ダイヤのA━━あと一勝のために━━ (獅子身中の無知)
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足りないものは

はじめまして、はじめました。

この小説は三年生に甲子園を狙うためには何が必要だったか、を形にしたものです。丹波さんは消えます。ファンの人は申し訳ねぇ。




それは、ここ最近で一番驚きのニュースであった。

 

 

「はぁ!?東さんが中坊ごときに三振食らったぁ!?くだらねーフカシしてんじゃねぇぞコラァ!」

 

いつも喧しい男が、更に喧しく叫びたてる。が、内心では俺も同意見だった。

 

怪物、東 清国。我が青道高校が誇る超強力打線の中核を為していた、今年のドラフト候補スラッガー。そんな男が中学生と1打席勝負とはいえ、三振を食らったというのだから、確かに驚きだ。もっと言えば、ここにいる面子はそんな怪物の実力を2年も間近で観てきただけに、その驚きはひとしおだろう。

 

 

「...同感だな」

 

珍しいことに、普段は寡黙な男すらこの話題は聞き流すことはできなかったようだ。

 

「哲」

 

「打ち損じに仕留めるなら話はわかる。が、東さんから3つのストライクを奪えるのは、高校のエース級でもほんの一握りしかいない。...気になるな」

 

ふむ。哲也の意見ももっともである。あの人、典型的なパワーヒッターに見えて、実はとても三振の少ないバッターなのだ。

 

「コラァ、鷹南(たかな)!テメェも何か言え!」

 

キャー、巻き込まれてしまった!

 

「...まぁ、俺も同じ意見だよ。俺が全力で投げてもあの人から三振とるのは難しいな...。せめて3打席欲しいね」

 

どうシュミレーションしても、1打席では運の要素でも絡まない限り無理だ。

 

多少のリップサービスを含めて話題を逸らそうとしたのだが。

 

「なにウチのエースが弱気なこと言ってンだ!中坊に敗けを認めてンじゃねぇ!」

 

「えぇ!?」

 

なにが正解なんですか!?

 

 

「まあまあ、純。気持ちはわかるけど落ち着きなよ」

 

俺があまりの理不尽さに固まっていると、ニコニコとしながら奴が止めに入ってくれる。

 

「だがなぁ、亮!」

 

「そいつが仮にウチに来るなら目一杯絞ってやればいいし。別の高校に行ったならお前が敵を討てばいいだろ?」

 

流石、器用!体格こそ恵まれていないが、センスとそれを上回る努力の男。小湊 亮介。相手ピッチャーの嫌がることといさかいの仲介をさせたら右に出るものはいないぜ。

 

さっきからずっと喚いていた男、伊佐敷 純もぶつぶつ言いながらやっと引き下がってくれた。

 

ほっ、と一息ついていると室内練習場の奥からグラサンの中年が出てきた。内心ではこんな悪口を使うが、とてもじゃないが本人の前では言えない。死ねる。奴は監督なのだ。

 

「整列!」

 

ババッ。

 

さっきまでのおふざけムードを一気に引き締め、心なしか顔つきも引き締まる。

 

「新チームとなって1ヶ月たった。秋期大会までもう時間もない。いいか!調子の良い選手はどんどん一軍(うえ)に上げていく!今までのベンチ入りがそのままスタメンだなんてことは決してないぞ!」

 

この人のこれは発破でありながら決して冗談ではない。下手な話、実力が足りていなくても調子の波が来ているヤツを監督は使いたがる。

 

この精神論が廃れた時代。何を言ってんだと笑われることもある。しかし、野球には確かに、理屈では説明のつかない『勢い』と言うものがある。チーム力が下のものが上のものを喰うことだって珍しいことじゃない。

 

しかし、選手の方はたまったものじゃない。たまたま誰かの調子が良いというだけで、実力では下の者にレギュラーを譲らないといけないなどと、冗談じゃないのだ。

 

だから努力する。調子の波では越えられない、圧倒的な実力を身に付けるために。

 

そうして出来上がるのが、片岡監督の率いる青道高校野球部なのだ。

 

「愛川!」

 

「はい!」

 

心の内でなんちゃって解説をしていたので、急に呼ばれてドキッとしながらもなんとか顔には出さずに返事ができた。

 

「貴様...。最近投球練習を始めたそうだな」

 

「!?」

 

ば、バレてる!誰にも気づかれないように、夜中の室内練習場で宮内と5分くらいしかしていないのに!

 

「秋期大会に間に合わせたいという気持ちは十分にわかる。チームとしても貴様が戻ってこれるならそれが一番だろう」

 

だが、と監督は続ける。

 

「夏の敗戦と引き換えに貴様の将来を守った三年の心意気を忘れたか?」

 

「それは...」

 

会話でわかるように、俺は今故障している。それは決して重い故障ではなかった。肘関節の炎症。言葉にしてみればそれだけのもの。リハビリをしながら安静にしておけば、後遺症もなく2週間弱で復帰できると言うものだった。

 

ただ、どうしようもなくタイミングが悪かったのだ。

 

故障が発覚したのが二ヶ月前。もっと詳しく言うなら夏の都大会の最中。

 

怪物、東清国を擁する青道高校はここ10年では最高のチームと言われ、甲子園出場を大いに期待されていた。その期待は重いものではあったものの嬉しくないはずがなく、1年の秋からエースを任されてた俺も例外ではなかった。日々の練習量は増してゆき、体を苛め抜いての都大会の開幕。そして俺の肘は、異常を来していた。

 

シード枠であったがための数日の猶予の中で、監督もキャッチャーも気が付かなかった俺の異常を、何故か始めに気づいたマネージャーが強引に俺を病院につれて行き、診察。前述の通りの診断結果だった。

 

夏の大会の出場は当然反対されたが、そんなに諦めの良い性格はしていない。それほど酷い結果じゃないからと、医者とマネージャーに口止めをして登板。準々決勝まではコールドゲーム含めて全試合完封と誰にも怪我を疑わせない投球が出来たのだ。

 

そして、運命の準決勝。元々青道と並び、名門と名高い稲城実業を相手に五回まではパーフェクト。東さんの援護射撃のツーランで6回で2ー0と勝ちゲーム、のはずだった。

 

忘れたくとも忘れられない。7回の裏、先頭打者に四球を与えてしまった俺は、続くバッターのバント処理で一塁へあり得ない程の暴投。この時点で恐らくチームメイト全員が気づいた。俺の異常に。

 

正直な話、準々決勝の途中から明らかに痛みのレベルが変わっていた。初期の頃はズキズキとするだけだったものが、最早痛いのかどうかもわからない、まるで燃えるような熱さが生まれていた。

 

後から訊いた話だが、キャッチャーはとある違和感を感じていたらしい。丁度そのころからストレートのサインに首を振る頻度が多くなったそうなのだ。今思うと確かに、ストレートが走らないような感じがして、無意識に変化球でかわそうとしていた気がする。

 

 

俺の暴投で無死二、三塁となった時、捕手の御幸がタイムをとった。呼応して集まる内野陣。どいつもこいつも難しい顔してやがる。言わないけどね?先輩ばっかだし。

 

なんて気を紛らわすような事を考えても、右肘のせいで全く余裕が作れない。背中を伝う冷や汗が無性に冷たく感じた。

 

「いやいや、甲子園が頭にちらついて油断しました。申し訳ねーっす」

 

それでも、俺は背番号1を任されたエースだ。マウンド(ここ)にいる以上、弱味はぜってぇ見せねぇ。

 

「さあさあ、お戻りくださいバックの皆さん。一つ一つアウトをとっていきましょ...あがっ!?」

 

無理やり解散をかけようとした俺の腕を、ファーストの東さんがいきなり握ってきた。当然激痛が走る。

 

「.....いつからや」

 

「な、何がっすか?」

 

ドアホ、そう言って俺の頭をファーストミットで叩く東さん。

 

「よく見りゃ左に比べて右肘がえらい腫れとる。故障はまるわかりや!」

 

...本当だ。自分の事ながら今まで気づいていなかった。アンダーシャツに隠れた腕の太さが、尋常じゃない。

 

「...まあ...故障は認めます。でも、今俺がリタイアするわけにはいかねぇでしょ」

 

「じゃかあしゃい!怪我人の代わりなんぞいくらでもいる「いませんよ」...なんやと?」

 

