紅 -kurenai- 武神の住む地 (ヨツバ)
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武人の地
交換留学


こんにちわ。
紅-kurenai-と真剣で私に恋しなさい!のクロスオーバーです。
世界感の融合や力関係のバランスが難しいですが頑張って書こうと思います。

違和感が無いようにしますが、あっても生暖かい目で読んでってください。(ここ大事)

では、始まります!!


001

 

 

とある週末の夜。真九郎は夕乃たちから迫られていた。迫られていたというのはあることに関して詳しく説明を求められているのだ。

今の状況を説明するならば五月雨荘の真九郎の部屋にて夕乃、紫、銀子、環、闇絵が夕食を食べている。

 

「真九郎よ転校ってどーいうことなのだ!!」

「違うよ紫。転校じゃなくて留学。交換留学だよ」

「何が違うのだ!!」

 

転校は違う学園に移籍すること。交換留学は短期だが違う学園で学ぶことだ。

 

「同じではないか!!」

「違うよ紫」

「だが真九郎と会えなくなるのは同じではないか!!」

 

それは否定できない。転校だろうが留学であろうが遠くに行くのは同じである。

なぜ真九郎が留学するはめになったのかは3日前の話となるのだ。

 

「もしかして、星領学園にきた交換留学の話ですね真九郎さん」

「うんそうだよ夕乃さん」

 

 

3日前の星領学園にて真九郎は生活指導の先生に職員室に呼び出されていたのだ。

真九郎が無事に二学年へと進級し、去年の濃すぎる1年間を思い出していたら生活指導の先生に出会ったのだ。

実は星領学園にある学園への交換留学がきており、その交換留学に行かせようとのことだ。なぜ選ばれたかというと単位を取らせるためである。

真九郎は生活態度は良いのだが、いかんせん成績が低いのと、欠席の多さが目立つ。一学年から二学年に上がれたのは先生としても喜ばしいのだか、去年と同じようなことを繰り返されると次回が危ないのだ。

だから交換留学を体験させて単位を取らせようと先生は考えたのだ。余計なお世話かもしれないが先生として心配してくれたということである。

 

「交換留学ですか・・・」

「ああ。3ヶ月間の交換留学だ。これを成し遂げれば単位は完璧だ」

 

交換留学と言われてもあまり実感はしない。興味が無いからだ。だから断ろうとすぐに決めた。

しかし先生はなんとか留学してもらおうと説得してくるのであった。

 

(交換留学する気は無いんだよな。でも単位は必要だ・・・)

 

揉め事処理屋として働いている真九郎には学園の単位が欲しいのは確かである。仕事は日にちを選んでくれない。

そのせいで授業に出られない事が度々あるのである。だから断ろうと最初は考えていたが、説得させられているうちに迷い始める。

師匠である法泉は「若いうちは何でも経験した方が良い」と言っている。これもその1つである。それに揉め事処理屋として他の町でパイプを作るのも良い手だ。

作れるかどうか別であるが。

 

「先生としては行ってもらいたい。しかし最終的に決めるのは紅だ。1週間待とう。よく考えてみてくれ」

 

なかなか長い説得を聞き終えて、渡された交換留学の資料を読む。

留学先は川神市にある川神学園である。

 

 

「かわかみ学園?」

「ああー聞いたことあるある!!」

「環よ。どんな学校なのだ」

「武術がとっても盛んな学園なのよ。実は私さ川神学園のOBの空手家と試合したことがあるのよ。いや~強かったよ。勝ったのは私だけどね」

 

川神学園は武術が盛んな学園として有名である。さらに武術だけでなく学力も高いのだ。とても有名な学園だ。

 

「で、真九郎はその川神学園に留学すると」

「そうだよ銀子。単位を取りつつ向こうで揉め事処理屋としてのパイプを作ってみようかなって思ってさ」

「無理よ」

 

ズバリと否定してくる。それには苦笑いで返すしかなかった。だが何事も経験である。師匠である言葉だ。

 

「本当に行くのか真九郎」

「うん。大丈夫だって紫。もう会えないわけじゃないんだ。それに川神市って案外近いよ」

「そうなのか?」

「うん」

 

案外近いものだと携帯電話の画面に地図を現す。電車でも車でも行こうと思えば行ける距離である。

休みの日に戻ってこれるし、真九郎に会いに行ける距離だ。それに少しは納得する紫であった。それでも顔は不満の膨れっ面だ。

 

「むう。真九郎が決めたことだからな・・・ワガママを言ったら迷惑をかける」

「あーん紫ちゃんは偉い!! 私なんて真九郎くんが居ないと夜が寂しいよ~」

 

酒を飲みながら環は真九郎に抱きつく。この光景もいつものことであり、「酒臭い」と言うのもいつものセリフであった。

そんな中、夕乃はブツブツと呟いており、銀子は何かを考える。

 

「少年よ。どこか旅に行くのは悪い事ではない。新たな地では新たな発見があるものだ」

 

闇絵がいつものように何かをアドバイスしてくれる。どんな内容にしても、そのアドバイスはいつも助かる。なぜなら覚悟ができるからだ。

去年の1年間はアドバイス通りに何かがいつも起こる。良くも悪くも。

 

「それとまた女難の相が出ているぞ少年」

「またですか」

 

このアドバイスには苦笑するしかない。女難の相は真九郎にいつも衝撃的な出会いをさせるからだ。もしかしたら今回も川神学園で衝撃的な出会いがあるかもしれない。

いや、あるだろう。前にニュースで見たことがある。九鳳院財閥と同じく大企業である九鬼財閥が過去の偉人を転生させたクローンがいるというニュースである。

これには世間を騒がせた。星領学園でもよく話しのネタとなっている。それでも世の中で気にする人と気にしない人もいた。

そして川神には武神と呼ばれる武術家がいる。噂を聞くに漫画であるようなビームも放てると言うのだ。なんとも規格外である。

今年もきっと濃すぎる1年が始まるのだろう。そう思いながら食事を続ける。

 

 

002

 

 

真九郎は交換留学をすることを決めて先生の元へと向う。その足取りは軽い。

職員室に入るとなぜか夕乃と銀子がいた。2人が職員室にいるのは珍しいことだ。先生に交換留学に行くことを話すと「そうかそうか。紅が行くことを決めてくれて嬉しいよ」と言ってくれる。

そして夕乃と銀子がこの職員室にいる理由も話してくれた。なんでも2人も同じく川神学園に交換留学するらしい。これには少し驚く。

銀子はこういう類に興味が無いはずである。なのに交換留学に参加するとは珍しいのだ。

 

「本当なのか銀子?」

「悪い?」

「いや、悪くない」

 

次に夕乃。彼女はもう3年であり、いろいろと忙しい時期である。そんな時期で交換留学に参加するというのだから大変だろう。

しかし夕乃は星領学園の成績は優秀である。このまま維持していけば問題は無い。先生も彼女の優秀さならば交換留学に行かせても問題ないと思っているのだ。

それに留学先の川神学園は有名な学園であり、学舎としても問題ない。3年生が行こうと申し出ても拒否することはない。

 

「真九郎さんが心配なんです。だから私もついて行きます」

「そうですか」

 

いつも心配されている。彼女からして見ればまだまだ半人前ということなのだろう。しかし実際は夕乃からしてみれば真九郎に余計な恋敵を増やしたくないからというものもある。

去年の1年間でそれを学習したのだ。今年はさらに目を光らせねばならないと思っているのだ。

 

(真九郎さんは何故かどこでも女性と縁がありますからね)

 

その女性の縁がいつも大変なのは運が良いのか悪いのか分からない。

 

「崩月先輩は3年で忙しいんじゃないですか。無理に交換留学に行かないほうが良いんじゃないですか?」

「あらあら村上さん私は大丈夫ですよ。私はうちの真九郎さんが心配で行くだけですから」

「うちの真九郎?」

「はい。うちの真九郎さんです」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 

そんな後ろ文字が見えるのであった。

これで星領学園から川神学園に3人の交換留学が決まったのであった。

 

 

003

 

 

金曜の放課後。風間ファミリーと呼ばれるグループがある。彼らは金曜集会と呼ばれる集まりに全員集まっていた。

簡単に言うとただ集まって駄弁るだけであるが彼らはその時間をとても大切にしている。

そんな中で軍師と呼ばれる大和があることを言い出す。

 

「みんな知っているか。うちに交換留学生が来るって話」

「何、可愛い子ちゃんか!?」

「それは分からないよ姉さん」

 

百代が「可愛い子か!?」と反応したら岳人も反応する。そして彼の好みである「年上年上」と言うのであった。

 

「それにしてもうちの学園はどんどん人が増えるわね。義経たちや松永先輩でしょ」

「そうだね。いきなりの転校ラッシュだよ」

「今回は交換留学だけどな」

「ったく、うちのじじいは何も言わないからな」

 

過去の偉人であるクローンが転校してきたのだ。交換留学生がどんな人でも驚かない自信はあるかもしれない。

しかし、今回来る交換留学生は偉人のクローンとはまた違った濃い人物達であることをまだ知らない風間ファミリーであった。

 




読んでくれてありがとうございます。
感想などあればドンドンください。待っています。

最初はこんな感じです。(プロローグ)
マジ恋の時系列はsから始まりで、紅は歪空の戦いの後からですね。

この物語の紅勢は原作や漫画、アニメの設定をいくつか拝借しています。

次回もゆっくりとお待ちください。


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武術家の集う学園

こんにちわ。
今回は真九郎たちがついに川神学園に来た話です。
ま、自己紹介の話ですね。

では、始まります。


004

 

 

金曜の真夜中。川神学園の屋上にて武術を極めた者たちが酒盛りをしていた。全員が渋い飲み方をしているのであった。

 

「ほっほっほ。こうやって月を見ながら飲むのも悪くないわい」

「総代、飲みすぎないでくださいネ」

「分かっておるわい。それにしてもヒュームや、この学園はどうかのう?」

「ふん……赤子だらけだな。だが、マシな赤子もいるのも確かだ」

 

ヒュームはこの学園の学生たちの評価を簡単に話した。世界最強と言われる彼からしてみればの評価である。そのマシな赤子とは数名くらいだろう。

自分の孫はどうかと聞く鉄心にヒュームは「修行不足」と簡単に言い放つ。それを否定出来ない。本当だからである。

いつもサボリ癖のある孫娘には困っている。センスだけで、早い段階で武術を極めてしまった弊害であるだろう。

 

「まったくウチのモモは真面目に修行してくれれば良いのじゃがのう」

「マッタクその通りですヨ」

 

ため息を吐く2人であった。

 

「ところで新しく川神学園に交換留学生を招くそうだな」

「何じゃ知っておったのか。全くどこから仕入れたんじゃ」

「私たちにかかれば簡単なことです。と言っても噂程度で聞いた話ですよ」

 

クラウディオが酒を飲みながら説明を補足する。何もスパイの如く情報を知ったわけでは無い。ただ学生たちの噂話を聞いたから今聞いてみただけである。

 

「近頃の学生はどっから情報を仕入れているんじゃ」

「総代。ワタシは交換留学について知っていましたガ、何人来るのですカ?」

「ほっほっほっほ。3人じゃ」

 

右手の指を3本立てる。

 

「そうですカ。シカシ、その交換留学生がかわいそうでス。クローン組の義経たちに松永燕の登場で学園の生徒たちに驚きを与えていますかラ」

 

その中で交換留学生が来ても新しい驚きは無いだろう。クローン組も燕も初登場は驚かせる場面であったからだ。

 

「確かにそうですね。過去の偉人であるクローンと武神とまともに戦った松永燕様。それ以上の驚きはそうそう無いかと」

「うーむ……確かにそうじゃな。出来れば先に交換留学生たちを学園に呼びたかったわい」

 

ここで「しかし」と鉄心は付け加える。その顔は何か驚かせる隠し玉を持っているようである。

 

「どうした鉄心?」

「実はその交換留学生のうち1人はクローン組や松永よりもある意味有名なのじゃよ」

 

世間を騒がせた過去の偉人のクローン組や学園を騒がせた燕よりもある意味有名と聞けばヒュームたちが気になるのは当たり前であった。

その「ある意味有名」という言葉が引っ掛かるが聞けば分かる。そして鉄心は、もったいぶらずに続けた。

 

「その交換留学生の1人があの裏十三家なんじゃよ」

「何!? 裏十三家だと!?」

 

裏十三家。この単語を聞いた瞬間にリー以外が驚いた顔をした。

 

「総代、ソノ裏十三家とは一体なんですカ?」

「ルーは知らなかったかの。裏十三家とはこの国の裏世界の頂点に君臨していた家系じゃ」

 

現在では裏十三家の半数が断絶、廃業しているがその勇名、悪名、凶名は今なお畏怖の象徴として語られている。

そのため裏世界では強く影響を残しているのだ。

そのことを聞いて驚く。そして険しくなる顔。そんな内容を聞けば学園に招いて大丈夫かと心配になるのは当然であった。

 

「まさか裏十三家筆頭とか言うつもりか?」

「大丈夫じゃよ。来るのは崩月じゃ。それに大和撫子が似合う女の子じゃ」

 

ニッコリと笑うのであった。

 

「崩月ですか。・・・確か穏やかで温厚な者ばかりと聞いていますね」

「逆鱗に触れれば、その恐ろしさを味わうがな」

 

川神にさらなる者たちが集まるのであった。

 

 

005

 

 

月曜日の朝。川神学園のグラウンドにていつも通り学長である鉄心が朝の挨拶を行う。

その挨拶が終われば次は交換留学生の紹介が始まる。知っている者はどんな学友かと気にし、知らない者は「また?」っと思うのであった。

 

「これから学園に新しい学友が増えるぞい。みんな仲良くするんじゃぞ」

 

交換留学生は合計3人。3Sに1人、2S1人、2Fに1人である。

それぞれのクラスは新たな学友がどんな人物かとワクワクする。女子か男子かと言ったり、特別なSクラスに来る人を歓迎してやろうと言ったり様々である。

一部の男子学生は可愛い女子を所望しており、カメラを持つ者まで現れているほどである。もちろん女子学生も同じ考えである。

最初に壇上に上がったのは3Sに所属する女子。大和撫子と言う言葉が似合う崩月夕乃であった。

 

「皆さんこんにちわ。私の名前は崩月夕乃です。短い期間でありますが今日からよろしくお願いします」

 

優しい笑顔を川神学園の学生たちに送る。なれば男子学生は大はしゃぎであった。あと一部の女子も。

 

「大和撫子キター!!」なんて言う者もいれば「清楚と大和撫子で完璧コンビ」とも言う者もいた。

パシャパシャ写真を撮る音も聞こえる。

 

「うおお。すっげえ美人!!」

「うん。それに黒髪も綺麗だね」

「うーん・・・どんどんと美人が来て自信無くしそう」

 

それぞれの学生たちが夕乃に様々な感想を抱く。しかし中には注意深く観察する人物もいるのであった。

 

(あれが裏十三家の崩月か。特に闘気や殺気を出しているわけでは無いな)

 

それとなくヒュームは軽く闘気を夕乃にぶつけてみるが気にしてない反応であった。

夕乃も気付いているが相手からぶつけられた闘気が自分を試すようなものだったので受け流した。

 

(あの金髪の老執事からですね。確か紫ちゃんと同じ世界財閥である九鬼財閥の執事ヒュームさん)

 

裏十三家である夕乃は独自の情報網を持っており、今日のために川神についていくつか情報を持っている。

そのうち九鳳院と同じ世界財閥である九鬼財閥についても知っていたのだ。

彼の反応からやはり裏十三家のことを知っているのだろう。どう思っているかは分からないがこちらから敵対するつもりは無い。

 

(でも真九郎さんに何かしたら許しません)

 

大事な人を守るためなら老若男女を問わず敵対する者は敵として徹底的に叩き潰すと心に決めている。

 

(真九郎さんはうちに婿入りするのですから)

 

裏十三家であろうと夕乃は恋する乙女である。

夕乃の挨拶が終わり、次は2Sに所属する女子学生が壇上に上がる。彼女の名前は村上銀子。

 

「おはようございます。村上銀子と言います。これからよろしくお願いします」

 

淡々と挨拶をこなす銀子。

冷静な挨拶でも川神学園の学生たちは興奮している。また同じく「眼鏡っ子キター」や「クール美人だ」とか言っている。

特に2Sのクラス連中は様々なことを言っている。

 

「ほぉ、此方のクラスに来るか。これは可愛がってやらねばのう」

「若。あの子とか良いとか思ってるんじゃない?」

「良いですね。口説きたくなります」

「義経たちのクラスに新しい学友が来る。これは仲良くしなければならないな」

「そうだね~主は可愛いね」

 

2Sの連中は様々なことを思うのであった。しかし銀子も2Sの個性的な面々に負けていない。彼女は裏世界で有名な情報屋である村上銀次の孫である。

祖父の銀次にはまだ及ばないが、銀子の才能は間違いなく凄いと言えるのだ。真九郎が絶対の信頼を置いているほどである。

そんな彼女なら個性的すぎるSクラスでも上手くやっていけるだろう。コミュニケーションが上手くとれるかは別としてだが。

そして最後は2Fに所属する男子学生。紅真九郎の挨拶の番である。

 

「おはようございます。俺は紅真九郎。今日からよろしくお願いします!!」

 

無難な挨拶をする。そんな彼を見て2Fの学生たちもそれぞれ感想を言うのであった。

 

「へえ、悪くないわね。イケメンと言うよりもカワイイ系かな」

「ヒョロそうだなー。俺様の筋肉を見習わせたいぜ」

「何か武術とかやってるのかしら?」

「紅真九郎か」

 

2Fのクラス連中はそれぞれ思うのであった。それに他の2人と比べると盛り上がりは少し低い。

しかし2Sの英雄や1Sの紋白は顔を笑顔にした。

 

「おお、我が友の真九郎ではないか!!」

「知り合いですか英雄?」

「うむ。去年に知り合ったのだ。彼には助けられたことがある」

「そうなんですね。じゃあ英雄の友達なら私の友達でもありますね」

 

1Sのクラスでも似たような反応が起きている。

 

「おいクラウ爺よ。真九郎だぞ!!」

「そうですね紋様。またお会いすることができましたね」

「うむ。早速スカウトに行くぞ!!」

「あの~紋様。あの紅さんと知り合いですか?」

「うむ。その通りだムサコッス」

 

真九郎も一部の濃い面子に人気があるようである。

これにて朝の挨拶は終わる。真九郎たちは各々が自分のクラスへと向うのであった。




読んでくれてありがとうございます。
感想など待っています。

内容通りで真九郎は九鬼と実は知り合っていたことにしました。
話のネタを広げるための処置です。

どうなるかは未定ですが、次回もゆっくりお待ちください。


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川神学園の歓迎

こんにちわ。
タイトルで予想できるかもしれませんが、真九郎が川神流の歓迎を受けます。
相手はあの女性です。

では、始まります。


006

 

 

真九郎はさっそく2Fのクラスの学生に歓迎を受けていた。質問攻めというやつだ。

多すぎてどこから質問を答えればいいか悩んでいたが、担任の教師である梅子の鞭捌きでクラスは静かになる。

鞭を持っている担任なんて汗がタラリなのだが。

 

「質問は1人1回だ!!」

「えっと、まずは改めて自己紹介しようと思います」

 

自己紹介を始める。

自分の好きな物や苦手な物、得意なことを話していく。得意なことは家事全般である。五月雨荘で鍛えたのは誇れるはずである。

そして大事なことを言う。それは真九郎にとって名刺のようなものである。

 

「俺は揉め事処理屋をやっています。何か困りごとがあれば力になります」

 

揉め事処理屋は必要ならば実力行使で何でも解決します的ないわゆるひとつの何でも屋のような稼業である。

その、何でもの幅は広く深い。表から裏の世界まで揉め事を解決するからだ。

 

「皆さん。何か困りごとがあれば俺に相談してください」

 

笑顔で自分の職業を宣伝するのであった。揉め事処理屋と聞いて2Fのクラスはザワザワとする。初めて聞いた職業だからだ。だが内容は何でも屋というのは理解できた。

2Fのクラスの中でも特に源忠勝が興味を持っていた。なぜなら彼は里親の宇佐美巨人が営んでいる代行業を手伝っているからだ。

どうやら揉め事処理屋と代行業は似たような職業である。ならば必然としてライバル関係になる。

 

「揉め事処理屋ねえ」

「お、気になるのかゲンさん!!」

「うるせぇ。黙ってろ・・・まあ似たような職業だからな」

 

ここから1人1人の質問攻めが始まる。

 

「頭は良いのか?」

「好きな食べ物は?」

「揉め事処理屋ってどんなんか?」

「彼女はいる?」

「武術はやっているの?」

 

真九郎は1つずつ丁寧に質問を答えていく。

 

「頭の良さは平均くらいかな」

 

学業成績に関しては努力してやっと平均が取れる程度だ。仕事との兼ね合いで勉強が疎かになってくるのでまだ努力が必要である。

 

「好きな食べ物は・・・おにぎりかな」

 

おにぎりが嫌いな人間はいないだろう。

 

「揉め事処理屋は何でも屋と思ってくれれば幸いですね。物探しや荒事の解決とか様々です」

 

本当に何でも屋である。ただ普通と違うのは表世界でなくて裏世界も携わるくらいである。

 

「彼女はいません」

 

彼女はいないが真九郎は案外モテる。その真九郎に恋を抱く女性たちは一癖も二癖もあるのだが。

幼馴染だったり表の三大財閥の娘や裏十三家の姉弟子だったり、殺し屋だったりと複数である。もしかしたら揉め事処理屋の仕事の中でも恋に落ちた女性が他にいるかもだろう。

 

「武術はやっています。格闘技ですね」

 

真九郎の学ぶ格闘技は便宜上では崩月流と呼ばれている。しかしそれは、いわゆる武術とは一線を画するものだ。

武術とは基本的には誰でも学べるものだが崩月流はそうした普遍性ではない。人間を壊すのに特化された武術とも言えるだろう。

実際に真九郎の師匠である法泉もある意味ケンカ殺法だと言っていた。ケンカ殺法と例えて良いかは分からないのだが。

 

「よろしくお願いします」

 

あらかた真九郎の自己紹介と質問攻めが終わる。これで授業に入るかと思えば入らないのが川神学園だ。

ポニーテールが印象の元気ハツラツ、天真爛漫な女学生が手を挙げる。また「質問だろうか?」と思う。

 

「ねえ紅くんは武術をやっているんだよね。なら川神流の歓迎をするわ!!」

 

彼女は川神一子。一言で表すなら努力家少女だ。いつも頑張り屋でみんなから愛されている。

そんな一子が川神学園のワッペンを手に持つ。それを見た2Fのクラスのみんなは理解する。それは決闘である。

真九郎も川神学園で決闘が行われているのは知っている。最初に説明された時は驚いたものだ。なぜなら学園で決闘が設けられているなんて普通では無い。

しかも当たり前だが勝者が正義と言うべきか、問題を決闘で解決した場合は勝者が正義となる。

 

(本当に最初聞いた時は驚いたな。もしかしてこの学園から決闘を紹介する者が裏世界に放たれたりしてるんじゃないか?)

 

そんなことは無いだろうが可能性は0ではない。「悪宇商会にも就職してないよな・・・」と小さく呟いてしまう。さすがに無いだろうが。

それはさて置き、一子は真九郎の前に来て机にワッペンを叩き付ける。決闘の合図だ。これで同じくワッペンを叩きつければ決闘が成立するのだ。

 

「どう?」

 

いきなりの荒い歓迎である。しかしこれが川神学園の歓迎なのだ。周りの学生はいつものことだと言わんばかりの顔をしている。それを見て「えー・・・」と思う。

 

「待った。自分も川神学園の学生として歓迎したい」

「クリ?」

 

もう1人、決闘を推薦する女学生が現れた。金髪が目立つ美少女である。彼女はクリスティアーネ・フリードリヒ。

騎士道精神を持ち、真っ直ぐで礼儀正しい正確だ。しかし負けず嫌いでプライドも高く自分自身の考えを曲げない頑固さもある。

 

「何よクリ。アタシが先に言ったのよ」

「自分も最初に川神学園に転入した時のように歓迎がしたいのだ」

 

キャアキャアと一子とクリスのどっちが歓迎の決闘をするかを揉めるのであった。まだ真九郎が決闘を受理してないのにだ。

 

(血気盛んな学園だ・・・)

 

真九郎は女性の扱いについては夕乃から徹底的に仕込まれている。その英才教育の成果から周囲の女性陣の我侭を何の抵抗もなく自然に聞き入れてしまうのだ。

だから流れるように受理する結果になるのは言うまでも無い。

 

 

007

 

 

これから第1グラウンドで決闘が始まった。真九郎の決闘相手はクリスに決まった。

どうやって一子とクリスが真九郎の相手を決めたかと言うとジャンケンであった。

 

「負けた~」

「ジャンケンは運だからね」

 

一子をなだめる師岡卓也であった。

ゾロゾロと第1グラウンド場に集まる川神学園の学生たち。やはり交換留学生が決闘をやると聞いて見学にきたのだ。それはもうお祭騒ぎだ。

弁当を売る者や賭けでトトカルチョを行う者までいる。その行為を特に注意しない教師たち。本当に学園かと何度も思うのであった。

真九郎とクリスは決闘前の準備運動をするのであった。

 

「おお。我が友、真九郎が決闘するのか!!」

「お嬢様が戦うのですね。これは応援せねば!!」

 

マルギッテ・エーベルバッハは可愛い妹分であるクリスを応援するために窓から飛び降りた。窓から飛び降りるのも日常茶飯事だ。

 

「あの馬鹿・・・早速目立ってる」

 

銀子は早速目立っている真九郎を見てため息を吐く。恐らく目立っているのは揉め事処理屋としての名を川神学園に広めるためだろうと思う。

まさに正解である。この決闘で勝てば揉め事処理屋のしている強さを少しは分かってもらえる算段である。

そもそも何でも屋のようなものと説明して、荒事も解決していると口から言ってしまったら実力を見せないと信じてもらえない。それに、そうしないと揉め事処理屋として仕事を貰えないかもしれないからだ。

 

(決闘に勝たないと揉め事処理屋としてのパイプ作りにいきなり躓くわよ)

 

カチリとパソコンのキーボードを打ち込む。

 

「やあ村上さん。貴女の友人が戦うみたいですよ。近くで見なくて良いんですか?」

「ええ。ここからでも見えるから」

「そうですか。実は夜景が綺麗に見えるレストランを知っているんです。今夜どうですか?」

 

流れるように葵冬馬は銀子を口説いた。

 

「結構よ」

 

玉砕した。

その返事に冬馬は「おやおや」と余裕の表情であった。

 

「おお。若の口説きが玉砕じゃん。しかも瞬殺」

「わー。トーマがフラれたー」

「これは手厳しい。とってもクールですね」

 

無視して窓から第1グラウンド場を除く。

 

「ボクらはグラウンドで見ましょうか」

「うむ。我が友が決闘するならば近くで見ねばならんからな。行くぞあずみ。フハハハハハ!!」

「はい英雄様ぁ!!」

 

九鬼英雄と忍足あずみも外に出る。

 

「義経たちも行こう!!」

「はいは~い主」

 

2Sのクラスは天才クラスだが、やはり川神学園の学生。決闘を見に行くのであった。

 

(ここの学園って血気盛んなのね)

 

銀子も真九郎と同じ感想を抱くのであった。

 

「あ、崩月先輩」

 

いつの間にか夕乃が外に出ていた。もちろん真九郎の応援のためにだ。

 

「頑張ってください真九郎さーん!!」

 

手を振りながら応援する。応える様に手を振り返す。それよりも気になるのが夕乃の周りにいる学生たちだ。

おそらく早くも夕乃のファンになった学生だろう。もうファンを作るとは大和撫子の異名は伊達ではないようだ。

 

(でも星領学園の学生よりも積極性はありそう)

 

確かに積極性はあるだろう。変なところでだが。

夕乃の才色兼備の凄さを確認しながら準備運動をしている。準備運動が終われば決闘だ。

 

(ふむ・・・あのクリスさんと言う方は中々強いですね。でも勝てない相手ではありませんよ真九郎さん)

 

 

008

 

 

真九郎対クリスの決闘が始まる。

 

「自分は剣を使う。真九郎殿は何を使う?」

「ああ、俺は体術だよ」

 

静かに構える。その構えは隙が無い。体術と聞いて学生たちは勝手に想像する。

空手か、柔術か、ボクシングか。だがどれもが違い、崩月流である。

 

「川神学園2年F組。クリスティアーネ・フリードリヒ!!」

 

名乗り上げ。最初は崩月流を言おうとしたが止めた。あの名乗り上げは本当の闘いのみにしか言わない。

歪空魅空が言ったことを思い出す。今まであの名乗り上げは確かに命がけの時だけであった。

ならば今言う名乗り上げはクリスのを参考にするのであった。

 

「川神学園2年F組。紅真九郎!!」

 

審判が決闘開始の合図が放たれる。

 

「行くぞ真九郎殿!!」

 

クリスが強力な突きを繰り出す。

 

「ハアアアアアアアアアアア!!」

 

強力な突きは真九郎の胴体を狙っていた。突きの速さはとても速い。しかし真九郎も負けていない。速い突きを避ける。

 

「速いな・・・」

「真九郎殿もよくぞ避けたな!!」

 

攻防戦が始まる。クリスが剣で突き、真九郎が全て避ける。

学生はクリスの突きを褒める。そして全て避ける真九郎も褒めるのであった。

 

「やるわね紅くん。クリの突きを全部避けてる」

「そうだな。クリスの実力は知っているがまさか全て突きを避けるなんて驚きだ」

 

直江大和は興味深く観察する。確か揉め事処理屋をやっていると言っていた。それが本当なら強さがあるのは予想できる。

どれほどの強さか見極めたいがまだ分からない。だからこそいつの間にか横に来ていた川神百代に聞いてみた。

 

「姉さんはどう思う?」

「まあまあだな。・・・でもどこの流派か分からん。見たこと無い動きだし。古流武術かな?」

 

百代も真九郎の動きを見て何の武術かを予想する。しかし分からない。

それはそうだろう。崩月流は表世界で活躍することは無い。武神である彼女も知らないはずである。

 

(それにしてもあいつ・・身のこなしのキレがありありだな。少しは面白そうなやつだ)

 

武神に少しだけ目を付けられたのであった。

一方、真九郎は突きを完全に見切っていた。

 

(避けられる)

 

去年では自分よりも超格上の戦闘屋や殺し屋と戦ってきた。クリスの突きは速いが見切れる速さだ。

真九郎はクリスよりも早く剣を振るう少女を知っている。最も、その少女は剣士では無くて殺し屋なのだが。

 

(切彦ちゃんに比べれば・・・遅い!!)

 

怒涛の突きをすれすれで避けて剣を持っている手首を掴む。流れるように足を掃いて体勢を崩す。

 

「なに!?」

「てやあああ!!」

 

そして投げ飛ばして地面に叩き付ける。

 

「くあっ!?」

「でやっ!!」

 

トドメに拳をクリスの顔スレスレで止める。この光景を見れば誰が勝者で敗者か分かる。

 

「そこまで!! 勝者、紅真九郎!!」

 

決闘の勝者が決まった。真九郎は実力を魅せたのであった。

 




読んでくれてありがとうございます。

どうだったでしょうか?
真九郎対クリスに関しては真九郎の勝ちで揺るがないと思っています。
なにせ、真九朗は何度も自分より格上の者と命がけの戦いをしてきましたからね。
経験値の差があると思います。
でもクリスも覚醒すれば良い勝負になるまもしれませんね。

真九郎が崩月の角を開放した状態だと・・・たぶん止められるのは百代とかくらいかもしれませんね。さらに覚醒したとなると・・・・どうなるかな。

では、また次回をゆっくりとお待ちください。


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川神学園での初日

こんにちわ。
一瞬だったけどまさかのランキング1位に超ビックリ。
二度見ならぬ五度見しましたよ。そして気がつけばお気に入り500件以上も・・・嬉しいです!!

勢いのままで書いてしまいました!!

では、始まります!!


009

 

 

決闘が終わった後、真九郎は倒れているクリスを起こし上げる。

 

「大丈夫クリスさん?」

「ああ大丈夫だ。真九郎殿は強いな!!」

 

クリスは真九郎の強さを認めた。そして川神学園の学生たちも認めたのであった。

その中で真九郎の強さに興味を抱くのも複数いるのであった。

少しは戦ってみようかと考える者。

 

(まあまあの強さだな。少しは楽しませてくれるか・・・な?)

 

彼の強さを知る者。

 

「やっぱり真九郎は強いな。これはスカウトせねばな!!」

「あの赤子め・・・前に会った時よりも強くなっているな。若者はそうではなくてはな」

「そうですね。しかしどんな修羅場を潜ったんでしょうか?」

 

密かに観察する者。

 

「ふーん・・紅真九郎くんか。ちょっと強いかも」

 

他にも複数いる彼らは一癖も二癖もある学生たちであった。しかし癖のある人間には慣れている。

 

「お疲れ様です真九郎さん」

 

夕乃がタオルと水を持ってきた。もちろん2人分だ。

 

「ありがとうございます夕乃さん」

「あ、ありがとうございます。えっと崩月先輩」

 

この優しい差し入れを見て夕乃のファンは「大和撫子!!」と聞こえてきた。やはり星領学園でのファンたちと違う。

こちらの方が勢いがある。変な方向でだ。

 

「お嬢様ぁぁ!!」

 

マルギッテが走ってクリスの下に参上する。ケガが無いかと心配している。安心させるために「大丈夫だ」と返事するのであった。

 

「そうですか。良かったですお嬢様」

 

安心したマルギッテは真九郎に顔を向ける

 

「今度は私の番です。お嬢様の汚名は私が払拭します!!」

「うええ!?」

 

これには「また!?」とこぼす。

 

「駄目ですよ。真九郎さんは疲れているんですから」

 

ニコリと微笑んで庇う。

 

(む・・・この女は?)

 

一瞬の圧を感じる。それを追求しようとしたが武神の介入によりウヤムヤとなるのであった。

 

「大和撫子の夕乃ちゃーーん!!」

「え?」

 

凄い勢いで百代は夕乃に近づく。それは大和撫子と言われる夕乃を可愛がるつもりでいるからだ。武神である彼女の悪い趣味だ。

ファンの女の子は嬉しい発狂ものなのだが。

 

「遊ぼうぜ子猫ちゃん。NE・WA・ZAで!!」

 

悪ふざけをしながら絡みつこうとするが、フラリと避ける。

 

「お?」

 

今度は手首を掴もうとするが、ペシッと手を軽く叩かれる。

 

「駄目ですよ川神さん」

 

笑顔で避ける夕乃。まだ諦めない百代は絡み付こうと突きをするように手を連続で出す。

ペシペシと突き出される手を軽く叩いてまた避けるのであった。

 

「おお?」

「駄目ですよ川神さん。はしたないですよ」

「・・・・・へえ~」

 

百代の興味対象が増えた瞬間であった。

彼女は悪ふざけとは言え、相手が本気で嫌がっていたら止める。だから軽くからかって終わらせるつもりであった。

だが、ここで興味が出たのは自慢の突きにも勝る掴みの速さを軽く掃った夕乃だ。本気で無かったとは言え彼女は武神である自分の手を払った。そこが重要である。

並みの武術家ならば武神の手を掃うなんてことは出来ない。これだけで興味が出るのは当然であった。

百代は退屈していたがクローン組の参戦に松永燕の転入、そして真九郎たちの留学で楽しみがどんどん増えるのであった。

 

(これは面白くなってきたな。このまま夕乃ちゃんと戦ってみたいけどもう時間がなー・・・絶対ジジィに止められる)

 

まさにその通り。学長である鉄心が決闘を終了させてクラスに戻るように促している。

ここは学園で勉学に励むのは当然であった。学生たちは各クラスに戻る。

 

(ったくモモのことじゃから夕乃ちゃんの強さに気がついたのう・・・余計なことをせねばいいのじゃが)

 

孫の戦闘狂に悩む祖父であった。

 

 

010

 

 

午前の授業が終わり、昼休みに突入する。学園生活で1つの楽しみである。食堂には様々なメニューがあるらしい。

真九郎は風間翔一たちに誘われて食堂に向う。彼の活躍を翔一は気に入っていた。もちろん彼の実力を目の当たりにしたクリスも気に入っている。

基本的に学園生活での真九郎は大人しくてあまり目立たない存在であったが決闘したため、少しは目立つ存在になっている。

その影響か、歩くと揉め事があれば相談に乗ってほしいと言われる。これは嬉しい。本当に依頼がくるか分からないが多少は揉め事処理屋として名が川神学園に広まったと思えばまずまずだろう。

 

「・・・カレーでいっか」

 

メニューは豊富であったが多すぎで正直迷った。そのため無難なカレーを選ぶ。

 

「ならオレもカレー!!」

 

翔一も真似するのであった。

 

「ところで真九郎は揉め事処理屋をやっているんだよな。具体的にどんなことやっていたか聞きたいぞう!!」

「それは自分も聞いてみたい。同い年で仕事を傍らやっているとは気になる」

「俺も気になる」

 

翔一を筆頭にクリス、忠勝が仕事の活躍を聞きたいを言う。忠勝はある意味ライバルとも言える揉め事処理屋の仕事内容が気になっていた。

そして大和も気になっていた。人脈を広げる彼にとって揉め事処理屋とは知り合いになっていて損ではないと思っている。

 

「活躍かあ・・・」

 

真九郎の揉め事処理屋としての活躍は人に自慢できるほど凄くは無い。彼もまだまだ修行中だ。

そう自慢できるほど凄くは無いが、濃く深い事件に関わって解決したことはある。

九鳳院紫の護衛や斬島切彦との対決(未定)、星噛絶奈との激闘。そして歪空魅空との勝負。どれも普通に考えて一般学生が絶対に関わることのない事件だ。

さすがに翔一たちに説明できない。だから危険な裏の話を抜いて話すのであった。

 

「そうだな・・・いろいろ依頼を受けたよ。犬の世話をしたり、ストーカーを捕まえたり、要人を護衛したりね」

「ほう・・そうなのか」

「うん。依頼によっては海外にも行ったよ」

「何、海外まで行ったのか!!」

(揉め事処理屋ってのは海外まで・・・親父にも聞いてみるか)

 

ここで大和は気になることを聞いた。要人の護衛も依頼を受けたと言っていたのだ。どんな要人か気になる。それは翔一たちもであった。

 

「ごめん。さすがに言えないよ」

「そうか。まあ、そうだよな。さすがに要人のことは口に出せないか」

 

揉め事処理屋としてさすがに言えない。それは護衛をする身として当然である。最も真九郎が護衛をした要人に中には大和たちが知る人物がいるのだが。

 

「フハハハハハハハハハ。我、降臨!!」

 

英雄が降臨した。

 

「わっ九鬼君。いきなりの登場ね」

「うむ。一子殿は今日もお美しい」

「いきなりどうした英雄?」

 

英雄のいきなりの登場はいつも通りだがピンポイントに登場は驚く。

 

「あ、英雄君。久しぶり」

 

真九郎が手を振る。

 

「うむ。久しぶりだな我が友、真九郎!!」

 

笑いながら真九郎の肩をバンバン叩く。

 

「あずみさんも久しぶりです」

「はい。お久しぶりです!!」

 

スッとあずみは真九郎の後ろに立つ。

 

「本当に久しぶりだな揉め事処理屋の真九郎。まさか犬はいないだろうな」

 

ドスの聞いた声をかけられる。苦笑いをするしかなかった。

 

「もしかして紅君が護衛した要人ってまさか・・・」

「いや、我では無い」

「フハハハハハハハハ。我、顕現である!!」

 

今度は九鬼紋白が顕現した。そしてヒューム・ヘルシングが横に護衛としている。

 

「紋様ー!!」

「おや、これは大所帯ですね」

「たくさんー」

「・・・何やっているのよ」

 

今度は冬馬や銀子たちが食堂に訪れた。本当に大所帯である。

 

「話を戻すが真九郎が護衛をしたのは我ではなく、紋だ!!」

「久しぶりだな真九郎!!」

「うん。久しぶりだね紋白ちゃん」

「紋様だ」

「・・・うん。久しぶりだね紋様」

 

真九郎はヒュームに注意されて言い直す。

実は真九郎が護衛した要人の中に九鬼財閥からの依頼があったのだ。正確には柔沢紅香の手伝いとしてだが。

その時に英雄や紋白と出会い、知り合ったのだ。

 

「なるほど。だから英雄が友人と言っていたのですね。英雄の友人なら私の友人でもありますね」

 

冬馬が真九郎の手を絡ませて「よろしく」と挨拶する。これには「え・・・?」と引いてしまう。

説明するように井上準が「お前は若の射程圏内に入っているから」と言う。

 

「葵は男もイケる口だから気をつけろ」

「そ、そうなんだ」

 

冷や汗しか出ない。

話を置くが、銀子が冬馬のグループにいることに意外と思う。彼女の性格から誰かのグループに入るなんてことはしないからだ。

 

「意外だ」

「面倒だけど一応、交換留学生だからね。私だって少しはコミュニケーションくらいとるわ」

「なるほど。でも意外」

 

話しかけやすい準に銀子の評判を聞く。彼女は2Sに順応しているらしい。

そもそも2Sのクラスは基本的に自分のことが好きな人種が多いので新しく入ってきた銀子を歓迎はするが、そこから先は深く関わろうとはしない。

だから彼女にとって馴れ合いをしてこないクラスは助かるのであった。もちろん例外はいるのだが。

 

「若が口説いたけどキッパリ断ったクールさはあるね」

「そうなんだ。てか、口説かれたんだ」

「面倒だったのよ」

「これはこれは手厳しい」

 

本当に予想外だが銀子が他学園で順応しているなら文句は無いと思う真九郎であった。

次の真九郎の視線は紋白に移る。

 

「真九郎!! 九鬼財閥に就職しないか!!」

 

紋白はすぐさま真九郎をスカウトした。理由は簡単だ。紋白は真九郎の実力をよく知っているからだ。

さらに追撃で英雄もスカウトを援護する。これには真九郎は悩む。でも今は揉め事処理屋としてやっていくつもりなのだ。

 

「ありがとう。でも今は揉め事処理屋として進むつもりだからごめんね」

「・・・うむ。そうか。では考えが変わったらいつでも来い。九鬼はいつでも真九郎を歓迎するぞ!!」

「ありがとう紋様」

 

笑う真九郎を見ながら銀子は思う。揉め事処理屋よりも九鬼財閥に就職したほうが良いと。それは彼女の気持ちであり、望みの1つである。

やはりまだ揉め事処理屋をやめてほしい気持ちがあるのであった。

 

「それにしても紅君って紋白ちゃんの護衛をしていたんだ」

「うむ。そうなのだ!! 真九郎は有能だぞ!!」

 

紋白はその時のことを思い出す。真九郎もまた思い出す。九鬼との仕事は深く関わってしまったという他ない。

 

「あの時の真九郎のいくつかの言葉は我の心に深く突き刺さったのを思い出すぞ」

「彼は何と言ったのです英雄?」

「ちょっと待って英雄君。それは無しで」

 

真九郎は止める。真九郎のいくつかの言葉はある意味で九鬼財閥を敵にまわす言葉である。

紫を助けるために九鳳院の当主に放った言葉に似ているからだ。冷静に考えるとよく言ったと思う。でも後悔は無いと断言できる。

 

「どんな言葉を言ったのか気になるぞ。言ってくれ。頼む」

「クリスさん・・・言ったらヒュームさんに殺されます」

 

ヒュームを見る。いつ見ても恐いと思うのであった。戦っても勝てないだろう。

 

「ふん。言っても平気だ。英雄様や紋様の許しを得ているからな」

「では大丈夫ではないか」

「・・・えーと」

 

頬をポリポリしながら口よどむ。なかなか言わない真九郎に代わって紋白が言う。

 

「真九郎はな、偉大な父上に向って九鬼なんて滅びろって言ったのだぞ!!」

「「「なっ!?」」」

 

みんなが驚く。それはそうだろう。世界で有名な財閥に向って、当主に向って「滅びろ」なんてとんでもない。

 

「それは確かにある意味驚きですが・・・何があったんですか英雄?」

 

その言葉だけを聞いたら不敬でしかない。だが、続きがあるのだ。そのおかげで九鬼の家族関係が修復し、絆が大きくなったのだ。

 

「イロイロあったのだ。詳しくは言えないが九鬼の絆が一層強化されたのだ」

「うむ。真九郎のおかげだ!!」

 

次は真九郎が九鬼で何をしたのか気になるのであった。しかし、そこから先は家族の問題。教えられないのであった。

 

(紋ちゃんを見ていると紫を思い浮かべる)

 

今頃何をしているか気になるのであった。

 

(紫のことだから前みたいに川神学園にも侵入してきそう)

 

その予想は数日後に起こる。しかも裏十三家付きで。

 




読んでくれてありがとうございます。
勢いのまま書いたので、もしかしたら少し違和感があるかもです。

真九郎と九鬼の関係は気が向けば書いていきます。
もしくは物語に少しずつ部分的な話を書くかもです。

でもさすがに九鬼帝に「滅びろ」は言い過ぎたかなぁ・・・。
でも真九郎は九鳳院の当主に「滅びろ」と堂々と言い張ったから男だから大丈夫かな?

一応、九鬼帝になぜ「滅びろ」と言ったかの補足。
マジ恋の原作でもあった紋白の家族問題についてから起こったことです。
家族問題も解決してない者が絆や結束力を信条にしている財閥を維持できるはずが無いって形です。

では、次回もゆっくりお待ちください。


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島津寮

こんにちわ。
また今週中に投稿できました。

今回は島津寮に真九郎たちが来た話です。
島津寮に部屋って空いてたっけ?って思っちゃダメですよ。

では始まります。


011

 

 

学園は放課後へと移る。この時間帯は部活に向う者、帰宅する者、遊ぶ者と分かれる。

真九郎たちは帰宅する者だ。なぜなら今日から寝食をする寮に荷物が届いているはずだからだ。

すぐに帰宅して片付けをしなければならない。真九郎は夕乃と銀子と合流して帰るのであった。

今日から過ごす寮の名前は島津寮と言う。正直な感想だと五月雨荘よりも綺麗で広い。

安全さで比べるなら五月雨荘が随一であるが、風呂もあって食事も作ってくれる島津寮の方が断然に良いだろう。

今更ながら他の寮と比べると五月雨荘には不便なところがあるようだ。

 

「真九郎さん。五月雨荘が嫌になったら、いつでもうちに帰ってきても良いんですよ」

 

夕乃は優しい。崩月家に帰ればいつも安心する。そして早く一人前になろうと思って五月雨荘に戻るのだ。

夕乃からしてみればずっと崩月家に住んでくれれば良いと思っている。

 

「さあ着いたわよ。ここが島津寮ね」

 

やはり五月雨荘より大きく広い。中に入ると島津麗子と呼ばれる女性が待っていた。

 

「やあ、おかえり。あんたらが今日から住む紅くんに崩月ちゃん、村上ちゃんだね。荷物なら部屋に運んでおいたよ」

 

ニッカリと笑う大家だ。優しそうであると好感が持てる人だ。

 

「ありがとうございます」

「おっかえり!!」

 

今度は翔一が出迎えてくれた。この島津寮には翔一の他に大和、忠勝、京、クリス、由紀江が住んでいる。

真九郎からしてみれば2Fのクラスメイトだ。

 

「おお、真九郎殿も今日から島津寮に住むのか!!」

「うん。よろしくねクリスさん」

「今日からよろしく」

 

みんなで挨拶をするのであった。

真九郎は部屋に戻って荷物を片付ける。服などの生活用品が多い。それは当たり前である。

そして揉め事処理屋として必要な道具。必要になると思って持ってきたのだ。銀子曰く必要無いと言われたが。

自分でも確かに必要無い物はあると思う。例えば拳銃とかだ。この拳銃は魅空との勝負以来使っていない。できればこの川神では使うことが無いようにと思うのであった。

誰にも見つからないように隠す。見つかったら大変だからだ。でも気になることが島津寮である。

それは後輩の黛由紀江のことである。間違いなく日本刀を持っていた。リン・チェンシンのように本物の刀だ。

特に追求はしなかったが気になるのだ。銃刀法違反ではなかろうか。拳銃を持っている自分が思うことではないが。

 

「気になるなら聞いてみるのが一番か」

 

片づけを終えて食卓に足を運べると夕食の準備ができていた。今夜は海鮮料理で埋め尽くされている。

最近は魚介系。特に生魚は食べていない。久しぶりに刺身が食べられると思うのであった。

「いただきます」とみんなで食べる。

 

「うん。美味しい」

 

刺身なんて久しぶりだ。マグロの切り身をワサビ醤油に少し漬けて口に運ぶ。ツンっとくるワサビの風味も良い。

 

「刺身なんて久しぶりだよ」

「そうなんですか紅さん?」

「うん。全然食べてないよ」

 

由紀江はそれとなく質問する。先輩だが友達100人計画のためにコミュニケーションを取ろうとしているのだ。

その意図がバレバレであるため大和たちが「まゆっちが頑張ってる」と思うのであった。そんな中、夕乃が涙をポロリと落とす。

 

「ど、どうしたんですか崩月先輩?」

「いえ、真九郎さんが刺身も食べられない境遇にいるなんてって思うと涙が・・・」

「いや、俺は大丈夫ですから!!」

「辛くなったらいつでも我が家に帰ってきても良いんですよ」

 

真九郎はいつも思う。自分はそんなにも貧乏に見えるのかと。確かに銀子には支払いも待ってもらうことはあるから強く否定はできない。

銀子も同じこと思っているのか軽いため息を出している。それに今も支払いを待ってもらっている。早く払わないといけない。

 

(早く支払わないと銀子に怒られる・・・)

 

そう思いながら白米を口に運んだ。

 

「あの、質問良いだろうか崩月先輩?」

「何ですかクリスさん?」

「さっき崩月先輩が真九郎殿に我が家に帰ってきても良いと言ったが・・・それはどういう意味なんだ?」

「簡単ですよ。真九郎さんはウチの人ですから」

 

真九郎は崩月家に弟子として過ごしていたことを話す。数年も修行して住み込みをしていたから崩月とは家族のようなものである。

 

「だから真九郎さんはウチの人なんですよ村上さん」

「そうですか崩月先輩」

 

夕乃はそれとなく銀子に威圧する。いつものことである。

 

「修行としての住み込みか。なるほど!!」

「だから真九郎は強えのか。なあなあ、どんな武術なんだ!!」

「えーと・・・」

 

崩月流を話して良いか気になるところであるが、対策済みである。裏のことを取り除けば良いだけだからだ。

取り合えず崩月流は古流武術と説明した。さらに関係者以外詳しく内容も話せないとも言う。

武術には一子相伝の技があるように誰彼構わず話せないのもあるため、クリスたちも納得してくれる。

 

「古流武術ですか。確かに紅先輩の動きは見たことの無い動きでしたね」

「あ、由紀江ちゃんに聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

「は、はは、はい!!」

 

聞きたいこととは日本刀のことだ。普通に持っていたことが気になったのだ。

答えは簡単であった。国から刀を持つことが許されているらしい。彼女の父は剣聖と呼ばれている剣士であり、そのため国から帯刀の許可をえられているのだ。

それでも外で日本刀を持ち歩くのは目立ってしかたないだろう。布で覆っていても見る人は驚く。

 

「そうなんだ」

「それにまゆっちは強いしな」

「うん。まゆっちは強い」

『やったぜまゆっち。みんなからベタ褒めだぜ~』

 

馬のストラップである松風がしゃべる。実際は腹話術である。これには真九郎たちもちょっと驚く。

補足で彼女はこういうキャラだと大和から説明される。やはり川神にはいろんな人がいる。

 

(疲れるかも・・・やっぱ選択を間違えたかしら)

 

銀子は少し後悔した。やはり彼女は自分の家で情報屋をしているのが性に合っていると思う。

 

「なあなあ、まゆっち」

「何でしょうか風間先輩?」

「まゆっちが思う剣の達人はどんな奴がいるか教えてくれよう」

「剣の達人ですか?」

 

実は翔一、侍を題材にしたドラマにハマッている。彼は興味のあるものは極めるまでのめり込むのだ。ちなみにクリスもそのドラマにハマッている。

だから翔一は日本刀を持つ由紀江に名のある剣士を聞いてみようと思ったのだ。バトルマニアでは無いので、本当に興味本位だ。特に戦いとは思っていない。

 

「そうですね。私はまだ未熟ですから・・・剣の達人たちについてあまり知りません。やっぱり剣の達人なら父上でしょうか」

 

剣聖の称号を持つ自分の父親の名前を出す。まだ知らぬ剣の達人は世界のどこかにいるはずだが、川神に来るまで地元にずっと住んでいたので他の剣士についてはあまり知らないのだ。

 

「でも、父上が戦ってみたい騎士はいるそうですよ」

「ほう騎士なのか!!」

「はい。剣士ではなくて騎士だそうです」

 

騎士道精神を信条とするクリスは食いつく。同じ騎士ならば興味が出るのは必然である。

日本と言う括りを飛び出して世界を見ればまだまだ多くの強き剣士たちはいるのだ。

 

「何という名の騎士なのだ!!」

「名前は聞いていないんですが二つ名が『黒騎士』と呼ばれる人です」

「黒騎士かあ。なんかカッコイイな!!」

 

『黒騎士』。それはきっとオズマリア・ラハのことだろうと思う真九郎であった。

確かに彼女はとても強い。油断していたとはいえ、彼女の剣筋は見えないほどだ。

 

「あと・・・逆に父上でも戦いたくない相手はいるんですよ」

「剣聖ですら戦いたくない相手か・・・気になるな」

 

翔一とクリスは剣聖が戦いたくない相手がどんな奴か気になり出す。ここで大和が一応予想を言う。

 

「まさか姉さんってオチじゃなよなまゆっち」

 

これには翔一たちも「あ~・・・」と言う。確かに予想できるオチである。オチが本当なら京は「しょーもない」と言うだろう。

川神には確認できるだけでも数人の圧倒的強者がいるのだ。それなら剣聖でも戦いたくない相手と言っても遜色は無い。

 

『まー・・確かにそれを言われるとな~』

 

松風がオチの感想を呟く。

 

「いえ、モモ先輩ではありません」

「じゃあ学園長か?」

『それも違うぜ~』

「じゃあ一体?」

 

もったいぶらずに剣聖が相手にしたくない者の名前を言う。その名前は真九郎がよく知っている人物だ。

 

「斬島切彦と呼ばれる人です」

 

名前を聞いた瞬間に白米が器官に入ってゴホゴホと咳き込む。余計なことを気取られないように「器官に入った」と言って誤魔化す。

ズズズッと夕乃からもらったお茶を飲んで心を落ち着かせる。まさか川神でも斬島切彦の名前を聞くとは思わなかったのだ。

 

「きりしまきりひこ・・・聞いた事の無い名前だな。どんな奴なんだ?」

「私も父上から詳しく聞いていませんが・・・絶対に戦うなと言われています」

「剣聖がそこまで言うほどの奴なのか」

「はい。しかも『剣士の敵』とも呼ばれているらしいんです」

「剣士の敵か・・・何で剣士の敵なんて呼ばれてるんだ?」

 

それは切彦が剣士では無く、ただ単に刃物の扱いが異常に上手いだけだからだ。

一流の剣士でさえも刃物の勝負では切彦には敵わない。得物がただの安物の包丁であっても凄腕の剣士を容易く斬殺し、一瞬で人の首を切り落とせる。

 

「聞いた話だと斬島切彦は刃物を扱うのがとてつもなく、異常なほど上手いだけの完全な素人らしいんです」

「刃物を扱うのが上手いだけ?」

「はい。そんな人間が真面目に剣の修行を積んだ剣士をいとも容易く上回ってしまうから『剣士の敵』だそうです」

「それは凄えな」

「でも自分は剣士の敵というのは理解できたぞ」

 

これを聞いて切彦はやはり剣士の世界ではある意味有名だと再度理解した。

彼女は斬島家では別格の天才少女。実力は真九郎より上である。しかも彼女はまだ発展途上と言うのだから末恐ろしい。

真九郎はそんな彼女と再戦の約束をしている。正直、勝ち目は少ない。でも約束は守るし負けるつもりも無い。

でも、もう少し約束は先延ばしにしてもらおうと考えるのであった。




読んでくれてありがとうございます。
今回はさらに斬島切彦の話がちょこっと出ました。彼女も早く登場させたいですね。

さて、由紀江や父である剣聖も切彦のことは知っている設定にしました。
なんせ『剣士の敵』なんて呼ばれてますから剣聖なら知っていてもおかしくないでしょう。

強さに関してもとんでもないので剣の達人でも戦うのは躊躇う感じですね。
そもそも笹の葉や髪の毛一本などの切れそうな物でも日本刀を切断しますからね、チートですよ。
それが業物を持ったならさらにヤバイと思ってます。
贔屓じゃないですが由紀江1人なら勝率は低く、初見戦なら百代ですらヤバイと思うの私だけですかね。

ではまた次回もゆっくりとお待ちください。


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それぞれの1日

こんにちわ。
勢いあまって書くことができました。
今回の話はまんまそれぞれの1日です。

では、始まります。


012

 

 

朝。気持ちの良い朝日のおかげで目が覚める。

今日の朝食ホカホカの白米、味噌汁、鮭のハラミ焼き、卵焼き、青菜のお浸し、松永納豆。デザートにヨーグルトだ。

まさに朝食の代表的な献立だろう。これは朝から食欲が湧き上がる。

 

「おはようございます麗子さん」

「おはよう紅君。朝ごはんできてるよ」

「おはようございます麗子さん。今日も一段と綺麗ですね」

「おはよう。よし。デザートにヨーグルト1つ追加だ」

 

島津寮のみんなも起きてくる。みんなで食べるご飯は良い物だ。それに誰かが料理を作ってくれるのは嬉しい。

真九郎は基本的に自炊をしている。誰かに料理を作ってくれるのはあまり無いのだ。

明るく優しい雰囲気の麗子にはどこか心が温かくなる。彼女には島津寮でお世話になるだろう。

席についてパクリと朝食をいただく。やはり美味しいの一言である。

 

「この納豆って松永納豆か?」

「そうだよ。あの子は頑張ってるからねえ。ウチも今日から松永納豆をガンガン使わせてもらうよ」

 

松永納豆。確かに美味い。安物の納豆より断然違うのが分かる。

これを売っているのが今、川神学園3年の松永燕だと大和から説明してくれた。彼女はあの武神百代と引き分けたと言うのだ。

本気では無く、手加減ありの練習試合に過ぎなかったが引き分けたこと自体が奇跡らしい。そんな彼女は川神学園で名がうなぎ上りだ。

 

「そうなんだ。松永さんか。3年なら夕乃さんが一番に面識があるかもね」

「そうですね。確か3Fだとか・・・もしかしたら会うかもですね」

 

確実に会うことになるだろう。燕は気になる相手ならば接触をしてくる。そして強さを測りにくるのだ。

それを知らない夕乃は特に気にしないのであった。寧ろその前に百代から少しなりとも目を付けられているのでそちらが大変である。

 

「ごちそうさま」

 

朝食が終えれば支度をして登校である。いつもは風間ファミリーのみんなで登校しているが今日はそこに真九郎たちが加わる。

同じ島津寮に住む者として最初くらいは登校しようとのことである。登校中とはいえ、知らない奴らが風間ファミリーの輪に入っているのに不快感が少し出た京には大和がフォローしていた。

彼女自身も確かに勝手すぎるかと思って少しだけ反省。ついでに大和にプロポーズをするが軽く避けられる。

「そんなところも好き」らしいが、いつものことのようである。

 

「おっはよおおう!!」

 

空から百代が降ってきた。この登場は大和たちにとって日常茶飯事であるが真九郎たちにとっては驚きである。

いつもは冷静の銀子ですら驚いている。人が空から降って来れば誰でも驚くだろう。今の所、銀子を驚かせたのは百代と環だけである。

 

「普通じゃないわね」

「ははは・・・やっぱり普通の人が見ればそういう感想だよね」

 

卓也がそれとなく一般人の気持ちを代弁してくれる。

 

「崩月先輩おはようございます。俺ってベンチプレス200キロを上げられます」

 

岳人が急に夕乃へアピールする。しかし夕乃が異性として見ているのは真九郎のみなので空振りしているのであった。

次は百代が夕乃にアピールする。勿論それは戦ってみないかというものだ。彼女からしてみれば少しの動作で武術を習っているか否かが分かる。

確実に夕乃は実力者。だからバトルマニアとしては戦ってみたいのだ。

 

「決闘しないか夕乃ちゃん!!」

「えっと・・・遠慮しときます」

「えーそんな!!」

 

戦う意味は無いので無難に断る。これには百代も頬を膨らませて抗議する。

 

「無理に戦うのはダメだよ姉さん」

「でも戦いたいんだよー。じゃなきゃ弟の大和で遊ぶしかないぞ」

「そこで俺をオモチャにしないで」

「今日も勇往邁進!!」

 

元気良いグループだと言うのが真九郎の感想である。こんなにも仲が良いグループは初めて見る。きっと毎日が楽しいだろう。

自分も毎日が楽しければ良いと思いながら登校する。すると大きな橋が見えてきた。この橋は川神で有名な橋だと言う。

なんでも変態橋の異名を持つのだ。イロイロな人が出現するために名付けられたらしい。今日も今日とて誰かがいる。

 

「また姉さんの挑戦者だ」

 

どうやら百代を倒すべく現れた挑戦者。その挑戦者を意図も簡単に川へと殴り飛ばす。これもいつもの光景らしい。

星領学園に登校していた時よりも過激である。そう思いながら登校するのであった。

 

 

013

 

 

2Fのクラス。ここは様々な人物が跋扈している。面白い人物ばかりである。

まず最初は教師に驚く。教師は教鞭を振ると言うが川神学園の教師を本当に鞭を振って勉強を教えてくれる。しかも素行の悪い学生には容赦なく鞭で罰を与えるのだ。

体罰はマズイのではないかと思うが川神学園ではある程度許されているらしい。星領学園ではまず有り得ない。

やはり武術が盛んな学園だと力で抑え込む的なものがあるのかもしれない。でも常識が崩れそうである。

 

「凄いって言うか・・・常識が崩れそうだ」

「まあ、他の学校から見ればそうだろうな」

 

学生たちも様々な人たちがいる。大和は軍師と呼ばれており、いろいろと策を講じるのが上手い。そのおかげで様々な事件を解決してきたらしい。

そもそも川神学園では地域で起こっている事件やちょっとした探し物などを解決しているのだ。その時に大和の策が活躍するのだ。ちなみに褒美は食券である。

まさか川神学園でも揉め事処理屋的なことをしているのには驚きである。本当に驚いてばかりである。

もしかしたら真九郎の出番が無いかもと思ったほどである。なにせ解決した事件には売春組織を潰したこともあるらしい。

 

(売春組織を潰したのか。凄いな)

 

売春組織といっても素人どもが創り上げた組織にすぎない。真九郎が潰した組織に比べれば小さいほうだろう。

そして真九郎にとって2Fで気になる学生がいるとすれば源忠勝である。彼は代行業をしており、揉め事処理屋と似たような職種なのだ。

もしかしたらライバルになるかもしれないのだ。でも川神の地理を知る者と仲良くなるのも悪くない。今度川神市を案内してもらおうと思う真九郎であった。

 

(やっぱり揉め事処理屋として地理を知るのは必要だよな)

 

一方、忠勝は真九郎の揉め事処理屋に関して興味を抱いていた。代行業の責任者である巨人から揉め事処理屋について聞いていたのだ。

揉め事処理屋とは真九郎が説明した通りの何でも屋のようなものである。しかし違う部分もある。それは最上級の揉め事処理屋は仕事を選べると言いうことだ。

最上級の揉め事処理屋は様々なお偉いさんから依頼を貰え、稼ぎも有り得ないくらいの額らしい。巨人もそれくらい稼ぎたいとぼやいている。

業界内でも巨人がリスペクトする人物がいる。業界最高クラスの実力を持つ揉め事処理屋がいるのだ。

 

その人物の名前は柔沢紅香。

川神には狂ったような強さを持つ人物がゴロゴロいるが、柔沢紅香もまた狂ったほどの実力者だと言うのだ。巨人曰く、彼女も壁超えをしているらしい。

それに超絶美人でお近づきになりたいとのこと。この感想にはどうでも良いと応えた忠勝である。

 

(親父から聞いた話じゃ揉め事処理屋は表だけじゃなく、裏世界でも活躍していると聞く。まさか紅の奴も裏世界に足を突っ込んでいるのか?)

 

忠勝の疑問は正解である。しかも深くに足を突っ込んでいる。そもそも裏十三家である崩月に内弟子として修行していたし、他の裏十三家と死闘を繰り広げた事件も解決してきた経験があるのだ。

 

(今度詳しく話を聞いてみるか)

 

揉め事処理屋の真九郎と代行業の忠勝。お互いの職業的に気になるのは当たり前であった。

授業は続く。有名な学園であるため、なかなか難しいが分かりやすくもある。ここで勉学に励んだら成績は上がるだろう。

そう思いながら真九郎はペンを動かす。

 

 

014

 

 

2Sのクラスは特別クラス。銀子が所属するクラスであり、みんなが成績優秀。テストでも50位以内に入るのだ。

しかし選民感覚もあるので他のクラスを見下している者も一部いるのだ。特に2Fとはいがみ合いがよくある。

 

(直江君から聞いた話だとよく2Sと2Fはいがみ合ってるらしいって言ってたわね)

 

それはまた面倒だという感想しかない。交換留学に来た学生を巻き込まないでほしいものである。

ため息を吐きたくなったが我慢した。しかし、自分の席の前にいる偉人のクローンたちを見る。ニュースで少しは知っていたが本当にクローンだとは驚きである。

実際には本人のクローンと言うよりも転生に近いらしい。確かに源義経、武蔵坊弁慶、那須与一は歴史上では全員男性であったはずだ。

しかし、那須与一以外は女性である。そのことがクローンでなく、転生という事実だろう。クローンであるが歴史の義経たちと現在の義経たちは別人であることの証明でもある。

 

(源義経はとても良い子だと思う)

 

義経は早くも銀子を2Sに馴染ませようと積極的に関わってくる。悪い事では無いが、あまり人と積極的に関わらない銀子にとっては義経の行動は少し合わない。

 

(でも交換留学としてはコミュニケーションは大事なのよね。ここは頑張らないといけないわね)

 

義経の行動は気持ち的にありがた迷惑もあるが、嬉しい気持ちも含まれている。

銀子は珍しく、2Sでのコミュニケーションを取るために頑張ろうと思うのであった。

 

「村上さん。少しは2Sに馴染めましたか?」

 

早速誰かが話しかけてきた。相手は冬馬である。彼はいつもの3人組だ。準と小雪がいつも一緒にいる。

風間ファミリーとはまた違う仲良し組みである。

 

「・・・そうね。少しだけかしら。私に構ってくれる人もいるからね」

「義経を呼んだか?」

「確かに」

 

フフッと軽く笑う冬馬。それだけでファンの女子は歓喜ものだろう。なぜなら彼はイケメン四天王だからだ。銀子にとって興味は無いが。

 

「村上さん。もうすぐ昼食だから一緒に食べよう」

「そうね。私も一緒に相席させてもらうわ」

「うん!!」

 

義経は笑顔で頷く。それを見た弁慶が「主可愛い」と川神水を飲みながら呟く。

 

「私もご一緒しても?」

「変なことしなければね」

「これはこれは手厳しい」

「若、警戒されてるな」

「けいかーい」

 

それでも冬馬は柔和な笑顔のままである。なぜなら最近は九鬼のおかげで自分の運が回ってきたからというのもある。

 

(それにしても井上準・・・ロリコン)

 

さすがに2Sにいればクラスメイトたちの個性は分かってくるものである。そしてロリコンがいるのには少し頭痛がしたのだ。

きっと紫に出会えば準は変な意味で覚醒するだろう。それはそれで面倒くさい。

銀子は思う。去年、紫が真九郎に会うために星領学園に侵入してきたことがある。今回ももしかしたら川神学園に侵入してくるかもしれない。

なれば何か厄介事が起こるだろう。そう思うと銀子はため息を吐きたくなる。

次に一方的に知り合いがいる。それは「選民選民」と言っている不死川心である。それは真九郎が揉め事処理屋の仕事として不死川家で依頼があったのだ。

その時に情報で調べたことがあるのだ。名家であるためか少しはブロックされたが九鳳院の情報を調べた銀子には楽勝であった。

 

「此方を見て何か用でもあるのか?」

 

扇子を口に当てながらトコトコと歩いてくる。選民である自分に興味を持ったのは良い目をしていると心は思う。そのまま友達になってやろうと上から目線で言おうとしたが銀子が先に話しを折る。

 

「いえ、特に」

「にょわあ!?」

 

いきなり出鼻を挫かれる心であった。しかし、いつもの光景である。

まだまだ2Sには個性的なメンバーはいる。

 

 

015

 

 

3Sのクラスも特別なクラスである。2Sにも負けない個性的なメンバーが揃っているのだ。

そんな3Sのクラスでも夕乃は持ち前の性格でよく馴染んでいた。しかもクローンである葉桜清楚と仲良くなり、清楚と大和撫子コンビで凄い人気を得ていた。

 

「夕乃ちゃんは運動も勉強も凄いですね」

「いえいえ、清楚さんもですよ」

 

周囲から勝手にコンビを組まされたが、お互いに仲良くなるのは時間がかからなかった。

彼女たちの会話姿を見る3Sの学生たちは「清楚で大和撫子」や「癒される」とか言っている。彼らにとって彼女たちは良い絵になっているのだ。

京極彦一も静かに笑みを浮かべるのであった。

 

「それにしても清楚さんの名前って過去の偉人の名前じゃありませんよね?」

「そうなんです。とにかく勉学に励めと言われてて、25歳あたりになれば教えてもらえるんです」

 

義経たちには教えといて清楚には教えないとはおかしい話である。予想するに教えられない理由が必ずあるのだ。

清少納言などが良いと清楚は言っているが、もしそうなら教えられているはずだ。その偉人だと教えられない理由が無い。

きっと清楚は偉人の中でも更に深い存在かもしれないと思う夕乃であった。

 

「私としては早く知りたいんですけどね」

「まあ自分のルーツですからね。気持ちは分かります」

「自分で調べるか、誰かに調べてもらおうかしら?」

「良いと思いますよ。自分自身を知るのに誰かの許可なんていりませんから」

 

クローンと言えど、自分のことを知るのは自由だ。誰かの許可はいらない。夕乃の言葉に清楚は目から鱗が取れた。

 

「そうよね。自分のことを知るのに許可なんていらないわよね」

 

今まで教えてもらうまで待つつもりしかなかった。自分から探すという考えは無かったのだ。しかし夕乃との会話から探すというのに至ったのには良いと思っている。

川神学園には依頼を頼む制度を導入している。利用するのも1つの手だろう。最初は分からないことだらけだが少しずつ自分を知ろうと決めた清楚であった。

 

「ありがとう夕乃ちゃん。何か心が少し晴れた気がするよ。お礼に杏仁豆腐奢るね」

「はい。楽しみにしてます」

 

真九朗たちは少しずつ川神学園に馴染んできている。それは良いことだ。これから川神で彼らに様々なことが起こるだろう。

まず最初の1つとして表御三家と裏十三家が川神に向かっていることだろう。




読んでくれてありがとうございます。

今回の話に補足をいれるならば、物語の展開を広げるための話でした。
簡単に分けると・・・

男のツンデレルート
ニョワニョワルート
覇王様ルート

って感じですかね。でもその前に紫と切彦の初登場ルートですが。


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訪問者

こんにちわ。
前話にも書き込みましたが勢いで書きました。
連続2話投稿と言うやつです。ここで一旦燃え尽きました。

では、始まります。


016

 

 

川神市にある河川敷。そこには雑草魂が強く根付く者たちが暮らしている。

良い言い方をすれば自由な暮らし。悪い言い方をすればホームレスだ。

ホームレスも好きでなったわけでは無いだろうが、馴れれば良いと言う人もいる。

その中で板垣姉弟と呼ばれる者たちがいるのだ。彼女たちは河川敷の中では有名である。

そんな中、板垣姉弟の三女である板垣天使は荒れていた。今はせっかくの夕食時間。「少しは静かにしろ」と長男の板垣竜平が吐き出す。

ちなみに夕食の献立は白米と山菜や川魚をふんだんに使った鍋である。

 

「何をそんなに荒れてるんだよ?」

「チキショーあんにゃろう。なにが50連勝だ」

 

実は天使がいつも遊んでいるゲームセンターで得意の格闘ゲームで大敗したのだ。自分が一番だと思っていたら上がいたという悔しさに荒れている。

 

「んだよ・・・そんなことか。下らねえ」

「んだと!! ウチの縄張りが荒らされたんだぞ!!」

「いつからあのゲーセンが天の縄張りになったんだよ」

 

ギャイギャイと天使と竜平が言い合いをする。彼女たちにとっていつもの光景だ。

 

「鍋ができたよ~」

「旨そうだねえ。ほら天に竜、飯だよ」

 

次女の板垣辰子が鍋を持ってくる。それを見た長女の板垣亜巳が食事を始めるために言い合いをしている2人を仲裁する。

 

「チキショー・・・」

「まだ言うのかい」

「だってよお・・・」

 

天使はいつものゲームセンターで珍しく格闘ゲームで連勝しまくるプレイヤーを見つけたのだ。そのプレイヤーは49連勝していた。次の挑戦者を倒せば50連勝が達成される。

その達成をぶち壊してやろうとサディストとしての心が芽生えたので、早速格闘ゲームの席に座って対戦。しかし、結果は敗退。自分が50連勝への生け贄なっただけである。

 

「リアルファイトだったら絶対に負けねえのに!!」

「止めないか天。みっともない」

「何がみっともないって?」

「師匠」

 

板垣姉弟の師匠である釈迦堂刑部が帰ってくる。手には梅屋の袋を持っている。

 

「ほれ、みやげだ。いやー梅屋の店長がサービスでくれたのよ。とろろまでつけてくれるとは嬉しいねえ」

 

袋からは牛飯が出される。早速がっつく天使。

ガツガツと食べながら負けた気持ちを振り落とす。

 

「どーしたんだ天は?」

「天ちゃんは得意のゲームで誰かに負けちゃったの」

「そんなことか」

 

刑部も呆れる。

 

「リアルファイトだったら負けねえ!!」

「暴れるのは構わないが、やり過ぎるなよ。今は九鬼の連中がうっとおしいからな」

「そのせいで師匠が真面目に働くはめになりましたしね」

「いやいや、梅屋は俺の天職だわ」

 

自由奔放な刑部も梅屋は働くに値するようである。

 

「オレは息が詰まりそうだぜ。好きなときに暴れられないからな。それに最近良い男と出会えてねーし」

 

九鬼の従者である青髪の青年を思い出す。彼は竜平にとってストライクゾーンにバッチリ入っていた。

 

「なあ天。お前にゲームで勝った奴は良い男か?」

「ざーんねん。男じゃなくて女」

「女か。なら興味ねえ」

「でも名前は男だったけどな。ププッ」

 

人の名前は様々である。世の中には珍しい名前やキラキラネームもあったりする。

天使もそうであり、「てんし」と呼ぶのではなくて「エンジェル」と呼ぶのだ。

 

「どんな名前~?」

「斬島切彦だってよ。どこからどう聞いても男の名前だよな」

 

天使はクスクス笑い、辰子たちは興味はあまり無いようだ。しかし刑部だけは違った。

その名前は裏世界で聞いたことがある。とても有名な名前だ。同姓同名の可能性はあるが、刑部が思う『斬島』はあの裏十三家しか思い浮かばなかった。

 

「なあ天。もう一度そいつの名前を聞かせてくれ」

「あん? だから斬島切彦だよ」

(おいおいマジか。しかも切彦を名乗るなら本家の直系だぞ・・・)

 

裏十三家の『斬島』が「切彦」を名乗るのは本家の直系である証だ。

殺し屋家業を継いだ名前。どんな人間も簡単に切断する。

 

(確か・・・今の斬島切彦は斬島家の中でも別格の天才だってのを聞いたことがある)

 

鍋の山菜をかじりながら深く考える。今の川神市に殺し屋がいる。しかも凄腕の殺し屋だ。

 

「天・・・お前リアルファイトしなくて良かったかもしれねえな」

「どーいうことだよ師匠?」

「いいか。師匠からの忠告だ。その斬島切彦と戦うんじゃねえ」

 

刑部はもし、切彦から板垣姉弟を守るために戦うのならば自分の首が切断される覚悟を持つだろう。

勝ったとしても四肢は無事では済まないはずだから。

 

「今の川神は何か危ねえな」

 

 

017

 

 

川神市を走る黒い車の中には一組の男女がいる。男の方は騎場大作。女の方はリン・チェンシン。九鳳院の近衛隊幹部である。

大作は序列第2位、リンは序列第8位と幹部クラスでも上位の存在だ。

大作は冷静だが、リンはアタフタしていた。

 

「もっと速く走れないのか!?」

「これが精一杯だ。それに落ち着きなさい」

「紫様が学校から抜け出したのだぞ。落ち着いてられるか!?」

 

実は九鳳院の娘である紫が学校を抜け出したと言う情報が入ったのだ。急いで確認すると紫のGPSや密かに監視している近衛隊より川神市に向かっているのが分かったのだ。

 

「紫様は真九郎殿に会いに行ったのだろう」

「また紅真九郎か!!」

「真九郎殿なら大丈夫だろう」

 

彼なら紫を守るに値する存在だ。そう思わせる程の力を持っている。

リンは真九郎に対してブツブツ文句を言うが、彼女も彼の強さは認めている。

 

「ああ・・・紫様ご無事で!!」

「大丈夫だ。それに川神には今、九鬼が目を光らせている」

「九鬼か。ならば従者部隊の奴等とも会うかもしれないな」

 

九鳳院財閥と九鬼財閥は面識がある。なれば、近衛隊と従者部隊も面識があるのは当然だ。

 

「久しぶりに最強の執事に出会えますな」

「私は会いたくないがな。それに忍のメイドに会うのも面倒だ」

「そうですか。私は嫌いじゃありませんがね。それにクラウディオ殿とは良い酒が飲めそうです」

 

九鬼従者部隊との会合を思い出す。それは九鳳院の当主である蓮丈と九鬼の当主である帝が仕事の関係で顔合わせした時だ。

 

「あの時は驚きましたね。何せ、いきなりの襲撃者がきましたから」

「我々がいるのだから蓮丈様には触れさせることは無い」

 

リンの言う通りで襲撃者たちは何もできずに近衛隊と従者部隊に潰されたのだ。その時にお互いの実力を知った。

 

「帝様の御子息たちは元気でしょうな」

「今は紫様が第一だ」

 

2人を乗せた車は川神市へと近付く。

 

「話は変わりますが、リンは川神を知っていますか?」

「武神が居るくらいしか知らないな」

「川神は良い所ですよ。美味しい食物はありますし、名所もある。それに何かと飽きない場所です」

 

大作の言う通りで川神市は様々ものがある。今注目されているのは過去の偉人たちであるクローンが有名だ。

 

「しかし、何処にも表があれば裏もある」

「どういう意味だ?」

「川神裏オークション」

 

リンはハテナマークを浮かべる。

 

「非合法のオークションです。九鬼が目を光らせている場所で開催されるとは見上げた根性だ」

「近々開催されるのか」

「ええ」

 

九鬼が目を光らせているからこそ、と言うのもあるかもしれない。灯台もと暗しと言うやつだ。

車は川神市内に入る。

 

 

018

 

 

川神市内をトコトコと歩く少女がいる。髪を黒いリボンで結んでいるのが彼女のトレードマークだ。

彼女の名前は斬島切彦。裏十三家の『斬島』の直系である。

 

「・・・あ」

 

彼女の目の前に見知った人物がいる。

 

「おお切彦ではないか!!」

 

表御三家である九鳳院紫だ。長髪をなびかせて可愛らしい笑顔をしている。

 

「切彦も真九朗に会いに来たのか?」

「紅のお兄さん・・・」

「よし。切彦も紫に着いて来い。これから真九朗に会いに行くぞ!!」

 

表御三家と裏十三家が一緒になって川神の町中を歩く。普通ならばありない状況だ。周囲にいる人たちもまさか2人がとんでもない人物だとは思わないだろう。

彼女たちの目指す場所は川神学園。訪問したら絶対に驚く人物たちはいる。そんなことも気にしない2人はドンドン進む。




読んでくれてありがとうございます。
今回の話は紫と切彦の登場フラグ話でした。

なので次回はついに紫と切彦が登場します!!
川神学園はどうなる!?
取りあえず準は覚醒するかも。

ではまた次回をゆっくりお待ちください。


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九鳳院

こんにちわ。
今回の話はついに紫と切彦が川神学園に来た話です。
そして、やはりと言うか・・・準と接触しますよ。

では、始まります。


019

 

 

紫と切彦は川神学園に到着していた。学園の大きさにまあまあ驚く。そう、まあまあだ。

九鳳院財閥の娘である紫にとって大きな建物は見慣れた光景だからだ。今まで見た学園の中で大きいからまあまあ驚いただけである。

 

「大きいな切彦」

「はい。大きいです」

 

2人は普通に川神学園に入っていく。彼女たちの侵入は周囲の学生から丸分かりだが、気にしないのが川神学園の学生だ。

なぜなら様々な人物がいる学園だからと言う弊害かもしれない。それに誰かの関係者だと思って報告もしない。

 

「真九郎はどこにいるのだろうな?」

 

取りあえず川神学園の中を探検する。まず最初は食堂に辿り着き、次は体育館、剣道場、保健室、パソコン室。

校内を探検しまくる2人であった。そして探検していれば誰かに出会うのは当たり前。というよりも紫が誰かにぶつかる。その誰かとは準であった。

 

「おお、済まない。紫がよそ見していた」

「いや、だいじょ・・・うおお!?」

 

準は紫を見た瞬間にフリーズする。

 

「おや。これは可愛らしい子ですね」

「だれー?」

 

冬馬と小雪が紫たちと接触する。彼女たちを見て一瞬で誰かを探しているのだと理解する冬馬。

そんな中、準はフリーズから解かれた。そして紫をマジマジと見る。

 

「こ、このお嬢ちゃんは・・・なんと圧倒的なカリスマ!!」

 

準は本物のロリを見てしまった。これには雷に撃たれた衝撃が走ったのだ。

準は思う。彼女もまたロリコニアを建国させることの出来る人材だと。そんな国は夢のまた夢で準の頭の妄想の国なのだが。

 

「素晴らしい・・・俺は天使を見てしまったよ」

 

優しい笑顔になって紫を見つめる。その瞳には慈愛に満ちているのであった。

 

「準がアッチの世界にいってる」

「まあ、この子を見てしまったら仕方ありませんね」

 

準のことを知っている冬馬はこうなることを予想していた。これは仕方ないと思うのであった。

 

「私は葵冬馬。よろしく」

「ボクは榊原小雪だよー」

「俺は井上準って言います。貴女のためなら何でもやりましょう」

 

いきなり忠誠を誓う準もいつも通りである。ちょうど良いと思って紫も自己紹介をして真九郎について聞いてみることにしたのだ。

 

「私は九鳳院紫だ。隣にいるのが切彦だぞ」

「よろしくです」

「よろしくお願いします紫様!!」

 

九鳳院と聞いて冬馬は少しだけ笑みを消した。その名前はとても有名な名前である。表御三家の一角だ。

表御三家とは表世界で絶大な権力を握り頂点に君臨している三つの家系。財力と名声、権力によって古来からこの国を実質的に支配している存在である。その一角が九鳳院だ。

九鬼でさえ九鳳院から見れば新参者でしかない。しかし九鬼も負けていない。なにせ躍進がどの財閥よりも圧倒的に上だからだ。今となっては九鬼も九鳳院と並ぶ財閥だ。

 

(九鳳院に娘がいると公表されたのは去年・・・まさかこの可愛らしい子が?)

「どうかしたか冬馬とやら。私は正真正銘の九鳳院の娘だ」

「・・・・・!?」

 

まさか心でも読まれたかと思ったが違う。紫の超直勘とも言うべき能力だ。それに彼女の前では嘘をつくこともできない。自分自身も嘘つけないという可愛い部分もある。

 

「なんかお主の笑顔は作り物っぽいな。でも少しずつ柔らかくなった笑顔と言うべきだな。今まで何か嫌なことでもあったのか。紫でも良ければ相談に乗るぞ!!」

「トーマ、この子・・・」

「小雪とやらも何か心に不安なことでもあるのか?」

「ムム・・・!?」

 

紫は小雪の心の何かすら感じとる。これには冬馬も小雪も少しだけ警戒してしまう。だが紫は本当に気になったから言ったまでである。悪気は無いのだ。

 

「いえ、僕は大丈夫ですよ。最近良い方に流れが回ってきましたから」

「ボクも大丈夫だよー。トーマと準がいれば全然平気なのだ!!」

「ふむ、そうか。ならば何かあれば紫が相談にのるからな!!」

(・・・この娘はとんだ大物かもしれませんね。いえ、九鳳院なら超大物でしたね)

 

次に視線を移すは紫の隣にいる切彦だ。ダウナーな雰囲気の大人しい少女に見える。そして一瞬気になったのが名前だ。

 

「切彦って男の名前っぽいねー」

「これでもちゃんと女です。証拠もあります。それに処女です」

「そんな情報聞いてないよー」

 

人さまの名前なんて様々である。珍しいと思うかもしれないが悪いとは思っていけない。

 

「よろしくです」

「はい。こちらこそよろしくお願いしますね」

 

そんな中で小雪がこっそりと冬馬に耳打ちする。

 

(どうしましたユキ?)

(この娘なんか危険な感じがする)

(そうですか?)

(うん。なんて言うか・・・全てを斬り裂くイメージを感じる。あの武神ですら)

(そこまで・・・)

 

小雪は冬馬に嘘は付かない。でも目の前にいるダウナーな雰囲気の少女があの武神を斬り裂くとは思えなかった。

 

「そうだ。聞きたいことがあるのだが良いだろうか?」

「何でも聞いてください紫様!!」

 

準は今日一番の良い返事をした。

 

「実は真九郎を探しているのだ。何か知らぬか?」

「真九郎くんですか」

 

 

020

 

 

川神学園に高級な車が止まる。車の中から出てくるのは騎場大作とリン・チェンシンだ。2人とも九鳳院の近衛隊幹部であり、強者だ。

 

「紫様!!」

 

リンは急いで川神学園に入るが、彼女の前に誰かが立ちふさがる。その人物は九鬼従者部隊の序列零位のヒュームであった。

 

「強い気が川神学園に近づいていると思ったらお前たちか」

「貴様はヒュームか!!」

「九鳳院近衛隊の序列8位リン・チェンシンに序列2位の騎場大作。久しぶりだな」

「お久しぶりですヒューム殿」

 

大作が紳士的に挨拶する。

 

「九鳳院の近衛隊幹部が川神学園に何か用か?」

「実は・・・」

 

大作が用件を話そうとした時に空から誰かが降ってくる。その誰かとは百代である。

 

「空から美少女登場!!」

 

百代は強い気を感じて飛んできたのだ。バトルマニアはたまらない強さを持つ気なら文字通り飛んでくる。

 

「そこにいる可愛い姉ちゃんと紳士的なおじ様は誰ですかー?」

「また厄介な奴が・・・」

 

リンはそれどころではない。早く紫を見つけないといけないのだ。

 

「私たちは九鳳院の近衛隊です。私は騎場大作。隣にいるのがリン・チェンシンです」

「私は川神百代です」

「百代。彼らは何か用があるから勝負はできんぞ」

 

ヒュームが先に百代の動きに釘を刺す。しかし、それでも戦ってみたいと思うのが百代である。

 

(コイツらがあの有名な九鳳院の近衛隊か。女の方は強い。そして男の方も相当強いな)

 

九鳳院の近衛隊の中でも幹部クラスは「真の強者は飛び道具を使用しない」という思想を持っている。

百代はそんな大作とリンを品定めするように見る。戦ってみたい。本音はそれしかないのだ。

 

(百代殿はバトルマニアと聞いていますが本当のようですね)

 

有名な武神がこうも分かりやすいバトルマニアとはヤレヤレと言う感想だ。ヒュームも同じことを思っているのか小さく息を吐いた。

 

「ええい、退け武神。今は相手をしている暇は無い!!」

「えーつれないなあ」

 

リンは急いで走る。後を追うように百代も走るのであった。

 

「・・・で、何の用だ?」

「実は紫様が川神学園に訪れていまして、迎えに来たのです」

「成る程。紫様がいらっしゃっておられるのか」

 

高圧的な態度のヒュームも一応執事である。九鬼財閥と同等の九鳳院財閥の娘となれば口調も少し変わる。

 

「しかし、油断しすぎでは無いか。主を把握できないなぞ」

「逆にそちらは過保護すぎではないですか。それに私たちは従者ではありません」

「こっちは従者なのでな」

 

お互いに皮肉を言って軽く笑う。

 

「しかし、主を守るため。紫様を1人にするのは確かに此方の負い目でありますな。これからはより注意せねばなりません」

「その通りだ」

「では、私はこれから川神学園に手続きをしに行きます。このままでは侵入者になりますからな」

 

大作は手続きをしに歩く。

 

 

021

 

 

誤字脱字の確認は大切だ。特に資料を人に渡すならば尚更である。気にしない人もいるが、中にはちょっとの誤字脱字でうるさく言う人もいるのだから大変なのだ。

 

「これで大丈夫だと思うよ」

「思うじゃ駄目なのよ。もっと確認して」

「何度も確認したよ」

 

真九郎は今、銀子からある資料を渡されて誤字脱字の確認をさせられている。情報屋として資料を依頼者に渡す過程で誤字脱字などは許さない。そのため、真九郎は銀子を手伝っているのだ。

 

「大丈夫だって」

「じゃあ次」

「まだあるの?」

「今回の依頼は資料が多いのよ」

 

ため息を吐きながら資料を黙々と確認するしかなかった。

 

「ねえねえ、紅くんと村上さんは何をしてるの?」

 

一子が2人に話しかけてくる。何をやっているのか気になったからだ。

 

「・・・今、真九郎にバイトの手伝いをしてもらってるのよ」

「バイト?」

「そう。資料作製のバイトよ川神さん」

 

実は情報屋としての仕事をしているとは言わない。言ったら面倒なことになるからだ。目立つことを好まない銀子は差し当たりの無い答えを言うしかなかった。

 

「へえ、そうなんだ。なんならアタシも手伝いましょーか?」

 

一瞬迷ったが資料の誤字脱字くらいの確認なら大丈夫だと思い、手伝ってもらう。

 

「お願いするわ川神さん」

「任せて!!」

 

資料を確認したら一子の頭からポンッと煙が出るような反応する。資料は図やら文字やらで埋め尽くされており、混乱してしまったのだ。

頭を働かせるより体を動かす一子にとって大変なのだ。

 

「任せてもらっておいてそれは駄目だろワン子」

「だって難しいのよ大和~」

「誤字脱字の確認だけだろ」

 

一子の他にも大和たちも集まってくる。銀子の作製した資料はパッと見、難しそうだが違う。よく見ればとても分かりやすいのだ。さすがは情報屋。相手が分かりやすく作製するのは当たり前である。

 

「資料の内容は難しいけど、分かりやすくまとまってるよコレ」

「そうか? 俺様はさっぱりなんだが」

「それはガクトがちゃんと読まないからだよ」

 

資料の内容は某有名な教授が発表するようなものだ。

 

「村上さんは頭が良いのね」

「そりゃあSクラスに入れるくらいだしね」

 

確かに銀子は天才だ。何せ祖父である村上銀次は裏世界で有名な凄腕の情報屋。その地盤を引き継いで情報屋を営む程なのだから。

そこらの情報屋とは格が違う。

 

「俺も手伝うよ。ワン子が手伝ってたら夜までかかりそうだ」

 

大和も手伝うと言ってくれる。一子の時もそうだったが普段なら銀子は了承しなかっただろう。しかし、今回は違う。

依頼された資料はさほど重要では無い。人に見せても大丈夫である。だから手伝ってくれるならと甘えてみたのだ。

これには真九郎も少し驚く。やはり少しだけ頑張っているのだろうと思うのであった。

 

(銀子もコミュニケーションを取ろうと頑張ってるんだな。・・・それで無理しなきゃいいんだけど)

 

コミュニケーションを取るのは悪いことでは無い。でも無理にコミュニケーションを取るのは自分自身も疲れるだろう。

人には人の適度なコミュニケーションがあるのだ。銀子は人付き合いが苦手なので頑張ってるほうだろう。

 

「それにしても・・・この資料はクローンについて?」

「最近はクローン、義経さんたちで持ち切りだからね」

 

九鬼財閥がクローン技術を確立させてから世界の話題はクローンで持ち切りなのだ。だから教授や科学者ならばクローンについての情報はほしいのだ。

 

「うん。誤字脱字は無いよ」

 

大和は銀子の調べた資料を見て驚く。情報屋としての彼女を知らないので、一般の学生がここまで調べ上げたと思って驚きなのだ。

資料の内容はクローンに関して詳しくまとめてある。これは本当に分かりやすい。

 

「さすがSクラスに選ばれたことはあるな」

 

そんな彼女を見る福本育郎は密かに写真を撮っている。それに夕乃の写真も密かに取ろうとしてるのだ。

最近はクローン組の義経や転入者の燕と華やかさが増している。これは「魍魎の宴」が盛り上がると思うのであった。

岳人は育郎に「良い写真が撮れたら教えてくれ」とヒソヒソと密談する。どうでもよいが野獣共の宴は近いかもしれない。

 

「今回の魍魎の宴は盛り上がるな」

「サルがまた何か呟いてるわね。キッモ」

 

実は「魍魎の宴」にてイロイロ何かが起こるのだが、それはまた先の話である。

 

「これで良し。資料は大丈夫だわ。ありがとう」

「いーわよ別に。こっちも役立てて良かったわ」

「ワン子。お前はあまり役に立ってなかっただろーが」

「何をー!!」

 

一子が岳人にポカポカと叩く。

銀子がノートパソコンの蓋をパタリと閉じた瞬間、逆に2Fの扉がガラリと開いた。

 

「紅真九郎!!」

「え、リンさん!?」

「うお、新たな美人が!!」

「刀持ってるけどね」

「あ、お姉さまもいる」

 

2Fのクラスに入ってきたのはリンと百代であった。

いきなりの介入に頭がついていけない。だがこの状況はデジャブである。前回、星領学園にて紫が勝手に見学しに来たことがあったのだ。

まさか今回もって思ったがリンが先に答えを言い放つ。その答えを聞いて「やっぱり」と言うしかない。

 

「紫様はどこだ!!」

「また!?」

「紫さまって?」

 

前回と同じことが起きているらしい。




読んでくれてありがとうございます。

井上準は覚醒を通り越して、慈愛の心を持つ男になりました(笑)
そして紫の直感はハンパねえ・・・これが表御三家の異能なのか!?

次回は後半に続きます。ではまた次回!!


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紫と紋白

こんにちわ。
お気に入りがいつの間にか1000件超えてたのにビックリな作者ヨツバです。
これはとてもうれしいですね。これからも頑張ります!!

では物語をどうぞ!!


022

 

 

紫と切彦は準たちに案内されている。目指す場所は2Fのクラス。そこに真九郎がいるのだ。

真九郎がいると分かって紫は喜々として腕をブンブン振りながら歩く。その姿はとても可愛らしく微笑ましいと言う感想しかない。

幼い少女を見守ることを信条とする準にとってその光景は慈愛の心しか湧かない。小雪に「ロリコン」や「ハゲー」と言われても微動だにしないほどだ。

 

「準が何も反応しないよー」

「おやおや。今の準は仕方ありませんね」

「若・・・俺は夢を見てないよな。現実だよな」

「現実ですよ準」

 

やはり現実だと実感して更に心が晴れやかになる。この気持ちは準と同じ人種にしか分からないだろう。紫はそう思わせるほどの可愛い子なのだ。

彼女をよく知る真九郎は紫を「見ただけで得をしたような気分になる女の子」と評している。準もその評価を聞けば首を縦に必ず振る。

 

「早く行くぞ!!」

「はい紫様!!」

 

やはり良い返事をするのであった。

ドンドンと2Fのクラスへと進むが、同じく2Fに向かう者がいる。その者の名前は紋白だ。

 

「あ、紋白ではないか!!」

「むむ。お主は紫!!」

 

今ここにロリが2人揃う。すぐさまお互いに近づいて握手をする2人。パアァと笑顔を溢れるのは仲が良い知り合いだからだ。

これには準も更に幸せ一杯にしかならない。もう足が浮いて昇天するんじゃないかってほどくらい幸せ絶頂急上昇。

 

「ああ。もう死んでも良いかもしれない」

「準に死なれたら困ります」

 

準にとって今週で最高の1日に違いないだろう。

 

「これはこれは紫様。お久しぶりです」

「うむ。クラウディオも久しいな」

 

九鳳院と九鬼の会合。

同じ世界財閥同士ならばお互いに知っていてもおかしくはない。実際に彼女たちは財閥絡みで知り合っているのだ。

そこで仲良くなったのは言うまでもない。しかも間に真九郎がいるのにも言うまでもないのだ。

 

「なんで紫がここにおるのだ?」

「紫は真九郎に会いに来たのだ!!」

「なら我と同じだな。一緒に行こうではないか」

 

紫は真九郎に会いたくなったから会いに来た。紋白も同じく真九郎に会いたくなったから会いに向かっているのだ。

九鬼の絆を修復してくれた真九郎には感謝してもしきれない。それに素晴らしい人材なのだから九鬼で働いてもらいたい気持ちもある。だから断られても印象くらいは残すために行動している健気な頑張りだ。

それに紋白の心には淡い想いを抱いている。真九郎のことを思うと心が温かくなると密かに口に零したほどだ。

 

「早く真九郎に会いたいな!!」

「そうだな!!」

 

真九郎に会えると思って無意識に笑顔になる。好きな人に会える気持ちはとても温かいものだ。

 

「切彦も早く真九郎に会いたいだろう?」

「はい。会いたいです」

「この者は誰だ?」

「私の友達の切彦だ」

 

自己紹介で堂々と斬島切彦と名乗ると紋白は「よろしくな!!」と元気一杯に挨拶。そして良い人材を探すのに目がないのですぐに切彦を品定めをしてしまう。

品定め結果は合格。切彦からは何か相当な才能をビリビリ感じたのが感想だ。その才能までは分からないが中々見つからない人材なのは確かである。

 

(合格だな。しかし何故だろう・・・いつもならスカウトするのだが何処か迷っている我がいる)

 

その気持ちは無意識による防衛本能かもしれない。

 

(斬島切彦・・・まさかこの女性があの裏十三家の『斬島』なのでしょうか?)

 

クラウディオは顔には出さないように『斬島』の名を聞いて警戒する。しかも「切彦」と名乗ったということは本家の直系を意味する。

斬島切彦。「ギロチン」の異名を持ち、どんな人間も確実に斬殺させる凄腕の殺し屋である。

その正体がダウナー系の少女とは予想外なのだが。

 

(見た目や雰囲気からは普通の少女。しかし分かる・・・この少女の内から感じる刃のような鋭い何かを!!)

 

さすがは完璧執事と言うべきか、切彦の危険性を何処となく察知している。当の本人である切彦自身は特に気にもしていないが。

これから一緒に行動することになるのだから気を抜かずに心を落ち着かせる。

 

(しかし何故、表御三家の紫様と裏十三家の斬島が一緒にいるのでしょうか?)

 

そもそも清流と言われる表御三家と濁流と言われる裏十三家が一緒にいること自体が不思議であり得ないのだ。

普通では一緒になることは無く、表御三家の方から裏十三家に近寄ることがない。だが紫と切彦は友達となって表も裏も関係無くなっている。だから2人は友達として一緒にいるのだ。

 

「早く真九郎に会いに行くぞ!!」

 

みんなでルンルン気分のまま歩き出す。

 

「紋様に紫様・・・最高すぎる。ロリコニアが見える」

 

その頃、準は勝手に妄想の国に入り込もうとしていた。

 

 

023

 

 

真九郎はリンから「紫様はどこだ!?」と迫られていた。これには「落ち着いて」と言うしかなく、宥める。しかし、リンは護衛の身として紫を心配するのは当たり前。

心の中では「護衛失格だ・・・」と自分自身にイラついている。その一部を真九郎にぶつけているのだから困る。

 

「紫が川神学園に来てるんですか?」

「ああそうだ。だからこその何処だ!!」

「俺に言われても分からないですよ!?」

「紫様イコール紅真九郎だろう!?」

「何その関係図!?」

 

前回に呟いていた謎の関係図はまだ健在のようだ。しかし否定できないので首を横には振れない。そんなんだから銀子から「ロリコン」と言われるのだから。

その称号だけは勘弁してもらいたいといつも思っている。去年で何回言われたか覚えていないが、いつもグサリと身体から心に突き刺さる。その度に夕乃からは「年上が一番ですから」と言われる。

 

「ねえねえ紫様って誰?」

 

一子はそれとなく口にする。その答えを言うのは大和だ。

 

「あの女性は九鳳院の近衛隊だ。そして紫様って様付けしているってことだから九鳳院の関係者だろう」

 

紫と言うの名前は聞いたことがある。確か去年に九鳳院から娘がいると報道されたはずだ。

 

「紫様ってのは九鳳院の娘だ」

「ええっ、それって大物じゃない!?」

「大物どころか超大物だよ」

 

九鳳院は表御三家と言われる日本を支配する一角だ。大和や一子たちが関わることなんて普通は無い。

しかし、リンが言うには超大物の紫が川神学園に来ていると言うのだ。

 

「ああ。だから九鳳院の近衛隊が学園に来たわけか。しかも強者が2人も」

 

強者とはリンと大作のこと。百代がワクワクとしているのを見て、やはりバトルマニアだと思う。

 

「真九郎。早く紫ちゃんを探すわよ」

「分かってる」

 

ガタリと椅子から上がって紫を探しに行こうとする。察してくれたのか、大和たちも探すのを手伝ってくれると言ってくれる。

お礼を言おうとしたが、また2Fの扉が開かれた。そこから走って来たのは今から探しに行こうとした人物である。

 

「真九郎!!」

「む、紫!? それに切彦ちゃんまで!?」

 

紫が元気一杯に真九郎へと抱き付いてくる。それを応えるように真九郎は優しく受け止める。受け止めてくれた事実が嬉しいのか紫は幸せ一杯の笑顔になった。

やっぱり紫は年相応の可愛らしい女の子。九鳳院なんて肩書きはオマケみたいだ。

 

「どうして紫がここに?」

「真九郎に会いに来たのだ!!」

 

やはり前回と同じであった。

 

「迷惑だっただろうか?」

「そんなことないよ」

「本当か?」

「俺は嘘ついてるか?」

「ついてない」

 

パアアっと笑顔になって真九郎に強く抱き付く。それを見た準は嫉妬するが、ここはあえて無視しているみんなだ。

 

「銀子にも会いに来たぞ!!」

「ありがとう紫ちゃん」

「これ、どんな状況なの?」

 

卓也の疑問は当然であった。

この状況をどう説明すればよいか悩み、「うーん」と呟く。まず紫との関係を説明しなければならない。しかし表御三家の九鳳院との関係をどう上手く説明すればよいか真九郎は思いつかなかった。

大和たちは少なからず真九郎が九鳳院と関係があることで驚きである。やはり川神学園には普通の人はこないようだ。

 

「そうだな・・・俺と紫は」

 

九鳳院との関係を何とか説明する前に紫がいつもの爆弾発言をする。

 

「私は真九郎の恋人だ!!」

「「「ええええ!?」」」

 

本当にいつもの爆弾発言である。この答えには大和たち全員が色々な意味で驚く。

 

「こ、こんな小さな子と恋人!?」

「紅くんってそーいう趣味なんだ」

「ロリコン」

「ずるいぞ!!」

 

一部だけ嫉妬が入っているがその他は真九郎の心にグサグサと刺さる言葉の雨である。

だからこそ、強くこの言葉を言うのだ。

 

「誤解です!!」

 

本当にこの言葉だけは切実な思いを乗せている。川神学園でロリコンのレッテルを貼って過ごすのは真九郎にとってキツイ。

 

「銀子からも誤解を解くように説明を・・・」

「ハァ・・・。面倒になったわね」

 

取りあえず九鳳院との関係を当たり障りなく説明するしかなかった。やはり要人の護衛として知り合ったとしか言えない。

紫を救ったことは誇れることだと思っているが詳しく語れず、重要な部分は抜きにして説明した。

 

「なるほど。九鳳院でも護衛の仕事をしていたのか」

「そうなんだよ直江くん」

「でも凄いな九鳳院の護衛なんて。近衛隊もいるのに・・・そもそもどうやって護衛の仕事がもらえたんだ?」

 

大和が中々鋭い質問を斬り出してくる。確かに未熟な揉め事処理屋が九鳳院から護衛の仕事がもらえるとは普通思わないだろう。

そもそも大財閥が学生を護衛として任せること自体が考えにくい。

 

(やっぱり直江くんは頭が良いって言うか、鋭いって言うか)

 

鋭い質問をされたら返す答えは用意してある。それは紅香から頼まれた仕事だからだ。これは本当のことである。

 

「揉め事処理屋の師匠から依頼をもらえたからだよ」

 

嘘では無い。しかし去年はまさか当初、九鳳院と関わるとは思っても見なかった。

 

「そういうことなのか」

「うん。そうなんだ。その時に紫と知り合ったんだ」

 

取りあえず納得はしてもらえた。でもロリコンのレッテルは少し張られたかもしれない。実際に岳人たちから少しだけからかわれたからだ。

それにいつの間にか紋白も抱き付いてくる。これもロリコンと勘違いされる状況だ。

 

「真九郎~!!」

「やあ紋白ちゃん」

 

優しく抱きしめて頭を撫でる。すると紫と同じように幸せそうな笑顔になるのであった。

紫も紋白も幼いが、どちらも強い娘だ。それは真九郎がよく分かっている。もっとも紋白は紫と違い、見た目がロリなだけだが。

 

「こら紋白。私の真九郎に抱き付くな!!」

「何を言う。真九郎は誰のものでも無いぞ」

 

なんとも可愛らしい会話だ。でも周りからのからかいは困る。

 

「ハハッ、おい紅。お前ロリコンだったのかよ」

「違うからね島津くん」

「意外だわー。ちょっと残念かも」

「だから違うからね小笠原さん」

「一緒にロリコニアを目指すか?」

「・・・勘弁してください」

 

準に優しい笑顔で肩をポンと叩かれる。その顔はまるで同士を見つけたような顔だ。

本当に勘弁してくださいとしか言えない。せっかく川神学園にて馴染んできたかと思えば、まさかの評価だ。

揉め事処理屋からロリコンへの転身したのだから。

 

「俺はロリコンじゃないから!!」

 

何度も言う切実な思いだ。

しかし、勘違いされてもおかしくない状況だから仕方ない。何せ今は右に紫、左に紋白という両手に花状態だからだ。

準は真九郎の肩に手を置きながら嫉妬している。もう少しすれば嫉妬が爆発するかもしれない。

 

「紋様が楽しそうでなによりです」

「クラウディオさんお久しぶりです」

「ええ。紅真九郎様もお変わりなく」

 

クラウディオに話しかける真九郎。取りあえずロリコンとからかわれる状況を抜けたい一心にだ。

それに彼はとても安心感を与えてくれる老紳士。空気の流れを変えてくれるに違いない。

 

「今日はどうしたんですか?」

「なに、紋様が真九郎様に会いに来ただけですよ」

 

優しい笑顔になる。話を聞くとどうやら本当に真九郎に会いに来たらしい。

「そうですか」と言って紋白を見る。前に会った時より元気に見える。まるで紫の時と同じようにだ。

 

「紋様は真九郎様のスカウトを諦めてませんからね。いつでも歓迎ですよ」

「ありがとうございます。考えておきます」

「前に言ったが我はいつでも歓迎しておるぞ!!」

「真九郎は渡さないぞ!!」

 

紫と紋白の可愛らしい会話は自然と笑みを浮かべてしまう。

今日は可愛らしい訪問の日であった。




読んでくれてありがとうございます。

今回は紫と紋白の会合でもありました。そして準は今にもロリコニアに飛び立ちそうです。
真九郎は川神学園でもロリコンのレッテルを張られる苦労は仕方ないですね。

紋白に関しては真九郎に淡い想いを抱いている設定にしました。そりゃあ自分を救ってくれた人ですからね。おそらく違和感は無いと思ってます。
今回の物語は紫の訪問と言う日常パートでしたが次回は切彦に視点を移します。今回は切彦は空気でしたからね。

ではまた次回をゆっくりとお待ちください。


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案内

こんにちわ。
早めに物語が完成したので投稿しました。
前回は切彦が空気だったので今回は視点を切彦に向けました。

では、始まります!!


024

 

 

紫との再会を終えて次は切彦の番となる。何故かは分からないが前と同じで紫と同行していた。

 

「な、何で切彦ちゃんが?」

「仕事帰りですお兄さん」

「・・・そっか仕事帰りか」

 

切彦の仕事帰りとは裏の仕事。殺し屋の仕事だ。考えたくもないが何処かで切彦のターゲットが首と胴体が離れていることだろう。

何度か考えたことがあるが、切彦には殺し屋を辞めて欲しいと思っている。しかしきっとそれは不可能かもしれない。「殺し屋を辞めてくれ」と言っても無駄だと頭のどこかで思ってしまうからだ。

 

「でも何で紫と?」

「わたしもお兄さんに会いに来ました」

 

頬を赤くしながら小さく呟く。これだけなら可愛い少女であり、本当に殺し屋には見えない。

ここで少し問題が起こる。なぜなら大和やクリスは切彦と言う名前に気付いたから。由紀江が言っていた「剣士の敵」の名前を同じだからだ。

そもそもご本人なのだが。

 

「なあ、その子って斬島切彦なのか?」

「はいそうです」

 

切彦自身も肯定する。本人なのだから肯定しないわけ無い。彼女のことを知っている真九郎もここで切彦の素性を隠す真似をしたら怪しく思われるのは当然だろう。

今ここには大和や冬馬と言った鋭い者がいる。下手な誤魔化しは逆効果だ。

 

(どう説明しようか。普通に友達って言うしかないけど・・・剣士の敵については説明しきれないな)

 

せめて切彦が殺し屋だということは隠しておきたい。銀子も同じ思いだ。まさか殺し屋と知り合いとなっては後の学園生活も大変である。

 

(たぶん・・・クラウディオさんは気付いているかも)

 

九鬼財閥で上層部である従者部隊序列3位のクラウディオならば『斬島』のことは当然知っている。しかし本人と接触したのは今日が初めてである。

だから静かに警戒しているのだ。もしかしたら後で呼び出されるかもしれない。それはそれでどうしようもない。

 

(・・・うーん)

 

時間は有限である。考えているうちに、気になったら何でも質問するクリスがついに口を開いた。

 

「なあ斬島切彦殿。質問良いか?」

「どうぞ」

「剣士の敵ってのはまさか・・・切彦殿のことか?」

 

ついに来てしまった質問。

 

「・・・たぶんそうです」

 

切彦は普通に答える。それに切彦は「剣士の敵」と呼ばれるより「ギロチン」と呼ばれてるので曖昧な返事をするのであった。

曖昧な返事を返す切彦にクリスは微妙な反応である。まさかダウナー系な彼女が剣聖である黛大成が戦いを避ける程の人物には思えなかったのだ。

同じく大和や忠勝もそう思っている。正直信じられないので同姓同名かと考えてしまう。しかし「斬島切彦」なんて名前はそうそういない。

 

(本当に彼女がまゆっちの言っていた剣士の敵なのか?)

 

大和の疑問は最もである。もしここに由紀江がいれば確認してもらいたいくらいだ。

 

「そうか・・・剣士の敵なのか。何をやっているんだ?」

 

クリスは「剣士の敵」と呼ばれる切彦が何者か気になっている。だから普通に質問するのは当然だ。

そして切彦も質問の答えを普通に応える。初めて真九郎に自分の職業を伝えたように。

 

「あいむひっとまん」

 

堂々と自分の職業を言うのであった。これには真九郎も心臓がバクバクである。

 

「あいむひっとまん?」

 

この言葉を聞いて考える者は大和や冬馬、クラウディオたちだ。

 

(あいむ、ひっとまん・・・I'm Hitman・・・殺し屋?)

 

この英文を簡単に和訳すると「殺し屋」となる。しかし信じられずに冗談と思うのであった。クラウディオ以外は。

 

「なあ弟。剣士の敵って何だ。とても強そうな響きじゃないか!!」

「そのままの意味で剣士にとって最大の敵らしいよ。詳しくはまゆっちが知ってる」

「じゃあ後でまゆっちに聞こうかな~」

 

本当なら目の前にいる本人に聞けば良いのだが如何せん「剣士の敵」には見えない。それに今の百代の興味対象は九鳳院近衛隊のリンと大作である。

出来れば戦いたいと思っているのだ。しかし本人たちは無駄な戦いをする気が無いので百代の願いは叶うことは無い。

 

「お兄さん」

「何かな切彦ちゃん?」

 

ここで切彦がギュッと真九郎に抱き付く。久しぶりに真九郎に会えた衝動と言っても良い。殺し屋とは思えない可愛い少女だ。

 

「こら切彦。真九郎に抱き付くなー!!」

「嫌です」

「私の言うことが聞けぬのかー!!」

「剥がすのを手伝うぞ紫よ!!」

 

紫と紋白がやんややんやと切彦を剥がそうと奮闘している。真九郎の周りで可愛い少女たちが集まっている状況だ。

見る者なら微笑ましい光景かもしれない。準に関してはいつも通り嫉妬している。

 

「紅って年下からモテるのな」

「そうかもね」

 

岳人や卓也が今の光景の感想をそのまま言う。年上好きの岳人は特に嫉妬はしない。

 

「やべえよ若。俺・・嫉妬でキレちまいそうだよ」

「落ち着けハゲー」

 

小雪が準に鋭い蹴りを食らわして黙らせる。中々の酷い扱いだ。

静かに床へと倒れた準を他所に話は進む。紫が川神を観光してみたいと言うのだ。これには真九郎も笑顔で了承する。

川神学園にて紫たちの来訪で一悶着あったが少しずつ収まっていく。さすがは川神学園、どんな状況でも抱える懐があるようである。

 

「じゃあ行こうか真九郎!!」

 

川神を観光するメンバーは真九郎に紫、切彦だ。追加でリン、紋白とクラウディオも加わる。そして案内役として大和が選ばれた。

本当ならば準も率先して案内するが残念ながら床に倒れている状態である。彼にとっては本当に残念だろう。

 

 

025

 

 

騎場大作は今、ヒュームと鉄心とお茶を飲みながら会話をしていた。

会話内容は紫が川神学園を訪れていると言うことだ。このことを聞いた鉄心は驚きを隠せない。何せ世界財閥の一角である九鳳院の娘が川神学園にいつのまにか訪れていたのだから。

さすがに武術家でない紫の気を感じとるのはできない。だからいつの間にか訪問していたとしても分からないのだ。

 

「まったく驚きじゃわい。まさか九鳳院の娘が訪れていたとはのう」

「お騒がせ致しました」

 

大作は礼儀正しく紳士的に謝る。この紳士さはクラウディオと競えるだろう。

 

「お前は紫様から離れていて大丈夫なのか?」

「ええ。何せリンがいますから。それに真九郎様もいますからね」

「・・・なるほどな」

 

ニヤリと口元に笑みを浮かべる。ヒュームは真九郎を思い浮かべたからだ。

 

「あの上等な赤子なら確かにマシだろう」

「ほう。ヒュームが人を認めるなんて珍しいの。真九郎とは交換留学に来ていた男子学生じゃな」

 

立派な髭を擦りながら鉄心も真九郎のことを思い浮かべる。確か揉め事処理屋をしていると言っており、初日からクリスに決闘で勝った学生だ。

そんな彼がヒュームから評価されているのにチョッピリ驚きだ。何故そこまで評価しているか気になる。

 

「真九郎くんか。確かクリスに勝った少年じゃな。決闘を見たが確かに強いのう」

「まだ未熟な部分もあり、精神的な弱さもあるがな」

「辛口評価も健在じゃな」

「だが、覚醒した時の強さは目を見張るものがあるぞ」

 

何かを勿体ぶって話す感じだ。これには鉄心も気になってしまう。その変わりなのか大作が説明してくれる。

 

「真九郎様は崩月の弟子なのですよ。とても強い少年です」

「何とっ・・彼が崩月の弟子なのか!?」

「はい」

 

今回の交換留学で驚きなのは夕乃だけかと思っていたが、真九郎が崩月の弟子とはまた驚きである。噂で聞いたことがあるが崩月流の修業は常軌を逸しているらしい。

川神流の修業も相当厳しいが崩月流と比べると優しい方だろう。一子曰く、川神流を修業すればまず毎回嘔吐するくらいキツイと言うだろう。真九郎が同じように語るなら崩月流を修業すれば毎回吐血すると言う。

嘔吐と吐血じゃ全然違う。きっと崩月流の修業を知れば誰もが恐怖するかもしれない。

 

「なら普通なのは銀子ちゃんだけかのう?」

「銀子様も大層なお方ですよ」

 

大作が静かにお茶を飲みながら銀子に関して話す。この話に乗ったのはヒュームだ。

 

「そうだな。九鬼で調べたら彼女から驚くべき結果が発見したぞ」

「それは何じゃ?」

「彼女はあの凄腕の情報屋である村上銀次の孫だ」

「あの村上銀次か!?」

「そうだ。戦前戦後の混乱期、および高度経済成長期に暗躍した凄腕の情報屋の村上銀次の孫だ」

 

彼女は村上銀次の情報屋として地盤を引き継いで情報屋を営んでいる。腕も確かである。

鉄心も村上銀次のことくらいは知っている。情報屋としてとても有名だ。彼に頼めばどんな情報も得られると言われるくらいだ。その孫である銀子ならばSクラスに居てもおかしくない。

 

「全く・・・今回の交換留学は驚いてばかりじゃわい」

 

お茶を飲んで一息つく。まさかの人選に鉄心は驚いてばかりだ。

裏十三家である崩月の娘に、崩月の弟子、凄腕情報屋の孫。これだけ聞けばとんでもない人材ばかりである。普通では揃わないだろう。

さらに真九郎には少ないが濃い人脈があることを鉄心たちはまだ知らない。しかも良くも悪くもだ。

何せ、良い方で答えるなら最高峰の揉め事処理屋である柔沢紅香。悪い方で考えるなら悪宇商会と繋がりがあるくらいだ。

 

「・・・さてと、私はそろそろ紫様の元へと戻ります」

「うむ。分かった。九鳳院の娘さんを頼むぞい」

 

大作は一礼して部屋から出ていくのであった。。

 

 

026

 

 

真九郎たちは大作と合流して、紫が無事であることを伝えた。そしてこの後は川神を観光すると言う。

それに関して笑顔で了承。大作は川神市内で待機しているとのこと。何かあればすぐに駆け付ける。

 

「なので紫様は真九郎様たちと楽しんでってください」

「うむ。騎場もまたな!!」

 

紫はピョンっと真九郎に乗って肩車する。それを見た紋白が羨ましそうな顔をするのであった。

 

「頼みますよリン」

「分かっている」

「私も居ますからご安心を騎場大作様」

「お願いします。クラウディオ様」

 

紳士的にお互い挨拶する。本当に気が合いそうだ。

後日、あるBarで仲良く酒を飲む2人を見かけるがそれはまたの話である。

 

「出発なのだ。フハハハ!!」

 

元気良く川神を案内される真九郎たちであった。




読んでくれてありがとうございます。

今回は少しでも多く切彦に出番があったらなと思いながら書きました。
まだまだ切彦には活躍させる予定なので今回で終わりじゃないですよ。なんせ、まだ刃物を持たせていませんからね!!

完全な切彦モードにはきっと武士娘たちは苦戦するでしょうねえ。
おそらく1対1は切彦がハンパないと思います。

では次回!!
と言っても2話同時更新なのですぐ次へどうぞ!!


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強者の集まる梅屋

こんにちわ。
もしかしたら今回の物語はタイトルで少し展開が分かるかもですね。

では、どうぞ!!


027

 

 

川神の案内をされながら夕方の河川敷にて真九郎たちは歩く。時間的にもお腹が空くものだ。ここで紋白が何か食べたいと言い出したので何処かで食事することが決まる。

 

「何が良いですか紋様?」

「そうだな。梅屋とやらが良いな。紫も良いか?」

「構わぬぞ」

「分かりました。案内しましょう」

 

大和に案内されて梅屋へと到着する。商店街の一角のようで、今の時間帯は稼ぎ時だろう。

 

「ん?」

 

いきなりバサバサと鳥たちが飛び立つ。それは鳥たちが梅屋から異様な気を本能的に感じ取ったからだ。近くにいては危険と察知したから逃げたに過ぎない。野生動物の危機感の察知は人間より上だ。

 

「うお、急に鳥たちが飛んでいった」

「うーむ。あの梅屋からとても強い気を感じるな」

「この気の大きさは尋常じゃありません。私が確認して参ります。リン・チェンシン様。私が離れている間は紋様と紫様をお願い致します」

「分かった。引き受けよう」

 

クラウディオが尋常じゃない気の量を発している梅屋へと入っていった。

 

 

028

 

 

夕乃は百代に川神の案内をしてもらっていた。せっかくの心遣いを無下には出来ないので、喜んで百代と川神を観光する。

更にメンバーは燕に由紀江もいる。元々、燕は百代と一緒にいたが由紀江は途中で確保されたのだ。

 

「ありがとう百代さん」

「良いってことよ夕乃ちゃん。その代わり私と勝負しないか?」

「遠慮しておきます」

 

笑顔で決闘を申し込むが、同じく笑顔で断られる。

 

「むう・・・駄目か」

「アハハ。振られちゃったね百ちゃん」

「なら燕。決闘しよう!!」

「まだダメ」

「むう・・・」

 

2人にフラレた百代をタイミング良く松風がからかうが、逆に由紀江が百代に可愛がられる。

 

「あわわわ!?」

「黛さんをイジメては駄目ですよ百代さん」

「だってだってー」

「だってもさってもありませんよ」

 

母親が娘を注意しているように見えるとクスクス笑ってしまう。

バトルマニアも母親的な存在には頭が上がらないのかもしれない。

尚、真九郎は夕乃には絶対に頭が上がらない。

 

(それにしても百ちゃんは相当夕乃ちゃんを気に入ってるね。まあ、彼女から感じる強さは私も気になるけど)

 

燕は夕乃から感じる強さが気になっていた。それに微かな動作は同じ武術家なら分かるのだ。

知り合ってから少ししか経っていないが、燕は夕乃を百代と同じくらい興味対象としている。

 

(じゃれあいとは言え、百ちゃんの絡みを避けるのは並みの者はできない。でも夕乃ちゃんは簡単にやってのけた。どれくらい強いんだろう?)

 

もしかしたら、ある依頼の成功の手助けになるかと思う。それに戦うことになるかもしれないので、何か弱点を見つけておきたい。

 

(うーん。百ちゃんの心を揺さぶるなら大和くんとかかな。夕乃ちゃんは・・・真九郎くんかなあ?)

 

確かに百代の心を揺さぶるなら大和を利用すれば効果はある。しかし夕乃の場合、真九郎を利用したら叩き潰されるだろう。しかも真九郎もろとも。

いろいろな意味で容赦が無いのだ。

 

(真九郎くんにもちょっかいだしてみようかなー)

 

燕はまだ知らない。真九郎に恋する夕乃は敵対者に容赦が無いことを。しかも相手が老若男女関係無い。真九郎を利用して敵対した場合は相当の覚悟が必要である。または後悔しかないだろう。

 

「そう言えば夕乃ちゃんはどんな武術をやっているの?」

 

大和やクリスから聞いた話だと真九郎と同じ武術を習っていると知っている。情報は多いに越したことはない。

 

「それ私も聞いたな。崩月流だとか。なあ、まゆっち?」

「はい。そうですね」

 

武術の名前が『崩月』と言うことから夕乃の家系で教えていることが分かる。

 

「すいません。詳しくは教えられないんです」

「そっか。うちと同じかー」

 

川神流は門外不出の武術。同じように門外不出の武術があってもおかしくない。だから詳しく教えられないのなら理解はできる。

燕は情報が得られなかったのが少し残念だと思っているが仕方ない。

 

(何か燕さんは探りをいれてる感じですね。彼女のようなタイプは確実に勝利への策をいくつか用意しないと戦わないでしょう)

 

そして百代に関しては毎回決闘のアプローチを受けているので性格は理解している。

何度も思うが彼女はバトルマニアだ。

 

「いや~それにしても私の周りは可憐な華ばかりだ。テンション上がっちゃうなー!!」

 

戦えないけど可憐な美少女に囲まれて満足のようだ。そしてそのまま商店街通りに入る。

 

「・・・んん!?」

 

梅屋と言うファーストフード店から強い気を感じた。百代だけじゃなくて夕乃たちも気づいている。

これは気になって梅屋に入ると粋の良い挨拶が聞こえてきた。

 

「ラッシャイ!!」

「って、じじいたちか」

「おお、モモじゃないか」

 

何故、鉄心たちが梅屋にいるかと言うと自由人である刑部が働いていると聞いたからだ。

何も問題無いか確認しに来たのだ。結果は良好であり、刑部自身も天職だと認めている。

 

「悪いなじじい。奢ってくれるなんて。私はチーズ牛飯。夕乃ちゃんたちも頼んで良いぞ」

「こらっ誰も奢ると言っておらんじゃろ」

「良いじゃねえか。奢ってやれよ」

「ったく・・・仕方無いのう」

 

ヤレヤレと思いながら百代たちの分を奢る優しい鉄心である。

 

「私は豚丼、単品とろろで!!」

「おっ、分かってるねお嬢ちゃん!!」

 

好きなメニューを頼む。すると新たなお客が入店してきた。その人物とはヒュームだ。

 

「この店から強い気を感じたから入ったが、お前たちか」

「おお、ヒュームまで」

 

ヒュームは梅屋にいるメンバーを見て苦笑する。

彼らはただ客として集まっているだけだ。それを聞いたヒュームは「赤子の群れか」と笑ったのだ。

するとクラウディオが新たに入店。これにはリーも「危険なレベルの人間が増えた」と口を動かす。たしかに梅屋には強者ばかりが集っている。

 

「フ・・・赤子共はすぐ怒るということだ」

「喧嘩を売るのが好きな人ですね。高く買いますよ?」

「お前はすぐに挑発に乗るでない」

 

一方、燕は豚丼に単品とろろを貰って、マイペースと思わせながら腰の武器に手をかけている。これには松風も「やりよるわい」と呟く。

そして今度の視線は夕乃へと移す。彼女は普通に食事をしていた。無警戒と言うわけでは無いが、辰子に次ぐくらいヒュームの威圧感を無視している。

 

『この2人パネェ』

「あわわわ。2人とも冷静ですね」

 

コトリと箸を置いて口元を優雅に拭く夕乃。

 

「大丈夫ですよ黛さん。ここは食事をする処ですから」

『ほえ?』

「ここは食事する場所。戦う所ではありません。それにヒュームさんは九鬼の従者部隊序列零位。そんなお人が暴れて九鬼の評判を落とすなんてことしませんよ」

 

冷静に状況を分析して適格な言葉を言う夕乃。何も間違ったことは言っていない。

 

「むう・・・しかし俺が敵だったらどうする赤子共?」

「どうするもこうするもないでしょう」

 

パチンとヒュームの頭を叩くクラウディオ。

 

「むう」

「何を言っているんですかヒューム。ここは崩月夕乃様が言うように食事をする場所です」

「むう・・・おいっ牛焼肉定食ダブルでライス大盛だ」

 

闘気を抑えて食事を始める。ここは闘技場では無く、食事処である。

クラウディオは安全を確認してから外に出て紋白たちを中に入れる。

 

「おや、見知った顔が」

「あれ夕乃さん」

「真九郎さんじゃないですか。まさか会えるなんて私たちはやっぱり運命・・・」

 

ここで夕乃は真九郎にベッタリとくっ付いている紫、紋白、切彦を見て目を鋭くする。

何故か真九郎は汗がダラダラと垂らして動けない。やっぱり夕乃には逆らえないのであった。

 

「真九郎さん」

「はい何ですか夕乃さん」

「説明してください」

「はい」

 

真九郎に向けられる威圧感にいつもハンパない。これには百代たちも少しビックリ。




読んでくれてありがとうございます。

梅屋にはとんでもない強者たちが集まって店長びっくりですね。
さて、夕乃さんは真九郎に誰か女性が一緒に居たら取りあえず威圧感を出して説明させるのがパターンだと思ってます。

そして、原作でも燕は百代を倒すために大和にちょっかい出します。
逆に夕乃と戦うこととなったら真九郎にちょっかいを出すと思いますね。でもそれは逆効果だと思ってます。なんせ浮気は許さない精神で夕乃は真九郎もろとも叩き潰しそうですしね(愛の稽古)

ではまた次回!!


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盗人

こんにちは。
今回は梅屋の続きです。前回ではまだ終わってませんでした!!

では、始まります。


029

 

 

強者の集まっている梅屋にて食事をする。メニューは定番の牛飯だ。最初は夕乃から紫たちがいる経緯について説明されるように威圧されたが何とか宥める。

まさかの威圧感に百代たちは驚き、更に興味を植え付けたのは言うまでも無い。真九郎はまた夕乃に「年上が一番ですからね」と念押し言われる。

 

「それにしても紫ちゃんや切彦さんまでいるなんて驚きましたよ。前回と同じですか」

「うむ。真九郎に会いに来たのだ!!」

「駄目ですよ紫ちゃん。勝手に訪問してはいけません」

「真九郎に会いたくなったのだから仕方ないだろう」

 

紫の行動意欲には驚かされてばかりである。嬉しい時もあればヤレヤレって思う時もある。でも紫の笑顔を見れば許してしまう。

 

「まったく紫ちゃんは・・・」

「恋人に会うのに理由はいらんだろう」

「・・・・・・紫ちゃん」

「何だ?」

「貴女が真九郎さんと恋人とは・・・」

「恋人だぞ」

「「・・・・・・」」

 

お互いに無言の威圧を放っている。夕乃も幼い紫に容赦無いと思うかもしれないが、恋の勝負に容赦していることはできない。

一方、大和は由紀江に切彦のことを聞いていた。真九郎の横にいる彼女が「剣士の敵」だから説明を詳しく聞きたいのだ。

 

「彼女が剣士の敵ですか」

「ああ。そうみたいなんだよ」

「そうそう。ソレは私も聞いてみたかったんだよ。剣士の敵って何だ?」

 

由紀江が「剣士の敵」について説明する。そして出てくる『斬島』の名前。これを聞けば百代がワクワクするのは当然であった。

そして更にヒュームまで気にし始める。まさか裏十三家の「斬島』となれば警戒してしまう。

 

(おいクラウディオ。彼女があの『斬島』なのか?)

(おそらく。それにヒュームも感じていますでしょう。彼女から感じる斬り裂くイメージを)

(ああ確かに感じる。おい鉄心、百代には裏十三家について話しているか?)

(話しておらんわい。話したら絶対面倒じゃし。それに戦わせたくない)

 

裏十三家の『斬島』と戦おうとは考えてはいけない。そもそも戦おうと思って戦う相手ではないのだ。

百代は興味を持ってしまったができれば関わらさせたく無いと思うのが祖父としての気持ちである。

 

「そっか斬島切彦ちゃんが剣士の敵か~」

 

百代が切彦に絡むように抱き付く。切彦もなすがままである。環の絡みでなれているので特に気しないまま黙々と牛飯を食べている。

そして百代は触診まがいのことをして品定めをする。百代も切彦からは何か斬り裂くイメージを感じているのだ。

 

(妙な鍛え方をしてるな・・・でも武術家としての身体じゃない。スポーツでも無いな。何だろう?)

 

彼女が殺し屋なんて分かるはずもないだろう。さすがの百代も殺し屋については分からない。

そして由紀江も切彦をよく観察していた。剣聖である父が勝負するのを躊躇う相手だからだ。しかし正直ダウナー系な彼女からは信じられない。

 

(彼女が本当に剣士の敵である斬島切彦なのでしょうか。それに男性かと思ってましたが女性なんて・・・今度父上に聞いてみましょうか)

 

斬島切彦。剣の腕は素人でありながら熟練の剣士をいともたやすく超える強さを持つ者。

 

(斬るのが異様に上手いって父上は言っていましたが・・・どれほど上手いのでしょうか)

 

それぞれが考え事をしていると新たな来店者が入店してくる。

 

「おお、この闘気の正体は皆さんが揃っていたからか」

「あーびっくりした。ついでだから入ろうか」

「知っている顔だな。おお紋まで、更に真九郎に紫ではないか!!」

「おお揚羽!!」

「お久しぶりです揚羽さん」

 

さらに強者である義経、弁慶、揚羽まで梅屋に店入。どんどんと強者が集まる。もしかしたら強者の集まる場所には勝手に新たな強者が集まるのかもしれない。

 

「紋と英雄から真九郎が川神学園に来ていると聞いていたが、まさかここで会えるとはな!!」

「姉上!!」

「どうだ紋。真九郎をスカウトしたか?」

「はい。でもまだ良い返事はもらえてないです」

「何故だ真九郎よ?」

「一応、将来はこのまま揉め事処理屋を営むつもりなので」

「そうか」

「だから我はいつでも真九郎を待っているのです!!」

「そうかそうか。ではいつでも待っているぞ真九郎よ!!」

 

九鬼の三姉弟からスカウトされるとは中々無いだろう。真九郎はそれほどの人材だと言うのが分かる。

 

「あれ? モモちゃんに夕乃ちゃんたちまで?」

「あ、マイハニー清楚ちゃんだ」

「こんにちわ清楚さん」

 

更に綺麗どころが増え、これには百代も笑顔だ。しかし次の来店者には笑顔を向けられない。

 

「くふぅ~おらあ!!」

「え? え? え?」

 

後ろから入って来た男が清楚を捕まえてナイフを突き立てる。彼はどうやら強盗のようだ。「金を出せ」と大きく震えるように言い放っている。

自分はツイていない、今まで人生が失敗だったと不満を言いながら視線をギョロギョロ動かす。その状態を見て盗人である彼は今回が初実行と予想できる。

 

「まぁお前さんがついていないのは、今のこの状態の店に押し入った1点だけ見ても分かる」

「あ、何言っているの? お、この小僧震えていやがる」

「いえ貴方の身を案じてるから震えているんですよ?」

「何を言ってやがる俺にはナイフ。それにじゅ・・・うおあ!?」

 

盗人が大和に視線を移している隙に真九郎が一瞬で間合いを詰めてナイフを握りしめた。しかも清楚を傷つけないように刃の部分を握っている。

相手が強盗実行初心犯で震えていて周囲を把握していないからこそ出来る真九郎の荒業である。いきなりナイフを掴まれ、何が何だか分からない盗人は驚いて身体を固める。

新たに出来た隙を見てナイフを取り上げて、蹴りを食らわせる。

 

「ぐほお!?」

「大丈夫ですか葉桜先輩?」

「う、うん。ありがとう真九郎くん。それよりも手は大丈夫なの!?」

 

ナイフを掴んだ手は切れていたが大きな傷ではない。それに崩月流で鍛えているのでナイフを掴むことは平気だ。それにナイフは安物であったし、掴むこと自体初めてではない。

素人ならともかく、さすがに戦闘屋や切彦の持つナイフは触りたくないがと思うところもある。

 

「無事で良かったです葉桜先輩」

「う、うん」

 

ドキドキしてしまう清楚。このドキドキは嬉しいのか怖いのか分からないが今はそれどころではない。

すぐに倒れた盗人に視線を戻す。すると盗人の男は懐から拳銃を取り出した。一応、彼も二段構えとして用意していた物だろう。拳銃なんてどこで手に入れたか知らないが最近では一般人が簡単に手に入れることができるのだろうか。

 

(・・・案外あるな。メジャーなところだと悪宇商会か)

「貸してください」

 

一瞬考えてしまったがそれどころでは無い。次の一手を思いつき、行動しようと思ったが切彦が先に動く。

ナイフを奪って、そのまま盗人へと近づいて拳銃を真っ二つに切断した。一瞬のことであった為、盗人は何が起きたか分からない。

 

「な、何が?」

「うぜえよ、オッサン」

「ひいいい!?」

 

盗人は恐怖して逃げ出そうとするがクラウディオの糸で逃げられるはずもなく、そのまま御用となる。

そして盗人の男は従者部隊によって回収されてしまった。

 

「フハハさすが真九郎だな!!」

「いやいや。逃がさなかったのはクラウディオさんですよ」

「いえ、私は弱っていた盗人を捕まえただけです。安物のナイフとはいえ刃の部分を掴むという荒業をした真九郎様ほどではありませんよ」

 

普通はナイフの刃部分を掴むという考えはでない。掴めば切れるのは自分の手なのだから普通は考えないだろう。だが真九郎はどこか危険な行為に関して簡単に飛び越える異常性を持っている。

だからナイフを掴むなんて荒業ができるのだ。自分自身は臆病なんて思っているが、周りから見れば勇気がありすぎる評価だろう。

大和や義経たちは驚いている。

 

「凄いぞ真九郎くん。身を挺して葉桜先輩を助けたのに義経は感動した!!」

 

キラキラと言う擬音を背中に乗せて義経は真九郎の身を挺した行動に感動していた。彼女は真九郎を頼りになるお兄さん的な存在と感じたのだ。

どこか頼りになるお兄さん的存在に憧れていた義経が興味を強く抱いたのは当然である。弁慶もまた同じく興味を抱く。彼女たちではなくて梅屋にいる全員が興味を持ったのだ。

元々知る者は頷きながら微笑し、知らない者は少なからず興味を持ったのだ。

 

「さすが真九郎だな!!」

「ありがとう紫」

「それに切彦もすごかったぞ!!」

「どもです」

 

切彦の活躍もそうだ。ほとんどの者は気付かないが彼女は安物のナイフで拳銃を真っ二つにした。そのことに関して理解したのはたったの数人である。

なぜなら安物のナイフなんかでは拳銃は一太刀で切断できない。剣の熟練者でも難しいだろう。梅屋にいる由紀江だって無理だ。

その不可能を可能した切彦の腕は異能と言う他無いないだろう。この異常なる斬る腕を見てヒュームたちは彼女を確実に裏十三家の『斬島』だと確信した。

 

(間違いなく斬島だ。安物のナイフで拳銃を切断するなんて芸当は斬島の家系しかできないだろう)

(ナイフで拳銃を切断するなんて・・・私でもナイフを使って一太刀で拳銃を真っ二つにできない)

 

もし切彦が業物を使った時はきっと更なる切れ味を持って相手を簡単に切断する。斬島切彦だからこそできる芸当であり、異能である。

真九郎は未決着だが、一度だけ戦ったことがあるから分かる。彼女はきっと何でも切断する。崩月の戦鬼だって殺せる。なぜなら彼女は天才だから。

 

(もし決闘する時はどうやって勝つか・・・一太刀でもくらったら負けだからな)

 

切彦との決着。約束した決闘は必ず守る。でも、情けないがまだ戦うつもりは無い。

決着を先延ばしにしている自分を恥じているがどうしようもない。早く答えを出さないとまた切彦が不機嫌になりそうである。

 

「しかし無謀ではあったぞ」

「ヒュームさんの言う通りですよ真九郎さん。相手が素人だったから良かったものの、相手が戦闘屋であったら指を切断されてました。でもカッコ良かったですよ」

「気を付けます。そしてありがとう夕乃さん」

 

やはり、まだまだ自分は半人前だと思い知らせてしまう。これからも修練が必要だ。

梅屋にてちょっとした一悶着であった。

 

 

030

 

 

梅屋の後、紋白は真九郎たちと別れて帰宅していた。

車の中には紋白の他にヒューム、クラウディオ、燕が同席していた。揚羽たちはまだ用事があるので別行動である、

 

「姉上たちは買い物か。我も一緒に行きたかったな。でも稽古があるからな」

「少しくらいスケジュールを変更しても良いのですよ紋様?」

「いいや大丈夫だ。我も姉上のようになるために日々修練しないとな!!」

「紋ちゃんはもう少し甘えても良いんじゃないかな?」

「燕様の言う通りですよ。真九郎様が訪れていた時みたいに甘えていても大丈夫ですよ。フフフ」

「むむう」

 

頬を少し赤くしながら考える。去年に真九郎たちと出会ったことを思い出しているのだ。九鬼の家族関係を修復できた。

それに関しては感謝してもしきれない出来事だ。そして家族以外に心を許せる相手でもある。だからこそ真九郎に甘えられるのだろう。

 

「そ、それはそうと燕よ。あの依頼の方はどうだ?」

 

話を逸らすように燕に質問する。

 

「それならまだ。情報収集にもう少しかかるかな」

「そうか。まあ時間はあるしな。よろしく頼む」

「まっかせて!!」

 

ニコやかに笑顔で返事をする。

 

「しかし、そう簡単に弱点や隙を見せるわけ無いか」

「ターゲットがターゲットだからね。私としては誰か強者が戦ってくれたら良い情報として得られると思うんだけどな」

「なるほど。本番前にある程度の強者と戦わせて闘いの流れを見極めるのだな」

「その通りだよ紋ちゃん」

 

決闘する時にて勝利を少しでも確実に近づくには相手の情報は大いに越したことは無い。

相手が強ければ強いほど、勝つには前情報は必要なものだろう。

 

「でも戦わせる相手がなぁ」

「そうそう居ないもんね。でも居るとしたら義経ちゃんたちかな」

「義経たちは他の挑戦者で忙しいからな」

 

武士道プランの影響で彼女たちは忙しいという他無い。だから戦わせることはできないのだ。

川神学園には強い者は幾人かいるが、その中でも飛び出た強者は数人しかいない。それで好き好んで戦ってくれる者もいないだろう。

 

「私としては夕乃ちゃんが戦ってくれると良いかなー」

「崩月夕乃か・・・でも戦ってはくれぬだろうな」

「そうなんだよね。夕乃ちゃんは決闘をやんわり断っているし」

 

夕乃は自分から戦おうとしない。彼女から戦うのは真九郎のためか家族のためくらいだ。

 

「じゃあダークホースの真九郎くんとかはダメかな。ちょっと気になるんだよね。あの子の戦闘スタイルは見たことないし」

 

クリスとの歓迎決闘を見ていた燕は真九郎の戦い方。崩月流が気になっていた。武術とはまた違った動き。それは喧嘩殺法だからだろう。

同じく紋白は考えていた。真九郎が強いことは知っているが戦ってもらうと考えたことは無かったのだ。燕の言葉に目からウロコと言うのがピッタリである。

 

(ふむ・・・でも戦ってくれるだろうか?)

 

女性の頼みなら基本的に頼みを受ける真九郎でも決闘となると悩むだろう。

 

「ダメかな~?」

「それは真九郎様次第ですよ燕様」

「クラウ爺の言う通りかもな」

 

もし、真九郎が戦ってくれるなら勝ってくれるのではないだろうかと一瞬思う紋白であった。

 

(・・・崩月の戦鬼なら武神を打ち倒す可能性はあるだろう。そこらの武人よりかはな)

 

ヒュームは静かにそう思った。

まだまだ可能性のある若者は日本に、世界にいるのだ。これからも退屈しない日常は続く。




読んでくれてありがとうございました。

梅屋でのちょっとした強盗でした。そして盗人は運が無かった・・・原作でも。
そして真九郎はナイフを手づかみとか流石ですね。切彦も安物のナイフでも拳銃を切断とはやはり『斬島』だ。

紋白が考えている武神の討伐。
もしかしたら真九郎ならなんとかしてくれそうかもって思い始めました。でも戦ってくれるかは超未定。


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宿泊

こんにちわ。
今回は日常イベントみたいな物語です。
まったりとした雰囲気になればと思って書きました。
そして、後半は少しだけ紅の世界観を大和が知ります。

では、始まります。


031

 

 

真九郎たちは梅屋での食事を終えて島津寮に帰宅する。紫が真九郎たちが宿泊している島津寮を見てみたいということで一緒にいる。

そして切彦もいる。彼女に関してはこのままだとまた何処かで蹲ってそうなので島津寮に宿泊することを考えている。

 

「ここが真九郎の住んでいる島津寮か」

「そうだよ紫。ここに俺と夕乃さん、銀子が住んでいる。そして学友である大和くんたちも住んでいるよ」

「おお」

 

島津寮に一番に入る。出迎えてくれたのは銀子と京であった。

 

「おかえり紫ちゃん。来ると思ってたわ」

「ども。村上さんから聞いているよ。そしておかえり大和」

 

2人の美少女から出迎えられる。それに「ただいま」と答える真九郎と大和たち。

「おかえり」と「ただいま」は2つ1組の言葉だ。そして優しい言葉だと思う。

 

「こんにちは。わたしは紫だ。今日はこの寮に泊まる者だ」

「ええ!?」

「む、紫様!?」

 

まさかの宿泊宣言に驚く真九郎とリン。よくよく考えれば紫なら言うようなことだ。それに今日は金曜日。明日は土曜日で休みだから紫のスケジュールさえ空いてれば大丈夫だ。

そしてちょうど紫は明日はスケジュールが開いている。問題無しだ。

 

「泊まれるぞ。部屋なら真九郎の部屋で寝るから大丈夫だ」

「な、駄目ですよ紫ちゃん。女性が男性の部屋で一緒に寝るなんて・・・まだ早すぎます!!」

「もう真九郎と一緒に寝ているから大丈夫だぞ」

「私もお兄さんの部屋で寝てます」

「・・・真九郎さん?」

「ちょっと待って。夕乃さんも知ってるよね。誤解だって!!」

 

紫は護衛の時に五月雨荘に住み込んでいたし、切彦は看病していた時に部屋で寝かせていただけだ。

もちろん、それは知っていることだから誤解なんて起きない。夕乃たちだけは。

 

「紅くんって一体・・・こいつは驚いた」

「まさか2人目のロリコンとは」

「違うからね直江くん、椎名さん!!」

 

訳を知らない大和たちは誤解するのは仕方ない。何度も説明する気苦労は絶えないようだ。

まさか島津寮の玄関でいきなり冷や汗を垂らすことになるとは思わなかった真九郎であった。補足だが銀子が真九郎に対して「ロリコン」と言ったのはいつも通りであった。

 

「大丈夫なんですかリンさん?」

「まさかの宿泊だが、明日の紫様の予定は空いているから問題は無い」

「リンよ。騎場に連絡していてくれ」

「分かりました紫様」

 

紫が宿泊することが決定。そして切彦は泊まるところが無いので彼女もそのまま宿泊決定。

 

「よろしくです」

「どこで寝ようか?」

 

取りあえず紫たちの寝る部屋を考えながら居間へと移動。お茶と煎餅を飲み食いしながらホッと落ち着く。

 

「お兄さんの部屋で」

「紫も真九郎の部屋が良いぞ!!」

「駄目ですよ紫ちゃん」

「私も反対です」

「むう・・・」

 

紫とリンは銀子の部屋で、切彦は夕乃部屋で泊まることが決定。無難な決定だろう。

それでも明日は休みで、遅くまで楽しく会話することができる。最近は忙しくて電話だけの会話しかなかった。だから直接話すことができるのは嬉しいのだ。

話せなかった分を今日でたくさん話すつもりである。楽しい夜になりそうである。

 

「今日は夜更かしするぞ!!」

 

夜遅くまで遊ぶ気マンマンだ。それでも甘えさせてあげるのが真九郎の役目だろう。それに今は夕乃や銀子がいるし、新たな学友である大和たちもいる。

つまらないことなんてないだろう。

 

「何して遊ぼうかな!!」

「何にしよっか。直江くん。何か遊ぶ物ってあるかな?」

「トランプがあるよ。やっぱみんなで夜更かしと言ったらトランプだ!!」

「おお、感謝するぞ」

「お褒めいただき光栄です紫様」

「様付けはいらん。紫で良い」

「そっか。じゃあ紫ちゃん」

「うむ。それで良いぞ」

 

大和がマジシャンの如くトランプをシャッフルする。これでも得意な方である。

 

「トランプと言ってもゲームの種類はけっこうあるけど、どうする?」

「定番だとババ抜きや大富豪とかだけど・・・」

「紫は定番のでは無くて違うトランプのゲームがやりたいぞ」

 

ババ抜きや大富豪以外となると思いついたのはポーカーやダウトとなった。内容を説明するとダウトをやってみたいとのことでダウトをすることに決定した。

対戦人数は4人。紫、真九郎、大和、クリスである。早速トランプをもう一度シャッフルして皆に配る。ゲーム開始だ。

 

「では紫からだ。9!!」

 

誰もダウトとは言わない。いきなり最初から言うのもつまらないからだ。

次はクリスの番で堂々と10と言ってカードを置く。ここでも誰も言わない。大和は彼女の性格上、嘘のカードで無いと判断したのだ。

ゲームとは言え、正々堂々が好きなクリスは多少なりとも変化があるのだ。大和にとってはカモである。

 

「じゃあ11」

 

大和は堂々と嘘のカードを置く。手元に11のカードが無くて12のカードを出したのだ。

ゲームとは言え、負けるつもりは無い。でも相手が子供である紫に関しては接待勝利を与えても良いかもしれないと思っている。

 

(紫ちゃんと紅くんは・・・どうかな?)

 

真九郎に関しては強さを百代からまあまあ認められてるのは知っているが知力に関しては分からない。そして紫は九鳳院と言う世界財閥の繋がりから紋白のような天才かと予想している。

取りあえず初戦は様子見で2人を観察しながらダウトを進めた。

 

「12」

「13だ」

「1!!」

「2」

 

順調にカードを置きながら回る。そろそろ誰かがダウト宣言してもよい頃合いだ。

クリスが9と言ってカードを置く。大和がダウト宣言しようとしたが彼女の雰囲気から嘘のカードでないことが予想できる。

せっかくダウト宣言しようとしたがストップしてしまった。運だから仕方ないがタイミングが悪い。

 

(うーむ。そろそろ俺もダウト宣言されるな。しかも次の10のカードが無い・・・何事も無く普通に置くか)

10といつも通りカードを山札に置いた。しかし、ついにここでダウト宣言が出たのだ。

 

「ダウトだ」

「お」

 

ダウト宣言したのは紫であった。

 

「ダウトだぞ直江とやら」

「うーん。正解だよ紫ちゃん」

「やーいやーい。大和が嘘ついたー!!」

「クリスめ・・・」

 

初戦だし、ダウト宣言されるのは当たり前だ。このまま続行する。しかし勝負はまさかの紫が勝ち越している。

紫がダウト宣言すると必ず嘘のカードなのだ。しかも外れが絶対に無い。まるで嘘が分かるのかと思う大和。

しかし、それは正解なのだ。紫は直感で相手の嘘を見破る。だからダウトと言うゲームでは直感で相手が嘘か本当かのカードが分かるのだ。

それを知らない大和とクリスは負けてばかりだ。補足だが、真九郎は何となく予想はできていた。

 

(こういうゲームは紫の1人勝ちだよなあ)

 

嘘を見抜く紫は相手を見るだけで分かる。直感という能力であり、九鳳院として多くの人間を見てきたのだから磨き抜かれているのだ。

説明するのは難しいが紫は直感で分かるとしか言いようがないだろう。

 

(大和ってば手加減したんだね。優しいところもまた好き。付き合って)

(フレンドで)

 

京がいつも通り大和に告白しながらダウトの感想を聞く。彼女はダウトの勝敗を紫に花を持たせたと思っているのだ。しかし、実際は違う。

 

(いや・・・最初はそうしようと思っけど、後半からはこれでも本気でゲームをしたんだ)

(え・・・そうなの?)

(ああ。紫ちゃんはハッキリ言って強い。なぜか確実に嘘を見抜くんだ。おそらくこういうゲームは分が悪い)

 

紫は1人勝ちでホクホクと笑顔だ。そしてクリスは本気で悔しがっている。もしかしたら案外クリスの方が子供っぽい。

パソコンをカタカタと打ち込む銀子は何となく勝敗を分かっていたのは言うまでも無い。もし賭けをしているなら紫に勝利を賭けるだろう。

 

「紫は次、違うゲームがしたいぞ!!」

「じゃあ今度は定番のババ抜きをしよっか」

「うむ!!」

 

今度定番のババ抜きを開始するのであった。

 

「ねえ村上さん」

「何かしら椎名さん?」

 

意外にも京が銀子に話しかける。口数の少ない彼女からしてみれば珍しい光景だ。

同じ寮に住んでいるという点と同じような性格だから話しかけやすいというのもあるかもしれないが。

 

「紫ちゃんはトランプ強いの?」

「・・・たぶんね。私も紫ちゃんがトランプで1人勝ちしたのは初めて見たからね」

「ふーん。大物は何かしら持っているみたいだけど・・・それなのかな」

「かもね」

 

カタカタとパソコンを打ち込む。それを見て会話のネタにしようと聞いてみる。

 

「ねえ村上さん。今度は何を調べてるの?」

「またバイト関係の調べものよ」

 

情報屋の仕事とは言わない。

 

「椎名さんも何か調べてほしいことがあれば調べてあげるわよ」

「そう。何かあれば知らべてもらおうかな」

 

今はあるとしたら大和の撃墜方法か激辛料理店でも調べてもらおうかなって思っている。

 

「また紫の勝ちだー!!」

「さすがです紫様!!」

 

夜は楽しく更けていく。

 

 

032

 

 

大和は楽しく夜更かしした後で電話に父親から連絡がかかってくる。夜に電話をかけてくるなんて珍しいと思うのであった。

 

「もしもし?」

「大和か。夜遅くにすまんな」

「大丈夫だけど・・・どうしたの?」

「何、急に母さんがお前の声が聞きたいって言いだしてな。だから電話した」

「なるほど」

 

なかなか嬉しいことを言ってくれる。自然と口元が吊り上がってしまうのであった。

厳しい父親だが優しさは人一倍ある。だからこそ恵まれているのかもしれない。家族との会話を楽しむ中で大和はあること聞いてみた。

それは気になっていた3つのこと。『揉め事処理屋』、『崩月流』、剣士の敵である『斬島切彦』だ。自分の情報網でも実態が掴めない単語であるため、頼りになる父親に聞いてみた。

 

『・・・大和。お前危ない橋を渡ってるんじゃないよな?』

「え、渡ってないけど」

『なら良いんだが・・・物騒な単語が出てきてしまえば心配する』

「物騒な単語?」

 

まさかの言葉に疑問符を浮かべる。実態を知らないから仕方ないかもしれないが、その3つの単語は本当は物騒な意味を持つのだ。

 

『順を追って説明しようか。まずは揉め事処理屋についてからだ』

 

揉め事処理屋に関しては真九郎から聞いた内容で概ね同じであった。その中でも最上級の揉め事処理屋は如何なる要人から依頼をもらえると言う。

仕事内容は表世界から裏世界まで通じ、何でも力仕事で揉め事を処理するのだ。

 

『私も一度仕事で揉め事処理屋を雇ったことがある。私の日頃の行いが良いのか業界最高峰の揉め事処理屋を雇えたのだ』

「最高峰?」

『ああ。柔沢紅香と言う。彼女はとても強い・・・母さんもできれば戦いたくないって言うほどにな。それに彼女だからこそ何でも出来るなんて噂されるほどだ』

「へー、そうなんだ」

『それに良い女だ。まあ、母さん程では無いがな』

 

やはり自分の父親は母親にとても惚れてる。言葉は冷たい感じだが、中身はとても温かく思いやりを持っている愛妻家なのだ。

 

『大和よ。どこで揉め事処理屋なんて言葉を聞いたのだ?』

「実は交換留学生が川神学園に来ていて、その1人が揉め事処理屋なんだ」

『成程。川神は本当に何でも歓迎するものだな。その者の名前は何と言うんだ?』

「紅真九郎くんって人」

『・・・紅真九郎だと?』

 

まるで何かを知っている含みのある言い方だ。

 

『これはまたちょっとした有名人が川神に来たものだな』

「紅くんが有名人?』

『ああ。裏の世界では案外有名だぞ』

 

裏世界で案外有名とは聞き捨てならないのだが、このまま話しを聞く。どういった意味での有名なのかを聞きたいのだ。

川神には本当に様々な人が集まるようだ。まさか裏世界に通じる者が来るなんて予想できなかった。

大和の父である景清は何でも紅香から次に依頼する時は後輩である紅真九郎と言う男にも声をかけてみると良いなんて言っていたことがあるから多少なりとも知っているのだ。

そして調べてみると驚く情報が入り込んできたのだ。

 

『紅真九郎はある巨大裏組織の最高顧問と死闘して引き分けたという戦歴を残した男だ』

「巨大な裏組織の最高顧問と引き分け?」

『引き分けだからって甘く考えるなよ。裏組織である最高顧問の実力は化け物だ。恐らく武神並みだぞ』

「姉さんと同じ!?」

『ああ。武神と引き分けたと例えるなら分かりやすいだろう』

 

寧ろその裏組織の最高顧問は最凶、外道、絶対悪と言う分で武神よりある意味有名で上の存在だ。

そのような存在と引き分けたとなると確かに有名人になるものだ。それにしてもまさか交換留学生がそんな有名人とは思わない。

 

(・・・これは一応みんなに伝えた方が良いかな。まさか紅くんがそれほどの実力者だとは・・・だからこそ九鬼にも気に入られているのだろうか)

 

優しそうな真九郎がそれほどの実力者とは本当に思えなかった。それに大和は裏世界のことを知らないからピンと来ないのだろう。

 

『そして次に崩月流と斬島切彦という2つの言葉だが・・・大和はどこで裏十三家を知ったのだ?』

「裏十三家って何?」

『・・・お前は裏十三家を知らないで崩月と斬島の言葉を知ったのか?』

 

その理由は交換留学生に『崩月』が来たのと、『斬島』が侵入という名の見学で来たからだ。そこで知り合ったという理由を聞いて納得の景清。

 

『本当に川神は誰彼構わず大物が来るのだな』

「裏十三家って大物なの?」

『大物も何も超大物だ。何せ裏世界を牛耳っていた家系だからな。今でこそ半数が断絶しているがその名は今でも裏世界で恐られている』

 

『崩月』は今でこそ裏世界の仕事を廃業しているがその名は轟いており、未だに影響力がある。『斬島』は今も健在で直系の者は殺し屋として継いでいる。

このことを聞いて大和は戦慄してしまう。まだ短期間の出会いだが信じられないことばかりなのだ。

 

『私も崩月の者とは会っていないが・・・比較的に温厚な者ばかりで話が通じると聞いた。しかし逆鱗に触れれば一転してその恐ろしさを味わうことになるらしいぞ』

「その恐ろしさって・・・どれくらい?」

『さあな。しかし、生きていれば本当に運が良いって思うくらいだろうな。まあ廃業しているから川神学園に来ている崩月の者は大丈夫だろう』

 

真九郎は『揉め事処理屋』であって『崩月』の武術を会得している。大和は更に真九郎の評価を上げて、追加に警戒度も上げてしまう。

本当に見た目と雰囲気からでは信じられない。だがそれは彼の本性を知らないからであって、実はただ者では無いのだ。真九郎と同じように修羅場を潜った者は川神学園にはいないだろう。

そもそも本当の死闘をしたものはいない。

 

『次に斬島切彦についてだが忠告だ。今すぐ関わるの止めろ』

「それは?」

『斬島切彦とは直系の者が襲名する名前だ。その名前の者は必ず殺し屋を営む。その腕は確実でターゲットの首を必ず斬り落とす』

 

切彦が『あいむ、ひっとまん』と言っていた意味をこの瞬間で理解する。まさか彼女が本当に自分の職業を言っていたのだ。

 

『私は絶対に関わりたく無い。命がいくつあっても足りないからな。剣士たちもそうだろうな。剣士の敵と言われているのも斬島切彦は斬れる物なら全て業物の剣のような物に昇華させる。それなら剣の腕を磨く剣士にとっては歯がゆい気持ちだろう』

「なるほど・・・まゆっちが言っていたのと同じだ」

 

それでもあのダウナー系な切彦が凄腕の殺し屋とは思えなかった。確かに梅屋の件で凄みを感じたが、まだ信じられない。

 

「なんつーか・・・刺激的すぎる日常になっている」

 

これは色々と聞きださないといけないかもしれない。川神という地域はただの日常では納まりきらない。




読んでくれてありがとうございます。
感想があればガンガン下さい。

さて、今回の話はまったりとした感じで書いたつもりです。
そして紫の超直感を少しでも活躍させました(たぶんね)。紫の出番もまだまだ考えているつもりです!!

