ハリー・ポッターと幻想殺し(イマジンブレイカー) (冬野暖房器具)
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01 理想送り(ワールドリジェクター)

 1話目からタイトル詐欺。元凶たる彼は出てきません。






 

 

 

 

 

「………不幸だ」

 

 暗い闇の中で、上条当麻はそう呟いた。口癖になってしまっているこのセリフとはもう長い付き合いである。

 

 大抵の場合、この「不幸だ」という台詞が発せられるのは、自らの置かれた立場を明確に自覚した時である。これからやって来る、あるいは既に訪れた絶望を諦めながらも受け入れた時、自らを諌めるかのようにこの台詞は紡ぎ出される。それが口癖になってしまうくらいには、上条当麻は不幸な人間だった。

 

『新たな天地を望むか?』

 

 上条の脳裏に蘇るのは、上里(かみさと)翔流(かける)のこの言葉だった。理想送り(ワールドリジェクター)と呼ばれる特異な右手を持つ少年と、上条当麻は戦ったのだ。そして―――敗北した。

 

(右手を潰されて、そしてアイツのこの言葉を聞いて……それから)

 

 激痛の中、その言葉を聞いたのだ。理想送りの発動条件となる呪いの言葉。幻想殺し(イマジンブレイカー)を失った上条では太刀打ち出来るはずもない。つまり―――

 

(俺は………死んだ、のか?)

 

 神をも消し去る右手、理想送り。その能力は上里曰く、『この世界に存在する使われていないフレームへと、他者を追放する力』。既存の世界を渇望する上条当麻の幻想殺しとは対をなす、新たな世界へと旅立たせる能力であり、そしてそれを喰らえばもう絶対に戻ってくることは出来ない、と。

 

(いいや、そんな事はない。上里に理想送りが宿ったのは1ヶ月ほど前だった。あの右手の能力は、アイツ自身がまだよく理解できていない代物なんだ。絶対に帰って来られないなんて、言い切れるはずがない)

 

 パニックになることもなく、自身の置かれている状況を冷静に観察する。周囲に光源となるものはない。黒一色と言う点ではオティヌスに世界を滅ぼされた時に似ているが、あの時とは明確に違うようだ。床を踏んでみると、コツコツと固く継ぎ目のある大理石のような感触がある。

 

(………夜、なのか? それとも地下? ここが一体どこなのか、まずはそれを見極めねぇと)

 

 そして、上条当麻が決意を新たにした瞬間―――

 

「はて、このような夜更けに、一体どちら様かのう?」

 

 周囲に明かりが灯り、上条当麻は目を細めた。飄々とした口調の英語が、上条当麻の耳に届く。そして、その視界に入ってきた人物は―――半月形の眼鏡に長い白ひげを蓄えた、パジャマ姿の老人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツ魔法魔術学校。遠い昔……具体的には1000年ほど前に。四人の偉大なる魔法使い達によって創設されたこの学校は、創立当初から今日に至るまで、世界的に有名な学び舎として名を馳せている。

 

 そして現在。いよいよ明後日には夏休みが明ける。夢を詰め込み頭を空っぽにしてきた在学生達や、空っぽの頭でホグワーツを夢想する新入生達を心待ちにする、一人の教員がいた。

 

 ホグワーツの校長にして今世紀最も偉大なる魔法使い、アルバス=ダンブルドアその人である。

 

(フラッフィーもようやく到着……賢者の石の仕掛けは完成したのう。ウィーズリー兄弟がバナナに変えてしまったフクロウも、腐りかけのところをフィリウスが最後の一本を見つけたようじゃな)

 

 準備は上々。はてさて、今年はどのような一年になるのか。魔法使いとしての深遠なる叡智や、卓越した技術を持ち合わせるダンブルドアにも、その行く末はわからない。夢と希望に満ちた若人達は、誰にも制御出来るものではないのだ。だからこそ、ダンブルドアはこの職を愛してやまないのである。

 

 ……それに今年は、特別な入学者がいる。その入学者の存在が、より一層ダンブルドアの期待を膨らませていた。

 

(ああ、ハリーよ。君はこのホグワーツが気にいるじゃろうか。おそらく君は良かれ悪しかれ、注目の的となることじゃろう……願わくば、輪の中心ではなく輪の中へと入って貰いたいものじゃな……儂とは違う道を、君には歩んで貰いたいのう)

 

 少しくらいのお茶目なら、多目に見てあげたいものだ。自らの宿命に気づくその時まで、どうか幸せな学校生活を送ってもらいたい。

 

(生涯の友を見出だせる事を祈っておるよ……ハリー)

 

 とある少年の未来を憂い、ついつい夜更かししてしまったダンブルドアであるが、そろそろ眠りにつく頃合いである。ふかふかの布団に入り、森番がクリスマスに送ってくれた焦げ茶色の枕に頭を乗せて、夢の世界へと旅立とうとしたその時―――ダンブルドアは異変に気づいた。

 

 その瞬間のダンブルドアの行動は素早かった。一瞬にして布団から飛び起き、パジャマ姿も顧みずに寝室を飛び出し、ペットであり友である不死鳥、フォークスの元へと一直線に駆け寄ったのだ。

 

(ホグワーツの結界が軋んでおるな。一律に、しかも内側からとは……どういう事じゃ?)

 

 長い時を生きてきたダンブルドアだが、このような現象は初見だった。その創設当初から、ホグワーツには様々な防護対策が施されている。マグル避けはもちろんの事、位置発見不可能呪文、姿あらわし封じ、その他現代の魔法使いでは解明不可能な魔法すら存在する。

 

 世界一安全と評されるホグワーツの魔法結界の数々。それら全てが歪み、軋んでしまっているという事実に、ダンブルドアは眉を潜めていた。

 

(攻撃、と言うよりは一種の現象に近いのう。押されているのではなく吸い込まれて……いや、これは)

 

 魔法というモノは痕跡を残す。その流れや性質を読み取る事に関しては、ダンブルドアは間違いなく超一流であった。そんな彼が、ホグワーツに突如として起こったこの現象について考察した結果。限りなく正答に近い推論を叩き出すのに、ほんの数分も掛からなかったのは言うまでもない。

 

打ち消されて( 、 、 、 、 、 、)おる……その穴埋めを試みているからこそ、結界全体が歪んでいるのじゃな)

 

 とにかく現場に向かうしかない。ホグワーツの敷地内では姿あらわしは出来ないのだが。幸いにしてダンブルドアはそれ以外の移動方法を持ち合わせている。

 

「フォークス」

 

 不死鳥の力を借りて、ダンブルドアは歪みの中心へと転移する。フォークスが老人の肩にひらりと舞い降りたその瞬間。紅蓮の炎と共に、偉大なる魔法使いが校長室から姿を消し、そしてとあるホグワーツの通路へと出現したのだ。

 

 歪みの中心。そこには一人の東洋人が立っていた。ダンブルドアの杖先から出た明かりを前に、眩しそうに目を細めているのは、見慣れない服を着たツンツン頭の少年である。

 

 今このホグワーツに、ダンブルドアの知らない人物がいるはずがない。そして、ダンブルドアの鋭い観察眼は、その少年の右手に注目していた。

 

「はて、このような夜更けに、一体どちら様かのう?」

 

 胸のうちに秘める警戒を、切れ端も言葉に込めることもなく、ダンブルドアはそう尋ねた。

 

 

 

 

 

 

 上条当麻がダンブルドアの姿を見て、まず最初に抱いた感想はこうだった。

 

(…………魔術師だ)

 

 まさしく、上条当麻が今まで出会ってきたような人達とは、似ても似つかない様相ではあるものの。目の前の人物は絵に書いたような魔術師だった。長い白髭に、銀髪の頭の上にはサンタが被るような帽子。半月形の眼鏡に、右手に掲げられた杖先は光り輝いていて、足元には犬をモチーフとしたスリッパを履いている。極めつけは肩に止まった見たことも無い立派な鳥だ。

 

(どう見ても魔術師で、しかも優しそうなお爺ちゃんキャラとは……もしかしてここは、この爺さんの家か? ……となると上条さんは絶賛不法侵入中ってことじゃ!?)

 

 だらだらと嫌な汗が吹き出してくる。弁解しようにも、先程相手が喋っていた言語はおそらく英語。今まで散々外国人と話す機会があったのにも関わらず、未だに日常会話のレベル2で躓く男。それが上条当麻という高校生である。

 

(ふ、フーアーユーは聞き取れたぞ……いや、万が一、億が一違ったとしても、まずは挨拶、そして自己紹介さえしておけば間違いはないはず……だよな?)

 

 やってやる、と。右拳を握り締めて、上条当麻は目の前の老人の眼を見る。その瞬間に、老人が警戒して杖を構え直したのだが上条当麻はまったく気が付かなかった。

 

 大天使に立ち向かった時や、神様と激闘を繰り広げた時と同じくらいの勇気を振り絞って、上条当麻渾身の英語がその口から紡ぎ出される―――

 

「は、ハロー! ナイストゥーミーチュー…… アイム、トーマ=カミジョー!」

 

 ……ひとまず、この英語は成功だった。

 

 ダンブルドアの警戒レベルを最低にまで引き下げた上で、上条当麻の名前どころか出身まで伝えることに成功したのだから。

 

「日本語はあまり得意ではないんじゃがのう」

 

 ズコー、と上条当麻はその場で伸びてしまった。まさしく気合の空回りである。

 

「に、日本語が通じるのは良かった……けどなんで俺が日本人だと?」

 

「うむ、発音の訛りや、にこにこと笑顔で乗り切ろうとするその気概からかのう」

 

 蓄えたヒゲを撫で付けながら、ダンブルドアは答えた。この程度の洞察は、ダンブルドアの優秀な頭脳を一欠けらほどでも動員させればわかる簡単な事実だった。

 

「さて……ではひとまず上条君と呼んでもよいかのう?」

 

「ど、どうぞ……」

 

「ワシの名前はアルバス=ダンブルドアと言う。ホグワーツ魔法魔術学校の校長をしておる」

 

 魔法魔術学校、と聞いて上条当麻は首を傾げた。

 

(魔術師専門の学校なんて初めて聞いたな。ステイルとかも通ってたのか?)

 

「という事はその、もしかしてここって……そのホグワーツって場所なのか?」

 

「……もしや君は、ここが何処かも知らずに迷い込んできたのかね?」

 

「まぁ、その。迷い込んだというより飛ばされて来たという方が近いんですけど」

 

 飛ばされたという言葉を聞いて、ダンブルドアはさらに思考を巡らせた。

 

(何者かが彼を飛ばした……姿あらわしは不可能……移動キー、不死鳥、屋敷しもべ妖精等が考えられるが……一体何の目的で?)

 

 だが問題はそこではない。このホグワーツへ現在進行形でダメージを与えているこの少年をどうするか。まずはそこから考えなければならない。

 

「上条君」

 

「は、はい」

 

「君が何者で、何処から来たのか。ワシは非常に興味がある……じゃが、今はそれどころではなくてな。可及的速やかに解決しなければならぬ事柄があるのじゃ」

 

「……お取り込み中です?」

 

「うむ。実はな、今このホグワーツの結界が非常にマズい事になっておるんじゃよ……この老いぼれの推測では、どうやら君の右手が作用しておるようじゃが……」

 

 その言葉を聞いて、上条当麻は顔を歪めた。

 

「げっ!? 魔術学校って聞いて嫌な予感はしてたけど……畜生、不幸だー!!」

 

(……自覚はあるようじゃの。だが故意ではないと……極めて稀な呪いの一種かの? 魔法族ではないが繋がりはあるマグルというところか? 親戚に魔法使いがいる程度なのかもしれんのう)

 

「すいません、すぐ出ていきます!」

 

「いや、動かないでいてくれた方が助かる。今辛うじて結界は保たれている状態じゃからのう。下手に動かれると困るのじゃ」

 

 ピタリと、上条当麻は動きを完全停止させた。上条を諌めたダンブルドアは、しげしげとその右手を観察していく。今なお進行形で、魔法を痕跡ごと残さずかき消していく、その不可思議な右手を。

 

(不思議じゃ。まっこと不思議じゃな。打ち消しているのは手首から上の部分……この少年に開心術が効かぬのも、おそらくはこの右手のせいか)

 

 心というモノが何処に宿るかは不明だが、少なくとも開心術は対象の右手を僅かでも効果範囲に含めてしまうらしい。これだけでも、ダンブルドアにとっては新発見だった。

 

(……一見して無差別に魔法を消していると思うたが、どうやら違うようじゃな。極小ではあるが、消されずにいる魔法もあるようじゃ……流石にその識別は難しいがのう)

 

「上条君。君のその右手を止めることは出来ぬのかな?」

 

「す、すいません……無理なんです。この右手は生まれつきで……」

 

「……ふーむ」

 

 嘘をついているようには見えない。開心術が通用しない現時点では、確実なことは言えないが。

 

(どうにかして、この右手の効力を封じ込める事は出来ぬものか)

 

「右手を前に出してくれるかのう?」

 

「……え? いや、あの……」

 

「ほっほ、悪いようにはせんよ。少なくとも、いきなり切り落としたりはせぬ」

 

 にこにこと笑う老人の頼みを、断る術を上条は知らない。

 

(頼む……優しそうに見えて実はスプラッタジジイでしたなんてオチはやめてくれよ……?)

 

 上条当麻の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは、体感でほんの12時間前に自分にラブレターを出してきた木乃伊(そうじょう)だった。

 

(手首から先の魔法消去機能はほぼ一律じゃな……どれ)

 

 ダンブルドアは杖先から、ピンポン玉くらいの大きさの光を出した。ふわふわと浮かんでいるその球は、ゆっくりと上条の右手の人差し指へと軟着陸し、そして―――

 

 バチンッ! と、触れるか否かという所で、弾けるように光球はかき消えてしまった。

 

「おお、なるほど。これは面白い」

 

 楽しそうに自らの右手を弄ぶ老人を見て、上条当麻はこの短時間でダンブルドアの本質を理解した。

 

(魔術師で、温厚で、研究とかが好きなお爺ちゃんか……これまでに色々な魔術師を見たけどこんなタイプは初めてだ)

 

 思い返してみれば碌な魔術師がいなかった。研究と温厚、という面で言えばオルソラが近いかもしれないが。とても目の前の老人と爆乳シスターを重ねて見る事は出来ない。

 

「あの、ダンブルドアさん?」

 

「うん? なんじゃ?」

 

 光の球を、何度も右手にぶつけて遊ぶダンブルドアに、いい加減痺れを切らした上条は話しかけた。

 

「その、今まで色々な魔術師が俺の右手を見てきたけど……」

 

「うむ、その効力を抑えることが出来た者はいなかった、と?」

 

 言葉尻を正確に引き継いだダンブルドアを見て、上条は頷いた。そして運悪く、魔術師と魔法使いという微妙なニュアンスの違いは、言語の壁に阻まれて伝わる事はなかった。

 

「たしかに、今の所完全に謎じゃ。見たところ全ての魔法を打ち消すというわけではないようじゃが。魔力の質、量を変えても、儂の魔法は尽く消去されておる。その消去速度は魔法自体の強さで多少の前後はあるがの」

 

(消されてない魔法がある?……いやその前に、"魔法"って?)

 

 魔術という呼称ではない事に疑問を抱いたが、流派か何かの違いかと思い上条当麻は話を進める事にした。

 

「今俺が壊しかけてるっていう結界は張り直せないモノなんですか? 一度解除してからもう一度……」

 

「無理じゃな。失われた魔法も用いられておる」

 

「……八方塞がりかー」

 

 だがそうなると、本格的に右腕を切り落とすか城の結界を粉々にするかの2択となる。

 

(切り落とされるのはゴメンだけど……失われた魔法が使われてる結界ってどれくらい価値があるんだ? やっぱり重要文化財並みに貴重なんだろうか)

 

 弁償、の二文字が上条の頭をよぎる。

 

「畜生……これに似た事はイギリスでもあったけど……せっかくアレがきっかけで幻想殺し(イマジンブレイカー)の扱いには気をつけようって思えたのに……不幸だー」

 

 といいつつも、結局その際に国宝級の聖剣を叩き折っている男。それが上条当麻である。

 

「『Imagine Breaker』……? その妙な呼称は、君の右手の事かね?」

 

「え? ああはい。改めて流暢な英語で言われると微妙な気分なんですが、まぁ」

 

「幻想、か。ほっほ、なるほど。ようやく糸口が掴めたのう」

 

 しゅるりと、ダンブルドアは懐から淡い光を放つ羽を取り出した。

 

「……これはこの不死鳥の羽じゃ。これを右手に持ってくれるかの」

 

「不死鳥? ……まぁ、いいですけど」

 

 ダンブルドアの肩で直立不動のフォークスを見て怪訝そうな顔をする上条だったが、特に断る理由もないので素直に羽を受け取った。

 

「……これがどうかしましたか?」

 

 別段、なんの変哲もない普通の羽。人差し指と親指で根本を挟み、くるくると回しながら上条当麻は尋ねた。

 

「うむ、君の右手の性質をようやく理解出来た。なんとも不可思議なモノであることには変わりないがのう」

 

 そう言ってダンブルドアは杖を振る。すると青白く光る一束の糸が現れた。

 

「君の右手はあらゆる魔法を打ち消しておる。じゃがほんの少しだけ、僅かに打ち消されない魔法力がある事が確認できた。それは何か」

 

 鋭い手捌きで杖を振り、それに呼応するかのように宙で糸束が形を作る。どうやら魔法で縫い物をしているようだ。その光景を、上条は口を大きく開けて見つめていた。

 

「原初の魔法。我々魔法使いの意思を乗せていない、空間に宿る無色の魔法力じゃ。即ちその右手の例外とは、『ヒトの意思が含まれない魔法』……幻想殺しとはよく言ったものじゃ。それを名付けた者は、その本質を完全に理解しておるように思える」

 

「幻想殺しの、本質?」

 

「うむ。しかも魔法を幻想と断じておるからして、もしかすると相当の魔法嫌いであったのかもしれん」

 

 圧倒的な速度で、ダンブルドアは縫い物を完成させた。手縫いならぬ杖縫いの一品。最近始めた編み物の趣味がこんなところで役に立つなんて、彼は夢にも思わなかった。

 

「これを着けてくれるかの? ワシの推論が正しければ……これで万事解決じゃ」

 

「はぁ……手袋?」

 

 青白く発光する片手分の手袋。上条はそれを素直に受け取り、ごそごそと右手に付けてみた。

 

「えーと、特に何も起きる気配がないんですが……失敗?」

 

「……いや、何も起きぬからこそ成功じゃ。ホグワーツへのダメージはどうにか抑えられたようじゃな」

 

 そう言われても上条にはピンと来ない。まぁダンブルドアが納得しているのであれば、それで問題はないのだろうが。

 

(いや、でもそれってかなり凄い事じゃないか? 俺の右手の特性を、この一瞬で……)

 

「さて、本題に……いや、その前にお茶にでもしようかの」

 

 ズルッ、と上条当麻はずっこけた。どうにもいまいち目の前の老人の凄みが伝わってこない。この独特のペースはやっぱり、あのシスターオルソラに通じるものがある気がする。

 

「お茶って……いや、俺は早く帰らないと」

 

「急がば回れと言うじゃろう、君の国では。まぁワシたち魔法使いでは、姿現し(回る)のは最大限急ぐときの事を指すのじゃがのう」

 

「ああそう……って、滅茶苦茶日本に詳しいじゃねーか! 日本語が得意じゃない設定はどこに行きやがりました!?」

 

 特に返事もせず。ほっほ、と笑う老人はスタスタと歩いて行ってしまう。そんな老人の後を、上条当麻は追いかけるように着いていく。

 

(……まぁでも。優しそうな人で良かったな。こればっかりは幸運だった)

 

 そんな感想を抱いた上条当麻が、自分の現状(不幸)を思い知る事になるのは……もうちょっと先の話である。

 

 

 

 

 

 

 




 不死鳥での移動は映画版。シャックボルトの「粋ですよ」のワンシーンです。







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02 夜明け

 繋ぎの回なので短めです。ご了承下さいまし……


 

 

 

 

 

 

「さて、ここまでの話を簡単にまとめるとじゃが……ここは君のいた世界ではない。帰る手段もわからない。という事でよろしいかな?」

 

「最悪に絶望的なまとめ方だけど……それで合ってますよ畜生ォォォォォォォ!!」

 

 真夜中。パジャマ姿の老人と学生服の少年は、ふかふかのソファーに向き合って座っていた。長く蓄えられた髭を撫でつけながら冷静に思考を重ねる老人とは対照的に、少年の方は血の涙を流す勢いで咆哮し、ソファーの背もたれ部分に顔を押し付け拳を叩きつけていた。

 

「何か変だと思ったんだよ!! いつもいつも不幸に見舞われる俺が、こんな親切な人に拾ってもらえるだなんて!! 幻想殺し(イマジンブレイカー)に理解がある魔術師に偶然出くわすなんてよォオオオオオ!!! これなら簡単に帰れる、実はちょっと外国に来ちゃっただけ。そう考えていた時期が上条さんにもありましたよ!! そうだよ、そうだよな!? ヴェネツィアの時みたく、上げて落とすのが本当の不幸ってヤツですよねこん畜生がァァァ!!!」

 

 そんな恐ろしく雑な日本語で絶賛エキサイト中の上条当麻に対し、ダンブルドアは冷静にツッコミを入れる。

 

「……正しくは魔法使いじゃな。日本語の多様さは便利ではあるが、やはりこういう時は困り者じゃの」

 

 魔術師と魔法使い。その微妙なニュアンスの訂正から、真実は大きく口を開けた。

 

 科学サイドだの魔術サイドだのと、そんな境界は存在しない。第3次世界大戦は起きていない。イギリスの女王は上条の知らない人物だし、ダンブルドアの記憶が正しければ、学園都市なんて日本には存在しないはずであると。言われてはいそうですかと信じる上条ではないものの。心当たりは十分にありすぎた。

 

 理想送り(ワールドリジェクター)。魔術の神を葬り去るあの右手は、最悪にも正しく機能していたらしい。上条にとってはまさに絶望送り(ダストシュート)のごとく。元の世界の果てよりも遠い、銀河系とか外宇宙とか、そういった段階をすっ飛ばした場所に上条は吹き飛ばされてしまったようだ。

 

(……実は異世界なんかではなく、どっかの魔神に塗り替えられた元の世界ってオチじゃねーだろうな?)

 

 それはそれでマズイのだが。それなら少なくとも目的が定められる。魔神の捜索、説得、帰還。こちとら幾億年と掛けて一人の魔神を説得した身であるのだから、まだ何とか耐えられる。だがしかし。

 

「さて、話はまとまったがのう上条君。問題は……」

 

「これからどうするか、ですよね……うう」

 

 行く当てはない。これから何をするべきかも定まらない。拳一本で全てをなぎ倒してきた上条も、殴るべき相手(上里)が異世界にいるのでは手も足も舌も出ないのである。

 

「日本に戻るなら送っても良いのじゃが……君の場合は右手があるからのう。それはそれで方法を考えなくてはな」

 

「なんかそのままホームレス高校生の未来が見える! ……ああ、もう! 何で財布を持っていなかったんだ俺の馬鹿野郎!!」

 

「いや、持っていたとしても使えんと思うがの。そして使えたとしても、その家無し(ホームレス)とやらは避けられぬじゃろ」

 

 ダンブルドアの言葉に、上条はがっくりと肩を落とした。そんなつんつん頭野郎とは裏腹に、ダンブルドアはその聡明な思考をフル回転させて、今後の方針を固めていた。

 

(魔法を打ち消す右手……使い方によっては恐ろしい結果を生む事になろう。ユニコーンの(たてがみ)を素材とした手袋も、定期的にワシが見なければ効力を失う上、ホグワーツのような純粋な魔力が溜まっている場所でしか効果がない。マグル避け呪文が完全に効かないならば、放り出すなら魔法使いの文化がない国じゃが……日本は不幸にも当てはまらんのう。いつか魔法使いに見つかり、その後はどうなるか)

 

 結界に対する消去作用はどうにかなった。だがマグル避け等の、上条自身に作用するはずの魔法は相変わらず効かない。ここから出したところで、魔法使いの溜まり場が彼には相変わらず見えてしまうだろう。

 

(……賭けになるが、これが最適解じゃな)

 

「上条君、提案がある」

 

「……へ? 提案ですか?」

 

 未来のダンボールハウスに想いを馳せた少年が顔を上げた。

 

「左様、ここが魔法学校である事は話したと思うがの。実は……今は生徒がおらん」

 

「……廃校寸前とか?」

 

「物騒な発想じゃな。いや、単に夏休みというだけじゃ。そして明日……日付が変わったので今日じゃな。夏休みも終わり、ホグワーツは新学期を迎えることとなる」

 

 それを聞いて、上条当麻は顔をしかめた。

 

(校長先生の新学期前夜……それも魔法学校か。想像もつかないけどやっぱり忙しいんだろうな)

 

「……すいません。そんな忙しい時にお邪魔しちゃって」

 

「ああ気遣いは無用じゃが……まぁ君の言う通り、我々はかなり忙しくなる。そこでじゃ……」

 

 一度言葉を切り、ダンブルドアは身を乗り出すように上条を覗き込んだ。

 

「しばらくの間、ここで働いてはくれぬか? 上条当麻君」

 

「………………はい?」

 

 追い出される。と身構えていた上条にとって、それは寝耳に水の提案であった。

 

 

 

 

 

 

 

「お呼びですかな、校長」

 

 早朝。夜明けの陽射しとともに、校長室へと足を運ぶ一人の男がいた。

 

「来てくれたか、セブルス」

 

 ねっとりとした黒髪に、土気色の肌。ホグワーツの教員にして魔法薬の先生。セブルス・スネイプである。

 

「緊急と聞きましたのでな」

 

 目の下に隈を作りながら、彼は答えた。その原因は決してダンブルドアの呼び出しのせいではないだろう。

 

("あの子"が来るとなれば、やはりナーバスになっても仕方ないかのう)

 

「うむ、実はな……飛び入りで、ここで働く事になった者が一名おるのじゃ」

 

「……まさか」

 

「いやいや、石とは無関係じゃよ。方向性としては、その防備に当たってもらう形となるかのう」

 

 ダンブルドアの言葉を聞いても、スネイプの困惑した顔は治る事はなかった。

 

「石の防備となると……石の件は極秘ですから闇祓いではない。騎士団からの増員ですかな? ……ですが私が呼ばれたとなると」

 

「その通りじゃセブルス。外来じゃよ」

 

「つまり、私を呼んだのはその見張り役という事ですか」

 

 スネイプは呆れたように天上を仰いだ。余計な事を、という表情である。

 

「いや、さほど厳重に見張る必要もない。それよりも、彼がここホグワーツで無事に暮らしていけるように手助けをして欲しいのじゃ。彼は魔法が使えんからの」

 

「錯乱の呪文でも当たりましたか……貴方が正気を取り戻す手伝いならば喜んでやりますがね、校長。気付け薬はいかがですかな? 石についての情報をここまで秘匿していた、我々の苦労を知らぬとは言わせませんが」

 

 どう見ても毒薬を盛りそうなスネイプを見て、ダンブルドアはくすくすと笑った。

 

「いや、幸いにしてワシの思考は正常に機能しておるよ。多少の寝不足は否めんがのう」

 

 静かな口調ではあるが、スネイプは相当にイライラしているようである。そんなスネイプを尻目に、ダンブルドアは言葉を続けた。

 

「彼の存在は野放しには出来ん。ワシよりも闇の魔術に長けた君が見れば、事の重大さにすぐ気づく事じゃろう。そしてその有用さも」

 

「……話が見えませんな。魔法が使えないという事は、その男はマグルなのでは?」

 

「……口で言ってもおそらく伝わらんじゃろう。直接見せた方が良さそうじゃ」

 

 そして、二人は校長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「……夢じゃなかった」

 

 夢でしか見たことのないような、西洋式天蓋つきベッド。そこで少しの睡眠を果たした上条当麻は身体を起こし、そして絶望を再認識していた。

 

(ここで働く……んだっけ。こんな怪しさ満点の人間を雇ってくれるのはありがたい話なんだけど)

 

 その右手の力を貸して欲しい。そんな話を持ちかけてきたダンブルドアを思い出し、上条は自分の右手を見た。昨夜に編んでもらった青白い色の手袋。その中にある、幻想殺し(イマジンブレイカー)を。

 

(俺の幻想殺し……一応、あの爺さんの魔法やこの城に掛けられた魔術には効いたけど。この世界の"異能"全部に効くかどうかはわからないよな。爺さん曰く、"打ち消していない魔法"なんてのも存在するらしいし)

 

「……というかこの手袋。一体どういう原理で幻想殺しを封じてるんだ?」

 

 様々な不安が上条の胸中を渦巻く中、ガチャリとノブが回され木製のドアが開いた。

 

「起きていたか。もう少し寝ているとおもったがのう」

 

「あ、おはようございま……す」

 

 ダンブルドアの後ろに続いて、上条の見知らぬ顔の人物が入ってきた。服や髪が真っ黒で、どこか具合の悪そうな人。なんとなく、自由奔放なダンブルドアとは正反対の人のような印象を、上条は受けた。

 

「ああ、彼はスネイプ先生じゃ。ここホグワーツでは魔法薬の授業を受け持っておる」

 

「はぁ……よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げる上条だが、スネイプのほうは微動だにしない。

 

(あれ、そういえばこの人は日本語話せるのか……いや、そもそも生徒達なんて絶対英語オンリーだよな!? ヤバイ、早速問題が浮上してきやがった!?)

 

『校長、なにやら彼が悶え始めましたが。これが日本式の挨拶というヤツですかな?』

 

『…………いや、どうだったかのう。異世界(彼の故郷)の作法は流石にワシも知らんのでな』

 

 ひそひそと話し始める二人。用いている言語はもちろん英語である。

 

『それで、本当によろしいのですかな? この男は客人と聞いておりますが?』

 

『百聞は一見にしかず。見ることは信じることじゃよ』

 

『……それでは』

 

 スネイプは杖を取り出した。そして、一体どうしたのかとぽかんとした表情をしている上条には、反応出来るはずもなく―――。

 

「ステューピファイ──麻痺せよ!」

 

 次の瞬間、目もくらむような紅蓮の閃光が、スネイプの杖先から発射された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ダンブルドア「ホグワーツ式寝起きドッキリ」

ロン「僕もハリーにやられたよ。シリウスはナイフだったっけ」

ハリー(……身体浮遊は事故だったんだけど)

シリウス(……ピーター探してただけなんだが)


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03 魔法薬の先生



 オリジナル要素がありますです。





 

 

 

 

 

 

(……ッ!!?)

 

 紅蓮の閃光が放たれた瞬間。上条は己の右手をかざそうと考え、そして逡巡してしまった。

 

(しまった、手袋―――)

 

 その一瞬の迷いが致命的だった。上条がかざした右手は間に合わず、失神光線は上条当麻の胸に直撃する。足が痺れたような感覚が胸から全体へと広がっていき、そしてその感覚が上条当麻の右手に届いた瞬間―――上条はその感覚が霧散していくのを感じた。

 

「ぐ……ゴホッ……一体、何がどうなって……?」

 

 咳き込みながら上条は目の前の二人を見た。困惑顔のスネイプと呆れ顔のダンブルドアを。

 

『セブルス。ワシは浮遊呪文を試すように言ったはずじゃが』

 

『……全身に効くならば同じでしょう。魔法を打ち消すという校長の言を確認するのならこちらの方が適切かと。そのちぐはぐで無様な手袋に、校長の『反対呪文』が仕込まれていないとも限らない。失神呪文が効けば、彼をマッチ箱に詰めてホグワーツ特急に運び込もうと思っていたのですが』

 

『……悪かったの、ちぐはぐで』

 

『…………おっと』

 

 当然だが、彼らの言語は英語である。二人の会話は上条には伝わるはずもなく、上条の目の前にはしょんぼりとした老人とやっちまったという顔をした男がいた。

 

「あのー、ダンブルドアさん?」

 

『とにかく、これでわかったじゃろう。彼の右手には特異な力があると』

 

「もしもーし」

 

『ええ、まぁ。我輩の知らない未知の魔法か、我輩の気づかぬ間に反対呪文を……校長が唱えていなければの話ですが』

 

「……おい」

 

『はぁ……とことん信じる気にはならんか』

 

『貴方ならやりかねませんからな。それとも、彼には巨人の血でも入っているのですかな?』

 

『……ああ、なるほど。セブルス、君はワシを困らせたいだけか』

 

「おいてめえら!!」

 

 痺れを切らした上条が叫び、険しい表情の二人がこちらに顔を向けた。

 

「おお、すまんすまん忘れておった。少々手違いがあってのう……彼に注意をしておったのじゃよ」

 

「忘れて……!? ……手違い? いや、まぁそれはさておいて。さっきのアレはなんだったんです?」

 

「ん? アレか、アレは……ふ、『浮遊呪文』じゃ。モノを浮かべたり出来る魔法でな。スネイプ先生は君の右手の事を確かめたかったのじゃよ」

 

「……浮遊?」

 

「左様、浮遊じゃ」

 

 そう言われてみれば、さっきの気持ち悪さは某英国の某空中要塞から飛び降りたときのモノに似てなくもないか。そんな事を考えながら、上条はスネイプを見た。仏頂面で、眉間に皺をよせている彼を見るに、試しはしたがあまり納得はいってないのだろう。

 

(すてゅーびふぁい、だったか。これが浮遊呪文の詠唱なんだな)

 

「さて、では次の段階に入ろうかの。上条君。コレを」

 

「……帽子?」

 

 ダンブルドアから上条に手渡されたのは、手品師が被っていそうなシルクハットだった。おそるおそる中身を覗いてみたが、ウサギやハトは入っていない。しげしげと眺めた後にダンブルドアを見ると、何故か彼はそわそわしていた。

 

(……まぁ、被れってことだよな。これは)

 

 なんとなくこの帽子を見ていると、伝染系カーボン魔術師であるサンジェルマンを思い出す。アレは強敵だったなぁとどうでもいい事を思い出しながら、上条は帽子を浅く被った。

 

「どうかね? 被り心地は?」

 

「……どうと言われましても。これが何か?」

 

「……なるほど。成功のようですな?」

 

 つまらなそうなスネイプの発言を聞いて、上条は驚愕した。

 

(日本語話せたんかい!! ……でも、口の形と声が一致してないような)

 

「それは『翻訳ハット』じゃ。被った者の言葉を英訳し、聞こえてくる言葉をその者の母国語へと翻訳する。ワシの自信作……じゃった」

 

「おい待て、何だ今の不吉な語尾は」

 

「いや、大したことではない。作ったはいいが、結局ワシには必要の無いものだったのじゃ。ワシが相手に合わせればいいのじゃからのう。それに、大抵は英語で事足りるのでな。まぁ、魔法省の知り合いに一度貸したくらいか」

 

 ほっほと笑うダンブルドアを見て、上条は言葉を失った。

 

(……この爺さん……天然か? やっぱオルソラ枠? 結構これって凄い発明じゃないか? というか魔法省ってなんだ?)