「失礼ながら木場先輩、大和先輩じゃ今の状況で二点は確実にとられます。そしたら同点です。誰が打つんですか?あの化け物(・・・)を」

 

7回から稲城のマウンドに上がった1年生投手、成宮。元々シニアリーグでも有名な男だったが、アレは東さんと同じ種類、正真正銘の化け物だ。そこらの凡夫とは比べられない程の存在感、躍動感。正しく天才の一人だろう。アレを打てるとすれば...。

 

「ワシが一発ぶちかましたるわ!心配いらん!」

 

そう、今日のウチの打線でアレを打てるとすれば、同じ化け物である東さん、そして()だけだ。ホームランのような期待値の低いものより、三番の俺と四番の東さんで協力して点をとるしかない。

 

かといって、確実に打てるという訳でもない。となればそのまま延長戦にもつれ込む。怪我人の俺と、その俺に数段劣る先輩投手二人の青道。対する稲城実業はまだまだ元気であろう成宮と、控えの投手が何人か。少なくとも、延長戦は分が悪すぎる。

 

 

「...御幸、お前はどう思う。正直に言ってくれ」

 

サードの哲也以外先輩である内野陣からの圧力で旗色の悪さを悟った俺は、唯一この場で年下の捕手に意見を求める。

 

「そうですね。正直に言わせて貰えば、控えの三年生お二人よりも、怪我をしているとは言え鷹南さんの方が未だに上です。ボール自体はキレてますし」

 

そう、投げている球自体は普段とそれほど変わらない速度と威力のはずなんだ。何せ、御幸は俺の怪我には気付かなかったのだから。

 

「でも、俺も鷹南さんの続投は反対です」

 

だが、俺は味方にすら裏切られた。

 

「おい!御幸!」

 

「すみません。でも俺はキャッチャーとして、明らかな故障を抱える投手に投げさせるわけにはいきません」

 

━━━━それでは、あの人の二の舞だ。

 

言外に込められたその言葉は、どんな言葉よりも俺の奥底に突き刺さった。俺や東さんと同じく天才と持て囃された、本来ここで一緒に戦っているべき男は、今は病院で必死に戦っている。

 

アイツの話を出されて二の句を継げなくなった俺を他所に、ベンチからは伝令が出て、交代を告げていた。

 

「...早く球場の外のタクシーに乗り込んで、病院にいけ。太田部長が待っていてくれている」

 

重い足取りでベンチまで下がった俺を、監督はそう言って迎える。叱責はなかった。それが、何よりも悔しかった。

 

ベンチにいる三年生や同級生の控えの選手たちが俺に、よくやった、と声をかけてくれる。

 

なにもしちゃいねぇ。

 

勝たなきゃ意味がねぇ。

 

この時、俺は既に青道の敗北を悟っていた。理由は天才故の感性、とでも言っておこうか。

 

俺はエースでありながら、最後まで勝利を信じ、気持ちだけでも一緒に戦うことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今は焦らず、じっくり怪我を治せ。秋大には外野手として出てもらうことも考えている。お前なら、バットでもチームに貢献出来るだろう」

 

「......。」

 

違うだろ、監督。俺たちに足りないものは、打力じゃない。東さんたちが抜けた穴は、結城 哲也を筆頭に二年生陣が必死に補おうとしている。哲なんかは特に、キャプテンに指名されてからは纏うオーラが違ってきている。少なくとも、攻撃力は決して前のチームに劣っちゃいない。

 

足りないのは...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

纏まらない心のモヤモヤを抱えながら、家に戻る。時間は9時丁度。青心寮の寮生ではない俺は、バス通学だ。

 

俺の帰宅に対するアクションは相変わらず、無い。

 

この家は父、母、俺、妹の四人家族だが、父と母はどちらも弁護士であるため、よく事務所に寝泊まりすることが多い。よって普段は俺と妹しかいないのだが...。

 

 

「.....おかえり」

 

リビングにいた妹は、まだ制服のままであった。食卓を見れば二人分の食事が並んでいる。

 

「あれ、貴子。先にお風呂入っちゃえば良かったのに」

 

「鷹南が先に入りたいと思ってね。私は部活の後、ご飯の支度もしてたし」

 

部活というのは青道高校の野球部のマネージャー。同じ二年生で隣のクラスの藤原 貴子。彼女と俺が家族であることは、恐らく学校中の殆どが知らない。何せ、名字が違うし登下校も別々。バレる要素がない。

 

「鷹南って...。たまには『お兄ちゃん』とか呼んでくれよ」

 

「兄妹じゃないでしょ」

 

「戸籍上はな」

 

「血だって繋がってないじゃない」

 

「生物学上はな」

 

「.....もういい」

 

呆れたようにソファーから立ち上がり、食卓に座る貴子。俺もその向かいに座る。

 

家族ではあるが、よそから見たら只の他人の関係性の俺たち。俺の母と貴子の父の内縁関係で出来た歪な関係。

 

 

俺は今日も、妹との距離感が掴めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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桃太郎

遅れたんだぜ!すまねぇんだぜ!そして短けぇ!

いや、マジで申し訳ねぇ。


時は過ぎ。4月の1日。世で言うところのエイプリルフールだ。ちなみに俺はエイプリルフールの有用性については甚だ懐疑的なのだが、ネタのひとつとしては楽しめなくもないか、と思う今日この頃。

 

 

 

拝啓。俺は今日、バカを見つけました。

 

 

 

というのも、現在新入部員の初日挨拶中なのだが、少し向こうの倉庫の影で、御幸と誰かがコソコソしている。見覚えの無い顔だが、恐らくアレが増子と倉持の部屋の新入生だろう。朝、妙に楽しそうな二人を問いただしたら、爆睡している新入生を放ってきたと言うのだ。(増子は昨日の練習試合でのエラーに対する戒めとして、発言を自身で禁じているので、喋ったのは倉持のみであるが)

 

爆睡してる新入生を起こすのは同室の先輩の役目だろうが...。まぁ、俺には特別関係がない。例え連帯責任が適応されても、俺は対象外だし。

 

というか、御幸は2年になっても変わらねぇな。アイツもキャッチャーとして色々と忙しいのはわかるが、遅刻が多すぎる。間違いなく御幸が中心となる来年のチームの行く末が恐ろしくて堪らない。

 

 

俺が将来の不安に頭を悩ませていると、事態は進行していた。新入生が何を思ったのか、いきなり猛ダッシュで1年生の列を目掛けて駆ける。...いやいや。まさか、しらばっくれるつもりか?本気でバレないとでも?

 

まあ、それならそれで反省文の量が増えるだけか。なんて思いつつ眺めていると、御幸が大声をあげた。

 

「あっるぇー!?こいつ、どさくさに紛れて列に並ぼうとしてるぞォ!?」

 

少年にとってはまさかの裏切りである。可哀想に、固まってやがる。そして犯人の御幸はしれっと俺の横に並んでいた。

 

「うっしっし。成功、成功ー♪」

 

「おまえなぁ。後輩庇ってやるどころか囮にするとか、そんなんだから友達いねぇんだぜ?」

 

「いやぁ、そう言いながらみんなにバレないように小声で話してくれる鷹南さん、マジ大好きです!」

 

...可愛いやつめ。

 

基本的には腹ン中真っ黒な御幸だが、こういうところは可愛くてついつい見逃してしまう。贔屓をしてるつもりはないが、同じレギュラーとして2年の中では特別可愛がっていることは間違いない。

 

そして俺はもう1つ気になっていたことを御幸に聞いてみる。

 

「で、アレが例の?」

 

「ええ、東さんから三振とったヤツですよ」

 

成る程、ほぼ間違いないだろうと思っていたが、やっぱりそうか。

 

「お!鷹南さん、アイツの才能にもしかして気づいちゃいました?」

 

「いや?才能あんの?アイツ」

 

「...え?」

 

御幸が珍しく絶句しているが、正直才気の欠片も感じない。走る姿から感じ得たのは、筋肉のしなやかさと関節の柔らかさだけだ。まあ、それも才能と言えば才能なのだろうが、明確に『野球の才能』か?とと聞かれれば違うだろう。もっと適する競技はいくらでもあるはずだ。

 

「さっきのお前との親しげな様子と、成功率の見えない忍び込み作戦を実行できるバカみたいな度胸。東さんに喧嘩売った中学生であろう条件は満たしてるからな」

 

三振奪える実力がありそうかは別として。

 

「そりゃあまあ、鷹南さんと比べたら消しゴムのカスみたいなモンですけど。一回見てやってくださいよ。面白い球投げますから」

 

意味ありげな笑顔で言う御幸。不覚にも、こいつに『面白い』と言わせる球種が俺にはあっただろうかと考えてしまった。...しかもねぇし。

 

「......つまらねぇ球で悪かったな」

 

「え、ちょ。なに拗ねてんですか!可愛いなぁ、もう!」

 

御幸がじゃれついてくる。男同士のイチャイチャ。

 

ナンダコレ。

 

 

死んだ目をした俺は、死んだ感情で現状把握に努める。

 

どうやら片岡監督に朝練中のランニングを命じられて、固まりパート2状態だな。そしてそれを見て笑っていた倉持と増子、当然整列の時点でいなかったことがバレてる御幸も同罪に処された。

 

ワハハハハ、バカめぇ!なんて優越感に浸っていた俺の目に監督の視線がぶつかる。はて、なんだろ?