そして後半は大和がついに真九郎たちの世界観を知りました。物語もそろそろ次の展開に移したいですね!!

ではまた!!


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紅香

こんにちわ。
今回はタイトル通りで柔沢紅香の登場です!!

この物語はある事件へのフラグみたいなもんです。

では、始まります!!


033

 

 

今日は晴れの日曜日。真九郎たちは紫と一緒に風間ファミリーと遊んでいた。紫もいるので童心に返りながら皆でかくれんぼしたり、ケイドロしたりして遊んだ。

もう皆でかくれんぼやケイドロなんて真九郎たちにとって遊ばないものだ。案外久しぶりにやってみると面白い。そもそも真九郎の子供時代は壮絶なものだったので子供の遊び自体が新鮮である。

 

「みんなで遊ぶのは楽しいな真九郎!!」

「そうだね紫」

 

本当に楽しそうにはしゃぐ紫を見て此方も笑顔になる。

夢中に遊んでいると時間なんて簡単に過ぎるものだ。もう昼時となってお腹が空いてしまう。何処かで食事でもしようかと考えたが夕乃が弁当箱を出した。

もちろん全員分の手作り弁当だ。これには岳人は大喜びである。終始「大和撫子の夕乃先輩の弁当が食える。他の野郎と一歩リード」なんて口走っていた。

 

「ありがとうございます夕乃さん」

「いいのですよ。これくらい」

「夕乃ちゃんのお弁当が食える。やったあああ!!」

 

百代も大はしゃぎであった。みんなで食べるお弁当も美味しい。それにまるでピクニックのようでもある。

 

「うめえええ!!」

「うん。本当に美味しいや」

「むぐむぐ・・・おお、美味いなあ」

 

みんなが夕乃の弁当を絶賛する。確かに美味いから文句無しである。

大和も「美味い」の一言で絶賛している。しかし、彼の頭の中には昨日の夜にて父から聞いた裏十三家の情報で頭がいっぱいであった。

話を聞いてみたいが中々タイミングが掴めないのだ。まずは自分から聞いてみて金曜集会で翔一たちに話そうと思っているのだ。

 

(うーん・・・美味い。じゃなくて、いつ話せるか分からん)

「そういえば切彦はどこだ?」

「切彦さんならいつの間にか島津寮から出て行きましたよ。最初は真九郎さんの部屋に侵入したかと思って焦りました」

「だから俺の部屋に鬼気迫る顔で来たんですね・・・」

 

朝早く夕乃が気を醸し出しながら部屋に入って来た時は本当に怖かったと思う真九郎であった。正直に思うと本当に切彦が真九郎の部屋入れば、お仕置きと言う名の稽古が始まっていただろう。

あの稽古はいつも真九郎がボロボロになるから大変である。そのおかげで頑丈に鍛えられているのだが。

 

「そっか。切彦とも遊びたかったんだが仕方ないな」

(・・・たぶん切彦ちゃんは悪宇商会に戻ったんだな。仕事帰りなんて言ってたし)

 

まさしく正解である。切彦は仕事完了の報告を悪宇商会にするために帰ったのだ。やはり殺し屋として成功した仕事の報告はしなければならない。

 

「あーあ、源さんも一緒に遊べれば良かったのに」

「仕方ないよ代行業の手伝いがあるみたいだし」

「代行業か・・・詳しく聞いてみたいな」

「お、やっぱり揉め事処理屋として気になる?」

「そうだね。大和くんの言う通り気になるかな。やっぱりライバルになりそうな職業だしね」

 

もぐもぐと手作り弁当を食べながら忠勝が手伝っている代行業に興味を持つ。その言い方を面白誤解している京は大和と翔一に「こっちもライバル出現だね」と頬を赤くしながら呟く。

その面白誤解を「違うから!!」とツッコム大和であった。それでも京の妄想は止まらない。

 

「それにしても夕乃ちゃんは良いな~。料理も作れるし、美人で強い!!」

 

百代の言葉に岳人はうんうんと頷く。

 

「そういうわけで決闘しよう夕乃ちゃん!!」

「どういうわけで!?」

 

卓也がツッコムが夕乃は平常運転で決闘を断る。

 

「遠慮しておきます」

「おお、即答だな」

「なぜだぁ!?」

「決闘するつもりがありませんし」

 

しれっと決闘する意味が分からないと言う。荒くれ者が住む川神市で育たない者には分からない気持ちであろう。

そもそも百代は他の者より戦いに飢えているので彼女だけが特殊ってのもある。

 

「だから無理矢理決闘を挑むのはダメだよ姉さん」

「ぶーぶー」

「ブーイングしてもダメ」

「・・・じゃあ紅。私と決闘しないか!!」

「え、俺!?」

 

今度のターゲットが真九郎になった。

 

「何だ真九郎。百代と戦うのか?」

「そうだよ紫ちゃん」

「いや、戦いませんから!!」

 

まさかのターゲット変更に冷や汗がダラダラである。これはとても面倒になったものだ。

翔一たちはからかうように笑っているが、その中で大和は百代と真九郎の決闘を見てみたいと思っている。父から聞いた話だと真九郎は武神である百代とまともに戦える強さを持っている。

 

(これは気になるぞ。それにもしかしたら崩月先輩も姉さんと同じくらい強い可能性もあるんだよな)

 

彼の姉弟子である夕乃も強者だ。真九郎自体が敵わないと自覚しており、本気で戦っても勝利が見えない。

 

「ぐぬぬ・・・なぜダメなんだ。ならば紫ちゃんを守る近衛隊のリンさん戦いましょう!!」

「断る」

 

またもキッパリと即答される。断られると言うボディブローを食らって少しだけダウンの百代であった。

武神も戦わなければ片無しだ。松風と由紀江が同じように思ったのか、からかって返り討ちに合う。最近のところ由紀江は一言多いのだ。

もちろん悪気があるのでは無く、心が許せる相手だからこそ言える一言である。

 

「なぜだ・・・どんな女の子も私の誘いは完璧に応えてくれるのに」

「紅くんは男だよ」

「・・・紅って女装すれば卓代ちゃんみたいになりそう」

「何言ってんのさモモ先輩!?」

(・・・環さんのせいで女装したことはあるけど)

 

中々、苦い過去を思い出した。あの時の事件は解決したがその後は環と黒絵にネタとしてからかわれたものだ。

 

「あーあ。せめて新たな出会いで美女に遭遇したいなー」

「モモ先輩・・・その意見に同意だぜ」

「岳人ってば」

「いやあ、崩月先輩、村上さん、リンさん。みんな美人だ。ならこの流れで新たな美人が現れるんじゃね。俺様としては年上美人希望!!」

 

その願いが叶ったかどうか分からないが彼らの前に漆黒の流線型である特注車がいきなり爆走してきたのだ。

 

「うおおおおお!?」

「すっげ。これって特注車じゃね?」

「この車はどこから見ても・・・」

 

とても見覚えのある車。そして運転者も誰か分かる。

 

「うおおおおおっ。すっげえ美人!!」

「本当に美女がキター!!」

「紅香さん」

「よお真九郎。近くを通ったからついでに来てみたぞ」

 

揉め事処理屋の最高峰である柔沢紅香であった。

 

 

034

 

 

場所を雰囲気の良いカフェへと移動。

紅香はちょっと大人としての威厳があるため真九郎たちに奢る。

 

「それにしても何で真九郎の学友たちもついてきてるんだ?」

「いやー成り行きですよ。ハハハハ。あ、俺様は島津岳人って言います」

「私は川神百代って言います!!」

「そうか。よろしくな」

 

簡単に自己紹介を済ませる。あまり興味が無い紅香は淡泊な感じで自己紹介をしていた。これを見て「いつも通りだな」と小さく呟く。

今日、彼女が真九郎たちの元に来たのは2つ理由はある。それは仕事の依頼で川神に来たこと。もう1つはついでである。

意外にも『ついで』の方が理由として大きい。彼女は案外いい加減な所があるものだ。それでも全て上手くいっているのだから凄い。

 

「ついで・・ですか」

「ついでだ。実は仕事で川神に来たんだよ。ちょっと大きな仕事だ」

「ちょっとした?」

「ああ。まだ弥生に調査させているところだが近々ここ川神で裏オークションが始まるらしい」

 

裏オークションとは正規品の物だけでなく、違法の物まで出回るオークションだ。だが超が付くプレミアムも出回ることもあるので危険と知りながらも参加する者は多い。

その裏オークションが川神で近々開催されるらしい。物騒だが自分から関わらなければそこまで危険では無い。裏と言っても実際はオークションであり、高い買い物のようなものだ。

 

「その裏オークションには裏社会の重鎮共も集まるらしくてな。そいつら全員を捕まえてくれって依頼だ」

「なるほど」

「結構な規模でな。大掛かりな仕事になりそうだ。もしかしたらお前にも手伝ってもらうかもしれん」

「分かりました。もし手伝いがあれば言ってください」

「私は反対ですよ」

「ゆ、夕乃さん・・・」

「また優しい真九郎さんに危険な道を渡らせて。本当に仕方の無い方ですね紅香さん」

 

夕乃と紅香が軽い激突をするのはいつものことである。結局はどちらも折れないまま終わるのだが。お互いともある意味、我が強いので折れることは決してない。

 

「俺は大丈夫ですよ夕乃さん。揉め事処理屋ならどんな依頼もこなしますから」

「全く真九郎さんは・・・いつもこうなんですから」

「本当ね。こんな簡単に引き受けてたら命がいくつあっても足りないわよ」

「大丈夫だ。真九郎は強いからな」

 

パフェをパクパク食べながら紫は自信満々に言い放つ。彼女にとって真九郎は誰にも負けないヒーローだ。

真九郎もまた紫の前だけは強者であろうと誓っている。だから紫の前にいる時は負け無しである。

 

「・・・何か僕たち聞いちゃいけないことを聞いているような」

 

卓也が的を得たこと言う。確かに一般の人が聞いてよい話では無いのだ。それに気付いているが百代に関しては紅香の強さに興味深々である。

強者に飢えている百代はすぐに紅香が壁越えの存在だとすぐに気づいたのだ。もし叶うなら手合わせをしてみたい。彼女の思考はそれだけである。

 

「あの美人のネーチャンは強いぞ。勝負したいなー」

「何か最近姉さんは戦いに飢えているね」

「だって最近、強い奴ばっかりに出会うんだもん。そりゃあ戦いに飢えるさ」

(その強い奴らってのが・・・まさか裏に通じる者って姉さんまだ知らないからなあ)

 

『裏十三家』という単語を聞いたら絶対に興味を示すのは予想できる。しかも全家が異能の力を持っているのだからとんでもない家系である。

 

(関わるなって父さんは言ってたけど・・・紅くんたちはどこからどう見ても危険そうには見えない)

 

大和の目から見ても真九郎たちは『悪』には見えない。実際に悪では無いから正解だが『崩月』は昔、人殺しの家系ではあったことは事実。

夕乃自身も「自分の血が穢れている」と言っているほどだ。でも真九郎は気にせずに家族として思っている。

だから、関わっても悪いというわけでは無いのだ。裏の人間だからと言って全ての者が悪とは限らない。

 

「それにしても裏オークションか。悪の香りを感じるぞ」

「やっぱクリスは食いつくか」

「悪と言うなら見過ごせないだろう。しかも川神で起こると言うなら尚更だ」

 

正義感の強いクリスならでは意見だ。しかし今回ばかりは大和たちが正義感のためだけに動いていいものではない。

「悪を成敗したい」なんて粋な心掛けかもしれないが自分たちの力を過信しすぎないことだ。どんな人間でも踏み込める領分というものがある。

今回はクリスの気持ちだけで関わることはできない。彼女たちは善良な学生だ。裏の人間ではない。

 

「おいお前ら」

「は、はい」

「今コッソリと聞いていたことは忘れろ。興味本位やただの正義感だけで関わると碌なことが無いぞ」

 

コッソリと聞いていた大和たちはビクリとしてしまう。バレないように聞いていたつもりだが紅香にはお見通しである。

 

「お前たちは実力があるようだが何でも首を突っ込むことはしないことだ。それにこの話は揉め事処理屋の仕事だからな」

 

煙草を吸いながら警告をそれとなく伝えるのであった。さすがに一般人を巻き込むわけにはいかないので忠告くらいはする。

 

(そこにいる武神は本当に強いな。ある程度の戦闘屋なら倒せるだろう・・・もしかしたら『孤人要塞』ともまともに戦えるかもな)

 

だからこそ危うい。心が未熟な分、力がありすぎるのは危ういのだ。彼女は自分が強いと理解しているが鉄心やヒュームからはまだまだ未熟だと思われている。

それに表世界でしか戦ってこなかった百代にとって裏世界の戦いは未知であるから、その不利な部分もある。本当の『死闘』知らない彼女には荷が重い。

 

(まあ・・・でも死闘を一度乗り越えれば戦闘屋にでもなれそうだな。武神がそれを望むかは知らんがな)

 

 

035

 

 

川神にあるBar。そこは魚沼というバーテンダーが切り盛りしている。繁盛していて常連客も増え続ける好評のBarだ。

バーテンダーの魚沼はお客の話を親身に聞いてくれ、最高の一杯を提供してくれる。

今夜もお客が訪れる。

 

「おやおや、これはまた珍しいお客様がいらっしゃいますね」

「これはこれは九鬼家の重役執事たちじゃないか」

「お久しぶりです柔沢紅香様」

「久しぶりだな紅香」

 

今ここに紅香、ヒューム、クラウディオが出会う。彼らは仕事で知り合った仲だ。

 

「クラウディオは良いとしてもう1人は面倒なのが来たな」

「ほほう。俺様が面倒だと?」

「前の仕事で私が良いとこ取りしたのをまだ根に持ってるんだろ」

 

カクテルを飲む。

 

「マスターいつもの」

「承ったぞ。お客様に最高の一杯を提供する。それが俺の徹底戦略」

 

スムーズに魚沼はヒュームとクラウディオに最高の一杯を提供する。

 

「ふん。もう根に持っていない」

「どうだか」

「ヒュームはこれでも負けず嫌いですからね」

「五月蠅いぞクラウディオ」

 

美女1人にナイスミドルな老執事が2人。そして雰囲気の良いBar。絵になるとはこういうことかもしれない。

会話の内容は絵になるとは到底言えないが。ヒュームは酔うと自分のコレクションを一方的に自慢する癖がある。もちろん見知った者にしかしない。

 

「いずれは借りを返す」

「やっぱり根に持ってるだろ。それに会う度に言っているがあの時は単純に私が運が良いだけにすぎなかった。これで良いだろ」

「運も実力のうちですよ」

 

軽く笑うクラウディオ。

 

「お前と戦っても私は勝てる気がしないがな」

「それは戦ってみないと分からんぞ。最高峰の揉め事処理屋?」

「今は酒飲む時だ」

「ふん・・・確かにな」

 

ヒュームもここがBarと分かっているので挑発的なことを言うだけで戦おうとはしていない。もう相手に挑発的なことを言うのはいつものこと。

カランとグラスの中にある氷が少し溶けて音が鳴る。ちょっとした面倒な会話が始まったが酒を飲む一時に肴に昇華するしかない。

 

「それにしても紅香。何で川神にいるんだ?」

「仕事だよ。九鬼も少しは情報を掴んでいるんじゃないか。川神裏オークションについて」

「なるほどな。確かに川神裏オークションに関しては情報を得ている。まさか九鬼が目を光らせている川神で開催するとは命知らずだ」

「九鬼の判断で勝手に潰すなよ。こっちは仕事で裏世界の重役共を捕獲するんだからな」

「分かっている。しかし、向こうからこっちに手を出したら動くぞ」

 

従者部隊として敵が攻めて来たら立ち向かうのは当然。それは勿論分かっている。

いきなり襲ってきたら正当防衛が成り立つ。そこには人の仕事がどうこう言っていられない。

 

「それくらい分かっている」

「一応言っておくが絶対に手出ししないなんてことは無い。九鬼も独自で調べているからな」

「そうか。まあ仕事がキャンセルになったら、なったで構わないさ。久しぶりにアイツと過ごせるし」

「アイツ・・・お前の子か。ちゃんと飯を食わせているか?」

「優しく接していますか紅香様?」

「そもそも、ちゃんと母親をやっているのか?」

「お前らうるさい」

 

せっかく美味しく酒を飲んでいたのに母親として云々を老人2人に言われる。これは酒の肴になりもしない。

早く違う話に交代させるべく自分の弟子の話にすり替えた。真九郎が川神学園に交換留学していることは2人とも知っているはずだ。

真九郎もなんだかんだで去年は濃すぎる出来事を味わった。その経験は紅香にとって目の前にいる老人2人を紛らわすことに使われるのだから微妙だろう。

 

「真九郎はどうだ?」

「真九郎様は川神学園で人気ですよ。川神学園での決闘に勝ち、注目を浴びていますから」

「へえ、アイツがね。真九郎もついに目立つようなことをするようになったか」

 

ここに真九郎がいれば「紅香さんほどじゃないです」とすぐさま言い放つだろう。彼女の大胆さは他の者と比べれば比較することはできないだろう。

今ここで話すなら大胆話の1つとして、建込みテロリスト集団に対して「今すぐぶっ潰してやるからな!!」と啖呵を切ったこと。

 

「前に会った時より強くなっているな。やはり『孤人要塞』とやりあったからか?」

「ま、真九郎はいつも格上の奴らばかりと戦うからな。嫌でも強くなるさ」

「それでもあの『孤人要塞』と戦って引き分けまでに持ち越したのは裏世界で有名ですよ」

 

『孤人要塞』と引き分けたと言う結果は本当に裏世界からすれば有名な話なのだ。特に武術家や戦闘家からしてみれば驚く情報である。

紅香やヒュームもその情報は何度も聞き返すほどのものだ。それほど『孤人要塞』との関わりのあるものは有名である。

 

「ま、弟子も少しは強くなったってことだ。それにあの『炎帝』に勝ったしな」

「なんと・・・あの『炎帝』に勝ったのですか!?」

「ああ。本人は1人の力じゃ勝てないから友達に助けてもらったと言っていたがな」

 

これは本当のことである。真九郎1人の力じゃ『炎帝』には勝てなかった。友達の助けによって勝率が五分五分に繰り上げて勝利したのだ。

『孤人要塞』と引き分けたくらい奇跡に近い勝利だろう。

 

「ほう・・・あの『炎帝』にな」

「ああ。自分1人の力の勝利じゃないって言うが勝ったもん勝ちだ」

 

ルール無用の死闘なら卑怯も何も無い。勝利した者が正義で負けた者が悪だ。

 

「それにしても『炎帝』とは・・・武神とはまた違う不死の存在ですよね」

「ああ。正真正銘の化け物だよ。それに賞金首でとんでもない額だ。まあ、狙う奴は返り討ちにされているがな」

「そんな化け物を倒したのが真九郎か・・・あの赤子がこうも強くなるとはな。やはり若者はこうでなくては」

 

クピリと酒を口に含む。

 

「で、『炎帝』である歪空はどうなった?」

「歪空の娘は本国に送還されたよ」

「イギリスか・・・あの歪空はテロリストの元凶。超一級危険集団だから我々も密かに調べている。危険すぎるから深くまでは入り込めないがな」

「ええ。最悪、戦争になってしまいますからね」

 

さすがの九鬼も『歪空』と戦争になったら軽い傷では済まない。むろん九鳳院が相手にしてもだ。裏十三家の筆頭は伊達ではない。

 

「まあ、今『歪空』は一人娘のことで忙しいから面倒な相手はしないだろうがな」

「それでも世界中で『歪空』の影響によりテロが多発している」

 

世界は平和で無い。家柄によりテロを起こすのが仕事の者だっている。だから戦争が起こるのだ。

そこに悪なんて理由は無く、当たり前の仕事だと思われている。世界平和なんて夢のまた夢かもしれない。

 

「ま、今は歪空より川神裏オークションだがな」

 

世界で事件ばかり起こっているが、川神でも事件が起こる。それはもう少し先の話。




読んでくれてありがとうございました。
感想など待っています。

さて、紅香は真九郎に揉め事処理屋の仕事の手伝いという仕事フラグを立てさせました。
そして本来ならば一般人である大和たちに仕事の話を聞かせるなんて事はしませんが、あえて物語的に揉め事処理屋の話を聞いてしまった形にしました。これで大和たちもどんどんと紅側に近づくでしょう。

次回もお楽しみに!!


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工場

こんにちわ。

今回は源さんと川神の探索です!!
真九朗も夜の川神を知ろうと動いています。そして出会う荒くれ者たち。

では、始まります!!


036

親不孝通り。ここは怪しい界隈である。一般の人もあまり近付かない場所だが、中には火遊び目的で集まる若者だっている。

何処の町も怪しいスポットはあるものだ。

 

「ここはあまり近づかねえ方がいいぞ・・・って言いたいが揉め事処理屋のお前なら必要ないか」

 

忠勝は真九郎に川神の危険な場所を教えている。実は真九郎が代行業をしている忠勝から川神の様々なことを教えてほしいと頼んだからだ。

何でも屋ならば川神のちょっとした裏情報も知っていると思ってのことだ。

 

「ううん。助かるよ源くん」

「商売敵に手助けしてるみたいで俺は微妙な気分だがな」

 

愚痴を呟くが表情は穏やかである。商売敵と言っているが、仕事仲間として仲良くした方がお互い良いのだ。

同年代で同じ何でも屋ならお互いに情報交換でもすれば少しは成長する糧になるだろう。

 

「この親不孝通りは最近じゃあ九鬼の連中のおかげで少しはマシになっているが、変な野郎共はまだいるからな」

「まあ・・・どこでも変な人はいるからね」

 

トコトコと親不孝通りを歩くと周囲から視線を感じる。新参者として見られてるのかもしれない。実際にそうだし、気にもしない。

 

「ここらの不良を束ねている奴もいてな。そいつは板垣竜兵って名前だ」

「板垣竜兵ね」

「けっこう危険な奴だ。暴力だけで不良をまとめるくらいだからな」

「なるほど。気をつけるよ」

 

強い不良程度なら真九郎の敵にはならないだろう。戦闘屋と戦って勝利した彼なら不良に負けない。

 

「それにしても何で斬島までいるんだ?」

「それは・・・えと」

「なりゆきです」

 

実は切彦も一緒にいた。案内をされている途中で、いつも通り道の端で見つけたのだ。

 

「島津寮からいつの間にか出ていったかと思えば・・・道の端にいるから驚いたよ」

「地球はわたしの敵です」

「弱点ばかりじゃねえかよ」

 

忠勝は切彦の弱点発言に呆れてしまう。

 

「次は青空闘技場を案内する」

「青空闘技場?」

「川神は荒くれ者が集まる場所だからな。そういう場所はある。それに案外、武術の有名人もたまに参加してるぜ」

 

青空闘技場と聞いてついキリングフロアを思い出す。しかし、さすがに違うだろうと頭を振るう。

あんな醜悪な場所はもう懲り懲りだ。

 

「こっちだ」

 

案内されて数十分後に工場地帯に到着。その中の第51工場に入ると喧しい声が聞こえてきた。

 

「今日は青空闘技場が開催されてる日だ」

「だから喚声が聞こえるのか」

 

工場内の中心部に行くと2人の男が殴り合っていた。正確には1人の男が優勢なので一方的と言うのが正しい。

 

「今、相手の男をノックアウトしたのが板垣竜兵だ」

「彼が板垣竜兵」

 

ここらの不良のまとめ役。長い黒髪をなびかせ、暴力という荒々しさを感じさせる男だ。

 

「おらあっ!! 次はいねえのかああ!!」

 

荒々しく吼える。まるで鎖でも抑えられない野獣のようである。

 

「ったく、詰まんねえぜ」

 

好きな時に暴れられない竜兵は最近では息が詰まりそうであった。唯一の救いは青空闘技場が潰されなかったことだろう。ここでならまだ好きに暴れられるからだ。

 

「今日はもう俺の相手をしてくれる奴はいねえか。あーあ、この猛りを静めてくれる良い男でも探すか」

「おいリュウ」

「あんだ天?」

「そろそろ代われよ。アタシもそろそろ暴れたい」

「いいぜ」

 

今度は赤髪のツインテール少女がリングに上がる。青空闘技場に性別や年齢は関係無い。戦う覚悟があれば参加資格だ。

 

「なぜゴルフクラブ?」

「あいつは板垣三姉妹の1人だ」

 

板垣三姉妹。竜兵の姉や妹だ。実力は相当あるらしい。

 

「オラァ。対戦者上がってこいや!!」

 

とても元気で好戦的な少女のようだ。

すると同じく元気な対戦者がリングに上がって試合が始まる。

 

「うわあ・・・」

 

試合はすぐに決着がついた。勝利したのは天使だ。ゴルフクラブを遠慮なく振るって相手を叩きのめした。

 

「何と言うか。遠慮が無いって言うか・・・」

「けっこう危険な奴らだ。案外有名だぜ」

「そうなんだ」

 

ある程度、青空闘技場を見学したから引き返そうとしたができなかった。

 

「あん・・・って、てめえは!?」

「どーした天?」

「おいそこにいる金髪少女!! 確か・・・斬島切彦!!」

「はい?」

 

天使が切彦を呼び止めたからだ。これには真九郎も立ち止まる。

 

「知り合いなの切彦ちゃん?」

「・・・ゲーセンで会った気がします」

「なるほど」

 

おそらく格闘ゲームの流れだろうと予測する。まさに正解で、切彦は天使をゲーセンで出会っていたのだ。

しかも天使を格闘ゲームで倒したので、彼女からは迷惑な因縁をつけられている。

 

「まさかこんな所で会えるとはな。よっしゃあ、リベンジだ。リングに上がってこい!!」

 

ゲームで負けた腹いせにリアルファイトをするわけではない。天使は切彦の実力を知りたいのだ。

師匠である刑部が切彦と戦うなと念を押されて言われたからだ。ダウナー系な雰囲気の彼女を前に戦うなとは理解できない。

ならば戦って証明するしかないのだ。

 

(何で師匠が戦うなっつってたか理解できねえ。なら確かめてやる。こんな奴に負けるアタシじゃねえ!!)

 

ゴルフクラブを肩に担いで切彦がリングに上がるのを待つ。

 

「切彦ちゃん。無理に戦う必要は・・・」

 

真九郎が止めようとしたが切彦が自らリングへと簡単に跳ぶ。

 

「へへん。ヤル気マンマンじゃん!!」

「・・・ん」

「あん?」

 

取り出したのはバターナイフ。これを見て天使はキレた。

 

「ナメてんのかあああ!!」

「ナメてねえよ。これで充分だ」

「それがナメてるってことだろうが!!」

 

バターナイフとゴルフクラブの勝負だ。

 

「おいおい大丈夫なのかよ」

「危ないかも・・・」

「バターナイフじゃふざけすぎだろ」

「赤髪の子が心配だ」

「そっちかよ!? つーか、は?」

 

普通に考えたらバターナイフでゴルフクラブに勝てるはずはない。だが、使い手によっては勝てると言うべきだろう。

でもどんな使い手でもバターナイフは使わない。

切彦だからこそできるのだ。

 

「いくぞ。オラァァァァァァ!!」

 

天使がフルスイングで切彦を狙う。

しかし、ゴルフクラブが切彦に届くことは無かった。

 

「は?」

 

間違いなく天使は遠慮無くゴルフクラブを振るった。だが手応えは無くて、寧ろいつも持っているゴルフクラブが軽すぎる。それはゴルフクラブが綺麗に切られているからだ。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

なぜゴルフクラブが切断されているのか分からず、声をあげるしかなかった。

 

「何でだ!?」

 

周りの観客たちも分からない。真九郎以外は何が起こったか分からないだろう。

 

「何しやがったてめえ!!」

「切っただけだよ」

「何だと!?」

 

バターナイフでゴルフクラブを切断したなんて誰もが信じられない。

そう思って切断されたゴルフクラブを切彦に投げたが、その後に思いさらされる。

切彦がバターナイフで残りのゴルフクラブを細切れにしたのだ。今度は周りの観客も分かるようにだ。

 

「う、嘘だろ。バターナイフだろアレ」

「シンジラレナイ・・・」

「何者なんだ彼女は!?」

 

観客たちはそれぞれのことを呟く。信じられないと思っているのは天使自身だ。目の前で自慢のゴルフクラブをバターナイフなんかで切断されたのだから。

 

「どーすんだ。give up or challenge?」

「んぐぐ、チャレンジだ!!」

 

武器を無くしたが基礎訓練をおこなっていないので肉弾戦で戦える。

拳と蹴りを繰り出そうとするが、その前に切彦がリングを切断した。

 

「ほえ?」

「give upだろ?」

 

切彦対天使の勝負は切彦の勝利で終わった。観客たちからの歓声が爆発。耳を塞ぐくらいうるさい。

 

「お前・・・何者だよ?」

 

バターナイフをポッケに入れて、のんびりした声で口にする。

 

「斬島切彦。あいむひっとまん」

「あ?」

「また格ゲーしましょう」

 

正直リアルファイトするよりも格闘ゲームをしている方が楽しいものだ。

いきなりの格闘ゲームの誘いに天使はポカーンとする。さっきまでの鋭い殺気は何処えやらって感じだ。

 

「お、おう。今度は負けねえかんな!!」

「ではまた」

 

何事も無くリングから降りる。

 

「よお天。普通に負けてんじゃねえか」

「うるせえ。でも師匠が戦うなって言ってたのが分かったぜ。あの野郎とんでもねえ強さだ。もしかしたら辰姉が覚醒した状態でも勝てるか分からないぜ」

「おいおい、マジかよ」

 

辰子は板垣家の中で切り札とも言える存在。姉弟ならどれくらい強いかは当然分かる。その切り札でも、もしかしたら敵わないと言うのだから信じられないのだ。

 

「だが、あの切れ味は確かにとんでもねえな」

「だろ」

「とんでもねえ女がいるもんだ・・・って、あの女はここらでの代行業をしている源の連れかよ」

 

そして更に忠勝の隣にいる真九郎を見てニヤリとする。それは良い男を見つけたからだ。

 

「おいおい。源の野郎は前から良い男と思っていたが今回は更に追加で良い男がいるじゃねえか。興奮するぜ」

「どこ行くんだよ」

 

己の野獣が起き上がる。自分の野獣を鎮めたい欲求に駆られるためか、足は勝手に動いていた。

 

「よお」

「お前は・・・板垣竜兵」

 

不良の大将がズンズンと近づいてくる。彼からは暴力の雰囲気しか感じない。どんなものも全て力でねじ伏せる存在だ。

 

「お前ら良い男だな。どうだ、もう青空闘技場も閉まる。これから夜の町を一緒に過ごさねえか?」

「え?」

「プククク、気を付けろ。竜はガチホモだかんな。油断してたらすぐ掘られるぜ」

「え・・・」

 

天使がとても怖いことを呟いた。その言葉を何度も頭の中で確認するが、やはり怖いことだった。

 

「そう身構えるなよ。興奮しちまうぜ」

「・・・悪いが俺たちはもう帰る。てめえの相手をしてる暇はねえよ」

 

少しだけ後退する。忠勝は真九郎と切彦を見て、2人だけに聞こえるように呟いた。

 

(俺が合図したら走るぞ)

(分かったよ源くん)

(・・・分かりました)

 

ズンズンと近づいてくる竜兵にサービスで貰っていたドリンクを投げつける。それが合図となって真九郎たちは走り出す。

 

「あ、待てお前らぁ!!」

 

追いかけっこが始まる。捕まれば野獣の相手をする嵌めになるだろう。

それだけは御免被る。真九郎たちは全力で逃げる。

もし、逃げられなければ力でねじ伏せるしかないだらう。




読んでくれてありがとうございました。

ついに不良の大将に目をつけられた真九朗。
イロイロと危険です・・・はい。背後を取られたら最後だなあ

次回は久しぶりに戦いとなります。
頑張って書かなきゃ!!

ではまた次回!!


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暴力の野獣

こんにちわ。
今回は真九朗VS竜平です!!
さあ、勝負はどうなる!?
結果が知りたいなら、物語をどうぞ!!


037

 

 

竜平との追いかけっこだが結果的に言えば逃げられなかった。普通に出口に向かっては先回りされると予想して入り組んだ工場内を走り回って攪乱しようとしたが意味は無かった。

なぜなら竜平の方は此方より地の利を知っていたからだ。流石はここらの元締めと言うべきだろう。このゴチャゴチャした工場地帯をよく知り尽くしている。

 

「やっと追い詰めたぜ。源、お前もここらの地を知っているみたいだがよ。俺様の方は詳しいんだぜ」

 

やはり地の利を知っている方が追いかけっこに負けてしまう。目の前には猛る野獣。もう力づくでねじ伏せるしか道が無くなった。

 

「女は興味ねえから帰っていいぜ。用があるのはそこの2人だからな。へへっ!!」

 

背筋がゾッとした。これには絶対に無事で帰らないといけないと決心。

 

「俺が戦うよ。これでも揉め事処理屋だから悪漢くらい相手にできる」

「おい紅」

「大丈夫だから」

 

2人を守るように前に出る。相手はここらの不良の大将だが勝負してもそう簡単に負けない。状況を整理する真九郎は拳を構える。

板垣竜平は不良。実力は青空闘技場で見た限り我流で喧嘩殺法のような戦いをする者。力だけならそこらの武術家より上だろう。

特別な武器を持っているような気配は無く、己の暴力だけで相手を叩き潰す男と判断。負ければ自分の貞操が終わり。負けたくない相手。

 

「すう・・・ふぅ」

 

息を軽く吸って吐く。戦う準備は完了。

 

「来いよ不良の大将」

「生きが良いじゃねえか!!」

 

板垣竜平も拳を構える。

 

「板垣家長男。板垣竜平」

「俺は揉め事処理屋の紅真九郎だ」

 

お互いに走り出し、お互いの拳を突き出した。

鈍い音が響くが、結果は拳同士が合わさっていた。どちらも引かずに拳の押し合いである。

 

(やっぱり強い・・・不良だけど力だけはあるな)

(何だこいつ。華奢なくせに力があるじゃねえか)

 

お互いに力があると思い至る。

次の一手は竜平の腕を掴み、足を掃って投げ飛ばす。背中からドシャアと叩きつけたが相手も頑丈だ。この程度でくたばるはずも無い。

だから追撃を行なった。手刀を作って喉を狙い、足を鞭のように蹴り上げて金的を狙った。その二撃は容赦の無い攻撃。

 

「うおおっと!?」

 

決まれば終わったはずだが相手も簡単には倒されてくれないようだ。相手は川神の不良どもを力だけで倒してまとめ上げた存在。

きっとルール無用の戦いに慣れているのかもしれない。ならば竜平も急所対策はある程度してあるのだろう。

 

「ほう・・・容赦無く人間の急所を潰しにきたか。いいぜ。その容赦の無さが気に入った!!」

「気に入られてもな」

「おらあ!!」

「ぐ!!」

 

いきなり殴りかかってきても両腕で受け止める。ビリビリと痛みが伝わるが戦闘屋に比べれば軽いものだ。

思い出せ。絶奈の『要塞砲』を、夕乃のキツイ稽古を、昔味わった血反吐を吐く崩月の稽古を思い出せ。それらに比べれば痛くも痒くも無いはずだ。

 

「はあっ!!」

「何っ!?」

 

殴られても踏み止まり、固く握りしめた拳を竜平の顔面に容赦無く突き出した。

 

「ぐおお・・・!?」

「寝てろ」

 

両手で顔を抑えている竜平に回し蹴りを繰り出し工場のゴチャゴチャした方向へと追いやった。

ガジャアン!!っとパイプやらの機材に埋まり、這い出てくる様子が無い。どうやら気絶したようだ。むろん、相手の意識を刈り取るつもりで回し蹴りをした。

 

「・・・どうやら勝ったみたいだな」

「源くん」

「お兄さんのうぃん」

 

勝ったがウカウカもしていられない。もしかしたらすぐに起き上がってくるかもしれないからだ。

急いでその場から立ち去る真九郎たちであった。

その数十分後。天使が真九郎と竜平が戦った場所を訪れる。

 

「おーい生きてるかリュウ~?」

 

ガラガラとパイプやら機材やらから這い出てくる。

 

「生きてるに決まってんだろ」

「何だよリュウだって負けたじゃん。キャハハハハ!!」

「うるせえ。・・・ったく痛ってえぜ」

 

顔をガシガシと擦り、首をゴキゴキと鳴らす。

本当に容赦の無い攻撃だった。確実に叩き潰すといった拳に蹴り。今まで戦ったものよりもゾクゾクと感じた感覚。

そのゾクゾクは今まで戦ってきたどの男よりも一番クるものだ。リベンジしてやると強く思うのであった。

 

「ヤベえな・・・今までのどの男よりも最高だぜ。必ず壊してやる。必ず食らってやるぜ」

「うわー。あの男もご愁傷さま」

「ククッ・・・ハッハッハッハッハッハッハ!!」

 

リベンジに燃える大きな笑いが工場に響くのであった。

 

「もったいないなあ。あの男けっこうカッコイイのに。リュウに狙われたら壊されちまうなー」

 

 

038

 

 

息を切らしながら工場地帯から何とかにげてきた真九郎たち。切彦はそこまで恐くなかったが、男2人にとっては恐怖以外の何物でもなかったのだ。

 

「ここまで来れば大丈夫だろ」

「そ、そうだね」

 

荒くなった息を整えるために深呼吸。これで大分落ち着くことができる。

できればもう会いたくないが、川神にいる限り再度会う可能性はあるだろう。ゾッとしてしまう予感しかない。

 

「嫌な野郎に目を付けられたな。でも、お前の強さなら大丈夫だろ。流石は揉め事処理屋ってとこだな」

「荒事には慣れてるからね」

 

軽く笑いながら先程の恐怖を吹き飛ばす。恐怖と言ってもある意味怖いものだが。

 

「喉乾いただろ。ほれ」

「ありがとう源くん」

「ありがとです」

 

忠勝から缶コーヒーを貰い一口飲む。

疲れた体に透き通るように甘味と苦味が充満する。

ふと、真九郎は切彦が猫舌だと思い出す。この缶コーヒーがホットなら「あひゅい」と言い出しそうだ。実際はコールドなので小動物のようにコクコクと飲んでいる。

 

「つめたいです」

「そりゃあコールドだからな」

 

喉が相当乾いていたのか忠勝は一気に飲み干した。同じく真九郎も一気に飲み干す。

 

「それにしても紅は本当に強いな。流石は揉め事処理屋の最高峰の弟子」

「紅香さんを知ってるの?」

「まあな。それにオヤジがファンなんだよ」

「流石は紅香さんだ」

 

あるBarのバーテンダーを思い出す。彼もまた紅香のファンだった。彼女の活躍を知る者は全員ファンかもしれない。

そのことを言えば彼女は「当然だな」と余裕で言いそうだ。

真九郎も紅香を尊敬しているのでファンではある。

 

(やっば紅香さんは凄いな。俺もまだまだ未熟ってことだよな)

「俺はあんまり柔沢紅香のことを知らねえがオヤジが言うにはとんでもないヤツらしいな」

「うん。とんでもない人だよ」

 

本当にとんでもない人である。だからこそ業界内で最高峰なんて呼ばれるのだろう。しかし真九郎だって負けていない。彼は自覚していないかもしれないが、去年の事件の数々は目を見張るものばかりだ。

 

「紅には強さの秘訣ってのがあるのか?」

「強さの秘訣か・・・血反吐を吐くくらいの修行かな」

 

キツイ過去を思い出す。崩月の修業は本当に常軌を逸していた。それを耐え抜いたからこそ得られた力だ。

 

「でも俺にとって力は二の次なんだよ」

「どういうことだ?」

「揉め事処理屋は強さや勝ち負けの先を見ているからさ」

 

真九郎も最初は生きるために強さばかり求めていた。しかし紅香のアドバイスで力だけが全てではないと気づいたのだ。

 

「先を見る。勝ち負けだけじゃ無い。俺ら揉め事処理屋は相手をどう救うかが大事なんだよ」

「・・・そうか」

 

強さや勝ち負けだけじゃ駄目なのだ。確かに必要な要素だが、それだけじゃ全て解決できるとは限らない。

揉め事処理屋の仕事で真九郎は様々な人を救ってきた。しかし、その過程で人に恨まれることもあっただろう。

その一例が『歪空』の事件だ。確かに罪を被されそうになった少女を救うことはできた。しかし、魅空の友人たちには恨みを買われたのだ。彼女たちには真実を教えることはできない。だから真九郎は進んで恨みを買った。

真実でいつも人を救えるとは限らない。嘘でも人を救える時もあるのだ。

世界はいつも残酷である。銀子が言っていた。「神様がいるから、この世界はまだこの程度なの」と。まさにそうかもしれない。

 

「紅はどこか大人びてるな。いや、悟ってる感じだぜ」

「そうかな?」

「ああ。俺らよりも見ている世界が違うような気がする」

 

川神が力で解決できる地域ってのもあるかもしれないが、忠勝は真九郎の強さや精神に何かを感じる。

 

「俺は強く無いよ」

「謙虚過ぎると嫌味になるぞ」

「本当だよ。俺は臆病で皆がいないと駄目なんだ」

 

真九郎は1人でも揉め事を解決してきた。だから弱いなんてことは無い。しかし、いざと言うときは仲間にいつも助けてもらったからこそ解決できた事もある。

周りに紫や夕乃、銀子たちがいるから真九郎は強くなれるのだ。

 

「俺が強いのは皆のおかげさ」

 

特に紫の前では強者でいることは絶対に守っている。彼女の前だけはヒーローでいるのだ。どんな悪や困難が襲ってきようと最後は全て解決するヒーローのように。

 

「やっぱ紅は強いよ」

「源くんだって。何だかんだで直江くんや川神さんたちのことを心配して助けてる。それも強さだよ」

「・・・けっ、なんの事だかな」

 

一緒に飲み干した缶をゴミ箱に投げ捨てる。そして、お互いに微笑していた。

 

「さて、帰るか」

「そうだね」

「眠いです」

 

切彦はもう眠そうだ。真九郎は背中を向けて背負う。

彼女は頬を赤くしながら真九郎におぶさる。

 

「斬島も信じられないな。これがああなるとは」

「斬彦ちゃんは強いけど、本当は可愛い女の子だよ」

「・・・うみゅう」

 

3人は島津寮へと帰る。少し濃い夜だったが、あとはゆっくり帰るだけだ。

月の光が暗い夜を照らす。




読んでくれてありがとうございました。
感想など待っています。

真九朗VS竜平の戦いは真九朗の勝利でした。
お互いに本気の本気の戦いじゃありませんでしたが、経験の差で真九朗の勝利ですね。

そして真九朗は源さんと夜の道で語り合いました。友情ですね。
でも最後は切彦ちゃんの可愛さで全て持っていかれました。

では、次回もお楽しみに!!


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明け

こんにちわ。
日常パートです!!
こんな日常もたまにはあります。

では物語をどうぞ!!


039

 

 

土曜日の昼前。この時間帯は腹がそろそろ減る時間だ。特に食欲旺盛の学生たちにとってもう空腹になるかもしれない。

その1人が翔一である。

 

「あー、腹が減った」

「そろそろ昼時だからな。俺も小腹が減ってきた」

「大和~何か作ってくれ」

「俺は料理作れない」

「同じく。俺は食べる専門!!」

 

料理を作れない男が2人揃っても意味は無い。ただただ時間が過ぎて、腹が減るだけだ。

 

「誰か作れる奴は居ないのか。源さんとか」

「我らが愛する源さんは宇佐美先生の所にいるから駄目だ」

「帰ってきてくれ源さん~」

 

料理を作れる由紀江はクラスの友達である伊予と出掛けているの今は居ない。京は激辛料理なので選択として外される。そもそも新刊の本を買いに行っているので島津寮に不在。そしてクリスは論外。

 

「駄目か・・・真九郎、崩月先輩や村上さんは?」

「さすがに図々しいだろ」

「でも、このままじゃ餓死するのは俺らだぞう」

「そもそも崩月先輩は出掛けてるし、村上さんは部屋から出ていないから分からない。そして紅くんは昨日の夜遅くまでと源さんと仕事の手伝いをしてたから寝てる」

 

腹がぐううっと鳴る。

 

「・・・うーん。クリスに頼んで村上さんに作ってもらうか?」

「作ってくれるか分からないけどな」

「それは無理だと思うぞ」

 

好きな大河ドラマを見ながらクリスが会話に加わる。彼女もまた小腹が空いてきたのだ。

 

「何でだクリス?」

「銀子殿は今部屋で資料作りのバイトで忙しいみたいだ。私がオススメする大河ドラマを一緒に見ようと誘ったら忙しくて断られてしまったからな」

 

ならば銀子はバイトが終わるまで下に降りてこないだろう。これでは料理を作ってもらうという選択肢は消えた。

 

「どうするか~」

「真九朗殿は?」

「紅くんは昨日の夜遅くまで源さんの手伝いをしていたから寝てる」

 

真九朗に作ってもらう選択肢も厳しい。でも昼時になるから、もしかしたら起きてくれるかもしれない。

 

「・・・起きているかもしれないから静かに見てみるか」

 

椅子から立ち上がったと同時に誰かが近づいてきた。タイミングが良いとしか言えない。ちょうど噂をしていた真九朗である。

 

「待ってたぜ真九朗!!」

「え、待ってたって何かな翔一くん?」

「腹減ったあ!!」

「何となく察したよ」

 

腹の鳴る音で全てを理解する。

皆がお腹を空かしているのだ。そして誰か料理が作れる人を待っていた。

 

「真九朗殿は確か料理を作れるんだったな。作ってはくれないだろうか?」

「いいよ」

 

夕乃に英才教育をされた真九朗は女性の頼みを断らない。今すぐ料理を作り始める。

 

「紅くん。基本的に冷蔵庫の中身は使っても大丈夫だよ」

「分かったよ直江くん」

 

献立は卵丼に決定。そして汁物。

だし汁、砂糖、酒、みりん、醤油などで煮汁を作り、それを玉ねぎと一緒に大きめのフライパンに投入。一煮立ちさせてから溶いた卵と刻んだかまぼこを加える。そして決め手に上から三つ葉を散らしてしばらく待つ。

いい具合に火が通るのを待つ間は汁物に取り掛かる。お椀に鶏ガラのだしと擦ったしょうがを投入。そしてお湯を注げば簡単なしょうがの汁物が完成だ。

 

「そろそろ火が通ったかな」

 

フライパンの卵を均等に分けてご飯に盛りつける。そうすれば卵丼の完成だ。

 

「出来たよ」

「おお、旨そうだ!!」

 

パクパクと食べていくクリスたち。味の感想は「美味い!!」の一言。翔一はガツガツとかきこんでいる。

 

「美味い。空きっ腹だったから更に美味く感じるぜ!!」

「ありがとう」

「自己紹介でも言ってたけど紅くんは料理ができるんだ」

「うん。これでも一人暮らしをしてるからさ」

 

五月雨荘で鍛えた家事全般能力は高いのだ。正確には環と闇絵に鍛えられたと言っても過言ではない。

 

「真九郎殿の料理は美味いな~もぐもぐ」

 

クリスが本当に幸せそうに食べている。やっぱり自分が作った料理を美味しく食べてもらうのは嬉しいものだ。

 

「真九朗殿はよく誰かに料理を作ってたりしてるのか?」

「まあ、しょっちゅうかな」

 

いつのまにか部屋に入り込んでいる環と闇絵に御飯をねだられている。毎回ねだられているので誰かによく作っているのは当てはまる。

 

「本当に美味いな」

「夕乃さんほどじゃないけどね」

「それでもすごいよ。俺なんか何も作れないしね」

「俺はカップ麺なら作れる!!」

「それ料理じゃないだろ」

 

ボケとツッコミにかるく笑う真九朗たち。こんな青春も悪くない一時だ。

 

「ところで紅くんは何かツマミとかって作れる?」

「まあ、簡単なものなら作れるよ」

「じゃあ今度作ってくれないかな。もちろんタダじゃないよ」

「ツマミくらいならタダで大丈夫だよ」

「それはありがとう」

 

お盆に玉子丼と汁物を乗せる。これは銀子の分だ。これをクリスに持っていってもらう。自分で持っていきたいが女子部屋は入ることが禁止なので仕方ない。

 

「任されたぞ」

「うん。お願い」

 

銀子も美味しく食べてくれると嬉しいなと思うのであった。

 

 

040

 

 

村上銀子の部屋。

特に拘りが無くて簡素な内装だ。そもそも交換留学中だけしか住まないので凝った内装にしても意味は無いと思っている。

部屋の主である銀子はパソコンのキーボードを素早くカタカタと打ち込み終える。ちょうど情報屋としての仕事を終えたのだ。

 

「これで良し」

 

トントン。

ドアをノックする音が聞こえる。

 

「空いてるわ」

「失礼するぞ銀子殿」

 

クリスが玉子丼を持って入ってくる。そういえばもう昼時である。昼食の時間だと思い至る。

 

「昼食だぞ銀子殿。この玉子丼は真九朗殿が作ったものだ!!」

「そう。ありがとね」

「しかし真九朗は料理が上手いのだな。凄いぞ」

「まあ、あいつは五月雨荘で無駄に鍛えてるからね」

 

たまに五月雨荘で集まって皆で食べる食事を思い出す。ごちゃごちゃとした食事会だ。おもに環が原因なのだが。

 

(それにしてもクリスさんか。たしかドイツ軍のフランク中将の娘。そして2Sにいるマルギッテさんの妹分ね)

 

銀子は自分の持つ情報収集能力で川神学園のことを調べていた。もちろん学生から教師まで。だからクリスのことがある程度分かる。

 

(まあ九鬼とかは相手をすると面倒だから深くは調べられないけどね)

 

流石に九鬼財閥までは相手にできない。相手にしようと思えばできるがリスクが高いため平気な程度しか調べていないのだ。

 

(調べてたら九鬼のシークレットがパンドラボックスとか出てきたけど・・・これは罠よね。機密情報なら調べて簡単に出てくるはずがない)

「銀子殿?」

「ああ、ご免なさい。考え事をしていたわ」

 

九鬼を相手するのも面倒だが、クリスのバッグにいるドイツ軍も面倒だ。彼女の性格から進んで相手をすることなんて無いが。

 

(確かマルギッテさんは猟犬部隊のリーダー。特に選りすぐりのメンバーをまとめてるのよね)

 

川神学園に軍の関係者がいる。やはり驚きだ。自分たちの方も人の事は言えないかもしれないけれども。

 

「なあ銀子殿。午後から暇なら一緒にオススメの大河ドラマを見ないか!!」

「大河ドラマか。良いわよ。私も一緒に見て良いかしら?」

「勿論だとも!!」

 

クリスの無垢な笑顔を見ていたら難しい事なんて吹き飛ぶ。今は交換留学中だ。何でもかんでも情報屋として接するのは疲れるだけだろう。

 

(それに川神学園には水上体育祭と言う行事があるみたいね。それでも聞いてみようかしら)

 

学園の行事を聞くなんて、なんとも学生らしいだろう。これもまた日常である。

大河ドラマを見るために下に降りるとマルギッテが訪問していた。訪問理由は簡単。クリスに会いに来たという一点それだけだ。

 

「クリスお嬢様!!」

「おおーマルさん!!」

 

ヒシッと抱き付くクリス。どこからどう見てもお姉さん大好きっ子だ。そしてマルギッテが持っているケーキに超反応するのであった。

 

「クリスお嬢様のために買ってきました。そしてあなた方の分もあります」

「みんなで食べよう!!」

「ありがとうございます」

 

銀子が心の中で気にしていたドイツ軍人が来た。今は川神学園を大人しく過ごそうと思っていた矢先がこれである。

どうやら今の流れはまだ大人しく過ごすものではないらしい。人知れずに心の中でため息を吐いてしまった。

 

「今紅茶を用意しますね」

 

真九朗はすぐさま紅茶を用意してブレイクタイム。マルギッテの買ってきたケーキも人数分に分け与える。そして話の内容は水上体育祭の話だ。

 

「え、川神学園には海で体育祭をするんだ」

「そうなんだよ。うちの学園長は様々な行事を考えて実行する持ち主なんだ」

 

海で体育祭とは珍しい。しかも競技は他の学園と違って豊富である。内容は多少物騒だが武術が盛んと言う点のせいでもあるだろう。

 

「んでもって学園長はよく自分で考えたわけの分からない競技を出すぞ」

「訳の分からない?」

「ああ。学園長は何でもどうでも良いことを考えてる。しかも本人は超真面目」

「川神学園の学園長って・・・」

「まあ村上さんの言いたいことは分かるよ」

 

去年の水上体育祭を思い出す大和は今年はどんな変な競技が出されるか不安しかなかった。

 

「自分はどんな競技でも全力だぞ」

「さすがクリスお嬢様です。私も負けていられませんね」

「自分も負けないぞ!!」

 

本当に姉妹ように見える。仲が良いの素晴らしいことだ。夕乃と散鶴のように仲が良い。

 

(ちーちゃん元気かな)

 

夕乃の妹である散鶴を思い浮かべる。今度また会いに行くのも良いだろう。

 

「マルさんは強いからな。手加減無しだ!!」

「私も手加減しませんよクリスお嬢様。どんな競技も猟犬部隊のリーダーとして恥の無いようにします」

「猟犬部隊?」

「ああ。マルさんはドイツ軍人で猟犬部隊と言う特別部隊に所属して隊長なんだ!!」

「へえ。軍人か」

「特別部隊ってカッコイイよな。どんなんだ。教えてくれい!!」

 

翔一は堂々を教えてほしいと口を開く。彼の性格上気になったら聞くのは仕方ない。

 

「おいおいドイツの機密情報だぞ。教えてやれないぞ」

「じゃあ俺の秘蔵のプリンをやろう」

「わあ、プリンだ!!」

 

プリンに目が暗み、ペラペラと猟犬部隊をしゃべってしまう。

 

「お、お嬢様!?」

 

「チョロイ」なんて思ったのはマルギッテとクリス以外が思ったことであった。

 

「安心しろマルさん。流石に自分だってプリンで全て話すことはしない。話すのは言っても全然平気なくらいだ。それに今話したのはどうせ調べれば分かることだしな」

 

確かに聞いたのは隊長や副隊長とかのくらいだ。そしてクリスがよく仲良くしてもらっている猟犬部隊のメンバーの紹介。

これくらいならば聞いたところで差し支えない。そもそもクリスの言う通り調べればどうせ分かる情報だろう。

 

「猟犬部隊のメンバーは全員美人だな」

「ああ。猟犬部隊は美人揃いだ!!」

「皆、自慢の仲間です」

「それにマルさんが率いる猟犬部隊は仕事の成功率100%だ!!」

「当然です!!」

 

ドイツの猟犬部隊はおこ数年で有名になった部隊。軍事関係では名を知らぬ者はいないほどだ。

特にマルギッテが選りすぐりのメンバーを集めているので強さも最高レベルだ。

 

「でもマルさんの猟犬部隊でも危なかったことはあったんだ。その時は凄く心配したんだぞ」

「その説は申し訳ありません。クリスお嬢様にとても心配させてしまいました」

「でも過去の話だ。今はマルさんが近くに居てくれて嬉しいぞ!!」

「お嬢様・・・」

 

本当に仲が良い。

 

「でもマルギッテさん程の実力者が危なかったほどの任務って何だ?」

 

翔一や大和は素朴な疑問を抱く。彼らはマルギッテの実力を知っている。だからこそ気になるのだ。

軍の任務なんて確かに危険なものしかないが、彼女の実力からは気になってしまう。

 

「テロリストの制圧時だな。あの時は大きな任務であって、予想外なことも起こった」

 

マルギッテも既に終わった任務なので差し支えない程に話す。

 

「まず制圧したテロリスト自体が厄介だったな。そのテロリストグループはある組織をバックに援助してもらっていたため任務レベル高かった」

「ああ・・・確かユガミソラって言ったけ?」

「そうですお嬢様。『歪空』です」

 

テロリストと聞いて、まさかだとは思ったが『歪空』と言う単語が出てきた。

『歪空』は代々テロリストの家系だ。本家はイギリスに移住している。そして今なお健在だ。ならば世界中で起きているテロ事件に関わっている可能性は高い。

ドイツ軍人であるクリスやマルギッテが知っていてもおかしくない情報だろう。

 

(歪空か)

「ユガミソラ・・・何だそりゃ?」

「学生であるあなた方は知らなくて良いことです。とりあえず大きなテロ組織のようなものです」

 

その大きなテロ組織の1人娘と死闘した真九朗は取りあえず黙っておく。言ったら面倒だろう。

 

「任務自体はレベルが高かったが成功しました」

 

だからこそマルギッテがここにいる。それが証拠だ。

 

「しかし、その後が予想外の問題が起きたのです。不幸な事故とも言うべきしょう」

 

起きた不幸な事故とは猟犬部隊とは別にテロリストを制圧していた者との戦闘だ。戦場では起こってしまう不幸な事故の1つ。

普通ならばマルギッテたちが起こすようなミスでは無いが相手が相手と言うべきだろう。

何故なら、戦場のド真ん中で赤髪の女性がたった1人でテロリストグループを壊滅させたのだから。

 

「たった1人ぃ!?」

「ああ。たった1人で別のテロリストグループを潰していた。しかも酷すぎる戦場となっていた」

 

たった1人でテロリストグループを壊滅させるなんて翔一からしてみれば武神である百代くらいしか思えなかった。

 

「おいおいモモ先輩かよ」

「もちろん武神では無かった。だが今思えば、彼女は武神並みかもしれんな」

 

不幸な戦闘を思い出すマルギッテ。結果を言えば猟犬部隊の敗北だった。正直アレは死を覚悟したものだ。

自慢のトンファーを叩き折られ、信頼する仲間の攻撃も効かない。奇策を講じても相手の理不尽なまでの暴力で叩き潰された。

敗北はしたが不幸な事故と相手が気付き、勝手に撤退していった。何でも依頼以上の仕事はしないとのこと。

 

「武神は不死身と聞きますが、彼女も不死身かもしれん。なにせ攻撃が全く効かったからな」

「おいおいマジか」

「ああ。銃も刃も通さない肉体。全てを砕くような打撃だったからな」

「モモ先輩じゃねえか」

 

弾丸が頭に当たっても貫通せず、跳ね返った。ナイフで斬りつけたが一ミリも切れない。そんな現実を見てしまえば人間ではなく化け物と思うだろう。

それを聞いて翔一はますます「やっぱモモ先輩じゃん」と言う。

 

「世界にはモモ先輩なのがいるんだなー」

(武神並みか・・・正直不気味さで言えば『孤人要塞』の方が)

 

日常を過ごしていたらまさかの話が出る。どうやら川神にはいろいろとあるようだ。

良くも悪くも。真九朗は川神で普通の青春は過ごせないかもしれないと密かに思った。どうしてこうも自分の関わりのある話が自然に出るのだろうと。

 




読んでくれてありがとうございます。
感想などあればジャンジャンください。

今回はそのまま日常パートでした。
自分で書いてて卵丼が食べたくなりましたね。親子丼でも可!!

そして軍事関係のクリスやマルギッテなら『歪空』を少しは知っていてもおかしくないと思って少しだけ関係性を出しました。
そしてマルギッテと猟犬部隊に関しては星噛絶奈と不幸な事故というエピソードも組み込みました。可能性としてはあると思うんですよね。原作でも依頼が重なるなんてこともありましたし。
星噛絶奈自身はデスクワークが多いって言ってましたが、たまに仕事で戦場に行くいこともあるので違和感は無いと思います。
マルギッテや猟犬部隊は強いですが、やはり星噛絶奈となると厳しいでしょうね。


ではまた次回!!


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源氏物語
だらけ部


こんにちわ。
連続更新です!!

今回から真九朗は弁慶ルートの物語に関わります。
どうやって関わり合うかは頑張って書いていこうと思います!!

では始まります!!


041

 

 

大和に弁慶、巨人は空室でだらけていた。彼らは非公式の『だらけ部』に所属しているメンバーだ。

所属できる資格はただ1つ。だらける才能があるかどうか。それだけである。だらけるのに才能なんて必要無いが。

 

「あー・・・だらけるのって最高」

「弁慶はいつもだらけてる気がする」

「そんなこと無いよ先生。私はこれでも真面目だよ~」

 

だらける雰囲気で会話するが、そこにツマミである生うにを差し出す。

 

「おいおい。生うに持ってくる学生がどこにいんだよ」

「不死川心とか?」

「ああ・・・。寂しいやつか。今度オジサンが相談してあげるか」

 

生うにをツマミに川神水を飲む。そして会話はダラダラしながら続ける。内容は弁慶や義経の幼い頃の話だ。

話を聞いていて昔から川神水を飲んでいる子だったらしい。するとトットットットと足音が聞こえた。予想するに2人分。

大和たちは無視して寝たふりをするのであった。そして扉が開かれる。

 

「やっぱりここにいやがったなオヤジ!!」

「げ、源さん!!違うんだ。これは寝たふりしてたわけじゃないんだ!!」

「何言ってんだ直江?」

「ここにいたんだね直江くん」

「あれ、紅くんまで?」

 

ここで忠勝の有り難い説教が始まる。全て正論で優しく説教するので大和たちは否定もできない。

忠勝の言い分は代行業の仕事に影響が響いているからだ。巨人がサボっているのを注意している。今は稼ぎ時だから今のうちにどう捌くか決めなければならない。

大和にはだらけて生活に支障が出ないように注意する。弁慶には義経が頑張っているから迷惑かけないようにしろとのこと。全て否定できない。3人は「はい」と返事するしかない。

 

「ったく活気がねえな。これでも食って元気だせ」

 

差し入れを出してくれる。やはり忠勝は優しい。

 

「じゃあな。溜まってる仕事は俺らで捌いとくからオヤジもサボるなよ」

「はい・・・」

 

真面目な息子で嬉しいが少しはサボりたい本音もあるのであった。

 

「で、俺だけど」

「紅くんはどうしたの?」

「ほら、直江くんが前にツマミを作ってくれって言ったでしょ。それがこれ」

 

パカリと箱を開けると中にはチクワ。ただしただのチクワでは無い。中身にタラコやらキュウリや入れてあるアレンジチクワだ。

環にも酒のツマミを作ったこともあったので作れるには作れるのだ。一応、他にもナムルもある。

 

「おおー。ありがとう紅くん!!」

「こ、これは・・・チクワソムリエとして見過ごせない!!」

「じゃあどうぞ弁慶さん」

 

弁慶を筆頭に大和と巨人もご相伴に預かる。モグモグと食べる。

 

「う、美味い!!」

 

全員が美味いと言ってくれて真九朗は笑顔になる。やはり自分が作った物を美味しいと言ってくれると嬉しいものだ。

 

「うん美味い。紅くんって料理上手なんだ。毎日ツマミを作って欲しいな~」

「まあ、時間がある時なら良いよ」

「え、本当。冗談で言ったのに」

「良いよ。でもさっき言った通り時間がある時ね」

「へえ・・・」

 

夕乃の英才教育の賜物で女性からの頼みはすぐに受ける。これは彼の良い所でもあるし悪い所だ。

女性だからと言って全て引き受けるのは考えものだ。銀子にもよく注意される。でも脳髄まで刻み込まれた英才教育はどうしようもない。

 

「紅くんって良い男だね。川神水飲む?」

「今は遠慮しとくよ」

「そっか。ねえ真九朗って呼んでいいかな?」

「良いよ弁慶さん」

 

全て二つ返事で了承。

 

「へえ。主が気に入っているのが何となく分かった気がする」

「主って義経さんのこと?」

「そうだよ~」

 

義経に気に入られているとは不思議だ。理由を聞くと梅屋での強盗事件の一件で気に入ったらしい。

危険にも関わらずナイフを掴み取った真九朗の勇士にとても気に入ったとのこと。川神だと案外誰でも実行しそうな感じだが義経の中では彼が初めてであった。

 

「主はよく家で真九朗の話をしているよ。なんか気に入ったみたい」

「そ、そうなんだ」

「うん。それに紋白だって気に入ってるし。今度遊びにおいでよ。絶対に歓迎されるよ」

「まあ、紋白ちゃんにもいつでも遊びに来てくれって言われてるし、近いうちに遊びに行くよ」

 

知らない所で評価が上がっていてどうリアクションすればよいか分からないが謙虚な感じで通した。

 

 

042

 

 

次の日。

真九朗は代行業の手伝いをしていた。なんでも仕事の依頼が多すぎて助っ人が欲しいとのことだ。

それに代行業のメンバーの1人がヒクイドリの捕獲時に負傷したらしい。これを聞いて驚きだ。

 

「何故ヒクイドリ・・・」

「川神には怖い者知らずがいるんだよ」

 

揉め事処理屋としての依頼では無いがこれも1つのパイプ作りだろう。もしかしたら代行業にも解決出来ない仕事が来たとして揉め事処理屋に流してくれるかもしれない。

そんな予想を立てて、今のうちに代行業の忠勝たちと連携をとっておいても良しだからだ。

 

「今日のノルマ分はこなせたかな」

「いや、それ以上だ。助かったぜ紅」

「さすが真九朗くん!!」

 

今、真九朗は忠勝と義経で代行業の仕事をノルマ以上にこなしていた。依頼はペット探しやストーカー退治、草むしりと様々だ。

案外揉め事処理屋と同じようなことをしているので難しいことは無かった。正直久しぶりに多くの仕事をこなしたのに実感がある。

 

(仕事の依頼がなかなか無いからな・・・)

 

忠勝が仕事している代行業の依頼の多さに若干羨ましくなってしまうのであった。

 

「さて、今日はありがとな。お礼は弾むぜ」

「うん。ありがとう」

「なら義経は弁慶の手伝い先に行くよ。メールで頑張っているって来たんだ。これは見に行かねば!!」

「過保護だな。これは与一も過保護だって呟くはずだ」

 

奢りのジュースを貰って忠勝と別れる。真九朗は義経と共に弁慶のバイト先へと向かうのであった。

 

「一緒に来てもらってすまない真九朗くん」

「いいよこれくらい。夜は危ないからさ」

「義経は強いから大丈夫だぞ」

「ははは。かもね」

 

夜の海辺を歩く男女。見ようによってはカップルだ。2人とも案外鈍感なので気付かないが。

もしこの光景を夕乃が見たら問い詰められるだろう。しかし居ないので助かった真九朗である。

 

「それにしても真九朗くんは仕事慣れしているんだな。どの依頼も頑張ってこなしていたな」

「揉め事処理屋でも様々な仕事をするからね。代行業の仕事も普段通りにできたよ。それに一番頑張っていたのは義経ちゃんだよ」

「そ、そうかな?」

「そうだよ。義経ちゃんは学校でもバイトでも頑張っている。凄いよ」

「えへへ。そうかな」

 

テレテレしてしまう義経。褒められれば照れてしまうのは仕方ないだろう。

誰だって褒められれば嬉しいものだ。

 

「でも、頑張りすぎはダメだよ。無理しないこと」

「うん。分かっている」

 

無理をしすぎない。その言葉は真九朗にも当てはまるがここは気にしないことにする。

 

(それにしても真九朗くんってどこかお兄ちゃんみたいだなあ)

 

どこか兄に憧れる目で見る義経に真九朗は疑問符。それに気づくのはもう少し先である。

 

「そろそろ弁慶がバイトをしているBarに到着だな・・・ってあれは弁慶!?」

 

目の前には弁慶が白いコートを着た奴らと戦っていた。これは助けなければっと思って動こうとしたが必要無さそうだ。

彼女はたった1人で白いコートの奴らをぶちのめしていた。「強い」と一言呟いてしまう。手に持っている獲物はモップのようだが、それでも錫杖のように振り回して戦っている。

それから数分で敵を全て倒し切った。「お見事!!」と2人で呟いてしまう。

 

「さすが弁慶だ!!」

「強いですね弁慶さん」

「あれ、主に真九朗じゃないか」

「本当だ。義経さんに紅くんまで」

「直江くんまで。大丈夫だった?」

 

結果は見ての通り全然大丈夫である。そしてパチパチと誰かが拍手をしながら近づいてきた。

 

「よう悪いな試すような真似して。俺はぁ鍋島だ。天神館の館長だ」

 

西の武闘学園である天神館の館長の鍋島。どうやら噂のクローンの実力をい見たかったらしく、気で作り上げた人形をけしかけたらしい。

なんとも茶目っ気のあるオジサンである。けしかけられた弁慶側からしてみれば迷惑極まりない。

 

「悪かったな。そのお詫びと言っちゃなんだがそこBarで飲んでいくぜ」

(なんとも豪快なオジサンだ)

 

真九朗は通り魔のようなことをした学園長に冷や汗を垂らしてしまう。

いつから学園の長は相手を試すために人を襲うのだろう。世の中はどうやら真九朗の知らないところで歪んでしまったようだ。

大和たちからしてみれば日常の1つだが真九朗にとっては非日常。そもそもお互いに日常から外れた日常を送っているのでどっちも歪んでいるのかもしれないが。

 

(弁慶に義経・・・そしてこの小僧はうちの石田を追い詰めた奴だったな。確か直江大和と言って、策略に長ける)

 

鍋島は東西交流戦で活躍していた直江を覚えていた。何も武術だけが全てでは無い。戦略を立てていた大和も注目している。

 

(でもこの小僧は誰だ。交流戦の時に居たっけな?)

 

鍋島が知らないのは無理もない。真九朗は交換留学生なのだから仕方なし。

でも彼からは強い気を感じったのだ。微かに感じとったのは鬼のような気だ。

 

(人は見かけによらないって言うが・・・それでも見た目に反してって感じだな。何者だか)

 

そのまま皆で魚沼が経営するBarへと入っていく。もちろん真九朗たちはお酒を飲まない。

飲むのは20歳になってからだ。これは誰もが守るべきルールである。

 

「おや。強い気を感じると思ったらアンタたちか」

「これは鍋島様」

「鍋島か」

 

いつの間にかクラウディオとヒュームが飲んでいた。そこに加わる鍋島。強者が飲むグループが出来上がっていた。

なかなか近寄りにくいグループである。それでも弁慶はバイトとして頑張って酒を提供するのであった。

一方、真九朗たちは酒を飲まないため端の席に座ってミルクを注文していた。

 

「直江くんも弁慶さんもバイト中だから邪魔しないようにしないとね」

「真九朗くんの言う通りだ。義経もミルクを注文する!!」

「はい。注文受けました主~」

「こらこら。相手が知り合いだからってお客様だからね。ダラダラしちゃダメ」

 

ミルクを飲みながら弁慶と大和の仕事っぷりを見守るのであった。

 

「ところでお前たちはあの少年を知っているか?」

「ああ、紅真九朗様のことですね」

「ほう・・・あの少年は紅真九朗と言うのか」

「ふっ・・・やはりお前も気付くか」

 

壁越えである鍋島も武人だから強き者には興味を示すものだ。

 

「あの男は良いな。鍛錬させれば強くなるぞ」

「まだまだ荒いがな。しかし壁越え手前だ。鍛え上げれば壁越えは可能だろう」

(戦鬼になれば間違いなく壁越えですがね)

 

戦鬼なればっとクラウディオは思うのであった。クラウディオとヒュームは一度だけ真九朗の戦鬼を見たことがある。

あの強さは間違いなく壁越え。もしくはそれ以上だろう。まだまだ若い小僧があれだけの力を振るえばヒュームだって評価を変えるものだ。

 

(あの強さは間違いない。恐らく力だけなら武神と同等・・・もしくはそれ以上でしょうな)

 

カランと酒の入ったグラスが音を鳴らす。

 

「それに紅は恐らく川神学園で5本の指に入るだろうな」

「ヒュームがそこまで評価するとは珍しいな」

「そうなりますよ。なんせ『孤人要塞』と引き分け、『炎帝』に勝利すれば嫌でも評価しますとも」

 

『孤人要塞』と『炎帝』と言う単語を聞いて鍋島は目を見開く。「それは本当か?」という顔もしている。

そして静かに頷くクラウディオ。これには久しぶりに驚くのであった。

 

「マジか・・・こいつは大物じゃないか」

 

実はその会話をコッソリと聞いていた大和と弁慶。彼らも更に真九朗に興味を示すのであった。




読んでくれてありがとうございました。
今回から弁慶ルート。とりあえずどう物語を着陸させるか考えないといけないなあ。
これからもゆっくりと更新していくのお待ちくださいね。

次回はどうしようかな。
いきなり書店バトルか・・・水上体育祭か。悩むなあ


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水上体育祭

こんにちわ!!
今回は水上体育祭です。
海なんて・・・もう行ってないなぁ


043

 

 

青い空。広大に広がる海。熱くサンサンと降り注ぐ太陽。女子の可愛い水着。そして男共の歓喜。

今、川神学園は水上体育祭と言う体育祭が行われているのだ。海で体育祭とはまた珍しい行事であると真九朗は思う。

そして更に驚いたのは女子の水着である。正確には驚いたと言うよりも「え?」と言う素っ頓狂な声が出ただけだ。

 

「この学園の指定水着がスクール水着・・・」

「アハハ・・・スク水なんて小学生以来ですよ」

 

銀子と夕乃が何とも言えない顔をしている。気持ちは分からなくもないがまさかこの年にもなって着るとは思わなかっただろう。

真九朗はどう言えば分からないが、取りあえず「似合っている」と言う。そして銀子の返事は「馬鹿」であった。

それにしても本当に男共は歓喜しまくっている。そして一部の女子もだ。

 

「夕乃ちゃーん!!」

 

百代は夕乃の豊満な胸を揉むために突撃するが避けられる。燕にも避けられていたので次は夕乃をターゲットにしたのだ。

 

「駄目ですよ百代さん」

「だってだって夕乃ちゃんの胸がけしからんだもん!!」

「だもん・・・じゃありません」

 

美少女だらけで男子学生と百代は大興奮である。そして逆に女子学生はイケメン男子学生にも興奮している。男子も女子も青春である。

そしてそんな美少女である百代はオメガウェポンとある男子学生に言われていたが大和たちも妙に納得してしまうのであった。

 

「何でこの可憐で美少女である私がオメガウェポンなんだー!!」

「いつもの行動から出た錆でしょ」

 

どうしようもない。

 

「それにしても紫まで何で居るんだ?」

「真九朗が海に行くと聞いて来たのだ!!」

 

スク水姿の紫が何故か一緒に来ていた。彼女のスク水姿は年相応と言うべきか、良く似合っている。

 

「似合っているよ紫」

「そうだろうそうだろう!!」

「とてもお似合いです紫様!!」

 

そしていつの間にか準が膝をついて褒めていた。彼はロリの居るところに現れる能力でも持っているのかもしれない。

 

「おお紫!!」

「紋白よ。私も来たぞ!!」

「紋様ぁぁぁぁ!!」

 

ダブルロリコンビが揃う。準にとって神々しすぎて全ての穢れが祓われるようだと呟く。

 

「ああ・・・やはり不純物の無いロリは良いな。そう思わないか紅」

 

キラーパスが飛んできた。これには何も言えない。最近、真九朗は準によく話しかけられる。

仲が良いのは構わないのだが、それで勝手にロリコンと称されるのは勘弁してもらいたいものだ。しかし彼が「可愛い」と言う感想は同意である。

 

「やっぱり紅はロリコンか」

「違うからね島津君!?」

「でも今の光景を見るとな」

 

真九朗の両手には紫と紋白。両手に花と言うよりもも両手に小さな花だ。しかしこれでロリコンとは言われたくない。せめて保育園のお兄さんと言ってもらいたい。

それならまだマシだろう。周りの見る目が変わるはずだ。本当にロリコンと称されるのは勘弁してもらいたいのだ。

 

「では遊ぼうではないか真九朗!!」

「いやいや、今日は遊びに来たんじゃないんだよ紫」

「あっ、そうであったな。すまぬ。すっかり忘れていた」

「紅真九朗。貴様は紫様と遊ばないと言うのか?」

「リンさん・・・その剣は抜かないでください」

「これはアクセサリーだ」

 

紫の護衛としてリンも来ており、水着は前に九鳳院系列で遊んだ時のものだ。リンも美人なので男子学生からは大好評である。

それでもアクセサリーと言っている2本の刀を帯刀しているので一部の男子学生は怖がっているが。

 

「でも時間が空いたら遊ぶよ紫」

「うん。じゃあ私は真九朗を応援するからな!!」

「ありがとう紫」

 

紫の応援されたら頑張るしかないだろう。

 

「私も応援しますよ真九朗さん」

「夕乃さんもありがとう」

「ま、頑張りなさい」

「銀子もね」

「私は日陰で本を読んでいるわ」

「それって良いのかよ」

「2Sの雰囲気はヤル気無しよ」

 

銀子の言ったことは本当であり、2Sのクラスはゆっくりとしようとする雰囲気だ。水上体育祭に参加するというわけでなく、バカンスしに来た感じだ。

 

「そうなの井上くん?」

「ああ、そうだぜ。クラスの連中はバカンス気分だよ」

 

準はヤレヤレと言った顔をしている。そろそろ冬馬と小雪が気になるので2Sのクラスへ帰っていった。

本当は紫と紋白の所から離れたくない気持ちがあるが仕方ない。チラチラと見ながら2Sに帰って行く。

 

「後で2Sとやらに紫が行くから紹介してくれなー」

「・・・はぁ!!」

「ん?」

「イエス。マイロード!!」

 

ノリノリで帰って行った。

 

「元気なハゲだな」

「ロリコンだからな」

「ロリコンってなんだ?」

「紫は知らなくて良いから」

「知らなくて良いのか?」

「知らなくていいんだ」

 

紫には知らなくて情報がある。それがロリコンだ。本当に知らなくて良い情報だ。

 

「私もそろそろ戻るわ」

「うん。またな」

 

銀子は真九朗たちと会話した後は自分のクラスである2Sに戻ると口をきつく閉じた。理由はクラスの雰囲気にある。

銀子がクラスから離れる前はクラスのほとんどはヤル気が無い感じであったのになぜか皆が水上体育祭でのヤル気がガンガンに出していた。それはもう人が変わったように。

しかも数分前まで普通だった準も変化していた。数分前に何があったか気になる。

 

「これは一体何?」

「ああ村上さん。これは京極先輩の言霊のせいさ」

「言霊?」

 

言霊とは言葉の力。言葉には意味があり、力がある。

人は言葉に惑わさせられたり、信じたり、力になったりするのだ。誰もが持つ力だが、その力を極めるのが京極だ。

 

「京極先輩はみんなのヤル気を出すためって言ったけど・・・」

「これ洗脳の類ね」

「あ、やっぱり?」

 

言葉は人を誘導させる力を持つがこれはもう洗脳の域だろう。言葉の力も極めればとんでもない。

 

「行くぞ我が主。お前は前だけを見ろ。後ろは全て俺に任せろ!!」

 

あの与一ですらノリノリである。どの時代も言葉に強い意志を持った者が人を動かした。これもその1つだろう。

 

「その結果がこれなのね」

 

ヤル気マンマンの2Sは怒涛の勢いで競技に参加して優勝へと近づいていく。無論、2Fだって負けていない。勝負は2Sと2Fで拮抗している。

岳人対準、翔一対英雄、一子対小雪。どの勝負も熱い。

 

「なんだなんだ。2Sの奴らは妙にヤル気だな!?」

「慢心してくれないと勝てないぞ」

「妙に元気ね」

 

2Fの感想はごもっともだろう。

そしてその勢いについていけず、ただただ流される銀子と弁慶。補足だが真面目な義経は競技に参加していた。

 

「義経は与一が競技に参加してくれて嬉しいぞ!!」

「任せな主!!」

「別人だろ」

 

本当に怒涛の勢いで競技をこなしていった。そしてそろそろ終盤へと近づく。

ここで学長である鉄心が新たな競技を宣言する。それは代表者が段ボール被って女性の足を見て、誰かを見極める競技である。

これが体育祭の競技かどうか分からない。

 

「・・・ここの学長って」

「言いたいことは分かるよ村上さん」

 

 

044

 

 

人の足しか見えない。これが真九朗の思ったことだ。

今、段ボールを被って女性の足を見ていると言う訳の分からない状況である。しかもこれが体育祭の競技だと言うのだから本当に分からない。

いまいち自分が何をしているのか分からなくなるのであった。そして見ている足も誰の足か分からない。

とりあえず分かるのは2Fのクラスの女子と言うだけ。正直に言ってしまうとつい最近に交換留学してきた真九朗に分かるはずも無い。

だから答えなんて、ここ一番の勘で当てるしかない。運任せである。

 

「クリスさん?」

 

クリスと答えたのは単純に頭に浮かんだからだ。彼女とは決闘しているので川神学園の中で一番印象に残っている。

 

「正解じゃ!!」

 

適当に言ったのが正解で自分自身でも驚いている。

 

「凄いな真九朗殿。よく分かったな」

「いやいや、これはもう勘だよ」

 

勘でも正解すればこっちのものだ。この競技は難しく、クリアできる者は当たり前に少ない。しかし本当にどうでも良い競技であった。

 

「では次じゃ!!」

「おいおいまだあるのかよ?」

 

学長である鉄心が考えた競技はまだあるようだ。しかも次の競技はさらにどうでもよいものである。

 

競技名は「ますらお決定戦」。内容はまず男が磔にされる。女が磔にされた男を誘惑する。男の獣が反応したら負け。反応したら電気が走る。最後まで残った者が男の中の男である「ますらお」だ。

 

「・・・・・・・・」

 

この競技を聞いて絶句してしまう。川神学園はどうなっているのかいろいろと問いただしたいものだ。

それを察した大和は真九朗の肩に手を置いて説明する。

 

「言いたいことは分かるけど、これが川神なんだ」

「川神って・・・」

 

そもそもこれが大の大人が考える競技なのだろうか。

 

「まあ学長だし」

(学長って・・・)

 

ごちゃごちゃ考えても競技は始まる。1クラス1人が選出される。2Fは大和か真九朗まで候補として出た。

 

「いや、俺は・・・」

「案外、紅くんの方が良いかもしれない」

「直江くん!?」

 

理由は代表で出るよりも、軍師として相手を潰す考えをしたいからだ。

 

「まあ頑張って紅くん」

「ちょっ!?」

 

強制的に磔にされる真九朗であった。本当に本当にこの水上体育祭が分からない。

彼の目の前には女。聞こえてくる男共の悲鳴。そして焦げ臭い臭い。これは絶対に水上体育祭では無い。

 

「何やってんのよアンタ」

「ははは・・・何か強制的に参加させられたんだよ銀子」

「馬鹿ね」

 

呆れる銀子。彼女が呆れるのもいつものことである。

 

「・・・誘惑するのか銀子?」

「しないわよ。私が誘惑したら即電気ショックでしょ」

「自信あるんだな」

「アンタ相手なら簡単よ」

 

ここまで言われれば真九朗も男としてプライドがある。何か言い返そうとしたが前の出来事を思い出す。

それは銀子に2人きりで旅行に行かないかと言われた時だ。その時は本気でドキリとした。そのことを思い出してしまうと言い返せない。

 

「誘惑されないように精々気を付けることね」

「そうだな・・・誘惑されたら電気が走るし」

 

銀子は真九朗から離れて遠くから本を読みながら観察する。すると真九朗の元に2Sの女子たちが集まってくる。

 

「真九朗くんが磔にされてる!?」

「へ~・・・真九朗が代表なのかぁ」

「義経さんに弁慶さん・・・」

 

他にもあずみやマルギッテ、心、小雪などが集まって来た。彼女たちは誰もが認める美人である。いきなりピンチだ。

あの真九朗が磔にされているのを見てあずみは笑う。

 

「ははは。おいおい真九朗。磔にされて気分はどうだ?」

「あんま良くないですあずみさん」

 

磔にされて気分なんて良くないに決まっている。これで良い気分と言うのは特殊の人たちだろう。

もう苦笑いしかできない状況である。そしてよくわからない競技も始まる。

 

「アタシが誘惑してやんよ」

「お手柔らかに・・・」

 

真九朗の周りに2Sの美人たちが集まってくる。彼も男だから水着美人に囲まれればドキドキするのは当たり前。

 

「私もがんばろっかな~」

「義経も頑張るぞ!!」

「この競技に頑張る要素はありません」

 

弁慶は色気溢れるポーズをし、義経は恥ずかしがりながらポーズをとっている。これには男だったら嬉しく反応するだろう。

だが耐える。なぜなら反応したら電気が走ると聞けば性欲求よりも恐怖の方が勝るに決まっている。

 

(だと言うのに・・・既に他のクラスの代表者は電気の餌食になってる。え、普通は恐怖が勝つものじゃないかな)

 

川神学園の男子は恐怖よりも性欲求が強いらしい。だから電気ショックの餌食になっているのだ。

 

「色気のあるポーズじゃダメか~。じゃあもう少し攻めてみるか」

「ちょっ・・・弁慶さん!?」

 

顔が近い、そして「ふぅ」と息を吐いて来た。これにはゾワゾワしてしまう。

彼女はとても色気があり、艶がありすぎる。彼女のような存在をエロイ女っていわれるのかもしれない。

 

(・・・そう思うのは失礼かな)

「ふんふ~ん」

「わわわ、弁慶が攻めてる!?」

「アタイたちも攻めるか猟犬」

「くだらない競技ですが早く終わらせましょう。相手はただの学生ですから」

「そりゃ違うぜ猟犬」

「む・・・確か彼は揉め事処理屋でしたね」

「そうだけど違うぜ。あいつはただの揉め事処理屋じゃねえ。あいつは裏じゃ有名な奴だぜ」

 

裏では有名と聞いてマルギッテは首を傾ける。揉め事処理屋の学生が裏で有名とは気になるのは確かだ。

マルギッテは軍人であるため、多少は裏のことも知っている。しかし彼女は真九朗活躍のことは知らない。それはマルギッテが日本に居ないで海外にいたからと言う理由もある。

 

「彼は裏ではどのような存在なのですか?」

「あいつは裏で「孤人要塞」と引き分け。「炎帝」には勝利した男だ」

「なっ・・・あの「孤人要塞」に!?」

「ああ。あいつもある意味とんでもない男だよ」

 

まさかの事実を聞いて驚く。それもそうだ。過去に彼女は「孤人要塞」に戦ったから分かる。

あの化け物によく引き分けまで持ち堪えたものだ。普通の者なら一瞬で殺される。そのような化け物に引き分けは凄い。

 

「ほう。あの男がな」

 

あずみの説明を聞けば興味を出すマルギッテ。競技には興味は無いが真九朗自身には興味が湧き出た。彼女も彼のことを知ろうと近づく。

 

「マ、マルギッテさん?」

「ふむ・・・鍛えられている身体です。しかし妙な鍛え方だ。普通の鍛え方じゃできない身体だ」

 

真九朗の身体を触る。くすぐったくて何とも言えない気持ちになってしまう。同じく弁慶に義経も触ってくる。

 

「つんつん」

「榊原さん・・・つんつんしないでください」

「つんつーん」

「にしてもよく見ると身体に傷の痕があるじゃねえか」

 

分かる人には分かるのだろう。真九朗はこれでも拳銃で撃たれた経験があるほどだ。なれば身体に傷痕が残るのは当たり前。

それでも崩月の修業で脅威の回復力があるのだから自分でも驚くばかりである。去年で何回拳銃に撃たれたのか数えたくないものだ。

 

(・・・これって銃痕じゃねえか。どんな修羅場を通ってるんだよこいつは)

(拳銃を受けた肉体か。だが傷は癒えている。武神ほどでは無いがとんでもない回復力だ)

(何か拳銃を受けた傷を見てる気がする・・・)

 

ベタベタと触ってくる2Sの美女たち。これには本当にドキドキしてしまう。しかし反応したら電気ショックだ。

性と恐怖の堺に挟まれる真九朗は頭がグラグラしてくる。日差しも強いからさらに頭がグラグラする。これは最悪熱中症になってしまいそうである。

早く終わってくれないかと思ってしまう。もしくは誰かに助けてもらいたい。そんなことを思っていたら誰かが声を荒げた。

 

「こらぁぁぁぁぁ。止めぬか!!」

 

この声は聴いたことがある。

 

「ええい。散らぬか!!」

「心さん!!」

「だ、大丈夫か真九朗くん!!」

「助かったよ心さん」

 

真九朗を助けてくれたのは不死川心であった。

彼女とは知り合い。去年に出会って友達となったのだ。出会いの経緯はいつも通り揉め事処理屋としての依頼である。

心がよく言う選民たちが開くパーティでの護衛仕事。一応何事も無いのが平和だが選民たちのパーティにはたまに事件が起こるものである。そして真九朗が護衛をした日こそが「たまに」が起こってしまった日だ。

逆恨みを持った暴漢が現れて心を襲おうとしたのだ。そこを助けたのが真九朗である。年も近いせいか仲良くなるのに時間はかからなかった。

正確にはいつもの真九朗の意図しない女たらし言葉で懐柔したというのが正しい。

 

「久しぶりですね心さん。学園ではクラスが違うからなかなか会話できなくて」

「いやいや良いのじゃ真九朗くん!!」

 

本当はなかなか会話できなくて寂しい思いをしていたのだ。でもそんなことを言えるはずもなく我慢する日々である。

真九朗と一緒になればもう一人で昼食を取らなくてよいし、憧れの友達生活が始まる。

 

「もう大丈夫じゃからな真九朗くん。今度は此方が守ってやるぞ」

「ありがとう心さん」

 

本当に助かるものだ。

 

「何だ知り合いなのか」

「と、友達じゃ!!」

 

顔を赤くしながら「友達」と宣言する心。そして友達を肯定する真九朗。

これには笑顔になる心。友達と認められてとても嬉しいのだ。口元はついにやけてしまう。

 

「でもこれは競技であり2F対2Sの勝負だぜ」

「そ、そうなのじゃが。友達が困っていたら助けるじゃろうが!!」

「そんなこと言わない~」

「にょわ弁慶!?」

 

弁慶が心を絡みつき真九朗へと押しやる。

 

「にょわ。ごめん真九朗くん!!」

「このまま雪崩れ込めー!!」

「ちょっ!?」

 

心を巻き込んで弁慶たち2Sの美女たちが真九朗へと雪崩れ込む。今の状況は真九朗に美女たちがベッタリとしている。

一言で言うなら「ハーレム」だ。これは男冥利に尽きるかもしれない。しかしこうも密着してしまえば男として反応してしまう。電気ショック覚悟したがその後のことは更に怖いものであった。

これは覚悟をしても怖い。なぜなら目の前に夕乃がいるからだ。それに紫もいる。

 

「ゆ、ゆゆ、夕乃さん。それに紫・・・」

「真九朗。他の女にベッタリとはどういうことだ!?」

「真九朗さん後で稽古をしましょう。でもその前にここでお灸を据えます」

 

電気ショックの方がマシだったかもしれない。真九朗は違う意味でリタイヤした。




読んでくれてありがとうございました。
感想など待っています。

今回は青春?的な物語でした。
それにしても磔に色気に電気ショックって・・・非常識すぎる。


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古書争奪戦の始まり

こんにちわ!!
今回からつい弁慶ルートのメインである古書争奪戦が始まります。
本当にタイトル通りで始まりまでです。

では、物語をどうぞ!!


045

 

 

川神学園の屋上。ここは昼休みのスポットだったり、サボりのスポットだったりする。

今は昼休みであり昼食の時間だ。真九郎はアンパンと焼きそばパンを齧り、牛乳を飲み込む。簡単な昼食だが彼にとっては十分な食事だ。

 

「それだけで足りるのか真九郎くん?」

 

そう言ってくれたのは心だ。真九郎は今、彼女と昼食をとっている。一緒に昼食を食べようと約束したのだ。

 

「うん。足りるよ」

 

去年は金欠で食べられないことがあった。それに比べると食事ができるなんて幸せなものだ。

その度に銀子や夕乃に心配されるのだから自分自身に困ってしまうものである。

 

「いや、それだけでは足りぬだろう。此方のお弁当を少しやるぞ!!」

 

心の弁当は重箱で真九朗が滅多に食べられない食べ物ばかりだ。流石名家だろう。

 

「いやさすがに・・・」

「遠慮するものではないぞ。人がせっかくあげると言うのだから貰うべきじゃ」

「そんなものですかね?」

 

確かに人の好意を無下にするわけにはいかない。ここは甘えて心の豪華弁当を貰うことにしたのであった。

何を貰えるのかと期待していたらメインそうなおかずである伊勢海老のエビフライをつまむ心。しかし伊勢海老。その食材は真九朗が食べるなんて本当に無い。

 

「し、真九郎くん。あ、あーん」

「・・・え?」

 

顔を真っ赤にしながらプルプルと口元にエビフライを近づけてくる。

一瞬だけ間が開いたけれど、ここは何もしないのは空気が悪くなるだろう。口を開いて運ばれるエビフライを食べる。

肉厚でプリプリしている。衣もサクサクしていて美味しいと言うのが感想だ。何故か真九朗は自分の食生活に悲しくなる。

 

「うん。美味しいよ心さん」

「そ、そうか。ならもっとやるぞ!!」

「それだと心さんのが無くなるよ」

 

食事は美味しく続く。補足だが夕乃に見つかれば後が怖いものである。ただでさえ水上体育祭での出来事で稽古をしたのだ。

更にまたあの稽古を続けると死闘もしていないのにボロボロになってしまう。

 

「水上体育祭の時はすまぬな」

「いや、気にしてないから。あれは仕方ないよ・・・ははは」

 

空笑い。もう空笑いをするしかないのだ。

 

「しかし、まさか真九郎が川神学園にくるとは思わなかったぞ」

「俺も川神学園に来てまさかの再会に驚きばかりだよ」

「真九郎くんはやはり今も揉め事処理屋を目指すのか?」

「うん。揉め事処理屋が俺の目標だからね」

 

真九郎にはまだ将来を決める時間はある。それでもやはり揉め事処理屋が目指す目標である。

あの柔沢紅香のような揉め事処理屋になりたいと思っている。とても難しいが彼の目標である。

 

「そうか・・・でも大変じゃろう」

「大変だよ。でもこんな俺が目指す目標なんだよ」

「・・・のう真九郎くん。もし、もしもじゃが、途中で揉め事処理屋では無くて違う職を考えたら此方の下に来ぬか!!」

「心さんの所に?」

「う、うむ。不死川家は名家じゃからな。不満なことはないぞ!!」

 

名家である不死川家に職としてつく。確かに悪くないかもしれない。

今の真九郎にはいくつかの将来ルートができている。まずは元々の目標である揉め事処理屋。2つ目は九鬼財閥への就職。3つ目は先ほど言われた不死川家への就職。最後は銀子から言われている風味亭への就職である。

この中で一番安定するのは九鬼財閥の就職であろう。案外、真九朗は将来に対してもう道ができている。若者にしてはそうそうない状況である。

 

「考えとくよ心さん。もしもの時はお願いするよ」

「うむ。九鬼よりも不死川だからのう!!」

 

 

046

 

 

今日は真九郎はある本屋のバイトをしていた。翔一のヘルプ宣言で真九朗と大和に弁慶が助っ人にきている。

 

「助かったぜお前たち。即戦力だぜ!!」

「助かるぜ。バッキャロー」

 

本屋の店長が笑顔で罵声を放つ。おそらく口癖なのか来ていて嫌な気分にはならない。

まずは店長が買い取った価値ある古書を取りに行くことだ。相当な量であるため一人では重労働になる。確かに複数人いたほうが良いだろう。

それに本運びなんて簡単だ。ただ重いだけの仕事であって真九郎には簡単すぎる仕事だ。

 

「へえ。真九郎って力持ちなんだ~。華奢な割にはってやつ」

「まあね。これでも鍛えてるし」

「確かに。水上体育祭で身体を触ったけど妙な鍛え方だったよね。なんていうか・・・何かを使いこなすような土台作りみたい」

 

よく分かったと言いたいものだ。用途までは分からないだろうが真九朗の肉体は『崩月の角』を使いこなすために鍛え上げられた。

だから常識はずれの剛力を扱えるのだ。でなければ身体が壊れてしまうだろう。

 

(武術家だから少しは分かるのかな・・・それに『鉄腕』の奴も俺の身体を見て土台作りは良いって言っていた)

 

分かる人には分かるのかもしれない。古書の積まれたダンボールをヒョイヒョイ持っていく。量は本当に多いが全然平気である。

バイトが終わる頃には夕方近くになっていた。

 

「仕事が早くて助かったぜ。バッキャロー!!」

 

本屋の店長は笑顔である。終わりごろには巨人とクッキー2が迎えに来ていた。それにしてもロボットとは驚きである。

いざ帰ろうとしたら誰かの声が聞こえてきた。メガネにスーツ。整った顔立ちの男だ。

 

「エコノミーの香りのする場所にファーストクラスが来ましたよ」

 

彼の名前は武蔵文太。

話に耳を立てると本屋の店長の店を買収に来たようだ。どこにでもこのような揉め事があるようだ。

しかし『揉め事』なら真九朗の出番である。それでもまだ動けない。本人たちの対話に「揉め事処理屋です」と言ってズイズイと出られない。

どちらか片方が言えば今すぐに出られる。真九朗の気持ちとしては本屋の店長に味方したいものである。

 

(・・・大手でも何か裏があるかもしれない。銀子に頼めば何かしら裏が取れるかも)

 

気は早いが本屋の店長を頼まれ視点で考えていると文太の方から決闘の話が持ち上がる。何でも6体6の決闘を行いたいと言う。

決闘を承諾していく翔一たち。なんとも荒々しい方法であるが揉め事処理屋である真九郎は気にしない。最終的には力で訴えるのだから。

 

「紅くんも頭数に入れらてるけど大丈夫?」

「大丈夫だよ。これはある意味揉め事だ。力になるよ」

「報酬は何か奢るで良い?」

「それで良いよ」

 

決闘場所は川神で変態橋と称される下の草場だ。

本屋の店長チームは真九郎に大和、翔一、弁慶、巨人、クッキー2。

文太チームは本人である文太、辰子、竜平、大和の母、そして天神館の鍋島正。

 

「え」

「あ!!」

「てめえは!!」

「ヤホー」

「おう大和!!」

 

相手のメンバーは案外知り合いだらけであった。




読んでくれてありがとうございました。
感想があればバンバン待っています。

今回の前半は心との会話。後半は弁慶ルートである古書争奪戦です。
それにしても真九朗は早くも竜平に再開ですね。

次回はまた決闘です!!
『角』を開放するのかしないのか!?

また次回をゆっくりとお待ちください。


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古書争奪戦

こんにちわ。
ついに始まった古書争奪戦。原作とあまり変わらないので巻きで物語は進みます。
そして真九郎はまた彼と戦う!!

では始まります!!


047

 

 

夕暮れの河原で決闘が始まる。続々と観客たちが物珍しさで集まってくる。中には知り合いもいた。

 

(・・・銀子)

 

銀子も橋の上から冷静に見ていた。表情からは「また面倒事なのね」と伝わってくる。

その通りだとアイコンタクトで返事をするしかなかった。よく見るとクラスメイトや島津寮の麗子までいる。

もうイベントのような感じとなっている。賑やかな川神ならではのことだから住民たちもきにしていないのかもしれない。

 

「さーて、ここからはアタシがルールをロックに説明してやるぜ」

「メイドがハーレーで登場したよ」

 

決闘形式は簡単である。

勝負時間は1分。ギブアップは30秒後でなければ宣言できない。ルールは基本何でもあり。

決闘相手は決めるのはサイコロで決める。出た目の数で戦う者が選ばれるのだ。

その中でトランプの1から7までカードがある。決闘が始まる前にカードによって大富豪のような勝負が始まる。それによって勝った者が決闘を流すか続行するかを決められるのだ。

 

「へへっ、燃えてきたぜ。あの時の借りを返してやるぜ」

 

竜平の目線は真九郎に送られる。できればもう再会したくない相手だが再会してしまったものは仕方ない。それに今回は依頼されているためお互いに勝手な行動はできないはずである。

しかし、もし決闘になってしまった場合は気を付けないといけないだろう。

 

「こいこいこい!!」

「ヤル気だね~リュウちゃん」

「あの時のリベンジをしてやるぜ」

「あれ、知り合いでもいるの?」

 

サイコロが振るわれる。出た目の数により組み合わせが弁慶対文太となった。次はカードにより決闘が行われるか決める。

大和たちとしてはチャンスである勝負だ。ここで1勝をしておきたい。文太が良く分からない計算方法を口にしていたが気にしない。

しかしカードの結果で勝負は流れることとなった。惜しいものをしたものである。

 

「流れたか」

「みたいだね」

 

次のサイコロが振るわれる。対戦は大和対大和の母だ。親子対決である。

 

「がんばれ大和!!」

「おう!!」

 

決闘が開始される。見ていてヒヤヒヤしていたが結果は引き分け。長期戦では無く、制限時間が1分と言うのに助かっただろう。

それにしても母親だからと言って手加減はしていなかった。愛の鞭というやつかもしれない。

 

「直江くんのお母さんって強いな」

「元ヤンキーらしいよ」

「・・・へえ」

 

特にツッコミはせずに疑問を飲み込む。ここで気にしたら面倒ごとがあると理解しているからだ。そして次の対戦カードが決まる。

次は大和の母対クッキー2。人間とロボットの戦いだ。ロボットが戦うとなると案外気になる。実は昔からロボットが好きな真九郎はワクワクしてしまう。

九鬼財閥が制作したと言うのだから驚きである。そう考えると九鬼財閥に就職するのも案外悪くないかもしれない。

ワクワクしながらクッキー2の戦いを見る。やはりロボットらしい戦い方だ。ビームセイバーとかカッコイイとか思ってしまう。

 

(・・・やっぱ好きなもんは好きなんだよ。でもあの時は誤解やらなんやらで大変だったな)

 

前に真九郎の大切な物を見つけようと躍起になっていた夕乃や環との時を思い出す。あの後は環のせいで性癖の誤解が生まれたのだから。

 

「お、クッキー2が勝ったね」

 

ダイナミックな必殺技で勝利をもたらしたクッキー2。本屋の店長チームが1勝して幸先の良い流れとなる。

 

「さすがクッキーだぜ!!」

「まあな」

「負けちまったか」

「お疲れ様ですサキさん。実力が未知数の相手が分かっただけでも十分ですよ」

 

4試合目のサイコロが振るわれる。次の対戦カードは巨人対竜平である。

 

「ゲッ・・・オジサンかよ」

「んだよオッサンか。オレはあいつとヤリたかったのに。つーか、あのオッサンはよく見る顔だな」

「直江。できればオレはこの勝負流したいぞ・・・」

「高いカードで行くか」

「あ、流す気無いだろでめえ」

 

勝負は流れずに試合は開始される。

巨人の実力に皆が驚く。真九郎もまた意外に驚く。やはり川神学園の教師をやっているのだから腕は確かなのかもしれない。

それでも油断は禁物だ。竜平の実力は不良であるが確かだ。それでも巨人は竜平の拳を上手く避けている。

 

「宇佐美先生って強いんだ」

「真九郎みたいに意外って奴だね」

「あはは・・・宇佐美先生と同じかあ」

 

力の限り殴り掛かる竜平に巨人は目にも止まらぬ速さでカウンターパンチを繰り出した。相手の力を利用したカウンターだから威力は相当ある。

呻き声をあげながら後ずさりする竜平に余裕の顔をする巨人である。それでも相手を舐めてはいけない。相手は暴力の野獣だ。

 

「リュウちゃんファイト~」

「ったく、これでもちったあ効いたんだぜ辰姉」

「やっぱタフいな。簡単にはいかねえか」

「余裕こいてんじゃねえぞ。行くぞおらあああああああ!!」

 

油断せずに戦えば勝負は見えていたかもしれない。しかしここで意外な展開が起こった。

グギリと嫌な音を聞いてしまった巨人。それはギックリ腰。なった者は相当の痛みを伴う。ギックリ腰になった者に勝負の微笑みは無い。

あるのは負けと言う二文字と腰の痛みだけである。ギックリ腰にはなりたくないものだ。

 

「おらああああああ!!」

「ぐえ!?」

 

竜平の勝利である。

 

「宇佐美先生大丈夫ですか!?」

「紅・・・あと頼んだ。オジサンもう駄目かも」

「今直しますよ」

「え、弁慶治せるの?」

「どれどれ見せてみ。そぉぉぉい!!」

「痛あああああああ!?」

 

それでも治ったのだから驚きである。弁慶って整体師になれるのではなかろうか。

 

「流れが悪くなってきたな」

「紅くんもそう思う?」

「ああ。次は勝っておきたいな」

 

しかし大和の希望は叶わない。今度の勝負は鍋島対クッキー2。クッキー2が男を見せたが結果は鍋島の勝利であった。

勝負の流れは悪い。しかもカード対決もまるで文太に読まれているように負けてしまう。

 

(・・・何でこうもカード対決で負けるんだ。何かあるのか?)

「えーとこの辺かあ?」

「あと2歩後ろだね」

 

鍋島に空高く殴り飛ばされたクッキー2をキャッチする。ダメージが酷く連戦させるのは不可能だろう。

もしまたクッキー2が戦う羽目になったら不戦勝になるだろう。こればかりは運に任せるしかない。

 

「ダイスロォォォォル!!」

 

次の対戦は辰子対大和。相手はほんわかしているが弁慶の見立てでは相当強いとのこと。

もし捕まったらヤバイとアドバイスをする。大和も避けに徹することを決める。

 

「頑張って直江くん」

「任せて」

 

勝負が始まる。最初は何とか避けていたがついに捕まってしまう。

 

「直江くん!?・・・・・て、あれ?」

「ん?」

「ありゃあ・・・」

 

大和は辰子に捕まった。そして鯖折りのように絞められているように見えるが実際は抱きしめられているだけである。

普通に美少女に抱きしめられているので男子からは非常に羨ましい状況だ。橋の上にいるクラスメイトたちは絞められているのに耐えていると勘違いしている。

近くに居る真九郎たちは呆然である。このままだと勝負は引き分けだろう。そして予想は正解で引き分けであった。

 

「・・・あれ?」

「お、おい辰姉なにしてんだ。あのままぎゅいーと絞めて、そいやっと投げ飛ばしてやればよかったのによ」

「ふぃ~」

「そんなツヤツヤした顔をされてもな・・・」

 

ツヤツヤした顔で満足顔である。何だか締まらない決闘であった。

気を取り直して次の対戦カードが決まる。大和の母対巨人である。この勝負は流れた。

 

「助かるぜ。オジサン紳士だから女性相手だとね」

「さっきのダメージが抜けてないだけでしょ」

「それにしてもカード勝負が負けてばかりだ。何かあるのかもしれないな」

「真九郎の言う通りかもね。何か相手ちょっと行動が怪しいよね」

 

現在の所、大和たちは1勝しかしていない。相手の文太チームは3勝であって大和たちはピンチの状態である。

それにしても相手の文太は大和の読みを的確に当てている。まるで朱雀神のように心を読む力でも持っているかのようである。

でもそれは無いと言える。心を読める力を持っているなら今までの勝負を有利にこなしていただろうし、決闘をするまでも無く本屋の店長を追い込んだであるはずだ。

 

(何か裏があるかもな。銀子なら分かるかもしれない)

 

真九郎の考えは正解である。銀子はそれとなく周囲の情報を集めていた。すると河川敷に設置されている監視カメラに文太が細工してあると見つけ出していたのだ。

このことを伝えようしたいがこの勝負に銀子は無関係。どうするか考えたが先にイカサマをしている相手にどう思っても関係無い。メールを真九郎に送る。

 

(銀子から・・・なるほどね)

 

メール内容を確認して真九郎は大和に小さく呟く。

 

「やっぱり・・・」

「やっぱりって事は気付いてた?」

「一応ね。でも確認はしてみる」

 

勝負の流れは変化する。次の勝負は翔一対鍋島で勝負結果は鍋島の勝利。

4対1で文太チームがリーチをかけたが、ここからが本番とも言える。

もしかしたら最後の戦いになるかもしれないサイコロが振られる。

 

「よっしゃあリベンジだぜ!!」

 

サイコロの目により次の対戦カードが決まる。その対戦カードは真九郎対竜平。

 

「なに向こうの不良と知り合いなの?」

「まあ・・・ちょっとね」

 

実は忠勝の夜の川神を案内されていた時に知り合い勝負をしている。前回は撤退戦を目的とした勝負であったが今回は本当に勝ちにいかなければならない。

 

「俺は戦えるよ直江くん」

「任せたよ紅くん」

 

2人がカードを出す。文太が2で大和が3であった。

 

「は!?」

「どうしました?」

「い、いや何でも無い」

 

文太が予想外と言った顔をしている。それでもすぐに何か納得したような顔をして終わった。

 

「頑張れ真九郎~」

 

相手は力のある不良だ。容赦無く闘うことを前提にした方が良いだろう。ストレッチをして身体を慣らす。

竜平は既に準備が出来て前に出てきている。相手がもう準備できているならばこちらも前に出る。

 

「久しぶりだな真九郎。今度は負けねえ!!」

「悪いが今回は撤退戦じゃないんでね。俺も負けるつもりは無い」

 

お互いに拳を構える。そして名乗り上げる。それは本気の名乗りでは無いが。

 

「俺は揉め事処理屋の紅真九郎」

「板垣家長男。板垣竜平!!」

 

今度は撤退戦では無い。勝たねばならない決闘だ。

 

 

048

 

 

橋の上には観客が更に増えている。クリスや京、マルギッテまで観客として来ていた。

彼女たちは既に来ていた麗子に状況を説明される。

 

「それはまた大ピンチな状況だな」

「そうなんだよ。みんなで大和ちゃんたちを応援しよう!!」

「うん。もちろんそうする。でも大丈夫な気がする。大和の目を見ると打開策ができたんだよ」

「そうなのか。でも真九郎いるしな。大丈夫だろう!!」

(紅真九郎・・・あの『孤人要塞』と引き分けた男。どれほどか見せてもらいますよ)

 

橋の下。

大和の母である咲は真九郎を見て思う。

 

(あの子が紅真九郎。あの柔沢紅香の弟子か・・・こりゃあ分からない展開だな)

(あの子は今回で初めて闘うな。まだ実力が未知数だけど不良のまとめ役である板垣竜平なら大丈夫だろう)

 

文太は楽勝だと思い、大和の母は鋭く今回の戦いを見る。

今から始まる彼の戦い方は今までの戦い方と違う。普通に見る分には今までの決闘は可愛い方かもしれない。

しかしこれから始まる真九郎対竜平の決闘は本当に容赦が無いと言うべきだ。最初に決められたルール無用と言うのが効いている。

これが揉め事処理屋の、紅真九郎の戦い方だ。相手を容赦なく叩き潰す。金髪メイドのステイシーが勝負開始を言い放つ。

 

 

049

 

 

真九郎対竜平。

 

「行くぞおらああああああああああ!!」

「行くぞ」

 

拳と拳が合わさる。お互いに引かずに拳の押し合いである。ガツゥンと骨と肉がぶつかる鈍い音を感じても気にしない。

余った片手で手刀を作って相手の目を擦るように振るが避けられる。次に金的狙いで蹴り上げるが、これもまた避けられる。

 

「やっぱ容赦ねえな。そう思って警戒しててよかったぜ」

「前に戦ったからな。避けられるのは予想していたさ」

「ふん」

 

また拳同士が合わさる。だがすぐに拳を引いて今度は回し蹴りで横腹に蹴り払った。

 

「この野郎!?」

 

竜平も負け時と無理矢理にでも拳を真九郎の顔にめり込ませた。だがこんなものは歯を食いしばれば我慢できる。

歪空魅空に顔面に拳銃で撃たれた時の痛みに比べれば軽いものだ。真九郎は気にせずに近づいて同じように竜平への顔面へと拳をめり込ませる。

 

「ぐおああ!?」

「顔面を殴られるのは痛いだろ?」

「ケッ・・・やるじゃねえか。でもこっち今回は猛るに猛ってんだ。まだ終わらないぜ!!」

「覚悟は決まってるってことか。でもこっちも乗りかかった船だから負けるつもりは無い」

 

拳のラッシュで攻めるが真九郎は受け流す。そのまま流れる水流のように動いて裏拳を勢いよく放つ。

スパアアアアン!!っと音が響くだけで裏拳の威力がどれ程のものか理解できるのだ。腕で防がれたが骨まで響いて痺れるだろう。

水流のように流れる動きで真九郎が攻め続ける。まるで手足が鞭のように振るわれた。

 

「あれが『崩月流』か。こりゃあ相手するとなると厄介かもな」

 

大和の母である咲は観察を続ける。見ていて感想はまるで喧嘩殺法と思ってしまう。彼女の感想は正解である。

他の武術と違って確実に相手を破壊するように戦っている。あれが本気の殺し合いで使われたらゾッとしてしまう。

そもそも真九郎は相手の急所を狙うのに躊躇いが無い。それだけでも容赦の無い者だと理解してしまう。実際に勝つのに急所を狙うのは適格だろう。

しかし今回は大和の母である咲は大和とクッキー2と戦っていたからすっかり油断していた。確実に相手を壊す相手もいると言うことを。

 

(ったく流石は柔沢紅香の弟子ってとこか。彼女も容赦無いしな)

 

どんな相手でも銃をぶっ放す紅香を思い出す咲であった。

 

「おらああああああああああ!!」

「ぐう!?」

 

連続で拳が振るわれる。デタラメだが威力は人間を壊すくらいあるが竜平の重い拳を受け止める。

ガッチリと拳を握りつぶすくらい握る。そしてそのまま睨み合いとなる。

 

「楽しそうだな」

「おう楽しいぜ。潰しあいってのは本能が滾るからな。闘うギラギラした感じに飢えてるんだよ!!」

 

確かに彼の目は闘いに飢えている目をしている。最悪の未来だと竜平は人を殺してしまうかもしれない。最悪の未来の話ならばだ。

でも一応彼にも人の心はある。姉である辰子と話す時はどこか優しい彼となるからだ。家族は信じる。他はただの人としか思っていない人だ。

 

「おうらあああ!!」

 

残りの拳も振るってきたが同じく受け止める。

 

「何!?」

「戦闘狂か。あんた戦闘屋になれるよ」

 

真九郎は思ったことをそのまま口にした。彼ならきっと戦闘屋になれるだろう。

 

「戦闘屋か・・・良いかもな」

 

竜平も満更悪くないと口をニヤける。

 

「好きなように暴れられて負けたらそこで終わり。悪くないなあ!!」

 

両腕に力を込めて押し込もうとするが真九郎も負けまいと押し返す。

 

「あんたが戦闘屋になろうがなかろうが俺には関係無い。でもこの勝負は勝たせてもらう」

「言ってろおおお!!」

「ふっ」

 

力をいっきに抜いて前へと倒してバランスを崩させる。そして小指を立てて竜平の左耳へと容赦無く突っ込んだ。

 

「うごああ!?」

 

鼓膜の完全破壊とは言わない。ただ小指を耳の中に入れただけだ。他人の指が人の耳の中に入ったら異物感が相当あるだろう。

だから真九郎のいきなりの行動に竜平は対処しきれなかったのだ。

 

「もう沈め」

 

右拳に力を込めて顔面に力の限り殴った。そしてトドメに踵落としで意識を刈り取り勝負を終わらせた。

 

「そこまで。勝者は紅真九朗!!」

 

竜平は強い。しかし真九郎の方が戦闘の場数として上だったのだ。

 




読んでくれてありがとうございました。

さて、今回はまた真九郎VS竜平でした。
そして勝負結果は真九郎の勝ちです。不良相手には負けませんよ。
容赦なく耳に小指を突っ込む行動はさすが揉め事処理屋と言う他ありませんね!!

次回でもう古書争奪戦は決着です!!
どうしようかなー


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名乗り

こんにちわ。
今回はついに名乗りをあげます。やっとかな。

どんな内容かは物語をどうぞ!!
前回と変わらず巻きな感じですが生暖かい目で読んでってください。


050

 

 

真九郎対竜平の勝負は終わった。彼の戦いを見た者たちはそれぞれの事を思っていた。

橋の上にて。

 

「やはり真九郎は強いな!!」

「うん・・・それに何て言うか容赦の無い戦い方だったね」

(成程、確かに容赦が無い。それに強い。しかしあの実力で『孤人要塞』と引き分けたとは考えにくいな)

 

真九郎は強い。でもマルギッテは『孤人要塞』と戦った過去があるためあの彼女の強さを知っている。だから真九郎の実力を見ても納得がいかない。

確かに強いがそれでも『孤人要塞』と引き分ける程では無い。しかし彼の実力はマルギッテが所属する猟犬部隊に匹敵はするだろう。

 

「紅くんってあんなに強かったんだ」

「こりゃ驚きだわ。アタイってばゾクゾクしちゃった」

 

観客たちも彼の強さに驚いている。そして歓声が上がる。その中にいる銀子は小さく「お疲れ」と言う。

聞こえていないだろうがそれでも無意識に言いたかったのだ。これで勝負の流れは完全に変化する。

 

(ふむふむ。真九郎くんは容赦の無い戦い方をするっと・・・まあでも対処はできるかな)

 

いつの間にか燕が彼らの戦い方を観察する。実力者揃いの戦いとなれば燕としては観察しないわけにはいかない。

 

(うーん強いや。たぶん学園の中でも上位に入るね)

 

気になる相手はとことん調べる燕。真九郎は燕に観察されるに値する者である。

 

(・・・でも何か隠してる気がするんだよねー)

 

橋の下。

 

(おーおー、強いなあの小僧。ヒュームが評価しただけはある。でも何か実力を隠してるな。その実力を見てみたいもんだぜ)

(流石は柔沢紅香の弟子。強いわ。もし戦うことになったらアタシも覚悟決めないとな)

「ば、馬鹿な。あいつあんなに強いのか!?」

 

鍋島と咲は納得し、文太はまさかの強さに驚いていた。

 

「リュウちゃん大丈夫~?」

「こいつは意識失ってる。まあそのうち起きるから大丈夫だろうな」

 

真九郎は竜平が辰子に介抱されているのを見てから大和たちの陣営に戻る。「ふう」と息を吐いて気を抜く。

気を抜いたせいか痛みが急に身体中に伝わる。心の中で「痛たた・・・」と呟く。痛いものは痛い。でも勝利したのだ。

これで次の試合につなげることができた。まだ勝負は分からない。もしまた真九郎が選ばれても戦う。

 

「ただいま」

「おかえり真九郎。強いね」

「お疲れ紅くん。これで次につなげられたよ」

「凄いな真九郎!!」

 

大和たちから労われ感謝。疲れたがまだ戦える。正直戦うにあたって一番マズイのは鍋島だろう。

彼は武術者として壁を超えた実力者だ。竜平とは比べものにはならない。相手はヒュームや武神である百代と相手するようなものだ。

 

(・・・一応、引き分けになれば勝ちって言われたけどキツイかな。何か策を考えないと。もしくは『角』を開放させるか)

 

次の対戦カードが決まる。弁慶対辰子。ここに来てついに弁慶の出番となる。

今まで待っていたかいがあったと言うものだ。弁慶はストレッチをしながら試合に臨む。カード対決も仕掛けが分かってきた大和も大丈夫。

文太はまだ大和が仕掛けに気付いていないと分かっていないのかアタフタしている。

 

「じゃあ始めな!!」

 

弁慶対辰子の勝負が始まる。

 

「よーし投げちゃうぞ~。ポーイって」

「行くよ」

 

力と力の対決だ。だが殴り合いと言うわけでは無い。弁慶は一瞬の隙を突いてバックドロップを出す。

良い感じに決まったが辰子は打たれ強い。簡単にはノックアウトにはならない。技のパレードリーがたくさんだ。それでも辰子は起き上がる。

辰子は力を大きく攻撃を振るう。弁慶は確実に技を打ち込んでいく。勝負の流れは弁慶だ。

 

「源氏式、スイパーホールド!!」

 

辰子を捕まえて絞める。このままなら勝負が決まるが急に辰子が豹変したのだ。まさか急激に力を増幅して脱出する。

いつの間にか目覚めた竜平が言うには「無意識に覚醒した」とのこと。彼女はいわゆる原石なのかもしれない。離れていても力強さをピリピリと感じる。

ここからもしかしたら戦況が変わるかもしれないと思ったが次の行動で拍子抜けしてしまう。

 

「は?」

 

脱出して反撃してくると思えば眠りだしたのだ。これには本当に拍子抜けしてしまう。それでも勝者は弁慶である。

一瞬だけヒヤッとしたがこれで4対3。これで分からなくなってきた。そして次も勝たないといけない。流れは川神書店側だがついに難所が来た。

鍋島対弁慶。観客や大和たちもこの勝負はとても危険だと言うのは分かる。しかし弁慶は逃げなかった。

ここはあえて勝負を決めたのだ。カード勝負なんて意味は無く、流さずに勝負が始まる。

 

「頑張って弁慶」

「全力で勝負するんだ弁慶」

「うん任せて。真九郎、大和」

 

大一番とも言うべき上部が始まる。

弁慶は鍋島に全力で立ち向かう。釈杖を投げつけての打返し対決は目を見張るものだった。

釈杖を最初は軽く投げて相手のカウンターで倍返しさせる。その力の乗った釈杖を逆に利用して倍返しをする。壁を超えた者の力を利用した威力なら効くはずだ。

しかし相手の鍋島は規格外。この策はさらにカウンターで跳ね返された。

 

「うあ!?」

「弁慶!?」

「流石は弁慶。タフだな」

 

最初は食い掛かっていたがどんどんと劣勢になっていく。トドメと言わんばかりの一本背負いは重い一撃だ。

誰もがこの勝負が鍋島の勝ちだと思ってしまう。しかし、真九郎や大和は弁慶を信じる。

 

「頑張れ弁慶!!」

「ははは。応援どうも」

 

応援に促されて立ち上がる。こんな劣勢でも彼女は諦めない。なぜなら彼女にはどんな苦境も跳ね返せる切り札を持っているのだ。

まさに今がその時だ。弁慶の切り札であり、必殺技。橋の上にいる清楚が彼女の切り札を発動するスイッチが入ったのを感じて口にしてしまう。

 

「金剛纏身!!」

 

『金剛纏身』を清楚は語る。難しい説明はいらない。相手が強ければ強いほど、苦境であれば苦境であるほど自分の潜在能力を各段に上昇させる。

簡単に言うと火事場の力と言うようなものだ。絶対時間は3分だけだがこの場にいる誰よりも強くなった弁慶。残り時間も10秒。

弁慶はいっきに鍋島との間合いを詰めて渾身の攻撃を繰り出す。

 

「速い!?」

「そおい!!!!」

 

彼女の一撃は壁を超えた者にすら屠る。鍋島も一瞬だったが白目を向いて意識を失った。

この結果を見るに誰もが勝敗を理解する。この勝負は弁慶の勝利だ。

 

「流石弁慶だな。俺もまだまだ修行不足ってところだ」

「おじさん。まだ戦えるかい!?」

「ああ。けっこう効いたがまだ戦えるぜ」

 

この言葉にホッとする。4対4で追いつかれてしまったがまた鍋島が勝負に出れば勝ち目があると思っているのだ。

弁慶の切り札には大いに驚かせられたがもう彼女は戦えない。まだ勝負はどっちも分からないのだ。

 

「お疲れ弁慶」

「疲れた~。勝ったけど向こうはまだピンピンしてる。これじゃあどっち勝者か分からないよ」

 

とても疲れている。やはり大技を使った後は身体に負担があるのだろう。ヨロヨロしているから肩を貸す。

 

「ありがとう真九郎。優しいね」

「これくらい当然だよ」

「紳士だね」

 

彼が紳士なのは夕乃の英才教育のおかげである。何度でも言うが夕乃の英才教育のおかげである。

優しいのは女性であっても男性であっても好感が持てるものだ。

 

「さて、次で決着だぞ。最後の勝負だ」

 

巨人の言う通りで次で最後の勝負である。決着へのサイコロが振るわれる。

 

「あ」

「お、また俺か?」

 

決着の勝負が始まる。対戦カードは真九郎対鍋島。

 

「真九郎。いける?」

「うん弁慶さん。大丈夫だよ。直江くん、どのカードでも構わない」

 

真九郎対鍋島の勝負が決定した。

 

「お前さんはヒュームから聞いているぜ。なかなかの修羅場をくぐっているそうだな」

「修羅場って・・・」

「だから手加減はしないぜ。弁慶との勝負で自分はまだまだってのが分かったからな」

 

当たり前と言うか弁慶に負けた鍋島は真九郎との戦いでは完全に慢心を捨てる。それに裏世界で有名となった真九郎には片手間で戦おうとは思っていない。

 

(実力を見てみたいってのもあるがな。さーてあの『孤人要塞』に『炎帝』と戦った実力は如何ほどか)

 

もちろん引き分けなら勝ちなのは変わらない。最初に言った事は守る。それに関しては助かるが慢心を無くした鍋島に引き分けまで持ち堪えるのは相当難しい。

真九郎はどうやって勝つか考える。そして思いついたのは簡単なことだった。初撃必殺。

開幕と同時に決着をつけるだけだ。各上の相手と戦うのに長期決戦は愚策である。

 

(・・・『角』を開放するしかないな。観客がいるけど別に隠しているわけじゃない)

 

川神は武神と言う規格外がいるので案外許容するかもしれないが。息を吸って吐く。

相手は格上の実力者であり、経験豊富であり、真九郎よりも強い。だが全て負けているというわけでは無い。彼にも鍋島に勝てる可能性はあり、ゼロではないのだ。

 

「んじゃあ、前に出ろヤロー共!!」

 

真九郎と鍋島が前に出る。もう勝負が始まるので引き返せないから覚悟を決める。

心の奥にあるスイッチを入れる。右肘の皮膚を突き破って『崩月の角』が開放され、身体中の血液が沸騰するくらい熱くなる。身体に力が巡る。負けられない戦いに勝負を挑む。

 

「お、お前さん・・・その右腕から出ている角はもしや」

「きっと鍋島さんが思っているので正解だと思いますよ。でも今はそんなの関係無いです」

 

いつでも戦えるように構える。それでも驚く鍋島だ。彼だけでなく、周りの者たちも驚いている。

 

「な、何だアレは・・・骨、角?」

 

大和や弁慶たちは真九郎の右肘から突き出した『崩月の角』に驚き、慄いている。人間の右肘から角が出れば当然の反応だろう。

しかしそれよりも驚いたのが真九郎の気の異常な強さだ。弁慶の『金剛纏身』と同じくありえないくらい気を醸し出している。

もしかしたらそれ以上かもしれない。今まさに真九郎は川神で言うところの壁越えを軽く超えた存在だ。

 

「弁慶の強さも相当だったがお前さんもだな」

「アレが何だか分かる大和?」

「・・・分からない。でも素人の俺でも紅くんが角を開放した瞬間にとんでもないくらい気が膨れ上がったのが分かる」

「そうだね。正直あれは戦鬼みたいだよ」

「紅のやつってうちの学長みたいに人外かよ」

「あの右腕に生えてる角カッケー!!!!」

 

橋の上。

 

(あのバカ。こんな所で『崩月の角』を・・・)

 

銀子は片手で顔を隠す。『崩月の角』は元々隠しているものでは無いがこうも大勢の前で発動とは頭が痛くなる。だが相手は格上の存在。発動しなければ勝ち目はなからこそ仕方ないだろう。

 

(まったく・・・負けても勝っても明日から大変よ)

「何・・・あれ」

「分からないぞ。真九郎があんなのを隠し持っていたとは・・・でも凄まじい気の大きさだぞ」

(まさかアレが『孤人要塞』と引き分けた秘密か!?)

 

やはり初めて『崩月の角』を見る者は驚くだろう。カッコイイと思ったのは紫や翔一くらいだ。

 

「凄い・・・紅くん」

「あれはもう鬼のようだな」

 

清楚と京極も驚く。異能と言うべき『崩月の角』。誰もが真九郎に視線を移ししている。

もちろん燕もこの異能を見逃すつもりは無い。食い入るように見ている。

 

(何あれ・・・あんなの初めて見るんだけど。しかも凄い気の大きさ)

 

誰もが食い入るように真九郎対鍋島の戦いを見守る。

 

「はっ、アタシとしたことが呆けちまったぜ。じゃあ始めるぜ!!」

 

試合が開始させる。『崩月の角』を開放したのだから負けられない。真九郎は本気の名乗りをあげた。呼応するように鍋島も名乗りあげる。同じ立場に立つ者として認めたからこそだ。

 

「崩月流甲一種第二級戦鬼。紅真九郎」

「天神館館長。鍋島正」

 

闘いが始まる。

 




読んでくれてありがとうございました。
感想など待っています。

ついに真九郎が名乗りをあげました。さすがに鍋島相手だと『崩月の角』を開放しないと勝負にならないと思い、こんな感じになりました。
流石に角無しじゃあ厳しいと思いますので。

次回の戦闘内容はどうしようか難しい所です。一応「初撃必殺」の内容ですが頑張って書きます。

では次回もゆっくりとお待ちください。


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決着

こんにちわ!!
タイトル通りで決着の物語です。
真九VS鍋島。どんな展開かは物語をどうぞ!!


051

 

 

真九郎対鍋島

 

「崩月流甲一種第二級戦鬼、紅真九郎」

「天神館館長。鍋島正」

 

壁を超えた者同士の戦士たちが闘い始める。戦いが始まった瞬間に周囲の空気がピリピリし、観客たちは全員息を飲む。

この勝負は誰もが静かに見守っている。どうなろうがこの勝負で本当に決着がつくのだ。

 

「あんたはこの中で一番強い。なら俺の一撃を逃げずに立ち向かってくれるよな。行くぞ鍋島さん!!」

「・・・良いぜ来い紅真九郎!!」

 

鍋島はクッキー2や弁慶との闘いで倍返しが好きだと言っていた。なら挑発すれば乗ってくると期待した。

しかし相手は慢心を捨てているから本気で攻撃してくるに違いない。でも勝負世界でそんなのは構わないと思っている。

ステイシーが試合開始の合図を言い放ち、その合図と同時に力を込めた両足に動かす。重力の無視のロケットスタートだ。

いっきに鍋島に近づいて右拳を突き出す。同じく真九郎の挑発に乗った鍋島は彼のロケットスタートに一瞬驚きながらもすぐに冷静になり同じように拳を突き出す。

 

「はあっ!!」

「ふん!!」

 

拳と拳が合わさる。竜平と戦った時と同じだが威力は比べものにはならない。それでも負けるつもりはなく、勢いのまま拳を振るう。

 

「こ、この力は!?」

「・・・はああああああああああああ!!」

 

重い一撃だ。だが『崩月の角』を開放した真九郎には軽いと思えた。もちろん相手は本気で攻撃しているのだろうが込めてる覚悟が足りない。

真九郎を倒すにはもう動けなくなるまで壊さなければ駄目だ。この古書争奪戦での覚悟のあり方としては似つかわしくないだろうが本当に真九郎を倒すにはそれくらいの覚悟がなければいけない。

だから鍋島は拳に込めた覚悟が間違っていた。鍋島は勝つ気持ちはあったが真九郎の力を試したいという気持ちの方が強い。逆に真九郎は『崩月の角』を開放した時から既に覚悟を決めていた。

真九郎は全力で容赦の無く、ただ相手を倒すために、勝利をもたらすために拳を振るったのだ。

 

「ぶっ飛べえええ!!」

 

拮抗なんて状態は無く全力の拳は鍋島を撃ち抜いた。その威力は計り知れない。もし例えるならば超特急電車が突撃したみたいだと後の鍋島は語ることとなる。

 

「ぬおおおおおおお!?」

 

鍋島の身体が殴り飛ばされ、重力関係無く一直線に飛んで行った。

ドシャアアアッと河原に無造作に転がり倒れる。気で身体防護していたとは言え戦鬼の全力をまともにくらったのだ。鍋島の身体がいうことを効かない。

 

(い、意識を吹き飛びそうだったぜ。弁慶の時みたいに気のガードしてなかったらゾッとするぜ。しかし動けん)

 

たった1発。たった1発の一撃でこの状態とは恐れいるものだ。だが鍋島にはこれでも武術者として誇りがある。ここで立ち上がらないわけにはいかない。年だなんて言ってられないのだ。

 

「や、やるじゃねえか」

(・・・今ので立ち上がるか。でも俺だって素人じゃ無い。鍋島さんは無理しているな)

 

息を荒荒く吐いてもう一度強く吸う。初撃必殺は不発であった。だが全く効いていないわけでは無く次の一撃で今度こそ決着がつく。

恐らく鍋島も今度は本気の本気で攻撃してくるだろう。ならば真九郎は捨て身で突撃する。四肢に力を込めて歯を食いしばる。

仕切り直し。

 

「真九郎。お前さんを強者だと認めて攻撃するぜ。肉が潰れても骨が折れても恨みっこ無しだ。まあそん時は良い医者を紹介するぜ」

「鍋島さん・・・構わない。こっちも壊すつもり行く」

 

2人の目はギラめき構える。お互い放つ気は熱く、周りの者たちでさえビビらせる。鍋島は剛毅な武人に見え、真九郎は荒荒しい戦鬼と誰かが言った。

年とは言え、それでも剛毅な気を纏う鍋島には真九郎は尊敬する。やはり自分よりも強き者だと思ってしまう。強力無比な一撃をくらったら、きっと自分なら弱い部分が出てマイナスな方向に考えてしまいそうだ。

 

(こちらはまだダメージは無い。動ける)

 

どうやって鍋島を倒すか考えるが難しいだろう。初撃必殺で決めるつもりだったからだ。しかし一応次の手は打ってある。

まさか失敗の後のことを考えていないわけではない。これでもプロであるのだからいくつか策は講じている。その中で確実なのを選ぶ。

 

(・・・・・確実なのはカウンターだな。どうせ無傷で勝てるなんて思ってない。なら覚悟を決めて突破する)

 

決死の覚悟を決める。殴られようが蹴られようが、骨を折られようが血を吐き出そうが突き進む。絶対に拳を届かせて見せる。

でなければ勝てないからだ。今までの戦いで簡単な戦いなんてなかった。覚悟を決める真九郎。

 

「行くぞ鍋島さん!!」

「来な真九郎!!」

 

もう一度鍋島に向かって走る。目の前にいる鍋島は構えたまま動かない。おそらく向こうもカウンターを狙っているのだろう。

ならばあえて乗ってやると思って突貫。すぐさま間合いを詰めて攻撃するが紙一重で避けられ、渾身の一撃が真九郎を襲う。

 

「うらあああああああ!!」

「が、ぐううっ!!!!」

 

鍋島の攻撃が人間の出す威力とは思えない。人のことを言えないがこれが壁を超えた者の一撃。意識をもっていかれないように歯を食いしばる。

肉が撃たれ、骨が軋んで悲鳴をあげるがそれでも耐えて目を開く。今この瞬間ならもう一度拳が届く。

どんな達人でも攻撃の後は隙ができるものだ。その一瞬の隙をつく。曰く、肉を切らせて骨を断つ。

 

(実戦でやるのは珍しいけど覚悟があればできる。そして身体が動けば確実に相手へと拳が届く!!)

 

攻撃をくらってもなお無理矢理身体を動かして拳を振るう。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

「こいつ・・・無理矢理!?」

「くらええええええええええ!!」

「ぐわあああああああああ!?」

 

今度こそトドメの拳を振るった。肉をえぐり、骨まで到達するくらいの勢いで拳を振るった。そうでなければ勝てないから。

ミシミシと拳から肉と骨の感触が伝わる。そのまま力の限り殴り飛ばして河原の彼方先へとぶっ飛んだ。

 

「そこまで。勝者は紅真九郎!!」

 

 

052

 

 

「ったく。今回は油断せずに戦ったつもりなんだがな。負けちまったぜ」

「ありがとうございました鍋島さん」

「こっちもだぜ。久々に熱い戦いだったぜ」

 

仰向けに倒れている鍋島を起こす。戦いが終わった後は2人とも顔が穏やかだ。

戦いの後がこんなにも清々しいのは初めての気分である。きっとこれが青春の1つかもしれないと真九郎は考え込む。

 

「それにしてもお前さんの力はとんでもないな。流石は崩月の弟子・・・それにまさか角まで継承しているとは驚きだぜ」

「・・・鍋島さんはやっぱり知っていたんですね『崩月の角』のことを」

「まあ『裏十三家』は有名だ。そして戦鬼のことも多少知ってるさ。・・・その角は移植したのか」

 

やはり知っている者は知っているようだ。でも鍋島は堂々と言いふらす人間ではない。しかしもう遅いだろう。観客たちが見ている。

自分自身のことがこの川神でどこまで広まるか今から不安である。自分で開放していて何だが。

でも今は古書争奪戦に勝利したのが大事だ。文太を見るとまるで信じられないと言った顔をしている。

 

「ば、馬鹿な・・・オジサンが負けた!?」

「これで俺たちの勝ちですね」

「く、くそっ・・・」

 

勝ちにと言うよりも上に立ち続けたいという気持ちが高い文太はこの敗北に納得ができない。誰でも敗北は認めたくないかもしれないが誰が見ようとも真九郎の勝利であり、直江たちの勝利でもある。

 

「そんな・・・負け?」

「ああ負けだぜ。どっからどう見てもな」

「オ、オジサン」

 

納得できない文太を諭すように鍋島がヨロヨロしながら近づく。それでもモヤモヤは取れない。

だから真九郎も話しかける。敵側からの言葉なんて聞くか分からないが敗北を何度も知っているからこそ多少は負けの気持ちが分かる。

 

「文太さん。負けってのは誰もが悔しいものですよ。でも負けても終わりと続きがある」

「続きだと? 負けで終わりじゃないのかよ」

「文太さんは負けました。で、もう終わりですか。死んでしまうんですか」

「し、死ぬわけないだろ!?」

「なら良いじゃないですか。まだ人生に続きがある。文太さんは俺なんかよりも才能がある。俺は羨ましいですよ」

 

文太は確かに真九郎より頭が良いし才能がある。経済的にも上であり、社会でも上手く渡って行ける。真九郎の今なんかよりも相当良いだろう。

負けてもまだやり直せるなら良い。真九郎は本当にそう思っている。今まで彼が経験した中で負けたらやり直しも出来ないし、死にたくなるほどの事もあった可能性がある。

なら今の文太の状況はどうだろう。醜態は晒したし、貴重な古書も手に入れられなかった。大きな痛手だろう。でもまだ挽回はできる。

ならば大丈夫だと言える。

 

「・・・・・簡単に言ってくれるな」

「文太さんはファーストクラスの人材でしょ。なら俺よりも成功しますよ。今ここで終わりでは無いですよね」

「・・・・・ふん。今回ただ貴重な古書が手に入らなかっただけだ」

 

文太の顔からは敗北の顔からリベンジの顔に変化する。こんな時はズルズルと引っ張っていくより早く立ち直った方が一番である。

幸い文太は負けず嫌いのようですぐさまリベンジしてやろうと思っている顔している。

 

「今に見てろ。すぐさまお前らが驚くような存在になってやるさ」

「おう。その意気だな。はっはっはっはっは!!」

 

鍋島が文太の意気込みに関心しながら笑う。

 

「でも今はまだ敗北の傷が心に染みるな」

「そういう時はお酒が良いですよ。その心の痛みを和らげてくれると思います」

「酒か・・・・お前酒飲めないのにそんなことを推奨するのか」

「まあ、知り合いに酒癖の悪い人がいますから。彼女曰く酒を飲むと嫌なことを忘れるらしいですよ」

 

ここはもうちょっとそれらしいことを言いたかったが酒に関しての知り合いは2人。しかも2人とも酒癖が悪い。

詳しく言ってもあの2人じゃ参考にはならないだろう。1人はエロオヤジ走る五月雨荘の住人。もう1人は酒を酒と思わず飲む超人。

 

「酒か・・・良いな。最近良いBarを知ったんだ。連れてってやるよ」

 

鍋島がガシリと肩を掴む。おそらく魚沼もBarかもしれない。この川神では人気のBarだからきっと文太も気に入るだろう。

 

「これで勝負は終わったな。いやーこれで全て良しってことだな。オジサンも帰りに一杯やっていこうかな」

「お、良いね」

「弁慶さんは駄目でしょ。手に持ってる川神水で我慢してください」

「ちぇー・・・んくんく。ぷはあ。はい大和に真九郎も」

「俺たちも?」

 

せっかく渡された川神水を捨てるのはもったいない。真九郎と大和はいっきにグイっと川神水を飲み干す。

 

「・・・水」

「川神水だよ。ノンアルコール」

 

ノンアルコールの割には弁慶が酔っているように見える。場酔いの可能性もあるが、それにしても酔ってる。

この川神水は本当にノンアルコールなのかともう一度確認のために大和を見るが「ノンアルコール」と言われる。

 

「ノンアルコールか・・・」

 

納得できないがノンアルコールを主張するのだから信じることにした。深く考えてもどうしようもない案件は本当にどうしようもないからだ。

今大事なのは古書争奪戦に勝ったことだけだ。今は勝利を感じよう。

 

「良くやってくれたぜバッキャロー。本当にありがとう!!!!」

 

本屋の店長が凄い笑顔で喜んでくれた。これを見ただけでも心が温かくなる。やっぱり誰かのために戦って勝つのは悪くないかもしれない。

「これからも営業頑張ってください」と言うとさらに本屋の店長は笑顔になる。お返しかどうか分からないが今度本を買いに来た時は安くしてやると言ってくれた。

あまり本は買わないけどたまには良いかもしれないと思った瞬間だ。今度銀子を連れて行こうとも思った真九郎。

 

「・・・真九郎か」

「何かな弁慶さん?」

「なに、ちょっと良いかなって思っただけだよ」

「そう?」

 

弁慶の気持ちをよく分かっていない真九郎はただ頷くことしかできなかった。彼女の心にもまだ小さな燻りだ。

それでも彼に何か惹かれてしまう。それは彼の危険な香りなのか、優しい力強さなのかはまだ分からない。

周りの観客たちは決闘の終わりに嬉しく喚きだす。祭りの雰囲気ももう終わりで九鬼の従者が片づけを始めている。

クラスメイトや銀子たちが河原に降りてくる。「凄い」や「お疲れ」と言ってくれる。そして質問してくる『崩月の角』。

詳しくは話せないのでやんわりと断る。秘密の力とかそんな感じに言うしかなかった。きっと川神学園ではもっと質問攻めされるだろう。今から考えるだけで大変な目になりそうだ。

 

「お疲れ」

「銀子。・・・ああお疲れ」

 

『崩月の角』を戻して布で肘を巻く。肘を突き破って開放されるのだから案外傷が大きいものだ。

 

「私が巻いてあげるわ」

「ありがとう銀子」

「・・・む」

「どうした弁慶?」

「何でも」

 

先ほどまで夕方だったがもう暗くなる。お腹も空いた。

 

「家に帰ろう」

 

 

 

 

 

052

 

 

源義経。武蔵坊弁慶。那須与一。葉桜清楚。

全員がクローン人間であり、偉人の転生者とも言える存在だ。葉桜清楚だけ名前から偉人が想像できないが九鬼財閥から公式に歴史の人物と言われているのできっと凄い偉人なのかもしれない。

そんな偉人のクローンたちは日本的にも世界的にも有名な存在となっている。しかも武術者と言うことで世界中から挑戦者が川神に集まっているのだ。

那須与一や武蔵坊弁慶は面倒ということで上手く逃げているが真面目な源義経は無理にならない程度で挑戦者と戦っている。

これに関しては考えてみると大変だろう。なにせ世界中からの挑戦者と戦うのだから。もしこれが自分自身だったら本当に面倒だ。武蔵坊弁慶や那須与一の気持ちが分かりそうになる。

自分自身の気持ちの問題を置いといて、彼女たちの話にすぐ戻す。

容姿端麗で誰もが認める美人であり、イケメンだ。誰も容姿に関して文句を言わないだろう。知識も一般の者と比べれば頭が良い方だ。

性格に関しては那須与一が難有りだが後々治せるものなので問題無い。そして武術者と言うことでもちろん強く、才能はある。きっと数年後には更なる成長で強くなるだろう。

壁を超えた者たちからして見ればきっとマスタークラスになれると言うはずだろう。皆が良く言う将来有望と言うやつだ。

 

パララララ。

今のは写真と資料が机に適当に置かれた音だ。

写真には源義経たちが写っており、資料には彼女たちのプロフィールが書かれている。机に適当に置いたのは資料を読み終えたからだ。

ギシリとフカフカの椅子に背中を預ける赤髪の女性。「ふう」と息をついて酒をまるでコーヒーのように飲み干す。

これでも一応仕事をしているのだ。仕事中に酒を飲むなんてどうかと思われるが今は彼女1人だけなのでバレない。そもそも時間的にも定時をすぎているので世間的にはセーフ。

 

「それにしてもまさかクローン人間を欲しがる奴がいるなんてね。まあ・・・いるか」

 

人間には様々な人間がいる。優しい性格の人間もいれば、残酷な性格の人間、何を考えているか分からない人間もいる。

 

「この依頼者は良い趣味してるわ。クローン人間を誘拐しろなんて・・・相手はこれでも九鬼財閥なのよね」

 

言葉の意味としては物騒な良い方だ。何せ誘拐をするのだから。しかし彼女は眉1つ動かずにどの人材を送り出すか考える。

 

「あの3人でいっか」

 

ここは裏社会では最大手の人材派遣会社である悪宇商会。さらに詳しく語るなら最高顧問の部屋。

悪宇商会は金次第でどんな犯罪にも加担し、どんな犯罪の解決にも協力する。だから誘拐の依頼を受けてもビジネスとしか思っていない。そこには善悪は無い。

 

「これって最悪・・・九鬼財閥と戦争になりかねないんだけど。今回はただ人材を派遣するだけだからセーフでしょ。向こうもこっちの存在に気付いたとしても簡単には手を出せないからね」

 

パソコンのキーボードをカタカタと打ち込む。彼女が決めた人材を3人予定に入れる。

 

「それにしても川神か。あそこには良い人材がいそうねー」

 

川神に裏世界の闇が滲む。




読んでくれてありがとうございます。
感想などあればガンガン下さい!!

今回の物語はどうでしたでしょうか。
戦いに関してはシンプルな感じだと思いますが確実な戦い方だと思ってます。
これから工夫ある戦闘も頑張って考えていこうと思います!!

そして真九郎の会話。彼って説得の力(言霊)を持っていそうです。
なにせ言葉の威圧だけで戦闘モードの切彦を無理矢理人助けに変更させますし。

そして最後に次の物語の布石が!!
登場した赤髪の女性とは一体!?←バレバレですね

次回から川神に紅の世界観が少しづつ迫ります。


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組織

こんにちわ。
今回から源氏組の那須与一が少しずつ出番が増えます。
厨二設定を面白くカッコよく書けたらなーと思います。
そんでもって今回からはオリジナルの物語要素が含まれて行きます!!


053

 

 

ビルの中。パソコンの光と窓の外からの光で部屋は明るい。その中で一人の女性が電話対応をしている。

 

『お世話になります。頼んだ人材は此方と合流しました。ありがとうございます』

「いえいえ。こちらこそありがとうございました。派遣した人材は良い仕事をしますのでよろしくお願いいたします」

『それにしても大丈夫なのか。相手はあの九鬼になるからな』

「はい。我が社はお相手の事情に一切関係無くご依頼にお受け致します。それが悪宇商会ですから」

『そうか。ではお願いする』

 

ピッと携帯電話を切る。相手は電話内容の通りお客様である。依頼内容は九鬼財閥が最近発表したクローンが欲しいから誘拐するために人材を派遣してほしいとの事だ。

悪宇商会はどんな人間だろうがどんな仕事だろうが受ける。それが裏世界で5本の指に入る程となった会社の実力かもしれない。

それにしても相手は良い趣味をしている。クローンが欲しいなど普通の考えの持ち主では無い。きっと変わった性癖の人物だ。名前は明かせないが裏社会の人間で一種のコレクターである。

相手は九鬼財閥なのだから相手も覚悟はしているだろう。依頼を受けたからには最高の仕事をするが九鬼財閥と戦争になったら責任をとらねばならないだろう。

 

「まったく・・・なかなかの依頼ですよ。一応うちの最高顧問からGOサインを貰っているので大丈夫だと思いますが」

 

ピピピピピピピピピピ。携帯電話がまた鳴る。

 

「はいもしもし。悪宇商会のルーシー・メイです」

 

 

054

 

 

厨二病。それは少年少女がある日を境に目覚める人格のことだ。もはや別人かと言いたくなるほどだ。

しかも本人は至って真面目でふざけているわけでは無いからかえって性質が悪い。

言動や行動にも影響が出ており、人それぞれであるが意味深な事を言う。例えば「闇の人格」とか「封印が」とか呟いている。

行動に関しては無駄にカッコイイようにしている節がある。正直何が原因で厨二病になっているのか最先端技術の医療を持つ日本ですら不明である。

だが問題があるかどうかと言われれば害は無い。単純に絡みづらいだけくらいだ。気にしない人は気にしない、気にする人は気にする。

やはり人の個性だろう。そして川神学園に厨二病にならなかった人、厨二病なった人、絶賛厨二病になっている人がちょうどいる。

 

「まさかお前は腕に鬼の角の宿していたとはな。異能者同士は惹かれ合う運命か」

 

今まさに厨二病的な発言をしたのは与一。彼は誰もが認める厨二病患者だ。そしてそんな言葉を贈られたのは真九郎である。

最近はというとよく与一に話かけられる。理由としては古書争奪戦の時に『崩月の角』を開放したからだ。川神では噂は広まるのはどうやら早いようである。

あれ以来彼は様々な人から質問攻めにあっている。詳しく話すつもりは無いので「秘密」としか言えない。しかも一部の連中に目をつけられた。

あの武神である百代に目を付けられて夕乃と同じように決闘をふっかけられる始末だ。さらに何故か燕にも目を付けられた。おそらく『崩月の角』について聞き出したいのだろう。

 

「与一はこんなんだから。まあはっきり言って厨二病だ」

 

諭すように言ってくれたのは大和。彼は元厨二病患者であり、与一のことを見ていると黒歴史は蘇って心にクリティカルヒットするらしい。

 

「見て分かるよ」

 

真九郎は厨二病にならなかった者。そもそも彼の人生に厨二病なる切っ掛けは無かった。人生経験が一般と違うとしか言いようがない。

 

「紅も組織に狙われるだろう。お互いに普通の暮らしができないらしいな」

「組織に狙われるって・・・」

 

狙われているというか休戦をしている組織はある。その組織とは悪宇商会だ。案外的を得ている与一には苦笑いをするしかない。

そもそも変な所で現実として厨二病に厨二設定を与えるとややこしくなるものだ。きっと『裏十三家』とか『悪宇商会』とか彼にとって良い情報だろう。

 

「今しか日常を楽しめない。卒業したら後戻りができないからな。だから悔いのないように青春しとけ・・・これは先輩の受け売りだかな」

「先輩?」

「そこにいる大和だ」

「・・・へえ」

「紅くん。後で話し合おう。主に誤解を解く話」

 

大和はまるで自分の昔を見ているようで恥ずかしい以外の何者でもない。やはり自分の黒歴史を掘り返されるのは精神的に苦痛である。

実際に自分の思い出したくない過去とは向き合いたくないものだ。

 

「あ、有名人」

「真九郎くんに直江くん。与一!!」

「有名人は弁慶さんもでしょ」

 

古書争奪戦で有名人になったのは何も真九郎だけでは無い。弁慶もまた同じくらい有名人だ。

彼女もまた様々な人から挑戦を受けさせられようとしている。でも面倒だということで戦わないで断っている。

 

「もう私は十分戦ったからねえ~。褒めて」

「・・・偉いです弁慶さん」

「うん弁慶は偉い!!」

「もっともっと褒めて~」

「流石弁慶だぜ!!」

 

弁慶の褒める会が始まった。そんな中で与一が「くだらえねえ」と言った瞬間に源氏式ラリアットをくらっていた。

まるで当たり前のような動作で「おおー」と呟いた。聞くところによるといつものことらしい。いつものことでラリアットとは物騒だ。

 

「それにしてもどこに行っても質問攻めだし、挑戦しようしてきてウザイ」

「弁慶、何を言ってるんだ。注目されてるからこそ挑戦者が現れるんじゃないか」

「主は本当に真面目だね。そこが可愛いんだけど」

 

酔っ払いの如く義経に抱き付く弁慶。どこか弁慶には環の雰囲気を感じてしまうがまだマシだろう。

 

(つーか、この前メールで環さんと闇絵さんが遊びに来るとか来たな・・・正直面倒ごとしかない)

 

この本音を伝えたらきっと環はウソ泣きしながらからかってくる。何だかんだでめげない心の持ち主だから仕方ない。

 

(・・・一応お酒を用意しとくか。そして直江くんたちに迷惑かけないように注意もしなきゃなあ)

 

酒癖の悪い環のことを考えると頭が痛くなるが彼女には助けてもらっているので無碍にはできない。でもあの性格に関しては少し直してもらいたいものだ。

性格を少しでも直せばきっとモテるだろう。そうでなければ別れ話を何度か聞くことは無かったはずだ。

 

「どうしたんだ真九郎?」

「ん、実は今度知り合いが川神にくるみたいなんだ」

「紅くんの知り合いか」

「うん。正確には俺が元々住んでいる五月雨荘の住人だよ。癖のある人たちだから注意」

「癖のある人たちには慣れてるから平気」

「そいつらも異能者か!?」

「普通・・・の人です」

 

一瞬迷ったが普通ということにした。正直、環も闇絵も癖が強い人間だ。

環は素手で岩をも砕き、下駄でフルマラソンを走り切るらしいのである意味超人。闇絵は五月雨荘で一番妖しい人物である。正直何をしているのか分からない。

本当に2人は普通と答えるのが正解か怪しいものだ。よくよく考えると五月雨荘には一般的と言う人がいない気がする。五月雨荘1号室の住人である鋼森は基本的に五月雨荘にいないのでよく分からない。

 

(・・・なんか普通の人との出会いがないな)

「異能者では無いのか・・・」

「異能者じゃないよ。異能者同士は惹かれ合うって言ってるけど、そんなすぐには出会わないよ」

「・・・かもな。惹かれ合うって言ってもすぐさま出会うわけじゃない。タイミングってもんがある。そして場所だ」

 

急に語り出す与一。これは止められないと思って聞きに徹底しようと思って口を閉じる。

 

「タイミングは俺たちが川神学園に来た時だ。そして出会いはこの川神という場所そのもの。まるで運命かのように人が集まり出している」

 

それは単純に転校と留学が重なっただけであろう。場所もたまたまだ。

 

「今は友好的な流れだがそろそろ敵対勢力である裏組織が動き出すころだ。気を付けないとな」

 

被害妄想が相当大きい。

 

「ねえ与一。あんたはいっつも裏組織、裏組織って言ってるけど・・・どんな裏組織に狙われてるんだ?」

「姉御・・・流石に言えない。言ったら巻き込まれる」

「何に巻き込まれるんだか・・・」

 

呆れ顔の弁慶を無視して与一は手で顔を覆いポーズをとる。やはり厨二病特有の行動を起こしている。

それにしても狙われていると聞いて、もしかしたらその可能性は少しはあると思ってしまう。彼らは偉人のクローン人間。

胸糞悪い趣味のコレクターは裏世界に何人もいる。その内の1人は余計な行動を起こすかもしれないのだ。そんな胸糞悪い予想はさっさと捨て去る。

 

「じゃあ俺たちに教えてくれよ。もうどうせ狙われてる身だ。なら情報があった方が良い」

「・・・そうだな大和と紅には教えておく。しかし無理に調べようとするな。したら組織が攻めてくる」

「直江くん?」

 

ノリノリの厨二病の大和。これは与一と会話する時しか出さない。この後大和は羞恥に身悶える。

与一は弁慶と義経に聞かれないようにコッソリと呟く。その勝手に狙われていると言う裏組織の名前を。

その裏組織の名を聞いて真九郎は顔には出さないが驚いてしまった。どこでその裏組織を知ったのか知らないが与一の言っていることが冗談に聞こえなくなってしまう。

 

「悪宇商会だ」

「・・・!?」

 

本当にどこで手に入れた情報だろう。例え九鬼財閥にいるとは言え、あんな危険な組織を知らせるはずはない。

そもそも一般の者が知って良いものではない。ただでさえ表世界に住む者が裏世界に足を突っ込むなんて危険すぎるのだ。

 

「悪宇・・・商会?」

「そう悪宇商会だ。裏世界を牛耳る組織で異能者が集まると聞く。中には肉体を改造しているらしいぞ」

(・・・だいたい合ってる)

「・・・・・悪宇商会ねえ」

 

大和は微妙そうな顔をしたのはきっと信じていないからだ。それが一番である。悪宇商会に関わると碌な目に合わない。

 

「一応聞くけど、どんな組織だ?」

「悪いが分からない。知れば確実に狙われる・・・だが噂だとどんなことでもする組織だ。犯罪を起こしたり、逆に人助けしたりもな」

(・・・それもだいたい合ってる。しかしどこで知ったんだ?)

