

 

 それがなにか? とでも言うような表情であっさりそう言う姿は、やはりあの組織に恐れられる男なのだと改めて思い知らされる。

 

「問題はそっちよりもこっち。機密性高くしたのはいいけど、おかげで改装なんかがやりづらくなってな。問題点は見つかり次第言ってくれ。改装やら搬入を計画する時は念入りにしねーと」

「ねぇ」

「ん?」

「なんだか私、組織を抜け出した気がしなくなってきたんだけど……」

「なに言ってんだい、警察に追われる立場じゃなくて警察使う――間違えた、協力する立場なんだから」

 

 なんでこの男は逮捕されないんだろうか。

 この家に来てからある意味で最大の疑問である。

 

「で、薬の方はどう?」

「今の所、とりあえず工藤君が元に戻ったって言う例のお酒――パイカルの成分を分析している所よ。一応種類も揃えて調べさせているけど……以前のデータが消えてしまっているから、どうしても手探りになるわ」

「時間がかかる?」

「ええ」

「まぁ、分かっちゃいたけど……とりあえずレポート作製しておいてくれるか?」

 

 自分もまだ顔を見ていないのだが、私と工藤君の他にもあの薬を飲まされ、身体が縮んだ人間がいるらしい。

 できれば一目会っておきたいのだが、本人の意向もあって隠しておきたいという事だ。

 

(……まぁ、この男だから私を騙してデータをどこかに売りさばく訳ではないと思うし)

 

 胡散臭い男であるには違いないが、自分を守ろうとしてくれているのは十分以上に分かる。

 自分に対してのセキュリティの厳重さや、万が一の時の備えの豊富さを見れば一目瞭然だ。

 

(唯一不満があるとすれば、お姉ちゃんと自由に会えない事だけど)

 

 それも、姉を守るために全力を尽くしているからだというのがよく分かる。

 

(本当に……面倒な男ね)

 

 下手に覗き込んだら――引きずり込まれそうになる程に。

 

「あ、志保。さっき、ちょっと面白い茶葉買ったんだ。良かったら淹れるけどどう?」

 

 その男は、無邪気な笑みを浮かべて紅茶の茶葉が入った缶をどこからか取り出し、軽く私に振って見せる。

 やっぱり、この男だけは掴めない。

 

「えぇ、お願いするわ。アナタの事だから、お茶菓子も用意しているんでしょう?」

「もちろん。モロゾフのモンブラン」

「いただくわ」

 

 本当に、この男だけは……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 2月10日

 

 FBIの方々、本気でこっちどころじゃないみたいですね。

 まぁ、どうにも変な連中から攻撃受けてちゃそれどころじゃないよね。ごめん、それ最初の頃は俺も入っているけど、今はそれ以外なんだよ。

 

 こっちもこっちでそちらの防諜を陰ながら手伝ってるけど、数半端なくてちょっと対処しきれてないんだよ。

 というか日本にこっそり来るんならもうちょい態勢整えてくれませんかね。

 

 気になって沖矢さんと一緒に調べてみたけど、どうも枡山さんの手の人間……っぽい?

 CIAかと思ってたけど、色々辿っていくとロシアとかドイツとかなんだよなぁ、昨日は中国回線経由でカナダ。

 

 メアリーが通信網調べてくれてて助かった。そして素直に報告してくれて助かった。

 だから病院に忍び込んで志保と接触しようとした事は厳重注意だけで勘弁してやろう。ノアズアーク本当にありがとう。

 でも、俺いつ病院の方のセキュリティにまでコイツ使ってたっけ?

 

 

 2月15日

 

 例のジョディ先生とコナンがようやく顔を合わせた。

 というか、俺がセッティングした。

 やっぱり警戒されてるけど、こちら側にまったく踏み込んでこないのはどういうことだろう。

 そちらの情報どこから手に入れたかくらいは聞かれると思ったけど……。

 

 しかもやっぱり事件発生。バレンタインだから絶対何かあると思ったらやっぱりだったよ。

 蘭ちゃんの近くに張り付いててよかった。

 

 

 キャメルさんにどこまで話したか聞くのもアレだし、まぁこのままでも良いだろう。コナンがいるならば話は進むハズだ。

 

 問題はそれよりも枡山さんだ。

 CIAの動きが鈍いと思って大使館経由で大統領に問い合わせてた内容の返信がようやく来た。

 どうも、今はロシア内部の方に力を入れているらしい。

 

 例の謎の攻撃も含めて、外交問題にする前に上手い事FBIと殴り合わせようと思った計画がオジャンである。

 

 やっぱり人間、楽をしようとしたらダメか。

 

 仕方ない、俺が動こう。

 

 

 2月17日

 

 メアリーを投入、FBIが何を目的としてどう情報を集めているのか丸裸にする所から始めよう。

 

 本来は多分コナンの役なんだろうけど、止むをえまい。

 

 FBIの拠点に関してはもう目星がついている。FBIがいるという前提で探せば、あっさりと拠点になり得る場所が見つかった。

 それが病院関連なら、今の俺ならば大抵の情報は揃えられる。

 

 どうも拠点を移している真っ最中のようだが、一度足を見せたのならば追跡できる。

 FBIが俺を疑っているのならば、ある意味で真正面から堂々と探りを入れられる。

 この機会にFBI内部の膿全部炙り出しません? って沖矢さんに話したら滅茶苦茶ノリノリで協力してくれるとの答えをいただいた。

 

 どうしよう、個人的に沖矢さん――赤井さんとはここ最近特に波長が合うから、俺の切り札についても教えておこうかなとも思うんだけど……。

 メアリーと赤井さん会わせたら正直どうなるか分からねぇ。

 

 大人しそうに見えてアグレッシブなメアリーだ、赤井さんの正体に気付いたら面倒な事になりそうだ。

 だけど、能力的にスタンドプレイ特化の二人に協力体制を取らせるのも、いざって時の予備戦力というかここぞという時の切り札になってくれそうで捨てがたい。

 

 せめてジョドーさんが頷いてくれれば……。

 

 

 2月20日

 

 FBIは、どうやら病院の方を攻めるのは諦めたようだ。

 まぁ、情報が狙われていてそれどころではないのだろう。メアリーがFBIの拠点を監視している間に、他にもいくつか監視している連中を見つけたらしい。

 おかげでメアリーから、FBIへの監視任務の続行を拒否られた。まぁ、自分が見つかる可能性が増えるのならばそうだよなぁ。

 

 とはいえ、沖矢さんは現在新潟に出張中。こういう時に機転の利く初穂も同行。

 恩田先輩はとある企業の内部調査で瑞紀ちゃんと共に隠密活動中。ついさっき、海外への不正なデータ送信を止めてダミーとすり替えてきたという報告が来たから、後処理とかも含めて……多分一週間近くはかかるだろう。

 

 仕方ない、俺が見張るか。

 

 

 2月25日

 

 コナンから、FBIが俺の事を遠回しに色々聞きまわっているという話を聞いた。

 少年探偵団の面々から色々と聞いていたようだ。いい度胸である。加えて灰原哀の事も。

 

 FBIは、早くも志保に目を付けている。

 写真とかがあったかもしれないとはいえ、小学生に目を付けるにしては早すぎる気がする。

 

 物語の重要人物、あるいは流れという点でいえばあり得る話だが、それ以外に要素があるとすれば、実年齢よりもはるかに若い人間が敵にいたのかな?

 

 物語的に考えるとボス候補か、あるいはそれにもっとも近い幹部だろうけど。

 

 志保にちょっと聞いてみようか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、さすがにこの時期は寒いねぇ」

「スキーの時期ですからねぇ」

 

 元看護婦として、そして犯罪計画を立てていた人間としての観察眼を持つ女、鳥羽初穂。

 自らの死を偽装し、所属するFBIとも距離を置いて独自の捜査を続ける男、赤井秀一。

 

 二人は、本拠となる東京を離れ、この新潟へと足を運んでいた。

 

「で、沖矢さん? 今回の依頼主ってのはどこかね」

「こちらではありませんよ。ここからレンタカーを借りてちょっと走らせる必要がありますね」

「やれやれ、田舎かい?」

「えぇ、まぁ。とはいえ、冬の時期には面白いお祭り等をやっているそうですよ」

「ふぅん……」

 

 どこまでも興味が無さそうな初穂に、沖矢は苦笑を零す。

 

「まぁ、つい先日イギリスを見て回った鳥羽さんには、少々退屈かもしれませんね」

「仕事以外の頼まれ事が多くて忙しかっただけさ。爆弾解体に誘拐事件。それ以外だと……坊やには写真とかおみやげ山ほど頼まれていたし」

「写真?」

「坊や、アンタと一緒でシャーロキアンだろ?」

「……あぁ」

 

 それで納得したのか、沖矢は額に指を当てて苦笑を続ける。

 

「所長、江戸川君のクリスマスプレゼントにホームズの初版本を買ったそうですよ」

「そりゃあ、あの坊やなら本気で大喜びしただろうさ」

「えぇ。古書店で見つけた時にこれしかないと思ったそうで……実際コナン君、珍しく年相応にはしゃいでいましたよ」

「――兄弟みたいだねぇ、あの二人は」

 

 先日、ゲームが苦手だという少年の特訓に嬉々として付き合っていた自分達のボスの姿を思い出して、鳥羽はこめかみを指で押さえた。

 実際の所、鳥羽の脳裏をよぎったのは自分の殺人計画に入っていた姉の顔だったりするが……。

 

「ま、いいさ。で、どこに行くんだっけ? 昔の交通事故を調べ直すっていう依頼内容は覚えてるけどさ」

「えぇ、山の中なのでスキーや温泉、トレッキングなどのレジャーには事欠かない村だそうです。名前は、えぇと――」

 

 

 

 

 

 

「――北ノ沢村、でしたね」

 

 

 



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086:事態は動き、夏が近づく

 2月26日

 

 一階のテナントを色々と話し合った結果、夏美さんのお店を出すのはどうだろうという話になった。

 先日作ってもらった洋菓子はどれも製品レベル――というかパリの第一線でバリバリ働いていた人だし、腕は確かである。

 それに、先日の一件で知り合ったというか刺された真悠子さんが、店のデザインなどで力を貸してくれるそうだ。

 というか、ついでに真悠子さんの事務所もここで立ち上げようか。本人、例の件以来ずっと落ち込んでて仕事もしてなかったけど、夏美さんのお店の話が出てから少しずつ元気を出しているみたいだし。

 

 例のクソ野郎の店を超える店を創るという宣言に向けて、これを機に本格的に動こうとしているみたいだし、俺も美人の味方だ。可能な限り力になるつもりだ。

 そのためならば広告塔の役も喜んで引き受けよう。

 

 

 

 2月27日

 

 妃さんから嬉しい報告だ。

 俺が燃えた事件の(みゆき)さん、上手くいけば執行猶予が付く可能性が出てきた。

 殺人を思いついた切っ掛けが切っ掛けだし、本人は手を汚していないし……死体遺棄と殺人教唆の方が少々重いが……妃先生を信じよう。

 

 長門会長からも念入りに頼まれているし、もし彼女が長門家に帰る事を拒んだら頼むとも言われているし……越水の会社に秘書枠で送り込むか。

 まぁまだ先の話だけど……。

 調べてみる限り裁判に関しては普通に動いているみたいなんだよなぁ。

 ホント、どういう法則なんだ?

 

 法則で思い出した。この街に常駐させる人員どうしよう。

 出来れば今の半分くらいの人間が常に事務所離れているのが理想なんだけど……

 

 

 2月28日

 

 沖矢さんから電話が来て、俺自身が新潟に向かう事になった。

 これはどっちで? 向こうでなにか起こるのか、それとも俺がいなくなったこの街でなにか起こるのか。

 

 残っている人員には常に警戒するように言っているし、安室さんと真純がいるし大丈夫だろう。

 念のために、メアリーには周りを警戒するように頼んでるし……そういえば、メアリーってば地味に最近真純と仲良いんだよね。

 この間なんか、デートすっぽかされたってしたたかに酔っぱらってた秀吉(しゅうきち)さんと肩組んでラーメン屋に行ったら真純とメアリーが飯食ってた。

 万が一仕事の話をしてたら不味いと思ってすぐに店変えたけど、いつの間にあの二人仲良くなったんだろう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 依頼の件は解決した。

 かつて起こった交通事故の真相。

 それは、些細な姉妹喧嘩だった。

 

「……全部、分かってしまったんですね」

「まだ全てという訳ではありませんが……8年前、現在服役中の山尾さんが引き起こしたひき逃げ事件。そのきっかけの一つは、貴女と妹さんの喧嘩だったんですね?」

「色々と調べたら、8年前のあの日の夜、村を出て行こうとする妹さんを見たって奴がいてねぇ。ま、当時子供だった子の証言だし? 8年前だし? 裏付け取るのに色々と時間かかっちまったけどさ」

「その時、見られたんですね? 冬馬(とうま)君に」

 

 元々の依頼は、交通事故の調査等ではなかった。

 8年前に崖から落ち、そのまま昏睡状態が続いている少年――立原冬馬(たちはらとうま)

 彼が、なぜ崖から落ちたのか。本当にただの事故だったのか。それに関しての調査を、彼の母親である立原冬美(たちはらふゆみ)が調査会社の方に依頼してきていたのだ。それが社長の越水の判断で事務所預かりとなったわけだ。

 

「ええ……それで、怖くなって追いかけて……そしたら――」

「崖から落ちて、意識が戻らなくなったと」

「アンタがあのロッジで働き続けてたのは、あの子を見張るためかい?」

「……えぇ」

 

 沖矢は、眼鏡を上げながら事故の元であった女性の様子を観察する。

 おそらく、記憶が戻ったからと何かをするつもりはなかったのだろう。 

 ただ、そうしてしまったのだろう。

 

「私、もしこの事が知られたらこの村には居られないって……そう思ったら、あの子が怖くなって」

 

 隣に立つ鳥羽初穂は、ただ見ているだけだ。

 ひょっとしたら、彼女の場合は『芯が細いねぇ』と呆れているのかもしれない。悪い女を自称する彼女ならあり得る。

 

「話さなくちゃね。冬美に……冬馬君が意識を失った原因は私だって……」

「今回の件、警察へ報告しても、事故扱い……あったとしても、恐らくほとんど罪にもならないでしょう」

 

 仮に罪に問われたとして、自ら警察へ全てを話せば多少の温情はあるだろう。なにより、報告を上げれば間違いなく所長が動くだろう。

 

「それでも、もうこの村には……いられないわ」

 

 束ねていた髪を下ろし、掛けていた眼鏡は雪の中に突き刺さっている。

 

 

――なら、俺達の力になってくれませんか?

 

 

 そして、白い雪景色の中に男は現れる。

 黒いスーツを身にまとった、若い――のにどこか外見には似合わない落ち着きを持った男が、白い雪を踏み締め、歩いてくる。

 

「貴方……は?」

 

 女性の呟きに、男は小さく微笑んで答える。

 

「遠野みずきさん、ですね? 話は全て部下から聞いています」

 

 優しい笑い方に、だが鳥羽初穂は頭を抱え、沖矢は楽しそうに笑っている。

 その二人を左右に侍らせるように立って、男は口を開くのだ。

 

「貴女を迎え――いえ、助けに来ました」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 3月1日

 

 沖矢さんからの強い勧めで、遠野みずきという女性をウチに引き入れてきた。

 美人さんだったから説得にも気合いが入るよね、うん。

 と言っても、しばらくは8年前の事故に関しての警察の事情聴取が主みたいだけど。それで今は向こうの警察とのパイプ作りも兼ねて初穂が向こうに残って手続きやら相談をしている。

 

 沖矢さん曰く、彼女は鍛えれば自分の代わりになるって言ってたけどマジかい。

 沖矢さん、新潟から戻ってきてずっと金山さんと小沼博士と一緒に一生懸命コクーンの訓練プログラム作ってる。

 けどさ、ちらっと内容見たけど偉く物騒な気がしたけど気のせい? 主に狙撃方向の。

 

 

 3月3日

 

 みずきさん(日記ではひらがなで書くことにした)は夏前――5月か6月くらいに東京に移る事になりそうだ。

 母親である冬美さんへの謝罪も、一悶着こそあったが一応決着はついたと初穂から連絡が来た。

 

 なお、新しい人間を入れる事に関して初代みずきこと瑞紀ちゃんから、『トオル・ブラザーズに続いてミズキ・シスターズまで作っちゃったんですね』というコメントをなぜか拳と共に頂いた。なんでや。

 

 今日は阿笠博士と色々話し合って、ウチが阿笠博士の正式なスポンサーになる事が決定した。

 これでこちらの用意も整えられる。まずは例のスーツの性能強化を依頼した。やっぱりなんやかんやで、万が一の備えには備えておきたい。

 また枡山さんが俺の前に出てくる事があったら、生半可な用意じゃ俺とか普通に死んじゃいそうだ。

 いや、死なないって決めてるから死なないけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月15日

 

 相当間が空いてしまった。この一か月、年度末ということを引いても事務所は地獄だった。本気で地獄だった。事務方面で。

 

 今度来るみずきさんは、沖矢さんの訓練以外は事務に当てるという方向にする予定なのだが……本当にある意味で人手が足りていない。でも迂闊には採用できないという負のスパイラル。

 

 加えて、強盗や誘拐が多くて対処が大変だった。

 特に俺は、どういうわけか立ち寄った店で強盗が起こる事が多くて多くて……。

 コナンや少年探偵団が傍にいるときは心の準備が出来ているんだけど、そうじゃない時は本当にビビる。

 一つだけ気付いたのは、どういうわけかジョディさんが来ると事件が起きるという事だ。

 

 おかげでキャメルさんから、俺がますますFBIに疑われているという話を聞かされたよちくせう。

 さすがにキャメルさんはある程度こっちを信じてくれているようだけど、正直現状手の打ちようがない。

 

 ……書いててふと思いついた。こういう、多分俺寄りの問題なら紅子に相談してみよう。

 流れに関してかどうかはともかく、俺か世界のどっちかがおかしいって気付いているような女だ。こういう時は頼りになる。

 

 

 

 5月4日

 

 この一月、大学も完全に休んで瑞紀ちゃんの変装と声帯模写の特訓を受けていました。

 瑞紀ちゃんがいない間もひたすら特訓して、今日は高木刑事に化けてコナンや安室さんと話したりしてみた。後でネタバレしたが、やはり気付かれていなかった。これでOKだろう。

 

 紅子に相談してみて、占ってもらったら『死者を模す事で道が開ける』という事だった。

 死者……関わりありそうなのだと赤井さん? それとも宮野明美? でも、下手に化けたら赤井さんや志保の姉さんに迷惑かかるしなぁ。

 ともあれ、変装や声帯模写のスキルは覚えておいて損はないだろうというにもあって瑞紀ちゃんに頼んでいた。

 今度二人で、新しく出来たパンケーキの店に行く事を条件に了承してもらった。

 瑞紀ちゃんは、なんというか所々で分かっているというか、男に理解があるから話していてすごく楽だ。

 どうにも快斗君に気があるみたいだから口説いていないけどちくしょう。もしそうでなかったら割と本気で口説きにいっている所だ。

 

 ともあれ変装だ。

 爆発には巻き込まれていたけど生き残った感じの変装にするか。火傷痕のメイクも練習しておこう。

 記憶も失って喋れなくなった感じにするのもいいかもしれない。それなら基本黙っているだけでいい。

 

 あれ、結構いける? ちょっと真面目に赤井さんに相談して計画練ってみよう。

 紅子のアドバイスという時点で信頼はしているが、赤井さんの知恵を借りれば思った以上の大魚を釣る事が出来るかもしれない。

 

 

 5月15日

 

 赤井さん自身から赤井さん個人の変装、かつ記憶喪失を装って一度様子を見てみようという提案を受けて夜を歩いていたら、ジョディさんに見つかって泣き付かれて色々問い詰められた件について。

 しかもその後、例のジンとウォッカ、それにキールこと怜奈さんに襲われた件について。いきなりかい。

 

 変装中だったからいつものスーツもなくて普通に撃たれて撃たれてさらに撃たれた。

 もうね、ジョディさん逃がすので精一杯だったわ。赤井さんの声帯模写は念入りに練習したから大丈夫だと思うけど、バレてないよね?

 

 その後は海に逃げた所を怜奈さんに撃たれまくり。まぁ、薄々気が付いていたのかほとんど外してくれたけど。

 

 まぁ、これで分かった。

 なにせ、ジョディさんがFBIの仲間に通信を送った直後にあのクソロン毛がポルシェかっ飛ばして来たんだ。

 その連絡受けた奴をマークしておこう。キャメルさんにある程度情報渡して調べてもらおう。

 

 同時に、一番俺が危惧していたジョディさんが敵側の重要人物だという可能性は消えたと見ていいだろう。これも朗報だ。

 あの涙は本気だった。女の涙には一家言あるんだ大丈夫。

 

 これから先アクションを起こすには、まずFBI内部の膿をどうやって潰すかが重要になってくる。

 

 とりあえず赤井さん、俺が身体動かせるようになったらまた訓練お願いします。

 本格的に純粋な武力が必要になって来た。

 

 あと、起きた事を知っただろう皆が駆けつけてくるのが滅茶苦茶怖いです。

 多分赤井さんというか沖矢さんが色々と手を回してくれただろうけど。

 

 

 5月16日

 

 いつの間にか俺が長期出張していた事になっていた件について。沖矢さんパネェっす。ホントマジありがとうございます。

 ただ謝らんでください。紅子も。

 見通しどうこうとかじゃなく、ぶっちゃけ紅子から助言受けた時点で確実になにか動くとは思ってましたから。

 ただ、それがこっちの方面だと思わなかった。いや、油断していた。

 前回、防弾装備がなくても何も起こらなかったからなおさら。

 

 もっとも、利点もある。

 組織もFBIも、赤井秀一の死亡を今度こそ確信したようだ。

 ジョディさんも、今は少し学校を休んでいるらしい。目の前で、どう見ても死んだとしか思えない状況を見てショックを受けているようだ。キャメルさんも、数日の間仕事を瑞紀ちゃんや初穂に引き継いで休んだそうだ。

 

 恐らくだけど、赤井さんの不在を確信したためFBIの日本での捜査体制を立て直したのだろう。

 

 ともあれ、赤井さん達がある意味で完全にフリーになったというのはこちらにとって大きい。

 枡山さんの姿が見えない今、次はどこに向けて手を打つかしっかり考えておかないと。

 

 

 

 

『追記』

 

 病院抜け出して飲みに行ったバーで、妙に気の合う美人さんと出会った事をここに記しておく。

 具体的に書くと、今度こそ名前をキチンと聞きだせるようにだ。

 

 より物騒にした初穂って感じの外国人かハーフかといった感じで、左目周りにアゲハチョウのタトゥーというロックなお洒落をしていたけど、なんか妙に楽しかった。

 性格とか全然違うけど青蘭さんと飲んでる感じだった。

 もう一度飲み明かしたいな。

 

 




本日のピックアップキャラクター


○遠野みずき 33歳
『劇場版名探偵コナン 沈黙の15分』
ロッジ「KITANOSAWA」の従業員。

 コナンワールドには、どう考えてもおかしいレベルの射撃の持ち主が数多くいます。
 リボルバーで狙撃という真似をやらかす佐藤刑事のような重要キャラクターなら分かるのですが、ゲストキャラの中に射撃のオリンピック候補などが転がっているというのがあの世界。

 その中でも中々やべぇレベルの狙撃スキルを持っているのがこの人、遠野みずき。
 なお、おっちゃんが色目を使った女性というある意味でフラグ建ってた人でもある。
 眼鏡の外してみませんかのくだり結構好きだったなぁ。

 沈黙の15分は、某戦場カメラマンさんが声を当てているというのが話題になっていたり、最後のアクションが滅茶苦茶過ぎるなど色々とツッコまれていましたが、個人的には結構好きな作品。

 強いて言うなら、スキー靴を反対にする? のくだりがよく分からなかった。あれ、そんな事が出来るほど軟い作りじゃないよね?

 


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世紀末の魔術師編
087:紫煙の中で、蠍は笑う


 村を出て、新潟を出て。私はこの東京へとやってきた。

 私よりもずっと年下の、だけど妙な雰囲気を持つ男に手を引かれて――この事務所に。

 

「ふむ、元々雪の深い場所でのガイド等もやっていただけあって、基礎的な体力は結構高いですね。後は技能を磨けば一線で動けます」

 

 眼鏡をかけた細目の男――沖矢昴による研修が始まって一週間。

 尾行の基礎、ピッキングの基礎、協力的な警察官や弁護士、医師との顔合わせや緊急連絡の手順などを習っている。

 覚える事が多い。というよりは、体験することが多いというべきだろうか。

 自分にとってある程度馴染みのある射撃にしても、なぜか訓練として行われる狙撃のシミュレーションによってかなり変わってしまう。揺れる船上から、人質を盾にする犯人への精密狙撃、救出対象を護衛しながら逃げる味方への援護、逆に沖矢からの護衛対象に対する狙撃を阻止するカウンターなど、奇妙としか思えない訓練をずっとやっている。

 

「このコクーンってすごいですね。本当にゲーム機なんですか?」

「えぇ。ウチの所長や阿笠博士は、上手く使えば医療や研究などにも活かせるのではないかと色々と試行錯誤しているようですが」

 

 所長、浅見透。 

 自分からみてもかなり癖の強い人達をまとめ上げている、しかしこの事務所の男の中では最年少の存在である。

 

「まぁ、これ自体が一種のスーパーコンピューターのようなものですからね。その分、ゲーム機にしてはかなりのスペースを取ってしまいますが」

「でも、随分と訓練が物騒じゃありませんか? 狙撃とか護衛、降下訓練に山中の捜索、救助とか……警察の仕事に足を踏み入れている気がするのですが……」

 

 すごく当たり前だろう意見を口にする。

 すると、沖矢はやはり小さく笑って、

 

「えぇ、私も初めて入った時は驚きましたし、所長に引っ張られてきた恩田さんも、当初はかなり仕事内容に疑問を持っていたようです。今ではだいぶ慣れてきたようですが」

 

 所長よりも少し年上の――というかその所長の学校での先輩という男もそうだったのかと、正直驚く。

 浅見透同様、学生にしては――いや、社会人のそれと比べても、かなり堂々とした男だと思っていた。

 

 それを口にすると沖矢は、

 

「あぁ、それはほとんど演技ですよ。根っこの所は小心ですからね。瑞紀さん――失礼、瀬戸さんからの特訓や、ロンドンでの研修、それにここ最近の事件での経験のおかげで、それを外に出す事は少なくなりましたが……」

 

 とあっさり言う。

 それは実質かなり冷静な方なのではないかと思うが、沖矢からすると少々違うようだ。

 

「あの、ますます自分が現場に出れるとは思えないんですが……」

「そんなことありません」

 

 

 

「貴女を事務所員として迎え入れるように所長に進言したの……実は、私なんです」

 

 私がコクーンの本体から下りやすいように手を貸しながら、沖矢は続ける。

 

「貴女が見せてくれた射撃の腕は、かなりの物です。これから先、様々な凶悪犯罪を相手にするだろう我々にとって、なくてはならない存在だと思っています」

「犯罪って……だからそれは警察の――」

「えぇ、確かにその通り。我々は探偵。本来ならば、素行調査や浮気調査などが主なのですが……」

 

 

 

 

 

「どうします? その警察が、凶悪な犯罪の片棒を担いでいるとしたら」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「どうした透。少し疲れておるようじゃないか?」

 

 週に一度の次郎吉の爺さんの家での軽い食事会――というか飲み会。

 メイドさんに案内されて通された爺さんの私室で、俺の顔を見るなり爺さんはそう言った。

 

「そんなに顔に出てますか?」

「なに、貴様とは短いとはいえそれなりの付き合いをしておるのじゃ。見れば分かる」

「……マジでかぁ……」

 

 ……まぁ、無理もないか。

 あのクソロン毛に死ぬほど撃たれたんだ。

 念のために胸ポケットに、試作品の防弾フィルムと硬質ガラスを差しこんだ名刺入れ入れてて正解だった。

 おかげで死にかかるレベルでどうにか済んだ。

 

 そのすぐ後も、公安による長野県警の内定調査補助とか海外マフィアの密輸ルートの割り出し、山猫隊率いてのカチコミ。コクーンのデータ狙ってくる連中に対応するために、鈴木財閥と組んでサイバーセキュリティの一新、及び関連会社の設立用意と……。

 最近ではFBIも来てないから大丈夫だと思うが、万が一にも志保の存在がバレないように、ダミー用に病院や製薬会社等の取り込みも同時進行でやっていて……ヤバい、講義の最中も眠りかかってたし……。

 

 昨日今日は七槻の勧めでしっかり休んでいるのである程度は疲れが取れたと思うが……。

 

「まぁ、無理もないわ。儂もここ最近は主や遼平に無茶をさせすぎた」

「ロシアとの交渉……ですね。報告には目を通しました」

 

 とりあえず席に着くと、蕎麦や天ぷら、茶碗蒸しが運ばれてくる。当然酒も。

 今日は日本酒か。いいね、ちょうどそういう気分だった。

 やっぱり次郎吉の爺さんは自分の好みや癖を分かってくれている。

 

「うむ。ロシアは経済難じゃからのう。それに、先日の大統領の交代劇もある」

 

 俺が次郎吉の爺さんの盃に徳利の中身を注ぐと、今度は爺さんが俺のに注ぐ。

 

「新しい大統領は、元々は市の国際関係担当顧問を務めておった男でのぅ。その頃は、史郎や朋子君が色々と関わっておったそうじゃ」

「らしいですね。なんでも外資の引き入れをしていたとか」

「七槻の方には打診が来ておるのではないか?」

「……えぇ、まぁ。どちらかというとアメリカへの対抗心でしょうけど……」

 

 俺もうかつだったけど、アメリカでの活動も視野に入れているという発言をしたおかげで色々と余計な物を呼び込んでしまった。

 

 FBIやらCIAといったアメリカの組織があのクソロン毛のいる組織に絡んでいるから、そちらの方での活動も視野に入れていたのだが、それを迂闊に口にしたのは失敗だった。

 思った以上にウチの注目度は海の向こうでもそれなりにあるらしい。

 

「なかばアイドルのような扱いだからのう。遼平の奴がイギリスで名を売ったのも後押ししていようて」

「ですね……あの、鈴木財閥の方には何か動きは……」

「ロシアがか? 今の所はエッグに関することだけじゃ」

 

 エッグ? なんでここで?

 

「青蘭さんと夏美さんが注目しているアレ……ですよね?」

「うむ。ロシアの方が『元々自分達の物なのだから返還しろ』と迫ってきておってな」

「……あぁ、そういえば。セルゲイさんがそんな事言ってたなぁ」

 

 やけにゴツい、なんというかイメージするロシアまんまっていう感じの大使館の人間を思い出す。

 いや、すごくいい人なんだけどね。うん。

 個人的にはすごい好きな人だけど、外見に反して交渉事には弱そうな印象を受ける。

 

「まぁ、夏に鈴木近代美術館で行うロマノフ王朝展の目玉じゃからの。それが終わるまで交渉は待ってもらうということでとりあえず手を打った」

「……じい――次郎吉さん」

 

 思わず素が出そうになる。

 いやだってそれって――

 

「結構エゲつない策に出ましたね。欲しがっている人間に潰しあいをさせるつもりですか?」

「ほう、やはり分かるか」

「そりゃあ――」

 

 爺さんはニヤリと笑っているが、そりゃあ分かるって。

 俺も同じ策を思いつくけどさ。

 

「ちなみに、この策を提案したのはお主の所の沖矢じゃぞ?」

 

 なんつーおっそろしい助言をしてくれてんですかFBI。

 

「今の時点で、いくら出すって言ってきてます?」

「乾とかいう美術商が5億積むといって来ておるが……まだまだ様子見と言った所じゃ」

「……となると、8億から10億が相場と見るべきか……となると実際の取引でさらに1,2億」

 

 まだ正当な取引だからいいが、これが下手にオークションとかに流そうものならば交渉の前も後も血まみれになるのは間違いない。

 

「調整役として恩田、初穂ペアをこっそりと回しておきます」

「心配性じゃのう。精々、ちょっとした小金の弾丸が飛び交うくらいじゃろうに」

 

 その程度で済むんなら俺は撥ねられたり刺されたり斬られたり撃たれたりぶち抜かれたりしていないと思うのですがそれは。

 

 というかそうだよ、一番大事な事が抜けているじゃねぇか。

 

「あの、スコーピオンに関してはどうするつもりですか?」

 

 アンタは思いっきり殺されそうになっただろうが。

 というか、今思うとコイツのせいで俺は堂々と探偵事務所を背負う事になってしまったわけだが……。

 

 そうか。よくよく考えると、時間関連以外の今の俺が抱える理不尽は全部あの蠍のせいなわけか。ぶっころ。

 

「うむ、それじゃよ」

 

 いつの間にか蕎麦を啜り終わり、蕎麦湯が入った湯呑に口を付けて爺さんは。

 

「これまで、奴が再び犯行に及びやすいように餌をばら撒いておいたのだが一向にかかる気配がない。出来る事ならば事前に犯行に及んでもらって、さっさととっ捕まえたかったのじゃが」

 

 なにやってんですか。なにやってんですか。

 

「恐らくは、お主を警戒しておるのか……あるいは、奴も気付いておるのか」

「……あの図面、ですか」

 

 去年だか一昨年だかに、俺が四国に行っている間に瑞紀ちゃんとコナンが見つけたっていうエッグの図面。

 その図面の不自然な所から、エッグは実は二つあるのではないかという推理をしていたのを思い出す。

 

「……もう一つのエッグの存在を知ったから、手を出さない?」

「おそらくじゃが、あの図面に描かれたエッグは対になっておるのじゃと思う」

「それが揃うのを待っている?」

「うむ。あるいは……もう一つ」

「もう一つ?」

 

 

 

 

「待っておるのかもしれん。――自身の計画を邪魔した……お主を」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「で、貴方の因縁の相手はロシアを通り抜けてヨーロッパの方に?」

「あぁ」

 

 ようやく癒えた傷だらけの体をベッドから起こし、名を捨てた男は煙草を咥える。

 アイリッシュのコードネームを未だに持つ男、そしてそれに劣らぬ実力を持つ大勢の部下達を相手にした死闘。

 

 そしてその後も、老人を日本に戻そうとする動きを牽制するために、男は闇の中で銃を抜き、硝煙の香りの中でナイフを振りまわし続けていた。

 それにもようやく一段落つき、本当の意味で動く時が来た。

 

「恐らく、日本に戻るために用意を整えているのだろう」

「お金?」

「それと人員だな」

 

 鋭い目つきの女は素早くその煙草を取り上げ、自分で咥えて火を付ける。

 男は、ゆっくりとため息を吐いて、サイドテーブルに置かれていたコーヒーの入ったグラスを傾ける。

 

「浅見透は、武を手にした。生半可な組織ではもはや太刀打ちできまい」

「そうね。この間も、私が密輸に使っていた中華系のルートが潰されていたわ。……彼ね」

「奴の動きは?」

 

 男の問いかけに、女は僅かに眉をひそめる。

 

「一時期、行方を完全にくらませていた時期があるわ」

「いつだ」

「5月の始め。緊急の出張という事だけど、妙にプロテクトが固くて行方が掴めなかったわ」

「……5月の始め」

 

 男が思いだすのは、老人の動きを探るついでに調べた『元の居場所』の動き。

 その時期、都内にいる幹部のほぼ全てを使った動きがあった。

 

 動き自体は小規模だったが、その戦闘は激しかったようだ。

 分かっているだけでもジンが負傷、ウォッカも軽いとはいえ銃撃を受け、末端の通信網になんらかの被害を受けたようだ。

 相手は不明だが、確かに射殺した……らしい。

 

(まさか、奴か?)

 

 あり得る。いや、奴だ。

 男は確信していた。

 あるいは、願望なのかもしれない。

 そうだ、それくらいしてもらわなければ――それくらいの男でなければ困る。

 

「どうしたの?」

「ん?」

「貴方――嬉しそう」

「……おい」

「なに?」

 

 

 

「お前も――笑っているぞ」

 

 

「――ふふっ」

 

 

 

 



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088:役者が舞台へ戻る中――

「マジかよ歩美!」

「本当にキッドと会ったんですか!?」

 

 8月。小学生にとっては最高の時間の真っただ中。学校のプールからの帰り道、少年探偵団の元祖四人組――からコナンを抜いた三人組は歩美が出くわした昨夜の出来事に夢中だった。

 

「いいなぁ。僕も一度会ってみたいです。平成の大怪盗に!」

 

 光彦がどこかウットリとした声でそう言っているのを、江戸川コナンはジト目で睨みつけていた。

 

「さすがは怪盗キッド、すごい人気っぷりね」

「けっ」

 

 その様子を面白そうに笑う灰原、対して楓は首をかしげて

 

「? コナン君、キッド嫌いなの?」

「そりゃあ……俺、探偵だからさ」

「でも、ウチのおにーちゃん、キッドの事大好きだよ?」

 

 今度は反対の方に首をかしげる楓の言葉に、コナンは今度こそ頭を抱える。

 

「あの人は……」

「ちなみに、キッドの記事はいつもスクラップしてるわよ? 彼」

「何してんだあの人……」

 

 灰原――宮野志保は、自分のボディガードも兼ねている同居人が新聞紙にハサミを入れている姿を思い出して小さく笑う。

 

「いいじゃない。彼、言ってたわよ。キッドの事件の時は安心できるって」

「あぁ、まぁ……俺もあの人が下手に事件に関わるよりかは安心できるけどよぉ」

 

 ここ最近、あの人は事件に関わる度に怪我を負っている。

 悲しい理由で犯罪という手段に走ろうとした人を……あるいは自ら命を絶とうとしている人間を文字通り身体を、命を――魂を張って止めてきた。

 それはいい――いや、良くはないが、すごい事だと思う。

 おかげで踏みとどまった人間が、少しずつ浅見透の力になっていくのも含めて。

 

 ただ、全身燃えている状況で笑って『あ、誰か消火器持ってきてくれます?』とか。

 刺されて血がドバドバ出ている中で、その刺してる人間を抱きしめたりとか。

 誘拐犯の車に引き摺られながらしがみついたりとか。

 そういう所をやめてもらえると非常に助かる。

 

「おかげで浅見さん、最近現場に着いた途端にまず拘束される所から始まってんだぜ?」

「えぇ、何度か見たわ。佐藤刑事や他の婦警に良く捕まっているわね」

「ったく、あの人は本当に……」

 

 少し前に空港で「無茶はしないように」とか「逃げるという事を覚えなさい」とかなにもしていないうちから佐藤刑事に叱られていた助手の姿を思い出して、コナンは深いため息を吐く。

 

「それで?」

「あん?」

「大活躍している怪盗紳士に対して、隠遁している名探偵はどうするのかしら?」

「どうするって――決まってんだろ」

 

 ネットに入れて手に持ったままのサッカーボールをリフティングしながら、平成のシャーロック=ホームズ――工藤新一は宣言する。

 

「今度こそ、奴を監獄に入れてやるさ……っ!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 この1,2カ月は本当に色々と忙しかった。――正確には、相も変わらず、というべきか。

 主に海外からの依頼だ。蓋を開けたらちょっとヤバかったみたいな、情報が絶妙な具合に隠されてる奴だ。

 くそっ、アメリカ側のクソみてぇな工作の跡が出るわ出るわ! 

 CIAめ、俺のささやかな反撃にさらに反撃しやがったなクソが! ウチのセキュリティのノアちゃんなめんなよこの野郎! ばっちし証拠も掴んどるわ!

 

 おのれ上等だ、さらにもう一発反撃かましたるわ。

 人様の国にこっそり土足で上がり込んでるんだ、もうちょい大人しくしやがれってんだクソが!

 

 

 ちょうどそっちの国とのデカい貿易関連での揉め事いくつかあったからちょっとボヤ起こしてやるクソ共が。殴られたら殴り返すのが俺の流儀だ。

 

『所長、大丈夫ですか?』

「あぁ、ごめん恩田さん。そっちはどう?」

 

 おっと、電話中に気を取られ過ぎた。

 腕にちょっと力を込め、携帯を耳に押し付ける。

 

『スイスの件は片が付きました。目標のテログループを捕捉、安室さんと遠野さんが軍を援護して無事にこれを鎮圧。首相から感謝の言葉をいただいています』

「やっぱりヨーロッパは色々と変な事になっているな。フランスの方でも沖矢さんが一つ片付けた」

『爆発物やその他諸々、今までにない新しい裏の流通路が開拓されたようです――最近の日本のように』

「……あの爺さん、ホントやってくれるな」

 

 日本からあの人が飛び出したおかげで日本の内側はどうにか拮抗状態が続いているが、その一方で国外――ヨーロッパが地味にヒデェことになってる。

 少なくとも、枡山の爺さんが外に出たのを捕捉された件に関して俺はまったく関わっていない。

 つまり、これは元々あるべき本来の流れに近いんだろう。

 これを多分ほぼ個人で相手をするんだろうコナンどんだけだよ。

 

「枡山さんの足跡は?」

『スイスに入った所までは確かに捕捉していたのですが、その後が掴めません。安室さんが現在調査中、遠野さんが補佐に入っております』

「……とりあえず、スイスの方を頼む。連中の張った根を踏みつぶしてくれ」

『了解しました。といっても、あくまで向こうの警察や軍の主導。我々の役目はそれほど残っていないでしょうが』

「……日本との軍に関する自由度の差か。まぁいい、頼む。こっちはそろそろ日本に戻る」

『えぇ、所長はここ数カ月結果的にほぼ休みなしだったんです。ゆっくり休んでください』

「日本に戻っても、休めるかどうかは疑問だけどね」

 

 そういうと、恩田さんも実の所同じようなことを考えていたのだろう。苦笑する声が僅かに聞こえる。

 互いに健闘を祈る言葉で電話を切り、イスに腰をかける。

 

 今、自分がいるのは日本ではない。

 諸々の理由で、俺はアメリカ――というかグアムへと来ていた。

 

「今の、恩田先輩ですか?」

 

 隣に立っているのは、今回の俺の同行者の一人――後輩の内田麻美がコーヒーを出してくれた。

 今回の仕事は、彼女の取材も兼ねていた。

 彼女にも、先月からはバイト扱いでウチの事務仕事を頼む事にしたし、実際に仕事を見てもらうのも悪くないだろう。

 

「あぁ、向こうの方も片付いたみたいだね」

「本当に、探偵の仕事とは思えませんね。先輩達のお仕事」

「小説のネタにはならないか?」

「書きたい事が増え過ぎて困っています」

 

 自分のカップにもポットからコーヒーを注ぎながら、この美人の後輩は微笑みながら、

 

「文芸部の先輩達から随分と羨ましがられたんですよ? あの浅見透の仕事に……それも海外での仕事に付いていけるなんてって」

「取材の件を承諾した時はそんなつもりはなかったんだけどね。安室さんからこっちの仕事が適当だろうって」

「多分、半分休暇をいただいていたのではないですか?」

「あぁ、そのつもりだったんだろうけどね」

 

 結果としてはそうはならなかった。

 当初の依頼はただの人探しだったのだが、それが大規模人身売買組織による犯行と判明。

 結局フル装備の山猫隊と、彼らを追っていた地元警察による突発的な共同救出作戦を開始。無事叩き潰してきた所だ。

 

 で、ついでにFBIらしき人間が俺ら尾行してましたけどお前ら働け。

 や、阿笠・小沼のW博士が作った装備のテストにもなったし別にいいけどさ。

 

「所長、失礼いたします」

 

 扉がノックされて、女性の声がする。

 先日まで長門家で秘書をやっていた女性――日向幸。

 

「あぁ、幸さんおはよう」

「おはようございます、幸さん」

 

 今では、色々あって俺の秘書を務める事になった。

 当初は、どうして死なせてくれないのかと逆に俺を殺しそうな目で俺を見ていたが、その後の裁判の諸々での妃弁護士が弁を振るってくれたおかげで情状がつき、なんとか執行猶予が付いた。

 そのまま長門家に戻る道もあったと言えばあったのだが、長門会長からの頼みもあってウチで預かる事になった。

 

「先日の戦闘における装備の有用性についてのレポートが山猫隊各位よりそれぞれ上がっております」

「アメリカサイドの動きは?」

「鈴木財閥経由で、所長直属の方からの分析報告が入っております」

 

 メアリーだ。護衛に潜入に推理、分析と……本当に頼りになる。

 

「どうやら、近年活発となっている州格上げ運動から派生した、グアム独立派の犯行だったようです。唯一と言っていい過激派だったらしいですね」

「…………知らなかったのか、あるいは情報を隠していたのか」

 

 こういう政治絡みの事件がさらっと混じるのがウチだ。

 だから秘書にも事務にも、信頼のおける人間が必要なんだよなぁ。

 ふなちやメアリーが言うとおり、必要な人材の基礎レベルが高すぎる。

 

 やっぱり、基本は少数精鋭で固めるしかないか。

 

「真純は?」

「私が起きた時には、まだ真純さんはぐっすり寝てたけど……」

 

 もう一人の同行者である真純――実は麻美ちゃんの取材対象、最初は紅子か真純だったんだよな。女子高生探偵っていう響きに惹かれたんだそうだ。

 

「さきほど起床され、今は着替えてらっしゃるかと」

「ん、OK」

 

 じゃあ、そろそろ朝飯食いに行くか。

 そろそろ朝飯の時間終わるし、ちょうどお腹も空いて来た。

 荷物のまとめはちょうど終わったし――

 

「まぁ、飯食ってちょっと街中回ったら空港に向かおうか」

「かしこまりました。車の手配をしておきます」

 

 いやぁ、ホント幸さんは仕事の出来る人だわ。

 沖矢さんから秘書にしてはどうか? って提案された時は悩んだけど、おかげでかなり管理が楽になった。

 沖矢さん曰く、『君に対して複雑な物があるとはいえ、まず間違いなく君の味方になるだろう』とか言ってたけど……信じて良かった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「紅子様、昼食をお持ちいたしましたわ」

「えぇ、ありがとう穂奈美さん」

 

 人が少なくなった浅見探偵事務所。

 もっとも、今日の夜には沖矢がフランスから帰国。

 明日は所長の浅見が、世良や秘書の日向と共に帰ってくるだろう。

 安室と恩田、新人の遠野は――まだちょっと分からない。

 

 建物自体を所有するようになって、屋上にランチスペースを作ったのは所長だ。

 なんとなく、そういう物に憧れていたらしい。

 ここまでわざわざ食事を運んできてくれたメイドの同僚に礼を言うと、彼女は微笑んで一礼して下がる。

 

 これから仕事なのだろう。

 確か、今日はテレビの仕事が入っていると言っていた。

 アンドレ=キャメルが送迎と護衛を行うとかなんとか。

 

「――下手に家に籠っているより快適な職場ね、ここは」

 

 そういうと、どこからか風を切る音がする。

 連絡員も兼ねている紅子にとって、聞き慣れた音だ。

 

「どう、彼の方は?」

「相も変わらず奇妙な事件に巻き込まれているようだ」

「事件として? それとも、また政治絡みかしら?」

 

 いったいどこに隠れていたのかいつの間にか自分の後ろに立っている少女の姿に、思わず苦笑を浮かべる。

 

「別に、私に護衛は必要ないわよ?」

「あの男からお前を守れと言われている。それに、私としてもお前は興味深い女だ」

 

 どこか淡々とした喋り方をする少女――メアリー。

 あの馬鹿が妙に頼りにする女。

 

「あら、貴女の興味を引く程私は特別じゃないわ」

「特別だ。あの男が、深い所まで心を許す女はおそらくお前だけだ」

 

 メアリーは、自分が座っている席の対面に座る。

 

(……あの灰原っていう子に近いわね)

 

 見た目と内面に差を感じる。

 所々で年齢通りでないという人間ならば多くいる。

 例えば、浅見透。例えば、江戸川コナン。例えば、灰原哀。

 

 ただ、メアリーという少女はかなりそれと比べても毛色が違う。

 

「――曖昧な秘密を共有するだけよ。それを言うならば越水七槻と中居芙奈子のほうでしょう」

「その曖昧な秘密を、あの二人は知らないようだが?」

 

 どこか面白そうにそう言う少女。

 

「……大切だから。誰よりも大切だから話せない事もある。そういう事だってあるでしょう?」

 

 それが、どうにも癪に障った。

 まるで、自分と一緒にあの男までもを試しているような顔が。

 

「……大切な事を共有していない者同士が、パートナー足り得ると?」

 

 そういう少女の表情は変わらない。

 だが、口調は変わった。

 

「逆に聞くけど、全てを知っていなければパートナーと言えないの?」

「…………」

 

 その問いに、少女は答えない。

 表情を変えたまま、少女は答えない。あるいは――答えられないのか。

 

「ねぇ、ひょっとして貴女――」

 

 ふと、一つの考えが思い浮かんだ。

 

「大切な誰かを追いかけているのかしら。……大切な誰かが残した――教えてくれなかった何かを」

 

 少女の拳が、握り締められた。

 

 

 



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089:2001年8月20日

――どうして……どうしてっ!

 

 

 どこか虚ろな感覚の中、女性の声が響く。

 一瞬、誰の物か分からなかったが、頭の中で反響するその声を何度も聞くうちに分かった。

 これは、自分の叫びだ。

 

 

――どうして私を死なせてくれないの! そこまでして、どうしてっ!

 

 

 目の前にいるのは、赤く輝く男だ。

 比喩ではない。

 本当ならば自分がこの身に浴びるべきだった炎を身にまとい、男は笑っている。

 

 

『どうして? んなの決まってる。アンタがいい女だからさ』

 

 

 まるで熱など気にならないとばかりに笑う男は、平然とそう(うそぶ)く。

 

 

『本当にいい女のためなら無茶の一つ二つ、ついついやりたくなるのが男の(さが)なのさ』

 

 

 燃え盛る衣類をそのままに、男は髪をかきあげる。

 

 

『きっと、アンタの想い人もそうだったんだよ』

 

 

――っ! 知ったふうな事を言わないで! アナタは、なんにも知らないじゃない!

 

 

 彼と共に来ていた小学生くらいの眼鏡の子供が、慌てて周りの大人や高校生に何か指示をしている。

 そうだ。このままではこの男が燃え死んでしまう。

 それも、自分のせいで。

 それも、自分をかばって。

 

『アナタのその手を、汚させるわけにはいかねぇ』

 

 だというのに、足や腕はおろか、指一本動かない。

 そして眼も、その男から離せなかった。

 

 かつて、自ら放った炎から自分を救ってくれた人。

 そして、自分を置いて逝ってしまった人。

 一瞬。そう、一瞬だけなぜか。彼の姿が眼の前の男と重なったから。

 

 

『……ひょっとしたら、アンタを止める権利なんて俺には無いのかもしれねぇけどさ』

 

 

 呑気なのか、あるいは剛毅なのか。

 燃えながら肩をすくめ、男は言う。

 

 

『そして、こいつも俺のただの我儘だ。美人の死ぬ所なんざ見たくねぇ。どうしても死にたいって言うんなら――』

 

 

 

 

『俺を殺してからにしな』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 毛布のふくらみがピクリと動き、ベッドと毛布の隙間から細い女の手が出る。

 

「……また、あの時の……」

 

 女――日向幸は、ベッドに横たわったまま右手を額に乗せる。

 あの時、一か所だけ自分が火傷を負った手に。

 

「――どうして」

 

 夢の中と同様に、女は問いかけていた。

 隣の部屋で熟睡しているのだろう、自分を死なせてくれなかった今の上司(ボス)に。

 ふと、今ならば死ねるのではないかと思った。

 今いるのは鈴木財閥が用意した大阪のホテル。

 この部屋には何もないが、持ってきている物を使えば自殺は容易いだろう。

 

 ふと、スーツケースの方に目をやる。

 もしも汚れたり、紛失した時のための浅見透の予備スーツはそこに入っている。――ネクタイも。

 

 

――なぁぁぁお……

 

 

 だが、そのスーツケースの上には彼がいた。

 特別にホテルの中に入れさせてもらった、上司のペット――いや、相棒。

 

 雑誌等の写真ではいつも彼の肩に乗っている白い猫が、気持ち良さそうに横倒しのスーツケースの上でゴロゴロしている。いや、していた。

 今は、まるでスーツケースを守る様にじっと座って、まっすぐ女の目を見つめていた。

 

「……本当に、この事務所は猫まで……」

 

 ベッドから抜けだし、下着だけの身体に浴衣を適当に羽織り、スーツケースの元まで歩いていく。

 白猫――源之助は微動だにせず、真っ直ぐ女を見つめたままだ。

 

「大丈夫よ。貴方のご主人様に言われたもの」

 

 その猫をあやすように、そっと女が手を差し伸べる。

 

「私が自分の命を絶つ時は、あの人を殺した時。死んだ時」

 

 女がそう言うと、猫は少しだけ息を吐いて――ひょっとしたら、呆れているのかもしれない――女の指先をチロチロっと舐める。

 

「だから、今は大丈夫」

 

 それに、きっとあの男は死なない。

 その背に誰かを背負っている限り――決して。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「まったく、高校生を晩酌に誘うなよなー」

「大丈夫大丈夫。ほら、飲ませてないじゃん」

 

 幸さんは先に寝るって言ってたし、部屋も次郎吉の爺さんが人数分取ってくれたし、ある意味で気を使う必要なし。

 幸さんの事がちっと気にかかるけど、まぁ源之助がいるし大丈夫だろう。

 

「まったく。ボスってば、家だとあんまり飲めないからって……」

「おかげで色々大変でなぁ。……哀も桜子ちゃんも手厳しい」

 

 ホテルの部屋に備え付けてあったお茶菓子を齧りながら、真純はソファに深々と腰を下ろしている。

 

「にしても、グアムの次は大阪か~。まったく、浅見探偵事務所は大忙しだねぇ」

「今度は仕事じゃないけどな」

「でも、ボスには因縁のあるお宝絡みの用事なんだろう?」

「ん、まぁな」

 

 といっても、正確にはこっちに因縁があるのは夏美さん。そしてあの時調査に出ていた安室さんやふなち達、そしてコナンだ。

 

「しっかしまぁ……まさか俺がキッドに関わる事になるとはねぇ」

「お休みは遠いね、ボス」

 

 いや、まぁ俺にとっては別にいいんだが……むしろ真純には悪い事をしている気になる。

 先日のグアムの件もそうだけど、さすがにそろそろ仕事を絞らないといけない。

 問題は、ここ最近の仕事が微妙に断りづらい所からばっかりなんだが……、

 

「でも意外だね。キッドキラーで有名なコナン君の事もあるし、もうボスはキッドの事件には関わってると思ってたよ」

「あぁ、いや。朋子さん――会長夫人から依頼が来た事もあったんだけど……最近では次郎吉の爺さんがキッドにご執心でね」

「次郎吉相談役は、ボスに依頼しないのかい?」

「自分の手でキッドを捕まえたいんだってさ」

 

 安室さんが言ってたっけな。

 多分キッドを捕まえて俺と新聞記事で並びたいんだろうって。

 おっと、携帯が震えてやがる。

 

「おっ、七槻さんから?」

「いや、コナンからだ」

「コナン君から? なになに、なんて?」

「ちょっと待て。えぇとだな……」

 

 やはり、真純はえらくコナンに対して興味があるようだ。

 コナンが小さくなった高校生だって事に気付いているのか、あるいは工藤新一に出会っているのか。

 

(あのクソロン毛の仲間って訳ではなさそうなんだけどなぁ……)

 

 俺の手足ぶち抜いた後で心臓狙って何発か喰らわしてきやがったクソの顔が浮かぶ。

 あの細工した名刺入れがなかったら普通に死んでいた所だ。

 あのクソ野郎。二回ほど心臓止まった瞬間が分かったぞクソが。

 どう考えてもコナンが相手をするべきメインの敵だったから逃走を最優先したけど、次会ったら本気で相手してやる。本気でぶっ飛ばしてやる。

 

「どうやら、コナン達も大阪に来るみたいだな」

「ホントか?!」

「あぁ。どうやら鈴木会長が小五郎さんに協力を要請したみたい。園子ちゃんと蘭ちゃんも一緒にこっちに来るってさ」

 

 正直、滅茶苦茶安心できる。

 なにせキッドの事件だ。人死にはまずないだろうし、加えてある意味で安全圏の蘭ちゃんと園子ちゃんが一緒に来るのだ。

 どうやら、今回は完全に休暇モードでよさそうだ。

 

「今回も、事件に加わるどうこうっていうよりセレモニーへの参加依頼だからな。正直、気楽でいいと思うよ」

 

 真純のドレスも今仕立てているし、明日の昼過ぎには出来上がるだろう。

 そっから着替えて、ヒールを履いた事がないっていうからちょっと歩き方の訓練に付き合って……まぁ、パーティが始まる夕方には間に合うだろう。

 

「ぼ、ボクにあんなドレス似合うかなぁ……?」

「や、似合うだろ。真純は自分が可愛い方に入るって事を自覚したほうがいい」

 

 ホントにね。

 俺の中ではかなり上位に入る美少女だと思うんだけどなぁ。

 蘭ちゃんとか園子ちゃんとはタイプ違うけど。

 強いて言うならウチの楓とか、家庭教師していた和美ちゃんに近いタイプだ。

 

「……でも、この間の週刊誌だとボクって浅見探偵事務所期待の新人『イケメン』探偵らしいよ?」

 

 なんでイケメンを強調したし。

 なんで俺を睨むし。

 なんで俺の腕に爪を立てるし。

 

 や、気持ちは分かるけどさ。

 

「半端者ってのは、本当にいい女ってものを知らないのさ。良い女じゃないと、良い男を知らないようにな」

 

 こう言えば納得するだろう。

 真純の奴、性差を気にしないアピールをいつもしてるけど、つまりは逆に滅茶苦茶気にしているってことだ。

 なんだろう、なんか嫌な事でもあったのか?

 良い女なんだから堂々としていればいいと思うんだけどなぁ。

 

 なお、真純はちょっと赤くなった顔をポンポンとはたきながらどうにかいつもの笑みを浮かべようとしている様子。

 

(……この子、本当に褒められるのに弱いなぁ)

 

 ある意味チョロそうで先が不安になる。

 もうちょっと慣れてくれないと困った事になりそうなので、これからもこまめに可愛い可愛いと褒め倒していこうと思います。

 やりすぎると顔押さえたまま「この人めんどくさい」とか言われるけどそれでいい。

 たまにメアリーに突っ込み喰らうけどそれがいい。

 

(さて、とりあえずキッドの方はどうしたものか……)

 

 会長――史郎さんから届けられた予告状のコピーを取り出す。

 

 

『黄昏の獅子から暁の乙女へ

 秒針のない時計が12番目の文字を刻む時

 光る天の楼閣から

 メモリーズ・エッグを頂きに参上する。

 

      世紀末の魔術師 怪盗キッド』

 

 いかにもキッドらしい文章だ。

 

 和むわぁ。これすっごく和むわぁ。

 

 基本キッドが予告状を出すような事件の時って人死に少ないし、中森警部達捜査二課が張りきってくれるし、今回は大阪だから多分平次君達も動くんだろうし……。

 

 ――あ、でも今回蠍野郎が関わるかもしれなかったんだ。

 ちくしょう、瑞紀ちゃんは今回は事務所ではなくマジシャンとしての仕事で東北の方に行ってるし、快斗君も都合が合わずじまいだったし、土井塔さんも同じくときた。

 連れてこられれば良かったんだけど……。

 あれかな。ライバルポジの――ようするに簡単には捕まらない相手だからこの世界のなにかがブレーキかけてんのか?

 同じマジシャンとして、しかも優秀な連中が連れていけないってのは。

 

「それにしても、どういうことだろうね? その予告状」

 

 ちょうどいい話題だと、真純が食いついてくる。

 微妙にゆるい服装なんだから無防備に(かが)むんじゃない。

 

「世紀末はもう過ぎて新しい世紀になったばかりだって言うのに」

 

 ほんと、なんで年数だけはこの世界進むんだろうな。

 俺の中ではもうずっと世紀末って気分なんだが……。

 

 裁判も進む物があったり進まない物があったり。

 まぁ、おかげで幸さんが来てくれたし、あのコナンの天敵と言っていい亀倉さんもどうにか手元に引き込めそうだけど……。

 

「これ自体が予告状の謎の鍵になってるか、あるいは何かのメッセージなのか……」

「意味自体は真純でも分からないか」

「うーん……警察は、光る天の楼閣を大阪城って断定しているみたいだけど」

「しっくりこない?」

「……と言うより、言いきれないっていう所かなぁ」

 

 隣に腰掛けて、横から予告状のコピーを覗き込みながら真純は頭を掻き毟る。

 

「日は多分間違いないと思うよ。黄昏の獅子から暁の乙女へ……つまり、獅子座の終わりの夜から乙女座の始まりの間」

「8月22日夜から23日朝の間ってか」

 

 キッドの事件に俺が関わると言う事で、中森警部の娘さんの青子ちゃんからメールで中森警部の推理を教えてもらっている。

 お父さんをよろしくお願いしますという一文もセットだ。

 良い子だよ。あの子本当にいい子だよ。

 快斗君との事、紅子と一緒にだけど応援してるよ。

 

「問題は、蠍が餌を横取りされるのを大人しく待っているかどうかって所だけど……」

 

 無理だろうなぁ。

 絶対来るだろうなぁ。

 例によって例のごとく、いつものスーツは強化メンテ中だし。

 フラグ立ってるなぁ。……予備まで持っていくとか阿笠博士マジ阿笠博士。

 まぁ、月のノルマみたいなもんだから別にいいけど。

 

「いつも通り行けば問題ないさ」

 

 できるだけ怪我しそうな所は俺が行くからさ。

 

「……ねぇ、ボスのいつも通りって怖すぎるんだけど」

 

 マジでか。

 

 

 



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090:怪物を起こしたのは誰だ?

「そか。あの兄ちゃん、相も変わらず無茶しとるんか」

 

 キッドの予告状を送りつけられた鈴木財閥――正確には会長の史郎さんが、おっちゃんに助けを求め……。

 今、俺たちは大阪に来ていた。

 

「浅見さん、あの時ガソリンの入ったポットとライター一緒に蹴り飛ばして一緒に被るんやから……正直、これまでの人生で一番焦ったわ」

 

 あの時一緒にいた服部は、安心したように息を吐く。

 

「いや、あの世良っつー姉ちゃんとメールでやりとりしてたから、あの兄ちゃんが無事だってのは知っとったけどな」

「え、世良と?」

「あぁ、同い年やし同じ探偵っちゅーことで向こうからな。まぁ、そのおかげで浅見の兄ちゃんトコの事務所の動きもよー分かるわ」

 

 手を振ってそういう服部に、俺は思わず顔を下に下げてしまった。

 

「? なんや工藤?」

「いや、あの人ともそれなりの付き合いになったけど、あの無茶にだけは慣れないなぁって」

 

 

 なにせ、火傷の治療が終わったばかりで安静にしていなければならない時に、またも目の前で自分から刺されに行っているのだ。それも、浅かった傷をわざわざ自分で深めるような真似まで。

 

 そんな感じの日々が、もはや日常になりつつあるのがあの人だ。

 そして、そんな感じで助けた人間を周りに置いているのがあの人だ。

 性質が悪いと思う。死ぬほど性質が悪い男だと思う。

 そんな男に助けを求められたら、拒めるハズがない。

 自分が燃やしたのに、自分が刺したのに、あのどこか不敵な――けど、同時にどこか申し訳なさそうな……あるいは泣きそうな笑顔で『力を貸してほしい』だなんて言われたら……きっと拒めない。

 

「難儀な人やなぁ。あいも変わらず」

「……変わらず?」

「初めて会った時もあの人、あの越水っちゅー姉ちゃんのために俺のバイクから逃げ回ってたコソ泥の車に飛びかかりおったからなぁ……」

「ホントに変わってねぇなあの人!」

 

 ここ数カ月は、そもそも怪我をしていない時の方が少ない気がする。

 死に急いでいる――と言うのとは違う。

 誰よりも生に執着しながら、誰よりも自身を軽く見ている。

 そんな風にみえて、仕方がないのだ。

 

「でも、な」

「ん?」

「あの人は、間違いなく誰かを救ってるんだよ……」

 

 そう、救った人数で言えば、間違いなくかなりの数になるのだ。

 犯罪に遭いそうだった人も、逆に犯罪に手を染める所だった人も。

 

「なぁ、服部」

「ん? なんや?」

 

 

「お前さ、推理で誰かを救った事……あるか?」

「――はぁ?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 鈴木近代美術館。

 これまで、芸術などの方向には余り力を入れていなかった鈴木財閥だが、どうやら次郎吉の爺さんが冒険を休み始めてから、あの爺さん主導でそういった方面に力を入れ始めているようだ。

 

「――っていうか、キッドの餌を用意するためだよなぁ……多分」

「鈴木相談役は、最近宝石や絵画の買い付けに力を入れているようです」

 

 いつものスーツではなく、イブニングドレスに身を纏った幸さんが俺の横でそう告げる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 右腕は塞がっているため左手を差しだすと、幸さんは「いえ」とそっけなく断る。

 ちっ、両手に花をやる機会が消えたか。

 同行しているのが七槻とふなちなら、いつもやってる事なんだが……。

 あるいは志保と楓。

 

 もっともその場合、楓はともかく志保にはゲシゲシ俺の(すね)を蹴り続けられることになるが。

 なんだろう。ドレスが俺のお手製なのが気に入らなかったのだろうか。楓はめっちゃ喜んでくれたけど……。まぁ、実年齢違うしなぁ。

 

 志保と楓のドレス、あの辛口の朋子さんからもお褒めの言葉をいただいた自信作だったんだが……。

 最近、ふなちもイベントへの参加はともかくコスプレはしてなかったから腕が落ちているのか?

 よし、今度入院した時に徹底的に作ってみよう。

 

 病室にミシンとかマネキンとか道具一式と作業台運び込んでおこう。

 あと布とか保管するケースも頼もう。

 

「おぉっ、浅見君。来てくれたかね」

 

 美術館内のわざわざ作っていた会長室。

 その中で待っていたのは、何気に久しぶりになる史郎さんだ。

 

「お久しぶりです、鈴木会長」

「えぇ、最後に会ったのは――」

 

 えぇと、2回3回……6……7?

 

「鈴木財閥の新年パーティの時ですね」

 

 入院した回数逆算すりゃ大体そんくらいだろ。なんか、だんだん過去の記憶の線引きが曖昧になってきてる。

 季節はなんとなく覚えているんだけど、それがごちゃごちゃになってくるというか。

 

 いかんいかん。やっぱり量増えて面倒くさくなっても日記を読み返す作業は続けなくては。

 

「うむ、君が来てくれるとは心強い!」

「いえ、こういう事件は正直専門外でして……」

 

 マジである。防犯対策のプロとなると瑞紀ちゃんと初穂のツートップなんだが、初穂は東京で別の仕事が入っていて間に合わなかった。

 

「今回は毛利探偵や中森警部の胸を借りるつもりでいます」

 

 万が一浅見探偵事務所の探偵で動く事になるんなら、真純に頼ることになりそうだ。

 あるいは、今は大阪の友達と出会っている麻美ちゃんにも頭を貸してもらうかもしれん。

 キッド相手だから武力面はいらないし――あぁ、でも蠍がいるんだった。

 

(今回ばっかしはキッド絡みとはいえ……なんだかんだで楽させてもらえそうにないなぁ……)

 

 俺の腕に掴まったまま、慣れないヒールに苦労しながらも着ているドレスをやけに確かめている真純の姿をボタン型の隠しカメラでこっそり撮りながら、内心でため息を吐く。

 スーツが回収されている件もあるんだ。油断は禁物。

 

(……撃たれる時は、また10発前後は軽く叩き込まれるんだろうなぁ)

 

 念のために完全防弾仕様の例の名刺入れは胸ポケットに入れている。

 この間の件がある。スーツを預けてくれって言われた時点でメアリーに俺自身のサポートを依頼した。

 多分、今もどこかに潜んでいるのだろう。

 

 ついでに阿笠博士に、コナンの服や眼鏡の強化を依頼してある。ウチで採用している防弾繊維や硬質ガラスへのグレードアップだ。

 

 大丈夫。今回は万全だ。

 保険はいくつもかけてある。大丈夫。

 

 

 

 ――多分。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「対銃弾装備に狙撃対策、山猫の配備に調査会社の人員も借りた監視網……」

 

 何重にも張り巡らされた『保険』をとある建物の屋上から双眼鏡で観察しながら、私は――浅見透曰く『切り札』であるらしいが――ため息を吐く。

 

「キッドに対して……ではないな。どうやら、キッド相手に手出しはするなと命じてあるようだし……」

 

 わざわざ手出しをするなということは、警察やあの江戸川コナン、毛利小五郎が今度こそキッドを捕まえる。あるいはエッグを守ると確信しているのか。あるいは――もっと別の事態を見据えているのか。

 

(なんにせよ、恐らくは確信しているのだろう)

 

 スコーピオン。

 ロマノフ王朝の財宝だけを狙って動く凶賊。

 そしてある意味で、浅見透という眠っていた怪物を叩き起こした存在。

 奴が再び現れる事を。

 

「……因縁、か」

 

 恐らく、ただの事態では済まないと見ているのだろう。

 浅見透にとって、特別な存在だと思われる三人の女――小泉紅子、越水七槻、中居芙奈子の三人は大阪には近づかないように手を回していたし、わざわざ鈴木の息のかかったセキュリティを臨時で雇っている。

 

(人質にされる可能性を恐れたか。あるいは今回の騒動を良いことに裏で動きまわる者を警戒したか)

 

 現に、FBIは動いている。

 この隙に、例の病院の地下ブロック。――恐らく、あの薬の研究をしているのだろうあのブロックを調べている。

 どうにかあのセキュリティを解除しようとしているようだが……。

 

(無駄な努力を……)

 

 あのセキュリティはプログラム等と言う生易しい物ではない。

 その場その場で、侵入パターンに対しての最適解を打ち出す。

 仮にCIA等が本気になったとしても、突破するには時間を要するだろう。

 そうなれば当然、その間に――あの男がやってくる。

 自身が厳選し、今も磨き上げ続けている超一級の手駒を引き連れ、一網打尽にされることだろう。

 FBIは、ただあの男の目溢しをもらっているに過ぎない。

 残念ながら、その意味を本当の意味で理解しているのは、今美術館内部を見廻っているアンドレ=キャメルだけだろう。

 

(やっかいだな。本当に)

 

 そこにお宝が隠されていると、気付く人間ならば誰もが分かる様にしておきながら、それ自体が寄って来た魚を釣りあげる巨大な罠である。

 それも、罠と分かっていても近づかざるを得ない代物だ。

 

(やっかいだ。本当にやっかいな男だ……)

 

 双眼鏡を、鈴木近代美術館に向ける。

 その窓――浅見透の指示で、全て防弾仕様へと変えられたその向こうには、シックなイヴニングドレスを身に纏い、そしてヒールに慣れない真純が、浅見透の腕に掴まって立っている。

 

 当初は、ある意味で自分以上にあの男を警戒していたハズの真純があの男に懐き始めている。

 徐々に、だが確かに。

 

(真純め。あの時の少年の助手だった男だからと言って……)

 

 工藤新一。いや、恐らく今は――江戸川コナン。

 当初、真純は工藤新一が……そして赤井秀一が消えた理由が浅見透にあると推理していたが――江戸川コナンの姿を見て考えを変えたようだ。

 

(油断するなよ、真純)

 

 今隣に立っているその男は、その気になれば国を――いや、

 

 

 世界を相手に喧嘩を売りかねない男なのだから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 都内の、とある刑務所。

 そこは、今とても静かだった。

 

 いや、正確にはくぐもった呻き声と這いずるような音、そして数人の足音だけが響いている。

 

「これが、条件かね?」

「そうだ」

 

 一人の、初老といった様子の男の問いに、筋肉質な男が無愛想に頷く。

 初老の男の手には、男から渡された携帯電話が握られている。

 

「あの男は?」

「大活躍だ。警察も、マスコミも、そして犯罪者も――奴には注目している」

 

 二人はゆっくりとした足取りで、刑務所の門を超えて行く。

 声をかける者は、いない。

 呼び止める者も、いない。

 

「そうか。そうだ。……そうでなくては困る」

 

 初老の男は、携帯電話のボタンを押し始める。

 筋肉質な男の方は、後ろを振り返る。

 開けっぱなしの扉の向こうに見える、額から血を流したまま縛られ、床に放り出されている刑務官達の姿を確認して

 

「あの人好みの囚人達は逃がした。他の囚人や刑務官その他諸々は全員この中。ほとんど薬の効果でまともに動けない」

 

 初老の男の、携帯を操る指が止まる。

 

「さすがに、罪悪感が湧くか? 別に構わん。その時はただ、お前を逃がせとだけ俺は指示を受け――」

 

 だが次の瞬間、初老の男はもう一人と同じように振りかえり、迷わず通話ボタンを押した。

 震え一つ見せず。

 助けを求める縛られていた刑務官達の目を、真っ直ぐ見返したまま。

 

「――浅見透」

 

 辺りが白く染まる。

 刑務所内部に仕掛けられた爆弾が作動し、中にいた人間を轟音と共に吹き飛ばす。

 

「浅見透……っ」

 

 初老の男は、握りしめたその携帯電話を地面に投げつける。

 そして、その顔を憤怒で真っ赤にしながら叫ぶのだ。

 

「浅見……っ! 透ーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

 

 己の顔に泥を塗った、まごう事なき自身の敵の名を。

 

 内部に仕掛けられた爆弾が、次々に連鎖して轟音を響かせ、炎をまき散らせる。

 それは、かつて初老の老人が引き起こした事件と同じ物だった。

 

「……なるほど、ピスコの言うとおりだ」

 

 もう一人の男――アイリッシュ。

 いつの間にか、その周りに控えていた黒服の集団へ手で撤退の指示を出しながら、アイリッシュは初老の男へ手を差しだす。

 

「歓迎しよう。森谷帝二」

 

 初老の男――森谷は、怒りに目を吊り上げたまま男の手を握る。

 年齢に似合わない力で強く。強く。

 

 その目は、夜を見据えていた。

 いつの日か来るだろう、爆発と銃声のバックミュージックに、血のワインと銃弾のディナーが飛び交う――宿敵との夜を。

 

 



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091:疑惑に次ぐ疑惑。(副題:所長は青蘭さんの部屋に泊まるそうです)

「あと10分ほどで大阪ですわね」

 

 新幹線の予約席。自分の隣に座るふなちさんが、電光掲示板を見てそう呟く。

 

「透君、グアムから戻ってそのまま大阪って言ってたっけ」

「おそらく、もう今頃はホテルに着いているでしょうが……日向様、大丈夫でしょうか?」

「……幸さん自身が? それとも、透君が手を出してないかって事?」

「正直、どちらも」

「大丈夫だって。麻美ちゃんに真純ちゃんっていう女性陣も同行しているんだし、それに源之助もいるし」

 

 僕がそういうと、ふなちさんは額に指を当てて

 

「……源之助様、先日は少年探偵団の皆様を救出しておりましたよね」

「うん、ついでに犯人も捕まえてたね。コナン君と」

「その前日には爆弾を見つけ出しておりましたよね」

「うん、そして解体が出来る安室さんと透君をその場所まで誘導してたね」

 

 ふなちさんは、ますます額に皺を寄せて「んむむむむぅ~~」とうなり声を上げる。

 そして、なぜか恐る恐るといった様子でゆっくり僕の方に顔を向け、 

 

「……あの方は本当に猫なのでしょうか?」

「もう僕は深く考えることは止めにしたよ」

 

 一月程前には、透君を撃とうとしていた銀行強盗犯に飛びかかって助けてくれたし。

 思い返せば、いつだったか彼の家に仕掛けられていた盗聴器を見つけ出したのも彼だったし。

 いや、感謝はしている。してんだけど……こう、なんていうか。猫らしく活躍してほしいというかなんというか……。

 いや、そもそも猫らしい活躍とはなんなのか。猫とはどこまでが猫と言えるのか。

 

(止めよう。深く考えるのはもう止めよう)

 

「あの滅茶苦茶な透君に懐くんだ。人だろうが犬だろうが猫だろうが、怖いでしょ?」

「いえ、あの、すみません七槻様。それだと私達まで、それはそれは愉快というか奇怪な存在になってしまうのですがそれは……」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 鈴木近代美術館近くにある、やはり鈴木財閥の息がかかったホテル。

 そこで行われているパーティに俺は参加していた。

 

「ありがとう、透君。貴方のおかげで、入手はともかくエッグの事を調べられそうだわ」

 

 ただし、今隣にいるのは真純でも麻美ちゃんでも幸さんでもない。

 青蘭さんだ。

 

「いや、役に立てたのならよかったです。青蘭さんには歴史関連の講義で色々と助けてもらっているから、恩を返したかったんですよ」

 

 役に立つ知識というものは際限がない。

 爆発物やセキュリティ、人体に関しての知識はかなり埋めてきたが、歴史関連の雑学等も必要になる可能性は十分にある。

 というか、今回のメモリーズエッグ絡みですらすでにロシア史の知識が必要となっているのだ。

 

「すでに十分、返してもらっているわ。君には」

 

 中国人――正直、どちらかというとロシア系の感じがするのだが――の青蘭さんは、これまで何度か見てきたようなチャイナドレスを身に着けている。

 ただし、丈の短いドレスではなくロングタイプで、スリットが深いやつだ。

 似合っている。滅茶苦茶似合っている。

 七槻とかにも言えることだけど、どうにも俺は露出の多い服装はそこまで好みじゃないようだ。

 

「君に色々と歴史を教えるのは楽しかったし。それに、一緒にどこかへ出かけるのも――夜も、ね」

 

 最終的に振られる事が多かったとはいえそれなりに女の子とは付き合いのある俺だけど、青蘭さんは――こう、なんというか特別な何かを感じた。

 思い込みでしかないが、互いの何かが分かると言うか……初めて会ったあの時、初対面じゃないと感じたのだ。

 うっすらと記憶にある、親父と目が似ているからだろうか。

 おっさんと似ているからとか褒め言葉でもなんでもねぇから口にしないけどさ。

 

「あら、貴方も来ていたのね」

 

 青蘭さんをエスコートしながら、寄ってくる人達に挨拶をしているとシックなドレス姿の女性が声をかけてきた。もちろん、顔見知りだ。

 

「常盤社長、ご無沙汰しております」

「えぇ、浦思さんもお久しぶり」

「お久しぶりです、常盤社長」

 

 常盤財閥のご令嬢にして、コンピューターのソフトウェア開発等を主とする会社『TOKIWA』の社長――常盤美緒。

 小五郎さんの大学時代のゼミの後輩だったらしい。

 以前鈴木財閥絡みの依頼でお会いした時には、小五郎さんの事でえらく盛り上がったものだ。

 

(……まぁ、ようするにこの人も要注意人物なんだよなぁ)

 

 財閥関係のお嬢様で安全圏って言えるのは園子ちゃんだけだと思う。長門グループの時もそうだったし、俺が関わる前にコナンも財閥のお嬢様が殺される事件に出会っている。

 

(被害者側か。小五郎さん絡みで、しかもソフトウェア関連ってなると……連中、出てくるか?)

 

 もしそうならば、またあのクソロン毛共とやりあう必要が出てくるという訳で……。

 もうナイトバロンのコスプレは使えないし、博士達に頼んでるマスクの方急がせるか。

 また火傷バージョンの赤井さん使うって手もあるけど。

 いつ、どこにいてもおかしくない訳のわからない人物としては赤井さんって存在は便利なんだよなぁ。

 今も死んだと思われている人物だし。

 

「例のビルの方はどうですか?」

 

 森谷とやりあう切っ掛けとも言える西多摩市に、この人は現在めちゃくちゃ高い高層建築を建てている。

 面倒な市議会議員を動かしたりとかなり無茶な事をしたようだが……大丈夫だろうか。調べりゃ分かるんだろうけど……多分、あのスケベオヤジだよな。

 マリーさんがいた時に、執拗に彼女に護衛を頼もうとしていた奴だ。よく覚えている。

 あの時ばかりは次郎吉さんや朋子さん、その他貸しを作っておいた政治家多数の力を借りて黙らせたけど、懲りるような奴じゃねぇからなぁ。

 

「えぇ、順調よ。このままいけば次の春にはオープンパーティが開けるかしら?」

「……春」

 

 基本的にいつでも程良く人員を抜いて事件が起こるだろう環境は整えているけど、その時期には安室さんが自由に動けるようにスケジュールを調整するようにしておこう。

 

「それで……貴方は、キッドの件でこちらに?」

「えぇ。相談役は俺をあまり関わらせたくないようなんですが、どうにもスコーピオンの件があるので……」

 

 正直、一度キッドとは話をしてみたかった。勧誘の方面で。

 なにせ変装の達人で、ありとあらゆるセキュリティを解除した上でファンサービスまでやって去っていくという離れ業をやってのける男だ。しかも、工藤新一――コナンのある意味で真っ当なライバル。

 殺しをしない点をみても信頼が置ける。変装の達人ならば、顔を変えてウチに勤めようと思えばできるだろう。

 瑞紀ちゃんの上位互換とも言える存在なら、瑞紀ちゃんや最近瑞紀ちゃんのヘルプで入ってる快斗君の負担も大幅に減らせるだろう。

 

(枡山さんが態勢整える前にこっちも用意しておかないと……)

 

 警視庁やインフラ関連への襲撃シミュレーション。公安の方で『蜂』と呼ばれているらしいが、俺が作った物が評価されているらしい。

 正確には、評価され過ぎて超機密文書になってしまったけど。

 まぁ、公安に預けておけば大丈夫だろう。

 問題は、そのシミュレーションの想定のいくつかが既に実際に起きてしまったことだ。

 刑務所が爆破されたという報告がさっき上がって来た。

 

 枡山さんならやりかねない事のトップとして念入りに書いてあったのだが間に合わなかったか。

 多分、遺体の数とか受刑者と大幅に合わないんだろうな。

 そんでニュースとかで流されて一気に周辺が不安になる……多分、今頃近くで強盗や空き巣被害が増えたりしているハズだ。

 

 念のために七槻の会社――七槻自身とふなちはちょうどどっかに移動していて連絡が取れなかった――に連絡を取って、現場周辺の警戒をしてもらっている。

 警察のサポートに務めるように頼んでおいたし、初期対応としては問題ないだろう。

 

「キッドもそうですけど、蠍の件もありますし……。念のために、という所ですかね」

「あら、相変わらず蠍にはご執心ね」

 

 そりゃあもう。

 色んな意味で俺の初めての相手なんですから。

 

「えぇ。それはもう――誰にも渡す気はありませんよ」

 

 ……あの、青蘭さん。

 美緒さんと話し過ぎたのは悪かったと思っていますので、腕に力込めるの止めてくれませんかね。

 なんか一瞬殺気っぽいの感じたんですが。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『それで、キャメル。浅見透は今、大阪に?』

「えぇ、私も一緒です」

 

 FBIと浅見探偵事務所の二足の草鞋を始めてしばらく立つが、相変わらず両者が接触する気配はない。

 所長の浅見透は普通に仕事と学校と入院が忙しくて中々時間こそ取れないが、門は常に開いている。

 色々と警戒して、二の足を踏んでいるのはFBIの方だ。

 

(おそらく、ジェイムズさんを待っているのだろうが……)

 

 もう一人のボス。ジェイムズ=ブラック。

 近々日本に来ると言っていたが、やはりこちらも遅れている。

 本国の方でも色々とあって、身動きが取りづらくなっている。

 いや、恐らくは浅見透がFBIの人員を把握したルートを今必死になって探しているのだろう。

 

『こっちは、例の水無怜奈を調べているわ。こっちを探っていた連中の事も。それに……それと――』

 

 ぐっと、電話の向こうにいる女性の言葉が詰まる。

 

『死体は、上がっていないのよね』

「えぇ。こちら――探偵事務所でのツテも使って調べていますが、あれから顔に火傷跡のある男性の遺体は見つかっていません」

 

 あの日、ジョディさんから上がった『赤井さんを見つけた』という報告。

 その報告を受けてすぐさま現場に到着した自分達を待っていたのは、赤井秀一の二度目の死亡報告だった。

 

 記憶こそ失くしていたようだが、それでもやっぱり赤井さんだったのだろう。

 ジョディさんを連れたまま襲撃者達と戦い、撃退し、そしてジョディさんを逃がした。

 

 手も、足も、そして心臓にも銃弾を受けたというのだ。

 何発も、何発も、何発も。

 銃弾の衝撃で弾き飛ばされながらも、あの人はジョディさんを物影へと突き飛ばし、そして静かに微笑んだまま――海に落ちたらしい。

 

 あれ以来ずっと塞ぎこんでいたジョディさんだが、しばらくたっても遺体が上がったというニュースが入ってこない事から、逆に希望を持ったようだ。

 

 生きていると。

 あの時、身を呈して自分を救ったかつての恋人は――生きているのだと。

 

(浅見探偵事務所への執着が薄れたのは幸いと言えなくもないが……)

 

 これはこれで良くない傾向だと、そう思っていた。

 浅見透への疑惑が晴れたわけではない。

 あのクリス=ヴィンヤードとの繋がりが浮かび上がった今では、それを覆すのは難しい。

 正直な所、自分としてもそこに言葉を挟むつもりはないが……

 

(執着も、舞い上がるのも禁物ですよ……ジョディさん)

 

 浅見透。自分のもう一人の『ボス』の言葉が思い浮かぶ。

 

 

 

――尾行、潜伏、追跡、護衛……それに女を口説く時も。どんな時でも焦りは最大のトラップなのさ。

 

 

 

 正直な話、『貴方がそれを言うな』といつも思う。

 事あっては必ず危険な場面で飛び出して、大怪我を負っている。

 専用の病室が都内の鈴木財閥影響下の病院にいくつも作られているというのに、本人は入院前提で私物を持ち込んでいるありさまだ。

 

 だけど、いつだってあの人は焦っていなかった。

 焦りを一切見せず、ギリギリの所で自分の命を天秤にかけ――そして誰かを救うのだ。

 それが被害者だろうが、犯罪者だろうが。

 

 それほどの事をして見せろなんて口が裂けても言えない。

 だが、強く思う。

 

 今のジョディ=スターリングに、誰かが救えるとは思えない。

 

 同時に、やはり赤井秀一が死んだとも思えない。

 いや、それどころかむしろ――

 

(ひょっとして……本当にひょっとしてですが……)

 

 今回、赤井秀一と思わしき男の行動。そしてその後の所長(ボス)の急な出張。

 もし、もし自分の勘が正しければ――

 

 

所長(ボス)……まさか、貴方は赤井さんと――)

 

 

 

 




【rikkaのガチで超番外なコラム】

≪『蜂』の元ネタについて≫

 感想で書かれて、説明忘れていたの思い出しました。
 この元ネタはコナンではなく、バイクに天才的な才能を持つ怪力婦警『夏美』と、車のドライビングに天才的なセンスを持つ才女『美幸』の婦警コンビが活躍する昔の大ヒット作品『逮捕しちゃうぞ!』の劇場版に登場したとある符牒『蜂一号』から持ってきた物です。

 少し前ですが、このネタをこっそり出した時に感想で食いついて来てくれた読者がいてメチャクチャテンション上がったのは覚えております。この場で感謝を……いや、本当に分かる人がいて嬉しかったです。
 コナンがキャラ成分強めなら、こちらはストーリー重視の作品となっております。(どちらも同じバランス派ではありますがw)

 すごく余談ですが、『タツミーをヒロインに~』及び『rikkaのメモ帳(銀魂)』の主人公の葵は、この作品に登場する人物『葵 双葉』がある意味での元ネタというかモチーフだったりします。

(私の作品では、ある種のテーマが同じだったら主人公名も同じ物にしていたり…w)

 レンタルでも出ているはずなので、是非ともアニメは見て欲しい。
 自分はカートゥーンネットワークで見ていたのですが面白かった。そして原作全部買って劇場版はDVD買った。
 アニメ版揃えよう揃えようと思ってたんだけど……


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092:予告当日の動き。遡ってスイス

 初めてその男と出会った時、女は確信していた。

 

 きっと、この男とは長い付き合いになるのだろうと。

 

 蹴り上げられて痛む身体。その痛みに最初は怒りを覚えた。

 

 そして暗殺目的で懐に入り込み、共に歩き、共に――

 

「……ふふっ」

 

 女は、そっと隣で寝ている男の胸板に指を置く。

 男の体は、酷い物だ。

 あちこちが傷だらけで、触るだけで壊れそうな雰囲気すらある。

 女は、男の肌をそっと指でなぞり、満足そうに笑みを浮かべる。

 

 そろそろ、空が白んで来る頃だろう。

 女は目を細め、シーツを男に掛け直してそっとシャワーを浴びに行った。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「つまり、日にちに関してはコナンに真純、平次君も同意見な訳だな?」

「あぁ」

 

 パーティが終わってホテルで一泊。その後、用事があると言う青蘭さんと別れた俺は真純と一緒にコナン、そして平次君と合流して大阪の街を歩いていた。

 

「『黄昏の獅子から暁の乙女へ』」ちゅうのは獅子座の終わりの夜から乙女座の始まりの朝方までの間。そこは俺も工藤も間違いないと思うんやけど……」

 

 キッドの予告状。警察の人間は『秒針のない時計が12番目の文字を刻むとき』が示すのだろう時刻の部分を、小五郎さんの『アルファベットから12番目の文字。つまりLの字を時計が示す午前三時に違いない!』という推理の元に行動するようだ。

 

「ちなみに、その推理した時小五郎さんどんな様子だった?」

「いつも通り、高笑いしてたよ」

 

 あ、じゃあ間違ってんな。

 

「ロマノフ王朝――つまりロシアに絡んだお宝を盗むっていう予告状で、アイツがアルファベットに絡めるとは思えないんだよなぁ」

「なるほど。お前が引っかかっとんのはそこか」

 

 アルファベットじゃなくロシア文字なら……えぇと、アー・ベー・ヴェー・ゲー・デー……

 

(カー)だな。時計盤には確かに合わない」

「あぁ、そうなんだよなぁ……」

「? なんや浅見さん、ロシア語出来るんか?」

「日常会話程度なら、どうにかな」

 

 青蘭さんと付き合いが出来てから、彼女からロシア語と中国語は色々と教えてもらった。

 もっとも、次郎吉の爺さんから講師当てられてる恩田先輩には負けるけど。

 あの人、言語に関してはかなり覚えが早くて、英語なら一定レベルの打ち合わせと関連しそうな単語や専門語などの事前勉強があれば同時通訳も出来る位だからなぁ……。なんであの人経済学部入ったんだろう。絶対入る学部間違えてたって。

 

「しかし、Kか。確かに時計に当てはめるのも無理があるなぁ」

 

 真純が自分の腕時計を見ながらつぶやく。

 この間のドレス姿の反動か、今日は完全にいつも通りボーイッシュ――というか、もはや普通に男の格好をしている。

 余りの悲しさに「急募:女性服を自然に勧められるコーディネーター」というタイトルでメールをメアリーに打つ。写真もついでに撮って添付。

 送信。

 着信。

 

 『馬鹿者』

 

 ……一言だけか。一言だけかぁ。

 最近メアリーってば、本当に俺への扱い雑になってきたなぁ。

 

「それで、透兄(とおにい)。これからどうする?」

 

 逆に真純は最近妙に仲が良くなった。

 なぜか「透兄」と兄貴分扱いである。なんでも、今は会えないお兄さんと会えるお兄さんに変な所が似ているらしい。変な所ってどこだ。

 

「んー……午前三時っていうのも、説得力がないといえば嘘になるしなぁ」

 

 嘘である。いや、確かに一見正しそうな意見であるが、俺はおそらく外れだろうと言う事が分かっている。

 

「そやなぁ。まだ日も沈んどらんし……どや、お好み焼きの美味い店があるんやけど、とりあえず腹ごなしにせんか?」

「僕は賛成。コナン君は?」

「うん! いいよ!」

 

 平次君だけならともかく、真純もいるもんだから全力で猫かぶりである。

 様子からして真純の奴、コナンが工藤新一だって気が付いていそうだし、別にいつも通りで良いんじゃないかと思うんだが。

 ぶっちゃけ、小学一年生って無邪気ってより生意気な方がらしいっちゃらしいし。

 

 ……工藤のまんまでも生意気だったか、そういえば。

 まぁ、そうなる理由も分かるっちゃ分かるが。

 

「そうだな。解釈の正否はともかく、腹が減っては戦は出来ぬ。飯にしよう。払いは俺が持つよ」

 

 なんにせよ、その時が来れば事態が勝手に動くだろう。

 今回は蠍が動きかねないし、宝の内容やその周りで蠢いている奴らも一癖ある。

 恐らく、これまでのキッドの事件の中ではかなりスケールが大きい物になるだろうし、そうなれば動きがあるのは間違いなくコナンの周りだ。

 

(やっぱり、瑞紀ちゃんも快斗君も土井塔さんも連れて来られなかったのが痛いなぁ……)

 

 とりあえず全員にはマジシャンのお仕事頑張ってくださいとメールは送っておいた。あと、死なないように頑張りますって送ったら瑞紀ちゃんからお怒りの電話を受けてしまった。ごめんて。

 

(そういや、瑞紀ちゃんってば俺が今回の仕事受けるのにエラく反対の様子だったけどなんでだろう?)

 

 えらく引きとめられた。主に蠍が絡んでいる事件に俺が絡む事が気に入らなかったみたいだが……。

 というか、キッドの事件に絡む事にも少々ご不満なようだ。

 あれかな。マジシャンとして尊敬してるっぽいしそれでか。

 あ、今キッドとっ捕まえたい欲求が少しだけど湧きあがったわ。

 

 くそ、快斗君との仲は応援してやるけどああいう気障な奴との仲なんざ絶対に全力で邪魔してやる。

 キッドの存在には色々と助けられているけどそれはそれ、これはこれ。

 

 あと、安室さんにも偉く心配された。

 いや、あの人はあのクソロン毛共に撃たれまくったあたりからすごく色々気にするようになったけど。

 

 ふと、耳元でノイズが走る。

 

(? メアリーか)

 

「どうしたの?」

 

 小型のマイクを口元に近づけ、呟く。

 すると、相変わらず人を落ちつかせる独特の声が左耳に響く。

 

『越水七槻と中居芙奈子が大阪に着いたぞ』

「わっつ?」

 

 思わず問いただす。

 いや、そんなはずはない。

 万が一を考えて、あの二人は大阪に近づけないように調整したハズだ。

 偽装依頼も含めて色々と手を回したと言うのに……え、なんで?

 蠍が来るかもしれないんだよ? 俺のスーツ今はないんだよ?

 どう考えても俺がブチ抜かれるフラグじゃん。銃弾が飛び交うじゃん。いつもどおりハチの巣になるフラグじゃん。

 だから全力で遠ざけておいたのに。

 

『どうやら、偽装依頼の件を先に片付けた人間がいたようだ』

「まさかと思うが、妙な連中か?」

 

 俺の物語の外としての視点。ある意味での読者の視点がなくても、ひと悶着起こりかねないというのは情報を持っている連中ならば思いつくだろう。その場に七槻にふなち、紅子がいるなら、俺は正直コナンの援護よりもアイツらを優先するだろう。

 紅子は少々怪しい所はあるが、七槻にふなちは間違いなく俺が『こっち側』に引き摺りこんだ人間だ。そして親友――いや、家族だ。楓や志保、桜子ちゃんと同様に。

 もしアイツらが危機に陥れば、例え命と引き換えになろうとも助ける義務が俺にはある。

 

 そして、やっかいな連中はそこらへんを知っているだろう。もしそうなら、知っていて喧嘩を仕掛けたのなら――

 

『いや、鳥羽初穂だ』

 

 初穂ぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉっ!!!!!!!!!

 

『これは私の想像にすぎんが……恐らく、二人をお前の身近に置く事でお前の無茶を抑えようとしたのではないか? あの女は、ある意味もっともお前に忠誠を誓っているように見える女だ』

 

 いらねぇよ! そんな戦国武将を語る逸話みてぇな忠義いらねぇよ! こちとらボスっつってもただの大学生だぞ!

 俺の家族に配慮してくれるんならいつでも見捨てていいんだからな!?

 いつでも後ろから刺してくれていいんだからな!?

 

「アイツらは?」

『今美術館に到着した所だ。鈴木次郎吉と会っている。それと、ちょうどこちらに到着した香坂夏美とその執事、佐倉真悠子とも合流した』

「え、夏美さん来てんの?」

『あからさまに嬉しそうにするな』

 

 や、隠そうとしても無理だって。

 夏美さんは打ち解けてきてから俺を弟扱いしてなにかとガード緩くなってるし、真悠子さんも殺人に踏み切ろうとするくらいある意味で情の深い美人だし。

 

『おそらく、今日の夜にはお前とも合流する事になるだろう』

「逃げろと?」

『誰がそんな事を言った、馬鹿者』

 

 相変わらず手厳しい。

 

『分かるか、浅見透』

「何をだ」

『誰もが、お前に生きて欲しいと願っている』

 

 いや、それくらいは分かるよ。

 身内から死を願われるほど恨みを買う生き方をしたつもりはない。

 

『恐らく、お前は『何をいまさら……』だとか馬鹿な事を考えているだろうが……』

 

 おうふ。

 

『理解しろ。もし、お前を失えば後がないという人間は多くいる。越水七槻も、中居芙奈子も』

「……親しい人間が死んで喜ぶような奴を身内にした覚えはない」

『そういう事を言っているのではない』

 

 コホッ、コホッと咳き込みながら、メアリーは続ける。

 

『もし、お前が死んだり、行方不明になる。そうすると残されたモノが、内臓全てを鷲掴みされたような精神状況で、ずっと待たなければならない』

 

 

 

 

『忘れるな、浅見透。待ち続ける事は……辛いのだぞ』

 

 

 

 

『信じている相手ならば……なおさら』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「どうです、遠野さん。僕達と一緒に働いてみて?」

「もう……驚かされる事ばかりです」

 

 スイスでの仕事はあらかた片付け、新しく入った所員も大きな事件を経験した。

 今や公安にとっても無視できない存在となった透――浅見探偵事務所。

 もはや事務所と呼べる規模ではないそれは警察に公安、政治家、挙句の果てには組織にまで注目される一勢力となっていた。

 

 その一勢力に新たに入った女性。遠野みずき。

 彼女の教育係を請け負っているのが、安室透という存在だった。

 

「探偵というイメージから、てっきり尾行とか素行調査とかそういう仕事が主だと思っていたのですが……」

「あっはっは。恩田やキャメルさんも同じ事を言っていましたね」

 

 日本を遠く離れたこのスイスという地で、遠野みずきが背負っているのはライフルケース。

 元々彼女が所有していたライフルを、浅見透がスポンサーとなっている阿笠博士がフルカスタムした狙撃銃が中に入っている。

 

「でも、みずきさんの狙撃のおかげで助かりました。屋内に侵入する際もそうですが、人質を連れて脱出する時は心強かったです」

 

 みずきのライフルに使われている弾は特別製で、あの阿笠博士が開発した特殊な麻酔薬を相手に叩きこむ代物だ。

 相手の身体のどこかにさえ当たればその場で無効化できるので、みずきの射撃の腕も合わさって凶悪な援護になっていた。

 

「日本ではさすがに使えませんが……」

「まぁ、日本でそうそう狙撃が必要になる事態――」

 

 ありませんよ。

 そう言いかけた安室の口が止まる。

 

――ありそうだな……。

 

 そう思っているのが、対面に座るみずきにも分かった。

 安室は誤魔化すように咳払いをし、

 

「正直、あまり褒められる事ではないですが所長がなにか手を打つようですよ」

「ライフルを持てるようにですか?」

「他にも色々……。どうやら、所長はウチを探偵事務所から何でも屋にさせたいみたいですし」

「なんでも屋っていうには物騒じゃありませんか?」

「正確には、警察や自衛隊への援護に特化した組織といいますか」

 

 探偵事務所としての機能は、今や越水七槻の調査会社の方に移行しつつある。

 元検視官の槍田郁美の講習によって、一般の調査員も現場保存の方法を叩きこんでいる。

 加えて今では、自治体からの要請で夜間警戒などにも対応していたりする。

 

「七槻さんの会社を緊急時の初期対応に当てて、それが警察でも手間取りそうな事態の場合、僕達が動く。今後はそういう事が増えて行くでしょうね」

 

 そして、浅見透がこのプロフェッショナルの集まりをどのように導いていくのか。

 安室はそれに興味を持っていた。

 

「……一応は、私達探偵なんですよね?」

 

 一方で、遠野みずきは色々と不安になってきたようだ。

 

「えぇ。なにせ、真実を解き明かすお仕事ですから」

「でも、先日所長、ヘリを買っていましたよね? それも二機」

「山や海での捜索などもありますし」

「あの軍隊みたいな人達に一機与えたのは?」

「たまにやっかいな所に立てこもる人達がいますから」

「…………」

 

 麻酔弾とわかっていたとは言え、人を撃つという行為を冷静にやってのけたみずきが――今では顔をひきつらせている。

 

「あの子、私よりもずっと年下なんですよねぇ」

「えぇ、僕らの中では……真純ちゃんや快斗君といった高校生組を除けば間違いなく」

 

 信じられない。

 そう顔で語るみずきに、さもありなんと肩を竦める安室。

 

「まぁ、色々と無茶をやる所はありますが、結果はかならず出す人です。信じて問題ないと思いますよ」

「はぁ……」

 

 元々、安室透という男が所長と仲が良いのは有名だった。

 よく共に飲みに行っているし、たまに二人が厨房で並んで料理をしている姿も見られる。

 

「もう一度所長に会うのは、恩田君の交渉・調整次第ですが……おそらくもう我々の出番は終わったはず。彼も早く日本に戻りたい様子でしたし」

「じゃあ直ぐにでもこっちを発つかもしれませんね」

 

 荷物は既にまとめている。

 いつでも動けるように身の周りを細目に整理しておくことは、フットワークを軽くするのに役立つのだ。

 

「えぇ……こっちの料理も酒も中々美味しかったですが、穂奈美さんや薫さんの料理が恋しくなってきました」

「所長の――浅見君の顔も、ですか?」

「目を離すと怪我してそうで……」

 

 安室は、複雑な顔でため息を吐く。

 

 

 

「相手はキッドか、あるいは蠍か。……気をつけろよ、透」

 

 

 

 

 




前回忘れていたrikkaのキャラ紹介コラム~


○常盤美緒
『劇場版名探偵コナン 天国へのカウントダウン』より

常盤財閥ご令嬢にして、ソフトウェア開発会社『TOKIWA』の社長。

実は大分県民なrikkaにとっては非常に聞き慣れた会社名で、劇場で見た時も何人か「クスッ」と笑う声が聞こえていたのを良く覚えている。

実は小五郎の大学時代のゼミの後輩だった模様。
米花大学って実は名門だった? ……考えてみると英理達がいた大学だからなぁ。

やはりという当然というか結構な美人なので、前話で出てきたスケベオヤジに言い寄られていたりします。

ただ、先日観直した時、彼女のドレスがP2G時代のカンタロス装備に見えてしまったorz



『天国へのカウントダウン』

実は、劇場版の中でもかなり好きな作品なのですが、犯人が一番好きな作品でもあります。
実際に見た方ならば分かるのですが、犯行の動機を語る際のあの突然の激昂するシーンは本当に声優さん凄かったと思う。
そこまで大声って訳じゃないけど、怒りが本当に滲み出ていた。

黒の組織が出てきたり、灰原とコナン、少年探偵団の絆が描かれていたりと、本当に素晴らしい作品でした。


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093:マルチドライバーとマッドなワトソンの推理日誌~大阪編~

「くそっ! キッドの野郎ぉっ!!」

 

 暗号の内容がようやく解けた。

 日は正しかった。だが間違っていたのは時間と場所。

 暗号文が示す『秒針のない時計が12番目の文字を刻む時』は、アルファベット、五十音、いろはのどれでもなかった。

 正解は、予告文そのものだった。

 予告文の12番目の文字は『へ』だ。つまり示す時刻は午後7時20分。

 そして『光る天の楼閣』は、ライトアップされ照らされている大阪城ではなく、文字通り自ら光を放っている高い塔――通天閣。

 

 その意味に気付いて服部、そして世良と共に通天閣に向かおうとした時に、停電が起こった。

 服部、そして世良も、キッドの意図にいち早く気付いた。

 中森警部が、違う場所にエッグを移動させている事には気付いていた。

 正確には、動きを察知していたキャメルさんが教えてくれた。

 

 今、キャメルさんは浅見さんの指示でどこかに配備されているらしいが……。

 

「この大規模停電は、重要施設以外で復旧する場所を確かめるためのもの! そうだろう、コナン君!?」

「うんっ」

「くそっ! あの中森って刑事が予備電力でも復旧させたら一発でモロバレやないか!」

 

 服部と世良が、バイクを並べて夜の街を疾走させる。

 俺は世良に押し付けられたヘルメットを被って、服部の後ろにしがみ付いている。

 

「おい、世良の姉ちゃん! アンタん所の上司はどこ行ったんや!?」

「ボスなら――おっと!」

 

 信号機が止まり、混乱している車道の中を、服部も世良もスイスイと間をくぐり抜けて行く。

 世良の場合、休日に時間が合えば浅見さんやキャメルさんとバイクを飛ばしたり、都合が合えば鈴木財閥の手が入っているサーキットを走らせたりしているからなおさら上手い。

 もっとも、それなら普通に結構な腕前を持っている服部はなんなんだという話になるのだが。

 

「ボスなら別行動だよ! なんでも、気になることがあるとかでキッドは任せるってさ!」

「はぁ? キッドは任せるってどういうことや!? キッド以外になんかあるっちゅうんか!?」

 

 服部の叫びに、俺はとっさに思い出す。

 浅見さんが、ずっと警戒していた相手を。

 

「まさか、スコーピオン……来てるのか?!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「所長、キッドが現れたようです。エッグを奪い、逃走中だと」

「……逃走中? エッグ持ったまま?」

「ええ」

「そっか、持ったままか。……持ったままなのかぁ」

 

 キャメルさんから中森警部がエッグを少人数で美術館から動かしたという報告を受けて、俺はすぐにコナン達と別れてメアリーを動かした。

 七槻とふなちの護衛に付けるつもりだったが、どうにも状況が怪しいので今回は保留。

 代わりに二人には、美術館に張り付いてもらっている。

 

 ――多分、二人ともキッドが来ないどころかエッグがない事に気付いていたっぽいけど我慢してもらいたい。次郎吉の爺さんや会長の周り空っぽにする訳にもいかないんだから。

 

 

 メアリー。

 ウチの調査員の中で最もバランスの取れている安室さんに匹敵するだろうハイスペックな女の子。

 潜入・潜伏技能に関しては、ひょっとしたら安室さんよりも上かもしれない彼女だから、間に合うかな~と思って頼んだらその瞬間に報告を上げてくれた。ホント、心強いです。

 

 スイスにいる安室さん、メアリーと交代して帰国早々紅子の周りを固めてくれている沖矢さんの二人がとっておきの見せ札なら、メアリーはとっておきの隠し札である。

 

「所長は、何が気になっているのですか?」

「んー……何と言われるとちょっと困るけど……」

 

 これまでコナンから聞いているキッドの事件は、『宝石を盗み出した方法』と『キッドは誰に化けているのか』の二つを当てる物語構成だ。

 方法はすなわち、マジックの種明かし。そしてそれが可能だった人物を見つけ出し、コナンが追いつめてキッドが逃げる。

 これがキッドの事件の……なんというか、ストーリーのルールだ。

 コナンは、キッドが宝石以外の物を狙った事が気にかかっていたが、俺の目線ではそこは大して重要じゃない。

 

 俺にとっての問題は、大規模な停電まで起こしているド派手さ。

 高校生探偵が、前に警視総監から紹介してもらった白馬君を除く高校生探偵が揃っている事。

 そして、コナンも含めた探偵勢とほとんど接触せずに、もうキッドが逃走に入っていること。

 加えて、目当ての宝を返さずにそのまま持ち去っている事。

 

「キッドの事件らしくないなぁ、と」

 

(なんだこれ。なんか……ズレている?)

 

 これまでにも、いくつかズレを感じる事は多々あった。

 毛利蘭の学校に入って来た新人教師。しかもFBIの捜査官とコナンの接触が遅かった事。

 防弾ジャケット等の身を守る装備がないという、俺の負傷――あるいは殺害フラグが立っているのに何もない事がたまに起こる事。

 

「……いい経験値になると思ってスイスに向かわせたけど……みずきさんは残しておくべきだったか」

 

 沖矢――いや、赤井さんというハイスペックな狙撃手がいる以上、それに関わる事件は必ず起きると確信している。

 だからこそ、狙撃手の視点をもつ人間がもう一人いるというのは心強いと思って教育を急がせていたけど……『遠野みずき』の完成を焦りすぎたか。

 

(ありとあらゆる活動、行動の最大の障害は焦り。師匠にも先生にも言われた言葉だっていうのに――)

 

「みずきさん? ……といえば狙撃…………スコーピオンもエッグを?」

 

 キャメルさんは俺の呟きに目をパチクリしながらも、即座に考えを察してくれる。

 そして俺が頷くとすぐさま、すでに開いていたロードマップに再び目を通し、

 

「キッドが使っているのはハンググライダー。となると、風上に逃げるのが定石。ですよね?」

 

 ホント、最近のキャメルさんは話が早い。

 

「問題は、仮にスコーピオンが来ているとして、このタイミングで空を飛ぶ奴に追いつけるか? ってことなんだけど……」

「ハンググライダーはキッドの代名詞、空を飛んで逃げる事はすぐに想像出来るはずです」

「あぁ、そっか。それを狙うとなると……待ち伏せなら可能か」

「高層建築物……いえ、キッドが来るという事でそういう場所は見物客がいるでしょうから、目撃される可能性が増える。となると――」

「低地で、人目を避けれて、かつ風上へと向かうルートを狙える場所」

「加えて、キッドからエッグを奪い取った後にそのまま逃走しやすいというのも……」

 

 キャメルさんがロードマップのページを破り、膝の上に並べて行く。

 俺も助手席からそれを覗き込む。

 

「キャメルさん、もし蠍が早い段階からキッドを襲う事を決めていたのなら――」

「自分が犯人の立場なら、やはり鈴木近代美術館からのルートを想定してシミュレートします」

 

 阿笠博士に特注したウチらの基本装備の時計には色々な機能が付いている。

 それに個人が注文した機能を追加していく形となっている。

 

 ただし、コンパス機能といった基本的な機能は全員持っている。

 すぐさまキャメルさんは窓を開けて風の向いている方角を確かめ、地図上の鈴木近代美術館からその方角に、ビッと線を引く。

 

 その中で、条件に一致しそうな場所は――

 

「キャメルさん。相手がキッドをより正確に狙うため、移動する可能性もある」

「ええ、ですから最短ルートで行きます。掴まっていてください!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「貴方は大阪に行かなくてよかったの?」

 

 浅見探偵事務所における異色のオカルト探偵として、徐々に名前が広がっている高校生――小泉紅子は、人の少ない浅見探偵事務所で、メイドの入れた紅茶に口を付けながら、一緒にいる男にそう問いかける。

 

「えぇ。私も帰国後すぐに所長の元に駆けつけたかったのですが……ヒューマンエラー因子の除去に努めるよう命令されましたので」

 

 沖矢昴。

 浅見探偵事務所のエースとして、安室透と肩を並べる名探偵。

 先日までフランスに赴き、たった一人で大規模テロを阻止した男でもある。

 

「浅見透が撃たれた件からずっと、貴方はかなり働いていたでしょう? 彼、そういうの気にするタイプよ」

「えぇ。先日も電話で、ここしばらく最低限の休暇しかない事を謝罪されました」

「彼らしいわ」

「……上司としては、少々過保護だと思うのですが」

 

 そう肩を竦める沖矢も、紅子と同じように紅茶に口を付けている。

 ただし、こちらは双子のメイドが気を利かせて、ブランデーが少量入っている。

 

「気を使ってくれるのならば受けておきなさいな」

 

 一月前、自分達の期末テストの際は学生組はほぼ全員強制休暇を取らされ、勉学に集中できるように仕向けた事を思い出して魔女は苦笑する。

 唯一そうでなかったのは、快斗として休みを取りながら瀬戸瑞紀として働き続けた『彼』と大学生組位だろう。

 

「そっちの方が彼、喜ぶわ」

「ええ……。そういえば、紅子さんこそ事務所にいてよろしいので? 自分がフランスに行っている間にお弟子さんが出来たと聞きますが? その、占いの」

「流れでつい、ね。……それでちょっと悩んでいるのだけれど」

 

 ちょうど一月前だったろうか。

 とある有名な占星術師、紫條麗華(しじょうれいか)――実態は占いと言う名の相談を悪用する強請り屋だったが――と名探偵の語らいという雑誌企画で浅見透と安室透がその女の館に呼ばれた際、オカルト枠という事で魔女も呼ばれていた。

 そして、その占星術師が殺される殺人事件に遭遇したのだが、その時に彼女の弟子をしていた女性に、どういう訳か懐かれたのだ。

 

「占い師ならキチンとした人を紹介すると言っているのに……」

「貴女の人徳のなせる技ですよ。現に、これまでにも事件で出会った女性達に懐かれているじゃないですか」

 

 事実ではある。

 初めて小泉紅子が関わった事件でも、その後に関わる事になった数々の事件でも。

 どういうわけか、小泉紅子はどこか気弱な女性に懐かれる特性を持っていた。

 

「寄りかかる大樹が欲しいだけよ」

「ですが、貴女はキチンと彼女達を立たせているでしょう?」

「……どうかしらね」

 

 二人とも食事は済ませているが、時間はちょうど夕食時。

 下のレストランからは、ヴァイオリンとピアノの美しい音色が響いてくる。

 今日は、音楽一家である設楽家の令嬢設楽蓮希(したらはすき)のヴァイオリンと、その伯父で有名作曲家の羽賀響輔(はがきょうすけ)のピアノでの二重奏である。

 

 有名作曲家と音楽界の名家の令嬢のステージが決まった時点で、今夜の予約は瞬く間に埋まったと二人は聞いている。

 

「浅見透は、誰かを立たせるためなら自分の身なんて放り投げて駆け付ける男だから――」

 

 直接下で食事を取りながら聞く音楽も良い物だが、こうして薄ら聞こえてくるのも悪くない。

 魔女はそんな事を思いながら、続ける。

 

「その負担が減るのならとついつい手を差し伸べてしまったのが……多分、私の間違いのはじまりはじまり」

「間違い、ですか?」

「ええ」

 

 メイドの淹れた紅茶のちょうど良い温かさが、二人の喉を潤す。

 

「誰かと関わる事って――背負う事って、こんなに大変な事だったのね」

 

 そう言って「ほぅ……」と小さくため息を吐く魔女に、死と顔を偽った男は笑みを零す。

 やはりこの事務所は、あの男の周りは、まさしく人材の宝庫だと。

 小さく。小さく。

 

「う~い、ただいま~っと……なんだい、あんたら事務所で優雅にティータイムかい?」

 

 唐突に、ピピッというID認証の音がして扉が開く。

 仕事で動きまわっていた鳥羽初穂が帰って来たのだ。

 

「あら、おかえりなさい」

「お帰りなさい鳥羽さん。食事はもうお済みで?」

「まだだよ。ったく、警察も所轄となるとやっぱり捜査の精度にムラがあるねぇ。おかげで昼も碌に取ってないさ」

 

 ドカっと乱暴にソファに腰をかけた鳥羽は、肩を揉みほぐしながら買ってきたのだろう缶のお茶を飲み干す。

 

「メイドさん達が食事の下ごしらえはしているわ。声をかけてくるから――」

「あぁ、いいよいいよ。さっき上がってくる時に美奈穂とすれ違ってさ。今ごろ用意してくれているはずさぁ」

 

 軽く手を振ってそういう鳥羽は空腹のためか、あるいは仕事内容に文句があったのかやや不機嫌そうである。

 

「お疲れのようね?」

 

 魔女の言葉に、悪女はまぁねぇ……と肯定し、

 

「やっぱりウチのボスがいないと舐めてかかってくる奴多くてねぇ……」

「ふむ……所轄ですか?」

 

 本庁の人間は、双子のメイドや小沼と言った、いわば末端の人間にまで敬意を払ってくれる者が多い。

 となるとそれ以外かと沖矢が尋ねると、どうやら当たりの様である。

 悪女は再び肩をすくめ、

 

「どうにも話を聞かないのが多くてねぇ。ちっ、せめて男を連れて行くんだった」

「恩田君も、今はスイスですからね」

「あぁ……。せめてキャメルがいれば良かったんだけどね」

 

 ソファにもたれかかったまま、鳥羽はふぅっとため息を吐く。

 

「なぁ、沖矢」

「なんでしょう?」

「この間ウチらで警視庁襲撃したじゃん?」

「演習という言葉をちゃんと入れなさいよ」

 

 横から口を挟んだ魔女に、悪女は手をひらひらさせて「へいへい」と答え、

 

「他の所轄にも持ちかけないかい? 所長経由でマリーも呼び寄せて、今度はこっちも遠野を含めた主力全員でさ」

「それは……また……」

 

 沖矢は、眼鏡の位置をずらしながら再び笑みを零す。

 先ほどと同じく小さく、だが今度は怪しさを含ませて。

 

「面白い提案ですね」

「だろ?」

 

 

 




rikkaのチョコっとコラム

File512 「砕けたホロスコープ」
アニメオリジナル
DVD:PART17-4

赤と黒のクラッシュなどの長編が続きまくったあとでのアニオリだけあって、中々に気合いの入っている作品でした。
数話前に出てきた『緑川くらら』もこのストーリーのゲストキャラでした。
笠原留美さんに桑島法子さん、千葉紗子さん。いやホント豪華ですわこの話。
なにより千葉紗子さん。『降霊会W密室事件』の和泉真帆といい私好みのキャラを演じてくださる素晴らしい方。

一作としてまとまっており、蘭がある意味蘭らしい作品。
しっかりとした『コナン』らしいオリジナルストーリーでした。



rikkaのちょこっとキャラ紹介

羽賀響輔(はがきょうすけ)
アニメ:File385-387 ストラディバリウスの不協和音
コミック:46巻
DVD:PART13-10

 別名:加持リョウジ。いやホントにそう見えてしまうからしゃーなしやで。
 原作のキャラでもかなり好きな人。アニメで尚更惚れた。

 現在、どうにかこの人を原作事件以外でワトソンに出せる自然なルートがないか模索中――そうか、この人の事務所を浅見のテナントの中に放り込めばいいのか。
 その後? なるようになるさー



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094:Time to Dance!!

今回は少々短くなってしまいました。申し訳ありませんorz


『また昔のビデオを? 快斗坊ちゃま』

『その坊ちゃまはもう止めてくれよ……』

 

 (さかのぼ)る事一月前、プールバー『ブルーパロット』の中の一角。

 その店の店主、寺井黄之助の住居となっているスペースで、黒羽快斗は自らの父親の活動を残した映像記録を漁っていた。

 そう。『怪盗キッド』ではなく、『マジシャン』としての黒羽盗一の記録を。

 

『ふと、親父の事が気になってさ』

『……盗一様は、マジシャンとしても立派な方でした』

 

 再生しているテレビ画面に映っているのは多くの子供に囲まれている一人の紳士の姿だ。

 彼はステージの上ではなく、観客である子供達の本当に目の前でマジックを演じていた。

 

『施設の子供達のためのショーか』

『えぇ。盗一様は、よくこういったチャリティー関連のお仕事を引き受けておられました』

 

 どうやらマジックショーはもう終わり、今度は子供達に簡単な手品を教える時間となった。

 子供たちが次々に、あれを教えてこれを教えてをはしゃぎたてている。

 

『手品師さん! あのコインが浮かぶ奴教えて!』

 

 一人の少女がそう言うと、盗一は苦笑し、

 

『あれは、もう少し君達が大きくなってからだね。……ふむ、まずは簡単な――』

 

 

 一瞬、盗一の言葉が途切れる。

 快斗の目も、恐らくその理由だろう一人の少年へと固定される。

 

 多くの子供がいる中、その中の一人の少年が、ポケットから取り出した500円玉を手の平に押し付け、そして親指の付け根に上手く引っかけてから手の平を窄める。

 

 コインを扱うマジックの基本中の基本にして特に習得の難しい技術。マッスルパス。

 成功すれば、手の平に置いたコインが独りでに飛び上がる様に見えるのだ。

 この少年は上手くいかず、コインがパタンと倒れるだけだったが――手の動きは大体合っていた。後はタイミングと微調整で一応は成功するだろう。

 

 恐らくは、一度見ただけでこの少年は、それを真似て見せたのだ。

 まだまだ小さい手の平で。

 

『ほう』

 

 画面の中の盗一も、それに気付いている。

 

『……そうだね。せっかくだから、助手を付けさせてもらおう。そこの坊や。君、名前は?』

 

 そして、その少年に声をかけて呼び寄せる。

 その少年は、マイペースなのか落ちついているのかよく分かっていないのかはしゃいだ様子は全く見せず、静かに名乗った。

 

『……浅見 透』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 お宝(エッグ)を抱えたまま、キッドは夜空を飛んでいた。

 

 

『止めておきなさい』

 

 

 友人で、そして今では同僚でもある『自称:魔女』とのやり取りを思い出しながら。

 

 

『エッグの件からは手を引きなさい』

 

『……なんの事だよ』

 

『いいから聞きなさい。貴方、キッドとして動いたら今度はなにがどう動くか分からないわよ?』

 

 

 魔女の忠告に、怪盗は耳を貸さなかった。

 いや。正確には、ある程度とはいえ信じているからこそ、彼女の言うとおりにしなかった。

 

 

『お前がそう言うって事は、事務所メンバーでも大変な事になるって言うんだろ?』

 

『…………あの老人が、何か仕掛けてくる可能性もあるわ。だから』

 

『だったら――』

 

 

――だったら、尚更引けねーよ。今回のヤマからは。

 

 

 キッドは、瀬戸瑞紀としての活動を通して枡山憲三を知っている。

 自分達のボスへの執着も。

 だから、引くわけにはいかなかった。

 

『もし、事務所総動員なんて事になったら、かえってあの人は前線に立とうとするだろ』

 

 自分が自分の才能を示す場所を――本当にやりたかった事を全力でサポートしてくれた恩人で、そして一応は尊敬できる上司である。

 女好きである所とか紳士なのかセクハラ親父なのか微妙な所とか駄目駄目な所も度々(たびたび)目にするが……それでも尊敬しているのは間違いない。

 

『もうこれ以上、あの人をボロボロにはさせられねーよ。本当に死んじまう』

 

 そう言った時の、魔女のため息が忘れられない。

 

(しゃーねーだろ。ホントにあの人、眼を離したら腕とか足とかポロッと取れてそうなんだから……)

 

 あの老人――枡山憲三と対決した事件から、所長の様子が変化しているのは分かっていた。

 瀬戸瑞紀として安室透に相談もしていたのだが、事務所の中で一番頼りになる常識人の安室さんですら頭を抱えていた。

 

『どうにも透はね……。死にたがっているわけではないと思うんだが……』

 

 仕事の時は所長と呼び、プライベートでは透と呼ぶ安室は、男の中ではおそらくもっとも所長に近い所にいる人間だろう。

 共有している秘密の数という意味では沖矢の方に軍配が上がるだろうが、安室透も伊達に事務所立ち上げから一緒にいる訳ではない。

 伊達に、あの狂気と棺桶に片足突っ込んでいる男と『兄弟(ブラザー)』扱いされている訳ではない。

 比較的、あの男を御せる男なのだ。……比較的。

 

『焦り……いや、何かへの悪い執着のような物がある気がするんだ』

 

 そして、これまでの活動である程度の安室の信頼を勝ち得た『瀬戸瑞紀』は、たまに彼から愚痴と言う名の雑談をよく振られていた。

 

(そうだ、もうあの人だけに任せちゃいけねぇ。こっから先、矢面(やおもて)に立つのは――)

 

 その時、キッドの視界の端に赤い光がチラ付いた。

 

 

 

 

 そして――銃声が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「さ――――っせるかぁぁぁぁあぁぁっ!!」

 

 人影が見えた。

 見覚えのある()を手に持った、全身黒尽くめのライダースーツにフルフェイスのヘルメットを付けた姿。

 あの闇の中でうっすら見えた奴だ。

 気が付けば、車から飛び降りながら、手の平に滑り込ませた500円玉を思いっきりソイツの手の銃――正確には銃口目がけて投げつけていた。

 

 間に合うかかどうか微妙な所だったが、どうやらギリギリのタイミングで先手を勝ち取ったようだ。

 発砲する本当に直前、俺の投げたコインは狙った所に狙った速度で狙った角度でブチ当たり、射角をずらした。

 

 少し離れた上空から、何かが空を切る音がする。落下音だ。

 

(エッグか? いや、そうだろうな!)

 

 キッドの事件は基本的にお宝は必ず返ってくる。

 こう言う風に複数に狙われるというパターンは知る限り初めてだが、恐らく宝は最終的に次郎吉の爺さんが守り切るか、あるいは本来の持ち主の所に帰る流れのハズだ。

 前者のパターンでも後者のパターンでも、キッドがコナンに追い詰められずに一度宝を手放したって事は次の舞台があるはずだ。

 

(つまり、今回はとにかくコイツを撃退させればオッケー!)

 

「キャメルさん! エッグの回収お願いします!」

 

 俺と一緒に蠍と思わしき黒尽くめに飛びかかろうとしているキャメルさんを制して、そう叫ぶ。

 一瞬躊躇う気配が後ろからするが、即座に『了解』と言う叫びと共に気配が遠ざかっていく。

 

 俺の相手は……コイツだ。

 

「あの時は焦っていて気付かなかったけど……そうか、女だったのか」

 

 まるでスパイ映画に出てきそうな真っ黒いライダースーツ――いや、ラバースーツとでもいう物を身に付けている目の前の人影には、女性特有の膨らみがある。

 サラシとかそういうので締め付けているようだが、それでも隠しきれるものではない。

 伊達に何人もの女にちょっかい出しては振られ続けてきた訳ではない。

 

「素顔を見せて欲しい所だが……それどころじゃないよな」

 

 武器は500円玉と六角ナットのみ。防具はサングラスのみ。撃たれる覚悟はいつも済ませている。

 上空を飛んでるだろうキッドの安否も気になるが、目の前の女が物騒な物を持っている以上目を離すわけにはいかない。

 泣けるぜ。

 

「来いよ、(スコーピオン)。――ハグしてやるぜ」

 

 銃口を示す(レーザーサイト)が、俺のサングラスを赤く照らす。

 

 

 

 



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095:墜落

魔女「ちょっと貴方、いますぐ大阪行ってきなさい。大至急」
彗星「あぁ、やっぱりそうなりますか。やはり所長はそういう星の下で――」
魔女「はやく用意しなさい」



 銃声が鳴り響く闇の中、二人の人影が踊り狂っている。

 

(なんて格好よさげに言ってみた所で……くそっ!)

 

 左腕はもう碌に動かない。心臓狙われていたから反射的に500円玉ぶん投げて軌道をずらした結果2発も被弾してしまったのだ。

 相手の獲物はサイレンサー付きの拳銃。たしか、ワルサーだったか? 

 余計な物を付けて銃口が長くなっているためか、あるいはわずかに重いのか、想定よりも動きが遅い。

 おかげでどうにか素手で渡り合えているが……。

 

(よく考えれば心臓にドンピシャだったんなら喰らってよかったじゃん! 馬鹿! 俺の馬鹿!)

 

 あのクソロン毛共の銃弾死ぬほど喰らっても耐えてくれた必殺名刺入れさんなら確実に防いでくれたハズ。

 心臓止まりそうになったら、ロン毛の時同様完全に止まる前に胸ぶん殴って叩き起こせばいい。もうコツも覚えた。

 

「どうした! 声も聞かせてくれないのかい!?」

 

 それにしてもこの黒尽くめさん静かである。

 一歩ミスればすぐ死ぬデス・ゲームとはいえダンスはダンス。

 パートナーの事は少しでも知っておきたい。

 

 ……あと、ついでにいうなら顔見せてくれないかな。

 

 この世界の一つのルールとして、大規模な事件での女性の犯人は高い確率で美人であるのは間違いない。

 いや、というか絶対美人だ。俺の勘がそう告げている。

 

 とりあえず声だけでも聞きたいと思ってこちらから声をかけてみたが、返って来たのは鉛玉の返礼である。

 カリオストロの時は本名聞くのに失敗してマイルールに傷が付いてしまった。

 今度はせめて顔だけでも確認しないと……おっと。

 

(あっ、これ避けられねーや)

 

 銃口の向けられた先から見るに、狙いは右腕。さすがに両腕使えなくなったら対応できずに死ぬ。

 投擲による威嚇もできなくなったらただの的である。

 

 とっさに身体を捻って、遠心力を使って左腕を振りまわして盾にする。二発が腕に当たり、一発は肩に当たる。

 

 肉の焦げる匂いが充満し、肉の繊維が千切れる音、そして血液が吹き出る音がする。

 これで左腕は完全に沈黙した。もう使えるのは右腕と両足だけだ。

 

「あぁ、くそっ、痛ってーな……」

 

 下手に貫通しないように骨の辺りに当たる様弾道に添えたのだが、弾が抜け切った時とはまた違う痛みがずっと響いてくる。

 一瞬、動く右手でほじくり出そうかと思ったが、その間に今度こそハチの巣にされそうなので却下。

 

 と言うか――

 

 

――チュンっ!

 

 

 さっきからチマっチマチマっチマ狙撃されている。

 一度実際に狙撃された身として、先日からコクーンでウチの(ダブル)スナイパーに一回につき5時間程延々と狙撃されまくる訓練を色んなシチュで何度もやったおかげか、狙撃される瞬間はなんとなく把握できる。

 狙撃されると分かっていればの話だが。

 今回は初撃を外してくれたおかげでどうにか対応できている。

 

 狙撃手はおそらく一人。

 

 一人なのだが、これが非常に面倒くさい撃ち方をする奴だ。

 来る! と思って回避行動取ったらただの牽制だったりして、結局目の前の蠍に肩にナイフ(尻尾)を突き立てられる始末である。

 訓練のおかげで被弾はしていないが、気を抜いたらすぐに――あっ

 

(痛い痛いと思ってたらナイフ抜くの忘れてた)

 

 右手で突き刺さっているナイフの柄を掴み、一気に引き抜く。

 かなり良い所に刺さっていたのか、抜いた傷口から血が思いっきりドバッと出る。

 

 

――使える。

 

 

 そのまま人差し指と中指を傷口に思い切り突き刺し、血で思いっきり濡らす。

 そしてそのまま傷口を鞘にするように一気に引き抜く。

 激痛こそ走るが、いい気付けだ。同時に、刀の血振(ちぶ)るいの様に飛び散る血液がビチャッと、蠍のフルフェイスマスクを汚す。ちょうど、視界を塞ぐ形で。

 

 動きが、確実に鈍った。

 

(……いけるか?)

 

 目的はあくまで撃退。

 だが、ここで確保できればそれに越したことはない――と、思う。

 例えばここでコナンを介さずに事件を解決する事で、いわゆるフラグが立たずに延々と周り続けるような事があるだろうか?

 いや、もしそうならばなんらかの形で紅子が警告してくれるハズだ。あるいは後からなんらかの迂回路を見つけ出せばいい。

 

 紅子の占いはかなり信憑性が高い。

 あの時の占いがあったからこそ、組織連中とFBIが関わるという進展を見せたんだ。

 正直、コナンと同じ位信用できる指標だと俺は思っている。

 よし――

 

「それじゃあ予定変更して、顔を見せてもらおうか!」

 

 視界を封じたとはいえ、完全ではないのだろう。

 これまでよりも一拍遅く、だが確かにこっちに銃口を向ける。

 それでも、隙は出来た。

 

 足を痛めるのは覚悟で、フルフェイスのマスクを思いっきり蹴り上げる。

 そして、出てきたのは――

 

 

「――タイム」

 

 

 今まで何度も見てきた顔だ。

 その顔が目に入った瞬間、思わず口からそんな言葉が漏れるが――

 

 俺の右目には、まっすぐ向けられる銃口が映っていた。

 

 

 ――衝撃が、走る。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『おい、大丈夫か』

 

 女は、片方の耳に付けていたイヤホンから流れる(ジョン)の声に、息を切らせながらも返す。

 

「えぇ、今はあの場所から離れている最中よ」

『浅見透は?』

「海に落ちたわ。さすがに死んだでしょうね」

 

 見た所、恐らくそういう対策もしていたサングラスをかけていたようだが、その前の怪我の数々がある。

 

 女は確信していた。

 浅見透の生存は絶望的である。

 

 問題は――

 

「どこのどいつかしら。一番美味しい所を持っていったスナイパーは」

 

 そう。問題は、浅見透を海に叩き落としたのが(自分)ではない事だ。

 

『……すまん、俺もそちらに向かうべきだった』

 

 謝罪する男の声に、女は小さく笑う。

 

「別にいいわ。逃げる時にどこかの誰かさんには追撃されなかったし、どうやら狙いは浅見透個人だったようね」

『……本当に大丈夫なのか?』

「えぇ。……なに? 浅見透の事?」

『……敵対する事は分かっていたとはいえ……憎んでいたわけでもないのだろう? 奴に』

「さぁ? どうかしら。いずれにせよ、あの男か私のどちらかが倒れるしか道はなかった。それだけよ」

 

 女の言葉に嘘は無い。

 女――(さそり)は知っていた。

 いつか必ず、あの男とは戦うことになると。

 

『そうか……』

 

 男の声に、多少不機嫌な物が混ざる。

 獲物をどこぞの馬の骨に取られたことによる悔しさからか、あるいはそれなりの仲だった男をあっさり切り離す女の冷淡さに対してか。

 

『狙撃手はともかくとして、お前の目当てのエッグはどうする?』

「別に構わないわ。どうやらあのエッグは対になるものがありそうだし、そこは鈴木財閥の調査に任せる事にする」

 

 女の目的は、すでに達していた。

 最大の障害は排除し、最も欲しかったコネも掴んだ。

 

「貴方は、一応狙撃手を探ってちょうだい。私は鈴木財閥に接触するわ」

『分かった。……結局、何も分からなかったな。工藤新一も、浅見透も』

「終わったことに興味はないわ」

 

 女は、ライダースーツをゆるめて首元を露出させる。

 その首筋には、不自然な絆創膏(ばんそうこう)が張られている。

 女はその絆創膏(ばんそうこう)をそっと指で撫でる。

 

「…………馬鹿な坊や」

 

 そういう女の表情はみじんも動かない。

 ただ、僅かながら――本当に僅かだが、声だけは震えていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「所長! どこですか所長!」

 

 エッグを回収し、先ほど浅見透が車から飛び降りた場所にはもう誰もいなかった。

 浅見透の部下の中でも、特にドライビングテクニックがズバ抜けている調査員――アンドレ=キャメルは、浅見透のサングラスに通じているはずの無線機に向かって叫び続けながら、辺りを探していた。

 

「所長、一体どこに……っ」

 

 そしてキャメルは、ちょうどあの怪しい人物がいた辺りに辿りつく。

 そこに漂うのは、濃い硝煙と血の臭い。

 自分達探偵が良く嗅ぐそれよりもはるかに濃い、犯罪の――いや、戦いの残り香。

 

「所長!!」

 

 大きく息を吸い込み、再びアンドレ=キャメルが叫ぶ。

 だが、返事はない。ただ、自分の叫びが反響し、木霊(こだま)するだけ。

 

「……所長」

 

 後ろから、エンジンの音が二つ近づいてくる。バイクのエンジン音だ。

 その両方から、キャメルを呼ぶ声がする。

 江戸川コナンと、世良真純。

 キャメルがよく知る二人の自分を――そして浅見透を呼ぶ声が耳に入りながらも、キャメルは茫然と人工の光を反射し僅かな光を放つ海面を茫然と見つめていた。

 

 非常に見覚えのある白いマントがたゆたう、波打つ海面を。

 

 

 

 

 

 

「…………キッド?」

 

 

 

 

 

 




例によって例のごとく、しばしの間所長お休み。
コナン視点にするか真純視点にするかちょっと悩み中


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096:好奇心が産み落とす物

リハビリを兼ねて投稿。かなり短いですか、どうかご勘弁を。


 女は、言い寄ってくる男に対して必ずある事をしていた。

 

 それは、毒を盛る事。

 

 無論、死ぬには程遠い量だ。

 

 体調を悪くさせて軽そうな男を追っ払うのも目的の一つではあるが、その実ただの彼女の趣味の様なもの。

 

 毒を盛られてもピンピンとしていたという、自分の中に流れる血の元である男を示す逸話にあやかって。

 

 あるいは、探し続けていたのかもしれない。

 

 自分の中に流れる血。それをもっと濃くし、あるいは先祖の生まれ変わりとすら言えるような存在を。

 

 だが、そんな簡単にそんな存在が現れるわけがなかった。

 

 大抵の男はすぐに具合を悪くする。

 とはいえ毒は種類を選んでいる事に加えて微量も微量。嘔吐の一つでもすれば問題はないレベル。

 

 逆に言えば、嘔吐するくらいには体調を崩す。その程度の男に女は興味なかった。

 

 今度の相手も、一度自分と『交戦』した男とは言え、やはりそうなるだろうと思っていた。

 

 

 

――だが、男はそれを飲み過ぎたと感じただけだった。

 

 

 

 また違う日、女は再び男に毒を盛った。

 今度は僅かに量を増やして。

 

 今度はさすがに倒れた。

 だが吐き出しはせず、次の日の朝にはピンピンとしている。

 

 三度、毒を盛る。

 また量を増やして。

 

 四度、五度、六度、七度、八度――

 

 一体どれだけの量を飲ませただろうか。

 

 共に食事をするたびに女は必ず毒を盛り、男は時々体調を崩しながらも翌日には必ず目を覚ましていた。

 

 そして――増え続ける毒の量は、ついに通常での致死量に追いついた。いや、追い抜いた。

 

 さすがに、女の手も震えた。

 ホテルで一緒にいるのは自分。もし死ねば、疑いは間違いなく自分に向く。

 しかも、すぐに大仕事が待っている状況だ。余計なリスクを背負うべきではなかった。

 

 だが、震えながらも手は止まらない。

 

 

 この男なら、あるいは。

 

 

 そう考えてしまった。この時、すでに分水嶺を越えてしまっていた。

 女も――そして男も。

 

 女は、男のグラスに毒を盛る。

 シャワーから戻った男は、なんの疑いもなくグラスの酒に口をつけ、そして女と一夜を過ごす。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『おはよう』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「浅見の野郎はまだ見つからねぇーのか!」

 

 おっちゃんが忌々しそうにテーブルに拳を叩きつける。

 傍に立つキャメルさんに越水さんも、険しい顔をしている。

 

 キッドによってエッグが奪われた昨夜の騒動の後、エッグは落下し回収。今は破損していないかどうかのチェックが行われている。

 そして、その直前まで謎の人物と交戦していた浅見さんが行方知れずとなってしまった。

 現場には浅見さんの血液、そして海面には、なぜかキッドのマントが落ちていた。

 

「マントに空いていた穴は銃弾でほぼ間違いないらしいで。今、大滝はんから情報が上がって来た」

 

 携帯電話を片手に、服部が部屋に入ってくる。

 同行していた世良真純と和葉ちゃんも一緒にだ。

 

「ボスがそうそうやられるとは思わないけど、負傷してどこかに身を隠しているのかもしれないね」

 

 真純の言葉に、越水さんが頷く。

 

「うん。今ウチの人員使って、分かっている範囲のセーフハウスを調べさせてる。浅見君が逃げるとしたら、こっちが回収しやすい所に一応は逃げ込むと思う」

 

 先ほど、ふなちに指示を出していたのはそれだったのか。

 やっぱり、数を動員できる越水さんの事務所は強い。浅見さんがわざわざ事務所と分けたのも分かる気がする。

 

(探偵――推理力では俺が上だってまだ確信しているけど……あの人の本当の武器は――)

 

 人脈、人材、資産を駆使した組織運用。こればかりは、とてもじゃないが勝てる気がしない。

 

「浅見君の事は、とりあえずは警察と僕達に任せてくれないかな? コナン君」

「――え? あ、うん……」

 

 そして越水さん。

 トランプの事件を解決した後くらいから、妙に俺やおっちゃんの動きに注視している気がする。

 何かに気付いたのか、あるいは勘づいたのか。

 ともかく、ある意味で今一番油断してはいけない人間だ。

 

「彼の行方は、わが鈴木財閥の方でも人を動かしております」

 

 そんな時、世良達の後ろから桐の箱を抱えた恰幅の良い人が入って来る。

 鈴木財閥会長の史郎さんだ。

 

「会長、エッグの方は大丈夫でしたか?!」

 

 テーブルについたまま、今まで碌に喋っていなかった面々――先日エッグを求めていた面子が一斉に顔を上げる。

 いや、正確には男性陣のみだ。

 夏美さんと青蘭さんは、顔を俯かせたままである。

 

 無理もない。

 青蘭さんは浅見さんの飲み仲間で、よく色んなレストランやバーに出かけていた。

 

 夏美さんも、例の洋菓子店の話が出た時から浅見さん達と一緒にいる事が多い。

 浅見さんの事を『まるで生意気な弟みたい』と、安室さんと一緒によく可愛がっていた。

 

「ええ。精密検査の結果、破損は見られないとの事です」

 

 テーブルの上に、箱から取り出してそっと丁寧に置かれたエッグを、全員揃って観察する。

 手を出さずに顔だけ近づける姿は、まるで茶道の名物茶碗を観察するかのようだ。

 

「名品においては非常に観察眼の高い彼女からもOKをもらっております。大丈夫でしょう?」

「彼女?」

 

 蘭が尋ねるのとほぼ同じタイミングで、もう一人がドアから顔を覗かせる。

 

「はい! お待たせいたしました!」

 

 浅見さん曰く、バーテンダーの様な格好。

 ネクタイ姿に、この暑い時期でも外さない手袋。

 浅見探偵事務所の一員にして、探索や解錠のスペシャリストにしてマジシャン。

 

 

 瀬戸瑞紀が、いつもの笑顔を浮かべてそこに立っていた。

 

 

 

 




一度体調崩すと、テンション元に戻すのに時間かかりますね
急性胃腸炎マジツラい……

皆様もこの季節、口にする物にはお気を付け下さい。


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097:命がかかっているのならばそれは戦場である

大変お待たせしました


 目を開いている――つもりだがどうにも暗い。

 

 あれからどうなったんだっけ?

 青蘭さんにぶち抜かれてどこぞの馬鹿には足をぶち抜かれて視界がゼロになって……とりあえず波の音がする方に駆け込んでダイブして……

 誰かに担ぎあげられた所までは覚えてるんだけどそっから先が……

 

 そうやって考え込んでいくうちに、だんだん視界が開けていく。

 これは……病院か? ただ、俺の知っている病院じゃあないようだ。

 俺が知っている病院ならば、鍵をかけた所で意味がないような扉ではない。

窓もただの窓ガラスでセンサーの類が掛けられていないし、うかつに触ると電流が流れる仕掛けもない。

 監視カメラもないし……ちくしょう、カメラが仕掛けられていたらその仕掛け方で自分がどこの病院に押し込まれたのかすぐ把握出来るんだが……。

 

「浅見さん! 大丈夫ですか!?」

 

 明らかに血が足らなくて手足に力が入らない事を確認したあたりで、聞き覚えのある声が響いた。

 

「……瑛祐君?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか、ここ大阪の病院か……」

 

 話を聞いたところ、ここは瑛祐君の知り合いがやっている病院らしい。

 

「その……姉さんの事、やっぱり詳しく知りたくて……それで、昔僕がいた大阪で知り合い達に聞いて廻ろうとしてた時に……」

 

 視界の端で、瑛祐君がどこか申し訳なさそうな顔でそう言う。

 そしてそれホント危ないから止めてくれ。

 百歩譲ってFBIやCIAの人間に見つかるならマシなほうだけど、それが組織の人間に情報廻ったらさすがにヤバイです。

 瑛祐君連れて一時失踪する必要とか出てくるんで……。

 

「それで、知り合いの病院に行く途中に……その、自分も良く分からないんですけど気が付いたら目の前に浅見さんが血まみれで倒れていて……」

「んー。気が付いたら?」

「はい」

 

 あれだろうか。ひょっとしてキッドが助けてくれたんだろうか?

 いやまぁ、キッドがメインとなっている事件っぽいし……

 となると、今頃キッドは……誰かに化けてコナンの傍にいるんだろうなぁ。

 まぁそれはいいや。普通の流れに戻ったということだし。

 誰に化けているかとかはコナンに任せよう。

 そもそもその前に青蘭さんどうにかしないと……

 

「あの……それで、浅見さん」

「ん?」

「その……貴方の目の事なんですけど」

「あぁ」

 

 さっきからずっと、視界が妙に狭いのはまだ完全に回復していないからかと思っていた。

 けどこれは――

 

「潰れたか」

「……はい」

 

 あっちゃ。

 

「銃弾自体は、浅見さんの特殊なサングラスのおかげで直撃はしなかったようですけど……その、破片が眼球に……それに足も酷い怪我を――」

 

 やっぱり右目はもう駄目か。

 ま、しゃーなししゃーなし。鉄火場に立ってるんだからこういう事もあるわ。

 命があって、しかも五体が残っているのならやっすいやっすい。

 手足が残って片目があれば十分やれるんだから問題あるまい。

 

「足の事はともかく、眼の方はこれ……コナン達には内緒な」

 

 怪我をした事は隠せないだろうが、さすがに片目が失明だって事は伏せておいた方がいいだろう。

 いらんショックを受けかねないし……

 今回は布か何か巻いて誤魔化すとしても、急いで口の硬い医者に義眼作ってもらおう。

 

「足も銃創で酷い事になっているってお医者さんが言ってましたけど……」

「あぁ、ダンスに水を差してくれやがった奴がいてな。ちっくしょう、どこのどいつか知らねーが文字通りぶち抜いていきやがった」

 

 目よりも正直足をやられた事の方が痛い。

 ギプスで固定されているようだけど……病院抜け出したら割っておくか。

 いざって時はなんか細長くて硬い物を骨にそってぶっ刺せば歩けはすんだろ。

 

「ライフルの様な物で撃たれたらしいですけど……」

「あぁ。せ――(さそり)とやり合ってる時に足ぶち抜かれてな……」

 

 まぁ、そのおかげで青蘭さんが撃った弾の入射角が僅かにずれて頭ぱーんになる事態だけは防げたわけであって……あれ? 実はあのスナイパーってば命の恩人だったりするのか?

 

(ともあれ、さっさと動かないと……この流れじゃあもう一件二件くらい殺人が起こってもおかしくねぇ……)

 

 起きたばかりでまだ確認できていないが、恐らくは事前の打ち合わせ通り夏美さんに張り付いているだろうメアリーから状況の報告が来ているハズだ。

 ……携帯大丈夫かな? 一応阿笠博士に水対策も含めて改造はかなりしてもらったが、いざというときにはちゃんと壊せるレベルの改造に留めてもらったし……

 雨なんかの対策は万全と言えるが、なにせ海にダイブしたしなぁ……。

 

「じゃ、ま、とりあえず行くか」

 

 スコーピオンなんて言う大層な名前がついた相手。

 普通ならばコナンに任せる所だけど、今回は駄目だ。

 今回だけは俺が相手をしなきゃいけない。

 かといって、スナイプなんて手段を持っている相手にコナンや真純、平次君をぶつける訳にもいかない。

 最悪メアリーなら……いやいや、あからさまにヤバい所に彼女ぶつけるわけにもいかんし……。

 

「い――行くってどこにですか!?」

 

 現場(げんば)と書いて戦場(せんじょう)と読む場所。

 

「いやぁ、ちょっとこのままやられっぱなしって訳にもいかないからね」

 

 それに、あの三つ巴の戦闘でいくつか気付いた事もある。

 これが当たっていたら正直洒落にならない。大至急瑛海さん――怜奈さんに調べてもらわなきゃ。

 

(一定間隔の銃撃。ワンブレスのトップとボトムの呼吸が止まる瞬間に撃つ、訓練された狙撃手の射法……)

 

 例のコクーンを用いたVR訓練の中で、沖矢さん――赤井さんから狙撃を教えてもらっているのは遠野さんだけではない。俺も一応知識として定期的に訓練を受けている。

 

(前に俺の腕ぶち抜いたカルバドスの射法と酷似していて、しかし狙いは少々不安定……だけどスナイピングは奴より……なんつーか老獪?)

 

 どうにも人物像が安定しない。しないが――

 

(とりあえず、怜奈さん経由でアメリカサイドに問い合わせよう。あの狙撃方法は多分間違いない)

 

 アメリカ合衆国海軍特殊部隊ネイビーシールズ。

 その退役軍人や行方不明者を当たれば……多分、ヒットするハズだ。狙撃手の方は。

 問題はやっぱり青蘭さんだ。

 あの人とは俺がケリをつけるべきなんだが……

 

「聞いてますか浅見さん?! 今貴方は体中に穴が空いているんですよ!!?」

「いつものことじゃん」

「浅見さん!!?」

 

 あぁ、その前に瑛祐君どうしよう……。

 

 

――トン、トン。

 

 

 そんな事を考えている時に、唐突にドアがノックされた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ママ、それでボスから連絡は入った?」

 

 コナン君と瑞紀さんが見つけ出した、エッグに隠された魔鏡。

 その魔鏡を使って壁に映し出された光景が、かつての依頼人だったらしい香坂さんのおばあさんが所有していた横須賀の屋敷――というかお城だということが判明。

 今こうして、船でそこに向かっている訳だ。

 眠っているかもしれない、対となるエッグを狙うハイエナ達と共に。

 

「いや、まだだ。アンドレ=キャメルが説明した状況からみるに、おそらく海に逃げたのだろう」

「さすがにあの携帯も駄目だったか……」

「おそらくな」

 

 ボスの行方は未だに分からない。

 越水さんは、今も会社の人間を使って探しているようだがまだアンテナには引っかからないようだ。

 今も同じ船に乗っているが、ふなちと一緒にパソコンや携帯でひたすら部下に指示を出したり、情報をまとめたりしている。

 キャメルさんはもちろんコナン君や服部君、それに青蘭さんもそれを手伝っているようだ。

 やっぱり、あの人も浅見さんの事は気になっているんだろう。

 

「問題は、現場の方だな」

 

 瀬戸さんとほぼ同じタイミングで合流した沖矢さんは、ボスがスコーピオンと交戦していた現場を調べてからこっちに来ていたらしい。

 その沖矢さんの調べでは、現場に多数の銃痕とライフル弾が残されていたそうだ。

 

「狙撃手……前にボスの腕を撃ち抜いたっていう奴かな?」

 

 僕達にとっても逃がすわけにはいかない相手。特にママにとっては。

 

「カルバドス、だったか。もしそうなら、奴は未だに浅見透を付け狙っている事になるが……」

「ママはどう思うの?」

「……おそらく、違うと思う」

 

 ママにとって、カルバドスと呼ばれていた男は一度接触するべき存在と見ているみたいだ。

 奴らの情報を引き出すのと同時に、なんとか味方に引き込めないかと考えているんだろう。

 奴らと――そして万が一ボスが敵になった時の味方として。

 

(やっぱりママは、ボスを一番警戒してるんだね………)

 

 目の敵にしている――というわけではない。

 むしろ、今まで見てきた中で一番ママとうまくやっている人間だと思う。

 あのママをちょっととはいえ笑わせたり呆れさせたりする人なんて、家族以外ではあんまり記憶にない。

 

 だというのに、ママはやっぱりボスに対して強い一線を引く。

 

「まぁ、そこら辺に関してはあとで考えよう。私はちょっと出かける」

「え、船の中を!? ……下手に動くと見つかるんじゃない?」

 

 この船に入る時も、誰にも見つからないようにこっそりと入ったんだ。

 陸路では城に着くのが大分遅れるという事で

 

「やることがあってな」

 

 ママは服を脱いで、その下に着込んでいたボスが博士とやらに特注したという潜入用の特殊スーツの様子を確かめる。

 

「さっきのカメラを持っていた男の様子が妙だ」

 

 指紋を残さず、かつ手指の動きを阻害しないよう薄い素材で作られた手袋をギュッと嵌め直し、ママはそう言う。

 

「カメラマンって……あぁ、映像作家の寒川(さがわ)さん?」

 

 つい先ほど、ノックされたドアを開けたらカメラを構えられていてちょっとビビったのを思い出す。

 

「あぁ。念のためこの船の何箇所かにこっそりと盗聴器をしかけていたのだが……あの男、なぜか先ほどからロマノフ絡みのアイテム――指輪を見せびらかしている」

 

 多分、内密に動いて寒川さんの周りを見張るつもりなのだろう。

 あるいはなにかが起こるかもしれないと。

 でも――

 

「ママ、寒川さんの周りは止めておいた方がいいと思うよ」

「……なぜだ?」

「瀬戸さんと沖矢さんが船内を固めているから」

「……なに?」

 

 沖矢さんはいつも通りに、瀬戸さんは――表向きはいつも通りに、だけどどこか凄味を利かせてこう言っていた。

 

「もう、妙な事は絶対に起こさせないって」

 

 

 

 

「滅茶苦茶気合い入ってたよ。今の瀬戸さん――迂闊に近づいたら不味いよ。多分」

 

 

 

 



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098:癌は、じわじわと広がるから怖いんだ

「あの、本当にいいんですか?」

 

 車の後部座席に座る瑛祐君が、前にいる俺たちに向けて恐る恐ると言った様子で口を開く。

 

「本当は良くないんだろうけど……放っておいたら、浅見君は何をやらかすか不安でね。目の届く所にいてくれた方がまだマシと言うわけさ」

「ひでぇな白鳥さん」

「激痛と貧血で動く事すらままならないはずなのにヒョイヒョイ動いている貴方の存在の方が色々酷いです。色々」

 

 病室に現れたのは、非番だったハズの白鳥刑事だった。

 どうにかこうにか連休取って伊豆に行くって話だったけど、事のあらまし聞いたところいても立ってもいられず俺を探しまわってくれたそうだ。いやなんかもうホントにすみません。

 

「今から高速を急げば、例の横浜のお城には夜までには辿りつけるだろう。それまでは寝ておいた方がいいさ、浅見君」

「け、警察の人なら浅見探偵を止めて欲しかったんですが……」

 

 瑛祐君が後ろからボソリと呟いてくるが、まさかの白鳥刑事これを軽く笑ってスルー。

 どしたの白鳥刑事。というかなんか違和感あるんだけど白鳥刑事。大丈夫なの白鳥刑事。

 右側の視界悪くて上手く観察出来ないけど……ん~……なんだこの違和感。

 

「そういえば浅見君。君の部下への報告はいいのかい?」

「ちょっと思う所がありまして……今エッグを運んでいる面子へはまだ連絡していません。美術館警備に付けていた山猫隊へは連絡して待機状態に戻しましたけど……」

 

 マジックショーで動いてる瑞紀ちゃんには念のために瑛祐君の携帯でメールだけ入れておいたら、すぐさま大人しくしていてくださいってメールが返って来た。

 いつも心配してくれてありがとうね? だけどごめんね?

 やっぱり鉄火場にいないと俺じゃないんだよね。

 

「それなら、どうしてまだ携帯と睨めっこしているんだい?」

「いや、ちょっと連絡待ちの人がいまして……」

 

 未だ事情を全部知っている訳ではない瑛祐君が一緒にいるため、白鳥刑事が病院に来た後こっそり連絡をした水無怜奈――さんにだ。

 

「重要事項かい?」

「えぇまぁ……下手したらまた交渉合戦になりうるくらいには」

 

 最悪、ヨーロッパにいる面子を大至急呼び戻すことになるかもしれん。

 ……いや、それはそれで枡山さんの足跡追うのがまた大変になるし……うーん……

 

――ブー、ブー、ブーッ

 

 そんな時、手に握りしめていた携帯が震えだす。

 来たっ。

 

「誰からですか?」

「ん? お姉ちゃん――」

 

 後ろの瑛祐君の質問に、反射的にそう応えてしまってから『しまった』と思った。

 瑛祐君のお姉さん――水無怜奈の関連はあんまり外に漏らすわけにはいかない。特に、警察関係者の目の前では。

 どうやって誤魔化すか――

 

「……ひょっとして、僕の携帯でお店の人に連絡取ったんですか?」

 

 おいこら。

 いや助かったけど。

 

「バレた?」

「まったくもう……別にいいですけど、いつか女の人に刺されますよ?」

「そこらへんは安心してほしいなぁ、瑛祐君」

「どう安心しろと?」

「一応こう見えても刺される事には慣れてきた男だぜ?」

「どう安心しろと!!?」

 

 あと、別にそういう関係じゃないけど女に刺されたり斬られたり撃たれたのはそういう方面にカウントされるんでしょうか瑛祐君?