 

「それと、素知らぬ顔で列に紛れ込んだバカモノを黙認したそこの大バカモノもな!」

 

あ、やっぱそこから気づいてらっしゃったんですねぇ~…(白目)。

 

ドナドナ。

 

 

 

 

「もう二度とテメェの言うことは信用しねぇ‼」

 

「ははっ!ありがとよ」

 

「褒めてねぇ!」

 

「まあまあ、少年。落ち着きたまえ。かの偉人も言っているぜ?『汝、隣人を愛せよ』と。つまり...なんだ、そのぉ...アレだ」

 

「適当に喋ってンじゃ.....てか、アンタ誰だ!?」

 

「お。よくぞ訊いてくれた!この眉目秀麗容姿端麗才色兼備...倉持、あとなんかあるか?」

 

「ヒャハ!?知らないっすよ!てか、殆どイケメン自慢じゃねぇっすか」

 

「それはお前、仕方ねぇだろ。教室にいればクラスの女子が寄ってきて、街を歩けばお姉さんたちが寄ってきて、二丁目を歩けばゲイが寄ってくる。全く、罪な男だぜ...」

 

「でも鷹南さん、童○じゃないですか」

 

「だからどうした‼」

 

「いや、なにをそんな堂々と...」

 

「.....そう、あれは俺がまだ純真無垢な中学生だったころの話だ」

 

「おいなんか回想きたぞこれ!」

 

「見知らぬおっさんに話しかけられ、ビルの立ち込める裏路地に誘われた。助けを請われ、そのおっさんが悪人には見えなかったお陰で、俺はノコノコついていっちまったんだ」

 

「...嫌な話の流れだぞ」

 

「目の前に尻があった」

 

「「展開はやっ!」」

 

「ほくろが7つあったんだ。星座みたいだった」

 

「もういいっす!おい御幸止めるぞ!」

 

「あの出来事は俺に二つのトラウマを残した。1つは裸の男恐怖症。風呂に一緒にはいるとかマジで無理なこと。そしてもう1つは...桃が食えなくなったこと。知ってるか?世の中、本当に尻の綺麗なヤツはいるんだぜ...」

 

「やめてくださいよ!俺も桃が食えなくなるじゃないっすか!」

 

「......」

 

先輩たちの会話を唖然と聞いていた沢村 栄純は、この時の思いをこう振り返る。

 

『あ、バカばっかだ』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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名門

さて、駄作の第2話でお目汚しをしてしまったお詫びに、本日2度目の更新である。誉めてくれ。


見える。遅い。

 

 

キィィィィンンン。

 

「おし。おっけ」

 

ワァァァァ!

 

 

 

 

「相変わらずの化けモンかよ...」

 

ベンチで自分の打順迄回るかどうか微妙なところかと、プロテクターを外すか否か考えていた御幸は思い改める。

 

春の都大会、三回戦の相手は、秋大で準々決勝で敗北を喫した市大三高。青道、稲実と並ぶ西東京三強の1つ。打線も強打の青道に匹敵する力を持ち、エースである真中の高速スライダーは既に高校レベルを越えているとすら言われている。

 

その真中のスライダーを、初球から完璧にセンター前にもっていく、我が青道高校の一番打者(・・・・)のあの打撃能力。

 

(あ~あ。真中さん、可哀想に。初球のウイニングショット打たれちゃ、投げる球ねえだろ)

 

マウンド上で呼吸も忘れたかのように呆然としている真中とは違う意味で、一塁上のニコリともしないあの男にとっては、そこまで評価に値する球ではなかったのだろうか。

 

「...やはり真中は本調子では無いようだ。愛川が初級を叩いている」

 

仏頂面の片岡監督が妙に響く声で言う。それが、初級から狙っていけという指示だということに、気がつかないレギュラー(俺たち)ではない。

 

本来であればクリーンナップを打つはずの投手である鷹南が、負担のかかる1番に置かれているのは、そのゲームメイク力故である。相手ピッチャーの能力、調子を測り、どうすれば最も効果的か。それを確実に実行できる力。

 

あの鷹南が初球から打ちにいったのは、調子が出ていない内に叩いてしまえ、という意味である。

 

 

 

倉持という関東屈指の走塁の名手を抑えて一番に座るのは、伊達ではない。

 

(つってもまあ...)

 

目線の先の鷹南は既に2塁上にいた。塁に出た2球目、小湊のインローへのスライダーを走ったのだ。結果として、キャッチャーは投げることも許されずに2塁を盗まれる。

 

(足だけ見ても、倉持に勝るとも劣らないわけで...。ホントに人間か?)

 

普段はおちゃらけた先輩だが、その能力は本物中の本物。天才だ、なんだと自分を持ち上げるミーハーどもに教えてやりたい。自分なんかとは比べることも烏滸がましいことだと。

 

「ま、一丁やってみますか」

 

鷹南程の力はなくとも、今日の真中なら打てない相手ではない。プロテクターを外しながら御幸は狙い球を絞ることに頭をフル回転させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~!すごい、すごいです!」

 

「春乃は初めてウチの試合を観るんだよね。強いでしょ?」

 

「はい!テレビとかでは観てましたけど、自分のチームが強いって言うのは、こんな気分なんですね!」

 

一方、スタンドの応援席では、二軍、三軍選手たちとマネージャーたちが観戦していた。

 

スコアは3回終わって、11対1の圧倒的大差。正直、勝ちは見え透いている。

 

「市大三高って、センバツベスト8のチームなんですよね!先輩たち、強すぎませんか!」

 

三高のスタメンはセンバツとなんら変わり無い。詰まるところ、全力のメンバー。それを相手に、ここまでの試合展開ができることは、青道の強さを意味していた。

 

「まあ、この大量得点は相手ピッチャーの不調に付け入ったところがあるけどね。それを差し引いても、ウチの打線は全国でもトップクラスと言われているわ」

 

興奮が止まらない1年生マネージャー、吉川 春乃とは対称に馴れたものだとばかりに落ち着いている三年生マネージャー、藤原 貴子。汗臭い男ばかりの集団の中を彩る、数少ない可憐な蕾たち。実際に先程から、スタンドの通路を横切る客たちの視線を浴びている。

 

「春乃は誰が一番印象的?」

 

「え?え、え~と...。初回にホームランを打った御幸先輩や、オーラみたいなのが見える結城キャプテンもすごいですけど...。一番は、愛川先輩、かな?」

 

2年の夏川 唯からの問いに真剣に悩んだ春乃は、苦しみながら答えを出す。その答えを聞いた貴子の眉が、ピクッと動いたことは、誰も気がつかなかった。

 

「へぇ。春乃も意外とミーハーね。そりゃあ顔が良くて、プレイヤーとしても超一級品だけど」

 

同じく2年の梅本 幸子がスコアブックをつけながら、春乃を茶化す。ご丁寧に、意地の悪そうな笑顔を浮かべている。

 

「え?ち、違いますよぉ~!そんなアレじゃなくてですね。...ただ、派手なことしてる訳じゃないのに、存在感?て言うのかな...。オーラがありますよね!」

 

春乃の目線の先には、マウンドに立つ鷹南の姿があった。4回の裏、一死無塁。ここまで13人の打者相手に、2安打、1四球、1失点、1三振。これといって取り立てる部分が有るわけではないが、強打の三高相手に『普通』の投球ができるということがどれ程難しいことか、解るものには解るのだ。

 

 

 

ギン。

 

鈍い音をたてた打球は、打者の目の前で弾んだ。ピッチャーゴロ。鷹南は危なげなく処理する。

 

ツーアウト!