 

九鬼財閥が悪宇商会のことを与一に教えるはずがない。ならば彼は独自に情報を調べ上げたのだろう。

ここまできたら厨二病も馬鹿にできない。どんなものでも極めれば凄いというものだ。

 

「その悪宇商会って組織はどこで知ったのんだ?」

「ふ、電子の世界で知った」

「インターネットのことだよ紅くん」

「そう」

 

会話するのも少し難しいと分かった瞬間であった。

だが悪宇商会をどこで知ったのかが分かった。インターネットなら分からなくもない。悪宇商会はあれでも人材派遣会社でビジネスに徹底している。

ならばインターネットで広告をしているのにおかしいことではないだろう。そもそも去年に九鳳院系列のホテルのスパを貸し切ったことがある。そこで悪宇商会の力を借りた一般人がテロ未遂を起こした。

案外調べ上げれば表の人間でも悪宇商会に辿り着くのだろう。

 

(彼はきっとインターネットを調べているうちに偶然に知ったんだろうな。しかも嘘じゃなくて真実だから余計こじらせてるよな・・・だけど本当のことを教えても危険だ。もしかしたら逆にもっとのめり込むかもしれない)

 

やはり知らせない方が良いと判断して軽く笑いながら平和な会話を続ける。

 

 

055

 

 

岳人と卓也は仲が良い。体育会系と文化系と言う形で正反対な感じでアベコベなコンビだが、それでも何だかんだで親友だ。

そんな2人は何度目か分からないナンパをしている。主にノリ気なのが岳人であり卓也はそうでもない。このナンパに関してはいつも失敗して最後は美味い物を食べるのがシメである。

今回のナンパもそうなりそうでどこで食事をするか卓也は調べ始めている。

 

「まだまだ俺様は諦めねえ!!」

「もう今回もダメだよ。そんなことよりも今季のアニメはさ」

「待て、その話は長いから後で聞く。今は次の女を探すぞ!!」

「まだやるの・・・」

 

呆れるしかない。でもそんな彼でも付き合うのが親友だからこそだろう。

島津岳人は力強く優しい男性だ。正直に言う感想なら悪いはずはない。それでもモテないのはタイミングが悪いのか、ガツガツした性格が災いを招いているかのどちからかだろう。

そんな彼の恋はいつ成就するか分からないがそのうち叶うと思われる。確率は低いかもしれないが。

 

「うぬぬぬぬ」

「そんなギラついた目で女性を探してたら怪しまれるよガクト」

「おお!!」

「どうしたの?」

「すげー良い女を見つけた」

「誰々?」

 

卓也も男だから良い女と言われれば気になるのは仕方ない。指を指す方向を見ると美少女がベンチに座っていた。

その彼女は棒付きキャンディを咥えて、携帯電話を操作している。何と言うか「ギャルっぽい?」と思ったのが卓也である。

少し苦手と思うのは彼の性格からのものだろう。逆に岳人は好みだと言わんばかり興奮している。

 

「話しかけてみるか!!」

「・・・ほんと、ガクトは積極的だね。そういうところは尊敬するよ」

 

今日最後のチャンスだと思ってズンズンと近づく。おそらくそのちょっとした行動が失敗だろうと思ってしまう。

 

「そこの綺麗なお嬢さん。今暇かい?」

 

キザったらしく会話を始める。どうも岳人は女性と会話を始める時はキザな感じで始める。厳しいかもしれないが正直似合わないだろう。

棒付きキャンディを咥えている女性は一瞬ポカンとしたがすぐに怪しい笑みを零す。これには脈ありかと勝手に期待するがそうではない。

 

「どうですか。これから一緒に食事でも?」

「あは。お誘いありがとうございます。でも私、これから大事な仕事の打ち合わせがあるんです」

「だ、大事な打ち合わせ?」

「はい。大事な大事な仕事の打ち合わせです」

 

ペロっと棒付きキャンディを舐める動作にドキリと興奮してしまう。彼女からどこか怪しい色気を感じる。そして何か危険な香りも。

 

「お誘いありがとうございます逞しいお兄さん」

 

チロっと舌を出して去っていく。

 

「ほえー・・・」

「ナンパ失敗だね」

「んー・・・何かあの美人。何かあるな」

「何かって何さ」

「なんつーか・・・うちらの女性陣や知っている武士娘たちと違って何かある感じなんだよ」

「ふーん」

 

その何かとは結局分からないが岳人は気を取り直して食事に行こうと決める。最後に会った女性のせいでナンパの気分ではなくなった。

プルルルルルルルルルル。電話が鳴る。

 

「もしもーしこちらビアンカ。今は川神を探索中。そんでもってさっきナンパに会ったよ」

『それはどうでもいい。計画のための探索は順調か?』

「ええ大丈夫よ。ターゲットたちがよく通るルートに人気の無い時間帯とかオーケー。後は九鬼の奴らをどうにかするだけ」

『そっちは問題ない。依頼者の方が我々とは別に策を打っている』

「策って何?」

『別業者に頼んで九鬼の会社に侵入させて目を背けさせるようだ』

「ふーん。ま、九鬼の連中もターゲットをずっと監視しているわけないし時間との勝負ね」

『そうだな。じゃあ切るぞビアンカ』

「じゃあねユージェニー」

 

ピッと通話ボタンを切る。

川神に怪しい影は見え始める。




読んでくれてありがとうございました。
感想などがあればガンガンください。

今回から悪宇商会がついに出てきました。
ルーシー・メイが派遣した人材とは一体!?・・・って分かる人には分かるか。

そんでもって今の私の頭の中の構想中ではこんな感じです。
???VSビアンカ
???VSユージェニー
真九朗VS???

まあバトル展開をまた考えないとなぁ(悩)
ではまた次回!!



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鉤爪の女

こんにちわ。
今回も少しずつ悪宇商会の魔の手が川神に滲んでいます。
そんな状況でも川神はいつも通りの平和?です。



056

 

 

アンパンを齧り牛乳を口に含む。

 

「なあ銀子。悪宇商会って簡単に知れ渡るものなのか?」

「急に何よ」

 

カタカタとパソコンのキーボードを止めずに打ち込む。彼女はいつも通り情報屋の仕事をおこなっている。

真九郎と違って銀子の情報屋としての仕事は繁盛している。ここまで繁盛しているなら幼馴染みよしみで借りた金を帳消しにしてもらいたいくらいだ。

そんな甘えは捨て去って、本題に戻ることにする。悪宇商会とは一般の者でも知ることができるかどうか。

 

「ええ。知ることができるわよ。去年の九鳳院系列でのテロ未遂があったでしょ」

「やっぱりそうか」

「どうしたのよ」

「いや、銀子のクラスにいる与一くんが悪宇商会のことをネットで偶然知ったみたいなんだ。だから案外ネットであるのかなって」

「あるわよ悪宇商会のホームページ」

「あるんだ」

 

また意外かと思ったが悪宇商会は人材派遣会社でビジネスに徹底している。会社の経営としては可笑しなことではない。

もちろん裏社会の組織だから悪宇商会のサイトに行くには手順があるらしい。もしくは伝手が無い限り連絡は取れないだろう。

去年起きたテロ未遂を起こした奴らはどうやって悪宇商会と連絡を取れたか疑問である。

 

「本気で復讐したい奴らは何が何でもするわ」

「そんなものかな」

「そんなものよ。だからあんな奴らがくだらない理由でも簡単にテロを起こそうとしたのよ」

 

カタカタとキーボードを無心に打ち込む。

 

「これ以上余計なことに首を突っ込まないでしょうね?」

「それはどうかな」

「馬鹿」

 

いつもの会話である。罵声を浴びるのがいつもの会話とは変かもしれないが真九郎はそういう性癖ではない。

単純に変な意味を加えないで普通の安心できる会話なのだ。

 

「クラスの方はどうだ銀子。こっちは馴染めてきてるよ」

「私の方もまあまあよ。義経たちや葵くんたち。後は不死川さんとかね」

 

2Sも2Fも癖の強いクラスメイトが多いが癖の強い人物には慣れてる2人は問題無い。銀子はあまり他人に話しかけないが2Sだと義経たちがどんどん話しかけてくれる。

少し鬱陶しい時もあるが嬉しい時もある。そして2Sでは珍しく心もたまに話しかけてくる。内容は真九郎のことを聞いてくるので多少「むっ」としてしまうが顔には出さない。

そもそも最近は真九郎の話題が多いのだ。それは古書争奪戦のせいだろう。そんなの本人に聞けばよいことなのに何故か銀子にも聞いてくる者もいる。

単純に詳しく聞きたい者もいれば『崩月の角』について聞きにきた者もいた。その最たる例が燕である。銀子は情報屋として燕は自分のためになる情報を徹底して手に入れる者だと気付いている。

 

(ああいうタイプはあまり表で活躍しない。ここぞという時に活躍するわよね。それにしても『崩月の角』を知ったところで何もできないのに・・・利用でもするのかしら?)

 

真九郎に「気を付けなさいよ」と注意するがよく分かっていない様子だ。これにはいつも通りため息が出る。

どうして真九郎は自分のことを大切にしないのかと思ってしまう。彼は今もまだ誰かから心配されているということに自覚していないのだ。

 

「・・・・・なあ銀子。今度暇ができたら出かけないか?」

「良いわよ」

「本当か?」

「溜まったお金を返してくれたらね」

「・・・善処します」

 

これもいつもの会話である。本当にいつもの会話だ。

そんな会話を遮るように聞こえている声。

 

「真九郎さん。こんなところに居たのですね」

「夕乃さん」

 

夕乃が優しい笑顔で近づいてくる。そしてこの後の展開が読めてしまう。

またと言うか、いつも通り夕乃と銀子のちょっとした対決である。夕乃がいつも通りに真九郎を我が物宣言をして、銀子が冷たく受け流して彼女の言葉を否定する。

「私の真九郎さん」に対して「貴女の物じゃないわ崩月先輩」と空気が凍りそうである。このままだと静かに怖いことが起きそうなので真九郎が中心に入る。

 

「ど、どうしたの夕乃さん?」

「ああそうでした。実は真九郎さんに用があったんですよ」

「俺に用ですか?」

「はい」

 

ニッコリと優しい笑顔。彼女が言う用とは崩月家に関することだ。

何でも今度の休日に崩月家の人たちが来るらしいのだ。その人たちとは崩月冥理と崩月散鶴だ。崩月法泉は来れるかは分からない。

どうやら交換留学の行き先である川神が気になったのと夕乃たちが上手く過ごしているか気になるから訪れるらしい。基本的に観光気分で来るようだ。

 

「冥理さんたちが今度来るんですね」

「はいそうなんですよ。全くお母さんったら急なんですから」

 

崩月家である意味一番強いのは冥理である。姉弟子である夕乃でさえ敵わないのだから。母は強しである。

 

「そっか。ならこっちも準備しないとな」

「そうなんですよ。なので今度お買い物をしましょう!!」

 

「もちろんです」と答えたが今何か誘導された気もするが真九郎は素で気付かない。夕乃は真九郎とデートの約束することができたので心の中でガッツポーズだ。

そして銀子はムカムカと機嫌が悪くなる。これもまた青春である。

 

 

057

 

 

川神には様々な噂や出来事が飛び交う。真九郎や弁慶が活躍した古書争奪戦も勿論川神で一瞬で知らせれた。

だからこそ真九郎と弁慶は今注目の的である。それが面倒なのだが人間として新しい何かはどうしても惹かれるものだ。

そしてまた川神に新しい噂が広まる。その噂とは『鉤爪の女』。

 

「鉤爪の女?」

「そうなのよ大和。何でも『鉤爪の女』ってのは最近この川神で強者たちを倒しまわってるらしいわ」

 

一子はこういう噂が好きで自分も戦ってみたいと思うのは根っからの武士娘だからこそだろう。

だがよく分からない者と戦うのは危険と判断して大和は一子に注意する。それはまるで子犬を注意する如く。

 

「ふむ。自分も戦ってみたいがな・・・でも危険なのだろうか京?」

「さあ。でも誰彼構わず戦ってるわけじゃないみたいだけど」

 

『鉤爪の女』は京が言った通り誰彼構わず戦っていない。そもそも噂の始まりはクローンからだ。

偉人のクローンと戦ってみたいと言う武人たちが川神に集まり、義経と戦う。しかし、そこで終わりでない。

武人が川神にたくさん集まれば他の武人たちが決闘するのは当たり前かもしれない。武人にとって強者が近くにいれば手合わせしてみたいと思うだろう。

その中で『鉤爪の女』は決闘してくる武人を倒してきたにすぎない。そして負けた武人は他の武人に『鉤爪の女』が強いと話して、さらに他の武人が戦いに挑みに行くのだ。

それが何度もループして『鉤爪の女』が強いという噂が広まったのだ。だから一子の耳に噂が入ったのだ。もちろん一子の耳に入れば百代の耳に入る。

 

「私も『鉤爪の女』ちゃんと戦ってみたいなー」

「姉さんはいつも急に現れるね」

「お前の姉だからな」

「意味分からない」

「まあ、そんなことよりも。その『鉤爪の女』がどこにいるか分からないんだよ」

 

目立つように戦っていないのと自分自身から戦っていないので、どこに現れるか不明なのだ。戦った武人たちも偶然出会ったから決闘したという話が多い。

ゲームで例えるなら中々出会えないまるでレアキャラみたいだなっと思った大和である。最も向こうも意図してやっているわけでは無い。

 

「キャップでも連れて探すか」

「キャップの剛運は凄いけどさ。基本的にキャップだけが使える運だから恩恵を得られるか分からないよ」

「それでも無理矢理引き連れる。お前もだ弟」

「俺を巻き込まないで」

「でも何だかんだでついてくるだろ?」

「・・・まあ」

 

今日の放課後あたりでも探しに行こうと考える百代であった。その捜索にもちろん一子も加わる。

百代がいるから大丈夫だと思うが大和は一応心配なのでついていくことを決める。ファミリーの愛玩動物枠である一子が心配だし、超人である姉もある意味心配なので保護者感覚だ。

 

「ところで姉さんは崩月先輩と紅くんに決闘を迫ってるんだって?」

「そうなんだよー。しかも断られるし」

「無暗に戦いたくないんだってよ」

「何でだよー。強いんだろ。戦いたいよー。角とやらを見てみたいよー」

 

駄々っ子のように不満を言う百代。大和は真九郎から「無暗に戦う主義じゃない」と聞いているから断られていることは察する。

 

「私は見てなかったからあんま分からないけど凄かったんだろ。弁慶の時も凄い気を感じたが紅のやつの気は更に鬼のように荒々しい気のようだったぞ」

「そうね。アタシも遠目だったけど右肘から角が飛び出した瞬間に背筋がゾゾゾってしたわ」

「強い奴が川神に集まってくれるのは良いけど、戦えないのが不満だ」

「でも義経たちの挑戦者の選別の決闘はしているでしょ」

「まあな。でも燕はまだ戦ってくれないし、夕乃ちゃんは普通に断られるんだよ」

 

燕は策を講じて戦うのでホイホイと戦うことはしない。夕乃に関しては戦う理由がなければ戦わない。しかし、真九郎が絡めばすぐに戦うが知らない百代は分からない情報である。知っていたとしてもどうにも出来ないが。

 

「やっぱ『鉤爪の女』を探すか」

 

今の百代の戦い脳の中には燕、夕乃、真九郎たちはいる。だが彼女たちとは戦えないので今噂になっている『鉤爪の女』がターゲットになったのだ。

「戦えるか分からないけど探してみようか」

与一ではないけど大和は何か嫌な予感がするのだ。だから百代たちについていって注意せねばならない。

 

(姉さんがいるから大丈夫だと思うけど・・・何かある気がする)

 

こんなことを口にすればまた百代たちに厨二病でからかわれてしまう。だからソっと言葉を飲み込む。

今日の放課後に噂の『鉤爪の女』を探しに行くことが決定。

 

 

058

 

 

放課後。大和たちは早速、噂の『鉤爪の女』を探しに行く。

メンバーは大和に百代、一子、京、クリスだ。大和以外は全員とも噂の『鉤爪の女』に興味深々である。

中でも百代は強者に目が無く、女の子にも目が無い。興味が出るのは早い段階に分かっていた。

 

「どこにいるのかな~噂の鉤爪ちゃんは?」

「噂だからね。よく出没する場所なんて分からないから虱潰しで探すしかないよ」

 

取りあえず自分の情報網を使って今日の川神で決闘を行っている場所をまとめる。情報をまとめても『鉤爪の女』はどこも決闘をおこなっていないようである。

だがもしかしたら決闘場所の近くにいるかもしれないから1つずつ回ることが決定した。

 

「そういえば真九郎は?」

「紅くんは崩月先輩と買い物してるよ。何でも今度の休みに知り合いがくるから用意したいみたいだよ」

「知り合いとは・・・可愛い子ちゃんか!?」

「それは知らない」

 

今度来るのは環に闇絵、崩月家族たちだ。真九郎なら可愛い子と言われれば散鶴だろう。

環と闇絵は可愛いとは言わない。むしろ面倒と怪しいが似合う。冥理は大人の色気と言うのが似合う。

 

「でも紅くんの知り合いは気になるかも。揉め事処理屋の知り合いだと一癖も二癖もありそう」

「実際に癖の強い人たちらしいよ」

「可愛い子ちゃんなら問題無し!!」

「モモ先輩はいつもどーり」

 

歩いていると騒がしい声が聞こえてきた。どうやら路上決闘をしているようである。百代が決闘している相手たちを見て「知らないな」と小さく呟いたので有名ではないのかもしれない。

そして両方とも男性なので『鉤爪の女』ではないだろう。周囲を見渡してもそれらしい人物は見当たらない。

 

「そういえば『鉤爪の女』の特徴って分かるかワン子」

「鉤爪よ!!」

「常時鉤爪をつけてる女はいないよワン子」

 

京が冷静に応える。確かに彼女の言う通り鉤爪を常時装備している女はいないだろう。これでは分からないので他の情報が必要だ。

情報網をまた駆使してまた『鉤爪の女』の情報を得る。すると新たな情報が出てくる。

 

「何々・・・どこかの学園の制服を着ているらしいよ」

「同じ学生かあ。どんなトレーニングしてるか気になるわね!!」

「周囲に制服着た子は・・・」

「いる?」

「居た」

「どこどこ!?」

「そこ」

 

京が指を指す先を見ると制服を着た女性がいた。鉤爪はつけていないが、特徴としてはここの場所では彼女しかいない。

もしかしたら彼女が『鉤爪の女』かもしれない。まずは会話からだろうと思って話しかけようと思ったら既に百代が話しかけていた。

 

「へい、そこのお嬢さん。もしかして噂の『鉤爪の女』かい?」

 

キザったらしく会話を始める百代に顔を向ける制服の女性。顔の反応からでは普通である。まさに「なに?」って感じである。

 

「・・・噂だとそうなっている」

 

噂の『鉤爪の女』を発見した。百代はすぐさま品定めをしてしまう。

 

(・・・ふむ、確かに噂通り強いな。たぶんマルギッテくらいか?)

 

百代は彼女の気の強さと雰囲気で大体の予想をする。今ここには複数の武術家が集まっているがおそらく彼女が1番強い。

一子たちも彼女の強さを感じており、中でも百代と一子は戦ってみたいとソワソワしている。

 

「お姉さま。アタシ彼女と戦ってみたいわ」

「私も戦ってみたかったが、まあ良いぞ。ワンコ頑張れ」

 

一子が『鉤爪の女』と戦うことが決定した。

 

「・・・勝手に決めないでもらいたい」

「そうだよ姉さん。それにワンコ。向こうは決闘するなんて言ってないんだぞ」

「大丈夫。今から交渉するから。アタシと決闘しましょう!!」

 

元気良く決闘を交渉する一子は本当にいつも通りだ。そこが彼女の良いところなのかもしれないが。

 

「・・・良いですよ」

「やった!!」

 

喜ぶ一子とは逆に『鉤爪の女』は顔1つ変えないで鉤爪を装備している。

 

「アタシは川神一子。よろしくお願いします!!」

「ユージェニーだ」

 

川神院の一子と噂の『鉤爪の女』が決闘すると周囲がワイワイ騒ぎ始める。

 

「何か向こうが騒がしいですね真九郎さん?」

「路上で決闘するみたいだ。さすが川神」

「まあ今は買い物ですよ買い物。行きましょう真九郎さん!!」

 

真九郎と夕乃は買い物に向かう。

 

(真九郎さんと買い物デート。幸せ日記に書かなきゃ!!)




読んでくれてありがとうございました。
感想などあればゆっくり待っています。

今回の『鉤爪の女』はユージェニーでした。
紅の漫画版を見ている人はすぐに理解したでしょう。前回はビアンカでしたからね。
なら最後の1人も分かりますね。(隠す気なし)

悪宇商会のユージェニーに決闘を挑んだ一子はどうなる!?
正直危険だぜ・・・一子たちは相手がプロの戦闘屋と気付いていませんから。

そして真九朗はそのことに気付かない(夕乃に買い物デートをさせられてます


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鉤爪の女と戦い

こんにちわ。
今回は一子VS悪宇商会の少女です!!
もちろん一子は相手がプロの戦闘屋と気付いていません。
この勝負はどうなるか!? 結果はだいたい想像できそうですが。




059

 

 

「行くわよ!!」

「いつでも」

 

一子が走り、薙刀を下から上へと振るうがユージェニーは軽やかに避けて鉤爪を突き立てる。だが一子も相手が強者だと分かっているので避けられることも予想済みだ。

すぐさま防御をとって鉤爪を受け止める。ガキンっと金属音が聞こえ、腕に重みが掛かってくる。

 

「おっとお!?」

「はっ!!」

 

今度はユージェニーが攻撃に回り、鉤爪を使って連続で攻撃する。素早く縦横無尽に鉤爪が襲い掛かってくる。

無論、鉤爪だけで攻撃しているだけでは無く、連続で流れるように攻撃している中で肘打ちや蹴りも含まれているのだ。彼女は無表情のまま淡々と攻撃してくる。

まだ始まったばかりだが百代はユージェニーの戦闘スタイルを見て「戦い慣れてる」と小さく呟く。武神と言われる百代なら相手の微かな動きでも強さが大体分かる。

 

(あの女は・・戦いに慣れてるな。決闘に慣れてるっつーか場数を踏んでる感じだ)

 

ユージェニーからただならぬ何かを感じるが詳しくまでは分からない。しかし良い感じでは無いと確定できる。

もし一子が危険になったらすぐにでも助けるつもりだ。ピリッとした気が空間を包む。

 

(・・・分からないけど武神に睨まれたな。何か感づかれたか?)

 

薙刀をかわしながら一瞬チラリと百代を見る。見た目なら美少女だが中身は暴れたい衝動を抑え込んでいる獣だ。

 

(計画のために私は少しだけ目立つつもりだったがここまで目立つとはな。武神にも目をつけられたか?)

 

ある計画のために彼女は少しだけ目立っている。詳しくは言えないが彼女は自分自身が目立つことである者たちからある者たちを欺けるのだ。

だが彼女自身も目立ちすぎると計画に支障を来すので、そろそろ控えるべきだろうと考え始める。更に周囲を見るとメイドや執事が静かに見ている。

 

(ふむ・・・ここらが引き際か)

「たああああああ!!」

「ふん」

「よそ見してない!?」

「していない」

 

勝負状況は一子の薙刀を軽やかに避けるユージェニーといったところだ。そして少しずつ鉤爪で攻めている。微小の傷とはいえ、どちらが有利か丸分かりで一子は切り傷が至る所にある。

だが一子にとって生傷には慣れているので気にしない。彼女はよくオーバーワークで自分自身を苦しめているので全然平気だ。

これくらいで痛いなど辛いなど全然へこたれるのが彼女ではなく、寧ろ逆向に立ち向かう度に強くなるために努力するのだ。だからこの状況でも笑いながら戦いに挑んでいるのだ。

 

「アナタって強いわね。でもまだまだよ!!」

 

薙刀を振るう速さがどんどん早くなる。それでも避けれるユージェニーである。

 

(発展途上の武術学生がプロの戦闘屋に勝てると思うな・・・が、そんな相手にどう思っても仕方ないな)

「そろそろ決める。山崩し!!」

 

頭上で大きく旋回させた薙刀を 斜めに振り下ろして、相手の足を狙った。今まで相手の上半身を重点的に攻めていたので急に下半身への攻撃は予想外。そもそも一子は隙を作るために狙っていたのだ。

この攻撃にユージェニーは少し評価を変え、自分に油断があると反省。この瞬間だけ動けないのはやはり軸足を攻撃されたから。

その隙を突いて一子が空高く飛び上がり、一回転して急降下しながらカカト落としを繰り出す。

 

「天の槌!!!!」

 

ズドン!!!!!!

手応えのある鈍い音が聞こえてきた。そして今度は聞こえてくる声がユージェニーでは無くて一子の声であった。

勝利の確信への声ではなく、痛みの声であった。

 

「痛ったああああああああああああ!?」

 

足を抑えてバタバタしている姿を見て大和は「ワン子!?」と叫んでしまう。これでも目は良い方だが何があったか分からない。

 

「アレは痛いな」

「だね。もうこの戦いで蹴りは出せないかも」

「なあ、何があったんだ?」

 

クリスたちは何があったか見えていたらしい。ならば聞くのが一番だ。

 

「犬の『天の槌』が相手に決まったかと思ったが決まって無かったんだ。相手はカカト落とし鉤爪で受けたんだよ」

「受けた?」

「ああ。カカト落としが直撃する前に相手は振り落とす犬の足に鉤爪を正確に突き立てて刺したんだ」

「ウゲ・・・それは」

 

鉤爪が足に刺さるのは痛い。それが勢いあって深く刺さったなら考えたくもないだろう。すぐにでも一子の下に駆け寄りたいと思うのは大和たち全員だが決闘はまだ終わっていない。

なぜなら一子の目はまだ諦めてないからだ。武術家の者たちにとって諦めていない者を降ろすのは出来ない。

 

「ワン子の諦めない目を見た。ならば最後まで戦え!!」

「はいお姉さま!!」

 

気合いで立ち上がり、一子はもう一度薙刀を構える。もう不利しかないが諦めずに立ち向かう姿に周囲の観客たちはつい応援してしまう。

 

「いっくわよ!!」

「・・・もう終わりにします」

 

痛いのを我慢して一子はユージェニーに立ち向かったが奇跡なんて起きず、勝敗は決まった。勝者はユージェニー。

 

 

060

 

 

「負けた~」

 

第一声が悔しい言葉であった。バタリと仰向けになって倒れる姿はまさに敗北した姿であろう。しかし一子の気持ちは勝負した達成感が充実していた。

鉤爪が刺さった片足は酷く痛いが、それでも試合できたことに良しとする。この痛みは川神院の特製傷薬を使えば治るものだ。

 

「ワン子!!」

「あ、大和。アタシ負けちゃったわ」

「いいから足を見せろ」

 

一子の足を見ると、やはり深く鉤爪が刺さっている痕が分かる。いつも常備している布を優しく巻く。歩くのは辛いだろうから帰りは抱えてくのが彼女のためだろう。

これは勝負事によって負ってしまった傷だから文句なんて言えないが大切な仲間が傷つけられれば文句が言いたくなってしまう。

 

(でもこれは勝負事・・・ワン子は負けた。だから俺が文句を言っても仕方ない)

 

大和は武術家ではないが勝負の世界くらいは分かっているつもりだ。百代たちだって心配してないわけ無いが勝負で負った傷はどうしようもない。

ここは早く川神院に連れてって傷を治療した方が良いだろう。その後は美味しい物でも奢ってやるのが一番である。

 

「よく頑張ったなワン子」

「うん。頑張ったわお姉さま」

「ほら犬。肩を貸してやる」

「ありがとクリ」

 

クリスは一子に肩を貸して彼女を支える。今いる決闘場所から川神院まで近いから足への負担は少ないだろう。

だがその前に百代が動く。妹の敵討ちと自分が戦ってみたい欲求を滲み出しながらユージェニーに近づく。

 

「さあ今度は私が相手だ。決闘しようぜ!!」

「・・・お断りします」

「何で!?」

 

意気揚々と決闘を迫ったが断られて出鼻を挫かれる。最近、本当に目を付けた相手ばっかり決闘を断られるので不満が募る。

燕も夕乃も真九郎も決闘を断られてもう戦闘欲求が爆発しそうである。まだ燕と稽古をしているからマシだがそろそろ全力で勝負した今日この頃。

 

「な、何でダメなんだー!?」

「これから用事がある。だからもう決闘はできない」

「そ、そんな~」

 

ユージェニーは百代を待つことなく人込みの中へと入っていき姿を消した。追いかけようとしたが気配を消しているのと妹である一子がケガした状況から断念する。

それでも川神に楽しみが1つ増えたと考えれば良しと思える。また会えることを願いながら帰ることにした。

周囲の野次馬たちも決闘が終わったので帰宅し始める。別の武術家たちはまだ見ぬ武術家を探しに、もしくはすぐ近くにいる武神の百代に勝負をする。

 

(・・・鉤爪ちゃんと戦いたかったが仕方ない。他の挑戦者で我慢するか)

 

百代は挑戦者たちの決闘を受けることにして溜まった戦闘欲求を解消することにした。

 

「私は挑戦者の相手をする大和たちは先に川神院に戻っていてくれ。終わったらすぐに私も向かう」

「分かったよ姉さん」

「今日は大和が美味しい物を奢ってくれるからな」

「姉さんに奢るとは言ってない。あとお金返して」

「さあかかってこい挑戦者!!」

 

借金の話になるとすぐに逃げる。これにはいつも通りだと思う京である。

 

「大丈夫ワン子?」

「ええ大丈夫よ京。それにしても強かったわ『鉤爪の女』。えっと名前はユージェニーって言ってたわね」

「うん。鉤爪を使って戦うスタイルはすばしこかったね。あれは接近戦になったら私もキツイかも」

 

京は弓矢をメインに戦う。一応、接近戦も想定して対応策は考えているがそれでも厳しいだろう。

 

「大和から濃厚な愛を貰えれば勝てるかも。ね、大和」

「ノーコメントで」

「なあ。あの女を見ていて強いと思ったが実際に戦った身としてはどうだった?」

「うん強かったわ。でもちょっと気になることがあったのよね」

「気になること?」

「うん。何かあの人と戦っていると違う感じなのよね」

 

違うという言葉の意味は何か。それは一子がユージェニーに感じ取った危険な雰囲気というべきものだ。

その危険が何かは分からない。でも今まで戦ってきた者たちとは比べることができない深い闇を感じ取ったのだ。

 

「見た目からは危険とは見えないけど・・・どっか彼女からは危険と感じ取ったのよ」

「危険ねえ。俺はそう見えなかったけど」

(あの危険な感じ・・・どこかで味わったような。とても嫌なもの)

 

一子が昔味わった危険な何か。忘れないが忘れたい記憶。それは昔、川神院で修業していた時の一瞬の油断で大ケガしてしまったことだ。

今は元気で健康であるが、その時の大ケガは一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだ。油断からの事故、ケガは本当に命を落としてしまうのだ。

だから注意しなければならない。一子か感じていたのは当たり前にある危険であり、普段なら頭の片隅にある危険だ。それが死である。

 

「う~ん分かんないわ」

「分からないなら今は川神院に戻ろう。早く足の治療をしないとな」

 

昔に味わった死の記憶は普通忘れたいものだ。だから一子は今回に何となく感じた危険な感覚が分からなかった。

だが、いつか思い出す時がくる。それが早いか遅いかはまだ分からない。

 

 

061

 

 

川神にある喫茶店。ここに2人の女性がゆっくりと休憩している。

 

「どうだった川神院の人間と決闘した感想は?」

「未熟のアマチュア。依頼だったら簡単に仕留められる」

 

感想はストレートに放つ。

 

「だが武神である川神百代は危険だ。アレをもし仕留めるなら私たちだけでは足らないな」

「武神にも出会ったんだ」

「ああ。そろそろ目立つのは控える。私が目立っている間にそっちは準備できたか?」

「ええ。ユージェニーが目立っていたおかげでこっちは九鬼に見つからずに川神を調べ上げられたわ。後は実行するだけよ」

「了解した。もう私も戦うのは止めよう。これ以上戦うと本当に九鬼に目をつけられそうだ」

 

紅茶を一口飲む。今流行りのパンケーキ切り分けてクリームたっぷり付けて食べる。

その姿からは今時の女子にしか見えなく、彼女たちが悪宇商会の戦闘屋とも見えない。

 

「プリムラはどうした?」

「えっとね。プリムラは九鬼の動向を調べてるわ。捕獲の時に邪魔されたら困るしね」

「だが捕獲の時は他業者が九鬼に潜入して欺けるのだろう?」

「他業者だけでは信用ならないみたいだよ。絶対に成功させるために独自に調べて他業者に情報を渡してる」

「そうか。一応聞くが大丈夫か?」

 

世界財閥の九鬼を調べるのは危険であろう。しかし、そこは案外大丈夫である。世界財閥の九鬼は無敵のように見えるが少しでも情報を盗み取ろうとする輩はいくらでもいる。

だから九鬼財閥は敵が多い。多い敵のうち1人なら此方の方で上手く動けば感づかれない。だが細心の注意をしなければならない危険な相手である。

 

「そうなのか」

「そうよ。貴女のおかげで九鬼も多少の目は欺けてるし」

「なら良い。私は今日で身を潜める。計画時には忘れられてるくらいにはな」

「一応噂は一瞬だけ広まってすぐに消えるような感じにしたから大丈夫でしょ。私もそういう風に噂を流したし」

 

紅茶を飲み干してパンケーキを完食する。2人は代金を払ってまた人込みの中へと消えていく。




読んでくれてありがとうございました。
感想などあればガンガンください。

今回の勝負は一子の敗北でした。流石にプロの戦闘屋に勝つのは厳しいでしょう。
でも一子もただただ負けるのは書きたくなかったので少しだけ活躍させたつもりです。
努力する子は嫌いじゃないです。

そしてセーフであった一子。命は無事です。
悪宇商会は仕事以外では殺しはしませんので。今回は前準備のようなものなので本当にセーフです。
でも百代と言わず一子もプロの戦闘屋から感じる死の気配を感じ取りました。

どんどん紅の世界観の危険度が迫りますね。


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ストーカー

こんにちは。
今回はタイトルで分かるような展開です。

簡単に言うと大和たちと競りで勝ち取った事件を解決します


062

 

 

川神周辺でデートをするなら何処が良いか。そんな質問を川神の学生に聞くと色々と答えが返ってくる。

例えば七浜が良いらしい。港があって、海も見える。更に近くには中華街あるので食事にも誘える。確かにデートのコースとしては最適かもしれない。

 

「でも今回は買い物が目的なんですよね。映画とかお洒落な食事は関係ないんですよね」

「どうしたの夕乃ちゃん?」

「あ、清楚さん。実は今日の帰りに真九郎さんと買い物に行くんですよ」

「買い物?」

「はい。今度の休みに家族が訪れるんです。その為にもてなす御菓子でも買おうかと考えてるんですよ」

 

娘が心配だから家族が様子を見にくるのは何らおかしいことではない。ほかにも川神を観光したい思いもまた不思議ではないだろう。

家族が様子を見に来たら終わりではない。その後、夕乃は家族を観光させるつもりなのだ。もっとも彼女はまだ川神の隅々を知っているわけでは無いのでデートスポットとは別に観光スポットも聞いている。

 

「家族が来るんですね。観光ならやっぱ川神院とか仲見世通りとか良いと思うよ」

「やっぱりそうですか。他の方たちに聞いたんですが、仲見世通りからの川神院と言うのが定番のルートらしいですね」

 

教えてもらった定番の観光ルートを回るのが一番だろう。無理にあっち行ったりこっち行ったりするのは疲れるだけだ。観光はゆったりと余裕を持ってするものである。

 

「放課後はやっぱり何処かで軽めに食事なんて良いですかね」

「それ憧れちゃうな。紅くんと一緒に行くの?」

「はい。真九郎さんにはちゃんとエスコートしてもらいませんと。それが殿方としての役割です」

 

夕乃は真九郎を理想の男性へと成長させている。しかも本人はその事実に気付かない。

 

「・・・紅くんと一緒にかあ。良いな」

 

ボソリと呟いた言葉だが誰にも聞こえない。そもそも何で、そんなことを呟いたか分からないので急に顔を赤くしてしまう。

ふるふると顔を振ってクールダウンさせるが何処か羨ましがっている自分に驚いていた。

 

「・・・・・・ん?」

 

その少しの雰囲気を感じ取った夕乃は何か不穏を感じた。例えるなら恋する乙女の敵が現れたような感覚だ。

 

(まさか真九郎さん・・・いえ、そんなことありませんよね?)

 

自分の予想が的中するなんて、そんなことはない。

念を押しながら思うしかなかった。だけどそろそろ真九郎の周りの女性関係について確認しなくてはならないだろう。川神学園にきてから女性と関わることは無かったなんてことは有り得ない。ただでさえ島津寮には3人の女性が居るのだから接点はある。

 

(近いうちに真九郎さんと面談しないといけませんね。ただでさえ今は恋敵が多いのに・・・更に増えるのは困ります)

 

紅真九郎。近いうちに面談することが勝手に決定する。欠席は不可。もし欠席したら稽古を開始する。補足だが面談結果によっては稽古をする。

どのみち逃げ場が無い。

 

 

063

 

 

今度の休みに崩月冥理たちが川神に訪れる。ならば歓迎の準備をしなくてはならないだろう。本人たちはただ様子を見に行くだけだから、そこまで準備なんてしなくても構わないと言うが夕乃の性格と真九郎の性格では許さない。

真九郎にとって冥理たちは愛を教えてくれた大切な家族だ。何もしないわけにはいかない。

 

「何が良いかな夕乃さん?」

「そうですね。散鶴も来ますから甘い御菓子とか良いかもしれません」

「なら小笠原さんの店が良いかも」

「小笠原さんの店?」

「クラスメイトです。仲見世通りで和菓子屋を経営してるんですよ」

「ならそこに行きましょう。エスコートをお願いしますね」

 

仲見世通りまで買い物に行く。途中でガヤガヤと騒いでいる場所があり、聞いたことのある声が聞こえてきたが気にせずに通りこす。

川神では路上決闘が当たり前なので気にしないことにしている。そもそも決闘場所にいると百代にまた決闘を吹っ掛けられそうなので退散である。

 

「真九郎さんも百代さんに決闘を迫られてるんですね」

「そうなんですよ。夕乃さんの気持ちが分かります」

 

百代の決闘したいアプローチは大変だ。いきなり空から降ってきたり、子供のようによく分からない屁理屈で決闘を迫ったりとあるのだ。

流石に問答無用で仕掛けてこないが毎回会うたびに決闘を吹っ掛けられては疲れる。

 

「それは真九郎さんが角を解放したからです。川神さんは戦いが大好きなお方ですから角を見れば興味を沸きますよ」

「・・・ですよね」

「崩月の角は隠しているわけではありませんが、堂々と出すものでもありませんよ」

 

彼女の言う通りで『崩月の角』は隠しているものではない。崩月を知っている者なら角も知っている。だがあっけらかんと話すものでもない。言うならば隠してないけど公に言うものでもない。

 

「もしかしたら交換留学中に決闘することになるかもしれませんね」

「勝てないですよ」

「男性たるもの最初から諦めるものではありません。出席番号17番の真九郎くん」

「・・・またソレですか」

 

夕乃はたまにお茶目なことを言う。

 

「それはそうと真九郎さん」

「はい?」

「私たちって周りの人から見るとどんな風に思われてるんでしょうか?」

「え、それは普通に買い物してるだけ」

「違います!!」

 

ビシリと否定される。

 

「違います。これはお買い物デートです」

「は、はあ」

「夕乃さんと買い物できて嬉しい。夕乃さんが居れば安心だ。夕乃さんが居ないと何も出来ない・・・」

「あの、そこまでは」

「はい?」

「そう思ってます」

 

笑顔の圧で答えさせられる。こういった時は反論しないで頷くのが得策である。

 

「だから・・・」

 

夕乃は控えめに手を出して、目で訴えるが真九郎は何もしないわけには理解出来ない。

 

「真九郎さん?」

「はい」

「・・・分からないんですか?」

「・・・・・・すいません」

 

笑顔であるが空気がピシリと聞こえたような気がした。

 

「手を出しているんですから、繋いでほしいってことです!!」

 

そんなことも分からない真九郎は本当に鈍感である。夕乃がどんなに言っても注意しても真九郎はきっと分からないだろう。

だが鈍感な真九郎でも天然でもあり、無意識にするべき答えが分かるのか行動できる。ぷんぷんと言う擬音を出している夕乃の手を真九郎は優しく握る。

 

「あ・・・」

「あの、夕乃さん?」

「・・・取りあえずまだこのままで」

 

夕乃は不意な行動に弱い。顔が真っ赤だが理由が分からないのはやはり真九郎の鈍感ゆえだろう。

そんな出来事は先日の話である。真九郎は夕乃に冗談で言われた宿題を考え込む。その宿題とはなぜ手を握って欲しいと分からなかったのかだ。

今も考えているが鈍感な彼にはいつまでたっても分からないだろう。

 

プルルルルルルルルル。

電話のコール音が鳴る。携帯電話の通話ボタンを押すと聞きなれた声が聞こえてくる。

 

『私だ。紫だ。真九郎よ今大丈夫か?』

「大丈夫だよ紫。どうしたんだ?」

『急に電話したくなったんだ。良いだろうか?』

「ああ。良いよ」

 

たまにだが紫から電話がかかってくる時がある。理由は特に無く、真九郎と会話をしたいから電話をかけてるのだ。

真九郎も紫からの電話を迷惑なんて1度も思った事が無いし、寧ろ気が落ち着く。中には会話の中で答えにくいこともあるが、それはお約束のようなものだ。

 

『なあ真九郎。前にも話したが私と結婚しないか?』

 

このような会話が真九郎にとって答えにくいものである。紫のことは嫌いではないが結婚とか恋人とかなどの話になると上手く答えが出ない。

この話は深く踏み込まないように大体いつもはぐらかしているのだ。だがそれでもいつかは答えなければならない。

いつになるかは未定だが今はこの関係を崩したくない。今はこの関係が心地よいのだ。

 

『結婚というのは女性が16歳から。男性が18歳からと聞いたぞ』

「まあ、そうだね」

『だから私が16歳になるまで待っていてくれ!!』

「・・・考えとくよ」

 

ここもいつも通りはぐらかす。

 

『しかし約10年は長いな。ならば婚約だけでも結んでおくか!!』

「それは・・・」

『何か不満か?』

「不満じゃないけどダメ」

『何故ダメなのだ。結婚は約10年待たないのとダメと分かった。それに前の話では仕事で大変だからまだ結婚する気になれないと理解した。しかし婚約ならキープと言うやつだろう?』

「婚約をキープなんて言葉使っちゃダメ」

『そうなのか。環に教えてもらった言葉なのだが・・・他にも光源計画とか禁断の愛とかな』

「それは忘れるんだ紫」

 

本当に環は紫に余計なことを教えないなっと頭を抱えてしまう。心の中で「あのエロオヤジ」と悪態を吐く。

いつものことなのだが環はああいう性格だから仕方ない。いつも注意してるがどうせ直るなんてことは無いので諦めている。

 

『そうだ。今度の休みにまた遊び行くぞ。良いだろうか?』

「良いよ。それに今度の休みは環さんたちや冥理さんたちも来るんだ」

『おお、そうなのか!!』

「ああ。また皆が集まるね」

『絶対に遊びに行くぞ!!』

 

紫の声は元気一杯である。また会えるのがとても嬉しいのだろう。真九郎もつい顔が優しく綻んでしまう。

 

『ではまたな真九郎』

「ああ、またな」

 

紫が先に電話を切るのを待ってから切る。そして携帯電話をしまったら肩をポンと叩かれる。

誰かと思って後ろを振り向くと優しい顔をした準であった。

 

「い、井上くん?」

「紫様と電話してたんだな」

「そ、そうだけど」

「また遊びに来るんだってな」

「う、うん」

「その日に俺も遊びに行ってもいいかな?」

「ストップだハゲー!!」

 

小雪が準を蹴飛ばして、冬馬が回収する。

 

「準がすみませんね。どうやら紫ちゃんが大層気に入ったみたいで」

「気にしないよ。それに紫も井上くんのことが気に入ったみたいで良い人だって言っていたよ」

「本当か!!」

「うわーん。準がパワーアップした~」

 

準曰くロリが絡めばパワーアップするらしい。更に同じ空間内に居れば数倍パワーアップする。

人が強くなるキカッケは人それぞれだ。準とは違うが真九郎だって紫の鼓舞で今まで強くなってきたことがある。

人は誰しも守りたい人がいるはずだから、その人のことを思うと力が湧いてくるのだろう。人によるかもしれないが真九郎はそうである。

 

「今度遊びに行くぜー!!」

「行きますよ準」

 

小雪にズルズルと引きずられながら準は連れてかれる。

 

「・・・ここ屋上でさっきまで誰も居なかったはずなんだけど」

 

ここはいつも通り川神学園の屋上。そして先ほどまで真九郎しか居なかったのにいつの間にか準たちが来たのに微妙に驚く。

油断していたのか、ロリの力で準の力が上昇したかは分からない。

 

「俺もそろそろ戻るか」

 

屋上から階段へと戻り、カツカツと降りて廊下を歩く。廊下を歩けば誰かに会うのは当たり前である。

 

「あ、紅くんだ!!」

「やあ川神さん。足は大丈夫?」

「うん大丈夫よ。川神院特製の傷薬を使えば平気よ!!」

 

一子が路上決闘で負傷したのは聞いている。その決闘によって足を負傷したみたいだが本人は平気とのことだ。しかし完治するまで決闘はできないだろう。

毎日かかしている修業も満足にできないので少々不満らしい。代わりに勉強をしてみればと言うが頬掻きながら口ごもんでしまった。

 

「勉強は苦手なのよう」

「なるほど。まあ、俺も苦手だよ」

 

勉強が好きだと言う人間が少ないだろう。勉強するのは自分のためであり、将来のために勉強するのだ。

たまに「コレ勉強して意味がある?」なんて疑問を誰でも1回は思うかもしれないが何だかんだで意味があったりしている。それはやはりステータスとしてだろう。

真九郎の勝手な理論だが、受験や就職で武器になるのはステータスだ。履歴書を出すときに勉強した結果が書き込めれば武器になる。だから勉強するのだ。

 

「でも何かしら専門知識があってもマイナスにはならないよ」

「そんなものかしら?」

「そんなものだよ」

 

揉め事処理屋でも専門の知識があった方が良い時がたまにある。そもそも揉め事処理屋は何でも屋でもあるので知識はいくらあっても良いくらいである。

最も真九郎は勉強を頑張っているが、身体を酷使する仕事の方が多いので一子に「勉強した方が良い」なんて言うのは微妙な気もする。

 

「それにしても強かったわ。次こそはリベンジするわ!!」

「頑張ってね川神さん」

「そうだ。紅くんもいつか勝負してね!!」

「・・・考えとくよ」

 

姉が姉なら妹も妹なのかもしれないと思った瞬間であった。留学の時に決闘をしようと言われたのだから、いつか言われるとは分かっていたが笑顔で言われると断りにくいものである。

一子は本当に元気で天真爛漫な人であり、風間ファミリーが可愛がっている気持ちが何となく分かる。彼女には良い人生を歩んでほしいものだ。

 

(俺みたいに不幸にあってはいけない子だな)

 

彼女は元々、孤児院出身であり、真九郎と親が居ないという意味では一緒。そして引き取り先の新たな家族が良い人たちであったのも同じだ。

彼らはそれだけでも幸せであろう。何せ良い人たちに出会えたのだから。

 

「でもリベンジしたいけど・・・最近『鉤爪の女』が川神から居なくなったみたいんだよね」

「そうなの?」

「うん。最近噂も消えてきたかな」

「まあ、噂も一時だからね」

 

噂なんて急に流れたと思えば、気が付けば消えるものである。たいして興味が無い者にとっては「そんな噂があったんだ」と言うくらいだろう。

彼女は「足が完治すればまた会いに行こうとしてたのに~」なんて言って残念そうである。

 

「彼女も武術家ならまた川神に来るよ。だってここは武術の町だからね」

「そうよね!!」

 

本当に元気一杯で笑顔が似合う女の子だ。

 

「取りあえず、足に負担を掛けないように修業するわ」

「そこは勉強じゃないんだ」

「勉強より修業!!」

「いや、勉強しろ犬」

 

ここでクリスがヒョッコリと現れる。どうやら真九郎を探していたらしい。

何故探していたかと言うと今日の放課後にある依頼を達成させるためだ。ある依頼とは川神学園の競りで行われた依頼である。

 

「あ、もしかしてキャップが前に競った依頼ね」

「そうだ。だが犬が負傷してしまったからな。流石に負傷している犬を依頼に参加させるわけにはいかないからな」

「えー」

「えー、じゃない。負傷者は療養しろ」

 

負傷者は大人しくしている。ケガ人にはそれが一番だろう。

 

「それでだ。空いたメンバーをどうしようかと考えたんだが真九郎に手伝ってもらおうかと」

「なるほどね。どんな依頼?」

「簡単だ。悪質なストーカーを捕まえる」

「・・・簡単?」

 

ストーカー逮捕は簡単では無いと思うのだが彼女にとっては簡単らしい。

 

「悪を捕まえる崇高な依頼だ」

「風間ファミリーだっけ。全員で行くの?」

「いや、全員じゃない。自分にキャップ、大和、ガクトに由紀恵だ」

「川神先輩たちは?」

「普段なら全員参加だが、用事と言うものがあるらしい」

 

百代ならこういう依頼なら参加しそうだが今回は本当に用事があるらしい。その用事が終わればすぐに駆け付けるとのこと。他のメンバーも似たような状況らしい。

 

「なるほど。良いよ」

「助かるぞ真九郎」

「じゃあ説明するからついてきてくれ」

「分かった」

「またね紅くん、クリ」

 

一子と別れてクリスについていく。

場所は川神学園の食堂である。そこにはクリスが話していたメンバーが机に座っていた。そして知らない女学生。

 

「お、紅を誘えたのか」

「待ってたぜ真九郎!!」

 

中々の歓迎ムード。手伝うことは物騒であるが。

 

「俺が早速説明しよう」

 

大和が丁寧に説明してくれる。

ストーカーの被害者は川神学園のCクラス2年女学生の上岡梓。陸上部に所属しており、まさにスポーツ少女といった子である。

被害にあったのは1週間前で帰宅時に尾行されたり、迷惑な手紙が何十枚も送られたり、最悪だと盗聴器も仕掛けられているのではないかと不安になる始末だ。

最近だと家まで来て夜中ずっと見られているくらいになっている。これは酷い状況で女性でも男性でも怖いと感じるだろう。

 

「なんて悪質な・・・」

「ああ許せないぜ」

「だから捕まえる」

 

翔一たちはストーカーの所業を許せない気持ちで一杯である。しかもストーカーは自分の行いを悪いと思っていないのだから困る。

どんな理由かは分からないが梓を好きになったから起こしてしまった行動だ。その行動が悪質だと気付いていなければ性質が悪い。

 

「・・・わたし、もう怖くて家から出るのも辛いの」

「大丈夫だ上岡さん。俺らが絶対にストーカーを捕まえてみせるよ」

 

大和が慰めるように安心させる言葉を言う。あまり意味は無いかもしれないが声をかけるだけでも多少は違う。

 

「ストーカーか」

 

ポツリと呟く。去年に真九郎はストーカー被害にあった女性を助けたことがある。そのストーカーも悪質な奴であった。

今回は流石にそれほどでは無いと思いたいが悪質な奴ならそんな希望は思わないことだ。

 

(・・・確かあのダム建設は人員をまだ欲しがっていたな)

 

捕まえた後の事を考えるとどのように処置するかを勝手に決める。実際は警察とかに任せるだろうが二度とストーカーなんてさせないように釘をさすように準備する。

ストーカーを捕まえて更生の余地無しなら同情せずに罰を与える準備である。真九郎が去年捕まえたストーカーは更生の余地が無かったから過酷なダム建設現場へ送り出したのだ。

 

「じゃあ早速捕まえる計画を立てよう」

 

ストーカー捕獲作戦開始。

 

 

064

 

 

ストーカー捕獲作戦決行。

作戦は至ってシンプルだ。上岡梓には申し訳ないがストーカーを釣るための餌になってもらう。と言っても普段通り帰宅してもらうだけ。後は大和たちがストーカーにバレないように一般人を装い、周囲を探るだけだ。

 

「今のところ近くに怪しい奴は居ないな」

「そうだね島津くん」

 

組分けをしており、真九郎に岳人、クリスに由紀恵、大和に翔一である。

携帯電話を駆使しながら連絡も取り合う。

 

「俺らの事がバレたか?」

「疑り深い奴なら俺らのことを警戒している場合はあるね。でも最近の出来事なら近くにいる可能性はあるよ」

「大和に一旦連絡してみるわ。高いところから周辺を探索するって言ってたしな」

 

携帯電話を取り出して連絡を取り合う。何か変化が無いかどうか。このまま何もなければストーカーは警戒して今回は出てこないかもしれない。

 

「大和。周辺はどうだ?」

『今のところ目ぼしい野郎は居ないな・・・あ、そっちバイクが向かってるくらいだ』

「バイクだけか?」

『ああ。怪しい奴は居ない』

 

バイクだけが向かってると聞いて何か嫌な予感がする。まるで去年と少しデジャブなような感じだ。

そう感じた瞬間に身体は勝手に動いていた。

 

「島津くん。バイクの奴がストーカーかもしれない!!」

「何だって!?」

 

バイクに乗った男はスピードを緩めずに上岡梓に近付く。徐行しようともしない。

 

「危ない上岡さん!!」

「きゃあ!?」

 

一直線に走ってくるバイクが梓に衝突する前に急いで走り跳び、間一髪で助け出した。

 

「大丈夫か上岡さん、紅!?」

「ああ。無事だよ。それにトラックよりマシだ」

「トラック?」

「ごめん。こっちの話」

 

今回は轢かれはしなかった。身体が頑丈とはいえ、轢かれるのが平気なはずがない。

 

「すまん。遅くなった!!」

「悪は成敗する!!」

 

大和やクリスたちも集まる。これで完全にストーカーを包囲した。

 

「もう逃げられないぜストーカーさんよ」

「・・・・・・ふん」

 

大和の言葉に何も焦りもしないストーカー。バイクを蒸かして、逆に挑発している。

 

「これは・・・皆さん周りに注意してください!!」

 

由紀恵が叫んだ途端に周りから凶器などを持った輩がゾロゾロと出てくる。

実はこのストーカーは不良集団のリーダーでもある。ストーカーに不良集団のリーダーとは質が悪い。

 

「ったくリーダーがストーカーしてるなら周りの奴等は止めろよな」

 

翔一が尤もな事を呟き構える。どうせ話し合いは通じない。ならやっぱり力付くでどうにかするしかないだろう。

 

「数は・・・20人くらいか」

「20くらい平気だぜ大和」

「ああ。自分は大丈夫だ。売春組織の時よりも楽だな」

 

全員が拳や武器を構える。

 

「一応言っておく。大人しく投降すれば痛い目には合わないぞ」

「痛い目に合うのはそっちだ。人の恋路を邪魔すんな!!」

「その恋路が悪質だから止めろって言ってんだよ!!」

 

大和たちと不良集団が戦い始める。この勝負だが不良と武術家が戦ったらどっちが勝つかなんて聞かれたら誰もが大体予想できる。

その予想とは武術家の勝ちであることだ。大和たちは武術家では無いが不良などに負けないくらいには鍛えている。

梓を守りながら大和たちは不良を倒していく。

不良に周囲を囲まれている状況なので真九郎たちが梓を円の中心のように守るように壁となる。

 

「成敗!!」

「はああああ!!」

「風になるぜ!!」

「おらおらおら!!」

 

クリスと由紀恵の斬撃で不良を吹き飛ばし、翔一と岳人は拳でぶっ飛ばす。大和は梓を守りながら立ち回り、真九郎は確実に蹴り倒す。

たかが20人だと言わんばかりの勢いで不良を倒していく。

 

「ストーカー大将は任せろ!!」

 

岳人が不良の大将であるストーカーに立ち向かう。掴みかかるが相手も中々強い。やはり力だけで大将になっただけはある。だが岳人の方が鍛えているし、腕力だって負けない。

どんどんと力で押し返すとストーカーはあり得ないと言った顔をしている。

 

「どうしたストーカー。こんなものか!!」

 

相手は身体がデカいが岳人は簡単に持ち上げて「おらああああ!!」と投げ飛ばした。

投げられた先はバイクでガドンッとぶつかった。だが相手は怒ってバイクに乗って走って来た。

 

「あいつまたバイクに乗りやがったな!?」

「任せて」

 

真九郎がバイクに向かって走り出す。そして闘牛を飛び越えるようにバイクを飛び越えてストーカーを飛んだ勢いで掴み取ってバイクから引き離した。

 

「うおおおおお!?」

「バイクから降りろ」

「すげーな真九郎!!」

 

これくらいは出来る身体能力を持っている。そもそもビルから飛び降りる勇気と身体能力があるので走るバイクを乗り越えるのは簡単だ。

 

「やるな紅。俺様に合わせな!!」

 

片腕を大きく上げて合図を送ると真九郎はすぐに理解できた。内容が理解できたので同じように片腕を上げる。そして同時に走り出す2人。

 

「行くぜ紅!!」

「合わせるよ」

 

岳人と真九郎はタイミング良くストーカーにラリアットを食らわした。

 

「コンビネーションラリアットだぜ!!」

 

2人のラリアットが直撃して倒れるストーカー。これでストーカーに他の不良共を全て潰した。

 

 

065

 

 

不良とストーカーと取っちめてからは、もう二度と馬鹿な事をさせないように大和たちは言い聞かせる。しかし、こういう奴は言葉で言っても聞きはしない。

だからボコボコにした今でも無駄に強気でいるのだ。やはり癖の強い奴は言葉では足らないのかもしれない。

 

「覚えていろ。必ず報復してやる・・・絶対に手に入れて見せる」

「まだ言うかこの野郎」

 

まったく反省の色が見られないストーカーを見て大和たちはどうしようかと考える。

さっさと警察か九鬼財閥にでも差し出すか、もう少し痛い目にあってもらうかのどちらかだろう。もし今百代がいれば二度と馬鹿な事をしないように痛めつけていただろう。

やることは酷いものかもしれないが先に酷いことをしたのは目の前のストーカーであり、同情するつもりは無い。

 

「姉さんを呼ぶか」

「それが一番かもな」

「あ、待って」

「どうした紅?」

「俺が何とかしてみるよ」

 

真九郎がストーカーの前に出て携帯電話を取り出す。

 

「お前って頑丈そうだな」

「何を言ってやがる。お前も報復してやるぞ」

「元気そうだな。実は良い斡旋所があるんだ。海外でな・・・ダム建設をしている場所だ」

 

前に解決したストーカー事件で捕まえた田渕薫を送り込んだ場所である。詳しくは教えられないがストーカーには特別厳しく、逃げ出すことも不可能と言う。

そして日本に帰るのが何十年かかるかも分からない。冷淡に言うとストーカーは青ざめていく。それでも信じられないのか、まだ強気である。

 

「信じられないなら信じなくて良いよ。でも俺が責任持って連れていくよ」

 

真九郎はにっこりと怖い笑顔で無言の圧を押しかける。これにはストーカーも『本気』を感じ取り、急に許しを請うようになった。

一応、彼にも家族がいるだろうから実際にはすぐに海外に送り飛ばすことは出来ないのだが気付かない。

 

「これで良し」

「良い笑顔で言うなあ紅」

「こういう奴にはここまで言わないとね」

「それに関しては俺も同感だ。・・・一応聞くけどハッタリ?」

「本当だよ」

「おおう・・・」

 

真九郎はこれでも大和と違う情報網と伝手がある。だからこそ海外にストーカーを送らせるなんてことができるのだ。

 

「これで大丈夫だよ上岡さん」

「あ、ありがとうございます!!」

 

これにてストーカー事件は解決したのであった。

その語は梓をクリスと由紀恵が家まで送りに行くことになる。補足だが岳人は今回の活躍で梓にホレさせるつもりが少しあったが、特に何も起こるはずも無かった。

なので解決祝いに何か美味しい物で食べに行くことが決定した。

 

「俺様の活躍でホレてねえかな~」

「さあなー。何食べるか。もちろん真九郎も参加な!!」

「良いの翔一くん?」

「もちろんだぜ!!」

 

後程合流するクリスと由紀恵に店の情報をメールで送り、商店街の近くで待機するのであった。

 

「ん?」

 

ここで大和はある人物を見かける。

 

「あ、義経さんたちだ」

「真九郎くんに直江くんじゃないか!!」

 

クローン組の全員が帰宅中であった。




読んでくれてありがとうございました。
今回の話は次の大きな事件への閑話休題的なノリで書きました。
息抜きみたいな話ですね。

そして次回からついに悪宇商会が本格的に動き出します。


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3人の戦闘屋

こんにちわ。
タイトルで分かるかもしれませんがついに本格的に彼女たちが登場です。
今までぐだぐだな感じで日常回を書いてきましたが急な展開になります!!

では物語をどうぞ!!


066

 

帰宅中の義経たちと出会う。話を聞くと与一の買い物に付き合っているらしい。

与一本人は静かに1人で買い物したいらしいので本音は義経たちにさっさと帰宅してもらいたいとのこと。ここで早く帰宅してもらいたいのは彼女たちの安全も考えているが、そんな本音は言わない。

買いたい物は本でタイトルは『天への道』。内容はどうやったら天へと行けるかと言うもの。中二病の与一には興味を引くタイトルだろう。

ピクリと大和は少し反応したが誰にもバレないように知らんぷりをする。本当に最近、与一と接触する度に昔の中二病が再発しそうである意味怖くて恥ずかしい。

 

「また面白そうな本だな。大和~気になるんじゃないか?」

「さ、さあな」

「ふーん。大和は中二病」

「やめてくれ弁慶、ガクト!!」

 

「うわあああ」と言いたくなるが心の中に押し込む。取りあえず話を逸らしたいが今の話の中心は与一なので難しいだろう。

ここは案外大人しくしている方が良いかもしれない。

 

(向こうから話を変えてくれると助かるんだがな)

「ところで直江くんたちはどうしたんだ?」

(流れの変わりが来た!!)

 

ここで大和たちは自分たちがした出来事を伝える。それはストーカー事件を解決したことである。

やはり相手のことを伝えると女性の気持ちが分かるのか義経たちはストーカーに対して怒る。だが真九郎が然るべき脅しをしたので溜飲を下げてくれたようだ。

 

「女性の敵は即・瞬・殺」

「私もストーカーはちょっと・・・」

「ですよね葉桜先輩!! 女性の敵は俺様がバッシバシと倒してやりますよ!!」

 

いつも通りカッコつけようとしているが悲しいかな、あまり目に入っていない。これもいつも通りのパターンである。しかし、清楚は人の良い性格をしているので感想は言う。

そのせいか岳人が勝手に舞い上がるのだが気にしない。彼にはいつか良いことが起こってほしいものである。

 

「あ、そうだ真九郎くん。夕乃ちゃんとのデートはどうだった?」

「え?」

「な、なにいいいい!? おい紅どういうことだ!!」

「違う違う。ただの買い物に付き合っただけだよ」

 

岳人は真九郎の肩を掴んでガクガクと揺らす。これには頭の中がごちゃまぜになりそうであるので止めてもらいたいものだ。

 

「俺は一人で買い物がしたいから、お前らは先に帰ってろ。・・・早く帰りな。もう闇の時間だ」

 

彼の言葉の意味は「夜遅くなると危険だから早く帰れ」ということである。中二病で変なところでツンデレ。こうもキャラを入れすぎるとブレるものだが、これは与一が悪いと言うかこういう性格になってしまった弊害である。

 

「あ、待って与一!!」

「ついてくるな主。早く安全な家に帰りな。闇の世界は俺の管轄だ」

「うう・・・そうか」

「そうだよ主。与一はほっといて帰ろ」

「与一も早く帰ってくるんだぞ」

「わあったよ」

 

頭をガシガシ掻きながら与一は人込みの中へと消えていく。

 

「きっと今のアレ、カッコイイと思ってるな。そういうシーンぽかったし」

「何となく分かる」

 

真九郎たちに義経たちは帰路につく。

 

 

067

 

 

もう日が沈み辺りは暗くなってきた。夜遅くまで出掛けるのは悪いものでは無いが義経に弁慶、清楚は早く家に帰るタイプだ。最も九鬼財閥は安全を考慮しているため早目の帰宅を推奨をさせている。

いつもの帰宅ルートを歩いて早く帰ろうとすると急に違和感を感じる義経たち。だが周囲に変化は無い。

 

(何だろう・・・嫌な感じだ)

 

こんな時は早く家に帰るのが一番である。電車が通るの待つために踏切で止まる。

 

「ねえ主」

「弁慶も感じるか。何か嫌な感じだ」

「ああ。まるで狙われてる感じ」

 

与一では無いが本当に狙われてる感じがすると思ったのが彼女たちの感想だ。清楚も何か感じ取ったのか不安な顔をしている。だが彼女はこれでも義経たちの先輩だ。後輩の不安を取り除くために明るく言葉をだす。

 

「そんな顔をしないよ義経ちゃんに弁慶ちゃん。早く帰ろう」

「そうですね清楚先輩」

 

電車が完全に通りすぎた。そして彼女たちの目の前には眼鏡を掛けた長髪スーツ姿の女性が立っていた。

 

「っ!?」

 

目の前にいる女性からはただならぬ気配を感じる。まさに狙われてる感じとは彼女から発せられている。

 

(おいおい誰だ。挑戦者ってわけでもないな)

 

弁慶は義経と清楚の前に守るように出る。間違いなく目の前にいる女性は普通ではない。

その女性は無表情のままゆっくりと歩いてくる。

 

「弁慶ちゃん、義経ちゃん。後ろ!!」

「なに!?」

 

背後をみると新たな女性が歩いてくる。また普通の一般人では無さそうである。棒つきキャンディ舐めながら手には長い杖を持っている。

怪しい笑みをしながら長髪スーツ姿の女性と同じようにゆっくりと近づいてきた。

 

「マジか・・・今度は横から」

 

弁慶の言った通り今度は横から鉤爪を装着した制服の女性がゆっくりと歩いてきた。

全員がただ者ではない。危険だと脳髄から警告が走る。

 

「・・・あんたら何。決闘の挑戦ならもう今日は終わりなんだよね。だからまた明日にしてもらいたい」

 

まずは無難な会話をする。本当に挑戦者ならマシだが彼女たちは違う。

 

「始めまして。私は2代目レッドキャップのプリムラです」

(2代目レッドキャップ?)

「貴女方に用があります。拒否権はありません。大人しく同行してくれれば痛い目には合いませんよ」

 

もはや強制であり、会話なんて聞かなそうだとすぐに判断できた。しかし「はいそうですか」と言いなりになるつもりは無い。

 

「あんたら何者?」

「答える義理はありません」

「つーかさ。一人足りなくなぁい?」

「那須与一のクローンがいない」

 

彼女たちの狙いがクローン組であるというのがすぐに理解出来た。何のために狙われてるかはまだ分からない。何とか会話を続けて相手の真意を掴もうとする。

 

「・・・どうやら一人いないようですが構いません。どうせ後で捕獲します」

「それもそうね。じゃあこいつらからさっさと捕まえちゃおっか」

「勝手に話を進めないでほしいな」

 

まるで弁慶たちを野性動物のように捕獲すると言っているようで聞いていて良い気分ではない。

弁慶と義経は得物を持って清楚を守るように構える。

 

「貴女方は一体誰なんだ。何が目的なんだ」

 

義経が静かに問う。どうせ返事は返ってこないだろうが聞かなければどうしようもないのだ。

 

「先程も言いましたが答える義理はありません。・・・しかし大人しく同行するなら教えてあげましょう」

「・・・それならお断りだね。知らない人に着いていったらダメって教わってるし」

「残念ですね。痛い目に合ってもらいましょう」

 

プリムラは眼鏡をクイっと直す。

3対3であるが清楚は戦えないため実質的には3対2である。不利の状況だが言辞の主従コンビで覆すしかない。

 

「主・・・眼鏡の女は私がどうにかする。だから残り2人はお願いできる?」

「分かった任せて弁慶。たぶん彼女が一番危険だ」

「分かってるよ主」

 

ピリピリと感じて嫌な汗が垂れる。

清楚はすぐさま九鬼に知らせようとバレないように携帯電話を操作しようとする。

 

「あは。余計な動きはしないでね葉桜清楚さん。例えばこっそり電話するとか」

「っ!?」

 

読まれていた。これでは何もできない。

 

「行くよ主」

「うん!!」

「時間がありません。急いで捕獲します」

 

先に動いたのは弁慶である。錫杖を素早く力の限りプリムラの頭部へと振るう。早さも錫杖を振るうタイミングも完璧。弁慶は「直撃」と思った。しかし現実は何が起こるかは分からない。

 

「なっ!?」

「中々重い一撃です。ですがまだまだ」

 

プリムラは錫杖を片手だけで掴み取っていた。ギリギリと握りしめていて、どれだけの握力なのかと予想できない。しかしバキリと聞こえた瞬間に絶対に彼女に締められたら終わりだと確定した。

 

「錫杖を砕いた!?」

 

弁慶の錫杖は九鬼が用意した得物であり、そこらの安物ではない。だから丈夫で業物とも言える。だがプリムラはその錫杖を握りしめて砕いたのだ。

 

「ああ!?」

 

恐ろしい握力の手は弁慶の首を掴み、締め上げる。

 

「あ、あぐ・・・」

「貴女がただのターゲットでなくて良かったですね。捕獲対称でなければ確実に死ぬまで壊していました」

 

ミシミシと首筋から嫌な音が聞こえてくる。取り外そうと弁慶はプリムラの腕を握る。弁慶の握力も強いがプリムラは更に強かった。

 

(何だこいつの握力・・・壁超えクラスか)

「あまりターゲットを傷つけるわけにはいかないからすぐに終わります」

「ぐ、この。捕獲ってことはどこの誰かが私たちを欲しがってるってこと?」

「答える義理はありません。どうせすぐに会えます」

 

プリムラは握力を更に加えて弁慶を締め落とした。弁慶は朦朧とする中で義経の名前を呟いた。

 

「弁慶!?」

「弁慶ちゃん!?」

「余所見は危ないですよ」

 

ガキンっと鉤爪と刀が交差する。

 

「そうそう。実質2対1で勝てるの?」

 

次は杖が鋭く振るわれた。義経は防戦一方のため攻撃ができない。鋭い鉤爪の斬撃に杖の連続打撃。捌くだけでも一苦労なのだ。

 

(この2人強い。しかも今まで戦ってきた人たちとは何か違う凄味がある)

 

鉤爪を刀で受け流し、杖は打ち落とす。しかし攻撃は止まない。次から次へと容赦の無い攻撃が続く。

せめての救いは相手は義経たちを捕獲対称としているため急所となる箇所や重症にならないようにしか攻撃してこない。

 

(この2人をどうにかして清楚先輩だけでもここから逃がさないと)

 

義経は防戦の中で無理矢理距離をとる。そして刀を鞘に戻し、腰を低くして構えた。その構えを見た2人は動きを止める。

 

「・・・居合い。横一文字ですかね?」

 

居合い。

相手を自分の間合いに誘い込み、神速の如く速さで相手を断ち切る剣技だ。

この技なら相手も迂闊に近づいてこない。

居合いは誰もが使える剣技だが極める者は一握り。義経もまだまだ未熟。しかし義経の居合いは既に必殺の一撃になり得ている。

 

「すう・・・はあ」

 

息を吸って吐く。これで2人をまとめて倒せるから良し。時間を稼いで九鬼に助けを求めるの良しだ。

だが義経はこの居合いで2人を倒すと決めた。

 

(2人を倒したら次は早く弁慶を助けないと)

「・・・ビアンカは私の後ろに。私が先頭に立とう」

「はいはぁい。了解したよユージェニー」

 

ビアンカはユージェニーの背後に立つ。これを見た義経は1人を盾にしてもう1人が攻撃してくるのだと予想した。

 

(関係ない。2人まとめて倒す!!)

 

ユージェニーたちが走り、義経の間合いに入る。

 

(今だ!!)

 

神速の如く刀を抜刀。ユージェニーたちを断ち切るつもりだった。だが声が聞こえた。

 

「何をしているのですか。抜刀なんてさせなければよいでしょう」

 

声を聞いた後で義経の目に写ったのは弁慶だった。

 

「弁慶!?」

 

抜刀が止まり、弁慶を急いで受け止める。

何が起きたかなんて簡単だ。プリムラが弁慶を義経の前に投げたのだ。そんなことをされれば義経の性格上抜刀が止まる。そして弁慶を助ける。

 

「そこが貴女の油断です」

 

プリムラの声がまた聞こえた瞬間に義経の意識は途切れた。

 

「後は貴女だけです葉桜清楚。懸命な判断をしてもらいますよ」

「義経ちゃん、弁慶ちゃん・・・」

「どうしますか。大人しく同行してくれますか?」

「・・・これでも私は偉人のクローンです。何もしないで捕まりません」

「残念です」

 

清楚はプリムラに走って向かうがいつの間にか後ろにいたビアンカとユージェニーに意識を刈り取られた。

 

「まずは第一段階完了ですね」

 

日常はどんな時も急な変化を起こす。




読んでくれてありがとうございました。
感想などあればガンガンください!!

前半はぐだぐだな日常回。後半は物語の急展開でした。
ついに動き出した悪宇商会の戦闘屋。壊す目的では無くて捕獲でしたが裏社会の闇が義経たちを襲います!!
次回からは九鬼や真九郎たち、川神が大忙しです!!

では次回もゆっくりとお待ちください。
急展開だから調整しないとなあ


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交渉

こんにちわ。
今回は戦いに向けての話となります。

では、どうぞ!!


067

 

 

九鬼財閥極東支部。

今は緊急事態で内部はバタバタしている。その緊急事態とはクローン組である源義経、武蔵坊弁慶、葉桜清楚が行方不明という事態。これには九鬼帝も急いで今やっている仕事を放り投げて戻って来た。

緊急会議が始まった。 メンバーは九鬼帝、九鬼局、揚羽、英雄、、紋白、マープル、クラウディオ、ヒューム、あずみ、小十郎、ステイシー、季、鯉。

会議の空気は重く、全員が張り詰めた顔をしている。

 

「これは大問題だな。捜索隊は?」

「もう動いております」

「那須与一は?」

「部屋にいます。警護として従者部隊を2人つけてます」

「引き続き警護に専念しろ」

「はい」

 

今の状況をまとめて適切な指示を出していく。

 

「どこの馬鹿がやったか分かったか?」

「はい。既に調べはついております」

「さすがクラウディオ。良い仕事をしてるぜ」

「ありがとうございます」

「では話してくれ」

「はい局様。犯人は裏世界の有名な人材コレクターです。名は御隈秀一。悪い噂が絶えない男ですな」

「聞いたことのある奴だな。人材コレクターと言うか人種コレクターだろう。悪い趣味を持つ男だ」

「そんな男が・・・」

「紋、お前はこんな男のことは覚えなくて良いぞー。脳の記憶力の負担になるからな」

 

帝としては紋に無駄な知識を覚えなくて良いと思っている。そもそもこんな会議にも出て欲しく無いが、こればかりは身内の問題だから仕方なし。

 

「もしかして侵入してきた奴らは御隈の手先か?」

「はい。その者たちから尋問して聞き出しましたから。しかし、問題があります。義経たちを誘拐したのが悪宇商会の戦闘屋なのです」

「悪宇商会か・・・また厄介なのが来たものだ。極東支部に侵入してきた輩は陽動で本隊が悪宇商会の奴らか」

 

実は九鬼財閥極東支部に侵入者が侵入してきたのだ。これに関しては簡単に対処できたがまさか同時に義経たちを狙われるとは予想外であったのだ。

従者部隊の者たちはこの失態に苦い顔をした。よくよく考えればクローン組が狙われるという可能性はあった。しかし監視はしていたが彼女たちのプライバシーも考えて24時間張り込みはしていない。

そこを狙われた可能性があるだろう。ヒュームもクラウディオもこの失態を恥じている。

 

「クローン組が狙われる可能性があった。これは私の思慮不足でもあるさね」

「マープル」

「今すぐに捜査隊からの情報を得て奪還隊を結成します」

「そうしてくれ。ヒュームにクラウディオは奪還隊に加わりすぐにでも義経たちを奪還してくれ」

「分かりました」

「仰せのままに」

 

行動方針がどんどんと決められていくがこれも帝の采配によるものだろう。アワワと狼狽している時間があるなら解決策を考えるべきだ。

 

「御隈秀一がどうしてくるか知らないが容赦をするな。うちのもんに手をだしたんだからな」

「はい。串刺しにしてやります」

「気を付けろ。相手は悪宇商会の戦闘屋もいるからな」

「悪宇商会か・・・」

 

ポツリと揚羽は呟く。彼女は壁を超えた実力者だが悪宇商会には良い思いは無い。なぜなら戦ったことがあるからだ。

百代やヒュームと違い、悪宇商会の戦闘屋との戦いは確実に殺し合いだ。一度ある事件により戦って痛い目にあったことがあるからこそ分かる。悪宇商会と戦うには本気の覚悟が必要である。

 

「うう、悪宇商会」

「紋・・・。出来れば悪宇商会とはぶつかりたくはない。もし、戦争が始まれば命が散る」

「それは難しいでしょう。私もヒュームも覚悟を決めて奪還しに行きます」

「この事に関しては情報を公開するな。これ以上大事になるのは止めておけ。あずみ頼むぞ」

「わかりました。情報操作はお任せください」

 

会議は遅くまで続く。

 

 

068

 

 

御隈秀一邸。

世間一般的に言うならば金持ちの家で漫画なんかでありそうな屋敷だ。しかも山奥の人気の少ない静かなところで隠れ家や別荘には最適な場所ではある。

しかし今回は静かというよりドタバタしている。何せ九鬼財閥の従者部隊2トップが義経たちを救出しに強襲をかけているからだ。

「スマートに正面突破で行きましょう」とクラウディオが呟いたのが強襲スタートの合図で、そこからは特急列車の如く止まらない。物の数分で従者部隊で構成された奪還隊は御隈秀一の屋敷を制圧した。

クラウディオとヒュームの目の前には冷や汗ダラダラの御隈秀一がいる。

 

「さあ、もう貴方の負けです。大人しく義経たちを解放なさい」

「ぐ・・・この九鬼の犬共があ。私のコレクションを奪うのか!?」

「義経たちは貴方の物ではありません。彼女たちは彼女たち自身の身体です」

「何を言う。私が手に入れた物だ。せっかく手に入れた物を手放す馬鹿はいない」

「このような状況でそのような発言をするお前も馬鹿だと思うがな」

 

クラウディオもヒュームもいつでも秀一に痛い目を合わせることができるが、流石に今はまだ拳で語ることはできない。まだ義経を奪還していないからだ。

現在進行形で他の奪還部隊も屋敷内を捜索しているがまだ見つからない。見つかったのは他に捕まった哀れな人たちだ。

 

「まだ見つかった連絡はありません。もしかしたらまだ捕獲隊の悪宇商会が引き渡してないのかもしれませんね」

「・・・・・」

「無駄に黙っているのが怪しいですね」

「このまま悪宇商会のやつらがノコノコとやってきてくれると助かるが・・・そんな真似はしないだろうな」

 

捕獲対象を取引相手の所に持っていくにあたって、取引先に異常事態があれば不用意には近づかないだろう。屋敷の近くに来ていると考えて奪還隊を外で捜索させる。

通信機を使って外にいるメンバーに連絡を入れるが繋がらない。いつでも通信が出られるように言っているのでこれは何かあった状態だろう。

何らかの戦闘にあったか、やられたかのどちらかだろう。しかしこの屋敷は既に制圧しているので御隈秀一の部下にやられるはずは無い。このことから推察するに外部から攻撃された可能性はある。

 

「・・・悪宇商会が来たのかもしれませんね」

「ノコノコとやってくるとは助かるな」

 

ヒュームはガッシリと拳を合わせる。

その時、通信機にザザザっと通信が繋がる。

 

『もしもし。私は悪宇商会のプリムラです。この通信先は九鬼財閥の方ですか?』

 

悪宇商会の者から通信が入った瞬間に空気がピリっと変化する。

 

「悪宇商会から連絡がくるとはな」

「プリムラよクローンはどうした!?」

『今から話しますよ』

「・・・近くに来ているな」

「はい。そうですね」

 

扉が開いた先には長髪にスーツ姿の女性が現れていた。彼女こそが悪宇商会のプリムラだ。

 

「プリムラ!! クローンは!?」

「ご安心ください御隈様。クローンは無事ですよ」

「義経たちは貴様の物ではないと何度言えば分かるんだか・・・さて、悪宇商会の戦闘屋よ。義経たちを返してもらおうか」

「九鬼財閥の従者部隊第0位のヒュームに3位のクラウディオか。大物が来ましたね」

 

室内に大きな気と殺気が溢れる。状況はヒュームたちの方が圧倒的有利だが油断はできない。相手が曲者であるのも確かだが、人質として義経たちがいるので余計な事はまずできない。

秀一は戦闘屋を使って逃げる算段を考える。まずは逃げなければどうしようもないからだ。この状況さえどうにかできれば後はどうにでもなる。しかし、プリムラは後にとんでもない事を言い出す。

 

「どうしますか御隈様?」

「こいつらを殺せ!!」

「はい・・・と言いたいですが先に御隈様が危険です」

「なんでだ!?」

「よくご自分の周りをご確認ください」

 

御隈は自分の周りを確認する。彼自身の前にはヒュームとクラウディオでその先にプリムラ。これではプリムラが2人を殺す前にどちらかが秀一を攻撃するだろう。

逆に取引先を捕縛されれでは悪宇商会としては動けなくなる。この事実を理解した秀一は顔を青くする。

 

「私でもこの2人を1人で相手するのは不可能ですね。最も、御隈様の身の安全を考えなければ不可能ではありませんが」

「言うではないか戦闘屋の女」

「嘘ではありませんよ。さらに付け足すなら私も四肢が無事でありそうもありませんがね」

(・・・あの女の両腕から何か感じる)

(ええ。何か仕込んでますね・・・とても危険な何かを)

 

緊張が走る。

 

「どうしますか御隈様。このままクローンを九鬼に返せば助かります。おそらく痛い目を合ってから」

「それは駄目だ。私の物を渡すなぞありえん。くそっ・・・どうすれば突破できるのだ」

「クローンを人質にとれば有利ですが、御隈様も人質にとられればお相子ですね」

 

今の状況はお互いに手が出せない。これではずっと解決しないままだ。

 

「くそ、まだもう1人のクローンだって手に入れていないのに!!」

「・・・クラウディオさん。妙な動きは止めてください」

「おや、分からないように糸を巡らしたのですがね」

「しかし、もう遅いぞ」

「はい。貴女がこの部屋に来る前には糸はあらかた仕掛けてありますので」

 

クラウディオが指をクイっと動かすと秀一が一瞬で捕縛された。

 

「うおおおおお!?」

「お静かに」

「何をしても良いから助けろプリムラぁ!?」

「分かりました」

 

メガネをクイっと掛け直し、とんでもない事を言い出す。

 

「御隈様を離さなければクローンを殺します」

「む」

「何だと?」

「それは駄目だあああ!!」

 

ヒュームやクラウディオよりも秀一が大きく反応する。

 

「何を馬鹿なことを言うんだ!?」

「何をしても良いと言うので。今はクローンよりも御隈様の命が大切ですよ」

「ぐ・・・確かに。それに今は逃げてクローン技術さえ盗めばなんとかなるか」

「馬鹿な事を言うなこの誘拐犯ども」

 

パキリと指を鳴らすヒューム。

先ほどから黙って聞いていたらイラつく事ばかり言う奴らだ。向こうから大切な仲間を奪っておいて、身の危険を感じたら切り捨てる。

命を軽んじているようだ。確かに自分の命と他人の命を比べると自分の命が大事に決まっている。もしいるならば聖人くらいだ。

温厚なクラウディオもイラつき始める。彼は怒ればヒュームよりも怖く、非情となる。だが秀一に巻き付けた糸で縛る力を強めない。ここで無駄な動きをしたら義経たちが危険と理解しているからだ。

 

「大人しくすることをお勧めします。このまま逃げても九鬼財閥は必ず追いかけ捕まえます。最も、今この瞬間を逃がす程愚かではありませんよ私たちは」

「その通りだ。逃げ場は無いぞ。悪党ども」

「・・・確かに逃げ場はありませんね。お互いどちらかが退かない限り、この状況はどうにもできません」

 

お互いの状況は未だに解決に至っていない。無駄にアレコレ空っぽの会話をしていても何も起こりはしないのだ。

だからプリムラは今の現状を打破する策を口にしたのだ。

 

「ならばゲームをしましょうか」

「ゲームだと?」

「はい。ゲームでそちらが勝てばクローンを返しましょう」

「お、おい何を言って・・・!?」

「逆にこちらが勝てば残りのクローンである那須与一を貰います」

「何?」

「おお、そうか、そういうことか!!」

 

ゲーム。悪宇商会の戦闘屋が提案したものなんてきっと良いものでは無い。そもそも彼女の言う賞品が義経や与一と言っている時点で人を賭けるゲームだ。

人を賭けるなんていつの時代の話をしているんだ。まるで義経たちを奴隷のように扱っている。

 

(・・・いえ、彼女は依頼をこなすために言っているに過ぎない。悪宇商会は依頼を成功させるにあたって手段は問いませんからね)

 

悪宇商会は仕事の内容によっては善にも悪にもなる。今回はどう見ても悪側だろう。だから依頼主の願いであるクローンが欲しいという仕事を完遂するに至ってどんな方法でもこなすのだ。

悪宇商会の人間にもよるかもしれないが基本的に仕事に忠実で、そこに私情は挟まずに効率の良い方法を模索するだけだ。

 

「一応聞くが・・・ゲームの内容は何だ?」

「簡単です。決闘ですよ」

「決闘だと?」

「川神は決闘を良しとしている物騒な町と聞いています」

 

物騒な町。この言葉を聞いて否定できないのが残念だが事実だから仕方ない。

 

「御隈秀一様。どうぞ決めてください」

「き、決める?」

「はい。決闘内容です。どのような決闘にして、どのような勝敗にするか、どのような場所で行うか等々です」

「そ、そうか」

「おい、そんな決闘が認められるとでも」

「認めるのは貴方ではありませんよ。九鬼家の当主です」

「こいつ・・・」

「それに貴方がたはクローンを殺したなんて結果を九鬼家当主に報告するつもりですか?」

 

本当の現状のところ実はヒューム側が不利なのだ。お互いに人質を取っているとはいえ、ヒュームたちは義経を殺すわけにはいかない。だから秀一を殺すなんてことはできない。

もし、秀一がクローンを諦めれば命が助かる。悪宇商会は依頼主を守ったと言うことで報酬はもらえる。クローンの奪還の際に警備も任されているから報酬は半分はもらえる算段だ。

逆に、九鬼家の当主が決闘の話に応じれば現状の結果から良いと言っても良い。

 

(御隈秀一は脅威ではない。脅威なのは悪宇商会の戦闘屋だ。この現状から決闘の話を持ち掛けるとは中々肝が据わっている)

「面白いじゃねえかその決闘を受けてやる」

「帝様!!」

 

現状が多少変化すれば流れも急激に変化する。九鬼帝が扉をぶち破って登場した。

 

「これは九鬼家の当主様。お目にかかり光栄です」

「ほー。お前さんが悪宇商会の戦闘屋か。美人じゃねえか」

「ありがとうございます」

「さて、御隈秀一。その決闘を受けてやるぜ」

「くく、九鬼家の当主がでしゃばるとはな」

「何か、俺様の勘がここに来いとピンと来たからな」

「帝様はいつも破天荒でいらっしゃる」

「じゃあ、決闘の内容を決めようぜ」

 

 

069

 

 

決闘内容が決定した。

3対3の団体戦。ルール無用のバトル形式だ。1つだけあるとしたら『殺し』は不可。

賞品となるのはクローン組となる。悪宇商会側が賭けるのは義経、弁慶、清楚。九鬼が賭けるのは与一となる。

九鬼側が全員助けるには悪宇商会の戦闘屋を全員倒さねばならない。逆に悪宇商会側は1人でも勝てば与一を奪えるのだ。

そして決闘場所は深夜の川神学園となる。場所が場所だけに川神学園の学長である鉄心に話を持ち掛ける。

 

「なんとも面倒な話を持ち掛けてくるもんじゃな」

「申し訳ございません。しかし、川神学園の学生に身の危険はさらしません。そして決闘によって起こる壊れ物に関してもこちらが保障します」

「まあ、構わん。川神学園が決闘場なんていつものことじゃしのう。しかし、今回は不快な事件じゃな。学生たちも義経たちが急な欠席となって心配しておる」

「必ず助け出すさ。しかし、今回の決闘は勝手が違うのだ。忌々しいことにな」

「なんじゃい勝手が違うとは?」

「決闘をするメンバーに問題があってな」

「メンバーじゃと?」

「ああ。九鬼から1人と残り2人は九鬼以外から選べとのことだ」

 

これに関しては秀一が九鬼からの強力な従者部隊を恐れたからに過ぎない。しかし一人も決闘相手を出さないのは許してくれるはずも無く、1人だけという形に納まったのだ。

 

「よく譲歩したのう」

「御隈ではなく、頭の切れる悪宇商会が横やりを入れてきたのだ。もっとも決闘形式やルールなどはこちらで決めさせてもらったがな」

「やられっぱなしでは無いということじゃな」

「で、誰が出るんじゃ?」

「本当なら俺やクラウディオが出るはずなんだが・・・与一の奴が出ることとなった」

「おい、狙われている那須与一が出て良いんか!?」

「ああ。反対したさ。だが与一は義経たちと一緒に居てやれなかったことを後悔して自分で助け出すと言ってこちらの話を聞かんのだ」

「で、彼が出ることになったと?」

「帝様直々に了解が出たからな。それに決闘場所は川神学園でこちらのホームグラウンドだ」

「ううむ。そうか」

「納得がいかないようですね。帝様も破天荒さはいつものことですが、今回は賭けに近いですからね」

 

危険だが与一を信じた結果と言えるようなものだろう。

 

「ふむ。では残り2人は?」

「目星はつけている。だが、その2人が川神学園に所属しているから鉄心に話をつけようと思っている」

「・・・誰じゃ?」

「紅真九郎様に松永燕様です」

「彼らか」

「真九郎様と燕様は私たちと九鬼と関係がありますからね。頼みを了承してくれるか分かりませんが」

「・・・学長としては反対したいところだが、義経たちを助けたいのもある」

 

学生を助けたい気持ちと学生に危険な目を合わせたくない気持ちのせめぎ合いだ。鉄心は悩み悩んで決定する。

 

「・・・分かった。しかし2人に決定権があるのが一番じゃぞ」

「分かっております。無理強いはさせません」

「それと立ち合いにワシも連れていってくれ。そもそも決闘場所が川神学園じゃし」

「もちろんでございます」

「じゃあ早速、件の2人を呼ぶか」

 

指をパチンと鳴らすと真九郎と燕が部屋に入ってくる。これには鉄心も「仕事が早いのう」と呟く。

 

「およ、真九郎くんも呼ばれてたんだ」

「松永さんもですか。何の話ですかね?」

「それは今から俺が説明する」

 

ヒュームが今回のクローン組誘拐事件を語る。真九郎たちは義経たちが急に欠席している理由が今分かった。

学園でも義経たちの急な欠席は今でも心配されている。その理由がまさか誘拐とは良い気持ちにはならない。しかし、どこに住んでいても胸糞悪くなる事件は起こるものだ。

誘拐は真九郎も子供の時に経験している。当時はどうでもよく、死んでも構わないなんて思っていたが、今は知り合いが誘拐されて心が静かに怒る。

 

「ヒュームさん。誘拐事件で核心となる話は何ですか?」

「フ、話が早くて助かる。実は誘拐した奴から決闘を申し込まれた。義経たちと与一を賭けた決闘だ」

「人を賭ける・・・」

「思うところもあるかもしれませんが、誘拐犯から九鬼の従者部隊は出ないこと決められてますからね。こちらとしては実力があり、信頼できる相手にしか頼めません」

「・・・相手は誰ですか?」

「戦闘屋だ」

 

戦闘屋。その言葉を聞いて良い思い出は無い。だが今回の戦いに容赦はいらないだろう。

戦闘屋と戦うにあたって容赦も慈悲も無い。あったら逆に殺される。

 

「それにしても紅くん。即決とは凄いね」

「即決ってわけじゃないですよ。これでも考えて受けたつもりです。それにこれは『揉め事処理屋』の仕事ですから」

「その通りだ。もちろん謝礼は出す。無償で戦わせるなんてことはさせない」

 

揉め事処理屋の仕事なら断るつもりは無い。今の真九郎はフリーだから忙しいわけでも無い。危険な依頼だがこの業界では危険なんて言葉は当たり前の言葉だ。

だから真九郎は了承してこの依頼を受けたのだ。

 

「ふーん。ま、私も受けるよ」

「松永さんも?」

「危険な依頼だけど、私も学友を見捨てるなんて非情さは無いよ」

 

燕は常に計算しながら周囲の状況を確認している。だが今回は計算よりも感情が動いた。

 

「ありがとうございます燕様」

「では、情報提供をしよう」

 

ヒュームは決闘相手の写真を出す。その写真を見て真九郎は目を見開いて驚く。

 

「こいつらは・・・」

「知っているの?」

「はい」

 

彼女たち3人は去年真九郎が関わったとある事件の首謀者たちだ。悪宇商会の戦闘屋とは今回の事件は根が深そうだ。

 

「悪宇商会か。これはあの人に連絡かな」

 

ボソリと呟く。

 




読んでくれてありがとうございました。
感想などあれば気軽にくださいね。

さて、今回の誘拐犯は『御隈秀一』というオリジナルキャラです。
単純に義経たちを誘拐する元凶を登場させたかったのでオリジナルを考えました。
そしてもう登場は無いでしょう。
悪宇商会VS真九郎勢の構図を作りたかっただけのキャラです。

そして決闘メンバーは九鬼絡みで燕と与一を活躍させたかったので、この2人にしました。最初は従者部隊の誰かを考えてましたかメインキャラである2人にしました。
これからバトルシーンの構図を考えなきゃなあ。今年中にはあと1,2話は更新したい。

では、また次回!!


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決闘

こんにちわ。
今回も決闘前の物語となります。次回こそついに決闘です!!
では、物語をどうぞ。


070

 

 

プルルルルルルルルルル。電話のコール音が鳴り響く。

 

『はい、もしもし。悪宇商会のルーシー・メイです。って紅さんですか』

「お久しぶりです。ルーシーさん」

『どうしました紅さん。もしかして悪宇商会に就職したいとか?』

「いえ、違います。そちらの方で『御隈秀一』という人から九鬼財閥が発表したクローンを誘拐する依頼が来てませんか?」

『どうでしょうね。あったとしても教えるとでも?』

「仕事での秘密の黙秘は確かにありますね。ではハッキリと言います。御隈秀一と九鬼財閥がクローンを賭けて決闘をします。その決闘に俺は選ばれました。相手は悪宇商会の戦闘屋と聞きます。これは条約の関係でどうかという問題で電話しました」

『・・・はぁ。紅さんはどうしてこう、私たち悪宇商会と敵対してしまうんですかね』

 

敵対したくて敵対しているわけでは無い。ただ単純に運命と言うか、運が悪いのか分からないが、悪宇商会とぶつかってしまうのだ。

今回のクローン誘拐事件もそうだ。九鬼財閥から揉め事処理屋として仕事を依頼されたが相手が悪宇商会とは情報を聞いてから知ったのだ。

だが、このような事例は可能性としてあるものだ。だから悪宇商会側の方もすぐに返事はできる。

 

『そこまで今回の依頼を知っているなら話しても構いませんね。今回のクローンを賭けた決闘ですが、紅さんが参加しても構いません』

「分かりました。ありがとうございます」

『このような状況も想定してますからね。今回に限って条約は破られたことにはなりません。しかし、決闘いうことで戦いますよね?』

「そうですね」

『なので不慮の事故扱いで紅さんが死んでしまってもこちらは条約を破ったことにはなりませんよ』

「はい。それに関しては文句はありません」

『私としてはこちらの仕事を完遂させたいので応援なんてしませんよ』

「分かってますよ。でもこちらも彼女たちを助けないといけないんで負けるつもりはありません」

『・・・何だが宣戦布告されてるようですよ』

「そんなつもりは無いんですが」

『今回はこちら側が頭を抱える案件になりました。仕事は完遂させたいですが、紅さんが負ければうちの最高顧問が五月蠅そうです』

「絶奈さんですか」

 

星噛家はビジネスに徹するが絶奈自身の個人的な気持ちとしては自分と引き分けた真九郎が他の戦闘屋に負けるのは許せないらしい。

なんとも板挟み的な案件となっているらしい。でも今回は私闘では無く仕事としての戦い。結局はビジネスに徹するような形になりそうだとルーシー・メイは言う。

 

『これはあくまで仕事ですからクローンがどうなろうとも恨まないでくださいよ。では、失礼致します』

 

ピッと携帯電話の通話ボタンを切る。

 

「これで今回の事件で俺も参加できるな」

 

携帯電話をズボンのポケットに閉まって、九鬼財閥極東支部へと向かう。義経たちを救うための決闘に関しての作戦会議を行うのだ。

見張りのメイドであるステイシーたちに挨拶して会議室へと案内される。案内されながらつい内部を見てしまうが本当に執事やメイドがたくさんいるのだ。中には学者の人やスーツ姿の人もいる。

あるスーツ姿の人は何か不思議な雰囲気を醸し出していたし、ある年配の学者は「アイエス」がどうこう言っていたが今は気にしてる暇も無い。今は義経たちを救うのが先決だ。

 

「真九郎!!」

「あ、紋ちゃん」

 

九鬼家の末娘である紋白がトテトテと歩いて来た。その顔は不安さも混ざっていた。

 

「すまぬ真九郎。我らの問題に力を貸してもらって」

「良いよ。俺だって義経たちが心配だ。それに紋ちゃんの力になれるなら本望だよ」

 

しゃがんで真九郎は紋白の頭を優しく撫でる。彼はとても優しい顔だ。その優しさに紋白は胸のあたりが温かくなる。

よく姉や兄から頭を撫でられるが真九郎から撫でられるのはどこか温かみが別なのだ。おかげで不安が消えていく。

 

「任せてね紋ちゃん」

「う、うむ!!」

 

紋白と別れて会議室に入ると既に燕と与一がいた。

 

「紅、来たか」

「紅くん。ヤッホー」

「さっそく作戦会議を始めようか」

 

椅子に座って手元にある資料を見る。そこには悪宇商会の戦闘屋3人の資料だ。流石は世界一を誇る九鬼財閥だ。

短時間でここまで調べ上げるとは凄い。だが悪宇商会側も負けていないだろう。調べられる範囲も限りがあったようだ。

 

「私たちはこの3人の誰かと戦うんだよね」

「そのようだな。ヒュームから聞いたが紅はこいつらを知っているそうだな」

「知っているけど、戦ったわけじゃないよ。俺が戦ったのはこいつらをまとめていたリーダー格さ。でも情報はある程度分かる」

「教えて」

「分かった。まずはこの女性から」

 

プリムラ。彼女は素手で戦う戦闘屋で握力が尋常では無い。元々、部下の指揮や雑務などを担当するキレ者だ。

実力に関しては強いはずだが分からない。前回に倒したのが切彦であって、一太刀で仕留めたらしいから彼女も首を傾げていた。

 

「この3人組のリーダー格か」

「次にこの人」

 

ビアンカ。悪宇商会の戦闘屋で二つ名は『八角杖』。戦闘スタイルは長い棍棒を用いて戦う。

環やリンが戦った感想だとやはり強いとのこと。彼女の棍棒の間合いに入られると攻めが厳しいのだ。

長い棍棒は自分の間合いを保ったまま攻撃できるし、防御もできる。勝負の鍵はどうやってビアンカの間合いを破るかだ。

 

「なるほどな」

「最後に彼女だ」

 

ユージェニー。悪宇商会の戦闘屋で二つ名は『裂爪士』。武器に鉤爪状の刃物を使い、間合いに入り込まれると即座にピンチとなる。

彼女は身軽で簡単に間合いに入ってくるので注意のことだ。接近戦に適した戦闘屋であろう。

 

「俺なら遠距離で攻めることができる」

「与一くんなら相性が良いかも。でも近づかれたらヤバイよね」

「ああ。でも近づけさせなければ良いだけだ」

 

簡単に言うが相手は死線を潜り抜けた戦闘屋だ。近づけさせなければ良いなんて言葉を簡単に実行させるほど甘くは無いだろう。

真九郎以外はプロの戦闘屋と戦った経験は無いから油断は本当にしないで欲しい。油断してなくとも更に気を張って欲しいのだ。戦闘屋と戦うことはケガをするだけでは済まされないからだ。

今回のルールでは殺しは不可だからと言っても安心してはいけない。燕と真九郎が戦うにあたって最も危険だ。与一に関しては賭けの賞品であるから殺されることは無いがケガはするだろう。

 

「気を付けないとね。で、相手が出る順番だけど先鋒がビアンカ、中堅がユージェニー、大将がプリムラってことみたいだよ」

「順番まで分かるのか。流石九鬼財閥」

 

この仕事の速さは本当に凄い。紅香の付き人である犬塚弥生と同じ、もしくはそれ以上かもしれない。

そういえば、あずみは犬塚弥生を同じ忍としてライバル視していた。弥生に関しては特に気にしてもないようであるが。

そもそも彼女はあまり他人に関心がないためライバルとか気にせず、ただあずみが突っかかってくるだけだ。

あずみ曰く「今度会ったら忍として勝つ」なんて言っていた。

 

「で、誰がどう戦う?」

「俺は順番は気にしない」

「じゃあ紅くんは大将ね」

 

さも当然のように厄介で1番強い奴を真九郎に渡す燕はなかなかの者だ。

 

「じゃあ俺はこのユージェニーにする。間合いに入り込まれれば危険だが、逆にこっちが間合いを保てば勝てる」

「んー、私は残りでビアンカって人かあ」

 

それぞれが写真を見る。

燕はビアンカと戦うことが決定した。

 

「武器は棍棒か。リーチはあるね。どうにか掻い潜って攻撃するかな」

 

ビアンカのあるだけの情報から燕は脳内で何通りのも戦闘を考える。自分も実力はあると理解しているが戦闘屋と戦うのは今回が初めてである。

これは出し惜しみなんて考えるのも馬鹿だろう。切り札である『平蜘蛛』も出すべきだ。

 

(平蜘蛛の調整を急がないとね)

 

燕は切り札の『平蜘蛛』を準備する。

 

「俺はこいつか」

 

与一はユージェニーと戦うことが決定。彼は愛弓である『ソドムとゴモラ』を調整しないとと思っている。

後は自分の冷静なる精神力を保ちできるかどうかだ。義経たちには恥ずかしくて言えないが与一にとって大切な家族だ。彼女たちを誘拐した奴らを絶対に許せない。

 

(悪宇商会め。何故先に俺を狙わなかった。くそっ、俺が居ながら)

 

最初は悪宇商会なんて存在は与一の妄想の世界の存在であった。しかし今回で現実の存在となったのだ。

ただ運が悪いのか良いか分からないが偶然に『悪宇商会』の存在をネットで知った。そして彼の中二心に触れてつい調べてしまうくらいのものだったが、本当に関わりあってしまった。

もう中二病とか何だか言っていられない状況なのだ。遠い妄想がすぐ近くの現実。

 

「待ってろ。俺が助け出す」

 

真九郎はプリムラと戦うことが決定する。

去年の事件にて顔見知りではあるが、よくは知らない。ただ切彦からは握力はとんでもないと言っていた。

なら気を付けるのは彼女の両手だろう。捕まれば簡単に人の肉を握り取り、骨を握り潰す。

 

「こいつらか」

 

夕乃や銀子に伝えるか悩んだが、結局伝えることにする。どうせ彼女たちには隠し事はできない。なら後で説教させられるなら言う方が賢明だ。

 

(こいつらなら隻さんはいるのだろうか?)

 

兄弟子とあたる赤馬隻。彼と戦って以来、もう再会することはなかった。崩月家は今でも彼の帰りを待っている。

彼のやったことは許せるものではないが、それでも家族なのだ。崩月家は彼の罪さえ抱え込む懐の深さがある。

 

(彼女たちに聞いてみるか)

 

隻のことを知れるかどうか分からないが会えるなら話すことはいくらかあるだろう。

 

「ところで紅くん」

「何ですか松永さん?」

「何か悪宇商会を知ってるようだけどさ。どうして?」

「まあ、何回か接触したことはあるから」

「そうなの!?」

「な、聞いてないぞ!!」

 

今まで言うつもりは無かったからだ。

 

「何か戦うことを最初難しい顔をしてたけど、それは?」

「それは、悪宇商会とちょっとした休戦協定があったから。今回は特例として無しにしてもらったんだ」

「ちょっと待って!? それってよく聞くととんでもないことじゃないの!?」

「どうやって休戦までに?」

「今はどうでもよいじゃないですか」

「どうでもよくないぞ!!」

 

作戦会議は続く。

 

 

071

 

 

夜。川神学園のグラウンド場に複数の男女が集まる。九鬼財閥に選ばれた者に、その関係者。そして悪宇商会の戦闘屋。

その場の雰囲気は男女の集まりとしては重く、ピリピリとした空気だ。それもそうだろう。これから行うのは人間を賭けた決闘だ。川神市で行われた決闘の中でもきっと最悪な内容だ。

 

「お互いによく集まってくださいました。これより義経たちを賭けた決闘えお開始致します」

「ワシの名は川神鉄心。今回の決闘の審判をする者じゃ。公平な審判を下す」

 

決闘の審判をする者が鉄心なら安心だろう。最も決闘を審判する者は公平な者にしかできない。

 

「悪宇商会よ。義経たちはどうした?」

「いますよ。こちらに」

 

悪宇商会のプリムラの背後に義経、弁慶、清楚がいる。様子を確認すると無事のようだ。

 

「義経、姉御、葉桜先輩!!」

「よ、与一。すまない、捕まってしまった」

「謝るな。絶対に助けるからな」

「紅くんに燕ちゃんまで…」

「主を守れなかった。すまない」

「だから謝るな姉御。この決闘に勝てば全て丸く収まるからな」

 

与一の言う通りでこの決闘に勝てば全て丸く収まるのだ。義経たちが捕まったことを、どうこう言うのは間違っている。

これから決闘をおこなう与一たちの心は冷静でありながら熱い。与一に関しては怒りを抑えながら悪宇商会を見る。彼は今すぐにでも義経たちを助け出したいだろう。

 

「…彼女たちはやっぱりあの時の悪宇商会か」

 

写真で見た時と同じように、やっぱりあの時の事件の戦闘屋たちだ。彼女たちは真九郎を見ても顔色は変えない。いや、プリムラだけは殺気が少し滲み出た気がする。

相手も真九郎との休戦協定を知っているはずだが、今回は特例として無しと言うのも伝わっているだろう。

 

「ねえ、あいつって紅真九郎だよね」

「そうだな。あの時の奴だ」

「紅真九郎…!!」

 

真九郎は悪宇商会に思うところがあるが、相手も思うところがある。休戦協定をしているし、前回の事件で関わったのだから当然だろう。

だが、今回はもう違う。前回の事件はもう片付いて今回は別の事件となっている。相手もプロなら気持ちを切り替えているだろう。これに関しては真九郎の予想であるが。

 

「では、先鋒の方はグラウンド場へ出てください」

 

九鬼財閥側は燕が、悪宇商会側はビアンカが前に出る。

 

「こんにちわ。私は悪宇商会のビアンカと申します」

「こちらこそよろしく。松永燕だよん」

 

なんとなく握手をもちかけるが無視するビアンカ。棒付きキャンディをパキリと噛み砕いて、棍棒を振り回して構える。

これを見た燕は最初の掴みは失敗と判断して、ベルトを装着する。

 

「ベルト?」

「いっくよん!!」

 

変身した。変身したのだ。それはもう日曜日に放送される特撮番組のようにだ。

黒を基調としたボディスーツに蜘蛛をイメージしたガントレット型の武器。チューブをベルトに装着して機械音の声が響く。

 

「勝つよ!!」

「勝てるかな?」

「では、これより松永燕対ビアンカの決闘を開始する!!」

 

松永燕VSビアンカ。

 

「悪宇商会所属。『八角杖』ビアンカ」

「川神学園3年F組。松永家の娘、松永燕!!」

 

決闘が始まる。




読んでくれてありがとうございました。
感想などあれば気軽にください。

今回は決闘について作戦会議的な感じになりました。
真九郎と悪宇商会の休戦協定もまとめておきました。

私の考えではお互いに、敵対することが禁止であって、仕事上にぶつかる場合は流石に考慮させられると思います。
例えば、ある事件を中心に別々の依頼者が悪宇商会と紅真九郎に依頼してぶつかったら考慮するしかないと思います。じゃないと仕事の達成ができませんからね。
どちらか一方が諦めるなんてありえませんし。


では次回は今度こそ決闘です!!


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松永燕VSビアンカ

こんにちわ。
ついに悪宇商会との決闘です。どんな戦いになるかは物語を読んでってください。

では、どうぞ!!


072

 

 

松永燕VSビアンカ

 

「悪宇商会所属。『八角杖』ビアンカ」

「川神学園3年F組。松永家の娘、松永燕!!」

 

先に仕掛けたのはビアンカであり、棍棒を真っすぐに突き出してきた。次に斜めに振り払い、回転させながら連続で振るう。

 

「おわっと!?」

 

燕は相手が棍棒を使う戦闘屋と既に情報として得ているので、どう攻撃してくるかが大体予想できるので何とか避けることが可能だ。

だが相手は戦闘屋のプロ。攻撃に一切の遠慮が無く、鋭い一撃ばかりである。一発でも食らえば大ダメージだろう。

 

(ちょっと相手ってば本気で殺しにきてない!?この決闘は一応不殺でしょ!?)

 

これに関しては燕の考えが少し甘かったと言うしかない。相手は戦闘屋。決闘でも相手を本気で壊しに来る者なのだ。

燕も考えが甘えてたわけでは無いが、戦闘屋との決闘は初めてで予想を外していたのだ。すぐに考えを切り替える。

 

(もう考えた策を全て出し切るつもりで戦わないとマズイね)

 

そう思った瞬間に彼女も一手を繰り出す。蜘蛛型の籠手から電撃が走る。

 

『スタン』

 

機械音が響き、バチチッと電撃が走る音も聞こえてきた。ビアンカは痺れた手を見て何度も握っては開いてを繰り返す。

 

「ふーん。その籠手にいくつか仕掛けがあるみたいだね。でも電撃くらいじゃ効かないよ」

 

棍棒を再度握ってビアンカは走り出す。

 

「次!!」

『スモーク』

 

今度は煙幕が放出され、川神学園のグラウンド場が煙で埋まる。これは当たり前のように目くらまし。

どんな人間も煙幕の中では目に頼ることができない。実力のある武人ならば相手の気を察知して何とかするが相手は武人では無くて戦闘屋だ。この隙をつく燕。

平蜘蛛の籠手からは先ほどよりも高圧の電撃が走る。

 

(もらった!!)

「もらってないよ」

 

スレスレで避けるビアンカ。そして容赦なく振るわれた棍棒は燕の腹部に痛すぎる衝撃が走った。

ミシミシと軋る音が聞こえて煙を吹き飛ばしながら後方へと転がる。

 

「ゴホゴホッ…とんでもなく効いた」

「あは、煙幕で目くらましなんて効かないよ。戦闘屋をナメないでよね」

 

なぜ燕の位置が分かったのか。それは殺気による感知であるビアンカが分かったのだ。彼女は悪宇商会の戦闘屋で日常的に、仕事で殺し合いをしている。

ならばそこらの武人以上に殺気の感知に長けているのは当たり前だろう。正直な感想を言えばどちらが戦いの経験があればと語るならばビアンカだ。

 

「やっぱり簡単には上手くいかないか」

 

よろよろと立ち上がり、腹部を擦る。ダメージはやはり大きく、一発で重症だ。骨は折れていないが次に同じところ打ち込まれたら骨がボキリといくだろう。

 

『キュア』

「へえ、回復機能もついているんだ。ま、微々たるものだと思うけど?」

「どうかな?」

「強がりだね」

(う、正解)

 

煙幕はモウモウと舞っている。特別製なのかまだ消えない。これはせめて少しでも回避率を上げるためでもある。

 

(まあ他にもあるけどね)

 

歯を食いしばってビアンカに突撃する。平蜘蛛の籠手からは高圧電流が走る。

 

「やああああ!!」

 

連続攻撃。一息させる間も無く連続で攻撃していく。奇襲も何も無いが煙に潜みながら攻撃していくがビアンカには避けられる。

やはり相手の方が殺気の感知に長けているのだ。だが避けられるとしてもスレスレの状況ならば1つ流れが変われば攻撃は直撃するはずだ。

 

『ショット』

「おっとお!?」

 

いきなり放たれた弾幕を棍棒で弾き飛ばす。平蜘蛛の籠手には様々な仕掛けが施されている。

多種多様に使う燕は強いと思うビアンカ。しかし所詮はただの学生で戦闘屋に敵うはずがない。仕事はキッチリこなすがこの決闘で少し遊んでしまおうかと思ってしまう。

 

「連続発射!!」

「当たらないよ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってことわざがあるけど、実際はそうでもないよね。当たらないものは当たらないの」

 

棍棒を高速回転しながら弾幕を弾き飛ばす。そしてそのまま突撃して棍棒で連続の突きを繰り出してきた。

平蜘蛛の籠手を盾に連続の突きを受ける、避ける。この籠手が特別製でなければ砕けていたかもしれない。

 

(向こうの棍棒も特別製かもね。良い素材で作られている)

「あは、この棍棒を砕けるなんて思わないこと。これは悪宇商会で制作された特別製だからさ」

 

横に一閃、斜めに一閃、縦に一閃。棍棒を鋭くを振るう。空気を切る音が聞こえる。どれくらいの速さで振るっているか気になる。

 

(あの細腕で…)

「そら!!」

「がう!?」

 

平蜘蛛の籠手の上から無理矢理、棍棒を叩きつけてくる。まさに力任せだ。これ程の力は単に腕力だけじゃなくて遠心力も利用している。

その威力から横に殴り飛ばされたが初撃の時よりかはマシなので着地する。カチャリと籠手の様子を見ると異常は無し。

 

「まだ大丈夫みたいだね」

 

カチリと平蜘蛛の籠手を起動するとキュイインと機械音が鳴る。

 

「次はこう!!」

 

ビアンカは人間とは思えない跳躍で高く跳んで上から棍棒を突き刺してきた。

 

「危なっ!?」

 

ズガンっと地面には綺麗な穴が出来上がる。食らえば間違いなく肉がえぐれ、粉砕骨折だ。

 

「あは、外れちゃったか」

「まったく容赦無いね」

「戦いに容赦も何もありませんよ。ふふ」

「そうだね。私も容赦無くいくよ」

 

シュパッと平蜘蛛の籠手からワイヤーが放出される。キリリリと鋭く棍棒に絡みついた。

 

「棍棒を奪う…いや、電流を流す気か」

「正解。くらえ!!」

「あは、くらわないわ」

 

カシャリと音が聞こえた瞬間に棍棒が2つに分かれた。

 

「な、仕込みか!?」

「正解。終わりよ」

 

一瞬にして燕の間合いに入り込んで半分になった棍棒を首めがけて振るった。

 

「あぐあああ!?」

 

首にとてつもない衝撃が走った。ミシミシと嫌な音が聞こえてくる。

 

「あ、あぐ」

「あは、これはびっくり。首の骨が折れなかったんだね。柔軟に鍛えてたおかげかもね」

 

確かに折れてはいない。しかし思った以上にダメージが酷いのだ。痛みで目さえも開かない。

ビアンカはスタスタと燕から離れて半分になった棍棒を拾い直して元の棍棒に戻す。

 

「そろそろ終わりにしましょ。足を折っておしまい」

 

ビアンカが燕にトドメをさすために近づく。機動力である足を潰せば負け確定だ。しかし燕の目は諦めていない。

まだ秘策はあると思える目をしているのだ。彼女は諦めない。

 

「その目は不快。潰してあげる」

「でっきるかな?」

「ふん、つよがり…を?」

 

急にビアンカの身体がふらつき、眩暈もする。この症状に混乱したがすぐに理解できた。

 

「まさか…毒?」

「正解」

「いつの間に毒を。それらしい攻撃なんて…まさか!?」

「そのまさかよ」

 

周囲の煙幕を見る。その煙幕こそが毒であるのだ。そもそも燕はマスクを装着していた意味が分かる。最初はただの装備かと思っていたが全てこの為である。

煙幕を出した時に『ポイズン』も出したのだ。この毒は無色無臭。殺傷能力は無いが麻痺させることはできる効力はある。

 

「く、こんな毒くらいで」

 

ビアンカも毒の耐性はあるが全く効かないというわけでは無い。この毒は即効性があるわけでは無いため、徐々に時間をかけながら毒が侵すように戦っていたのだ。

作戦は成功したが時間をかけてバレないように戦っていた結果がこの体たらくなのだが。それでも成功したもの勝ちなのだ。

 

「うん。完全に効いていないのは予想できた。でも少しでも毒が効いてくれれば良いの」

 

燕は手を空高く掲げる。

 

「来て、平蜘蛛!!」

 

燕の切り札である平蜘蛛が起動する。

空高く、天高く、人がやっと進出した宇宙に九鬼専用の武器庫衛星が形態変化する。

平蜘蛛の扉が開き、勢いよく放出された。目的地は燕のいる川神学園だ。隕石の如く落下する。

 

「あれが平蜘蛛」

 

ポツリと誰かが呟く。燕の下には精密、芸術とも言える出来である武器の平蜘蛛が降り立った。

ガチャリと平蜘蛛を装着して、ターゲットであるビアンカに標準を定める。

 

「決めるよ!!」

 

決着をつけるために燕は走り出す。

 

「くらええええええええええええ!!」

 

平蜘蛛はビアンカに直撃する。最初の一撃の後に追撃で二撃目がガシャンと打ち込まれた。

 

「ああああああああああ!?」

 

平蜘蛛の攻撃は超撃とも言える威力。切り札ならば当然の威力である。

ビアンカは平蜘蛛の攻撃で数メートル先まで殴り飛ばされた。その威力は電車の突撃の如く。

 

「どうだ!!」

 

決着。

 

「そこまで。勝者は松永燕!!」

 

 

073

 

 

松永燕VSビアンカの戦いは松永燕の勝利。

なかなか一方的な決闘であったが彼女の策で何とかビアンカを倒すことに成功した。ボロボロで痛みが酷いが勝ったことの方が気持ち的に上回っている。

 

「痛たた…まったく酷いや」

「お疲れさまです。燕さん」

 

真九郎は手を貸す。燕の身体はもうボロボロであるのでがから手を貸さねば上手く立ち上がれないだろう。

燕も遠慮なく真九郎の手を借りて立ち上がる。致命傷では無いがすぐに治療すれば完全回復するはずだ。そう思っているといつの間にか九鬼の医療班が駆け付けていた。

 

「戦闘屋って強いや…いや、正直に言うと怖かったよ」

 

武人でも燕は学生。プロの戦闘屋と戦うにあたって恐怖がまったく無いなんてことは無かった。

 

「それでも燕さんは勝利しました。凄いですよ。それに怖いっていってますが俺にとっては勇気をもって戦った。素敵ですよ」

「あはは、ありがとう真九郎くん」

「松永燕様の治療はお任せください。最高の治療を致します」

「ありがとうございますクラウディオさん。でも治療は病院じゃなくてここでお願いします。この決闘を最後まで見届けたいんです」

「分かりました。ですが絶対安静ですよ。致命傷はありませんが重症であることはありません。特に首へのダメージは酷いのですから…痛みが引くまで不自由な生活になるでしょう」

「気にしませんよ。それより勝ったんですから義経ちゃんたちは?」

「はい。この勝利で弁慶を取り戻すことができました。ありがとうございます」

 

横を見ると弁慶がヒュームに連れられて戻って来た。見るとケガ等はなく無事そうだ。

 

「弁慶さん」

「弁慶ちゃん」

「姉御、無事か!!」

「ああ無事だよ。でも先に私じゃなくて義経か清楚先輩を戻した方が良かったのに」

 

やはり臣下として主である義経の無事を確保したいが、これは決闘で決められたルールであるため仕方が無い。義経を救うにはユージェニーを決闘で倒さねばならないのだ。

 

「無事で良かった弁慶さん」

「心配してくれてありがとう。それにしても私が主を守れなかった…」

「落ち込まないで弁慶さん。貴女は何も悪くない。ここは俺らに任せてください」

 

真九郎に力ある目を見て信じられる気持ちが溢れる。

 

「義経を救うのは俺の役目だ。任せろ姉御」

「与一…そうか、じゃあ頑張れ!!」

 

弁慶が応援という名の気合いを与一の背中に注入する。紅葉である。

 

「痛ってええええええ!?」

「行け与一。必ず主を救え」

「ったく、言われるまでもねえ」

 

与一が愛用の弓矢を握り、グラウンド場にへ堂々と歩く。決闘2戦目が始まる。

既にグラウンド場には悪宇商会のユージェニーが立っている。彼女からは静かに闘気、殺気が滲み出ている。彼女の鉤爪がギラリと鈍く光る。

 

「来たか残りのクローン」

「那須与一だ。お前を倒して義経を救う」

「ビアンカがやられたのは予想外だった。だがお前を倒せば元に戻る。そしてプリムラが紅を倒せば良し」

「俺は負けねえ」

「そうか。なら特に話すことは無い。仕事を完遂させる」

 

2戦目は那須与一VSユージェニーの決闘が始まる。

 




読んでくれてありがとうございました。
感想などあれば気軽に下さい。

それにしても本当に戦闘シーンが大変でした。
何せ、戦闘屋のプロVS学生の武人の戦闘シーンは難しいですよ。
燕の策は毒による動きを止めて、切り札を叩きこむというシンプルなものになりました。
流石の戦闘屋もあの『平蜘蛛』が直撃すればただじゃすまないですからね。
でも『平蜘蛛』を叩きこむには相手の機動力を削ぐ必要があります。あれだけの大振りならプロの戦闘屋は避けるでしょうから。そのための毒でした。


次回は与一VSユージェニー
どんな戦闘にするかまた悩みますので次回もゆっくりとお待ちください。


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那須与一VSユージェニー

こんにちわ。
時期的には、あけましておめでとうございます。

では、早速物語をどうぞ!!
タイトル通り、バトルです!!


074

 

 

那須与一VSユージェニー

 

「源義経が家臣。那須与一」

「悪宇商会所属。『裂爪士』ユージェニー」

 

名乗りを上げた瞬間が試合開始の合図だ。先に仕掛けたのは与一である。

決闘形式であることから間合いはとれているので与一はすぐに矢を放った。鋭い矢は一直線にユージェニーに向かう。

音を切り、空を切り、何よりも早く矢が放たれたのだ。その威力は岩をも貫き砕く。

 

「速い。そして鋭い。でも当たらなければ意味は無い」

 

矢は正確にユージェニーを捉えていたが、その正確さが仇となった。正確に一直線にユージェニーの頭を狙って来た矢を軽く首を傾けただけで矢は後ろにへと飛んで行った。

 

「何!?」

「正確すぎる矢ほど避けやすい矢はない」

 

ユージェニーの言う言葉は挑発とも言えるし、本当のことだ。速すぎる矢とはいえ、一直線で向かってくるものなら狙いの場所が分かれば避けることが可能である。

与一の正確すぎる一撃は正確すぎるゆえに避け易いのだ。これならまだ乱射する方が当たるかもしれない。だが相手はプロであるため乱射の意味はないだろう。

 

「まだだ!!」

 

弓の弦を弾いて矢をもう一度放つ。次の狙いは右足、左肩、左手、左脇腹と矢を放つが全て避けられる。

 

「正確だと避け易い」

 

この決闘はユージェニーにとって仕事の延長線上である。ただ淡々と相手を倒せば良いだけだ。それだけで仕事は完遂する。

2つの鉤爪を交差し、ギャリギャリと金属音が響く。火花まで散るほどまで力を入れている。

 

「来るか」

「もう来た」

 

ユージェニーが一瞬で与一の間合いに走り込んできた。与一の目は彼女の動きを捉えていたが身体の反応が追いつかなかったのだ。

一直線に走って来たのは分かったがどう動けばより効率が良かったのか。そう反応して行動にするまでの過程を行えなかったのだ。だからこそ彼女に間合いに入り込まれたのである。

 

(速えな!?)

「その腕もらった」

 

鉤爪はちょうど与一の右肩を狙って来た。弓矢を使う者にとって腕を攻撃されて使い物にならなくなったら敗北確定である。何せ弓が引けないのだから。

瞬時に与一は今の状況を理解して身体を捻った。そうすれば大事な腕を守れるからだ。そのおかげで完全な負傷は免れたが引っ掻き傷の生々しい痕がついた。

ポタポタと紅い血が落ちる。すぐさまもう片方の手で抑えても痛みがジンジンする。でも我慢できないほどの痛みではない。それよりも次の一手がくるから避けないといけない。

 

「よく避けた。次はどうだ」

 

今度はえぐるように鉤爪が顔面に迫る。

 

「危なっ!?」

 

両足で力の限り地面を蹴って後退する。何とか間合いを取るための脱出なので受け身などは上手くとれずにゴロゴロと転がりながら離れた。

 

「ったく、とんでもないな」

 

ボソリと小さく呟く。

 

「離れても意味はない。どうせすぐに追いつく」

「できるかな?」

「ただの戯言だな。実力の差が分からない者じゃないだろう?」

 

与一はユージェニーとの実力差が分かっているのだ。戦闘屋と学生。これだけの言葉を比較すれば誰だって分かるもの。

彼自身だってこの決闘が不利すぎるものだと理解している。普段の彼ならこんな戦いは挑まないだろうが相手が家族とも言える義経たちを誘拐するような奴を許さない。

譲れない意志、戦いが男にはあるのだ。

 

「ああ。実力の差くらい分かっている。俺が圧倒的に実戦経験が無くてアンタに負けているってことはな」

「ならすぐに降参すれば良い。痛い目に合いませんよ」

「出来るかバーカ。したら俺らはどこも知らねえクズにコレクションとして見世物にされるか実験されるかだろーが」

「…依頼者は自分の物は大切にするらしいですよ」

「んな情報はいらねえ」

 

吐き捨てるように言葉を言う。

負けたら引き渡される誘拐犯の元凶なんか情報としていらない。できるなら相手に勝つ情報がほしいものだ。

そんな情報があってももらえるはずもないのだが。ならば自分で勝つ経路を探し当てるしかない。

 

「まったく、貴方は依頼品なのですからあまり傷をつけるわけにはいかないのです。…ですがこうも反抗されると仕方ありませんね」

 

彼女の殺気が濃くなる。与一は一歩後退してしまう。流石は戦闘屋だと言いたいが飲み込んだ。

 

(とんでもねえな。だが負けられないんだよ)

 

矢を取り出して弓の弦を引く。

 

「何度言えば分かる。当たらないぞ」

 

与一は口元をニヤリとする。そして矢が放たれた。

 

「避けられ…な!?」

 

まっすぐに飛んできた矢が軌道修正して傾いた。そして避けようとしたユージェニーに迫る。

これは矢の後ろについている羽の部分に細工をしたからだ。それに矢を少し削って重さも微妙に変えている。矢を少しでも細工すれば何かしら変化するのだ。

だが、細工した矢が自分の思った通りに飛ぶとは限らない。細工するにも計算は細かく、難しい。

 

「かすったか」

 

ユージェニーの頬から血がツゥーっと垂れる。完全なヒットでは無いがヒットである。彼女は血を手で拭って見る。

 

「油断。いえ、良い小細工です。だけどもう分かった」

「言ってろ。必ず矢をてめえの脳天にぶち込んでやる」

 

指を自分の頭にズンと突き立てる。

 

「くらいな」

 

変則な動きをする矢が連発される。

 

「良い小細工だと言ったが、もう意味はない。変則する矢ならば避けずに全て切り裂けばよいだけの話だ」

 

飛んでくる変則の矢を全て鉤爪で全て切り裂いた。

 

「どうする。もう…何?」

 

ユージェニーが見たのは与一が川神学園の内部に入っていく姿であった。

 

「追いかけっこをするつもりか。いや、場所を変えたいようだな」

 

 

075

 

 

2Sの教室。

 

「はぁはぁ。これでよし」

 

カチリと音が聞こえた。

 

「20分。時間との勝負だな」

 

ガチャガチャと武器を持てるだけ持つ。ここが川神学園だからレプリカの武器がある。普通の学園ならば複数の武器のレプリカなんて無い。

 

「ここが川神学園だってのに感謝だな。だから色々とある」

 

与一にとって川神学園はよく知っている空間だ。中二病特有の性質からで学園中を調べ尽くしている。だから彼にとっては動きやすい。

逆にユージェニーは川神学園の内部なんて知らない。有利なのは与一だ。

 

「実力差は埋まるワケじゃねえ。だが勝率は0.0001くらいは上がる」

 

ほんの少し勝率が上がっても、なんて思うだろうが実力が負けている者にとって可能性があるだけあればよいのだ。

 

「スマートな戦いじゃないが、ウダウダと言ってられないからな。見せてやるぜ。俺のどろどろの糞みたいな戦いをな」

 

ガラリと扉を開いて走り出す。

 

「決着をつけてやる悪宇商会」

 

 

076

 

 

ユージェニーは静かに川神学園の廊下を歩く。耳は微かな音さえ見逃さないように鋭くしている。

今、川神学園には与一とユージェニーしかいない。なら自分が出した音以外ならターゲットの与一となる。

 

「学園内に入り込み身を潜めたか。だが無駄だ。すぐにでも見つける。それに内部なんて弓矢がさらに使えないだろう」

 

川神学園が広いといっても弓矢で狙撃するには障害物が多すぎる。攻撃に至っては与一は大幅ダウンである。

有利な地形だとしても決闘の最中で戦力を落とすとは厳しい。これは防衛戦ではないのだから。

 

「何処にいる那須与一のクローン。逃げているだけか?」

 

ここで大きな声を出す。自分の居場所を教える行為だが、彼女にとって何ら問題はない。今は早くターゲットの場所を把握しなければならないからだ。

更に鉤爪でギャリギャリと音も立てる。

 

「いたな」

 

廊下の角を曲がると廊下が一直線になっていた。そしてその先にいる与一。複数の武器を身体に身に付けている。

 

「武器を増やしたところで何も変わらない」

「言ってろ」

 

シュパッ。

矢がまたユージェニーに向かって放たれたが避けられる。

 

「ただの無駄打ちだろう」

「無駄打ちでも打つことに意味があるんだよ」

 

シュパッシュパッシュパッ。

連続で放たれる矢。すべて避けられる矢。だが、与一は矢を放つのを止めない。

 

「やはりただの無駄打ちだったな」

 

ユージェニーはまたも矢を全て避けて与一の間合いに入り込む。だが前と違うのは与一が他の武器も持っていることだ。

 

「おら!!」

 

日本刀に持ち変えて抜刀する。素人同然だが無いよりマシだ。そしてすぐに捨て去り、次の武器のレイピアを突き刺す。

 

「届かない」

 

レイピアがユージェニーに届く前に鉤爪の間に入り込ませて捻り折る。そのまま蹴りあげた。

与一は窓から他の教室へと跳ばされた。

 

「ぐう、女の脚力じゃねえ。いや、女でも馬鹿力はいるか」

 

ガラリと勢いよく扉が開き、突撃してくるユージェニー。そうはさせまいと誰の机か知らないが心の中で謝りながらぶん投げた。

机が勢いよく投げ飛ばされてきたが、蹴り返される。

 

「危なっ!?」

「その腕もらった」

「さらに危なっ!?」

 

鉤爪が右腕を狙う。だが、与一は目がよいのだ。今回は何とか避けて、鉤爪がその後ろの壁に深く刺さる。

 

「今だ」

「何が今です?」

 

ドス。

与一の右肩に鉤爪の爪の部分が1本刺さっていた。

 

「何いい!?」

「この鉤爪には仕掛けがある」

「くっ、この」

 

爪を抜き取り、体勢を立て直すために教室から出る。ユージェニーは壁に刺さった鉤爪を抜き取り、1本欠けた爪を再装着する。予備の爪はまだある。

 

「また追いかけっこか」

 

ユージェニーは与一を追いかける。

 

「右肩をやられちったか。だがまだ大丈夫だ」

 

与一は走る。逃げているのではない。誘き寄せているのだ。気付かれたら終わりだから悟らせないように必死さを演じる。

 

「誘き寄せるのにこの傷は使える。血が俺の場所を教えてくれるからな」

 

到着した場所は科学実験室。ここには色々ある。そう、様々な物が揃っているのだ。危険な物でも。

 

「ここか」

「ここだよ悪宇商会」

 

今度は棍棒を片手で持って応戦する。リーチを活かしながらユージェニーを攻めるが基本的に素人なので決定打はない。それが片手なら尚更だ。よく振るえるものだ。

 

「おら!!」

 

近くにあった椅子を蹴り飛ばす。

 

「もう面倒だ。さっさと終わらせます」

 

踏み込み、一気に間合いに入り込む。そして鉤爪の連続攻撃が始まる。

右、左、右下、右上、下、上、左上。至るところから鉤爪が与一を攻撃していく。この連続攻撃を何とか避けるが切り傷がどんどん増えていく。科学実験室に血がピタピタと跳ねていく。

 

「脇腹」

「ぐあっ!?」

 

ついに鉤爪が与一の脇腹にグザリと刺さってしまった。激痛が身体に走る。

 

「今度は腕を貰う」

「腕はやらねえよ」

 

与一の懐から液体の入ったビンがユージェニーに迫る。

パキャアッと割れると液体がユージェニーにかかった。謎の液体を警戒して一旦離れた。

 

「この臭いはアルコールか?」

「正解。よく理科室とかにあるだろ」

 

そう言うと与一はまた懐からアルコールランプとライターを取り出す。これもよく理科室や実験室にある物だろう。

 

「火炙りにでもするつもりか」

「もっと酷いぜ。気付いてるか。今この部屋はガスで充満してる」

「貴様!?」

 

与一の発言はとても危険なものであった。

 

「何を驚いてるんだよ。戦闘屋は死と隣り合わせなんだろ?」

「貴様…たしかに戦闘屋は死と隣り合わせだ。だが、自ら死地に踏み込んで戦う戦闘屋はいない。貴様は馬鹿か?」

 

百戦錬磨の戦闘屋でも猛毒の充満する部屋でターゲットを仕留めろと言われて戦う者はいない。前提がおかしいのだ。死ぬと分かって戦う奴なんていない。

 

「馬鹿かもな。開き直ってるから。負けたら死ぬのと変わらないからなあ!!」

 

ガシャアンッと窓から飛び出す与一。それと同時にアルコールランプに着火して外から科学実験室に投げ込んだ。

 

「那須与一のクローン!!」

 

爆発音が響いた。

 

「死にはしないだろ。これでもガスの量は調整したからな。でも損傷は酷いだろうな」

 

与一は爆風に巻き込まれながらプールへと落下した。

バチャリとプールから這い上がる。

 

「はぁはぁ、やり過ぎた。でもこうでもしないと勝てないからな」

 

相手は非情な戦闘屋。ならこっちだって非情で容赦なく戦わなければならない。

ドチャッと座り込む。時計を見て時間を確認する。

ぼそりと「後少し」と呟く。

 

「やり過ぎた。学長すまねえ。そして従者部隊の出番だろ…俺も罪を償う」

 

息を整えながら爆発した科学実験室を見る。部屋からは爆煙が吹き出している。

 

「…チッ」

 

舌打ちをした瞬間に科学実験室からガシャアンと飛び出してプールへと落下してきた。それが誰かはすぐに理解する。

 

「嘘だろ。あれでまだ動けるのかよ」

 

バチャリとプールから這い上がるユージェニー。身体には火傷の痕が見てわかる。

 

「さすがに死ぬかと思った。でも万策尽きたはず。もう今度こそ終わりにしましょう」

「ちきしょうが」

 

鉤爪を構えてゆらゆらと近づいてくる。脇腹の痛みが酷くなる。嫌な汗まで垂れる。

 

「終わりだ」

 

ユージェニーが走り出し、与一へと突っ込んだ。与一は動かない。

そして鉤爪が与一に刺さった。

 

「ぐううがあ!?」

「これで終わりだ」

 

ポタポタと血が落ちる。

 

「ああ。終わりだな」

「負けを認めた…がっ!?」

 

まさか瞬間。まさかの出来事。まさかの攻撃。ありえない方向から矢が飛んできてユージェニーの脳天に直撃した。

その衝撃に真横へと倒される。

 

「あぐ…な、何が!?」

「言ったろ。脳天に必ずぶちこむってな!!」

「ど、どうやって!?」

「簡単だよ。お前の目で見えるか?」

 

与一が目線を2Sのクラスに向ける。ユージェニーも何とか目線を向けるが脳天にくらった矢のせいで見ることができない。

 

「見えないか。ボウガンだよ」

 

与一が川神学園内に入ってまず先に向かったのが2Sのクラスだ。ここでボウガンの仕掛けをセットしておいたのである。

矢が自分以外から放たれるなんてことはないという隙をついた作戦である。そして今いる場所がボウガンが放たれる地点。ここまでおびき寄せたのだ。

 

「本当ならあの爆破でくたばってくれたら、こんな賭けまがいな作戦はしなかったがな」

「く、こんな当たるかも分からない作戦を実行したのか!?」

「ああ。だからアンタが倒れているんだろ」

 

与一が密かに投げ込んでいた棍棒を拾い上げる。そして動けないユージェニーに近づく。

 

「俺はアンタに実力じゃ負けている、技術も負けている、殺気も負けている。でもよ、それでも勝っている部分があったぜ」

 

棍棒を大きく振りかぶる。

 

「それは運だよ。どんな勝負も運の流れってのは必ずある。今回は俺にその運が流れた!!」

「この、クローンが!!」

 

棍棒がユージェニーの脳天にクリーンヒットした。この瞬間に勝敗が決定したのだ。

勝者は那須与一。彼は自分らしくない戦いをした。本人は糞みたいな戦いだったとずっと言い続けるだろうが救われた者にとっては、見ていた者にとってはガッツのある戦いだったと言われるはずだ。

この決闘は彼に大きな成長と大きな悪の存在を教え込んだ。

 

 

077

 

 

「与一!! 弁慶!!」

「主!!」

 

義経が弁慶と与一に思いっきり抱き付く。

 

「痛たたたっ。痛い!!」

「わわ、ごめん与一!!」

「それくらい我慢しろ与一!!」

「俺はこれでもケガ人だ!!」

 

仲良し3人組とも言うべきだろう。彼女たちの姿は良い。お互いに支え合い、励ましている。家族とはああいうもののことを言うのだろう。

 

「松永先輩、真九郎くんもありがとう!!」

「いや、俺は何もしてないよ。助けたのは与一だ」

「そうそう。頑張ったのは与一くん」

「でも私たちの為に戦ってくれる。本当にありがとう!!」

 

涙をポロポロ流しながら笑顔だ。だがまだ完全な笑顔では無い。清楚を助けねばならないのだ。

 

「おい」

「何だ与一?」

「まだ完全勝利じゃねえんだから喜ぶな。まだ清楚先輩がいるだろ」

「そ、そうだな。ゴ、ゴメン」

「謝らなくていい」

 

プイっと顔を背ける。弁慶は「可愛くないねえ」と呟くが軽く笑っている。

 

「頼むぜ真九郎。俺は勝った。だからお前も必ず勝て!!」

「分かった」

 

手と手を強くパシンっと合わせる。そしてグラウンドの中央へと向かう。相手は既に準備ができているのか、静かに立っている。

ついに大将戦。紅真九郎の戦いが始まる。




読んでくれてありがとうございます。
感想など気軽にください。

今回のバトルはどうでしょうか。戦闘屋のプロになんとか与一がどろどろになりながら戦ったバトルでした。
正直、弓矢だけでは勝てるシーンが思い浮かばなかったので学園内に入り込み、様々な手を使って、運に任せて勝った状況でした。

そして次回はついに真九郎VSプリムラです。
どんな戦いになるかまた考えないとなあ…。


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真九郎VSプリムラ

こんにちは。
悪宇商会の3人の戦闘屋との決闘は最終戦です。
どんな戦闘にしようかと悩みましたが頑張って何とか書きました。

どんなんかは物語をどうぞ!!


078

 

真九郎VSプリムラ

川神学園のグラウンド場に二人の男女が対立する。男が真九郎で、女がプリムラだ。

二人は初対面では無く、ちょっとした知り合いである。最も、知り合いと言っても出会いは最悪。最初から敵である。

 

「おひさしぶりですね紅真九朗」

「・・・確か隻さんの部下の人ですね」

「貴様がセキ様の名を口にするな」

 

いきなり重い殺気を放たれる。だが、真九朗は負けない。殺気なんて今まで何度も味わっている。だが、今回の殺気は怒気が含まれている。

真九朗は確実にプリムラから恨まれているのだ。恨まれている理由なんて『あの時』の事件だろう。しかし、恨まれる筋合いは無い。先に手を出したのはプリムラたちの方なのだから。

 

「貴方とは休戦中の条約をしていますが今回の場合は適用されません」

「ああ、確認はとってある」

「この決闘で戦うのにあたって、万が一殺しても構わないということです」

「・・・文句は無い」

 

彼女からの殺気からで分かる。どうせ殺す気だろうというのがヒシヒシ伝わるのだ。この決闘は殺しは不可となっているが『不慮の事故』扱いは含まれない。

彼女とは個人的な因縁なんてものは無い。あるのは隻を倒した事に関しての事かもしれない。

そんなものは逆恨みだ。だが、この業界に入ったときから理不尽な怨みや理解されない怒りを受ける覚悟は出来ている。

以前に魅空の友人から怨みを買ったが、その友人は真相を何も知らないから真九郎を恨んでいる。だが真九郎は彼女の友人のためにも真相を明かすつもりはない。黙って怨みを買うだけ良いことだと判断している。

 

「仕事を完遂させるために私一人で残りの2人も倒す嵌めになりました。貴方をさっさと仕留めます」

「悪いが殺されるつもりは無い。人を商品のように扱う奴等に義経さんたちを渡すわけにはいかないからな」

 

さっきから殺気を受けるのは理不尽だ。人を道具のように思うなんて良い気はしない。真九郎は静かに怒る。

ビリビリと周囲に殺気と怒りが響く。

 

「この業界では当たり前のことです」

「ああ、そうだな。だが知り合いや友人がそんな目に会えば冷静に我慢できるほど人間できていないんだよ俺は」

 

銀子や夕乃、紫が狙われたら真九郎は冷静になれる自信は無いとすぐに答えるだろう。

 

「ですが、この決闘で負けたら文句は言わせませんよ」

「・・・分かっている」

 

負ければ終わりだ。負ければ命は無いかもしれない。義経たちも奪われる。だから今の精神は静かに燃え上がらせる。

 

「・・・いくぞ」

「こいよ」

 

お互いに拳を強く握る。お互いに走り出す。お互いに拳を突きだした。

そして、押し負けたのは真九郎であった。

 

「がっ、ぐぅ!?」

 

グラウンドをゴロゴロと転がっていく。その威力はそこらの戦闘屋を超えている。星噛絶奈の『要塞砲』よりかは劣るが人間を殴り飛ばす威力は充分過ぎるだろう。

プリムラとは今回が初めて戦う。前回は詳細を聞いたところ、切彦が倒したそうだ。一太刀で倒したため、実力は分からないと切彦は言っていた。彼女が強すぎるのだ。だが今のプリムラの姿を見て強さの理由がすぐに分かった。

 

「その両腕のは・・・」

「セキ様と同じ力だ」

「星噛製の刃。しかも2つか」

 

プリムラの両腕の肘から『星噛製の刃』が埋め込められていた。隻の時と違い、両腕とは無茶をしている。

 

「セキ様に近付くために最高顧問に大金をはたいて埋め込んでもらった。私はセキ様のためなら身体をいくら改造しても構わない」

 

プリムラは隻のことを尊敬し、妄信し、崇拝している。彼のためなら何でもできる覚悟があるのだ。その覚悟の現れが『星噛製の刃』だろう。

 

(・・・あの刃の性能が上がっている。星噛の発展力か)

 

サイボーグ技術を持つ星噛家は1度破られた物を更に修正するのは当然だ。今回の『星噛の刃』はより、切れ味を増して腕力に握力を向上させる機能を持っている。

 

「私はセキ様を倒したお前を認めない」

「認めなくていいよ。認めて貰う必要はない」

 

ただの敵に認めて貰うなんて必要はない。そもそも何を認めてもらうというのだろう。

赤馬隻を倒したことだろうか。だが倒したことは真九郎の中で事実。

彼は銀子を、紫を、夕乃を、崩月の家族を危険な目に合わせた。それは許さない。しかし崩月家は彼の罪を一緒に背負う覚悟をもっているのだ。その後に関してはとやかく言うつもりは無い。

 

「その星噛製の刃で隻さんに近付いたつもりか?」

「何だと?」

「その刃を埋め込めば強くなれるだろう。でも隻さんに近付けるわけじゃない」

「黙れ!!」

 

プリムラが間合いを詰めて力の限り殴りかかる。両腕で防ぐが肉を潰し、骨まで衝撃が伝わる。

 

「はあ!!」

 

刃で横一閃。腕にスバリと斬れて血がピタピタ流れる。それでも彼女の猛攻撃は止まない。

 

「私はセキ様が姿を眩ましてたからどんな依頼も達成してきた。功績を建て替え続ければ、必ず私の元に帰ってくる!!」

 

重い拳に鋭すぎる刃。猛攻は続く。

その勢いはまるで暴走に近い。彼女は赤馬隻を尊敬し、崇拝し、妄信しすぎて彼に関わる事に関しては常識が通じなくなっている。

 

「はああああああ!!」

 

力の限り『星噛の刃』を振るうと川神学園のグラウンド場が切断された。もうえげつないほどに傷痕をつけた。

身体をねじって危機一髪で避けた。直撃していたら身体が真っ二つであっただろう。それほどの鋭さと切れ味を持っているのだ。

 

「上手く避けたな」

「でやあ!!」

 

跳躍して鋭い蹴りを繰り出す。蹴りが直撃する音が響くが腕で防がれている。これでも破壊する気で蹴ったはずだが頑丈のようだ。

 

「掴んだぞ」

 

プリムラは真九郎の首を掴み、ミシミシと締め付ける。

 

「ぐが…!?」

「このまま絞め殺しても良いが、決闘上では殺しが不可です。…なので上手く誤魔化しますよ」

「こ、この」

 

真九郎はプリムラの腕を掴む。なんとか首を絞めている腕を引き剥がすために。

 

「お前を殺せばセキ様が帰ってくる!!」

「…帰ってこないよ。俺を殺したくらいで帰ってくるなんてことはない。誰かを殺せば人が帰ってくるなんて事があってたまるか!!」

「黙れ!!」

 

プリムラは真九郎の顔を、腹部を、身体中を殴る。その一撃一撃は重く、殺意の籠った拳だ。

 

「セキ様は必ず私の元に帰ってくる。だから私はどんな任務も達成する。そしてセキ様を苦しめたお前を殺す!!」

 

殴るのを止めないプリムラ。

 

「隻さんはあの事件の後、消えた。それは自分を見つめ直すためじゃないのか!?」

 

こんなのは真九郎の勝手な予想だが、崩月家の家族と再会した後、隻は何か心を改心させられるキッカケをもらったように感じた。

その後、彼がどうなったかは分からない。まだ生きているのか死んでしまったのか分からない。でも夕乃とはまた帰ってくると思っている。

 

「見つめなおすだと。セキ様はあの冷酷さこそセキ様だ!!」

 

血が刎ねる。内出血を起こす。肉が潰れ、骨が今でも折れそうだ。もしかしたら骨にヒビが入っているのかもしれない。

ゴガッと鈍い音が響く。

 

「何故だ。何故こんな弱い男にセキ様は…!!」

「あんたが隻さんを待つのは良い。待つのは誰もが持つ権利だ。でも待つ意味を履き違えるな!!」

「五月蠅い!!」

 

ゴキャッ。

 

「ぐう…」

「こんな弱い男に!!」

 

プリムラが拳を大きく振りかぶって殴ろうとした瞬間に声が聞こえた。

 

「真九郎は弱くない!!」

 

 

079

 

 

プリムラの両肘から突起した『星噛の刃』を見て燕はすぐさまアレが何か考える。武器を扱う松永家としてアレは危険すぎると理解した。

あんな物を人間の身体に埋め込むとは何処の人間か知りたいくらいだ。いや、どんな人間が作ったのかの方が知りたいくらいだ。

 

(アレ何!?あんな武器っていうか兵器は見たことないんだけど!?)