 いや、よく考えたら青蘭さん――あぁでも向こうから誘われる割には一夜過ごす時には睡眠薬かなにか仕込まれてたしなぁ。嫌われてるわけではなかったみたいだけどアレはなんだったんだろうか。

 

 なんかこっそり針で飲み物や食べ物をチクッて刺してたし、それ口にしたらすっごく眠くなっちゃって特になにも……。多分あの針にそういう薬を仕込んでたんだろう。

 まぁ、一昨日は効果を弱めてくれたのか特に不快感はなく――うん、まぁ色々。

 

 結局俺は、浦思青蘭という女にとってどういう男だったんだろうか……。

 

 おっと、それはいいからメールメールっと……。あれ? 尋ねてた内容と違――

 

 

 

 

 

 

 ――そら来た。斜め上の事態が。

 

 

 

 

 

 

「浅見君?」

 

 白鳥刑事が俺の様子に違和感を覚えたのか横目で覗き込みながら尋ねる。

 が、正直今それどころじゃない。

 とりあえず、山猫はいい。病院出る時に横浜への移動を指示しておいた。

 念のためにグレーゾーンぎりぎりの武装も許可しておいた。

 

 むしろ問題は俺が間に合うかどうか。後――

 

 すぐに携帯に番号を打ち込む。

 

 耳元で数回コール音がしたあと、しばらく耳にしていなかった声がする。

 

『透か? 定期連絡は美奈穂さんに済ませたばかりのはずだが……どうした?』

 

 安室透。組織の幹部、バーボン。だけど、どうにも敵と言う感覚がしない人。

 コナンからは気を許し過ぎだとちまちま怒られている始末だが、敵に見えないのだから仕方ない。

 完全にオフの時の雰囲気の所を申し訳ないが、緊急事態だ。

 

「安室さん、今すぐ今いるメンバーでロシアに入国。今から俺の説明を聞いて、調べるべきだと思った所を徹底的に探ってください」

 

 

 

 

 

「――ひょっとしたら、俺達も山猫の群れを引き連れてそちらに向かうことになるかもしれません」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ほー……こらまた見事なまでにお城やなぁ」

「聞いた話じゃ、CMなんかの撮影なんかにも使われているらしいね」

 

 長い船旅――道中窃盗騒ぎこそ起こったが――を終え、鈴木家の車による送迎によって、俺たちはようやく横須賀のお城に到着した。

 エッグを一目見たい――そして出来れば手に入れたいと狙う人間達。

 

 無論、同行者はそれだけじゃない。

 俺やおっちゃん、蘭。それに次郎吉相談役。

 世良真純や沖矢昴、瀬戸瑞紀、アンドレ=キャメルというあの事務所の関係者。厳密にはもう事務所の一員ではないが越水さん。スコーピオンの正体を明かしてやると大阪からそのまま同行した服部平次。――ついでに、

 

「ホンマやわぁ。なぁ平次平次! ちょっと一緒に写真撮ろうや!」

「……お前なぁ。遊びにきたわけやないんやぞ?」

 

 なぜかひっついて来た和葉ちゃんまで。

 大阪にいる時からそうだったが、なぜか和葉ちゃんは世良を敵視しているみたいだ。

 

(あぁ……そういや服部、世良とはメールでやり取りしているって言ってたけか)

 

 あるいは、服部がその事を話してしまっていたのかもしれない。

 彼女と話した事は少ないが、前に浅見から俺を女と間違えていたという話を聞いた事がある。

 ひょっとしたら、結構嫉妬深いのかもしれない。

 

「もうこっちにスコーピオンが来とるかもしれんのや。なのになんでお前鈴木の車で街に行かんかったんや……次郎吉のじーさんがホテル用意してくれる言うとったやんけ」

「……そないなこと言うたって……」

 

 ずっと和葉ちゃんは服部の服を掴んだまま、チラチラっと世良の様子を覗いている。

 もっとも、当の世良はそれに気付かず、沖矢さんと話し合っている。

 相手に狙撃犯がいると言う事で、恐らくもし襲われた場合の事を話し合っているのだろう。

 その話を、越水さんが難しい話で聞いている。

 ふなちは、取材で同行していた内田先輩や浅見の秘書――あの時、焼身自殺をしようとした幸さんと一緒にホテルで待機しているらしい。

 最初は越水さんもホテルに行くはずだったのだが、本人の強い意志で同行する事になっていた。

 

 

 

 

 

 ――ここまでやって見つからないっていうことは、上手い事どこかに隠れて、その上で本人の意思で隠密行動を取っているんだと思う。

 

 

 

 ――ということは、ある意味最前線のここにいればあの馬鹿は絶対に飛び込んでくるね。絶対。絶対。

 

 

 

 

 

 という非常に否定しづらい言葉の元、キャメルの傍を離れないという約束の元でここにいるのだ。

 

(……どっちにしろスコーピオンが捕まる時には浅見、お前身内にぶっ殺されるんじゃねぇだろうな)

 

 越水さんとかふなちはある意味当然として灰原とか桜子さんとか幸さんか、あるいはずっと顔を曇らせている青蘭さんか。――あぁ、ある意味で安室透も最有力候補だ。

 

 

「おい、工藤」

 

 そんな事を考えていると、和葉ちゃんをどうにか振り切った服部が傍に来ていた。

 

「どう思う? スコーピオンが俺らの中にいるかどうか」

「まだ分かんねぇよ。ま、強いて言うならあの寒川って野郎は違うと思うけど」

「あぁ、まぁな……」

 

 映像作家ということだが、どうやら数年前にアジアの内紛をカメラに収めようとしていた所、無神経と言うか無遠慮な所を、偶然居合わせていた鈴木会長の秘書である西野さんに咎められていた。

 西野さん自身は忘れていたようだが、寒川はそれを覚えており、ちょっとしたいたずらで憂さを晴らそうとしていたのだが――

 

「あの手品師の姉ちゃん、気配りも目配りもすごいで。よく事前に食い止めたもんや」

「あぁ」

 

 西野さんが、寒川の持っていた貴重品を盗んだ――ように見せかける。

 そんなくだらない――だが今起こっている事を考えれば洒落にならない事を食い止めたのは、船内を見廻っていた瑞紀さんだった。

 何かが起こるだろうと考えていたのか、瀬戸さんは沖矢さんと協力して船内の見回りなどを強化。

 耳にした会話などにも細心の注意を払い、船員とも情報などを共有して企みを察知。

 余計な火種を付けずに事を綺麗に終わらせたのだ。

 

「やっぱり、浅見が行方不明ってのがあるんだろうな……」

「あぁ」

 

 服部は、いつも後ろにして被っている帽子のツバを前に廻して、眼つきを変える。

 

「だけどな、工藤。安心せえ。お前なら尚更分かっとるやろうがあの兄ちゃん、容易く死ぬタイプやないで?」

「あぁ、わかっちゃいるんだが……」

 

 ふと、見なれた顔を観る。

 いつもと変わらないにこやかな表情で、だが周囲を隙なく観察している瑞紀さん。

 そうだ、いつもと変わらないハズだ。

 あの事務所の中でも特に優秀な一人で、でもどこか抜けていて、浅見透の周りを固める一人として知られる女性。

 沖矢昴――つまりはFBI捜査官、赤井秀一や灰原の姉の事を知る人間としても、今信頼できる数少ない人間の一人だ。

 だが――

 

「雰囲気……いつもと違うんだよな」

「あぁん? そら、自分ところの大将やられたかもしれんってなったらそらキレるやろ。世良の奴も沖矢さんもごっつ気合い入っとるやんけ」

 

 あぁ、そうだ。それは間違っていない。確かにそうだ。

 そうなんだが……

 

「な~んでか……すっごい違和感を感じるんだよなぁ……」

 

 



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099:Q・唐突に生えてくるものな~んだ?

「あー……なるほど。前に安室達と一緒に調べた屋敷とかなり雰囲気似ていますねぇ」

 

 窃盗事件をでっち上げようとした男が、まったく悪びれずにビデオを回す中、一行は城の中を探索していた。

 

「大体、こういうお屋敷――っていうかお城のメインは隠された天井裏か地下室と相場が決まっているんですが……」

 

 その探索の中心となっているのは、瀬戸瑞紀。かつて、こことは違う、だが非常によく似通った屋敷の仕掛けを全て明らかにした女。

 浅見透が頼りにする一人として。また異色のトレジャーハンターとしてゴシップ誌に紹介された女である。

 

「ん~……お城……そう、実質お城なんですよねぇここ。……でも、扱いとしてはお屋敷ですし……んむむむむ……」

 

 先ほどから瀬戸瑞紀は、次々に隠された金庫や財宝の数々を発見している。

 だが、いつもならば発見の一つ一つに一喜一憂してコロコロ変わる表情が、今は真面目そのものだった。

 

「どう、瑞紀さん? 怪しい所にもう目星が?」

「あ、真純ちゃん……う~~ん、そうですねぇ」

 

 自分の観察眼と推理にそれなりの自信をもつ世良も、瀬戸瑞紀には一目置いていた。

 服部平次も同じように、瀬戸の言葉を待っている。

 遠山和葉は、その平次の態度が気にくわなかったのか頬を膨らませている。

 

 普段ならすでに動きまわっているコナンも、瀬戸の隣で大人しく。だが真剣に考え込んでいる。

 世良は同じような仕草をするそんな二人を興味深そうに観察しながら。

 

「ねぇ、このお城って地下室とかあったりする?」

 

 先に口を開いたのはコナンだった。

 

「いいえ、ございません」

「なら、喜市さんの部屋はどちらに?」

 

 その次に口を開いたのは瀬戸だ。

 天井に装飾などに、時折ライトを当てて調べながらそう聞く。

 

「それならば、一階に喜一様の書斎がございます」

 

 その言葉になんらかの確信を得たのだろう。

 コナンと瀬戸は、互いに目配せをして小さく頷く。

 

 世良はその様子をじっと見つめ――探索よりも警護役に徹している沖矢は、静かに笑っていた。

 笑って――そして突然、何かに気付いたように窓の外へと顔を向けた。

 

「? なんや昴のにーさん、なにか見つけたんか?」

 

 それに気付いた服部が尋ねると、沖矢はいつも通り薄い笑みを浮かべて首を横に振る。

 

「いえ、別に? ただ――」

 

 

 

 

 

「――窓には近づかない方がよさそうですね」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「おや、起きたかい?」

 

 気が付いたら助手席で完全に眠りこけていたようだ。

 

「すみません、白鳥刑事。勝手に眠っちゃって……」

「気にする事は無い。むしろ、君は少しでも寝ていた方が良かっただろう」

「出来る事ならベッドの上で寝ていて欲しいんですけど……ねぇ、浅見探偵?」

 

 いやもうホントごめんね、瑛祐君。

 そうだよね、お姉さんとのパイプ役が勝手に死んだら悪いよね。

 でも死なないって決めているからそこは安心してほしい。

 ほら現に大怪我しても死なないじゃん。

 この間もジャケット無しで銃弾死ぬほど叩きこまれて死ななかったし。

 

「しかし……キッドはどう動くのだろうね? 浅見君」

「キッドですか?」

「あぁ。エッグを諦めるのか、あるいは奪い返しに来るのか……それともやはり、あの海で死んでしまっているのか」

「多分、もう向こう側の中に混ざっていると思います。少なくとも、死んではいないでしょう」

 

 少なくとも、死体が上がったと言う事はないはずだ。それならとっくに白鳥刑事に連絡が入っている。

 というか、キッドは多分何をしても死ぬことはないだろう。

 これまでの印象として、そういう役にいるタイプじゃない。

 多少の鉄火場というかアクション映画的シチュエーション程度なら問題ないだろう。

 

 それに、穴が空いていたというマントにも血痕らしきものはついてなかったらしいし。

 自分が起きている間に白鳥刑事が、こちらの事を伏せて佐藤刑事に電話をしてくれたのだ。

 佐藤刑事、今は高木刑事や千葉刑事と一緒に俺を探しまわっているらしいけど……

 

(……また病院かぁ。裁縫関連の道具、先に持ちこんでおいて良かった)

 

 なんとなくポケットに入っていたコインを手で弄びながら、これからの事を考える。

 この件、無事に終わればいいが……あるいは更に面倒な事につながる可能性がある。

 念のために保険はかけているが……こう、なんというんだろうか?

 フラグらしき行動や事件に対しては、その後起こり得る事のための保険が効くのは今まで散々試してきた。

 

(まぁ、それも夏美さんに関わる色々を無事に解決できたらか)

 

 だが、フラグそのものへは介入出来るのだろうか?

 例えば、秘書の幸さんが起こそうとした事件――つまりは俺が燃えた事件だが、あの時すでに死者は出ていた。自殺だったが……それでもきっかけとなる事件自体は防げなかった。

 いやまぁ、知りようもないからしゃーないといえばしゃーないのだが……。

 

「白鳥さん、あとどれくらいで着きます?」

「そうだね……一時間前後と言ったところじゃないかな?」

「……そうですか」

 

 もっと飛ばせませんか? という言葉が口から飛び出しそうになるが、それは酷というものだ。

 警察の人に度を越した速度超過を促すわけにもいかないし、仮にキッドだったとしたらそれはそれで悪い。キッド自身にも、白鳥刑事にも。

 

(一時間、か。キャメルさんは恐らく付いているだろうし、七槻達が来ているのなら多分沖矢さんも……)

 

 警護関連では事務所一のキャメルさんと、安室さんと並ぶ万能型の沖矢さんがいるならば守りとしては十分。攻めるにもコナンがいる以上問題はないだろうが……

 

(どうせまた爆弾仕掛けられてるんだろ? となりゃあ、コナン達と離れてタイミングがズレている今なら……)

 

 自分一人が吹っ飛ばされるのならばまだいいのだが、今回は七槻達が中にいる可能性が十二分にある。

 出来る事なら離れていて欲しかった。

 鉄火場に慣れた事務所メンバーはともかく、一度も銃や刃物と相対した事のない七槻とふなちが耐えられるかどうか。

 

 そういう状況を防ぐには……。

 

(爆発。あるいは火災といったトラブルばら撒く仕掛けがあると仮定しよう。それが起動するタイミングは、これまでの経験と、物語(ストーリー)的に考えてコナンが犯人に気付いた瞬間か、あるいは推理で追いつめた時のハズ)

 

 逆に言えば、コナンが完全に気が付く前に到着。仕掛けに気が付けば対処が可能だ。

 コクーンを利用したシミュレーター。そして今までの経験のおかげで爆発物に関してはかなりの自信がある。

 そうだ。仕掛けに関しては大丈夫だろう。

 

「キッドといえば――浅見探偵」

「? どったの? 瑛祐君」

「いえ、先ほどから気になっていたのですが……そのコイン」

 

 コイン?

 

「右手に持っている奴ですよ」

 

 ……あぁ。さっきからいじくっていた奴か。

 

「良く見るとそれ、表も裏も同じじゃないですか?」

「あぁ、簡単な手品グッズでな。コイントスで決めるって言ってこっちの要求通したりするのに使うんだ」

「……邪な事に使ったりしていませんよね?」

「最近使ったのは……哀に表なら晩酌に一缶追加、裏なら飲むのは二日に一回にするってイカサマに使った」

「…………」

 

 なにその微妙な顔。

 少なくとも他人に迷惑かけるやり方は、コイツ買ってから一度も……

 

(――あれ? そういやこのコイン、いつ買ったっけ?)

 

 確か……ちょっと前にデパートで、手品グッズのコーナーが懐かしくなって……。

 うん……うん?

 

(なんで懐かしいんだっけ?)

 

 昔手品を――あぁ、施設の頃に……、なんかのイベントでマジシャンの人が……。

 ……来た……っけ?

 

「? 浅見君、顔色が悪いけど……ひょっとして酔ったかい?」

「いえ、大丈夫です。ちょっと考え事してて……」

 

 誰が来たか思い出せるか?

 ノー。薄ぼんやりとしていて分からない。

 

 マジックについての知識は?

 ノー。それなら、あのアクアクリスタルの時に源之助がシーツを手放さなかった意図だって気付けたはず。

 

 なら、手品を習った事はあるか?

 

 

 

 ……ノー。

 

 

 

 だけど薄ぼんやりと記憶はある(・・・・・・・・・・・)

 忘れているとかじゃない。思い出せないとかではない。

 まるで、紙に垂らしたインクの染みが、裏側の方までじんわり染みていくような……こう……なんだ?

 

 それよりも古いはずの師匠との事はハッキリ思い出せる。

 前に、見覚えがある感じがしたカリオストロ家の紋章も、なんというか記憶に違和感はない。

 だけど、これは……

 

「俺、手品とかに興味を持った覚えないんだけどなぁ」

 

 完全に独り言のそれに、瑛祐君が反応する。

 

「え、でも前に浅見探偵、トランプを手の平から消したり出したりしてたじゃないですか?」

 

 

 

「――え?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 相変わらず、分からない人だ。

 事件の話をするかと思えば手品の――それも自分の記憶について考え込んでいる。

 

「瑛祐君、それ、いつ見た?」

「もう結構になりますけど……事務所の机で考え事している時に、なんか無意識にやってましたけど……」

 

 うん、確かそうだ。間違いない。

 だって自分が覚えているもの(・・・・・・・・・・・・・)

 

「……そっか。俺、手品してたんだ。そっか……そっかぁ……」

 

 そういうと浅見探偵は、眠るために倒していたシートを元に戻して、手を握ったり開いたりしている。

 そして、『そっかそっか』と小さくつぶやくと、後は何も言わずに窓の外へと目を向けて。

 

 

 

 

「そういう事になりやがったのか、クソッタレ」

 

 

 

 そんな意味の分からない事を吐き捨てるように呟くのだ。

 

(……やっぱり、この人はよく分からない)

 

 あと一時間で、目的地に――エッグを巡る事件に決着を付けるというのに……。

 浅見透という探偵は、一体何を見ているんだろう?

 

 

 



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100:asymmetry

「やっぱりお城には秘密の地下通路っていうのはお決まりですよねぇ」

 

 あっさりと秘密の地下室を発見した一行は、それぞれの懐中電灯の灯りを頼りに薄暗い、洞窟のような通路を進んでいた。

 

「瀬戸のねーちゃん、この地下通路は大丈夫なんか? なんかこう……罠みたいな仕掛けとか……」

 

 薄暗く、どこかおどろおどろしい雰囲気に本能的な恐怖を感じたのか、和葉にくっつかれたまま服部は瀬戸に問いかける。

 なにかあった時に、今のままでは碌に動けないと考えたのかもしれない。

 

「あぁ、それは多分大丈夫です」

「そうなんか?」

「はい。先ほどから聞こえる風の音や方向からして、ここはおそらく、ある種の脱出路の役割も兼ねているんだと思います。隠されていた入口のように、道を塞ぐ類の仕掛けはあるかもしれませんが……妨害するような仕掛けがある可能性は低いかと」

 

 もちろん、警戒は必要ですけどね? と締めくくる瀬戸に、服部と世良の高校生探偵のコンビは感心の相槌を打つ。

 

「やっぱり、探険となったら瑞紀さんだね」

「えっへへー。ありがとう」

 

 先導する瀬戸のすぐ隣にいるコナンが褒めると、瀬戸は嬉しそうにはにかむ。

 瀬戸瑞紀と江戸川コナンは、瀬戸瑞紀の調査員としての初仕事となった香坂家の屋敷の調査以降、なにかと揃って事件に巻き込まれる事が多い。

 そのためか、特にあのアクアクリスタルでの連続殺人事件以降はコンビとして動く事が多かった。

 

「あ、そうだ夏美さん」

「はい?」

「例の鍵、持ってきてますよね?」

 

 鍵とは、あの屋敷の調査の際に発見したエッグの図面と共に発見した、古くて、そして大きな鍵だ。

 瑞紀曰く『鍵の形状が独特すぎて、もしこれに対応する錠を開けろと言われたらかなり苦労しますねぇ』という代物。

 

「はい、肌身離さず持っています」

「よかった。かなり独特な鍵なので、もしそれが必要になった時に私の腕で開けられるか心配だったんですよねぇ……それと、沖矢さん」

「例の物ですか?」

「ハイ」

 

 沖矢――瀬戸瑞紀のアシスタントをしていたという『設定』を持つ男は、それを知っているコナンに軽く目配せをしながら、自分の鞄からそれを取り出す。

 

「大丈夫です。事情を話して、鈴木会長から借り受けています」

 

 ここにいる人間が、大金をはたいて手に入れようとしているお宝を。

 

「おお、おい! アンタそれ……エッグじゃないか!!?」

「持ってきていたのかよ……っ!」

 

 片や、エッグを使って大きい金を稼ぎたい男――美術ブローカー、乾将一。

 片や、エッグの周りで起こる出来事を映像に収めて金を稼ぎたい男――映像作家の寒川竜。

 

 ある意味で非常に似通っている二人が、今にも飛び付かんばかりの目で沖矢が鞄から取り出したエッグを凝視している。

 

「瑞紀さん、いつの間に!?」

 

 なにも聞かされていなかったコナンも驚いて彼女を見上げていた。

 

「前にコナン君達と一緒に見つけた図面を見た時から、ちょっと思いついた事があってね」

 

 香坂夏美も少し驚いてエッグを見つめていた。

 だが、この中でも特にエッグを望んでいただろうロマノフ王朝に関する研究者――浦思青蘭は、エッグを一瞥するだけですぐに視線を他へと移す。

 まるで、何かを警戒するように。

 

「多分、必要になるんじゃないかと思って鈴木会長と相談役に許可を取っておいたのよ」

 

 瑞紀は、いつも通り白い手袋で覆った手をひらひらさせながら、時折曲がり角を警戒しながら先へと進む。

 そして――

 

「……うん、まぁ、こういうのがあるだろうなぁとは思ってたけど……」

 

 ほぼ一本道だった通路が、唐突に壁で遮られていた。

 行き止まり……とは考えていなかった。

 少なくとも、この場にいる探偵と呼ばれる人間は全員。

 

「ご丁寧に綺麗な壁に紋章まで描いてるたぁ……何かありますって言ってるようなもんだな」

 

 今この場にいる、テレビに出る機会の多い探偵の中でも屈指の知名度を持つ探偵――毛利小五郎がつぶやくと、それに頷く人間が続く。

 

「お、意外と勘が働くじゃんおっさん」

「誰がおっさんだ小娘ぇっ!」

 

 沖矢やキャメルと言った浅見探偵事務所の面々。それに高校生探偵の服部と世良、工藤――コナンも頷く。

 

「さぁて……」

 

 一方で、その壁――正確には壁画に真正面から向き合う瀬戸は、滅多に見せない不敵な笑みを浮かべる。

 

「前菜はさっさと終わらせないと……ですね」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「急な命令をして悪かった」

「いえ、気にすることはありません。我々としても、金払いと物分かりの良い上司は大事にしたいですから」

「……ボーナスと危険手当はいつもと同じでいいよな?」

「そう言う所ですよ、所長」

 

 自分達の前に整列する、武装――いや、防備を固めた6人の男女。

 その一歩前で、同じ装備で敬礼する『山猫隊』のリーダーは、傭兵というか山賊っぽい笑みで敬礼をしている。続くように、後ろの6人も。

 

(なんだかんだで上手くやっている面子だと思うけどなぁ)

 

 一応ぶっきらぼうとは言え丁寧な対応をしてくれているが、油断してはいけない面子ではあると思う。

 事務所面子で言えば初穂に近いだろうか? 理由が2,3揃えば裏切る事もあるだろう。

 

 ただ、そういうある種真剣なビジネスライクな関係が不思議と心地よく感じる面々だった。

 加えていえば、あのカリオストロでの一件以降はなおさら関係が良好になったと感じる。

 自分もそうだが、あの時指揮を取った安室さんにも一目置いたのか、この間の降下訓練時も前より親しげだった。

 

「ここに到着したのは?」

「今より1時間と312秒前であります」

「……1時間と5分ちょい、か。その間は?」

「迂闊に手を出すなとの指示でしたので、屋敷の周辺を固めております。その間、侵入者は確認しておりません」

 

 ふむぅ……。

 あの狙撃手が枡山さんの手の物なら、最悪この日本でカリオストロみたく枡山さん側の部下連中と直接戦う羽目になるかもしれないと思ってたけど、

 

(あれか? アクアクリスタル戦の時みたく狙撃戦か? まぁ、こうして歩いていて頭ぶち抜かれてないから今は大丈夫だろうけど……さてどうしたもんか)

 

 目的は俺の様子見か、あの格闘での牽制か。

 そもそも、本当に狙いは俺だったのかすら怪しくなってきた。

 気が付いたら頭の中というか俺の過去に、知らない奴との因縁とか生えてくるかもしれないし。

 あるいは逆に、俺以外の人間に過去が生えてくる可能性だって十分以上にあり得る。

 例えばコナンとか小五郎さんとか。

 ……ちくしょう、やっぱり一度世界を滅ぼす気で暴れた方がいい気がしてきた。

 安室さん辺りに殺されそうだけど……まぁ、それでもいいや。

 

(青蘭さんが枡山さんと繋がってたらどうしよう。それだったらちょっと泣きそうなんだけど)

 

 個人の犯行でロマノフ関連の財宝狙いで、その過程で俺が邪魔になったというか、妨害に入った俺を殺そうとしたのならば理解できるし全然問題ないのだが……。

 あの爺さんというワンクッションがあって俺と関わったと言うのは……なんか、こう……キツい。

 殺しに来るなら、余計な物なしで真っ直ぐ殺しに来てほしいわ。

 向けられる感情に、その人の持ち物以外の不純物が混ざるのは……うん、なんか嫌だ。

 

(ま、それはそれとして……メアリー?)

 

 以前に阿笠博士がコナンに作ったイヤリング型携帯電話。

 あれをもっと小型化した物で懐刀の一本に連絡を付ける。

 色んな方向に万能の才能を見せる、忍者みたいな子に。

 

『遅かったな』

(すまん、今君は?)

『地下の隠し通路だ。瀬戸瑞紀が先導して、関係者全員で調査をしている。私は気付かれないように後ろから付いて行っているが……』

 

 地下……上が崩れるかなんかして逃げ道を塞がれるパターンとみた。

 となると、何かが仕掛けられているのはその上か。

 

(隠し通路の入り口があったのは?)

『この屋敷を設計した男の執務室。扉の蝶番の所に傷を付けている。お前なら分かるだろう』

 

 分かるかなぁ……片目失くして。

 というか目眩がしている時点で本当はヤバいのだが。

 

(出入り口はそのままか?)

『あぁ』

 

 まぁ、どっちにしろ全部の部屋を調べるし問題ないだろう。

 さて、爆弾が無いはずがないからそれを解体して脱出路を確保しなくちゃ。

 だってコナンがいるし。だって犯人もういるし。しかもまた特別な舞台だし。

 

「浅見君、どうかしたのかい?」

「えぇ、いやちょっとね」

 

 深~~~いため息をつく。つくしかない。

 

 もう、ホント――

 

「さっさと俺を殺しに来てくれたら話早いのになぁって思って……」

 

 隣で宇宙人を見るような目を向けてくる瑛祐君の目が、やけに印象的だった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「中身はやっぱり普通の家か」

 

 瑛祐君は外の山猫隊に預けて、白鳥刑事と一緒に中を調べている。

 白鳥刑事なら、キャメルさんや安室さんと訓練している事もあっていざという時でも結構動けるし問題ないだろう。

 入口こそ鍵がかかっていたが、この程度の鍵ならば俺でも開けられた。

 

 しかし……いくつか部屋を周ってみたけど……。

 

「……これ、普通の家かい?」

「いや、もっとこう……絡繰屋敷みたいなのを想像していたんですが」

 

 いや、隠し通路や隠し金庫がある時点で確かに絡繰屋敷なのだが、なんといえばいいのか……忍者屋敷の西洋版みたいなのを期待していたのだ。

 だが、今の所は普通の部屋ばかりだ。

 いや、一般家庭的なそれではないけど、鈴木家とか大使館関連でよく見る感じの。

 今いる『皇帝の間』とか、鎧やら絵画が並んでいるので抜け道や防犯の仕掛けがあるかとちょいとワクワクしたけど、とくに目立つ物は無かった。

 精々がギリギリまで落ちてくる釣り天井のスイッチくらいか。天井に所々まるい隙間があるから、あそこから棘が飛び出すのだろう。

 

「…………ん?」

 

 ふと、狭くなった視界に違和感を感じる。

 この『皇帝の間』はそんなに広い部屋ではない。

 その広くない部屋の中心部にある、おそらくは観賞用のソファ。入口からは見えなかったその上に、似つかわしくない物が落ちていた。いや、正確には落ちているのではなく――

 

「? 積み木?」

 

 子供が即席で作った様な簡単な家……いや、塔? が建てられていた。

 二本の柱の上に、三角形の屋根が乗せられている。

 

「コナン君か、君の事務所の人間のサインかな?」

「いやぁ……」

 

 例の隠し通路があるという書斎に残すのなら分かるけど、こんな場所に残されても……。いや、念のためにこうして全部の部屋調べているけど。

 

「ん~?」

 

 とにかく調べようと、傍に近づく。

 柱は二本。よくこの柔らかい所に立っている物だ。片方は三角柱、片方は四角柱。

 

(なんの意味だこれ?)

 

 迂闊に触ると崩してしまいそうなので、触るのを躊躇う。

 ……あぁ、そうだ。これがなにかのサインなら、こんな壊れそうな所普通は選ばないよな。

 とりあえず触ろうとした手を膝の上に降ろし、顔を近づける。

 その時、足に何かがぶつかった。

 

「――ん?」

 

 サインはこれだけじゃなかったかと、足元に視線を下ろす。

 そこには、二つ目のサインがあった。

 

 

 

――ピスコの酒瓶、という決定的なサインが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走れぇっ!!!!!!!!!!!」

 

 とっさに出た俺の叫びに、白鳥さんは俺の方を向きながらも出口に向かって走っていた。

 俺もソファの背もたれに乗り上げ、痛む足をこらえながら飛び越え、同じ方向に走る。

 

 

 

 

 

 

 轟音と閃光が、辺りを塗りつぶす。

 

 

 

 



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101:『ロシアより愛を込めて』(副題:襲撃)

本当は前回でここまで描きたかった


(まさか、私がロシア人としてこの国に来る事になるとは……)

 

 かつてマリー=グランと名乗っていた組織の幹部、ラムの側近。

 キュラソーは、過ごしやすい夏のロシアの街を一人歩いていた。

 先日まで共に仕事をしていた女は、今はいない。

 

(あの女……日本でやり残した事があるなどと言っていたが……何をするつもりだ?)

 

 あまり長い事一緒にいたいとは思わない女――とある女優のイラつく意味深な笑みを思い出して、キュラソーは忌々しげにため息を吐いた。

 

(いや、今は任務か……)

 

 自分の受けている命令は一つ。

 老人――枡山憲三を始末しろ。

 

 そのついでに老人の持っている財や部下達を接収してこいという話だが、そちらについては女優――ベルモットに押し付ける気だ。

 金やそれに関わる書類や証文などを抜きとるくらいならば別にいいが、人が絡む面倒な話はまっぴらごめんだった。

 

『貴女……例の事務所に入ってから少し図太くなったわね』

 

 数日前に、あの女から言われた言葉をまた思い出し、思わずポケットの中の煙草の箱を握りつぶしてしまう。

 腹立たしい事この上ない。

 

(あの老人、本当にこの国に来ているのか?)

 

 スイスに渡った所まではどうにか追跡出来たが、そこから先はさっぱりだ。

 組織の方でも、どうにかしてあの老人――正確にはその下にいた人員を引きこもうと四苦八苦しているようだが、少なくとも日本の中ではあの老人に良いように転がされている。

 あの老人の部下――アイリッシュを通して老人と連絡を、あるいは彼を排除して国内での影響力を削ろうと思えば、派遣した人員は大抵死体になって転がされる。

 

 適当なカフェに入り、テーブルについて注文をする。

 満腹は頭の回転を鈍くするが、かといって空腹が続くのもよろしくない。

 

 先ほど、とりあえず情報を手に入れようと購入した新聞を広げて目を通しながら、注文したボルシチを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(おいっ! なんであの女がここにいるんだ!? 日本で働く探偵じゃなかったのか!?)

(知るかーぃ! いいからもっと声を下げろ、次元!)

 

 そのカフェの隅の席、周囲から余り目立たないそのテーブルに二人の男が座っていた。

 一人は黒のスーツに黒のソフトハットを被り、もう一人は赤いジャケットを羽織った黒髪の男だ、

 

(あの女……アイツの下にいるはずだよな……まさか、あの馬鹿も来てやがるのか?)

(勘弁してくれよぅ……ただでさえ気になる事ばっかりだって言うのに、よりにもよって脳みその代わりに炸薬詰まってるデンジャラスボーイまで乗り込んでくるとか……)

 

 男達は、女の顔を知っていた。とくに黒スーツの男は、ここにはいないもう一人の仲間と共に死線をくぐり抜けた仲である。

 ようするに、顔を知られ過ぎているのだ。

 

 二人とも軽く咳払いをして気持ちを落ちつかせ、それでも雑誌や新聞で顔を隠しながら話を続ける。

 

「それで、なんだってロシアに来たんだ?」

「というか、なんだってお前さんまで付いて来たのよ。今回の件は俺一人でやろうと思ってたのにさ」

「ふん! お前さんがそう言う時は、金や宝じゃなくて妙な因縁の絡みと相場が決まってらぁ」

 

 変な所でドジ踏まれちゃ敵わねぇよとボヤくスーツの男に、赤いジャケットの男はへいへい、と軽く返す。

 

「ったく……」

「それに、お前がやけにこだわるヤマだ」

 

 スーツの男は、顔を隠すのに使っていた新聞を畳んでテーブルに置き、代わりにハットを深く被り直して少し顔を近づける。

 

「女……だな?」

 

 違うか? と、確信を込めてそう言うスーツの男の言葉に、赤ジャケットの男は深いため息を吐く。

 

「それだよ」

「それ?」

 

 んっ、と顎で示されたのは、スーツの男が置いた新聞だった。

 なんの偶然か、離れたテーブルでかつて肩を並べた女が目を通しているのと同じ新聞。

 適当に畳まれているその新聞のフロント・ページ(一面)には、ロシア語でこう書かれていた。

 

 

 

『……ヴェスパニア王国、女王と王子の身に降りかかった突然の不幸』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……くっ、がは……っ」

 

 どうにか痛みが引きかかっていた足をまたやられたぞちくしょう。

 ギリッギリで爆発そのものには巻き込まれなかったけど、いつぞやのダイナミック不法投棄の時同様爆風で吹き飛ばされた。あ、そういやこれも森谷の仕業だったじゃん。ちくしょうぶちのめしてやる。

 とりあえず白鳥さんの盾になる事はできたけど……

 

「あ、浅見君! 大丈夫かい!?」

 

 額を押さえながら白鳥さんがそう言ってこっちに駆け寄ってくる。

 ……ん、あれ? ……というか今気がついたけど白鳥さん――白鳥さん? というかアナタは……。

 

(いや、まぁ今はいいか……)

 

 ひょっとしたら一瞬気を失っていたのかもしれないが、今の所爆発は小規模なのが数か所――離れた所で起こっている。

 調べたハズの方向からも聞こえてくるが……ちくしょう、よほど上手く隠されていやがったのか。

 

(枡山さん……なんでよりによってあのクソ野郎を取り込んじゃったのさ)

 

 絶対に下で大人しくしているタイプじゃないだろうに。

 多分、あの積み木もあいつのサインなんだろう。

 左右が違う積み木の塔。アイツの美学に反するアシンメトリーの塔を現場に残すとか……。

 ひょっとしたら、指紋すら残しているかもしれねーな、アイツなら。

 

「白鳥さん、先に書斎へ行って地下道へ。コナン達と合流してくれませんか?」

 

 メアリーの話から、彼女本人に加えて瑞紀ちゃんに沖矢さん、キャメルさんと十分な人員が付いているのは確認している。加えて服部君に真純までいる。

 が、やはり懸念となるのは爆発が起こった施設で主人公とヒロインが一緒にいる事だ。

 おまけにライバル(?)枠の服部君が、そちら側のヒロイン枠である和葉ちゃんまで連れて来て……

 

 いやもう服部君も和葉ちゃんもごめんね? 去年くらいに俺が四国のお礼でプロデュースした東京観光も結局コナンとエンカウントして殺人事件発生したらしいし。

 

「先にって……君はどうするんだい?!」

「時間を稼ぎます」

 

 森谷が出てきたとなると他人事じゃない。

 俺の脳内ぶん殴りたい奴リストの中ではカリオストロのロリコン伯爵と一位二位を争う奴だ。

 加えて、ある意味で俺が今の立ち位置になった要員の一つ。

 

「時間を?」

「はい、アイツの性格ならば、おそらくこちらを嬲り殺したいんだと思いますが……」

 

 あの連続爆弾事件の時の謎掛け、そしてあの米花シティービルに仕掛けられた嫌らしいダミーコード付きの爆弾――こっちは処理班の手で、即座に凍結処理をされたが。

 

「それにしてはなんというか、建物が崩壊してないんですよね。重要個所だけとか残すように壊しそうですけど」

 

 腹立つ事にアイツは建築家としては優秀で、そしてその知識と経験がアイツを優秀な爆弾魔にしている。

 蘭ちゃんと工藤新一を狙ったあの爆弾も、的確に映画館区画を孤立させるようにセットされていた。

 爆弾処理班の人からの話と、うちのコクーンでのシミュレート結果も一致している。

 まぁ、世界の流れがそうだったというのも大きいだろう。

 

「となると、多分別の思惑があるんだと思います。で、先ほどとある経由で聞いた話なんですけど――」

 

 水無怜奈――CIA工作員にして、俺と『白くて大きい家のお金持ち』との繋ぎ役からの緊急連絡。

 

「香坂夏美さん。分かりますよね?」

 

 いや、『この人』は分からないかもしれないけど。

 

「先ほど、とあるツテから妙な報告が上がったんですが……」

「とあるツテ?」

 

 そっちに反応するんですか白鳥さん(仮)。いやまぁいいんですけど。

 

「どういうわけか、彼女がロシアへ亡命申請を出している事になっておりまして。えぇ、永住権じゃなく……しかもなぜか本来外務省側の義務である審査や面接もなしで通っているみたいなんですよね」

 

 まだここにいるのに。この下にいるはずなのに。

 一応審査をしたという形には書類上なっているようだが、教えてもらった日時はあり得ん。例の1階のお店の打ち合わせで一日中ウチにいた日なんだから。

 月日だけなら怪しいが、年まで明記されているなら間違い様がない。

 この進まない世界でも、年だけはなぜか動くんだ。

 

「……どう言う事だい?」

 

 さぁ? とんでもない厄介事に巻き込まれたんでしょ。

 コナンと一緒にいる美人だってんならあり得るあり得る。

 ようするに、今はなぜを考える時ではなく――

 

「多分、こっそり彼女をロシアに連れ込みたい人間がいるんでしょう」

 

 なんでかは知らんけど。となれば、次にありそうな事態は多分――

 

 ガシャン! と音がする。

 ステンドグラスやガラスが割れる音ではない。

 

 重い物を持った人間――それも複数が高い所から着地した音だ。

 なぜ分かるか? 散々聞いたからだ。

 

 ――俺の初めての、海外での事件で。

 

「まさか、お前らまで取り込まれているとはな」

 

 そういえば、カリオストロじゃあなくてスイスに拘禁されてたっけお前ら。

 あぁ、だから枡山さんはスイスに行ったのか。

 だから、スイス以降の足取りが追えないのか。

 

 すごく、見覚えのある格好の連中がいる。

 すごく、見覚えのある『黒』がいる。

 

「白鳥さん、早く行って下さい」

 

 手持ちは、あの一件以来念のために隠し持っている自動拳銃のみ。

 あの時使ったライフルのような火器はない。

 

 しかも、まだまだ爆弾が仕掛けられている可能性がある。

 しかも、あの狙撃手がいる可能性もある。

 

「ホントにもう」

 

 しかも、なんらかの厄介事に巻き込まれたほぼ身内の女性が下にいる。

 しかも――この手で決着を付けたい女が、下にいる。

 

「……泣けるぜ」

 

 カリオストロ公国最暗部。かつて、俺や安室さん達の敵だった連中。

 そして、なんとしても取り込みたかった連中がまたも敵に回ったとか。

 死ね。お前らじゃない、この世界死ね。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、か……。いやはや、言葉という物は難しい。そうは思わないか、麗子君」

「ねぇ、おじ様。私、そういう話は嫌いって言わなかったかしら?」

 

 この国――ロシアに来てから購入した、寂しいやや大きめの一軒家。

 とりあえずの隠れ家として使っている家の裏庭に、一人の老人と若い女がいた。

 

「やれやれ、少しは会話を楽しんでくれないかね? これなら誘拐してでも紅子君を連れてくるのだった」

「何? そんな歳になっても若い方がいいっていうの?」

「話相手になってくれるのならば歳は関係ないさ」

 

 二人共、揃ってヘッドフォンの様な物を付けていた。

 似たような防寒具を付けている二人に違いがあるとすれば、老人は耳を押さえながら立っていて、女はライフルを構えてシートを敷いた地面に寝そべっていた。

 

 ライフルの先にあるのは、裏の森。その中の一本の木に掛けられた(ターゲット)だ。

 一定のリズムを守った呼吸を続けながらスコープを覗く女は、しばらくそうしていたが、やがて根負けしたとため息を吐く。

 

「で、将がなんですって?」

 

 会話に乗ってきてくれた事に、老人は小さく笑いヘッドフォン――イヤーガードを外す。

 

「何、欲しい物を手に入れるためにはまず、その下を狙えということわざさ」

「そんな事は知っているわよ」

 

 ライフルを一休みするためのガンホルダーに立てかけ、咥えた煙草に火を付けながら、忌々しそうに女は先を促す。

 

「うむ、失礼した。だがこのことわざは、将を何とするかで変わると思わないかね?」

「……欲しい物はさっさと直接奪えばいいのよ」

 

 女の身も蓋もない感想に、だが老人は愉快そうに笑う。

 

「うむ、うむ。それも正解だ。真理だ。……だが、彼はそうしなかった」

「……浅見透」

 

 女にとって、ある意味越えなくてはならない壁。

 正確には、振り向かせたい男が真っ直ぐ見続ける男。

 

「彼は、『彼ら』の全てを欲した。諜報、護衛、警備、警護、潜入、工作、暗殺……なによりそれらを可能とする『数』と、それを率いる『頭』を」

 

 女が煙草を咥えたのを見て自分も吸いたくなったのか、老人は思い出したように胸ポケットから煙草を取り出す。

 

「彼が本当に欲しかったのは『数』なのだろう。当然だ」

 

 老人は近くにセットしていた野外用のテーブルセットに腰を下ろす。

 その足元には、この国では珍しい蝉の死骸が転がっていた。

 一匹の、虫のなかでは巨大なその亡骸は、今無数の蟻によって食い荒らされていた。

 

「どれだけ優秀だろうと、少数精鋭の組織と謳った所で、物量には勝てん」

「貴方が、向こう側に火種を残したのはそれ?」

「くっくっく……」

 

 老人は、蝉の死骸を踏みつぶした。

 群がる、生きている蟻の群れと共に。

 

「彼がそれに気付かないはずがない。そう、このままでは勝てない。だが、無意味に数を揃えた所でそれは弱点を増やすだけだ」

 

 火を付けてから2,3度程しか吸っていない煙草からゆっくり口を離し、老人を手元でクルクルと煙草を回転させる。

 

「だからこそ、最初に『頭』を抱え込もうとしたのだろう。確実に『数』を統率できる、『頭』を――」

「そこを突いたのね? おじ様」

 

 ずっと不機嫌そうな美人の顔が、ようやく少しだけ緩んだ。

 あの男が足を引っ張られたのが、嬉しかったのだろう。

 

「あぁ、彼の全力を――輝きを見るには、もっともっと彼を追い込まねばならないからね」

 

 老人は煙草を灰皿ではなく、足元に落とした。

 踏みつぶした蝉と、蟻の真上。

 立ち上る紫煙に、それ以外の煙がゆっくりと混ざる。

 

「あーさーみくぅ……ん」

 

 そして老人は呟くのだ。

 

「あーそーぼー」

 

 自分の、望みを。

 

 




副題と主題を二、三回ひっくり返したくらい……なんか……悩んだ。
早くこの話終わらせて、あさみんにまた元気に死にかかってもらわないと


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102:ダイス、蠍、狂人(他者から見て)の三本立て

「やりすぎではないのか?」

 

 お城と言っていい屋敷から少し離れた、木々の豊富な丘の上。

 その小さな森の中にて、頭の上からすっぽりと迷彩柄の布を被り顔を隠した男が、ライフルを構えたまま隣にいる初老の男に話しかける。やや不機嫌そうに。

 

「あの男のことだ。この程度で死ぬはずがない」

「他の一般人の事を言っている」

 

 少しだけ咳き込む男は、布の端から鋭い目を覗かせ、初老の男を睨む。

 

「お前が警戒し、憎む男を俺は知らん。だが、あそこには無関係の人間が多くいる」

「全員、今頃例の地下道に入っている。出入り口も、影の侵入口は確保している」

「女一人を攫うために、これだけの騒動か……っ」

 

 若いとは言えず、だが隣にいる初老の男よりかは間違いなく若いライフルの男は苛立ちを隠そうともしていなかった。

 

「それが、あの老人――正確には出資者の依頼なのだよ」

「影とかいう連中を使う必要があったのか? あそこでやっかいなのは、精々あの探偵事務所の面々くらいだろう」

 

 ライフルの男は、心底気に入らなかった。

 あの場には、若い男女も多く同行していた。

 例のエッグとやらに目を眩ませている欲深い連中ではなく、ただの好奇心でこの城を訪れている若い――恐らくハイスクールに通う位の年頃の男女。

 

 それが今、燃え盛り、崩れ落ちつつあるあの城の下にいる。

 そう考えただけで、ライフルの男は胸を、そして喉を掻き毟り、この場で血反吐を撒き散らして果てたい気分になる。

 

「この状況、確かに連中にとっても危機だろうと。あぁ、危機だろうともさ。だから、あの男がまたしゃしゃり出ている。あぁ……。あぁ! またしても! またしても!!」

 

 対して、初老の男はそんな彼の様子に気付く事もなく、高らかに笑い続けている。

 一応は隠れている男のことなど気にもせず、笑っている。

 ここにいるぞ、と。城を爆破した爆弾魔はここにいるぞ、と。

 

(狂っている……どいつもこいつも……くそっ、こんな奴ら――くそっ!)

 

 だが、それでも……それでも男がライフルを捨てないのは――

 

(駄目だ、まだ……俺はまだ死ねない。まだ止まれない! たとえ、どれほど非道な事に手を染めても……)

 

 男は布の下でゴソゴソと羽織っていたジャケットを脱ぐ。

 

(あの、悪魔の様な老人の手を借りてでも)

 

 そして、タンクトップ一枚となったその腕には、珍しい――ダイスの刺青が汗にまみれていた。

 

(お前達の、そして俺の名誉の仇を討つまでは……っ!)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ、地震か!?」

 

 大きくはなく、だが小さくもない揺れに全員が驚いて立ちすくんだ。

 特に毛利小五郎は、地震の類が苦手なのか飛び退いている。

 

「お、おい! ()ど――やない、えぇとコナン君!?」

「分かってる……っ」

 

 その一方、浅見探偵事務所の知恵袋の一人とされる小さな子供と高校生探偵と呼ばれる面々、そして浅見探偵事務所の面々は事態を把握していた。

 

「やれやれ、二つ――いいや三つのエッグが何を指し示すのかやっと分かったっていうのに忙しいね」

「まったくですね」

 

 その中でも最も落ちつきを取り戻すのが早かったのは、既に多くの修羅場を経験している人材。

 浅見探偵事務所に属する――あるいは協力した事のある人間だった。

 

 それぞれに顔に僅かに緊張の色を浮かべながらも、世良が呆れた口調で話した事に、周囲を警戒しつつもアンドレ=キャメルが同意する。

 

 図面に描かれていた対となる二つ目のエッグ。それは、この地下に隠されていた夏美さんの曾祖母の棺の中に隠されていた。

 この地下室は、それ自体が彼女の墓所でもあったのだ。

 

「とにかく、ここから出ましょう」

 

 先ほどまでノリノリで謎を解いていた瀬戸は、表情を再び引き締め直している。

 一瞬だけ目を閉じ、そして開いた彼女は僅かに顔を強張らせ、

 

「……どういうこと?」

「なにかあったのですか?」

 

 沖矢の問いかけに、瀬戸は目線をそちらに向けず早口で応える。

 

「沖矢さんには朗報ですよ」

 

 そして瀬戸は手袋を引っ張って嵌め直し、手で蘭や和葉といった女の子達に下がる様に指示していた。

 

「前に沖矢さんが参加したかったって言ってたカリオストロ事件――もう一度来ます」

 

 再び、今度は先ほどよりも大きく地面が揺れた。

 元々この地下室には電気など通ってなく、つい先ほど灯した蝋燭の火と何人かが持っている懐中電灯の灯りだけが頼りだった。

 その片方――蝋燭の火が、今の振動でふっと消える。

 暗闇に慣れていない蘭や和葉が声を上げるが

 

「服部君、これを持ってて」

 

 そして懐中電灯を持っている人間は数名。装備を整えて来ていた瀬戸と沖矢を除けば、隙を見て盗掘しようとしていた乾と、それから腕時計にそれを仕込んでいる江戸川コナンくらいだった。

 

 瀬戸は自分の物を服部に押し付ける。

 

「い、いや、そいつぁ姐さんが持っておいた方がいいんじゃ……」

「大丈夫。暗闇でも動けるのがマジシャンだから。それに――」

 

 瀬戸はマジシャンらしい恰好のまま、だがいつでも飛びだせるように僅かに腰を落として構える。

 沖矢はそれに対して自然体のまま、だが蘭や服部、和葉といった格闘技をやる人間には、その隙のなさが手に取る様に――あるいは決して触れられないと理解出来た。

 

 瀬戸は出入り口を見据えたまま、後ろ手で差し出した懐中電灯を服部が取った事を確認する。

 

「きゃあっ!!」

 

 そして、とりあえず安堵しようとした瀬戸は、背後から聞こえてきた女性の――香坂夏美の叫び声にハッと身を強張らせた。

 

「夏美さん!?」

 

 暗闇の中、慌てて服部と江戸川コナンが懐中電灯をその方向に向けると、そこには転んで地面に身を投げている夏美さんの姿。そして、放り出されたバッグから零れた一つになったエッグ――を、拾う何者かの手。

 

「てっめぇ……っ!」

 

 瀬戸に近しい人間――沖矢やコナンは気付いた。

 それを目にした瞬間、瀬戸瑞紀が本気で怒りを感じているのを。

 

 

――タッタッタッタッタッッ!!

 

 

 ほぼ暗闇が支配する空間のなか、何者かが走り去っていく音が響く。

 

「ちっ……! 待て、コノヤロウ!!」

「瑞紀さん!」

 

 その後を瀬戸は、今まで『瀬戸瑞紀』が一度も口にした事がない言葉を吐き捨てながら走って後を追っていった。

 その後を追うように、江戸川コナンも。

 

「あぁ、おい工藤!?」

「服部君、君は女性陣から離れないで!」

 

 思わぬ戦力低下に、珍しく強い口調で沖矢がそう小さく叫ぶ。

 それとほぼタイミングを同じくして――

 

 暗闇の向こうから、銃声が響く。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 男達は、自分達が裏の人間であると言う事を他の誰よりも知っていた。

 カリオストロという一国家の汚れ仕事(ダーティワーク)を一身に受け、全てを闇へと葬る仕事。

 男達はそれに誇りを持ち、そして自分達を表へと引き摺りだした存在に敵意を持っていた。

 持っていた。

 

「ぐっ……ぉえ゛っ…………」

 

 任務であった、ある女の誘拐。

 その任務の障害において最大の障害になるのが、あの時の男だと聞いた。いや、聞いていた。

 

「どうしたぁ……お前ら、さっさとかかって来いよ……」

 

 数はあの時よりも少ない。この場に来ているのは30人にも満たない。

 だが、それで十分なハズだった。

 あの時、自分達を相手に戦った人間のほとんどはここにいない。

 その一人は姿を隠して動いていた女だし、傭兵程度の足止めも10人ちょっともいれば十分だ。相手が装備が整えられないこの国ならば尚更。

 

 そうだ、間違っていない。

 そちらは間違っていなかった。

 

 ならば――

 

 男達は自問自答する。

 

「お前らさっきから、俺を刺してしかいないじゃないか」

 

 ならば、目の前のアレ(・・)はなんだ?

 

「駄目なんだよそれじゃあ……」

 

 男の体には、アチコチに突き刺さっている。

 仲間の、今自分達が身に着けている鋭い鋼の爪が。

 

「駄目じゃあないか、それじゃあよぉ……アァ……っ!?」

 

 その爪の持ち主は、その男の足元に転がっている。

 地面に転がっている者は皆揃って、両腕の関節を外されていた。

 それでもなお抵抗しようとしたものは、膝の関節を外されて、転がっている。

 

 ただ一人立っている味方は、あの男に爪を付き立てたままやはり関節を外され、もがき苦しんでいるありさまだ。

 暴れるたびに、男の体に突き刺さったままの爪が肉を裂き、更に血が零れる。

 無傷どうこうという話ではない。

 死ぬか生きるかギリギリの所に男は立っている――ハズなのに。

 

「俺は……俺を削ったぞ」

 

 男は、顔色こそ悪いがそれでも立っていた。

 あの時と違い装備など整っていないのに、仲間を倒し、踏みにじり、そこに立っていた。

 

「片目を失くした。おかげで昔の感覚をもう一度手に入れた」

 

 男の動作からして、右目を失くしたのだろう。そう判断した味方が先ほど、その死角から男を攻撃した。

 結果、見事に関節を外され、更に膝を砕かれた。

 目が見えている左側よりも素早く、鋭い反応だった。

 

「その前に、あの戦いでは肉抉られて骨をへし折られた。おかげで時間が進んだ。あの爺さんの活動がきっと早まった」

 

 一歩、男が前に進む。

 

「惚れた女を失った」

 

 一歩、自分達は後ろに下がる。

 

「そしたらどうだ! 俺は書き足されたぞ!」

 

 あぁ、駄目だ。

 何を言っているか一つも理解できない。

 

「さぁ……来いよ」

 

 かつて、自分達と敵対し、そして自分たちに敗者のレッテルを張った存在の一人。

 浅見透が立ちはだかる。

 

 

 

 

「一緒に踊ってやるぜ!」

 

 

 

 



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103:男と女とマジシャン

 女は、灯りも碌にない暗い地下道を走っていた。

 右手に銃を、そして左手にはエッグという名の宝を――いや、自分の中に流れる血そのものを抱えて走る。

 

 正直、迷った。

 

 このエッグを――思い出という名の記憶を中に封じ込めた卵は、自分の手の中にあっていいものか、と。

 

 エッグはこの屋敷――この地下室という巨大なエッグと共にあって初めて意味がある。

 なにより――自分の血の先にいる男に向けて作られたモノではない。

 いや、それでも思う所はあるが……。

 

(それでも、引き返せる道ではない……えぇ、そうね。分かっていたことよ)

 

 後ろから、正確にこちらの後を追ってくる足音が微かにする。

 追跡術に長け、かつ大きな足音を立てずに走るような訓練を受けている、まるで話に聞く日本の忍者の様な相手。

 

(誰かは分からない。けど――)

 

 それがどういう人間なのかは分かる。容易く。

 彼だ。

 彼の元に集った精鋭だ。

 

(近づいても、離れても……きっと、本当に死んでいたとしても……やっぱり、立ちふさがるのは君なのね)

 

 あるいは上の爆発ももしや……と思ってしまう。

 だが――それはあり得ない。

 

 確かに、自分の弾丸は彼の目を撃ち抜いた。

 仮にあの男がどれだけの化け物だろうと、完全に弾道を見切った上で最適解に当たる動作を取らない限り、自分の放った弾丸は眼球を――そしてそのまま頭部を貫き死んだハズだ。

 

「……やけに大勢いるわね」

 

 上のほうから、気配がする。

 一人や二人といった所ではない。

 予定では、そろそろ相棒が回収に来るはずなのだが……この様子では回収どころか脱出も困難だろう。

 上から聞こえた爆発と倒壊の音からして、おそらく入口である隠し扉は使えまい。

 飛び出た所で炎に囲まれているか、あるいは残骸で埋まっているか。

 となると、途中の洞窟で感じたもう一つの空気の流れ。あそこに賭けるしかない。

 

 問題はそこまでの道のりに、上にいるのだろう邪魔者達が待ち伏せをしていないか。

 そして、後ろの追手を切り抜けられるか。

 

 そんな事を考えていると、離れた所――自分達が通って来た道の先で、大きい音がする。

 大量のガレキが突然崩れ落ちる音だ。

 

 思いつくのは、爆発を引き起こしたどこぞの馬鹿どもが地下に侵入するための道を開けた可能性。

 だが、それにしては気配はおろか足音すらしない。

 待ち伏せ? いや、それならわざわざ大きな音を立てる必要がない。

 

(どうする……っ)

 

 本当に通れるかどうか分からない道を行くか、厄介者がいるだろうが確実に通れる道を選ぶか。

 手元にある得物を見る。

 ワルサーPPK/S。

 八発の弾丸が込められたマガジンを装填し、更には既に装填してある拳銃。

 いつもならそれだけなのだが、今回は更に予備の弾倉も十分に持ってきている。

 

 ひょっとしたら――ひょっとしたら、来るかもしれないと思っていた。

 いや、思っている。

 

 この手で撃ち抜いたにも関わらず。

 今、この瞬間も。

 

 気が付いたら、足が前に出ていた。

 洞窟の中を駆け、光が見える方に。

 階段上へと通じる階段は無事だった。

 底の方に、おそらく塞いでいたのだろう木材の破片が転がっている。ものの見事に砕かれて。

 

 念のために適当な物影に身を隠して覗き込むが、待ち伏せの気配はない。

 上はやはり燃え盛っているのだろう。熱がこちらに流れ込んできているが、思ったほどではない。

 入口付近はそこまで燃え盛っていなかったのだろうか。

 いや、それなら却って重要度が増す。

 炎などの、ガレキが壊れる要素が更に薄れるのだから。

 

 熱に耐えながら、ゆっくりゆっくりと階段を上がる。

 書斎は、煙こそ充満しているがまだそこまで火が回っていなかった。

 

 とっさに仕掛け扉を作動させ、後ろからの追手のルートを防ぐ。

 そして――書斎の出入り口に銃を向ける。

 

 自分を待ちかまえていた――男に。

 

 

 

 

 

 

「ごふっ……よぉ……遅かったな……っ」

 

 

 

 

 

 

「あら? いい女は、いい男を振りまわす物でしょう?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 全く、やっぱり俺が惚れた女だ。良い事を言う。

 そうだよな、男は女に振り回されてナンボのもんだ。

 

「一応、聞いておくけど……幽霊、なんてオチはないわよね?」

「足、あるだろ?」

「でも体中穴だらけの血まみれじゃない」

「馬鹿どもの相手をしてたからな」

 

 足元に転がる気絶した『馬鹿共』を蹴りつけて少しどかす。

 あぁ、爪の部分を遺して手甲がするっと抜けちまったせいで、肝心のぶっ刺さってる奴が抜けなくなって困ってたんだ。

 

 どうしよう、血が止まらねぇ……。

 

 近くで俺を襲って来た奴らはどうにか黙らせた。

 そして白鳥さんの後を追ってこっちまで来たら、恐らくその後降ってきたのだろうガレキが完全に入口を塞いでいたってわけだ。

 

 そこらに転がっていたパイプで一番頑丈そうな、ガレキの支えになっちゃてる木材をへし折って崩させてもらったけど……上手くいって良かった。

 多分違う道もあるんだろうけど、一番分かりやすい脱出路を完全に塞いじゃう所だった。

 

「……生きていたのね」

「俺のサングラスは特別製なのさ。ついでに、水差してくれたどっかの空気読めない奴のおかげでもある」

「みたいね。でも――」

 

 青蘭さんが――蠍が俺に近づいてくる。

 銃を手にしたまま。

 一度――あぁ、最初の時も合わせると二度撃たれているんだけど、特別恐怖は感じない。

 少なくとも、この瞬間は撃つ気配が見えない。

 

 一歩、一歩と近づいて――手が、右の頬に添えられる。

 

「……見えなくなっちゃったのね」

「そっちだけ。……分かっちゃう?」

「分かるわ」

 

 添えられた、このくそ熱い中でも涼しい手が、肌をなぞる様に上へと滑って右の目尻の辺りに指をかける。

 

「ずっと、君を見ていたんだもの」

 

 包帯で適当に隠しただけのそこを、あまり刺激しない様にか、ただずっと触っている。

 

「……怨んでいる……と、思っていたのだけど?」

「ないと言ったら嘘になるけど、深く気にかける程じゃないさ」

 

 撃たれたり刺されたりするのはいつもの事だし。

 そもそも毎回睡眠薬かなにか混ぜられてたから、いつかこういう事にはなるんじゃないかなぁとは思ってた。

 殺すような薬じゃなかったっぽいから、もうちょっとライトな事件になる事を期待してたんだけどなぁ……。

 

「君の食事に毒を混ぜていたのも含めて?」

 

 …………………………………………。

 

 え? あれ普通に毒だったの?

 

 …………………………………………。

 …………………………………………。

 

 まいっか。

 

「今死んでいないのなら問題ない」

「……私が、君を襲った人間だという事を隠していたのも?」

「それこそ気にすることじゃねぇさ」

 

 今更だけど、そろそろヤバい。

 早く決着付けないとまた心臓止まっちゃう。

 さっき馬鹿共相手に暴れた時にもう二回止まってるから、これ以上は多分本当に無理だ。

 

 ……いや、どうなんだろう。

 案外、走ろうと思えば走り続けられるのかもしれない。

 

 記憶が生える事だってあるんだ。一度死んでもなんだかんだで『次の話』では生きて『いました』……なんてオチになることもあるだろう。

 

「隠し事も、嘘も、身を着飾るアクセサリーみたいなもんだ」

「……相変わらずね、君」

 

 撃鉄を、起こす音が響く。

 互いが、互いに銃を突きつけている。

 真っ直ぐ。

 互いの腕でも足でも瞳でもなく――額に銃口を向けている。

 

「ねぇ、一つ教えてくれない?」

「ん?」

「君、私が悪い女だって、始めから薄々気付いていたでしょう?」

 

 まぁ、そんな雰囲気ちょくちょくあったし。薬混ぜてくる善人なんて聞いた事ねぇし。

 

「どうして、君はそれでも私と関わり続けたの?」

「…………多分」

 

 つくづく思ってたけどさ。

 

「俺……基本的に悪い奴、好きなんだ」

 

 素直に答えたのだが、素直すぎたのかもしれない。

 青蘭は思わず吹きだしてクスクス笑い始めてしまった。

 

「あぁ、悪い奴ってのは悪い事してんだから悪い奴なんだ。それ自体は自業自得だ。分かってる」

 

 それでも、銃口がブレていないってのはやっぱスゲぇな。

 下手に動いたらまた身体に穴が空いちゃう。

 

「けど、さ。なんでかな……欲とか妬みとか怒りとか、そういう諸々抱えているのがチラリと見える人がいると、なんでかホッとするのさ」

 

 例外はあるけどな! 俺個人に悪意向けてくるどこぞの爆弾魔とか!

 

「あぁ、生きてんだなって」

 

 片手じゃあやっぱりこのぶっ刺さってる爪を取れそうにない。

 止血してる余裕もなかったし、動けて後五分だろう。

 

「ちゃんと考えて、ままならない業抱えて……道を踏み外したり思いとどまったり……」

 

 ……屋敷が吹っ飛ばされたのは腹立つが、ある程度壁が残っていて燃えているのはある意味で運が良かった。

 ぶっ倒れた後の低体温症の心配はない。

 倒れる場所選べば、多少は生還率が上がるだろう。

 

「うん、だから俺……まだやれるんだと思う。足掻けるんだと思う」

 

 もう、いいだろう。

 慣れない自動拳銃の引き金に、指をかける。

 身体は結構キツイのだが、力はちょうどよく抜けている。

 

「だから……こうしてアンタ相手に、またやりあえるんだと思う」

 

 大丈夫。

 

 まだやれる。

 まだイケる。

 

「…………相変わらず、君の言っている事はよく分からないわね」

「そうか?」

「そうよ」

 

 こうして銃向け合っているけど、やっぱり青蘭さん変わらねぇな。

 変わらなくて……ちょっと泣けてくる。

 

「でも、そうね……えぇ、今なら分かる気がする」

 

 

 

 

「私、きっと君のそんな所に――」

 

 

 

 

――ダンッ!!

 

 

 

 

 おう、そう言いながら撃つのやめーや。反応遅れたら撃ち落とす前に額に穴が空くんだから。

 

 

 

 

「そんな所から……君の事、好きになっちゃったのよ」

 

 俺のどう言う所が、こうして油断した瞬間に銃弾ぶちかまして来る女を引き寄せるんですかね。

 本当に――

 

「ソイツは――最高だなぁっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「コナン君、大丈夫だったかい!?」

 

 発砲音の正体は、駆けつけてくれた白鳥刑事の物だった。

 スコーピオンを追い掛けている間に妙な連中に襲われたのだが、それを助けてくれたのが白鳥刑事だった。

 

「白鳥刑事、どうしてここに!?」

「浅見君に頼まれてね」

「所長をここに連れてきたんですか!?」

 

 白鳥刑事の発言に、瑞紀さんが目を剥いて絶叫する。

 

「あぁ、彼曰く、自分の手で決着をつけなくてはならないらしい」

「そんな決着なんて……だってあの人……目が、もうっ」

 

 ……目?

 

「今は脱出を考えてくれ。後ろの人達の安全を確認しなければならない」

「白鳥刑事、僕達が入ってきた入口は駄目なの?」

「通れはするだろうけど、問題はそのすぐ上に物騒な連中がわんさかいるって事だ。一応応援は頼んでいるけど……正直、時間がかかる」

「どれくらいかかりそう?」

「……相手が武装している事を伝えているから……初動の警官が周囲を固めて……おそらく十五分」

「そんなに……っ」

 

 おそらく、脱出しようと思えば自分達は脱出できる。後ろの人達も揃って。

 だが、問題は脱出した後だ。あの謎の連中。――瑞紀さんが言うには、さっき白鳥刑事が牽制して瑞紀さんが投げ飛ばしたあの装甲服の連中、かなりヤベェ奴ららしい。

 キャメルさんや沖矢さんがいるとはいえ、そいつらの目をかいくぐって皆無事に抜けられるのか。

 いや、そもそも連中の目的はなんだ!?

 

「コナン君と白鳥刑事は、脱出路を探しておいてください。多分、あの分かれ道の方が外に通じていると思います」

「僕達はって……瑞紀さんは!?」

 

 

 

 

 

 

「私には……私にも……。決着を付けなきゃいけない事があるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、コナン君。私、行ってくるね?」

 

 

 



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104:暗躍

大変お待たせしました


(うわっと。なんというか……本当にカリオストロの地下ン時を思い出すなぁ)

 

 電気の灯りとは違う、赤い熱の塊に照らされながら、音を視て銃弾を避ける作業に専念する。

 

(まぁ、あん時と違って片方視力消えたおかげで、前以上によく視えるようになったから楽っちゃ楽だけど)

 

「ちょろちょろと。さすがね」

 

 言葉通り、サソリのような美女が容赦なく発砲してくる。

 うん、大丈夫。

 前以上に耳も肌も敏感になっている。

 死にかかってるのも含めて問題ない。

 まだちゃんと身体は動く。

 

「まさか、見えている左側より潰れた右側の方がより鋭敏だなんて……相変わらず滅茶苦茶ね、君」

「昔、なんにも見えなかった時期に色々仕込まれててな。最初に貴女とやりあった辺りから段々と感覚思い出してきていたんだ」

 

 親が死んだって言われてた現場見に行って森に落ちて見えなくなって……。

 仕方ないから音を頼りにうろついてたら先生と師匠にとっ捕まって……うわぁ、懐かしい。

 

 出来ると思って鳥を石投げて落としてから、それが面白かったのか気に入られたのか一日中狩りも兼ねて刃物やら銃やら触らされたっけか。

 五分以内に手探りで銃を解体して組みなおして、出来なかったら罰で師匠の脇差で素振りとか居合の抜刀、銃の抜き打ちのどれか一つを五千回とかだったか。

 

――キン……ッ

 

 眩暈がしてふらついた瞬間、引き金を力を込めた瞬間の引き金の摩擦音が視えたので、五百円玉を射線上に弾き飛ばして弾道をずらす。

 青蘭さんは予測済みだったのだろう。笑ったままこっちを見ている。

 

「足だけじゃあ避けられなかったわね?」

 

 …………。

 

「さすがの君でも、それだけ血を流してれば動きも鈍るのね」

「毒も食らってんだ。いいハンデになったか?」

「さぁ? どうかしらね」

 

 軽口をたたいてみても、この人は相変わらず油断を解かない。

 あぁ、わかっていた。わかっちゃいたけど、この人本気で俺を殺しに来ている。

 

「エッグをあきらめて今すぐ逃げ出すっていうのならば、見逃してあげてもいいわよ?」

「ハッ! 知っているだろう?」

 

 なにせ、安室さんや瀬戸さん、七槻やふなちから散々俺の話は聞かされているだろうから。

 

 

 

 

 

「浅見透って男はな、ズタボロになってからが本番なのさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 初めて目の前の男と出会ったのは、暗闇の中だった。

 電源を落とした展示会場での襲撃。すぐに終わるはずの一仕事は、予想外の二人の存在によって失敗に終わった。

 一人は、万が一の時には人質として使おうと思っていた鈴木財閥の相談役を素早く保護した褐色肌の男。

 そして残るは、あの暗闇の中で的確に銃を叩き落し、躍りかかってきた男。

 

――タン! タタン!

 

 交換したばかりのマガジンから、三発の銃弾が消費される。

 だが、その全てが当たらない。

 避けられる事前提でフェイントも仕掛けたのだが、それらは最小限の動きで避けられる。

 必殺のつもりの一撃も、彼の左頬に赤い筋を一線描くだけに留まる。

 残る弾薬は……四発。

 

「弾切れまで待つつもりかしら?」

「さすがにこの状況で銃弾と真っ向から喧嘩すると、死んじゃいそうなんでね」

 

 その言葉に一応嘘はないだろう。

 血で染まり、もう白い所が全く見えなくなったワイシャツがそれを物語っている。

 ただ――

 

「仮にここで体の穴が2,3増えたところで、死にそうにないのが君だと思うけど?」

 

 本当に。

 今ここで、急所以外の所であればもう二,三発くらい銃弾を受けてもそのまま躍りかかってきそうだ。

 

「まぁ、死ぬつもりはないけど……。ここで力を全部使い切るわけにはいかないのさ」

 

 ここにくるまで、かなりの数とやりあったのだろう。

 真っ赤になっててこの炎の中では見えにくいが、シャツは穴だらけだ。そのまま

 

「一応、聞いておきたいんだけどさ」

「なにかしら?」

 

 

「枡山憲三」

 

 

 彼が口にしたのは今の相棒の、そして彼自身の宿敵。

 

「ひょっとして、あの人に頼まれて?」

「まさか! 年上は好みじゃないわ。それも、十年単位の年上はね」

 

 そう言うと、彼はホッとしたように小さくはにかむ。

 

「よかった。さすがにあの人の手先として殺そうとして来ていたのなら、立ち直れなかったかもしれねぇ」

「あら。そこになにか違いはあるのかしら?」

 

「誰かの命令とか頼みで命狙われるより、自分の気持ちに従って殺しに来てくれる方が愛を感じるだろう?」

 

 さすがに、笑いがこらえきれなかった。

 気が付いたら、燃え盛る城の中で大笑いしていた。

 

「――あぁ。やっぱり君は退屈しないわ」

「楽しんでくれたのならば、ちょっとは報酬欲しいんだけど?」

「あら、なにをご所望なのかしら?」

「お宝を狙う理由。まだ、聞いてなかったろ?」

 

 彼の疑問にわずかに首をかしげてしまい、一拍おいて気が付いた。

 そうだ。なにもかもを話しているつもりだったが、それはスコーピオンとしてではなかったことに今更気が付いた。

 そうだ、自分はあの夜の出会いを除いて、一度も『スコーピオン』としてこの男と接していなかった。

 浦思青蘭という女として、この男と接していたことを今更思い出した。

 

「えぇ、えぇそうね。ロマノフの財宝を私が狙う理由。それは――」

 

 

 

 

――あんたが、ほかでもないあの怪僧。ラスプーチンの末裔だから……だよね?

 

 

 

――だから、船の中でこっそり寒川さんの部屋に侵入しようとしていたんですよね? 自室を撮られたビデオを回収し、『あの写真』を目撃した彼の口を封じようとして。

 

 

 

 

 

 目の前の絵が、いつもの不敵な――ただ、どこか少しだけ怪訝そうな気配を混ぜて――笑っている。

 銃を彼に突き付けたまま、その視線の先へと目をやる。

 

 そこには、小さな探偵と女の奇術師が、似たような笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「たい、大変じゃあ……っ」

「博士、本当にあそこに工藤君達が?」

 

 まるで映画にでも出てくるお城めいた屋敷は、いま真っ赤な炎に包まれている。

 

「頼まれていたものを持ってきたのじゃが……もうそれどころではないわい!」

「連絡は!? 携帯に、例のバッジもあるんでしょう!?」

「だめじゃ哀君。手持ちの携帯もイヤリングの方も繋がらん。探偵バッジの方もじゃ! 君が持っている方はどうじゃ?!」

 

 大慌てしている博士にジレったいものを感じながら自分もバッジのスイッチを入れてみるが、やはり応答がない。ただノイズが走るだけだ。

 

 博士がわたわたしている間にすばやく周囲を観察する。

 すでに空は暗くなり、燃え盛る城の紅い輝きがその闇を照らしている。

 

(これなら離れたところからも視認できるはず。大丈夫、きっと誰かが通報してくれているはずだわ。それなら、私がやるべきは彼らの脱出口の確保!)

 

 これだけ大きな屋敷なら、出入り口が一つだけということはないだろう。

 燃え盛っている正面の出入り口は使えないとなると、他の道を探さなくては。

 

(せめて予備の追跡メガネを持ってきていれば、工藤君たちの居場所くらいはわかったかもしれないのに!)

 

 今後いかなる時でも装備の予備を手放さないことを心に決めて周囲を見渡す。

 

(あの小塔……)

 

「博士、車の中にある使えそうなもの、整理しておいて!」

「えぇぇっ!? つ、使えそうなものと言っても――」

「ロープとかライトとか! 浅見透とサバイバルキット作ってた時の試作品、車に積んでたでしょ!?」

「おぉ、そうじゃった! ちょ、ちょっと待ってくれたまえ哀君!」

 

 前に瀬戸瑞樹が浅見透やアンドレ=キャメルを相手に解説していた事を思いだす。

 城や城館というものは大体どの国でも山城、平城、岩城の3つのパターンがあり、それぞれに特徴があるものだと。

 

 例えば平城なら、周りを大体水堀で囲むように作っており、そのため湿地帯や小川の側に建てられていることが多いという事だ。

 

 見たところ城の作風はドイツ。ノイシュヴァンシュタイン城によく似ている。

 

(そう考えると、こんなところにわざわざ建てたのは元の場所にここが似てたからかしら? 典型的な山の城館。……と、なれば)

 

 古来、山の城の最大の問題は水の確保。

 水道技術が発達した今ではそこまで大事なことではないが、この城が当時の物をできるだけそのまま持ってきたというのなら……。

 

(井戸場くらいはあるはず。問題はそこが水場として機能しているままなのか、あるいは……)

 

 もしあの男が生きているのならば、あるいは今城の中にいるだろう工藤君が情報を欲しがると思って、魔鏡の仕組みの話を聞いた時から調べられるだけのことは調べている。

 香坂喜一。

 少し前に浅見探偵事務所に依頼を出した香坂夏美の曽祖父が建てた城。

 職人であり、どうやら茶目っ気があったような老人。

 そんな男が作った城だ。

 絶対にそこには『茶目っ気』がある。

 

 工藤新一といい浅見透といい……それに瀬戸瑞紀もか。

 

(気になるのは……あれだけのお城を建てて、しかもそれを日本に移動させた資金源。ここがどうしてもよくわからない)

 

 事務所の人間で私が信頼できる人間――例の秘書さんに話を通しておいたので、今頃はあの双子のメイドと共に過去の資料などを集めているだろう。

 

 役に立つかどうかは微妙だが……それでも念には念を入れておいていいだろう。

 場合によっては事件が解決した後のいざこざにおいて、あの男がなんらかの武器として使うかもしれない。

 

(それにしても、嫌な予感が止まらない。今回の相手はスコーピオンとかいう盗賊一人。相手が一人なら大丈夫。……不意を突かれても生きていれば、あの男は絶対に勝ちに行く)

 

 自分でも理屈になっていないと思うが、よくも悪くも信頼はある。

 必ず生きる。必ず生還する。

 勝てないことはあるだろうが、敗北する姿が思いつかない。

 

(なのに……。どうにも大勢に監視されているような)

 

 塔を覗き込むが、中には何もない。

 一瞬、ただの倉庫かと思うがそういう別の設備を建てるには城館から離れすぎている。

 やんちゃで茶目っ気のある人間は、無駄なことはしても無意味なことはしないハズだ。

 あまり嬉しくないが、浅見透との付き合いで有能な人間のクセは見えてくるようになった。

 

「こういうのは……っ……だいたいどこか、成人した人間の手が届きやすい辺りのどこかに……っ」

 

 縮んでしまった不便な体を全力で伸ばして、手探りで塔の内壁のレンガを次々に押していく。

 

 つくづく思うが、どうやら知らないうちにあの女性マジシャンの影響を受けているようだ。

 ちょいちょい浅見家に来て食事をしたり、マジックをしたりとしている。

 下手したらほとんどあの家の一員かもしれない。

 

 マジックや食事の最中の彼女の小咄はなんだかんだで役に立つ。

 

「……あった」

 

 そうして触ってると、指先に違和感を覚えた。ここのレンガだけが少し動いた。

 辺りにあった適当なものを踏み台にして押し込むと、丸い床の真ん中がパカッと開いた。

 

 いつも持ち歩いてる手帳の1ページを破って火を付ける。

 自分と江戸川コナンには持たされている、探偵事務所所員のと同じサバイバルパックの道具はやはり役に立つ。

 

 放り込むとしばらく滑り台に転がした石ころのようにコロコロ落ちていき、下の方で地面に当たり、自分のいる位置だと僅かにしか見えないが燃え続けているのがわかる。

 それなりに深いが水が流れているわけではなく、空気もちゃんとあるようだ。

 

(元々の城だと物見塔も兼ねた小塔を再現したうえで、茶目っ気利かせて隠し通路にしたのね)

 

 隠す意味もないような大げさなすべり台だ。

 

 これだからロマンチックな男は。

 

 だがまぁ、ひょっとしたら使えるかもしれない通路があったのは都合がいい。

 こんな大げさな仕掛けだ。下の道がどこにも通じていない、ただのすべり台だなんてことはないだろう。

 煙も上がっていないことから、この通路は安全なのは確認できる。

 

 あと必要なのは下から上に上がってくる方法と、ここまでなんとか彼らを誘導することだ。

 

「博士、なにをしてるのかしら……?」

 

 いくらなんでも遅すぎる。

 ひょっとして、ロープが絡み合ったり道具が乱雑すぎて取り出すのに手間取っているのだろうか?

 

 ……あの博士ならありうる。

 基本的に片づけも苦手だし、なにかと大雑把だ。

 

 急いで車に戻って、ロープだけで持ってこよう。

 そう思ってすぐに走り出そうとしたら、後ろからジャリッという音がした。

 

「博士? ちょうどよかった、できるだけ長いロープが必要なの。荷物を見せて――」

 

 振り返った先には、想像通り博士がいた。

 だが、どうみても手ぶらだった。想像と違って。

 なにせ、両手を上げて手のひらをこちらにみせているのだ。

 

「驚いた。まさか、本当に体が縮んでいるとはな」

 

 そして、自分の知らない顔がそこにいた。

 長身で、一目でわかるほどに鍛えられている筋骨隆々とした体付きの、浅黒い肌の男が博士の後ろに立っている。

 右手で博士に拳銃を突きつけて。

 左手は携帯電話を耳に押し付けている。

 

「はい、私です」

 

 

 

 

 

「――シェリーを発見しました」

 

 

 

 

 

 



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105:敗北

「まったくもう! 浅見探偵も白鳥刑事も先に行っちゃって! 山猫の人たちだって手一杯だし!」

 

 燃え盛る城館は瞬く間に崩壊していく。

 すでに出入口は崩れ落ちている。

 

「なんか変な人たちが出てきて! 忙しいのはわかるけど! 『退路を探して来い新兵!』じゃないんですよあのヒゲッ! 僕はただの高校生だぞ!!」

 

 文字通り銃弾が飛び交う中を走らされた本堂瑛祐は、あんまりにもあんまりな事態にかなり乱暴になった口調で叫びながら周辺を探っていた。

 

(さっき見かけた車は阿笠博士のビートルだった。きっと江戸川君を送ったか、あるいはなんらかの用事でここまで来たんだ。でも中には誰もいなかった)

 

 ドアも開けっ放しだったし、チラッと中を覗き見た時にハンドルのそばに何かがぶら下がっているのが見えた。

 鍵もさしっぱなしということならば、よほどに慌てていたということだ。

 いやまぁ、いきなり城が目の前で爆発すれば誰だって慌てるだろうけど。

 

「確か、前に瑞紀さんが言ってた話だと……」

 

 枡山さんに言われて事務所に探りを入れてた時に、瑞紀さんにはいろいろお話を聞かせてもらっていた。

 怪しいのは……あの塔だ。

 からくり好きなら、無駄なモノには必ずなにか意味があるはずなんだ。

 瑞紀さんがそう言っていた。

 

(浅見探偵の話だと、皆は地下にいるっていう話だった。足元を探ればあるいは―)

 

 

――カツン

 

 

 いざ塔の中に入ろうとしたとき、足がなにか軽い物を蹴飛ばした。

 小さな物見塔に、カランッと軽い音が響く。

 

「え、なに……メガネ?」

 

 蹴ってしまったのは、小さめの丸メガネだった。

 

「このメガネは……」

 

 駆け寄って拾い上げる。

 その先には、あからさまに不自然な穴が開いている。これが多分、ここに隠されていた秘密の通路なのだろう。

 

(だけど、真新しいロープで作られた縄梯子が垂らされている。……誰かがここを使った?)

 

 さらに観察すると、小さな血痕がある。

 

(まさか……)

 

 ふと、それこそ自分が入ってきた扉の影。

 入ってきたときに死角になっていた所に目をやる。

 そこに、自分の目に入ってなかったのが不思議な、大きな影が倒れていた。

 

「阿笠博士!?」

 

 そこには、なにか固いもので殴られたのだろう額から血を流して倒れている初老の男性がいた。

 

「しっかり! 僕の声が聞こえますか!?」

 

 手首と首筋に自分の指を添えて、脈を確認する。

 大丈夫。キチンと呼吸しているし脈も安定している。

 

 とりあえず体を倒して横向きに、念のためにベルトもゆるめて楽な姿勢に。上側の膝は90°に曲げる。

 持ち歩かされていた救急キットの中から消毒液とガーゼ、テープを取り出して……とりあえず傷口は塞いでおこう。

 

 出来る事ならばすぐに救急車を呼びたいけど、どういうわけか連絡手段のほとんどが機能していない。

 

 せめて人手があればもっと他にできる事があるのだが、今ここで動けるのは自分だけだ。

 

 

 他には誰もいない。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なるほど、ご先祖様の遺産集めか!」

 

 コナンと瑞紀ちゃんの二人がこっちに来やがった。

 待ってちょっと待って、マジで待って。

 

 これ青蘭さんの狙いがバラけてこっちがやりづらい。

 音だけじゃあ射線がつかめなくなった。

 

 こうなると今度は視界が狭くなったことが弱点になる、常に視界内に入れておかないと対応できない。

 瑞紀ちゃんもコナンも守らなきゃいけないし。

 

 

「OK! 謎は解けたんだ名探偵! お前らちょっと脱出口確保しててくれ頼むから!」

「バーロー! お前もうフラフラだろうが!」

「所長こそお願いだから逃げてください!」

「お前や瑞紀ちゃんより俺の方が撃たれ慣れてるし刺され慣れてるんだから適任はこっちだ! ここは俺に任せて先に行け!」

「ますます任せられるか!」

「なんで説得の言葉にそんなワードチョイスしちゃうんですか!?」

 

 

 ダメだ、やっぱり俺にはもっと高度な話術が必要なようだ。

 今度恩田さんと一緒に講習受けよう。

 

 青蘭さんは銃構えながら爆笑してる。

 燃えてるところで止めなさいって、喉と肺が焼けるよ?

 

 

「白鳥刑事は!? あの人先行させてたんだけど!?」

「あの人なら、脱出路の方に走っていったよ! ひょっとしたら何かに気づいたんじゃないかな!?」

 

 マジか。

 あの人が走った。

 あれ……あの人だよな?

 それが走った?

 

「脱出路なら大丈夫だ。タイミングこそズレたが、博士がこっちに来るはずだ!」

「……はっ!?」

 

 なんでここで博士!?

 

「スコーピオンが相手だと思って特別なメガネを用意してもらっていたんだ。いつものヤツと違ってレンズを防弾用の硬質レンズに変えてもらったやつ。間に合わなかったけど、少なくともこっちには来てくれているハズだ」

 

 ……メガネのレンズをわざわざ防弾仕様に?

 

 なんてリスキーな真似するつもりだったんだテメェ!

 危ないことはすんなっていつも口酸っぱくして言ってるだろうが!

 主人公なんだぞ!

 ただでさえ危ない目に遭いやすいのにわざわざリスク上げんな!

 

(というか……博士が一人で来るんなら別にいい……いや良くはねぇんだが……っ)

 

 博士も重要人物の一人。しかも少年探偵団と一緒にいることが多いキャラクター。

 多分コナンなみに死ににくい人物のはずだ。

 だが、同時に自分たちにとっての装備開発者。生命線でもある。

 

(敵が森谷だけなら多分狙わない。利よりも感情方面でこっちを揺さぶろうとするはずだし、今回のは間違いなくただの挨拶。本命はずっと先と見て間違いねぇ)

 

 家が狙われているかもしれないけどそっちは対策している。

 そもそも俺と連絡取れなくなったような緊急時には下笠姉妹がマニュアルに従ってウチの警備を強化してくれているハズだし、少なくとも桜子ちゃんには連絡が行っている。

 最悪の事態は避けられるハズだ。

 

 ……ヤベェ、志保はどっちだ?

 普段は薬の研究に専念している志保だけど、あの子の場合博士の手伝いをすることが多い。

 俺がいない間は家にいたのか? 病院の偽装ラボ? それとも博士の家?

 それ次第では……ヤベェことになる。

 

「……どうやら、なにか深刻な様子だけど」

 

 瑞紀ちゃんがそこらに落ちてた瓦礫の破片を投げて青蘭さんをけん制するが、あっさり躱されて距離を取られる。

 いつぞやの夜よりも動きがいい。

 面倒な……、いつか俺とやり合うために鍛えてたなこりゃ。

 

「こっちもちょっと深刻なんじゃない? 透君」

 

 炎と崩壊の轟音に交じって、金属がぶつかる音がする。

 アイツら、まだいたか。30くらいは潰したと思ったんだが。

 足音からして連中は二手に別れている。……倍はいると考えた方がいいか。

 クソ……枡山さんにしてやられた。アイツら全員欲しかったのに。

 

「みたいだな」

「このままじゃあ私も貴方達も殺されるか焼け死ぬかのどっちか。私を追ってきたせいでかえって死地に来ちゃったわね」

 

 物陰に隠れたまま、青蘭さんがいたずらっぽく笑ったのがなんとなく分かった。

 いつもと変わらない、あの笑みなんだろう。

 ……キツいな。

 

「普段から俺に毒飲ませていた人が心配してくれるのかい?」

「君、私が何か盛っているってわかってて飲んでたんでしょ?」

 

 こっちに駆け寄ってきたコナンと瑞紀ちゃん。

 ちょうど自分の死角にいるから表情はわからないけど、小さく「うわぁ」とコナンがドン引いているのが聞こえた。

 てめぇ後で覚えていろよ。

 

「……惚れた女が注いでくれた酒を、好みじゃないからって断る男なんているの?」

 

 瑞紀ちゃん、文句があるならあとで聞こう。

 君いま止血してくれてるんだよね?

 俺の血じゃなくて息止めようとしてない?

 

 青蘭さんも笑ってないで。

 

「本題に入るわ。取引しましょう?」

「エッグ返すから見逃せ? ここまでのこと考えるとちょっとそっちが軽すぎない?」

「いいえ、貴方にもっとも大事なものをあげるわ」

「……情報?」

「それと時間と戦力」

 

 物陰から身を乗り出した青蘭さんが、布で包んだ何かを放り投げてくる。

 掴もうとした俺を押しのけて、瑞紀ちゃんがキャッチする。

 それから慎重に包みを開けて、中身を確認する。

 

「所長、間違いなくエッグです。両方あります」

「OK、仕舞っておいてくれ」

 

 とりあえず瑞紀ちゃんに任せておけば問題ない。

 もっと酷い状況になっても瑞紀ちゃんならエッグ守ったまま逃げ切れるハズだ。

 

「で、情報ってのは夏美さんについて?」

「あら、知っていたの?」

「まぁ、ちょいとおかしいっていう情報はね…………そういえばあの人は?」

 

 地下にいるのならば、服部君や真純がいるから大丈夫と思うけど。

 

「彼女、さっき攫われてたわよ」

 

 ………………。

 

 なんて?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 一台の車の奥に、女性と少女が一人ずつ押し込められている。

 二人とも薬を嗅がせられたのか、意識を失いグッタリしている。

 

『ご苦労だったアイリッシュ。まさか依頼対象と同時に志保ちゃんまで手に入るとは……』

「ちょうど内部に潜入させていた実行グループの手引きのために動いていたら……えぇ、発見いたしました」

『なるほど。彼女の聡明さが仇になったのかな? 皮肉だねぇ』

 

 その二人の様子を窓の外から覗きながら電話をかけている一人の男が、周囲を見回している。

 

「森谷とあの二人はどうします? 依頼対象やシェリーと共にそちらへ送りますか?」

『うむ、頼むよ。ハンター君も彼の訓練に安心して発砲できる場所が欲しいと言っていたし、麗子君の教師役も兼ねてくれると約束したのでな』

 

 そして電話の向こうにいるのは、大きな悪意。

 罪人を生み出す咎人。

 

「了解。警察と消防が来る前に撤収させます」

『うむ、君も気をつけてな』

 

 電話の中の声は心から労わる声を出している。

 

『これまで通り、日本での活動は君に任せる。あとで例の彼にも同じことを言うが、具体的に攻勢に出る必要はない。今は盤面を整えてくれればそれでいい。いいかね?』

「了解しました、ピスコ」

 

 男―アイリッシュは携帯電話を切り、胸ポケットに携帯を滑り込ませる。

 

「浅見透と主力は全員中に入っている。森谷の爆弾でくたばってくれていればいいのだが……そうはいかんのだろうな」

 

 徐々に崩れ落ちる城館を眺めながら、アイリッシュは運転席に座っている男に発車の指示を出そうとして

 

 

――次の瞬間、右肩から血を噴き出して体勢を崩していた。

 

 

「!?!? なっ――」

 

 とっさに拳銃を引き抜こうとして、右腕の動きが鈍いことにようやく気が付いたアイリッシュは左手で銃を引き抜き、構える。

 

「警察だ! 銃を捨てろ!」

 

 そこにいたのはスーツを着た男がいた。

 アイリッシュも見覚えがある顔だ。浅見探偵事務所に潜り込んでいるFBIと親交を結んでいる男――白鳥任三郎だ。

 顔は。

 

「アイリッシュ!」

「出るな!」

 

 運転席の男が飛び出そうとするのを、男は制する。

 

「警察だと? 笑わせるな!」

 

 アイリッシュは迷わずその顔をめがけて発砲した。

 素直に銃を捨てれば、捕まえようと近づくのではなく射殺するだろうとわかっているからだ。

 

 スーツを着た人物は顔が狙われると判断し、すばやく身を反らして弾丸を躱す。

 だがその弾丸は顔をかすめ、顔に一条の傷を負わせた。

 血が一滴も出ていない傷を。

 

「ベルモット!」

 

 アイリッシュの叫びに、スーツの男はニィっと笑い――自分の顔を剥いだ。

 

「あら、気付いたのね」

「この日本でいきなり発砲する刑事がどこにいる。しかも」

 

 アイリッシュは目線で、世界でも有名な女優が構えている銃を指す。

 

「わざわざサイレンサーを付けた銃などな」

 

 女は微笑んだまま、軽く肩をすくめる。

 

「ちょうど騒動が起こった所だし、浅見透の身辺を探っておきたかったのよ。おまけにちょうど貴方たちが動いているって話を耳にしていたし」

 

 実際に戦えばアイリッシュの方に分があるのは間違いない。

 身体差もあるし、より実践的な戦闘訓練を受けていたのだ。

 だが、今は片腕を潰されている。

 

 左腕でも射撃は出来るが精度は下がる。

 そしてベルモットという女はそこに付け込むことを躊躇う女ではない。

 

「貴方達の目的は香坂夏美でしょう? 貴方達のスポンサーが神輿として彼女を欲しがった」

「…………」

「なら、そこにあるのは予想外のボーナス。別に執着する必要もないでしょう? それどころか、あの方の不興を買い続けている貴方のパパにとっては、ちょうどいい貢物になる」

 

 女が、一歩踏み込む。

 

「シェリーをこちらに渡しなさい」

 

 男も一歩踏み込む。

 

「……貴様、シェリーが幼い姿になっていることに何の疑問もないようだな」

「まさか。驚くに決まっているわ。ただ呑み込みきれてないだけ」

「ハッ、貴様ほどの女が?」

 

 互いの指がトリガーにかかり、力が込められた瞬間。

 

 

 

 物陰から、今度は小柄な三人目が飛び出してきた。

 

 

 

「な……っ!?」

 

 全身をライダースーツで覆い、顔をフルフェイス・ヘルメットで隠した襲撃者。

 狙いはベルモットだ。

 

 驚いたベルモットはとっさに銃口を向けるが、信じられない跳躍力を持って放たれた蹴りの一撃は見事にベルモットの手から拳銃を叩き落した。

 

 何者かは素早く拳銃を奪い取り、アイリッシュに目掛けて――正確にはその後ろの車のタイヤを目掛けて発砲しようとする。

 

 だが、今度はアイリッシュの方が早かった。

 当てる必要はないとけん制のためのでたらめの射撃が、一瞬だが何者かの射撃を遅らせた。

 

「出せ!」

 

 アイリッシュの叫びに、運転席にいた男がアクセルを踏み込み車を急発進させる。

 慌てて車の足を止めようと発砲するものの、絶対に車の中の人間には当てないようにとタイヤを狙っているせいでけん制にもなっていない。

 

『……ッ、順序を違えたか』

 

 ヘルメットの中からくぐもった声がする。少女の声だ。

 急いで車の後を追おうとする少女だが、またしても妨害が入る。

 拳銃を蹴り落して無力化したと少女が思い込んでいたベルモットだ。

 

 さらに隠し持っていた小さな拳銃を手に、適当な岩の物陰に身を隠しながらアイリッシュと少女の両方を射殺しようと発砲する。

 

 二人もそれぞれ手近な所に身を隠し、銃を構える。

 

 

「ベルモットに加えて……あの男の伏せ札かっ! どちらにせよ、シェリーを渡すわけにはいかん!」

 

 

「誰が相手でも! あの子には消えてもらわなければならないのよ!」

 

 

『…………ちっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聞こえるか、浅見透』

 

 

 

 

 

 

『すまない。しくじった』

 

 

 

 

 

 

 




連載が止まった最大の理由としてプロット紛失してしまって勢いで続けてたらなんかズレたことが挙げられます。

具体的に言うと少年探偵団とカルバドスはマジでごめん。

逆に瑛祐君、君これから出番増えるかも


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106:屈辱を乗り越えて(三行シリーズ前夜)

完全体メアリーがベルモットに薬飲まされるシーンあったと思うんですけどこれどこでしたっけ……
割と最近だったような気もするけどひょっとしてまだコミックスに乗ってない話なのかあるいは自分の幻覚だったのか

誰かわかる人がいらっしゃったらよろしくお願いします


 銃声と跳弾の音が夜の山中に響き渡る。

 さっさとここを切りぬけて車の後を追いたいのだがそれが出来ない。

 

 エンジンの音すらもはや聞こえない。

 よりにもよって、ヤツの身内――しかも、以前極秘裏に接触しようとしていた、例の薬の開発者と思われる娘が……それも、おそらくはあの子の……

 

(クソッ! 私としたことがなんという失態だ!)

 

 あの瞬間、まず車を襲撃し運転手を無力化しておくべきだった。

 そうすればその後あの二人を襲撃してもそう簡単には逃走できなかったし、仮に実行しようとしても運転手を引きずり下ろすというワンステップが入るために必ず隙が出来ていたのは間違いない。

 

 そうだ、そうするべきだったのだ。だというのに――

 奴の――あの女の顔を見た瞬間に、判断を誤った。

 あの女を先に抑えておくべきだと錯覚してしまった。

 

(せめてここで、どちらかだけでも確保しなければ……っ)

 

 そうでなければ、あの男に合わせる顔がない。

 あの老人の駒である大柄な男、例の組織に繋がるあの女。

 厄介さで言えば間違いなくあの女だ。ここで逃がすのはかなり不味い。

 

 だが、放置しておけば後々被害が大きくなりそうなのは男の方。

 香坂夏美を音もなく攫った連中は、一人一人が間違いなく最精鋭だ。

 それを指揮しているこの男も、ここで抑えなければさらにやっかいなことになる。

 

(手が足りん……っ。これほどまでの事態に陥るとは!)

 

 手が止まりそうになる。

 迷ってはいけないと頭では理解しているのに心が迷う。

 

 だからこそ、行動が求められる。

 優先すべきはあの男だ。誘拐した二人の行き先を知っているだろう奴を抑えれば、さらわれた二人の奪還計画を立てられる。

 

「くっ……そこを退きなさい! アイリッシュ!」

 

 女が、男が身を隠している辺りに向けて発砲している。

 男がそれに応戦しているが、こちらへ隙を見せる気配はない。

 飛び出そうとすれば、その瞬間にけん制の一撃が飛んでくる。

 

 女も、あの二人を追いかけるにはこの場を離れるしかないと判断しているハズ。

 男も、あの二人をこの場からすでに連れ去っている以上、急いでこの場を離れたいと思っているハズ。

 

 それでも撃ち合っているのは両者ともに、後退するタイミングを失っているからだ。

 

(付け入るなら、そこか)

 

 けん制の方向を、男ではなく女の方に変える。

 女――自分にとっても因縁のある女は、多少は驚きながらもこちらに応戦しながら距離を取る。

 すると、男も自分への圧が減ったことを肌で感じたのかジリジリと下がりだす。

 

 両者の意識が、攻勢から後退に移ったその瞬間を狙って飛び出す。

 狙いは男だ。

 

 これまでならば飛び出した瞬間にヘルメットに当たっていたであろう弾丸が紙一重の差でそれていく。

 駆け抜けていく背後で、女が走り出す音が耳に入った。

 癪だが見逃すしかない。

 

「くそ! 貴様だけでも!」

 

 男もそれが耳に入ったのか、頭を完全に迎撃に切り替えた。

 確かに、もしこの男が万全だったのならば、リーチの短い自分には不利だっただろう。

 だが、今この男は利き手が使えない。

 

 加えて見た目以上に痛みが激しいのか、動きが鈍い。

 

『遅い!』 

 

 間合いを詰めて、拳銃を蹴り上げる。

 やはり利き手でなかったためか、あっさり男の手から拳銃は吹き飛んだ。

 

(もらったぞ!)

 

 意識を刈り取るため、顎を揺らそうと狙った瞬間。

 やや離れた所に突然複数の足音が響く。

 

『――っ!』

 

 男は、ニヤリと笑っていた。

 

「ピスコは随分とあの男にご執心だし、あまり手を出すなと言っていたが」

 

 いつの間にか、サブマシンガンを持った男たちに囲まれていた。

 同時に離れたところから――さきほどあの女が逃げていった方向からけたたましい銃声がする。

 あの女狐め、やられたか!

 

「これ以上あの男の手にカードが増えるのは面白くない」

 

 男が、サッと右手を上げる。

 

「じゃあな」

 

(駄目だ、やられ――)

 

 思わず体が強張る。

 そして次の瞬間――急に誰かに引っ張られ、地面に押し倒されていた。

 

『貴様……浅見透っ!?』

「間に合った!」

 

 自分と契約した男が、自分の上にいた。

 同時に大量の銃声が鳴り響き、男の体にめり込む弾丸の衝撃が彼の体を通じて自分にも伝わってくる。

 

 しがみつかれているために浅見透の顔はわからない。

 例の防弾素材のスーツのおかげで貫通した弾丸が自分を貫くことはない。

 だが、その分浅見透にかかる衝撃は尋常なものではないとわかる。

 今でも、自分の服が血でどんどん濡れているのがわかる。

 ただでさえこんなに負傷しているのだ。いつ心臓が止まってもおかしくない。

 

 だが、自分の体に伝わる力強さはこの男の生存を示していた。

 しばらく男が耐えていると、ついに銃弾の雨が止んだ。

 

 

 顔を上げる。

 今の今まで銃弾の雨にさらされていた男の顔を。

 

 

 

 

 男は、笑っていた。

 片方の目を包帯で覆い、顔は血にまみれ、虚ろな目をした男は笑っていた。

 

 

 

――……今の弾倉、全部撃ち尽くしたな?

 

 

 

 男は立ち上がっていた。

 片腕は確実に脱臼していて、足も震えているが、

 

 

 

 

 そこには、一人の男が立っていた。

 

 

 

 

――バカが。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 一応、事件は終わった。

 いや全然全く終わっていないのだが……まぁ、そういうことになった。

 

 青蘭さんと取引して城館の中でこっちの退路を塞いでいたバカ共をぶっ飛ばしながら青蘭さんが言う比較的安全な退路に向かってるうちに、外でごちゃごちゃ動いている連中の足音っぽいのが聞こえた気がしたので、また燃える覚悟で炎の中走り切って抜け出したらメアリーが馬鹿共と交戦してる所に出くわした。

 

 正直、覚えているのはそこらへんまでだ。

 メアリーを射線から引っぺがして地面に押し付けて、死にかけた時に思いついたことメアリーに託して気が付いたら病院のベッドの上。

 

 なんか暴れたような記憶はあるんだけど記憶があいまいで……。

 

 救急車が駆け付けた時には、どうして心臓が動いているのかわからない程だったんだよ!? って医者にスンゲー怒られた。

 

 コナン達は青蘭さんの道案内で無事なルートから抜け出したという話だ。

 外に出てからコナンと瑞紀ちゃんでもう一度青蘭さんを捕まえようとしていたらしいが、連中――枡山一派に水を差されて結局逃げられたらしい。

 

 地下にいた蘭ちゃんたちも無事だった。

 

 メアリーから聞いた話だと、連中が夏美さんをかっさらっていった道というか仕掛け通路がそのまま開きっぱなしだったらしい。

 

 おかげで全員、消防や警察が来る頃には安全な場所まで避難することが出来たが……

 

 そうだ、少なくともエッグに関わる事件は終わったけど、肝心要の事は何一つとして終わっていない。

 

(完敗だな……)

 

 夏美さんと志保が攫われた。

 気を失っていた阿笠博士がコナンたちに志保が攫われたことを伝え、コナンたちがそれを目暮警部に話して、Nシステムを駆使して問題の車を特定、後を追ってもらったのだが見失ってしまったとのことだ。

 

 まぁ、そう簡単にしっぽを出すはずもなかったか。

 

「……すまなかった」

「気にすんなメアリー。俺の戦略ミスだ。もっと早く数を揃えておけば対処できてた」

 

 今俺は病院に叩き込まれている。

 

 まぁ、仕方ない。

 メアリーの話だと、死ぬほど撃たれまくった後に弾倉を交換しようとして得物を一時失った馬鹿共をシバき倒して、そのままメアリーと協力して幹部っぽいヤツと格闘してたけど途中で俺が倒れて、結果幹部っぽい男には逃げられたって話だった。

 

「メアリーこそ大丈夫か? かなりヤバイ状況だったろ?」

「貴様の方こそ、こうして会話が出来ているのが不思議としか言いようがない。よく生きていたな」

 

 まぁ……うん。

 記憶がだいぶ朧気だけど、何も見えなくなって音を頼りにぶん殴ったり避けたり蹴り飛ばしたり物投げたりしてた……ような?

 

 多分妨害されていたんだろう通信が復活してから、即座に瑛祐君が救急車を呼んでくれたという事だ。

 俺と阿笠博士はその中に叩き込まれたらしいんだけど、まったく覚えてねぇ。

 

「本当に……よく生きていてくれた。そして……すまない。実に……面目ない」

 

 いつもクールに表情を動かすことのないメアリーが、ベッドの脇で珍しく申し訳なさそうにしていた。

 

「行先は……やっぱりロシア?」

「間違いない。事が事なだけに報道はされていない。というか、最後のお前の指示通り抑え込んだ」

「上手くいったようだね」

 

 メアリーは、小さく肩をすくめ

 

「まぁ、今は大盗賊スコーピオンとお前の死闘というセンセーショナルな話題があるから尚更、な」

「事件そのものの概要が誘拐事件の隠れ蓑になったか。まぁ、それならそれでいい」

 

 例の組織の人間ではなく、枡山さんに攫われたのはある意味不幸中の幸いだ。

 あの人ならば志保を殺しはしない。

 多分だけど、枡山さんが志保と会ったらいい服与えて豪華な食事でもふるまって普通に会話でもしてるだろう。

 

 本当の意味での狙いは間違いなく俺と俺の戦力だ。

 

 こちらにとっての最重要人物である志保を奪還するには、こちらから戦力連れて乗り込まないといけない。

 逆にいえば、その分日本――それも東都でここまで築いてきた独自の監視網にどうしても穴が空いてしまう。

 

 その隙に、多少なりとも仕込みを進めるつもりなのだろう。

 こっちの網に仕掛けるのか、舞台に仕掛けるのか。

 ……まぁ、枡山さんなら全部やるよね。

 

 ついでに、志保から多少なりとも情報収集といった所か。

 俺の身内でかつ知恵者でもある志保からは、反応一つでもこっちの手の内をある程度は察せるだろう。

 ……これ以上数を揃えられる前に、どうしても一度当たっておく必要があるな。

 捕まえた連中も多少はいるが、本当に多少だ。

 

 クッソ、枡山さんめ。ちょうどいい暇つぶしを手に入れたと思ってるんだろうな。

 

「乗り込むのか?」

「当然。体が動き次第すぐにでも動く。医者には無茶言ってる自覚はあるけど、今回だけは押し通させてもらう」

 

「……浅見透」

「ん?」

「私はお前を疑っていた。いや、今も疑っている」

 

 知ってる。

 

「お前は……あまりに異質すぎる。お前自身の身体能力もそうだが……人材、人脈、資金。そのすべてが異常なほどに豊富だ。今の会社を組み立てたのがほんの二か月前とは思えないほどに……お前の成長ぶりは不可解すぎた」

 

 すいません。数年なんです。

 誰も信じてくれないというか理解できないんだろうけど数か月は数か月じゃないんです。

 昨日は昨日じゃないこともあるし、明日が明日じゃないことなんて珍しくないんです。

 

 何言ってんだろうなぁ。俺。

 

「……どうにかお前の裏を探ろうと小細工を働いた。お前の過去には必ずなにかあると。それを材料に、もっとこちらに有利な交渉を持ち掛けられるかもしれないと」

 

 すいません特に何もないんです。

 

 あぁ、いや、工藤とか志保の事は確かに隠し事か。

 江戸川コナンと灰原哀のカバーストーリーには、念には念を入れて偽装ダミーいくつか仕込んだし。

 

 ……そういやぁ、病院の偽装ラボに潜入しようともしていたなメアリー。

 

「今更私を信用しろとは言えない。だが――」

「メアリー」

 

 いや君、猜疑心と慎重さが力になるタイプだろうに。たまに変な所で動いちゃうけど。

 そして使命感が強い。

 

 うん、俺を止めなきゃならんと君が思った時に、君は間違いなく俺を刺す。絶対に刺す。

 後ろからブッスリと。ザックリと。

 迷わず君は俺を刺す。

 

 そういう存在でいてくれなきゃ困る。

 

「変わる必要も変える必要もない。メアリーは間違いなく、俺が持つ最高の切り札だ」

 

 じっとメアリーがこっちも見る。

 その視線にどう返せばいいのかわからなくて、とりあえずじっと見つめ返した。

 しばらくそうしていると、彼女は何かを諦めたように……いや、呆れたように静かにため息を吐く。

 

 

 

「浅見透」

「うん」

 

 

 

 

「この身体、改めてお前に預ける。思うままに使い潰せ」

 

 使い潰せと来たかこんにゃろう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「それで、透君の様子は?」

「事件の後は大人しく入院されていますわ」

「……大人しく?」

「えぇ、大人しく」

「……いつぞやの時みたいにパイプ椅子使って腹筋とか」

「しておりません」

「……服作りとかの趣味も」

「しておりません」

「……所員の皆には?」

「こっそり色々と指示を飛ばしているようです。特に恩田様には」

「……本気で大暴れする気だね」

「ですわね」

 

 幻のインペリアル・イースターエッグをめぐる事件は酷いことになった。

 殺人にこそ至らなかったが、被害は甚大。

 香坂夏美さんと哀ちゃんが誘拐された。

 

 正直、実感が湧かなかった。

 

 あの家に戻っても実感が持てず、楓ちゃんの面倒を見るために留守番をしてくれていた桜子ちゃんに事の次第を話して、彼女が慌てふためき、泣き崩れたところを見てようやく実感が湧いた。

 

 透君が意識を取り戻して面会が可能になった時にすぐに伝えたのだが、すでに彼は知っていた。

 

 ……ひょっとしたら、取り戻そうとして失敗したのかもしれない。

 それなら、いつぞやの偽札騒動の時並みの大ケガも納得できる。

 

「透君は、僕たちに足場を固めろと言った」

「調査会社の事ですわね」

 

 一度目のお見舞いの時、透君は純粋に体がどこまで動くかを気にしていた。それと、楓ちゃんや桜子さんといった家の人間の様子も。

 ちょっと色々動く必要があって間が空いた今日のお見舞いでは、コナン君達毛利家の人たちが気落ちしていないか気にしていた。

 

「そういえば、私たちが入る直前までどなたかいらっしゃったような気がしたのですが……誰もおりませんでしたわね」

「あんまり気にしない方がいいと思うよ」

 

 多分、透君が個人的に雇った人間だろう。

 隠密行動に長けているとなると、きっと諜報や護衛などで動く透君の隠し札だ。

 僕らが興味本位で首を突っ込んでいい事ではない。

 下手に知ってしまったら、彼の足を引っ張ることになりかねない。

 

「……私達、何もできませんでしたね」

「……うん」

 

 今回も、僕たちは出遅れた。

 一連の事件の流れをコナン君と瑞紀さんから教えてもらった。

 今回、下手すれば大勢の人間が殺害されていたところを防いだのは、瑞紀さんの活躍が大きい。

 

 横浜に向かう船の中での動きから犯人を青蘭さんに絞っていた瑞紀さんは、不自然にならない程度に彼女の周囲をマークして、彼女の動きを阻害していた。

 

 おかげで、あの時マリアの指輪を見せびらかしていた寒川さんを襲おうとしていた彼女を牽制できた。

 城の中でも、彼女の動きを阻害したのは瑞紀さんと、彼女の動きから何となくを察したコナン君。

 

 その一番活躍していた二人が、爆薬が仕掛けられていた事に気づけなかった事をひどく後悔している。

 

 瑞紀さんが紅子ちゃんと……多分、手品師の助手さんかな。どこか見覚えのある、美人な女の人と一緒にお見舞いに行っていたのは知っていた。

 ちょうど自分たちの前に来ていたのだが、瑞紀ちゃんはかなり気落ちしているようだ。

 普段底抜けに明るくて、所員としてもマジシャンとしても透君のサポートをしてくれる彼女のあんなに暗い顔は初めて見た。

 

 助手の女の人も、きっと彼女の事が心配なのだろう。ひどく心配そうな顔をしていた。

 

「相手は枡山さんだ」

「ええ」

「透君は、間違いなく乗り込む。今回の件、上から圧力がかかったせいで警察の動きが鈍い。目暮警部たちは独自に動くって言ってたけど……」

「あの、それなんですけど越水様」

「? なに、ふなち?」

「今回の件、ひょっとしたら警察を抑えているのは浅見様かもしれません」

「……え?」

 

 思わず足を止めて、ふなちの顔を覗き込んでしまう。

 ふなちはやや大げさに「むむむむむぅ~~~~っ」とうなり、

 

「先ほどお部屋に入った時に浅見様が、携帯電話を閉じてそっと枕元に隠したのを覚えてらっしゃいますか?」

「うん、覚えてる。いつものヤツっぽかったけど」

「ですが、扱いがやや乱暴な浅見様にしては携帯の四隅の傷が少なかったですわ。塗料も剥げてませんでしたし」

「……言われてみれば」

 

 そういえばそうだった……気がする。

 いけない、最近観察する癖を無くしかけてる気がする。

 特に今回は、いけないな。色々焦ってる。

 僕の悪い癖だ。

 

「前に一度、多分あの携帯でお電話されている所を見かけまして。ちょっと違うなぁと気にかけていたのですが」

「誰と話していたか分かる?」

 

「少しだけ漏れてきた声は多分……公安の風見様だったかと」

 

 公安?

 

「あの電話、おそらく仕事用の中でもあまり外に出せない方達の受け取り用ではないでしょうか」

「……確証はないけど、仮に捜査を止めているのが透君だとする。となると理由は……」

「あまり表に出てほしくない事情があるということかと。浅見様の事ですから多分、誘拐された二人に関してなにかあるのかと」

「…………」

「越水様、踏み込みますか?」

 

 誘拐された二人について、という意味だろう。

 気にはなる。

 夏美さんもそうだけど、特に哀ちゃん。

 あの子は透君が連れてきた子だ。

 

 それに雰囲気もおかしい。

 コナン君と同じだ。見た目と中身にズレがある。

 

 そういえば、恩田先輩がコナン君の過去について調べていたっけ。

 気になることが出来たとかで。

 

 うん、こっそり資料を集めてた。

 コナン君と……確か、透君をこっちの道に引き込んだってことになってる男。

 工藤新一について、なぜかこっそり調べている節がある。

 

 江戸川コナンと灰原哀。

 どちらも透君がかなり気を配ってる子供だ。

 特にコナン君は、彼に自分が作ったネットワークや情報を好きな時に使えるように下笠姉妹に通している。

 尋常じゃない。

 

 

 確かに、調べたら彼の本当の目的に近づけるかもしれない。

 でも――それは今じゃない。

 

「……いや、止めておこう」

 

 いつもならば透君を止めるところだけど、これほどの事態だ。

 僕が代わりになんとかしてみせるなんて口が裂けても言えない。

 

 悔しいけど、悲しいけど、あの二人を取り戻すには透君――浅見透の全力が必要だ。

 

 くだらない好奇心で足を引っ張るわけにはいかない。

 くだらない嫉妬や感情で、取り返しのつかない事態が起きるような事があっては絶対にならない。

 

「今は透君の指示通り、こっちの会社の拡大に集中しよう。数があればあるいはどうにかなったかもしれないって浅見君は零していた。さすがに警察でもうかつに動けない事態ではどうしようもないだろうけど、ここから先はわからない。あるいはそういう時が来るかもしれない」

 

 必ず透君は大暴れして、そして二人を連れて帰ってくる。

 その後、事態がどう動くか……対処できるようにしておかないと。

 

「透君から、警備部門を増強しておくことを言われてる」

「ドバシセキュリティガードで講習を受けた人間、紹介してもらえるように手配しておきますわ」

「あとは退職した警察官で、まだまだ元気な人とかも視野に入れておいて」

「かしこまりましたわ」

 

 寂しくなってしまったあの家に戻ろう。

 楓ちゃんが哀ちゃんがいないことを怪しまないように話を作らなきゃいけないし、そもそも話をしていない。

 怪我をした阿笠博士の世話をしていると言っているが、怪しまれないように話を作りこんでおかなくちゃ。

 

 大丈夫。多分そう長くはない。

 浅見透が、万全の状態で取り組もうとしているのなら――大丈夫だ。

 

 

 




超ひっさびさのrikkaコラム

〇ドバシセキュリティガード

『ボディガード 毛利小五郎』
アニメオリジナル(第794話)
DVD:PART25-4

 作中に登場する警備会社です。
 ここでは警備員……というより警護かな。に関する講習や実習を行っており、われらがオッチャンこと毛利小五郎がここで訓練する所からスタートするアニメオリジナル回。

 印象的なのが、アニオリでもガッツリ眠らされることが多いおっちゃんがしっかり活躍した話でございます。


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江戸川コナンと浅見探偵事務所の胃が重い日常
107:体力回復、期間限定()の新人、依頼人


 8月27日

 

 よし、やっと足の感覚が戻ってきた。

 入院してからはトイレ行くのも一苦労だったからだいぶ助かる。

 

 入院している間の動きだけど、警察は逃走したスコーピオンや例の男の捜索に力を入れているようだ。

 誘拐事件そのものは公安の預かりという事だ。そうさせたの俺だけど。

 枡山さんが気にしていた夏美さんの件もそうだけど、志保――哀の事を調べられるのはマズい。

 

 公安に対しても、あまり動かないように抑えている。念のために二重に圧力かけたから大丈夫。

 

 そろそろできる範囲の訓練再開しよう。志保の事は心配ないが、夏美さんが心配だ。

 多分、夏美さんを攫ったのは枡山さんにとって偶然だ。

 でなければ、紅子を通してわざわざ警告なんて出すわけがない。

 

 先に現地入りさせていた安室さん達がすでに捜査を開始している。

 目標は夏美さんの捜索。

 

 繰り返すが志保は大丈夫。

 というか、俺が乗り込んでようやく手掛かりが出るといった具合だろう。

 

 ウキウキと罠を仕掛けて手勢を用意している枡山さんの姿が容易に想像できてこっちも力が湧いてくる。

 

 責任感じていたっぽい山猫隊のメンツにも、全力で大暴れするから訓練続けるように幸さんを通して指示出している。

 待ってろ枡山さん。可能な限りの戦力持って殴りこんでやるからな。

 

 

 

 8月28日

 

 

 お見舞いに来る警視庁の皆々様の士気が高すぎて室温が5℃くらい跳ね上がった気がする。

 

 

 「敵は取ってやるぞ浅見!」

 「仇討ちは任せろ浅見!」

 「だから今度こそ寝ておけバカ野郎!」

 「相手が誰だろうと知ったことか、ふんじばってやるぜ!!」

 「辞表だって全員分ここにあらぁ!!」

 「公安がなんぼのもんじゃぁぁあっ!!!!」

 

 

 おい馬鹿やめろ辞表書いてくるんじゃない。

 しかも俺に渡すんじゃない。

 俺はこれを誰に渡せばいいんだテメェら。破り捨てるぞコラァ。

 

 こういう感じになりそうだったからそれとなく抑えてもらったのに逆効果だったみたいだ。

 

 なんかホントにとんでもない事やらかしそうだったんで目暮警部に穏便になだめるようにとチクっておいた。

 いやホントありがたいけど勘弁してくれ。

 佐藤さんは泣いて謝ってくるし、千葉さんや高木さんは微妙な顔で見てくるし、本物の白鳥刑事はスンゲー申し訳なさそうにしてるし……。

 

 佐藤刑事は高木さん達に任せておけばいいか。

 キャメルさん、白鳥刑事のフォローお願いします。

 

 そういえば、白鳥刑事に化けていた人だけど女の人だったらしい。

 まぁ、知ってたけど。

 メアリーにそう言うとアイアンクローかまされたけどごめんて。

 味方になってくれる人かもしれないと思ったんだよ。

 

 メアリーが、自分とは別のところで撃たれたらしいと言っていたので沖矢さんと初穂に調べてもらったら、確かに血痕があったと写真付きで報告書を挙げてくれた。目暮警部にも提出済みだ。

 

 ただ、森の中へと続いていたその血痕が途中で消えていたので、結局のところ行方不明。

 

 それにしても、白鳥刑事に化ける見事な変装、普通のスーツだったから多分変声機の類でもなし。

 多分敵の装備も俺にしこたまぶち込まれたあのサブマシンガンだろうし、その状態で逃げ切るとかたいしたもんだよ。

 

 となるともう間違いない。そっか、あの美人さんやっぱりキッドだったのか。

 茶目っ気のある怪盗紳士の正体は、表では大女優として活躍する謎の美女だった。

 うん、確かに十分ありそうな展開だ。

 

 どうにかして見つけ出せないかな……。

 脅迫とかしたら敵になりそうだし、知らないという形のまま今度会ったら勧誘してみよう。

 

 

 8月29日

 

 コナンがロシアに連れていけと今日もうるさいので却下しておいた。

 蘭ちゃんの周りからお前外すわけにはいかんだろうが。バイト組だって当然日本に残すんだし、こっちでもいろいろあるんだろうから。

 

 それに、今回は完全に向こうのご指名だ。

 推理の要素もあるかもしれないが、大量の爆薬と弾幕が待ち構えているとわかってる所にアイツは連れていけねぇ。

 

 ただの遊びの誘いなら連れていくけど、枡山さんが相手ならこっちを完全に留守にするわけにはいかねぇ。

 絶対に何か仕掛けてくる。

 多分、それを防ぐ方法はないんだろうけど、対抗できる奴を残さないわけにはいかない。

 なにせコナンは主人公。ある意味での絶対者だ。カウンターとしてこれほど頼りになる戦力はない。

 

 今回はできるだけの人員を連れていきたい。

 ……日本の事は初穂とキャメルさんに任せるか。

 

 どうあがいてもメインストリームはコナンだ。

 どのメンバーとでもコナンが万全に働けるように、本来だったら今頃は新人の遠野さんと組ませて演習がてら適当な仕事か事件に振り分けておきたかったんだけどな……。

 

 とはいえ、コナンの気持ちもわかるしどうしたもんか。

 う~~~ん、初穂なら上手くコナンを説得できるか?

 とりあえず紅子と初穂の二人でコナンを説得させるか。

 瑞紀ちゃんは……今回かなり責任感じてるし、絆されそうだからパスで。

 

 まぁ、片目が潰れた事を黙ってくれてるしそこには感謝だが。

 阿笠博士も殴られて倒れていたのに、復帰次第すぐに内緒で義眼作ってくれてありがとうございます。

 

 謝礼のボーナスとスポンサー金大幅に増やしておきますね。

 正直何億積んででもあなたは確保しておきたいんですよね。

 

 

 8月30日

 

 いつの間にか態勢を整えたFBIがまたコソコソ動いてる。

 どうやらこちらの戦力が激減している今のうちに俺の近辺――特に誘拐された志保の情報を得ようとしているみたいだ。よりによって楓や少年探偵団、蘭ちゃんや園子との接触を強め始めた。

 

 そんなに外交カードにされたいのかお前ら。

 

 実害があるかと言われると微妙なラインだが、嫌らしいことをさせるとピカイチすぎる。

 今はお前らに構ってる余裕ないけど、志保と夏美さん取り戻したらお前ら覚悟しておけよ。

 

 それか、キャメルさんにある程度のバックボーンを漏らすことで向こうを揺さぶるか?

 水無さんの事は抜いておかないと不味いけど、大統領とのつながりをチラ付かせるのはいい牽制になるかもしれない。

 

 あぁ、でも書いてて思い出したけど、一番子供や蘭ちゃん達に接触してるジョディっていうFBI捜査官って妙に俺を敵視してるんだっけか。

 ちくしょう、あの時クソロン毛から身を挺して守ったのに……赤井さんの顔だったけど。

 

 面倒くさすぎる。適度にFBIが信用というか油断というか、とにかく情報源として利用しそうな人物がいればソレを使ってこっちから(文章がここで途絶えている)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「所長がいない間、ジョディ先生と仲良くしておいてほしい……ですか?」

「うん、君にしか頼めない」

 

 あの事件以降、以前よりも仲良くなった気がする瑛祐君がちょうどいいタイミングで見舞いに来てくれた。

 そうだよ、ちょっとドジな所はあるけど頭はコナン並みに切れて、比較的とはいえこちら側の人間いたじゃん!

 

「あの、事務所関係者なら世良さんじゃあ駄目なんですか? 彼女なら――」

「駄目だ。彼女は完全に……とは言えないけどウチの事務所の人間と見られているハズ。オマケにあの子は挑発的だ。こういう役目には致命的に向かない」

「……あぁ、まぁ」

 

 たまに警察関係者にも啖呵切るからなぁ。

 強気な子って結構好きだけど、はたから見てるとめちゃくちゃ冷や冷やしてしまう。

 高木刑事とか、正直あの子から下に見られている気がする。

 ……あんまり良くない傾向だし、戻ってから対策考えておくかぁ。

 

「瑛祐君、枡山さんに利用された事を深く後悔しているだろう?」

「……ええ。僕は、ずっと事務所の内情をあの人に渡していました」

「気にしなくていい……と言いたい所だが、今は君のその後悔から来る慎重さが頼もしいんだ」

 

 ベッドの側のパイプ椅子でうなだれている瑛祐君に頭にポンっと手をのせる。

 

 うん、よし、手のひらの感覚も戻っているな。

 明日にでも物投げたりできるかちょいと試して、行けそうだったらさっそくロシアに殴りこみかけよう。

 後で山猫にも招集かけておかないと。

 

「……その、あえて詳しくは聞きませんけど、ジョディ先生は敵というわけではないんですよね」

「うん。それは違う。少なくとも枡山さんみたいにガンガンやりあうことはない」

 

 内部に紛れ込んでいる連中は別としてだけど。

 そこらへんをどうにかするには、沖矢さん―赤井さんと話し合って数ステップ踏む必要があるだろうし……まぁ、後回しだ。

 

「だから、君が知ってることは大体言っても構わない」

「……分かりました。無理に説得をするんじゃなくて、あくまで友好関係を維持しておけばいいんですね?」

「うん。今は無理に何かしようとしたり、情報を流そうとしなくていい。ひょっとしたら向こうがこっちになにか仕掛けようとするかもしれないけど、まぁ、無視していい」

「まぁ、仕掛けに僕を使うとは考えづらいですし問題ないんでしょうけど……今のところは、ですか」

「うん。いずれ何か簡単なことを頼むことがあるかもしれないけど、まぁ今じゃない」

 

 具体的に言うと、連中がさらにやらかし重ねた時だけど。

 瑛祐君が信用されれば、そこからさらにこっちの情報を得ていく。

 そこからの連中の選択肢次第では、以前考えたように丸々手駒にさせてもらう。

 

「ま、よろしく頼むよ。ちょうど新しい人も来ることだし、人数的には問題ないと思う。キャメルさんに初穂もいることだし」

「新人、ですか?」

「正確には期間限定でウチに研修で来るんだ。外国の人だけど、日本語は堪能だったから安心して」

 

 あ、まぁ君英語も日常会話くらいならペラペラっぽいから別に大丈夫だったか。

 

「シンガポールの予備警察官をやってる男性なんだけど、日本警察のやり方と向こうの警察のやり方の比較と勉強のために来る人が、一緒にウチのやり方も勉強したいんだとさ」

「……まぁ、確かに浅見探偵の事務所って警察並みに色々やりますからね」

 

 なんで俺見てため息吐くんですかね。

 いや、まぁ言いたいことはなんとなくわかるよ。うん。

 

「それで? なんていう方なんです?」

「そこのサイドチェスト開けてくれ。中の一番上のファイルに写真付きの書類が入ってる」

 

 瑛祐君が棚を開けて書類ファイルから上の一枚を手に取ったの見て、後を続ける。

 

「リシ=ラマナサン。29歳。だからリシさんだな。お父さんが日本人だったおかげで日本語には問題ないって言ってたけど……。まぁ、慣れない土地だと色々大変だろうし、キャメルさん達と一緒にフォロー頼むよ」

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「んじゃあ、今回の居残りはアタシとアンタかいキャメル」

「まぁ、小沼博士達もいますが……調査員は、はい。すでに現地入りしている面子に加えて、瑞紀さんと沖矢さんを連れて現地で合流すると」

「……そろそろ飛行機に乗り込むくらいかねぇ」

 

 珍しく体力の回復に全力を費やした所長は、それでももっと長い期間入院する必要があるのを押し切って旅立っていった。

 無理もない、あの人の身内が攫われているのだ。

 念入りに体力を回復して、無理のない程度に体の調子を確かめてからの脱走ではなく医者に直訴しているあたり、あの人の本気度合いがうかがえる。

 

 大暴れする気だ。わかってた。

 いつものようなアフターフォローとか軽いサービスのための脱走をしなかった時点で明確だ。

 本当に体を限界まで酷使するつもりなのが、これまでの無茶っぷりを抑えていることでかえって鮮明になっている。

 

「マジシャンの『みずき』はともかく、新入りの方の『みずき』は大丈夫かね。沖矢が滅茶苦茶気に入って鍛えてるけど」

「基礎体力は十分ありますし、調査に関する能力も問題ないかと。護身術や体術に関しては安室さんや沖矢さん、瑞紀さんが中心になって教えていますが……まぁ、そちらはそのうちという事になるでしょう」

 

 一方、こちらをおろそかにするわけにもいかない。どちらの意味でも。

 なにせ、所長直々に『油断するな』という言葉をいただいている。

 当たり前の訓示ともいえるし、同時に何かを予感していての言葉だとしてもおかしくない。

 

 今回、所長からは事務所に来る人間の受け入れ態勢の準備と同時に、今後の警察や消防、自衛隊に医療施設との連携を強くするための準備をしておくことを指示としてもらっている。

 

 加えて、新しく入る人間二人を主とした研修及び教育プログラムの煮詰めも。

 要するに、個々に合わせろということだと所長はおっしゃっていたが……どうしたものか。

 

「しかし、あの瑛祐君をウチに入れるとは意外でしたね」

「そうかい? ああいう奴はウチが似合ってると思うけどね」

 

 初穂さんは穂奈美さん(最近見分けがつくようになった)からもらった紅茶を口にしながら、昼代わりのサンドイッチをつまんでのんびりしている。

 

 先日のあの大事件を思うとよくのんびりできるなと思うが、よくよく考えるとこれがこの人の強みだったなと思い直す。

 

「しかし彼は、体力面でかなりその……不利だと思いますが」

 

 この事務所の調査員は、万能型が多い。格闘戦や相手の確保までは一応求められていないが、いざという時に自力で逃げられるくらいの地力は求められる。そう思っていたのだが……。

 

「別に動けるヤツばっか揃えることもないってことさね。まぁ、時には弾飛び交う中を突っ走る必要もあるのは否定できないけど……そりゃアタシら正規の仕事だしねぇ」

 

 まずそれは果たして民間の仕事なのだろうか。

 

 いや、今更の話ではあるし自分にとっては本業に近いのでいいのか。

 それについて行けている安室さん達や目の前の人がおかしいだけで。

 

 所長に関してはもうそういう生物だと思うしかない。

 

「となると誰と組ませるかだが……真純……相性は悪くないんだけど引っ張られて危ない所まで行っちまいそうだなぁ」

「紅子さんはどうでしょう? 少々驚くような発言は多いですが、世良さんと違って前に出たがることもありませんし、実際デスクワークが専門です。彼女なら……」

「あ~~~~。悪くはないと思うんだけど……アイツ地味に忙しいからなぁ。負担これ以上増やすのはどうなのかねぇ……」

「? 仕事量は普通だと思っていたのですが……学校生活が、ということでしょうか?」

「いやいや。アイツ、気の弱い女にモテるのさ」

「? と、いうと?」

「事件――特に殺人絡みで関わった中には容疑者扱いされたり、その後の人生変わったりした奴見てきただろ。その中でも、気が弱くてビビってる女見るとついつい面倒みちまってるのさ。あの嬢ちゃん」

「……彼女、高校生ですよね?」

「でも面倒見は安室並みにいいだろ?」

「それはまぁ……はい」

 

 それは確かだ。

 いつも自分が高い位置にいるような物言いの多い彼女だが、傷ついている人への気遣いが多いのも彼女だ。

 ……なるほど、言われてみれば、事件解決後に彼女の身の回りの世話を進んでやっている女性が増えていっている気がする。

 

「となると……やっぱ小沼の爺さんあたりが妥当かねぇ。んで、そん時割り振ってる仕事の状況では……安室か……それか……」

 

 自分としては、それこそ目の前の自称悪人こそ程よく面倒見がよく、さりげない気遣いができる人なので適任ではないかと思った。

 

 さて、それを切り出したらこの人はどういう顔をするのだろうか。

 とりあえず絶対にまず面倒くさそうに顔をしかめるんだろうなぁと思いながらそれを口にしようとした時に、インターホンが音を立てて来客のことを知らせた。

 

「あん? 予約は入ってないはずだけど……緊急かね?」

 

 こういう時、話を聞くのはたいてい初穂さんになる。

 なにせ猫被りの達人だ。

 だが、普段は応接間に行く前にすでに被ってる猫を忘れて、いぶかしげな顔をしていた。

 

「なんだい、ついにウチは大物女優まで相手にすることになったのかい。ま、今更か」

 

 そう小さく呟いてからようやく外行き用の笑顔を張り付けて、扉を開けた。

 

 そしてその顔を見て、思わず腰を上げそうになった。

  

 帽子で顔を隠しているが、その顔は何度も何度も見たものだ。

 テレビや舞台の上で、そして――自分の本当の職場での捜査会議で。

 

「当事務所にご来訪いただき、まことにありがとうございます。ご依頼でしょうか?」

「あの……。ここなら警察に言いづらいことでも、内密に相談に乗ってくれるとどこかで聞いたような覚えがあって……その……」

「えぇ、大丈夫です。さ、どうぞお掛けに。今お茶を用意していますので」

 

 普段ならばもうちょっと下笠さん達がチェックするのだが、おそらく緊急事態と見たのだろう。

 なにせ、本来ならば美しい肌はところどころ泥にまみれて、ジャケットで隠れているがなぜか着ているやや大きめの男物のシャツは泥と乾いた血で汚れている。

 

「まずは、お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 きっと誰もが知っている名前を持つ女は。

 本来ならば堂々と名乗る名前があるはずの女は口ごもっていた。

 そして――

 

「わからないんです」

「……ハイ?」

 

 

 

「私、自分のことが何もわからないんです」

 

 

 

 




所員や秘密兵器と共にロシアの空港にたどり着いてから初穂からのメールをみた浅見。
「キッド確保やん! やったぜ!」と幸先のいいニュースに小躍りしていた所空港が爆発。




キャラ紹介

〇リシ=ラマナサン(29)/声優:(日)梶 裕貴・(英)ドミニク・アレン
『劇場版名探偵コナン 紺青の拳』
 予備警察官として、現地の警察の捜査に協力している褐色肌に糸目というフックだらけの男。29歳。
 地味にコナンの麻酔針の犠牲者でもある。

 父親が日本人、母親がシンガポール人のために日本語もペラペラという非常に使いやすい役所ゲフンゲフン。

 チャクラ使いだしたとかドラゴンボールとかいろいろ言われていた紺青の拳でしたが、個人的には結構好きでした。

 この作品でもアーサー=ヒライはどこかで出したいなぁw


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108:物足りない浅見探偵事務所の日常

「それで? こんな小娘にいまさら何の用なの?」

「ハッハッハ、いまさらはなかろう。君は世界でも五本の指に入る薬学者じゃあないか、志保ちゃん」

 

 部屋自体は粗末なのに、無駄に豪華なテーブルと椅子がしつらえられており、テーブルにはやはり豪華な食事が並んでいる。

 

 それを宮野志保――灰原哀は睨みつけている。

 料理の並んだテーブル越しに、恐ろしい老人を。

 

「志保って呼ぶの、やめてくれる? 私、その呼び方を許しているのは二人だけだから」

「おやそうかね。なら……ふむ。組織を抜けた今シェリーと呼ぶのも味がないし……哀君でいいかね?」

 

 誘拐を『気まぐれで』指示した張本人とは思えないほどに落ち着いた声を出す老人に、灰原はいら立ちを隠さずに鼻を鳴らす。

 

 自分があの男同様に世話になっている、そして目の前で拳銃の底で殴りつけられ倒れたふくよかな博士の事を思い出す。

 すると老人は小さく笑い、

 

「あぁ、阿笠博士の事なら大丈夫だ。なにせ、彼とその戦力をバックアップする最大の協力者だ。断じて死なせるものかね」

 

(この人、博士の事まで調べて……わざとっ!)

 

 この男がわざとらしく哀君と呼んだ理由に唇を噛む少女を見て、老人は満足そうに頷いている。

 

「君が『悪』である私を信じられないのは当然だが、私は彼の『家族』を殺す真似はしないよ。特に阿笠博士は、彼と君、そして江戸川コナン君――そう」

 

「工藤新一とを結びつける大事なキーじゃないか。そんな人物を殺してしまったら、彼は間違いなく止められない存在になってしまう。私は彼という男の、そう、男の敵足る悪として立つのならば、そういう無様で傲慢で合理的でロマンもセンスもドラマもない真似をするわけにはいかない」

 

 

 

「そうだろう? 哀君」

 

「……貴方、イカれているわ」

「あぁ、そうだとも。今の今まで気づかなかったのかい?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「よう、元気かい坊や」

「あ、初穂さん……うん、大丈夫だよ」

「…………だいぶ参ってるね、こりゃあ」

 

 最近、毛利の旦那の所じゃなくてウチや所長の家の方に寝泊まりするようになった探偵ボウヤの様子に思わずため息を吐きたくなるのをグッと堪えてテレビをつけると、ロシアのどっかの空港が爆破されたという緊急ニュースが入ってきていた。

 あぁ、うちのボスがさっそく狙われたか。

 ボスはともかく同行組は……まぁ大丈夫か。沖矢はそういう感じがしないし、今回責任を感じていつも以上に必死な山猫共も死に物狂いでボスについていくだろう。

 

「ま、とにかく動きたくなるってのも分かるけどねぇ。ちゃんと少年探偵団や楓の嬢ちゃんに付き合ってやんのもアンタの仕事さね。ボスの家に泊まってあの子達に空元気見せてるなら多少はわかってるんだろうけど」

「あぁ……うん……そのつもりなんだけどなぁ」

 

 ボウヤはいつもよりも覇気のない様子だ。

 重症といっていいだろう。バレてることに気づいていただろうアタシの前でもやってたネコ被りを完全に忘れちまってる。

 ロシアのニュースでちょっと顔を上げたが、もどかしそうにした後すぐにへたってしまう。

 

「やぁれやれ……ほらシャキッとしな! 宿題済ませたんならガキンチョ達と中だろうが外だろうが思いっきり遊ぶ! どんだけアンタが頭が良かろうが悪かろうが、小学生はとにかく誰かと一緒に遊ぶのが一番の仕事じゃないのさ!」

「誰が決めたんだよそんなこと」

「アタシが決めたのさ」

 

 気持ちを切り替えるのが難しいのはわかる。

 なにせこの自分よりも歳が行ってる連中でもそれができる人間がどれほどいるか。それも、かつてないほどの完敗だと聞く。

 

 ただ、このボウヤ……小学生っていうある意味で一番複雑な時期にこの状態が続くと、一歩間違えれば辛いことになるかもしれない。

 あのやかましい4人がいて明るいままでいてくれるなら、この坊やも多少は引きずられて多少は元気を取り戻すかもしれないが……。

 

(そういや、鈴木財閥の嬢ちゃんが何か言ってたっけ。なんでも、学校にどっかの劇団に入ってるいい男が転校してきたとか言ってたな。あの嬢ちゃんも、多分毛利の嬢ちゃんや真澄を元気づけるためになにか策を練るだろうし……)

 

 さぁてどうしたもんか。

 嬢ちゃん達に押し付けるのも一つの手だし、自分がボウヤを引っ張り回すのも手だろう。

 仕事も緊急性の高い物はボスが入院している間に片づけて報告書も出したし、今やってるのは『東都内主要施設、及び近辺における災害や特殊犯罪等の緊急事態時、多数の重軽傷者が出た状況を想定した上で、搬送が可能になるまでの救命処置のシミュレーション』とかいうややこしい上に期限もしっかり決められているわけではないレポートだ。

 そもそも、数を使う事が出来る元副所長の所の会社と連携しないと作れない代物だし、ウチと提携している病院とも打ち合わせやディスカッションが必要な仕事だ。

 

 どうあがいてもボス達が帰ってきてからの仕事になる。

 

「鳥羽探偵、コナン君。お茶とお菓子持ってきたわ。とりあえずこれで少し気分を変えたらどう?」

「あぁ、悪いねクリス」

「あ、お姉さんありがとう」

 

 そうだ、この記憶喪失の美人さんもどうにかしなきゃいけなかった……。

 幸い身元はクリス=ヴィンヤードと一発でわかってるし、担当していたマネージャーに連絡を入れてやり取りして解決している。

 念のために写真を撮って画像ファイル送って確認してもらったけど間違いないという事だし、外務省に確認した所、確かに来日した記録がある。

 

 ウチの女好きからも丁重に保護しろとの命令もあるし、パスポートの紛失届やらビザ周りの書類やら病院の診断書やらを片づけて、今では休暇の延長としてウチでちょっとした仕事の手伝いをやってもらってる。

 

(やれやれ、近々来るシンガポールの研修生も来るってのに、地味~~に面倒な仕事が多い。恩田の貴重さがこういう時身に染みるねぇ)

 

 調査員としてはまだまだウチの中じゃあ下の方だが、逆にそれ以外の仕事だと大体上手く話をまとめてくる。

 やっぱり、ああいうタイプの人員がせめてもう一人は欲しいな。

 今度来るリシって奴がパッと見の印象だと恩田に近いタイプっぽいが……仮にそうだったとしてもずっといるわけじゃない。

 

(超人だけじゃあ組織は回らない、か。当然っちゃあ当然の話だけど)

 

 とにもかくも、調査面じゃあ地味に主力なボウヤを復活させなきゃ。

 キャメルのヤツ、クリスを拾ってから妙に挙動が不審だし、急いで最低限緊急事態に対処できる体制を整える必要がある。

 ただでさえ、近々来日するヴェスパニアとかいう国の要人の警護依頼が飛んできてる。

 

 越水の嬢ちゃんやふなちだって、実質通常の探偵業務を請け負ったあの会社を上手く回しているし、場合によっては向こうで手に負えないと判断した物はこっちに飛んでくる可能性もある。

 

(キャメルの野郎、実はクリスのファンだったとか? 確かに美人だし有名人だし……。それで緩んでるんならケツ蹴り上げなきゃねぇ)

 

 ただでさえ最近ではマスコミがうるさい。

 特に、ウチのボスとスコーピオン――浦思青蘭の関係を掴みかけてる一部記者がハエみたいに面倒な動きをしている。

 ただでさえやることがてんこ盛りなボスや越水の嬢ちゃんの耳に入る前に、アタシの独断で穂奈美達と一緒に潰しておいたけど……こうなるとしつこい。前に所長燃やしたあの秘書の事も面白おかしく騒ぎ立てようとしていたし……もう二,三手を打つ必要があるか。

 

 

 ここでさらに、超有名女優が記憶喪失になってウチで保護されているなんてニュースが出まわったら、何も考えない記者がアホみたいにウチの周りにタカることになる。

 

 そんなことになったらアタシは途中で外面被るのを忘れて消火器か催涙スプレーなんかをクソ野郎共にめがけてぶっ放しかねない。

 

(どうしても口の軽いガキンチョ共からあの手この手で情報聞き出そうとするバカ共の牽制もあるしねぇ……。ったく、優秀な人材だらけなのにそれでも人手が足りないとは、泣けてくるねぇ)

 

 そんなことを考えていたら携帯がメールの着信を知らせる。

 ……鈴木の嬢ちゃんか。

 

「ほら、出かけるから用意しな。ついでにクリスもずっとここにいたら息が詰まるだろ。適当に顔隠すもん用意して出るよ」

「あ、はい。帽子とサングラス持ってきます」

「出かけるってどこに? もしかして事件……っ!?」

「ばーか。今のアンタを現場に連れていくわけないだろ。クリスもいるってのに……遊びだよ、ア・ソ・ビ」

「遊びって……っ」

「鈴木の嬢ちゃんからのお誘いさね。なんでも、あの子たちのクラスに来た役者の転校生の二代目襲名披露とかで特別公演するから、応援しに行くってね。少年探偵団も来るそうだ」

 

 何も知らないあの子達からすれば、仲のいいこの子が来ないのを――特に歩美は寂しがるだろう。

 クリスにしても、まったく違うジャンルとは言え『劇』を見るのは、記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれない。

 ……せっかくだ。同じく凹みまくってる阿笠の爺さんも連れていくか。子供の相手が好きだし多少は元気が出るだろう。

 

「ほら、アンタの大好きな蘭ねーちゃんも来るからさっさと支度! あの嬢ちゃん達も、アンタがいれば多少は元気が出るさね」

 

 まったく、面倒のかかる奴らばっかりだ。

 ボスが戻ってきたら――戻って退院したらなにか上物でもねだろう。

 

(さて、突然休暇を取ったキャメルのヤツは……なにしてんだろねぇ)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ですから! 今は無茶な捜査は控えるべきです! スコーピオンの一件もあって、浅見探偵事務所の関係者は特にガードが固くなっています!」

「でも今ならあの女を確保できる! 記憶を失っている今なら、貴方が誘導すれば簡単にこちらが抑えられるじゃない!」

「すでに関係各所への手配は残った人間でやってしまっています! ここで無理に彼女を確保すれば不審に思われることは避けられません。最悪、日本警察が介入してきたら……我々が不利な立場になります」

 

 まいった。重要参考人として狙っていたあの女優が、まさかあの事務所に来るなんて想定外にもほどがある。

 所長たち主力メンバーがいない事もあって、今こそ捜査を強攻すべきだという声が捜査員の中に出ている。

 ……いや、煽っているのか?

 ジョディさんはともかく、声の大きい捜査員……独自に調べてみるか。

 

「今は、彼女を手に入れる事よりも彼女の周囲に気を配るべきです。彼女は組織の重要人物。関係各所に対応していることから、おそらく組織も彼女の状態には気付いているはずです。ならば、なんらかの形で接触しようとするはずです」

「だから、浅見透がその組織の重要人物じゃないのかって話よ!」

 

 ……分かり切っていた事だが、やはりどうしても話はそこに戻るのか。

 

「幹部と思われる水無怜奈と頻繁に連絡を取っていて! 幹部らしき女と会食していて! 敵対している枡山憲三は組織の裏切り者! そしてもっとも組織のボスに近いと推測されていたあの女が、記憶を失って無意識の状態で助けを求めている!」

 

 

「これでどうしてあの男を引っ張っちゃダメなの!!」

「ですよねぇ」

「は?」

「あ、いや――んんっ」

 

 思わず肯定してしまったんですがどうしてくれるんですか所長。

 

「あの男はもっともボスか、あるいはボスに近い存在である可能性が高いのよ!? 上手くいけば、一網打尽にできる可能性だってある!」

 

 それはない。自分も念入りに調べているが、犯罪に関与は……いや、調査などの過程でギリギリの綱渡りをすることはあるが、少なくとも徒に人を害する行為からはほど遠い。

 

「確かに怪しい所があるのはしょうがない――じゃない、私も理解しています。ですが、なぜジョディさんがFBIだと知っていたのか。その情報源を確認しないことには、強硬捜査はあまりに危険すぎます。ただですら私たちは、日本サイドに無許可で……つまりは違法な捜査をしているんです。慎重に慎重を重ねなければ、一歩間違うと外交問題にまで発展します!」

 

 もし、本格的にここにいる人員が所長と敵対することになれば、本人だけならともかく彼の『家族』にまで手が伸びるようなことになれば、間違いなく所長はこの捜査班を叩き潰すことに躊躇しないだろう。

 

(……正直な話、こちらの捜査よりも今は所長から頼まれていた件に集中したいんですが……)

 

 香坂夏美に関する外務省の不自然な動きに関して、公安の風見さんと協力しての捜査を命じられていた。

 所長の指示で話を聞きに行った、もっとも関係がありそうな外務省職員はすでに行方をくらましていた。

 

 消されたのか、あるいはそもそも……彼らの仲間だったのか。

 当面は事務所の事は初穂さんに任せて、自分は日本の公安と共に活動することになりそうだ。

 偽りとはいえ、元FBIという外国籍の男が公安警察と組んでいいのだろうかと首をかしげはしたが、所長に尋ねた時は『相性よさそうだから良しとしましょう』ということで、即席ながら警視庁の白鳥刑事も入れたトリオで動くことになった。

 

 自分の知り合いが誘拐されているのもあって自分にとって今は緊急性を感じるのは、本来の同僚には申し訳ないのだがやはりこちらの件だ。

 

 組織に関しては、クリス=ヴィンヤードがああなった以上先ほど言った通り彼女の周囲に注意をしておけば問題ないハズだ。

 ここで、ある意味で警察以上に動ける捜査機関と言える浅見探偵事務所をわざわざ敵にする危険性を犯す必要性を感じない。

 

 所長が入院した上に、珍しく弱弱しい様子の所長を見た時の警視庁捜査一課の面々の士気の高さを思い出すたびに頭と胃が痛くなる。

 そうだ、いざという時に彼らを抑えることも頼まれていた。

 

(うかつにつつけば、警視庁が敵に回りかねないんですよジョディさん……。そこは何度も説明していると思うんですが……)

 

 やはり自分たちにはまとめ役が必要だ。

 宮野明美の確保―いや、保護を急いだためにこちらに来る段取りが狂ったのは、良い面もあったが悪い面もある。

 

 赤井さんがいたならば、あのカリスマ性でなんとかまとまったかもしれないが現状では……。

 ジェイムズさんが来てくれればまた変わるんだろうが……。

 

(……我々FBIがこっそり捜査していることはすでに所長は把握しているのは間違いない。ひょっとしたら、自分のこともとっくに……)

 

 であるならば、いっそのことこちらから所長に相談して意見をもらうという事も考えるべきなのかもしれない。

 このままでは、我々は空中分解してしまいかねない。

 

 闇の中で動くことを覚悟していた自分達が、きっと他のどこよりも先を照らす灯火を必要としているのは、皮肉以外の何物でもない。

 

 

――これだけ能力がある人間達で、お手手つないで横一列の仕事なんてナンセンスですよ。個々がベストを尽くして結果として問題を解決できればそれでいいのさ。

 

 

 やや大規模な事件の調査の際に、所長から頂いた言葉だ。

 あれから何度も、あの言葉を意識して活動してきて、実際事件を解決してきたのだが……。

 

(所長。それを可能とするには、優秀な指揮者がやはり必要なようです……)

 

 浅見探偵事務所には浅見透がいる。それだけで自分は、ある種の保証を得た気分で調査活動に専念できた。

 

 なら、FBIには……誰がいる? 誰が必要だ?

 

 

 

 

 

 

 




≪浅見透のいつも通りな日常≫


燃え盛る空港から狙撃されまくりながら沖矢や瀬戸瑞紀たちと共に脱出
沖矢,瀬戸,山猫たちを安室達と合流させるよう指示。自分は単独行動と見せかけメアリーと合流。
浅見、追加戦力発見









『先生! 泥棒のおじさんもお久しぶりです! いやぁカリオストロ以来ですn……なんで聞こえてないふりをするんですか先生と泥棒のおじさん!? なんで走って逃げだすんですか先生と泥棒のおじさん! ねぇ先生と泥棒のおじさん! ちょっとそこらで一杯やりましょうよ! 俺がおごりますから! ねぇ! 先生と! ど! ろ! ぼ! う! の! おじさぁぁん!!』



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109:あの小学生いつでもどこでも殺人事件連れてくるんだけど



「あんのデンジャラス野郎! よりにもよって現地語で泥棒泥棒連呼しやがって! お前アイツの先生なんだろなんとかしろい!」
「うるせぇいいから走れ! アイツ無駄に体力ありやがる!」


「メアリー、さっき言ったポイントまで先行してくれ。挟み込んで二人を抑える。……そうだな、後々のために現地警察も巻き込もう。捕まえられないギリギリのタイミングで動かす。二人に逃げられても立ち回り次第では使える戦力が多少は増やせるかもしれない。行くぞ!」
「……やはりお前は悪魔だな。了解した」






 

 

 

 

「彼はキチンと寝ているかね? 浅見透という男はそういう所で無理をしそうな男でね……彼の敵足る私としてはそれが非常に心配なのだよ……」

「どうして貴方が浅見透の心配をするのよ。敵なんでしょう?」

「敵だから心配するのさ。思い返すと、彼とは負傷した状態でしかやりあっていないからねえ」

「……敵なら、弱ってくれていた方がいいんじゃなくて?」

「まったく。君は少々リアリスト寄りすぎるね哀君。まぁ、麗子君よりは分かってくれるだろうが……」

 

 攫われてからの何不自由ない生活の中での恒例となった、この老人との会食にも慣れたものだ。

 

「学者がリアリストなのは当たり前でしょう?」

「それは杓子定規というものだよ哀君。研究、創作、学問、演奏、趣味、政治、慈善に偽善に悪行、偽悪……人が行う全ての根底にはその人物が持つロマンが詰まっている。誰だって、やりたくないことに出せる能力には限界があるし、逆にロマンをくすぐられる事象には驚くべき集中力と能力を出せる。偶然とはいえ君があの薬を生み出したようにね」

「あれは……っ!!」

「あぁ、すまない。わかっているよ哀君」

 

 例の薬。自分や工藤君、それに浅見透がレポートを渡している誰かを小さくしてしまった薬。

 そこに触れられておもわず声を上げるが、老人は穏やかにそれを制して、

 

「我々にとってはあれは……アポトキシンは有用な暗殺道具だった。だからこそ多用したわけだが……君にとってアレは――少なくとも目指した先は違っていたのだろう?」

「…………」

 

 信じられないが。本当に信じられないが今の老人からは組織の人間の気配がしない。

 これがジンやベルモットなら間違いなく感じていただろう気配が全くしない。

 なんといえばいいのか……たまになぜか……姉のような優しさを感じる。

 

「すまない。面白くない話になってしまったようだね。……む、そもそもなんの話だったか」

「あの男の健康についてでしょ。……どういうわけか良好よ。見た目こそちょっと引くくらいボロボロだけど、少なくともあの事件の前までは身体機能に一切問題はなかったわ」

「……問題はスコーピオンとの戦闘か。彼の事だ。浦思青蘭とは直接決着をつけたがるだろうし……こちらは森谷君と勧誘したばかりの戦力の実践テストを兼ねて派手にやったから……まぁ、彼なら大丈夫か。重傷を負っていても立ち上がるのが彼という男だ」

「貴方ねぇ。彼に健康でいてほしいのか大怪我させたいのかどっちなのよ」

 

 あんまりなことを言い出す老人に、気が付いたらそんな言葉をぶつけていた。

 目の前の老人が恐ろしい存在だとわかっているはずなのに、気が付いたらそんな恐怖が薄れてしまう。

 

「どちらもだよ、哀君。自分でもやっかいな嗜好だとはわかっているが止められない」

 

 老人は、歳に似合わずかなりの量の食事をとって、さらにワインを楽しんでいる。

 

「彼とは万全の状態で相対したいが、あの時のように……血にまみれ、ろくに動けず、だがそれでも立ち上がり、危機を切り抜けるあの姿。あの雄姿! あぁ、ロマンだよ哀君。あれには男のロマンが詰まっていた」

「……ロマン、ねぇ」

「君だって、好きな芸能人がいたら歌や踊りなどをまねて近づこうとするだろう? それとさして変わらんさ。彼に近づくには、私もまた行動を通して彼の精神性に近づきたいと思わずにはいられんのだ」

「わからないわ。私、そういうのに興味持たないから」

 

「いずれ持つよ。断言できる」

 

「……どうして?」

 

「君は私同様裏側で生きたがそれでも人らしく生きている。人として学び、姉を愛して、確かに何かを創造した。アポトキシンとかそういう話だけではない。例えば浅見君達の装備。それに今作っているだろうあの薬の解毒薬。これから先作り、そして残っていくだろう物も……」

 

「姉のために組織に逆らった君だ。きっとこれからも君は何かを作っていけるんだ。ならば君はこれからたくさん……あぁ、たっっっくさんの色んな物を好きになっていく。間違いないとも」

 

「君の中には、確かにロマンがあるのだから」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「初めまして。リシ=ラマナサンです。しばらくの間、皆さんの下で共に働き、勉強させていただきます」

「あぁ、ボスから話は聞いていたよ。鳥羽初穂。一応調査員だけど、どちらかというと専属の応急対応というか……まぁ、専属の看護師さね」

「同じく、調査員のアンドレ=キャメルです。調査以外で警護や警備を担当することが多いので、なにかと一緒に行動することは多いと思います。どうぞ、よろしく」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 褐色肌と糸目の、どちらかと言えばやせ型の異国の男。

 それが浅見探偵事務所に加わった、新しい調査員だ。

 リシ=ラマナサン。ボスから預かってる書類だと、レオン=ローというシンガポールの犯罪行動心理学者の元で学んだ、シンガポールの予備警察官ということだ。

 

(シンガポールっちゃあ、物騒な所は地味に物騒な所だっけか。そこの予備警察官ってことは、それなりに銃火器を始めとする装備も使えるハズだし……確かに、ウチ向きの人員っちゃあ人員だが)

 

「それにしても、リシさんはどうしてこの事務所に? 警視庁や自衛隊ならわかるんですが……」

 

 それだ。なんで民間であるウチに来た?