 

ダイヤモンドに木霊する掛け声。声のトーンは限りなく明るい。このトーンというものは、何よりも明確に選手たちの心境を現す。コレが明るいことは、チームが何よりもいい環境であることを意味しているのだ。

 

「...ま、愛川君は特別よ。今日はこのまま勝てるわ」

 

どこか確信をもって語る貴子に、後輩たちは顔を見合わせ、首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

結果として、貴子の予感は半分ほど当たっていた。マウンドを降りた真中の後を引き継いだ2番手投手が奮闘し、五回から七回までの3回を2失点に食い止める。対する鷹南は連打を浴び、六回までに5失点。スコアは七回の表終わって14対5となっていた。七回コールドゲームのペースである。

 

七回の裏。先頭打者をピッチャーゴロで抑えた鷹南は、続く打者に四球を出してしまう。

 

市大三高の監督、田原 利彦は、どこか余裕のありそうな顔で、マウンドに集まる青道の内野陣に囲まれた鷹南を見る。

 

(愛川ボーイ...。残念ながら今日の試合は我々の敗けだ。真中ボーイの初球のスライダーを打たれてしまったときに、このゲームのウィナーは決まってしまったのだ。...しかし、収穫はあった。それは...)

 

カキィィン。

 

放たれた打球は、鷹南の頭を越えて行く。センターのグラブに2バウンドで収まった。

これで一死一二塁である。

 

(愛川ボーイの本来の力には到底及ばない投球内容。ウチの打線では、彼から5点も奪うのは奇跡に近い。調子を崩しているのはウチの真中ボーイだけではなさそうだ。これは大きい)

 

昨年の秋大。自らが率いる三高が青道に勝利することが出来たのは、鷹南が投げなかったからだと、田原は正しく認識していた。

 

愛川 鷹南という比類なき絶対エースの存在ゆえ、青道には投手層の厚みがない。秋大で投げていたのはサイドスローの1年生だった。コントロールには目を見張るものがあったが、所詮は1年生の球威。青道の打線の奮闘虚しく、9対6という結果で終わった。

 

(愛川ボーイは高校野球(こんなところ)で終わっていい存在ではない。が、ウチの選手たちだって、充分甲子園に行く権利を持っている。君には悪いが、今年の夏は貰うぞ!)

 

 

打順は四番。決して怪物級の評価はないが、頼れる四番。決して青道の結城に劣るとは思わない。ここぞといった勝負時に滅法強い男だ。センバツベスト8の原動力。

 

(打てる。ユーなら打てるぞ、大前!)

 

2ストライク、2ボール。5球目。ベルトの高さのストレート。大前の最も得意とする球だ。

 

田原は大前の特大の当たりを幻視した。

 

 

 

 

パァァァン!

 

快音は響かず。沸く観客と、守備陣。驚愕に震えるのは、大前でも田原でもなく、意外なことに御幸であった。

 

(..はは、鷹南さん。喪った試合の投球勘を養うって、五回コールドを避けるために敢えて5点も与えといて。こんな球投げちゃあ、手ェ抜いてたの、バレバレじゃないですか)

 

やれやれ。鷹南の完全復活は喜ばしいことではあるが、このハチャメチャな男のコントロールに頭を悩ませることになるのかと、御幸は痛む眉間を目を瞑ることで刺激した。

 

 

 

唖然とする球場の空気。バックネット裏の某高校偵察部隊の構えるスピードガンには、今のストレートの速度が表示されていた。

 

 

 

『156km/h

━━━━━

154km/h 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後の二段表示は初速と終速の数字です。ちょっと現実的ではない数字にしちゃったんだぜ。多目に見てください。


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愛川 鷹南と鷲尾 彪真

やべぇ...もう前回の投稿からえらい経っちまった。

しかも久々の更新で内容は全く進んじゃいないまさかの仕様。

次の話は進むのは確定している。だから今回は外伝だと思ってくれると嬉しいぜ。

ちなみに時系軸的には描写のない春期大会1回戦を終えた直後の日曜日です。


ボクサー、篠原 佐京は夢に破れた男であった。

 

階級としてはライト級。日本人としては標準的な身長、体重で、自然な体重(ナチュラルウェイト)で戦う事を選んだ。しかし、イコール楽な道、ということではない。確かに減量という苦悩を強いられることがないのは事実であるが、それは当人以外にも適応される。

 

結局は厳しい道の中で、佐京は『天才』と呼ばれた程の逸材であった。高校2年の春から始めたボクシング。プロライセンスはその二月後に取得した。

 

プロデビュー戦は圧勝。相手は3戦3勝のホープであったが、佐京にとってはカモでしかなかった。元々負けん気が強く、その負けん気に比例して腕っぷしも強かった佐京は、デビュー時点で既に日本ランカーに匹敵する力があった。いくら期待の新人と言えど、所詮は4回戦のC級ライセンス。A級レベルの佐京の敵ではなく、1R32秒TKO。インファイト、アウトボックス。相手に合わせて両方をこなす佐京ではあったが、とりわけインファイトは鬼気迫るものがあった。ライト級最高クラスには及ばないものの、充分な破壊力を持つ拳。直線的な動きの速さは勿論、前後左右への自由自在な体重移動(ウェイトシフト)。そして、相手の全てを見通すかのような洞察力。至近距離での打ち合いでも、相手に触らせることのないスウェーからの連打が、佐京の代名詞になるのに時間は要らなかった。

 

 

順当に全日本新人王の座を手に入れた佐京は、同時に手に入れた日本ランキング10位の肩書きを有効に使い、みるみるとランキングを上げていき、初の日本タイトルマッチ。2R1分6秒でチャンピオンをマットに沈めた。この時、佐京は18才。ボクシング歴わずか一年半の快挙であった。

 

当時、王座変動の激しいライト級で、佐京が下した()チャンピオンも、決して長期政権を敷いていた訳ではなかった。それでも、若い王者の誕生はボクシングファンを歓喜させた。

 

 

佐京は現在(いま)にして思う。自分程度が、何をいきがっていたのかと。

 

自分が、並ぶ者のない『天才』だとは思わなかった。そこまで現実を見れていなかった訳じゃない。

 

それでも、一般人が越えられない壁の向こう側の、『特別』の一人ではあると、心のうちでは思っていた。

 

 

 

自信は、すぐに砕かれた。

 

 

日本ライト級チャンピオンとして、2度目の王座防衛を果たした直後、タイトル返上。佐京の目に世界が映っているのは、誰の目にも明らかだった。

 

確かに、いくらなんでも早すぎる、との声も少なくなかった。2度目の防衛の時点で戦績は8戦8勝8KO。その全てが4R以内で終わらされていた事を踏まえて、スタミナや限界ギリギリでの精神力が不安視されていたのだ。

 

それでも、佐京陣営は世界に乗り込んだ。不安は確かにあった。しかし、自分が負ける姿が想像出来なかった。

 

世界ランカー達は確かに強かった。国内では既に敵なしの佐京だったが、ランキングが上がるにつれて次第に苦戦が当たり前になってゆく。あれほど簡単にマットに沈んでいった対戦相手が、まるで倒れやしない。判定。正直、危ないこともあった。

 

それでも、戦績は伸ばして13戦13勝10KO。自分は確かに『何か』を持っている。そう思えた。

 

思っていた。

 

 

 

 

 

実を言うと、その試合の記憶はまるでない。

 

覚えているのは、ただ1つ。入場の際に相手が腰に巻いていたベルト。鈍く、しかし何よりも輝く宝物。

 

 

 

 

気づいたら、佐京は控え室で横になっていた。目を開けて一番初めに写った光景は、デビュー時から二人三脚でやってきたトレーナーの、あまりに悲痛な顔だった。

 

意識を取り戻した佐京に、トレーナーは何度も大丈夫か、と問う。何の話か分からない佐京は、疑問を口にしようとして、口が言うことを聞かないことに気がついた。

 

下顎骨複雑骨折及び顎関節乖離。

 