 

武器を扱う松永家だからこそ『星噛の刃』の価値、、殺傷能力、危険性が分かるのだ。

プリムラが刃を振るった瞬間にグラウンド場が切断された。あのサイズでグラウンド場に一直線に切断する威力はありえない。

川神には規格外はあってもおかしくは無いが、武器として、兵器として『星噛の刃』も規格外である。しかもソレを二本も腕に埋め込んでいるのだ。

 

(本当にアレは何かしら。まるで紅くんの角っぽいけど)

 

燕は分からない。星噛家を知らなければ当然だ。何せ裏世界の一角なのだから。彼女は今この瞬間に裏世界の一端を目にした。

 

「ヒューム…紅様は『星噛』と言いましたね。と言うことはもしや」

「ああ、だろうな。裏十三家の『星噛』だろう。こんなところで星噛製の武器を見るとはな」

 

九鬼家も様々な物を製作している。だが星噛家は九鬼とも対等だ。寧ろ人工臓器の分野に関して言えば星噛家が上だ。

星噛製の人口臓器はとても精密で頑丈だ。その価値は同等の重さの宝石と取引されるくらいと言われる。

 

「あれは人口臓器ではないが、特別製の武器だな」

「ええ、あんなものを身体に埋め込むとは…あの女性も無茶をするものですね」

「だが分かるだろう。あの女、強いぞ」

「はい。もう既に彼女は人間ではなく兵器ですね」

 

涼しい顔をしているヒュームとクラウディオ。だが彼女のバックにいるであろう星噛家に警戒してしまう。

そもそも事前の情報で悪宇商会の最高顧問が星噛の人間というのは知っている。あの『孤人要塞』だ。

 

「むう。最後の最後でとんでもない者が出てきおったな」

 

鉄心も自慢の髭を撫でながら唸る。

 

「俺は勝つがな」

「今はお主じゃなくて紅の戦いじゃろう」

「ふん。あいつは大した赤子だ」

 

目を向けると真九郎が首を掴まれ、殴られている。

 

「真九郎…」

「あ、ああ真九郎くんが」

 

義経たちは身体が震えて目も向けられなくなっている。それでも与一は目を背けない。

勝手な思いだが真九郎の勝利を望んでいるのだ。だが、状況を見ると真九郎の不利は見るだけで分かる。

プリムラの攻撃で真九郎は傷だらけ、痣だらけ、内出血を起こしているだろう。首を絞める握力で今にも首の骨を折られそうだ。それでも真九郎の目は死んでいない。

反撃のチャンスを待っているのだ。そしてそのチャンスを彼の天使が伝えに来た。

 

「この声は…まさか」

 

 

078

 

 

「真九郎は弱くない!! 真九郎は誰よりも強いのだ!!」

 

声が聞こえた。その声は今ここで聞くはずがない声。その声は真九郎にいつも勇気をくれた声。その声は彼が守らなくてはいけない女の子の声。

 

「む、紫!?」

「紫ちゃん!?」

「紫様!!」

 

九鳳院紫が川神学園に現れた。その現れ方はいつも真九郎のピンチの時に現れる。それはヒーローのようにではなく、彼に幸運を与えてくれる天使のように。

何故、川神学園に来たのか。それは「緊急事態というやつだ」とでも言いそうな顔をしている。前にも似たようなことがあった。

さらに護衛にリンもいる。当たり前だが紫が1人なわけがない。

 

「おい眼鏡女。お前は何も見えてないな。見てるのは自分のことばかりだ!!」

「何ですって?」

「そうだろう。私は少ししか聞かなかったが、さっきお前はセキという奴の為に、戻ってくるために戦うと言っていたな。それは相手が望んだことなのか?」

「貴様…!?」

「相手が本当に望まなければ意味なんてない!!そんなの誰でも分かることだ!!」

 

相手が望まなければ意味はない。それは当たり前のことで難しいものだ。

 

「私は真九郎に助けを望んで助けてもらった。でもセキとかいう奴は望んだのか。望んでもいないのに勝手にやるのは自分のことしか見ていない証拠だ!!」

 

プリムラが黙る。論破されたから黙ったのではない。静かに殺気を紫に向けているからだ。

10年も生きていない子供が大人の世界に、裏の世界に口を出すのはただただイラつかせるだけだ。さらに自分の覚悟を真っ向から否定されれば殺気も出るものだ。

 

「五月蠅い子供ですね」

 

プリムラの額にビキリと青筋が浮き出る。人の覚悟を否定された。何も知らない子供に否定された。

大人げないと言われるかもしれない。だが自分が心の底から決めた覚悟を否定されたら誰だって怒るだろう。覚悟を決めた者なら善人でも悪人でも関係無いからだ。

紫が言っていることは確信ではあるが、覚悟を持ったプリムラからしてみればただの子供の戯言にすぎない。

これはどっちもどっちであるようなものだ。結局のところ人の言い分とは相手を如何に自分の主張を通すかによるものだろう。

 

「…あの子供は目障りだ。殺すか?」

「…な!?」

「それに情報屋も崩月も潰す。セキ様を追い詰めた者は全て!!」

 

プリムラの目は酷く濁っている。

酷く濁った殺気が紫に向けられた。すぐさまリンが紫の前に出る。だが、そんな状況を真九郎が黙っているはずがない。

 

「おい」

「なん・・・ぐが!?」

 

ゴキン。

何かが折れる鈍い音が聞こえた。それは真九郎がプリムラの左腕を破壊したからだ。

 

「ぐうううう、おのれ紅真九郎!?」

「おい。銀子に、夕乃さんに、紫に手を出すな!!」

 

真九郎が怒る。冗談でも彼の大切な人に手を出すなんて言葉を言ってはいけない。怒りによって身体が熱くなる。

力が全身に入って、プリムラに殴られていた痛みなんて忘れてしまう。

 

「すう、かはああ」

 

息を吸って熱い息を吐く。そして『崩月の角』を開放する。全身の細胞が活性化して力がみなぎる。

 

「この崩月の鬼が!!」

「崩月流甲一種第二級戦鬼、紅真九郎。名乗れよ。俺はあんたの覚悟なんてどうでもいい。だが大切な人を傷つけるなら俺は何が何でも守る!!」

「…二代目レッドキャップ、プリムラ。セキ様の意志を継ぐ者!!」

 

プリムラは無事な右拳をこれでもかというくらい握りしめる。真九郎は地面を砕く勢いで踏み、突撃する。

どちらも小細工無しの真っ向勝負。妄信によって固められた覚悟の拳と大切な者を守る為に強者であり続けると決めた拳がぶつかる。

 

「俺はあんたの覚悟なんて本当にどうでもいい。他人の覚悟なんて分からないからな。だから俺の覚悟もあんたには分からないだろう。それでもいいさ。大切な人が守れるなら」

 

拳を前にへと突き出す。その瞬間にプリムラは殴り飛ばされ、『星噛の刃』が砕け散った。

 

「あんたが隻さんを大切に思っているのはなんとなく分かっていたさ。でも負けるわけにはいかないんだ。なにせ負けられない理由があるんだよ」

 

チラリと真九郎は紫を見る。すると紫は太陽のような笑顔だ。それを見て心からホッとしてしまう。

 

「セ、セキ様…わ、私は」

「…俺の勝ちだ」

 

真九郎VSプリムラ。

勝者は紅真九朗。長く、深すぎる一夜が終わった瞬間であった。




読んでくれてありがとうございました。
感想など気軽にください。

今回の戦いは会話が多く、戦いの描写が少ない感じになりました。
これは真九郎の会話から始まる戦いを意識して書いたものです。
原作でも戦闘描写よりも会話のせめぎ合いの方が多いですから。

そしてプリムラは赤馬隻を妄信してしまったが故に歪んでしまった感を出しました。
漫画版でもそのような雰囲気もありましたし。そしてあの事件からこうなるんじゃないかなっと思いました。
確か隻は切彦の粛清で死んだってことになっていたような気がしますが本当のところは分からないので2人とも隻がまだ生きているかもしれないって感じになっています。

これで3人の戦闘屋との決闘編(クローン奪還編)は終了です。
次回で後日談を書いて一区切りですね。

そして新章はやっと環さんや闇絵さん。崩月の家族が登場の物語となります!!



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長い夜が明ける

決闘後の後日談的なものです
簡単にまとめたものになっております。

非日常から日常へと戻ります。


080

 

 

クローン奪還戦の後日談を語ろう。

真九郎がプリムラに勝利し、清楚を奪還した。悪宇商会のプリムラたちは文句も言わずに撤退していった。

これでも仕事のプロであるためルールをちゃんと守ってくれた。流石にルールを守らない程の愚かな戦闘屋ではないようだ。その彼女が歪んでいようとも。

この決闘後はきっと悪宇商会から連絡があるかもしれない。今回は特別であったが元々、悪宇商会とは休戦状態なのだから。それを考えると少し憂鬱な気分になる。

だが紫の笑顔を見たらどうでもよくなった。そして義経たちの笑顔も見れば尚更だ。今は勝利を、彼女たちを救えたことを喜ぼうと思っている。

真九郎たちは精神的にも肉体的にもボロボロであるが達成感はある。今回の一件で真九郎は燕と与一と繋がりはできた。死闘を乗り越えた的な意味で。

 

「今回は私たちだけの秘密だね」

「秘密って言うかな?」

 

そして今回の黒幕と言うか元凶である御隈秀一は決闘の結果により捕縛。九鬼の力で御用となったのだ。彼はもう何もできないだろう。

裏世界でも大きな力を持つ者の1人とはいえ、九鬼も本気を出せば潰せることはできる。警察も動いたと聞くが、もしかしたら『円堂』も裏で動いたかもしれない。『円堂』に関しては真九郎の勝手な推測である。

この一連の事件でもう裏世界の人間はクローンを狙うなんて馬鹿な真似はしなくなるだろう。だが九鬼の人間は裏世界へ目を光らすこととなるだろう。

 

「ありがとうございました真九郎様」

「義経さんたちが助かって良かったですよクラウディオさん」

「真九郎様には御礼として報酬がございます。どうやら金銭面で苦労しているようですから」

 

微笑むクラウディオ。これはこちらも微笑むしかない。確かに金銭面では苦労しているので言い返せないし、御礼金は嬉しい。

 

「真九郎様も大変ですね。もしよければ九鬼で働きませんか?」

「嬉しいお誘いですが…」

「まあ応えは分かっておりましたよ。でも九鬼はいつでもお待ちしています。紋様も待っていますよ」

「ありがとうございます」

 

前回は九鬼にて関わった事件を解決したが今回も事件を解決した。自覚をまだ持っていないが真九郎は九鬼との大きな繋がりができたのだ。

これが今回の事件の一連の後日談である。

 

 

081

 

 

正座をしている真九郎。そして正面には夕乃が正座をしている。これはクローン奪還戦の報告をしているのだ。

何故か正座をさせられているのは夕乃の命令である。今回の戦いでボロボロになったからとのこと。戦えば身体がボロボロになるのは当たり前なのだが。

 

「良いですか真九郎さん。今回はちゃんと悪宇商会と戦うと事前に言ってくれたのは良いでしょう」

「はあ」

「でもそんなボロボロになるまで戦うとは許してませんよ!!」

「でも義経さんたちを救うには振り絞って戦うしかないですし…」

「それでもです。私は真九郎さんが傷つくのが嫌なんです」

 

夕乃も義経たちが誘拐されたのに心配はした。とても心配した。だが真九郎が傷つく方がもっと心配してしまうのだ。

 

「全く…本当に心配したんですからね。これはとっても怒ってます!!」

「す、すいません」

 

理不尽かもしれないが本当に心配されているのだから真九郎は頭が上がらない。そもそも夕乃には絶対に頭が上がらない。

 

「謝っても怒りが収まりません。これ何かしてくれないとダメです!!」

「な、何かって…」

「そうですね。今度どこかに遊びに連れてってください。それで怒りは収まります」

「わ、分かりました。じゃあ今度どこかに出かけましょう」

 

真九郎が了承したのにピクリと反応する。

 

「本当ですか?」

「本当です」

「私と2人っきりですか?」

「え、あ、はい」

「村上さんや紫ちゃんたちは含めませんよ」

「はい」

 

完全に肯定した真九郎。そしたらズズイっと夕乃が近づいて早速、遊びに行くもといデートプランを打ち合わせするのであった。

 

「それともう1つ。ぎゅっとしてください」

「え?」

「抱擁、ハグとも言います」

「…えっと」

「しないんですか、どうなんですか!!」

「は、はい!!」

 

優しく抱擁する。

 

(幸せ日記に書かなくちゃ!!)

 

 

082

 

 

「…機嫌でも悪いのか銀子?」

「…そうよ」

「何で?」

「言わなきゃ分からないの?」

「…すいません」

 

銀子の機嫌が悪いのは言うまでもなく今回のクローン奪還戦である。夕乃と同じように報告はしたが馬鹿みたいにボロボロになって心配させてしまったのだ。

これも理不尽ともいえるような扱いかもしれないが心配されている証拠だ。毎回いつも心配されては怒られているのだ。

 

「ごめん銀子。でも知り合いを見捨てるなんてできなかったからさ」

「馬鹿ね。九鬼にでも任せれば良かったのに」

「その九鬼から任されたからね」

「…なら私をもっと頼りなさいよ」

 

ボソリと呟くのであった。

 

「うん。頼るよ」

 

真九郎もボソリと呟く。

彼と彼女の関係は信頼しあっている。何となくお互いの気持ちが分かるように。しかし色恋沙汰に関しては除外されるが。

 

「それにしても悪宇商会が川神まで…本当に世間は狭いわね。で、今回の一件でまた本社にでも呼ばれるのかしら?」

「それはまだ分からない。でも連絡はくると思う」

「気を付けないさいよ」

「分かってる」

 

 

083

 

 

可愛い女の子が真九郎の懐に飛び込んできた。紫である。彼女のおかげで今回の決闘に勝てたのもある。

真九郎は紫を優しく抱きしめて頭を優しく撫でる。

 

「緊急事態とはいえ、来てしまって悪かった。ああいうところは危ないと分かっていたけど真九郎が心配だったのだ」

「いいよ。寧ろ来てくれてありがとう紫」

「真九郎!!」

 

紫はさらにぎゅっと抱き付く。小さいがとても温かく、子供の強い力を感じる。この子を必ず守ろうと思うのであった。

 

「私はよくわからないが今回はもう大丈夫なのか?」

「ああ。もう大丈夫だよ。今度さ義経たちにまた会ってくれ。御礼を言いたいそうだ」

「私は何もしてないぞ」

「それでも来てほしいってさ。来てくれたことに意味があるんだ」

「そうか。分かった!!」

 

本当に彼女の笑顔は太陽のようだ。時折見せる大人の対応もしているが何だかんだで年相応の女の子。

 

「そうだ。今度の休みにまた遊びに行ってよいだろうか?」

「うん大丈夫。それに今度の休みは環さんたちや冥理さんたちがくるんだ」

「おお、全員集合だな」

「そうなんだよね」

 

きっとごちゃごちゃでうるさくなるだろうが、面白くなるだろう。

環はきっと酒で絡んでくるだろう。闇絵は意味ありげな言葉でからかってくるだろう。散鶴は甘えてくるかもしれない。冥理は突拍子もない言葉で悩ませてくるかもしれない。

それでもきっと良い日になるだろう。そう思いながら真九郎も笑顔になるのであった。

 

 

084

 

 

「真九郎くん!!」

「やあ義経さんたち」

「実は改めて御礼が言いたいんだ」

 

義経たちは真九郎に御礼を言いにきた。彼はまさしく命の恩人だ。だから御礼を言いたいと義経は言うのだ。

この彼女の提案は弁慶や清楚も文句はない。寧ろそれが当たり前だ。その中には与一もいて、クローン組の勢ぞろいだ。こうも改まって来てくれると真九郎もどう返事をしようか悩んでしまいそうだ。

 

「改めてありがとう真九郎くん。君のおかげで助かったよ。もう義経は君に感謝いっぱいでどう御礼をすればいいか分かんない程だ」

「主~そんなの身体でも何でもで返せば良いじゃない」

「べ、弁慶。そ、それは!?」

「弁慶ちゃん。それは流石にだめよ」

「はーい清楚先輩」

「全く…姉御は」

「あんだって与一?」

「何で俺だけ!?」

 

いつものクローン組だ。これには微笑ましく思ってしまう。

それはともかくとして身体で返されても困ると思う。そんなの後が怖いに決まっているからだ。主に夕乃たち的な意味で。

正直のところもしもを考えたとして、死しか未来が見えない。そんなのもう『稽古』の話どころではなくなる。

 

「真九郎くんは命の恩人だ。もし何か困ったことがあったら何でも言ってくれ。義経は必ず真九郎くんの力になるよ!!」

 

その言葉に弁慶たちも頷く。力になってくれる。この言葉は嬉しいものだ。

 

「ありがとう。何かあれば力を貸してもらうよ」

 

クローン組との絆は深まっただろう。あれだけ濃すぎる長い夜だったのだ。日常とは違う非日常。

彼らは成長したとは違うが世界の見識は変化しただろう。裏世界の一部を見てしまったのだから。

真九郎は思う。彼らにはもう裏世界に関わって欲しくないと。関わったら碌なことがない。それは真九郎自身が味わっている。しかし彼は後悔していない。自分で選んだ道なのだから。

 

(でも1度裏世界に関わると簡単には切り離せないものだ。それが表で有名な九鬼財閥なら尚更。でも彼らにもう危険なことがないことを願うしかないな)

 

彼らを守りたいと思うが真九郎は誰彼全てを守れるヒーローではない。ならば揉め事処理屋として頼られたら力になろうと思うのであった。

 

「あの真九郎くん。良いかな?」

「何ですか葉桜先輩?」

「助けてもらって何なんだけど頼みがあるの」

「頼み?」

「良いかな。助けられてばっかりで今度は頼みごとなんて」

「構いませんよ。俺は揉め事処理屋ですから」

「ありがとう。真九郎くん!!」

 

揉め事処理屋の仕事は終わらない。




読んでくれてありはとうございました。
後日談で簡単にまとめたものなので物足りない感があるかもしれませんが生温かい目で読んでってくださいね。

そして次回はついに環さんたちが登場だ!!
たぶんはっちゃけるかな?


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絶対切断
酒癖の悪い女と悪女


ついに環さんと闇絵さんの登場だ!!
この一言で足りる!!


085

 

 

ある2人が川神市に訪れる。そのうち1人は昼間から酒を飲み、陽気な女。もう1人は全身黒装束で不思議な女。

川神には様々な人間がいるがその2人は川神にいる人に負けないくらい癖の強い女性だ。おそらく川神でも上位にはいるくらい。

そんな事を彼女たちに言えば否定してくるかもしれなし、肯定してくるかもしれない。

 

「いやー、お酒が美味しいね闇絵さん」

「そうだな。このワインなんか血のように赤く良い」

「あははは~。それにしても早く川神に着いちゃった。愛しの真九郎くんがまだ駅にいないよー」

「なら、少し川神を観光してみるのも良いかもな」

 

クイっとワインを飲む黒装束の女の動作は優雅で悪女のようだ。逆にもう1人の女は豪快に酒を飲む。見ていてなんとも美味しく飲むのだろうと人行く人たちは思う。

最も昼間から酒飲む女性をどう思うかは人それぞれである。

 

「じゃあ川神の観光にレッツラゴー!!」

 

五月雨荘の武藤環に闇絵。彼女たちは真九郎たちが留学している地域の川神市に興味を持って観光しに来たのだ。

本来ならば時間になれば真九郎たちが迎えに来るはずなのだが、予定よりも早く到着した為に時間が余っている。だから彼女たちは余った時間で近くを観光することを決めた。

 

「取りあえずお酒のツマミは売ってないかなー?」

「近くにはないな。あまり他の人に迷惑はかけるなよ」

「分かってるよ闇絵さん!!」

 

酒を持ってハイテンション姿の環と酒を飲んでも冷静な闇絵。なんとも正反対な2人である。取り合ず彼女たちは風の赴くまま、気の向くままに歩き出した。

 

「ふんふ~ん」

 

鼻歌を歌いながら歩く。普通ならご機嫌な人と思われて終わるだけだが環は昼間っから酒を飲んでハイテンションな美人。ある意味注目を浴びている。

環は美人だが、とにかく身だしなみに気を遣わず、素行も「山猿みたいな習性」と評される程に女らしくないので、素材を全て台無しにしているのだ。これには真九郎たちも頷いてしまう。

 

「それにしても川神は武術の盛んな地だから、そこらでバトってるかと思ったけど案外違うみたいだね」

「そんなのはただの無法地帯だ」

 

そんな話をしていたら前の方で騒がしい声が聞こえてきた。良く見ると人が集まっている。何かと思って近づいてみると誰かが決闘をしているのだ。

 

「無法地帯だったな」

「わー。血気盛んじゃーん。こういうの良いね!!」

 

ドコン。決闘する1人が相手をぶっ飛ばして決着がついた。

 

「今の人はまあまあでしたね。決闘資格はありますよ」

「分かりました。では義経様の決闘表にチェックしておきます」

「お姉さまお疲れさま。はいスポーツドリンク。水分補給は大事よ」

「おおーありがとうワン子。出来る妹だなあ」

「えへへ」

 

とても仲の良い姉妹がいる。その彼女たちは川神姉妹だ。

 

「うわー。可愛いアンド美人!!」

「どうやら姉の方がさっきから決闘しているみたいだな」

「あの人たち有名な川神姉妹だよ。姉の方が武神なんて呼ばれている武人だ!!」

「へえ、あれがねえ。内側からにじみ出る鬼だな」

 

闇絵は的確な表現をした。百代は確かに鬼のような戦闘狂だ。分かる人には分かる雰囲気を醸し出しているのだ。

だがこっちには酒鬼がいると思い横にいる環を見る。まるで水のように飲んでいるが最終的には全て吐くのが彼女である。

 

「いよーし、アタシも挑戦しよっかな」

「勝てるのか?」

「やってみなきゃ分からないよ!!」

 

環は人だかりをかき分けて前へと進んでいった。それを見て闇絵は小さく「ほどほどにな」と呟くのであった。

 

「挑戦者はもういませんか?」

(今日はこれで終わりか。まあまあ楽しかったけどアタリは居なかったなー)

 

最近の百代は義経たちと決闘したい武術家の品定めのために戦っていて多少は戦闘への欲求不満は消えている。しかし、ここにきて夕乃や真九郎たちが交換留学に来て治まった戦闘への欲求不満が戻ったのだ。

ただでさえ、つい最近のある夜は鉄心から絶対に外に出るななんて言われたことがあった。何でも川神学園である人物たちが決闘をしていたとのこと。その決闘は間違いなく彼女にとって面白いと思われるものであったに違いない。だがクローン奪還戦に百代が参加していたら間違いなくややこしくなっていただろう。

 

(あの夜に決闘していたのは間違いなく燕に与一、それに紅だな。見に行きたかったけど、ジジイからめっちゃ出るなと言われてたからなー)

 

彼らが戦った相手は間違いなく強者だ。遠くからでも気を探ってみると強い気を感じたからだ。

 

(ちぇっ、戦いたかったなー。でも決闘なら勝手に対戦相手を奪うわけにはいかないし。困った)

 

そもそも鉄心は百代に悪宇商会の者と戦わせるつもりはない。彼女はまだ本当の死闘を知らない。

もし悪宇商会を知って戦闘屋と戦いたいなんて言い出したら鉄心の胃のダメージがハンパないだろう。世間を知らなすぎるし、常識がずれている。

だが、それも今までの人生と彼女の才能のせいかもしれないのもある。

 

(燕のやつ、身体中にダメージが残ってたな。燕にあそこまでダメージを与えるとは相手が気になる)

 

百代は考える。

 

(与一なんかは目に見るようにボロボロだ。あの与一があんなんになるまで戦うとはな)

 

どんな相手と戦ったのか。

 

(とくに紅は顔に痣があったな。でも消えかけてた…紅も回復力があるのか?)

 

普通の者なら分からないかもしれないが百代は真九郎の顔の痣は分かっていた。そんなのがあれば気になる人は聞いてくる。

だけど答えは決闘した傷痕だとかで納得させられてしまう。川神ならばその答えでほとんどの者が納得するからだ。決闘が多い市だからこそだろう。

 

(強い奴と戦いたいー、死闘をしたいなー)

 

彼女の戦闘欲求は収まらない。収まらせるには彼女を発散させるくらいの戦いをするか、彼女の鼻っ柱の叩き折るかだろう。

鉄心もそうさせたいところだが、相手がいないので難しいと思っている。だがヒュームは、九鬼側は何かしら用意しているらしい。そのことが百代にとって楽しみではある。

 

「今日はもう挑戦者が居ないし変えるかワン子」

「はいお姉さま!!」

 

仲良く走り込みで川神院まで戻ろうかと思っていた矢先、元気でハイテンションな感じの声が聞こえてきた。

 

「ハイハーイ!! 最後にアタシ挑戦したーい!!」

「お、挑戦者か」

「おやおや、飛び入り参加ですね」

 

今回の九鬼家から出た審判役である桐山鯉は最後に出てきた挑戦者を見る。

 

(…酔っ払い。いえ、これは!?)

 

鯉は名乗り出た挑戦者を観察すると強さのレベルを感じ取って驚く。戦わなくても間違いなく義経たちと戦うに値する者であると。

だが酔っ払いなのがいただけない。でも相手が女性なので口にはしない。

 

「川神様がよろしければ決闘は成立しますがどうですか?」

「構わない。それに相手は美人のお姉さんだ!!」

「でも酔っ払いよお姉さま」

「ああ。酔っ払いだな」

 

酔っぱらいの環が武神の百代に勝負を仕掛けてきた。

 

 

086

 

 

武藤環VS川神百代

 

酔っ払いと武神の決闘が急遽始まった。お互いに真剣なんてものではなくお遊び感覚の決闘だ。

環は観光の記念に。百代は酔っ払いだけど美人のお姉さんの相手ができると思って。もし本気で決闘するならこんな状態で決闘あんてしないはずだ。

 

「では挑戦者はお名前をお願いいたします」

「はーい。武藤環。女子大学生でーす!!」

「では決闘を始めますので酒瓶は置いてください」

 

普通ならこんな者を決闘なんてさせるつもりはないが百代自身が勝負しても良いと言うので不問となる。

ふらふらと百代の前に立って構える環。

 

(あの構えは空手家か?)

 

正解である。環はこれでも町の空手道場で師範をしている程の実力者だ。道場に来てくれている教え子にちゃんと教えているかが気になるところではある。

 

「では、両者共に名乗りを!!」

 

百代も構える。

 

「川神院所属。川神百代!! 拳で戦う美少女!!」

「武藤環でーす!!」

「では、始め!!」

 

百代は環の様子を見る。相手が如何に酔っ払いとはいえ、武神である自分に決闘を仕掛けてくるのだから多少は実力があるのだろう。

 

「うー、ひっく」

「…酔拳でもつかうのか?」

「ひっく…」

 

なかなか仕掛けてこない環を見て百代は考えを変更する。どうやら相手もこちらの動きを様子見をしているらしい。ならばこっちから仕掛けてやると改めた。

 

(うっぷ、飲みすぎたかな。急にちょっと気持ち悪くなってきた)

 

だが百代の考えは的外れで、ただ少し気持ち悪くなったから動かないだけである。

 

「いくぞ。川神流無双正拳突き!!」

 

武神の無双とも言える拳が環に向けられて突かれる。その突かれる速さは常人では見切れない。そう常人ならば。

 

「なっ!?」

「わー、すっごい良い突きだね!?」

 

環は何なく百代の突きを受け止めていた。いや、何なくと言う表現は武神を軽んじる言葉になってしまう。

彼女が武神の拳を受け止めたのはそれほどの度量を鍛え上げたからの代物だからだ。環は女性でありながら大男の拳を指2本で受け止められる。

ならば腕1つならば怪力男の拳だって止められるだろう。だから武神の拳をも止められる実力までは完全に達している。

 

「嘘っ、あの人お姉さまの突きを受け止めた!?」

 

一子だけでなく周りにいる観客たちも驚いている。あの武神の拳を受け止めたという事実はそれだけで人を驚かせるものだ。

事実、百代自身でも驚いている。自分の拳が止められる相手なんて指で数えられるくらいしかいないから新に自分の拳を止めた環に強い興味を抱いた。

 

「ハハハ、これは面白い。私の拳を止めるとはな!!」

「こりゃあ強い突きだね」

 

環も武神である百代の一撃に驚いている。おかげで酔いが少し覚めたほどだ。

拳をはらって、構え直す。どうやら百代は環のことを強者として認めたのだ。もう義経たちと戦う資格は十分にあるが、寧ろ自分が思いっきり戦いのだ。

 

「これは久々に楽しめそうだな」

 

ニヤリと笑う百代。やっとまともに戦えそうな相手が久しぶりに現れたのがとても嬉しいのだ。

つい張り切って闘気を滲み出してしまう。

 

「お姉さまが少し本気出してわ」

(武神が少し本気を出した。と言うことはやはりあの女性は相当の実力者ですね)

「仕切り直しだ!!」

 

百代は瞬時に間合いを詰めて連続で必殺の突きを繰り出すが環は何とか避けて、受け止める。武神の猛攻とも言える攻撃に環は焦る。

決闘とはいえ本気で相手をするつもりはなかったお遊びだったが何故か百代が急にヤル気を出した。最初は百代だって遊び感覚だったと感じていたのに急な変わりようである。

 

「ハハハッハハハ、良いぞ良いぞ。もっと楽しませてくれ!!」

「元気だね!?」

 

どんどんと突きの速度が速くなる。環がクリーンヒットをさせてくれないのが嬉しくて、ついギアを上げてしまう。

これならもっと本気を出せる。もっと力を出せる。もっと楽しめる。もっと戦える。

 

「防いでばかりじゃ詰まらないぞ!!」

「じゃあこっちからも行くよ!!」

 

素早い突きをかわしながら拳を作る。酔っていてもしっかりと相手を見定めて狙う。

 

「むむっ!?」

「ふうう…」

 

環から一瞬だけ出た闘気を感じ取った百代はすぐに守りに入る。

 

「正拳!!」

 

正拳突きが百代に放たれた。すぐに守りに入ってたのでクリーンヒットはしないが正拳の威力はとんでもない。

彼女の拳は屈強な大男でさえ一撃で沈める。しかもまだこれで本気では無い。

 

「へえ。突きの威力も申し分無し!!」

「あちゃー、防がれちゃったかー」

「まだまだ終わりじゃないぞ!!」

 

鋭い蹴りが一閃するがしゃがんで避ける。そして環はその瞬間に目を光らせた。

 

「むむ、見えなかった!?」

「私のスカートは鉄壁だ!!」

 

何故か急にエロオヤジの才覚が出るのであった。しかもこの時に百代は何故か環に似たようなモノを感じ取った。

それは同じエロオヤジ属性があるからだろう。今は決闘中だが、話し会いでもすればすぐにでも仲良くなれるだろう。

 

「うらららららら!!!!」

「よ、はっと!!」

「やるな。ならこれはどうだ!! 川神流畳返し!!」

 

畳ではなくて地面がひっペ返して壁となった。そして壁を殴って破片が飛散した。これは防御のためでなく攻撃ためだ。

 

「痛たたた!?」

「もらった!!」

「もらっちゃやだ!?」

 

またも拳を受け止める。激闘が繰り広げられる。

観客たちや負けた武術家たちは固唾を飲んで決闘を見ている。何せあの武神である百代と対等に張り合っているからだ。

 

「す、凄いぞあの酔っ払い!!」

「あの武神とまともに!?」

「あ、ありえないわね。名のある武術家だったりするのかしら?」

 

拳同士がぶつかり合う。鋭い蹴りが繰り出される。

 

「ハハハハッハ。面白いぞ!!」

「いやーやるね。こりゃあ、ちょっとヤバイか……うぷっ」

 

決闘のボルテージも上がってきたがここで環のボルテージが下がってしまう。決闘のボルテージというよりも酔いの許容量に限界が超える。

 

「どうした。急に動きが悪くなった…ぞ!?」

「えろろろろろろおろろおろろろろろろ」

 

環は決闘中、盛大にリバースした。しかも百代の目の前で。

 

「吐いたぁぁぁぁぁ!?」

「おろろろろろろろろろ」

「やれやれ。限界だったか」

「あれ、何か黒い服の女性が出てきたわ」

「何やってんですか環さん!?」

 

ここで保護者の真九郎の登場である。




読んでくれてありがとうございます。

今回は環さんたちが登場で軽く百代と決闘しました。
でも環さんは相手が武神でもいつもどおりです。そしてまともに戦えます。

なんせ原作の作者様が環さんが能力とか無しならば最強と認めるくらいですからね。


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崩月の家族

お待たせしました!!
今回は崩月の家族たちが登場です!!

日常回ですね。そして崩月家は川神でも通常運転です。


087

 

 

崩月冥理と崩月散鶴は川神に訪れていた。訪れた理由は娘の夕乃たちがちゃんと新しい学園生活になじんでいるか気になったからだ。

この思ったことは親として当然の気持ちだろう。親が子を心配しないわけがない。最も冥理は真九郎と夕乃が夜の営みをしているかどうかが気になっているだけではある。

何せ若い男女が新しい地で生活するのだ。何があってもおかしくないと言う冥理の勝手な持論である。

 

(あの子ったら妙な所で弱気になるのよね。ちゃんと真九郎くんをリードできるかしら?)

「はやくお姉ちゃんとお兄ちゃんに会いたいな」

「そうね散鶴」

 

早く娘たちの顔を見たい。それでも川神に早く到着したので迎えの夕乃たちがまだ到着していないのだ。

 

「どうしましょう。どこかで時間を潰してましょうか」

「お母さん。お腹が空いちゃった」

「そうね。小腹が空いたし、どこかで軽食にでもしましょうか。時間はあるし」

 

どこか軽めな食事ができないかと歩きながら周りを見るがどうもよく分からない。実際に初めての地であり、念入りに観光の準備をしたわけではないので土地勘はまさしくゼロである。

適当に入ってハズレを引くと散鶴が可哀想なので賭けはできない。このことから導き出した答えは単純。

 

「誰か地元の人に聞くのが一番ね」

 

そう思いついたら早速行動するべき。チラリを見渡して、何となく見つけた仲がよさそうな3人組に声をかけた。

その3人を見ての感想は色黒のイケメンに幸薄そうな白い少女、そしてハゲ。また面白い組み合わせだなっと思う他ない。しかし何故かハゲには散鶴を近づけさせてはいけない気がしたが気のせいだと思うのであった。

 

「あの、すいません」

「はい。何でしょうか…これはこれはお美しいお方ですね」

「あら、お上手。うふふ」

 

冬馬は息をするように女性を褒めるが冥理も大人の対応で返す。

 

「おおおおおおお」

「どうしたハゲって、ああそういう」

 

準は散鶴を視界に入れた瞬間、静かに声を漏らしていて小雪も納得していた。

 

(こ、このロリは極上のロリ。紋様や紫様、委員長と並び立つロリだ!!)

「あう?」

(仕草も素晴らすぃー!!)

 

準の不純な何かを感じ取った散鶴は母である冥理の後ろに隠れる。もともと人見知りなので当然な行動だろう。しかし準にとっては目の保養でしかない。

しかし誤解してはならないが準は幼女に対しては絶対の紳士である。絶対に間違いはないはずである。相手を怖がらせるなんて馬鹿な真似はしない。

 

「どうしたのですか?」

「実は観光でここに訪れたのだけど、よく分からなくてね。どこか軽い食事でもできる良い場所をしらないかしら?」

「なるほど。お任せください」

 

ニコリと良い笑顔。お返しに冥理もニコリと良い笑顔。

 

(ふむ。強敵ですね)

(駄目だよトーマ。相手は人妻だよー)

(不倫ってクる言葉ですよね)

(全くもう…でも相手は簡単にはいかなそー)

(ユキまでそう思いますか。やはり強敵ですね)

 

冬馬がそう思うのは当たり前だ。彼女は真九郎も夕乃さえも敵わない大人の女性だ。

女性に対して百戦錬磨の冬馬でも冥理を相手にするにはまだ経験値が足りないのだ。それでも口説くように会話するのは冬馬ならではかもしれない。

川神市の観光場所を説明しながらどことなく口説くが意味はなかった。

 

「いろいろと教えてくれてありがとうね」

「いえいえ、力になれて何よりですよ」

「ウフフ。こんなオバサンを口説くよりも若い子を口説きなさいな」

「いえいえ、貴女はまだまだお若いですよ」

「あらお上手ね」

 

この会話を聞いていた小雪は「トーマが相手にされてない。珍しー」なんて呟いた。

ところで準はというと優しい顔で散鶴を見ていた。散鶴も準から邪悪さを感じないから少しは警戒が薄れる。でも何かモヤモヤしたもの感じるのは分からない。でも危険さはない気がするのだ。

 

「俺は井上準。君は?」

「わ、私はち、散鶴」

「散鶴ちゃんって言うんだね。可愛い名前だ」

「ボクはユキだよ。よろしくねー」

 

一応、準が何かしでかさないように見張る小雪である。最も何度も確認しても準が小さい女の子に変なことをすることは絶対に無い。

 

「あ、ありがと」

 

可愛い名前と言われれば嬉しくないはずがない。つい赤面してしまう。これが真九郎ならもっと赤面して嬉しがるだろう。

 

(可愛い…心は浄化されるようだ)

 

準の周りに委員長に紋、紫、散鶴とロリが集まって最近は心に安寧を迎えられている。そして勝手に同士認定している真九郎がいるので充実もしている。

彼は1日1日を楽しんでいる。どんな楽しみ方かは人それぞれであるが、楽しいのなら小雪も冬馬も満足しているのだ。

 

「じゃあ行きましょう散鶴。ありがとうねイケメン方」

「バイバイ」

「では縁があればまた」

「バーイ」

「またね散鶴ちゃん」

 

たった短い会話であったが何とも満足のいくものであった。そして別れようと思ったが縁とはやはり意外なものである。

 

「お母さんってばこんなところに」

「あら、夕乃に真九郎くん」

 

ここで夕乃と真九郎が仲良く歩いて来た。もちろん冥理たちを迎えに来たのだ。

 

「お母さん?ってことはあの女性は崩月先輩の母親なのですか。あの美しさには納得しました」

「あれ、葵くんに井上くん、榊原さんまで?」

 

何故、冥理と一緒にいるのか分からなかったが聞いてみると単純に川神市について聞かれただけらしい。それなら納得である。

 

「紅くんは崩月先輩とデートですか?」

「いや、違…」

「もー葵くんったら。そう見えますよね!!」

 

夕乃は真九郎が今回の目的を言う前に遮る。やはりそう見られるのは彼女にとって嬉しいのだ。恋する乙女は第三者に好きな人のことについてそう言われるとつい盲目にもなる。

しかも彼女は冬馬の言葉を恥ずかしながらやや否定するのではなく、肯定する所は強かではある。

 

「お互いに羨ましいですよ」

(ん?お互いに?)

 

冬馬がお互いに羨ましいと言ったのは、彼が両刀使いだからだ。だが真九郎は気付く前に頭の片隅に追いやった。

気付いたら、気付いたで嫌な予感がすると無意識に反応した防衛反応だろう。

 

「崩月先輩のご家族が遊びに来ていたのですね。なら川神をお楽しみにください。川神は良いところですから」

「ええ。そうするわイケメンのお兄さん」

 

笑顔で冬馬たちと別れるが、その時に準から謎の視線を感じたがこれも無視することにした。

補足だがその視線を感じたのは真九郎に散鶴が駆け寄ってきて抱き付かれた時である。

 

「どうしたのお兄ちゃん?」

「何でもないよちーちゃん」

 

そう。何でもないはずである。最近、準から同志認定されたり、嫉妬されたり大変である。

 

「ところで…環さんたちはまだ来てないか。もう時間なんだけどな」

「そういえば環さんたちも来るんでしたっけ?」

「そう。でもまだいないな」

 

そろそろ集合時間なのに環と闇絵が来ない。ならば携帯電話で連絡を取る。

プルルルルル。プルルルルル。プルルルルル。

形態電話のコール音が3回鳴った後に電話が繋がる。

 

「もしもし環さん?」

『私だ少年』

「あれ、闇絵さん!?」

『環は今、手が離せなくてな。代わりに私が出た所存だ』

「はあ。で、今何処にいるんですか?」

『そうだな集合場所の駅から左方向に1キロ先くらいの場所にいる』

「結構離れてますね」

『速く川神に到着してな。少しだけブラブラしてたのさ。そして環は今決闘中だ』

「なるほど…って決闘中!?」

 

いきなりそんなことを聞かされて「何で決闘しているんだあの酔っ払いは!?」と思ってしまった。しかも相手はあの武神。

何がどうやったら武神である川神百代と決闘する羽目になったのか気になる。だが、それよりも心配しているのが迷惑をかけていないかどうかだ。

 

「今からすぐに向かいますから!!」

『待ってるよ少年』

 

 

088

 

 

百代は不意を突かれた。基本的に敵なしの百代でも不意を突かれることは案外あるのだ。

今回の不意に関しては本気で驚いたと言っても過言ではない。何せ決闘中に目の前で嘔吐されたからだ。

決闘中に嘔吐なんて結構あることだが、それは相手に攻撃して当たり所が悪かった時に起きる場合だ。それなら百代も平気である。

しかし、今回の嘔吐は本当に予想外であった為に一瞬フリーズしてしまうほどであったのだ。最初から酔っていたとはいえ、こうも不意を突かれるように嘔吐されれば武神とはいえ驚く。

 

「は、吐いたあああああああああ!?」

「えろろろろろろろろろろろ」

 

吐しゃ物特有の酸味とも言えないような臭いと様々な酒の匂いが周囲に漂う。この臭いに当てられてもらいゲロをしそうになる一子であったが我慢する。

環はまだ「えろろろろろろろ」と嘔吐していて、これではもう決闘どころではない。

普通なら決闘が中断されて戦闘への欲求不満が残るはずの百代だが、今回ばかりは戦闘意欲が全て消えた。

 

「ええー」

「おろろろろろろおろろおろろ」

 

まだ吐く環。

 

「何やってんですか環さん!!」

「そうですよ環さん!!」

 

ここで保護者たちが登場。

 

「おお、紅じゃないか。それに夕乃ちゃんまで!!」

 

彼女にとって最近の興味対象であり、決闘したい2人が近づいて来た。

 

「あらあら、まあ」

「え、えと…」

「そして妖艶な奥様と可愛い幼女も!!」

 

この言葉を聞いて百代も環と同じ属性を持っていそうだと感じたのは当然かもしれない。なぜなら彼女もそうなのだから。

百代と環が気が合って暴走するのだが、それはまだ先の話である。

 

「ほら環さん。水ですよ」

「うう…ありがと真九郎くん」

 

水を飲んでいる彼女の背中を優しく擦る。そのおかげで多少は楽になった。

もう決闘は御開きだ。九鬼の従者である鯉は既に決闘不可と取って、観客たちに帰るように促している。流石は九鬼財閥の従者で仕事が早い。

 

「うう…気持ち悪い。真九郎く~ん、背中ぁ」

「はいはい」

 

環を背負る。この状態の環はもうどうすることはできない。このまま島津寮に帰るのが一番だろう。

 

そして島津寮。

島津寮に返ってきた真九郎一行。帰って玄関を拓くと大和と京が出迎えてくれた。

 

「おかえり。て、お客さん?」

「モモ先輩にワンコもいる」

 

彼らの反応は最もだろう。だから普通に自分たちの知り合い、家族と説明。するとすぐに大和たちは把握。

ここからは率先して大和が寮内を案内してくれる。やはり彼は気が利くというか、気配りができる人間の一種だ。

 

「お邪魔します」

「お、おじゃまします…」

 

居間に集まってお茶うけ等を用意し、環は真九郎の部屋で寝かせる。補足だが環が「あん、真九郎くん。続きはベットでぇ」なんて戯れ言を呟いた時は本気で誤解が生じようとしたから大変であった。

大和たちの目が「え!?」とか「案外、紅くんって…」なんて感じ取れた時はどうしようと思った程である。特に夕乃は目が笑っていない。

 

「本当に何をやってんのよ馬鹿」

「銀子…これは俺のせいじゃないと思うんだけど」

 

確かに彼のせいではない。ただの偶然と環の戯れ言のせいである。

 

閑話休題。

ここで一区切りがついたのでやっと落ち着くことができて、本題の話ができる。それは今まさにっていう状況だが、崩月家の家族と五月雨荘の住人が川神に遊びに来たということだ。

 

「初めまして。私は夕乃の母で崩月冥理です。娘と真九郎くんがお世話になってます」

「崩月散鶴と言います。よろしくお願いします」

「闇絵だ」

 

自己紹介を簡単に済ませて談笑する。

 

「銀子ちゃんも元気そうね」

「はい。お世話様です」

「うんうん。夕乃も真九郎くんも学校では上手くいっている?」

「もちろんです」

「まあまあですかね」

「うんうん。良し良し。お友達の方はどうかしら?」

 

大和たちから真九郎たちの評判を聞きたいということだ。せっかく友人たちが、学友がいるのだから親としては評判を知りたいものだ。

気兼ねなく、異端無く評価を教えて欲しいという笑顔をしている。ならばと大和たちは遠慮なく答えるのであった。

 

「そうですね、紅くんは優しいと評判ですよ」

 

実際に真九郎は優しいと評判である。その評判の理由は目立つことはここぞという時以外はしないが、何だかんだで雑用もとい手伝いをしてくれるのだ。

特に女学生の頼みは絶対に断らないので女学生からは評判が本当に良い。そのおかげで夕乃と銀子は不満になったりするだ。そしてついでに岳人からも嫉妬されたりする。

 

「そうなのね。さすが真九郎くん」

「村上殿は冷静な性格だな。それに頭が良いし、調べものなんかは彼女に任せれば完璧だぞ!!」

「え、銀子いつのまにクリスさんに?」

「…断り切れなかったのよ」

「何調べたの?」

「…何てことの無い日本の歴史についてよ。しかも結構マニア向けなヤツ」

 

それは歴史好きで、侍とか戦国とかについてで、さらに奥に踏み込んだものである。

クリスは銀子が調べものが凄いと言う理由で知りたかった歴史について調べて欲しいと頼んだのだ。しかも目をキラキラさせる純真無垢な子供のように。

その謎の圧からつい断れなかった銀子は仕方なく調べたというわけだ。その感想はまるで甘えん坊の子供を相手にしたかと思ったほどである。一応報酬は駅前の評判の良いフルーツケーキである。

 

(実際にクリスは甘えん坊と言うか、子供っぽいと言うか…そういう時があるからな)

 

彼女と仲良くなれば性格を把握できる。良い言い方をすれば可愛い天然さん。悪い言い方をすればおバカさんって感じだろう。

 

「で、最後に夕乃ちゃんはとっても大和撫子で私なんかメロメロだ。そして決闘したい!!」

「あらあら決闘なんて」

「だって夕乃ちゃん強いだろ?」

 

ジーっと夕乃を見る百代。まだ彼女は決闘を諦めていないのであった。何とか留学中に決闘しようと考えているのだ。

本当に懲りない武神だと思う一同であるが、彼女の性格故なので誰も責めることはしない。

 

「どうだい夕乃ちゃん。私とデートでも」

「お断りしますね」

「また振られた!?」

「夕乃は川神学園でもモテモテなのね」

「でもってことはそちらの学校でも?」

「ええそうよ。去年のクリスマスなんか先輩や後輩から何人も誘いを受けてたのよ」

 

彼女の武勇伝を聞いてると彼女がとてもモテるのがよく分かった。だが彼女は真九郎一筋なので他の男なんて見えていない。

その為、他の男性から言い寄られるのはとても面倒なのだ。しかし彼女の性格上、他の男性を突っぱねることができないのでいつも断るのに苦労しているのだ。

 

「成程。ウチの学園でも夕乃先輩はすごくモテてますよね。しかもファンクラブまでできてますし」

『そーそー。葉桜先輩とのコンビで大和撫子で清楚で凄いことになってるよなー』

 

散鶴は松風が気になったのかジーと見ている。興味を持ってくれたのが嬉しいのですぐさま散鶴の相手をする由紀江であった。

 

「大変ねえ。なら早く行動した方が良いかもね夕乃」

「行動って何ですかお母さん?」

「それは勿論、夕乃が他の男に言い寄られないようにするための行動、方法よ」

「それは?」

「ここなら実家から離れてるし、気兼ねなくしていいのよSEX…」

「お母さん!!!!!」

 

自分の母親が何を言いだすかと思えば、まさか娘に性行為を進めるとは思うまい。崩月家でなければ。

もう夕乃は顔が真っ赤になりながら母親に抗議している。普通の人が見ればどう反応すれば分からないが崩月家では日常茶飯事である。

この崩月家の日常茶飯事には大和たちもやや驚き。まさか大和撫子の夕乃が性に対してからかわれているのは意外である。でも大和や百代は夕乃の意外な一面が見れて良しと思っている。

 

「大丈夫よ。ここは寮だけど学友たちも暗黙の了解で…」

「そういうわけじゃありません!!」

「そんなんじゃ周りの男性からしつこくまとわりつかれるわよ?」

「だから…もう!!」

 

何を言っても聞かなそうなのでこちらが折れるしかなかった。やはり母はいろいろな意味で強しである。

口では絶対に勝てないのでどうしようもない。深いため息を吐きながら席に座る。

 

「うーん、何とも個性的と言うか、大胆と言うか」

「だな。まさか堂々と娘に性行為を、その、進めるとは…」

「あうあう」

「あわわわわ」

 

百代と京以外の女性陣はSEXと聞いてしまい顔が真っ赤だ。この3人は興味はあるけど耐性が少ないという女性たちである。

 

「大胆ですね。夕乃ちゃんのお母さまは」

「常識外れなだけです!!」

「酷いわ夕乃」

「娘の前で、学友の前であんなことは言うからです!!」

「でも皆くらいだと気になる年頃でしょ」

 

誰とは言わないがある者たちは心の中で頷くのであった。

 

「しかし、夕乃ちゃんのお母さまは紅を相手にさせるのですね」

「ええ。どこの馬の骨に相手させるよりは家族の真九郎くんが信頼できるしね」

 

ニコニコと真九郎に顔を向けるが苦笑するしかできない。こういう話は上手く会話できないのだ。そもそも余計なことを言うと話がややこしくなりそうなので迂闊に発言は控えている。

予想だが絶対にややこしくなりそうな気がするので注意しているのだ。そして今まさに環で酔っ払って寝ているのがせめての救いである。彼女がこの会話に混ざったら絶対に暴走する。

 

「それにいつか散鶴の相手もしてもらうのよね」

 

お茶を飲んでいたが咽た。この発言だけは真九郎もヤバイ。しかも散鶴も笑顔で「うん。お兄ちゃんに教えてもらう」なんて堂々とい言う始末。

さらに遊び相手になっていた由紀江に「SEXって何?」なんて聞いている。これには由紀江は答えられない。

 

「え、えと、そのあのそのえっと!?」

「ちーちゃん。前にも言ったけど大きくなったら教えてもらえるよ」

「そっか。やっぱりお兄ちゃんに教えてもらうね」

「ははは…」

 

空笑い。

 

「ロリコン」

「違うから!!」

 

銀子からの冷ややかな一言。何度も言おう。真九郎はロリコンではない。

 

「ろりこんって何?」

「ちーちゃんが知らなくて良いことだよ」

 

幼い彼女には知らなくて良い十字架である。

 

「さて、せっかくだから観光したいのだけど良いかしら?」

「もちろん。せっかく来たんだからね」

「じゃあ、もう少し休憩したら観光しに行きましょう。もちろんお友達もね」

 

ニコリと笑顔で大和たちを見る。その返しに「いいんですか?」と答える。

それはそうだろう。せっかく家族が会いに来てくれたのだ。家族たちだけで楽しむかと思っていたのだから。

 

「あら、せっかく仲良くなれたもの。みんなで楽しんだ方が良いでしょう。それにお友達の方が詳しいでしょう?」

「そうですね。なら川神さんたちが良ければですが」

「私はオーケーだ。こんな美人家族と一緒に観光だなんて最高だ」

 

百代を筆頭に大和たちも同行することを決める。なんとも大所帯な観光だ。観光自体が大所帯でするものでもあるが。

 

「じゃあ行きましょうか。まずが御昼ご飯を食べに行きましょう!!」

「なら俺が良い所を知ってますよ」

 

大和が携帯電話を取り出してオススメの場所をピックアップする。

 

「ところでそちらのミステリアス且つ不思議な貴女様は?」

「歩くのは面倒だが食事はしたいしな。行くとしよう」

「うーん。ミステリアスな淑女…良いな」

「姉さんってば」

「私は淑女ではないよ」

「なら?」

「私は悪女さ」

 

ピシャリと堂々と言い放つ悪女宣言。どうでもいいが何故かカッコイイと思ってしまった一子。

 

「環さんはどうします?」

「せっかく来たけど酔っ払ってるからね。寝てもらうとしよう」

 

流石に酔っ払いを連れて外を出るわけにはいかない。ここは部屋でゆっくりと寝てもらおう。しかし、島津寮で一人お留守番もある意味心配ではあるが。

そんなことを思っているとドタドタと聞こえてきた。その足音の正体は件の環である。

 

「私も連れてけー!!」

「うわっ環さん!?」

「置いていくなんて酷いよ真九郎くん!!」

「酔っ払いは寝てください」

「あーん。真九郎くんが冷たーい」

 

酔っ払いには優しくしない。ただ寝させるだけである。何せ酔っ払いに何を言っても会話が成立しないからだ。

 

「少しは酔いが覚めたから大丈夫。あ、それと真九郎くんの部屋にはエロ本無いんだね」

「何を調べてるんだ酔っ払い!!」

(無いのか)

(無いんだ)

(無いのですね)

 

人が集まれば騒がしい。それは当然の摂理かもしれない。

 

「騒がしい連中だな。だが平和だ…この寮ではな」

 

闇絵はテレビをチラリと見る。今はニュースがやっている時間帯だ。

内容は様々である。政治家の汚職事件に殺人事件、強盗事件と日本の闇が放映されている。平和の裏にはいつも闇が隠れているものだ。

平和しかない世界なんてものは存在しないのかもしれない。そんなの夢のまた夢。永遠に平和主義者が望み続ける願いだろう。

 

「ふむ、脱走事件か。よく脱走できたものだな」

 

脱走事件。三十代前半頃の大柄な白人男性が脱走したというニュースも流れていた。

 

「出かける前にウコン茶作って真九郎くん」

「やっぱ寝てろ」

 




読んでくださってありがとうございます。
今回の話はオリジナルかサヤカルートを組み込もうと思っています。
そして『絶対切断』というタイトルがある通り切彦もメインで登場させようと思ってますよ!!

次回もゆっくりお待ちください。
次はもう少し早く投稿できたらなって思ってます。


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余計な道へ

こんにちわ。
今回は大勢で洋食屋へ行きます!!
まあ、日常回ですけどマジ恋勢が少しづつ紅の世界へと足を進めていきます感じかな


089

 

 

真九郎たち一行は昼食を取るために島津寮から出る。そこから先は縁があるのか岳人や卓也たちとも合流する。

 

「崩月先輩の家族が来たと聞いて!!」

「なりゆきだけど同伴させてもらいます」

 

さらに約束を忘れてはいけない。崩月の家族や環たちが来ると伝えて約束した女の子がいるのだ。

 

「真九郎!!」

「紫、こっちだよ」

「紫ちゃんだー!!」

「環よ久しいな!!」

 

紫に護衛のリンまでも加わる。本当にもう大所帯である。観光目的の集団にしかみえないだろう。

最も崩月家と環たちは本当に観光の人たちではあるが。

 

「良いお店って何処?」

「クマちゃんに教えてもらったお店で、洋食が美味しい洒落た食堂だよ」

「クマちゃんのオススメならハズレはないね」

 

クマちゃんこと熊飼満。彼は美味しい物には情報通で食については彼に聞けばハズレは無いと言われている。

そんな彼のオススメのレストランなら友人や崩月家の人たちを案内しても大丈夫である。

 

「美味しいごはん。楽しみねー」

「そうだな犬。クマ殿のオススメなら安心だろう」

 

今からランチが楽しみな一子にクリスである。

 

「いやーそれにしても崩月先輩のお母さまは妖艶でイイな」

「駄目だよガクト。相手は人妻だよ!!」

「それが良いんじゃないか。年上に人妻。サイコーだな」

「全くガクトは…いつものことだけどさ」

 

本当に年上美人だと岳人はある意味ダメとなる。しかもそこに人妻とつけば岳人は更に興奮する。だからと言ってどうと何かが起こるわけでは無く、ただ勝手に岳人が興奮してるだけである。

補足だがついでに百代もテンションが上がっている。エロ親父魂の発揮である。さらに補足だがやはりと言うか、環とすぐに仲良くなる。

 

「うーむ。更に切彦がいれば良いのだが…居ないのか」

「切彦ちゃんはたぶん仕事だよ。だからまた今度誘おう」

「うむ。そうだな!!」

 

紫はいつも通り元気な笑顔だ。そして真九郎の右手を強くぎゅっと握っている。それは左手を握っている散鶴がいるからだろう。

会う度に「真九郎はやらん」と言って先制しているのだ。しかしこれでも夕乃の妹であるので弱気でありながらもしっかりと真九郎にベッタリしているのを見るとしたたかではある。

今は内気であるが夕乃と同じくらいの年になれば強かな女性になるかもしれない。そして真九郎よりも強い崩月流の使い手になるかもしれないだろう。

前に銀子から散鶴は成長したら真九郎より強くなるのでは、と聞かれたことがある。その問に対して否定はできなかった。確かに彼女は真九郎よりも強くなる可能性を持っているのだから。

 

「紅くんってば小さな子からモテモテね」

「そうだなー。やっぱロリコンだな」

 

ニコニコと見る一子とニヤニヤと見る岳人。お願いだからこれ以上ロリコンと言わないでもらいたいと思うのであった。

ただでさえ、もう既に川神学園で真九郎はロリコンのレッテルを張られ始めているのだから。

 

「川神学園では井上に次ぐ第二のロリコンだからな」

「やめてよ本当に…」

 

川神学園であだ名がロリコンになったら目も当てられない。

こんなんだが真九郎はからかわれながらも仲良くやっているつもりである。そんな様子を集団の中から見る大和。

 

(…うん。普通に見ても普通の学生だな)

 

大和は最近まで秘密裡にあることを調べていた。それは『裏十三家』についてだ。

 

(今日は裏十三家の崩月が家族で来ている。何か分かるだろうか?)

 

父親からは関わることは止めろと言われているが同じクラス、同じ寮にいるのだから関わるなというのは無理な話だ。だが深く踏み込まなければ良いだけだ。

それなのに調べるのは父親に反抗したわけでもないし、自ら危険に飛び込んだつもりもない。ただ仲間に危険が及ばないように自分が準備を固めているだけなのだ。

これは仲間思いの大和が動いたことである。しかし、大和は自分が調べ上げているモノが何なのかを理解していないし、触れていいものでもないことが分かっていなかった。

彼は軍師と仲間から頼られていても、やはり彼は表世界の人間だ。表世界の人間が裏世界のことを調べ上げても碌なことがおこらない。

だけど大和はその危険性に気付かない。真九郎がもし気付いていたら今すぐにでも彼を止めさせていただろう。

大和が本当に気付くのはまだ先の話である。そもそも『裏十三家』という言葉を聞かなかったら彼は、彼らは今後に起こった『アノ事件』に関わらなかっただろう。

 

 

090

 

 

クマちゃんこと熊飼満のオススメの洋食のレストランに到着し、ゾロゾロと入店していく。店の雰囲気も良くて、繁盛している。これは期待しても良いだろう。

席に座ってメニューを開く。何を食べようかと考えながら決めていく。

 

「わたしはこの、チーズハンバーグとやらを食べるぞ。真九郎は何にするのだ?」

「そうだな。俺はこのエビフライ定食で」

 

全員が決まったら店員を呼んで注文を頼む。届くまで彼らは雑談を楽しむのであった。

 

「お酒は…」

「ダメです。十分呑んだでしょ」

「でも吐いちゃったし」

「吐いたらって呑んだことがゼロになりません」

「ぶーぶー」

「鳴いてもダメです」

 

環はまだ酒が飲み足りないようだ。前に「お酒を飲むと楽しくなる」なんて言っていたが吐くまで飲むのは違うと思う。

 

「ところで環さんは何で川神先輩と決闘してたんですか?」

「うーんと、ノリ」

「ノリで決闘したんですか…」

 

もう呆れてしまう。ノリで武神と決闘するのは環くらいかもしれない。

 

「それにしても百代ちゃんだっけ。凄く強いね。おねーさんビックリしちゃった!!」

「それはこちらのセリフですよ。武藤さんも強いですね。また決闘したいなーなんて」

「良いよ。おねーさんいくらでも相手しちゃうよ」

「本当ですか。ヤッター!!」

 

テンションが上がるのはやはり、久しぶりに強者が、百代が強者だと確信できる相手が決闘を応じてくれたからだろう。

何せ最近はお預け、もしくは目の前に強者がいるのに手を出せなかったのだから。

 

「モモ先輩が強者だと認める程なんてそんなに強いの?」

「そうだな。俺様には酔っぱらいの美人にしか見えないぜ」

 

卓也に岳人たちの疑問は確かだが、武神が言うのだから確かなのだろう。

 

「ええ。強いと思うわ」

「そうなのワンコ?」

「うん。だって酔ってたのにあの人はお姉さまの拳を受け止めたのよ」

「マジかよ」

 

彼女たちの基準だと百代の拳を受け止めた人なら強者確定である。いつも一緒で武神の肩書きを持つ者と居ればそんな考えになってもおかしくはないだろう。

しかし、人の強さなんて一概には言えない。

 

「楽しみだなー!!」

「私もー!!」

「環さんまだ酔ってますね」

 

すぐに仲良くなる二人。やはり、気が合う性格だからかもしれない。

 

「実際にどれくらい強いんだ?」

「前に大男を拳一発で沈めたのと、複数の男たちを簡単に倒してた」

「おお、マジか。つーか、どんな場面だよ」

 

どんな場面かと言われて思い出す。それは下着泥棒を捕まえる時と暴力団事務所で暴れた時だろう。

 

「下着泥棒を捕まえる時かな」

「下着泥棒は女の敵ね」

「確かに。そんなのは悪だ!!」

 

一子にクリスが息が合うように下着泥棒は許さないと言う。真面目で頑張り屋からしてみれば下着泥棒などの犯罪は許さないのは当たり前だろう。さらに彼女たちのような正義感の強い者たちにとってもだろう。

 

「確かに敵だよね」

「一応言うけど京もある意味人のこと言えないからな」

「大和ってばキツイよ。でもソコがまた良い。付き合って」

「お友達で」

「この一連の流れは最近何度も見てるな」

 

大和と京のこの流れはいつもの流れ。最初はよく堂々と告白できるものだと思うが最近は気にしなくなってきた。

だがその告白は本気の本気の告白ではない。もし本気なら気持ち的に違うはずだ。

本気の告白とは全てを吐き出すくらいの気持ちがなければ告白ではないと真九郎は思っている。本気の告白とは紫が純粋に真っすぐに、心の底から言うくらいじゃないといけない気がする。

最もその考えは真九郎の考えだが、純粋すぎるのも返答が困るけれども。

 

「武藤さんの武術は空手ですね」

「そうだよ。これでも空手道場の師範代で私の可愛いアイドルたちに教えてるんだー」

「おお、師範代!!」

 

目をキラキラさせる一子。彼女の目標が川神院の師範代なのだから他流派とはいえ、自分の目標に達した人は無条件に尊敬してしまう。

 

「どうやって師範代になったんですか!!」

「頑張ったから」

「やっぱり努力なんですね!!」

(ダメ人間が努力を口にするのか…)

 

環の「頑張る」や「努力」と言う言葉はどうも真九郎たちが聞くと違和感しかない。

 

「何よその顔は真九郎くん?」

「何でもありません」

「鏡で自分の顔を見ろと言うことだ」

「えー闇絵さんったら鏡見たら美人が映るだけだよ。ねー百代ちゃん」

「ええ。映るのは美人ですね」

「だよねー!!」

 

確かに美人だと頷く岳人だが環の性格的にに美人をぶちこわしているのをまだ分からない。

 

「武藤さんの空手はどんな流派なんですか?」

「流派?普通の空手だよ。全然普通のね。特別って言ったらやっぱここにいる崩月の崩月流かな」

「へえ。やっぱ崩月流は特別なんだ。どんなんか知りたいな」

 

この情報は大和も知りたい。これにより崩月というのがどんな存在か少しでも分かるかもしれない。『裏十三家』も分かるかもしれない。

 

「駄目ですよ。教えません」

「えー…ってそうだよな。ウチだって門外不出だし」

「川神さんが入門すれば分かるわよ」

「お母さん冗談はそこまで」

「はいはい」

「夕乃ちゃん家に住み込みかあ…何とも魅惑的な誘いだ。んーでも私は川神院があるしなー。悩むぞう」

「そこは悩んだらダメだろモモ先輩」

 

これでも川神院の次期総代である百代が他の流派に誘惑されてどうするのだろうか。

 

「でも崩月流は特に秘密にしてるわけじゃないけどね」

「え、そうなんですか?」

「崩月流はただの喧嘩殺法よ。お父さんもそう言ってるしね」

「喧嘩殺法?」

 

崩月家現当主の崩月法泉が自分の流派を喧嘩殺法と言うくらいなのだから喧嘩なのだろう。それに崩月流は門外不出というわけでは無い。

現当主の法泉が許可すれば誰だって入門できる。何故教えられない、教えなかったというのはやはり崩月流は真っ当な武術ではないからだろう。

川神流も規格外だが崩月流は裏に通じるものだ。子供時代の真九郎のように『生きる為に』門を叩いたのと普通に習いたいとでは訳が違うのだ。

 

「喧嘩殺法って?」

「そのままの通りよ」

(…変にに聞くと怪しまれそうだな)

 

づいづいと崩月に関して聞くと探りを入れてるように思われるからダメだ。大和は慎重に言葉を選ぶ。

差し支えの無い質問や会話で崩月の情報のことを見つけていく。でも確信ともいえるような情報は無い。どれもまるで一般家庭にあるようなものばかりだ。

それはそうだろう。何せ『裏十三家』の一角とはいえ既に廃業しているのだから崩月家としてのマトモな答えが出てくるわけはない。

崩月の闇は法泉の時代で終わっている。あるのは闇の残りカスだけだろう。裏から足を洗っても完全には拭いきれないものだ。それが『裏十三家』ならば尚更である。

 

(裏十三家って何ですかって聞ければ良いんだけど…そんな直球はムリだよな)

 

流石に崩月の家族が揃って個人情報を堂々と洋食店で聞くなんて馬鹿なことはできない。

それに聞きたいのはたくさんあるのだ。大和は考えた結果、今度にでも真九郎と一対一で会話をしようと決めた。

向こうは応じてくれるか分からないが、彼が裏世界で有名なら警戒して聞き出すなんてことは最もな理由になるかもしれない。

 

(今回は少しでも崩月のことが分かれば良いってことにしようか)

 

彼はここで次への扉。裏への扉の入口に近づく。

 

(あの少年…余計な考えをしていそうだな)

 

楽しそうに会話や食事をするこの瞬間。大和だけが別に考えていた。そして彼の些細な雰囲気を気付いた闇絵はコーヒーを静かに口にするのであった。

 

「少年よ」

「何ですか闇絵さん?」

「1つアドバイス。いや、小さな注意をしよう」

「い、いきなりなんですか…」

「前途ある若者が余計な道を通ろうとしているぞ」

「え、それって…?」

「おお。チーズハンバーグとやらが来たぞ!!」

 

謎の注意を受けて楽しい食事が始まる

 

「それにしても川神にも可愛い子が多いねー!!」

「うわわわ!?」

「ちょっ!?」

「だろー武藤さん!!」

「止めんか酔っ払い!!」

 

 

091

 

 

レトロな雰囲気の喫茶店。

コーヒーに角砂糖を二個入れてかき混ぜる切彦。その目の前に黒いコートを着た男にも女にも見える女性のルーシー・メイが優雅にコーヒーを飲む。

 

「いやー切彦くん。またまた仕事が入りましたよ」

「どんな仕事ですか?」

「脱走者の確保、もしくは始末です」

「そうですか」

 

脱走者の確保は分かる。しかし始末も含まれるとはなかなか物騒なものだ。だが裏の仕事なんて『物騒』なんて言葉は可愛いものである。

裏の仕事はいつもが命のやりとりである。そこに感情なんてあったら命がいくつあっても足りない。裏の仕事は機械のようにこなすべきだ。

 

「どんな奴だよ」

 

バターナイフを持って急に切彦の雰囲気が変わる。そしてぺたぺたとホットケーキにバターを塗っていた。

 

「これが資料です」

 

パサリと渡されて中身の確認する。

 

「相手は同じく裏世界の人間で白昼堂々とあの『殺人未遂』を起こした人物です」

「ああ、アイツか。だがアイツは紅の兄さんに鼓膜と股間を潰された後に現行犯逮捕…それで脱走か」

「こんな人を野放しにできないから悪宇商会に依頼が来たんですよ。もっとも我が社の他にも依頼はいってるかもですね」

「例えば揉め事処理屋とか?」

「かもねですね…例えば紅さんとか」

 

この脱走者は大物の令嬢を狙った犯罪者だ。その犯罪者を潰したのが件の真九郎である。もしかしたらこの犯罪者は真九郎の元にあらわれるかもしれない。

なぜなら恨みをもって現れるかもしれないからだ。ならば向かう先はあの川神市になりそうだ。

 

「ならさっさと向かうか」

 

コーヒーを飲んで、バターナイフをポッケに入れて店を出る。

 

「幸運を祈りますよ。…と言っても切彦さんは死神でしたね」

 

ルーシー・メイは白紙のメモ帳を開いてこれからの予定を確認する。悪宇商会は裏世界でも5本の指に数えられるくらいに大きな企業だ。

忙しいくらい依頼が入っている。これからルーシー・メイは次の依頼人の元に向かわなければならない。企業が繁盛しているのは良いかもしれないが忙しすぎて休みがとれないのは困ったものである。

次の依頼人は相当の金持ちで曰く、名のある名家である。護衛と言う名の警備を担当してほしいとのこと。

こんな名家が悪宇商会に依頼するなんてと一瞬思ったが『表御三家』の九鳳院も依頼があったなと思い出す。最も九鳳院ではあるが、その九鳳院の次男個人が依頼したわけだが。

 

「たぶんこの名家も個人的の誰かでしょうねえ。なんせこの名家の仕事がら我々悪宇商会を使うとは考えにくいですし」

 

パラパラと白紙のメモ帳を開いて次の予定も確認する。

 

「そういえば川神で『川神裏オークション』をやる情報がありましたね。これは依頼が入って来そうですね」

 

次の大仕事をどう捌くかを考えるルーシー・メイであった。




読んでくれてありがとうございました。
今回の日常回に少しづつ次なる事件やフラグを混ぜ込んだ形になりました。

極悪人が動き、悪宇商会もとい切彦が動きます!! そして大和は裏十三家を追い始める。
マジ恋と紅が少しずつ混ざっていきます!!



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二大エロオヤジの決闘

こんにちわ。タイトルで分かるように2人の決闘です。
といっても内容は様々な視点で書かれているので本気のバトルシーンではない感じとなっていますね。

どんな内容でも生暖かい目で読んでってください!!


092

 

 

洋食レストランで食事を終えてから真九郎たちはその後みんなで川神を観光した後、別行動で観光をすることになった。

まず最初の視点は環たちにあたる。メンバーは環に百代、一子、闇絵、真九郎、紫、リン、銀子、大和、由紀江である。

真九郎がこっち側にいるのはまず環が何かしでかさないように見張るためである。本当なら崩月家の方が良いのだが百代と仲良くなったので更に何かが起こるか分からないので警戒しているのだ。

大和も同じように感じ取った為、こちら側にいるのだ。この時だけお互いにアイコンタクトで「大変だ」、「お互いにね」と目で会話した。

お互いに年上の女性に縁がある、からかわれるという点では同じなので苦労はすぐに分かる。理解ではなく共感できたのだ。

 

「これからどこに行きたいですか?」

「んーどうしようかな…やっぱ百代ちゃんの住んでる川神院にしよう!!」

 

彼女も武人だから武神と呼ばれる百代の川神院を見てみたいのだ。それに武術家の総本山ならば武人なら見てみたいと思うのは当然である。

勝手な想像で武術の総本山だから多くの武人が修業をしてるんだろうと思っている。例えばテレビとかで見る中国拳法を大勢で修業しているイメージだ。

そのイメージはあながち間違っていない。川神院には多くの修行者がいて、毎日キツイ修業でしごかれているのだ。その修業を乗り越えてこそ強者へとなれるのだろう。その中にいる一子は目標の師範代になるために毎日努力しているのだ。

 

「一子ちゃんが毎日頑張っているところか。他にも可愛い子がいる?」

「武藤さん…残念ながら川神院にはムサイ野郎しかいないんだ」

「それは残念ね」

「でもみんな頼りがいのある奴らばっかりですがね」

 

川神院にいる門下生は全員が頼りがいある。その認識は百代も一子も嘘ではない。門下生たちは何か事件でもあればすぐにでも動いてくれる。

 

「もし良かったら手合わせもしてみますか。その後にでも私と!!」

「それもいいかもね。ま、今は川神院の見学かな。川神院も観光名所になってるんでしょ?」

「はい。そうなんですよ。お姉さまや総代に会いに来る人や挑戦者もたくさん来るんですよ!!」

「挑戦者は基本は姉さんだけだけどな」

 

川神院は観光者も多く来るし、挑戦者もたくさん来る。あの川神で観光名所になるくらいだから流石人気スポットの1つだ。

 

「私も最初来たときは凄いと思いました。たくさんの門下生がたが熱心に修業してました」

『あの修業はパネエよな。まあウチらの修業だって負けてないけどな』

「いやいや松風。川神院の修業は私の家よりも密度がありますよ」

「いやぁ、それにしても由紀江ちゃんは良いお尻してるよね」

「ふぇえ!?」

「うんうん。まゆっちは良いお尻をしている。どうだい今晩私と…」

「そこまでだ姉さん」

「環さんまだ酒が抜けてないんですか?」

 

二人のエロオヤジが何か仕出かす前に大和と真九郎は止める。

真九郎と大和が共感できるならば環と百代はまさに性格面での考えがガッチする。そのガッチはできればしないでほしかったが仕方ない。

そこは保護者が注意するしかないのだ。何故なら問題児が改心しないから保護者が後始末をするしかないのである。

 

「ほら環さん。行きますよ!!」

「姉さんも!!」

「「えー」」

「まったく…」

「じゃあ銀子ちゃん!!」

「ええ!?」

「クールな銀子ちゃんがアタフタする。良い」

「「止めんか」」

 

そうこうしているうちに川神院に到着する。

 

「今戻ったぞじじい」

「ただいまじいちゃん!!」

「おかえりじゃぞい。お客さんかのう?」

「ああ上客だじじい。もてなせ」

「なぜモモが威張っておる」

「オヤ、お客さんだネ。案内するヨ!!」

 

鉄心とルーが案内してくれるなんて豪華だ。何せ現川神院の総代と右腕とも言える師範代が案内してくれるのだから。

川神院の景観や造りも文化遺産のようで素晴らしいし、それに観光客用に門下生たちも舞武を見せてくれる。流石は川神の観光スポットの1つだろう。

 

「おお凄い凄い」

「ふむ。暑苦しいが全員が生き生きしているな」

「凄いな銀子。これが武術家の修業なんだな」

「何で新鮮な感じになってるのよ。修業なら崩月でもしたでしょ」

「いや、だって崩月と比べたら全然違うから」

 

修業が違うのは流派によって当たり前だ。だが彼にとって自分の修業と違うのは何故か新鮮になった。

 

「崩月の修業ってやっぱキツイの?」

「まあね」

「でも川神院の方がキツイと思うわ。何せとんでもない修業量だからね」

 

確かに川神院の修業はきつく、大変だろうが崩月流と比べてはならない。何度も言うが川神流は武術で崩月流は肉体改造の目的で行われている。

力を求めるベクトルが違うのだ。だが一子はそんなことは知らない。崩月流の修業を体験したらまず恐怖するかもしれない。

 

「崩月流の修業ってどんなことするの。教えられる範囲でいいわ」

「そうだな…とりあえずキツイ修業だったよ。骨が折れるなんて当たり前だったし」

「え、そんなにですか!?」

『パネエ』

「ふ、ふん。川神流の修業だって骨折くらい」

「一子…修業でケガするのを張り合ってどうするネ」

「ケガを張り合うなんて無意味なことだ。ケガについて語るのは医者くらいで十分だ」

「闇絵サンの言う通りだネ」

「はーい。ってあれ、お姉さまは?」

「環さんもいないわね」

「総代もだネ」

 

いつの間にか鉄心に百代、環がいなくなっていた。何処に行ったかとルーは気配を探ろうとした時に修業場の方から声が聞こえてきたのだ。

何かと思って歩いていくと、環が川神院の門下生たちを倒していた光景が目に入る。まさかと思って聞いてみると川神院の者たちと手合わせをしていたという予想通りの答えであった。

 

「何してるんですか環さん」

「いやー百代ちゃんが川神院の者と手合わせしてみないかって言われちゃったからさ」

「その結果がこの山積みですか」

「うん。けっこう強かったよ」

 

何十人も門下生と試合したというのに彼女は全くもって息が上がっていない。まだまだ試合ができると言わんばかりである。

この結果を見て百代はワクワク顔を隠しきれないのは自分も早く戦いたいと思っているからである。

そして鉄心は環の実力を感心させられた。世の中にはまだまだ強者はいると理解していたが、こうも自慢の門下生をことごとく倒した彼女は素直に凄いと思っているのだ。

相手はある空手道場の師範代と聞いていたが実力はその枠組みに当てはまらない。もっと彼女にあった呼び名があっても良いだろう。

 

(むう…彼女は間違いなく壁越えクラスじゃな。モモが喜々として話してくるわけじゃ)

「やっぱ可愛い子はいないのね」

「そうなんだよムサイ奴ばっかりで…愛でることもできないんだよなー」

「仕方ないね」

(それに性格もじゃな)

 

まるで姉妹のように仲が良く見える。悪いことではないのだが何故か少し不安を感じるのは気のせいだと思いたい。

そう思うのは間違いでは無いと思う。百代がまだ幼かったら確実に悪い影響を与えるからだ。現在進行形で紫にどうでもよい知識を与えているのだから。

真九郎もリンもこればかりは止めて欲しいが言うことを聞かないので最近は諦めようと思い始めたが、その考えも止めた。紫に悪影響を与えるわけにはいかない。

 

「環はやっぱり強いな!!」

「まあね紫ちゃんも私の道場に入門すれば強くなれるよ」

「ふむ。入ろうかな」

「駄目です紫様」

「ダメなのか?」

「駄目です。こやつの道場なんていけません」

「えー、ちゃんと教えるよ」

 

環は師範代としてちゃんと可愛い教え子たちに教えている。師匠として申し分ないはずだ。

 

「いろいろな体位とかね」

「それが駄目な原因だ!!」

 

エロオヤジ成分さえなければ本当に申し分ない。寧ろ良い方だろう。

ギャアギャアと環とリンが言い合いをしているのも日常の1つである。

 

(あの九鳳院の近衛隊の女性も相当の凄腕じゃのう。モモが襲い掛からないか心配じゃわい)

 

その心配は分からなくも無いが今の百代は多少なりとも大人しい。何せ環が百代との決闘を応じて約束したのだから。

環の実力なら百代の戦闘欲を満たしてくれるかもしれない。彼女は何だかんだで単なる空手家じゃない恐るべき強さを持っているのだから。

 

(それにしても百代ちゃんてば私やリンちゃんに闘気がむき出しだね)

 

環もリンも百代から発せられる『闘いという意志』に気付いている。彼女はその気持ちを隠そうとしないので簡単に気付かれるのだ。

 

(闘う約束はしたけど百代ちゃんは本当に規格外っぽいからね)

 

どんな傷もたちまち修復し、気でビーム砲が放てるなんて漫画やアニメの世界から飛び出してきたような人物である。

そんな規格外と戦って勝利が見えるのかと言われれば、多くの人は見れない。見れるのは本当に一握りの者だけ。覚悟を持つ者や同じく規格外の人物だろう。

 

(百代ちゃんだって私と同じ人間。急所はあるし、永遠に戦えるというわけじゃないんだよね)

 

武神と言われても彼女は人間だ。本当に無敵の神様ではない。闘えば痛みを受けるし、最悪死ぬ。いや、人間なら死ぬのは当たり前である。

 

(決闘で勝つ方法は強引にいくしかないかな)

 

環は百代に勝つイメージを頭に思い浮かべる。それはとても簡単でシンプルなものである。

 

「武藤さん。丁度場所もありますし、試合しませんか!!」

「こりゃモモ」

「ちゃんと事前に約束はしてあるぞじじい」

「いいよ。川神院で武神の百代ちゃんと試合なんて最高に残る思い出だしね!!」

「流石話が分かりますね武藤さん!!」

「武藤サンが良いなら大丈夫ですかネ総代」

「そうじゃのう」

 

ニンマリする百代。やっと、本当に満足のできる戦い出来そうだと思っている。

 

「喧嘩するのか環?」

「違うよ紫ちゃん。試合だよ試合。スポーツ」

「そうなのか。頑張れ!!」

 

 

093

 

 

環VS百代。

約束していた決闘が早速できると百代はハイテンションだ。ハイテンションすぎて闘気を滲み出して川神市内にいる強者たちに何事かと気付かれている程だ。

だが百代の気持ちも察してもらいたいものだ。いつでも強者と戦いたい系の女の子としては最近ずっとお預けされてたので我慢できない。それに彼女はある意味孤独なのだ。

周囲に自分と競い合える者がいなかったのも原因だろう。だから自分で強者だと認めた者と戦えるのが嬉しいのだ。

 

「お願いします武藤さん!!」

「よろしくね百代ちゃん」

 

二人が対面し、百代はニンマリと喜々とした顔で環を見る。逆に環はニコニコしながら百代を見る。

お互いに気持ちは武道大会の試合をしているかのようで新鮮さはある。今回の決闘はどちらも信念とか覚悟とかいうものはない。ただ単純に戦いを楽しみたいだけである。

環はもう百代の性質を理解していた。彼女はただ戦いを純粋に楽しみたい。その欲求を人生の先輩として晴らしてあげようじゃないかと環は拳をつくる。

ルーが二人の間に入って審判を行う。

 

「二人とも準備はいいかイ?」

「いつでも!!」

「私も準備オッケー」

 

百代は拳を作り構え、同じく環も構える。

 

「では両者見合って…ハジメ!!」

 

リーの開始の合図を言った瞬間に百代が仕掛ける。普通の武術家では反応しきれない速度である。

 

「川神流無双正拳突きぃ!!」

「よっと!!」

 

必殺の突きを環は受け止める。

 

「おお。本当にモモ先輩の拳を受け止めたね」

「でしょでしょ京。お姉さまの拳を受け止めるなんて凄いわよね」

 

拳の突き合いが始まる。二人とも引かずに拳を連続で打つ。一子はつい心の中でマシンガンの撃ち合いみたいと思ってしまう。

 

「おらおらおらおらおら!!」

「やっぱ凄い勢いだね!?」

 

圧されながらも冷静に対処していき、百代は満面の笑みで拳を振るう。

試合が始まってから1分が経過した。武神の百代と戦って1分も持つのは凄いことらしい。ルーや一子たちは驚いた顔をしている。

例えるなら小さい子供が大きな大人と喧嘩をして持たせている状況だ。最も二人とも例えるな規格外すぎる。

 

(モモとまともに渡り合うとはのう。何者じゃか…いや、世の中にはまだまだ知らぬ強者がおる。それが彼女だったということじゃろう。試合の結果によってモモが少しでも変われば良いんじゃがのう)

 

「だだだだだだだだだだだ!!」

「あらよっとお!!」

 

拳が脚があらゆる方向から攻撃しては捌いていく。百代は相手が強ければ強いほど戦闘を長くしようとする癖がある。だから最初は試すような真似をしながら戦う。そして良いと思ってきてから技ををどんどん出してくる。

手に気を溜めて一気に放つ『致死蛍』を発動。環に向かって蛍のような気の弾幕が襲い掛かる。

 

「うわわっ!?これが『気』ってやつ!?」

 

気なんてゲームや漫画だけのものかとずっと思っていたが現実に見てしまえば信じるしかない。正直なところ一瞬だけワクワクしてしまったのは責めるべきではないだろう。

被弾するが一発一発の威力は小さい。しかし全て食らっていては負担が大きい。環はできるかぎりくらはないように弾幕を両手で捌いていく。

 

「武藤さん流石ですね。ならこれはどうだ。川神流地球割り!!」

 

地面に拳を突きつけることによって 地面を割るように直線上に衝撃波を走らせた。

 

「凄い力技だ」

「崩月のもある意味力技だと思うわよ」

「まあ、確かにね。それにしても『気』って本当にあったんだな銀子」

「川神の人間は『気』を操るのに特化した人間なのかもね。『裏十三家』や『西四門家』の人間が特別な力持つ人間のように」

「かもな」

 

世の中にはまるでゲームや漫画の世界のように特別な力を持った人間がいる。その1つとして裏十三家があげられる。

崩月なら角による圧倒的な怪力、斬島なら異様に上手いというくらいの斬る力だろう。そして今まさに見ている川神家は気を操る力なのかもしれない。

 

「川神も特別な存在ってことね」

「揉め事処理屋としてパイプを作っても悪くないかな?」

「悪くはないと思うけど、その代償として川神先輩と決闘する羽目になるわよ。勝てる?」

「うっ…それは。どうだろう」

 

もし百代と決闘する羽目になったとして勝てるかどうか。正直に思うと勝てる確率は非常に低いだろう。それは真九郎自身が完全に思っていることだ。

一度頭の中でイメージしてみたが勝てるイメージが中々浮かばない。やはり『武神』と言われる呼び名は伊達では無い。

 

「大丈夫だぞ真九郎」

「え、紫?」

「真九郎は強い。だから負けないぞ」

「…そうだな」

 

紫からそう言われてしまえば負けるわけにはいかないだろう。

もしもの話。本当に百代と決闘することになり、紫がいたら負けるわけにはいかなくなった。

 

「もし戦う羽目になったらか…」

 

真九郎はもしもの話だが決闘する羽目になった場合をもう一度考えながら環と百代の決闘を見るのであった。

 

「それにしても武神はとても嬉しそうに闘うのだな」

「分かりますかのう?」

「ああ、分かるとも。あれは武神の悪い癖かな?」

「むむ、そこを指摘されると言い返せないのう」

 

いつの間にか鉄心と闇絵が百代の悪い癖について話していた。孫の痛い所を突かれると祖父として言い返せないものだ。

鉄心としては真面目に修業してほしいものだが今の彼女では難しいだろう。だからこそこの決闘で少し変化の兆しがあれば嬉しいのだ。

 

「やるねえ百代ちゃん!!それにしても良い身体してるう!!」

「武藤さんこそ。それにまだ成長期ですよ!!」

「マジで!?よよよ…スタイルでは完全に負けちゃってるよ」

「いやいや武藤さんも良いスタイルしてますよ。今夜一緒にお風呂入りませんか?」

「お、良いね。それなら銀子ちゃんや由紀江ちゃんたちも一緒に誘おっか。銀子ちゃんがどれくらい成長したか気になるし、由紀江ちゃんのお尻も気になるんだよね」

「イイネ!!」

 

決闘している最中に何故か不穏な会話が聞こえてきた。隣に座っている銀子は顔を青くし、由紀江はあわわっと顔を赤くしていた。

喜々として決闘しながら、喜々として会話をしている姿を見ると本当に相性が良いのだろう。リーは微妙な顔をしながら真剣に決闘を見て、鉄心は彼女たちの会話を聞いて良い笑顔で妄想していた。

この祖父にして孫なのかもしれない。鉄心は小さく「ご一緒したい」なんて言うがこれでも学園長だろうか疑問である。

もしも言及したら「どんなに年を取っても男はいつまでもの助平なのじゃあ!!」なんて答えるだろう。なんという開き直りだ。

 

「九鳳院の近衛隊の人も良いですね!!」

「リンさんだね。スタイル良いよね。スラリとしてくびれもあるし」

「何故か悪寒が…」

「大丈夫かリン?」

「はい大丈夫です紫様」

「闇絵さんという方も良いですよね。あのミステリアス感がイイ!!」

「あー…闇絵さんは難しいよ」

「そうのか?」

 

チラリと決闘中に闇絵を見ると、気が付いたのか返事をしてくれた。

 

「私と入浴するなら入浴料がいるぞ。私の肌は安くない」

「何、いくらですか!? 大和、金貸して!!」

「嫌です姉さん。それに借金を返してから言って」

「さあ武藤さん。まだまだいきますよ。せいっ!!!!」

「振っておいて無視か姉さん」

 

自分が不利になる金銭面の話になると百代はすぐにとぼける。これでも借りた金はちゃんと返すが期日は守ってくれないのだ。

「全く…」と思いながら大和は呆れるしかなかった。だがそれよりも気になることがあるので借金の話は頭の片隅に追いやる。

 

(さっき紅くんと村上さんは特別な能力について言っていた。それは一体?)

 

特別な能力と聞いて真九郎の角のことを思い出す。確かにアレは特別なものだろう。しかしアレは崩月のもので紅の名を持つ真九郎は何故あるのかが分からない。

 

(…移植?)

 

大和の考えは正解だ。真九郎の角は法泉から譲り受けたものである。

 

(裏十三家ってのはもしかして一家ごとに特別な力を持つ家系なのか…)

 

川神家は規格外だと理解しているが気を当たり前のように使っているため、疑問にしてなかった。それをよくよく考えてみると『気を操る』に特化した家系と当てはめると納得する。

他の武術家も気を操る者はいるが川神家ほどでは無い。だから真九郎たちは「特化」なんて言葉を使ったのだろう。確かに納得してしまう。

 

(姉さんだけでも規格外なのにあと十三家も特別な力を持つ家系が世の中にいるんだな。確かにそれなら父さんが言う用に特別だ)

 

また大和は知らない世界を知っていく。

 

(あと…『西四門家』って何だ?)

 

単語からして四つの家系だ。そして『西』と聞いたら西日本方面を思い浮かべる。西四門家も裏十三家のように特別な家系なのだろう。

関連性があるかは今の大和には分からないが、西のことは西に聞くのが一番。天神館での知り合いに聞いてみるのが一番かもしれない。

 

(紅くんたちと関わってから何かが変わるような気がする)

 

確かに変化しているだろう。しかしその変化が彼に良い変化か悪い変化かはまだ分からない。

 




読んでくれてありがとうございました。
今回の内容はいくつかな視点で考えごとをする感じの物語にしたつもりです。
環と百代、鉄心、真九郎と銀子、大和たちが考えちょっとしたフラグを立てたつもりです。
フラグになったかどうかは不明ですがね

ではまた次回!!
次回はこのまま決闘に続くか、別れた夕乃チームにしようか考え中です。


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欲求

こんにちは。
今回で環と百代の決闘は終了です。結果はまあ、賛否両論あるかもしれませんが自分としては落ち着いた感じになったと思います。



094

 

 

拳が飛び交い、蹴りも交差する。環と百代の決闘が開始されてから今5分が経過した。

武神である百代と決闘して5分も経過したなんてもう凄すぎると言うのが大和たちの感想である。先ほどから環と百代が決闘を始めてから「凄い」しか感想しかない。

だが人間は本当に驚きしかない場合は「凄い」としか言いようがないのだ。それほどまで大和たちは環を評価している。

最近で言えば百代にもし対抗するならばと考えた場合、九鬼家の中で従者部隊の一桁台の者や燕があげられる。その中に環はまさにランクインしている。

ここに燕がいればすぐにでも観察するだろう。そしてこんな好カードの試合があったと聞けば燕は見逃したと絶対後悔しただろう。

 

「はははははははははは!!」

「良い笑い声だな」

「ですね闇絵さん」

「戦いを楽しむ…か」

 

真九郎からしてみれば戦いなんて楽しむ余裕はないし、楽しむ気持ちも分からない。特に分からず、悪態を最もつきたかった時はキリングフロアでのことだろう。今も思い出しても良いものではない。

決闘はスポーツという感覚にもなれない。ここ川神でが武術をどこかスポーツという感覚がるような気がする。それは川神学園の影響もあるかもしれない。やはり学生ではどうしても命のはかりごとはできない。

そう考えると真九郎の考えもまたおかしいのかもしれない。彼は戦いとなると命を賭けることを考える。それは彼の人生の影響だ。

こればかりはどちらかが違うというわけではなく、どちらも正解なのかもしれない。

武術は扱う人間によってその意味合いが変わるものだ。相手を潰すだけ使う。人を守るために使う。自分の身を守るために使う。少し考えるだけでいくつも上がる。

だから今の百代は武術を楽しむために使う。真九郎はというと生きるために使う。やはり人が違うと武術という名の力の使いようはこうも違うものだ。

 

「紅くんは戦いを楽しむとは思えないかね?」

「学園長…そうですね。すいません。どうも職業柄、戦いは楽しむとは思えません」

「謝らんでよろしい。戦いとは元来楽しむものではない。楽しむと思うようになったのは時代によって変化したせいじゃ。今やテレビでも格闘技は娯楽で放映されておるからな」

 

どこか真九郎の気持ちを感じ取ったのか鉄心は口を開く。鉄心は彼についての評価は中々高い。

学園での評価を聞くところ彼の行いは良いが学力に関してはもう少し。精神、心の強さに関してはどこか波がある。でも彼は『戦い』に関して人並、それ以上に本当の意味を理解しているのだ。それは今時の若い子に関しては異常なくらい。

その理解に関しては百代にも見習ってもらいたいと思っているのだ。自分の孫はどうしても戦いを楽しむ癖がある。武術をスポーツとして楽しむことに関しては構わない。

だが『死闘』と『試合』の意味合いを一緒にしないでほしいのだ。孫である百代は2つの戦いを一緒にしているのだ。それは彼女の退屈と戦闘欲求が支配しているからだろう。

 

(彼らはある意味異質な者たちじゃ。だが彼らがモモに良い意味で影響を与えてくれるといいのじゃが…)

 

良い影響を与えるか悪い影響を与えるかは彼女の影響の受け方次第だろう。

 

「おおー。もう何が何だか分からない」

「まだ拳の撃ち合いが続いております紫様」

 

紫は環と百代の決闘をしっかりと見ているが動きが早すぎて全然分からないのでリンの解説を聞きながら見ている。でもやはり紫は幼女なので戦いに関して分からない。

だから聞いても見ても「凄い」としか思えない。だが彼女は直感で相手の気持ちを感じられる。だから2人が、特に百代が楽しんでいるのが分かる。

 

「とっても楽しそうだな」

「そうだな。だがそろそろ決着かつきそうだ」

「そうなのか。どっちもまだまだ戦えそうだが?」

「時間だ」

「ああ、そういうことか」

 

今回の環と百代の決闘にはちゃんとルールが設けられている。川神院で師範代のルーが審判をしているのだからちゃんとしたルールはあるに決まっている。

非公式とはいえ、百代が暴走しないようにルールは付けられる。ルール無用なのは殺し合いだけだ。

今回のルールは簡単だ。

制限時間は多めに取って7分。武器等は有り。場所は川神院内。不殺であること(当たり前)。時間内に決着がつかない場合は審判による判断で勝敗が決まる。

 

「もうすぐ7分経過する。どっちにしろ終わりだ」

 

百代がとても楽しんでいる決闘ももうすぐ終わる。だからまだ倒せない環ともっと戦いを続けたいと思っている。だが戦いは始まれば終わりはある。

だからこそ彼女は最後の最後で拳に渾身の力を籠める。

 

「いくぞ武藤さん。川神流無双正拳突きぃ!!!!」

「じゃあ私も…正拳!!!!」

 

拳同士が交差する。

 

「ぐあっ…なんて突きだ!?」

「意識飛びそうなんだけ…でも、こっからは頭の固さが物を言わせるわよ!!」

「いいでしょう!!」

 

額と額がぶつかりあう頭突き。どっちも遠慮なく振り上げた結果、鈍い音が響く。この音を聞いただけで痛いと思ってしまう。

当の本人たちはそのまま一瞬だけ動かなかった。そしてルーがタイムアップ終了を宣言したのであった。

 

「引き分け!!」

「痛っつー…」

「一瞬…意識が飛びましたよ」

 

額を擦りながら2人は地面に座り込んでしまう。やはり石頭でもどっちも超石頭同士がぶつかり合えば相当効くらしい。

 

「ウーン…悩ム。これは難しいヨ」

 

ルーは今回の決闘の勝敗について審査しているが判定が難しいのか悩みに悩んでいる。総代である鉄心だって悩んでいる。

武神である百代と引き分けたならば寧ろ勝ちを譲りたいが、ただ相手が武神だからってことでは勝利を宣言するわけにはいかない。勝敗はどちらがより技や攻め、防ぎを上手く立ち回れたによって決まる。

環は上手く百代の攻撃を防ぎながら決闘していた。逆に百代は技を多彩に繰り出し攻めていた。どっちも判定評価としては充分だ。だからこそ決めにくいのだ。

 

「ウムム…これは本当に引き分けと言いたいガ、勝者は百代!!」

「あり、負けちゃったかー」

 

残念と言いたい感じで口にしたが表情は悔しい顔はしていない。寧ろ楽しかった感じの顔だ。それは百代も同じで、表情は晴れ晴れしていた。

やっとマトモな戦いができて戦闘欲求が解消できたのだ。今回戦った環は自分と張り合える武人でまだ力を出し切っていない。なら次はもっと楽しめるかもしれない。

そう思うと百代はワクワクが止まらないし、またすぐにで戦闘欲求が出てくるだろう。

 

「百代を勝ちにしたのはやはり有効打が武藤サンより百代の方が少し多かったカラ。そう判断したヨ」

「そっか。防御に徹しすぎたからな」

「だけどこれはワタシの判断結果ダ。他の者なら武藤サンを勝ちにしてもおかしくないくらいの評価だったヨ」

「うむ、その通りじゃ。ワシじゃったら武藤さんを勝ちにしてたのう」

「総代!!」

「何だよジジイ、そこは孫の私にしろよなー」

「馬鹿者。孫だからといって贔屓せんわい。モモだって決闘の判定は真剣にするじゃろうが」

「まあな。流石に私だって贔屓や妥協はしないさ。だからこそ武藤さんの強さは本物だ」

 

視線を環に移す。彼女はまだまだ本気を出していないことくらい戦った百代は理解している。だから今度は本気の本気で戦いと思っている。その目は尊敬や興味などを含めたものが含まれていた。これを見た鉄心はため息を吐きそうになってしまう。これは彼女があまり変化が無いことが分かってしまったからだ。

強者と出会ってしまい彼女はさらにもっと戦いをしたいと欲求が生まれてしまったのだ。彼女の中の退屈は無くなった。だが次はよりもっと戦いたい、死闘をしてみたい、命を燃やすような戦いをしてみたいという欲求が彼女の中で生まれてしまったのだ。

 

(モモのやつ…余計なこと思ってなきゃいいんじゃが。やはり根本的に変化あるにはモモに敗北を知らなきゃいけないかのう)

 

戦いに勝ち続ける百代。その影響で彼女の成長は停滞していると過言ではない。何も敗北しなければ成長しないというわけではない。彼女の心の変化があれば良い。

だが鉄心が今思うのはやはり敗北をしって欲しいのもある。そこから学ぶ物もあるからだ。

 

「お疲れ様です環さん」

「頑張ったな環!!」

「いやー負けちゃったよ。でも楽しかった!!」

「…何か食べたい物ありますか。作りますよ」

「ありがと真九郎くーん!!」

 

ガバッと抱き付いてくる環だが真九郎は引き剥がさない。良い勝負であったが負けたのだから少しは悔しいと思ってるかもしれない。

今回くらいは大目に見ようと思っているのだ。去年、環は夕乃と戦ったことがある。原因は真九郎のせいであるが、その時のことを聞いてみたら落ち込んでいた。

やはりどんな勝負でも負けると落ち込むものだ。だから優しく接しようと思った矢先。

 

「銀子ちゃーん、由紀江ちゃーん。慰めてー!! あ、柔らかいし良いお尻!!」

「キャアァァァ!?」

「あわわわわわ!?」

「だから止めんか!!」

 

前言撤回したくなったのは仕方ない。あと補足だが夕乃に負けて落ち込んだのではなく、スタイルに負けて落ち込んだかなんだか。

 

「さあて、次は九鳳院の近衛隊のリンさんと紅と戦いたいなーなんて」

「遠慮する。私の仕事は武神と戦うことではなく紫様を護衛することだ」

「あ、俺もです。戦う理由がありませんし」

「だよな」

「まだ戦う気かいモモ」

「でも武藤さんと戦えたから良いんだもん!!」

 

まだ戦いたいようだが今の気持ちはスッキリしているようなので簡単に食い下がってくれた。

 

「…武神に1つアドバイスをしよう。甘く危険な誘惑に耳を傾けないことだ」

「およ、ミステリアスな闇絵さんからアドバイスなんて…有り難く受け取っておこう!!」

「本当に受け取ったんかいモモめ」

 

急にポツリとアドバイスをした闇絵。どういう意図かと聞いてみると「少年にもあったことさ」と返されるだけであった。

彼女は多くは語らないが的確な事を言ってくれる。そのアドバイスが外れたことはない。

 

 

095

 

 

電車の中。

 

「お姉ちゃん。本当にお友達できたのかな?」

 

ガタンゴトンガタンゴトンっと揺れる電車の中で可憐な少女は自分の姉の心配をしていた。妹は姉のコミュニケーション能力が低すぎることは理解していた。

だから新生活が始まって川神に向かった時は大丈夫かといつも心配していたほどである。そんな時に手紙が届き、友達ができたと報告がきたのだ。これは本当かどうかと思い抜き打ちチェックをしようと決断。

必要な物を用意して川神に向かっているのだ。姉はとても優しく、家族に心配をかけないように嘘をついているかもしれない。それに『松風』の件もある。やはり妹として心配するのは当たり前であった。

駅の売店て買ったお菓子を齧りながら川神までゆっくりと待つ。そんな時に彼女の席に1人の少女が近づいて来た。

 

「席、失礼します」

「あ、はいどうぞ」

 

電車の同じ席に座って来たのは自分と同じくらいの歳で、金髪のサイドテールの少女。雰囲気はどこなダウナー系である。

普通なら挨拶するだけで終わりなのだが、何となく彼女からは興味が出てしまった。この直感は女の感なのか、父親と同じように武士の感なのかは分からない。ただの赤の他人のはずと思ってその興味を置いておく。

 

「…紅のお兄さん」

 

小さく誰かの名前を聞いたが、声が小さすぎたので誰のことか分からなかった。

 




読んでくれてありがといございました。

百代VS環の決闘はなんだかんだで百代の勝ちにしました。
環さんも規格外ですけど原作の紅だと謎めいた感じで詳しくは語られなかったんですよね。だから今回は負けたけどまだまだ余力はあるぞ的な感じで決着にしました。

本当に環さんて何者だろう・・・指2本で拳を止めるし、複数の敵を簡単に倒すし。
更に夕乃さんとも渡り合うみたいで、『黒騎士』に気付かれないように尾行もする。
環さん・・・本当に何者ですか。


そして由紀江の妹と切彦もそろそろ参戦しますよー。
今回の章は彼女のルートにオリジナルを加える物語になっていきます!!


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観光はここまで

096

 

 

もう1つの視点に移す。崩月家族が観光するチームだ。

夕乃、冥理、散鶴、クリス、岳人、卓也、翔一のチーム。夕乃と散鶴は真九郎に居て欲しいと思っていたが環の保護者になってしまったならば仕方ない。

しかし、環が暴走して厄介な事という名の酔っ払い事件を起こすわけにもいかない。最も彼女は事件を起こしたことはないが。

 

(もう、もう。環さんのおかげで真九郎さんと離れ離れになっちゃったじゃないですか。しかも村上さんと紫ちゃんが一緒だなんて!!)

「あらあら夕乃。真九郎くんが一緒じゃないからってガッカリしないの」

「お、お母さん!?」

 

母親の冥理に考えを読まれてドッキリしてしまう。流石は母親と言うべきか、娘の考えが手に取るように分かるらしい。

 

「寮に帰ったら真九郎くんと一緒にお風呂に入りなさい」

「ちょ、お母さん!!」

「あら入らないの? ならお母さんは一緒に入ろうかな。散鶴も一緒に入る?」

「うん。散鶴も入る!!」

「止めてくださいお母さん!!」

「良いじゃない。じゃあ今夜はどうする?私は真九郎くんの部屋で寝ようかしら?」

「だから、もう!!」

 

もう夕乃は冥理に翻弄されっぱなしである。

そんな中で彼女たちの会話を聞いて嫉妬全開の者がいた。筋骨隆々の男の岳人だ。何故嫉妬しているかというのは真九郎に対してである。

美人の夕乃たちの会話を聞くと、なんて青春で羨ましく、けしからんことだろうか。そのおかげで真九郎は岳人から理不尽な醜い嫉妬を送られているのだ。

 

「くっそぉ、何故だ。俺様の方がガタイが良いのに」

「ガタイの問題じゃないと思うよガクト」

「ガタイなら真九郎はけっこう鍛えてたぞ」

「そうなのキャップ?」

「おう、大和と源さんと真九郎で一緒に風呂入った時に見た」

 

今の発言は京に妄想の材料になりそうだなっと卓也は思ったがすぐさま彼方に置いて来た。

 

「華奢な身体なのに鍛えてた。つーか水上体育祭の時に見なかったのか?」

「今思えば、そうだったね」

「俺様は野郎の身体に興味はねえ!!」

「ガクトは本当にガクトだね」

「俺様は俺様だぜ?」

「そういうことじゃないよ」

 

岳人は岳人である。

 

「それにしても崩月先輩に好かれてる紅が羨ましすぎるぜ。しかもあんな美人な人妻も一緒だなんて!!」

「住み込みで修業してたって言ってたし、まるでギャルゲーみたいな設定だね!!」

「俺様も崩月先輩の家に住み込みで修業でもするか?」

「そんな不純な動機は止めようよ…」

 

ガッツはある岳人だが不純な動機で崩月家に住み込み修業をしたら耐えられるはずもない。そもそも川神ファミリー中で崩月流の修業に耐えられる覚悟を持つ者はいないだろう。

百代に関しては例外だが、それでも真面目に修業するとは思えない。川神院での修行だってサボっているのだから。

 

「なあ崩月先輩殿。聞きたいことがあるのだが良いだろうか?」

「何ですかクリスさん?」

「紅殿でだ。彼はどんな人柄なのかなって。学園や寮でも関わって知っているが昔の紅殿は知らないからな」

「そうですね。とっても優しい強い男性です」

「ああ、それは分かります」

「昔の真九郎くんだと…まず表情の無い子だったわね。いえ、心が欠けた少年だったわ」

 

心が欠けた少年。まるで信じられない言葉だ。クリスたちが知る真九郎は心が欠けていたなんて微塵も感じられない。

よくよく思ったとして何処か浮世離れしている雰囲気がある。それは揉め事処理屋をしているからかもしれない。だが真実は彼の生きざまだろう。

 

「心が欠けていたって何でまた?」

「詳しくは本人の為に言えないけど、真九郎くんはウチに来る時は家族がいなかったの」

「え、それって!?」

「事故で家族を失っていたのよ」

 

まさかの重い話が出てきてしまい、聞いていいのかと思ってしまうが冥理は普通に話す。重い話だけども彼女も真九郎のために話していいことと駄目な線引きはしている。

だから真九郎の心のキズを開かせないように話すのは彼女にとって、家族として当たり前であった。

 

「真九朗君が崩月の門を叩いたのは『強く』なるためじゃなくて『生きる』ためだったわ。小さい真九郎くんが表情のない顔で生きるためと答えた時は…大丈夫かしらと思ったわ」

 

小さな子供が武術を習うにあたって生きる為だけに習うなんて今の世では異常だ。だが小さい頃の真九郎を異常にしてしまったのは『あの事件』のせいである。

『あの事件』は彼にとって深い闇だから気軽に話せない。その事は伝えないで話していく冥理。

 

「真九郎くんは生きるために修業を頑張ったわ。そのおかげで確かに強くなったと思う。でも心の方はいつまでたっても欠けたままだったわ」

 

崩月家でも流石にいつまでも心の欠けた彼を無視なんてできなかった。特に冥理はそんな彼をいつも心配していたのだ。血は繋がらなくても彼女は彼のことを家族と認め、息子のように思っている。

だからこそ、心の欠けた真九郎をどうにかしたくて優しい声をかけ続けたのだ。

 

「心の傷は簡単には治らないわよね。でも私は…私たちはずっと優しく接したわ。そして散鶴が生まれた年にやっと真九郎くんに笑顔が戻ったわ」

 

その時ときたら散鶴が生まれた嬉しさも会い合わさってとても心が熱くなったほどである。やっと笑顔になったあの子。それは子供にとって笑顔はしないなんて幸せではない。

 

「今もどこか心に波があると思うけど昔に比べれば強くなったと思う」

 

今でも心配するのはやはり冥理が真九郎の母だから。親にとって子はいつまでたっても心配なのだ。だから夕乃も早く真九郎と結ばれてほしいとも思っている。

 

「クリスさんたちは真九郎くんたちのお友達かな?」

「おうそうだぜ!!」

 

翔一が即答してくれる。それを皮切りにクリスも笑顔で答え、岳人もニカッと笑顔で答える。信頼する人以外あまり良い顔をしない卓也も流石に空気を読む。

それに卓也は真九郎の馴れ馴れしさが無いので、それは人付き合いの苦手な彼にとっては嫌いではない。

 

「ありがとう。交換留学中は夕乃や真九郎たちをよろしくね。もちろん村上さんも」

「ああ、任せてください!!」

 

風間ファミリーは個性的な面々が多く、無茶ばかりするが悪い人間はいない。そんな善人ばかりのグループに出会えたことは真九郎たちにとって良いことだろう。

 

 

097

 

 

夕乃チームは川神市の様々なスポット観光しながら真九郎チームへと合流する。川神市は広いので全てのスポットは回り切れない。なのでピックアップしたスポットを回り切ったのだ。

観光が多い場所だと1日では回り切れなくて大変だ。でも環や冥理たちは連休を使って川神にきているのだからまた明日にでも観光の続きをすれば良い。

もう時間帯は夕方で島津寮に戻る。帰る道すがら真九郎は環に今日何が食べたいかを聞く。リクエストされたメニューはみんなで食べることができる焼肉であった。

こんなに大勢いるのなら焼肉は最適だろう。それに食材を用意し、焼くだけだから簡単である。

 

「なら肉や野菜とか買わないとな」

「焼肉かあ良いな」

「勝手に決めちゃったけど良いかな直江くん?」

「構わないよ。それに焼肉ならみんな賛成だ。な、みんな」

 

大和は翔一やクリスたちに確認を取ると笑顔でみんな賛成してくれた。食欲盛りの彼らにとって焼き肉は大好物だ。

特に肉が大好きな岳人は子供のように嬉しく思っている。翔一に関しては心が少年なので心から好物だと言い張って笑顔である。

 

「じゃあ俺らは寮に帰って準備をしよう」

「ならこっちは食材の買い出しをしてくるよ」

 

買い出し開始。

大和たちは島津寮に戻って焼肉の準備を。真九郎たちは食材を買いに。

大人数で食べ盛りが多いので食材はたくさん買わないとすぐに切れるだろう。

 

「お肉がいっぱいだな真九郎」

「野菜もちゃんと食べないとダメだからな紫」

「ピーマンも最近は食べられるように努力はしているのだ」

「じゃあピーマンも買おうか」

「うう…がんばる」

 

買い物かごには赤い塊だけじゃなくて瑞々しい緑もたくさんだ。これだけあれば十分だろう。

 

「ねーねー真九郎くん。このお酒買って!!」

「少年よ。このワインなんて悪魔の血のように紅い。飲みたいと思わないか?」

「はいはい2人とも買いませんよ」

「真九郎よこのお菓子は駄目かな?」

「ち、散鶴も」

「1個だけだからね」

「あ、ずるーい!!」

「環はさんはいい大人だから我慢してください。今度買ってあげますから」

「今がいいー」

「今度です」

「今日はモモちゃんに負けて落ち込んでるのに」

「だから焼肉にしたでしょ」

 

今晩の夕飯にはリクエストしたがお酒はリクエストしていないので却下である。大勢の前で環さんの酔っ払いが始まると収拾がつかなくなりそうだからだ。

酔っ払い状態の姿をこれ以上見せるわけにはいかないのだ。もう手遅れかもしれないが迷惑だけはかけられない。

 

「本当なら真九郎さんと2人っきりが良かったのに」

「あらあら夕乃ったら」

「お母さんが邪魔しなかったら良かったんです!!」

「せっかく遊びにきたのにそれはないわ夕乃。お母さん悲しい…じゃあ散鶴と一緒に今夜は真九郎くんに慰めてもらおうかしら?」

「それがいけない理由です!!」

「馬鹿」

「え、何で俺は馬鹿にされたの銀子?」

「不潔だ紅真九郎」

 

なぜか銀子とリンから冷たい目で見られる。真九郎の行動や言動からの賜物や彼に関係のある人物から言動によっていつも冷たい目で見られるのだ。

これは今までの真九郎が築き上げた結果によるものだ。女性に好意を寄せられるのは悪くはないが、女性からしてみれば好意を持つ男性があっちこっちにいろんな女性に連れまわされたら困るものだ。

夕乃に関しては真九郎に悪い虫がつかないようにいつも注意している。その度に真九郎に教え込み、身体にも物理的に教え込む時もあるものだ。

 

「あ、そうだ銀子ちょっといいか?」

「なに?」

「実は相談があるんだけどいいか?」

「揉め事処理屋の依頼かなにか?」

「うん、そうなんだ。実は偉人を調べて欲しい」

「葉桜清楚さんに関してね」

 

すぐさま理解してくれる。この川神で偉人について調べて欲しいなんて言われたら消去法ですぐに分かるものだが。

 

「葉桜先輩から依頼されたんだ。自分の正体が知りたいって」

「なるほどね。でもたしか25歳くらいになったら教えてもらえるんでしょ。待てば良いと思うわ」

「自分だけ正体が分からないから知りたいみたいなんだ」

 

気持ちは分からないでもない。自分のルーツは早く知れるのなら知りたいものだ。それに自分自身のことだというのに何故教えてくれないのか。

教えてくれないなんて何故だ。自分自身のことなのだから知る権利はある。

 

「分かったわ」

「ありがとう銀子。俺も少しずつ葉桜先輩に関連がありそうなものはいくつか探してる」

「じゃあその調べたものを教えて。そこから更に調べてみるから」

「分かった。寮に戻ったら渡すよ」

「それにしても葉桜先輩の正体か。案外意外な偉人かもね」

「誰だろうな?」

「さあね。でも名前だって案外、正体のカギかも」

「名前…『葉桜清楚』なんて偉人は聞いたこと無いけど」

「そうじゃないわよ。読み方よ」

 

源義経、武蔵坊弁慶、那須与一。彼女たちは偉人たちの名前をそのままもらっている。ならば葉桜清楚も偉人の名前のはずだ。

彼女だけ名前に意味が無いはずがないかもしれない。もしかしたら名前の読み方を変換してみると意外な偉人が出てくるかもしれないのだ。

 

「例えば『葉桜清楚』という字の読み方を変えるとか英名にしてみるとか、名前を並び替えるとかね」

「なるほど」

「調べとくわ」

「助かるよ」

 

島津寮に戻る。

 

「ただいま戻ったぞ!!」

「おうおかえり!!」

 

紫が元気に島津寮の扉を開くと元気に翔一が返事を返してくれた。

 

「もう準備はできてる。あとは肉を焼くだけだぜ!!」

「うん分かった。早速焼こうか」

「それと客が来てるぜ」

「お客?」

「ああ。切島とまゆっちの妹がきてるんだ」

「切彦ちゃんが…と黛さんの妹?」

「ああ来てくれ」

 

居間に戻ると斬島切彦がいた。そして黛由紀江の妹もいた。何故か百代が彼女たちの間に入って両手に花状態。

 

「こ、こんにちわ」

「紅のお兄さん」

「こんにちわ」

 




読んでくれてありがとうございました。
次回からやっと切彦と沙也加ちゃんが加わります!!
登場キャラが多すぎてパンクしそうだ・・・次回からは少しコンパクトにするか。


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黛の妹

098

 

 

「初めまして。黛由紀江の妹の黛沙也加です。よろしくお願いします」

「あ、丁寧にどうも。紅真九郎です」

 

彼女が、沙也加が何故この島津寮にいるかというと姉の由紀江が心配だから抜き打ちで訪問したとのことだ。

事の発端は由紀江から友達ができたという手紙だ。沙也加としてはこの手紙の内容が真実かどうか確認したかったのだ。何せ姉の由紀恵は松風というストラップと会話をしているちょっと他人から見たら危ない子に見えるからだ。

そんな姉から親しい友達ができたなんて家族を安心させるために書いた嘘かもしれないと逆に心配してしまう。だからこそ妹の沙也加が川神まできたのだ。

 

「まあまゆっちのことを知ってる身内なら確認したくはなるよね」

 

島津寮に滞在してから由紀江の言動に関してはもう慣れている。言動というか松風との会話だ。最初は少し引いたが慣れれば平気だ。むしろ真面目な後輩だと評価は高い。

彼女について内容を聞くと連休中は島津寮に泊まっていくそうだ。せっかくの姉妹再開だから良い思い出が残せると良い。

 

「で、まさか切彦ちゃんは何でまたここに?」

「たまたまです」

「そ、そうなんだ」

 

切彦が真九郎の前に現れるのはいつも突然だ。何故かいつも弱っていたが今回はそうでもないらしい。

それにたまたまと言っているが仕事の最中の可能性だってある。だがこちらから踏み込まなければ何か起こるはずはないだろう。

切彦はどんな殺しの仕事も請け負うが基本的に無関係な人は巻き込まない。それに怒りを買わなければ全くもって無害だ。

ここにいるみんなは切彦にちょっかいはかけないだろう。百代だって流石に切彦には手をださないだろう。

 

「そういえば何で切彦ちゃんは沙也加ちゃんと一緒に?」

「たまたまです」

「そうなんですよ。えっと、斬島さんとは電車の中で会ってそのままここまで一緒だったんです。私もまさか行き先が同じだとは思いませんでした」

 

切彦と沙也加が一緒にいるのは本当に偶然である。妙な縁というやつだろう。

縁とは不思議なものでどんな人間が会うなんて分かったものではない。切彦は裏十三家の1つで剣士の敵と呼ばれている。一方、沙也加は剣聖の娘である。

普通に見れば思いっ切り敵同士だと言ってもよいだろう。ただ切るのが上手い者と剣の道を究める者では全く別の道を辿る者だからだ。

 

「まさか電車の席から駅、島津寮まで一緒に歩いた時は流石に「え?」って思っちゃいましたよ」

「まあそう思うわよね。私は村上銀子。川神学園の交換留学生よ」

「よろしくお願いします」

 

銀子も自己紹介してくれる。その皮切りに夕乃たちも自己紹介してくれた。

 

「わたしは紫だ。九鳳院紫。よろしくな」

「え、九鳳院ってもしかして…」

「表御三家の九鳳院家だよ」

「あわわ…あの表御三家の。よ、よろしくお願いします」

 

沙也加はぷるぷると紫と握手する。小さい手だが温かいぬくもりを感じる。

こんな可愛く小さな子供があの九鳳院家とは驚きだ。正直なところ緊張しないなんて難しい。彼女も聖剣の娘で良い所のお嬢様ではあるが九鳳院と比べると負けてしまう。

最も九鳳院と張り合うとしたら他の表御三家か九鬼家くらいしかいないのだが。

 

「沙也加と言ったな。わたしが九鳳院だからといって畏まらなくても良い。ここにいるわたし紫だ」

「…わあ。大物ですね」

 

紫の堂々さに感服してしまう。正直なところ気にするなと言われても難しいものだが、こんな小さな子が気を遣ってくれるとは大人だ。

 

「うん。よろしくね紫様」

「さま付けはいらぬ」

「じゃあ紫ちゃん」

「うむ。よろしくな」

 

早くも紫は沙也加とのコミュニケーションを確立させていた。流石は紫だろう。何せ多くの人たちと交流をしているのだからこれくらい簡単なものだろう。

その姿をみた由紀江は「羨ましい」と言っている。紫のコミュニケーション能力が凄いと思っているのだ。沙也加もコミュニケーション能力が高いので紫との会話も弾む。

 

(さ、流石です沙也加…私も紫ちゃんと会話するのに時間かかったというのに)

『妹は恐るべしだなー』

 

単純に由紀江にコニュニケーション能力が低すぎるだけなのだが、こればかりは自分自身の問題なので頑張るしかない。

この問題は簡単には解決できない。すこしずつ頑張っていくしかないだろう。

 

「せっかくだ。夕食も食べてくでしょ?」

「良いんですか?」

「もちろん。ここで夕食を一緒にしないなんて選択は無い」

「切彦ちゃんも食べてく?」

「良いんですか紅のお兄さん?」

「もちろんだよ」

 

食材はたくさん買って来たから足りないことなんてことはないだろう。早速、焼肉の開始だ。

焼肉が始まればみんながハイテンションだ。どうも焼肉はみんなのテンションを上げる食事だ。流石は焼肉、打ち上げやみんなで集まって食べる食事だ。

1人焼肉なんてものもあるが、それはそれも良いものもあるだろう。真九郎は金銭面の関係で絶対にできないだろうが。

 

「焼け焼け~!!」

「この肉は俺様が育てる!!」

「野菜もちゃんと食べるんだよ」

「ピーマン…」

「鉄板が熱いです。敵です」

「ほんとに切彦ちゃんは敵が多いね」

 

焼肉が始まり、皆が肉の奪い合いが始まる。流石は食欲盛りの学生。

そんな中、大人である冥理たちは慎ましく焼肉を食べる。環に関しては学生たちとテンションが同じなので焼肉の奪い合いをする。

真九郎は女子力を発揮してるので紫や散鶴たちに野菜や肉を皿に入れていく。自分も食べれば良いというのに他の人を優先させるところ謙虚というか教育された賜物なのか。

 

「ほら紫、ちーちゃん」

「ありがとお兄ちゃん」

「ありがとう真九郎!! ピーマンは少なめで」

「ちづるも」

「はいはい」

「真九郎くんも食べないと。ほれほれ!!」

「環さん俺の皿に肉を山盛りにしないでください」

 

皿には胃がもたれるくらいの量の肉が積まれている。真九郎はそんなに大食漢ではない。寧ろ小食の方だろう。

それは彼の食生活がしたのかもしれない。そんな彼を見てクリスが子供のように肉を貰おうとする。

 

「食べないなら私がいただこう」

「いいよ」

「わーい。おいし~」

「クリスはやっぱ子供だなあ」

 

マルギッテやクリスの父が可愛がっている理由が分かる気がする。

 

「ところで何故、姉さんは沙也加ちゃんと切彦ちゃんの間に?」

「そこに美少女がいるから!!!!」

「セクハラはしないでよ姉さん!!」

「そんなことは分かってるよ。つーか最近大和は私を何だと思ってるんだ」

「そう思われたくなかったら言動や行動に気を付けて」

 

頼りになる武神であり、姉である百代だがやっぱり問題児なところはある。でも信頼できる仲間であり、大切な姉だ。

 

(それにしても斬島か。確か崩月先輩と同じ裏十三家…紅くんたちとはどんな関係なんだろう)

 

もくもくと小動物のように食べている切彦を見る。やはりどこからどう見ても大人しい少女だ。だけど梅屋の一件では裏の顔を一瞬だけ見た気がする。それに由紀江が言っていた『剣士の敵』も気になるキーワードだ。

紅くんを中心に何か温かいような暗いようなものがある気がする。だけど今の食卓には考えないでおこう。今は楽しく焼肉だ。

大和はいつの間にか皿に京が激辛京スペシャルを入れるのを阻止しながら考えを振り払った。

 

「むむ。その赤いのは何だ京?」

「これは京スペシャル。これにお肉を付けると美味しいよ」

「子供にそんな危険物を説明すんな」

 

明るい食卓だ。

 

「それにしてもお姉ちゃんが本当に友達ができて安心しましたよ」

「もう沙也加ったらそこまで心配しなくても…」

「何言ってんのお姉ちゃん。最初は松風を友達として紹介された妹の気持ちを考えてよ」

 

沙也加の言葉にみんな納得する。確かに実の姉が馬のストラップを魅せられて「友達の付喪神です」と言われたらどう返答すれば良いか分からない。

 

『オラは本物の付喪神だぜ』

「ああ、うん」

 

沙也加の第一印象は可愛いしっかり者の妹だ。彼女もまた夕乃ように大和撫子の素質があるだろう。

でも彼女にも意外な一面があるものだが、んな一面は姉である由紀江も知らないし、この連休中で分かることはないだろう。

 

「真九郎くん。お酒が欲しいよ」

「少しだけですからね」

「もっと~。お酒が駄目なら真九郎くんのでいいから!!」

「何を言ってんですか!?」

「真九郎の?真九郎のお酒ってことか?」

「紫様。聞かない方が良いです」

「全く環さんは…沙也加ちゃんこの人の言うことは気にしなくていいから」

 

環の言葉基本的に気にしない。いちいち気にしていたら疲れるだけだからだ。

 

「く、紅さんのお酒ってもしかして…え、でもそういう意味だよね。紅さんと武藤さんって…そんな関係なのかな?」

 

ボソボソとなにか呟いている。

 

「どうしたの沙也加ちゃん?」

「あ、いえいえ何でもないです!!」

「沙也加はたまに独り言があるんですよね」

『何を言ってるかは聞き取れないけどな』

 

どうやら沙也加は独り言がたまに言うらしい。だけど独り言なんて誰だってすることはある。対して変なことではない。

夕乃だってクリスマスの時に花を渡したときも独り言でブツブツ呟いてた気がする。

 

「沙也加ちゃん。遠慮しないで食べてね」

「はい。ありがとうございます紅さん。何か紅さんってお兄さんみたいですね」

「そうかな?」

「ふふ、散鶴のお兄さんだしね」

「ああ、そうですね」

「確かに、それなら紫ちゃんにとってもお兄さんですね」

「それは違うぞ夕乃。わたしは真九郎のお嫁さんだ!!」

「…紫ちゃん?」

「何だ?」

「貴女と真九郎さんが?」

「嫁だ」

 

夕乃と紫の睨み合いが始まる。

 

「え、え…紅さんのお嫁さんが紫ちゃんの?でもでも相手はまだ小さい子だし」

「どうしたの?」

「いえいえ何でもないです!!」

「ああ、紅はロリコンだからな」

「違います!!」

 

沙也加までロリコンという誤解を教え込まないでほしいものだ。

 

「ところで明日はどうするか?」

「私は妹の沙也加を川神を案内しますよ」

「じゃあ一緒についてく!!」

「武藤さんたちはどうしますか?」

「まだまだ回り切れてない場所もあるからまた観光するよ」

「それなら私たちもね」

 

明日の予定は決定した。明日もまた川神観光だ。

大和たちは沙也加と一緒に観光。環たちとは別行動だ。今日は一緒だったが明日は別々で観光だ。

明日もまた賑やかな一日なるだろう。

 

 

099

 

 

楽しい食事が終わり、真九郎は食器を洗う。その横からヒョイと新たな洗い物を持ってくる切彦。

 

「お願いします」

「ああ、持ってきてくれてありがとう」

 

シャカシャカと泡立てながら皿を綺麗にしていく。汚れ物が綺麗になっていくのは見ていて良いものだ。

なんというか気持ち的にスッキリする。最初は洗うのは面倒と思うが洗い始めると全部綺麗にしてみせるという気持ちも出てくるものだ。これは綺麗好きの心があるのかもしれない。

 

「そういえば切彦ちゃんはどうしてここに? もしかしてまた仕事なのかな」

「…そうです」

「…そっか」

 

自分自身で聞いておいて少し暗い気持ちになる。彼女の仕事は殺しの仕事。切彦は悪宇商会に所属しているのだから当たり前だ。

彼女とは仲が良いとはいえ、仕事とプライベートはキッチリの区別されている。時に味方、時に敵の関係。

真九郎と切彦の関係は何とも言い難いものだ。友達ではあるが殺し合いを、決闘をする仲。その関係性がお互いを悩まさせるものだ。

 

(切彦ちゃんの仕事を聞いたところで俺には止める術はないんだよな)

 

切彦とは友達であり敵。あの病院での戦い、京都での一件、歪空との戦いでの共闘。本当に複雑な仲だ。

そんな彼女を仕事に関してどうこう言えない。彼女だって好きで殺しをしているわけではなく、仕事で殺しをしているのだ。

ここで真九郎が彼女の仕事に対して口にするのは彼女に対して五月蠅いだけだろう。もし言ったところで聞きはしないし、ザッパリと一太刀くらうだけかもしれない。

だから真九郎は本当に何も言えない。もし口を挟むとしたら彼と彼女が関係する場合の時だけだ。彼らが本気でぶつかりあった時だけなのだ。

できればそんな事は起きないでほしいものだ。でもいつの日か決闘をしなくてはならない。そんなことを思っていると切彦の方から口にしてきた。

 

「紅のお兄さん」

「何かな切彦ちゃん?」

「いつ私と戦ってくれるんですか?」

「…えーと、時間がある時にね」

 

今は本当にはぐらかすことしかできない自分が情けなかった。

 

「お、何だ何だ。真九郎殿は切彦殿と決闘するのか?」

「おわ、クリスさん!?」

 

ヒョコリとクリスが顔を出す。他に一子もだ。どうやら彼らの決闘についての会話を聞いて興味を持ったらしい。流石は武士娘なのだろうか。

更に百代たちも「決闘か!?」と集まってくる。正直なところ彼らの決闘は川神で行われる決闘とは概念が違うので集まってもワイワイと話すことはできない。

だから誤魔化す感じで話すしかないだろう。百代たちは武術家だが表世界の者たちだ。裏世界の戦いを関わらせるわけにはいかない。

 

「はい。紅のお兄さんと決闘です」

「えー切彦ちゃんずるいな。私も紅と決闘したいぞ」

「…えっと切彦ちゃんとは約束してるんですよ」

「約束ですか?」

 

夕乃や銀子から「そんなの聞いてない」という目で見られる。これは後でコッテリと絞られそうだ。特に隠していたわけではないけど話したら面倒になるのは理解していたが。

切彦との決闘する約束は破る気はない。ただ先延ばしにしているだけだと思うとまた情けなくなる。

 

「決闘するけどまだしません。でも必ず約束は守るよ」

「なら私が立ち会って審判を務めても良いぞ!!」

(ありがたいけど、遠慮します)

 

心の中で呟く。正直、彼女と決闘は二人だけでおこないたいので。そもそも彼女との決闘は血を見るだろう。

 

「紅さんも武術家なんですか?」

 

沙也加が真九郎について質問する。残念ながら武術家ではない。彼は揉め事処理屋だ。

 

「揉め事処理屋…ですか?」

「そうだよ。何か揉め事があれば言ってね。困ったことでも解決するよ」

 

揉め事、困ったことを解決してくれる。どんな簡単なことから物騒なことまで揉め事の幅は広い。揉め事処理屋はそういうことを解決する専門家だ。

その言葉を聞いて沙也加は何かを考え込む。

 

「どうしたの?」

「いえいえ、何でもありません」

「そう。でも何かあれば言ってね沙也加ちゃん」

 

紫や切彦、散鶴と接しているとやはり年下には優しく甘いのだろう。つい「困ったことがあれば言ってくれ」と言ってしまった。

揉め事処理屋は立派な仕事なのだからお金がかかるというのに。先に説明しないといけない。

 

「それにしても…やっぱり紅さんは優しいお兄さんみたい」

「ん?」

「ううん。何でもありません」

「じー」

「じぃぃ」

「うう」

 

紫、散鶴、切彦の年下3人が真九郎を見る。その目には何かを訴える意志が含まれていたが気付かない真九郎であった。

 




読んでくれてありがとうございました。
沙也加ルートに突入です。彼女を中心に切彦や環さんたちの物語を展開させていきたいと思います!!

それにして真九郎は個性すぎる女性と年下の女性にモテる気がします。


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かき氷とBAR

100

 

 

熱い日差しの中で真九郎と大和は全力疾走をしていた。彼らが全力疾走しているのはオッサンを追っているからだ。

オッサンを追っているのは何も変な意味は絶対に無い。ただ彼らはオッサンが営むかき氷を買いたいだけなのだ。

そんな理由も無いのに汗水垂らしながらオッサンなんて追いたくはない。

 

「な、何でかき氷屋がお客を待ってくれないんだ!?」

「そ、それはここが川神だからだよ紅くん!!」

「そんな理由なの直江くん!?」

 

川神市が異質ならかき氷屋も異質なのだろうか。そんなのは認めたくないし、営業なんてできないだろうと心の中でツッコム。

 

「待ちなかき氷屋!!」

「全然待ってくれないよ直江くん!?」

「まあ、待てと言われて待つ奴はいないよね」

「それがおかしいよ!!」

 

口ではなく足を動かしたいが、こんな不条理なかき氷屋を追いかけていると文句しか言えない。

だけど何とか追いついて買わなければならない。これは沙也加と紫のためだ。

実は今日の真九郎は大和、沙也加、紫、リンと散歩に出かけていた。その途中で件のかき氷屋が彼らの横を全力で過ぎ去ったのだ。

同じく全力疾走しているかき氷屋は川神で今話題のかき氷屋だ。なかなか捕まえられないが、もし追いつけば最高のかき氷を食べさせてくれるのだ。

 

「かき氷だよおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!」

「何で追いつかないと買わせてくれないんだ!!」

 

もう都市伝説の噂になる一歩手前のくらだと思う。逃げるかき氷屋に追いつけば最高のかき氷を食わしてくれる。どこかで似たような話があったような気がする。

 

「美味しい氷だよおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!」

「追いつくのにあとちょっと!!」

「待ってくれかき氷屋さん!!」

「フン、追いついてみな。追いついたら、最高のかき氷だ」

「聞こえてるなら止まってくださいよ!?」

「さあ、かかってこぉい」

 

勝負ではなく営業をしてほしいものだ。何でこんなかき氷屋が今話題なのだろうか。

形態電話が鳴り、出てみるとリンからである。電話の内容は「まだかき氷屋は捕まえられないのか?」とのこと。

今まさに全力疾走で追いかけているところである。なのでもう少し待ってほしい。

 

「あと5分で追いつきますから」

『そうか早くしろ。紫様はメロン味のかき氷がご所望だ。沙也加殿はブルーハワイ味だそうだ』

『頑張れ真九郎、大和』

『が、頑張ってください紅さん、直江さん』

 

リンからの催促と紫と沙也加の応援で2人は脚に力を込めて更に限界突破で疾走してやっと追いつくのであった。

 

「や、やっと追いついた」

「い、息が…最近身体が鈍っていた影響か。姉さんと京からもらった筋トレをこなさないと」

「おう、よく追いついたな、坊主共。さあ好きなかき氷を、欲望のままに口にしろ」

(…なんだそのセリフは)

 

接客業にはあるまじきセリフであった。

 

「あ、追いついたんですね大和さん、紅さん」

「おおよくやったぞ真九郎に大和!!」

 

紫と沙也加、リンが後から追いついてくる。

 

「おう、お嬢ちゃんたちは坊主共の連れか。さあ、かき氷は何がいい? 欲望のままにぶちまけろ」

「ぶ、ぶちまけるって…まさか変な意味じゃないですよね!?」

「どうした?」

「いえいえ、何でもありません。私はブルーハワイで」

「紫はメロン味だ」

「私はレモン味を貰おう」

「リンさんも食べるんですか?」

「当たり前だ。お前たちも早く選ぶと良い」

 

奢ってくれそうな感じで話すが実際に払うのは真九郎か大和である。だが気にしたら負けなので彼らも自分たちが好きなかき氷を注文したのであった。

 

「はい紫、沙也加ちゃんどうぞ」

「ありがとう真九郎!!」

「ありがとうございます紅さん」

「じゃあな、お嬢ちゃんたち、坊主共」

 

かき氷屋のオッサンはまたも疾走し、彼らの前から素早く、クールに去っていった。

 

(クールかな?)

「さて、ここじゃ熱いし、何処かの日陰で食べようか」

 

大和の提案に賛成し、近くにある公園に足を勧めた。日陰のベンチに座ってかき氷を食べる。

 

「ん~冷たくて美味しい!!」

「だね紫ちゃん」

「真九郎のも食べさせてくれないか?」

「良いよ。はい紫」

「あーん」

「はい、あーん」

 

パクリと可愛く食べる紫。これを見て可愛いと思ったのはここにいる全員の共通である。

 

「ほれ、沙也加も食べろ」

 

今度は紫から沙也加へとかき氷が運ばれる。

 

「あーん」

「あーん…うん冷たくて美味しいね紫ちゃん」

「うむ!!」

 

紫は本当に可愛い女の子だ。足をプラプラしながらかき氷を食べる。こんな光景が彼女にとってまた1つの思い出だ。

リンもいつも難しい顔をしているが紫が楽しい顔をしていると少しだけ微笑む。

 

「はくはくはく」

「あ、紫ちゃん。かき氷を急いで食べると頭がキーンってしちゃうよ」

「うう、頭がキーンってする」

「ありゃりゃ遅かったか」

 

笑顔が絶えない一時である。こんな幸せを紫にはずっと続いてほしいものだ。

かき氷を食べていればあるあるで舌がシロップで変色する。そうすれば見せ合いっこである。

 

「紫ちゃんの舌が緑色だね」

「沙也加は青でリンは黄色だな。真九郎と大和はどうだ?」

 

真九郎はグレープのシロップを選んだので舌が濃く紫色で、大和はイチゴ味を選んだので赤だ。

 

「ふむ。なんだか面白いな」

「ところで紅さん質問をいいですか?」

「なんだい沙也加ちゃん?」

「斬島さんについてなんですけど」

「切彦ちゃん?」

 

切彦について質問とは何だろうか。そう思ったがすぐに察することができた。沙也加は剣聖の娘だ。ならば『剣士の敵』である斬島切彦について少なからず知っているかもしれない。

だから友達である真九郎について質問したいのかもしれない。

 

「実はですね…お父さんからある事を言われてまして、斬島切彦さんって方には注意しろなんて言われてたんですよ」

 

真九郎の予想は的中した。気になるのはしかたないだろう。なにせ剣士たちにとって最大の敵なのだから。

 

「それは斬島切彦さんって方が『剣士の敵』って呼ばれてるからなんです。私は斬島さんの名前を聞いて内心驚きましたよ」

「なるほどね」

「お姉ちゃんからも聞いてみましたが恐らく斬島さんは確かに斬島切彦だと言いました。なので友達の紅さんにも聞いてみようかと」

「うーん…」

 

応えていいかどうか悩む。『剣士の敵』と聞いているならある程度は『斬島切彦』について知っているだろう。

ならば深いところまでは言わずに必要最低限のところだけでいいだろう。彼女の口ぶりからはおそらく剣聖は『剣士の敵』という部分だけ教えて『裏十三家』については言ってないのだろう。

 

「確かに切彦ちゃんは『剣士の敵』って呼ばれてるよ」

「やっぱり…でも大人しい人でお父さんが注意するような雰囲気じゃない気がするんだけどなあ」

「まあ確かにね。ただ彼女はオンオフがハッキリしている子なんだよ」

「ああ、なるほど。例えるなら仕事とプライベートは別ってやつですか」

「そうだね。その例えは的を得ているかも」

 

沙也加の例えはまさしく的を得ている。

 

「まあ、沙也加ちゃんのお父さんが注意しろって言ってるなら、あまり切彦ちゃんに根掘り葉掘り聞かない方が良いかもね。でも普通に接する分なら大丈夫だから」

 

切彦に危害を加えなければただの可愛い女の子。楽しく会話もするし、笑顔もするし、照れたりもする。普通の女の子と変わらないのだ。

 

「分かりました。今度会ったら女子トークでも振ってみます!!」

「グイグイ行くね沙也加ちゃん」

「だが気を付けることだ沙也加殿」

「リンさん?」

「剣士としての忠告だ。だがあやつは紫様のご友人だ。『剣士の敵』だが悪いように思わないでくれ」

「はい!!」

「なあ紅くん。今度は俺から質問いいか?」

「何かな直江くん?」

「今じゃなくてもいい。今度時間がある時に聞きたいことがあるんだ」

「…何かな?」

「紅くんは『裏十三家』についてどれだけ知ってる?」

 

ここからあの事件への物語は動き出す。

 

 

101

 

 

今夜の予定だが真九郎は環と闇絵の観光を回る。裏向きは彼女たちが面倒ごとを起こさない保護者である。

と言っても今日の観光は夜である。川神でも人気のBARに行きたいとの事だ。その人気のBARとは魚沼を経営している所だ。

魚沼が経営しているBARは新規のお客はもちろん常連が好んで通う店である。出されるお酒は全て最高の一杯だ。

何故魚沼のBARに行きたいと言うと川神のパンフレットを見た環と闇絵のお願いである。真九郎にとって予想できるものだ。

 

「お酒が飲みたーい!!」

「はいはい。でも魚沼さんの店で騒ぐのは駄目ですよ」

「分かってるって」

「ああ、騒がなさいさ」

「闇絵さんは良いとして、環さんですよ」

「…なんか真九郎くんは私のこと問題児だと見てない?」

「それはいつもの行動と言動を省みてください」

 

彼女は問題児と認定しているが頼りがいのある良い女性でもある。何だかんだで迷惑はかけられているが助けられてもいる。

だから真九郎は環の我儘を聞くし、面倒を見ている。真九郎は環のことを嫌いじゃない、寧ろ好きだ。でもそれは第三者から見れば母性というか父性なんじゃないかと思われるかもしれない。

全くもって手のかかる子とはこういうものなのかもしれない。環には言えないが。

 

「そろそろ着きますよ」

「お、到着」

 

3人は静かに入店する。魚沼のBARにを見て環と闇絵は「ほお」と感嘆する。店内のインテリア、雰囲気、香る酒。

どれも素晴らしいもので、これなら2人はきっと満足するだろう。

 

「お、真九郎じゃないか」

「おや、紅くん。それに新しいお客さんかな」

「お疲れさまです弁慶さん、魚沼さん」

 

弁慶は魚沼のBARでバイトをしている。どうやら彼女にとって天職のようで、前にバイトを始めてから続けているのだ。

魚沼も弁慶の仕事ぶりは認めており、従業員として助かっている。寧ろバイトじゃなくて正規に雇いたいくらいだと思っている。

 

「弁慶ちゃんか。綺麗で可愛いな」

「マスターよ。お勧めを頼む」

「あ、私も」

「任された。弁慶は紅くんを任せたよ」

「はい。真九郎は何が良い?」

「ミルクで」

 

魚沼は完成された動きでカクテルを作り始める。その動きはスマートですぐさま2人の前にカクテルが出される。そして真九郎の前にはポンっとミルクが置かれる。

環は豪快に飲み、闇絵は優雅に飲む。感想は「美味しい」の一言だ。真九郎はまだ酒は飲めないが、飲むとしたらこんなBARで飲みたいものだ。

彼はミルクを口に含んだ。そして弁慶がこちらをニコニコと見ていた。

 

「どうしたの弁慶さん?」

「いや、ミルクだけど真九郎は静かに飲むんだなーって」

「普通だと思うけど」

「いや、真九郎は雰囲気あるなって」

「雰囲気?」

「そうそう。飲み慣れてるんじゃなくてBARの雰囲気に慣れてるみたい」

「うーん」

 

慣れているというのは確かにそうかもしれない。彼は揉め事処理屋の仕事をしている中で情報収集でBARにいくことはある。

紅香から紹介されたBARなどはいくつかある。そこに何回も行き来していれば慣れるのは当たり前だろう。しかし弁慶はよく気付くものだなと考える。

 

(ふむ、確かに紅くんは慣れているな。しかしその慣れは流石、揉め事処理屋というところだろう)

 

魚沼はこれでも物騒なことに関わりある。映画やドラマみたいだが実際にBARに情報を聞きにくるのだ。だから彼は真九郎の慣れについてすぐに理解できた。

 

(この慣れはBARなどのそういう店を何度も通っているな)

 

いずれ彼も魚沼のところに情報を聞きにくるのかもしれない。そう思うと魚沼は誰にも気付かれない微笑をしてしまった。

 

「マスター。次はワインを頼む」

「私はまたカクテル」

「分かりました」

 

次のお酒を出す魚沼。マスターとしてお酒を美味しく飲んでくれるのはとても嬉しい。闇絵も環もお酒の飲み方を分かっている。

こういう分かってるお客はなかなかいない。だからこそ嬉しいものだ。

 

「ねえ真九郎。もう傷の方は良いの?」

「傷…ああ、もう大丈夫だよ」

「そっか。それにしても傷の治りが早いんだね」

「まあ頑丈だし」

「え、何の話~?」

「環さんには関係ないですよ」

「男と女の秘密は根掘り葉掘り聞くものじゃないぞ環」

「えーその言い方何かヤラシイ闇絵さん」

「ストップです2人とも」

 

環の下ネタが入りそうだったので先制して止める。でも真九郎の頑張りは後に意味を成さないだろう。

そんな時に新たな客が入店する。その客はこの店には似合わない者だ。何処からどう見ても未成年だからである。BARに未成年がくるのは間違いだ。

魚沼は口を開こうとしたが、その前に真九郎の口が開いた。

 

「あれ、切彦ちゃん?」

「どうもです」

「おや、知り合いかね?」

「はい。友達です」

 

真九郎たちの知り合いなら入店するのに不思議なことはない。だが彼らの口ぶりだと魚沼のBARで待ち合わせをしている感じではない。

切彦は自らの意志でこの店に訪れたようだ。そうすると何故、未成年の彼女は来たかだ。

 

「どうしたのかね。ここは未成年お断りだよ」

 

切彦は魚沼の言葉を無視しながらカウンターに座る。そして彼だけにある写真を見せた。

 

「この人を知ってますか?」

 

魚沼は写真を見る。グラスを拭きながら彼女について理解してしまった。

彼女は表の人間じゃなく、裏の人間だと理解してしまったのだ。その写真に写る人は知っている。何せ魚沼のBARに最近来たからだ。

 

「コーヒーありますか?」

 

魚沼は無言でコーヒーを淹れて出す。それと同時に切彦は魚沼にチップを出す。

 

「知っている」

 

その写真に写る男は魚沼にとって警戒した相手だ。少し会話をしただけで裏の人間だと分かったからだ。魚沼は職業柄様々な人間を見ているので、どんな人間かは分かる。

だからこそ写真に写る男は危険と判断したのだ。そして切彦が裏の人間について聞いてきたということは彼女もまた裏に通ずる人間なのだ。

 

(こんな子が裏世界の人間だとは…世の中はどうなっているのだか)

 

黙っている魚沼に対して切彦は更にチップを出す。

 

「チップは先ほどので十分だよ」

「そうですか」

「この男だがこの店に来たよ。おそらくだがまだ川神にいると思う。つい先日に来たばかりだからな」

「そうですか。ありがとうございます」

 

切彦はコーヒーをチビチビと飲んでから店を出て行った。

 

「…なんだったのあの子?」

「関わらない方が良いと思うよ弁慶さん」

「え、そうなの?」

「少年の言う通りだ少女よ。経験者の言葉には素直に従うのが吉だ」

「凄い気になるんだけど」

 

闇絵のアドバイスは無難に聞いた方が良いと真九郎は弁慶に呟く。弁慶はよく分かっていないが取りあえず深追いはしなことだけは頭に響いたのであった。

 

(切彦ちゃん…)

 

彼女が魚沼に見せた写真はきっと今回のターゲットなのだろう。ミルクを口にしたが味が分からなかった。

 




読んでくれてありがとうございました。
感想などあれば気軽にくださいね。

さて、日常シーンはまだある予定です。
沙也加ルートですがまた『裏』が入り込んできてます。これは紅勢がいるから仕方ないね!!

さて、大和はついに真九郎に対話をする約束をしました。
これも「あの事件」への入り口&裏世界についての入口です!!

「あの事件」に関して気になるかもしれませんがもう作中にちょっと出てます。


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裏の一端を知る

102

 

 

昼下がり。真九郎と銀子、紫の3人で川神を散歩していた。いや、散歩ではなく買い物だ。

冥理さんたちや環さんたちがそろそろ実家に戻るので美味しい物を作るために買い出しだ。最初はどこかで外食でもしようと考えていたが手料理が良いと環からの一声で決定したのだ。

買い出しメモを見ながら歩き続ける。そして彼らは川神のある意味有名なスポットの変態橋に近づく。

 

「なあ真九郎。何故ここがへんたいばしなのだ?」

「…なんでだろうね」

 

理由はこの橋によく変わり者や変態が多く出没するから付けられたのだ。九鬼や警察だって動いているのに何故この橋に変態が現れるのだろう。

それが疑問である。こうも変質者や変態が現れるなら対応策があるはずだろう。しかし大和たちから聞くと変わらずいつも通りに変態が現れる。

この問題に関して銀子が聞いた時、頭を痛めたほどである。真九郎もまた同じく頭が痛くなるのだが。ふと思ったがここでなら揉め事処理屋としていくつか稼げそうだ。

 

「普通に見る分なら普通に橋なんだがなあ」

 

橋を全体的に見ると知り合いの井上準がいた。そして彼の目の前に少女もいた。

はっきり言おう。大和たちがいたら猛ダッシュで準を攻撃したかもしれない。しかし真九郎たちはまだ準のことを深く知らないので普通に歩みよる。

 

「井上くん。どうしたの…って、え?」

「ポポポ…鳩ポッポポポポポポポポ(混乱中)」

 

何故か準が混乱していた。詳しく言うならば今彼の意識は宇宙に打ち上げられている。

 

「どうしたのだ準」

 

紫が話しかける。

 

「は、紫様!!」

 

準の意識は急降下して元に戻った。

この時、銀子は冷たい目で見ていた。

 

「ねえ、井上くん。一応聞くけどまさか」

「待て村上。お前は誤解している」

 

すぐさま真九郎たちがいるのを確認して状況を判断する準。そして銀子が誤解しているはずだがら弁解する。

褐色肌の少女は迷子みたいだったので保護していただけである。更に付け加えるならば変質者に襲われそうだったので助けたのだ。

準は誠心誠意、嘘無く真実を話す。しかし銀子は冷たい目のままである。

 

「信じようよ銀子…」

「助けたのか準はお手柄だな!!」

「流石…紫様。そして我が同士の真九郎よ助かる」

「あんた…」

「銀子。その目は止めて欲しいんだけど」

 

準に同士認定させられたおかげで二次災害を被る真九郎であった。

 

「迷子なら早く親を探さないとね」

「そうだな。よしお前、名は何と申す。私は九鳳院紫だ!!」

「…ウルラ」

「良い名前だ」

 

準が良い声で彼女の名前を褒めた。

 

「ねえウルラちゃん。お母さんとお父さんは?」

「おかあさん、おとおさん。何それいないよ。わたしは一人」

 

銀子は目線を合わせて優しく質問したが望んでいた答えでは無かった。迷子であることは確かだが、どこか訳ありのような感じだ。

 

「どこから来たの?」

「おおうなばら」

「…そっか。ありがとうウルラちゃん」

 

銀子はウルラの頭を優しく撫でる。

何か彼女の親と連絡がつくような物を持っていないか聞いてみるが何も持っていないらしい。これでは本当に何も分からない。

こういう時は交番にでも連れていくのが一番だ。しかしここで準が待ったをかける。どうやら準が一緒だと在らぬ誤解が生まれそうだと言うこと。ならば真九郎たちに任せれば良いだけなのだが、どうやらウルラは準に懐いている。

これなら引き剥がせない。彼女のためにも今はまだ準と一緒にいさせてやるべきだ。

 

「ねえウルラちゃん。お家はどこかな?」

「おうち…そんなのないよ」

「…訳ありかな」

 

家が無いなんて訳ありしかない。取りあえず川神院の鉄心に事情を話して保護してもらうこととなった。

 

「よし。ウルラよ一緒に行くぞ。ついて来い!!」

「…わかった」

 

紫の後を追うウルラ。準はこの光景を見て微笑ましくしている。

 

「いいよなあ…少女2人は仲良く。そう思わないか真九郎」

「うん、まあ良いと思う」

 

変な意味などない。正直に感想を言った。紫とウルラが並んでいると年相応の友達みたいである。

 

「あー、心が浄化される」

 

この後、川神院まで行こうとした途中で九鬼財閥の者と出会って彼女の保護をしてもらった。

 

 

103

 

 

島津寮の真九郎の部屋。部屋には真九郎と大和が居座っている。真九郎の部屋なのだから居座るのは当然である。

だが何故に大和がいるかというと、ある話を聞きたいからである。その話とは前に大和が真九郎に聞きたいと言っていた『裏十三家』についてだ。

大和は父親から偶然と警告によって『裏十三家』を知ってしまった。そのキッカケは真九郎ならば始まりも真九郎から聞こうと思ったのだ。

 

「裏十三家についてか…直江くんはどこまで知ってるんだ。そもそもどこで知ったのかな?」

 

真九郎は言葉を慎重に選ぶ。何故、大和が『裏十三家』について探っているのか分からないからだ。

分からないけど彼が余計な探りを入れているならば余計な事は言えない。結果的に大和が危険な目にあう必要はないはずだ。

最も大和自身が裏世界に関わるというのならば止める必要はないのだが。何故ならその先は全て自己責任だ。真九郎もそうだから。

 

「裏十三家を知ったのは父親から知ったんだよ」

「父親から?」

「ああ。親と電話した時に紅くんたちが交換留学に来たというのを話したんだ。そしたら紅くんが裏世界で有名な人って驚いてた」

 

更に揉め事処理屋の柔沢紅香とも仕事で知り合ったらしく、その時に紅真九郎のことも宣伝された。そして調べたら色々と分かったとの事である。

 

「ああ…」

 

全て納得した。話を更に聞くと大和の父親である直江景清はヨーロッパ方面で会社経営をしている。その手腕は恐ろしく賢く狡猾であり、ヨーロッパで金を動かす男とも言われている。

結果を成し遂げるならば機械のように仕事をこなすが、妻と息子には深い愛情を注いでいるのだ。

 

(直江景清…聞いたことがあるな。確かに彼程の経営者なら揉め事処理屋を使う機会はあるな。っていうか紅香さんと知り合いかあ)

 

確かに景清ほどの者なら真九郎のことを調べれば裏十三家にも通じてしまう。だからこそ父親から大和は知ったのだろう。

 

「俺が知っているのは裏十三家の名前だけだよ。それと真九郎くんが裏世界で有名…なんでも裏世界でも大きな裏組織のトップと戦って引き分けにしたとか」

「そこは知っているのか」

 

裏世界で有名になったのは真九郎が悪宇商会の最高顧問である星噛絶奈と争奪戦をして、お互いに満身創痍になるまで殴りあった結果、引き分けになったことだろう。

その争奪戦は裏世界にいっきに広まった。悪宇商会も情報を操作したかは分からないが規制したと思う。だがその情報はとても濃いものだ。

 

「教えてくれないかな紅くん。何で知りたいかは仲間を守るためにつながるからだ」

「仲間のため?」

「ああ。こんな言い方は嫌かもしれないけど裏世界に通じている紅くんがいることで、裏十三家というもので仲間に危険が及ばないためにだ」

 

まるで真九郎が厄介事のように、危険人物のように例える大和だが真九郎は嫌な気はしない。彼の感情は当然だし、自分がもし一般人だったら同じ反応をしただろう。

よくよく考えてみよう。学園のクラスに裏世界に深く通じている人が留学に来たし、同じ寮にも居る。これだけでも警戒するのは当然だ。だから大和の感情は正常だ。

 

「聞いて納得する。それで裏世界には関わらないさ」

「それなら聞かないのが一番だと思うけど」

 

裏世界に関わらない為には一切合切に見ない、聞かない、行動しないだ。真九郎の言葉は正しい。

 

「俺もそう思うけど…裏十三家の崩月先輩に斬島さんに知ってしまったら聞かないと納得できない」

「切彦ちゃんのことも知ってるのか?」

「ああ。何でも殺し屋なんだよな。『切彦』って名前は代々殺し屋になる直系がつける。それに前に会った時、自己紹介で「あいむ、ひっとまん」と言ってた」

「そこも知ってるのか」

 

切彦の自己紹介の時に確かに「あいむ、ひっとまん」と言っていた。その意味は和訳すれば辿り着くが、冗談としか受け止められないだろう。しかし、大和は父親から情報を貰って本物だと確信したのだ。

 

「正直に言うと斬島さんは殺し屋には見えない。でも梅屋の一件がある」

 

ここまで知っているのなら隠し通せない。ここで教えなかったら彼は独自で調べるだろう。ならここで教えても教えなくても同じだ。

 

「オレも裏十三家のことを全て知ってるわけじゃない。それでもいいかな?」

「もちろん。それに教えてもらう身なんだから文句は言わないよ」

「そうだね…まずは知ってると思うけど裏十三家について」

 

もう知っているかもしれないが『裏十三家』はその名の通り全てで十三家ある。

歪空、堕花、斬島、円堂、崩月、虚村、豪我、師水、戒園、御巫、病葉、亞城、星噛の計十三家である。そして『裏十三家』には家系ごとに特殊な能力が特化された一族でもある。

その異能が裏世界に影響力を与えた要因の1つだ。だが現在は半分以上が断絶している。

 

「どの裏十三家が断絶しているかまでは知らない。現在存在する裏十三家は俺が知っているので崩月に斬島、星噛、歪空、円堂…あと亞城もかな」

「特殊な異能はどんなのがあるんだ?」

「崩月は知ってるよね」

「ああ。あの角だろ」

「そうだ。俺のは貰い物だけど崩月の異能は腕に宿した角を力の源にした剛力」

 

彼の力は河川敷での戦いで見ている。正直に言うと力だけなら百代に対抗できると大和は思っている。

崩月は幾代にも渡って常軌を逸した激しい肉体改造を繰り返した末に戦鬼の力を手に入れた一族だ。戦鬼化を発動させた者は常人を遥かに上回る尋常ではない身体能力と剛力を発揮し、全身の機能も格段に上昇する。その豪腕から繰り出される拳の破壊力は想像を絶する。

発揮される力は使用者の精神状態によって左右される。簡単に言うと気持ちの切り替えだ。人にもよるが真九郎は怒りをトリガーにしている。彼が怒りを引き金にした時の方が威力が飛躍的に倍増するようで、威力も尋常ではないのだ。

 

「剛力か」

「次に斬島も知っている通り異常な刃物の扱いの巧さ」

「斬るのが巧いってのは聞いたけど…どれくらいなんだ?」

 

斬るのが巧い。聞くのは簡単で大和はいまいちピンとは来ない。梅屋の一件で拳銃をナイフで真っ二つにしたのは確かに凄いが川神では迫力は薄い。

そのせいで大和は斬島の異能さが分からないでいる。彼の周りには由紀江、義経といった剣の達人がいる。彼女たちの太刀筋はそこらの剣士を超えている。

 

(…確かにそうだよなあ。由紀江ちゃんと義経さんの剣は俺から見ても凄いし。でも切彦ちゃんのは違う)

 

切彦は剣士ではない。斬るのが異様に巧い殺し屋である。

 

「斬島の斬るのが巧いのだけど詳しく言うなら斬れそうな物なら何でも斬れるって思ってくれれば…」

「斬れそうな物って…」

「そこは斬島の人たちの判断だよ。切彦ちゃんの場合だと髪の毛や笹の葉、バターナイフでも斬れる物と判断して斬るけど」

「バターナイフでも納得できないけど。髪の毛と笹の葉って…え?」

 

髪の毛で人体を切断するし、笹の葉で真剣を切断する。巧いなんて言葉で片づけられないかもしれないが、これが斬島の異能だ。本当に『異常な刃物の扱いの巧い』

まさに『異常』なのだ。異常すぎるのだ。

 

「信じられないけど紅くん…そうなんだよな」

「そうだ。由紀江ちゃんも言ってたけどその異能こそが『剣士の敵』と言われる要因」

 

剣術などではなく、単に刃物の扱いがとてつもなく異常に巧いだけであり、技術的なものではない。剣術を一切学ばずに一流の剣豪を軽々と斬殺できる。ゆえに技術の研鑽を積んだ剣士たちには眼の敵にされている。

 

「…異常さが分かった」

 

この二家が大和が関わった裏十三家である。ここからは大和の知らない裏十三家だ。

 

「次に星噛の異能はサイボーグ化」

「サイボーグ化?」

「ああ、サイボーグって言っても漫画やアニメみたいに超化学兵器とかロボットとかそういうのじゃない」

 

義手、義足から果ては生殖器まで及ぶ人造臓器まで、人体のあらゆる箇所の代替品を作り出す一族だ。人工物により不死に近づく家系。

 

「義手や義足か」

「ああ。その完成度や強度は人間の物と同じ。いや、それ以上だ。自前のよりも星噛の製作した方が良いなんてものもあるよ」

「凄さでいうとどれくらい?」

「電車に轢かれても無傷」

「信じられないんだけど」

 

電車に轢かれて無傷なんて人間ではないと思う。百代だって電車に轢かれればただでは済まないだろう。瞬間回復という奥義があっても轢かれたくはないはずだ。

 

「あと星噛は裏世界に深く根付いている。今も健在だ。絶対に関わるな直江くん」

「裏世界に根付いているって…もしかして巨大な組織に関わりがあるとか?」

「鋭いね直江くん。星噛はある裏組織の設立にも深く関わっていて、一族の伝統として会社経営に参加しているんだよ」

「その裏組織って?」

「聞かなくてもいいよ。関わらない方がいい…ってもう聞いてるか」

「聞いてないけど」

「前に与一くんが言ってたよ」

「与一が…あ」

 

悪宇商会。

裏社会では最大手の人材派遣会社。裏世界で五本の指に入る程の規模の大組織。戦闘屋、殺し屋、呪い屋、払い屋、逃がし屋、護衛屋など多種多様な人材を揃えており、裏社会での一流の人材が多数所属している。

依頼に応じて適した者を送りこみ、報酬を得る。その活動には善悪の区別もポリシーもなく、金次第でどんな犯罪にも加担し、どんな犯罪の解決にも協力する。政治家やマフィアに利用されるケースも多い。

 

「そんな組織が裏世界にあるのか。てか本当だったのか」

「裏世界なんて人の頭を簡単に裏返すものだ」

「裏だけに?」

「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど…」

 

仕切り直し。

 

「政治家も利用するのか」

「政治家だっていろいろあるってことさ。でも関わっても碌なことはない」

「まあ学生の俺が関わるなんてことはないけど、了解した」

「うん。本当に関わらない方がいい。関わったら良いことなんてないよ」

 

真九郎の言葉にどこか説得力のある含みが感じられる。その意味は彼の体験談だ。あの体験は醜悪で悪夢。

悪夢からの目覚めは良いものではなかったが落ち着くところで落ち着いた。

 

「最後に歪空」

「最後?」

「ああ、他の裏十三家は知らないんだ。崩月に斬島、星噛、歪空くらいなんだ」

「なるほど」

 

歪空の特殊能力は不死、圧倒的な再生能力 。裏十三家筆頭と言われる一族である。

 

「異能が不死?」

「ああ。でも完全な不老不死というわけじゃない。歪空の不死ってのは自然死以外で死ぬことは無く、いかなる怪我でも治癒し、病気にもかからない。天寿を全うするまで生き続けるってことなんだ」

「それって、えっ!?」

「俺は正真正銘の化け物だと思ってるよ」

 

あの紅香でさえ歪空を化け物と言い、冥理さんも関わりたくない家系である。

 

「その異能さはどんな傷も修復するし、薬や毒だって効かない」

「姉さんの瞬間回復とは違う…人間が呼吸するのと同じくらいの異能なのか」

「そうだね。歪空はそういう異能で体質だ」

 

百代の瞬間回復は自分の気を大量に消費して回復する。しかし歪空は呼吸するように当たり前に回復する。歪空の身体はいつでも何時も正常な身体に戻す。

 

(天寿を全うする一族…姉さんでも)

 

大和は考えた。もし百代が歪空の一族と闘ったら勝てるかどうか。百代の敗北なんて考えられないが歪空の異能は常軌を逸している。

百代でも鉄心でもただではすまないだろう。

 

「川神先輩も規格外だけど彼女は表の人間だ。裏の人間と表の人間は違うんだ」

「表と裏…」

「ああ、表は常識が通じる。けど裏は常識が通じないと思ってくれ」

 

表の世界は日当たりの良い。しかし裏の世界は暗く冷たい。

ゲームで例えるなんて馬鹿かもしれないが、表世界はメインシナリオ。裏世界はエキストラストーリー。表と裏では難易度が軽く違う。

大和や百代はメインシナリオで止まっており、真九朗たちは最初からメインを飛ばしてエキストラストーリーにいるのだ。

 

「そして歪空は代々テロリストの家系だ」

「テロリスト!?」

「今も健在だ。本家は日本を飛び出して海外に行ったらしいけどね」

 

歪空の本家はイギリスに在住している。このことは伏せておいた。この情報は知らなくてよいだろう。

 

「テロってことは歪空が世界中のテロに加担しているとか?」

「その可能性はある。そもそも歪空が日本を出たのは日本でテロを起こせなくなったから。だから海外に出たんだ」

 

日本は海外から見ると平和だ。だが海外には紛争地帯は存在する。そこに目をつけたのが歪空である。テロリストの家系ならば日本国内に拘る必要はない。

 

「裏十三家で俺が知っているのはこれくらいだ」

 

真九郎が知っている情報はこれくらい。伏せている部分もあるが、伏せている部分は開示しなくてもよい情報だ。

大和には必要最低限の情報を与えるだけで良い。裏十三家の情報はこれだけでも十分だ。

 

「教えてくれてありがとう紅くん。やっぱり…関わらない方が良いんだね」

「直江くんは表の人間だ。裏に関わらない方が良いのは当然だよ。でも…」

「今の話を聞いたからって崩月先輩たちを恐れたりしないよ。もちろん紅くんだって」

「そっか」

 

大和の言葉を聞いて安心する。大和は心が広いようで、話だけで人のことを決めつけない。

はっきり言おう。夕乃は裏十三家だが良い人だ。その血が人殺しの血で汚れていても真九郎ははっきりと「好きだ」と言う。

彼女は彼にとって大切な家族だ。そんな彼女を裏十三家という肩書だけで悪人にはさせたくない。

 

「この話は誰彼構わず話すことは」

「しない」

 

本当に大和は話しが分かってくれて助かる。それに大和も真九郎の話を聞いて納得する。

今までモヤモヤしていたモノが消える。あとすることは風間ファミリーに話すかどうか。

 

(いや…裏十三家を知ってるのは俺だけ。ならファミリーに言う必要はないよな)

 

関わりはあるけど知らないだけ。ならばこのまま交換留学が終わるまでクラスメイトとして接するのが一番だ。

そう思って大和は裏十三家のことは心に仕舞い込んだ。この判断は正解であろう。

それでも世の中上手くいかないこともあるものだ。それが分かるまでもう少し。




読んでくれてありがとうございました。

沙也加ルートですがまさかの井上準ルートも含みました。
時間枠がメチャクチャですが、そこはスルーしといてください。

そして大和は真九郎とついに裏十三家について話しました。
ひっぱといてやっとですよ。
ここで関わらないと決めましたが・・・物語はそうはいかない


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妹の揉め事

こんにちわ。ついに沙也加ルートの話になっていきます。
しかし真九郎が絡みのでオリジナルになっていきます!!