 

「とにかく。君の右手との兼ね合いが効くかどうかが問題じゃった。これならもう大丈夫そうじゃな」

 

 くるりと身を翻し、ダンブルドアは客室の出口へと歩いていく。

 

「ワシは忙しいのでな。これからしばらくの間留守にする……セブルス、彼を頼むぞ」

 

「へ?」

 

「……校長」

 

「拒否権は無しじゃ。では、またな上条君」

 

 そう言うと、ダンブルドアは客室を後にした。後に残されたのは、不機嫌そうな英国人と、奇妙なシルクハットを被った学生服の東洋人の二人だけ。

 

 しばしの沈黙。その後、スネイプは重々しく口を開いた。

 

「……着いて来い」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連れて来られたのは地下の教室だった。

 

(……なんか、滅茶苦茶ジメジメしたところだなここ。薬品の匂いも大量に漂ってるし……これ、吸っても大丈夫か?)

 

 ぐつぐつと煮える大なべを通り過ぎたところでスネイプは停止する。ここに来るまでに、彼は一度も口をきいてはくれなかった。ダンブルドアと違い気難しそうな人である、という上条が最初に抱いた印象はどうやら間違ってはいないらしい。

 

「……校長の破天荒振りは今に始まった事ではない」

 

 重々しく、上条に背を向けたままスネイプは口を開いた。

 

「だが聡明な方だ。世間で語られている以上に賢く、意外にもそれ以下に容赦や慈愛は持ち合わせていない……故に、一見して意味のない行動にも必ず理由が存在する。校長は理由なしに、訪れた謎の来訪者を自分の城に(かくま)ったりはしないのだ」

 

 遠まわしで、難しい言い回しだった。その言葉には一切の感情がない。まるでスネイプ自身が自分に言い聞かせるように。確認事項を確かめているような、そんな口調だった。

 

「同じく、君を我輩に預けたのにも理由があるはず。ダンブルドアは私の性格も把握している。私が今しようとしている事は、校長も予測済みのはずだ」

 

 たらり、と。上条当麻の頬に冷や汗が垂れる。

 

「……えーと。つまり、今から何かやらかしますがあの爺さんは了解済みのはずだから大丈夫! ……ってことでせうか?」

 

「左様。校長は優しくも、君がホグワーツで暮らしていけるよう便宜を図れと仰った。この学校で最も、その役目に相応しくないこの私に」

 

(……あ、自覚あるんだ)

 

「君のような得体の知れない者の世話などやりたくはない。だが頼まれた以上はやらなくてはならない……故に、我輩は我輩のやり方で客人をもてなそう。最初に言っておくが嫌ならばそう言いたまえ。校長に相談するまでもなく、この学校の敷地から放り出してやる」

 

 上条へと振り返ったスネイプの表情は、苦々しいの一言だった。先ほどまでの言葉が、一字一句違わず彼の本音であることが伝わってくる。なんとなく、上条と協力を強いられたときのステイルに似ているな、というのが上条の感想だった。

 

「えー……まぁ、やり方に関しては口は出さない……です、はい」

 

「……よろしい。では早速だがこれを飲んでもらう」

 

 スネイプが出したのは小さな小瓶だった。

 

「ベリタセラム、真実薬だ。たったの一滴、これを口にするだけで如何様な人物でもその秘密をべらべらと喋り倒す。まずは君が、信用に足る人物か否か、見極めさせてもらおう」

 

「は……? ま、まさかの自白剤!? なんでそんな物騒なもんが学校にありやがる!!?」

 

「我輩の私物だ」

 

「ああそうですか……って、なるか! 新学期初日の理科教師が持ち合わせていいもんじゃねえだろ!! それの本来の使用用途はなんだ!!?」

 

「我輩とてコレを使いたくはない。調合に使われる素材も、調合に費やす時間も馬鹿にはならん。だが、魔法が効かない以上、一番有効なのはこの薬だ。校長もおそらく同じお考えのはず」

 

「答えになってねぇぞ! そしてんなわけあるか!! あの優しそうな爺さんの思考を勝手に捏造してんじゃねえマッドサイエンティスト!!」

 

「なんとでも言え。それで、飲むのか、飲まないのか。飲まないのであればとっととここから出て行きたまえ。出口までは案内してやろう」

 

 うっ、と上条当麻は後ずさった。意味不明な怪しい薬を出されて、ほいほいと飲む奴は頭がどうかしている。だが飲まなければ追い出されるという。正真正銘のどうしようもない二択である。

 スネイプは何も言わない。目を細め見下すように、あるいは見守るようにこちらを睨むだけだ。もはや問答は無用、という意思の表れでもある。

 

「不幸だ……畜生ォォォォォォ!!!」

 

 半ばヤケクソに、上条は小瓶に口をつけ一気に煽った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや校長。おはようございます」

 

「うむ、おはようニコラス」

 

 ホグワーツのとある廊下にダンブルドアは来ていた。別段その場所に用があるというわけではない。探していた人物をようやく見つけたのだ。ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿、ホグワーツに住む、グリフィンドール寮のゴーストである。

 

「今日は待望の、可愛い新入生たちがこぞってこの城にやってくる日ですな。いやはや、ホグワーツはいつも楽しい場所ではありますが、やはりこの日が一番の楽しみですよ。そしてささやかながら、願わくば彼らこそ、私を名前で呼んで欲しいものです」

 

 ちなみに。生徒の間では、彼は『ほとんど首なしニック』と呼ばれている。処刑される際に首をきちんと切り落とされなかった事に由来するらしいのだが、なんと斧を振り下ろされること45回。斧がよほどのなまくらで、処刑人がかなりの貧弱物で、ニコラスの首が余程頑丈でなければ成立しない神業である。そうでもなければ普通は即死するはずであり、首がほとんどなくなる前にゴースト化していなければおかしい。

 

 この割とどうでもいいミステリーは、ニコラスの処刑理由にこそ鍵があるのではないか。そんな事を、ダンブルドアはなんとなしに考えていた。 

 

「うーむ……生徒達は純粋じゃからのう。別段、彼らも悪意があって君をそう呼んでおるわけではないという事を、理解してくれると助かる」

 

「いえいえ、名前で呼んで欲しいというのはまさしくその通りなのですがね。生徒達と仲良くなるためには、このあだ名は実に都合がいいのもまた事実……やはり最初が肝心ですからな。歓迎パーティでこの首を晒すのも、もはや恒例行事となっております」

 

「……ほどほどになニコラス。去年はそれで生徒が一人吐いたからのう」

 

「そうですね、お陰で彼女は1年間、私をニコラスと呼んでくれました」

 

 ニックは反省も後悔もしていないようだった。まぁこれもまた試練か、とダンブルドアも止める気はさらさらない。ホグワーツ最初のご馳走のテーブルに、彼の首の断面図が晒されるという悲劇は今日も繰り返されるらしい。

 

「ところでニコラス。少々尋ねたい事があるのじゃが、良いかな?」

 

「おお、校長が私にですか。なんなりと聞いてください。私の首についてでしょうか?」

 

「いや、君の首はもういい。ワシの記憶が正しければ、大体一ヶ月ほど前のことじゃったか。ここホグワーツに、新しくゴーストが住み着いたと風の噂で聞いてのう」

 

 その言葉を聞いて、ニコラスは少ししょんぼりとした様子を見せた。

 

「嗚呼、なんと。校長の耳にまで届いてしまいましたか! 彼はかなり錯乱していて……まぁゴーストになった者というのは大抵最初は錯乱するのですが。私も最初の50年くらいはそうでしたし……ですがアレはかなりの重傷でして」

 

「そうじゃろうな。ゴーストになる者というのは、大抵が死に対して心の準備が出来ておらん者じゃ。言葉にすると簡単ではあるが……おそらく想像を絶する絶望なのじゃろうて。して、彼はいま何処におるかのう?」

 

「厨房に押し込めております。珍しく血みどろ男爵が協力的に動いてくれましてね。自分以上に血みどろな彼がいては自分の沽券に関わるとかなんとか……いやはや、なにしろ話が通じないものでして非情に苦労させられました。ま、あそこは基本屋敷しもべ妖精しかいないですからな。彼らもピーブズ避けとして重宝しているようです」

 

 グリフィンドールのゴーストたるニックは、スリザリンのゴーストたる血みどろ男爵とはすこぶる仲が悪い。そんな彼らが協力して事に当たるぐらいには、そのゴーストには手を焼いたのだろう。ホグワーツ最凶のポルターガイストを退けるとは大したゴーストだ、とダンブルドアは感心した。

 

「そうか、厨房か。ありがとうニコラス」

 

「いえいえ……ところで校長。その、彼とお会いになるのですかな? 新学期でお忙しいのでは?」

 

「まぁの。新学期の準備はミネルバに任せておるから大丈夫じゃ」

 

「そうですか……まぁ、彼女なら安心ですな。しかし御言葉ですが、新学期の準備よりも大切なのですかな? ゴーストの彼と話すのは。言っておきますが、彼には時間が足りていない。錯乱状態でとても話が通じるとは思いませんよ? まだ彼は意味不明な言葉を並び立て、神とやらに嘆きを訴えている段階です」

 

「ううむ、そうかもしれんがのう。じゃが、至急確認せねばならぬ案件が出てきて、新学期どころではなくなってしまったのでな」

 

「確認……?」

 

 ダンブルドアはのんびりと歩き始め、それにニックも追従していく。どうやら彼は付いて来てくれるらしい。ダンブルドアとしても断る理由もないので、特に何も言う事はなかった。

 

「ワシがこの話を聞いたのは厨房の屋敷しもべ妖精からでな。変わった事があれば報告せよと申し付けておったのじゃ」

 

「なるほど、そちらから校長の耳に入ってしまいましたか」

 

 ニックはなるほどという感じで頷いていた。

 

「そして彼についての報告の際に二つほど、質問を受けた事があってな」

 

「質問ですか。それは珍しい……して、その内容は?」

 

「一つは、小麦粉とぶどう酒を少々余分に使ってもよいか、というものじゃった。そのゴーストが欲しがっておったようじゃからな」

 

 その言葉を聞いて、ニックは首を傾げた(その瞬間、ズリっと首が落ちそうになる)

 

「ぶどう酒はさておき、小麦粉単体を希望するとは変わった奴ですな」

 

「たしかに。ワシもそう思い、小麦粉を何に用いるのか尋ねてみた。すると、言いよどみながらそのしもべ妖精はこうかえしてきたのじゃ」

 

 やがて、洋梨の絵が描かれた絵画の前に着いた。厨房への入り口を開き、そこへと足を踏み入れながら、ダンブルドアは言葉を続けた。

 

「……校長、十字教という魔法は存在するのですか? 魔法に使いたい、とゴーストが言っているのですが、とな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意外とあっさり飲み干したな。と、スネイプはそんな事を考えていた。

 

「お前の名前は?」

 

「上条当麻、です」

 

 気持ちが悪そうな顔をしながら、つんつん頭の東洋人は答えた。一滴で十二分であると教えたはずが、何故か真実薬の小瓶を丸々一つ空けた渾身の大馬鹿野郎だ。今なら初恋の相手から自ら最大のトラウマまで、コイツは何を聞いても躊躇なくベラベラと喋り倒すだろう。

 

「何が目的でホグワーツを訪れた?」

 

「自分の意志じゃありません。上里翔流という男に飛ばされました」

 

「……誰だそれは?」

 

理想送り(ワールドリジェクター)という右手を持つ男です」

 

 正直に言って、上条が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。まぁ元々コイツは異世界からやって来た、という触れ込みであったか。と、スネイプは考え直す。それが本当なら理解できるはずがない。

 

 本題に戻ろう。聞かなければならない案件はこっちではない。スネイプにとってこの少年の出自は大して重要ではないのだ。

 

「……お前は死喰い人(デス・イーター)か?」

 

「質問の意味がわかりません」

 

「闇の帝王、ヴォルデモートの部下かと聞いている」

 

「ヴォルデモートという人物を知りません」

 

「ハリー・ポッターという人物を知っているか?」

 

「知りません」

 

「……ふむ」

 

 どうやら本当に知らないらしい。忘却術が掛けられている可能性もあるが、その線はおそらく薄いだろう。魔法を無効化するこの男の右手をもってすれば破るのは容易いはずだし、そもそも記憶を吹き飛ばしてまでホグワーツに潜り込むメリットがない。

 

「お前の右手について説明しろ」

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)。それが異能の力なら、魔術でも超能力でも打ち消す事が出来ます。世界の基準点、異能の力によって歪められる前の世界。そんな願いを持つ人々の祈りの集合点と言われています」

 

 頭痛がした。まず超能力という言葉の意味がわからない。なにやら想像の斜め上のスケールの存在らしい上に、確定ではなく伝聞系である。つまるところこの少年にも確かなことは言えない代物という事だ。

 

 ひとまずスネイプは質問を取りやめ思考に浸る。この男は有用だ。あらゆる魔法を打ち消す右手は、ハリー・ポッターを護る最強の盾となるだろう。服従の呪文は効かず、あらゆる呪いを打ち払い、破壊困難な闇の品を一撃で粉砕できるなど反則もいいところだ。

 闇の帝王も知らない無敵の存在。それが要らないと言えば嘘になる。これをホグワーツ特急に乗せてロンドンに送り返すのは馬鹿げた行為だ。

 

 ……だが、懸念もある。この男の右手は最強の盾であると同時に最強の矛としても成立するのだ。タイミングも悪い。賢者の石という伝説級の代物を匿っているホグワーツに来るとはなんとも間の悪い(不幸)。石を護る防御の数々を力技で突破されかねないのだから、リスクは推して知るべしというところだろうか。もしかしたら、石を狙う者がこの男を送り込んだ可能性もある。

 

「……ダンブルドアは君に何を頼んだ?」

 

「ここで働いて欲しい、と言われました」

 

 これは質問と言うより半ば独り言であった。ここで自分が巡らせた思考など、校長は全てお見通しだろう。リスクを承知でその結論にダンブルドアは思い至ったはすだ。これはただの確認作業に過ぎないし、それも終わった。これ以上の質問は必要ないだろう。

 

 真実薬の解毒剤を手渡し、飲むように促す。上条は迷いなく、またも一気に飲み干した。こちらも1滴で十分なはずだが、そもそも飲んだ真実薬の量がアレなのだから適正なはずだ。これを調合し直すのに一体どれだけの手間がかかるのか。想像するだけで憂鬱になる。

 

「……薬の分は働いてもらうぞ」

 

「ぶふぅ!!? いくらなんでも横暴過ぎるわ! 飲ませた薬代を俺に押し付けるんじゃねえ!!」

 

「想定以上の支出を出した君の責任だ。我輩は確かに一滴で問題ないと言ったはずだが?」

 

「えっ……あ!」

 

 不幸だーっ!! と上条はうなだれた。そんな上条の様子を見て、ふとスネイプの頭には疑問が振って沸いて出た。

 

「嫌に元気だな……頭痛、発熱、吐き気。その他体調に不調はないか?」

 

「不調?……いえ、特にないですけど?」

 

 けろっとしている上条を見て、スネイプは眉を寄せた。真実薬ほどの劇薬を一瓶飲み干したのだから、それなりの副作用があるはずだと考えていたのだが。どうやら当てが外れたようだ。

 

「そうか……まぁいい。薬の件はさておいて、君には至急やってもらう事がある」

 

 え? という疑問符を浮かべる上条をさておいて、スネイプが無言で杖を振るといくつかの本が現れた。

 

「聞くところによれば、君は魔法について殆ど無知であるらしいな。ここホグワーツで働くのであれば、そのようなふざけた存在は許さん」

 

 学校のどこかで、ネコを抱えた管理人が盛大にくしゃみをした。

 

「我輩の学生時代の教科書だ。少々古いが、我輩が書き込んだメモも残っている。基本呪文集、闇の魔術大全、変身術入門。まずはこの辺りから覚えて貰おうか」

 

「げっ、勉強か……」

 

 若干の嫌な顔をした上条だが、すぐにそれはまずいと思い直し表情を戻した。働かせて貰う以上、この程度の事はこなさなければならないだろう。むしろ教科書を用意してくれたスネイプ先生には感謝しなくては。

 

「わかった。で、まずはこの3冊でいいんだな? ちなみにいつまでに覚えれば―――

 

「今日中だ。生徒達の歓迎会が始まるより前に覚えてもらう」

 

「ああ、今日中……え?」

 

 こぽこぽと、スネイプはまたしても怪しい薬品を取り出し、コップに注ぎ始めた。

 

「コンサタラム、集中薬という。名前の通り飲んだ者の集中力を上げる薬だ。副作用として異常に疲れるという点があるが、端的に言ってそれしかない。これを飲み続け、夜までには全てを覚えて貰おうか」

 

 無茶すぎると考えていた上条だったが、淡々と告げるスネイプを見て、もしかしたらこれが魔法使いのスタンダードなのかもしれないと思い直した。

 

「……すげーな。魔法使いって、こんな薬を飲んでまで勉強するのか」

 

「ああ、我輩も学生時代によく飲んだものだ」

 

 主に試験前に、とか。飲んでも1ヶ月に1杯だけ、とか。そんな言葉は告げず、ほくそ笑みながら飲むように促す。この薬は自分が学生時代に口にした粗末な集中薬とはわけが違う。自らが改良に改良を重ねた渾身の一作だ。新年度にやらかした生徒へ盛ろうと考えていたのだが……ここにきて良い被検体がやってきたものだ。

 

「……よし、やります!」

 

 グイっと一息。集中薬をあおった上条を見て、スネイプは心の中でガッツポーズを決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、神よ。何故私をお見捨てになったのですか……」

 

「校長」

 

「うむ、あやつか」

 

 生徒達の歓迎会に向けて、厨房は上へ下への大忙しであった。そんな中でも屋敷しもべ妖精達は校長であるダンブルドアの来訪を快く歓迎し、お菓子を大量に持って来てくれた。その中にはダンブルドアの大好きなレモンキャンディーも入っており、ダンブルドアはそれらをほくほく顔で抱えながら、件のゴーストのいる厨房の奥へと歩みを進めていた。

 

「しかし、本当に血みどろじゃの。一体彼に何があったのじゃ?」

 

「柱で叩き潰された、と伺っています。まぁ、それが真実かはわかりませんが」

 

 なにしろ相手は、素手で柱を振り回したらしいのです、とニックは言葉を続けた。その言葉の裏には、"ありえないでしょう?"という彼の本音が透けて見える。

 

「名前は……というらしいです」

 

「ふむ。そうか」

 

 名前を呼ばれても、そのゴーストは振り返らない。厨房の隅にうずくまり、こちらに背を向けたままだ。そんな彼にダンブルドアは一言。とある単語を口にした。

 

「……幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

 瞬間、ゴーストは動きを止めた。そして、まさかという表情で振り返り、ダンブルドアを凝視する。

 

「やはり君は、上条当麻君の知り合いかね」

 

 ぐっしょりと血に濡れた緑の司祭服。凶悪な面構えの男だが、大粒の涙のせいでそこまで威圧感は感じない。

 

「アレを、知っているのですか?」

 

「うむ、最近知り合ってな。今は少しでも情報が欲しい。なんでもよい、少し話を聞かせてはもらえぬか」

 

 ダンブルドアが杖を振ると、厨房のイスが3つ飛んで来た。自分と、ニコラスと、そしてこの男の分。本来ゴーストには必要は無いが、これが最低限の礼儀であるとダンブルドアは考えていた。

 

「ワシの名はアルバス・ダンブルドア、この学校の校長を務めておる。どうかよろしくのう……左方のテッラ君」

 

 

 

 

 





上条「ステュービファイ……失神呪文?」チラッ

スネイプ「……」プイッ








マクゴナガル「先生! ダンブルドア先生! 何処に行かれたのですか!?……おや、コレは……?」ペラッ

『後は頼んだ』っ猫缶

マクゴナガル「…………」ゴゴゴゴゴゴゴ






 ちなみに集中薬はオリジナル……のはずです。もしもどこかに存在していたらごめんなさい。


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04 尋ね人


 だれおま、というやつです。








 

 

 

 

 

 

 これで神の国へと召されるのだと、私は確信していました。

 

『一つ断っておくが、貴様が神に選ばれる事は絶対にないのである』

 

 聖人たるあの忌々しい傭兵の言葉も、単なる負け惜しみだと。敬虔な十字教徒であり、原罪を克服しつつあるこの私を選ばずして誰が選ばれるというのかと。私は自らの行く末を微塵も疑う事もなく、どこか達観した心境で最後の時を迎えたのです。

 

 意識が遠くなり、身体の感覚が薄れていく。嗚呼、神よ。間もなく貴方の元へ馳せ参じます。

 

『神は全てを知っている。詳しくは、最後の審判で直接聞くが良い』

 

 

 そして、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、終わったか」

 

「……お、おう。なんとか……」

 

 机に顔を突っ伏しながら、上条は息も絶え絶えに答えた。手元には使い古された教科書と、魔法薬の教員が用意したテストの解答用紙が散乱している。読んでは解き、読んでは解き、たまに前のページに戻っては解き……全て満点が取れるまでのおよそ3時間。一切の休憩も無しに、上条当麻の頭脳は極限まで酷使されていた。

 

「あー、頭が破裂しそうだ……流石に疲れた」

 

 うーんと伸びをする上条。そんな上条を見て、スネイプはひそかに戦慄していた。

 

(疲れた、で済むような量ではない……我輩があの薬を飲めば、1杯で少なくとも2日は動けないだろう)

 

 チラリ、とスネイプは大なべを見た。満タンまで調合された集中薬(コンサタラム)はもはや半分を切っている。なかなか副作用の色が見えない上条に、調子に乗って与え続けた結果がこの様だ。上条の根性を試すという意味合いも兼ねての学習だったが、どうやら試されるのは薬品を再調合するスネイプなのかもしれなかった。

 

(副作用自体が起きていない?……あるいはこの男の体力が異常なのか……なるほど。異世界からきた、という触れ込みは伊達ではないようだな。実に面白い)

 

 あるいは校長もこんな心境だったのかもしれない。未知なるものへの飽くなき探求心というものをくすぐられる事に関しては、自分以上に弱いのがあの人なのだから。

 

 そんな事を考えながら、スネイプは杖を振り教科書と羊皮紙を消した。

 

「いや、しかしすっげー薬だったな。コレがあればテストなんて敵なしなんじゃないか? つくづく魔法って便利だな」

 

 そんなわけあるか、という言葉をスネイプはすんでのところで飲み込んだ。

 

「一つ言っておくが、お前が今学んだのは基礎中の基礎だ。よって、今後もこの薬を用いた学習を続けるので覚悟するように」

 

 基礎中の基礎とは言うが、呪文に関しては1年生の範囲を終了し、闇の魔術に関してはポピュラーな部分を一通り終えている。おそらく、呪文に関する知識ならば森番や管理人は既に凌駕しているはずだ。この短時間でよくやったと、意外にもスネイプは感心していた。

 

「げげっ……いや、それもそうか。はい、よろしくお願いします」

 

 ぺこりと素直に下げる頭も持ち合わせている。最初は押し付けられた存在だったが、存外悪くない。オリジナル魔法薬の被検体として、そしてハリー・ポッターを護る盾として。魔法界のまの字も知らないこの男に、全てを叩き込んでやろうではないか。そんな事をたくらむ半純血のプリンスがここにいた。

 

「ああ、こちらこそ……よろしく頼む」

 

 そして。聞く人が聞けば耳を疑い、そして目を疑うような光景が作り出された。

 

 満足した表情で握手をするスネイプという、冗談みたいな存在が降臨したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ですが、私は神の国へは辿り着けませんでした。

 

 薄れていく意識は固定され、肉体の感覚は何処かへと消えて、それでも私という意識、存在は消えなかったのです。魂、残留思念、あるいは貴方達の呼ぶゴースト……そう呼ばれる存在へと昇華し、どうやらそこで踏みとどまってしまったらしいのです。

 

 迎えが来る。いつか、待っていれば来てくれる。その想いだけが、私を支えていました。

 

 1日待って、2日待って、5日が過ぎて、1週間がたち……待てども待てども、迎えは来ませんでした。

 

『貴様が神に選ばれる事は絶対にないのである』

 

 そんな事はない! そう何度も自分に言い聞かせながらも、あの傭兵の言葉が頭に響くのです。なにしろ眠る事も出来ないこの身体。考える時間は腐るほどあります。何か別のことを考えなければ狂ってしまう。いや、死んでいる以上、狂う事すらもできないのではないか。そんな恐怖が、私の心を更に掻き立てました。

 

 ……とりあえず、世界を見て回ってみました。イギリスのクーデターや、フィアンマと幻想殺しの決着を見届け、そして太陽を追うように世界中の人々を見て回ったのです。何か手がかりがあるのかもしれないと。私を解放してくれる者の存在を、私は必死で探し回りました。

 

 そして……やがて、うっすらとですが。輪郭の見えないぼんやりとした形で、答えが見えてきました。幸いにして時間はありましたので。どうして私が選ばれないのか。善とは、悪とは、生とは、そして死とは。こんな愚かな私にも、自分を見つめ直すだけの力はあったようです。

 

 救いようのない存在。今のこの私の状態は、己を見つめ直すために神が課した試練だったと。死んだ人間は等しく、神の元に裁かれる。ですが私は、その価値すらない畜生であると。それこそが神の答えなのだと。

 

 ……嗚呼、神よ。お願いです、私を見捨てないで下さい。私を救ってください。御身の名の下に、私を正しく裁いてください。

 

『新たな天地を望むか?』

 

  そして、そんな私の前に。あの少年が現れたのです。使者がきたと私は確信しました。ようやく解放される。魔神ですら一撃で屠る力を持つこの少年の力を持って、私はようやくこの世から旅立てる。迷わず私は少年の振るう神秘の力へと飛び込み―――そして。

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃが、それは大きな間違いじゃったと」

 

「ええ。気がつけばこの世界、この城へと私は至りました。信じられませんが、今の私にはわかります。この世界には、私の信じる神はいないという事が。私はもう、あの方の元へは辿り着けない。御身の裁きに身を委ねる事もできない……」

 

 その目からは、大粒の涙がとめどなく溢れていた。それは間違いなく、彼が神を信仰している証なのだ。

 

「審判の帳簿に、その名を載せる価値もなし。主の威光を履き違えた私に救いなどない。これが、アックアの言っていた事なのですね」

 

 静かに、その男は言葉を止めた。言いたい事は言い尽くしたのだろう。そして、その嘆きを聞き届けたダンブルドアは目を閉じ、男の言葉をかみ締めていた。

 

(どうやら上条君と同じ世界から、同じ方法でやって来たことは間違いないのう。それもゴーストと言う形で……ならば、他にも訪れている者がおるかもしれん。あるいは、これからやってくるという可能性もある)

 

 事態は深刻であると、ダンブルドアは確信した。これから新学期を迎えるというホグワーツに、得体の知れない人物たちがランダムに送り込まれるとなれば堪ったものではない。

 

 上条当麻は善人だった。だが他に送り込まれる人間が善人であるという保証は無い。現に今目の前にいる人間は、反省こそしているが確実に悪人である。万が一にも、生徒たちを危険な目に合わせるわけにはいかないのだ。

 

(出来ることがあるとすれば、このホグワーツに彼らが転移できないよう細工を施すことくらいかのう……姿現し封じだけでなく、もっと直接的な移動手段を断つ……この杖の力を最大限生かせば可能かもしれん)

 

 無意識に、ダンブルドアは己の杖を強く握り締めた。最凶の杖。かつて、親友から奪い取った、『死』が作り出したと呼ばれる杖を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……ユニコーンのたてがみだな」

 

「ゆにこーん? ってあの……頭に角の生えた馬のことか?」

 

 勉強という名の拷問も終わり、上条当麻とスネイプはイスに座り雑談に耽っていた。

 

「左様。というより、それ以外にユニコーンがいるのか?」

 

「いや、ここ完全に別世界だし一応聞いとこうと……え、じゃあこれ結構貴重なものなんじゃ? あの爺さん、さらっととんでもない物を使ってたのか」

 

「いや、ユニコーンのたてがみ自体はそう珍しいものではない。角や体毛は魔法薬の授業でも用いる上、ユニコーン自体を魔法生物飼育学で扱うこともある」

 

「……使ってよし育ててよしってか。伝説の生き物をカイコ虫みたいな扱いしやがって……」

 

 伝説……? と首をひねるスネイプをさておいて、上条当麻はしげしげと自分の右手を見た。ホグワーツの結界とやらを圧迫しているらしい幻想殺しを、こうも簡単に抑え付けている手袋。これの素材がユニコーンと言われたところで、上条にはどうにもピンと来ない。お寺に奉ってある河童のミイラを見たときのような、実は本物ではないんですというオチをどうしても期待してしまうような、そんな心境だった。

 

「で、これが一体どうやったら幻想殺しを封じる事になるんだ?」

 

「……その右手の事か」

 

 上条の手袋を見極めるかのように、スネイプは目を細めた。

 

「仮説もあるが、不明な点も多い。たてがみを通う魔法力を消させる事で、どうにか右手の力を相殺させているのだろうが……そこまで長く持つとは思えん。触れ続ければいずれは魔法力も尽きるだろう」

 

「相殺、か」

 

 これまで、上条の幻想殺しの力と拮抗したものはそう多くはない。大覇星祭の御坂美琴、一方通行の黒翼、フィアンマの竜王の殺息(ドラゴンブレス)に聖なる右、オティヌスの主神の槍(グングニル)……どれもこれも、上条のいた世界では規格外の強さを誇る。如何に魔法学校とはいえ、教材として牧草をかじってそうな馬の体毛に、それほどの力があるのだろうか?

 

 思考が暗礁に乗り上げたところで、バタンと勢いよく教室のドアが開かれた。その方向に目をやると、これまた奇抜な格好をした(周囲から見れば今の上条の服装こそ奇妙そのものではある)女性がいた。

 

「ああ、セブルス。いてくれましたか」

 

「……どうかされましたかな、マクゴナガル教授」

 

 どうやら女性はマクゴナガル、という人のようだ。どこか少し慌てた様子の彼女は急いでこちらに駆け寄り、矢継ぎ早に喋り始めた。

 

「どうにもこうにもではありません。今日は新学期を迎える大事な日だと言うのに……ダンブルドアが何処かへと姿をくらませてしまいました。そのお陰で校長の担当している大広間や湖は未だ手付かずのままでして……」

 

「ふむ、残念ながら校長はここにはおられない。他を当たることですな」

 

「ええ、どうやらそのようですね……セブルス、お手数ですが応援をお願いしてもよろしいでしょうか。自分の仕事を予め終わらせている貴方に頼むのは、実に忍びないのですが……」

 

「他ならぬ副校長のお言葉です。従いましょう。それに順番からして、我輩が例の仕掛けを一番早く完成させる必要がありましたからな。他の先生方が忙しいのは、我輩のせいでもある」

 

 と言いながら、恐ろしく嫌そうな顔をしたスネイプを見て、上条は思わず苦笑いを浮かべた。

 

「ありがとうございます……ああ、ダンブルドアは一体何処に……おや」

 

 ようやく、マクゴナガルは上条当麻の存在に気づいたようだ。しげしげと上条の姿を頭の先からつま先まで観察した挙句の果てに。彼女はこう呟いた。

 

「かなり年代物ですが……いい帽子ですね」

 

「……ど、どうも」

 

 一瞬の沈黙。そしてミネルバ・マクゴナガルは目を瞬かせた後に、こう続けた。

 

「失礼、私はミネルバ・マクゴナガル。このホグワーツで変身術を担当しています。それで、貴方は?」

 

「え? えーと、名前は上条当麻といいます」

 

「……上条当麻、ですか。ホグワーツにようこそ……セブルス、来客ですか? もし忙しいようでしたら、先ほどの応援の件は断って頂いても―――」

 

「その必要はありませんな。彼は私ではなく校長の客人だ。如何に彼の頭が不出来でも、ここから動かずにいることくらいは可能かと」

 

(ちょ……まださっきの薬を一気飲みした件を根に持ってんのかよ!?)