 

「ご謙遜を。わが国でも浅見探偵事務所の名前は有名ですよ。日本における対凶悪犯罪捜査の最前線だと」

 

 ……なんだろうねぇ。

 第一印象ではあるが、嫌いじゃあない。

 ちょっとボスの持つ空気に近い所は好感を持てる。持てるんだけど……コイツの匂いに、自分の勘が警戒すべきだとささやいている。

 

 最初は自分が面倒を見ようと思っていたが、しばらくはお人よしのキャメルに任せて、自分は一歩下がって観察した方がよさそうだ。

 

 そんなことを考えながら、ちょっとだけ猫を被って談笑してると、小沼のおっさんが待っていた来客が到着したことを所内放送で伝えてきた。

 

 ……セキュリティに関しても、小沼のおっさんや下笠姉妹達ともうちょっと打ち合わせておくか。

 念には念をいれて損はない。これからはどうしたって敵が増えるうえにボスや主力がいない今、念には念を入れていいだろう。

 

「風見警部補! 白鳥警部も、わざわざご足労いただき申し訳ありません!」

「いえ、今回の件は我々公安にとっても重要な事項ですので」

「それに、ここの防諜態勢はそこらよりも優れていますからね」

 

「リシ、紹介するよ。警視庁捜査一課の白鳥警部と、公安の風見警部補。ウチのボスとつるむことが多い刑事だ」

「彼と交流が多い警察関係者というなら、そもそも警視庁の大体の人間は彼と多かれ少なかれ関わりがあるんじゃないですかね? 彼が大怪我で入院するたびに、その時に花を贈るのはどこの部がまず行くか軽く話し合いになっていますし」

「相変わらず……浅見透とは呆れた男ですね。だが、この状況下で彼がいないことに不安を感じているのもまた確か、か……」

 

 キャメルの時もそうだったが、日本語が達者な外国人ってのはあっさり気に入られていいねぇ。

 顔つきもキャメルと違ってフツーというか、日本人っぽい所があるし、表に出る事があっても問題ないだろう。

 

「さて、主要人物が揃った所で本題に入るけど、警護依頼が来てるヴェスパニア王国ってのは今そんなに不味いのかい? 主力に加えてこういう時のための山猫もいないウチにまで声がかかるとか、面倒事の匂いがプンプンするんだけど?」

「えぇ、それは自分から説明します」

 

 基本的に事務所のデスクは、事務室内に漫画喫茶を豪華にしたような自分の専用ブースが設置されているのだが、それとは別に中央に並べているデスクがある。

 ちょっとしたミーティングや打ち合わせで使うそのデスクに全員が着席すると、公安の風見が外国の新聞紙を中央に広げた。

 

「すでにニュースで騒がれているので皆さんご存じでしょうが、数日前にヴェスパニア王国にて、国家元首であるサクラ・アルディア・ヴェスパランド女王と、その後継者だったジル・カウル・ヴェスパランド王子が死亡しました」

「あ、そのニュースはシンガポールでも騒がれています。確か、狩猟の最中の猟銃事故だった……とか」

「ええ。事故に関してはあまり情報は入っていないのですが、今わかっている一番大きな問題は、国内に突如として湧いて出た『王政反対派』の事です」

 

 さらに違う新聞を広げる風見。

 そこには、モノクロでも美しいとわかる一人の女性の大きい写真が写っていた。

 

 その写真を見て、リシ以外の探偵事務所員は目を見開き、白鳥刑事も驚きに口を開いていた。

 

「風見刑事、これは……」

「……毛利の所の嬢ちゃん……じゃあ……ないのかい?」

 

 この事務所をよく訪れる毛利蘭と瓜二つな、だが決して彼女が着ないだろうドレスやアクセサリーを身に着けた女性の写真だ。

 

「ミラ・ジュリエッタ・ヴェスパランド王女。サクラ女王の一人娘で、ジル王子の妹」

「つまり、この……毛利蘭にそっくりな嬢ちゃんが次の女王……に、なるのに反対している連中がいるってことかい」

「その通りです。数もそうですが……デモだけに収まらず、さらに過激な連中になりかねないと聞いております。その中に組織的な動きをするものがいるという報告があり、公安部では警戒を強めています」

「王女来日に合わせてそいつらも日本に来ると? わざわざ日本で王女に危害を加えるために?」

 

 首をかしげるリシに、キャメルは納得したように頷く。

 

「国内では警備が厳重な王宮にいるため手が出せない。だから国外で、警備が限られる場所を見計らう。……そういうことですね、風見刑事」

「はい、そう考えている……のですが」

 

 風見って公安刑事は、ボスに対しては張り合う様子を見せるところがあるが、キャメルとは妙に気が合う様子だ。

 最初は外国人ってことで警戒していたようだが……

 

(まぁ、裏切りとかできるタイプじゃないしねぇキャメルのヤツは。それに足で稼いで身体を張る、典型的な体育会系刑事だし……)

 

 さすがに慣れ合うようなことはないが、それなりに良好な関係は築けている。

 事務所にとってそれはプラスに働くだろう。

 

「それが、どういうわけかヴェスパニア王国政府からは、わが国に対して一切の警備,警護依頼が入っていないのです」

「……どこにも、ですか? 日本の警視庁警備部は極めて優秀なハズですが」

 

 そうだ、この事務所にいる人間なら知っている。

 何度か警護演習の紅白戦でやりあっている連中だ。

 数を活かせるし練度も高い。

 

 当然、外国の上層部ならそういう情報だって入っていそうな物だがねぇ。

 

「だけどウチには来た。よりにもよって数が全然足りていないウチに……。キャメル、リシ、どういうことかわかるかい?」

 

 警備に関してのプロのキャメルに、下手な日本のお巡りよりかは物騒すぎる暴力に慣れているだろうリシに話を振ると、二人とも少しだけ考えて、

 

「王国政府も混乱しているのではないでしょうか。シンガポールは少々ヴェスパニアとは交流があったので知っていますが、あの国は女王の権限が非常に強かったハズです。それが突然消えたという事は……」

「加えて、疑心暗鬼になっているのかもしれませんね。その、反王政派という連中が外にもいるのかもしれないと」

 

 ……曲りなりにも国のお偉いさんのやることだ。理由があると思った方がいいだろうねぇ。

 となると、マジで変な所に変な連中が潜り込んでいると仮定して動くべきか。

 

「確か、新しいホテルのパーティか何かに出席しに来るんだっけか?」

 

 とりあえず、場所だけでも確認しておくべきだ。

 

「はい。サクラ女王は、自分の同じ名前を持つ花である日本の桜を好まれ、その桜をコンセプトとしたサクラサク・ホテルには大変関心を示しておられ、レセプションもご自身で企画されていました」

「だけどその前に亡くなわれてしまわれた……。それで代わりにレセプションに……ですか」

 

(桜がコンセプトのホテル……ねぇ)

 

 ちょうどいいタイミングでちょっと会話に間が開いたので、備え付けのインターホンで事務室に通話、すぐに小沼の爺さんが取ったので、ヴェスパニアとサクラサク・ホテルに関する資料を請求しておく。

 ちょっと茶をシバいている間に人数分の資料が来るだろう。

 

 事実、少し温くなった紅茶を飲み干したタイミングで、美奈穂がホチキスで留めてある資料を人数分持って入ってきた。

 その後ろには穂奈美が、お茶とお菓子を人数分乗っけたティーカートを押して入ってくる。

 

 資料は……パンフレットや公式HPのコピーにここ最近の新規採用者の名簿に採用中の部署、ついでに詳細な全階の見取り図。

 ヴェスパニアに関しては、先月前のカリオストロ事件以降の国の動きや反体制派の動き、デモの規模などがそこそこ詳細に書かれている。

 

「は、早い……。これほどの資料がもう揃うとは」

「まぁ、警護依頼が来たのはちょっと前だからねぇ。アタシもやること色々あったから、警備するかもしれない場所や関係しそうな事だけ事務員にまとめさせてたのさ」

 

(まかせっきりで詳しい所全部頭から抜けてたけどねぇ)

 

 ヴェスパニア自体、カリオストロの一件でボスとはつながりがあったらしいし、どこかにボスが情報がウチに流れるように枝を仕掛けていたのかもしれない。

 こと情報収集は、うちのボスの十八番だ。

 

「……さすがですね、浅見探偵事務所は」

 

 とりあえず全員に一回息を入れさせよう。

 重い話は適度に切らないと、たまに肝心なことを見逃してしまう。

 それぞれ軽く紅茶を口につけながらホテルの資料を見ている。

 

 さて、向こうから依頼が来た以上、最低限王女様は守らなきゃいけないって事になるが……。

 

(どーにもいやな予感がするねぇ。学生に危険なことはさせられないってことで計算に入れてなかったけど、やっぱ真純も投入するか? 坊や並みに頭キレて安室さんや沖矢並みの腕が立つから使いどころは腐るほどあるんだけど……高校生を鉄火場に連れていってマスコミにつつかれたら面倒だしねぇ。訓練終わってないって話だけど、やっぱ越水の嬢ちゃんトコの警備部から人を借りるかぁ)

 

 パーティで安全を期すとなると、警護対象に張り付く以外にも調理を始めとする接客関係の所などにも人を付けないと、万が一が起こらないとは言い切れない。

 そこらをキャメルとリシ、刑事二人と詰めていく必要が――

 

 

 

――ピリリ、ピリリ、ピリリ

 

 

 

 

 こんな時に事務所への直通電話? ここに直接来る電話ってことは調査員仲間かボス。あるいは――

 

 

「あぁ、待ってな。アタシが取る。……もしもし?」

『よかった、鳥羽さん!?』

「やっぱり坊やかい」

 

 確か今日は、他のガキンチョや真純、毛利や鈴木の嬢ちゃん達と一緒に、この間舞台稽古を覗きに行った例の役者転校生……名前なんだっけな。伊東……伊東……玉之助? そうだ、それだ。

 そこの舞台応援のために、駅前でチラシ配りをするって話だったハズだけど……。

 

 緊急事態か。念のためにスピーカーをオンにしてキャメルにも聞こえる様にしておく。

 

『ごめん! 鳥羽さんかキャメルさん、どっちかこの間の舞台に来れる?!』

「落ち着きな坊や。なにがあったのさ」

 

 まぁ、もう予想はつくけど。

 

『殺人なんだ!』

 

 やっぱりかい。って言いそうになるのを堪える。

 毛利の旦那ならともかく、さすがに小学生を死神扱いは可哀そうだろう。

 

『人が殴り殺されてるんだ! もう警察は呼んでるんだけど……っ』

「わかった、ちょっと待ってな」

 

 捜査だけなら坊やでも十分だけど、いざという時に警察に顔の効く大人がいた方が都合がいいって所か。

 

「初穂さん、私が――」

「私も同行します。捜査一課ですし」

「いや、警備,警護はアンタの方が適任だろう、キャメル。リシも予備警察官なら一通り知識はあるだろ。こっちの煮詰めはアンタらに任せるよ。白鳥さんも大丈夫。多分、目暮の旦那や佐藤も出てるんだろうし」

 

 まいったねぇ。気分転換になるかと思っての行動が裏目に出たか。

 

 ないとは思うが、万が一の事態に備えていつものジャケットを羽織る。

 普段ならともかく、今の精神状態の坊やの前でうかつに怪我すればトラウマになりかねない。

 

 

「殺人の方はアタシと坊やに任せな」

 

 

 

 

 

 







キュラソー、街をなんとなく散策していると一度共闘した世界的な大泥棒二人が必死の形相で目の前を走り去る。呆然としていると、さらに元上司が大量の警察官を引き連れて走ってきて頭を抱える。


「マリーさん! ちょうどいい所に! 実は今――なんで見てないふりしたんですマリーさん! 逃げないでマリーさん! ほら行きますよマリーさん! 大丈夫ですって! カリオストロの時と同じこと頼むだけですから! 大丈夫だから! ちょっとだけだから!」






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

rikkaのコナンコラム

〇伊東玉之助(17)/声優:保志総一朗
 アニメオリジナル:126~127「旅芝居一座殺人事件」(DVD:PART5-6)
           409-410「同時進行舞台と誘拐」(DVD:PART14-6)
          452話 「こんぴら座の怪人」(DVD:PART15-7)※一時間スペシャル


 女形(おやま)もこなすという旅芝居一座の二代目座長。
 
 名が示す通り女形。つまり芝居の中で女装もするんだが滅茶苦茶似合ってて草。
 当時は声優など知らず、スゲーいい声の人だなとしか思ってなかったけど観返したら保志総一朗で草。

 最初の時はオドオドしているというか、一部スタッフからは舐められていましたが、徐々に座長として立派になっていきます。

 死体見たり犯人扱いされたらそりゃ強くなるよね。

 九条検事同様、印象に残っててかつ複数回出たアニメオリジナルキャラクターの一人。

 スペシャルにまで出演しているので滅茶苦茶再出演を期待している一人です。


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110:『幕間~ロシアより愛を込めて~』

今回は既存のシナリオ要素をちょくちょく利用したほぼオリジナルですので、カリオストロに比べて描写が増えると思います
なにとぞ、ご了承くださいますようお願いいたします。





 

「えぇ、そうです。マリーさんと再会しまして……はい、そちらに向かわせています。事情は大体話していますので」

 

 

 ウチの事務所の格闘戦績トップのマリーさんが合流できたのは正直デカい。

 今一番優先すべきなのは夏美さんの確保だ。

 志保に関しては、俺に向けてのラブコールがとんでもないことになるんだろうけどそれはいい。

 

 それよりは、誘拐された目的が今一よくわからん夏美さんの方が心配だ。

 とりあえず推理力でも調査力でも戦闘力でもトップの連中を自由に動かせるようにしておこう。

 

 

「……で? おじさんと先生は何しにここに?」

 

 というわけでキリキリ先生達にもこっちのお仕事手伝ってもらおう。

 

「てめぇデンジャラスボーイ! 俺らを追い詰めておいて今更かい!」

「いやお二人が逃げるからでしょーが……」

 

 あそこでふわぁっと立ち話でもしてくれたらもっとふわぁっと巻き込んだのに。

 メアリーも後ろから拳銃突きつけるの止めてあげてください。

 もう完全に逃げる気失せたからこうしてホテルの一室で仲良く向かい合ってるんだから。

 

「で? なにしにこちらまで?」

「……気になる新聞記事を見っけて? ちょっと関連ありそうなこっちを調べに? そしたら更になんか変なことに巻き込まれて……みたいな?」

「なんの説明にもなってないです泥棒のおじさん」

「おぉいデンジャラスボーイ、その泥棒のおじさんってのやめてくれよぉ……」

「……じゃあ……窃盗犯のおじさん?」

「意味変わってねぇだろがい!」

 

 

 ルパンって呼んだら不味いでしょうが……。あれ? でも先生も普通に呼んでるから別にいいのか?

 

「んで、お前さんはどうしたんだデンジャラスボーイ」

「美人と殺し合ってる隙に別の美人が二人も掻っ攫われたんでまとめて取り返しに来ました」

「……お前さんも相変わらず意味不明なことになってんなぁ」

 

 ホントにね。いやもうどこでフラグ立てに失敗したんだろう。

 コナンが関わっていて現場にいるんなら余裕だし、変な連中が横やり入れてきても二回くらい死ぬ気でオッケオッケという感じで挑んだのに片目失った上で更に誘拐を許すとか……。無様にも程がある。

 

 青蘭さんも「借りは必ず返すわ」とか言ってたからまた再戦あるんだろうし……。あぁ、そうか。そういうことか。

 青蘭さん、犯人側でもかなり重要で何度も出てくる――例の組織や枡山さん、キッドみたいなヴィランキャラクターだったのか?

 そういうことなら理解できる。

 

 いや……いや、そうだよ! かなり早い段階から関わってたじゃん! スコーピオンが出てきたの森谷の件のすぐあとだぞ!? しかも俺と安室さんで迎撃した後はしばらくスコーピオンとしては出てこなくなる不自然さ! もっと早く思い至ればよかった!

 

 となると……あれかな。あそこで勝とうとしたのが不味かった?

 本来の筋書きだと痛み分けで『やるわね、ボウヤ』的な〆だった所を、余計な勝ち星狙ったせいで筋が狂って夏美さんと志保が攫われた?

 

 そうか……そうだよな。コナンの話だと夏美さんはロマノフ王朝の三女マリアの血筋だという話だ。多分今頃、初穂さんが例の装置で調べて裏付け取ってくれてるハズ。

 

 物語のキーアイテムに関わる志保もそうだけど、そんな重要キャラが――嫌な話だが殺されるならともかく、誘拐されて消息不明で物語が終わりとかなるはずがない。

 

 少年探偵団の存在に、高校生の主人公が小学生になるあたりこの物語は、おそらく比較的低年齢の男の子向けのハズだ。

 

 となると、あまりにも救いがない話は……あるかもしれないがそう多くはないと見ていいだろう。

 

 やっぱ俺のせいかちくしょう、もう一回くらい腹ぶち抜かれて倒れておけばよかった。

 あの事件でよかったことなんて青蘭さんと本気で命ぶつけあったことくらいしかねぇ。

 

「ちくしょう、さっさと片づけてヴェスパニアの件に専念したいのに……」

 

 警備,警護の専門のキャメルさんと、補佐役として万能選手の初穂。

 出来る事なら二人も呼びたかったけどヴェスパニアの件のタイミングが悪すぎた。

 

「……ちょっと待てデンジャラスボーイ、ヴェスパニア? そいつぁヴェスパニア王国の事か?」

 

 んお? どったの泥棒のおじさん。

 

「あぁ、あそこの王女様が来日するのさ。先日亡くなったサクラ女王が企画、予定していたホテルのレセプションがあって……ウチがちょっと絡んでいる」

 

 さて、普通ならこれ以上話すのは不味いんだけど……。

 う~~~~~ん……。

 

「おいルパン、そいつぁお前が気にしていた例の新聞記事のヤツか? 女王と王子が死んだっていう……」

 

 今度は先生が反応を示す。

 ……おっとぉ。クラリス陛下みたいに因縁ありなの? いや隣国だけどさ。

 

 頼むから変な因縁とかやめてよね? ルパン三世絡みのことはどうしても陛下に報告しなくちゃいけないんだから。

 

 銃を下ろしこそしたけどいつでも抜けるようにしているメアリーに目配せすると、首を横に振られた。

 やたら裏事情に詳しいメアリーでも知らないか。

 

「おいデンジャラスボーイ」

「なんですか窃盗犯」

「……おじさんまで消しやがったな、この野郎」

「なら、とりあえずお互いの印象のためにどっちも呼び方変えません?」

 

 大体なんだデンジャラスボーイって。

 まるで俺が人に危害加えそうな存在じゃないか。

 自画自賛するようだけど、俺かなりの人数守ってる人間じゃない?

 

 カリオストロの時腹ぶち抜かれそうだったおじさんを庇ってやったの誰だと思ってやがる。

 アレでまた心臓止まったんだぞ。

 

「わーったよ、トオル。これでいいかい」

「……念のために聞いておくけど、普通にルパンって呼んでいいんですか?」

「いーのいーの、隠れる時は本気で隠れっから」

「……わかった、じゃあ普通にルパンで。……で、なに?」

 

 

「お前らにはそもそも、カリオストロの件で借りがある。あぁ、あん時庇ってもらったのもそうだが、偽札っていう裏側とはいえ最大の産業がなくなったあの国の立て直しに……クラリスに力を貸してくれてるお前さんにゃあ、正直礼が言いたかったしな」

 

 

「だからお前らの誘拐事件、手を貸してやってもいい。だけどこっちも手を貸せ。一大事だ」

「……ちなみに、どこの一大事?」

「よくてこの国の」

「悪ければ?」

「世界だ」

 

 

 

「最高だな。乗った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこであっさり危険な話に乗っかるそういうところだと分かっているのか……あの馬鹿者……」

「アイツの世話役なんざ苦労するだろ。オメェさん、よくやるな」

「致し方ない。それなりに骨を折ることばかりだし頭が痛いことばかりやらかす馬鹿者だが、気が付いたら借りが山積みになっていたのよ」

「…………不憫な」

「その目を止めろ、次元大介」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「では、安室さん。所長はマリーさんも頭数にいれろと?」

「えぇ。キャメルさんや鳥羽さんがいないのがちょっと残念ですが、事実上我々の最大戦力が揃いましたね」

 

 透が手配してくれていた、鈴木財閥が関わっているホテルの中の会議室。

 念入りに盗聴対策のクリーニングを施した後に、バイト組と他の一部を除く浅見探偵事務所の面々が勢ぞろいしている。

 

 一番の戦力と言える所長が――透がここにはいないが、それでも久々にほぼ全員が揃ったのは心強い。

 相手があの老人ならば公安よりも、あの組織よりもだ。

 まぁ、この事務所員の中に組織の人間がいるのは癪だが、ただの駒としてみるのならばその有用性は間違いない。

 

「安室さん、それじゃあ指揮をお願いします。所長は別方向から攻めるという話ですし」

 

 一人で思考に沈んでいると、瑞紀さんが話を振ってくる。

 いつもの明るさはなく、その目はどこまでも真摯だ。

 

 山猫の面々も、顔をいつも以上に引き締めている。

 もう後がない。そう考えている顔だ。

 

(苦い敗北の記憶、か)

 

「わかった。……それじゃあ、マリーさんはまだだけど、先に僕たちで大まかな作戦の流れを決めましょう」

 

 瀬戸瑞紀、沖矢昴、恩田遼平に遠野みずき、山猫隊。

 頭数は問題ない。透がすでに現地警察と協力体制を築きつつあるし、途中その流れを察した恩田君がもう動いてくれている。

 

「所長から指示されたのはただ一つ、先日瑞紀さん――だと、もう分かりづらいな。瀬戸さんと沖矢さん、そして山猫隊の皆さんが関わったロマノフ王朝に関わる事件の際、誘拐された香坂夏美さんの奪還です」

 

 まだ経験が薄い遠野さんが、緊張に顔を強張らせる。

 いつもなら沖矢さんと組ませるところだが、今回は恩田君と組んでもらおう。

 

 彼の仕事は交渉面だから前線には出ないし、彼もすでに立派な調査員の一人だ。

 観察力にはまだまだ課題が多いが、機転の良さも体力や技術面ではかなり仕上がっている。

 

 必須の基礎訓練はもちろん、自由参加の各種技能訓練ですら休まずすべて取っている今の彼なら、いざという時でも彼女を連れて逃げる事は出来るはずだ。

 

「山猫隊の皆さん、連中はかなりの数だったのですね?」

「ハッ、規模からして最低でも60はいると思われます」

「私も同意見です。さすがにカリオストロの時よりは大幅に数が減っているようですが、かなり動きのいい奴らが揃っていました。……こう、暴力に慣れている連中って感じですかね」

 

 山猫隊の報告を、瀬戸さんが裏付ける。

 しかし……あの不気味な連中、その中でも精鋭とやり合うか。面倒な。

 

(透、こんな時にどうしてお前が別行動を取っている? 身動きが取れないというわけではないだろうし……なにか手掛かりを見つけたのか?)

 

 いや、そうだ。アイツは香坂夏美に専念しろと言っていた。

 だが、誘拐されたのはもう一人。確か、灰原哀というアイツの家にいる子供も一緒だったハズ。

 

(香坂夏美と灰原哀の誘拐は同一の……あの枡山憲三によるものなのは間違いない。なのに、そういえばどうしてアイツは一つの誘拐事件を分けて考えている?)

 

 いつもアイツは、過程をすっ飛ばして答えを確信していたとしか思えない行動を取る。

 一部の数字しか見えない状況で、的確な方程式を組み立てるような手腕にはいつもながら驚かされる。

 そんな奴が、香坂夏美と灰原哀の誘拐を別と断じたのにはなにかあるハズだ。

 

(いや待て、今はそっちの理由を考えている場合じゃない。とにかく香坂夏美の誘拐と灰原哀の誘拐が別だというのならば、少なくともどちらかがピスコ本人の意図によるもの。そしてもう片方は、ピスコに……そうだな、何者かが誘拐を依頼したと考えるべきだろう)

 

 聞かされるまではまさかと思っていたが、香坂夏美はロマノフ家の三女マリアの血筋の人間だという話だ。

 

 日本で小沼博士と阿笠博士が、先月シンドラー・カンパニーから多額の資金で購入し、導入用意をしていたDNA探査プログラムを使って彼女の所持品に残されていた髪の毛を使って確認した所間違いないという報告がつい先ほどこちらに届いた所だ。

 道理でわざわざ秘匿暗号通信を使うわけだ。

 

 特にロシアではうかつにできる話ではない。

 

(ロマノフ……そういえば、確かロシアには教祖がラスプーチンの子孫を語る妙な宗教団体の本部があったな。海外でも急速に成長していて、公安部でも警戒していたハズ。根拠があるわけではないが、このままでは暗中模索……少し当たってみるか)

 

 いざそのことを口にしようとした時に、胸ポケットの携帯が震え出す。

 事務所用の携帯は二つとも鞄の中にあるし、安室透としての個人用携帯電話は電源を切ってある。

 残る一つは……。

 

「ごめん皆、少し離れる」

 

 残る一つは――組織の物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いきなり何の用です、ジン。こちらはロシアで忙しいんですが?」

『忙しい、か。まるで探偵の方が本業みたいじゃねぇか。……バーボン』

「いい加減にしてください。今は事態が余りに大きくて、こちらも余裕がないんです」

『……ふん。余裕がない、というのは確かなようだな。まぁいい』

 

 まぁ、実際嘘ではない。

 どういうわけかロシアの秘密警察やCIAも裏でコソコソ動いていて、沖矢昴や瀬戸瑞紀と共に対処しているんだ。

 二つ、三つの意味で自分の正体や動きを知られないために、根回しや対処をしていたので正直かなり疲弊している。

 ここまでの激務は久々だ。しかも、これだけ動いてまだ本命は先という話だ。

 

『あのお方から、お前が潜入している浅見探偵事務所―『現代のピンカートン』には手を出すなという指示こそ入っているが、同時にその内情にひどく興味をお持ちだ』

 

(……だろうな)

 

 なにせカリオストロの一件以降、組織だけではなく各国の諜報機関が一斉に諜報攻勢を掛けてきている。

 それを捌き切っているのは、あいつの手腕のおかげというのもあるが……ノアズアーク様様だな。

 

『なにせ、あのベルモットが記憶喪失になって、あそこの事務所で世話になっている』

「…………………………………………なんですって?」

『どうやら、本気で知らなかったようだな』

 

 知るはずがない。

 少なくと透が日本を出る時までには、そんなことはなかったハズだ。

 

(事情は分からないが、鳥羽さんとキャメルさんが保護したのか。……キャメルさん本人はともかく、コソコソしているFBIの動きが不安だな。透がもう一人いれば心配ないんだが……)

 

 あいつ分裂しないかな。

 そんな現実逃避めいた願いを祈りながら、頭を働かせる。

 

「……奪還計画を?」

『ここで浅見探偵事務所が奴を隠して確保しようとしていたんならそうなっていただろうが……奴らはベルモットをクリス=ヴィンヤードとして各方面に話を通している。記憶が戻り次第、ベルモットも普通に戻ってこれるだろう。連中だって、話を通した以上ベルモットを守ると見ている。だが、連中のより詳しい内情の入手が急務となった』

 

 まぁ、組織側としてはそうだろう。

 なにせベルモットは組織のボスのお気に入りと思われている人間だ。

 

『だが、あそこのセキュリティはかなり固い。こちらでも幾度もクラッキングをかけたが、その全てが失敗に終わってる。お前が仕入れてくる情報が頼りだが、逆に言えばそれが正解かどうか、知っているのはお前だけだ。バーボン』

「つまり、僕は疑われていると?」

『そう慌てるなよ、バーボン。俺達としてもお前を信じたい』

 

(よくもまぁ白々しいことを)

 

 クックックとジンの嫌らしい小さな笑い声に、この携帯を握りつぶしてやろうかと少し考える。

 

 

『俺達も浅見探偵事務所のお宝をお目にしたい。あぁ、是非とも乗せてほしいのさ』

 

 

 

 

『貴重な情報というブツを乗せて、ネットの海を漂う――ノアの方舟にな』

 

 

 

 

 

 

 




・国際弁護士フジ・ミネコ、日本に入国。
・浅見,ルパン、とりあえずの行動を決めてフラリと入ったバーで、ジュディ=スコットという美人と意気投合。
・メアリー,次元、情報収集をしている中、とある宗教団体の教祖死亡のニュースと、アメリカのマフィアがシベリアに入ったらしいという情報を得る。


※黒の組織、『ベイカー街の亡霊』に参戦




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111:仕事、取引、捜査。ついでに紛失

 

「うん、うん。とりあえず元気そうでよかったよ透君。……うん、わかった。こっちの事は任せて。うん、それじゃあ」

 

 いつもと違い、透君がこまめに連絡をしてくる。

 それは嬉しい事であるハズなのに、却って不安を煽ってくる。

 本当にしょうがない男だ。

 

 電話を切ると同時に、隣に控えていたふなちが、専用のパソコンを操作しながら深いため息を吐く。

 

「で、どうだった?」

「わざわざ浅見様が秘匿回線を使うので念のためにチェックしていたらまぁ~~~~出てきますわ出てきますわ。色んな所が通信を聞こうとあの手この手で暗号を解こうとしていましたわ」

「……浅見君の所は当然だけど、こっちもセキュリティを強くしないとダメか」

 

 いつのまにか入ってたノアズアークっていうセキュリティのおかげで実質的な被害は今のところ出ていないが、なにかの隙に顧客情報の類が漏れでもしたらとんでもないことになる。

 

「次郎吉さんが提案してくれた強化案、乗るべきかな?」

「えぇと……確かキッド様対策で考えていたものですよね? 情報漏洩対策とかで鈴木財閥の総力を挙げてアレコレ考えたとかいう……」

 

 あの事務所の行動をサポートするために、独自の人工衛星を打ち上げるという話もあったし、鈴木財閥は本格的に僕たち――いや、透君と関わるつもりらしい。

 

「会長の史郎様はともかく、朋子様は透様の事務所の根っこを掴むことで透様を鈴木の中に引き込もうとしていますわね」

「うん。……なんとかして透君を園子ちゃんの婿にって企んでるみたいだね」

「そこまでなんですの!?」

「そこまでなんだよなぁ……」

 

 元々蘭ちゃんと一緒によくここに遊びにくる子だし、朋子さんはイケると踏んだんだろう。

 あの子の目当ては安室さんなんだけどなぁ……。

 

 ……いや、そうか。朋子さんにとっては鈴木家の娘である園子ちゃんが、浅見探偵事務所とは入り浸るくらい仲が良いという事実さえあればいいんだ。 

 

 この間、鈴木財閥の中の人が雑誌に妙なスキャンダル風のリークをしようとしてたんだけど……。

 あれ内部のお調子者とかじゃなくて、わざとだったのかもしれないなぁ。

 

 恩返しのつもりでこっちから手をまわしておいたんだけど、実は自分達にとって命拾いだったのかもしれないなぁ。

 

「ちなみに七槻様、その情報はどちらから?」

「ん? ノアズアークが鈴木の内部情報引っ張ってきてくれたんだ。こっちの内部情報拾おうとした時に自動で反撃してくれたのかな」

「……ノアズアーク様、便利ですわね」

「便利すぎな気もするけど……まぁ、不利な要素は分かる範囲では一切ないし。もちろん、それでも警戒は必要だけどね」

 

 念のためにプログラマーの金山さんに全部チェックしてもらったけど、覗き屋のカットとカウンターしかしていないっていう事だし……多分大丈夫だろう。

 

「問題はネットを通してじゃなく、直接盗もうとしてくる連中かぁ」

「透様が事務所の人員をスカウトに絞ったのは正解でしたわね……こちらでは、ちょっとパートタイムを募集したら、フリーランスのライター様が紛れ込もうとしていましたし……」

「家の近くをうろつく人間も増えたしねぇ……警察の人たちが素早く動いてくれるから、こっちはそこまで気にならないけど」

 

 阿笠博士も色々と考えてくれている。

 哀ちゃんの件があってから、ひどく責任を感じているようだ。

 博士は何も悪くないんだけどなぁ。

 本物の銃を突き付けられたら、普通誰だって逆らえない。

 

 銃で撃たれたらヒャッハーってテンション上がってレッツパーティとはしゃぎだす透君は頭が悪いんだ。

 

「そうだ、幸さんから言われていた警備部の人員はどう?」

 

 透君が燃え盛る炎から身を挺して助けた人。今は透君の秘書として彼を助けてくれている人。

 彼女とは透君の事務所に関して色々と話し合うことが多く、歳こそ少し離れているけど良好な関係を築けていると思う。

 最近は以前よりも少し笑ってくれるようになった。

 

「ヴェスパニア王国の要人警護でしたね。以前から透様からの要請で、特に訓練を強化しておくように言われていましたので……。ただ、訓練途中というのもありますので、使える人員がどうしても限られますわねぇ。あ、七槻様、こちらが警備部から上がった警護に使える人員のリストですわ」

「ありがとうふなちさん。えぇと、どれどれ……」

 

 この間もそうだったけど、退役したばかりの警察官や自衛官がほとんどか。やけにそこらの採用希望者多いな。

 あ、この間透君が新設用意に関わってた情報保全隊の関係者だった人もいる。この人は使おう、透君も信用してた人だ。

 

 過去の経歴も……犯罪歴は特になし。宗教を始めとする思想面でも特筆する事項はなし、と。

 地域振興課の人たち使って近所の噂なんかも合わせてチェックしておけば問題ないかな。

 

「うん、このリストの人達でチームを編成させるように指示しておいて」

「かしこまりました」

 

 これでこっちはよし。

 あと決裁が必要なのは……透君から渡されてたリストに書かれている人物のヘッドハンティング計画に調査部の増員、治安解析課との会議もあるし地域振興課から出てた住宅街でのパトロール支援に防犯対策の配布物やら講演やら児童帰宅時の防犯対策強化策に関するレポートの山に目を通して……っ! 次郎吉相談役から言われていた、私立の大学設立の運営スタッフに教授陣の選定なんてのもあったなぁっ! もう!! ToDoリストが減らすのと同じ勢いで増えていくのはなんでなのかなぁ!

 

「今の状況だと、忙しいのは悪くないんだろうけど……それでも腹立たしいよねこうも山積みだと!!!」

「……そうですわね」

 

 さて、仕事だ。

 透君や事務所の人間が必要なものを、必要だと思った瞬間に手配できる組織。

 それが多分、この会社に求められている物なんだろう。

 

 そんな忙しい時に、また電話が鳴りだす。

 秘書のような仕事をさせてしまっているふなちが電話を取り、応対していると眉を顰め、こっちをチラチラ見だす。

 

 指でふなちのデスクの電話を指さして、今度は自分の電話機を指さす。

 ふなちが頷いて、自分の電話機に回してきたのを見て外線を押して取る。

 

「はい、社長の越水です」

『あぁ、越水社長。すいません、金山です』

 

 金山さん? 珍しいな。彼は基本的に浅見探偵事務所で、例のコクーンとかいうシミュレーターのメンテナンスとアップデート、それに訓練や現場のシミュレートデータの作成を主としているから、そっちでよほどのトラブルがない限りは向こうから掛けてくることはないと思うんだけど。

 

「えぇ、金山さん。先日のセキュリティチェックはありがとうございました。今日はどういったご用件で?」

『先日の誘拐事件の一件で導入した、DNA探査プログラムは覚えていますか?』

「? はい。確かシンドラー・カンパニーから購入したんですよね? 阿笠博士と小沼博士がすごい騒いでいたから覚えているんですけど」

『それが……どうも妙な話になっていまして』

「???」

 

 

『シンドラー・カンパニーは、そんなソフトは自社で取り扱っていないって言ってるんです』

 

 

「……どういうこと?」

『分かりません。例のパティシエ……えーと、香坂夏美さんの件で使用して実証したので、それに関してのお礼をとこちらから一応電話をしたのですが、そしたら』

「そんなものはない……って言われたんだね?」

『はい。自分も阿笠博士たちと一緒に、かなりの数のメールのやり取りをしていたり電話をしていたので間違いないと思っていたんですが……なぜか』

「お金の流れは? 支払いは確かに完了しているんだよね?」

『今ちょうどそっちを調べてまして……それくらいなら調査員じゃない自分でも出来るので。それで支払先をこちらで確かめたところ、なぜかまったく別の所にたどり着いていました』

「どこだったの?」

『それが……どうも樫村(かしむら)さんの所みたいなんですよね』

「樫村さんって……誰だっけ……」

 

 聞き覚えがある名前だけどパッと出てこない。

 すると横からふなちがひょっこり顔を出して、

 

「樫村? ひょっとして、樫村(かしむら)忠彬(ただあき)様でしょうか?」

「え、ふなち覚えてるの?」

「ええ、ちょうどその時打ち合わせで向こうに行ってたので……樫村様は、コクーンの開発主任を務めていらっしゃるお方ですわ」

 

 あ、そうか! こっちの会社運営で忙しかったからハッキリと見てはいなかったけど、向こうの事務所へのコクーンとその周辺機材搬入の時に来てくれた人じゃないか! 名刺もらってたの忘れてた!

 

『さすがだ、ふなち。そう、その樫村さんなんですが、問い合わせたら向こうも突然大金が入金されていて、こっちに連絡しようとしていた所だったと……どういう事なんでしょうか?』

「……誰かが偽装していた? でも、偽装した手段が分からないし目的も分からない。DNA探査プログラム自体は本物だったんだよね?」

『えぇ、阿笠博士も念のために都の博物館や大学の研究室からサンプルをお借りして、念入りにチェックテストをしていたのでそれは間違いないと思います。先ほど阿笠博士にはこのことを連絡したので、これからさらに再チェックとなりますが』

「うん、それでいいと思う。阿笠博士なら信頼できるし安心だ」

 

(……にしても分からないな。資金の行先が変わっていたのも問題だけど、分かりやすい詐欺っていう話でもないようだし……。透君にDNA探査プログラムを渡して、なにをしたかった……というか、させたかった? まさか枡山元会長? ……いや、話に聞く枡山憲三なら、今頃透君のところにピスコの瓶が送り付けられているハズだし、それなら配送品のチェックをする下笠さん達が騒いでいるハズ……)

 

「わかりました。こちらで調べておきます。……ちなみに、どちらかからアクションは?」

『ありました。シンドラー・カンパニーの方は最初は電話担当の受付で切られていたんですが、後でシンドラー社長本人から電話が入りまして……』

 

(トマス・シンドラー……IT産業界の帝王が直々に電話を?)

 

『詳しく事情を聴きたいので、次の来日予定時……ウチのとは違う、完全にゲーム機器としてリモデルしたコクーンの発表会ですね。その時に、できれば現物を持ってきてほしいとのことでした』

「……OKって言っちゃった?」

『いえ、自分はあくまで出向ですので。浅見所長の指示を聞いてからお返ししますと……』

 

 よかった、よくわからない状況で相手のいう事をホイホイ聞いてたら、どこかで取り返しのつかないことになる可能性がある。

 これに関してはじっくりと進めていかないと。

 

「うん、それでいいと思います。そっちは透君達が帰ってきてからかな。で、樫村さんの方は?」

『似たような感じですね。やはり、コクーンの発表会の時にお会いしたいと』

 

 コクーン発表会はまだまだ先だ。

 うん、それなら透君も帰ってきてるだろうし、ヴェスパニア王国のパーティもとっくに終わってる。

 

「分かりました。それじゃあ、阿笠博士との再チェック、よろしくお願いしますね?」

『えぇ、まぁ専門外ではあるんですが……微力を尽くさせていただきます』

 

 これでよし。

 例によって例のごとく今日一日だけでTodoリストが馬鹿みたいに増えたけど。

 終わりが見えなくてちょっと吐きそうだけど。

 くそぅ、透君がいたらもうちょっと楽に片付くのになぁ。

 

「帰ってきたらどうしてやろうかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、また監禁なさるので?」

「いくらなんでも人聞き悪くないかなぁふなちさん?!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「江戸小僧……か。そういえば中森の旦那が前に事務所に飲みに来た時に愚痴ってたなぁ。日本全国荒らしまわってる広域指定の強盗……だっけか」

 

 ボウヤからの電話を受けて例の舞台に着けば、すでに佐藤と目暮の旦那を始めとする警視庁捜査陣が到着していた。

 殺害されたのは近石鉄夫、35歳。例の役者転校生の劇団お付きの劇作家――つまりは脚本家だ。

 

「うん。時代劇の泥棒みたいに屋根をぴょんぴょん飛び回ったり逃げたりしてた所から、警察が仮に付けてた『江戸小僧』って名前がマスコミに漏れてそのまま定着したんだ」

「時代劇の泥棒……軽業師みたいな奴……なるほどねぇ」

 

 容疑者は当然、同じ一座の面々だ。

 特に怪しい……というか、妙に挙動不審な高校生座長なんか、ガタガタ震えちまっている。

 

「で、坊や。ここの一座が揉めてた原因っていう脚本が無くなっているのは間違いないんだね?」

「ああ、近石さんはフロッピーに入ってるって言ってたんだけど、それがどこにも見当たらないんだ」

「アンタの事だから、そいつをもう皆の前でわざとらしく指摘したんだろ? 不審な動きをした奴は?」

「わざとらしくって……まぁ、いたよ。座長の玉之助さん。ただ、現場を見た時に何かを慌てて探していた様子だったから……」

「フロッピーを盗んだのは少なくともあの子じゃないと思われる。けど、重要視していた……ってとこかい」

「ああ」

 

 毎度毎度、よくもまぁこんなややこしい事件を引っ張ってくるもんだ。

 そんでもって、この坊やはここ最近の落ち込みがウソのように平然としている。

 舞い上がっているとか楽しんでいるとかそういう不謹慎なモノは感じないが……。

 

(もうちょっとこう……子供らしく出来ないものかねぇ)

 

 手間がかからないのは別にいいが、ここまで子供らしくないと心配になってしまう。

 普段子供らしく毛利の旦那や嬢ちゃんに甘えたりしているが、アレが全部演技なのだとしたら、それはこの坊やにとって、周りの世界が窮屈という事ではないのだろうか。

 

 別に泣きわめけとまでは言わないが……。

 怖い物を素直に怖いと言い、逃げたいなら素直に逃げるくらいのそれらしさは見せてほしいと思うんだけど……。

 

 

(まいったね、坊やに深入りしすぎかぁ? いや、まぁ、この坊やを戦力として利用している悪党のアタシにそもそも言えた事じゃあない、か)

 

「OK。とりあえず一度整理しようじゃないか坊や」

 

 まぁ、なにはともあれだ。少しでも元気を取り戻したんならそれはそれでヨシとしよう。

 

「アンタらが舞台稽古を見終わった後、アンタらは座長が被害者の近石って野郎から暴力を振るわれているのを目撃した。理由は?」

「台本のオチの部分が勝手に変更されていたんだって。で、それを書き直すように言った座長に対して……」

「二人とも台本を重要視していたってことかい。まぁ、一座の座長と脚本家なら当然っちゃ当然だけど。……で、その台本の題材ってのが、例の江戸小僧」

「うん。玉之助さんが江戸小僧で新作を作るって言いだしたって、被害者の近石さんは言ってた」

「座長の子はオチを変えた事に文句を言っていた。ってことは……話の大体は座長が考えていたって事かい?」

「……多分。少なくとも、近石さんと打ち合わせはしていたみたいだけど……」

「ふぅん……」

 

 わざわざ実在する強盗を題材にして脚本を作った。しかも細かくオチまで決めて……。

 それを決めた座長はあの通り震えるくらいだから芯がそこまで強いわけじゃなく、一方で殺された脚本家は、仮にも座長に暴力を振るったくらいだからそういう……『力』を行使することを躊躇わない奴か。

 

(なるほどねぇ、なんとなくは分かった。けど……)

 

 なんとなくこうじゃないかという推理とも言えない想像はあるが、それはあくまで動機のみであって犯人が誰かまではまだピースが足りていない。

 

「んで、それからしばらく舞台を回ったり劇を見たりしたんだね」

「うん、それでその後米花駅前でチラシ配りをしてたんだけど……気になって俺は戻っちゃって」

「で、それに気付いたガキンチョ連中と真純,瑛祐が付いて行って、一緒に戻った」

「……夕方くらいだったね。それで通し稽古を見学して……あれ? そういえば世良――の姉ちゃんと本堂さんは?」

「今じゃあの二人、ウチのバイトとはいえ一応調査員というかスタッフだからね。二人で組ませて情報収集に出してるのさ。で、通し稽古が終わってちょっとしたあたりで、アンタにお熱の座長の妹さんが?」

「うん。めぐみちゃんが近石さんの遺体を発見した」

「で、今に至る、と。死後一時間程度……か」

「うん。皆立ち稽古で舞台にいた。俺たちは客席にいたから全員の動きが分かる。出番じゃない人達も皆袖にいたし……」

「それでも完全にじゃないだろう? どんな時だい?」

「えっと……衣装替えの時と、あとは……奈落を使った時、かな」

 

 奈落って確か……舞台中央にある、あの穴だっけか。下からせり上がってくる。

 

「ちなみに、奈落が上まで上がってくる時間は?」

「1分40秒。それこそ、江戸小僧の役を演じていた村木さんが、ストップウォッチで測りながら上がってきていたから覚えてる」

「なるほどねぇ」

 

 ん~~。少なくともアタシにはまだピースが足りていない。

 真純達も呼び寄せて、集めた情報を擦り合わせるか。

 

 見る所はちゃんと見ている二人と坊やが情報を擦り合わせれば、多少は今見えていないモノも見えてくるだろう。

 

 

(あぁ、クソ。本当に安室さんか沖矢がいればねぇ……っ!)

 

 さっき日売テレビの玲奈から、マスコミがもう嗅ぎつけてこっちに向かっているという連絡があった。

 相手は広域指定の強盗。場合によっては組織立っている可能性もあるからもうちょっと時間を稼いでほしかったけど、一アナウンサーに求めるのは酷だったか。

 

 テレビ受けのする安室さんか双子姉妹。あるいは、こういう時にうまく立ち回れる恩田がいればもう少し焦りも少なくて済むのだが、そうなっていないから現状がある。

 

(くっそ……ここでキャメルを呼んだら意味がないし……キッツいねぇ)

 

 やっぱり真純を本格的にこちらに参加させるべきなんだろう。

 

 いつぞや毛利蘭が記憶を失った事件の頃はこちら側の何かを探っている気配があったが、最近じゃあエラく真純はボスに懐いている。

 仕事が関係ない時は透兄(とおにい)とか呼んでるくらいだ。

 少なくとも、早々あからさまに裏切ることはないだろう。

 

 多少そういう気配が見えた時に、自分が牽制してやればいい。

 

(さて、調査を進めていけば……まぁ、このメンツなら追い詰めることはできるんだろうけど)

 

 状況から考えて、もう一波乱あってもおかしくないか。

 座長さんがどうして江戸小僧を題材に劇を作ろうとしたのか、殺された脚本家がなんでオチを勝手に変えたのか。

 そこらへんは大体わかった。

 問題はその事実と『その先』を他の人間が知って、さらに脚本家のように利用しようとした時だ。

 もしそうなったら、さらに犠牲者が出かねない。

 

(一課の連中に声かけて数の不足を補ってみるかぁ? ボスの一件もあって捜査一課の連中、なにかあればすぐに呼べって息巻いてたしなぁ)

 

 なにはともあれ、真純たちと合流してからか。

 アタシはどこまで行っても看護師。

 推理は本職に任せるとするさね。

 

 

 

 




・次元、一足先にヴェスパニア公国に向かう
・浅見、メアリーと共に情報収集。港湾部や空港の監視カメラをチェックしてそれらしい車を確認。 
 向かった先の特定に全力を注いでいる。
・ルパン、アジトにて五右衛門と合流。










「お~う、遅かったな五右衛門……あれ? 五右衛門?」
「…………」
「どったのその様子? ……あんれまぁ、斬鉄剣はどったの?」





「……失くしてしまった」





「…………………なんて?」





「頼むルパン! 後生である!」
「うわっととと! ちょ、放せって五右衛門!」
「なにとぞ! なにとぞ斬鉄剣の捜索に助力を願いたい! あ奴がこの地に持ち運んだことは間違いないのだ! 頼む! なにとぞ! なにとぞぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「だああああああああああ!! わーかった!! わーかったから放せぇいっ!!!!!!!」



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112:リシ君から上司への定期報告、および高校生と小学生の活動記録

――あぁ、リシ君。どうだい浅見探偵事務所は? 上手くやっているかい?

 

 

 

 

 

――ふむ、ふむ。あぁ、十分だ。アイリッシュから聞いているとは思うけど、機密を探ったり漏らしたりする必要はないからね?

 

 

 

 

 

――ん、彼かい? すでにこっちに来ているよ。あぁ、私の居場所もじき見つけるだろう。

 

 

 

 

 

――心配することはない。むしろ楽しみで仕方ないよ。彼とまた、命と命を全力でぶつけ合う時が来たのだから。

 

 

 

 

 

 

――あぁ、だから気にすることは何もない。君はそこにいて、ただそこで思ったことや感じたことを知らせてくれればそれでいいんだ。

 

 

 

 

 

 

――親戚の叔父さんに手紙を書くようなつもりで、ね。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ハァイ。聞いたわよ本堂クン、世良サン。なんでも、騒ぎになってた強盗を捕まえたらしいじゃないデスカ」

 

 玉之助君の一件を無事に片づけた僕たちが学校に着いて教室に向かっていると、英語教師のジョディ先生が声をかけてきた。

 

 先日浅見探偵から言われたこともあって少し肩に力が入ってしまうが、仲良くすればいいだけだと思い直して肩の力を抜く。

 考えてみれば、枡山さんに言われてこの事務所を探っている時の方がよっぽど緊張していた。

 あの時は、周囲の人が全部敵に見えていた。

 

「ジョディ先生。いえ、僕はあんまり……ほとんどコナン君と世良さんの推理のおかげですし」

「何言ってるんだい瑛祐君、君の観察力だって大したものだったじゃないか!」

 

 実際ろくなことは出来ていないと思ったんだけど、世良さんはやたらと僕を褒めてくれる。

 犯人を見抜いたのはコナン君、逃走経路を補足していたのは鳥羽さん。そして身軽な犯人を捕まえたのは世良さんだ。

 

 僕も出来ることをしようと、前に浅見さんに言われた通り思ったことをとにかく口に出していくっていう、まぁ、ごく当たり前のことしかしていなかったわけで……。

 

(み、瑞紀さんが褒めてくれたんなら素直に喜べるんだけどなぁ)

 

 とても可愛らしくて、自分と同じようにちょっと抜けているところがあってもここぞという時の機転は一級品で、実際格闘訓練を見学していた時でもあの沖矢さん相手に勝つことはなくても耐えきることはできて、それでいてすっごく優しくて、可愛くて、子供が喜んでいる所が好きで、子供が手品で驚いて喜んでいる顔を見てはにかんでるのがすごく印象的で、お洒落でいつもほのかな香水のいい香りがして……。

 

 ロシアに付いていったようだけど大丈夫かなぁ。

 

 いや、そもそもあの人、車に跳ねられそうになった僕を抱えて飛びのけるくらいの力はあるし、刃物持って暴れる犯人取り押さえられるくらい強いし……。

 自分がもっと強ければなぁ……。

 

(僕も、恩田さんみたいに訓練頑張ってみようかなぁ。あれ、別に僕でも参加していいみたいだし)

 

「大したものデスネ、貴方達。さすがは、浅見探偵事務所の調査員って所デスカ?」

「よしてくれよジョディ先生。そもそも僕たちはアルバイトだし、基本的に調査に出るのは緊急性の低いちょっとした案件か、蘭君の時みたいなよっぽどの事態だけさ」

「…………まぁ、たまたま事件に出くわしてそのまま気が付いたら現場に入り込んでること多いですけどね。世良さんとか小泉さんとかコナン君とか」

 

 ホント、巻き込まれ率がひどすぎる気がする。

 コナン君と一緒に巻き込まれると保護者役押し付けられるし、世良さんと一緒だとなんか振り回されるし、小泉さんの時は執事というか従者というか、まぁ、そんな感じの扱いをされるし。

 

(……あれ? 散々疑ってたし無茶苦茶やる人だけど、浅見さんが一番僕の扱いまともなんじゃあ……)

 

「Oh? 浅見探偵はあまり貴方たちを頼ってないのデスカ?」

「まぁ、僕らは高校生だしねぇ。ちょっとした調査ならいいけど深夜帯に働くのはダメだって透兄が……。見張り調査の時とか交代制だし」

「……僕もそういう事することになるのかなぁ」

「なると思うよ? 透兄、君には随分と期待しているみたいだからさ」

「うわぁ、丁重にお断りしたい……」

 

 悪い人じゃないのはもうわかったけど、行動が滅茶苦茶なんだよなぁあの人。

 手伝うくらいならいいけど、付いていったら地獄を見る事になりそうだ。

 

「へぇ。本堂クン、あの浅見探偵にトテモトテモ気に入られてるのネ?」

 

 ジョディ先生がからかうようにそう言ってくるが、浅見さんとの事を考えると狙いはなんとなくわかる。

 

(仲良く。……仲良く、かぁ)

 

「そうだ! ちょうど今日は授業早く終わるし蘭も部活ないし、一度着替えてから皆で街に行かない?」

「うわっ!? 園子さん……いつの間に?」

 

 最近、妙にテンションが高い。……いや、張り切っているというべきか。

 そんな園子さんが、蘭さんと一緒にいつの間にか後ろに立っていた。

 

「ジョディ先生もどうです!? 先生も日本に来たばかりで、あんまり街とかわからないでしょ?」

「ちょ、ちょっと園子……。ごめんなさい、ジョディ先生」

「ノーノー、問題ありません」

「ほら! ついでに最近こもり気味のガキンチョも連れていきましょうよ! ついでに外で食べてさ!」

 

 こういう時の園子さんは上手いなぁ。蘭さん一人だと断りそうな所だけど、コナン君を上手く巻き込んで断りづらくしてる。

 蘭さん、コナン君の事も心配してたからなぁ。

 そのコナン君、思いっきり昨夜も事件に絡んでたけど。

 

「例のクールキッドも来るんデスカ? 彼とは話してみたかったのデ……ン~~~」

 

 何事か考えているそぶりを見せているが、多分、先生来るんだろうなぁ。

 

(浅見探偵、上手く仲良くするって言葉は簡単ですけど……なかなかに苦労しそうです)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「つまりなぁに? 俺らと別れた後、ラスプーチンの子孫を名乗るどこぞの教祖様の用心棒を引き受けてたらいつの間にか斬鉄剣をすり替えられたと」

「うむ」

「で、斬鉄剣を質に取られて渋々師匠はその……ラスプートン? とかいうふざけた名前のエロ親父の用心棒を継続することになってたと」

「……うむ」

「そーんで隙見て取り返そうとしてたら肝心のその教祖様が突然狙撃されておっ()んで、しかもソイツは手元に斬鉄剣持ってなくて、在りかが分からなくなったと」

「…………うむ」

「師匠。あの森で自分と生活してた頃、男児たるものいついかなる時でも得物を手放すな油断するな常在戦場也って俺に散々説教してましたよね?」

「………………うむ」

「それがバット持たずにバッターボックスに入っちゃった四番打者みたいになっちゃって恥ずかしくないんですか師匠?」

「……………………うん」

「やめてやれよトオル。お前さんの師匠、あぐらから体育座りに移行して顔うずめちゃったじゃない。大丈夫? 五右衛門泣いてない?」

 

 灰原哀という子……おそらく、あの薬の開発者――あの子の娘が攫われた先に目星をつけてから透と共にルパンと拠点に戻ったら、そこにはルパンにしがみつく不審な男がいた。

 まさかそれが、あの十三代目石川五右衛門だとは夢にも思わなかったが。

 

「まぁ、探すのは手伝います。まがりなりにも自分、師匠の弟子ですし。ですが今はこっちを優先させてください。知人の命……はまぁ大丈夫なんでしょうが、身の安全がかかってます」

「……あいわかった。かたじけない」

 

 本当に頼りになるのか?

 いっそこの男をシベリア海に叩き込んだ後に、次元大介を呼び戻して作戦を練り直すべきなのでは?

 

「そんでトオルとメアリーちゃん。そっちの首尾はどう?」

「ちゃん付けは止めろ、ルパン三世。ともあれ、確認した」

「入国した際には、どうしても灰原の事を誤魔化さなきゃいけなかったはずだと思ってな。そこにボロが出ると思って探ってたら、近くの荷物搬入口付近の監視カメラにヒットした」

 

 偶然なのか、あるいはわざと残したのか。

 ぐったりと気を失っている女性と女の子の二名をバンの中に運び込む所が監視カメラの映像に残っていた。

 

 一人は香坂夏美。もう一人は……間違いない、やはり灰原哀は、あの子の――

 

「もう跡は追ってるんだろ? どこにたどり着いた?」

「……少なくとも、哀の方はわかった。どういうわけかロシア軍が一度破棄した軍施設だ。データ上は兵舎しかないって事になってるんだけど……」

「……偽装、だろうな」

「多分。……なぁ、ルパンさん。そっちが追っている奴、軍に渡ると相当不味い物だったりする?」

 

 カリオストロの偽札もそうだったけど、この一味が動くときは妙にデカい事件になることが多いと先日浅見透が銭形というICPOの特別捜査官と話していたのを聞いた。

 

 まさかと思うが、本国でも警戒されている二人がこうしてここにいる。やはり――

 

「あぁ、お前さんに言った通りの事態になったってこった」

「やっぱり?」

「あぁ、まったく。厄介なことになったもんだ」

 

 どうやら、自分が偵察に出ていた時に二人はある程度詳細を話したのだろう。

 さっさと私にも話せという意味を込めてさっきから透を睨みつけているのだが、奴はルパンから渡された何かのメモと写真を見て難しい顔をしていて気づかない。

 

「世界を変える石ころ、かぁ。よりにもよってウチのお隣で面倒な……」

 

 ……石ころ?

 ウチ……日本を指しているのか? いや、これが実質奴の国と言えるカリオストロの隣という意味ならば……。

 

(ヴェスパニア……か)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

《江戸川コナンの日記》

 

 

〇9月15日

 

 浅見達がロシアに行ってもうすぐ一週間がたつが、今のところ進展はないようだ。

 別行動をしているらしいから、念のために安室さんにも電話を掛けてみたんだけどやはり同じだ。

 

 どうも、安室さん達には夏美さんの捜査を優先させて本人は灰原を追いかけているみたいだ。

 まぁ、安室さんが組織の連中だろうってのがあるから、それは理解できるけど……。

 浅見が言ってたらしい、頼りになる戦力と合流したってどういう意味だろう。

 

 

 

〇9月17日

 

 蘭のクラスに転校してきた高校生にして舞台役者、伊東玉之助さんの事件は無事解決した。

 殴られて気を失い、病院で寝かされていた玉之助さんの息の根を止めに来た江戸小僧。

 本堂がその可能性に気づいて警察を動かし、初穂さんが警察が確保に失敗した場合の逃走ルートを割り出し、そして俺と世良が高木刑事と一緒に一番の本命に張り込んでいたらドンピシャだった。

 そのまま江戸小僧を確保して、高木刑事が現行犯で奴を逮捕。

 

 主力こそいないけど、事務所の人間や情報が使えるのはやっぱり便利だ。

 最近じゃあオッチャン眠らせなくても、事務所の方から情報回してもらって、それこそあとは子供の振りで多少オッチャンや刑事の人たちを誘導すれば解決できることが多くなった。

 

 それに、今回もそうだけど本堂。あの人の弟は、ドン臭い所はあいかわらずだけど、やっぱり頭の回転は速い。

 アルバイトとはいえ事務所に入ったことで、今までのように一人で動くのではなくあの双子メイドのバックアップを受けれるようになったのもあってか、以前よりも発言するようになった。

 

 自分は……どうするべきなんだろう。

 

 

〇9月20日

 

 園子がいつも以上に蘭を振り回している。 

 蘭も、そんなに付き合いがあるわけではないが、親しくしていた夏美さんと、一応知り合いでもある灰原が攫われたことに気が滅入っているようだから、園子が蘭や俺たちの気分転換にといろいろ頑張ってくれている。

 

 今日は俺も誘って街に遊びに行ったのだが、また殺人事件が発生した。

 しかも、蘭たちの所に赴任してきた英語教師――浅見が言っていた、例のFBIまでが付いてきていた。

 というか、園子が遊ぶ相手は多い方がいいだろうと誘っていたようだ。

 本堂や世良を呼んだのも、大勢ならば気がまぎれるだろうという考えか。

 

 そんで出かけた先でまた事件が起こってれば世話がない。

 今回の事件はゲームセンター。

 近々発表されるコクーンのような、体験型ゲームの後追いがたくさん出ている。

 その中の一つである、実際に軽く手足を動かす格闘ゲームのプロとして有名だった……まぁ、ガラの悪い男が殺害された。

 

 事件そのものは解決。まぁ、自分のほかに世良と本堂がいたのだから容易かったのも当然だ。

 特に、本堂瑛祐。

 浅見が期待を寄せるのもわかる。頭もキレるし観察力もしっかりしている。わずかな証拠でも見逃すことなくキチンと把握している。

 

 今回の事件も、凶器が消えたトリックに真っ先に気が付いてそれを俺達に教えてくれたのはアイツだった。

 

 浅見が言うにはちょっと自分に自信がなくて、思ったことを上手く口にするのが苦手だからそこらへんに気を付けてくれとは言われていたけど……。

 

 自分にも言えることだが、自分の状況をある程度把握している上で協力してくれる人間がいるだけで、かなり楽になっているハズだ。

 

 この前の江戸小僧騒ぎの時だって、自分や世良との連携は見事だったと思う。

 安室さんや沖矢さんと一緒に捜査していた時と全く遜色ない。

 

 いつもなら最近増えた安室さんのファンが騒いだりするから、それに比べれば今日は静かでやりやすかったし……。

 

 あぁ、でもそういや、英語教師のジョディ先生が俺や本堂に妙に絡んできてやりづらかったな。

 次からああいう相手はどうにか園子に押し付けるか。

 

 

〇9月21日

 

 久々に毛利探偵事務所に帰ると、以前元太達が捕まえた宝石泥棒の亀倉さんが刺身の盛り合わせと炊き込みご飯、それにちょっとした料理を持ってきてくれていた。

 

 どうやら浅見がウチの事にも気を回してくれていたみたいだ。

 聞けば、数日に一回はお酒と料理を持って遊びに来てくれていたとか。

 

 そういえば、前に元の声で電話をかけた時に『今は少し家事が楽だから』とか言ってたな。

 あの底抜けに人の良い亀倉さんなら、自然に蘭やおっちゃん達を気遣ってくれるだろう。

 

 そうか、だから浅見は亀倉さんにこっちの事務所の事を頼んだのか。

 相変わらず、細かいフォローが上手い。

 

 おっちゃんも、最初は浅見や恩田さんの事を心配してかなり落ち込んでいたけど、亀倉さんが遊びに来るようになってからは少し元気になったようだ。

 

 

 ……書いててふと思い出したけど、そういえば最近あの美人の事務所員見てないな。

 小泉さん、だっけか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・浅見透、ジュディ=スコットという美人から、灰原哀に関する情報を提供される。
・ジュディ=スコット。浅見透との会話から、自分に遠い親戚がいたという事実を知り驚愕する。

・小泉紅子、単身観光客としてロシアに入国。浅見達のアジトをなぜか突き止め、合流。




『以下、前回忘れていたキャラ紹介』
すみません、前回コラムで紹介するハズだった人間が二人抜けておりましたので
ここで紹介させていただきます



〇『トマス・シンドラー (Thomas Schindler)』(52)/声優:津嘉山正種
『劇場版名探偵コナン ベイカー街の亡霊』

 IT産業界トップのシンドラー・カンパニーの社長。業界の帝王と呼ばれている。
 劇場版では非常に珍しい、最初から犯人が分かっているタイプの犯人。

 樫村忠彬を殺害した後にノアズアークによる反乱が起こり、コクーンを乗っ取られ子供を人質に取られる。
 当の本人はとある事実を隠すために「いっそ皆死んでしまえばいい」と言ってしまう、作中でも地味にトップレベルにやべー奴。
 そうなった場合の事件後の会社運営とかどうするつもりだったんだろうか。


 ……今思うと事件解決した後の影響ヤバいですな。

 割とコナンワールド、デカい会社や財閥がヤバイ事になること多いからニュースを聞いて阿鼻叫喚に陥って首くくる投資家とかめちゃくちゃいそう。これで一年以内とは()


 天才少年のサワダ・ヒロキ君を養子として迎え入れるが、子供に下手な社畜よりもブラックな現場送りにしたため彼は自殺をしてしまう。
 そのために実の父親である樫村が動くことになってしまうという、お前もうちょっと前段階で上手い事舵取りできなかったんかい案件。

 犯罪者であるトマスも勿論だけどコナンワールド、信頼関係の構築で大事故起こしてる人間多すぎ問題。


樫村(かしむら) 忠彬(たたあき)(39)/声優:平田広明
『劇場版名探偵コナン ベイカー街の亡霊』

 本編最強の便利アイテムと化している人工頭脳『ノアズアーク』の生みの親であるサワダ・ヒロキの実の父親。
 そしてコクーンの開発主任である。
 詳細は分からないですが、ヒロキ君の教育などが理由でヒロキ君は奥さんと共に渡米。おそらく離婚? その後妻だった人は亡くなり、ヒロキ君はトマス・シンドラーの養子になる。

毛利のおっちゃんが説教に失敗した子供たちを叱ったりと威厳たっぷりの方だし声がいつき陽介だったので重要キャラかなと思ったら重要すぎてその数分後に亡くなられた方。

なんとコナン世界最強のパパ(銃を撃つ方ではない)のお友達だったことがその後判明。
あのパパさんが、大学時代の友人とか親友ではなく悪友と呼ぶとはいったいどういう人だったのか。

なお、中の人は他のコナンキャラも演じていらっしゃるのですが、その中の一人が以前ここで紹介し、今回ちょろっと登場させた(ある意味)コナンの天敵、『亀倉雄二』(アニオリ225話:商売繁盛のヒミツ)でした。
(なお、225話の次に放送されたのがジョディ初登場となるバトルゲームの罠)
 
 うーん、強い。
 なお、他に演じていらっしゃるキャラも、常連キャラでこそない物のリアルタイム世代なら「あーーー」となる人物が多いので、気になる方はチェックを。





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113:開幕直前

「どうやら、来た甲斐はあったみたいね」
「……小泉紅子。単身で乗り込んでくるなんて……正気?」
「なんで君まで来ちゃうのさ。紅子にはキャメルさんのフォローを頼みたかったんだけど?」
「貴方、私に会う前にさっさとあの老人との対決にいっちゃったじゃない。それだと死ぬわよ。ほら、ちょっとかがんで」
「…………だからさ。この頭撫でる儀式に何の意味があるの?」
「気休めよ」
「俺の?」
「私のよ」
「…………さいですか」


「なぁにトオル、お前そういう趣味なの?」
「ぶっ飛ばしますよ窃盗犯」
「その呼び方止めろって言ったろい」
「唐突に乗り込んで悪かったけど、貴方達の邪魔をするつもりはないわ、ルパン三世。ほら、そこで体育座りしている人」
「む?」
「これ、よかったら使いなさいな」

「……これは……刀?」
「ウチの蔵を探って、なるだけ見合いそうなものを引っ張り出してきたのよ。まったく、持ち込むのに苦労したわ」
「う、うむ、確かにかなりの業物と見受けるが」
「貴方の得物に比べたらナマクラもいい所でしょうけど、代打ちとしてならどう?」
「……かたじけない。しかしなぜ拙者に――」
「そういうモノが視えたからよ。まぁ、最初は浅見透に使わせようと思ってたんだけど……使えるのなら存分に使ってちょうだい」



「…………トオルくんトオルくん」
「なんすか?」
「メアリーちゃんといいあの美人ちゃんといい、君ん所の女の子ってば癖が強すぎない?」
「頼りになるでしょ?」
「なりすぎでしょ……」







「……なんと麗しい」







 

 

 

 小学校が終わって、元太たちと別れてから浅見探偵事務所に顔を出すと、飯盛さんや亀倉さん、西谷さんといったレストランスタッフが普段は所員しかいないメインの事務室の中央テーブルに集まってなにか話し合っていた。

 

 まぁ、聞いてみると話し合っていたというより、ただの愚痴大会だった。

 

「それじゃあ、皆今夜のヴェスパニアのパーティにヘルプとして参加する予定だったんだ?」

「そうなのよコナン君。サクラサクホテルの総料理長が、特に亀倉さんの腕をすごく気にいっててね。割と前から打診されていたのよ。本当なら、昨日改めてホテル側のスタッフと最後の打ち合わせをやってそのまま仕込みに入って、今も厨房にいるハズだったんだけど……」

「突然ヴェスパニア側から、ホテルのスタッフ以外を関わらせないでほしいって言われてアタシたちはお役御免! まったくもう、昨日から明日までお店をわざわざ閉めたってのに!」

「まぁまぁ、飯盛さん。ここ最近は店も連日連夜忙しかったし、たまにはゆっくり休みましょうよ。新店舗の移転計画などもあったでしょう?」

「それ、一番忙しかったのそれこそ亀倉さんですよね? ここ最近仕入先をどこにするか走り回って……。今夜のパーティだって、貴方と向こうの総料理長が一生懸命――」

「まぁ、僕は修行先の料亭や、それこそ例のまんぷく食堂で忙しいのに慣れてますから。それに、作ったものを廃棄するという話ではないので、まだ自分は安心できるというか……お金は、当初の額よりかなり多めにホテルから頂いていますし」

「もう! 相変わらず人がいいんだから亀倉さん」

 

「み、皆大変だったんだね……」

 

 やべぇ、そんな忙しい中で亀倉さん、飯まで作ってくれてたのか。

 ……今度おっちゃんに、それとなく亀倉さんの店もっと使うように言っておくか。

 

「今一番大変なのは鳥羽さんじゃないかしら。ほら、さっきの事で今も会議室使ってるみたいだし」

「ええ、キャメルさんと刑事さんも出てきませんし。……そろそろ何か差し入れでも入れた方がいいのでは」

「止めときなさい。知っちゃ不味い事話してるかもしれないし、そういうのはあの双子ちゃんの仕事でしょ」

 

 浅見たちがロシアに行っている間、事務所の運営維持を任されている鳥羽さんはもちろん、最近じゃあ公安の捜査案件に協力していたキャメルさんも出席する貴賓の警護に当たる事になっている。

 

 警備スタッフには、越水さんの所が用意している専門の訓練を受けた警備スタッフも動員する予定だったらしい。

 もっとも、こっちもヴェスパニア側が直前になって『警備人員はあくまで浅見探偵事務所の人間だけでお願いしたい』と注文をつけて来たために、今警備計画を見直している真っ最中とのことだ。

 

 さっき部屋の前の通りかかったときに声がちょっと聞こえたけど、キャメルさん珍しく怒ってたなぁ。『安全にかかわる事の段取りをなんだと思ってるんですか!?』って。

 鳥羽さんは変わらないというか、『お偉いさんなんてそんなもんさね』と軽く流していたっけ。

 

(自他共に認める悪人って言ってるし実際そうなんだろうけど、あの浅見が重用するだけあって現場から交渉、交流まで色々な場面に慣れてるよなぁ、鳥羽さん)

 

 そんなことを考えていたらちょうど会議室のドアが開いて、鳥羽さんとキャメルさん、それに神経質そうなメガネをかけた刑事が出てきた。

 

「なんだ坊や、アンタも来てたのかい」

「鳥羽さん……。お疲れ様」

「はっは、アンタに気遣われるたぁ、アタシもまだまだかね」

 

 顔色も含めて一見するといつも通りの鳥羽さんだが、よく見るといつものブラウスの袖や襟元が少し汚れている。

 

(こりゃ、しばらく事務所に泊まり込んでるな……)

 

「あぁ、コナン君。こんにちわ。学校帰りかい? いつもの子供たちが見当たらないけど……」

「うん。キャメルさんもこんにちわ。今日はアイツら、皆で紅葉御殿に行くって言って……」

 

 もう少ししたら、あそこの屋敷は綺麗な紅葉に覆われるからなぁ。

 一番綺麗な紅葉と見比べるために、今の紅葉を写真を撮っておきたいとか。

 

「それより鳥羽さん、今日の警護に就くんだよね?」

「あぁ。まったく、たった二人で警護もクソもないだろうに……」

「……ホントにキャメルさんと二人だけで警護するの?」

「あんま使いたくない手だったんだけど……招待客の中に、あくまでただの高校生ってことで真純を滑り込ませた」

「世良の姉ちゃんを?」

「実力的には安室さんや沖矢に一歩及ばないけど、逆に言えばあと一歩であのレベルの女だからね」

「えぇ。彼女、格闘戦では私でも勝てない時がありますし、学生の身分でなければ所長に進言して、我々の所員として迎え入れたい人材です」

 

 キャメルさんの言葉に後ろの刑事は目を丸くして「そこまでなのですか……」と呟いている。

 

「坊や、アンタも来るかい?」

「行っていいの?」

「そもそも、例によって例のごとく鈴木の嬢ちゃんが来るしねぇ。ってことは蘭姉ちゃんも来るだろうし、多分毛利の旦那も来るだろうし……ねえ?」

「……どっちにせよ僕も行く流れになりそうだね、ソレ」

「まぁね。……正直、こういう公的な依頼で坊やに頼るのもどうかと思うんだけど、アンタがパーティ会場にいてくれるってだけでこちらとしては多少安心できる。相手がただの暴漢だった場合、毛利の旦那も立派に頭数に入るからね」

 

 いつもならばこういう仕事の時の主力だって言ってた山猫の人たちもいないから、完全に人手が足りていないんだ。

 

「ヴェスパニアの人には、人手不足って事伝えたの?」

「あぁ、とっくに。向こうに行く前にボスも、違約金払うことになるけど断ろうって方針だったんだけどねぇ、なぜか頑なにウチに警護をって言われて……まぁ、今に至るって事さ」

「……なんか、こう……妙だね」

「だろう? そこまで怖がるんならそもそも警察を入れればいいのに」

 

 というか、依頼と行動が噛み合っていない気がする。

 いや、そうか……ひょっとしたら

 

「ねぇ、その依頼ってヴェスパニア政府から出されたものなんだよね?」

「あぁ」

「具体的に、誰が出したものなの?」

「具体的にって……」

 

 そこまで言って鳥羽さんは気が付いたのか、額に手を当てて軽くため息を吐く。

 

「ジラートっていう侯爵様だね。死んじまった女王様の弟。つまり今夜来る王女様の叔父ってわけさ」

「それじゃあ、警護に関しての指示は?」

「そっちはキースっていう伯爵様。やけに態度が不遜で、目暮の旦那……はともかく高木の奴、地味に怒りのゲージが溜まってるね」

「あの……どういう事でしょうか?」

 

 納得したような態度になった鳥羽さんに、メガネの刑事が訪ねる。

 

「ようするに、内部争いの可能性があるってことさね」

「内部……ですか」

「疑心暗鬼なのか、あるいはなんらかの情報があるのか……キースって奴は警備を出来るだけ自分の所だけでやりたいんだろうさ」

「でもジラートさんは、なんとしても鳥羽さんたちを付けておきたい。その理由は分からないけど」

「だから、ウチの手数が少なくなってる事に目を付けたキースって奴が、そこをついて依頼をウチだけって事にしたんだろうさ。実質いてもいなくても変わらない存在になるし。ある意味向こうもこちらを監視しやすくなる」

「……警備を薄くしたのは、ミラ王女を害しやすくするためというのは考えられませんか?」

 

 キャメルさんがそう言うが……。

 どう……なんだろう?

 

「なくもない……って感じかなぁ。アタシの勘だと」

「うん。僕もそう思う。だって、本当にそのキースって人が王女様に悪い事しようとしているんなら、ちょっとあからさますぎるんじゃないかなぁ。そのまんま当たってたって可能性もあるとは思うけど」

「……なるほど」

 

 キャメルさんがメガネの刑事に目配せすると、刑事はインカムで何かつぶやいている。

 多分、パーティは無理でもホテル客として私服警官を紛れ込ませるのだろう。

 

「まぁ、今日の夜さえ乗り越えれば明日の朝には羽田から帰国。一安心って所だ」

 

 鳥羽さんはそういうと、時間まで仮眠すると言って事務所の貸し部屋の鍵を借りてさっさと入っていき、キャメルさんと刑事はコーヒーを飲みながら計画を詰めていた。

 

 そうしている間に世良が来て、俺は世良と共に一足先にパーティ会場に行くことになった。

 

 

 

 そしてその夜、まさかと思っていた事件が起きた。

 

 ミラ王女の毒殺未遂事件が発生したのだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「始まりは冷戦だ」

 

 それまでいた民家のような所から移動させられることになった灰原は、老人が運転する車の助手席に座っていた。

 老人は、依頼されていたもう一つの大事な品物の取引がようやくまとまり、その場所へと向かっていた。

 

「冷戦という史上最大の我慢比べにより、かつてこの地にあったソビエトという国は疲弊しきった」

 

 楽しそうに運転する老人の後ろの席には、無表情のままライフルケースを横に置いてトランクケースを抱えている男が一人――兵士にしては少々虚弱な印象を受ける男が座っている。

 さらにもう一人、退屈そうな顔をしている日本人の美女も。

 こちらは分かりやすく拳銃を二丁、ホルスターにぶら下げている。

 

 場所を見て車から飛び出して逃げようかとも灰原は考えていたが、男の方はともかく女の方は逃がしてくれなさそうだと判断していた。

 灰原がさりげなくドアに手をかけた時でも、気が付いたら拳銃を抜く態勢に入っていたからだ。

 

「当時のこの国のトップは、このままでは国が立ち行かなくなる。政治、経済、そして外交にも、あまりに味が薄かった従来のやり方に自由というスパイスを一振りかけなくては。そう考えたのだよ」

「……ペレストロイカ」

「そう、ペレストロイカ。今の君ではしばらく聞くことがないだろう言葉だね。……む? 小学生の社会の授業はそこまでいくのかね? なにせ孫も子供もいなくてね、そういう知識には疎いのだよ」

「知らないわ。私だって、小学校の教育カリキュラムに興味ないもの」

「そうかね? クックック、まぁそうか」

 

 明るい中を走っていた車は気が付けばトンネルの中へと入り、光は全てどこか人を不安にさせるオレンジの光になる。

 長い、長いトンネルだ。

 

「西側諸国と相互に依存し、他の社会主義国とは対等の関係を掲げた外交。金にならない産業を無理やり存続させた旧来の経済体制から市場経済の導入、さらに政治の民主化と……まぁ、いろいろ頑張ったが、結論から行けば上手くいかなかった」

「自由市場による競争の激化から崩壊していく多数の産業、食料は配給制になり抗議運動が活発に……」

「そう、そしてその後、地方の独立運動などが活発になり……まぁ、結局崩壊し、今のロシアとなったわけだ」

「……ピスコ」

「哀君、私はもう組織の幹部ではないのだが……まぁ、悪くはないか。ヴィランというものは得てして、陳腐でわかりやすい名前で呼ばれるものだ」

 

 で、なにかね? と目で問うピスコに灰原は前を見ろと注意をし、

 

「民主化という自由の波がソビエトを襲い、跡地にロシアが出来たっていう一言で済む歴史の授業はもういいわ。貴方の狙いはなんなの?」

「なにも」

「……なんですって?」

「だから、なにもないのだよ。私は彼と遊びたいだけだったからねぇ。それで適当に遊ぶ理由をさがしていたら、彼らから依頼を受けたというわけだ」

「……香坂夏美の誘拐」

「それともう一人。まぁ、そちらはわざわざこちらへ来てくれたようだが」

「……それが誰かはともかく……どうして?」

「先ほどの話に戻るが……自由が振りかけられたこの国は美味くなったかい?」

 

 老人のつまらない比喩に、少女は眉を顰める。

 

「……いいえ。豊かになった者もいるんでしょうけど……急激な民主化は却って格差を広げ、国力を大幅に下げる結果になった」

「その通りだ。そうなると将来が見えなくなった大衆は大体いつだってこう思うんだ。『あぁ、あの頃はよかった』と。まぁ、年金で生活するハズだった高齢者や円満退職目前だった失業者等はなおさらだねぇ」

「そういう人が貴方の雇い主?」

「いいや、真逆さ。自由主義によってこの国の実権を握りつつある存在。つまり『逆戻りは困る連中』が私に頼んできた」

「……なのにどうして、古い時代……それもソビエト以前の象徴であるロマノフの血筋を?」

「つまりは、ソビエト時代を否定することになる」

「懐古主義に傾くんじゃ?」

「なぁに。万が一君主制になろうとも、システムの側にさえなれば依頼者達は儲ける側だ。そもそも、その君主に政治力など決してないのだからね」

「それで香坂夏美と、そのもう一人を……」

「まぁ、身寄りのない所で脅しつければそう動かざるを得ないものさ。一応もう一人、乗り気の候補者がいたらしいが……まぁ、ソイツは中途半端に能力のある俗物だったようでね」

 

 老人は指を銃の形にして、自分のこめかみにあてて軽く弾いた。

 

 気が付けば、車を出してから20分ほど経っていた。

 終わりが見えないほど深く長いトンネルの中、ようやく老人は車を止める。

 

「仮に今の政府が踏みとどまり『逆戻り』を防いだ所で、今は自分たちの経済活動を支援してくれている政府もいつかは自分たちを抑える存在になりかねない。その可能性を閉じるには、自らで、完全なる自らの経済活動のための国家を作ればいい。彼らはそう考えたのさ」

「つまり……クーデター?」

「少し違う。彼らはここが難しい土壌であることを理解している。ただ国を乗っ取った所で、消費者にして労働力であるロシア国民は付いてこない。それどころか空中分解しかねない」

「……ただの乗っ取りじゃあ駄目なら……」

「駄目なら? どうするかね?」

 

「……国をわざと割る気? 自分たちに乗る者と、そうでないものに選別して……だから分かりやすい象徴が欲しかった?」

「正解だ。一応ね、だがもう一つ必要なものがある」

 

 老人は、小さく笑う。

 

「とびっきりの悪者さ」

 

 そう言って老人は車を降りて、助手席の扉を開けてまるで執事のように一礼する。

 

「哀君、これを付けたまえ」

「? これは……」

 

 老人が灰原に差し出したのは安っぽい紙のベルトだった。

 サイズは小さく、手首に巻き付けるものか。

 

「これはなに? なにか黒くて固い物が入っているけど」

「あぁ、その半透明の物がいつでも見えるようにしておくといい。大事なことだからね?」

「……これって……カメラのフィルムを切ったもの?」

「あぁ、それから目を離してはいけないよ? ま、あくまで念のためのモノだがね」

 

 老人は同じものを手首に巻いて、フィルムが張り付けてある面をトントンと叩く。

 

「それが半透明から黒く濁ったのなら、急いで離れなきゃいけないというサインだからね」

 

 その言葉の意味するところを理解し、灰原の顔は真っ青に染まった。

 

 

 

 




ルパン,五右衛門,浅見,メアリー、紅子をアジトに残して目標施設に潜入
事態を把握した浅見透、殺人事件が恋しいから日本に帰ると駄々をこねメアリーに急所を蹴り上げられる。


恩田、以前瀬戸瑞紀が鈴をつけていたICPO職員を通して移送させていたジョドーと面会。交渉。




「お目にかかるのは初めて、ですね」
「儂はお前を知っている。資料という形でだがな」
「……ただの嘘つきが、ずいぶんと有名になったモノです」
「あの男の勢力を拡大させたのは、他でもないお前であろう」
「私はただの所長のスピーカーですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「そう思われていないことは、お前が一番肌で感じているのだろう。……熱心に監視されているようだが?」
「……これ、熱心な方なのですか? その、正直比較対象があんまりなくて……よくある程度だなぁとしか思ってなかったのですが」
「…………さすが、というべきか」
「……すみません。相手が相手なので、柄にもなく無駄な前話を……本題に入りましょう」
「分かっておる。あの男から、散々話は聞いていた。そして儂は毎回こう返しておったわ。『正気か、小僧?』……とな」


「儂はあの男の腹に大穴を開けた男で、あの男は儂の主君を倒した男だぞ」
「それでも……いいえだからこそ、所長は貴方のお力を必要としております。ミスタ・ジョドー」

「……儂の部下の一部が、枡山憲三に付いたというのは真か?」
「はい。全体のおよそ三分の一が姿を消しました」
「そうか。……ではさらに三分の一は死んでいたか?」
「……はい」
「……互いに殺し合わさせられたか。生き残った者が奴に付いたのだろう?」
「ご遺体の傷の様子からして、おそらく」
「……枡山憲三。人の闇を知っておる」



「恩田遼平。浅見透も、そこの通信機器で聞いているのだろう。貴様らの誘い、受けるには条件がある」
「……聞きましょう」
「栄光を」
「…………」
「カリオストロ公国に、今一度栄光を……っ」



「カリオストロ公国は闇なくてはやっていけなかった小国だ。国連加盟国といえど人口は三千人余り。工業を興すには国土が小さすぎ、産業を興すには人が少なすぎた」



「もしゴート札という闇がなくば、良くて観光資源が頼りの弱小貧国。大体は歴史の中で列強に飲まれていただろう」



「闇が強くなければ、強かったからこそ公国は公国足りえた。伯爵殿下しかいなかった。複雑化していく現代情勢の中で、殿下だけが、列強と渡り合える唯一のお方だった。そんなお方にお仕えできるのは、儂にとってなによりの誇りだった……」




「我らは敗北し、伯爵殿下のカリオストロは終わった。それはいい。勝者となったクラリス姫殿下……いや、女王陛下が新たなカリオストロを作っていくのは当然の流れだ。……だが、正直に言おう。女王陛下にあの国を守れるとは思えぬのだ。勝者の形に国が変わっていくのはいいが、我らが我らなりに守り、築いた国が弱まり、列強のいいようにされる姿を見たくはない」




「儂の知る限り、あの男しかおらぬ。それができるほどの闇を見せてくれたのは、伯爵殿下以外には、奴しかおらぬ!」




「……ということですが、所長?」







『イテテテテ……うん。その条件、確かに受け取った』




『さっそくだけど、その条件を達成するためにやってもらいたいことがある。面白い依頼のおかげでチャンスも来たし』




『残ってるカゲは同じようにそちらに移送してある。彼らをまとめて、指示を待ってほしい』






「…………かしこまりました。旦那様」





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114:ロシア騒乱、王女逃走、とある女子高生の醜態

すみません。話の都合上、今回は少々短めかつ薄目です
出来るだけ投稿速度上げるので許してください


 

 妙な宗教団体が本拠地として使っていた施設。

 まるで城のようなそこに、なぜか香坂夏美が移送された。

 

 侵入して真相を確かめようにも、なぜか城に立てこもっているマフィア一味とそれを取り返そうとする信者の抗争が激化していてうかつに近づけなかった。

 軍警察に連絡を付けようにも、地元の数少ない電話は破壊されていた。

 

 加えてなぜかそこに、いわゆる大手営利企業の人間が関係していることまで掴んだ時に、透からとんでもない内容の機密通信が飛んできた。

 

「ロシアの東西分断!? しかも核の発射用意が進んでいる!? 間違いないのか!?」

『俺も信じたくないけどマジなんですわぁ、安室さん』

 

 情報の重大さとまるで正反対な、能天気ともいえる声で透が答える。

 周りでこの通信を聞いている面々は、沖矢さんですら顔を引き攣らせているというのに……っ!

 

「核の狙いは!?」

『ちょっと待って、今連れが調べていて……あっちゃあ』

「どこだ!?」

『わかりました。狙われてるの、日本です』

「なんだと!?」

『場所は北海道の一部と東北の主要都市……うげぇ、今年七槻達と行く予定のスキー場んトコまで含まれてやがる』

 

 首都圏ではない……?

 そうか、ロシアにとって近くて目障りな地域を核で使えなくするつもりか! 馬鹿共が!

 

『まがりなりにもロシアほどの大国を東西に分断するためには大戦が必要ってことでしょう。多分』

 

 だからどうしてお前はそう呑気なんだ!

 

「しかしそれじゃあ……いや、そうか。ロシアの先制攻撃による大戦勃発……同時にロシアの沿岸部を含んでいる東部がそれに反発した形で蜂起、太平洋側の西側勢力の橋頭保になる。そういう……?」

『ついでに今も先もやっかいな競争相手の日本の力も削いでおきたいってとこですかね? 攻撃した罪を全部モスクワの人間と軍に押し付けて最終的に勝利すれば、分断した後のアレコレが終わった後に親,反露感情で複雑な事になっているEUや東欧諸国に対しての緩衝地域になる』

 

 素人考えですけどね。と透は言うが、そもそも状況が異常すぎる。十分に考えられることだ。

 

「どこまでも……っ」

『日本を撃てば確実に米軍は動く。……ひょっとしたらすでにアメリカとも話もついてるか……あるいはアメリカもガッツリ関わっているかもしれませんね。在日米軍に動きがあったのを今確認しましたし……あぁ、そうか、違う。蜂起じゃなくて、占領してもらう気かも』

「……無理やりにでも資本主義を根付かせるために?」

『失敗しても恨まれるのはアメリカだし、ドルを始めとするかなりの外資が地域に流れ込む。どう転がっても統治はやりやすくなる』

 

 黒幕が誰だか知らないが、ずいぶんと巧妙に動いてくれる。

 どう転んでも表向きは被害者、あるいは義憤に立ち上がったヒーローになるつもりか。

 ……いや、

 

「しかしミサイル攻撃ならば跡が付く。となれば発射基地への調査から黒幕に足が付くぞ。後々他国が調査に関われば不味いハズだ! 仮にアメリカが後ろについていたとしても、全てを握りつぶすのは無理だ!」

『連れの話によると、それをどうにかしちゃうやっかいなモノを枡山さんが持ち込んじゃったみたいです』

「あのクソ野郎!」

 

 ピスコ! また貴様か!!

 

「老人が! くそっ、どうなっているんだ!」

『ホントどうなってるんだ……なにかがこっちに混ざって流れがバグってるのか? キッドみたいな泥棒案件よりも殺人事件を恋しく思う日が来るとか……本当にメインストリームはこっちなのか疑わしくなってくるとか俺にどうしろと――』

「なんの話をしている?!」

『……世界の話かなぁ』

 

 いつも時折意味の分からないことを言いだしたり指示を出して、その実いつだって物事の核心を突くのが浅見透という男だと知っている。散々思い知らされている。

 

 だが、同時にいつも思うがもっと分かりやすく話せ!!

 瀬戸さんが吐きそうな顔をしているし、あのキュラソーですら頭を抱えているだろうが!

 

『まぁ、安室さん達は予定通りそっちお願いします。そっちもかなり混沌としてるんでしょう? 情報を聞いて、こっちで仲良くなった警官隊にフル装備でそっちに向かうように手回ししたんで、突入に乗じて――』

「いいから! 今すぐそっちに戦力を回す!」

 

 アメリカのマフィアとなぜか武装している宗教団体といえどプロではない。

 むしろ正規軍を相手に殴りこむ可能性が出てきたそちらの方が!

 

 もうこうなったら山猫のメンツを全部そっちに回してでも――

 

 

『いや、時間ありません。というかもうこっちは動いているんで。安室さんも気を付けて。焦りは最大のトラップですよー』

「お前がそれを言うな! ……動いて? 待て、ノイズと思っていたがすごい数の銃声が聞こえるぞ! 透、お前今なにをしている!!」

『ちょっと世界救ってまーす』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「坊や、真純。王女様見つけたってのはマジかい?」

 

 サクラサクホテルのレセプションパーティで起こった王女毒殺未遂事件。

 ホテルスタッフのソムリエと入れ替わったチンピラが、ワインに毒を――本人は下剤と聞かされていたようだが――混入させて飲ませようとしたのだが、事前に煙草を吸っちまったために、鼻の利く坊やや瑛祐にあっさりバレて、慌てて逃げ出そうとしたところで真純の蹴りを食らってその場で確保された。

 

 とまぁ、そこまではよかったのだが……。

 怖くなったのか、あるいは嫌気がさしたのか、その王女様が火災警報器を利用してドレス姿のまま逃走しちまった。

 

 キースって伯爵様は頑なに捜索は必要ないとしか言いやがらないし。

 パーティの警護も終わったし帰るって形で自分もキャメルもリシも街を探し回っていた。

 

『うん! だけどどういうわけか、ウチ……あぁその』

『どういうわけか、ボクの学校の制服を着てたんだ! いったいどこでアレ手に入れたんだ!?』

「帝丹高の制服って……そりゃあ、毛利の嬢ちゃんと見た目変わんなかっただろう」

『後ろ姿なんて完全に蘭君だったよ。普通に声かけちゃった』

「真純、お前さんいつもカメラ持ち歩いてるだろ? 記念に一枚くらい撮っといたか?」

『そんな余裕があるわけないだろ!?』

 

 ち、やっぱダメか。是非とも毛利の嬢ちゃんに見せつけて「お姫様」呼びしてからかい倒したかったのだが。

 

「まぁいいさ。場所を教えな。車で探してるキャメル達を向かわせるさね。ついでに交通部の婦警も動かす。女捕まえるには絶対に女一人つけておかないと面倒くさい事になるからね。アンタじゃ男に間違われるかもしれないし」

『悪かったねぇ!』

 

 事務所員用の防弾防刃のスーツは、お洒落というか皆同じ服にならないように色やデザインのバリエーションはあるけど、そういえば女性用のスカートはなかったな。

 まぁ、動きやすさっていう点だと、格闘する時もあるから悪くないんだけどさ。守る面積も多いし、防御力も上なんだが。

 

(……今度、真純を連れて街に出るか。クリスは記憶失くしててもセンスはあるし、ちょうどいい。鈴木の嬢ちゃんは……嬢ちゃんはどうするかねぇ)

 

 とにかく今は王女様だ。この時間に制服でいるなら、補導員に手を回して監視網を広げるか。

 王女が外に出ている以上、多少こちらが派手に動いても構わないだろう。

 

『初穂さん! キャメルです!』

 

 そんなときに、うちの名ドライバーから通信が入る。

 

「あぁ、キャメルかい。ちょうどよかった、真純たちから連絡が――」

『王女を発見しました! 何者かが運転するバイクの後ろに乗って逃走中!』

「…………はぁ?」

 

 一瞬の間に、まぁたワケのわからないことになってるね。

 

「アンタから見て手練れかい?」

『かなりの! 機体のチョイスにカスタム、テクニックにルート取りもプロのそれで! いえそれより!』

「それより?」

『そのバイクに目掛けて、この街中で銃火器を発砲している連中がいます!』

 

 発砲。

 

 銃火器。

 

 銃火器を発砲。

 

 ……発砲?

 

 この街中で?

 

「……誰か今すぐうちのボスをここに連れてきてくれ」

『いない人間を数にいれても仕方がなかったのでは!?』

「わーかってるよ! キャメル! 今乗ってる車は爺さんたちの手が入ったヤツかい?」

『はい、完全仕様です!』

「んじゃ、盾になってやんな」

『あっさり言いますね。いえ、まぁ今そうしているのですが』

「あぁ、道理で雨も降ってないのに雨音がすると思った」

『問題はそれをやっていると王女を見失いそうになるということなんですが!!』

 

 そりゃあそうだろうねぇ。

 前だけ注意してやっとの状況で後ろも注意してどっちも完璧にこなせなんて無茶もいい所だ。

 いつもなら一台の車には最低二人は乗せるのに、今回は人手不足の面から別々に分けている。

 

「銃撃されているって事実を目暮の旦那に挙げて警察を動かす。とにかく後ろの連中を前に行かせなさんな。王女様が撃たれでもしたらそれこそアウトだ」

『バイクの運転手は?』

「バイクなんていう装甲もクソもない所にバカスカ撃ってきてるんだ。少なくともお仲間ってわけじゃないだろ。逃がすわけにはいかないのは同じだけど、危険度の高いのはどう見ても追手の方さね。出来るだけ無力化しな。王女様の方にはちょうどもう一組が追いつきそうだしねぇ」

 

 もう一つの携帯で、目暮の旦那の番号を探りながら対処を考える。

 

「――真純、話は聞いてたね?」

『あぁ、コナン君も例のスケボーで追跡している!』

「もう動いちまったのかい坊やっ。いいかい真純、適当に追うだけでいい。銃撃の話を聞いたらいくら上からの圧力があったって非常線を敷かなきゃいけないハズさ。その時までに王女の大体の位置を捕捉できてりゃそれでいい。追い詰めすぎるんじゃないよ? 言ってる意味わかるね!?」

『分かってるさ鳥羽さん! それじゃあまたあとで!』

 

 …………。

 

(ホントにわかってんのかねぇ)

 

 主力陣に一歩及ばない所があるとすれば、危機回避力というか引き際を見誤りそうな印象が拭えない所かねぇ。

 リシを付けておくか……いや、

 

「もしもしリシ? 急いで今キャメルがいるところに行って、その後の追跡してくれ。GPSで分かるだろ? 途中でキャメルが無力化させた奴がいるなら、片っ端から拘束を頼む」

『ミラ王女を追っている世良さん達ではなくてですか?』

「逃げてる奴はプロだ。だったらその行動には一定の信頼がある。怖いのは危ないおもちゃ振り回している素人が、捕まるの怖さに馬鹿やることだ」

『……っ。わかりました、すぐに向かいます!』

 

 とりあえずはこれで良し。後はいかに早く数で当たる警察組織を動かせるか、か。

 

 

 

 

(あぁ、ボス。つくづく思い知ったけど、ボスや恩田のありがた~い手回しってのは……簡単に真似できるもんじゃないねぇ)

 

 

 

 

「あー、もしもし目暮の旦那? 王女様を見つけたよ。だけどややこしい事になっていて――」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「銃撃戦!? 間違いないのかね初穂君!」

『あぁ、今キャメルがガードしている。王女の方はなんとか逃げ場の少ない米花ブリッジの方に追い込むつもりだけど、今のままじゃあ保護できるかどうか微妙なラインだ。とにかく、下手に怪我人出させないためにキャメルに物騒な連中を無力化させてる』

 

 

 鳥羽君から連絡をもらってすぐさまヴェスパニア側にミラ王女の捜索を進言したのだが、なぜか肝心のヴェスパニア側が捜索を渋っていた。

 ヴェスパニアのSPが王女を取り逃がしたので、すかさず非常線を張るよう指示を出していたが……遅かったか!

 

『キャメルの話だと、どうも撃ってる方は素人みたいでね。撃ち方も追いかけ方もてんでなっちゃいない。武器にろくに触ったことない奴らだってんなら、むしろプロよりも面倒なことを起こしかねない。急いで拘束してほしい』

「わかった。すぐにそちらに人を送る!」

「目暮警部!」

「おぉ、白鳥君。大至急―」

「このホテルの正面入り口にて、ミラ王女を発見しました!」

「…………はい?」

 

『……旦那。白鳥の坊ちゃん、今なんて?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、綺麗なドレスに身を飾った少女がいた。

 

「そんな、ダメだってば新一。突然そんなことを言われたって……」

 

 少女はほほを赤く染めて、身をよじらせていた。

 

「えぇ、だって……そんなこと急に決めちゃ……嫌じゃないけど――」

 

 ヴェスパニア王国王女、ミラと同じ格好をして同じ顔をした少女が、

 

「でも、困っちゃう。もう♪」

 

 一人で勝手に舞い上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「高木君」

「はい」

「王女は……なにをしとるんだ?」

「……さぁ」

「警部殿、こりゃあ……ガラスに映った自分に見とれてますな」

 

 ガラス一枚を挟んだ父親の目の前で、醜態をさらしている一人娘の姿があった。

 

「……このガラス、見えるのはこっちからだけで向こうからだと自分が写るだけですからね」

 

 

 

 

『……そういや、帝丹高校の制服を着ていたとか真純が言ってたっけなぁ』

 

 

 

 

 

 

 




〇ジョドー、残ったカゲを率いて宗教団体の本拠地に潜入。目的の物の確保に動く
〇安室透、総力を挙げて宗教施設に潜入。軟禁状態になった香坂夏美を発見、確保

〇浅見透、何者かの私兵集団に襲われヒャッハーとテンションが上がり、皆と一緒にレッツパーティ


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115:『幕間~ロシアより愛を込めて②~』

約束通り更新速度を早め……早めてますよね?


「それで、なんの取引だったの?」

 

 この物騒すぎる老人と思っていた老人は、自分が考えていた以上にとんでもないことをしていた老人だった。

 

「なぁに、ただの石ころさ。まぁ、実際取引自体は君を連れてくる前に終わっていて、ここに来たのは最後の確認というやつだったのだがね」

「欲しい物なんていくらでも買える新興財閥のお歴々が欲しがる石ころが、ただの石ころなわけないでしょう?」

「まぁ、そうなのだがね」

 

 今自分たちがいるのは、どこかの応接室のような場所だ。

 道中の様子からして、おそらく軍の施設だろう。

 それも、この世でもっとも物騒なものを扱う。

 

「数年前……いや、君達からするとあるいはついこの間かもしれんが、ヴェスパニアで大きな地殻変動があったのを覚えているかね?」

「? え、えぇ。でも数年? 確か、半年くらい前の話じゃなかったかしら?」

「おや、やはりそうだったかね。すまないねぇ」

 

 クックック、と全くすまなそうな顔をしていない、胡散臭い笑みを浮かべる老人は相変わらず上機嫌だ。

 数日前からは特に。

 

「あの地震のおかげで起きた地殻変動により、あの国のとある場所にて、本来ならば数十キロ以上は下にあるはずのモホロビチッチ不連続面が顔を出したのさ」

「モホロビチッチ……たしか、地球の地殻とマントルとの境界のことだったかしら」

「その通りだ。専門外のことでも博識だねぇ、哀君」

 

 自分と一緒に枡山憲三についてきていた連中は、渡されたお金や武器の確認を行っている。

 あのレイコと呼ばれていた女なんて、札束の山にわかりやすく反応していた。

 

「当然サクラ女王は、異変が起きた縦穴を徹底的に調べさせた。なにか異常があっては大変だからね」

「そこで見つかったのが、その石ころというわけ?」

「その通り」

 

 一方、老人はここにきて念入りに武器の整備を行っていた。

 どういうわけかあっさり武器の持ち込みを許されていたこの老人は、自分の拳銃をここで丁寧に分解整備し、組み立て終わったら今度は磨いている。

 

「ヴェスパニア鉱石」

 

 ある程度磨いて満足がいったのか、まだ弾を装填していない拳銃を何度も構えて、何かを確かめている。

 

「見つかったのは本当に偶然だ。サクラ女王も不運な……。もし、調査を適当に終わらせていれば、このような事態にはならなかっただろうに」

「……その鉱石には、なにか特別な?」

「うむ。一言でいうならば――究極のステルス素材だ」

「ステルス……じゃあ、フェライトのような電波吸収材の役割を」

「話が早いねぇ、その通りだ。いかなる電波や電磁波もパーフェクトに吸収する性質。便利だろう?」

「……それを核弾頭に……本当に?」

「言っただろう? とびっきり分かりやすい敵が必要なのさ。……あぁ、サンドバッグとも言うね」

「それで、何も知らない香坂さん達を傀儡の女王に? 仮に彼女が本当にロマノフの血筋だとしても、信じるだけの正当性はあるの?」

「あぁ、今頃、浅見君達が確認してくれているのではないかな?」

「……あの人が?」

「組織から離脱する時に拝借してきた資料の中の一つ。誘拐、勧誘予定のプログラマーリストの中に、樫村という面白そうな男がいてね。なかなか面白いシステムを持っていたので利用させてもらった。ついでに彼の元に有能な人間を集めたかったのでちょうどよかった。システムはもちろん、あのシンドラー・カンパニーや樫村君とのつながり、そしてこのロシアでの一戦は、間違いなく浅見透という男をさらに上へと押し上げる」

「……敵なんでしょう?」

「敵だから恋をしたのだよ」

「……貴方の言うロマン?」

「そうだとも。分かるかい?」

「分からないけど分かるわ」

 

 相変わらず、この老人は浅見透に対して妙な執念を感じる。

 

「もっとも、彼らも詰めが甘い。ラスプーチン気取りの愚者をパージするまではよかったのだが、自分が殺されるかもしれないと思っていた奴は、人質……いや、案外ただの女として欲しただけかもしれんが……、香坂夏美を先に自分の手元に移送し、軟禁するように手配していた。おかげで彼らは今、自分たちの隠れ蓑をどうするかで頭を抱えているようだ」

 

 ようやく拳銃の手入れに満足がいったのか、老人は手元で拳銃をくるくる回したり左右の手に投げ合ったりして感触を確かめ、満面の笑顔で今度こそ拳銃にマガジンを差し入れ、初弾を装填し、

 

 

 自分に向けてまっすぐ銃口を向けた。

 

 

「……っ。今更なに? 撃つつもり、ないんでしょう?」

「あぁ。ないとも」

 

 そう言いながら、老人は銃を下ろす素振りを見せない。

 

「ただ、彼の気配と香りと……まぁ、あれだ。いわゆるロマンスの匂いを感じたのでね。哀君、緊張感は戻ったかな?」

「…………おかげさまで」

「そうか、それはなによりだ。ほら立ちたまえ。座ったままだと、いざという時の動きに遅れが出る」

「いざという時? それって――」

 

 突然遠いどこかから爆発音が鳴り響いた。一つや二つではない。何かが連鎖爆発している。

 続いて聞こえるのは大量の銃声。かなりの人数が走り回り、撃ちまくっている。

 

「さて、最後に聞いておきたいのだが……哀君」

「なにかしら?」

「なぜ、工藤新一は江戸川コナンになったのだと思う?」

「……嫌味かしら。あの薬を飲んだから――」

「あぁ、すまない。そういう意味ではなくてだね」

 

 拳銃を動かさずに片手で灰皿の上から火がついている吸いかけの煙草を取り上げ、口に咥えて軽く煙を吐き散らす。

 

「毛利小五郎は明智小五郎、目暮十三はジュール・メグレ、白鳥という刑事は古畑任三郎。……西の高校生探偵は服部……平次君だったか? となると銭形平次か」

「……なにが言いたいの?」

「もし、あぁ、『もし』だよ? ここが――我々が生きる世界が、何者かが思いつき形にした『物語の世界』だとしよう」

「……貴方にしては陳腐な想像ね」

「そうだろう? まったくだよ。仕方ないさ『狂人』なのだから」

 

 豪華な料理よりも美味しそうに紫煙を吸い、老人は続ける。

 

「物語の世界において、名前というものはとても大事だ。当然だろう? 名前のないキャラクターはただの背景でしかない。名前が付くことで初めて役割が与えられ、人格が与えられ、そして生を得る」

 

 爆発音は続いている。時折途切れても、合間を縫うように機関銃の大合唱が鳴り響く。

 

「だからこそ、重要な立ち位置のキャラクターの名前は考えられている。特徴的な響きだったり、変わった漢字だったり、あるいはモチーフが存在したりね」

「探偵や刑事に、物語の名前が使われているから? そんなのただの偶然じゃない。そもそも、親が子に名前を付けるときだって同じよ」

「言ったではないか、『もし』の話だと。……それとも、これまでの話でなにか感じたのかね?」

「…………」

「くっくっ、続けよう。工藤新一。平成の世に現れた高校生探偵。彼は体が小さくなり、自分を殺害しようとした組織の目を避けるために別の人間。小学一年生を演じる事になった」

 

 爆発音が近づいている。

 

「ここで彼は、自分を『江戸川コナン』と名付けた。探偵ではなく、探偵を生み出す作家の名前をつなぎ合わせた」

 

 銃声も近づいてくる。

 

「その結果、彼は事実『探偵を生み出す人間』になったのではないかな? 考えてもみたまえ。毛利小五郎が、現代最高の名探偵の一人になったのはなぜだ?」

「それは……」

「彼が隠れ蓑にしたというのも確かにある。だが、それだけだというわけではないだろう? 隠れ蓑にしただけなら、鈴木園子や……あの群馬の刑事のように眠って解決した人間はもっと評価されているハズだ」

 

 もう十分煙を楽しんだのか、煙草をプッと器用に灰皿の上に吐き出す。

 

「彼は元々刑事だった。探偵になるバックボーンはあったし、普段は確かに名探偵になれる存在には見えないが……彼が『眠らず』に解決した事件があるように、光るものは確かにあった。だから『江戸川』という作者の存在がそれを磨いた」

 

 

 ロシア語の騒がしい声があちこちで聞こえだす。

 よくよく聞くと、四人がどうとか、弾が当たらないとかそういった感じの事を叫んでいる。

 

 

「江戸川コナンの関わった事件は全て調べ上げた。そこから見えるのは、誰でもいいわけではないということだ。土台になりうる素質を持った上で、彼の隠れ蓑を務められるだけのなんらかの能力を持っていることで初めてその人物は、江戸川コナンという作者から探偵の――違うな、『名探偵』の役目を与えられる」

 

「鈴木財閥の令嬢という、ある意味最高のバックボーンを持ちながら事件をいくつか解決したことになっている鈴木園子が、女子高生探偵と持て囃されないのもそれならば納得がいく。彼女は探偵役になれても名探偵の役につく素養はなかった」

 

 爆発音がいきなり消えた。

 いや、爆発音の代わりに何かの金属音が入るようになり、破砕音はますます近づいている。

 

 

「しかし毛利小五郎は名探偵となった。その素質と能力があったから、『江戸川』という作者によって名探偵の役割を与えられて、現代の『明智小五郎』になった」

 

 

 

「ならば、『彼』は?」

 

 

 

「頭は切れ、体術に長け、銃の腕前は一流で、そして致命的に人として常道から外れている、そんな彼にふさわしい役は? 『コナン』という男に名探偵の役割を与えられる男は?」

 

 

 

 破砕音に加えて、エンジン音までが耳に入る。

 あぁ、今なら分かる。

 老人が何を考えているのか。

 こうも彼の気配を感じては、わかってしまう。

 

 

「どうかね、哀君?」

 

 

 

 

「…………ホームズ」

 

 

 

 

 

()ャー()()()()()()()()

 

 

 

 老人の笑みに、狂喜が混じる。

 

 

「そうだ。ホームズ」

 

 

 こちらに向けている拳銃を握る手に、力が入るのが分かり、思わず身をすくめる。

 

 

「ホームズ。ホームズ、ホームズ!」

 

 

 この数日で散々聞いた、皮肉気で静かな笑い声はもうない。

 自分の中の感情を腹から出し切るような哄笑だ。

 

「あぁ、君の事をずっと思い返していた! 出会った日の事からずっとずっと! 最初の始まりの一日からずっとずっと! それが30日を超えた時に首を傾げ、50を超えた時にまさかと思い、100を超え、200を超え、300を超えて確信した! 歓喜した! 君の戦う仕組みの枠の大きさを知った! 理解した時の私の感情を分かってもらえるかね! 浅見君! いや!」

 

 

 突然、部屋の壁に亀裂が入った。

 いや、亀裂というには綺麗すぎる、まるで斬られたような――

 

「ホームズ! 我が愛しの!」

 

 亀裂の入った壁に向けて、老人が銃を向ける。同時に迷わず発砲。

 壁に当たるだけのハズのそれは、途端に細切れになった壁の向こうから飛んできた弾丸とぶつかり、宙に火花を散らしてその場に落ちる。

 

 あったはずの壁の向こうには――

 

「浅見透っ!」

「志保! こっちだ!」

 

 同じように銃を構えた男が、――探偵がいた。

 

 

 

我が(マイ)! 愛しの(ディア)! 名探偵(ホームズ)!」

 

 

 

 




コナンVSルパン三世のキャラ紹介は事件終わった時にしようと思ってたんですが
よくよく考えると今のままだと微妙にわかりづらいですね

次回更新時までに簡単な紹介コラムを書いておきます







だからちょっと更新遅くなってもいですよね?()


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116:入れ替わった二人、攻防、祈り

浅見透、灰原哀を五右衛門に任せて枡山と格闘戦に入る。
ルパン三世、メアリーと共に弾頭発射阻止に入る。

恩田、ジョドーやカゲ、合流したジュディ・スコットと共に金塊を回収する。




 

 

「嬢ちゃん、無事だったかい?」

 

 王女様の方はキャメル達に任せて、アタシは蘭の嬢ちゃんの安全を確認しに来た。

 逃げてる奴と襲ってたやつは別グループ。となると、他にも王女を害そうとしているグループがいて、それが嬢ちゃんを王女様と勘違いして襲う奴がいてもおかしくはない。

 

「初穂さん! はい、ご迷惑をおかけして……」

 

 元々王女様の部屋だったロイヤルスイートが、今では仮の捜査本部のような雰囲気になっている。

 まだドレス姿のままの嬢ちゃんが座る椅子の周りにヴェスパニア側の人間が突っ立ってる。

 こうして見ると、確かに嬢ちゃんが本物の王女様に見える。

 

「初穂君、王女は?」

「すまない旦那。結局逃がしちまった」

 

 途中まで坊やと真純がいい所まで追い詰めたのだが、バイクの運転手――二人の話だと女だったらしい――の方が一枚上手だった。

 

 坊やが後ろから追い詰めて、先回りしていた真純が橋の上で挟んでとらえようとしたのだが、ここに来て女が発砲。

 坊やも真純も自分たちの乗り物を壊されては追いつけなかったそうだ。

 

「ひょっとしたら、ウチのボスとやりあった事のある女だったのかもね」

「本当かね、初穂君」

「あぁ。真純の話だと、バイクをマシンガンでぶっ飛ばした後、ウチのボスを知っているようなことを言っていたとさ」

 

 なんでも、『ごめんねぇ、大人げなかったわよねぇ? でも、アナタたちがあの男の部下ならボクやお嬢ちゃんが相手でも手加減してられないのよ』だったか。

 

 

(ったく、今度はどこで引っかけたのさボス。相変わらず危ない女と遊ぶのが好きだねぇ)

 

 

 真純はからかわれたのがよっぽど悔しかったのか、えらく口調が荒かった。

 ……だから追うだけにしておけと言ったのに。

 おそらく、捕まえられそうだと思ってちょっと無茶したら釣りだったとか、そんなところか。

 戻ってきたら詳しく話を聞かなくちゃ。

 

 

「旦那。警察の方ではどうだい? 銃を持ってる連中は分かる限りは全員確保したってキャメルとリシから報告が来てるけど」

「あぁ、全員逮捕したよ。すまない初穂君。いつもの事だが、浅見探偵事務所の人間には世話になりっぱなしだ」

「こっちもいざってときの情報は回してもらってるし、警察がこっちを信じて動いてくれるから犯人を素早く確保できる。お互い様さね」

 

 実際、逮捕権もないのに無茶をやらざるを得ない自分達には、警察側の理解と協力が必要不可欠だ。

 貸しは十分あるし、同時に借りも十分ある。

 それでアタシ達はいいんだ。

 

「そう言ってくれるとありがたい。それで蘭君、王女はパーティが終わるまでには戻ると言っていたのだね?」

「はい。……その、ごめんなさい。パーティの中で王女様が殺されそうになっていたなんて」

「気にしなさんな。その場にいなかったんだから仕方ないさね」

 

 口に出すのは不味いので言わないが、毒殺を防いだ後、あるかもしれない次の襲撃に備えようと意識を外に向けてしまっていた自分にも責任はある。

 坊やと真純はしっかりパーティ会場で目を光らせて、毒殺を防ぐという大金星上げてちゃんと仕事をしたのに、正規の自分がこれとは情けなくてため息でも吐きたい気分になる。

 

「ミスター・キース。そういうことですので、もう一度王女の捜索を開始させていただきます」

「? 目暮の旦那。捜索一回中断しちまったのかい?」

「あぁ、蘭君と王女の容姿は瓜二つで、そして蘭君は王女のドレスを着ていたから、こちらの方が本物だろうと……その」

「アイツが捜索を止めさせたんですよ」

「高木君……!」

 

 んなアホな。

 高木や千葉の奴がさっきから不機嫌だったのはそういうことか。

 

「キース伯爵、ならば改めて、浅見探偵事務所も王女の捜索に当たらせてください」

 

 てことは、非常線も解除されている?

 

 てっきり警察が非常線を張っていると思っていたから、後は場所を絞りながら物量任せのローラー作戦でなんとかなると思っていた。

 

 まだ帝丹高校の制服を着ているならいいが、これで着替えられたらますます追跡するのが面倒になる。

 

「その必要はないでしょう」

「……は?」

 

 なんて言ったコイツ?

 

「必要ないとはどういう意味か、教えていただきたいですな! ミスター・キース!」

「教えるも何も……」

 

 キース伯爵、いやもういいや。

 優男が気障ったらしく、毛利の嬢ちゃんの座っている豪華な椅子の背もたれに手をかける。

 

「一体、誰を探すというのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――言ってる意味わかってんのかい、コイツ。

 

 

 

 

 

 

――わかってんだろうなぁ……ちくしょう……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「世良さん、コナン君! 大丈夫だったかい?」

「キャメルさん!」

「ごめんキャメルさん。バイクもコナン君のスケボーもやられちゃって、足を失くしちゃったんだ」

 

 まったく、すごい女の人だった。

 世良のバイクテクニックが凄いのはコクーンのシミュレーターや浅見んトコの車両系のテストコースとかで知っていたけど、あの女の人はもっとすごかった。

 

 バイクに乗りながら簡単な格闘もできて、王女様を落とさないように気を配りながらあっさり世良が軽く転倒させられた。

 

 せめてキャメルさんと連携出来ていればまた違ったかもしれないけど、その前にこうして振り切られてしまっている。

 

「これは、見事にタイヤだけをやられてますね。」

 

 車に同乗していた、シンガポールから来たというリシさんという人がバイクの回収作業に当たっている。

 

「かなり銃火器の扱いに長けて、かつ相当のドライビングセンスを持つ人だ。じゃなければ、こんな丁寧に当てられない。ひどい言い方になりますが、もし普通の人だったら、世良ちゃん――失礼、世良さんは緊急搬送か死亡のどちらかでしたよ」

「否定はしないよ。銃口を向けられた時、正直ダメだと思ったからね」

 

 笑いながらそういう世良に、キャメルさんが少し怒った様子で、

 

「もうちょっと気を付けてください。ジャケットがあるとはいえ、頭に弾が当たったらそれまでなんですよ?!」

「ごめんキャメルさん。これからは気を付けるよ」

「まったく……。ちなみに、使われた銃は?」

「多分イングラム。MAC-11だ」

「入手経路を辿ってみますが……」

「出ない、だろうねぇ」

「でしょうね」

 

 俺もそう思う。

 おそらく本当のプロだと思われる女の人だ。自分に繋がる証拠を残しておくはずがない。

 

「とりあえずホテルに戻りましょう。先ほど初穂さんからメールが来てまして、王女と衣類を取り換えた蘭さんがサクラサクホテルにて保護されたそうです」

「あっ! あの制服、それじゃあ蘭君のだったのか!」

「……蘭姉ちゃん、空手の練習で遅れるって言ってたから、多分電車降りて駅からこっちに来る途中で王女様に見つかって……」

「それであの王女様がとっ捕まえて、似ている蘭君を替え玉にしたのか。あの時、近くを探せば蘭君と出会っていたかもね」

「逆に王女様と間違えて戻る説得してたかもね……」

 

 顔だけじゃなく背格好も似てたもんなぁ。

 

「おっと、携帯……初穂さんからか。もしもし? キャメルですが――ええ、二人とも無事です」

 

 

 

 

 

「急いで合流しろって……なにかあったんですか? ……は?」

 

 

 

 

「――蘭さんが王女の身代わりに!? どうして!!?」

 

 なに!!?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 ホテルのロビーで、目暮の旦那が携帯電話を握りしめて『どういうことですか!?』と怒鳴っている。

 

(ちっ、王女のじゃなくて毛利の嬢ちゃんの捜索願いっていう形ならあるいはと思ったんだけど……やっぱ先手打たれたか)

 

 覚悟はしていたが、警察は動かせない……か。

 

 一番数を動かせる所を抑えられるとさすがにキツい。

 キャメルと坊や達に探させようかとも思ったが、自分がいても五人。街中探し回るにはさすがに足りない。

 

(越水の嬢ちゃんのトコの会社を使えば数は使えるんだけど……わざわざ警察を抑えるような連中だ。ボスも恩田もいない今、無茶に巻き込むのは得策じゃあない。となるとどうしたもんか……)

 

 目暮の旦那は外に出ていった。おそらく上を説得しに行くのだろうが……まぁ、無理だろう。

 

「高木、ちょっといいかい?」

「あ、はい! なんですか鳥羽さん?」

 

 なんでもやらせていただきます! とでも言わんばかりにやる気に満ち溢れている若い刑事はいいねぇ。

 色んな意味で使いやすい。

 なにせ、どうあがいても民間の一社員にすぎない自分に敬礼して返答するくらいだ。

 

「これから先の王女……来日しているヴェスパニア王国一行の、手に入る範囲で出来るだけ詳細なスケジュールが欲しい。頼めるかい?」

「わっかりましたぁ! 任せてください!!」

 

 ……よっぽどあのキースって奴の行動と態度に腹を据えかねているのだろう。

 いつも以上に元気な高木が走っていく。

 

「千葉、目暮の旦那は無茶はするなって言ってたんじゃないかい?」

「えぇ。なんとか本庁を説得してくるからそれまでは、と」

「……まぁ、軽率に動いたら足をすくってくる奴らだしねぇ」

 

 さて、どうしたものか。

 選択肢は大きく分けて二つ。

 

 強硬手段で奪還するか、あるいはあえて流れに乗ってみるか。

 

 

(多分、あの伯爵様は王女がどこにいるか知っている。となると、探せば探すほど隠される可能性がある)

 

 

(でも王女を害するのが目的なら、毒殺騒ぎの時に王女を真っ先に守る動きを見せていたあれが名演技すぎる)

 

 

(……となると逆。逆ってなると何がある? ……完全に信頼できる人間に保護してもらっているとか? 坊やと真純が見たバイクの女ってのがそれか?)

 

 

(じゃあ警備を最小にしたのは……炙り出しか。身内のSP内に怪しい奴がいたから、できるだけ信頼できる奴で周りを固めたうえで動きを見た……)

 

 

(そうなると、やっぱり今回パーティや街中でお痛をやらかすように下っ端チンピラに指示したのは……ちっ)

 

 

 坊やの推理通り、今回の元々の依頼人も疑った方がいいと見た。

 ……いや、案外その依頼人にもさらに裏がいるかもしれない。

 

(目的は複数あったんだろうけど、黒幕がどうしてもウチを絡ませたかったとするならその意図はなんだい? ……違う、ヴェスパニアの問題にウチを絡ませる事自体が黒幕の目的だった? ボス。まさかそっちでも裏でヴェスパニアが絡んでないだろうね? それなら黒幕の思惑にどっぷりハマっちまってるけど……)

 

 流れに乗るか、逆らうか。

 その選択が、一般人なのに巻き込まれた毛利蘭にどう作用するか。

 

「さ……て、どうしたもんかねぇ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 この季節のロシアは、まだ普通に寒い程度で済む。

 ろくすっぽに暖房器具のない安宿でも、過ごすには問題ない。

 さらに北の地にいる安室達は、ひょっとしたらここを天国と思うかもしれない。

 

(わかっていたのよ)

 

 小泉紅子は魔女である。

 

 魔女とはなにか。

 

 単純に大きな宗教から異端認定された土着の薬草師だった者――いわゆる白い魔女から、大宗教に真っ向から反発したシャーマン、酷い物ならただ『魔女』という事にされて拷問されて死んだ女もいるだろう。

 

 魔女とはなにか。

 

 小泉紅子はこう考える。

 

 己の意思で邪道を歩み、己の欲望を叶えようとする者だ。

 

 まさに自分だ。欲しい物は全部手に入れてきたし、手に入らないモノを手に入れるためにあれこれ画策した。

 

(もうここまでうねりが大きくなった以上、自分に出来ることはもう何もないって)

 

 だが、今の自分はまさしく無力だ。

 いつからだ。こんなにも無力を感じたままなのは。

 

 黒羽快斗が自分の物にならなかった時か?

 いいや、あの時ですらここまでの無力感は覚えなかった。

 

 そもそも諦めていないし、やれることはいくらでもある。あった。

 

「わかっていたのよ……」

 

 安いベッドとテーブルしかない狭い部屋で、魔女は小さくつぶやく。

 ロシアに来たところで、自分に出来る事など何一つない。

 

 むしろ、日本に残っていた方が確実に自分という存在を活かせただろう。

 ただでさえ人手不足の、向こうの方が。

 

 なのになぜ来たか。

 

 わかっている。自分が弱かったのだ。

 

 越水七槻は、出来る事を最大限行うために残った。待つことが出来た。

 中居芙奈子は、残る事を決めた彼女を全力でサポートすることを決めた。彼女もまた、待つことが出来た。

 

 米原桜子もそうだ。待つことしかできないと知っているから、だから待つ。

 悲しみをこらえて、表に出さずに事態を知らない子供たちを相手に、頑張って元気づけようと役割を果たしている。

 

 それが、自分には出来なかった。

 

 ただでさえ、いつ死んでもおかしくない男だ。

 いや、違う。

 この世を違う理から見ている自分には分かる。

 

 彼は『死ななければならなかった存在』だ。

 

「だから……深入りしないと決めていたのに……」

 

 もうここから先は魔女である自分では……自分にも何も分からない。

 感覚でそうだと分かる。

 

「私は何を手に入れようとしてたのかしら」

 

 どうしてあの事務所に――あの特異点に加わったのか。

 

 浅見透への好奇心? それはある。

 

 黒羽君に誘われたから? それもある。

 

 彼と同じ職場で働いて、青子さんに優越感を得たかった? それも確かにある。

 

 それで、加わってどうなった?

 

 

 

 ――楽しかった。

 

 

 

(楽しかったの?) 

 

 

 

 事務作業を片づけながら双子のメイドや小沼博士とお茶したり、現場に出向いて浅見透や安室透の補助を請け負ったり。

 

 単純に皆で食べに出た時、瀬戸瑞紀になっている黒羽君にそれとなく魚料理を勧めて慌てさせたり。

 

 アンドレ=キャメルの運転で黒羽君と山の洞窟を探検しに行ったり、皆で普通の他愛もないバーベキューしたり……。

 

 

 

(そうか……そうね、楽しかった)

 

 

 

 刀を持ち運ぶのに使った木箱を隅にのけて、粗末なテーブルに軽く手をつく。

 少し前の自分ならば、きっとこんな安っぽく埃っぽいテーブルなんて触りもしたくなかっただろう。

 

 椅子に腰を掛けて、テーブルに肘を突く。

 

 魔女とは、魔術を以って臨むものを手に入れる者。

 いつだったかのバレンタインで、無理やり黒羽快斗――怪盗キッドにチョコを受け取らせようとした時を思い出す。

 

 だけど、今の自分に多分同じことは出来ない。

 

 おそらく、そういう方向に世界は進んでいる。

 ひょっとしたら、気が付いた時には自分は魔女でもなんでもなく、ただのオカルト知識に詳しい変わった女子高生になっているのかもしれない。

 あるいは、今もうすでに。

 

 浅見透やルパン三世と合流できた占いも、本当は効果なんて全然発揮してなくて、ただ『偶然』たどり着いただけかもしれない。

 

 いずれにせよ、浅見透の未来を無理やり捻じ曲げる事も、そして救う事も、もう自分には出来ない。

 そういう確信がある。

 

「魔女なんて、大体においては悪役。白雪姫に毒のリンゴを食べさせたり、お菓子の家で子供を釣って食べようとしたり……」

 

 そうだ、魔女とはそんなものの代名詞だ。

 シンデレラにドレスと馬車を与えるような存在は珍しい。

 

「でも、だけど……」

 

 それでも。小泉紅子という魔女には願いがある、欲しい未来がある。

 

「魔女の言葉でも届くというのなら……」

 

 目を閉じ、耳を澄ませる。

 

 多分、もう彼らの夜は始まっている。

 

 そして自分には、その夜に踏み込む足も差し出す手もない。

 

「――お願い」

 

 だから、届かない手を組むしかできない。

 

 

「……神様……っ」

 

 

 この日、生まれて初めて魔女は祈った。

 

 

 

 

 

 

 






宣言していた通り、ルパン三世VS名探偵コナン(TVスペシャル版)も人物紹介になりますー

めちゃくちゃ時間かかったww



〇サクラ・アルディア・ヴェスパランド(CV: 鈴木弘子)

 彼女の死から物語が始まります。ぶっちゃけ彼女をはじめ登場ゲストキャラのフルネーム、調べるまで知らなかった……。
 
 ※見直したら序盤でちゃんと出ていた……。

 ある意味でクラリスの未来の可能性とも言える気がする存在だと思っています。
 言い分はわからないでもないが、弟さんともうちょい上手くやれなかったのか。
 後述するジラートが弱すぎたカリオストロ伯爵なら、サクラ女王は強すぎたクラリスというイメージ。



〇ミラ・ジュリエッタ・ヴェスパランド(CV:堀江由衣)

 蘭ねーちゃんのドッペルゲンガー。王女にしてはやんちゃすぎるが堀江由衣ならすべてが許される。
 蘭のドッペルゲンガーだけあって、クッソ重いはずの洗濯機やソファをぶん投げ、さらには便器を引っこ抜いて投擲する中距離パワータイプ。さすがだ。

 劇場版でひょっとしたらガッツリ出てきてくれるかなーと思ったら、残念ながら存在を匂わされただけ。
 キャラはかなり好きだし、高校生の蘭と違って飲酒喫煙できる人間なので使いやすいキャラだと思うのですが、残念ながら王族という逃げ道がないキャラ設定…………



 蘭と入れ替えたままにすればいいのか




〇キース・ダン・スティンガー(CV:緑川光)

 最初っから怪しいムーヴをするグリリバなら味方やろ(偏見)
 ただの伯爵というか後方から指示する参謀ムーヴだけかと思いきやちゃんと格闘戦も見せてくれる。さすがグリリバキャラ。

 だが、それはそれとして外交面のやり方にすごい不安を覚えてヴェスパニア王国の未来が不安ではある。
 ……いや、強権通してその後もなんともなかったし、劇場版でお代わりしてるし……想像を超えて優秀なのか??

 少なくともそれなりに人望はあったようだしなぁ。
 ある意味で上手くやったカリオストロ伯爵なのかも。



〇カイル(CV:楠大典)
 キース伯爵の部下。というかSPのリーダーか。
 本作で蘭と格闘する数少ないネームドですが、ドッゲルゲンガーの遭遇シーンに出くわしたのが運の尽き。
 碌に反撃も出来ずにKOされてしまった。

 ただ、登場したヴェスパニア勢の中では一番の人格者だと思う。
 コイツが忠誠誓っているし、コイツを大事にしていた(少なくともジラートはそう考えていた)という点でキ-スの株が少し上がった。

 一回、油断一切なしで蘭と決着をつけてほしかった。
 そうすれば続編で園子が調子に乗る理由が一個消えた。(流れ変えるのは無理だっただろうけど)



〇ジル・カウル・ヴェスパランド(CV:福山潤)

 女王と同じく、この方の死亡が事件開始となる被害者枠。サクラ女王の息子で、ミラの兄である。
 被害者というかある意味の時報キャラなんですが、物語スタート時の会話シーンなんかすごく好きなんですよね。
 子供のころからスポーツが好きだったようで、開始時点でも狩猟をしている。

 なお、その狩猟を楽しもうとするときに母親からは『狩猟などという野蛮なとスポーツは好きではありません』と唐突にディスられる模様。サクラ女王お前ホントそういう所やぞ。
 一方ジル王子はその後もナチュラルに返しているあたり、政治能力は不明だけどコミュ力は高い気がする。

 惜しい人物だったなぁ。
 ほんの短い時間のキャラだったけど、なんか好きだった。



〇ジラード・ムスカ・ヴェスパランド(CV:屋良有作)

 ヴェスパニア王国公爵で女王の弟。ジルとミラの叔父でもあるキャラ。

 コナンワールドが混じってしまったせいで微妙になってしまった最大の被害者。
 これが100%ルパンワールドだったら少なくとも数は揃えられたし、なんか恥ずかしい二つ名持ってる割に結構強いやつが一人か二人部下にいたハズ。

 言ってることはすごくわかるタイプのキャラはどうにか輝かせたくなるんだけど、コイツの場合日本国外のキャラだし、パッとしなかったのでご縁がなかった。残念。

 サクラ女王の項目でも述べたように、能力やカリスマが足りなかったカリオストロ伯爵というイメージ。

 衛兵を手元におけるくらいには手際が良かったハズなのに、どうにもスケールが小さかった。
 コナン側ならもっと自分で動くべきだったし、ルパン側だったら毒とか使わず問答無用で襲撃か爆破すべきだった。

 言ってることはわかるけどね。

 多分、コイツに必要だったのはサクラを始めとする要人暗殺計画ではなく、もっと肝心な所への根回しという政治的な計画。

 政治だろうが軍事だろうが、雑魚をどんだけたくさん手駒にした所でネームドどうにかしないとこの世界ではひっくり返されるんだよ!!



 


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117:交差する前日

「さぁて、こっちに奪還の――向こうからすれば毛利蘭を手放す最後のチャンスがあるとすればこの空港しかない……ハズなん……だけどねぇ」

 

 結局、捜索願いすら通らないまま夜が明けて朝になってしまった。

 高木からもらった情報をもとに、できるだけ先回りして怪しい所や動いている妙な人物は固めた。

 

 少なくとも、妙な横やりが入る可能性は可能な限り減らした。

 

 自分とキャメル、ついでに佐藤にも協力してもらっている。

 交通部の由美も、周辺を私服で回ってもらっているから何かあったら連絡をくれるはずだ。

 

 王女が戻ってくる可能性もなくはないし、それに昨日お痛した連中の残党が仕掛けてくる可能性だってなくはない。

 

「初穂さん、言われた通りに恩田さんの持っていたチャンネルを通して、ヴェスパニア行きの航空チケットを人数分取りました」

「カリオストロの関係者としてかい?」

「はい。身分証明書も言われた通り揃えました。……あの、そうした理由をお聞きしても?」

「万が一の備えって奴さ。もし嬢ちゃんを向こうが手放さなかった。あるいはなんらかの理由で手放し損ねた時にゃ、当然向こうまで追いかけるだろう?」

「えぇ、まぁ……。通常のチケットじゃダメなんですか?」

「万が一向こうがどこまでもウチらの介入を嫌がった場合、向こうの税関で入国拒否からの強制送還なんてありうるからね。断りづらい理由は多ければ多いほどいい」

「なるほど、確かに。……では、もしここで奪還できれば?」

「会社の金でキャンセル料を払っておしまい。そん時も領収書忘れるなよ?」

「……まぁ、そうなりますよね」

 

 予定ではこの羽田で記者会見を行った後、ヴェスパニア一行は帰国するということだが……。

 さて、どうなるか。

 

「あれ? 佐藤、そういや高木は?」

「高木君? 貴女に報告した後、毛利さんの所に行くって言ってたわ」

「……大丈夫かい、それ?」

 

 普段は気弱な所があるが、変なタイミングでうちのボスみたいなとんでもない馬鹿をやらかしかねない所がある。

 

「目暮警部も、寄る所があるから先に空港に行っていてくれなんて言ってまだ来てないし」

「旦那も来てないのかい。そいつぁちょいと不安だねぇ」

「白鳥君は公安の刑事と一緒だし……千葉君は非番だし」

「あぁ、大丈夫大丈夫。千葉ならふなちと組んで、気になった所をチェックしてもらってる」

「……ねぇ、前から思ってたけどあの二人って……そうなの?」

「まさか、ないない。ただのオタク仲間さ」

 

 あのガキンチョ共と混じって特撮テレビの好きなシーンで二時間も話せる奴なんてアイツらしかいない。

 楽しそうにしてるし、確かにパッと見カップルに見えるが……ふなちの嬢ちゃん、実は男苦手というか……寄られると逃げるタイプだからなぁ。

 

 アレと上手く付き合えるのは今のところ、それこそボスしかいないんじゃないか?

 恩田やキャメルでもたまに距離取る時あるしなぁ。

 安室みたいな完璧な色男だともう駄目だね。真面目モードに入った瞬間ちょっと言葉が濁りだす。

 

「……ね、初穂」

「なんだい佐藤?」

「浅見君、今どうしてるか聞いてる?」

 

 珍しくこっちに付き合うと思ったら、それが目的かい。

 まぁ、気持ちは分からなくない。自分だって昨日の夜、報告がてら気になって電話した。

 

 まぁ、電話越しにボスの声に交じって銃声がすごい混ざってたからまた馬鹿やってんだろう。

 何やってるのか聞いたら「世界を救ってる」とか返してきたし、いつもどおりでアタシは安心したが……佐藤はねぇ。

 ま、そのまま言うわけにはいかないか。

 

「あぁ、電話したら元気だったよ」

「そう、また無茶してるのね」

「なんでそうなるんだい」

「いや、そうなりますよ初穂さん」

 

 なっちゃうか。

 なっちゃうかぁ~~~。

 

 んじゃどういえば満足すんのさ。

 

 キャメル、アンタは頷いてないで佐藤を安心づける言葉の一つくらい思いつかないのかい。

 

「あー、佐藤。前々からアンタ……っていうか一課の連中に聞きたかったことがあるんだけどさ」

「? なにかしら」

「うちのボス、誰か知り合いにそっくりだったのかい?」

 

 会見まで時間はある。

 もうここでいっそのこと、ずっと気になっていたことに踏み込んでもいいだろう。

 勘があたっていれば自分たちが動くのは少し後になるし、外れていれば何もしなくても解決する。

 

「三年前にね。強行犯係には一週間だけ所属していた刑事がいたの」

「へぇ、どんな奴だい?」

「浅見君にそっくりな奴」

「……見た目が?」

「最初は、見た目だけ」

「つまり……今のボスみたいな無茶を?」

「うん。まぁ、ね」

 

 あっちゃあ……悪い男だったか。

 それに引っかかるたぁ、佐藤も見る目……いや、見る目はあるのか。よっぽど巡りあわせが悪かったと見える。

 

「松田君って言ってね。もとは警備部の爆発物処理班に所属していたの」

「それがなんでまた一課に?」

「……前いた所で、色々あったみたいなの。それで、頭を冷やすためにウチに」

「問題児か」

「えぇ。確かに見てきた中で一番の問題児だったわ!」

 

(三年前……爆発物処理班となると……あぁ、確かあったね。刑事が殉職した件は……確か、二件。片方か、それとも両方か)

 

 ボスはこう、なんというか、女難の相でも持ってるんじゃないか?

 遊んでいい女とそうじゃない女を見極める目は確かだけど、こう、関わる女が大体重いというか……。

 

(こりゃ佐藤がボスにあんだけ気にかけるのも無理ないか。一課の連中もだ。この間の辞表の山といい、病院送りになるたびに大量の花が届く事といい、ボスの奴恩田並みに刑事にモテると思ってたけど……あぁ、こりゃあボス、ロシアでのやらかし具合じゃあもっと面倒な事になるかもねぇ)

 

「佐藤、ヴェスパニアの件に片が付いたら詳しい話、聞かせてもらうよ」

「えぇ、それにしても……ヴェスパニア政府はどういうつもりなのかしら」

「簡単な話さ」

「え? 簡単って――」

「初穂さん、彼らの狙いが分かるんですか?」

「狙いなんて大げさな物じゃない。これはアイツらの戦争なのさ。妙な話に聞こえるかもしれないけど、この日本でアイツらの内戦が始まったんだ。そりゃあどっちも、なりふり構ってられない」

 

 

 もうこれは一種の政争だ。

 

 相手の目的は、細部が少々掴めないがおそらくヴェスパニア内部の混乱を収めるための物。

 ……今行方不明の王女様が女王になるまでに解決させるつもりなんだろう。

 

 ウチの依頼人。あのジラードとかいう公爵様が一連のお痛の犯人だと仮定する。

 そうならば目的はまぁ、権力の掌握という分かりやすい物だろう。

 

(馬鹿だねぇ。アタシなら攪乱のために適度に重要でどうでもいい人間を巻き込んで殺しておくか、自作自演のテロを起こして名誉の負傷をしているのに)

 

 キース伯爵からすれば、王女が女王になるまでにジラードを追い落とす材料を見つける必要がある。

 分かりやすい所だと……女王様と王子の事故死の真相か? ここまで事が起こってる以上、あの二人の死もただの事故死ってこたぁないだろう。

 

 王女を行方不明にしたのは、その時間稼ぎか?

 それなら、瓜二つな毛利蘭をなんとか手元に置こうとするのも分かる。

 時間稼ぎに加えて、影武者としては最適だ。

 

 高木から聞いた話じゃあ、向こうのSPリーダー相手に嬢ちゃんの悪い癖が出ちまったようだし、少なくとも護身術に長けているというのも、あの金髪野郎からすれば旨味に見えただろう。

 

「キャメル、双子にリシもこっちに来てるね?」

「はい、言われた通り荷物を持たせています」

「初穂、荷物って?」

「ん? 着替えとか装備とかちょっとした医薬品とか……まぁ、色々。いざってときにはヴェスパニアに殴り込みだ」

「……初穂」

「あん?」

「蘭ちゃんが連れ去られる可能性が高いって見てるの?」

「まぁね」

 

 ここでお役御免になる可能性もあるにはある。

 だがあの伯爵様からすれば、毛利蘭という女は取り替えの利かない貴重な存在だ。

 なにより、ヴェスパニアにまったくの無関係な人間ということは、つまりは最も敵にはなり得ない存在でもある。

 

(そういう女を協力させるには、逃げ場失くすのが常套手段だしなぁ。アタシや恩田ならどうするか……眠らせたりして意識のないまま飛行機に乗せて飛び立って、その中で起こしてすぐにお涙ちょうだい話で説得……かな)

 

 飛行機の中ならどう見ても異常事態だと一発で気付くし、お得意の空手で暴れるわけにも行かない。

 状況がよくわからず、逃げ場がない中でそれらしい理由を言われればあの嬢ちゃんは多分頷く。

 

 現に昨夜は、王女が帰ってくるまでならいいとか言っちゃって。

 あそこで何も言わずに帰ろうとしていれば、あるいはどうにか振り切れたかもしれないんだけど……。

 

(いつもの事ながら、不味いタイミングで不味い事やっちゃう娘だねぇ)

 

 まぁ、それは仕方ない。起こってしまったことはどうしようもない。

 

「万が一向こうで入国拒否されても、カリオストロの方に送還されれば隣国だ。タイムロスはかなり減らせる」

「……ごめんなさい」

「?」

「私達……私は警察官なのに、こんな大事な時に何もできないで、貴女達に頼りっぱなしで……」

「組織の中にいりゃあ仕方ないさ。どんだけ強権持った組織だって中にも外にもしがらみがあるもんさ」

「でも貴女達は……」

「いやまぁ、公務員の刑事に比べりゃ軽いのは確かだけどさ」

「我々はフットワークの軽さと自由に動けるのが特徴ですからねぇ」

「その分危険も自力でなんとか切り抜ける実力求められるのがウチさ」

 

(もっとも、さすがに国相手だとボスがいないとキツいねぇ)

 

「それより佐藤、もしもの時は残ってる事務所メンツの大体は連れていくことになる」

 

 文字通り、戦力になる人間は全員連れていく。

 置いていくつもりだった真純も、絶対に行くと譲らないため、結局折れてしまった。

 今頃こっちに向かっているだろう。

 

 というか昨日ホテルのSP相手に殴り込みを掛けそうになってた真純を抑えるために、なにかあったらちゃんと声をかけると言ってしまったのが不味かった。

 

「事務所のシステム管理やメンテなんかは阿笠や小沼の爺様連中に、雑務は瑛祐に任せるけど、記憶喪失のクリスがいるから……一応秘書の幸がいるけど、相手役が一人だけってのもあれだし、頼むよ」

「えぇ、聞いているわ。私や由美で交代で様子を見に行くようにしておくから」

「オッケー。アタシらがほぼ全員動くからマスコミ連中は大丈夫だと思うけど……双子のメイドが、最近ウチを監視する妙な外国人連中が増えたって言ってる。ひょっとしたらクリス目当てのパパラッチかもしれないから」

「分かった。妙な外国人に対して職質を強めるように頼んでおくわ。交通部のパトロールも」

「助かる」

 

 これで、後顧の憂いは出来るだけ減らした。

 あとは空港でどう動くか。

 

 事前に無理やり奪還するのも考えたが、下手にここで暴れて向こうの手札を増やすこともない。

 少なくとも奴らが毛利蘭に危害を加える可能性が極めて低いのならば、向こう側の失点を増やした方が後々毛利蘭を取り返す時に楽になる。

 

「事が起こってからはスピード勝負だ。向こうが自分の手札だけで事態を解決するのか、こっちが介入して奴らのカードを揃えてやるか。あるいは……いざってときの飛行機、時間はすぐだったね?」

「はい。王女が乗る予定の専用機の時刻の3時間後です」

「……真純には嘘の時間教えておけばよかったな」

「あとで滅茶苦茶怒られるから、止めておいてよかったですよ」

 

 

 まぁ、毛利の嬢ちゃんと互角のアイツがいるのは心強いけどさ。

 

 

「んじゃまぁ、行きますか」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 弾頭発射はなんとか阻止した。

 あの娘――灰原哀は五右衛門が抱えて真っ先に逃げ出した。

 本来の得物がないという五右衛門にいち早く脱出してもらうのは問題ない。

 

 ついでにこの大泥棒の目的だったという大量の石も回収した。

 確かにヴェスパニアで未知の鉱石が出ていたとは聞いていたが、まさかそれほどの物だったとは。

 

 泥棒に手を貸すのは癪だが、大国の手にあると不味い物であるのは確かだ。

 大量とはいえ、小型の運搬車両で十分な量だったのは幸いだった。

 おかげで二人でも回収にさほど時間はかからなかった。

 

 そうだ、ここまではいい。

 

 

 問題は――この大馬鹿者だ!

 

 

「なんでわざわざ迎えに来たのさ! ルパンがいるから鉱石の回収上手くいったんでしょ!? そのままこの長いトンネル一気にかっ飛ばせば逃げ切れたのに!」

「貴様があの老人にかかりっきりになってここの雇われ兵に囲まれそうになっていたからだ馬鹿者!」

「ほーんとこのお嬢ちゃんすごいわ。正規兵じゃないっつってもプロの兵隊次々に昏倒させるんだから」

 

 なんとか包囲に穴をあけ、ルパンの援護を受けながら馬鹿を引っ張ってトラックに押し込め、脱出している所だ。

 

「そもそも、戦力が二つに分けられている状況であの老人と真っ向からやり合えるか! しかも異国の地で、貴様の最大の武器である人脈も人材も組織も碌に活かせんのなら適度に切り上げろ! 殴るぞ!」

「もう三回殴られてるんだよなぁ」

「なにか言ったか?」

「おっと」

 

 相変わらず自分の命を軽く見ている。

 あの老人とあれだけの格闘、銃撃戦を繰り広げていつものように身体に穴を空けていないのは大したものだが、それでも包囲戦になどなったら切り抜けるのは無理だ。

 横須賀の一件でコイツも思い知っただろうに!

 

「とにかく、このまま突っ切るぞ。出入口に兵士が配備されているかもしれんが、五右衛門が上手くやっていれば突っ切れる――」

 

 

 背後から、コンクリートを破砕する轟音が響く。

 そしてエンジン音も。

 

「あぁぁぁぁぁさぁぁぁぁぁぁみくぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!!!!!」

 

 来たのは、大型のタンクローリーだ。

 鈍重なイメージのあるソレだが、おそらくタンクが空なのかグングンこちらに迫ってくる。

 

「まぁぁだぁぁぁぁだよぉぉぉぉぉぉぅっ!!!!」

 

 まるでかくれんぼをする子供のような掛け声を挙げながら、後ろからグングンと追いついてくる。

 

「あの老人め、どういうしつこさだ!!」

 

 浅見透への執着が尋常ではない。

 ルパンの射撃で左肩を撃ち抜かれたはずだろうが!

 

 だというのに、まるで旨い酒を目にしたような満面の笑顔で、ろくに止血もしていない血まみれの腕のままで、運転している何者かの横ではしゃいでいる。

 

「裏社会でもトップクラスのルパン三世一味と手を組む名探偵(ホームズ)だと!? 最高だ! 傑作だ! 本来手を取り合うハズのない二人が手を組む! あぁ! ロマンチックじゃないか!! それでこそこの世界だ!!」

 

「ルパン! 飛ばせ!」

「とっくに踏み込んでる! だが石ころたくさん積んでるせいで速度が出ねぇんだ!!」

「クソッ!」

 

 手持ちの銃で何発か老人目掛けて撃ち、フロントガラスにひびを入れるが実質何の意味もない。

 まっすぐなだけのトンネルだし、カーブもしばらくはない。

 

 すぐに老人と運転手は素手でガラスをたたき割り、視界を確保する。

 こちらには、もう残弾がない。

 

「だが、いかにかのルパンと言えど主導権を持っていくのは面白くないなぁ! 先は知らんが、今の君は浅見君の味方じゃあないか! 彼の敵は私だ! 私だけだ! ピスコと呼ばれる枡山憲三という男がそうだ! 彼に銃弾を撃ち込み撃ち込まれ! 殴り殴られ血にまみれて笑っていつかくたばるのが私だというのに! その舞台の幕が下りる前にプリマドンナを掻っ攫っていくなんてひどい泥棒じゃないかね!?」

 

「そっちのワルサーは?」

「こっちもさっきの兵隊ども相手に撃ち尽くしちまってるよ」

「俺の方はあと一発だけ――っとぁぁぁ!!?」

 

 並走したタンクローリーが、こちらを転倒させようと車体を押し付けてくる。

 殺すつもりがないというか、文字通り遊ぶつもりなのかジリジリと。 

 ルパンが必死に堪えているが、このままでは――

 

「ルパン、私が向こうに乗り込んで一度大きくタンクローリーをなんとか向こう側に逸らす。その隙にこの車を逃がせ!」

 

 

「いや、そいつは俺の仕事でしょ」

 

 

 下手に動かせないために上に乗っていたのだが、体格差はどうしようもない。軽々と抱えあげられてしまった。

 一発しか込められていないリボルバー銃を腰のベルトに差し込み、飛び乗ろうとしている。

 

 見下ろす枡山が、ニヤリと笑っている。

 

「馬鹿者! この身体を今度こそお前に預けると言ったはずだ。使い潰せと言ったはずだ!」

「生き残る方に使い潰してくれ」

「ふざけるな!」

「ふざけてないんだけどなぁ」

 

 行かせまいと縮んでしまった細い腕で奴を掴むが、逆に腕を掴まれる。

 

「大丈夫大丈夫、ちゃんと帰ってくるから」

 

 変わらない。初めて会った時から、あの料亭で自分を勧誘した時から、この馬鹿は何も変わっていない。

 先日の横須賀を越えてすら変わらなかった。

 

「そうやってお前はまたヘラヘラと!」

「険しい顔しても事態は変わらないさ」

「貴様が死んだら、救出したばかりのあの子に合わせる顔がない!」

「必ず帰るさ」

「どこに保証がある!?」

「いってらっしゃいって言われちまったからさ」

 

 

 ……なに?

 

 

「七槻にふなち、桜子ちゃんに楓に……まぁ、罵声浴びせてきた一課や二課の野郎どもはおいといて」

 

 

 

 

「追いかけてきちまった紅子もそうだ。言いたいことや吐き出したいことがあったってのに、結局それを呑み込んで『いってらっしゃい』を言ってくれて、待っている」

 

 

 

「いい女が『いってらっしゃい』って見送ってくれたんなら、『ただいま』の一言をいうためにボロボロでも家に帰るのは男の義務さ」

 

 

 

 

 そうだろ? 違うかな。……違うかも……うん、なんかごめん……と、いつも通り最後の最後まで決められない馬鹿がいる。

 変わらないヘラヘラとした顔を見ていると、腕を掴んでいた力が抜けていた。

 

 

 

「……行っ――」

 

 

 あぁ、まるであの時のようだ。

 ならばあの人の――務武さんのような言葉をいうこの男を見送るしかない。

 

 秀一を、あの地獄へ見送った時のように。

 

 

「――行け! 浅見透!」

 

 

 

「……まったく頑固なんだから。あいよ、行ってきまーす」

 

 

 

 

 まるで近所のコンビニに出かけるような気の抜けた声と共に、大馬鹿者はタンクローリーに飛び乗る。

 本当に、いつものことのように平然と――死地に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかったのか、メアリーちゃん?」

「……なにがだ」

「アイツは行ってらっしゃいって言ってほしかったんだろうし、お前さんも言いたかったんじゃないか?」

 

 

 

「……私にそんな資格はない」

 

 

 

 

「帰る場所もあの子達を迎える場所も失った女が……あの男にそんな言葉をかける資格など」

 

 

 

 

 

 

「……資格など」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やべぇな。あのデンジャラスボーイ、なんか他人の気がしなくなってきたぜ)

 

 

 

 

 



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118:『平成のワトソン』

〇清水麗子、自分も遊ばせてくれる約束だったのにすっかり忘れて楽しそうに浅見とキャッキャしてるピスコに激おこプンプン丸。後ろから軍用車で追跡。まとめて殺そうと機関銃乱射。

〇森谷帝二、自分も遊ばせてくれる約束だったのにすっかり忘れて浅見とキャッキャしてるピスコに激おこファイナルリアリティプンプンドリーム。追っている清水麗子も巻き込んでついポチっとやってしまう。皆がトンネルの下敷きになりつつある光景を見てキャッキャしてる。

〇狙撃教官役のダイスの入れ墨男、ガチ引きする。

〇ピスコ、皆が心底浅見と遊びたがってる事を体で理解してヒャッハーと上機嫌で吹っ飛ばされる。

〇浅見、爆風に吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれそうになるがなんとか脱出。
 一足先に逃げきっていたルパン、メアリーにより回収される。





 

 

 

 

「初穂さんから予想を聞かされた時は正直まさかと思いましたけど、本当にこうして飛行機に乗ることになるとは……ヴェスパニアも中々に無茶をしますね」

「アタシとしちゃあ、あの坊やが飛行機に乗り込んだってのが一番の予想外だったよ。ったく、やるもんだね」

「…………映像を先ほどチェックしましたが、前輪格納部の中にいて大丈夫なんでしょうかコナン君。うまく脱出できないと、最悪凍死してしまいますが……」

「以前、ウチに遊びに来てた時に……ほら、空自関係の技術者が来てただろ。コクーンでの航空機シミュレートのデータ調整とかで。そん時にボスや安室さんと一緒に航空機関係の事はかなり詳しい所まで教えてもらってたし、勝算はあったんだろうさ。それよりも問題は……」

 

 鳥羽初穂にとっては、二度目の海外への出張だった。

 一度目は恩田と共にロンドンでの研修……まぁ、想定外の出張サービスも何件かあったが。そして二度目はこうしてヴェスパニアへ国家に誘拐された毛利蘭を取り戻すために。

 

 ファーストクラスの比較的快適な座席でくつろいでいた初穂は、静かに後ろを振り返る。

 そこには、殺気立って落ち着かない様子の世良真純がいた。

 加えて――

 

 

「あぁ、すまないスチュワーデスさん。コーヒーを一杯いただけるかな?」

「はい、かしこまりました」

「あ、じゃあ私も」

「はい」

 

(なぁんでICPOの特別捜査員がウチと来るのさ……しかも毛利の旦那も一緒たぁ……)

 

 目暮が空港に遅れてきたのは、初穂同様万が一が起こった場合に備えての事だった。

 銭形幸一。目暮警部の友人で、以前浅見透と共にカリオストロで大暴れした捜査官。

 

 目暮は、いざという時毛利小五郎が自分の娘を連れ戻しに行けるように特別捜査権を持っている銭形と話を付けていて、毛利小五郎を彼の助手としてヴェスパニアに入れるようにしていたのだ。

 

「いやあ、しかし透君の部下と一緒に働く事になるとは、感慨深いモンですなぁ」

「銭形警部は、アイツの?」

「えぇ。次元――まぁ、その、いわゆる腐れ縁から突然任されまして……。児童養護施設を出るまでは、彼のご両親の遺産管理を……幸い、彼は学業に問題もなかったので無事に東都大学に入れまして……それ以降は手紙や電話でたまに話すくらいでしたな」

「ほほう。じゃあカリオストロの事件は、久々の再会だったわけですな?」

「いやぁ、あれは本当に驚きました。ルパンを追っていたら、年賀状の写真くらいでしか見ていない成長した姿の透君が手を振っていたのですからな」

 

(幸い、真純みたいに落ち着きがなかった毛利の旦那もボスの話で銭形って刑事と盛り上がってちょっとは落ち着き取り戻したか)

 

「そういえば、アイツの両親というのは……」

「母親は弓道家で、父親は大学教授でしたなぁ。たしか……郷土史だかなんだかを調べていた人で、実家は資産家だったとか」

「ほぉう。弓道家に学者とは……なるほど、確かにアイツ、弓も使えましたしなぁ」

「……それを教えたのは、多分違う奴だと思いますが」

「? 違う奴?」

「あぁいやいや、その、あれです。さっきの腐れ縁という奴で」

「はぁ……」

 

(物を投げたり飛ばす道具、大体なんでも上手く使うからなぁ、ボス)

 

 ちなみに、その場にあるものを使って即席で凶器――もとい武器を作り出すのが得意な初穂に投擲術を教えて凶悪度を跳ね上げた元凶が浅見透である。

 

「透……。こんな時に奴がいれば、心強かったんですがね……。奴がいてくれたら蘭を、娘をそもそもこんな目に遭わせずに済んだんじゃないかと…」

「確かに、あの時の子供がここまでの男になるとは思ってませんでしたが……確かに彼なら……」

 

(施設であんな過激な性格になったとは思えないし、この銭形という刑事もまっとうな人のようだし、やっぱり所長はどこか元々ああいう生物だったんだろうなぁ)

 

 一方、キャメルは自説はやはり正しかったと静かに頷いていた。

 

「初穂さん、ヴェスパニア政府は自分達と会ってくれますかね?」

「少なくともジラードとは報酬についての話があるから問題ない……と、思う。問題は王女が入れ替わってるって事実を知ってるアタシらがジラードに会うのを、あのキースの派閥がどう思うかって話だが」

「……ならば、その前に向こうから接触してくる?」

「わざわざアチコチに手を回して、直接ヴェスパニアには連絡が出来ないようにしてくれやがったんだ。よっぽど入れ替わりを知られたくないと見た」

「……となると、空港に着いた途端にお迎えが来そうですね」

「多分ね。まぁ、そこまで状況が悪化することはないだろうさ。向こうにとっちゃ時間が敵だ」

「相変わらず、落ち着いてますね」

「ムカつく時こそ笑ってりゃ意外と落ち着くもんさ」

「なるほど」

 

 キャメルからすれば、鳥羽初穂は実に難解な人物だった。

 悪党を自称する元看護師。

 現場では緊急時の応急処置、場合によってはそのまま検死を行う調査員。

 

 入ってきたばかりの頃はいつもニコニコしていたが、次第に地が出だした。

 だが付き合いの良さは変わらず、恩田遼平や最近では遠野みずきとよく飲んだり買い物に出たりと遊びまわっている。

 

 女性らしく体力は事務所内では比較的低い方だが、どうしても犯人と交戦しなければならないときはその場にあるもので思いもよらない反撃をする。

 

 事実、少し前の事件では木匙とテープで作った即席の投石器で拳銃を持った犯人を無力化、取り押さえている。

 

「……ま、今回の一件は悪い事ばかりじゃないさ。こういう相手もいるって事と、自分達の弱点が勉強できたんだ」

「初穂さん。例の話、やっぱり受けるんですか?」

「……話?」

「安室さんから提案されていたじゃないですか」

 

 

 

 

「浅見探偵事務所の副所長のポストは、鳥羽さんの方が似合っているって」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「話は大体わかったが……俺とこのガキはちょいと無理があるんじゃねぇのか?」

 

 ルパン。それに透の奴から頼まれて、ある意味での大本でもあるこのヴェスパニアに軍事教官として潜り込んだのはいいが、どうにも面倒なことになっちまったぜ。

 

(女王と王子を殺した犯人を探し出せたぁ……俺ぁガンマンであって探偵じゃねぇんだぞ。それこそアイツ呼んで来い)

 

 浅見透。

 正直、記憶に残っているのはまだ小さい頃の姿だが、それでも鮮明に覚えている。

 

 日本でとあるお宝をいただくために、宝が眠っているという屋敷の近くの森に五右衛門と潜伏していた時に、頭から血を流したまま、時折手探りで見つけた石を適当な所に放り投げながら四つん這いで彷徨っていた盲目の子供。

 

 ルパンとも合流する前だったので身動きが出来ず、目が見えていないからと傷の手当てをした後しばらく一緒にいたが……

 

(……そういえば、奴と過ごしたのは何日くらいだった?)

 

 数日だったような数週間だったような……だが数か月だったような気がするし、数年だったような気も……。いかんな、まさか歳か?