104

 

 

揉め事の仕事が真九郎のところに届けられた。依頼者は黛沙也加である。

姉の由紀江が心配で川神市に訪れたのことだが、実際のところは別の理由もあって川神市に来たというのだ。

それは彼女たちの父親との揉め事だ。彼女たちの父親は剣聖と言われる黛大成だ。国から帯刀を許可されている人間国宝。

そんな偉人ともなりえる人と揉め事とは良くないだろう。まさか暴力でも振るわれているのだろうか。どんな人間にも隠された人格はある。

表では優しくても裏では凶悪な一面があったりするものだ。家庭内暴力なんてまさにその典型だ。

沙也加はとても良い子だ。こんな子が不幸な目に合うのは不条理である。ならば真九郎は揉め事処理屋として解決しなくてはならない。

プロとして心を落ち着かせて沙也加の言葉を待つ。申し訳なさそうな顔をしているが、そんな顔はしないでほしい。どんな揉め事も処理するのが揉め事処理屋なのだから話してほしい。

 

「紅さん…実は」

「うんうん」

「お父さんが…私を結婚させようとするんです。結婚というかお見合いをさせようとしてるですかね」

「え?」

 

予想していた揉め事と違くてつい間の抜けた声を出してしまった。だがよくよく考えてみよう。お見合いに関しての揉め事なんてよくあるものだ。

これも立派な揉め事だ。もしかしたら無理矢理お見合いさせようとしているのかもしれない。

話を聞いていくとあらかた正解であった。だが悪いのあるお見合いではなく、父親として善意のあるお見合いであった。

 

「お父さんは私のためと思ってお見合いの機会を作ってくれたんですが私に内緒で勝手に進めてるんです。私はまだそんなの早いって言ってるんですけどお父さんが聞いてくれなくて」

 

娘の幸せのためにお見合いをセットしたことは善意であるが、娘の沙也加にとっては有難迷惑でしかない。

 

「なるほど。じゃあそのお見合いを解消したいってことだね」

「はい。そうなんです」

 

お見合いの解消が今回の仕事。といってもやることは簡単だ。聞いてるだけだと彼女のお見合いは父親が勝手にセッティングしたのなら父親に嫌だと言えば良いだけだ。

アドバイスとして大成にはっきりと「お見合いしません」と言えばよいと沙也加に伝えるが、彼女は「それができたら…」と言いよどむ。

彼女の父親である大成はどうやら頑固でもあるらしく、一度お見合いしてからでもよいだろうとのことだ。お見合いして嫌だったなら断ればよい。そう主張するのが大成だ。

その主張も間違いではないが、ここは沙也加の主張を汲み取る。何せ彼女が依頼主なのだから。

 

「実はお父さんに遠距離恋愛をしている恋人がいるって言ったんです。だからお父さんに恋人がいるって思わせてお見合いを解消させようと思うんです」

 

この揉め事は大和たち風間ファミリーにも相談しているらしい。そして嘘の恋人作戦を実行しようと賛成したのだ。

それにこの作戦を仕立てる材料はある。姉がいる島津寮に訪れたのは遠距離恋愛の彼氏もいたという設定なら沙也加が川神市にきたのも大成も騙せるだろう。

そして嘘の恋人役だが候補として大和か真九郎の名前が挙がったのだ。遠距離恋愛という理由では2人は選ばれる要素はある。

 

「へえ、俺が」

「はい。紅さんって大人っぽいですし、恋人役としても十分だと思うんです」

 

恋人役になるのは構わないが夕乃や紫から何か言われるだろう。もし恋人役になって過ごしたら凄い目で見られるのは予想できそうだ。

だが真九郎は理由も分からないで視線を浴び続けるだろう。

 

「力を貸してもらっても良いでしょうか。姉の私からもお願いします」

「俺からも頼む紅くん」

 

由紀江や大和も頼まれる。もちろん依頼は受けよう。断る必要はないからである。

 

「お願いします」

「うん。その依頼を受けるよ」

「ありがとうございます!!」

 

まずは遠距離恋愛の恋人を決めましょうと沙也加が言う。相手は大和か真九郎だ。どっちでも構わない沙也加は悩んでいる。

 

(うーん、直江さんも紅さんもどっちか悩んじゃいます。嘘の恋人役なのに何で悩んでるんだろう)

 

嘘の恋人役と仕立てるとはいえ、彼女も乙女だ。悩むのは仕方ないだろう。それに沙也加は大和と真九郎に淡い思いが少しだけあるのだ。

大和は知的で一緒にいるとノリ良く接してくれる。真九郎はお兄さんのようで頼りがいのある男性だ。背伸びをしたい沙也加にとって彼らは魅力のある男性だろう。

 

「えっと…じゃあ」

「ちょっと待って」

 

ここで真九郎は待ったをかける。彼女の揉め事を解決するのは決定した。だけど嘘の恋人作戦をするとは言っていない。

 

「え、でもそれじゃあ作戦が…」

「そんなことしなくてもいいじゃないか。普通に嫌だって言えば良いだけだよ」

 

真九郎の言葉は正しい。それなのに嘘の恋人作戦をやってお見合いを解消させるなんて面倒なだけだ。

 

「あの、だからお父さんは私の話を聞いてくれないから作戦を行うわけで」

「話聞いてた紅くん?」

「聞いてたよ」

 

沙也加も大和たちも嘘の恋人作戦を真剣に思って実行しようとしている。しかし真九郎からしてみればそんなことをせずともよいと思っている。

頑固な父親でも娘の幸せを願っているなら、ちゃんと沙也加の言葉を聞いてくれるはずである。余計な嘘なんてつかないで言いたいことをはっきりと言えば良いだけだ。

 

「嘘をついても結局はバレる。ならはっきりと言った方が早いよ」

「え、でも…」

「大丈夫。俺も一緒に付き添うからさ」

「紅さん…」

 

今回の解決方法は自分の本当の気持ちを言うだけで良いだけだ。

 

「それでも無理矢理にお見合いにつれていくなら俺が止める」

 

 

105

 

 

大和たちと沙也加が立案した嘘の恋人作戦は無しとなった。するのは直球勝負の会話だ。

嫌なら嫌とはっきり言うのが一番なのだ。余計なことはしなくてもいい。沙也加は言いたいことを父親の大成に言えばいい。

 

「なんだせっかく嘘の恋人作戦のためにいくつか考えてたのに」

「作戦って何さガクト」

「デートスポットの下見とか。なら今度俺様が彼女できた時に使うか」

「そもそもガクトが彼女できたらね」

「それを言うなよ京…」

 

岳人は彼女をつくるために頑張っているが全て連敗。彼は良い人なのだが、がっつき過ぎなのがいけないのだと思う。

そうじゃなければ彼ももしかしたら素敵な女性と出会えるかもしれない。

 

「ふむ、嘘を言わずにはっきりと堂々と言うか。真九郎殿は正直者なのだな!!」

 

クリスはこの作戦に賛成していたが彼女の性格上、やはり「嘘」という言葉に納得できないでいたのだ。彼女自身が作戦を立案しといて何だが。

そんな中で真九郎が嘘を言わずに正直にぶつかった方が良いと言ったのに感動していた。目をキラキラしているのは尊敬する者を見ているかのようだ。

 

「いや、俺は正直者じゃないよ。俺だって嘘はつくし」

 

流石にクリスからそんな純粋な目で見られては申し訳ない。真九郎はクリスが思っている程、正義を準ずるような者じゃないのだから。

 

「え、そうなのか!?」

「いや、人間なら嘘の1つや2つ言うだろ」

「大和は嘘ばっかりだからな」

「そんなに嘘はついてないぞ。俺の場合は策を考えてたり仕込みをしてるだけだ」

「それが義に反しているのだ」

「はいはい」

 

大和とクリスの会話には終わりはない。どっちも一方通行の意見なのだから。なのでそうそうに大和が先に折れる。

 

「真九郎殿も嘘つきなのか…」

「俺だって嘘はつくさ。クリスさんは嘘が嫌いなんだね?」

「もちろんだ。嘘なぞ正義に反する」

 

頭をポリポリと掻きながら真九郎は苦笑いだ。嘘は確かに良いものではないが、人生で生きていくには必要な時もある。

意地悪をするつもりではないがクリスには彼女の正義について少し考えてもらおう。

 

「ねえクリスさん。例えばの話をしていいかな」

「例えば?」

「ああ、ある悪人がいたとする。そしてその悪人を捕まえる善人もいる」

「ふむふむ」

「そして悪人には友人もいる。その友人は悪人が犯罪を犯しているのを知らないんだ。

だから友人は悪人のことを本当に親友だと思ってる」

「ほう」

「善人はついに悪人を捕まえた」

「それで良いじゃないか」

 

勧善懲悪の話なら特におかしいことはない。この話で要なのは友人に対してだ。

 

「ここからが本番。友人は善人に悪人のことを聞くんだ。彼はどこに行ったのかと?」

「それって…」

「さあクリスさん。君ならどう応える?」

 

友人は悪人のことを親友だと思っていて、犯罪なんて犯しているなんて知らない。そんな彼について聞いて来た友人に善人はどう返事をするのか。

真実を言うのか、嘘を言うのか。それは善人次第である。

 

「…さらに身近な人に当てはめてみようか。すいません、直江くん、川神さんに川神先輩で例えさせてもらいます」

 

善人が大和で悪人が百代、友人が一子とする。これならもっと分かりやすいだろう。一子と百代の中は見て分かるように仲良しで家族愛に溢れている。

さて、真九郎が言う例えに当てはめると一子は百代が悪人だと知らない。そんな時に捕まってしまったことで一子の元から消えてしまった。

知っているのは大和で彼女たちの仲は痛い程知っている。さあ、どう言うべきだろうか。

 

「そ、そんな…」

 

クリスは黙ってしまう。正義として真実は言うべきだと思うが感情的には言えない。

 

「んん…これは」

「意地悪言っちゃったかな。難しいよね。でも俺だったら嘘を言うよ」

「むう~」

「これに正確な答えはない。クリスさんが選べばいい」

「むむむ~」

 

クリスが悩みに悩んで頭から蒸気が噴出しそうだ。世の中にはこんな選択を迫られることもある。

結局のところ嘘を言うか真実を言うかは本人次第だが、優しい嘘を言う時もあるということだ。

 

「ま、今回は嘘を言わずに真実を言うべきだけどね」

 

話が脱線したが今回は嘘を言わずに真実を言うのだ。

 

「…ねえ紅くん。さっきの例えって実体験?」

「…ま、どうだったかな」

 

意味がありそうな雰囲気だ。きっと彼にも同じようなことがあったんだなと大和は思った。

 

「はっきり言うっていってもどうやって?」

「そんなの沙也加ちゃんのお父さんの目の前でだよ。俺も一緒に付き添うから実家までついてくよ」

「そこまでしてくれてありがとうございます」

 

やることは決まった。なら早速いつの日に行くかと決めようとしたがここで銀子がある物を持ってきた。

 

「沙也加ちゃん。貴女当てに手紙が届いてるわよ」

「あ、ありがとうございます村上さん」

 

手紙を受け取って中身を見た瞬間に沙也加は目を丸くした。

 

「どうしたの沙也加ちゃん?」

「…お父さんが来るって、川神に」

「え、そうなの?」

「ちょうどいーじゃんか。何時?」

「明日です」

「ワンモア」

「明日です」

 

急な来訪なものだ。

 




読んでくれてありがとうございます。
やっと沙也加ルートですよ。しかし真九郎の考えで嘘の恋人作戦は吹き飛ばしました。
彼からしてみれば嘘で固めずに「言いたいことは言え」で通します。

九鳳院蓮杖に堂々と言いたいことを言って納得させたし、紫を助ける時も彼女の気持ちを汲み取って助けました。
そんな彼にとってお見合いを善意とはいえ、無理やりセッティングしている父親相手なら言いたいことを沙也加に言わせるしかない。
結局のところ嘘よりも本当の言葉の方が大成に響くと思ったからです。


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剣聖と娘の対話

今回は沙也加VS大成の対話です。
原作と違いオリジナル要素の物語なので生暖かい目で読んでってください。


106

 

 

川神駅。人がゾロゾロと横断している中で一際目立つ存在がいる。外国人が見れば間違いなく『侍』と言うであろう。

彼こそが剣聖と言われる黛大成である。穏やかそうな雰囲気でありながら、刀のように鋭い気も感じる。流石は人間国宝に選ばれるだけはある。きっと今まで鍛錬した賜物なのだろう。

今日は大成に沙也加の本音をぶちまける日だ。真九郎と大和、由紀江が一緒に連れ添う。

 

「あ、父上。こちらです」

「おお、由紀江。よおく見つけてくれた。ここは電子公告がありすぎて酔いそうだ」

『ダディは相変わらず電子機器が苦手のようで』

 

電子機器が苦手な人は案外仲間の内にも1人はいるだろう。何故苦手なのかはその人自身もよく分かっておらず、ただただ操作が『分からない』のだ。

まるで遺伝子に電子機器が扱えないというモノが刻まれているが如くだ。大成もその部類の人間に当てはまる。

 

「沙也加。久しぶりだな」

「はい。お父さん…急に家を飛び出してごめんなさい」

「いや、元気なら安心したよ沙也加」

 

真九郎の見た感想だが良い父上のような気がする。

 

「ん? そこに君たちは…どちらかが沙也加のボーイフレンドかな?」

「あ、お父さん。そのことなんだけど」

「2人いるということはまさか由紀江にもボーイフレンドが出来たのか?」

「ええ!? ち、違いますよ父上!!」

「む、そうか。早とちりだったな」

「俺は紅真九郎で由紀江ちゃんたちの友達です」

「同じく直江大和です」

 

沙也加に彼氏がいるという嘘を聞いていた大成。今日の出迎えに男がいればボーイフレンドと思うだろう。そんな中で男が2人。由紀江も一緒にいれば姉妹仲良く彼氏ができたと勘違いするかもしれない。

父親の勘違いなんてスルーすればよいだけなのだが由紀江はこういうのは不得手なのか顔が赤くなっている。

 

「あの、お父さん。大事に話があります。聞いて」

「…ふむ。良いだろう」

 

大成は沙也加から何かを感じ取ったのか真剣な父親の目になる。娘が覚悟を持って何かを伝えようとしてくる。ならば父親として聞かねばならない。

ドンッと構えながら娘の沙也加から話を聞こうとした矢先に不良というかチャラそうな男性2人が絡んできた。

 

「お、サムライか~?」

「芸人じゃね。おいオッサン芸見せてくれよ~。だっはっはっはっは!!」

 

世の中、こういう輩はいるものだ。人に迷惑をかけているのに気付かない。だから変な事件が起こる時がある。

真九郎がヤレヤレと思いながら前に出ようとした時に大成が動いた。

 

「紅くん、直江くん大丈夫だ。任せなさい」

 

大成はカチンと鍔を鳴らした。すると不良の2人は気絶していたのだ。

 

(…速い)

「うーん、見えなかった」

「流石ですね父上」

「え?」

 

大和だけは分からなかったようだが、詳細は大成が不良2人にみねうちをしたのだ。

その速度はまさに神速だ。一般人じゃ絶対に彼の太刀筋を見ることはできない。

 

「場所を変えようか。これではゆっくり話も聞けない」

「そうですね」

「だがその前に川神院に訪れていいかね。川神にいる間は川神院に滞在するつもりなのだ」

 

まずは川神院に向かう。由紀江に案内されて川神院に訪れるといつも通り門下生たちが修業をしていた。

本当にいつもながら気合いと熱気が合わさり頑張っている。流石は武術の総本山。門下生たちもレベルが高いと大成は思う。

 

「鉄心殿はいらっしゃるか?」

「おお、これは黛大成殿。よくいらっしゃてくれた。修業で賑わっているが川神に滞在する間はゆっくりしていってのう」

「かたじけない。助かります」

「ほっほっほ。門下生たちも剣聖が来たとはりきっておるわい」

「私も昔の勘を取り戻すために若者の中に入り、修業するのも良いかもしれません」

 

大成は昔と比べて今は剣の腕が少し落ちたと実感している。ならば川神院で腕を磨き上げようと思ってるのだ。

川神院ならば昔の勘を甦らせるかもしれない。そう思って一緒に修業するのも良いだろう。

 

「黛さん。こんにちわ!! 今日からよろしくお願いします!!」

「こんにちわ。よろしくお願いします!!」

 

川神姉妹も奥から走って来た。今日から川神院に滞在するのだから挨拶は大切だ。

 

「ん、沙也加ちゃんにまゆっちも来てるのか」

 

百代がグッと親指を立てる。これからの対話に「頑張れ!!」と応援してくれているのだ。沙也加も意味を汲み取って首をコクコクと縦に振る。

補足だが川神姉妹は大成に修業を見てもらえるようにと約束をしてもらった。ちゃっかりしている姉妹だ。戦いが好きな姉に努力家の妹ならではかもしれない。

 

「じゃあ私たちが今滞在している島津寮に行きましょう」

「ああ。話を聞こう」

 

川神院から島津寮から案内。

 

「ここが由紀江たちが滞在している島津寮か。趣があって良い寮だな」

「はい。それにここの寮長の麗子さんはとても優しい方なんです!!」

『イイ女だぜ。オラがもうちょっと若ければ狙ってたかもしんねえ』

「そうかそうか。滞在中に挨拶せねばならんな。それにまた今度に北陸の幸を送ろう。何か好きな幸があれば聞かなくてはな」

「麗子さんも喜びます」

 

北陸の美味しい幸を送られれば誰だって嬉しいし、真九郎だって嬉しい。もし五月雨荘に送られれば美味しい海の幸料理が作れそうだ。

そして環や闇絵たちに食われるというオチまで見えた。

 

「さて、沙也加。話とは何かね?」

 

真九郎がお茶とお茶請けを出す。ここからが父親と娘の対話の時間だ。

 

 

107

 

 

父親と娘の対話開始。

 

「お父さん!!」

「うむ。何かね沙也加」

「ごめんなさい!!」

 

いきなりの謝罪。

 

「ど、どうした沙也加」

「実はお父さんに嘘をつきました」

「嘘とは…?」

「私、お父さんに遠距離恋愛の彼氏がいるって言ったよね。それね、嘘で彼氏なんていない。嘘言ってごめんなさい!!」

 

まずは嘘についての謝罪だ。家出の原因が父親としても嘘をついて家出して心配をさせてしまったのだから謝罪は必要だろう。

 

「…そうか、よく謝ってくれた。自分の言った嘘を認め、謝罪する。素晴らしいことだ」

「お父さん…」

「私は怒ってない。寧ろ謝ってくれたことに感動しているよ」

 

大成は感動していた。娘が嘘を認めて謝るとは。嘘なんて言うだけ言って終わりだ。なのに娘は嘘に対して謝ったのだ。

なんて誠実な娘なのだろう。父親としてとても誇らしく思う。

 

「でね、お見合いの件なんだけど」

「うむ。もしかして受けてくれるか?」

「…それだけど」

「頑張って沙也加ちゃん」

 

真九郎が小さく沙也加を応援する。何かあれば彼が助けてくれる。心強い真九郎を信じて沙也加はついに口を切った。

 

「お見合いだけど…受けません」

「…沙也加。受けるだけでも」

「嫌ですお父さん。私ははっきり言うよ。お見合いは受けない。結婚するなら好きな人としたい!!」

 

お見合いをしたくない。今はそういうのは考えたくないのだ。好きな人は自分で決める。親が分からないことを決めてくれるのは悪いことではないだろう。

しかし好きな人くらい自分で決めたい。人生を寄り添ってくれる人は自分が決める。何度も、何度も言う沙也加。

 

「お父さん何度も言うよ。私はお見合いをしない。好きな人は自分で探して決める」

「…そうか」

 

大成は目を瞑り、黙る。そして口を開いた。

 

「ならばお見合いはしなくともよい。先鋒には私から断っておこう」

「ほ、本当?」

「ああ。娘が正面切って、今度は強い思いをもって父に言ったのだ。ならば私は無理強いはさせない」

 

沙也加の強い思いが父親に伝わった瞬間であった。頑固と聞いていたから渋るかと思っていたが案外簡単に彼女の気持ちを理解してくれたのだ。

 

「本当にお父さん?」

「ああ。自分の付き合う男性は沙也加自身で決めなさい」

「あ、ありがとうお父さん!!」

 

揉めると思っていたがすぐに解決した。揉め事処理屋の仕事は無かったようだ。仕事が無くなって残念のようなそうでもないような。そんな気持ちが出てくるが無事に揉め事が解決したならば良いはずだ。

解決したならば一息。新たなお茶を淹れ直す。沙也加も大成を気を張っただろう。甘さ控えめのお茶菓子を追加する。

 

「ありがとう紅くん」

「ありがとうございます紅さん」

「やったね沙也加ちゃん」

「はい!!」

 

満面の笑顔だ。本当に良かったと思う。

 

「ところで紅くん。君は?」

 

沙也加の話を真剣に聞くために大成は真九郎のことは触れなかったが、彼は一体何者か分からなかった。先ほどから沙也加の後ろで控えていたのだ。

彼氏でないなら彼は沙也加の何か分からなかったのだ。

 

「俺は揉め事処理屋の真九郎です」

「揉め事処理屋とな」

「はい」

「あのね、お父さん。紅さんは今回のことでいくつかアドバイスを貰ってたの」

「ほう、そうなのか」

「うん。揉め事処理屋ってのは様々な揉め事を解決してくれる職業なんだって」

「まあ、今回は沙也加ちゃんの純粋な気持ちが黛さんに届いたみたいだから出番はありませんでしたよ」

「いやいや、紅くんが沙也加にアドバイスしたのだろう。ならばちゃんと力になったはずだ」

「うん。お父さんの言う通りです。ありがとうございます。それにお姉ちゃんや直江さんたちも本当にありがとうございます」

 

今回相談に乗ってくれた全員に御礼を言う沙也加。この場に居ない者たちには後日御礼を言うつもりだ。

 

「いやはや、今回は私も悪かった。沙也加が飛び出した後、皆に窘められてしまった。それに妻からは相当怒られてしまったよ」

 

娘の扱いも刀と同じで繊細な物だと妻に言ったらさらに怒られたのは言うまでも無い。女性は刀なんかよりも繊細だ。

余談だが崩月家の女性もこの話を聞いたら大成を説教して如何に女性の気持ちをどうかと分からせるだろう。ちなみに真九郎は夕乃から女性に対しての対応は完璧に学習済みである。

 

「早速先鋒には断りの連絡はしておこう。早めに言った方がいいからな。それに明日は娘たちと川神観光もしたい」

「うん。明日は私が案内するねお父さん!!」

「ああ、楽しみにしてるよ沙也加」

 

大成が沙也加を見る目はとても優しい。今回の揉め事は父親の早すぎたお節介だった。でもちゃんと娘の気持ちを汲み取ってくれたのだ。

間違いなく良い父親だ。こんな親を持つ沙也加はきっと幸せだろう。面倒事がまた起こるかもしれないけれどもう沙也加は大丈夫だろう。自分の気持ちは正直に言えるようになったのだから。

 

「ところで父上、沙也加のお見合い相手は誰だったのですか?」

「む、沙也加の相手だがある名家の…」

「お邪魔します」

「あれ切彦ちゃん?」

 

ここで切彦が島津寮に訪れたことで沙也加のお見合い相手が誰だったのかは分からずじまいであった。

 

 

 




読んでくれてありがとうございました。

対話は案外すんなりと解決しました。原作でも黛大成は相当な頑固者ではなく、娘のことをちゃんと考える父親なので沙也加が心の籠った本音を言えば理解してくれると思ったので今回の物語はこんな感じになりました。

だから真九郎の啖呵(出番があまりなし)が切れることはありませんでしたね。
でももし、大成が頑固ものだったら真九郎は啖呵を切るでしょうね。相手が剣聖でもおかまいなしです。やっぱ凄いなあ。

そして次回は『剣聖』と『剣士の敵』が顔合わせです。
どうなることやら




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剣聖と剣士の敵

108

 

 

川神の採掘場に黛一家と真九郎に切彦、大和は来ていた。何でも川神の採掘場には綺麗な石が手に入るらしい。

大成はこういうモノが好きなので取りにきたのだ。そんな時に一文字石という石を見つけた。なんでも多くの剣士たちが腕試しで斬り付けた石らしい。

よく見ると一文字石には無数の斬傷が見える。多くの剣士たちが挑んだ痕というものだろう。真九郎はよく見るが傷だらけでも切断されてはいない、相当の硬い石のようだ。

何故か沙也加が「カッチンカッチンだよ」と自分で言っておきながら顔を赤くしていた。何故かは分からない。

 

「試すのも一興だろう」

 

腕試しということで由紀江が一文字石に挑戦だ。通常の斬撃を繰り出し、一文字石に綺麗な斬撃の痕を残した。

前に由紀江の刀を振るうのを見たことがある。努力の賜物と才能の集大成だろう。彼女の腕は間違いなく熟練者だ。

 

「わあやっぱりすごいねお姉ちゃん!!」

「ふむ、流石は由紀江だ。奥義を使えば切断することも可能だろう。しかし及第点だな」

 

今度は大成がお手本とばかりに前に出た。構えて抜刀する。

 

「ただ斬るだけでなく、石の弱い部分を見極め、そこに線を入れるように斬ればよし」

 

流石は剣聖で一文字石を容易に切断した。その教えを由紀江はすぐさま取り込む。真九郎も大和も石を刀で切断したのは初めて見た。

 

「流石剣聖だね紅くん」

「そうだね」

 

真九郎も凄いと思ってる。刀で石を斬るなんて初めて見た感動がある。しかし驚いたけれどそれほど驚きではない。

何故なら彼の横にいる切彦の方が規格外だからだ。大成のことを大したことは無いと思っているわけではない。ただ大成の本気を見ていないから真九郎は分からないのだ。

チラリと切彦を見ると興味無さそうにしている。やはり切彦にとって剣士は全くもって興味対象外のようである。殺し屋にとって剣士の気持ちは知らない。

彼女にとって剣の腕はどうでもいい。剣の技術も関係無い。ただ刃物を振るえば相手が切断されるのだから。しかも得物は切れそうな物なら何でもいいのだ。

 

「斬島切彦どの。よければ君も試してみないか?」

「私もですか?」

 

急に大成が切彦に対して一文字石を試してほしいと言う。何でそんなことを言い出したか分からないと思ったが大成は剣聖。

剣士として最高峰の存在だ。ならばそのある意味逆に存在する者である『剣士の敵』の切彦に興味を持つのは必然かもしれない。

 

(彼女が本当に剣士の敵である斬島切彦なのか?)

 

大成が切彦に対して気にしているのは正解だ。だから確かめたいのだ。全ての剣士から敵にされている存在を。

何故、切彦は剣士の敵なのか、噂は本当なのかを確かめたい。

 

「…いいですよ」

(由紀江は彼女の名前を確かに『斬島切彦』と教えてくれた。はっきり言って男性かと思っていたが女性とはな)

 

目を鋭くして彼女の動作を見逃さないようにする。

 

(彼女があの『斬島』なら『切彦』を名乗るという意味…それは間違いなく本物だろう)

 

切彦は切断された一文字石の前に立つ。大成によって切断されて半分になったとはいえ、硬度は変わらない。そんな一文字石をどうやって斬るかを大成は見る。

 

「む、得物は?」

「あ、確かに。私の刀を貸しましょうか。き、斬島さん」

「これで大丈夫です」

 

切彦がポケットから出したのはステーキとかを切るナイフであった。これには大成も「え?」という顔になるのは当然だろう。

『剣士の敵』とはいえ、特別な刃物でも持っているのかと思っていた。しかし手にしたのはただのナイフだ。しかも食事用のナイフである。

 

(あのナイフに妙な仕込みはないな。本当にただのナイフのようだ)

 

大成は斬島について斬るのが異常な程に巧いというのは知っている。だがその巧さは見たことはない。だからきっと仕掛けがあると考えていた。

その仕掛けは何か分からないが予想として機械とかを駆使した技術的なものだと思っている。そうでなければ熟練の剣士が素人に負けるとは思えない。

 

(服の何処かに何か仕込んでるのだろうか?)

 

大成は更に切彦を見る。絶対に彼女の動きを見逃さないように注意深くだ。

 

(……見極めさせてもらおう)

 

切彦は一文字石をナイフで切断した。簡単にいつも通りにだ。

 

「こ、これは…」

 

切彦の動きを確実に見ていたがやはり何も仕掛けはなかった。彼女は正真正銘ただのナイフで一文字石を切断したのだ。

これには大成を含め由紀江たちは驚く他ない。流石にナイフで一文字石を斬ろうなんて馬鹿にしているのかと思われたが、彼らの予想を遥かに超えたのだ。

彼女の持っているナイフはただのナイフで仕掛けも無し、更には服装の中に何かを隠し持っているわけでもない。それは大成が目を光らせて見ていたので間違いはない。

だから切彦は本当にただのナイフで、刀に勝るはずも無いナイフで一文字石を切断したのだ。

 

(し、信じられぬ…私と由紀江は刀で斬ったというのに彼女はナイフでだと!?)

 

これで完全に確信してしまった。彼女こそが『剣士の敵』である『斬島切彦』だ。

 

(彼女の動きを見て思ったが恐ろしく速い。だが素人の振り方だ。それでも何故あんな簡単に切断できるのだ)

 

剣士の敵と言われる由縁は斬るのが恐ろしく、異様に巧いということ。大成は「なるほど」と納得してしまう。一文字石は熟練の剣士でないと斬れない。なのにただのナイフで素人当然の振り方で切断した。これだけで彼女は熟練の剣士たちを上回った証拠となる。

これでは一文字石に痕を付けてきた剣士たちの修業は何だったのだろうと思われても仕方ないだろう。しかも今の切彦は歴代の切彦の中で一番の才能を持っている天才だ。

 

(しかもこれで発展途中なのだから恐ろしいと言う他はなかろう。あと数年でもしたら彼女は…)

 

彼女の年を考えればまだ発展途中と分かる。なのに既に壁越えレベルの実力に加えて武神の百代に劣らないだろう才能の持ち主。

 

(なるほどまさしく剣士の敵だ。私も剣聖と言われているが、これではまだまだ)

 

大成は静かに自分の剣の腕を磨き直すことを思う。剣聖の称号を貰って、娘に自分の全てを教えるつもりであったが考えを改めさせられる。

彼の剣の道はまだ止まらない。相手は剣の道を進む剣士ではないが、剣士として『剣士の敵』には負けられないのであった。

 

「斬島さんって…本当に何者なの」

(裏十三家の一角だよ沙也加ちゃん。でも言えないよなあ。あまり大っぴらには言わない方がいいって紅くんも言ってたし)

「由紀江よ。私たちの剣の腕はまだまだであるようだ」

「はい父上」

(…彼女たちが切彦ちゃんと戦ってほしくはないな)

 

 

109

 

 

レトロな雰囲気のある喫茶店にて真九郎と切彦はコーヒーを飲んでいた。黛家の川神観光を付き合っていたらもう夕刻になっていたのだ。

切彦はコーヒー砂糖とミルクを淹れてかき混ぜていた。真九郎は何も淹れずにブラックで飲む。苦味と風味が口の中に広がって良い。

 

「なあ紅の兄さん。いつオレと戦ってくれるんだよ」

 

切彦から急に決闘の催促を促された。フレンチトーストを食べるのにナイフを使うのだが、そのナイフを持って彼女はいつもどおり好戦的な性格へと豹変していた。

 

「急だね切彦ちゃん」

「だってよお…いつまでたっても決闘に応じてくれねえじゃねえか」

 

そこを突かれると何も言い返せない。しかし今は川神学園に交換留学中だ。そんな時に切彦と決闘は出来ないだろう。

如何に川神市が武術家が集い、決闘が当たり前のように行われても雰囲気に乗って切彦と決闘をするつもりはない。まだ決闘をしないだけだ。

何度も、何度も言うが切彦との決闘の約束は必ず守る。ただ、いろいろと重なって決闘を引き延ばしてるだけに過ぎない。ここは真九郎に非があるので自分自身が情けないと思う。

 

「チッ、ったくしょうがねえなあ。早くしてくれよな。それとオレ以外に殺されんなよ」

「うん、分かってる。俺は殺されないよ。ちゃんと切彦ちゃんの約束は必ず守る」

 

真九郎は切彦の目を正面切って見る。堂々と恥ずかしげになく見つめてくるので切彦はちょいと気がくるう。

 

「お、おう。早くしてくれよな紅の兄さん」

 

またも「しょうがねえなあ」みたいな感じで今回のことは許してくれたようだ。

ナイフでフレンチトーストを切って突き刺し、切彦は口に運ぶ。マナーとか関係無いが切るのは上手いのでフレンチトーストは全て一口サイズになっている。

 

「切彦ちゃんはこれからどうするの。また島津寮に来る?」

「…いや行かねえよ。ホテルに泊まってるさ。そろそろ仕事の準備が出来たしな」

「そ、そっか」

 

仕事の準備が出来たと彼女は言う。それは悪宇商会の仕事。気が重くなるが仕事なのだからどうしようもない。

彼一人の力では切彦を止めることはできないし、止める権利もない。こればかりは話題をすぐに変えた方が良さそうである。

 

「ところで切彦ちゃん。切彦ちゃんは剣聖を見てどう思った?」

「あん?」

「黛大成さんだよ。あの人は日本で認められた剣聖だし」

「前にも言ったろ。オレの前じゃ剣帝も剣聖も剣神だって同じだ。全部斬れる対象だ」

「そうなんだ」

 

やはり切彦にとって剣士は視界に入れていないらしい。全てを切断する『ギロチン』という異名を持つ切彦ならではだろう。

彼女は真剣勝負ではない。ただ斬るだけなのだから。こんな彼女だから剣士たちには『剣士の敵』とも呼ばれる由縁かもしれない。

 

「あのオッサンも強いだろーけどオレの前じゃ変わんねえよ」

 

大成が聞いたら怒りそうだ。大成の場合は静かに怒るタイプな気がするとどうでもよい想像をしてしまった。

今日は偶然、切彦は黛家の観光と一緒であった。ならば剣聖の大成は切彦に対して何か思っていただろう。特に一文字石の時は目を鋭くしていた。

あの岩は熟練の剣士ではないと斬れないという。だが切彦は何気ない顔で、当たり前のように切断したのだ。しかもたまたま持っていたナイフでだ。

これに関しては剣聖として認めたくない部分はあるだろう。大成は刀を使って切断したのに、切彦はナイフだ。

切彦自身は馬鹿にしてるつもりは無いが、剣士の目からしてみれば馬鹿にしている以外ない。

 

(斬るのが異様に巧いか…でも信じられないくらい巧すぎるんだよな)

 

バターナイフや髪の毛、笹の葉なんかでどうやって硬い物体が切断できるのだろうか。やはり斬る速さ、角度、筋力などが絶妙に上手く使っているのだろうか。

裏十三家はやはり説明できないくらい謎が含まれているようだ。崩月だって『角』に関しては謎の部分だってあるのだから。

 

「ごちそうさまです」

 

フレンチト-ストを食べ終わり、切彦はナイフを置いた。すると低電力モードのようにダウナー系に戻る。

 

「お腹はいっぱいです」

「おそまつさまだね」

 

真九郎が作ったわけでは無いがつい言ってしまった。切彦がコーヒーをチビチビ飲んでいる姿は可愛い女の子にしか見えない。

こんな可愛い子が殺しの仕事をするのだから世の中は分からないものだ。そんな考えをしていると切彦が席を降りて真九郎の隣の席に移動してちょこんと座る。

先ほどまでの席を詳しく言うならばお互いに正面を向いて座っていたのだ。なのに急に真九郎の横に座る。

 

「えっと、切彦ちゃん?」

「…これでいいです」

 

真九郎は特に分からなかったが言及はしないでおいた。

周りの客からは真九郎と切彦がラブラブカップルと思われているらしい。そんなことは真九郎は鈍感なので気付きもしないが。

ヒソヒソと「可愛いカップルね」とか「あの子ったら甘えん坊」とか「頑張って」とか呟かれている。

そういえば前に紫と一緒にファミレスに言った時、急にキスされたことがある。そのキスはまるで真九郎は私のものだと言わんばかりのキスだったと思う。

それを見た客は微笑ましい目で真九郎と紫を見ていた。今の状況はその時の様子と似ていたような。

 

 

110

 

 

崩月家族や環たち、大成が川神市に来てからは毎日が充実している。だが、そんな充実した日に事件が起きてしまった。

そんな事件が起きる予兆なんてなかったはずなのに。だが世の中は事件で溢れかえっている。神様がいなかったらもっと恐ろしい世の中になっているだろう。

 

「直江くんから電話だ。もしもし?」

『紅くん。いきなりだけど力を貸してほしい』

「何があったの?」

『沙也加ちゃんが攫われた』

 

世の中は平和じゃないらしい。

 




読んでくれてありがとうございました。

さて、今回は剣聖である大成が切彦の実力をみたら?という物語でした。
私としては大成が切彦を見ても『剣士の敵』として嫌悪感を出すようなイメージはありませんでした。
人格者である大成なら切彦の実力を見て、確かに剣士として今までの剣の道を馬鹿にされるような腕前を見せられましたが目の敵にはしません。彼が思うのは剣聖という域に到達しても剣の道を進むのを止まらないと思い直すことでしょう。

だからこの物語の大成は更に腕を磨き直すことになりました。


そしてついに沙也加ルートも佳境に入ります。
あの名家が動きます。しかも原作よりもヤバイ奴が2人ほど…います。
その関係で切彦の仕事も始まります。そして大和たちが本当の裏の実力知ることになるでしょう。


沙也加ルートが終わったらそろそろ悪宇商会の最高顧問を登場させたいなあ。


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救出決行

沙也加ルートの終幕に突入です。
そしてあいつらがちょっと登場です。


111

 

 

黛沙也加が攫われたと大和から真九郎に連絡が来た。つい先日まで仲良くみんなで遊んでいたのに今日になったらいきなり物騒すぎる知らせである。

何故、彼女がこんな不幸な目に会わなければならないのだろう。彼女が一体何をしたというのだろうか。

沙也加は善人で彼女は誰かに恨まれることはしていないはずである。なのに攫われるとはどうしたものか。

 

「沙也加ちゃん…」

 

すぐさま島津寮で緊急会議が始まった。風間ファミリーや環たちが全員集合だ。

沙也加と関わった者は心配して集まってくれている。その中で由紀江はとても不安で心配している。実の妹が攫われたのだから当然だろう。そして父親である大成もまた心配している。

 

「黛さん。狙われる理由や恨みを買っているのような輩はいますか?」

「いや、いないな。しかし知らぬ間に恨みを誰かに買われている可能性はあるかもしれんな」

「それは黛さんの『剣聖』という域に達した嫉妬のようなもので恨まれているとかですかね?」

「あるやもしれん」

 

偉業などを達した者は多くの者から讃えられるが、ごく一部には嫉妬という恨みを買われることもある。その嫉妬する者に対してこちらからは何もしていないのに恨まれるとは不条理である。

しかし世の中にいる人間は全員が全員褒めたたえてくれるわけではない。

 

「それはあるかもしれませんね。武術を極める者の中でも相手の才能に嫉妬して恨んでくる人はいますからね」

「むー、相手の才能に対して恨むのは駄目よ。しかも関係無い娘に手を出すってのは許せないわ!!」

 

勝手な因縁をつける奴が無関係な人を巻き込むのは許せない。一子の言葉に納得する全員だ。

 

「今までも似たようなことはありましたか?」

「いや、無い。今回が初めてだよ。今までこんなことは一回も無かった」

 

今まで黛家に対して事件はなかった。今回の沙也加が攫われたのが初めての事件なのだ。ならば予想するに2つほど候補がある。

1つ、昔から恨みを持っている者が実行した。1つ、最近の出来事で恨みを買った者が実行したかだ。この候補だと後者が可能性があるだろう。

 

「黛さん。最近だと何か人間関係で問題が起きたりはありますか?」

「うーむ…無い。だがあるとすればお見合い相手かもしれんな」

「お見合い相手ですか?」

「ああ。お見合いの件を断ったのだが…相手はたいそうお見合いをしたいとしつこかったな。それほど沙也加を紹介写真で気に入っていたのかもしれん」

 

お見合いをするはずだった相手が沙也加を攫うとは相手はとんでもない相手だろう。普通はここまで出来るはずがない。

こんなことが出来るとしたら相手は相当な力を持っている人だろう。一般家庭ではないとしたら大物になる。

 

「ふむ。確かに沙也加のお見合い相手の家は莫大な財力と権力がある。しかし見合い写真を見て相手はそこまで余裕が無いような男とは思えんかったが…私の目は節穴だったかもしれん」

「見合い相手とは?」

「綾小路麻呂という」

「え」

 

何処かで聞いたことがある名前だ。大和たちを見ると凄く微妙な顔をしている。

 

「直江くん…俺の勘違いかな。綾小路麻呂って川神学園の綾小路先生じゃないよね?」

「…たぶんどころじゃなくて、本当に綾小路先生だろうね」

 

川神学園の教師が何をしているんだ。こんなものはニュースに放映されて、川神学園が叩かれる事件ではないか。

 

「あんのえせ平安貴族が!!」

「性格は悪いと前々から思ってたけど…これはやりすぎよ!!」

「許せねえ!!」

 

麻呂の評価は今この瞬間に地に堕ちた。しかしこれは当然だろう。教師としてあるまじき行為だ。

確かに麻呂の評価は川神学園でも低い。それでも歴史の授業では、特に平安時代での範囲授業は確かな腕を持っていたというのに。

 

「助けいくべきだ」

「紅くんなら言うと思ったよ」

 

真九郎の言葉に全員が頷く。

 

「ならなら私も力になるよ」

 

環たちも力になってくれると言う。これは百人力である。

 

「銀子。沙也加ちゃんが誘拐された場所を特定してほしい」

「もう特定したわ」

 

流石は凄腕の情報屋だ。仕事が早くて助かるものだ。

 

「凄いな銀子殿!!」

「なら今からでも突撃だ。美少女らしく正面からな!!」

 

 

112

 

 

沙也加は困惑しており、不安に駆られていた。今いる場所はまるで高級料亭の庭のような場所だ。

何故こんな所にいるかと言われれば忍者に誘拐されたのだ。そして彼女を誘拐するように依頼したのが目の前にいる平安貴族のような姿をした綾小路麻呂であった。

 

「よくやったの鉢屋よ」

 

忍者の正体は天神館の十勇士の1人である鉢屋壱助。彼は忍者の末裔として現代に忍者の名を残そうと様々な仕事をしているのだ。今回の依頼もその1つである。

 

「いえ、これも忍者としての仕事をこなしたまでです」

「うむうむ。其方の仕事ぶり素晴らしい。約束の報酬は例の口座に入れておく、の」

「では、引き続き周囲を警備してきます」

 

そう言うと十勇士の鉢屋壱助は音も無く消える。

 

「さて、麻呂はお主のお見合いである綾小路麻呂でおじゃる」

「お、お見合い相手って…貴方が!?」

 

全然お見合い写真の人物が違うので凄い勢いでツッコミをしてしまう。凄い写真詐欺である。

まさしく麻呂がお見合い写真を弄っているので違うのは当たり前である。しかしこうも別人になるほど弄るのは詐欺レベルだ。

 

「何でこんなことをするんですか!?」

「もちろん麻呂と清くお付き合いするためでおじゃる」

「誘拐する時点で汚れきってます!!」

「誘拐から始まる恋もあるでおじゃる」

「ありません!!」

 

話が通じなくて心底嫌な気持ちになる。まさかこんな人がお見合い相手なんて本当に反対した選択は正解であった。

しかし結局、誘拐なんて荒事をして対峙させられるなんて夢にも思わなかっただろう。普通では体験しないし、普通でも誘拐はされない。

 

「私はお見合いを反対しているんですよ。なのに何でですか!?」

「ふむ。それは麻呂がお主に惚れたからでおじゃ。お主の可愛らしい丸顔、それに清楚な雰囲気に黛という家名。麻呂の妻にふさわしい、の」

「私はお見合いするつもりも結婚するつもりもありません。他の人をあたってください!!」

「ふっふっふ。嫌も嫌も好きのうちっていうでおじゃる。それにこれから麻呂のことを好きになっていけば問題ないでおじゃるよ」

「そ、それって…」

 

実は沙也加は結構妄想が激しいのでこれから起きることを変に意識してしまう。それに状況が状況なので余計不安なことを思ってしまう。

これから沙也加は麻呂にどうされるのか、ナニをされるのか、襲われてしまうのかと思ってしまう。妄想が激しいからそう思ってしまうのだ。

 

「まずは手始めに清く交換日記から、の」

 

最も相手の麻呂はヘタレなのか初心なのか分からないが沙也加が妄想していることはいきなり起きたりはしない。

 

「ふふ、ふふふ。さあ麻呂と一緒に遊ぼうぞ。…麻呂についでおいで」

「うう、嫌ぁ…助けて」

 

心の底から出た言葉であった。そして彼女は物語で言うところの助け出される姫のような存在。彼女の言葉は届いたのだ。

 

「沙也加ちゃん!!」

「沙也加!!」

「く、紅さん。お姉ちゃん!!」

 

真九郎に由紀江、風間ファミリーの面々が綾小路家の隠れ屋敷に突撃してきたのであった。

 

「むお、お前たちは!?」

「沙也加を返しに貰いに来ました綾小路先生」

「沙也加ちゃんを返せ!!」

「むむむ、麻呂の恋を邪魔するか。それに不法侵入でおじゃるよ!!」

「先に誘拐という犯罪を犯したのはそっちだろーが!!」

 

これは麻呂も言い返せないが、聞いてはくれないだろう。

 

「うぬぬ。鉢屋、それに綾小路御庭番衆よ出会え出会えぇぇぇぇ!!」

 

麻呂の掛け声で壱助を筆頭に多くの綾小路のガードマンたちが現れる。

 

「おい忍者。何で麻呂なんかについてんだよ」

「これも仕事だ。恨むなら恨め。…相手を見て油断するな。奴らは実力者だぞ!!」

 

壱助の言葉に綾小路家の御庭番衆たちが目をギラつかせる。どうやら警護のリーダーは鉢屋のようだ。

そして壱助が煙幕を焚いた。モクモクと煙幕が庭を包み込む。だが百代が気を周囲に放出すると煙幕が一瞬で消える。

 

「私に不意打ちは効かんぞ」

「いや、今のは一瞬だけ隙ができれば良い」

「姉さん。麻呂と沙也加ちゃんがいない!?」

「なに!?」

 

今の煙幕は麻呂と沙也加を移動させるためのものであった。

 

「ならアタシは追いかけるわ」

「自分も行くぞ!!」

「私も向かいます」

 

一子、クリスに由紀江が沙也加を助けるのに走り出す。

 

「俺も行く」

 

真九郎も彼女たちとは別のルートで麻呂と沙也加を探しに行くのであった。

残ったメンバーは壱助と御庭番衆の片づけだ。百代に翔一たちは構える。

 

「私も頑張っちゃうよ」

「お願いします環さん!!」

 

環と翔一たちが御庭番衆やガードマンたちに突撃して次ぎから次へと殴り飛ばしていく。彼らもプロなのだが翔一たちも負けていない。仲間のコンビネーションによって綾小路のガードマンたちを翻弄しているのだ。

彼らの実力を見て環は口笛を鳴らす。学生だが実力あると認めた口笛である。だが環は彼らの倍以上は既に倒している。

 

「むう、あの女は相当な実力だな」

「もちろんだ。この私と戦えるくらいだからな」

「ほう、それはそれは。しかし今は目の前にいる武神に集中しよう」

 

壱助と御庭番衆は気を引き締める。相手は天災扱いの存在であるため初撃に全てを込めるつもりだ。

 

「沙也加ちゃんを早く助けるからさっさと終わらせるぞ!!」

「そう簡単に終わらせるとよく言う」

「行くぞ光龍覚醒!!」

「その技は御大将の!?」

「私はその先を行く!!」

 

壱助と御庭番衆の前には光耀く雷の龍が降臨した。

 

 

113

 

 

庭の反対側で巨大な雷が迸った光景を見た。

 

「おー、何か凄い雷でも落ちたんですかねえ若君サン」

「それは後でいいから目の前の不埒者を片づけるのでおじゃる!!」

「了解」

 

由紀江たちの前に大柄のアロハシャツ男が立つ。由紀江たちはすぐさま目の前の男が強い存在だと理解した。

纏う気が普通じゃない。そのおかげで3人は迂闊に動けない。すぐそこに沙也加がいるというのに助けられない。

 

「この人…強い」

「ああ。只者じゃないぞ」

 

警戒しながら目の前のアロハシャツ男を囲むように移動する。

 

「今回の警護仕事の最初の相手が女子供とはなあ。ま、でも昔ガキが相手で痛い目にはあってるからな。油断はしないぜ」

 

ガキンっと鉄の拳を合わせた。そして静かに構える。

 

「早く片づけるのじゃ『鉄腕』!!」

「オーケー!!」

「来ます!!」

 

『鉄腕』と呼ばれた男が最初に一子に殴り掛かる。だが負けじと一子も薙刀を振るう。

 

「どりゃあ!!」

「おっと、なかなかの振るうスピードだな」

「はああああああ!!」

「てえい!!」

 

クリスも由紀江も攻撃を仕掛ける。レイピアの突きと日本刀の斬撃が舞うとガキィンと鉄の腕でガードされる。

 

「やるねえ嬢ちゃん」

「まだまだ!!」

(特に刀を持つ嬢ちゃんがなかなか強い。流石はサムライガールってやつか)

 

『鉄腕』が拳を突くと地面がえぐれたのを見て、食らえば骨が折れるのは間違いないだろう。一撃でも食らえば重症である。

 

「おい『鉄腕』よ!!」

「なんすか若君サン?」

「絶対に殺すな。痛い目に合わせるだけじゃぞ!!」

「面倒っすねえ」

「相手は不法侵入者といえ麻呂の生徒じゃ。教師として殺すなんてできるかぁ!!」

 

麻呂も一応教師なので殺すなんてことはさせない。問題教師ではあるが心までは完全に腐っていないらしい。

 

「じゃあ痛い目に合わせるだけにしますよ」

「そうするでおじゃる」

「お姉ちゃん…」

 

不安になる沙也加だが姉である由紀江は安心させるために諦めない目で見る。

 

「必ず助けますから待っててください!!」

 

由紀江たちは相手がどんな存在かをまだ知らない。

 

「言うねえ。オレは悪宇商会所属『鉄腕』ダニエル・ブランチャードだ!! 行くぞ嬢ちゃんたち!!」

 

彼女たちは裏の者に立ち向かう。

一方、真九郎は別の場所で因縁の相手と再会していた。

 

「何でお前がこんなところにいるんだ」

「ちょっとした成り行きだよ小僧」

「…『サンダーボルト』」

 

本当に何で彼がここにいるのか分からなかった。

 




読んでくれてありがとうございました。

次回『鉄腕』と『サンダーボルト』との戦いです。
彼らが何故いるのか。またも悪宇商会との条約などは次回に詳しく書いていくつもりです。

しかし、由紀江たちはついに悪宇商会の者と戦う羽目になりました。ただでは済まない・・・。ついに関わる!!

そして麻呂も一応教師なので「殺すな」宣言はさせました。原作でも麻呂は教師らしからぬ存在ですが殺人まではしないですからね。

切彦は次回登場しますよ。仕事の内容が『サンダーボルト』に関することなんですよね


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嫌な再会

114

 

 

眩しすぎるくらい輝く光龍が鉢屋と綾小路家御庭番衆を黒焦げにして勝敗が決まった。

 

「く…やはり武神、強すぎる。しかも御大将の奥義を再現するとはな」

「だから私はその上をいってるぞ」

 

周辺はもう死屍累々というやつだ。翔一や岳人たちは周囲を見て「あちゃー」といった顔をしている。

 

「流石はモモ先輩だぜ!!」

「俺様の活躍まで取るなよモモ先輩~」

「おい鉢屋。沙也加ちゃんたちは何処だ!!」

 

倒れている鉢屋を叩き起こして麻呂と沙也加がどこにいるかを聞き出す。だが負けても忍者として依頼者の所在は言わない。

どんな尋問も拷問も耐え抜いて見せるのが闇に生きる忍者だ。それをすぐに分かった大和は聞いてもすぐに無駄だと気付く。

 

「一発殴っとくか?」

「やっても無駄だよ。すぐに俺たちも探しに行こう」

「なら私に任せな。気で探る」

「私も弓兵の目で探すよ」

 

京は屋根に登って周囲を見て、百代は気で探り始める。沙也加の気は遊んだ数日間で覚えている。彼女が気配を消さなければすぐに探知することは可能だ。

 

「見つけたぞ!!」

「こっちも発見したよ」

 

だが2人の表情は険しかった。

 

「な、何だこの嫌な気は?」

「モモ先輩は早く沙也加ちゃんたちのところへ!! ワン子たちは危ないよ!?」

「今行く!!」

 

百代は全力で飛跳ねて沙也加ちゃんたちがいる場所へと向かった。そして向こうで着地した。

 

「向こうで何が見えるんだ京!!」

「ワン子たちが変なヤツに劣勢になってる!?」

「何だって!?」

 

一子にクリス、由紀江がいるというのに劣勢。ならば麻呂がいる向こうには余程の手練れがいるということだ。

 

「おい鉢屋、向こうに誰がいんだよ。まさか他に十勇士がいんのか?」

「いや、十勇士は拙者だけだ。恐らく向こうにいるのは…綾小路がもしもの為に雇った護衛だろうな」

「護衛だと!?」

「詳しくは言えない。だが仲間が心配だと思うなら急げ。奴は只者じゃないぞ。忍者とは違う闇の者だ」

「チッ、オレらも急ぐぞ」

「ああキャップ!!」

 

大和たちも急ぐ。そして素早く沙也加たちの元へと跳んだ百代は静かに怒っていた。

 

「OH…空から女が降ってくるなんて流石はジャパンだぜ」

「も、ももも百代か!!」

「おい麻呂。そいつは誰だよ」

 

百代は目の前の大柄なアロハシャツ男を見て、そして後ろにいる酷く傷ついた一子たちも見る。

 

「お前は誰だ」

「…『鉄腕』ダニエル・ブランチャード。お前があの有名な武神か。初めて見る」

 

ゴキゴキと指を鳴らす仕草はダニエルをどうやって屠ろうかと考えている意味も含まれている。何故、百代が静かに怒っているかというと大事な仲間が酷く傷つけられたからだ。

戦いなら傷つくのは当たり前だ。しかし彼女たちのダメージは酷すぎる。まるで痛めつけるようにつけられた傷なのだ。

戦いで受けた傷は責めないが、拷問のように一方的につけられた傷は仲間として許さない。

 

「モモ先輩。そいつ強いぞ」

「安心しろ。すぐに倒すから。そしてすぐに沙也加ちゃんを助けるからな」

 

ゴキンと指の音を鳴らした直後に百代は『鉄腕』の懐に入り、拳を突き出した。鈍い音が響いたが手応えのある感じではなかった。

口笛を吹きながら『鉄腕』は自慢の鋼鉄の腕で防いでいた。ビリビリと響く打撃にニヤリと口をにやける。

 

「流石は表世界最強なんて言われてる武神だな。まさかここまでとはな・・・特注品じゃなきゃ砕けてたぜ」

 

そう言って『鉄腕』はお返しと言わんばかりに百代に殴り掛かる。彼女も同じように腕で防がれるがミシミシと鈍い音が聞こえる。

 

「チッ…」

 

百代は防いだ腕を見る。骨は折れてはいないがヒビは入っただろう。遠慮が一切ない攻撃で百代に傷をつける程の強者。

今までで一番分かりやすく殺気を放ってくる者でもあった。普段なら良い試合ができそうと思うだろうが、仲間を傷つけた奴にそんなことは思えない。思うのはただ蹂躙するのみ。

 

「瞬間回復」

 

ヒビの入った腕に気を集めて治癒する。腕に異常が無い確認してから構え直す。

 

「おいおいマジか。骨を折る気で殴ったんだが無傷かよ。これも武神と言われる由縁か?」

 

言い終わると同時にまた殴り掛かる。百代も負けじと殴り掛かる。突きの連打が繰り広げられた。

 

「はああああ!!」

 

今の百代に手加減は一切ない。ただあるのは相手を倒すことだけを考える。だが『鉄腕』は今まで戦った事の無いタイプの者だ。

彼は武術家ではなく軍人でもない。だからと言ってボディーガードのように護衛専門として鍛え上げられた者でもない。本当に人間を壊すのに特化したかのような者である。

 

(何者だ。いや、間違いなく裏の者だな)

 

流石の百代だってこれほどの者なら表の人間か裏の人間くらい分かる。そして正体もあらかた分かってくる。

 

(まさか殺し屋に入る部類か!?)

 

大体正解だ。正確に答えるならば彼は『戦闘屋』である。どんな人間も壊すプロである。

 

「川神流無双正拳突き!!」

「ふん!!」

 

お互いに渾身の一撃を食らう。どちらも怪力なので反発し合って吹き飛ぶのは当たり前であった。

 

「まだまだ!!」

「…こいつ、武神とはいえここまで戦えるか。本当に驚きだぜ」

 

これで裏の戦いをまだ知らないというのだから、化けたらもっと強くなるだろう。

 

「くらえ、川神流畳返し!!」

 

地面に拳を突き出し、畳の如く引っぺがした。『鉄腕』の前面に畳のような地面が映ったと思えば砕かれて破片が飛んでくる。

視覚を隠し、油断させたところを飛礫攻撃は相手を防御にまわさせる。そこをすかさず百代は無双正拳突きのラッシュで攻める。

 

「舐めるなよ武神!!」

 

『鉄腕』はラッシュの攻撃を受けながら怪力任せの拳を百代に振るう。ゴシャっという嫌な音が聞こえる。

百代は気を身体に纏わせて耐久度を上げている。『鉄腕』は規格外の体躯と改良された肉体による耐久がある。どちらも耐久力があるが百代にやや軍配が低い。

気で強化するのと改造されて強化されているのは違うのだ。気の集中が消えれば普通の肉体に戻ってしまうからだ。しかし改造された肉体は関係ない。

だから『鉄腕』は相手攻撃を食らったまま無理矢理攻撃できるのだ。頑丈な身体を持つ者ができる攻撃だろう。

 

「くっ…今度は骨が逝ったか?」

 

腕でもう一度防いだがブランと下がるのを見て舌打ちする。そしてすぐ瞬間回復で治癒する。

 

「おいおい、さっきの確かに折れたはずだろ。なのに何で直ってるんだ?」

 

『鉄腕』は考える。確かに殴った感触で百代の腕は折れたはずである。しかし、どう見ても治っているのだ。

折れた骨がすぐに完治するなんて普通ではあり得ない。あり得ないのだ。

 

(武神のやつは『瞬間回復』なんて言ってたな。何かの技か…もしくはうちのボスと同じように特異な力でも持ってるのか)

 

油断はしているつもりはない。過去に痛い目にあっているから相手がガキだろうが油断はできないのだ。だがどこか本気にはなれていなかった。それは依頼主から殺すなと宣言されているからだろう。

しかし殺す気で丁度良いかもしれない。骨を折っても回復するなら手加減は必要ない。サングラスで隠れた目がギラリとどす黒く光る。

 

「お前の耐久度に回復力…まるでうちのボスと『炎帝』並みに近いな」

「お前んところのボスに『炎帝』?」

「こっちの話だぜ」

 

脚を踏み込んでいっきに百代の間合いに入った。

 

「Hey!!」

「さっさとぶっ飛べ!!」

 

ドオンっと拳が合わさる度に衝撃がビリビリと周囲に広がる。吹き飛ばされないように一子たちは踏ん張っている。麻呂は既に吹き飛んでいる。

 

「悪宇商会所属。『鉄腕』ダニエル・ブランチャードだ!!名乗れ武神!!」

 

『鉄腕』は百代の才能を見抜いたからこそ手加減はしない。彼女は『戦闘屋』の才能がある。この仕事が終わればルーシー・メイに教えるのも良いかもしれない。

 

 

115

 

 

バチバチ両手から電撃を走らせる白人の大男。目の前の男は『サンダーボルト』の通り名を持つグレイ・ブレナー。

彼は前に真九郎が倒し、警察に現行逮捕されたはずなのだ。なのにここにいるということは脱獄したということだろう。

 

「サンダーボルト」

「よお小僧。久しぶりだな」

「何でこんな所にいる」

「脱獄したからな。海外に出るために金がいるんだよ。で、丁度良いカモがいたんでな売り込んだんだ」

 

綾小路家は莫大な財力に権力を持っている。そんな家に自分を売り込めば潜伏できるし、逃げるための金も手に入る。脱獄したグレイには本当に丁度良い隠れ家であった。

 

「んで、依頼主の屋敷に侵入者が来たかと思えばお前に再開するとは思わなかったぜ」

「俺は会いたくなかったよ」

「何だ。やっぱガキを襲ったことをまだ根に持ってんのか?」

 

ギリィと歯を食いしばり、拳をこれでもかと握る。真九郎はグレイに怒りしか湧かない。彼は紫を傷つけた張本人で、今でも当時のことを思い出すと理性が吹き飛びそうになる

 

「見ろよこの顔。まだ銃痕が残ってる。小僧だけが恨んでるわけじゃないんだぜ」

 

殺気が彼からにじみ出るが真九郎だって殺気を出す。どちらも尋常じゃないほどの殺気で一般人なら気を保てない。未熟な武術家でも2人には近づけない。

きっとここに大和たちがいれば真九郎の豹変っぷりに恐れるかもしれない。

 

「あの時の復讐してやる小僧」

「また鼓膜と股間を潰されたいか」

「もう油断しねえよ」

 

両手から迸る電撃がいよいよあり得ないくらい強くなる。前は店内での戦いで今みたいなほどではなかったが触れられれば感電死するだろう。

 

「小僧…今お前は侵入者だ。殺されても文句は言えないぜ」

「サンダーボルト。お前は脱獄囚だ。何をされても文句は言えないぞ」

 

お互いに黙る。そして互いに間が空いた後に叫んだ。

 

「死ね小僧が!!」

「黙れ!!」

 

グレイは両手を広げて突撃し、真九郎は上着を脱いで走った。上着を脱いだのはグレイの顔に被せて視覚を消すためだ。

 

「邪魔だ!!」

 

上着を電撃で焼き払い視覚を元に戻すが真九郎がいないの確認し、背後を見る。

 

「お見通しだ小僧!!」

 

電撃を振りかざすのを避ける。視覚を潰して仕留めようと思ったがグレイも馬鹿じゃない。

 

(あの高圧電圧に触れれば一撃で感電死…絶対に触れられてはならない)

「さっさと死ね」

 

掴みかかるグレイの腕を避ける。振るう腕の速さはプロ並みだが真九郎が集中を乱さなければ全て避けられる。

やはり前回と違いグレイは油断はしていない。早くグレイを潰して沙也加を探さなければならないのだ。

 

「チッ、すばしっこいハエみたいだな」

「そうか?」

「挑発には乗ってこないか。ならば…つ!?」

 

グレイが更に電撃の高圧を上げると腕に痛みが走った。何事かと思って片手を見ると包丁が突き刺さっていた。

 

「何だと!?」

 

どこから包丁なんてものが飛んできたのか。真九郎が仕込んだ物ではない。

 

「誰だ!?」

「オレだよ。よお紅に兄さん。オレの獲物を取んなよ」

「切彦ちゃん?」

 

切彦が包丁を持って屋敷の屋根に立っていた。軽やかに屋根から飛び降りて真九郎の横に立つ。

 

「獲物って切彦ちゃんもしかして」

「そいつはオレの仕事の獲物なんだよ」

 

彼女が前々から言っていた仕事とは脱走したグレイの始末か捕縛であったのだ。その仕事に真九郎たちも一緒に混ざってしまったのだ。こんな偶然もあるもだがなんという確率だろう。

 

「まさかお前はギロチンか!?」

「よおデカブツ」

 

グレイは片手に突き刺さった包丁を抜く。状況は一変した。

自分を追う者がいるくらいは理解していたがまさか『ギロチン』が出てくるとは思わなかった。戦っても負けるつもりは無いが状況が状況なだけに不利ではある。

2対1で、しかも相手が『ギロチン』なら勝てない。それに片手は潰されたために電撃も出せない。

 

(ここは撤退しないとな)

 

無事である片手から最大の電圧を出す。触れれば切彦だってただでは済まない。だから斬られるのを覚悟して突っ込む。腕一本で切彦を殺せるのならば安い代償なものである。

 

「死ね『ギロチン』」

「死ぬのはてめーだ」

 

切彦は無慈悲に電撃を出すグレイの手首を包丁で切断した。

 

「ぐうおおおおお!?」

 

斬られた手から鮮血の血飛沫が飛び散る。身体に浴びる切彦は気にせずにグレイの胴体を斜めに斬った。

ボタボタと血が垂れていくグレイに切彦はトドメに首を落とそうした時、真九郎が彼の後頭部に容赦の無い蹴りで意識を刈り取った。

 

「おい紅の兄さん。何で邪魔すんだよ」

「邪魔する気はない…ここには直江くんたちもいるからね。やるなら彼らのいない場所で仕事をしてほしい」

 

悪宇商会の仕事を邪魔する気はない。だけどここでは仕事をしないでほしい。ここには大和たちがいるのだ。ここで殺し屋の仕事を表の人間である彼らに見せるわけにはいかない。

それに切彦と彼らは少し仲良くなってきたのだ。できれば彼らに切彦の『ギロチン』の姿は見せたくなかったのだ。

こんな考えは真九郎の馬鹿で未熟なワガママだ。切彦はなんとも微妙な顔をしている。

 

「甘いな紅の兄さんよ」

「いいよ、それでも」

「チッ…まあ仕事も始末か捕獲のどっちかだからな」

「ありがとう」

 

包丁に刃に付いた血を拭いとる。

 

「じゃあ運ぶの手伝えよ」

「分かった。でもその前にこっちもやることがあるんだ」

「何だよそれ?」

「ちょっと誘拐されたから助けに」

「あっそ」

 

真九郎は沙也加のもとへと急ぐ。だがそこではまた何とも言えない再開があるのは数分後のことである。

 




読んでくれてありがとうございました。

今回の話は百代VS鉄腕と真九郎と切彦VSサンダーボルトでした!!
結構悩みましたが、百代と鉄腕の戦いはまだ続く感じです。
百代は強すぎますけど悪宇商会の戦闘屋なら百代にダメージを与えられると思って今回のような戦闘描写になりました。そして裏を知らない百代ですが実力は規格外なので一子たちと違って戦闘屋と戦えるという設定ですね。

そしてサンダーボルト戦ですが切彦が出れば勝負は長引かず決着でした。
仕事内容もバレてかもしれませんが彼の始末か捕縛でした。
サンダーボルトも強いですが切彦の方が異様な強さなので一蹴したような感じになりました。
出番を切彦に奪われた真九郎は仕方ありません。彼女の仕事ですしね。

次回は真九郎が鉄腕と再会です。


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奪還

こんにちは。
今回の話で沙也加ルートは終了です。


116

 

 

「川神流雪達磨からの川神流星砕き!!」

 

腕に送った気を冷気に変換させ、絶対零度の如く『鉄腕』の片腕を凍らせた。流石の鋼鉄の腕も凍ってしまえば動かない。そして気を溜めた手からエネルギーが放出される。そのエネルギーは星をも砕くとも言われる威力から『星砕き』と命名された。

綾小路の屋敷から空へと一直線に放出されたが、ターゲットは『鉄腕』である。百代は渾身の気を溜めて『鉄腕』へと星砕きを放ったのだ。

 

「ぐおお…今のが『気』ってやつか。クレイジーだぜ」

 

『鉄腕』は星砕きを受けて身体中がプスプスと焦げていた。いくら改造されたの肉体でも百代の渾身の気の攻撃は十分に効いたのだ。

この威力に『鉄腕』も予想外である。こんなのが武術家とは世の中は自分が知らない間に大きく変化したようである。

気とは身体に巡る力で存在することは知っている。だがこうも目に見える程あつかえるなんて初めて見たものだ。まるでゲームや漫画のようである。

 

(まあ、ウチのボスも大概だがな)

「これで終わりだ。川神流無双正拳突き!!」

 

容赦無いの連続の正拳突きが『鉄拳』にめり込んで屋敷の壁際まで殴り飛ばされた。身体がミシミシと軋み、サングラスがパリンと割れる。

 

「姉さん!!」

「おお、大和か。今終わったぞ」

 

大和たちが百代たちのところ到着。翔一たちは傷ついた一子たちの元に駆け寄り介抱をしながら注意深く警戒するのであった。

だが、状況を見た瞬間に気が緩む。百代が敵を圧倒しているのを見れば警戒は緩んでしまうものだ。もう戦況は百代たちの勝利なのだ。それにこの後に控える切り札も残っている。

 

「だがよ。これで終わりじゃないぜ。まだ俺と同じくらいの奴は…」

「サンダーボルトはもう瀕死だ」

「ん、小僧!?」

「まさかあんたまでいるとは思わなかったぞ『鉄腕』」

 

真九郎は冷静になりながらまさかの再会をした『鉄腕』を見て、沙也加も見る。

 

「もう大丈夫だよ沙也加ちゃん」

「く、紅さん」

「まあ、見たところもう終わりのようだけどね」

 

周囲を見て完全に判断できた。勝敗は真九郎たちの勝利だ。

 

「お前までいるとはな」

「こっちのセリフだ。何でここにいるんだ」

「仕事だよ仕事…邪魔する気か?」

「条約があるから俺からは何もしない」

 

悪宇商会とは休戦状態だ。そんな状況で仕事の邪魔をしたら契約違反になってしまう。前のクローン奪還戦は異例のことではあったが。

 

「それならいい。それにこっちからもちょっかいかけるわけにはいかないしな。したらうちのボスに殺される」

「…絶奈さんか」

 

真九郎の頭に過ぎる悪宇商会の最高顧問。彼女とはもう関わりたくはないが、そんなことはできないだろう。

 

「それにしても『サンダーボルト』をやったのかよ。こっちに来てもらえば面白くなったのにな」

「そうなったら俺が相手をする。あいつは悪宇商会じゃないしな」

「最もだな」

「それにサンダーボルトはあんたんところのエースが仕事で確保したよ」

「うちのエース?」

「…ギロチン」

 

『ギロチン』という言葉を聞いて全てを察した『鉄腕』であった。

切彦ならよっぽどのことがなければヘマはしない。『鉄腕』は『サンダーボルト』の首でも切断されたかと思って合流する案を忘れた。

 

「じゃあ俺1人でやるか」

 

黒焦げの身体を動かすが真九郎は止める。

 

「何だ。仕事の邪魔をするな。契約違反だぜ」

「違う。もう護衛の仕事がキャンセルになるからだよ」

「どういうことだ」

「今から分かる」

 

真九郎は麻呂の方に顔を向ける。

 

「ば、馬鹿な麻呂の護衛たちが!?」

「さあて、一発覚悟してもらうぜ!!」

「ひいっ!?」

 

だが大和が止める。あんな奴でも教師は教師だ。こんな奴が教師なのかも疑問ものではあるが。

 

「大丈夫だ。然るべき適任がいる」

「え、誰?」

「大和、連れてきたよ!!」

 

卓也が連れてきたのは大成と麻呂の実の父親であった。

 

「麻呂おおおおおお!!」

「ひいいい、父上えええ!?」

 

子が最悪だったとしても親も同じというわけではない。逆も然りである。

 

「麻呂よ…これはどういうことだ!!」

「ひいいい!?」

 

麻呂の父親は怒髪天というのが似合うくらい怒っていた。目なんて怒りで光り輝いているようだ。

 

「どうやら私はお前のことを甘やかしすぎたようだな。こんなことをしてしまうとは親として悲しく…怒っているぞ!!」

 

麻呂の父親の怒りは極限まで達している。大事な息子がこんな犯罪を起こしていればそうだろう。悲しみもあり、怒りもある。

 

「お、お前ら父上をどうやって!?」

「話を逸らすな麻呂!!」

「ぴえぃ!?」

 

流石の麻呂も父親には逆らえないようだ。綾小路家は莫大な財力と権力があるとはいえ、家督はまだ麻呂の父親が持っている。いかに息子とはいえ、綾小路家の全てを掌握しているわけではないのだ。寧ろ全く掌握していなく、曰く七光りのような存在だ。

七光りの息子が親に逆らえるはずも無く、麻呂の父親が登場したことによって麻呂の勝敗は決した。

 

「すまない沙也加殿、大成殿、由紀江殿。私が甘かったばかりにこんな事を起こしてしまうとは…」

 

とてもすまない顔をしている。どうやら彼はまともな人格者であるようだ。これなら真九郎たちから言うことはない。

あとは被害者と加害者同士の話し合いとなるだろう。真九郎たちは決着を見守る。

 

「沙也加殿。謝っても済まされることでは無い。なんなら麻呂と私を斬ってもかまわない」

「ぴえ、父上!?」

「それほどの事をしたのだ。当たり前だ!!」

 

寧ろそれでも許されないと思っている麻呂の父親である。

沙也加は木刀を持って麻呂の前に立つ。そして振り落とした。

 

「ぴ、ひええええええええ!?」

 

木刀は麻呂に当たらずに地面に突き刺さっていた。

 

「いいです。誘拐はされましたけど別に何もされてませんでしたから。それにこんな人を斬っても何も意味はないです」

「沙也加…」

「沙也加がそう言うなら私も刀は抜きません」

 

由紀江も沙也加と同じく刀は抜かず、そして大成もまた刀を抜かなかった。

 

「沙也加が許したのなら私も何も言うことはない」

「大成殿まで…本当に申し訳ない。麻呂も詫びよ!!」

「ご、ごめん…なさい」

「聞こえぬわ馬鹿者!!」

「ご、ごめんなさいいいいいい!!」

 

麻呂の絶叫とも言える謝罪により沙也加の誘拐事件は幕を閉じた。

 

 

117

 

 

沙也加誘拐事件のその後の顛末。

まず、黛家と綾小路家で起きた事件だがお互いに落ち着くところに落ち着いたので警察沙汰になることはなかった。

本当なら警察沙汰になってもおかしくないものだが、被害者の黛家が許したことにより事件が大きくなることはなかった。

一方、加害者の綾小路麻呂だが父親の綾小路大麻呂により深く反省させるために全て任されたのだ。今頃、山にこもって俗世を忘れさせる修業をさせられていることだろう。

川神学園に帰ってきたらきっと心の綺麗な麻呂が復帰するはずだ。復帰できればの話であるが。

次に真九郎や川神ファミリーたちだが沙也加を奪還するためとはいえ、名家の綾小路家に乗り込んだ事実は消せない。何かしらあるかと思っていたが綾小路大麻呂が全て黙認。

彼らの行動は大胆であったが全て人を助けるというものだ。そもそも最初に手を出したのは麻呂だ。ならば綾小路家が何も言えないのだ。

 

「何か言われるかと思ったけど」

「そうなったらなったで、用意はしてあったけどね」

「悪いな銀子。せっかく用意させてたのに」

「構わないわよ」

 

用意とは綾小路家が言いがかりでも言い出したら問答無用で黙らせる情報のことである。その切り札を銀子に調べるように頼んでいたのだ。

彼女曰く、大麻呂の方はやはり人格者で悪い情報は出てこなかったが、麻呂に関してはいくつか出てくるとのこと。とんでもない汚職というわけではないがちらほらと『しくじり』があるらしい。

それを財力と権力で握りつぶしていたようである。これを提示されたら大麻呂は目も当てられないだろう。

 

「でも、綾小路大麻呂さんも今回で息子の行動が分かったから彼の捜索が始まると思うから…結局見つかるのは時間の問題よね」

「銀子もそう思う?」

「ええ。ところで川神さんやクリスさんたちは大丈夫? 悪宇商会と戦ってしまったんでしょ?」

「痛めつけられたみたいけどクリスさんたちは川神院の特別な治療により回復したよ」

 

川神院は武術だけでなく医学も発達しているのだ。武術で身体を鍛えてはケガすることもある。そんなこともあれば肉体に関して詳しくなるのは当然である。

 

「そっか」

 

銀子が安心した顔をしている。あまり人と関わらない彼女にしては珍しいものだ。この島津寮に住んでいるからこそ変わったのかもしれない。

それは真九郎も同じであり、久しぶりに多くの同年代と関わっているのだ。星領学園ではあまり味わえない体験だ。

 

「悪宇商会の人はどうなったの?」

「家督の大麻呂さんが全ての実権を持ってるからね。麻呂さんが依頼した仕事は全部キャンセルになったよ」

 

仕事が全てキャンセルになれば悪宇商会だって黙って引き下がる。悪宇商会では仕事以外での殺人や私闘は禁止されている。

ならば『鉄腕』だって麻呂よりも上の大麻呂が依頼をキャンセルさせられたおかげで何もできないのだ。そこはプロなので文句も言わずに切彦と悪宇商会本社に帰って行ったのだ。

切彦は切彦で『サンダーボルト』始末せずに捕獲したので然るべきところへと連れて行ったとのことだ。『サンダーボルト』がもう脱走しないよいうに『円堂』が動くかもしれない。

 

「そう。悪宇商会もただ暴れる輩じゃないってことね」

「ビジネスライクの組織だしね」

 

『ビックフッド』の時は流石にやりすぎだと思うが、あの時は異例だったのかもしれない。

今回も悪宇商会と接触するとは思わなかったが、休戦条約は破っていない。何せ依頼主がキャンセルしたのだから真九郎に非は全くもってないのだ。

 

(それにしても『鉄腕』のやつ妙なことを言っていたな)

 

鉄腕は去る時に妙なことを言っていたのだ。今回の仕事はキャンセルされたが得るものはあったらしい。彼は「良い人材が見つかった」と言っていたのだ。

その言葉の意味が分かるのは後日のことである。おかげでまた厄介なことが起こるのだが今は真九郎は分からない。

 

「…気を付けなさいよ」

「分かってるよ」

「そういえば環さんは?」

「ああ、環さんは…」

「真九郎くーん、銀子ちゃーん!!」

 

件の環がタイミングを狙ったの如く飛び込んできた。酒瓶を持って。そして銀子に抱き付いた。

 

「きゃああああああ!?」

「だから止めんか酔っ払い!!」

 

環だが綾小路家に一緒に入ったが1人で護衛たちを倒していただけである。これといっての活躍はしていなかった。しかし彼女のおかげで綾小路家の護衛を多く倒せたのは事実。

彼女のおかげで綾小路家を動けたと言っても過言では無いのだ。環はいつもサポートしてくれる。とても頼もしい人である。

 

「いいから離れてください!!」

「えー、銀子ちゃんは自分にものだって言いたいの? ってことは独占欲の男だあ!!」

「何を言ってるんですか!!」

「私にも構ってよー!!」

「うわっ酒くさ!?」

 

環はいつも通りに接してくれるから安心する。面倒くさい人だけど。

 

「あーもう。これから沙也加ちゃんと大成さんの見送りに行きますよ!!」

 

長い連休ももう終わる。ならば沙也加と大成も実家に帰るのだ。その見送りに川神の駅まで今から向かう。

酔っ払いの環を引き剥がして駅へと向かうと既にみんなが集まっていた。

 

「紅さん!!」

「ごめん。遅れちゃったかな」

「いえ、大丈夫ですよ紅さん」

 

誘拐なんて起きたのに沙也加は笑顔である。やはり彼女は家族に恵まれ、仲間にも恵まれたおかげで笑顔が守られているのだ。

彼女を助け出した時は本当に良かったと思う。悪宇商会の『鉄腕』や『サンダーボルト』が出てきた時は大変だったが今ここにいることを実感すると全て丸く収まったと思えるのだ。

 

「まさかこんなことになるとは思いませんでしたが紅さんに助けてもらってありがとうございました」

「俺だけの力じゃないよ。直江くんたちや川神先輩たちの力もある」

「ええ勿論です」

 

翔一たちがニコニコと笑いながら親指を立ててくれる。

 

「沙也加。また時間があれば遊びに来ても大丈夫ですよ」

「また来いよな!!」

「いつでも来てちょうだい。歓迎するわ!!」

「またね沙也加ちゃん」

 

1人1人が別れの挨拶を言ってくれる。また会おうと思えば会えるけれど、やっぱ別れるのは寂しいものだ。

だが人間は別れを味わう度に大人になっていくのだと思う。

 

「また会おうね沙也加ちゃん」

「はい紅さん。ところで紅さんの通う学園って何て言うんですか?」

「えっと、星領学園だよ」

「そっか星領学園かあ。よし」

「んん?」

 

何故、真九郎の通う星領学園を聞いたのか分からなかったが今は気にしなかった。これも鈍感ゆえの彼らしいものだ。

 

「また会いましょうね!!」

 

これにて黛の妹の出来事は終わりである。また彼女と再会できることを思いながら真九郎は見送ったのであった。

 

 

118

 

 

悪宇商会の本社。

『鉄腕』と切彦は仕事を終えて今回の報告をしていた。彼らの目の前にいるのはルーシー・メイ。2人の仕事の労いをしてきたのだ。

 

「お疲れさまです切彦さん、『鉄腕』さん」

 

切彦は黙ったままで、『鉄腕』は軽く返事をする。

 

「切彦さんは流石ですね。そして『鉄腕』さんは仕事がキャンセルになって残念でした」

 

仕事をしていれば依頼がキャンセルになることなんてあるだろう。悪宇商会でも依頼のキャンセルは度々あるものだ。

 

「まあ仕事も一段落しましたし、次の仕事までゆっくりしてくださいね」

 

白紙のメモ張をパラパラとめくっていく。これが彼女の特別な方法だ。これは動作の1つのようなもので、全ての情報は脳に叩き込まれている。

彼女は人事副部長で様々な人材を発掘している。今も世界中を巡って人材を確保しているのだ。そんな彼女に『鉄腕』は良い人材を見つけたと言うのだ。人事副部長としては見逃せない案件である。

 

「ほう、誰ですか?」

「有名だぜ。『武神』だよ」

「…『武神』ですか。確かに有名ですけど引き入れるのは難しそうですね」

「いや、案外引き込めると思うぜ。彼女は戦闘屋の素質があるし、戦いに飢えてる。そこ刺激すればな。そういうのは得意だろ人事副部長さん」

「なるほど、それはそれは」

 

ルーシー・メイはもう一度白紙のメモ帳をめくる。

 

「予定は空いてますね。今度訪れてみますか川神市に」

 




読んでくれてありがとうございました。

今回で沙也加ルートは終了です。切彦をもっと活躍させたかったのにあまり活躍できませんでした・・・何故だ(汗)

『鉄腕』との勝負も百代の勝ちで決まりましたね。真九郎が出張る必要はなかったです。それに休戦もありますしね。

そして最後にまた伏線が・・・すぐに回収します。
次回は前回に書いた井上準の話を書いて今回の章が終了です!!

次章は覇王様ルートかなって思ってます。そして星噛絶奈もやっと登場させます!!


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ロリコンパワー

上記のタイトルに「なんじゃこりゃ?」ですが、真相はは井上準のルートです。
まあマジ恋の番外編ですね。


119

 

 

連休ももうすぐ終わる。真九郎は今、島津寮の居間で麦茶を飲みながらゆっくりしていた。正面には銀子がパソコンでカタカタと仕事をしており、横では夕乃が雑誌を見ていた。

その雑誌は女子に流行りのものだ。内容はカップルのデートプランなどのものだ。夕乃は真九郎に「どこが良いですか。どれが良いですか。私たちにお似合いですね」なんて聞いてくるが真九郎は生返事で返答。

返答するたびに銀子の機嫌が悪くなっているが彼にはどうしようもないのだ。だからこの状況を変えたいために最近で起きた事件を話題にする。その事件はもう解決しているものだが、その後が気になったので話題として切り出した。

 

「そういえば銀子、井上くんはどうしてるかな。ウルラちゃんも?」

 

準とウルラ。この2人を中心とした事件だが、連休中に起きたものだ。真九郎はその時のことを思い出す。

連休中で準と一緒にウルラという子供と出会い、九鬼家に保護した後から物語は続きを再開する。ただの迷子だと思っていたが意外にも濃い事件だったのだ。

続きはウルラが九鬼家から脱走したと言う報告が聞いて、準が川神院に行く。そして何故か真九郎も準に服を引っ張られて連れていかれている。

何故、真九郎もなのかと聞かれると準にロリコン同士と不本意にも認められたからである。最も、真九郎もウルラと少し関わっていたので心配なのでどっちにしろついていくのだが。

 

「ウルラちゃあああああああん!?」

「井上くん待って、落ち着いて!?」

 

川神院にノンストップまで連れていかれた。銀子もヤレヤレと今回はついて来てくれた。彼女も今回は関わっていたので心配したのだ。

 

「ウルラちゃんは院では大人しいっすか?」

「寧ろ川神院が珍しいのか興味津々で見学しているぞ」

「なあユキ。俺の顔は大丈夫か。ニキビできてない?」

「んー大丈夫かな?」

「何で初デート前みたいな空気を出してるんだ」

「幼女の前に出るんだから気を遣うっしょ」

 

よくわからないが準には大切なことらしい。

 

「真九郎も確認しとけ!!」

「え、俺も!?」

 

そして巻き込まれる真九郎であった。一応、銀子に確認してもらったが「ロリコンが映っているわ」と言われて心に大ダメージ。

川神院にお邪魔すると件のウルラがピョコピョコと歩いて来た。

 

「あ、来てくれた」

「ウルラちゃん!!」

 

警察から脱走したと聞いていたが元気そうであった。なんで警察から脱走したか分からないが彼女にも理由があるのだろう。だがこんな年で警察から脱走するなんて訳ありがありすぎる。

ウルラから事情を聞いているのだが彼女はあまり話したがらない。強烈なロックでも掛かっているのもかもしれないというのが九鬼揚羽の予想だ。

だから心を比較的に開いている準を呼んだのだ。そして一緒にいた真九郎と銀子にもヘルプとしても呼ばれたのである。

 

「俺のことはお兄ちゃんで。俺は君のことをウルラちゃんって呼ぶ」

「おにい、ちゃん?」

「そうだよウルラちゃん」

「おにいちゃん」

「ウルラちゃん」

「仲がいいのはいいんだが、危なさと紙一重だな。おい井上準よ、本気になるなよ。相手はガチで子供だぞ」

 

優しく接している準なのだが彼を良く知るものは不安のようだ。

 

「で、俺も小学生だけど…どうする? 年齢差は少なくね?」

「お前は学園生だろ!!」

 

準が少しヤバイ。

目を覚ますために百代が良い一撃を繰り出す。

 

「ごふっ、いいセンスだ!!」

 

百代が準を攻撃したのが気に入らなかったのかウルラが割って入る。

子供は大人の喧嘩は気に入らないようだ。喧嘩ではなく、犯罪予備軍をとっちめているのだが。

 

「このけだるそうな感じ…弁慶ちゃんに似てるな」

「一緒にするな! ウルラちゃんはウルラちゃんだ!!」

「マジになるなよ…」

 

準と百代がコントを初めている中、揚羽が真九郎に話しかける。

 

「真九郎よ、お主がいるならこの件も安心できる。ウルラはなかなか心を開かないが井上とお主なら大丈夫だろう。頼まれてくれるか?」

「はい。任せてください揚羽さん」

「助かるぞ。それにしても九鬼家に就職しないのか?」

「あはは…揉め事処理屋を続けますので」

 

九鬼家の者に会う度にスカウトされる。真九郎を評価してスカウトしてくれるのは嬉しいが、何度も揉め事処理屋を続ける気でいるので九鬼財閥には就職しない。

 

「はっはっは。また振られてしまったな。だが九鬼財閥はお主のような人材を逃がしはしないぞ。紋もとても気に入っているしな!!」

 

紋白に気に入られているのは確かで、揚羽としては紋白専用従者に推薦したいくらいなのだ。紋白も真九郎が自分の従者になってくれるなら大歓迎と言うだろう。

その前にヒュームなどの怖い人たちに審査されるだろうけど通るだろう。なぜなら実力は知られている。それに九鬼家の全員に好かれているの本当に確かなのだ。

帝には自分に食って掛かってくる豪胆さに惚れられ、局は家族愛を理解させてくれたことを感謝され、揚羽には家族の問題を解決してくれたことを感激され、英雄には親友として気に入られ、紋白には恩人として、憧れとして好かれている。

そんな人物である真九郎がスカウトされないわけがないのだ。

 

「村上銀子殿もどうだ?」

「そうですね。前向きに検討してみます」

「お主ほどの者なら良い席を用意しようではないか。九鬼財閥の情報部門ならすぐに上へといけるだろう!!」

 

銀子が九鬼財閥に就職したらとんでもない戦力になりそうである。真九郎も銀子も未来の選択肢が広がる一方だ。それも良い道である。

 

 

120

 

 

「ただいまー」

「ここはお前の家じゃないだろ」

 

準が自分の家の如く、川神院に訪れる。

ウルラの様子を聞くと川神院の手伝いをしているとのことだ。特に問題は起きておらず、平和とのこと。まだ感情は大きく変化はしていないが元気だ。

真九郎と銀子も定期的に訪れている。3人で会話をしているが未だに確信とも言える情報は出てこない。でも急がなくていいのだ。ゆっくりと彼女には心を開いてもらおう。

 

「ウルラちゃんと一緒に外出ていいっすか?」

「ああ、いいぞ。でも目を離すなよ…って、杞憂か」

「絶対に目を離しません!!」

 

準にはいらぬ注意だろう。

今日はウルラと一緒に川神を周る。少しは楽しいのか少しだけ笑顔になってくれた。やはり子供は笑顔が一番似合うものだ。

昼過ぎ頃、川神の工場地帯に差し掛かるとウルラは「懐かしい」と言ったのだ。工場地帯が懐かしいとは珍しい。海外に住んでいたなら発展途上によくある工場地帯とかに居たのかもしれない。

この付近を周っていれば彼女からもっと何か言ってくれるかもしれない。そう思って工場地帯を歩いていると、この雰囲気にそぐわない人が現れた。

黒いスーツ姿に青髪の男性であった。彼からは一般人の感じはしない。寧ろ裏世界や軍人の雰囲気を感じたのだ。すぐさま真九郎と準は銀子とウルラの前に立つ。

 

「こんなところにいたのかウルラ。探したよ」

「うう…」

 

ウルラは怯えながら準の服を掴んでいた。

 

「私はウルラの親だ。保護してくれてありがとう。では帰ろうかウルラ」

 

彼はまるで心の籠ってない感じで言葉を発するがウルラは中々動こうとしない。これにはすぐにおかしいと真九郎だって気付く。

準も銀子もこれにはおかしいっと気付くのは当たり前である。親というなら何でウルラはこんなにおびえているのだろうか。

 

「あんた…本当にウルラちゃんの親っすか?」

「ああそうだよ。なあウルラ?」

 

細目からギロリとウルラを見るとビクリとしてしまった後、おずおずと彼に歩いていく。その足取りは見て分かるように親と再開して向かう姿ではない。

ここで準と真九郎が止める。

 

「何かな?」

「あんた本当にウルラちゃんの親っすか。なら何でこんなにウルラちゃんは怯えてるんすか?」

 

真九郎も準も彼がウルラの親だとは微塵も思ってない。何故なら親だというのに子に殺気をかける親はいるはずもない。

 

「五月蠅いな。無関係なヤツは黙っていろ!!」

 

彼の拳が準に当たる前に真九郎が防ぐ。拳の重みからやはり素人ではなく、軍人か戦闘屋と予測してしまう。

 

「ほう。私の拳を防ぐとは学生のくせになかなかやるな」

「大丈夫か紅!?」

「俺は大丈夫だ。まずはウルラちゃんを取り戻そう」

「ああ」

「学生如きが俺を倒せるとでも。このダエモン…っ!?」

 

真九郎と準のダブルパンチで吹き飛ぶダエモン。その隙にウルラを取り戻して銀子に預ける。

 

「銀子、ウルラちゃんを頼む!!」

「分かったわ。ウルラちゃんこっちに来て」

「お兄ちゃん…」

「俺は大丈夫だよウルラちゃん」

 

準はウルラちゃんを安心させるために精一杯の笑顔を向けた。そして銀子とウルラは工場の物陰へと隠れて真九郎たちを見守る。

 

「こ、このガキ如きがあ…このダエモン様に傷をつけるとは許せん。3秒で倒してやる!!」

「できるものならやってみろ!!」

「はああ!!」

 

ダエモンの攻撃が連続で繰り出されるが真九郎が全て防ぎ、準がその隙に拳を連打。

 

「むう、こいつら!?」

 

ダエモンは2人の学生の攻撃に厄介と判断する。準の方はダエモンにとって勝てない相手ではないが中々の実力だ。しかしもう1人の真九郎という男は学生にしては強い。

戦い方がまるで裏に通じるものがあるのだ。準の攻撃は怒りを込めて攻撃してくるが真九郎は的確に急所を狙ってくるのだ。

 

(この男、やるな!?)

「井上くん、今だ!!」

「おう任せろやー!!」

 

準の強烈な拳がダエモンの顔面に襲撃したが片手で止められる。

 

「調子に乗るなよガキどもがあ!!」

 

2人の攻撃を無理矢理にでも押し返すように怒涛の攻撃を繰り出してきた。やはりダエモンはアマチュアではなくプロだろう。

 

「まさかガキどもに少し本気を出すとはな。しかし援軍も来た…袋叩きだ」

 

チラリと周囲を見ると武装した集団が囲っていた。集団を見てダエモンは完全に軍人関係だと予想をつけた。アルラを保護してから彼女には何かあるかと思っていたが根は深いらしい。

普通は子供が軍人に関係あるなんて良いものではないはずだ。

 

「結構多いな…いけるか紅?」

「やるしかないだろう」

 

最悪の場合は逃走も頭に入れる。ならばせめて銀子とアルラの逃走経路だけでも確保しなければならない。まずは後ろにいる彼女たちに向かわせないように相手を潰すしかないだろう。

こうも軍人関係者が多いなら留学時に隠し持ってきた拳銃でも持って来ればと思った。

 

(相手は拳銃も持っているはず。最悪みんなを守るために身体を張るしかなさそうだ)

 

静かにみんなの前に立った時に新たな声が聞こえてきた。

 

「ここにいましたかダエモン!!」

「悪を成敗するために正義推参!!」

 

クリスとマルギッテが来てくれたのだ。更に由紀江や小雪、揚羽までも応援に来てくれた。クリス曰く川神では強い者が集まるとより集まるらしい。

だがおかげで助かったものだ。これだけの実力者がいれば戦力的にも十分だろう。だが強くても相手は軍人、こちらは学生だ。これだけでも異様である。

 

「ダエモン。最近海外で子供を攫い、特別な兵士に育て上げては様々な軍に売るという闇の者だ」

 

マルギッテの説明で全てウルラのことを理解した。彼女はダエモンから隙をついて逃げ出してきたのだろう。そんな場所だからこそ彼女は頑なに「家はない」や「帰りたくない」と言っていたのだろう。

準はその事実を聞いてワナワナと怒りで震える。

 

「ゆ、許せねえ…こんな幼女を攫って、戦場に送るなんて!!」

 

まだ幼い子供を無理矢理に兵士に育てるのは確かに許せない。自分から兵士になるというのなら何も文句は無いが、何も分からない子供を兵士にするのは駄目だ。

もしかしたらその子は違う道を選ぶかもしれないのに、親から切り離され、戦うために育てられる。子供は兵器では無いのだ。準の気持ちは理解できる。

 

「やれお前たち!!」

「絶対にぶっ飛ばしてやる!!」

 

工場地帯での戦いが始まる。拳や刀が飛び交うが優勢なのは真九郎たちであった。

相手もプロなのだが揚羽やマルギッテも軍事関係の者だ。そして質も圧倒的に違う。並みいる武装集団はすぐさまに倒される。

 

「く、なかなかやるな。ならばこれはどうだ!!」

 

ダエモンは切り札を使う。すると彼は全身が赤い西洋の鎧で包まれた。それは特別な全身装甲で力を最大限までに上昇させる。

 

「ふん。7秒で倒してやろう」

「かかってきなさい!!」

 

ダエモンの赤い剣とマルギッテのトンファーが何度も交差する。

 

「ほう、なかなか硬いトンファーだな。しかし次で砕いてやろう」

(こちらこそもう奴の動きは読めた。次で装甲の弱い部分を叩く)

「ここからお任せください」

「え、ちょっ」

 

由紀江が刀を抜いてダエモンの前に立って剣気を出す。

 

「く、こいつは10秒かかりそうだ」

「いえ、1秒で十分です」

 

キラリと刃が光ったと思えば全身装甲の弱い部分を一閃していた。まさに一瞬の攻撃でダエモンも驚いていた。

『聖剣』の娘とはいえ、まだ学生だ。そんな学生の攻撃がダエモンが見えなかったのだ。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

全身装甲がバチバチと迸った後、爆発した。

 

「爆発した!?」

 

モクモクと爆炎が辺りを充満するが揚羽が気で纏った腕でいっきに払った。

 

「…真九郎と井上がいない?」

「あれ…確かにいないな」

 

真九郎と準はダエモンの逃走を見逃さなかったのだ。爆発で逃げた彼をすぐさま工場内まで追いかけた。

 

「く、このガキどもめ…追いかけてくるとは!?」

「逃がすつもりは無いぜ!!」

「ここで捕まえる。これ以上子供の誘拐はさせない」

「チッ…だがガキどもだけならならここで殺してやる!!」

「そうはさせるかー、準は守る!!」

 

小雪の強烈な蹴り技がダエモンを捉え、不意打ちだったため勢いよく蹴り飛ばされた。

 

「おのれコケにしよってからに!!」

 

懐から拳銃を取り出して小雪に向ける。

 

「ユキ!?」

「させるか!!」

 

真九郎は近くにあったパイプを的確に拳銃の持った手に投げつける。正確に命中して拳銃はあらぬ方向へと飛んでいく。

せっかくの拳銃が無くなり、舌打ちをするダエモン。拳銃で恐れるかと思えば見事な機転で封じられて気に食わないのだ。

 

「すう…はあ」

 

ダエモンは深呼吸をして一旦自分を落ち着かせる。

 

「ここで怒りに狂ってしまえば駄目だ…冷静になれ」

 

ダエモンは落ち着く。ここで冷静になるのはやはりプロだろう。

 

「たかがガキだと思っていたがここまでやるとはな。ならばオレも油断せずに本気と行こう。時間も無いから速攻で決めさせてもらうぞ!!」

 

ダエモンは上着を脱ぎ棄てて構える。肉体を膨張させて筋力を極限まで上昇させた。肉体から滲み出る威圧感は目に見えて分かってしまう。

 

「はああああ…来いガキども!!」

「同時に仕掛けるぞユキ、紅!!」

 

準たちは同時に仕掛ける。

 

「ふん!!」

 

3人同時の攻撃は確かに入ったが膨張した筋肉によって届かない。

 

「やはりお前の攻撃が一番だな小僧!!」

「くっ!?」

 

今度はダエモンの攻撃が真九郎へとめり込む。彼の一撃は最初に闘った時よりも重くなっていた。彼の筋肉量は嘘ではない。

重い突きが連続で放たれるが全て防いでいく。真九郎に肉体だって頑丈だ。如何に相手の攻撃が重くても耐えられる。

彼の頑丈さは「どういうことだ?」と思ってしまう。まるで鋼を殴っているようだというのが感想である。ダエモンの本気は相手を完全に叩き潰せるほどの筋力を出せる。しかし、真九郎を何度も攻撃しても潰れないのだ。

 

「頑丈だな。何か特別な鍛え方でもしてるのか?」

「まあな。俺を壊したかったら完全に動けなくなるまで破壊するんだな」

「どうやってそこまで肉体を改造したか教えてもらいたいものだ」

 

拳と拳が合わさる。

 

「オレを無視すんなよな!!」

「ボクもね!!」

 

左右から準と小雪が同時に仕掛ける。渾身の突きと蹴りを両腕で防ぐとミシミシと軋む。2人の攻撃もどんどん強くなる。戦う度に彼らの気のボルテージが上昇しているのだ。

 

「今だ紅!!」

 

2人が左右から攻撃したおかげで正面に居た真九郎は攻撃に転じることができる。

 

「しまった!?」

 

鍛えられた肉体に拳が中々届かないなら鍛えにくい箇所を狙えばいいだけである。手刀で喉を潰し、怯んだところを隙をついて耳に小指を無理矢理にねじ込み鼓膜を破壊。

 

「ぶおおおあああ!?」

「決めてやる。ウルラちゃんを怖がらせた怒りの鉄拳!!」

 

準の打撃に真九郎の拳も乗せる。2人の鉄拳がダエモンの顔面を打ち抜いた。打ち抜いた時、彼らの勝利が決定したのであった。

 

 

121

 

 

真九郎の回想が終わり、目線を銀子に戻す。

 

「あの後ダエモンは九鬼家の従者部隊に捕獲され、連行されたわ。で、調べて分かったことだけど同時刻に柔沢紅香がダエモンが所属している組織を潰していたみたいよ」

「え、本当!?」

「本当よ」

「あの人らしいですね」

 

夕乃もため息をつきながら信じたようだ。この情報には「流石は紅香さんだ」としか言えない。まさか同時刻で同じ組織の敵と戦っていたのだから。

しかも紅香は敵の本隊を潰していたのだから功績が違う。揉め事処理屋の師匠としてますます尊敬してしまう。

 

「ウルラちゃんだけど親が見つかって故郷にちゃんと帰れたみたいよ」

「そっか」

 

ウルラの本当の親が見つかって故郷に帰れた。彼女は親と再会して優しく愛されているとのこと。家族に愛されるのは良いことだ。

これからウルラは愛されながら成長していくだろう。彼女が故郷に帰る前に見せた笑顔は本物だった。

 

「井上くんはどうしてる?」

「ウルラちゃんに再会するためにバイトしてお金を溜めてるそうよ」

「そうなんだ。井上くんなら必ず再開するね」

「でしょうね」

 

件の準だが実際に数か月後にウルラに再開したのだが、それはまた別の物語である。

 

「ウルラちゃん!!」

「あ、お兄ちゃん!!」

 

準に再開したウルラは向日葵のような笑顔だったという。

 

 

122

 

 

川神駅に冥理や千鶴、環に闇絵たちが揃っていた。連休が終わるから彼女たちも帰るのだ。

ややこしくも嬉しい訪問であった。彼女たちが帰るのは寂しいもので、千鶴なんて寂しいのか真九郎に抱き付いたままである。

 

「ほら、千鶴。行くわよ」

「うう、お兄ちゃん」

「千鶴。気持ちは分かるけど帰らないとダメよ」

 

夕乃が優しく諭す。本当は千鶴の我儘を聞いてあげたいけど、こればかりはできない。千鶴にだって学校があるのだ。

 

「私も寂しいよー」

「はいはい」

「対応が冷たい!?」

 

環と闇絵は来ようと思えばいつでも来れる。しかも暇さえあればいつでもだ。しかし冥理たちは難しいだろう。訪れるとしたら休みの日だけだ。

 

「ちーちゃん。また休みの日においで」

「…うん」

 

実際にすぐにまた休みの日に来るのだが、これも別の物語である。

 

「じゃあまたね夕乃、真九郎くん」

「はいお母さん」

「またねー真九郎くん。また来るよー」

「少年。これから先、また違う再会があるぞ」

 

闇絵がまたアドバイスを言ってくれる。「また再会とは?」と聞くが「それは自分で確かめろ」と言われてしまう。

沙也加の奪還時には『鉄腕』や『サンダーボルト』と再会した。そんな再開なら願い下げなのだが。

 

「ではまた」

 




読んでくれてありがとうございました。
今回の話で今の章は終了です。次回から新章に突入します。

次回は覇王ルートを考えています。原作よりもまたオリジナルになると思います。
何せ星噛絶奈の登場も考えてますからね。

で、最後に書きましたが環さんたちも帰ります。でもあまり活躍させてやれなかったから、また何処かで再登場させるつもりですね。


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裏への誘い
九鬼家に訪問


今回からついに新章です。
実は覇王ルートか心ルートかって急に迷ったんですが、やっぱ覇王ルートにしました。
そして今回からは星噛絶奈も登場させていきます!!


123

 

 

紅真九郎の目の前に広がるのは九鬼財閥の極東支部である。ここには九鬼英雄や九鬼紋白などの九鬼家が住んでいる本部と言ってもいい場所である。

さて、何故に真九郎が九鬼財閥の極東支部に訪れているかと聞かれれば遊びに来たとしか言えない。実は紋白や義経たちから今度遊びに来いと言われていたので期を見て訪れたのだ。

せっかく遊びに来たのはいいのだが、まずは身体検査を2人のメイドにさせられていた。金髪ロックンロールメイドに黒髪美人の面白くも無いギャグメイド。ステイシーに李である。

 

「すいませんね。これも仕事ですので」

「ほー、なかなか鍛えてんじゃねえか」

 

親しい中に礼儀有りと言うやつかどうか分からないが、九鬼財閥は世界の九鬼と言われているから狙う者もいるのだろう。だから九鬼家から気に入られている真九郎でも確認をするのだ。

親しい人に化けて近づいてくる輩もいるものだ。裏世界には変装の達人だっているから当たりまえの警戒だろう。

 

(そういえばルーシーさんが言っていた『千変妖怪』って変装の達人なのかな?)

 

裏世界の上位十傑に入ると言われている『千変妖怪』。名前からして変装や化ける能力が持っていそうなイメージだ。

 

「よっしOKだ。通れオーガボーイ」

「オーガボーイって…」

「だって鬼じゃん」

「…鬼か」

 

そういえばステイシーは古書争奪戦で真九郎の崩月の角の開放を見ていたはずだ。そのイメージから付けられたニックネームかもしれない。

だけど会う度に『オーガボーイ』と呼ばれるのは勘弁してもらいたいし、名前負けしてしまう。

 

「そんな貴方に私から渾身のギャグを…」

「あ、大丈夫です」

「そ、そうですか…」

 

李が悲しそうな顔をしたのでやっぱり聞くことにした真九郎。結局聞いたギャグだがあまり面白くは無かった。

 

(何が面白いんだろう?)

(これは良い手応えだと自負します!!)

(ねーよ)

 

2人のメイドから審査を通り、九鬼財閥の極東支部に入る。で、いきなり最強と言われている従者部隊序列零位のヒュームが瞬時で現れた。

 

「こんにちは。お邪魔しますヒュームさん」

「挨拶は良いことだ上等な赤子よ。お前が紋様や義経たちの友人として訪れることは知っている。だが、余計なことはするなよ」

「しません」

 

ヒュームの威圧的な忠告に即答するしかない。真九郎はヒュームが苦手だ。なんせ彼の威圧的態度は中々慣れないのだ。

彼がこういう性格とは知っているがどうしようもない。最も紅香なら気にもしないで、逆に飄々な態度で接するのだが。

 

「ふん、最近はお前の評判を聞くぞ。揉め事処理屋として仕事をいくつかこなしているそうだな」

「はい。川神学園の学生から依頼をもらってます」

 

真九郎の評価が川神学園で少しずつ評価されてから揉め事処理屋の仕事も少しずつ依頼されるようになったのだ。

学生からの依頼なのでどれも簡単なもので楽勝だが、依頼は依頼で正確にこなしているのだ。

 

「だが、貴様にとっては生ぬるいんじゃないか?」

「生ぬるい?」

「裏世界に浸かった奴が表世界の仕事は生ぬるいと言ったのだ」

「…そんなことありませんよ。裏も表も関係無く仕事は大変です」

 

仕事で辛いや楽という部類はある。でも真九郎にとって仕事は全て大変で、選り好みはしていられない。

紅香ならきっと仕事が選べるだろうけど真九郎は選べない。仕事が選べる紅香は本当に凄いと何度も尊敬してしまうものだ。

 

「あいつはある意味特別だ」

 

ヒュームは紅香の顔を思い出したのか、苦い顔をした。真九郎はヒュームが苦手だが逆にヒュームは紅香が苦手なのだ。真九郎はヒュームが何故、紅香が苦手なのかは知らない。

ここで苦手の理由を伝えるならば、彼女はヒュームよりも自信家であるからという点だろう。ヒュームは自分よりの自信家を帝以外見たことが無い。しかも彼女はやることなすことが全て完璧にしているので文句も言えないのだ。

世の中には何でもこなす人間がおり、まるで選ばれた人間のようにだ。そういう人間が九鬼帝だったり、柔沢紅香だったりするのである。

 

「あいつとは今度会ったら借りを返さないとな」

(借りって何だろう?)

 

聞いたところで分からないだろうし、案外どうしようもない借りかもしれない。でも自信家同士にとっては大事なことかもしれない。

 

「いえ、しょーもないことですよ真九郎様」

「クラウディオさんこんにちは」

「こんにちは真九郎様。今日がご訪問の日だと存じております」

 

従者部隊序列第3位のクラウディオ。優雅に物腰優しい初老執事が現れた。彼こそがまさしく執事といったイメージが似合うだろう。

ヒュームは苦手だが真九郎は逆にクラウディオのことはとても話やすくて好感が持てる。威圧感をヒシヒシと放ってくる執事よりも優しい執事の方が良いに決まっているのだ。

 

「しょうもないこととは?」

「ただの子供の喧嘩みたいなものです」

「おいクラウディオ、子供の喧嘩って」

「そうでしょうが…単純に仕事で紅香様に良い所を取られただけなんですから」

「ああ…」

 

全てを察した。紅香ならヒュームから良いとこ取りをするのがイメージできる。普通なら『最強の男』と言われているヒュームから一本取るのは鉄心くらいかと思われるが紅香も一本取れそうなのだから恐ろしい。

真九郎の勝手な想像だが、彼にとって紅香は本当に何でもできるような人物なのだ。

 

「ま、ここで年寄りの相手をしなくてもいいですから真九郎様は紋様たちのところへ」

「はい。失礼します」

 

真九郎はそそくさとその場から離れた。

 

「全く…若者をいじめるのはよしなさい」

「苛めてはいない。ただ同じ学園生として会話をしていただけだ」

「の割には気をヒシヒシと放ってましたよ」

「ふん、あの程度は耐えてもらわねば困る。いつかは従者部隊にはいるやもしれんのだからな」

 

ヒュームが凶悪なニヤリ顔をしてクラウディオはため息。まだ彼が九鬼財閥に就職するとは決まっていないのに既に鍛える気がマンマンである。

真九郎は知らないだろうが実は案外気に入られているのだ。彼は弱く、精神面では波があるが覚醒した時の豪胆さに目を付けられたと言ってもいい。今時の若者にしては根性があるというところだろう。

 

「奴ほどの人材はそうそういない」

「高評価ですね真九郎様は」

「あいつは脆い原石だ。磨けば砕けるか、輝きが増すかのどちらかだ。ならば輝きを増したいだろう」

 

 

124

 

 

真九郎は案内されると紋白が突っ込んできた。いきなりの行動だが優しく包むように受け止める。この行動は紫と同じだなっと思って口元がほころぶ。

 

「よくきた真九郎!!」

「真九郎くん。こっちだ」

 

義経たちも顔を出してきて、弁慶や与一に清楚だっている。クローン組の全員集合である。そのまま案外されるがまま義経の部屋に入るのであった。

 

「え、義経の部屋なのか?」

「そうだよ~。主の部屋が一番」

「うう…初めて男の人を部屋にあがらせるなあ」

 

与一も男性なのだが、彼はカウントされていないらしい。幼い時からずっと一緒にいれば男性という括りではなくて心の許した家族という括りなのだろう。

さて、部屋に入ってチラリと部屋を見ると質素な内装というのが感想だ。だからといってどうこう思わないし、五月雨荘の真九郎の部屋の方がもっと質素である。

 

「殺風景な部屋だけどゆったりしていってくれ真九郎くん」

「お邪魔します」

 

既にクラウディオにでも用意されてたのか、クッキーや紅茶がある。見て分かるように高そうなクッキーに紅茶だ。味の違いが分かるかどうか。

弁慶は川神水とツマミが欲しいらしいが酔うと困るので義経が止めている。なので弁慶は真九郎にツマミをご所望していた。作るのは構わないが今回はお客という立場なので清楚から優しく止められていた。

 

「俺は構いませんけどね」

「駄目だよ真九郎くん。今日はお客様なんだから」

「清楚先輩の言う通りだ。真九郎くんはゆったりな」

 

清楚と義経から座っているように2人から肩を押されて座らされた。そして横にいる与一から「座ってな」と言われる。

 

「異能者はあまり目立たないことだ。静かにするのが一番だぜ」

与一がまだ中二病をこじらせている。クローン奪還事件を際に彼とは本当に距離が縮んだと思われる。最も距離を詰めてきたのは与一の方で、真九郎の異能さに興味を持たれたからだろう。

それに死闘を潜り抜けた関係でより仲というか絆は硬い。当然の仲間の距離感だろう。

 

「ところ真九郎…また悪宇商会と戦ったらしいな」

「…どこで知ってるのさ」

 

由紀江の妹が川神に訪れていた時に起きた沙也加誘拐事件で真九郎は悪宇商会の『鉄腕』ダニエル・ブランチャードと再会した。しかし戦ってはいない。戦ったのは真九郎ではなく百代たちなのだ。

その事件はごく一部の者しか知らないはずである。なのに与一は知っていたとなると九鬼従者部隊の誰かから密かに聞いたのかもしれない。

 

「俺は戦っていない。戦ったのは川神先輩だよ」

「川神先輩か。まあ、武神なら悪宇商会の奴らと戦えそうだな」

「実際に戦えてたよ。それに勝った」

 

百代は『鉄腕』確かに勝った。裏の者が表の者が、武神という肩書があるが学生が戦闘屋に勝ったのだ。彼女の強さはやはり異常なのだろう。

 

「川神先輩は大丈夫か?」

「大丈夫ってのは?」

「…彼女は戦闘狂だ。表でしか戦ってきていない者が裏の者に勝った味を覚えたら収集がつかなくなるかもしれん」

「まさか」

「戦闘狂は戦いに飢えている。なら強い奴と戦い続けるぞ。その相手は表も裏も関係無く、強さが全てで計られる」

 

与一の言葉に納得してしまいそうになる。戦闘狂は戦いが全てであるかもしれない。戦闘狂として極まるとただ戦いだけになってしまう存在だ。

もし、百代が戦闘狂として近づいているなら表の者と戦うのがつまらなくなり、裏の世界に手を出すかもしれないのだ。与一はその危険性を危惧していたのである。

はっきり言って与一の危惧は大いに可能性としてあるだろう。真九郎は百代の戦闘欲求に対して考えてみると時折、彼女から決闘を申し込まれているし、夕乃も彼女からアプローチされている。

確かに百代からは戦闘狂の一端は滲み出しているかもしれない。何故、彼女が戦闘狂になっていっているのかは分からないが、そうなっているのは彼女の環境と心の問題だ。

 

「今の川神先輩は心に付け入る隙がある。彼女が闇に堕ちないか心配だな」

「…そうだね」

「モモちゃんは大丈夫だよ。だって強いからね」

「葉桜先輩?」

 

百代の危惧を話していたら清楚から「大丈夫」だと言われた。彼女にも大切なものがあるから闇に堕ちたりはしないという論だ。

風間ファミリーのみんなが百代の戦闘欲を抑えていると言っても過言では無い。彼らがいるからこそ彼女は平穏でいられるのである。

 

「確かにモモちゃんは危なっかしいところはあるけど、友達思いは本物。だから大丈夫だよ」

「…葉桜先輩それは甘いぞ。人間は裏の世界を知ると変わる。それがなまじ強者だと味を占めて手が付けられなくなる」

「大丈夫だと思うけどなあ」

「おい与一。お前も主の手伝いをしろ」

「ちょっ、姉御!?」

 

弁慶が与一の首根っこを掴んで義経の手伝いを無理矢理させてやっている。彼女たちの力関係も相変わらずのようである。

悪宇商会で百代の危惧の話になんてなったが、清楚の言う通り大丈夫だろう。彼女が闇に堕ちることなんてないはずだ。そう思いたい。

 

「さあ早速遊ぶぞ真九郎!!」

「うん紋白ちゃん」

 

何をして遊ぼうかという話になって、何故か脱衣麻雀をやる羽目になった。これはおかしいと思いつつ、義経を仲間にして弁慶に抗議したがいつの間にか卓の席に座っていたのだ。

そして脱衣麻雀が開始されていた。これには「あれ?」と思うが始まったものは仕方がない。脱衣麻雀をやるしかなかった。

 

「ここでリーチだ」

「それロン」

「うわああ!?」

 

負けたのは義経であられもない姿になったそうな。真九郎は紳士なので背を向けていたそうだ。

 

「ところで真九郎よ、九鬼財閥に就職すると心変わりはしたか?」

「してないよ紋白ちゃん」

「え、真九郎くんは九鬼財閥に就職するのか?」

「しないかな」

「そうなのか。真九郎くんが九鬼財閥に就職したらいつでも会えるのだけどな」

「え?」

「いやいや何でもないよ真九郎くん!?」

「むう、真九郎が九鬼財閥に就職したら私の従者にもなってほしいのだが…」

 

紋白は最近自分の専用従者に考えていた。それは揚羽や英雄の専用従者である小十郎やあずみの絆を見て羨ましいと思ったからである。

そこで自分と絆を深められる者は誰かと思えば真九郎が思い浮かんだのである。彼が良い、彼じゃないといけない気がする、彼こそが自分と絆が深められる者だと思うのだ。

 

(真九郎が良いなあ)

「真九郎~つまみを作って」

「良いですよ」

「だから真九郎くんはお客様だからダメだぞ弁慶」

「えーいいじゃん」

 

川神水でいつの間にか場酔いしているのかコロンと弁慶が真九郎の膝の上に寝転がる。環とは違うので弁慶の絡み酒は可愛いものだ。

酔っ払いの対処は完璧でどうすればいいかは身に染みている。だから素早く弁慶を抱える。

 

「うえ、し、真九郎?」

 

急に抱きかかえられてしまって弁慶は酔っているのと照れてしまったので頬が赤くなる。

軽々と抱えられてしまって彼の力強さを直に感じてしまい、ついドキマギ。まさか自分が男性に抱きかかえられるなんて初めてであるからだ。

 

「すいません。弁慶さんの布団はどこですか?」

「え、真九郎それって…意外に大胆?」

「なに環さんみたいなことを言ってるんですか」

 

酔っ払いの対処方法その1。布団に入れて寝かせるべし。これで大体は解決できる。

 

「扱いなれてるな」

「酔っ払いの相手は慣れてるからね与一くん」

「やるなあ真九郎くん。義経はいつも弁慶に負けちゃうのに」

「なら酔っ払いの扱い方を教えようか?」

「頼むよ真九朗くん!!」

「ちょっと真九郎~」

「なら弁慶さんは川神水を控えることだね」

「ちぇー」

「次は人生ゲームで遊ぼう!!」

 

真九郎は久しぶりに友人たちとの遊びを満喫していく。

 

 

125

 

 

川神百代は心がざわついているの確かに感じていた。このざわめきは誰にも教えていなく、風間ファミリーにも鉄心にも教えていない。

このざわめきは沙也加誘拐事件の時に戦った『鉄腕』から起きたものである。

 

(確かあいつは裏の者で、悪宇商会ってのに所属してるって言ってたな)

 

彼女は『鉄腕』ことを思い返す。あの時は仲間を傷つけられて怒りに怒った。だが彼女は『鉄腕』と戦ったあの感覚が忘れられないのだ。

あのピリピリとした感じ、本当に戦っているという実感、敵をぶちのめした達成感。まさにあの感覚こそが強者と戦って勝ったというのがやっと得られた気がしたのだ。

彼女は自分の天才さと実力で充分な戦いができない。自分と十分に戦ってくれる相手の候補がいるがなかなか戦えないのも戦闘欲求が溜まるストレスにもなっていた。そんな時に自分と本気で戦った相手が現れ、倒したのだ。

相手が表の人間ではなくて裏の人間だけど充分に戦えたのが彼女の心を満たしてしまったのである。それがいけなかった。

 

(裏の人間とならもっと死闘ができるのかもしれない)

 

もう表の人間では戦える者が限られてくる。しかし裏の人間なら自分の知らない強者がまだまだいるかもしれないのだ。

もっと戦える、もっと死闘をしてみたい、この溢れる戦闘欲求を満たしたい。彼女はどんどんと余計で本能に忠実な考えをしてしまっている。

 

(くっ、何を考えてるんだ私は!?)

 

自分でもおかしな事を考えていると理解はしている。百代だって馬鹿じゃないのだ。戦いに飢えているからといって領域外に手を出すのは間違っている。

彼女が裏世界に手を出したらどうなるかと考えてみると風間ファミリー、親愛なる妹、祖父にも取り返しのつかない迷惑をかけてしまうのではないだろうか。

 

(もう考えるな。裏世界は私には関係ない…関係ないんだ)

 

本能は欲望に忠実だが、彼女の理性が何とか納めている。何度も自分は馬鹿なことを考えていると思い返すことで理性をできるだけ強めるしかない。

百代は精神面が未熟だと鉄心やヒュームからも前々から思われているが今は更に心に隙が出来てしまっている。だが、彼女がこのざわめきを乗り越えた時は更に強くなるはずだ。

乗り越えるべき壁は複雑で高いが最終的には彼女の問題だ。自分でどうにかするしかない。そう、結局自分でどうにかするしかないのだ。

 

(もう忘れろ…大和でも弄って気をまぎわらすしかないなー)

 

今は心のざわめきを消す。その為には大和や清楚、夕乃と遊ぼうかと考えるしかなかった。取りあえず清楚と夕乃を両手に花状態にしてみたい。

 

(それにしても悪宇商会か…どんな組織なんだろうか?)

 

 

126

 

 

悪宇商会本社のある一室にて2人の女性が会話をしている。1人は静かにコーヒーを飲むルーシー・メイ。もう1人は酒ビンをを片手に良い感じに酔っている星噛絶奈だ。

 

「出張ですか?」

「そうよ」

「どうしてまた••••••」

「本家から個人的に仕事を頼まれちゃってねー。そっちを優先したいの」

 

星噛本家からの仕事とは人工臓器の回収。あるオークションに出品するらしいのだ。何処のどいつが出品させたかは知らないが、問題なのはその人工臓器が旧式だと言うこと。

星噛は常に最先端の技術で人工臓器を造り出している。その価値は同等の重さの宝石と取引されるほどだ。

 

「でも旧式の物を出品されて、悪い噂でも流れたら本家としては嫌みたいなのよ。だから私が回収するわけ」

「そういうことですか」

「そうなのよねー」

 

グビリとアルコール度数の高い酒を飲む。面倒な仕事だが星噛本家からの依頼なら断ることはできない。絶奈自身も断るつもりは無い。

 

「どこに出張するんですか?」

「川神市よ」

「川神ですか。たしか武術が盛んなところですよね」

 

人事部の副部長として川神市は人材の宝庫として目をつけている場所。特に武神と呼ばれる百代には注目しているのだ。

彼女は心が未熟だが、戦闘屋としての才能がある。とても良い人材だ。

 

「私もあそこは人材の宝庫だと思っているわ。ついでに有能な人材がいないか見てくるわよ。今回は下見だしね」

「お願いします。特に武神である川神百代について見てきてください。彼女はとても良い人材ですから」

「いいわよ」

「武神はとても規格外と聞きますからね。スカウトできれば即戦力ですよ」

 

噂で聞くと空を飛べたり、ビームを撃てたりと信じられないことばかりだ。しかし、目の前にいる絶奈も規格外なので絶対にありえないなんてことは無い。

そもそも裏十三家が信じられない規格外なのだ。

 

「私も近々訪れてみましょうかね川神に」

 

パラパラと白紙の手帳を見るルーシー。

人事部の副部長としてやはり自分の目で見てみたいのもある。そしてスカウトしたい。

 

「とても強いと聞きますが、どう思いますか?」

「まあ、私と普通に戦えるんじゃない? 負ける気はないけど」

 

絶奈と百代も規格外だが1つだけ決定的に差がある。それは殺しの経験があるかどうか。経験があるか無いかで戦いの流れは変化するものだ。

第3者として考えてみよう。どちらも規格外だが、戦いを楽しむ者と殺しにくる者を比べたらどちらが軍配あるかなんて後者に決まっている。

 

「貴女は最強ですからね」

「でも去年の一件でもう最強とは言われないわよ」

「ああ、紅さんのことですか」

「そうそう。紅くんのおかげでね」

 

ルーシーは去年の真九郎対絶奈の死闘を思い出す。お互い血だらけになり、自力で立てなくなるほどの戦いだったのだ。結果は引き分けだったが、未熟な揉め事処理屋が悪宇商会の最高顧問と引き分けにしたのはある意味勝利したようなものである。

当の本人は勝利したとは微塵も思っていない。寧ろよく引き分けまでにしたものだと、後に思ったほどだ。

 

「歪空魅空との強襲も大変でしたね」

 

悪宇商会の本社にたった3人で強襲したのは流石テロリスト家系としか言えない。しかも堂々と正面から来たのだから大胆すぎる。

 

「でも紅くんが歪空を倒したから私としては満足ね」

 

『星噛』と『歪空』は犬猿の仲。なぜなら人工物により不死に近づく性質ゆえ、生まれながらに不死に近い歪空とは犬猿の仲なのだ。

 

「歪空に敗北を与えられて良い気分よ」

 

歪空に黒星を張り付けたことを思い出して良い気分になる。

 

「そうですか。それにしても裏十三家が絡む事件になると必ず紅さんがいますよね。歪空も最初は紅さんのお見合いから始まりましたし」

「そうねー」

「ふと思ったのですが、裏十三家同士は相性が良いなんて聞きますがどうなんですか?」

「その噂は正解よ。詳しくは知らないけどね。異能者同士だからじゃない?」

 

酒をグビリと飲みながら適当に答える。

 

「じゃあ紅さんのように角を組み込まれたような人はどうですか?」

「相性が良いんじゃない。私は紅くんのこと素敵だと思ってるし」

「ほお••••••」

 

これは珍しい評価だと思うルーシー。去年のキリングフロアでの一件で、本音としては敵かと予想していたからだ。

 

「では好きだと?」

「ええ、好きよ」

 

これは更に驚きだ。最高顧問から気に入られているから。

ルーシーも真九郎のことはある意味気に入っている。できれば悪宇商会まだスカウトしたいくらいだからだ。

 

「とっても好きよ。ぶっ壊したいくらいにね」

「••••••そ、そうですか」

 

酔った笑顔で恐いことをサラリと言うのを聞いて冷や汗がタラリ。

その言葉は「どっちの意味で?」と聞きたかったが口が動かなかった。

 

「川神には美味しいお酒あるかなー?」

 




読んでくれてありがとうございます。

読んでわかるように百代は裏世界(悪宇商会)に興味を持ち始めました。
更に星噛絶奈やルーシーも登場ということは・・・?
展開が分かる人は分かるかもしれませんね。

そして同時に真九郎は清楚の問題を解決していきます。(でも百代の方も解決しないといけないので2つも問題を解決しないとなあ)

真九郎、絶奈、ルーシー、百代、清楚といった者たちが川神で何かを巻き起こす!?


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依頼

127

 

 

川神学園には様々な問題や事件を解決するために依頼を発注することができる。報酬で食券などを払って依頼をこなしてもらうのだ。

この制度は学園側も公式であり、実力のある学生が依頼をこなしているそうだ。大和たちも度々依頼をこなして食券を手に入れているのだ。そして真九郎も大和と翔一に連れられて参加したことがあった。

揉め事処理屋として気になる案件だったのだ。参加しないわけはない。結果、依頼をぶんどって成功させた。

真九郎は元々本家の仕事として揉め事処理屋をしている。川神学園の学生の依頼をそつなくこなす。おかげで評判が良かったのか個人的にも依頼がくるようになっているのだ。

これは揉め事処理屋として幸先の良いスタートである。順調に本来の目的であるパイプ作りの土台ができてきている。

 

「まあ…報酬のほとんどが食券だけど」

 

本当なら現金が良いのだが、なかなか現金で支払ってくれることはない。流石に学生では限度があるのだ。

食券がほとんどの報酬で川神学園にいる間が食事に困らない。しかし、川神学園から去るとただの紙切れである。

 

「未来の投資だと思うしかないな」

 

今のうちに川神で名を広めれば未来には多くの依頼がくるだろうという算段だ。本当に切実に思う。いつかは紅香のような仕事が選べるような揉め事処理屋になりたい。

将来のことを思い浮かべながら手に食券を持って食堂に行こうとしたら翔一と大和に呼び止められた。何かと思えばまた依頼を受け取りに集会に出ようと誘ってくれたのである。

 

「どうだ集会に行かないか真九郎!!」

「そうだね…」

 

今手元に揉め事処理屋としての仕事はない。ならば新しく依頼を取るのも良いかもしれない。

判断したらすぐに実行に移すだけで翔一たちの後についていく。ガラリと教室の扉を開けると既に何人も学生が集まっていて、教師であるルーもいた。

ちょうどこれから依頼の競売が開始されるようでナイスタイミングだ。そのまま空いている席に座る。

では、これから依頼が発表される。依頼数は毎回によって数は変わる。多い時もあれば少ない時もあるのだ。今回は少ない方だ。

 

「じゃあ次はコレだネ」

 

いくつか依頼が発表され、何人かの学生が競りに勝ち取って依頼をもぎ取る。その中で真九郎や翔一たちはまだ依頼を取っていない。

真九郎は内容と報酬を合わせて考え、翔一はロマンとスリルを合わせて考える。

 

「次は酔っ払いの懲らしめだネ」

「酔っ払い?」

 

最近、川神のBARや居酒屋で性質の悪いの酔っ払いが現れるらしい。しかも犯人は同一犯で毎夜毎夜違い店で酔っ払って暴れているのだ。

川神学院に通う学生で居酒屋を経営する親がいて、もし自分の店に現れたら困るということで依頼をしたのだ。

 

「ほー。こいつはなかなか」

 

ニヤリと笑う翔一。どうやら彼の興味を引いた依頼のようである。そして真九郎も前に揉め事処理屋でも同じ仕事をしている。

 

「「40枚」」

「おう…一緒だネ。それにこれ以上競り落とす人はいないみたいだネ」

 

まさか枚数が一緒になるとは思わなかったが、競りならこういう時もあるものだろう。真九郎が更に半分の20枚を言おうとしたが先に動いたのは翔一であった。

 

「なあ真九郎、手を組まないか。こっちが20枚でそっちが20枚」

「んー」

 

もともと20枚にするつもりなら手を組むのは構わないだろう。それに仕事の中には複数で実行することもあるのだ。これはその練習になりそうだ。

だから彼の提案に頷いた。悪くない提案だし断る必要もない。

 

「おし、成立だな!!」

 

握手を求めてきたので手を握り返す。翔一は交渉に長けていると言うか、人との距離を詰めるのが上手い。だから各国を旅しても現地人とも仲良くなれるのだ。

彼は興味がないかもしれないが交渉術を極めれば良い会社に就けるだろう。

 

「じゃあこの依頼は風間と紅の2人に依頼するヨ。…で次が最後の依頼さヨ。依頼主は入ってきテ」

 

ルーが扉の方に目を向けると清楚がおずおずと入ってくる。彼女の登場に教室にいる者たちが「おお、何で?」なんて顔をしている。

まさか時の人である清楚が依頼なんて珍しいというか驚きである。彼女ほどの者が何を依頼するというのか。意外な依頼人である。

 

「じゃあ頼み事をどうゾ」

「はい。実は私が誰のクローンか探してほしいの」

 

葉桜清楚。彼女はある偉人のクローンであるが、誰のクローンなのか分からない。本人もまた知らないのだ。

25歳くらいになれば教えてもらえるが本人としては早く知りたい。自分自身の正体を何故教えてくれないのか。何故あと10年以上も待たなければならないのか。そんなのがおかしいのだ。

自分のことなのだから知る権利はある。生みの親である九鬼財閥に隠されるなんておかしいのだ。

 

「私は自分自身に疑問を覚えたの」

「疑問?」

「うん。私は九鬼から伸ばすべき能力を教えてもらっているけど…」

 

清楚はおもむろに大きな壺を持ち上げてはみんな驚かせた。彼女が持っている大きな壺は見た目通りとても重い。なのに軽々と持ち上げたのだ。

彼女でさえも最近まで気が付かなかった筋力。自分が文学系の偉人とずっと思っていたが、この筋力は似合わないのだ。もし違うのならもっと伸ばすべき箇所があるはず。

 

「だから自分の正体を知って伸ばす部分を変えたい。…でもやっぱり一番は自分の正体が知りたいの」

 

何だかんだ理由を言ってもやっぱり自分に正体が知りたいのが本音である。

 

「あ、あの。それって大丈夫なんですか。ほら、九鬼とか…」

「ええ大丈夫。たぶん私がちょっと怒られるくらいだから」

 

彼女の真名は九鬼財閥でもシークレットの1つであるのだからちょっと怒られるで済まされるかどうか分からないが、本人が調べたいというのだから依頼されも文句は無い。

 

「こいつは面白い依頼が来たな…なあ真九郎これも取ろうぜ」

「いいよ」

 

実は真九郎は清楚からたまに相談されていたのだ。そして今回のことで本格的に動いたということだろう。

 

「食券50枚かラ!!」

「10枚!!」

 

翔一が相場を破壊する。

 

 

128

 

 

金曜集会。

 

「っというわけで2つの依頼を取ってきた!!」

「良い依頼を取って来たな!!」

「ごはん一回に人助け…なかなか粋じゃないか」

 

粋かどうか分からないが善人であることは確かだろう。なんとも聖人のようだ。

 

「酔っ払いの方はすぐ済みそうだが清楚ちゃんの方は難しそうだな」

「そうねー。葉桜先輩の正体なんて検討もつかないわ…アーサー王とか?」

「それは無いよワン子」

「じゃあ織田信長とか?」

「なくはない…でも違うと思う」

 

アーサー王や織田信長は有名な偉人だ。ならば隠す必要はない。なのに九鬼財閥が清楚に10年以上も待たせる理由がある。

もしかしたら清楚の正体は偉人の中でも異質の存在かもしれない。例えば、心が成長しきった大人でなければ受け止められないような偉人であったら隠すのは納得である。

 

(もし、清楚先輩の正体が英雄ではなく反英雄な存在なら隠すかもしれないな)

 

讃えられる英雄としてではなく、恐れられた英雄という線で探すのもいいかもしれない。

大和たちはどのように清楚の正体を探すかを決めていく。彼女自身のふとした行動や好きなものだったりも情報になるだろう。

 

「この2つの依頼は紅とも組んでいるんだろ?」

「そーだぜ。あいつは頼りになるし、今回の依頼も取り合うより手を組んだ方がいいしな」

「まあ紅くんはある意味本業だし、力にはなるな」

 

真九郎の評価は風間ファミリーにもだんだんと認められている。最初のうちから認められてたのは翔一やクリス。そのうち認められたのは大和や一子、岳人たち。

他人に厳しい京や卓也も少しは認めているのだ。真九郎もあまり人さまに心にズカズカと入ってこないので2人は彼の距離感に安心している。そして百代に関しては強者と理解してからは言わずもがな。

 

「おそらく村上さんも力を貸してもらえるかも。彼女の情報収集能力は本当に凄いからね」

「そうですね。前に調べものを頼んだらすぐに教えてもらったんです。調べものをさせたら右に出る者はいないかもしれませんね」

 

彼らはまだ知らないが銀子は凄腕の情報屋だ。学生の調べものなんて彼女にとって片手間で情報収集できる。

 

「もしかしたら情報屋になるかもね」

 

卓也は予想したが彼女はもう既に情報屋である。銀子もまた表世界とは外れていて、裏世界の人間だ。

表では風味亭の看板娘で裏では凄腕の情報屋。これが村上銀子の正体だ。

 

「紅くんたちと連携しながら依頼をこなさないとね」

「ますは酔っ払いから片づけようぜ!!」

「そうだな。酔っ払いなんてちゃっちゃと片づけて清楚ちゃんの方を優先したいからな」

「酔っ払いは夜しか出ないから…昼が葉桜先輩の依頼をこなしつつ夜は酔っ払い退治だな」

 

清楚の正体を調べるチームと酔っ払いを調べるチームが決められる。

 

 

129

 

 

「っと言うわけで葉桜先輩の正体を探す依頼と酔っ払いを退治する依頼を受けたんだ」

「そう。また面倒な依頼を受けてきたものね」

「いつものことだよ銀子」

「酔っ払いの件はいいとして、葉桜先輩の正体を探すなんて出来るの?」

「だから相談に来たんだ」

「相談じゃなくて頼みに来たの間違いでしょ?」

「はい」

 

悪漢退治なら真九郎の仕事で、調べものなら銀子の仕事。適材適所という言葉があるように役割分担は大事である。

今回の依頼の報酬も食券ということで納得はしてもらっている。銀子にとって清楚の正体を調べる仕事なら食券くらいで十分なのだ。

 

「まあ九鬼のデータベースを覗けば分かるでしょ」

「…それ大丈夫なの?」

「何を言ってるの。前回九鬼と関わった時に向こうから此方を調べてきたのよ。なら今回は此方の番。ただそれだけよ」

 

真九郎たちは去年に九鬼と仕事の関係で関わっていたことがある。その際に真九郎は知らなかったことだが九鬼側は真九郎らの身辺調査していたとのことだ。

世界の九鬼財閥なら周りに敵は多い。ならば近づく者全てを調べるのは仕方の無いこと。だけど勝手に調べてくるならこっちだって勝手に調べる権利はあるはずだ。

 

「できるか銀子?」

「これでも世界財閥の九鳳院のデータベースを覗いたのよ。なら九鬼財閥だって同じ」

「おお、流石銀子だな」

「私が葉桜先輩の方を調べておくから、酔っ払いの方は貴方が片づけなさい」

「頼む」

 

大和たちは地道に調べるが銀子は裏道というか、反則的な方法で調べる。確実に答えが出るのは銀子の方だろう。彼女だからこそ調べることができる方法である。

今回は大和たちと手を組んでいるので遅い早いの勝負ではない。こうなると大和たちの力は必要ないという風になるが気にしてはいけない。

 

「直江くんたちも調べてるなら答え合わせができるね」

「答えそのものを私は調べるんだけどね」

「あはは…」

 

大和たちには悪いが銀子にとっては彼らの力は必要ないらしい。

 

「じゃあ頼む銀子」

「酔っ払いの方は早めに片づけなさい」

 

真九郎は銀子に清楚の件を任せて、自分は酔っ払いの方を片づけることに専念する。こちらは襲われた居酒屋やBARに聞き込みをすれば犯人像が分かるし、次の暴れる場所もあらかた特定できる。

 

(しかし…酔っ払いかあ)

 

酔っぱらいの依頼は前にも受けた。その時はまさかの出会いがあったのだ。その出会いが始まりかどうか分からないが醜悪な夜を過ごす切っ掛けにはなったと思う。

だから今回はその時をつい思い出してしまった。まさか勘違いで声をかけた相手が違うと思ったら、実は悪宇商会の最高顧問なのだから。

あの出会いはそうそうに無いと思う。だって裏世界の5本の指に入る企業の最高顧問に出会うなんて普通はない。ならば真九郎は変わりすぎる縁があるのだろう。

 

(まさかまた会うなんてことはないよな)

 

悪宇商会の最高顧問で裏十三家の星噛絶奈。真九郎とは逆の存在とも言える宿敵。真九郎は正義の味方ではないが善とするならば絶奈は悪。

川神で会うなんてことはないだろうと思いながら顔を振るしかなかった。

 

「真九郎!!」

「紫。また遊びに来たんだね」

「うむ!!」

 

最近の紫だが忙しくなければ島津寮によく遊びにくる。これも愛する真九郎に会うためだ。最も真九郎に会う前に必ず夕乃とぶつかるのだが愛嬌のようなもの。

 

「こら紫ちゃん。話はまだ終わってませんよ」

「夕乃の話はつまらん」

「ふうん?」

「つまらん」

「2人とも落ち着いて」

 

2人の間に入って「まあまあ」と止める。

 

「ところで銀子は?」

「銀子なら調べものをしてるよ」

「何の?」

「…葉桜先輩の正体を調べてるんだ」

 

最初は言おうか迷ったが特に隠すようなことではないので口を開く。清楚自身も隠していないし、自分から周りに正体を探してほしいと言っているのだ。ならば夕乃や紫に言っても問題はない。

 

「ふむ。清楚はくろーんで自分の正体を知りたいのだな」

「まあクラスでも清楚さんは自分の正体を知りたいと呟いてましたね。26歳くらいになれば正体を教えてくれると九鬼が公表してますが…はやく自分の正体は知りたいのですね」

 

自分の正体を知りたい。その思いを汲み取ったのか紫と夕乃も力になると言い出してくれた。

 

「自分の正体は知る権利はある」

「紫ちゃんの言う通りですね。自分の正体を知るのは当たり前です」

 

ここぞという時は2人の意見は合う。銀子に調べてもらっているから大丈夫なのだが2人が力になってくれるのならば断わることはしない。

 

「真九郎も一緒に調べるぞ!!」

「もちろん。でもその前に片づけないといけない依頼があるんだ」

「なぬ…そうなのか?」

「うん。そっち片づけてから一緒に調べよう紫」

「分かった!!」

「じゃあ紫ちゃん。図書館にでも行きましょうか」

「紫を頼みます夕乃さん」

 

 

130

 

 

夜の川神市。昼とは違う雰囲気に溢れている。特に親不孝通りや居酒屋が多い箇所は別段である。

学生ならもう家に帰らないと教師に補導されてしまう時間帯だ。だが真九郎たちは酔っ払いを退治するという依頼を受けているので見つかっても補導はされない。

 

「いくつか聞き込みをして次に現れるだろう居酒屋やBARを周ってるけど居ないね紅くん」

「まあピックアップしても結局は虱潰しで探すしかないからね」

 

酔っ払い退治として真九郎は今、大和と京と行動している。他にも一子やクリス、百代たちが虱潰しで探しているのだ。

見つかったらすぐさま連絡して合流するようにしている。もし既に暴れていたら鎮圧にかかる。百代が先に見つければすぐに終わるだろう。

 

「でも見つからないなー」

「だね。ならこのまま夜の町に消えない大和?」

「依頼が大事」

「いけずぅ」

 

大和と京のやりとりも慣れたのものだ。早く京の気持ちにも答えてあげればと思うが大和曰く、複雑らしい。

複雑ならば特に口を挟むつもりはないし、彼らの問題は彼らで解決してもらおう。だが揉め事ならば力になる。

 

「ところで葉桜先輩の方はどうかな直江くん?」

「葉桜先輩からいくつか質問に答えてもらったんだ。そしたらいくつか気になる点が上がったんだ。そこから重点的に調べていこうと思うんだ」

「なるほど。どんな?」

 

大和から聞くと、様々なキーワードが出てくる。『葉桜清楚』という名前も意味があるかもしれないし、髪飾りの『雛罌粟』、『誕生日』などが上がったらしい。

他にも好きな物だと『杏仁豆腐』とかも出たようだ。他にもあるが、これらのキーワードから連なる偉人を探している。

 

「そっちはどうかな紅くん」

「こっちも独自に調べてるよ。それに銀子に頼んでるしね」

「村上さんか、あの人は調べものが得意だよね。私と同じで口数は少ないけど知識は豊富」

 

京と銀子は口数が少ないという点で同じであり、深く人と関わらないことから意外にもそれなりに仲良くなっていたりする。ある程度は会話をするくらいにはだ。

 

「どんな風に調べてるんだ?」

「…ちょっと反則的な方法で」

「え、それってどんな?」

「そこは企業秘密」

 

まさか九鬼財閥のデータベースにハッキングしているなんて大和たちも思わないだろう。

これは確かに反則的な方法の調べ方である。ほとんど確実な答えが導き出される。

 

「お互いにある程度特定できたら答え合わせをしよう」

「だね。それで一緒の偉人に辿り着いたら確実性増すからね」

 

大和たちも真九郎も清楚の正体に着実に近づいている。

 

「ん、クリスから電話だ。酔っ払いを見つけたか?」

 

鳴り響く電話を取るとクリスの声が響く。

 

『大和か、酔っ払いを発見したぞ』

「了解した。どんな感じだ。もう暴れたりしてるか?」

『いや、暴れてはいない。暴れてはいないが…駄々をこねてる』

「駄々をこねてるだって?」

『私に酒を飲ませろー!! 私からアルコールを取るなー!! 私に酒をくれないなら死んでやるー!!!!』

「……うん聞こえた」

 

大和の電話から酔っ払い特有のセリフが聞こえてきた。声質から相手は女性と判断。しかも相当酔っ払っている。

今の段階で駄々をこねてるようだが、悪化するならば暴れるかもしれない。そうなる前にどうにかするしかない。

 

「取りあえず周囲に迷惑をかけないようにできるか?」

『それなら大丈夫だ。今は路地裏にいるから周囲の人に迷惑はかけていないぞ』

「じゃあすぐに向か…」

「クリスさん、そこ何処!?」

『し、真九郎殿!? ええとここは…』

 

クリスから居場所を聞いてすぐさま走り出す。後ろの方から大和が何か言っているが聞いている場合ではない。

電話越しから聞こえた声を忘れるわけがない。何で川神に彼女がいるのか分からないがクリスたちでは荷が重すぎる。自分が早く現場に向かわなければならないのだ。

 

「何で星噛絶奈が川神にいるんだよ!?」

 

自分の最大の宿敵の元へと急ぐしかなかった。




読んでくれてありがとうございます。
今回は清楚ルートの最初の辺りですね。そしてオリジナルで絶奈の登場フラグです。
酔っ払いの話は漫画版の紅のオマージュというか…そのまんまですね。

さて、真九郎が早く現場に向かわないと絶奈がどうするやら…(酔っ払ってるし、仕事ではないから大丈夫ではあると思う)


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酔う者

131

 

 

バタリバタリと倒れる酔っ払いたち。倒れた酔っ払いたちは白目を向いて気絶している。何故倒れているのかというと彼らが大和たちが追っている件の酔っ払いたちで百代と岳人が成敗したからである。

岳人たちと百代が途中で合流して近くのBARを確認してみると早速、件の酔っ払いたちを発見。大和たちに連絡しようと思ったが既に彼らが暴れていたのですぐさま成敗したのだ。

卓也が大和たちに連絡する前に酔っ払いたちを倒す方が早いというのが凄い。酔っ払いは合計4人なのだが岳人が1人倒しているうちに百代は3人を倒していた。流石は武神である。

 

「片付いたな。ったく酒を飲むのは良いけど周りに迷惑かけるのはいただけないぜ」

「それにお酒は二十歳になってからだよね」

 

お酒を飲むのにもマナーはきちんとある。これは誰もが守って欲しいものだ。『酒は飲んでも飲まれるな』なんて言葉がある程であるのだから。

 

「じゃあ大和たちに連絡するよ。もうこの依頼は片付いたってね」

「ああ、明日からもう清楚ちゃんの正体探しだ!!」

 

今回の依頼も立派な仕事だが百代にとっては酔っ払い退治はつまらないようで、早く清楚の依頼を優先したいようだ。

確かに彼女にとってはつまらないがこれも人助け。その真意はきちんと理解はしている。

 

「あ、大和。酔っ払いは退治したよ。これで依頼は達成だね」

『え、酔っ払いを退治した…ワン子とクリスの方は酔っ払いを見つけたってさっき連絡がきたんだけど』

「ええ!?」

『どうやら酔っ払いは複数いたのか、それともただ単純に新しい酔っ払いかもしれないな。でも迷惑をかけているのは同じみたいだから俺らは今その場所に向かってる』

「了解。じゃあ場所を教えて。ボクらも向かうよ」

 

本来の依頼は解決された。だが今夜は追加の仕事があるようだ。だがこの追加は大和たちには関わらない方が良いとも言える。

分からないから仕方なかったのだが、それでも運が悪いと言う他ない。彼らが『彼女』と関わってしまうということは絶対に良いことなんて1つもない。

人生の中できっと『彼女』の存在はマイナスしかないだろう。プラスに働くということは彼らが裏に浸かるということだろう。

 

 

132

 

 

クリスと一子は目の前にいる赤髪の酔っ払い女性を見て悩んでいた。彼女はどこからどうみても酔っ払いだ。

今の所暴行行為はしていないが五月蠅いくらい喚いている。どうやって彼女に家に帰ってもらおうかと考えるが、まずは落ち着かせるしかないだろう。

 

「酒を飲ませろー!!」

「おい落ち着け。周囲の人の迷惑になるだろうが」

「私から酒を奪うなー!!」

「ちょっと、こっちの話を聞きなさいよ」

「私から酒を奪うなら死んでやるー!!」

「ちょ、死ぬって!?」

 

酔っ払いに対話は通じない。如何に酔っ払いを大人しくさせるには言い聞かせるように命令するのは駄目だ。確実なのは酔っ払いに合わせることだ。

酔っ払いの相手に慣れていない2人には難しいことだろう。相手が暴れているならば実力行使で止められるのだが相手はまだ暴れていない。ならば2人も実力で止められないのだ。

今の状況で実力行使で止めたら一子たちが暴漢になってしまう。だからこそ2人は止められなくて困っているのだ。

 

「酒買ってこーい!!」

「買えるか!?」

「お酒は飲んでも良いけど、飲み過ぎは身体に悪いわ。今日はここまでにしましょう」

 

一子が優しく諭すが酔っ払いは聞く耳を持たず。寧ろ、一子とクリスに酒を買って来いと言う始末である。これには一子たちも頭を抱える羽目になった。

 

「私から酒を奪うなんて酷いことよ。絶対に駄目なのよ!!」

「だぁから酒はもう駄目だぞ!!」

「えー酒が飲みたいー!!」

「酒、酒、酒って…今の姿をよく見ろ。だらしないぞ」

「酒買ってきて。お金は出すから」

「話を聞け!?」

 

話なんて酔っ払いが聞くはずも無い。ここは耐えるか諦めるかの2択である。

 

「お酒は薬局とかに売ってるヤツね。アルコール度99の」

「…薬局にそんなの売ってたかしら?」

「おいおい売ってるわけないだろアルコール度数99なんて。あったらそりゃただの薬品のエタノールだ」

「あ、それそれ」

「はあ!?」

 

酒じゃなくて薬品を買って来いという酔っ払いの女性。これはだいぶ頭が酒でやられているようだと確信してしまう。

飲んだら確実に身体を壊す。そんなのを買って来いという彼女に2人は呆れるというよりも心配してしまうしかない。

 

「飲むとしても普通のだろ!?」

「普通のだと酔えないのよ。アルコール度数が高くないとね」

「そんなの飲むな!!」

 

一子は頭を悩まし、クリスは言うことを聞かない酔っ払いにイライラ、酔っ払いの女性は平常運転で酔っている。

全くもって解決の道へと進まず、同じようなことを延々と繰り返しているのだ。こんな時に大和や真九郎が居れば上手く立ち回れるのだが、残念ながら居ない。

2人は交渉するという役割も将として立ち回る方が性に合っているのだ。

 

「うう、買ってくれないなら自分で買いに行く」

「あ、待て」

 

フラフラと立ち上がる彼女を見て止めようとするクリス。酒瓶持って人だかりの方へ向かうのを止めようと肩に手を置いた瞬間に、彼女の視界が反転した。

いきなりの反転に「え?」としか言えないまま背中に衝撃が走った。一子は見ていたから何が起こったか分かる。クリスが酔っ払いの女性に投げ飛ばされたのだ。

 

「痛っ!?」

「クリ!?」

「だ、大丈夫だ」

「酒買うのを邪魔するなら一本背負いしてやるー!!」

 

油断していたのは否めないが、まさか一本背負いをくらうとは思わなかった。それは仕方ないし、どこに一本背負いをかけてくる酔っ払いがいると思おうか。

背中を強く打ってしまったが重症ではなく、湿布でも貼っておけば平気なレベルだ。流石に暴行をしてくるかと思って2人は警戒。だが2人としては好都合。

暴れるなら2人の得意分野である武術で止めるだけなのだから。だが、ここで新たな酔っ払いが現れた。

 

「お、こんな所に美少女はっけーん!!」

「こんな夜遅くに外に出歩くなんて悪い子たちだねー」

「俺たちが家まで送ってってあげようか。ま、その前に一緒に遊ばない?」

 

酔っ払いというかチンピラだった。不躾な話だがチンピラどもは一子たちをラブホテルまでお持ち帰りしようとしているのだ。

こんな夜遅く、しかも場所も悪かった。親不孝通りなのだ。そんなところに美少女がいれば肉食男子なら声をかけたくなる。

クリスも一子も美少女で酔っ払っている女性も美少女。しかも赤髪の女性は2人よりもプロモーションがグラビア並みだ。寧ろ高レベルでテレビや雑誌に出れば確実にトップレベル。

チンピラ共は酒も入っているので興奮している。下種な目で3人を見つめている。

 

(おいおい、あの赤髪の女はヤベー体つきだぞ。酔ってるしイケるんじゃね?)