ボクサーとして、致命的な怪我。アゴをやられてしまったボクサーは、二度と元の耐久力を取り戻せない。

 

 

 

 

ボクサー、篠原 佐京の生涯戦績は16戦13勝10KO。世界タイトルマッチ後、復帰戦に2回コケた佐京は、呆気なく引退した。この時、わずか20歳だった。

 

 

 

 

それから30年。佐京は自分の所属していたジムの会長になっていた。引退後、トレーナーとしてボクシングと関わっていた佐京に、事切れる間際の前会長から託されたものだ。

 

所属するプロボクサーは7人。日本ランカー3人、日本チャンピオン1人。立派なものだと自負している。

 

そんな盛杜ボクシングジムの中で、最も才能があるのは誰か。実のところ、ランカーの3人でもチャンピオンでもなく、まして佐京でもなかった。そもそも、プロボクサーではないのだ。

 

 

佐京は、遠くにやっていた意識を戻し、中央のリングに視線を戻す。今はランカーの一人、ジュニア・ライト級4位の高見と、スポーツ会員(・・・・・・)のスパーリング中であった。

 

これは、本来ならばあり得ないことだ。スポーツ会員には、確かにボクシング技術を教えている。しかし、それはあくまでスポーツの範囲でのものだし、怪我などの観点からスパーリングは滅多に行わず、ましてプロとだなんて絶対にやらせない。

 

ボクサーの拳は人を殺せる。そんな事は佐京が身をもって知っているし、ボクシングを知らない者でも何となく理解している。ボクサーの拳は凶器そのものだと。

 

そんな凶器を、日本で階級別とはいえ五本の指にはいる位置にいる男が、素人相手に振り回している。言うまでもなく危険すぎる行為だ。しかし、佐京には止めるという選択肢はなかった。

 

 

リング上では、4位の高見がまるで子供扱いされているかのごとく、弄ばれているのだから。

 

 

高見は、実に器用な男であった。インファイト、アウトボックスを丁寧にこなし、終始落ち着いた試合展開で判定に持ち込む、玄人好みのボクサーとしてある程度の人気を誇ってもいる。云わば、全盛期の佐京のスケールダウン版。と言ったところだろうか。

 

スケールダウンとはいえ、それは高見にとってなんら恥じることではない。高見は佐京に憧れてこのジムの門を叩いたのだし、王座にこそ届かなかったが、比較相手は世界ランキング1位まで上り詰めた男なのだ。

 

その憧れの男と、遂に比較して貰える立場まで上ってきたのだ。高見は今、絶頂期であった。

 

 

 

 

ビィィィィイ!

 

アラームが鳴り響く。十数年間現役の、3分間カウントアラームだ。このジムでは佐京、トレーナー二人に次ぐ古株でもある。

 

「ありがとうございました、高見さん」

 

「...ハァ、ハァ...あ、ああ。こちら、こそ」

 

 

スパーを終えた二人はリングを降りる。どちらが優位だったか等と、試合を見るまでもない。試合後の今の様子が、何よりも内容を物語っている。

 

佐京からしても、高見は決して弱くない。全盛期の自分であれば確かにたいした敵ではないが、それでも国内なら最高クラス。現在の日本チャンピオンとやりあっても、勝機は充分存在する。

 

だからこそ、その高見相手に2Rを完封したスポーツ会員には、戦慄が走るのだ。

 

 

「...また、動きが善くなってますね。彼は」

 

いつの間にか佐京の隣にいた男が呟く。盛杜の看板選手、日本ライト級チャンピオン、宍戸 清隆その人であった。

 

「宍戸、次はお前がやるか?あいつ、まだまだ元気そうだぞ」

 

「はは、ご冗談を。防衛戦前に自信無くさせる気ですか?」

 

台詞こそ冗談めいているが、宍戸は本気で言っている。六連続防衛中のチャンピオンが、たかだかスポーツ会員を恐れている。笑い話にしては、最悪の出来だろう。あからさまに憂鬱そうにため息をつく佐京に、宍戸は何度目か分からない提案をする。

 

「...もう少し、具体的な話をしてみてはいかがですか?アレだけの逸材、遊ばせておくにはあまりにも...」

 

「だめだ」

 

何度目か分からない同じ回答。佐京は、彼を一度もプロに誘わない。宍戸はそれが不思議で仕方がなかった。

 

「何故です?会長、あなたは一番理解しているでしょう。彼の可能性を。日本のボクサーの夢の実現を」

 

経験豊富な宍戸は実は、世界ライト級チャンピオンとスパーの経験がある。アレは王座を初めて防衛した頃のこと。東洋王者であった日本人が、そのベルトを返上して挑んだ世界戦があった。

 

最初はチャンピオンのホームであるアメリカでの試合になるはずであったが、チャンピオンは妙に親日家らしく、挑戦者が日本人ということを知り、急遽会場を日本で、と言ってきた。挑戦者サイドも、チャンピオンの物見遊山的な態度に腹を立てたが、ホームでやれるメリットは充分過ぎるほど骨身に染みていたため、断ることはなかったのだ。

 

となれば、チャンピオンにはスパーリング相手が必要。それも、生半可なレベルではいけない。宍戸に白羽の矢が刺さるのは無理のない話だった。

 

実は宍戸と挑戦者は知り合いであった。宍戸が駆け出しのころ、日本チャンピオンとして頂点に君臨していたのは他ならぬ挑戦者だったのだ。

 

当時はまだ、宍戸が自らの地位を脅かす程の存在ではなかったこともあったのだろうが、挑戦者が居合わせた試合についてはよくアドバイスを貰ったものだった。

 

世界チャンピオンとのスパーリング。宍戸個人にとってもこれ以上ない経験になるだろうし、チャンピオンの癖か何かを見つければ、挑戦者への恩返しになるとも思ったのだ。

 

 

しかし、チャンピオンは、強すぎた。当時の宍戸では、まるで歯が立たなかったのだ。いや、きっと今でも到底及ばないだろう。何せ、いまだに奴は15回連続防衛中の化け物なのだ。世界ランキング9位の宍戸がいまだに本腰を入れて世界へ足を踏み入れない最大の理由でもあった。

 

 

才能。いやでも思い知る、可能性の限界。佐京も、宍戸もぶち当たった、どうしようもなく理不尽な絶対の真理。

 

 

そしてそれを、高見を圧倒した青年からも感じていた。

 

 

 

 

 

「あいつは、プロじゃ危険すぎるんだよ」

 

佐京の口から放たれたそれは、意外すぎる一言だった。宍戸は心底驚いた表情で問う。

 

「そんな事はないでしょ。確かに技術は覚えることがまだ山ほどありますが、隔絶した身体能力でその穴を完全に埋めています。既に国内レベルじゃあ最高クラスの実力がありますよ?」

 

「そういう話じゃ無いんだ」

 

「.....?」

 

では、何だと言うのか?

 

「...あいつには決定的にプロボクサーには向かない点がある。『人』で在りたいなら絶対に必要なものが」

 

「......」

 

「聞くが、宍戸。もし、アイツと公式の場で試合するとなったとして、アイツに負けるイメージが湧くか?」

 

「それは...」

 

確かに。宍戸ですら彼とのスパーリングは決して楽なものではない。恐らく今の段階でも、互いが全力のパフォーマンスで臨んだスパーリングでは、『勝ち』は難しいだろう。技術に関しては大きな差があるというのに。それほどに、彼の能力は飛び抜けている。

 

しかし、『負け』てしまうか、と問われればそうでもない。プロでない彼との試合結果を夢想するほど意味のないことはないかもしれないが、明確に負けるイメージは湧かないのだ。

 

 

「...あいつは本当に親父にそっくりだよ。容貌もさることながら、その超人的な身体能力。だけど、心に棲まわせているモノは全く違う」

 

「確か、彼の父親は...」

 

「鷲尾 彪真(ひゅうま)。元オリンピック陸上十種競技金メダリスト。その後、プロボクサーに転向して12戦全勝で世界を制し、海外遠征中に運悪くテロに遭遇してしまい、その短い生涯を終えた不世出の天才。...そう、アイツこそ、真の意味での天才だったよ」

 

その事件は宍戸も覚えている。日本人としては異例の陸上十種競技で金。その座を未練なく捨て、何を思ったのかプロボクサーになり、とんでもない早さで王座まで上り詰めた男。そんな日本の、いや世界の宝を喪ったニュースは、当時大きな騒動を起こした。もう15年にもなるのか。