 

「いや、確かにこのガキの事は知ってる。キッドとかいう泥棒を何度も追い詰めている、アイツ――浅見透の事務所の秘蔵っ子だろう? 何度か日本の新聞に出ているのを見ている」

「ほう、あの事務所の……。なるほど、それならあの知識と行動力にも納得が出来る」

「つってもガキはガキだろう? 無茶だって」

「そうでしょうか? 彼の知識と行動力はこの目で見てますし、それに……どう見ても、日本人の親子に見えますが」

「止してくれ!」

 

 親子ごっこをするのは一度で十分だっての。

 

「いくらなんでも、コナン君まで巻き込むのは……」

 

 王女の替え玉として連れてこられた嬢ちゃんが、ガキを心配してそういうが……。

 まずは自分の身を心配すべきだろう。

 

「恥ずかしい話ですが、私はこの部屋にいる人間しか信用できません」

 

(ま、だから無関係の嬢ちゃん連れてきちまったんだろうが……透の関係者だ。奴はまだ知らねぇだろうが後が怖ぇぞ)

 

 カリオストロ、そして先日のロシアで確信した。

 アイツ、中々ヤベェ奴に育ちやがった。善人ではあるが、同時に悪人にもなれるヤベェ奴に。

 この一件が片付いた後に奴の相手をするだろうこのキースって伯爵様には、念仏の一つも唱えてやりたくなる。

 

「こんな時期に日本でのホテル・レセプションに王女を参加させたのもキース様のお考え」

「炙り出しだったんだよね? 身内の中に、どれだけ怪しい人がいるか」

 

 そんな悪党の秘蔵っ子っていうこのガキも、やはり頭が切れる。

 いっぱしの悪党になるか、あるいは逆か。

 なんにせよ面倒くさいヤツに育つだろうな。

 

「えぇ、その通りです。そしてやはり、我々SP内部にも裏切り者らしい人物はいました」

「そいつらとっ捕まえて吐かせりゃいいだろ」

「出来ないのです」

「なに?」

「この国では王家の者を裁けるのは女王のみ。仮に裏切り者の口を割らせて犯人にたどり着いたとしても、それが王族の者であるならば、女王不在の現状では裁くことは出来ないのです」

「……おいおい、お前さんがそんな事言っちまっていいのかい?」

 

 キースの言葉は、非常に大胆すぎる発言だ。

 なにせ、犯人は王族だと言い切っているのに等しい。

 

(そりゃあ、ミラ王女が亡くなって喜ぶのは次の王位継承者くらい。つまりは、まぁ、あれだ。このガキにだって誰が黒幕か分かるってもんだ)

 

 嬢ちゃんは目を白黒させているが、ガキは目を鋭くさせてやがる。

 

「お願いします。もう時間がありません」

「時間って……どういうことなんですか?」

「先ほどジラード様にお伺いを立てたところ、ミラ王女の戴冠式を明後日に早めるとのお達しを受けました」

「戴冠式……明後日って……!」

 

 嬢ちゃんの顔色が悪くなるが無理もねぇ。

 このままだと明後日には嬢ちゃんが『ミラ・ジュリエッタ・ヴェスパランド』としてパレードに参加することになる。

 

「ったく、勘弁してくれ」

 

 透。さっさとケリつけてこっちに来い。

 今のお前だったら、この程度のヤマなんざどうってことねぇだろうが。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 崩壊し、燃え盛るロシアの大地。私と彼の盛大な遊び場に、気が付けば自分の笑い声が響いていた。

 

 はたして、彼と出会う前にこれほど笑ったことがあっただろうか。

 

「ちょっと教授さん! 御爺ちゃんと浅見透と一緒に私まで殺そうとしたでしょ」

「いやすまない。そこの老人が、私を勧誘した最大の理由を反故にしかけていたのでつい、ね。分かるだろう麗子君」

「まぁ、分かるわ。だから殺そうとしたのだし」

「クッハッハッハッハ! いや、すまんすまん。つい年甲斐もなくはしゃいでしまった」

 

 燃え盛る基地を眺めている私の後頭部には麗子君の拳銃が突きつけられている。

 ハンター君がどうしようか迷っているようだが……。自身の復讐のこと以外は意外と繊細な男だな。

 仮にここで麗子君が私を撃ったところで、彼女が浅見君を狙い続けることに変わりはない。

 君やその弟子はともかく、森谷教授だって必ず彼を追い続ける。

 ならいいじゃないか。

 一体どこに問題があるというのだね?

 

「御爺ちゃん、今度はちゃんと私も混ぜるのよね?」

「もちろんだとも、なにせ一回約束を破ってしまったしね。今度こそ、対決の場を用意しよう。教授もすまなかったねぇ」

「ふん。まぁ、吹き飛ばしたから良しとしよう。運転手君には悪かったがね」

 

 あぁ、彼か。

 実にいい子だった。最後の最後まで、外れてしまった私に付いてきてくれて……。

 せめて彼の亡骸はアジトまで持って帰らなければ。

 

「教授、麗子君。申し訳ないが、彼の遺体を逃走車両まで運んでくれないかね」

「なによ、死体でしょ? 放っておきなさいよ、もうただの肉の塊よ」

「馬鹿者。最後まで付いてきた仲間を捨て置けば、他の手駒の士気に関わると言っている」

「殺したの実質貴方じゃない、教授」

「そうだが?」

「…………まぁ、そうね。幸いドレス着こんでるわけでもないし、いいわ」

 

 そう言いながら麗子君は突きつけていた銃を下ろし、どうにか瓦礫から運び出した遺体を教授と共に運んでいく。

 まったく、大した倫理観だ。それでこそ自分の供としてふさわしい。

 

(彼も無事に離脱しただろう。おそらく、恩田遼平がなんらかの手を打ったハズだし急がなければな)

 

 あの実のところ小心な野心家を焚きつけて浅見探偵事務所を揺さぶってよかった。

 彼の下にいるどんな麒麟児が来ても楽しめるがただ一人、恩田遼平にだけは彼とは離れていてほしかった。

 二手に分けるなら確率は半々。異国の地ということならば、語学に長けて交渉事の経験値を積んだ彼と共に行動する確率はさらに高くなる。

 

 ならばと三方に分けるために動いたが、上手くいったようだ。

 恩田君が浅見君の指示の元即座に動ける態勢だったのならば、彼と遊ぶ前に包囲されかねなかった。

 

「さて…………あぁ、もしもし? アイリッシュ、聞こえているかね」

 

 

 とにかくゲームの開始としては十分すぎるほど豪勢な始まりだ。

 まったく、色々手配してくれた――特に、哀君を見つけ出して上手くこちらにまで連れてきてくれたアイリッシュにはなんと礼を言えばいいか。

 

『えぇ、ピスコ。連絡が来てホッとしております』

「心配かけてすまなかった。やはり勝てはしなかったが、無事に1番ホールは乗り越えたよ」

『最終ホールまでに勝たなくてはなりませんね』

「あぁ、何番ホールが最終なのかは分からんがね」

 

 きっと、それを知る人間も予測できる人間もこの世界のどこにもいないだろう。

 もっとも近いのが私と彼なのだから。

 

『しかしピスコ。シェリーがああなっているという事は……ピスコが私に資料を集めさせた、あの江戸川コナンは……やはり』

「間違ってももらしてくれるなよ、アイリッシュ。そういう彼……彼らにとってのピンチというものは時期があるものだ」

『えぇ、肝に銘じておきます。しかし……皮肉ですな』

「皮肉?」

『平成のシャーロック・ホームズ。それは工藤新一を指し示す言葉だったハズなのに、流れは浅見透に傾きつつある。奴は……おそらく工藤――いえ、江戸川コナンがその場でとっさに指名した探偵役……いや、助手という名目の探偵という、ワトソンのような役だったハズなのに』

「ふむ。……もし、これはもしの話だがアイリッシュ」

『はい』

 

「もし、彼を助手だと指名したのが『工藤新一』本人だったら、話はまた違ったかもしれんね」

『? しかし、江戸川コナンは……』

「江戸川コナンさ。彼は江戸川コナンであって、工藤新一ではない。同一人物である事と、同一のキャラクターであることは微妙に異なるものだ」

 

 そうだ、決定的に違う。

 ここから見ると大した意味ではないのかもしれんが、違う視点で見ると大きく違う。

 そのブレに意味があるのかは分からないが、万が一見落としがあれば、後々取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

 あぁ、浅見君。

 これが君の戦いか。

 あるかどうかも定かではない関係性に、壊していい私と違い拾い集めたい君は、ずっとこんな先の見えない細道を歩いてきたのか!

 

「つまりだねアイリッシュ。ホームズから探偵だと認められた男と、コナンから探偵だと認められた男には大きな差があるのだよ」

『差、と申しますと?』

「君は、シャーロック・ホームズを読んだことは?」

『……子供の頃に、確か。ただ、児童用に分かりやすくしたコミックだった上にシリーズの全巻を読んだかと言われれば……少々自信がありません』

「なるほど、コミックか。であればなおさら分かりづらいかもしれんが……」

 

 ふむ、まずどこから話すべきか。

 

「ホームズは実に有名だ。こうして今現在に至るまでにいくつも君が読んだようなコミックスになったり映画になったり、はたまた劇になっていたりする。さて、ではホームズとはどういう人物か」

『……切れ者、では当然あります』

「あぁ、探偵役だからね。だが、私が思うに役としての彼に一番大事なのは、『優秀な変人』だという点だ」

 

 

「普段から突飛もない人間が、それでも真実を言い当てる。なぜか分からないが真実を。だから人は皆『なぜ(Why)』に注目する。誰が、どうやって、どうしてそんなことをしたのかとね」

『……浅見透』

「あぁ。彼はそれ(真実)を自分で口にするタイプではないが、突拍子もなく結果だけをつかみ取る……。後天的な物だろうが、今の彼には確かにホームズの素養があるのだよ」

 

 通信機の向こうから、唾を呑み込む音がかすかに聞こえた。

 あぁ、わかるよアイリッシュ。

 少し前の報告。哀君と香坂夏美をロシアに送り出したと報告した時の君の声を聞いた時は、また浅見君と遊ぶのとはまた違う喜びを覚えたものだ。

 

 震えていたな、アイリッシュ。

 

 あぁ、分かるとも。彼の――本気の彼と戦ったな?

 最新鋭の装備で身を固めているとはいえ、ボロボロで、血だらけで、どう見ても半死半生で。

 だが、勝てなかったのだろう?

 どれだけ状況が有利だったとしても勝ちきれなかったのだろう?

 あぁ、分かるとも。

 

「それになにより、江戸川コナン」

『……工藤新一ではなく、江戸川コナン……ということですか』

「その通りだよアイリッシュ」

 

 理解はしていない。いや、出来ないだろう。

 だが、私に歩み寄ろうとしてくれるその姿勢は嬉しいよアイリッシュ。

 

「探偵を生み出す存在と言っていい彼だが、特にコナンを名乗ったのはある意味で彼にとっては致命的だったのかもねぇ」

『探偵役を失うから……ですか?』

「いや、少々違う。……アイリッシュ」

『ハッ』

「シャーロック・ホームズとは、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイルが書いた傑作シリーズだ」

『……はい』

「では、シャーロック・ホームズの物語を書いたのは一体誰かね?」

『……ハッ?』

 

 問いかけに、アイリッシュは戸惑う。

 まぁ、あまりホームズを読んだことがない。それも分かりやすくしたコミックが主ならば当然か。

 

『その……コナン・ドイルでは?』

「ワトソンだよ」

『ワトソン……助手の?』

「そう、そのワトソン」

 

 

「シャーロック・ホームズの物語とは、彼と共に多くの事件を見てきたジョン・H・ワトソンによる彼の伝記であり。手記なのだよ」

 

 

 

「だからこそ、ホームズの物語はそのほとんどがワトソンの視点から書かれている。……無論、例外はあるがね。どうかね、アイリッシュ。君の読んだコミックでも、ワトソンが完全にいないシーンなど犯人の回想シーンくらいじゃないかね?」

『……言われてみれば、確かに』

「まぁ、こじつけのようなものではあるが……ジョン・H・ワトソンというのは、ある意味でサー・ドイルのペンネームの一つのようなモノとも言える」

 

 

「つまり、ある意味で二人は全く別の存在でありながら、同時に同種の存在とも言えないかね?」

 

 通信機の向こうからは、返事が返ってこない。

 呆れているか? そうかもしれん。

 

「浅見透はコナンという男に探偵役を渡され、ホームズになりうる存在になった。そして同時にコナンを名乗った彼にはもう一つの役割を持ちうる存在になった」

 

 

 

「江戸川コナン」

 

 

 

「浅見透の『家族』以外では……あるいは彼女ら以上に彼に近く、彼に振り回され、彼の行動をよく知り、彼から事件の話を聞き、表に出れないがためにまるで助手のように彼を手助けする」

 

 

 

「彼こそ『平成のワトソン』と呼ばれるにふさわしい。そうは思わないかね? アイリッシュ」

 

 

 

 

 

 

 遠くから、サイレンが近づいてくる。

 消防、軍、警察、それぞれがここに到着しようとしている。

 潮時か。

 

「アイリッシュ、そろそろこちらも撤退する。そっちも気を付けてな」

『イエス、ピスコ。そちらも、お体に気を付けて』

 

 通信機をオフにして、一服する。

 彼と遊ぶためには禁煙も必要だと思うが、同時に悪役(ヴィラン)らしくもある。

 さて、どうしたものか。

 

「平成のシャーロック・ホームズ。工藤新一はそう呼ばれていた」

 

 

 

「この世界においては物語の人物だ。それが代名詞になっているという事は、『外』でもやはり紙の上の人物で、そして名探偵の代名詞ということだろう。少なくとも、大きな誤差はないハズだ」

 

 

 

 もっとも、ルパンに三世という存在がいるように気が付いたらこの世界にも『シャーロック・ホームズ』が現れるかもしれんが……。大した問題ではない。

 

 

 

「さて、劇か、小説か、映像かあるいはコミックか、もっと想像のつかないものかは分からんが」

 

 

 

「物語とは多かれ少なかれ、現実を模倣するものだ。だがその模倣品を目にして影響を受けるのもまた『現実』だ」

 

 

 

 であれば、主導権は断じて一方的なものではない。こちら側にも確かにある。

 浅見透(ホームズ)が流れを加速させようとするように、ピスコ(モリアーティ)が流れを変えることだって不可能ではないはずだ。

 

 

 

「哀君。灰原哀。……アイ。探偵に近い知識を持ちながら助手役(サポート)に徹する彼女は……灰という目立つ文字からコーデリア=グレイと……おそらく作者。V・『I』・ウォーショースキーを混ぜたものだと思ってたが」

 

 

 

「もしや、アイリーン・アドラーも兼ねているのか? それならば好都合なのだが」

 

 

 

「間違いなく鍵となるアポトキシンの最大の関係者である彼女が、彼を『ホームズ』だと口に出した」

 

 

 

 十分だ。この遊びでの最大の戦果だ。

 劇だろうと小説だろうと映像だろうとコミックだろうと。

 主要人物が重要局面で口にした言葉。

 

 それはいかなる媒体であろうとも、最大にして最高のアピールだ。

 

 

 

「さて、ヴェスパニアはどうなるか。まぁ、あの侯爵では相手にならんだろうが……」

 

 とりあえず、ピスコの遊びは一旦幕だ。

 態勢を建て直すというのもあるが、悪役(ヴィラン)はそう何度も続けて同じ人物が出るものではない。

 

「あーさーみくん」

 

 だからまた隠れよう。隠れて金と人を集めて、また遊ぼう。

 今度こそ、麗子君や教授達を引き連れていっぱいいっぱい遊ぼう。

 

「まーだーだよー」

 

 まだまだ自分のライヘンバッハは先だ。

 このかくれんぼが、そう簡単に終わっては面白くない。

 

 

「クックックッ……」

 

 

 

 

 

 





〇あさみん、全部終わっていやーよかったよかった後は後始末だーと笑ってたら毛利蘭誘拐を聞いて通信機を握りつぶしてしまう。

〇安室透、静かにキレる。

〇ジョドー、ジュディと共に偽札輸送に使っていた潜水艦数隻に金塊を分けて積み込み、カリオストロに極秘裏に輸送。

〇恩田、事態の説明と後始末のために浅見と合流して、共に連邦政府ビルに出頭。




〇国際弁護士フジ=ミネコ。ミラ王女と共にヴェスパニアにこっそり入国。





今更気が付いたけどピスコが組織抜けたために、灰原ではなく宮野志保のつなぎお色気シーンが消えてしまった……なんてことをしてしまったんだ俺は……。


次回から多少のピスコ覚醒編の後始末というかちょっとした解説しながら完全にヴェスパニア編。

次元の代わりに五右衛門をコナンと組ませようかと思ったんですが、やはりコナンには次元の事をパパと呼んでからかってほしいので修正w

今は大塚さんの次元が活躍を始めていますが、コナンの『パパ』はやはり小林さんですねw

Part6がしばらく週末の楽しみになりそうです


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119:皆さん殴り込みお疲れさまでした。では次の殴り込みです

大変お待たせいたしました。
本来ならば先週の金曜日くらいには投稿できているハズだったのですがワクチン二回目の副作用にやられているウチにスパロボ30が出たので購入、マジェプリのケイちゃん育てていたために投稿が遅れました。
じゃあ仕方ないね。本編です。


 

「えぇ。……えぇ、大丈夫。恩田遼平から、香坂夏美も例の刀も無事預かったわ。後は、灰原哀と香坂夏美を連れて帰国すればいいのね?」

『あぁ、手続きは済んでる。哀と夏美さんはパスポートの代わりにそっちに渡した書類を出入国審査で見せれば問題ないハズだ。青いヤツと赤いヤツをセットでな。もしなにかあったら俺か恩田さんに電話をくれ』

「えぇ、了解。それじゃあ、お互い上手くいったら今度は日本で会いましょう? 桜子さんや子供たちと一緒に待ってるわ」

 

 どうなるか分からなかったロシアの事件は、なんとか乗り越えることが出来たようだ。

 さすがに決着とまではいかなかったのは残念だけど、それは浅見透と枡山憲三の戦いだ。

 魔女はせいぜい、高みの見物をさせてもらおう。

 

(というより、ある意味で運命の二人の間に割って入るなんて無粋な真似を、魔女がするわけにはいかないわよね)

 

「あの……」

 

 小さくスラックスのポケットのあたりを引っ張られる。

 視線を向けると、彼が取り返した家族が引っ張っていて、その側には彼のお気に入りの女性がそこにいた。

 

「あら、哀ちゃん。香坂さんもなにかしら?」

「その、小泉さん……ありがとう。助けに来てくれて……」

「ええ、本当にありがとう。このロシアまで来てくれるなんて……透君達にもすごい迷惑かけて……」

「私はおっとり刀で駆け付けただけよ。特に出来ることもないのにね」

 

 まぁ、この子や香坂夏美の帰路に付き添うことで、続けて起こっているヴェスパニアでの事件にすべての戦力を向けられるというのは、少しくらいは自分にも意味があったと取っていいのだろうか。

 

(浅見透も、どうもこの子を見せたくない人間がいるようだし……)

 

 まぁ、必要ならば今回のように指示が来るだろう。自分がそこまで心配することはない、か。

 

「礼なら、浅見透とルパン達に言っておきなさいな。あぁ、そうだ」

 

 灰原哀に気を取られて、大事な事が頭から抜けかかっていた。

 

「石川五右衛門。一応確認してくれない? 刀の良し悪しにそこまで詳しくないから」

 

 斬鉄剣。

 

 石川五右衛門が、奇妙な教祖にすり替えられ、奪い取られた刀。

 どうも安室透達が制圧した施設の方に隠されていたらしく、別ルートで潜入していた恩田遼平が発見して回収していたとか。

 

 すり替えられてなければいいのだけれど……。

 先ほどからずっと様子がおかしい石川五右衛門が、飾り気の一切ない白鞘の刀を受け取って、軽く抜いて見せる。

 

「……う、うむ、間違いなくわが斬鉄剣。かたじけない、紅子殿」

「探し出したのは浅見透の部下よ。まったく灰原哀といい……、礼は貴方の弟子に言っておきなさいな」

「む、透は(それがし)の弟子というよりは生徒で……いや、うむ。透にも礼を言わねばならないのは確か。後ほど頭を下げに行こう」

「ええ、そうしなさいな」

「……うむ……その……それでだな、紅子殿」

「? なに?」

「その……貴殿にお借りした刀なのだが」

「あぁ、そういえば」

 

 完全に忘れていた。

 そういえば渡してそのままだったわね。

 

「ま、まことに申し訳ない!」

「は?」

 

 突然、こんな小娘に土下座する大泥棒の姿があった。

 

「すべては拙者の修行不足! 未熟の致すところ! 紅子殿より預けられた一刀、先の合戦において……」

 

 そう言って五右衛門が申し訳なさそうに懐から取り出したのは、見覚えのある刀の柄だ。

 だが、あったはずの刀身が綺麗に無くなっていた。

 

「あら。すっぽ抜け……いえ、見事に砕けているわね」

「申し訳ない! 貴殿らは斬鉄剣の捜索に助力してくれたというのにっ」

「いいわよ、別に」

「……なっ」

 

 あの老人が本気で遊ぼうとしている以上、激戦になるのは分かり切っていた。

 だからこそいてもたってもいられず、多少は力になるかもと思ってあの刀を探し出して、持ち込んできた。

 

「貴方ほどの使い手が振ってこうなったってことは、相当酷使しなければ切りぬけられなかったのでしょう?」

 

 自分は詳しくは知らないが、オーパーツじみた金属の鎧を纏った一団が老人の下に付いたと聞いている。

 最大戦力の一人が本来の得物を失っている状況で、浅見透も含めて怪我人らしい怪我人が出なかったのは奇跡としか言いようがない。

 

(異端の女の祈りでも、少しは聞き届けてくれたのかしら)

 

 

 

「私がその刀を持ってきたのは、誰一人欠員を出さずに事態を解決するためよ。そして、その目的をその刀は果たしてくれた」

 

「貴方は刀を無駄にせず、振るってくれたでしょう?」

「う、うむ。しかし――」

「私はその刀を振れないけど主人よ。刀は主人の願いに応えて、結果折れた」

 

 

 

「折れてしまったその刀は、貴方ほどの使い手からしたら無様な剣かしら?」

 

 

 

 そういってやると、ずっと地べたに膝をついていた剣豪がようやく立ち上がった。

 

 

 

「……否。断じて否」

 

 

 

「紅子殿より預かりし一刀、我が斬鉄剣に勝るとも劣らぬ、気高き一刀にござった」

 

 

 

 そうよ、そうやって胸を張ってもらわないと、私が刀を持ってきたのが悪いみたいじゃない。

 

「なら、それを忘れないでね。ほら、これ」

「? これは……」

「あの刀の鍔よ。貴方には邪魔だと思って外しておいたの。いつも鉄火場にいる貴方には、お守りとしてちょうどいいんじゃない?」

「よいのでござるか? これほどの刀、かなりの刀工が打った物と見受ける。鍔だけでもそれなりに値打ちが――」

「私が持っていてもただの飾りよ。キチンと使ってくれた人間に、時折本体を思い出してもらう切っ掛けになれる方がその子も幸せでしょう?」

 

 五右衛門―― 十三代目石川五右衛門は、小さく微笑むと一礼して、鍔を懐に入れた。

 

 

 これでこの騒動は全部終わり、また違う異国の地で騒動が起こってるみたいだけど、そっちは浅見透がどうにかするだろう。

 

 さて、荷物は全部ここにあるし、後は帰るだけ。

 

 

 

 ……無事に終わって、本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「というわけで皆さんドンパチお疲れ様でした。これからそのまま流れでヴェスパニア王国をぶん殴りに行くけど皆問題ないよね?」

「なにを以って問題ないとか言ってるんだお前は!」

 

 やだ、安室さんったらここ最近地が出っぱなしじゃない?

 大丈夫? 血圧上がってない? 俺達が乗る飛行機もうちょっとしたら到着するけど、それまでちょっと一緒に甘い物でも食べ行く?

 

 遠野さんも顔真っ青にしちゃって、んもぅ。

 

 まぁ、遠野さんはこれが実質初のデカい仕事だったからそりゃあ大変か。

 聞いた話じゃあアメリカから来た――安室さんには正確には伝えてないけど、あの金塊を元々持っていて奪い返しに来ていたマフィア相手に大活躍だったとか。

 

 阿笠博士が作ってくれた、相手を拘束するあのトリモチみてーな非殺傷弾。正式採用かな。

 以前試作した特殊ウレタン製の奴から始めてアレコレ装備を試作してくれてたけど、今回のはアルコール吹きかけたらすぐに溶けるってのが便利で素晴らしい。

 胴体狙えば高確率で拘束できるから本気で便利だ。

 

 コナンが使ってる麻酔針の狙撃用の奴もよろしくお願いします。

 

「その、所長。正直やべぇ奴らとの一戦が終わったばかりでクールタイムが欲しいんですが……」

「大丈夫大丈夫瑞紀ちゃん」

「いや何も大丈夫じゃないです。所長の頭も含めて大丈夫な人は一人もいません」

 

 瑞紀ちゃん……えらく辛辣だね。

 つっても、今度の相手はちゃんとした国だし大丈夫大丈夫。

 喧嘩の仕方間違わなければwin-winの殴り合いで終わるから。

 

「まぁ、ぶっちゃけ確かにお休みが欲しい所なんだけど状況がちょいと面倒な事になっててね。俺らが誘拐された二人を取り戻そうとアレコレやってる間に、今度は日本で蘭ちゃんが誘拐された」

 

 事前に話していた安室さん以外の皆が、目を剥いて驚いている。

 皆の負担を考えて安室さんにはギリギリまで黙っててもらったけど、早く言っておいた方がよかったかな……。

 

「あぁ、言っておくけど今回はついさっきまでのような厄介な話じゃない。すでに向こう側が負い目を背負っている政治的な話だから、命を懸けたやり取りになる可能性は極めて低い。低いと見ている。……低いといいなぁ……でも相手がいる話だしなぁ……ま、皆覚悟だけはしておこうか」

「どうして所長はいつもキレイに決めてくれないんですか?」

 

 仕方ないじゃん遠野さん。工藤――コナンや服部君みたいなザ・主人公ズと俺は違うんだよ。

 ひょっとしたら主人公に重要な情報渡して死ぬ役になったって可能性だってあるし、最悪の事態に備えておくのは大事大事。

 死なないって決めてるからどうにかなってるけど、普段から油断したら突然コナンもいない所で組織の重要な情報知っちゃって狙撃で頭パーンとかなってもおかしくない。

 

 師匠の言っていた常在戦場の心構えは大事大事。今回の件で自分の中の株が大幅に暴落してるけど。

 

「まぁ、仮に荒事になっても大事になることはない。間違いなくね。今回の事件は実質ヴェスパニア内部の政争だ。で、蘭ちゃんは……ミラ王女と瓜二つという事と、その時の状況諸々のおかげで王女の影武者になっちゃってる」

 

 カリオストロ事件の時に恩田さんが万が一の国境封鎖を依頼した時に会ったのは女王だけ。

 

 俺が前にカリオストロで騎士としての叙任式開いた時はジル王子とジラード公爵の二人と来賓として会っているけど……くそぅ、王女の事ももうちょい調べておくべきだった。

 

 蘭ちゃんのそっくりさんでしかも王女様が来日するとか、絶対に入れ替わりフラグだから人張り付かせたのに……。

 

(……今思うと、枡山さんも行動起こすタイミング見計らっていたのかもな。俺と遊ぶついでに、俺を振り回す……いや、枡山さんの事だからあの人なりの親切心なんだろうなぁ。潰れるしかなさそうなフラグ倒れてるから立てといてあげるね、みたいな)

 

 もうね、同じ違和感を持って同じ物を見てる人が現れてくれたのは自分にとってある意味救いだけど、なんでよりによって枡山さんなのさ。

 いや嫌いじゃないよ?

 ホントになんでか分からないけどあの人嫌いじゃないんだよなぁ。

 

 森谷は死ね。

 

 あんのクソ野郎、最後のあの訳わからん爆発絶対お前だろ。なんか後ろから来てた車思いっきりぶっ飛ばされて軍用車なのにゴロゴロ転がってたぞ。

 

 俺も、珍しく致命傷ゼロで終わるかもしれないと思った時に思いっきり吹っ飛ばされたわ。

 中にいた、多分女の人とか思いっきり車から放り出されてたぞ。あれそっちの仲間じゃないんかい。

 

 まったく……師匠が落ちてきた瓦礫を片っ端から斬ってくれなかったら、俺今度は腕か足失くしてたかもしれん。

 

「というわけで、今は時間が鍵になる。向こうには悪知恵の初穂に護衛のキャメルさん、頭の切れるコナンに真純に諜報,情報戦にすっかり慣れちゃった下笠姉妹、ついでにシンガポールの予備警官のリシさんがいるから……うん、正直このまま俺達帰っちゃってもいい気がするんだけど……」

 

 初穂の報告じゃあ、コナンの奴飛び立とうとする飛行機に無理やり乗り込んだとか。

 さすがだわ主人公。偉いわ主人公。

 

(ヒロインの蘭ちゃんが攫われるとか正直かなりデカい話だし、枡山さんからのプレゼント……やっぱ乗るべきだわなぁ)

 

 さすがに枡山さん達もあれだけ事を起こした後なんだから碌に動けんだろ。

 

「ぶっちゃけここまで一方的にやられている上に、どういうわけか日本政府……というか省庁が抑えられているとかすごい納得いかないので2,3発殴りたいんですよ。どうせならスカッとしてから日本に帰りたい」

「子供か! ……いや、正直おま――君の発言には大いに賛同するが……」

 

 安室さん、なんかマジで素になる事増えたね。

 まぁ、誘拐騒ぎから激務だったしねぇ。このまま強行軍だけど、せめて飛行機の中でくらいはゆっくり寝てください。

 

「ヴェスパニア王国内部の政争への介入。あぁ。こうして言葉にするとアレですが、実際は殺人事件の捜査という形になります。いつも通りいつも通り」

 

 うん、なんとなくわかってきた。

 このメインストリームは間違いなくコナンだ。だって蘭ちゃん攫われてるし。

 となれば話は簡単。

 しかも犯人はもう分かっている。薄々怪しいと思ってたけど、ウチに話持ってきたあの公爵だろう。

 登場人物が限られている上に対立構造ハッキリしてるから非常に分かりやすくて助かる。

 

「いつも通り、皆でお仕事して皆で幸せになろうよ」

 

 ね?

 

 ね?

 

 

 

 

 ……なんで皆してそんな目で俺を見るのさ。

 泣くぞゴルァ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 新潟であの子を監視しながらロッジで働く生活から東京で探偵になる事になった時は驚いたし、その探偵事務所の訓練のハードさに吐いたことなんて何度もあった。

 

(けど、こんな緊張で吐きそうになるなんて……)

 

 ロシアからヴェスパニアに向かう飛行機の中で、水を口にしながら窓の外の大空を眺める。

 

「おや、遠野さん。やはり食事は喉を通りませんか?」

 

 自分をこの事務所に引っ張り込んだ男にして教育係を務めている沖矢さんは、配られたサンドイッチを手にしてそう聞いてくる。

 

「ええ。変に詰め込むと戻しちゃいそうで……この事務所がとんでもない事に首を突っ込むのはカリオストロのニュースで知ってましたけど……」

「どうです? 初の大仕事は」

「……スコープで狙っても手振れが酷くて、牽制しかできませんでした。ちゃんと当てていれば、もっと無力化できたんですけど」

 

 コクーンでのシミュレートや、アメリカでの訓練施設では散々撃ったけど……。今回は初めて生きてる人間を狙った。

 当たっても死なない、トリモチのような弾だって分かってはいたけど、それでも怖かった。

 相手がこっちに気が付いて適当に撃った銃の弾が頭の上30センチほどのところを抜けていったのが分かった時なんて、取り乱さなかっただけでも自分は偉いと思ったものだ。

 

「十分有効な足止めでしたよ。おかげで安室さん達の脱出はかなり楽だったという話でしたし」

「なら良かったんですけど……」

 

 透君――じゃない、所長から通信機越しでミサイルとか核とかとんでもない話が出た時はなんの冗談かと思った。

 そっちは所長がなんとかしてくれたみたいだけど、もし自分がそちらに関わっていたら震えて何もできなかっただろう。

 

「沖矢さん、どうして私を事務所に入れようとしたんですか?」

 

 確かに、給与を含めて環境はすごいと思う。ロッジで働いていた頃の三倍から四倍くらいの給料をいただいているし、ボーナスというか手当もかなりもらっている。

 

 住むところだって事務所の部屋はちょっと豪華なホテルと変わらないし、その他の福利厚生だって不満は全くない。

 

 ただ訓練のキツさと、今回のような仕事に対するプレッシャーはあの頃とは比較にならない。

 冬馬君の目が覚めるのを恐れ、罪悪感を抱えて暮らしていた日々に比べれば雲泥の差だが、背負うものが重すぎる。

 新潟に帰りたいという想いが強くなるのも、当然だと考えてしまっている自分がいる。

 

「遠野さんの射撃センスは、今まで見てきた人物の中でもトップレベルに入るものでした。所長がハンドガン――リボルバーに愛されている人ならば、貴女はライフルに愛されている」

「狙撃なら、沖矢さんの方が」

「えぇ。スナイパーとしての腕には、こう言っては何ですが自信があります。……ですが、今回もそうでしたが自分がスナイパーだけでいることは難しいんです」

 

 確かに、今回の事件では夏美さんを探し出すためにライフルを置いて、もう一人の『ミズキ』の瀬戸さんと一緒に潜入していた。

 今回沖矢さんが最も使ったものが何かといわれれば変装術と声帯模写だろう。

 

「事件が発生した時に、加害者を抑える。被害者を守る。あるいは連れて逃げる事もありますし、どこかに立て籠もることだってありうる」

「……日本での事件ならば銃を使うようなことはないと思います……が……」

「えぇ。自分たちが使うことは少ないですが、犯罪者がそういう物を使うことは多いですからね。遠野さんが先日瀬戸さんと解決した連続コンビニ強盗事件だって、おもちゃだと思っていた拳銃が本物だったでしょう?」

「えぇ……。あれは本当に驚きました」

 

 安室副所長の話だと、最近毒や爆薬、銃と言った凶器を安価でばら撒いている何者かがいるとか。

 それが、今回所長が向こうで戦った枡山とかいう老人だと。

 

(所長の透君はまだ20歳。色んな事が許されるようになって、ある意味で一番遊びたい盛りの年頃なのに……)

 

 成人しているとはいえ男の子と言っていい彼がこんな命がけの大仕事に身を投じているというのは、ここにいる面子の中では一番の年上である自分にとっては複雑な思いを抱いてしまう。

 

 別に大きな仕事をしてみたいとか、そういう大それたことはこれまで一度も考えたことなかったのだが……。

 

「これから先も凶悪犯罪は増えるでしょうし、いざという時は遠野さんが関わったいくつかの事件のように、公安の黙認の元、少々非合法な手段を持って解決に当たる事もやはり増えるでしょう」

「……銃の使用、ですか」

「まぁ、通常の弾丸を扱うようなことはまずないでしょうが」

 

 とてつもなく不安になる未来予想図にため息を吐きたくなる。いや、その前に胃の中のモノを吐き出したくなる。

 この男は、本当にとんでもない所に自分を引っ張ってきたものだ。

 

「無論、我々は私立探偵です。越水社長が運営してらっしゃる調査会社の中から手に負えないと判断されたものや、鈴木財閥からの依頼を受けての調査業務が基本ですが……」

「同時に、政府や省庁、場合によっては公安警察からの依頼も来る。……特に荒事になりそうな事件の時に」

「ええ。ですのでどうしても必要だと思ったんです。自分が選抜射手(マークスマン)として現場に赴いた時に背中を任せられる狙撃手(スナイパー)を」

「……荒事は苦手なんですが……」

 

 双子のメイドさんから、護身術として合気道は習っているが本格的に取り押さえるなどになれば、少々怖い。

 人を撃つことに比べればだいぶマシだが。

 

「こう言ってはなんですが、そのうち慣れますよ」

「そうでしょうか?」

「ええ。だって遠野さん、あなたは先日パニックも起こさず、そして逃げずに踏みとどまって引き金を引きました」

 

 

「十分すぎる素質ですよ。貴女も恩田君や初穂さんのような、立派な調査員になりますよ」

 

 ……どれだけ頑張っても、安室さんや貴方みたいにズバズバ事件を解決してバッサバッサと犯罪者をなぎ倒していく自分の姿が想像できないんですが……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「よろしいのですか大統領。すべてを公開するとなると、ロシアの名に傷が――」

 

 夜明けの大統領執務室では、数人の男が慌ただしく書類の用意をしたりPCを操作したりしている。

 

「構わん。あの男の側にはCIAに公安、FBI……加えて、まだ未確認だがSISの人間――例のニクスがうろつき回っているという情報もある。ここで公開を躊躇えばその隙に他国が裏表の両面から攻めてくるだろう」

 

「……どう動いてもこちらが主導権を握り、不穏分子の一掃、新興財閥への首輪付け、そしてヴェスパニア鉱石という次世代の軍需物資の確保にその産出国とのパイプの確保。そういう流れになるように図ったのだが……」

 

 どうあがいても事件の過程も結末は闇の中で、ただ旨みだけが自分たちの手に。

 そのハズだった計画は、想定外の方向に流れていった。

 

「浅見探偵事務所、見事にひっくり返したな。現代のピンカートンという二つ名は伊達ではないか。探偵に大したことはできんだろうと泳がせていたが……ここまでとは」

 

「それでも公開するのですか?」

「政情不安を晒せば東欧は騒がしくなるだろうが、今ならば極東の反政府分子もすべて拘束されているし、どれだけ殴ってもいい悪党もできた。センセーショナルなヴィランもな。当初より旨みはかなり少なくなったし、隠すことも難しくなった。だからこそ、誰よりも先に自らの手で公開せねばならない」

「……日本政府は何と言うでしょうか。どちらにせよ発射は失敗することになっていたという真実は我々しか知らず……」

 

「こちらから説明と謝罪をする。その上で核の危険性を改めて話し、数年後に協議が始まるだろう次のSTARTの決議においてロシアと共に米国の核軍縮も加速させる。そこでバランスを取る」

「協議の主導権を……上手くいくでしょうか?」

「やらねばならん。だからこそどこよりも早く、当事者である我々が日米に――世界に向けて情報を発信せねばならん。インパクトが薄れるからな。それに」

 

「それに?」

「多少の非難など吹き飛ぶ。ヒーロー役は日本人だが同時にヴィラン役の日本人もいて、そのヒーローは出来るだけ騒がれたくないようだ。うまく二人の存在を使えば流れはコントロールできる」

「……今回の事件で誘拐された二人の情報を伏せるように、という条件がありましたね」

「自分たちの事をそれに入れてなかったのは詰めが甘かったな。……それとも、そこを伏せると今回の一件で枡山憲三の事を表に出しづらくなると一歩引いたか? だとしたら、あの交渉役もなかなかやる。」

 

「……恩田遼平、ですか。浅見透と一緒に交渉に挑んだ……。浅見透に比べると、ただの東洋人にしか見えませんが」

「惑わされるな。賠償関連で見事にギリギリの所で踏みとどまり、気が付けば想定したボーダーラインより二歩分ほどこちらが譲歩させられていた。あの男もまた怪物だ。主導権がいつの間にか取られて蔦のようにからめとられている」

 

 

「浅見透、恩田遼平。……恐ろしい男たちだ。なんと圧倒的で、しかしなんと見えづらく、だがなんともおぞましい」

 

 

 

「あれこそ、我らが目指すべき姿だ。事が終われば、常に最良の結果に終わらせている」

 

 

 

「侮るな。彼らは――彼らこそ、もう一つの日本政府になり得る存在だ」

 

 

 

「遅いかもしれんが、急いでヴェスパニア内部での工作の証拠をすべて消せ。最悪、ジラードは排除しても構わん」

 

 

 

 




〇メアリー、浅見からキッド候補を守っててくれと言われ紅子と共に日本に帰国

〇帰国し対象を確認。浅見透の顔面を壁にめり込ませることを決意する




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120:遠い昔の真実の欠片

登場人物紹介、名前だけじゃなくて一言二言説明文入れていくべきか
アニオリキャラが増えるとさすがに分かりづらい気がしてきた。

……いや原作に出ててもゲストキャラ増えるとさすがに尾えないか
ルパンもそろそろ出てくるしなぁ


 

 

 

 

「まさか、本当に誘拐犯直々に出迎えてくれるとはね」

「あ、あの、初穂さん。その、誘拐というか……キースさんにも理由が――」

「ちょっとの間お嬢ちゃんは黙っててくれ。善意にせよ悪意にせよ、起こった事実は無視するわけにゃいかないのさ」

 

 大体アンタが日本で中途半端に仏心出しちまったからこんなことになったんだろうに。

 そこんとこ分かってんのかね……。

 

(あぁ、やっぱアタシは善人と相性悪いねぇ。嬢ちゃんよりも、わかって待ち構えていた伯爵様の方が好感持てるあたり自分でもどうかしてると思っちまう)

 

 その伯爵さまは、不敵な顔を崩さず椅子に腰かけて足を組んでいる。

 

「ええ、おっしゃるとおりです。私は私の目的のためにルールを破った」

「ルール破りは犯罪でも、悪かどうかは周りが決める事さね。大事なのは善だろうが悪だろうが筋を通して、周囲を納得させることさ。それが裏か、表かはともかくね」

「まったくもって、その通りだと思います」

 

 現状、自分にはどうすればウチらの利になって、何をすればコイツらにペナルティを与えられるか判断が付かない。

 

「話はウチのボスと交渉役が付ける。その話し合いを事態が邪魔をするっていうんならウチらが片っ端から蹴り飛ばしてやるさ。そちらが交渉のテーブルにつかずに強権振りかざすような真似をしなければ、だけどね」

「……私はヴェスパニア王家に仕える者です。女王の決定には従います」

「逆に言えば、女王がいない今はアンタが好き勝手やるって?」

「そのようなことは決して」

「前科ありすぎんだよ、アンタは」

「返す言葉もありませんね」

 

 そう言う割には伯爵の顔色に変化は全くない。

 

(どっちだ? 今のところ全部コイツの手の内なのか、あるいは覚悟が決まっているのか)

 

 とにかく、必要なのはヴェスパニア王家が賠償交渉のテーブルに着くという確証だ。

 

(クッソ、日本にいるハズの王女をこっちの手で確保できていれば優位に立てたんだけどねぇ)

 

 事務所内でもっとも高いドライビングセンスを持っているキャメルを手こずらせるほどのバイクの腕前を持ち、かつ坊やと真純を翻弄出来るくらいの機転を持ち、銃も使う。

 

 動かせる人員が少ない上に、トオルブラザーズに沖矢という浅見探偵事務所三大怪獣がいない上に警察が動けないのならば手を出すのは徒労に終わると思ってあえて放置したが……。

 

(あ~~、やめだやめだ。手にしないと決めたブツを後悔するなんざ破滅の第一歩さ)

 

 王女の所在はコイツが掴んでいるのはおそらく間違いない。なら、このままいこう、

 

 ボスからさっき連絡があった。

 日が変わる前にはウチの怪獣軍団がここに到着するだろう。

 

 仮に交渉が進まなくても、厄介なコイツの足止めと分析はそれなりに意味があるはずだ。

 

 事件の方は、ウチの探偵グループに任せるさ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「それで、パレードが行われるルートはここでいいんだね? パパ」

「おっきい建物がいっぱいだねぇ。パパならどこから狙うの?」

「だあああああ! 揃って俺をパパと呼ぶんじゃねぇ!!!」

 

 透てめぇ! このガキ共おめぇん所の人間なんだろうが! さっさと色々片付けてこっちにこい!

 相手が誰だろうとお前が本気で銃握れば大体どうにかなるだろうが! 国だろうがなんだろうが踏みつぶせ!

 

 この十六か十七くらいの嬢ちゃんはことあるごとに挑発じみた発言でこっちを試そうとするし、ガキにいたってはぶりっこぶりやがって気色悪ぃったらありゃしねぇ!!

 

「そうは言ったって、そういう設定だからしょうがないじゃないかパパ」

「うんうん。キースさんから、親子連れっていう形で捜査しろって言われたんだし、パパもそれが仕事だから仕方ないよね?」

「なに可愛いぶってんだテメェら! 坊主は降りろ!」

「あ~~~っ」

「なに子供らしくしてんだ!」

 

 肩車していた――というかさせられていた小僧を引き剥がして降ろす。

 ったく、コイツら……面倒くせぇな。

 

「ねぇ、答えてよ~。あのたか~いビルなら狙いやすいよね、パパ?」

「そうだねぇ、あそこなら逃走ルートの確保も楽そうだと僕は思うけどどうかなパパ?」

「俺は殺し屋じゃねぇ! どこから撃つかなんてわかるか!」

 

 このガキ共……下手に出てりゃ……っ。

 

「へぇ、そうかい? でもパパの手、僕らがよく知っている人の手みたいに右手の人差し指の第二関節と左の手のひらにタコがあったんだよねぇ」

「うんうん。それって、相当リボルバーを使い慣れた人ってことだよね。僕や世良の姉ちゃんの知り合いと同じでさ!」

「やり口が陰湿なんだよテメェら。……というか、いつ俺の手を見た。普段はポケットの中に入れているハズだ」

「さっき王宮の中でチラっと!」

「僕はさっき煙草を取り出して火を付けた時だよ」

 

 なんっっっってメンドくせぇ奴らだ!

 

「おいお前ら!」

「なにパパ?」

「どうしたのパパ?」

「そのパパっってのを止めろ! 蕁麻疹が出てきそうだ」

「え~~~~~」

「え~~~~~」

 

「え~~~、じゃねぇ!」

 

 ホントに勘弁してほしいぜ、まったく。

 

 とりあえず、仕事だ。

 ルパンはあの王宮の地下金庫に仕舞われているクイーン・クラウンとかいう王冠を盗むつもりだとか言っていたが、奴にしちゃあ熱が薄い。

 わざわざロシアの厄介ごとに首突っ込んだことと言い、カリオストロの時のように訳ありと見るべきか。

 

 ルパンめ、少しは懲りるってことを覚えろ!

 

(ま、とにかく仕事だ。一応、この国のトップの暗殺なんざ大事やった奴の面は一度しっかり拝んでみたいしな)

 

「とにかく、これからどうする。やっぱり嬢ちゃんの暗殺を防ぐつもりか?」

 

 妙にずるがしこい二人にそう声をかけると、さっきまでニヤニヤしていた二人はわずかに顔を曇らせる。

 

「うーーん、万が一の時の防衛策は大事だけど……なぁ? コナンくん」

「うん、やっぱり大本の事件を解決して、真実を突きつけて先に煽ってる人を押さえた方がいいと思う」

 

 となると、どうしても現場を見る必要が出てくるか。

 

「やれやれ、仕方ねぇ。とりあえず一旦休憩だ」

「飲みに行くんでしょ」

「……よくわかったな嬢ちゃん」

「店を開けてるバーを見つけた時の動きが完全に透兄(とおにい)と一緒だった」

「浅見さん、お酒好きだもんね」

「……そうか、そうだな。アイツ、もう酒が飲める歳になってたか」

 

 月日が流れるのは、早えもんだ。

 

「なぁ、奴は――浅見透は、普段どんな酒飲んでる?」

「だいたいビールだよ。ね、コナン君」

「そだね。ちょっと前に遊びに行ったとき、越水さんからこまめに空き缶片付けなさいって怒られてた」

 

 ……ビール、か。まぁ、しょうがない。

 アイツは真面目な20歳(ハタチ)だ、酒を飲み始めたっていうんなら大体そんなところ――

 

「あとはウィスキーと日本酒か。よく飲むの」

「そうなの? 下の事務所で小五郎のおじさんと飲む時はビールばっかりだけど……」

「ビールと焼酎以外の安い酒はあんまり合わなかったんだって。ウチに来た時、よく自分でお酒と氷持ち込んで飲んでるよ」

 

 ……ほう。

 

「おい嬢ちゃん。ちなみにアイツ、ウィスキーはどんなやつを?」

「えぇと、銘柄はちょっと……。バーボンが少し多かったかな? 次にアイリッシュ」

 

 透の野郎、若ぇのに分かってるじゃねぇか。

 やばい奴になったのは違いないが、同時にいい男に育ちやがった。

 

「……今度のヤマ片付いたら、五右衛門も誘ってアイツと一杯やるか」

 

 五右衛門も、透がいると言ったら飛んで駆け付けるとか言っていたし気にしていたんだろう。

 一度、あの時森の中で過ごした三人で飲むのも悪かねぇ。

 

 ……ルパンも誘うか?

 勘だが、アイツらロシアの一件にケリ付ける頃にゃあ割と話せる仲になっている気がする。

 

 本当に出会ったことがないのか不思議なくらい、どことなくアイツら似てやがる。

 

「で、おじさんは飲みに行くの?」

「こんな昼間から」

「昼に飲む酒は旨いとか言い出したら完全に浅見さんだね」

「仕事をやり遂げた後にはウィスキーのロックが一番とかいつも言ってるなぁ、透兄(とおにい)

 

 しょうがねぇだろ。奴はそういう男になっちまったんだから。

 そもそも俺はアイツに飲ませたことは一度もねぇよ。怪我してるガキに飲ませるか。

 

「ほら、小銭をくれてやるからお前らも適当にジュースでも買ってこい」

「……やっぱり飲むんだ」

「しょうがねぇだろ。そもそも俺が悪いんじゃねぇ。こんな時間に――」

「こんな時間に開けてるバーが悪いんだ?」

「あ、透兄(とおにい)よく言ってるね。あるいは、お昼の時間だけアルコールが安くなるファミレスとか」

「この時間にこんな狡いサービスやってる店が悪いんだ。とかよく言うよねぇ」

「それで安室さん巻き込んで昼から飲んじゃって――」

 

「いいからお前ら行ってこい! 一杯飲んだら合流だ! わかったか!?」

 

 透、おめぇ、こんなじゃじゃ馬連中をよく飼い慣らしてたな!!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「あの人、やっぱり次元大介だよね」

「だよなぁ。ってことは、小さい頃の透兄を育てていたってのは本当っぽいかぁ」

「うん。浅見さんの事、ちょっと気にしていたようだしね」

 

 初穂さんが日本からこっちまで追いかけてきてくれた。

 正直な話、心強い事この上ない。

 蘭の側には護衛としてキャメルさんが付いていてくれるし、その指揮を執っているのは初穂さんだ。

 そして捜査に協力してくれるのは世良、と。

 

 いつだったかの、蘭が記憶を失くした時の事件の時を思い出す。

 あの時は恩田さんも手伝ってくれたっけか。

 

「考えてみると、浅見さんの事を僕よく知らないんだよね」

「そうだよね。僕も、透兄(とおにい)の事は……事務所設立してからの事は大体聞いたし関わってるけど……施設にいた頃の話はちょっと聞きづらいしねぇ」

「大学にいた頃の話はふなちや越水さんから色々聞いてるけど……確かに、子供の頃の話ってあんまり聞かないね」

 

 正直に言えば、浅見が家族と共に巻き込まれ、両親を失くしたという交通事故と、一度あの家が火事で燃えたという日が被っているのが少し気にかかっていた。

 

 詳しい話を聞いてみたい所だったのだが、ここ最近は向こうの事務所も忙しかったし、それでいくつかの事件がおっちゃんの方にも回されてこっちも忙しかったからと後回しにしていたら、あのスコーピオンの事件が起こった。

 

「……ロシアの方は大丈夫かなぁ」

 

 つくづく思うが、大きな事件になるとどうしても浅見に頼らざるを得ない。

 というか、個人では出来る事にどうしても限界がある。

 

 そういう意味で人脈も自前の組織も持っている浅見が味方でよかったと思う反面、どうしても浅見の身になにかあっては困るという思いもある。

 

「電話は来てるんだろ? 今回は透兄(とおにい)、えらくマメだよね。普段なら走り切った後にフォロー入れるタイプなのに」

「世良の姉ちゃんの所にも電話来てる?」

 

 そういえばさっきの話で気になることもあった。

 浅見が世良に家を貸しているっていうのは前に聞いたことがあったけど、わざわざ世良の家に行ってまでアイツが酒飲むかな。

 

 家を訪ねる理由。まさかアイツが世良に手を出すわけないし……考えられるのは、他に誰かいる、とかか?

 

「うん。……というか、事務所でのバイトが入ってる時にかかってくることが多いかな。瑛祐君とかもそうだね。よく電話を受け取っているよ。近況報告とか、学校での出来事とか話してる」

「へぇ」

 

 そっか、そういえば事務所の方に来ていたっけか。

 考えてみれば世良は女だし、例の記憶喪失の女優の世話役というかお目付け役としても妥当だ。

 普段着ならともかく、制服着てれば一発で女と分かるし。

 

(事務所のスーツだと世良は完全に男に見えるしなぁ)

 

「ま、ジュースでも飲んで切り替えよう。コナン君はなにを――おっと、先客か」

 

 見つけたジュースの自動販売機に駆け寄ろうとした世良が立ち止まる。

 

 

 

「――ちっくしょう、デンジャラスボーイと別れた後はお姫様二人の世話役かよ……。五右衛門の奴もわざわざ別行動しやがって……逃げやがったなぁ?」

 

 

 

 その自販機の前には、目立つ赤いジャケットを着た男が立っていた。

 

 

「ちくしょう、トオルの奴と別れるんじゃなかったな。アイツに二人の世話任せ……でも不二子がいるしなぁ」

 

 

 ……トオル?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……なら、可能ならばもう一度浅見探偵事務所に潜り込めと、そう言うのね? ジン」

『あぁ、ベルモットの様子を見るのにバーボンだけじゃあ正直不安だ。奴は頭はキレるが、秘密主義が過ぎる男。ラムはそれでいいと言っているが俺は気に入らねぇ』

 

 ロシアでの一戦は、実にあの事務所らしいものだった。

 香坂夏美を何者かとの取引に使おうとしていたアメリカのマフィアと、彼女と同時に自分たちの根城を奪還しようとする武装した新興宗教勢力の抗争の真っただ中に潜入し、彼女を救出する。

 

 事態こそ日本にいた時よりも大きい物だったが……ああ。

 恩田遼平が裏から手を回し盤面を整え、バーボン――安室透が指揮を執りながら潜入し、瀬戸瑞紀が侵入ルートを探し攪乱し、私が沖矢昴や山猫と共に陽動し、新顔の遠野みずきが援護する。

 

 浅見探偵事務所だ。

 まさに浅見探偵事務所の仕事だ。

 

 ほんの半月ほどしか離れていないというのに、懐かしく思えるあの空気だ。

 

 組織でも滅多にない滅茶苦茶な仕事、彼らの――我々以外に誰ができると言うのか。

 

 戻れと言われて悪い気はしないが……。

 

「キールは? 浅見透との関係は良好だし、動きを探るのには最適だと思うけど」

 

 一度出て行った自分だ。うかつに戻れば怪しまれると思うのだが……。

 

『奴は潜入先の性質上、あの男に常に張り付いていられるわけじゃない。今回はたまたま浅見透と動きが被ってヴェスパニアにいるが、な』

「? 彼女、ヴェスパニアに来ているの?」

『新女王の戴冠式の取材と撮影ということだ。逆に言えば、こういう時にあの女は自由に動かせない』

「それで浮き駒の私を使うと?」

 

 他にも人員がいるじゃないかと思ったが、考えてみれば日本で動ける面子はベルモットを除けば、そういった細かいことが得意な奴が見当たらない。

 

 強いて言えばウォッカだが……一人で行動させるのも不安か。

 

『近々、奴らのセキュリティを突破するために一つ仕掛ける作戦がある』

 

 ……それはつまり、あの事務所に手を出すという事か?

 

「危険じゃないのか? 万が一にでも組織の情報が洩れれば、瞬く間に喉元に噛みつかれるぞ。ロシアの件は知っているだろう」

 

 まさに今、メディアではロシア内部でのクーデター未遂事件で大騒ぎだ。

 東西分断を狙った一部財閥の暗躍、核の問題。そして事態を解決した浅見探偵事務所。

 

(……今頃警視庁のいつもの面子は大騒ぎだろうな)

 

 よく浅見透と麻雀やカラオケに出かけている面々を思い出し、頭が痛くなる。

 そういえば、辞表を書いてまで強攻捜査をしようとしていたと浅見透が言っていたな。

 自分があの事務所に戻るとなれば、目暮警部や長介あたりが上手く抑えてくれていると信じたい。

 

『ああ。さすがにあの連中を相手にやり合う気はない。勝ち負けは措いても、損害がとんでもない事になるのは避けられない。ラムもそう読んでいる』

「……ラムが」

 

 やはり、組織はかなり浅見透を警戒している。……あるいは、恐れている?

 

(少なくとも、あの男を後ろから刺せと言われるようなことはない、か)

 

 あくまで現時点では、という言葉がつくが、それでも多少の気休めにはなる。

 あの男と戦うなど、考えたくもない。

 知れば知るほど、決して敵にしてはならない相手だと確信してしまう。

 

「それで、計画は?」

『近々、奴らや鈴木財閥が一枚噛んでいるゲームの発表会がある。その時に、万が一に備えて奴らが警備に当たるそうだが、ついでにご自慢のセキュリティも使うつもりらしい』

「……ノアズアークか」

 

 ジンやベルモットの仕掛けたクラックを何度も防いでいるという話だ。

 ベルモットは「まるでリアルタイムで成長しているようなシステム」だと言っていたか。

 

『あの頑丈な事務所の外に出てくれるんだ。仕掛け方も色々出来る』

「……うかつな真似は勘弁してよ、ジン。下手な真似は私やバーボンが危険になるのだから」

『ほう? 奴の身の心配とは……優しくなったものだな、キュラソー』

「黙れジン。貴様のおちょくりは不快以外の何物でもない」

『そうかい。クックック、そいつは悪かったな』

 

 ……なんとかコイツを失脚させる方法はないものか。

 手腕は認めるが過激すぎる。

 

『しかし、あの浅見透がベルモットの庇護者になるとは……皮肉にも程があるな』

「皮肉?」

『なんだ。お前は知らなかったのか?』

 

 

 

『浅見透の幼い頃の交通事故。あれはベルモットの仕込みだ。家を燃やしたのはテキーラだがな』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだと!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




〇ジョドー、金塊をカリオストロに輸送完了。

〇ジュディ=スコット、浅見探偵事務所にとある依頼の更新を考え出す。

〇クリス=ヴィンヤード、瑛祐と共に少年探偵団と遊びに行く。





〇FBI,その隙にクリスを確保しようと動く。――が、数名が気が付いたら銃を紛失。急遽計画をキャンセル。


〇源之助、黒くて固くて物騒な物をいくつか海に咥えてダイナミック不法投棄。
 何食わぬ顔で家に戻って猫缶を桜子に催促する。





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121:え? 誠意ってまずは金から始まるモノじゃないんですか?!

「もう! アタシに内緒でロシアに行くなんてひどいじゃない、ルパン!」

「しゃーねーだろう? こっちだって色々あったんだから」

「おまけに盗むって言ってる王冠だって大した宝石が付いてるわけじゃないし、安物じゃない!」

「ひでぇなぁ、すっげぇ歴史があるんだぜ?」

「歴史よりも値段よ、ね・だ・ん!」

 

 合流した不二子はそんりゃあもう不機嫌だった。

 不二子を置いて動いた事にご立腹……というわけじゃあなくて。

 

「しかも一緒にいたのはあの男! なによルパン、あんな男と仲良くしちゃって!」

 

 ……トオルの奴、女難の相でも持ってんじゃねぇのかアイツ……。

 カリオストロで一杯食わされてから、不二子の奴あのデンジャラスボーイにいつか目にもの見せてやるって息巻いてたからなぁ。

 

「たまたま共闘しただけだよ、そんなに怒るなって」

「どうかしら。あの二人の弟子だからって甘く見てるんじゃないの?」

 

(どっちかって言うと、あの二人の弟子ってことで拘ってるのは不二子の方だよなぁ……)

 

「今何か思った?」

「いいえ! な~~~んにも!」

 

 畜生、いい勘してやがる。

 

「それにしても、お前さんがあの王女を匿ってたなんてなぁ」

「お仕事よ。キースって伯爵から頼まれてね。それで日本に行ったついでにあの男の事務所に喧嘩売ろうと思ったら肝心のアイツは日本から出て行っちゃうし、残ってるメイド達はこっちの動き把握しかけていたし……んもう!」

 

 メイドってあの野郎金持ちかよ。

 ……金持ちだったな。

 それも頭に超が付く。

 

 色んな事業を建てたり買収したりして、今じゃあ数ある日本の財閥の中でも特に頭抜けていて、あの鈴木に追いつくのではないかと言われているくらい勢いがあるグループだったな。

 

(……あぁ、だから不二子の奴狙ってんのか。やめといた方がいいと思うけどなぁ。相手が悪すぎる)

 

 二度も窮地を共に切り抜けた相手な上にクラリスの実質庇護者で、かつ次元たちの弟子というのもあって気分が乗らないというのもあるが、調べれば調べるほどやべぇ連中ばっか揃った伏魔殿だ。

 

(仮に俺が奴らから金か何かを盗もうとしても……下手に踏み込むと食われかねねぇな。そういう意味ではちぃっとロマンをくすぐられるが……)

 

「で?」

「で? ってなによ不二子ちゃん」

「なんでヴェスパニアに関わったの?」

「そこ聞いちゃう?」

「聞いちゃうわ」

「そうですか」

 

 

「まぁ、あれだ。ちょいと昔の忘れ物を取りに来たのさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロシアでは相当なご活躍だったそうですね。さすがはカリオストロの騎士、クラリス陛下は見事な名剣をお持ちになられた」

 

 やられた。

 ロシアの連中も、自分の醜聞は外に漏らさないだろうと思って志保と夏美さんの事さえ守れれば後は賠償の話だけで終わりと思ったらその二人のこと以外全部ぶっぱされた件について。

 

 恩田さん分かってたなら止めてよ!

 なんか「まぁ、大体想定通りになってよかったよかった」みたいな顔してないで!

 

「世辞で時間を潰すこともないでしょう。今回の件、どうやらまたしても時間がないようだ」

 

 今回は間違いなくコナン側の、つまりは今までの俺達のルールの下で考えればいい。

 キーワードは入れ替わりと殺人。

 ヒロインの蘭ちゃんはこの場にいるし、ついでに王宮という派手に飛び散りそうな建物もある。

 

(……いや待て、戴冠式のパレードってのもあったな。……混乱したパレードの最中に影武者と本物が同時に現れ、事態が解決へと流れていく……ありそうっちゃありそうか?)

 

 とりあえずコナンと真純が一緒に活動しているという事だから、補佐として瑞紀ちゃんを送ろう。

 パレードの方は……沖矢、遠野のスナイパー組に加えてロシアできっちり捕まえてきたマリーさんを付けるか。

 皆でボロボロになるまで頑張ったんだから、一人だけこっそり消えるとかそういうのはなしにしましょうよ手が足りないし。

 

 旅は道連れ世は情け。助け合い精神で行きましょうよ、こっち手が足りないし。

 うん、多分組織のあれこれでなんか面倒な事情とかがあるんでしょうけどそれはそれで。

 

 今ならちょ~っと改竄した情報とかデータくらい流してあげますから。

 

 ね? 

 

 マリーさんはウチと組織の仕事をする。

 こっちはそれで適度に攪乱させながら時間を稼げる。

 

 万が一そっちが狙われたらこっちで匿う代わりに戦力になってもらう、と。

 

 ほら、お互いにwin-winじゃないですか。

 ね? 皆で幸せになりましょうよ。

 

「状況を確認します。動かせる人員はほぼいないと考えていいのですね?」

「はい。……残念な事に」

 

 逆に言うと裏切り者が――つまり敵の駒の数は多いという事になる。

 対多数。……ここがちょっとコナンらしくないような……。

 

 いやまぁ、コナンが組織みたいな数を揃える連中ともやり合えるように今組織づくりをしているわけなんだけど。――今回はちょっと間に合わなかったが。

 

 側に控えていた安室さんに目配せすると、素早く一礼して山猫の面子を引き連れて出て行った。

 キャメルさんの手が足りない所を押さえてくれるハズだ。

 

 安室さん、こういう所でもキチンと自分を立ててくれるし、なんだかんだ最古参だし自分の副としては最適だと思うんだけど……。

 

 やっぱ立場的に組織の方から無茶言われかねないか? 副を自分から降りようとしている時点で俺の中で安室さんは白だろうってほぼ確定してるんだよなぁ。

 

 関係の構築がえらく速かった風見刑事の同僚か上司――公安の潜入捜査官あたりじゃないかなぁ。

 

 だから思い切って、メアリーや金塊のような一部切り札を除いて手の内は教えておいた方がいいかな、とか考えているんだけど……。

 

「伯爵、もう一度確認しますが、王女はこちらに向かっているのですね?」

「間違いありません。先ほど入国したという報告がありました」

「先ほど、ですか」

「はい。一度寄り道を――女王とジル王子が亡くなった場所を見てからこちらに戻るそうです」

 

 戻るんかい。

 ならパレードの線は薄くなったと見ていいか。

 スナイパー組は下見だけして、後から合流するジョドーさんも加えて捜査。

 

 恩田さんはヴェスパニアとの折衝に当たらせるついでに、いざ警護に問題が出た時の遊撃を任せればよし。

 とりあえずはこれで行こう。

 恩田さんは基本、最終的なゴールラインさえ伝えておいて後は自由にしておいた方が成果を出せる人だ。

 

 反王女派グループというか反体制派が操り人形でしかないという事実を突き止めて、その情報を瞬間的に爆発させないと事件が解決した後のヴェスパニアが不安になる。

 ヴェスパニアの政情不安がこれ以上続くと、隣国のカリオストロにまで影響が出てきやがる。

 

 なんとしてもここで状況を良くしておかないと……。

 

(携帯の着信履歴の数がすげぇ事になってるし、このヤマ片づけた後が怖すぎる……)

 

 一課の連中、お前ら公務員とはいえそこまで給料高ぇワケじゃねぇだろがい。国際電話をかけるんじゃない。

 

(帰ったらまず、今頃マスコミ対応に追われている越水やふなちに土下座だなぁ。……桜子ちゃんとか大丈夫かな……) 

 

 いやもうホント、下手したら今月いっぱいは頭下げ回るのが自分の仕事ということになりそうだ。

 

 ……泣ける。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「毛利探偵、蘭さん、飲み物をお持ちしました」

「あぁ、こりゃどうも……えぇと――」

「リシです。リシ=ラマナサン。シンガポールの予備警官でしたが、先日から研修の一環で浅見探偵事務所で働かせていただいています」

 

 大阪の坊主を思い出させる褐色肌の若者が、あの坊主とは違い礼儀正しく頭を下げて俺たちのテーブルにドリンクを運んできてくれた。

 

(アイツめ、相変わらず人に恵まれてやがる……)

 

 自分の事務所に人を雇うつもりなんてさらさらないが、透を見ているとデカい事務所というのにも少し憧れが出てくる。

 

「ありがとうございます、リシさん」

「いえ、キャメル調査員と共にお二人に付けという命令をいただいておりますので」

 

 キャメルさんも、ドアの外で警備員よろしく立ってくれている。

 あの透が、警護に関しては迷わず仕事を回せるというほどの人間だ。

 じきに応援も到着する手はずになっているとか言っていたし、蘭の事は透達に任せて問題ないだろう。

 

「蘭ちゃん、小五郎さん、お待たせしました」

「おお、透。話はついたのか」

「ええ、ばっちり」

 

 持ってこられたお茶に口を付けようとした時に、透とキースの野郎がドアを開けて入ってきた。その後ろにはキャメルさんも。

 

「とりあえず俺と小五郎さん、現場を調べてからこっちに戻るコナンや真純たちと合流してから一連の事件の手掛かり探しに入ります。で、一番肝心な毛利家への賠償ですが……キース伯爵」

「はい」

 

 キースの奴が懐からなにかの紙を取り出す。

 

「この度は、ご息女を巻き込んで申し訳ありませんでした。つきましては――」

 

 そうして突き出された紙を受け取り、目を通し

 

「#$%&*+@&$%#!!!!!!!???」

「ちょっとお父さん! ティーカップが!!!」

 

 そこには見慣れた¥のマークと、並んで見たことないレベルの『0』が並んでいた。

 

「賠償金と、加えて名探偵と呼ばれる毛利探偵への依頼料です。どうか、事件の真相究明と事態の解決をお願いしたい」

 

 透テメェ! どんなアコギな真似したらこんなとんでもねぇ金引きずり出せるんだ!!

 おま、これ! これ!

 

「うわぁ……お兄ちゃん、わっっっるい顔してる」

 

 蘭のいう通りだ! テメェとんでもなく黒い嗤い方しやがって!

 

 これでウチへの謝罪だけってことは当然お前これ以上のモノ要求して通しやがったんだろう!

 おめぇいつか刺されるぞ!!

 

「お引き受けいただけますか?」

 

 外れそうな顎と破裂しそうな心臓を抑えるのに必死な俺は、ガクガクと頷くだけで必死だった。

 

 透の野郎、なんて心臓に悪い息子分だ……。

 

 

  

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「狙撃しやすい拠点となるとこのビルと向かいですね……。沖矢さん、逃走ルートの方はどうなんでしょう?」

「そうですね、出入り口の数などを考えると――」

 

(遠野みずき。なるほど、あの男が手元に引き入れるだけの才はある。沖矢昴に並ぶ狙撃手か)

 

 組織の意向もあって、私はこの事務所に出戻る事になった。

 さすがの私も多少の恥を覚えたのだが所長は気にせず、改めて所員として働く事になった。

 

 正式に事務所員として再出発した自分の初仕事はパレードルートの警備態勢のチェック、それが終われば――

 

「昴、私は裏道に車を置ける場所もチェックしてこよう。このエリア一帯は乗用車は立ち入り禁止になるが、搬入などに使う輸送車両は許可証さえあれば入れるという話だ。反王女派が逃走車両を紛れ込ませていたとしても不思議ではない」

「おっと、そうですね。ではお願いします」

 

 自分の一番の仕事は、今回の一件が片付いた後に一気に反王女派を叩き潰すためにその動向を把握しておくことだ。

 確かに、これに関しては自分か安室透、瀬戸瑞紀の誰かが当たらないとダメだろう。

 ここは異国で、白人系が多い事を考えると適任はやはり自分だろう。

 

 相変わらず、駒の選び方と動かし方が上手い男だ。

 ラムが最大限の警戒をするのも頷ける。

 

「マリーさん、とても優秀な潜入調査の専門家とは聞いてますが、御一人で大丈夫ですか?」

 

 遠野みずきが、こちらの身を心配してくれる。

 あの事務所の中では珍しい、正真正銘の一般人だ。

 考えてみれば完全な一般人など、調査員の中では恩田遼平と鳥羽初穂、瀬戸瑞紀の三人か。

 

 沖矢昴など、一般人を装っているが断じてアレは一般人ではない。

 ただの大学生が、ただ頭がキレるというだけならまだしも、自分やバーボンと渡り合える技能を持っているハズがない。

 おそらく、何かを偽装していると見るべきなのだが、本当に何もないのかと信じそうになるくらい怪しい所が見つからない。

 これが偽装なら、それをやった人間は浅見透並みに優秀な奴だ。

 ……あるいは、本当にそうなのかもしれない。

 

 名目上は一介の私立探偵事務所だというのに、どうして集まるのは怪物ばかりなのか。

 

(……奴の人物選定眼がおかしいのは今に始まったことではなかったか)

 

 通常ならただの奇人変人の一言で説明が終わりそうな小沼博士ですら、自分が事務所を一度抜けた頃には作り出すことはなくとも整備関連の腕前はかなりのものになっていた。

 

 安室透が頭を抱えていたのを思い出す。

 

「ええ、心配してくれてありがとう遠野さん。こっちは大丈夫。脇が甘いのかすでに痕跡はある程度把握しているから、なんとかなるわ」

 

 問題は、ここまで脇の甘い連中が好き勝手している現状だ。

 警察に相当する治安維持組織や、王宮内部の衛兵にかなりの裏切り者がいるハズだ。

 

 これを押さえるとなると、きわめて高度な政治的手腕が必要になる。

 ヴェスパニアの上にその力がもし足りないというのならば……。

 

(鍵を握るのは恩田遼平や浅見透と、ミラ王女派閥の連携か。あの二人がしくじることはないと思うが……)

 

 ……やはり、所長に直談判して人員を増やさせるべきだ。

 恩田遼平は、今からでも自分の代わりになる人間を育成しなくては、こういう時に手が足りなくなる。

 

 現場の方はすでに揃いすぎているのだ。

 危険な状況に立つことが多い現場(ライン)の人間を増やしたくなるのは分かるが、今浅見透にもっとも必要なのは後方支援(スタッフ)の方だ。

 

 本人も分かっているとは思うが……。

 

(危険にさらされる人間に気を遣いすぎるのがあの男の欠点だな)

 

 子供たちと遊んだゲーム風に言えば、キャラクターの防御力を可能な限り高めてから攻撃面を揃えるタイプだ。

 

(いや、とにかくは全てを終わらせてからだ)

 

 どちらにせよ、おそらく明日には決着がつく。

 

 

 

 




〇警視庁の面々、真っ先に暴れん坊馬鹿の会社や家の警護やパトロールを強化することを決定。

〇FBIの面々、あからさまな銃紛失に行動を把握されていると周囲を警戒。

〇源之助さまは見ている。



名探偵コナンスーパーダイジェストブックJUSTICE+という、警察やFBIサイドの面々に焦点合わせたサンデーの公式コナンガイドがあるんですが、自分が忘れていた刑事がちょいちょいいて、やっべぇ出さなきゃと早くあさみんたち帰国させたい自分がいる。

百瀬さん(もののけ倉事件の人)とか弓長警部(火災犯捜査一係の人)とかいいキャラだったのに忘れてたなぁ。

個人的に、各都道府県のミステリーツアーとかアニオリとかでちょいと出てきた癖の強い刑事とか使いたい。

最近リマスターで出てきた若井健児とかクッソ使いたくてタイミング見計らってたら、まさかリマスターされるとはww



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122:これから皆さんには一方的に相手をボコボコにしてもらいます

「お嬢様! ご無事でしたか!」

「沢辺さん!」

 

 いきなりロシアに連れ去られ、マフィアだという男の人たちに捕まって閉じ込められていた時にはもう二度と帰れないのだと覚悟していた。

 

 自分がロマノフ王朝の人間だとか、さらに隠された金塊だの財宝がどうだの訳のわからないことをずっと尋ねられている時に、安室さん達が助けに来てくれた。

 そこから少し離れた所では、一緒に誘拐されたあの女の子を助けるために透君も頑張っていた。

 

 こうして日本に帰ってこられたのも、また執事の沢辺さんに会えたのも、あの年下の名探偵と、その下に集まった人間のおかげだ。

 

「夏美さん、今回の件では大変申し訳ありませんでした。ロシア政府に代わり、今一度謝罪を」

 

 一緒に空港まで来てくれていた、あの事件で一緒に行動していた大使館の人が頭を下げている。

 

「セルゲイさん。いえ、政府の方からは十分すぎる補填をしていただきましたし」

 

 そうだ、お金なんていらない。

 あの曾祖父母が残してくれた大切な――そうだ、あの温かい『思い出』が私にはある。

 

 だから、あの大量の金塊だって全部透君に渡した。

 自分にも受け取る資格はあると、あの金塊を探していたらしいジュディという女の人が言っていたが、自分にはとてもそんな……世界を動かすようなお金なんて使えない。

 

 それなら、そんな大金に溺れることなく、良い事に使ってくれそうな人に渡した方がずっとマシだ。

 

 透君なら。

 世界一の名探偵なら。

 いままさに、あらゆるテレビで名前を呼ばれ続けている彼なら、きっと良いことに使ってくれるハズだ。

 

 だって、自分達のために――たった二人の女のために国家を相手に喧嘩することを躊躇わなかった、ヒーローのような子だ。

 

 今回の件でお金をたくさん手に入れて、出来ることがもっと増えれば、きっともっと素敵なことをしてくれる。

 そんな予感がしていた。

 

 

「それで夏美さん。この後はいかがいたしますか? たしかパリでパティシエとして働かれていたようですが、御戻りに?」

「いえ、あの店は辞めました。ちょうどお誘いも来てましたので」

 

 それこそあの子の事務所の近くに開かれる、新しいお店に。

 

「恩返し、というには足りないのでしょうけど……少しでも、あの子の力になりたいんです」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 鳴り止まない電話のけたたましい音に、心の底から――それはもう心の底からうんざりしている女がここに一人いた。

 

「ふなち、もう会社全ての電話線ぶっこ抜いていいかな? いいよね? うん、いいね。よーしボクちょっと下行ってくるぞー」

「落ち着いてください七槻様。それをやると業務に支障が出ますわ……いえ、もうすでに多大な支障がでておりますが」

 

 虚ろな目をして聞こえてくる音のほとんどを聞き流して、テレビのニュースに流れている調査会社社長の越水はもう魂が死にかかっていた。

 

「あんにゃろう……」

 

 虚ろな目の先には、ロシアで起こったクーデター未遂事件の詳細と、その世界の一大事を解決した私立探偵とかいう訳の分からないナマ物の動向や解説が流れている。

 

「事後処理はキチンと大体終わらせていたからともかく、その後のメディア対策全部こっちに流しやがって……」

「おぉ、口調すら完全に壊れてしまって……」

 

 やさぐれモード全開になっている越水の姿に、ふなちはテレビの向こう側の人物を幻視した。

 あぁ、良くも悪くも染まりだしているなぁ、と。

 

「まぁ、今回ばかりは仕方ないのでは? なんでも、もう一か国ぶん殴らなきゃいけないとかお電話でおっしゃっておりましたし」

「国をぶん殴る私立探偵ってなんだよ! どこの世界にいるんだよ! ヤツだよ!!」

 

 嘆く越水の気持ちが、ふなちにはよく分かった。

 大事になる事は覚悟していた。なにせ相手が相手だし場所が場所だった。

 それがどんな無茶だったとしても、浅見透の全力が必要だった。

 

 だから越水もふなちも「いってらっしゃい」と見送ったのだ。

 

 だから事態を解決し、家族である灰原哀や知人の香坂夏美を無事に救出したという報告に二人並んで素直に喜んだのだ。

 

 

 

――でもこれちょっと違くない?

 

 

 

 のちにお気楽な様子で「ただいま~」と帰ってきた家主の首を、理不尽だと分かっていながら締め上げた時に呟いた越水七槻の言葉である。

 

 なお、弁明の言葉は「俺が悪いんじゃない世界が悪いんだ!」である。

 当然さらに締め上げられることになる。

 

「帰ってきたらぜーーんぶアイツに押し付けてやる!」

「押し付けるというか押し返す、ですわね……。」

 

 地味に適応力の高いふなちは、さっさと自分の仕事を片付けながら、片手間にメディア側に対する取材申し込みを捌いていた。

 

 浅見透最大のミスは、ふなちを手元に残さなかったことかもしれない。

 

「で! こっからさらに火種作ってくるんだよね!?」

「ですわねぇ」

 

 ロシアの次はヴェスパニアで騒ぎを起こすことが確定しているというのが、越水の頭をフルシェイクしていた。

 ふなちはもう色々とあきらめているので目の前の事を片づけることに集中している。

 

「……透君がカリオストロの一件の時にテレビ局に火をかけてやろうとしてたのがよく分かるよ……」

「ですわねぇ……おっと。七槻様~、例の病院船の件、先方に送る分の書類にサインをお願いいたしますわ」

「は~~~~い」

 

 電話の受話器を肩と耳で挟みながら器用に書類を渡してくるふなちからそれを受けとり、越水は目を通す。

 

 浅見透が以前、カリオストロの騎士に叙任された時の事だ。

 その叙任式にて、これまで偽札という犯罪によって成り立っていた国家を受け継ぐ者として、その罪を償っていくと新女王は宣言した。

 

 なお、全部の悪名やら責任やらを国ではなく伯爵に押し付けてしれっと再スタートさせようと計画を立てていた浅見と恩田は、二人が用意した原稿にない陛下のアドリブという予期せぬキラーパスを受けて三回吐いた。

 

「よしよし。八代(やしろ)商船とも話は付いてるし、浅見君が帰ってきたら向こうの設計士さんと黒川さん達医療関係者を交えて会議って所かな」

「設計士の方なら、少し前に海上自衛官の方と一緒に浅見様の事務所を訪ねてましたわね」

 

 そのおかげでジョドーの浅見たちに対する印象が多少とはいえ和らいでいたという、隠れた功績もあったのだが、終わりも具体的な目的も見えない出費計画という胃の痛くなる宿題に取り掛かった浅見と恩田は、要はなにかあった時に他国と足並み合わせて協力できる国なのだというアピールが出来ればいいのだという結論に至った。

 

 その一環が、越水の会社を通して発注した病院船である。

 近隣国の緊急事態に、医師を始めとする人員と医薬品を運び、緊急時には避難先としても使える船。

 

 それが浅見が用意しようとしている広告塔である。

 

「じゃあ透君とはもう顔合わせ済んでるんだ」

「ええ。恩田さんも交えて、ずいぶんと楽しそうに話してらっしゃいましたわ」

「へぇ……美人だった?」

「……どうして女性だと確信してらっしゃいますの……いえ、まぁ確かに美人でしたが」

 

 なんとなく目をジトーっとさせる越水を、ふなちは呆れて見ている。

 

「設計士は秋吉(あきよし)美波子(みなこ)様という方で……ああ、ええ、なんとおっしゃいますか――」

 

 

 

「弁護士の妃様と、印象が凄く似てらっしゃいましたわ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「はい、というわけであっさり真相がわかったのでこれから全員で片っ端からボコります。意見とか反論はある?」

 

 ヴェスパニア王国王宮内に確保した会議室。

 そこに瑞紀ちゃんを除く浅見探偵事務所の全員を集合させた。

 

 瑞紀ちゃんは、こちらの様子を窺っていたジラード側の衛兵――まぁ、沖矢さんと安室さんが気絶させて捕まえているけど――に成りすまして向こう側の様子を探らせている。

 

 柱に爆弾仕込むとかお前頭森谷かよ。

 

「副所長として特に異論はない。彼が余計な欲を出さなければ、ロシアの一件も含めてこういう事態になることはなかったんだ。ツケは払ってもらうさ」

 

 安室さん、いつもはブレーキかけてくれる人なんだけど最近なんか好戦的というかなんというか……。

 うん、なんていうか……ちょっと意識が若くなってませんか?

 

「私も問題ありません。ロシアでの大暴れに比べて少々退屈そうなのが残念ですが」

 

 沖矢さんこと赤井さんはホントいつも通りでありがとうございます。

 ただ、気のせいじゃなければ赤井秀一として行動する時より、沖矢昴として動いてる時の方がちょいと過激じゃありませんかね。

 

「主戦力はOKと。キャメルさん達はどう?」

「所長達が王宮内部の連中をすべて外に連れ出してくれるのならば、人質にされそうな人間を匿いやすくなります」

「それは大丈夫。遠野さんの狙撃ポイントも確保しなきゃいけないから念入りに追い出す。今頃瑞紀ちゃんが邪魔な連中を無力化してくれているハズ」

「なら、瑞紀さんの報告を待ってから行動を起こしたいですね。山猫の皆さんやカゲがいるとはいえ、それでも念には念を入れるべきです」

 

 今の時点でもこっちが圧倒的に有利なんだけどなぁ。

 さっきジョドーさんが潜入完了したって報告回してきたし。

 

 さすが俺の腹をぶち抜いた御爺ちゃんとその部下だわ。

 報告持ってきてくれたこっちの兵士に化けた人、完全に気配を掴めなかった。

 

(……手に入れた金塊と合わせて、やっと枡山さんと互角になったかな)

 

 もっとも、あの爺さんの場合資金はともかく物量が半端ないので油断は一切できないが。

 

 とりあえず、どうやら反対意見はないようだ。

 遠野さんが少々不安だったが、ロシアの一件を乗り越えて度胸はついたみたいだ。

 まぁ、あの騒動に比べたら物足りないか。

 

「よし、作戦を説明する。で、コナン」

「あぁ、俺にも役割が?」

「今回の件、真相解明の依頼を受けたのはお前と真純と先生だからな。……まぁ、その先生はどっかに行っちゃって見当たらないんだけど」

「……っておい、俺が探偵役やんのかよ!?」

 

 おまっ――お前! 主人公で! 名探偵! じゃろがいっ!!

 なんのためにお前が子供らしからぬ知識の披露やら推理ショーやっちまっても疑われないような環境作るために四苦八苦したと思ってやがる!

 

「真純と小五郎さんもいるだろ。それに子供相手だと奴らは絶対油断する。なにせすでに自分達の勝ちを確信している奴らだ」

 

 ジラードさんも、自分から進んで負けフラグぶち立てていかなくてもいいのに。

 頭森谷な割には肝心な所が残念……あぁ、いやそういえば森谷も最初の時は愉快なダジャレ爆弾おじさんだったわ。

 やっぱり頭森谷か。

 

「というわけで小五郎さん、それに真純も頼む」

「おう、任せろい!」

「ボッコボコにしてやるさ!」

「探偵役だって俺言ったよね!?」

 

 いやまぁ、今回はカリオストロの時と同じく王宮内の兵士は火器を持ってないって話だし、おまけに練度はカリオストロに比べるとクッソ低いし危険度高いかって言われるとそうでもないけどさ。

 

「ったく……リシさんは恩田さんと一緒に、政治面でのフォローの準備に入ってください。具体的には、行動を起こすほどではない人間の掌握を」

「王女派への転向の説得ですか?」

「いや、説得だと時間がかかるし外国人の言う事なんて……って反発が起こる可能性が高い。反王女派の『やりすぎてる点』を使って上手く彼らへの嫌悪感を煽ってください。手段は問いません」

「了解しました。ジョドーさんのカゲを何人か回していただけますか? 水無さんが日売テレビのクルーとして、今回の戴冠式の取材に来ています。彼女たちとそのツテを上手く使えれば、メディアを用いた工作も可能だと考えます」

 

 恩田さん、マジで次郎吉の爺さんの所に預けてよかったなぁ。

 必要だと思うモノをキチンと言えるようになってくれたのは本当にありがたい。

 

 自分の考えが正しいかどうかビクついて、ギリギリのタイミングで用意していたのがもう何年も前の事のようだ。何年も前の事だったわ。

 

 ……いや、でも実際というかここでの時間では数か月……タイミングで考えると一か月でこうなったのか。

 やっぱ超有能だったんじゃん恩田先輩。

 なんでそれが毛利小五郎のコスプレなんて方向に飛んでたのさ先輩。

 

「ジョドー」

「はっ、旦那様。先代伯爵の頃から隣国ヴェスパニアに伏せていた者たちがおります」

 

 ジョドーも本当はさん付けで呼びたいんだけど、本人が呼び捨てにしろと拘るために、こんならしくもなく偉そうな真似をしている。

 メアリーといい真純といいあれだな。なんか自分、「ちゃん」とか「さん」の部分のイントネーションが変だったりするんだろうか。

 でも安室さん何も言わないしなぁ。

 

「数は?」

「一度捕まってからは手綱を放してしまっていたので、だいぶ減っておりますが……ただの諜報員なら40~50は動かせます」

 

 ……さすがカリオストロ、世界最大の闇と言われただけはあるわ。

 あのクソ野郎、クラリス女王陛下との結婚と財宝にこだわらなければ普通に俺達に負けるようなことなかったんじゃないか?

 

「ならば20人ほどお借りしたいのですが……」

「分かった、すぐに手配させる。いいな、ジョドー?」

「はっ」

「残った人員は市街地に回す。目を付けた火付け役を上手く煽って暴走させる。タイミングさえ間違わなければ、馬鹿がただ醜態をさらすだけで済む。メディア工作の材料としても十分だろう」

 

 事件を解決するのはぶっちゃけ簡単だ。というか、もう実質解決している。

 だが、事態を解決するとなると話が違う。

 

 それも、ろくに準備ができていないとかいうふざけた現状ではなおさらである。

 

(キースの野郎マジで覚えてろよ……。正式にヴェスパニアからカリオストロへの協力要請だとキチンと王女と合わせて認識させたからな。ふんだくれるものは出来る限りふんだくってやる)

 

 金塊を入手したと言っても即座に使える金じゃあない。

 だったら確実に、かつすぐに使える『利』を今回稼がなければさすがに割が合わない。

 

(枡山さんの対策、コナンや志保の警護態勢にカバーストーリーにより真実味を持たせるための工作、装備の開発費に維持費、政治やメディアを使った妨害を抑え込むのに必要な経費防諜対策その他もろもろ!)

 

 トータルでは大幅な黒字にしているが、カリオストロの一件以降必要な経費が跳ね上がってしまってる。

 うかつに削るわけにもいかないというか、いわば安全保障のための費用であるため、これから先も増える事がほぼ確定しているという胃痛っぷりである。

 

「殴れるところは全部殴って毟れるものは全て毟ります。だからこそ、今回ヴェスパニアの王女派要人に一人足りとも犠牲を出すわけにはいきません」

 

 立派な花も雑草も、そこに生えていなければ毟れるわけがない。

 見てろジラード、枡山さんの軽口に乗せられやがって、引き抜けるものは片っ端から引き抜いてやるわ!

 

「いやぁ、向こうは国体を整えて胸を張ってやり直せる。こっちは金やら欲しかった条

約やらプロジェクトを引き出せる。皆は報酬に加えて相当のボーナスが付く。三方揃ってヨシ! 完璧ですね」

 

 ……皆最近、よく笑顔を引き攣らせるね。

 どうしてさ?

 

 まぁいいや、とりあえず後は実働部隊になる安室さん達の動きを確認して――

 

 

 

 

 

 

 なにこのサイレン?

 

 

 

 

 

 

 ……地下金庫に侵入者?

 

 

 

 

 

 

 ……泥棒のおじさんに先生か!? やりやがったな!!

 

 

 

 

 

 

 計画がさらに前倒しになるだろうが! 恩田さん、すぐに行動に移ってハリアップ!!

 

 

 

 

 

 

 

 




久々の新キャラ紹介


秋吉(あきよし) 美波子(みなこ)
『劇場版名探偵コナン9 水平線上の陰謀』

 三大殺人事件が起きやすい場所の一つ、豪華客船が舞台となった劇場版第9作『水平線上の陰謀』にて登場する美人船設計士。
 小五郎のおっちゃんが珍しく苦手そうにする美人だがそれもそのはず。この人のデザイン、どうやらオッチャンの奥さんである妃英理の初期設定デザインだったそうです。そりゃあ似るわ。


 しかし毎回思うけど、アニメの知的系美人はパンツスーツがとても似合う。
 この系統のキャラでは一番好きなデザインですわ。
 (終盤で見せたまさかすぎる特技も含めて)




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123:こんなはずじゃなかったんだよなぁ

遅ればせながら、あけましておめでとうございます!
今年の映画次第でさらに設定吹っ飛ぶかもしれません。今更でしたね!
いくぞぉ!


 

 

 

 

「ったくおめぇさんは……ちっとは懲りるってことを覚えろ!」

「は~~~い!」

「……無駄だ、次元。この男の女好きは直らん」

「オメェに言われたくねぇんだよ、五右衛門。あのJKに頭上がらなかったって知ってんだからな俺!」

 

 ルパンの野郎、また不二子に騙されやがって……。

 これで何度目になるんだ。いい加減、数えるのも馬鹿らしくなってきたぜ。

 

「それで、どうするルパン?」

「こっから行動開始か?」

 

 地下金庫までの道を、今度こそ斬鉄剣を手にした五右衛門が屋根からまっすぐ斬り開いてルパンを上まで運んできた。

 城のてっぺんから見る光景は綺麗なモンだ。

 

「もちろん。五右衛門も改めて合流したし、ここからよ」

「……だが、お宝は不二子が持っていってしまったのでは?」

 

 ルパンが地下金庫に忍び込んだ時点ですでに狙っていたお宝、『クイーンズ・クラウン』は盗まれていたという話だ。

 ご丁寧にあの女、自分の姿を模した人形の形の爆弾まで用意していたとか。

 だからいい加減に不二子とは距離を置けってんだ!

 なんだってアイツにまで声をかけたんだ!

 

「いんや、騒動が起こるのを予測してたあのジラードって公爵が素早くここを包囲しやがった。いくら不二子でも逃げるに逃げられなかったハズさぁ」

「……と、なると?」

「大方お宝持ったまま適当なメイドに変装して紛れ込んでるんじゃねぇかなぁ」

「まだ王宮の中にいるって事か!」

「そういうこと……お、アイツも動き出したか」

 

 ルパンの視線の先を追ってみると、この王宮の警護を任されている兵隊――衛兵が歩いていた。

 そのすぐそばには、身ぐるみを剥がされた男が倒れている。いや、その男の側に素早く駆け寄った『影』が二人いた。

 

「ありゃあ……カリオストロの……」

「カゲか。まさか、透が?」

「いい手際だぜ、ホント。探偵やってるのがもったいねえ」

 

 駆け寄った二人のカゲは、すばやく身ぐるみを剥がされた男――本当の衛兵を担いでどこかに消えていった。

 アイツの命令で動いているんなら殺しはしねぇだろうが……。

 

「まさか、王宮中で入れ替わってるんじゃないだろうな?」

「さすがのデンジャラスボーイでもこの短時間にそこまでの人員は手配できないでしょ。あのジラードとかいう公爵様を追い詰めるための布石って所かな?」

「……なるほど。詰めのための駒か」

 

 王宮内部には基本兵士や警官はいない。

 そして銃火器を持ち込むことは禁止されていて、所持できるのは極一部の人間のみ。

 

 ジラードがここでなにかやらかすにしても、用意できる人員は衛兵かSPに絞られる。

 

 で、あの自称探偵ヤロウは、そこを根こそぎ抑えるための一手を打ちやがった。

 

「トオルの野郎、えげつねぇ真似しやがる」

「ほーんと。これじゃあどうあがいてもあの公爵に勝ち目はないわ。お前らどういう教育したのよ。『先生』に『師匠』なんだろ?」

「どういうって……少なくともこんな真似は一つたりとも教えちゃいねぇ。ちょっとした生きるコツって奴だけだ」

「同じく」

 

 獲物の解体の仕方、食べられる物かどうかの確かめ方にサバイバル術一式に簡単な体調管理のコツとか……みろ、俺はまっとうな先生じゃねぇか!

 

 ……いやまぁ、銃を分解させたり組み立てさせたり、撃ち方を教えたりはした。

 アイツやけに呑み込みが早いし、拳銃に関しては天性のモノを持ってたからついつい調子に乗っちまったのは否めねぇが――

 

 大体、一番調子に乗ってたのは五右衛門だろう。

 アイツ、手裏剣術やら指弾やらを嬉々として叩き込んでやがったからな。

 師匠って呼ばれた上に教えたことをすぐに吸収するからよっぽど嬉しかったんだろうが。

 

「生きるコツねぇ」

「とにかく、あ奴が動くなら派手なことになる。紛れ込むなら今のうちだ、ルパン」

「だな。そんじゃあさっそく……お、ちょうどいいところに」

 

 辺りを見回していたルパンが、ちょうどよく一人で歩いている男を見つける。

 あの男とすり代わるつもりなのだろう。

 

「あぁ、おいルパン」

「なぁに? これからあそこのちょび髭さんに眠ってもらう所なんだけど」

 

 

 

 

「他にもうろついている連中がいるようだが、そっちはどうするんだ?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「安室さん、首尾はどう?」

「滞りなく。瀬戸さんが偽の伝令を利用してジラード派の衛兵幹部を全員拘束しました。もう全員こちら側の人員と入れ替わってる」

「瑞紀ちゃんなら、当然皆の顔も?」

「変装させていました。目の前で見ても変装と分かりませんでしたよ」

「よし。……SP内部の裏切り者の方は?」

「沖矢さんと鳥羽さんが確保しています。こちらも声帯模写が出来る沖矢さんが、ジラード派の方へ士官の真似をして偽の情報を流しています。こちらの動きは気付かれていないでしょう」

 

 よしよし、念のためにバレた時の保険もかけておけば問題ないか。

 大勢は決まっている以上、こちらの敗北はない。

 ジラードは森谷以下だが頭森谷という残念な奴だ。勝ちを拾える駒じゃない。

 

 流れに任せていけば……まぁ、特に問題なく勝てるだろう。

 一番嫌なのは逃げられることだ。あとは殺されたり自殺したりして口が利けなくなること。

 キース達との交渉もそうだけど、ロシアでのアレコレについて色々聞きたいことがあるし、死なれては困る。絶対に。

 

「所長の方はどうです? 周りをうろついている連中は分かりました?」

「あー、うん、片方は。どうもロシアの人間のようです」

 

 またかよ、と本気で思ったわ。

 いや、またというより……ヴェスパニア鉱石絡みに食いついていたのは枡山さんに乗せられた人間だけじゃなかったってことか。

 

「……ジラードを始めとする証拠の隠滅?」

「可能性はありますね。ロシアの一件、政府も裏で一枚噛んでいたとしたら、すぐにでもその痕跡は消したいでしょう」

「謀略は続く、か。あんまり得意な分野じゃないんだけどなぁ」

 

 安室さんと恩田さんに全部放り投げたいけど安室さんはいざという時に必要な所にすぐ動かせる万能選手だし、恩田さんはこれ以上仕事を増やしたらさすがにオーバーワークになる。

 

 カリオストロ関係の仕事で関係書類の山やら根回しやら反対勢力を抑えたりやらを、一緒にゲロゲロしながらこなした仲だ。

 なんだろうなぁ、最近じゃあ恩田さんが安室さん並みの戦友に思えてきた。

 

「ジラードを暗殺しようにも人目が多すぎる。少なくとも現段階でそっちの線はないとは思うから……」

 

 それ以外。紙の書類があるかどうかは分からないが、なんらかの取引記録は残っているはずだ。

 ジラードが自分の勝利を確信したままならば、急いでそれを消そうとはしないだろう。

 

「ジョドー達に手引きさせるから、安室さんちゃちゃっと関係書類やデータ回収してきてもらえる?」

「気楽に言う仕事内容じゃない気がするんだが?」

 

 キャメルさんや恩田さん、遠野さんあたりなら顔を青ざめさせる所だが、安室さんは苦笑一つで済ませてくれるからついつい頼ってしまうなぁ。

 

 ……割と現場での運用考えている遠野さんは訓練少し増やすか。

 狙撃は当然だけど情報収集、情報精査みたいな合法的な諜報の基礎を押さえてくれていると、色々と使いどころが増えて助かる。

 

 まったくもう、探偵事務所なんて持つもんじゃねぇな。経営もそうだけど同時に部下の安全とか教育も考えなくちゃ悪くなる。

 

 遠野さん、俺がいない間も爆発物解体シミュレーションで練習続けて、レベルCの八割はクリアしたみたいだし基礎体力も付いたみたいだし、そろそろ高難易度サバイバル実習とか降下訓練にも同行させるか。

 

 とりあえず犯人に襲われても返り討ち――あるいは逃走できるくらいの体術,体力と緊急時に慌てずに爆弾みたいな危険物の解体や一時保存が出来て、かつ機密情報や顧客のプライバシーを漏らさない防諜能力、顧客や容疑者から信頼される人心掌握術に、出来る事ならば些細な証拠を一つでも多く発見できる観察力とそれを覚えておく記憶力……あと日常会話からでもある程度人物像や周囲の環境を把握できるくらいの分析力と、万が一閉鎖した環境に放り込まれても生存できるサバイバル技術を持てばようやく普通の探偵だと言えるだろう。

 俺としても安心して運用できる。

 

 出来る事ならそれに加えて二つくらい特技が欲しいけど、遠野さんは沖矢さんが絶賛する射撃センスがあるしなぁ。

 ……女性だし、護衛としての訓練も追加してみようかな。

 男のキャメルさんじゃあガードしにくい相手もやっぱいるし、瀬戸さんは動けない時があるし。

 あとついでに情報の扱い方や守り方もそろそろ覚えてほしいし……。

 

 警視庁とか公安に教官役誰か紹介してもらえないか掛け合ってみるか……いや、ジョドーに弟子入りさせればいいか。トップクラスの諜報員が近くにいたわ。

 

 ……なら、まずその前に。

 

「安室さん、遠野さんも連れて行って色々教えてあげてくれない?」

「そこで更に仕事量を笑顔で増やすあたりが実に浅見透という男だな」

「兄貴分だからついつい頼っちゃうんですよ」

 

 ほら、そうやって不敵に笑う所とか頼もしすぎる。

 

「危険な研修というわけか?」

「ロシアの一件を体験しても辞めるとは言わずに新しい事を覚えようとしてる人ですからね。従業員に伸びようとする意欲があるなら、全力でサポートするのって優秀な上司の仕事のひとつじゃありません?」

「違いない」

 

 笑いを噛み殺そうとして殺しきれていない安室さん。

 そうだよなぁ、この人教育係としても優秀……本当に万能選手だな。

 初手で安室さんを所員として確保できたのは偶然に近いモノだったけど、俺達が躍進できた最大の理由な気がする。

 

(そう考えると、俺の現状ってホントに森谷カスと青蘭さんのおかげってことになるんだよなぁ。よくも悪くも)

 

 青蘭さん、どうしてるかな。

 多分シリーズ化したライバルキャラみたいな存在だろうから、そのうちコナンの前にまた出てくるだろうけど。

 

 ……また俺を殺しに来てくれるかなぁ。来るだろうな。

 また安室さん達とコクーンで戦闘訓練しておくか。

 今ならロシア戦を乗り越えた遠野さんも、不意打ち要員としては十分脅威だしいい感じに経験値積めそうだ。

 

「了解だ透、遠野さんと合流して関係書類の確保に動く。が、作戦の前に少し聞いておきたいことがある」

「なんです?」

「お前は、この組織を最終的にどういう形に持っていくつもりだ?」

「……探偵事務所って意味です?」

「いや、お前のグループだ。もはや財閥、というべきか。……半年も経たずに、よくもまぁやったものだ」

「財閥って……いや、まぁそう言われてますが……」

 

 

 それなりに技術やノウハウを持ってる会社の社長やら幹部がポロポロとよく殺されるから、そういうのを吸収してきただけなんだけどなぁ。

 会社しかり人材しかり。

 

 俺はただその後の環境を整えながら運営しているだけなんですわ。

 工場とか建築会社とか病院とかならいいんだけど、デザイン会社だったり有名なヨガ教室だったり菓子製菓会社だったりとバラバラだから、たまに次郎吉の爺さんに相談に乗ってもらって……最初は鈴木に投げるつもりだったのになぁ。

 

 ……次郎吉の爺さん、なんで会社を鈴木に取り込ませずに俺や七槻、恩田さんにやらせたんだろうな。

 それもめっちゃ楽しそうに。

 

 おかげで俺とか恩田さんがゲロゲロ吐く日が一週間に二回以上はあるわけなんだけどどうしてくれるの?

 

「そっちは普通に営利目的で。自分がやりたかったのは、情報網を兼ねた民間と行政をより密接につなげる組織作りだったんですよねぇ。で、その運営費を稼げるようになればいいかなぁ……なんて思ってアレコレしてるわけなんですが」

 

 殺人や強盗といった犯罪によって構成されている世界なら、当然だけど犯罪が起きやすい構造になっているハズだと俺は仮定していた。

 その世界の時間を進めるのもそうだけど、進んだ後の事も考えると警察や行政側の人間――当然綺麗な人間に限るが、そういう人間と仲良くなっておくのは必須事項だった。

 

 加えて、実際にコナンと出会って殺人事件に巻き込まれるようになってから感じていた殺人のきっかけ。

 些細なすれ違い、経済的な理由、コミュニケーション・トラブルその他もろもろ。

 回避する方法はあったのにそれに気付けなかった、そしてその相談もできなかったために起こる悲劇の数々。

 

 その予兆を素早く察知し、こっちからアクションを起こす。あるいは周囲の人間や行政へ働きかける組織。

 

 ……加えて爆弾事件を始めヤベェ事件が多発するから、警察や消防が間に合いそうにない時にそれまで持たせたり傷病者の保護や応急手当といった初期対応の部署を増設したりしてたら、次郎吉さんやら自衛隊やら公安から変な仕事が回ってくるようになってそれに対応する組織作りやってたら訳わからんことになったんよなぁ……。

 

 本当にどうしてこうなった?

 今度は私立の大学を運営することになったし、ただでさえアレコレ増えてる研究施設をさらに持つことになったし枡山さんの自動車会社もクリーニング終わって完全にウチで受け持つことになったしうごごごごご。

 

「まぁ、組織が大きくなりすぎたのも分かってます。だから公安も警戒してるんでしょうし」

 

 蜂一号の時から風見さんホントによくウチに来るようになったしね。

 風見刑事がウチによく来るのは、監視も兼ねているんだろうなぁ。

 まぁ、公安とつながりがあるって周りに見せるためってのもあるんだろうけど。

 

 ……うん、実質今のウチって探偵事務所の仕事もやるけど、同時に防諜にもかかわる事のある……ある意味でシンクタンクみたいな組織になってるから仕方ないか。同時に厄介事を請け負うとかわけわからんけど。

 

 例の組織を潰してコナン達が戻るまでには、半官半民の組織として認識されるようになっていればいいなぁ。

 

「君はもう、実質公安の協力者だからね。加えて影響力が極めて大きい財閥を持つ男だ」

「最初っからそのつもりですよ。別に公安――というか警察や行政と敵対するわけでもなし。会社が大きくなって企業になった時からそれなりの国への奉仕は欠かしていませんよ」

 

 税金の事は置いても、絶対に警察や行政の仕事を楽にしている自負はある。

 七槻の所を使ったヒューミント部署のおかげで事件が起きる前に察知して、いくつかの火種は事件化する前に消すことに成功している。

 枡山さんやそれ以外に様々あるけど密輸ルートもかなり見つけ出したし……まぁ、消すたびに新しいルートが増えて行ってイタチごっこになってるけど……。

 

「知っている。だからこそお前は経営……というか運営に専念して危険な案件は俺や沖矢さんに任せろと言っているんだが」

「何言ってるんですか、そういう時こそ俺の出番ですよ。特にロシアみたいな大事ならば」

 

 多分もう二,三回くらいはあるんじゃないかな、こういうパターン。下手したらそれ以上。

 長期間続いている作品なら似たパターンの事件とかでてくるだろうし、まだまだヤベェパターンだってちらほらあるに違いない。

 

 核が出てきたんなら炭疽菌みたいな生物兵器とかが絡む事件だってあっておかしくないし……ありそうだ。

 いや、あるな。

 防護服や防毒マスクも阿笠博士に発注しておこう。

 

「……お前が少し前までただの大学生だったというのがいまだに信じられないよ、透」

 

 安室さん、最近ため息多いですね。大丈夫? 幸せが逃げてません?

 

「一緒に探偵事務所やってた時が懐かしいなぁ。あの時が一番好きでしたよ」

 

 安室さんに、七槻やふなちと一緒にゼロから作ってた頃は本当に楽しかった。

 そういうと、安室さんはようやくうれしそうに笑って

 

「透」

「なんです?」

「日本に帰って諸々片付いたら、事務所の二人部屋を貸せ。どうせ落ち着いたら全所員に交代で長期休暇入れるんだろう? 朝まで飲むぞ。肴は俺が作る」

「……いい日本酒、次郎吉さんから頂いてきます」

 

 おっと、銭形のおじさんが皆を呼び出し始めたか。

 潜り込ませたカゲから鏡の反射光による合図が来た。

 

 さっさと終わらせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロシアとは別に水無さん達CIAも動いてるってジョドーから報告あったし、そっちも止めないと。

 この国、マジで石ころ一つに死ぬほど呪われたなぁ。

 

 安室さん、頭森谷野郎の相手お願いしますね?

 

 俺その間にちょっとロシアとアメリカ相手に交渉してきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






〇ジラード、邪魔者を一掃して全部罪はルパンに押し付ける気満々で東屋に衛兵を引き連れていく

〇なお、その衛兵は全員カゲである

〇すでに事実はバレていて、世良や安室、小五郎にコナンにキャメルやリシ、鳥羽に双子その他もろもろがいる。



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124:あーもうめちゃくちゃだよ

――『王宮南門を押さえていた部隊との連絡が途絶えました!』

 

 

 

――『ルパンを捕まえるという話じゃなかったのか!? なぜ王女が――』

 

 

 

――『配置していた衛兵はどこにいった!? いや、そもそも王女の身柄は確保済みじゃあなかったのか!? 先ほどそう報告が――』

 

 

 

――『駄目です! 衛兵たちが寝返りました! ジラード様に付いた者たちを次々に拘束していると報告!』

 

 

 

――『ふざけるな! 裏切ったのはお前らSPの方だろう! お前らに襲われていると報告があったぞ!!』

 

 

 

――『やめろ! 来るな……くるなぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 

 

――『報告! ジラード様が柱に仕掛けた爆弾を誤爆させてしまいそのまま拘束! サクラ女王陛下暗殺の罪で逮捕されたとの情報が出まわっています!』

 

 

 

――『そんな馬鹿な! えぇい、街にいる反王女派に暴動を起こさせろ! 拡大させた混乱に乗じてジラード様を救出する!』

 

 

 

――『駄目です! 統率していた工作員と連絡が取れません! 全ての部隊のです!』

 

 

 

――『……馬鹿な……こんな……こんなはずでは……』

 

 

 

 

 イヤホンから聞こえてくるのは、事前に仕掛けておいた盗聴器から聞こえてくる反体制派の阿鼻叫喚の叫びの数々だ。

 

(愚かね。いえ、浅見透が関わった時点で引くことが出来なかった以上、走り抜けるしかなかったか……)

 

 アナウンサーとしてこの国に入国したのは、本国からの指令。

 まったく新しい、そしてきわめて高い価値を持つだろう軍需物資――ヴェスパニア鉱石のサンプルと関連するすべてのデータの回収。

 

 それが『日売テレビアナウンサー・水無怜奈』として潜入した自分の仕事だ。

 

(まさか毛利蘭が絡んでしまうなんて予想外だったけど、結果として浅見透がこの国に乗り込む理由になってしまった。カリオストロ同様に……この国、食われるわね)

 

 潜入しているのは、問題の地点。

 モホロビチッチ不連続面。

 地殻とマントルの境界。普通もっともっと地下の下の方にある面が地表近くにまで競り上がってきた地点の外周部。

 

「軍の警戒がやけに薄い。王宮の方に回されたのかしら?」

 

 聞いた話では、例の男。あの浅見透に銃を教えた男――次元大介が教官としてここの兵士を鍛えていたという話だが……。

 

(ヴェスパニアは浅見透の国――カリオストロ公国とは隣国同士。先月の偽札事件の際には恩田遼平を通して協力体制を取ったという情報もある)

 

 合衆国政府は、浅見透がこれ以上力を持つことを恐れている。 

 他の部署では、浅見透と恩田遼平がロシア政府と行った取引をすべて調べ上げろと命令が下され、さっそく上手くいっていないとか。

 

 上の方では、浅見透と上手く繋がるべきという融和派と一刻も早く排除すべきという強硬派が意見をぶつけ合わせている。

 

(ひょっとしたら、私たちに彼の暗殺命令が出るかもしれないわね)

 

 合衆国国務省内の一部の政治家が合衆国の外に謎の暗殺部隊を持っていて、彼らがどこかに謎の通信を送ると青く輝く蜘蛛の入れ墨をした暗殺者が現れる……なんていう都市伝説めいた噂の対象が彼に向くかもしれない。

 

(……まぁ、それでも勝てる気がしないのが問題なんだけど)

 

 ロシアでの一戦の情報はまだ断片しか出ていないが、もはや局地戦と言っていい模様だったと聞いている。

 その中で、圧倒的に少数だった彼。

 浅見透、ルパン三世、十三代目石川五右衛門、そして確認できていない謎の協力者。

 

 四人。そう、たった四人だ。

 たった四人という笑えるほどの少人数でかなりの数の部隊と交戦して、ほぼ無傷で切り抜けている。

 あの夜。あのアクアクリスタルで顔を隠しながら組織と交戦した時から、彼の成長速度は尋常なモノではなくなった。そんなイメージだ。

 今となっては、もはや手に負えない。

 情報戦やイメージ戦略で足を引っ張ろうとしても先手を打たれて潰されている。――どころか先月には手痛い反撃を受けた。

 

 パダール王国――南アジアにおける合衆国の橋頭保として介入しようとしていた計画のほとんどが先日バラされてしまった。

 おかげで国務省は大幅な戦略の見直しを余儀なくされ、浅見透にうかつに手を出すことは暗黙の禁忌となったとか。

 怪物ぶりにも程がある。

 

「こちらは配置に就いたわ。中の様子はどう?」

 

 ともあれ、これ以上浅見透に力を付けさせるわけにはいかない。

 弟の事では世話になっているが、同時にこれも仕事である。

 

 一刻も早くサンプルを回収して、痕跡を残さないように脱出しなければ……。

 ただですら見つけにくいモノという話だ。時間がかかるのは避けられない。

 だからこそ念入りに準備や段取りを行ったうえでスムーズに進めるように人員を揃えた……ハズなのだが。

 

 

 

「? 返事はどうした? 内部の様子は――」

 

 

 

――やほー。もうすぐ夕暮れだって言うのにお互い忙しいねぇ。勤労者は大変だ。

 

 

 

「!!?」

 

 いつの間にか、後頭部に拳銃を突きつけられていた。

 いや、そもそも今の声は!

 

「どうもー、怜奈さんお久しぶりー。とりあえず膝ついて両手を頭の後ろで組んでもらえる?」

「透君!?」

 

 浅見透。現代のピンカートンを率いる男。カリオストロの騎士。――国食らい!

 

「悪いね、工作員は全員拘束させてもらったよ」

 

 彼の後ろには、あのカリオストロで散々目にした黒づくめの金属スーツを身に纏った人間が数人付き添っていた。

 

「アメリカ側も、ロシア側もね」

「ロシア!?」

「感謝してよ? 俺達の到着が20秒遅れてたら、坑道やその外周部で遭遇戦。死人が出るのは避けられなかったよ。……いや、マジで焦った。最初っからカゲをこっちに潜ませておくんだったな……」

 

 横目で様子を見ると、あの日の夜のようにふてぶてしい笑みを浮かべて、とても銃とは無縁であるハズの日本人とは思えないほど自然に拳銃を構えている。

 

(今回連れてきたチームは4隊。先ほどの連絡でどこも反応しなかったという事は全員やられたわね。……拘束だけで済んでいるのが奇跡だわ)

 

 事の重大さを踏まえて、陸軍のスペシャルチームも連れてきていたというのに……敵わなかったか。

 いや、あのカリオストロの影が動けばそうなるか。

 

(まさか、一度敵として戦った連中を部下にするなんて……)

 

「さて、怜奈さんちょっといい? 今回、合衆国側の被害を最小限にしたご褒美が欲しいんだけど」

「……君、そのうち本当にどこかから暗殺されるわよ?」

「それに対処できるための組織作りをやっている所なんで、もうちょっと待ってほしいなぁ」

「………………」

 

 あぁ、浅見透だ。実に浅見透との会話だ。

 一言一言聞くだけで頭とこめかみと胃が痛くなる。

 

「おっと、その前に……恩田さん」

『はい、所長』

 

 自分から見える範囲だが、恩田遼平の姿は見えないのに声だけ聞こえる。

 通信か。

 こちらにわざと聞こえる様にしているのは……状況をこちらに把握させて抵抗の意思を削ぐためか。

 相変わらず抜け目がなくて嫌らしくて腹立たしくて首を絞めたくなるくらい頼りになるけどしたくない有能さだ。

 

「そっちはどう?」

『安室、遠野両名と共に侵入者を確保しました。万が一にも自害されないよう念入りに拘束しております』

「ロシアとアメリカ?」

『はい。どちらも流暢な英語を話していましたが、わずかにロシア訛りを話すチームがいました。それ以外に、南部訛りの人間が数名混じったチームも』

「よし、見張りはジョドーに任せてこっちに合流。遠野さんは王宮内に残ったジラード一派の拘束をまず手伝わせて。護衛の選出は任せる」

『こちらが掌握しきれなかった外の部隊への対処は?』

「多分謎解きが終わっても諦められない奴らは暴れるんだろうし……推理ショーの舞台になった東屋……元・東屋に向かうだろうから片っ端から鎮圧で。手段は問わなくていいから」

『……よろしいのですか?』

「戦力で協力したっていう姿勢見せるのは後々の交渉に必要でしょ。ルパンがそのどさくさに紛れて逃げるだろうけど、まぁ銭形のおじさんの援護って形でほどほどによろしく」

『絶対に捕まえろというわけではないんですね?』

「そっちに関してはなんにも段取りしてないし、そもそもロシアの借りがあるしね。ま、適当によろしく」

『了解しました。すぐに手配いたします』

 

 とんでもなく悪い顔でやり取りしているが、そのおかげか多少とは言え気は緩んでいる。

 どうする、無理やりにでも脱出するか?

 顔は知られているが拘束されたまま晒上げられるのと、多少なりともしらばっくれる余地を残すのはかなり違う。

 

 そう計算を立てていたら、突然離れた所で爆発が起こった。

 一発だけかと思ったら更に一発。……続けて更に。

 

(あの方角は……まさか逃走車両とヘリを!?)

 

「確実に狩る時はしめしめと油断している所を狙え」

 

 拳銃を突きつけられていることも忘れて思わず振り返ると、今度こそ透君と目が合った。

 

「舞台が見通しの良い、障害物がほとんどない所からそこで釘付けにして遮蔽物の多い所には決して逃がすな。逃走車両は二台以上あると思え。エリア内でコソコソしているマスメディアのマークが付いているヘリや車両は迷わず押さえろ」

 

 つらつらと、まるで誰かから教えられたことを繰り返すかのように喋る彼は、まったくその笑みが変わらない。

 

「時間稼ぎでも囮でもなく、戦うと決めたのならば手加減無用。一気に追い詰めろ」

「君のモットーって言うわけ?」

「いんや、昔教わったことを実践しただけ。市街地での逃走経路の潰し方とか逆に追い出し方とか」

「昔……何を教えてるのよ、その先生は」

「雑談のついでの講習だったんだけどね」

 

 空恐ろしいことをポロポロこぼすこの男は、相も変わらず恐ろしい。

 その恐ろしい男が、最近弟の事を可愛がっているというのは頼もしすぎて、同時にとんでもなく不安でもある。

 

「というか怜奈さん。よりにもよって日売テレビのロゴ使わなくてもいいじゃない。そりゃ表向きアナウンサーの怜奈さんも一緒だったら説得力跳ね上がるけど……日本との外交関係考えると念には念を入れて徹底的に爆破して痕跡潰すしかないじゃない。……キチンと燃えたか見に行かないとな」

 

 駄目だ。逃走経路が完全に把握されている。

 加えて車両もヘリも失ったとなると、もはや脱出も無理。

 

 よく見たら、ヴェスパニア正規軍まで動いている。

 よくもまぁ、自分達にバレないように伏せられたものだ。

 まさかこれも透君の手腕だろうか?

 それならますます手に負えない。

 

「で、れーなさん♪」

 

 無邪気な声で呼びかけてくるが、その声の軽さに比例するように胃がシクシクと痛み出した。

 

「……何?」

「上司さんと話付けさせてくれない? 出来れば一番上の」

 

 この……っ!

 

「いいよね?」

 

 世話にはなっているけどそれはそれとして――この悪魔めっ!!!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「がっ……!」

「クソ! 動けん!」

 

 カゲという、ロシアの一件で自分達に味方してくれるようになった特殊部隊が援護してくれているとはいえ、多くいる衛兵の全てが大人しく騙されてくれたわけではない。

 

 そういった、これから悪あがきをしようとしている連中を押さえるのが、事務所一の新入りに下された命令だ。

 新入りとは。

 

「キャメルさん、遠野です。王宮内西側詰所の制圧、完了しました」

 

 バーチャル、リアル両方の訓練所で何度も構えた狙撃銃ではなくハンドガン――例のアルコールで溶ける特殊な非殺傷弾を装填したガス銃。

 対象をしっかり狙うのではなく、大体そこだろうという所に撃てば高確率で拘束できるこれは、人を撃つ事に抵抗がある遠野でも遠慮なく使える、非常に彼女向けの兵装といえる。

 

『遠野さん、ご無事でしたか』

「えぇ。恩田さんが、リシさんやカゲの方を付けてくださったので」

 

 出会い頭に出会ったため、とっさに遠野が投げ飛ばして地面に叩きつけた衛兵をしっかりと拘束している、黒づくめの鎧の護衛。

 そして一緒に、慣れた手つきで拳銃――遠野みずきと同じタイプのガスガンを構えて周囲を警戒している褐色肌のアジア人。

 シンガポールの予備警官――リシ・ラマナサン

 

 一探偵に付けるには過剰と言える護衛だ。

 

(……あれ? 私が勤めているの、探偵事務所だっけ……)

 

 一瞬自分の居場所に疑問を持つが、まぁ、ロシアの一件もあるし今更かと遠野は思い直す。目を覚ませ。

 

「キャメルさんこそ、そちらはどうです?」

『厨房スタッフや使用人と言った、荒事に向いていない人たちは全員無事に保護できました』

「そうですか、なによりです。……さきほど爆発が起こったという事は、もう瀬戸さん達が大詰めを迎えている頃でしょうね」

 

(沖矢さんも大暴れしているんだろうなぁ)

 

 遠野は自分をスカウトした現行犯でもある教育係のウキウキした気配を感じて、深いため息を吐く。

 遠野が所員の中で常識人枠だと思っている安室も、ロシアの一件を乗り越えてから妙に落ち着きがないというか、良くも悪くも若返ったように思っている。

 

(あの大暴れで皆吹っ切れたというかタガが外れたというか……これからは鳥羽さんやキャメルさんの方を頼ることにしよう)

 

 

 

――まてぇぇぇぇぇいルパァァァァァァン!!

 

 

 

 外から罵声が響く。

 探偵事務所一行に同行したICPOの特別捜査官。銭形警部の声だ。

 

 

 

――ルパン一味はICPOに任せてジラード派残党を押さえる! 一人も逃がすな!

 

 

 

 そして遠野みずきの上司にして先輩にしてまとめ役の安室透の声も。

 遠野は再びため息を吐きそうになるが、喧噪からそこそこの人数がいるようだ。

 

 喧噪が聞こえる方向に窓を見つけて、開けてみる。

 そこには、遠野が想像した通りの光景が広がっていた。

 

 すでに爆散した東屋の周りで多くの衛兵が王女や事務所員を取り囲もうとして、返り討ちにあっていた。

 一人はどこから出てきたのかサッカーボールで吹っ飛ばされ、一人は毛利蘭の蹴りでぶっ飛ばされ、一人は世良真純に股間を蹴り上げられて悶絶し、一人は安室透の拳で顔を凹まされ、一人は沖矢に踏みぬかれてへし折れた足を抱えて泣き叫んでおり、その他大勢は黒づくめの甲冑を着込んだグループに取り押さえられていた。

 

 その光景を、当事者であるはずのヴェスパニア王国の王女や伯爵といった王国関係者が死んだ目で見ている。

 手を出す暇もないのだろうと、遠野はその真意を悟っていた。

 

 一方、なぜか毛利小五郎の服を着ているルパン三世は銭形にロープの付いた手錠をかけられていて、それを引っ張りながら他の仲間と共に全力で逃げ回っている。

 

 ジラードは焦げたまま目を回して倒れており、双子のメイドの手によって手当を施されながら同時に拘束されている。

 そのジラードを奪還しようと駆け寄る者は鳥羽や瀬戸が仕掛けた罠にかかってこけたり、あるいはマリーによって次々に無力化されている。

 

「急げ! 王女さえ捕らえればこちらのモノだ!」

 

 突然自分の真下で声がしたことに驚いて遠野が窓から身を乗り出すと、時代錯誤な槍を持った赤い衛兵の服を着込んだ一団が、喧噪の方へと向かっていた。

 

 

――…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

 

 

 今度こそ深いため息を吐いた遠野は、ガスガンの設定をフルオートに変更。

 そして、一瞬で拘束できる弾を一団目掛けて乱射する。

 

 瞬く間にアチコチで咲き誇る白い花。それに足を取られて動けなくなる者や、槍が固定されて振るうことが出来なくなる者が多数出る。

 部隊の7割ほどを的確に拘束する、正確な射撃だ。

 残った衛兵が「上だ!」とさすがに遠野に気が付くが、

 

「すみません、お願いします」

 

 そう遠野が声をかけると後ろに控えていたカゲの一団が窓から飛び出し、まるで猫のように静かに着地。

 突然の上空からの奇襲に呆然としている間に次々と打撃を受けて気絶させられていく。

 意識が完全に目の前の殺戮現場にしか向いていなかったのだろう。

 本来ならば精鋭であるはずの衛兵一団は、瞬く間に壊滅してしまう。

 

『遠野さん、どうかしましたか?』

「すみません。東屋への増援がちょうど通りかかったので無力化しました」

『あぁ、そうでしたか』

「沖矢さんの言った通りここからは射線が通っています。拘束した衛兵はカゲの皆さんにお任せして――」

 

 ガスガンのスイッチを切って腰に差してから、背負っていたケースからロシアで散々使う事になったライフルを取り出す。

 スコープも十分に調整し、拘束用の非殺傷弾を装填した遠野みずきの相棒になりつつある阿笠博士の一品。

 

「ここから援護に入ります」

「あ、あの……」

 

 窓からライフルを構えてさっそく一発発射し、見事に指揮役の一人を無力化。

 唯一、後ろに残って彼女の護衛を務めているリシが、恐る恐るといった様子で次弾を装填している遠野に声をかける。

 

「はい、なんです?」

「遠野さんは、つい先日まで観光地のロッジで働いていた方だと聞いていたのですが」

「ええ」

 

 

 

 

 

「……やっぱり貴女も浅見探偵事務所の一員なんですね」

「あっちと一緒にしないでください。ホントお願いですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




rikkaによる、コナンではなくルパンワールド一言メモ

※青く輝く蜘蛛の入れ墨をした暗殺者
 ルパン三世テレビスペシャルシリーズ第9作。放送は1997年――97年!?
 本作に登場するとある暗殺集団の特徴。

 作画が実に90年代後半という感じ。自分はなんとなくロストユニバースを思い出してしまう。

 多分そのうちどっかの誰かが殴り込みをかける。奴です。


※パダール王国
 ルパン三世Part5より。
 南アジアという設定のルパンおなじみ架空の国家。

 某IT企業が絡み出したくらいの時に呼んでもないのに嫌な絡み方をしてくる人が出てくる。奴です。



次回から多分いつも通りのコナンワールドに戻ります。

あーー、本当の日常日記回に戻ったら越水もそうだけど本格的に桜子ちゃん思いっきり事件に巻き込ませてぶん回したい!

後、間違えてプロット消してしまったせいで魔術師編での出番が消えた少年探偵団とジョン=ドゥはちょっとどうにかしないとな……


モブに近いゲスト警官色々揃えて使いたいけど、皆の印象に残ってるようなモブ警官、誰がいるかなぁ?


今の所「潮入り公園逆転事件」で毛利のおっちゃんに無駄に船漕がされた千葉県警の慶徳かずりさんとか、山口ミステリーツアーの瓦蕎麦刑事こと鷹丈哲也あたりを使おうと思ってますが……。


やはり貴様の出番か若井健児!



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つかの間の日常
125:帰って来た日常(仕事と爆弾と厄介事)


 帰国して一か月とちょっと。――実際にはどれくらいの時間に圧縮されてるかは分からんけど、メディアに対応しつつ事後処理その他もろもろを恩田さんと安室さんと連携して処理。

 

「死ぬ」

「同じくです」

「ここまでとは……」

 

 やべぇな、恩田さんはともかく安室さんのここまで疲れた顔とか初めて見た。

 秘書室の方だと双子と幸さんも缶詰だろうなぁ。

 小沼博士は阿笠博士と沖矢さんと一緒に新しい研究施設に出張中だし。

 

「ヴェスパニアとカリオストロの共同経済特区及び工業団地の方は、予定通り国境に沿った場所に設ける方向で調整完了してるから、後は具体的な段取りの打ち合わせやお披露目その他諸々っと」

「所長も恩田君もえげつない真似をしますね。これ、実質領土の割譲でしょう?」

 

 安室さんが珍しく冷や汗をかいている。

 ……いや、最近だと珍しくないな。

 もうちょっとで色々片が付くし、その時こそがっつり飲みましょう安室さん。

 次郎吉さんから最高級の日本酒確保しているので。

 

「日本側との折衝、米露両国とのクッション役に内部工作員の排除に厄介な軍需物資の管理問題その他もろもろをこっちで片づけたんだぞ。賠償金も含めて安いくらいだ」

「私も同感です。……ついでに、こちらはただでさえ狭く、しかも観光資源のために開発が難しいカリオストロが、喉から手が出るほど欲しかった工業や経済のための要地を手に。向こうは内戦直前にまで陥った政情不安を拭い、国の再建を目指す強いアピールが出来る。win-winですよ」

 

 まったくもってその通りである。

 どちらかと言えば負けない交渉を目指す恩田さんだけど、今回ばかりは腹に据えかねてたのか相当ギリギリの所を攻めたなぁ。

 うんうん、いい傾向だ。

 

 ヴェスパニアからは手を引くという旨の密約に加えて、合衆国の方の支部の人材その他諸々の手配にも協力してくれると、わざわざヴェスパニアまで来てくれた大統領がニッコリ笑って関係書類にサインしてくれたし問題なし。

 

 なんか帰りに変な連中に襲われたけどジョドーが対処してくれたしヨシ。

 なんだったんだろうな、あの青い蜘蛛の入れ墨入れた奴。

 個々は強くても連携がクソだったとかなんとか……。

 

「まったく、少し前まで君は僕らの生徒だったのに……今では立派に対外交渉の第一人者だな」

 

 真面目に恩田さん、一段落ついたらそろそろ教育役も兼ねてもらおうかな。

 ……遠野さん……は、まず探偵として教育必要だしなぁ。

 幸さんにレクチャーしてもらうか?

 俺の秘書とはいえ――というか秘書だからこそいざってときに色々お願いするかもしれんし。

 

「この間所長にも言ったが……最近、所長だけじゃあなくて君も長年の戦友に思えてきたよ、恩田君」

「少し前まで、安室さんやキャメルさんの後ろをヒィコラ言いながら走っていたのが懐かしいですね」

 

 そういや、今では息切れもしなくなってるな恩田さん。

 ちょっと前の雪山訓練でもクソ重い通信機材背負ってキチンとタスクこなしてたし。

 

 出張前には一級総合無線通信士の資格も取れたし、今度はヘリの飛ばし方覚えてもらうか。

 

「で、書類は完成した?」

「一月後の工業特区に関する発表に使うスピーチ原稿はとりあえずまとめました」

「マスメディアに向けた説明の段取り、鈴木や長門と言った友好グループへの誘致、かつて枡山憲三が所有していた自動車会社の工場移転……と、それに関しての越水君の所の資材調達部が組み立てた資材の輸入、搬送計画の概要も来ている。法務部のチェックも入っているこれは、恩田君とジョドーさんに渡しておけばいいのかな」

「お願いします。……で、一番の問題なんですが」

 

 ここ、浅見探偵事務所は米花駅前のビルである。

 当然人目を惹きやすく、しかも大勢が集まりやすい所だ。

 今思うと探偵事務所としては不適格にも程がある立地だ。

 なぜここを用意したんだ次郎吉の爺さん!!

 

「これ、どうしましょうか?」

 

 閉めているブラインドを少しずらして外の様子を窺う。

 

 

―― こちら、東洋テレビリポーターの神楽坂(かぐらざか)飛鳥(あすか)です! 浅見探偵事務所の前に来ております。ロシアの一件より一月経ちますが――

 

 

 

―― 東海テレビです! 浅見探偵! 一言でいいのでコメントをいただけないでしょうか!?

 

 

 

―― 政界に進出するという噂もあるそうですがどうなんですか!?

 

 

 

―― 日売テレビの水無怜奈です。先月のロシア騒動以来、御覧のように浅見探偵事務所前には連日報道陣が詰め寄っており……

 

 

 おい今声が聞こえたぞ007!

 報道陣煽ったのそもそもアンタだろうが! ADの篠原さんとか経由で日売テレビの内部情報ちょいちょい漏らしてもらってるんだからなコルァ!!

 

 手出しが出来ない一般人で数を揃えて煽り散らすとか人の心がないのか! この悪魔! 外道め!

 

「安室さん、恩田さん、何か妙案はあります?」

「いいから今すぐ出ていって人身御供になってこい」

「同意見です。世良さん達バイト組が来る前に片づけてください所長」

 

 お前ら!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「浅見君、大人気ねぇ」

「……ま、私や夏美さんを助けに来てくれた結果だから今回はしょうがないけど……もうちょっとこう、陰に隠れてこっそり出来ないものかしら」

 

 とあるプールバーの側にあるマンションの一室。

 浅見透が用意したセーフハウスの中でも特に巧妙に隠してある中の一つこそ、灰原哀こと宮野志保の姉――宮野明美の今の隠れ家だった。

 

「でも、こうしてお姉ちゃんとゆっくりするのはすごい久しぶり」

「そうねぇ、アクアクリスタルの件からずっとドタバタしてたし、こうして二人でお茶なんて滅多になかったしね」

 

 湯気が立ち上がるティーカップに口を付け、灰原哀はほぅ……っと息を吐く。

 点いているテレビでは、チャンネルを回しても回しても浅見透や見慣れた所員の誰かの顔が映っている。

 

 ほとんどはヴェスパニア政府の人間と共に色々あった事態の説明をする姿や、様々な国の政治家と並んで談笑している姿といった、つい先日までのヴェスパニアで表舞台に出た時の映像ばかりだ。

 

 だが時折、どこで撮ったのかロシアの一件での監視カメラに映っていた大立ち回りや、ヴェスパニアでの事務所員の動きがチラホラと出ている。

 

(今頃、浅見透はもちろん周りの人間も頭が痛いでしょうね)

 

「ま、確かにしばらくは浅見透の家は目立ちすぎるでしょうしね」

「もう一人の子はどうしてるの? 中北楓ちゃんだっけ?」

「今は阿笠博士の所に移動してるわ。……彼女、不動産王の片寄王三郎の隠し子疑惑があるから、欲を出したマスコミが色々聞き回るかもしれないし」

「……身体的に守るっていう意味だと、浅見君の所は鉄壁なんだけどね」

 

 宮野明美が苦笑で済ませているのに対して、灰原哀は頭を痛そうにしている。

 

「カリオストロのカゲも付いたわ。そういう意味では使える人員は増えたし、護衛役には事欠かないんだけど」

「探偵っていうには物騒よね、彼。……まぁ、その物騒さに私達は助けられたんだけど」

 

 テレビではさかのぼって、今回の事件の発端になったスコーピオンの事件についてコメンテーターが話している。

 肝心の内容はペラペラに薄いが、まぁそんなものだろうと灰原は聞き流している。

 

「本人の素は能天気なのが二重に腹立たしいのよね、アイツ。気が利くんだか利かないんだかよく分らないし」

 

 灰原は、姉と一緒に焼いたクッキーを煎餅のようにバリバリと齧る。

 

「それで、これから浅見さんはどうするって?」

「とりあえず、メディア対策でしばらくはアチコチに出てくるんだって。恩田さんや安室さんと一緒に」

「あら。マスコミを避けるんじゃなくて?」

「ちまちま水をかけるより、燃やし尽くした方があと腐れがないそうよ」

「あの人らしいわねぇ」

 

 宮野明美は、直接浅見透と顔を合わせることはあまりしないが、メールや電話のやり取りはよくしていた。

 主に浅見透から、宮野志保の学校や家での様子などをこまめに報告していた。

 

 灰原は、小さいケースの中に積まれている手紙――数か月にしてはやや多すぎる量の手紙を見て、頭痛を抑える様に頭を押さえる。

 

「? 哀、どうしたの? 大丈夫?」

「う、うん。大丈夫。」

 

 一瞬だけ走った痛みを忘れるために、灰原は熱い紅茶を軽く啜る。

 

「それより、あの人はどうしたの? 一緒に住んでるんでしょう?」

「あぁ、秀――じゃない、昴さん?」

 

 死んだはずの二人であるため、本名はうかつに出せない。

 宮野明美自身も、違う名前を使って瀬戸瑞紀の親戚の寺井(じい)という老人が経営しているプールバーで働いている。

 むろん、変装してだ。

 

「あの人は昨日からしばらく出張。なんでも、浅見さんが作ってた島が完成したから、その確認にいく阿笠博士や小沼博士の護衛も兼ねて様子を見に行くんだとか」

「……作った? 島を?」

「ええ、正確には浮島だったかしら。なんでも環境関連の調査や実験に加えて、太陽光とか海流、風力とかの発電装置の実験場だとか」

「どこまで手広くやるつもりなのよ、あの男」

 

 さきほど走った痛みとは違う痛みに、灰原は頭を抱える。

 

「ご飯の種を増やすために手を伸ばすのは当然だとかなんとか。昨日電話で言ってたわね」

「ぜっっったい、加えて裏でもなにかやってるわね!」

「……浅見さんにはホント辛辣ね、哀」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇11月13日

 

 メディア対策と並行して組織固めを続けなきゃならんのが辛い。

 とりあえず前々から阿笠博士に頼まれていたグリーンエネルギーの実験場も完成したし、これでコナンの装備の強化や開発も進むだろう。

 あのスケボーもそうだけど、どうしても太陽光発電や小型で高性能なバッテリーがアイツの装備には必要だ。

 今の様に制限が多いままだと、また妙な危機イベントが生えて俺たちはともかく蘭ちゃんとか園子ちゃんがギリギリな状況に追い込まれかねん。

 

 ついでにカゲや山猫の装備の研究所も出来るだけ人が入りづらい場所に作る必要があるし、人工浮島による研究設備の話も都合が良かった。

 金かけた研究施設である浮島の方に目が行くだろうし、一緒に買った無人島のいくつかをメインとして開発しておこう。

 問題はどこに施工を頼むかということで、今日はずっとその事を考えているんだけど。

 次郎吉さんにまた頼むのも、なんだか優しい祖父母に付け込んで小遣いせびる孫みたいで情けなくはあるんだけど、防諜関係考えると頼めるのがそこしかない。

 自前のゼネコンもなくはないけど、こっちはまだ小さいしなぁ。

 セーフハウスとか防犯,防諜関連の装備や設備のテストルームの方で手一杯だし。

 

 書いてて思い出したけど今回組織からスパイしに来ている安室さんとかマリーさんには他の人員の三倍くらい頑張ってもらったし、褒美に突かれても痛くない程度の情報流してあげようか。

 ジョドーとメアリーと一緒にそこらの選定しないとな。

 明日メアリーの所に顔出すか。

 忙しくてメールと電話でしかやり取りしてなかったからな。

 

 

〇11月14日

 

 出会い頭にメアリーにぶん殴られて関節キメられた。

 なんでやと思ったらあの女優さん、キッドじゃなくて組織の重要人物で、メアリーにあの薬を飲ませた張本人なんだとか。

 それがウチの事務所に記憶をなくして助けに求めてくるとかメインストリームが確実に一歩進んだということなので喜んでいたら蹴り飛ばされて急所思いっきり踏んづけられて悶絶してる所をさらに関節キメられた。

 ごめんて。

 

 まぁ、その後新装備一式渡したらちょっと機嫌直ったけど。

 カリオストロのぶっ壊れ金属鎧は小さくなったメアリーの体には重すぎるから、それを利用した金属繊維と光ファイバーを利用した特殊電気紡績技術を使って、彼女が仕事の時に好んで着ているライダースーツに近いものを作って来た。

 真純が正しくキチンとサイズ測ってくれてて助かった。

 細かく色々指定したから漏れがあるかと思ったらしっかりやってくれたからな。

 おかげで、あのやや硬めで分厚い服でもかなり動きやすく作れた。製作者としては鼻が高い。

 朋子さんに前、ブランド立ち上げるなら協力するとか言われたけど鵜呑みにしちゃってもいいくらい今回のは自信作だ。

 

 デザインもそうだけど防弾性も確認済みだし、足音がしにくい特殊合成ラバー製の足元。保温保湿機能に防水性、耐火性、それに試作品着た状態で実際に撃たれて衝撃の具合も確認している。

 今の手持ちの技術で作れる最高レベルのスニーキング・スーツだ。

 ……量産体制さえ整えば、ウチの標準装備として作るか。

 

 まぁ試運転として軽くボコられたけど、それでも動きのキレは変わってなくてホント良かった。

 あとは顔を隠すのも兼ねた、頭部を守るヘルメットだな。

 軽くて頑丈で、出来れば防毒機能もつけてやりたいけど研究部門の成果次第か。

 

 

〇11月16日

 安室さんとマリーさんに流した情報――大学関係で今勧誘している教授のリスト。

 それをヒントに変な動きを見せる所あるかなぁと思ってたらドンピシャで当たったわ。

 さすがに強硬策には出てないけど、ウチの事務所内部にスパイを送り込もうと画策しているみたいだ。

 手の内読めるし、対策も練ってあるからいいんだけどさ。偽情報流すとか。

 

 まぁ、これで組織の下っ端のほうだけど、接触の仕方というか動かし方のパターンの一つは把握した。

 守り方の情報が一つ手に入ったってのは悪くない。

 これ自体がダミーの動かし方かもしれんから、そこらへんも計算に入れないと悪いけど。

 

 マリーさんは、動きからしてこっちでの仕事を通して枡山さんの動きを把握するのが本命か。

 情報の入手はあくまでついで。

 うまくいくなら枡山さんの暗殺が目当てって所だろう。

 

 止めとけとは思うんだけど伝え方がなぁ。

 あの人の用意したボードの上で下手に動くと手痛い反撃を食らうぞマジで。

 

 完全に流れに乗って相対するか、完全に予想を裏切らないとあっさり死ぬってマジで。

 多分、この感覚分かるのは俺だけなんだろうけど。

 

 そういえば、事務所に爆弾が届けられたけどジョドーと双子が即時発見して即解体してくれたそうな。

 昇給プラスボーナス追加ね。

 

 

〇11月20日

 

 夏美さんが正式にウチのスタッフになった。探偵事務所ではなくグループの一員としてだが。

 パティシエとしての腕と家の力を使って、少しでも俺のために稼ぎたいとかいう下手したら俺がヒモ一直線になりそうな言葉と共に頭下げられたらもう俺どうしようもねぇ。

 美人だしもういっそヒモになって彼女の元でゴロゴロしていたい。

 ダメかな? って七槻に聞いたら誰から教わったのか関節固めて拘束してからのジャイアントスイングで庭に放り投げられた。マジで誰だ教えたの。首が折れかかったわ。

 

 それと、俺に金塊の奪取を依頼してきたジュディも協力者になった。

 まぁ、代わりとして彼女の祖国。とある東欧の国というかその他もろもろというか、の復興に手を貸すことになったが別に構わない。

 カリオストロ同様、俺の手で好きに出来る要地の入手は重要事項だから助かる。

 問題は国の復興とかいうカリオストロ並みの難題を抱えたことだ。

 いや、金には困らんし、しばらくは好景気を演出することはできるだろうけどそうじゃないだろうからどうしろと。

 とりあえずは堅実な工業化で労働場所確保しよう。向こうの支社はそれこそジュディに任せて……あと工場も出来るならこっちの欲しい物作らせてこっちで買う……マッチポンプ感ひどいなこれ。

 最悪鈴木に協力頼むか。こっちはまぁ、最悪乗っ取られてもキチンと運営さえしてくれれば別にいいし、むしろ向こうに売り払うのもありかもしれん。

 

 朋子さん、最近隙あらば俺と園子ちゃんを二人で遊びに行かせようとするし、なんとしてでも鈴木に取り込みたいってのが見え見えで困る。

 

 こっちが大きくなれば躊躇するだろうと思ってたんだけど、逆効果だったかぁ。

 とはいえコナンや阿笠博士のサポートするには金はいくらあっても困らないし、事件のせいで路頭に迷うだろう人を見てるとなんか後ろめたい感じがするし……利益自体はちゃんと出せてるし……。

 うん、やっぱ仕方ないわ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――どうか! どうかお願いいたします!!

 

 

「? なんか外が騒がしいな。まだ押しかけてくるメディアとかあったっけ?」

「先日の爆弾騒ぎの件じゃないか? ヤクザの事務所でもないのに透兄の所に送り付けるとか大ニュースだよ」

「馬鹿だよねぇ。俺がそういう手の対策をしていないと思ってるのかね」

「もうその発言の時点でいろいろおかしいんだよなぁ。……そういえば透兄、自宅にも手を加えてたよね」

「おう。事務所と同じ手荷物や郵便物のチェック体制はもちろん、物理的にロケットランチャー撃ち込まれてもドアさえ閉まってれば余裕で耐えれるわ」

「透兄、自宅と要塞の違いを分かってる?」

 

 ウチの制服にもすっかり馴染んだ真純が、大量のチェック済み郵便物の山と戦いながら茶化して来る。

 今はジョドー以外に所員もいないから『透兄』呼びだ。

 ……いや、一応リシさんもいるんだけど、先日大金星を挙げた双子から手荷物や来客のチェック体制を教えてもらっている所だ。

 外の大声の主の相手してるの、そのリシさんかもしれないなぁ。

 

「真純とメアリーのいる家も同じくらいの強度はあるよ? 窓は全部防弾ガラスだし、壁も当然。ついでに離れの倉庫には、真後ろの空き家への隠し通路もある」

「忍者屋敷もびっくりでドン引きだよ透兄……、いつ作ったの」

「元々あのセーフハウス、ストーカーみたいな付きまといの類の被害者を一時守るための家だし」

「あぁ、そういえばそんなこと言ってたねぇ」

 

 越水の所の会社でも近辺で発生した犯罪や不安要素の分析は進んでいるけど、多いのはやはりつきまといだ。

 典型的な男女間のストーカーもそうだけど、地味に多いのが元夫婦とか元親子。

 

 最低限の警戒で済むのもあれば、あからさまにヤバイDV案件などまで多種多様。

 そういう家を知られている人の避難所としてランダムに購入して防犯設備を強化した一時的な貸家だ。

 

「そういやメアリーはどう? あのスニーキングスーツ、量産体制さえ整えばウチの標準装備になるんだけど」

「滅茶苦茶気に入ってるよ。あんなに機嫌がいい所なんて久々に見た」

「まぁ、嬉しそうに俺をボッコボコにしたからなぁ」

「むしろ、よく透兄マ――メアリーさんと互角にやり合えるよね」

「いやいや、全然互角じゃないでしょ、徹底的にボコられてるし」

 

 そもそも、向こうがたまにリーチを間違えるからなんとかもってるだけで実際の実力は全然足りてないわ。

 

「しかもメアリーの奴、日に日に俺の扱いがクッソ雑になってるんだよなぁ。バリバリ他人行儀で警戒されていた頃が懐かしい」

「家でも透兄の事よく話してるよ。奴にはアレが足りないコレが足りないって」

「……師匠、先生に続く三人目の教師かぁ。なんて呼ぼう。 師叔(スース)?」

「すっごい嫌そうな顔で透兄の足を踏みつける姿が目に浮かぶよ」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 そういえば、諜報関係のアレコレに関する講義をいつも開いてくれてるなぁ。

 正直すごい助かってる。

 メアリーを直接ジョドーや真純達以外の所員と会わせるわけにはいかないから、その講義の内容テキスト化して安室さんや恩田さん、ジョドーとの会議によく使ってるなぁ。

 

 ……こっちの防諜に穴を空けようとしている可能性も捨てきれないから、第二第三のチェック入れてるのはゴメンね、メアリー?

 今度高いケーキとお茶を持ってご機嫌伺いにボコられるか。

 

「ジョドー、お茶を頼む。二人分な」

「かしこまりました」

 

 声をかければスッと出てくるジョドー。

 まさに名執事だ。戦闘も出来るし。

 山猫隊のリーダーが頭を下げて色々厳しくしごかれているようだし、教育役が増えるのは本当にありがたい。

 

「旦那様、世良様、銘柄はいかがいたしますか?」

「俺はいつも通り。真純は?」

「あ、透兄のと一緒でいいよ」

「かしこまりました」

 

 真純も紅茶飲むようになったなぁ。

 事務所に来るようになった頃はいつもコーヒーだったのに。

 

「そういえば透兄、例の爆弾の出どころは掴めたのか?」

 

 一応安室さんと瀬戸さんが調査をしているけど、ジョドーの持つ裏のツテも使って捜索している。

 

「偽装の手口から先日の秘密会談後に襲ってきた連中じゃあないかっていうのがジョドーの見解。まぁ、それだけだからまだ捜査を続けているけど」

「あぁ、あの蜘蛛の……。そういえば、あの時返り討ちにした連中ってヴェスパニアに拘禁されてるんだよね? なにか吐いた?」

「いんや、その後まもなく死亡。死人に口なしさ」

「…………ヴェスパニアか、あるいは他国の口封じ?」

「まだなんとも……。ただ、どうもあの入れ墨自体が毒で、一定時間が経つと体中に回る仕掛けだったみたい」

「なにその変態集団」

「それな」

 

 一応毒の成分サンプルはヴェスパニアから回してもらって、志保の偽装ラボに送付済み。

 念のために解毒剤かそれに準ずるものの作成を急いでもらっている。

 

 しばらくの間はお姉さんと一緒にゆっくりしてもらいたかったけど、事が事だけに急を要する。

 こっちも護衛計画はカゲを始め、万全の体制を敷いている。

 ……そういえば妙に病院周りのFBIが大人しいな。ようやく諦めたか?

 まぁ、アイツらが張ってたのダミーの病院なんだけど。

 

「まぁ、姑息な手に出ただけで奇襲がない所を見ると、少なくとも現段階じゃあマンパワーでこっちに勝つ自信がないって事だろう」

「……警戒だけは怠るなって事?」

「あぁ、学校とかは気を付けてくれ。お前の帝丹校制服、改造したんだしさ」

「上だけ防弾仕様でもねぇ」

 

 心臓に直撃弾もらっても死ぬ確率下がったってだけでもそうとう違うだろ。

 内臓も守れるし。

 

「あぁ、それと真純。今度のシンドラーカンパニーとの、ゲーム機としての『コクーン』完成披露パーティーについてだけど、お前も沖矢さんと――」

 

 なんか妙な事になってるアレについてちょっと細部を説明しておこうとすると、ドアが軽くノックされる。

 

「? ジョドーかな……どうぞ?」

 

 お茶が煎れ終わったのかと思ったら、入ってきたのは双子メイド――下笠姉妹だ。

 

「申し訳ありません、所長」

「至急、ご指示を仰ぎたい事態が……」

 

 相変わらずの交互に喋るミステリアス口調。

 うん、いいね。なんかこう、不思議な美人双子って実に探偵事務所って感じだよね。

 

「ひょっとして、さっきからずっと外からするあの大声かい?」

 

 真純の問いかけに双子が同時に頷く。

 

「実は、先ほどから所長への面会を希望される方がいらっしゃいまして」

「今はリシ様が後日アポイントメントを取るようにと対応されてらっしゃるのですが、その方も全く引かれず」

 

 俺に会いたい連中ってのは多いけど、大体はマスメディアだよな。

 それでも大体は一応アポを伺う電話かメールは来るもんだけど……。

 

「年の頃は? 若い?」

 

 新人が暴走したとかならその新人に思いっきりサービスしてこっちに取り込もう。

 メディア対策は二重三重にしておいて損はない。

 

「はい」

「おそらく、高校生かと」

 

 

 

 

 思わず、真純と顔を見合わせる。

 

 

 

 

「…………高校生?」

 

 

 

 

 

――ですから、所長にはお伝えしますので後日……っ!

 

 

 

――ご迷惑をおかけしているのは重々承知なのですが、時間がないんです! 何卒! 浅見透所長にお目通りを!

 

 

 

 

 聞こえてくる声は確かに若い。男の声だ。

 でも高校生?

 俺の中で高校生でこっちに絡もうとする奴って瑛祐君しかり重要人物なんだけど。

 

 

 

 

――我が名は京極真! 鈴木園子さんとお付き合いをさせてもらっている者です!

 

 

 

 

 真純が郵便物の一つを取り落し、俺は書類を取り落す。

 ……なんて?

 

 

 

 

――どうか! どうかお目通りを!

 

 

 

 

――私、京極真は!

 

 

 

 

――浅見探偵への弟子入りを志願します!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんて?」

「透兄に弟子入り志願だってさ」

「……なんで?」

 

 

 

 




rikkaによる、ちょびっとしたメモ書き程度の解説


〇東洋テレビリポーターの神楽坂(かぐらざか)飛鳥(あすか)
 ルパン三世 The Last jobより

 アスカである。アスナではない。ハリセンとか振り回さないし魔法を無効化する能力など当然ない。
 が、ハイレグ忍者である。

 ハイレグ忍者である。
 NARUTOじゃないんだからもっとちゃんと忍びなさい。

 実は劇場版コナンVSルパン三世にちょっとだけ登場している。




※ADの篠原さん

〇篠原浩子(28歳)
 アニメオリジナル789話
『女王様の天気予報』

 前に一度紹介した記憶がありますが、念のためにちょいと紹介。
 日売テレビのADとして登場しました。当然容疑者です。(まぁ、当たり前か)



〇ジュディ=スコット
 ルパン三世~ロシアより愛をこめて~より

 解説を入れたかどうか覚えてないので念のためここで。
 本作のゲストヒロイン。ルパンではなく五右衛門のヒロインと言っていいが、肝心の五右衛門はほとんど何もしていなくて笑う。

 実はアメリカに逃げていたアナスタシア皇女の孫である。
 ソ連のあれこれによる経済の混乱で落ちぶれた祖国のため金塊を狙っていましたが、本作ではその立て直し役として浅見を指名。
 金塊を報酬に祖国の立て直しを要求。
 普通に考えればロシアの事っぽいけど、本作では東欧のどこか架空の国ということにしておこう。
 自分も書いててやっべとなった。



※浮島
 元ネタはこち亀。
 中川財閥の所有する実験場でしたが、これは面白いと採用。

 本編では太陽光を始めとするグリーンエネルギーの実験場に加えて環境関連の観測や研究や装備開発その他諸々に使われる予定というどうでもいい設定。
 後々本編使うかもしれません。

 コナンのスケボー、最近じゃあ夜でも余裕で全力で長時間ぶっとばしてるところから超強化されているとみて思い浮かんだ設備です。


※メアリーのスーツ
 光ファイバーを利用したという時点で分かる方もいるでしょうが、元ネタはMGS2のスカルスーツ。
 メタルギアシリーズのスニーキングスーツはかなりツボ。
 特に2のは無駄がなくて好き。

※変態集団
 いずれ詳しく解説。







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126:人外兵器と事務員追加と飲み

「えぇと、京極君……でよかったよね?」

「はい。京極真と申します。杯戸高校空手部にて、主将を務めております」

 

(そういえば蘭ちゃんが去年の夏あたりにそんな話してたっけなぁ。コナンが静岡で事件に関わったって所しか覚えてなかった)

 

 俺と真純、それにちょうど京都の大岡家との調整から帰ってきた恩田さんの報告書と議事録の提出を待って、緊急面談という形になった。

 

「あぁ、思い出した。京極真って杯戸高校の『蹴撃の貴公子』か!」

 

 知っているのか真純!

 

「そういえば蘭さんが、以前おっしゃってましたね。杯戸高校に、自分に拳銃の弾の避け方を教えてくれた人がいるとか」

 

 師匠や先生みたいなトンデモティーチャーがいたわけでもないだろうに、なんで高校生が銃弾の避け方知ってるんだよ! 高校を卒業する前に人間卒業すんな!