(オレはあのポニーテールの子がイイ。3人の中で一番快活さを感じるけど…それが更にイイ!!)

(いやいや、あの人形のような美しさの金髪美女だろ!!)

 

男はスケベだから仕方ない。ナンパするのも悪いとは言わない。しかし、相手を嫌がらせることになってしまうと悪いことになってしまう。

彼らはそのパターンの部類に入ってしまったチンピラだ。だから一子とクリスは嫌な目で見てしまう。

 

「奢るから一緒に遊ぼうよ」

「変なことはしないって」

「少しでいいからさ。嫌だったらすぐに帰ってもいいしさ。だから少しだけね」

 

簡単に言うとしつこいのだ。一子たちは断っているのだが、しつこく誘ってくるチンピラ。

 

「そっちの赤髪の君はどうかな。お酒を奢っちゃうよ」

「お酒を飲ませてくれるならいいよー」

「マジ!?」

「ちょ、何を言ってるんだ!?」

 

赤髪の女性の言葉にクリスが止める。流石についていったら確実に彼女のためにならない。だからクリスの正義感が燃え上がる。

 

「ええい、私たちは断っているんだ。しつこいぞ!!」

 

触ってこようとするチンピラの手を払う。だがその行為がまずかった。彼らは酔っ払っていて沸点が低くなっているため、手を払っただけでキレたのだ。

軽い感じでかけてきた声質が低くなる。不機嫌さと怒りを隠すことなんざしない声質だ。

 

「あ、何すんだよ。そっちの子はイイって言ってんじゃん」

「お前たちはどう見ても邪な考えをしている。そんな奴らに連れて行かせるわけないだろ」

「ああ!?」

 

クリスとしては他人とはいえ、酔っ払いとはいえ、こんなチンピラに彼女を連れて行かせるわけにはいかない。

このままつれていかせると寝覚めが悪いし、何かあったとしたら後悔する。そんな後悔は嫌だからこそクリスは止めたのだ。一子も同じ考えでクリスの横に立つ。

 

「痛い目に会いたく無くば早く帰れ」

 

クリスのこの言葉がチンピラに沸点のトドメを刺した。

 

「どーする?」

「ちょっと痛い目に合ってもらおっか。そして夜の街で出歩いている恐さを教えてやろうぜ。ベットの上でな」

 

まるでドラマに出てくるチンピラそのものすぎるセリフだが川神では当たり前のようにいる。

チンピラの1人がナイフを出す。他のチンピラは素人同然と分かるような構え方をしている。彼らは彼女たちを甘く見過ぎている。実力の差が分からないのだ。

 

「やあ!!」

「悪即斬!!」

 

クリスと一子がチンピラ共をいとも簡単に撃退。たかがチンピラが彼女に敵うはずも無かったのだ。

 

「こ、こいつ!?」

「この女!?」

「チッ…だがオレたちだけだと思うなよ。仲間なら他にもいんだぜ」

 

いつの間にかチンピラが増えていた。九鬼財閥の従者部隊によって川神はある程度、危険な奴らや犯罪者予備軍たちは撃退していたが簡単に消えるはずも無い。

簡単に消えているならば日本はすぐにでも平和になっていたし、犯罪率は各段に低下しているはずなのだから。

 

「いつのまにゾロゾロと…」

「まだまだ平気よねクリ?」

「勿論だ」

 

武器であるレイピアと薙刀は無いが十数人の相手なら2人でも十分だ。後ろにいる赤髪の女性を守らなくてはならない。

さっきまで頭を悩ませていた人物だが今は状況が状況。仕方なく守り、戦う。

 

「どっからでもかかってこい悪党ども!!」

 

クリスと一子が構える。そんな時に新たな声が聞こえてきた。カタコトで如何にもエセ外国人っぽい感じの。

 

「ヘイ、イイ女ノ匂イがスルゼ」

 

彼女たちの前に現れたのは大柄の体格である男であった。だが『鉄腕』の時に比べると全然小さいものだ。

 

「あ、ルディ」

「オーウ、イイ女。タネヅケシタイ」

「どれも美人だし、あの赤髪の女なんかヤベー身体つきだぜ」

「オオーウ、ヤバイネ。ソソルカラダダ…フフフ」

 

堂々と男の欲望を吐いてくる。彼は性獣ルディと呼ばれててここら一帯ではある意味有名な男だ。

どうでもいいが、何でも猪すら性的に襲ったという聞きたくも無い噂もあるらしい。

 

「オンナハ、オカス」

「ほう…人の仲間を襲う馬鹿がいるとはな」

「エ?」

 

ルディが真横に吹き飛んで壁にめり込み、今の一撃でルディは白目を向いて気絶していた。これには他のチンピラ共も「え?」としか言えない。

彼らの視線の先には武神がいたのだ。

 

「お姉さま!!」

「モモ先輩!!」

「お、おい…まさか武神の川神百代か!?」

「……武神。川神百代?」

 

『武神』という単語と『川神百代』という名前を聞いた瞬間に赤髪の女性は目を細めた。瞳には酔いを感じさせずに鋭い闇が宿る。

その場に百代と岳人、卓也が到着した。もうここからは百代たちの独壇場であった。

 

「おい酔っ払いってこいつらか?」

「そうでもあるし。こっちの女性もそうだ」

 

クリスが後ろの赤髪の女性を見る。

 

「うお、超美人キター!!」

「ここはカッコイイ姿を見せるぜ!!」

 

百代と岳人のテンションが上昇。

 

「さっさとこいつら片づけて美人のお姉さんを介抱するぞ!!」

 

百代たちの無双でチンピラたちはものの数秒で撃退される。だが中には面倒な奴らはいるものだ。ナイフを持った奴が赤髪の女性を人質にとったのだ。

 

「おら、そこまでだ!!」

「いつの間に!?」

「ヘヘヘ。これ以上すきにさせないぜ」

「人質とは卑怯な!!」

「うるせえ。だがこれで…」

 

ナイフを赤髪の女性の首に近づけるが、件の女性は怯えてもいない。それは何故か。だって『彼女』にとってはそれくらいのことは脅威でも何でも無いからだ。チンピラの取った行動は明確な死に近づくものでは無い。

赤髪の女性が右拳を握った瞬間、チンピラのナイフを持った腕が他の者の手によって握りしめられていた。

 

「てめえ、誰っぶげら!?」

 

ナイフを持ったチンピラは殴り飛ばされた。殴った者は百代たちも『彼女』も知る人物であった。

 

「無事……ですよね」

「あら紅くん久しぶり」

 

現れたのは紅真九郎。そして彼の瞳に映る人物は最大の宿敵の星噛絶奈である。

 




読んでくださってありがとうございます。
感想など気軽にください。


ついに星噛絶奈に出会ってしまった百代たち。この出会いがどうなるか!?
まあ、プラスには働かないと思います。
そしてチンピラ共ですが百代たちに退治されてマシでしたね。絶奈の手に掛かれば死にはしませんが悲惨なことになってましたから。(仕事以外では殺さないので)

真九郎は絶奈を助けましたが、逆を言えばナイフを持ったチンピラを助けたことになります。


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星噛絶奈

133

 

 

悪宇商会には最高顧問に星噛絶奈という女性がいる。彼女は真九郎にとって因縁の相手だ。

彼女は裏十三家の一角である『星噛』。去年のクリスマスにて真九郎はキリングフロアという場所で彼女と死闘をした。結果としてはお互いに満身創痍で引き分けであったが、また違う未来なら真九郎は絶奈に勝っていたかもしれない。

最も真九郎自身としてはあのまま戦っていたら打倒できたとは思えなかったという後ろ向きな気持ちであったが。

そんな因縁の相手である絶奈は今彼の目の前にいる。しかもまさかの川神市内にいるというのだから謎の再開なものだ。

真九郎が川神に来てからは再会ばかりである。これはもう次にまた再開する人物が来ても驚かない。だが、ありえないことだが、もし歪空魅空が川神にいたら本気で驚くと思う。

一瞬、物語の内容が逸れたが本題は目の前にいる絶奈である。彼女は前に出会った時のように酔っ払っている。

先ほどまでチンピラにナイフを突き立てられていたので助けたが必要は無かったと思う。彼女がナイフ如きでは殺せないし、そもそも傷1つすらつかないだろう。

 

「お久しぶりです絶奈さん」

「ええ。歪空との一件以来よね」

「何でここにいるんですか…?」

 

ため息を吐きながら絶奈が川神にいる理由を問いただす。

 

「私がここにいる理由?」

「ああ。何で川神にいるんですか…」

「紅くん!!」

 

ここで大和たちが口を挟む。

 

「彼女とは知り合いなのか?」

「おい紅。こんな美人と知り合いってどういうことだ!! ただでさえ崩月先輩とかと仲が良い癖に更にこんな美少女までだと!?」

 

岳人が通常運転で真九郎に男の醜い嫉妬で突っかかる。襟を掴んでガクガクと揺らすのは止めてもらいたい。百代と岳人が「紹介しろ」なんて言い出すが彼らのためにも紹介なんて絶対にできない。

 

「仕事の関係だよ」

「私は星噛絶奈。彼氏募集中、よろしくね」

「彼氏募集中だと!?なら俺様が立候補するぜ!!」

「私もな!!」

 

岳人と百代が絶奈の「彼氏募集」宣告に反応して我先にと手を挙げてくるが止めてもらいたい。

絶奈と付き合う人が誰になるかなんてどうでもいいし、彼女の恋愛に突っかかるつもりはない。しかし知り合いが、しかもクラスメイトで表世界の岳人たちが絶奈と付き合うとならば止めなくてはならない。

流石に知り合いが悪宇商会の最高顧問と付き合うなんて話になったら真九郎も無視はできない。

 

(…それでも愛があるなら。いや、彼女にあるのだろうか)

 

どうでもいいことを考えてしまったので頭を振るう。

 

「お姉さん。星噛さんって言うんですね。どうですか、これから私と一緒に」

「あ、モモ先輩手出すの早いなおい。俺様だって…どうですか俺様の鍛え上げられた肉体は?」

 

真九郎が頭を悩まさせている間に2人は絶奈に近づいて口説いていた。悪宇商会は仕事以外で一般人は殺さないので平気だと思いたいが個人となると分からない。

 

「酒を飲ませてくれるなら付き合ってもいいわよ」

「マジか!? あーでも酒はなあ」

「これ以上は飲ませるわけにはいかない。だから私と一緒に川神水を飲もう。川神水はノンアルコールだしな」

「ノンアルコールじゃあ酔えないのだけど」

 

何故か普通に会話しているのを見て安心するが心臓がドキドキしてしまう。なにせクラスメイトが裏社会の大物と会話しているのだから。

彼らが彼女の正体を知らないのだからただの酔っ払いと思って接しているのだ。

 

「なあ紅くん。彼女さっき『星噛』って」

「直江くんが考えているので正解だよ」

「…っ!?」

 

『星噛』は裏十三家の一角だ。大和はその説明を真九郎から聞いている。だから恐ろしさと強さは重々に理解しているつもりだ。

だが真実を知っているのは真九郎と大和のみ。

 

「あなたがあの武神の川神百代?」

「お、美少女にまで知られているとは流石私だ」

「あなたがねえ」

 

シロリと絶奈が百代を見る。人事部の副部長であるルーシー・メイから武神の百代を見てきてほしいと言われたのだ。本人自身もスカウトに行くと言っていたがスカウトする前にいくつか情報を欲しいとのことだ。

 

「武術。戦いが好きなのかしら?」

「大好きだ!!」

 

満面な笑顔で肯定。その言葉を聞いてニコリとする絶奈が懐から名刺を出して百代に渡そうとする。

 

「私ってばもう仕事をしているんだけど…興味があったらここに連絡してね」

「モモ先輩がスカウトか!? 俺様はどうかな?」

「…肉体改造すれば使えるかも」

「え、肉体改造?」

「絶奈さん!!」

 

名刺を百代が受け取る前に真九郎が奪い取る。そのままクシャリと握りつぶす。

そんな行動をすれば百代たちは呆けるのは当たり前である。だがこれも彼女たちのためである。

 

「ねえ紅くん邪魔しないでくれないかしら?」

「彼女たちを引き込まないでください」

「これはただのスカウトよ」

「何も知らない彼女たちを引き込まないでほしいと言ってるんです」

「ちゃんと企業説明はするわよ。ルーシーが」

「スカウト自体を止めてください」

「それを聞く権利は無いわ。こっちは仕事なんだし」

 

ピっと新たな名刺を出して百代へと投げるが真九郎に握り潰される。何度も繰り返すが全て握り潰した。

これには絶奈もため息。こうも名刺を渡すのが邪魔されるのは気に食わないものだ。こちとら仕事のスカウトなんだから邪魔される権利はないはずだ。

もう営業妨害だと言いたい。いや、言うべきである。

 

「営業妨害よ」

「それを言われると痛いです」

「素直ね」

「だから良いBARを紹介します」

「…良いでしょう」

 

名刺を懐にしまう。今回のスカウト偶然にすぎないし、本番はルーシーが手を回すので引いたのだ。だが邪魔されたことはムカついたので紹介されたBARで飲みまくろうと思うのであった。

真九郎のサイフに大ダメージが確定した瞬間であった。それでも彼女から百代たちを遠ざければ十分な消費だろう。

明日からは節約生活の始まり。いつもの生活に戻るだけなのであるが。

 

「ちょっと待て紅!!お前このまま夜の街にその美少女を持ち帰る気か!?」

「し、真九郎殿…意外にプレイボーイなのだな」

「あの、紅先輩とその女性とは知り合いとのことですが…もしかして深い関係があったりとか?」

 

由紀江が顔を真っ赤にしながら訪ねてくる。彼女は思春期に盛んな想像をしているようだ。残念ながら彼女が妄想するような関係ではないのだが。

だけどここで絶奈が余計なことを言うので話がややこしくなる。

 

「あら紅くん。私とは濃厚で熱い夜を過ごした仲じゃない」

「なっーー、てめえ紅お前っっっ羨ま怪しからん。美少女と熱い夜を過ごしただあ!?」

 

ここで誤解が発生。

 

「確かに濃厚すぎる夜を味わったけど…良い夜じゃなかったよ」

「最高で素敵だったわよ紅くん」

「あんたは最低だったけどな」

 

真九郎と絶奈がキリングフロアでの夜を思い出しているが岳人の勘違いは止まらない。しかもクリスや由紀江たちも勘違いを始める。

 

「あが…なあ!?」

「う、うそ。あの真面目な紅くんが…」

「…意外だね」

 

真九郎の株が誤解によって微妙な変化をきざしている。はっきり言って岳人たちが思うようなことは一切なかった。

あったのはお互いのプライドのぶつかり合い。血が流れ、肉と骨が潰れた死闘。だが言葉が足らないので勘違いされているのだ。

絶奈は確信犯で真九郎は馬鹿みたいに気付いていない。だから真九郎は後日川神学園で変な誤解が流れるのに大変だろうに。

 

「てめえはその抜群のスタイルの星噛さんを良い様にぃ!?」

「お互いに激しい攻めでもう身体は満身創痍だったわね」

「うがあああああああ羨ましいいいいい!?」

 

岳人が血涙を流しそうだが、何故こんなにも絶叫しているのかをまだ気づかない真九郎。

言葉が足らないが実際のところ本当の事を言っているから性質が悪い。性質が悪いのは勘違いしている岳人たちなのだが。

 

「…っ」

「おい大和どーした?」

「いや、何でもないよ姉さん」

(何でも無くはないな。何か知ってるな大和のやつ)

 

これでも百代は仲間に頼られる姉さんである。ならば舎弟の機微くらい分かるものだ。そして彼が何かを隠していることも。

 

「ほら早く行きますよ絶奈さん!!」

「エスコートしてね紅くん」

 

真九郎が絶奈の手を握りしめてその場を離れようとした時、チンピラの男が奇声を上げながら立ち上がった。

 

「るらああああああああああ。なめてんじゃねえぞ糞が!!」

 

隠し持っていたナイフを思いっ切り投げつける。その先には絶奈の頭部であった。いきなりの場面であったため、全員の反応が遅れた。

しかし気にならないのが絶奈であり、真九郎が手で弾こうとしたが止められた。そしてナイフはそのまま絶奈の頭部に直撃したのであった。

これには全員が息を飲んだが当の本人は無傷であった。彼女は落ちたナイフを拾う。

 

「私ってばこれでも頑丈なのよ」

 

そのままナイフを自らの胸に突き刺した。

 

「な、何をーー!?」

「って、え!?」

 

ナイフの刃が折れていた。

 

「ナイフを投げつけられたのはムカつくけど…今は紅くんがお酒を奢ってくれるっているから気分はいいわ。じゃあね」

 

折れたナイフがチンピラの頬を通りすぎた。その場に残った者たちは呆然としたのは当然である。

 

 

134

 

 

真九郎と絶奈が現場から離れた後、大和たちは依頼の事後処理を片づけていた。といってもチンピラを警察に突き出すくらいのものですぐに終わる。

酔っ払い退治の依頼は完遂された。だが真九郎と絶奈の関係のせいで何ともウヤムヤが残った結果となってしまったのだ。

 

「チキショウ紅の奴め、あんな美少女を持ち帰りとか何て奴だ!!」

「でも、彼女はただ者じゃないよね」

 

今だに岳人は勘違いで男の嫉妬をまき散らしていた。クリスと由紀江に関しては妄想で顔を真っ赤にしている。やはり思春期というべきか、性に対して興味があるお年頃である。

 

「そんな関係じゃないと思うけど」

「なんだ大和は紅を擁護すんのか。ありゃあどう見ても持ち帰りだぞ。そして首筋にキスマークつけて学園に登校して俺様に見せつけるんだ…」

「いや、流石にそれは」

「ちっきしょおおおお!!」

 

泣き崩れる岳人をこれ以上見ても悲しいだけだ。仕方ないので親友の卓也に全て任せた。これには「え、僕が!?」なんて突っ込んでいたが何だかんだで任されるのであった。

この2人の友人関係は京も様々な意味で期待している。彼女的には岳人が攻めで卓也受けらしい。どうでもいい話であるが閑話休題。

トボトボあるく風間ファミリーだが後ろの方にいる大和は絶奈に関して考えていた。彼女こそが裏十三家の『星噛』だ。

裏世界の巨大企業である『悪宇商会』にも関わっているというのだ。その一族である1人が今夜見た絶奈。ただの酔っ払いにしか見えなかったが自分の胸に自分からナイフを突き刺して無傷であった。それだけで一般人ではない。

真九郎から星噛のサイボーグ化のことは聞いている。彼女見るに普通の人間にしか見えなかった。しかし実際は改造された身体なのかもしれない。

 

「おい大和」

「なに姉さん」

「お前なにか隠してないか?」

「ーーっ、何を?」

 

武神なのか、それとも姉貴分としての勘なのか分からないがこういう時だけ鋭いものだ。普段なら誤魔化せるものだが今回のように『深い何か』だと気付かれるものだ。

話すかどうか考えたが結局はいずれバレるものだし、関わってしまったのだからもう遅い。

 

「あの女性は確かに紅くんの知り合いだよ。しかも深い関わりのある」

「まさか岳人の言うとおりか?」

「そこは知らない。沙也加ちゃん奪還時に悪宇商会ってところの奴と戦ったよね」

「あいつか…そうだが」

「彼女も悪宇商会に所属している人だ」

「ほう…じゃあ裏の人間か」

 

ここで百代が目を鋭くして口元をニヤリとしたのを大和は見逃さなかった。これはまた何か余計なことを考えているなと思いながら心の中でため息を吐く。

 

「紅からも裏に通じていると匂っていたが、どうやらどっぷりと浸かっているらしいな」

「そうだね。でも紅くんは良い人間だ」

「それは肯定する。紅からは悪人と感じられないしな。だって夕乃ちゃんや紫ちゃんと接する時はとても悪人には見えない」

 

彼が悪人ではないことは確かである。悪人なら銀子が攫われた時に怒らないし、夕乃を助け出しもしない。紫を守ろうとも思わないはずだ。

 

「しっかしあの美少女がねえ。他にあるのか?」

「裏十三家の一角」

「裏十三家って何だ?」

「裏世界にいる者なら知らない者はいないと言われている特別な一族たちらしい。その一族たちごとに特別な異能を持っているみたいだ」

「ほほう。これはまた異能とか面白いじゃないか」

「面白いって…裏世界なんて関わるものじゃないからね姉さん」

「分かっているよ」

 

ここで釘を刺したが通じているかは分からない。警告のつもり言ったが後悔してしまう。

 

「これはみんなにも伝えとく。まさか本当に裏十三家の人と出会うなんて思わなかったからな。次出会ったとしても警戒してもらわないといけないからさ」

 

今回はまさかの出会いであったが今回のように出会い、もし戦いになってしまったらマズイ。今回の依頼で酔っ払い退治であったのでもしクリスたちが戦っていたら考えたくも無い。

『鉄腕』との一件で悪宇商会の力は分かっている。ならば裏十三家の一角である星噛ならば『鉄腕』より上の可能性は高い。

実際に大和が考えているのが正解で『鉄腕』よりも絶奈の方が強い。最高顧問としてトップに立つので力も知識は十分。

 

(戦ってみたいな)

「流石に戦うなんて思わないでよ」

「わ、分かってる」

 

ついに話すことを決めた大和。依頼を終えた後は風間ファミリーは金曜集会に集まる秘密基地に集まるのであった。

 

 

135

 

 

魚沼のBAR。

カランコロンとドアを開けると鈴の音が鳴る。川神学園に留学中にまさかBARに来るなんて思っても無かったが様々な厄介な事や縁によって真九郎は学生の身でありながらBARへと足を運ぶ。

 

「いらっしゃい」

「いらっしゃませ」

 

店内より2人の声が聞こえてくる。1人まもちろんこのBARのマスターである魚沼であり、もう1人がバイトを続けている弁慶である。

彼女はここのバイトが気に入ったのか面倒くさがリのくせに続けているのだ。もちろん悪いことでは無いので誰も文句は言わない。言わないが、学生なのだから夜のバイトはやりすぎないように注意はされている。

バイトをやっていて学生の本文である学業に支障をきたしたら本末転倒である。

 

「お疲れ弁慶さん」

「およ、真九郎じゃないかって、その女の人誰?」

 

当たり前だが真九郎の後ろにいる絶奈に気付く弁慶。親しい男友達が知らない女性と一緒にいたら気になるのは当然である。しかも妙に距離感が近い気がする。

 

「この人は…まあ仕事で知り合った人だよ」

 

彼女こそがクローン誘拐事件の時に派遣されてきた悪宇商会の最高顧問ですとは言えなかった。

仕事の知り合いなんて関係では現せない間柄なのだがここでは伏せておく。余計なことを言ってややこしくしてはならない。最も言葉足らずのせいでややこしくなっているのだから本末転倒。

 

「仕事の知り合いね。確かに私と紅くんの関係はそう現せなくもないわね。でももっと他に的確な言葉は無いわけ?」

「的確なって何ですか?」

「あの夜での出来事は簡単には説明できないでしょ」

「…忘れられないけど、思い出したくも無いですね」

 

2人だけの過去話を聞いていると様々なことを想像してしまう。彼らの会話で岳人や由紀江は男と女の関係を妄想した。

弁慶もまた同じような事を思ってしまったのだ。彼らの言葉足らずのせいで勘違いさせているのだが。

 

(まさか大人な関係?)

 

ある意味の関係ではあるかもしれないが弁慶が勝手に想像なので仕方なし。

 

「結局どんな関係?」

 

真九郎は弁慶の質問には答えられなかった。星噛絶奈との関係はよく分からない。

宿敵ではあるが、歪空の一件では協力者の仲になった。単なる敵と決めつけた夜が過ぎれば今度は強力とは言え、自分の部屋に招く。本当によく分からないものだ。

 

「ノーコメントで」

「なにそれー」

 

納得がいかない弁慶だが今はバイト中だ。長話はできない。

 

「俺はミルクで、絶奈さんにはお酒をお願いします」

「たまにはこういうBARで飲むのも良いわね。ウィスキーある?」

「かしこまりました」

 

弁慶が手慣れた手つきでミルクとウィスキーを用意して2人の前に出す。

 

「手慣れているね」

「きちんと働いているからね」

「きちんと働いてもらわなければ困る。ほらサービスだ」

 

魚沼がサービスでつまみを出してくれた。本日のつまみは様々な種類の美味しいチーズ。

 

「ありがとうございます」

(ふむ…私の勘が警告している。この女性はマズイと…何事もなく終わってほしいものだ)

 

長年の経験によって鍛えられた勘は間違いないし、『絶奈』という名前は魚沼は知っていた。もし彼女があの人物ならば大物すぎる。もっとも真九郎と関わりのある『絶奈』といったらやはり彼女しか思いつかない。

 

「で、何で川神にいるんですか?」

「個人的な仕事」

「仕事か」

「邪魔しないでね」

「邪魔しません」

 

どんな仕事か分からない。聞いたところでどうすることもできないだろう。真九郎は正義の味方ではないのだから全ての悪を退治するヒーローではないのだ。

ミルクを喉に流し込んで心のウヤムヤも飲み込んだ。

 

「まあ、紅くんが思うようなものじゃないわ」

「俺が思うようなことじゃない?」

「ええ。今回はある物の回収よ」

「回収…」

 

ある品の回収仕事。仕事にはこういう仕事もあるものだ。

それは何かと聞こうとしてしまった口を閉じる。関係無い者が口を出していい話ではないからだ。彼の考えを汲み取ったのか絶奈は「賢明よ」と呟く。

 

「言っても無駄かもしれませんが関係ない人は巻き込まないでくださいね」

「約束はできないわ。でも仕事以外では何もしないことは確かよ」

 

ウィスキーを水のように口の中へ流し込む絶奈。まさか川神で2人で飲む機会があるとは思わなかったものだ。

絶奈と真九郎が2人で飲んでいる姿を見ていた弁慶だが魚沼から別の仕事を頼まれる。

 

「あ、はい」

「弁慶ちゃん。彼らはどうやら2人きりの会話をしているようだ。あまり聞き耳を立てないように」

「え、それって…」

「あまり2人の男女の中に入らない方がいいってことさ」

「ちょ、マスターそれって!?」

「はいはい仕事仕事」

 

魚沼に勘違いされるようにはぐらかせられた弁慶。そんなことを聞かされれば余計に気になるのものだ。だからつい無視して聞き耳を立ててしまう。

もちろん仕事をしながらだ。仕事をおろそかにさせてしまうと魚沼に怒られてしまう。

 

(どんな会話を?)

 

集中して会話を盗み聞く。

 

「ねえ紅くん。ルーシーから連絡とか来てない?」

「ルーシーさんから?」

「そ、ルーシーったら良い人材をまた探してるのよね。川神は良い人材の集まりみたいだからね。目を付けたみたいよ」

「そうなんですか。でも連絡はきてませんよ」

「じゃあ、そのうちくるわよ」

 

それは勘弁してもらいたいものだ。連絡が来ても良い人材を教えるなんてできない。

 

「武神なんて良いわよね?」

「彼女を巻き込まないでくださいよ」

「でも決めるのは紅くんじゃなくて武神よ」

「そうですけど…」

 

決めるのは自分自身。そう言われると何も言えない。スカウト、裏世界とはいえ、企業の勧誘まで真九郎は止めることはできない。言えるのはなけなし注意だけ。

もし、百代が悪宇商会に勧誘されても決めるのはやはり百代自身。でも真九郎としては川神で出会った知り合いを裏世界に入れたくはない気持ちはある。それが余計な気持ちであってもだ。

 

(川神先輩の人生だ。決めるのは彼女自身。俺がそうであるように。でもあまり進んでほしくは無い道だ)

 

ため息を吐きながらミルクを飲む。そして2人揃っておかわりを頼む。

 

(スカウト。九鬼財閥みたいなことでもしているのか?)

 

弁慶は盗み聞きをしているが結局分からない。取りあえず勧誘の話っぽいのは分かった。百代が勧誘されているようである。

彼らの仲を考える見るに真九郎も勧誘されているのかもしれない。これには紋白には更に勧誘を頑張ってもらうしかない。このままでは奪われそうだからだ。

それとなく紋白に伝えておいた方がいいだろう。そうしたら彼女もいっそう真九郎の勧誘に力を入れるかもしれない。

 

(最近の紋白は真九郎のことを良く話すんだよな。しかも専属従者にしたいようなことも言ってるし)

 

明日からはきっと真九郎は紋白から熱烈な勧誘を受けることになるだろう。

 

「絶奈さん教えてくれるならでいいんですけど川神裏オークションの情報とかって知ってます?」

「…知ってるわよ。でも何で?」

「紅香さん経由で川神でオークションが開催されるって聞いたんですよ」

「ああ、そういう」

 

一瞬だが絶奈は気に食わなそうな顔をする。その理由は間違いなく紅香だろう。殺したと思っていた彼女が実は生きていたのだから気に入らない。

 

「裏オークションを知ってるならいっか。私の仕事が裏オークション関係よ」

「え、そうなんですか」

「ええ。でも開催する側じゃないわよ」

 

紅香と同じで川神裏オークションに入り込んで何かをするつもりなのだろう。

 

「紅くんも裏オークションに参加するの?」

「いえ」

「なら話すことは無いわね。関係無いんだし」

「そうですね」

 

つい聞いたが真九郎には関係無い。なら聞いたところでどうにもならない。

 

「無意味な質問でした」

「無意味な質問したからあの高いお酒をいただこうかしら?」

「ぐ…止めてください」

 

今の真九郎のサイフには高いお酒を払える程中身は無い。本気で止めてもらいたい。奢ると言っておきながらなんだが。

 

「いやータダ酒は良いわね」

 

少しはテンションが上がってきたのか絶奈は真九郎の背中をバンバンと遠慮なく叩いてくる。過去にいきなり後ろから抱き付かれたことはあるが、テンションが上がると彼女は周囲を巻き込むようだ。

なんとも微妙な仲だ。弁慶は2人の仲がとても良いと勘違いしているが違う。

 

(なんか距離近くない?)

 

2人は案外気付いていないが肩が触れ合いそうな距離。弁慶が見ていれば勘違いされるのは仕方なし。

 

「それにしても川神に来てから再会が多い」

「あら、そうなの紅くん」

「悪宇商会の人たちが特に多いです」

「うちらと縁があるのかもね」

「否定はしません」

「ルーシーがまた勧誘にくるかもね」

「入りません」

 

まさかの再開の夜は真九郎のサイフに大ダメージを負わせながら静かに更ける。そして明日の川神学園では誤解と勘違いによる噂で大変な目に合うのはまだ彼は知らない。

 

「ところで泊まる場所無いんだけど?」

「そこまで面倒は見切れません」

 

グラスが空になる。そして新たなお酒が注がれるのであった。




読んでくれてありがとうございました。
今回は絶奈の会話というのが中心でしたね。

まだ風間ファミリーとは深く関わりません。
でも今回の章ではどんどんと彼女に関わり合っていくつもりです。特に百代など。
そして忘れてはいけないのが清楚ルートです。

組み込むのが難しくなってきましたが次回もゆっくりとお待ちください。
次回はさっそく清楚が覚醒する話か、その前くらいになる予定です。


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しょうもない勘違い

136

 

 

おはよう。

この言葉は朝の挨拶として使われる素晴らしい言葉だ。この挨拶を使えば基本的に誰もが挨拶を返してくれる。

真九郎は銀子に「おはよう」と言ったのだが無視された。次に夕乃に「おはよう」と挨拶したら目が笑っていない笑顔で「おはようございます」と返された。

朝からいきなりの衝撃に真九郎は色んな意味で目が覚めた。朝は清々しく良い始まりだと思いたいが今日はそうでは無いらしい。朝から心臓に悪い始まりであった。

 

「あの…」

 

銀子は無視して食卓の椅子に座り。夕乃は笑顔なのだが威圧感を真九郎のみに向けている。しかも両隣に座られては肩身が狭すぎる。朝飯も味が分からない。

 

「えと、俺って何かしました?」

「…ふん」

「あ、すいません椎名さん。醤油とってください」

「どうぞ」

 

無視される。これには言葉が出ない。

それに他にもクリスや由紀江にはチラチラと頬を赤くされながら何故か見られていた。この視線は分からないが特に首筋とか見ている気がする。

まるで何か見つけようとしている視線である。首筋に何かあるわけではないのだが、つい気になって手でなぞってしまう。

 

(そういえば絶奈さんに無理矢理ゆびでぐりぐりされたな。おかげで痕はついたな)

 

魚沼のBARで絶奈が急に指で首をグリグリと押してきたのだ。やってきた意味なんて分からず彼女の気まぐれかと思っている。だが真九郎はそのおかげで勘違いをさせられる羽目になるのだ。

ちなみに絶奈は確信犯で、興味本位と嫌がらせで付けた痕である。その痕がクリスと由紀江に見つかると更に顔を赤くしていた。

 

「くああ」

 

あくびが出てしまう。これも絶奈に夜遅くまでつき合わされた為に寝不足で目に隈が出来てしまっている。それすらも勘違いの材料にされてしまうのだから人間の脳は面白い物だ。

 

「首に痣…寝不足」

「やっぱ紅先輩、昨日はホテルで…あの方と」

「どうしたのクリスさん、由紀江ちゃん?」

「あわわ、何でもないです。はい!!」

『いやあ昨日はどうだったんだプレイボーイ?』

「はい?」

「あわわわわ松風駄目です!!」

「真九郎殿…まさかの肉食男子だったんだな」

「何の話?」

 

本当に何の話か分からない。そして彼女たちの会話から銀子と夕乃の威圧感が増した。数々の修羅場を体験してきたのに怖すぎる。

状況説明を求むために大和と忠勝に視線を送るが目を背けられた。裏切られた気分である。

 

(悪いが俺は何も知らねえんだが)

(勘違いなんだけど誰も信じてくれないからゴメン紅くん。このまま誤解の生贄になってくれ)

 

友達とはこれ如何に。

 

「真九郎さん。今週の休みは久しぶりに稽古をしましょうか。うんとキツイのを。でもその前に大事な話をしましょうね」

「は、はい…」

「真九郎さんの交友関係は一度確認しましょう。そして改善しないといけません」

「えと、あの…」

「特に女性関係はうんと見直しましょう」

 

パキリと箸を砕いた。折ったのではなく砕いたという表現を真九郎に思わせたところ容赦の無さを感じさせられる。

 

「ぎ、銀子…」

 

幼馴染に助けを求めようと思って怖くても横を向くが冷たい目で見られた。

 

「あんた最低だし」

「え、ちょ」

「安心してください。真九郎さんを誑かす悪い女は私が成敗しますので」

 

笑顔で怖いをことを言うものだ。これにはサッパリ分からない麗子も蚊帳の外。最初から蚊帳の外ではあるが。

そしてこの状況は登校中も続く。まず岳人と出会ったところから再開。真九郎は普通に挨拶したのだがラリアットを挨拶として返された。

これには抗議をしなければと岳人を見るが謎の威圧感で口が閉じた。

 

「この紅がああああ。昨日はお楽しみってやつかあああああ!?」

「昨日って…そんな良い夜じゃなかったよ」

「自慢か、余裕の表れか、その首の痣は何だ!!」

「痣って、この痕のことかな。これはいきなり…」

「いきなり付けられたのか!?」

 

嫉妬の剣幕に一歩下がってしまう。何で岳人はこんなにも突っかかってくるかが分からない。分からないの真九郎の鈍感さと誤解のことに気付いていないからである。

真九郎は真面目なのにこういうのは駄目なのである。気付いたころには手遅れなのでいつも後悔だ。

 

「まあ、唐突に付けられたよ」

「そんな痣が付くほどに吸われ…キスされ…」

「は?」

 

よく聞こえなかったのでもう一度言ってほしいが言ってくれなかった。何でも言うだけ虚しくなるらしい。

そして合流した一子もクリスたちと同じく頬を紅くしていた。今日は女性は顔を赤くする日でもあるのだろうか。

 

「ちきしょう。女を紹介しろ!!」

「いや、俺は女性を紹介できるほど交友関係は広くないし」

「嘘つけ!!」

「タップタップ島津くん!?」

 

首を絞められる真九郎であった。

そして次は学園に到着したらしたで誤解は既に浸透していた。

学園に登校してまず心に出会って半泣きしそうな顔で迫られた。

 

「し、ししししし真九郎くん。き、昨日は…昨日はああああ」

「え、どうしたの心さん!?」

 

がっしりと制服を掴まれる。何で力強く掴まれて半泣きされているのか分からない。そして横を通り過ぎる冬馬に準、小雪からは順に「次は僕も誘ってくださいね」、「お盛んだね」、「プレイボーイ!!」と言われた。

 

「うう…真九郎くんがどこぞの知れぬ女に汚されてしまった」

「いや、何の話ですか?」

 

次に源氏組。義経たちに挨拶したら義経が顔を赤くしながらアワアワしだした。だから何で女性に会う度に顔を赤くするのだろうか。

 

「し、真九郎くん。あの…どんな人と付き合っても真九郎くんは真九郎くんだから」

「え、何それ」

「同志。女に溺れすぎるなよ」

「与一くんまで…どういうこと弁慶さん?」

「それ本気で言ってる?」

「本気で分からないんだけど…」

 

そして次に横から脇腹に目掛けて紋白が突っ込んできた。予想外のことだったので脇腹を強打で蹲る。

今日は何だが訳が分からない。これは早めにこの状況を理解しないといけない気がする。これでもは清楚の依頼どころではないのだ。

 

「真九郎よ。九鬼に就職するのだ!!」

「今日は一段と突発的だね紋白ちゃん…」

 

脇腹に突っ込まれてスカウトとは急すぎる。何が紋白をこんな謎の行動的にさせたのだろうか。

 

「真九郎が他の企業に取られると聞いてである。そんなことは駄目だ。真九郎は九鬼財閥に就職するのだぞ!!」

「え、それってどこから聞いた話…」

「おい。紋様の誘いは蹴って他の企業に就職とは良い度胸だ。それなりの理由はあるのだな?」

「ヒュームさんまで…あの顔が近いです」

 

口にはしなかったが喉元まで「怖いです」とまで言いそうだった。今のこの状況は分からないので一番話の分かる大和にもう一度詳しく聞くべきだろうとその場をそそくさと逃げるしか無かった。

 

「すいません。また後で話をしますので失礼します!!」

「あ、待て真九郎。就職するなら九鬼財閥だぞ!!」

「私は真九郎くんを信じてるからな!!」

 

紋白と義経が何か言っている。申し訳ないが今は無視して大和の元に走るしかなかった。

 

「ヒュームは悪乗りがし過ぎですよ」

「む、クラウディオか」

「全く…真九郎様の昨日の出来事は勘違いだと言うのに」

「まあな。まさか川神に『孤人要塞』が来ているのだからな」

「今、九鬼では警戒レベルが上がっていますよ。ヒュームはこのまま紋様をお願いします。私はこのまま警戒を続けます」

「ああ。頼むぞ」

 

 

137

 

 

屋上にて。

 

「ねえ直江くん。何か知ってるなら教えて」

「いいよ」

 

すんなりと返事をしてくれた大和。それなら朝からさっさと教えて欲しかったが、彼もまた空気的に口を挟めなかったので責めてはいけない。

 

「まず何で俺はこうもみんなから責められてるというか、好奇な目で見られているというか…」

「昨日さ、紅くんはあの星噛の人と夜の街に消えたよね」

「うん。あれは酒を飲ませに行って帰らせただけだよ。あの人は酒を飲ませないといけないから」

「その行動が岳人とかに勘違いされて広まったみたいなんだ」

「何を勘違いされるんだ?」

 

真九郎はただ絶奈をあの場から離れさせて酒を飲ませて帰らせただけである。しかし岳人はそれを勘違いしたのだ。

 

「持ち帰り…簡単に言うと紅くんがあの彼女とラブホテルに直行したと誤解されてる」

「は?」

「セックスしに行ったと誤解されてる」

「壮絶な勘違いを理解しました…」

 

頭を抱える真九郎。よくよく思い出してみれば勘違いされそうな言い回しもあった気もするし、誤解される証拠もあった気がする。

おそらく絶奈は確信犯であったかもしれないと真九郎は思う。意味の無い行動ももしかしたらこの瞬間のための嫌がらせだと思うと納得してしまう。

 

「一応聞くけど…シたの?」

「してません」

 

自分が絶奈と『そういう関係』になるなんて想像ができない。裏十三家筆頭の歪空の娘である魅空とお見合いをしたことはあるが、それもまた何か恋愛とかそういうのではない。

 

「まあ紅くんの人なりなら誤解だって分かるよ。でも岳人とか誤解してるけど」

「そっかあ。でも誤解が広まるの早くないかな?」

「川神の情報網はハンパないからね」

「これ情報網とか関係無いからね!?」

 

それにしてもこんな誤解を受けているとは困ったものだ。これは早く誤解を解かねばならない。しかしどうやって解くべきだろうか分からない。

ここまで広まっていてはどうしようもない。どうせ信憑性は無いし、全ての人間が信じているわけではないのだ。ならば誤解を絶対に解いておくべき人だけのところへ行かないといけない。

 

(まずは銀子と夕乃さんだな…)

 

いつまでも銀子から絶対零度の目で見られるわけにはいかないし、夕乃からの稽古も回避しないといけない。今日は授業に身につかないと思うが2人からの誤解を解きに行こう。

 

「教えてくれてありがとう直江くん」

「流石にこれは無視できないからね。こっちも誤解だってそれとなく伝えとくよ」

「本当にありがとう…」

 

川神市で縁を繋いだ友人は多くいるが特に川神で信用できるのは大和だろう。彼も危なっかしいところもあるが理性的であるため信用はできるのだ。

だからこそ裏世界のことを少し話せたのもある。これ以上は突っ込んで欲しくないのでもうあまり話したくはないけれど。

 

「あ、直江くんに真九郎くん。ここにいたんだ」

「「葉桜先輩」」

 

屋上で会話をしていたら清楚が来た。彼女は理由無く気分的に屋上に来たのだ。そして真九郎を見るなり、頬を赤くしながら、ちょっと寂しそうな顔をした。

 

「あの…真九郎くん。昨日のこと聞いたんだけど、本当なの?」

「誤解です!!」

 

力強く誤解を解くために清楚の肩に手を置いて言うのであった。その行動にドキドキしてしまう清楚。

傍から見れば告白シーンのように見えるが、実際はどうしようもない誤解を解くシーンである。

 

「そ、そうなんだ。そうだよね、真九郎くんがそんなことをするはずないよね」

 

彼女の口にしたことだと真九郎がヘタレのようにも捉えられるが今は誤解を解く方が先決である。彼女が誤解だと分かってくれれば、あとは彼女から誤解だと浸透されるだろう。

川神学園での清楚の立ち位置は真面目で清楚。そして基本的に模範学生なのだから彼女の口から伝わればすぐに誤解だと信じるはずである。

 

「分かった。噂をしている人がいれば私から誤解だって伝えておくね」

「ありがとうございます」

 

閑話休題。

 

「あの…依頼の方はどうですか?」

「順調です」

「同じく」

 

忘れてはいけないのが清楚の正体を探す依頼だ。何故だか真九郎の誤解のおかげで塗りつぶされた感じがあるが忘れてはいない。

大和たちも独自に清楚の正体を調査しているし、真九郎の方も調べている。

銀子の方も順調のことで予定では今日中には情報を取れるとのことだ。そして夕乃と紫と独自に調べているのだ。

 

「今週中には見つかりますよ清楚先輩」

「今週中かあ。早いね。早い方が助かるけど」

「はい。なのでもう少し待っててください」

「うん。2人とも頑張ってね」

「はい」

 

清楚の正体ももうすぐ判明しそうである。

 

 

138

 

 

誤解を解かねばならない。

 

「銀子、話を聞いてほしい」

「誤解の話でしょ」

「…知ってたのなら教えてくれれば良いのに」

「面倒だったの」

 

面倒という言葉で片づけられた。幼馴染なら助けてほしいものである。

銀子の前に夕乃のところで誤解を解きに行った時は本当に大変だった。まず会話までの道のりが大変。

どうにか話を聞いてもらうために夕乃にはいろいろと頑張ったものだ。頑張ったと言っても話を聞いてもらうのに「俺にできることがあれば何でもします」と言ったのでやっとであるが。

結果は今度買い物に行くことになった。夕乃は間違いなくデートのつもりで言ったのだが真九郎は買い物のつもりである。

 

「それにしても悪宇商会の星噛がここに訪れているなんてね」

「気を付けてくれ銀子」

「気を付けるのはあんたよ。それに崩月先輩にもいろいろと言われたでしょ。何も連絡を寄越さないなんて」

「…はい」

 

銀子は誤解のことで機嫌が悪くなっていたのではなく、絶奈が川神に訪れていたことを真っ先に連絡してくれなかったことで機嫌が悪くなっていたのだ。

また、夕乃も誤解のことが解けて、じゃあ女性とは誰のことだったかと聞かれて話すと怒られた。何故、絶奈が来ていたのに連絡をしなかったのか。

真九郎としては力を借りるのは悪くないと思っているが大事な人を巻き込みたくないからというので矛盾しているのだ。銀子も夕乃も力を貸してほしいと言われれば二つ返事で力を貸すと言うだろう。

2人にとっても真九郎は大事な人だ。力を貸さないわけがない。だから真九郎が力を貸してほしいと言った時はとても嬉しいのである。

 

「悪宇商会の最高顧問が川神にいる間は気を付けましょう」

「ああ、そうだな」

 

絶奈が川神にいる。それだけでも彼らにとったら警戒するしかない。

 

「そうだ。話は変わるけど葉桜先輩の正体が分かったわよ」

「本当か。流石銀子だな」

 

1番に信用できる銀子が見つけ出した情報だ。疑う余地なんてない。

さっそく銀子から受け取った資料を見る。そして清楚の正体が分かったのだ。

 

「…………ん」

「どうしたのよ?」

「この偉人って誰?」

「…はあ、馬鹿」

 

真九郎。残念だが正直に言ってしまうと勉学の方は少し足りない。

 

「いや、武将ってのは分かるけど…あまり聞かない。そもそもこの国で活躍した武将はあの時代くらいしか知らない」

「彼女の正体はこれでも有名なんだけどね。まあ歴史の教科書でも触れても少しだからね」

「ふーん」

「でも有名な武将なのは確かよ。最強の天才武将の肩書もあるほどだからね。気になるなら歴史の勉強をしなさい」

「今度、銀子が教えてくれよ」

「気が向けば教えてあげるわ」

 

ついに清楚の正体が分かった。あとは彼女に伝えるだけである。最も信じるかどうかは分からないが、この資料に記載されている偉人が彼女の正体なのだ。

嘘をつかずに話そうと思う真九郎であった。

 

「その前に夕乃さんたちや直江くんたちも調べてるから照らし合わせてみよう」

 




こんにちは。
読んでくれてありがとうございました。

今回はオリジナル回で真九郎と絶奈による勘違いのストーリーでした。
元凶は岳人たちです。(本人たちは悪気はありません。ただの嫉妬です)

こんな回もあっていいかなって感じで書きました。
さて、次回はやっと清楚ルートの話になります。予定では清楚覚醒くらいの話になります。
そして夕乃や絶奈の活躍も考えております!!

清楚の覚醒暴走、夕乃の怒り、絶奈の遊び、百代の油断、な感じかな。


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覚醒

139

 

 

ある日の1日。

今日は夕乃と紫は清楚の正体を探すために図書館に訪れていた。発端は真九郎が清楚の正体を探す依頼をしているから手伝っているのだ。

夕乃は清楚の友として探し、紫は面白そうだから探す。図書館で偉人のところを探せば見つかるだろう。しかし清楚が誰の偉人かは分からない。

 

「ふむ。清楚の正体はこの偉人の本の誰かなのだな」

「そうですよ紫ちゃん」

「だが誰なのだ?」

「それを探すのが私たちの役目ですよ。清楚さんの性格や特徴はメモがあります。この特徴に一致しそうな偉人を探しましょう」

「うむ!!」

 

図書館なので静かに清楚の正体にあたる偉人を探してピックアップしていくのであった。

まずは文系少女という点から清少納言や紫式部などが当然上がる。

 

「むむ、この紫式部ってのは私と同じ名前がついているぞ」

「ですね。普段の行いから紫式部なんか当てはまりそうですね」

 

紫式部という偉人は清楚の正体として多くの者が思う1人である。候補として挙がって当然の帰結である。

文系の偉人で言うと他にもチラホラと出てくる。だがそれは全て日本の偉人だけだ。

ここで海外にも目を当てるのも良いかもしれない。何も九鬼財閥はクローンを日本の偉人だけとは公開していない。

 

「海外か。この人は?」

「この偉人はマリー・アントワネットですね」

「これは?」

「この方はアーサー王です」

「この人は?」

「ジャンヌ・ダルクです」

 

清楚の正体を探すついでに紫に偉人と歴史の勉強をしてあげる夕乃は良い先生になるだろう。

そんな2人の前に件の清楚が現れた。彼女は図書館をよく利用するから出会う可能性は高い。彼女のファンはよく清楚に会う度に図書館に通う者だっている程だ。

 

「夕乃ちゃんに紫ちゃん。こんにちは」

「こんにちわ清楚さん」

「うむ、こんにちは!!」

 

清楚は彼女たちの机に座る。手元には紫にとっては難しい本ばかりだ。

 

「それは偉人の本?」

「実は清楚さんの正体を探しているんですよ」

「それって直江くんたちや真九郎くんに頼んだ?」

「そうですよ。私たちにも手伝わせてください」

 

夕乃と紫が手伝ってくれる。それだけで清楚の心は嬉しさでいっぱいであった。

 

「ありがとう」

「自分の正体を知るのは当たり前だ」

「紫ちゃん?」

「自分を生んだ親が隠しているとは言え、自分自身のことは自分自身が知るべきなのだ。だから自分の正体を知ることは悪いことでは無いぞ!!」

「紫ちゃん…」

 

紫はまだ子供だ。しかし紫は大人のような言葉を発することがある。これも九鳳院として様々な人と接している賜物なのだろう。

 

「でも自分自身のことだから、どんな正体でも受け入れるべきだぞ」

「うん。それは分かってる」

「でも清楚は清楚なのだ。それを忘れるな。清楚と私は友達だ。紫は清楚の正体がどんな人でも受け入れるぞ!!」

「ありがとう紫ちゃん!!」

 

紫の笑顔と言葉に清楚は心が嬉しさで溢れてくる。

 

「大丈夫ですよ清楚さん。真九郎さんが必ず見つけますから」

 

本当は真九郎ではなくて頑張っているのは銀子だが、それは知らない方が良いかもしれない。

 

「すぐに見つかる!!」

 

清楚の正体が分かる2日前の出来事であった。

 

 

140

 

 

川神学園の屋上。

ここには真九郎たちに大和たち。そして清楚がいた。屋上にいるのは清楚の正体が分かったから集まったのだ。何故学園の屋上なのかは分からない。

 

「もう分かったのみんな?」

「はい。分かりました。更に紅くんたちと正体を答え合わせをしたところ、お互いに一致しました」

「いやあ流石、真九郎殿だ。こっちは全員で探したのに真九郎殿は1人でとは!!」

「頑張ったのは私なんだけどね」

 

頑張ったのは真九郎ではなく銀子。しかも彼女は九鬼財閥のデータベースをハッキングしたのだから正解は当たり前である。

そんな裏技もとい反則技をやってのけた銀子も凄いが大和たちも少ない情報だけで清楚の正体に辿り着けたのも凄い。

銀子としてはこんな依頼は片手間感覚で楽勝だったらしいが。

 

「私も頑張ったぞ!!」

「そうだね紫」

 

紫もまた清楚の正体には辿り着いた。最も彼女は己の幸運と勘とも言うべき才覚で辿り着いたのである。それはここにいるみんなよりも特殊で凄いと思う。

 

「じゃあ、私の正体は誰なの?」

 

清楚は高揚半分、不安半分で口を開いた。やっと自分の正体が分かるのだから当然の気持ちである。

そんな彼女とは裏腹に大和たちはちょっと微妙な気持ちである。

 

(うーん。葉桜先輩にこの偉人を言うのはちょっとだけ気が引けるな)

(でもこの偉人があたしたちの導き出した答えだしね)

 

清楚はどんな偉人でも受け入れる気持ちはできている。2日前に紫に言われた通り覚悟はできているのだ。でもやっぱり自分が予想している文科系の偉人を意識しまくっているのだ。

きっとそう思っていると予想している大和たちは答えを言いにくい。なんせ導き出した偉人は正反対の存在なのだから。

最初は大和たちだって文科系の偉人を探していたが、清楚の特徴や乗っている自転車の名前、髪飾りの花の名前からある偉人の特徴と一致したのだ。

彼らが見つけたその偉人に最初はまさかと思ったが次々と一致する特徴に笑えなくなり確定したのだ。そして真九郎ではなく銀子が見つけた偉人とも合致して完全に確定した。

 

(ぼくたちがやっと見つけたのに対して村上さんは簡単に見つけたのは凄いね)

(村上さんって何者?)

 

凄腕の情報屋。

彼女は自分自身のことを大っぴらには言わない。だから大和たちは銀子の正体を知らないのだ。大和の人脈構成としては喉から手が出る存在だろう。

 

「誰かな誰かな。紫式部かな。それとも清少納言かしら?」

「項羽です!!」

「え?」

「葉桜先輩の正体は項羽です!!」

 

大和たちからしてみれば言いにくいことであったが翔一は堂々と言い切った。

「流石キャップ」とか「堂々と言ったなあ」とか聞こえる。特に気にせずに言えるというのはある意味能力の1つだろう。

言いずらいことをはっきりと言う。それは空気を読めないと言われるかもしれないし、はっきり言う正直者と思われるかもしれない。

 

「えと…降雨。雨?」

「いえ、中国の英雄。いや、覇王と謳われた項羽です!!」

「覇王?」

 

携帯電話で調べても文化系の偉人ではなくてバリバリの武人である。まさしく正解で武人なのだ。

 

「最初はまさかと思ったけど葉桜先輩との特徴が一致したんだ」

「葉桜先輩が乗っているスイスイ号。項羽の馬の名前は騅。これを聞いた時はハッとしたぜ」

「信じられないかもしれませんが、集めた資料を見てこうも一致するとな…」

「葉桜先輩。この資料を見て何か感じることはありませんか?」

 

集めた資料を清楚に渡す。渡された資料を見て、ある文章を読んだ瞬間に清楚は頭を抱えた。

 

「うう…頭が」

「葉桜先輩!?」

「清楚さん!?」

 

資料のある一文を読んだ瞬間に頭痛が響く。まるで何かを思い出せそうな痛み。

 

「おいヤバイんじゃないか。一旦中止だ」

 

百代の判断にみんな賛成して清楚を介抱しようとする。しかし清楚本人が止める。

 

「待って、何か思い出せそう。この一文…前に読んだことがあるような」

 

『力は山を抜き…気は陽を覆う。時、利あらず。騅行かず…』

清楚はまるで誰かに操られているように文を読んでいく。これは何かマズイ。屋上にいる全員が警戒した。

そして清楚が文を読み終わった後に巨大な気の爆発が起きた。

 

「マズイ。全員避難しろ!?」

 

巨大な気の爆発は川神全域に広まった。そして強者たちはこの異様の状況に気付くのであった。

川神鉄心や九鬼財閥のヒュームたちも気付く。

 

「おいマープル。何の事故か知らんが目覚めたぞ項羽が」

「何だって!?」

「紋様たちは既に避難させている」

「ったく覚醒を防ぐ拘束具である指輪を用意したのにこんなタッチの差で…仕方ないすぐさま対策を練るよ」

 

 

141

 

 

川神学園のグラウンドに避難した真九郎に大和たち。さっきまでいた屋上は物凄い気がほとばしっている。

 

「大丈夫か紫、銀子、夕乃さん!!」

 

夕乃も銀子も急いで抱きかかえて避難した。

 

「大丈夫だ。でも…」

 

紫が屋上を見る。自分のことよりも清楚が気になるのだろう。

 

「お前たちはここにいろ。私が見てくる」

 

百代がまた屋上に向かって跳ぶ。屋上に何が起こっているのか分からない。だが嫌な予感しかしない。

全員が屋上を見る。何が起こっているか見えないが巨大な気が溢れていることしか分からない。そしてたった2分も経っていないのに屋上から更に空へと何かが飛んで行った。

 

「ええ、お姉さま!?」

 

空に飛んで行ったのはまさかの百代。何故、空に飛んで行ったか訳が分からない。

百代が空に飛んで行ったの確認した次はグラウンドに何かが落ちてきた。

 

「な、何!?」

「クハハハハハハ!!」

 

大きな笑い声と現れたのは葉桜清楚であった。しかし清楚であって清楚でない。彼女は項羽であった。

 

「我が名は項羽だ!!」

 

堂々と自分自身の名前を言う。姿が清楚であるが中身はまるで違う。

 

「さて、礼を言うぞ。よくぞオレの正体を見破り覚醒させてくれた!!」

 

清楚で項羽。彼女は二重人格のようにも見えるが2人で1つの人格であるらしい。元々、項羽人格は清楚の中にあったが封印されていたのか分かれていたようなのだ。

だから1つであったはずの人格が別れたらしい。その状態がやっと混じり合ったとのこと。清楚の人格が消えたのではない。やっと欠けていた人格が元に戻ったというべきだ。

 

「クハハハ。オレが天下を取った暁には大きな褒美をやろう!!」

「て、天下!?」

「おいおい世界征服のつもりかよ!?」

「オレは覇王だ。ならば世界を統べるのは当然だ!!」

 

拳をグっと握りしめた。その力強さは雄々しい。

 

「さて、どうやって天下を取るんだ?」

「ええ!?」

「各国のトップでも落とすか…まずは挙兵か?」

「おいおい何を言ってるんだ!?」

「オレは発言を許可した覚えは無い」

「うおわあああ!?」

「岳人!?」

 

止めに入った岳人が川神のプールまで投げ飛ばされた。落ちた場所がプールであることから無事であるようだ。

清楚もとい項羽は突拍子もない世界征服発言を繰り返す。彼女の言っていることはただの子供のような発言だ。これにはなんと言えばいいか分からなくなる

 

『聞こえるか清楚。いや項羽』

「この声はマープルか!!」

 

スピーカーから声が聞こえる。彼女の正体を知っていることから九鬼家でも上層部の人間だろう。

 

『目覚めちまったもんはしょうがない。一度帰っておいで』

「帰るだと、必要ない。オレは目覚めたばかりで元気でいっぱいだ。見ていろマープル今日中に日本を墜とす!!」

『馬鹿なこと言ってんじゃないよ。いいから帰ってきな!!』

「オレが馬鹿だと。恩があるとはいえ許さないぞ。オレは馬鹿じゃない。馬鹿じゃないぞ」

『別に許してもらわなくて構わないね。最後の警告だ。帰って来な』

「どうしてそこまで帰らせる?」

『これから教育カリキュラムを考えるのさ。勉強はこれからもやってもらうよ』

「勉強だと。クハハ、そんなもの名前さえ書ければ十分だ!!」

『はあ…話が通じそうにないね。それに鼻っ柱も折る必要がありそうだ』

 

マープルの交渉は決裂したようだ。次に彼女が提示したのは項羽の暴走を止めるために自分の財を報酬として川神学園の強者たちと川神全域の強者たちに放送した。

そこからの九鬼家の動きは早かった。項羽が川神学園から出た場合はすぐさま一般市民の安全を優先させるために九鬼家従者部隊を待機させる。

ケガをしたくないものは安静にする。項羽に立ち向かう者は自己責任。最も九鬼家からは治療はしてくれる。

 

「全くマープルめ。このオレに賞金を懸けるとは…まあいい。目覚めたばかりの運動だ。どこからでもかかってこい」

 

項羽は身体から巨大な気を滲み出させる。

翔一が持ってきた武器を受け取る一子たち。まさかこんな状況になるとは思わなかったが今は彼女を力づくで止めるしかない。

話が通じないなら力づくしかない。なんと川神らしいことである。

 

「悪いけど力づくで止めさせてもらうわよ!!」

「黛流。黛由紀江…行きます」

「行くぞ!!」

 

一子たちが構えて立ち向かう。

 

「んは。どこからでもかかってこい。遊んでやる!!」

 

項羽は間違いなく川神で言うところ壁越えの実力者。しかも百代を空へと飛ばした張本人である。

最も百代が項羽に飛ばされたのは油断という一点がとてつもなく大きい。実力は五分五分であっただろう。しかし百代の長く戦いたいという欲と油断からカウンターをもらって吹き飛ばされたのだ。

相手が格下ならばカウンターなんて物ともしないが、項羽は百代と同じくの圧倒的な実力。ならばカウンターは警戒するべきだったのだ。

結果として項羽に打ち負かされたのである。

 

「気を付けろみんな!!」

 

油断していたとはいえ、百代を打ち負かした項羽に勝てるかなんて低い確率だろう。それでも立ち向かうのは武士娘だからだ。

 

「おりゃあ山崩し!!」

 

一子の一撃を難なく弾き返す。

 

「はああああああああ!!」

 

クリスの怒りの攻撃も効かない。

 

「貰った」

 

京の矢を脅威の肺活量で吹き返す。

 

「はああ!!」

 

由紀江の最高速度の斬撃さえ歯で受け止める芸当を魅せて見せた。

まるで百代のように常識外れの実力である。勝負は一瞬で項羽は一子たち4人は1分以内で片づけた。

 

「みんな!?」

 

圧倒的実力。彼女をどうやって止めるのか。

遠くから観察している燕も「ありゃりゃ」と呟くが笑えない状況だ。彼女を倒すには真正面からは厳しい。

どこかしら隙をついて狙うしかないだろう。

 

「ふん…遠くからオレを見ている奴がいるな。って、んん?」

 

川神学園の入り口からゾロゾロと腕に自身がある学生が現れる。全員がマープルの放送を聞いて集まったのだ。

これだけの人数がいれば押さえつけることはできるはずと思ってしまった時点で間違いである。

 

「こんなものか。スイ!!」

『はい』

 

進化したスイスイ号がロケットの如く飛んできて方天画戟を噴射する。それを簡単にキャッチして一閃。

すると突撃してきた学生がまるで紙のように空へと舞い上がった。まさに死屍累々。

 

「クハハハハハ。こんなものか!!」

 

項羽は止まらない。川神学園に腕利きの者を倒したが彼女はまだ動き足りない。ならばスイスイ号に乗って一っ走りしようかと考えた時、小さいが強き言葉が聞こえた。

 

「止めるのだ清楚!!」

 

声の主は紫であった。

 

「お前は紫だったな。幼いくせによくオレの正体を探す手伝いをしてくれたな。礼を言うぞ」

「止めるのだ清楚。こんなケンカは駄目だ!!」

「ケンカだと…違うな。これは報酬目的で襲って来たから撃退しただけだぞ」

「でもやりすぎだ!!」

「む、確かに。まだ覚醒したばかりで加減ができていないな」

 

加減なんて一切するつもりはなかった項羽。まずは身体を全力で動かしたかったのだ。

 

「もう止せ清楚。これ以上のケンカはダメだ!!」

「子供とはいえ、オレに指図するな」

 

紫の言葉を無視してスイスイ号に乗ろうとするが紫は諦めずに彼女の前に出る。

 

「邪魔だぞ」

「もう止めるのだ」

「くどい。オレは我が道を進む」

「止まるのだ」

 

紫の目は怯えているが強い目もしている。

 

「くどすぎる。子供に手を挙げるつもりは無いが…邪魔をするのなら容赦はしないぞ!!」

 

気を滲み出させて威嚇するが紫は立ちふさがる。

 

「こいつ…」

「待ってください清楚先輩!!」

「む、お前は真九郎か」

 

紫を守るように前に出てくる真九郎。彼女を守るのは彼の役目である。

 

「もう落ち着きましょう。今は落ち着くことが大切です」

「オレは落ち着いている。クハハ、お前は割と気に入っているぞ。表のオレが世話になったしな」

 

真九郎のすることは紫たちを守ることと項羽を止めることだ。

 

「もう止めましょう。清楚さんは正体が分かったのなら九鬼財閥に戻るべきです」

「お前まで言うのか。オレは日本を手中に治めねばならん。そう天下統一だ!!」

「天下統一の前に九鬼財閥に戻ることが大切です」

「お前…」

「清楚先輩…いえ、項羽さん。今の貴女では天下統一なんてできません」

「なんだと!?」

「紫に…子供相手にムキになっている時点で駄目です。今の貴女には冷静になって話を聞くべきです」

 

この場にいる最年少の紫が今の項羽がやっていることが間違いだって分かっているのに認めない。それを理解できない項羽は暴走しているし、天下統一なんてできない。

それすら分からない彼女は間違っているのだ。今まで封印されていた衝動かもしれないが、常識が外れている。項羽としての性質が強いせいか時代錯誤の考えをしてしまっている。

 

「そもそも今の時代に…天下統一なんて言葉は合いません。今は戦国時代でもありません」

「くう…」

「お願いです。落ち着いてください項羽さん!!」

 

当たり前のことを言われたがイラついてしまう項羽。やはり今の項羽は覚醒したばかりで常識が足りていない。

マープルだって項羽に話が通じればこんな実力行使なんてさせなかった案である。

 

「五月蠅いぞ。お前には借りがあるがウダウダと言うな!!」

 

次に項羽が取った行動は彼女の人格に引っ込んだ清楚にとって止めて欲しかった行動であった。

 

『だめ…!?』

 

項羽の頭に清楚の声が響いたが既に遅かった。方天画戟が真九郎を襲ったのである。

真横に垂直に吹き飛ぶ真九郎。

 

「真九郎!?」

 

紫が急いで真九郎のもとに駆け寄る。

 

「はあはあ…くそ。スイ、行くぞ!!」

 

項羽はスイスイ号に乗って川神学園の外へと出て行った。

 

「し、真九郎…」

「真九郎!?」

 

銀子も駆け寄って介抱してくれる。

 

「ゴホッ…ゴホッ」

 

口に鉄の味がする。ポタポタと血が滴る。

項羽の攻撃で内臓をいくつか負傷したようである。

 

「は、早く病院だ真九郎!?」

「だ、大丈夫だよ紫」

「何が大丈夫なものか、血を出しているんだぞ!!」

「紫ちゃんの言う通りだ紅くん」

「直江くんまで…一子さんたちは?」

「ワン子たちは保健室に運んだ。でも紅くんは病院に行くべきだ」

 

吐血して、内臓も負傷したなら病院に即直行である。

 

「でも清楚さんを止めないと…ゴホッ」

 

内臓をやられたせいですぐには動けない。でも身体に鞭を売って動かなければならない。

依頼は達成させられたが揉め事処理屋としてまだやるべきことがあるのだ。項羽の暴走を止めないといけない。

 

「真九郎さんは休憩していてください」

「夕乃さん?」

「清楚さん…いえ、項羽さんは私が止めますので」

 

夕乃は真九郎の口についた血をハンカチで拭った後、川神学園から出ていく。

 

「清楚さん…項羽さん。貴女とは友人です。しかし真九郎さんを傷つけたことは許しません」

 

夕乃は一瞬だけ怒りを発してしまった。一瞬だったので彼女の気に気付いた者は一握りしかいなかった。そして川神市にいる『孤人要塞』もマープルの放送を聞いて面白そうと思っているのであった。

覇王の前に真九郎以上の戦鬼と無敵の要塞が向かう。更に空に飛ばされた武神もまた急いで帰還しようとしていた。




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりお待ちください。

さて、今回で清楚が覚醒して項羽に目覚めました。
今回のメインはこれでした。基本的に清楚ルートとあまり変わらないと思います。しかし次回はオリジナルになります。
なんせ、ついに夕乃が動きます。更に絶奈まで、遅れて百代も。

どんな展開になるかはお待ちください!!


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混戦

142

 

 

死屍累々。今の状況はそう表すのが正確だろう。項羽の周囲には九鬼家の戦闘メイドたちに板垣姉妹たち。さらには九鬼揚羽や釈迦堂刑部まで倒れていた。

倒れている彼女たちは全て項羽が潰したのだ。全員が相当な実力者のはずだ。しかし倒した項羽の方が強いということだろう。

そんな様子を見届けるは翔一。今では空気の存在だが気にしないのが彼である。

 

「おいおいマジかよ…」

 

特に百代のライバルであり、百代が数少ない尊敬している揚羽までも倒されるのは想像できなかった。

揚羽は項羽を正確に分析して戦っていたのだが一瞬の隙をつかれ敗れた。そして才能の塊である辰子も覚醒しそうでありながらもやられる。

更に更に、項羽の一瞬の隙を見逃さずに遠くから見ていた燕の平蜘蛛の砲撃でさえ倒し切れてなかった。

 

「あいつはこそこそ隠れていた松永燕だったな。オレが一瞬だけ冷や汗を搔くとは…許さん。潰す!!」

 

今から川神学園に戻って燕を潰そうとしようとしたが、ここで声を掛けられる。その人物を見た翔一は「何でここに?」と呟く。

その人物は夕乃。彼からしてみれば大和撫子が似合う彼女には似合わない場所にいると思っている。

 

「清楚さん。いえ、項羽さん」

「む、お前は崩月夕乃だったな。表のオレが世話になったと言いたいが今は後にしてくれ。これから狙い撃ちをしてきた松永を潰しに行かねばならん」

「項羽さん。申し訳ありませんがここで大人しくしてもらいますよ。嫌なら実力行使です」

「…ほう。今のオレを止められるとでも?」

「ええ、止めてみせますよ」

 

ニコリと笑う夕乃に対し、燕のせいでイラついている項羽は右足で地面を踏み潰した。

 

「この覇王に向かって不敬だぞ!!」

 

怒号と大きな気を夕乃に遠慮なしに向けて放つが夕乃は涼しい顔のままだ。

 

「私が失礼でも不敬と思われても構わないです。項羽さん、私も怒っているんですよ」

「怒っているだと?」

「はい。貴女は真九郎さんを傷つけた。それだけで私が怒るのに十分な理由です」

「…それは」

 

項羽が一瞬だけ申し訳ない顔をしたが今の夕乃には関係ない。そして項羽も今のモヤモヤの気持ちを振り払うように気を爆発させる。

 

「ええい、どけ!!」

「どきません。ここで貴女を懲らしめます」

「ならやってみろ!!」

 

今ここで覇王と戦鬼の戦いが始まろうとした時、新たな乱入者がくる。その存在に夕乃は驚いたがすぐに冷静さを取り戻す。

 

「お、ここか」

 

現れた乱入者は長い赤髪に片手に酒瓶を持った女性。その名は星噛絶奈であった。

まさかの登場だが夕乃には関係ない。もし邪魔をするのなら叩き潰すまでである。

 

「九鬼の放送を聞いて来たんだけど…まさかアンタまで会うとはねえ。まあ、紅くんにも再会したし可能性はあるわね」

「何で貴女までいるんですか星噛絶奈さん?」

「さっき言ったじゃない。九鬼の放送を聞いてクローンを捕獲しに。仕事まで暇だったしね」

「帰ってください。これは私の問題ですから」

「これは九鬼がまわした依頼よ。それに誰でも依頼に参加可能…よ」

「関係ありません。帰ってください」

 

夕乃は絶奈にさっさと帰ってもらおうと冷たく言い放つ。彼女がここにいては混乱するだけである。

 

「帰らないなら先に貴女と話をつけても構わないですよ」

「あら、歪空の時は実行できなかったけど今回は決めてみる?」

 

それは誰が一番強いか。今の場合は崩月と星噛のどちらが強いかをだ。夕乃の実力は真九郎より確実に上であり、絶奈はキリングフロアの時よりも人工臓器や義手、薬莢などを更に強化している。

どちらもまた化け物なのだ。そんな化け物2人を見るのは先ほど項羽にやられた揚羽である。

 

(まさか裏十三家のうち崩月と星噛が集合するとはな)

 

揚羽は項羽を止めるために自ら赴いたのだが、まさかの返り討ちにあった。覚醒したばかりだというのに暴力的なまでの強さであった。それに揚羽は戦いから身を引いているのでブランクもある。

そのせいもある為、揚羽は項羽に負けたのだ。勝てる可能性はあったが今回は運が項羽に味方したのだろう。

 

(項羽…強さは確かだが相手も化け物だぞ)

 

項羽の攻撃でまともに動けないのが最悪な状況である。動くのならばこの戦いに立ち回りたいのだ。何故なら悪宇商会の絶奈がいるからである。

夕乃に関してはまともだと思いたい。川神学園での評価は大和撫子でみんなの手本であり、優等生。猫の皮でも被っているかもしれないが絶奈よりマシだと思いたい。

 

「こちら揚羽。連絡を取れるか?」

『此方クラウディオです。揚羽様どうしました?』

「項羽の元に誰も近づかせるな。今ここに裏十三家が2人いる」

『2人もですか』

「ああ。1人は崩月夕乃であり、もう1人はあの悪宇商会の星噛だ。彼女たちの戦いに並みの者が介入すればただではすまないぞ」

『分かりました』

 

揚羽の想像通りでこんな戦いに並みの武術家が介入したらただではすまないはずである。この戦いに介入できるのは壁越えクラスでも百代並みが必要である。

最も今の百代でも彼女たちの戦いに介入はできても勝つかは分からない。揚羽ですら勝てるか想像ができないのだから。

 

「項羽さんを止める前に貴女に帰ってもらいます」

「できるかしら?」

 

夕乃と絶奈が会話をしている間は項羽が空気になっていた。覇王としてこの対応はいただけない。

 

「オレを無視するなあああああああああ!!」

 

気を大きく爆発させて2人の視線を集中させる。手には方天画戟を持って雄々しく構える。

 

「何を訳の分からないことを勝手に話している。オレが目的ならさっさとかかってこい。オレは早くあの松永に罰を与えねばならんのだ!!」

 

地面を踏み潰してまずは絶奈の間合いへと入る。そして暴威の如く方天画戟を真横に一閃して絶奈を吹き飛ばした。

吹き飛んだ後の落ち方は最悪で受け身もとっていない。これではもう戦えないだろう。そう結論したのは項羽と揚羽。

 

(おかしい…あれで孤人要塞がやられた?)

 

残念ながら今の一撃では絶奈は沈めることはできない。

 

「痛ーいじゃない」

 

まるで昼寝から覚めたように身体を起こす。普通に起きたのに「馬鹿な」と項羽は呟く。

確かに良い一撃が入ったはずなのだが絶奈は無傷の如くに立ち上がる。だが彼女が多少なりとも痛みを感じているのだから項羽の攻撃は効いていないわけはない。

ただ、今の一撃程度では絶奈にとって軽く叩かれた程度でしかないのだろう。

 

「じゃあ今度はこっちね」

 

ニコリと笑って薬莢を取り出して腕を捲る。現れたのは鋼鉄の腕であり星噛製の義手。

 

「義手に薬莢?」

 

薬莢を義手に装填完了。

 

「どおん」

「こんなも…の!?」

 

絶奈の攻撃の代名詞とも言える『要塞砲』が項羽に直撃。そのまま垂直に殴り飛ばされた。

 

「おー…飛んだなあ」

 

どんな攻撃も耐えた項羽が殴り飛ばされた。それだけで彼女の『要塞砲』の威力を物語っている。しかも手加減をしているのでまだまだ底を見せていない。

項羽は捕獲対象なので殺せない。なので薬莢は火力が弱いもの。弱いものなのにあり得ない威力なのだ。

 

「殺してませんよね」

「殺してないわよ」

 

夕乃は冷静に殴り飛ばされた項羽を見る。彼女の言葉が正しいようで生きている。

よろよろと立ち上がる項羽を見て安心である。だが項羽は怒りが頂点に達していそうだ。

 

「貴様ああああああ!!」

「あらまだ元気みたいね。なら次はもう少し火力のある薬莢を装填するわね」

 

またも薬莢を義手に装填して項羽を待ち構える。項羽は怒りの速さで夕乃の横を通り過ぎようとしたができなかった。

自分が進もうとした方向とは真逆の方向に進んでいたのだ。いや、正確には吹き飛んでいた。

 

「手加減は難しいですね」

 

夕乃の両肘から真九郎よりも細く、輝く2本の角が生えていた。歪空の時のように久しぶりの開放に喜んでいるように光輝く。

 

「前にも見たけど紅くんよりは細いわね。簡単に折れそう」

「あら、試してみますか?」

「よくもこの覇王に!!」

 

まだまだ項羽は倒れない。

 

「私はこのまま三つ巴で戦ってもいいわよ」

「私も構いません」

「覇王への不敬を後悔させてやるぞ!!」

「「どうぞご勝手に」」

 

三つ巴の戦いが始まる。

 

 

143

 

 

3人の化け物の戦いが始まってからその場は戦場となった。戦場と現してよいか分からないが戦場だ。

項羽が、夕乃が、絶奈が互いに戦いを始めている。もう1人を攻撃したと思ったら次にもう1人を攻撃する。攻撃されたらすぐに防ぎ、もう1人から攻撃すれば避ける。

夕乃は舞うように鬼のように攻撃する。絶奈は頑丈さと圧倒的な破壊力で全てを潰していく。項羽は暴力的なまでの力を振るう。

 

「…スゲー」

 

翔一はそう言うしかなかった。項羽の実力は覚醒した時から見て慄いた。しかし夕乃の実力に、酔っ払い事件に出会った絶奈の実力は予想外すぎる。

学園では大人しく大和撫子のイメージの夕乃が戦っている姿が違和感しかない。そして絶奈に関しては酔っ払いのイメージしかないのに圧倒的なまでの力を見て驚く。

 

「おいおいあの3人はモモ先輩並みじゃねえか」

 

翔一の思ったことは正解だ。寧ろそれ以上の可能性もある。

 

「おい…確か風間翔一だったな」

「あんたは九鬼揚羽さん」

「ここは危険だ。早く離れた方がいいぞ」

「いやオレは見届けると決めたんでな。戦車でも動かないぞ」

「全くお前と言う奴は…これはただの戦いじゃないぞ」

 

揚羽の言う通り、これはもうただの戦いではなくなっている。今まで翔一たちが体験した戦いではない。これはもう裏の戦いになる。

前に一度、綾小路の屋敷で裏の者である『鉄腕』と戦ったが今の戦いはその時よりも遥かに違う。

 

「これは…戦い?」

「いや、一歩間違えれば殺し合いになる」

 

翔一も揚羽も今は見ることしかできない。

だがその場にまだ向かう者たちがいる。あと、数分で到着するであろう百代。揚羽の連絡によって現場に向かう壁越えの者たち。そして紅真九郎。

早く現場に向かわなければ殺し合いに発展してしまう。

 




読んでくれてありがとうございます。
感想などお待ちしています!!

今回はついに夕乃、絶奈、項羽の混戦が始まりました!!
百代は遅れてます。

夕乃の実力はまだ分からないですが真九郎より確実に上であり、原作では絶奈と魅空を相手にできる描写もあったので項羽や百代と相手にできるでしょう。
戦闘スタイルはよく分からないのでオリジナルかつ違和感がないようにします。

そして真九郎はどうやって戦いを止めるのか!?
次回もゆっくりとお待ちください!!


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捕縛戦は続行

143

 

 

真九郎は騎馬が運転する車の中にいた。紫や銀子からは病院に行けと言われていたが夕乃や項羽のことが気になり、無理言って騎馬に頼んで項羽たちの場所に向かってもらっているのだ。

項羽のダメージが思いのほか大きく、身体に残っている。崩月に伝わる治療法で身体を回復している。内臓の回復も順調だ。

 

「そのダメージでは今から向かう場所では足手まといになりますよ」

「分かっています。でもやれることはあるはずなんです」

「…分かりました。ご武運を祈りますよ」

 

彼にはいつもお世話になっている。ここぞという時に助かる。

 

「しかし、情報によると凄いことになっているようです」

「凄い事ですか?」

「はい。崩月夕乃様に加え項羽。それに星噛もいるそうです」

「え、絶奈さんも…」

 

考えているよりもいよいよ凄いことになっているようだ。

項羽に崩月、星噛が揃っているなんて、ただの項羽捕獲戦ではなく殺し合いに発展しそうで怖い。

流石に夕乃がいるから殺しなんてことはないと思いたい。しかし今の彼女は静かに怒っている。真九郎が予想する以上のことがおこっていないことを祈るしかなかった。

 

 

144

 

 

戦場もどき。今の現状を思うならまさに戦場もどきだろう。避難した場所から揚羽と翔一はそう判断した。

現在、項羽と夕乃、絶奈が三つ巴の戦いをしている。もう現場は今でも崩れそうである。

項羽は怒りを力に変えて戦い、夕乃は冷静に静かに戦い、絶奈は暇つぶし程度に遊ぶ。揚羽はこの戦いの結末はまだ予想できない。項羽の力は絶大だ。彼女の一撃は奥義にも発展するほどの威力。当たれば一撃必殺だ。彼女の攻撃は一戦を変える。

夕乃は3人の中で一番冷静である。2人の攻撃を冷静に対処して重い一撃を繰り出しているのだ。普通に考えれば夕乃が一番勝利する確率が高い。しかしジョーカーともいえる存在がいる。

絶奈はよく分からない。彼女は面白そうに戦っている。百代とは別の戦いを楽しむ感じだ。百代は『戦い』を長く感じられることに楽しみを感じているが絶奈は『人を潰す』ことを楽しんでいるようだ。それが揚羽の感想。

実際は本当に『暇つぶし』で楽しんでいるだけだ。絶奈は人を殺すのが好きというわけではなく、職業柄で殺しをしているだけ。そこに楽しみはない。だから今戦いを楽しんでいるのは本当に暇つぶしなのだ。

絶奈の戦い方は遊びだ。攻撃を食らっても気にせずに攻撃している。あり得ない耐久度である。

先ほど、項羽の一撃は一撃必殺と言うが絶奈は耐えている。矛盾になってしまうがここは別枠と考えてもらいたい。

 

「武術でもなんでもない…このままだと殺し合いに発展しそうだぞ」

 

揚羽の言葉はまさに当てはまる。今は違うがこれ以上は危険だ。

夕乃はまだいい。しかし項羽と絶奈が危険である。項羽は覚醒したばかりで暴走気味だ。絶奈に関しては仕事以外で殺しはしないが殺さなければ良いだけ。もしも項羽に重症なケガをさせたら元も子もない。

 

「私が早く動ければ良いのだが」

 

今は無事を祈るしかない。

 

「不敬物があ!!」

「気にしません」

「私は最初から貴女に敬意を示してないし」

 

また地面が砕けた。そして項羽と絶奈が吹き飛ぶ。吹き飛ばしたのは夕乃である。

 

「くそ、覇王に!!」

「痛てて、紅くんより痛い」

 

項羽には明確にダメージが溜まっているが絶奈にはダメージが溜まっているようには見えない。実際は効いているが顔には出ないだけである。

薬莢をごく普通に義手に装填する。そして夕乃に向かって殴りにかかる。同じく項羽も立ち上がって方天画戟を振り上げる。

 

「罰執行!!」

「どおん」

「ふっ!!」

 

またも現場が破壊される。そして吹き飛ぶ。

3人とも体力が無尽蔵というわけではない。確実にスタミナは減少しているのだ。その中でまず脱落しそうなのが項羽。

彼女は覚醒してからずっと戦いっぱなしで2人とはハンデがあったようなものである。はっきり言うと不利な状況であったのだ。

 

「はあはあ…」

「息が切れてきたみたいですね」

「まだまだ!!」

「次の一撃で終わりそう」

 

絶奈が新たな薬莢を義手に装填。その薬莢は更に火力のある薬莢である。

 

「ま、骨が砕けても良いでしょ」

 

絶奈が項羽に近づくが夕乃が片手で道を塞ぐ。これ以上は手を出させないというばかりに。

 

「何かしら?」

「これ以上はいけません。項羽が壊れてしまいます。それにやっと大人しくなったのですからお話しができます」

「お話し?」

「はい。元々、私は項羽さんとお話しがしたかったんです。だから大人しくするために戦ったのですから」

 

チラリと項羽を見る。まだ気は荒いが最初のころに比べれば大人しい。これならば多少は会話が出来るし、いきなり襲ってはこないだろう。

 

「でもさっさと捕まえないとねえ」

「数分で終わりますのでお待ちください。その後ならいくらでも戦ってください。最も項羽さんを壊すのなら私がお相手しますよ」

「壊しはしないわよ。壊したら九鬼の連中が五月蠅いからね。それにここで項羽を捕獲したら九鬼と友好で有効な関係をきづけるかもしれないし」

 

構えた義手を降ろす。そして、どうぞって感じで会話を許す。

 

「…助かりますよ」

 

言いたくも無い御礼を言ってから項羽に向き合う。

 

「項羽さん」

「はあはあ…おのれ」

「貴女は悪いことをしました。それを認めるべきです」

「何だと!? オレが悪いだと。オレが全てを決める。悪いかどうかなんてな!!」

「貴女は分かっているはずです。自分の行いが悪いというのを」

「オレは悪くない。オレはずっと封じ込まれていた!!」

 

食い掛かってくる項羽と諫める夕乃。

 

「項羽さんが清楚さんの中に封じ込まれていた。それは私にはよく分かりません。貴女が抱いている気持ちも分かりません。それが同情すべきなのか、糾弾するべきも分かりません。でも確実に悪いことしたのは分かります」

「確実にだと…?」

「はい。項羽さん、貴女は真九郎さんを傷つけた。それが悪いことです」

 

夕乃が怒っている事、項羽が悪いと言っている事、ここに来てまで項羽に会話をしたい事。それらすべてが真九郎を傷つけた事に対して動いたのだ。

夕乃は家族を大切にしている。真九郎は恋心としても大切である。はっきり言って好きなのだ。

恋を抱く相手を、大切な家族を傷つけられて黙ってられないのである。

 

「真九郎さんに謝罪してください。そして迷惑をかけた人たちにも謝罪しなさい」

「覇王が謝罪だと!?」

「王でも間違えたのならば認めなければなりません。謝罪をするのも当たり前です」

「この覇王が謝罪…」

「王が道を間違えたのならば誰かが正さねばならない。それは臣下の役目であるかもしれません。でも私は項羽さんの臣下ではありません。私は貴女の友人としてここに来たのです」

 

夕乃は確かに怒っていた。だが、それでも項羽の、清楚の友人として止めに来たというのもあったのだ。

 

「ゆ、友人として…」

「友人が道を間違えたら助けるのは当たり前です。でもまずは真九郎さんに謝罪してくださいね」

 

第一に真九郎への謝罪。そして周りに迷惑をかけた謝罪をする。それが夕乃が項羽に要求した2つのことである。

それを認めればこの項羽暴走も終わりである。しかし項羽にはプライドがある。プライドというよりも自分が負ける、間違っているというのが認められないというものだ。

言ってしまえば子供の我儘のようなものである。ただの駄々をこねるようなもの。

 

「ぐううう、オレは間違っていない!!」

 

気を溜めて方天画戟を振るうが夕乃は崩月の角の力によって方天画戟を彼方へと吹き飛ばした。

 

「いつまで駄々をこねているのですか!!」

「なあ!?」

「貴女は覇王でしょう。ならば理解すること、自分の過ちを認めるのも覇王です!!」

「覇王だからこそ突き進むのみ…」

「それが全てを駄目にしてしまう未来でも進むのですか!!」

「うぐ…」

「貴女は項羽のクローンです。でも同じ未来を辿る必要はありません。貴女は過去の項羽ではなく清楚という名の項羽でしょう!!」

「そ、それは…オレは。うああああああああああ!!」

 

頭の情報量を処理しきれなくてパンクしたのか、ただやっぱり自分の行いを間違いだと認めたくないのか、癇癪をおこしたような気の爆発であった。

 

「オレは覇王だ。一番偉いんだ。オレが法だああああ!!」

 

完全なる癇癪。これには夕乃は仕方ないと構える。

 

「じゃあもういいわよね?」

 

絶奈も前に乗り出す。薬莢は義手に装填済み。いつでも撃てる。夕乃もまた力は有り余っており、崩月の角の開放された力は少ししか発揮していない。

川神内でもトップクラスに入るであろう項羽もこの2人の攻撃を今まともに食らえば完全にノックアウトだろう。

 

「じゃあそろそろ少し壊しちゃおうかしら」

 

足を前に出そうとしたが止めた。絶奈は空を見たのだ。同じく夕乃も項羽も空を見る。そして降ってきたのは鉄心やヒュームたち従者部隊という壁越えクラスの化け物たちである。

 

「怖いオジサンたちが降ってきたわね」

 

ヤレヤレと絶奈がため息を吐く。夕乃は冷静のままである。

 

「時間切れか」

「そこまでだ。ここからは我々が相手をする」

「なので星噛様はこれ以上手を出さないでいただきたい」

「はあ…怖いオジサンに凄まれれば仕方ないか」

 

ヒュームにクラウディオ、鉄心、ルーたちが項羽たちを囲む。

 

「もうボロボロであろう項羽。貴様を拘束する」

「オレはまだ戦える。オレは覇王なんだ!!」

「裏十三家の崩月と星噛に相手をしてそれ済んでいるんだ。もう諦めろ」

「裏十三家?」

「清楚ちゃん。いや、項羽ちゃんじゃな。大人しくしといたほうが良いぞ」

 

鉄心たちは気を練り始める。項羽がいつ暴走しても力づくで止めるために。項羽は完全にこれで詰み状態。

更に項羽を追い詰める状況も追加し始める。

 

「よいっしょー!!」

 

百代の帰還である。

 

「モモ。どこまで飛ばされておったんじゃ?」

「遠い場所まで。落ちた場所で凄い爺さんがいたけどこっちに戻ってきた」

「凄い爺さん?」

「たしか…ほうせんって名前の爺さん。戦ってみたかったな」

(…え、もしかしておじいちゃん?)

「それよりも戦いの続きをしようぜ項羽…ってもうボロボロかあ」

 

ボロボロの項羽を見て残念がる百代。戦いが好きな百代でも手負いの相手と戦う趣味は無いのだ。

 

「また万全な状態で戦おう項羽ちゃん」

「このお!!」

「せいやあ!!」

 

突撃してくる項羽を百代はカウンターで彼方へと殴り飛ばしたのであった。

 

「よし!!」

「よし…じゃないじゃろ。逃がしてどうする!!」

「ヤベ」

 

やっちまった感の顔をするが殴り飛ばしてしまったものは仕方がない。

 

「待て、スイスイ号が自動追尾している」

「行き先は…川神山のようですね」

 

もうすぐ日も暮れる。早めに川神山に包囲網を張って項羽を捕縛する準備を始める九鬼であった。

 

「それにしても夕乃ちゃん。その両腕の角はもしかして!?」

「おかえりなさい百代さん。お体は大丈夫ですか?」

「もちろん大丈夫さ。それよりも私と戦わないか!!」

「ご遠慮します」

「えー」

「えーじゃないじゃろ!!」

 

バシリと軽く百代の頭を叱るように軽く叩く鉄心。

 

「ん?」

 

そして百代は絶奈に気付く。

 

「あ、あんた前に会ったエロイねーちゃん。って、おいおい凄い強さを感じるじゃないか!!」

 

ここに来て凄い笑顔をする百代。それはそうかもしれないなんせ夕乃は間違いなく強者と感じていたが、まさかここまでとは思っていなかった程の強者であり、絶奈に関してはまさかの強者の出会い。

百代のテンションが上がらないわけがないのだ。最も2人とも百代と戦うかは別としてだが。

 

「おい鉄心。百代を連れて行け。これ以上この場をかき乱すな」

「分かっておるわい。モモが星噛に手を出させるわけにはいかんしな」

 

夕乃ならまだしも、絶奈に手をださせるわけにはいかない。悪宇商会と裏十三家の星噛と戦争なんてたまったものではないからだ。

鉄心は可愛い孫を守るために胃を痛めることになりそうだ。

 

「確か絶奈ちゃんって言ったね。どうだい私と戦ってみないか!!」

「あー、お金にならないなら戦わないわ」

「え、お金取るの!?」

「私は無償で何かをしないわ。ギブアンドテイクがこの世界よ。貴女は私と戦いたいみたいけど、いくらで戦う?」

「ええー」

「私は安くないわ」

「…はい」

 

百代の弱点その1。お金。

 

「ほれ百代。さっさと帰るぞ」

「え、まだこれから…」

「いいから帰るぞ。帰って負傷者の手当てを手伝えい」

 

耳を引っ張りながら百代を連れて帰るのであった。

 

「今度会ったら勝負しよー!!」

(勝負せんでいいわい…)

 

鉄心とルーが百代を連れていくのを見た夕乃は絶奈を見る。

 

「これで御開きのようですね」

「みたいね。あーあ、骨折り損」

「これからどうするのですか?」

「教える必要ある?」

「…そうですね。ではさようなら」

「バイバーイ」

 

2人は背中を向けてその場を去るのであった。

ここで一旦、項羽捕縛戦は中止になる。夕乃が行ったのは項羽の心に隙間を空けた。絶奈はただ暇つぶしをしただけであった。項羽は川神山に飛ばされた。

全くもってわけのわからない結果になってしまった。だが、ここからはバトンタッチとなる。

夕乃の出番から真九郎の出番へと。

 

 

145

 

 

新たな情報が流れる。

 

「真九郎様。どうやら項羽は川神山に移動したみたいです」

「え、まさか夕乃さん…」

「いえ、川神百代様が乱入して項羽を川神山に吹き飛ばしたようです」

「ああ…そうなんだ」

 

夕乃の無事を確認できて安心する。

 

「どうしますか真九郎様?」

「川神山までお願いします」

 

真九郎が川神山の到着まであと少し。




読んでくれてありがとうございました。
感想など待っています!!

三つ巴の戦いはこれで終わります。次回はやっと真九郎の出番ですね!!
さて、夕乃たちですが簡単に説明しますが・・・
夕乃:項羽の心に隙間を空ける。(次回の為に)
絶奈:暇つぶし終了。
項羽:山に飛ばされる。
百代:項羽を山に飛ばす。

真九郎:山に向かう。

なんかよく分かりませんが…次回につなぐようにしたらこうなりました。
次回もお楽しみに!! ゆっくりお待ちください。


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捕縛戦終了

146

 

 

項羽は川神山に殴り飛ばされてから1時間は経過した。既に九鬼従者部隊に川神山は完全に包囲されていた。

夕乃と絶奈によって大きなダメージを受けているため、未だに万全な状態ではない。四面楚歌な状態だが北の方が手薄なのでどうにか突破して自由になろうと画策する。

 

「自由か…オレは自由になったらどうするんだ」

 

覚醒したばかりの彼女ならすぐさま日本を落とすなんて言いながら天下への道のりを辿るだろう。だが今の彼女は覚醒したばかりの時の彼女ではない。

夕乃に物理的にも精神的にも大打撃を受けた状態であるため考えが変わっている。それと考える時間ができたからも大きい。

切っ掛けは百代に殴り飛ばされたのが業腹だが今は考える時間ができて助かっている。だけど今度にでも百代に会ったら仕返しはしようと思う負けず嫌いであった。

 

「喉が渇いたな」

『はい。水があります。どうぞ』

 

スイスイ号から冷えた水が入ったペットボトルか排出され、項羽はキャッチする。一気に水を喉に流し込んで渇きを潤す。

ずっと戦っていた肉体にはクールダウンできて良い。そして水を飲むことによってより冷静になっていく。

それでも少しだけしか冷静になれない。やはり頭の中に渦巻くのは夕乃や真九郎の言葉。

真九郎の響く言葉に夕乃の突き刺さる言葉。そして更に紫に手を出そうとした罪悪感が急にフツフツと滲み出てくる。

冷静に考えていたら精神がどんどん擦り減ってくる思いだ。何故自分は真九郎と夕乃の言葉を聞かなかったのか。何故、私は紫を攻撃しようと思ったのか。

考えれば考える程、自分を見失うくらい心が弱まるのが感じる。

 

「オレはどうしたらいいんだ…っ誰だ!?」

 

項羽の近くに誰かが近づいてきた。今の状態の項羽でなかったらここまでの接近は許さなかったかもしれない。

 

「お前は確か紅とか言った奴。前に表のオレを助けてくれた奴だな。その時は助かったぞ」

「項羽さん」

 

項羽の前に現れたのは真九郎だ。ダメージが残っているが歩けるまでには回復したのである。

 

「何しに来た。この状況を笑いに来たのか?」

「いえ、笑いに来たわけではありませんよ。心配だから来たんです」

「心配だから?」

「はい。四面楚歌ですし」

「四面楚歌って言うなー!!」

 

彼女にとって『四面楚歌』は聞きたくない単語のようだ。確かに彼女にとってマイナスの部分によって生まれた単語なのだ。

あまり聞きたくないのは当然なのかもしれない。誰だって自分のマイナスになる単語は聞きたくないもである。

真九郎だって聞きたくない言葉くらいあるものだ。

 

「…オレが心配で来てくれたのか?」

「はい。貴女のことが心配なんです。でなければここまで来ません」

 

項羽のことを思わなければ川神山まで来ない。

 

「なあ紅…オレはどうすれば良いんだろうか」

 

覇王らしからぬ弱弱しい言動をしてしまった。もはや、彼女はそれしか言えなかったのだ。

今の彼女はそれほどまでに迷っている。普段ならば誰かを頼る選択肢は無かった。でも今は誰かを頼りたい気分に陥っている。

清楚の頃の記憶には真九郎というイメージは強く残っている。その影響もあって真九郎にはついうっかり言葉が出てしまったのだ。

 

「どうすれば良いかなんてもう分かり切っていることです。帰りましょう」

「帰る?」

「はい。みんなところに帰りましょう」

 

みんなのところに帰る。それはとても良い提案だ。しかし今の項羽には乗り気では無い。そもそも帰るとしてもどんな顔をすれば良いんだか。

これだけ暴れているのだから。それに項羽は何も言えない。

 

「オレが帰っても…仲間はいない。オレは1人だ」

 

本当に何を言っているのか分からないが項羽はつい口を開くのだ。

 

「オレはここまでやった。もう止まらない。何もできない」

「俺がいます」

「え…」

「俺がいます。俺が貴女の味方であります」

「お前が味方?」

「はい」

「だがオレはお前を傷つけたんだぞ!! 何故そんなことを言えるんだ!?」

 

項羽は真九郎を攻撃をした。それなのに真九郎は項羽のことを味方だと言う。何故そんなことが言えるのか分からない。

何故、項羽のこと恨まない。何故怒らない。何故攻撃しないのか。分からないのだ。

 

「嘘を言うな紅!! オレはお前を攻撃したんだぞ。お前のことを傷つけたんだぞ。何故オレを攻撃しない。今のオレならお前は楽勝なはずだ!!」

 

せっかく冷静になったのにまた沸点が突破する。何故真九郎は項羽を責めないの。寧ろ責めてくれた方がまだ良かったし、そっちの方が気持ち的にまだマシだ。

 

「オレは!!」

「項羽さん」

 

真九郎が項羽の手を握る。

 

「紅…?」

 

真九郎の手が温かい。彼の手はここまで温かったのだろうか。悪宇商会とのクローン強奪戦の時に助けてくれた時も彼は温かったと清楚の記憶から覚えている。

だからだろうか落ち着くし、荒々しかった気持ちも波が退くように穏やかになっていく。

 

「項羽さん…俺は貴女の味方ですよ。これは本心です。何かあったとしても俺は味方であり続けます」

「く、紅」

 

攻撃されたからというのは関係無い。項羽は清楚であり、真九郎の友人なのだ。それに彼女は悪党ではないし、寧ろ善人に近い存在だ。

善人に近いと表現したのは項羽という存在が根っから善人と言えない部分もあるからだ。それでも真九郎は彼女は良い人だと思っている。

だって、ここまで暴れておいて死人は出さないし、重傷者を出していないのだから。真九郎だって自分の受けたダメージだって無視だ。

 

「項羽さんは優しいですよ」

「な、オレが優しいだと!? 何を馬鹿なこと言っているんだお前は!?」

 

確かに真九郎は的外れなことを言ったかもしれない。でも項羽に優しさがないわけではない。

 

「さあ、一緒に帰りましょう」

「…本当にオレの味方なのか?」

「はい」

 

真九郎が項羽を抱き寄せる。

 

「な、ななななななな何を!?」

 

いきなり抱き寄せられて顔を真っ赤にして混乱する項羽。今まで男性に抱き寄せられたことなんて無かったものだから対処が追いつかないのだ。

清楚の姿でも必ず顔を真っ赤にして混乱するだろう。そして固まる項羽。

 

「大丈夫です項羽さん。俺はついていますから」

 

これは去年に紫にしてもらった方法。真九郎がどうしようもなく馬鹿なことをしようとした時に紫が抱きしめてくれて慰めてくれた。その時は心の底から泣いた。

だから真九郎は人の温かみを知っている。今の項羽には人の温かみが必要だ。仲間が必要だ。

 

「ばばばばばば、馬鹿者!? 不敬だぞ!!」

「あ、ごめん」

 

スっと離す。でも何故か一瞬だけ名残惜しそうな顔をしたのは気のせいかもしれない。

 

「うぐぐ…」

「どうしました? 顔が真っ赤ですが」

「誰のせいだと!?」

 

真九郎は狙ってやったわけではない。本当に紫と同じように項羽のために行ったことである。

こういうことばかりやっているから一部の女性から好意を持たれるのだ。しかも狙っていないのだから朴念仁であり、天然の女たらしなのかもしれない。

 

「帰りましょう項羽さん」

「う、うむ」

 

もう一度差し出された手を握り返す項羽。

 

「…すまなかったな紅」

「はい。あとは夕乃さんや紫にも謝ってください。特に紫はとても心配してたから」

「…ああ、分かった」

「…やっと謝ってくれましたね項羽さん」

「な、お前は!?」

「夕乃さんもここまで?」

「はい。項羽さんとの話は終わってませんでしたから。でも大丈夫そうですね」

 

夕乃が項羽を追ってきたのは会話の続きをしにまで来た。でもその必要はなさそうだ。

 

「どうやらもう大丈夫そうですね」

「…崩月夕乃。すまなかったな」

「はい」

 

夕乃も謝罪を聞けたから満足した顔をする。なら後はもう帰るだけである。

 

「ところで…その手は?」

「手?」

 

その手をは真九郎と項羽が手を握っていることである。何てことの無い手を握って帰ろうとしただけだ。何も変な意味ではない。

 

「ふむ。帰るために手をつないだだけ…なら」

 

夕乃も真九郎の手を握る。これまた両手に華状態だ。見る者が見る者なら片手に覇王で片手に戦鬼である。

羨ましいのか羨ましくないのか分からないものだ。

 

「むう」

「どうしました項羽さん?」

「何でもない!!」

「早く帰りましょう。スイスイ号も一緒に」

 

これで項羽の捕獲戦は終了した。このあと項羽はまず紫に会って謝罪してから九鬼従者部隊に連行されていった。真九郎と夕乃は無理言って九鬼家まで最後までついていったのだ。

紫も項羽もどっちも安心した顔をしていた。やはり笑顔が一番である。

清楚が項羽に覚醒した日。川神市が巻き込まれた1日になったが何とか納まることができた。軽症者はいたが重症者は無し。

次の日からは清楚の正体が項羽であったということで話題になりそうだ。もし彼女が困っていたら助けよう。真九郎は彼女の味方なのだから。

 

「私はもっと話したいぞ」

「話せるよ紫。また明日も会おう」

「ああ!!」

 

 

147

 

 

川神山。真九郎たちが下山してからちょっと経過した後。

 

「はあ…やっと従者部隊も解散しましたか。山は暗くなる前に帰らないと危険なんですから」

 

黒いコートを着た眼鏡の女性。ルーシー・メイである。

彼女は人材探しのために川神に訪れていたのだ。そんな時に謎のクローンであった葉桜清楚が覚醒して項羽になって暴走したのを知って見に来たのだ。

もしかしたら良い人材として悪宇商会に勧誘できるかもしれないと思っての行動だ。それに前から目をつけていた川神百代も確認しておきたいのもある。

 

「星噛さんも川神にきているみたいですし、合流するのも良いかもしれませんね」

 

ペラペラと白紙のメモ帳を捲って確認する。

 

「それにしても項羽の強さはびっくりですね。これは是非とも勧誘したいものです。勧誘できれば即戦力ですよ」

 

パラリとメモ張をまた捲る。

 

「でも調整はしないといけませんね。なんせまだ心が不安定の部分もありますし。だけどそこが今つつける部分ではありますね」

 

小さく笑みを出すルーシー・メイ。

 

「それにしても崩月と星噛、項羽の戦いはなかなか白熱した戦いでした。裏十三家マニアとしては見逃せない戦いでしたよ」

 

録画でもすれば良かったかと訳の分からないこと思ってしまう。これから彼女は勧誘のためにいろいろと準備を始めないといけない。

狙いは項羽と百代で勧誘できれば最高だ。しかし難しいかもしれない。なんせ周りが面倒な相手ばかりだからだ。

本人たちに至ってはそこまで難しくない。彼女たちは確かに化け物並み強いが心はとても隙があり、弱そうだからだ。

 

「フフ。これからが楽しみですよ」

 

また川神に裏が忍びよる。

 




読んでくれてありがとうございました。
感想など待っています。

これにて項羽の捕獲戦は終了です!!
やっとですよ。次回からも清楚ルートですが変更があるかもしれません。
あの団体戦ではなくてオリジナルになるかもです。なので次回もゆっくりとお待ちください。


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その後の夜

148

 

 

川神を巻き込んだ項羽の捕獲事件のその後。

その後と言ってもその日の晩にあたる。真九郎の携帯電話に知らない番号が掛かってきたのだ。誰かと思って出てみると今日のお騒がせの項羽であった。

 

『オレだ。職業は覇王!!』

「はあ…項羽さん。何でしょうか?」

『昨日世話になった礼を言っていなかったからな』

「御礼ですか?」

『ああ。…その、昨日は助かった』

 

「ありがとう」と簡単に言えない辺りまだ変なプライドがあるのだろう。話を聞いていると口調に気をつけろとか敬意を忘れるなとか今だに覇王の気質はあるようだ。

こればかりは覇王としての目覚めにも関連があるらしい。生まれながらの覇王というやつなのかもしれない。心の根底に刻み付けられているモノはどうしようもない。

 

「あの後はどうなったんですか?」

『ああ、五月蠅い老人どもから説教されたくらいだ。この覇王を何時間も正座をさせおって…』

 

ぶつぶつと愚痴を言う分には普通の女学生だ。覇王という感じではない。

説教も我慢して聞いたと言うのも褒めてもらいたいのだろうか分からないが、それは褒められるものではなく当たり前の罰だろう。

 

『あと…オレはあの時、四面楚歌で弱っていた。だから覇王らしからぬことを言ったかもしれん』

「…忘れておきますよ」

『話が分かるやつは助かるぞ。流石はオレの部下だな』

 

弱さを見せてしまった覇王の姿はさっさと忘れて欲しいもののようである。

 

「…って部下?」

『ああ。紅はオレの部下だろう?』

「俺はいつ部下になったんですか?」

 

それは初耳である。

 

『何を言う。お前はオレの仲間になると言ったじゃないか!!』

 

彼女の頭の中では仲間イコール部下らしい。何ともイコールが成り立たないものだと思ってしまう。

しかし、部下ではないが味方ではあるので否定はしない。否定したら後が怖そうである。

 

『紅よ。オレは天下を取る。だからオレの天下取りを手伝え…なればお前には最も近くで天下を取った光景を見せてやる!!』

『何を馬鹿なことを言っているんだい。それにこんな深夜に電話をかけるもんじゃないよ』

 

項羽以外の女性の声が聞こえてくる。この声は確か九鬼家従者部隊序列2位のマープルだったはずだ。

 

『チッ…マープルが五月蠅いから切る。見てろよ紅。明日からはオレの覇王伝説が始まるのだ!!』

『いいからさっさと電話を切れ。ジェノサイドチェーンソー』

『ぐおっ!? この無礼者がああああ!!』

 

ピッ…ツーツーツー。電話が切られる前にヒュームの必殺技が聞こえてきた。項羽は明日の朝は無事に登校できるか不安である。

不安になったが結局は明日の朝に分かることである。真九郎は目を瞑って眠るしかなかった。

真九郎が眠ったが二階にいる夕乃はまだ少しだけ起きていた。彼女は独自の情報網であること知った。

それは星噛絶奈が何故川神にいるのかをだ。何でも川神で大きな裏オークションが開催されるらしい。絶奈は裏オークションに何かしら仕事で参加するというのだ。

よくそんな情報を手にいれられたものだと夕乃の信頼できる情報屋に称賛してしまう。最も分かったという時点で絶奈にとってそこまで重要というわけではないということであろう。

 

「裏オークションですか…まあ、こちらは関係ありませんね」

 

裏だろうが表だろうがオークションは競りによる競売だ。こちら側から関わらなければ何も起きないし、危険もない。

触らぬ神に祟り無しというようなものだろう。それでも川神に星噛に悪宇商会の最高顧問がいるとなると不安は拭いきれないのもある。

 

「あと他にも…」

 

 

149

 

 

九鬼家極東本部。

ヒュームは中々寝付かない項羽を強制的に寝かせた。気絶させたとも言う。

項羽が真九郎との通話をなかなか切らないからいけないのだ。それに今は深夜であり、常識的に考えて深夜の通話は遠慮するべきだろう。

 

「全く…やっと眠ったかい。これからも世話をやかせられそうだよ」

「覚醒したばかりだが…頭の方がな」

「清楚の得た知識を全てインプットされた中途半端な影響だろうね…ったく25歳くらいまで勉強させてから覚醒させたかったよ。そうすればまともに覚醒できたのに」

 

マープルの計画だと十分に知識を得させたかった。だが清楚の己を知りたいという心の影響にあって計画が瓦解した。覚醒してしまったものは仕方ない。

これから少しずつ彼女の教育を修正していけば良い。なれば項羽もまともになるだろう。

 

「まともになるといいな」

「なってもらわないと困るよ。…こうなったら項羽には誰か世話役もとい諫める者が必要だね」

 

マープルは考える。項羽を諫める者なら候補として何人かいる。

 

「やっぱり紅真九郎かねえ」

「奴か」

 

フッと笑うヒューム。

 

「彼は気に入られているからねえ。特に紋白様にはとても気に入られている。本格的に彼のスカウトをした方が良いかもね」

 

本格的に真九郎のスカウトをするというのを紋白が聞けば彼女もより本気を出すだろう。それにクローン組や英雄たちも気に入っているので彼らも乗り気になるはずだ。

 

「全く彼も人を引き寄せる魅力があるんだねえ」

「引き寄せる人は全員が癖のある者や才能がある者ばかりであるがな」

「それも才能の1つかもね」

 

真九郎が九鬼家に本格的にスカウトされるのも近いかもしれない。

 

 

150

 

 

川神の変態橋にて揚羽と百代が会合していた。百代は揚羽のケガを心配したが杞憂である。

そんな揚羽だが百代に対して憤慨していた。それは自分を負かした百代が項羽に簡単に一撃で負けたことである。百代は全力勝負をしたいと思っているが戦いを楽しみたくてスロースタートをしてしまうことが多いのだ。

だからこそ百代は隙を無自覚に作ってしまってやられるのだ。項羽との戦いが良い例である。これには百代も何も言い返せない。

負けてしまったのは事実であり、言い訳もできない。最初は次は油断しない、次は相手に合わせてなんて言うが揚羽の叱責で黙る。

試合は何度も挑戦しても良い。しかし百代がしてみたいという死合いは負ければ終わりだ。次は無い。

だからこそ揚羽は百代の気質を危険だと思っているのだ。彼女は強いが自分の気付かない弱点を突かれれば一瞬で死に至るだろう。

 

「我はな…今回の戦いで自分の実力が落ちていることは嫌に理解した」

 

戦線から離れたので全盛期程の力を出せないのは理解していた。しかしこうも項羽に力負けするまで実力が落ちたのは自分でもショックだった。

だからこそあることを決めたのだ。

 

「我は実力を取り戻すために山籠もりをしようと思う」

「揚羽さん程の人が山籠もりですか?」

「何を言う。山籠もりは修業にうってつけだぞ」

「まあ否定はしません。私もジジィからよく修業の一環で山籠もりをさせられますし」

 

すぐにでもサボるのが百代だ。

 

「そこで!!」

 

ガシリと百代の手を掴む揚羽。彼女の行動についドキリとしてしまう。正直に言うと彼女ほどの女性なら百代は嫌ではない。

何故かつい想像して期待してしまうが百代が思っていることは揚羽が思っているわけでは無い。

 

「あの…私は揚羽さんなら全然構わないんですけど。寧ろ最高なんですけどまだ心の準備が」

「何を言っている。私と共に山籠もりをしようではないか。お前なら修業に最適だ!!」

「ええ!?」

 

まさかの誘いにどうしようと思う。山籠もりは嫌だが揚羽と修業は素晴らしい。

 

「えっと私ってば娯楽がないと駄目なタイプで…」

「何を言う。山には娯楽がいっぱいではないか。陶芸品を作りながら精神を鍛えるのも良し。温泉で身体を癒すのも良しだ!!」

「あー、揚羽さんと温泉は誘惑的だ」

「それに鉄心殿に許可は取ってある」

「あんの…ジジィ!!」

 

百代が揚羽と短期的に山籠もりをすることが決定した瞬間であった。彼女にとって悪くない修業となるだろう。しかし良くない出会いもある。

黒いコートの女性が武神に近づく。

 

「武神も良いですけど…覇王も良いですね」




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

項羽の捕縛後のエピソードを書きました。
真九郎には九鬼家の本格的なスカウトが!?
百代には悪宇商会が!?


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また日常

151

 

 

項羽捕獲戦の次の日。言ってしまえ今日の川神学園にて。

昨日は大騒ぎだったわりにいつも通り川神学園は普通であった。学生たちの皆が登校して普通に授業を受けている。

変わったことがあるといえばやはり清楚から項羽が川神学園に登校しているということだろう。昨日の一件から人格はまだ項羽のまま。

それが川神学園でのちょっとした変化である。最も清楚に憧れや尊敬、好意をあった学生たちにとっては項羽の生活態度は驚きだし、残念だと思っているだろう。

そのせいかクラスでは浮いているが項羽自身はまったくもって気にしては無い。それに完全に1人というわけではない。友人というか保護者のようなポジションである京極は普通に接している。

おむすびをあげている姿をたまに見かける。餌付けではない。彼女の様子を見る百代や燕は危惧していたがそんなことは無かった。

燕として遠距離射撃をした恨みの報復は無いかと不安であったのは置いておく。

何故なら今日から項羽の死闘禁止令が出されたからである。破った者には怖い大人たちからボコボコにされるという。その怖い大人とは金髪の老執事を思い浮かべるのは仕方がないと思う。

ところ変わって川神学園の花壇畑。ここには項羽と真九郎、大和が集まっていた。

 

「おお、来たな」

「何か用ですか?」

 

真九郎が呼び出されるのは昨日の件があるから分かる。大和がここにいるのは項羽の人材集めの的に選ばれたからである。

大和自身も項羽のことは依頼の時から気にしていたので彼女の力になろうと決めたのである。大和はその知恵者から項羽から『范増』の名を貰っている。

真九郎はというとまだ決まっていない。もし項羽が彼に名を与えるとしたらどんな名か気になるものである。

 

「でだ、どうやったら学園を掌握できる?」

「はあ…」

 

また突拍子もない質問である。そういえば天下を見せてやると言っていたがこれがその一歩なのだろう。

これには真九郎と大和は苦笑いである。

 

「直江くん。軍師としておねがいします」

 

真九郎は軍師であるという大和をいいことに丸投げ。

 

「そうだな…項羽様。私闘禁止令は知っていますか?」

「ああ、知っている。今日でいきなり通達された」

「それだと力づくで制覇はムリです」

「チッ…業腹だが仕方ない。マープルやヒュームに言われたからな」

 

流石の項羽も痛い目を合って理解しているのか渋々と言った感じだ。流石にあの怖い老執事たちに囲まれてボコボコされるのはキツイだろう。

 

「なので力づくではなく別の方法で学園を制覇するべきですね」

「なるほど!! で、具体的には!?」

「いくつか方法はありますね。生徒会長とか学園評議員長とか」

「なんだかめんどくさそうだな…」

 

長になるのは構わないが難しい、ややこしいのはゴメンという。

 

「他に無いのか。スカッという感じに力づくで」

「さっき力づくは無しっていったじゃないですか」

「むう…」

「まずは学園を知る事ですかね」

「学園を知ることだと。学園の地理なぞ既に頭に入っているぞ」

「そうではありません。流石の項羽様も学園の細部までは知らないということです」

「…ふむ、なるほど。学園の表でなく裏も知れということか。国を統治する身として裏表を全て知るのは当然だな!!」

「そういうことです。案内しますよ」

「話が早くて助かる。っとと、その前に花の水やりをせねば」

 

清楚の時も花の水やりはいつもしていた。その習慣が項羽に染みついたのか彼女も花の水やりをするのだ。水やりをしている姿は覇王ではなくて可愛い女性である。ちょっと覇気のある女の子である。

 

「よし。じゃあ行くぞ!!」

「あ、俺はちょっと用事があるんで」

「待て」

 

ガシリと真九郎の肩を掴む項羽。無駄に力強くて肩が外れそうである。

 

「おい、紅お前は味方と言ったじゃないか」

「言いました」

「ならついてくるだろ」

「用事があります」

 

肩がそろそろ外れそうである。

 

「こらあ。お前は覇王を裏切るつもりか!?」

 

項羽。少しだけ真九郎に依存している可能性有り。昨日一件からなら可能性はあるだろう。

 

「裏切りません。ただ用事があるだけです。用事が終われば向かいますよ」

「本当だな!?」

「本当です」

 

項羽の目をじっと見て断言すると「おお」と頬を赤らめながら呟く項羽。

 

「じゃあ用事が終わったら連絡するよ。案内お願いするね直江くん」

「ああ任せた。…ところで用事って?」

「えっと、福本くんからで。なんかある現場で写真撮影したいから護衛をしてほしいっていうやつ。まだ受けてないから詳しく話を聞こうと…」

「それは断ってもいいやつ」

 

 

152

 

 

福本育郎の依頼を大和の言葉通りに断って廊下に出て進む。大和への電話をしようと思ったら外から件の彼の悲鳴が聞こえた。

どうやら空中飛行というか現在進行形で落ちている。

 

「え、あれ!?」

 

空中に止まる大和を見てもう一度驚くがよく見るとネットがかけられている。何でもよく人を投げ飛ばす人がいるから安全対策のためにかけたらしい。

人をよく投げ飛ばす学園なんて嫌なものである。安全対策もなにもないではないか。

 

「どうしたの直江くん!?」

「紅くんか。早く賭場に戻らないと服を脱ぐ羽目になって裸になってしまうんだ!!」

「どういうことそれ!?」

 

意味が分からない。どうして大和が服を脱ぐ羽目になるのだろうか。

 

「そういえば今、賭場って…」

「項羽が勝手に賭けに乗り出して俺を足りない分の賭け金に出したんだ。食券10枚につき服1枚。相手は葵くん!!」

「ああ、なるほど」

 

すぐに理解した葵冬馬のことは学園生活でだいたい知っている。だから彼の言う賭け金の代わりも理解できた。その場に自分がいなくて良かったと思う今日この頃。

 

「あの状況だと絶対に負けてーー」

 

賭場場に到着。

 

「はい。これで15連勝ですね」

「ーー負けてる!?」

「ぐぬぬ」

 

ここには冬馬だけでなく小雪や与一までもいる。与一が言うには項羽はアニメみたいに表情が顔に出ていて逆に罠かと思ったがまんまだったと言う。

賭けゲームはババ抜き。ババ抜きなんてほとんど運のようなものだけど、そこまで顔に表情が出るとはコメントができない。

例外としては紫の直感があるけど本当に例外である。

 

「食券があと140枚足りませんね。では大和くんは服を脱いでもらいましょうか」

「マジか!?」

「でも服が足りませんね。…じゃあ一緒にいる紅くんも脱いでもらいましょうか」

「何で!?」

「だって関係者というか同じ陣営でしょう」

「…………………んう」

 

ここ一番で否定したかったが味方となったので言えなかった。

 

「それが嫌でしたら僕のお友達と一緒に過ごしませんか?」

 

チラリと扉の方を見ると雰囲気のある男が2人いた。熱視線が熱すぎる。

 

「これで勘弁してください」

 

真九郎が140枚の食券を差し出す。これでも依頼を受けて持っていたのである。

 

「これは残念でした。もっと仲良くなりたかったのに…物理的に精神的にもね」

「マジで助かったよ紅くん」

「直江くんにはKコースにMコースもありましたが」

「聞きたくないし、Mコースはだいたい想像できる」

 

閑話休題。

場所を変更。真九郎ではなくて大和が項羽の説教を開始する。

 

「このオレ様に説教なぞ不敬だぞ!!」

「臣下は王の間違いを正します。しかも勝手に部下を賭けに差し出す王には流石に怒ります!!」

「だってアイツが!!」

「アイツもコイツもありません」

「紅…」

「悪いのは項羽さんです」

「なあ、裏切り者!?」

「部下を差し出すから四面楚歌になりますよ」

「それを言うなぁ!!」

 

少しは反省してもらいたいものだ。

 

「それに服の1枚も3枚も同じだろうが」

「言いましたね。じゃあ項羽様も脱げますよね?」

「おい直江」

「何ですか?」

「オレ様は女だぞ」

「賭けの勝負に男も女もありませんよ。あるのは勝者か敗者です。もしオレや紅くんがいなかったらそれで逃れると思うのですか?」

「うぐ…!?」

「そもそも部下を賭けに差し出す王についていけません」

「うぐぐ」

 

言わなくても大和の次の言葉は「自分と紅が項羽から離れる。見限る」というものだ。察したのか項羽は慌てる。

 

「待て待て!! それは困る!!」

「じゃあ服を脱げますか」

「なああ…」

「直江くん…ん、何で服を脱がせるんだ?」

「これくらい言わないと性格を矯正できない。…それと服を脱がせるのは仕返し。流石に本気じゃないけど」

 

小さくぼそぼそ呟く2人。そんな2人を見て陣営を抜ける算段をしていると思っている項羽は焦って的外れなことを思いつくのであった。

 

「ちょっと待ってろ!!」

「はい?」

 

消えたと思ったらすぐに帰ってくる項羽。

 

「これでどうだ!!」

 

脱いだ姿は水着であった。水着を着た機転は悪くはないが、まさか大和のからかった言葉で本当に脱ぐとはある意味将来が心配になる真九郎である。

大和自身も本気ではなかったのでこれには同じく心配になる。2人の項羽に対する評価が「ちょっと残念かもしれない」である。

 

「むう…あまりジロジロ見るな恥ずかしい!!」

「あ、すいません」

「似合ってます。そしてイイ身体だ」

「褒め事がやらしいぞ!!」

 

大和はたまにギャグで素直になる。そのおかげで項羽のチョップで気絶してしまうのだが。

 

「直江くん!?」

 

バタリと倒れる大和を支える。見事にいいとこに一撃が入ったのか一瞬で気絶していた。

 

「あー、保健室に連れて行かないと」

「ふん。そこに寝かせておけ。手加減はしてあるからいずれ起きる」

 

大和は堂々とセクハラ発言はしない。言うとしてもギャグや笑いを出させるために言うくらいだ。今回はアテが外れたが。

 

「まったく直江め。それでも范増か」

 

その范増となっている大和を売ろうとしたのは項羽なのでどっちもどっちも気がする。まだ大和の方が本気で無い分マシだと思うのだが。

 

「…ところでこの水着は似合っているか紅?」

「えっと、はい。直江くんの言う通り似合ってますよ」

「そ、そうか」

「じゃあ着替えが終わるまで外で待ってますね」

 

外に出る真九郎。彼は紳士である。

 

「…似合っているか。むう、悪く無い」

 

このあと着替え中に大和が起きてつい項羽が声を出して真九郎も部屋の中に入る事件が起こるがそれはまた別の話である。

 

「…見られた。うう」

「…夕乃さんにバレないようにしないと」

 

 

153

 

 

梅屋にて釈迦堂刑部がいつもどおり仕事をしているがその店に切彦もいた。

刑部が彼女に警戒しながら仕事を真面目にするのであった。真面目にするのは梅屋が天職だからである。

 

(ったく…こんな所になんで凄腕の殺し屋である斬島がいるんだか)

 

仕事中だが警戒は怠らない。流石にこんな公共の店で殺しなんてしないだろうが、やはり彼女の活躍のせいで警戒はしてしまうのだ。

そんな切彦は牛飯を頼んでもくもくと食べている。

 

「ごちそうさまです」

 

牛飯を食べ終えて席を立とうとしたら隣に知り合いが座る。

 

「お久しぶりです切彦さん」

「…ルーシー・メイ」

「店員さん。私にも牛飯を…って釈迦堂さんじゃないですか」

「てめえはルーシー・メイ」

 

実は刑部とルーシーは知り合いである。知り合った理由はルーシーによる勧誘である。

 

「我が社の勧誘は蹴ったくせにこの店には就職したんですか」

「こっちの店が俺にとっちゃ天職だからな。ほれ牛飯だ」

「ありがとうございます。…天職と言いますが暇ではありませんか。我が社に就くならより良い」

「勧誘は受けねえ」

「お堅いですね。貴方ほどの人材がいれば我が社も助かるんですがね」

 

過去に何かあったのだろうが切彦には関係ないことである。

 

「まあ釈迦堂さんにはまた時間があれば話がしたいですね。まずは切彦さんにお話しがあります」

「何ですか」

「ちょっと仕事で手伝ってほしいんです」




読んでくれてありがとうございました。
今回はまんま日常回でした。原作に真九郎が追加しただけですね。

そして最後にルーシー・メイがいろいろと準備を開始してます。


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模擬戦の始まり

こんにちは!!
今回から清楚・項羽ルートの目玉である模擬戦編に突入します。
もっともオリジナル要素があるので原作通りではないかもしれません。
そして時系列のツッコミは無しでお願いいます。


154

 

 

項羽が覚醒してから数日が経った川神学園にて模擬戦という話題で持ち切りである。

模擬戦とは中規模な集団で、一斉戦闘を行う合戦だ。これは川神学園が武術が盛んであるからこそ行事として成り立つ。

体育祭というわけでなく、自分の武術を競技としてまとめられたものである。まるで総合格闘大会を大規模な団体戦にしたと思えば分かりやすい。更に分かりやすくするならばまんま戦国合戦である。

優勝すれば川神の名産などが贈呈されるらしい。売れば金になるし、自分で楽しみのも良し。

 

血気盛んな川神学生たちはこぞって参加し始める。そのせいかチームは合計で6チームもできた。

まずは九鬼英雄をリーダーとする九鬼軍。次は源義経を大将とする源氏軍。3つ目は武蔵小杉をリーダーとする若手チームである武蔵軍。

4つ目は福本育郎をリーダーとするダークホースになるかもしれない福本軍。5つ目は松永燕が将の先の読めない松永軍。6つ目は覇王項羽がまとめる覇王軍。

どのチームも力があったり、知性があったり、規模が大きかったり、切り札があったりと油断ならない。どのチームが優勝するかは分からないものばかりである。

どの軍も模擬戦のために修業したり、己自身を鍛えている。それと同時に軍のリーダーや軍師役がこぞってしているのは人材探しだ。

自軍を優勝するには数もそうだが将たる存在、いわばエースとなる人材は必要である。特に九鬼軍の紋白や松永軍の燕、覇王軍の大和は躍起である。

他の軍も人材探しには力を入れているが彼ら程ではない。その人材探しで武神である百代が選ばれるのは当然であるが、残念無念で百代は山籠もりの修業があるため今回の模擬戦は不参加なのである。

真っ先に燕が勧誘しに行ったのは徒労に終わるものである。

 

「えー…駄目かなモモちゃん?」

「こんな時ばかり可愛い声を出しちゃってー。でも山籠もりがあるから今回は本当に無理なんだ。不参加の辞表も出してある」

「ありゃりゃ残念…じゃあもう1つの候補を行ってみるかな」

 

燕が言うもう1つの候補。その候補の人間は多くの軍も狙っている。ところ変わって2Fのクラス。

 

「真九郎よ。我が軍に入らぬか!!」

「真九郎くん。義経のチームに入らないだろうか!!」

「紅くん。項羽が入るのは当たり前だよなって言っている。オレも入って欲しいのは賛成しているんだ」

「オレ様の軍に入るのは当然だ!!」

「紅くん。私のチームに入らない?」

「真九郎くん。此方が所属する軍に入らぬかのう!!」

 

声を掛けた順番は紋白から義経に大和、項羽、燕、心である。

 

「あー…えっと」

 

引く手数多の人気者は紅真九郎。

堂々たるメンバーが真九郎のところに集まっているのだ。正直自分がこんなにもスカウトされるとは思わなかったものだ。

そもそも真九郎自身は模擬戦には消極的で見学をしようと思っていたのだが、ここまでスカウトされるのは本当に驚きである。

 

「真九郎よ。我が軍に入って欲しいのだ。兄上も喜ぶ!!」

「ねえ真九郎。源氏軍に入ってよ。主も喜ぶし、私も嬉しいかな~」

「おい真九郎。覇王のオレ様に続け!! 続くよな!?」

「私のチームに入ってくれる? 私のチームは自由だよ」

「此方と一緒に戦ってくれると嬉しいのう」

 

どの軍も真九郎に入って欲しいと勧誘合戦である。ターゲットである真九郎は様々な声を聞こうとしているが何人の声聞き取れるほど耳はよくはない。

なので各自が勝手に行っている軍のプレゼンテーションが理解できない。もし参加するならどの軍も興味深いのはあるのだが。

 

「あの…ちょっといいですか?」

「どうしたのだ真九郎?」

「いや、模擬戦だけど俺は不参加のつもりで…」

「なんと!?」

「おいどういうことだ!?」

 

真九郎に詰め寄るみんな。特に項羽。これには説明を求めたいものである。

 

「実は仕事が入っているんだ。だから参加できない」

「何の仕事だ!?」

「揉め事処理屋の。内容は言えない」

 

真九郎が模擬戦に参加できないのは揉め事処理屋の仕事があるからである。こればかりは仕事優先だ。

 

「仕事がいつ終わるか分からないから参加は控えているんだ」

「ぐぬぬ…」

「むう、残念だな」

「どうにかならんかのう」

 

全員が残念がる。特に紋白と義経がとても残念そうである。だがこの中で大和だけが考えごとをしている。

 

「なあ紅くん。その仕事がいつ終わるか分からないって言うけど…模擬戦中全てなのか?」

「いや、そういうわけじゃないけど。不参加なのは本当にいつになるか分からないからで」

「じゃあ、もし、もしも早く仕事が終わったら参加できるってことだよね?」

「まあ、そういうことになるね」

 

大和がニヤリと笑う。

 

「じゃあ、もしもで良いから。早く仕事が片付いたら軍に入ってくれないか?」

「そういうことなら…良いけど」

「言質取ったよ」

 

大和以外が全員「…ハッ」や「しまった」という顔をしていた。

 

「よくやった直江!!」

「うう~弁慶…真九郎くんが取られてしまった」

「真九郎ぉ…」

「ありゃ今回は大和くんの方が上手だったか」

「にょわ…」

 

紋白と義経がまたも特に残念がる。逆に項羽は満面の笑みであった。

 

「そうだとも。真九郎は我が軍のものだ!!」

「まあ、参加するとしたら項羽さんの味方になるって言ったから今回はどっちにしろ項羽さんの軍に入ってたかもしれませんね」

「そ、そうだよな」

 

彼の言葉につい頬が緩む項羽であった。誰かが項羽軍に入るのは嬉しいものだが、真九郎が入ってくれたのは更に嬉しいものがある。この嬉しさの理由はまだ分からない項羽であった。

真九郎、覇王軍に入る。だが引き抜きがあることはまだ彼は知らない。

余談ではあるが燕は更に候補がいた。その人物こそが崩月夕乃である。彼女の実力は項羽捕獲戦で知っていたので勧誘したのだが、普通に断られた。

本人曰く、「争い事はあまり好きではありませんので」ということだ。あの三つ巴の戦いをしたくせにと言いたかったが、どう言っても言い返させられそうなのでお手上げだ。

燕はどうも夕乃との会話では勝てそうもないとイメージしてしまうのであった。

 

 

155

 

 

真九郎が模擬戦に参加したことはすぐに銀子の耳に入った。

 

「揉め事処理屋の仕事があるのに模擬戦に参加するのね」

「ああ。と言っても本当に参加できるか分からないけど。銀子は参加しないのか?」

「私が参加する人間に見える?」

「ううん。見えない」

 

銀子は戦うというよりは補佐する側である。今回の模擬戦は軍略も大いに必要だが銀子にとっても力になれそうにない。

彼女が発揮するのは情報戦である。これが更に大規模になった川神大戦ならば力になれただろう。なので銀子は本当に見学なのだ。

 

「ま、今回は見学してるわ。ところで仕事の方は長期になりそうなの?」

「たぶん…これから仕事内容を聞くことになっているんだ。相手は揚羽さん」

「九鬼の…もしかして川神さんが山籠もりするっているからその付き添いだったりしてね」

「まさか…まさか」

「そしてついでに九鬼に勧誘されるんじゃない」

「まさーー」

「それは絶対勧誘されるわ」

「そうかな…」

 

絶対に勧誘される。

 

「まあ、どんな仕事か分からないけど相手が九鬼だから良い仕事じゃない?」

「だと良いな」

「もしくは…なかなかに機密のある仕事だったりね」

 

何度も言うが真九郎は九鬼家から信頼されている。だから重要な仕事も任される可能性は大いにある。

ここまで九鬼家に信頼されている人材はそうそういない。

 

「…なあ銀子。今度の休みが出来たら遊びにいかないか?」

「良いわよ」

「どこ行きたい?」

「任せる…まずは残りの借金をお願いね」

「はい」

 

この会話もいつも通りである。真九郎が堂々と誘いをするのは銀子だけだ。2人もある意味特別な関係である。

銀子との会話を終えて、時間を確認しながら集合場所に来ると夕乃が居た。

 

「あれ夕乃さん?」

「あら真九郎さんも揚羽さんに呼ばれていたのですか?」

「夕乃さんも?」

「はい。どうしても手伝ってほしいと揚羽さんから頼まれたんです。でもまさか真九郎さんも一緒だなんて!!」

 

揚羽も夕乃に何かを頼むのに真九郎を餌にしたのはある意味正解であるかもしれない。最も夕乃も真九郎がいるからといって何でもかんでも言うことを聞くとは限らないのであるが。

 

「おお、2とも来ていたか!!」

 

揚羽が満面の笑みで降臨。

 

「まずは店に入ろう。何か食事をしながら話そうではないか!!」

 

お洒落な喫茶店に入り、紅茶やコーヒー、サンドイッチを頼んで本題に入る。

 

「うむ、実は頼み事とは我と百代の山籠もりの修業に付き合ってほしいのだ」

 

銀子の予想が的中。

 

「なに…修業の全てに付き合ってほしいというわけではない。アドバイスが欲しいのだ」

「アドバイスですか?」

「ああ、お前たちの実力は我らとは違う…強さの『質』が別の意味で我らとは違うのだ。だから違う視点でのアドバイスが欲しいのだ」

「そうでしょうか。俺ではアドバイスはできないと思いますが…」

「何を言う真九郎…お前は強い。個人的な感想だがもし百代とお前が戦えば勝つのは真九郎だと思っているぞ」

「それは言い過ぎですよ。俺じゃあ川神さんに勝てません」

「いや、私が考察すると今の百代では正直にお前には勝てないだろう。夕乃殿に関して言えばはっきり言うと我と百代が手を組んで相手して勝てない…今ではな」

 

揚羽が言うには自分自身の鈍った腕と慢心すぎる百代が真九郎や夕乃と本気で戦った場合、勝てないという結論に至っている。

何せ戦う次元と強さの質が互いに違うのだ。普通に試合で戦う分ならば百代や揚羽は勝てるだろう。しかし、真九郎や夕乃の『本気』だと話が変わってくる。

揚羽は裏を知っているから戦えるが百代は裏の戦い方を知らない。その分で言うところの強さの質があるのだ。

表と裏の強さの質はまさに表裏一体。どちらも強くなるには表も裏も学ぶ部分があるということである。

だからこそ強さの質が違う2人からアドバイスが欲しいのである。

 

「うーん。私としてもアドバイスになるか分かりませんが…百代さんには言うことはいくつかあるかもしれませんね。前まで何度も決闘を迫られますしね。戦いを楽しむのは構いませんが、本質を見逃すのは危ないからですしね」

「俺は…あるかなあ?」

 

真九郎はやはり悩む。

 

「全く…真九郎は己を過小評価しすぎではないか?」

 

揚羽は真九郎の強さを認めている。だからこそ彼にはもっと自身を持ってもらいたい。

だが彼はここぞと言う時に別人かというくらいの変化を魅せるのだから驚きである。

 

「気付いたことがあればで良い。頼まれてはくれるか?」

「…力になれるか分かりませんが、こちらこそお願いします」

「助かるぞ2人とも!!」

 

真九郎と夕乃が短期間だけ揚羽と百代の山籠もりを手伝うことになるのであった。

 

 

156

 

 

ルーシー・メイは悪宇商会の人事副部長である。だから会社の必要な人材は自ら探すのも仕事である。

 

「それで今回の勧誘を選んだのが武神の川神百代と覇王の項羽なのですよ切彦さん」

「ふーん、勝手にスカウトすればいいじゃねえか」

 

切彦はナイフでステーキを簡単に切り分けて口に運ぶ。

 

「はい。こちらでスカウトします。それは私の仕事ですからね」

「で、俺に手伝ってほしい仕事って何だよ。まさか勧誘の手伝いをしろってか?」

 

切彦の仕事は勧誘でなく殺し屋である。勧誘は専門外だ。

 

「いえ、テストの準備をしようと思います。その手伝いですよ」

「ふーん…あいつらが乗るか? あいつらは強いが素人だぞ。殺しなんてできねえさ」

「いえ、彼女たちには人を壊す才能があります。私はその才能を刺激するだけですよ」

「そういうのは本当にお前の仕事だよルーシー・メイ」

 

ルーシー・メイは今まで様々な人材を相手にしてきて勧誘してきた。その中で人の心を刺激させるのは手慣れたものである。

かく言う真九郎の心にさえ刺激を与えてきたものだ。特に精神的に波がある者はルーシーの手のひらに踊らされる。

だからこそ彼女に対抗できるのはぶれない精神を持った者だけだろう。

 

「まずは武神から勧誘していきますかね」




読んでくれてありがとうございます。
次回もゆっくりとお待ちください。

今回は模擬戦の開始あたりです。
いやあ、それにしても真九郎はモテモテですね!!
しかし参加は遅れてって感じになるかもです。まずは別の仕事がありますから

次回は山籠もりのところオリジナルに書くか、模擬戦の初戦辺りかもです。


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それぞれ

157

 

 

ある山にて2人の壁越えクラスの武術家が修業している。その2人とは川神百代と九鬼揚羽である。

美人が2人で山籠もりの修業とはアンバランスだが悪くは無いだろう。今の時代に山籠もり修業なんてどうかと思うが山籠もりを馬鹿にしてはいけない。

修業に山籠もりはある意味最適である。サバイバルのようなもので肉体的にも精神的にも鍛えられて仙人にでもなれるだろう。彼女たちは仙人になるつもりではないが。

彼女たちの目的は己の修業で勘を取り戻すのと慢心を無くすためである。

 

「山で修業って前時代的だけど…打って付けだな」

「そうだろう。山籠もりほど修業に最適なものはないのだ」

 

修業内容が全て己自身から始まる。修業道具は山そのもの。食事は山の恵みで、己だけで手にいれる。精神を高める瞑想は自然の豊かさ。そしてお互いに高め合う者が最高の武術家である。

これほど修業に最適なのはないものだ。

 

「フハハハ。これで川の幸である川魚が7匹目だ」

「こっちはもう10匹です揚羽さん!!」

 

午前中の修業を終えて、昼飯の準備を始める百世と揚羽。山に居れば食事には困らない。山菜だって彼女たちは見分けがつく。

 

「じゃあ私は山菜を取って来ます」

「うむ。こっちは火の準備をしておこう」

「百代行きまーす!!」

 

跳躍して山の奥にへと向かう百代。その中で彼女はある日の金曜集会を思い出す。それは大和から警戒というか注意である。

大和自身は話すつもりは無かったが、沙也加誘拐事件にて悪宇商会と関わってしまったのが運の尽きだろう。

風間ファミリーは裏世界に少しだけ関わってしまった。だがその少しが濃すぎた。裏世界に関わったらすぐに抜け出せるかと言われればNOである。だからこそ関わらないようにしなければならない。

大和は言うのを躊躇ったが、知らないで巻き込まれるのは良しとしない。知った上で関わらないのが一番だ。

 

「悪宇商会に…裏十三家か」

 

大和はまず自分たちがどの裏世界に関わったのかを説明してくれた。悪宇商会という裏世界の人材派遣会社。そして裏世界でも奥にいる一族である。

 

「悪宇商会は殺し屋に護衛屋や運び屋、戦闘屋がいるか」

 

悪宇商会に所属する戦闘屋は悪であり正義でもある。人間を殺す依頼もあれば命を守る時もある。その過程で全力で戦える。その部分に百代はつい反応してしまったのは反省である。裏世界では真っ当な生き方ではない。

 

「裏十三家…夕乃ちゃんの崩月一族。切彦ちゃんの斬島一族。あのエロイねーちゃんの星噛一族」

 

大和は知っている裏十三家を分かりやすく説明した。裏十三家は裏世界で恐れられた一族たち。

崩月は血塗られた一族であるが今は廃業しており、恐れられていた崩月は昔の話なのだ。今は真っ当に生きている。

崩月の異能だけが今も受け継がれているのだ。最も裏世界に浸かった者は簡単には切り離せないので完全に裏から抜け出せたわけではない。この部分は大和は知らない。

 

「異能…あの角だよな」

 

崩月の角を解放した姿を見た時、夕乃と真九郎と戦ってみたいと思えた。

 

「斬島切彦。殺し屋で切彦の名を受け継ぐのは殺し屋の証拠」

 

あんな可愛い子が凄腕の殺し屋とは思えないが大和が嘘を言うはずがない。『剣士の敵』というのもある。

そして酔っ払い事件で出会った星噛の一族。そして悪宇商会と深く関わる存在だ。最も関わってはいけない人物である。

項羽捕獲戦での強さを見た時は本気で戦ってみたいと思ったほどである。だが関わってはいけない存在と言われてはどうしようもない。

仲間を心配する大和はとても素晴らしいが百代はこれでも武神だ。相手が裏世界の戦闘屋でも戦える。『鉄腕』を倒した経歴だってあるのだ。

 

「…戦える」

 

戦ってはいけない。

最後に大和は歪空に関しては言っていない。まだ関わっていないし、テロリストの話は好ましくない。

 

「大和はもう関わらないことが良いと言っていた。星噛と斬島には…崩月の夕乃ちゃんとかは例外だけどな」

 

前に言われたが崩月夕乃はもう昔の崩月家と関係無い。同じ一族で血が流れているが過去の出来事と関係は無い。

生まれた子供に罪が無いようなものだ。だから百代や風間ファミリーの面々も知っても忌避しない。

大和の忠告は風間ファミリーの面々に伝わった。その日の金曜集会はいつもと違ったのである。

 

「あらよっと」

 

百代が地面に着地。

 

「おや、やっと1人になってくれましたね」

「…誰だ?」

 

着地した先には黒いコートを着た眼鏡の女性が居た。修業中は気の探知なんてしていなかったから山に誰かが入ってきたのは気付かなかったのだ。

 

「まあ待ってください。警戒しないでくださいよ。私は怪しい者ではありません」

「そんな格好で山に居たら怪しいだろ」

「おやおや…言われてしまいました」

 

メモ張をパララっと捲った後に服のポケットに仕舞う。

百代は目の前の女性に警戒を解かない。そして気を探知してみると彼女が脅威でないことを理解する。

 

(こいつは…素人だな)

「まずは自己紹介をしましょうか。私は悪宇商会の人事副部長、ルーシー・メイです」

「悪宇商会!?」

 

警戒度を増す百代だが逆にルーシーはあっけらかんと余裕である。

 

「悪宇商会が何の用だ?」

 

周囲を警戒する。目の前にいるルーシーは明らかに戦闘者ではない。ならば近くに護衛の者がいるかもしれない。

 

「警戒しなくても良いですよ。誰も貴女を襲おうなんてしません」

「私はそっちの『鉄腕』だかをぶちのめしたんだぞ」

「それは知っています。よく鉄腕を倒したものですよ。ですが、だからと言って復讐なんてしません。仕事なんですから成功があれば失敗もあります」

 

悪宇商会での仕事。戦闘屋として戦えば勝つか負けるかのどちらかだ。より詳しく言うなら生きるか死ぬか。

悪宇商会は仕事の失敗で相手を恨まない。いや、少しはあるかもしれないが、だからと言って私情で復讐なんてさせるわけには会社としてさせないのだ。

 

「私は寧ろ貴女のことを評価しているんです。流石武神と言うべきですかね」

「何か要件があるならさっさと言え。回りくどいの嫌いなんだ」

「そうですね。世間話よりも要件が大事です」

 

ルーシーが一間を置いてから要件を言い始める。

 

「率直に言いますね川神百代さん。悪宇商会に就職してみませんか?」

 

彼女が提示した要件とは百代への悪宇商会に勧誘。

 

「私が悪宇商会に?」

「はい。貴女には才能があります。それはまさしく戦いの才能です」

「戦う才能…ってそんなんで私が簡単に入ると思うのか。私は悪の組織に入るつもりはない」

 

事前に聞いていたおかげで百代の悪宇商会へと対する気持ちは悪い方だ。

 

「おやおや、悪宇商会が悪とは。まあ否定はしません。だけど救うこともあるのですよ」

 

悪宇商会は依頼があれば100人は殺し、100人を救う。悪宇商会を恨む者がいれば、感謝する者も少なくない。

 

「悪いが私は今の生活を捨てる気はない」

「…本当ですか?」

「何?」

「貴女は本当にそれでいいんですか。そうじゃないでしょう。貴女はもっと心から戦いたいでしょう?」

「…それは」

 

ルーシーによる話術が始まる。

 

「貴女が今いる場所では満足できない。貴女がいるべき場所はそこではありません」

「そんなことはない」

「そんなことはあるんですよ。じゃあ聞きますけど…川神百代さんは今、心から満足していますか?」

 

確実に百代の心に突き刺す言葉。

 

「貴女の思い描く戦いをできていますか?」

 

言葉の力が弱くもあり、圧倒的に強い。

 

「お友達も大切ですけど…戦いだって心から楽しみたい」

 

事前に調べ上げたことを確実に見極め、百代の心の隙間に突き刺していく。

 

「お友達と戦いは別ですよ。お友達はお友達。戦いは戦いと区切ればいいんです」

「別だと?」

「今いる場所だと本気で戦えない。戦えない理由が満足に相手をする人がいないから。もしくは貴女の戦闘を止める者もいるからです」

 

彼女の言葉は嘘ではない。満足に戦えないは本当だし、本気で戦うと周囲に迷惑がかかるから鉄心とかにセーブさせられている。

 

「悪宇商会に入るならばその必要はありません。相手と心の奥底から本気で戦うことが可能です。力をセーブさせることもしません」

 

仕事には全力でしてもらいたいのでセーブさせることなんてさせない。最も最低限のルールは守ってもらうことにはなる。組織とはそういうものだ。

 

「どうですか。私の言うことは貴女にとって間違いですか?」

「そ…それは」

「悪宇商会は貴女の戦いを手伝います。寧ろ推奨いたしますよ。あ、もちろん仕事としてです。あくまで悪宇商会は会社ですから」

「………」

「戦って給金がもらえる。まさしく武神である貴女に天職ではありませんか?」

 

戦ってお金がもらえるなんて武人にとって天職であることは確かである。なんせ自分の力と技術が金になるのだから。

 

「悩むのは分かります。なんせ人生の分かれ道ですからね」

 

ルーシーは百代の連絡先を渡す。

 

「此方はいつでも待っています。川神百代さん、悪宇商会に興味がおありでしたら連絡をお待ちしています」

 

ルーシーは百代の前から去っていく。彼女の心にとてつもないモノを染みつかせて。

 

「……はあ」

 

ため息を吐く百代。

 

「どうした百代?」

「あ、いえ、何でもないですよ揚羽さん。ほら山菜がたくさん取れました!!」

「うむ。どれも新鮮だな。やはり山菜は天ぷらにすべきか」

「良いですね!!」

 

どこかカラ元気な百代。揚羽が気付かないわけがないが原因が分からないのだ。

山菜を取りに行く前は普通だった。だが帰ってきたら違っていた。まるで別人と言うくらいだ。

 

(…何かあったのか?)