 

「父親に比べて、アイツが劣っているとか、そういう話じゃあない。むしろ、素材としては親父すら越えるものを持っているかもしれん...。しかし、『人』としてはあまりにも未熟。アイツがキレたらどうなるか。少なくとも、今のアイツは父親には到底及ばないさ」

 

 

普段は明るく、可愛いげのある笑顔でジムでも人気者の少年に対する評価としては、あまりにも厳しいモノであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鷹南」

 

水道で顔を洗っていた俺の耳に、いつもより低いトーンの声が届く。どうせ、しかめっ面してるんだろうなぁ。声でわかる。

 

「...ぶはっ。...何ですか?会長」

 

佐京さんは、俺がお世話になっているボクシングジムの会長。現役時代は、それはそれは素晴らしいボクサーだったと聞く。本人は否定しているが当時のビデオを見る限り、『天才』に近い人物だと思っている。一度の敗戦で、自尊心を折られてしまったようだが、恐らく相手は相当の『天才』だったのだろう。その巡り合わせは不幸としか言いようがない。何かの手違いさえあれば、会長はきっと栄光を掴んでいたのだろうから。

 

「...野球の大会が始まったと鴣椋(こむく)から聞いたぞ。お前が高校のうちに此処に通う条件は、怪我が治るまで。部活に全力を注げるようになったら此処への出入りは認めないと言ったはずたが?いくらお前でも、こんなところで何かあれば、責任能力の有無を問われるぞ」

 

ああ、やっぱりバレたか。...ま、そりゃそうか。母さん、家に帰ってこないくせに俺や貴子の近況については何故か滅茶苦茶詳しいし。

 

「黙ってたのはすみません。一応、今日を区切りにする気はあったんです」

 

「それがいい。一度、ボクシングのことは忘れて「それはあり得ませんよ」...鷹南」

 

「約束ですから、暫くは通うのはやめます。でも、必ず戻ってきますよ。

 

 

 

俺は、まだ親父(オヤジ)のことは何も分かっちゃいないんですから」

 

 

 

 

 

お疲れさまです、と鷹南は話を切り上げて地下のロッカールームに降りて行く。恐らく、周囲の目につかぬように裏口から帰って行くのだろう。いつも彼はそうなのだ。

 

 

「...すまんなぁ。俺が不甲斐ないばかりに、アイツの孤独感は募るばかりだよ。記憶にもほとんど残っていない亡き父親が、自身の追い求める唯一の偶像だなんて。不毛だよなぁ、彪真」

 

一人ごちた佐京はチラッと廊下に掛けられた写真に目を向ける。

 

そこには、今よりいくらか若い様子の佐京と、腰に大きなベルトを巻いて、はにかむようにその美しい顔を寄せている『愛川 鷹南』にそっくりな男、そしてその男の腕に抱かれた、歯も生え揃っていない幼児がリングの上で肩を寄せあって写っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




愛川 鴣椋(こむく)

愛川 鷹南の実母、藤原 貴子の義母。歳は不明。藤原父と再婚するまでは鷲尾の名を名乗っていた。再婚相手の弁護士事務所に所属する立派な弁護士。

近々登場予定。詳細は後のち。


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極致

お久しぶりです。覚えてますか?福山 ◯治です!


...スリップなんでポイント加算は無しの方向でお願いだぜ!

死ぬほど忙しくて投稿の暇がありませんでした!

今回はインフルエンザで暇になったので、手慰みに丁度仕上げられました。


「それでなー、奴はこう言ったのさ!『カレーは飲み物じゃねぇ!』...ってさ!アハハハハ」

 

シーン.....。

 

「......」

 

「......」

 

「外した?」

 

「物凄く、な」

 

俺の鉄板ネタ、『加齢によるカレーの華麗なる処理能力』がまるで滑ってしまったかのような言い種だ。おかしい。俺はこの話を知り合いから教えて貰ったとき、三時間は腹抱えて悶絶していたのに。

 

「お前ら、朝から機嫌悪いのかなんか知らんが、空気を和まそうとした人の努力を何だと思ってやがる」

 

本日は快晴なり。昨日関東予選を快勝した我が青道高校野球部一軍主力メンバーには、束の間の休息が与えられた。のにも関わらず、全員が自主トレに来ているところ等から意識の高さが窺える。

 

そして、自他ともに認める主力の一人、この俺 愛川 鷹南がいるのはグラウンド。一軍は本来休養が宛がわれているので、此処にいるのは一軍控え、及び二軍三軍の全学年の選手達。勿論新入生も含まれる。

 

面白いのは、新入生と二、三年が別れてベンチに陣取っているところだろうか。

 

そう、これは青道高校野球部恒例、『新入生歓迎!...と見せかけボコボコにして自分をアピッちゃおうのコーナー』である。

 

今は春期大会の途中ではあるものの、高校野球の本番は夏。二、三年にとってはそこでベンチ入りするためのアピールには絶好の機会である。しかしながら、今日のこいつらの気合いの入り方はそれだけが理由ではない。

 

そして同時に、一軍の俺がこの紅白戦に呼ばれた理由でもある。

 

 

「はてさて。期待の新人クンはどんなもんかなぁ~」

 

見定めるは向かいのベンチに腕を組んで座っている細身の少年。

 

眠そうな顔と裏腹に、闘気がこちらまで伝わってくるかのようだ。

 

実はこの少年。昨日の夜、食堂で『この雑魚どもを(ピー)したら、俺の球捕ってね』と御幸に大声で伝えたらしい。少し違ったかもしれんが、そんな感じのニュアンスだった筈た。

 

そして、そんなことを一年生に言われてなんとも思わない上級生ではない。青道高校の層の厚さで二軍に甘んじているものの、中学ではバリバリレギュラーで活躍していた自信家達。プライドだって無くしちゃいない。『舐めんじゃねぇ』とばかりに牙を剥いている。厳つい坊主頭が多いため、ともすれば通報されても可笑しくない光景である。

 

 

話は戻って、俺が此処にいる理由。時系列的には昨日の夕方、まだ食堂で事件が起こる前。監督室に呼び出された俺は、今日の紅白戦に監督直々に呼び出された。

 

『降谷を測ってほしい』と。

 

降谷 暁。今年の一般入部枠でありながら、体力測定で遠投120Mをクリアした逸材。どうやら監督はこの降谷少年に大きな期待を寄せているらしい。なにせ、俺に当てる位だ。測ってほしい、なんて言いながら俺を抑える可能性が少なからず在るのだろう。でなけりゃわざわざこんな手の込んだ事はしない。

 

 

 

 

「...で、だ。いつまでこの虐めを続けんだよ?」

 

既に4回終わって16対0。いくらなんでも、同じ投手を引きずりすぎだ。あの一年生投手が潰れちまう。

 

「確かに気の毒ではある。しかしこの先、ウチで野球を真剣にしていくならもっと厳しい事がある。この程度で潰れるようなら、早めに諦めた方が本人のためだ。」

 

「そんなもんかねぇ...」

 

隣に座る増子が言うが、俺は素直には賛同しかねる。

 

ピッチャーってのは恐ろしくデリケートな生き物、に見えてしまう(・・・・・)

少しの精神のズレが、コンマ1㎜以下の体のズレを生じ、結果としてボール一個分の制球のズレを生む。

 

勿論、だからこそ強靭な精神は必要だ。増子の意見は本来100%正しい。だからここで論戦を繰り広げるつもりはないが...。

 

 

「...!いずれにせよ彼、今日はもうお役御免のようだね。...そんで、俺の出番、と。」

 

 

俺達の目線の先には、落とした肩で息をしながらマウンドを降りる一年生投手。

 

 

 

 

そして、真打ちが登場した。

 

 

「ピッチャー、降谷 暁!マウンドにあがれ!」

 

 

グラウンドの砂を踏み鳴らしながら、ゆっくり歩みを進める姿には貫禄を感じなくもない。貴子から聞いた話を考えれば、むしろその逆であって然るべきなのだが。

 

ま、何でもいいさ。彼から感じる一種のシンパシーが本物であるなら、むしろその貫禄は当然のものの筈だ。

 

「じゃ、悪役になってこようかね?」

 

ヘルメットを被り、手にはバッティンググローブ、そして握るバットを携えた俺は、ネクストサークルで降谷をガンつけしている同級生に仕方なく告げる。

 

「代打、オレ。」

 

「......!?」

 

あ、また外したっぽい。出番を奪うようで気まずいから冗談めかして言ったのに。...嫌われたくねぇなぁ。

 

「ま、待て鷹南!お前は出る必要ないだろ!邪魔すんな!あいつは俺が...!」

 

「悪いけど、お前の出番は終わりだよ。お前があの一年生を打てるか否かは今は関係ないんだ。俺が出るのはチームのため。理解してくれ」

 

あぁ!?こんな言い方したい訳じゃないのに!