 

 空になったビンを振りながら、スネイプは冷徹に告げた。「はぁ」と返事にならない声を上げるマクゴナガルには何がなんだかさっぱりわからないようだ。

 

「事情はわかりませんが……それでは、お願いします。ああ、ダンブルドア教授ったら、客人をまかせっきりにして一体何処に―――」

 

 マクゴナガルは教室から出て行った。それを確認したスネイプは杖を取り出し(反射的に上条は身構えた)、軽く振るう。すると教室の中心に、道幅ぴったりのベッドが出現した。

 

「我輩は見ての通り忙しい。準備が終わり次第戻るので、それまで仮眠でもとるがいい」

 

「え、ちょっと―――?」

 

 それだけ告げると、上条の返事を待たずにスネイプは出て行った。

 

(驚きで声もでなかったぞ……杖を振るだけでこんな事も出来るのか……)

 

 まるで魔法のようだ。そんな馬鹿なことを考えながら、上条は言われるがままにベッドへと横になった。睡眠はとっていたはずだが、やはり慣れない環境のせいかあまり眠れていなかったのだ。加えて先ほどの魔法式詰め込み作業の疲れもある。横になった途端、上条の目蓋はあっという間に閉じてしまった。

 

(スネイプ先生、か。なんか最初は冷たかったけど、やっぱりいい人だよな。ステイルみたいだって思ったのは流石に失礼だった)

 

 あとで必ずお礼を言おう。そう思いながら、上条はまどろみの中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツ特急。9と4分の3番線から出発した列車は最初で最後の駅に辿り着き、静寂なホグワーツの領内に瞬く間に喧騒をもたらした。

 

「イッチ年生! イッチ年生はこっちだ!」

 

 溢れる人ごみの中、突き出すように目立つ大男は、歌うようにその使命を果たしていた。ホグワーツの森番、ルビウス・ハグリッドである。

 

「ハグリッド!」

 

 自らを呼び止める声を聞いて、ハグリッドはその足を止めた。本来であれば大忙しなこのタイミングだが、あの可愛い少年の声を無視して通り過ぎるなんて事、彼には出来るはずも無かったのだ。

 

「ん? おーハリーか。どうやら無事に着いたみてぇだな。そっちの赤毛は……あー、ウィーズリー家の子だな」

 

「そうだよ、ロンって言うんだ」

 

「うわー、フレッドとジョージから聞いてたけど、本当におっきいんだね」

 

「あー、あのいたずら小僧たちが俺の事を何て言ってたかは知らんがな。お前さんは、もうちょいおとなしくしてくれると助かる」

 

 ハグリッドは少し呆れ気味にそう言った。そんな彼を見て、ハリーはクスリと笑っていた。

 

「笑うんじゃねえ。あいつらにはピーブズ以上に手を焼かされちょるんだぞ……ま、まぁなんだ。俺の事は置いといてだな。もう2本足の友達が出来たみてぇだし、よかったじゃねえかハリー」

 

 そんな言葉に、ハリーは少し照れながらこう答えた。

 

「うん。僕、ホグワーツに来れて本当によかったよ」

 

「なぁに、楽しい事はこれからだぞ。さ、行ってこいハリー、ロン」

 

 その言葉に促されるように、彼らはホグワーツへと歩みを進める。辺りは既に暗く、人の波に乗りながら、月に照らし出されたホグワーツの城へと。

 

 この日ホグワーツに。ハリー・ポッターが初めて訪れた。

 

 

 

 

 

 

 







マクゴナガル「流石に私も、あの猫缶には頭にきました」

スネイプ(……ダメだ、笑うな)プルプル

マクゴナガル「腹いせに『盾の呪文』を仕込んだブラッジャーを3つほど校長室に放ちましたが……未だに怒りが収まりません」

スネイプ「え」


フォークス「フォオオオオオオオイ!!!?」











マクゴナガル「まったく、こんなモノで私が釣られるはずがないでしょう」っ開封済み

スネイプ「ブフォ」






 次回からはちょっとだけ加速していきます。



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05 学び舎の導師達

 いつも通りオリジナル要素があります。





 

 

 

 

「起きろ」

 

「うぉあ!?」

 

 凄まじく不吉を纏った低い声。恐ろしく最悪な目覚ましの音に、熟睡しきっていた上条当麻は一瞬で飛び起きる。素早く周囲を見渡すと、苦虫を潰したような顔のセブルス・スネイプと目が合った。

 

「……いい動きだな。寝ている時も警戒を怠っておらんとは」

 

「いや、見た目通り爆睡してたよ!? ……人をその道のプロみたいなカテゴリに分類するのはやめろって」

 

 その声が怖いんだよ、と言うのは流石にやめておいた。寝起きこそ最悪だったが、そもそもここまで満足した睡眠を取れたのは他ならぬスネイプのお陰なのだ。感謝こそすれ、そんな暴言を吐くような相手ではない。

 

「……まぁいい、それよりも急げ。直に組み分けの儀式が始まるぞ」

 

「組み分け?」

 

 スネイプに連れられて教室を出た上条は思わず質問した。

 

「左様。ホグワーツの生徒は入学時に4つの寮に組み分けをされる。その性格や能力に合った寮にな」

 

「へぇ……」

 

 意外とシステマチックなんだな、と上条は思った。気が合うもの同士での寮生活なら不協和音は起き辛いかもしれない。

 

「え、それで。何で俺が呼ばれるんだ? その儀式を見学させてくれるのか?」

 

「それもある。だがその後の行事の方が君には関係があるだろう。組み分けの儀式の後に歓迎会が執り行われ、そこで新任の教員を紹介することになっているのだ」

 

「はぁ……は?」

 

 スタスタと足早に歩みを進めるスネイプに、上条は小走りでなんとか着いていけている状態だった。

 

「まさか、もしかして。そこで……」

 

「君を紹介する事になっている。……この城で働く以上、必要なことだ」

 

 スネイプは振り返ってもいないのに、まるで上条の表情が見えているかのようにそう付け足した。逃げたいと言う上条の心を的確に読み、封殺する形で言葉を重ねたのだ。

 

「そしてその前に、教師陣への顔合わせを済ましておく必要がある。なので時間が無い。急ぐぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スネイプと上条は大広間へと到着した。中に入ると、少なくない数の教師陣たちが集まっており、その中心に、頭にたんこぶを作ったダンブルドアの姿も見えた。

 

「おお、きたか上条君。間に合ってなによりじゃ」

 

「え、ええ……まぁ、何度か死にかけましたがどうにか」

 

 朗らかな顔を見せるダンブルドアに、上条は息も絶え絶えにそう答えた。

 

「死にかけ……? ……セブルス」

 

「私を疑うのはやめて頂きたいものですな校長。彼が勝手に階段を踏み外して落ちそうになっただけの話です」

 

「ちげえよ! 階段が勝手に動きやがったんだ!! それも俺が足を浮かせた瞬間に!!」

 

「それも3回も。なんとも学習能力のない」

 

「あれは段差が勝手に消えてやがったからでしょーが。っていうか、何で階段を動かしたり消したりする必要があるんだっつーの!!」

 

 スネイプの辛らつな言葉に、ぎゃあぎゃあと反撃を試みる上条。その様子を見て、ダンブルドアは首を傾げた。この二人がここまで仲がよくなっている事が、ことさらに意外だったからだ。

 

「……まぁ、不幸じゃったな」

 

「くっ……結局こっちの世界でもその一言でまとめられるのか……」

 

 がっくしと肩を落とす上条はさておき、ダンブルドアは振り返った。上条達が到着し、これでこの部屋にはホグワーツの教師陣が全員揃った形となる。

 

 彼らもまた、スネイプと上条を見て首を傾げていた。見慣れない服を来た東洋人も気になるが、それ以上に彼らが関心を寄せているのはスネイプとの仲である。ホグワーツに勤める者達の共通認識として、お世辞にもスネイプは人当たりがいいとは言えない。無愛想で、優しくない。性格が悪い、とまで言ってしまうのは気が引けるが、少なくとも自らの心の内を曝け出すようなタイプではないのだ。彼と仲良くやっていこうと考えるのは、バジリスクと睨めっこを試みるほどに無茶というものだ。

 

 では、そんな彼と軽口を叩き合っている彼は一体何者だ?

 

「さて、皆も気になっておるじゃろうから紹介するとしよう。彼の名は上条当麻という。日本からきた魔法使いじゃ。専門は解呪、それも呪いに限らずあらゆる魔法を網羅しておる……ちなみに、ファミリーネームが上条じゃな」

 

「……え」

 

 ダンブルドアからさらっと魔法使いだと言われ、上条は困惑気味だった。それもあらゆる呪文に対してのエキスパートというのも完全に嘘っぱちだ。上条の頭脳には、先ほどスネイプに詰め込まれた基本呪文集などの知識しかない。闇の魔術に関しては割と多くのことを教えられたが、それだって浅く広くという感じだった。図鑑を眺めたところで、専門家を名乗るのは10年早い。

 

「とある事情で、上条君にはここホグワーツで臨時教員として働いてもらうことになった。理由は……まぁ色々じゃのう。おそらく先生方が想像している事で間違いはないと思う」

 

 そんなダンブルドアの言葉に、納得するように頷く先生方が何名かいた。その中には先ほど顔を合わせたマクゴナガルの姿もある。

 

(一体何を納得してるんだ? 毎年何かに困らされてて仕方なく呼んだ、って感じじゃないみたいだけど……今年はなにか特別な行事でもあるのか?)

 

 上条の額に嫌な汗がにじみでてきた。いずれにせよ、何か厄介事を押し付けられるのは間違いない。それも解呪の専門家としてだ。どう転んでもろくな事にならない気がする。

 

「まだ彼はイギリスの風習に馴染みがなくてのう。しばらくはスネイプ先生に補助をお願いする事になっておる」

 

 それだけ言って、ダンブルドアは上条を手招きした。なんとなくその意図を察し、上条は前へ出てダンブルドアの横に立った。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 上条当麻が頭を下げた瞬間、皆盛大に拍手をしてくれた。普通の新任教諭ならここまでの歓待はないかもしれない。遠いところからようこそ、という意味合いが一つ、そして上条が明らかにガチガチに緊張しているのもあるだろう。

 

「よしよし、では次に。皆のことを上条君に紹介と行きたい所なんじゃが、あまり時間もないのでな。ひとまず各寮の寮監たちのみ紹介といこうかの」

 

 そんなダンブルドアの言葉に、3人の教師が前に出た。

 

「まずこちらはグリフィンドールの寮監、ミネルバ・マクゴナガル先生じゃ。授業では変身術を担当なさっている」

 

「先ほど振りですね、上条当麻先生」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 最初に紹介されたのは先ほど地下室で顔を合わせた人物だった。相変わらず厳格さと優しさを兼ね備えたような顔つきをしている。四角いメガネが印象的な、上条が思い描く魔女そのものといった人だ。

 

「彼女はホグワーツの副校長も兼任しておる。ワシが不在の時などは、彼女が代役として動いてくれておるのじゃ」

 

「ええ。そして、校長が仕事も客人もほったらかしにして、厨房でお菓子を抱えていたらそれを注意するのも私の役目です」

 

「……いや、レモンキャンデーはしもべ妖精たちが勝手にじゃな……」

 

「それでは、没収したレモンキャンデーは厨房に戻しても構いませんね?」

 

 頭のたんこぶを撫でながら、ダンブルドアはかなりしょんぼりしていた。どうやら校長にも容赦のない人のようだ。

 

「あー、ごほん。次に、ハッフルパフの寮監、ポモーナ・スプラウト先生。薬草学の担当じゃ」

 

「よろしくね、上条君」

 

 次に紹介されたのは、ふっくらとした魔女だった。先ほどのマクゴナガルが聡明な学術派魔女という印象だったのに対し、彼女はどちらかと言えば魔女と言うより家でシチューをことこと煮ている主婦、という感じだ。どこか親しみやすく、とても優しそうな人だった。上条はぺこりと頭を下げた。

 

「そして、レイブンクローの寮監、フィリウス・フリットウィック先生。呪文学を担当されておる」

 

「よろしく」

 

 3番目に紹介されたのは、非常に小柄な先生だった。小さい先生、と言うと上条の頭には自らの担任である月詠小萌が思い浮かぶのだが、この人はそれ以上だ。容姿もどこか人間離れしているし、ちょこっとだけ上条の常識の範疇から片足を出しているような人物だった。

 

 上条がフリットウィック先生の姿にどぎまぎしていると、ダンブルドアが何かを察したようにこう付け足した。

 

「……ああ、そうか。フィリウス、日本では君のような人はあまりいなくてな。上条君が困惑しているのはそれが原因じゃ」

 

「なるほど。いえ、大丈夫ですよ校長。彼の視線に特に悪意は感じませんでしたしね」

 

「す、すいません。よろしくおねがいします」

 

「こちらこそ。いやー、君のような専門家が手伝ってくれるなら本当に助かりますな。あのウィーズリー兄弟にはほとほと困らされておりますから……彼らの才能自体は喜ばしい限りなんですがねぇ」

 

 キーキー声で、フリットウィック先生は愉快そうに言った。どうやらウィーズリー兄弟、というのがいるらしい。そしてその兄弟は名前を出すだけで、それが何なのかを認識できるくらいには有名のようだ。

 

(話の流れ的に生徒みたいだな。魔法使いのいたずらっ子ってとこか……いや、そんなの俺に任されたってどうにもできないぞ)

 

「そして最後に」

 

「我輩だ」

 

「は!?」

 

 不意に上条の横にいた人物が声を出し、上条は思わず飛びのいた。

 

「セブルス・スネイプ先生。魔法薬学の担当にして、スリザリンの寮監じゃ」

 

「……よろしく」

 

 直後に、この場にいた上条以外の人間は自分の耳を疑った。ダンブルドアでさえ目を見開いたのだから、その衝撃は推して知るべしというところだろう。

 

 そして何も知らない上条当麻といえば。

 

「あ、はい。お世話になります」

 

 当然ながら、当たり前のように対応していた。そんな二人のやり取りを見て、ホグワーツの教員たちは必然的にある一つの結論を出す。

 

 この少年は間違いなくただものではない、と。

 

「……さ、さあさあ先生がた。間もなくハグリッドが生徒達をここへ連れてくるじゃろう。1年生は少し後になるじゃろうから、そちらの対応は―――」

 

「ええ、私が行きましょう」

 

「お願いしますぞ、マクゴナガル先生。厨房へは―――

 

 てきぱきとダンブルドアは指示を出していく。マクゴナガル先生はすたすたと大広間を後にし、フリットウィック先生はなにやら杖先から銀色の動物を出し、何かを吹き込んでいる。その他の先生方は席に着き、今学期のカリキュラムから夏休みの思い出などなど、他愛のない世間話を始めてしまった。

 

「ぼさっとするな。じきに生徒達が到着する。貴様もとっとと席につけ」

 

「お、おう……って、俺の席は何処だ?」

 

「貴様の役割はまだ決まってはいない。なので森番の横……いやあの男はまだ来ていなかったな。広間入り口から見て、一番左奥だ」

 

 それだけ言うと、スネイプはさっさと行ってしまった。なにやら紫のターバンを被った人の元へと真っ先に向かっているようだ。

 

 上条も言われたとおり自分の席へと向かい―――その前に、奇妙なものが目に付いた。大広間の中心、おそらく校長であるダンブルドアが座るであろう席の正面。

 

(……帽子、だよな。なんでこんなとこに?)

 

 黒っぽい、魔法使いのとんがり帽子だった。今まで上条が見た中ではマクゴナガルの被っていたものが一番近い。だが丁寧に手入れが施された彼女のとは違い、こちらは長く放置されていたようにボロボロだった。もしかしたら元々の色は黒じゃないかもしれない。それくらいの発想が出てくるくらいには、汚らしい状態だったのである。

 

 しげしげと帽子を観察していると、突然帽子がぴくぴくと動いた。ぎょっと目を見張る上条に対して、帽子は身をよじるような仕草をみせた後、上条と目(実際には帽子の折り目がそう見えただけかもしれない)が合う。

 

「………?」

 

「………む」

 

 帽子が喋った。その事実に驚く暇もなく、次の瞬間、そのとんがり帽子はこう叫んだのだ。

 

「間違いない、これはグリフィンドール!!!」

 

「……はい?」

 

 大広間に響き渡ったその声に、席に着いた教師陣が一斉に振り向いた。

 

「……おや、組み分けはまだだったかな? これは失礼」

 

「組み分け?」

 

「ああ、そうだとも。私は組み分け帽子。生徒の素質を見抜くのが私の仕事でね」

 

 どうやらこの帽子こそが、組み分けの儀式の肝となるらしい。なるほど、だからこんなところにあるのかと、上条は納得した。何故こんな帽子が組み分けをやっているかについては、まったくの謎であるが。

 

「本来は私を被る事で、彼らの素質を見抜くのだがね。君はどう見てもグリフィンドールだ。うん。長年組み分けをやってはいるが、ここまで才能をはっきりと感じたのは初めてだよ」

 

 どう見ても、と言われても。上条にはさっぱりわからなかった。

 

「はぁ……そうですか。でも俺は生徒じゃないんだけど?」

 

 その言葉を聞いて、組み分け帽子はことさらに残念そうな顔(?)を作った。

 

「そうか、それは残念だ。君がグリフィンドールに入れば、間違いなく偉大になれるというのに」

 

 しみじみとそんな事を呟き、そして組み分け帽子はそれっきり喋らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして生徒達が入場し、次々に席へと付いていく中。突然、上条の座る椅子がドカッと浮いた。

 

「おお、お前さんが新しく雇われたっちゅう魔法使いか。俺はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの鍵と領地を護る番人だ」

 

 その震源地に、とてつもない大男が座っていた。全身こげ茶色の服に包まれた山男、というのが上条が最初に抱いた印象である。

 

「ど、どーも。上条当麻です。よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げる上条に対し、ハグリッドは怪訝そうな表情をした。

 

「……なんだ、それがお前さんの住んでたところの作法か? ずいぶんかわっちょるな」

 

「え? まぁ、そうですけど……」

 

「そうか。まぁ無理にとは言わねえが、こっちではあんまりやらんほうがええ。お辞儀なんてするのは、こっちではもう決闘の前ぐれえしかねえからな」

 

「げっ、マジかよ……」

 

 そんな事は完全に初耳だった。ばつの悪そうな顔をしている上条に対し、ハグリッドは慌ててこう付け足した。

 

「いや、責めてるわけじゃあねえ。先生方相手にやっちまったとしても、たぶんみんなわかっちょるからな。大丈夫だとも」

 

 どうやら、このハグリッドという人は見た目に似合わず繊細で、とても優しい性格の人のようだ。落ち込みそうになった上条の肩をバシバシと叩き、励ましてくれた。その衝撃で肩が外れそうになり、上条としては落ち込むどころではなくなってしまったのを鑑みるに、繊細というのは一考の余地があるかもしれない。

 

「えーと、ハグリッド、さん」

 

「ハグリッドでいい。先生がたも生徒達も、みんなそう呼ぶからな」

 

「えー……は、ハグリッド。質問なんですけど。番人、ってどんな仕事なんです?」

 

 これまで色々な役職の人と会った。魔法薬学、変身術、薬草学……どれもこれも上条の遭遇した事のないものではあるが、なんとなくその言葉の響きから内容はある程度見て取れる。だが番人、と聞いても上条にはいまいちピンとこなかった。

 

「おお、俺の仕事か? 番人っちゅうのは……実はホグワーツにはあんまり必要のねえ役職でな。ホグワーツ自体、色んな魔法で護られてるからあんまり意味がねえ。ま、ダンブルドア先生が俺のために作ってくれた役職だな。普段は、禁じられた森の見張りとか、動物の世話をやっちょる。みんなも俺の事を森番って呼んでるくれえだ」

 

 ホグワーツを護る魔法、と聞いて上条は少し動揺した。それは丁度昨日、上条がぶっ壊しかけた結界に他ならない。図らずもこの優しい男の仕事を激増させてしまうかもしれなかったという可能性に、上条は戦慄した。

 

「な、なるほど……うん? あのじいさんが作ってくれた? ってことは、昔はなかったのか?」

 

「俺の知るかぎりではな。まぁホグワーツの歴史は長いし、もしかしたら似たようなのはあるかもしれねえが……ダンブルドアは俺がホグワーツにいられるように、この職を俺にくれたんだ。偉大なお方だ、ダンブルドアは」

 

 とても嬉しそうに、ハグリッドはそう言った。どうやら今の仕事をとても気に入っているようだ。ダンブルドアの人選に狂いはなかったらしい。

 

「……そうですか」

 

 ホグワーツにいられるように仕事をくれた。それは上条も同じだ。未だその仕事の内容は明かされないが、おそらくこの森番と一緒で、上条に向いた仕事を薦めてくれるのだろう。言ってみれば、ハグリッドは上条の前任者みたいなものだ。

 

(偉大なお方、か。尊敬されてんだな、あの人)

 

 たった1日話をしただけでも、ダンブルドアの優しさと賢さを、上条はひしひしと感じていた。ひと目で幻想殺し(イマジンブレイカー)のメカニズムを見抜く頭脳、どう見ても不審人物な上条当麻を受け入れる懐の深さ。人望も持ち合わせていて、少なくともハグリッドやスネイプはダンブルドアには一目置いている。こっちの世界に来て最初に出会った人物が彼でよかったと、上条は心からそう思った。

 

『聡明な方だ。世間で語られている以上に賢く、意外にもそれ以下に容赦や慈愛は持ち合わせていない……故に、一見して意味のない行動にも必ず理由が存在する。校長は理由なしに、訪れた謎の来訪者を自分の城に匿ったりはしないのだ』

 

 ふと、上条の思考には。さきほど地下牢でスネイプに告げられた言葉が蘇った。

 

(……理由なしに、か)

 

 スネイプの視点によれば、まるでダンブルドアはかなり厳しい人物に映っているようだった。あの言葉が正しければ、上条を雇ったのにも、ハグリッドを森番に起用したのも。それなりの理由が存在する事になる。果たして、ことの真相はどうなのか。それはダンブルドアにしかわからない。

 

「お、見ろ上条。1年生たちが入ってくるぞー!」

 

 上条の思考を寸断するように、ハグリッドの嬉しそうな声が聞こえてきた。大広間の扉が開き、ホグワーツの制服を着た子供達がきょろきょろと周囲を見渡しながら組み分け帽子の前へと集まってくる。

 

 新入生たちの組み分けが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 




 森番の設定を捏造しました。ハグリッドが知る限りではない、という解釈でお願いします。





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06 組み分けの儀式

 ちょこっと短いです。

 ※組み分けの順番は原作準拠にしました。なのでファミリーネームが先に呼ばれます。






 

 

 

 

 組み分けの儀式は、あの喋るとんがり帽子が言った通りの内容だった。

 

「アボット・ハンナ!」

 

 マクゴナガルが名簿から新入生の名前を読み上げ、呼ばれた生徒は帽子をかぶる。言葉にするとかなりシュールな構図ではあるが、生徒達にとってはとても大事な行事だ。呼ばれて出てくる生徒達は皆緊張した面持ちで前に出てくる。

 

「マルフォイ・ドラコ!」

 

(……いや、みんながみんな緊張しているわけじゃなさそうだな)

 

 凄まじく堂々とした金髪の男の子がいた。足取りも軽く、そして組み分けの速度も凄まじかった。帽子が頭に触れるか否かと言うところで、組み分け帽子は高らかに「スリザリン!」と叫んだのだ。先ほどから組み分けをされてきた生徒の中では最速の組み分けである。

 

「ふん、あいつは当然スリザリンだろうよ」

 

 ふと、そんな呟きが隣から聞こえてきた。ハグリッドの声だ。

 

「当然?」

 

「ああ。アイツの家は代々スリザリンだ」

 

 家柄も関係あるのかい、と上条は心の中でツッコミを入れた。たしかに血筋で魔法の才能が遺伝する可能性はあるだろうが、さっきの帽子の歌によれば組み分けは性格が左右されるような内容だったはずだ。

 

 勇猛果敢なグリフィンドール

 忍耐強いハッフルパフ

 古き賢きレイブンクロー

 狡猾なスリザリン

 

(うーん、なんかスリザリンだけマイナスイメージだな……本当の友を得る、っていう意味もよくわからないし。何か理由があるのか?)

 

 そういえば、帽子は上条のことを「見ただけで」グリフィンドールと言っていたか。案外、割といい加減なのかもしれない。

 

「……ポッター・ハリー!」

 

 その名前を呼ばれた瞬間。大広間が水を打ったように静まり返った。

 

(……なんだ?)

 

 眼鏡をかけた男の子が前に出る。そしてひそひそと囁き声がところどころで語られていた。

 

「ポッターだって?」

 

「ハリー・ポッターか?」

 

 どうやら有名人らしい。その少年の頭に乗せられた帽子は、結果を出さずになにやら身をよじっている。どうやら少し悩み気味のようだ。

 

 しばしの沈黙。そして帽子はやがて結論を出し、彼の入る寮の名前を高らかに宣言した。

 

「グリフィンドール!」

 

 割れるような歓声が、グリフィンドールのテーブルから沸き上がった。なにやら赤毛の双子の兄弟が「ポッターを取った! ポッターを取った!」と肩を組んで跳ねている。嬉しそうにテーブルへと向かっていく少年の様子から察するに、どうやら彼の望み通りの組み分けになったらしい。

 

「やった! やったぞハリー!」

 

 ハグリッドも大喜びだ。豪快に拍手をしながら、ハリーの名前を叫んでいた。何故あの男の子にみな拘るのかはわからないが、ハグリッドのそんな顔を見ているとどうでもよくなってくる。とにかく祝福するべきことなんだろう。なんだかよくわからないままに、上条も拍手を続けていた。

 

(思い出した。そういえばあの子の名前を地下牢でスネイプが口にしてたな。あの男の子が何でこんなに特別なのか、後で聞いてみよう―――)

 

 チラリ、とスネイプを見ると、拍手をしながらも彼は苦虫を潰したような顔をしていた。丁度、上条の世話役を言い渡された時のあの表情である。

 

(……やっぱりダンブルドアにしよう)

 

 理由は不明だが。見えている地雷を踏みに行くほど、上条は馬鹿ではない。

 

 そして、組み分けが終わった。組み分け帽子は何処かへと片付けられ、ダンブルドア校長が立ち上がった。

 

「ホグワーツの新入生、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」

 

 ずこー! と上条はイスからずり落ちた。

 

「適当すぎるだろうが! 本当に二言三言ってどういうこっちゃ!」

 

「うん? どうした上条。なんかあったのか?」

 

「え……なに、もしかして今のがこっちでのスタンダードなのでせう?」

 

「んなわけねえだろうが。たぶん特に意味はねえんだろうな。ま、アレがダンブルドアの魅力ってやつだ」

 

「い、意味がわからねえ……くっ、これが慣習の違いってやつか……」

 

 もしかすると、自分の被っている『翻訳ハット』の誤訳かもしれない。そんな可能性を考えていた矢先、上条の疑問を一瞬で吹き飛ばすような出来事が起きた。

 

 突然、目の前の皿が食べ物でいっぱいになったのだ。ご馳走が山盛りだ。そんな光景を見た瞬間、上条は自分が如何に空腹だったかを実感した。

 

(……やっば、そういえば最後に飯食ったのって……昨日の朝か?)

 

 朝食を取り、アクロバイクに乗って学園都市中を駆け巡った後。バードウェイ姉妹を助けるために奔走し、そしてこの世界に至ったのだ。腕をぶった切られたり、怪しげな薬を飲んでぶっ続けで勉強もした。空腹どころの騒ぎではない。明らかに消費カロリーが常人を超えているというのに、摂取カロリーがゼロなのである。

 

 そして目の前には、上条がこれまで目にした事のないようなご馳走の山。もはや語る言葉もない。

 

 ハグリッドの真似をするように、上条もご馳走を掻っ込んだ。そんな二人を見て、ハグリッドの横に座るフリットウィック先生が言葉を失うくらいの勢いでだ。幸いにして料理は随時供給されるようで、肉を賭けてのハグリッドとの残虐ファイトには突入する気配はない。間違いなくそんな事をしたら上条は死んでしまう。

 

(ああ、でも。こんなに飯を食ってるとなんだか罪悪感が沸いてくるな)

 

 上条の脳裏を過ぎるのは一人の少女。主に上条の3倍は食べていた白い悪魔。

 

(インデックス、大丈夫かな……オティヌスもいるし、小萌先生と連絡ができてればいいんだけど)

 

 時空を越えて。少年は置いてきてしまった者たちへと思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エヘン。さて、全員よく食べ、よく飲んだことじゃろう」

 

 頃合いを見てダンブルドアは立ち上がった。上条も含め、大広間にいる人間は皆満腹になったようだ。ハグリッドはまだゴブレッドを傾けてはいたが、ダンブルドアが立ち上がったのを見て中身を一気に呷った。

 

「ではまた、二言三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。まず最初に新任の先生を紹介しよう」

 

 そう言ってダンブルドアは上条を振り返り、応じるように上条は立ち上がった。

 

「魔法、呪いの解呪を専門としておる、上条当麻先生じゃ。あー、ファミリーネームが上条じゃな。皆とは歳も近いので、先生方に出来ない相談事などがあれば彼に言うといいじゃろうて」

 

「おいおい、近いってレベルじゃないぜ?」

 

「パースと同じくらいじゃないかな? ガチガチのアイツよりやわらかそうなモノが頭に詰まってそうだけど」

 

 静かな大広間に双子の冗談が飛び交い、最後に二人によるハトとウサギの物真似で生徒達から爆笑の渦が巻き起こった。おそらく上条が被っているシルクハットを揶揄してのことだろう。

 

 ちなみに当の上条といえば、これだけの観衆の中であれだけ堂々と出来る双子の兄弟を、素直に凄いと感心していた。緊張や重圧から、ほんの少しだけ解放されたかのような気さえする。ムードメーカーという言葉はああいう子達に付けられる名前なんだなと、上条はしみじみ思った。

 

「ほっほ、ちなみに上条先生の解呪の腕はワシ以上じゃ。敵に回すよりは、味方にしておいたほうがよいぞ?」

 

 ダンブルドアのそんな発言に、会場が一斉にどよめいた。嘘でしょ、という顔が大半だ。中には冗談だと思って笑っている生徒すらいる。例外は、ダンブルドアはそんな冗談を言わないことを知っている一部の生徒と教員たち。そして偏頭痛に悩まされているような顔のスネイプと上条である。

 

(あ、の、クソじじい―――っ!?)

 

 上条を振り返り、自信ありげにウインクをかますダンブルドアに対して上条は毒づいた。幸いにして本気で受け取っている者はいなさそうではあるが、上条から見れば洒落にならない冗談だ。成績優秀なインテリ系学生から授業に関する高度な質問がきたらどうしてくれよう。この右手で殴ればいいのだろうか? もちろん、生徒ではなくダンブルドアを。

 

「うむ、それでは次の議題に移ろうかの……」

 

 ダンブルドアのそんな声を聞いて、上条はドカッっとイスに座り込んだ。なんだか身体中の力が一気に抜けたようだ。緊張もほぐれ、満腹にもなった。これからの事に対する不安で吐きそうになり、ダンブルドアの言葉も耳に入ってこない。4階の右側の廊下がどうとか言っている。こんなしっちゃかめっちゃかに階段が動くこの城で、右とはどっちを示すのだろうかとか、そんな馬鹿な事を上条は考えていた。

 

「か、上条先生。すまねえ、雇われたっちゅうのは聞いてたが、まさかそんな高名な方だとは知らなくて、俺は―――」

 

「……いや、もう。なんかすいません」

 

 このあと、ハグリッドに先生付けをやめるように説得するので、上条は体力を使い果たした。結局やめさせることは出来なかったが、どうにか仲を修復し、なにやら感極まったハグリッドと肩を組みながら校歌を歌い上げ(ハグリッドの豪腕により、上条は半ば宙ぶらりんの状態となった)たところで、上条は完全にダウン状態である。例の双子のとびきり遅い葬送行進曲を聴きながら、上条は何処か遠いところを見ていた。

 

 「学べよ脳みそ、腐るまで、か」

 

 ここホグワーツで過ごすために。そして元の世界に帰るために。この二つの目的を達成するためにやらなければならない事は一緒だ。上条のいた世界と違って、こちらの世界には魔術も超能力も存在しない上に、元凶たる上里翔流(ワールドリジェクター)もいない。上条が今まで培ってきた知識では計れないような、そんな不思議に満ちた世界に。たった一人で立ち向かわなくてはならないのだ。

 

 ……やるしかない。必死になってしがみついて。恥も外聞もかなぐり捨てて。魔法という鍵を使って、元の世界へと帰る……そのためにはまず、鍵の使い方から学ばなければならないだろう。

 

(……ま、流石に脳みそが腐るより前には帰りたいけどな)

 

 魔法で映し出された夜空を見上げ、上条は決意を新たにする。天に輝く星へと手を伸ばすような、そんな無茶なのかもしれないけど。でも、これだけは譲れない。幾億の地獄の末に手に入れたあの世界は、絶対に諦められない。

 

 しがみつく幻想と旅立たせる理想の戦いは、まだ終わっていない。

 

 上条当麻の反撃が、始まる。

 

 

 

 

 



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07 上条先生



 登場人物が少な過ぎる気がします











 

 

 

 

 

 

 

 

「アクシオ……呼び寄せ呪文。呪文の後に欲しい物の名前を言うと、それを引き寄せることができる。ただし強い集中力でもって、対象をイメージする必要がある……うーん、惜しいけど何か違うな。俺が向こうの世界へ引っ張られなきゃ意味がないし……うん? 所説にもよるが、一定の知能を持つ生物には効き目が弱い? 少なくともマグルを含む人間には使用不能って……ダメだこりゃ」

 

 ぐったりと背もたれに身体を預けながら、上条当麻は思いっきり伸びをした。現在時刻はお昼前、上条がいるのはホグワーツの図書館であり、生徒たちは皆授業に出ているため人目を憚ることもない。午前中はあらゆる本を積み重ね、悠々と読書に耽るのが最近の上条の日課である。

 

(今日で3日目……色々と惜しい呪文はあるが、これと言って打開策は見つからない……まぁそう簡単に見つかるなら、ダンブルドアがとっくに知ってるか)

 

 異世界へと帰る方法。それをご丁寧に書いてある書物なぞ存在するはずがない。つまり手掛かりはまったくのゼロであり、上条にできることと言えば片っ端から本を読んでいく事のみなのだ。

 

(スネイプから貰った集中薬(コンサタラム)もそろそろなくなりそうだ……検知不可能拡大呪文、だったっけ。大鍋3杯分は煎じたとか言ってたけど、一日平均大鍋1杯は流石に怒られるかも……ちょっと飲むペースを落とさなきゃな)

 

 上条の手元には、ワンプッシュで開く手のひらサイズの水筒があった。スネイプからの贈り物であり、見た目に反して大量の薬が入るように作られているらしい。魔法は水筒の内側に掛けられているために、外側をいくら上条の右手で触れても問題がないという優れものだ。そしてその中身は、先日スネイプとの勉強会の際にしこたま飲まされた劇薬、集中薬である。

 

 当然ながらスネイプはこの場にはいない。彼もまたホグワーツの教員であり、魔法薬を受け持っている身である。新学期が始まってからというもの、上条はスネイプとあまり会話という会話をしていない。「吾輩は忙しい、しばらくはこの薬を使って自習に励め」というのが最後の言葉だったと思う。いや、「使用した感想を後ほど聞かせろ」だったかもしれない。

 

 そしてこれは上条の勘でしかないが……"しばらく"というのは少なくとも3日より多いと思う。ただでさえスネイプの手持ちの魔法薬を飲み干すことに定評のある自分が、この少なくなった水筒を持っていったらどうなるのかは……あまり考えたくないなと、上条は首を振り、もしもの可能性を頭から追い出した。

 

(お昼も近いし、午前中はこれでやめるか。早いうちに大広間で昼食を取って、速攻で逃げよう……生徒に見つかる前に)

 

 新学期が始まってからというもの、上条は極端に生徒を避けていた。朝、昼、晩の食事は素早く取ってすぐさま退室、放課後は図書室から離れ割り当てられた私室へと引きこもる。それもこれも全て、ダンブルドアの「解呪に関してはワシより優秀」という無責任な発言の結果を恐れてのことだった。

 

(図書室でチラっとダンブルドアの経歴、評価を読んだけど……何が"ダンブルドアより優秀"だよ。アンタより優れた魔法使いとか、吹っ掛けるにも程があるっての!)