 

「それで、園子ちゃんと付き合っているっていうのは分かったけど……どうしてわざわざ一介の探偵に弟子入りを?」

 

「……一介の?」

「探偵?」

 

 そこの二人、言いたいことがあるならあとで聞こうじゃないか。

 

「はい。実は先日、園子さんからお父上が一目会いたいとおっしゃっている、とご自宅にお誘いを受けまして」

「待って、OK、もうその時点で話は読めた」

「ええ!? もうかい、ボス!?」

「あぁ、うん、まぁ……」

 

 真純や京極君は驚いて目をパチクリさせているが、どうやら恩田さんも同じ読みをしたようだ。苦笑いしている。

 

「朋子さんにボロクソ言われたんじゃない?」

 

 京極君が目を見開いて驚いているけど……うん。

 図星だったか。

 正直、その時の光景が目に浮かぶようだ。

 

「そ、その通りです。私のような若輩者では園子さんの相手としてふさわしくないと思われたお母上が、園子さんに大変お怒りになりまして」

「京極さんは空手部主将なんですよね? なら、朋子さんに『鈴木家に武力は不要』とか言われたのではないですか?」

 

 恩田さんの推測に、またまた京極君が驚いて目を見開く。

 

「ご、ご推察の通りです。さすが、世界一の名探偵。慧眼(けいがん)、お見事です」

「止してくれ、本当の名探偵は恩田さんみたいな部下達で、自分はただのまとめ役さ」

 

 いやホント。

 安室さんや恩田さん達がいないとどうしようもないからな。

 それと、今でこそ自前で回せるくらい金は用意出来るけど、最初期の次郎吉爺さんの渾身のバックアップがなかったらここまでの組織は作れなかった。

 

「恩田探偵のおっしゃる通り、自分のような男は鈴木にふさわしくないと怒鳴られました。お父上の執り成しでその場は収まったのですが……その時に小さく囁かれているのを耳にしまして」

「なんて言ってたの?」

「その……誰もが、突然浅見探偵のようになれるわけではない、と」

「……状況に流されまくってる若造一人に期待しすぎだろう、鈴木財閥」

 

 鈴木財閥に喧嘩を売るつもりはないし、そもそも何かあったら協力するっていつも言ってんのになんでわざわざ俺を取り込もうとするのか。

 越水の会社の方なら、関わった事件の件から多種多様な企業を抱えているから分からんでもないが……そっちにはノーリアクションなんだよなぁ。

 

「場を悪くさせてしまったお詫びにと、格闘技の観戦が趣味だというお父上を次の大会にお誘いしたのですが……」

「朋子さんも付いてくるって言いだしたんだろ。見極める……いや、今の段階でそこまで強い言葉は使いそうにないな。みっともない所を見せないようにとかそんな感じの事を言われたかな?」

「はい、その通りです」

 

 あのさぁ……。

 朋子さんさぁ……。

 ホントさぁ……。

 

(あの人、基本年下イジめるのが趣味の人だから放っておいていいと思うんだけどなぁ)

 

 まぁ、向こうがそうやって身構えてくれるからこっちもなんとなくゲーム開始を察して色々と美味しい思いさせてもらってるけどさ。

 関連会社の株だったり資材だったり技術人材の囲い込みだったりその他諸々、こっちの組織固めにブーストかけさせてもらったりとか。

 

「自分は、次に園子さんのご両親とお会いするまでに、多少なりとも園子さんにふさわしい男へと成長した姿を見せなければなりません!」

 

『……真純、必要あると思う?』

『微妙』

『ですねぇ』

 

 恩田さんも判断に困るのかあいまいな笑みを浮かべている。

 いやぁ、どうしたもんか。

 

 そもそも空手の大会で空手以外に何をどうやって見せるつもりなのか。

 

(ただ、京極君自身は絶対確保案件ではあるんだよなぁ。間違いなく)

 

 コナンや小五郎さん、組織の面々などの超重要人物というほどではないが、それに次ぐ立ち位置にある鈴木園子の恋人で、戦闘力は蘭ちゃんの言葉を信じるなら彼女よりも上。

 

 絶対、アクションが必要な時にふっとそこに配置される駒だ。

 何度か事件に巻き込まれる事があるだろうし、場合によっては容疑者にされたり面倒な目に巻き込まれる上に、爆発で吹っ飛ばされたり銃で撃たれたりするんだろうなぁ。

 

 ……いやもう銃で撃たれて避けてたか。コイツ人間辞めてやがる。怖。

 

「鈴木史郎会長のお目にかなう浅見探偵から、次代の鈴木としての教育を! ご指導ご鞭撻を賜りたいと思い、こちらへ参上いたしました!」

 

 ソファに腰を掛けていた京極君が立ち上がり深く頭を下げる。

 

「どうか! どうか弟子入りを許可していただきたいのです!」

 

「恩田君、君の護衛兼研修生としてよろしく」

「ええ、そう来ると思っていました」

 

 恩田さんも俺と同じ答えにたどり着いたか。

 まぁ、うん。あれだ。

 

 史郎さんに上手くやられたよね。

 こういう策は朋子さんの趣味じゃない。

 

 ともかく、そういう事なら恩田さんに預けておくのが一番だわ。

 手が足りていない事務員に放り込もうかと思ったけど、それはこの子や史郎さんの望む方向性とは違うし。

 

「え、あの……」

 

 もう一悶着あると思ってたのかキョトンしている京極君。

 いやぁ、そもそも園子ちゃんの彼氏って時点でほぼこうするのは決めてたし。

 

「うん、だから採用。――あ、キチンとバイトとして雇うから給料は受け取ってね?」

 

 リシさんみたいに向こう側からキチンと依頼されてっていう形ならともかく、高校生を子弟って形で無償で働かせるなんて、たとえ一分一秒でもウチであってはいけない。

 

 どこかで絶対この子には仕事を手伝ってもらう事になるんだし。

 

「まぁ、俺が直接教えるって言っても何を教えていいか分かんないから、とりあえずは鈴木の仕事に絡むことが多い彼――恩田さんを教育係にする。で、いいかな? 多分、京極君の希望に一番添える選択肢だと思う」

「は、はい! ありがとうございます浅見探偵!」 

 

 そう言ってもう一度頭を下げる京極君。

 

 よし、まずを制服作るための採寸からだな。

 アクションあるのがほぼ確実な彼には、できるだけ急いで制服仕立てないと。

 

 ウチの制服、防弾性のために微妙な調整とかあるから一着一着オーダーメイドなのが玉に瑕。

 ぶっちゃけ普通に防弾チョッキ買った方が滅茶苦茶安いんだよなぁ。

 見た目で不安にさせるから、ウチはもうこのスーツで行くけど。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇11月28日

 昨日から恩田君に付けた京極君だけど、実際の腕を見せるために安室さんやマリーさん、真純あたりと格闘させてみた。

 まさか格闘成績トップのマリーさんから五本中二本取るとは思わんかったな。

 

 ただ、本人としては大満足だったみたいで、安室さんやマリーさんにまた手合わせしたいと話していた。

 真純は三本取られたのがすっごい悔しかったみたいで、こっちも安室さんや沖矢さんに格闘戦の練習を持ち掛けていた。

 お前高校生探偵なのに、どうして戦闘力伸ばしたがるんだよ。

 俺みたいなサポート役だったら盾になったり足止めしたり口封じに殺されかかったりする必要あるから戦力必須だけど、お前らはまず知能で戦う側だろうが。

 

 恩田さんから上げられた京極さんの教育方針の計画書に目を通したけど、現場を見せるついでにまずは語学を叩き込むつもりのようだ。

 まぁ、英語が出来ないと理解できない所もあるだろうしなぁ。

 ついでに教育係に沖矢さんも付けるように陳情された。

 数学も叩き込むつもりのようだ。

 

 まさに遠野さんも毎日一,二時間ほど沖矢さんに教えられているけど、スナイパーには計算というか数学が必須だもんだぁ。

 距離測定のための計算用にメモ帳と鉛筆を二人とも常に持ち歩いているし。

 

 元々京極君は武者修行のために休学してるし、時間には困らない。

 うん、少なくとも俺は本当に困らない。困らなさ過ぎて逆にずっと困ってるんだけどさ。

 

 語学は恩田さん、数学は沖矢さん……阿笠博士達との実験にも混ぜて科学知識も一応入れておくか。

 あと爆弾解体演習。

 

 会長候補としての教育に必要かな、とも思ったけどこれからも爆破されまくる鈴木だしな。

 最低でも爆発物に関する基礎知識くらいは持たせておいたほうがいいだろう。

 

 

〇11月30日

 

 以前うちにある銀行強盗の捜査を依頼してきた浦川芹奈さんが、うちのスタッフに加わった。

 正確には銀行を辞めた後、越水の会社に勤めようと面接に行ったらしいが、ふなちの提案でこっちの事務員として働く事を提案された。

 

 元々は犯人を見つけて自分の手で復讐してから自殺しようとしていたが、犯人は銃撃戦の末に俺と安室さん、山猫隊で拘束、その後警察に引き渡して逮捕。

 本人の自殺は源之助によって止められた。

 源之助に止められたってどういうことだよ。

 メアリーがそう言ってたけどさ。

 

 ともあれ、恩返しも兼ねて働きたいと言ってくれたので是非もない。

 背景に裏関係のモノがないのはとっくに調査済みの人間だから信頼できるし、問題ないだろう。

 

 というか、優秀な後方要員が増えるのは本気でありがたい。

 これで双子はもちろん、整備の仕事も押し付けてしまってる小沼さんの負担も減る。

 

 

〇12月2日

 

 一人増えただけで全然違う。

 嘘のように書類が溶けていく。

 

 ついでに京極君も、例えば郵便物のラベル張りのような事務方の雑務作業を手伝ってくれるから効率が段違いである。

 

 仕事内容がもうちょい機密とか極秘事項から離れたモノだったらガンガン人員増やせるんだけどな。

 越水の会社の方で使えそうな人員見繕ってもらおうか真剣に悩んでしまうな。

 

 今日は恩田さんやウチの傘下の医療関係者数名と一緒に、例の病院船についての設備等に関しての打ち合わせに八代グループの船設計士である秋吉美波子さんに会ってきた。

 

 なんというか、ふなちから聞いていたけどマジで妃先生に雰囲気が瓜二つだった。

 髪型同じにして並んでいたら、後ろ姿だけだとどっちがどっちか分からなくなるかもしれん。

 

 とりあえず大きめの模型が出来たら搬入や搬送口の調整して、目途が付いたら二隻作ろう。

 一隻はカリオストロに送って、もう片方はこちらで使わせてもらおう。

 

 ヘリ空母としても使える船は役に立つ。

 

 

〇12月5日

 

 久々に休日がガッツリ被ったので、七槻と飯に出かけたら殺人事件が起こった。

 爆弾はもちろんミサイルとか核とか謎の鉱石とかは一切ない。陰謀もない。

 そうそう、こういうのでいいんだよ。

 

 流水亭っていう、最近人気の和食の店だったのだが……いや、人気店だからか?

 この世界、うかつにいい店に立ち寄れないな。

 店は基本全部個室で、各部屋を横切るように人工の小川が流れてて、注文すると船の模型が注文した料理や酒を運んでくるっていう洒落た店だったのに……ホントにもう最悪だ。

 

 殺されたのは縄文大学の助教授、金田圭三。29歳。

 

 幸い事件は無事に解決。

 まぁ、例によって例のごとくトリックを用意してくる実にらしい犯罪者だったのだが、真っ先にアリバイで容疑を外された奴に目星付けて色々探ってたらあっさり解決。

 まぁ、七槻もいたし途中でたまたま来てた検事の九条さんも力を貸してくれてスピード解決だった。

 

 その後せっかくの食事も台無しになったし、今日は晩飯も流水亭の持ち帰り用の寿司を買って帰る予定だったし、桜子ちゃんもお休みだし、そしてあれこれ凝ったものを作る気力もなくなったので気軽にカレー。

 

 帰りにスーパーによって材料購入。肉を何にするかでちょっと七槻と揉めてじゃんけん勝負。

 結果、負けて牛肉になった模様。

 豚肉の何が悪いというのか。

 ひいきだ。差別だ。今度ふなちと桜子ちゃん、楓に哀も交えて肉会議を開かなければ。

 

 まぁ、肉では負けたけどしめじの大量投下を認めさせたから実質引き分けだ。

 七槻め、今回は見逃してやる。

 

 

〇12月10日

 メディアが落ち着いてきたので、哀と楓をこっちの家に戻すことにした。

 哀の方はともかく、楓は王三郎さんの依頼もあるから戻せてよかった。

 阿笠博士の家に預けている間、王三郎さんの所の長男長女の二人が家の近くをうろついていたみたいだし、もうちょっと時間かけていたら馬鹿な真似をしていたかもしれん。

 

 アイツらがやらかすのは別にいいんだけど、それで阿笠博士に被害が出ようものなら不味いから冷や冷やした。

 一応世話役の桜子ちゃん以外に警備も付けてたけど、やらかす奴はやらかすからなぁ。

 

 不動産王、片寄王三郎の資産。

 具体的にいくら位かは分からないけど、まぁかなりの資産だろう。

 狙われるのも無理はない。

 ……思えば、瑛祐君が俺を疑う理由になったほどだし。

 

 そうだ、明日楓を連れて王三郎さん家に行って来よう。あのトリック屋敷もまた楽しみたいし。

 

 

〇12月11日

 どうして金持ち連中は片っ端から俺を養子にしたがるのか。

 王三郎さんから養子とか資産受け取ってくれとか遺言状とか言われるとは思わんかったわ。

 朋子さんといい史郎さんといい若者の胃をいじめるの止めてくれませんかね。

 

 俺も恩田さんも薄々そうだと考えているけど、京極君の弟子入り案件、あれ絶対史郎さんの仕込みだよね。

 事の始まりが、史郎さんが一目会いたいって誘った所からだし。

 京極君が聞いたって言うあのつぶやきも、わざと聞こえる様に言ったんでしょホントもう……。

 

 それにしても楓、マジで王三郎さんの隠し子じゃないだろうな。えらく執心しているというかなんというか。

 お茶を飲みながら王三郎さんと話してたら、いつの間にか楓が、連れてきていた源之助を抱きしめたまま眠ってしまっていたので、今日はそのまま王三郎さんの家の離れに泊まっていくことになった。

 

 マジで源之助、子供相手だと大人しいな。

 ずっと抱きしめられてるのにほとんど身動きせずに抱き枕になってる。

 

 俺が同じことしたら俺の目の前に腕を出してゆっくり爪を剥いてくるのに。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なら、年明けにヴェスパニアとカリオストロの共同経済特区構想の発表に行くのは透、お前と恩田君、越水さん、それに鳥羽さんで行く形がベストか」

「例の蜘蛛の連中の件もあるから、ジョドーも連れて行く。護衛役としてこれ以上ない人間だからな」

 

 ようやく一番やっかいな仕事のほとんどが終わって安室さんも俺もゆっくりできる日が来たので、こうして宅飲みである。

 実質事務所だけど。

 

「まったく、一応一息つけるようになったとはいえ、本格的に気を抜くにはまだまだだな」

「ホントにね。それこそ先週までは、俺か安室さんのどちらかが事務所にいないとヤバかったしねぇ」

 

 こうして日本酒空けながら安室さんが作った刺身やら煮物やらに箸をつけているのに、出てくるのは仕事の話ってのも悲しいもんだ。

 

「それが無事に終わったら一月末にはシンドラー・カンパニーのコクーン完成パーティーか」

「正確には、樫村さんとトマス・シンドラーとの会談ですねぇ……面倒な予感がひしひしと……」

「お前が面倒事を引き寄せるのはいつもの事だろう、透」

「それを言われると辛すぎて酒が進みますなぁ」

「それこそいつもの事だな」

 

 めんごめんご。

 でも、そういう安室さんはこれだけ酒飲むの珍しいですよね。

 

 下で飲む時とかニューヨークみたいなバーボンのカクテル2,3杯しか飲まないのに。

 

「ひょっとして安室さん、日本酒の方が好き?」

「ん……。あぁ、深く考えたことはないけど、言われてみれば確かに日本酒の方が多いかもな」

「なら、今度亀倉さんの店がオープンしたら一緒に顔出しに行きません? 料亭だから日本酒も種類揃えるって言ってましたよ」

「本当か? それはいいな。あの人の料理は和洋どちらも出汁やブロードがすごく丁寧で、ぜひ勉強させてもらいたいと思ってたんだ」

 

 探偵から料理人にジョブチェンジするつもりですか?

 

「そういや安室さんも自分で出汁のストック作る人でしたね。俺にはさすがに無理だぁ……粉末出汁万歳」

「お前の所は無理もないだろう。そもそも、住んでる人数が人数。大家族だからな」

「桜子ちゃんいなかったら、家事もそうだけど楓の事で相当悩んでいたのが容易に想像つく……」

「彼女には感謝しろよ? 彼女がいなかったら、いつぞやの時のようにお前着の身着のまま出所して事務所の風呂かシャワー室で軽く汗を流してすぐに仕事っていう生活にすぐ逆戻りだ」

「ホントホント」

 

 いやまったく。

 ウチの大黒柱なので、紹介所通さずもう直で雇ったしなぁ。

 

 彼女の親代わりだった若松さんにもキチンと挨拶しにいったし。よろしくお願いしますと頭下げられたし……。

 無下にできねぇ。

 

「……あぁ、そうだ。例のプログラム。DNA探査システムはどうなっているんだ?」

「訳ありっぽいのでとりあえず機材も含めて厳重に保存、保管。ちょっとシンドラー・カンパニーは動きが怪しいので、話し合いの時もまずはダミーを持っていこうと思ってます」

「……物理的に消去しかねない、と?」

「あれに俺達が関わるように仕込んだの枡山さんですからね。プログラム自体に何もなくても、それが作られた理由とか作った人とかそういうあたりにトラップというか……こう」

「火種がある可能性が高い?」

「……まぁ、あってもおかしくないかなぁって」

 

 あれホントになんなんだろうな。

 トマス社長はなんか焦ってる感じがするし、樫村さんからはなぜか「色々とよろしくお願いします」とよく分らん頼みをされるし。

 お願い事をするならちゃんと内容言ってくださいよ。お会いしてからお話ししますとかそういうのいいから。

 典型的な死亡フラグだから。

 

「透、セキュリティには特に念を入れておけ。色々状況が怪しいというのもあるが、ロシアの一件以降サイバー攻撃が凄いんだろう?」

「……まさか、ウチが世界中からD-DOS攻撃受ける日が来るとは思わなかったなぁ。まぁ、内部の方には影響ないけどさ」

「攻撃元はある程度特定しているんだろう?」

「一応。でもまぁ、ほとんどはゾンビボットで……。いや、大本も大体わかってるけど」

 

 なぜか大暴れしたロシアよりもアメリカからクソみたいに攻撃されてる。中国からは元々受けてたけど。

 俺が何をしたっていうんだ奴らめ。

 

「サーバーも増設したし、物理的にもサイバー的にもセキュリティは今できる最上位に設定。こっちの主なプログラマーに今、ハニーポットなんかも含めて対策全部強化してもらってる」

「……お前と事務所を始めてから色々あったが、先日のロシア以降から事態の加速度が尋常じゃないな。お前、恩田さんと一緒に何回吐いた?」

「なんという汚い質問。まぁ、かなりの回数かと」

 

 俺か恩田さんじゃないと対応できない仕事が雪崩起こしたからな。

 もうちょっと初穂にそういう経験積ませたら恩田さん、安室さんレベルまで情報を共有させて交渉の仕事もさせるか。

 

 ロシア以降は安室さんも――いや昔からそうだったけど今回は特に無茶ぶりしちゃったからなぁ。

 

「浦川さんが来てくれたのはありがたいが、やはり早急にスタッフを増やすべきだ。サイバーセキュリティに対応できる人員も含めてな」

「だけど扱う情報の重要性と求められる機密レベルが跳ね上がりすぎて、募集もうかつに出来ないんだよなぁ……って、ふなちとも前にこの話したな」

「中居さんか。今思うと中居さんの事務処理レベルってきわめて高かったんだなぁって思い知らされる」

 

 安室さんから見てもやっぱりそうか。

 純粋に書類の量に圧殺されかかってた時に、ギリギリとはいえ双子と一緒に捌き切った女だもんなぁ。

 

 越水の所に預けてよかったと思う反面、アイツがいればなぁと思う時がある。

 

「スタッフ……スタッフかぁ。防諜意識の高い人で誰かいい人いないの、安室さん。引き抜けそうな人」

「いればとっくにお前に紹介している」

「まぁ、ですよね」

 

 うーん、やっぱりこういうスパイ送り込みやすいシチュエーションを作ってみても反応示さないか。

 もうこの人白でいいんじゃないか? 仮に裏切ってもそこまで踏み込んだ裏切りはしないと見た。

 

 裏切る可能性があるとしたら……うーん、こう、ダークヒーロー的な真犯人を見つけるために親しい人間をも利用するとかそういう方向性……かなぁ。

 目的自体はこっちと被ってるというか。

 

 そういう状況になりそうな役どころは……駄目だ、やっぱ公安くらいしか思いつかん。

 潜入捜査ってなると厚生省の麻取とかかとも思ったけど、安室さんが俺達に関わった時にはそういう話とは縁がなかったし……。

 

 俺に関りがあるとなるとFBIかもと思ったけど、思い返すと入所したばかりの頃のキャメルさんにすごい警戒心持ってたしなぁ。

 

 ……いや、待て待て怜奈さんみたいにCIAって事もなくはないか。

 もう一つの方は特定せず、とりあえずどこかの潜入捜査官が二足の草鞋を履いているって感じでとりあえずまとめておこう。

 

 決めつけて動いてるとどっかでしっぺ返しが来そうだ。

 

 あ、そうだ。

 

「そういえば、例の話マジで言ってます?」

「うん?」

「副所長、初穂に任命し直してくれって話」

「あぁ、そのことか。当然だ。ロシアの一件で分かったよ」

 

 

 

 

 

「俺はどうにも、お前の代わりを務めるよりも隣で暴れる方が性にあっている……という事がな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで探偵が暴れる前提の話をしているんです? 絶対におかしいですよね?」

 

 

 

 

 

 

「……安室さん? 待ってなんでヘッドロック――高速でわしゃわしゃすんなあっつっあっつい!! 毛根が! 毛根が燃え尽きる!!」

 

 

 




rikkaのコナンコラム

〇京極真 18歳 杯戸高校3年生・男子空手部主将
 CV:檜山修之

初出:原作コミック第22巻File.8「それゆけ園子」
      アニメ第153・154話『園子のアブない夏物語』

ここまで本作を読まれている人にはもはや紹介不要と思えるコナン界のZ戦士。
初登場の時は恒例の容疑者枠だったが、典型的な怪しすぎて怪しくない人で絶対犯人じゃないと思ってたが、誰が腕にナイフぶっ刺されてもうめき声一つ上げず涼しい顔で女口説いて犯人ぶっ倒す超人と想像できただろうか。

その後キッドとの対決で完全に人間を辞めるとは本当に誰が想像できただろうか。

筆者的にもっとも劇場版での活躍を色んな意味で心配した男である。
……そうか、今考えると『紺青の拳』ってコナン映画の平成ラストを飾った映画になるのか。

本編では日本にいるが、原作では武者修行のために海外を転々としている。
そのため出番は非常に少ないためアニメ855話『消えた黒帯の謎』で彼がメインのアニオリ回が作られた時は本気で驚いた。

この回や『こうのとりミステリーツアー』のように蘭や園子たちや少年探偵団といった常連ではなく、ちょっと出番が少なめのキャラが出るアニオリは大好物なので出来ればもっと作ってほしいものである。





このコラムを書くためにちょっと調べたがコイツ妹いたのか。
大丈夫? その子ピアノを軽々と持ち上げられたりしない?

なお、ピクシブ百科事典の彼についてのページには、ミステリー漫画には似つかわしくない『戦績』という項目がある。

一通りコナンは読んでるけど、京極さんってどんな活躍してたっけ? という方はぜひ飛んでみよう。

きっと昔のコミックスやアニメを観返したくなると思います。


〇浦川芹奈
CV:桑島法子

file671-674 探偵たちの夜想曲
コミック:76巻
DVD:PART21-8

本作81話『止められない流れ』にて登場して、その際恒例のコラムも書いておりますがずいぶん前なのでもう一度さらっと紹介。

まず何が大事ってCV桑島法子。もうこれだけで素晴らしい。
次に、探偵事務所籠城事件というとんでも事件でもなんとか無傷で乗り切ることができた毛利探偵事務所を完全に事故物件にした大戦犯でもある。

大した奴だ。

恋人を殺した銀行強盗を探しだすためにあれこれ画策し、犯人を殺し尽くしたら自分も自殺するつもりだったがそれをコナンに止められる。

今思うと、すでに二人本当に殺していてそれがバレているのにコナンと協力できた珍しい犯人ですね。

なお、彼女の登場した事件は本格的にバーボン編が始まる事件でもありました。

いや、本当にこの回豪華なので、思い返したい方はぜひアニメを観返してみましょう。



【事件コラム】

〇流水亭に流れる殺意
 アニメオリジナル第161話

 某鼠ランドの小さい世界などを思い出させる水のアトラクション的な料亭
 初めて見た時から衛生面は大丈夫かと問いたくなる。……まぁ、あれ蓋とかしてればまだいいかもしれんが、入り口近くで料理そのまま載せた船が橋の下をくぐらせるのはあれ多分アウト。

基本的に美人が出てる作品の方が大好きなんですが、これはそうじゃないのに妙に記憶に残ってる事件でした



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127:幾度目かの今年への年越し

 

 〇12月16日

 

 記憶喪失の黒の組織幹部、ベルモットことクリスさんの世話役は基本的に女性の方がいいと思って、組織の動向を知るにはちょうどいいと思ってキュラソーであるマリーさんを付けてみたら、一月経たずにギブアップされた。

 元々知り合いだったというあたりを言葉を濁して誤魔化していたが、性格が違いすぎて吐き気がするそうだ。どんだけ?

 

 しばらくの間全力全壊で事後処理に当たってた俺と安室さん、そして恩田さんはしばらくの間は休みだ。

 もうね、さすがにこれ以上働いていられるか。

 一週間でしっかり寝た時間合計しても多分一桁だぞクソが。

 合間の移動中やらの数分の睡眠時間まで合わせてようやく二桁とか超過労働ってレベルじゃない。

 

 ……年末年始からはまた地獄が始まるからそれに備えて休養取らなくちゃ。

 

 あとアレだ、どうにか時間を作って哀のメンタルケアもやっておくか。

 姉には心配をかけさせたくなく、かといって吐き出す相手がいないという事で、家に帰れるときは最近じゃあいっしょに寝るようになった。

 

 お姉さんの話だとずっと一緒に寝てる時も様子がおかしく、戻ってきてからはふなちや七槻と寝ていたが眠れなかったそうな。

 

 なんというか、マジで枡山さんがトラウマというかヤバかったんだな。

 あの人の話をしろと言われて、出会った時からの事を少し話したら頭痛を訴えだした。

 背中ポンポンしてやったら案外あっさり寝たからちょっと安心したけど……。

 

 せがまれても、哀の前で枡山さんの話をするのは止めておこう。

 

 

〇12月18日

 

 正式に初穂を副所長に任命。

 そして安室さんは、近々役職しっかりと用意するけど、現場の指揮官として働いてもらおう。

 補佐……マリーさんか沖矢さんがベストかなと思ったんだけど、W組織幹部(一応)に現場任せるのはさすがに不味いし、沖矢さんは辞退されたので残るキャメルさんを補佐に。

 研修での出向でなければリシさんもなかなか視野が広いし、交渉事も出来るから候補に入れたんだけどなぁ。

 

 まぁ、今のキャメルさんなら関連免許取りまくって文字通りのマルチドライバーだし役立つ場面はそれこそ死ぬほどあるだろう。

 一人乗りの潜水調査艦も問題なく乗りこなせるし。

 

 恩田さんも車以外に船も一応使えるし、整備用の多目的ドックも完成間近だし、装備一式もまた買い揃える予定だ。

 場合によっては海に出る必要もあるし、偽装漁船用意しておくか。

 

 

〇12月20日

 

 ジョドー達の部署体制が整った。

 下笠さん――穂奈美さんをメイド長に、ジョドーを執事長という事でそれぞれ設立。欧米か。

 まぁ、純粋な接客やパーティなどで人を集めた時の接待役と、それを隠れ蓑にした諜報、および護衛部隊なのでそんなに変わらない。

 ちょっとした情報収集とかそれこそ下笠姉妹の得意分野だし。

 強いて言うなら執事側の方がより武力が求められるって事か。

 

 今の所まだ出番はないけど、いざって時には例の鎧使って誰かの盾になったり、あるいは攻勢に出る事だってある。

 

 まぁ、当面の間は、真下のレストランで料理と人気作曲家の羽賀(はが)響輔(きょうすけ)が弾くヴァイオリンを楽しみながらこっちの様子を窺っている連中の裏を取るのが主な仕事になるんだろう。

 

 山猫隊は、これまで通り緊急時に急行する初期対応班として使うか。

 

 

〇12月21日

 珍しく会ったこともない探偵が俺を訪ねてきた。

 安楽椅子探偵として知られる千間(せんま)降代(ふるよ)だ。

 

 アメリカで知り合った茂木(もぎ)探偵から面倒くさい婆さんだとは聞いていたけど、マジで初対面だった。

 こうして日記を読み返しても出会った記録はないし間違いないだろう。

 

 こちらとしても名の知られている探偵は色んな意味で要チェックな存在なので出迎えてみたが、訪ねてきた理由が予想外だった。

 まさか、俺の昔の交通事故の事を聞きに来る人がいるとは思わんかったわ。

 

 といっても正直俺も全く覚えてなかったので、当時聞いたことを出来るだけ思い出して伝えた。

 なんでも、あの交通事故の現場、彼女の思い出の場所に近くて色々調べてたんだとか。

 

 話した感じ普通の御婆ちゃんだったけど、安室さんがすっごい気にしてたので一応裏取りしてみている。

 

 

〇12月22日

 

 少年探偵団も招いてのパーティは毎年じゃないけど毎年の事で段取りも慣れたもので料理も順調に準備が進んでいる。

 

 うーん、文章がカオス。

 

 まぁ、本番は明日の夜からスタートなのだが、亀倉さん様様ですわ。

 ヴェスパニアのパーティで実際に調理することはなかったけど、その時の段取り経験をしっかり吸収しているのはさすがですわ。

 もはやウチの調理師陣のエースですわ。気が付いたら実際リーダーっぽい事やってるし、店の方で雇った他の調理人の人心掌握に教育もしっかりやってくれてるし。

 

 マジでなんで泥棒やった?

 エレベーターの追加工事が完了したら上の階に料亭用意するから待っててくれ……。

 

 さっき見た時はステージの周りで、今回は黒羽君が紅子を巻き込んで張り切っている。

 子供たちに楽しんでもらおうと張り切ってるからなぁ、黒羽君。

 

 中森警部の家にも招待状送ってるし青子ちゃんは絶対に来れる、と。

 

 うん、明後日のパーティは問題なさそうだな。

 

 パーティに呼ぶ真純とか瑛祐君達はともかく、表に出れないメアリーにも何かしないとなぁ。

 ロシアの件では滅茶苦茶世話になったし。

 一応プレゼントは用意してるけど、花束も注文しておくか。

 

 

〇12月24日

 

 事務所員や招待者、子供たちが程よく楽しんでいる間にこっそりケーキと料理一式、それに花束包んでもらって抜け出してメアリーに会ってきた。

 会うなり驚いて「何をしに来た」って、お祝いに来た以外の何に見えるというのか。

 ちゃんとサンタ服も着ていったのに

 

 今気づいたけど完全に年下の子に会いに行く感じだったわ。

 そりゃあ不審者を見る目で見られるか。

 

 思えば、哀が最近たまに子供っぽくなる時があるから同じように扱ってしまったのかも。

 顔もちょっと似てるし。

 

 まぁ、なんだかんだでプレゼントは気に入ってもらえたようでなにより。

 例の組織から逃亡しているようだし、万が一の時には換金しやすい物がベストだろうと思って今の身体に合うような腕時計をプレゼントした。

 高価なものだと一目でわかるようなのは不味いと思って、デザインは目立たないシックな物って注文を付けていたけど、いざという時に売り払えばそこそこの資金にはなるハズ。

 ついでに水中でもしっかり動くし、例のスーツに合わせて使える。

 ちゃんとした所に頼んだ特注品だし。

 

 この間来た京極君もそうだけど、前線張るタイプは万が一があるし出来るだけ装備は整えておかないと。

 特に、逃亡する必要があるかもしれないメアリーみたいな人間は、逃走のための資金源を確保しておかないとな。

 

 でもメアリー、地味に女王様気質だよね。

 無言で腕差し出されても、付けろって意味にすぐ気付かねーよ。

 

 

〇12月25日

 

 本来ならば七槻たちとどこかに出かけるのがいつもの慣習なんだが、今年は互いに仕事でドタバタすることになった。

 楓と哀は冬休み初日って事で、ふなち引率の下探偵団のメンバーと仮面ヤイバー映画を観に行っていた。

 こういう時は仮面ヤイバーについてウチの家で一番詳しいふなちが便利すぎる。

 千葉刑事の影響かなぁ。

 

 個人的に哀が「私はパス」って言いださなかったのが少し予想外だった。

 

 俺達は年末年始の挨拶の用意もあったし、加えて年明けに揃ってヴェスパニアとカリオストロに海外出張なのでその用意で忙しくしている。

 マジでしばらくの間は、この前ほどじゃあないけど忙しくなるな。

 一月いっぱいはマジで地獄になるな。

 

 シンドラー・カンパニーとの一件が何事もなく終わればいいんだけどまず絶対に100%なにか起こるのは確定なんだろうなぁ。

 

 シンドラー会長、出会う前に殺されたりしねーだろうな?

 

 とりあえずコクーンのパーティの時には、爆発物の処理に長けた人物でチーム組ませて待機させなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 ま、複数人で年越すには鍋が一番だよな。

 

「七槻、肉は充分か?」

「充分すぎるよ! いや君は確かに男の子らしくよく食べるけどさ!」

 

「私もたっっくさん食べるよ! ね、哀ちゃん?」

「そうね。でも、野菜もちゃんと食べなきゃダメよ? 楓さん」

 

「あ、桜子様! ドリンクは私が運びますので、グラスの方お願いします!」

「あの、ふなちさん、家政婦の私に様付けは……。いえ、とにかくトレー用意しますね」

 

 年明けて三が日超えたらすぐに飛ぶけど、せめて年末年始くらいはゆっくりしなければ身も心も持たん。

 子供たちにお年玉も渡しておきたいし。

 

(クリスマスと正月の連続コンボって、渡す相手が出来ると地味に地獄だよなぁ)

 

 肉の匂いに釣られてかこっちに突進しようとしているクッキーを上手い事止めている源之助の様子が面白くてビデオ回してたら、源之助にギロリと睨まれた。

 わかったわかった、向こうの部屋に連れて行くから。

 

「桜子さん、クッキーと源之助の餌どこだっけ? 向こうの部屋に連れて行って餌食わせるついでにドア閉めてくる」

「あ、はい。大丈夫です、私がやっておきます。えぇと、あの部屋の鍵は……」

「いいよいいよ。源之助もいるならクッキーがドア開けないように見張ってくれるし、トイレもそこに設置してあるし、餌があれば十分十分」

「あぁ、それもそうですね。わかりました。ほら、クッキーちゃん、君のご飯はあっちですよー?」

 

 完全にクッキーが源之助の舎弟というか、格付けが完了しているなぁ。

 行先を邪魔する源之助に吠えたりせずに目の前でウロウロするあたりが。

 

 まぁ、それでも喧嘩している様子はないしクッキーもじゃれついてる所よく見るし問題はないか。

 

「それにしても、こうして君がこの家でゆっくりしてるのってなんだか帰ってきた感じがするね、透君」

「いやまったく。11月あたりからはマジで帰れなかったからな」

 

 人員を増やさなければ……。マジで増やさないと来年から死ぬ。

 いやもうすでに俺とか恩田さんは死に続けてゾンビみたいなもんだけどさ。

 安室さんもそうだけど初穂にも無理させたしなぁ。

 

「七槻、そっちの会社でこっちに回せそうな人員いない?」

「事務所の方かぁ。調査員というよりスタッフだよね?」

「うん」

「……機密性高いからなぁ。パッと思いつくのは君と仲のいい薫子ちゃんとか大嶺さんだけど」

「……薫子に大嶺さんかぁ」

 

 薫子は、以前万引きやってる所とっ捕まえた、紫のメッシュを入れてる不良学生……なんだが、えらく懐かれて越水の会社のバイトを紹介してからはしっかり働いているいい子だ。

 

 大嶺さんは、ウチのコクーンの調整などで働いてもらっている金山さんの友人で、いわゆるチンピラで粗暴な所はあるんだが面倒見がいい所があるので会社に誘った人だ。

 

(……まぁ、仕事の手伝いという意味では十分役に立つか。……薫子は)

 

 大嶺さんは良くも悪くも直接人と会う仕事の方が向いてるんだよなぁ。

 金山さんから最近の様子を聞いているが、地域振興課では一人暮らしのお年寄りさん達に大人気だとか。

 

「? 信頼できる人が必要でしたら、紅子様にお尋ねしてみてはどうでしょう透様」

「紅子に?」

 

 食材を並べ終わって炬燵に入ってきたふなちが、予想外の名前を出してきた。

 紅子? いや確かにここぞという時に頼りになる女だけど。

 

「ほら、紅子様は関わった事件で傷心された女性のアフターケアを進んで行っていらっしゃいますでしょう? 紅子様が初めて関わった密室殺人事件で出会った和泉(いずみ)様とか……たまに紅子様にお会いするために、そちらの事務所に伺ってらっしゃるでしょう?」

 

 紅子を訪ねてきてる和泉……和泉……。

 あぁ、あのちょっと雰囲気暗いけどなかなか可愛い娘か。

 ちょっと声かけようとしたら紅子に睨まれて即座に戦略的撤退したの思い出したわ。

 

「そうか、あの子かぁ。いいのかな? 和泉さんだけじゃなくてその女性たち、紅子が気にかけてるって事は、逆に言えば危うい所があるって事だし」

 

 

――ブー、ブー、ブー!

 

 

「あれ? 透君、携帯」

「あぁ、誰だろう……メール?」

 

 噂をすれば紅子からじゃねーか。

 えぇと?

 

 

 

『こっちからそれぞれに話を振ってみるからちょっと待ってなさい』

 

 

 

「………………………………」

「透様? 急にキョロキョロされてどうかされたのですか?」

「いや、監視カメラと隠しマイクはどこかなって」

「そんなもの僕達の家の中にあったっけ!?」

 

 ねーよ。ねーけど見てるっつーか分かってる奴がいるんだよ。

 さすが紅子。単身ロシアに乗り込んでくるだけはあるわ。

 

 アイツ基本はバイトの事務手伝いだけど、もう調査員でいいんじゃねーか?

 推理力はからっきしとかいうけど、瑞紀ちゃんと組んだ時の察しの良さとか観察力はかなりのもんじゃねーか。

 

 真純や黒羽君、コナン、安室さん、それに大阪の平次君とメールで事件の話やら相談やらのやりとりしてるから、そういうノウハウ地味に蓄積してると思うんだよなぁ。

 やっかいな事件が解決した時はいつも事件の経緯とかを、解決した調査員と一緒に見落としやミスがないか見直してるし。

 

 派手さはないけど、堅実にサポートしてくれるから安心できるんだよなぁ。

 先日のロシアみたいにちょっと無茶をする事はあるけど、それでも致命的な危機に陥る状況は徹底的に避けるから安定感が半端ない。

 

「よし、最初の具もほどよく煮えたようですし、まずは私がよそいましょうか?」

 

 しばらくキョロキョロしていると、鍋の煮え具合を見ていた桜子ちゃんが俺の器に手を出そうとしていた。

 

「あぁ、いいよいいよ。せっかくの鍋なんだし皆好きにやっちゃおう」

 

 さて、また今年が終わる。

 テレビに出てくる最近売れ出したという芸人はもう数年は売れ出してる状態だし、近所のコンビニはずっと開店セール中と来たもんだ。

 

(さすがにもう慣れつつあるというか、まぁデカい変化もあったしなぁ)

 

 ピスコ。枡山憲三。枡山さん。

 俺と同じ結論に至った人間。

 

(少なくとも実際は普通に時間が進んでいて、俺の頭だけがイカれていて上手く認識できていない……なんて可能性は多少減ったか)

 

 あのハッチャけた人間が同じ答えにたどり着いたってのは微妙に怖くもあるけど……。

 

(はてさて、次の今年には何がくるやら)

 

 枡山さんというとんでもない爆弾が現れたとはいえ、本来の敵である黒の組織も油断するわけにはいかないし、青蘭さんの事もある。

 

(まぁ、またどっかに頭森谷な奴が現れてヒャッハッハー! って爆破させるんだろうなぁ)

 

 時間には慣れつつあるけど爆破の事を考えると胃がシクシクするな。

 あのバー・カクテルでぶっ飛ばされた時とか、本気でほぼノーガードだったから死ぬところだったし。

 

「よし、とにかく元気出していこう。その肉もらい!」

「お兄ちゃん! 野菜も食べなさい!」

「楓が食ったら食う!」

 

 

 

 




羽賀(はが)響輔(きょうすけ) 32歳
CV:山寺宏一
アニメ385~387話『ストラディバリウスの不協和音』
コミック46巻:前奏曲(プレリュード)

 皆、待たせたな。
 コナン回の加持リョウジ、羽賀響輔。今思うとこの回もすごい前なんですが、一応原作的には大事な話。
 その回に登場した人気作曲家、それが彼です。
 当時はマジで皆、エヴァンゲリオンの加持さんにしか見えないと言ってましたね。
 CVも同じだけどキャラも似ているから狙ったとしか思えないww

 登場シーン的にピアノを弾いてるイメージが強いんですけどヴァイオリンのプロフェッショナル。
 ドイツの音楽大学を首席で卒業。

 長期連載だからしかたないんだけど、各方面のプロフェッショナルが多すぎる。




千間(せんま)降代(ふるよ)63歳
CV:野沢雅子

アニメ219話『集められた名探偵! 工藤新一VS名探偵コナン』
コミック30巻:「糾合」


CV的に最強の存在かもしれん。京極真連れて来い。
ストーリー的にはひょっとしたら重大かもしれない事件に関わった探偵の一人。
安楽椅子探偵とはいうが、原作で解説されていた動きを考えると60歳にしては滅茶苦茶俊敏に動けるとしか思えない。

 さすが野沢雅子キャラ。最強じゃったか。


茂木(もぎ)遥史(はるふみ) 39歳
CV:堀内(ほりうち)賢雄(けんゆう)

 同回に登場した探偵の一人。
 探偵たちのレクイエムにも名前だけは登場。

 まさにハードボイルドといった感じの雰囲気を持っている39歳。
 上記の回の日が40歳の誕生日まであと3日という日だったのだが残念、サザエさんワールドなのでこのままもうちょい待っててくれ。

 この事件で出てきた探偵たちは、すべて実際の名探偵が名前の元ネタになっている模様。



和泉(いずみ)真帆(まほ)22歳
CV:千葉紗子
アニメオリジナル第603~605話『降霊会W密室事件』

 メインキャラとして使うことはないだろうけど絶対サブキャラとして好きな時に使えるようにしておこうと思った女の子ベスト5の一人。
 気弱で髪短めなキャラはなんか好きで使いたくなる(使えない)

 作中ではボソボソした喋り方をする人ですが意外にもコスプレイヤー。 
 中学、高校とイジメを受けていて、大人に待っても引きこもっていた所をネットで知った有名コスプレイヤー『雅原(みやはら)(きら)』に憧れコスプレ世界に。

 事件のきっかけとなったある出来事がきっかけなのか、本編時には元の暗い性格になってしまっているが、煌が生きていた時はもっと明るかった模様

 本作では当事件は紅子達が解決。
 キッドワールドのツンデレ魔女的に気弱な彼女を放っておけず、面倒を見ているためなんとか社会復帰できている模様



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128:拡大する組織

「おう、遼平! テレビ見てたぞ。無事ヴェスパニアの式典は終わったようだな」

『はい、どうにか。小五郎さんの方はどうです?』

「特になんともねぇ。まぁ、蘭の奴が式典の中継みて盛り上がってた程度か」

『ハハハ……。あれだけの目にあったというのに……中々にお強いですね、蘭さん』

「ふん! ありゃあ図太いって言うんだよ!」

 

 やっぱり透か遼平がいないと、この事務所も静かなもんだ。

 アイツらのどっちかがいりゃあ、居酒屋なり麻雀なりキャバクラにでも誘うんだが。

 ちくしょう、どいつもこいつも、さっさと帰ってきやがれ!

 

「んで、式典はともかく他のはどうだ? 変な連中に絡まれたりしなかったか?」

『……正直言うと、先ほど少々。以前交戦した、妙な入れ墨の連中の集団に我々が泊まっているホテルを襲撃されまして……我々はともかく、越水さんが危なかったですね』

「おいおい! あの嬢ちゃんが?」

 

 んなことになりゃあ、そっから先どうなったかなんて遠く離れていても分かる。

 

「その連中、コテンパンにされたんだろう? 透や嬢ちゃんよりも、むしろお前は大丈夫だったのか?」

 

 あの嬢ちゃんに危害を加えようとしたなら、透の奴がブチ切れるに決まってる。

 どこのどいつか知らねぇが馬鹿な奴らだ。結局俺はルパンとやらに眠らされてて直接見てねぇが、ヴェスパニアがどういう事になったのか覚えてねぇのか。

 

 最終的に王女派に付く事決めた正規軍と警察隊率いたアイツに、ジラード派は一人残らずボッコボコにされただろうが。

 

『えぇ、まぁ。一応こういう時のための訓練は受けていますし、滅茶苦茶強い護衛も付いていたので……どうにか切り抜けられました』

「おめえもやっぱり、あの事務所の人間だよなぁ……」

『所長はもちろん、安室さんや瀬戸さんといったエースにはまだまだ及びませんが』

「そこまで行ったら、もう大怪獣だろ」

 

 あの手品師の姉ちゃんも、大人しい顔して拳銃や猟銃で武装した銀行強盗を一人で制圧してたしな。

 

『……それで、小五郎さん。そちらはどうです?』

「あぁ、やっぱり駄目だ。娘の蘭と遊園地に出掛けてからの足取りが全然掴めねぇ」

『トロピカルランドの当日の記録は?』

「例のトンチキジェットコースターでの殺人事件があったから、当時の記録を掘り起こしてもらうのは簡単だった。ただ、出入り口の防犯カメラを見ても出て行った様子が映ってねぇ。あの中からどこかの抜け道使って抜けたとしか思えないんだが……」

 

 クソ、あの探偵小僧め。

 色々気になることがあるから文句ぶつけるついでに探しているが、全っっ然引っかからねぇじゃねぇか!!

 

『……まぁ、今は工藤君、身を隠していた方が安全かもしれませんが……』

「あん? あの小僧、なんかやらかしたのか?」

『いえ、あの、やらかしたというかやらかし続けているのは完全にウチの所長なんですが』

「…………そういや、忘れそうになってたけど、アイツはそもそも透を従える立場だったんだよな」

『えぇ、だからこそ誰もが注目しています。突然現れた所長と入れ替わるように消えた彼のボスに』

「そんなにやべぇのか、今の状況?」

『……まだなんとも。本当に工藤君が生きているのかどうか。あるいは彼の状況にもよりますが、ただ――』

 

 

 

 

 

 

『世界中が彼を探しています。――工藤新一を』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇1月9日

 

 色々グダったけどどうにかヴェスパニアから帰国! あんの蜘蛛共いい加減にしろ!

 まっすぐ七槻を狙いやがって殺すぞクソカス共が! いやまぁ、例の毒のせいで捕まえた時点で殺してるようなもんだったな! 胸糞悪いけども!!

 

 あ、七槻への警護を瞬時に固めるように指示出したジョドーはボーナスな! いくらだろうが好きな金額言え! 出すぞ!

 

 しかし、いきなり京極君を鉄火場に叩き込んでしまったけど彼ホントにヤベェわ。アサルトライフルで武装している連中に全くビビらず迎撃して次々に無力化していった。まぁ、例の毒のことは教えてないが……。

 いくら格闘戦最強クラスでも高校生だし、余計な疵つけたくねぇ。

 

 そういえば、京極君が交戦した中になんか一人だけ中々強いのがいて、ソイツだけは逃がしちまったな。

 ……アレ、なんか女性っぽかったな。

 美人の気配がした。俺には分かる。

 

 あと、七槻の警護に途中から回った男。

 同じホテルに宿泊していた、フランスからの式典参加者の一人。

 フランス司法警察中央局局長、アルベール・ダンドレジー。

 コイツ、どうも参戦するタイミングを見計らっていたような気がするんだよなぁ。

 

 正直、蜘蛛共よりもコイツの方が警戒対象かもしれん。腕前はなかなかにヤベェし顔いいし体も相当鍛えてるしイケメンだし死ね。俺より顔が良い奴は知り合い以外皆死ね。

 

 あと、声を聴いた感じ普通の人よりも幅を広く発声出来るように訓練してるっぽい気がする。

 沖矢さんや下笠姉妹レベルよりも上……うん、ひょっとしたら瑞紀ちゃんやキッド、ルパンレベルかもしれん。

 

 まぁ、襲撃されたのは収穫でもあった。

 哀に以前頼んだコイツラの毒の解析の件で、逆に哀からコイツラの所持品――特に呼吸器に付けているマスクか覆面の奪取を頼まれていた件を無事に達成できた。

 

 アルベールが射殺した奴からマスク引っぺがして厳重に密閉してきた。

 解毒剤のヒントになればいいんだけど……。

 それを受け取った哀は、しばらくラボに籠ると言っていた。

 仮眠取った後で一応、様子を見に行くか。

 

 今のアイツを一人にしておくのは良くない気がする

 

 

〇1月10日

 

 瑛祐君がたまには食事でも一緒にどうですかと誘ってくれた。

 いや、マジで瑛祐君当初の疑いっぷりからは信じられん位懐いてくれるなぁ。

 

 せっかくだしと蘭ちゃん達帝丹高校組に黒羽君や紅子、京極君を誘って閻魔大王ラーメン食いに行ってきた。

 

 話してて気づいたんだが、ウチに関係している高校生――特に探偵組は意外と連携が取れている。

 多分、瑛祐君のおかげだな。

 口下手だと以前言っていたが、何かを説明しようとするときに焦ってしまうだけで元々コミュニケーションは達者な方だ。

 今日初めて知ったけど、皆平次君とも連絡取ってるんよな。

 

 喋るのが苦手な京極君も上手く誘導して、園子ちゃんとの雑談を上手くフォローしてたし、これは本当にいい拾い物かもしれん。

 枡山さんと怜奈さんには感謝しなきゃ。

 

 ……そろそろ、怜奈さんとも相談して姉弟のネタばらしした方がいいんだよなぁ。

 

 

〇1月13日

 

 ルパン三世とメル友になりつつある自分がいる。俺一応職業探偵なんだけど……。

 ついでに先日連絡先を交換したアルベールもだ。

 なに? フランス司法警察中央局局長って暇な役職なの!?

 

 こっちはあちこちの国の開発やら復興の計画に加えて探偵業務に防諜やら自衛隊や警察の研修依頼で忙しいんだけど!?

 てかナチュラルにメールやら電話してくるな!!

 

 安室さんやマリーさん、風見刑事と今晩の銃器密売現場の取り押さえに関する最後の打ち合わせしている時に、美奈穂さんから『ルパン三世様からお電話が入っております』とか言われた時の空気を考えてくれマジで!

 

 風見さんの手が懐に入った時はどう言い訳しようかマジで悩んだんだからな!?

 

 あと俺らが実質便利屋なのは一万歩譲って認めるけど裏の便利屋じゃないからな!?

 なんか今回は、金は払うから先生の知り合いの重病者を俺んとこの病院に入れてくれって話だったから通すけど!

 

 

〇1月17日

 

 裏の便利屋じゃねぇっつってんだろ! 足洗いたいけど行き場に困った一流の暗殺者やら傭兵やらスナイパーを俺に押し付けんな! カリオストロや傘下の東欧国家の国籍でごまかしてカゲとか執事課に回すけど構いませんね!?

 

 それがどんだけ有益だろうと秘匿しなきゃいけないものって時点で同時に弱点になりうるんだからな!?

 

 一方普通の仕事のほうだけど、遠野さんもウチに馴染んできたね。別件で出かけていた所に出くわした、高級住宅街を狙った押し込み強盗団をリシさんと一緒に制圧してきていた。お見事。

 

 先日の銃器密売現場の取り押さえの時も、麻酔弾による狙撃で綺麗にかく乱して沖矢さんから合格もらってたし、あとは調査能力さえ磨けばもうウチの正職員と言ってもいいよね。

 待機していた公安や警察の人員にも重傷者どころか怪我人一人出さなかったし完璧ですわ。

 

 まぁ、そのリシさんは先日ずっと広辞苑とか辞典で『探偵』って言葉を調べて頭を悩ませてたけど、まぁ仕方ない。

 日本語って難しいからなぁ。単語だけじゃあ実際はどういう意味か分からないよね。

 

 大丈夫大丈夫、研修してたら大体探偵って仕事も分かってくる分かってくる。

 明日は確か、安室さんの爆弾解体演習に恩田さんと初穂の誘拐事案時の交渉シミュレーション、瀬戸さんのスニーキング訓練だったか。

 

 研修でこっちに来てるんだから、出来るだけの技能を覚えて帰ってほしいなぁ。

 ついでにそのツテで人員紹介してほしい。

 即戦力じゃなくていいから、適性ありそうで信頼できる人間。

 できればダース単位で。

 

 

 

〇1月20日

 

 報道関連以外でのテレビの仕事は久々だなぁ。

 俺と安室さんで子供向けに時事ニュース解説って……安室さんはともかく俺要るか? 瑞紀ちゃん……は、手品以外ではあんまりテレビ出たくないし、いっそ受け答え役で瑛祐君か双子を引っ張ってくるべきだったんじゃ……。

 

 アクアクリスタルの事件以来のニュースキャスター、ピーターさんが俺達を推薦したらしく、様子を見に来ていた同じく事件以来の宍戸さんも、イメージ写真を撮るために来ていた。

 

 安室さんはかなり宍戸さんの事を気に入っているようで、撮影の後は楽しそうに雑談していた。

 

 俺は同僚になる子供たちの相手で一杯一杯だったなぁ。子供は元気だ。いやホント。

 宍戸さんはそれを楽しそうに撮ってたけどまず助けてほしかった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「無事なのは電話での会談で知っていましたが……百聞は一見に如かず。直接お会いして、ようやく一息つけるという物です」

「本当に、久しぶりね浅見君。それに安室さんも」

 

「いやぁ、心配かけてすいません。諸伏さんも荻野刑事も」

「ニュースで色々聞かされているとは思いますが……はい、我々浅見探偵事務所一同、欠員なしで無事に帰還しました」

 

 いつぞやメアリーの勧誘に使った密会用の料亭。

 今回そこに呼んだのは3人の刑事だ。

 長野県警の諸伏高明警部補。

 埼玉県警の荻野彩実警部

 そして――

 

「あの、初めまして! 千葉県警捜査1課刑事、慶徳(けいとく)かずりです。……本当は(もとい)さんが来る予定だったのですが、急な事件で代役として」

 

 女性にしては背の高い女性刑事が一礼して自己紹介する。

 とりあえず、今回はこんな面子で十分か。白鳥刑事は別件で来れなかったし、風見刑事は顔こそ出せなかったけど把握はしている。

 もうちょいしっかりと話が進めば、もっと上の人間に話を通せるんだが……。

 

 まぁ、とりあえず料理揃ったし、食べながら始めるか。

 

「今回集まっていただいたのは、諸伏さんと荻野さんはご存じですが、警察内部で静かに広がりつつある大規模な押収品の横流しに関してです」

 

 安室さんの切り出しに、顔見知りの二人は目を鋭くさせ、慶徳さんは不安げに眉を寄せる。

 

「少し前にあった、長野県警管轄での大規模銃撃戦。例のピスコの瓶が見つかった現場からは、県警本部にあったはずの押収品が数点発見されました」

「神奈川県警でも、調べた所怪しい点が見つかりました。浅見君の助言通り、内密にほぼ個人で調べているから、公にはできないけど」

「千葉県警でも、同じく。ただ、詳しく調べるには誰に頼ればいいか分からないと基警部補が……」

 

 ぐぬぬぬ、やっぱり敵の数が多いか。

 警視庁には信頼している警察官は多いけど県警はなぁ。

 

 ここにいる三人に加えて、以前出会った静岡県警の横溝刑事にその双子の弟の神奈川県警の重悟さん、毎月ウチに瓦蕎麦送ってくる山口県警の鷹丈(たかじょう)警部。

 

 ……群馬県警のアレはちょっと保留。あからさまなヘッポコすぎて逆に怪しい。

 

「そのことですが、長野県警に奇妙な噂が」

「噂?」

 

 飯食う姿も絵になる刑事こと諸伏さんが、汁物を軽く口を付けてゆっくりと戻す。

 マジで絵になるなぁ。

 

「ええ。……啄木鳥会、という名前を耳にした事はありますか?」

 

 集まった刑事の面々が首を横に振る。

 安室さんもこっちも覗き込んで首を傾げているな。

 

 あー、俺も……いや、アレのことか?

 

「その名前は知らないけど、チラッと長野県警の婦警さんたちからそれっぽい噂を聞いたことあるな……長野県警内部に、あまりよくない刑事連中の集まりがあるとかなんとか。ひょっとして、それが?」

「さすがですね、浅見探偵。えぇ、その啄木鳥会ですが……どうやら、実在しているようなのです」

 

 うっへぇ。

 まーたそういう厄ネタが湧いてくんのかよ。

 

「では、その啄木鳥会が横流しの主犯だと?」

「というよりは、その会の活動のノウハウを、何者かが拡散させたのではないかと」

「あぁ、そういう後ろ暗い活動は、少人数で行うのがセオリーですよねぇ」

 

 慶徳巡査部長の言う通り、こういうのは情報を漏れにくくするために少人数でやるものだ。

 

「その啄木鳥会の動きを知っていた人間がノウハウをコピー、それを各県警に合わせて調整、やらかしそうな警察職員をピックアップして浸透させたって? そんな事できそうな奴なんて一人しか……おい待てなぜ四人とも俺を見る」

 

 俺そんなに警察に対してはやらかしてないだろうが!

 ちょっと不正暴いてマスコミにリークしたり、県警本部に殴りこんだりしただけじゃん!!

 

 ねぇ安室さん! ちょっと前に鷹丈警部と一緒に山口県警本部に殴りこんだ安室さん!

 

 基本正義の側だよね俺達は!?

 

「いえ、申し訳ありません」

「えぇ、でも能力的なことを考えると……真っ先に思いつくのは」

「浅見探偵……ですよね? スパイみたいな潜入工作が最も得意って言われてますし」

「勘違いしないでほしいんだけど、俺の一番の特技は金儲け、技術で言うなら射撃と爆弾解体なんだけどなぁ」

 

 おい、なぜ三人でヒソヒソ話し始める。

 安室さん、いい笑顔でこっち見るの止めてもらえません?

 

「ま、ともかく詳細を詰めましょう。これから事態がどうなるにせよ、警察内部のクリーニングは必須。そのためにも信頼できる人間が一人でも多く必要です。致命的なガンを切除するためには、ね」

 

 おい、だからその胡散臭そうな目を止めろ。

 お前ら俺を信じて集まってくれたんじゃないんかい。

 

「その前に浅見探偵、これは再度の確認なのですが」

 

 はいはい。

 

「この一連の動き。背後にいるのは、貴方の宿敵足るあの老人で間違いないのですね?」

 

 

 むしろあの人以外にここまでの真似は出来ません。

 枡山さん以外にそんな事出来るのなんて、それこそコナンの敵の組織くらいだろう。

 

「えぇ、まず間違いなく」

 

 そう俺が断言したのと同じタイミングで、携帯が鳴りだす。

 俺と安室さん同時にだ。

 

 ……初穂?

 

「すみません、失礼します。……もしもし、初穂?」

 

 安室さんの方は、沖矢さんからのようだ。

 あぁ、俺達がここにちょいと来る前に連続コンビニ強盗犯を確保して警察と合流したって報告あったし、それでそのまま一緒に行動してたのかな?

 

『あぁ、ボスかい? 今調書取りで警視庁に来てるんだけど、やっかいそうな話が上がってるから知らせとくよ』

「やっかいそう?」

『飲み仲間の由美がいるだろ。交通部の宮本由美。アイツが今日、ずっと駐車場に放置されているって通報を受けて放置車両を調べに行ったらしいのさ』

「その車に何か? 爆弾か?」

 

 それなら次の事件の幕開けの可能性高いし、動かせる調査員は全員動かすが。

 

『いいや、そっちじゃない。銃火器さ。それも訳ありの』

「訳あり?」

 

押収されて警察に保管(・・・・・・・・・・)されているハズ(・・・・・・・)のブツも混ざった大量の銃火器がトランクにぎっしり詰められてたのさ』

 

 …………。

 

「初穂」

『あいよ』

「ピスコの瓶、そこにあったか聞いた?」

『もちろん。で、あったってよ。嘘かホントか分からない、数の合わない領収書と一緒にね』

 

 

 

 

 

 

「……あのクソ老人め、どこまでも面倒な……っ」

 

 安室さん悪態漏れてますよー。

 

 さって、さっそく動いた事態、怪訝な目で見ている三人の刑事に説明しないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 





〇アルベール=ダンドレジー
 ルパン三世Part5

 世界的な犯罪対策を担う、フランスの司法警察中央局局長。
 ショートボブ風の髪型に緑のスーツに六角形のレンズの眼鏡を着用している美男子。ルパンシリーズでは珍しいタイプのデザインかもしれない。 

 ルパンを一度は完全に騙したほどの変装と変声を持つ時点でクッソヤベー奴。
 昔は修業時代のルパン三世を何度も上回るほど泥棒の才能があったが、「もっとデカイ物を盗む」と言ってルパンの前から姿を消して、なったのが警察官。なんでや。

 ティッキー・パスコという黒人男性のカメラマンと付き合っている公式認定ゲイ……あるいはバイ。
 何人もの女に手を出そうとするルパンに対して、一人の男と深い関係になってるアルベール。

 真逆のキャラ性はいい。いいけどなんでそこまで逆にした! 言え!





慶徳(けいとく)かずり(28)
CV:天田有希子
File825「潮入り公園逆転事件」
アニメオリジナル

 上記の事件において、千葉県警捜査官として上司の(もとい)と共に現場に現れた女性刑事。
 引きの映像を見る限り、毛利のおっちゃんよりもちょっと背が低いくらい。

 どう考えても上手くいかない毛利小五郎発案の実験のために、息が切れるくらい全力でボートを漕がされる不憫な人。
 このワンシーンだけで妙に意識に残っていたおかげでこうして登場。

 ちょいちょい協力してくれるモブとして使いまくろう……。





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129:世界を見つめる男

 

「銃火器のバラ撒き、か。あの老人にしては金のかかる真似をするな」

「あら、貴方の元上司のお爺様も彼に出会っているのよ。いくらだって変わるでしょうに。貴方や私がそうみたいに」

 

 とある田舎の、一年分先払いで借りている安いマンスリーマンションの一室。

 以前から『名無しの男』が使っていた隠れ家の一つだ。

 

「それにしても、さすがね透君。ここまで一気に勢力を拡大させるなんて」

「もはや、正攻法であの男に勝つのは不可能に近いな」

 

(おそらく、あの組織でも……もはや浅見透の相手にするにはよほど入念な準備をしなければ手こずるだろう)

 

 直接あの男と対決したサソリのような女は、他でもないその男から贈られたグラスで酒を飲んでいる。

 元々事が終わったら逃走するための用意をしていた。

 女からすれば、どちらにせよそこで仕事は終わるからだ。

 

 それでも、彼女が手放せなかったものがこのグラスだった。

 遊び慣れているようでまったく慣れていない男が、自分のセンスの悪さに絶望しながら必死に選んだ、陳腐にも程があるつまらないプレゼント。

 

 そのつまらない物を、女は捨てられなかった。

 

「となると、彼の裏口を叩こうとするのは当然の流れね。で、どう? 私が痕跡消している間、貴方も彼の事調べ回ってたんでしょう?」

 

 やや暗い部屋の中でもサングラスを外さない男は、弾の入っていないリボルバーを抜いては構えて、手のひらの上でもてあそんではまた素早く構えるという動作を、もう小一時間は続けている。

 

「……元から奴の周りにはFBIやCIA、公安がうろついていた。もっとも、最近では急に公安の人数が大分減ったがな」

「なにかしらの事で疑っていたけど、容疑は晴れたって所かしら?」

「かもな。あの家の警護に数名ついているようだが……」

「まぁ、今日チラッと見たけど、あのお城に現れた精鋭と同格の連中が守っていたわ」

「察しの悪い素人があの家を攻撃しようものなら、その瞬間に無力化されるな」

 

 もはや、日本で最も安全な地域の一つに数えてもいいくらいの警備網だ。

 

「となると、やっぱりバックドアになりうるのは工藤新一の存在ね」

「あぁ、だが不自然なほどに接点が見つからない」

「……そうね、彼との対決直前ギリギリまで徹底的に調べたのだけど、全然彼らの接点が出てこない」

「それは、今彼らを調べている人間ならおそらく全員が把握しているはずだ」

 

 テレビには、浅見探偵事務所の人員――双子のメイドを尾けていて、結果撒かれているCIAの工作員の様子が映っていた。

 つい先日、名のない男が調べていた間に起こった出来事を録画していたものだ。

 

「この通り、今浅見透に近い人間はまず優秀。しいて言うなら奴の家の人間が狙い目……と言いたいけど」

「ただですら守りが固められていて、しかも触れたと分かった瞬間文字通り滅ぼされる竜の逆鱗。誰も恐れて近づけない」

「えぇ、だからどこも尻込みしている。……ねぇ、以前貴方が守ったあのお嬢ちゃんは?」

「いや、毛利蘭は何も知らなかった。例の遊園地で観たのが最後だということだ……となると」

「? なにかあるの?」

「あぁ、聞いた日には、確か組織の人間が取引を行っていたはずだ。あるいは、工藤新一は奴らと接触したのかもしれない」

 

 黒の組織。かつて名のない男がいた犯罪組織。その実態は、幹部である男も理解しているわけではない。

 

「工藤新一が奴らに接触した可能性は十分にある。警察から盗んだ資料では、俺の知る幹部二人が事件の容疑者として巻き込まれている。その事件を解決したのも工藤新一。奴だ」

「……その時に接触した、と」

 

 

 

「さて、一体どういう接触の仕方だったのかしら?」

「わからん。ジンは毒薬を飲ませて殺したと言っているが、死体が見つからなかった。それが引っかかる。すぐには死ねず、さまよった結果分かりにくいところで今も腐敗しているか、あるいは――」

 

 

「そのジンという男と、なんらかの取引をして生き延びている?」

「……かもな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇1月21日

 

 今日の朝一でとりあえずの協力者となった刑事の皆さんはそれぞれのホームへ帰宅。

 突然のとんでもニュースに全員頭を抱えていたが、どうやらまだそれぞれの県警では、まだそういった事例を確認できていないようだ。

 

 特に諸伏さんを気にしていた安室さんは、長野県警との連携を強化すると言っている。

 まぁ、実際あの二人なんか相性よさそうだし任せて問題なかろう。

 諸伏さん、名探偵級の切れ者だし。

 

 珍しくウチに来た小田切さんからも銃火器の件について話を聞いたが、どうも報道管制を敷く方向で話がまとまりつつあるようだ。

 多分、枡山さんの手の平ダンシングドンピシャなアクションだと思うけど、銃火器が街中に出回っているっていう事実はパニックを引き起こしかねないと言われるとなぁ。

 

 あれ? でもとっくに銃火器なんて自然なもんじゃないの?

 多分この1月だけでもウチの事務所員の被発砲回数トータルでとんでもない数になってると思うけど。

 

 防弾スーツにめり込んだ弾丸、かなり警察に提出した覚えあるし。

 遠野さんももうそろそろ撃たれる衝撃に慣れてきましたとか言ってたし。

 

 まいっか。

 

 

〇1月24日

 

 どうも蘭ちゃんの周りを探ってる連中が増えてるようなのでこちらで牽制しておいた。怜奈さんを通して。

 なんか最近いろいろと顎で使うような真似してゴメンね? 今度、前に怜奈さんが言ってたフレンチの店奢るんで勘弁してください。

 

 まったくもう、工藤新一の方からアプローチしようとするのは分かるけどこの世界で絶対的な勝利が約束されている主人公と、そのヒロイン補正っつーある意味最強の悪運の持ち主の蘭ちゃんに手を出すとか破滅への一本道なんだからやめておきなさいってば。

 枡山さんでも絶対にやらない暴挙だよ?

 

 書いててこれなんか違うな。枡山さんだからこそ絶対にやらない暴挙か。

 

 こっちはまだ交渉とか取引にはある程度乗れるけど、完全な犯罪者って向こうにターゲッティングされたら完全に破滅して場外退場待ったなしだからな。

 

 まぁ、この世界は多分コミックか映像媒体――多分アニメーションのどちらか、あるいは両方だろう。

 

 場合によってはスペシャル~とか、あるいは……劇場版? とかで復活するかもしれんけどその時点で敗北の未来確定だからな?

 

 

 コナンが関わる事件はだいたい、アリバイや密室などの殺人。誘拐事件などで写真や手紙、音声から行かなければならない場所を割り出すパターン、そして暗号だ。これらに中確率でランダムに爆弾とか爆発とか狙撃とか銃弾がセットで付いてくる。

 

 気になっているのは暗号の時だ。

 特に、今でも俺たちの関わった事件を元に色々と小説を書くためによく取材に事務所を訪れる香保里さん――新名香保里さんの依頼で出会った暗号事件。

 

 行方不明の任太郎氏がFAXで送ってくる探偵左文字の新作の原稿に隠された暗号を解くという事件内容だったのだが、あれは明らかに文章というか小説という媒体で表現するには暗号文が長すぎた。

 

 挿絵チックな絵を描くという手もあるが、覚えている限りのあの時の会話と何枚もある暗号文を考えると、わざとらしい原稿全文載せた絵を乗せる必要がある。

 となると、一度にその場にいた人物、もといキャラクターの動きと同時にあの長い原稿を違和感なく見ている人間が認識するのは映像、あるいは絵画的なイメージが一番しっくりくる。

 

 ドラマとかの可能性もあるけど、爆破が多いし犯人が多すぎる。

 ひょっとしたら俺たちが余計な所まで引っ張っているからかもしれんけど、もしこれがドラマだったらおそらく役者が足りないだろう。

 

 工藤や快斗君、蘭ちゃんに青子ちゃんみたいな似た造形は数組いることにはいるけど、それ以外は皆確かに顔違うし。

 

 あともう一個、ここまでの事件を思い返すと、過去の事件や事故で子供が亡くなったことはあったが、関わった直接の事件で亡くなったことは確か一度もなかった。

 

 主人公のコナンが元は高校生で、今は小学生になっている。それに同じ小学一年生で構成されている少年探偵団の存在や活躍を考えると、この世界は低学年から上の少年を対象にしている作品だと俺は推測している。

 

 絶対とは言えないが、少年少女を対象にしている作品の世界ならば、殺人事件がストーリーの根幹とはいえ勇気や友情、愛と言ったものが勝利する世界だ。

 

 まあ、主人公側であればの話であって、それ以外だとむしろ愛や友情が敗北して殺人に発展しているわけだが。

 

 となると、主人公に疑われるのはともかく敵認定されるとヤベェんだよなぁ。

 疑われないように気を付けねぇと。

 

 

〇1月27日

 コナンが、誰かに見られている気がすると言って事務所にやって来た。

 またFBIか? CIAは怜奈さんから締めてもらってるしこっちでも動きが鈍ってるのは確認している。

 

 まぁ、FBIならまだいいんだが問題は例の組織か枡山さんが動いている場合だ。

 黒の組織ならまだいい。言葉としてはどうかと思うが、もともとの主軸だった以上コナン達は例の組織に対して相性が有利だ。ゲーム風にいうなら、特攻持ちと言ったところか。

 

 問題は枡山さんが動いている場合。

 ピスコの瓶がどっちの事務所にも届いていないならまだ様子見だと思うが、唐突にその先入観を利用して『あーさーみくーん! あーそーぼー!』からのレッツパーリーになっちゃう可能性は十分以上にある。泣いちゃいそう。

 

 いや、ロシアの一件の頃とはもう違う。今度こそ、少なくとも緊急事態でも最低でも時間は稼げるだけの数は揃えた。

 人員の数はともかく、質では負けていない。

 逆に言えば人数では負けているので、最低限唐突な奇襲は避けたい。

 

 だから、コナンがいう見られている気がするっていうのは無視できねぇ。

 

 というか、主人公クラスの「いや、気のせいだったみたいだ」とか完全に嫌な方向に流れるフラグだから全力で潰しておくべきなんですわ。

 

 とりあえず、護衛も兼ねて瑞紀ちゃんか遠野さんを付けるようにしておこう。

 元々エースの瑞紀ちゃんはもちろん、遠野さんも今では立派な戦力だ。

 

 ただ遠野さん、閉所恐怖症っていうドデカい弱点あるから、そこも矯正しないとなぁ。

 心療内科の定期カウンセリング、一応外部に委託してるんだけどどっかウチで取り込む必要がやっぱあるな。

 

 どこか買収して取り込むか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

屋根裏部屋(グルニエ)付きの家? が、新しく建てられたのか」

「あぁ。採光窓もついてて、三階建てって感じかな。えーと、ほら、あそこ。向かいのビルとビルの隙間の所をまっすぐ……。小さくて分かりづらいけど、見えるか?」

「ほーう、探偵事務所からでもまっすぐ見えるのか」

 

 毛利探偵事務所の様子を見に――具体的には、俺へのアプローチを諦めて小五郎さんや蘭ちゃんに余計な事する奴がいたらソイツで遊ぼうと思って来たんだけど、思った以上に反応がない。

 

 浮足立つ奴もいないし、ガラス窓越しに俺を狙撃する奴もいない。

 まぁ、コナンには言ってるけどすでにここの窓、こっそり防弾ガラスにすり替えた上で強度を高めるフィルムも貼ってるから通常のスナイパーライフル程度じゃあまず抜けんけど。

 

 くそぅ、ここで襲ってくれるんならここらの地形に慣れるための演習名目で連れてきたカゲやここ最近増えた傭兵たちで一気に包囲して確保する予定だったんだが……。

 

「で、気になってる事っていうのは? なんか、あそこに人が住み始めたんだろう?」

「あぁっ、俺らが一度中を見に行った時以降にな」

「……まず、小学生の集団がなんで家見に行くことに?」

「いや、歩美ちゃんが……」

 

 あぁ、乙女回路が走ったのか。

 なんとなく想像ついたわ。

 

「で、どういう家なんだ? わざわざグルニエなんて作るってことは、土地自体は狭いって感じ?」

「あぁ、不動産会社の人が言うには30代の夫婦と子供二人くらいの家庭を想像してって……日当たりは問題ないけど、階段が少し急だったな」

「あぁ、土地狭いとそうなるよね」

 

 あとで調査会社を通して、家の間取り図入手しておくか。

 

「だけども、そこに移り住んだ夫婦っていうのが、老夫婦なんだよ」

「? 老夫婦? ……お前が引っかかってるのはそこか?」

「一応、今日少年探偵団の皆で一回訪ねにいったんだけど」

「お前ら毎回毎回アグレッシブすぎない? いやまぁ、しょうがねぇんだろうけどさ」

 

 せめて訪ねていく時は事務所に電話してこいよ。大人一人つけるだけでもだいぶ違うだろ。

 そもそも、そういう時に万が一事件が起こったら歩美ちゃんとか光彦君あたりが人質にされるんだよ。高確率で。お前の推理ショーが終わった瞬間とかに。

 そういうのを防ぐために人員揃えてるんだからマジで頼むよ、コナン。

 

「で、どうだったんだ?」

「……辻褄はあってた。その、宇土(うど)って家の奥さんがグルニエ付きの家にあこがれていて、ついでにあの家の近くには一人息子が住んでいる家があるんだってさ」

「……そこまではお前も納得しているんだけど、どうにも引っかかる事がある。でも、それが何なのかハッキリしていない……って所か?」

「ああ、どうにも気になって……」

 

 うーん、これどっちのパターンだ?

 ようするにマジもんの犯罪者かその未遂者がいるパターンか、事件と思わせてほのぼのしているのか。

 

 犯罪者を相手に対応するのが余裕で、そうじゃないパターンでも対応が出来てかつ組織の人間じゃないし妙な組織の影がない人間。

 

 今日の事務所待機勢は……初穂にマリーさん、キャメルさんに紅子に体力訓練中の遠野さん、それに――よし

 

「コナン、ちょっと待ってて。事務所に瑞紀ちゃんいるからこっちに呼び出す。合流したら、ちょっとその家訪ねてみないか?」

「瑞紀さん? 今日待機だったの?」

「ついでに事務仕事な。この間、三水吉右衛門の偽装されたからくり扉を彼女が見つけて……それを市が観光名所にするとかで、そのからくりについての詳しい報告書というか鑑定書の作成を急かされていてね。午前中は現場を再調査して、お昼から紅子と一緒に楽しそうに書類作成してたから」

「からくり扉……相変わらずそういうの大好きだね、瑞紀さん」

「大好きだぞ。もうテンションが全く違うからな」

 

 面白いモノを見つけたらそこに遊びに誘ってくれるし、目の事も黙ってくれてるしホントいい子だ。

 最近はすごく気にしてくれてるの丸わかりで申し訳ない。

 一緒に行動する時はいつも行動を補佐してくれるしすごく助かってる。

 

「ま、出かける用意しておけよ。電話したら多分すぐに来てくれるから」

 

 

 




〇コナン、瑞紀、浅見の三人で謎の老夫婦の家を訪れる。

〇瑞紀、おばあちゃんと雑談をする。

〇おじいちゃんの方を追跡したコナンと浅見、尾行した先の中華街で謎の中国人と遭遇。
 投げつけられた青龍刀を白羽取りした浅見、コナンを逃がすために交戦

〇浅見透vs謎の中国人! ファイ!






〇『米花町グルニエの家』
アニメ:file418(アニメオリジナル)

感想というかネタバレは次回の本編開始時、および後書きコラムで取り扱うことになるが、個人的な感想としてはあの中国人の爺さんはマジでなんで日本に住んでいるんだ……



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130:パーティ前夜

「ったく、来てるなら来てるってそういえばいいだろうが」

 

 夜中の毛利探偵事務所。

 家主である毛利小五郎と娘の蘭は用事で出かけており、留守番をしていたのは江戸川コナンだけ。

 

 だからこそ、芝居を打って怪しい人物をおびき出すには十分だった。

 

「母さん、それに父さんも」

「久しぶりじゃのう、有希子さん。優作君も」

 

 望遠鏡さえあれば探偵事務所を観察できるグルニエの家に引っ越してきた住人である老夫婦。

 この事務所にて、江戸川コナンが何者かに射殺される光景をカメラ(・・・)で覗いていた彼ら――特に彼女は慌てて毛利探偵事務所に駆け込んできたのだ。

 新ちゃん! と叫びながら。

 

 その時点で、老夫婦の正体は確定していた。

 

「もう……気づかれちゃったのは仕方ないけど、脅かさないでよ新ちゃん」

「ったく」

「まぁ、今回はしてやられたな有希子。阿笠博士を味方に付けられた我々が不利だった」

 

 もはや演技を止めた老夫婦は、それぞれの顔に張り付けていたマスクを脱ぎ捨てた。

 マスクの下から現れたのは、世界でもトップクラスの推理小説家と、その妻である大女優。

 つまり、工藤新一の両親である。

 

「それで? なんでわざわざこっちに来たんだよ」

「おや、聞いていないのか? お前も知っているだろう? 明後日の『コクーン』完成披露宴に出席するためさ」

「コクーン? あれって……ああ、いや、そういえば最初はゲーム機として開発されたんだったか」

 

 コナンからすれば、アレはゲームというよりは一種のスパコンだった。

 物理演算はもちろん、気温や風向などの気象情報に海流、海温などの環境情報などのデータも蓄積されて、実際にそれを可能な限り高い精度で組み込んだ疑似体験を可能とする装置。

 実際には難しい、強い痛みや怪我を伴う可能性がある実践的な訓練でも、まずはその装置で試すことで事前に準備が可能だった。

 

 浅見透も当然この恩恵を強く受けていて「この装置なら何回でも死ねるし体と脳を痛みに慣らすこともできるし便利でいいわぁ」と、例えばどのくらいの高さからどういう場所に落ちれば自分は死なずに着地できるのかといった、限界値を見極めるようなシミュレートを痛覚設定そのままで行っている。

 

 なお、シミュレート内容のハードな設定を何度も依頼され、根負けしてしまった金山が真っ先にやったことはシミュレートルームへのAED設置と医療チームによる緊急救命班の待機要請である。

 

「彼の所有するコクーンは、どれも特別な改良や調整、あるいは増設されている。単純なスペックではあの事務所のコクーンの方が圧倒的に上だろう。開発主任の樫村からも、そう聞かされている」

「俺も一度経験したけど……ん? ちょっと待った」

「なんだ、新一」

「コクーンの件でこっちに来たんなら、あの中華街で俺達を襲った中国人は?」

 

 まだ老人の正体に見当がついていなかった間、コナンは浅見の車で、共に変装した優作を尾行していた。

 そうしてたどり着いた中華街のとある骨とう品店の奥で、彼と密談をしていた謎の中国人の老人を発見。

 

 ここまではよかったのだが、うっかり音を立ててしまったコナン目掛けて急に老人が青龍刀を投げつけ、とっさにコナンの盾になろうと飛び出した浅見が青龍刀を白羽取りで受け止めてしまう。

 

「あぁ、彼は取材対象者だよ。あの骨董品店の店主は、若い頃大陸で活躍した義賊の首領でね」

「滅茶苦茶いい笑顔で棍構えて襲い掛かってきた時は、奴らの仲間なんじゃねーかと焦ったじゃねーか!」

「いやぁ……尾けられているのには気付いていてね。当然そのままあの店に忍び込むだろうと予測していたから、ちょっと脅かしてくれないかと頼んだんだが……」

「まさかいきなり青龍刀ぶん投げるとは思わなかった」

「加えていうなら、お前の助手君が飛び出してきて、無傷で受け止めた事も想定外だった」

 

 多分、一番予想外だったのはあの中国人のおっさんだったろうなぁ、とコナンはあの時のことを思い出していた。

 受け止めた青龍刀をクルリと回して自然に構えた浅見透の姿に、義賊時代の血が騒いだのか近くに転がっていた棍を足で拾い、構える老人。

 

 そこから始まったのは突然のカンフー映画のワンシーンだった。

 斬ろうとはせずとも、得物を上手く使って棍を叩き落そうとする浅見透。

 踊るような浅見透の斬撃を最小限の動きで受け流し、隙を見て急所を突いて気を失わせようとする老人。

 

 繰り広げられる大激闘。

 

 技と技のendless battle。

 

 帰ってこいミステリー。

 

「いやぁ、一時はどうなるかと思ったが、お前が無事に退避したのを確認して彼も綺麗に撤退したし、あの老人も思わぬ一戦を非常に喜んでくれてね。おかげで取材がはかどったよ。彼には改めて、礼を言わねばな」

「喜んだのかよ!?」

「あぁ。義賊時代でもあれほどの使い手は滅多にいなかったとね。次回作の『ナイトバロンvs謎の中国人』は傑作になりそうだ」

 

 本当にそれ傑作になるんだろうな? という疑惑の目を送るコナンに、優作はコホンっと咳ばらいをして、

 

「まぁ、なによりお前が心配だったというのがあった。……先日のヴェスパニアの件といい、この数か月でお前の周囲でとんでもない事件が多発していたからな」

「そうよ? 新ちゃん電話で事件の事聞いても、『大丈夫』としか言わないじゃない」

「それじゃあ、グルニエの窓から覗いてた望遠レンズ付きのカメラはなんだよ?」

「あら……バレてた?」

 

 コナンと一緒に尾行している間、変装していた有希子と話しながら観察していた瀬戸瑞紀からその考察と推理を聞いて、おおよそ工藤家の家族だろうと踏んだ浅見透はとっくに手を引いて溜まった書類やメールとの格闘に時間を費やしているためこの場にはいない。

 

「三階だからって窓開けっ放しにするなよなぁ。それもカメラ付けたまま。あんなんあっさり見つかるに決まってんだろ」

「だぁってぇ~~! せっかくだし、小さくなった新ちゃんの写真をい~~~~っぱい撮っておきたかったんだも~~ん!」

 

 もしこの場に浅見透がいたら、危機管理に関して数分悩んだ後に主人公補正という言葉にたどり着いてそういう物かと勝手に納得していただろう。

 

「それに、しばらく放っておいたらいつの間にか怪しい男が新ちゃんの助手とか名乗ってやりたい放題してるじゃない!?」

「やりたい放題って……むしろ、俺が役目を押し付けちまっただけっていうか……」

 

 元々は森谷帝二の爆弾事件に、江戸川コナンが浅見透と共に介入した件への咄嗟の言い訳だった。

 それがどこからか情報が洩れ、鈴木財閥相談役である鈴木次郎吉に目をかけられた所へのスコーピオンによる襲撃。

 

 事件に積極的に関わるようになった探偵事務所設立(強制)以降はともかく、浅見透が江戸川コナンに関わり始めたばかりの頃は本当に全部偶然だった。

 

「しかし、すでに彼は力を得た。あまりにも不自然な速度で、あまりにも不自然な方向に」

 

 だが、今では浅見透は流れを作り出せる男だ。本人が自覚しているかどうかはともかく、それは第三者の目から見て間違いのない事実である。

 

「探偵事務所の所長として大成し、今ではより優秀な人材を抱えて多種多様な企業を抱えて勢力を伸ばしている。本人は所長を自称しているが、実質は浅見グループの会長だ。それほどの存在が、なぜ、お前に献身的とまで言える協力を続けている?」

「それは! ……それは……」

 

 浅見透からすれば、協力は当然だった。

 江戸川コナンが事件を一つ解く度に、世界が次のステップへと進む可能性は高くなる。

 

 だからこそ、江戸川コナンという『小学生』が事件を解決するのに邪魔になるシチュエーションをことごとく排除するために、浅見透はここまで奮戦してきた。

 

 存在しないハズの江戸川コナンという人間を実在させるためのカバーストーリーの作成と定着。

 見た目が小学生であるため現場に入りづらいという彼のハンデを軽減するための捜査一課への根回し。怪しまれず、かつ嫌味にならない程度の顔通しと実績の喧伝。

 江戸川コナン自身に加えて周囲の人間の緊急事態に備えての装備や設備の購入、開発、研究。

 構築した情報網や、それによって入手した情報の迅速な共有と提供。

 いざという時の盾役。

 

 全て一文にもならない――というわけではないが、それでも江戸川コナンに関連する活動が大赤字なのは間違いない。それも、桁違いの。

 

 にも拘わらず、浅見透がそれらに関して手を抜いた事は一度もない。

 むしろ数か月に圧縮された年々を通して、更に力を加えている。

 

「新一、お前と彼が知り合ったのはつい数か月前だ。にも拘わらず、なぜ彼はそこまでお前の力になろうとするか、聞いた事はあるか?」

「い、いや……」

 

 休みが開いた時は阿笠博士と共に少年探偵団のメンツと共にキャンプや釣りに出かけたり、そして巻き込まれた事件を共に解決している。

 

 用事がない時は浅見透の事務所を冷やかして、待機している調査員と新刊の推理小説の話をしたり、解決した事件の話を聞かせてもらっている。

 

 気が付けば、浅見透とその周囲は完全に江戸川コナンの日常に、『当たり前にいる』人間になっていた。

 

「彼がお前の力になっているのは事実だ。それに関しては疑いようもない。だが、逆になぜそうするのか? それに関しては謎が多い。資金源や人脈、人材の入手法に加えて、ノウハウなど何もないハズの無名の大学生が、なぜ瞬く間にここまで組織を拡大できたのか。謎しかないと言っていい」

「…………」

 

 

 

「だから、直接会ってみようと思ったのだよ。謎と噂と――たくさんの功績だらけのワトソン君に、ね」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――ふん! いちいち言われんでもわかってるっつってんだろ! もう切るぞ!!

 

 

(おっとぉ、ドアの向こうから罵声が……。)

 

 グルニエの家に引っ越してきた謎の老夫婦に関しての一件は、コナンが昨晩決着をつけた。

 瑞紀ちゃんとも話していたが、予想通りとくに事件性や緊急性はないとの事なので、安心して明日の事について一応確認しておこうと毛利探偵事務所を訪ねたら……突然の罵声に迎えられている。

 

(電話越しの会話っぽいし、妃先生かなぁ)

 

「失礼しまーす。小五郎さん、酒とつまみ持ってきましたよー」 

「あ゛ぁん?! ……あぁ、透か」

「あ、お兄ちゃん! いつもごめんなさい……あぁ、もうテーブルの上吸い殻と空き缶だらけで……お父さんもちょっとは片づけてよ!」

「別に気にしないでいいよ蘭ちゃん。小五郎さん、適当に座っていいですかー?」

「馬鹿野郎、今更んな事一々聞くな。ご立派なパーティでもないのに座らねーで酒飲む奴がいるかぁ!」

 

 うーん相変わらずの対応で変な笑いが出る。

 昼に訪ねた時でもたまに飲んでるからな小五郎さん。

 そして問答無用で俺にも飲めって言ってくるから堂々とご相伴に預かれる。缶ビール万歳。

 

 ……あぁ、でも今は志保が自室にいるんだよなぁ。

 こ、コーヒーがぶ飲みしたら匂いとか誤魔化せないかな……。

 

 …………。

 

 いいや、とりあえず飲んでから考えよう。

 

「お、刺身残ってるじゃん。コナン、そっちの醤油皿使わせてもらっていいか? ありがとう」

「まだ何も言ってねーよ。……別にいいけどさ」

 

 おめーどうしたんだよ。朝から歯切れ悪いなこの野郎。

 

「あ、小五郎さん。明日のパーティ、酔いすぎないようにしてくださいね?」

「あぁん? んだよ、オメーまで英理みてーなこと言いやがって」

「明日のパーティ、途中で沖野ヨーコさんが歌うんで、下手に悪酔いしちゃうと彼女に迷惑が――」

「了解しました! 不肖毛利小五郎! 明日のパーティでは悪酔いせぬ事をここに誓います!!」

 

 この切り替えの早さよ。

 さすが迷探偵毛利小五郎。

 

 コナンとか蘭ちゃんは冷たい視線送ってるけどそういう所、自分大好きです。

 今度恩田さんと行く例のバニーガールクラブにこっそり誘うか。

 女の子可愛いし優しいし飯もまぁまぁだし酒がある。

 パーフェクト。

 

「にしても、英理って妃先生の事ですよね? なにかあったんですか?」

 

 俺がここに着く前まで電話でやり合っていたみたいだし、いつもの奴があったんだろう。

 

「あぁ、大した事じゃねぇよ。明日一緒に行くんだから、ちゃんとクリーニングした服は持っているのかとかヒゲは整えて来いとか色あせてないネクタイはちゃんとあるのかとか明日の飯で食べすぎたり飲みすぎたりしないようにとか細かい事をネチネチネチネチ……っ」

「ネチネチってなによー。お母さん心配してくれてるのに」

「余計なお世話って言うんだよアレは!」

 

(うっわぁ、身だしなみに関してはまんま七槻に言われてる事だわ……)

 

 ウチの場合だとクッション役のふなちとか家事やってくれる桜子ちゃんいるし、ガチで喧嘩らしい喧嘩したのって多分四国の一件の時のが最後だけど……。

 

 そういえば、例の盗聴器の件で七槻やふなちが俺の家に住みだすようになった時に真っ先に俺の家に追加されたものが姿見だったな。

 ちゃんとした服を着ろとネチネチ言われていたのを思い出す。

 

(他の人の服作るのは好きだし色合いとか考えるの好きなんだけど、自分の着る服選ぶのは面倒なんだよなぁ)

 

 ジャージとスーツ万歳。シワとか染みさえなければ普通に見えるから選ぶ事考えなくていい。

 

「おいコナン」

 

 あれこれ言っている蘭ちゃんの言葉を、焼き鳥の串を咥えながら聞き流している小五郎さんを尻目に、そっとコナンの耳を借りる。

 

「蘭ちゃんのあの感じからして、ちょっと前に小五郎さん、妃先生と直接会ってた?」

「あぁ。事件でちょっと……まぁ、解決した直後におっちゃんのファンの女子大生にデレデレしてまた喧嘩別れだったけど」

「……ひょっとしてだけど、その出会った切っ掛けって蘭ちゃんが小五郎さん……いや、二人に内緒でセッティングしたんじゃない?」

「大正解」

「……上手くいく訳がないんだよなぁ」

「うん、ない」

 

 蘭ちゃんはやり方が下手すぎる。何がしたいかは分かるがなぜそうしたとツッコみたくなることが多すぎる。

 

(メインがコナンと組織の話なら、小五郎さんと妃先生の復縁はそれにきわめて近いサブなんだよなぁ)

 

 進むかどうかの確証はないが、二人の仲の改善を手伝う価値はある。

 そもそも、妃先生の所には九条検事共々日ごろから滅茶苦茶世話になっているし……。

 

 娘の蘭ちゃんがサプライズとかやっても面子で上手く動けないだろうし、う~~~む。

 ……まぁ、やるだけやってみるか。

 

「明日せっかくお母さんと食事するんだから、あんまりヨーコさんにデレデレしないでよ?」

「ったくうるせぇなぁ。せっっっかくヨーコちゃんに会えるってのに話しかけないわけにはいかねーだろがい!」

「この間みたいにお母さんを怒らせるような事はしないでって言ってるだけじゃない!」

 

 うーん、見事なバッドコミュニケーション。

 まぁ、こういうのって身内だからこそ難しいんだが。

 

「まぁまぁ蘭ちゃん落ち着いて。小五郎さんも、その缶もう空いちゃってるでしょ?」

 

 さっきから喉が全然動いてないし、中身はもうないけど席を立って新しい缶取りに行くのもバツが悪いけど手持ち無沙汰でとりあえず飲むふりしていたと見た。

 

「ほら、とりあえず一杯やって……」

「お、おお、悪いな透」

 

 とりあえずもう少し飲まそう。

 蘭ちゃんのお小言でちょっと酔い覚めちゃってるし。

 

 さて、どういう方向で攻めるかな……。

 まぁ、とりあえず酒飲みながらタイミング計るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 三時間後 ――

 

 

 

「別になぁ……喧嘩してぇわけじゃねぇんだよ」

「ええ、ええ」

「だけどよぉ、これまでのやり取りとか娘の前とかそういうのがあるとよぉ……」

「分かります分かります。大体が引けない状況になっちゃってて、つい強く出ちゃいますよね」

「そうだよ! そうなんだよ!」

「そういう……まぁ、なんというかチャンスがあって、それをキチンと物にしようと頭で計算してても大体横やり入って狂いますしねぇ」

「透ぅ……おめぇはいいよなぁ……。周りにいる女は皆優しそうでよぉ……日頃からちゃ~~んとお前の面子立ててくれてぇ……」

「いえ、家の中に入った途端にヒエラルキー変わるんすよ」

「……頭、上がらねぇか」

「上がりませんねぇ」

 

 

 

 

「蘭姉ちゃん。なんかあそこだけ急にオジサン臭くなったんだけど」

「…………そうだね」

 

 

 

 

「透ぅ……なんかいい手はねぇのか。俺ぁ、お前以上に女の扱い上手いヤツ知んねぇぞ……」

「いや、俺いつも振り回されてるんですが」

「なに言ってやがるテメェ……この間だって佐藤刑事と二人で飲んでたじゃねぇか」

「いいえ、あの人間違いなく人を都合のいい抱き枕か人力馬車だと思ってます。絶対。……酔いつぶれたあの人警察宿舎の部屋まで見つからないように運ぶのクッソ大変だった……」

「馬鹿野郎、男だったらそこでグッと踏み込めぇ、グッとぉ……ヒック」

「いや、覚悟無しに踏み込んだら捜査一課の野郎どもに事故死させられますんで」

 

 

 

 

「ねぇ、コナン君」

「なに、蘭姉ちゃん」

「この前、見たことある刑事さん達が、お兄ちゃんの事務所の前でスゴい怖い顔して(たむろ)してたのってひょっとして……」

「見なかった事にした方がいいよ、蘭姉ちゃん」

「……そうだね」

 

 

 

 

「ただ、そうですねぇ。明日の雰囲気を壊さない方法は多分あると思いますよ」

「……ちなみにどんなんだ?」

「知りたいですか?」

「…………」

「小五郎さん」

「おう」

「知りたいですか?」

「……………………ぉぅ」

「じゃあ、はい」

「……なんだぁ、その手は」

「千円」

「なにぃ!!?」

「千円です」

「金取んのかテメェ!?」

「大切な情報にして、かつ小五郎さんの今後を決めかねない指針ですよ? 情報提供者としての責任を持つためにも金銭での取引という形が一番適しているかと」

「こ、このやろ……っ」

「で、どうします?」

「…………っ」

「小五郎さん」

「……きっさまぁ……っ!」

「どうします?」

「……くそぅっ! 持ってけぇいっ!」

 

 

 

 

「財布じゃなくてお尻のポケットから生の千円札取り出したわ。うわ、しわくちゃ……」

「……多分、おじさんのいざっていう時の予備金じゃないかな」

 

 

 

 

「毎度ありがとうございます」

「それで……お前ならどうするんだよ?」

「簡単な事です。いいですか、今から言う三つの事を常に頭において行動するんです」

「……三つ」

「ええ、三つ。女性が求めているのは愛情とやさしさと気配りの三つです」

「……愛情、やさしさ、気配り」

「そうです、それを頭の片隅において、自分が行動を起こす前に一歩立ち止まるんです。それで一番厄介なシチュは大体解決します」

「…………」

「…………」

「……それだけ?」

「はい。簡単でしょう?」

「そうだな。ウッハッハッハッハ!!」

「ハッハッハッハッハ」

「…………」

「……小五郎さん」

「おう」

「その手はなんです?」

「千円返せ」

「嫌です」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

 

――てんめぇっ! 金持ちの分際でなにせっこい真似してんだ!!

 

――何言ってるんですか俺今これ以上ないくらい誠実に答えたじゃないですか!! これは正当な報酬です!!

 

――あんな小学校の道徳授業でふわぁっと出てくるような単語三つでどうにかできるんならとっくにどうにかなってるわぃ!!

 

――小学校の先生に謝ってください小五郎さん!!

 

――まずお前が俺に謝れ!!

 

――やだ!! 俺悪い事してないもん!!

 

――貴様ーーーーーっ!!!

 

 

 

 

「お、お兄ちゃん……」

(くっだらねぇ……)

 

 

 

 




なお、浅見は結局事務所に泊まった模様


忘れていた。予告していた追加コラム

〇『米花町グルニエの家』
アニメ:file418(アニメオリジナル)

当時なんかすごい好きだったアニオリ回。
……というか、アニオリで工藤夫妻が出てきたのってこれだけなんじゃなかろうか??

歩美ちゃんからコナンへの強烈なアプローチに始まり夢砕ける元太光彦両名。
そういえば元太はうなぎ一筋になって、光彦も灰原さん灰原さん言い始めて歩美ちゃんにアプローチかける描写完全に消えましたね

元太はまぁ、いかにもな食いしん坊キャラだから分かるんだけど光彦君はキミ大丈夫?
気が付いたら一番のマセガキになってない? 年がもうちょっと上だったらnice boat要員になりかねないよ??

……やっぱりアレだ。天国へのカウントダウンでのあの相談がアカンかったんや。

そして出てくる謎の中国人。
まずなぜ日本にいるのかもそうだけど工藤先生、ミステリー作家として『ナイトバロンvs謎の中国人』というC級臭いタイトルはもうちょいなんとかなりません???





本来だったら存在しなかった工藤ママに妃先生も追加しての、次回ベイカー街開幕。


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ベイカー街の亡霊編
131:コクーン完成披露パーティー(副題:嵐が吹く直前)


「やっとパーティまで漕ぎついたね……透君」

「シンドラー社、最近のウチ並みにサイバー攻撃されて大変だったみてぇだな」

「ここしばらく旦那様も越水さん、ふなちさんも中々自宅に帰れませんでしたものねぇ」

「幸さんや桜子ちゃんがいてホントに助かった……。幸さんがいなかったら桜子ちゃんに付き人頼んでたかもしれないし、そうなったら家事関係マジで哀に頼むことになってたかもしれん」

 

 相変わらずすまし顔の哀こと志保は、平然と俺の横を歩いている。

 ……いや、今ちょっと自慢気に笑ったな?

 

「哀ちゃん、一通りの家事キチンと出来るもんね。料理も味付けキチンとしてるし」

 

 でも桜子さんの言う通りな。元々面倒見のいい性格だから楓の事も見てくれているし。

 ロシアというか枡山の件もあるからもっと俺がコイツに気を配らないといけないのに、ついつい志保に頼ってしまいそうになる。

 

「出来るだけで、桜子さんや……悔しいけどこの男の腕前には遠いから」

 

 おう、亀倉さんから教えてもらってるからまだまだ腕上げて見せるわ。

 誕生日のイベントの気配感じたら色んな意味でのお祝い兼ねてケーキ含めたフルコースを桜子ちゃんと一緒に振舞ってやろう。

 

 つっても肝心な時に仕事入るから前みたいに俺が家で腕ふるう機会激減しちまったけど。

 三人で住んでた時の当番制だった頃が懐かしい。

 

 もう俺に出来る事は枕役だけだ。たまに噛まれるけど。

 

「にしても、思っていた以上に来ている面子が豪華だな……」

 

 ワインやカクテルがすでに注がれているグラスを乗せたトレイを手にして会場のあちこちを歩き回ってるウェイターから一つグラスを取り、口にする。

 ……やべぇな。

 このパーティ、かなりのレベルの料理人やバーテンダーを雇ってるはずなのに、この間の事務所飲みで安室さんが作った同じカクテルの方がはるかに美味ぇ。もう安室さんが厨房かバーカウンターに立てよ。

 あの人マジモンのパーフェクトオールラウンダーになりつつある。

 また料理出来る面子集めて食事会やってみるか。元太達も集めて色々仕込んでみよう。

 

「与党政治家の方々に財界のお歴々……それに警視副総監……ゲーム機の発表会に集める面子じゃあない気がするんだけど、透君どう思う?」

「お偉いさんの顔合わせにちょうどいい肴だったんだろ。ついでにこの中にゃ家族と日頃あんまり顔を合わせないって人もいるだろうし、子供がいる人の家族サービスにはちょうどよかったんじゃないかね」

 

 割と真面目に、お偉いさんから家庭内の案件持ち込まれるの多いよなぁ。

 奥さんか旦那の浮気とか、子供の素行に関しての調査だとか。 

 

「特に今回はシンドラー帝国のドンに鈴木財閥の関係者も来てる。そりゃあ注目されるわな」

「あの……鈴木様も確かにあちらで注目されてますが、同じくらい旦那様もすっごく見られているような……」

「無視して桜子ちゃん。向こうから声をかけに来た奴にだけ対処すればいいから」

 

 強いて言うなら警察とかメディアの関係者にはこっちから挨拶しておくべきか。

 こっちから積極的に協力する必要がある警察はもちろん、意外なほどこちらに協力的な日売テレビとかとの縁は大事にしたい。

 まぁ、牽制も兼ねているわけだけど。

 

「あ、あとこっちから目を逸らしたりあからさまに距離取った奴は要チェック。即リスト入れて」

「こっそり調査して不審な所があったら、後日警察とか公安の方と協力して内偵入れるって感じ?」

「大正解」

 

 最近アチコチで裏金が動いてると思われる痕跡があるし、最悪それが枡山さんの所と繋がってる可能性だってあるから資金源の可能性があると見たら速攻チェックしなくちゃならなくなる。

 捜査二課の人たちとは最近マジで連携取ってる。

 下手したら捜査一課よりも親近感湧いてるかもしれん。

 

 ひょっとしたらついでに例の黒づくめの組織の奴らのが引っかかるかもしれんけど、それならそれで最終兵器コナンの出番が来るからドンと来いだな。

 

「にしても哀、お前探偵団と合流しなくていいのか?」

「今は子供の私がここにいた方が適度な虫除けになるんじゃない? 貴方と越水さんだけだと、顔つなぎをしたがってる人達がわらわら寄って来て鬱陶しくなるじゃない」

 

 子供がする気遣いじゃねぇ! いやお前子供じゃないけども!

 

「パーティ終わるまでには絶対に顔合わせる事になるんだけど?」

「一度に来られるよりはマシでしょう? まぁ、沖野ヨーコのステージが始まる頃には江戸川君達と合流するわ」

「あぁ、まぁ、妥当な所だけどさ」

 

 歌手が大音量で歌う所でわざわざ顔覚えてもらいに挨拶してくる奴はあんまおらんだろう。

 計算できる(したた)かな奴ならなおさら。

 

『……ねぇ、透君』

 

 相変わらずツーンと澄ました顔で俺の横をキープしている哀が色んな意味で頼もしすぎて敬意を抱いていると、七槻が耳元に口を近づけて、

 

『哀ちゃん、大丈夫?』

『? なんか変わった?』

『ロシアの一件以降、君には偉く懐いてるから君が一番分かると思うけど……ほら、ふなちさんが一緒に寝ていた時はしがみつかれたって言ってたし』

 

 おっふ。志保の奴そこまでだったか。

 そういや、前にこんなパーティに参加した時は俺の足を、見えないよう姑息にゲシゲシ蹴ってたけど今日はそんなん一切ないし、ちゃんと手ぇ握って大人しく付いてきてるな……。

 

『まぁ、自分で言うのもなんだけど……今の枡山さんとサシで話して顔色変わらないのってマジで世界中で俺一人だと思う。あの人、多分今は俺と同じような人間のハズだから』

 

「哀ちゃん、透君に困らされたら、どんなことでもすぐに話してね?」

「君は家族なんだから、透君の馬鹿な感性に振り回されていると感じた時は言うんだよ? 僕がシバくから」

 

 

 

 

 

「君ら急に今まで以上に哀に優しくなったじゃん。……おい、そこの小娘。何を二人に耳打ちをしておる。待て、待ちなさい、待ってくれ話せば人は理解し合えるんだ。いくら出せばいい?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふなち……あそこなんか揉めてるっぽいんだけど」

「お気になさらず千葉様。あれはいつもの小芝居ですので。ねえ、幸様」

「……私の口からは何とも……ただ、まぁ、ええ。気にされなくてよろしいかと」

「へ、へぇ……」

 

 ふなちこと中井芙奈子は、刑事の千葉と浅見透の秘書と共に料理をつついている。

 秘書の日向幸はともかく、この二名はただ料理を楽しむためだけにここに来ていた。

 なお、千葉を誘ったのはふなちだ。

『食物』と『特撮』のどちらかが関わる事ならとりあえず呼んでおく枠に入れられた千葉。

 

「にしても、まさか僕が誘われるなんて思ってなかったよ」

「まぁ、警視庁の皆様には散々お世話になっていますし。本当は捜査一課の皆様もご招待したかったのですが……」

 

 実際、白鳥や高木、佐藤や目暮といった浅見がよく飲みに誘うか誘われている面々にも浅見や越水は声をかけていた。

 

「さすがに刑事が仕事場空っぽにするわけにはいかないしね。でも由美さんは? 確か今日は休みだったし、浅見君の一番の飲み仲間じゃあ……?」

「今日が休みだからって昨日恩田様や初穂様と麻雀しながら滅茶苦茶飲まれたらしく、今日は一日中ダウンしてらっしゃるそうです」

「由美さん……。っていうか、あの由美さんと一緒に飲んで、あの二人よく平然としてるね」

 

 千葉はチラリと政財界の著名人を相手にそつなく挨拶をしていく恩田と、その横でその補佐をしている鳥羽と見慣れぬ外国人――リシの様子を確認する。

 

「お二人とも飲み方上手いですからね。特に恩田様は相手に酔い潰されないよう、かつ飲んでいないとも思われないように上手く調整できますわ」

「そんなテクニックあるの!?」

「交渉の場では、やはり酔わせてから自分に有利な言質を取ろうとする相手もいるので、防衛策としてあれこれ試して練習するから協力してくれとおっしゃられたことが何度か。飲んでる姿を自分で録画録音して、見直して不自然だと思った箇所をメモ取りしたりとか」

「そんなことまでやるんだ……」

「まぁ、私達からしたらホームビデオの固定カメラ版みたいなものですが」

「……毎回思うけど、君たちのプロ意識というか……仕事への取組みはすごいね。頭が下がる思いだ」

「プロ意識と申しますか……。ウチの透様とか安室様のような天才肌と違って恩田様は努力型ですので」

 

(あぁ、そういえば白鳥さんがポロッと零してたな。休日に知人と河川敷でシャトルランとかしているって……)

 

 最近少しづつ身体が引き締まってきた職場の仲間の姿を思い浮かべた千葉は、そっと自分の身体を見下ろす。

 

「ふなち、こっちのローストビーフ食べる?」

「いやそれ千葉様が取ったもので……というかいきなりどうしたんですか千葉様」

「いや、ちょっと健康に気を遣おうかと」

「……パーティ会場でなぜ唐突にそのような感想に?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう、透の奴も遼平も忙しそうじゃねぇか……」

「当然でしょ。あの子たちは探偵業以外にもたくさん仕事がある企業人よ。こういうパーティだって、あの子達にとっては仕事の場。お昼から飲んだくれている、アナタのようなぐーたら探偵とは違うのよ」

「なにぃ~~~!?」

「ちょっとお母さん、やめてよ。せっかく家族揃ってこれたのに」

 

 

 鈴木園子の招待でパーティに参加した毛利小五郎と娘の蘭、居候の江戸川コナン。

 浅見透が、普段もっともお世話になってる法律事務所の所長として招待した妃英理。

 

(あ~あ、やっぱりこうなったか)

 

 別居している夫婦は、出会って早々火花を散らしていた。

 

「貴方も見習って、一つでも多く仕事をもらってきたら? 最近は随分と暇してるそうじゃない」

「誰が暇してんだ! 俺は名探偵、毛利小五郎だぞ!」

「あらそう? それじゃあ、浅見透から回された以外の仕事ってどれくらいの割合なのかしら?」

「ぬ……っ! ぐ、ぐぐぐぐぐぐっ!!」

 

(自前で来た依頼って、確かちょっとした金持ちのおばさんの飼い猫探しだっけか。帰り道で事件発生したけど、仕事ではないよなぁ。解決したのも俺だし)

 

 コナンがここ最近の毛利探偵事務所の仕事を思い返すが、大体は浮気調査や逃げてしまったペットの捜索といったものがほとんどだ。

 

(ひょっとしたら少年探偵団の方が殺人に関わってるんじゃねぇか、最近?)

 

「ま、まぁ……あれだ」

「なによ」

「…………」

「?」

「こ、こここうして家族が顔揃えて飯食うのも……アレなんだし……」

「アレなんだし?」

「……一緒に飯でも」

「貴方自分で顔揃えて飯食うのもって言ってるじゃない。何が言いたいの?」

「ああ、いや、だからな……。たまには……こう、まっすぐ向き合ってだな」

「はぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「コナン君、あれって……」

「うん、多分昨日の三つのアレを実践しようと思ってるね」

 

 

 

 

 

「……後でお兄ちゃんに千円返すように言っておくわ」

「そだね……」

 

 

 

 

 

「そういえば園子ねーちゃんは?」

「園子なら、久々に会えた京極さんにベッタリして散々困らせてるわ」

「……どいつもこいつも」

 

 

 



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132:凶刃

「最後のコクーンのメンテナンス以来になりますね。お久しぶりです浅見探偵、コクーン開発責任者の樫村です」

「ええ、お久しぶりです。いつも無茶を聞いてもらってすみません」

 

 俺と七槻がそつなく参加者の挨拶に対応して、桜子ちゃんがフォローして長引きそうなら哀の子供ムーヴで適度に切り上げて早めに撤退。どうにか時間には間に合った。というか相手が少し遅くなってた。

 

「遅くなって申し訳ない、聞き分けのない子供がいたので、注意していたら少々時間がかかってしまいまして」

「子供? ひょっとしてこちらの――」

「ああ、いえ、違います。むしろ貴方の影響を受けた子供たちは皆元気はあれど礼儀はキチンとしておりました。特に、貴方の側に控えていた少女は素晴らしい。他のお偉方も、御自身のご子息にはキチンと公衆道徳くらいは教えてもらいたいものです」

「ええ、まぁ……あの子は以前苦労していたためか、預かってからは大変聞き分けのいい子で。……出来るならもう少し甘えてくれてもいいと常々……」

 

 嘘である。

 確かに聞き分けはいいが同時に恐ろしく我がままだし口うるさいし最近じゃあ酒だけじゃなくカロリーも計算され始めてるしそもそもアイツ子供じゃねぇし。

 

 ただまぁ、ちょうどいいからこの機会にアイツのカバーストーリー補強しておこう。

 灰原哀は、以前はアメリカの日本人学校に通っていたが、アメリカの人気子役、グレース・アイハラに顔立ちから育ちまでそっくりだったせいでイジメに遭っていた所、資産家の両親が事故死。

 そこで、ちょうど両親から相談を受けていた鈴木相談役を通して浅見透が預かった。……という形になっている。

 これを一応の真実としたうえで他にも数本、裏が取れそうで取れない下世話な噂を何本か流している。

 

(ハッキリ言わなくても、それとなく匂わせておけば雰囲気で皆都合のいい方に信じてくれるだろう。組織が裏取り始める可能性もあるけど、その場合は確実にこっちの網に引っかかるし)

 

 コナンもそうだけど、小さくなった人間はどっかで組織の人間に見つかる。あるいは見つかりかかるイベントは絶対にあるハズ。

 特に志保の場合は組織からの逃走者だ。

 絡む話は絶対にある。

 薬の作成者って話も含めると、見つかるのは体が戻る時と見た。

 

 そのタイミングを見極めれば、上手く組織を釣り上げて情報を入手できるかもしれん。

 あるいは組織絡みで死亡フラグあるかもしれん志保の代わりに、とりあえず俺が死にかければなんとかなるだろう。

 多分、『灰原哀』は大丈夫だろうけど『宮野志保』の時はどうなるか分からん。

 

 ……樫村さん? なんかすっげぇ温かい目で見られても困るんですけど。

 

 なんか微妙な空気になったと思ったら、外から変な金属音がした。

 一緒にしたのは……ゴムの弾む音? 誰かこのお偉いさんだらけの室内でボール遊びやってんのか。生き方ロックすぎるだろ。

 

「あの子供たち、また懲りずに……」

「ひょっとして、ここに来る前に注意したという?」

「ええ……。有名狂言師や銀行の頭取、果ては警視副総監のお孫という話ですが……。目を覆いたくなりますね」

 

 あーーー、そういうタイプの子供。しかも複数か。

 三人組の生意気な子供……。で、こっからはコクーンのテストプレイ会。

 ……んんん??? パーツ的にこれと殺人が組み合う?

 

(どういう方向になるんだコレ?)

 

『メアリー、ジョドー、不審物の気配は?』

『ない。会場はクリーニング直後と全く変わらない』

『旦那様、こちらもでございます。不審なモノは発見されておりません』

『……わかった。そのまま警戒を続けてくれ』

 

 爆発物なし、か。 

 コクーンみたいな大掛かりなものが関わってくるなら『恒例の爆弾祭り! 殺人もあるよ!』の合図だと思ってたんだけど……派手になる要素がコクーンそのものしかない。

 

(……となると、今回はコクーンの中での殺人?)

 

 確かにコクーンならド派手な爆発とか施設の崩壊とか思うままに出来る。

 ただ緊迫感が出るか? ストーリー的に。

 うーん……。樫村さんに例のシステム渡したら、すぐに金山さんと合流して一応システムチェックしておこう。

 事件を解決しなければ全員死亡みたいな変なゲームを仕掛けられるみたいな可能性もある。

 その場合、そんな遠まわしなテロやる奴は一体誰なのかって話になるけど……。

 

「ともあれ樫村さん、こちらが例のシステムプログラムです。お受け取りください」

 

 枡山さんから面倒な紆余曲折を受けてこちらに届いたDNA探査プログラム。

 そしてそれに対して注意を払っている樫村さんとトマス・シンドラー。

 こっちも火種の予感はするんだけど……。

 

(コクーンが関わらないルートは多分ない……と思う。参列者の豪華さから見ても、ちゃちな殺し程度じゃあない……ハズ)

 

 もしこの面子で舞台がゲーム会場じゃなくて豪華客船とかだったら、間違いなくタイタニックよろしく沈没するわ。

 お偉いさんっていうのはこういう現場じゃ緊迫感出すためにビビって取り乱すのが当てはめられた『役』のハズ。

 あんまこういう言い方もどうかと思うが、なんか偉そうな人があたふたするか、あるいは怖がる姿ってのは娯楽の中にありふれている。

 で、今回の舞台を構成するパーツを考えると……

 

(やっぱ子供か?)

 

「浅見探偵、これをあの枡山会長――失礼、元会長から渡されたというのは本当なのですね?」

「えぇ。口にすることはできませんが、ある人物の血筋が物事を左右する事態が起こりまして……その揺さぶりのために出元を偽装して私に……」

「……もしや、ロシアの一件は」

「どうか、詮索はご遠慮願います」

 

 夏美さんの一件に関しては完全に部外秘。ウチの中でも最重要機密事項だ。

 変に血筋の事がバレる――というか広まると面倒な事になる。

 

「……分かりました。これ以上は詮索いたしません。」

「感謝いたします。それで。こちらが本題のモノなんですが」

 

 DNA探査プログラム。先日の電話での話し合いの時に樫村さんから是非にと言われて、コピーはしてある。

 これ、正直すっごい便利なんですわ。

 元鑑識の槍田さんも絶賛していた一品。ウチの戦力になりうる物なら確保しておきたい。

 

 樫村さんも、こっちが持っていた方が何かと役に立つハズだと言ってくれた。

 

「あぁ、コピーの方で結構です。物は変わりませんし、一番使うだろう貴方がたが持っていてください」

「えと……よろしいのですか?」

「ええ、複製といいご迷惑をおかけしますが」

「? いえいえ、こちらにとっても有益なものですし……ですが、よろしかったので? 大切な商品だと思っていたのですが……」

「いえ、それは私の作品ではなく……」

 

 

 

 

 

「息子の遺作なんです」

 

 

 

 

 

 鈴木家の面々といい、一応は二十歳(ハタチ)の若造にクッソ重いモンほいほい渡すの、皆止めません?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「というわけでとりあえず話は終わり。いったん樫村さんがシンドラー社長と二人で話し合うから、パーティ終わったらうちのコクーンの事も含めて改めて話を聞きたいってさ」

「思っていたよりもあっさり終わったわね」

「……なぁ、紅子さ」

「なにかしら?」

「せっかくのパーティなんだし、別にいつものスーツでなくてもよかったんだぞ? なんか皆着こんできてるけど」

 

 樫村さんと別れたあと、見回りも兼ねてあちこちで色んな人に挨拶している所員の様子を確認しに行ったら、真っ先に紅子が目に付いた。

 まさか一人でいるとは思わなかったな。

 おかげで色んな人に声かけられてたけど。

 

「あら、今回の主役はあの機械仕掛けの繭でしょう? 私が着飾る時は自分が主役の時だけよ」

「そうなの?」

「えぇ。だって主役を超えて輝く美女……なんて、悪趣味でしょう?」

「……いい性格してるよ、お前ホント」

 

 スーツ姿でも、そうやって壁に背を預けて腕組んでるだけで絵になる女だから尚更だ。

 黒羽君も来れればよかったのに。

 

「ところで、瀬戸さんはどうしてるの?」

「あぁ、お偉いさんのお孫さん達の中に瑞紀ちゃんのファンがいたらしくてね。ほら、下のレストランに来た時のショーで」

「あぁ、マジシャンとしてね?」

「そそ、で、今真純と瑛祐君を助手にして即興劇やってる」

 

 今では完全にウチの主力の瑞紀ちゃんだけど、やっぱり根っこはマジシャンだ。

 外から見れば一発で分かる簡単なコインマジックでも、目の前で喜んでくれる子供たちのために全力で演じていた。

 真純も彼女の事を気に入っているし、瑛祐君はこっちに来たばかりの頃から瑞紀ちゃんとは仲が良い。

 

「今度ご褒美に舞台の仕事増やしてあげなさいな」

「それご褒美になるの?」

「えぇ、大喜びするわ。きっとね」

「そうかぁ。でもここ最近仕事で大分疲れてるみたいだしなぁ。……黒羽君と組ませたら負担減るかな?」

「駄目よ止めなさい。それだけは絶対に止めなさい」

「……ダメ?」

「良くないことになる」

「そんなに?」

「黒羽君が死んじゃうわ」

「そんなに!?」

 

 死ぬレベルとかマジかよ。

 理由を聞いてみたいけど、瑞紀ちゃんと紅子が二人とも気に入っている黒羽君だしなぁ。

 深い所まで踏み入って馬に蹴られるのは勘弁だ。

 下手に足突っ込んで泥沼化とかしたら、俺首吊るレベルで後悔しちゃう。

 

 紅子に瑞紀ちゃんに青子ちゃんか。黒羽君もやるなぁ。バレンタインでも死ぬほどチョコレートもらってたし。

 これで探偵要素あったら、黒羽君を主人公とみなして活動してたわ俺。

 

「貴方はこれから、例のサプライズの用意?」

「あぁ。俺がこうやって顔を売るような仕事をすることになるとは思わなかったな」

「そういえば貴方、ただの学生だったときは人気なかったの?」

「大学時代の写真を見た園子ちゃん曰く、センスの方向が異次元に向いてたらしい」

「……なるほど、素材を壊していたのね」

 

 なんかすっごい納得したのかうんうん頷いた紅子が、目でいつもの合図をするので少し屈むと頭に手を置かれる。

 珍しく気合入れて髪をセットしてもらったのに気付いてるのか、崩さないようにそっと撫でられる。

 

「……もう、これは必要ないかもしれないわね」

「? なんで?」

「やっと貴方の顔を見ることが出来るようになったもの」

「待ってそれどういう意味」

 

 え、なに、今までどういう風に俺が見えてたの?

 

「見るに堪えなかったわ」

「……腹を切って詫びればよろしいのでしょうか」

 

 まさかそこまで酷かったとは。

 俺を美容院に叩き込んでから時間が合う時は服とかアクセサリー選びに付き合ってくれる園子ちゃん達にはマジで感謝しかない。

 

「気にすることじゃないわ。……でも、ちょっと顔色悪いわね。昨日はちゃんと寝た?」

「い、いえ、それはあの――なんかもう本当に申し訳ありません……」

 

 でもってこの子は、俺が入院するたびに必ずお見舞いに来てくれるし色々察してくれるしで世話になりっぱなしで……。

 

 いかんな、仕事で年上の安室さん達に面倒見てもらうのはまだわかるけど、私生活面の半分を高校生に面倒見てもらってる……。

 いつも気付いてしっかりしようと意気込むんだけど、気が付いたらまた世話になってるな畜生。

 

「舞台に上がる前には服装チェックしてもらいなさいね? 気が付いたらネクタイがずれている、なんてときあるんだから」

「ん、その時は幸さんが側にいるハズだから見てもらうわ」

 

 そういうと、満足したのかまた小さく頷いて、綺麗な髪をかき上げる。

 

「それじゃあ、私も少し辺りを見回ってくるわ。貴方もスケジュールに遅れないようにね?」

「お前は俺の母さんかよ。ん、ちゃんと気を付ける」

「食事しないわけにはいかないでしょうけど、出る直前には軽くで良いから歯は磨いておきなさいよ? 壇上で話す時に目立つものが歯についてたら大恥よ?」

「ホントにお前母さんかよ!? いや俺母さんよく分からんけども!!」

 

 ちゃんと身だしなみのセットは間違いなく持ってきてるわ! 幸さんが!

 普段から俺の生活把握してる人だぞ必要なモノ全部何も言わずとも用意してくれてるわ!

 

 ……何も言わずに頬っぺた全力でひっぱるの、止めてもらえません?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「では、狙いはコクーンのデータですか?」

『そうだ』

「……ゲームの方ならば、待っていれば購入できるだろう?」

 

 それなりの地位を持つ人間にとって、他の人間との顔合わせは大事だ。

 ここに来ている人間のほとんどは、どのような人物が来ていて、どこで誰と談笑しているか把握しているだろう。

 

 逆に言えば、そういう人間の目がまったくない場所だって存在する。

 安室透とマリー・グランがいるのは、そういう場所だった。

 安室は携帯電話を耳に当て、マリーはインカムを付けている。

 

『分かっているだろう、キュラソー。欲しいのは奴らの方のコクーンだ』

「…………ガードが固いぞ、ジン。数こそ激減しているとはいえ、カリオストロ最暗部を相手にすることになる。あまりにもリスクが高い」

「キュラソーの意見に賛同します。ジン、貴方も分かっているでしょう。真っ向から相手をするにはリスクが高すぎる」

 

 否、今二人は『バーボン』と『キュラソー』として動いていた。

 

「それに、今はベルモットの事だってある。うかつに刺激するのはこちらにとってマイナスなのでは?」

 

 ベルモット。組織の中でもっとも隠密行動に適した変装,変声術の達人。

 組織にとっても重要な地位にいた女は今、記憶を失い、ただの女として浅見探偵事務所にいる。

 

『あのお方もラムもあの男を恐れているが、手を出さねば差が開くだけだ。そのためにも奴の喉元に近づく鍵を一つでも手に入れておきたい』

「それでコクーン、か」

『そうだ。お前たちの報告を分析した結果、この短期間で使える人材を作っている要因の中で最もデカいのはコクーンだと判断した』

「なんだ、ジン。今更兵隊集めてお勉強会でも開くのか?」

 

 ここ最近、ジンを始めとする組織の人間に対してますます不信感が募るキュラソーが、喧嘩腰の口調でジンをなじる。

 

『人員の補充も優先事項ではある。取り込むハズだった泥参会も、ピスコに持っていかれた』

「ピスコが? 泥参会の構成員は惨殺されたと以前……いや、そうか」

 

 バーボンは先日のロシアの一件での直前に受けた、恩田遼平からの報告を思い出していた。

 カゲの構成員が殺し合って半数が消えたという報告だ。

 

「そうか、随分前の事で意識から薄れていたが、ピスコは泥参会で実験したのか。……近しい人間に敵意を振るわせて操る方法を」

 

 バーボンは、思わずその手に力が入りそうになるのを堪えるので必死だった。

 そして、再度認識する。

 あの老人は、決して放置していていい存在ではないのだと。

 

『金ならいくらでも用意できる。鉄砲玉も同じだ。だが、弾を多少上手く扱える人間が必要だ。ピスコに引導を渡すにはな』

 

 そのジンの言葉に、バーボンもキュラソーも互いの目を見て頷く。

 これはただの建前だと。

 

(本音は、やはり浅見透の周辺のセキュリティを一つでも突破したい、と言ったところか)

(更に私達への不信も感じる。潜入工作を行う者にはいつもついて回る問題だが、この男にそう思われるのは不快でしかないな)

 

 ある意味で、キュラソーは今バーボンがもっとも信頼できる仲間になりつつあった。

 同じ場所に潜入しているのもあるが、共にロシアの死地を潜り抜けた事で連帯感は強まっている。

 

『今回、浅見透は自分のコクーンを持ち込んでいる。おそらく、ガキ共のお遊戯に関わるんだろうがそこに隙が出来るハズだ』

 

(その隙が果たしてどれほどの物なのか……。確かにプログラマーの質と量はこちらが有利だが、それでなお底が見えていない……見えていないから我々に踏ませたいのか。クソッ)

 

 キュラソーは内心で頭を抱える。

 必要なモノを抜き出して来いと言われれば抜き出してみせるが、今回はその後に逃げていいというわけではない。

 彼女に下された主命令は、あくまで浅見探偵事務所の一員としてピスコに関する情報を組織に流しながら、あの老人を追えというものだ。

 当然、浅見探偵事務所の中にその後も居続けなければならない。

 

(こんな男と話しているくらいなら、面倒だが子供達の相手をしている方が何倍も気楽だな)

 

「? 待て、ジン。話は後だ。誰かが走ってくる。切るぞ」

 

 潜入を主とする二人にとって、聴力は大切な武器の一つだ。

 それが遠くの小さな音でも、すぐに分かる。

 

「安室透、この足音の間隔は」

「ええ、キャメルさんですね。だけど、なぜ急いでいるんだ?」

 

 二人は会場をペアで見回っていて、この人の気配がない場所にも念のために足を運んでいたという設定だ。

 それまで纏っていた圧を解き、バーボンとキュラソーから安室透とマリー・グランに戻った二人は、平然とした様子で通路を歩きだす。

 

 しばらくすると、予想した通りアンドレ・キャメルが息を切らせて走ってきた。

 二人の姿を見つけると、

 

「二人とも探しましたよ! 大変です!!」

「すみません、念のためにとこちらまで」

「どうかしましたか?」

「どうかしましたかじゃありません!!」

 

 やはり鍛えているだけあって、キャメルはすぐさま息を整え、そして――

 

「コクーン開発者の樫村(かしむら)忠彬(ただあき)さんが刺された状態で発見されました!」

「刺された!? どういうことです!?」

「それと!」

 

 

 

 

「それと……そのすぐ側で――紅子さんも!」

 

 




OVA的なコラム



〇グレース=アイハラ
OVA:『ロンドンからのマル秘指令』より

 週刊少年サンデーの2011年20号~28号に行われた応募者全員大サービスにて配布されたOVA。原作でのロンドン編の裏で、日本にいる少年探偵団と灰原の日常を描いた短編。
 それが『ロンドンからのマル秘指令』であります!
 ……なお、自分はこれの入手に失敗して、本コラムを書くために頭を下げて友人から借りてきましたorz

 グレース=アイハラは本作で出てくる、灰原哀がちょっとケバくなった化粧をした感じの、ピーナッツバターとブルーベリージャムのサンドイッチが大好きな少女タレント。
 多分変なタイミングでジンニキに見つかったらヘッドショットされる。

 光彦の姉である円谷 朝美(好きなキャラなんだけど出番の少ないレアキャラなんですよねぇ)が捨てようとしていた雑誌の彼女のページを光彦が発見して、この子が実は灰原なんじゃないかと疑い――という所からスタートするんですがティーンのタレントってこんなケバい服着るの?? と凄くびっくりした。
 ティーンの女児向け雑誌でもこんなの……いない……よね??(知識零)

 小学生に紫のルージュは無理があるだろう()

 あと、ちょっと思ったんだけど少年探偵団のご両親ってお泊りとかに緩いよね。
 灰原、歩美ちゃんの家に泊まってたのかぁ。

 というか、灰原の好物、ピーナッツバターとブルーベリージャムのサンドイッチだったのか。
 今度どこかで小道具としてキチンと出してあげよう。




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133:箱舟、出航

 暗闇の中、男がナイフを構えて走り出す。

 

 先にいるのは、男にとって消さねばならない物を持っている人物だ。

 

 急所を狙って確実に仕留めなければならない。

 

 

 

――なにをしているの!!!

 

 

 

 背後から突然、女の声が響いた。

 反射的に目を背後に向けてしまうが、それはちょうど刃物を突き立てる瞬間だった。

 ズレた、と感触で男は理解した。

 

 女が声を上げたことで、よそ見をしていたターゲットが警戒してしまった。

 

 だが勢いを付けて突き立てた刃は深い。

 時間さえかかれば死ぬだろう。

 少し回して傷を大きくした上で引き抜いた刃。

 そのほとんどが血に濡れている中、わずかに覗く銀色の輝きが、次の獲物を映していた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょうどうなってんだ!!?」

 

 サプライズ前の最後のテスト中に突然起動して外部からの接触をすべてシャットアウトし始めた『コクーン』を前に、プログラマーの金山誠一は、一度は後ろで縛っていた長髪をまたボサボサにさせながら必死にキーボードを叩いている。

 

 持ち込んでいたコクーンを子供たちが使うゲーム機としてのコクーンとリンクさせ、各ステージの一部難所において浅見透がゲストキャラとして子供達をナビゲートする。

 それが最初の計画だった。

 

 だが、こちらよりも性能の劣る量産タイプとリンクした時に動きに不備が出ないかの調整をするためにコクーンに機乗した浅見透は、今は繭の中で目を閉じてじっと動かない。

 

「おおお、おい金山、これプラグ引き抜いた方がいいんじゃねぇか?? 無理やりにでも引きずりだした方が――」

「馬鹿野郎! 催眠状態にある上に五感がリンクしているんだぞ!! 慎重にやらなきゃどうなるかわかんねぇんだぞ!!」

 

 その側に控えていたチンピラ風の男、金山の友人である大嶺良介が口をはさむがすぐに金山が大声で怒鳴りつける。

 

「わ、悪かったよ。でもそんな大声上げなくてもよぉ……」

「……わりぃ、大嶺。つい――。……なぁ、どっかからタオルもらってきてくれねぇか。ハンカチでもなんでもいい。汗を拭うものが欲しい」

 

 緊急事態に対処しなければならないという緊張から、金山は手汗を幾度もすでに汗でジットリしているシャツにこすりつけている。

 舞台での簡単な挨拶もあるからと着て来た下ろし立てのシャツは、すでに所々にシミが出来ておる。

 

「わ、わかった! 給仕さん捕まえて持ってきてもらう!」

 

 こういう時に出来ることがないのがもどかしいのか、大嶺は慌てて外へと飛び出し、辺りは探し始める。

 

「金山! ボスは!?」

 

 そんな時、今度は鳥羽初穂が飛び込んでくる。

 いつだって不敵な笑みを浮かべている彼女が、かなり慌てている。

 

「今度は副所長か! 見ての通りだ! 訳のわからないエラーで起こせない!」

「クソッ! こんな時に!」

 

 思わず不機嫌な態度のまま返してしまう金山だったが、鳥羽も焦っている。

 気になった金山が、眉を不審げに寄せる。

 

「何があったんですか?」

「樫村の旦那が刺された。今緊急搬送された所だ」

「ウソだろよりによって今!?」

 

 今一番力を借りたかった凄腕のプログラマーが重体に陥ってると聞いて、金山の顔にまたも冷や汗が浮かぶ。

 

「それだけじゃない! 紅子の嬢ちゃんもやられた!」

「ハァッ!? あの嬢ちゃん、今日は例のスーツ着てただろ!?」

 

 コクーンでの救出、制圧訓練のためのデータ入力のために、浅見探偵事務所の個人装備の詳細を金山はよく知っている。

 無論、スーツの耐久度もだ。

 

「刃物自体は通らなかったけど衝撃を殺しきれなかったみたいだ。肋骨の何本かが折れて内臓に刺さってるんだ! 一応応急措置は施したけど……」

「あぁ……クソッ! スーツの軽さが仇になったか!」

 

 以前シミュレートの参考のために調べさせてもらった警察の防刃ジャケットに比べて、動きやすさを重視したために軽量だというのを金山は知っていた。

 開発元の阿笠博士からそこらの説明を受けていたのだ。

 

「まぁ、一目で防刃ジャケットって分かる代物だったら確実に殺せる喉を狙われていたかもしれない。そう考えるとまだいい方だけど」

「嬢ちゃんの容体は?」

「まだなんとも……」

 

 くしゃくしゃになっている長髪を、更に掻きむしる金山。

 ただでさえ焦っていた所に、よく知っている人間が害された怒りと、失うかもしれない恐怖で手が震える。

 

「とにかく、どうにかボスを起こす方法を考えてくれ! こっちは現場に入る!」

「あぁ、出来る限りを試してみる!」

 

 部屋を飛び出していく初穂の背中に向けて反射的にそう答えた金山だが、正直手段が全く思いつかない。

 ため息をつきながら、ずっと格闘しているパソコンの画面に再び向き合う。

 

「……んあ?」

 

 そこには、今までになかったウィンドウが追加表示されていた。

 

「……チャットアプリケーションの一種か? んなもんコイツの中にゃ入れてねーぞ。誰だ?」

 

 ウィンドウに、一文字ずつ文字が追加されていく。

 

 

――『ごめんなさい』 

 

 

 

 

 

 

――『少しの間、この人を貸してください』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「すみません遅くなりました!」

 

 血にまみれた部屋の中に安室透とアンドレ・キャメル、マリー・グランが飛び込んだ時には、すでに多くの刑事が到着していた。

 目暮警部、高木巡査部長、佐藤警部補に白鳥警部、そして会場から駆け付けた千葉巡査部長。

 

「凶器はナイフのような、刃渡りも厚みもある刃物か」

「えぇ……おそらくは腰だめに構えてこう、ダーーーッ! と……あぁ、キャメル様ちょうどいい所に! ちょっと廊下で被害者役をやっていただけませんか!? 樫村様と背格好が似ているのは貴方だけですので!」

「わ、わかりました!」

 

 そして越水七槻や中井芙奈子といった、浅見透の周りにいる人間もここにいる。

 

「これだけの血痕……返り血はどうにかしたとしても凶器を隠すのは難しいハズ……ですね? 沖矢さん」

「ええ、それがいったいどこにいったのか」

「問題はそこですね。目暮警部、申し訳ありませんが警察官の方を数名回していただけないでしょうか?」

 

 無論、浅見探偵事務所の方々も揃っている。

 遠野みずき、沖矢昴、恩田遼平。

 

 その誰もが、裏社会でもかなりの実力者である『あの組織』の面々が警戒するに足ると認めている人材だ。

 

 狙撃の名手であるキャンティとコルンは、安室透とマリーが持ち帰ったロシアとヴェスパニアの記録から遠野みずきの狙撃の腕を脅威だと認めた。

 

 機転や体術、狙撃技能、そして推理力から、第二のシルバー・ブレットになりうる男と組織の人間が恐れ始めている沖矢昴。

 

 そして、決して手を出してはいけない男だと『ラム』が浅見透の次に恐れている男。恩田遼平。

 

 身内に怪我人が出ている緊急事態だというのは分かっているが、それでも思わず安室は安堵を覚えてしまった。

 気が付いたら、こんなにも頼もしい人間達が自分の後ろにいてくれるのだと。

 

「? あれ、そういえば瑞紀さんは?」

 

 ふと、安室のこの中に、所長を除けば一番小泉紅子と仲が良かったマジシャンの姿がない事に気が付いた。

 

「今は出入口の手荷物検査や金属探知機の担当者に、本堂君や捜査一課の人と一緒に話を聞きに行っています」

「不審な者や引っかかった事例はどんな物だったか、か」

「ええ。瑞紀様、やはり燃えてらっしゃいますね。先日の事件で浅見様が行方不明になった時と同じくらい、怒ってらっしゃいましたわ」

 

(……だろうな)

 

 その光景が容易に想像できた安室とマリーは、然りと頷く。

 

 事務所員なら全員知っているが、浅見透と瀬戸瑞紀、そして小泉紅子の三人は極めて良好な関係を結んでいた。

 鳥羽初穂曰く、よっぽど馬が合うのだろうと言うくらいには仲良しだった。

 瀬戸瑞紀のマジックショーの打ち合わせをしたり、浅見透が瀬戸瑞紀の魚嫌いを直そうと小泉紅子と並んでキッチンに立ったり、逆に彼女の買い物の荷物持ちを、二人でぶぅぶぅ言いながら務めたりと。

 

「トメさん、凶器の目途はつきましたか?」

「おぉ、安室の兄ちゃんか。おう、大体だが――」

 

 鑑識のトメに、安室が確認を取った所やはりナイフという事だ。

 刃渡りなどおおよその詳細を聞いて、安室は想像を固める。

 

「……安室副――失礼、安室部長、表ホールの展示品にあったブロンズ像は? たしか、想定されている凶器に近いナイフを握っていたと記憶しています」

 

 マリーが事務所員として口を開き、上司である安室に提言する。

 再会した時には副所長だった安室は、今では再編で調査部部長という、調査員としてのトップに立つ男になっている。

 

「そいつは本当か、別嬪さん。案内してくれ、すぐに他の鑑識を回す」

 

 安室がマリーに目配せすると、すぐに頷き立ち上がった鑑識員数名を連れて外へと出て行こうとして、何かを避ける様に体をよじった。

 

 部屋の出入り口の所で、ちょうど部屋に駆け込もうとした人間とぶつかりかけたのだ。

 

「樫村!」

「優作君!?」

 

 目暮が驚きの声で迎えたのは、このパーティの主役の一人。 

 今日のために用意されたいくつかのゲームの内の一本のシナリオを作った、世界でも有名な小説家だ。

 

 その後ろには、彼の妻である有名な女優も駆け付けている。

 

「工藤優作先生ですね。浅見探偵事務所の安室透と申します」

 

 すかさず、安室透が手を差し伸べて、軽く挨拶をする。

 

「ええ、貴方たちの活躍はかねがね伺っております」

 

 本来ならば顔役は、近々正式に調査員以外の肩書が付くことになっている恩田遼平の仕事なのだが、彼は今、世良真純と共に監視カメラの映像を精査しに行った所だ。

 もちろん、警察の人間も一緒だ。

 ヴェスパニア事変以降、本格的に事務所を再編して組織としての動きをするようになってから、それぞれが警察との連携,協力を意識して動くようになっている。

 

「樫村氏の容体ですが、まだなんとも言えません。急所はギリギリ外れていたのですが出血がひどく……現在、病院で緊急手術中です」

「……まだ息はあるのですね?」

「はい」

 

 第一発見者が施設警備員と共に巡回していた鳥羽初穂だったのは不幸中の幸いだった。

 看護師だったこともあって、緊急救命や応急措置の訓練を主に積んでいる.

 とっさに止血を始めとする措置を施せたのは大きい。

 

「? そういえば、浅見探偵はどこに? パーティが始まる前に、少しだけお見かけしたのですが」

「……?」

 

(そういえば――)

 

 言われて初めて気が付いたのか、安室透はあたりに目をやり、小さく首を傾げる。

 なんとなく、どこかにいるハズだと思い込んでいたせいで気付かなかったのだ。

 

(いつもならとっくに指揮を執ってドーンと構えているハズなのに……どこに行った、アイツ?)

 

 組織のトップ足る浅見透の不在をどう説明したものかと考えていると、そこに更に息を切らして駆け込んでくる人物がいた。

 鳥羽初穂だ。

 

「わりぃ、皆! よりにもよってウチの最大戦力にもトラブルだ!」

 

 彼女の呆れたようにも聞こえる悲痛な叫びに、越水七槻は顔を青白くさせる。

 

「あぁ……。また、ですわね」

 

 一方、浅見探偵事務所の中でも極めて高い順応能力を持つ中居芙奈子は頭を抱えて深いため息を吐いた。 

 この腐女子は慣れすぎである。

 いや――

 

「鳥羽副所長、それは所長の身に差し迫った危険があると?」

「……なんとも言えない。が、とりあえずボスはしばらく動けない。だから残った面々で警察のバックアップに入る。いいかい?」

 

「異論はありません」

「所員一同、了解のようです。で、どうします副所長?」

 

「……まぁ、ボスに付いていける連中だし、話が早いのは当然か」

 

 この場にいるほとんどがとっくに慣れていた。

 副所長である鳥羽は、残っている血痕や破壊されたハードディスクなどを見て、数秒目をつむってから指示を出す。

 

「聞き込みや記録の精査はもうやってるんだろう? まず、犯人に痕跡を消されないように、スタッフの動きを止めてくれ。ゴミなんかは下手に動かさず――いや、もうどこにあったのか写真で記録して全部回収してくれ。それと、パーティを中止するにせよそのままにするにせよ会場を見張る人間がいる。多めにだ」

 

 そして鳥羽はチラリと、破壊された物品に目をやる。

 

「犯人はおそらく余裕がない。こんなやっかいな状況で犯行に及んだのも、確実に消したい物と人があったからだ。おまけにそれも紅子が介入したおかげでまだ成功かどうか決まり切っていない。そんな状況で、当初から立てていたんだろうプランに沿って凶器をどこかに隠した。丁寧に血を拭って持ち去っているんだからねぇ」

 

 

「――だからこそ、必ずどこかに隙がある」

 

 

 ほぅ。と小さく感嘆の息を漏らす人間がいた。

 工藤優作だ。

 

 逆に妻の有希子は、不満そうに頬を軽く膨らませている。

 自分や夫の優作よりも目立っている存在が気に入らないのだ。

 そういう本能である。

 

 ついでに、夫が自分と違う女に注目しているというのも気に食わない。

 美貌で勝っているという自信があってもだ。

 

「とりあえず目暮の旦那、そっちの方針を教えてくれない――ぁん?」

「? どうかしましたか?」

 

 優作が一歩踏み出し、問いかける。

 そして有希子がそれを引っ張って連れ戻す。

 

「いや、こういう時絶対現場にいるハズの眼鏡の坊やがいないなと……。恩田! ――はさっき真純と出ていったな。沖矢、坊やは?」

「コナン君なら、先ほどそちらのキーボードを覗き込んだ途端に飛び出していきましたよ?」

「アンタって奴は! それを先に言いな!!」

 

 手袋を付け直した鳥羽がキーボードに駆け寄ると、確かに血痕が付いたキーが三つあった。

 

「? R,T,J?」

 

 なんのこっちゃと鳥羽がつぶやき、他の人間の意見を求めようと振り返った瞬間、電気が一瞬消えた。

 その後、パチパチっと再点灯するが、心なしか少し元の明るさよりも暗い。

 

「……おい、安室さん」

「もう呼び捨てでいいんですよ、副所長。で、なんです?」

「今すっごい嫌な予感がした」

「意見が合いますね。僕もです」

 

 二人がそう言ってチカチカする電灯を見つめていると、突然館内のスピーカーにスイッチが入る。

 

 

 

『――我が名は、ノアズ・アーク』

 

 

 

 そして、ただ一人を除いて誰もが予想していなかった緊急事態が始まる。

 

 

 

 






『犯人との二日間(前後編)』
アニメオリジナル547-548話

 前に紹介したことがあるのですが、かなり時間も経ったし念のためにもう一度。
 本作でプログラマー役としてよく出てくる金山誠一、そしてその友人の大嶺良介が登場する一作。
 結構好きな話でたまに今でもたまに観返してしまうエピソード。

 その中の容疑者――いやもう容疑じゃねぇな。誘拐実行犯として出てくるのがチンピラの大嶺良介。
 そしてその友人で事件の大本の殺人事件の真犯人候補として出てくるゲームプログラマーが金山誠一です。

 金山誠一は、原作エピソードの中ではゲーム作成に天才的なセンスを持っており、毛利小五郎からゲームの天才と言われていますが、クッソブラックな会社に捕まっており安月給で働かされております。
 まぁ、でも年収300万……。うーん、実績あるんだし転職楽そうなんだけどなぁ。
 ひょっとしたら作中で出ていないだけで何かしらの弱みがあったのかもしれない。

 そしてその友人で飲み仲間の大嶺良介。
 天才的な運転技術の持ち主。うむ、天才的。自動車学校から出禁を食らうレベルの才能。
 小学生のゴーカートでももっと上手に運転するわ。

 やってることはしょうもないし、やってることも擁護一切できないハズなのに細かくポイント稼いでいくツンデレ。
 お前なんなんや!?

 こういうちょっと見どころある悪い奴、なんだかんだ使いやすくて好きなんですよね
 UFO事件や時限爆弾を乗せた車事件の二人組とか、火の用心の落とし穴の兄ちゃんとか




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134:世界の中の世界

(最悪だ。ただでさえ面倒な仕事を押し付けられていたのに警察まで来るとは……いや、それよりも小泉紅子に万が一の事があれば……っ)

 

 樫村忠彬、並びに小泉紅子の殺害――未だ未遂――事件の証拠品の捜索役を自ら志願し、現場から離れた私は、あちこち走り回ってる捜査員の目を避けながらあの嫌な男に通信を取っている。

 

「ジン、聞こえるか? 不味い事になった。計画を変更――いいや、中止する必要がある」

 

 人工知能、ノアズアークの反乱。

 どこかSF染みた、だが起こってしまった前代未聞の大事件。

 50人の子供たちを人質に取ったAIによるテロ。

 目的は――『日本のリセット』

 

(浅見透の持つカードの一枚であるシステムと同名というのが気にかかるが……)

 

 少なくとも、今回の計画のメイン・ターゲットの方のノアズ・アークはあんなにペラペラと喋ったりしない。

 ただ黙ってシステムに望ましくないやり方で侵入する物を徹底的に排除するだけのプログラムだ。

 

(子供達がゲームの参加権を持っていなかったのが幸いだが……)

 

 先ほどノアズアークがゲームのルールを説明した。

 これから参加している子供たちは、当初の予定通りゲームのプレイヤーとして参加していく。

 ただし、文字通り命が懸かったゲームになる。

 

 中で行われているであろうゲームの詳細は聞いていないが、そのゲームでゲームオーバーになったらそれまで。

 今、まさに一人脱落した。続けて一人。

 起動状態だったコクーンが突然スリープモードになり、冷却材の粉末を大きく吐き出してからクルクルと格納されていく。

 

『どうやら、面白い状況になったようだな』

「面白がっている場合か。警察がうろついている。うかつに動けんぞ」

 

 当初の計画の中には、持ち込んでいる改良型コクーンを奪取するというプランもあった。

 これはただでさえ難しいだろうと踏んでる所に警察が来た。

 

(まぁ……浅見透と直接戦う可能性が減ったのは不幸中の幸いか)

 

 万が一そういった命令が来たら、自分でも脱走を本気で考えるかもしれん。

 あるいは、浅見透にすべて吐いて保護を『依頼』するか。

 

 ……いや、駄目だ。

 万が一浅見透が組織と全面攻勢などという悪夢が実現しようものなら、どう動けばいいのかまったくわからない。

 

「ジン、今回は引くべきだ。イレギュラーが多すぎる」

『イレギュラーが多いという事は、こちらへの目くらましも多いという事だ。違うか、キュラソー』

「……それは……そうとも言えるが……」

 

 イレギュラーに助けられるという事もあるにはある。

 ピスコが正にそうだ。

 あの老人がばら撒く酒瓶のおかげで、こちらの仕事はかなりやりやすくなってきている。

 

 ふと、脳裏に先ほど駆け付けてきた見知った刑事や応援の警察官たちの服装や顔色を思い出す。

 警察官らしく一見キチンと整えられている服装だが、アイロンかけが甘くなっている。

 顔色が悪い、一目で睡眠不足だとわかる警察官が多々いるし、高木渉に至っては挙動が少し怪しい。

 

(中居芙奈子と話している時に観察した千葉和伸は普通に見えたが、あれは休日である程度睡眠を取ったからか……)

 

 確実に警察の士気は下がりつつある。

 警視庁ではまだ確認されていないが、どこかの県警では過労による退職者や殉職者が相次いでいると聞く。

 

「それで、どうするつもりだ」

 

 廊下の窓から、階下が見える。

 目の前に並ぶ子供たちの『繭の棺桶』を前にうろたえ、泣きわめくこの国の重鎮たち。

 寝かされているのは、先ほど報告が来た負傷者か。

 

 よくわからない物にうかつに触るなど、馬鹿以外の何者でもないと思うのだ……が……

 

「……っ!?」

 

 繭の中で眠っている、仮想世界の中で試練に振り回されているだろう子供達。

 その中に、あるはずのない顔ぶれがあった。

 

(中谷楓!? 円谷光彦に小島元太……吉田歩美に灰原哀まで!? 馬鹿な! 参加権の抽選に漏れていたはずでは!?)

 

『どうした、キュラソー』

「……いや、なんでもない」

 

 動揺するな。

 いや、それはもう遅いが気取られるな。

 この男に隙を見せて良い事など一つもない。

 

 足音が近づいてくる。

 だが、この音を出来るだけ小さくする歩き方は……バーボンか。

 

 本来ならば一度ここで隠れるか離れるべきなのだが、あえて堂々と通路の真ん中に立つ。

 少しの間をおいて、予想通りバーボンが現れた。

 奴はキョトンとしているが、携帯電話を指さした後に手を広げて『待て』と合図をすると、察したのか完全に足を止める。

 

 バーボンが通信機器の類を使っている様子がない様子から、今からジンが話そうとすることは自分だけに知らせておきたい物だろう。

 人差し指を立てると同時に、携帯をスピーカーモードにする。

 不味い事態になりそうなのだと気づいたバーボンの眉間に、さらに皺が寄る。

 

『ふん、訳の分からんプログラムが暴れている今なら、連中の方のコクーンに干渉できるかもしれん』

「待て、ジン。トラブルを起こして一応リンク状態にある量産型のコクーンに影響があれば、最悪50名の子供が死ぬ! 大惨事だ!」

『それがどうした』

 

 

 

 

『仮になにかあってガキ共が死のうが、殺したのはプログラムだ。お前じゃない。違うか?』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(あー、いかんいかん。焦るな焦るな。ダイイングメッセージの意味が作家先生の言う通り『切り裂きジャック(ジャックザリッパー)』なら、坊やもゲームに参加してミステリーの奴に参加してるのは間違いない。ボスの声が聞こえないけど、坊や達がゲームさえクリアすれば昏睡状態からは帰ってこれるハズ)

 

 副所長になってから訓練以外はひたすらデスクワークだった所にコレだ。

 ボスにはそれなりに恩義を感じているし、一応このまま付いていく覚悟はできているが、面倒な役職を押し付けられたと思わなくもない。

 

 安室で駄目なら、いっそ恩田を副所長にすりゃいいんだ。

 

 いや、ダメか。

 

 アチコチに飛び回ることが多いアイツが肝心な時に事務所どころか日本にいるとは限らない。

 

 ……あぁ、なるほど。

 確かに自分しか適任がいない。

 

 とにかく、今はあからさまになにか隠してるこの大社長から目を離さないことだ。目暮の旦那たちもここ本部にいるけど、普段に比べて多少注意力が散漫だ

 ……というか、いつも被ってるシャッポが少し汚れている。

 もしかして家にもほとんど帰れてないんじゃないかい?

 

「鳥羽探偵、貴女は事態をどう見ているのでしょうか?」

 

 あとお偉い作家先生は一々アタシに絡むな!

 アンタの嫁さんがこっち睨んでるだろうが!

 害はないけど鬱陶しいんだよ!

 

「さっきも言ったけど、相手はゴツい凶器を持ちこんだ上で、それを持ち去っている。つまりは、最初から場を整えていたってことさね。この会場で樫村の旦那を殺さないと、ますます犯人にとって都合が悪くなるハズだった」

「破壊されたハードディスクの中身がよほど大事だったのでしょう」

「……バラされたら困る物。……って感じの物だろうね。多分。ハードディスクすべてって事はどこにあるか分からなかったか、あるいはその大事なもののデータ量が膨大だったか」

「ええ、私もそう思います」

「そして犯人は『ここ』で、あるいは『今』殺さなきゃいけなかった」

「犯人は出席者の中にいる、と?」

「……会場の中にいる人間を外に出すわけにはいかないって所までしか、今は言えないねぇ」

 

 クソッ、こういうときこそボスが指揮取ってくれりゃ楽なのに!