「午後からはどうするんですか?」

「組み手だ。それと午後から助っ人が来る」

「え、誰ですか?」

「来てからのお楽しみだ。まあ知り合いだがな」

「お、天ぷらが揚がりました」

 

百代は悪宇商会の連絡先のメモをくしゃっと潰してポケットに仕舞うのであった。

 

 

158

 

 

真九郎は夕乃と一緒に山登りをしている。登山というわけではなく、揚羽に依頼された修業の手伝いだ。

こんな自分に武術家である2人に何かできるか分からないけど、力になれるのならと思うのであった。

 

「真九郎さんと一緒に登山。まるで夫婦の旅行みたいですね!! ね!!」

「は、はい。そうですね」

 

これだけでも揚羽の手伝いを受けた甲斐があると夕乃は思うのであった。いつの日か本当に2人きりで旅行ができたら良いと思うのであった。

 

「まあ…空気も綺麗で、こういうのも悪くないです」

 

登山は疲れるものだが自然を楽しむというものが前提なら悪くはない。今度は全員でピクニックなんて悪くないと思う真九郎だ。

 

「そういえば夕乃さんは川神さんや揚羽さんに何かアドバイスとか考えてありますか?」

「まあ、大体は」

「流石ですね。俺なんかあまり思いつかないですよ」

「言うのはちょっとした小言だけですよ」

 

夕乃は既にアドバイスはできているのだ。特に百代には言いたいことはある。

真九郎の方は特に思いつかない。だから修業の方を見ながら何かあればアドバイスしようと思っているのだ。

 

「お、直江くんから連絡」

「もしかして模擬戦ですか?」

「はい。えっとなになに…」

 

大和からのメールを読むとどうやら項羽の覇王軍が初戦で負けたとのこと。てっきり一騎当千の如くで勝つと思っていたのだが予想が外れた。

 

「あら、意外ですね。項羽さんなら勝てるかと思っていましたが…やはり個と群では違うようですね」

「そうみたいですね。具体的にだと………ああ、項羽さんが単騎で突撃してしまって当初の策を最初っから壊したのが原因で負けたみたいです」

「項羽さんったら。それじゃあ何のための軍なんですか…」

 

確かに項羽の力なら何とかなるが今回の勝敗には軍の旗を倒されれば負けというのがある。如何に強くても旗を倒されれば終わりなのだ。

だからこそ模擬戦は力だけが全てではない。知略、軍略が大切なのだ。どんなに強くても個が群に勝つのは難しい。

 

「まあ…次の試合は頑張ってくださいと返信するしかないな」

「次の試合があればいいですけど」

 

真九郎はまだよく分からないが、夕乃は項羽が率いる覇王軍の行く末が少し予想できた。

 

(これは危ないかもしれませんね。真九郎さんが参戦しても…)

 

真九郎たちが山に行っている間に模擬戦はいろいろと、特に覇王軍には一波乱がありそうである。

 

 

159

 

 

模擬戦の結果だが特に酷いのは項羽の覇王軍である。覇王軍は三戦三敗と連敗である。

誰が項羽率いる覇王軍が連敗すると予想しただろうか、残念ながら誰も予想できなかった。

覇王軍は将も兵も充実しているし、兵の連携も鍛え済み。そして大将の項羽の実力はピカイチである。模擬戦でも優勝候補として予想されていたのにまさかの大暴落。

まず福本軍の勝負では項羽の暴走というよりも軍の連携を無視して単騎で突撃してしまった。最初はまだ何とかなったが、項羽の戦闘は周囲に影響を与えており、敵も味方も混乱してしまったのだ。

そして主要の将たちと多くの兵が敵軍を攻めている間に福本軍の最大戦力である人物が隙を狙って旗を倒して終了したのだ。これは簡単に解説していると旗の下に戦力を残しておかないと危険ということだ。

せっかくいくつも策を練っていたのに台無しになってしまった。最初の作戦と全く違うのはいただけない。戦はどのようにも戦局は変わるが、大将自らが壊してしまっては戦局以前の問題だ。

 

二戦目は対武蔵軍。

今度は初戦を反省し、作戦を変える。項羽にも大和から軍師として作戦通りに動くこととなる。

項羽が単騎として突っ込み、残りは旗の防衛にあたるという作戦だ。まずはこの策で様子見である。ここまでは良いのだが、この試合での決着が一瞬であった。

項羽が旗を倒そうと力を込めて攻撃するが由紀江の気の込めた鋭い迎撃で項羽を弾き飛ばして覇王軍の旗ごと倒したのだ。

これには武蔵軍というよりも黛由紀江に称賛を送るしかないだろう。こればかりは完全な決着で文句は無い。

結果、項羽も自重すると本人から言って自軍をやっと頼ることになったのだ。これでやっとクリスたちも活躍できるというものだ。

 

三戦目はまたも福本軍。

三戦目はやっと覇王軍の実力が発揮できたかと思われたが、そうでもなかった。

最初はクリスを筆頭に進軍して福本軍を追い詰めていた。このまま順調に攻めていたら勝てていたあろう。だが勝負の流れは覇王軍ではなく福本軍であった。

なんでも福本軍が項羽をなじるという挑発をしたのだ。こんな安い挑発にのるはそうそう無いのだが、項羽の精神状態が悪かった。

項羽は二敗し、自分の思い通りにいかない精神でストレスが溜まっていた。結果、福本軍の安い挑発が効果抜擢で項羽がクリスを突き飛ばして攻めに入ったのだ。

その隙を狙われてまたも旗を倒され敗北したのだ。これには真九郎も話を聞いて何も言えない。というか頭を抱えることになりそうだ。

項羽にとってこの敗北は全て自分のせいでなく仲間のせいだと言ってしまったのがいけなかった。覇王軍の仲間たちは項羽から理不尽に言われれば、ついてくるかと言われればそんなわけが無い。

自分のミスを全て部下に押し付ける将についてくるはずがない。その結果、項羽自身が自分の軍を崩してしまったのだ。

これには真九郎が聞いても呆れるしかなかった。もし自分が傍にいれば何か変わっていたかもしれないが現実は非常である。味方と言った身として力になりたいが今、真九郎がいるのは川神学園でなく山である。

 

『あー…もう駄目かな直江くん?』

「そう言わないでよ紅くん…」

 

完全な覇王軍の瓦解。これには真九郎も軍師である大和もため息を吐きながら頭を抱える。

 

「取りあえず…まだ負けていない。詰んでるけど何かアドバイスある紅くん」

『規定人数は大丈夫?』

「やっぱりそこだよね。正直アウト。今全力で戻ってくるように連絡してるよ」

『そっか。一度崩れた信頼を取り戻すのは難しい。こればかりは項羽さんが改まってくれるしかないかもしれない』

「…紅くん」

『四戦目が終わったら結果を教えて』

「ああ、出来る限りのことはやってみるよ。ところで紅くんはいつ戻ってこれそうかな?」

『…そうだね。仕事の方は何とかなりそうだから五戦目か六戦目あたりには戻れそうだよ』

「…!! 了解した。紅くんが戻ってくるまでには何とか持ち堪えてみせるよ」

 

真九郎は電話を切る。背後には夕乃と百代、揚羽がいる。

 

「どうやら覇王軍は負け越しているようだな」

「あちゃー清楚ちゃんってば」

「はあ…項羽さんったら。まだまだ子供ですね」

 

3人とも真九郎の電話を聞いていたようで感想が3人とも良くはない。確かに覇王軍の結果を聞けば良い感想が出てくるはずはないだろう。

 

「…覇王軍戻る時にはまだ残ってると良いけど」

 

こればかりは項羽たちを信じるしかない。

 

「ふむ。真九郎は覇王軍か」

「補欠ですけどね」

「そんな中でこちらに付き合わせてすまないな」

「いえ、先に頼まれたのは揚羽さんですから」

 

百代たちが修業中の間に来たの真九郎と夕乃である。それは揚羽が依頼をしたからである。

来て早々手伝ったのは食事であった。到着したのはちょうど昼時だったから仕方がないが。しかも料理ができる2人だ。手伝わないわけが無い。

 

「いやあ夕乃ちゃんの料理が食べられて嬉しいなあ。おかわり」

「はい、どうぞ。残さないでくださいね」

「勿論だ!!」

 

パクパク食べる。揚羽は真九郎の料理を食べる。

 

「うむ。なかなかの味だ」

「九鬼家の料理人に比べれば劣りますよ」

「いや、美味い。今度は紋にも作ってあげてくれ」

「紋白ちゃんにですか?」

「ああ。紋はお前を好いているからな。どうだ、九鬼家に就職して紋の専属従者にならないか?」

「それは…考えておきます。今は揉め事処理屋としてやっていきますから」

「そうか。だがいつでも待っているぞ」

 

いつまで待っててくれているのだろうか。待っててくれるのは嬉しいが。

 

「よし。食事も終えたし、休憩したら修業再会だ!!」

「もしかして夕乃ちゃんも組手してくれるのか!?」

「しません」

「そんな!?」

「私がするのはちょっとした助言ですよ」

「助言?」

「はい。それは午後の修業を終えてからにでも」

 

夕乃は百代のことを理解している。それは心の問題だ。

夕乃は昔、幼い真九郎の心の傷を知っている。だからこそ人間の心について敏感なのだ。

 

(川神さんの心の問題は私がどうにかしましょう。項羽さん…清楚さんは真九郎さんに任せますよ)

 

夕乃は百代の心の問題を解決しようと思った。ならば真九郎は項羽のことを解決しなければならない。

味方と言ったのだから。

 

 

160

 

 

模擬戦四戦目の結果の連絡が来た。

 

「規定人数足らずで敗北なのか」

『うん。ゴメン…駄目だったよ』

「いや、そればっかりはどうしようもないさ」

 

まさかの最悪の結果。いや、予想していた最悪の結果だ。

 

『紅くん次の模擬戦までに戻ってこれそうかな?』

「うん。なんとか間に合いそうだよ」

『本当か!?』

「ああ。直江くんの『もしも』が叶ったみたいだよ」

 

今回の依頼はどうやら夕乃の方が役目があるようだ。真九郎の役目も少しはあったが、本来はこちら側のようだ。

 

『あ、ちょっと待って。覇王様…項羽が電話変わりたいって』

「良いよ」

『……紅か?』

 

酷く弱弱しい声の覇王であった。




読んでくれてありがとうございました。

今回で一気に展開が進んだ気がします。
百代には悪宇商会の誘惑の手が。
項羽は心が軋む。
夕乃は百代に助言を。
真九郎は項羽の味方を。

って感じですね。
なので夕乃は百代。真九郎は項羽と分かれて平行で進みます。

それだと真九郎が山に行った意味ないな・・・(ツッコミ無しで)


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覇王軍復帰

161

 

 

真九郎が依頼から終了して川神に帰還。覇王軍にやっと合流して現状を見て確認すると大和の言ったとおり軍は壊滅状態であった。

そもそも軍と言えないくらい人がいないのだ。これでは模擬戦に参加はできないし、参加しても規定人数が足らなくてアウトだろう。

 

「これは…」

 

真九郎はこの現状に何も言えない。しかし大和やクリスたちは彼が合流したおかげで助かったと思っている。彼が合流したことで多少は軍の兵たちは精神的に安定しているのだ。

紅真九郎の人気。というよりも人の良さから川神学園生たちからは評判は良いので覇王軍に残っているみんなにとって彼の合流はとても助かっているのだ。だがそれでも規定人数が達していないので模擬戦には参加しても敗北する。

 

「まずは人数を集めないとな」

「そうなんだよね。でも集まらなかったから四戦目は不戦敗」

「もう一度掛け合うしかないよ。そして直江くんだけが回るんじゃない。項羽さんも一緒に回るべきだ」

「…ああ」

 

項羽も気を落としながら肯定する。彼女は模擬戦での連敗続きに仲間たちが離れ、終いにはマープルからは「お前がいないほうが勝てる」と厳しい言葉をもらってしまった。

これには項羽も何も言い返せないし、事実である。そんなことから項羽は本当に人格を引っ込めて清楚に戻ろうというのだ。

 

「では…戻る、ぞ」

 

項羽から威圧的な気が徐々に消えて優しい感じに戻る。そこにいたのは覇王の項羽ではなく清楚であった。

 

「あ、戻った」

「ああ。雰囲気は全く違う」

「ふう。…あのみんな、ごめんなさい」

 

項羽から清楚に戻った瞬間は謝罪であった。彼女は申し訳なく頭を下げる。人格が項羽だった時にしてしまった事とはいえ、項羽も清楚なのだ。

2人で1人。その気持ちは一緒であり、悲しく申し訳なかったのだ。だからこその謝罪。清楚は誠心誠意の謝罪しかないのだ。

 

「本当にごめんなさい。迷惑をおかけしてしまったけどもう一度私に力を貸してください。勝手なことだけど、まだ諦めたくないんです。お願いします」

 

深く深く頭を下げて謝罪とお願いをする。彼女の気持ちは純粋であり、覇王軍に残った学園生たちは心が非情ではないので気持ちが伝わる。

おかげで覇王軍は少しだけひび割れた関係が修復していく。

 

「ありがとう。みんな」

 

まずは現段階の残った覇王軍は修復した。次は抜けていったみんなと取り戻す番である。どうやって取り戻すかは単純で清楚が謝罪しながらまた軍に戻ってくれるように頼むだ。

これが一番の方法である。結局のところ覇王軍からみんなが抜けたのは項羽が気に食わなかったから。それだけなのだ。

だから項羽である清楚自身が謝罪すればほとんどが心の怒りを収めてくれる。真九郎に清楚、大和は時間を掛けながら抜けていった仲間たちの家を周るのであった。

結果は良好で覇王軍には八割が戻ることになる。残り二割は様子見で「考えさせてほしい」というものだ。この二割に関しては五試合の結果を見せるしかない。

 

「これで規定人数は集まったから試合に参加して不戦敗になることはないね」

「うん。あとは次の試合を頑張ろう」

 

真九郎と大和は集まった人数を数えて模擬戦に参加できると確認。そして大和はこのまま戻って作戦を練り直すとのこと。

真九郎と清楚はこのままもう少し仲間が戻ってくれないかと粘るとのこと。

 

「じゃあこれが残りのリストね。みんなには事前に連絡はしとくよ」

「ありがとう直江くん」

 

真九郎と清楚は暗くなるまで仲間が戻るように足を動かすのであった。

 

 

162

 

 

暗くなり夜になるが星が出ていて明るい。川神は都会に位置するがこうも夜空が綺麗に見えるのは珍しいものだ。

 

「今日はありがとう真九郎くん」

「いえ、これくらいいいんですよ」

「俺からも礼を言う」

 

急に清楚から項羽に人格が変わる。

 

「…真九郎。俺は次の試合で完全に清楚の心の片隅に引っ込む。これは直江たちにも言っている」

「分かりました」

「はあ…。俺はお前に天下を一番に見せると言っていおいてこの体たらく。しかも俺の活躍も見せられない」

 

項羽は真九郎が味方になると言った代わりに天下を見せると約束した。だが項羽は真九郎に何も良い所を見せていない。

 

「真九郎…俺は今回の件で後悔しているんだ。何が覇王だ。これではただの負け犬だ」

 

覇王らしからぬ言葉。本当に項羽はまいっているようだ。いつもの尊大な態度も見られないし覇王の気も感じない。

目の前にいるのはただの傷ついた女性だ。

 

「項羽さん…」

「俺は覇王だ。だが偽物だった…そうだ、俺はクローンで、過去の英雄じゃない」

 

ポツりポツリと項羽の口から弱音が吐かれていく。今まで無意識に止められていた彼女の心の病みが放出されていく。

「闇」ではなく「病み」なのは彼女にとって精神的に悪いものだから。だから真九郎は止めない。悪いものなら吐き出させるべきだ。

彼は項羽を優しく抱擁する。精神的に弱まった者には仲間の誰かが一緒にいなければならない。

 

「俺は…俺は!!」

 

項羽の目から雫が垂れる。その雫を見た者はいない。真九郎が包むように抱擁しているので誰も今の弱気項羽を見れないのだ。

 

「項羽さん。貴女は弱くありません。でも今は休むことが大事ですよ」

 

もう少し強めに抱きしめる。

 

「後悔しても良い。躓いて足を止めても良い。少し休憩してからまた足を動かせば良いんだから」

「くあああ…俺は!!」

 

静かに静かに項羽は泣く。そして真九郎は彼女の満足のいくまで抱きしめるのであった。

 

「…お前は温かいな」

 

項羽が悪いものを全て吐き出してから数分。もう落ちついていつもの項羽に戻った。

戻ったはずなのだが項羽が真九郎の顔を見ようとしない。彼は、これは単純に弱音を見せて顔を見てくれないと思っている。

だが実際は。

 

(あああああああ。俺が、俺があんな醜態を!!)

(真九郎くんって意外と大きいんだね。私を優しく包み込んでくれた。それにとても温かった)

(ああ、確かに…って違うわ!!)

 

項羽と清楚が頭の中で惚気と混乱しているだけである。

 

(夕乃ちゃんが夢中になるのも分かる気がする)

(あああああ。こ、この俺が…でも悪くは無かったような気がしなくも)

(素直じゃないんだから)

(お前は何を言っているんだ!!)

(お前って…私は貴女だよ?)

 

真九郎はハテナマークのままで蹲って頭を抑える項羽を見るしかない。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

肩にポンと手を置くと項羽らしからぬ「ひゃう!?」という声を出した。

 

「今のは違う!?」

「え、ああ。はい?」

 

何が違うのか知らないが顔が真っ赤である。熱があるのかと思って項羽の額に手を置くが素早く後退された。

 

「何をする!?」

「顔が真っ赤だし熱があると思って」

「ない!!」

(真九郎くんの手が額に…)

(お前はいいから黙ってろ!!)

 

取りあえず真九郎は項羽が少しは元気になったと思うのであった。

 

(もう俺は引っ込む!!)

 

項羽から清楚に戻る。

 

「えっと、今は清楚さんですか?」

「うん。今は項羽じゃなくて清楚の私」

「清楚さん。明日は頑張りましょう」

「うん。頑張る。真九郎くんも力を貸してね」

「勿論ですよ」

 

笑顔になる清楚。その顔にもう不安や後悔はなく、清々しい。

 

「…今の清楚さんの方が清々しくて俺は好きですよ」

「ふえっ!?」

 

顔が真っ赤状態。

 

「さあ帰りましょう」

「待って真九郎くん。今のって!?」

「今の?」

「そ、それは…!?」

 

そしていつもの真九郎。

 

 

163

 

 

ついに始まった模擬戦第五試合。相手は九鬼軍である。この模擬戦に勝利しなければ優勝はもうできない。

覇王軍はやっと八割方メンバーが戻ってくれた。清楚のおかげで険悪な空気でもないし、みんなが全力で戦おうとやる気をだしていて士気は高い。

 

「今回の試合で私は後ろで待機しています。なので覇王軍の指揮は直江くんに譲渡します」

 

軍師として言われている大和の腕の見せ所である。それにクリスや京たちがまとめる軍も錬度は高い。

覇王軍は今まで実力を発揮できないでいただけなのだ。だが今回は存分に発揮できることだろう。

 

「この美しい私が全力でサポートしよう」

 

毛利元親。西方十勇士内きってのナルシストであり、多彩な技を持ち天下五弓の実力者である。今回の模擬戦で大和が外部助っ人として読んだ人物である。他にもクッキーや本物の将であるクリスの父親も助っ人でいる。

将に加えて兵の質が高いチームなのだ。それがやっと本来の実力が出せる。

 

「そして真九郎殿も参加だ!!」

「俺も頑張るよ」

 

合流した最後の将である真九郎。彼は将の器ではないのだが、何故かみんなから覇王軍では将の位置につけられた。

 

「俺は将ってガラじゃないけどなあ」

「そう言わないでよ紅くん。実力的に間違いないからさ」

「そうだぞ真九郎殿。まさしく将だぞ!!」

「プレッシャーだ」

 

違う意味で緊張してしまうものだ。

 

「じゃあ、みんな…力を貸してください!!」

「「「「「おう!!」」」」」

 

覇王軍VS九鬼軍。

戦いが開始された。今までの覇王軍と違って凄まじい攻めである。

大和の策。京と毛利による弓矢の猛撃。クリス親子の怒涛の突撃。クッキーによる旗の守り。全てバランスよく、あの九鬼軍も劣勢になり始める。

そんな中、真九郎はというと。

 

「ゆくぞ我が友、真九郎!!」

「英雄くん!?」

「真九郎の裏切り者~!!」

「あれ、紋白ちゃんまで!?」

 

何故か九鬼家の者に集中砲火を受けていた。




読んでくれてありがとうございます。

今回でやっと真九郎が覇王軍に合流です。
そして彼は項羽の心を少しずつ癒していきます。

んでもって模擬戦では人気のおかげで敵チームから集中砲火。


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相談

164

 

 

山での修業は順調にこなしていた。だが肝心の百代はどこか修業に集中していないのに揚羽は不満である。

何が彼女の集中をかき乱しているかが分からないが、これではせっかくの修業が台無しである。

 

「百代は何か心が乱されているな」

「そうですね。何が原因か分かりませんがこれでは揚羽さんがせっかく用意した修業が意味ありませんね。川神さんの油断を無くすのは難しいですよ」

 

百代の弱点は「油断」のしすぎである。戦いを楽しみたい為に意図的に長くするのが油断なのだ。相手の実力が強くても此方が必ず勝てるという前提としている。

だからこその油断して本来の力を発揮できずの負けてしまうことがある。その例がまさに初戦の項羽戦だ。

 

「聞かないと分からないですよね」

「ああ、そうだな。って…ん?」

 

夕乃は迷いなく百代の傍によって何が悩んでいるかを聞く。それは堂々としており、揚羽も「おお」と感嘆の息を吐く。

 

「百代さん。何かお悩みですね。修業に心あらずですよ」

「むむ、夕乃ちゃん」

「何か悩みがあるなら相談を受けますよ。ため込むより話した方が気が楽になります」

「むむむむ~」

 

何を悩んでいるのか、何を躊躇っているのか百代は何も話そうとしない。話そうとしないと言うよりも言いにくそうな感じだ。

まるで話したらマズイと思っているようなものだ。言えないような悩みなのだろうか。

 

「どうやら言いにくいことですかね。でも安心してください。私は理解がある方なので母親に如何わしい本でも見つけられた息子のようなことでも理解しますよ」

「いや、そんな思春期男子のような悩みじゃないんだが」

「あら、そうですか出席番号12番の川神百代さん」

「あれ、夕乃ちゃんってそんなキャラだっけ?」

 

そんなキャラもたまにはある。

 

「もし私と戦って勝てたら話してあげるって言ったら?」

 

百代は断られるだろうと思いながら、夕乃に決闘を申し込む。これは本気ではなくて冗談のつもりである。なんせ今までも決闘をお願いしても全て断られたのだから。

 

「…良いでしょう」

「ほらやっぱり断られて…ってマジ!?」

 

まさかの決闘が了承されたのに驚く百代。驚きの後は嬉しさが溢れる。

夕乃は間違いなく強者なのだから百代にとって戦いたい相手だ。夕乃との決闘は百代の闘いたい人ランキングでも上位の人である。

それがまさかこんな山の中で叶うとは思うまい。

 

「マジのマジか夕乃ちゃん!!」

「はい。ですが決闘方法は此方で決めさせていただきますよ」

「勿論だ!!」

 

早く戦いたくてウズウズしている。だが既に夕乃に先手を取られているのには気付かない。気付かないというよりも気にしていないというのが正しいのかもしれない。

決闘方法は簡単で先に一本取った方の勝ち。審判は揚羽に頼んであり、公正なジャッジをしてくれるだろう。

ルールは本当に先に一本取った方が勝ちなのでそれ以外は何でも有りということである。

 

「では、早速始めましょうか」

 

夕乃は腕まくりをして準備完了である。

 

「行くぞ夕乃ちゃん!!」

「いつでもどうぞ」

 

 

165

 

 

百代VS夕乃。

この決闘はまさに壮絶になると揚羽は思っていたが予想が外れた。案外、簡単に決着がついたのだ。

立っているのは夕乃で、倒れているのは百代。誰が見ても誰が勝者で、誰が敗者か子供でも分かる。

 

「私の勝ちですね。では川神さん、悩みをどうぞ」

「ま、負け?」

「はい。川神さんの負けです」

「ああ。百代、お前の負けだ。何処からどう見ても勝負は決まったぞ」

 

揚羽は彼女たちの勝負を思い返す。

百代は先手必勝とばかりに自慢の攻撃である「無双正拳突き」を繰り出すが夕乃が力いっぱいに払われた。

まさか簡単に自慢の拳を払われると思えず、隙を作ってしまった。その隙に夕乃は掌底を百代に一発食らわせて見事に一本を取ったのだ。

百代の敗北だが簡単だ。またも油断である。彼女自身としては油断していたつもりはないが考えが甘かったのだ。

自分の拳が払われるとは思ってもみなかったのだ。その考えが「油断」である。これも百代が強すぎた弊害なのだ。

今まで戦い、百代の拳を払った人間なんて祖父の鉄心くらいだ。どの勝負も百代は勝ってきたがどの勝負も自分が一瞬でも劣勢になったことがない。

百代は強すぎたゆえに自分が攻められる状況をしらない。守ることはできるが自分と同じくらい、もしくはそれ以上の相手と戦う場合は防御の方法が経験不足なのだ。

言わば百代は特攻特化。ゲームで例えると防御値ではなく攻撃値に全てステータスを振ったようなものである。

 

「も、もう一回!!」

「もう一回はありません。この決闘は一回限りです。それに決闘を何度もするっておかしくないですか?」

「そ、そんなぁ」

 

ガックシと項垂れる百代をみる揚羽。

 

「ハハハハハ。残念だが決闘は一回きりだ。またリベンジしたいのなら次の日にでもするんだな」

「本当にだめなのか」

「修業ならいざ知らず。決闘をもう一度したいなんて輩は今まで居たか?」

「う、いなかった」

 

練習試合なら何度も挑戦しても良いだろう。練習なのだから。しかし決闘は一回きりだ。決闘とはそもそも命がけの勝負。ならばもう一度挑戦なんてことは通らない。

 

「では悩みがあるなら言うといい。人生の先輩としてな」

 

人生の先輩として揚羽は資格あり、そして夕乃は決闘の勝者として。彼女たちは悩みの相談を受けるには十分だろう。最も相談は決闘でさせるものではないのだが。全員が了承しているのでツッコミは野暮だろう。

百代は名残惜しいが観念したと言わんばかりに両手をあげる。それに1人で悩んでいたとしても何も変わらない。ならば自分が尊敬する揚羽や友人である夕乃に話すのは良いだろう。

それに内容が内容がだけに2人は専門分野になるかもしれない。

 

「話します。場所を変えましょう」

 

場所を変えた百代は2人にメモを見せる。

 

「このメモは…番号が書かれているな。誰の携帯番号だ?」

「実は悪宇商会の者と接触したんだ」

「何だと!?」

「…そう」

 

揚羽は驚き、夕乃は目を細める。

 

「そいつは何と?」

「私に悪宇商会へのスカウトをしてきました」

「む…」

 

揚羽は悪宇商会が百代に接触したことに関しては納得してしまった。百代は強いが心に闇を抱えやすい。

戦いが好きなのは文句はない。それは人によって様々ななのだから。だからこそ「戦闘屋」という未来がある可能性があるのだ。

本来ならば自分の人生は自分で決めるものだが、自分を知る友人にとっては歩ませたくない未来だ。

 

「そうか…悪宇商会が。百代はどう思っているんだ?」

「…正直に話すと私は悪宇商会の誘いを魅力的に感じました」

「何!?」

「私でも何を言っているかと思いましたが本心なんだ。確かに間違いだと思う。でも強き者と戦えると言われて心が振るえてしまった」

 

百代は全て本心で語っている。悪宇商会というものは悪いものだと思っている。だが心のどこかで自分の力をふるえられる、強い者と戦える。それだけが自分の心を揺さぶっているのだ。

今の日常が退屈だ。楽しいは楽しいが戦いが退屈なのだ。だからこそ非日常とも言える悪宇商会からの誘いは刺激すぎた。

 

(…やはり今の百代の精神には波があるな。これでは話術を得意とする者や心を操る者に手込めにされるやもしれん。もしくは暴走か)

 

百代は強いが精神面は弱い。

 

「川神さんは本心としてはどうしたいのですか?」

「私は…迷っているんだ。駄目だと分かっているが悪宇商会からの誘惑は強い」

「そうですか。でも悩むのは悪いことではありません」

「悩むことは悪いことじゃない?」

「はい。悩みに悩むのも人生です。悩んだ結果が良いのも悪いのも」

「悪い結果になってもなのか?」

「はい。そればかりは自分自身の責任です」

「むう」

「ですが…良い結果に進みたいというのならばよく考えることです」

 

良く考える。如何に止めても結局は自分で決める。彼女たちはしょせんは相談を受けているだけでちょっとしたアドバイスや親身に話を聞くだけだ。

 

「良く考える…」

「よく考えてください。悪宇商会に入った未来と入らなかった未来。その場合は川神さんがどう思うのか」

「私が悪宇商会に入った場合と入らなかった場合…」

 

百代は2つの選択肢の未来を想像する。その想像した2つの未来は百代に何を与えるかはメモ張に書いてある番号に電話を掛けたその後の顛末で分かるのであった。

 

 

166

 

 

模擬戦五試合目。

覇王軍VS九鬼軍の試合は判定勝ちで覇王軍の勝利に終わった。

 

「やったやった!!」

「やったぜええ!!」

「私たちの勝利よ!!」

 

覇王軍のみんなは初勝利に喜ぶ。

 

「みんな、ありがとう!!」

 

清楚も満面の笑顔で覇王軍のみんなに労いの言葉を送る。この勝利は覇王軍のため、清楚のために得られた。

ならば大将として労うのは当たり前である。主将である大和やクリスたちにも御礼を言うのは当たり前。

 

「真九郎くんもお疲れさま」

「うん。痛てて」

 

真九郎は早速負傷している。彼はまさに初めての模擬戦だが、戦さながらの模擬戦のリアルさに驚いていた。

こればかりは流石川神学園の行事だろう。星領学園では味わえない行事だ。

 

「紅くんは九鬼の連中に集中砲火を受けてたね」

「英雄くんが一騎打ちに殴りこんできた時は驚いた…」

「その後に紋白ちゃんも突撃してきたよね」

「従者部隊引き連れてね…」

 

総大将の英雄を筆頭に真九郎がターゲットにされていたおかげで隙ができたのも今回に勝てた要因だ。おかげで真九郎は予想以上に負傷したのだが。

 

「英雄くんも案外強かった。やっぱ鍛えているんだね」

 

真九郎は英雄との一騎打ちをしたが怒涛の攻撃になかなか驚いた。服を脱いで褌一丁になった時はもっと驚いたが。

九鬼家の長男とはいえ、鍛えているのだろう。それに次に襲い掛かってきた紋白を将とする従者部隊も強かった。

 

「紋白ちゃんの指示も的確だし、従者部隊はやっぱ強いや。あずみさんも容赦無かったし」

 

結局のところ真九郎は従者部隊を全て倒せるはずも無く時間稼ぎをするしかなかったのだ。だが彼の働きが勝利へと導かせたのも事実。

 

「でも俺らの勝ちだ」

「そうだね直江くん」

 

確かに覇王軍の勝利だ。この勝利をみんなは噛みしめる。

このまま士気が高いまま六試合目に向けて頑張ろうと活き込んでいたが、まさかの士気をへし折られる。

士気が折られたのは何も何処かの軍の策略とか覇王軍がまた何かやらかしたというわけではない。単純に運営側から模擬戦の延期が通達されたのだ。何でも負傷者が多すぎたからである。あれだけ合戦さながらの試合をすれば当たり前だ。

こればかりは覇王軍だけでなく他の軍も士気は落ちる。だが長い休憩と思えば悪くない。傷ついた身体に休暇は必要だ。

士気の高い源氏軍や士気が上がった覇王軍からしてみれば残念だが仕方ない。大元である運営がそう決定したのだから。

 

「こればかりは仕方ない。休暇を取ろうよ。それに鍛え直すこともできる」

「だね。次の模擬戦再会まで各自身体を休めるのも良し、鍛えるのも良しだ」

 

次の模擬戦再会まで格軍営は休みことになった。

真九郎もやっと合流したのだがいきなりの模擬戦延期。どうするかと思ったがそのまま休みを取るしかなかった。

島津寮の自分の部屋でゴロゴロしているとメールが2通届いた。誰かと思って最初のメールを開いてみると清楚からであった。

内容は『今度の日曜日に遊びに行きませんか?』というものだった。

 

 

167

 

 

「あ、真九郎くん!!」

 

真九郎が待ち合わせ場所に到着すると既に清楚が待っていた。緑を基調とする服を着ており、まさに清楚の名前の通りに清楚なイメージを思い浮かべる服装だった。

「似合ってますよ」と言うと少し頬を赤くしながら照れる彼女であった。

今回は清楚と2人で川神で遊ぶ。まるでデートだが真九郎は気付かないあたりやはり鈍感である。

彼自身が遊ぶなんてあまりないことなので真九郎も新鮮である。美術展に行って芸術を鑑賞したり、お洒落なレストランで食事をする。

更にゲームセンターで年相応の遊びをしたりするのも本当に新鮮であった。そしてカラオケ店に入るのは清楚も真九郎も初めてである。

 

「カラオケって私初めて」

「俺も初めてですね。歌えるかな?」

「うふふ。私は真九郎の歌を聞いてみたいな」

「うーん…歌えるかな」

 

真九郎は歌を歌うなんてことはない。それに最近の人気のアーティストの歌なんて知らないのだ。

知っているのは学園で聞いた歌くらい。それでもサビ部分。

 

「…清楚さんから先に歌って良いよ」

「えー、そこは真九郎くんからだよ」

 

歌の譲り合い。どうぞどうぞ合戦。

 

「…あ」

「どうしました?」

「……実は昨日模擬戦で勝てて嬉しかった。でも寂しい気持ちもあるの」

「それは?」

 

いきなり清楚が言っていることが分からない。嬉しいのに寂しいとは矛盾だ。

 

「私は戦うために生まれきたクローンなわけじゃない。なのに私が出て項羽がでなければ勝てる。そんな結果を示されてへこんでいるの…」

 

彼女の言いたいことは分かった。模擬戦に勝てたのは嬉しい。それは分かる。勝てたのに寂しい。それは戦う化身とも言える項羽が模擬戦にでないのに勝てたというのだ。

戦の化身が戦わないで勝利したというのは項羽である清楚は複雑なんだろう。清楚は項羽にも勝利した気持ちを一緒に共有したいということだ。

 

「これは我儘。でも私がまた項羽になったとしたらまたみんなに…」

 

清楚は項羽が混じった状態で戦い、そして勝ちたい。そう願う。

その願いは叶えるのはもちろんできる。しかし項羽がまた出たとして軍の士気がどうなるか分からない。それが真九郎や大和にまた迷惑をかけてしまうかもしれないからだ。

そんな気持ちを吐露する清楚に真九郎はというと。

 

「良いですよ。その我儘を聞きますよ」

 

真九郎も優しい笑顔で答える。

 

「あ、ありがとう真九郎くん!!」

「でも項羽さんからも頼んでください」

「ふえ!?」

「その頼みは清楚さんだけでなく項羽さんの頼みでもあります。なら項羽さんだって本人の口から言わないと」

「そ、そうだよね。ちょっと待って…今から混じるから。ってあれ、混じるの渋ってる?」

「何でですか?」

「プライドとかいろいろあるから…」

「プライドがあるからって…。それじゃあ」

「うん。分かってる……………待たせたな!」

 

清楚から項羽へと変わる。やはり変化するとすぐ分かる。

 

「よお真九郎。ちょっとぶりだな」

「…次の試合で勝ちたいですか?」

「っ!! ああ勝ちたい。覇王として勝ちたい」

「なら覇王軍のみんなに一緒に戦うように言ってください。俺や直江くんだけじゃなくて」

「…だが今更何を言っても。項羽である俺様が出てもまたかき乱すんじゃないか」

「そんなことありません。今度こそみんなと向き合ってください」

「向き合う?」

「はい。項羽さんは今までみんなと向き合ってません。聞いたところ貴女は今まで一人で戦っている。そんなんでは勝てるものも勝てない」

「項羽さんはなんのために戦っていますか?」

 

項羽は何のために模擬戦を戦うのか。それはもちろん優勝のためで学園の頂点に立つための過程だ。しかし、それは1人でするものかと言われればそうではない。

模擬戦は1人で戦うものではない。みんなで戦うものである。項羽は仲間をどう思っているのか。

ただの優勝するために戦う人形のような兵なのか。それは違う、その考えが間違いなのである。

どのような軍が良いのかと思われれば義経の率いる源氏軍や英雄や紋白が率いる九鬼軍が良い例だ。

将は部下のために、部下は将のために。

 

「天下のために…部下のために。感謝の気持ちか?」

「…兵を労う。自分の為に戦ってくれる者には感謝するのは当たり前です」

「俺は今まで…そんな気持ちは無かったな。当然とばかり思っていた」

 

項羽は目を瞑りながら何かを悟るように頷く。

 

「そうか…俺に足らなかったのは義経や紋白のように感謝なのかもしれないな。俺は俺のためだけじゃない…兵のためにも戦おう。覇王軍は俺1人だけじゃないのだな」

「そうです」

 

ピっと携帯電話を鳴らす。

 

「その電話は?」

「美しい私たちは全てを聞いていたというわけだ」

「お前たちは…!!」

 

カラオケ店に集まったのは大和を筆頭とする。覇王軍の将たちだ。

彼らは全て真九郎と項羽の会話を聞いていた。彼らはやっと項羽の本心を確かめ、ついていこうと思うのであった。

 

「ふっ、ずいぶんと根回しが良いな。これは真九郎…じゃなくて直江か?」

「正解ですよ」

 

今日のことは大和が考えたことが。先日、真九郎の元にメールが2通届いた。1通が清楚でもう1通が大和である。

大和はなんとか項羽と覇王軍のみんなとの確執を取り除こうとしていた。そんな時に真九郎が合流できたのが良かった。

彼はよく人の悩みを払うか近づく。そのおかげで項羽の本心に近づけたし、やっと仲間と絆が繋がったのだ。

 

「さすがは范増だな」

「どうですか?」

「ああ。より兵たちのために戦うと思うようになった」

 

項羽も今までとは違う笑顔だ。これは良い笑顔だ。

 

「項羽さんも今は良い顔です」

 

せっかくだと思い出作りでみんなえカラオケを楽しみことになる。これも青春だ。

 

「…そうだ真九郎」

「何ですか項羽さん?」

「確か夕乃とは同じ道場で修業したんだよな」

「まあ、そうですね」

「ということは夕乃は姉弟子にあたるな。お姉さんというものだな?」

「確かにそうなりますね」

 

真九郎にとって夕乃は姉的存在で姉弟子にあたる。間違いでは無い。

 

「そして夕乃は今、百代と一緒に山に行っているんだったな」

「はい」

 

夕乃はまだ山から戻らない。何でもまだやることがあるからとのことだ。それは百代との問題らしい。

 

「そうかそうか。ならば夕乃がいない間は俺が姉代わりになろうではない」

「はい?」

「お前にはいつも助けられている。ならばお返しに姉代わりなろう。何かあればすぐに駆け付けよう!!」

「…は、はあ」

「ははははははは。嬉しいだろう!!」

 

はっきり言うと何か後で問題が起きそうな気がする。主に女難的な。山にいる姉弟子が何かを乙女の勘で気付いていそうだ。

 




読んでくれてありがとうございます。
次回もゆっくりとお待ちください。

さてさて。今回は2つに分けて物語が進みました。
百代は夕乃たちに打ち明け、やっと決心がつきました。
項羽は真九郎たちのおかげで改心です。
これで今回の物語である項羽ルートも終盤へと入りますね。
次回は百代と悪宇商会。もしくは項羽たちの休暇編を書くつもりです。

今回の話で夕乃は山で何か乙女の勘的なもので恋敵を察知しました。


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誘惑を断ち切る

168

 

 

百代の目の前にはルーシー・メイがいる。

 

「これは川神百代さん。連絡ありがとうございます」

 

百代は意を決して悪宇商会と連絡を取ってルーシー・メイを呼んだのだ。読んだ理由は簡単で悪宇商会のスカウトに関しての答えだ。

 

「いやあ、本来ならお洒落なカフェとか会議室でお話しをしたいですが我々はお客様に合わせますので」

 

山の中でのスカウトとは珍しいが、様々なスカウトとはそういうものだ。ルーシー・メイは人材確保のためなら多くの場所に赴く。

 

「では早速お返事を聞きましょうか。川神百代さん、どうでしょうか。悪宇商会に入りますか?」

 

ニコリと笑いながら百代からの返事を待つ。その答えを百代は堂々と言い切る。

 

「お誘いは嬉しいが…私は悪宇商会には入らない」

「…それは?」

 

笑顔のままルーシー・メイは断られた理由を聞く。

 

「悪宇商会からの提案はとても魅力的だ。…だが私は仲間との未来を選ぶ」

「仲間との未来とは?」

「私が悪宇商会に入ったとしてジジイやワン子。大和たちに迷惑をかけるからな」

 

百代が悪宇商会に入ったら仲間に迷惑をかける。もし入ったとしても自己責任だが、百代を大切に思う家族や仲間たちが黙ってはいない。

仲間たちのことだ。無理をしてでも百代を戻そうと躍起になるだろう。百代が未来を思い浮かべたとして悪宇商会に入ったとする。ならば仲間たちが百代のために来るのが見えたのだ。

風間ファミリーの絆はとても大きい。仲間のためなら無茶をするような者たちなのだ。だから優しき仲間のために迷惑をかけたくない。

 

「…そんなことでスカウトを蹴ると?」

「そんなことだと?」

「そんなことですよ。人生の分かれ道をそんなことで決めるとは…子供すぎませんか?」

 

ルーシー・メイは百代の判断を子供すぎると言う。彼女にとって百代のスカウトの蹴り方はまるで紅真九郎を思い出す。

 

「…私の人生は私が決める。どんな理由であろうとも私は後悔しないようにするだけだ」

 

人生なんて後悔だらけ。だけど全てが後悔と言うわけでは無い。自身の選択肢は自分で結局決める。どんな理由があってもそれは自分だけのものだ。

 

「仲間に迷惑をかけないようにすることもできますよ」

「無理だな。私の仲間はとても絆深いのさ」

「…その絆が自分を追い込んでいることは?」

「なんだと?」

「仲間は良いものかもしれません。ですが時には足かせにもなりますよ。ならば断ち切るのも未来への一歩ですよ」

「そんなことはない」

 

風間ファミリーとの絆を断ち切れと言われて百代はイラつきながらも即否定する。

百代は風間ファミリーを断ち切るなんて考えられない。それぞれの未来に向かって突き進むならばいつかは風間ファミリーも解散するだろう。しかし解散するだけで消えることはない。

いくら年が過ぎようが仲間なんおは変わらない。過去に約束したリュウゼツランの約束もある。その約束を果たすために仲間の絆を断ち切らない。

 

「お前が私たちの仲間の絆に触れるな」

「…失礼しました」

 

ルーシー・メイは百代の目を見ると彼女の目には完全に覚悟を決めたようなものだ。これはもう何を言っても無駄だというのが分かる。

彼女は多くの、様々な人間を見てきたのだから分かるのだ。話の通じる人間と通じない人間が。目の前にいる百代はもう話が通じない。彼女の意志はもう決定しているので、どう言いつくろっても聞かないだろう。

ならば粘るのは時間の無駄だと理解する。こういう人間はなにを話しても無駄なのだから。

 

「残念です。貴女が入ってくれれば悪宇商会はとても助かるのですが…」

「こちらも誘いはありがとうございました。ですが私の意志は変わりません」

「…分かりました。悪宇商会はいつでもお待ちしております」

 

無駄だと分かりながらルーシー・メイは最後に言葉を発する。そして普通に山を下るのであった。

 

「よく悩み、そして決めたな百代」

「揚羽さん」

「お疲れさまです川神さん」

「夕乃ちゃんまで!!」

 

百代の悪宇商会とのスカウトが終わったのを見計らって2人が表す。彼女たちはどうやら心配して見ていたようだ。

最も2人は百代がどうのような結果を選ぼうが何も言わない。

 

「夕乃ちゃんと揚羽さんの言葉が私の心を決めさせてくれたんです」

 

百代にとって大切なのは戦いよりも家族や仲間だったということだ。

夕乃がしたのは切っ掛けにすぎない。最終的に決めたのは百代である。今回のことが百代の心を少しだけ成長させたのであった・

まだまだ百代は未熟だが、これからも成長する。彼女は止まっていた成長の壁をまた1つ壊したのであった。

 

 

169

 

 

山下りのルーシー・メイ。

 

「はあ…スカウトは失敗ですか」

 

良い人材をスカウトできなかったのは残念だが、いつまでも引きずってはいられない。世界には多くの人材が存在するのだ。

また次があると思えば良い。世界には川神百代以上の人材はいるのだから。

 

「項羽の方もスカウトしたかったんですが…そちらは紅さんが一緒にいますからスカウトできなさそうなんですよねえ」

 

せっかく準備していたテストも切彦の応援も白紙になった。だがスカウト失敗とはそういうもの。過去に前例がなかったわけではない。

 

「仕方ありませんね…今回はこういう失敗だったと言うしかありません」

 

ピピピピピっと電話が鳴る。

 

「はい、もしもし。悪宇商会のルーシー・メイです。はいはい、人材ですね。用意いたします」

 

次なる仕事もある彼女は多忙である。

 

 

170

 

 

次なる模擬戦の情報が放送された。まさかの川神市内の山で合戦という。これは本当に戦国時代の合戦ではないだろうか。

ここまで模擬戦を本格的な合戦にできるのはまさに川神学園ならではだろう。正直ここまでやるとは思わなかったと真九郎も銀子も驚いた。

 

「凄いね川神学園は…」

「模擬戦をするのに山まで行くのね」

「村上さんの言う通りで山に行くのはちょっとね…あと5回戦も残ってるし」

 

銀子は模擬戦には参加していないが京は参加しているので山まで登るのは面倒と思っている。この思いは京だけではなくて他の者も思っているだろう。

元気一杯の翔一や一子はそう思っていないが。真九郎も面倒と思っているが特に気にはしない。仕事でどんなところも行くので山くらい気にはしないのだ。

 

「真九郎くん!!」

「真九郎~」

「あ、義経さんに弁慶さん」

 

義経はトテトテと弁慶はゆらゆらと近づいていく。そして第一声は「裏切り者」であった。

 

「ええー…」

 

真九郎は何故か様々な陣営から「裏切り者」と言われる。こればかりは人気者であった弊害だろう。

彼は覇王軍に入る前はどこのチームからも引っ張りだこだったのだ。特に源氏軍と九鬼軍からは相当スカウトされたものだ。

 

「真九郎くんが源氏軍に入ってくれなかったのは残念だけど…戦う時は手加減しないよ!!」

「うん。俺も手加減しないよ。お互い頑張ろう」

「ねえ真九郎。今からでも源氏軍に入らない? 軍の移動は許されてるんだよ」

「え、そうなの?」

「こら。俺様の陣営から真九郎を引き抜くな」

 

弁慶が真九郎を引き抜こうとした時に覇王である項羽が登場。

 

「あ、項羽先輩」

「おっとぉ大将のお出ましだ」

「弁慶よ。お前は可愛い後輩だが真九郎はやらんぞ」

「ちぇー」

「項羽さんこんにちは」

「おお、真九郎に直江!!」

 

項羽は改心した。今、彼女がやっているのは部下の見回り。部下を大切に思うおうと少しずつ絆を深めようとしようと頑張っているのだ。

それでちょうど真九郎たちの所に来たというところだ。まさか真九郎が引き抜かれそうになっているのを見てちょっと焦ったのは言わない。

 

「直江のアドバイス通り部下たちの見回りをするというのも悪くないな」

「みんなは?」

「良い感じだ。次なる模擬戦も活躍すると活き込んでいたぞ。俺も部下たちのために答えてやりたい」

「できますよ項羽さんなら」

「ああ!!」

 

項羽の様子を見る義経たち。彼女たちが思ったのは「項羽は変わった。良い方向に」だ。これは誰もが思っていることだろう。

マープルや他の者たちだってそう思っている。この変化は真九郎と大和の賜物だ。マープルは真九郎と大和の評価を大幅に上げるしかなかった。

 

「はいはい。ここでおじさんが登場ですよっと」

 

宇佐美巨人の登場。どうやら抽選券について説明のようだ。

抽選券とやらは沖縄旅行である。なんでも今回の模擬戦のスポンサーが出してくれたものである。これはお互いの広告のために出されたものだ。

ここも川神学園の凄さを感じさせられる。学園にある程度スポンサーがつくのはおかしくないが、多くのスポンサーがついているのは驚きだ。

何度も思うが川神学園はとんでもない。流石が日本でも有数の有名な学園だろう。星領学園では太刀打ちできそうになさそうだ。何の勝負かは分からないが。

 

「抽選券かあ」

「ほう…沖縄旅行か。なあ真九ろー」

「銀子は行く?」

「行かない。抽選券がもし当たったら誰かに売るわ」

「そっか。俺はどうしようかな…」

「そもそも当たると思ってるの?」

「うっ…それは」

 

真九郎は運が良いかと思えばどうだろう。今までの人生の中で運が良くて何か当たったことがあっただろうか。何故か一度も無かった気がする。

 

「う~ん…当たらなそう」

 

真九郎は運が無さそうである。全てが不幸せというものはない。よくよく思えば紅香に出会えたこと、崩月の家族に出会えたことなどが彼にとって幸せの絶頂の1つかもしれない。

ここまで大きい運を使ったというのなら次の大きい運までこなさそうだ。去年でさえ怒涛で濃すぎる1年だったのだ。生きていること自体で幸運を使っているかもしれない。

 

(…生きているってだけで運は使ってるかもな)

 

真九郎は生きているという幸運を二度も頭の中で思い返す。生きているとはこうも素晴らしいのか。何故か悟りそうだ。

 

「おい真くー」

「引くだけ無駄かな」

「引くだけならタダなんだから貴方のなけなし運に頼ってみたら?」

「そうするよ。もし当たったら俺は沖縄に行ってみたいなあ」

 

真九郎は仕事で様々なところに赴くが旅行では言った事は無い。たまには学生らしく遊んでみたいものだ。

旅行と言えば去年、京都に銀子と行ったことを思い出す。京都という西の魔境なのか西の都なのか。京都の出会いもまた格別で恐ろしかったものだ。

 

「碓氷くんは元気かな…」

「おい真九郎ぉ!!」

「あ、はい何ですか項羽さん」

「無視するなあ!!」

「えと、ごめんなさい」

 

無視したつもりはない。ただ銀子との会話をしていたので気付かなかっただけである。

 

「ったく…俺は今お前の姉なんだからな」

「は?」

 

ここで銀子が冷たい目で見てくる。ここは早めに誤解を解かねばならないだろう。

 

「あんた…」

「まずは話を聞いてくれ」

 

 

171

 

 

模擬戦当日。第六試合目。覇王軍VS武蔵小杉軍。

覇王軍の人数は100人を超える。第五試合目での試合を見て戻ってきてくれた者たちもいる。今回は清楚ではなくて項羽が出ての戦いとなる。

山の中での戦いは川神学園のグラウンドでの戦いではない。本格的な戦略も必要だ。そこは軍師である大和が念入りに念入りに考えてきた。

項羽と真九郎チームとクリスチームである特攻軍。毛利と京の弓兵軍。大和とクッキーの後方援護軍。大まかに3つの組分けとなる。

 

「今回の模擬戦では俺は出る。お前たち再度俺の我儘につきあわせてすまない。だがもう一度俺に力を貸してほしい」

 

今の項羽の佇まいはまさに大将だ。模擬戦前半戦と比べればまるで別人である。

 

「またお前たちと戦えることを嬉しく思う」

 

相手がどんな者たちであろうとも油断はしない。合戦開始の合図が山に鳴り響く。

 

「行くぞ覇王隊。俺に続け!!」

「「「はい!!」」」

「ついて来てくれ真九郎」

「もちろんです」

 

覇王隊の出撃。

 

「はああああああああ!!」

 

項羽は向かってくる敵を薙ぎ払う。

 

「お前たち。俺の食べ残しを頼む!!」

 

散らばった敵軍を覇王隊のみんなが追撃して確実に倒していく。項羽が大きな一撃を繰り出し、覇王隊が残りを潰す。

単純だが効果的な攻撃だ。項羽の力あってこその戦法である。

 

「確実に倒すために複数でかかれ。負傷した者はすぐに後退するのだ!!」

「はい!!」

「任せてください!!」

「うおおおおおおお!!」

 

覇王隊の士気も高くなっていく。

 

「真九郎無事か!!」

「大丈夫ですよ」

「ふっ、愚問だったな」

 

項羽の後ろには真九郎がおり、確実に彼女の背中を守っている。おかげで項羽は安心して前方に集中できるのだ。

特に練習してもいないのに2人のコンビネーションは正確であった。最も真九郎が項羽に合わしている。

 

「いいぞ真九郎!!」

「護衛は何度も経験がありますから」

「よし。お前たち、深追いはするな!!」

 

深追いはするな。自分にも言いかせるように覇王隊へと言葉を飛ばす。すると奥から大きな気を感じる。

 

「この気は…黛由紀江だな」

「どうしますか覇王様?」

「…いや、あえて退こう。ここで戦う必要はない」

 

既に本隊の方からは武蔵小杉軍の本隊を迎え撃って迎撃した連絡はきている。ここまで戦果を残せば判定勝ちになる。

ならば無理に戦って隊を負傷させることはないのだ。戦い方は何も敵軍を全滅させるのが勝ちではないのだ。

 

「まだ戦いは終わっていない。最後まで気を抜くな!!」

 

覇王軍VS武蔵小杉軍の試合は見事に覇王軍の勝利となった。

 

「見事ですね覇王軍」

「にょわ~」

 

 

172

 

 

抽選券の当日。真九郎は沖縄への旅行券がまさかのまさかで当たった。

 

「当たった…」

「おい真九郎。抽選は当たったか!!」

「当たりました」

「よっし。沖縄旅行が楽しみだ。もちろん俺様も当たったぞ!!」

 

真九郎沖縄に行く。




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

今回で百代は悪宇商会の誘惑を断ち切りました。
彼女にとって戦いは好きですが・・・やはりそれよりも大切なのは仲間ですね。
真九郎が悪宇商会を断ち切ったのは紫のおかげ。
でも百代の場合は風間ファミリーだったということです。真九郎の時の場合みたいにテストはありませんが百代も少しは考えることを覚えました。

そして項羽側も順調に模擬戦の後半戦に行きます。ほとんど原作通りになるかもなので物語は加速すると思います。
でもその前に夕乃と項羽の姉合戦かなあ?
次は沖縄


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沖縄旅行

173

 

 

沖縄。「めんそーれ」なんて言葉が聞こえてくる。陽気な活気がある場所である。だが現実は暑いし熱い。

それでも沖縄という魅惑の土地が暑さを忘れさせてくれる。砂浜から足へと熱さがが伝導するが、目の前に広がる青い海が忘れさせてくれる。美味しい食べ物が舌を楽しませてくれる。沖縄は魅力がたくさんだ。

 

「綺麗だ…銀子も来れば良かったのに」

 

銀子は今頃島津寮にてお留守番だ。彼女には何か沖縄のお土産を買って行こうと思うのであった。それに夕乃や紫にもお土産を買うのも良い。

何が良いかなと思いながら悩んでいると背後から声をかけられる。誰かと思えば清楚であった。

 

「真九郎くん!!」

「あ、清楚さん」

「この水着…ちょっと冒険しちゃったかな。どうかな真九郎くん?」

「とてもお似合いですよ清楚さん」

「ありがとう真九郎くん」

 

ポッと頬を赤くする清楚。彼女の水着が学園の指定の水着ではなくて私物の水着だ。白を基調として花柄の水着。

彼女にとても似合っている。知らない人が清楚を見ればグラビアアイドルと勘違いするかもしれない。

 

「みんな楽しんでるね」

「そうですね」

 

周囲を見ると川神学園のみんながそれぞれ楽しんでいる。翔一たちが仲良くビーチバレーをしているし、義経は海を泳ぎ、弁慶はのんびりしている。

 

「あ、モモちゃんもいる!!」

「本当だ。じゃあ修業が終わったのかな」

 

向こう側に百代が大和と絡んでいた。彼女は山籠もりをしていたはずだから、沖縄にいるということは修業が完了したということだろう。ならば夕乃も帰ってきているはずだ。

 

「真九郎さん」

「あ、夕乃さん」

 

また声をかけられたと思えば夕乃であった。

何でも修業に付き合った報酬として沖縄に連れてきてもらったということだ。本来ならばそのまま川神に帰るつもりであったが真九郎が沖縄に行くということで急遽向かうことに決めたのだ。

それに乙女の勘が沖縄に行かないとマズイと伝えているのだ。おもに恋を寄せる真九郎が何かに巻き込まれていると思って。

 

「あの、どうですか真九郎さん…この水着は?」

「はい。とても似合ってますよ」

 

夕乃の水着も私物の物で前に九鳳院系列のスパで着ていたものだ。

今ここに美少女2人が揃う。真九郎はまさに両手に花状態である。遠くからは福本育郎は即座にカメラを構えている。

真九郎は特に思っていないが彼女たちは相当レベルが高い。モデルにスカウトされてもおかしくはないだろう。

男子学生も彼女たちを前にすればテンパるだろう。だが平常心である真九郎は鈍感であるのでテンパらない。だがそれが夕乃にとって誤算というか恨めしいことだ。

それでもアタックし続けることが恋する乙女の力だと思う。なので夕乃はガンガン攻める。色んな意味で。

 

「似合ってて良かった。そのう、どうでしょうか…こう男としてどう思いますか?」

「ん? いや、似合ってますよ」

「いや、そうじゃなくてこう…ムラムラしたり、とか」

「はい?」

「……」

「えと?」

「ムラムラするんですか、どうなんですか!?」

「ゆ、夕乃ちゃん!?」

「え、あ、はい!! します!! ムラムラします!! 多少は!?」

 

凄い剣幕に圧されてつい言葉を発する真九郎。夕乃の大胆な発言に驚く清楚。

 

「ああ、良かった。まだ本来の道を歩いてますね。真九郎さんが小さい女の子でしかムラムラしないなんてことになっていては心配です」

「夕乃ちゃん詳しく」

「えと…いや。あの?」

 

こういうやり取りは前に何度かある。その意味を汲み取れない真九郎は本当に鈍感である。

だが今、夕乃が余計なことを清楚に教えていそうになっていたので話を取りあえずガラリと変えないといけないことだけは理解できる。

 

「あ、そういえば川神さんの修業はどうなったんですか?」

「ああ、もう大丈夫ですよ。川神さんも武神なんて呼ばれていますが同じ人間です。悩んだりします。でも今は雲が晴れたように清々しくなってますよ」

 

チラリと百代の方を見ると確かに彼女の顔からはスッキリした顔をしている。まるで真九郎は悪宇商会のスカウトを蹴った後や悪宇商会との休戦条約をした後のようなである。

彼女もまた同じように悩んで悩んで大きな壁を乗り越えたのだろう。真九郎たちは知らぬことだが百代打倒を計画している燕からしてみれば余計なことしてくれたものだと思うだろう。

でも仕方ないものだ。人間は誰でも成長する。それは誰かが良く思っても思わなくてもどんどん成長していく。

 

「…川神さんはもっと強くなりますね」

「でしょうね」

「なんだかモモちゃん。生き生きしてる」

 

清楚は思う。百代のあの顔はきっと悩みを振り払った顔なのだと。

それはとても羨ましく思う。自分自身の悩みも早く解決したいのもある。その悩みはきっと隣にいる真九郎が解決してくれるんじゃないだろうかとも思うのであった。

 

(今日の夜にでも相談しようかな…ん?)

 

ここでパチっと夕乃と目が合う。そして2人の乙女の電流が走った。そう、2人はまさにお互いに恋敵だと理解したのであった。

夕乃は真九郎のことが好きだ。清楚も真九郎に今まで助けられて、力を貸してもらった。彼には他の男性には特別な感情が募ってきている。

 

(やはり清楚さんは…!!)

(知ってたけど…やっぱり夕乃ちゃんは!!)

 

間の真九郎は無関心。

 

「真九郎くん…私と夕乃ちゃんの水着どっちが似合ってるかな?」

「え?」

「もちろん私ですよね真九郎さん?」

「えーっと…」

 

何故か究極っぽい選択肢が出された。正直どちらも似合ってるので選ぶなんてできないのだが。

 

「……ええっと。どっちも似合ってますよ?」

「どっちか選んでください」

「男らしく」

「…あー」

「おーい真九郎殿。こっちでビーチバレーしないか!!」

 

ここで偶然にも助け船であるクリスが声をかける。彼女はどんな状況でも空気を読まずに入ってくるので助かるものだ。

 

「はい参加します」

 

真九郎はヘタレなので逃げた。

 

「真九郎さん!?」

「真九郎くん!?」

 

 

174

 

 

沖縄の夜。星空がよく透き通って見えるものだ。

旅館ではマープルが酒に珍しく酔ってヒュームとの過去を赤裸々に語っている頃、砂浜には真九郎と清楚がいる。

何でも彼は清楚から話があるから呼ばれていたのだ。

 

「真九郎君。ありがとう来てくれて」

「良いんですよ」

「さっきの宴会で弁慶ちゃんが酔って義経ちゃんと与一くんがフォローしてたの見てた?」

「見てました。というか巻き込まれてました」

 

弁慶が川神水で場酔いして真九郎に絡んでいたのを思い出す。勢いあまって抱き付いて来たのは環を思い出すものだ。

 

「あはは。ちょっと大変だったね」

「俺としては五月雨荘での日常ですがね」

「そ、そうなんだ。…ちょっと羨ましいな」

 

弁慶みたく清楚も甘えてみたいができない。

 

「私は1人で義経ちゃんたちが主従関係で3人。なんで一緒に育ったのに分かれてるのかなって思って」

「…それは」

 

彼女の悩みというか愚痴だろう。今の生活や仲間に文句は無い。でも昔からまるで分けられて育ったのだから心のどこかに寂しさがある。

義経に弁慶、与一は3人で1つ。清楚は1人。同じクローン組なのに分けれていた。九鬼側としては分けてはいないが本人はそう思ってしまえば意味は無い。

葉桜清楚は寂しいと子供の時に思ってしまった。だが彼女の性格から周りにそんなことは誰にも言えないのだ。

 

「ごめんね。愚痴を言って」

「…愚痴は誰にも言いたい時はありますよ」

 

愚痴は誰も言いたくなる。ため込んでしまう人もいるがため込むのはマズイままだから吐いた方が良い。

 

「いくらでも聞きますよ清楚さん」

「ありがとう真九郎くん」

 

清楚はまた愚痴る。前は項羽だったが今度は清楚だ。清楚は今まで誰かに甘えることはなかった。

彼女はクローン組で年上だ。だからしっかりしないといけないと思ってお姉さんとしてふるまって来たのだ。義経たちのお姉さんになろうと決めた時から彼女はいろいろとため込んできた。

以降は誰も本心を言える人がいなかったが川神学園が交換留学をした時に紅真九郎に出会った。最初は彼のことを優しいけど目立たない青年かと思っていた。

でも彼と出会ってからは怒涛の出来事の連続であった。梅屋での強盗事件では助けてもらった。彼の強盗に立ち向かう勇敢さには驚いたし素敵だった。

次に弁慶たちと河川敷で戦った姿は恰好良かった。肘から角を出したのはより驚いたけど。そしてまさかの自分自身が誘拐された事件は怖かったけど真九郎が助けてくれた。

クローン奪還事件での出来事にて彼が助けてくれた時は子供っぽいかもしれなけど本当に王子様や勇者かと思ったほどだ。

最後に、自分の正体である項羽が覚醒した後。その後はいつも助けてくれた。今だって助けてくれている。だからこそ真九郎には無意識に甘えてしまう。

だが今回のことで意識的に甘えたくなる、頼りたくなる。彼は年下だけどどこか頼りたくなる大人さがある。

はっきり言ってしまうと真九郎からは年下だとは思えないのだ。もう大人の魅力を感じる。どうすればここまで達観しているというか大人っぽさが出るのだろうか。

 

「真九郎くんて…すごいね」

「俺が凄い?」

「うん。凄い。私を助けてくれたし、強いし」

「…俺はそんなに強くないですよ。俺だって弱い。1人じゃ何もできないことはあります。でも助けてくれる仲間もいるからできることもあるんです。だから清楚さんが困ったことがあれば助けになります」

「…うん。やっぱ真九郎くんは強いよ」

 

やはり真九郎は強いと思う。なかなか自分が弱いと認められる人はいない。自分の弱さを認めても強くあろうと本当に思う人こそ強者だと思う。

そんな彼だからこそ魅力があるのだろう。

 

「あー、スッキリした。愚痴を聞いてくれてありがとう」

 

いつの間にか砂浜に一緒に隣に座って愚痴を聞いていた。どうやら無意識に座っていたらしい。

 

「あの…また愚痴があったら聞いてもらって良いかな?」

「もちろんですよ」

「ありがとう!!」

 

彼の手と重ねる。つい胸がドキドキして顔が熱くなる。

隣同士だから顔の距離が近いので少しでも動けば重なりそうだ。

 

「し、真九郎くん…」

「はい、何でしょうか清楚さん?」

「何をしてるんですか真九郎さんに清楚さん?」

 

ここで崩月夕乃の登場である。

 

「夕乃ちゃん!?」

「あ、夕乃さん」

 

夕乃は彼らが2人きりになったからつけてきたが、清楚が真剣に話をしていたので野暮だと思って隠れていた。そのまま帰ろうとしたが何故か乙女の勘が危険だと思って留まった。

そして真九郎と清楚が何か甘酸っぱそうな雰囲気になりそうと思った瞬間に足をを動かした。

 

「真九郎さん。最近身体が鈍ってませんか?」

「いや、そんなことはーー」

「沖縄旅行から帰ってきたら稽古しましょうね」

「えっ」

 

ピシっと固まる真九郎。

ジロリと清楚を見る夕乃。そして「むう」と頬を膨らませながら清楚。

せっかく悩みが無くなったかとあらたな悩みができたものだ。こればかりは真九郎の力を借りてはならない。自分の力で勝たないといけないようだ。

夕乃だって負けるわけにはいかない。きっと模擬戦が終われば新たな戦いが始まるかもしれない。その戦いは敵が多い。

どの敵も個性的でいろんな方面で強いものだ。

 

 

175

 

 

沖縄旅行を楽しんだら模擬戦が始まる。

項羽に真九郎、大和たちも気持ちを引き締める。

これから模擬戦を再開する。




沖縄での出来事でした。
取りあえず甘酸っぱい感じでオチもつけましたが、こんな感じになりました。
なかなか難しいですね恋模様を執筆するのは、まあ完全な告白ではなくてやっと清楚が気持ちに気付いた感じに書いたつもりです。
告白は夕乃がゆるしませんからね。つーか、銀子や紫が黙っていないあ…

さて、次回からついに模擬戦も佳境に入ります。もうすぐ覇王ルートも終わりですね。

次回の新章ももう考えてあります。どうにか設定を考えて紅側の「西」を登場させたいと思います!!


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模擬戦終了からのエキビションマッチ

タイトルを見て分かるように模擬戦もいっきに終盤です。
そしてエキビションマッチですがオリジナル要素が入ります!!


176

 

 

沖縄旅行後に模擬戦が再開され、どの軍も勢いよく合戦をしている。皆が優勝を目指して頑張っているのだ。

真九郎だって最初は特にやる気はなく、不参加のつもりだったが今では覇王軍を優勝を目指そうとみんなと頑張っている。学園行事でこうも頑張るのは久しぶりの気持ちだと思う。

揉め事処理屋の仕事では味わえない感覚。普通の学園の行事でも味わえない。川神学園だからこそ味わえる感覚なのだろう。

合戦なんていうのは本当に川神学園でしか味わえない。他の学園の騎馬戦とかそういうたぐいではない。本当に自分の身と武器を使って戦うのだ。

 

「ここまで来たら頑張らないとな。頑張って優勝を目指しましょう項羽さん」

「あ、ああ。そうだな?」

「項羽さん?」

「ど、どうした真九郎!?」

「………」

 

よく分からないが沖縄旅行から帰ってきた以来、項羽の様子がおかしい。戦いの時は集中してそうでもないが、一緒に居る時はどうもおかしい。

急にオドオドするし、顔が急に真っ赤になったり、あまり顔を見てくれない。前まではそんなことはなかったのに変わった変化だと思っている真九郎である。

 

(どうしたんだろう。やっぱ模擬戦が終盤に近づいているから緊張…不安なのだろうか?)

 

真九郎は本当に心配しているが、当の項羽の心の中では清楚と項羽の心の会議が開始されていた。

 

(うああああああああ。どうしたのだ俺は!?)

(もう、落ち着いて。模擬戦の時は大丈夫みたいだけど…いつまでもこうじゃ駄目だよ)

(五月蠅いぞ私!!)

(貴女だって気付いているんでしょ。この気持ちは)

(うぐ…だ、だが)

(だがでもじゃありません。素直になった方が良いよ。私は素直になる)

(む、むう…)

 

清楚と項羽の心の対話をしている中で真九郎が声をかけることで一旦止まる。

 

「項羽さん?」

「お、おうなんだ真九郎!?」

 

テンパっている項羽の手を優しく握る真九郎。これは彼女が不安になっているかと思ってやったものだ。

 

「大丈夫ですよ。俺は項羽さんの気持ちが分かります」

「うえ!?」

「もちろん清楚さんの気持ちも」

(ふえ!?)

「言わなくても俺には分かります。最初に言ったように俺は項羽さんの味方です。ならばどこまでもついていきますよ」

「……………あう?」

(ふえええ!?)

「項羽さんも清楚さんも今ではとても大切な人ですよ。残りの模擬戦をみんなで頑張りましょう」

 

顔が超絶真っ赤になって固まる項羽と心の中で真っ赤になりながら悶絶する清楚。そして彼女たちの気持ちを実は分かっていない、勘違いしている的外れの鈍感野郎の紅真九郎。

ぼしゅっと顔から蒸気が出たようにパタリと倒れる項羽であった。

 

「あれ? 項羽さん?」

 

日常を楽しむのも良いがそろそろ模擬戦の決着である。

 

 

177

 

 

覇王軍VS源氏軍。覇王軍VS九鬼軍。覇王軍VS松永軍。

残り3戦も怒涛の勢いで合戦をしたがどれも大変であった。やはりどこも優勝に近い軍であるためそう簡単には勝ちを譲ってはくれない。

だが覇王軍も最初と違う。今では項羽が信頼されている仲間を率いる。クリスたちが精鋭たちと一緒に敵軍に突っ込む。京たちによる援護射撃部隊。大和の的確な策や一発逆転になる賭けの策などなど。そして真九郎はみんなのフォローをする。

戦いは激化しているが、それでも覇王軍は負けなかった。負けなかったのだ。

覇王軍は残りの3戦を全て勝ち抜いたのだ。最初のころと比べれば全然違過ぎる。今では覇王軍を応援する観客だっている。

項羽は、覇王軍はこうも変われたのだ。

 

「全ての模擬戦が終了~。では順位を発表するぞ!!」

 

審査員である百代から全ての軍の順位発表がされた。どの軍も順位にドキドキするし、知っている者はこれから発表される結果にどうなるか気になりもする。

発表された順位は。

1位が松永軍、覇王軍、源氏軍、九鬼軍。5位が武蔵軍。6位が福本軍。

まさかの1位が四軍で同列優勝という結果となったのだ。これはこれで面白い結果だが川神学園は終わらない。

活気のある川神学園生は最後の最後まで決着をつけないと気が済まないのだ。既に模擬戦の結果は四軍が優勝で決まりだ。

あとは本当に最後の勝利者を決めるだけなのだ。どの軍の大将が頂きに立つか。今ここでエキビションマッチが開催される。

 

「エキビションマッチか」

 

エキビションマッチの内容は簡単でただのバトルロイヤル。四軍から大将ともう1人が選出。2対2対2対2の全力勝負である。

覇王軍からは項羽と真九郎。松永軍からは燕と辰子。源氏軍からは義経と弁慶。九鬼軍からは英雄とあずみ。

場所を山から変更して九鬼と川神学園が用意した会場で開始される。このエキビションマッチに観客や軍のみんなはこの結末を見届けようと集まる。ここまで多く集まるなんてもうオリンピックなんて思うのは流石に飛躍しすぎかもしれない。

どの軍からも応援が凄い。そして大将たちは応援に応えようと気合いを出すのであった。

覇王軍。

 

「ここまでの高揚感は無いぞ。だが油断はせん!!」

「頑張りましょう項羽さん」

「ああ。俺様についてこいよ真九郎!!」

「はい」

 

松永軍。

 

「がんばろーね辰子ちゃん」

「うん。頑張る~」

「頑張りなよ辰。本気だして良いからね」

「頑張れよな辰姉!!」

「くふふ。ここでうちの切り札暴れさせちゃうよ」

 

源氏軍。

 

「義経は頑張る!!」

「主に勝利を捧げるために頑張っちゃうよ~」

「後は任せたぞ姉御」

「頑張れよ。無理するな」

「頑張ってね義経ちゃん!!」

「うん!!」

 

九鬼軍。

 

「このエキビションマッチでは恐らく勝てないだろう」

「兄上…」

「英雄様…」

「だが、大将としてのケジメだ。我は最後まで戦うぞ!!」

「兄上!!」

「流石です英雄様!!」

 

戦う場所にあがる8人。そして実況者である百代が試合開始の合図を宣言するのであった。

 

「エキビションマッチ開始!!」

 

百代が宣言したと同時に先に動いたのは英雄であった。

 

「うおおおおおおおおお真九郎!!」

「英雄くんまた!? でも…」

 

応えるように真九郎も動く。そしてお互いに跳躍して飛び蹴りが交差するのであった。

 

 

178

 

 

エキビションマッチが開始された。最初からクライマックスというか全力勝負だ。

真上で飛び蹴りが交差している真九郎と英雄。真下では燕のとっておきである辰子が姉からの宣言で既に覚醒していた。

 

「うああああああああああああああああ!!」

「こいつはあの時の奴か!!」

 

項羽は覚醒した時のことを思い出す。

 

「やっちゃって辰子ちゃん。場を存分にかき混ぜてね」

 

辰子は意の一番に項羽に突っ込む。

 

「はっ、良いだろう。前のリベンジのつもりなら相手をしてやる!!」

 

方天画戟を振り下ろすが辰子は両手で受け止める。

 

「うあああああ!!」

「こいつ前より力が上がっているな」

 

彼女の両手から方天画戟を無理矢理離させて連続で振るう。

 

「うああああああああ!!」

「こいつ!?」

 

攻撃を受けてもなお突撃してくる。覚醒していて痛みを感じなくなっているのだ。アドレナリンの大量分泌だろう。

その隙を狙ってあずみと弁慶が項羽に攻撃してくる。辰子が覚醒して項羽に攻撃しているおかげで援護できるように2人も攻撃できるのだ。

 

「こいつら!?」

「悪いがあんたを先に潰させてもらうぜ」

「先輩には悪いけど狙わせてもらうよ~」

「あずみは英雄を守ってろ!!」

「悪いな英雄様直々に紅の野郎の戦いに手を出すなって言われてるんでね」

「私はこのままこの青髪のお姉さんの攻撃に便乗させて…おっとぁ!?」

 

辰子は近くにいたあずみと弁慶を攻撃する。

 

「うあああああああああ!!」

「危なっ」

「何だこいつ!?」

 

さっきまで項羽を攻撃していたと思ったらあずみと弁慶を攻撃し始めた。まるで近くに居る者を攻撃するようである。だがまさにそうで、これは燕の作戦である。

遠くから様子を見る燕は辰子に「近くに居る者を隙に攻撃してね」と指示している。覚醒状態の辰子に細かな指示を出すよりも簡単な指示の方が効果的だ。とういうよりもバトルロイヤルなら暴れさせる方が良い。

燕は辰子が暴れて場を混乱させている隙を突く作戦を実行しているのだ。

 

「うあああああ!!」

 

雄叫びをあげながら辰子は近づく者、近くにいる者を無差別に攻撃する。力だけなら項羽にも匹敵するだろう。とういうことで一発でも食らえば大ダメージである。

 

「ちっ、ただの獣だなこりゃ」

「でも彼女は凄いよ。正直とんでもないポテンシャルを持ってるよ」

 

辰子とまともに戦えるのは項羽のみ。弁慶も辰子とまともに戦おうとするならば『金剛纏身』だろう。

 

「主のために覚悟を決めますか…そぉい!!」

 

自慢の武器で連続に振るって項羽と辰子に立ち向かう。

 

「ぐ、やるな弁慶!!」

「このおおおおおお!!」

「おっとあぶなっ!?」

 

項羽に辰子、弁慶が一ヵ所に集まったのを見計らってあずみは大量のくないを投げつける。

 

「占めた。食らいやがれ!!」

 

どこにそんな大量にくないを隠し持っているんだと思うくらいのくない雨。

項羽と弁慶は自慢の武器で弾き落とすが辰子は武器を持っていないので直にくないを受けてしまう。

 

「うあああああ!!」

 

だが覚醒している辰子に意味は無く、飛び交うくないの中に突っ込んであずみを目で捉える。

 

「こいつくないの中を無理矢理!?」

「捕まえ…たぁ!!」

「捕まるかよ」

 

捕まえたと思ったがあずみの技術の1つである変わり身で上手く避ける。しかしある声によって隙を作ってしまう。

 

「ぐああああああ!?」

「英雄様!?」

 

声が聞こえた方向を振り向くと英雄が真九郎にカウンターを食らっている姿が目に入る。

状況としては英雄が渾身の一撃を真九郎に叩き込もうとしたところをカウンターされたのだ。

 

「見事だ我が友、真九郎!!」

「英雄くんも勇ましかったよ」

 

あずみが彼らのやりとりを見た瞬間が隙を生じさせてしまったのだ。その隙を燕は逃さない。

すぐさまあずみに接近して強力な一撃を叩きこんだ。

 

「隙ありだよん」

「く、くそ!?」

 

九鬼軍。英雄とあずみリタイヤ。

 

「次は私が相手だ真九郎くん!!」

「義経さんか!!」

「私もちょくちょく相手するよ!!」

「燕さんまで!?」

 

義経の刀と燕のギミックが襲い掛かる。

義経の剣捌きは素早くて正確だ。燕のギミックは多彩過ぎる。2人の攻撃は真九郎を攪乱させるには十分であった。

特に燕は真九郎の動きを止めようととして立ち回っているので戦い辛いのだ。

 

(真九郎くんの切り札。あの角には注意しないとね)

 

彼女が恐れているのは『崩月の角』。その力を見ているからこそ警戒しているし、解放されないようにしているのだ。

 

「てやあああ!!」

 

一太刀目は右肩を。二太刀目は両膝を。三太刀目で下から斬り上げる。

 

「おっと!?」

 

一太刀目、二太刀目、三太刀目を後退しながら躱す。そして後ろに電撃を纏った平蜘蛛の籠手を装備する燕が待つ。

ぐぅんと身体をひねって避けるが着地した場所に刀の柄を突きあげてくる義経の姿。

 

「うぐ!?」

 

刀の柄が脇腹に入り、呻く。

 

「隙あり!!」

「うわっ!?」

 

義経が追撃をしようとしたら燕が攻撃してくる。2対1かと思えば三つ巴にもなったりする。これがバトルロイヤルの醍醐味だ。

 

「やってくれましたね松永先輩!!」

「ありゃりゃ躱されちった…てことで次は真九郎くん!!」

 

平蜘蛛の籠手から小さな針が複数打ち込まれる。すぐに毒針だと思って跳躍することで避けた。

だが彼女は毒針を当てるつもりはない。ただ誘導させたのだ。辰子がいる方向に。

 

「うあああああああああああああ!!」

「しまーー」

 

暴力の拳が振り下ろされた。

 

「ぐあっ!?」

 

見事に重い一撃が背中に叩き込まれてミシミシと軋んで殴り飛ばされた。

 

「真九郎!?」

「大丈夫です!!」

 

重い一撃を叩きこまれたというのにすぐに立ち上がる。彼の頑丈さは並みではない。

 

「嘘…今ので立ち上がるの!?」

 

車に轢かれても、銃弾を背中に複数打ち込まれても、絶奈の要塞砲をも耐えた肉体だ。そんじゃそこらの攻撃では壊れない。おそらく彼の頑丈さにはここにいる誰よりも1番だろう。

 

「まったく冷や冷やさせるな真九郎め…っと!!」

「余所見はしてないですね」

「ああ。俺は余所見なぞしないぞ弁慶!!」

 

項羽と弁慶は武器の撃ち合いが始まる。金属音が響いて、腕には武器のぶつかり合う振動。勢いよく振るっている音が耳に響く。

 

「んは!!」

「そぉい!!」

 

項羽はまさにパワータイプだが弁慶はイメージとは違いテクニックタイプ。力よりも技術なのだ。

大きな力で攻撃してくる項羽を弁慶は巧みな技術で張り合う。

 

「はは、やるな弁慶!!」

「そらどうも…っとぉ!!」

 

お互いの武器が大きく弾かれたの隙に弁慶が懐に入り込み掌底を叩きこむが項羽は素早く腕で防ぐ。

 

「やはりやるな」

「入ったかと思ったのに」

「うああああああああああああ!!」

 

撃ち合いをしている2人の間に真上から踏みつけてくる辰子。

 

「くっ、本当に場をかき乱す奴だな!?」

「こりゃこっちも切り札を使うか」

「うあああああああああああああああ!!」

「金剛纏身!!」

 

弁慶の切り札である『金剛纏身』。巨大な気が彼女から膨れ上がる。膨れ上がった気を右腕に集中させる。

 

「そおおい!!」

「うぐああああああああ!?」

 

突撃してきた辰子に恐れず弁慶は拳を突き出した。

 

「ま、まだまだあああああああああああ!!」

 

殴り飛ばされないように足に力を入れるが2発目の拳には足の踏ん張りが聞かなかった。

松永軍。辰子リタイヤ。

 

「強いね。いつかはタッグを組んでみたいかも」

「弁慶ちゃん隙あり!!」

 

どんな達人も技を撃った後は隙ができる。その隙も燕は見逃さない。

 

「させませんよ松永先輩!!」

 

隙を狙った燕だが義経の斬撃によって失敗に終わる。

 

「うーん…隙を狙うのも厳しくなってきたかな」

「もう隙はみせません」

「んはっ。チマチマしてないでかかってこい。それとも俺に恐れて立ち向かえないか!!」

「それは挑発のつもりかな?」

 

燕に挑発行為は効かない。

 

「んはっ。効かないことは百も承知だ。だがこっちからは行くぞ!!」

 

方天画戟を乱雑に振り回す。攻撃パターンが読ませないように乱雑に振るったのだ。

 

「あぶなっ!?」

「今度はこっちが隙ありです燕さん」

「真九郎くん!?」

 

実は項羽は燕と同じことをしたのだ。攻撃をあてるつもりはなく誘導させたのだ。

 

「やばっ!?」

「終わりです」

 

松永軍。燕リタイヤ。

これにて覇王軍と源氏軍の戦いとなる。エキビションマッチも佳境へと入り、盛り上がりも最高潮。

 

「弁慶大丈夫か?」

「大丈夫だ主。このまま金剛纏身は維持できるよ」

 

カチャリと刀の柄を握り直す義経。まるで仕切り直しと言わんばかりに集中。

 

「おそらく2人のコンビは手ごわいぞ」

「はい項羽さん。でも負けるつもりはないんですよね」

「無論だ!!」

 

お互いに向き合う4人。項羽は無造作に服のボタンを外す。

 

「合図だ」

 

ピーンと指で真上に弾く。そしてボタンが地面に落ちた瞬間に4人は走り出す。エキビションマッチも決着が近づく。

 




読んでくれてありがとうございます。
最後の最後でオリジナルになりました。まあ、オリジナルと言ってもエキビションマッチ戦を少し変えただけなんですけどね。

次回ににて覇王ルートは終了です。
次々回は新章で紅側の「西」です!!


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優勝

179

 

 

武器と武器がぶつかりあった衝撃が会場を響く。項羽と弁慶の撃ち合いがまた始まったのだ。一方、真九郎と義経はお互いに動きを伺いながら攻撃をする。

義経の一太刀をギリギリ避けた真九郎は手刀を構えて意識を刈り取ろうとしたが斬撃による結界で触れられなかった。

項羽と弁慶は力強く撃ち合いしており、義経と真九郎は素早く攻防を広げているのだ。

 

「流石は真九郎くんだ!!」

「義経さんもとても強いですよ」

 

義経の実力はとても強い。川神学園でも川神市内でも上位に入るのだ。まだ達人の域には達していないが目前には来ているだろう。

何かしらの切っ掛けで変わる可能性は大いにある。そんな実力者である義経の剣筋をなんとか避けている真九郎に彼女は流石としか思えない。

自分自身もまだまだ未熟だと思っているが、やはりこうも自分の太刀を避けられるとさらに未熟だと思う。だが勝負には負けられない。

 

(それにしても…こうも剣を避けられるなんて剣筋に慣れているのかな)

(早い。でも…)

 

真九郎は義経の刀を避けている中で称賛はしているがある人物のことも思い出す。その人物とは斬島切彦である。

切彦の剣筋はでたらめで素人であるが異様に速すぎる。だからこそ正確な義経の太刀筋が逆に読めるのだ。正確過ぎる故に読められてしまうのが義経にとって難であっただろう。

切彦のでたらめの剣筋の速さを一度見ているからこそ、他の剣士の戦いに多少なりとも慣れている。だが例外もいる。『黒騎士』のような剣士は真九郎の目でもまだ見切れない。

 

「はあああああああ!!」

 

義経は彼の動きを警戒しながら刀を振るう。まさに怒涛の連続斬りで攻めるに攻める。

刀を振るう度にどんどん早くなり、まるで斬撃が何重にも重なり結界のようになっていく。そのまま追い詰められていくのだから斬撃の壁が迫るようだ。

だがそれでも彼は研ぎ澄ませながら彼女の太刀筋を見る。ピタリと足を止めて構える。

 

(真九郎くんが立ち止まった?)

 

何故立ち留まったか分からないがこのまま突貫するのは止めない。

 

「真九郎くん覚悟!!」

「行くよ義経さん」

 

地面を蹴ってロケットダッシュで突撃する真九郎に対して義経は斬撃の結界で押し通ろうとうする。

 

「ここだ!!」

 

速さを緩めさせずに身体を捻りながら義経の斬撃の結界を無理矢理にでも抜き通った。だが完全に避けられるわけもなく少し斬られたが問題ないレベルの傷である。

 

「まさか抜き通るなんて!?」

「隙ありだよ義経さん!!」

 

義経も全力を出して突撃したので急な方向転換はできない。その結果、彼女の背中はガラ空きであった。

 

「そう簡単に主の背後は取らせないよ真九郎」

「弁慶さんっ!?」

 

真横から弁慶の武器が全力で飛んできて衝突する。なんとか片腕で防いだが全力で飛んできた速さと武器の硬さの合計で威力は恐ろしかった。

おかげで真九郎は転がりながら吹き飛んだ。脱臼はしないが片腕が多少は痺れる。

 

「助かった弁慶!!」

「だがお前は武器無しになったぞ!!」

「弁慶!!」

「主!!」

 

項羽が方天画戟を振るおうとしたが飛んできた刀を弁慶が掴んで防ぐ。

 

「義経め。己の武器を投げて弁慶を助けたか!!」

「刀を使うのは不慣れだけど防ぐくらいは使えるさ」

 

大きく刀を振るって一旦、弁慶は義経の元に戻る。義経の手には弁慶の武器を拾っており、交換する。

 

「真九郎大丈夫か?」

「大丈夫です項羽さん」

 

片腕を揉みながら痺れを抜き取る。

 

「流石は源氏コンビだ。あの状況でお互いに武器を離すとはな。そしてお互いを助けた…普通ではできん」

 

源氏コンビは伊達では無いということを魅せつけられた気分である。

 

「長期戦は厳しいかもしれんな。俺様たちはコンビネーションが悪すぎるとは言わないが奴らに比べればてんで駄目だろう」

「まあ、今まで一緒に戦う機会はあまりありませんでしたし」

 

模擬戦では一緒に戦ったがコンビで戦ったという感じではなかった。今回のエキビションマッチが寧ろ初めてのコンビで戦うものだろう。

だから源氏コンビには天と地の差があるだろう。確かにこのまま長期戦になればどんどんと不利になるのは明らかだ。力だけではどうにもならない相手たちである。

 

「短期で決めるしかありませんか」

「ああ。そうなると一発で決める方法があるが…難しい」

「決めてがあるんですか?」

「ああ。俺様が限界まで力を溜めてぶっ放せば倒せる。だが力を溜めさせてくれるわけがないだろうあの2人なら」

「…ですね。なら俺が壁になります」

 

項羽ははっきりと言わないが力を溜めるには時間を稼いでほしい。簡単に言うと壁になってほしいということだ。それくらいなら真九郎は嫌な顔なんてしないで二つ返事をする。

 

「すまん」

「いいんですよ。負けないんですよね」

「ああ!!」

 

項羽は一旦後退して気を練って溜める。そして前に出て構える真九郎。

 

「弁慶これはまさか!?」

「うん。葉桜先輩が気を溜め始めた。莫大な気が練り上げられた攻撃は流石に2人でも防げれないよ」

「ならまずは葉桜先輩を狙う!!」

「了~解」

 

同時に出てくる2人を真九郎も迎え撃つ。まずは弁慶の武器を掴んで力の限り持ち上げて義経に投げ飛ばす。分かっていたことだが細腕のくせにここまでの力につい驚いてしまう。

だが義経は体勢を立て直してすぐに項羽へと迫るが、簡単に通さないのが彼だ。すぐに追いついて飛び蹴りをして道を邪魔する。

倒す必要はない。ただ時間稼ぎをすれば良いだけなのだ。ならば真九郎のすることは決まっている。

 

「時間稼ぎならもう理解しているなら遠くに飛ばさせてもらうよ真九郎。そおおい!!」

「こっちもだ真九郎くん。なら先に倒させてもらうよ!!」

 

左からは弁慶で右からは義経。完全に挟まれた真九郎だが覚悟を決める。

痛いのなんて揉め事処理屋をしていればいくらでもある。それにこれから受ける痛みは去年の事件らに比べれば全然平気だ。

 

「ふう…はあ!!」

 

弁慶の武器片腕で受け止め、義経の刀を蹴り飛ばす。

 

「何?」

「刀が!?」

 

動きが止まった2人を真九郎は羽交い絞めにしようと腕を伸ばす。

 

「「うわ!?」」

 

右腕で弁慶を、左腕で義経を捕まえる。何とか力づくで離れようとする2人だが真九郎は離さない。

弁慶の『金剛纏身』で力が上昇しているが真九郎は離さない。歪空魅空の時ほどではないが項羽の気が溜まるまで彼女たちを抑え込む。

 

「凄い力だ真九郎くん!?」

「ちょ、どこ触ってるの真九郎」

「どこも変な所は触ってません弁慶さん」

 

完全に気を溜め終わった項羽。その練り上げられた気は武神である百代ですら目を見張る。

方天画戟を構えて項羽は走り出す。狙うは義経と弁慶。

 

「行くぞ真九郎。2人を離すなよ!!」

「はい!!」

「くっ…!?」

「こりゃあ駄目かも」

「決着だ!!」

 

方天画戟を振るった時、エキビションマッチの終了であった。

 

「試合終了~。優勝は覇王軍の清楚ちゃんと紅真九郎だ!!」

 

覇王軍は大喝采。観客たちも大歓声。他の軍も覇王軍の優勝を讃えてくれる。

 

「統べたぞ学園を!!」

 

最初の目的であった川神学園の制覇。模擬戦優勝ということでその目的は達成された。

もう川神学園で項羽を、清楚を知らぬ者はいないし、存在を認めただろう。

 

(さすが清楚ちゃんだ。これでもう清楚ちゃんを認めない奴はいない。学園も清楚ちゃんのものだろう。でも最強の座は譲れない)

 

最強の座である武神の称号。だが百代は自分のことをもう最強とは思っていない。称号を今だに持っているだけで、世界には自分よりも強い者はいると理解したのだ。

ただでさえ近場にヒュームがいるし、同じくらいの実力である項羽や夕乃もいる。所詮は称号。本当に最強の座を持っている存在なんて知らない。

だが覇王と武神の決着はいずれに決めねばならない。

 

(だけど今は…清楚ちゃんの優勝を讃えよう。清楚ちゃんナイスファイトだったぞ)

 

模擬戦の真の優勝者は覇王軍。

 

「やった。やったぞ真九郎!!」

「はい。おめでとうございます項羽さん」

「ああ。だがこの優勝は俺だけのものじゃない。覇王軍みんなの優勝だ!!」

 

項羽は最高の笑顔を出す。

 

「これからもよろしく頼むぞ真九郎。お前は最高のパートナーだ!!」

 

 

180

 

 

夕方の河川敷。そこにはある人物たちが4人いる。

 

「ーーというわけで俺様と真九郎は最高のパートナーというわけなのだ!!」

「ふむ、そうなのか」

 

河川敷に座りながら項羽は紫に模擬戦でのことを全て話していた。久しぶりに紫に会えた項羽は今までのことを報告したかった。

覚醒した時でも彼女は友達と言ってくれた。そして、その後も紫は項羽のことを許してくれた。年は離れているが項羽も紫のことを友達と認めているのだ。

 

「とても凄かったのだな。もぎせんとやらは」

「ああ。最初は俺の未熟で厳しいが後半は巻き返した。そして最後のエキビションマッチでは真九郎と共に勝ち抜いたのだ」

「うむ。真九郎はやはり凄いのだな!!」

「ああ。義経と弁慶を2人相手にするくらいだからだな。そして何度も言うが俺とのコンビも抜群だ」

「なるほど。だが項羽よ。間違っているぞ」

「む、何がだ?」

 

紫の指摘に首を傾ける項羽。

 

「最高のパートナーはわたしだからだ!!」

 

ふふん!!と胸を張る紫。真九郎の最高のパートナーだけは譲れないという。これには項羽も反論。

 

「いや、真九郎のパートナーは俺だ!!」

「わたしだ!!」

「「ぐぬぬぬぬぬ」」

 

にらみ合う覇王と幼女。それを眺める真九郎とリン。

 

「お前は相変わらずのようだな紅真九郎」

「そうですかね?」

「ああ。相変わらず女の敵だ」

「何で!?」

 

ギラリと睨みつけられる。そしてぶつぶつと何かを呟いているのだ。

 

「おい真九郎!!」

「わたしの方がパートナーだよな。だって相思相愛なのだからな!!」

「な、そ、相思相愛だと!?」

「ああ。わたしと真九郎は相思相愛だ!!」

「いや、真九郎はずっと私と味方と言ってくれた。もはやこれは生涯の仲!!」

「いや、わたしの方はもう婚約の準備を始めているのだ。あと10年経てば結婚できるのだぞ!!」

「な、何だと!?」

 

そろそろ止めないと話がややこしくなりそうだ。仕方ないと思って真九郎は2人の間に割って入る。

こういう時は何かを話をするのが良いだろう。今日は何の話でもしようかと考えながら夕日を見るのであった。

 




読んでくれてありがとうございました。
ついに覇王ルートも終了です。なんとか覇王ルートも無事にゴールまで着地しました。
最後は覇王と紫の会話という後日談になりました。
今までの出来事を紫に話していたっていう占めです。

さて、次回からは新章で『西』です。
不死川ルートではありませんがちょっと銘家の話だったりなんだったり。
真九郎たちが西にいくかは未定。


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名家の集まり
名家からの依頼


今回からは新章です!!
まあ、オリジナルルートな感じですね。


181

 

 

ある日の出来事。川神学園にて休み時間をFクラスでゆったりしていると扉が開かれる。「ホッホッホ」とどこか雅な声とともにクラスに入ってきたのは三大名家の1つである不死川心であった。

 

「なんだ不死川じゃねえか」

「山猿は黙っておるのじゃ。此方が用があるのはーー」

 

入ってきてそうそう福本育郎を山猿扱い。これは心の持つ選民主義による影響だ。自分のように名家や名のある一族以外は雑な扱いをする。このような性格になったのは家柄の影響だから仕方ない。

実際の所、心は悪い人間ではない。根は善人なのだ。しかし選民主義のおかげで友人がいないし、一部の人間からは嫌われているのだ。言ってしまえが残念な女の子である。

一方、育郎は「あいつが今度山猿って言ったら妄想の中でしゃぶらせてやる!!」と変な意味でたくましい。

 

「あ、真九郎くん!!」

 

心が真九郎を見つけた瞬間にムっとしていた彼女の顔が優しくなる。心と真九郎は友人関係であり、心にとって唯一の友達なのだ。

真九郎は名家ではないが友人であるため、邪見にはされない。寧ろ好意を抱いているのだ。

心としては友人より先の関係になれたらなっても良いとも思っているほどである。

 

「どうかしたの心さん?」

「実は頼みがあるのじゃ」

「頼みって?」

「実はのう…今度、不死川家主催でパーティーがあるのじゃ。そこで真九郎くんに護衛を頼みたいのじゃ」

 

不死川家主催のパーティー。名のある一族や名家がこぞって集まる雅なパーティーである。

莫大な財産や権力を持つ者の集まりなので何があるか分からないからこそ護衛が必要なのだ。

護衛の依頼なんて珍しくも無い。真九郎自身もよく依頼される内容だ。

 

「今回のパーティーは多くの名家が集まってのう。北の方から西の方まで。来るか分からぬが九鳳院も招待しておる」

 

不死川家は三大名家ということであり、名のある家柄とは繋がりが多くある。その中に表御三家の九鳳院も知り合いなのだ。

心からのイメージからでは想像できないが本当に彼女は日本でも有数のお嬢様なのだ。

 

「なるほど。まさに揉め事処理屋の仕事だね」

「うむ。依頼料も弾むぞ」

 

悪い依頼ではない。それに相手は不死川家の心なら信頼できる。

真九郎はもちろん依頼を引き受ける。

 

「本当か真九郎くん!!」

「うん。こちらこそよろしくお願いします」

 

紅真九郎。不死川心から揉め事の依頼をされる。

依頼内容は不死川家主催のパーティーにて心の護衛。そして要人を迎えに行くのでその方たちも護衛対象にもなる。

 

「なるほど。迎えの要人たちもなんだね」

「うむ。だがそれは途中まで。相手方もどうせ自分の護衛を持っておるからな」

 

最優先はあたりまえだが心の護衛なのだ。相手方を護衛するというのは不死川家まで無事に送るという仕事なのだ。

 

「真九郎くんがいるから紫もくるじゃろうて」

 

紫が本当に来るかは分からない。彼女の我がままを言うのなら真九郎がいるのなら来るだろう。しかし九鳳院としての紫なら難しいものだ。

九鳳院を背負っている紫なら我儘を言っていられないからだ。

 

「真九郎くんの仕事じゃが此方を護衛するのと。パーティー開催前の要人たちの迎えだけじゃ。それまでは自由でかまわんぞ」

「ふむふむ」

「まあ全ての要人を迎えにいくわけではない。特にこの要人だけは…という者だけじゃ」

「あ、そうなの」

「うむ。さっきも言ったが九鳳院が来れば迎えをする。そしてもう1つの名家が西の権力者と言われておる者じゃ」

 

西の名家と言えばあの名家を思い出す。

 

「不死川家も負けてるつもりはないが西の名家もなかなかなのじゃ。それに西ではその名家は表も裏も実権を握っておるとんでもない者たちじゃしな」

「ふーん。なんて言う名家なの?」

「西四門家が1家。朱雀神じゃ」

「え?」

 

まさかの知り合いの名家であった。

 

 

182

 

 

京都。

よく修学旅行の場所に指定されるし、「そうだ。京都に行こう!!」なんて言葉も出てくるくらい有名だ。そして歴史的にも日本を象徴する場所でもある。

日本を実感する場所なら京都だろう。それに京都は様々な歴史や伝説もあって不思議な所でもある。神秘的で謎な場所が京都である。

そんな京都にて散歩をする幼女ではなく幼い男の子がいる。

 

「今日も良い天気で散歩日和ですね碓氷様」

「はい。毎日がこう良い天気だと素晴らしいかもしれませんね。そういえば今月の予定は何ですか?」

「はい。今月は不死川家よりパーティーの招待があります。出席してもしなくても構わないでしょう」

「いえ、出席します。これからの朱雀陣はより良く変えていかないといけません。そうなると多くの者たちとのつながりは大切です」

「分かりました。では出席するようにと連絡します。準備もこちらで用意いたします」

「お願いいたしますよ」

「仰せのままに朱雀神碓氷様」

 

この幼い男の子は京都を牛耳る西四門家の一角である朱雀陣の後継者である。

そもそも西四門家とは京都を守護する特別な家系だ。表世界も裏世界も両方から支配する4つの家系。

この4つの家系によって守られている京都は唯一表御三家、裏十三家が力を及ぼせない地。あの九鬼財閥でさえ京都では深く根付かせることはできない。

その4家というのが青龍神、白虎神、玄武神、朱雀神だ。表の財力に加え、裏では家系ごとに特別な力を持つ。

表御三家と裏十三家を一緒くたにした家系と思えば分かりやすいかもしれない。

 

「ところであの件はどうなっていますか?」

「例のですか…正直難しいでしょうな。今では彼はとても大人しいですが、しかし…」

「僕は彼を信じてます。いつかまた一緒に並んで歩けると思うんです」

「…そうですか。ならば私ももう少し力になります」

「ありがとうございます」

 

碓氷は空を見上げる。また『彼』と一緒に京都を散歩したいと思うのであった。

 

「それにしても東か。また真九郎さんたちに会えるかな?」

 

 

182

 

 

政界とはよく分からないものだ。日本を動かしている場所であり、頭脳部分でもある。

それが一般人からの考えだ。実際のところ政治なんて何をしているかは分からない。学生からしてみれば全くもって未知の世界である。だから分かる者が、専門家が頑張れば良い。

分からない者があーだこーだ言ったところで何かが変わるわけではないのだ。まるで人任せのようかもしれないが分からない者にはどうにもできない。

だからこそ政界は選ばれた者にしかいられないのだ。そして政界は色々と深い世界でもある。

まるでドラマのように裏表が多くあるのである。闇が深いとも言う。

 

「ふむ、総理め…また新たな政策を出したな。業腹だが良い政策だ」

「くそっ…気に食わない!!」

「そう怒るな。だがこの政策はお前も認める程のものだろう?」

「チッ…」

「言動にも気を付けるべきだぞ。総理を目指すならばな」

「分かっている」

 

どんな人間にも裏表がある。そればかりは仕方ないことだ。

 

「何か今の総理を引きづり降ろす方法ないものか」

「あるにはある。成功するかは分からないがな」

「聞かせてくれ。その案を聞こうじゃないか」

「良いぞ。しかし失敗すれば代償もでかいからな」

「総理になるためだ。どんな賭けにも乗るさ」

 

政界には善人ばかりではない。そもそも世界には善人だけじゃなくて悪人もいる。ならば悪人というか悪い考えをする人物も政界にいてもおかしくないだろう。

 

「その案とはどんな人間も暴いてしまう方法さ。人間1つや2つくらい隠しておきたいものがある。それを見つけることが簡単にできる」

「それは素晴らしいな」

 

世界のどこかじゃなくても日本でも何か嫌なことが起こり始まるものだ。

 




読んでくれてありがとうございました。
新章もいろいろとあります!!

そして今回からついに西四門家の朱雀神の登場!!
いろいろと物語がでますね碓氷と紫といろいろと!!


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悪だくみ

183

 

 

川神学園2Sのクラスにて真九郎は心と仕事の打ち合わせをしていた。仕事の話を学園のクラスでするっていうのはどうかと思うが心自体が気にしていないので真九郎も気にしないことにした。

最も仕事の方も心の護衛なのだから特に隠すようなことはない。打ち合わせも心の傍をつかず離れずの位置で護衛だ。

 

「それにしても真九郎くんが西四門家の朱雀神と知り合いとはのう…世界は狭いというかなんというか」

「まあ、京都に旅行に行った時に本当に偶然というか数奇な縁で知り合ったんだよ」

「偶然で朱雀神に出会って、屋敷まで入ったなんて普通は有りえぬわ」

 

確かに普通では有りえない。一般の者が西四門家の朱雀神の屋敷を入るとは無い。

何故入れたかと言うと本当に数奇な運命が重なったのである。紫に碓氷、そして切彦。表御三家に西四門家、裏十三家が一緒になるという普通では有りえない状況であったのだ。

その時はよく分からなかったが銀子から懇切丁寧に説明されて理解した時は冷や汗が滝のように流れたものだ。

 

「もう真九郎くんが誰と知り合いでも驚かんぞ」

「いや、俺はそこまで人脈はありませんよ」

「西四門家の朱雀神と表御三家の九鳳院と知り合いの時点で勝ち組じゃ。むろん不死川家の此方と知り合いというのも大きいぞ!!」

 

真九郎もよくよく思うと確かに凄いのかもしれない。西四門家に表御三家、日本三大名家、そして裏十三家。

はっきり言って人脈だけなら真九郎はもう完全に完成していると思う。

 

「もしかして他の西四門家の青龍神、白虎神、玄武神とも知り合いかえ?」

「いや、流石に知らない。朱雀神だけだよ」

 

全ての西四門家と知り合いの人物なんているのだろうか。流石の不死川家も朱雀神と縁をつなぐので精一杯である。

九鬼財閥でさえ西四門家とは繋がっていない。将来的には協力関係にはなりたいと思っている。

 

「おそらく名家でもない人だと真九郎くんほど人脈が凄いのはそうそうおらんぞ」

「いや…紅香さんならもっと人脈は凄そうだよ」

「ああ…確かにあやつならのう」

 

紅香のことは心も知っている。何でも親と知り合いで前に顔を合わせたことがあるのだ。

その時からも既に紅香無双で日本三大名家の不死川家に図々しい態度というか対等な関係で仕事をこなしたそうだ。これには真九郎もいつも通り「流石は紅香さん」と感想。

心は「褒めんでよい」とツッコミである。だが心は紅香に関しては諦めている。彼女に何を言っても勝てないからだ。尊敬する両親でさえ紅香には口で敵わないのだ。

本当に無敵超人なのが柔沢紅香である。

 

「不敬なやつじゃが仕事は最高だから文句も言えんと母君は言うしのう」

 

ため息を吐く心であった。

 

「おい真九郎よ。なかなか興味深い話をしているじゃないか」

「与一くん?」

「西四門家とは何だ。聞いた限りだと守護する一族だな?」

「…まあ、そうだね」

 

京都を守護する4つの家系ということで正解だ。

 

「よく分かったね与一くん」

「分かるさ。その一族も異能の持ち主か…流石は守護獣の名を関する一族といったところだな」

 

何故、与一はこうもピンポイントで分かるのだろうか。

西四門家は中二病の与一にはピンポイントで心をくすぐったのだ。青龍、白虎、玄武、朱雀。この名は中二病は絶対に反応する。

 

「もしや朱雀神とやらの異能は不死か。朱雀は鳳凰…不死鳥と同一視されるからな!!」

「んー、どうだろうね」

 

残念ながら不死の能力ではない。不死の能力は歪空の家系が持つ。朱雀神はまた別の異能の持ち主なのだ。

その異能はやはり特別であって、その異能さえあれば分野によっては頂点に立つことができる。

 

「うむむ、気になる。青龍はドラゴン…嵐、天候を操る。いや、五行説ではたしか木に対応するしな」

「あはは、どうだろう」

「白虎は戦いの神と言われている…」

「与一くんって詳しいね」

「玄武は水…水神だからな」

 

与一はどんどんと偏った知識を口から吐き出す。なまじ正解な部分があるから否定しずらい。

だが残りの西四門家の異能に関しては本当に知らない。だが朱雀神の異能が『アレ』なのならどんな異能でも有りだろう。

与一がいくつか言うように青龍神は天候を操ると考えた。ならば雨乞いなんて儀式が昔からあるのだから似たようなことができるかもしれない。

そんな感じに有りえるような異能を説明し出す与一である。

 

「特別な力を持つと聞いたことはあるが流石は分からんぞ。それを知るとなると覚悟が必要じゃ」

「まあ。異能を持つ者は敵が多い。探りを入れる奴はどんな奴でも粛清される。俺も気をつけないとな」

「はいはい。与一はここまで~」

「うご、姉御!?」

「あまり迷惑かけるな」

「締まってる締まってる。それに迷惑はかけてねえ!?」

「弁慶さん手加減してあげてね」

「あー、これでも手加減してっから」

 

手加減しているようには見えない。

 

「それにしてもまた仕事?」

「そうだよ。心さんの護衛仕事」

「ふ~ん。真九郎は依頼すれば何でもしてくれるの?」

「何でも…まあ出来ることなら何でもするよ。犬のお世話だってしたし」

「ふ~ん。なら遊びに誘うのも仕事に入るの?」

「うーん…まあ入るね。でも弁慶さんの誘いなら断りませんよ」

「そ、そう。じゃあ今度誘っちゃおうかな~」

「遊びに行くなら義経も行くぞ!!」

「こら。俺様の許可無しに真九郎に予定を入れるな!!」

「何で義経さんと項羽さんまで」

 

仕事の話をしているというのにこうも遊びの話になるのは不謹慎だが川神学園でやっているのだから文句は何も言えない。

良いのか悪いか分からないがこういう日常も悪くないのかもしれない。

 

 

184

 

 

ある高級料亭にて和食を舌堤している2人の議員。今ここは2人だけで誰もいないから盗聴なんて野暮なことをする奴はいない。

だから思う存分にどんな話でもできる。機密事項の話でも悪だくみでも何でもだ。

 

「蘇我さん。どんな方法ですか例の件って?」

「まあ落ち着いて聞け。私もこの情報を手に入れるまで大変だったのだからな」

「分かった落ち着く」

 

酒をちびりと口に含む。

 

「ふむ。前にも話したがどんな人物でも隠したいものは1つや2つあるものだ。それを暴くことが出来る」

「どうやって?」

「簡単だよ。心を読むのさ」

「心を読む…それは嘘発見機か何かか?」

「いやいや、本当に人の心を読むのさ」

「馬鹿な。心を読むなんて!?」

「本当に心を読む一族がいるのさ。予測や相手を誘導するといった類ではない。本当に心を読むのだよ」

 

そんな馬鹿なと思うもう1人の若き議員。だが蘇我梅雪と呼ばれる議員は嘘偽りなく言葉を出す。

よく心を読むなんてアニメなど創作物に出てくるが現実に存在するなんて有りえなかった。だが蘇我は嘘は言っていない。

 

「本当に?」

「ああ。本当だ」

「その心を読む者は誰ですか!?」

「京都に住むある一族だよ。その一族の名は朱雀神だ」

「朱雀神?」

「ああ。聞いたことは無いかね。西ではとても有名だ」

「知りませんね」

(…知らないか。彼も才能があると思うがまだまだだな)

 

朱雀神と聞いても若き議員は知らなかった。だが彼はすぐに使える一族と思う。

 

「なるほど朱雀神という一族の者と手を組み総理の悪事を暴くんですね」

「ああ。まあ総理がどんな悪事を持っているか分からないがね。もし悪事を働いていなくとも周りはどうかな?」

「なるほど。総理から弱みは取れなくとも周りから弱みを見つけ出し外堀から崩していくと。ククク…蘇我さんも考えますね」

 

蘇我が考えた作戦は簡単で単純だが本当に実行されればどんな人間も弱みを握られてしまう。そうなれば政権を動かしている組織も総崩れだ。

ならば総崩れした政権に入れば見事に手中に入れることが出来る。それほどまでに『心を読む』とは恐ろしいものなのだ。

 

「ではまず朱雀神の者と連絡をーー」

「それは無理だ」

「何故ですか!?」

「朱雀神はとても格式の高い名家だ。私でさえも取り告げることはできない」

「じゃあどうやって…まさか!?」

「そのまさかだ。だがこればかりは私もお勧めできない。守る国民を誘拐するなんてな」

 

蘇我は野党幹事長の地位にある政治家であり、彼も総理を目指している。ある心の病を持っているが日本に対する愛国心は本物。その愛国心は歪んでいるが。

だからこそとんでもない提案はするが実行はしないようなことを言う。これは自分はしないのであってもう1人の若き議員に選ばせているのだ。

 

「誘拐が駄目なら時間をかけて朱雀神とコネを作るしかない」

「コネを作っている暇はない。早く総理を失脚させたいのだ!!」

「ならばやるしかないぞ。なあに成功したら朱雀神にはいろいろとお詫びをすれば良い。もみ消すのはある人物で慣れている」

「蘇我さん。俺はやりますよ」

 

若き議員はその目を歪まされる。彼も最初は日本を良くするために政界に入ったが揉まれて歪んだ。だからこそ蘇我の提案に乗ってしまった。

彼は総理を失脚させるために裏世界に足をさらに深く突っ込む。もう引き戻せない。

 

「しかしどうやって誘拐を?」

「朱雀神の当主後継者が今度川神に来る。何でも三大名家の不死川家のパーティーに出席するらしい」

「あの三大名家の不死川家か。不死川家は政界ともコネを持っていたな」

「ああ。だから出席することも可能だ」

「なるほど。あとはどうやって誘拐するかですね」

 

近づくことはできるがどうやって誘拐するか。格式の高い名家が集まるパーティーならば多くの腕の立つ護衛がいるはずだ。

そんじゃそこらの者たちでは駄目だろう。こればかりは選りすぐりの者ではないといけない。

 

「なに、良い人材がいる」

「まさか悪宇商会か?」

「ほう、流石に知っていたか。だが今回は違う。悪宇商会も素晴らしい人材はいるが今回は更に良い人材を見つけたのさ。その人物は今まで長期である人物の護衛をしていたがやっと終えたようでフリーになったのだ」

 

机に3枚の連絡先を差し出す。

1枚目はある一族が率いる傭兵軍団。特にその一族の切り札と呼ばれている存在は相当の実力者だ。マスタークラスにも達しており川神百代とも戦える人物。

2枚目は最近活躍してきた特殊チーム。どんな依頼も実行して成功させるので今回の誘拐では活躍できるだろう。

そして3枚目こそが蘇我が言うとっておき人材だ。

 

「この3枚目が?」

「ああ、フリーの戦闘屋でね。実力はもしかしたら武神の上をいくかもしれない」

「なっ、武神を超えるだと!?」

「実際は分からないがな。だが実力は本当だ。なんせ裏世界で十本の指にはいるからね」

「それは素晴らしい。ククク、これで確実じゃないか」

「油断はするなよ。川神ではどんなことが起きるか分からないのだから」

 

蘇我は鯛の刺身を口に含む。

 

「ここまであれば十分ですよ蘇我さん。良い報告を待っていてください」

「ああ。良い報告を待っている」

 

若き議員は早速準備を取り掛かるために部屋から出ていく。1人になった蘇我は黙々と食事を終えた後に電話を取り出す。

 

「渡した人材はとても素晴らしいものだが相手である朱雀神…西四門家も相当なものだよ。私は実行したくはないな」

 

ピっと電話をある先に連絡をかける。

 

「私も準備をするか。もしもの時のためにな」




読んでくれてありがとうございました。
感想などあれば気軽にください。

さて、早速もう悪い計画が出てきてます。
その状況を知らない真九郎たち。どうなるかな?


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朱雀神

185

 

 

ある待ち合わせ場所に行くと既に心がいた。

 

「心さん。待たせちゃったかな?」

「いや、待っておらぬよ。真九郎くんこそ早いではないか。20分前ではないか」

 

早めに来たのは仕事として行くのは当たり前。遅刻何て許せない。だから速すぎるかもしれない2が0分も前に来たのだ。

最も心は40分も前から来ていたので更に早い。何で早く来すぎたかは彼女の心の問題である。

 

「でもやっぱり護衛なんだから屋敷まで行けば良いかと思ったんだけど」

「良いのじゃ。待ち合わせをここにした此方自身じゃしな…………それにデートっぽいこともしてみたかったしのう」

「何か言った心さん?」

「いやいや、何でもないのじゃ!!」

「そう?」

 

何か顔を真っ赤にして顔をぶんぶん横に高速に振る。早すぎで残像が出来そうだ。

だが気にしない。心に今日出会ったことで護衛の仕事は開始される。ぴったりと彼女の横につく真九郎。

周りの人からだと2人をどう思うだろうか。恋人同士か兄妹か。どっちにしろ仲は良好だと思われるだろう。

 

「では真九郎くんは此方を護衛しつつお客を迎えに行くぞ。まずは九鳳院の紫じゃ」

「紫も参加するのか」

「うむ。だから紫を迎えに行くぞ。彼女も此方の友達だからのう!!」

 

心と紫は友達。これもまた真九郎と出会った時に紫も一緒にいたので友達になれたのだ。

年は離れているが友達は友達。年齢の差なんて関係ない。心の2人目の友達が紫なのだ。

 

「初めて出会った去年の時もこう護衛の仕事をしていたのう真九郎くんは」

「ですね。その時は心さんじゃなくて違う方でしたけど」

 

最初に心に出会ったのもある名家のパーティーだ。その時は不死川家主催のパーティーでは無かったが。

真九郎はある名家の護衛だ。もっとも護衛でも末端の末端。ほとんど雑務をしているようなものであった。

そこに紫も参加していた。心はそこで真九郎と紫に出会ったのだ。

 

「最初は心さん、少しあたりはきつかったですよね」

「んな、そんなこと無いぞ!!」

 

あたりがきつかったのは選民主義のせいだ。その時はまだ友人関係ではなかった。心にとって真九郎はそこらの下民と大差なかったのだ。だからまるで接点なんてない。

紫に対しては敬意を払っていたが表御三家とはいえ、こんな幼子に頭を下げるのは屈辱でもあった。日本三大名家の不死川と表御三家の九鳳院。どちらも格式の高い名家だがどちらが上と言われれば九鳳院だろう。

だからこそ心は気に食わないのだろう。不死川家は日本でもトップだと思っている。あの九鬼財閥にさえ負けていないと家族ぐるみえ思っている程だ。選民主義すぎでの影響だろう。

 

「初めて心さんに出会った時は機嫌でも悪いかと思いましたよ。俺、初っ端から失礼なことしたかと思いました」

「そ、そうじゃったかのう!?」

「はい。第一声覚えていませんか?」

 

第一声が「おい山猿。早く飲み物を渡せ」だった。まさか初対面で堂々とキツイことを言われるのは久しぶりだった。おそらく初回は紫だったと思い出す。

紫に関しては五月雨荘の真九郎の部屋を貶しただけだが。

 

「そ、そうじゃったかのう…」

「気にしてませんよ」

「む、むう」

 

その後だがよくあることがどうか分からないが問題が起きる。簡単に言うと悪漢が現れたのだ。そして心に襲い掛かったところを真九郎が颯爽と助けたのだ。

そこから友達になる縁ができたのである。

 

「でも心さんと友達になれましたよね」

「う、うむ!!」

 

友達になれたという言葉は心の顔を笑顔にさせる。

 

「うむ。此方もその…真九郎くんと友達になれて嬉しい」

 

頬赤くしながら彼の横顔をチラチラ見る。彼女の手はどこかにつなごうと迷っている。

 

「さて、そろそろ…お、いたいた」

「む、真九郎。心!!」

「紫!!」

 

目の前には紫とリンがいた。

 

「遅いぞ紅真九郎。紫様をいつまで待たせる」

「大丈夫だぞリン。わたしはそこまで待っていない」

「は、失礼しました」

 

不死川家主催のパーティーには紫が九鳳院として、リンは護衛として出席するのだ。

 

「真九郎!!」

「ん、紫」

 

飛びついてくる紫を優しく抱きとめる。会う度に抱き付いてくる紫だが可愛いものだ。

 

「よし、このまま行くぞ!!」

 

さて、ここで彼女たちの状況を見る。小さい女の子を抱く男。隣には着物の女性。何処からどう見ても若すぎる夫婦だ。

だからか、周りからヒソヒソと何か言われている。心は聞き耳を立てると。

 

「若い夫婦ね」

「デキ婚?」

「でもお似合いっぽいな」

 

とまあ勝手な想像を言われている。だが心は悪くないと思ってしまう。

 

「相変わらず女の敵め」

「だから何でリンさん!?」

 

やはりリンからの評価は厳しい。

 

「まったく紅真九郎は…こやつは人の着替えを平気で覗く奴だからな」

「な、それはただの事故で!?」

 

ここで小さな手が真九郎の肩を掴む。

 

「どういうことだ真九郎?」

「えと、紫?」

 

さらにしなかやな手が真九郎の手を掴む。

 

「どういうことか詳しく知りたいのう?」

「心さんまで?」

 

真九郎の女難はまだまだ続く。

 

 

186

 

 

川神駅。

 

「いやー川神に着いたっすね坊ちゃん」

「ですね。川神は京都と違ってどこか賑やかですね湖兎」

「はい」

「…僕はまた湖兎と一緒に外を歩けて嬉しいです」

「…………坊ちゃん」

 

湖兎という男性は碓氷の護衛だ。この男、去年にてある問題を起こして幽閉されていた。

その問題はあの朱雀神をたった1人で混乱させた程。そんな男が朱雀神の当主後継者と一緒にいるのはおかしい。だが碓氷は良しと思っているのだ。

なぜなら碓氷と湖兎は信頼が厚い仲なのだ。碓氷は湖兎のこと家族のように思っている。湖兎も碓氷を大事な人と思っている。

結局のところ湖兎は碓氷のために問題を起こしたのだ。全ては彼の為に。

 

「でもあまりやりすぎは駄目ですよ。湖兎はこれでも特例で外に出ているんですから。もし問題を起こしたら…」

「分かってるっすよ坊ちゃん。俺の役目は問題を起こさないで坊ちゃんを護衛することっすよね」

 

ニカリと笑う。そして彼の背後のある男性が音も無く現れる。

 

「その通りだ。問題を起こせば我らが動く羽目になる。我らを動かすな」

 

そして音も無く消える男性。その一瞬に湖兎は冷や汗を掻く。

碓氷の護衛をしているのは彼だけじゃない。彼らの見えないところで西四門家を裏から守る特別な者たちも何名か護衛しているのだ。

その者たちの実力は計り知れぬ。湖兎の実力も相当だが、その者たちは更に上の可能性がある。

 

「分かってますよ…上の怖いもんさんたち」

 

湖兎だって問題は起こしたくない。だがそれよりも碓氷を命をかけて守る。それだけは譲れないのだ。

 

「さて坊ちゃん。時間まで少しありますし少しブラリしますか?」

「ええ、良いですかね?」

「良いんすよ。せっかく川神まで来たんすから観光くらい良いじゃないっすか」

 

パンフレットを出す。有名どころだと川神院や商店街などだ。

 

「特に川神院にいる武神。川神百代が有名みたいっすね。行けば会えるかもしれないっすよ」

「武神様ですか?」

「何かご加護が貰えるっすかね。川神院はあっち…」

 

指を指した方向に川神百代がいた。

 

「ん、あれは紫ちゃん?」

 

朱雀と武神が出会う。

 




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

今回でついに西の2人が川神にやってきました。
湖兎にかんしては「特例」外に出ることが出来ました!!
こうでもしないと登場できませんからねえ・・・


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ヘルモーズ

187

 

 

今日の風間ファミリーは百代、大和、一子、京の4人で遊びに出かけていた。出かけていたというよりも百代の決闘を消化させた後にブラリとしていただけである。

ちょうど昼前、これから美味しい昼食でも食べに行こうとしていたところである。何を食べようかと考えていると大和は熊谷満ことクマちゃんのおススメの店に行こうと案内。

 

「こっちこっち」

「ふぅー。きっと決闘後の昼食は美味いんだろうな。大和が奢ってくれるし」

「奢らないから」

「じゃあ京はー」

「ノン」

「むぐぐ…」

 

お金に関してはやはり百代は駄目らしい。でも最近の彼女は調子が良くなってきている。

川神院での修行をサボらずにいるのだ。これには鉄心も良い変化だと嬉しく思っている。これも全ては揚羽と夕乃たちの山籠もりのおかげだ。

彼女の心境は前と変化している。今まで詰まらないばっかりと思っていたが、世界の広さの一部を目の当たりにしたのだ。

世の中には自分よりも強い者がいた。しかも様々な強さを持っているのだ。強さは一概とは言えない。全て力で勝てるとは限らないのだ。

だから百代はより自分の強さを磨くために頑張っているのだ。

 

「って、あれは…」

「どうしたのお姉さま?」

「あれって紫ちゃん?」

「んーと。あ、本当だ。可愛い着物着てる!!」

「それと前とは違う護衛をつれてる。その人も着物きてるね」

 

いつもはリンという護衛だが今日は男性の護衛だ。せっかくだと思って昼食を誘おうと駆け寄る。

 

「おーい、むらさ…」

「あんた誰っすか?」

 

百代が紫だと思って近づくと護衛の男性が殺気を出しながら遮ってきた。これには百代もすぐさま構える。

物凄い濃い殺気だ。今まで殺気はいくつか味わったことはある。だがどれも彼が発する殺気とは比べものにはならない。

 

「もう一度言うっす。あんた誰っすか?」

 

更に殺気が濃くなる。これには一子も京も身構えてしまう。このままでは戦いに発展する。

 

「何も言わないのは敵とみなしますよ」

 

静かに男性は懐に片手を入れる。それを見た百代は何か武器を持ったと確定して一歩下がる。

 

「待って湖兎!!」

「坊ちゃん?」

「紫ちゃん?」

 

一触即発の空気を変えたのは紫ではなくて、そっくりな碓氷であった。

 

「ダメです湖兎。彼女は敵ではありません。それに彼女は勘違いしているようですし…」

「…坊ちゃんが言うなら」

 

湖兎がここまで殺気を出すのは理由がある。それは彼の今の境遇にもよるだろう。

何故なら彼は西四門家で完全に自由になったわけではない。彼が護衛として外に出られたのは碓氷のおかげ。ここでもし問題でもおこせば、どうなるかは分かっている。

だからこそ湖兎は碓氷に近づく者は敵として判断してしまうのだ。言うなれば心に少し余裕がないのだ。

碓氷だけは絶対に守らねばならないという使命が心に染みついているのだ。

 

「申し訳ありません。うちの湖兎が失礼しました。でも彼も護衛を真剣にやっているので…」

「いや、誤解が解けたなら良かったよ。それにしても紫ちゃん今日は雰囲気が違うね。別人みたいだ?」

 

百代たちの目の前にいる子が紫と雰囲気が違う。だがそれは当たり前である。

 

「紫…九鳳院紫様をご存じで?」

「いや、何を言って…て、まさか」

「姉さん。そのまさかかも。俺も信じられないんだけど」

「もしかして紫ちゃんじゃ…ない?」

「私の名前は朱雀神碓氷です」

 

紫にそっくりな子は別人だったのだ。本当に瓜二つすぎて分からないほどだ。

 

「うそ…紫ちゃんそっくり」

「うん。見分けがつかないよ」

 

一子も京も目を見開いて確認するが、どこからどうみても紫だ。

もし、本当にここに紫がいて、同じ服を着たら絶対に分からない自身がある。見た目はそっくりだが性格と雰囲気は違う。

 

「でも紫ちゃんと同じで可愛いなあ…あのハゲには見せられないな」

「うん。可愛い可愛い」

「こりゃ将来は美少女だな」

 

百代たちは碓氷を褒める褒める。これには碓氷も褒められて頬を赤くしながら照れる。

その仕草が良いのか百代たちは心がほっこりしてしまう。

 

「だろ。坊ちゃんは可愛いんだよ」

「こ、湖兎!!」

「本当っすよ~」

 

軽く湖兎をポコポコと叩く。

 

「申し訳なかったす。自分は湖兎って言うっす」

「ああ、私は川神百代だ」

「川神百代…ってことはあの武神さまっすか?」

「あの武神様だ!!」

「貴女が武神の…よろしくお願いします」

「何かご利益貰えるっすかもね」

「ああ。ご利益あるぞー」

 

何のご利益があるかは分からない。

 

「賽銭は出さなくても良いからね。俺は直江大和」

「アタシは一子よ。よろしくね!!」

「私は椎名京」

「はい、よろしくお願い致します」

 

武神と朱雀の会合である。

 

「今日はどうしたの?」

「実はある名家のパーティーに誘われているのです。そのために川神まで来ました」

「…川神で名家っていうとまさか不死川か?」

「あ、そうです。直江様は不死川家をご存じで?」

「ああ。学園の同級生なんだ」

「そうなんですね。そろそろその不死川様がお迎えに来るのですが…」

 

碓氷がそう口にすると湖兎と百代たちが警戒を始める。

 

「湖兎?」

「姉さん?」

 

周囲の空気が変わる。

 

「おい隠れている奴ら出てこい」

 

百代が一言はなつと複数の人間がぞろぞろ現れた。

 

 

188

 

 

ヘルモーズと呼ばれる特殊傭兵部隊がいる。彼等は依頼されれば何でもやる特殊部隊だ。その幅は広く深い。

最近の裏世界でも勢力を徐々に力を伸ばしている部隊なのだ。

そんなヘルモーズたちが白昼堂々と川神の町に現れて百代たちを囲んだのだ。

 

「目標を発見した」

「ではこれから作戦を開始する」

「周囲の奴らは?」

「邪魔者は消せ」

 

武装したヘルモーズが一斉に襲い掛かる。

 

「坊ちゃんは下がっててください」

 

湖兎はすぐさま動き出し、懐に隠していたクナイを取り出してヘルモーズたちに切りかかる。

 

「私は助太刀するぞ!!」

 

湖兎を先行に百代、一子に京が動く。

湖兎と百代と一子が前に出て戦い、京と大和が碓氷を囲みながら警戒する。

 

「はあああああ。川神流無双正拳突き!!」

「てやあああああああ。蠍穿ち!!」

 

一騎当千というか二騎当千と言うべきだろう。川神姉妹がヘルモーズたちを一蹴していく。

ヘルモーズたちは弱くは無い。百代が強すぎるのだ。一子はまだ未熟だが援護射撃の京のおかげで上手く戦えているのだ。

 

「こいつら強いぞ!?」

「分かった。この女は武神だ!!」

「あの武神か!?」

「武神はとても強いみたいっすね。でも逃がすつもりはないっすよ」

「うおお!?」

 

音も無く近づいた湖兎はクナイを一斉に投げ飛ばしてヘルモーズたちを倒していく。その動きに迷いは無く素早く敵を倒す。

相手の攻撃は全て避けている。銃弾を簡単に避け、死角からの攻撃なはずなのにいとも簡単に回避。まるで全身に目があるようだ。

そんな彼を百代は警戒しながら見る。やはり動きに迷いが無い。まるで全て相手の動きが分かっているようだというのが感想だ。

間違いなく彼は強い。やはり強い人物と戦ってみたい欲求が出てくるし、戦闘狂の性格は治らない。強い相手と戦い気持ちは武術家にとってしょうがないのだ。

しかし今はそんなことを思ってはいけない。それは後で考えよう。

 

「強いな…」

 

ものの数分でヘルモーズたちを制圧した彼等。周囲はヘルモーズたちで死屍累々。

 

「坊ちゃん大丈夫っすか!?」

「私は大丈夫です。兎湖…それに川神様たちのおかげです」

「俺は警察…九鬼従者部隊に連絡します」

「ああ、そうしてくれ。それにしてもこいつらの目的は何だ?」

「急に襲ってきたもんね」

「うぐぐ…我々ヘルモーズがこんな学生どもに」

「武神がいるとは運が無かった」

 

倒れているヘルモーズに湖兎は近づき首元を掴む。

 

「お前たち…何が目的だ?」

「ぐぐぐ、それは…」

 

尋問しようとした時、カンカンと何かが落ちる音が聞こえてきた。聞こえてきた方向を見た瞬間に周囲に煙幕が充満した。

 

「坊ちゃん!?」

 

湖兎は急いで碓氷の元に駆け寄って覆いかぶさるように守る。

 

「煙幕か!?」

「気を付けて!!」

「…っ、何人か近づいてきている。気をつけろみんな!!」

 

百代が気を察知して周囲に警戒を促す。

 

「ヘルモーズの援軍か!?」

 

煙幕の充満した気を手掛かりに集中していると倒れているヘルモーズたちの周り複数人集まっているのが感じられた。

どうやら倒れた仲間の回収に来たのだろう。せっかくの情報元を逃がさまないと煙幕を気で吹き飛ばそうとした瞬間に濃すぎる気と殺気を察知してしまい動きを止めた。

 

「この気と殺気は!?」

「動くな武神。ここは退かせてもらおうと思う。こちらもこんなところで暴れたくないのでね」

「貴様…強いな。名前は?」

「答えるか。次会ったら名を言おう」

 

煙幕の中でギラリと眼光が光る。

 

「フフフ。次会いまみえることが出来たら戦おうとではないか」

「…あまり時間をかけるな。早くしないと警察や九鬼の者たちがくるぞ」

「これは!?」

 

百代は更に鋭い殺気を感じた。これは有りえない。

先ほどまで会話していた奴よりも鋭い殺気に身構える。その殺気に百代だけじゃなくて、大和ですら感じて身構えてしまう。

最初の人物の殺気は静かな殺気。次に現れた人物は鋭利な剣のような殺気。まさに壁越えの人物だと断定できる。

 

「はいはい分かってるよ」

「回収は終えた。すぐに撤退する」

 

煙幕が消えたころにはヘルモーズたちは消えていた。

 

「…みんな無事か!?」

「大丈夫よ」

「こっちも…でもヤバかったね」

「ああ…最後の最後でとんでもないのが出てきたな」

 

一瞬の出来事であったが最後に出てきた謎の2人に冷や汗を掻く百代たちであった。

 

 

189

 

 

ある議員がいるビルの中にて。

 

「おい。失敗しているではないかヘルモーズ!!」

「申し訳ありません。まさか武神がいるとは思いませんでした」

「くそ…だが確かに武神までいたのは予想外だったな」

「次こそは成功させましょう」

「頼むぞ」

 

ヘルモーズたちはやられたが、それは兵団の一部にすぎない。まだ優秀な兵団はいくらでもいるのだ。

次こそはより多くの兵団を投入させるとのこと。

 

「くそっ…はやくしないといけないのに!!」

「あまりイラついては良い結果は出せないぞ。カルシウムを摂取しろ」

「五月蠅い……いや、そうだな。すまない」

 

眼光鋭い女性はある議員を落ち着かせたあと部屋を出ると雇われたもう1人の女性のところに向かって缶コーヒーを渡す。

もう1人の女性は軽く会釈して受け取る。

 

「流石は裏世界でフリーの戦闘屋十傑に入る者だな。あんたの殺気に当てられてつい本能が猛りそうだったよ」

「…そちらの殺気も中々だ。流石はあの一族の切り札と言われているな。その目もただの目ではないな」

「この目は鍛えたゆえの目さ」

 

会話は少ない。

 

「リーダー打ち合わせを…」

「ああ、分かった。じゃあまたな」

 

廊下にカツカツという足音だけが響いた。




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとおまちください。

さて、碓氷と湖兎のちょっとした活躍。
やはり紫と勘違い。そして謎の敵襲と物語が急に動きました!!
まだまだ続きますよ!!

あと、真九郎たちの出番は次回です。


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男の子

190

 

 

川神市で騒ぎが起こればだいたいの市民の耳に入る。それは真九郎たちも同じで何かと思って向かえば出迎えるはずであった者たちがいたのだ。

そして予想外の人物もいる。まさかのまさか。彼は確か幽閉されていたはずだ。

 

「碓氷くんに…湖兎さん!?」

「おお、碓氷ではないか!!」

「真九郎様に紫様!!」

「……」

 

彼等が再開するのは数か月ぶりだ。いろいろ話したいことはあるだろう。

 

「元気だったか碓氷」

「はい。紫様もご健在ですね」

 

紫と碓氷が並ぶと完全に分からない。瓜二つすぎる。そして可愛い。

どこかで井上準が2人の気配を察知したのはまた今度。

 

「そこにいるのはもしや」

「はい。湖兎です」

「湖兎さん…」

「久しぶりっすね」

 

湖兎は碓氷の為に朱雀神を混乱に招き、その問題を紫たちを守るために解決した真九郎。いろいろあったが今はもう過去のこと。

二人は苦笑いをするしかなかった。

 

「出られたんですね」

「まだ仮釈放みたいなもんすよ。でももう間違えない…坊ちゃんは絶対に守ってみせる」

「それだけの覚悟があれば大丈夫ですよ」

 

湖兎は変わってはいない。ただ過激だったのがおとなしくなったか、見る視点を変えたくらいだろう。

彼はもう間違えない。湖兎は碓氷を守っていくだろう。

 

「湖兎は私を守ってくれる。なら私も湖兎の力になります」

「私だって真九郎の手伝いをしてみせるぞ!!」

 

真九郎と湖兎は少女と少年を守り、紫と碓氷は憧れであり、大切な人の力になろうとする。とても良い関係だろう。

 

「久しぶりのところ悪いが良いかのう?」

「あ、もしかして不死川様ですか?」

「うむ。此方は不死川心じゃ。遠くからよくおいでなさったのう朱雀神殿」

「私は朱雀神碓氷です。こちらは護衛の湖兎。パーティーの招待ありがとうございます」

「しかし…何があったのじゃ。九鬼がぞろぞろ集まってきたぞ」

「そこは俺が説明しよう」

 

現場にいた大和が説明してくれる。

状況は簡単だ。ヘルモーズという謎の武装兵団が襲って来たのだ。何故襲ってきたのかは分からない。

武神である百代を狙ったわけではなかった。ならば考えられるとしたら碓氷か湖兎を狙ったのかもしれない。

 

「ふむ…なるほど」

「な、なんと…迎えに行く前に襲われていたとは」

 

心は額に手を当ててふらりと倒れそうになる。なので真九郎はすぐに支える。

朱雀神家は不死川家が誘った手前、川神に来た時点で襲われたとは顔に泥を放たれた気分である。

 

「申し訳ない朱雀神殿…」

「いえ、お互い名家ですから何かしらの者に襲われる仕方ありません」

 

襲われるのが仕方ないというのはどうも納得できないが本当に仕方ないのだ。財力や権力を持つ者は何故か敵が多い。

多いというよりも敵が何かしら利用しようと狙ってくるのが正しい。妬み等が理由ではなく、何かしら『利用』できるから狙ってくるのだ。

 

「それに湖兎や川神様たちが守ってくれましたので」

「そうだったんですね。川神先輩に直江くんたちありがとう」

 

真九郎も御礼を言う。真九郎としても碓氷たちを守ってくれて安心したのだ。

 

「碓氷ちゃんたちってやっぱり名家なんだ。不死川の名前が出てきたからな」

「うん。碓氷くんは京都の名家なんだよ」

しかも京都でもトップの名家。

「やっぱりね。それにしても紫ちゃんと碓氷ちゃんって瓜二つだね」

「ん?」

「どうかしましたか?」

 

紫と碓氷が並ぶともう分からない。

 

「やっぱソックリだわ」

「うん。瓜二つ」

 

一子と京が2人を囲んで見る。紫はいつも通り、碓氷はちょっと照れる。

 

「うーん可愛いなあ。きっと2人は将来美少女になるぞ!!」

「姉さんに同意だな」

 

大和と百代が将来美少女宣言をする。確かに紫なら絶対に美少女になるだろう。だが碓氷はならない。何故なら理由がある。

 

「碓氷君は美少女にならないと思う…」

「え、真九郎。それはないんじゃないか?」

「そーよそーよ。碓氷ちゃんがかわいそうじゃない」

 

一子と大和がブーブー言ってくる。これだけ可愛いのに将来美少女宣言を否定してきたのだ。なら彼らがブーブー言うのは仕方がない。

でも本当に理由があるから仕方ないのだ。

 

「いや、だって碓氷くんは女の子じゃなくて…男の子だし」

「「「「え?」」」」

 

大和たちが全員呆けた顔になった。

 

「え、女の子…え、男?」

「うちの坊ちゃんがどうしたっすか?」

 

そういえば湖兎は碓氷のことをずっと「坊ちゃん」と言っていたことを大和は思い出す。

 

「え、嘘…」

「おお、まさかのショタ?」

「マジか!?」

 

全員が碓氷に視線を移す。そして視線を受けた碓氷は恥ずかしいのか照れてしまう。

 

「えと、その…家のしきたりで幼い時は女性の姿で厄を祓うのです」

「へー…そんなしきたりがあるんだ」

「どこからどう見ても女の子にしか見えないのに」

「マジで男の子なんだ」

「えと、じゃあ碓氷ちゃんじゃなくて碓氷くん…で良いのかな?」

「それは…直江様のお好きな方で」

 

ニコリと笑顔になる。何処からどう見ても男の子じゃなくて女の子にしか見えない。

つい大和はドキリとしてしまう。

 

「大和と碓氷くん…ショタ。禁断の関係」

「京そこでストップだ。それ以上はいけない」

 

妄想に入りそうな京をすぐさま止める。流石に碓氷を京の妄想の肥やしにさせるわけにはいかない。

 

「そんなしきたりがあるんだー」

「名家にはしきたりを大切にするからのう。不死川家にもしきたりはあるぞ」

「どんな?」

「山猿に教えるはずなかろうが」

 

不死川家にも古いしきたりがあるらしいが大和には教えてはくれなかった。

 

「いろいろあったがここからは此方たちが案内しよう。ついてきてまいれ」

「じゃあ直江くんたち。俺らはこれで」

「あれ。どこか行くの?」

「うん。これでも心さんの護衛をしていてね。心さんのお客様たちの迎えも兼ねているんだ」

「なるほどなー」

「で、これから碓氷くんたちを心さんの家が用意した別荘まで送るんだ」

 

不死川家のパーティーは今日開催されるわけではない。遠くから来ている名家もいるのだから川神に来てそうそう開催されるわけではない。

 

「しかし早く到着しましたのう朱雀神殿。パーティーは二日後だと言うのに」

「いえ、せっかくなので川神を観光も兼ねているのですよ」

「なるほどのう。確かに川神は観光地としても有名じゃからな」

 

川神市は確かに有名な観光地だが京都には負ける。流石に武人の地でも京都には敵わない。これは川神に住む者全員が頷く。

 

「私は京都に行きたいなー」

「姉さんは行こうと思えば行けるでしょ」

 

武神の彼女なら京都に行こうと思えば物理的にいつでも行けるのは間違いないだろう。

 

「ふむ、観光か。よければ案内しようか。それに昼時だし昼飯にしようかと思ったんだ。一緒にどうかな?」

 

大和が良い提案をする。それに心が反対するが紫が乗り気だったので心は折れるしかなかった。

 

「昼食ですか…確かにお昼時ですね」

「そっすね。川神で美味しいもの食べたいっす」

 

ニカニカと笑う湖兎。それにつられて笑顔になる碓氷。

気のせいかもしれないが碓氷は前に会った時よりも明るくなった気がするし強かになった気もする。

紫が成長するように碓氷も成長するのは当たり前だ。子供の成長は早いものである。これはとても微笑ましい。

 

「では行くぞ真九郎、リン!!」

 

大和が先導するはずなのに何故か紫が先導する。それは無意識に単純に前に出たかっただけである。

 

 

191

 

 

ヒュームとクラウディオはビルの屋上で周辺を確認していた。百代たちを襲ったと言うヘルモーズがいないか探しているのだ。

せっかく最近は余計な者が少なくなってきたというのに白昼堂々と武装者が現れると問題だ。これは九鬼家従者部隊としてどうにかせねばならない。

 

「ヘルモーズと言えば最近、活躍してきた傭兵団ですね」

「ああ。ならば雇った奴がいるはずだ。そいつを捕まえないといけないぞ」

 

傭兵団ならばその傭兵を雇った大元がいる。そいつを潰せば万事解決だ。

 

「しかし狙いは武神ではなく…まさかの朱雀神とはな」

「ええ。正直あの西四門家の一角である朱雀神が川神に来ていたとは。相手が朱雀神となればこちらも余計な手出しはできませんね」

「ああ、だから安心しろ。こっちからは余計なことはしないから姿を現せ」

 

ヒュームが背後に気を放つと男性がユラリと現れる。

 

「そう言ってくれるとありがたい。こちらも九鬼財閥とは事を荒立てたくはない」

(こいつは…強いな)

「これはこれは朱雀神の護衛のものですか」

「我らは当主後継者を守るために川神に来ただけだ。この町で問題を起こすつもりはない」

 

朱雀神家はただ不死川家のパーティーに呼ばれただけ。何も問題は起こさない。だが問題が向こうから来たのだ。

 

「こちらは脅威が迫れば撃退するだけだ」

「こちらも川神で何か起きれば処理するだけだ」

「ならば互いに気をつけよう」

 

その言葉を最後に男性は消える。

 

「彼は相当強いですね…間違いなく裏に通じる者」

「ああ。奴はきっと裏から西四門家を守る者だろう」

 

先ほど話していた男性は間違いなく西四門家を裏から守る護衛。その実力は壁越えだ。

だが武術家ではないので強さはまた別枠だ。だがヒュームにクラウディオはそういう人物たちと何度も戦っている。

 

「負ける気はしないな」

「油断すると痛い目に合いますよ」

「油断はしていない。それと気になるのがもう1つ。百代が言っていた強い気を発していた奴らだ」

 

ヒュームやクラウディオ自身も謎の濃い気と殺気を察知していた。間違いなく壁越えの者が2人だ。

特にそのうちの1人はヒュームや鉄心が相手をしないと勝負に勝てないだろう。

 

「百代でも厳しいだろうな。世界には有りない奴らなんていくらでもいるからな」

「何者か気になりますね」

「そいつらも雇われた者たちか。もしくは首謀者か」

 

今この川神にまた裏の有りえない者が来ている。誰もが思うことだが川神は飽きない市だろう。

もっとも今回ばかりは「飽きない」なんて言葉ではなくて「危険」ばかりだ。

 




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

今回は紫と碓氷が瓜二つと実は男の子のくだりを書きたくて執筆した物語でした。
これで今回の章で前編は終了です。
次は中編ですね。


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着々と

192

 

 

さっそくだが大和と冬馬と湖兎はトランプで賭けをしていた。勝てば昼飯代を全て負担することとなる。

真剣勝負で賭けを行っていると言うがどうということのないイカサマがうずまく賭けゲーム。しかも大和と冬馬は気付かせないようイカサマをする。

イカサマをする雰囲気は出すが実際のところは相手は気付けない。気付けるのは相当なキレ者くらいだ。もしくはまた別枠の者。

そんな2人だが湖兎に圧されているのだ。

そもそも何でトランプで賭けをしているのか。その輪に何で冬馬がいるのか。それはつい15分前の出来事である。

 

15分前。

昼飯は何が食べたいかと案を聞くと碓氷が洋食を食べたいという案が決まった。碓氷曰く京都ならではなのか、家柄の問題なのか和食が多いらしい。なので洋食が食べたい碓氷。

洋食屋ならば良い店を知っているということで大和は案内する。レトロな洋食屋だが味は抜群で安く人気店だ。しかもリピーターが多く隠れた名店である。

店内に入ってみるとなかなかの盛況。美味しい匂いが鼻をくすぐる。案内されたテーブルに座ろうとしたら隣のテーブルに見知った顔がいた。

 

「紫様!!」

「おや、これはこれは」

「ヤッホー」

 

2Sクラスの3人組の冬馬に準、小雪が同じく食事をしていたのだ。

 

「ごきげんよう皆さん。ここでお会いできるなんて運命的ですね」

 

何故か大和と真九郎の手を握る冬馬。

 

「何で手を握るんだ!!」

「あはははは…」

 

情熱な目で手を握る冬馬に対して大和は後退して、真九郎は苦笑い。そしてその様子を見て京は妄想がはかどる。

 

「大和くんたちも食事ですか。一緒にどうですか」

「いやーー」

「良いではないか。みんなでごはんを食べるのは良いものだぞ」

 

紫の一言で一緒に食べることが決定。

 

「流石は紫様。素晴らしいお考えで!!」

 

紫に会ってから準はハイテンションだ。

 

「あれー。紫ちゃんがもう1人いるよ。うえぃうえぃ」

「あ、何を言ってるんだユキ…うおおおおおおおおおおおお!?」

 

準が碓氷を見た瞬間にさらにボルテージが上昇する。

 

「ここは天国か桃源郷かロリコニアか!!」

(ロリコニアって何だろう?)

 

聞いても理解できないだろう。

 

「なあなあユキ、夢じゃないよな。頬をひっぱたいてくれ」

「イイヨー」

 

勢いの乗った張り手が準を襲う。

 

「アウチ!?」

 

夢ではなく現実と理解。これは更にハイテンションハイテンション。

 

「まさか紫様の双子…妹様ですか姉様ですかあああああああああ!!」

「落ち着けハゲ。碓氷ちゃんが怯えるだろ」

 

準の横腹にゆっくり正拳突き。

 

「おうふ…良い突きだ!!」

 

ドシャアっと倒れるがすぐさまロリコンパワーで起き上がる。幼女が絡むと準は本気で武神の百代の一撃を耐える。

 

「碓氷ちゃんって言うのかあ。良い名前だね。俺、井上準。気軽にお兄ちゃんって呼んでも良いからね」

「落ち着けハゲー」

 

小雪のドロップキック。

 

「うほう。良い蹴りだ!!」

 

小雪の蹴りも物ともしない。そんな準に碓氷はとりあえず笑顔で湖兎は苦笑いながらちょっと警戒。

そろそろ準のために真実を伝えた方が良いだろう。碓氷は女の子ではないことを。

 

「おいハゲ。碓氷ちゃんは女の子じゃなくて男の子だぞ」

「はっはっは。また馬鹿なことをモモ先輩。こんな可愛い子が男の子のはずがーー」

 

準は周囲を見ると誰も頷かない。同志認定している真九郎を見ても首を振った。

 

「マジかよ…こんな可愛いのに。だが俺はショタじゃねえ。それだけは間違えねえ」

 

井上準。ロリコンであってショタじゃない。絶対に間違いを犯さない黄金の精神を持つ紳士である。

 

「すまなかったな。どうやら俺の目は雲っていたようだ…修業が必要だ」

「どんな修行だよハゲ」

「いえ、私は朱雀神碓氷です。こちらは湖兎」

「よろしくっす」

 

また自己紹介。

湖兎は冬馬の守備範囲に入っているので口説く。だがすぐに振られる。これもまた一連の動作である。

そんな一連を飛ばしてみんなはメニューを見てごはんを頼む。

 

「わたしはオムライスにするぞ真九郎!!」

「俺はナポリタンかな」

「リンは何にするのだ!!」

「私はサンドイッチで結構」

「坊ちゃんは何にします?」

「私はグラタンにしてみます」

 

みんながそれぞれの食べたい物を頼む。そして待っている間は雑談でもして潰そうかと思ったが、ここで冬馬がある提案をする。

 

「待っている間はトランプでもしませんか?」

 

トランプはみんなで出来る楽しいゲームだ。しかも遊び方は何種類もある。つまらなくはならないだろう。

更に面白くするには賭けなんてものもある。トランプで賭けなんて当たり前なくらい付属されるものだ。

 

「どうでしょうか賭けなんて。負けた人が今回の食事をおごるということで」

「お、おもしそうだな。頑張れ大和!!」

「姉さん人任せすぎ」

「でも弟はこういうの得意だろ?」

 

大和はこういうゲームが得意だ。得意なのはイカサマであるが。無論、冬馬もである。

その冬馬が賭けを仕掛けてきたということは絶対イカサマでもしてきそうだ。

 

「それは面白そうっすね。やりましょーよ坊ちゃん」

「ええと湖兎?」

「ほら、こちらも彼も乗り気のようですし」

「あー…」

 

何かに気付いた真九郎。だがあえて何も言わない。

取りあえず大和組、冬馬組、湖兎組で分かれて代表の3人がやることになった。

それが冒頭の続きになる。

 

「ではこちらのトランプをーー」

「いやいやこっちのトランプを使おうぜ」

 

何故2人はトランプを常備しているのだろうか。もうイカサマをしていると言っているようなものではないか。

なかなか2人は譲らない。だが湖兎は気にしていない。

 

「どのトランプを使うかは決めて良いっすよ。そのかわりやるのはババ抜きをやりたいっす!!」

「良いですよ」

 

ゲームはババ抜きに決定。トランプは結局新しいのを買うはめに。買いに行った人は準。

だが大和も冬馬も気にしない。イカサマをする者は何重も用意しておくものだ。そんな中で、湖兎は余裕な顔で配られたカード見る。

食事が届くまでのちょっとの間、ババ抜きが始まる。

 

 

193

 

 

ババ抜きが開始されてから数分。勝者は決定した。

勝者は湖兎であり、2位は大和、敗者は冬馬であった。提案者が負けるなんてのは案外あったりするものだ。

 

「これはこれは、負けてしまいました」

「じゃあ宣言通りおごってもらうからな」

「敗者は勝者の言うことを聞きますかね。どんな命令でもどうぞ。この体も明け渡しますよ…良い夜を過ごさせます」

「いらん」

「くう…こればかりは私も身を引くしかない!!」

「本気にするな京」

 

半分冗談は受け流しておいて冬馬にはおごらせる。半分本気なのが怖い。

 

「オムライス!!」

「これがグラタン…美味しそうです」

 

可愛い2人が運ばれてきたごはんに目を輝かせている。その姿にニコニコしてしまう準。だが間違いは犯さない。

おごりと分かって百代は容赦なく注文していく。注文されたごはんが次から次へと届いて美味しくいただいていく。

そんな中で大和と冬馬は先ほどのババ抜きのことを考えていた。

冬馬も大和も勝つためにイカサマを実行しようとしていたが、その前に湖兎が勝ったのだ。

だがその勝ち方が有りえなかったのだ。大和はカードを引かれていた側だからこそ分かる。彼は必ずと言っていいほど自分が持つ番号のカードを引き当てるのだ。

引き当てられなかった場合は大和が湖兎の欲しい番号カードを持っていなかった時くらいだ。そして何かしらイカサマでもしようとすると湖兎がジッと見てくるのだ。

おかげで大和も冬馬もなにも仕掛けることができなかったのだ。それはまるで全てを読まれているような感覚だったと2人は感じていた。

 

(…彼もイカサマをしているようには見えないし、普通にババ抜きをしていた。なのにカードを確実に見抜いていたのは何故だ?)