 

 今世紀最高の魔法使い。そんな見出しを見て、上条は倒れそうになった。学校の校長、発明家……決してダンブルドアを低く見ていたわけではないが、よもや現存する魔法使いの中で最も優秀とまで評されているとは夢にも思わなかった。「偉大なお方だ」というハグリットの発言を聞いて、まさか本当に偉大だとは誰も考えないだろう。仕事をくれた感謝の念を込めた、敬愛の表れだと上条は考えていたのだ。

 

 そんな魔法使いをも上回るという大言壮語の行く末なんて、上条にはわかるわけがない。ましてそれが魔法使いの学び舎などという特殊な環境ならなおさらである。

 

(とにかく、生徒とは接触を最小限に抑えて、ダンブルドアのあの戯言がみんなの頭から抜け落ちるのを待つしかない……畜生、なんだってこんな目に……)

 

「……不幸だ」

 

 がっくりと肩を落としながら、上条は図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

(……関わってはいけない。関わってはいけないよな、うん)

 

「トレバー、どこだよトレバー……」

 

 大広間へと向かう途中、上条は一人の生徒を見つけてしまっていた。誰もいない中庭で、ベンチの下に潜り込んでいる少年だ。顔は見えないが、背丈からして新入生だろうか。そしてその子は、誰かの名前を今にも泣きそうな声で呼び続けていた。

 

(あの子はこっちを見ていない。今なら気づかれることなく大広間へと向かえるはずだ。というかとっとこ行かねえと、生徒たちが集まる前に着けなくなる。いや、この辺に生徒がいないところを見ると、もう既に少し遅いかも……いや、今向かえば人ごみに紛れて席につけるはず―――)

 

「おい、何やってんだこんなとこで?」

 

(畜生、不幸だァァああああああ!!)

 

 不肖、上条当麻。困っている人を見捨てて、自分を優先することなど出来ない男。唯一自らの都合を優先した死闘でさえ、結局は半身をぶち抜かれた挙句に、右手を神に差し出し激励した男である。

 

「あ……えーと……上条、先生?」

 

「お、おう。先生とか言われると罪悪感が半端ねえな……まあいいか」

 

 ひとまず生徒をベンチの下から引っ張り出し、とりあえず座らせてみた。今にも泣きそうなとは言ったものの、もう既に少年は泣いていた。顔をくしゃくしゃに歪めているのを見て、関わってしまったという後悔の念は一瞬で吹き飛んだ。

 

「ネビルっていうのか。んで、一体何やってたんだよこんなとこで。もう昼食の時間だろ?」

 

「それが……トレバーがまた逃げ出しちゃって」

 

「トレバー?」

 

「うん、僕のヒキガエルのトレバー……目を離すといつもどっかに……」

 

 どこから突っ込めばいいのか、上条にはわからなかった。

 

(ま、待て。"僕の"ってことはたぶん、ペットか何かなんだろうけど……まぁ魔法使いのペットとしてはアリか……? そのヒキガエルに逃げられる? そんな事がしょっちゅうあるのか?)

 

 上条の知るところではないが、ホグワーツではペットとしてふくろう、ネズミ、そしてヒキガエルが許可されている。そしてその中ではふくろうが断トツの人気を誇り、ヒキガエルを連れて来ているネビルはそこそこ珍しい生徒であった。

 

「あー、一つ聞いていいか? なんで今日はそのトレバーと一緒だったんだ? 普段から連れて歩いてるのか?」

 

 もしそうなら、上条の魔法使いへのイメージを修正する必要がある。主にねっとりとした方向に。今後は握手も控えたいところだ。

 

「ううん、今日は変身術の授業で……マクゴナガル先生がみんなのペットを変身させてくれる授業だったんだ。卒業までに、みんなこれくらいは出来るようになりますよっていう……僕、マグカップになったトレバーを見てびっくりした」

 

「な、なるほど……」

 

 うまいやり方だな、と上条は思った。ヒキガエルをマグカップにするのはさておき、確実に生徒たちはやる気を出すだろう。授業としてもとても面白いし、今後はペットを見るたびにその授業の事を思い出す。練習したければ、マクゴナガルの手先を真似ながら自らのペットに杖を振ればいい。たぶん失敗するだろうが、その失敗から得るものだってきっとあるはずなのだ。

 

「……んで、そのヒキガエルのトレバーに逃げられちまったと」

 

「うん……」

 

 話をして少し落ち着いたのか、ネビルは意気消沈しながらも答えた。

 

「いつもはいなくなっても、グリフィンドールの寮の中だからすぐに見つかるんだけど……今日は……」

 

「捜索範囲はホグワーツ全域か……この城無駄に広いからな……」

 

 聞けば、この中庭を捜索していたのも特に根拠があってのことではないらしい。変身術の教室から一番近い、緑の多いところを探していたのだとか。

 

(発想はいいけど、今回ばかりは外れだな……手分けして探すか? だけどそれじゃ根本的な解決にならない気がするしなぁ)

 

 うーん、と天を見上げながら、上条はない頭を捻った。

 

(一番いいのは、この子がもうヒキガエルをなくさない事だけど……いや、たぶんそれどころか、ヒキガエル以外の物もしょちゅう無くしてそうな子だ。無くし物を無くす魔法……んなモノあるわけねえか。無くし物を探す魔法……あ)

 

 あった。ついさっき上条が読んでいた本に載っていたのだ。アレなら今の状況にぴったりだ。あの魔法を習得できれば、この少年の悩みを一気に解決することができるのではないだろうか?

 

「ネビル。呼び寄せ呪文、って聞いたことあるか?」

 

「……?」

 

「物を呼び寄せる魔法だ。人間には効かないんだけど、ヒキガエルのトレバーなら大丈夫だな。呪文はアクシオ。それに続いて呼び出したい物の名前を付ける……この場合は アクシオ、トレバーだな。これが出来るようになれば、今後はトレバーを探す必要もなくなるぞ」

 

 さぁやってみろ、とノリノリな上条に対して、ネビルはどこか引き気味だった。

 

「せ、先生……あの、多分僕じゃ出来ないと思う」

 

「え?」

 

 明確にできない、と言われて一気に上条の表情が硬くなる。

 

(出来ないって……もしかして魔法の習得には制限でもあるのか? よくあるゲームのレベルとかスキルみたいに? いや、いやいや、この3日間でそんな話は見てないが……?)

 

 杖の振り方や発音など、呪文の発音に重要視されるファクターは多岐にわたる。上条が目を通したモノの中には、幸福な気持ちで心を満たさなければ発動しないなどという特殊な魔法もあった。だがしかし、"習得不可能"とされる呪文は未だ知らず。更に言うなら、この呼び寄せ呪文に必要な条件は"高い集中力"だったはずだ。

 

「僕、ドジで……簡単な魔法でも、いっつも失敗するんだ……」

 

 そんな少年の言葉を聞いて、上条は安堵した。どうやら敵は、上条が未だ知らぬこの世界独特のシステム……というわけではないらしい。どこの世界でも、誰しもが戦っている敵だ。それとの戦い方ならば、上条も人並みには経験しているつもりである。

 

「……なぁ、ネビル。俺はお前の事をよく知らないし、あんまり偉そうな事は言えないんだけどさ……最初から失敗するって、そんな事出来ないって決め付けるのはよくないぜ。それをずっとやってたら、お前はこの先色んなことを諦めちまう。損しかしないじゃねえか、そんな生き方」

 

 上条自身も、自分がそんな偉い事を言えるような人間じゃない事は理解している。それでもこの少年には、そう言わざるを得なかった。

 

 ただ呪文を唱えるだけ。リスクも何もない、こんな状態でさえ躊躇してしまうのは流石に見過ごせない。たくさん挑戦して、たくさん失敗する事こそ、今のこの子には必要なはずなのだ。失敗は出来るうちにしておかないと、後で必ず後悔するハメになる。挑戦を遅らせれば遅らせるほどに、この子の時間は失われてしまう。

 

「強制はしない。結局の所どうするかはお前次第だからな。でももし……お前が変わりたいと思うのなら、コレを最初の一歩にしてみろよ。失敗したっていいさ。がむしゃらになって挑戦してみろ。諦めるのは、それからでも遅くねえはずだ」

 

 それでも、どんな選択をしてどんな生き方をするのか。結局の所、それを選ぶのは自分自身だ。上条(他人)に出来るのは、ただその手を差し伸べることのみ。今までもこれからも、自分に出来ることはそれしかない。

 

「でも、もしダメだったら……」

 

「その時は、別の方法を俺と考えようぜ」

 

 にっこりと笑いながら、上条はネビルに拳を突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然ながら、ネビルの魔法習得は困難を極めた。

 

「アクシオ、トレバー!」

 

 既に数を数えるのはやめた。あれから火のついたように呪文を連呼するネビルではあるが、今の所ヒキガエルが飛んでくる気配はない。

 

(……うーん、たまにネビルの杖先からヒモみたいなのが見えるけどすぐ消えちまうし……アレがトレバーに繋がってるのか?)

 

 その先を追えばヒキガエルは捕まるかもしれない。だが今のネビルに練習を中止するとは言い辛いし、もはやトレバーは目的と言うより指標だ。クリア報酬が欲しいのではなく、それを得られる実力を付けようとしている最中である。ここでトレバーをのこのこと探しに行っては興ざめというものだ。

 

「頑張れネビル。そのヒモを切らないように集中するんだ」

 

「アクシ……え? ヒモってなんですか?」

 

「なんですかって……呪文を唱えた時に杖先から出てるだろ? その光のヒモのことだよ」

 

 上条がそう告げても、ネビルは首を捻るばかりだ。どうやらネビルには見えてないらしい。

 

(魔法を唱えてるヤツには見えないのか?)

 

「い、いや、なんでもない。この調子で続けよう」

 

「はい! アクシオ、トレバー!」

 

 見間違いではない。確かに光のヒモは出ている……詳しい原理はわからないが、今集中するべきはコレではない。上条は再びネビルの魔法習得に意識を戻した。

 

(ネビルは魔法全般が苦手って言ってたっけ。どの本にも載ってたけど、基本魔法ってのは意識の集中が必要らしいし……たぶんネビルはそれが出来てないんだ。まぁ11歳の少年に集中しろってのも酷な話のような気がするけど)

 

 加えて、ネビルには自信がない。魔法を唱えても、未だ心のどこかでは失敗するのではないかと恐れている。集中力に次いで必要なのは、成功のイメージだ。物を浮かせる魔法でも、水を出現させる魔法でも。その程度は唱えた魔法使いのイメージ次第なのだ。

 

(って基本呪文集の前書きに書いてあったなぁ……インデックスじゃあるまいし、ここまで読んだ内容を記憶できるなんて、やっぱスネイプの薬はすげぇ……あ)

 

 思わず上条は、懐に入れてある水筒を見た。集中薬(コンサタラム)、その効果はここ3日間で実証済みだ。今ホグワーツで最もこの薬が必要な人間は、間違いなく杖を振り回している目の前の少年に違いない。

 

(よし、やってみるか。薬で集中力はなんとかなるはずだし、後は成功のイメージさえ付けばいけるはずだ。一度魔法を成功させれば自信にも繋がるはずだしな)

 

「ネビル、ちょっといいか? ……あーいや、そんな悲しそうな顔するなよ。ちょっと休憩するだけだって」

 

 不安そうな顔をするネビルに慌てて言葉を告げると、心底ほっとしたような顔を見せた。上条が痺れを切らして、呆れてしまったのかと思ったらしい。上条はネビルの肩に手をやり、再びベンチに座らせた。

 

「よし、ネビル。今の練習でかなり上達したぞ。もうすぐトレバーは飛んでくるはずだ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「おう。よく頑張ったな、もう一息だ。案外、次であっさり成功するかもしれないな」

 

 そわそわとするネビルの肩を叩き、無理矢理に笑顔を作る。ここで悟られてしまっては全てが水の泡だ。

 

「何回も呪文を練習して疲れただろうし、疲労回復の薬をやろう」

 

 ネビルに水筒を手渡すと、彼は疑うことなく一気に中身を煽った。これで集中薬の在庫は無い。新しくスネイプに頼まなければならないと思うと、上条は気が重くなる。だが全てはこの子のためと思えば、この程度の事は手間の内に入らない。

 

 次の瞬間、ネビルはカッっと目を見開いた。その豹変っぷりに驚いた上条だったが、最初に飲んだときは自分もこうだったなと思い直す。視界はクリアになり、肌に触れる空気の流れを鋭敏に感じるようになる。その他にも耳に入ってくる音全てを聞き分ける事が出来るようになるなど……とにかく五感が鋭くなるのだ。

 

「……あー、ネビル。大丈夫か?」

 

 こう尋ねても、コクコクと首を縦に振るだけだ。そして何故か不敵な笑みを浮かべつつある。誰だコイツと思わなくも無いが、自信たっぷりなのは願っても無いことなのでひとまず置いておこう。

 

「まぁ、大丈夫ならいいんだ。薬が効き過ぎてる気もするけど……さて、じゃ行くぞ。1、2、3―――」

 

「アクシオ、トレバー!」

 

 彼がそう唱えると、上条の目にははっきりと緑色のヒモが見えた。今までのどのヒモよりもはっきりとしたソレは、途切れる気配もなく繋がったままだ。そして―――

 

「トレバー!」

 

 不気味な緑色の両生類がくるくると回転しながら飛んでくる。どうやらアレがトレバーのようだ。ヒキガエルはそのままネビルの手元に収まると、不満そうに「ゲコ」と鳴いた。上条は、ヒキガエルってそんな鳴き声だっけ、などというアホらしい思考を頭の片隅に追いやり、ネビルに声をかけた。

 

「やったな、ネビル!」

 

「ありがとう上条先生! 僕、僕、こんなに上手く魔法が成功したの初めてで……」

 

「俺は大したことはしてないさ。ネビルが諦めなかったから出来たんだ……間違いなくお前の実力だよ」

 

 感極まったのか、ネビルは再び鼻水をすすりはじめた。目には涙も浮かべてはいるが、その表情はとても嬉しそうだ。

 

(よかった……しかし、このヒキガエルに逃げられたのか……思ってたより小さいな)

 

 上条の想像ではもう二回りほど大きかった。これならポケットに収まる大きさだ。知らないうちにポケットから飛び出してしまうのが原因なのかもしれない。ならボタンでも付ければ、脱走は防げるのではないだろうか?

 

 そんな事を考えながら再びネビルを見ると、様子がおかしい。なにやら気分が悪そうに見える。そして―――突然、ネビルが白目を剥き、その場に崩れ落ちてしまった。

 

「ね、ネビル!?」

 

 慌てて肩を掴み呼びかけるが返事は無い。ローブの上からでもわかるくらいに、ネビルの身体はもの凄い高熱を発していた。ピクリとも動かない彼を見て、上条の頭に絶望が広がっていく。

 

(い、一体何がどうなって……? とにかく助けを―――)

 

「……原因はスネイプ先生の薬じゃな」

 

「なっ!? ダンブルドア、先生!?」

 

 いつの間にか、上条のすぐそばにはダンブルドアが佇んでいた。上条には音も気配も感じさせることもなく、である。半月型のメガネを光らせながら、注意深くネビルを観察していた。

 

「上条君、ロングボトムに飲ませた薬の名前は?」

 

 滅茶苦茶に驚いた上条だったが、今この状況下では渡りに船だ。ホグワーツで彼以上に頼りになる人はいない。何故ここにいるのか、そしていつから居たのかという疑問を飲み込み、質問の答えを搾り出した。

 

「は……えーと、集中薬と言って……」

 

「なるほど、道理で。最近あやつの機嫌が良い理由はこれじゃな。して、上条君はその薬を常用しておったのじゃな?」

 

「え、ええ。まぁ……」

 

 少ない情報から、ダンブルドアは最速で答えを導き出す。上条は続く言葉を発せず、口をパクパクとするばかりだった。

 

「せ、先生。これがスネイプ先生の集中薬のせいなら、俺もこうならないとおかしくないですか?」

 

「その疑問が答えじゃよ、上条君……いや、もう上条先生とお呼びするべきかもしれんのう。先ほどの個人授業は実に素晴らしかった」

 

「え、いや……そんな事より、ネビルは大丈夫なんですか!?」

 

「大丈夫じゃ。流石のスネイプ先生も、万が一にも人が死ぬような薬は調合しないじゃろう。それに、治療法も目の前にある。上条先生、右手の手袋を外してもらえるかの? それで彼の……この場合はおでこに触れば治るはずじゃ。ホグワーツの結界なら、気にする事はないぞ? この中庭であれば、校長権限で一時的に結界を解除する事が出来るのでな」

 

 その言葉を聞き終わる前に、上条は手袋を外していた。ホグワーツの魔法のことなど気にも留めてはいない。ネビルが助かるのなら……その一心で、彼のおでこに手を触れる。

 

 パチ、という静電気のような音が鳴った。上条の知る幻想殺し(イマジンブレイカー)の破壊音とははるかにかけ離れているが、どうやら効果はあったらしい。ネビルの熱が瞬時に収まったことを確認すると、上条は大きく溜息をついた。

 

「危機は脱したようじゃの」

 

 大量に冷や汗をかいた上条と違って、ダンブルドアは冷静だった。この人がいなければどうなっていたことか。そんな「もしかして」を考えるだけで、上条の背筋に冷たいものが走る。

 

(まさか集中薬にこんな副作用が……でも、俺はいくら飲んでもこんな事にはならないんだけど……魔法使いが飲んではいけない薬? いや、んなもんスネイプが調合するはずが……)

 

 ぐるぐると混乱しながら、上条はネビルをベンチに横たわらせた。するとダンブルドアはひょいと杖を振り、鳥かごを出現させる。気がつけばその中には、ネビルのトレバーが入っていた。

 

「さて、上条先生。色々とお話があるので一緒に来てくれるかのう」

 

「え……今すぐですか? ネビルは―――」

 

「じきに目を覚ますじゃろう。ワシの予想では、おそらく昼食を食べ損ねるような事はないように思える……ああ、そうじゃ。今しがた君が彼にした所業( 、 、)についても、ついでに話し合っておこうかのう」

 

 ネビルにした所業、と聞いて上条はギクリとした。即ちそれは、無駄に生徒を焚きつけた挙句に怪しげな薬を飲ませ、昏倒させたことに他ならない。どう考えても上条の落ち度だ。生徒を危険に晒した教師に下される罰なんて、上条は一つしか知らなかった。

 

(……クビ、かな。それだけの事はやっちまった気がする……不幸……とは言えないけど)

 

 大事そうにトレバーのカゴを抱えるネビルを見て、上条は微笑んだ。先生と呼んでくれた少年は、確かな自信(戦果)を得たのだ。願わくば、この一件が彼にとってプラスになるようにと上条は思う。

 

「ゴメンな、ネビル。ダメな先生で」

 

 そう一言呟くと、上条はダンブルドアの後に続いて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













トレバー「これで私が動物もどき(アニメーガス)という可能性はなくなったな」

スキャバーズ「じゃ喋っちゃダメだろお前」

トレバー「……ゲコ」




 呼び寄せ呪文の制限はオリジナルです。少なくとも人間は呼べないと思いますが、生物に効くかどうかは微妙なところ。どうか御容赦下さいませ。


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08 幻想殺し


 最新刊(禁書)を読んでどうしようかと悩みましたが。



 開き直る事にしました(シレッ


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドアの後をついて行くこと数分。二人は洋梨の絵が描かれている絵画の前で足を止めた。

 

「さて、上条先生。厨房に入る前に二言三言言わせてもらうがよろしいかな」

 

 上条は一瞬、何かを聞き間違えたかと思った。周囲にドアもなく、厨房らしき部屋は何処にも見当たらない。そしてもし本当に厨房が近くにあるとして、何故そこに向かわなければならないのかも不明である。

 

(……罰として皿洗い……いや、そんな軽い罰則で済む話じゃないよな。というか、いい加減"先生"は勘弁して欲しいんだけど……なんというか、胸が痛い)

 

 だが今上条は、そんな事を言えるような立場ではなかった。生徒を一人気絶させてしまった責任、その処分を言い渡される身であるのだから当然である。そんな自分に出来ることと言えば、首を縦に振ることだけであった。

 

「先ほどの生徒への指導お見事じゃった。単に呪文を教えた、というだけではない。冒険への第一歩、その後押しをするという事は実に挑戦的で、とても偉大な事じゃ。少なくともワシには出来ないからのう……君はこの学校で、誰にも出来ない事を成し遂げたのじゃよ、上条先生」

 

「……?」

 

 もしかしたら、自分はとてつもなくべた褒めされているのではないか、という思考に上条はようやく至った。

 

「最後のアレは頂けないがのう。セブルスにも注意を促しておこう。今後あの薬は私用に留めることじゃな」

 

「……えーと、なにやらとんでもなく勘違いされてる気がするんですけど?」

 

「それはお互い様のようじゃの」

 

 話はここまで、というようにダンブルドアは背を向けた。どうやら彼は壁にかかった絵画に用があるらしい。ダンブルドアがぶつぶつと呟くと、突然絵画が動き出した。

 

「本来であればこの作業はワシ一人で行おうとしていた事じゃ。じゃが君は先ほど、ワシの真の信頼を勝ち得た……そして、君の知る権利を当然のように阻害していた事は謝ろう」

 

「……はい?」

 

 正直言って、上条は半分も理解できなかった。作業、と言う単語が何を意味しているかもわからないし、上条の何がダンブルドアの信頼を勝ち得ることになったのかも見当が付かない。極めつけの謝罪とやらも、そもそもダンブルドアが何を隠していたのかすらわからない状態である。

 

 だがダンブルドアは何処吹く風だ。問答無用で先に進んで行ってしまうので、上条としてはついて行く以外の選択肢がなかった。

 

「いっらっしゃいませ、ダンブルドア先生!」

 

 そんなぐるぐると回る上条の思考は、その生き物の登場で真っ白になった。

 

「昼食時にすまんのう」

 

「いえいえ、お昼の生徒さんたちはバラバラにやってくるので、そんなに忙しくは無いのです! 問題ありません!」

 

 息を切らしながら、キラキラとした目でこちらを見るその生き物は、上条が今まで見た中で最も奇妙なモノだったかもしれなかった。

 

 上条の膝上くらいの身長に、今にも飛び出しそうな目玉が二つ。食パンを半分に切ったようなサイズの耳が付いた人型の生物が、枕カバーのような布切れを着ている。背丈だけに限って言えばフリットウィック先生に近いものがあるが、彼はまだ同じ人間だという確信があった。コレは絶対に違う、明確な意思を持った生物が、言葉を発しているのだ。

 

「バラバラにやって来るからこそ、忙しいじゃろうに。なに、そんな長居はせんよ。お構いなしじゃ」

 

 ダンブルドアが軽く手を振ると、その生き物はうやうやしくお辞儀し、そのまま部屋の奥へと走っていった。

 

屋敷しもべ妖精(ハウスエルフ)じゃ。ホグワーツの管理や、食事の提供を任せておる。あの者たちは実に変わり者でな。信じられない事に、魔法使いに仕えることを生涯の喜びとしておる」

 

「……いや、その……」

 

 信じられないのはそのあり様ではなく存在自体である。『実はあの恐竜は火を吐く』と言われたところで、まずは恐竜が実在した事に驚かせろ、という話だ。

 

「……ふむ。蛇足だったかの」

 

 違う。ヘビに余計な足を付け足したのではない。まずヘビが余計なのだ。ダンブルドアにとってはただのヘビなのかもしれないが、上条にとってはツチノコみたいな存在を見せ付けられたようなものなのだ。

 

 結局、二人の認識の溝は埋まることはなかった。ダンブルドアはそのまますたすたと進み、彼を見かけるたびに例の生き物が挨拶をしてくる。中には食べ物やお菓子を押し付けてくる者もいた。だが流石に校長相手には憚られるのか、必然的にその対象は後ろを歩く上条となっている。

 

 既に両手は塞がれた。山盛りにされた食べ物は上条の視界を塞ぎ、前を歩くダンブルドアの足元しか見えない状態だ。ボロボロと落ちた物はポケットというポケットに詰め込まれ、いよいよ耳の穴にまで手を伸ばされたその時。ダンブルドアは急に足を止めた。

 

「おや、ダンブルドア。今日はお一人ではないのですか?」

 

「うむ。今日は紹介したい者がおっての……と言っても、二人は既に見知った顔と聞いてはおるが」

 

 その声を、上条が聞き違える事はない。

 

「……ああ、なるほど。意外と早かったですねー。信用を勝ち得たとは微塵も思えないのですが」

 

「その通り。ワシは君を信用してはおらんよ」

 

 だが同時にあり得ないと思った。上条が知る声の主は、既に過去の人間だ。既に向こうへと旅立ってしまったはずの人なのだ。

 

「……それが正解ですねー。私ほどに罪深い人間が、簡単に許されていいはずがない」

 

 罪深い、と聞いて上条は唾をごくりと飲んだ。確かに上条の知るアレは極悪人だった。そしてこんな殊勝な台詞を吐くようなヤツでもない。これは何かの間違いだ。だって―――

 

「久しぶりですねー。上条当麻」

 

「……左方の、テッラ?」

 

 バラバラと上条の両手から食べ物が零れ落ちる。その全てを周囲にいる屋敷しもべ妖精が必死にキャッチするも、その姿は上条の視界に入ってはいなかった。

 

 左方のテッラ。かつて上条がいた世界では、ローマ正教の最暗部。神の右席の一員だった人間。

 

「どうですかねー、その後の幻想殺し(イマジンブレイカー)の調子は。まぁ……真にその能力を発揮できているなら、既にこのホグワーツとやらは粉々になっているはずですが」

 

 そして、上条の右手の謎を知っている……らしい男。

 

 幻想殺し、その正体について。

 

 

 

 

 

 

 

 

『たぶん君の右手は、君の幸運も纏めて打ち消してしまってるんだと思うよ?』

 

 イギリス清教の誇る魔道諸図書館。インデックスは、こう言った。

 

『カミやんの右手はいまいち正体がわからないが……少なくとも、カミやんの右手には例外があるはずだ。人間の生命力や、風水でいう地脈はその例外に引っかかる気がするぜい。カミやんが握手だけで人を殺せたりするとは思えないからにゃー』

 

 陰陽博士にしてイギリス清教の魔術師。学園都市に潜入している多重スパイ、土御門元春はそう言っていた。

 

『幻想殺しとは、神聖なる右手が自然と備えてしまった浄化作用の一種だ。俺様の持つ右手に宿る力を、正しく発揮するためのアダプター……光栄に思え。お前の人生の意味は、今ここで終わった』

 

 ロシア上空。ベツレヘムの星にて上条の右手を切断した魔術師。右方のフィアンマはそう告げた。

 

『幻想殺しは、歴史や神話のターニングポイントで機能する代物だ。言わば世界を歪める力を持った者が、元の世界を思い出すためのバックアップみたいなものかな。そんな魔術師達の怯えや願いが集約された基準点……無限の力を振るう魔神とは対を成す、0%を作り出す代物だよ』

 

 魔神になりそこねた男。即ち、限りなく魔術を極めた人間。オッレルスはそう語った。

 

『幻想殺しは、時代や場所によって一つの形には留まらない』

 

『神浄の討魔という名前はまさしく、幻想殺しを宿すのに相応しい魂を持った者の証。即ち幻想殺しとは、お主の本質を表出させるための付属品じゃ。ワシら真なる魔神に、お主を見つけさせるための標識に過ぎん』

 

『幻想殺しは今ある世界を守る、直す、しがみつく。そんな理想の集合体。その右手は、貴方の魂の輝きに惹かれて宿ったのだと。私は今でもそう信じている』

 

 世界を塗り替える力を持った、真の魔神たちは本気でそう信じていた。

 

 

 これまで上条は、あらゆる人材からの幻想殺しの見解を聞いてきた。その中でも特筆すべきはやはり、魔術を極めた者たちの言葉だ。世界を粉々にするほどの力を持ち、世界を創造することのできる、まさしく神の如き力を持つ者たち。そんな彼らの言葉を重視してしまうのは、ごく自然な流れと言えるだろう。

 

 彼らの言葉がたぶん真実なのだろうと、上条は漠然と考えていた。人々の願いが奇蹟を起こす……その実例は、上条も見たことがある。

 

 鳴護アリサ。彼女という例がある以上、幻想殺しが同種のものであると言われた所で、今更驚くことはない。一人の人間を二人にしてしまうような現象に比べれば、自分の右手なんてまだちっぽけなものだと思う。そんな前例がある以上、魔術や超能力を打ち消す右手だってあり得ない話ではないはずだ。

 

 

 

(……テッラは俺の幻想殺しについて、何かを知っているらしいけど……でも……)

 

 あれから色々な事があった。ヴェント、テッラに続いて出てきた神の右席、科学と魔術の垣根を超える集団グレムリン、魔神オティヌスとは体感で数千、数万年という時を過ごし、真なるグレムリンたる魔神集団とも出くわした。そして―――幻想殺しとは対をなす、幸せを操る右手、理想送りの存在も目の当たりにしたのだ。

 

 もはや幻想殺しの解釈は、単なる十字教の範疇で収まるような代物ではない。たとえ神の右席といえども、その後に出てきた彼らの前では霞んでしまう。現に、神の右席のトップたるフィアンマでさえこの右手の正体は掴み切れてはいなかったのだ。

 

 オッレルスも言っていた。テッラが上条の幻想殺しについて考察できたのは、その扱う術式のせいであると。『光の処刑』という、世界がたまに見せる矛盾の謎を追ってきた彼だからこそ、歴史のターニングポイントに現れる幻想殺しの類似品を見出す事ができたのだと。

 

「おや、だんまりですか。まぁ私と貴方の関係性を考えれば、それが正しい反応ですかねー」

 

 飄々とした声で、左方のテッラはそう言った。口調や態度を見ても、このテッラが本物である事は間違いようがない。だが、それでは一つ。どうしても納得いかない事がある。

 

「……お前は死んだはずだ。アックアに殺されて、死体がイギリス清教に送られてきたって」

 

「ええ、その通りです。ですからこうして、この世界で言うところのゴーストになっているわけですが?」

 

 ゴーストの存在は、このホグワーツに来て上条も確認していた。最新鋭お化け屋敷、というものが存在するならこんな感じなんだろうな、という感想を抱いたものだ。

 

「だとしても! なんでお前が此処にいる!?」

 

「貴方と同じく、理想送りに飛ばされましてねー。まぁ私の場合はあなたと違って、自分から飛び込んだのですが」

 

「自分から飛び込んだ……? ってことはつまり、お前は」

 

「ようやく認識が追い付いてきましたか。姿形が見えなかっただけで、私の意識はそのまま存在し続けていたのですよ。ソレをゴーストと呼んでいいかはわかりませんがねー。そしてこちらの世界は、こんな状態の私を出力できるだけの位相が広がっていたと、ただそれだけの話なんですがねー」

 

 位相、という言葉に上条はピクリと反応した。そんな上条の反応を楽しむかのように、テッラは嫌な笑みを浮かべる。

 

「嫌というほど聞かされたでしょう? その権化たる魔神と悠久の時を過ごしたらしいですしねー。その性質についてのみ言えば、貴方は私以上に詳しいかもしれない」

 