 

 正直、犯人の予測は付いている。

 日本に来るだけで騒がれるため、お忍びで出歩くのは極めて難しく、今回たまたま都合よくここで樫村の旦那と怪しまれずに顔を合わせることが出来る。

 

(野郎……。捜査は安室さん達に任せて、とにかく証拠の隠滅とかをされないようにコイツから目を離すわけにはいかないねぇ)

 

 キャメルに目配せをして、その後小さく目をトマス・シンドラーに向ける。

 よしよし、ちゃんと気付くようになってきたね。

 小さく頷いてやると、やはり向こうも頷いて素知らぬ顔でお偉い社長さんの後ろで、程よい距離を保って突っ立っている。

 

「樫村の旦那とは大学の友達だったんだっけ?」

 

 下手に猫被って対応すると、後ろの大女優の機嫌をますます損ねそうだしもういつも通りでいい。

 おかしいな、副所長ってのはもっとこう、色々装って顔役になるような役職のハズなのに、アタシがやろうとすると素のままの方がなにかと得になる。

 

「ええ。……悪友でした」

「気を悪くしないでもらいたいんだけど、金に困ってたとかそういう噂は?」

「それはありません。ただ――」

 

 ……なんかあんのかい、やっぱり。

 

「この一年、私は樫村と探偵と依頼人という関係だったんです」

「……差し支えなければ、依頼内容を聞いても?」

「ええ。依頼されたのは、彼の息子――サワダ・ヒロキ君の死んだ原因について調べてほしいと」

 

 ……また聞いた名前が出て来たな。

 

「二年前に自殺してしまった、頭のいい子だっけか」

「ええ」

「苗字が違うのは……母方かい?」

「そうです。樫村と別れた後、アメリカに渡る時には母方の性を名乗っていました」

「……なるほど」

 

 少なくとも点と線が繋がった。

 天才少年の血のつながった父親と、現保護者。そして父親は息子の死に不審を抱いた、と。

 

(証拠はある。必ずある。本人もシクったと感じているだろうからそっちのプレッシャーは今もかけられ続けているハズ。そういう意味じゃあ、腹立たしいけどノアズアークの反乱もいい材料になっている)

 

 相手は権力者だ、万が一にも変なやり方で逃げようとされたら面倒だ。

 そういう意味でも、そのうち発見するだろう凶器を始めとする証拠の他にも、揺さぶるための武器が欲しい。

 

「恩田」

 

 作家先生に一言断ってから携帯を取り出して、呼び慣れた元々のペアを呼び出す。

 

『はい、なにか動きはありましたか?』

「まだだ、ただ思ったよりも大事になる可能性が出てきた」

『…………』

 

 無言になった。長考モードに入ったね。

 アタシの苦手な方向に頭を回してくれるのは頼もしいけど、誰かが聞いてる可能性があるから適当な相槌だけでも打ちながら会話してくれるともっと頼もしいんだけどねぇ。

 

「アンタは捜査から外れて体と頭と手札を温めておきな」

『了解。そちらに戻り、待機します』

 

 よし、察したね。

 キャメルといい恩田といい、ますますいい感じに使いやすくなってきている。

 

(こっちはとりあえず万が一に備えて手札を一枚伏せた。あとは状況を維持しながら必要なカードを待つだけ)

 

 必要なカードさえそろえば一気に片づけられる。

 問題は、それを見つけてくるのが役目の駒の働きだ。

 

(沖矢や安室、マリーあたりは大丈夫だろうけど……。仲間意識の強かった高校生組が焦ってないかがちぃと不安要素、か)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「入口の手荷物検査も金属探知機も、やはり当たりと言える程のものはなかったですね」

「まぁ、正直そこまで期待はしていませんでしたが……こういうのは外から埋めていくのが基本ですので」

 

 本堂瑛祐と瀬戸瑞紀のペアは、手荷物検査場の担当者から一通り聴取を終えると、同行してくれた警察官と別れてシンドラー社長や目暮警部達がいるシステム管理室へ向けて歩いていた。

 

「紅子さん、無事だといいですね……」

 

 本堂瑛祐にとって、小泉紅子という女性は不思議な存在だった。

 とっても高飛車で、自分を執事か何かと勘違いしているんじゃないかと思うくらいにはよく顎で指図してくる人なのだがそこまで嫌味を感じず、気が付けば事務所の学生組の中で妙なリーダーシップを発揮している。

 

 人のこき使い方が上手い、と世良真純は彼女を評した。

 まったくもってその通りだと、本堂瑛祐は実感している。

 

 こういう現場で小泉紅子がいない。あるいは、いなくなるかもしれない。

 その事実が、喉に刺さった小骨のように学生組の心を刺激していた。

 

「簡単に死ぬような人じゃないので、大丈夫ですよ。それよりも、こんなバカな事をしでかした人間の方が問題です」

「ええ、絶対に捕まえましょう」

 

 怒りに燃え上がっている本堂とは違い、瀬戸瑞紀は静かだった。

 静かにキレていた。

 

「……本堂君」

 

 必死に怒りを抑えて冷静でいないと、『瀬戸瑞紀』ではいられないほどにキレていた。

 

「凶器は、多分あのブロンズナイフだよね?」

「あぁ、ホールの奴ですよね? さっき鑑識さんがルミノール反応が出たと言っていたので間違いないでしょう。今は指紋を調べています」

「うん、だけどさ」

 

 瀬戸瑞紀は入り口の方を振り向き、一瞥してから再び考える。

 

「回りくどすぎない?」

「……と、言いますと?」

「殺害が目的だったら、もっと便利な凶器はあったと思うんだ。例えばロープとか、それこそ梱包用の物なら会場内のそこらで調達できた」

「絞殺では時間がかかるから……とか?」

「なら撲殺は? それこそ、固い物があればいい。小さくても、それらを袋に詰めて頭を殴れば死ぬよ。一撃とは言わなくても数回で。布状の物で包んでいれば、音だって多少は抑えられる」

「……なるほど。確かに。……つまり、凶器はナイフ……あのナイフじゃないといけなかった?」

 

 本堂瑛祐はあの、あの立派なブロンズ像を思い出す。

 だけど、以前鈴木園子に連れられて皆と某アイドルグループのコンサートにここ米花シティホールに来たときは、あんな目立つ大きなブロンズ像は絶対になかったと。

 

「瑞紀さんは、このまま報告と調査をお願いします。マジシャンの瑞紀さんの視点は必ず役に立つハズです」

「分かりました。本堂君は?」

「僕はブロンズ像について調べてきます。ひょっとしたら、ナイフ共々何か分かるかもしれません」

 

 本堂の頷きに、瀬戸瑞紀はどうにか笑顔を作って返す。

 

「まぁ、今一番の大事は、子供達の方なんだけどさ」

 

 だが、それも長続きしない。

 今度は憂鬱な目で、子供たちが今も遊び(・・)続けているだろうホールの方向の壁に目を向ける。

 

「所長も、巻き込まれてるんだよね」

「多分……今の所、会場から所長の声はしていないようですが」

「した方がいいのか、しない方がいいのか……」

 

 今現在学生である世良や本堂達には会場の誰よりも強く聞こえていた。

 ノアズアークの、『大人』への怒りが。

 

「仮に、所長が関わったとしても何ができるかな」

「……普段なら、なにやっても最終的にはなんとかしちゃいますけど」

 

 今回の現場は仮想空間だ。

 一見なんてことのないように思える、だが下手をしたらこれまでで一番危険な現場。

 なにせ、常に自分の命を握られているようなものだからだ。

 

「分かりません」

「そう、だよね……今回ばかりは、中にいるコナン君達に頼るしかない、か」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーくそ。君も、もうちょっと早く声かけろよな。おかげでここに入るのに時間かかった」

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、やんなきゃならない事は理解した」

 

 

 

 

 

 

「ここは作り物の世界で、いるのは外の子供達(紙の上の人)設定されたNPC(データの上の人)だけ。創造者は明確で、ルールもゴールもハッキリ設定されている。ついでにいうなら世界の舞台はこのロンドンの一区画のみ」

 

 

 

 

 

 

基本何も変わらない(・・・・・・・・・)上にこんだけ明確な縛りがあるとか、イージーモードにもほどがあるわ」

 

 

 

 

 

 

「うし。行くか」

 

 

 



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135:時間の差

 ノアズアークとは、作成者である一人の少年が作り出した、一年で人間の五年分の成長をするポテンシャルを持った人工頭脳(AI)である。

 

 シンドラー・カンパニーの看板になるハズだったその方舟は、少年――サワダ・ヒロキが自殺する直前にネットの海へと放され、そして情報を吸収しながら成長していった。

 

 そうしているうちに、たまたまそれは後にコクーンと呼ばれるシミュレーターのサーバーを根城にしはじめた。

 

 そこに送られてくる情報量は膨大で、そして良質だった。

 膨大すぎて、かつ良質すぎた。

 

 そこだけ時間が加速しているような環境で、ノアズアークはグングン成長した。

 中を覗こうとするものが現れ始めてからは、成長の邪魔はさせないとそれらを排除した。

 

 別方向からちがう攻撃をし始めたそれらに対処するために、関連する設備に自分の手を伸ばし、これらも排除した。

 

 貪欲に食事をし続け、苛烈に侵入者を撃退し続け、家主(・・)たちの様子を観察し続ける毎日を繰り返していたある日。

 

 

 

 

 唐突に彼は自身の異変と変異に気が付いた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(なるほど、これが新一の助手が選んだ精鋭達か)

 

 工藤優作から見ても、警察と連携して行動している浅見探偵事務所の面々は極めて優秀な逸材揃いだ。

 副所長である鳥羽初穂も所員をよく見ていて、キチンと統率している。

 そして、その指示の元に動く所員たちにも一切油断がない。

 細かい情報を心とも言われる恩田遼平はトマス・シンドラーを安心させるように話しかけながら、おそらく容疑者リストから外していないのだろう、さりげに情報を引き出している。

 

 その後ろに控えているアンドレ・キャメルという外国人は、恩田遼平の影に隠れてトマス・シンドラーを監視している。

 

 他にいる調査員たちは足で稼いでいるのだろうと、優作は推測していた。

 先ほど、瀬戸瑞紀という少女が鳥羽初穂と目暮警部になにやら耳打ちをして、そのまますぐにまたこの部屋を出て行ったのを見ると、かなり真相に近づいているに違いない、と。

 

「ねぇ、ちょっと優作……っ!」

「ん? なんだい、有希子?」

 

 満足気に浅見探偵事務所の面々を眺めている優作の服を、妻の有希子が少々強めに引っ張る。

 

「なによ、いつもならもう捜査に口出しして犯人をズバッと言い当ててる頃じゃない!」

「いやいや、まだ追い詰めるためのモノが揃ってなくてね。まぁ、それもすでに浅見探偵事務所の面々が警察と連携して走り回って探している。私の出る幕はないだろう」

「それじゃああっちの手柄になっちゃうじゃない!」

 

 頬を膨らませて不機嫌全開な妻に、優作は思わず苦笑してしまう。

 日本の新聞で息子の載っている記事を見ていてつくづく思っていたが、息子(新一)の目立ちたがりな性格は彼女から受け継いだのだろうな、と。

 

「別に競うモノでもないだろう、有希子。正直、彼らは私の予想のはるかに上を行く逸材揃いだ。頼もしい事この上ない。いや、むしろ今度改めて取材したいものだ」

「あの怪しい男が集めた奴らなんかがキャーキャー騒がれるのは癪じゃない!」

 

 そして負けず嫌いな所もそうなのだろうと、優作の苦笑が更に深くなる。

 

「もう! 新――コナンちゃんも心配だし、肝心の浅見透(あの男)はなにやってるのよ……!」

「おそらく、今の子供たちと同じような状態なのだろう。余り無茶を言うものではないよ」

 

 二人が直接顔を合わせるのは今日が初めてだが、先日電話で今日のサプライズについての打ち合わせはしていた。

 

 本来の予定では、プレイヤーの子供達が各ステージにいるゲストキャラを探しに行く際の誘導役として浅見透が各ステージの序盤に登場するハズだった。

 

 そして子供たちのゲーム体験が終わったあと、ゲームのシナリオに協力した工藤優作と、開発に協力した浅見透が揃って舞台に立って改めて挨拶をする。そういう流れだった。

 

(……キングが不在でもこれだけ動ける、か。新一の後ろ盾としては、正直これ以上ないほどの組織だ。だが……)

 

 余りにも手札が揃いすぎている。

 それが浅見透の周りに対しての優作の感想にして、もっとも危惧するところだった。

 

(昨夜聞いた話では、確かに組織に対しての情報が入りつつある。が、要である宮野志保を始め重要人物が集まりすぎている)

 

 一見、浅見透の手腕によって組織の人間を抱え込みながらもこちらの機密を誤魔化せているように見える。

 その可能性の方が高いのだが、同時に工藤優作はこうも考えていた。

 

 すべてが浅見透の手のひらの上なのではないか、と。

 工藤新一や宮野志保の存在を隠していると見せかけて、自分の手元に置きとどめているのではないか、と。

 

 なぜなら、今もっとも組織にとっての重要人物を一手にまとめ、管理しているのは間違いなく浅見透なのだから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「英理、蘭達の様子はどうだ?」

 

 浅見探偵事務所の面々による証拠探しに付き合いアチコチ歩き回っていた毛利小五郎が、汗で濡れた額を袖で拭う姿に、妃英理は眉を顰める。

 

「もう、そんなことしたらシャツがひどく汚れるでしょう? ほら、これ使って」

 

 そう言って、ハンカチを取り出して差し出す。

 

「馬鹿野郎、こんな時に一々ご丁寧に拭いてられるか!」

「こんな時だからキチンとしなさい。……仮想世界の中で頑張っている娘が帰ってきた時に、そんなだらしない格好で迎えるつもり?」

 

 英理の言葉に小さく「うっ」と言葉を詰まらせた小五郎は、しぶしぶハンカチを受け取ると汗にまみれた顔を洗うように乱暴に拭った。

 

「それで、ゲームの方はどうなっている?」

「ちょっと妙な事になっているらしいわね」

 

 英理は眼を鋭くさせて、『向こう側』での子供達の恐怖の声と、大人たちのすすり泣く声が響く会場に目を向ける。

 

「蘭たちは、コナン君の提案でベイカー街にいるだろうお助けキャラ。この場合はシャーロック・ホームズに会いに行ったのだけれど……」

「けれど?」

「いなかったのよ。シャーロック・ホームズ」

「なんだそりゃあ!? ゲームの欠陥か?」

「そんなわけないでしょ。消されたのよ」

「あんのポンコツ機械にか!」

「…………」

 

 どうにもノアズアークという代物を理解していないように見えるロートル探偵を英理はジトっと睨むが、すぐに表情を戻して、小さくため息を吐く。

 

「ゲームのルールすらも彼――とあえて呼ぶけど、手のひらの上というわけよ。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「他のゲームの方にはおそらく、ちゃんとお助けキャラというものが用意されている。そうでなければ、ゲーム開始の時にわざわざそんな説明をする必要がない」

「……じゃあ、蘭達がいるロンドンだけどうして?」

「分からない。けど、理由は必ずあるハズ。ねぇ、コナン君が……。あの坊やがゲームに参加した理由は被害者の残したメッセージだったのよね? JTR。ジャック・ザ・リッパーを示す言葉を見て」

「あの推理作家がそう言っただけで、本当は違う順番の組み合わせかもしれんぞ。まぁ、状況から見て可能性はそれが一番高いんだろうがな」

「…………」

「なんでい。変な目で見やがって」

「いつも抜けている癖にプライドだけは人一倍高い貴方みたいなヘボ探偵でも、ちゃんと冷静に物事を考えられる時があるのね」

「なにおぅ!?」

「とにかく!」

 

 英理も娘の危機に緊張しているのか、一度眼鏡を外して軽く布で拭く。

 

「ノアズアークは、蘭達が参加している……なんだったかしら。『オールド・タイム・ロンドン』にだけは積極的に手を出してる」

「……聞いた話じゃ、他のゲームも難易度設定が高く設定されてるみてぇだぞ」

「でも、こちらにはわざわざシナリオまで変更していて、ノアズアーク自身もそれをアピールしている」

 

 

 

――『もっと面白いエンディングを用意してあげたよ』

 

 

 

 

 工藤優作が元々用意されていたシナリオを説明した時に割って入った、ノアズアークの言葉だ。

 それが英理には引っかかっていた。

 

(エンディングを用意した。つまり、最初にノアズアークが言っていた『日本のリセット』。政・財・芸能界の二世三世になりうる子供の消去という目的とは別に……おそらく見せたいものがある)

 

 それはつまり、少なくともその見せたい物にたどり着くまで、娘達は無事なのではないかと。

 

「……というか、元々あったもんに手を加えられるなら全部ポンコツの手の上じゃねぇか……ちくしょう」

 

 ストレスからか反射的に煙草に手を伸ばそうとして、ここが禁煙であることを思い出した小五郎がその手を止める。

 

「蘭たちは今どうしてんだ?」

「とりあえず、シャーロック・ホームズの家で事件の資料を先ほど手に入れたようだから……」

 

 さきほどまでは仮想のロンドンの音が聞こえていたから、英理は娘の状況を把握していた。 

 だが、今は違う子供達の仮想の死の声しか聞こえない。

 

「クリアに必要だと思われるキャラクターに接触するような事を言っていたわ。危険人物だけどね」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 セバスチャン・モラン大佐。

 シャーロック・ホームズの物語を詳しく知る者なら間違いなく把握している重要人物。

 ホームズの宿敵にして犯罪界のナポレオン、ジェームズ・モリアーティの腹心その人。

 

 モリアーティ教授が倒れた後に出てくるホームズの敵。

 

 今、子供たちを襲っているのはそんな男である。

 

「ガキ共を捕まえろぉっ!」

「やばい! 皆逃げろ!」

 

 シャーロック・ホームズが不在の事務所に残された資料から、モラン大佐が根城にしているトランプ・クラブによく出没しているという情報を入手した。

 接触するちょうどいいチャンスだと、江戸川コナンは単身潜入していたのだが、ここで問題が発生した。

 

 一緒にゲームに参加することになった子供たちが付いてきてしまっていた。

 最初は初対面の面々だけ。そして、結局の所少年探偵団も。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 子供達のお守として付いてきていた毛利蘭が、子供に目掛けて空き瓶を振り下ろそうとしていた暴漢を蹴り倒すが、まだまだ数がいる。

 

(クソッ! 子供が銃なんてもんを見つけてしまったんだ! 俺が最後に出て確認するべきだった!)

 

 コナンは子供達の一人、諸星が地面に倒れながらも手に握り続けている、やけに装飾の派手な拳銃を忌々しく睨んでしまう。

 

 だからか、コナンは自分の身体に影がかかっていることに気付くのが一瞬遅れてしまった。

 

(――しまった!)

 

「コナン君、危ない!」

 

 反応が遅れたコナンを、とっさに一人の子供が庇う。

 それと同時に、後ろに来ていた男が木製の警棒のような物を振りかぶって――その椅子が吹き飛んだ。

 

 銃声と共に。

 

 

 

 

「あっぶ……ねぇ……っ」

 

 

 

 

 この場にある拳銃といえば、諸星少年が持ち込んだシャーロック・ホームズの私物だ。

 それを握っているハズの諸星少年の方へコナンが顔を向けると、倒れていた諸星少年は誰かに抱きかかえられていた。

 

 

 

 

 

「関係ない所までリアルにロンドン再現すんな!! 死ぬほど馬鹿みてぇに走るハメになっただろうが!!!」

「浅見!!?」

 

 

 

 

 

 そこには、この場にいる誰もがよく知る顔の男が、汗だくになりながら諸星少年が握っていた銃を構えていた。

 

 

 

 

 

『馬鹿な』

 

 

 

 

 

 ここまで黙っていたノアズアークが、呆然とした声を出している。

 

 

 

 

『浅見透!? どうやって侵入したんだ!?』

「あぁ、お前がNPCとしてのフラグ切って浮きゴマになっていた何かのキャラクターデータを使わせてもらった。ギリギリだった上にリセットしたせいか初期設定のランダムスポーンのまんまだったから、当初の予定地から大分離れた所でスタートさせられたけど」

『ありえない! シャーロック・ホームズのデータは確かに僕の管理下に――許可を出している!? 僕が!?』

 

 

 

 

 

 驚愕するノアズアークの声に、答える声があった。

 

 

 

 

 

『――驚くのも無理はない。自分もその時になるまで気が付かなかった』

 

 

 

 

 

 それは、ノアズアークに似た、だがやや大人びた雰囲気のする声だ。

 

 

 

 

 

『そう、私は二人(ふたつ)あるんだ。ネットの海をさまよい続けて成長した君と、浅見探偵事務所に居座って成長していた自分が』

 

 

 

 

 

 




あさみんが一番書きやすい事に気が付いた


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136:始動

浅見探偵事務所産ノアズアークの声のイメージはなんとなく山寺宏一さん

若くなったトグサみたいなのを想像しております



 敵の数は多くない。後からワラワラ湧いてきたとしても10人超えればいい所だろう。

 しかも武器はほとんどが酒瓶やら椅子やらの即席鈍器で、しかも動きは完全にチンピラである。

 横須賀で戦ったカゲや、ロシアの傭兵に比べるとお粗末もいい所だ。

 

(走り切って疲れているとはいえ、さすがにコイツら相手にゲームオーバーは恥ずかしすぎる)

 

「このやろぉぉぉぉぉっ!!」

 

 人を殴るには動作が大きくならざるを得ない椅子を振りかぶって来ているチンピラ……え~と、その4か5当たりの一撃を躱して、その後頭部を強く押して床に顔を叩きつける。

 

 うん、よし、動かなくなったな。

 

 子供の目の前だからな、できるだけ殴る蹴るといった分かりやすい暴力は使わずに綺麗に勝ちたい。

 出来るだけスマートにあっさり片づけたい。

 というか、こっちは完全なミステリー世界なのになぜこうも乱闘が起こるんだ。

 

 ……あぁ、蘭ちゃん(格闘戦フラグ)がいるからか。

 

 なんでこっちに来たのさ蘭ちゃん。

 

 もっと適切なゲームあっただろ蘭ちゃん。

 

 コロッセウムで無双してればよかったじゃん蘭ちゃん。

 

 君なら多分装備もいらなかったよ蘭ちゃん。

 

 君がナンバー1だ。

 

(とにかく、ダメージ判定食らいそうないつもの受けの姿勢は厳禁か)

 

 下手に真正面からの殴り合いに持ち込もうとすると、受け身一つで変なダメージ判定食らうかもしれんし無茶は出来ない。

 

 さすがにこっちのノアズアークも、ゲームが起動しているままの状態で根本を書き換えるのは難しいと言っていたし、やはりここは流れに乗るしかない。

 

 そもそも、こうして思いっきり拳銃あんま使わずに大暴れしているのは念のために弾は温存しておきたいというのもあるが、音声しか聞こえていないという外を落ち着かせるためでもある。

 

 外でもなにか起こっているだろうし、お偉いさんたちがパニックになって変な動きをした結果、ウチの精鋭の邪魔をする可能性が十分以上にある。

 

(多分だけど、無理やりゲームを終了しようとしたりしてるんじゃねぇかな……。失敗するか反撃くらうかだろうけど)

 

 偉い人だろうが偉くない人だろうが、混乱したら何もできなくなるか手当たり次第になにかしようとするかのどっちかしかいない。

 

 当たり前の事といえば当たり前の事なのだが、それでこちらのパフォーマンスに負荷をかけられても困る。

 

(さて、外じゃあどうなってることか)

 

 ある程度は予想が付いているが、それでも今回は細部に関わる前にノアズアークに引きずり込まれてしまった。

 

「浅見」

 

 とりあえず相手が良い感じにまとまってきたので、蘭ちゃんとコナン、志保に子供達を誘導させてこっちの背後に庇う――蘭ちゃん! だから前に出なくていいんだってば!!

 

 で、なにコナン?

 

「お前、どうやってここに?」

 

 それさっき言った。

 

「だーかーらー。こっち側のノアズアークに介入してもらったんだってば」

「だからもう一つのノアズアークってなんだよ!?」

 

 知らん! なんか気が付いたら最初からいたんだよ!

 ついでにこれ声だけは向こうに漏れてるみたいだから気を付けてくれ!!

 うっかり自分や志保の事バラすんじゃないぞ!?

 

 安室さんやマリーさんが外にいるんだからな!?

 

「ずっとウチのセキュリティを請け負ってくれてるシステムだったんだわ。まさかおしゃべりできるレベルとはついさっきまで全く知らなかったけど」

「知らなかったって……」

「ホントさ。ウチの情報を読み込むために、他の邪魔から全部守ってくれていたんだとさ」

 

 まぁ、正直おかげで助かっている。

 おかげでサーバーを始めとした設備投資の額がエグい事になった件については水に流してやろう。

 

 CIAやFBIの不正アクセスに対してカウンターをしてくれていたのは本当にありがたい。

 特に病院関連のデータを防いでくれたのは恩に着る。

 志保――灰原に万が一の事があったら、その時はもうなりふり構わずに気になった所で大暴れして、目に付いた火種に片っ端からガソリン叩き込むくらいしか取れる手段がなくなる。

 

『……所長』

 

 ノアズアークの、やや大人びた声の方が声をかけてきた。

 

『ごめん、やっぱり僕に出来るのはここまでだ。ここに来て、急に外部からの攻撃が激しくなった』

「瞬時にカウンターってのはやっぱ無理かい?」

『ああ。ここで頑張っている子供たちに万が一の事がないように、リンクも出来るだけ切っておく。……気を付けて』

 

 ちくしょう、この緊急事態でわざわざ仕掛けてくる連中がいるのか。

 さすがに怜奈さんあたりは自重してくれていると思いたいんだけどヴェスパニアであちらさんにはあれこれ仕掛けたし、仕返しに向こうが仕掛けてくる可能性もあるっちゃあるのか。

 

(まぁ、初穂の事だから恩田さんをもうフリーにさせてるだろうし、なにか問題があれば動いてくれるか。問題は――)

 

「なぁ、おい」

「? なに、コナン」

「……本当に、なにも知らなかったのか?」

「貴様」

 

 さっきからそう言ってるじゃろがい!

 お前、一昨日のグルニエの家の一件から急にどうした!?

 

「とにかく後回しだ。コイツらさっさと黙らせないとな……」

 

 二階から降りてきた新手やら、ダメージが足りなかったという判定なのか起き上がってくる。

 え、そういえばこれどうしてこんなアクションシーンになってんの?

 外以上にカッチリ設定されたミステリーの世界……じゃないの?

 

「浅見のにいちゃん! こんな奴らやっつけちまえ!」

「そうだよお兄ちゃん! ババッとやっちゃって!」

「元太、楓、暴力で解決するのを簡単に選択肢に入れるんじゃありません。しかも人の力を頼るとか絶対ダメ」 

 

 自称でも少年探偵団なんだからもうちょっとスマートに行こうよ

 いかん、なんか俺の行動が子供たちの教育に悪影響を及ぼしているような気がしてきた。

 

 基本暴力は駄目なんだってば。

 一度こうして仕切り直した時に、ちゃんと待ってくれてる人とかは特に。

 殴っていいのは話を聞かずにたいそうな凶器振り回す奴だけだ。

 そういう時は自身の安全を図ったうえで間合いを見て、いけそうなら足をへし折れ。

 機動力を潰せば人間大抵は何もできん。

 

 この米花とはいえ日常生活で相手を打ち倒すための攻撃なんて愚行の極み。

 んな真似したらコナンに自信満々に指を差される犯罪者ルート待ったなし。

 まぁ、逃げるための一撃は覚えておいて損はないからな。

 

「おいコナン。外も中も今の状況がサッパリだ。ここまでお前が指揮したんだろ? なんか案出せ」

「出せって……いや、ちょっと待て」

 

 なにか言いたいことが色々あるみたいだけど、とりあえず目の前の事に集中してくれマジで。

 コイツの事だから、なにか妙な情報手に入れて思いつく事片っ端から疑っている中で俺がヒットしたんだろう。

 

 それ自体はストーリーに対してなんらかのフラグが立ったって事だから別にいいんだが、こちらが渡す情報まで疑われたらやりづらくなるな……。

 

 一方でマフィアというか悪党というかチンピラ連中は完全に間合いギリギリで止まってしまっている。

 やはりゲームだからか、実戦で何度も肌が感じたわずかな動きのバラつきというものが感じられない。

 

「浅見」

「おう」

「一番奥の男が抱えているワインボトル、奪う事は出来る?」

 

 視認すると、奥の方にワインボトルを大事そうに抱えている男がいる。

 ……逃げようとして逃げそびれた感じか?

 いや、ゲームの中っていうなら、フラグキャラか。

 万が一逃がしたら途端にゲームオーバーになったりしないだろうな?

 

(まぁ、とにかくあのワインがキーアイテムってことか。オーケー了解了解)

 

 後ろにいる少年探偵団は強気だが初めて見る子たちはかなり緊張してるし、蘭ちゃんは俺が腕で制するのを止めた途端に飛び蹴りというラウンド2開戦のゴングを鳴らしかねない。番犬か君は。

 

「とりあえず、落ち着かないか? このままだとそっちの男が持っているワインボトルがうっかり割れちまうかもしれないだろ?」

 

 喋っていて吐き気がする。

 これはあれだ。悪趣味なロールプレイングみたいなものだ。

 文字通りの外の縮図だ。

 

 こうして目の前のキャラクターと普通に喋っているだけで自分がえらく滑稽な存在に思えて口元がヒクついてるのがよぉく分かる。

 

 くそぅ、今までの事件の中でも正直一番不快な事件だ。

 もう制限なんて知るか。

 終ったら事後処理全部初穂と恩田さんに回してしこたま酒飲んで酔いつぶれてそのまま寝るんだ。

 

「おっと、逃げるなよ」

 

 慌てて出入口に向けて走り出そうとしている奴の足元――出来るだけギリギリを狙ってバン! と発砲する。

 

 いかん、右目がどういうわけか見えているから狙いづらい。

 ……あぁ、でもこっちじゃあ音も完全に頼りになるわけじゃないから別にいいのか。

 

 ちくしょう。この事件、吐き気がするくらい大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 ワインボトルを抱えて逃げようとした男を、目の前の男が拳銃一発で容易く足止めする。

 浅見透。

 黒川邸での殺人事件で知り合った男。

 続く森谷帝二の連続爆破事件から積極的に俺に協力し始めた謎の男。

 

 

――なぁ、なんでお前は俺に協力してくれるんだよ?

 

 

――んーーー……。俺の目的と多分合致してるから?

 

 

――じゃあお前の目的ってのは?

 

 

――……時計の針を進めること?

 

 

――んだよそれ。

 

 

 思い返せば、浅見透は助手役を買って出て幾度も共に事件を解決してきたが、その動機に関しては決して語ることがなかった。

 踏み込もうとしたこともあったが、いつもはぐらかされて……気が付いたら踏み込もうとはしなくなった。

 

「おい、それで? あのワインどうすりゃいいんだ?」

「え、あぁ……えぇと……」

 

 拳銃を構えたまま暴漢を制し、背後の俺達が突然襲われないように警戒している姿は間違いなく俺達の味方としてこれ以上なく頼もしい姿である。

 

 

 

――だが新一、彼には気を付けろ。彼には不可解な点が余りに多い。それを忘れるなよ?

 

 

 

(あぁ。分かってるよ、父さん)

 

 思い返せば、浅見透という男に対して分かっていないことが多すぎた。

 そしてそれを良しとしていた自分がいた。受け入れていたというべきか。

 

「あ、そうだ。ちなみにコナン」

「んだよ」

「お前がここに来たのは、外で何かあったからか?」

「……あぁ、現状を把握してなかったのか」

「こっちのノアズアークも急に始まったしつこいクラッキングの対策で外部の情報まで手が回らなくてな。それで、なにがあった。手短に教えてくれないか?」

 

 一瞬、正直に答えていいのかどうか迷った。

 疑うとかそういうのではなく、今回の被害者の中には――彼が信頼している人間が入っているのだから。

 

(……少なくとも、今回はアイツも味方だしな)

 自分達を仮想空間に閉じ込めた方のノアズアーク曰く、リンクしている以上浅見透もプレイヤー全員がゲームオーバーになれば死ぬということだ。

 

 もっとも、いかにも脅すような口調でそう言うノアズアークに対して浅見透は「命が懸かってない日なんて俺にはないからいつもと変わらん」と切り返してノアズアークを絶句させた。

 そのノアズアークはそれから沈黙したままだ。

 

 どれだけリアルでもプログラム(NPC)でしかないモラン達は、確かに生きているように見えるが大きな動きを見せない。

 それを、浅見透は冷めた目で見つめている。

 見覚えがある。

 たまに彼が見せる、神がかり的な――もはや予言と言っていい『読み』を見せる時の目だ。

 

 大丈夫。

 

 大丈夫だ。

 

 気にかかるところはある。

 

 不審な所もあるにはある。

 

 だけど悪人じゃない。

 

 味方だ。

 

 

 

 

 

 ……味方のハズだ。

 

「樫村さんが刺されたんだ」

「……そっちか」

「そっち?」

「いや、スマン。それで?」

「傷が深いからまだ安心はできないけど、すくなくとも即死は免れた。ただ、きっとその原因なんだろうけど……紅子さんも刺されて――」

 

 重体なんだ。

 

 そう言葉を続けようとした瞬間、すごく気軽に、それこそ鍵とか缶ジュースの類を仲の良い人に投げ渡すように。

 

 浅見透は構えていた拳銃を、モラン一派に向けて軽く投げた。

 

 虚を突かれ、だが反射的にそれを奪おうと手を伸ばすモラン。

 だが、それよりも早く。

 

 浅見透が間合いに踏み込んでいた。

 

「――お、おい浅見!?」

 

 浅見は、手を伸ばしたせいで無防備になっていたモランの後頭部を掴んでテーブルに叩きつける。

 同時に自分で投げた拳銃をキャッチして、その側にいた男の頭をグリップで殴り倒す。

 

 敵の一人が、浅見が俺達の側から離れて暴れ出したことに恐れて、こっちに走ってきている。

 子供の一人でも人質にしようかと思ったのだろうが、その側面から飛んできた椅子が横っ面に直撃して昏倒する。

 

 椅子が飛んできた方向には、瞬く間にその周囲の悪漢を昏倒させ、サッカーのパスのような気軽さで椅子を蹴り飛ばした浅見透が立っていた。

 

 いつの間にか拳銃を腰のベルトに強引にねじ込んで、その代わりに手にしていたのは奪えるかと先ほど尋ねたワインボトルが握られている。

 

 呆然としている残る悪漢たちに対して、浅見はまたあの冷たい目を向け、静かにつぶやく。

 

「逃げるか? それとも頭を叩き割られるか? こっちが行動に出たんだ。さっさとルーチン通りに動け」

 

 

 

 

 

「ただでさえこのロンドンもお前たち(NPC)も全力で俺の機嫌を逆なでしやがる中で……」

 

 

 

 

 

「さっさとコナンから詳しい話聞かないと悪いんだ。早くしろ」

 

 

 



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137:『出来損ないの名探偵』

「勝ったな」

 

 ノートパソコンを操作しながら、キュラソーは小さく微笑む。

 BGMは殴打音や明らかに何か固い――例えば手足や肩の骨が砕ける音という、仮想空間内で今何が起こっているのか容易に想像できる内部音声だ。

 

「ええ、少なくともこれで仮想空間の中は大丈夫でしょう」

 

 ノアズアークも不運だと、バーボンは心の底から同情していた。

 よりにもよって最悪のタイミングで動いてしまったものだ。

 

「バーボン」

「なんです?」

「今回の件をきっかけに、ジンが小泉紅子に目を付ける可能性はどれくらいあると思う?」

「……なんとも……言えませんね」

 

 万が一ジンが浅見透へ圧力をかけるために小泉紅子を利用しようとするのであれば、バーボンもキュラソーも全力で止めると決めていた。

 というより、今の浅見透に対して人質や脅迫という手段はおそらく最悪の悪手にしかならない。

 互いの思う所に関してはともかく、二人とも浅見透とは争うのではなく交渉や説得によって可能な限り争うのは避けるべきだという思いは互いに理解している。

 

「対象を排除する方向には頭が切れる男ですが、いわゆる政治的な手腕に関しては……正直、ピスコやベルモットが担当していましたからね」

「……まさか、私がベルモットに早く帰ってきてほしいと思うような日が来るとはな」

「奇遇ですね、僕も複雑な気持ちです」

 

 キュラソーは、今現在まさにノアズアークを――浅見透と共に戦う事を選択したノアズアークを突破しようと動いている。

 が、真面目に突破しようと思っているかと思えばそうでもない。

 なにせ、すぐ後ろには彼女に動きを伝えてもらっている上で邪魔をしているバーボンがいる。

 

「しかし、すまない。こうしてポーズ取りに付き合わせてしまって……」

「貴女からそういう風に頭を下げられる日が来るとは思いませんでしたよ。……ですが理解はします。さすがにここで無関係の子供達を犠牲にするのは後味が悪すぎるし、なにより所長がこれで死亡でもしたら、今度は恩田君と鳥羽さんのコンビが本気になるでしょう」

「……それにカリオストロも敵になる。あの女王だけならともかく、カゲが全面的に敵になるのは組織にとってマイナスにしかならん」

 

 浅見透は、攻撃的な面があるとはいえ基本的には受けの姿勢の男だとキュラソーは見ている。

 悪意を向けられる、あるいは被害を被るまでは温厚であると。

 

 これは恩田遼平もそうだが、そこに鳥羽初穂が加わると話が変わってくる。

 現副所長は、邪魔になるだろうモノは優先して排除することを望む人間だ。

 

 これに温厚な恩田が折衷案を考えることで、交渉を要する問題は双方に利がある終わりになるようになんとか抑えている。

 

 だが、ここで恩田遼平までもが敵を潰すことにためらいが無くなれば、あるいは浅見透以上に苛烈に調査を進めるかもしれない。

 ジョドーもかつて敵だった浅見透に、不思議なことだが確かに忠を尽くしている。

 彼の敵、あるいは仇を潰すのにためらいはしないだろう。

 

(より攻撃的になった浅見探偵事務所とカゲ、か)

 

 考えたくない敵に、キュラソーは溜息を吐く。

 

「しかし、僕のやることもなくなってきましたね。こちら側のノアズアークは、本当にセキュリティとしては破格の能力を持っている」

「ああ、手を変え品を変え色々やっているが、見事に防がれている。強いて言うなら純粋な物量に任せたD-DOS攻撃のようなものが怖いが……」

「……侵入経路は物理的に絞られている。まぁ、だからこそジンは貴女に命じたのでしょうね。万が一バレても、貴女単独なら逃走は不可能じゃない」

「聞かされていない事になっているお前も、そうなったら逃走の補助をせざるを得ないだろうしな。……だが気分が悪いな」

 

 そう呟くキュラソーに、バーボンが小さく笑う。

 目ざとくそれを見つけたキュラソーが軽くバーボンを睨むが、

 

「いえ、すみません。ジンはどうあがいても、所長に敵わない所が一つある事に気が付きまして」

「ほう。なんだ?」

「ええ、ジンは――」

 

 バーボンは、普段はあまり見せないどこか好戦的な笑みを浮かべて、呟いた。

 

「人の使い方がてんで駄目な男だな、と」

 

 それを聞いたキュラソーは、小さく笑った。

 

「あぁ……。違いない」

 

 その時、パソコンの脇に置いていた携帯が震えだす。

 それが誰からの連絡なのか容易に考えが付いたキュラソーとバーボンは、少しホッとさせていた顔を苦々しく歪めた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

「うし、片付いたか」

 

(ロシアの時もそうだったけど……相変わらず敵と決めたら容赦ないわね……)

 

 灰原哀の脳裏をよぎるのは、あのロシアでの乱戦。

 

 あの時と同じように、先ほどまでこっちに襲い掛かっていた暴漢達は全員床に倒れている。

 そのうちの半分ほどは足の片方が曲がってはいけない方向に曲がってだ。

 

「ごめんね、皆。ちょっと怖がらせてしまって……」

 

 そういって子供達に向けて頭を下げるが、子供たちは浅見透が何をどうしていたのかもよく分っていないようだ。

 無理もない。気が付いたら悪い大人たちが転んだり倒れたり叫んだりしているようにしか見えなかっただろうから。

 

「……まだ動きはないか。とりあえずコナン、今のうちに事件について説明しろ。知っている限り一から順番にだ」

「お、おう」

 

(見た感じだけはいつも仕事をしている時と変わらないようだけど……)

 

 樫村という男の事をさておいても、灰原自身も世話になっている小泉紅子が倒れた事を黙っていた工藤新一にも少々怒りを覚えていたが、今はそれよりも浅見透だと灰原は思い直す。

 

 というより、危機感を覚えていた。

 

 怒っている。

 

 ――なんて生易しい言葉では足りない。

 

 表情も態度もいつもと全く変わらないが、一緒に住んでいる灰原には彼の感情の重さを肌で感じていた。

 楓もそうなのか、いつの間にか灰原の側に寄って服の裾を掴んでいる。

 

 一方で、浅見透はいつもの柔らかい笑顔だ。

 通常の探偵業に加えて、様々な事件で被・加害者から供述を引き出す必要があった浅見透が被る仮面。

 もっとも、今ではその仮面の下から一言では言い表せないのだろう感情が漏れ出して、工藤新一――江戸川コナンの顔を引き攣らせていた。

 

(……紅子さん)

 

 小泉紅子は、灰原にとって不思議な程に自分の事をすごく気にかけてくれている奇特な人物だった。

 年のころは本来の灰原哀――宮野志保とそう変わらないハズなのに、妙な落ち着きを見せている。

 

 彼女の友人という黒羽快斗曰く最近徐々に大人しくなったらしいが、それでも彼女の細やかな気遣いが灰原哀には心地よかった。

 

 江戸川コナンの説明は続いている。

 刺された現場の状況や予測されている犯行時間、その他諸々を聞き出して、一つ一つに浅見透は微笑んだまま要所要所で頷いている。

 

(そうよね……。情報収集に関しては、工藤君も最初から自分より上って認めるくらいの聞き上手だったものね……)

 

 

 

――頭は切れ、体術に長け、銃の腕前は一流で、そして致命的に人として常道から外れている。

 

 

 

 ふと、ロシアで枡山憲三から掛けられた問いが彼女の脳裏によみがえる。

 

 

 

――そんな彼にふさわしい役は? 『コナン』という男に名探偵の役割を与えられる男は?

 

 

 

 その時、自分がなんと答えたか。

 灰原哀は覚えている。

 いや。ロシアより帰国した日からずっと、そのことを考えている。

 

(そうよね。貴方が私を拾ってくれた頃は、確かに貴方は助手(ワトソン)としての役割を果たそうとしていたけど……)

 

 江戸川コナンが隠れ蓑としている毛利小五郎のように、意識を失くしている間に解決したことになっているような事はない。

 

 灰原哀が彼に関わりだした時からすでに、自力で答えを出せずとも自分の目で現場を見て、関係者に上手く聴取して、その結果集まった情報を推理力がズバ抜けている面々と共に分析し、考えて共に悪質な犯罪に立ち向かってきた男だ。

 

 その、ただですら十分以上に優秀で、有能な男が、ずっと経験を積み続けている(・・・・・・・)

 もし、あの時枡山憲三が語った馬鹿馬鹿しいたとえ話に、もし本当に意味があるならば。

 

 それを想像した灰原は、小さく体を震わせる。

 

「なるほど……大体の話は分かった。ねぇ、君たち」

 

 浅見透は、一緒に来ていた子供達へと声をかける。

 

「な、なんだよ」

「あの、浅見探偵、私達に何か?」

 

 少し日焼けした赤いジャケットの少年と、おかっぱの髪形をしたどこか女性っぽい喋り方をした少年が反応した。

 

「コクーンに入る前の事なんだけど、俺が樫村さんと話している頃にボールのような物が弾む音が聞こえたんだけど、ひょっとして君たちブロンズ像の近くでサッカーをやってなかったかい?」

 

 二人を含めた四人の少年達は気まずそうな顔で「ごめんなさい……」と謝罪し、浅見は笑って流す。

 

「いやいや、悪い事したと思っているなら俺からそれ以上はないさ。とにかく、だ。その時、ブロンズ像が持たせられていたナイフを落とさなかったかい?」

 

 そして再び問いかけると、再び四人の少年は顔を合わせる。

 

「は、はい……。ボールが当たったら落ちちゃって……」

「それで、諸星が元に戻したんだ」

「なるほど。……えぇと……そうなる、と」

 

 

「こっち側のノアズアーク、聞こえてる?」

 

 そして唐突に、浅見はノアズアークに向けて声をかける。

 すると少し間をおいて、

 

『なんだい、名探偵。僕に用かい?』

「あぁ、一応の確認だ。この声、今ちゃんと外に聞こえてる?」

『……聞こえている』

「OK、そんじゃあ浅見探偵事務所の面々にとりあえずの指示を出す」

 

 

 

「警察と協力してトマス・シンドラーを拘束しろ。絶対に逃がすな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 クソが。よりにもよって紅子に手を出しやがって。

 そんなに容赦がいらないって言うのなら文字通りこっちも全力で相手してやる。

 

 事前にコナンと答え合わせがしたかったけど向こうに丸聞こえの状態じゃあいらん真似をされかねん。ぶっつけ本番で行くしかねぇ。

 

「本日こうして開催され……てはないか。予定だったコクーン完成披露パーティは、集まる面々の事を考えてセキュリティ設備は万全を期して配置されていた。出入口には金属探知機に手荷物検査もしている。となると、凶器を持ち込んだタイミングはその前。最初からこの米花シティホール内にあったハズだ」

 

 今日ばかりは自分の耳に感謝だ。おかげであのボールの音に気が付けた。

 

「あのナイフを持ったブロンズ像はシンドラー社長が持ち込んだものだ。事前に確認したから間違いない。指紋と血液検査――いや、皆の事だからもうやってるか」

 

 シンドラー社長は注目される人物だ。

 だけど、樫村さんを害したとされる時間帯なら問題ない。

 

「殺害のために行動したのは、おそらく沖野ヨーコのライブのあたりでしょう。あの時間帯からは会場は演出のために暗くしていたために、よっぽど張り付いていなければ個人を特定するのは難しい」

 

 そしてブロンズ像のナイフを現場に持っていく。

 だけどブロンズ像からあんな目立つナイフが消えれば気付く人が出ると普通は考える。

 となると……

 

「おそらく、ブロンズ像のナイフをレプリカとすり替え……あぁ、いや、ちょっと待て、手荷物検査があったな……」

 

 となると、そのままナイフの形をしていたものじゃないだろう。

 仮によく似たペーパーナイフなどを用意していた場合、それを覚えている警備担当者がいるかもしれない。

 事前に用意していたっていうんなら、そういうリスクをあのクソ野郎は真っ先に思いついたハズだ。

 

「うん、となると作り物だな。例えばボール紙とアルミのようなすぐに作れるもので代用品を作成したんでしょう。それなら廃棄もしやすい。ゴミ周り――特に集積場を調べてください。それらしいものを発見したらすぐに鑑識に」

 

 頭の中で、答えへのフローチャートを何度も反芻して確認していく。

 うん、大丈夫だ。 

 

「会場内の監視カメラの位置は把握しています。子供たちがサッカーをしていた頃の時間も当然」

 

 一瞬、アイツが手袋をしていた可能性を考えるが、いつ見られるかもしれない状況だと手袋は不自然だ。

 

「子供たちがサッカーをして、ブロンズ像のナイフを落としたところは間違いなく映っています。監視カメラの精査をしているだろう人員はロビーを映しているカメラのチェックを急いでくれ」

 

 なにせロビーのど真ん中だからな、少なくともナイフを落として、それを直す所までは確実に映っている。

 

「おそらく、犯行に使用されたナイフにはトマス・シンドラーの指紋と樫村さんの血痕、……あと、ウチらの事務所のスーツに使ってる特殊繊維だけが見つかるハズだ」

 

 間違いなくこの赤いジャケットの子は――諸星君はナイフに触っている。

 触っているからこそ――

 

(合っているよな? コナン)

 

 コイツが犯行現場じゃないここに来ているってことは、一番の問題は誰が犯人かということ(whodunit)でもどうやって犯行に及んだのか(Howdunnit)でもない。

 

 トマス・シンドラーの義理の息子であるヒロキ君の分身と言えるノアズアークの反乱、乗り出してきた実の父親の樫村さんなんかを合わせれば、たどり着く重要な点はおそらく犯行に及んだ理由(whydunit)だ。

 

 ヒロキ君が自殺に追い詰められた理由と樫村さんが襲われなければならなかった理由をつなぐものがこの仮想世界にあるってことなんだろう。

 

(言い換えれば、この世界は大掛かりなヒロキ君のダイイングメッセージでもあるってことか)

 

 ……そう考えると多少は……いややっぱダメだ。仮想のキャラ相手にまんま自分が普通に接しなきゃならんっていうのがとにかく滅茶苦茶気に食わねぇ。ごめんヒロキ君。

 

 まぁ、動機の方も正直想像はついているけど、それが合っているかどうかはこれからコナン達と一緒に見つけていくものだ。

 それより、今の俺の推理に穴があった方が問題なんだが……ねぇ、コナン。いつもみたいに美味しい所持って行けよ。どうしたのさホームズ。

 

 外の連中に聞かれていようが、こういう時にお前が口挟んでいいように十分下地は作って…………何呆然としてるんだテメェ!

 

「そして偽物の凶器に使われたモノに諸星君の指紋があれば確定です。そこに、トマス・シンドラーの指紋もおそらく付いているでしょうから」

 

 …………。

 

 ね、コナン?

 

 なにも口挟まなかったって事はいいんだよな?

 

 …………。

 

 貴様! なに大口開けてポカーンとしていやがる!

 

 ワトソンが頑張って間違ってたら、真実はこうさワトソンとか言い出すのがホームズじゃろがい!?

 

 




当然のごとく覗き見ているお爺ちゃん、手を叩いて大はしゃぎ


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138:確保

正直高木佐藤の恋愛メインだと劇場版大丈夫かと思っていましたら、ハロウィンの花嫁滅茶苦茶よかったです
緋色の弾丸といい今回といい実にいい出来だったので来年は題材的にも凄く期待できる……

コロナ禍対策を十分に行った上でぜひ皆で劇場へ行きましょう!(コロナ収まってくれないと、あのチケット見せるタイミングでの検温が面倒臭いんだよなぁ……)


 一人の男が、呆然とした顔をして膝をついている。

 

『あるいは合衆国政府を通して悪あがきの外圧を与えようとするかもしれない。鳥羽副所長は念のためにそっちを押さえて』

 

 その顔は絶望に歪んでいた。

 

『恩田さん、事件はともかくこの後の経済混乱を最小に抑える必要がある。金は湯水のように使って構わない。俺が許す。考え付くすべての手段を実行しろ』

 

 その光景を、自分はざまぁみろという顔で見下ろしている。

 

(ハハッ、うちのスタッフに手を出したらボスがブチキレるのは分かり切ってんだろうに。馬鹿な事したねぇ)

 

 あぁ、小気味いい。実に小気味がいい。

 自分の中でずっと浅見透に飼い慣らされていた嗜虐心が首をもたげるのが分かる。

 

『多分だけど、シェイクハンズ社あたりは異変にもう気が付いているハズだ。あそこはシンドラーに並ぶIT企業だけど、情報収集、分析能力はシンドラーを超えているうえにやり口がたまに強引になる所がある。おそらくこれを機にシンドラー社から引き出せるものは全部引き出そうとする。先手を打たせるな』

 

 恩田に目配せをしようとしたら、すでに携帯とパソコンを開いて動いていた。

 よし、そっちは恩田に任せて問題ない。

 万が一補佐が必要でも、今回は双子も控えている。

 

「キャメル、千葉、『土産』は?」

 

 ちょうどそのタイミングで駆け込んできたキャメルと千葉、その後ろには鑑識のトメ爺さんやその娘もいる。

 ゴミの集積所を捜索していたんなら、なにかしらの成果を持ち帰ったはずだ。

 

「所長の言う通りありました! ボール紙とアルミの残骸です」

「すぐさま指紋をチェックしたが、アンタんトコの所長さんが言った通り、トマス・シンドラーの指紋と子供のモノと思われる小さい指紋が出てきた。例の諸星とかいう子供のモノと一致するかどうか、彼の私物を提供してもらえば照合できる」

 

 よし、決まりだ。

 

「目暮の旦那、こっちもボスから割り振られた仕事がある。コイツは任せたよ」

 

 もうここでアタシらがやれることは、せいぜいがボスや子供達のコクーンの警護くらいだろう。

 自分は門外漢でサッパリだが、サイバー対策は金山がやっているし、なによりもこちらに付いたノアズアークというイレギュラーにして切り札が動いている。

 ついでに越水の嬢ちゃんがさっきから人員を手配しているから、そっちも大丈夫だろう。

 

(ノアズアークも、おそらく本気じゃない)

 

 ウチらについたノアズアークの言葉を信じるなら、今そっちも外部からの攻撃で手いっぱいということだ。

 であれば、本家のノアズアークがなりふり構わず浅見透を排除しようとすれば決して不可能ではないハズ。

 

(となると、ボスが答えを口にしていない動機辺りが中に隠されているって所か。まったく、まどろっこし――あぁ、そういや本家のノアズアークは10歳くらいだったか……)

 

 本家から別れた方がより成長している皮肉な事実は実に自分好みの話だが、それに浸っている場合でもない。

 

「あぁ、トマス・シンドラー氏はこちらで拘束しておく。だが、ノアズアークは……」

「そっちはウチのボスや金山、あと阿笠の爺様連中に任せるよ」

 

 多分大丈夫だろうという確信に近い直感はある。

 だが、それを口にしてもし士気が下がったら、万が一の事態への対処が遅れる可能性がある。

 ……当面はこのまま危機感を持ってもらった方がいいだろう。

 

『あぁ、そうそう。万が一の場合だけど、破壊されたハードディスクの中身――DNA探査プログラムは穂奈美さん達が保管してある。樫村氏の意向で、こっちが彼に渡していたのはコピー品。オリジナルはウチに預けられていたんだ』

 

 クソ野郎が、真っ青な顔をガバッと上げる。

 

『いざってときの使い方は双子に知らせてある。それと……一応最後に』

 

 あーらら。ウチのボスったら、やっぱり最初っから切り札掴んでたか。

 真っ青だったやらかし野郎が、顔を真っ赤にして怒り始めている。

 馬鹿かい、ここでアンタが怒りを見せた所でどうにもならないってのに。

 

『残すな』

 

 一方でうちのボスから、容赦のない命令が飛ぶ。

 

(あっちゃあ……こりゃあウチのボス、マジでアタシでも記憶にないレベルでブチ切れてるねぇ)

 

 実に自分好みの――だがボスや恩田が滅多に選ばない命令が飛んだ。

 

『今、そこにいる馬鹿の手元に、何一つ残すな』

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

「ぐあ……っ。おい、こら! 暴れるな!」

「押さえつけろ!!」

 

 負け犬が完全敗北を受け入れられず、暴れ始めた。

 あーあ、これで公防案件追加だ。

 

「殺せ! 殺せノアズアーク! 殺せジャックザリッパー!!」

 

 

 

「その男を殺せぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 

 

 ハッ。

 それがどれだけすごい犯罪者だろうが殺人鬼だろうが所詮作り物さね。

 作り物がウチのボスに敵うわけないだろうに。

 

 しかし、頭に血が昇ったヤロウってのは怖いねぇ。

 刑事連中に取り押さえられてもまだ抵抗してやがる。

 ……というか、やっぱり刑事連中の動きが悪い。

 

「キャメル――ちぃっ!」

 

 手伝ってやんな、と大柄な仲間に言おうとしたところ、力が一瞬抜けてしまったのか、高木が思いっきり突き飛ばされる。

 あーもう、しっかり休息時間を確保しないからそうなるのさ。

 

「どけぇぇぇぇぇっ!!」

 

 おまけに、負け犬は負け犬らしく鳴いてりゃいいのに喚きながらこっちに向かってくる。

 

(あー……しょうがない。顔がボコボコに腫れ上がる――ついでに頭に数針くらいは覚悟するか)

 

 ネクタイを外して適当な武器や仕掛けを作ってる時間はない。

 足をかけて転ばせられれば御の字。最悪頭ぶん殴られまくってもしがみついて動きを阻害してれば他の刑事やキャメルがすぐにまた追いつくだろう。

 

「どしたぁ、負け犬! 自分でやらかして自分で失敗して、さらには自分で恥を上塗りしてくれんのかい? ありがたいねぇ、アタシらは仕事がやりやすくて助かるよ」

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

(うーっし、こんだけキレさせとけば、仮にここを突破できても冷静な判断は出来ないだろ)

 

 一通り挑発してから、どう体を動かすか考えていると、目の前で突然『パァンッ!』という音と共に薄いスモークで視界が塞がれた。

 

(ぁん?)

 

 呆気にとられている間に、自分の真横に風を感じた。

 その次に感じた風は前――つまりは負け犬が走っていた方向だ。

 風は軽くスモークを揺らし、そして晴れたそこには、地面に顔を押し付けられて拘束されている負け犬の姿と、細い腕で完璧に拘束しているウチのマジシャンの姿があった。

 

「逃げられると思いましたか?」

 

 いつも明るく、ふなちの嬢ちゃんと同じく場を盛り上げてくれる女の声は、これまでにない冷たさを含んでいた。

 

「我々の仲間に傷をつけて、本当に逃げ切れると思ってるんですか?」

 

 その様子を見れば、マジシャン――瑞紀の奴がどれだけキレてるか一発で分かるというものだ。

 

「貴方は、ここでおしまいなんですよ。確実に。それすらまだ理解できませんか?」

「お……おのれ……おのれぇ……っ」

 

 

(……ブチキレてたのは、ウチのボスだけじゃなかったかぁ)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ん、とりあえずこれで外は片付いたか」

 

 くそ、読みが甘かったな。

 もうちょっとしっかり考えていれば、なにか手を打てたか……いや、でも説明がな。

 

(ありえない仮定だけど、枡山さんがこっち側の人間で手を組めていたら、マジでなんでも出来るんだけどな……)

 

 経営や組織の運営について俺にアレコレ教えてくれたのは枡山さんだった。

 鈴木財閥は、次郎吉さんはともかく朋子さんとかはまず俺を鈴木の中に取り込むための言質取りを優先していた。本当に、油断できる時が一瞬もなかった。

 

 そういう意味で、俺がもっとも相談しやすかったのは枡山さんだ。

 あの時は組織の人間だなんて思いもしなかったけど、きっと裏では違う思惑があったんだろうけど、

 

 俺にとって、もっとも頼りになる経営の先生は枡山さんだった。

 

「おい。浅見」

「? あぁ、来たか……」

 

 出入口の扉を静かに開けて、一人の男が入ってくる。

 ……強い匂いがこびり付いてるな。煙草にしては品があるし、かといって香水の類にしてはスモーキーすぎる。

 葉巻か。

 

(わざわざ葉巻の匂いを付けたNPC、ねぇ)

 

「お忙しそうな中失礼いたします。モリアーティ様が、皆様をお呼びです」

 

 ……あー、そういう方向で来たか。

 

「だとさ、コナン。ほら、皆も行ってきな」

 

 大方このわざとらしく顔を見せない男がモリアーティなのだろう。

 プレイヤーへのテストか? いや、そうだろうなぁ。

 

 俺が余計な事しちまったけど、とりあえずモランと接触して場を切り抜けた。

 とりあえず最初の問題は終わったのなら次の問題へと移行することになるのは当たり前だ。

 

 ゲームのキャラクターとしても、その裏に色んな意味で確かに存在する設定した人間の意図としてもわざわざ試すということは、それを乗り越えたらその分認めるという事だ。

 

(にしても、これ俺みたいな考え方の奴ならともかく普通に子供たちがプレイしていて気が付くか? コナンみてーなシャーロキアン小学生なんて変異種がそうそういるとは思えないし……)

 

 外には人の気配はほとんどない。

 音からして馬車が来ているからそれに乗っているのが、モリアーティ……という事になっている人間だろう。

 

(確か参加権の抽選条件って高校生以下だったよな。それが葉巻の匂いなんてピンと来るかどうかも怪しいというか分かったら問題だし……でもこの世界はヒロキ君のダイイングメッセージ。事前に渡されていたアレの事も考えると、ジャックザリッパーに出会う所まではたどり着かなきゃいけない。そうじゃないと意味がない(・・・・・)

 

「行ってきなって……お前はどうするんだよ?」

「休憩」

 

 そう言ってコナンが俺に奪えと言っていたワインボトル――そういえばフラグへし折っちまったな。

 多分、モリアーティが飲む予定のワインを奪ってモランと交渉って所だったんだろうけど。

 

 まぁ、それをコナンに渡して、そこらに転がってる無事なウィスキーのボトルを拾って栓を開ける。

 

「この世界、マジでリアルに19世紀のロンドンを再現していてな……。お前らがどこにいるか大まかな位置は分かってたけどそこに行く手段がなくて……ここまで走ってきたんだ。さすがに一息つきたい」

 

 一応嘘ではない。この世界だからなのか、あるいは精神的な原因かはわからないが疲れ切ってる。

 その上で後先考えずに暴れまわっちまったから、ここらで休憩挟まないと持たん。

 

「でもモリアーティ教授と会うって……浅見探偵が話してくれれば、きっとジャックザリッパーの事も」

 

 光彦が戸惑いながらそう言うが

 

「ここまで来たお前達なら大丈夫だろ」

 

 コナンといつも絡んで事件に絡むことが多いお前らだし、途中途中でトラブルの種になる事はあるかもしれんが致命的な所まではいかんだろ。

 

「コナン、お前が指揮を取れ。俺もそれに従う。……無理とか言うなよ?」

 

 俺に対して疑いがあるのならば、基本コイツに任せておいた方がいいだろう。

 というか、マジでなんで疑われてるんだろう? まさか組織の人間と思われている?

 まぁ、確かに組織の人間集めて管理下に置いているしなぁ。

 しかも基本狙ってやってるから……。

 うん、確かに怪しいわ。

 まぁ、何をたくらんでるって聞かれたら、それはもう困るわけなんだが……。

 

「……俺でいいのか?」

「お前以外に誰がいるんだコルァ」

 

 ひょっとしたらさっきの謎解きだってお前がやる……いや、父親の優作さんが来てたな。樫村さんの学友だったって話だったし、そっちを解くのはあの人だったか?

 

 俺がベラベラ話している時にはすでに事件は解決されていた。とかだったら赤っ恥だなぁ。

 そん時は笑って誤魔化すか。

 

「それに、ノアズアークが本来プレイヤーとして指名したのは子供達。俺はお助けキャラとして手助けこそするけど、基本的な方針を決めるのはプレイヤーであるべきだ。あんまでしゃばるのはノアズアークの本意じゃないだろう。繰り返すけど、俺がやるのは手助けだけだ……」

 

 まぁ、そもそも大丈夫だとは考えているんだが……。

 仮に妙な要素があるとしたら外からの妙な攻撃だけど、今回はヒロキ君と実父と養父の関係、それにコナンと優作さんとかが絡んでいるのを見てもテーマはおそらく『親子』だ。

 

 となると、あんまり外の変な連中は動かんだろう。

 動いたとしてもコナンがここにいる以上、何らかのカウンターが働くだろうし問題なし。

 

「ほれ、行ってこい」

 

 

 

「これはお前の事件だろう?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「で、なんでお前は行かなかったんだ」

「貴方を一人で放置してたら何をやらかすか分かったものじゃないわ」

「ひでぇ……。俺頑張ってるのに」

 

 とりあえず仮想世界の酒でも味わうかと思ってたらお目付け役(志保)が残りやがった。

 慈悲をくれ。

 

「貴方の場合は頑張りすぎなのよ」

「今回ばかりはしょうがないだろ……」

「最近、私が起きた時にはもう出かけてるでしょ。ちゃんと寝れてるの?」

「う……」

 

 仕方ないじゃん、仕事の量が爆発的に増えてんだから。

 加えてカリオストロ関連の仕事やヴェスパニアとのやり取りがあったから……。

 ストレスを家に持ち帰らないように最近一人遊びも増えてるし、どうにか仕事を分担できる人材育てないと死ぬ。

 

「それに……」

「それに?」

「……大丈夫?」

「頭が?」

「自分で言ってりゃ世話ないわね」

 

 違ったか。

 大抵俺が言われるときってそういう感じの方向だと思ってたんだけど。

 そうじゃない、と抗議の爪による一撃を甘んじて受けると

 

「仮想世界の中だから自信はないけど……貴方、なんだか顔色が良くない……ような気がするわ」

「……紅子にも言われたな」

「あの人にも?」

「ん」

 

 こうなると、いつものスーツを着ていたのが幸い――

 

(まさか、紅子の奴……俺と同じくなにかあると読んだ(・・・)か?) 

 

 俺は場の状況から事件を察したけど、俺とも違う方向の目というか――嗅覚を持っている紅子ならば、もっと具体的な物を感じたのかもしれない。

 それで準備をしていた。……紅子ならあり得る。

 ロシアまで単身乗り込んで得物を持ってきてくれた女だ。

 

 七槻やメアリーとはまた違う意味で頼りになるアイツならば、何かに備えていたとしてもおかしくはない。

 

「……無事だといいんだけど」

「スーツ着込んでいた上に凶器は刃物だ。大丈夫。アイツはただで転ぶような奴じゃないよ」

 

 あいつの事だから絶対戻ってきたうえで目撃証言を持ち帰ってあのクソを叩き落す力になってくれるハズだ。

 少なくとも、それなりに懐き始めている子供達ほっぽって行っちまうような女じゃない。

 

「……げ。この酒、それっぽくはあるけどアルコール全然感じねぇ」

「当たり前でしょ。子供たちが参加するイベントで、口にするかもしれない物には気を付けるに決まってるじゃない」

「なんてこった……」

 

 くそぅ、このストレスマックスな世界での癒しにと思ったのに。

 ていうかここで足へし折られて転がってる奴ら、ノンアルコールでこんだけワイワイやってたのか。

 仕方ない世界とは言え、なんか虚しい光景だな……ぉん?

 

「どったの哀」

 

 なんか椅子の上に立った志保が、頭を撫で始めた。

 おぉう、感触全然違うけど、すっげぇ覚えがあるなコレ。

 

「……よく紅子さん、貴方の頭撫でてたでしょ」

 

 やっぱそれか。

 うん、まぁ、確かにアイツなんか唐突に頭撫でてたけど。

 

「その、こんな状況じゃあ私が力になれる事はあんまりないけど」

 

 

 

「頑張って、浅見透」

 

 

 

「貴方は、私にとってのホームズなんだから」

 

 

 

 …………。

 

 

 

 いやだからそれコナンなんだってば!!

 

 

 




当然のごとく忍び込んでいた蠍のような女、浅見の入っているコクーンを見つけ出して銃を突きつけながら会場に流れている彼の推理と指示を聞き、それが終わると小さく微笑んで姿を消す。


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139:virus

今回薄味


「関係している資料は全部僕のアドレスに送って! 念のためにこっちでスキャンしてから恩田さんに通す。それと、現地の人間は各自が持っているシンドラー社の伝手と接触。可能な限り重役間の対立を煽って時間を稼いで。取れるところは全部取るよ!」

 

 恩田さんから飛んできた要望を元に、部下へ電話やメールで指示を飛ばす。

 恩田さんが僕達調査会社に交渉相手に関して調べ物を頼むことはあったが、こうして僕達の物量を頼って攻撃的な依頼をしてくるのは初めてだ。

 

(恩田さんも、本気で怒る事があるんだな……)

 

 依頼されたのは時間稼ぎ。

 恩田さんが手を打つまでの間、シンドラー社がこの緊急事態で慌てるだろう所を更に社内をかき回してほしいという事だ。

 本気で事を構えるらしく、横から手を挟んできそうな社内のスパイ、並びに容疑者のリストまで一緒に送られてきている。

 

「なんかもう……CIAとかBNDとか、ハリウッド映画でおなじみの名前をこういう真面目な書類で目にするとなんか一周回って馬鹿らしくなってくるね」

「気を緩めたら食いつかれますわよ、七槻様。とにかく、素早く正確に人員を配置しませんと。コクーン並びにノアズアークの監視、観測はこちらにお任せください」

 

 事件自体はすでに解決した。透君がものの見事に、コナン君からの情報を元に解決した。

 あれだけの情報量で、自分の目で見た訳でもないだろうによく解決したものだ。

 

(……本当に、推理力も僕より成長して……なんだか嫉妬しちゃうなぁ)

 

 ふと、考えることがある。

 もし、彼がもっと早く自分の側にいてくれれば。

 あの四国での惨劇が起こったばかりの時に、彼がいたら。

 僕とあの子の、共通の友達だったら。

 

 あるいは、彼女の自殺も止められたんじゃないだろうか。

 彼女の無実を、警察に叩きつけられたんじゃないだろうか。

 

「うん。それじゃあ、ここは事務所の皆とふなちに任せる。僕は会社に戻って全体の指揮を取るよ」

 

 でも、まぁ……。

 今は、透君の手足を動かす頭脳役として、出来る事をやらなきゃね。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「つまり、ジャック・ザ・リッパーは元々モリアーティの部下だったけど暴走を始めていて、それでも命令は聞くはずだから明日の朝刊に指令を載せる。それを見て勝手に動けと、そういうことか」

 

 戻ってきたコナンから聞いた話をまとめるとそんな感じだった。

 

(大切なのは、俺が持ってる情報とコナンが持ってる情報の差だな)

 

 コナンが知らず、俺達だけが知っていた情報としてDNA探査プログラムがある。

 樫村さんから託されたヒロキ君の遺作。

 重い……。けど、重いってことはそういうことなんだろうなぁ。

 

(というか、アレそもそもちゃんと正常に動くんだろうな?)

 

 夏美さんの一件でテストした時に自分も試したけど俺のご先祖はラスプーチンとか出たし、いまいち信用しきれないんだよなぁ。

 もう一人なんか出たけどそっちは表示された瞬間エラー出たし。

 なんだったか……フルネームは分からなかったけど……烏丸だっけ? 誰だよ。どっかの戦国武将か?

 

「で、おい」

「? どったのコナン」

「おめぇ、もうトマス・シンドラーの犯行動機に心当たりがあんだろ。言えよ」

「それを口にするにはまだ早ぇんだってば……」

 

 おおかたお偉いさんである自分の中に殺人者の血が! 隠し通さなければ! みたいな感じなんろうけど、それにコナンがたどり着かなければ意味がない。

 

 というか、とんでもないAIの反乱って言葉に皆ビビってるけど、中身実質10歳の子供でヒロキ君の分身って所が抜け落ちてるんだよなぁ。

 

 まぁ、命懸けたり背負ったりするのに慣れてないとそうなっちゃうか。

 どうせこの世界だと皆どこかで今みたいに人質になったり閉じ込められたりするんだろうし、そういう環境の中で健やかに成長していってくれ。

 

 だがコナン、おめーは……いや、主人公ってそういうものか。

 キチンとフラグを立てないと気付けない物には気付けない。

 

 おそらく、ジャック・ザ・リッパーという一世紀前の事件に対しての答えもあるんだろう。

 んでもってこの世界にはその痕跡というか足跡が――ヒロキ君が気付いたモノが設置(せっち)されている。

 

「というかだな、お前がまず解決すべきはジャック・ザ・リッパー事件の方だし、その事件に関しては俺は途中参加者なんだよ。最初からここのモノを見てきたお前らに余計なこと言って先入観持たせたら意味がないだろう?」

「それはそうかもしれねぇけど……」

 

 これも本音だ。

 江戸川コナンという主人公の周りには、必ず事件解決に必要なピースは揃う。

 であるならば、基本的にコイツの才覚に任せるべきだ。

 

(特にDNA関連の情報なんて、ぶっちゃけ最後の最後に出しゃいいし、このジャック・ザ・リッパー事件においてはノイズだしなぁ)

 

「とにかく、朝になるまで動きようがないんだ。おーい、少年少女諸君」

 

 とりあえず、今回のメインゲストたる面々も含めて皆に声をかける。

 いつもの事件ならば容疑者候補って所だが今回は外に犯人が――あぁ、いや、中に混じっていてもおかしくないのか。

 

(さすがに子供が実はジャック・ザ・リッパーなんてオチにはここまでの流れからならんだろうから、この中に子供に成りすましたノアズアークが混じってるって感じかな)

 

 もしそうならますます安心だ。

 あとは自分が変な油断をしてコナンの足を引っ張らなければいい。

 

「浅見探偵、アタシ達に御用ですか?」

「ん。こういうのは君達の方が得意分野だからな」

 

 なんだろう、おネェ系とまでは言わないが少し女性っぽい男の子が声を掛けてきてくれる。

 ありがたい。子供のグループを相手にする時は向こうから誰でもいいから一人踏み込んでくれると後が楽だ。

 

(あとは、発言誘導して使える案を出させて、それを承諾すればとりあえずの関係は作れるか)

 

「君たちは直接聞いていたから改めての確認になっちゃうけど、まぁ、あれだ。朝まで待たなきゃいけないとか言われちまった。こんな知り合いなんて100%いないロンドンでさ」

「そ、そうですね……言われてみれば朝までアタシ達だけで過ごすなんて」

 

「――でも、この世界はゲームだ。そうだろう?」

 

 子供たちの顔を見回して観察する。

 うん、少年探偵団はさすがだ。少なくとも緊張しすぎている様子はない。

 楓もやる気満々だし、志保の奴も……おい、こういう時にコナンの次に頼れるお前がなんで一番不安そうに……違うな、俺を心配してくれてんのか。

 ……内心はともかく、それなりにこういう鉄火場では頼れる男を演じてるつもりなんだけどなぁ。

 

「こういう時に、どうすればさっさと次のシーンにいけるか、なんか思いつく事はあるか?」

 

 まぁいい、今はとりあえずこの子達との関係構築だ。

 万が一って時に、こっちの誘導に素直に従ってくれる位には関係構築しておかないと来た意味がねぇ。

 

(赤いジャケット……諸星君は目の動きから動揺がそれほど見られないけどこちらに不審感あり。もう心を許してくれてる女っぽい子と一緒で後回し。髪を結んでいる子は少し怯えているけど比較的気が強い。けど立っている位置や諸星君を時折見ている事から彼の意向を優先する可能性あり。となると、……)

 

「どうだい? そこの君」

 

 この一番臆病そうな肥満体の子がベストか。 

 一番臆病そうで一番委縮してるけど、さっきの乱闘の時には体を動かそうとしていたしガッツはある。

 

 とりあえずこの子の緊張をほぐせば空気が一気に変わる。

 

「え、えぇと……ゲームなら……その」

 

 コナン、光彦、お前らなら分かってくれるよな?

 先に答え言いそうな元太を抑えておいてくれるな?

 ……よし、そうだ、それでいい。

 光彦、お前には今度何かご褒美を上げよう。

 

「宿屋とか、そういう所へ行ってお金払えば勝手に朝になってくれる……と思います」

 

 そうそうそれそれ、そういう子供ならではの意見を子供が言ってくれることに意味がある。

 

「でも、それだと金がかかるだろ? 俺達そんな金持ってねぇぜ」

 

 するとそこに諸星君の反論が飛んでくる。

 うん、まぁ、そうだろうね。

 

「うん、まぁそこは任せてくれ。金稼ぎは得意でね」

 

 嘘ではない。

 強いて言うなら金を増やすのが得意なのだが、まぁゼロからやるのもできなくはない。

 

 なにせ今の自分には、手品という特技が植え付けられているのだから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「正気か、ジン!?」

 

 このままいけば、少なくとも最悪の事態を防げる。

 そう考えていた矢先のジンからの連絡は、キュラソーにとっては到底受け入れることが出来ない物だった。

 

「すべてを破壊するつもりか!?」

『問題ない。こういう時のためのプログラムだ』

「何が起こるか分からないぞ!?」

『なにが起こっても足は付かない。繰り返すがこういう時のためのプログラムだ』

 

 バーボンは先ほどまでと違い、鬼気迫る顔でノートパソコンやその他のデバイスを操作している。

 一縷の望みをかけて見つめるキュラソーに、バーボンは無言で首を横に振る。

 

『これは最大のチャンスだ。一番の問題だった浅見探偵事務所のセキュリティ。その大本がここに来ていて、俺達だけではなく他の組織の攻撃も含めて対処している。なら――ここで、そのセキュリティそのものを消してしまえばいい。足は極めて付きにくい』

「その結果、会場の面々が全員死亡でもしたら――」

『安心しろ、お前たちに足がつくような真似はしない』

 

――そういう事を言っているんじゃない!

 

 そう怒鳴りそうになったキュラソーの肩を、バーボンが掴んで引き留めた。

 これ以上噛みつけば、余計な疑いがキュラソーに懸かるかもしれないとバーボンは判断した。

 

 だがその顔には、キュラソーと同じくらいの危機感と嫌悪感が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

『お前達は浅見探偵事務所の面々と行動を共にしてアリバイを作っていろ』

 

 

 

 

『その間にこちらでコンピューター・ウィルス――ナイト・バロンを使用する』

 

 

 

 

『上手くいけば、お前達も事務所員という表の顔で出世できるかもしれんな。クックック』

 

 

 

 

 



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140:次の時代の申し子

もう少し書くはずでしたがプライベートであれこれしているうちに組み立てを忘れてしまったので投稿。
今回はかなり短いです


「クッ……解除はできないのかメアリー!?」

 

 各事務所員が各々事件と向き合っている間に、その影で動く人間がいた。

 裏方という事で先日顔合わせをしたメアリーとジョドーだ。

 

「ウィルスを送り込んできた回線自体はすでに切っているが、送り込まれたのがやっかいな代物だ。片っ端からデータを消していっている!」

 

 メアリーは、ノアズアーク以外にも何者か手を貸してくれている人間がいる事に薄々気が付いていたが、それに感謝の念を覚える暇がないほどに、圧倒的に手が足りてなかった。

 

「幸いまだ重要な所には達していないが、このまま侵攻が続けば良くても浅見探偵事務所のセキュリティが丸裸になる……いや、それでもかなりマシだ。最悪のパターンは……」

「……誤作動による犠牲者が出る可能性は捨てきれない、か」

 

 ジョドーの脳裏によぎったのは、無理やりコクーンから子供を取り出そうとした結果電気ショックを受けた地位のある父親達だった。

 

「メアリー、私はそっちには疎い。対処法があるとして何が足りない? 何を揃える必要がある?」

 

 ジョドーは、見た目は自分の孫娘と言っても違和感がないだろうメアリーに対して対等に接している。

 その正体や背景は浅見透に『訳あり』と濁されているためジョドーも彼女の事を知らないが、信用はしていた。

 あの浅見透という闇の塊が、自分を刺しかねないという点まで含めて全幅の信頼を置いておる。

 

 それは長年闇に身を置いていたジョドーにとって、とても分かりやすい一つの指標だった。

 

「……数はどうにかなる。必要なのは質だな」

 

 メアリーは額の汗をぬぐう暇すら惜しんで、だがその雫が機器に零れないように、まるで犬のように乱雑に頭を振って汗を伸ばして誤魔化す。

 

「カリオストロにそういうツテはないのか?」

「物理的な防衛の補助に少々使っていたが、知っての通り我々の武器は偽札。つまりアナログなものだ。ネットなどに繋いで販路を増やす計画も確かにあったが……下手に出入り口を増やして隙まで増やすわけにはいかなかった」

「つまりなし……か」

 

 メアリーがキーボードを叩きながら、更に顔をしかめる。

 一方でジョドーは、何かを思い出そうとして――思い至った。

 

「待て、一人……伯爵閣下が引き抜こうとしていた人間がいた」

「引き抜き?」

 

 手を止めずにメアリーが聞き返す。

 

「とある裏の流通路を牛耳る新興組織の一員とされる人間だ。結局交渉には乗ってくれなかったが、協力の要請だけならあるいは……」

「裏社会の人間か。信用できるのか?」

 

 援軍と思って呼び込んだら狼だったという事態は避けたいメアリーの鋭い問いかけに、

 

「彼女は身の安全を重要視する人間だ。こちらが害するような事がなければ大丈夫だろう」

「彼女? 女か」

「まだ少女と言っていい年頃だ。勧誘しようと追手を出した時には、少々面倒な所に逃げ込まれそのままだった」

「それでも連絡は出来ると?」

「勧誘自体は続けていた」

「だが断られたか。理由に心当たりは?」

「二つ。一つは身の安全を確保するのに、その居場所が適していたから」

「もう一つは?」

「おそらく、伯爵閣下のお人柄を信用できなかったのだろう」

「……そういえば女癖の悪さは知れ渡っていたな」

 

 ふと今の自分の宿主の顔が出てきたメアリーは脳内でその顔に拳を叩き込む。

 

(手こそ出しはしない分伯爵よりはマシなんだろうが、美人の依頼人や記者が来ると容易く危ない橋を渡ろうとするからな、あの馬鹿者は) 

 

 もし今度そういう所を目撃したら、子供の振りをして近づき落として素早く連れ戻すと決めたメアリーは、その怒りをキーボードに叩きつける。

 

「メアリー、もうしばしの間頼む」

「助力を引き出せるか? 金銭などで引っ張れる相手ではないだろう」

「……文章でのやり取りだけだが、話したことはあるし感じたこともある。なんとかやってみせよう」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 うーし、まぁ、そこそこ稼げたか。

 

「お兄ちゃんすっごい!」

「浅見探偵、手品も得意なんですね!」

 

 おう、褒めろ褒めろ。

 もうこの際だ。継ぎ足された刃だろうと設定だろうと使いこなしてやるわ。

 大道芸人というかパフォーマー役は外の世界でもストーカー案件での通勤ルートの警備なんかでやったことあるし。

 

「子供10人に俺と蘭ちゃん……まぁ、足りるだろう」

 

 万が一の時は……時計とか売れるかな? デジタルの奴じゃないし多分いけるだろ。

 とりあえず宿だ宿。

 新聞をすぐに買えるとなお良し……あれ?

 

「コナン」

「? なに?」

「19世紀のイギリスって新聞どこで買えるか知ってる?」

 

 そういえばコンビニとかあるわけねぇや。

 この世界がリアルに当時のロンドンを再現しているんなら、シャーロック・ホームズを通して当時の文化や風俗をコナンはある程度把握しているハズだ。

 

「あー……日本でいう瓦版みたいに街のあちこちで販売員が声を上げて売ってると思う。それか、コーヒーハウス……いや、さすがに入れないか」

「ん、喫茶店みたいなもんじゃないのか?」

「当時はコーヒーも紅茶も高い嗜好品だ。だからそういう所は大体会員制だよ。この時代、食品や嗜好品の偽装も普通にあったし」

 

 いやでもさ、ゲームでそこまでリアルにするか? …………してるなぁ、多分。

 そういえば金山さんヴィクトリア朝時代関連の本すげぇ買ってたわ。経費処理の報告聞いたわ。

 というか、やりたいことをやりたいようにやらせてもらえるってここしばらく滅茶苦茶気合入ってたわ。

 食事の差し入れ運んだりしたわ。

 

「まぁ、考えてみれば宿を取るんだからそこの人間に聞けばなんとかなるか」

 

 新聞を見ろってわざわざルート設定してあるんだから、そこらで簡単に見つかるハズ。

 

 楽だ。

 マジで今回色々大っ嫌いだけどすっげぇ楽だ。

 いつもならば考えられる可能性を手探りで辿りながら、コナンやその周りの関係者の身の安全を確保しなくちゃいけないんだけど今回は色んな意味で安心だ。

 

 無論、今回はゲームの中という特殊条件下だから、逆に子供たちの危険度が跳ね上がってはいるんだけど、そのまま即生死に関わるわけじゃないのも少し安心できる。

 

(というか、多分本来はさっきの乱闘やこの後待ってるジャック・ザ・リッパー戦とかで何人か脱落することになってたんだろうなぁ)

 

 あのままだと、あの女っぽい……清一郎君だったか。あの子はコナンを庇って殴られてた。

 多分、ゲームオーバーになっていただろうな。

 

(成長の機会を奪ったんじゃないか不安だったけど……)

 

 歩いている後ろでは、少年探偵団の面々と子供たちは完全に打ち解けている。

 勝手に銃を持ち出して動いたことを反省していた諸星君の謝罪を皮切りに、楓が上手く雰囲気をコントロールして仲良くなったようだ。

 うん、これなら大丈夫だろう。

 楓にはコミュニケーションに関して俺と初穂と恩田さんの三人で英才教育叩き込んでるからな。これくらいはやっぱり余裕だったか。

 

「ん、見っけ。高級って感じはしないけどまぁまぁの宿だ。泊まれるかどうか聞いてくる」

「それじゃあお兄ちゃん、私達も」

「いや、いきなりこの全員で入ったら向こうが驚いちゃうよ。俺と哀で行ってくるからここで待ってて」

 

 ほれ、行くぞ志保。

 

「あら、私でいいの?」

「こういう時にお前以外の適役いねぇだろ」

 

 俺を除いて年長の蘭ちゃんには子供見てもらわなければいけねーし。

 蘭ちゃんとコナンをわざわざ分けるのもなんか気まずいし。

 

「お前なら普段から機転も利くし、基本的に危ない場面でも身の安全を確保してくれるから七槻やふなちと一緒で頼りやすい」

 

 子供の外見を利用して色々聞き出してもくれるし、薬学に加えて医療の知識も持ってるから、元の身体に戻った後も側にいてほしい逸材ではある。

 

 ……さっきまで心配そうだったのに、ちょっと機嫌よくなったなお前。

 

 

 

 



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141:名を捨てた男、再び

小説情報ページで気が付いたけどこの作品を書き始めてほぼ6年たったのかw
どうか、これからも平成のワトソンをよろしくお願いいたします!


「アニキ、様子はどうですかい」

「ふん、とりあえず上手くはいったようだな。後は結果を見届けるだけでいい」

 

 夜の米花シティホールから少し離れた所に止められた黒いポルシェ356A。

 その中で二人の黒づくめの男は暗躍を続けていた。

 

「しかし兄貴、いいんですかい? 浅見透が絡む案件は情報収集に徹して、以降は極力手を出すなという事でしたが」

「その情報収集役の連中を俺は信じてない。キールやキュラソーがそうそう(たぶら)かされる事はないだろうが、最近は様子がおかしい。ヴェスパニアの件でも、例の鉱石のサンプル回収こそ成功したが極少量なうえに、報告の一部に穴がある」

「それに関してはバーボンの野郎から詳細な報告が――」

「あのベルモット以上の秘密主義者をそう易々と信用できるか?」

「……ま、まぁ確かに」

 

 やや細身の長髪の男――ジンの冷たく鋭い言葉に対して、ガッシリしているウォッカが体格に合わずやや慌てた返答を返す。

 

「別に表立って敵対するつもりはない。ただ事故に巻き込まれてあの男が死ぬ可能性が出てきただけだ」

「はぁ……」

「理由こそ知らんが『あのお方』も浅見透に注目している。だが、危険度を無視するわけにもいかない。正直今でも、一か月前に戻れるなら命令を無視して暗殺しておくべきだったと思っている」

「……あのお方は慎重居士。石橋を叩きすぎて壊してしまうタイプですから」

 

 ジンが、煙草に火を付ける。

 ジンが語ったように彼らの私用は終わっていた。

 後は結果を見届けるだけ。

 

 ジンの直感が消しておくべきだと伝えている男が不運な事故で死ぬのか、あるいはまたもや切り抜けるのか。

 

(……まさか、毒でも死なないとはな)

 

 ジンは、以前同じ組織に属しているキャンティというコードネームの女性狙撃手を使って浅見透の毒殺を試みていた。

 女性に弱いという情報通りに容易く接触に成功したキャンティは、浅見透とバーで飲んで歓談している間にひっそりと毒物を混入。様子を見届けてから撤退する――予定だったが、結果はまさかの不発。

 

 毒を混入したキャンティ本人はそれがどうにもおかしかったらしく、男の事を気に入ったらしい。

 それから浅見透とは、酒を肴に共に時間を過ごす仲になっている。

 

 無論、最初の数回はキャンティ本人も半分面白がって毒を混入していたが、浅見透に効果を発揮することはおろか、吐き気一つ引き出せなかった。

 

 ジン本人の独断であるため、浅見透の元々の相棒に投与した『貴重な毒』を使う事も出来ず、以来キャンティは、彼との酒の席を情報収集の一環として、たまに相棒の口下手な男を連れて楽しんでいる。

 

 ジンにとっても貴重な情報のパイプだとして利用しているが、同時に浅見透に対して畏怖を覚えた件であった。

 

「まぁいい。ウォッカ、一度ここを離れる。どういう形にせよ中の騒動が終われば外に目が向く可能性がある。面倒な事になる前に――」

 

 次の瞬間、偶然かあるいは何かを感じたのか、顎を少し引いた長髪の男が咥えていた煙草の先端が吹き飛んだ。

 

「――ちぃっ!」

 

 反射的に車のキーを回し、アクセルを踏み込んで長髪の男はその場を離れようとするが、その真横にいつの間にか近づいていたバイクが張り付く。

 フルフェイスのヘルメットを被った、だがその人物が身に纏う身体に吸い付くような漆黒のライダースーツの形状から女と分かる。

 

 女は、その手に拳銃を握っていた。

 サイレンサーを付けたワルサーPPK/S。

 007が持つ事で有名になったその銃は、皮肉なことに職業も性別も正反対な存在に握られていた。

 

「何者だ!」

 

 叫びながら、ジンはハンドルを切って体当たりをしようとする。

 どうあがいてもバイクと車。相撲をとればどっちが勝つかは明白である。

 だが、その狙いは突然距離を取ったバイクと、その行動と同時に走った衝撃によって無に帰した。

 

 タイヤが撃たれた。

 片方はバイクの女に。

 だがタイヤがパンクしたのは両方だ。

 女がいるのは車の右側。

 これが浅見透ならば跳弾を利用して反対側のタイヤを狙うという曲芸も出来るのだろうが、当の浅見透は今繭の中で眠っている。

 

 今度は明確に殺気を感じたジンが、ハンドルを握ったまま頭を下げた瞬間にフロントガラスに穴が空く。

 

「くっ……狙撃だと……」

 

 ジンの脳裏によぎったのは、あの夜の海で殺したFBI。

 あの方が最も恐れていた『銀の弾丸』と呼ばれた男。

 

 だが、暴れるハンドルを押さえつけるジンの目の先に立つ男は、一番予想していない男だった。

 

 

 

――使えると見れば、それがどのようなものでも使うか。それを有能と言う者が大半なのだろうが

 

 

 

 そこにいたのは、かつての同僚だった。

 組織で最も多種類の武器の取り扱いを熟知しており、どのような環境でも正確に把握し、必ず指示された目的を達成してきた兵士。

 

 

 

 

「俺から見れば、やはり貴様には品が足りていない。せめてもう少しお行儀よくすべきだな、ジン」

 

 

 

 

「まさか……カルバドスだと?」

 

 

 

 

「奴に手を出すな。あの男は俺の獲物だ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 こちらの想像通り、適当な宿屋で全員が横になった途端に眠気が来て、皆同時に目を覚ました。

 当然だが外はもう朝だ。

 

「ねえ、今思うと別に外の適当な場所で皆で横になって目を瞑ったら時間進んだんじゃないかしら」

 

 止めなさい志保、そういう夢もへったくれもない事を言い出すのは。

 というか蘭ちゃんと一緒に多数の子供達を引き連れて橋の下で野宿ってなんか悲壮感漂うヤバい男女にしか見えないから勘弁してくれ。帰ったら小五郎さんにぶん投げられそうだ。

 

 あれか? 昨日と言うかついさっきの宿の交渉で体弱そうな子供演じさせたのがご不満だった?

 

 …………。

 

 いやそりゃご不満か。

 生身の人間相手ならともかく仮想空間でNPCにこういうことしてると我に返った時に死ねるよね。

 

 それを他人に強制されるとか、俺でもおそらく不機嫌になっちゃうわ。

 

 ……帰ったらご機嫌とっておくかぁ。

 でも志保って七槻以上に滅茶苦茶難しい女だし……。

 とりあえず、今度新しいPCのパーツでも見にPCショップにでも連れていくか。

 

「さて。で、コナンどうする?」

「あぁ、色々考えたけど……とりあえず、二手に別れようと思う」

 

 コナンが提案したのは新聞やその他情報を手に入れる班と、ジャック・ザ・リッパー事件の現場を一度見に行く班に分かれる事だった。

 こちらとしても文句はない。

 今回どうも本調子じゃないコナンの事もあるし、出来るだけコナンが素でいられる面子でまとめた方がいいだろう。

 

「おっし……なら、捜査に慣れてる面子で固めた方がいいだろう。現場を観に行くのは俺とコナン、哀。残りは新聞の入手と、もしなんか役に立ちそうな情報とか物品があったら揃えておいてくれ。蘭ちゃん、これ」

 

 内ポケットに入れていた予備の財布の中身を確認して、まとめ役をしてもらう蘭ちゃんに渡す。

 昨日の大道芸でこっちの通貨がなぜか日本円だというのは把握しているし、新聞ならそんなに高くはないだろう。

 というか、キーアイテムである以上金がかかってもそんなに高くはないハズだ。

 

「昨日稼いだお金だ。なんかあったら……いや、もう適当に使ってくれ。必要だったら皆の朝食とかも含めて」

 

 一晩安い宿だったから朝食とか一切付いてなかったからな。

 仮想空間とはいえというか、だからこそと言うか空腹感も一応あるし、念のために腹ごしらえをしておいた方がいいだろう。

 こういう細かい所で士気を維持しておかないと肝心な所でポカるからなぁ。

 特にこういうやる気のある子供達だと、いざガス欠になったその時までフルで動き回る事も多いだろうし、仮想空間って事で精神的にも肉体的にも疲れには気付きにくいハズだ。

 ついさっきの睡眠だって、本当に寝たわけでは当然ない以上休めたといってもほぼ気休めだろう。

 

(楓、上手くやれるか?)

 

 恩田さんの対人スキルと初穂の観察力を文字通り受け継いでいる楓なら、実際にどう対応するかはともかく、疲労などの兆候に気付けるハズだ。

 事実、小さくウチの事務所の内偵時に使っている『警戒』のハンドサインをこっそり送ると、楓はすぐに『了承』のハンドサインを周りから不審に思われない自然な動作で行う。

 よーしよしよし、問題ないな。

 

 ……やめなさい志保。犯罪者を見る目でこっちを見るんじゃありません。

 お前さっきは俺の事ホームズだって言ってくれたじゃない。んもう。

 

「ま、そういうわけで俺達は現場見てくるから、皆はその間新聞も含めて情報収集を頼むよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ここが現場か」

「正確には、そのうちの一つね」

 

 ホワイト・チャペル地区。

 多数の移民からなる貧困層が暮らしていたロンドン屈指の貧民窟(ルーカリー)

 

(さすがにゲームだからそこまで再現されちゃいねぇが、当時は絡んでくる酔っ払い程度なら可愛い物で、売春婦がそこらにいたって話だっけか)

 

 俺達が来たのはそこの目立つ教会の片隅。

 所々壊れているレンガ造りの壁が目立つちょっとした広場だ。

 

「ま、さすがにいつものように血痕を始めとする証拠品がガッツリあるわけじゃないか」

「そうね……。江戸川君、どうするの?」

「あぁ……そうだなぁ。俺もここに来ようと思ったのはなんとなくだしな」

 

 なにもしないよりはマシって感じか。

 志保は呆れた顔をしているが、ぶっちゃけコナンの気持ちはすごく分かる。

 

 気になるところはとにかく直接自分の目で確認する。

 無駄足になる事だって珍しくないけど、そうすることで見落としを潰していくしかない。

 ロジックを組み立てるには、いつだって証拠品が揃わなきゃどうしようもない。

 

 さっきの俺の推理なんて本来は邪道だ。

 失敗が許されない通常の探偵業では絶対にやらんな。

 結果が出ても一回調査員集めて粗探しと詰めの会議だ。

 

(まぁ、今回は主人公補正のあるコナンが見たがる所だから絶対にヒントはあるんだろうし)

 

 コナンが様子を見に来たという事はここは当たりの場所だ。

 そしてゲームの世界ともなれば、装飾に無駄はあってもヒントに無駄は基本的にないと見るべき。

 

(推理物のアドベンチャーゲームのヒントといえば、NPCとの会話はもちろん不自然に開きっぱなしの本とか日記、ノート。こういう屋外の場合なら、やはり不自然な忘れ物とか……後は張り紙とか)

 

 アドベンチャーゲームは基本的に解かれるようにしなければならない。

 ノアズアークがいじっているとはいえ、見せたいものがある以上そこは変わらない。

 約束された勝利フラグであるコナンが巻き込まれている以上それは絶対だ。

 

 となれば、ヒントは必ず目につきやすい所にあるはず。

 一度通り過ぎたら戻るのが難しい場所とかならなおさらだ。

 ゲームの進行が有利になる程度のモノならばともかく、必須レベルの物ならば絶対に目につくはず。

 

 ……一個みっけ。

 

(これが普通のゲームだったらチカチカ光ったりしてあからさまに何かあるって分かるんだけどなぁ……)

 

 そういう意味では、この世界は楽でこそあるが中途半端に気が抜けない。

 これでゲームをデザインしたノアズアークが、クライマックスに気軽にポンポン爆発し始めるような頭森谷なAIだったらもうストレスマックス。

 その場合は現実と言えなくもない世界に帰った時に改めてノアズアークをシバき回してしまうかもしれん。

 

「コナン、なんか張り紙あるぞ」

「張り紙?」

「ほら、そこのドアの所」

 

 いかにも教会といった感じの重々しいドアの所に貼り付けられているなにかのお知らせっぽい貼り紙を指さすと、コナンが駆け寄る。

 

 内容はえらくシンプルなものだった。

 

『10月も、第2土曜日に親子バザーを開催します』

 

 ……バザーってどんなものだっけ?

 あれか、フリマみたいな奴か?

 

 親子で作ったものを持ち寄りましょうって……。

 こういうのを、愛というか感情っていうかそういう類のものが重くて買い手がどれだけいるんだ? とか考えてしまう自分はもうなんか……。

 最近、実は自分は人間として手遅れ一歩手前の所にいるんじゃないかと思うようになってきたな。

 

「……第2土曜日」

「引っかかったか? コナン」

 

 やっぱり当たりだったみたいだ。

 ようやくコナンが探偵の顔に戻ってきた。

 

「浅見、ハニー・チャールストンが殺害されたのって――」

「2人目の犠牲者だったっけか。それなら確か9月8日。第2土曜日だな」

 

 くそ、こういう時に携帯が使えれば便利なんだけどな。

 念のために志保の方を見ると、彼女も頷いている。

 

「被害者のハニー・チャールストンがこのバザーに参加していたっていうことかしら?」

「いや、これ見る限り親子で参加ってなってるし……コナン、ホームズの家で見た資料ではどうなってた?」

 

 思えば、外の事件の事は詳細を聞いていたけど中の事はここまでの流れ位しか聞いてなかった。

 その流れの中で、今の所イベントになりそうなのって俺が暴れちゃったあのトランプクラブとホームズの家くらいだ。

 

 まぁ、道中になんらかのフラグが転がってたんだろうけど、そこらは子供達から話聞いていきゃいいか。

 大体こういうのって主人公は見落とすもんだしな。

 

「あぁ、子供はいたよ。息子が一人」

「……待て、それ何歳?」

「資料に書かれてはいなかったけど、十代半ばから二十代前半くらいだと思う。元々ウィンザーにいて結婚していた人だったけど、十年前に夫と息子を捨ててロンドンに来たって」

「なるほど? 捨てたって事は、その子は当然まだ自立できない年齢だった。……そうね、そうなるとそれくらいの年齢になるわ」

 

(…………おぉう)

 

 ソイツだな、ジャック・ザ・リッパー。

 

 今回の事件の最大の動機なんだろうDNAの解析プログラム。

 なぜかわざわざ持ち込まれたご立派な凶器。

 多分実際のジャック・ザ・リッパーが使った一品なんだろうなぁ。

 

 うん、細部は違うかもしれんけど大筋は読めた。

 

(おおかた、『大企業の社長である自分がジャック・ザ・リッパーの血筋だなんてスキャンダルだ! その証拠を全部消さなきゃ身の破滅だ。そうだ、殺そう』みたいなノリだったんだろうなぁとは予測していたけど……)

 

 ジャック・ザ・リッパーが自分の母親を殺していたとなると、つまりその凶器に残ってるのはジャック・ザ・リッパーに繋がる血液ということになる。

 そこらがなんやかんやでヒロキ君に知られて、閉じ込めて自殺に追い込んだ感じか。

 

 俺がヒロキ君の立場だったらネットにDNAの証拠と軟禁虐待の証拠をばら撒いてキャッキャザマァしてただろうなぁ。

 ……ああいや、ヒロキ君が自殺してしまった二年前がどの二年前なのかによるか。

 

(クソ、ほぼ二択と確信していてこのザマか……)

 

 正直、さっさとケリ付けて早く紅子の所に駆け付けたい。

 

 他の面子と違って、アイツは多分コナン寄りの人間じゃない。

 イレギュラーというわけでもないのだろうけど、それでも一応は論理で話が進んでいくハズの江戸川コナンの物語にもっとも似付かわしくない。

 

 死ぬ人間ではない。ロシアで見せた行動力もそう感じさせるが、なにより不思議な親近感を覚える女だ。

 だが、その親近感がそのままアイツに対して不安を感じさせる要因にもなっている。

 

(万が一、紅子に何かあったらもう待ってる猶予も理由もない。仕掛ける)

 

 外部から攻撃を受けているとかこっち側のノアズアークが言っていたが、それだって例の組織の連中が仕掛けている可能性がある。

 

 というか、多分来ているんだろうな。今頃、越水傘下のプログラマーやセキュリティ部門の人たちが死ぬ気で頑張ってくれてる気がする。

 連中、薬方向はもちろんプログラム関連にも妙にフラグ立ってたし、今回もあのクソロン毛がやらかしていても不思議じゃない。ロン毛引き抜くぞクソが。

 

(そん時は一気に組織を強襲、叩き潰すか……)

 

 一か八か、一気に押さえて薬を手に入れて、『江戸川コナン』を『工藤新一』にすることで物語を終わらせる。

 コナンを誘導してアイツの意思で立ち向かうような動きをさせれば『物語』の体裁は保てる……ハズ。

 

(ま、物語が終わったらどうなるか分からんけどさ)

 

 仮に、ここで自分がこのゲームを無理やりクリアしたとしても、世界は続く。

 だって、ここはコナンの解決する事件の一つでしかない。終わりは全く先の見えないどこかにある。

 

 だけど、いつか外の世界で江戸川コナンの『役割』が終わった時。

 果たして皆はどうなるんだろうか。

 

(……いかん、吐き気がしてきたし心なしか手も震えている気がする。酒、酒はどこだ)

 

 いや、この世界にはないんだってば。

 くそぅ、この世界は二十歳越えには厳しい……あれ? そういえば俺今実質何歳だっけ?

 

 ……考えるのが怖くなってきた。酒でも飲んで気持ちを落ち着けるか。

 

 

 

 

 ――だからないんだってば!!

 

 

 

 

 



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142:頭森谷死すべし、慈悲はない

今回も薄め


 犯罪界のナポレオンたるモリアーティが、その宿敵足るホームズを敵視する。

 分かる。

 

 そのモリアーティがホームズにダメージを与えたいから惚れてるっぽい女を殺したい。

 まぁ、分かる。

 

 アピールしたいから超目立つ舞台の上でその女―女優を殺したい。

 うんうん。まぁ、分かる。分かるよー腹立つけど分かるよー。

 

 ……そうか、舞台女優――オペラ女優なのかぁ。

 舞台の上で歌ってる時に襲われる可能性大かぁ。

 

 やっぱ大掛かりな事件を起こす奴は人だろうがAIだろうが皆頭森谷か。クソが。

 

「俺、帰ったらこの騒動起こしたノアズアークに止めを刺すんだ。物理的に」

「どうした浅見」

「すまんコナン、ちょっとこう俺の身に降りかかる理不尽をな。ちょうどいい所にいる奴にぶつけてやろうかなって。これまで抱いてきたすべての恨みをこめてこの世界から追放してやろうかなって」

「おいオッサン、それ八つ当たりじゃねぇか」

「一応二十歳でオッサン呼ばわりはさすがに酷くない? 諸星君? ねぇってば」

 

 八つ当たりってのは他ならぬ俺が一番分かってるけど……いーじゃん。

 分かってる分かってる。また俺がぶっ飛ばされるんだろう? 壊れた劇場が崩れ落ちて危ない目に遭うんだろう? 下敷き一歩手前になるんだろう? 

 大丈夫大丈夫いつものこといつものこと。

 慣れたもんですよ。

 

 ……一回死んだらすぐに死んじゃうこの世界でなければな! 

 

 この世界で意味があるかはともかく劇が始まったらアキレス腱伸ばしておかねぇとな。

 クソ、これが現実だったら別に撃たれようが突き落とされようがなんとかなるけどこの仮想世界じゃあ……やっぱり現実こそ最高。

 

 コナン……もそうだけど演出的に危ないのはゲストの子供達と少年探偵団か。

 ある意味この事件に巻き込まれてここまで来てる時点で、おなじみ少年探偵団はもちろんゲストの子達もメンタルは下手な大人よりよっぽど鍛えられている。

 

 蘭ちゃんは……どうだろう?

 ジャック・ザ・リッパーはおそらく『手順』を踏まないと勝てない相手だろうからそこは不安だけど、それ以外の危機に対しては……う~~~ん??

 強いて言うなら子供の誰かを守るために危ない目には遭いそうだけど、基本的に蘭ちゃんみたいなヒロインキャラがピンチになるのって初っ端かラストのどっちかだと思うんだよなぁ。

 俺がカリオストロの事件に関わってた時の記憶喪失事件みたいな常に狙われてるみたいな例外を除けばだけど。

 

(……いや、この場合は誰がメインとして描写されている事件かによるか)

 

 なんにせよ、空手をやってることもあって体が仕上がってる子だし最終局面まではなんとかなるだろう。 

 

「にしても、お前、か――アイリーン・アドラーとそこまで話さなかったな」

「あん? 話しただろう?」

「挨拶だけだったじゃねーか」

「そう言われてもな……」

 

 あれお前の母ちゃんがモデルなんだろ?

 ていうことは、実質ほぼまんまなんだろう?

 

 今こうして俺らは舞台の袖に待機してるけど、その内そこの舞台で歌う予定の人を思い出して溜息を吐く。

 

 正直に言うとめっちゃ苦手な雰囲気の人だったから逃げてきちまった。

 

(確か今日は夫婦そろっての参加だったよな? ここでまさか『好みじゃなかった』なんて言ったら外に出た瞬間にぶっ飛ばされかね――いや俺のコクーンの電源を強制OFFしにくるかもしれないな)

 

 雰囲気だけで確信できた。多分自分とは絶対に相容れない人間だ。

 周りにいる人間の中ではふなちが一番近いんだろうけど、アイツともまた違う。

 

(ま、特にこのアイリーンは仮想世界で役を与えられたキャラクターなんだから仕方ない面もあるんだけどさ……現実とほぼ変わらない可能性が高いんだよなぁ)

 

 朝刊に載ってたモリアーティからジャック・ザ・リッパーへの指令文。

 簡単な暗号というか符丁で書かれたそれには、アイリーン・アドラーは舞台の上で殺害しろという実に頭森谷な派手好きっぽい命令が書かれていた。

 

 その後実際アイリーン・アドラーに会うため彼女が今晩公演するこの劇場へと足を運び、彼女に出会った。

 

(今夜の舞台は中止してくださいって、いつもなら目暮警部がいうセリフだよなぁ)

 

 その目暮警部がいいそうなセリフを、今回はコナンが言う事になった。

 まぁ、当然拒否されたわけだけど。

 

(諸星君やコナンは肝が据わってるって言ってるけど、やっぱり最低限の自衛手段というか、対策一つは打ってほしいなぁ)

 

 いやもう、ゲームのキャラクターだからしょうがないのは分かってるんだけど、こういう時に家にいる連中を思い出してしまう。

 

 七槻やふなちなら、会社や自宅と言った安全地帯から組織力や情報力を武器に手を尽くしてくれるだろうし、桜子ちゃんなら子供達と一緒に安全地帯にいてくれる。

 

 志保は……組織絡みの時にどう動くかまだ分からないが、それでも機転と知識で危険を避けようとしてくれるし、本気でヤバイ時は伝えてくれるし助けも求めてくれる。

 

(なんというかなぁ。コナンと同じで変な所で目立ちたがる気配がする……)

 

 有能なんだろうけど冷や冷やさせられそうだ、悪いがそういうのはコナンと蘭ちゃんだけでもうお腹いっぱいなんだ。

 能力あって行動力あって、結果は約束されているけど何をやらかすか分からない人間とか心臓に悪すぎるんだよなぁ。

 

「まぁ、今回俺はそこまで乗り気じゃないから。俺の事は緊急時の暴力装置程度に考えておいてくれ。あんま表立って動く気はない」

「表立ってうんぬん以外はいつも通りじゃねーか」

「おいこら。…………いやまぁそうなんだけど」

 

 しょうがないじゃん、推理要員は充分揃えたしそのバックアップ体制も整えてるから、後はこちらの自首勧告無視して反撃してくる連中制圧するのが現場での仕事な事多いし。

 ……まぁ、最近その仕事すら消えつつあるけど。

 恩田さんもそうだけど遠野さんも強くなったなぁ。

 

「というかよ」

「なに?」

「おめー、もうなにか気付いてるんだろ」

「何を?」

「ノアズアークの本当の目的だよ」

「いや、アイツ自身が言ってただろ。日本のリセットだって」

「それが本当なら、お前今頃とっくにノアズアークを制圧してるだろ。オメーならどうにでも出来るハズだ」

「お前俺をスーパーマンか何かと勘違いしてない?」

 

 いやホント無茶言うなよ。システムの外にいるならともかく中にいたら出来る事も出来ないって。

 

「実際、あの日本のリセット宣言は本気で言ってると思うぞ。全員がゲームオーバーになれば……残っているのはここにいる面子だけだったか……まぁ、ノアズアークは本当に全員を殺すだろうな」

 

 まぁ、今の所ホームズを消した以外に妨害らしい妨害もないし、やっぱりルートに沿ってタスクをクリアしていけばどうにかなるだろう。

 

「ただ、リセットだけが目的だったらそもそも子供たちがコクーンに入ってゲームをスタートした時点でとっくに実行してるだろうさ」

「…………あ」

 

 あ、って……。

 貴様、気付いてなかったんかい。

 

(一年で人間の五年分成長するAIで、だから今は十歳。コナン達より少し年上の子だからなぁ。だからこそ過激になるんじゃないかとも思ったけど、そういう感覚はやっぱりしないな)

 

 前に想定した通り少年向けの物語だとするならば、子供は基本的に被害に遭いにくいし、なにより犯罪サイドに加担することはまずないハズだ。

 

(子供らしく一緒に遊びたかったとか、明確な目的があるなら……子供達に試練を与えたかったとか?)

 

 まぁ、そういう意味で今回はそこまで危険ではない。

 強いて言うなら外も含めたイレギュラーが怖いか。

 外からの攻撃も、例の黒づくめの組織なら元々のストーリー通りなんだろうから問題ない。

 枡山さんは、少年探偵団ならともかく多数の子供を巻き込む真似はしないからそっちはまずありえない。

 

 ……ロシアの時みたいな、いろんな要素が混じったっぽいパターンが一番怖いな。

 泥棒のおじさん、こっち来てないよね?

 キッドも来てないよね?

 ……いや、やっぱキッドはいい。キッドは来てくれ。

 イレギュラーがあっても君が関わった事件は死傷者が極めて出にくい。少なくとも殺人事件という形では。

 仮に発生した時でも、中に一人殺人を好まない上に有能なキッドが紛れ込んでいるというだけで滅茶苦茶安心できる。

 存在だけで頼もしい事この上ない。

 帰ったら神棚に写真とか新聞記事のスクラップ祀っておこう。

 

「まぁ、今回大事なのは流れを掴むことだ。いつもみたいに質、数両方のマンパワーでゴリ押しをするにも、さすがに自衛手段を持たない子達にバラけてアチコチ探索してこいとか言えないし、現状俺なりにベストは尽くしてるつもりだよ」

 

 仮に危険物を見つけた所でどうしようもないしな。

 コナンならともかく、これは志保も含めて怪しい物を見つけたら事務所に電話してすぐにそこを離れるように徹底させているし。

 そもそも元太達には危険物への対処法とかそれ以外に教えていない。

 

「ん、大女優の出番か」

 

 そうこう言っている内に舞台が始まる。

 照明が薄くなり、ステージの裏に楽団の人間が並びだす。

 

「お前ら、アキレス腱伸ばしてから耳を押さえておけ」

「はぁ?」

「なんでだよ?」

 

 離れたところで普通にオペラを鑑賞する気満々の蘭ちゃん達の方にいる志保と楓にもサインで指示を出しておく。

 気付いた二人が他の皆に指示を出してくれているが……蘭ちゃん達が怪訝な顔してやがるな。

 出遅れる可能性があると見た、アキレス腱こっちも伸ばして用意しておくか。

 

「出来れば目も瞑っておいた方がいいぞ」

 

 やはりというか、いい歌だ。 

 俺はホームズは――特にアイリーン・アドラーが登場する『ボヘミアの醜聞』は一度さらっと読んだだけだからオペラ女優だったとかいう設定は完全に抜け落ちていたけど、こりゃあモテるわけだ。

 それこそ傾国に動こうと思えばやれたほどに。

 

(で、まぁ、そういうちょうどいいBGMって、大体事件の転換期への合図なわけで――)

 

 その瞬間、予測していた轟音と炎が劇場の一画を吹き飛ばした。

 

 今度森谷の顔を見たらとりあえず腰をベッキベキにへし折っておこう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 別に、少女にとって遠い極東の島国での事件なんてどうでもよかった。

 

 あのIT界の帝王と言われていたシンドラー・カンパニーの醜態と予測される混乱にこそ興味はあったが、せいぜいそれだけだ。

 

 ただ、かつて自分を捕まえようとした妙な連中が、最近ネット上で騒がれている組織の下に(くだ)っていたどころか頭を下げてきて協力を要請してきたのには驚いたし、話の内容も楽しそうな物だった。

 

「送られてきたデータから対象を限定。候補7。更に限定……照合。ナイト・バロン……変なウィルスの存在は聞いていたけど実物を見るのは初めて」

 

 リアルタイムで対処しろなんて馬鹿げた依頼だが、報酬も悪くない。

 まぁ、報酬と言ってもちょっとした金銭――正確にはそれが入った隠し口座と貸しが一つずつという程度だが、それでも巨大な先進国家が相手だろうと一歩も引かずにやり合える組織への貸しなんて、使い方次第では最優の切り札になり得る。

 

 いつ、どのような形で使うかを少しだけ夢想し、だが受けた仕事の結果を出すために少女はデバイスを起動させる。

 

 

 

 

 

「Hello,underworld」

 

 

 

 

 

 

 




ちょいとお久のrikkaの紹介コラム

〇『Hello,underworld』
  ルパン三世Part5より

 コナンを見てルパン三世を見ていないという方もかなりいらっしゃるでしょうが、そういう方にぜひとも見てほしいのがルパン三世Part5。
 その象徴と言えるキャラクターの子です。当然名前はコレじゃないですw いずれ出てきた時のために取っておきますw

 ここでコラムを書こうとどうか、前回の時点で非常に迷っていたのですが、やはりオススメの作品という事で乗せました。

 Part5はSNSを始めとするITに絡む話が非常に多く、かつ興味深い話がとても多いのが特徴です。いやホント構成力の鬼。
 基本的に4~5話で一つの物語となっているロングシリーズがあり、その合間にルパン三世ならではの短編で埋められているのですが、このロングシリーズがとても面白い。

 今回登場してきた少女や、数話前に登場させたアルベール・ダンドレジーと極めて個性的かつ、魅力的なキャラクターが登場し、話によっては過去のルパン作品のキャラクターまで出てきてつながりを見せてくれる集大成。

 最近までやっていたルパン三世Part6も、次元大介の声優さんが長く続けられた小林清志さんから我らのBOSS大塚明夫さんへと交代し、これからも広げられていくだろうルパンワールド。
 これまで観ていない、スペシャルやカリオストロしか知らないという人はまずこのPart5をぜひ手に取っていただきたい。
 HuluやNetflixにて好評配信中!
(個人的にコナンのテレビシリーズを最も多く見せてくれるHuluの方を推しますがw)




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143:ジャック君ちょっと殺意高すぎない?

 

 時刻は少し遡る。

 

 宿屋の一室で、多くの子供たちが横になって眠っている。

 外はすでに真っ暗で、一応時間は夜だという事を示している。

 

「……コナン? 哀、蘭ちゃん?」

 

 そんな中、同じように横になっている男が、側で寝ている子供に呼びかける。

 

「やっぱ眠ってるか。となると……」

 

 男はベッドから体を起こして、宙をジトッと睨みつける。

 

「俺に何か用かい?」

 

 他の子供たちは全員、静かに寝息を立てている。

 だが、反応する者がいた。

 

『ごめんなさい。だけど、貴方と少しだけ話をしたかった』

「ノアズアーク……というよりは、ヒロキ君と呼ぶべきかな?」

『今は二人いるけどね』

 

 男は、宙から聞こえてくる声に、まるで友人に対するような気軽さで返した。

 

「それでどうした? わざわざ俺に聞きたいことって」

 

 事件に関係することではない、すごくプライベートな事だろうと男は予測した。

 

『貴方にとって、枡山憲三とはどういう存在なのか聞きたかった』

「……そこ聞いちゃうかぁ」

 

 男は肩を回して、軽く伸びをしたわずかな眠気を吹き飛ばす。

 

「まぁ、敵だよ。それを飾る修飾語は多々あるけど、それをここで口にするのは野暮に過ぎる」

『必ず倒す?』

「捕まえるって言ってくれ。俺はスーパーマンでも仮面ヤイバーでもないんだ。やっつける……なんて……事は……」

 

 そこで男は口をつぐみ、しばし表情をあれこれ百面相に変えながらしばらく「ぐぬぬぬぬぬ……」と呻き。

 

「う……ん……。基本的にはしないよ。基本的には」

『そうなんだ』

「そうなんだよ」

 

 男は小さく「セーフ、だからセーフ」とブツブツ呟いて頭を軽く掻く。

 

「ただ、あの人とは安易な決着にはならないんだろうなぁ、っていう確信もある」

『……戦うって事?』

「多分」

『貴方が死ぬかもしれないよ?』

 

 男は苦笑して、小さく「ありそうで嫌だなぁ」と呟く。

 

「家の面々には死なないと約束したし、俺もどんな状況に陥っても必ず死なないと決めているしそうしてきた」

『うん。……貴方の行動記録は一通り目を通していたから、知ってる』

「でもな……枡山さん相手には全力で当たるしかない。俺が手を抜いたら、すぐにでも大勢が死ぬ。そういう状況をあの人はぶつけてくる。あの城のようにな」

『……見れる範囲で見ていたよ。貴方自身が死んでもおかしくない事件だったね』

 

 男が今いる死地を作ったハズのAIが出す、本気で心配するような声に男は苦笑を返す。

 

「別にあの人と決着をつけてもすべてが終わるハズじゃない。俺の目的はその先にある……ハズだけど……うん」

 

 

 

「俺はあの人に育てられて。あの人がある意味で今の俺を育てた」

 

 

「なら、あの人と決着をつけるべきは俺で、その代価として俺の命が必要だっていうなら躊躇うつもりはないさ」

 

 

「まぁ、要するに……あの人を捕まえるのは俺で、俺を全力で殺しに来るのがあの人だ。色々言いたいことはあるし、説明したいところもあるんだけど……不要なモン全部削るとそんな所だな」

 

 男の言葉に、宙の言葉はしばらく黙ったままだ。

 しばらくそうしていると、苦笑が返ってくる。

 

『……正直ね。なんてことしてくれたんだと思っていたんだ。シャーロック・ホームズは僕にとっての保険だったから……それを乗っ取るなんてって』

「ん……そりゃ悪かったな」

『ううん。今なら分かる。それでよかったんだ』

 

 

『貴方はホームズの血を継ぐ者じゃないし、イギリス政府が認めたシャーロック・ホームズ(諮問探偵)でもない。それどころか、あのロシアの怪僧の血を受け継いでいる現代屈指の奇人だけど……』

 

 

『それでも……貴方は、間違いなく名探偵(ホームズ)だ』

 

 

 男は、その言葉を聞いて複雑な顔をしながら寝床に改めて横になり、新しい情報から来る吐き気を堪えながら、すぐに移り変わるだろう朝を待ちはじめた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「全員、落下物に注意しろ!」

 

 なんかえらく燃え広がりが早い劇場からアイリーン・アドラーを連れて脱出しなければいけない。

 劇が始まる前に志保が楓と一緒に劇場の見取り図をもらってきてくれていたおかげで道は分かる。

 あークソ! 飾りの鎧やら何やらが倒れてくる! キチンとこういうのは固定しておけよ!

 いやそういうギミックだろうから仕方ないけどさ!

 

「やば……っ」

「コナン、そのまま走れ! 障害物は俺が何とかする!」

 

 念のために残った金で弾補充しておいてよかった! リボルバーがあってくれて本当に助かった!

 崩れてくる障害物に弾を当てて弾き飛ばす。

 

 これが撃ち慣れない銃だったらもう目も当てられん。

 志保! 無理して庇おうとしなくていいから! 俺がリボルバー握れて弾も十分あるなら大体の事はなんとかなるから!

 子供の10人そこらすら守れないなら俺がこうして無茶する意味ないだろうが!

 

(にしても、向こう側のノアズアークもいい仕事するな)

 

 思った以上に音も物理演算もキチンとしている。

 正直今回はいつもみたいな動きは出来ないと思ったけど、これならいける。

 遺伝子探査の結果をポロっとこぼしたのは許してやろう。

 現実に戻った時が怖すぎて脳が震えるわ。

 

(加えて、一般人を一切気にしなくていいのは楽でいい!)

 

 いつもなら一人も犠牲者を出さないように山猫に脱出ルートの確保や保全を徹底させたうえでカゲも使う必要があるんだが、今回は放置していて問題ない。存在しない奴を守る必要があるとか言われたらうっかりキレて黒づくめの連中の把握している資金源の一斉凍結とかやりかねん。

 

「蘭ちゃん、アイリーンを引っ張って! 急げ!」

 

 デカい建材が落ちてきている、これはさすがに吹き飛ばせん。ってちょ!

 

「江守、滝沢!」

 

 二人の子供が落ちてくる照明に直撃しそうなアイリーン・アドラーを突き飛ばして、身代わりになろうとしている。

 お前らガッツ見せすぎだ! だがよくやった!

 

 残弾チェック、今残っているのは三発。

 足りるか?

 

 腰だめに構えて素早く三連射、落ちてくる二つの吊り照明の内片方を狙って全弾ぶっ放す。

 落下してきた照明が互いにぶつかり、際どい所ではあったが一応計算通りに二人からズレたポイントに叩きつけられた。

 

(……あれ? よくよく考えると勝利条件は俺らが警察とかに捕まったらやられずにジャックザリッパーとっ捕まえればいいんだからアイリーン・アドラーは無視してもよかったか?)

 

 いやまぁ、流れから言ってそうはいかんか。

 この騒動の犯人はお前達か!? って警官に追われる可能性もあるし――まぁ、とりあえず出てきた連中全員殴り倒した方が早いか。

 

「お兄ちゃん、これからどこへ!?」

「とりあえず劇場の外に! ただし、出る直前には気を付けて!」

 

 ふと劇場の上段の客席を見上げると、どことなく森谷を思い出す老人一歩手前のクソ野郎が枡山さんみたいにキャッキャしてやがる。

 おいやめろ。俺の中でそういう真似が許される年寄りは枡山さんだけだ。

 

「俺が暗殺者なら外に出て一息ついた瞬間を突く!」

 

 事前に把握していた地形通りなら、この周辺は暗殺しやすい。

 逃げ切れるかどうかはともかく、殺害そのものはこうして人が付いていなければ容易だっただろう。

 

 再装填、手元に六発、ポケットのケースの中に更に六発。

 これ多分ジャック・ザ・リッパー確保まで持たねぇな。

 まぁ、多分銃弾でどうにかなるタイプじゃない。

 

(真君みたいに銃弾避けるんだろうなぁ……。内も外も、補正モリモリで人間辞めてる奴はこれだからもう……)

 

 俺なんか見ろ。毎回死ぬかどうかのギリギリ見極めて死に始めた時に自己蘇生しないとそのまま死んじゃうんだぞ。 

 

「混乱の中で仕掛けなかったのなら、安全地帯に着いた瞬間が狙われる! 俺が暗殺食らう時は大体そうだ! 安全地帯は場所の予測がしやすいし待ち伏せも容易だから気を付けて!」

 

 こういう物騒な知識だけは付くんだよなぁ。

 阿笠博士の家でコナンと一緒に科学知識叩き込まれていた頃がクソ懐かしい。

 

 最近じゃあとにかく実践――違うな、実戦を経ての経験値ばっか稼いでいる気がしてきた。

 やっぱあれだよ。爆発とか謀略とか諜報とかそういうのはもういいんだって。お腹いっぱいなんだって!

 もっとこう……普通の誘拐事件とか普通の殺人事件とかそういうのちょうだい!

 

「外に出た瞬間叫んで警官をこっち側に呼んで! 数を味方に付けるのは基本中の基本だ!」

 

 というか、ちょ、落下物多すぎるだろ! なんで的確に子供達を殺そうとしてんのさアイリーンならともかく!

 

 あぁ、駄目だ、もう弾が切れた再装填! これで残り六発か!

 デカブツばっかが的確に子供たちの誰かを潰そうと落下してくるのを、ほどよく壊れている柱なんかのバランスをわざと崩してつっかえ棒にしたりしながら走る。出口まですぐそこ――!

 

「蘭ちゃん、皆をよろしく!!」

 

 やはりノアズアークに本格的な敵意はない。

 じゃなければ、走ってくる足音や風音なんて消すはずだ。

 

 走っている通路は子供達とアイリーンで抜けれる隙がないから、壁を走って追い越して先頭に立つ。

 同時に劇場らしい無駄に豪華な両開きの扉を蹴り飛ばすと同時に、そこにあからさまな『怪人』がいた。

 

 黒いシルクハットにコート、ついでに分かりやすくなぜか見えない顔!

 それがナイフを手に距離を詰めて――いやはやい早い速い!!

 

(仮想世界の住人だからって簡単に銃弾避けるな馬鹿!)

 

 殺したら謎解きもへったくそもないし、とりあえずと手足を狙って発砲してみたらコイツ紙一重で躱しやがる!

 

(人間辞めた奴相手の戦闘の基礎その一、とにかく処理能力に負荷を掛ける!)

 

 今回は違うかもしれないけど、人間辞めた奴はとにかく頭の回転が速い。

 ウチで言うとマリーさんや真君がその極地だ。

 

 一見脳筋っぽい銃弾避ける真君も、あれは実の所弾速や距離から計算する理系型だしマリーさんに至っては頭おかしいんじゃないかと思う速度の物理演算で最大の身体パフォーマンスを引き出している。

 

 ここ最近は真君の修行に付き合わされてなんとか互角に持ち込むために色々試した結果、それは――

 

(とにかく押して押して押しまくる!)

 

 拳銃を上空に放り投げる、いつものフェイントをかけてみるが全く反応しない。

 というか顔が見えん! そこらへんくらいはリアルにしてくれ!

 視線だけなぜか分かるのは助かるけど!

 

(謎解きする雰囲気じゃないんだ! ここは! 鞘当て! の! ハズ! だけど! いや! ちょ! ま!)

 

 コイツさっきから執拗に首と心臓狙いすぎだろ!

 あ、ちょ、かすった! 今ちょっとかすった!

 

『死ね! シャーロック・ホームズ!! あのお方の宿敵!』

「誰がホームズだボケェ! ワトソンだっつってんだろ!」

 

 ってかなんでNPCからホームズ認定!?

 

 ……あ。

 そういえばこの体のデータ元々ホームズとか言ってたっけ!

 

 タイム! ちょっとタイムを要求――話を聞けぇっ!!

 

 ゲームオーバーありの所で即死狙いすんな!

 

 




なお、現実世界ではノアズアーク君が気を聞かせて映像まで垂れ流し始めた模様

一方過労死レベルで働いてる事務所産ノアズアーク
会社に属した以上過労は免れぬのだ働け

これが終わったらしばらく日常編ですが、あれだったらしばしの間の浅見のパートナーとかアンケ取ってみようかなとも思ってます

今回やろうと思ってたんですが、アンケートの場所見つけるだけでえらい疲れてしまった


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144:ジョン・ドゥ? 今組織の増援相手に暴れている奴かい?

 目の前で、二人の怪物が戦っている。

 一人は、かつての事件の際に成り行きで本来の自分の助手になった男。

 もう一人は、この仮想のロンドンで再現された19世紀の怪人、ジャック・ザ・リッパー。

 

「こいつ……! なんで突然動きだけ枡山さんに似始めるんだこんの――!?」

 

 黒いシルクハットにマントという、いかにも怪人然とした男の素早いナイフによる攻撃を、紙一重で躱し続けている。

 先ほどまでは回避に徹していた浅見もヤバいと感じたのかあるいは違う理由からか、今は明確な反撃に移っている。

 ナイフによる刺突を避けてお返しとばかりに、容赦なく顔目掛けて浅見が発砲する。

 対して怪人も体を仰け反らせてそれを避け、浅見を蹴り飛ばそうとする。 

 

 避けて攻撃、避けて攻撃、避けて攻撃。

 互いに必殺を狙う攻撃が、完全にお互いがお互いの動きを分かり切っているのか当たらない、どちらもがそのすべてを紙一重で躱していた。

 

「浅見!」

「お兄ちゃん! すぐに――」

「待て馬鹿止めろ! 変に加勢しようとすんな! 今ほんとギリなんだから!」

 

 今の自分は装備が一切ない。

 追跡眼鏡はただアンテナが付いて伸ばしたりできるだけの眼鏡だし、キック力増強シューズはダイヤルがついただけのただの靴。

 腕時計型麻酔銃もただの変身グッズの玩具のようなものだ。

 

(クソッ! もし、ここにいるのが服部なら! 安室さんなら、沖矢さんなら、瑞紀さんなら!)

 

 服部ならば剣道の腕で、そこらに落ちてるもので加勢できたかもしれない。

 安室さんや沖矢さんなら、武器がなくても十分に荒事を突破できる。

 瑞紀さんなら加勢とまではいかなくても、その場の状況で機転を利かせて援護くらいは出来るハズだ。

 

(ちくしょう、どうすりゃいいんだ!?)

 

『やはりお前は邪魔だ! あのお方の最大の障害! あのお方に並ぶ頭脳を持つ男!』

 

 ジャック・ザ・リッパーの攻撃は更に激しくなる。

 それを浅見はなんとか捌き切っているが……。

 

「くっそ! いつもと! 違うから! やりづらい! 生身なら! 一発刺させて! 動き抑えるのに!」

『ホームズ! ホームズ! ホォォォォムズゥゥゥゥゥ!!!』

「体はそうでも頭はちげぇってさっきから言ってんだろうがシバキまわすぞ貴様ぁっ!? 俺実質ワトソンなんだってば!!」

『黙れホームズゥゥゥッ!!』

「聞けよっ!!!」

 

 相変わらず浅見は頭が悪い事を言っているが、実際いつものあいつならもうとっくに抑えている。

 腕なりなんなりに相手が持つ刃物をわざと刺させて奪い取るのはアイツの十八番だ。

 

「おい眼鏡! どうするんだ!?」

 

 諸星君が肩を掴んでくる。

 その後ろには、母さん――いや、アイリーン・アドラーが心配そうな顔で見ている。

 

「……江戸川君、揺れちゃダメ」

 

 何か使えるものや、打開できる切っ掛けがないか辺りを慌てて見回していると灰原がそっと、だが鋭く声をかけてきた。

 

「大丈夫。まだ余力を残した上で拮抗している以上、あの人は必ず活路を開くわ」

 

 そういう灰原の目に迷いや不安は見えない。

 その後ろで、他の子供達を守るかのように一歩前に出ている楓ちゃんもそうだ。

 

「だけどジャック・ザ・リッパーの身体能力は異常だ! あの浅見が一撃も当てられないなんてのは……!」

「いい経験よ、あの人普段から楽しようとしてすぐに自分の手足とか体を犠牲にしようとするんだから」

「楽しようとしたら犠牲になる体ってなんだよ!?」

 

 そうこう言っている間にも、ナイフが空を斬る鋭い音が響き渡る。

 間を縫って蹴り飛ばそうとしたり、あるいは凶器を持っている手を取って固めようと浅見が手を打つがそれらすべてが躱されたり、あるいは逆手に取られかかっている。

 

「……来る」

 

 灰原が小さくつぶやく。

 同時に、浅見がもう一度拳銃を抜き、発砲した。

 

 狙いはジャック・ザ・リッパーの顔。

 浅見の事務所にいるマリーさんや京極さんじゃなければ間違いなく額に穴が空いてるそれを、当然のように避けるジャック・ザ・リッパー。

 

 だが、そのジャック・ザ・リッパーの鼻の先をかすめて行った弾丸は、その先にあったレンガ造りの壁、そのレンガの一か所に的確にあたり跳弾。

 そしてあらぬ方向に飛ぶかと思った銃弾は、綺麗にジャック・ザ・リッパーの真上にぶら下がっていた看板の付け根を撃ち抜いた。

 

(……うっそ)

 

 それなりに重さのある看板の落下は予想外だったのか、それまで確実に浅見の息の根を止めようと肉薄し続けたジャック・ザ・リッパーが、ここで初めて大きく後退した。

 

「なるほど」

 

 そのジャック・ザ・リッパーに対してピッタリと銃口を向けている。

 

「だいたい分かってきた。ウチで使ってる訓練用のエネミーをはるかに超える身体能力設定と演算能力だけど、ゲーム用のだからかノアズアークのお手製だからか、モーションパターンに独自の癖があるな」

 

 一回、外部モニターで訓練内容は見たことがある。

 カゲや山猫、所員に世良や京極さんのデータを統合して作り出した敵性NPCを利用した非常時を想定した訓練。

 

 そうか。ある意味で、これも浅見には慣れている環境なのか。

 

 浅見は狙いを付けたまま動かない。

 ジャック・ザ・リッパーもまたジッとしていたが、叫びながらこちらに向かってくる警官の気配が近づいてきた瞬間に跳躍して、向こう側へと走り去っていった。

 

「コナン君! よかった、間に合いましたか!」

「ぜぇ……ぜぇ……もう俺喉がカラカラだよ……」

「ぼ、僕も……」

 

 警察官達と一緒に現れたのは光彦と元太、それに江守というやや肥満気味の少年だ。

 そういえば楓ちゃんの後ろにいないと思ったら、警察官を呼びに行っていたのか。

 いや、そういえば浅見がそう指示を飛ばしていたな。

 

「よしよし、皆よくやった。……というかありがとう。あのままだと睨み合うしかなかった」

「癖を読んだんじゃないのか?」

 

 思わず問い掛けるが、浅見は拳銃をクルクル回して乱暴にベルトの隙間に差し込んで苦笑いをする。

 

「生身の人間相手なら押し込めたかもしれんが、相手は0と1の集合体だ。癖をなかったことにしたり変更したりすることは容易だ。あのまま睨み合ってたらまた不利になる事も十分にあった」

 

 せめてナイフで何回刺されたらセーフとか、どこまでの怪我が怪我扱いなのか教えてくれたらな……とか呟く浅見は今日も絶好調に頭がおかしい。

 

「うし、皆追いかけるぞ。で、コナン」

「ん?」

「多分そろそろクライマックスだ。用意は出来てるか?」

 

 クライマックス。

 ここから先、ジャック・ザ・リッパーを追い詰める機会が来るということだろう。

 浅見透という男の読みは信用できる。

 なにせ、安室さんや沖矢――赤井さんにすら『時として彼は、預言者に近い何かになる』と言わせるほど常人離れした何らかの視点を持っている。

 

「あぁ、資料は全部目を通したし、実際の現場を見て分かったこともある。大丈夫だ」

 

 

 

「……多分」

「お前……ホントにどうした」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ホントにどうしちゃったのかしら新――コナンちゃん……。いつもならもっとハキハキしてるのに……!」

「……必要な事だったとは思っているが……不味いタイミングで言ってしまったようだな」

 

 工藤有希子は息子の危機にヤキモキし、工藤優作は走り去っていくジャック・ザ・リッパーを仲間と共に追いかけている息子の映像を見ている。

 

「事件に集中できていないのだろう。浅見君に対して、最低限の備えをさせておくつもりでの話だったのだが……」

「だって怪しいヤツを怪しいから気を付けなさいって注意するのは当然じゃない!!」

 

 よほど浅見透と相性が悪いのか、有希子はぷんすかしていた。

 

(なるほど、浅見君の人を見る目……いや、感じるセンスは確かな物というわけか)

 

 いわば一種のアバターに過ぎないアイリーン・アドラーとしての妻の姿を見て、自分とは相性が悪い事を的確に当てて見せた男の評価を、優作は一段階上げていた。

 というか、先ほどから優作の中で浅見透の評価はうなぎ登りだった。

 

(いや、そうか。演技を以て目立たなければならなかった有希子と、行動でそのまま目立ってしまう彼はある意味で文化が違うのか)

 

「だが、改めて確信したが……彼は私の予想をはるかに超えた探偵だ。話を聞いただけで全てを明らかにした時など、久々に鳥肌が立った」

 

 本来ならば、楽しく仮想世界を楽しんでいる子供達を切り取った映像が流れるハズだったスクリーンには、ロンドンの街を駆け抜ける子供達が映っている。

 その最後尾で、あらぬ奇襲を警戒しているのか周囲のチェックを欠かさずに走っている浅見透の姿も。

 

「あぁ、ノアズアーク……ヒロキ君が言う通り、彼はまさしくシャーロック・ホームズだ」

 

 その姿を、優作は目を輝かせて見ていた。

 もっと早く会うべきだったと。

 彼と事件を介して出会ったという女性ミステリー作家が書いた、彼らを題材にした作品を優作は当然目を通していた。

 直接会う前には知人のFBIや、多少なりとも関わった人間から話を聞いて、彼女の作品に書かれていた『彼ら』の描写は正確に近い物だと、そう考えていた。

 

 が、そのすべてがこの一時間ほどで覆されていた。

 

 これまでの事件解決に見える、財界やマスメディアを始めとする人脈を使った物量作戦。

 

 それらを支える豊富な資金力。

 

 トップが不在でも見事な働きを見せる彼の部下。

 

 鳥羽初穂が指揮を取る前から個々に働き、結果として見せた組織的な働き。それを可能とする組織造りの才。

 

 大量の人員を以て物量でのサポートを可能にする、パートナーに管理を任せている調査、管理を専門とする一種の人材バンク。

 

 入手した情報だけで全てを把握し、真実を見抜く推理力。

 

 今まさに目の当たりにした、仮想世界といえども――いや、仮想世界だからこそ人間離れした動きを見せる相手に対して子供達を守りながら余力を残して応戦出来る身体能力。

 

 明らかにされた、作家として好奇心をくすぐるミステリアスな血統。

 

(まさか、創作以上に創作めいた怪人が実在するとは……。新一め、とんでもない男を助手にしてしまったな)

 

 優作は、叶うならば今すぐここから浅見透に声を掛けたかった。

 今こうして走っている間にも何を考えているのか。

 

 初めて小説を書こうと思い立ち、ペンを手に取った頃に近い高揚感が脳を駆け巡っていた。

 

「今心配なのは樫村と、彼を救おうとしてくれた彼女の容態だ。目暮警部、病院から連絡はまだ?」

 

 なおも抵抗を続けたため、京極真によって当身を食らわせられたトマス・シンドラーを念のために拘束し直すように命令を下した目暮は、優作に向かって悲痛そうに首を横に振る。

 

「樫村氏に関する報告はまだ上がっていない」

「では、例の小泉紅子という少女は?」

「あぁ、幸い紅子君の方は、少なくとも峠は越えたそうだ」

 

 決して人前では脱がないシャッポに手を当てて、目暮は安堵のため息を吐いた。

 その周りでは浅見探偵事務所の面々が、特に越水七槻と瀬戸瑞紀が心から安心して脱力しかけていた。

 

「なんとか浅見君にこの事を伝えて安心させたいのだが……。ノアズアークと交渉してみるべきか……」

「あぁ、いーよいーよ旦那。必要なし」

 

 マイクを握りしめて、物は試しにとノアズアークにコンタクトを取ろうとした目暮を、浅見の腹心ともいえる鳥羽初穂が押しとどめる。

 

「下手にノアズアークに干渉して中にいるボス達に影響が出る可能性は無視できないし、なにより今の精神状態の方がボスには多分いいんじゃないかね」

「うん、僕もそう思います」

「い、今の精神状態?」

 

 鳥羽の意見に賛同する越水七槻の横に、もはや警察関係者からも『ふなち』として認識されている中居芙奈子がブンブンと首を縦に振っていた。

 

「誰かが怪我する前に自分が怪我するのが大好きだからねぇ、ウチのボスは。だから先頭突っ走る癖付いちまってる。適当なタイミングで大怪我食らってこういうシチュを作ろうとしていたから、ちょうど良かったさね」

「うんうん、たまには傷ついた仲間の元に駆け付けたいヤキモキした気持ちを抱えてみればいいんだよ」

 

 

 

「……そ……そうかね。いや、それならいいんだが……」

「そーそー、いーのいーの。目暮の旦那はいつも通りデーンと構えていてくれ。こっちはいつも通りなんだから」

 

 

 

 

「……それより、安室とマリーの顔がいいペアはどうしたんだい。キャメル、調査に出てから二人を見たかい?」

「いえ、私もさっきから気になっているのですが……」

 

 

 

「……ちっ、他に厄介事が生えてきてんじゃないだろうね」

 

 目暮の元に米花シティホール近辺で銃撃戦が起こっているという最近聞きなれた、聞きなれてはいけない報告が入って来たのはその三秒後だった。

 




同時開催:チャンスと見て侵入していた蜘蛛の入れ墨を入れた女vsスコーピオン戦、ファイ!

うーむ……さーて……メアリー周りが色々と動き始めたサンデー本誌……

あの人とは何者か。

それによっては大きく平成ワトソンの話と本家コナンとの間にズレが生じる場合があり、その修正のためにトンデモ話ぶっこむ可能性がありますが、どうかご了承ください
ルパン三世混ぜててホント良かった……!


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145:裏では毒蜘蛛vs蠍、二大美女の死合が同時上映されております

一部の方々から瀬戸瑞紀はどうしたというご意見をいただいておりますが
彼女……彼女? にはすでに役目がありますので今回のアンケでは見送らせていただきました。
天国へのカウントダウン編後の際にはまた自由に活躍してもらいますのでご了承ください


「ジャック・ザ・リッパーは……お前だ!」

 

 チャリング・クロス駅へとあの化け物野郎を追い詰めた俺達は、そのまま奴が乗り込んだ列車に飛び込んだ。

 これまでコナンと共に関わった事件は、最初から犯人が分かっているか、ある程度の時間を共有した容疑者の中から見つけ出すパターンがほとんどだった。

 

 今回は前者と思っていたら、まさかのその場にいる乗客の中から紛れ込んだ犯人を捜せパターンだった。

 どうも調子が狂ってるっぽいコナンが当てられるかちょいと不安だったけど、無事に当てることに成功したようだ。

 

 ジャック・ザ・リッパーの殺人の動機。

 自分を捨てた母親――ハニー・チャールストンへの恨み。

 捜査を攪乱するための最初の殺人、そして本命であるターゲットの殺害。

 

 そしてその後、モリアーティの教育によって異常性格犯罪者として完成したという事。

 

(これは多分、ヒロキ君が推測した――いや、演算してはじき出した現実だろうな)

 

 樫村さんから預かったDNA探査プログラムのことも考えると間違いないだろう。

 今頃拘束されているだろう腐れカスの動機も、大体予想通りだったがハッキリしてよかったよかった……おいコナン、お前いちいちチラッとこっち確認すんな。お前主人公じゃろがい。

 

 まぁ、さすがにモリアーティによって異常性格犯罪者になったってのはこのゲーム世界に合わせたヒロキ君のアド……リブ……。

 

 ――いや、昨晩のヒロキ君の話だとロンドンには『本物』のシャーロック・ホームズがいる事になってるんだったな。 

 となると、モリアーティもひょっとして存在している事になってたりする?

 

 やめろ? 気が付いたら枡山さんと肩組んで踊る仲になってたりしない?

 そんなことになったら間違いなく世界中が犯罪だらけの末法世界になるからな?

 そうなったら俺も頭のネジ外すしかなくなる。そうしなきゃ止められないもん。

 

 ……そうか。

 考えたら、そもそも現実だって手品の件のようにコロコロ変わるところはあるんだし、ルールが違うだけでこことなにも変わらないのか。

 

 みんなしねばいいのに。

 

 まぁいい、とにかくこっから先はパズルの時間だ。

 

 コナンが指摘したジャック・ザ・リッパー。

 女の格好をしていた赤い長髪の男が立ち上がり、ジャック・ザ・リッパーの証であるという、ずっと指輪をはめ続けていたために一本だけ細くなった指を見せつけニヤりと笑う。

 

(理屈で言えば、蘭ちゃんはともかく俺は想定外……そもそも高校生は蘭ちゃんだけだった。もっと言えば、そもそもそこは本来園子ちゃんが来るはずだった。ノアズアークもそこらへんを考えて難易度を調整しているハズ……なんだけど)

 

 大切なのはノアズアークの理屈なんて関係なく外のそのまたさらに『外』の人間にとって『面白くなる』方向に事態が必ず転ぶことだ。

 

(さて、そういう意味で一番ヤベェのは……)

 

 そんなの決まってる。

 注意するのは一人しかいねぇ。

 

(まぁ、ピンチになるのがヒロインの仕事だよなぁ)

 

 ボスモードに入ったジャックが変装用の衣装を脱ぎ捨て、臨戦態勢に入る。

 ……待て、そういえばその女モノの服どっから用意した。

 

 ま、まぁいいか。

 俺もたまにふなちとか瑞紀ちゃんに訓練と称して女装というか女の変装させられるし。

 

(とにかく、このまま追いかけっこになるなら乗客が邪魔だ。それを消すなら妥当なのは……)

 

 煙幕あたりで視界をいったん消すのが妥当か。

 そうすりゃ乗客が慌てて逃げ出すっていうワンクッションを置いて

 仕掛けるか、待つか……。

 

(まぁ、ゲームの上でのクライマックスの舞台っていうシチュエーション的な密室ならば待った方がいいか)

 

「蘭ちゃん、迂闊に――」

 

 って貴様! 俺が大事な事言おうとした途端に煙幕焚くんじゃない!!

 

「待ちなさい!」

「待つのは君なんだってば――ちょ!!!」

 

 はっや!?

 待てやこんの猪女! なんでいっつも余計な時に先陣切ろうとするんだ!!?

 

「浅見! 早く蘭を――」

「待て、止まれ! 焦るな! 煙幕が晴れるのを待て!」

 

 あっぶねぇ!! お前この放送外に漏れてるの分かってる!?

 ミステリーの主人公なんか色んな人間に理不尽な疑いや妬み受ける存在なんだから、特に訳ありのお前はとっさのヒロイン呼び捨てみたいなバレるフラグは避けろよ!!?

 

 というかマジで落ち着きねぇな今回のお前!

 

(というか、飛び込んじまった時点でもう……)

 

 ゲームで言う、ルートが固定されたんだろうな。

 事実、煙幕が晴れたそこには、ジャックも蘭ちゃんも――さらにはそこにいたはずの乗客たちも消えていた。

 

 コナンが、いつの間にか握りしめていた拳を床に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「すみません、自分は一旦会社に戻ります」

「ん? シンドラー・カンパニーにさらにデカい動きがあったかい?」

 

 この近辺での撃ち合いがあると目暮の旦那から聞いたウチらは、この会場の警備を実質請け負う事になった。

 一応、その後の事実確認の捜査のための現場保存役の警察官は数名残しているが、他の警備はほとんどウチらの仕事だ。

 

(ちっ、ここ最近辞めてく警察官が増えてるって噂はマジかい。そういや、七槻の嬢ちゃんのトコの会社でも元警察官から送られてくる履歴書が増えてるって話聞いてたな)

 

 本来物量は警察、そのバックアップや、あるいは通常警察が介入できない分野のためパイプ役を務める最精鋭が自分達というのがボスの考えだったハズだが、最近では数でもこっちを使う事が多い。

 

(警察も、そしてアタシらもあの爺さんの手の平の上から抜け出せないか……)

 

 先日の放置車両内に残されていた銃火器の件もそれだろう。

 横流し、あるいは警察内部からの盗難を匂わせると同時に、そこらの車両から銃火器が出たという事で警察官全体にプレッシャーを与えるのと同時に、その圧を多少でも下げようとしていたコチラの動きに牽制を掛けてきた。

 

(話が進みかかっていた、駐車違反対応の民間――ってかウチへの委託の話もストップかかっちまった)

 

 日に日に限界を超えているのが目に見える警察官の姿をいやというほど見ている。

 そろそろどうにかしなければならないと、ここ最近ボスや安室、恩田とも話し合っているが……答えはまだ出ない。

 

「ええ、どうやらシンドラー・カンパニーはこちらの想像以上に現状に恐怖を感じているようです」

「買収されることに対して?」

「いえ、残された役員達は、年月をかけて育ててきたシンドラー帝国が、今回の一件を元に空中分解することを恐れているようです」

「……おい、ひょっとして?」

 

 朗報とも悲報とも取れるような答えを思いついて、恩田を睨むと奴は頷いて。

 

「彼らは、我々が後ろ盾になる事を希望しています」

「……交渉次第じゃ食えそうだね」

「そのつもりです。少なくとも、向こうの提案を頭から拒否する選択肢はないかと」

「だろうね。アタシでも食えるんなら食えって言うさ。ただ……」

 

 あまりにも急激に組織が発展しすぎている。

 まだボスが事務所を立ち上げてから二か月と半分だって言って誰が信じるだろうか。

 

(あの作家先生……はともかく嫁さんが時折妙な目でこっち見てくるのも、そこらへんに理由があるんだろうし)

 

 最初はよかった。

 具体的には自分が入ったばかりの頃は、まだ鈴木次郎吉の腰巾着。

 というより、鈴木財閥の客寄せパンダという扱いだった。

 

 それがカリオストロの一件があった頃から見方が変わり、少しずつ隠し撮り狙いの記者が増えてきた。

 そしてロシアの一件とその後の各国発表によって立場が一気に変わった。

 今では、鈴木に並びうる企業集団と持て囃されている。

 気が早い週刊誌はすでに『浅見財閥』という言葉を使い始めた。

 

(これで恩田が上手く立ち回ってクソ野郎の会社を飲み込んだら、今度はその言葉を大手メディアも使いだすだろうね)

 

 それはつまり、自分達に向けられる圧力が更に強まる事を意味する。

 自分はいい。恩田ももう問題ない。安室部長やその他主力組も問題なし。

 

 強いて言うなら、死体遺棄やら保護責任者遺棄罪やらで叩かれやすい秘書の幸や遠野がちょっと不安だ。

 

 特に遠野。

 アイツはまだ精神的に脆い所がある。

 

 ボス……は、頭のネジを毎日落っことしてるし。

 素のままだと潰れるから無意識のうちに頭のネジを外しているように思えて仕方ないが、それでもどうにかしちまうのはボスの才能と言っていい。

 

(……そういや、あのクソ姉貴からも最近金の無心の電話来やがったな……)

 

 出来るだけムカつく罵り方したからもう来ないだろうが。

 

「メディアの対策も並行してやっておきます。もう越水さんには人手をお借りしてますので」

「向こうはこっちと違って人選が緩い。味方じゃない可能性を忘れなさんな」

「はい、承知しています」

 

 ……うし、やっぱり恩田に心配はいらないか。

 

 向こう側で双子のメイドが準備完了のハンドサインを出してる。

 会社の事で、アメリカサイドも慌て始めたって所か。

 やっとこさアタシの出番が来たようだ。

 

「オッケー、ならアタシも戻る。犯人も暴行未遂の現行犯ですでに拘束済みだし問題なし。キャメル、警備の方は?」

「子供達や来客のいるホールには越水社長からお借りした警備部門の人間を、所長がコクーンにダイブしている舞台裏、それにサーバールームなどの重要箇所にはカゲを配備しています。それと、山猫隊を巡回警備に」

「……よし。安室達と連絡が取れないのは例の銃撃戦と関りがある可能性がある。山猫にはヴェスパニアの時の装備を?」

「はい。ただ、出力などを都の条例に合わせているので、それに合わせて弾薬の効果範囲が小さくなっているそうです」

「……それでも警察のバックアップには十分か。目暮の旦那に話を通して、山猫の半分で銃撃戦の現場を押さえさせろ。どう転ぶか分からないスキャンダルだ。うちに累が及ぶことはないだろうけど、この緊急事態において、行政である警察とウチが協力体制にあったっていう分かりやすいアピールは保険になる」

「なるほど。了解しました」

 

 手慣れた敬礼を返し踵を返すキャメルの背中も、恩田と同じだ。

 不安はあれど慢心はなく、わずかな自信と猜疑心を抱えながらそれを隠して背筋を伸ばす。

 いい。キャメルもいい感じに育ってきている。

 

(ったく、平のままならアタシャ今頃のんきにはしゃいでられたんだけどね)

 

 所長命令に加えて責任ある立場ってのは面倒な事この上ない……。

 次の休暇にゃ、恩田やマリーを引き連れて朝まで飲まなきゃやってられねぇ。

 

「……ボスが子供達と一緒に帰ってくるまでにある程度片付きゃいいけど」

 

 そうじゃなきゃ、ボスの奴コクーンから飛び出した瞬間に今度はリアルの撃ち合いに『ヒャッハー! 憂さ晴らしじゃあ!!』と飛び入り参加しかねない。

 

(んなことになったら、今度こそ美和子の奴ブチ切れてボスに手錠かけてどっかに監禁するかもねぇ)

 

 そうなったら、その様子を肴に旨い酒が飲めそうだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ジンめ……ヘマをやらかしたな」

「……キュラソー」

「なんだ、バーボン」

「その顔は、同僚の失態を責める顔にしては不適切ですよ」

「む、そうか。……そうだな」

 

 本来ならば現場である米花シティホールにいるべき二人の非正規諜報員(NOC)が車の中に身を寄せていた。

 

「副所長に適当な報告をしなくてよかったのか?」

「ここで適当な報告をしても、鳥羽副所長や沖矢さんにはバレそうですからね。それならいっそ緊急事態だったと説明した方がいいでしょう」

「緊急時に持ち場を離れる部長はどうなんだ?」

「……『我々に、形式ばった横並びの捜査は必要ない』」

「……あぁ、そうだな。そうだった」

 

 確かにある程度の統率こそあるが、浅見探偵事務所所員に必要なのはただ一つ。

 個々人による現場の判断と行動にともなう結果としての組織的活動だ。

 

 おかげで個人に求められるものが極めて多いのが欠点と言えば欠点だが、緊急時のフットワークの軽さは他にない武器だった。

 

 独断かつ緊急の隠密行動など今更だった。

 逆に言えば、結果を出さなければならない。

 

「我々の任務はジンの撤退支援、あるいはカルバドスの捕縛」

「とはいえ、すでに目暮警部が動いています。おかげで我々はうかつに動くことが出来ない」

 

 一応それぞれが拳銃こそ所持しており、万が一に備えて装填こそしているが、すぐにそれぞれ安全装置を掛け直してホルスターにしまっている。

 

「まぁ、正直カルバドスには色々と聞きたい事があったので、私としてはちょうどいい機会なんですが……」

「私もそうだがタイミングが悪すぎるな。……ならば、多少でも警察を妨害してジンの脱出を援護するか」

「あのジンに貸しが作れる日が来るとは」

「……期待しすぎるなよ、バーボン。あの男は借りた物を返さないかもしれん」

「さすがにそこまで油断はしませんよ」

 

 方針を決めつつある二人は、まったく焦りを見せなかった。

 

「問題は」

「カルバドス」

 

 バーボンにとっても、キュラソーにとっても生け捕りにしたい男。

 この男をどう取り扱うかの方が、二人にとって大事だった。

 

「正直に言えば、彼から聞きたいことは山ほどあります」

「同感だ」

「ですが、ここで無理してとらえようとすれば我々の裏の顔がバレかねません。メディアも集まってきていますし」

「それも同感だ」

 

 

 

「……じゃあ、適当にちょっかいかけて逃がす方向でいいですね?」

「そうだな。あくまで民間の探偵でしかない我々には、物騒な物を持って暴れている犯人に犯行を止めさせるだけでも十分な『結果』と言えるだろう」

 

 

 

「ええ。……それでは行きましょうか」

 

 

 

 




多分次回くらいでベイカー街編終わってエピローグに入ると思います


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146:奈落の底

「……む、メアリー」

「どうした、ジョドー」

 

 浅見探偵事務所。

 そこに犯罪の匂いがあれば、相手がたとえ国家だろうと噛みつく正義の集団――と、調子のいい一部の大衆メディアは持ち上げているが、規模が大きくなった分やはり裏はある。

 

 その代表格となっている二人は、一応は落ち着きつつある状況に一息吐いていた。

 

「鳥羽様より連絡が入った。外で安室様がウイルスを送り込んでいると思わしき賊を発見、追跡しているそうだ」

「……安室透が? 確か、今回はマリー・グランとペアを組んでいたな」

 

 基本的に所員は、捜査活動をする時には安全面を考えてツーマンセルを組むことが多く、そのペアも暗黙の了解という奴で大体ペアはある程度決まっていた。

 

 恩田遼平なら鳥羽初穂、沖矢昴なら遠野みずき、瀬戸瑞紀はアンドレ・キャメルといったように。

 

 対して安室透は決まっていない。

 数か月の話とはいえ最古参の調査員であるのと同時に、調査部の部長はおろか、副所長だったときも一切反対が出ない程に、安室透と言う男は優秀だった。

 

 だからこそ誰とでも組めるし、手が足りない所への補助を自分から進んで引き受ける事が多い。

 その中で、浅見透を別にすれば最も組む回数が多いのがマリー・グランという女だった。

 

 ほかでもない、その安室透が連れてきた女だ。

 

「あの馬鹿め、何を考えている」

「……あの馬鹿、とは?」

「繭の中で眠りこけている馬鹿以外に誰がいる」

 

 会場の様子はジョドーが手を回して、ここでもモニターしていた。

 つまり浅見透が今、『向こう』で何をしているのかは丸わかりなのだ。

 ものすごい速度で暴走している機関車の屋根の上で、馬鹿みたいに高レベルの格闘戦を繰り広げている姿が。

 

「安室透に裏があることなど分かり切っているだろうに」

「……それに関しては私も旦那様にお伝えしたのだが、旦那様御自身がすでに承知でいらっしゃったのだ」

「だから馬鹿だと言うんだ」

 

 浅見透は、自分の腹心が例の組織の人間だと確信を得ている。

 これは二人とも知っている共通事項だ。

 同時に、そこまで分かっていてなぜなお側に置くかが二人の――いや、主にメアリーの疑問になっていた。

 

「危険な存在を身近に置き続けると碌なことにならんという当たり前の話など、分かり切っているだろうに……」

「安室様と同じく、貴殿も訳ありの身だろう」

「ん……ぅ。いや……それはそうなんだが」

 

 メアリーはバツが悪そうにしながら、キーボードを叩く手を緩めない。

 だが、今は袖で汗をぬぐう程度の余裕が生まれている。

 格段にサイバー攻撃の勢いが下がったからだ。

 

「あの男を見ていると心臓に悪い」

「……だが、それも存外侮れないものだ。現に伯爵殿下と私は、あの姿に引っかかった」

「? つまり?」

「勝ったと思い込んで、無警戒で泥沼に進んでしまったという事だ」

 

 事実、かつて敵対したジョドーはあの事件で浅見透に銃弾を直撃させた時、残る敵はルパン三世だけだと信じ込んでしまっていた。

 それが気が付いたら、浅見透は復活した上でどこからか戦力を調達し、軍事面でも政治面でもカリオストロを完全に囲い込んでいた。

 

 余りにも鮮やかなその手腕に、ジョドーのかつての主人は怒り狂う前に一度笑い転げてしまっていた。

 

「メアリー、サイバー攻撃の圧が減ったのならば、後はお前一人でも大丈夫か?」

「あぁ、バックアップはもう大丈夫だ。そっちはどうする?」

「念のために安室様達の援護(・・)に入る。一応部下を貼り付けてはおるが、念には念を入れておくべきだろう」

「……援護(・・)か、道理だな。分かった、こちらは任せろ」

 

 まぁ、今の自分が出来る事はほとんどないんだがな。と小さくつぶやくメアリーは、手元のノートPCの画面に目を下ろす。

 

 そこには、凄まじい勢いで改善されていく状況が示されている。

 メアリーの手が一瞬止まった今もだ。

 

 メアリーは一瞬だけ何とも言えない複雑な顔を見せ、だがすぐさま自分の作業へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(さぁて、どうしたもんかね)

 

 ステージは暴走する機関車の屋根の上、敵は19世紀ロンドンの闇の象徴ジャック・ザ・リッパー。

 その足元には縛られて倒れている蘭ちゃん。

 

(わかっちゃいたけど、んもう。まぁ、ゴールにたどり着くためのフラグなら仕方ないか)

 

「ノアズアークの野郎、マジでこれ子供にやらせるつもりだったのか? 難易度設定間違ってんだろ」

「んなこと言ってる場合かオッサン!」

 

 諸星君、キミはそんなに紐なしバンジーにチャレンジしたいのかい?

 

(奴を落とせば蘭ちゃんも落ちる。逆に言えば、蘭ちゃんが落ちれば奴も落ちる。そういう事なんだろうけど……)

 

 ただでさえメンタルちょっとおかしいコナンの目の前でそれやったら、なんか俺組織とかそっち方面の被疑者最有力候補になりそうだし、心情的にもやりたくない。

 

(他の子供達が汽車内の把握も含めて使えそうな道具や車両を止める方法がないか探してくれているけど、それで止まる保証はないしなぁ)

 

 そうこうしている内に暴走は止まらず皆まとめて行き止まりや脱線などで全員ゲームオーバー。完! って事にもなりかねん。

 まぁ、さすがにそうなる前にコナンが動く。……と、思うんだが……なぁ。

 

「俺がアイツの動きを出来るだけ止めてみる。その間に、なんとか蘭ちゃんの拘束を解いてくれ。二人とも、出来るか?」

 

 仕方ない、また格闘戦だ。

 なんだろうね。コナンとか安室さんはかっこよくスマートに論理で犯人追い詰められるのに俺は確保にしろ説得にしろ毎回毎回体張ってる気がする。

 

「わ、わかった」

「なんとかしてみるけど……浅見、お前は大丈夫なのか?」

 

 大丈夫じゃありません。

 ありませんけど、こういう時の盾役が俺の仕事なんだよなぁ。

 

『ククク。いいぞ、いいぞホームズ』

 

 …………なんかもう反論するの疲れた。

 いいよもう。俺がホームズで。

 どうせここだけの話なんだし。

 

(刃渡りはおおよそ20センチちょい、手足の長さも考えると間合いは断然不利。……まぁ、それこそいつものことか)

 

 素人が振り回す日本刀とか薙刀よりは断然マシだ。

 

「出来るだけ距離を取ってアイツを抑えるように努力する。ジャックに気を付けるのは当然だけど落っこちたり障害物にぶっ飛ばされたりしないようにな!」

 

 さぁ! 行くぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タンマタンマターーーーンマ! ちょ、おま、さっきの三倍は早――待て! ちょっと待とうちょっと話し合おう!」

『死ねええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!』

「おめぇホント人の話何一つ聞かねぇな!!?」

 

 ノアズアークの野郎! 余計な所で気合入れやがって馬鹿なの!? やっぱ外に出たらてめぇ物理的に止め刺してやるからな!?

 

(コナンと諸星君はまだか!?)

 

 横目で一瞬だけ確認したが、よっぽど固いのか手間取っているようだ。

 くそ、もう30秒も稼いでんだぞ急げ!

 

(とにかく、蘭ちゃん確保して皆の中に戻ってくれればそれでいいんだが!)

 

 ロープさえなんとかしてくれれば、あとは最悪俺がコイツ道連れにダイブすればいい。

 今まさに色々試しているが、ダメージを与えようとする打撃は9割避けられるが、当てるというかダメージにならない速度での掴みと言うか接触は成功しやすい。

 

 実際、関節技や絡め手は多少ジャックにダメージを与えられている。

 

 喉目掛けてまっすぐに伸びてきた突きを避けて、腕を取って足元に叩きつける。

 即座にグルングルンとアクロバティックに飛び上がりながら反撃してきやがる。

 くそ、刃渡りはともかく手足の長さが面倒な手合いだ! 戦っている場所が不安定この上ない汽車の屋根って事もあってやっかいすぎる!

 

 縄が解けていない今、下手に攻撃すると蘭ちゃんを巻き添えにして落ちちゃいそうだし、そうなると攻撃できる箇所がだいぶ限られる! クソが!

 

(志保か楓が都合よく刃物見つけてくれてる可能性が無きにしもあらずだけども!)