 

気を遣いたいのに、口からうまい言葉が出ない。なんてバカヤローなんだ俺は。

 

自己嫌悪に苛まれながら、右打席に立つ。同時に主審をしている監督にまばたきを絡めたアイコンタクトを送った。

 

パチパチ、パチ。

 

『ワタクシ、キノウノホシュウジュギョウ、ハンブンネテマシタ。』

 

パチパチ。

 

『アトデセッキョウダ。』

 

げぇ!?つ、通じちまった!ふぅ、天才は辛いでホンマ。

 

 

おふざけはやめにして、軽い投球練習を終えた降谷に対してバットを構える。

 

見たところ、軽く流して130半ばの速度が出ていた。一年生には破格の速度。これでまだ軽く投げているだけなのだから、末恐ろしい。

 

それに何か普通の球と違和感がある。

 

 

「...愉しくなってきたなぁ」

 

こういう逸材の出現には、何度立ち会ってもゾクゾクする。現金なもので、既に俺は先程の同級生に対する罪悪感を失っていた。

 

はやく。はやく球がみたい。

 

投球動作がこれほど煩わしいと感じたのはいつ以来か、じっと俺は堪え忍ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《これで、やっと御幸先輩に受けてもらえる》

 

紅白戦に登板した降谷は、打者を前にしてもその事ばかり考えていた。

 

地元ではほぼ無名の投手である自分。それなりの理由があるとはいえ、当然強豪からの誘いはなかった。

 

そうしてたまたま目にした野球雑誌に載っていた天才捕手。東京都の強豪、青道高校において1年生からスタメンマスクを被る御幸 和也。

 

このキャッチャーなら、自分の全力を受け止めてくれるかもしれない。

 

自惚れでなく、事実として自身の球が特別なものであることは理解できていた。故に『特別』を捕るのもまた、『特別』でなければならない。『特別』でしか捕れない。

 

そんな事実に気づいてしまったが故の、視野の狭さが今の降谷を鈍感にさせていた。

 

 

振りかぶり、久しぶりの本気の投球。

 

わざわざ代打として出てきたわりには、打者からは何の気迫も感じ取れない。

 

今までのキャッチャーと同じ、自分のボールに恐れおののくだけの木偶。

 

 

 

 

ビリっ!

 

「っっ!」

 

球を放った刹那、それまで何の印象もなかった打者から、異様な気配を得た。あえて言葉で形容するなら『殺気』、とでも言うのだろうか。

 

 

キャッチャーミットに納まる筈ですらなかった自身の球は、何故か今、自身のグラブに納まっている。

 

 

 

打たれた。完璧に。

 

その事実は、理解が及ぶまで数秒を要した。目で追って反応したわけでも、反射で捕った訳でもない。

 

まさしく偶々、グラブに納まっただけ。結果としてはアウトカウントだが、勝負としては確実に負け。なんせ、同じことが二度とできる気がしないのだから。

 

 

半ば呆然としている降谷に、主審の監督が告げる。

 

「降谷!もういい、合格だ!明日から、一軍の練習に混ざれ!」

 

それを聞いてはっ、とした。確か、自分は御幸先輩に受けてほしくて此処に来たのだ。一軍に昇格するということは、それが叶うということ。

ジャストミートされたことを考えれば、むしろいいのか?とも思ってしまうが、せっかく上がれるならば文句はない。

 

 

しかし、このモヤモヤはなんだろうか。

 

今までは、誰かに自分の全力を受け止めてもらうことばかり考えていた。だが、そればかりで、自分の球が打たれることなんて想像したことが無かった。

 

 

 

降板を告げられ、後ろ髪を引かれながらもマウンドを降りる。降谷は気がついていないが、その胸中には、初めて圧倒的格上の選手との邂逅による興奮が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....本気か?愛川」

 

「もちろんです。あれは試合で伸びるタイプでしょ。うちの攻撃力を考えれば、早い内から多少無理しても経験は積ませとくべきです。才能は折り紙つきですけど、その他はダメダメですからね」

 

 

 

紅白戦の行われた夜。俺は監督室に報告に参上した。

 

 

「しかし、1年生を君と二枚看板(・・・・)扱いなど...!それはあまりにも優遇のし過ぎではないかね!?」

 

 

同席者その1の太田部長も、俺の提案にあまり賛成では無いようだ。

 

「その価値はあると思いますがね」

 

「ほかの一軍投手に示しがつかないんしゃないか?と部長は仰りたいのよ」

 

声のトーンからすると、同席者その2の巨乳メガネも反対派のようだ。

 

「二枚看板、とは言っても実質先発は彼にいってもらう感じで。守備と打撃で援護しつつ、ある程度で俺が投げます。甘やかしすぎと言われるかもですけど、彼は試合の素人ですからね。これぐらいでも十分な経験値になるはずです」

 

言ってしまえばとんでもない過保護だが、その価値は十分にある。宝石を傷つけないように最も光る場所に展示することの、何がおかしいのか。

 

 

部長と副部長はそれでもまだ納得はしていないようだ。とはいえ、俺のボキャブラリーもそこまで多くない。俺のこの気持ちはどう伝えればいいのだろうか?

 

 

「...今日、何故お前はピッチャーライナーを打った?」

 

思わぬ助け船は、監督であった。

 

「...恥ずかしながら、お察しの通り。『打たされた』んです。俺は、バックスクリーンにブチ込むつもりでした」

 

そう、俺はなにかを意図してアレを打ったわけではない。完全に押さえ込まれたのだ。

 

 

スピードは、恐らく145前後。キレ、ノビはそれほどでもない。

俺にとっては、そこまで驚異ではない程度の球の筈だった。120M飛ばす事ができると確信する程度には。

 

 

予想外だったのはその球威(・・)

 

インパクトの瞬間の重みは、其処らの投手とは桁違いのものであった。同じ球速であれば、俺よりも重いかもしれない。

 

...いや、確実に重いだろう。

 

 

そう正直に伝えると、3人とも驚いた表情をしていたがすぐに冷静さを取り戻した。

 

「お前が素直に他人を誉めるのは、御幸以来だな」

 

え、まさか俺が誉めたのがそんなに驚いたの?俺そんなに普段から偉そうなの?

 

「まあ、話はわかった。降谷の起用法については参考にしよう。今日は悪かったな。戻っていいぞ」

 

「あ、監督」

 

「ん?」

 

「1つ、全く別件...でもないんですがお願いがあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬわーっはっは!!昨日の今日で、もう二軍にきたぜ!春っち!こりゃ、降谷に追い付くのも時間の問題だな!」

 

「栄純くん、昨日は殆どまともに打たれなかったもんね。俺もそこそこアピールできたし、その息だと思うよ」

 

1年生。沢村 栄純と小湊 春市は昨日の試合の立役者。アピールに成功し、実践訓練が可能となる二軍に昇格したのだ。

 

今日からやっとボールが投げれる。沢村は期待に胸を膨らませ、グラウンドに踏み入れる。

 

「お、やっと来たか」

 

すると、待ち構えたように。半ば呆れたような、聞いたことある声が耳に届いた。

 

「あ、あんたは!!」

 

「『無欠』...」

 

 

 

「さぁ、お前らが最後だぞ。アップしてこい。今日も試合だ」

 

『無欠』愛川 鷹南。その名の通り、何一つとして能力の欠点を持たない、全国トップクラスの選手。

 

「青道高校野球部二軍、一日監督代行の愛川だ。よろしくな」

 

そういって愛川は顎でクイっと、一塁側のベンチを示す。

 

 

「今日の相手はあのチンピラどもだ。勝っていいぞ」

 

 

 

あー、なるほど。遠目にもガラの悪そうな奴らが多い。あ、髭の生えた奴もいる。こりゃチンピラだわ。

 

沢村はぼー、っと乱闘になった際の対処法をイメージしていると、隣の春市が小さく震える。

 

「どうした?春っち?」

 

「あれ、嘘でしょ...