「……」

 

 心を搔き乱されている上条と違い、テッラの態度は淡々としていた。上条の記憶にある『左方のテッラ』は、こんなにもおとなしく人畜無害に見えるような男だったろうか? 十字教徒、それもごく一部以外の人間は人ですらないという、そんな危険思想の持主だったはずだ。

 

「さて、どうします? 上条当麻」

 

 ゆったりとした動きで、左方のテッラは音もなく椅子から立ち上がった。

 

「おそらく幻想殺しの性質を鑑みれば、この状態の私に触れることも可能でしょう。おそらく私の今の状態は、現世にいた魂の痕跡が、魔法という位相によって形を与えられた状態。ともすれば、消滅させることも……貴方は私を快く思ってはいないはずです。試す価値はあると思いますが?」

 

 テッラは一歩前に出た。それに応じるように、上条は拳を握る。そして―――

 

「ふむ、感動の再会はここまでにしてもらおうかの」

 

 そんな二人を見守っていた魔法使い。ダンブルドアの声で、二人の衝突は中断された。

 

「上条先生、どうか冷静になってもらいたい。この男は、君の摩訶不思議な右手や、君のいた世界をよく知る人物じゃ。自ら手掛かりを消してしまうのは、あまり得策とは言えんと思うがの?」

 

 ダンブルドアの言葉に、上条は顔をしかめた。半分正解、半分不正解というところだ。上条の右手に関する知識で言えば、彼は完全に周回遅れな人材と言える。だが元の世界や、魔術に関しての知識で言えば確かに有用な存在だ。利用価値がゼロとは言い切れない。だが、それ以前に―――

 

「こいつは放っておけない。アンタは知らないだろうけど、このテッラって奴は―――」

 

「極悪人、じゃろうな。大方の話は聞いておる」

 

 そんな言葉を聞いて、上条は信じられないという顔をした。

 

「外道の限りを尽くしたことは知っておる。ここ最近は彼の話をずっと聞いておったからのう。上条先生のいた世界の話、十字教、魔術、位相……なかなかに興味深い話じゃった。そして、ワシの聞いた限りではこういう話もあったのう」

 

 ゆらり、とダンブルドアはテッラを見やる。冷ややかな視線を浴びせながら、ダンブルドアはこう告げた。

 

「自殺は、たしか君の教義では大罪であったのう?」

 

 対して、テッラはその凶悪な顔をにやりと歪めた。

 

「……少々喋り過ぎましたかねー。最も、ゴーストなどという状態の私に、その法則が当てはまるかは怪しいですが?」

 

「では、促すのではなく自らの意志で、上条先生の右手に触れるがよかろう。ワシは止めんよ」

 

 その言葉で、テッラの表情に亀裂が入る。そんなやり取りを、上条はポカンとした顔で見ていた。

 

「この通りじゃ、上条先生。彼は君に消されたがっておるのじゃよ。彼は、彼の信じる主をこれ以上裏切りたくないらしくてのう。その結果として訪れる煉獄とやらは、微塵も恐れてはいないとの事じゃったが」

 

「これ以上裏切りたくない……?」

 

「うむ。色々あって、どうやら今は自らの行いを悔いておるようじゃ」

 

 上条は信じられないような目つきで、テッラを見た(ゴーストという意味合いでは最初から、そんな目つきで見ていたのだが)傲慢で、人を人とも思わないような奴だった。だけど、彼と出会い、言葉を交わしたのはたったの1日。見知った仲、というには程遠い。ここ最近で何度も言葉を交わしたというダンブルドアの台詞が真実であるのなら、寧ろ上条よりもダンブルドアのほうが彼を理解できているのかもしれない。

 

「……余計な事をしてくれますね、ダンブルドア。私は色々と助言をしてあげたと言うのに」

 

「感謝はしておるよ。お陰で、理想送り(ワールドリジェクター)とやらにこれ以上煩わせられる危険は減ったからのう」

 

 理想送り、という単語に上条は反応した。

 

「理想送りについて、何かわかったんですか?」

 

「いや、そういうわけではない。ただ上条先生やテッラ君のように、不意にホグワーツへと転移されるような危険はなくなったという話じゃ」

 

 本当か、という疑いの単語を上条は飲み込んだ。そういえばこの爺さんは、出会ったばかりの上条の幻想殺しを解析し、即席でその対策を立ててしまったスーパー爺さんだ。この人が言い切るのなら間違いはない。出会ってから数日だが、上条はそういう面でのダンブルドアを完全に信用していた。

 

 信用できないといえば、寧ろその情報源。理想送りの情報を渡したという、ローマ正教の元魔術師。

 

「予想通りですが、信用していないみたいですねー。それがどういった意味合いの目なのかはわかりませんが」

 

「……お前が本当の事を言っているとしても。それが正しいかは限らない。だってお前は」

 

「十字教徒だから、ですか? 神の右席と言っても所詮は人間、それを超越した存在である魔神以上の知識を有するはずが無いと、そういう事ですかねー?」

 

 見透かしたようにテッラは問い掛けた。そして上条の沈黙を肯定と受け取り、そしてこんな言葉を残したのだ。

 

「……私達神の右席が目指した場所と比べれば、魔神なぞ通過点でしかないんですがねー」

 

 それだけ言って、左方のテッラは含みのある笑みを浮かべながら。厨房の壁をすり抜け上条たちの前から姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、本題といこうかの上条先生。例のネビル・ロングボトムの件じゃが」

 

 場所は変わって校長室。滅多に使われない校長のイスに座るダンブルドアは、楽しそうにそう言った。目の前にはダラダラと滝のように汗を流す上条と、不満げなスネイプが佇んでいる。

 

(嘘だろ……てっきりテッラの言葉の意味を一緒に考えてくれるかと思ってたのに、まさかそっちは放置かよこの爺さん……ッ!)

 

 何度目になるかはわからない、オルソラ=アクィナスの顔が目に浮かぶ。重要な話を途中でぶっちぎってしまうという点で、どうにも奇妙な共通点を感じてしまうのだ。そしてオルソラは自然体であの性格なのに対し、この爺さんは悪意を持ってこの姿勢を維持しているような気がしてならない。

 

「校長、一体如何なる用件ですかな? 吾輩は午後も授業があるのですが……それよりも優先度が高い雰囲気が、その名前からは感じられませんな」

 

「……なるほど。スネイプ先生の目には既に、彼の名前は留まっておったか」

 

「汚れのように、こびりついて取れないだけです。愚鈍の極み、服を着せたトロールの方がまだ教え甲斐がある。アレがあのロングボトムとは……」

 

 そんな無礼な物言いのスネイプに対し。ぴくり、と上条の眉が釣り上がった。

 

「おい、トロールが何なのかはわかんないけど。あんまりネビルを悪く言うなよな。アイツだって、アイツなりに頑張ってるんだぞ」

 

 思わぬ攻撃に、スネイプも意表を突かれたらしい。驚きの色を上条に向け、そしてダンブルドアの方へと振り返った。

 

「実は上条先生は偶然にも、彼と少しあってな」

 

「……先生?」

 

「うむ、上条先生じゃ。そして上条先生はなんと、"呼び寄せ呪文"の個人授業をネビル・ロングボトムに―――」

 

「授業の準備がありますので、失礼します」

 

 呆れた顔を見せ、スネイプは即座に回れ右。校長室のドアに向かって、迷いなく大股で歩いて行ってしまった。そんな彼を楽しそうに見ながら、ダンブルドアはぼそりと呟いた。

 

「習得したんじゃよ、ネビル・ロングボトムは」

 

 ぴたりと、スネイプの動きが止まった。そして、まるで街角で絶世の美女とすれ違ったかのように(もっともスネイプがそれに反応するかは疑問だが)振り返った。

 

「……あり得ない。1日で? あの呪文を? アレ( 、 、)が?」

 

「そうじゃ。1日どころか1時間もかからずに。見事ヒキガエルを呼び寄せておった。素晴らしい集中力( 、 、 、)じゃったな」

 

 その一言を聞いて、スネイプは毒虫を嚙み潰したかのような表情になった。そしてそのままその顔を上条に向けるが、上条は上条で先ほどのスネイプの発言を快く思っていないらしく、負けじとスネイプを睨み返す。

 

「飲ませたのか、アレを」

 

「ああ。効いてはいたけど、その後ネビルはぶっ倒れちまった。そこにダンブルドアが出てきて、どうにか事なきを得たんだ。アレは何だったんだ? 俺もああなっちまう可能性があったのか?」

 

「……いや」

 

 言葉を濁しながら、スネイプは否定した。どうにか説明しようとしているが、うまく言葉が出てこないようだ。何度か口を開いては閉じるという、実に彼らしくない仕草を繰り返していると。

 

「ワシの見解を言わせてもらうとすれば」

 

 助け船が入ってきた。一言前置きをして、ダンブルドアは語り始める。

 

「あの集中薬という薬は時間早回し効果を利用しておる。鋭敏な感覚、記憶力の向上は、精神を加速させる事で成立しておるというわけじゃな。正しく薬が機能しておる間は、ただそれだけの効果しかない」

 

 ただそれだけ、と言うにはとんでもない効果だった。特に気にせず飲み干していた上条は、そのからくりを聞いて戦慄していた。

 

「時間を加速させる方式なので、原理的には疲労とも無縁のはず。そう思い作製した薬でした」

 

「じゃが、結果は違った。そういう事じゃな?」

 

 スネイプは軽く溜息をついた。

 

「原因不明の頭痛、発熱、倦怠感。どうやっても、何故かこの副作用が生じてしまう。故に未完成な代物だったのですが―――」

 

「お、おま……なんて物を飲ませてやがった!?」

 

「ですが、この男は違った。いくら飲んでもその副作用が生じない特殊な体質だったのです。それが何故なのか探るために、我輩はあの薬を提供していました」

 

「さらっと無視してんじゃねえぞこのマッドサイエンティスト! 提供なんて申し訳程度のオブラートで包んだところで意味ねえから畜生め!!」

 

「なるほど。まぁ彼の体質は他に例を見ないからのう。不思議がるのも無理はない。その副作用とやらの謎が解けないのも同様にな。単純な魔法薬としての知識では決して解き明かせないモノなのじゃ」

 

「……え、ちょっとまて。アンタも、俺があの薬を飲まされていた件はスルー? なんなの? 魔法使いではコレが普通なの?」

 

「……飲まされていたとは失礼な。あの薬がなければ、君の残念な頭脳ではロングボトムに呪文を教えるどころか、杖の持ち方さえも伝授できなかったはずだが」

 

「何でお前が開き直りやがりましたかクソったれが。というか、ネビルの事を悪く言うなって言ってるだろうが!」

 

「まぁまぁ、落ち着くのじゃ上条先生……コレは君の右手に関係する話でな」

 

 エキサイトし始めた上条をダンブルドアがたしなめる。一方で、スネイプはダンブルドアの言葉に素早く反応した。

 

「右手? 幻想殺し、が関係していると? アレは魔法薬にも有効なのですか?」

 

「半分正解、半分は不正解と言うところかの。上条先生には少し話したのじゃが……彼の右手が打ち消す魔法には少々条件があっての。色の付いた魔法力……即ち、我々魔法使いの意志がどれだけ乗っているかが重要なんじゃ」

 

 ダンブルドアの言葉に、スネイプは難解な表情だった。

 

「色のついた魔法力? そんな単語は聞いたことがない」

 

「当然じゃ。先日ワシが考えたからのう」

 

 ……一瞬の静寂。目が点になったスネイプを見て、いたたまれなくなったダンブルドアがゴホンと咳ばらいをした。

 

「まず前提として。上条先生の右手は魔法を打ち消す。では、彼と握手をした魔法使いは、魔法が使えなくなったりするじゃろうか? 答えは否じゃ」

 

 この例えを聞いた時、上条は土御門の言葉を思い出していた。人間の生命力は幻想殺しでは消すことは出来ないという、彼が示唆した例外の事を。

 

「そして……ここから先は推測が絡んでくるのじゃが。彼の右手が打ち消す事が出来るのは、我々の精神……心、魂。そこから意思とも呼べるような何かを拾い上げた魔法力のみ……これをワシは便宜上"色のついた魔法力"と名付けた」

 

「……いいでしょう。それで、その話が本当だとして、吾輩の魔法薬の副作用を打ち消した件とはどう繋がるのですか?」

 

「半分不正解、と言った事を覚えておるかの」

 

 頭痛に悩むニシキヘビのようなスネイプを見ながら、ダンブルドアはそう言った。

 

「魔法薬というモノは、先ほどの色で例えると、無色の魔法力で構成されておる。魔法生物、植物などで構成されておるアレは、幻想殺しの対象外じゃ。故に、上条先生にもきちんと効能が発揮される。じゃが、人の心や精神という網をひとたび潜ると、元の作用が変質し―――」

 

「待ってください。魔法薬が、変質? まったくもって理解が出来ない」

 

「言い方が悪かったかの。変質というより、分解の方が近いかもしれん」

 

「分解……?」

 

 スネイプの思考はますます混迷を極めた。ダンブルドアもどう説明してよいのやらと、眉間に眉を乗せている。そんな中で、上条当麻はぼそりとこんな事を呟いた。

 

「分解ってまさか……食べた物が胃で消化されるみたいに、魔法薬も体の中でバラバラにされてるって言うのか?」

 

 そんな上条の言葉に、天啓得たりという顔でダンブルドアは頷いた。

 

「なるほど……大体あっとるの。セブルス?」

 

「……ええまぁ。納得は出来ませんがどうぞ先を」

 

「うむ。ここから先が正解の部分じゃ。どうにも我々には魔法薬を分解する機能が備わっておるらしい。そしてその過程で魔法薬は変質し、副作用として体に表れる。じゃが我々の精神、心とも呼ぶべき器官を通された魔法力には、少なからず色がついておるみたいでな。それを上条先生の右手、幻想殺しはまとめて打ち消してしまうわけじゃ」

 

 解説は終わったが、スネイプは相変わらず納得のいかない表情だった。そんな彼を見て、ダンブルドアも無理はないかとため息をつく。

 

(何しろ全てが新説……受け入れるのにはもう少し時間がかかるじゃろう。じゃが、ああいう思考の冒険に浸っておる時間こそが至福の時。そういう点ではセブルスとは気が合うからのう。今は放って置くのが正解じゃな)

 

 そんなマッドサイエンティストは放っておいて、ダンブルドアは上条を見た。てっきりこの解説に、上条は置いてけぼりになってしまう物だと思っていたダンブルドアだったが、彼の様子を見る限りどうやらその予想は外れたようだ。滅多に推測を外さない自分が、一体何を見誤ったのだろうか。

 

「上条先生は、今の説明でわかったのかの?」

 

「まぁ。詳しい理論は知らないけど、話の流れくらいなら。要は、酒を飲んで酔いはするけど、二日酔いにはならないっていうのと同じ原理なんだろ?」

 

 騙りではない、何かしらの自信に満ちた顔つきだ。そして上条の言う酔いと二日酔いのシステムは、ダンブルドアの全く知らぬ内容だった。

 

「……うむ?」

 

「ええとたしか、アルコールを入れて人間が酔うってのは、脳の機能が一部麻痺しちまうからなんだけど。二日酔いはアルコールが肝臓で分解された時に出た有害物質が原因で……」

 

 事の真偽は定かではないが、上条の舌は饒舌に動いている。どうやらこれこそが彼の専門分野らしいと、ダンブルドアは当たりをつけた。

 

(なるほど。彼のいた都市はマグルの学問である"科学"を扱うところじゃったか……それに先ほどの上手いたとえ話といい、彼の頭脳はセブルスとは違った方向に賢いようじゃな。これは実に好都合じゃ)

 

「……つまり俺の幻想殺しは、身体を流れてきたその有害な魔法を消しちまってるって、そういう事なんだろ?」

 

「その通り。流石は上条先生じゃな」

 

「何が流石なのかわからないんだけど……というか、そろそろその"先生"っての勘弁してくれませんかね? 生徒に魔法を教えたって言ってもたった一人だし。それもその後卒倒させちまうようなヘマをしてるのに、その呼び名は皮肉が効きすぎててちょっと」

 

「うむ。じゃからの上条先生。ここらで汚名返上というのはどうじゃろうか?」

 

「……はい?」

 

 そう言って、ダンブルドアはスネイプに向き直った。床を見つめ続けながらぶつぶつと呟く怪しい男に若干引きながらも、考え事をしている自分もあんなものかと割り切り、さりげなくダンブルドアはこう囁いた。

 

「のうセブルス。君の魔法薬学の授業に、上条君を助手として派遣したいと考えておるのじゃが……」

 

 そんなダンブルドアの言葉に上条は目を大きく見開いた。

 

(何を言い出すかと思えばこの爺さん……ッ! 俺がアンタの不用意な一言で、生徒から逃げ隠れしてるのを知ってて言ってるのか!?)

 

 解呪に関してはダンブルドアよりも優秀。そんなふざけた評価を下されている身の上であるからこそ、自分はこのバカでかい城で一人かくれんぼをしているというのに。そんな時にスネイプのクラスの助手とは、流石に冗談が過ぎている。

 

 だがしかし、上条当麻は慌てない。何しろそんなバカげた提案、スネイプはバッサリと断ってくれるはずだと信じているからだ。

 

「……ああ、はい」

 

 ……そしてその幻想は、ものの2秒で粉々にぶち壊された。

 

「決まりじゃの」

 

「いや、ちょっと待て。今のはどう見ても生返事だったでしょーが! 上の空な母親におもちゃをねだる策士な子供かアンタは」

 

「まぁ校長権限もあるからの」

 

「むしろ最悪な大人だった!?」

 

 どうやら拒否権はないらしい。なにやら不味いことになってきたと、上条の冷や汗が止まらない。

 

「……いや待て、この話は一体いつから有効―――?」

 

「おお、そうじゃった。セブルス、授業に遅れるぞ? 早く地下牢に向かうのじゃ。そこの助手を忘れずにな」

 

「……はい」

 

「"はい"じゃねえよ!!? 何でお前はそんな殊勝な返事をしてやがりますか!? え、待って、マジで今から? 心の準備がまだできてないんだけど!? というか昼飯がまだ―――いや、ちょっと!?」

 

 がっしりと上条の襟首を掴み、心ここにあらずな魔法薬学の教授は歩みを進めていく。何処にそんな力があるのかわからないが、上条の力(お昼抜き)ではどうにも逃れられない。藁にもすがる思いで一縷の希望を託し、上条はダンブルドアへと手を伸ばしたのだが―――

 

「昼食か。では、先ほど厨房で貰ったコレを。実はワシの大好物でな」

 

 助けを求める右手に、無情にもひょいと手渡されるレモンキャンデー一粒。推定3グラムな砂糖の塊を握り締め、上条は地下牢へと連行されていく。

 

「ふ……不幸だァァあああああああああ!!」

 

 そんな絶叫共に、上条当麻は校長室の扉の向こうへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






校長室の前のガーゴイル(……なにやら騒がしいな)



上条「は、放せ、放しやがれぇ!!」ミギテタッチ

ガゴ「ご、がぁぁぁぁぁぁ!!!?」

ダンブルドー(……最近、校長室のモノが壊され過ぎて辛い)




 どんどんオリジナル要素が増えていきますがご了承下さいませ。


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09 双子の兄弟



 ちょっと珍しい生徒が出てきますが、オリジナルではありません。後書きに補足をわっしょいと載せておきます。

 そして珍しくオリジナルではない薬も出てきます。コレも後書きにこらしょいと載せておきます。

 その他は大体捏造です。どっこらしょいと謝罪を……すいませんです。








 

 

 

 

 

 

「……さて、以上で混乱薬の調合についての座学を終了とする。質問のある者は?」

 

 薄暗い地下牢の教室に、重々しい声が鳴り響いた。魔法薬学の教授、セブルス・スネイプはそう締めくくると共に周囲を見渡す。彼が「質問は?」と問い掛け、実際に手を挙げる生徒など滅多にいないのだが念のためだ。

 

 だが予想に反し、恐る恐る挙がる手があった。当然ながらスリザリンの生徒だ。その表情と視線の向かう先からして、おそらくは魔法薬に関しての質問ではないのだろうが。

 

「……モンタギュー。君がクィディッチ以外に興味を示す事があるのかね」

 

 グラハム・モンタギュー。スリザリンのチェイサーを務める大柄な生徒である。

 

「はい、先生……その。混乱薬についての質問ではないのですが―――何故この教室にあの人がいるのですか?」

 

 彼の視線の先には一人の東洋人がいた。教室の一番奥の柱にもたれかかり、シルクハットを深々と被っているためその表情を窺い知る事はできない。だが顔が見えずとも、彼らはその東洋人の名前を知っている。

 

 上条当麻。あのホグワーツの校長が、自らよりも優れていると豪語した謎の魔法使い。そんな彼が、不敵な佇まいで無言を貫いているとくれば、気にならない生徒はいないだろう。

 

 不意にシルクハットのつばが上がり、上条の視線がモンタギューを捉えた。

 

「……俺の事は気にしなくていい。皆、授業に集中してくれ」

 

 恐ろしいまでに平坦で、感情がまったく込められていなかった。それでいてねっとりとしたスネイプとは逆に、さっぱりとした印象である。そんな上条の無機質な声に、モンタギューはぎくりとして固まってしまった。

 

「上条……先生はこの授業の補佐を担当する。授業中に具合の悪くなった者は彼に申告するように。他に質問が無ければ、調合を始めろ」

 

 面倒くさそうにスネイプはそう締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。謎の魔法使いにして、今世紀最高の魔法使いイチ押しの超新星。期待の新人、上条当麻の今の心境と言えば。

 

(………ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ)

 

 凄まじい冷や汗を垂らしながら。混乱極まって語彙力が残念な高校生へと成り下がっていた。

 

(魔法薬の知識なんかないし、しかも授業の相手は3年生と来やがった。どうすんだよコレ……)

 

 聞くところによれば、今回はグリフィンドールとスリザリンの合同授業らしい。緑色のラインがローブに入っているのがスリザリン、赤がグリフィンドールである。

 

(スネイプは「具合が悪くなったら」なんて言ってたけど、当然それだけじゃ済まない……よなアレじゃ)

 

 チラリ、と上条はスネイプを見た。教室の隅、対角線に位置する場所で腕を後ろに組み、睨みつけるように教室を見渡しているコウモリのような男。客観的にどう見積もっても、アレに話しかけるくらいならまだ上条の方がハードルが低いはずである。

 

 質問があれば、十中八九自分に飛んでくるに違いない。そう身構えていたところに。

 

「上条先生。ちょっといいですか?」

 

 予想していた悪夢が到来した。グリフィンドールの生徒が話しかけてきたのだ。赤毛で長身の、そばかすが印象的な生徒だ。

 

「フレッドがほっぺたにおできを作っちゃって。"具合が悪くなった"って言うのは、こういう事ですよね? まあ前よりハンサムにはなったかもしれないけど」

 

「じゃあお前の顔にもおできを作らなきゃなぁ、ジョージ?」

 

 更にその後ろからもう一人。頬に出来たできもの以外はそっくりな青年がやってきた。

 

「お前ら……たしか組み分けの時の」

 

 上条はその二人に見覚えがあった。組み分けの儀式の際にやたらと目立っていた二人組だ。

 

「そう、俺がジョージでこっちがフレッド。って言っても見分けつかないと思うけど。んでもって、その組み分けの時の一件が本題でさ……実は、フレッドがあの時のジョークはちょっと言い過ぎたんじゃないかって気にしてるみたいなんだけど……」

 

「だってさ、国の違いって結構キツいぜ? ……パパも前にやらかして、髪がどばどば生える人形を送りつけられて、絞め殺されそうになったじゃん」

 

「あーあったなそんな事。結局対処方がわかんなくて、イライラしたママが魔法で粉々にしちゃったんだっけ。あと10センチ魔法が右にズレてたら、パパがそうなってた」

 

 弾丸トークである。なんとも息のあった双子だなと思いつつ、上条はこの会話にどう割って入ればいいのかと途方に暮れていた。とりあえず粉々にされた人形(おそらく市松人形だと上条は思った)に内心で合掌しつつ、ふむふむと先を促す。

 

「そんなわけで、おできを理由に聞きに来た。もしも気にしているようならごめん。その、帽子の件ね。悪気はなかったんだ」

 

「だからのっぺらとした人形を送りつけるのは勘弁ね。今度は僕らが粉々にされちゃうし」

 

 真面目なのか不真面目なのか。よくわからないが二人には悪意はないらしい。上条も特に思う事はなかったし、むしろあの場に笑いを提供してくれた事には感謝の念すら感じていた。

 

「別にいいって。この帽子が妙な一品なのは俺も思ってたし。ダンブルドアの作った物だから、文句はあの人にな。あとその……ジョークか? まぁ俺の国にはない文化だけどさ。俺はこの国に来て浅いけど、渡航経験がないわけじゃない。テレビとかでも観たことはある。少なくとも急に怒りだしたりはしないよ」

 

「うっへぇ、ダンブルドアの作品ってマジかよ。むしろますますヤバイじゃねーかジョージ。俺たちかなりやらかしちゃったんじゃねーの?」

 

「別に大丈夫だろダンブルドアなら。それより、テレビってあのマグルのやつ? パパがめっちゃ興奮してゴミ捨て場から拾ってきたんだけど、仕組みがわかんねえって投げ出してるんだよねアレ」

 

 彼らの父親は一体何をしているのだろうか。魔法使いの慣習には詳しくないので、上条にはそんなツッコミも出来なかった。

 

「……いや、それは単に壊れちまってるだけじゃないか? 捨ててあるって事はそういうことだろ」

 

「どうだろ。一応修復(レパロ)は試したらしいんだけどなー……パパが"このつまみを順序よく回せば点くはずだ。マグルの金庫に同じものが付いているのを見た"って言って聞かないんだ。いつママが吹っ飛ばすのかフレッドと賭けしてるんだけど」

 

「いつじゃなくて何を、だろ。俺は絶対にテレビよりも先に車がやられると思うけどね」

 

「デカいから吹っ飛ばしたら後片付けが大変じゃないか。言っておくけど、パパが自分で爆発させてもノーカンだからな」

 

 吹っ飛ばすだの爆発だのと、なにやら相当に物騒な家らしい。これもジョークなのかどうか、上条には判断が付かなかった。

 

「あー……とりあえず、お前らのお父さんにはそのやり方でテレビは点かないと教えてやれ。それと……どうやら時間切れみたいだぞ」

 

 上条のそんな言葉を聞いて、頭の上に疑問符を作った双子はその視線の先を振り返った。

 

「……我輩は確かに、具合が悪くなったら上条先生に申告しろと言った。だがバカバカしい世間話に興じろとは言ってないぞ、ミスター・ウィーズリー」

 

 不機嫌なコウモリ男、セブルス・スネイプである。まるで翼を畳んでいるかのように腕を組み、音もなく双子の背後に忍び寄り、凍るような目つきで彼らを睨みつけていた。

 

「ああ、すいません先生。このフレッドジュニアをどうしようかと上条先生に相談していたら長引いちゃって」

 

「課題の混乱薬が原因じゃないんですよ。フクロウ通信販売で買ったクリームが肌に合わなくて―――詳しい症状を伝えてたら結構時間が―――」

 

 だがしかし、こんな事には慣れっこだという感じで、双子は物怖じせずに言い訳を始める。

 

「もっともな言い訳に聞こえるが、残念だったな。上条……先生には相談は不要だ」

 

 先生と呼ぶのに未だに抵抗があるらしい。スネイプは言葉を詰まらせながら、どうにかそんな言葉を絞り出した。そして無言で上条を見つめるスネイプだったが、上条としてはそんな表情で見られても困るというのが本音である。

 

(まぁ、スネイプが言うならたぶん幻想殺し(イマジンブレイカー)でなんとかなるとは思うけど。でもダンブルドアの指示無しに手袋は外せないしなぁ)

 

 そんなこんなでどぎまぎしていると、痺れを切らしたスネイプが上条に近づき、そっと耳打ちをしてきた。

 

(安心しろ。手袋をしていたところで、魔法の消去機能が完全に失われたわけではない。いいからとっととこの双子を黙らせろ)

 

「……はぁ」

 

 なんとも気の抜けた返事をしながら、上条はフレッドのほっぺたに右手で触れた。パキン、というガラスの割れたような音と共に、おできだった物はボロボロと崩れ落ちていく。

 

「……ふむ。どうやらそれはおできではなく、魔法で意図的に作られた物のようだが?」

 

 フレッドとジョージは度肝を抜かれた表情を作り、勝ち誇った顔のスネイプというそこそこに珍しい珍獣が降臨した。

 

「…………マジかよ、永久粘着呪文で練り固めたものを」

 

「取るだけじゃなく粉々? て言うか今何をしたのか全然わかんねぇ!?」

 

 唖然とした表情の二人を無視し、床にぼろぼろに落ちた物をスネイプは杖の一振りで消してしまった。分析がどうのとのたまうジョージを無視し、授業に戻れとスネイプは二人の首の後ろ辺りを掴んで突き放す。ぶつくさと文句を言いながら立ち去る双子を見て、スネイプはフンと鼻息を鳴らし、そして上条に向き直った。

 

「……何だったんだ、アレ?」

 

「ホグワーツの名物、ウィーズリー兄弟だ」

 

「うーん……聞いた事があるような無いような。あ、フリットウィック先生が言ってた奴らか。たしか滅茶苦茶困らされてるって」

 

「左様。いたずらでアレの右に出るものはいまい……教員ですらあの兄弟には手を焼いている」

 

「いたずらっ子かよ。いやでも、悪い奴らではない……んだよな。わざわざ謝りに来てくれたし」

 

 そんな上条の意見に、スネイプはイライラとした口調で反論した。

 

「証拠はないが、夏休み前には我輩の机に笑い薬の原液が巧妙に仕込まれていた。おそらくはあいつらの仕業だろう。気がつかなければ新年度に、我輩はこの教室で高笑いを晒していたところだ」

 

「……なるほど、悪い奴らではないな」

 

 もしその企みが成功していれば。今よりは親しみの持てる先生になっているのではないかと、上条はしみじみ思った。どうやらあの双子の兄弟のいたずらは、人を傷つける類のものではないらしい。

 

「……どうやら、翻訳帽子の調子が悪いようだな」

 

 結局、二人は分かり合えなかった。その後、苦々しげな顔のスネイプと、感心するような表情の上条は遠巻きに双子の兄弟を見ていたのだが。他の生徒が懸命に大なべをかき混ぜ課題に集中している中で、ひたすらにほっぺたをさするフレッドと、先ほど粉々にした塊と似たような物を宙に浮かべたジョージは、何やら熱い議論を交わしている様子である。

 

「アレは放っておいていいのか? 課題の……混乱薬だっけ。作る気ゼロに見えるけど」

 

「……先ほど奴等の大なべを覗いてきたが既に完成していた。教科書通りの物と、それを改良した物。文句の付けようもない完成度だ」

 

 この偏屈そうな男が"文句のつけようもない"と評する一品。そんな物を仕上げる3年生と聞いて、上条はあの二人の評価を改めた。いたずらっ子の問題児と聞いて思い浮かべていたのは、とある高校の自分も含めた馬鹿三名(デルタフォース)という存在だったのだが。勉強も出来るとなると事態はそれ以上に深刻なようだ。

 

「それってすげぇ事なんじゃ? そういう時は寮に加点するんじゃなかったか? この前マクゴナガル先生が食堂で生徒と喋ってた時に、そんな事をしてたけど」

 

 なにやら質問をしてきた生徒の着眼点が良かったらしく、嬉しそうな顔をしていた彼女の顔が思い出される。「グリフィンドールに5点差し上げます」という言葉を、上条当麻は耳にしていた。

 

「それは先ほどの一件で帳消しだ。そしてあの二人の厄介な所は、それも計算の上で君とお喋りに興じていたという事だ」

 

「……教師の思考も計算通りって……まったくもってとんでもない兄弟だな」

 

 

 

 

 そして結局。この授業で最も優秀な作品を仕上げたのはあの双子の兄弟だった。生徒達が教室から出て行く間に二人はチラチラと上条を見ていたが、横にいるスネイプが一睨みすると即座に背を向けて出て行ってしまった。

 

「……なんかさ、アンタって滅茶苦茶恐れられているよな。あの二人に何かしたのか?」

 

「いや、そうではない。あの二人のいたずらに引っかかっていない教師は、残るは我輩とダンブルドアしかいないだけだ」

 

 そう言いながら、スネイプは慎重に双子の兄弟の大なべを杖で浮かべた。他の生徒の作品は消してしまったのだが、二人の作品はどうやら特別らしい。

 

「ふざけなければ、学年で間違いなく最優秀なのだがな」

 

 ぼそりと呟く無機質なスネイプの声が、上条にはどこか嬉しそうに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱあの先生とんでもないぜ。こりゃダンブルドアの言葉も冗談じゃなかったみたいだな」

 

「だな。ネビルに魔法を教えたって時点ですげぇ事はわかってたけど。試作品とはいえ、ズル休みシリーズをひと目見て一撃って凄過ぎだろ。杖も使わずにってどういう事だよ? 永久粘着呪文が永久じゃなくなっちまったし、解呪のエキスパートって紹介はマジだぜアレは」

 

 グリフィンドールの談話室で、双子の兄弟は興奮したように話し合っていた。

 

「結構話もわかる感じだし、こりゃ協力を仰ぐのもアリだな。あの先生を味方につければ、失敗作の対応に追われる時間を大幅に短縮できる」

 

「たしかに。俺たち二人しかいないし、副作用が出てる間は他の薬なんか飲めないしな……でも対応策の開発を怠っちまうと、いざ上条先生がいない時に困るぜ? 自分たちでもある程度出来ないとマズイよなやっぱ」