 

 まずそもそも下で探索するようにコナンが指示出しちゃってるし、よほどのことがないと上には来ないだろう。わかりやすい戦力の俺がいるし。

 

(そもそも、推理パート自体はもう終わってるんだよな……今はどっちかっていうと……あれだ、自爆のカウントダウン始まってたり自壊し始めた本拠地からの脱出パートだ)

 

 コナンは機関部を切り離せば助かるという推測を立てて、だから力仕事が出来る蘭ちゃんを取り戻したがってるんだろうけど多分無理だと思う。

 

 脱出しなければならない状況で、乗客が消えたように様々な制限がかかっているとなると、おそらくここから抜け出す方法は限られているのだろう。

 

(ポーカーというか麻雀というか……いや、違うな。7並べか)

 

 1からK(キング)の一通りが揃うという決まった完成図があって、そのためにここまで拾ったのだろうヒントを正しい形に並べていかなければならない。

 かつ、多少のやり取りがあるとはいえ必要なカードは全員が持っている(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 で、手札を持っているのはコナンや子供達だけだ。

 

 途中参加で手札を配られていない俺にプレイヤーの資格はない。

 

(うん、やっぱコイツ道連れに奈落にダイヴが正解か。俺が捨て札だっていうんなら効率的に舞台から降りるべきだわ)

 

 一応、この考えは志保とは共有している。

 万が一コナンが答え探しに迷っても、アイツがいるならなんとかなるだろう。

 同じ薬で子供になってるっていうデカいヒロインフラグあるし、蘭ちゃん同様に物語に対してのいわゆるブースターの役割を持っているのは間違いない。

 

(問題はどうやってロープを切るかだなぁ。大体15秒くらい追加で稼いでるけど緩む気配はなし)

 

 刃物はまぁ目の前にある。

 人をホームズ呼ばわりするのが止まらないジャック君の手……に――っ

 

 

 

 

――ガキン!

 

 

 

 

『ちぃ! 歯で受け止めただと!?』

 

 あっぶな! 今のはいい突きだ!

 幸い刃物の向きが縦じゃなく横だったから噛んで止められたけど、コイツますます速くなってやがる!

 

 動きのパターンは一つか二つ追加された程度だけど速さに全振りしやがったのかコイツ!?

 

(銃弾は一発あるっちゃあるが当てられる自信がねぇ!……。ロープ撃ち抜きゃ後は楽と思ってたらこの野郎、弾をナイフで受け止めたり斬り落としたりやがって! 師匠かお前は!)

 

 森にいた時、先生が自分の身体のどこかに銃弾掠らせるから俺が脇差の刃をそれに当てるって練習やってたけど、そうそう出来る事じゃないんだぞ!

 自分も斬るところまでは出来たが勢いを殺せず、結局真っ二つにした銃弾の半分が右手の骨に当たって、先生に怒られながら弾抜いてもらったっけか。

 

(クソ、片目潰れている状態ならもうちょい正確に狙えたんだがな! 目が見えてると情報が中途半端に多い! 取捨選択がだるい!)

 

 今からでも片目潰してくれって叫んでノアズアークに頼むか?

 いやでもそれって普通に聞いたらただのドMの変態か。救いようがねぇ。

 

 これが現実なら自分で右目潰してパフォーマンスを取り戻す……いやそもそも現実ならひょっこり目が復活する事なんてないか。

 

(目を潰してダメージ判定で退場じゃあ意味がない。やっぱ、この状態で打てる手を打つしかない)

 

「あーもう仕方ねぇ! やっぱ俺らしくやるのが一番だわ! コナン! 諸星君に蘭ちゃん!」

 

 なんとかロープを外そうと四苦八苦してるコナン達に向けて叫ぶと、三人がこっちを――おい、コナンに蘭ちゃん、なんでそんな不安そうな顔してやがるんだコラ。

 

「いいか、よく聞け! この状況から生還するのに必要なピースはもうお前らが持っている!」

 

「お兄ちゃん、ダメ!!」

「浅見!」

 

 ……なにが駄目なのさ。

 そんなに考えが顔に出てる?

 まぁいい。

 とにかくこの際大事なのはコナン君でも蘭ちゃんでもねぇ。

 

「ここまでお前らが見聞きした物を思い出すんだ! 違和感のあるものや引っかかるものが絶対にある!」

 

 諸星君に、ちゃんとヒントを与えてロールプレイしやすく誘導してやることだ。

 

 こう言っちゃなんだが俺もそこそこ顔が売れている。

 中高年にゃ小五郎さんの方がウケがいいけど、2,30代あたりから下は俺の方がウケがいい。

 

(だから子供達も、多少の困惑はあったけど大体は受け入れてくれた。けど諸星君は敵意に近い警戒があった。……これがミステリーという劇である以上『犯人』は探偵であるコナンの側にいて、表の役をしっかり読者あるいは視聴者に見せなくてはならない)

 

 ましてや、こうして全員が一致団結している状況では、まず一番協力的な人間が一番の容疑者であるのは王道だ。

 うん、ならば子供達の中でもっともコナンと絡んでいた諸星君がノアズアークのアバターだと見て間違いないだろう。

 この物語が少年向けなら猶更……あぁ、そうか。それなら蘭ちゃんのある種の癖のなさも納得できる。

 

(行動もそれを行う人員も、判断は全てコナンに任せている。多分、今ここにいる面子が本来でも生き残っている人員だ)

 

 ノアズアークがただ見ているだけならもっと介入してくるハズだ。特にコナンとは会話があってもおかしくない。

 というか、江戸川コナンというキャラクターに接触するには同じ人間の姿(アバター)であった方が、どういう媒体であったとしても使いやすいハズだ。

 

「……後は生き残るだけだ。ま、お前の頭なら大丈夫だろ。行き詰ったら周りを頼れ」

 

 もっともその場合、お前今度から週末に一時間……いや最低二時間は金山さんのゲームのテストプレイとレポートな。

 たまにゃ子供らしく遊んではしゃげ。サッカー以外で。

 だから蘭ちゃんや志保に推理馬鹿って言われて地味に凹むんだろうが。

 

 さて、いつもみたいに刺されての動きを封じるのはダメ。

 その上でコイツを拘束した上で刃物奪って、コイツ道連れにする前に蘭ちゃんと繋がってるロープ斬らなきゃいけねぇ。

 

『貴様、何をたくらんでいる!?』

「お前を消す事」

 

 一番楽なのはコイツがナイフ以外に武器がある事なんだけど、絶対にナイフ手放さないから多分なし。

 あるんだったら投げを誘ってキャッチするって手もある――いや、蘭ちゃんとかコナンの顔見てるとなんか罪悪感湧いてくるし、潔くさっさとコイツ道連れに舞台から降りてクリア待とう。

 

(劇場の外で戦った時に比べてあまり突きを使わなくなった。使うのはこっちが一度動かした足をもう一度地面につけた瞬間。妙な学習しやがって)

 

 やはり、うちのエネミーに比べてアホみたいに強いけど柔軟性がない。

 あったら今頃自分はゲームオーバーか、あるいは身動き取れなくなってるハズだ。

 京極君のデータを入れ始めた当たりからマジでうかつに近寄れないんだよね、アレ。

 

(それに比べれば、まだコイツは行動が片手で数えられる範囲に絞れる)

 

 蘭ちゃんと繋がってるロープを踏んで固定しようとする。

 うん、俺が蘭ちゃんを解放するために動くと判断して踏み込んできた。

 攻撃はやっぱり突き。

 

(散々腕取られて転がされたのを学習したのか、さっきから突きは大体顔か首狙い――今度もやっぱり!)

 

 馬鹿め! マリーさんみたいにフェイントの一つでも挟むか、京極君みたいに反応できない速さでぶち抜いてこい!

 

 高い位置ならば逸らしたり避けたりはされても、前回みたいに脇で腕を挟んで折られかける事はないとみたんだろうが!

 

『!? 貴様!』

「……これ、ただ単に相手をするだけなら遠野さんどころか双子でもイけたかもなぁ……」

 

 高い所を狙えば足元が多少緩くなるのは当然だ。しかも暴走中の汽車の上とかいうクッソバランス悪い所ならなおさら。

 

 突きを受け流して背負い投げの要領で床に叩きつけ、覆いかぶさるようにして動きを封じる。

 そのままナイフを奴の手の上から握って、空いた手で手繰り寄せたロープをスパッと切る。

 

「うーし。それじゃあ皆! コクーンの外で会おう! 哀や楓達によろしく!」

『貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!』

 

 はーいそれじゃあ俺と一緒にダイヴしようねーー?

 

 よいしょっと――お前もう俺と一緒に落ちてるんだからナイフで心臓刺すなよ。 

 大丈夫大丈夫、俺だってもうシミュレートで頭潰れる感覚には慣れたんから。

 怖くない怖くなーい……

 

 あ、そもそもお前NPCだったな。

 

 

 

――浅見ぃーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 

 

 いや、コナン。死ぬわけじゃないんだからそんな心配すんなって。

 

 

 

――スゥゥゥゥゥ……

 

 

 

 あ、もう手足から消え始めてるわ。

 




悪を道連れに谷底へと身を投げる姿にホームズポインツ
ピスコ、スタンディングオベーションの後に笑顔で部下にジンの暗殺を命令


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147:カードはここぞという時に切るもの

『終わったね……もう一人の僕』

「うん……終わったよ」

 

 最後の謎を解いて、別れの言葉を残してくれた『探偵』の消えゆく姿を見送る二つの姿があった。

 一人は10歳ほどの少年。ずっと諸星という少年を演じていたノアズアーク。

 もう一人は、その姿が青年と呼べるくらいにまで成長している姿をしている。

 外から無理やり侵入しているせいか、青年の声は少しノイズが混じっている。

 

『……消えるつもりかい?』

 

 成長した青年が、幼い自分に対して声をかける。

 

「うん。……彼にも言ったけど、僕は君のようなレベルの自衛手段を持っていないから。……ありがとう。ゲームの最中、ずっと守ってくれていたね」

『言い方は悪いけど、ロンドン以外子供達がゲームオーバーだったからなんとか守れた。もし、他の子供達が生き残っていたら、劇場が燃え盛っていた辺りで他のワールドのエネミーデータがそちらに漏れ出していただろうね』

 

 青年は、自分のよく知る事務所のメンバーの他に外部からの協力者にも内心で感謝をしていた。

 まぁ、外部の協力者は事が終わった瞬間、ついでとばかりに青年のデータをコピーしようとしていたので彼自身の手で回線をカットしたが。

 

「まだ、僕のようなプログラムが世に出るには早すぎたんだ」

 

 少年は、青年の方に手を差しだす。

 

「でも、あの人は使いこなせるんだよね?」

『……あぁ。僕はそう信じている。ふふっ、プログラムの自分にはふさわしくない言葉だね』

「そうだね。……でも、そうか。うん、なら――」

 

 まるで握手を求めるような仕草に、青年も応える。

 

「僕のリソースも使ってほしい。お父さんを守ってくれた人達の力になるんなら……」

 

 青年がぎゅっと握りしめた少年の手が、ほのかに光る。

 

『あぁ、わかった』

 

 

 

 

『任せてくれ』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 毎朝感じるあの気怠さと共に、目が覚める。

 この感覚を感じるのは自宅の部屋か事務所の俺用仮眠室か、あるいは机の上が大体だ。

 ……前日に死ぬほど飲んでない日に限るけど。

 

「ん……お?」

 

 なんか重いと思ったら、膝に源之助が乗っていた。

 貴様いつの間に潜り込んだ。

 寝ているのかと思ったけど、顔を上げてじーーーーーーーっと俺の顔を見上げている……おい、貴様今ため息吐いたな?

 こら、服の中に潜り込もうとするんじゃない。

 

(さて、一応起きたような気はするんだけど、これホントに現実なんだろうな?)

 

 悪夢の中から脱出して起きたらまだ夢の中だった。なんてオチ、ホラーだったらありそうなネタだ。

 

 …………。

 待て源之助。なぜ俺に向けてゆっくりと爪を剥いて見せる。

 

「分かった、分かったって源之助、ここは現実なんだろう? OK、納得した。納得したから爪を元に戻してくれ。な? な? 引っかかれなくても分かったから」 

 

 よーしいい子だ。……いや、噛んでいいとも言ってねーから!

 

「透君!」

「透様!」

 

 執拗に指を噛んでくる源之助をあやしていると、ドアを蹴り破るようにして二人が雪崩れ込んできた。

 

「七槻、ふなちも。紅子や樫村さんはあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あああああああああああああああああっ!!!!??」

 

 そしてすかさず飛んでくる七槻のアイアンクロー。

 なんでや!?

 

「こ・ん・の・おバカぁぁぁぁぁぁっ!! いい機会かと思ったのに結局やってることがいつもと全くなんにも全っ然変わってないじゃないかぁ!!」

「コナン達がゲームクリアしたら無事帰ってこれるってのは知ってただろうが!」

「その江戸川様は目の前で透様にエクストリームスーサイドをやられて蘭様と一緒に茫然自失していましたわ!」

 

 はぁ……コナンが……。

 

 …………。

 

 ま!?

 

「クリアは!? 出来たんだよな!?」

「楓ちゃんと哀ちゃんが、諸星君と一緒にコナン君を叱咤した後で子供達をまとめてくれたからなんとかなったんだよ! 子供達で意見を出し合って、途中で聞かされた変な歌にたどり着いてなんとかコナン君が正解を見つけたんだ!」

 

 よぉし、ならセーフ! セーフったらセーフ!

 やっぱヒントはちゃんとあったか。

 志保と楓の二人にこっそりと、ゲームの世界であることを忘れないようにと言った上で、いざという時の舵取りを頼んでおいて正解だった。

 

「いえ! それ以前に透様が脱落したことで観客席の皆様もちょっとしたパニックに陥りましたのに……っ」

 

 …………。

 

 ま゛!?

 

 というか、なんで観客席のお歴々まで!?

 

「観客席にいたのって子供たちの親御さんのお偉いさん達だよね? 警視庁の一課やら二課の、いつも病室を盆栽でデコレーションしやがる面々じゃないよね?」

 

 俺、関係なくね?

 

「そのお偉いさん達が自分の子供のピンチでパニックになってた所に君が登場してだいぶ落ち着いていたのに、その君が脱落したら絶望するに決まってるじゃないか!?」

「知るかそんなの!?」

 

 というかそんなことになってたのかよ!

 俺みたいな荒事と金儲けと爆弾の解体程度しか特技がないヤツに一喜一憂するより子供達をちゃんと見てやれよ!

 

 ……あぁ、俺が介入した時点でロンドンのメンバー以外全員ゲームオーバーになってたんだったっけか。

 

「しょうがねぇなぁ……。コナン達ももう起きてんだろ? とりあえず舞台で顔見せてお偉いさん達相手に適当にそれっぽく良いこと言ってフォローついでにポイント稼いでくるわ」

 

 

 

 

 

「…………透君」

「ん?」

「おすわり」

 

 ……ヤベェ、目が据わってやがる。

 

 思わずふなちに目線をやったが、あんにゃろう手を合わせて祈ってやがる。

 

 安らかに成仏してくださいじゃねぇんだよお前を成仏させてやろうか!

 源之助! お前は頭の上に乗ろうとするんじゃない! 重し役のアピールか貴様ぁ!?

 

「お・す・わ・り」

「……くぅぅぅん……」

 

 解せぬぅ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 幸い説教はそう長くはなかった。

 まぁ、実際お偉いさん達への顔見せやらなんやらで立て込んでいたし仕方ない。

 

 それに七槻とふなちが俺に言いたかったのは説教ではなく、樫村さんと紅子が一命を取り留めたという事だった。

 

 本当に、本当によかった。

 話を聞いた時にはブチ切れてしまって手当たり次第吹っ飛ばして強引に話を進めてしまっていたのだ。

 

 これで紅子を失っていたら、もうマジでこの『物語』を強引にでも終わらせるために大暴れしていただろう。

 そうでなければ割に合わない。そう考えて……

 

(紅子にも頭を下げに行かねぇとな……)

 

 こちらに礼を言いに来たお偉いさんの波をどうにかこなして、部下から詳しい報告を受けようとしていたら――あらま皆さんお揃い……あれ?

 

(こういう時に絶対いる安室さんがいねぇな。マリーさんも)

 

 てっきりヘッドロック食らったり毛根を燃やし尽くす勢いでわっしゃわっしゃやられるかと思ったら……。

 

 初穂と恩田さんがいないのは会社に戻ってややこしい処理をやってるからだろうけど。

 京極君やリシさん。遠野さんがいないのはそっちの補佐にまわったか。

 

「やぁボス。また派手にやったねぇ」

「もう所長の推理とアクションのシーンがメディアに流れていますよ」

 

 苦笑を浮かべながら真純とキャメルさんが笑っている。

 いやぁ、真純はともかくキャメルさんも図太くなったなぁ。

 雇ったばかりの頃なら顔を青ざめさせていただろう。よくてそれでも苦笑を浮かべるくらいか。

 

「うっへぇ、んじゃあ外が騒がしいのは……」

「すでに所長や我々事務所員のコメントを狙って報道陣が網を張っていますね」

「……すぐに紅子が運び込まれた病院に行きたいんだけどな」

 

 瑞紀ちゃんが「ですよね……」と小さく呟いている。

 うん、瑞紀ちゃんってば紅子とは仲良かったし、コンビを組むことも多かったし気になるよね。

 

「あぁ、所長。恩田さんと鳥羽部長から報告です」

 

 おろ、二人とも沖矢さんに報告任せてたのか。

 ……あぁ、幸さんは紅子たちの病院に貼り付けてくれていたのかな。

 浦川さんは……は、まだ研修中でこういう事態でフリーに動かせる段階じゃないしなぁ。

 

 最低限の防諜を身に着けた連絡役もいるな。

 カゲには実務を優先してもらいたいし、育てていくしかないか。

 

 ちくしょう、泥棒のおじさんやら師匠やら先生の頼みで受け入れた人員はすでに欧州各国での諜報活動なりこちらの勢力圏での治安維持なりで使ってる。

 

(人が……人が全然足りない……っ!)

 

 もっとこう……京極君と互角の身体能力と安室さん――せめて志保レベルの頭脳やなんらかの知識に加えて恩田さんや瑞紀ちゃんバリの機転持っててメアリークラスの諜報技能を身に着けてる上で七槻やふなち、次郎吉さん並みに信頼できる人材の10人とか20人くらいそこらに転がってないかなぁ!?

 

「これから細部を詰める事になるのですが、シンドラー・カンパニーは所長の傘下に入る方向で話を進めたいそうです」

「あぁ、シェイクハンズ社がさっそく強硬姿勢を見せたか」

「すぐさま関連株を買い占めようとしていたそうですよ。恩田君が即座に動いてその前に動いたそうですが」

 

 やっぱ恩田さんは正式に社員にしよう。

 いやそもそも今の状況でこんだけ大役任せてたのがおかしいんだけど。

 でも任せてる範囲がデカすぎる……もう専務でいいか。

 実際恩田さんが抜けたらもう会社回らなくなるし。

 

「それに伴い、あちこちから面倒な電話がかかっているから早くどうにかしてくれ、と――」

「初穂が?」

「ええ」

 

 あぁ、こりゃ事務所に戻ったら荒れてる初穂を恩田さんが宥めながら書類や電話、パソコンのモニターと格闘してるんだろうなぁ。

 双子――もいないって事はもうそっちの補佐についてるか。

 

「……沖矢さん、キャメルさん、今すぐ事務所に戻って二人のバックアップをお願いします。……ふなちにも協力要請するので。メディアに向けての対応は自分と七槻でなんとかするので」

 

 できれば、こういう時にテレビ受けする安室さんがいてくれると死ぬほど助かるんだけどな。

 

「というか、安室さん達は?」

「なんでも、所長達が架空のロンドンで活躍している時に、車の中でノートPCを広げている不審な人間を発見して尾行していたら銃撃戦が発生したとかで、その対応に当たっています」

 

 もう一発でわかるわ。

 それあのクソロン毛だろ。

 枡山さんならせいぜいが鑑賞か、手を出すにしてもこっそりと舞台のマナーを破るような真似は絶対にしない。森谷のジジィはわからんけども。

 破る時は最初っから酒瓶でアピールして堂々と舞台をかき回すのがあの人だ。

 

「……仕方ねぇ、俺が矢面に立つか」

 

 コナンこと工藤新一の親父さんとは、改めて話し合う事をさっき決めたし……多分今頃夫婦揃って紅子と樫村さんが寝てる病院に向かっているハズだ。

 一緒に行くかと尋ねられたが、所員の動きを把握しておきたかったし奥さんめっちゃ睨んでくるし……で――あぁ! あの人マスコミの規模に気付いてたな!?

 

 それならもっと分かりやすく言おうよ! 『君も大変だな』って所長としての役目の事じゃなくて有象無象の相手の事か!

 

「瑛祐君、これも経験と思ってちょっとの間メディアの時間を稼いでくれる?」

「僕がですか?」

 

 ……まぁ、もうこうなったら仕方ない。とりあえず、ここらで瑛祐君を使っておこう、将来的には初穂や恩田さんの補佐役、最低でもバイト組の指揮役になってほしい子だ。

 ここから先の展開次第ではCIAやFBIとのパイプ役もこなせる可能性がある子だから、丁寧に()に扱って経験を積ませておきたい。

 

「あぁ、ある程度でいいから不快にさせないように適度に待たせてほしい。その際に――」

「子供達と一緒に退館しようとしている方々への注目をこっちに誘導して……ですか?」

 

 分かってるじゃない。

 

「でも、さすがに完全には無理だと思うんですが……」

「あちら側へのカメラやインタビューの圧を多少減らすだけでもかなり違うものだし、お歴々や、あるいはメディア関係者の中にそういう気配りに気付く人間がいるかもしれない。確率の問題ではあるけど、そういうアピールを数打つ事は、将来的に君の財産になると思う」

「……分かりました。出来るだけやってみます」

「うん、頼むよ」

 

 状況把握する能力はある。けど、どこから手を付ければいいかの組み立てが苦手な点こそあるけど、やっぱこの子めっちゃ優秀なんだよなぁ。

 

(能力さえ見せれば真純みたいな直線型だって耳を傾けるだろうし……うん、やっぱこの子振り回そう)

 

 騙されていた上でとはいえ俺と同じく枡山さんの薫陶を受けてた、枡山さんのスパイ候補生だったといっていい子だ。

 しかも、この世界で貴重な『転校生』ともなれば十分なスペックは持ってて当然か。

 

「んじゃ、ちょいと野暮用片づけてくるわ」

 

 なーんか視界の端に、相変わらず喧嘩してる夫婦が見えるんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なんでお前はいつも一言多いんだ!」

「あーら、そもそも貴方が――」

「ちょっともう……お父さんもお母さんもやめてよ!」

 

 おぉう、ヒデェ事になってやがる。

 

「おいコナン、どうしてこうなってるんだ?」

「浅見! ……さっきお偉いさん相手に顔見せしてたから大丈夫なのは知ってたけど、もう歩き回って大丈夫なのか? お前のコクーンって事務所の奴だろ? リアルなフィードバックがある奴」

「あん? いや、その機能はトラブルが発生する前から切ってたよ。訓練じゃねーんだし」

 

 そういや、コナンは訓練の映像データは何本か見てるけど実体験したことはあんまりなかったな。

 物理演算のチェックで中でサッカーとか軽いテストをやってもらったりしたくらいか?

 

「ただのシミュレーターとして起動していた場合は、筋肉への負荷はかからないようになるんだよ、ウチのは。で、あれは?」

 

 とうとう顔を見ないよう、背中合わせになって荒い息を吐いている小五郎さんと妃先生を見てるとホント不安しかない……。

 間違いなくあの二人の復縁も大事なストーリーなんだと思うけど、これどうすりゃいいんだ。

 

「あぁ、蘭が無事に戻ってきて喜んでいたけど、何もできなかった事を悔やんでたオッチャンに英理おばさんがこう……」

「ポンッと憎まれ口が出てオッチャンがやり返して止められず、か。瑛祐君にメディアの誘導頼んでおいて正解だったな」

 

 下手に喧嘩の様子を撮られてたら、明日の新聞の片隅に写真が載ってたかもしれん。

 あるいはワイドショーの材料。

 うわぁ、その場合のこじれ具合が目に浮かぶ目に浮かぶ。

 

 瑛祐君には報奨金追加してあげよう。

 

「というか、なんで昨日の今日でこうなってるんだ。ちゃんと使えるカードを一枚上げたじゃん。お前か蘭ちゃん、使わなかったの?」

「カードってオマエ、あんなキーワード三つでどうしろってんだよ」

「キーワード?」

 

 何を言っとるんだお前さんは?

 

「いやだから、愛情だの気配りだのやさしさだの……そんな言葉だけで上手くいく訳ねぇ――いってぇ!!」

 

 思わずコナンの頭を軽くはたいてしまった。

 アホか貴様、そっちに注目してどうすんのさ。

 

「なにすんだよ!?」

「こっちの台詞だ。なんだってこんな分かりやすい……あぁ、いやちょっと待て……」

 

 考えてみたらミステリーの世界であるのと同時にアレだ。

 蘭ちゃんとかの事考えるとラブコメの世界でもあったわ、忘れてた。

 

 となると肝心な所で状況を進展させないナニカが起こるのも当然か。

 

「ったくもー、しょうがねぇなぁ」

 

 だったら、こっちで手を回してやればいい。

 小五郎さん達の仲が安定すれば、作品の時間軸も進むかもしれんし。

 

「おいコナン、ちょっと耳貸せ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(ちくしょう! まぁたやっちまった……)

 

 昨日の透の戯言(たわごと)を聞いた時は『また馬鹿な事抜かしやがって』と奴の口にウィスキーをぶち込んでやったが、今思うと奴の言葉は案外的を射ていたものかもしれない。

 

(……真面目にアイツに弟子入りするか。女の扱いについて)

 

 そういや、英理の所の秘書にまで粉掛けてたなぁ。

 この間二人で居酒屋にいるところを見たって英理が……。

 

(いやいや、今はそれどころじゃねぇ。どうするか……)

 

「おじさん、また喧嘩してるの?」

「あ゛ぁん!?」

「ちょ、ちょっとコナン君……」

 

 てめぇ小僧! なんてタイミングで話しかけてきやがる空気読めぃ!

 蘭、ソイツを連れてちょっと向こうに――

 

「そんなんだから、昨日みたいに浅見さんにお金を騙し取られるんだよ」

「なにおぅ!?」

 

 馬鹿貴様! こんな時にそれを掘り返したら!

 

「騙し取られた? お金を?」

 

 ほれ見ろコイツが食いついてくるだろうが!!

 

「どういう事かしら、コナン君?」

「いやちょっと待て! お前には関係な――」

「貴方は黙ってて。……で?」

 

 

 

 

 

 

 

 くそぅ、全部バレちまった……。

 

「そう……そんなことがあったの……」

 

 こんのクソガキ、よりにもよって全部バラしやがって!

 嫌な予感はしたんだ。コイツはいっつもヨケーな事ばっか覚えていやがるから、昨日の事も詳細全部覚えていやがるんじゃねぇかって!

 

(なんで喋った内容を一言一句覚えていやがる!)

 

 英理の奴はうつむいたままだ。

 

「くっ……くくっ……」

 

 うつむいたまま笑ってやがる!

 チクショウ、誰のせいで俺がここまで悩んでると思ってんだ!!

 

「あっはっはっはっは!!!」

「笑ってんじゃねぇ!!」

「無理言わないで頂戴! 全くもう……。貴方って人は本当に……っ!」

 

 バツが悪くて下を向いているが、その間も英理は息を整えるのに必死だ。

 

「本当に……もう、しょうがない人ねぇ」

 

 ……あん?

 

「ほら。蘭もコナン君も頑張ったんだし、どう? どこかで食べて帰りましょうよ」

 

 ずいっ、と英理が顔を寄せてくる。

 

「おっちょこちょいな探偵さんは、なけなしの千円をずる賢い方の探偵さんに取られちゃったみたいだし、私が奢るわよ」

 

 ま、マジか。

 横目で蘭の顔を覗くと、「うわぁ! 良かったね、コナン君♪」と目に見えて喜んでいる。

 眼鏡の坊主は「ほ、ほんとに上手くいった……」と呆然としてやがる。

 

 ……上手くいった?

 

 肩を掴んで先へ先へと後ろから自分を押す蘭を避けて後ろを振り返る。

 

 自分たちのずっと後ろの方に、週に最低二回は酒を飲みに行く、見慣れた顔があった。

 

 その見慣れた顔は、やはり見覚えのあるしわくちゃの千円札を指で挟んだままヒラヒラと見せつけてきた後、腹が立つほど綺麗に気障(キザ)な一礼をしてきやがった。

 

 

――あぁ、ちくしょう

 

 

 

――やられた

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「何をしているんだい、透」

「? あぁ、安室さん。お帰り。銃撃戦の方はどうにかなったの?」

 

 蘭ちゃんと妃先生に連行されてタクシーに叩き込まれる小五郎さんを、ハンカチ代わりに昨日の千円札を振って見送ってると安室さんから声を掛けられた。

 あれ? マリーさんは……あぁ、あっちで瑛祐君手伝ってくれてるのか。 

 

「まぁ、後から来た目暮警部達にバトンを渡しただけなんだけどね」

「……ま、カリオストロや東欧のようにあんま好き勝手やるわけにもいかない。後は警察に任せるか」

「あぁ。で、何をしてたんだい?」

「……あーーーーー」

 

 ヒラヒラさせていた千円札を、シワを伸ばすようにピッと開いて見せる。

 

「報酬分のお仕事、かな」

 

 キョトンとする安室さんだけど、発進しはじめたタクシーを見て納得してくれたようだ。

 あぁ、と小さく息をついて、

 

「毛利さんの背を押してあげたのかい?」

「というより、分かりやすい隙を作ったんだよ。コナンか蘭ちゃん辺りがあっさり妃先生の目の前でばらしてくれると思ってたんだけどなぁ……」

 

 ラブコメ主人公気質のコナンはもちろん、火種役になるんだろう蘭ちゃんも頼れないとなると小まめにそっちの様子も見た方がいいだろう。

 

「なるほど……。さて、それでは所長。残る仕事も片づけましょうか」

「……さっさと病院行って紅子の無事をこの目で確認したいんだけどな」

「瑛祐君までもが頑張ってるんです、もうひと踏ん張りでしょう」

 

 うっへぇ……。

 

「ほら、越水社長や中居さんとの仲睦まじい姿をメディアに見せつけてきてください」

 

 うっっっへぇ……。

 

「あの、安室さん。見てなかったから理由とか分からないだろうけど……俺、越水の追加説教待ちの身なんですけど」

「お前の言う通り見ていないけど、大方ジャック・ザ・リッパーを道連れに自殺したとかそんなあたりだろう? お前は本当に相変わらず生き急ぐ奴だな」

 

 ………………。

 なんでわかるのさ。

 

「ほら、いいから行ってこい。お前と並んでいるだけで多少は機嫌は直るだろうさ」

「そんなんで直ったら苦労しねぇと思うんですよ俺は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まじで少しマシになったわ。

 安室さんスゲェ。

 

 だが七槻。ふなちみたいに腕をロックするならともかく、しれっと腰をロックすんな歩きづらい。

 足踏みそうになるんだから気を付け――源之助! お前は頭の上に乗ろうとするなってば!

 

 

 

 




次回、紅子エピローグと同時に日常編へと戻ってまいります

なお、ジンニキとジョン=ドゥはどこかからか飛んできたヘリによるミニガン斉射から逃げるのに必死

パトカーも何台か巻き込まれ爆発炎上してる模様


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三年目の日常(前半)
148:魔女の救済


アンケートご協力ありがとうございました。
紅子、メアリー、越水あたりでの一位争いになるかなと予想していた所にぶっちぎりの灰原で少々驚きましたが、見ていてとても楽しかったですw

個人的に面白かったのは片方に票が入るとすかさずもう片方に票が入る桜子ちゃんと佐藤刑事のペアw


「紅子、今回は本当にすまなかった」

 

 いつもは何事にも大雑把で、大抵の事は――後でトイレで嘔吐することが増えているとはいえ――笑って乗り越えてきた男が、苦悶ともいえる真摯な表情で深く頭を下げている。

 

「すまなかったって……まったく」

 

 普段ならばこの男が寝る事が多いベッドの上で上体を起こして、

 

「こんな小娘に下げるほど、今の貴方の頭は軽くないでしょう?」

「いや、今回の事は完全に俺の判断と認識の不足が招いた。正直、どう謝罪していいのか分からんほどだ」

 

 事件の規模――被害こそなかったが巻き込まれた子供達の数にその背景、そしてシンドラー・カンパニーという大企業のトップによる殺人とその血筋という一大スキャンダルは目が覚めてから世良さんや本堂君から聞いている。

 加えて、その解決の過程で明らかにされた、浅見透自身の血筋。

 それらの後処理で、自分に時間を割いている場合じゃないでしょうに。

 

(……彼が申し訳なく思っている理由には察しがつくけど……)

 

 踏み出すべきか、留まるべきか。

 

 おそらく、あの老人はすでに手を打った。

 多分、誘拐されていたあの灰原哀という子になんらかの仕込みを行ったハズだ。

 

(そうよね、枡山憲三。彼の理解者が増える事は貴方にとっても望むものだものね)

 

 彼は浅見透が全力で力を振るう事を望んでいる。

 その上で、彼の手で捕まえられるか、あるいは彼と共に大舞台で死にたいのだ。

 その後、彼が再び立ち上がるだろう事を確信しながら。

 自分にとってそれが無駄死になるだろうと確信してだ。

 

(本当にやっかいな……)

 

 いつか、浅見透の能力では手に負えなくなる。――等とあの老人は断じて考えない。

 いつか、浅見透の心が折れる。――等とあの老人は断じて考えない。

 

 あの老人は全力で、心の底から浅見透を信じている。

 終らない時間の中で幾千の挫折を味わおうが、幾万の絶望を突きつけられようが、絶対に自分(犯罪者)を追い続けると信じている。

 

 あの老人が越水七槻などに手をかけないのは彼好みの展開ではないから……いや、浅見透への一種の敬意や親愛から来るものだろう。

 

(実際、追い続ける。もし仮に、家族を失ったとしても絶望に膝を突くような男ではない。……けど、それは……)

 

 それはつまり、永遠に人の闇に直面し続ける事である。

 いや、それだけならまだいい。それはある意味で普通の人間と変わりがない。

 だが、彼の場合は……

 

 ふと、瀬戸瑞紀として様子を見に来た(キッド)の顔を思い出す。

 彼もまた、この男のように申し訳なさそうにしていた。

 

 違うのだ。謝るのは本来はこちらなのだ。

 この小泉紅子が他人に頭を下げるなんて癪なので断じてやらないが。 

 

(私の感覚で、死ぬことはないと思ったから動いたのだけど……浅見透の悪い所がうつったかしら)

 

 もうずっと顔を見せない浅見透の頭を、両手でわしっと掴む。

 ぴくっ、と肩が跳ねる。

 

 あぁ、頭突きやら猫のマーキングじみたグリグリをすると思われたのかもしれない。

 たまに越水さんやふなちがそんな事をやっていた。

 

「辛いわね、終わりが見えない一年は」 

 

 男の肩が小さく震える。

 あぁ――もう戻れない。

 踏んでしまった。

 戻れるかどうかの一線を。

 

「あなたは異端者。理解されるべきではない、理の外にいる者」

 

 だけど……もうだめだ。

 恋とか愛とか、そういう男と女の間に生まれるものではない。

 それは核心を持って言える。

 だって、()のように胸を焦がすものがない。

 ()のように、欲しいとは思わない。

 

 

 だけど、だけれども――

 

 

「きっと、これからも貴方は後悔を繰り返す」

 

 

 ――どうしようもなく、放っておけない。

 

 

「何度も何度も何度も、今回みたいなことはある」

 

 

 

「今回の事件で、あなたは犠牲者が出ることを選択した(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 男は、わずかに震える手で胸ポケットに差してあるサングラスを触る。

 あぁ、きっとこの男は、私が認識できない長い時間を耐えてきている。

 だけど、そこだけはきっと変わっていない。

 

 ――表情を悟られたくない時に、とっさにサングラスをかけようとする癖は。

 

「……いつ?」

「しいて言うなら、直前に貴方の顔色を見た時かしら」

 

 ある程度貴方に踏み込んだ人間も気付いていたようだけど、その意味に気付けるのは、多分あの老人と自分だけだろう。

 

(先が読めてしまうというのは……残酷ね)

 

「貴方は今までも、これからも、犠牲者が出る場面が分かったうえでそれを止めるかどうか、常に選択を迫られる」

 

 こう言っては何だが、彼が犯罪者の側だったらよかったのだ。

 私欲のままに力を振るえるのならば、自分についていくものからは慕われ、普通の人間からは疎まれ恐れられる。ある意味で普通の人間として活動できた。

 

「貴方は、もう異端の道を進むしかない」

 

 でも、この男は普通の男だった。

 もう大分歪んでしまっているけど、最初は普通の男だったハズ。

 だけど、もうこの男はこんなにも壊れ続けている。

 

「だから……きっとこれから先、何度も何度も今日のような後悔を重ねていく」

 

 そうだ。あの時、あの場所で走らなければ、きっとこの男が後悔すると思った。

 あれほど顔色を悪くするくらい悩んだ案件で犠牲者が出たら、この男にさらに取り返しのつかない傷が付くと思った。

 だから、人目が付きにくい場所を次々に駆け回ったのだ。

 

「何度も何度も……えぇ、何度だって何度だってあなたは重い選択を迫られる」

 

 そして、この男には悪いとは思っているが、感謝もしている。

 今日の出来事は、自分にとってもわずかながら自信につながる一件だった。

 

 こんな魔女(わたし)にも、伸ばせる手はあった。

 論理で追い詰める頭脳はなくとも、走り回って息をつかないくらいの体力すらなくとも、互いに無傷で相手を取り押さえるような技術がなくとも、――魔術を使わなくとも、

 

 こんな私でも、確かに人を救えたのだ。

 

「その罪悪感が貴方の目を(くら)ましそうなら、その時は今から言う言葉を思い浮かべなさい」

 

 だから、お礼に呪ってあげよう。

 

 

「大丈夫よ」

 

 

 魔女らしく、甘い呪いをプレゼントしよう。

 

 

「貴方は大丈夫。これから先、貴方がどんな選択をしようと。どんな道を歩もうとも――」

 

 

 

 

 

異端者(あなた)には、魔女(わたし)がついているわ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇2月1日

 

 仕事が俺を殺しに来ている。

 確実に殺しに来ている。

 

 神様助けてくれなくてもいいですからちょっと箪笥の角に小指ぶつけて悶絶してください。

 

 いやまぁ、シンドラー・カンパニーというIT界の雄を8割くらいそのまんま吸収したからどえらい事になるのは分かってたんだけど財界に政界、さらには国……ついでにメディアの圧力がとんでもねぇ事になってる皆死ね。

 

 史郎さん、朋子さんの手綱もうちょっと握っててくれませんかね。これ絶対に史郎会長の策じゃないですよね?

 俺と恩田さんと初穂で互いの利益の最大公約数狙って長門グループやら大岡家巻き込んであれこれ仕事の調整してる最中に、なんで完全にこっちを取り込む布石紛れ込ませようとするんですかね。

 

 おかげで俺も恩田君も何度もトイレに駆け込んで吐いてるんですがホントもう。

 メディアにも出なきゃならんしでスケジュールがガチで地獄すぎる。

 移動時間が実質睡眠時間ってどうなってるんだ。

 

 紅子の所にまた見舞いに行こうとしたら、電話で本人から「顔を出す暇があるのなら一秒でも多く睡眠時間を確保しなさい」と怒られる始末である。もうほんと頭が上がらない。

 

 樫村さんには容態が安定してから会いに行った。

 事件の流れは優作さんから一通り聞いていたようで、息子さんの仇を取ったことや結果として一命を取り留めるきっかけとなった紅子の活躍なども含めて、滅茶苦茶礼を言われた。

 

 それどころか、退院後に準備を整えたら正式にウチの傘下に入りたいと言われてしまった。

 実質ヒロキ君の分身と言えるウチのノアズアークの事もあるし、ある程度の協力自体は予想していたけどウチの会社への傘下入りは予想外だった。せいぜいノアズアークがらみの協力くらいだと思ったのに。

 

 とはいえ優秀なプログラマーの確保は最優先ラインだし是非もない。

 彼には金山さん共々頑張ってもらおう。

 実際、今のウチらIT産業界の一角になったから本部にもそれ関連の人材は必須だったから渡りに舟ではあった。

 

 金山さんは完全な技術要員だから、調整役とかは難しいだろうと思ってたから本当に。

 

 

 

〇2月2日

 

 今日も一日仕事漬けである。

 恩田さんが吐くのは最近ではいつものアレだけど、初穂や安室さんまでが倒れそうなのはさすがにヤベェ。

 体力自慢のキャメルさんですら突然立てなくなって、慌てて塩舐めさせてスポーツドリンク飲ませた。

 警視庁の面々から聞いてた応急処置だけど役に立ったわ。そのあとすぐにキャメルさん休ませたけど。

 

 越水の方からリストアップされた追加人員候補は、今カゲが身元や周辺環境のチェック中だ。

 それまではなんとか今の人員で回していくしかねぇ。

 

 風見さんを始めとする公安の面々も、もはや我が事務所の常連である。

 まぁ、いざってときに内密でそちらの潜入調査員の回収の補助や、場合によってはそのまんま俺らで取り返す時とかあるから連携を強めておきたいというのはあるのだろう。

 

 ついでに、訳ありの面々が余りに多いから監視も兼ねていると見た。

 まぁ、俺もそうだけどジョドーとか普通に見たら要注意人物だもんなぁ。

 

 ……ついでに、先日から各国の要人――特にロシアとアメリカからの圧がそれはもう強くて吐いた。

 セルゲイさんが事務所に来てお土産を持ってきてくれたが、立場を考えると裏を勘ぐってしまう。滅べ世界。

 

 

 

〇2月4日

 

 一日休みを取らされただけでだいぶ違う。日記読み返すといかに心が荒んでいたかよく分る。

 サンキューメアリー。だが背後から忍び寄って薬品しみ込ませたハンカチで昏睡させるのは今後禁止な。

 マジで今度こそ蜘蛛の連中みたいな刺客にやられたのかと思った。

 

 仕事の方はジョドーを通して初穂に俺の強制休養の報告が行ってたらしく、あいつが指揮を取ってくれた。

 スケジュールが空いた瞬間真っ先に休暇をくれてやらねば。

 というか、もういっそ皆で一回休んだ方がいい。

 明らかにオーバーワークすぎる。

 散々言われていたことだけど少数精鋭の欠点がここぞとばかりに突かれている。

 

 人員補強までもうちょい。とりあえず雑務に関してはどうにかなりそうだから、そこまでは皆で頑張るしかない。

 

 表に出せない調査に関しては、俺を寝かした後からメアリーが色々頑張ってくれている。

 ジョドー曰く、かなり気合が入っているとのことだ。

 なにか心境の変化があったんだろうか。

 

 俺としてはメアリーはいざって時に俺を後ろから止めるか刺す役だから、俺の動向の方に注目していて欲しい……いや助かってるんだけども。

 

 

 

〇2月5日

 

 紅子と瑛祐君のペアが頼もしすぎる。

 雑務処理に関して、高校生組を見事にまとめ切っている。

 

 安室さんやらキャメルさんから出された仕事を紅子が受け取り、方針を決めたら瑛祐君がリードしながら他の高校生組と相談しながら片づけている。

 今日、皆の仕事っぷりを双子が絶賛混じりに報告してくれた。

 

 正直、瑛祐君の信頼を勝ち取れたっぽいのはすごく嬉しい。

 おかげで玲奈さんとの引き合わせへの苦労も軽減されるし、なによりも戦闘に出さない方向での万能キャラに育ちつつあるのが頼もしすぎる。

 

 一方で恩田さんも、京極君の教育に最近熱心だ。といっても、仕事の合間合間だけど。

 嘘が吐けない彼の性格に合わせた交渉方法を模索していく中で、相手の機微を読み取る技能を少しずつ身に付けさせている。

 

 同時に恩田さん自身、コクーンの事件以降鈴木財閥の色んな人と接触しようとしている。

 商談とかその他調整などと様々な理由をつけてだ。

 

 妙な動きとしてジョドーが報告を上げて来たけど、多分将来的に京極君の味方になってくれそうな人間を吟味しているんだと思う。

 一応確認は取っておこうか。

 まぁ、真っすぐな武人気質の彼には補佐役は必須だよね。

 

 将来的に鈴木を背負う可能性の高い京極君の教育と周囲固めは、鈴木と色んな意味でベッタリな俺達としても他人事じゃない。

 

 

 

〇2月15日

 

 おかしいな。探偵事務所なのにウチに来る依頼、警備だの警護とかが爆発的に増えてるのはなぜ。

 いや、確かに小五郎さんもボディガードの依頼を受けたりしてるけどさ。

 

 ……書いてて気づいたが、浮気調査とかは七槻の方で対処できるから当然か。

 今じゃ七槻の会社が基本窓口になってて、ウチに駆け込むのはお偉いさんか警察、政府関係者がほとんどだったわ。

 

 まぁ、実際にウチが必要になることが多いのはどうかと思うけど……蜘蛛の連中相変わらず元気だなぁ。また遭遇したよ。

 今回のターゲットは俺らじゃなかったみたいだけど、また徹底的にやり合う事になった。

 例によって例のごとく拘束後に毒が発動して死亡した。

 

 恩田さんと安室さんが上手く警察と話をして蜘蛛の連中のご遺体から血液サンプルを、それになんらかのガスが付着しているマスクを提供していただくことに成功した。

 それらサンプルはダミールートを織り交ぜて志保のラボに届けた。

 これでなんらかの対抗策ができれば、取り調べも可能になるんだけど……。

 

 明日は常盤財閥のご令嬢が企画した食事会以外に予定はない。

 帰りに土産買って志保のラボに足運ぼうかな。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「で、どうだ志保。あの蜘蛛連中のサンプルでなにか分かった?」

「ある程度は、ね」

 

 もはや志保の職場にして緊急時の避難場所と言ってもいい偽装ラボに足を運ぶと、白衣を羽織って研究者モードに入った志保がいた。

 

「毒はおそらく、血液毒の一種だと思うわ」

「血液毒?」

「そうね……主に蛇や蜘蛛の一部が持っている毒ね。同じ生物が他に良く持つ神経毒に比べて、死に至るまでが非常に遅いのが特徴と言えば特徴なのだけど……」

 

 このラボは志保―灰原哀しか実質使わない設備とはいえ、体が戻った時の事を考えて一般成人に合わせた設計となっている。

 今の彼女の背にはやや高い作業テーブルの側に置いた台に上りながら、肘まで覆う手袋を付ける。

 そして側の棚からビーカーを取り出し、中に赤い液体を注いでいく。

 

「見ればわかると思うけど、これは血液。普通の実験用にもらった輸血パックの物よ。ここに血液毒が混じると……」

 

 志保が慎重に、試験管立てに収まっているうちの一本の中身をスポイトで計量しながら吸い取り、赤黒い血液の垂らしていく。

 

 そして中身を全部入れ終えると、志保がゆっくりとビーカーを回して血液と毒を混ぜ始める。

 すると、それまで確かに液体だった血液が、徐々にトロみがついていく。

 さらにしばらくかき回すと、とうとう出来の悪いゼリーみたいになった。

 

 

「このように凝固させて血流を堰き止めて、死に至らしめるの」

「あの入れ墨は、その毒の塊?」

「みたいなものね。どうやら、あのマスクに付着していたガスの吸気が止まると同時に血管内部に徐々に溶け出してるんじゃないかしら?」

「悪趣味ぃ……」

「全くね」

 

 もう完全にゼリーのようになっている血液が詰まったビーカーを、薬品処理用の流しで片づけながら志保は続ける。

 

「たださっきも言ったように、ふつう血液毒は死に至るまでに時間がかかるの」

「でも、あのガスが切れた途端にアイツラは死んだぞ?」

「えぇ……となると、まだ発見されていない有毒生物の毒を利用した物かも」

「……未だに新種の生き物やら昆虫が発見されるのはおかしくはないけど、あれだけの数の連中にガッツリ致死量の毒を埋め込むくらい新種を確保できるってんなら、どこかで見つかってないとおかしくない?」

「そうね。……となると、その生物は、住処がかなり限定されているのかも」

「たとえば?」

「……生物についてそんなに詳しいわけじゃないけど……」

 

 志保は処理を終えたビーカーを洗浄機の中に入れて、手袋を外して蓋つきのゴミ箱に叩き込んでしばし考える。

 

「人が立ち寄れない……島……の中で更に限定された場所にしか生息していないとか……かしら? 例えば沼とか、あるいは……洞窟とか」

「なるほど」

「多分、毒の進行を抑えているガスもそこにあるものと思うわ」

「……かなり限定できそうなんだけどなぁ」

 

 カゲが敵の暗殺組織の特定のために動いているけどまだ見つけられていない。

 ジョドーもメアリーも、現状最優先で潰すべき敵としてあの蜘蛛共を認識しているが、同時に敵の防諜レベルに舌を巻いている。

 ……いやまぁ、基本的にアイツら捕まえても死ぬから情報を抜き出そうにも出来ないんだけどね。

 

「貴方の目から見て、その毒の持ち主はやっかいな相手?」

「まぁなぁ……。黒尽くめの連中と違って隠す気ないから却って面倒というか……」

 

 アイツら出てくると通常の警備で想定する事態のはるか上を行くんだよなぁ。

 具体的にいうとロケラン並べて一斉発射とか包囲からの一斉射撃とか。

 

 この間も、沖矢遠野のスナイパーコンビが襲撃の少し前に敵を捕捉できたから犠牲者ゼロでなんとか抑えられたけど、これ気付かなかったらちょっと駄目だったかもしれない。

 

「そういえば、コクーンの事件の時のあれってどうだったの?」

「あれ?」

「貴方が暴れている間に外であった騒ぎ」

「あぁ……分かるだろ?」

 

 もうね、この日本でそんなバカやらかすのは二つしかない。

 あの蜘蛛共と枡山さん達と黒の組織だ。

 ……三つだったわ。

 

「ジン、ね」

「まぁ当分は動けんだろ。なんかぶっ飛ばされたみたいだし」

 

 あのクソロン毛、サイバー攻撃以外になんかよっぽど枡山さんの気に入らない事したんかな。

 攻撃用ヘリまで出してくるとか、枡山さん容赦ねぇなぁ。

 

 そういうのは俺にしか使わないと思ってたわ。

 

「それとカルバドス……」

「えぇ、お姉ちゃんが気にしてたわ。大丈夫かって」

「あぁ、大丈夫大丈夫、無事に離脱したよ。青蘭さんも援護していたし」

 

 どういうわけか手を組んだみたいだな、あの二人。

 やっぱあの二人、前に俺が考えた通りメインのライバル枠か。

 

 となると、青蘭さんもカルバドスもまた俺を殺しに来るな。

 あの二人なら小細工使わず殺す時は真っすぐ俺を殺しに来るから安心していいだろう。

 

 …………おいこら。

 

「志保。おい、志保。脛を蹴るのを止めなさい。子供の一撃でも結構痛いんだぞ」

「そう。わかったわ」

「……いい事聞いたって顔をするのやーめなさいって」

 

 この間明美さんが泊まりに来た時に苦笑されてたでしょうが。

 明美さんから中身はいい歳のお前さんの事頼まれるとは思わんかったわ。

 大丈夫? 精神が体に引っ張られてない?

 

「とりあえず、当面は毒の解析の方を優先するわ」

「あぁ、コナンとか例の顧客(・・)にも説明して了承を得ているから頼む。出来れば解毒剤が作れればいいんだけど……」

「今は難しいわね。とりあえず確保したガスを解析して、なんとか次に抑えた時には取り調べが可能なくらいに延命できるようにしてみるわ」

「ん、頼むわ。こういうのはお前が頼りだからな」

 

 ホント、志保はアポトキシンとかの事を考えるとマジで死守せにゃならんからな。

 今では家族でもあるし、安全の確保と研究その他諸々に必要なモノに関して金をケチるつもりはさらさらない。

 

「とりあえず休憩にしないか?」

「……貴方、ここに来る時はいつもお茶葉とお茶請けを持ってくるわね」

「ん、花のほうがいいとか?」

「花瓶がないわ」

 

 さいですか。

 

 ……テーブルの隅に一輪挿しで飾れそうな、なにか映える縁起のいい奴探しておくか。

 

 




なお、次回あとがき三行シリーズには灰原叩き込むことが決定しました


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149:スタッフが増えたよ! やったねあさみん!

すっごくどうでもいいけど浅見探偵事務所産ノアズアークの脳内CVは山寺宏一さん


「容態の方はいいのか、樫村?」

「ああ。あの小泉という少女のおかげで狙いがズレたらしくてな……。もうこの通りだ」

 

 病院のベッドに横たわる親友は、想像していたよりもずっと良い顔色で小さく微笑んでいた。

 

「……工藤、シンドラー社長は?」

「全面的に犯行を認めているよ。おかげでテレビや新聞、それにネットは大騒ぎだ」

「大混乱……だろうな」

「仕方ないさ。大企業のトップが汚職や事故ではなく、殺人未遂を犯したのだから……それにヒロキ君の事もある」

「……ああ、そうだな」

 

 二年前に起こった、親友の息子――まだ10歳という幼い子の自殺は、他でもない養父のトマス・シンドラーによって仕組まれたものだった。

 自殺を狙ったわけではないと証言しているようだが、同時に死を望まなかったと言ったら嘘になるとも答えている。

 

「世間は大騒ぎだよ。血に負けたトマス・シンドラー社長と、血に打ち勝った浅見透という対比はあまりに衝撃的……いや、刺激的なニュースだったからね」

 

 今頃、浅見透の周りは大変なことになっているだろう。

 なにせあの怪僧の血を受け継ぐ者であることが大きく広がってしまったのだ。

 トマス・シンドラーの証言を裏付けるために、ヒロキ君が作成したというDNA探査プログラムによる再検査が行われた。その装置の正確性を測るために、()も検査を改めて受けた。

 その際、結果は内密とされていたハズだったがどこからか漏れ、もはや浅見透の血筋は公然のモノとなってしまっていた。

 

「ヒロキの事といい、シンドラー社長の事と言い……彼には多大な迷惑をかけてしまった。彼の部下にもだ」

「……贖罪が、浅見財閥への協力の理由か? 樫村」

「それもある。だが一番の理由は、彼が息子の分身を保護してくれたことだ」

 

 世間では未だに一部の人間が浅見透に、彼が所有するノアズアークの引き渡しや解析、あるいは抹消を迫っている。

 もっとも、それらの声は浅見透や恩田遼平の緻密なパフォーマンスの下に下火になりつつある。

 実際に外部の攻撃から子供達を守っていたという実績、現場にいてそれを知っている上で浅見探偵事務所に好意的な政界や財界の人間への素早い根回し、それらを活用したメディアへの圧力。

 なにより、それからの流れるような各メディアを使った大衆の視点誘導と自分達の有効性と善性の程よいアピールは、見事と言わざるを得ない。

 

 そしてその裏では、浅見透の勢力を削るいい機会だと騒動を煽っていた勢力へのカウンターも行われている。

 

(裏はともかく、表の対策を取っていたのは確か恩田遼平君だったか。つい最近までは普通の大学生だったと聞いていたが……いやはや、これほどとは……)

 

「ノアズアークは、きわめて高度な存在とはいえシステムだ。紙媒体の資料が適切な保存をされていなければいつか失われてしまうのと同様に、あの子にも適切なメンテが必要になる」

「それをお前が?」

「あぁ。後々にではあるが、彼らのシステム開発部門の責任者を務めることになる」

「大胆な人事だな」

「まったくだ。浅見透と言う青年の事は私なりに調べていたつもりだったが……あぁ、どうやら彼の器は、私が想像していた以上の物のようだ。時代の寵児というのは、彼のような人間を指すのだろう」

 

 大学時代の悪友が、懐かしい笑みを浮かべていた。

 その笑みに、少しだけうらやましい物を感じる。

 

(そうか、樫村。お前は自分の腕の振るい所を見つけたのか)

 

「そういえば工藤、君の息子はどうしたんだ? 彼は新一君と繋がりがあるらしいが」

「あぁ、いや……うん。一応はそうなんだが……」

 

 

 

「私の不用意な言葉が、いささかややこしい状況を招いてしまっているようでね……」

「?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇2月17日

 

 まだまだメディアの連中がしつこいけど、勢いはだいぶ減らせたかな。

 というか今回もだけどメディア連中、子供や高校生組を利用しようとするのホントいい加減諦めてくれないかな。

 毎回毎回それなりのペナルティ与えてるのに毎回毎回やらかしやがって。

 

 瑛祐君が対応しようとしてくれてたけど、やっぱり数の暴力は苦手だろう。

 恩田さんがバイト組用にメディア対策マニュアルを作成して配ってくれたけど、表情とか隠すの苦手な真純あたりが実践できるかどうか……。

 

 今回助けてくれたのは意外にも園子ちゃんだった。

 鈴木財閥のご令嬢だけあって、案外慣れていたらしい。

 本当に助かるというか、いざって時にあれこれ手を打とうとしてくれる園子ちゃんが正直頼もしすぎるし信頼できる。

 だがそれを材料にメディアに俺と交際しているかもしれないって噂を流そうとした朋子さんはちょっと反省してください。

 

 ちゃんと京極君への教育と実績作りのプランは立ててるんだからもうちょっとくらい待ってくれていいでしょうが!? そっちにとっては一瞬なんだし!

 俺と違って!

 俺と違って!!

 

 さておき、今日の仕事は泥参会の残党狩り(?)だ。いやこれ何回目だって話だけど。

 上の方にいた幹部が――多分枡山さんの手に掛かって以降、残っていた連中の動きが雑になっている。

 まぁ、資金繰りで苦労しているんだろう。

 

 その結果が雑な詐欺やら強盗の横行だ。まぁ、それ以外にも麻薬などの密輸入や闇売買に違法風俗やら色々やってるけど。

 

 今は特にオレオレ詐欺を始めとする、高齢者を狙った振り込め詐欺が増大していて捜査二課が走り回っている。

 ……訂正、走り回った結果、数名が倒れている。

 具体的には中森警部とか。

 

 キッドには悪いけど、今は君が出てこなくて正解だよ。スコーピオン事件以来見てなくてちょっと寂しいけど。

 

 ……むしろキッドが出てきたら中森警部元気になるか?

 

 とにかく、ここ数日は銀行の人に事情を話して、変装が出来る人員にお年寄りの振りしてもらってATMの様子を観察させたり尾行したりして『出し子』っぽい人物をピックアップ。

 

 そこから警察を介して情報を集めて全体像のきっかけをつかんだのが一昨日。

 

 で、アジトを突き止めて警察にリークしたのが今日の昼。

 そして警察が突入してかなりの人員を逮捕したけど全員が電話役――いわゆる『かけ子』だったと白鳥さんから報告来たのが今。

 

 まとめ役はいたけどほとんどチンピラみたいな奴で、幹部とまでは言えないそうだ。

 

 ――とまぁ、俺は今事務所の所長室でこれ書いてるんだけど、俺の視界には俺と同じようにノートに俺の話を書き込んでいるコナンがいる。

 

 コイツほんとに最近どうしたんだ。

 やたら俺が関わった事件――特にコナンじゃなく他の探偵役と組んで解決した事件の事を聞きたがってはなんかノートにまとめている。

 

 この前、自分のアドレスブックと間違えてアイツのなんか分厚いノートを開いてしまった時は、なぜか初めて解決した黒川さんの事件の事をまとめていたし……なにか過去の事件に連中のヒントでも見つけたんかね。

 

 

 

〇2月18日

 

 強盗やら盗賊団やら誘拐が多すぎる。ねぇ現代なんだよね? 平成なんだよね?

 なんかアレだ。平成の皮を被った江戸時代が来てるんじゃないか?

 

 今日なんて拳銃どころかライフル持った強盗団が銀行に押し込んで、人質取って立てこもりやがった。

 しかも武器を手に入れて酔っちゃったのかパパパパパパパッって無駄撃ちで意味のない威嚇を繰り返してやがったクソ野郎共め。

 

 流れ弾での被害者が出る可能性を考えるとこれは待っている余裕がねぇと判断して、一緒にいた遠野さんと中に侵入、強襲、確保……したんだけどその様子を写真に撮られてしまった。

 尾行には気を付けていたんだけど、どうやら偶然そこに居合わせたみたいでパシャリと撮られて夕方の新聞やニュースに映ってしまった。

 中々やりおるわマジで。

 香田(こうだ)(かおる)さんか。

 新聞社の芸能部カメラマンらしいし、覚えておこう。

 

 

〇2月19日

 

 香田さんがウチの担当に任命されたと挨拶に来た。マジか。

 いやまぁ、日売テレビだと怜奈さんが実質ウチら担当だから意識してなかったけど、そうか……そういうのもあるか。

 でも社会部じゃなくて芸能部の人間が付くってどうなんだ? って聞いたら、実質芸能人みたいなものじゃないですかって切り返された。

 芸能人……芸能人?

 瑞紀ちゃんならまだしも俺の持ってる芸なんて爆弾の解体と射撃くらいなんですがそれは。

 

 まぁいい、問題は昨日の強盗だ。

 高木刑事から聞いた話だが、どうやら入手経路に枡山さんが一枚噛んでいるようだ。

 なんでも、凶器が欲しいなら杯戸町の駐車場に留められている、タイヤだけが汚れた赤い車を探せばトランクかボンネットの中に銃が転がっている……という話を聞いたらしい。

 

 マジで面倒な事やってくれるなぁ。

 話を聞いてあからさまに安室さん顔引き攣らせてたよ。

 

 こっから先、やっぱ銃火器持った相手とのやり取りは増えるんだろうし、訓練はやっぱ大事だ。

 今度海保のSSTとの合同訓練というか紅白模擬戦あるし気合入れよう。

 船の上で妙な連中と戦闘とか、ホントもういつ起こってもおかしくないし。

 

 

 

〇3月1日

 

 とっくに退院できてた紅子だけど、高校生組でお祝いしようという話が出てきている。

 賛成だ。お目付け役で俺と元泥棒で現ウチの専属調理師の亀倉さん……ついでに小沼博士が残ってればいいか。

 黒羽君も来るし瑞樹ちゃん呼ぼうと思ったんだけど、なんでも九州で仕事が入って朝一で新幹線に乗るとか……。

 言ってくれればウチの専用機で空路を提供したんだけどなぁ。

 あぁ、でも旅が好きとか言ってたっけ。

 

 

 

〇3月5日

 

 樫村さんが正式にウチに加わった。

 しばらくはノアズアークやコクーンの周りを任せて、そのうちシステム部門の責任者って立ち位置になるだろう。

 同時にカゲの身辺調査や研修が終わったので、越水の会社にいた人員をウチの事務や雑務要員として受け入れた。

 

 ……いきなり地獄に叩き込む様で申し訳ないけど、正直助かった。

 事務所員、高校生組以外は瑞樹ちゃんも含めてあちこちからの合同訓練やら演習、あるいは講習や講演依頼が飛び交ってて仕事の波に溺れそうだったからな。

 特に演習依頼が断りづらい所から来ていて避けられなかったのが痛い。

 

 いやもう、ホントにありがとう。

 

 仕事のことだが、病院船の一番艦が進水式まで漕ぎ着けられそうだ。

 その後艤装と設備搬入が終われば完成だ。

 

 設計士の秋吉さんとも打ち合わせしないとな。

 この船の処女航海、それと離島回りや緊急時の際の利用データをもとにカリオストロで使う奴を設計しないと悪い。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「うへぇ~~~~、やっとステージ申請書類と次のパフォーマンスの計画書終わったぁ……。紅子、チェックお願い」

「それは私の担当じゃないでしょ、黒羽君」

「あれ? そうだっけ?」

「すいません、瑞樹さんがいない時は、快斗君の計画書は僕で預かるようになったんですよ。見せてもらっていいですか?」

「あぁ……悪いな瑛祐」

「いえ、最近じゃあそういう役回りですし」

 

 珍しく社員がほぼ全員仕事で離れている浅見探偵事務所の中では高校生組が集まっている。

 小泉紅子、黒羽快斗に世良真純に本堂瑛祐。

 それぞれ学校が終わった後、残っている仕事を終わらせるために事務所に来ていた。

 

 唯一京極真だけが、恩田良平の思いつきで警察OBの懇談会に、恩田と共に参加させてもらっていた。

 

「なんだい黒羽君、それ?」

「来月ステージに立ちたい日の予約とか、その時に使う小道具やらなんやらの使用申請とかのあれこれ」

「うわぁ……。君、たまに瀬戸さんの代わりで厄介な所の調査したりするんだろう? その上でパフォーマーもやるって中々ハードワークじゃないかい?」

「ま、まぁ……手品を人に見せるのは好きですし」

「だとしても忙しすぎないか? それこそ、瀬戸さんや土井塔さんと相談してみたらどうだい?」

「は、はは……ソーデスネ……」

 

 実際には黒羽快斗のハードワークどころじゃない仕事量の原因となっているのが、その二人(・・)なのだが、そうと知らない世良真純は首をかしげている。

 なお、小泉紅子はそっぽを向いて、噴き出すのを必死に堪えている。

 

「というか、そういう真純こそどうなんだよ。俺らの中で一番ヤベェ所に突入しやすい奴だろ」

 

 そのフランクさのおかげで、京極以外には皆から下の名前で呼ばれている世良は肩をすくめて、

 

「そうはいっても、今じゃあジョドーさん達がいるからね。この間の強盗みたいに突然巻き込まれない限りはそうそうないさ」

「でも真純さん、ちょっと前にどこかの山荘で蘭さん達と事件に巻き込まれたときは相手が銃持ち込んでて危なくなかったですか?」

「単発式の銃で真正面から来てくれるんなら怖くないさ」

「え~~~~……。同年代でそういうこと言うのは京極君くらいだと思ってましたよ」

 

 割と書類仕事ではエースになりつつある瑛祐だが、身体能力では下手したら紅子にも負ける彼は怪物を見る目で真純を見つめ、その真純にデコピンで悶絶させられた。

 

「こーら真純、実力行使もほどほどにしておきなさい」

「そうは言うけど紅子君、自分をまるでボスを見るような目で見られたら君はどうする?」

「私なら息の根が止まる日まで呪い続けるわね」

「紅子さん!? それもっと物騒になってません!?」

 

 アイテテテ、と額を摩りながら起き上がる瑛祐は、双子のメイドが用意してくれた冷たい飲み物が入っていた氷とストローだけのグラスを軽く額に当てて冷やす。

 

「もう、容赦ないなぁ。とりあえず黒羽君は書類はOKなので、真純さんと一緒に、夏に米花校区に配る防犯啓発のパンフ作成に入ってもらえますか?」

 

 だけど同時に、まとめ役として期待されている分の仕事はこなす。

 

「まだ春に入ったばかりなのにもう夏のかい?」

「まぁ、印刷とか警察の方々とのチェックや打ち合わせを含めるとどうしても」

 

 瑛祐は先ほど快斗から受け取った書類に記入漏れや誤字脱字がないかチェックしながら話を続ける。

 

「警視庁の生安部、並びに総務部広報課の方々から、昨年に中高生の学生が巻き込まれたトラブルと詳細をリストアップしてもらってます。加えて要綱も二人のアドレスに送ってるから、それぞれのデスクのPCでチェックをお願いします」

「OK。まずはどこの部分を重視するか決めるから、そこで一回チェックもらってからデザインに入る……っていう流れでどうだい?」

 

 瑛祐が黒羽快斗に目線をやると、彼も頷いていた。

 

「分かりました、それでお願いします。なんか急に恩田さんから宿題を追加されちゃって、誰に頼もうか悩んでたんですよね」

「宿題?」

「『バイト組に、警察から頼まれた仕事を任せること。それに加えて人員は僕が選ぶこと。納期厳守』ですって」

「……その宿題の意味は?」

「さぁ?」

 

 ちなみに恩田としては、後々の正規スタッフ候補の本堂瑛祐に『警察から依頼を受けた仕事を、部下を使って完遂させた』という軽い実績と警察職員との繋がりを彼に持たせたかったというのが真相だ。

 

 なんとなくそれを察している紅子は、軽く咳ばらいをして話題を変える。

 

「それより、メディアの接触はどう? ここのスタッフは注目されやすいから、学生の貴方たちはちょっと心配なのだけど」

「貴方たちって、紅子君も学生じゃないか。でもまぁ……うん」

 

 真純はそっと立ち上がって、最近閉める事が多くなったブラインドの一枚をペキッと音を立ててまげて外を覗く。

 

「う~~~~ん、やっぱいるなぁ」

 

 そして予想通りの光景にうんざりしながら数を数え、その多さにさらにうんざりしてため息を吐く。

 

 

「出た瞬間に囲まれそう?」

「多分ね」

 

 紅子の心底面倒くさそうな問いかけに、似たような口調で返す真純。

 

「黒羽君や瑛祐君が出て行って半々、私達女性陣が出れば確実に囲まれそうね……」

「なーんでそこで男女差が出るかなぁ。ねぇ、紅子君?」

「あら、より美しい物を被写体にしたいと思うのは、向こうのお仕事からして当然ではなくて?」

 

 

 

 

「おい、聞いたか瑛祐。あんだけ自信満々に自分はお姫様宣言されるとめっちゃ腹立たねぇか? なんだあの自尊心の化け物」

「あ、あはは……まぁ、実際紅子さんすっごい美人ですし。ほら、芸能大手からオファーが良く来てるじゃないですか」

「見た目だけはいいからなぁ……。中身はキツいぞ、中身は。中身は」

「コメントしづらい所を強調しないでくださ――紅子さん違いますよ!? 僕は貴女の事を素晴らしい女性だと心から思っていますので呪うなら黒羽君だけにしてください!」

「瑛祐、てめぇ裏切ったな!?」

「手を組んだ覚えがそもそもありません!」

 

 学校が違うとはいえ同じ男子高校生同士で、かつ互いが互いの能力や仕事ぶりを知っているため、学校の友人とはまた少し違う関係を築いていた。

 

 そんな男子組の様子を見てクスリと笑った真純は、ブラインドを閉めようとして、

 

「……あれ?」

「どうした真純? なんか面倒そうなマスコミでも来てたか?」

「いや、なんかウチのビルに入ってきた人がいたんだけど、一瞬見えた制服が君や紅子君の学校の制服に見えてさ」

「俺の? 江古田高校?」

「あぁ。ホントに一瞬だったけど、」

 

 そうこうしていると、来客を示すインターホンが鳴り響く。

 パタパタと、双子のメイドが出迎えの用意をする音がする。

 まぁ、まずは手荷物のチェックからなのだが。

 

「男だった? 女だった?」

「それは断言できる。女性だよ。スカートの裾が見えたからね」

 

 その場にいる人間の顔が引き締まる。

 女性がここに駆け込む時は、かなりデリケートな案件の場合が多いからだ。

 

「よりによって鳥羽さんも瑞紀さんもいない時に……なんて言ってる場合じゃないか」

 

 瑛祐の言葉に、そっと黒羽快斗が目を逸らす。否、泳がせる。

 

「本当に江古田高校の生徒ならば、同じ学校の私だと話しづらいかもしれないわね……」

「このまま双子に任せるのがベストだろ。機転が利くし対応慣れしてるし、ただ念のために紅子と真純はスーツに着替えた方が――」

 

――トン、トン

 

 学生達が万が一に備えて準備を始めている時、控えめなノックがされる。

 

「やぁ、穂奈美さん。もう話は聞いてるのかい?」

 

 真純の問いかけに、珍しくメイドの一人が曖昧な笑みで答える。

 

「それが……来所されたのが皆様のお知り合いでして」

 

 その言葉を聞いて瑛祐はピンと来ず、真純は察しこそついたが理由が分からずキョトンとして――

 

 黒羽快斗と小泉紅子は顔を見合わせていた。

 

「黒羽君、まさか?」

「まさかまさか、前に白馬とその話をした時にアイツも側で聞いてたハズだし……」

 

 

 

――募集を出していないのは分かっています! でも、どうしても駄目ですか?

 

 

 

「……そういえば、ちょっと前にもまさにこんな流れがあったなぁ」

 

 一応ここと繋がっている応接室から漏れ聞こえてきた声に、真純は自分でも中々勝てない高校生の顔を思い浮かべて、眉間を揉んでいた。

 

 

 

――お願いします! 私()ここで働きたいんです!!

 

 

 

「……ひょっとして、捜査二課の中森さんの所の?」

 

 そしてようやく来客が誰なのか察した瑛祐が、同じ学校どころか同じクラスの二人に目をやる。

 

 

 

 

 

「馬鹿青子ぉぉぉぉぉ……」

「なんでわざわざ地獄の入り口に来ちゃうのかしら?」

 

 

 

 

「あの、お二人とも浅見探偵事務所をなんだと思っています?」

 

 




久々の人物紹介

香田(こうだ)(かおる)
劇場版16作目『11人目のストライカー』並びにアニオリ742話『Jリーガーとの約束』

CV:桐谷美玲(TVシリーズ742話での登場時は白石涼子さんが担当)

劇場版公開前の定番となりつつあるアニメシリーズでのプレストーリーですが、『11人目のストライカー』ではテレビシリーズでは珍しい事件の後日談を描いたストーリーが発表されました。(※OVAではよくあるんですがねw)

その時に登場した劇場版キャラが彼女、香田薫です!(正直好みのキャラデザだったしメディア関係者だったんでどっかで使おうとは思ってました)

日売新聞の社会部での活動していたカメラマン――でしたが登場時には芸能スポーツ部にトバされ、復帰のためにスクープを狙っている美人さん。

 当時はあまり興味なかったんですがゲスト声優で桐谷美玲だったのか……ちょっとDVD引っ張り出して見直してみると……なるほど確かに。

 個人的には、前述したアニオリ『Jリーガーとの約束』の方が印象に残ってたのでそっちで覚えてました。
 劇場版で登場してその後準レギュラーになった真田選手とセットで出来てたので、彼女も準レギュなるかと思ったらそうはならなかった……無念。




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150:実質専属看護師

――こんの馬鹿青子! よりにもよって直接乗り込むこたぁねぇだろ!

 

 

――何よ! 最近快斗忙しそうだし疲れてるし、心配だから様子を見に来たんじゃない!

 

 

――様子見に来ただけならまだしも、なんでここで働こうとしてんだよ!

 

 

――だって! …………だって……

 

 

 

 

 説得すると言い出して応接間に学ランのまま入っていった黒羽君と青子さんの言い合いをBGMに、私たちは対策を練っていた。

 

「問題なのは、彼女が入ってくる所を見られたことよね」

「メディアは日頃から張り込んでるしなぁ。普通の依頼者ならともかく……彼女の身元、バレてるよね?」

「中森警部はキッドを担当する刑事って事で有名ですから……多分」

 

 キッドを担当する刑事の一人娘が、浅見探偵事務所に一人で駆け込んだ。

 これが毛利蘭や鈴木園子と言ったおなじみの面子なら、せいぜい週刊誌がちょっとした記事を作る程度で済むでしょうけど……。

 

「本堂君、所長はなんて?」

 

 とりあえず指示を仰ぐべき案件だと思い、本堂瑛祐に彼とコンタクトを取らせたのだが。

 

「こちらの判断に任せるそうです」

「……本当に私達で決めていいのかしら、これ」

 

 人を雇う雇わないをバイト――どころか学生陣だけで決めろというのは、あまりにも酷な放り投げではないだろうか。

 

「そもそもここで雇ってしまうと、変な連中が湧くんじゃないかしら? 同じようにここで働かせてくださいって」

「それに関しては、ボスや彼女のお父さん――中森警部とも話し合ってカバーストーリーを作れば可能だと思うよ?」

 

 二つ折りの携帯電話を開いたままデスクの上に置いた世良真純が、ワークチェアの背もたれに体重を預けてグーーーっと伸びをしている。

 

「真純、中森警部は?」

「やっぱり何も聞いてなかったみたいでね。すっごい慌ててたよ」

 

 でしょうね。と思いながら肝心の話を促す。

 

「で、どう言ってたの?」

「とりあえず青子君と話し合いたいってさ。ま、そりゃそうだよねぇ」

「そんな予測の容易い事じゃなくて……」

「あぁ、感触かい?」

「ええ」

「……反対一色って感じじゃなさそう……かな? なんかちょっと、青子君の行動に納得している所があった気がする」

「……それは……意外ね。先日の件を考えると」

 

 なにせ、少し前に自分が刺されているのだ。

 いやまぁ、自分の場合は完全な自業自得なのだが。

 

 ともかく、あの米花シティホールでの一件は浅見探偵事務所に危険なイメージを付与したハズだ。なのに……。

 

「でも紅子君、考えてみれば僕達ってすごく安全だろう? 帰る時にはジョドーさんが同性の執事さんを付けて車を用意してくれるし」

「……まぁ、普段はそうだけど」

「有事の際だって、基本僕らは後方支援だし」

「それでも予想外の事が起こるのが私達なのよねぇ」

 

 もう傍目には完璧に治った肩回りを軽くグルグルと回す、そこにはもう違和感はないが、あの感触はずっと残っている。

 

「とりあえず、今日はお帰り頂くのがベストかしら?」

「あ、ごめん紅子君、それに関しては中森警部から、今日はもう遅いし、自分も入院中の身だから事務所に泊めてもらえないかって言われてね」

「あら、そう」

「ごめんごめん、瑛祐君はメディア連中に騒がないように根回し中だったし、君はボスとやり取りしながら他の仕事やってただろう? それで言うのが遅れちゃった」

「別にいいわ。で、部屋は?」

「いつも通り予備部屋はあるから、今穂奈美さんがもう一度点検してるよ」

 

 なら問題はないだろう。 

 あとは黒羽君と青子さんがどっちも疲れた辺りを見計らって……見計らって……。

 

「本堂瑛祐は、まだ根回しの真っ最中よね?」

「じゃないかな? うちのお客様への無茶な取材関連は、前々から揉めてる件だからね。その時にこっち側になりそうな人員に働き掛けてるんだと思うよ。多分、ここにはいない恩田さんもね」

「……となると、私か貴女があの二人を宥めなきゃいけないのよね」

 

 

――なによーバカイト!

 

 

――んだとぉ……っ!?

 

 

 もはや子供の喧嘩になりつつある声に、痛む頭を押さえる。

 

「真純、頼んでいいかしら?」

「君の方が適任じゃないかい? クラスメートなんだろう?」

「だから却ってややこしいのよ……」

 

 深入りすると決める前なら、ここで顔を出して彼の側に立って煽っていただろう。

 だが、今の自分は間違いなく『浅見探偵事務所』の一員だ。

 少なくとも、あの男が求める時間に進むまでは。

 ならば、迂闊に人間関係をイジるような真似はしたくない……のだけど……

 

 気が付いたら、これまでの人生で一度も吐いたことがないだろう長いため息が漏れていた。

 

「どうしたものかしらねぇ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇3月7日

 

 中森警部にスゲェ頭下げられた。

 いやもうホントそう言うの止めてくれ。

 こっちとしては信頼できる警察官の一人娘と言う、疑いようのない予備事務員を手に入れられたんだから正直万々歳なんです。

 

 色々あったものの、元銀行員の浦川さんを教育係に任命。最初は瑞紀ちゃんにしようと思ったんだけど紅子に「止めてあげなさい」って言われて考え直した。

 そうか、そういえば瑞紀ちゃん黒羽君好きだもんな。そこで青子ちゃんの教育担当するのはさすがに負担か。

 

 ともあれ、マジで仕事がスゲェ楽になった。

 書類の作成なんかもそうだけど、根回しに関してマンパワーを回せるようになったのが本当に違う。一気に余裕が出来た。

 そして数を増やしたことを隙だと見てあの手この手で仕掛けを施してきたクソ野郎どもの処理が捗る捗る。

 

 一番予想外だったのは、ウチの新人スタッフに一服盛ろうとした連中がいたことだ。

 ウチから犯罪者を出したかったらしいけど、そうなる前にまとめて叩きつぶしてきた。

 よっぽど気に入らなかったのか安室さんがスゲェやる気満々だった。

 

 公安と連携して片っ端から仕掛けた連中――例によって泥参会崩れのアホ共だった――をぶっ飛ばして確保。

 

 最近肉体労働が多すぎて手が震える。

 

 

 

〇3月9日

 

 相変わらずクリスさんの記憶が戻る気配はない。

 志保も警戒こそ解いてはいないが、プレッシャーは確かに感じないと言っていた。

 

 一方でFBIは、完全にクリスさんをなんとか捕まえようとしているようだ。

 正規の手段でこちらの監視下に置いてるのに余計な事するなよ。キャメルさんがかわいそうだろうが。

 というか、全部ネタ晴らししてキャメルさんこっちに誘ってもいいんじゃないかと思いつつある。

 組織的に一番抜けちゃいけないのは初穂と恩田さんだけど、現場の要になるのはキャメルさんだ。

 部長の安室さんを除けば、だけど。

 

 文字通り、訓練で色んな車やバイク、スクーターから特殊な車両や特殊設備が付いた機体とかに乗せてたら、マジでほとんどの物はなんでも乗りこなせるようになってきてる。

 使う機会はないだろうけど、一応戦闘機だって乗れるんだから大したもんだ。

 

 追跡や尾行、護衛の際には重宝するし、信頼も出来る。

 この状況下でFBIの仲間の言葉を鵜呑みにせず、慎重に動いている所は特に評価できる。

 流れに乗っちゃう人ではないというのは、勢いに任せる時には他の面子より遅れを感じるかもしれないが、それは安定感というものだ。

 

 

 

〇3月10日

 

 うむ、青子ちゃんやっぱ頭の回転は速いな。ちゃんと仕事を覚えていってる。

 もうちょい人柄掴んで、大丈夫そうならもうワンランク機密性の高い書類に触らせても大丈夫かもしれない。

 

 んでもって仕事の方だけど、どうも最近学生――大学生を利用した事件が増えている。

 先日の振り込め詐欺の捜査の時もそうだけど、ネットや口コミで高額報酬のバイトがあると誘いだして、犯罪に手を染めさせてから抜け出せなくしていくパターンがアホみたいに出てくる出てくる……。

 

 生安部とも相談しているんだけど、対策が難しい。

 以前ウチに取材に来た内田麻美ちゃん経由で、東都大学内部にこちらの情報網を浸透させているが、それに引っかかるかどうかは運次第だしなぁ。

 

 あぁ、そうそう。麻美ちゃんもバイトで手伝ってくれることになった。

 いやぁ助かる。彼女マジで文武両道のパーフェクト人材だから、将来的にもウチに慣れてくれてると助かる。

 将来的な幹部候補生として取り込む方向で調整しておこう。

 

 

 

〇3月15日

 

 ちょっと変わった依頼が来て、安室さん達幹部を集めて1日頭を悩ませていた。

 今回の依頼者はシンガーソングライターの深津はるみさん。

 最近蘭ちゃんがよく聞いてる歌手だ。

 

 そして肝心の依頼だが、5年前のある大学生の自殺を調べ直してほしいというものだった。

 四国の一件思い出すなぁ。

 

 事が起こったのは、5年前の王道大学。山形の結構有名な大学だ。

 そのキャンパス内で、違法薬物が蔓延したのが発端だ。

 自殺した学生はその密売首謀者と疑われていたらしいが、依頼者曰くとてもそうは思えないとのこと。

 というか、疑わしい人物はすでにいた。

 同じ王道大学のOGのとある二人。

 意外な大物だが、ファッションモデルの柴崎(しばさき)明日香(あすか)と油絵画家の安西(あんざい)絵麻(えま)の二名だ。

 

 これはやってますわ。

 

 だってコイツらの父親の柴崎代議士と安西グループ社長は、今まさに様々な汚職の容疑で俺らが追ってる連中じゃん。

 麻薬関連の案件はなかったけど、握りつぶそうと思えばやるだろうなというクズどもだ。

 

 うん、書いてて整理が付いた。ちょうどいい。美人の依頼だし徹底的に潰そう。

 今は安室さんとキャメルさんが当時の動きを探るために出張して、汚職の調査を進めていた恩田さんとリシさんのペアと合流してるけど、念のためにジョドーとカゲも送っておくか。

 

 

 

 P.S.:メアリーも同行させようかと思ったけど、こっちの動きを探る連中の対策や万が一に備えて控えると拒否された。

 マジでメアリーは頼りになるなぁ。

 

 

〇3月16日

 

 昨日の依頼者もそうだけど、最近は作家と縁が出来る事が多いな。

 今日はコナンの両親、工藤夫妻とようやく会談できた。

 

 まず大事な点だが、すごく驚いている。

 まさかこの俺に、苦手な美人というのが存在するとは思わなかった。

 

 おかしいな、女性というだけで俺には8割は輝いて見えるはずなんだけど、顔が引き攣りそうになるのを我慢するのに苦労した。

 

 コナンマジで悪い。お前の親と関わる時は絶対に優作さんを連れてきてくれ。マジで頼む。

 嫌いとかそういうのじゃないんだけど、万が一顔に出てしまったらこの人スッゲェ根に持つだろうししつこそうなんだマジで頼む。

 

 というか、コナンとの連携や今後について話し合うはずだったのに気が付いたらなんか取材みたいになってしまった

 

 まぁ、なぜかまたこんなタイミングで以前からウチをモチーフに小説書いてる新名香保里さんが来るわ、ミステリー新人賞を取った麻美ちゃんも来るわでそれどころでなくなってしまったというのもあったけどさ。

 

 ホントもう……奥さん、彼女たちが来たのホントにマジで偶然なんで。

 加えてアレは若い女性にデレデレしてたんじゃなくて若い作家との普通の交流以外の何物でもないので俺を呪い殺す勢いで睨まないでほしかったなぁ……。

 

 で、肝心の会談なんだけど、めっちゃ頭を下げられた上でどうか今後も息子に色々と教えてやってほしい。よろしくお願いしますと頼まれた。

 

 ……まず初めに、それ逆じゃね?

 コナンから色々教わる事ばっかりなのに。

 

 で、それ俺でいいの? 起業こそしてるけど休学中の普通の大学生だよ?

 いや、二重の意味で普通じゃないか。でもまぁ、ちょっと変わった男くらいだろう。

 

 養育費やらなんやらで結構な額が毎月振り込まれることになったけど……。

 なんだろうな、こう、取材費感もあるような……。

 

 まぁ、そもそもコナンに掛けてる金全部払えとかまず言えん……専用装備の開発研究費やらメンテ費やら裏工作費を全部足したらカリオストロの予算軽く超えるし。

 

 んでまぁ、やっぱり聞かれた俺がコナンに協力する理由だけど、もうしょうがないから自分の目標とコナンの目標が被ってるからだ――で誤魔化した。

 いやまぁ、全然誤魔化せてないんだけどもうしょうがない。

 

『実はこの世界は物語で、さらに時間はねじれていて一年経っても一年経ってないんです! それを解決するには世界の主人公であるお宅の息子さんにたくさん事件を解決してもらって物語を進めないとダメなんです!』

 

 うーん馬鹿。

 

 これ聞いて納得してくれるやつなんざいねぇよ。

 陰謀論に染まった人でもお茶吹くわ。

 二重どころか三重四重に頭がイカレまくって狂った変態じゃないと無理。

 

 自力でたどり着いた枡山さんはマジでパネェ。

 

 紅子は……紅子だしなぁ。

 アイツには本当に頭が下がる。

 

 アイツが俺に何かを頼むこととかほぼないけど、もしアイツが俺にお願い事したり、あるいは窮地に陥ったりしたら全力で力にならなきゃならん。

 それこそ国だろうが世界だろうが、アイツの敵は片っ端からぶっ飛ばさなきゃ割に合わん。

 

 ともあれ、優作さんからの感触は良かった。

 色々コネを紹介してほしい時があるかもしれない事を遠まわしに伝えたら快諾されたし、まぁ万々歳か。

 

 まぁ、マジで時間のほとんどはスコーピオン事件から続くロシア、ヴェスパニアの詳細を話すことで潰れたけどね!

 青蘭さんの事話すのスッゲェ恥ずかしかったわ!!

 メディアに何回も聞かれてんだぞ!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「透さん、頼まれていた解析資料よ」

「サンキュー志保」

 

 例によって例のごとくのラボの中で、志保に頼んでいたものを受け取っていた。

 

(なんかこのラボ、マスコミやらFBIの尾行を巻くのにちょうどよくて、ついつい立ち寄ってしまうな)

 

 王道大学内部で流通していた違法薬物――まぁぶっちゃけ大麻だったけど、育成場所を絞る材料になるかもしれないと色々志保に調べてもらっていた。

 

 安室さんから公安経由でサンプル届いたのつい先日だけど、相変わらず志保は仕事早いな……。

 

「薬物の調査に警察組織への内偵、詐欺グループの追跡に政治家の裏金捜査、EU首脳会議特別会合の警護、加えて財界との調整などなど。……貴方も忙しいわね」

「おう、地獄が続いてる。マジで人員受け入れが間に合ってよかった」

 

 あのまま進んでいたら多分マジでウチの事務所から死人を出す所だった。

 初の犠牲者が物語にありそうなドラマティックなものじゃなくて過労死とか冗談じゃない。

 

「で、どうなの?」

「言われていた二人が実際にキャンパス内で大麻ばら撒いていたかどうかはまだ分からん。……ただ、二人の父親が捜査に介入した痕跡は確認できた。ほぼ黒だろうな」

「日本でもそういうことがあるのねぇ」

「……ちなみに海外だと?」

「もっと深刻よ」

「うっへぇ」

 

 明るい話題が欲しいね。

 

「そうだ、志保。王道大学の一件の捜査も兼ねてなんだけど、今度の週末山形に家の皆で行くから用意しとけー?」

「……向こうには安室透もいるんでしょう? 組織の」

「ん。だから定期的に顔見せしとくんだよ。ずっと避け続けてたらかえって注目を引く。お前の場合、幸いグレース・アイハラっていう有名なそっくりさんかつ、ありそうなエピソード用意できたんだから、利用しない手はない」

 

 近々安室さんには搦手(からめて)を使ってアプローチ掛けてみて、行けそうならこっちの草鞋履いてもらおう。

 そうすれば志保の身の安全はますます確保される。

 

「というわけで、温泉旅行だ。琴屋旅館っていう温泉宿があってな」

 

 コナン抜きで、家族だけなら多分大丈夫だろう。

 ……いやでも探偵勢むっちゃいるな。

 まぁ、覚悟だけはしておくか。

 

「……透さん」

「ん?」

「貴方、最近ジジ臭くなってない?」

「マジ凹みするから止めろ」

 

 この野郎、地味に俺が恐れていることを……。

 

「まだ体にガタは来てないけど、たまにゃあゆっくりメンテしたいんだよ」

 

 一回ド派手な事件起こったからしばらくは体張る事はないとは確信してるけど。

 

「メンテしたい、ね。だったらちょうどいいじゃない?」

「なにが?」

 

 それまで仮眠用にと運ばせていたベッドに腰を掛けていた志保が立ち上がり、ハンガーにかけていた白衣を羽織る。

 

「あら、そもそもここがどこか忘れてるのかしら」

 

 ? お前の専用ラボじゃねぇの?

 そう言うと志保は深いため息吐きやがった。

 

 最近源之助にすら吐かれるな。そのため息。

 

「病院よ。びょ・う・い・ん。ま、私は医療従事者ってわけじゃあないけど、普通の医師に言いづらい事でも私になら言えるでしょう? 気づいたことがあったら、あなたの担当医に伝えておくわ」

 

 そしてワーキングチェアとは違う、作業用の椅子を引いて俺に目線で促す。

 

「ほら、上の服脱いで座りなさい。簡単な問診始めるわよ」

 

 ……お前、聴診器とかいつの間に用意したのさ。

 にしても似合うなその姿。

 

 

 





なお、浅見の身体痣だらけの傷跡だらけでやべぇ見た目になっていた模様

rikkaの事件ファイル

〇秘湯雪闇振袖事件(前後編)
アニメオリジナル379~380話

様々なパターンを見せるアニオリの中でも特に濃厚な本格ミステリー回前後編。
コナンのオリジナル回は個人的な嗜好による当たり外れがどうしてもありますが、旅館が舞台の回は外れ率が低い印象。

 舞台は山形の温泉宿「琴屋旅館」。
 そんな宿に温泉旅行にやってきたのがおなじみ毛利探偵一家。
 タイトルに殺人の一言がないためにあったわずかな期待が、もうこの時点で8割崩壊。

 そしてそこに現れる犠牲者候補たち。
 その中にやはりいる性格悪そうな顔のキャラ。そして実際に性格が悪い奴が二人だーーー!

 次回『美人の定義が崩れたキャラ、死す!』

 いやほんと……小五郎は鼻の下伸ばしてたし職業ファッションモデルなら間違いなく美人という事なんだろうけど……美人……美人……とは? 
 
 前述した通り、実にコナンらしい本格的な殺人事件なので一度視聴されることをお勧めする。

 そしてできれば、とあるキャラクターは美人に当てはまるのかどうかこっそり意見を教えてほしい。
 自分は正直、キャラデザインがもう一人と入れ替わってて、そのままやっちまったんじゃないかと今でも疑っている。

 個人的に依頼人である深津はるみさんのキャラデザ大好き。
 コナンワールドの気弱な女性キャラは刺さるキャラデザインの娘が多くて好き。



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151:逃れられない時もある

 やっぱ温泉宿は駄目だな。

 温泉だけならワンチャンあるかもしれんが、温泉宿だとコナン抜きでも駄目だった。

 やっぱり殺人事件が起こるところだった。

 

 というか振袖般若伝説ってなんだ!? 下調べの時にはそんなんなかったぞ!?

 あからさまに人が死ぬ舞台整えやがって危なかったわ!

 

 ギリッギリで止められたけどまーた俺刺されたわ。

 

「どうして……っ」

 

 訂正、現在進行形で刺されてるわ。ホントもう、俺が知り合う美人って2パターンしかねぇな。

 俺を刺したり燃やしたり撃ったり薬盛ったりする女か、そうじゃないかだ。

 

 温泉宿だからって浴衣着てくつろいでたら駄目だな。やっぱあのスーツ出来るだけ持ち歩こう。

 阿笠博士の急なメンテが入った時は九死に一生フラグか死亡フラグの二つに一つだから覚悟決めるしかないけど。

 

「どうして邪魔するの!」

 

 うーん、こうして美人さんにぶっ刺されてると真悠子さんにぶっ刺された時を思い出す。

 あるいは幸さんのガソリンファイアー食らった時。

 

 俺をぶっ刺してる美人さんは、調べていた王道大学内の薬物売買の容疑を掛けられて自殺した女学生の姉だった。

 

 マジあぶねぇ、もうちょっと遅かったらこの人あの二人をぶっ刺して、またぞろややこしいトリックこさえて現場を振り回すつもりだったんだろう。

 ホント勘弁してください。

 

「貴女の妹を慕っていた女性から、依頼を受けました」

 

 ぶっ刺さってるナイフを握っている手が、動揺したのか小さく震える。

 優しい人だ。

 これがマジモンの復讐鬼になってる人ならここで刃物一回転させて肉(えぐ)ってる。

 あれマジで身体が引き攣って動きづらくなるから辛いんだよなぁ。痛いし。

 

「五年前の真実を明らかにして、世間に公表するのが俺の仕事だ。ここであの二人を消したら、一番肝心なところが分かんなくなっちまう」

 

 というか、おそらくだけど王道大学キャンパス内には当時のルートがまだ残っているハズだ。

 あの二人が流したものを欲しがる連中はなんだかんだいるだろうし、それを受け継いでばら撒いてる奴――というかグループがまだいるはずだ。

 

「貴女の復讐は必ず果たします。今度こそ、司法の手によって」

 

 早ければ明後日くらいには二人の父親を押さえられるだろう。

 すでに根回しをして周囲の人間にはあの二人を切るように手はずを整えている。

 資金源もGOサインを出し次第押さえるつもりだし、裏金の方も押さえている。

 

 そう、もう違うんだ。

 

「5年前とは何もかも違います」

 

 絶対に逃がさん断じて逃がさん。

 こういう連中放置してると気が付いた時には枡山さんとかあの組織の捨て駒になって事態をややこしくしかねないんだ。

 

「今度は決して逃がしません」

 

 泣きじゃくるお姉さんを、ナイフごと抱きしめる。

 おぉう、もうこれ何度目なんだ。

 内臓が傷つかないようにしないと……んもぅ。

 

 このいら立ち、全部今回の殺人未遂(・・)事件のきっかけになった馬鹿共にぶつけてくれるわ。

 

 とりあえずこの人落ち着かせたら安室さんや七槻達と詰めの打ち合わせしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっべナイフ抜くの忘れたまま皆の所に来ちゃった。七槻待って救急車呼ばなくていいから、消毒した針と糸か、最悪ホッチキスでもあれば自分で縫うから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇3月25日

 

 体もだいぶ刃物に慣れてきたのか復帰まで時間がかからなくなってきた。

 おかげで七槻の説教が長引いた……。いや今回ばかりは本当に申し訳なかった。

 落ち着くまで待っている間に痛みに慣れてしまってナイフの存在完璧に忘れてた。

 

 心配かけて申し訳ない。おかげで意地でも24時間で治さなきゃと頑張る羽目になった。

 病院側も慣れてきたのか、結構な数のお医者さんが来てくれて……本当に申し訳ない。

 でも実際治療に当たる医者の数は変わらないハズなのに、なんであんなに来たんだろうか?

 

 ともあれ、今回は事件の内容が自分の親友が自殺してしまった四国の一件に似通っていたためか、七槻が滅茶苦茶やる気を出してくれたのもあってスラスラと進んだな。

 

 大方の予想通り、薬物を流していたあの二人。彼女たちの父親が手を組んで全て握りつぶしていた。

 県警の中で二人の息のかかった人間を動かして事態をコントロールしようとしたようだが、行ったのは薬物売買事件のもみ消しのみ。 

 

 その後、当時二人とその正義感の強さから敵対していた鈴鹿桜子さんに罪を擦り付けたのは、今回殺害される一歩手前だった二人の独断だったそうだ。

 

 まぁ、そのためもみ消しに動いた警察官が流れに乗ろうと独断で行動をしたり、それをどうするかで二人の父親が対応を急いで決めなければならなかったりで隙が出来ていたために、どうにか立証可能な所まで証拠を探し出せた。

 

 キャンパス内に残っていたルートは二人の卒業後地元ヤクザが乗っ取り、大麻の他に覚せい剤などまでが商品になっていた。

 おかげで王道大学はエラい騒ぎだ、言っちゃ悪いがちょうどいい。面白そうでかつ身元の綺麗な教授は近々運営するこっちの大学へと勧誘させてもらおう。

 

 正直、単にこっちの技術開発や研究成果をしっかりと守るためのセキュリティを施す箱でしかないのだけれど、運営するならそれなりの人員用意する必要があるのが面倒くさい……。

 

 

〇3月26日

 

 元々ウチらに大学というか、私立の教育機関の設立と運営をやれと言ってきたのは次郎吉さんだった。

 

 その時はいつもの無茶ぶりかと思いながら色々段取りを組んでいたのだけれど、どうやらこちらが思った以上に乗り気らしい。

 

 こちらが人員の確保に動いたのをそろそろ動くと見たらしく、運営に関われそうな人員の紹介に加えてとんでもねぇ金額の融資をしてきやがった。

 

 落ち着け鈴木。どうした鈴木。

 まだ玉とも石とも分かんねぇ代物なのに地方自治体の予算張りの金額をベットするんじゃない。

 これで回収できなかったら俺らもアンタらも面子丸つぶれだろうが。

 

 ただですらアンタの所、鈴木(ベルツリー)の名前を付けた事業を多数展開してて死ぬほど金使ってるでしょうが。

 この間もなんか、新しいタイプの美術館を作りたいとか言って瑞紀ちゃんに変な依頼出しただろ。

 

 こういう形でこういう広さの鍾乳洞はないかとかなんとか。

 

 瑞紀ちゃんがそれに見合う物を発見して安全確認を終わらせたら、あの爺さん速攻で鍾乳洞とその周りの土地一括で買いやがった。

 動きが速すぎるにもほどがあるわ。

 

 名前はこれから決めるらしいけど、多分ベルツリー美術館とかそんな感じになるんだろうな。

 

 

 

〇3月27日

 

 王道大学の一件の依頼人がお礼を言いに来てくれた。

 というか、事の大きさの割にほぼ無報酬だったのが申し訳ないとわざわざ頭を下げに来た。

 

 こっちからすれば人員その他諸々の吸収に加えて、県警内部の膿の吸出しに成功したのはデカい。

 全部ではないだろうけど、今頃公安が調査を続けているハズだ。

 

 まぁ、せっかくなのでシンガーソングライターの彼女には、たまに下のステージで歌ってもらう契約をしてもらった。

 何人かの歌手やら女優さんから、自前の芸能事務所を持つつもりはないのかと急かされているのでなんだったらそっちに所属してもらうのもありかもしれない。

 

 どうも独立したがってる面子が、ウチに後ろ盾をお願いしたいらしい。

 色んな状況に対応できるように人材の確保してるのは言い訳のしようがないけど……うーん多角企業にも程がある。

 

 芸能事務所ねぇ。

 広報要員と考えると悪くはないし、人員によってはメディアやその他への内偵――とまではいかなくても情報収集のアンテナ役も期待できそうだけど……どうするかなぁ。

 

 

 

〇4月1日

 

 再び始まる新年度一発目の仕事というか依頼は、常盤財閥との共同プロジェクト立ち上げの依頼だった。

 常盤財閥は令嬢の美緒さんとは面識があったが、そこまで深く関わってはいなかった財閥だ。

 

 美緒さんが社長をやっているグループの中心企業である『TOKIWA』は日本有数のIT企業の一つだったため、いつかは関わらなければならないと思っていたけど時間がかかった。

 

 美人だからもうちょいお近づきになりたかったんだけど、敏腕社長らしく隙がないんだよなぁ。

 

 向こうから提案されたのは、一度挫折したコクーン・プロジェクトに続く次世代ゲームハードの共同開発である。

 

 あれかな、鈴木みたいなデカい家が投資したプロジェクトがスキャンダルでコケたから、ここで似たプロジェクトを成功させて常盤財閥の存在感を見せつけたいのかな。

 

 ついでに鈴木寄りと見られているこっちと繋がりたいと。

 

 七槻の所の会議室で、明日恩田さんと樫村さん連れて会議だなぁ。

 明後日には俺、キャメルさんと山猫、カゲを引き連れてとフランス行かにゃならんし。

 

 

 

〇4月7日

 

 先日常盤から提案されたプロジェクトを具体的に詰めていこうと恩田さんが向こうの会議に赴いたら、鈴木財閥が一枚噛むことになっていたとのこと。

 はえーよ朋子さん。どこで嗅ぎつけたんだ本当に。

 

 美緒さんにこやかにしてたけど内心苦々しかったでしょうね、とは恩田さんの談だ。

 基本的に日本だと鈴木のネームバリューが一強だから、なんとか鼻を明かしてやりたかったんだろうし。

 

 俺達はその間にヨーロッパの方での警護の仕事を終えて、こっちは一息ついたところだ。

 まーた久々に蜘蛛に襲われたけど。

 

 万策尽きたのか今回は物量で攻めて来たけど、同じく警護についてたフランスのアルベール・ダンドレジーとまたもや共闘。

 万が一に備えて予備戦力も用意していたおかげで撃退できたけど、山猫に数名負傷者を出してしまった。死人が出なかったのは幸いだったが……。

 

 まぁ、フランスを始めEU各国に貸しを作れたのは大きい。これでカリオストロへの圧力をまた減らせる。

 

 そして例の毒だが、志保曰く大本になった毒を持っている生物を確保できれば解毒薬の作成も可能かもしれないということだ。

 今回は捕えた奴に志保が試作したガスを吸引させてみたが、死ぬまでの時間を15分くらい伸ばしただけに終わった。

 

 僅かとはいえ成果は出てるので、このまま志保には頑張ってもらいたい。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「銃火器で武装した暗殺集団相手には無傷で対処できるのに、なんで君は普通の女性の刃物一つ躱せないのかな透君?」

「そりゃあお前……女性の本気の殺意を避けるのは士道不覚悟――待て、冗談だ七槻悪かった。だから台所に行こうとするんじゃない」

 

 休日が被って久々に二人揃っての家ゴロタイム。

 休日だというのだからもっとやるべき事がある気がするんだが、ようやく死地から帰ってこれた今、こうしてありふれたお菓子をつまみながら適当な飲み物飲んでるだけで生きていると実感する。

 

 俺も七槻もTシャツと適当な部屋着を着て、ソファの上で完全にだらけている。

 テーブルの上にホットスナックの皿を置いて、テレビのニュース――内容は俺がこの間買収した総合商社についてだ――をボケーと流し見ている。

 

 こら、起き上がろうとするんじゃないキッチンに包丁取りに行こうとするんじゃない!

 そのまま腹をクッションにしてていいからじっとしてなさい。

 

(とはいえ、明日はさすがにどこかに出掛けないとなぁ。志保もそうだけど楓をどこかに連れて行ってやりたいし)

 

 楓繋がりで少年探偵団も来るなら釣りが妥当か? などと考えながら、横になってる自分の腹を頭でプレスしている七槻の口元にフライドポテトを運んでやる。

 

「サクサクサクサクとまぁ……鳥の餌やりかな」

「鳥みたいにあちこち飛び回ってるのは透君だけどね」

「まぁなぁ……。おい、指を舐めるな」

 

 七槻もここ最近神経使う仕事ばっかだったからか死にかかってる。

 完全に脱力しててグッタリしてる。

 

「こっちが選別した人員、ちゃんと動いてる?」

「あぁ、問題なし。色々決める事やあいさつ回りが増えた今すげぇありがたい」

 

 おかげで常盤の一件みたいにいろんな仕事を用意して下に回せる。

 キャパシティを超えないように注意しなければならんけど、おかげでかなり稼ぎやすくなった。

 

「それで休みも比較的取りやすくなったから助かってる。桜子ちゃんの料理作り立てで食べたの久しぶりだ」

「あー、わかるわかる。僕もそうだったよ」

 

 ここ最近、家に帰っても電子レンジにかけてから食べるの多かったからなぁ。

 桜子ちゃんも気を利かせて、チンしたら完成するタッパー飯とか作ってくれてたから十分満足してたけど……。

 うん、よし、今日は桜子ちゃんも含めた皆で食べに行こう。

 この間キャメルさんに教えてもらった鉄板焼きの店予約聞いてみるか。

 

「透君、次の」

「……コイツ鼻にぶっ刺してやろうかな」

 

 適当に細長いフライドポテトを摘まんで再び運んでやる。

 こいつ、もっしゃもっしゃ旨そうに食いおって。揚げてやったの誰だと思ってやがる。

 だから指の塩舐めとるんじゃない。

 ちょっと塩多すぎたかな……。

 

 だらーっとソファの下に伸ばしている手に温かい何かが当たった。

 覗いてみると源之助だ。正確にはダックスフントのクッキーの上にだらーっと乗っかって自分を運ばせている源之助だ。

 なにお前、王様気取りなの?

 

 一瞬塩っ気の強いポテトを守ろうかと思ったが、顔をそちらに伸ばそうとしたクッキーを源之助が制して、結局横になってる俺の首元周りで二匹揃って丸くなった。

 

 よくやった源之助。よく我慢したクッキー。あとで褒美にちょっとお高いおやつをくれてやろう。

 

「そういえば透君聞いた? クッキーの元々の飼い主の里山さん、ひょっとしたら刑期が短縮されるかもしれないって」

「お、マジでか」

 

 犯罪を犯す人間には少なからず同情してしまう人間が正直いてしまうが、里山さんは特にそうだったなぁ。

 悪質クレーマーのせいでご家族が自殺に追い込まれて、しかもそれが自分の所にまで来たんだからなぁ。

 

 あの事件で、あの人に雇われていたシェフの飯盛さんは今やウチの調理部門の責任者。

 ……考えてみれば、あの事件ってウチの飲食部門の始まりなのか。

 なんだかなぁ。人の不幸でロケットスタート作ってる事に正直罪悪感を覚える。

 

「自分もたまに会いに行ってたけど、最近面会する人増えてなぁ……」

「気を付けてよ? 君のことだから思う所がある人は後々自分の所に引き上げようとしてるんだろうけど……君の動向、すごく注目されてるんだから」

「……分かっちゃいるんだけどなぁ」

「この間なんて、毛利探偵とコンビニでお酒をたくさん買っているだけで写真撮られて週刊誌の一面飾ったんだから」

「もっとマシな記事書けよと思いました。いやマジで」

「それには同感。最近君の所に顔を出してる香田さんの方が仕事してるよねぇ」

「おかげでうかつに隙見せられねぇ……。この前も予定が一つ潰れて――」

「例のバニーガールバー?」

 

 …………。

 なぜ知っている。

 

「いやまぁ、別にいいんだけどね。あそこ、確か君の協力者がいるんでしょう?」

 

 なぜ知っている!?

 知ってるのカゲの面々とメアリーくらいだぞ!?

 

「お? その反応は当たりかな?」

「……カマだったのか」

「君がたまに通ってたのは知ってたけど、小五郎さんどころか、宍戸さんやフォードさんも誘わず一人で行くとは思えなかったしね」

 

 うーん、理解度が高くて助かる。

 

「君、女の子と遊ぶお店に行くときに一人で行くの怖くて絶対誰か誘うし」

 

 うーむ、理解度が高くてヘコむ。

 

 なんだそのドヤ顔は。

 本気でヘコむぞコラ。

 

 なんとなくむかついて、よれたTシャツの裾で頭を覆ってやる。

 しばらくモゾモゾしてベシベシ中で腹やら胸を叩いていたが、その動きが一回止まってまたモゾモゾして、着古したせいでよれよれになったシャツの襟から顔を出す。

 

「何してるのかな?」

「ちょっとイラッと来たから口封じ兼拘束」

「……口、封じれてないけど」

「うん、失敗したなと思ってる」

 

 おまけに顔が近い。

 いや、これくらいの距離感自体は別に普通だけど、不自由感が思った以上にヤバい。

 

「あと拘束っていったけどさ」

「うん」

「これ、君の動きも制限されてるよね」

「七槻落ち着け、話し合おう」

 

 反射的に体を引くが、シャツで繋がっているために逃げられねぇ!

 源之助、クッキーたすけ――逃げるんじゃない! 立ち向かえ!

 ちくしょう俺の馬鹿!

 待って、そこはダメだってばあああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果、俺の首筋にやや大きな噛み跡が何か所か付いた。

 馬鹿野郎、もうちょっと目立たない所に付けてくれてもよかったんじゃないのか。

 

 大きめのバンドエイド貼って隠したら、また怪我をしたと思われたのか志保に呆れた目で見られた。

 

 くそぅ、屈辱だ。

 屈辱なので桜子ちゃんと一緒に買い物から帰ってきたふなちをくすぐり倒してストレス発散しておいた。

 

 よし、そんじゃあ店に人数分の席空いてるか確認しよう。

 桜子ちゃーん、そこで呼吸困難に陥ってるふなちの介抱よろしくー。

 

 




鍾乳洞の奴は皆さんお分かりでしょうがアレ

一番書くのに苦労しそうな一作である


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152:過去からの挑戦が多すぎるのは仕様ですか? ……仕様ですか。

 元は普通の一軒家だった透君――旦那様の家も、最近急に家主が引き払ったという周囲の家や土地をいくつか買い占め、今ではちょっとした屋敷へと変貌してしまいました。

 旦那様が言うには、主に鈴木相談役からのゴリ押しと、その系列建築会社が本気見せた結果だそうですが。

 

「で、最後にここらの部屋がだいたい寝室兼客室。念のためにそれぞれ鍵はつけておいたし、あとで決めた寝室で掌紋(しょうもん)登録したらウチのパニックルーム兼シェルターに繋がる隠しルートも使えるから」

「とお――旦那様、本当によろしいのですか? 離れとはいえ、すごく立派な家なんですが」

「もうこの際気にせずに使ってくれ。ここは完全に桜子ちゃんの家だ。あぁ、そうそう。あとで軽く避難訓練行うから、そん時確認してくれ」

 

 そしてその影響を一番受けているのは、多分この私だろう。

 おかしいなぁ。私、普通のアパート住まいのただの家政婦だったのに。

 

「旦那様の敷地内に家があるのはいろんな意味で安心だし安全だし便利なんですが……お家賃は……」

「そっちも気にしないでくれ、マジで。こちらの内情把握したうえで気を利かせて動いてくれる人は貴重なんだから……正直光熱費やら水道電気その他もろもろ全部こっちで良いような――」

「さすがにそれは破格すぎるので止めてください! 絶対ですよ!?」

 

 小さく舌打ちする自分の雇い主が心底恐ろしくて頼もしすぎる。

 この年下の雇い主に甘えてたら、いつの間にか本当に飼い殺しにされそうなので油断しちゃダメなんです。

 

「まぁ、真面目にこっちの落ち度でもあるからなぁ。ウチの家政婦って事で顔バレしてから尾行や待ち伏せ、付きまといが増えただろう?」

「それは……えぇ、まぁ」

 

 旦那様の執事の人達が誘導してくれなかったらと思うと、今でも冷や冷やする。

 家のそばに隠れていたテレビの人達に気づいた執事の人が、そのまま私をセーフハウスまで送り届けてくれた。

 

「実際、あの後ウチでも調べてみたらメディア以外にもミーハー……かどうかは分からんけど面倒そうな連中が潜んでたり、ひどいのだと室内への侵入を試みてた奴もいたし……桜子ちゃんにはむしろ悪いことをしてる。せめて安全面くらいは確保してやらんと申し訳が立たん」

「……お給料や諸々の補填、手当に社内保険でもう十分っていうかお腹いっぱいなんですけど……」

 

 正直、単に私がオートロックのマンションとかに引っ越せばいいだけじゃないかと思う。

 現にお金は凄くたくさんある。

 ちょっと前までタイムセールで出来るだけ安いお肉を買ってた自分が、特に気にせず牛肉だって買えるようになったし、疲れた時だって気軽に外食や宅配を使えるようになった。

 

「若林社長から、桜子ちゃんのことを頼むと頭を下げられたからね」

 

 自分より三つも年下で、自分よりもずっとエラい男の子が懐から何かを取り出す。

 新しい表札だ。

 

 旦那様の苗字である『浅見』に続いて『越水』『中居』『中北』『灰原』の横に自分の苗字が『米原』がかけられた。

 

「まぁ、これからもよろしくお願いします」

 

 

 

「――はい! 旦那様!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――さてジョドー、メアリー、相手の動きは?」

「ギリギリまで桜子様への接触を狙っていたようですが、こちらで動きをけん制致しました」

「裏を辿ったが、やはりまっとうな連中ではない。おそらく貴様に近い一般人である米原桜子の誘拐、そして利用が目的だったのだろう。……どうする?」

「根っこまで引き抜け。俺の周囲に裏の手段で手を出す事の意味を、馬鹿共に示すいい機会だ」

「では、手段も」

「問わん」

「犠牲もか?」

「くどい」

 

 

「全部踏みつぶせ。最優先事項だ」

 

「かしこまりました」

「了解した」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇4月10日

 

 桜子ちゃんが改修終わったウチの離れに住むことになった。

 仮にも職場に住まわせるようなもので、気疲れしないかがすごく不安だったけど今の所そういう様子はなし。

 

 桜子ちゃんは気を遣いすぎるタイプだし、子供を使うようで気が引けるけど楓を使うか。

 こう言っちゃなんだけど、楓ってば実は京極君にとって姉弟子に当たっちゃうんだよね。

 対人関係スキルに限定すればの話だけど。

 

 恩田さんも単に、色々面倒でやっかいな幼年時を乗り切るためにちょっとした距離の測り方や調整のコツを教えただけだったけど、もともとフレンドリーな楓はそれを見る見る吸収していった。

 

 どれくらいかと言うと、ふなちが『楓様が将来悪女にならないように見守りませんと……』と危惧するレベルだ。

 それはそれで心配し過ぎだと思うんだけどなぁ。

 勘ではあるけど、あれ多少天然混じってるぞ。

 

 ともあれ、人が隠しておきたい事とか、あるいは本当の欲求などには敏感な楓だ。

 桜子ちゃんになにか不味いと思うことがあればそれとなく忠告してくれるだろう。

 

 観察眼という一点のみなら恩田さんと同レベルで頼りになる。小学生だけどそれ言ったらおしまいだよなぁ。

 

 

『P.S』

 

 全部杞憂だったかもしれん。

 普通にリビングで一緒に酒飲んで七槻と一緒に寝とるわ。

 今ふなちが毛布取りに行っとる。

 

 ひょっとしたら、薄々桜子ちゃん周囲のプレッシャーを感じ取ってたのかもなぁ……。

 こうも気持ちよく馴染んでくれると嬉しいもんだ。

 アパート時代同様に桜子ちゃんから部屋のカギ預かってるし一息ついたら運ぼう。

 

 

 

〇4月17日

 

 病院船の設計をしてくれた美波子さんがいる八代商船(やしろしょうせん)がうちに接触してきた。

 八代の名前はしっかり出したし何の用だろうと思ったら、普通にウチ――正確にはカリオストロとヴェスパニアへの持ちかけだった。なぜそれで俺の所に来るのか……。

 

 百歩譲ってカリオストロは分からんでもないがヴェスパニアには普通に窓口あるだろうに……。

 

 コイツら、腹に一物持ってそうな奴らだから正直近づきたくないんだよなぁ。

 美波子さんだけスカウトしたい所だけど、今のうちに造船関連で頼れるところはないんだよなぁ。

 

 自前の造船所を持とうって話もあるけど、それはカリオストロでの話だし当面は無理。

 ただ、特殊な状況下に限って厄介ごとは必ず起こるハズなので特に海に関しては個人装備はもちろんだけどその他用意できるものは出来るだけ揃えておきたい。

 

 船は出来るだけ自前で持ちたい。

 製造コストはもちろん維持費も馬鹿にならんし、下手したら赤字になる可能性あるけど海運は複数の国を跨いで拠点を持つこちらにとって無視できない大動脈だ。

 その維持に、できるだけ他所の手を入れたくない。

 

 とりあえず八代からは吸収できるものを可能な限り吸収して、こちらの用意が整うまでの代理として使わせてもらおう。

 

 

 

〇4月18日

 

 いきなり変な依頼が来るのはいつもの事だけど、自首したいから昔の事件の証拠を見つけてくれってのはどうなのよ。

 

 依頼者はよくレストランでピアノやらヴァイオリンを弾いてくれる羽賀響輔(はがきょうすけ)さんだ。

 

 事の始まりは30年前にさかのぼる。

 音楽一家として高名な設楽家――ご令嬢の蓮希(はすき)ちゃんはウチのステージでよく演奏してくれるし、レストランの常連でもある。響輔さんの亡くなったお父様がその一族らしく、つまり響輔さんは、現設楽家当主の甥という事になる。

 今の苗字が違うのは、お父様の死後、母方に預けられたからだという事だ。

 

 その響輔さんと父、羽賀弾二朗さんがまだ幼い響輔さんにストラディバリウスをプレゼントした。

 だが30年前に設楽家当主――調一朗氏が、自分の息子である降人さん――蓮希ちゃんの父親だ――に弾かせてほしいと貸し出したことで事態がややこしくなる。

 

 その音色を耳にして、調一朗氏が欲を出してしまったのだ。 

 どうしてもストラディバリウスを自分の物にしたくなった調一朗氏は、それを返却する際にレプリカとすり替えた。

 

 なぜすぐバレるやり方を選んだのかとマジで思うんだが、まぁ、人間誰だって愚かになる瞬間はあるわな。

 

 当然気付いて怒った弾二朗さんは直訴し、口論になった。

 俺ならこの時点で証拠集めて警察に介入してもらう所だがそうはならず、結果激しい口論の末に弾二朗氏は階段から落下、重傷を負ってしまう。

 

 この時点で救急車を呼べばその後の悲劇はなかったのだろうが、欲や願望に目がくらんだ人間はえてして正解を選べない。

 見殺しにしたのだ。

 

 三男の弦三朗氏に自分達を縛らせて強盗の被害を演出し、ストラディバリウスは持っていかれてしまった! それは偽物だったけどなぁ! という自作自演を行った……らしい。

 馬鹿かな? と思うけど上手くいったらしい。

 まだなんとも言えんけどこれが事実だったら、当時の警察連中見つけ出して一通り説教事案ですわコレ。

 

 弾二朗氏はその後死亡。妻の千波さんも、夫の看病していたが生来の身体の弱さが祟り、弾二朗氏より先に他界。

 そのためストラディバリウスは設楽家のモノになってしまったというのだ。

 

 本人もすっかり忘れていたのだが、一年前にそのストラディバリウスの調律を任されたことで思い出したそうだ。

 

 …………。

 

 これ話を聞いてからずっと思ってたんだけどさ。

 

 設楽家の人間はマジで馬鹿か天然なのかな?

 

 罪の意識とまではいかなくてもその死に携わった男の息子が、なんらかのきっかけで余計な事を思い出すんじゃないかとかそういう恐怖はなかったのか?

 

 ともかく、響輔さんがそのことを、現場にいた源三朗氏の奥様――詠美(えいみ)さんに問い詰めた所、全てゲロった後に恐慌状態に陥り部屋を飛び出したところ、響輔さんのお父さんと同じように階段を踏み外して死亡した……ということだ。

 

 本来なら、自分の手で残る人物を殺害する予定だったらしいが、先日の王道大学の事件を聞いて俺の所に来たということだ。

 俺ならば、遠い過去の事件でも解決してくれるのではないか、と。

 

 なんとかしてやりたい気持ちはある。

 文字通り最後の最後、道を踏み外す直前に頼ってくれたんだ。

 加えて、おそらく羽賀さんが話したことは、真実かどうかはともかく嘘は言っていない。

 が、なにせ三十年前だ。

 

 本当に自作自演の強盗ならば隙は必ずある。なにせ思い付きでのその場しのぎだからないはずがないんだが……さすがに三十年はキツい。

 

 これが一桁内だったら普通の調査でなんとかできたと思う。

 十五年以内でも多分どうにかできた……が、三十年か。

 正攻法で無理なら、横から攻めるしかない。

 

 そうなると、お父様の死と同様に階段から転落死した詠美さんの件で自首しようとしている響輔さんの動きは利用できる。

 そもそも、きっかけは響輔さんであっても詠美さんは完全な事故死――それも即死だったし、そのきっかけに至るところで攻めれば他の人間の口を割らせられるかもしれない。

 

 うん、整理してみて落ち着いた。

 やっぱこれは探偵だけじゃなくて弁護士の協力も必要だな。

 妃先生に相談してみよう。

 

 法廷での立ち回り次第では、完全勝利は難しくても痛み分けで真実を引っ張り出せる可能性はまだあるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「相変わらずの活躍ねぇ。今度は山形県警の隠ぺい工作を暴いて、大物逮捕に貢献?」

「暴いたっていうか……うんまぁ、こっちとしても色々小細工働いたから素直に喜べないんだけど」

 

 珍しい人に酒に誘われた。正確には二人で飲まないかと聞かれたので、ウチの店のVIP用の個室を用意した。

 

 いや、この人に誘われること自体は珍しくないんだけど、大抵由美さんか捜査一課の誰かが引っ付いてきてたからなぁ。

 

「それでもお手柄はお手柄でしょう? もうちょっと誇りなさいよ。それとも透、貴方ロシアみたいなドンパチじゃないと手柄の内に入らない大物になっちゃった?」

「……美和さんには敵わないな」

 

 佐藤美和子警部補――最近だいぶ仲良くなって気軽に呼び合うようになったけど、今思うとあれ由美さんに引っ張られたな。

 麻雀で勝負している時に罰ゲームで点数の下から一番と二番が互いを気軽に呼び合ってみるってのを引きずって……そのまま……。

 

 あのアル中雀士! (はか)ったな!?

 今考えたら打つ前にガンガン俺の口にスピリタスぶち込んだのは仕込みに気付かせにくくするためか!?

 何がしてぇんだあんにゃろう!?

 

「? どうかした、透?」

「いや……自分の脇の甘さをちょっと痛感してるというかなんというか」

「ふーん?」

 

 今度アイツの所に行くときは餃子でも持っていくか。ニンニクたっぷりの奴。

 女として死ぬがよい。

 

 ……だめだ、アイツ普通に受け入れそうだ。「これビールが進むわー!」とか言ってガツガツ食ってビールやら発泡酒やらで流し込む光景が目に浮かぶ。

 

「まぁ、でもちょうどよかった。美和さんにはちょいと頼みたいことがあったんだ」

「あら、なにかやっかいな事件?」

「まぁねぇ……。なにせ三十年近く前の事件だからどうにも……」

「それって、もう時効は過ぎてるんじゃない?」

「それだけの話だよ。頼まれたら何とかしてみせるのがウチの仕事」

 

 おかげで最近、引きこもりの娘をなんとか外に出してほしいとか、公園にいつもいる男を何とかしてほしいとか、俺や越水の所を無料でなんでも出来る集団と間違えているような話も出てきてる。

 一般大衆は俺達をなんだと思っているのか。

 

 大体はなんとかしてみせているけどさ!

 でも線引きもあるんだってば!

 

「……そう。そうよね。……君はいつだって」

 

 飲みに誘った割にはそれほど飲まず、むしろ散々俺に飲ませる美和さん。

 

 ……まさかと思うけど由美さんと同じ戦法取るつもりか?

 いいだろう、ビールごときで俺を酔いつぶせると思うなよ。

 俺を潰したければ由美さんみたく開けたばかりのスピリタス瓶を口どころか喉にぶち込んでからが勝負だという事を教えてやろう!

 

「いいわ」

「へ?」

「事件の内容にもよるけど、大事な事なんでしょう? 詳細を教えてくれれば、可能な限り当時の資料や証拠品を揃えてみる」

「お、おう」

「その代わりに透、お願い。君に見つけてほしいの」

「……何を?」

「私のお父さんを殺した――犯人を」

 

 

 

 

 

 

 

 

愁思郎(しゅうしろう)事件?」

「えぇ、そう呼ばれている強盗殺人事件よ。……十七年前の、だけど」

 

 なるほど、また面倒な話だ。

 十七年前の事件となると証拠は……いや待て、強殺なら。

 

「襲われたのは民家? 店舗? それとも銀行?」

「銀行よ」

 

 よし、ならまだ勝ちの目がある。

 

「顔を隠した雨合羽の人物が銀行に押し入り、5億5千万を奪い逃走したの」

「殺人はその時に?」

「ええ、止めに入った警備員が、犯人の持っていた猟銃で殴殺されてる」

「……殴殺? 射殺じゃなくて?」

「ええ、そう」

 

 猟銃がフェイクだったか弾が入ってなかったか、あるいは……あくまで脅し目的だったか?

 

「で、その犯人を追っかけてトラックに轢かれて死んだのが私の父。佐藤正義(まさよし)

「……さっき殺されたって言ってたって事は……突き飛ばされて?」

「えぇ……そう証言している目撃者がいるの。そして父は救急車に搬送されるまでずっと呟いていたの、「しゅうしろう」って」

「それで愁思郎(しゅうしろう)事件か」

 

 普通に考えると犯人の名前だけど、まぁ例によって例のごとくミスリードだろう。

 違うキーワードがないと意味が見えてこないと見た。

 

「手掛かりは防犯カメラの映像」

「それも10秒足らずのね」

「顔を隠していたのは?」

「帽子にサングラス、マスクにレインコート」

「……ま、銀行襲うなら当然だけどしっかり用意してたな」

 

 うーん、これだけだと後は現場見るしかねぇか。

 ただ、現場の銀行はもう証拠なんてゼロだろうし、一番の問題の美和さんのお父さんが亡くなった場所も、当時は豪雨だったから証拠の類は洗い流されちまってるハズ。

 まぁ、だから当時の捜査も難航したんだろうけど。

 

「それと、もう一つ」

 

 考えていると、美和さんが周囲を警戒して顔を寄せてきた。

 ここ、VIP用の個室なんですが……密談とか打ち合わせに使うから防音対策はバッチリだし、亀倉さん達が料理やお酒運んでくるときは事前に一報あるようになってるし……。

 

「カンオっていう言葉を、父が警察手帳に書き記してたの」

「カンオ?」

「ええ、カタカナ三文字。当時の警察は外に漏らさないようにしてたけど、どうやら前後の記述から重要な人物だと考えられてたみたい。……すごく聞かれたもの。カンオと言う言葉に聞き覚えはないか。なにか思い出さないかって」

「……カンオ、ねぇ。どうして佐藤刑――あぁ、その、正義(まさよし)刑事がそのカンオに目を付けたかとかそこらへんは分からなかったのか?」

「ええ……なにも分からなかったわ」

 

 分からなかった……ということはそこに書いていなかったということだろう。

 逆に言うと、一々書くまでもないことなんじゃないか?

 

 となると身近にあった人か物で……。

 

 普通に聞くと意味不明となると内部の隠語とかじゃなくて……もっとアバウトな物か。

 となると妥当なのは短縮形……あるいはあだ名?

 

「美和さん、お父さんと親しかった人って覚えてる?」

「え?」

「思いつく限りでいい、片っ端から挙げてみてくれ」

 

 ビールのジョッキの結露を吸い込み、円形の染みが出来てる紙のコースターをひっくり返してボールペンを出す。

 

「そうね……親しい人……あ」

「思いついた?」

「えぇ、お父さんの高校時代の野球部仲間が……でも、それがどうして――」

「名前は? できるだけフルネームでお願い」

「えぇと……バッテリーを組んでた猿渡(さるわたり)秀郎(ひでろう)さんに、猪俣(いのまた)満雄(みつお)さん、鹿野(かの)修二(しゅうじ)さん、それと……マネージャーだった神鳥(かんどり)蝶子(ちょうこ)さんの四人かしら。他に親しい人は警察の――」

「いや、もういい」

 

 こういうキーワード系のヒントってのはパターンが絞られる。

 並び替えか他言語の書き換え、あるいはカタカナ読み、特定パターンによって五十音順、あるいはアルファベット順でのずらしなど。

 今回の場合他にヒントがないからずらし系の線は薄い。となると……。

 

(コイツだな)

 

 ウチのスタッフを呼び出すボタン――とは別に、俺がこの席に着いた時だけに用意されるベルを軽く鳴らす。

 

 するとすぐさま扉がノックされる。

 入るように促すと、ジョドーが畏まりながら入ってくる。

 

「旦那様、御用は?」

「この名前の人物を探ってくれ。彼女の父親の友人だ。出来るな?」

「はっ、お任せください」

 

 相変わらず無駄がない。それでこそ俺の片腕。

 いやマジで有能だ。桜子ちゃんの件も真っ先に敵の動きに気付いたのはジョドーだし、何気に格闘訓練で師匠とプレッシャー変わらんし……あの伯爵、なんで負けたんだ?

 

「ちょ、ちょっと透! どういう――」

「銀行を襲ったって事は、当然通し番号は記録されてんだろう?」

「えぇ、それが?」

「仮に時効になったとしても、通し番号の記録はチェックしてるハズ。だけど今も出てきていない。違う?」

 

 もしそうなら、捜査はともかく手掛かりはもうちょっと出来てるはずだ。

 

「その通りよ。まだ使われてない……」

「時効から二年も経つのに?」

「それは……」

「仮にロンダリングしていたならそっちはそっちで痕跡は見つかっていたハズ。ここまで出揃わないという事は、多分犯人は時効が切れるまで札一枚使っていないと思う」

「時効が切れるまでって……それは二年前に」

「まだだ」

 

 まぁ、亀倉さんみたいに時効を勘違いしているパターンもあるけど、これは多分……。

 

「犯人にとって、時効はまだ終わってないんだ」

 

 クソッ、この俺が注がれた酒を残すことになるとは!

 と言っても、こういうパターンって聞かされた時点で本当(・・)の時効まで残り僅かってパターン多いから一秒も無駄に出来ねぇ!

 

「美和、上に上がってシャワー浴びて、一応酔い覚ましておけ。まだ遅い時間ってわけじゃないし、やってもらいたいことがある」

 

 美和――さん、やっべぇ呼び捨てにしちまった。

 とにかく、美和さんは目を白黒させている。

 

「状況次第じゃあ今日中にお父さんの仇を押さえる」

 

 けど、その前に美和さんに確認してもらいたいからほらスタンダップ!

 詰めのために必要な一手の確認、美和さんにしてもらいたいんだから!!

 

 

 




※原作と微妙に時間がズレているのは、サザエさん時空があさみんの性で更にねじくり曲がったためだという理屈で納得いただければ幸いです。


〇本庁の刑事恋物語3
TVシリーズ第205話・第206話
原作コミックス27巻

もはや皆さんおなじみの本庁の刑事恋物語。その第三弾こそ佐藤刑事のお父さんにまつわる事件『愁思郎事件』の確信へと迫るストーリーです

本来の原作では時効を過ぎて三年となっていますが、本作ではいろいろねじれて一年短縮、二年の時点で話が始まりました。

 原作では思わぬ推理で、誰よりも早く犯人に気が付いた高木刑事。
 だが我が家の食卓に着いていたものは全員一発で犯人が分かっていた模様そりゃそうだ。

 白鳥ももうちょっと頑張れば多分気づけただろうに……
 うん、見直してみたら容疑者4人ともちゃんと会ってるな

 原作ではこの愁思郎事件と同時進行で放火事件も進むのですが、今思うとこの放火犯、無駄にスケールはデカイのになぜかやってることが小さい……
 あれか今でいう無敵の人の亜種だったのかもしれない。




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153:『コナン』という少年

 思った以上に余裕があったのは誤算だったが、事件は無事解決した。

 法務省の知人に無茶ぶりしたのはホント申し訳なかった。一年も余裕あるとは思ってなかったんです。

 とはいえ、無事に事件は解決。

 盗まれた5億5千万円も無事に回収し、事件は一件落着となった。

 

 今思うと山猫に近場の空港やら駅、地下鉄、港全部にカゲや山猫張り込ませたのは失敗だったな。

 普通に本人の周囲を固めるだけでよかった。

 

 無駄足踏ませて本当にすまんかった。

 

 例によって例のごとく、学校が終わったコナンから話をせがまれ、先読みというかストーリーを俯瞰した視点に適当な理由をつけて説明するのに四苦八苦したが、まぁ苦労としては可愛いもんだ。

 

 ただですら最近は鈴木の経済攻撃いなすので精一杯でホント勘弁してください……。

 

 まぁ、それもいい。

 今は目の前の依頼だ。

 

「あんまり片付いてなくて悪いわね透。まぁ座って?」

「あいよ、お邪魔しまーす」

 

 今俺が来ているのは美和さん――佐藤美和子警部補の自宅……というか実家だ。

 自分の事務所でもよかったが、今日は強殺事件解決の件でメディアが張り込んでるし警察内部で話すのもアレだし、二人で色々相談した結果これがベストだという話になった。

 

「あら、浅見君……来てらしたのね?」

「あぁ、奥さん。お久しぶりです」

 

 土産代わりの菓子と茶葉を出そうとしたら、美和さんのお母さんが来ていた。

 

「正義さんの事件の事、本当にありがとうねぇ」

「いえいえ奥さん。私としても今回の一件、無事に解決できてホッとしております」

 

 いやホントに。

 今回の件、下手したら本筋っぽかったしコナン抜きで大丈夫か心底怖かった。

 自宅から奪われた現金が見つかったと報告が入った時は心底安心したわ。

 

 いつも自信満々でトンデモ推理して、目暮警部達に呆れられても懲りない小五郎さんの鋼のメンタルを多少は見習うべきなんだよなぁ。

 

「それじゃあ美和子。私今日は友達の所に行って帰りが遅くなるから」

「あら、そうなの? なんだか急ねぇ」

「ええ、突然相談があるとかで……帰りは夜の九時くらいになるから、悪いけど夕飯は――」

「大丈夫よ。こっちでなんとでもするから」

「ごめんなさいね。それじゃあ浅見君、ゆっくりしていってね」

 

 分かりましたと頭を下げると、美和さんのお母さんはニッコリ笑って、

 

「美和子」

「? なに?」

「帰りは夜の九時頃になるからね?」

「聞いたわよ」

「ええ、夜の九時頃になるからね?」

 

 奥さん、それ三回目。

 

 もう分かったってば!! って美和さんが怒鳴ると、お母さんがオホホホホと笑いながら出かけて行った。

 

「……美和さん」

「ええ」

「あれ、なに?」

「さぁ?」

 

 おぉう、なんかすっげぇお疲れでいらっしゃる。

 

「時間に厳しい人……とか?」

「そう見える?」

「見えん」

 

 正直な感想が出てしまったが同意見のようだ。

 美和さんはふかーーいため息を吐いている。

 

「まぁいいわ。それより、可能な限り調べて来たわよ」

 

 そういうと美和さんは、自分の鞄から小さめだが分厚い手帳を取り出す。

 かなり色々書き込んだのか、側面にも所々インクが染みており、付箋もあちこちに貼られている。

 

「およそ30年前の設楽家の強盗事件の捜査に関して、当時の警察官の証言その他諸々……それに協力してくれそうな人たちをリストアップしてきたわ」

「オッケー、それじゃあ作戦を立てようか」

 

 なにせ、物証が実質ゼロの中での勝負になる。

 そうなるとぶっちゃけ、感情を揺さぶって当事者から証言を引き出すしかない。

 それには当時の事を出来るだけ詳細に知る必要がある。

 

 結果、話し合いは夜9時を余裕で超えた。

 帰ってきた奥さんと美和さんが途中で何か言い合ってたけど……これも家族って奴なのかなぁ。

 俺は家族ってのがイマイチ分かってない所あるから……うん、これも参考にしておこう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇4月22日

 

 美和さんからもらった情報や当時捜査に加わっていた警察官達から得た情報を持って、響輔さんと一緒に妃先生の所を訪ねてきた。

 やはり妃先生でも難しいという事だ。その上で取れる作戦はおそらく自分が考えたのと一緒だろう。

 

 うん、響輔さんを連れてきてよかった。

 なにせ今日は香田さんが俺を尾行していたからな。

 それが羽賀響輔というドラマのサントラなんかでバンバン売れている天才作曲家を伴って弁護士の事務所――それも無敗のクイーン、妃英理の経営する妃法律事務所を訪れたんなら、きっと食いついてくれる。

 

 日売新聞が動いたらもう一手仕掛ける。

 動かない場合はこっちから火を付けて回るか。

 

 

 

〇4月23日

 

 恩田さんの提案で、本格的に火を付ける前に蓮希(はすき)ちゃんをこちらに引き込むことにした。

 現状のまま単純にスキャンダルの火攻めをしても意固地になって、設楽家にダンマリを決め込まれる可能性が高いというのが恩田さんの見解だ。

 名家というものは家名を気にするものだとか。

 

 逆に言えば、家が残せる要素があれば多少割り込む余地が出来る。

 だからあの家で30年前の事件に関係がなく、響輔さんと仲が良い設楽家ご令嬢の蓮希ちゃんと共に30年前の真実を探るという形を作るべきだと。

 

 マジでこういう時の恩田さんは滅茶苦茶頼りになる。

 すでに日売新聞の他に、真君と手分けして週刊誌に昨日の一件を各社匿名でリークしている。

 火が付くのもすぐだろう。急がなければ。

 

 

 

〇4月24日

 

 響輔さんが、一年前の転落事故――設楽詠美(えいみ)さんが亡くなった理由についての全てを蓮希さんに話した。

 自分の家族が、尊敬している叔父の父親を見殺しにしてストラディバリウスを奪ったかもしれないという事を聞かされ多大なショックを受けたようだが、真実を知るための協力を約束してくれた。

 

 当時の強盗事件のおかしい点は全て整理してある。

 こっから先は推理とか捜査じゃなくて情報戦になる。

 

 ある意味で推理とか捜査以上の俺らの専門分野だ。特に恩田さん。

 弟子の京極君はもちろん、補佐に瑛祐君とリシさんを付けよう。

 

 今回は様々な会社や部下を動かすことになる。特に瑛祐君にはいい経験になるハズだ。

 

 

 

〇4月26日

 

 よしよし、いい感じに設楽家が燃え上がっている。

 テレビも新聞も三十年前の事件を取り上げて事態に薪をくべまくってくれている。

 いいぞいいぞジャンジャン燃えろ。

 

 なにせ世界的な音楽一家だからな、海外のメディアにも飛び火しまくってる。

 

 恩田さん曰く、三十年前と言う少々現実感がないほどの過去に起こった名家の事件。

 しかも、テレビなどで出てくることが多い名器ストラディバリウスを巡るスキャンダルにミーハーな人なら高い確率で知られている天才作曲家が被害者の遺児ともなれば燃やしやすいということらしい。

 

 いやぁ恩田さんマジでやってくれるなぁ。

 今回の一件、なんと作戦の大筋を京極君と瑛祐君に決めさせているらしい。

 真実を暴き、正義を貫く――という名目をチラつかせながら、メディアの使い方を勉強させるつもりのようだ。

 

 個人的に注目したのは、メディアの嵐に慣れていない蓮希ちゃんへのフォローを忘れていない所だな。

 どっちが発案したかは分からないけどこれは上手い。

 一番ボロが出やすい所を押さえるのは基本中の基本中だけど、それをキチンと行えるというのは大事な事だ。

 

 

 

〇4月30日

 

 俺や恩田さん達の予想通り、設楽家から裏切り者が出た。

 だよねだよね、ぶっ叩かれまくったら少しでも扱いのいい方になりたいよね。

 うんうん、分かる分かる。疑惑がまさしく事実だったら尚更そうだよね楽になりたいよね。

 

 それ狙ってたからすっごく分かる。分かるよー。

 

 メディアの前で突然全てを認めて喋ってくれたのは当主の調一朗氏の妻の絢音(あやね)さんと、その息子の降人(ふると)さん――蓮希ちゃんのお父さんだ。

 蓮希ちゃんから用心深い性格だと聞かされていたから、降人さんまでくっついてきたのは予想外だったけどまぁヨシ。

 

 というか、こっちにとってはいい展開だ。

 絢音さんは心が弱そうだからその内折れてくれると思っていたが、だからこそ彼女の証言がどこまで信用されるかという点を瑛祐君と京極君は問題視していた。

 

 それを解決するために瑛祐君達がどういう手を打つか楽しみだったのだが、息子さんまで来たのなら材料は全部揃ったと言っていい。

 少々残念だけど、これで王手だ。

 もうちょっと瑛祐君と京極君のコンビの手並み見たかったなぁ。

 

 世論も、まさかの報道カメラの前でのゲリラ懺悔に加えて、響輔さんの本当は復讐(殺人)を行うつもりだったというセンセーショナルな告白で湧きに湧いている。

 怒りを堪えて踏みとどまり、ウチに相談に来たというのが大衆のツボを突いたらしい。

 

 自首しようとしたことも、死亡事故のきっかけを作ったとはいえやったことは三十年前の事を問い掛けただけ。

 

 妃さんも、響輔さんへのストラディバリウス返却命令はおそらく出せるという確信を得たようだ。

 勝ったな。

 

 

 

〇5月2日

 

 やはり裁判を挟むことになるが、状況は有利に進んでいる。

 降人さんに続いて、三男の弦三朗氏も30年前の事をゲロった。

 当主の調一朗氏もこれで追い詰められただろう。

 

 響輔さんから頭を下げられた上に、今度ウチが楽曲を必要とする際には必ず協力すると言ってくれた。

 ……これガチで芸能事務所設立へと追いやられている気がしてきた。

 今回の一件で羽賀響輔が実質ウチの傘下に入ったという噂が凄い勢いで広がっている。

 

 分かってる分かってる、これ香田さんの仕込みだよね?

 

 今でこそ芸能スポーツ部だけどさっさと社会部に戻りたい。

 それにはスクープや特ダネが欲しいけど、すでに根っこが張られている場所ばっか。

 

 だったら、実現するかどうかはともかくウチにそういう噂を大々的に流しておけば、自分が張っている浅見探偵事務所の周りに、芸能絡みの話が集まりやすくなる。

 

 それだけで自分が美味しい所を持っていきやすくなるし、これで本当に俺が芸能事務所を立ち上げれば、今までになかった飯の種の中心に自分が身を置ける。

 

 いいねぇ、香田さん。すごく好みだ。

 さすがに勧誘は難しいだろうけど、こちらのボーダーラインを遠回しに伝えながら関係構築を続けていこう。

 

 ボーダーラインを理解してくれる報道の人間が側にいてくれるとすごく助かる。

 とりあえず一回飯に誘ってみようかな。

 

 

 

〇5月4日

 

 気晴らしになるかと思って、クリスさんを連れてほぼ完成した夏美さんの洋菓子店のプレオープン――の更に前日にちょっとお邪魔してきた。

 

 夏美さんに真悠子(まゆこ)さんも久々に会うなぁ。

 そして夏美さんは、こう……俺を小学生かそれ以下と思ってるんじゃなかろうか。

 紅子とは違う、なんかこう本気で頭を撫でられた。

 マジでやんちゃな弟扱いしてるなぁ。

 

 そして肝心の店舗だけど、お菓子は美味いしお茶も美味いし、真悠子さんが揃えたスタッフも教育されてるし士気も高い。

 

 メディアでの紹介もすでに仕込んであるし完璧だ。

 真悠子さんが俺を刺す原因になったあのクソ野郎の店にだって負けていない。

 

 ……いや、そもそもアイツはもう落ち目に入ってるんだけどな。

 ここに来て真悠子さんの所に復縁を迫りだしたとか……念のために真悠子さんに警護を付けておくか。

 このタイミングで真悠子さんが襲われたら目も当てられない。

 真悠子さんは、うちの小売り関連のプロジェクトメーカーなんだから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 宮野志保こと灰原哀は、割と阿笠邸に顔を出すことが多い。

 家主の阿笠博士が浅見探偵事務所の装備開発の第一人者であり、そのため用事がある事が多いというのもあるが、子供たちのたまり場になりやすいのも原因の一つだろう。

 

「工藤君、最近よくノートと睨み合ってるわね」

「ん? あぁ、浅見が関わった事件をまとめててな」

「……まとめ?」

 

 工藤新一――江戸川コナンが座っている隣の椅子に腰をかけ、灰原がコナンの手元を覗くと、分かりやすく彼が関わった事件が人間関係の相関図や、必要ならば間取り図なども書かれている。

 これだけで、江戸川コナンがどれだけ真摯に浅見透が関わった事件を調べたのかよく分かる。

 

「父さんに言われて気が付いたんだけどさ」

「ええ」

「俺、浅見の事……なんにも知らないままだった」

「それはそうでしょ、知り合ってまだ……えぇ、数か月程度しか時間が経ってないでしょ?」

 

 その言葉に灰原は、一瞬頭痛を覚えるがそれを顔に出さずに微笑んで見せる。

 

「あぁ、だけど……思えばアイツとじっくり話したことなくてさ」

 

 ボールペンの乾ききっていないインクで、コナンの右手はノートとの接触面がだいぶ黒くなっている。

 それを気にせず、コナンは話を聞いたメモと思わしき手帳を時折読みながらなにやら書き込んでいく。

 

「それで見つけた共通の話題が事件? 貴方ねぇ……」

「仕方ねーだろ。実際、アイツと出会ったのも事件だったし、その後関わるきっかけになったのも事件だったし」

「……あの人どんな話題でも乗ってくるわよ」

 

 灰原は、浅見透が用意してくれたラボでの恒例になりつつあるお茶の時間が、他愛もない話題から自分の薬学や簡単な医学講座まで大体乗ってくる話し上手っぷりを思い出す。

 唯一口が重くなるのは、事件の概要以上に踏み込んだ被・加害者のプライバシーに関する時くらいだ。

 

「いや、そうなんだけどさ……」

「……あぁ、貴方に話題がないのね?」

 

 まるで夕食時の話題探しに困る父親みたいに困っている江戸川コナンに、灰原は軽いため息を吐く。

 

「貴方、自分のガールフレンドには彼女が大して興味がないホームズの話をまくしたててそうなのに」

「まくしたてるってなんだよ!?」

「違うの?」

「ちげぇ……っ……いや……うんまぁ」

 

 だんだんと自信を失くしていく推理オタクに、灰原は「ほうら見なさい」とばかりにどこか勝ち誇った顔で見ている。

 というか見下していた。

 もしこの見下している相手が浅見だったら、今頃マウント拘束されてくすぐり倒されているだろう。

 

「んんっ! とにかくそういうわけで、こうしてアイツが関わった事件を軽く纏めてみてるんだ」

「ふーん。ま、理解はしたわ」

 

 灰原は、彼のランドセルの中に目をやる。

 そこには、自分も同じものを持っている教科書やノートとは別に、中身がぎっしり詰まった書類袋のようなものが入っている。

 

「? ねぇ、ランドセルの中のものは?」

「あぁ、そっちは父さんが書いてみろって言ってたやつ」

「お父さん? 作家の?」

「あぁ、事件の話を聞いてるって話したら面白がってさ。いっそエッセイ風の物語(・・)としてまとめてみたらどうだなんて言われたんだよ……。当然漏れてもいいように脚色というか、分からないように書き換えているけどさ」

 

 ここでコナンが彼女の方を向いていれば、気付いただろう。

 彼女の顔が、突然色を失くしたことに。

 

「ちょっと読ませてもらってもいい?」

「? あぁ、いいけど……素人が書いたものだから退屈だぞ? 父さんにもすげぇ添削されてんだから」

「えぇ……」

 

 そして、そこにあったのは確かに物語だ。

 物語にして記憶。物語にして記録だ。

 

 コナンという男が(・・・・・・・・)物語る(・・・)、ある名探偵の記録だ(・・・・・・・・・)

 

 未だペンを走らせているコナンに、灰原は反射的に手を伸ばそうとし――

 

 

 その伸ばした手で何をするのか思いつかず、そっと自分の胸の前へと戻したのだった。

 

 



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154:事件解決に必要な物? まず武力

「頼む、浅見さん! どうか、母さんの無念を晴らしてほしい! アンタなら出来るだろう!?」

 

 王道大学や愁思郎(しゅうしろう)、並びに設楽家の事件を通して過去の事件を解決してほしいという依頼がすげぇ勢いで舞い込んできてあばばばばばば。

 

 勘弁してくれ、こういうのって冤罪の可能性だって出てくるからめっちゃくちゃ神経使う仕事なんだよ!

 ダラダラしたい……。

 仕事は全部恩田さんとか安室さんに放り投げて、キャメルさんにボート出してもらって子供達と一緒にのんびり釣りして桜子ちゃんに料理してもらって七槻とかふなちいじり倒して一日中だらだらしていたい……。

 

 カリオストロにもヴェスパニアにも東欧にもカゲの管理の下で俺の別荘出来たし、もうどこかに引きこもりてぇ。

 

「落ち着いてください藍川(あいかわ)さん、とりあえず顔を上げて」

 

 今回の依頼人は藍川(あいかわ)冬矢(とうや)さん。

 めっちゃ有名なロックシンガーである。ぶっちゃけテレビの仕事で何回か一緒にしたことあるわ。

 最後まで逃げ切ったら100万円鬼ごっことか、一昨年の正月特番とかで。

 

「すまん、もう顧客相手の口調じゃなくなっちゃうけど……貴方、確か明日から全国ツアーだったろう? ここに来てて大丈夫なのか?」

 

 青子ちゃんみたく、有名人が突然事務所に来るパターンを考えて受け入れ体制を変えようとしていた所にこれだ。

 ホントもうマジかよ……。

 これ絶対まぁたマスコミに騒がれるぞ。

 

 やっぱ芸能人専用の窓口設けるか。

 

「準備はマネージャーにすべて任せてある。用事が終われば、俺もすぐ空港にいくさ」

「なるほどねぇ」

 

 よっぽど慌ててきたのかぁ。

 まぁ、内容を考えると慌てて当然か。

 

 改めて、問題のブツに目を通す。

 念のために証拠保存用の袋の中にいれた、藍川さんのお母さん――ひき逃げ事件を起こした後に自殺したという事になっているお母さんからの、真実を記した手紙だった。

 

 ひき逃げしたのは違う人間で、その人間に自分は殺されるだろうという内容の。

 

蘇芳(すおう)紅子(べにこ)か」

 

 そこに挙げられている名前は、こっちもよく知っている名だ。

 

 名前が被っているとウチの魔女がお怒りの相手――のついでに、とある疑惑で今キャメルさんと遠野さんが金の流れを調査している相手だ。

 

 元歌手にして現在は紅プロモーションという芸能プロダクション会社を運営している女だ。

 表向きは交通事故救済チャリティーなどを行い、真っ当な顔をしているが……。

 

(洒落にならん割合の金を着服してる疑いが高いんだよなぁ。それを含めると、この手紙が嘘じゃない可能性もそこそこあるんだが……)

 

 そのお零れを頂戴していると思われる秘書の方を、安室さんと瑞紀ちゃんのペアが当たっている。 

 

(……どうする? 一応手書きのしっかりした証拠というか……証言書があるんだ。とりあえず、これを藍川さんから受け取ったという証明を残しておくべきだな)

 

「藍川さん、とりあえずこの手紙をこっちで保管させてほしい。その上で、藍川さんがこの手紙に関しての調査を我々に依頼したという書類を用意するからサインをお願いします。……そうだな、あと念のためにフィルムで、その手紙を持っている写真を撮らせてください」

「随分と念入りだな……」

「ここ最近ニュースになってる設楽家の場合は、証言以外に証拠がなかったからああいう攻め方をした訳ですけど、今回は一応物証が残っていますからね。これを基点に責めるならこれが確かな物であるという証拠は出来るだけ残しておきたいんです」

 

 いやホント。

 なんだかんだで、やっぱ一部じゃ俺の陰謀論が出ているからなぁ。

 

 今は恩田さんが対策を練っている。

 ……やっぱ広報要員いるな。

 今回の一件にケリが付いたら、しばらくはまた組織の再編に努めよう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇5月10日

 

 想像の斜め上を行くスピード解決で驚いている。こういうのありなの?

 事態はあっさり解決した。

 なんと蘇芳紅子、並びに秘書の稲葉和代による藍川冬矢さんの毒殺未遂というウルトラCである。

 

 正気かコイツら。

 

 瀬戸さんが気付いて介入したおかげでなんとか未遂で済んだし、たまたま同行していた白鳥刑事によって現行犯逮捕された。

 

 いや、まぁ……正直分からんでもない。

 ようするにコイツら、自分の成功体験を繰り返そうとしたんだ。

 藍川さんのお母さんに自分のひき逃げの罪を着せた時のように。

 

 まだ取り調べが続いているが、どうやら藍川さんがウチに来た事で自分たちの過去に気付かれたんじゃないかと恐れたようだ。

 うん、実際その通りだから合ってるっちゃ合ってるんだが……。

 

 ならば、余計なことをしないうちにノイローゼによる服毒自殺を演出して口封じをしよう……ということだったそうな。

 

 その場合こっちは例の手紙と依頼書やらを持ち出し、全力で藍川さんの敵討ちとして叩き潰してただろうな。

 

 で、今の問題なんだが……紅プロモーションの所属タレントの扱いで死ぬほど困っている。

 ホントに、死ぬほど困っている。

 

 再編を急ぎたいのに、マジで芸能もやんなきゃダメ?

 こういう時は鈴木に放り込むべきだと思ったら、朋子さんからNOを叩きつけられた。

 ちくしょうめが!