 

 

 

 

青道の一軍レギュラー陣だ!」

 

 

 

 

青道高校、愛川 鷹南のいない一軍レギュラーVSその愛川率いる二軍。

 

平時であれば明確な住み分けがされた、争うことの無い2つの勢力。

 

戦いの火蓋が、今。

 

 

切って落とされた。

 

 

 

 

 

 



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ノースロー

おひさ。

ゴールデンウィーク中にあげるつもりだったけど、いつの間にか9月。

1つ年をとってしまったよ。みじけーしわりぃね


高く舞い上がった白球は、高いネットの最上段に突き刺さった。130Mは飛んだんじゃないだろうか。

 

 

「さすが哲...。二軍レベルの投手じゃ抑えられんわな」

 

 

俺が監督に頼み込んで実現した一軍VS二軍。俺が出ていないとはいえ、一軍はさすがの攻撃力。既に試合は三回終わって4回表。6対0のスコア以上の圧倒的な内容。

 

こちらのベンチでスコアラーを勤めている部員も、つまらなそうにペンを器用に回している。

 

俺とて勝てるとは端から思っていない。そんな簡単に勝てるのであれば、わざわざこんな試合を組んだりしないから当然だ。

 

二軍チームの投手は二年の川島。大して特徴の無い凡庸な投手だが、その分欠点が少なく、言うなれば都合のいいピッチャーと評価できる。

が、そもそもとして一軍を抑えるにはやはり実力が足りないようだ。

 

「愛川先輩」

 

さて、次は誰に投げさせたものか、と思案していると、俺のとなりに座っている少年が話しかけてきた。彼は一軍レギュラーの小湊亮介の弟、春市くんである。

 

「この試合に、何の意味が在るんですか?一軍と二軍のメンバーの入れ替えなら相手は一軍控えの方が適当でしょう。けど一軍の練習なら、あなたがこっちのチームの指揮を執る意味が無い。監督は何を考えているんですか?」

 

ほうほう。一年生の癖にいっちょまえに試合の意味を考えてるとは。なるほど、あの亮が劣等感すら覚えているのも納得が行く。

 

こいつもアタリ(・・・)だ。

 

「ま、あんまりその辺は気にすんな。試合に出たら全力を尽くす。それだけ考えてろ。この回代打いくぞ小湊。」

 

「え、あ、はい!」

 

持参の木製バットを持って素振りに行く春市くん。

大変素直でよろしい。

 

 

さて、アタリはあと何人いるのやら...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局。試合は11対3で終了。二軍は四人の投手の継投でなんとか最後まで投げ抜き、代打の小湊の右中間へのツーベースを基点に三点を奪取。スコアを見れば完敗もいいところだが、俺個人の感想でいえばおおよそ満足の行く結果であった。

 

あくまで俺は、であるが。

 

 

「なんで俺を出さなかったんだよ!あんた俺に一回からアップで走ってこいとか言ってから終わるまで声かけてこねーじゃねぇか!」

 

大きい身ぶり手振りで不満を訴え、上級生相手に遠慮なくタメ口利いてくる一年生。もはや有名人の沢村栄純。

すげーな、こいつ。怖いもん無しか。

 

まあ、言ってることはもっともだ。一回から体を暖めておけと言われれば、そりゃあ自分に出番があるとおもうさな。

 

「単純に実力順だよ。他意はねぇ。」

 

「なんだとこのヤロー!結局滅茶苦茶点取られたじゃねえか!」

 

「お前を今日使っていたら、あと5、6点は取られたさ」

 

うっ、と勢いを無くした沢村が仰け反る。

おそらく、昨日増子に打たれたことを思い出したのだろう。あのフガ男、今日も元気に一発ぶちこんでたしな。

 

「いいか、沢村。やつらはお前より長く生きて、長く野球に触れてきた。いい指導者の元で、野球第一でな。お前が現時点で勝るものなんか何一つねぇ」

 

「........」

 

「お前はバカだしうるせーし礼儀もなってねえし。野球の実力も無いくせに、そーゆー社会的な能力も皆無。今んところ、俺はお前を2軍に昇格させたのは監督のミスだと本気で思っている」

 

「...あれ、フォロー1つもなし?」

 

 

結構ショックだったのか、勢いを失った沢村。

狙い通りではあったが、俺も少し大人気なかったか。

 

実を言うと、俺は沢村に対しての評価をこの二日間で大いに改めていた。

少し前までは評価以前に素人臭さが目立ち、歯牙にもかけていなかったのだが、昨日の紅白戦でのマウンドでの立ち振舞いには正直驚かされた。

あれほど劣勢で沈んだ雰囲気の中で起用されては、並の投手では自分の力なんて80%も発揮できやしない。

しかし、こいつはあの環境で不敵な笑みすら浮かべやがった。それに見合う実力なんか無いくせに。

 

自信の力に対する過信。言い方を変えればこんな悪口になりかねないが、俺は素晴らしい特色だと思う。

 

『自分は打たれない』。そう思える投手はそれだけで強い。そして、勝ち上がっていくチームの投手には必ず備わっている才能。

 

沢村は、最も重要な投手の才能をしっかりその身に宿していた訳である。

 

だけれども...。

 

 

「悔しかったら、次までに実力をもっと着けておけ。今のままじゃ、何時までたっても降谷に追い付けねえぞ。エースなんて夢の夢だ。とりあえずグラウンド周りをもう5周してこい」

 

まだ足りない。足りなすぎる。

俺の夢に使う(・・)には、必要なものが多すぎる。

 

 

ちくしょー!と叫びながら肩をいからせ走りに行く沢村。文句いいながらも苦言を受け止めるのもあいつの良いところだな。

 

 

 

 

「...で、おまえの言うとおり。沢村は投げさせなかったが、ホントに良かったのか?投げさせた方が明確になったと思うが...」

 

俺は選手たちがグラウンド整備に出ていったところで、問いかける。

 

反応するのは、気配を消していた、こちらのスコアラーだ。

 

 

「.....必要ない。あの程度の実力では、それこそ無駄だ。そもそもの基礎体力が足りないのだから、時間は有効に使うべきだろう」

 

 

「...まあ、任せるけどさ。沢村の教育係はお前だしな

 

━━━━━クリス」

 

滝川・クリス・優。

 

かつて天才と呼ばれたその男は、冷ややかな笑みを浮かべ、どこか確信を持った様子で頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

義父(とう)さんたち、今日も戻れないのか?」

 

「今、大きい案件を抱えてて、過去の判決の資料をかき集めているんだってさ。あと一週間は泊まり込みだって」

 

日曜日の夜。8時を過ぎた頃に、俺と貴子は夕食に手を付けていた。話題はもう一週間は顔を見ていない両親の事。

 

「ふーん。一流弁護士の事務所は大変だ。...おかわり」

 

「ちゃんと野菜も食べなさいよね。減ってないわよ」

 

「食べてるようるせーな」

 

「は?」

 

「...なんでもないです」

 

やべぇ。口をついて文句が出てしまった。『は?』のトーンがガチだったぞ。

 

いかんいかん。飯は作ってもらってる分際で、こんな態度は確かに失礼だったな。

 

「あと部屋の前に洗濯物を積んでおいたからね?ちゃんとタンスにしまっておいてよ」

 

「ああ。わりーな、いつも。たまには洗濯物くらい俺がやっても「勝手に洗濯物に触ったら殺す」...はい」

 

...日頃の感謝の意を込めての提案は、怒りを煽っただけでした。つらい。

 

しかし、めげないぞ俺は。思い立ったが吉日!日はおもっきり変わるけど、明日の朝食は早く起きて俺が腕を奮ってやろう!

 

フフ、貴子の驚く顔が見物だな...。

 

「いつもありがとうな、貴子」

 

「...な、なに急に。どうしたの?なにか変なものでも食べた?...って誰の料理が変なものよ!」

 

怒る貴子。

 

...いや、流石にそれは理不尽では...?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝。お米4合を使ったオムライスを振る舞った。朝からこんなに食えるか!と叩かれた。

 

美味しいのに...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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