 

「だから金がかかるような物や、解毒薬の調合に時間がかかる物をどうにかしてもらうように―――」

 

 そんな二人の様子を、暖炉の前でまどろんでいるとある二人組みが眺めていた。片方は双子の兄弟と同じく赤毛でそばかす。そしてもう片方は黒髪にメガネの少年である。

 

「フレッドとジョージは何をあんなに興奮しているの? あの二人の午後の授業って、たしかスネイプの魔法薬だったよね? しかもスリザリンと合同の」

 

 黒髪の、額に稲妻形の傷を持つ男の子。ハリー・ポッターはそう言った。この学校に来てからというもの、魔法薬の授業で彼は散々スネイプに苛め抜かれているのである。元々スネイプはグリフィンドールの生徒に容赦がないが、ハリーへの苛めはさらにその斜め上を行く。そんな立場からすれば、あの授業を受けてあそこまでテンションを上げて帰ってきた二人はどうかしていると言わざるを得ない。

 

「なんでも、スネイプが助手として上条先生を連れてきたらしいよ。二人の渾身の作品が壊されちゃったんだって……でも、それで盛り上がってるのは僕にもよくわかんないけどね」

 

 そばかすの少年、ロン・ウィズリーはぐったりとした様子で言った。

 

「そんな事より、僕達は目の前に盛り上がってる宿題の山々をどうにかしなきゃ。なぁハリー、もう終わってるならその変身術のレポートを見せてもらってもいい?」

 

 了承する前にロンはハリーのレポートを掻っ攫っていった。ちょくちょく宿題に手をつけていたハリーと違い、ロンは殆ど手付かずの状態であるらしい。

 

「上条先生か……ダンブルドアより凄いってホントなのかな?」

 

 特にレポートを貸さない理由はない。ハリーは魔法史の宿題に手をつけながら、そう呟いた。

 

「まさか、ありえないよ。パパも言ってたけどダンブルドアが最高さ。それにあのスネイプの助手だぜ? そんなのがダンブルドア並みだなんて、考えたくもないね」

 

「うーん、どうなんだろ……助手だとしてもスリザリン贔屓とは限らないと思うんだけどなぁ……でも、ネビルに呼び寄せ呪文を教えたりもしてたよね。あれはハーマイオニーでもまだ出来ないらしいし、凄腕なのは間違いないよ」

 

「おいハリー、この宿題の前でアイツの名前を言うのはやめてくれないか? アイツがドヤ顔でマッチを裁縫針に変えた瞬間が今でも忘れられないんだ。アレはまさしく悪夢だったよ」

 

 不定期にヒキガエルが飛んでいく様は、グリフィンドールの寮内ではもはや恒例行事になっていた。ネビルが何処かにヒキガエルを忘れるたびに呼び寄せ呪文を唱えるのである。それを見て以来、ハーマイオニー・グレンジャーは呼び寄せ呪文を習得しようと躍起になっているが、未だに成功はしていないようだった。

 

「僕も消失呪文を教えて貰おうかな。そうすればこの宿題の山を消してしまえるのにっ!?」

 

 そんな事を呟いた矢先。ロンの側頭部にヒキガエルが衝突し、ゲコというトレバーの悲鳴が聞こえてきた。どうやらネビルの呼び寄せ呪文の射線上に運悪くいたらしい。

 

 不満げにヒキガエルを掴み、放り投げる友人の姿にくすりと笑いながら。ハリーは再び宿題に目を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











補足説明:

 グラハム・モンタギュー:ハリーの2学年上の生徒(フレッド、ジョージと同じ)ハリーで例えるとフレッド&ジョージ版のマルフォイみたいな生徒。だがマルフォイと違い、ウィズリー兄弟には勝てた試しがない。後に双子の兄弟に姿をくらますキャビネット棚に押し込まれ、その後トイレで詰ま……発見される。後にスリザリンクディッチチームのキャプテンになる。




 混乱薬(Confusing Concoction):3巻にて、ハリーの魔法薬学試験に登場。どうやら薄味だったらしく、ハリーの薬にスネイプは0点をつける。


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10 一人きりの少女


 
 
 ちょこっと短いです


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっば……上条先生、フレッドの鼻が……ッ!」

 

 それからと言うもの。なんだかんだで上条の日常は平穏そのものだった。

 

「ジョージ、お前毒ツルヘビの鱗の枚数を間違えやがったな!? 上条先生、ちょっとこの耳が伸び過ぎちゃって……」

 

 相変わらず継続されるスネイプの魔法薬学の助手も、特に大きな失敗も無くこなせていた。当初は『質問が飛んで来たらどうしよう』と怯える日々ではあったのだが、蓋を開けて見ればその気配もない。飛んでくるのは双子の兄弟だったり、その鼻だったり、耳だったりである。

 

「何だ、今の爆発は!?」

 

「シェーマスが鍋に何かを……」

 

 当然、双子の兄弟以外にも訪問者はあった。だがそれも質問者などでは決してなく、魔法薬の誤った調合、使用による被害者達である。中には上条の右手ではどうしようもない子達もいたため、その場合はスネイプが不機嫌そうな顔(上条の推測ではおそらく真剣な顔)で対応に当たっていた。

 

「先生! 上条先生! ウィーズリー兄弟の鍋が爆発しました!」

 

「げっ、あいつらとうとう……二人は無事か!?」

 

「はい! ……でもモンテギューが横でのびてます」

 

「………なんでスリザリンのアイツがグリフィンドールの机にいるんだ?」

 

 時折不可解な事もあったが、どうしようもない瞬間とは無縁な生活。むしろ、こんな事をしているだけでいいのだろうかと首を傾げてしまうほどに。不幸を自称する少年の胸中は複雑だった。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけなんだけども。どうでございましょうか、閣下?」

 

「…………それは我輩に言っているのか?」

 

 現在、地下牢の教室にて。この不機嫌なコウモリ男への警戒心は虚空の彼方へと消え去って久しい上条当麻は、スネイプの横で同じく腕を組み、首をもたげながらそんな事を呟いた。

 

「いやだってさ。この前『お給料じゃ』とかなんとか言って、ダンブルドアからずっしりとした袋を貰っちゃって。通貨の価値とかわかんないからその場で『ふくろう通信販売』っていう通販雑誌を見せてもらったのはいいんだが……」

 

 のほほんとした様子で世間話を続ける上条と、眉をひそめ訝しげな表情のスネイプ。そしてそんな二人の会話に聞き耳を立てている周囲の生徒達は、いつ魔法薬の先生が苛立ちで爆発するのかとそわそわしながら見守っていた。

 

 そう、現在ここはまさに魔法薬の授業中……グリフィンドールとスリザリンの1年生たちが、四苦八苦しながら課題をこなしている最中である。

 

「……つまりチョコレートに換算すると、上条さんが3年生き延びられるくらいの給料って事になるわけですよ。聞けば他の教職員の8割相当って話らしくてさ。大した仕事もしてないのにコレはまずいでしょって。でも自分から給料を値切りにいくのも変な話だなとも……で、どう思いますか閣下、とこうして尋ねているわけなんだけど」

 

 不肖上条当麻。白い悪魔を養ってきた根性は伊達ではなく、3日にチョコレート菓子1個計算の異常さに彼自身はまったく気がついていなかった。

 

「貴様のチョコレート工場の話はいい。重ねて問うが……その『閣下』という呼称は我輩に言っているのか?」

 

「へ? そうだけど?」

 

「何故だ?」

 

「え? うーん……雰囲気、かな。なんか独裁者っぽいし、このポーズ」

 

 この上条の一言で、とうとう耐え切れなかったのか生徒の一人が噴き出した。唾やらなんやらが隣の黒髪の少年にかかったようだが、その子自身もそんな事は気にせず肩を震わせて笑いを堪えている。

 

 そして、それに呼応するようにスネイプも肩を震わせていたが、こちらは笑いではなく怒りのためだった。

 

「次に我輩を『閣下』と呼んだら。今夜、貴様の夕食に毒薬を盛ってやる」

 

「へいへい、もう呼びませんの事よ……呼ばないから、今ので笑った奴に罰則とかはやめろよな」

 

 手を振りながら離れていく上条を苦々しげに睨みつけながら。教科書を片手に持ち、つかつかと歩いて数歩。いつまでも腹を抱えて笑っている赤毛の生徒に、スネイプはその教科書を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 ……平和だった。少なくともこの日までは。上条が溜息をつきながら壁にもたれ掛かった瞬間に、その脅威はやってきた。

 

「上条先生」

 

「うん?……えーと」

 

 目の前にいたのは、グリフィンドールの生徒だった。ボサボサの栗色の髪に、髪と同じ瞳の色をした女の子である。

 

(あ、そうだ……この子、スネイプが質問をした時はいつも真っ先に手を挙げてる……名前はたしか)

 

「ハーマイオニー・グレンジャーです。上条先生、質問があるんですけどいいですか?」

 

「………………な゛っ?」

 

 いいですか、と言われても全然よろしくない。完全に白目を剥き硬直した上条だったが、それを無視して彼女は口早にまくし立てる。

 

「先生がネビルに教えた『呼び寄せ呪文』、アレをどうやって教えたんですか? あの高度な呪文を1日で習得させるなんて、普通じゃ考えられません」

 

「……え、それが質問なのか? そんな事ならいくらでも教えてやれるけど」

 

 そう呟きながら、上条は懐からスネイプ特製の集中薬入り水筒を取り出した。

 

「何回かネビルに呪文を練習させて、その後に俺が普段飲んでるこの『集中薬』をぐびっと一口。俺がやったのはこれだけだぞ?」

 

「『集中薬』? ……先生、その薬は飲んだ後にとっても疲れる薬では?」

 

「おう。ヒキガエルのトレバーが飛んできた後にぶっ倒れちまってな。あの後ダンブルドアに怒られたから、申し訳ないがこの薬はやれないぞ?」

 

「ふぁ、ふぁみひょうふぇんふぇー」

 

 不意に、そしておそらく上条の名を呼ぶ声があった。上条が振り向くとそこには、なにやら気味が悪いほどに口周りが膨れ上がったグリフィンドール生が。

 

「噂をすれば…………ネビル、だよな? 何で越冬前のリスみたいになっちゃってるんだお前は」

 

「ふふひがふいふぁふぇふふほべあふぉを──

 

「すまん、聞いた俺が悪かった。何言ってるか全然わかんねぇ。いやしかし、コレは俺が治せるやつなのか? ダメだったらスネイプ先生のとこに……」

 

 スネイプ先生と聞いて泣きそうな表情を作ったネビルだったが、上条が右手を触れた途端、しゅるしゅると空気の抜けた風船のように元の顔つきに戻っていく。

 

「あ、ありがとう上条先生。薬がついた手袋で顔を拭っちゃって、気づいたらこう……」

 

「おう、次からは気をつけろよ」

 

 チラリ、と上条が視線を戻すと、未だハーマイオニーはその場に留まっていた。何やらぶつぶつと呟きながら考え込んでいるご様子である。これ以上質問されても上条には特に答えることも出来ないし、万が一教えを乞われても今回は『集中薬』も使えない。

 

 はてさてどうしたものかと思った上条だったが、自分の横で不思議そうにハーマイオニーを眺めるネビルの様子を見て、とある名案が浮かんできた。

 

「なぁハーマイオニー。もし『呼び寄せ呪文』を覚えたいなら、ネビルに教わればいいんじゃないか? ……ネビル、あの後『呼び寄せ呪文』はうまくいってるのか?」

 

「え、うん。上条先生に教わってからは、一度も失敗した事ないよ」

 

 それならば何の問題もない。上条にはわからない細かなコツやイメージも、ネビルならば問題なく教えられるはずだ。そう思ってハーマイオニーを見るが、彼女は気難しそうな顔でぱったりと硬直してしまっている。

 

「あれ、どうした? おーい」

 

「失礼します」

 

 そう短く告げて、ハーマイオニーは去っていった。

 

「……なぁネビル。俺、何か悪い事したのかな?」

 

「わかんない……けど、僕がハーマイオニーに何かを教えるなんて想像できないよ。ハーマイオニーってとっても頭がいいから」

 

「……そっか」

 

 ひっそりと、誰ともお喋りする事なく黙々と課題に取り組むハーマイオニー。真面目で勤勉な、生徒の見本のような姿だが、上条にはそれがとても寂しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハーマイオニー? 誰だっけ、そいつ」

 

「ロニー坊やの同級生だろ。1年生の、談話室で本ばっか読んでるやつ」

 

 時は変わって、昼食をはさみ午後は3年生の授業だった。もはや当然のように上条の所にやってきては、何やら怪しげな物品の破壊をお願いにきている双子の兄弟たち。しかもここに来る口実として、フレッドは耳たぶをだるんだるんに伸ばし、ジョージは鼻毛を大量に生やしてのご登場である。

 

「あー、アレかぁ。まさしく本の虫だったな。『ホグワーツの歴史』なんて重たい本を借りてくるやつ初めて見たぜ」

 

「アンジェリーナが言うには、女子寮でもずっと本を読んでるってさ。でも最近は『呼び寄せ呪文』の練習にご執心だとか」

 

 それを聞いて、フレッドが振り回す耳たぶを右手で叩き落としながら、上条は頭を抱えた。

 

(練習してるって事は、やっぱり『呼び寄せ呪文』を使えるようにはなりたいって事だよな……うーん、じゃああの時は何で帰っちまったんだ?)

 

「あれ、元に戻らないな……って事は、俺が飲んだ薬の効果は完全に消えてるって事だから……」

 

「変身じゃなくてマジででっかくなってるんだな。あの素材のかけあわせだとこういう効果がでるのか。『レデュシオ──縮め!』」

 

 ジョージが杖を振ると、フレッドの耳は掃除機のコードを巻くように戻っていった。

 

「……自分で治せるならここにくる必要ないんじゃないか?」

 

「いやいや、薬の効果を確かめるためには必要なんだよなー」

 

「上条先生の右手で治るのは、『呪い』とか『変身』とかそっちの効果なんだよね。見た目にはわかんない部分もわかるってのはすげーと思うぜ? 実際」

 

「なんか知らない内に分析までされてやがる……」

 

 何度も上条の元へ足を運ぶうちに、彼らはあろう事か上条の右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)の特性についておぼろげながらに把握しはじめていた。上条にはわからないが、幻想殺しで判定できる性質は彼らの『作品製作』にかなり貢献出来ているらしい。

 

「これで次の段階に入れそうだ。この分だとハロウィンは相当派手にぶちかませるぜ」

 

「おい、程ほどにしておけよ。この前のモンタギューみたいなのはやり過ぎだからな?」

 

 この前、というのはモンタギューがこの双子の鍋の爆発に巻き込まれたときの事である。そんな上条の忠告を聞いて、双子は顔を見合わせるとにんまりとしながら語り始めた。

 

「いやいや、アレは事故だって。なぁフレッド?」

 

「ああ、そうだぜ上条先生。親愛なるモンタギュー君は、我々の『毛生え薬』の効果をまろやか( 、 、 、 、)にしてくれようと、気を利かせて鱈の目玉を増量してくれたようだが」

 

「残念な事に、何故か( 、 、 、)それが原因で極めて揮発性の高い薬品へと昇華させてしまったと」

 

「結果として爆発。薬を浴びた彼は全身脱毛に成功してしまいましたとさ。めでたしめでたし」

 

「めでたくもなんともないわ!!」

 

 へーいとハイタッチをかます二人を見て、上条はがっくりと肩を落とした。この双子は恐ろしい事に、モンタギューがちょっかいをかける事を予見してあの薬を調合し机を離れていたらしい。仕掛けられるいたずらを予測しての反撃、これを責める事は上条どころかスネイプでも無理な案件である。

 

「なんつーか、たくましいよな。お前ら」

 

 そう呟いた途端。上条たちとは少し離れたところで爆発が起きた。肩をすくめる上条だったが、それとは対称的に双子の兄弟、フレッドとジョージは目を輝かせてそちらを振り返る。

 

「おっと、どうやらまた( 、 、)不幸な事故が起きたようで」

 

「はからずも、またもや我らの成果を皆々様にお見せ出来るとは。モンタギュー君には頭が上がりませんな」

 

 爆発の中心はやはりというか。結局この双子の机だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーむ……」

 

 授業も終わり、上条は少々行儀悪くも机に腰掛けて物思いに耽っていた。

 

「おい、何をしている?」

 

 顔を上げると、教室をぐるりと回り、後片付けを終えたスネイプがそこにいた。

 

「いや、ちょっと考え事というかなんというか」

 

「余所でやれ。授業は終わったが、我輩にはまだ仕事が残っている」

 

「ここ、誰もいないからゆっくり出来て居心地いいんだよな」

 

「誰も? 我輩が目に入らんのか貴様は……まぁいい。騒がないというなら好きにしろ。その代わり、後で貴様の右手を借りるぞ」

 

「うーい……」

 

 そう言うと、スネイプは自分用の机に座り、調合の準備に入った。何を作るかはわからないが、手馴れた手つきを見るに普段から作っているモノなのだろう。

 

「何を作ってるんだ?」

 

「…………………『真実薬』だ」

 

「すいませんでしたッ!!」

 

 完全にやぶ蛇だった。反射的に土下座を敢行した上条を一瞥し、スネイプはフンと鼻を鳴らす。

 

「ようやく在庫が出てきたところだ。コレは調合に1ヶ月はかかる代物だからな」

 

 そう言って、スネイプは作業を再開した。素早い手つきで、且つ正確に調合をする手際のよさは、素人の上条から見ても流石と言わざるを得ない。

 

「あのさ、一つ質問していいかな?」

 

「……貴様は黙っている事が出来んのか」

 

 ジロリと睨みをきかせるスネイプだが、NOとは言わないらしい。それを確認した後に、上条は言葉を続けた。

 

「もしも、頑張ってもなかなか習得できない呪文があったとして」

 

「ふむ」

 

「それを使える魔法使いがいるとする」

 

「……ふむ」

 

「で、その魔法使いからさ。コツとかイメージを教われば、やっぱり上達に一歩近づくよな?」

 

「…………そうだな。まぁ、我輩なら絶対にやらんが」

 

「へ?」

 

 コトリ、とスネイプは傾けていたフラスコを机に置いた。

 

「我輩がグレンジャーの立場なら、ロングボトムになんぞ絶対に教わらんと言っているのだ。貴様の悩みとはこの事だろう。我輩が何も見ていないとでも思ったのか」

 

「げっ、知ってたのかよ……」

 

「当たり前だ。あの甲高い声は教室にいる者全員に聞こえていた。我輩としても、また貴様が『集中薬』を生徒に飲ませないかどうか見張る必要があった」

 

「言われなくてもんなことしないって……それで、教わらないってのはどういう事だ? 上達するなら、それで何の問題もねえじゃねえか」

 

「そんな屈辱を味わうくらいなら、いっその事習得できない方がマシだと言っているのだ」

 

 そっけなく言い放つと、スネイプは魔法薬の材料棚に向かって行ってしまった。

 

「……屈辱? ってことはつまり、矜持(プライド)の問題なのか……?」

 

 ぽつんと孤立したハーマイオニーの姿。脳裏に浮かんだその光景は、なんとなくだが。それは違うと上条に告げていた。

 

 

 

 

 

 

 







 
 
 



医務室


スネイプ「……コイツをどう思う?」

マダム・ポンフリー「凄く……つるつるです」

モンタギュー「助けて下さい」
 
 
 
 



談話室


フレッド「おい、ジョージ。アンジェリーナがあの脱毛薬譲ってくれってうるさいんだけど」

ジョージ「かわりに増毛薬でも渡しておこうぜ?」

双子「「あっはっはっはっはっは!!」」



 
 
 


クディッチ競技場


ウッド「……アンジェリーナ」

アンジェ「なによ」

ウッド「君はチェイサーであってビーターではないんだが」

アンジェ「知ってるわよ」

ウッド「…………ついでに言えば、それはブラッジャーではなくウィーズリーたちだ」

双子「」チーン

 
 
 





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11 導き手

 お久しぶりです。短いですがよければどうぞ。







 
 
 


 

 

 

 

 

 

 

「おや、上条先生。私の教室に貴方が来るとは意外ですね」

 

 あの魔法薬の授業から数日。どうしてもハーマイオニー・グレンジャーの一件が頭から離れない上条は、変身術の教室を訪ねていた。目当てはもちろん、教壇で次々とふくろうをコウモリに変身させている変身術の教諭、ミネルバ・マクゴナガルである。

 

「ど、どーも……あれ? なんでマクゴナガル先生が俺の事を"先生"って呼ぶんです?」

 

「スネイプ教授の助手を請け負っている事は存じております。それに、貴方が魔法を教えた生徒は、私の寮の1年生ですよ? 例の一件に関しても、ダンブルドアからその日のうちに連絡がありました」

 

 "例の件"という部分を、マクゴナガルは強調した。そして冷ややかな視線を上条に浴びせかけようとした瞬間に、彼女の目線は一気に下へと向けられた。

 

「すいません、もっと早くに謝りに来るべきでした」

 

 上条当麻、人生でも一、二を争うほどの高速土下座である。何を隠そう、自分がスネイプの怪しげな薬で昏倒させた生徒(ネビル)はグリフィンドールの寮生であり、目の前にいるのはその寮監で且つ副校長なのだ。

 

 たとえ校長のダンブルドアが許してくれたとしても、この人の前で腰を折らない理由にはならない。

 

「……いえ。貴方が善意でやった事だと伺っています。それにアレ以降、ロングボトムは元気でやっているようですし、今さら話を蒸し返そうなどとは思いません。そのお言葉だけで十分です」

 

 なのでその妙なポーズをやめなさい、とマクゴナガルが告げたので、上条は恐る恐る顔を上げた。マクゴナガルは本当に気にしていない様子で、新たなふくろうを鷲掴みにし杖をゆらりゆらりと振っている。

 

 数秒の後、マクゴナガルの手に収まっていた猛禽類は、同じ夜行性でもおおよそ人類の嫌われ者たる吸血哺乳類へと変貌を遂げていた。

 

「……えー、授業は終わったって聞いてたんですけど。すいません、まだ仕事中だったんですね。ひとまず俺は出直しま……」

 

「気にする必要はありません。コレは半ば趣味みたいなものですから」

 

 趣味、と聞いて思わず上条は眉を吊り上げた。ふわふわの可愛らしい空飛ぶ毛玉をカゴから出し、骨と皮の切れっぱしみたいな吸血生物に変身させるのが趣味だとしたら、それはあのスネイプやダンブルドアを凌ぐ変人なのではないか? 

 

 そんな考えを浮かべる上条を見透かすように、マクゴナガルはコホンと咳払いし言葉を続けた。

 

「もうじきハロウィンですからね。これは雰囲気作りの一環ですよ。何も普段からこんな事をしているわけではありません」

 

 ハロウィン、と聞いて上条はなるほどと相槌を打った。日本人たる自分にはあまり馴染みのない行事ではあるが、少なくともその雰囲気と日付くらいは把握しているつもりである。

 

(魔法があれば本物のこうもりも用意できるのか……いや本物ではないよな、ふくろうだし)

 

 翼を畳み、怪しげな眼光をぎらつかせ、そして「ホー」と鳴くこうもりはよくよく見れば可愛いような気もしなくもない。

 

「……それで上条先生。ここに来た用件は? 先ほどの様子を察するに、ロングボトムの一件ではないのでしょう?」

 

「そ、そう言われると非常に申し訳ないんですが……その、実はですね。グリフィンドールの生徒で一人、気になる子がいるんですけど」

 

 その言葉を聞いて、マクゴナガルはピタリとその動きを止めてしまった。

 

「……気になる子? 誰ですかそれは?」

 

「1年生のハーマイオニー・グレンジャーです」

 

 瞬間、マクゴナガルは顔を引きつらせた。上条がこの教室に来てからというもの、徹頭徹尾厳しそうな表情をしていた彼女ではあったのだが、それを上回る顔つきである。心なしか身をよじり、上条と距離を空けたがっているような気もする。

 

 マクゴナガルの開きかけていた心の扉が硬く閉ざされる音を、上条はたしかに聞いた気がした。

 

(………………え? なんだコレ? 俺は一体どういう地雷を踏んだんだ? あのハーマイオニーって子は、名前を言っただけでこんな顔をされるような生徒だってのか?)

 

 どうやら想定以上の問題を掘り起こしてしまったようだ。だが、不幸だなんて嘆く気は上条当麻にはない。寮監の顔をここまで強張らせるような悩みを、ハーマイオニーが抱えてしまっているとしたら。それを解決に導くのは、曲がりなりにも"先生"という肩書きを得てしまった自分の仕事だ。何も教えられない自分が、唯一出来るかもしれない役割なのだ。

 

 握り拳を作り、真正面からマクゴナガルの目を射抜くように見つめる。思わず目を逸らした彼女に食ってかかるように、上条は一歩踏み込んだ。

 

「教えて下さいマクゴナガル先生。俺はあの子のことをもっと知りたいんです!」

 

「わ、私から教えられる事は何もありません」

 

「何でですか!? やはり、俺みたいな奴は信用出来ませんか!?」

 

「信用の問題ではありません!」

 

「くっ……じゃあ、何が問題だってんだ!?」

 

 思わず怒鳴り散らした上条に対抗するように。怒りと嫌悪感、そして僅かながらに頬を朱色に染め上げている感情を胸いっぱいに吸い込んで。ありったけの感情を、マクゴナガルは砲弾の如く目の前の男に叩き付けた。

 

「教師と生徒の恋愛など言語道断です!! そんな事も言わなければわからないような愚か者を、ダンブルドアは雇ったと言うのですか!!!」

 

「……………………ほぇ?」

 

 静寂の中、真っ白な上条と烈火のマクゴナガルを鼻で笑うかのように。コウモリがホーホーと鳴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不覚でした」

 

「……なんかすいません」

 

 全てのふくろうを変身させる作業を終え、マクゴナガルは頭痛に悩む猫のような表情をしていた。

 

「いいえ。"先生"などと呼びながらも、どうにも貴方を色眼鏡で見てしまっていた私の落ち度です」

 

 がっくりと落ち込むマクゴナガルだが、上条としては彼女に落ち度は無いように思える。そもそも教師を名乗るのに自分は若過ぎるし、資格という意味では公的にも実力的にも圧倒的に不足しているのだ。

 

(……というか、今の行き違いってもしかして……この帽子のせいか?)

 

 彼女ほど厳格そうな人が、あれほど単純にピンク色の方向へと勘違いをしてしまうのはどうにも腑に落ちない。おそらく『翻訳ハット』の誤訳ではないかと上条が勘繰り始めたところで、ようやく持ち直したマクゴナガルが溜息を吐き、上条へと向き直った。

 

「さて、話してくれますか上条先生。貴方がグレンジャーを気にしているという理由を」

 

「あ、ああはい……と言っても、上手く伝えられるかはわかんないんですけど」

 

 色々と悩んだが、事の起こりから魔法薬の授業まで、そしてスネイプの意見もそれとなくオブラートに包みながら、上条はマクゴナガルに全てを打ち明ける事にした。変に経過をすっ飛ばすと、また妙な誤解を招きかねないと考えたからだ。

 

 マクゴナガルの方も、上条の話を聞き終えるまで話を挟まず、きちんと最後まで聞いてくれていた。おそらく彼女ももうすれ違いは御免だと考えているのだろう。上条が話し終えた後もしばらく沈黙し、聞いた内容をある程度咀嚼すると、神妙な面持ちでゆっくりと話し始めた。

 

「……なるほど。言いたい事はわかりました。つまり上条先生は、彼女のために何か出来ることはないのかと、そう言いたいのですね?」

 

 漠然とした意見なのは承知の上で、どうやらマクゴナガルは上条の主張を正しく理解してくれたようだった。

 

「はい。ネビルや他の生徒にも聞いてみたんですけど、どうにもアイツは孤立しがちというか……一生懸命なんですけど、友達を作るのはどうにも苦手みたいなんです。せっかくみんな一緒に生活してるっていうのに、それで一人ぼっちなんて、寂しいじゃないですか」

 

 上条の言葉に、うんうんとマクゴナガルは頷いてくれている。だが───

 

「ええ、よくわかりますとも。ですが上条先生、残念ながら……その件に関して、我々教師が出来ることは何もありません」

 

「…………え?」

 

 予想外の言葉に、上条は言葉を失った。

 

「ホグワーツでは生徒の自主性を何よりも重んじます。当然、授業について来れない生徒には課題を出したり、補習を組む事もあるでしょう。ですが……そうですね、上条先生がロングボトムに行った呪文の講習はともかく。友人の作り方や人付き合いに関して、教師があれこれ口を出すのはあり得ません」

 

 まるで頭を鈍器でぶん殴られたような気分だった。スネイプならともかく、普段生徒とはそこそこ良好な関係を築いているように見えたマクゴナガルにここまで言われるとは夢にも思わなかったのだ。

 

「意外でしたか? おそらく私以外の教員も同意見のはずです。当然、ダンブルドアも」

 

 上条の表情を読んで、マクゴナガルはそう付け加える。それでもまだ未だ納得いかない上条の様子を見て、マクゴナガルは首を振った。

 

「これがホグワーツのやり方なのです。私個人としては、貴方の意見は素晴らしいものだと思いますよ。ですが友人を作るという行為もまた、生徒たちにとっては学ばなければならない事なのです……あるいは、友人を進んで作らないという選択肢も、無くはありません。それが生来の気質であれば強制する事もないでしょうし、たとえ友人が少なくとも、大成した魔法使いを私は知っています」

 

 ぴしゃりと、ここまでマクゴナガルに言われてしまえば黙る他ない。魔法使いを育てる学校。その方針に関して、副校長にここまで断言されてしまったのだ。一教師どころか教師もどきのような上条当麻が、そこに異論を唱えることなど出来るはずもなかった。

 

「いずれ貴方にもわかる時が来るでしょう。繰り返しになりますが、その意見自体は大変素晴らしいものだと思いますよ。この件で貴方の評価が下がることはありませんし、むしろ私としてはダンブルドアが貴方を選んだ理由がようやく理解できてきたところです」

 

 褒められているようなそうではないような。そんな言葉を最後に、上条は変身術の教室を後にした。

 

 その言葉が正しいのか否か。その答えを、上条は未だ導き出せないままであった。

 

 

 

 

 

 

 






翻訳ハット「幾度となくかけられる冤罪。真に遺憾である」





 とある魔術の禁書目録3期 おめでとうございます。







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12 繋がる力



 ハグリッドってこんなしゃべり方だったかなーと思うこと数時間。

 諦めました。


 

 

 

 

「んー先生。もうちーとばかし右だ、右」

 

「うーん……こうか?」

 

「おお、いい感じだな」

 

 マクゴナガルの話し合いから1週間後。あれからハーマイオニーの件についてはまったくといっていいほど進展は無く。胸の内になんともいえないモノを抱えたままに、上条は坦々とホグワーツでの日常を過ごしていた。

 

「しっかし、ハグリッドも忙しいんだな。こんだけデカイ城の飾りを一人でなんて」

 

 そして現在。ハロウィンを前日に控えた中、上条はハグリッドと共ににホグワーツの飾り付けを手伝っていた。内容としてはハグリッドが上条を肩車し、上条はフックの刺さったミニカボチャを各所に結んで吊るす、といった具合である。

 

「んにゃそうでもねえ。マクゴナガル先生やフリットウィック先生なんかは何日も前から準備しちょるみたいだしな。俺にできるのは精々、育てたカボチャを吊るすくれぇだ」

 

 上条を肩車しながら、ハグリッドは陽気な声で答えた。特段卑屈になっているというわけでもないようなので、そうなのかと上条は適当に相槌をうつ。ハロウィンに向けてこつこつと、ミニカボチャの世話をする大男(ハグリッド)を想像しながら、上条はくすりと笑った。

 

「にしても助かったぞ上条先生。まぁ、俺だけでも飾りつけは毎年できてたんだが……あんまし器用じゃねえんでな。先生だとあっという間だ」

 

「お礼を言うのは俺の方だよ。みんな何かしらハロウィンの準備をしてるみたいだけど、俺に出来る事はなかなかなくてさ。ちょっと気まずいなと思ってたところだったんだ」

 

 これは上条の本心だった。生徒のみならず教員までもがハロウィン一色ムードの中で、まったくもってそのビックウェーブに乗れない東洋人。実質的に上条が関わっていたハロウィン的イベントといえば、時たまウィーズリー兄弟が持ってくるコウモリだったりフクロウだったりをカボチャに変えるという、不思議な挑戦の失敗作を右手で粉砕するだけだったのだ。

 

「気まずい? いやいや、先生はハロウィンの終わった後の片付けが主な仕事だと聞いちょる。気まずさなんか感じる必要ねえ」

 

「うん?……ちなみに片付けの件は誰から?」

 

「? ダンブルドアがいっちょったが……」

 

 上条としてはそんな話は聞いてなかった。飾りつけを手伝えない上条を誤魔化すための発言なのか……あるいは本当に仕事があるのだろうか。

 

(魔法は使えないし片付けって言ってもなぁ……幻想殺し(イマジンブレイカー)で手伝えることがあるのか?)