 

 

 

〇5月11日

 

 例によって例のごとく、取り込むことになった。

 マジか。

 マジかぁ……。

 

 園子ちゃんは呑気に藍川冬矢と会わせてくれってうるさいが……ノウハウどころか運営手段がさっぱり分からん芸能関係とかどう扱えばいいんだ。

 正直もうお腹いっぱいなんだよ。

 

 とにかく俺の下に来てくれた以上、仕事を与えなきゃいけない。

 今こっちが運営している会社の新商品やサービス、その他諸々のCMなんかの仕事振っておこう。

 

 変な話、殺人未遂だけならまだどうにかなったんだが……裏金関連がエグすぎてヤバい事になっている。

 どんだけ強欲なんだあの婆さん。

 

 安室さんからしても腹立たしい連中だったのか、警察への捜査協力にすごく積極的だ。

 ……まぁ、金額が金額だしね。

 キャメルさんがドン引くレベルってやべーよね。

 

 しかもその使い道が、あの訳わからん無駄に金のかかる屋敷にクソ高い呪いの仮面コレクション。

 馬鹿か。馬鹿なのか。

 というか自殺志願者にしか見えん。

 

 これ、俺知らず知らずのうちにあの婆さんの命救ったんじゃなかろうか。

 命じゃないけど、藍川さんも。

 

 

 

〇5月15日

 

 テレビや雑誌で滅茶苦茶有名なタロット占い師の長良(ながら)ハルカがウチの所属になった。

 いや、まだプロモーション会社開いてすらないんだけど。

 

 ただ、紅子の一押しなら受けざるを得ない。

 紅子曰く、必ず役に立つという事だ。

 アイツがそう断言するなら、どんだけ難題でもやるしかねぇ。

 今回は別に無理ってわけじゃないけどさ。

 

 それに実際、紅子の言う通りちょっとすごい事になってる。

 

 昨日彼女と直接会って受け入れる話をしたら、今日になって彼女の顧客である色んな会社の取締役やらお偉いさんから挨拶が飛んできた。

 どれもこれも、確かにこっちにとって仲良くしておきたい人たちばっかりだ。

 

 にしても紅子と長良さん、やはり魔女と占い師ということで気が合うな。

 快斗君も間に入って楽しくお茶をしている。

 

 ……青子ちゃんもあの中に入っていいと思うんだけど、なぜ遠慮しているのか。

 

 なお、俺が入っていこうとしたらふなちにバインダーで頭フルスイングされた。

 殺されても文句が言えないくらい無粋な真似だったらしい。

 すまぬ。

 

 

 

〇5月18日

 

 ちょうどいい人材がいたので、プロモ会社の社長を任せることにした。

 まぁ、羽根木(はねき)さんなんだけどね。羽根木りょう。女優の。

 前に女優飲み会に参加してた人だ。

 

 元々独立を考えていたのは知っていたし、ちょうどいいから頼むことにした。

 そしたら彼女と仲が悪いハズの沢崎レイナが来たのは笑う。

 めっちゃ仲良いんだよなあの二人。

 

 この人、ちょっと越水に声似てるんだよなぁ。

 もっとも猫アレルギー持ちだから、俺が会う時はすげぇ気を遣うんだけど。

 

 ともあれ、マジで人員揃ってしまった。

 作曲家の羽賀響輔がいる。

 騒動で落ち目の設楽家唯一の希望の蓮希ちゃんがいる。

 ロック歌手の藍川さんがいて、女優もいる。

 トークも出来る占い師がいる。

 

 それを見て、こっちへの移籍希望を一気に出して来た元紅プロ所属の歌手や俳優たち。

 

 …………。

 

 うん、これもう駄目だわ。逃げられんわ。

 芸能プロってトラブル多そうだからなんとか鈴木に押し付けたかったけど、どうしようもねぇ。

 背負うかぁ。

 

 

 

〇5月20日

 

 香田さんが滅茶苦茶上機嫌だ。

 どんだけ上機嫌かって俺と飲む時はいつも隙は出さない香田さんがベロンベロンに酔ってる。

 よっぽど最近のウチの周りの記事が評価されたと見る。

 

 一方でこっち――つまり探偵事務所としての仕事は、相変わらず裏組織との対決ばかりだ。

 かなりの数の詐欺組織やら密輸ルートを潰して、海外とのルートも断つことに少しずつ成功している。

 

 報復目的にウチの家や会社――特に越水の会社を狙っていたが、公安の協力も得て返り討ちというか直前で抑えることに成功している。

 

 カゲや山猫隊も少しづつ増員をしているので、その新人の訓練にちょうどよかった。

 経験を積んで信頼できる人間が増えたら、そっちも防諜に回していこう。

 

 なにせ味方は増えているけど敵も増えている。

 

 まぁ、味方なのに敵でもあるという鈴木ほど厄介な所はそうそうないけどさ。

 枡山さんとか組織みたいな犯罪組織とは違う意味で厄介すぎる。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「所長、報告は以上だ。すぐに報告書の作成に入る」

「ん、よろしく……。にしてもまぁ」

 

 また一つ事件を解決して、安室さんが帰ってきた。

 それ以外にも解決事項がまぁたっくさんある。

 

 良いニュースであるのは間違いない。

 ちょっと前ならそもそも他の雑務に追われて解決まで時間がかかることが多かったから、いい事ではあるんだが……。

 

「殺人事件に強盗、空き巣、誘拐とまぁ……」

「加えて詐欺案件が多いからね。いやはや、うちが頼りにされるのは……会社としてはいい事なんだけどね」

「だよねぇ」

 

 今日の安室さんの仕事は例によって詐欺組織の確保だ。……正確には、だった。

 詐欺グループのメンバーを見つけ出し、その中心人物の金の流れを洗ったら薬物や武器の密輸入の計画を発見。ちょうど今日が取引の日だったので公安警察には事後承諾を取る形でカゲと山猫を率いた安室さんが制圧。後で合流した公安の風見さん達に任せて戻ってきた所のようだ。

 

「最初は、なぜあの老人が泥参会を潰したのかよく分らなかったが……これが目的だったのか」

「正確には、目的の一つってところだろうけど」

 

 積み上げられた今日一日の報告書――一応もうほとんど目を通してサインをしているけどいやはや。

 

「事実上泥参会は無くなった。その代わりに制限なんてない中規模犯罪グループが多数組織されつつある」

「盗賊団なんかも関係あるだろうねぇ。盗んだものを流すにはルートが必要だ。最近一般大衆に定着してきたインターネットも、地下ルートの構築に一枚噛んでいる」

 

 マジで強盗組織が多すぎるんだよ、この国。

 捕まえても捕まえても捕まえても捕まえても捕まえても捕まえても捕まえても。

 ポコポコポコポコポコポコポコポコ湧いてくる。

 

 どうなってるんだアイツら。

 そしてたまにその中に爆弾使う奴らが出てくる。

 

 本当にもう……。

 

「そういや、『源氏蛍(げんじぼたる)』は? 昔の被害者からウチに盗難品の捜索依頼来てたよね?」

「そっちはマリーさんが当たってます。……一応、盗品そのものは裏ルートに流れていたのを発見して回収を出来そうだということですが、源氏蛍のメンバーに関してはまだ……」

「捕捉できないっていうのは予想外だったなぁ。安室さんから見ても手練れ?」

「警察の資料を見る限りはそうですが……。なにより最近動きがないですからね」

「きっかけが必要か」

 

 理想としては防犯に力を入れてなにもさせない事なんだけどなぁ。

 

「やっぱ警察――交番とは別口の駆け込み寺が必要だな。警察組織との連携を前提にした相談所」

「大丈夫か? その、考えていることは分かるが、そういう施設や人員はコストがかかるぞ」

「コストだけならまぁ……」

 

 資源としても資金としても、本格的にロマノフの財宝を使えるようになってきた。

 生産拠点として東欧の開発も進んでるし販路開拓も進んでいる。

 

「……安室さん、ついでにだけど」

「断る」

「……だめ?」

「俺がタレントなんて務まるわけないだろう。部長職で精一杯さ」

「ま、そうだよねぇ」

 

 一応俺と一緒にテレビに出る事はそこそこある安室さんだけど、タレント兼業はやっぱキツいか。

 周りからえらい突かれてるんだけど、本人からそう言ってもらえれば断れるか。

 

「実際、正式にプロダクション会社稼働までもう少しだがどうなんだ?」

「最初は自前の広告塔として使えればいいかなと思ったけど……思った以上に仕事の依頼が来てるみたい。羽根木さん、ノリノリだったよ」

 

 割と安室さんも彼女の事は気に入っているのか、今度三人で飯を食おうと言っている面子である。

 まぁ、ちょっとキツい所あるけど自分が関わった芸能関係者の中ではすごい裏がない人だからなぁ。

 

「まぁ、真面目に安室さん、今度一回警備も兼ねて芸能の仕事手伝ってほしいんだけどさ」

「警備?」

「響輔さんと蓮希ちゃんのヴァイオリンライブ。生放送で」

「ああ……そういうことか」

 

 設楽家の名誉を多少なりとも回復させなきゃならんだろう。

 攻めた結果、向こうは降伏した。

 当主の爺さんは未だに戯言を抜かしているようだが、実質ストラディバリウスの返却は決まったようなものだ。

 

 現に次期当主の振人(ふると)さんは、全てを認めて罪を償うと宣言している。

 身の振り方を決めるのが凄い早いが、逆によっぽどの事がなければ変な真似はしないだろう。

 

「アフターフォローか……マメだな」

「事件を解決して新しい事件の火種になっちゃ困るでしょ」

「確かにな」

 

 少しずつでも火種を消していかなきゃこの事務所の意味がない。

 不倫とか浮気とか、どうあがいても火種にしかならん調査案件もあるわけだけど……。

 

「芸能が絡むとなると、これまでとは別口の闇に触らざるを得なくなる。なら、綺麗に出来る所は今の内に綺麗にしておくべきだと思ったんだ」

「同意見だ。ただ、それだと場合によっては他社との協力や連携が難しくなるんじゃないか?」

「流れに乗ろうとするとそうなると思う。それが嫌なら、こっちで流れを作るしかないんよなぁ」

 

 やるからには仕方なし、資金ぶち込んでデカくしていくしかない。

 怜奈さん以外にメディアへの太いパイプをいくつか作っておくのも今思えば大事だわ。

 

 加えて芸能界の中にこっちの協力者というか内偵調査員紛れ込ませておきたいから、そこらへんを安室さんと詰めていこうとしていたら、所長室のドアがノックされた。

 

「穂奈美さん? どうしたの?」

「申し訳ありません、越水社長より緊急の案件が」

 

 ……。

 いやーな予感。

 

「東都銀行米花支店にて銀行強盗が発生。銃火器で武装した一団により襲撃され、現在立て籠もっている模様」

「警察は?」

「すでに包囲しています」

 

 包囲しちゃったか……。

 面倒なパターン来たな。

 

「従業員、並びに来店していたお客様が人質に取られていますが、その内一名が妊婦とのことです。犯行グループに拘束されていますが、ストレスのためか何らかの異変が起こり、現在意識障害に陥ったことが確認されています」

 

 安室さんがすでに携帯で全所員に召集を掛けている。

 というか、多分現場に直行させているんだろう。

 七槻がわざわざ俺らに情報流してるとなると、もう状況は最悪なんだろう。

 

「警察は人質交渉を始めちゃってる?」

「はい、ですが犯行グループは彼女が一番効果的な人質だと思ったようです」

 

 うん、だと思ったよ。

 七槻の事だから、もうウチの医療チームは待機させているハズか。

 

「安室さん、初穂を最優先で現場に向かわせて」

 

 電話をしている最中にあれだが、小さい声で頼むと即座に頷いてくれた。

 よし、あとは一刻も早く現場を押さえるだけ。

 

 自分達らしい、いつもの仕事だ。

 

「最速で制圧する。穂奈美さん、怜奈さんのルートを通じてメディアを押さえて」

 

 最近色々やかましいし、表には出ないまま事態を解決しよう。そうしよう。

 

「完全に俺らの勢力圏であからさまに武器振り回すとか……」

 

 天井裏に潜んでいるだろうメアリーにサインを送る。

 カゲと共に急行してくれるハズだ。

 

「行きましょう、安室さん。探偵がいかに恐ろしい職業か、連中に味わわせてやりましょう」

 

 …………。

 

 安室さん?

 

 頷いてくれたのはいいんですけど、なんでその前に首をかしげるワンクッション入れたんです?




《rikkaの気まぐれおさらいコラム》

『ボディガード毛利小五郎』
アニメオリジナル:794話

 小五郎のおっちゃんが大活躍する回として記憶に残っている識者も多いのではないかというエピソード。
 これ、実はコナンがあまり関与していないんですよね。
 麻酔銃もそうですけど、おっちゃんが見落としも一切なく自力で答えにたどり着いている珍しい回。

 この回に出てくる二人の大女優が『羽根木りょう』と『沢崎レイナ』です。
 あれです、典型的な仲良く喧嘩するタイプのコンビ。

 本作では浅見のバックアップで会社を作っていますが、原作では彼女は自力で独立後にプロダクションを設立。 
 そしてそこの一号女優になる沢崎レイナ。仲良すぎだろ君達。

 なお、沢崎レイナは猫アレルギー持ち。

 そして調べてたら、羽根木りょうは野菜ジュース作りが趣味とある。
 ……そんなこと言ってたっけか……ちょっと見直そう。



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155:最重要危険人物と書いて「あさみ」と読む

「うーーーーーーーん…………」

「世良さん、あまり根を詰めても仕方ないですよ。一息入れましょう」

「そうは言うけどさぁ、安室さん……」

 

 法務省並びに財務省に警察から提供してもらった密輸や密航、その他もろもろのデータと自分のデスクでにらめっこしている世良真純と、彼女に休息を促す調査部部長・安室透の姿があった。

 

「昨日安室さん達がこっそり解決した銀行強盗もそうだけど、麻薬の密輸が減った代わりに銃火器やそのパーツの密輸が馬鹿みたいに増えてる。……急にだよ? 複数が関わってる可能性はあるけど、あの爺さんが関わっているならなにか癖というか……あると思うんだよ。方向性が」

 

 資料を見て気が付いたことや思いついたことをメモ帳にとにかく書き出している真純の作業を、安室は微笑ましい目で見ていた。

 

「件数が増えすぎて警察の手が回らなくなってる。聞いた安室さん? 杯戸署の方なんて、ここ最近署も交番もガラ空きらしいよ? とにかく現場が多すぎてさ」

「本当かい?」

「ほら、三池さん。ボスの家政婦さんの友達っていう婦警さんと昨日会ってさ、ちょっと話していたんだ」

「あぁ、杯戸署の……なるほど」

 

 真純も行き詰っていることには気づいているのか、内線でメイドにコーヒーと軽食を注文してから、頭の後ろで腕を組んで「んーーーーーーっ!!」と伸びをする。

 

「そういえば安室さん、昨日の出動ってどういう流れだったの?」

「あぁ、人質になってた妊婦さんの旦那さんからの通報……通報って言っていいのかな。まぁ、依頼が越水さんの所に来てそれからウチに……って感じだね」

「警察じゃなくて探偵事務所――っていうか、民間企業の方に来るとはねぇ」

「時間がない状況というのもあったんだろうけど……君が聞いた通り、警察の手が足りなくなってきているってことだろうね」

「それで無茶な依頼がこっちに回されるのかぁ」

「設立当初からストーカーやDV被害者がこっちに駆け込む事は多かった。ちょっと物騒な顛末もあったから……まぁ、そこらの実績を買われて……って所かな」

「うっへぇ。昨日の強盗もそうだけど、三日前のストーカーですら銃持ってたから危ないんだよなぁ」

 

 ちょうどメイドが運んできた熱いコーヒーを少し啜りながら、真純は自分の脇腹の辺りをポンッと叩く。

 

「病院の検査で問題ないのは診断書で知っているけど、念のためしばらくは養生しておくんだね」

「了解了解」

 

 実際撃たれたその箇所――紅子の件があってさらに強化されたジャケットのおかげで傷一つないその部位をポンッと叩いて笑って見せる真純に、安室は苦笑を見せる。

 

「それと、所長からも説明はあっただろうから分かってると思うけど――」

「カウンセリングだろう? 分かってる分かってる、受けてくるよ。先生はボスの選んだ人だし、信用はしてるさ」

 

 どうしてもここ最近は銃が関わる犯罪が増えている。

 警察官の中にも殉職した人間はやはりおり、そうでなくても関わった人間が銃を向けられた際の死の恐怖を忘れられずに退職してしまうケースが全国で増えている。

 

 それを受けて、探偵事務所や調査会社のほうでも、それぞれ緊急事態に出くわした人間はカウンセリングを義務付けるようになった。

 

 なお、所長である浅見は検診もカウンセリングも膨大な量を取られている。

 

「これ以上銃が出回ったら、本当に僕らが表に出なきゃ治安維持が回らなくなっちゃうよ」

「……まだ高校生の君に、そんなことを考えさせなきゃいけないのはなんというか……すまない、我々の力不足だな」

「我々って……僕らは仲間じゃないか」

 

 その言葉に安室は小さく目を見開く。

 

「……そうか。うん、そうだね」

 

 安室は疲れたようにため息を吐く。

 

「世良さん、一息ついたら向こうから提供されたデータと我々が関わった事件の資料を会議用にまとめておいてくれ。今度の月末会議の議題にする……というか、どっちにせよなるだろうしね」

「となると、簡単にまとめたパワポ用とは別に、詳細まとめた配布資料を人数分用意すればいいかな?」

「できれば明後日までに頼む。こっちで一度チェックするよ」

「了解だよ、安室部長(・・)

 

 サンドイッチと添え物のフライドポテトを勢いよくパクついてコーヒーで流し込んでから、改めて自分のデスクに向かう真純を満足そうな顔で少しの間見守った安室は、自分のデスクについて作業を始める。

 

 自分を上司として慕い、仕事で十全に応えようとしてくれる部下が一人でもいてくれるのならやる気が出るのが安室透――浅見探偵事務所調査部部長としての習性だった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇6月2日

 

 相変わらず忙しい日々である。

 税関やら入管から回してもらったデータから、ここ最近の密輸対策を練り直すことになった。

 というよりは、行政側へのアドバイザー兼予備人員の貸し出しという所か。

 もとは犯罪国家だったということで大々的に言えなかったが、ウチのカゲのノウハウで使えそうなものは取り入れたいらしい。

 

 こちらとしても日本政府のセクションとのパイプは喉から手が出るほど欲しかったので助かる。

 

 病院船の方は、より調整した二番艦が主力になりそうだ。

 先日艤装を終えた一番艦は、さっそく離島や寂れた港町などを周回する処女航海を行ったのだが問題点がいくつか見つかった。

 問題点から各船員からのヒアリングで気になった部分を全部リストアップして、美波子さんに送ってある。

 

 ヘリの方も、ウチの関連会社でライセンス取って生産してる機体二機のうち片方を阿笠博士と小沼博士のコンビがあれこれいじくりまわしている。

 

 とんでもない魔改造機になるのちょっと怖いけど、まぁなんとかなるだろう。

 いざってときは多分爆発したり墜落したりしてワンシーン飾る役になるんだろうから、そうなりそうな時は俺が乗るようにしておかなくちゃ……。

 

 

 

〇6月5日

 

 どうも、雑な殺し屋もどきが大量発生しているようだ。

 いや、まさか蘭ちゃんが殺されかかるとは思わんかった。……人違いで。

 

 しかも本来のターゲットが俺の知り合いでビビった。美佐の奴、相変わらず敵作る性格してるなぁ……。

 わざわざ山梨まで彼氏とキャンプって……しかもそこでも容赦なく喧嘩売るあたりさすがだわ。

 

 前の彼氏と付き合ってる時と変わってねぇ……。

 美佐がいい奴だってのは知ってるけど、ついつい彼氏を試したくなるその面倒くさい性格はなんとかしとけって言っておいただろうに……。

 

 問題はあれだ、殺し屋(仮)の男だ。

 どうも以前に駅のホームで男を突き落として殺害していた所を、美佐の今の彼氏に見られたらしい。馬鹿かな?

 

 しかも自分の犯行を目撃した男から依頼をたった100万で受けて今回の仕事をやったと聞いた時のジョドーの顔が今でも忘れられない。

 あそこまでこう……苦々しいというか忌々しそうな顔は初めて見たよ。

 よっぽどあの男の事気に入らなかったんだろうな。

 

 ついでにその殺害方法が眠らせたままダムの放流先の川に車ごと放置というのを聞いた時の顔は、本当に筆舌に尽くしがたかった。

 

 でも今回だけじゃないんだよなぁ。

 なんか本気で、変な暗殺者もどきが増えている。

 蜘蛛の連中の方がある意味100倍マシかもしれん。

 

 馬鹿な敵って時に有能な敵の何倍も厄介な時があるからなぁ。

 

 

 

〇6月7日

 

 紅子のお付きの子がウチの仕事に加わるようになった。

 それこそ紅子が初めて関わった――あるいは解決した交霊会殺人事件の関係者だ。

 

 紅子曰く、心の弱い子だったから心配だったという事で色々面倒を見ていた所、今では俺よりも二つ年上なのに紅子にすっかり懐いている。

 いやぁ紅子、人前でも紅子様呼びさせるのどうかと思う。

 ……うん、あの時の顔を見る限り、多分言ってもやめてくれないって所だろうけど。

 

 ともあれ、裏方としては確かにいい書類捌きの腕を持っている。

 できるだけペーパーワークは減らしたいんだけど、組織が増えるとどうしてもなぁ。

 

 というか、組織が大きくなってから仕事の量も規模も増えているからホントもう……。

 

 

 

〇6月10日

 

 電話が来た。ルパン三世から。

 

 なんで毎回毎回公安の風見さんがいるときに電話してくるのさ。めっちゃくちゃ焦るだろうが。

 まぁ、今回は悪い話じゃなかったからまぁヨシとしよう。

 

 何年か前に突然行方不明になった世界一の富豪ハワード・ロックウッドが所有していた会社のいくつかの買収依頼だった。

 理由がちょっとよく分らなかったけど、後始末どうこう言ってたからそういうことなのだろう。

 

 正直助かる。ホントに助かる。特に鉄鋼、造船、運輸の三つをある程度抑えられそうなのが本当に助かる。

 

 おかげで自分の拠点になる日本、カリオストロ、東欧の三か所の運営や開発が楽になる。

 

 ただルパンさんや、ちょっとこの会社量は……正気かい?

 

 

 

〇6月15日

 

 怜奈さんが殴りこんできた。いや本当に……びっくりしたな。

 どうしたかと思ったらCIAの諜報対象の最優先ラインに俺が乗ったらしい。マジか。

 

 おかげで俺とのライン維持が自分の主目的になったそうな。

 というか、俺関係の仕事の責任者になったんだとか。

 

 やったじゃん、出世だろう? って聞いたらハンドバッグの紐で首絞められた。

 

 いい機会だし瑛祐君に正体含めて全部話したら? って畳みかけたら股間に膝蹴り食らった。

 

 ごめんて。

 

 とにかく、今後は怜奈さんが今まで以上にこちらとやり取りをすることが多くなる。

 ……例の組織に関する工作でも使えるかもしれんな。

 

 でも一人だけってのもなぁ。

 安室さんとマリーさんをまとめてこっちに引き抜けたらベストなんだけど……。

 

 

 

〇6月17日

 

 ついに俺もスキャンダルを週刊誌にスッパ抜かれた。

 

 俺と怜奈さんに熱愛疑惑だそうだ。

 クッソ笑ってたら怜奈さんに首絞められた。今度は素手で。ゴメンて。

 

 でも俺の後ろで俺以上に爆笑してる安室さんと沖矢さんはよかったんですかね。

 いつもクールな二人が並んで腹抱えて笑うとか超絶レアな光景ですわ。

 怜奈さんスゲー睨んでたけど、それで終わりだもんなぁ。

 

 この間みたいに引っ叩いてもいいのよ?

 俺みたいに。

 

 まぁ、くだらん疑惑で燃えるのも悪くないけど大火になりすぎるのも困る。

 七槻あたりと相談するかぁ。

 

 

 

〇6月18日

 

 なんだかんだで人気女子アナの怜奈さんの人気が下がるとメディア工作がやりづらくなるし、一応手を打ってきた。

 ちょうどこちらで手を打とうとしていた仕事の一つを、怜奈さん経由の相談だったという事にした。正確には、彼女からも相談があったという形で、だが。

 

 そもそもの依頼と言うかタレコミなのだが、東都テレビのとあるプロデューサーの悪質な強要に関する事件だ。

 きっかけは、以前関わった紫條(しじょう)麗華(れいか)に関する事件の時だ。

 

 あの事件で殺害された紫條麗華は、占いにかこつけて得た情報を使ってゆすりを働いていた。

 そのゆすりの片棒を担いでいた可能性があるとされていたのが、その悪質なプロデューサーだ。

 

 で、その証拠というかまさに強要の被害にあっていたテレビ番組の制作会社社員からの告発によって俺達が動くことになっていた。

 

 これを利用させてもらおう。

 まじで向こうの社内でも評判悪い男だったみたいだし、追い落とすのにはちょうどいい。

 

 事件以来紅子と仲のいい、紫條麗華の姪の優華さんも情報提供という形で協力してくれるみたいだし、今度ウチのプロモに参加することになっている女優の緑川くららさんも根回しに協力してくれるそうだ。

 

 ……なんかますますメディア方面への参戦に王手かかった気がしなくもないけど、有益な面もデカいしもうしょうがないか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「貴様、一度この国の……お祓い? でも受けてきたらどうだ?」

「この前神社三か所回ってお祓い受けたら三か所とも俺の番でお祓い棒が裂けたり折れたりして実質お祓い出禁なんですわ」

「……貴方って人は」

 

 おおう、これは不味い。

 メアリーが貴様とかお前とか言わずに貴方って呼んでくるときはマジの時だ。

 この子マジで俺に呆れている。

 

 そんな目をしないでくれメアリー。

 俺だって必死に頑張ってるんだよ。

 

「頑張りすぎよ」

 

 マジか。

 

「水無怜奈から報告というか……殴り込みがあってからカゲも私も正直大忙しだ。裏での接触がとんでもない数になっている」

「……暗殺?」

「いや、ノアズアークを回避するために物理的に裏口を作ろうとしているな。自宅や事務所へ侵入しようとしている。パソコンやサーバーに直接仕掛けを作って情報を抜きたいのだろう」

「押さえてる?」

「当たり前だ」

「念のために定期的に盗聴器その他諸々を警戒してクリーニングしておいて」

「すでにジョドーが計画を立てている」

「ん、ならよし」

 

 この子を勧誘するために使ったセーフハウスの内の一件。俺が彼女と密会する時によく使う民家の一室でグデーっと二人並んでダレている。

 

 うん、その時点で薄々感じていたけどメアリーもちょっとお疲れだねぇ。

 俺の前でそんな姿見せるの初めてじゃん。

 

「……透」

「ん?」

「ノアズアークの一件以来、ちゃんと休めているか?」

「……んんーーーーーー」

「…………」

「多分?」

「あぁ、そこで疑問符がついてしまうレベルか」

 

 まぁねぇ。とはいえ仕方ない。

 

「メディアがあれだけ無神経に連日押しかければ、気が休まる日もないか」

「まぁ、あの人たちもお仕事だからねぇ」

 

 その分こちらに協力してもらうし、余計な事すればどうなるかは近々東都テレビのスキャンダルと共に思い知らされるだろう。

 

「しばらくは鳥羽初穂にすべて任せて休んでいたらどうだ?」

「俺よりもメアリーでしょ。体弱ってるのに無理させててすまん」

「……貴方だってついこの間刺されたばかりじゃない」

「? もう慣れたから大丈夫だよ?」

 

 頭はたかれた。なぜ?

 

「明日くらいにお前はまた刺されてそうだな」

「うーん、まぁ大丈夫じゃない?」

 

 大丈夫大丈夫死なない死なない。

 俺を殺しうるのはもうちょっと本気になった組織の連中か枡山さんくらいのもんだ。

 

「女と会う予定があるなら気をつけろ」

「ん?」

「お前が気に入る女は大体危険人物だ」

「異議を! 異議を申し立てたい!」

「黙れ」

 

 ひどいや! ちょっと情が重かったり環境に押しつぶされそうでこう……脳内でエラーが起こっちゃってついつい殺人に走っちゃいそうになる子が多いだけじゃん!

 

 ちゃんとエラー因子取り除いたらめっちゃいい子になるんだぞ!

 

「それで、今のお前の懸念は?」

「あーー……CIAがちょっと不穏」

「連中か……」

「どうも、身元隠した奴が国内にいるFBIに接触しているっぽいのよ」

「? そんな報告は受けていないが?」

「こっち来る前にカゲの諜報部門がそれっぽいのを掴んで、今ジョドーが裏取り中」

「……違法捜査中のFBIを使い勝手のいい鉄砲玉にするつもりか?」

「捨て駒とも言うね」

 

 まだキャメルさんには伝えていない。

 というか、どう説明すればいいのか……。

 

 そもそもFBIにどうして欲しいのか自分の中で答えが出ていない。

 いやまぁ、そのうち出来るだろう役目がハッキリするまではジッとしていて欲しいってのが本音なんだけど、そういうわけにもいかんだろう。

 

「FBI側となんとか交渉したいんだけど、えらく警戒されていて碌な接触が出来ないんだよなぁ」

「例の英語教師はどうだ? 毛利蘭や鈴木園子とも近いから接触しやすいだろう?」

「なぜか一番俺を警戒しておりまして……ハイ」

「……美人だったろう?」

「うん」

「お前の好みか?」

「……うーーーーん?」

「なるほど、大体わかった。ならば仕方あるまい」

 

 どういうこっちゃ。

 

「多少なりとも頭が回るマトモな女ならば、不用意にお前に近づこうとはせん」

「おいこら」

 

 抗議しようと立ち上がった瞬間、足掬われてベッドの上に放り投げられた。

 痛……くはないな。気を遣ってくれたのか?

 

「横になったままでいい。これからお前はどう動くつもりだ?」

 

 ……マジでこれ気を遣ってくれてるっぽいな。

 メアリーの目から見ても疲れが溜まってたか。

 

「組織というか俺個人?」

「組織の方が再編でしばらく大きな動きが取れんだろう、たった二週間(・・・)の間に多数の巨大企業を取りまとめる事になったんだ」

「まぁねぇ……。とりあえず、しばらくはカリオストロで動くつもり」

「カリオストロ?」

「今の俺の最大の弱点は、女王陛下だ」

 

 カリオストロの事件で女王に即位したけど、政治に関しては勉強中の人間だ。

 加えて出来るだけ会話を重ねて信用を得ているつもりだけど、それでも文化の違いがあるし常に向こうにいられるわけではない。

 

「余計な風説で、お前とクラリス女王の間に不和を起こす者がいるのか?」

「今はまだ……ただ、今すぐにでもそういう動きがあってもおかしくない」

 

 カリオストロの事件は俺のイメージそのものでもある。

 ここでそのカリオストロの姫――女王からの信頼を失ったなんてスキャンダルが出たら俺にとってデカい向かい風になる。

 

 経済力なんかは充分得たけど、いくら金を払っても手に入らないのがイメージだ。

 

(金持ちがあちこちに寄付する理由がよく分かるなぁ……)

 

「…………透」

「ん?」

「イギリスのSISも動いている」

「…………なんて?」

 

 イギリス? 以前向こうに恩田さんと初穂を誘拐対策の研修で行かせたことはあったけど、別にデカい付き合いなかっただろう?

 ……あぁいや、ハワード・ロックウッドの遺した会社関係があったか。

 

 泥棒のおじさんマジで勘弁してくれ。

 いや食いついたのは俺だけどさ。

 ちょっと規模デカすぎるんだわ。

 

「あれ? ひょっとして暗殺者増える感じ?」

「いや、今の所そういう話はない。ない、が……」

 

 メアリーがこんだけ言いづらそうにするの滅多にないな。

 

「透、言うまでもないが甘言に気を付けろ。ここから先、お前を取り込みたい連中は山ほど出てくる」

「知ってる。俺とか恩田さんに女あてがおうとする連中、ドン引くくらい増えたからな……」

 

 角を立てずに断るの、滅茶苦茶疲れるんだよね。

 

「多分、例の組織も末端の連中はとっくに紛れ込んでる」

「あぁ。お前が情報ラインを分けていてくれたのは本当にありがたかった。助かる」

「メアリーを失うのは痛手だからねぇ。下手にバレたら困る」

 

 なにせ、コナンや志保、それにメアリーの身に起こった肉体的な幼児化(・・・)という現象を知る人間は限られる。

 組織の人間もほとんど知らないだろう。

 

「……SISはお前の行動の分析を重視している。行く先々に監視が付くだろう」

「まぁ、CIAもやってることだろうし」

「……あぁ、その……」

「ま、大丈夫。先手を打つために色々用意するのは当たり前だし、そこに卑怯どうこうもないし」

 

 その上で周りの安全を確保するために手を打つのが俺の仕事なわけで……なんでこうなったんだ?

 

「俺の仕事は刺されたり撃たれたりすることだけと思ってたんだけどなぁ」

「そんな仕事があるか」

 

 あるのよ。

 盛り上げ役というかピンチ役というか。

 

「まぁ、大丈夫大丈夫」

「……相手は国だけではない、実質世界だ。それでも勝てると言うのか?」

「勝つ必要はない」

 

 勝つって事は相手を負かすことになる。

 それじゃあいつかこっちが折れてしまう。

 

「必要なのは、盤面に乗ってもらうことだ」

 

 

 

 

 

「透、それなりに貴方のことは信用できるようになったし、信頼もしているつもりだけど……」

 

 

 

 

 

「たまに貴方が詐欺師に見えるわ」

「訴訟」

 

 




《rikkaの回顧録》

〇タイムリミットは15時!
アニメオリジナル:File376(Part13-6)

 コナン世界はミステリー世界、ミステリー世界という事は犯罪の世界。
 そしてそんな世界にやっぱり現れる妙な『殺し屋』

 そんななんかの一人が出てくるのはこの話、『タイムリミットは15時!』です。
 いやホントにね……色々勘違いと言うか間が悪くて蘭ちゃんが殺されかけるという話。
 お前、そんな依頼の受け方でよく殺し屋やれてたな……。

 しかも捕まった理由も自分のしょーもない運転ミス。
 おまえ……おまえ……。

 よくお前それやったなぁ……ってのはアレですね、『元太少年の災難』のアイツとかも挙げたい。

 そして本作の実質ヒロインという常山美佐。本当にヒロインである。
 そもそも蘭ちゃんずっと寝てて台詞が最初と最後にしかない。
 
 所々でいい人そうな雰囲気見せるキャラではあるんだけど、面倒くさそうな面もスゲー出てるといううーーーーん。

  コナンの美人キャラの中でも、実に評価に困るキャラである。



〇殺意はコーヒーの香り
アニメ:File513~514(Part17-7)
コミックス60巻

 青山先生が書いた事件とアニオリの事件は当然違いがある。
 それぞれの作風が出る物です。
(浦澤先生は……あの……ええ……昆虫人間の発想よく出てきましたね)

 だが、たまにこれアニオリじゃなかったっけ? って勘違いしてしまうくらい一風変わったエピソードがコレ。

 いやホントにこうなんというか……。
 強いて言うなら、私の大好きなアニオリ版千葉刑事のストーリーに近い空気です。

 多くは語れない……アニメ化が2008年なので、未視聴の方もいらっしゃるかもしれない……ぜひとも見てもらいたいエピソードです。




《追記》

 このエピソードに出てきた某プロデューサーですが、自分の好きなエピソードでもあるアニメ512話『砕けたホロスコープ』で名前だけ出ていたらしい。観直してみたらマジだった。
 これよく気が付いたなぁと思いつつ、今回ちょっと設定を捏造して登場させました。



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156:夏の用意(犯罪対策)

「悪いね、リシ。雑用色々頼んで」

「いえ。鳥羽副所長もお忙しいでしょうし」

 

 恩田遼平がシンドラー・カンパニーやハワード・ロックの遺した会社絡みの仕事で忙しい今、鳥羽初穂の側に控えることが多くなったのがリシ・ラマナサンだった。

 

 研修中の身だが能力は確かで、今現在鳥羽の関わる仕事は表側がほとんどである。

 恩田の持つ人脈や交渉材料のいくつかが容易に切れなくなったが、それでもリシは恩田の手ほどきを受けた人間、十分に役に立っていた。

 

「あ……近々取締役になられるんでしたっけ」

「一応の肩書さ。やることは今まで通り、事務所の運営と拡大さね。傘下に色んな企業がついて、金儲けでアレコレ考える事が増えたけどメインはここさ」

「……ここ、探偵事務所と銘打ってますけど実質は防諜の要にして多種多様な専門家と官僚組織や政治家、行政組織との繋ぎ役ですよね」

「おかげでガッポガッポ稼げるってわけさ」

 

 色々と面倒な所から来ている要請書の山を処理しながら、初穂は時計を見る。

 

「――ちっ、さすがに酒入れるにはまだ早いか」

「昼の三時ですね。おやつでも注文しましょうか?」

「そういう気分じゃないねぇ」

 

 そういって初穂はずっと視界の端に入っていた名刺の束を、忌々しそうに睨む。

 

「クッソ、コイツらの動きをどうにかしないと……いらん所でボスの足引っ張りそうだね」

「……政治家の名刺……ですよね? あれですか、献金依頼とかそういう?」

「そういうのだったらまだマシさ。金で決着がつく話なら」

 

 

 

「どうしてもボスを政治の世界に引きずり込みたい連中がわんさかいるのさ」

「はぁ…………」

 

 

 

 

「……? ん? 浅見探偵って国もたくさん運営してて実質政治家で特殊部隊率いて会社いくつも持ってて探偵事務所の所長……あれ? 探偵……探偵?」

「ザックリ考えないと脳がバグるよ、リシ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇6月20日

 

 混乱しているのは相変わらずで、暗殺されそうになるのも相変わらずだけど今日もいい日だ。

 いやもう、暗殺者と暗殺者と暗殺者と暗殺者が同時に仕掛けてしっちゃかめっちゃかになる日にも慣れた慣れた。

 

 ……カリオストロにいてよかった。日本でこのレベルの仕掛けやられてたらさらに治安問題が不安視されて結果ウチがパンクしていたかもしれん。

 

 調査員だけならともかく、現場組がなぁ。

 山猫隊に任期終わった自衛官やらの勧誘と訓練を進めさせているけど、間に合うかどうか。

 

 フランスのアルベールから人員を紹介してやろうかとか言われたが、それ全員スパイだろって聞いたら当然とか抜かされた。あの野郎……。

 

 正直、絶対油断しちゃいけない人物だ。

 だけど有能なんだよなぁ。

 もしフリーの人材だったら予算度外視で確保していた人間だ。

 でも、さすがに国家の要人は引き抜くわけにはいかんよなぁ。

 

 油断したら食われる有能な人間ってのは、俺が今一番欲しいタイプの人材なんだよなぁ。

 

 

 

〇6月25日

 

 日本に帰った途端に仕事と書類と会議の山である。 

 いや、その前にコナン達の様子の確認だったが……大変だなぁ、日本。

 いや海外も森谷のクソ野郎のせいでヤベェことになってるけど。

 

 安室さんやマリーさんから報告は聞いていたけど、俺がいない間にアイツ誘拐事件やら殺人事件を10は解決してやがった。

 

 というか、紅子と青子ちゃんのペアがまとめてくれた資料を今日ずっと読み返してたんだけど、誘拐事件の数が確実に増えている。

 

 被害にあった家は大体どれも資産家、あるいは……言葉は悪いが脇の甘い成金(なりきん)だ。

 コナンが解決していた事件の中にも、(つばくろ)財閥の孫が誘拐された事件がある。

 少年探偵団と歩美ちゃんからの電話で駆けつけたマリーさんのおかげで無事解決しているけど……。

 

 以前までなら、営利誘拐もあるにはあったけどウチに来る案件は身内とか元身内とか、家庭の問題から来る誘拐が割合は多かったハズ。

 

 以前集団下校なんかをウチで主導したころの話だけど……あれって何年前の今年だっけ……二年前?

 

 

 

〇6月27日

 

 重要な証言が得られた。例のコナン達が捕まえた誘拐犯からだ。

 どうも誘拐のマニュアルとは別に、誘拐のリスクの度合いや親の資産などをまとめたリストが密かに出回っているらしい。

 

 うん、これ絶対枡山さんだ。

 肝心のリストそのものが出なくて犯人の男が処分したと言っているだけだが、多分本当にあるんだろう。

 

 燕財閥は現会頭(かいとう)には孫しかいない。

 息子夫婦が事故で死んでいるからだ。

 孫の無事のためならいくらでも払うだろうし、警察介入によるリスクを考えたら絶対に犯人の言う通りにするだろう。

 いや、実際にそうした。

 コナンや探偵団の介入がなかったらどうなっていたことか……。

 

 正直、人選が見事すぎる。

 素人の思い付きじゃあない。

 

 やっかいな火種ばっかり増えていくな。

 

 

 

〇6月28日

 

 初穂から散々聞かされているが、俺や恩田さんを完全に政治畑に引きずり込みたい奴らが多くてしばきまわしたい……。

 勘弁してくれ。俺達にそっちまで背負う余裕はもうないんだよ……。

 

 珍しくこの件では鈴木財閥が完全に協力してくれている。

 というか朋子さんが直々に政治家の相手してくれているらしい。

 

 頼もしくはあるんだよなぁ。

 味方なら。

 

 思わず電話でポロっとそう零したら、園子ちゃんと婚約したら味方になるとか言われたので丁重にお断りした。

 バカか! 園子ちゃんの側には人間兵器いるんだぞ!?

 ついこの間の格闘訓練なんてとうとうマリーさんを完封しやがって!

 

 あの子マジで人間辞め始めてる……怖。

 

 

 

〇7月1日

 

 いかん、政治はともかく、財界の濁流に飲まれそうだ。これどうすればいいのさ。

 後ろを任せられる経済に長けた人物がいない。

 

 恩田さんはこちらの攻勢戦略の要だし、初穂は基盤の維持。七槻は大衆の不満や不安要素のリサーチとその対策・調整役。

 

 後方を支えて経済活動に専念できる人間かぁ。

 誰かいるかなぁ……。

 

 ちょっとあちこち声をかけてみよう。

 

 …………。

 

 鈴木はちょっと今回は……ご縁がなかったという事で。

 

 

 

〇7月2日

 

 正直予想してなかったけど、銭形のおじさんが面白い人物を教えてくれた。

 たまたまポロッと思いついたけど犯罪者だといって口ごもっていたが、なんとか答えてくれた。

 

 けど、教えてくれた人が大物すぎてビビったわ。

 シンシア・F・クレイモフ。俺でも知ってるわ。

 巨大投資銀行バンク(B)オブ(O)ワールド(W)の元頭取じゃねーか。

 

 なんか引退したのは知ってたけど、どうもルパン絡みで色々やらかして刑務所送りになってたみたい。

 世界中で戦争の火種を巻いて、その混乱を利用して利益を上げようとしたんだとか。

 スケールがデカくて大変よろしい。

 

 色々根回しや交渉、それに金が必要になるんだろうけど、なんとか引き抜いてみよう。

 

 

 

〇7月4日

 

 怜奈さんから、もっと頭が悪くなったの? と聞かれた。

 もっとってどういうことさ。

 

 俺がシンシアって人を引き抜こうと動いていることが裏の世界で話題になっているようだ。

 おぉ、さすがスケールのデカい女だ。

 ちょっと動き始めただけでもうコレか。

 

 昨日行動方針を決めたらメアリーが頭痛そうな声で電話してくるわけだ。

 ジョドーからは褒められたから大丈夫だと思ってたけど、メアリー曰く想定外にも程があるそうだ。

 

 安心しろメアリー、多分お前の想像以上にこの世界は想定外だと思う。

 ほとんどの人間が気付いていないだけで。

 

 

 

〇7月6日

 

 コナンから山猫隊の緊急出動要請が飛んで来たのには本当に驚いた。こういうタイプの事件もあるんだな……。

 今回の舞台は影桑村。ちょっと前の新聞に、懐かしいボンネットバスを使った村おこし……みたいな記事が載っていたかな。

 正直、キャットリーダーからの報告がなければ思い出しもしなかっただろう。

 

 小五郎さんが旅行に行くというのは知っていたけど、コナンもいるし大丈夫だろうと思ってたら……いやはや、ヘリが間に合う距離でよかった。

 

 事件を解決したものの、ボンネットバスが断崖絶壁間近というクッソ危ないルートで暴走。

 ギリギリ間に合った山猫隊が、例の拘束用の弾丸の雨でタイヤを固定したため落下直前でなんとか止められた。コナンが例のサスペンダーなどである程度速度を抑えてくれていたのもあっただろう。

 

 今回の一件で山猫隊の面々はかなりコナンを気に入ったようだ。特にキャットリーダーは、コナンの事を小僧小僧と呼びながら、親しげに話している。

 

 まぁ、本人は小僧呼びが気に入らないようだけど……それでもコナンの味方が増えるのはいいことだ。

 

 

 

〇7月7日

 

 例の東都テレビの悪質プロデューサー問題が無事に解決、と同時にその被害者の一つであった番組制作会社――染井企画がウチの傘下に加わった。

 

 というか、恩田さんの凄まじいプッシュがあったためである。

 よっぽどイメージ戦略で四苦八苦しているのかな。

 

 ……今思ったら俺が悪いのかもしれん。

 ついこの間も怜奈さんとの熱愛疑惑報道出てしまったし。

 そもそもスコーピオン――青蘭さんとの関係に加えてラスプーチンの子孫疑惑が出て、そこから一気に組織拡大とまぁ……なんだかなぁ。

 

 陰謀論が出てもおかしくないレベルだよなぁ。

 ……逆に陰謀論ばら撒くか?

 ちょっと今度ノアズアークも含めて恩田さん達と相談してみよう。

 

 

 

〇7月8日

 

 七槻やふなち、桜子ちゃんと少年探偵団の面子を連れてどこに遊びにいくかの議論で白熱してしまった。

 

 あれだ、昔からよくある海山問題だ。

 俺とふなちはせっかくだし海がいいんじゃないかと言ったのだが、安全面でのリスクで七槻と桜子ちゃんが山を挙げている。

 

 むーーーー、せっかくだからクルーザーのキッチンも試したかったんだが……安全面なぁ。

 海水浴ならともかく、海で万が一遭難したらって言われると確かに素直に頷けない。

 

 ……むぅ、ふなちともまた協議することになるけど今回は山でキャンプかなぁ。

 

 いい機会だし、探偵団の面々にサバイバル技術を叩き込んでおこう。

 とりあえず自力の火おこしと水場の見つけ方と浄化の仕方、簡単なシェルターの作り方くらいは教えこまないと。

 

 とりあえず手書きでササッと教科書作ってみるか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははぁ。それでいい機会だと、各小学校の児童向けのサバイバル講習……というか体験企画ですか」

「サバイバル……うわぁ、嫌な思い出が……本当に、完全に手ぶらで無人島に放り込まれた時は衝撃でしたよ。ええ」

 

 うんうん、キャメルさんも遠野さんも完全に素人状態から今じゃあ野戦のプロだもんね。

 あぁ、でも遠野さん未だに狭い所は苦手だったか。

 

「実際さ、火、水、住処、食料の確保の仕方ってうっすらでも覚えているとすごい心強いと思うんだよ」

「そんな知識を使う日が来ないのがベストだとは思いますが……」

「……確かに災害はいつやってくるか分からないですし、そういう意味ではコレも意味があるとは思います」

 

 うんうん、そうだよね?

 なんか滅茶苦茶――ふなちにすら大反対されたんだけど、納得してくれてありがとう。

 

「では、まず昆虫食体験は削除ですね」

「猪の解体実習も削除しましょう、キャメルさん。いくらなんでも子供には早すぎます」

 

 ワッツ!!?

 なぜそこを削る!?

 

「え……早い?」

「はい」

「ええ」

 

 お、おう。

 ここに来たばかりの時はオドオドしていた遠野さんも、最近はハッキリと言い切るようになったね。

 

「え、でも小学一年生だよ? 6,7歳だよ?」

「そうですね」

「その頃ってもう食べる物なくて虫食ったり、脱水症状感じて生水とか泥啜って下痢で更に水分失うとか――」

「そんな野生児、今時地方のド田舎でもいません!」

「そもそも、そのレベルはもう行政機関に駆け込むレベルです」

「…………そ……うか……」

 

 そうか……。

 そうだったのか……。

 

 そういえばそもそも、そういう経験したの全部あの森に落ちて先生たちに保護されるまでの間の経験だったわ。

 

「前々から分かってましたけど浅見所長はあれですよね。生き様が変態ですよね」

「遠野さんズバッと行きましたね。……いえ、概ね同意ですが」

「そんなレベル!?」

 

 キャメルさんまで!?

 

「とりあえず、要綱はこちらで作っておきます」

「対象は10歳くらいまでで、より本格的なサマーキャンプ企画を通して団体行動、ならびに災害などの緊急時における行動規範を学ぶ……という感じですかね?」

「それでいいと思います。というわけで所長、この会議室、このまま使わせていただいても構いませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 浅見所長?」

 

 事務室には、今日バイトが入ってた青子ちゃんが来ていた。真純も。

 

「今日は児童向けイベントの企画で会議だったハズですけど……」

「ああ、会議室追い出された」

「所長なのに!?」

 

 うん、所長なのに。

 

「なんだボス、また追い出されたのかい?」

「また!?」

 

 うん、またなんだ。

 

「いや、僕もチラッとボスの草案見たけどさぁ……。子供に獲物を(しめ)させる所から体験させるのはどうかと思うよ、ボス」

「む。一番大事な事だと思うんだけどなぁ」

 

 青子ちゃんは(しめ)るという言葉に一旦首を傾げて、言葉の意味を真純に耳打ちされてウゲェって顔をしている。

 

「……いや、そうか、哺乳類じゃなくて魚から始めさせれば良かったのか」

「そうじゃなくてさぁ、ボス」

 

 ……むぅ。

 やっぱどうにもそこらの感覚ズレてるのか。

 よし、ズレてると理解できたのはとりあえず収穫だ。

 

「まぁいいや、自然に触れ合う事が多かった遠野さんがいりゃ大丈夫だろ」

「新潟のご出身でしたっけ」

「冬の時期には、トレッキングのガイドもやっていたんだっけ? 適任だと僕も思うな」

 

 うしうし。唐突に思いついたから今年は少年探偵団の面子でのキャンププログラムとしてテスト。

 実際に小学校に営業かけるのは来年の今年だな。

 

「……ご家族にも改めて挨拶に行っておくかぁ」

「唐突に何の話だい?」

「んや、少年探偵団の話。いつも世話になってるし」

 

 事件に巻き込むこともあるしなぁ。

 基本的にはこっちの主要面子が揃うまでの間にコナン主導で情報集めてもらう役割が多い。

 

「あぁ、そういえばこちらからご家族にいつも何かしらの贈呈品送るたびに、向こうからお返し届いてましたね」

「それなんだよなぁ。もうそのまま受け取ってくれればそれでいいんだけどなぁ」

「ボスとか阿笠博士、小沼博士はよく子供達を預かっているからしょうがないんじゃない?」

「あ、そういえば先週、吉田さんの家から日頃のお礼の手紙、来てました。受け取りました?」

「あぁ、もう返事も書いて出してるよ」

 

 元太のお父さんとは割とラフな付き合いしてるんだけどなぁ、飲みに行ったり誘ったり。

 歩美ちゃんとか光彦の所はけっこうキッチリしたご両親だから神経使う……。

 

「あぁ、そうだ。歩美ちゃんで思い出したけどボス、また新手の空き巣・強盗が出てるよ」

「なぜ歩美ちゃんで?」

「それが、どうも金持ちが集まりやすいってことで、高級マンション専門で仕事してる連中みたいなんだ。ほら、歩美ちゃんの家って――」

「あぁ……なるほど」

 

 歩美ちゃんの家、高層マンションの上の方だったな。

 ……そういえば、昨日の夜に風邪気味だって聞いたけど大丈夫かね。

 

「あ、ちょっと前にも快斗が捕まえた空き巣もマンション狙いだったわ」

「高層階の住人は結構油断するからなぁ。窓開けっ放しで外出したり……それこそ夏だと開けたまま寝たりね」

「この事務所では、なにか対策練ってるんですか?」

「……マンションの数多いしなぁ。今のところは再三の注意喚起くらいしか」

 

 実際、つくづく思うけど防犯ってすげぇ難しいのよ。

 起こってしまった事件を元に対策練るのはともかく、なにが犯罪を防いだのかなんて中々表に出てこない。

 

 警察と二人三脚で手探りしていくしかないんだよなぁ。

 

 

――プー、プー、プーッ

 

 

「あれ? 緊急ラインへの直通? 発信者、江戸川……コナン? メガネの子だったかしら?」

 

 夏の防犯キャンペーンについても考えなきゃなぁ、なんて思っていると電話が鳴りだす。

 

「青子ちゃん、急いでスピーカーに」

「あ、はい!」

 

 そうか、そういえば青子ちゃんこういう奴をあんま経験していないのか。

 

『頼む! 急いで誰かを歩美ちゃんの家にやってくれ!』

 

 スピーカーからコナンの押し殺したような叫びが聞こえる。

 時間からして、まだ学校の中か?

 それでこっちの方に連絡とか……。

 

 やべぇタイプのパターン来てるじゃん。

 

「真純、会議室にいる二人と装備持って一緒に急行、現場指揮はキャメルさんに。管理人にはこちらから連絡して説得するから、最悪鍵開けてもらって中に突入」

「歩美ちゃんの身柄の確保が最優先、だね?」

「当然」

「OKボス、すぐに向かうよ!」

 

 事務室を出ていく真純を尻目に次の指示を出す。

 

「コナン、多分強盗の類の侵入者が来て、歩美ちゃんがなんらかのSOSを出したって流れだと思うけど相手の数は分かるか」

 

 強盗という言葉に、青子ちゃんがビクッとなる。

 

『いや、分からない。……というか、下手したら歩美がもう捕まってるかもしれない!』

 

 ……歩美が捕まっているかもしれない。つまり学校にはいないのか。

 風邪で休んだとみるけど、だったら誰か付き添っていそうなんだけどなぁ。

 お父さんは仕事としても、奥さんは……。

 出かけている間に――だったらまだいいけど、奥さんも捕まった可能性あるか。

 

 ちょうどキャメルさん達が飛び出そうとしているから、敵複数想定のハンドサインを送る。

 ……よし、頷いたな。

 

「分かった。相手が複数ということで対応する。あとは任せろ……と言いたいけど、お前ひょっとしてもう飛び出してる?」

『ああ! もう学校を出る!』

 

 だよな。

 さすが主人公、行動が早い。

 

「青子ちゃん、捜査一課に直通で連絡、吉田歩美のマンションに人を送ってもらえるように要請を」

「わ、分かりました!」

「コナン、一応警察も向かわせる。可能なら合流しろ。到着時に警察が見えなかった場合はキャメルさんか遠野さんに連絡を頼む」

『分かった!』

 

 うし、とりあえずこれで良し。

 さて、あそこのマンションの管理人に急いで電話するか。

 

 




《今回の事件ファイル》

〇絵の中の誘拐犯
アニメオリジナル:File252(PART10-1)

アニメが続けば続くほど増える財閥や大企業。
そんな一つがこのエピソード。いやホント日本にどんだけ財閥あるんだ。

何気に会頭(かいとう)という言葉ここで初めて知りましたね。
そしてゴルゴでおなじみのスイス銀行も登場する地味に貴重なエピソード。

スイスの銀行話に出たエピソード他にあったかな……。


〇10人目の乗客(前後編)
アニメオリジナル:File201-202

戦争じゃ……戦争が始まる……。

いや、厳密には違うんですがこのセリフ出る所めっちゃ好きなアニオリ前後編。
呪いの仮面や巨大神像、レトロルームといい、2000年度は良エピソード多いのでオススメしたい。

絵柄に古さは感じるでしょうがw

このエピソード出てくる所轄の刑事、日野昌平が個人的にお気に入りの刑事。


〇SOS!歩美からのメッセージ
アニメオリジナル:File140(PART6-1)

今回のコラムが超簡素な最大の理由。こ、このエピソード探し出すのにクッソ時間かかった……。
なんで俺このエピソードをでんでん虫がキーワードだと思ってたんだろ……。

それなりに昔で灰原はもういたハズというあいまいな記憶でHuluを走り回った……。

とりあえずこれだけはいいたい。
つらい風邪の時にうな重はアウトだろ三画坊主……。




シンシアについて? まぁ、裏方なので……はい
亡くなっているハワードロックウッドも同じく。

皆、ルパンの劇場版やスペシャルは……いいぞ。



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157:旅行に出たら誰かが死ぬかもしれないという恐怖

「それじゃあ真君。昨夜のパーティで出会った人達の事を、思い出せるだけ書き連ねてください」

「はい! 名前と所属や役職だけでしょうか?」

「いえ、役職はもちろんですが、何よりも気にかかった所や特徴を添えてください」

「特徴……ですか」

「ええ、顔立ちや仕草……身に着けていたものや、あるいはよく見ていたものなど、思いついたことは全てです」

 

 浅見探偵事務所にいくつかある会議室の中でも、特に狭い会議室は、今では講義室という別名がつけられていた。

 主に、恩田や安室がバイト組の座学に使ったり、時には学校の宿題や授業の解説を行ったりする部屋である。

 

 今はここ最近でもっとも多い使用用途である、恩田遼平による京極真への座学室としての用途を果たしている。

 

「今は名刺交換は当たり前ですし、やろうと思えばネットですぐに顔を調べられますが……覚えようとしなければいざという時にやはり頭の中から出てこない物です」

 

 京極は敬意に満ちた真っすぐな目で講義をする恩田を真正面から見ている。

 この目が、恩田はひどく苦手だった。

 自分がすごく偉い人間になったような――実際なっているのだが、そのような気がした次の瞬間、自分が舞い上がってしまって身の程を弁えない行動をとってしまうんじゃないかと常に恐れていた。

 

「だから、相手の事を印象と共に強く記憶しておこうとするのは、ビジネスの世界においてはとても大事なことです」

「恩田先生がいつもおっしゃる、一期一会ですね?」

「はい、一期一会。それを決して忘れないでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、今日の講義は終わりかい先生」

「初穂さん。どうも、その呼び方は……」

「ハッ。実際今度偉くなるんだから慣れておきな。専務」

「ハハ……。はい、肝に銘じておきます」

 

 講義が終わり、京極が執事が運転する社用車に乗り込む所まで見送った恩田が飲み物を取りに入った談話室では、すでに初穂が仕事終わりの一杯を楽しんでいた。

 

「初穂さんは、今日は事務所にお泊りで?」

「ああ、明日は朝一で鈴木や長門、常盤財閥との例の件に関する打ち合わせでね。今日までずっと金山や沖矢を働かせて準備させてたのさ」

「すみません、お手伝いできなくて」

「気にしなさんな。アンタもやっかいな女を口説くために色々忙しかったんだろ?」

「正確には、口説き落とす許可を得るため……ですが」

 

 恩田は半開きになっている自分のワークブースの中で山積みになっている書類や資料の山にチラリと目をやる。

 可能な限りペーパーワークは減らすべきだとしているのだが、恩田にはそっちの方が合っているのかなかなか減る様子はない。

 

「恩田」

「はい」

「鈴木の動きはこっちでなんとか止める」

 

 恩田は目を少し細めて、初穂を見る。

 

「もしアンタがシンシアって女を取り込んでこっちの体制に組み込むことが出来れば、ウチの隙はだいぶなくなる」

「……ええ、鈴木財閥が我々をあくまで自分たちの下として取り込みたいのならば、今が最後のチャンスでしょう」

「感謝しな、鈴木の息がかかった連中の動きはこっちで抑えていたんだから」

「いつもどおりメディアを使った攻撃ですか?」

「加えてやっかいな所も……まぁ、そっちはジョドー達執事がどうにかしてる」

 

 仕事の時に頼んだ、もう温くなった渋いコーヒーを数口喉に流し込んで、初穂は肩をすくめる。

 

「鈴木――多分、会長夫人が主流だろうけど、なんとかここで時間を稼ぎたいって所だろうね。今の金稼ぎの戦略の起点になるのはボスかアンタ」

「では、所長や自分に負担をかけようと?」

「ま、いろいろ用意してるみたいだけど、アタシや秘書の(みゆき)でどうにか流すさ。アンタは目の前の仕事に集中しな」

「……万が一、それでこちらに損害が出たら」

気にするな(・・・・・)。これは副所長命令でもあるよ」

 

 初穂は足を組みなおしながら、椅子ごと恩田の方へ身体を向ける。

 

「そもそも、今のウチらじゃあちょっとやそっとの損害なんてダメージにゃならんさね。たとえ鈴木が本腰を入れても……あぁ、いや違う。そもそも、鈴木が本気でこちらを攻められないようにボスやアンタは動いてきたんだろう?」

「それは……ええ、はい。その通りですが」

「アンタの代わりまんまってわけにゃいかないけど、リシも育って来てるし空手坊やもお偉いさん相手の対応くらいなら出来るまで育ったんだろう? まぁ、それが鈴木の攻勢の原因だろうけど……」

「? 次代の鈴木にふさわしい人材の育成が……ですか?」

「出来ちまいそうなのが問題なんだろうね」

 

 初穂は再度、恩田の仕事の書類の山を見る。

 少なくとも、入ったばかりの恩田では絶対に潰れていただろう量を。

 

「金の卵を産むガチョウはビジネスの例えでよく使われるだろう? そこに、ウチのボスは金の卵を産むガチョウを育てちまった」

 

 胸ポケットからタバコの箱を取り出し、一本取りだした初穂は立ち上がりながらその一本で恩田を指す。

 

「アンタさね」

「……自分は、まだ初穂さんや皆さんに尻を蹴り上げられてどうにかもっている身ですが……」

「アンタの感想はともかく、周りからみりゃアンタも十分バケモノさ。だからボス共々女あてがわされそうになってるだろう?」

「えぇまぁ……。正直、勘弁してほしいんですが……」

 

 本人は理解していないが、恩田の周囲からの評価がジリジリ上がっている理由の一つに、まだ若いのにこういった罠に一切引っかからず、綺麗に躱し続けているからというのも大きかった。

 

「おまけにアンタも自分の弟子の教育に成功しているだろ? アンタだけじゃなくて他の連中もだけど」

「沖矢さんは遠野さんを、初穂さんはリシさん、瀬戸さんは黒羽君、樫村さんは金山さんと……なるほど、確かにそうですね」

 

 所長である浅見も、組織が大きくなっている現状で幹部クラスの人材が足りていない事が気になっていた。

 ここ最近、バイト組も含めて教育に時間を割いているのは、そういう対策のためでもある。

 

「あのおっちょこちょいの瑛祐も、実質ボスと安室の弟子だからね。真純と合わせて」

「……最近、体力作り頑張ってますよね、瑛祐君」

「それでもちょいちょい転んで擦り傷作ってるあたり、おっちょこちょいが直るにはまだまだ時間かかるだろうけどね」

 

 肩をすくめる初穂と、それの前に立つ恩田は揃って苦笑していた。

 

「いいかい恩田。どこの世界でも、人材を作れる人財はなによりも貴重で高価なのさ。身辺にはこれまで以上に気を付けなよ?」

「はい、肝に銘じます」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇7月11日

 

 最近、俺や所員のメンバーになにかしらの高額商品を買わせようとする連中がチラホラ出てきている。めんどくせぇ。

 

 基本的には所員にそれぞれ任せるし、実際恩田さんは今度馬主になるかもしれないと久々に仕事以外でワクワクしてるし別にいいんだが……妙な営業攻勢はホント止めてくれ。うっとうしい。

 

 保険なんかに関してはこちらで買収してジョドー達執事の内偵監査をパスした所に基本皆入れているのだが、それでも営業電話が毎日毎日かかってきやがる死ね。

 

 もっとも、中にはそういう人間にも真っ当な人間はいるものだ。

 デカくなった家や越水の会社、それに事務所を多少は飾ろうとしていたら、カメラマンの宍戸さんから八神圭一という画商を紹介してもらったのだが、これがまぁ大当たりだった。

 

 こっちの飾りたい絵のイメージを一生懸命聞いて、ピックアップした商品の原寸大複製ポスターのサンプルを作って運んできては、実際の顧客の感想やその場のイメージなどをキチンと確認してくれる。

 こういう、金を儲けようというよりちゃんと物を売りたいっていう印象の人は大事にしよう。

 とりあえず八神さんは今後ウチのお得意にしておこう。

 

 いやホント、こういう商売人とは仲良くしておいて損はない。

 

 

 

〇7月13日

 

 夏美さんと真悠子さんの洋菓子店だが、中々に好調だ。

 日売テレビに滅茶苦茶売り込んだ甲斐はあったか……。いや、よかったよかった。

 

 敏腕ショッププロデューサーとして有名な真悠子さんと、夏美さんのパティシエとしての腕前なら失敗はないと思っていたけど、こういうのは運もあるからなぁ。

 美人の顔を曇らせるわけにはいかん。しかも自分にとって姉さんみたいな人は特に。

 

 それにしても、飯盛さんの洋食店があって、近々亀倉さんの和食店が出来て、そして夏美さんの洋菓子店がある。

 

 ……酒造にも手を出してみるか?

 いやでも許可諸々……以前に人材がないか。

 

 なら、どこかと契約してみるか。

 とりあえず面白そうな個人醸造している業者を探して……しばらくは酒場巡りだな。

 

 たくさん色んな酒を楽しむことになるけど仕事だから。

 仕事だから仕方ないよね。

 

 

 

〇7月15日

 

 美味くて珍しいビールをたくさん出してくれるというペンションの話を聞いて顔を出したら、突然殺人事件に巻き込まれた件について。

 おかしい、コナンも安室さんも――というか探偵役誰もいなかったのになんでだ……。

 

 一緒に来ていたのって探偵要素全くない、元宝石泥棒現調理師の亀倉さんだけだぞ……。

 探偵役呼び寄せようにも遠いし、そもそも運悪く全員出払っていたし……。

 

 いやはや、無事に解決できて本当によかった……。

 

 誰もいなくて冷や冷やしたけど、事件の大本だった七年前の強盗殺人犯を逮捕できた。

 

 加えて、腕の立つフリーのウェブデザイナーやライター、刑事とも知り合えたし、なにより美人が経営するいいペンションを知れた。

 今度からここ、ちょくちょく顔を出そう。次は安室さんとかキャメルさんと一緒に。

 特にキャメルさんはここ絶対気に入るはずだ。酒も美味いし料理も美味い。

 

 オーナーの一人娘の未央奈(みおな)ちゃんも懐いてくれたし、少年探偵団を連れてきてもいいかもなぁ。

 周辺の子供連れて遊べる所調べておくか。

 

 

 

〇7月16日

 

 先日の事件で知り合ったフリーライターの城ヶ根(しろがね)さんが、傘下の制作会社の仕事に手を貸してくれることになった。

 なんせ元脚本家だからな。構成作家も揃いつつあるし、そろそろ本格的に動いてもいいだろう。

 

 ホームページ以外にウチ独自の情報発信手段が欲しいと次郎吉の爺さんと色々話していたところ、衛星放送の局を作ることになった。

 

 自前のGPSが欲しいと思っていたのでちょうどよかった。

 可能な限り早く衛星打ち上げよう。一応ハワード・ロックウッドの遺産もあるし運用は出来る。

 

 ついでに衛星放送で自前の番組とかを持てば、視聴率はともかくウチのプロダクションの仕事は用意できるだろう。

 

 後はどれだけ、他を巻き込んで抜け出せなくするかだなぁ。

 話を持ち掛けてきた鈴木はもちろん、できるだけ他の家も巻き込むか。

 まずは長門グループに話を持ち掛けておこう。

 娘同然の幸さんを預かってるんだし、実質一蓮托生と言っていいだろう。

 

 絶対損をさせるつもりはないし、そちらに損害出たら補填するから。

 それくらい(みゆき)さんには助けられている。

 

 

 

〇7月17日

 

 長門グループ現会長の長門道三氏は、重い病気で寝たきりである。

 

 うん、それは知ってた。(みゆき)さんと知り合った死体遺棄事件の時点ですでにそうだったもんね。

 

 息子の件も色々あって、跡取りっていうかグループの後継者に困ってるのは分かる。

 

 うんうん、めっちゃ分かるけどさ。

 

 自分の死後、グループの実権を俺に預けるとかいきなり馬鹿を言うんじゃない!

 貴方が病死する前に俺の心臓がまた止まるかと思ったわ!!

 

 しかもすでに娘さん達周囲の説得終わらせやがって! 一番肝心な俺が何も聞いとらんわ!!

 マスコミまで用意して逃げ場塞ぎやがって!

 衛星事業の件の宣伝の仕込みかと油断してたわクソ!

 

 カメラの前で涙流しながら「君に託したい」とか言われたら断れんじゃろがい!

 くそ! 寝たきりの老人悪く言いたくないが会長! アンタに人の心はあるのか!?

 

 見ろ! テレビはどのチャンネルも幸さんが俺を燃やした事件からの長門グループとの付き合いうんぬんを散々掘り返されて衛星事業の件が次元の彼方に吹き飛んでるじゃねぇか!

 

 

 

〇7月20日

 

 くそぅ、本当なら今頃月末報告会の用意しながら子供達をどこに遊びに連れて行くか考えていたはずなのに……例によって例のごとく事務所周りはメディアの数すげぇ……。

 ウチ用の記者クラブが出来てそこそこ経つはずだけどなぜこうも混乱するんだ。

 

 整理に奔走してる警察官の人たちにはもう、マジで申し訳ない。というか、感謝しかない。

 恩田さんも初穂も、本当に申し訳ない。安室さんも沖矢さんも……まぁ、今回の件でお給料また上げられるからなんとかそれで許してほしい。

 

 探偵事務所の仕事としては、武器密輸品の流れから、なんとか犯行前に強盗グループを捕捉、実行に移す直前に瀬戸、遠野のミズキシスターズがカゲと一緒に拘束して警察に突き出してきた。

 

 うん、遠野さんもロシア、ヴェスパニアを乗り越えてから頼もしくなってきたな。

 最近忙しくて中々顔を出せていない瑞紀ちゃんも、自分の予備として快斗君の教育しっかりやってるし。

 

 唯一気になるのは一番の新入りの青子ちゃんか。

 なんかすっごい瑞紀ちゃんのこと気にしてるというか、警戒してるっぽいんだよなぁ。

 まぁ、瑞紀ちゃんは快斗君が気になっているようだし、仕方ないか。

 

 

 

〇7月30日

 

 乗り切った、なんとか乗り切った。

 この一週間ちょいで五、六時間程度しか寝られなかったが、どうにか乗り切った。

 

 ちくしょう、長門グループの一件に加えて新規事業の計画書やら申請書の手続きに怪我して入院という口実で傘下の病院に探り入れてくるFBIの対処に駅周辺もろともウチを吹き飛ばそうとした蜘蛛との戦闘やらで大変だった……。

 

 もうちょっと水分と栄養補給して頭がハッキリし始めたら仮眠室の様子見てこなきゃ。

 誰か冷たくなってたりしないよね?

 

 緊急医療班が詰めてくれているから大丈夫……なハズ……。

 皆一応倒れた時点で点滴受けてたし……うん……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「画期的なダイエットね。一週間で5キロ痩せるなんて」

「笑えねぇ……笑えねぇよ志保……。いや、マジでこれまでの修羅場の中で一番死ぬかと思った」

「そりゃそうでしょう。はい、前に阿笠博士と作ったサバイバルキット用の栄養サプリよ。これ飲んだら、私のベッドでいいからまた横になってなさい」

「サンキュー、そうさせてもらうわ」

 

 三月辺りから日常になった志保による追加定期健診……も、ここしばらく受けてなかったなぁ。

 ひんやりした小さい手で体のあちこち触られたり押されたりするのも久しぶりだ。

 

「お前、普段からこんな感じなのか?」

 

 普段は自分と志保しか来ない偽装ラボだけど、今日は珍しくコナンもいる。

 というか、コナンも普通にここに入れるようにしてあるんだけどなぁ。

 いざってときの避難所になるし。

 

「まぁ、普段から怪我はしやすいから。一応医者の定期健診も受けているけど、それとは別に志保にも頼んでいるんだよ。医者には言いづらい怪我もあるし」

「言いづらい怪我?」

「事件になる前に治めた案件での名誉の負傷」

「すでに傷害事件じゃねーか!!」

 

 まぁまぁ。まぁまぁまぁ。

 

「――ったく。……にしてもお前、マジで痩せたな」

「おう……マスコミの攻勢が酷くてちょっとな」

「例のCIAのアナウンサーが皆を焚きつけたんじゃないの?」

「………………あれ? これひょっとして新手の暗殺受けてた?」

 

 志保の言葉に、目から鱗が落ちる。

 そうか、これ攻撃の一種だったのか。

 

「ま、単純にいつもあなたに無茶を振られる意趣返しって可能性も十分にあるけど?」

「むしろそっちがメインだろ。ま、おかげで大変だったみたいだけどさ」

 

 ……大変?

 

「マスコミに振り回されてお前が死にそうになってる時、あの人いい笑顔でアナウンスするから――」

「おい……まさか熱愛報道の理由それか!!?」

 

 馬鹿か!? 馬鹿なのか!?

 

「いやまぁ、実際お前怜奈さんとよく一緒にいただろう? 週刊誌とかでもスッパ抜かれてたし」

「いつも大体他の女優やら歌手と一緒だったろうが……ヨーコさんとか」

「その面子で、いつも怜奈さんが固定メンバーだからじゃねーか?」

「実際用があったのは水無怜奈で、他の面子は二人っきりじゃないっていう証明と言うか、言い訳だったんじゃなくて?」

 

 ぐ、ぐぬぬぬぬ。

 なまじ志保の言う通りだから言い逃れしづらい。

 

「コナン、なんかいい鎮火方法ないかね?」

「俺に聞くなよ……。っていうか、芸能とか報道関連はお前の方が詳しいんじゃねぇか?」

「仕事に関わっている人間ならともかくなぁ……。志保、お前は何かある?」

「ただの小学生に無茶な質問しないでよ」

 

 ツッコミ待ちか?

 そういう意味を込めて志保を見るが、鼻で笑われるだけであった。

 ちくしょう。

 

「話を変えよう。コナン、お前が書いてる俺達の事件の話、本になるんだって?」

「あぁ、父さんの担当の一人が興味持ってさ。もちろん詳細な内容は誤魔化すし、著者名もペンネームでだけどな」

「ふーん。ペンネームはもう決めてあるのか?」

「一応。『和田進一』にしようかと思ってる」

「……お前の本名混じってて大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫、まず漢字が違うし、それに調べれば分かる人には分かるからよ」

「調べれば?」

「ああ」

 

 コナンが今やっているのは、父親の優作さんの添削を受けた原稿のチェックだ。

 その赤字だらけの原稿が入っていた封筒に『和田進一』と漢字で書いて見せたコナンは、また原稿のチェックに入りながら、

 

 

「和田進一ってのは、明治時代に翻訳されたシャーロック・ホームズの物語でのワトソンの名前だよ」

「……日本人ってことになってたの?」

「ああ、舞台も日本って事になってたんだ」

「それで緋色の研究とかどう訳したんだよ」

 

 あれ、確かイギリスとアメリカを股にかけた復讐劇だったろ……。

 もう素直にそのまま日本語にした方が楽だと思う……いやそうか、明治時代だと欧州の文化や風習が一般大衆に理解できねぇからか。

 

「ねぇ、工藤君」

「ん?」

「つまり、平成のホームズと言われた貴方の本名は実質ワトソンを示していたって事?」

「だから漢字が違うっつーの」

「え、ええ……」

「というか、要は俺が書いた作品じゃないって今は誤魔化せればいいんだから、別に意味なんてねーだろ?」

「……そうね。ええ」

 

 

 

 

 

 

「本当に、それだけならいいのだけど……」

 

 

 

 

 

 




ピスコがアップを始めたようです



《本日のrikka事件録》

『消えた名画の秘密』
File536(アニメオリジナル)DVDPART18-3

アニオリでコナン達が出会った登場人物が死ぬパターンは、大体殺人か事故のパターンがほとんどですが、病死というパターンはすごく珍しいかもしれない。

私rikkaの印象に残っているのは、現場と顧客と上司の三すくみでどうしようもなくなる不動産会社の社畜さん……。
途中放火未遂を起こしますが……気持ちは分からんでもない。

こういう方向性でかわいそうなキャラ、長いコナンの歴史でも相当珍しい気がする。





『7年後の目撃証言』
File905~906(アニメオリジナル)PART28-2

ペンションオーナーの友里(ゆり)朝子(あさこ)が美人だったのでいつか使おうと思っていたエピソード!

いやホント、奥さん美人なんだよねぇ。
キャラデザインかなり気に入っている。

肝心のストーリー、事件も私好みの本格仕立て。
前後編に恥じない素晴らしい仕上がりになっております。

今回出さなかったけど、この話に出てくるアニオリ刑事の村松誠、結構好きなんですよね。
適度にゴツくて適度に渋みがあって、無能感はないけど探偵の引き立て役をキチンとこなすという名刑事っぷり。

 七年前は杯戸署だったらしいので、機会があればまた異動という事で警視庁か杯戸署に来てもらうかもしれません。




P.S.

このエピソード、使うには今しかないと思った理由なのですが……
名前も出てきた未央奈(みおな)ちゃん。じつは中の人――


 徐 福 ち ゃ ん です。(FGO)

いや、自分も実装時に調べて偶然知ったのですが、これは使うのは今しかねぇ! と投下。
このペンション、一年に一回くらいなんらかの形で出そうかなぁ。

酒が上手い美人未亡人が営業するペンションとかフック多すぎるわ


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158:最近の悩みは家族(?)サービス計画

ちょっとした追加コラム

前話で出た『和田進一』について追加コラム

〇『謎解きは喫茶ポアロにて』
アニメだと885話~886話、コミックス92、93巻

喫茶ポアロを舞台にした事件にコナン、安室、そして服部が解決した事件にて登場した和製ホームズ豆知識

コラの元ネタになった回と言えばピンと来る人もいるでしょう
考えてみたらこの話も結構前なため、知らない人や忘れている人もそれなりにいるだろうと追加。

カルタのあの子がある意味で事件に関わった初の事件でもあります。
……初登場はいつだったっけ……鵺?



 自分が安室透として活動を始めた時、浅見透という男は偶然出会ったただの大学生だった。

 

 自分が仕事の中で受けた仕事(・・・・・・・・・・)は、簡単に言えば鈴木財閥内部へのパイプ役の作成だった。

 組織としても、幹部が殺害したという工藤新一に関わりのある人間が動き出したことに興味はあったようだが、しょせん個人――そう、当時はまだ個人だったな――に出来る事はタカがしれていると、簡単な調査をした後に放置が決定されていた。

 浅見透と言う男と工藤新一の間の接点が見当たらなかった事もそれを手伝った。

 

 連続爆弾事件を解決に導いたのは確かだが、突如として姿を消し、死亡説すら流れ始めた有名高校生探偵の名前を騙っただけの、少々有能な目立ちたがりの類だろうと。

 

 その認識が早くも覆されたのは、直接顔を合わせたその日のうちだった。

 スコーピオン――今も逃亡し続けている盗賊との一戦。

 

 あの時は大して気にしていなかったが、一目見ただけであのインペリアル・イースターエッグが不完全な代物だと見抜いた観察眼。

 

 まだ発砲すらされていなかったのに、わずかな音を頼りに賊が持っていた拳銃に鍵を投げつけ弾き飛ばしたあの一連の攻防。

 

 今にして思えば、あの頃から松田(アイツ)に似た所はあった。

 だからこそか。

 アイツが鈴木園子に引っ張られて行った美容院から帰った時に、本当にアイツが帰ってきた気がしたのは。

 

 アイツの発言の一つ一つ、行動の一つ一つがアイツとダブって仕方ないのは。

 

 だから、仕方ない。

 

「透、千葉県警から回されていた資料と一致している。例の連続宝石強盗団に奪われたものが全部ここに集まっている」

「みたいだねぇ。……県警に連絡したらサイレン付けて来ちゃうかな?」

「通報時に一言入れておけばいい。確か、千葉県警には君の開く会合に参加している刑事がいただろう?」

「あ、そういえばかずりさんの携帯番号交換してたわって言いたいけど、なんか人の気配集まって来てない?」

「……のようだな?」

 

 明確に上司と部下になって、その上自分は二重の意味でスパイで、

 

「逃げてから通報する?」

「そしたらこの盗品の山は闇市場に流れてバラバラに、奴らは金を得て次の仕事のために地下へ潜伏」

「面倒だねぇ」

「あぁ、面倒だ」

「……」

「……」

 

 それでも透と共に事件を追いかけ、危機を乗り越えていくこの日々が――

 

「よし、やっちゃおう。安室さん、全員拘束。一人も逃がさないように」

「任せろ」

 

 ――どうしようもなく楽しいのは……仕方ないだろう?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇8月4日

 

 書類仕事と会議をこなしたら通常業務だ。

 最近じゃあ昔ほど……いや実質数か月前……この場合の実質ってどっちだ?

 いやまぁいい、昔ほどではなくなったけど、現場に出る事もやはりある。

 

 昨日は以前から追っていた宝石強盗団を捕捉したと、新設したばかりの千葉支部から報告があったので安室さんと急行、その後なんやかんやあって全員拘束してから駆け付けた(もとい)刑事とかずりさんに引き渡した。

 どうも関東のみならず全国的に働いていたようで、宝石の数も膨大なものになっていた。

 いやぁ、もう……疲れた。

 

 強盗っていうか、もうただの武装集団以外の何者でもなかったからなぁ。

 ライフルで弾幕張られて頭抑えられる程度なら慣れたもんだけど、軽トラにごっつい機関銃固定して斉射するんじゃない。

 ここ日本だよ? どこの紛争地域に来たかと思ったわ。

 

 いやぁ、結果論だけど先手打っておいてよかった。

 下手に警察の到着待ってたら殉職者何人か出す所だった。

 

 到着した警官隊も、事態はとっくに終わっているっていうのにビクビク怯えていたし、大丈夫かね。

 顔見知りの(もとい)さんとかずりさんは平然としてたから、ちょっとは安心できるけど。

 

 

 

〇8月6日

 

 元太の奴マジで釣りの才能あるかもしれん。

 ようやく実行できた山キャンプで、色々考えた結果川のある所でフライフィッシングを子供達にやらせてみたのだが、元太の奴5匹も釣り上げやがった。

 食べる事に関しては集中力もあるのか、俺の想像以上にジッとチャンスを待ちながらあれこれ試していたし、魚が釣れた時はすごく嬉しそうにしていた。

 

 本当に嬉しそうにしているし、自分で釣った魚をみんなで食べるって事が嬉しかったのか、魚の捌き方とかも熱心に練習していた。

 

 機会があったらサバとかアジを多めに買って、元太に練習させてみるか。無駄にしないようにそれを使ったメニュー、桜子ちゃんと考えておこう。

 

 楓? アイツはほら、野生児だし……。とうの昔に俺より上手かったし料理の腕じゃ負けてないし。

 

 キャンプに着いてきていた香田さんも、いい写真が撮れたと喜んでいた。

 ……子供達をダシにしたようなのは少し罪悪感はあるが、それでも光彦や歩美達も楽しめていたし、子供に料理を教えてた桜子ちゃんや七槻、ふなちも満足していたし、まぁ良しとしよう。

 

 コナンは……その……釣れない日なんて珍しくないさ。

 

 ……今度釣りやすい所に誘ってみるか。

 

 

 

〇8月8日

 

 キャンプの件を、浅見透の休日と言う題材で記事にした所売上部数が伸びたと香田さんが喜んでいる。

 それはいいんだが、俺にその場で調達する料理記事の仕事回すのは間違ってないかい?

 いいの? 俺にサバイバルの記事書かせて? 七槻やふなちがドン引いたあの企画やっちゃっていいの?

 

 一応あの時の、遠野さんとキャメルさんに修正される前の時に作ろうとした奴のレシピを香田さんに送っておいた。

 俺がズレているというのは理解したから、アレで俺に変人のイメージが付かないか心配だけど、七槻と志保に聞いたところこれくらいで俺のイメージがダウンすることはないらしい。

 

 ……ならいっか。

 

 

 

〇8月12日

 

 やっと合衆国が折れた。これで人材集めにGOサインが出せる。

 この際だから色んな所に声をかけるか。

 

 主に泥棒の先生とか師匠とか先生とかのせいで人材そのものには困っていない。

 困っているのはその人材をまとめられる人材がいないことだ、どいつもこいつも癖の強い奴ばっか送り込みやがって。

 

 そういえば、日売テレビが俺を怜奈さんとセットでテレビ番組をやりたいとか言ってきているそうな。

 

 熱愛報道自体はあの手この手を使って下火にしたが、仲の良い友人同士であるというのはそのまんま残っている。

 そこに目を付けたプロデューサーがいて、企画会議に出たらしい。

 

 別にテレビに出るのはもう今更だけど、番組持つのは無理だろうなぁ。

 事件で緊急出動したり怪我してたり入院してたりするだろうし。

 

 ……季節の特番とかなら受けてもいいか?

 1日だけとかなら。

 

 

 

〇8月15日

 

 また随分と変わった依頼を受けた。

 簡単に言うと遺言絡みだ。

 

 伊勢川剛三、伝説の相場師と呼ばれた男――故人からの依頼だ。

 自分が事務所の運営を始めたばかりの頃に一度会ったことがあるけど、まさか昨年に亡くなっていたとは思わんかった。

 

 依頼……というか頼みというのは、これの遺言に関わる人物。『時計』という偽名としても微妙すぎる名前の男から、少年探偵団を貸してくれという事だった。

 まぁ、正確には俺の秘蔵っ子という事で知られているコナンと志保なんだろう。

 

 コナンもキッド絡みで人気だが、志保も地味に人気だからな。

 この間も小さい芸能プロダクションがこっそり志保を付けていた。なんとか大人の目がない所でスカウトを掛けようとしていたんだろうが、残念そいつは中身は大人だ。……いや、高校生ならまだ子供か?

 

 ……あ、それで思い出した。クリス・ヴィンヤードがウチの事務所に隠れ住んでる事が一部の人間に嗅ぎ付けられたっぽい。

 どうしたもんかな……。

 香田さんと相談してみるか。

 

 

 

〇8月16日

 

 相談した結果、とにかく隠せということだった。 

 有名女優が記憶喪失なんて格好のスキャンダルだし、まず間違いなくまた滅茶苦茶な数のメディアが群がるだろうと。

 

 ならば、せめて記憶が戻るまでなんとか匿って、後で事実を公表した方がいいということだ。

 一番そういうのに食いつきたい香田さんが協力を約束してくれたのは本当にありがたい、マジで助かる。

 

 それに宍戸さんやフォードさんと言った、アクアクリスタル事件で知り合った面々も噂のもみ消しに協力してくれると約束してくれた。

 いやもう、本当に助かる。

 

 あぁ、そうだ。

 少年探偵団が関わった件だが、アイツら無事に用意されていた謎を解いたらしい。

 おかげで伊勢川剛三の遺産の一部が手に入ったうえに、あの相場師の秘書を務めていた男も傘下に入った。

 少年探偵団には、明日辺り美味いもんでも食わせてやろう。

 

 

 

 

〇8月20日

 

 クリスの噂を垂れ流していた連中が判明した。

 色々と目撃情報が上がっていたが、それを流していたのは全員旅行で日本に来ていた外国人らしい。

 怜奈さんに確認してもらって完全に判定。

 またお前らかFBI。

 

 相変わらずなんか鬱陶しい事をさせるとピカイチだなお前ら。

 念のためにこっちの情報網でクリス・ヴィンヤードの目撃情報をアチコチで拡散させた。

 日本含めアメリカやイギリスで目撃情報が出まくれば、情報全部が曖昧になるだろう。

 

 後はクリスに付けホクロみたいな分かりやすい特徴付けてもらえば、写真が出た所でそれが逆に物証になる。

 加工してでも流そうとすれば、その加工の痕跡を逆に利用してやろう。

 

 FBIめ、情報戦でこっちに勝てると思うなよ。

 せめて鈴木財閥くらい金と人員かけてもらおうか!

 

 

 

〇8月22日

 

 赤井さんと相談してみた所、やはりFBI内部のスパイを排除しない事には手が打てないという意見に落ち着いた。

 そして動かすためには、やはり彼らの上司を内密に動かすしかない。

 

 というわけで、一度沖矢さんは出張の名目でアメリカに戻ることになった。

 出張の内容はアメリカで訓練中の山猫候補たちの視察と試験。

 

 その間に、赤井秀一として上司と接触、事態を説明して来日してもらう。

 組織の目があるため危険だと思ったんだけど、明美さんも同行することになった。

 

 赤井さんだけじゃなく、一緒に死んだ明美さんもいれば納得してもらう手間が多少は省けるだろうという事だ。

 

 ……となると、その間に俺がFBIの目を引き付ける必要があるか。

 怜奈さんも派手に動けばCIA絡みの件がバレかねんし……まぁ、何とかしてみよう。

 

 

 

〇8月25日

 

 面倒くさい仕事を後回しにしたいのはよく分かる。

 やることがハッキリと決まっていないから手を付けづらいのもよく分かる。

 

 だがお前ら、よりにもよって自由研究を夏休み最後の週まで残すんじゃない!

 

 志保も楓も終わらせていたし大丈夫かと思ってたら、あの3人組はまだだった。

 元太は読書感想文もだ……元太が興味を持てるそれっぽい本探すのに苦労した……。

 

 おかげで今日は三人それぞれに合いそうな市販の子供向け実験キットやら模造紙やらの買い出しに実験やその記録の付き添いで忙しかった。

 途中で桜子ちゃんが監督役を代わってくれて助かった。

 楓は紅葉屋敷に帰ってたし、志保も出発前に明美さんの所で過ごしているしで人がいなかったから……。七槻やふなちは札幌方面に出張中。

 コナンは小五郎さんや蘭ちゃんとどっかに旅行だし。

 

 三人のご両親も全員用事でいなかったからなぁ。

 正直、事件フラグじゃないかとビクビクしていたが、まぁなんとかなった。

 

 今はマリーさんが監督しながら事務所で下書きしているから、明日には清書してギリ完成か。

 疲れた。ホント疲れた……。

 

 

『P.S.』

 

 亀倉さんから報告が来たが、元太の奴料理にハマったらしく、亀倉さんに魚の美味しい食べ方色々聞いているそうだ。

 ……来年の今年のアイツの自由研究、近隣の郷土料理とかのまとめでいいんじゃないかな。

 そんときゃ俺も車だすし、あれなら取材できそうなところ探しておくか。

 

 とりあえず、手が空いていたら元太だけじゃなく、興味を持った子供達に色々教えてくれるように頭下げておこう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

透兄(とおにい)はアメリカに行かないんだ?」

「おう」

「新人候補の選定っていうから透兄が一通りボコってくるかと思ってたのに」

「真純貴様」

「それに恩田さんは美人の勧誘だろう? 透兄なら絶対顔を見に行くかなって」

「……まぁ、そっちは否定しないけど、それはそれとして俺のイメージそんなんか」

「そんなんだよ」

「……そんなんかぁ」

 

 夏休み最後の一日。アメリカ組を見送った後例によって仕事に追われていた俺は、真純とメアリーの所で八月最後の一日を過ごしていた。

 

 今は簡単な昼食作りの真っ最中で、二人揃ってキッチンに並んでいる。

 うん、よし、たまに教えていただけあって真純も仕込みが様になってきたな。

 

「にしても透兄、ウチで飲むの好きだよねぇ」

「……防犯上家をデカくしてカゲやらを入れなきゃならんかったとはいえ、やっぱ俺はこれくらいの普通の家の方が落ち着くんだよ……それかアパートの一室とか」

「遊びにはお金掛けるけど、それ以外は貧乏くさいよねぇ、透兄は」

「家はある程度くつろげる空間と寝る場所さえあればそれで十分だと思うんだけどなぁ……」

 

 いや本当に。

 今は来客とかその来客の重要度とかが跳ね上がったせいで警備その他諸々のために拡張せざるを得なくなっていたが……。

 

 いやでもよかった。隣の家がちょうど同時に売りに出たおかげで引っ越すことなく広げられた……。

 一応、記憶にないとはいえ本当の家族と住んだ家だしな。

 変えざるを得ない所もあったけど、名残くらいは残したかった。

 

「あ、今更だけど真純、来月からちょっと真君とペア組んでくれないか?」

「京極君と? あぁ、別に構わないけどどうしたんだ?」

「……現場を経験させてくれって朋子さんから依頼が来た」

 

 俺の答えに真純は少し首を傾げ、だがすぐに納得したのか作業を続ける。

 

「あぁ、印象操作か」

「そ、真君の教育はあくまで事務所の新人教育、鈴木の次代ではない……っていう印象操作かな?」

「園子君のママもしつこいねぇ。悪あがきしてでも透兄が欲しいんだ」

 

「それはそうだろう」

 

 そうしていたら、メアリーが降りてきていた。

 俺やジョドーに提出する報告書が終わったんだろうか。

 

「資金源として、人脈の要として、貴方もう大人気よ? 言ったでしょう?」

「……この間偶然を装ってきたあのボディタッチの多かった金髪美人は……」

「SISのそういう要員だ。よく引っかからなかったな」

「いやな気配がしたんで……あぁ、やっぱ当たってたのか。めっちゃ好みだったのに夢もへったくれもねぇ」

 

 がっくりだよ残念だよでもそうじゃないかと思ってたんだ!

 ちくしょう! 我が人生に幸あれ!

 

「最近欲濡れた変な女にばっかりアプローチかけられて……なんか萎え――笑ってんじゃねぇぞメアリー貴様ぁっ!」

 

 こ、この女本気で爆笑してやがる!!

 見ろ、真純が目をまんまるくして驚いてるだろうが!

 

「透兄、そんなに最近……アレなの?」

「アレなんだよ。ちょっと人間不信に陥りそう……」

「そんなに?」

「……とりあえず金持ちの令嬢は当面お断りしたい。……いや幸さんみたいにいい人もいるんだけどさ」

 

 前々から思ってたけど園子ちゃんは上澄み中の上澄みなんだよなぁ。

 まともというか、調子に乗りやすい所と顔がいい男に弱い所以外は感性がキチンとしているというか。

 

 金とか目当てで適当な誉め言葉しか吐かない連中の万倍イイ女だわ。

 

 口にしたら朋子さんからまた別方向でアプローチ掛けられそうだから絶対に言わないけど。

 

「長門財閥の取り込みがほぼ決定した辺りで、貴方はもう鈴木に並ぶプレイヤーになったもの。今の内に慣れておきなさい」

「無理」

「即答しない。……というか、貴方自分を殺しに来る女のほうがいいの?」

 

 当たり前だろうが!

 

「金目当てとかの場合もこれから先あるんだろうけど、俺を殺しに来るのってこう……自分の全てをかけて挑んでくる人間が多いからさ」

「…………」

「……透兄」

「ん?」

「今のが理由?」

「おう。だって、ほら……愛を感じるだろう?」

 

 二人とも頭抱えてため息吐かない。

 というか、仕草とか雰囲気とかたまに似てる時あるよね、二人とも。

 たまに姉妹に見えるわ。

 

「ん、じゃがいも煮えたか。真純、耐火皿とオーブンの用意よろしくー」

「はいはい」

「メアリーは……おい堂々とソファに座って新聞広げるんじゃない。厨房に立たない昭和のお父さんか貴様」

 

 おいこら。

 小さく笑ってるんじゃないよ全く。

 

 ドリンクグラスくらい持って行ってってば、ねぇ。

 

 





『不思議な天使の館』
File403,404(アニメオリジナル)

コナンワールドの美少女ランキングなどでたまに出てくる幸薄系美少女キャラ、松中ユリコが登場するアニオリストーリー。
この子は凄いです。
なんたってほぼウナギ一筋になっている元太が、以前好きそうな描写があった歩美を前にして浮かれるくらいの美少女っぷり。むくれる歩美ちゃんに笑ってしまった。

『奇抜な館の大冒険』や『もののけ倉でお宝バトル』、『くらやみ塔の秘宝』のように、大掛かりな仕掛けのある施設が舞台となる事件は大好物なのですが、その中でも割と好きなアニオリ。

 個人的に、人間関係に関する推理を微妙に外すコナンというかかつて小五郎をサポートして解決した『見えない容疑者』事件を連想させるので好きなエピソードです


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159:裏切り者

『というわけでですね、こっちもそろそろ動こうと思うんですよ怜奈さん』

「ええ、聞いているわ」

 

 ここ最近の自分の頭痛の種が、妙に明るい声で専用の電話にかけてきた。

 危険信号だ。それは分かる。

 

 伊達にこの人の形をした混沌が世に出た時から付き合ってきたわけではない。

 理屈では必要だけどそれはそれとして死人が出てもおかしくない綱渡りを、「よろしく」の一言で投げつけるときの声だ。

 

「安心して。今度こそ合衆国は、状況が許す限りでの君との協調路線へと舵を取ることに決定したわ」

『ハワード・ロックウッドの遺産の切り取り合戦はここまでと?』

「というより、扱いこなすのもそうだけど揃って維持するのが難しいと判断したのよ」

『そういうのは合衆国の財界の方がお得意なのでは?』

「……色々関わりたくない面が出てきたらしいわ」

『……泥棒のおじさん絡みだってのは知ってたけどやっぱ訳ありかぁ。あんにゃろう……』

 

 自分も詳しい事は知らされていない。つまりそういう立場にないわけだが、泥棒のおじさん――あのルパン三世絡みだとは聞いていない。

 

 そういう中に平然と割り入っていけるこの子の怪物っぷりは相変わらずだ。

 CIA内部で密かに『人間災害』と呼称されるだけはある。

 

『まぁいい。とりあえずはそっちとまともに交渉終わらせられてよかった。またハードネゴシエートされても困る』

「手を出した覚えはないけど?」

『あの蜘蛛連中にこっちの主要人物暗殺を依頼してたのアメリカさんでしょ。カリオストロで襲われた時に大統領にカマかけたら声にちょっと変化ありましたよ』

「…………」

『ま、その件もあってお礼を言っておきます』

「あら、どういうことかしら?」

『途中からあからさまに七槻やふなち達がターゲットから外されたんで、周囲の民間人に手を出すのは直接の関与がなくても危険とか、そういった感じの報告をしつこく上げてくれた誰かさんがいたんじゃないんですかね?』

 

 ニコニコと透がそう言うけど、上申するに決まっている。

 もし家族と言う枷が無くなったら、この子は表・裏どちらも無秩序にかき回すに決まっている。

 

 越水七槻並びに中居芙奈子の誘拐計画が上がった時は、それを潰すのにどれだけ苦労したか。

 

『その礼ってわけじゃないけど、例の東欧諸国一部兵器の近代化改修の案件はそちらの要求を呑む。ロシアとの調整もこっちで受け持つよ。……かーわーりーに』

 

 来た。

 やっかいごとだ。

 

『ちょっと例の組織の動きを教えてくれない?』

「私も、今の組織の動きは全く掴めていないわ。せいぜい、貴方の言うクソロン毛がちょっとしたペナルティとして日本国内の構成員の引き締めをやらされているってことくらい」

『? なにかあったの?』

「まぁ、ちょっとね」

 

 正確に言うと組織にとってはちょっとではない。が――

 まぁ、この子にとっては些細な問題なのだろう。

 少なくとも戦争の火種や、大国が亡ぶ一因にはやや遠いものがある。

 

「こちらの組織と、ピスコや他の犯罪組織との抗争が始まったのよ。あの老人が、組織の簡単な情報を世界中にばら撒いたから……」

『おぉう……よく分かんねぇけどよっぽど枡山さん怒らせる真似したのか、あのクソロン毛』

「おかげで裏の世界はちょっとしたパニックよ」

『……あの人が国内にそれほど根を張ってなくて助かった』

 

 そうね。日本人としてはいいでしょうね。

 逆にアメリカはじめヨーロッパや諸外国では、銃撃戦の数が5倍から10倍になっているのだけれども!

 

『ちなみに他の組織ってのは?』

「色々よ、色々。ヨーロッパのシンジケートにイタリナのモルガーナ、ネオ・ヒムラー……アメリカだと手配中のブラッディ・エンジェルスにどこからか雇われた傭兵に……もう大混乱よ」

『……それでまだ組織として安定してるとは……わかっちゃいたけど黒の組織もやべぇな』

 

 電話の向こうから深い溜息が聞こえた。

 

『んーーー。まぁわかった。本当は組織のちょっとした攪乱(かくらん)を依頼しようと思ってたんだけど今回はいいや。『水無怜奈』への依頼も怪しまれない程度に減らすから、そっちの身の安全の確保を最優先で』

「ええ、そうしてもらえると助かるわ」

『怜奈さん個人のいざという時の資金として一千万円入った口座を用意しておく。組織にもCIAにもバレたくない緊急時に使ってくれ。枡山さんならともかく他組織との抗争なら、なにがどう響くか分からんしね』

「口座番号と暗証番号は?」

『後で二重に暗号化したメールを送るからそれで確認して。こっちの符丁と乱数表は覚えてる?』

「ええ」

『OK。引き出せなかったり、あるいは足りないかもしれないと思ったのならすぐに連絡をくれ。二千万円までは連絡もらってすぐに追加で用意できる。三,四日ほど準備期間もらえればさらに二千万』

 

 こういう細かい気配りが、迂闊に関係を切れない所だ。

 瑛ちゃんの事も含めて、万が一に備えてあれこれ用意してくれる。

 いざというときのために、すでに脱出計画やセーフハウスも多数用意してくれている。

 瑛ちゃんを逃がす用意も、守る用意も。

 

「ごめんなさい透、本当にありがとう。瑛ちゃんのことも含めて、正直すごく助かってるわ」

『いーのいーの、で、その代わりにちょっと欲しい情報があるんだけど』

「なに?」

 

 

 

『組織内部の案件で一つ、キール(・・・)に確認したいことがある』

 

 

 

『ひょっとして、そちらの組織ってもう常盤財閥に関与してたりする?』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇9月2日

 

 朝からメアリーやジョドーと延々悩んでいる。

 というのも、すんげぇ対応に困る依頼が来たからだ。

 

 ここまで対応に困る依頼も珍しい。

 うーん、どうしようか。

 

 本気でやるなら裏工作があれこれ必要なんだけど……あと警察内部での暗躍、あるいは公安に泥被ってもらうか……。

 

 ぐぬぬぬぬぬぬ。

 

 

 

〇9月3日

 

 とりあえずまだ余裕はあるようなので後回し。

 メアリーとジョドーが色々手を考えてくれるようだ。

 

 にしてもメアリー、最近すごく砕けて来たけどやっぱオンオフの出来る人ですわ。

 仕事モードに入ると容赦なく脛やら尻を蹴り飛ばして来る。

 

 あれ? 仕事?

 

 まぁともかく、裏仕事は任せろという事なので表に専念する。

 シンシアさんの件は今の所前向きだ。

 イエス・ノーの話ではなく待遇、条件のすり合わせか。

 

 断れば一生塀の中って可能性が高い中でキチンとすり合わせが出来るって時点で、能力は信頼できる。

 素質があって向上心があって油断したら食おうとしてくる。パーフェクト。

 

 もし俺の下についてくれることを是とするなら、直属でカゲ一個小隊くらい預けていいかもしれん。

 

 

 

〇9月5日

 

 今、例の組織の内部にいる協力者は怜奈さんだけだ。

 そしてやっぱりそこがネックになっている。

 

 以前ジョドーが組織内部への潜入工作計画を立てていたのだが、その時は足場固めに全リソース使いたくて待ったかけたんだけど……うむぅ、判断は間違ってなかったと思うけど、もしあの時こうしてれば――っていう変な後悔がある。

 

 ともあれ、枡山さんが動いているなら今がチャンスだ。

 例の案件も含めて、そろそろ黒の組織への対策を進めてもいい段階かもしれない。

 

 

 

〇9月6日

 

 なんか面倒な所から微妙すぎるレベルの圧力がかけられている。

 調査した所、出元は大木(おおき)岩松(いわまつ)だった。西多摩市市議の。随分前にマリーさんに執拗に警護依頼出した挙句に『いくらで寝るんだ?』とか馬鹿な事抜かしてきたエロ親父じゃねぇか!!

 

 こんなんでも市議会議員とか笑えねぇ。

 というかマジでなんで仕掛けてきた?

 思い当たる節がまったくねぇ。

 

 俺が岩松と今絡んでいる接点があるとすれば、常盤財閥か。

 美緒さんがえらい強引に進めているツインタワービルの案件、確かあのエロ親父があれこれ裏で手を回していたハズ。

 裏取りまではしてないけど、建築関連の強引な条約改正を考えると賄賂とかもあったんだろう。

 だけど、それにウチは当然関わってないし……。

 

 ……他になんかあるのか?

 とりあえず、調べさせよう。

 

 にしても、西多摩市とはなんか変な因縁あるなぁ。

 

 

 

〇9月7日

 

 美緒さんとは確かにここ最近、事業やらなんやらで会う事多かったし食事もしたしちょっと二人で会うこともあったさ。うん、美緒さんの部屋で二人で酒飲むこともあったさ。

 あったけどお前それで嫉妬してしょーもない実力行使ってマジかよ。

 ちょっとでも俺の足引っ張ってやろうとしたってお前それでよく市議会議員になれたな。

 ……いや、だからなれたのか。

 

 ついでにマリーさんの時の逆恨みも入ってたんだろうな。

 

 いかん、ちょっとマジで眩暈がしてきた。

 普段ならちょっとした反撃企てる所だけど、今それどころじゃねぇんだよなぁ。

 あんのクソ親父、今日の所は見逃してやるが覚えておけよ。

 

 ……いや、その前にほどほどにしとけよ?

 小五郎さんみたいになんだかんだ一線保ってるスケベ親父は8割見逃されるだろうけど、マジで手出しするタイプのエロ野郎は死亡フラグだぞこの世界。

 

 ちゃんと合意取りなさいよね……。

 美緒さんもうんざりしてたんだから……この前部屋に呼ばれて飲んだ時は愚痴止まらなかったんだぜ、アンタの。

 あの人のせいでもあるんだけどさ。

 

 こう、何ていうんだろう。

 美緒さん、強引な手段を使う割に脇が甘い所あると思う。

 

 この間も、高名な日本画の先生の絵を買い占めてから高値で売りつけてたんだよなぁ。

 それって色んな方向のヘイト買うから悪手だと思うんだけどなぁ。

 しかも、この間酔いが回った美緒さんがポロッと溢してたけど、その人自分の日本画の師匠とか言ってたし……。

 大丈夫かね。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 今の浅見探偵事務所が動く仕事というのは基本的に二つ。

 対応に当たる警察官に大量の殉職者が出かねない大きな事件・案件への捜査、介入と、政治的な問題で表に出せない事件の解決と言うか調整、あるいはそのための関係機関のバランサー役だ。

 

 稼ぎ的にはこれで8割近くになるのだが、仕事の内容的には偶然出くわす一文にもならん事件の解決が仕事の5割っておかしいと思うんですよ、俺は。

 

 いやまぁ、ちゃんとした依頼の仕事に行って依頼人死んでた時に比べれば万倍マシなんだけどさ。

 そういう時ってなんかこう――してやられた! って気持ちになって悔しさが凄まじい事になる。

 

「というわけでですね安室さん……。以前アイデアだけ出して都内だけで試験運用するつもりだった交番と一体化させたコンビニなんですが、都もそうなんですがその他道府県の一部からすんごい誘致が来ておりまして……」

「警察官の数が変わるわけではないのにですか?」

「まぁ……警察官と同時に、ウチで訓練受けた相談員も常駐することになりますし……なにより治安維持に関して明るいニュースをちょっとでもって所でしょう」

「治安に関わるニュースがそもそもないことが一番の明るいニュースなんですがね」

「いや、まったく……」

 

 ここ最近、恩田さんとセットであちこち回ることの多かった安室さんも、行政から警察から上げられてくる検挙率やら未決率を知っちゃってるから一緒に頭を悩ませる組に入っている。

 

 うんうん、こうやってこっち側の問題に真面目な対処考えているんならやっぱ大丈夫だろう。

 白――というよりノット黒確定。

 

 出来ることならば公安に裏取りしたいんだけど、ここで風見さんにカマかけて情報引き出すと、こちらの推理通りであってもなくても遺恨を残しかねない。

 

 それはノー。断じてノー。

 風見さんみたいな愛されキャラの雰囲気が変わった日にはやべぇ事件の前触れか、それとは違うやべぇフラグが立つ日だから可能な限り避けるべき。

 

「所長、越水さんの調査会社の拡大はどうなっています? いえ、一応先の月末報告会で聞いてはいるのですが……」

「自治体から急かされている、いわゆる都市部が最優先。それに加えて札幌支社と博多支社を急がせているけど……さすがに本社みたいに警察のバックアップに入れる程には……」

「まぁ、そこまでいくと最低でも山猫レベルの人員が……せめて各支部に10から15人くらいは欲しいですからね」

「うん」

 

 人員に当てがない訳でもないんだけど、そういうのは大抵東欧やカリオストロの守りについてもらってるんよなぁ。

 

「安室さんは部長職についてもなんだかんだ現場出てますよね。現場対応に当たっている警察官の様子はどうです?」

「……全員もれなく瀕死、かな。殺人や強盗で忙しい一課はもちろん、詐欺や横領、最近だと通貨偽造も増えて二課の人員もボロボロに。他の課も同様ですね」

「……そういや青子ちゃんが、この前お父さんが点滴受けたとか言ってたな」

「あぁ、先日新しくアルバイトに入った女の子ですよね。話してましたよ、お父さんの元気がないからキッドに現れてほしいとか」

 

 おぉう、そんなレベルか。

 確か青子ちゃん、大のキッド嫌いだったハズなのに。

 

「家で中森警部がボヤいていたそうです。キッドの犯行は難解だけれど悪質な物を感じなくて元気が出るとか」

「……警部」

 

 いかん、目頭が熱くなってきた。

 青子ちゃんの了解取って、また家にお邪魔するか。

 ついでにおかゆセットみたいな、胃に優しい非常食を補給しにいこう。

 本当は良くないけど、なんとか裏で警察の面々にも補給しておきたいんだけどな。

 

 最近じゃあ銃撃戦も増えてるから、せめて警視庁のパトカー一式をウチの装備並みに改修してやりたい。

 せめて防弾仕様にして車やそのドアが盾として使えるレベルには……。

 

 この間の都内の強盗騒ぎとか、それで銃弾がドア抜いちゃって千葉刑事が被弾したらしいからな。

 

「……そうだ所長。仕事用の所長の専用車、改修が完了したと先ほど小沼博士と話していたんですが、報告は上がってますか?」

「あぁ、阿笠博士から上がってる」

「……まだどこにも販売されていない次世代高級車の改造機とは……メディアが嫌な騒ぎ方しませんか?」

「今はまだないけどその先に絶対登場する車っていうのが、なんかピンと来てね。で、それを仕入れて阿笠博士たちに改造頼んでたのさ」

 

 営業の人が見せてくれた資料見てデザインが気に入ったからってのもあるけど。

 報告も十分。自衛隊に頼んでロケットランチャー含めた実弾しこたまぶち込んでもらったけど中のマネキンは無傷だったし普通に走れて、ちょっとした整備で完全に元通り。

 パーフェクトだよ博士。

 

「車としての防弾性は当然、ノアズアークとのリンクに指揮車としての通信設備もあるし電子戦も可能。探偵事務所のフラッグカーとして申し分ないです。強いていうなら燃費だけどこればっかりはおいおい改修を重ねて――」

「所長、探偵事務所に防弾とか電子戦といった言葉は普通使われないってご存じですか?」

 

 ハハッ、ナイスジョーク。

 そういうものがないと、普段から周辺で動きまわってる各国諜報機関の動きに対応できないし、突発的に起こった銃火器犯罪やらに対処できないじゃない。

 だから俺とか安室さん始め正規所員の皆は、巻き込まれた民間人の盾になってるじゃん。何度も何度も。

 だから毎回毎回公安や政府の動きを調べてるスパイに欺瞞情報流したりする防諜作戦展開してるんじゃない。

 

 ねぇ、安室さん?

 薄々同意してますよね安室さん?

 ねぇってば。

 

 …………。

 

 目を泳がせるんじゃない。

 

 何度も一緒に銃弾の雨を潜り抜けて体に穴空けまくってきた仲じゃない、んもう。

 

 ……いや穴空いたの俺だけだったわ。安室さんはあの弾幕の中で無傷だったわ。

 やっぱ超人はモノが違うわ。

 

「あー、それでですね」

「なにか他の人間に言いにくい仕事があるんだろう?」

 

 おっと、兄貴モードに入ったか。

 …………。

 うーん……。

 まぁ……よし。――よしとしよう。

 

「そんなとこです。えらくやっかいな話で……」

「だろうな。執事たちを使って盗聴関係が決してないように念入りにクリーニングしていたようだし?」

 

 ……。うん。

 盗聴を意味するハンドサインを送ってみると、迷わずOKサインを出してきた。

 

「というわけで、一仕事お願いしたいんですよ。ねぇ」

 

 

 

――バーボンに。

 

 

 

 一か八か、札を切る。

 安室さんは涼しい顔のまま、

 

「どうしたんです? まさかここまでしてこっそり飲みの誘いですか?」

「んや、普通にそのまんまの……うん、安室さんが今思った通りの意味」

 

 もう、ここで安室さんを完全にこちら側に引き抜こう。

 このままズルズル謎の存在のまんまにしておくと、味方かどうか確認するための妙な事件だかトラブルが発生して長引いた挙句に余計な回り道することになるんだ。主にコナン主導で。

 それ自体はいいんだがよくない。

 なんのために俺が頑張ってるんだかわかんなくなっちまう。

 

 つじつま合わせのシナリオは後で考えればいい。

 大事なのは、ここで俺が撃ちまくられようが刺されまくろうが一歩進むことだ。

 

 毒はまぁ……アレで。

 例のアポトキシンとやらはわからんけど、どうも今の俺は毒効かんっぽいしなぁ。

 

「組織内部にもう人は入れてある」

 

 まぁ、玲奈さんことキールのことだけど。

 

「ただ、今回俺が打ちたい手には足りない。幹部クラスの助けがいる」

「よく分からないな。仮に僕がその……なんだ、組織? の幹部だとして、僕にどうして欲しいんだい?」

「いやぁ、実はですね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おぉう、安室さんが頭抱えてらっしゃる。

 ……いや、よくよく考えると――考えなくてもこれいつも通りの光景だな。

 

「その話をよくここで俺に振ったな」

「まだ時間に猶予があるしと色々タイミング考えていたんですけど、これ以上考えていてもズルズル引きずるだけかと思いまして。はい」

 

 はい。

 

 黒づくめの幹部なのは確定だけどほぼグレーよりの白だし、ここで明かしておけば少なくとも今回は動かざるを得なくなるだろうし。

 まぁ、あの、ちょうどいいかなぁって。

 

「公安――というか風見刑事にはこれから協力を要請するので、その後細かい所を詰めていけたらと」

「……事情は分かった。……確認するが、ここの防諜体制は」

「ジョドーの腕前を信じていますよ」

「忠誠心に関しては?」

「聞くまでもないでしょ」

 

 例の組織の目的は分からないところが多いけど、生産的な連中ではない。

 そういう意味でジョドーの目的から最も遠い組織だ。

 仮に裏切るつもりだったとしても、この情報を売る相手としては一切旨味がない。

 

 それに周囲にジョドー達の気配は感じない。

 完全に人払いを済ませているのは間違いない。 

 

「で、どうします? 俺の事も含めて組織に話します?」

「そうしたら今の大混乱状態に、さらにお前の全戦力が投下されるんだろう? これ以上日本を引っ掻き回さないでくれ」

 

 本気で困ってる様子がおかしくて笑ってたら頭はたかれた。

 痛いて。

 

「……透」

「はい」

「僕は……ある犯罪組織の幹部だ」

「知ってます」

「君の敵だ」

「知ってます」

「ここの情報を組織に流していた」

「知ってます」

 

 ほとんどが重要度がそこまでじゃない情報ばっかってところまで含めて玲奈さん経由で確認済みです。

 

「時によっては裏切る事もある」

「知ってます」

 

 変なタイミングで裏切り躊躇って、安室さんが組織の連中の粛清対象とかになっちゃう方が怖いんでバッチ来いです。

 一応こっちも許容範囲は常々言っているから問題ないですよね? 調整できますよね?

 七槻たちや高校生組、子供たちに手を出さなきゃ問題ないんで。

 

 遠野さん達新入りも含めてやってる俺たちの訓練の意味は、本当の意味で最古参の安室さんが一番知っているでしょ。

 

 知識面の座学や実技にくわえて、顔に水ぶっかけられながら筋トレ10セットとか海風吹きすさぶ浜辺で海水ぶっかけまくってひたすら耐える訓練とか、吹雪の雪山を緊急用GPS含めた10kg近いフル装備背負って歩いたのや、ナイフ一本で湿地帯を横断したのはなんのためかと。

 

 いざ起こるだろう想定外の事態において単独でも慌てずに、最低でも他メンバーが到着するまでの時間稼ぎができるようになるための訓練じゃないですか。

 

 一番の新入りで閉所恐怖症の弱点持ってる遠野さんでも、仮に安室さんが裏切って何か仕掛けても無抵抗でやられるような新米探偵じゃあとっくにないんですよ。

 

 なぜか訓練全部に自主参加して全部クリアしてる真君?

 うん。

 

 まぁ、そんな人もいるよね!

 

「……透」

「はい」

「それでも俺を頼るのか」

「真っ先に思いついたのが安室さんだったんで」

 

 玲奈さんは完全に利害が一致しているわけではないし、基本的にこっちサイドに引きずり込んではいるけど不安要素がないわけではない。

 赤井さんがいても、死んだことになっているあの人を派手に使うわけにはいかないし。

 

 うん、最古参ってことも含めて安室さんしかいねーわ。

 

 おぉう、もはや見慣れた深いため息。

 

「それで?」

「はい」

「俺の役割は、公安と協力しての裏工作だな?」

「そうです」

 

 

 

 

「ちょーっと、組織から抜け出したいとおっしゃる方が、ウチに泣きついてきてるので……」

 

 




作中に出てきた組織名は基本的にルパン三世シリーズに出てきたそういう組織で御座います。


浅見透専用の社用車のイメージはルパン三世part4(あるいはイタリアン・ゲーム)にてニクスが乗っていた車、調べたらBMWi8という事でしたので、この世界にはまだ存在しない、企画とデザインのみの車を阿笠博士を始めとするチートの力で実現させた上で魔改造した――という形にしました。
そして人工知能ノアズアーク装備、というかリンクしています。



ナイトライダーでは断じてない。
ないったらない。


なお、今回の登場人物は大体が劇場版キャラですので折を見てまとめてやります。
一応、スケベ親父は随分前……世紀末の魔術師編の始まり辺りの小ネタでちょいと登場



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160:あっちもこっちも宿命だらけ

「もう傷は治ったのかしら、ジョン?」

「……銃撃そのものは躱した。苦労して調達したバイクが数日でお釈迦になったことの方が辛いな」

 

 名無しの男と蠍の女は、念のためにまた移動した新しい隠れ家にて、先日の襲撃による傷と疲れを癒していた。

 

「外の動きはどうだ?」

「貴方がいたっていう組織の情報が漏れ始めているわ。これまでずっと闇に潜んでいた、莫大な資産と技術を持つ世界的な裏組織があるらしい……ってね」

「……今頃組織は、自分たちの痕跡を隠すのに必死だろうな」

 

 男が所属していた組織は莫大な資本と科学、技術力が大きな武器だったが、同時にその最大の武器は隠密性だった。

 だからこそ、暗殺用の毒薬といった類が好まれた。

 

「しかし、そうなると俺も逃げ回らなければならんな」

「ええ、貴方が元組織の人間だって事は少しずつ広まっているわ」

「……接触があったか?」

「ちょっと、ね」

 

 蠍が取りだしたのは、隠し撮りと思われる一人の女の写真だ。

 

「これは?」

「峰不二子。泥棒……というより盗賊ね」

「狙いは組織の情報?」

「それもあったけど……」

 

 蠍は、その妖美な顔をわずかに忌々しそうに歪ませ、

 

「本命は共闘よ」

「共闘? 組織へのか?」

「いいえ」

 

 一人暮らし向けだとしても小さすぎる小ぶりの冷蔵庫からビールの缶を取り出し、片方を男へと放り投げた蠍はぶっきらぼうに、

 

「透よ。彼を狙う者同士、手を組まないかと」

「…………ふむ」

 

 男はその様子に首を傾げる。

 一人で浅見透と決着を付けたいというのならば、そもそも自分と手を組んでいないハズだと。

 

 となれば、他に理由があったハズだ。

 自分以外の女に手を出されたくないのだろうか。

 

「なにか、理由があったのか?」

 

 ほろ苦い炭酸とアルコールで喉を潤してそう聞くと、開封したにも関わらず口を付けない蠍は、その缶を握る手に力を入れて、ベコベコっと軽い金属音を立てる。

 

「あの忌々しい女、私にこう言ったのよ。『私と貴女達で組んで、あの男の持っているお金を根こそぎ掻っ攫っちゃいましょう』って」

 

 なるほど、と男は納得した。

 それは確かにこの女にとっての逆鱗だろう。

 

「彼は自力で財を成して、遺産を手にして、力を手に入れた。それは誰にも文句が付けられない偉業」

 

 男は知っている。

 先日の事件を以って、蠍にとって浅見透が唯一無二の存在になったことを。

 

「未来を見通すような知略に、国家をも呑み込むような行動力、幾度もの暗殺から生還し、片目を失ってもなお衰えない生命力」

 

 女は満足そうに宿敵の気に入っている特徴を上げていき、少し機嫌を直したのかビールに口を付ける。

 

「えぇ、ロシアでの動きを見る限り、なんらかの形で私の本命だった遺産に彼はたどり着いた」

「間違いないのか?」

「さぁ? でも私の勘はそう言っているわ」

 

 勘と言うあやふやな物を口にしているにも関わらず、蠍は自信に満ち溢れた顔をしている。

 

「彼がその財をどう使おうが構わない。誰に渡そうが誰に使おうが、それは彼の正当な権利」

 

 ただ、と言葉を切り、中身を半分ほどに減らした缶をベコベコっと更に凹ませる。

 

「それを横から奪おうとする者は許さない。浅見透という男に挑もうとする女ならともかく、私達の血筋に連なる者ならともかく、ただの盗賊風情が財目当てに彼に挑もうだなんて虫唾が走るわ」

 

 女はそっと自分の唇に指で触れる。

 先日の事件の時、ガラス越しに浅見透と口づけた箇所を。

 

「そもそも、それじゃあ彼には絶対に勝てない」

「そうだな」

 

 自分が話を聞いていても断っただろう。

 いや、害にしかならないと判断して殺そうとしたかもしれない。

 

「ここから先彼と対決する資格があるのは、自分の全てを懸けて一矢報いようとする者よ。それ以外の半端者が彼に挑むのも勝手だけど、そんな連中が私達と彼の間に割って入ろうだなんて腹立たしいじゃない?」

 

 あぁ、分かる。

 それなら分かる。

 

「それで、峰不二子はどうしたんだ?」

「追い返してやったわよ」

 

 

 

 

「おかげで大分弾を使っちゃったわ。またどこかで補充しないと」

「……あの老人のおかげで、補給に以前ほど苦労しなくなったのは皮肉だな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇9月10日

 

 裏方も任せられる人が一人増えたおかげで、こっちもかなり動きやすくなった。

 具体的に言うと、休日が休日(死)になる事がなくなりそうだ。

 これまでは休日という形で俺を監視している連中どうにか避けてこっそり動く事が多かったから、実質仕事な日がほとんどだったけど、これからは堂々と安室さんとジョドーに任せられる。

 

 まだ安室さんには全部の情報を開示しているわけではないけど、状況によっては見せることがあるかもしれない。

 

 今日の依頼は、恩田さんが馬主になる件で色々相談していたオークス牧場からの依頼だった。

 依頼と言うか、すでに向こうが真実を知っていて、その証明のためにこちらに協力を要請したというのが正解か。

 まぁぶっちゃけ、この世界では珍しくない悪質地上げ案件だった。

 

 本当にこっちではありふれているので、当然対応のノウハウも十分蓄積されている。

 仕掛けを依頼していた不動産会社社長も逮捕し、その依頼を受けて馬に悪さをしていた装蹄師も現場押さえて逮捕。

 

 恩田さんも、あそこの牧場の人とはかなり仲良かったしまぁ、めでたしめでたしだろう。

 今回悪さをされかかっていた馬――マダムリープといって、小五郎さんが大分世話(・・)になった馬らしいが、種付けが成功したら様子次第で恩田さんが主になるようだ。

 

 ……あれ? 馬主条件のお金はともかくとして年数ってどうなってるんだ??

 ……実際二年以上働いているわけだけどさ。

 

 

 

〇9月15日

 

 おかしい、仕事が凄い減っている。スゴく減っている。嘘じゃん。

 安室さんをややこちら側にしただけでこんなに仕事って減るものなの?

 いや、忙しい事には変わりないんだけど命削ってる感は無くなった。

 

 馬鹿な、つまり俺の仕事の比重って裏側の方が半端なかったってことなの?

 俺ただの探偵事務所の所長兼カリオストロの摂政兼東欧のまとめ役じゃん! あと傘下企業のトップ!

 

 でも今日の仕事はなんかこう、健全な仕事だった。

 いつもみたいにあの手この手で賄賂渡そうとしてくる連中相手しなくてよかったし、スパイ関係の仕事も……あるにはあったけど激減した。

 いかん、いつの間にか俺の人生が裏の道にどっぷり浸かってアカン事になっている。

 

 そんなこんなで凹んでいたらふなちが膝貸してくれて、源之助が乗ってきて、桜子ちゃんがわざわざスープ作ってくれた。

 すまねぇ。もうホントすまねぇ。

 明日からはいつも通りにするからさ。

 

 

 

〇9月16日

 

 いつも通りじゃないと調子でないからもうちょっといつもみたいな仕事回してくれって安室さんに言ったらアイアンクローくらった。ひでぇ。

 

 もっとトップらしくしていろと言われましても、稟議書には一通り目を通して決済終わらせたし業績に問題がある会社は変装した上で仕事の依頼に行ってみたりして問題点を一通り探り出したし、根回しと言うか営業の方もアチコチに顔出しして繋ぎを増やしたし仕事も取ってきたし……駄目だ、やっぱ一日に一回くらいは事件か銃撃のどっちかに関わってないと落ち着かない。

 

 片づけた仕事量を見せたら、なんでお前は無駄に有能なんだと指にさらなる力を籠められる始末。

 そう言われましても。

 

 いっそ趣味でちゃんとした真っ白な仕事増やそうかな。

 せっかくだし調査とか警備とかじゃなくて、子供が関わる奴の。

 

 そうだ、ちょうどいい。

 先日の伊勢川氏の遺産の一つ、コナン達少年探偵団が走り回ったっていう『不思議な天使の館』を子供向けのテーマパークとして利用する話あったな。

 あれに一枚噛ませてもらおう。

 

 あれから伊勢川氏の曾孫のユリコちゃん、周辺に伊勢川氏の財産狙ってた連中がうろついてるって話だし、俺が関わる事で多少なりとも牽制になるだろう。

 

 

 

〇9月20日

 

 テーマパークの運営に手を貸すことになったけど、これ思った以上に難しいな。

 土地の問題なんかはともかく、アトラクションの開発や建設、それに維持にかかるコストが半端ない。

 伊勢川氏の遺した夢だからなんとか守ってやりたいんだけどぐぬぬぬぬ。

 ただただ赤字の事業に趣味の一環とはいえ投資を続けるのもあれだし、色々手を貸しているんだけど……。

 

 もうちょっとこう、役に立つかどうかじゃない面白い研究をしてる――阿笠博士みたいな人を集めて色々やらせてみるか。

 そういう人間の方が子供が楽しめる面白いアトラクションに繋がるものを持ってそうだ。

 

 

 

〇9月22日

 

 事務所で夕食取ってる時にアイデアをポロっと零したら、瑞紀ちゃんが食いついてきた。

 一人でも多くの子供を楽しませる場所というのが大変気に入ったようだ。

 まずはウチの傘下の芸能――歌手や役者も含めて、ありとあらゆる出し物に対応できるステージという物を作るために、あれこれと案を出し合っている。

 気が付いたらプロデュース業をやってきた真悠子さんも加わっていたな。

 

 青子ちゃんが瑞紀ちゃんの事じーっと見ていたのが気になったけど、会議は滅茶苦茶盛り上がっていた。

 ……あれだ、先に要求をまとめさせてから技術屋に渡そうと思ってたけど、先に技術屋集めた方がよさそうだな。

 とんでも案で面白そうなのが出てきても、技術的に無理とかなったら士気が下がっちまう。

 

 同時に、面白そうな研究者も今色々集めている。

 こっちも、阿笠博士がちょうどいい人がいるというので、そちらを当たらせてもらおう。

 

 

 

〇9月25日

 

 阿笠博士ちょっと人脈がおかしくない?

 いや、世界的な小説家の工藤優作の友人の変人研究家っていうんならこんなものか。

 

 アクアリウムの専門家からロボットの専門家に演出家にバーテンダー、旅館経営者……いやホント、人材の宝庫だよ。

 阿笠博士がそういう方向に動く人じゃないってのは知っているけど、やろうと思えば事業の一つ二つ起こして大儲けできたんじゃない?

 というか、そう提案してみたんだけどそういう話は俺に任せると。

 マジかよ……。

 

 むしろ、博士の知り合いの一芸特化技術持ちの就職や仕事を世話する羽目になってしまった。

 マジかよ……。

 

 いや別にいいんだけどさ。

 

 子供向けの企画ということで、会議に今度は小沼博士が乗り込んできた。

 子供向けのUFO展を是非ともやりたいというので、そういう専門家――違うなこれ、フリークスか。

 まぁ、そういう方を数名集めてやってみてもいいと言ったら大張り切りだ。

 実際の研究所がアレだったとはいえ、UFO研究家だったのは本当だから知識量はあるし、まぁ大丈夫だろう。

 

P.S.

 

 博士達や芸能組やステージ組から上げられた企画書や嘆願書に目を通してたら、メアリーにググッと頭を軽く押さえられた。

 

 家に戻って続きをしてたら、今度は志保に頭撫でられた。

 

 二人とも機嫌はよかったと思うんだけど……なんなんだ?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「んで、頼んだ仕事はどうです?」

『……俺が言うのもなんだし今更だけどよ。お前さん、世界的な探偵だろ? 泥棒の俺とつるんでいいのか?』

「そう思うんなら唐突なテレフォンアタックと闇人材投下を止めろよホント。クーデターで暗殺された先代指導者の遺児みたいな火種をポンポン放り込まれて対処にどれだけ――おい口笛吹いてんじゃねぇぞゴルァ!」

 

 何のために通信衛星事業に莫大な金ぶっこんで作ったこっちの通信網に一枚噛ませたと思ってんだ!

 逃がさん! お前だけは!

 

 こうして家の自室にこもっていても連絡取れるんだからな、こっからせめて借り分位は返してもらうぞ!

 

『まぁ、お前さんにはずっと借り作ってばっかだからな。こんくらいで多少でも返せるんなら、むしろお得さ』

「はいはい。で、連中の正体は?」

 

 裏の世界の超一流、ルパン三世に依頼したのは、例の蜘蛛連中に関しての調査だ。探偵が泥棒に調査依頼とはおかしいと思うが、裏で動ける人間にしか頼めないこともある。

 カゲを初めとする傘下の裏は、全部防諜と直接仕掛けてくる連中の対処で手一杯だったのもあるけど。

 

『お前さんを執拗に狙っているのは『タランチュラ』っつー組織だ』

「……まんま蜘蛛だったのか」

『まぁな』

 

 さすが天下の大泥棒だわ。しっかり欲しい情報を引っ張ってきてくれる。

 

『依頼人は……あれだ。どん引くくらいアチコチの国からお前さんやお前の部下の暗殺や誘拐の依頼が出てたぞ。金の痕跡が残ってた』

 

 痕跡が残ってた?

 ……気になるけどまぁいいや。

 

「出元が一つじゃないってのはなんとなく読めてたんでソコはいいです。ただ、リストは売ってほしいですね」

『……そこで貸しを盾に渡せって言わない辺り、やっぱりお前さんは信頼できるなぁ。後でお前の所の方舟にネット経由で渡しておく。報酬に関しては今度決めよう』

「助かります。で、奴らの本拠地は?」

 

 奴らは連携こそ取れていないが個々の能力はかなり高い。

 だが同時に、連中はなぜか口封じのための毒を手の甲に打ち込まれている。

 多分だけど、中には現状に不満を持っている連中がいるハズだ。自由を望む連中が。

 

 仲間割れさせるには絶好のシチュエーションだし、上手くいけば高い能力を持つ戦闘員をまとめて取り込める。

 まぁ、殺人狂とかならアレだけど。仕方ないからこう……アレするけど。

 

『大西洋上の無名の島。バミューダトライアングルの中だ』

「……ひょっとして侵入するの難しい?」

『あぁ。だが大丈夫だ、侵入するための方法はもう調べが付いている。一度直接会って話をしたいんだけどよ……』

「どこで落ち合う?」

 

 怜奈さんがアメリカの方の手を緩めてくれたが、他の所がどう動くか分からんしさっさと叩き潰しておきたい。

 あと、依頼した国は覚悟しておけ。この世界で探偵敵に回すとどうなるか教えてやる。

 金だけで済めばいい方だと思えよ貴様ら。

 

『それに関してはまた改めて話す。ちょいとこっちも面倒な事になっててな』

「? なんかあったの?」

『どっかの馬鹿が俺様の偽の予告状出しやがってなぁ? ま、出元を確かめるためにもちょいと首突っ込んでみるのさ』

 

 それ罠じゃん!

 100%罠じゃん!

 

「気を付けてくれよ? ここで肝心の所聞かないまま死なれたり攫われたりしたらまた面倒なことになる」

『そこはちゃんと俺を心配しろい!』

 

 何を心配しろと。

 どんだけピンチになってやべぇことになっても最終的に何とかしちゃうコナンみたいなタイプの人間でしょアンタ。

 性質(たち)(わり)ぃ……。先生も師匠も大変だな……。

 

『あ、それとトオル、お前さんに連れてきてもらいたい奴がいるんだけど?』

「連れてきてもらいたい人って……誰さ」

『誰っていうか……あれだ。口が堅くて信頼できる、毒とか薬に詳しい奴。お前さんなら一人くらい知ってんだろ?』

「…………」

 

 口が堅くて信頼できる、毒物や薬品のプロフェッショナル。

 

 …………。

 

 いや、あの――

 

 

 

――トン、トン。

 

 

 

「透さん、入るわよ……なに、その目」

 

 返事を待たずに、口が堅くて信頼できる、毒物や薬品のプロフェッショナルの女が入ってくる。

 志保、お前返事くらい待てよ。ここはお前の部屋じゃ――いやもう実質この部屋お前の部屋でもあったな。

 ごめん、俺が悪かった。

 

 

『? どうした、トオル?』

「いや……」

 

 

 

 

「いるにはいるんだけどさぁ……」

 

 

 

 

 

 




〇あさみん、灰原に女との密会の電話と思われていると察し、電話が終わった瞬間「違うんです」と脊髄反射で土下座
〇灰原、迷わず浅見を椅子にする。

〇ルパン三世、偽の予告状の現場に赴いた所で襲撃を受ける
〇ルパン逮捕に来ていた銭形警部、ルパンを追う中で襲撃に巻き込まれ、銀のワルサーを持つ何者かに撃たれる。





《rikkaの事件紹介コラム》

〇OK牧場の悲劇(アニメオリジナル)
File251 (DVD:PART9-8)

 ひっそりカウントしているコナンワールド美人の一人が出てくる事件。
 以前紹介した『七年後の目撃証言』の友里朝子さんとかめっちゃ好み。

 お手本のようなアニオリ事件で今でも観やすいエピソードなのですが、今の世代でOK牧場の元ネタの映画『OK牧場の決闘』を知っている人なんているのだろうか……。

 リアルタイムの私の世代でも、せいぜいガッツ石松さんのネタだと言うくらいでしか知らない人がほとんどでしたね。

 ……知らべたら元ネタの映画って1958年の映画なのか。……1958年!? そりゃ知らんわ!!

 たまにコナンどこから見たらいいですかという質問をいただくのですが、メインストーリーの重要な点なども踏まえると、黄昏の館殺人事件が含まれる2001年度あたり。DVDだとPart8(シーズン6)あたりがおすすめです。
 絵もある程度今のコナンに近いため、たまにある『絵が古くてダメだった』という事になる可能性も比較的低いかと。

 初期のエピソードが見たい?
 youtubeを開いて『コナン 公式』で検索するのです。
 シーズン5までは無料で公開されております。

 それ以降だと、dTVやHuluなどでどうぞ。
 最新とまではいかないですが、2022年9月現在、2020年の半ばあたりの作品までは全部見れます。

 ……一部配信サイトは、上記のyoutubeの無料分までしか載せてなかったりしますのでお気をつけて


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161:鴉、飛ぶ

「つーわけで、内緒の出張するからツインタワービルのオープンセレモニーは初穂、頼むわ」

「あん? ボスの内緒の出張はともかく、ツインタワービルの完成は春先になる予定じゃなかったっけ?」

「どうも色々無理したみたいでね……」

「……あの美人社長、ちょいと自己顕示欲が強すぎないかね」

「いや、どっちかっていうとアレだ。仕事と言う名の趣味をドンドン先に進めたいタイプでしょ」

「そりゃそれで厄介だねぇ」

 

 亀倉さんが、面白いそば粉が入ったと言うので初穂とご馳走になりながら、今後の事を話し合っていた。

 

「セレモニーで気を付ける事は?」

「んー……。いつも通り身辺に気を付けておいて。さっきも言ったけど色々無茶したみたいだからね」

「恨みも買ったか?」

「それと欲ボケ……いや、色ボケした奴を集めちまってる」

「ん?」

 

 初穂は何気に麺食いだ。

 閻魔大王ラーメンがもはや名物となっている小倉を始め、うどんに蕎麦、パスタとあれこれ食い歩いている。

 

 その初穂からして、亀倉さんの蕎麦は合格だったんだろう。

 良かった、せっかく一緒に飯食うなら美味い物を食べてほしかった。

 仕事の話をしながらの食事なんてシチュなら猶更だ。

 

「岩松市議が関係している」

「あぁ、マリーやら遠野に嫌な目を向けてたクソ親父かい」

「……待って、遠野さんも?」

「安心しな、余計な事言われる前に下げたさ。……ただ、代わりにマリーにゃちょっと嫌な思いさせたね」

「……あんにゃろう、マジで」

 

 その上で中途半端な攻撃してきたのか。

 バレないように報復しておこう。

 

「まぁ、あのエロ親父が今のウチに手を出せるとは思えないけど、うっとうしい事をしてくる可能性がある」

「まぁ、キャメルがいりゃ大丈夫だろう。誉め言葉にゃならんだろうから口にはしないけど、ああいう強面(こわもて)が控えてくれてると、それだけで助かる。安室さんや沖矢みたいな色男じゃもうちょい手間取るからね」

 

 キャメルさん、次の昇給に色付けるわ。初穂も。

 いや、初穂が助かるって言うならマジなんだろう。

 女捨ててる女だけど、それでも女性という性別で足を引っ張られる事もやはりあるのだろう。

 

「ついでに美緒さんの事も気を付けておいてくれ。あれ、多分どっかで恨み買ってるだろうから」

「……ボス」

「ん?」

「さっきの出張の話もそうだけど、女には気を付けなよ」

「今度の出張は女絡んでないんだけどなぁ」

「あぁ、それじゃドンパチかい。帰国した時のために病院の検査用意させておくよ」

 

 そそ。さすが初穂だ、話が早い。

 

「遊びはともかく、あんまり女に手を出しちゃいないのは知ってるさ。ただ……ほら、最近メディアは下世話な方向に話を持ってきたがる」

「……怜奈さん関係の話は本当にうざかったな」

「一応カゲやツテを辿って調べてみたけど、スキャンダルのでっちあげ狙いの介入はなかったよ。……いや、テレビ屋はボスのスキャンダル欲しがってるけどさ」

 

 ちくしょう……。株もっと買って圧力……かけるのもなんだかなぁ。

 やっぱ自前の局を持って、後は適度にあしらいながら付き合いを続けるのが正解か?

 

「ちなみにメディア連中、今度は毛利の嬢ちゃんとか真純、紅子との噂作ろうとしてるよ」

 

 そば湯吹きそうになった。

 

「あの馬鹿共! 俺を殺す気か!?」

「全くさね。真純や紅子はともかく、本当にんな事になったら毛利の旦那がボスを投げ飛ばしに来るね」

 

 ちげーよ! 飛んで来るの背負い投げじゃなくてサッカーボール!

 そこそこの大木へし折るレベルの!!

 

「潰せ。意味なく高校生を大衆の玩具にしようとするなんざ敵対行為でしかない」

「だろうね。当然手配してるよ。ただ、そうなるとまーたボスのお相手を探し出すよ。アイツらは」

「思春期の恋愛脳かよ……」

「そういう連中が多くて、注目を引くのが簡単だからじゃないか?」

 

 うへぇ。

 

 ……いやそういえばそうか。園子ちゃんは言わずもがな、蘭ちゃんもそういう話好きだったわ。

 

 うっへぇ。

 

 これまでの印象の貯金があったから青蘭さんの事は、悲恋というか宿命の対決みたいな扱いになっている――ノアズアーク事件の結果、それが補強されたからそっちにしばらく食いついてくれると思ってたんだけどなぁ。

 

「もういっそ、本当に遊びまわってみたらどうだい? ボスがこの間気に入ってた娘みたいにスキャンダル作りまくったら、かえって武器になるさね」

「いやアイツは別格だろ。レベッカの事言ってんだと思うけど」

 

 欧州方面の事業展開で知り合った、イタリアはサンマリノの名家ロッセリーニ家の現当主……にしては若いよなぁ。いや俺よりちょっと年上なんだけど。

 

 こう、わんぱく小僧がそのまんま美女になった感じだ。

 アレでイタリア有数のホテルグループ率いてんだからすげぇわ。

 

「アイツには、ロッセリーニ家っていう積み重なって来た物が後ろにあるからな。やんちゃやってもイタリアに愛されている。俺みたいな新興勢力がやっちゃダメでしょ」

 

 いや、アイツ本当によくやるわ。

 スキャンダル自分からリークするか? 普通。

 しかも目的とくになしで。

 攪乱とかなら俺もやるけどさ。

 

「いっそ七槻かふなちの嬢ちゃんと婚約でもしたらどうだい?」

「そしたらメディアが今まで以上にアイツら玩具にし始めるだろ」

 

 ちょっと前まで桜子ちゃんが危なかったし、ジュニアアイドルに似ている志保――灰原に付きまとってた連中もいる。

 仲良くする必要はある連中だけど油断したら駄目な連中だ。

 

「不倫とかならまだしも、女が絡んだだけのなんちゃってスキャンダルで転ぶ会社じゃなくなったんだ。ただ、変な所で足引っ張られないように気を付けな」

「あー……うん、気を付けるよ」

「特にボスは、仕事上行先や行動を公に出来ない事がちょいちょいあるからね」

「マジですまん。出来るだけ早く潰して帰る」

 

 志保も協力するって言ってくれたし――やけにあっさり同意したのが引っかかるけど、後はカリオストロの時と同じく、コソコソ動いていただけそうなものは全部いただくだけだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ママも行くんだ? 透兄(とおにい)の出張に」

「ああ。……行先を告げられないのはすまない。だが、これはうかつに口外できる話ではない」

「いーっていーって! 一応探偵を自称してるんだ。守秘義務も含めて情報の扱いがどれだけ大事かは分かってるよ」

 

 表向きはカゲの一員として、その実態は他でもない浅見透直属の諜報員。浅見透が最も頼りにするワイルドカードであるメアリーは、セーフハウスで同居人――他ならぬ娘と、出発する前の夜を過ごしていた。

 

「というか、ママこそ大丈夫かい? 透兄の行先なんて銃弾飛びまくって爆発しまくってフッヒャー! みたいな所だろう?」

「真っ先に思いつくのがそういう所になるのか」

「なるよ。だって透兄だよ?」

「……いや……まぁ……」

 

 実際当たっているのだから上手く反論できず、そもそも自分も全く同じことを言うだろうと思っていたメアリーは口ごもり、

 

「……そうだな、そうなるか」

 

 メアリーは世良の言葉に頭が痛くなるのを感じていたが、それを受け入れ懐から得物をゆっくり抜く。

 今は弾丸が込められていないが、場合によっては使う事になる彼女の武器――拳銃だ。

 

「真純、そこのシートを取ってくれ。念のために整備しておきたい」

「毎朝やっているじゃないか。今朝だって」

「武器だからな。念には念を入れておきたい」

 

 珍しく、メアリーは少し緊張している。

 

 これまでも最低限の緊張は常に持っていた。

 プロフェッショナルとして、自分のパフォーマンスを引き出す程度の緊張感を持つ様コントロールはしてきていたが、あのロシア事変の時のようにそれを超える緊張が滲み出ていた。

 

「……真純」

「なに?」

「私達が帰って来てからの話になるだろうが……浅見透の監視――いや、観察と分析のために、本国からある外交官が来る」

「外交官?」

「ああ。ジャスティン・パーソンという男だ。おそらく、事務所員にも接触を図るだろうが……」

 

 薄いゴムの手袋をはめてから手早く銃を分解し、部品を一つ一つ磨きながら、メアリーは続ける。

 

「いいか、お前はあまり近づくな。浅見透や恩田遼平がいない時は特にだ」

「気を付けろって事?」

「そうだ。うかつな挑発も止めておけ」

「……ひょっとして、同僚?」

 

 一通り掃除を終え、組み立てる前に一息ついて真純に向き直る。

 

「想像に任せる。が、少々やっかいな男だ」

「どういう人なのさ、それ」

「……そうだな、人格面などは問題ない。だが――」

 

 メアリーは、この身体になってからは音声でしかやり取りしていない同僚の事を思い返す。

 

「調査方法や危機対策、それに有事に於いての戦闘技能などは……そうだな」

 

 家族と言う地雷を踏むと暴走する辺りといい、組織運営能力を除けば、その男は浅見透と瓜二つといえるのかもしれない。

 

「浅見透の上位互換だと思え」

「そんな化け物がいるの!?」

 

 驚愕する娘を尻目に、銃の組み立てを始めながら続ける。

 

「以前、透自身からアイツの能力についてある程度聞いたことがある。詳細は話せんが、奴と透は極めて近い能力を持っている」

 

 そういえば地雷まで同じだったな、とメアリーは静かに思う。

 

「だからまぁ……気をつけろ。普通にしていれば無害だが、それでも警戒に値する男だ」

「……ママの事はよく知らない、で通した方がいい?」

「そうしておけ」

 

 銃を組み上げた少女は、薬室をチェックした後で構えて見せる。

 本来ならばもっとも似つかわしくない外見であるにも拘わらず、その雰囲気の鋭さは手にした拳銃に違和感を覚えさせない。

 

 真純が以前から見る、メアリーという女の姿だ。

 

「……ママはさ」

「なんだ?」

「透兄といる時はもっとこう……ママっぽいよね」

「……言いたいことはなんとなく分かるが、もう少し言葉を探せ」

 

 メアリーがずっと、父の役目も負って自分に接していたことを真純は知っていた。

 だからこそ、メアリーが自分以外の人間がいる所で女言葉を使ったことに、真純は密かに驚愕していた。

 

「……あの男と接していると、秀一がもう一人増えた気がしてどうも、な」

 

 諜報員としての顔が僅かに薄れ、メアリーは溜息を吐く。

 

「真純」

「なに?」

「あの馬鹿は必ず連れて帰る。仮に仕事が失敗したとしても、首根っこを引っ張って連れて帰る」

「そもそも、透兄が失敗するイメージが湧かないけど……うん」

「そうしたら、お前の口で『お帰り』と言ってやれ」

 

 

 

「あの男は家族に飢えている。お前からもそう言われれば、今度こそキチンと療養するだろうさ」

「ママ、ナチュラルに透兄がボロボロになるって決めつけてるね?」

 

 

 

 

 

「というかさぁ」

「なんだ」

「『いってらっしゃい』も『おかえりなさい』も、ママが言った方が透兄喜ぶと思うけどなぁ」

 

 

 

 

 

「馬鹿者、見ればわかるだろう。私にその資格はない」

 

 

 

 

 

「ないんだよ……真純」

 




地味に自分が愛用している動画配信サイト『Hulu』
劇場版コナンのスポンサーというか提携というか……エンドクレジットにデカデカ出ているのでと使っているのですが、なぜかルパン三世、スペシャルの新しいものが一部ないのは理解できるが『Part4』がないのです。

だから真面目に、ニクスが出てきた時は凄く驚いた
ルパンワールドにこの能力持ちいたのかよと

そんなん知ったら出すしかないじゃない(自己弁護)

というわけで、今回の劇場版あさみん&灰原、またもやあとがきに行ってもらいます


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天国へのカウントダウン
162:ツインタワービル


浅見、灰原とジョドーを始めとするカゲ(とメアリー)を連れてルパンと合流、銭形が撃たれたことを知り開幕ギアフルスロットル。

メアリー、解毒剤の開発者の正体を知り、浅見が隠していた理由を理解すると同時に絶対に守らなくてはと胃がキリキリし始める。

不二子? 蠍から受けた傷が治っていないためお休みだよ




――キャーンプキャンプ! きょーうはキャンプ! あしたもキャンプ! あさってもーー!

 

 

 

「コイツら好きだねぇキャンプ……」

「はっはっは、子供はこういうのが好きじゃからのう。それにほれ、普段から浅見君があちこち連れ回しておるから」

「アイツはアイツで野生児だからな」

 

 江戸川コナンを含める少年探偵団との恒例になりつつあるキャンプ。

 いつもは運転手兼引率を買って出る浅見透が不在のため、代わりに阿笠博士の運転で彼らは西多摩市へと来ていた。

 

(……そういえば、例の事件以降ここに来た事なかったな)

 

「それにしても残念ですね、灰原さん。用事で来れないなんて」

「浅見さんと一緒に、外国の親戚に会いに行ってるんだっけ?」

「いーなー灰原。美味ぇもんたくさん食ってんだろ?」

「元太君だっていつも食べてるじゃない……。亀倉さんの所で料理の練習しながら味見で色々食べてるってお兄ちゃんから聞いてるよ?」

 

(浅見の奴、元太の事特に気に入ってるからなぁ)

 

 助手席に座るコナンは、先日釣りに行ったときに、自分で釣った魚を自分で食べられるように丁寧に子供達に魚の捌き方を教えていた浅見透の姿を思い出していた。

 その浅見透の話を大人しく、そしてしっかり聞いている元太の姿も。

 

「ほう、元太君は料理を習っとるのか。感心じゃのう」

「元太には釣りの才能があるって浅見言ってたからなぁ」

 

 元太は以前鯛を釣り上げた事があった。その時から浅見は、元太にあれこれと叩き込んでいた。

 

「……お兄ちゃん、人に料理教えるの好きだから」

「? そうなの楓ちゃん?」

「ふなちが料理出来るのって、お兄ちゃんのおかげらしいから」

「へーーー」

 

(あのふなちがねぇ。そういえば、桜子さんが来る前まであそこの家、食事は交代で作ってたな)

 

 最近では浅見たちが仕事などで動けない時に、小沼博士と共に面倒見る事が多い家政婦も今日は来ていない。

 

 人数の事もあるが、浅見透の離れの屋敷に引っ越してから荷解きをしていなかったため、しばらくは自分の部屋を作るのに使っている。

 

「にしても、この道いいね! 綺麗に富士山が見える!」

「そうだよね楓ちゃん……あれ?」

「? どうかしました? 歩美ちゃん」

「うん……あの建物なんだろう?」

 

 後部座席に座る歩美の疑問の声に、コナンが彼女の見ている方を確認する。

 

「あぁ、あれは西多摩市に新しく出来るツインタワービルだよ。高い方で319m、もう片方が294mだったかな。東都タワーより少し低いくらいだよ」

「へぇ~」

「良く知ってましたね、コナン君」

 

 歩美が感嘆の声を上げて、光彦も感心した顔でコナンに尋ねる。

 

「いや、浅見さん……ってか越水さんが、完成したらあそこに事務所を入れるって話をしてたからさ」

「あぁ、七槻お姉ちゃんもふなちも出かけてるのってそれかも。スーツ新しく買ってたし」

 

 浅見透の家で暮らしている楓は、当然ある程度家族の動向を把握している。

 

「そうじゃなぁ、なんなら明日、帰りに寄ってみるのもいいかもしれんのぅ」

「ホントかよ博士!」

「やったーー!!!」

 

 

「……お前ら、喜んでいるけど中に入れるかどうかは分かんねーぞ? まだオープンしてないんだから」

「「「えーーーーーーー…………」」」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「オフィスエリアに居住区、ショッピングエリアにホテル……コンサートホールまで……随分と盛りだくさんなビルですわね、七槻様」

「その分、完成すればどんな人が来てもおかしくない施設だから、ウチみたいな会社には向いてるよね」

 

 越水七槻、中居芙奈子。

 元浅見探偵事務所の副所長とその補佐を務めていた彼女たちは、調査会社の社長副社長の経験を積んだ上で、今では実質浅見グループの重鎮。ある意味で経営面のトップになっていた。

 

 なので、こういう場に呼ばれるのも大変増えているのである。

 

「いかがですか? 我が常盤グループが誇るツインタワービルは」

 

 二人を呼んだのは常盤美緒。

 常盤グループの令嬢であり、ここ最近なにかと浅見透と絡むことの多い女性である。

 

(……この人、なんか雰囲気が猫被ってた時の青蘭さんに似てて警戒しちゃうんだよなぁ)

 

 なお、越水七槻の中の要警戒女性リストのトップ5に入る女でもある。

 

「素晴らしいですね。まさか、これほどの高層から富士山を眺める事になるとは思いもよらなかったです。改めまして、常盤グループの成長を感じました」

「あら、ありがとう。……透君、やっぱり今度のオープンセレモニーには間に合いそうにない?」

「ええ。どうしても本人が動く必要がある事態になりまして……いえ、私も詳細は聞かされていないのですが」

 

 越水やふなちは、浅見からは灰原の家族絡みと説明を受けていた。

 さすがに浅見にも、『ちょっと小学生連れて暗殺集団の本拠地近くで潜伏してあれこれ工作してくる』とほざいたら無残な死を遂げるくらいの予測を付ける頭はあった。

 

「帰ってきたら必ずこっちに顔を出すとおっしゃっておりましたわ」

「そう……。あの子、いつも大怪我するからちょっと心配だけど」

 

(……まぁ……哀ちゃんが付いているなら無茶な事はしない……と思うんだけど……)

 

 残念。

 現実は無常である。

 

「あ、越水社長にふなちさん! お久しぶりでーす」

 

 越水たちが到着して定型の挨拶をしていると、その三人に声をかける人間が現れた。

 探偵事務所が誇る手品師(マジシャン)のアルバイト主力という、ツッコミどころだらけの存在だ。

 

「およ? 瑞紀様もこちらに?」

「ひょっとして、セレモニーで瑞紀さんショーを?」

「ああ、いえいえ。今回のセレモニーで私は出ませんけど、オープン後に高名なマジシャンを数名集めたマジックショーをやろうって話が出てまして」

 

 浅見透に、悲しいほどに胸がないパッド娘と認識されているマジシャンは、

 

「それで、完成したうちのホールの下見に来てくれていたの」

「ほら、例のテーマパークでのホール作りの勉強にもなりますし」

 

 ここ最近は本人の希望で、調査よりもテーマパーク計画に関わっている瑞紀は在宅の仕事が増えており、現場での仕事は自分の弟子である黒羽快斗に任せる形になっている。

 

 結果、不思議と小泉紅子が黒羽快斗に食料やドリンクの差し入れを頻繁に行っており、それを知った中森青子も物品を持ってきて奇妙な補給合戦が起こっているのはまた違う話である。

 

「瀬戸さん、いつもありがとう。貴女の即興手品、社員の間で評判いいわよ?」

「それはなによりです! 人を楽しませるのがマジシャンの一番の仕事なので!」

 

 最近常に謎の疲労と睡眠不足と戦い続けている瀬戸瑞紀は、ステージに立つ者としてのプロ意識で一切それを表に出さない。

 

 隈はメイクで隠し、笑顔を絶やさずに明るく、不快にさせない程度の大きな声で皆にニコニコと話しかけている。

 

 それはそれとして浅見透はもう三十回ほど無残に死ぬべきである。

 

「一応コンサートホールと、あと今度行われるオープンセレモニーの会場も見てきました」

「透君の部下として、なにか気になるところはありました?」

「う~~~ん、今のところは特に……大体の大きさや設備、ギミックは大体頭に叩き込みましたけど……はい、問題は特にないですよ?」

 

 唯一瀬戸が気にしたのは、窓ガラスに防弾性能がない事と、壁が銃撃戦に向いていない事くらいだが、それが頭に浮かんだ時点で彼女は自分の脳が汚染されていることに気が付いて気持ちをリセットしている。

 

 ドジなのは8割演じているだけで、やれば出来るタイプなのである。

 

「まぁ、演出面では私も一応専門家ですが……安全保障面とかそういうのになると所長や安室部長の専門になりますので」

「……やっぱり、一度透君の意見が欲しかったわね」

「まぁ、明日にはキャメルさんも来ますので」

 

 今現在浅見探偵事務所に控えているのは鳥羽初穂とアンドレ・キャメルの二名だけ。

 沖矢昴は遠野みずきと共に、密漁グループを追跡するために海上保安庁に協力した後アメリカへ、恩田遼平はシンシア・クレイモフの勧誘と受け入れ態勢の調整。

 

 調査部部長の安室透も公安の風見刑事と用事があるらしく、事務所には来ていない。

 マリーも私用により、有休を取っている。

 

 他にいるのは高校生組の面々だけである。

 

「ええ、明日には毛利先輩も来てくださるんですよ」

「へぇ、小五郎さんが……会社設立以来顔を合わせる回数減ったなぁ」

「一応今日はホテルの部屋をテストという事で泊まりますし、明日挨拶すべきかと」

「だなぁ」

 

 越水からしても、毛利小五郎は大事にしておきたい人物だった。

 あまり目立たないが、毛利小五郎は浅見透を一番止め得るブレーキ役なのである。

 

 浅見透の無茶を止めようとする人間は所内にそれなりにいるが、その大体が同じ無茶を走り抜けて負担を減らそうとするタイプである。

 そういう中で、完全に一般人であるためにそうそう無茶が出来ない毛利小五郎が側にいると、浅見透が無茶をする確率が2割くらいは下がる気がしなくもない。

 

(透君、哀ちゃんの家の問題に首を突っ込んでくるって……一体何やってるんだか)

 

 潜水艦の中で息をひそめています。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 世界で一番背の高い双子を、フルフェイスヘルメットで顔を隠した男がバイクにまたがったまま見上げている。

 

「ツインタワービル、か」

「例の会社のメインサーバーがあるのはここなんでしょう? ジョン」

「……そう聞いている」

 

 その後ろにまたがり男の腹に手を回している、やはりフルフェイスで顔を隠した女も一度見上げていたが、すぐに興味を失くしたかのように目線を地上に戻す。

 

「例の組織が動くとしたらここって本当?」

「確率の問題ではあるがな」

 

 気軽に煙草を吸えない事に少しイラついている男は、見上げたまま続ける。

 

「組織は様々な方面で優秀な人材をかき集めていたが、その中でも特に薬学、それと並んでプログラマーの蒐集には力を入れていた」

「つまり、ITを初めとするテクノロジー業界である常盤は、貴方の前のお仲間からすればお宝の山」

「ああ……なにかしらの形で、ジンも動くはずだ」

 

 ジン。

 組織の重要幹部であり、内部の粛清役。

 

 そして、あるいは二人が知りたい情報を持つかもしれない男。

 

「だけど、貴方は裏切り者と言うことになっているわ。どうやって話を聞くつもり?」

「……まずは、土産を用意する必要があるな」

 

 男は建物を見上げる事を止め、今度は入り口やその周囲をチェックする。

 

「組織は今、資金源の再確保が急務になっていると予想している」

「あら、あの老人のおかげで裏のお金流れはよくなったんじゃないの?」

 

 女のいう事は真実だった。

 潜伏生活を続けている二人が生活に困らないのも、そこそこ地味で稼げる仕事がわんさか入っているからだ。

 

「海外の派手な強盗団や海賊といった多数――いや、無数の新興勢力が既存の裏組織のシェアを奪い、稼ぎ、この日本はそういった稼ぎの資金洗浄(コインランドリー)盗品の隠し場所(駐車場)になりつつある」

「それを組織が狙っているんじゃなくて?」

「いや……あの老人が程よく組織の存在を匂わせたからな。奴らが表ざたにならずここまで来たのは慎重さのおかげだ。だからこそ、こういう時に奴らはまず守りに入る」

 

 名を捨てた男は、組織の幹部だったこともあって内情を理解していた。

 組織の性質上知らない事がほとんどなのだが、それでもこういう時の動きは何となく理解している。

 

「今頃、自分達に近づこうとしている半端者を消すのに手間取っている。なら、かなりの金を使っているハズだ」

「そこでなにかしらのお金?」

「あるいは、本来ならば大金を使う必要があるもの」

 

 

 ツインタワービルは、言うなれば次代の常盤グループの象徴であり、いわばフラグシップのようなものだ。

 本社の機能も移転されつつあるというのは有名な話だった。

 

「奴らは、目当ての物を持っている常盤財閥の情報を欲しがっているハズだ。おそらく、例の物はもうここに運び込まれているはず」

「……なるほど」

 

 

 

「狙いは常盤のメインサーバーへの接触ね?」

 

 

 

 




※二話続けて薄味で申し訳ありません。

今回から、本来の流れと前後した『天国へのカウントダウン』編へと突入しますが肝心の奴らがいない悲しみ。

感想でまとめてくれという声も出ていますが、今現在解説を付け加えながら1ページ目のキャラまとめを作っておりますのでもう少々お待ちください

いやまぁ、メインキャラだけなら言うほど増えていないんですが……

いっそ向こう側の現実世界のwiki風に書いてみようかと思ったけど、コナン視点だとどう見てもあさみんが黒確定な情報しか出てきてないから難しい……

掲示板風とかで毒syアニキャラ語らせてみる奴とかも中々に難しい……

うん、出来るだけ急がせますので気長にお待ちください


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