 

 ぼんやりとそんな事を考えながら、上条は自らの右手を見遣る。ユニコーンのたてがみによって編まれた手袋。この学校のスーパー魔法使い兼校長先生作の、屈指の不思議アイテムである。

 

(最近は幻想殺しの特性が掴めてきたとかなんとか言って、私室では手袋を外してもいいって言われたけど……本当に大丈夫なのか? 一体どんな原理でコイツは作られてるんだか)

 

「ほい先生。次はここを頼む」

 

 ハグリッドの声にはっと我に返り、手に持っていたミニかぼちゃを吊るし始める。上条の手元にミニかぼちゃが無くなると、ハグリッドは右手に持ったカゴから新しいモノを差し出してきた。

 

 そうして、何個目かのかぼちゃを上条が右手で(、、、)掴んだ瞬間―――

 

 バキッ! という音と共に。カボチャは突如として、一匹のヘビへと姿を変えていた。

 

「……は?」

 

 全長は上条の身長ほどはあろう大蛇の出現だが、上条に恐怖はなかった。あまりにも突然の出来事に、上条は思考を停止させていたのだ。そしてヘビが飛び掛らんと、全身に力を入れた時、上条の止まっていた時間がようやく動き出した。

 

(なっ……まず―――

 

 魔法でもなんでもない動物の強襲。幻想殺しで防げないのは間違いなく、ヘビ相手ではガードの仕方もわからない。避けるにしても現状はハグリッドの頭の上という絶望的な状況である。

 

 詰んだ。『如何にして防ぐか』という発想は無くなり、『毒蛇だったらどうしよう』という噛まれる前提の思考が上条の頭を埋め尽くす。せめて首だけはと、両手を構えたその時―――

 

「おっと危ねえ」

 

 飛び掛ってきた大蛇が視界から消えた。猛スピードで横合いからやってきたソレは大蛇の頭を正確に捉え、存在ごと掻っ攫って行ったのだ。

 

「どうどう。うーむ、コイツは森にいる感じの奴じゃねえな。生徒のペットか?」

 

「……えーと、ハグリッドさん? かぼちゃから殺意MAXこんにちわを果たしたそのでっかいニョロニョロに対しての感想が、まさかそれだけとは言いませんよね?」

 

 混乱のあまりよくわからない事を口走る上条に対し、ハグリッドは生返事をしながらヘビと戯れている。ハグリッドのデカイ指がヘビの首根っこを掴みつつ頭を撫でているのに対し、蛇はどうにかハグリッドの右腕をへし折ろうと巻きついていた。

 

「……それ、大丈夫なのか?」

 

「何がだ? ああ、コレか。なに、コイツはただじゃれてるだけだ。可愛いだろ?」

 

 絶対違う、と喉元まで出かかった反対意見を上条は飲み込んだ。とにかく助かった、とハグリッドに礼を言おうと思ったのだが、冷静に考えればあのヘビはハグリッドのミニかぼちゃに化けていたのである。あれがもしハグリッドなりのサプライズなのだとしたら……上条も渾身の力でもって、彼とじゃれつく( 、 、 、 、 、 、)必要が出てくるだろう。

 

「ハ、ハグリッド!」

 

 そんな二人の横合いから、半ば悲鳴のような声が上がった。ハグリッドが勢いよく振り向き、上条はたまらず振り落とされる。頭を打ち付け、ほっぺたを大理石の床にくっつけながら見上げると。上条の目は紫色のターバンを捉えた。

 

 クィリナス・クィレル。ホグワーツにて『闇の魔術に対する防衛術』を担当している教師である。

 

「クィレル先生。どうしたんですかいこんな所で」

 

「い、いやその、そのヘビの、事なんだがね?」

 

 どもりながら、恐る恐るといった感じでハグリッドの右手を指差すクィレル。ああこれかという感覚でハグリッドが右腕を突き出すと、クィレルは悲鳴を上げて2歩3歩と後ずさりしてしまう。

 

「ど、どうにもや、『闇の魔術に対する防衛術』で、使う奴が逃げたみたい、なんだ。す、すまないがそれを……」

 

「なんだ、そうだったのか。持ち主が見つかるまでは飼ってやろうと思っとったんだが、それじゃ仕方ねぇな」

 

「!? い、いや手渡しはやめてくれ! そいつは猛毒を持ってる上に大変危険な種類なんだ!」

 

 急に饒舌になるクィレルに面食らいつつハグリッドはとある事を思い出し、自らの頭の上へと視線を向けた。

 

「なに!? 上条先生は大丈夫か? ……あれ? 上条先生はどこ行った?」

 

「か、彼ならそこで倒れているが……」

 

「大丈夫か先生!?」

 

「ああ、上条さんは大丈夫ですのことよ……って、毒蛇を手にぶら下げたまま近づくなっての!!」

 

 ごろごろと床を転がり、ハグリッドの魔の手(ヘビ)から逃れようと上条が必死になっていると。そのわき腹をそっと踏みつけ、上条の回転を止める存在がいた。

 

「……何をしている」

 

「……話せば長くなるんですが」

 

 不機嫌なコウモリ、と表現しても差し支えない。魔法薬の先生がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘビが紛れ込んでいた?」

 

「そうそう。ハグリッドのかぼちゃにな。いやーホントびっくりした」

 

 その後のことである。ひとまずあの蛇はハグリッドが腕に巻きつけたまま運ぼうという事になり(クィレル先生が懇願した)残るミニかぼちゃも少ないこと、お昼も近いという事から上条とハグリッドはそこで別れることにしたのだ。

 

「右手で触った途端に変わったから、俺が変身の魔法を打ち消しちまったんだろうな。とにかく、生徒に被害が出なくてよかったよ」

 

 結局のところ、あの毒蛇が紛れていたのは生徒の悪戯である、という意見がハグリッドとクィレルの間で下されていた。上条としては物騒なこと極まりない結論なのだが、それが魔法界のスタンダードなのかなと、ひとまず強引に納得する事とする。

 

「……ふん。そんな時まで生徒の心配か」

 

 そして今。上条とスネイプは食堂までの廊下を共に歩いていた。スネイプが上条を質問攻めにしながら、二人仲良く足を揃えて歩くその様相を見て、時々すれ違う生徒や教員は口をあんぐりと開けていた。

 

「別にいいだろ、一応先生なんだから、生徒の心配をするくらいは……」

 

「貴様のそれは過保護すぎると言っているのだ。例のグレンジャーの件に関しても、わざわざグリフィンドールの寮監へ相談に行ったらしいな」

 

「んげ、もう知ってるのかよ……そうだよ。何か問題でもあるってのか」

 

「相談に行くのはまぁいい。だがその様子だと、まだ諦めていないようだな。それが問題なのだ」

 

 ぴたり、とスネイプは足を止めた。湖の見える廊下の片隅で上条になぞ目をくれず、スネイプは吐き捨てるように言葉を続ける。

 

「孤独は悪ではない。むしろそれで磨かれる力もあるのだ。それを妨げるのは明確な悪だと我輩は考える。本人がそっとしておいて欲しいと言っているのにそれをさせず、哀れみの感情を向けるのは侮辱と同じなのだ」

 

 短い言葉だが、重みがあった。まるでその言葉の内に、セブルス・スネイプの半生が詰まっているような。それほどまでの重さを、上条は感じていた。

 

『それが生来の気質であれば強制する事もないでしょうし、たとえ友人が少なくとも、大成した魔法使いを私は知っています』

 

 上条の頭に、マクゴナガルの言葉がよぎる。彼女の言葉はもしかしたら、スネイプのことを指していたのかもしれない。言葉は違えど、そして寮が違ったとしても。二人の学び舎の導師の声は、この瞬間だけ一致したと上条は思った。

 

「……それでも俺は、諦めきれない」

 

 その言葉に、スネイプは憎しみを込めた表情を上条に向けた。だが上条は怯むことなく、その顔をまっすぐ見つめ続ける。

 

「アイツが心の底から友達を求めてないって、アンタは本当にそう思うのか? ほんの些細なすれ違いが続いて、それがどうしようもない食い違いに繋がって。どうしようもない亀裂を前にして、アイツが途方にくれちまってるとは考えなかったのか?」

 

 その言葉にスネイプは身を強張らせた。見開かれたその瞳を少しの間睨み返した後で、上条は肩をすくめて、幾分和らいだ口調でこう続けた。

 

「確かにお節介かもしれないけどさ。侮辱だのなんだのと思われちまっても、勘違いならそれでいいじゃねえか。俺が嫌われるだけなら、それで何の問題もないんだから」

 

「……随分と、簡単に言ってくれるな」

 

 そう言い残して、魔法薬の教師は去っていった。どうやら彼は食事を取らないらしい。

 

 その後ろ姿は上条から見て、何故だかとっても疲れているようにも見えた。

 

 

 












上条「……そういや最近はカボチャ持ってこなくなったな。もう飽きたのか?」

フレッド「いやいや上条大先生」

ジョージ「貴方様のお陰様で我々はついに……」

上条「わかった、わかったから。その何か企んでる風の話し方は止めろって。で、結局何がしたかったんだ?」

フレッド「ま、ぶっちゃけるとね上条先生。俺たちが作ってたのはシンプルに、頭だけをカボチャに変える薬なんだよね」

ジョージ「魔法なら一撃なんだけど、魔法薬で安全にってなるとそこそこ難易度が上がるからさ。動物で実験してたってわけ」

上条「ふーん……ってちょっとまて。って事は次は」



 瞬間、壮大な爆発音を背景に。双子の兄弟はニヤリと微笑んだ。

フレッド「それでは先生」

ジョージ「お望み通り、カボチャをお持ちしましょう」

上条「 」





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13 手をのばす

 
 
 
 
 
ハロウィンの設定を捏造(?)しましたです。

ハリポタ設定を全部把握するのは難しいのです……
 
 



 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、今日はここまでとする」

 

 重苦しい声で、魔法薬の教師が本を片手に閉じて宣言する。途端に地下牢では、生徒たちの賑やかな声が炸裂した。普段であれば厳格にして陰湿なスネイプの授業の後に、ここまで騒ぎ出すような元気も気力も度胸も無いはずなのだが。今日に限ってのこの原動力の秘密は、その日付そのものにあった。

 

 10月31日。ハロウィン当日である。

 

「……なんか、すっげぇなあの熱量。ハロウィンてそこまで騒ぐようなイベントだったのか?」

 

 あっという間にクモの子を散らす勢いで生徒たちが去っていった教室で、上条当麻はそう呟きながらスネイプのいる教壇へと歩み寄った。

 

「ふん、貴様の考えていたハロウィンなぞ知らん」

 

 取り付く島も無いスネイプの言葉に、上条は嘆息した。おそらくこのつれない態度は(いつもとそれほど変わらないような気もするが)昨日の出来事が尾を引いているのだろう。とある生徒を取り巻く環境について再三に渡る忠告を無視し、あまつさえその意見を真っ向から否定したのだから当然と言えば当然である。だがしかし、上条としては持論を取り下げる気はさらさらなく、この冷戦もしばらくは続きそうだなというのが現状であった。

 

「まぁ、そりゃそうだろうけどさ。なんというか、今日の授業はこれで終わりだろ? この後は何かイベントでもあるのかなって思ったんだよ。魔法使いの過ごすハロウィンなんて俺には想像もつかないし」

 

 何事も無かったかのように不機嫌なスネイプをスルーし、上条はさらに言葉を重ねる。それに対して、もの凄く嫌な顔をしていたスネイプはしばらく沈黙し、やがてぽつぽつと言葉を発し始めた。

 

「……別段、何か予定されてるわけではない。外部から合唱団を招いたりすることはあるが、今年はそのような連絡も受けてはいないからな。精精が食事の内容が豪華になる程度で、生徒たちが寮で行う馬鹿騒ぎまでは我輩が関知することではない。城の飾りつけも教員たちの自主的なものだ」

 

「なるほど……たしかに朝食のパンプキンパイは旨かったなぁ。って事は、仮装して色々まわるような習慣とかはないんだな」

 

「仮装? 何だそれは。マグルの風習か?」

 

「マグルって魔法使いじゃない人たちのことだったよな? そうそう、マグルはハロウィンになるとお化けとか魔女の仮装をして……あ」

 

 とそこまで言いかけてようやく上条は気づいた。仮装なぞするまでもなく、こいつらは本物の魔法使いであったと言う事を。

 

「釈迦に説法……いや、というかハロウィンイベントってこいつらがそもそもの元凶じゃねえのか? あのカボチャは魔よけの意味合いもあるってインデックスが言ってた気が……」

 

 うんうんと唸り始める上条であったが、そもそもこの東洋人の有するハロウィンの知識は極貧である。厳密には違うその発祥を誤解し、魔法使いによる魔法使いごっこの可能性を勝手に連想。ウニ頭から煙を出し始めた光景を見て、スネイプは大きくため息をついた。

 

「考え込むのは結構だが他所でやれ。このまま我輩の教室にいては、アレが入って来れないではないか」

 

「……あん? 何だよアレって……」

 

 気難しい表情まま、スネイプは教室の入り口を見やった。続いて上条がくるりと振り返ると、そこには怯えた表情でこちらを覗き込む小動物……ではなく。グリフィンドールの1年生。ネビル・ロングボトムの姿があった。

 

「……入って来れないのって、主にアンタのせいでは?」

 

 そんな一言を言い放った上条に対して、スネイプは無言でその背中を蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハーマイオニーが泣いてる?」

 

「うん。パーバティが言ってたんだけど、トイレに独りでいるって。お昼からずっと」

 

 魔法薬の教室から出て数分。上条はネビルと共に大広間へと続く廊下を歩いていた。背中に魔法薬教師の足跡を付けた上条は、ネビルの話を聞いた途端に眉をひそめた。

 

「昼からって……授業にも出てないのか? 一体何があったんだ?」

 

「く、詳しい事はよく知らないんだけど……最後に見たのは呪文学の授業だったよ。泣きながらどっか行っちゃったのを、僕以外にも見てた人がいたから……」

 

 目の色を変え質問してくる上条に気圧されながらも、ネビルはたどたどしく答えた。最後の言葉が小さくなっていってしまったのは、何も出来なかった事を責められると考えたからか。あるいは、これは本当に教師に相談すべき事なのかと。そう思い直したのかもしれなかった。

 

 だから。そんなネビルの様子を見て上条は歩みを止め、ネビルの頭にやさしく手を置いた。

 

「知らせてくれてありがとうなネビル。後は俺に任せて、お前はこのまま大広間に戻るんだ」

 

「上条先生は……」

 

「俺はハーマイオニーを連れてくる……せっかくのハロウィンだからな。みんなで過ごしたほうが楽しいに決まってるだろ?」

 

 心配させないように、わざとらしくにっこりと笑顔を見せて、上条はネビルを送り出した。その姿が見えなくなってから、上条当麻は拳を握り締める。

 

「……本当に、ありがとうな」

 

 ここまで、上条当麻の意見には反対の声しかなかった。国が違う、風習も違う。もっと言えば世界が違う。間違っているのは自分で、正しいのはその他大勢。北欧の魔神(オティヌス)の創り出した世界とはまた違う、自然に構成された価値観との戦い。そんな中で自分を頼ってくれる声がある事に、上条は心から感謝の言葉を述べた。

 

(おせっかいかもしれない。もしかしたらこの学校の教育方針とは違って、魔法使いを育てるって観点では大いに間違ってる可能性だってある。それでも……だとしてもそれは、上条当麻が泣いている女の子を見捨てる理由にはならない!)

 

 作戦なんてない。言うべき言葉も定まらない。それでもやるべき事はわかっている。

 

 自分の知らない法則が満たされた世界。その先へと、幻想を殺す少年は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゅ、準備が整いました……ご主人様」

 

 とある部屋の片隅で、小さく縮こまった陰がそう呟いた。いつもの芝居がかったどもり声ではなく、恐怖を孕んだ真実の声。そしてその呼びかけに応える者こそが、その恐怖を生み出す元凶である。

 

「では、やれ……ただし余計な真似はするな……」

 

 姿は見えない。だがその声には、聞く者の心臓を鷲掴みにするような怨嗟の念が込められていた。何者も許さず、全てを呪い続けた恐怖そのもの。正体を知る紫色のターバンを被った男は、震えながら頷いてみせた。

 

「仰せのままに。こ、今度こそ期待に添えてみせます!」

 

「無理はするな……確認だ……今回は確認だけでよい……」

 

「で、ですがご主人様。コレならば今度こそ、あの男を葬る事も―――

 

 そう言うと、恐怖の主は笑い声を上げた。悦楽ではなく、侮蔑の感情をそのまま発したような声に、男は思考をめぐらせた。何か余計な事を言ってしまっただろうか、何か間違った事をしてしまっただろうかと。そんな男の心を見透かすように、恐怖は再び口を開いた。

 

「その必要はない……アレは警戒するに値しない……」

 

「ご主人様、それはどういう意味でございましょうか?」

 

「アレは、ダンブルドアが仕込んだ罠なのだ……俺様でも騙された……」

 

 そう言ってくつくつと笑う声に、男はさらに頭を捻った。かの有名な魔法使いの罠であれば、警戒に値しないとはどういう事なのだろうか。そんな疑問に、声はこう答えた。

 

「心を読ませぬ帽子に……魔法を打ち消す手袋……だがその中身は、魔法使いでもないただのマグルだ……間違いない……」

 

 その答えを聞いて、男の思考は一瞬真っ白になった。ありえない、と否定の念が一瞬浮かび、それが不敬である事に気づくと今度は、それを恥じるように顔を俯かせ唇を噛む。

 

「よいのだ……その恥でもって、俺様はお前を許そう……」

 

「ご主人様……ありがとうございます」

 

 主人の許しを得て、更には立ち塞がる壁が一つ消えた。順調だ、コレなら大丈夫だと男は確信する。

 

 そして次なる一手を、ホグワーツへと解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさかこんな所で足踏みする羽目になるとは」

 

 確かな自信と共に大いなる一歩を踏み出した少年、上条当麻。彼は今その歩みを止めて、一つの大きな壁に直面していた。

 

「女子トイレか……ここで俺が突入するのは流石に駄目だろうなぁ。でも昼から篭りっぱなしのハーマイオニーが出てくるのを待つってのも……それにもうここにはいないって可能性もあるし」

 

 ハロウィン当日の人気のなくなった廊下。それも女子トイレの入り口で仁王立ちを決め込んでいる少年。その構図だけでも怪しいというのに、そこで待ち伏せなどしたら本格的に解雇(クビ)の文字が見えてくる。ただでさえマクゴナガルからは幼女趣味(ロリコン)の烙印を押されかけた身の上であるのだから恐ろしい。下手を打てば、そのままこの世界の刑務所行きという未来も想像に難くなかった。

 

(どうする……何が正解だ? ここでおとなしく撤退なんて事が出来るのか上条当麻。女子トイレ如きで身を引くなんて、そんな事で本当に教師が務まるのか? ……そうか、コレが俺じゃなくてダンブルドアなら。あるいはマクゴナガル先生やフリットウィック先生ならどうだ? 彼らなら教師として女子トイレに突入するのも不自然じゃない。ならば俺が入ったっていいはずだ。ここで躊躇する俺がおかしいんだ!)

 

 何故か一番に浮かぶはずのスネイプを都合よく削除し、妙な理屈と自己暗示と共に、突撃準備を始める思春期高校生がここにいた。そんな上条の下へ、女性のすすり泣くような声が聞こえてきた瞬間。余計な思考は消え失せ、上条の足は自然に女子トイレへと歩みを進めた。

 

「……ハーマイオニー?」

 

 一つだけ閉じた個室の前で、上条は声をかける。すると声はピタリと止まった。姿こそ見えないが、たぶん中にいるのは間違いなく彼女だろうと上条は確信した。

 

「上条当麻だ。ネビルからここにいるって聞いてやってきた……もう授業は終わっちまったし、ハロウィンパーティーが始まる時間だぞ。俺と一緒に、大広間に戻ろう」

 

 返事は無い。それもそうかと上条は思った。何があったかは知らないが、何しろ半日もトイレに篭るくらいには、彼女は傷ついているのだから。そう簡単に心を開いてくれない事は予想できていた。

 

「今日の夕食はとびっきり豪華だって話だぜ? まぁホグワーツの食事は毎度毎度手が込んでるけど、今日のはそれ以上らしいぞ?」

 

 再び沈黙である。ご飯の話題は駄目だったかと、上条は肩を落とす。まずは出てきてもらって、話はそれからかなと思っていたのだが。この調子ではそれも難しいらしい。女の子の基準を同居人たる純白シスターに持ってきたのが間違いだったようだ。

 

「……なぁハーマイオニー。俺は何があったか知らないから、あまり偉そうな事は言えないんだけどさ。お前の抱えてる事情は、ここに閉じこもっていても……」

 

 違う、と上条はそこで言葉を切った。これまで上条がしてきたような、言葉を相手に突きつけるような方法では駄目だ。今必要なのはそんなやり方じゃない。突き放すのではなく支えになる。外からではなく内からの力が必要だと、上条は直感した。

 

(考えろ……ハーマイオニーが苦しめられてる、囚われちまってる事情を。そこに抱えてる想いを)

 

『そんな屈辱を味わうくらいなら、いっその事習得できない方がマシだと言っているのだ』

 

 魔法薬の教師はそう言った。誰かに物を尋ねるなど屈辱であると。でもそんな傲慢で威勢のいい考えを持つ生徒なら、こんな所で泣いているはずがない。あの育ちすぎたコウモリのような魔法薬教師の意見はてんで的外れであると。上条は早くにそう結論付ける。

 

『アンジェリーナが言うには、女子寮でもずっと本を読んでるってさ。でも最近は『呼び寄せ呪文』の練習にご執心だとか』

 

 フレッドだったかジョージだったかは忘れたが、とにかく双子の兄弟の片割れはそう言っていた。勉強熱心な女の子は、ネビルに教えた『呼び寄せ呪文』を練習していたと。自分のところに質問に来たことからも、ハーマイオニーが呪文の習得を目指していたことは間違いなかった。

 

(でもなんで……そもそも何でハーマイオニーは、『呼び寄せ呪文』が使えるようになりたかったんだ?)

 

 上条がネビルにこの呪文を教えたのは、ネビルがペットのトレバーをよく見失うからだった。ハーマイオニーも同じく何かを忘れっぽいのであれば話はわかるが、どうにも彼女はそういう生徒ではない気がする。魔法薬にて繰り広げられるスネイプの質問に、いつも彼女は真っ先に手を挙げるのだ。そして必ず正解を口にするのだから、忘れっぽいなどというドジっ子属性を持ち合わせている可能性は随分低いと上条は思う。

 

(悔しかった……とか? いや、そうじゃなくて……ネビルに頼らなかったのは……逆に)

 

「誰かに、頼って欲しかったのか?」

 

「……ッ」

 

 声を押し殺したような音が聞こえた。その瞬間上条は、彼女の心の僅かな一端を掴んだと確信した。

 

「誰よりも勉強を頑張れば、誰よりも上手く呪文を唱えられれば。きっといつか誰かが自分を頼ってくれる……もしかしてお前はそうやって、友達を作りたかっただけじゃないのか?」

 

 上条は知らない。ハーマイオニー・グレンジャーはマグル出身の魔女で、魔法の世界にはつい最近足を踏み入れたという事を。魔法使いの家系からの入学者と比べて、魔法界の知識は乏しく。どうにかして彼らの世界に溶け込もうと、入学前から必死に勉強していたという事を。

 

「でもそれはうまくいかなくて、わからないうちに空回りしちまって。とうとうお前は動けなくなっちまった……違うか?」

 

「……悪夢みたいなやつだって、そう言われたの」

 

 だがしかし、いくら学んだところで限界はある。男の子が夢中になるクィディッチは、歴史やルールこそ小さく教科書に載っていても、名勝負やら流行のチームの情報は載っていない。女の子の好きなおしゃれやお化粧だって、魔法界どころかマグルのものさえハーマイオニーは詳しくない。いくら授業を頑張っても、褒めてくれるのはいつも先生だけ。授業の話を休み時間にわざわざする物好きな生徒はいないし、いたとしてもその子が何処で躓いているのか、優秀なハーマイオニーには想像することさえできなかった。

 

「妖精の呪文の授業で……一緒に組んだ男の子に。呪文の発音が間違っていたから、それを指摘しただけだったのに。私の方がうまくできたから……」

 

 気がついたら、彼女は一人だった。魔法の世界と彼女を繋ぐのは勉強だけになってしまっていた。成績優秀な魔女。それが彼女の価値だった。自分にはこれしかない。これさえも失ったら、もうここにはいられない。

 

「あの人たちは規則を破ってばかりで。私はいっつも注意ばかりしてた……そしたらどんどん険悪になっていって……私、間違った事は言ってないはずなのに……もうわからない、わからないのよ! 何をどうすればいいか、どうすればよかったのか……どんなに勉強しても、誰も振り向いてくれない!!」

 

「……」

 

 上条はハーマイオニーの話を黙って聞いていた。それと同時に、ここまで来て本当によかったと。心の底からそう思った。蓋を開けてみればなんてことのない。とても素直で、勉強熱心で、そして少しだけ不器用なだけの女の子だったのだ。

 

 生徒の自主性とか矜持(プライド)なんてものは関係なかった。もちろん、上条はハーマイオニーの全てを理解したわけではない。それでも結局、彼女が一番欲しかったのは、評価でも点数でも魔法の技術でもなかった事がわかったのだから安心できる。それ以外の事ならば、上条当麻は力になれる。

 

「……なぁ、ハーマイオニー。お前はその……規則を破っちまう男の子だっけ? そもそも何でそいつに、いつも注意なんかしてたんだ? ただ規則破りが許せないだけなら、迷わずマクゴナガル先生に相談すればいいだけじゃないか」

 

「え……なんでって、それは……」

 

 そういえば何でだろう、と扉越しに首を傾げるハーマイオニーが容易に想像できて、上条は微笑んだ。答えはとても簡単で、それさえわかればきっと彼女にも友達は出来るはずだと。そう思えたからだ。

 

「これがレッスンその一だ。俺の質問に答えられるなら、そのまま引き篭もってていいぞ。わからないなら観念して出てこい」

 

 しばしの沈黙。そしてガチャンとドアの鍵が開く音に上条は満足した。中から出てきたのは、散々に泣いて目を泣き腫らした女の子……のはずなのだが。その顔には少しだけ、怒りの色が含まれていた。

 

「……卑怯です。上条先生には答えがわかるんですか?」

 

「当然だ。だって先生だぞ?」

 

 涙ぐみながらも頬を膨らませる彼女に、上条はわざとらしくにやりと笑った。上条の予想通り、彼女は誰かに頼られたいと思う一方で、単に負けず嫌いという側面もきちんと持ち合わせていたらしい。屈辱だのなんだのとは言い過ぎだったが、学年で最も優秀という肩書き(タイトルホルダー)を守るために『呼び寄せ呪文』を練習していたという意味では、スネイプの説も何割かは当たっていたと言えるだろうか。

 

「さぁ出てきました。答えを教えてください先生!」

 

「そうだな、それは……ッ!?」

 

 上条は言葉を切る。何やら地響きに似た音を、上条の耳が捉えたのだ。

 

 それが地響きではなく、誰かのうなり声であるとわかったころには。女子トイレの入り口には巨大な影が伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 
 
 
 
次はバトルです。

 
あっさり目ですが頑張ります。
 
 
 


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14 優等生



 今作初戦闘、どちらかというと禁書寄りの描写です。

 色々ツッコミ所が満載ですがご容赦下さいませ。

 


 

 

 

 

 

「な……んだこいつは」

 

 突如として現れた巨大な影。女子トイレの入り口から、窮屈そうに姿を見せた巨体を見上げながら、上条当麻はそう呟いた。屋敷しもべ妖精に続く、上条が目にする2種類目の魔法生物。しかしそのスケールはこれまでの比ではなく、博物館に飾られている恐竜の標本のような、何世紀も前の白亜紀(ジュラシック)な世界を髣髴(ほうふつ)とさせる出会いであった。

 

(まさか、ハロウィン特有のイベントか何かか? でもスネイプはそんな事言ってなかったはず……手に持ってるのは棍棒? 一体何がどうなって……)

 

 ふと思い出したのは、とある女魔術師の扱うゴーレム(エリス)の姿である。血の気はなくとも、呼吸するたびにわずかに動く肌。猿よりも人間に近い顔に、まるで排水溝のような匂いなど……この怪物が生物である事は間違いようがない。だがその見た目から連想される危険度と、絶対に腕力では適わないと確信できる点は共通していた。

 

「と、トロール? 何で、こんなところに……?」

 

「知ってるのか!?」

 

 上条がハーマイオニーを振り返るも、返事はなかった。目の前の怪物に目が釘付けになっているせいで、上条の言葉は届いていないようだ。

 

 そして。彼女の表情が驚愕の色に塗り変わるのを見て、上条が視線を戻すとそこには。巨大な棍棒を振り上げている怪物の姿が───

 

「……ッ!!?」

 

 とっさに地面を蹴り、上条はハーマイオニーに飛び掛る。二人が宙に身体を投げ出すと同時に、その背後で轟音が鳴り響いた。トイレの床のタイルを粉々にし、城の基盤まで届くかと錯覚するほどの衝撃。この馬鹿げた一撃を食らうわけにはいかないと、倒れこんだ上条はすぐに体勢を建て直した。

 

「……っ! 大丈夫かハーマイオニー!?」

 

「は、はい先生!」

 

 それだけ聞くと、上条は彼女がトロールと呼んだ生物へと視線を戻した。思考が理解から生存へと切り替わる。こんな時の返事まで優等生だな、などという思考を頭の隅に追いやり、突然訪れたこの窮地を脱出する術を、上条は模索し始めていた。

 

(何で怪物がこんなとこにいるかを考えるのは後回しだ。今はハーマイオニーをここから逃がす方法を考えねえと……あの巨体だ、直線の多いホグワーツの城内でも、狭い道を選んで逃げれば追いつけないはず……怪物の足は速そうには見えないけど確証はない……なら)

 

「俺が囮になる。お前はその隙に逃げるんだ」

 

「で、でも先生……」

 

「でもは無しだ! いいな!?」

 

 そう叫ぶと同時に、上条は怪物へと走り出した。未だ振り下ろされたままのこん棒へと飛び乗り、そのまま怪物の腕を駆け上がる。ここまで巨大な生き物相手に、人間の拳がどこまで効くのかなんて事はわからない。だがもし狙うのなら、あるいは倒せずとも意識をこちらに向けさせるためならば。狙う場所はたった一つ。

 

「う、おおおおおおおお!!!」

 

 二の腕まで到達したところで跳躍し、大きく右腕を振りかぶった。一方の怪物は上条など視界に入っているかも怪しい表情で、ぼんやりと宙を眺めている。その顔面へ向けて、上条は渾身の一撃を叩きつけた。

 

 ゴン! という鈍い音が身体の芯にまで響き渡る。全力疾走の勢いに、自重を上乗せした一撃の余波が上条の身に襲い掛かったのだ。嫌な音を立てて骨が軋み、右手首どころか肘や肩までその衝撃は連鎖的に伝わっていく。だが激痛にのたうち回っている暇はない。その顔を歪めながらも、どうにか床へと着地に成功した上条が顔を見上げると、怪物の苦悶の表情が目に入った。どうやらある程度の効果はあったようだ。

 

「今だ、行け!」

 

 上条がそう叫ぶと、視界の端に走り去っていくハーマイオニーの姿が映る。あまりの痛みに冷や汗を掻きながらも、上条は口元に笑みを浮かべた。最低限の目的は果たした。ここからハーマイオニーがこの怪物に追いつかれることはないだろうと。だがそんな予想を覆すような声が、上条の元へと届けられた。

 

「ハーマイオニー! 無事か!?」

 

「ハリー! ロン!? どうしてここに!?」

 

 ハーマイオニー以外の生徒の声。はっとして声のした方へと顔を向けると、ハーマイオニーの他にもう二人分、ホグワーツの制服が目に飛び込んできた。赤毛の男の子と、黒髪で眼鏡をかけた男の子だ。二人はハーマイオニーに駆け寄り、すぐその先にいる巨大な生き物のシルエットを確認すると、驚きのあまり身をすくめてしまっていた。

 

「う……アレが、トロール!? それにあそこにいるのは……」

 

「上条先生?」

 

 思わぬ登場に呆気に取られたのは上条だけではなかった。小さな二人の珍客の方へと、怪物の視線がチラリと移る。

 

「まずい……お前ら逃げろ!」

 

「先生避けて!!」

 

 ハーマイオニーの絶叫が上条へと届けられた瞬間だった。いつの間にか振り上げられた巨大な足は、まるで道端に転がっている小石を蹴飛ばすかのように、上条の身体を直撃した。

 

「ごっ、がああああああああ!!!!」

 

 放物線ではなく直線で、上条は女子トイレの壁に叩き込まれる。肺の空気は一瞬にして吐き出され、身体に壁の破片が幾つも食い込み、上条の白いシャツが血で赤く染まっていく。そのまま受身も出来ず、上条は力なく床へと倒れこんだ。

 

「先生!!」

 

「この野郎!」

 

 明滅する視界の外で声が聞こえた。それと同時に何かが風を斬る音と、トイレに響く反響音。その正体はハリーとロン、二人の生徒が砕かれた床の破片をトロールに投げつけている音であるのだが、上条がそれに気づくことはなかった。

 

「に、げろ……」

 

 焼け付くような痛みの中で絞り出した声も、生徒たちには届かない。必死で立ち上がろうと試みるも、身体はまったく言う事を聞いてくれず。まるで水を吸ったスポンジのように、叩き込まれた衝撃は上条の全身を重く蝕んでいた。

 

(駄目だ……このままじゃあいつらが……)

 

 右拳を割れるほど握り締める。魔術でもなければ科学でもない。理屈ではなく、最初からそう形作られたこの世界の脅威。言葉も右手も通用しない。状況を打開するような閃きも、この世界の知識に乏しい上条では浮かぶはずもない。決定的なまでの敗北に、上条はぐっと歯を食いしばる。

 

(それでも……ここで倒れるわけにはいかねえだろ、上条当麻……っ! 肩書きだけでも……教師を名乗るのなら……生徒を守るのがテメェの仕事じゃねえのかよ!!)

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 ありったけの力をかき集めて、覚束ない足取りながらも上条はゆっくりと立ち上がった。だがその絶叫の影響か、ハリーたちを見ていた怪物は進路を変えて、再び上条の方へと歩み始める。

 

「……っ!? おい! こっちだウスノロ!」

 

「上条先生! 早く逃げて!!」

 

 赤毛の子が罵倒を浴びせながら瓦礫を投げつけるも、怪物が振り返ることは無かった。あと数歩も進めば、その手に持つこん棒の射程圏内に入ってしまうだろう。

 

(ごめん、ダンブルドア……たぶん凄い迷惑だろうけどさ)

 

 震える指先で、右手の手袋に左手の人差し指をかける。ホグワーツの安全のために、定められた場所以外では決して外すなと言われていた、幻想殺し(イマジンブレイカー)のための安全装置。その封を上条は、半ば引きちぎるかのように強引に取り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が歪む瞬間を、ハーマイオニーたちは目撃した。

 

 上条が右手の手袋を外した瞬間だった。まるでピンと張ったシーツの一点を摘んだかのような、世界がその右手に掴まれる感覚を、その場にいる全員が感じ取った。ダンブルドアやスネイプのような幻想殺し(イマジンブレイカー)に対しての知識を持つ魔法使いであれば、ホグワーツの魔法結界に幻想殺し(イマジンブレイカー)が干渉した結果の現象であると看破しただろう。だがハリーやロン、ハーマイオニーにはそのような事など気づけるはずもなく。ただあるのは、魔法を打ち消すその右手に対しての、魔法使いとしての根源的な恐怖であった。

 

 そして。恐怖を感じたのはハーマイオニーたちだけではない。食える食えない、快適不適、敵とその他など、単純な思考で行動するトロールでさえも、その右手の異質さに気がついていた。魔法生物には効力を及ぼさない。ダンブルドアの言うところの、人の思考を介さない無色の魔法力に幻想殺し(イマジンブレイカー)はまったくの無力。だがトロール自身はそうは思えなかった。カチリと何かのスイッチを入れてしまえば、いとも簡単にその条件が成立してしまうような。魔法生物にさえ通用する右手に、今すぐにでも変化してしまいそうな危険性を、トロールは本能で感じ取ったのだった。

 

「ウヴォオオオオオオオオオオオーッ!!!!」

 

 それは叫びだった。相手を威嚇するモノではなく、自らを鼓舞するための咆哮。生まれて初めて感じる恐怖に対する、本能的な対抗策。これまで何の感慨もなく振るってきた棍棒に、トロールは初めて意志を込める。アレは潰さなくては駄目だと。種として生き残りたいならば、ここでやらなければ駄目なのだと。視界は赤く染まり、沸騰しそうなほどの血液の濁流を感じ取りながら。トロールは棍棒を振り上げ、目の前の怪物に叩き付ける。

 

 だがその一撃が上条を捉える事はない。ふらつきながらも獣のような動きで上条は横へと飛び退き、その一撃を回避したのだ。そしてそのまま棍棒の横を通り抜け、半ば倒れこむかのように、トロールの足元をその右手で殴りつける。

 

 バキン! という破壊音が鳴り響いた。それを確認した瞬間、上条は喉が張り裂けそうな勢いで叫んだ。

 

「ここから離れろ!!」

 

 上条の右手を基点として放射状に床に亀裂が走る。それは上条と、そしてトロールの足元まで達して尚止まる気配は無く。ハーマイオニー達は自分たちの足元まで伸びてきた亀裂を見て、思わず後ずさった。そして───

 

「かみじょうせんせえええええーッ!!!!!」

 

 亀裂が破損へと変わる。ハーマイオニーの絶叫の中で、上条とトロールは落ちて行く。一つ下の階に落ちるだけ、などという生易しいモノではなく、眼下に広がっているのは底の見えない真っ暗闇である。だが上条に焦る気持ちはない。これで生徒が無事ならそれでいい。そんな考えを抱きながら、気持ち悪い浮遊感に身を任せる事しか出来なかった。

 

 そして、その落下を目撃した三人といえば。ハーマイオニーは叫びながら膝をつき、赤毛の少年はただ驚愕に目を見開く事しかできないでいた。だが最後の一人、額に稲妻形の傷を持つ少年だけは違っていた。持ち前の反射神経でもって、矢のような速度で懐から杖を取り出し、落下を始めた上条に向けてこう叫んだ。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!───浮遊せよ!」

 

 少年の杖先から、上条の目にのみ映る閃光が放たれた。その光は上条を包み込み、落下を始めていた上条をその場に繋ぎ止める。その魔法を放った少年は安堵の表情を浮かべたが、その次の瞬間。バチッ! という電撃にも似た音と共に、魔法の光は一瞬にして消え去った。

 

「ッ!!? 何でっ!?」

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)。上条の右手の前では、あらゆる異能の力は消去される。右手を効果範囲に含める浮遊呪文では、触れた瞬間にその効力を失ってしまうのだ。加えてその力は上条の意志でコントロールできるモノではなく、常時発動してしまう代物であるという事さえも。その少年、ハリー・ポッターは知る由も無かった。

 

「……う、ウィンガーディアム・レヴィオーサ!───浮遊せよ!」

 

「ロン!?」

 

 ハリーの後を追うように赤毛の少年、ロン・ウィーズリーもまた慌てて杖を取り出していた。狙いは、トロールの後を追うように再び落下を始めた上条であったのだが、慌てたせいかその狙いは大幅に外れ、魔法はトロールの棍棒へと直撃する。だが奇跡的な事に、上条は干された布団のような格好で、宙に浮く棍棒へと引っかかった。

 

「ごっ!?」

 

「!? い、いいぞ、ロン!」

 

「お、重いッ……!!」

 

 ふらふらとした動きで上条と棍棒は宙に漂っていた。ロンは杖を両手で持ち、その動きに合わせて必死に持ち上げようと試みる。一方でハリーは、もう一度浮遊呪文を唱えようと上条に狙いを定めていた。

 

「ハリー! 早く!!」

 

「……駄目だ。下手に魔法を使ったら、今度こそ落ちちゃうかも!」

 

 上条は今、棍棒に引っかかっているだけの状態である。ここで上条だけを持ち上げたり、あるいは棍棒を持ち上げたとしても、そのバランスが崩れればすぐに滑り落ちてしまうだろう。上条が棍棒にしがみつけばうまくいくのかもしれないが、当の本人は気を失っているように見える。一か八かで魔法を唱えるかどうか迷っているハリーだったが、この場にはもう一人……自分が知る限りで最も優秀な生徒がいる事を、彼は思い出した。

 

「ハーマイオニー! 手を貸してくれ!」

 

 へたり込んでいた所に名前を呼ばれ、ハーマイオニーはびくっと身体を震わせた。

 

「む、無理よ! こんなの私、何も出来ないわ!」

 

「無理でも何でもやるんだ。……そうだ、君が練習していた『呼び寄せ呪文』なら───

 

「ダメっ! だって私、一回も成功したことないのに───

 

 ハーマイオニーが言い終わるが早いか否かというところで、顔を真っ赤にして耐えていたロンの癇癪が爆発した。

 

「ネビルが出来て君に出来ないわけがないだろう!! 上条先生を助けたくないのか!!」

 

 その言葉で、ハーマイオニーの闘志に火が点いた。

 

「アクシオ!──ベルトよ、来い!」

 

 ハーマイオニーが叫び杖を鋭く振るうと、上条の身体が棍棒から浮き上がる。そして上条の腰周り……正確にはベルト部分が引っ張られ、くの字に折れたまま上条は猛スピードでハーマイオニーの元へと突進してきた。その挙動を見て、反射的にハリーとハーマイオニーは横に飛び退いたのだが───

 

「ごはァ!!?」

 

 棍棒の浮遊を維持しようと杖を構えていたロンはそうは行かず、どてっ腹に上条の直撃を受けて、そのまま女子トイレの床を滑っていく。やがて二人はもみくちゃの状態で盛大に壁へと激突し、そのまま動かなくなってしまった。

 

「ウワー……ハーマイオニー。あれってもしかしてわざと……?」

 

「違うわよ! ……けど、ちょっとすっきりしたかも」

 

 どこか晴れ晴れとした顔でそう言い切ったハーマイオニーを見て、ハリーはくすりと笑った。だがその直後に、女子トイレの入り口へとやってきた人物を見て、その表情は驚愕の色へと変わる。

 

「……これはまた、随分と派手に壊したのう」

 

「! ダンブルドア先生!」

 

 ハリーの声に、ダンブルドアはにっこりと微笑みかける事で応えた。

 

「やぁハリー。それにグレンジャーも、息災でなによりじゃ。これでも急いだ方なのじゃが、間に合わなくてすまない」

 

「先生、トロールが出て……その、この穴の中に……」

 

 たどたどしく、ハーマイオニーはどうにかその言葉を搾り出した。だが混乱しているハーマイオニーを右手で制し、ダンブルドアは首を横に振った。

 

「すまぬが、その話はまた後じゃ。今は可及的速やかに取り掛かるべき案件があるのでな」

 

 そう言ってダンブルドアは杖を軽く振るう。すると大穴の底から青白い布切れが飛び出し、ダンブルドアの杖先に引っかかった。

 

「……ふむ。随分と急いで外したようじゃの。どれ、スコージファイ──清めよ」

 

 布切れに着いた汚れを落とした後、ダンブルドアはそれを宙に浮かべて、そのまま杖先を不規則に動かし始める。それが魔法で編み物をやっているのだとハリーが気づいたのは、ダンブルドアがそれを完成させる直前だった。

 

「よしよし、以前よりもいい出来じゃ。これでもう不出来とは言われんじゃろう」

 

「あの、先生。それって、上条先生の……」

 

「左様。いささか不思議に思えるかもしれぬがのハリー。穴に落ちたトロールや、怪我を負っている上条先生よりも、ワシにとってはこの手袋こそが重要なのじゃ。ホグワーツを瓦礫の山に変えるわけにはいかぬのでな」

 

 そう言いながらダンブルドアは、上条の近くに歩み寄り姿勢を低くする。ごそごそとする事数秒、ダンブルドアが立ち上がった時には、上条の右手には手袋が着けられていた。

 

「外したのがトイレで助かったのう。近年増設された区画でなければ、もっと酷い事になっておった」

 

 ダンブルドアのこの発言に、更に疑問符を増やしたハリーとハーマイオニー。そんな三人の下へ、バタバタと足音が近づいてきた。

 

「これは……一体何事ですか!?」

 

 声の主はグリフィンドールの寮監たるマクゴナガルだった。彼女の後を追うようにして、防衛術の教師たるクィレル教授とスリザリンの寮監であるスネイプもその場に駆けつける。

 

「ダ、ダンブルドア先生、これは一体……」

 

「さて、わしも今しがた到着したばかりでな。トロールが穴の下で伸びているそうじゃが……その辺りは当事者たちに聞いてみるのがよかろう」

 

 当事者、という言葉を聞いてマクゴナガルの目がぎろりとハリー達二人の姿を捉えた。のしのしと彼女が歩み寄るのを微笑みながら見守った後で、ダンブルドアはスネイプに向き直る。

 

「セブルス、上条先生とウィーズリーを医務室へ運んでくれ」

 

「……承知しました」

 

 スネイプが杖を一振りすると、上条とロンの身体が宙に浮く。だが上条の方は一瞬の出来事であり、ほんの数十センチほど浮いたところでドサリと落ちることとなった。

 

「痛ッ……?」

 

「ふん、やはり浮遊呪文では駄目か。今ので起きたのなら貴様は自分で歩け」

 

「無茶を言うでないセブルス。わしの見立てじゃが、おそらく全身の骨のあちこちにヒビが入っているはずじゃ……上条先生を持ち上げたいのなら、右手を魔法の効果範囲に含めないことじゃな」

 

 ダンブルドアの声を受け、再びスネイプは杖を振るった。今度は全身ではなく、上条の右足を吊るし上げるような形での浮かせ方である。今度は落ちないだろうかと、スネイプがしばらくその様子を見守っていると、ようやく意識がはっきりしたらしい上条と目と目が合う。

 

「……スネイプ、か? ……生徒たちはどうなった?」

 

 うっすらと目を開け、逆さまの状態となった上条は息も絶え絶えにそう問いかけた。不機嫌そうな表情のスネイプはイライラとした様子で、その問いかけに短く答える。

 

「問題ない。気絶していたウィーズリーもこの通りだ」

 

「ハー……マイオニーは……?」

 

「医務室送りなのは貴様とウィーズリーだけだ。それだけわかればよかろう」

 

 スネイプがそう言うと、上条は満足そうに頷いた。その後スネイプはダンブルドアに会釈をし、浮かせた二人と共に医務室へと歩き始める。

 

「私の……私のせいなんです、先生」

 

 黒髪の少年の前に立ち、そう言い放ったハーマイオニーが、上条が意識を手放す前の最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、生徒が二人運ばれてきたと思ったら。片方は殆ど無傷で、もう片方は生徒ではなく教師……そして運んできた先生も怪我をしてるなんて。一体何がどうしたというのです?」

 

 不満なのか世間話なのか、よくわからないトーンで上条に話しかけるのは、医務室の長たるポピー・ポンフリーである。あれから数時間後。現在上条は医務室のベッドの上で、包帯をぐるぐる巻きにされミイラ男のような状態で寝かされていた。ミイラ男と言っても、包帯には骨折を直す薬品がたっぷりと染み込ませてあるようなので、上条としてはカラカラに乾いた古代エジプト産ミイラと言うよりは、墓から這い出てきた製造一週間後ミイラのような感覚である。

 

「一部の魔法が効かず、更に手袋を外しては駄目だなんてオーダーをスネイプ先生から聞いたときは耳を疑いましたよ。薬もどうやら効きが悪いみたいですし、もうしばらくはそのままの格好でいて頂きますからね」

 

 なんて事を彼女は喋っているのだが、上条の耳にはとても早口且つイギリス訛りの英語しか届いてこなかった。トロールに吹き飛ばされた時も、ハーマイオニーに『呼び寄せ呪文』で引っ張られた時も、スネイプに宙吊りにされた時でさえも。上条の頭に魔法で固定されていた翻訳ハットを彼女に取り上げられてしまっていたのだ。取り上げると言っても、上条の目の前にあるコート掛けに引っ掛けてあるだけなのだが。プチ全身粉砕骨折な身の上としては、そこは手の届かない所に分類される場所であった。

 

「聞いてるんですか上条先生!? まったく、さっきみたいにまた無理に動こうとしたら、今度は指一本動かせないくらい包帯で固定しますからね!」

 

 そこまで言って、やかましい女医は上条の元から去っていった。実のところ彼女の言葉は一言も伝わっておらず、上条としてはじっとりと肌に吸い付くような包帯の感触を味わいつつ、彼女のキンキン声を聞かされ続ける拷問がようやく終了したな、といった所である。そして当然ながら『動くな』という彼女の命令も届いていないので、どうにかして翻訳ハットに手が届かないものかと、上条はごそごそ奮闘を始めるのだった。

 

(……やっぱり包帯がきつすぎるな。あちこち関節が固定されてて思うように動かせないぞ)

 

 まず起き上がらないと話にならない。そう思い立ち、水中で泳ぐ海老のような運動を繰り返すこと数度。ふと気がつけば、上条が一生懸命に見つめる翻訳ハットに、白く小さな手が伸びていた。

 

「これが欲しいんですか、上条先生?」

 

 声の主はハーマイオニー・グレンジャーだった。彼女は翻訳ハットを大事そうに抱いて、ベッドの淵に腰掛ける。そして彼女は呆気にとられた表情の上条に、優しく翻訳ハットを被せた。

 

「ありがとうハーマイオニー……でも、どうしてここに? もう夜も遅いはずじゃ?」

 

「マクゴナガル先生にお願いしたんです。その……お礼を言いたくて」

 

 お礼と言われて上条は脱力し、ぼんやりと天井を見つめた。そして正直に、胸の内に浮かんだ言葉を口にする。

 

「お礼なら俺なんかよりも、あの二人に言ってあげた方がいいぞ。俺は先生として当たり前の事をして……いや。やろうとしても出来なかったんだ。今回はたまたまうまくいっただけで、もしかしたらお前たちを巻き添えにしてたかもしれないんだからさ」

 

 校長の言いつけを破りホグワーツに大穴を開けて、力技でどうにか収まっただけ。それが上条の感想である。ダンブルドアやスネイプだったら。マクゴナガルやフリットウィックであったのなら。彼ら本物の教師であれば、もっとうまくやれたに違いないのだ。特異な右手をただ振るうだけでは、所詮壊すことしか出来ないのだと言う事を、上条は痛感していた。

 

「すまなかった。危険な目に遭わせちまって……」

 

 そう言い掛けて、上条は思わず口を噤んだ。何故ならその唇に、ピトリと人差し指が当てられたからだ。

 

「違います、そうじゃありません先生。私が言いたいのは……先生が私に出した、あの問題の事です」

 

 優しく微笑みながら、ハーマイオニーは囁く様に言った。

 

「先生言いましたよね。『何で私が、規則を守らない男の子たちに注意ばっかりしてたのか。マクゴナガル先生に相談すればいいじゃないか』って……私、ようやくその答えがわかったんです。お礼というのは、それを教えてくれた事に対してなんですよ」

 

 その言葉に、上条は鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきになった。出題するだけ出題して、答えは上条ごと医務室送りになってしまったあの問題。その話がここで出てくることもさることながら、まだ答えを教えていないのにも関わらず、教えてくれたお礼とは一体どういうことなのか。ミイラ男の頭に、大量の疑問符が浮かび上がった。

 

「私、マクゴナガル先生に嘘をつきました。あの女子トイレに私がいたのは、自分の力でトロールを退治するためだったって。ハリーとロンは、私を止めるために来てくれたんですって。気がついたらそう言ってました……それでその時……うまく言えないんですけど。たぶん上条先生が言いたかった事って、こういう事なんじゃないかって」

 

 そこまで聞いて、上条の頭から疑問符は消えていた。ハーマイオニーが得た答え。それが間違いなく正解であると確信し、ただ瞳を閉じて彼女の言葉に聞き入っていた。

 

「頼られたいんじゃなくて……ただ力になりたかっただけなんです。無鉄砲な彼らを助けたいから、先生に言いつけたりせずに注意ばっかりして……でも、それだけじゃ駄目だったんですね先生。規則とか、成績とか……自分を大切にしてばっかりじゃなくて、相手を大切にしてあげる気持ちが大事なんだって。勉強をいっぱい頑張ったり、呪文をたくさん覚えても。その気持ちがなかったら意味なんかないって、そう思ったんです」

 

 そこまで言ってハーマイオニーは言葉を切った。提出した宿題に、採点が下されるのを待っているのだ。上条としてはその答えに文句の付けようもなく。返せる言葉は、たった一言しかなかった。

 

「……本当に、ハーマイオニーは優秀な生徒だよ」

 

「……先生の教え方がいいですからね」

 

 そう言って舌を出したハーマイオニーに。敵わないなと、上条は嘆息したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 












 ロンのファンがいたらごめんなさいです。




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15 退院

 申し訳ありません、大変遅くなりましたが続きです。どうかお付き合い下さいまし……

 そして久しぶりなのにちょっと短いです。ご容赦下さいまし……






 

 

 

 

 

 

「なぁ先生。女子トイレでトロールをぶん殴ったって話、あれマジなの!? 学校中この噂で持ち切りだよ」

 

「まぁ噂っていうか、目撃証言があるから殆ど事実扱いなんだけどね。アンジェリーナがグレンジャーに直接聞いて確かめたからさ」

 

「おいお前ら、あんまり騒ぐとつまみ出されるぞ。あの人すっげー怖いんだからな」

 

「何のために昼飯時に訪ねてきたと思っているのさ。マダム・ポンフリーなら昼食に行ったよ」

 

「怖いってのは同意だけどね。トロールと比べてもいい勝負はするんじゃないかな?」

 

 トロール襲撃事件から1日。巻かれた包帯の殆どが回収され、夕方には退院であると告げられた上条の元に、上条のよく知る騒がしい二人組が訪れていた。フレッドとジョージ、ホグワーツ最強の双子の襲撃である。襲撃と言っても、杖を振り回してのカチコミを仕掛けてきたということではなく。実際には病人用の不味い昼食を食べていた上条に、キッチンからくすねてきた食べ物を持ってきてくれたありがたい存在なのだが……食事に関してはもっぱら与える側であった上条が、うきうきとパンやチーズを齧っているところへ双子が仕掛けてきたものとは。ホグワーツに出回っている噂話の確認と、彼らの実験のために幻想殺し(イマジンブレイカー)を貸してほしいという要請であった。

 

「あのな……それ絶対に本人に言うなよな。それで? 噂が殆ど事実扱いなら、お前らは一体何を聞きに来たんだ?」

 

「何って、あのバカでかい大穴の事に決まってるじゃんか! アレのせいでみんな信じてないんだよ!」

 

「先生の右手を一番よく知ってる俺らでさえ半信半疑さ。何をどうしたらホグワーツにあんな穴が空くんだってね」

 

 ホグワーツの床に大穴を空ける方法について、何故か赤毛の双子は目をキラキラさせていた。『上条の右手にはまだ隠された機能があるのでは?』 と期待に胸を膨らませている二人なのだが……それを知る由もない上条としては、ホグワーツに穴を空ける方法を知って、それでどんな悪戯を仕掛けるつもりなのかと戦々恐々である。トイレの大穴に落ちていったトロールの姿が、この双子にいつも撃退されているモンタギューの姿と重なった。

 

(……まぁ教えたところで何が出来るってわけでもないとは思うけど。でもこいつら、幻想殺し(イマジンブレイカー)について相当研究してるっぽいしな……念には念を、とりあえずいつものアレで行くか)

 

「あー……そうだな。実はこの手袋なんだが……」

 

「やっぱりこの手袋に何か秘密があるのか? すっげー!」

 

「ああ、とんでもねえな。俺らが構想中の『盾の呪文グッズ』を軽く超えてるじゃんか」

 

「いやそういうわけではなくてだな……」

 

 今にも右手に飛び掛かり、手袋をはぎ取り兼ねない二人を見て上条は少し身を引いた。もしもそんな事になろうものなら、最悪ホグワーツに二つ目の大穴を空ける事になりかねないのだ。トロール一匹を丸々叩き落せるほどの規模のソレを見たあの女医が、怒髪天を衝くのは想像に難くない。

 

(まずったぞ……こいつらは簡単に身を引くようなタマじゃない。もしこれで四六時中狙われでもしたら……)

 

 悪戯で右に出るものはいない、ホグワーツ最高峰の問題児。そんな彼らが、上条の隙を突いて手袋を剥ぎ取りに来ない保証などあるはずもなく。この二人を放置しておくのは、不発弾をぶら下げて歩き回るようなものである。これはいけないと、上条は早口で話を先へと進めた。

 

「実は、この手袋はダンブルドアへの連絡手段なんだ。緊急時に知らせるための魔法がかかってる」

 

「ダンブルドア? マジで?」

 

「マジだ。あのデカい穴を開けたのもダンブルドアだよ。この手袋には、特別な能力なんてないさ」

 

 上条がわざとらしく肩をすくめて見せると、双子は困ったような顔つきになった。世界最高の魔法使い、困ったときのダンブルドアである。その肩書は伊達ではなく、この世のどんな摩訶不思議な出来事でも、彼の名前は理由になる。

 

(完全に嘘だけど、あの人の無茶苦茶には相当困らされたからな。これくらいはいいだろ。コイツを外したらダンブルドアに伝わるのは本当だし)

 

「……でもさ、グレンジャーが言うには上条先生」

 

「トロールの腕を伝って、あの醜い顔面に殴りかかったって聞いたぜ? その右手で」

 

「ん? ああ、そうだな。なんとか気を引こうとしたんだが……それがどうした?」

 

「いや、気を引くだけじゃなくてさ。何か他にもあるんでしょ先生? なにせその右手は」

 

「色んな魔法を一撃で打ち消す。それ以外にも隠された力が何か──

 

「ないない。それ以上のモノは何もないっての」

 

 厳密には嘘かもしれないが、ようやく大人しくできそうな猛犬二匹をみすみす逃がす事もない。上条がそうはっきりと否定すると、双子たちはますます険しい顔つきになった。

 

「マジかよ、それってつまり……」

 

「普通に素手でトロールに殴りかかっただけって事か?」

 

「何だお前ら、壊れたレコードみたいに。最初にそう言ってただろ? 素手じゃなくて手袋を着けてだけどな」

 

 そんなこんなで、何か怯えたような表情で双子は去っていった。なにやらクレイジーだのなんだのとぶつぶつ呟いていたが、その原因を上条は知らず。そんなことよりも、今後彼らに右手を貸すときは注意が必要だなと上条は思った。彼らが今後興味本位で手袋に手を出さない保証はない。万が一にも魔法薬の授業、すなわちセブルス・スネイプの教室に穴を空けてしまった日にはどうなることか。夕食に毒薬を2,3滴ならまだいいほうで、上条自身が大鍋に丸ごとぶち込まれ、そのままスネイプの夕食になりそうな気配さえする。

 

「いや、アイツならどちらかと言うと魔法薬の材料かな。下手をすると瓶詰で棚に並べられるかもしれないなんて……不幸だー」

 

「ほう。それは一体誰の話だ?」

 

 背後から聞こえてきた悪魔のような低音ボイスに、上条はぎくりと身体を硬直させる。おそるおそる振り返るとそこには、腕を前で組み直立不動の姿勢で上条を見下ろす、噂の魔法薬の先生の姿があった。

 

「い、いつからそこに?」

 

「最初からだ。正確には隣のベッドだが。あの双子よりも早く、貴様が寝ている間に吾輩はここに来ていたのだ……お陰で貴様らのくだらん話を延々と聞かされるハメになった」

 

 本当に苛ついた表情でそうぼやくスネイプだったが、上条はその言葉に少々違和感を覚えた。

 

(いま何か……誤魔化した? コイツの性格なら、あの兄弟が居ても関係なしに出てくるはずだと思うんだが……出てこれない理由があった、のか? そもそもコイツは何故ここに来ていたんだ?)

 

 マダム・ポンフリーを訪ねてきたわけではない。彼女が昼食時に不在なのはあの双子が知っていたのだ。何年も同じ職場で働いているスネイプが知らないはずがない。ならば上条に何か用があるのかとも考えたのだが、それだとあの双子が帰るのをわざわざ待っていた理由が不明である。

 

(というか、俺に用があるならスネイプは問答無用で叩き起こすし……俺でもマダム・ポンフリーでもないとなると……この場所か? 医務室ってことは……)

 

「どこか具合でも悪いのか?」

 

 上条の何気ない質問に、スネイプはピクリと眉を動かした。やや片足を庇う様に身を引き、飢えた猛獣のように上条を睨みつけるその仕草は、生徒から見れば鍋に突っ込まれる5秒前とも取られかねない仕草であったのだが。上条としては困り顔のスネイプという、少々珍しい物が見れたな程度の感想しか抱かなかった。

 

(怪我、かな。生徒に弱みを見られたくないってとこか。そういや双子の仕掛けた笑い薬にも過敏に反応してたなコイツ。やれやれ、そこまで生徒に警戒する必要なんて……いや、前言撤回。あの双子相手なら警戒はして当然だ)

 

「別にそこまで身構えなくても、言いたくないならいいっての。それよりいいのか? このままだと昼飯が終わっちまうぞ?」

 

 のんびりとした上条の言葉に、スネイプは2,3度口を開きかけた後。いつもの仏頂面に戻ると、足を引きずりながら早足で医務室から去っていった。

 

「……まったく、なんだってんだか」

 

 その後ろ姿を見守りながら、上条は双子の持ってきてくれたパンを再び頬張る。だがしかし、魔法薬の先生とすれ違う様にして、昼食から帰ってきたマダム・ポンフリーの姿を見て、上条は思わず喉を詰まらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、ダンブルドアの部屋は……こっちだったか?」

 

 そんなこんなで、マダム・ポンフリーにまたもや小言を貰い、夕方には叩き出されるようにして退院した上条といえば。相も変わらず階段が動いたり廊下の道が数本増えたり減ったりする、傍迷惑な魔法学校の仕様と格闘していた。

 

(やっぱり復帰の挨拶はしとかないとなー……まさかとは思うけど、ホグワーツを損壊させたせいで解雇(クビ)とかは流石にないよな? アレは緊急事態だったわけだし)

 

 益体もない事を考えながらさ迷うこと数十分。見慣れた道を発見し、上条はようやく校長室の前へと辿り着いた。ダンブルドアの部屋に続く入り口は普段隠されており、入るためにはその手前に設置されたガーゴイルの石像へと合言葉を告げる必要がある……はずなのだが。

 

「さて、新しい合言葉はマダム・ポンフリーに聞いてきたわけだが……何があったんだコレ、大丈夫なのか?」

 

 上条の目の前には、何故か包帯でぐるぐる巻きにされている何かが鎮座していた。まるで昆虫の(サナギ)のようにぎっちりと巻かれており、剥き出しのまま直立して飛び出している翼だけが、辛うじて中身がガーゴイルであった事を示している。上条が恐る恐る「ナメクジゼリー」と告げると、石像はぎこちない動きで回り始めた。どうやら機能は失われていないらしく、訝しく思いながらも上条は校長室へと足を進める。

 

(あれ、……扉が開いてる? 誰かが先に来ているのか?)

 

「なぜアレを放置しているのですか?」

 

 部屋の中から聞こえてきた野太い声に、上条は思わず身体をすくめた。条件反射とも言うべきか。声の主は考えるまでもなく彼のよく知る男、セブルス・スネイプその人である。

 

「吾輩は報告したはずです。ハロウィンの夜にあった出来事全て、過不足なく……」

 

「うむ、確かにな。それも口頭での報告だけでなく、わざわざ書面でまとめてくれるとは思わんかった。君はなかなかに几帳面じゃのうセブルス」

 

「伝わっていないと思ったのですよ。ここまで証拠が揃っているのにも関わらず、傍観を決め込むとは夢にも思いますまい」

 

 そしてもう一人はダンブルドアの声である。だが普段通りのダンブルドアに対し、スネイプは少し声色が違った。いつもの冷徹な雰囲気から、明らかに怒りの色が染みだしているのだ。顔が見えないにも関わらず、上条には氷のような眼差しのスネイプが見えるようだった。

 

(まずい所に来ちまったな……でもこの二人が言い争うっていったい何があったんだ?)

 

 出直すべきかと思い立った上条だが、好奇心の文字が彼の足を縫い留める。スネイプの声色を鑑みるにこれはただ事ではない。事と次第によっては仲裁に入るべきなのではと自分に言い訳をし、上条は物音をたてないよう扉に耳を近づけた。

 

「証拠と言うのは少々語弊があるじゃろう。たまたま、間の悪い所に出くわしただけなのかもしれぬ」

 

「ご冗談を。校長、よもやその優秀な頭脳をトロールと交換でもしてきたのですかな? 間の悪い事に、で生徒が2、3人粉々になってからでは遅いのですぞ」

 

「いらぬ心配じゃのうセブルス。生徒思いの君が目を光らせておれば、そうはならんとワシは確信しておるよ」

 

 そんな二人のやり取りに上条は思わず顔を顰めた。ホグワーツ暮らしが短いといえども、彼らの皮肉のニュアンスが理解できる程度には上条も成長している。スネイプを『生徒思い』と評するのは言わずもがな。魔法生物たるトロールについても、つい先日濃ゆいお付き合い(物理)をしたばかりなのだ。アレと脳みそを交換したのかという言葉が、かなりの侮辱の意味合いが強い事も理解できる。そしてそれを校長にぶつける程度に、スネイプがぶち切れていらっしゃる事に気づき、上条は戦慄していた。

 

(おいおい、スネイプの奴ダンブルドアに掴みかかっていかねえだろうな? ここまで激怒するなんて、ハロウィンの夜に一体何があったんだ?)

 

 事態は上条の予想を遥かに超えて深刻だった。なんとかして部屋の様子を伺おうとドアの隙間に顔を近づけてみたものの、角度の関係で2人の様子はまったく見えない。音を立てないように隙間を広げようと手を伸ばした所で上条は動きを止めた。スネイプでもダンブルドアでもない視線に、自らが晒されている事に気づいたからだ。

 

(フォークス……居たのか。随分と大人しいから気づかなかったぞ)

 

 十字架のような形のコート掛けの頂点で微動だにせず、ダンブルドアのペットである不死鳥がじっと上条を見つめていた。不死鳥と言っても、彼(彼女かもしれないが)がそれらしい素振りを見せた記憶はなく、アマゾンの奥深くに生息していそうな普通の鳥っぽいな、というのが上条の抱く印象である。そんなフォークスを思わず上条が見つめ返していると、彼はくいっとくちばしを横に振った。まるで人間が顎で何かを示すかのような動きである。そしてその方向は言わずもがな、未だ言い争いを続ける二人に向かってであった。

 

(俺に止めろってか!? ったく、鳥に顎で使われるとは……いや、顎じゃなくてくちばしか。まぁ、自分の主人が言い合いをしてたら、止めたくなるのはわからないでもないけどよ)

 

 不死鳥に言われるまでもない。深呼吸をし気持ちを落ち着けると、上条は半開きの扉をノックした。

 

 

 





フォークス(エサの袋に向かって)くいっ


上条「味 を 占 め る な」






 スローペースですがぼちぼち復活したいと思います。

 あと、とんでもないモノを感想欄で頂いておりまして、せっかくなので紹介させて下さいまし。

【挿絵表示】


 はたけやまさん作です。ディズニー版上条さんかよォ!!? と謎のツッコミを上げた駄作者はまぁ置いときまして。今さらの紹介で申し訳ありません。レベルが高い(異次元かな?)1枚をありがとうございました。


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