 

単純に運が良かったのかもしれない。実際にキャップである翔一は剛運の持ち主だっている例もある。ならば湖兎も同じなのだろう。

だからこそ賭けに自信満々に乗っていた。イカサマをするにあたってこういう何かを持った人は苦手である。

 

(分かりませんね…)

(まあ、イカサマなんてした覚えはないっすからね。コレがイカサマって言われたらそれまでっすけど)

 

湖兎はイカサマをしていない。ただ『読んだ』だけだ。正直なところこういうゲームなら絶対に勝てる。もしババ抜きが一対一ならば絶対に勝てるほどだ。

 

(ここにいる奴らは全員無害っすね。これなら坊ちゃんも大丈夫っす)

 

彼はどこでも碓氷の無事を願う。

 

「ところで紅くんは不死川さんの仕事をしているんだっけ。はぐはぐ」

「もぐ…そうだよ川神さん。護衛の仕事」

「そうじゃ。此方の護衛じゃ…邪魔するではないぞ」

「しないわよ。はぐはぐ」

 

誰も仕事の邪魔なんてしない。一子だってそこまで愚かではないのだ。

最も今日は予想外でその仕事に偶然にも関わってしまったわけだが。そればかりはどうやってもどうしようもない。

どんな人生も運命も案外予想外なもの割り込んでくる時もある。これが俗にいう人生何があったか分かったものじゃないというやつだ。

 

「どんな仕事~?」

「どんな仕事と言っても心さんの護衛だよ。特に難しいことはしてないかな。他にもあるとしたら雑用くらい」

「真九郎くんに雑用なぞさせぬわ。真九郎くんには此方を守るという素晴らしい仕事だからのう」

「いや、雑用はしますから」

 

護衛の仕方も何通りもある。時には雑用に紛れて護衛をしたりもするのだ。

前の護衛時もウエイターの雑用をしながら護衛をしていた。今回も同じような方法でも構わない。だが心としては側で護衛させたいようである。

簡単に言うと付きっ切りで護衛してほしいというのが心の願いである。

 

「もぐもぐ。なら護衛時は気を付けた方が良いわよ。ヘルモーズたちはまだ諦めていないかもだから」

「だね。あいつらはまた来るかも」

「大丈夫っすよ。坊ちゃんは守るっすから」

「そうじゃ。不死川家として誘った名家を誘拐させるわけないのじゃ!!」

 

絶対に守る。それだけは譲れない。

 

「なら、気を付けた方が良いぞ。ヘルモーズには2人ほどヤバイのがいるぞ。まあヘルモーズに所属かどうか分からんが」

 

百代は護衛をするならと警告してくれる。あのヘルモーズとの戦いではヤバイ奴が2人ほどいたのだ。戦ってはいないが、戦えば確実に百代でもただではすまないと理解しているのだ。

 

「負けるつもりはないが正直ヤバイだろうな。あぐあぐ」

「姉さんがそこまで言う程か」

「ああ。一対一ならまだしも2人がかりはキツイかもな」

 

特に鋭い剣をイメージさせた殺気を持つ者は相当ヤバイ。あれは壁を越えた者でさらに研鑽し続けた者の気。

あれだけの者は身近でも祖父の鉄心か九鬼部隊従者のヒュームくらい。もしくはどこかの地で偶然出会った謎の爺さんだ。

 

「川神先輩はそこまで言うくらいだとキツイかもね」

 

真九郎は静かに今回の護衛に覚悟を決めた。武神の彼女がそこまで言うということは相手は裏の中でも手練れだ。

はっきり言って裏世界には想像のつかない奴ばかりだ。真九郎が裏の手練れと思いつくのはルーシー・メイに教えてもらった裏世界の上位十傑だ。まさか裏の十傑がいるとは思いたくないものだ。

 

「うぐぐ、そんな奴らが」

「大丈夫ですよ。湖兎さんが言うようにかならず守りますから」

「真九郎くん…」

「紫様は私がお守りします」

 

リンも真九郎のように必ず守ることを誓う。

 

「まあ紅ならやってのけそうだがな」

 

紅真九郎なら何でもやってのけそうというのが大和たちに根付いたイメージだ。彼自身としては勘弁してもらいたいものだ。

真九郎はスーパーヒーローではないのだから。

 

「何かあれば力になるから。いつでも連絡入れてくれ」

「ありがとう直江くん」

 

 

194

 

 

「いやあ切彦さん仕事の依頼がきましたよ」

「…またですか。最近依頼が多いです」

「繁盛しているってことですよ。内容はいつも通りある人物の抹殺です」

 

切彦のもとにまた悪宇商会の仕事がきた。いつも通り殺し屋の仕事だ。

斬島切彦のもとには小物から大物の人物の殺しの仕事が入る。しかも中には名指しで依頼も入るのだ。今回はまさに指名で切彦のもとに仕事がきたのだ。

 

「切彦さん人気ですねえ。依頼主からはどうしても貴女が良いと来ましたよ」

「そうですか」

「ターゲットはこの方です」

 

ピラっと写真を渡されて見る。ただのターゲットなので切彦は特に思うところは無い。たが刃物を振るう相手に過ぎない。

 

「じゃあ今すぐにでも…」

「あ、待ってください。実行するには依頼者からのGOサインが必要なんですよ」

「サインですか?」

「はい。どうやら依頼者にも都合があるそうで、すぐには仕事はできそうにないんですよ。少し面倒かもしれませんが準備だけしといてください」

「…分かりました」

 

こういう依頼もたまにはあるものだ。切彦は文句も言わずにGOサインを待つしかない。

ならば準備としてターゲットのいる場所や時間帯、行動パターン、スケジュールの確認をするしかない。

 

「相手方のスケジュールならもう分かってますよ。依頼者もなかなか調べてあるようでこちらはただ仕留めるだけです」

「…そうですか」

 

だが自分で出来ることはしておくつもりだ。殺し屋の仕事はただ相手を殺すのに至るまで多くの準備があるものだ。切彦だって準備はする。

 

「場所はまた川神…」

「最近の仕事場所は川神が多いですね。縁があるのかもしれません」

(川神。真九郎のお兄さん)

 

表世界でも何か起きていれば裏世界でも何かが起きている。しかも案外知り合いが関わっているなんて思いもよらないものだ。

そして表裏一体という言葉があるように案外どこかでつながっているものだ。しかも身近に。

着々と事件が起きようといくつかの場所で駒が揃い始めていく。その駒が盤上に揃うのはもうすぐかもしれない。

 




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

日常編もぐだぐだしそうになってっきたので次回は物語をもう少し展開させたいですね。
特に何かネタがなければどんどんと物語を進行させていきます。


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パーティー

195

 

 

不死川家。ここには多くの名家の者たちが集まっている。集まっているのは不死川家でパーティーがあるからだ。

全員が高貴で高級そうな服を着ていて、高級そうな美味しいものを食べながら談笑している。

このパーティーの目的は不死川家として多くの名家のつながりを守るために開催されたのだ。名家同士仲良くやっていこうというものだ。

だが裏の目的。集まった名家たちの目的は違う。確かに彼等もつながりを固めるために集まったが実際は良い名家を見つけては取り込むか取り込まれるようとするのだ。

早い話がお見合い相手を見つけようと言うことだ。名家だからといっていつまでも名家だとは限らない。血を絶やさないためにも良い人を探そうとというのだ。

名家的に婿嫁選びに五月蠅い者はいる。なので日本三大名家の不死川が開くパーティーは他の名家にとって良い婚活場所でもあるのだ。

 

「日本中の名家が集まるのは凄いな」

 

ボソリと呟いたのは真九郎。一般人であって一般人ではないが名家にいるのは場違い感がある。でも仕事なので気にしない。

気にしていたら仕事にもならない。彼が今やっているのは給仕だ。護衛だからと言ってずっと心の傍に付きっ切りのわけにはいかないのだ。いつでも視界に入る場所にはいるが。

彼女は今、不死川家として多くの名家と話をしている。主催者側として多くの者と接するのは当たり前なのかもしれない。

どんな会話をしているかと聞き耳を立てるとよく分からなかった。名家には名家の会話があるようだ。

 

「飲み物をくれないか真九郎」

「紫。何が良い?」

「オレンジが良い」

「はいオレンジ」

「ありがとう!!」

 

クピクピとオレンジジュースを飲む紫は幼くて可愛いが今の彼女は『九鳳院』だ。大人顔負けの雰囲気である。

 

「パーティーは楽しいか?」

「まあまあだな。これなら真九郎の家で過ごしている方が良い」

「ココの方が広くて美味しい料理がいっぱいあるけどなあ」

「真九郎の料理の方が美味しいぞ」

 

不死川家の料理人に恐れ多いものだ。真九郎の料理の腕なんて一人暮らしの男子学生程度のレベル。勝てるわけが無い。

だが紫はそれでも真九郎の料理が好きだと言ってくれるのなら嬉しいものだ。

 

「真九郎は仕事は順調か。邪魔ならわたしは離れるが…」

「そんなことないよ。一緒にいても良いよ」

 

仕事の邪魔になると思って紫は顔を一瞬暗くするが真九郎が「そんなことない」と言ってくれて顔を明るくする。

仕事は順調だからこのまま何事も無くパーティーが終わって欲しいものだ。前に似たようなパーティーがあった。それは楯山家でのパーティー。

 

「あれ。もしかして紫ちゃんに紅くん?」

「おお」

「貴女は」

「お久しぶりね」

 

昔のことを思い出していたら件の人と再会した。彼女の名前は楯山美奈子。自分の家を再興させたキャリアウーマンと言うべきだろうか。

ちょくちょく彼女からは仕事をもらっている。彼のお得意様である。

 

「元気そうね2人とも」

「楯山さんも元気そうで」

「ええ元気よ。紅くんにはまた何かあれば仕事を頼むわね」

「任せてください楯山さん。良い仕事をします」

「期待しているわね」

 

彼女も最初に出会ったころよりもハキハキしている。最初に出会った時に具合を悪くしていたのには原因があったみたいだが今の彼女は凄いキャリアウーマンだろう。

 

「紫ちゃんも頑張ってる?」

「うむ頑張ってるぞ!!」

 

お互いに親指をグーと立てて笑顔だ。2人は何でもちょくちょく家同士で交流があるらしい。名家の交流はどこも同じで多いようだ。

 

「頑張って紅くんをモノにするのよ」

「うむ。わたしがあと10年経てば結婚できる!!」

「やったわね。紅くんほどの良い男はそうそういないわよ」

「何を話しているんですか楯山さん…」

 

彼女までもが紫に余計なことを吹き込んでいないか不安である。紫は純粋だから何でも知識を吸収する。その紫に余計なことを吹き込む筆頭格が環だ。

 

「じゃあ頑張ってね紅くん。私はまだ挨拶回りが終わってないからさ」

「はい。楯山さん」

 

美奈子は真九郎から飲み物を受け取ってパーティーの輪に入っていった。

 

「元気そうでなによりだな」

「そうだね。元気で良かったよ」

「ふむ…彼女もわたしと真九郎の結婚式には呼ばないとな」

「………」

 

結婚と聞いて真九郎は何も言えない。正直なところ紫とそういう話は難しい。何と返事をすれば分からないからだ。

難しい話だが自分は将来誰かと結婚するのだろうか。その相手は誰か分からない。

本当に紫と結婚するのか、それとも銀子か、はたまた夕乃と結婚するのかもしれない。もしくは一生独身の可能性もある。

一瞬だけ思考を巡らせたが今の真九郎では考えられないことだから考えるのはやめた。今の自分にとって結婚できるかできないかはどうでもよいことだ。

 

「結婚するのにはやはり環にぷろでゅーすしてもらった方がいいかな?」

「それはやめといたほうがいい」

「そうか?」

「そうだ」

 

頭の中で「変なことはしないわよ」なんて幻聴が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

 

「ふう、挨拶回りは疲れるのう。真九郎くん此方に何か飲み物を」

「はいどうぞ心さん」

「うむ助かる」

 

今回のパーティーの主催者側の代表である心が優雅に来た。今日来ている着物はいつもよりも鮮やかで高価そうだ。しかしその着物を着こなしているので流石である。

 

「心さん。その着物とても似合ってますよ」

「そ、そうかのう」

 

いきなり褒められたので心は照れてしまう。素でいきなり女性を褒めるのは真九郎のいつも通りだ。狙っているわけでなく素なのだから影から天然ジゴロと呼ばれるのだ。

 

「まったく…集まる名家も真九郎くんみたいに良い奴ばかりだと良いのだがのう」

「えっと…それは?」

「良い名家もいるがやはり大きな名家に取り入ろうとする者もおるのだ。はっきり言って不死川家に入ろうとする名家がおるのじゃよ」

 

簡単に言うと心の婿を狙っている名家が多いということだ。彼女もあと数年経てば成人。ならば今のうちにと婚約を成立させようということだろう。

実際に名家の集まりに関係無く不死川家には各名家からお見合いの話はちょくちょく連絡があるそうだ。

 

「お見合い話も多すぎてうんざりじゃ。どうせ不死川の権力を狙ってばかりしかおらんからな…此方をちゃんと見てくれる人が良い」

 

チラリと真九郎を見る心。彼は『不死川』という名前ではなくて心自身を見てくれる。だからこそそれが彼女にとって彼に惹かれた1つだ。

 

(此方としては真九郎くんが…)

 

親は心の意見を尊重しているが、お見合いを求める名家も無下にはできないので一応は心にお見合いの話を進めてくる。

それは分かっているが心としては有難迷惑というか余計なことをしているという感想である。

 

(…どうにか母上に真九郎くんを紹介できないかのう)

 

今日この日に真九郎を護衛に頼んだのは親に彼を紹介しようとしているのだ。そしてタイミングを計らっている。

いくら娘の知り合いでもどこぞの馬の骨を日本三大名家の心の親は認めない。だからどうにか良いタイミングで紹介したいのだ。前回は末端の仕事をしていたから真九郎はそこまで不死川家とはつながりはない。

今に思うと紅香の弟子ならば師匠らしく親に紹介してほしかったと勝手に思うものだ。

 

(待て待て…もし上手く母上と父上に真九郎くんを紹介できて認められたら真九郎くんは婿入り!?)

 

顔を真っ赤にしながら妄想が膨らむ。

 

(そうしたら…うう~)

 

まだ妄想は膨らむ。

 

(真九郎くんは元は一般人じゃが功績は相当のものじゃ。いや、彼は裏十三家の崩月家の一員…裏と表。いやいや、此方の代で不死川家を変えれば良し!!)

「どうしたのだ心?」

 

両手で頬を抑えながらクネクネとしている心に対して紫は首を傾ける。

 

「それにしてもお見合いか…俺も一回受けたな」

 

ボソっと呟いた言葉だが心の耳には聞こえていた。

 

「真九郎くんがお見合いってどういういことじゃ!?」

 

武神顔負けの動きで真九郎に掴みかかる。その反射神経はどうやって鍛えたか聞きたいものだ。

 

「いや、前に1回あったんですよ」

「まさか婚約済みなのか!?」

「いえいえ、そのお見合いの結果は何もありませんでしたから!!」

 

何も無かったというのは嘘だ。だが婚約はしていない。まさかそのお見合い相手と死闘するはめになったのは予想外すぎるが。

 

「あいつか…ふん、真九郎はあいつにやらん」

 

紫も真九郎のお見合い相手を思い出したのか少し不満顔だ。

あの時はいつになく紫は恋敵として反応したのだ。あの女には負けられないという気持ちがあった。だから退くことはなかったのである。

真九郎だって違う意味で歪空魅空に負けるわけにはいかなかった。その戦いが悪宇商会本社での死闘だったのだ。

 

「それにしても広いですね。流石は心さんの屋敷だ」

「これでもここは別宅。来場者用などで使う屋敷じゃよ」

 

流石は日本三大名家。ここまで大きい屋敷をパーティー用だけに使うなんて贅沢すぎる。贅沢過ぎて苦笑いが出そうである。

自分も一度くらいは人が羨むような贅沢をしてみたいものである。そんな有りえない夢を妄想しながらため息が出そうになるが喉元で飲み込む。

 

「…ここには名家の人だけじゃなくて政治家もいるんですね」

 

チラリと周りを見るとテレビで見たことのあるような人がいた。

 

「無論じゃ。不死川家は政治家ともつながりがあるからな。まあ政治家との関係は面倒な時もあるがのう」

「…なんか総理大臣がいるのは気のせいかな」

「ああ総理か。総理も不死川家とつながりはあるかのう」

 

総理大臣と知り合いとはもう何も言えない。本当に意外かもしれないがやはり心は日本でも有数のお嬢様なのである。

 

「よう不死川の嬢ちゃん。元気かい?」

「む、総理か。元気じゃよ」

「む、これはこれは九鳳院のご息女様まで」

「総理大臣。こんにちは」

「ああ、こんにちは。うんうん元気そうでなによりだ。子供は元気でなくちゃならねえ」

 

目の前に総理大臣がいる。遠くの存在かと思えば凄い身近にいるものだ。しかし今度の総理大臣は覇気を感じる人だ。

何でも歴代の総理大臣の中でも最高とも言われる程らしい。確かにテレビを見ているとどの政策も良いと言われている。

だが全てが成功というわけではないだろう。成功があれば失敗もしている。それでも失敗を恐れずに進んでいるのだからこそ総理大臣をこなせているのだろう。彼もまた武士なのだ。

 

「む?」

 

真九郎は総理大臣と目が合ったので軽く会釈をしてドリンクを渡す。

 

「おお、ありがとう。若いのに頑張ってるな」

 

少しだけ会話したが彼は気前の良さそうな人だと感じる。

 

「真九郎は私の嫁だ」

「真九郎くんは此方の友達じゃ!!」

「真九郎…。まさか紅真九郎か?」

「え、そうですけど」

「おお、そうかそうか。お前があの紅香の弟子か!!」

 

紅香の名前が出ただけで大体を察する。これは総理大臣が真九郎のことを知っているのは紅香経由だろう。

聞いてみるとやはりそうだった。紅香は九鳳院の当主と知り合いなら日本の総理大臣まで知り合い。しかも九鬼財閥の当主である帝まで知り合いだ。

その全員と対等のように接しているのだから本当に紅香は何者か分からない。

 

「彼女には俺も仕事で世話になったことがある。それにこれからもな」

(これからも?)

「お前さんがあの紅香の弟子…それに活躍も聞いている。もしかしたら仕事を頼むかもしれねえ。その時は頼むわ」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします!!」

 

まさか総理大臣と仕事が依頼される関係になるとは思わなかった。これも紅香がそれとなく紹介しているからだ。

厳しいがなんだかんだで真九郎を手助けしてくれる良い師匠だ。今度あったら御礼を言おうと思うが、きっと「何のことだ?」と言われるのだろう。

柔沢紅香とはそういう人間だ。そんな彼女に真九郎は憧れている。

 

「こんにちは心様、紫様。総理、始めまして私は朱雀神碓氷と申します」

「んん!?」

 

総理大臣が頭を左右に揺らして紫と碓氷を見る。

 

「こいつぁ驚いた。そっくりだぜ…お前さんがあの朱雀神か。よろしくな」

「よろしくお願いします。こちらは御付きの湖兎です」

「よろしくっす」

「おう、よろしくな」

 

握手をして挨拶。

 

(…こんな小さな子が朱雀神の。驚いたな)

 

総理大臣は思う。今も心に思っていることは碓氷に読まれているだろう。これでも総理大臣の元には様々な情報が集まる。

だからこそ朱雀神の秘密を知っているのだ。だが全てを知ることはできない。総理大臣でさえ朱雀神の全貌は知ろうとすると命がいくつあっても足らないのだ。

流石に朱雀神および西四門家を敵に回せない。回したら日本の重要地の1つである京都を敵に回すはめになる。

 

「俺としちゃあそちらさんとは仲良くやっていきたいぜ」

「それはこちらもです。朱雀神はこれから変えていくつもりですから」

(なんつー覚悟をした目だ。いや、覚悟つうか未来をよりよくしようとする目だな。昔を思い出すぜ)

 

碓氷の目からは大志を抱く気持ちを感じられる。柄にもなくヤル気に満ちていた若い自分を思い出した総理大臣なのであった。

 

「つーか、あいつらはどこ行ったんだか?」

(凄い状況だなあ)

 

ここで真九郎は空気に徹する。

今ここに表御三家の九鳳院。日本三大名家の不死川。西四門家の朱雀神。そして日本を動かす存在である総理大臣。

どんな空間だと思いたいものだ。普通じゃ有りえない空間。でも、そんな空間でも平和に見える。裏だと何を考えているか分からないがこのまま何事もなく今回のパーティーは終わってほしいものだ。

だがそんな思いはこういう時に限って叶ってくれない。こういう時に限って最悪なことが起きるものだ。

 

「え?」

 

天井が爆発して、多くの武装した者たちが落ちてきた。

 

 

196

 

 

不死川家の屋敷上空。

 

「ヘルモーズ準備完了です」

「では先に行かせてもらうぞ」

『構わない。こちらは後ほど行かせてもらう』

「その時には我々だけで終わらせているさ」

『どうかな。その屋敷には貴族どもを守るために腕利きの護衛共がいるんだぞ』

「貴族の護衛なぞ…」

『学生どもに負けたじゃないか』

「っ、あれは武神がいたからだ。今回はそうはいかない」

『武神のせいか…まあいい。今回は絶対に捕獲しないといけないからな。我々も全力でいかせてもらおう』

 

ヘルモ-ズ部隊は上空から不死川家の屋敷に突撃した。

 

 

197

 

 

不死川の屋敷から離れた地にて。

 

「ヘルモーズはこれから落ちるそうだ。こっちもそろそろ動くぞ」

「そうか。私は私で動くぞ」

「ああ。競争だな。どっちがさきに朱雀を捕獲するか」

「競争なぞしない。ただ仕事をこなすだけだ」

「真面目なこって。では我々、曹一族出陣する」

 

上空からはヘルモーズ、地上からは曹一族が出陣した。そして裏世界の中でも有数の実力者である1人が動き出した。

 

 

198

 

 

どこか。

 

『動き出した。そっちもそろそろ動け」

「了解」

『仕留める判断は説明したよな』

「はい」

『では、状況に応じて頼む。金は既に払っているんだ。良い仕事を頼むよ』

「了解しました」

 

斬島切彦も動いた。




読んでくれてありがとうございました。
次回は真九郎や湖兎が紫や心、碓氷たちを守るために奮闘します。
そして強者たちも参戦していきます!!


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混乱

199

 

 

大混乱。

今の状況を説明するなら『大混乱』という言葉が似合うだろう。天井から武装した兵であるヘルモーズが入ってくれば納得だ。

不死川家のパーティーに参加した者たちは慌てふためいている。だが護衛の者たちは冷静ですぐさまに我が主人たちを守るために動き始めたのだ。

それは真九郎やリン、湖兎も同じだ。すぐに主や依頼主を守る。

 

「紫様!!」

「紫、心さんは後ろに」

「坊ちゃん」

 

後ろに紫たちを守るように囲む。彼女たちは絶対に守らないといけない存在だ。

 

「何だぁこいつらはぁ!?」

「総理も俺らの後ろに!!」

 

目の前にいるのは特別兵装ヘルモーズ。真九郎はその場に居なかったが湖兎は前に襲われたという。こいつらの目的は恐らく碓氷。

何故、碓氷が目的の存在なのかは分からないが狙ってくるというのなら倒すのみだ。

攪乱目的なのか屋敷に集まる者たちを襲っているが本命は真九郎たちの後ろにいる碓氷。

 

「真九郎、リン頼む」

「お任せを紫様」

「ああ、そこでジッとしてて」

「坊ちゃんは大人しくしててくださいっすね」

「心さんも腕が立つからと言って無理はしないでください」

「分かっておる。此方は紫と碓氷殿を守ろう。主催者側として参加者は守らねばならぬ」

 

心はすぐに不死川家専属の護衛を呼ぶ。不死川家の護衛は何も真九郎だけではない。真九郎は心の雇った護衛だから別に全体を守る護衛はいるのだ。

 

「目的の人物を発見!!」

「すぐさま捕獲しろ!!」

「周りにいる護衛は?」

「殺せ」

「了解」

 

どうやらヘルモーズは目的のために容赦はしないようだ。ならばこちらも容赦をしない。容赦をする必要はないだろう。

 

「こいつぁ数が多いな」

「総理も何しとるのじゃ。真九郎くんたちの邪魔になるから此方たちと一緒に下がるのじゃ」

「いや、ここにいる俺は総理だ。子供を守らねえで何とするんだってんだ」

 

実は総理大臣これでも昔は武道四天王であったのだ。引退して衰えてもなお気迫は本物だ。いや、総理大臣になってからも気迫は研ぎすまされているだろう。

 

「じゃが総理の出番はないかものう」

「何ぃ?」

 

心の言う通り真九郎にリン、湖兎たちならヘルモーズは敵では無い。

真九郎の崩月流で叩き潰し、リンの剣技で切り裂き、湖兎のクナイ捌きで貫いていく。如何に裏世界で活躍している特別兵装部隊といえど真九郎たちだって修羅場を潜っている。

敵の壊し方はヘルモーズよりも泥のように深く知っている。相手が武装していようが、何処をどう壊せば良いか知っている。

 

「こいつら強いぞ!?」

「こんなガキどもに!?」

「ふん、鍛錬が足りん!!」

 

リンが愛刀でヘルモーズを切り裂く。

 

「なら俺が相手だ」

 

ヘルモーズの中でも剣の達人はいる。その一人がリンの前に出て剣を構えた。

 

「俺の剣を受けよ!!」

「受ける気はありません」

 

リンが刀を飛ばして相手が弾いた時には既に間合いに入る。鋭い蹴りで敵の剣を弾き、もう片方の刀で斬る。そして弾かれた刀をキャッチして次の敵を片づける。

 

「貴様らが何人かかってこようが私の敵ではない」

(流石はリンさんだ)

 

リンの剣捌きを見ながら真九郎は確実にヘルモーズを潰していた。武装した奴には関節部分や武装の繋目部分が有効だ。

手刀をねじ込み関節を外したり、鋭い蹴りで無理矢理沈める。戦っていてやはりヘルモーズは強いが圧倒的というわけではない。ただ数が多いだけだ。

 

「あんたらが坊ちゃんを狙っているのは分かっている。だがどこの誰が依頼したんすか」

 

クナイで串刺しにされたヘルモーズに掴みかかる。そしてジッと見たらすぐに投げ飛ばす。

 

「こいつは知らないようだ。知っている奴はどいつだ?」

 

ヘルモーズが5人攻めてくるがクナイを額目掛けて投げつける。武装しているのだから死にはしない。だが、碓氷を狙うのなら生かす必要も無い。

ヘルモーズの制圧も時間の問題だろう。他の護衛たちもヘルモーズを少しずつ倒している。数が多いが質はそうでもない。

簡単にいうとヘルモーズにはエースにあたる存在がいないのだ。奴らは数と連携で依頼をこなしている。

だがこちらはエース級の存在が3人もいて、実力は鍛え上げられている。

 

(ふーむ、流石は紅真九郎に九鳳院の近衛隊だ。そして朱雀神の護衛もなかなか…こいつらこの川神でも上位にはいる強者だ)

 

総理大臣が周囲を注意しながら3人の戦いを確認する。よく見ても彼等が強いことが分かる。おそらく実力は武道四天王に入るだろう。

しかし彼らが武道四天王になることはないだろう。何故なら彼らは武術家ではないのだから。

 

「こいつら強いぞ!?」

「くそ、武神でもないくせに!?」

「数が減らされていく!?」

 

もうすぐでヘルモーズは制圧だ。だが今回はヘルモーズだけでは終わらない。

 

「このデカい気はぁ!?」

 

すぐさま気付いたのは総理大臣だ。屋敷の壁が破壊されたと思えば大きな気を纏う者が現れたのだから。

 

「苦戦しているじゃないかヘルモーズ」

「く、貴様ら」

「ここからは我々、曹一族が仕切らせてもらおうか」

 

曹一族と言う軍団の先頭に立つ女性は露出の多い派手な格好に巨大な金棒を持っている。そして鋭い眼光。

彼女は史文恭。である曹一族の師範代であり切り札と呼ばれている存在だ。

 

「こいつぁ…とんでもないのが出てきたな」

「知っておるのか総理」

「おお。あいつらは曹一族といってヘルモーズと同じ武装集団だ。だがヘルモーズよりも歴史は長い」

「ほお、我々を知っているか。ならば自己紹介だ。我が名は史文恭!!」

「史文恭だと…曹一族の切り札じゃねえか!?」

 

総理大臣の反応に彼女はヘルモーズよりも大きい。ならば彼女の方が厄介ということだろう。

実際に史文恭を見て、確かにヘルモーズよりも強いと分かる。部下たちも相当な腕前だろう。歴戦の猛者とは彼等のような者たちのことを言う。

 

「ほほう。なかなかの奴らがいるな」

 

史文恭は真九郎たちを見て、碓氷を見る。護衛の強さと捕獲対象を確認。今回の仕事は骨が折れると確信したのだ。

 

(あの女剣士はよく鍛えている。あの着物の小僧もな。だがもう1人の小僧は…腕に何か仕込んでいるのか?)

 

史文恭の力は異常なまでに鍛え上げられた眼だ。その眼は相手の微かな筋肉の動きさえ見極める。

だから史文恭は真九郎の腕にある何かに気付いたのだ。だが何かまでは分からない。普通ならだいたい分かるものだが、彼女は相手の腕の中に仕込んであるとなると予想で見極めることになる。

武器の類なら当てられるが真九郎の腕の中にあるものは武器の類ではない。

 

(何だあいつの腕ににあるのは…銃や刃物を仕込んでは無い。まるで異形の形をした骨でもあるのか?)

 

気になるが様々な敵と戦ってきた彼女だからこそ油断も慢心もしない。

 

「さあて、いっちょ仕事をこなすか」

「紅真九郎ここは私が相手をする。貴様は紫様たちを連れて避難しろ」

 

リンが二本の刀を握り直す。彼女から気迫が強くなっているのを感じて目の前にいる史文恭という人物の強さが本物であることを分かる。

 

「ほう…そこの女は強いな。流石は九鳳院の近衛隊だ。楽しめそうだ」

 

ニヤリと笑う史文恭も棍棒を強く握った。どうやら彼女もリンを強者と認めたからこそ最初から本気で挑もうとしているのだろう。

 

「おっと、待ったっす。そこのお姉さんの相手は俺がするっすよ。そのお姉さんはいろいろと知ってそうだ」

 

湖兎がジャキっとクナイを何本も手に用意する。湖兎が史文恭を相手にしようと思ったのはヘルモーズも含めて碓氷を狙ってきた理由を知っていると思ったからだ。

その予想は正解で彼女は雇い主の顔を知っている。だが碓氷をどのように利用するかまでは知らない。

 

「そこの小僧がか」

「いろいろしゃべってもらうっす。しゃべらなくても勝手に読ませてもらうっすけどね」

 

濃厚な殺気が史文恭に向けられる。

 

(こいつは良い殺気だ。だがこの小僧も不気味だ…何か特別に鍛えているわけではないが特別な何かを持っている目をしている)

 

その特別な何かが分からない。だが何かを持っているのは確かだ。史文恭の目は『龍眼』は誤魔化せない。

 

「まあ、どいつが相手でも構わないさ。目標は朱雀神だ。おいお前たち!!」

 

史文恭の部下たちがぞろぞろと出てくる。

 

「おい紅真九郎。坊ちゃんは頼んだっすよ」

「え」

「本当なら坊ちゃんから離れたくないっすけど、こんな状況じゃしかたないっす。だから任せたっすよ」

「…分かりました。紫、碓氷くん」

「うん!!」

「お願いします真九郎様。…湖兎、無事でいてくださいね」

「勿論すよ坊ちゃん。必ず戻ります」

 

真九郎は紫と碓氷を優しく抱える。

 

「心も真九郎に掴まれ」

「んにゃ!?」

 

既に紫と碓氷を抱えているのに心を抱えるのは逃げるのに負担になると考えたが彼女の顔を見て断れなかった。

 

「た、頼む真九郎くん」

「よく捕まっててくださいね」

 

左腕に紫。右腕に碓氷。背中に心。これで逃げるというのはどうかと思っている総理大臣だ。

 

「此方が案内するから真九郎くんは全力ではしってたもれ。総理は自分で走れるじゃろ」

「ったく、これでも日本のトップだぞ。だがまあ、まだまだ現役だから良いけどさ」

「リン、迎撃は頼むぞ」

「お任せください紫様」

 

真九郎たちは屋敷からダッシュ。

 

(さて、頼むっすよ。まあうち等から怖い怖い護衛が周りにいるっすけどね)

「…おい小僧。周りに隠れていた奴らはお前の仲間か?」

「ああ、そうっすよ。怖ぁい怖ぁい護衛っす」

「…うちらの部下でも苦戦するな」

「お、うちの怖すぎる護衛相手に勝つつもりすっか?」

「おいおい私の部下が負けるとでも?」

「はははは。そうだと言ってるっす」

 

クナイと棍棒がぶつかりあった。

 

 

200

 

 

ヘルモーズが不死川のパーティー用の屋敷に襲撃してから不死川家と総理大臣の動きは早かった。

不死川家は素早く来客たちを守るため、逃がすために動いたのだ。来客たちにも護衛はいるが援護のために不死川家のお抱えの護衛を渡しているのだ。そして緊急の出口まで案内するのだ。

総理大臣は外から救援を呼んでいた。もうすぐ九鬼部隊や警察、更に縁のある川神院からも援護隊が来るだろう。

 

(もしかしたら武神もくるかもしれねえが、今は願ったりだ。今ここには強すぎる奴…敵側に壁越えが2人もいるんだからな)

 

1人は湖兎が今頃あいてをしているだろう史文恭。そしてもう一人は屋敷に近づいていた奴だ。

史文恭もとんでもないが近づいていたもう1人のほうが総理大臣としてはヤバイと感じたのだ。ここまでヤバイと感じたのは久しぶりだ。

昔の頃に死線を潜った時と同じ感覚だ。こんなヤバさは日本で味わいたくなかったものだ。

 

(どんな野郎だ…おそらく紅と近衛隊は気付いているだろうな)

 

リンは周囲を警戒しながら走っている。真九郎は3人も抱えているので本当に気付いているか分からない。

真九郎は最低でも100キロの重りをつけて走っているようなものだ。だが彼は何気ない顔で走っているのだから鍛えているのだろう。

細い身体のくせに案外と思う総理大臣。やはり柔沢紅香の弟子。

 

「どんな鍛え方してんだ紅」

「ははは、まあキツイ修業を…」

「まあ…あいつの弟子だからなぁ」

 

こんな状況だが呆れる総理大臣。しかしすぐに顔が強張る。何せ前方に恐ろしい敵が出現したからだ。その敵とはもう1人の壁越えだ。

 

「ぬう…」

 

総理大臣たちの目の前にいるのは黒い甲冑を纏い、西洋の剣を携えた黒騎士だ。

 

「こいつぁ…とんでもないのが現れたな」

「…黒騎士。オズマリア・ラハ」

 

裏世界全体でも上位十傑に入る戦闘屋、しかも別格とも言われる黒騎士が目の前に現れた。




こんにちは。
読んでくれてありがとうございました。

さて、今回でやっと黒騎士が出てきました。
まあ、ところどころヒントを書いていたので分かる人は分かってたかもしれませんね。
彼女は今まで歪空本家から魅空の護衛をしていましたが、原作で真九郎が勝負に勝って魅空が強制送還されてからきっと護衛の仕事が無くなったと思ってこの物語では黒幕の仕事を依頼されたというオリジナルの設定にしました。


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黒騎士

201

 

 

黒騎士オズマリア・ラハ。

フリーの戦闘屋であり、その実力は裏世界でも上位十傑に入るほどだ。真九郎は前に彼女に接触したことがある。

その時は敵として出会った。まともに戦ってはいないが真九郎の目では彼女の剣筋を見切ることはできなかった。

はっきり言って彼女の剣士としての腕は『剣聖』を超えているのだ。人間は鍛え続けるととんでもない技術を備え付ける。

それが壁越えの更に上を目指した存在だ。

 

「久しい顔がいるな」

「…黒騎士オズマリア・ラハ」

「歪空本家からの依頼がキャンセルになって新たな依頼をこなしていたが…まさか違う依頼で再会するとは予想外だ」

「俺もだよ。…狙いは碓氷くん、朱雀神か」

「そうだ。それが依頼だからな」

 

オズマリア・ラハが構えた瞬間に空気が変わった。それと同時に真九郎は紫たちを降ろしてすぐに構える。

真九郎とオズマリア・ラハとは実力が離れている。最初から出し惜しみなんてしたら首を切断されるだろう。

前回の時はただすれ違っただけであったが、彼女の剣筋なんて分からずに足を斬られたのだ。黒騎士がいたとは知らなかったという油断はあったがそれでも現在の状況からしても見切れるか分からない。

 

(これは覚悟をしないといけないな)

 

真九郎の後ろには絶対に守らないといけない女の子たちがいる。日本のトップである総理大臣だっているのだ。

相手は黒騎士。戦ったらただでは済まない。すまない程度ならまだ良い方だ。もっと最悪の展開はあるのだから。

決死の覚悟でないと真九郎はオズマリア・ラハと勝負になりもしない。

 

「無駄に殺す気はない。朱雀神を渡せば見逃す」

 

その言葉を否定するように『崩月の角』を腕から解放する。

 

「ふむ。渡す気は無いか…まあ、そうだろうな。ならば戦うしかない。名乗れ」

 

お互いに前へと出る2人。

 

「崩月流甲一種第二級戦鬼。紅真九郎」

「黒騎士。オズマリア・ラハ」

 

総理はこの後、彼らが超絶な戦いを繰り広げるかと予想と外れた。

お互いに名乗り上げてからまだ動かない。迂闊には動けないのだ。真九郎が無暗に動けばいとも簡単に切断されるだろう。逆にオズマリア・ラハは相手が自分より格下と言えど『崩月の角』を宿す人間であり、歪空魅空を倒した功績を持つから油断しない。ゆえに無暗な動きをせずにはっきりと見定めているのだ。

 

(にょわわわわわわ)

(…やべえな。黒騎士の強さは紅のやつを超えている。動けねえわけだ。だけど紅の野郎も無策じゃねえだろ)

 

残念ながら無策である。いきなり黒騎士と相手にしろと言われても真九郎は正直なところまともに戦えないのだ。できることは決死の覚悟でオズマリア・ラハを止めることだ。

いずれ、警察や九鬼従者部隊が応援でくるはずだ。だから制限時間内に彼女を押しとどめるのが真九郎の役目だ。

 

(さて、無駄な動きはできない。…しかもどう見ても黒騎士には隙がない)

 

流石は歴戦の強者である黒騎士。隙を見つけて一撃を叩きこもうとしていたがそんな隙はない。

ルーシー・メイが言っていた評価はまさしく本物。それ以上だ。

真九郎はわずかな動きさえ見逃さまいとしている。2人のピリピリした空気間に心たちは黙ってしまう。

だがリンだけは瞬きをせずに2人の立ち合いを見ている。もし真九郎が斬られれば次はリンが戦わなければならない。本当ならばリンも応戦したいが紫と碓氷たちの傍から離れるわけにはいかないのだ。

 

「く、このままじゃ真九郎は圧倒的に不利だ」

 

リンだって分かっているのだ。真九郎がオズマリア・ラハに勝てる見込みが低いと。

 

「…真九郎は負けないぞリン」

「紫様?」

「真九郎は強い。なんたってわたしが認めた男なんだからな」

 

紫は真九郎が負けないと思っている。そう思うしかない。でも紫のが知る真九郎はどんな絶望も打ち壊してきた。だから信じるのだ。

それは真九郎だって同じで紫の前だけはヒーローでいなければならないのだ。

 

「リン。わたしは大丈夫だから真九郎の力になってくれ」

「それは…」

「わたしは大丈夫」

「はい、分かりました」

 

リンは二本の刀を抜いて2人へと近づく。

 

「む?」

「リンさん」

「紫様からの命令だ。紅真九郎。お前を援護する」

 

2対1の構図となる。

 

「九鳳院の近衛隊か。死闘に入り込んでくるとは無粋な奴め」

「分かっているさ。しかし私は紫様のために戦うのでな…武人として心はあるが守る者の方が大事だ」

「まあ構わない。どうせ邪魔する奴は斬る」

 

剣気がほとばしり、周囲がバチバチするような感覚が身体を襲う。ここまではっきり分かるほどだから冷や汗がダラダラ垂れる。

 

「リンさん」

「余計なおしゃべりはするな。前集中を奴に傾けろ」

「…はい!!」

 

リンが加勢したことで死闘の流れが少しだけ変わった。優勢でもなければ勝つ見込みが出来たわけではないが生存率は上がっただろう。

 

「…いくぞ」

「はい!!」

 

同時に真九郎とリンが動く。

二本の刀と西洋の剣が煌き、交差する。横に入り込み鋭い蹴りを繰り出そうとしたが寸前で足が止まる。

足を切断されるイメージが頭に流れたのだ。偶然ではなく、事実起こる出来事だっただろう。リンが剣を交差させた隙に真九郎が蹴りを繰り出そうとした瞬間にオアズマリア・ラハが殺気を飛ばしたのだ。

その濃厚すぎる殺気が切断イメージを植え付けた。

すぐに後退して地面を蹴り飛ばす。ただの小細工だが、どんな手段も使っていかないと時間稼ぎもできない。

舞った砂利は西洋の剣一振りで消え失せる。そしてオズマリア・ラハが踏み込んで真横に一閃。力の限り足を踏み込んで後退したが少しだけ反応が遅く、腹部に横一閃に斬られる。

 

「ぐ!?」

 

ブシュッと血が噴き出たが見た目とは裏腹に深い傷ではない。

 

「浅かったか。足も狙ったのだが、そちらも浅いようだ」

「足も…ッ!?」

 

よく自分の足も見ると浅く斬られている。こっちの斬撃は気付きもしなかった。

 

「チッ…やはり『黒騎士』の名は伊達では無いな」

 

リンの身体にもいくつか切傷ができていた。彼女もいつの間にか斬撃を受けていたのだ。こうも実力があるらしい。

それでも真九郎もリンも止まらない。止まるわけにはいかないのだ。

 

「まだまだ!!」

 

 

202

 

 

不死川家の屋敷内。

既に屋敷内はあられもない状態になっており、酷い有様だ。その中に2人が対峙していた。

史文恭と湖兎である。彼らは真九郎たちが脱出してから戦いは激化していたのだ。

碓氷がいないので湖兎は残忍になる。その残忍さは碓氷を守るために滲み出たものだ。その結果が史文恭の足元に倒れている部下たちだ。

 

「よくも私の部下をやってくれたな」

「坊ちゃんを狙う奴に慈悲はないっす」

 

笑顔だが目は笑っていない。

 

「これでも私の部下は鍛えられた実力者なんだがな」

「弱かっただけっすよ」

「ふむ。私は?」

「…手ごわい」

 

正直に言うと史文恭は強い。湖兎でさえ勝つのは難しいだろう。

 

「はっはっはっは。だが勝つのは私だ。早くしないと黒騎士のやつに仕事を奪われてしまうからな」

「チッ…嫌な予感がしたんすよね」

「そっちにも良いのが2人いたじゃないか。ま、でも黒騎士は別格だからな」

 

史文恭も戦士として黒騎士オズマリア・ラハと戦ってみたいが簡単に戦えるわけが無い。戦えば間違いなくどちらかが死ぬ可能性がある。

そもそも曹一族の切り札としてそう簡単に死ぬわけにはいかないのだ。

 

「坊ちゃんのために死ね」

 

クナイをばらばらに投げつけて史文恭には当たらない。

 

「どこに投げているんだ?」

「ちゃんとアンタにっすよ」

 

クナイが角などに当たって反射する。

 

「む」

「全方向からの串刺しだ」

「むん!!」

 

棍棒を振りながら回転してクナイを弾き飛ばした。回転したまま湖兎に近づき棍棒を高速回転で振るう。

まるで独楽のようで投げたクナイは全て弾き飛ばされる。だが湖兎には攻撃が届かない。

 

「うらうらうらうらうらうら!!」

 

乱舞が如く回転しながら棍棒が台風のように振り回される。壁越えの者が発する技は本当に台風になるかもしれないから驚きだ。

それが武人の世界である。だが湖兎は武人ではない。武術は習っているがそれは武人としてではない。全ては力を手に入れるため。

「さっきから当たらないな。まるで読まれているようだ」

 

(正解っす。確かに読んでるよ…アンタの心をね)

 

湖兎も実は朱雀神の血を持っている。だから朱雀神の異能である『心を読む力』を持っているのだ。

達人同士の戦いは先読み合いだ。だが心が読める者にとって先読みなんて関係無い。なんせ相手がどう動くのか事前に分かるのだからどう対処すれば簡単に分かるのだから。

だから湖兎はどの相手にも有利で戦えるのだ。だが無敵では無い。心を読めても勝てない相手はいるものだ。

例えば自損覚悟の特攻をしてくる相手は苦手だ。自分を大事にしない相手ほど心を読んでも意味は無いからだ。

 

「ふははははははは。ノッてきたぞ!!」

 

史文恭はテンションが上がってきたのか気が大きくなっていく。棍棒の一撃一撃も威力が上がっている。

力では湖兎は史文恭の方が上だ。もし棍棒の一撃は当たれば骨は折れてしまう。

 

「私の攻撃が当たるのが先か。お前のクナイが私に届くのが先かどちらかだ!!」

 

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ。

急に戦いの場に流れる電子音。この電子音を聞いた史文恭は不満な顔をしていた。

それはまるで戦いを邪魔された不満顔である。まさにその顔だ。

彼女は一旦距離を取って警戒しながら懐から携帯電話を取り出す。

 

「任務中だ」

『任務中は電話をかけないことは知っている。だが緊急やどうしてもという案件は連絡する手筈だろう』

「どうした。まさかのキャンセルか?」

『違う。今すぐその戦いを止めてターゲットのところに行け。そこに朱雀神と総理がいる』

「今相手をしている奴から撤退するのは難しいな」

『これは命令だ。追加料金も払う…朱雀神を捕まえろ、総理を殺せ!!』

 

総理を殺せろとは物騒だ。

 

『黒騎士とお前の力を合わせれば確実だ。行け。総理を殺せ!!』

「目的が変わっていないか…まあ良いか。追加金を払うなら仕事としてやるまでだ」

 

ピっと電源を切る。

 

「そういうわけだ。これから黒騎士殿と合流するはめになった…まだ戦いたかったがここまでのようだ。ではな」

「逃がすか!!」

 

湖兎は黒騎士に合流しようとする史文恭を追いかける。

 

 

203

 

 

「くくく…はははははは!!」

 

笑う男。

 

「ヘルモーズどもめ。大胆な作戦だがターゲットを切り離す役目をしてくれた」

 

ヘルモーズは人が多いのは良い。

 

「だが、総理のやつも一緒になったのは僥倖だ。朱雀神の能力も欲しいが…もし総理を亡き者にできれば私が新たな総理に!!」

 

男はまだ笑う。

 

「黒騎士の実力は想像以上だ。史文恭も壁越え…これなら武神が来ても敵ではない。くくくくくくく」

 

笑いが止まらない。

 

「良いぞ良いぞ。勝ったぞ…最後に総理の顔を見に行くか」

 

男は動く。

 

「…………はあ」

 

不穏なことを考えている男の背を見るもう1人の男。ため息を吐きながら携帯電話にメールを打つ。

 

「顔を見に行ってはいけないだろう。現場に依頼人が向かうのはあまりお勧めしない」

 

何が起こるか分かったものではないからだ。如何に勝ちの可能性が高くてもどんなことが起こるか分からないのだからリスクを負わないようにするべきだ。

特に情報を流したくないのなら。だというのに勝ちを勝手に確信した男は現場に向かうとは愚の骨頂。

 

「さて、個人的に頼んだ殺し屋に動いてもらう他ないかな。私が彼に関わっていたことは絶対に漏洩したくないんでね。それに…あの総理はそう簡単には死なないぞ」




読んでくれてありがとうございました。
次回でいろいろと混戦しそうな予定です。

もう色んな視点だとごちゃごちゃになりそうだから整理整頓しないとなあ。
今回は黒騎士を活躍させたつもりが少しだけでしたね。
原作でも詳しい戦闘描写がなくてどれほどの実力か分からないんですよね

でも裏世界でも別格の上位十傑ということで真九郎でも勝てるかどうか分からない…もしくは勝てる見込みがない感じにしました。
無策で崩月の角を解放のみだと普通は勝てないと思います。なので仲間の力が必要な感じかな。


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黒幕

今回で黒幕が登場です。
ここで注意!!
黒幕は原作にちゃんと登場していますが、名前がありません。
なので名前だけオリジナルです。詳しくはあとがきに記載します。


204

 

 

ポタポタと血が地面に滴り落ちる。その傷口は真九郎でありオズマリア・ラハの剣技によって斬られたものだ。

血が出ているが斬傷は深くない。そもそもまだ生きている、四肢が切断されていないだけでも奇跡のようなものだ。

きっと1人で戦っていたらもう既に腕か足が切断されていただろう。これもリンが一緒に戦ってくれているおかげと後ろに紫たちがいる影響だろう。

 

「ふむ…前に出会った時よりも腕をあげているな。だがまだまだ未熟だ」

 

自分が未熟なのは嫌でも分かっている。それでも自分よりも各上の者と戦うことがあるから理解しながら死闘をするのだ。

今のところオズマリア・ラハに有効打なんて1発もなく、リンでさえ一太刀も届いていないのだ。裏十三家とはまた違う化け物だ。

異能をもっているわけではなく、ただ単純に研鑽を重ね続けた結果の実力。彼女は研ぎ澄まされた剣なのだ。

 

「ここまで実力の差があると絶望的だな」

「諦めろ。お前たちの実力では私には敵わない…斬られるのが遅いか早いかだけの違いだ」

 

オズマリア・ラハの実力にはどうやら真九郎とリンだけでは足りない。彼女と戦うにはまだ援護が必要だ。

後ろで見ていた心や総理も援護しようと思っていたが、どうせ足手まといになる嫌でも理解してしまうのだ。

自分たちでは黒騎士には勝てない。彼等の死闘を見ると真九郎とリンを邪魔するだけだと嫌なほど理解してしまったのだ。

だから何もできない自分たちに歯がゆい気持ちなのだ。だが紫だけは信じている。真九郎たちが頑張っているのだから守られている方が信じないでどうするのだ。

碓氷だって信じているが、やはり湖兎が気になるのだ。今の状況が危機的なのは分かる。それでも大切な家族である湖兎が心配だ。

 

(湖兎…)

 

碓氷の思いが通じたのかその場に湖兎が現れた。ついでに史文恭も連れて。

2人の乱入にその場が荒れる。言わば戦いの流れが変わったというべきだろう。しかし、それでも冷静に考えても逆転できるとは限らない。

 

「湖兎さん!?」

「すまない。あいつを仕留められなかった」

「いえ、無事なら良かったです。でもこっちも最悪な状況ですよ」

「そうみたいっすね…」

 

オズマリア・ラハと史文恭を見る。2人とも相当な実力者だから揃ってしまうと更に最悪だ。

湖兎が加わったとはいえ、向こうの方がまだ有利あろう。史文恭も強いが彼女だけなら何とかなるかもしれないが黒騎士であるオズマリア・ラハだけが本当に別格なのだ。

彼女たちと戦うにはあとせめて2人くらい実力者が欲しいところだ。その実力者は半端な者はいらない。

碓氷にとっては湖兎が無事だというのが知れて良かったが、その後は絶望が来たのだ。川神市にきてから一番の最悪的な状況だ。

こんな最悪な状況だが真九郎の全力の一撃さえ届けば逆転する可能性はあるのだ。彼の一撃はあの星噛絶奈さえ殴り飛ばすのだ。だから真九郎の一撃は黒騎士に効くはずである。

だがいかんせん真九郎の拳はオズマリア・ラハに届かない。どうにかして届かせれば今の状況をぶち壊せるのだ。

 

「何とかしないと…」

「何とかはできないよ少年」

 

まさかの新たな声。その声はオズマリア・ラハでもなく、史文恭でもない知らない男の声だった。だがこの声は総理だけは知っていた。

 

「この声は…!?」

「不死川家に入る前ぶりですね総理」

「どうしてお前がそっちにいるんだ?」

 

知らない男はどうやら総理の知り合いらしい。しかもよく知っている間柄のようだ。

 

「三鷹統治…!!」

 

三鷹統治。政界で勢力を伸ばす若き政治家だ。その野心は大きく、総理大臣にも食って掛かる勢いである。

総理自身も彼が総理大臣の座を狙っているのは知っていた。そして悪い噂も。

 

「まさかてめえがこれを?」

「ふふふふふ。ああ、そうさ。これも全て私が総理になるためだ!!」

「てめえ…お前は悪い噂も聞くが日本のために働いているとおもってたのによぉ。ここまで堕ちたか!!」

「堕ちてなぞいないさ。私が総理をした方がより日本をよくできる」

「できねえよ。関係無い人を巻き込む時点でな!!」

 

三鷹統治は野心家である。政界で身を粉にしているならば総理大臣の座を狙うのは当たり前だ。

総理大臣になるために彼は手段を選ばない。その為にどんな残酷な事をしても気にしない。全て握りつぶせは悪評は立たない。

そして今回はある人物を攫って、その人物の異能を利用しようとしているのだ。

 

「あんたがうちの坊ちゃんを誘拐しようとした張本人か」

「ああ、朱雀神の『心を読む力』は政界にとって絶大だからな」

「ぬう…朱雀神の異能は本当だったか」

 

朱雀神家は『心を読む』ことができる。人間の心を読むことは絶大だ。

だからこそ利用しようと狙う者は現れる可能性は多いのだ。朱雀神家も異能の情報を隠蔽しているが知る者は知っている。

 

「朱雀神は総理の座を引きずるための切り札にしようかと思ったが…今ここで総理を亡き者にできそうだ」

「なに?」

 

今ここで総理大臣を亡き者にできる。その理由は三鷹統治の横にいる黒騎士であるオズマリア・ラハと史文恭だ。

 

「彼女たちの力は絶大だ。しかも今ここに総理がいるならば仕留めることができるだろう?」

 

現場はヘルモーズと曹一族の部隊で混乱。総理大臣は朱雀神たちと一緒にで、近くには誰もいない。三鷹統治には黒騎士と曹一族の切り札が。

こんな状況ならば多くの過程を飛ばして総理大臣を亡き者できるのだ。最終的な目標の一歩手前である現総理大臣を表から追いやることができる。

 

「依頼の変更か?」

「ああそうだとも黒騎士。今この場にいる総理を殺せ…それと口封じのためにここにいる全員もな。朱雀神は殺すな。その子は私が総理大臣になるための利用できる」

「追加依頼が多いな。相手は総理大臣に九鳳院、不死川の令嬢…追加依頼料は分かっているのか?」

 

今ここにいる者全員を殺すとなるとそう簡単ではない。相手が強いというわけではなく、日本に君臨する家名やトップを殺すという部分でだ。

あの九鳳院と不死川に、日本のトップに手をかけるのは依頼されて簡単にできるわけではないのだ。それを依頼料を倍にしたところで割には合わない。

 

「分かっている。見合う料金を出すさ」

「は、見合う料金ね…出せるのか?」

「ああ出すとも史文恭よ」

 

依頼が誘拐と殺人と追加された。ターゲットは総理大臣に不死川心に九鳳院紫。更にリン・チェイシンに湖兎。そして紅真九郎。誘拐対象は変わらず、朱雀神碓氷。

これだけの仕事だと依頼料は相当の額になるだろう。0の数がいくつだろうか。

 

「その言葉本当だろうな?」

「もちろんだとも。ここで総理を消せるならいくらでも出すさ」

 

三鷹統治は歪んだ目を総理に向ける。

 

「時間も少ない。速攻消せ!!」

 

余計な仕事が増えたと思いながらオズマリア・ラハはため息を吐くが仕事は仕事。殺気を更に濃く発する。それは史文恭も同じである。

仕事をするにあたって依頼者が追加するのは多くないことだ。無茶な依頼だと抗議するか依頼自体をキャンセルするが黒騎士たちは三鷹統治の依頼を完遂できるのだから自分自身に困るものだ。

だからターゲットたちがどんな人物でも殺すことができる。それが彼女たちの実力なのだ。

 

「さて、本当の殺し合いだ。戦いを楽しむことなどできない…ここからはな」

 

史文恭は冷たく言い放つ。今まで彼女と会話したのは数回きりだがどこか気前の良い感じはした。だが今の彼女は戦士として真九郎たちを殺すことを決定した。

2人からの濃密な殺気が周囲を包み込む。並大抵の者なら気絶するかもしれない。総理と心、碓氷は裏世界と何度も関わっているから少しだけ慣れているからまだ平気だ。

しかし心は違う。日本三大名家でも裏世界のことは知っているが彼女は裏を知らずに育ってきた。だからこそオズマリア・ラハたちの殺気に耐えられそうになくなってきている。

今にでも心は意識が飛びそうで倒れそうになるが、ここで紫が心の手を握ってくれる。

 

「む、紫?」

「大丈夫だ心。真九郎たちなら大丈夫だ」

 

小さな手が心の手を握っている。その小さな手は震えていた。紫だって怖いのが伝わってくるのが分かってしまう。

でもこんな小さな子が真九郎を信じているのだから自分だって信じなければならない。

 

「真九郎」

 

どんな状況になろうとも真九郎のやることは変わらない。後ろにいる紫たちを必ず守るのだ。

 

(あいつは…紫たちを殺すと言った)

 

なんだってこの世界は小さな子を殺すなんてことが簡単に実行させようとするのか。そればかりはおかしい世界だ。

紫には平和な世界で生きてもらいたい。真九郎がいる世界にきてはいけない。九鳳院家の娘だから難しいかもしれないが極力裏世界には関わらせたくない。

だというのに目の前にいる敵は紫を殺そうとする。それだけは絶対にさせない。

 

「何で簡単に殺そうとするんだよ!!」

「んん、少年…そんなのは仕方がないことだよ。この世界に生きていればね」

「答えになっていない!!」

 

真九郎は三鷹統治に対して怒る。自分が殺されるのは関わっているからいい。裏世界に生きていれば覚悟している。

だが紫や心たちは関係無い。今の状況だって彼女たちはただ理不尽に巻き込まれたのだ。もしこの場にいなければ殺されるターゲットにならなかったはずである。

 

「何で関係無い人まで巻き込むんだよ」

「関わってしまったら関係者だ。どんな出来事も悪いものを処分していけば良い結果だけが残る。だから悪い者を処分するのは当然だろう?」

 

真九郎の心のどこかで何かがブチリと切れる音が聞こえた。

何で三鷹統治は紫たちを悪い者だと決めつけたのだろうか。彼女たちのどこに悪いものがあるのか。そんなものはどこにもない。

紫も心も善人だ。どこに悪人の要素があるのだ。何故勝手に三鷹統治は悪だと決めつける。そんな勝手は、決めつけは許せない。

崩月の角の根元から蒸気が噴き出す。身体中が熱くなるのは細胞がマグマのようになっているからかもしれない。その元は全て怒りだ。

拳を燃え盛る鉄のようになるくらい握りしめる。心臓がエンジンのように鳴り響く。今なら一瞬で走り抜けることができそうだ。

 

「殺すなんて簡単に言うな。関係無い人を巻き込むな!!」

「吠えるな少年。お前には分かるまいよ…日本を支えるにはささやかな犠牲が必要だと」

「日本を支えるのに犠牲が必要なんておかしいだろ!!」

「その通りだ紅!!」

 

総理も怒号で吠える。今まで黙っていたが三鷹統治の言い分が気に入らない。

 

「紅の言う通りだ。犠牲を出してまで日本を支えれるかよ!!」

「総理もおかしなことを言う。犠牲を出さないといけない場面なんていくらでもあるじゃないですか?」

 

人間生きていれば何かを犠牲しないといけない場面はあるだろう。そして選ばないといけない場面だって嫌なのにある場合がある。それは上に立つ者としてはあるものだ。

嫌だけど三鷹統治の言い分は認めてしまう。だが真九郎も総理も認めない部分は犠牲にしなくてもよい犠牲を出すことだ。

 

「どう考えても九鳳院の嬢ちゃんと不死川の嬢ちゃん…朱雀神の坊ちゃんだって巻き込むのはお門違いだろうがぁ!!!!」

 

紫たちを犠牲にするのは間違っているのだ。

 

「三鷹ぁ…てめえの顔には俺が拳を叩きこむ!!」

 

総理は怒りで気を発する。流石は元武道四天王なのか引退しても気は雄々しい。

 

「うぐう…速く奴らを殺せ黒騎士に史文恭!!」

「…招致した」

「分かった」

 

怒りが身体中に駆け巡るが頭の中だけは冷静だ。もう紫たちを守るために自分はどうなっても良い。後はリン・チェンシンや湖兎がどうにかしてくれるだろう。

後のことが人任せだが、その分今から自分がどうにかしてみせる。

 

「仕切り直しだ!!」

「…怒りは感じる。だが冷静だな」

 

オズマリア・ラハは真九郎がより厄介な者になったと正直に感じた。彼は怒りで完全に覚醒しただろう。

ああいう人間は何度か見ている。そして苦戦してきた。

 

「容赦はしない」

「私も忘れないでくれよ」

 

史文恭が目を光らせる。

 

「待て、紅真九郎…無容易に突っ込むな」

「そうっすよ。俺らが隙をつくる」

 

仕切り直し開始。

 

 

205

 

 

紅真九郎の実力を評価をしたとしよう。ある人物は彼の強さには波があると言う。

強い時もあれば弱い時もあるなんていうおかしい評価だ。それは全て精神面によるものだ。彼は人一倍に悩む。悩んで悩んで駄目になってから、ある切っ掛けによって一気に上り詰める。

本当に面白いものである。だが上り詰めて覚醒した時の彼は目を見張るものがあるのだ。覚醒した状態の真九郎は各上の相手でも渡り合える。

そして勝ちをもぎ取ったり、引き分けまで叩き出すのだ。格下の者が格上の者にそこまで食い掛かるのは奇跡に近い。

だからこそ仕切り直し戦の黒騎士オズマリア・ラハと曹一族の切り札である史文恭との戦いも何か変化があるかもしれない。

 

「…行くぞ」

 

足に力を入れて飛び出す。目を大きく見開いて相手方の動きを完全に見切る。

相手は完全に迎撃をする構えだ。そのまま突っ込んでも切断されるか殴り飛ばされるかのどちらかだろう。だからリンと湖兎がいるのだ。

真九郎の背後から湖兎のクナイが数多投げられる。そのクナイは直線的に投げられたリ、反射して角度を変えながら投げられたのだ。

 

「ふん、この程度」

「対処方は分かってるぞ!!」

 

オズマリア・ラハと史文恭は全てのクナイを弾き飛ばす。彼女たちはクナイを弾き飛ばした後に真九郎を対処できるほどの余裕はあるのだ。

 

「怒りを力に変えても、ただ突っ込んでくる無策では無様な死だけしか残らないぞ」

(無策に突っ込んでなんていない!!)

 

真九郎の背中からリンが飛び出し、真上から襲撃する。彼女は真九郎の背後にピッタリとついて来ていたのだ。

刀を強く持ち、身体を捻りながら振るう。真九郎は拳を更に握り締める。

 

「隙を突いたつもりか!!」

 

オズマリア・ラハは真九郎を、史文恭はリンを狙う。

 

「隙をついたつもりだよ!!」

 

湖兎がクイっと見えない糸を引っ張った瞬間にクナイが動き出す。糸を縦横無尽に回したらクナイが予測不能な動きをして2人に遅いかかる。

予測不能の動きをするクナイは湖兎の腕次第。ここまで乱雑に真九郎とリンに当てないで敵のみを狙うのは並大抵の者ではできない。

 

「芸達者な奴だ!!」

 

クナイが2人の武器に絡みつき、攻撃の軌道を少しだけズラされた。

 

「でやああああああああ!!」

「おおおおおおおおおお!!」

「ふん!!」

「どお!!」

 

ズラさせれたが2人は無理矢理武器を動かして真九郎たちの攻撃を防ぐ。

史文恭はリンの刀を棍棒で防ぎ、オズマリア・ラハは剣の腹で真九郎の拳を受けた。

 

「チッ…防がれたか!?」

「いや、これでいいんだ!!」

 

真九郎は自分の攻撃が防がれても良かった。当たれば儲けもの。外れれば死。本当の目的は拳が黒騎士の剣に届くこと。

 

「だあああああああああああ!!」

 

拳をねじりながら明後日の方向へと力の限り殴り飛ばした。今の真九朗ならばオズマリア・ラハの手から剣を殴り飛ばすことができる。

 

「む!?」

「あんたなら剣で防ぐと思ってたよ」

「なるほど。本当の目的は私から剣を手放させることか」

 

西洋の剣が円を描きながら飛んでいき、木に突き刺さる。真九郎は剣の方を見向きもせずにオズマリア・ラハに追撃をする。

もう自分の拳が、脚が千切れる勢いでオズマリア・ラハに向けて放っていく。もう動きを止めるわけにはいかない。彼女の剣を取らせてはいけない。

 

「ふん。剣を無くせば私に勝てると思ったか?」

 

オズマリア・ラハは真九郎の攻撃に反応して逸らしていく。彼女は剣を無くせば実力が低下するのは確かだろう。だが裏世界の戦闘屋として別格なのだから剣がなくても戦える。

剣が使えない場合なんて想定済みだ。だから素手で戦えることは当たり前にできる。だがおかげで殺される確率は下がったのは確かだ。

 

「おおおおおおおおお!!」

 

今なら力だけなら真九郎の方が上だ。彼女の腕でも足で防せがせることが出来れば力の限りで壊すことができる。亜城製の甲冑だろうが壊してみせる。

その魂胆が分かっているのであろう。オズマリア・ラハは真九郎の攻撃を受けずに逸らしていきながら反撃していく。

真九郎は攻撃をして逸らされては、反撃されて受け止める。オズマリア・ラハは彼の攻撃を逸らして反撃して受け止められる。攻防一体が続いていく。

 

「あの黒騎士に食って掛かるか。あいつ良いな」

「余所見をするなよ褐色女」

「史文恭だ刀女」

 

刀と棍棒が交差する。その中にクナイも参戦する。それは湖兎がクナイを2本握って乱入したからだ。

弧を描くようにクナイを振るう。十字に振るう。乱雑に振るう。

 

「おおっと。お前との決着もまだだったな」

「あんたと黒騎士を引き離すのが役目っすよ」

「ほう…しかし良いのか。私なんかよりも向こうの彼を援護した方が良いぞ。黒騎士1人に彼だけでは心もとなくないか?」

「大丈夫っすよ……紅真九郎!!俺が援護してやるから勝負時を見つけろ!!」

 

湖兎は真九郎に言葉を発する。その言葉の意味を理解した真九郎は心の中で了解した。

 

「ほう…私を倒して彼を援護する魂胆か。できるかな?」

「あんたを倒す必要はない。倒さなくても援護はできるからな」

「なに?」

 

史文恭は湖兎の言ったことが理解出来なかった。真九郎と湖兎のやりとりを理解できたのはいない。周りは湖兎が史文恭を倒して援護しにいくものばかり思っている。

だが本当は違う。彼がするのは援護というよりも助言をするだけだ。

 

「何を企んでいるか知らないが…仕事は完遂する」

「おおおおおおおおおおお!!」

 

真九郎は吠えながらオズマリア・ラハに連打する。全て逸らされても拳も脚も止めない。

力だけなら今の真九郎はオズマリア・ラハより上なのは確かだ。だが戦闘経験に関しては圧倒的に下だ。その差が埋められずに真九郎の攻撃は全て往なされる。

1発当たれば良い。それだけで戦局を変えられる可能性があるはずだ。あの星噛絶奈の肉体に危険信号を与えたのだから。

彼の気持ちは自分の拳が砕けても構わない覚悟で攻撃しているのだ。そうでないと勝てない。

 

「でええええええい!!」

 

真九郎はここで顔を殴られたがワザと殴られたのだ。無理矢理オズマリア・ラハの防壁を突破して拳を届かせるために。

気合いで拳をオズマリア・ラハの顔面に向けて放った瞬間に大きく後ろへと吹き飛んだ。

 

(これは!?)

 

殴り飛ばした感触は無い。何故ならオズマリア・ラハ真九郎の拳を顔面スレスレで後退したのだ。それはまるで殴られて吹き飛ばされたように見えた。

間合いが空いてしまい、剣を取られると思った真九郎はすぐに駆け寄る。

 

「何だ。私が剣を取りに行くと思ったか?」

 

オズマリア・ラハは大きく後退したかと思えばすぐに前進してきた。

 

「剣を取りに行かなくて剣から此方に来る」

 

オズマリア・ラハが何かを引っ張る仕草をした瞬間に愛用の西洋剣が彼女に向かって飛んできた。それは湖兎が使っていたクナイに繋がった糸だ。

いつのまにか剣に仕掛けていたのだ。いつ仕掛けていたのか全く分からなかった。一旦離れた理由もすぐに分かった。

剣で切断できる間合いを作ったのだ。お互いに走り出していて、オズマリア・ラハと並行して剣が真九郎に向かっている。真九郎も止まれない。

 

「ここで貴様を斬る」

 

真九郎は考える。飛んできた剣を右手と左手どちらで取って、どの方向から斬りかかってくるのか。はっきり言って分からない。

彼女は直前まで斬ってこないだろう。ギリギリの距離で斬りかかってくるのだろう。

 

「終わりだ。一介の揉め事処理屋がよく戦った」

 

真九郎は目を見開いて全神経を集中する。そして言葉を待った。一か八かの勝負で反応が遅れれば死。

彼女の斬撃で胴体は切断されるだろう。だが上手くいけば逆転できるのだ。全ては湖兎の言葉によって決まるのだ。

脚に力を込めてさらに近づく。そしてオズマリア・ラハが行動を移そうとした時、湖兎が大きく助言を真九郎に向けて発した。

 

「右手で掴んで左斜め上から斬りかかってくるぞ!!」

「む!?」

 

真九郎は急ブレーキをしてギリギリのところ停止。神速の斬撃が真九郎を襲って血飛沫がオズマリア・ラハの甲冑にかかる。

だが浅く、完全な致命傷ではない。痛みはあるが真九郎はまだ動ける。刹那の瞬間、真九郎はオズマリア・ラハによる斬撃後の一瞬の隙を見逃さず戦鬼の如く拳を全力を振るった。

 

「…肉を切らせて骨を断つか。本当にやるのも珍しいが、見事だ」

 

人間を殴った音ではない音が周囲に響いて黒騎士オズマリア・ラハが殴り飛ばされた。

 




読んでくれてありがとうございました。
感想など気軽にくださいね

さて、黒幕ですが『三鷹統治』。この物語上では彼は総理大臣の座を狙う若き野心家であり、政治家です。
彼の正体はアニメ版マジ恋の総理をやっていた人です。
アニメ版では名前が総理であって個人名が無かったのでこの物語ではオリジナルの名前をつけました。

そして黒騎士との戦闘シーンが難しかったですが何とか書けました。
いやあ難しかったです。でも自分では上手く書けたと思いたい…

今回の章もそろそろ終了です。あと…2話くらいかな?もしくは次回です。


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あっけない終わり

206

 

 

三鷹統治は何が起こったか理解するまで20秒は時間を要した。

分かったというのは、あの未熟そうな真九郎が最強の黒騎士を殴り飛ばしたことだ。そんな馬鹿なことがあるのだろうか。

絶対的な勝利を確信していたのにこうも裏切られたのは初めてである。絶対に破られない鉄壁シェルターがただのトンカチで砕かれたような気分だ。

 

「う、嘘だ。あの黒騎士が!?」

「三鷹統治いいいいあああ!!」

「そ、総理!?」

 

気が付いたら総理が全速力で三鷹統治の間合いに入っており硬く熱い拳が彼の顔面に叩きこまれた。

 

「ぶおうらあああああああああああ!!」

「ごっぱあああああああ!?」

 

三鷹統治は顔面を殴られ、勢いよく吹き飛んだ。ごろごろと転がり、鼻からはぼたぼたと鼻血が垂れている。

有言実行。総理は三鷹統治に拳を届かせると宣言したのが完全に実行されたのだ。良い拳が入り、感触としては鼻が折れただろう。

実際に折れており、三鷹統治は鼻を抑えている。鼻血はいきおいよくぼたぼた滝のように流れている。

 

「くそ、くそ、くそ!?」

「三鷹ぁ、てめえは間違えた。言葉じゃあ足りねえぜ」

「くそくそくそ、何でだ。私は間違っていない!!」

「お前は間違っているぞ!!」

 

紫がピシャリと三鷹統治の言葉を否定する。

 

「お前は悪い奴だ。そんなのは7歳の私でも分かるぞ。人は悪い奴と良い奴がいる。その二択でお前は悪い奴だ!!」

「ガキのくせに大人世界に口を出すな!!」

「悪い良いに子供も大人も関係無い。悪い人は悪いことをして、良い人は良いことをする。当たり前で単純なことだ!!」

 

紫は幼いながら的を得た事、もしくは当たり前な真実を言うのだ。大人になると当たり前のことを正面切って言えなくなる。

言えなくなると言うよりも、当たり前のことが分からなくなるのだ。だからこそ子供の純粋な心はここぞと言う時に強い。

 

「ほれみろ三鷹。こんな幼い子の方がよくわかってるじゃねえか!!はっきりもう一度言う。お前が間違ってるんだよ。自分自身の言葉をよおく考えろや!!」

 

総理と紫からの論破。論破かどうか分からないが何故か三鷹統治は言い返せない。強きに言い出せないのは黒騎士が殴り飛ばされて絶対的優位がなくなったからである。

こんなことは有りないことだった。絶対に総理を仕留めることができてその後窯を狙おうとしていた。その流れは確実だと思っていた。だがそれができなくなってしまった。

完全に流れが変化したのだ。

 

「く、黒騎士ぃぃぃ!!」

 

三鷹統治はオズマリア・ラハが吹き飛んだ方向に向かって叫ぶ。

さっさと立ち上がれ。自分のために戦え。どうにかして奴らを殺せ。という気持ちをドロドロと込めて吠えたのだ。

 

「…無事だ」

 

倒れていたオズマリア・ラハがゆっくりと立ち上がる。

 

「嘘だろ。あれで立ち上がるか…」

 

ボタボタと真九郎の身体から血が滴り落ちる。三鷹統治の鼻血なんて比較できない。

確かに真九郎の全力の拳を叩きこんだはずでまともに入った。どんな人間でもそう簡単に立ち上がるはずができないのにオズマリア・ラハは立ち上がった。やはり別格ということなのだろうか。

 

「見事な一撃だ。ここまで肉体にダメージを受けるとはな…内臓器官負傷に肋骨が何本か折れた」

 

ダメージは確かなようだが表情には出していない。

 

「黒騎士まだ戦えるか!?」

「負傷したが戦える」

「なら必ず殺せぇ!!」

 

そう言って三鷹統治は逃げ出す。もうこの場にはいられない。早く逃げて次の策を考えないと全てが終わってしまうのだ。

 

「待ちやがれ三鷹!!」

 

総理が追いかけようとしたがオズマリア・ラハが殺気を飛ばして総理を牽制する。

 

「ぐお!?」

「もう駄目なんじゃないか?」

「仕事はまだ終わっていない。まだやるさ」

「まあ、向こうの奴はもう駄目そうだしな」

 

真九郎はもう立てそうにない。オズマリア・ラハの剣を避けることはできず受けてしまった。深く斬られてなく、致命傷ではないが出血はしている。

時間が経てば経つほど真九郎は死に近づく。早く次の作戦を急いで考えないといけない。

 

「…それにしてもよく我が剣を予想し、最低限避けたな」

 

避けたという言葉が当てはまるかどうか分からないがオズマリア・ラハにとって切断できると確信していたのが外れたのだ。

彼女は確実に真九郎を真っ二つに切断したと確信していた。だが彼は斬られてはいるが切断されず生きている。それがおかしいのだ。

どうやって真九郎はオズマリア・ラハの剣を命からがら避けたのか。

オズマリア・ラハは真九郎から湖兎を見る。

 

「確かお前は朱雀神の護衛だったな。私が剣を振るう時に剣筋を叫んでいた」

 

真九郎が生き残ったのは理由はただ運が良かっただけでもない。ちゃんと作戦を練っていたのだ。

この作戦に関しては即席でできたのものだが、生存率は高まる作戦であり、拳が黒騎士に届く作戦なのだ。

作戦とは特に難しいものではない。実は湖兎も碓氷と同じく『心を読む力』を持っているのだ。

湖兎はオズマリア・ラハが剣を振るうタイミングや剣筋、斬る方向。全てを読んで真九郎に伝えた。あとは真九郎がタイミングに合わせて避けるだけだ。

最もタイミングが分かっても真九郎の未熟さにより結局完全に避けることはできなかった。でも生きていて、拳を届かせたというのは大金星すぎる。

あの黒騎士オズマリア・ラハを殴り飛ばしたなんて裏世界では表彰ものだ。

 

「…お前も朱雀神に連なる者か。そこまで予想は出来なかったな」

 

流石の黒騎士でも心を読まれるのは対処できない。無心で戦うこともできるだろうが、ここぞという決め手を読まれるとキツイものだ。

 

「だが、そういう奴がいるなら、そういう対処をしよう。心を読めても我が剣を完全に対処できるか?」

「チッ…面倒な事を考えてるな」

 

心が読めば無敵と言われても、そうでもない。心を読めても相手を倒せるかと言われれば倒せないこともある。

湖兎はそういう経験がある。圧倒的優位だというのに無理矢理突破してきて拳を届かせた男を知っている。

オズマリア・ラハならおそらく湖兎の間合いに瞬時に入り込み、心を読んでも彼女の剣なら読んでも対処できない斬撃を繰り出す。

心を読んで、どんな攻撃が来ると分かっても相手の攻撃速度に身体が対処できなければ意味が無い。

真九郎はなんとか彼女の斬撃に身体がギリギリ対処できたと言っていい。だからこそ切断されずに済んだ。

 

「…もう心を読むのは通じないな」

 

寧ろ厄介な湖兎を先に狙ってくるだろう。真九郎は生きているとはいえ、出血でまともに動けない。リンはまだ動けるが邪魔してきても対処できる。

 

「まずはそこに朱雀神の護衛を斬る」

「さ、させない…」

 

真九郎は無理矢理立ち上がる。もう彼の足元は血溜まりができており、顔も少し青くなっている。

 

「し、真九郎!? 駄目だ。それ以上動いたら死んでしまう!?」

「そ、そうじゃ真九郎くん。そんな血だらけで動いたら駄目じゃ!?」

 

紫と心は真九郎を止めようとする。そんな出血量で動いたら寿命を縮めているようなものだ。

 

「だ、大丈夫だよ」

「何が大丈夫なものか。血をそんなに出してたら大丈夫じゃないだろ!?」

 

紫の言葉は正論である。血溜まりを作れるほどの出血量は危険だ。

紫も心も真九郎の姿を見てパニックになりそうだ。紫に関しては去年に起きた事件を思い出してしまう。

それは真九郎が紫を拳銃から庇った時のことだ。あの時は真九郎に拳銃の弾丸が何発も撃たれた。

その時ばかりは紫は真九郎が死んでしまうかと思ったほどだ。

 

「すぐに病院だ真九郎!?」

「真九郎くん真九郎くん!?」

「紫様、心様落ち着いてください!!」

 

碓氷だってパニックになりそうだがどうにか2人を落ち着かせようとする。でも気持ちは分かるものだ。もし湖兎も同じ状況だったら碓氷も大パニックだろう。

心を読んでも分かる。彼女たちはもう真九郎のことしか考えていない。だからこそ今は自分だけでも冷静にいようとする。

 

「では行くぞ」

 

オズマリア・ラハは負傷した身体を確認しながら真九郎たちをどうやって切断するか考え、決定した。

そして動こうとした時、空から誰かが降ってきた。その人物とは真九郎たちが良く知る人物であった。

 

「百代参上!!」

 

武神である川神百代。そして九鬼家従者部隊のヒュームとクラウディオたちが応援に来てくれたのだ。

これにはつい安心してしまい、意識が飛びそうになるが耐えた。まだ意識を飛ばすわけにはいかない。

 

「これは…凄い状況だな」

「真九郎様の応急手当は私が致します」

 

瞬時にクラウディオは真九郎の元に駆け付け応急手当をする。止血し、クラウディオ自慢の操糸術で傷口を塞いでいく。

 

「あの黒騎士相手によくぞここまで戦いましたね。後は我々にお任せください」

「ふん。裏世界戦闘屋の別格である黒騎士に曹一族の切り札か」

 

ヒュームは最初から気を全開に放出する。それは百代も同じで最初から全力だ。

 

「顔は見なかったけどまた会ったな」

「ほう…武神か。まさかこの状況で登場するとはな」

 

史文恭は目をギラリと百代やヒュームに目を向ける。もう彼女たちの身体の動きを観察しているのだ。

 

「再会したら私と戦ってくれるんだろ?」

「そうだな。でもお前だけど戦ってる時間もないんでね」

「そう言わないで私と戦ってくれないか?」

 

挑発気味に百代は史文恭に声をかけていく。それは自分が戦いたいためにではない、真九郎たちを救うためだ。

心のどこかに戦いたい欲求がないわけではない。でも今度は自分勝手ではなく助けるために戦う。

状況が状況だけに戦闘狂としての自分は自重する。真九郎が死にかけているし、紫たちはパニック状態。そんな中で自分のやることは分かっている。

 

「…武神に世界最強の男か」

 

オズマリア・ラハはすぐさま戦闘シュミレーションを頭の中で再度考える。

まさかの援軍で百代とヒュームにクラウディオまで来るとは予想外であったのだ。

瞬時の計算し、予想する。武神である百代は簡単に倒せる。クラウディオとヒュームは厄介だが負けることは無い。だがそれは全快の場合だ。

今は負傷しているので彼等全員が襲い掛かってきたら黒騎士でも危険だ。意外にも真九郎の拳が効いていたのだ。

 

「…あの黒い騎士の姉ちゃんはヤバイな」

「分かるか百代」

「嫌でも分かりますよ。負傷しているとはいえアイツはヤバイ」

 

百代は相手が強いからテンションを上げる自分は卒業している。正確に相手を見抜き、状況判断をする。

戦いを楽しむ自分とそうでない時の自分を分けることが出来るようになっているのだ。これも夕乃と揚羽の修業の賜物だろう。

そして早速出会った強者がいきなり裏世界の別格なのだから百代だって戦いを楽しむことなんか嫌でも頭から飛ばす。

感じ取ったのはもはや自分にとって脅威でしかないのだから。

 

(じじいよりもヒュームさんよりも揚羽さんよりも…夕乃ちゃんとも違う。圧倒的な殺意に脅威)

 

自分よりも恐らく上の存在に身震いしていまう。やはり世界は広すぎる。こんな相手がいるのだから。

今の自分は確かに強いと確信していたが黒騎士を見たことでまだ自分は頂点ではないことを知らされる。

 

「戦いの楽しみたいとか言っている相手ではないからな百代」

「分かってます。そんな気持ちで戦えば首が切断されそうです」

「されそうではなく、されるだ」

 

ヒュームも百代も今までにない気迫でオズマリア・ラハと史文恭を見る。これこそ試合ではなく死闘だ。

この状況にクラウディオも加わろうとするが真九郎に止められる。

 

「クラウディオさん。紫と碓氷くん、心さんを…安全な場所までお願いします」

 

彼女たちをここに居させてはならない。早く安全な場所に連れて行かなければならないのだ。

今の真九郎にはできない。ならば信頼できる従者部隊のクラウディオにしかできないのだ。

 

「お願いします。紫たちをお願いします」

「…分かりました」

 

クラウディオは了承する。確かに彼女たちはここには居てならない。

 

「総理も此方へ」

「いや、俺は最後まで見届けるぜ。だから最優先はそちらのお嬢さんたちだ」

「分かりました」

 

クラウディオは紫たちを抱えてこの場から離脱する。

 

「ま、待ってくれ。真九郎も!!」

「そ、そうじゃ!!」

「湖兎!!」

 

オズマリア・ラハは碓氷だけでも逃がしまいと動こうとしたがヒュームと百代、湖兎が阻止したため動けなかった。

 

「逃がしたか。ならばまずは総理からだな」

「させると思うか?」

「お互いにただでは済まないだろうな」

 

世界最強の男と言われているヒュームでも黒騎士と戦うのは命がけだ。百代も武神と言われても学園生にすぎない。

無駄な動きをすれば命はない。リンも刀を持ち直し、湖兎は相手の心を読み始める。

新たに仕切り直しで戦いが始まるかと思った瞬間に、彼等の中心に何かが落ちてきた。

その何かとは白い布に包まれた丸い物体で、赤い染みがあった。それを見た瞬間、全員がその物体についてすぐに理解できた。百代に関しては気分が悪くなる。

学園生の彼女が見るものではないからだ。武術家といえこんなモノを見る機会はないはずだ。

 

「これは…」

 

その物体の正体は生首だ。誰の生首までは分からない。何故ここに落ちてきたのかも分からない。

 

「終わりだよ」

 

声をが聞こえてきた。その声の発生源を見るとまさかの人物がいた。

 

「き、切彦ちゃん…」

 

斬島切彦。悪宇商会筆頭の殺し屋。

まさか総理を殺すために先ほどの三鷹統治が依頼をしていたのだろうか。それなら最悪だ。

曹一族の切り札に黒騎士、ギロチン。なんて最悪な組み合わせだろうか。

 

「ギロチンか。これまた久しいな」

「あの時の決着をつけてやってもいいが今は仕事がある。まあ、もう終わったけどな。そしててめえらの仕事も終わりだ」

 

切彦はオズマリア・ラハたちの仕事が終わったと言う。その意味がまだ分からない。

 

「その首を見てみろよ」

「…まさか」

「そのまさかだよ」

 

史文恭は包まれた布を少しだけ剥がして中身を確認する。

 

「見事に我らの依頼者の首だな」

「三鷹…」

 

生首の正体は三鷹統治。オズマリア・ラハに史文恭、ヘルモーズたちの依頼主である。

そんな彼の末路がこんなんになろうとは総理も顔をしかめる。

 

「依頼主が死んだら仕事は意味が無いぜ。なんせ報酬が無くなるしな」

 

依頼主が死んだら仕事をこなしたところで報酬は無い。そんなタダ働きはしたくもない。

タダで総理や九鳳院に不死川、更にヒュームや百代たちまで殺すなんて割に合わない以前の問題だ。

ならばオズマリア・ラハたちのするべきことは完全に決定した。

 

「撤退だな」

「だな。タダで戦う気は無い。曹一族撤退だ」

 

濃厚な殺気が薄まっていく。

 

「我々は撤退するが…それでも戦うか?」

「…本当ならば捕縛したいが、構っている暇はない」

「では撤退させてもらおう。正直、締まらない結果になった…またどこかで会うかもな。なあ黒騎士」

「…さあな」

 

今大事なのは黒騎士や曹一族を倒すことではない。

黒騎士に曹一族は消えていく。ヘルモーズも依頼主が死んだと情報を得て、即撤退していったのであった。

 

「なあギロチンよ。三鷹を殺すように依頼したのは誰だ?」

「総理のくせに馬鹿か。依頼主を言うわけねーだろ」

 

当たり前である。仕事をするにあたって依頼主の情報を吐く馬鹿はいない。

 

「…殺す依頼をされるってことはそこの生首が邪魔だと思ってる奴や殺したいと恨みを持つ者がいるってことだよ総理」

「ぬうう」

 

人が殺される理由なんて様々だが多くが恨みを持つ者か、自分にとって邪魔になる存在だからだ。三鷹統治は裏で多くのことをやっている。

ならば恨みを持つ者がいてもおかしくないだろう。今までの悪行が自分に返ってきただけだ。因果応報なのだろう。

 

「き、切彦ちゃん…」

「俺との決着があるんだから死ぬんじゃねえよ」

「ああ、死ぬつもりはないよ…」

「じゃあな」

 

切彦も消える。

真九郎はここで意識が途切れた。

 

 

207

 

 

紅真九郎が目覚めて目に最初に映ったのは紫の顔だった。

 

「…紫?」

「真九郎!!」

 

真九郎が意識を失ったあとの話をしよう。

真九郎が意識を失ったあと、ヒュームが彼を回収して九鬼が経営する病院に搬送したのだ。彼の現状を運悪く紋白が知ってしまい、すぐさま最高の治療をするように九鬼の経営する病院に連絡して手術が開始された。

彼を治療する医者は今年初めて最高の集中力で執刀したとのちに語る程である。彼の斬られた傷はとても綺麗だったとも語る。逆に斬傷が綺麗すぎて傷口を縫い付ける時が楽だった。

彼の治療は最高の腕により施された。血を流し過ぎていたが輸血により助かる。彼は一命をとりとめたのだ。

その後、病院にて二日間も眠りっぱなしだったのである。

 

黒騎士に曹一族、ヘルモーズに関しては依頼主である三鷹統治が死んだことで報酬が消えたのですぐさま撤退した。

無駄な戦いということになったが、もう関わりたくないものだ。特に黒騎士オズマリア・ラハ。彼女と戦うなんて命がいくつあっても足りなさすぎる。

今生きている真九郎が奇跡と言ってもい良いだろう。彼女を知る剣士たちは彼に注目するかもしれない。黒騎士と戦ってリンでさえ生き残ったことに誇りに思っている。

曹一族の史文恭に関しては今回が敵だったが悪い奴とは思えなかったと真九郎はふと思った。今度もし出会うことがあれば敵としてではなく、仲間として仕事をしてみたいものだ。

ヘルモーズに関してはまた敵としてぶつかりそうだ。彼等は多くの様々な仕事をこなしているのだから何かしらで仕事上で出会うだろう。

そして彼等の黒幕である三鷹統治。総理と知り合いであり、総理の座を狙おうとした若い野心家。

彼はある依頼主に頼まれた切彦によって殺された。三鷹統治は裏で人に言えないようなことを行っていた。因果応報のよって殺されたと言えばおしまいだが、殺される理由は彼にはあったということだろう。

全ての原因であり、碓氷を誘拐しようとした。紫や心を殺そうとした。自分の野心のためだけに総理を殺そうとした。真九郎は彼に同情も何もない。

だが総理だけは知り合いで、同く日本をよくしようとした政治家であったので思うところあるらしい。三鷹統治も昔は真摯に日本を良くしようと努力する人間だったのだ。政界の闇にでも触れて変わってしまったのだろう。

 

不死川家のパーティーに関しては最悪の結果だっただろう。しかしあれだけの騒動が起きながらケガ人がいなかった奇跡だ。

この事件で不死川の顔に泥を塗られた気分だが、不死川家のお抱え護衛部隊のおかげで招待した名家たちが助かったという部分もあるのだ。

その分は多くの名家から評価されている。ある意味プラスマイナスゼロなのかもしれない。でもあれだけの事件が起きながらケガ人がいなかったのは本当に良かった。

そして最後に朱雀神碓氷と湖兎についてだ。これに関してはちょうど真九郎が目を覚ましたのだから碓氷が説明する。

 

「ここは?」

「九鬼の経営する病院です」

「碓氷くん。それと湖兎さんまで」

「真九くん。良かったのじゃ…本当に良かったのじゃ!!」

 

紫と心が真九郎に抱き付いてくる。彼はケガ人なのを忘れていないだろうか。丁度2人が抱き付いた場所が斬られた傷の位置なのだ。

だけどやせ我慢をする。彼女たちはこんな自分を心配してくれるのだ。ならば彼女たちを安心させよう。その心を読まれたのか碓氷は笑っていた。

 

「僕たちですが大丈夫です。朱雀神ともなれば狙われることもあるでしょう。それでも僕たちは負けません」

 

今回に関しては敵が豪華すぎたし、別格すぎた。こんな出来事はそうそうないだろう。

 

「今回は守っていただきありがとうございました」

「碓氷くんが無事で良かったよ」

「坊ちゃん、俺は~?」

「もちろん湖兎にも感謝してますよ」

「坊ちゃん~」

 

ニコニコだ。

 

「俺も湖兎さんには感謝してます。貴方がいなければ俺は黒騎士に拳を届かせることができなかった」

「それは俺も同じっすよ。あんたがいなければ一手を繰り出すのは不可能だったよ」

 

真九郎がいたからこそ黒騎士に攻撃が届いた。湖兎がいたからこそ黒騎士の行動が読めた。2人がいたからこそ黒騎士と戦えたのだ。

 

「真九郎はやはり強い。流石は私の婿だ!!」

「うむうむ。真九郎くんは流石じゃ!!」

 

紫と心の評価はもううなぎ上りである。

 

「でも九鬼家や川神院が早めに来てくれて助かったよ」

 

あのままだったら本当に死んでいたかもしれない。それに切彦のおかげでもある。

最も切彦は仕事で来たにすぎないが、それでも助かった。

 

「碓氷くんたちはこれからどうするの?」

「僕たちは京都に戻ります。長居はできませんから」

(ほんとほんと。じゃないと怖い裏の人たちがどう動いてくるかわかんないすからね。つーか護衛してんなら黒騎士との戦いに出てこいってんですよ)

 

湖兎は心の中で毒を吐く。今も近くで西四門家の裏の護衛がいるだろう。黒騎士たちとの戦いでは最後まで出なかったが、おそらく湖兎や真九郎が殺されたら出ていただろう。

彼等にとって守るのは朱雀神碓氷のみなのだから。その確信あるからこそ、あの事件は湖兎にとって保険はあったのだ。

 

「せっかく川神まで来て、真九郎様や紫様たちにも出会えたに散々でしたね」

「それに関しては不死川家として此方も申し訳ない」

「いえ、心様は悪くありません」

「そうだ。心は悪くないぞ。悪いのは全部あの男だ」

「…そうだね。紫の言う通りだ」

 

良い人は良い人。悪い奴は悪い奴なのだ。

 

「いつ京都に戻るの?」

「明日ですね。本当ならすぐに戻ってこいと言われてますけど…いろいろとありましたからね」

 

事件の参考人として事情聴取やらなんやらであろう。だが今回の黒幕は政界の存在。

いろいろと面倒なことだろう。きっと総理も大変だろう。

 

「明日か…じゃあ今日にでも退院して見送りするよ。入院費も馬鹿にならないしね」

 

入院費に関しては九鬼紋白の計らいで九鬼で負担しているがまだ真九郎は知らない。

 

「ならせめて最後に明日はゆっくりしてから京都に戻りたいですね」

 

 

208

 

 

書類の後片付けは大変だ。それに今回は事件が事件だ。政治家の三鷹統治が黒幕でありながら、殺し屋に殺されたというのも問題すぎる。

総理として彼の後始末をするのは大変だ。三鷹統治は最後の最後まで厄介なことをしてくれたものだ。

 

「ったく…徹夜は避けてえぜ」

「大変ですね総理」

「蘇我か。そう思うなら手伝ってもらいたいもんだぜ」

「もちろん良いですよ。ここで無視して帰ったら印象が悪いですからね」

 

蘇我大雪。彼もまた政治家の1人だ。

 

「三鷹もまさかの末路でしたね」

「ああ…」

「このことは全てもみ消せば良いんじゃないですか?」

「んなことを言うんじゃねえよ」

「冗談です」

「冗談でもたちが悪い。巻き込まれた奴らが奴らだ。そう簡単にはいくまい」

 

蘇我大雪は多くの不始末をもみ消してきた。だから今回ももみ消せば良いと総理に言うが彼はソレを良しとしない。正規のルートで今回の事件を片づけないといけないのだ。

 

「三鷹は野心家でした。そして裏ではよくない噂も知っています。だからこその末路だと思いませんか?」

「…何が言いたいだ蘇我」

「そういう人間は他にもこの政界にもいます。気を付けてくださいと心配してるんですよ」

「心配してくれるようには感じねえがなあ」

「ははは、これは寂しいですね」

 

蘇我大雪は言いたいことだけ言って総理の部屋から出ていこうとする。

 

「なあ蘇我」

「何ですか?」

「おめえ何か知ってたりするか?」

「いえ、何も」

 

パタンと蘇我大雪は部屋から出ていく。

 

(…ったく総理め。相変わらず勘が鋭い。しかし残念ながらあの事件での私の情報は完全に抹消した)

 

蘇我大雪は歪むように笑う。

彼は今回の事件の黒幕ではない。彼は三鷹統治を凶行に走らせるようにそそのかしただけにすぎない。

ただ情報を与えただけなのだ。そして三鷹統治が蘇我大雪のことを吐かない様に口封じをする準備もしていた。

その準備が悪宇商会への依頼。斬島切彦の派遣である。

 

(彼女はとても良い仕事をしてくれた。流石は悪宇商会の殺し屋筆頭だな)

 

悪宇商会としては今後とも仲良くしていきたいものである。

 

(三鷹は失敗したが、私は違う。総理…いずれその座をいただきますよ)

 

違うもしもの世界線があれば総理と直接戦う未来もあっただろう。だがいずれ戦うことにはなる。

ならばその時まで刃は研ぎ澄ませておく蘇我大雪であった。




読んでくれてありがとうございました。
今回で戦いは終了です。

切彦の役目は三鷹統治の口封じでした。どんな決着になるかと考えたらこういう風になりました。なんとも締まらない。もしくはどうにか着地できたかと思います。


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見送り

今回でこの章は終了になります。
オリジナルの物語でしたがどうでしたでしょうか。


209

 

 

真九郎は最高の治療を受けたので退院もすぐだった。それに彼自身の回復速度も異常だったので医者は驚いていた。これも全て崩月の肉体改造のおかげだろう。

彼自身もはやく退院はしたかった。それは入院費を気にしていたというのもあるが碓氷や湖兎が京都に戻ると言うことで見送りがしたかったというのもある。

さっそく病院を抜けて島津寮に帰れば凄く心配された。夕乃には涙目になりながら説教され、銀子は冷たくされたが相当心配しているようだ。

大和たちは何があったのかと質問されながら心配された。きっと学園にいけば義経たちクローン組や英雄たちにさらに質問されるだろう。特に清楚には何を言われるか分からない。

心配されるということは真九郎はそれほど想われているということだ。自分を心配してくれる人間がこんなにもいるというのは感動してしまう。

昔は自分を心配してくれる人なんて考えもしなかった。もう自分のことしか考えなかったが今は違う。

 

「…心配をおかけしました」

 

まずは心配をかけた謝罪をする。そして自分はもう大丈夫だということを説明するのであった。

 

「本当に何があったんだ?」

「いろいろとあったんだよ直江くん。いろいろとね」

 

話をはぐらかすが、どうせ百代経由でいずれ知るだろう。だから大まかに揉め事処理屋の仕事で厄介な奴に対峙したということしか言わなかった。

懇切丁寧に黒騎士のことや三鷹統治について話すことは無い。直江たちにはまったくもって関係ないのだから。

退院後はやはりいろいろと様々な人から問いだされたが仕方ないことだ。それだけ真九郎が意外にも想われているということ。

 

「さて、行くか」

 

真九郎は準備をして駅まで向かう。そこには紫にリン。それと心までいたのだ。どうやら真九郎が最後に来たようだ。

 

「真九郎!!」

「真九郎くん!!」

 

紫と心が真九郎の元に駆け寄る。彼女たちも凄く心配した筆頭だ。なんせ目の前で事件を目撃しているのだからしょうがない。

本当なら紫と心は彼を安静にさせて看病したいほどだが、もう大丈夫だと言い張るので渋々納得している。

 

「元気そうだな紅真九郎」

「はいリンさん。おかげ様です…あの時はとても助かりました」

「それはお互い様だ。黒騎士と戦って生きているのだからな」

 

黒騎士と戦ったことはもう2人の中では人生の中で一生残る思い出だ。思い出という言葉はおかしい。寧ろ彼等の中で残る人生の歴史だ。

 

「紫様に心様、真九郎様にリン様」

「こんちわっす」

 

碓氷と湖兎がトコトコと歩いてくる。それを見ると安心する。当たり前だが無事で良かったと思っているからだ。2人の無事がこれ程まで安心する。

 

「これから京都に戻るんですね」

「はい。川神に来てからいろいろなことが起きましたが無事に帰れそうです」

 

「いろいろ」という言葉で片づけて良いか分からないが、確かにいろいろとありすぎた。

それでもみんな生きている。終わり良ければ全て良しという奴だ。これには真九郎は本当に頷く言葉だ。

どんな最悪が起きても終わりが良ければ良いのだ。キリングフロアでの出来事もそうだった。あんな醜悪な祭りがあったけれども最後には依頼主の姉を救うことが出来た。

生きるているということは本当に素晴らしいと思う。生きるのが辛いと言う人も言うが、生きていれば何とかなることもあるのだ。

 

「今度はまた京都にいらしてください。その時はよりいっそう御もてなし致します」

 

朱雀神家の御もてなしとは恐れ多いというか、逆に気になってしまう。でもまた京都に、みんなで行くのも良いだろう。

今度は本当に旅行で行きたいものだ。そこには紫や銀子に夕乃。環や闇絵もいる。そして碓氷や湖兎も一緒に京都を観光したい。

そんな人並の望みを叶えたい。その望みは叶えようと思えば叶えられる。いつかきっと。

 

「また会いましょう」

「バイバイっす」

 

碓氷と湖兎は電車に乗る。

 

「またね碓氷くん。湖兎さん」

「またな碓氷よ!!」

「またの朱雀神殿」

 

碓氷と湖兎は京都に戻る。

 

「帰ってしまったか」

「…寂しい紫?」

「うむ。でも平気だ。また会えるしな!!」

「そうだね。ちょうどお昼だし何か食べにいこうか」

「うむ!!」

「ならば此方が良い店を紹介しようではないか!!」

「高い店はちょっと…」

 

心の紹介する店は何だか高そうだ。真九郎のサイフがピンチの予感。

 

 

210

 

 

魚沼のBAR。

真九郎は何故か魚沼のBARでミルクを飲んでいた。何故彼の店にいるかというと弁慶に来てほしいと言われたからだ。

理由は簡単で入院して心配かけたからだそうだ。心配かけたから店に貢献しろとのこと。そんなの理不尽ではなかろうかと思うところだが真九郎は二つ返事で店に向かったのだ。

酒なんて飲めないのでミルクしか飲めないのだが。

 

「川神水は?」

「ミルクで」

「私と主を心配かけたんだからもっと注文ね~」

「勘弁してください」

 

笑いながらミルクをおかわりする真九郎。そんな時に久しぶりに聞く声が聞こえてきた。

 

「お前もこういう店に入る歳になったか」

「え、紅香さん!?」

 

声の主は柔沢紅香であった。彼女はそのまま真九郎の横に座り、魚沼に「いつもの」と言う。

そうすると魚沼は彼女にとっての酒を出した。出された酒を一口飲む。酒を飲む仕草でえ絵になると真九郎は思う。こういうカッコイイ大人に憧れる。

その感想は弁慶も思ったほどだ。流石は自分で美人だとか美少女とかいう紅香。

 

「川神に来ただけでいろいろと事件に巻き込まれたようだな」

「巻き込まれたと言うか関わったというべきか」

「それでも解決したんだろ?」

「はい」

 

川神に訪れてからいろいろとあった。

工場地帯での喧嘩。河原での決闘。クローン誘拐事件。剣聖の娘誘拐事件。覇王の覚醒。政治家による魔の手。

せっかく交換留学で川神に訪れたというのに事件に巻き込まれてばかりだ。そう思い返すと何だかへこむ。真九郎の周りには平和はないのだろうか。

 

「ははは、やっぱお前はお前だよ」

「どういう意味ですか」

 

真九郎は事件に巻き込まれる体質だということだろうか。そんな不幸体質は嫌なものだ。

 

「じゃあ強制じゃないが、その体質を理由に私の仕事を手伝ってみるか?」

「仕事ですか?」

「ああ。お前もちょくちょく聞くんじゃないか川神裏オークションのこと」

 

川神裏オークション。

この単語こそがのちに真九郎たちや大和たちを巻き込み、関わり、裏世界の闇を脳髄に叩き込んだ事件になる。




読んでくれてありがとうございました。
感想などあれば気軽にくださいね。

さて、次回にて最終章です。ところどころで出ていた『川神裏オークション』という話になりますね。オリジナルになりますが各ルートの設定を混ぜ込みながらの話になります。


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裏の世界
狂気な善意と歪んだ悪意


今回の物語で最終章となります。
今回ではいろんなキャラが活躍できるようにしていく予定です!!


211

 

 

私は世界を愛している。世界は私を愛してくれた。ならば私は世界のために人生を捧げるべきなのだ。

どうやって私は世界に貢献しようと考えた。その結果、九鬼財閥はある技術を生み出した。その技術に関しては私も携わっている。

 

私は僥倖計画を考えた。これはきっと世界に良い影響を与えるはずだろう。その為にはいろいろと準備が必要だ。

私を父と呼んでくれる娘も僥倖計画に賛成してくれた。彼女は私にはもったいないくらい素晴らしい娘だ。

今は彼女の正体は明かせない。時が来れば明かすことが出来る。その時が僥倖計画の始まりだ。その時まで娘には己を磨いてもらおう。

 

僥倖計画を着々と準備を進めていたら彼が川神に訪れた。彼のことは知っている。彼ほど世界から与えられた試練を突破してきた人間はそうそういない。

彼の始まりは最悪なものであった。だが彼は数々の試練を乗り越えて世界に愛されている。私はそんな彼にとても興味がある。

そんな彼と対話してみたい。川神流の対話でも良い。彼と対話できればきっと私はより世界に対して人生を捧げることが出来るだろう。

そのまま会いに行くのも良いが、それでは駄目だ。対話をする場面はきっとお互いに試練に立ち向かっている時が良い。その時こそが世界のために高みへと行ける。

私は自分自身に試練を、彼には私の我儘で試練を与えよう。私の試練なんて彼ならきっと突破するだろう。そう確信があるのだ。

 

全ては世界のために。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

僥倖計画。この計画はお父さんが世界に向けてのもの。

私はお父さんの計画に賛同した。私をここまで愛して育ててくれたんだから親孝行がしたい。なら私はどうなっても良い。

僥倖計画のために私はお父さんから己を鍛えておけと言われている。確かにこの川神では鍛えておいたほうが良い。計画ではいずれ彼女と戦うことになるのだから。

彼女は今も真面目に修業している。なら私も彼女に負けないくらいに修業しないといけない。これからも頑張らないと。

 

お父さんは僥倖計画をそろそろ開始すると言っていた。私の正体も川神に、世界に広まるだろう。

そんな時に彼が川神に訪れた。私は彼のことを全く知らない。だから興味は特に無かった。

でもお父さんは彼を知っている。彼を知ったお父さんの目の色が変わった。話を聞くと彼は世界に与えられた大きな試練を乗り越えた人だと言う。

彼ほど世界から与えられた数々の試練を突破した人間はいないと言うのだ。彼はどんな試練を突破したのだろうか。

 

お父さんは自分よりも私よりも彼の方が大きな試練を突破したと言う。だからお父さんは彼と対話をしてみたいと、お互いにぶつかりたいと言っている。そうなればお父さんはより世界に人生を捧げられるとのことだ。

だから私は彼に興味を持ってしまった。私も彼と会話をしてみたい。彼はどんな試練を突破したのか知りたい。

 

彼はどんな人間なのだろう。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

私は新たな事業を考えた。それは臓器売買。裏世界に通じる事業だが私なら成功してみせる。

私はまだまだ若い若輩ものだから慎重に行動していこう。まずは名を売らないとこの世界ではやっていけない。いっきに我が名を広める会場はちょうどある。

あのオークションで最高の物を出品すればたちまち名が広まるはずだ。出品するものは決まっている。あの臓器だ。

あの臓器は同じ重さの宝石と交換されるほど貴重だ。だからこそ臓器の価値が分かるお客に知ってもらうためのオークションだ。

 

オークションではいろいろとあるから護衛も必要だ。そんな時にある戦闘屋を手に入れることができた。彼は元裏カジノのオーナー。ならばこの世界のことはよく知っているはずだろう。

ならば素晴らしい人材である。この世界の先輩なのだから彼には丁重に接しないといけない。

 

臓器売買は闇だとか忌避なものだとか言っているが、そうだろうか。世の中には臓器を必要としている人間がたくさんいるのだ。臓器が売買されているからこそ救われた人間も存在する。

臓器を売買し、お金を得る。そうすれば生活が安定する。臓器を手に入れれば救われる命がある。何がいけないのだろうか。何も悪くないだろう。

 

これはビジネスだ。

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

模擬戦では調整が間に合わなくて負けてしまった。流石は覇王と言ったところだろう。

私はクローンたちに対抗するために選ばれたのだ。なのに模擬戦で負けてしまった。だがそれで終わりではない。リベンジをしないといけない。

 

負けっぱなしでは私という傑作は泥が塗られたままだ。私は最強の戦士誕生計画の傑作だ。元々はクローン技術に対抗するものではなかった。

私と言う傑作は秘密裡に計画が進められていた。そんな時にクローン技術が確立されたから対抗として選ばれたに過ぎない。

それにこの計画は私で終わりでは無い。次がある。最高の戦士は計画が進むと共に生まれるのだ。

 

今の最高傑作が私であるだけだ。私もいずれは次の最高傑作のために受け継がなければならない。

私の身体は歴代の全てが受け継がれているのだ。完璧な性格に完璧な容姿。完璧な力に完璧な知力。完璧な能力。

 

今度は負けない。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

川神でいろいろと調べて多くの情報を手に入れることが出来た。全く星噛製の人工臓器を勝手にオークションに出すなんて面倒なことをするものだわ。

その人工臓器が最新のもので売ったものなら良いんだけど、まさか旧型の臓器で売られた臓器ではないなんてことが問題なのよね。

 

星噛製の人工臓器にはちゃんと製品番号がついている。そして売った人工臓器には全て記録している。だが今回の川神裏オークションに出される人工臓器は記録が無い。

ならどっかの馬鹿が盗んで売り出したのでしょうね。本家からは取り戻すか、せめて破壊しろって命令が来てるし面倒だわ。

だけどこれも本家のためだから仕方なわね。これも星噛家のため、悪宇商会のため。

 

さて、やるしかないわね。

 

 

212

 

 

身体をクキクキと動かすと少しだけ傷が響く。だが問題ないレベルだ。

絶対安静にしてなくてもいいし、そこらの悪漢と戦う分にも問題無し。流石にプロと戦うことになればキツイが。

 

「大丈夫そうですね真九郎さん」

「はい夕乃さん。日常生活に支障はなさそうです」

 

夕乃は笑顔だが少しまだ怒っている感じだ。きっと黒騎士との戦いのことだろう。だがその時ばかりは本当に仕方ない。

だってまさか黒騎士と戦うなんて予想も何もできなかったのだから。だから夕乃は真九郎に怒っているのではなくて自分に対して怒っているのだ。

自分が真九郎と一緒にいれば守れたというのに。それが出来なかった不甲斐なさに怒っている。

 

「あの、心配おかけしました」

「本当です。これはまたどこかに連れてってもらわない割に合いません」

 

ぷんぷんと可愛く怒りながらしれっとデートの約束を取り付けるのはいつものことだろう。

 

「心配させたのならどこかに連れてってもらえるなら、私もどこか連れてってくれるのかしら?」

「銀子まで…どこか行きたいのか?」

「それは貴方に任せるわ。エスコートしてくれるんでしょ?」

「ははは」

 

今の状況。左に夕乃。真ん中に真九郎。右に銀子。

 

「「じゃあ今度の日曜日に…え?」」

 

まさかのダブルブッキング。このあとの流れが容易に読める。

 

「あらあら銀子さん。日曜日はうちの真九郎さんとお出かけする日なんです。余計な予定を入れないでくれます?」

「崩月先輩。その予定とやら前から決まってないようで、今まさに決まったようですよね?」

「いえいえ、私との予定が最優先ですから」

「勝手に予定を入れる女って面倒だし、重くないですか?」

「全然重くないですよ。なんせ真九郎さんと私は屋根の下で一緒に寝た仲ですから」

 

ここでピキっと銀子の額に血管が浮き出た気がする。

 

「そうですか。でも私の方がよく頼られますよ」

 

ピキっと夕乃の額に血管が浮き出た気がする。

 

「「…………!!」」

 

無言の見つめ合い。真ん中にいる真九郎は肩身が狭い。こんな思いをしたくなければ真九郎はさっさと運命の人を決めれば良いのだが、決めることができない駄目な男である。

こんな駄目な男であるがいずれが運命の人を決めるだろう。それが誰かはまだ分からない。予想通りかもしれないし、予想外の人かもしれない。

 

「おーい真九郎!!」

「あれ、紋白ちゃん」

「紋様だ」

「紋様」

 

高級車の窓から紋白とヒュームが顔を出す。彼等は登校中。

こんな高級車で登校とはさすが住む世界が違う。

 

「おはようございます」

「おはよう真九郎!!」

「おはようございます」

「おはよう紋ちゃん」

 

夕乃や銀子も挨拶。挨拶は大事だ。

 

「そうだ真九郎。今度の日曜日に九鬼家に来てくれ!!」

「「「え?」」」

 

もう語るまい。




読んでくれてありがとうございました。
前半は分かるかもしれませんがあるキャラたちの心情ですね。

分かれているように5人の心情です。
キャラが分かる人は分かりますね。ですが2人ほどは原作をよく知っていないと分からないかもしれません。
1人はマジ恋(原作)にいますが、名前も立ち絵も無いのでオリジナル寄りになります。
そしてもう1人はちょっと特殊で、ゲストのような感じで登場する人物です。
そのゲストキャラは紅の未来で登場する悪人です。(未来人というわけではありませんよ)紅の未来の物語と言えば・・・


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昔の話

あけましておめでとうございます。
投稿した日にちが日にちですからね!!


213

 

 

清潔感ある広い部屋の中心に置かれる長い机。机に綺麗に並ぶ椅子。その椅子に座る九鬼一族面々に控える従者たち。

恐らくいつもここで九鬼の重要人物たちが会議やら家族団らんやらしていると思う。

奥に九鬼帝が座り、右に九鬼局。左に揚羽、英雄、紋白が並んで座る。そして後ろに控えるはヒュームやクラウディオ、小十郎、あずみ。

こんなところに何故か紅真九郎。

 

「…………………」

「よお久しぶりだな真九郎。また会えて嬉しいぜ!!」

「…お久しぶりです。九鬼帝様」

 

帝が満面の笑みで真九郎を歓迎している。局だって優しい目で見てくる。揚羽や英雄も笑顔で、特に紋白は凄い満面だ。

なんだってこう九鬼の一族から好意的な視線を射止められているのかよく分からない。いや、理由はあるのだが真九郎としてはこうも世界の九鬼から好意的に接しられると萎縮してしまう。

真九郎と九鬼一族とは住む世界が違うし、人間的にも違う。正直に言って悪いかもしれないが居心地が悪いのだ。出された高級茶なんて味が分からない。

しかも従者部隊ですら目線を飛ばしているのだから尚更萎縮する。悪い人たちではないし、寧ろ完全に善なる人たちだが真九郎にとってはここはアウェー過ぎて魔の巣窟すぎる。

よくよく考えてみよう。例えると一般人がいきなり天皇家の食卓に参加したとして、一体どうすれば良いと言うのだ。

 

「まあ難しいかもしれんが、気を抜いてゆったりしてくれよ。我が家のようにな」

 

無理だろう。

 

「ほれヒューム。お前がそんなキツイ目で真九郎を見るから萎縮してんじゃねーか!!」

 

ヒュームのせいだけではない。

 

「帝様。私はいつも通りですよ」

「じゃあいつもそんなキツイ目なのか。はっはっはっは」

「言われたなヒューム」

「局様まで」

 

ヒュームの目がキツイのはいつものことにして真九郎が何故、ここまで九鬼一族から好意的なのは理由はちゃんとある。

それは去年の紅香との仕事を手伝った時のことだ。紅香は九鬼から仕事を請け負っていて真九郎がその時に紋白に出会った時が始まりだ。

 

「最初にお前に会った時はそこらの若者かと思ったが…話をしてみたらお前はタダ者じゃねえのが分かった。俺の鑑定眼が燻ったかと思ったほどだぜ」

「紋でさえ、最初はスカウトの対象に外れていたからな」

「はい。我としては不覚です」

 

最初の真九郎はただの紅香の手伝いという括りで見られていたのだから仕方ないだろう。真九郎だって九鬼一族とは深く関わる気はなくて本当に紅香の手伝いという名目ででしかなかったのだから。

だから真九郎は無事に仕事を終わらせようとしか思ってなかった。だが真九郎は紋白が悩んでいる姿を本当に偶然的に見てしまったのだ。

紋白が悩んでいる姿を人に見せるなんてことはほとんどない。だから真九郎が紋白の悩み姿を見てしまったのは本当に運が悪いのか良いのか分からないかとんでもない偶然だったのだ。

紋白の悩みに関わってしまったことにより真九郎は九鬼に深く足を突っ込んだことになる。

 

「あん時はお前の言葉がこの俺の心に突き刺さった。局の心にもな」

「ええ。私の心に響きました。そして紋のことも家族としてちゃんと分かったのです」

「母上」

「紋は悪くない。だというのに紋の後ろにいるあの女ばかり見ていたため紋を冷たくしていたのだ。だが今は本当に家族だ」

「母上!!」

 

まだ紋白と局の間はまだ少しだけ溝はあるが、お互いに歩み寄っているので完全に溝が無くなるのも時間の問題だろう。

 

「あの時は本当に助かったぞ真九郎よ」

 

真九郎がしたのは紋白の人材集めの手伝いだ。紋白は局に認めてもらうために九鬼のために人材を集めようとしていたのだ。

紅香も真九郎が紋白の手伝いをすることになってもすぐに了承を出した。何でも「子供のお守りはお前が適任だ」とのことだ。

九鬼側も真九郎が紋白と一緒にいることも許していた。ヒュームには当時厳しい目で見られていたが。

 

人材集めに関しては真九郎は紋白の補佐をしていた。その時から紋白は専属従者とはこういうものなのかと少しだけ実感していたのだ。

まるで紫の時のように真九郎と紋白の絆が少しずつ深まっていったのだ。紋白にとって真九郎のような人間は初めてで興味深かったのだ。紋白としては最初まるで従兄の優しいお兄さん的な感覚になっていったのだ。

結果としては大勢の才能ある人材を九鬼に集めることができたのだ。その結果を局に報告した後が真九郎の出番だったのだ。

何故家族として認められないのか。何故そこまで紋白に冷たくするのか。何も自分勝手に決めないで紋白と最後まで対話して決めるべきだ。

何が九鬼家は結束力で世界を取っただ。家族問題も解決できていないのに結束力を言葉にするな。家族の愛を知らない子供はいてはならない。

家族を大切にする真九郎はこんな言葉を局に投げかけた。そうすれば局は怒るだろう。ヒュームはすぐさま動いて真九郎を殴り飛ばして動きを封じる。

だが真九郎は口を閉じない。

 

家族はこの世で最も尊いものだ。局にも思うところがあるのは理解している。それでも紋白が局に何をしたというのだ。何もしていないのだ。

局は見て分かるように揚羽と英雄には優しいか紋白にはあたりがキツイのだ。それも許せない。しかも理由が自分の生んだ子ではなく帝と他の女の子供というだけでだ。

生まれた子供に罪は無い。局は紋白を見ているのではなくて後ろにいる女の影を見て冷たくしているのだ。

 

「女の影を見るんじゃなくて紋白を見ろ。紋白と目を合わせて話をしろ」

 

この言葉が局に少しでも伝わったのだ。自分のやっていることは紋白を見ていないことが真九郎の言葉でやっと分かったのだ。

そして紋白にも今ここで本音を言うことを伝える。どんな結果になろうともお互いに対話をしないと決着がつかないのだ。

 

「どんなになろうとも俺は紋白の味方だ」

 

この言葉は紋白の味方だと絶対的な言葉だ。真九郎はヒュームに抑えられているが何とか立ち上がろうとする。

紋白の味方と言っている立場上、倒れているのは恰好が悪い。ならばヒュームの抑えている力を無理矢理押し返して立ち上がる。

これにはヒュームもクラウディオも驚いた。ヒュームは力を弱めていない。だが真九郎は押しのけたのだ。

 

「俺も一緒にいる」

 

この言葉に紋白は勇気をもらったのだ。そして紋白と局はやっとお互いを見ることができたのだ。少しずつだけど2人は家族として歩みよっているのだ。

 

「いやあ見てたけど凄かったな」

 

帝はその時はちょうど帰ってきていたのだ。その光景を見ていて「素晴らしい」と一言。

帝も局と紋白の元に行って家族に対して確認したのだ。でも真九郎はまだ口を閉じない。それは帝に対してである。

何勝手に今頃合流して家族大団円に加わっているんだと。何もしてないのに加わっているのが気に入らなかった。

九鬼家の当主のくせに何で家族問題を蔑ろにしたのか。家族よりも仕事の方が大事なのか。この確執だって全ての原因は帝だ。

そのくせ紋白にも局にも何もしていない。彼が何かしていれば2人とも変わっていたかもしれないに。

 

だからこそ「何でへらへらしているんだ。何で家族問題をすぐに解決しなかった」と。そんなこと言えばせっかく丸く収まったのにまた問題が起こる。

紋白はおろおろするし、局は夫に対しての言い分に睨んでくる。ヒュームは今度こそ本気で真九郎を床へと叩きつけた。

それでも真九郎は立ち上がる。確かに彼のやっていることはもう九鬼家の家族問題が領域外になっているかもしれない。

でも帝にもこの問題に立ち向かってもらわないといけない。

帝は「俺に時間を取らせるということは九鬼財閥の経営を遅らせるということだぜ?」と言うが真九郎は「今の言葉はやっぱ家族よりも仕事を取る言葉と言っていいんだな」と言う。

これには帝も黙る。真九郎はまだ口を開き続けるのだ「九鬼帝なら家族問題を先に解決しろ」と。

 

だからこそ決定的な言葉として「家族問題よりも仕事を選んで子供も悲しませる会社なら滅べよ」と言ってしまったのだ。九鳳院のように言ったのだ。

これにはヒュームも今度こそ黙らせようとしたが紅香によって止められる。紅香は「邪魔するなよ」と一言。

今は真九郎と帝の対話だ。紅香はヒュームに邪魔させまいと拳銃を頭に向けていた。更にクラウディオにも何もさせないように睨みつける。

この言葉を聞いた帝は目を閉じ、紋白と局を見る。そして謝ったのだ。

 

「今度こそ家族として生きていこう」

 

これでやっとまとまった。これで今度こそ九鬼家は家族としてやっていけるのだ。九鬼家が本当の家族になったキッカケは全て紅真九郎によるものだったのだ。

 

「いや本当にあん時は凄かったぜ。まさかあんなことを言うなんて絶対いないぜお前以外にな」

 

本当によくあの九鬼帝に言ったものだ。普段なんてそんなことは絶対に言えないのに。

 

「あの蓮杖の野郎にも啖呵を切った男だしな。俺あいつのこと苦手だけどお前は立ち向かった…それがすげえぜ!!」

 

ここまで帝に褒められると逆に恐れ多い。もう帰りたくなってきたがここに呼び出された理由をどうにかしないといけないだろう。

 

「あの、今日呼ばれた理由は何でしょうか?」

「おおっと、昔話で盛り上がりすぎて今日呼んだ理由をすっかり忘れてたぜ」

 

帝は本当に楽しそうにころころと笑顔になっている。そして急に真剣な顔になる。

 

「真剣な話なんだが真九郎お前九鬼財閥に就職しねえか?」

「…!?」

 

九鬼財閥のトップである帝直々の勧誘。この意味が分からない者はいないだろう。

それだけ九鬼財閥から真九郎が信頼されており、喉から欲しいということだ。普通ならすぐに了承するだろう。しかし真九郎は普通では無かった。

九鬼財閥からのスカウトは前々からあった。その度に迷ったが揉め事処理屋として生きていくこと選択したきた。だが今回はまさかの帝からの勧誘、

それだけ九鬼財閥は真九郎を手に入れようと本気ということだ。

 

「いきなり重役なんてポジには置かねえが、良いポジにはするし待遇なんて良くするぜ。まあお前ならすぐに上に行きそうだがな」

 

流石に過大評価しすぎだ。真九郎はそこまでの器ではない。

 

「ま、俺としては紋の従者になってほしいかな」

「父上!!」

 

帝からの紋白への専属従者推薦。これは紋白もとても嬉しい。実際に紋白は真九郎が九鬼財閥に就職したら自分の従者になってくれるように考えている。

だからこそ帝が推薦してくれることは本当に嬉しいのだ。

 

「どうかな?」

 

九鬼財閥は本気でヘッドハンティングをしている。これは真九郎も本気で答えなければ帝に失礼だろう。

紅真九郎の目指している将来は正直迷っている。でも何だかんだでやっぱり揉め事処理屋を選ぶのだ。

人生の損をしているのは確かだが、真九郎は紅香に憧れて生きる道を見つけたのが揉め事処理屋なのだ。だからこそ彼は揉め事処理屋として生きていく。

 

「…ありがとうございます。ですが自分は揉め事処理屋を将来として選んでいるんです。申し訳ありません」

 

本当にもったいないが真九郎はキッパリと断ってしまった。どうせ後で真九郎は後悔するだろうが、やっぱ揉め事処理屋を選ぶからいいのだ。

 

「振られちまった」

「残念ですね」

「くくく、はっはっはっはっはっはっは。やっぱお前はおもしれーや!!」

 

帝は大笑い。

 

「俺の申し出を断る奴なんていねーのに…いや、案外いるか。でもそうそういねーぜ!!」

 

どうやら帝のツボに入ったようだ。どこが面白いのか分からないが。

 

「ますます気に入ったぜ」

 

ニヤリと笑う帝。その目は確実に獲物を逃がさない目をしていた。

局やヒュームは帝のこの目を知っていて、確実に欲しい人材を手に入れる目だ。実際にこの目になった帝は確実に人材を手に入れている。

だからこそ帝は最終的には真九郎を手に入れることを決定している。だからすぐさま退く姿勢を見せた。

 

「今は振られちまったがまだ諦めねー。九鬼はいつまでも待ってるぜ」

 

何でそこまで真九郎を九鬼財閥に入れたいのか本当に分からない。だがそれほどまでに九鬼財閥は真九郎を気に入っているのだろう。

ここまで第三者であった真九郎が九鬼家に関わった。家族を取り戻してくれたことが九鬼家にとってそれほどのものだろう。だからこそ九鬼家は真九朗郎ととても気に入っているのだ。

 

「俺は諦めねえ。お前が何かあれば紋が悲しむからな。何かあれば手は貸すぜ…そのかわりお返しも求むけどな!!」

 

お返しとは九鬼家への就職だろうか。

 

「うむ。父上の言う通り九鬼家はいつでも真九郎を待とう!!」

「ああ。我も友である真九郎が九鬼家に入ってくれるのは嬉しいからな!!」

「うむうむ。我も真九郎が入るは反対せん。それに義経たちも喜ぶだろうな」

 

もし真九郎が九鬼財閥に就職したら義経たちはきっとよく真九郎を呼び出すに違いない。特に項羽に清楚。弁慶。

 

「まあ話はここまでだ。せかっくここまで来たんだから遊んでいけや」

 

 

214

 

 

やっとこさ解放された真九郎は紋白たちと極東本部を案内されていた。ここにはいろいろとあるが特に珍しいものだってある。

特に新作のロボットであるクッキーISを見た時はつい興奮してしまったほどだ。まだ調整中であるが上手くいけばまた九鬼家は新たな事業を成功させるだろう。

何でもクッキーISは108式もあるらしい。それぞれがある機能の特化型ロボらしい。

奉仕系の家事をこなすクッキーもいれば、戦闘型のクッキーや掘削型のクッキーもいる。特に巨大型ロボもいるなんて聞いたら真九郎はより興奮するものだ。

本当に様々な機能を持ったクッキーがいるものだ。

 

「凄いな…それにしてもクッキーISか。これ、国によっては戦闘型ロボをもっと作成してほしいって言うんじゃないかな?」

「それか。クッキー作成には2人の人間が携わっていてな。1人は津軽と言って今のIS作成を進めている。もう1人が禍津と言ってクッキーをより戦闘ロボにしようと主張しているんだ」

 

禍津が作成するクッキーはマガツクッキーと言われてより戦闘型だ。だから彼の元には密かにマガツクッキーを発注する輩は多いのだ。それに関しては少し頭が痛いところだ。

勝手に九鬼の技術を外に出してはマズイからだ。実際にマガツクッキーを手に入れて何かを仕出かす輩がいたからヒュームやクラウディオが出向く時もある。

そうなると禍津の処分だが、勝手な行動しないように厳重に監視させれながら新たなクッキー開発に携わっているらしい。

問題児だろうが才能ある者は九鬼財閥では何だかんだで重宝される。だが限度はあるだろう。

 

「おや、これはこれは九鬼のご子息様方が勢ぞろいですね」

「む、貴様は最上幽斎」

 

最上幽斎。彼は九鬼帝が直々に見つけてきた人材だ。

彼の才能はまさに九鬼財閥に多く貢献した。彼ほどの人材はそうそういなく、彼もまた九鬼帝のお気に入りの1人だ。

 

「それにそちらは?」

「彼は紅真九郎だ。お前と同じように父上のお気に入りだ」

「ははは。私と君は同じのようだね。よろしく」

「よろしくお願いします。同じと言ってもお気に入りという部分だけですよ」

「いや、私と君は同じな気がする。お互いに世界に愛され、試練を突破した者だからね」

「ええ?」

「真九郎よ。こいつはこういう奴なのだから気にするな」

「まあ世界博愛主義者みたいな感じだな」

「はあ…?」

 

幽斎は世界を愛している。平和主義者というわけではなく、世界を愛している人間。

世界を愛していると言うだけあって彼は九鬼財閥に貢献しているだけでなく、世界にも貢献している。世界のためにボランティア活動だってしている。

貧民国をいくつか救っていたりもする。おかげで彼はいくつかの国では英雄扱いだ。

それに彼は笑顔が素敵だ。この笑顔だからこそ様々な人間から警戒を解かせるのかもしれない。

 

(…彼が紅真九郎)

 

真九郎と幽斎は握手をする。彼は真九郎と同じだと言うが、真九郎自身は彼と同じとは思えない。

全く違う気がする。何が違うかと聞かれれば知らないが、違う気がする。それに彼は今まで会ったことがない人間だ。

 

「君とはこれから仲良くしていきたいね」

「はい。よろしくお願いします」

 

紅真九郎と最上幽斎。

彼等は似た者同士ではないだろう。真九郎自身がピンと来ていないのだから。でも幽斎は似ていると言い張る。まるで矛盾だ。

幽斎は世界博愛主義者だが真九郎はそんな人間ではない。そんな大層な人間ではない。彼は臆病で弱い人間であり、生きるために、大切な人を守るために強くなろうとしている人間だ。

2人は出会ってしまった。この出会いが後にあの場面へとつながる始まりだ。

 




読んでくれてありがとうございました。
今回は昔に九鬼家お関わった真九郎の話をしました。ぎゅうっと圧縮してまとめましたが、要は九鬼家は真九郎を気に入っているということです。

そして後半は最上幽斎と真九郎の会合でした。彼等2人はどのような物語を繰り出すのか


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川神に広まる闇

215

 

 

揉め事処理屋の仕事が入り込んできた。これまた人探しである。依頼者は大和田伊予。

彼女は確か由紀江の友人だ。同年代の友人で由紀江が特に大事にしている仲である。仲介者はまさに件の由紀江だ。

島津寮にいる時に由紀江から揉め事処理屋の仕事を相談した友人がいると聞いて足を運んだのだ。

 

「こ、こんにちは紅先輩。よろしくお願いします」

「こんにちは大和田さん。緊張しなくてもいいよ」

 

どうやら緊張しているようだ。だが緊張している相手なんて仕事をしている中でいくらでも会っている。だから相手の緊張を解く方法は知っているものだ。

真九郎は伊予の緊張を解かせるように接していく。そうすれば彼女も次第に緊張がほぐれていくのであった。

 

(わあ紅先輩って模擬戦とかで凄く活躍してたけど…やっぱ凄い優しいや)

 

真九郎はその実力と性格のギャップがあるので実は川神学園から人気急上昇。特に女子から。

女子の頼みなら基本的になんでも引き受けてくれるし、紳士的で優しいのが起因する。おかげで夕乃は大変である。そのような性格した原因でもあるくせに。

 

「で、頼みって何かな?」

「実は家出した友人を探してほしいんです」

「家出した友人?」

「はい。何でも家族と喧嘩して家を出たみたいなんです。最初は友達の家に泊まっての繰り返しをしてたみたいなんだけどいつの間にか誰の家にも泊まっていないみたいで行方不明になっちゃったんです」

「成程。その子の写真とかある?」

「はいあります」

「ありがとう。その依頼を引き受けるよ」

「ありがとうございます!!」

 

行方不明者を探す依頼を請け負うがまさかあんな凄惨事件に関わってしまうとはまだ分からなかった。

 

 

216

 

 

金曜集会にて。

大和は百代たちにあることを話そうとする。それはちょうど義経たちや燕に真九郎たちが川神学園に訪れる前の出来事。

 

「なあみんな。前に俺らで売春組織を潰したのを覚えているか?」

「ああ、あの時のことか。覚えているぞ大和。それがどうしたんだ?」

「その売春組織がまた川神で現れたらしいんだ」

「うえ、マジ?」

「あれだけ叩き潰したのによくまた立ち上げたものだな。だがまた悪の組織が立ち上がったというのなら正義の鉄槌を下す」

 

前に潰した売春組織ではなく別の者たちが立ち上げた売春組織かもしれない。だがよく今の川神で立ち上げたものだと思うものだ。

何故なら今の川神は九鬼家が川神市クリーン化のおかげで『よくないもの』は徹底的に占められているのだ。

実際のところ九鬼家のおかげで川神に潜んでいた悪事が暴かれたりした。そのおかげで起きるはずだった事件はなくなったし、ある若者たちは悪に染まることはなかった。

 

「その売春組織はよっぽどの馬鹿なのか怖い者知らずなのかもしれないね」

 

京の言葉に全員が同意する。その売春組織はそのうち九鬼に潰されると思う。だが風間ファミリーは正義感のある人間が多い。

クリスはまた自分たちで潰すべきだと言う。もし自分たちの不始末だったら自分たちで後始末をすべきではないかというのが彼女の考えだ。

実は逃がした奴がいて再度組織を立ち上げたのならば自分たちの負い目だろうとのことでもある。そこまで考えなくても良いだろうがクリスの性格上仕方ない。

これには一子や翔一、由紀江も納得して賛成はしている。卓也や大和に京は九鬼に任せる方が良いと思っている。岳人と百代はどちらでも構わない。

 

「髭センセーはこのことを知ってるのか?」

「知っている。どうやら自分でも調べるらしいよ」

「宇佐美先生はまた手伝ってくれとか言ってないのか?」

「言ってない。前に拳銃を持ってた奴がいたから、あまり危ない橋を渡らせるのは気が引けると思ってるんじゃないかな」

「何を言う。こういう敵を相手するからには危険が無いなんてことはないだろう」

 

ドイツ軍人を親に持つクリスは一般人と覚悟が違うのだろう。確かにあの時は拳銃を出された時は少し驚いたが大丈夫だという気持ちもあった。

それは百代の存在が大きかったことがあったからだろう。更に今の百代は自分を見つめ直していて、より強くなっている。

 

「まあ潰すならさっさと潰した方が良いだろ。一応髭センセーに聞いてみて、許可が取れたら手伝うでいいんじゃねえか?」

 

翔一の言葉に全員が同意した。何だかんだで自分たちが倒した敵が残っているという負い目を感じているのだ。風間ファミリーは正義感のある人間たちなのである。

良い人たちであるが、川神で育ったので特殊な人たちでもある。だからこそ売春組織を潰すなんて考えが思いつくのだろう。最も川神に住む大半が特殊な人間が多いものだが。

 

「でも気をつけよう」

 

これが風間ファミリーが忘れることが出来ない深い闇の事件の始まりである。

 

「ところで更に最近妙な薬があるのも知ってる?」

 

その薬はユートピアと言うらしい。

 

 

217

 

 

ユートピア。合法ドラッグであり、重度の鬱病患者にしか処方されない薬だ。

処方すると精神的に安定する。だが過剰に摂取すると気分が揚がり、自信過剰になって何でも出来るような感覚に陥る。更に過剰に摂取すると生命の危機にも陥るだろう。

この薬は川神に広まる前に九鬼によって処分されたはずなのだ。だと言うのに何故か川神で少しずつだが浸透している。

 

「これはおかしいですね」

「やっぱりそう思うか若」

「はい。ユートピアが広まるなんて絶対にあり得ないことなんですよ。あの薬は完全に処分されたはずなんですから」

「だよなあ…ありえねえんだよ。板垣の奴らがやってるとは思わねえし」

 

冬馬と準はユートピアに関してよく知っている。何故なら自分の病院で作られた薬なのだから。しかしその危険性によって処分が決まったのだ。

だから在庫なんてものはない。製造方法はあるが誰にも知られないように保管してある。まさか情報が漏えいでもしたのだろうか。

 

「もしくは最初の頃に出回ってた物を誰かが回収して粗悪品でも作ったのでしょうか?」

「おいおい若。それはけっこうヤバイぞ」

 

合法ドラックとはいえサンプルを手に入れ、似たような薬を作るなんて危険すぎるだろう。もはや犯罪だ。

 

「…これは僕たちの後始末ですかね」

「…かもな。俺らは九鬼のおかげで平穏を取り戻せた」

「はい。ならばこの後始末に関しては僕らで決着をつけるべきです。僕らの遺した闇は自分自身で処分しましょう」

「それ危険だと思うぜ若。大丈夫なのかよ」

「分かってます。でも自分たちの後始末は自分でするものでしょう」

「だな。俺は若についてくぜ」

「ありがとう準」

 

冬馬と準は絶対に切れない絆がある。彼らが仲違いすることは絶対にないだろう。

 

「ボクも忘れちゃ嫌だよー!!」

「ユキ」

「ボクは絶対に2人を守ってみせるよ!!」

「ありがとうユキ」

 

小雪もまた2人の絆に入る1人だ。彼女は2人のためなら何でもするだろう。

 

「久しぶりに板垣家に連絡してみますか」

 

彼等もまた忘れることの出来ない深い闇の事件に関わる始まりを選んでしまった。自分たちの遺した闇だったとはいえ、その闇はもっと深い闇が繋がっているというのに。

 

 

218

 

 

川神市には生きの良い臓器を持つ人間が多い。流石は武士の心を持つ人間たちが多いものだ。

私はあまり武術には興味が無いが川神にいるだけでつい感化されて武術を習ってみようと思ってしまうほどだ。それだけ川神が特別なのだろう。

 

もし、武神の臓器を手に入れたら『あの臓器』と同等の価値があるんじゃなかろうか。まあ手に入れるのは難しいだろうがな。

 

九鬼の連中が面倒だが慎重に動けば良い臓器は手に入る。だからこそ売春組織とドラック販売組織を秘密裡に立ち上げた。この2つが良い隠れ蓑になるし、良い臓器を手に入れるルートにもなった。

最初はあまり期待していなかったが良い臓器を持つ人間を紹介してくれるからこそ助かる。だが引き際は肝心だ。九鬼家がこの2つを潰しにかかったらすぐにでも切ろう。

 

川神で臓器が少しでも手に入ったのは儲けものだからな。私の本当の目的は川神裏オークションで臓器を出展し、名を広めることなのだから。

 

そういえばもう1つの隠れ蓑も良い感じだ。そこはよく取引が行われるのに一番良い。川神的にも合っているし、九鬼も見つけたとしてもすぐ排除するか分からないしな。

なんせ青空闘技場の延長線上のような場所だ。決闘に関しては川神も寛容的で九鬼でさえ、川神に染まっている。だから川神で行われる決闘、死闘は個人の責任。九鬼はそこまで警戒しないだろう。

 

あの場所は私が雇った戦闘屋に任せている。彼は元オーナーだから上手く経営しているものだ。

だからこそ裏格闘技場は良いものだ。




読んでくれてありがとうございました。
今回の話でいくつかの視点で物語が進むのが確定しました。そしてそのうちどっかで合流していきます。
最終章では真九朗郎や大和たちがそれぞれの事件に関わり、ある1つの闇に関わってしまいます。


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売春組織

短いですが投稿です。


219

 

 

今回も前回と同じように囮作戦で売春組織のアジトを突き止める。そして同じように大和たちはすぐさまアジト内にいる構成員を全て叩き潰した。人数は多かったが所詮は素人で百代たちの敵ではなかった。

 

「コイツら強いぞ!?」

「ヤベ、逃げるぞ!!」

「ひええええ!?」

 

全員がお縄だ。こいつらを警察に引き渡す前に巨人は川神学園生が売春組織に関わっていないかまた調べる。

 

「どう先生?」

「今回も関わってねえみてえだ。だけど…」

「だけど?」

「こいつら、まだ終わりじゃねえぞ。どうやらいくつかのグループに分かれて動いてるみたいだ」

 

今回の売春組織は前回と少し違う。グループを1つ潰しただけでは痛いと思っていないのかもしれない。なんせ他のグループが今まさに動いている状況なのだから。

 

「まだ悪は残っているのか?」

「みたいね。もうなんなのよう」

「こいつは不安だな。もしかしたら他のグループには川神学園生がいるかもしれねえ。オジサン少し嫌になっちゃうなあ」

 

巨人は顔に手を当てて悩みこむ。前回と少し厄介になっている組織なんて面倒なものだ。こういう努力はこっちからしてみれば、しないでもらいたい。

 

「厄介だが他のグループがいるなら潰すまでだろ。何か情報があるか?」

「オジサンが調べてみるよ」

 

アジトの1つなら何かしら情報があるはずだ。無ければ捕まえた構成員から聞けばよいだけだ。聞く方法はいくらでもある。相手が渋るようなら体に直接聞けばよい。

 

「なるほどな」

 

物理的に聞き出すと売春組織は5つのグループに分かれて行動しているようだ。その5つ中でまとめ役のグループがあり、残り4つのグループに指示を出している。恐らく売春組織立ち上げの大元になったグループだ。ならばそのリーダーグループを潰せば、この売春組織は壊滅するだろう。

 

「1つは今潰したから残りは4つか」

「で、そのうちのリーダーグループを潰せば良いんだね。アジトとか分かったの?」

「いや、こいつらは他のグループのアジトを知らねえみてえだ。恐らく今の状況を想定してのことだろう。だが誰かしら指示を受ける野郎がいるはずだ。そいつなら何か知ってるだろう」

「そいつがこのグループのリーダーだろな」

 

岳人が知らない男を連れてきた。アジトの隅に隠れていたようだ。隠れていてもどうせ気を察知されて見つかるのだから意味はないだろう。

 

「でかしたぞ島津」

「ヒイイイエ!?」

 

隠れていた男は見つかって顔が青くなっていた。売春組織をやっといて見つかれば弱い立場になって許しをこう。被害者側からしてみればゆるせないだろう。

 

「さて、他のグループについて聞かせてもらおうか。嫌なら話さなくても良いぜ。なら体に直接聞くからな」

 

巨人は拳を固く握る。その行為だけ男の末路は分かる。

 

「ひえええ、言うから止めてくれ!?」

「じゃあ早く言え」

「わ、分かった…ほ、他のグループは」

 

ガシャアンッ!?

窓がいきなり割れた。

 

「敵襲か!?」

「全員大丈夫か!?」

「ぎゅぎゃああ!?」

「何だ!?」

 

男の口に石がぶつかっていたのだ。歯が折れ、顎が砕けている。ねっとりとした血がダラダラと垂れていた。

 

「あがあがぁぁ!?」

 

もう男はまともに口を開けない。この状況を巨人はすぐに理解した。

 

「ちっ、口封じか!?」

 

窓から見えるビルの屋上に人影が見えた。

 

「姉さん!!」

「分かってる!!」

 

百代が窓から飛び出し、ビルの屋上にむかうがもう既に誰もいない。気を察知してみるがいくつか他の一般人も混じってしまうので分からない。

 

「こいつは今回なかなか手強いかもな」

 

情報が流れないように口封じの徹底。今回の売春組織はどうやら本当に一筋縄にいかないようだ。

 

 

220

 

 

チャイルドパレス。

ここに冬馬と準がある人物たちを待っていた。その人物たちとは板垣姉妹だ。

冬馬たちと板垣姉妹は知り合いである。世界線が違ければ彼等はある事件を起こしていただろう。

 

「へへ。久しぶりだなマロード」

「竜平。その名はもう捨てました。僕の名前は葵冬馬ですよ」

「アタシたちを久しぶりに連絡取ったのは何だい?」

「亜巳さんは相変わらず綺麗ですね。辰子さんも素敵で、天使さんも可愛い」

「あんたの口も相変わらずだねえ」

 

冬馬のセリフに亜巳は呆れる。だが仕方がないのだ。彼はそういう人間なのだから。

 

「それにしてもどうした。まさかあの続きでもするつもりかよ。俺は一向にかまわねえぜ」

「そうじゃありませんよ。僕はもう堕ちる気はありませんから」

「なんでえ、つまんねえの」

「楽しみたいなら今度ベットで楽しませてあげますよ竜平」

「お、おう」

「なに照れてんだリュウ。キモイ」

 

ところで彼等の師匠である釈迦堂刑部がいないが、どうやら梅屋の仕事で来れていないらしい。仕事があるなら仕方がないし、これから言うことは後で伝えれば良い。

さて、ここからが本題だ。何も世間話をしに来たわけでは無いのだから。

 

「若、そろそろ本題に入ろうぜ」

「そうですね。では本題です。ユートピアについて貴方たちは関わっていますか?」

「ユートピアって…あんたが渡した合法ドラッグじゃないか。でも九鬼に潰されたんじゃなかい?」

「その反応だと…関わっていないようですね」

 

最近、川神でユートピアが少しづつだけど蔓延し始めている。しかもユートピア売買人まで出現している始末なのだ。

これはおかしいと気付き、冬馬たちは独自に調べている。どこのどいつがユートピアをまた表に引っ張り出してきたのか。

 

「なんるほどなー。でもユートピアなんて出回ってたか?」

「天は知らねえかもしれねえが俺は少し知ってるぜ」

「本当ですか」

「ああ。親不孝通りでちょくちょく聞く。手下どもも恐らく服用してる奴がいるかもな」

 

竜平の部下は今も何十人かいる。九鬼のクリーン化によって竜平の不良軍団はほとんど壊滅したが、それでもほそぼそと生き残っているのだ。

その中にユートピアを服用している奴がいるらしいのだ。

 

「これは良い情報だな若」

「ええ。では更に本題です。僕たちに力を貸してほしいのです。ユートピアの回収もしくは消去の」

「ユートピアの?」

「はい。もちろん報酬は良い値で払います。ユートピアは川神から消えました。ならもう掘り返さなくてよいものなのですよ」

 

冬馬たちの目的は何故か流通し始めたユートピアの撲滅。そして手を出した犯人の捕縛。これは葵紋病院の負の遺産の後始末だ。

この目的に板垣姉妹の力を借りるために連絡を取ったのだ。

 

「力を貸してくれますか?」

「暇だからな。俺は良いぜ」

「オレもオレもー!!」

「わたしはみんなに合わせるよお」

「今生活が少しカツカツだからねえ。良いよ。その依頼を請け負うよ。でもまずは前払いで貰おうか」

「良いですよ。良い働きを期待してます」

 

冬馬たちはユートピア撲滅のために板垣家の力を借りることに成功した。

 

 

221

 

 

「頼みがあるんだ銀子」

「何かしら?」

「人探し」

 

行方不明の少女がいる。その行方をさがすのだ。由紀江の友人からの依頼で、人探しは揉め事処理屋の仕事でいくらでもある。

 

「黛さんからの紹介。なるほどね」

「ああ。この子なんだけど」

 

そう言って銀子に写真を渡す。行方不明の彼女がよくいく場所や知り合いの情報資料も渡す。

 

「できるか?」

「できるわよ」

 

銀子にかかれば造作もない。きっと真九郎の欲しい情報をてに入れるだろう。だからこそ銀子には絶大の信頼を寄せるのだ。

 

「あともう1つ調べて欲しいことがあるんだ」

「なに?」

「川神裏オークション」




読んでくれてありがというございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

各陣営は少しづつ事件を追っていきます。


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最上旭

ついに今回から登場する新キャラ。
タイトルから新キャラが分かりますね。


222

 

 

最近川神で『ファントム・サン』なんて怪人が出没している。なんでもその怪人は川神にいる実力者と挑戦しては勝利しているらしい。

ファントム・サンは黒いパーカーを着ている女性らしい。更に実力はとんでもなく強い。まるで幽霊のように現れては相手を倒して消えていく。

今、川神学園ではファントム・サンの噂で持ち切りだ。そしてもう2つ噂がある。その2つの噂は良い噂ではない。

1つは売春組織であり川神で裏商売をしている。残り1つは麻薬取引である。麻薬と言っても合法ドラッグだ。

だけど、この2つの悪い噂をいずれ九鬼がなんとかしてくれると川神の人たちはそう思っているので危機感は特に無かった。

 

「ファントム・サンかあ。正体は誰だろうね」

「その正体は燕だったりして」

「そんなことないよーモモちゃん」

 

燕はいろいろと何かをしているが残念ながら今回のファントム・サンとは無関係である。

もし燕が怪人として噂されるならもう少し情報を規制させるように動くだろう。彼女の性格上、あまり情報は流すことは無い。

 

「うーん。私のところに現れないかなー。挑戦はいくらでも受けるのに」

「最近のモモちゃんはまた戦いたい症候群が出てきたね。なんかいつものような気もするけど」

「まあな。最近は修業に明け暮れて身体が疼いてるんだ」

 

百代は最近修業に明け暮れている。おかけで勉学が少しおろそかになっているが昔と違って真面目に修業中だ。

今まで無かったが鉄心に修業内容を確認してもらったりとか、本当にたまにだが組手もしてもらっている。戦闘狂の性質は治らないだろうが精神面も昔と違って安定はしている。

それでも真面目に修業しているのだから鉄心は良いと思っている。だけど学園長としては勉学も励んでもらいたい。

 

「って、お。大和撫子コンビ!!」

 

百代がロックオンしたのは夕乃と清楚であった。そのままダッシュで飛び込んだが2人に避けられた。

 

「いきなりですよ百代さん」

「不敬だぞ百代」

「うむむ、夕乃ちゃんは避けられるのは予想したけど…清楚ちゃんまで。いや、清楚ちゃんは項羽だったか」

「不敬な気を感じたから俺様が急遽、表に出たんだよ」

「えー、不敬な気って酷い」

「なら私たちに抱き付いたら何してました?」

「その豊満な身体をまさぐる!!」

「不敬ではないか」

 

真面目に修業をしていても一部の性格は治せていないようだ。こればかりは彼女であるからこその一部だろう。

すぐに立ち上がって百代は一緒に昼飯に誘う。もともと燕とは一緒に食堂に向かっているところだったのだ。

この誘いに夕乃も項羽も特に断る理由はない。二つ返事で了承。

 

「何を食べようかなー」

「納豆?」

「それはもう食い飽きた」

「ショック!?」

 

流石に毎回納豆を提供されて食っていれば飽きるだろう。

 

「燕よ。今度オレの皿に納豆入れたら彼方に吹き飛ばすからな」

「うぐ!?」

 

チャカチャカとかき混ぜていた箸を止める。そして視線を夕乃に移す。

 

「そんなワザとらしい涙目で見ないでください。私は白米でいただきます」

「わーい夕乃ちゃん!!」

 

かき混ぜた納豆が無駄にならなくて済みそうだ。毎日食べていれば飽きるが納豆はやっぱり美味しいし栄養がある。

松永納豆は美味しいので実家の方でも買って送ってもらおうかと考える。

川神学園3年生の綺麗所が4人も集まり、学食を歩いていく。その姿を男女問わずの視線を集めてしまうのは彼女たちが美少女だからだろう。

そんな4人組にある人物が声をかける。

 

「ちょっと良いかしら?」

「ん、お前は」

「こんにちは。最上旭です」

「旭ちゃん!!」

 

最上旭。川神学園評議会議長だ。

彼女は黒髪美人で文武両道で3年生の中でいつも学園1位な人。そんな人物だが学園ではあまり表沙汰になる噂はかからない。周りに問題児及び優秀な人が多い川神学園だが彼女ほどの人物が目立たないのは意外なのだ。

川神学園での~なんて考えた時、そういえば旭もって頭に浮かぶくらいの認知度だ。よくよく考えれば疑問だがそれが川神学園での評価になっている。

 

「アキちゃんを見る度に黒髪美人だなーって思う!!」

「ありがとう百代さん」

 

今まで全くと言っていいほど接点の無い人物。いきなり話しかけてくるとはよく分からない。

 

「何かしたのモモちゃん?」

「うえ、何もしてないぞ。…いや、アレか。でもそういうのはジジィから直接言われるしな」

「うふふ、違うわ。それに用があるのは崩月さんの方よ」

「私ですか?」

「ええ、崩月さんは紅くんの先輩だよね」

 

ここで夕乃はピキーンと何かを感じる。何故か真九郎が余計なことに巻き込まれる気がすると。

真九郎の名前が女性の口から出て来たらほとんどの確立で厄介事だ。もう夕乃も学習している。だからこそ夕乃は警戒する。

 

「はい。うちの真九郎さんに何か用ですか?」

「実は彼に興味があるの」

 

ニコリと笑顔な旭。彼女の言葉にピキリとするが笑顔の夕乃。さらに項羽までピキリ。

 

「オレの真九郎に何か用か?」

「いつ真九郎さんが貴女のになったんですか項羽さん」

「模擬戦を優勝してから」

 

真九郎も聞けば初耳だ。

 

「紅くんがどこにいるか知ってるかな。ちょっと彼のお話がしてみたいの」

 

最上旭。彼女は何故か紅真九郎を探す。

 

 

223

 

 

モグリと卵焼きを口に放り込む真九郎。今はランチタイムだ。そして目の前には源氏トリオの義経に弁慶、与一だ。

昼食を食べようとしたら義経たちに弁当を食べようと誘ってくれたのだ。誘ってくれるのは嬉しいのだが最近なんだか九鬼家の関係者と関わるのが多き気がする。

だが学園生活には気にしない方向にする。今は学園生活の青春だ。だけど会話内容は最近の噂でもちきりだ。

 

「真九郎くんは最近ファントム・サンっていう怪人を知ってる?」

「むぐむぐ…噂だけなら知ってる。何でも夕方時に現れるらしいね」

「お、やっぱ知ってたか真九郎は。けっこうそのファントム・サンって奴に手練れの武術家がやられているらしいんだよね」

 

武術家ばかり狙うファントム・サン。もしかしたらそいつも武術家かもしれない。

川神で決闘するなら9割が武術家である。腕の立つの武術家を倒しているならばファントム・サンの正体ももしかしたら有名人かもしれない。

 

「ファントム・サン。太陽の影…いや、太陽の幽霊か?」

 

与一が名前の意味を直訳している。もしかしたら正体もファントム・サンという偽名から少し分かるかもしれない。

完全に偽名なら分からないが、偽名を面白がる人はたまに自分の本名にヒントとなる名前をつけたりするものだ。

 

「情報が少なすぎるな。名の通り幽霊のような奴だ」

 

ニヒルに笑う与一を無視しながらファントム・サンの話は尽きない。腕の立つ奴ばかり挑んでくるなら今話題の義経たちにも挑んでくるかもしれない。

これは夕方の帰り道には気をつけねばならないだろう。いつ挑まれるか分からないのだから。

 

「気を付けてね」

「他人事だなー」

「俺は武術家じゃないからね。挑まれることはないと思う」

「むー。じゃあ真九郎が護衛してよ」

「護衛?」

「そ、護衛。不死川のところで護衛やってたんでしょ。なら私たちの専属護衛になってよ」

「真九郎くんが護衛…けっこういいかも」

 

弁慶と義経は心から真九郎の護衛について聞いていたのだ。そして最初に思ったことは『羨ましい』だ。

だが彼女たちが羨ましく思っても真九郎は護衛をしない。残念ながら仕事でやっているのだから。ただでは出来ない。

ただの簡単な頼み事なら良いが、護衛という揉め事処理屋としての仕事となると訳が違う。

女性からお願いと女性からの仕事は訳が違うのだから。流石の真九郎もそこはカッチリしている。

 

「じゃあ報酬はこの川神水で」

「いりません」

「…のみかけだよ?」

「…どうしろと?」

 

一部の男性なら弁慶ののみかけ川神水は価値があるかもしれない。業は深いが。

 

「じゃあ主の御触り券だ。真九郎なら許せる!!」

「べべべべ弁慶!?」

「遠慮します」

「何でだ!?」

「いや、何でと言われても」

(あれ、なんかちょっとショックだよ真九郎くん…)

「じゃあ私と主なら?」

「いや、返事は変わりませんが」

「そこに与一を加えると?」

「変わりませんから」

「何で俺を加えんだよ姉御」

 

残念ながら護衛は無い。だがもしも義経たちに危険が迫ったら真九郎は必ず力を貸すであろう。

 

「あ、真九郎その卵焼き頂戴」

「どうぞ」

「おーい紅くん」

「あれ、大和じゃないか」

 

急な来訪者である大和。そこまで急では無いがついそう思っただけである。真九郎が呼ばれたのだからどうやら自分に用があるようだ。

何かと思って食事を止めて大和の方に顔を向ける。

 

「あ、食事は続けてて良いよ」

「そう?」

 

ならば弁当箱をまた開ける。

 

「どうしたの直江くん?」

「ちょっとアドバイスを貰おうかなーって」

「アドバイス? 勉強とかなら俺より直江くんの方が頭良いからアドバイスなんて…」

「そうじゃなくて」

 

勉学の話ではない。どっちかと言うと揉め事に近い話だから真九郎にアドバイスを聞きに来たのだ。

その揉め事とは売春組織だ。

 

「売春組織?」

「ああ。前に壊滅させたって話をしたよね」

「したね」

「前の生き残りなのか、それとも別の奴か分からないけどまた立ち上げたんだ。んで、また俺らでとっちめてるんだ」

 

また危ないことをと思うがこれが川神の人間なのだろう。それに風間ファミリーは実力のあるからこそ売春組織を潰すことができる。

普通の学園生ならできないことやってのけるのが川神学園生なのである。

 

「大和や武神の川神先輩なら簡単じゃないの?」

 

真九郎がアドバイスしなくても風間ファミリーなら大丈夫だと疑問に思う弁慶だが今回は違うと大和は首を振る。

前回の売春組織はアジトを突きとめて潰して終わりだった。しかし今回は違う。前回と違って今回の売春組織はちゃんとしていたのだ。

組織として一枚岩ではなく、何重にも硬い組織だ。情報漏えいを許さなく、幅広く行動うするため複数のグループで川神に潜んでいる。

既に大和たちは2つほど売春グループを潰したがそれでも大元になる奴らを捕縛していないのだ。宇佐美巨人も情報を調べているがなかなか尻尾を出さないのだ。

 

「今回はけっこう手間取ってるんだ」

「なるほどね」

「うーん…囮作戦をやってアジトに乗り込むのは良いと思うけどな」

「その作戦だけど相手ももう警戒してると思う」

 

既に2回も囮作戦で相手を潰しているのだ。ならば相手は警戒するのは当たり前。

 

「紅くんならどうするかなって。一応俺もいくつか他に考えたけどプロにも聞いてみようかなって」

「…俺も大元を潰すためにアジトを探すけど、方法は囮作戦が駄目なら今度は逆に真正面から責めるのも良いかもね」

「真正面…客としてってことか」

「そう。他だと…その売春組織のよく利用している客に聞いてみるとかね。お得意様とか居れば案外知っている場合もある。一番は情報屋…そういうのに情報通な人に聞くのかな」

「なるほど。いろいろ参考になったよ」

「あともう1つ。危険だと思ったらすぐに逃げることだ」

「それは分かってる。俺も仲間を危険に晒すような作戦は考えない」

 

自分がこの年で揉め事処理屋を営んでいるのでどの立場が言うかと思われるかもしれないが危険な橋を大和たちには渡らないでほしいものだ。

やっぱり川神学園の学園生は特殊すぎる。こんな危ないことを当たり前のようにやろうとするのだから。正直いつか痛い目、もしくはどうしようもなく救いの無いことになるのではないかと不安になる。

いくらここが特別な市である川神でも、川神院があっても、九鬼財閥が重点的に警備していても最悪なことは起きるものだ。

それが目の前にいる大和たちに起きないことは願うばかりだ。

 

(…俺も早く大和田さんの依頼を達成しないと。いくつか行方不明の子が行きそうな場所に探したけどハズレだしな)

 

真九郎も依頼をこなそうと動いている。なかなか行方不明の子は見つからない。目撃情報をもとに川神市内をチェックしているのだが最後の目撃情報のところでプッツリと消えているのだ。

まさか川神市内から出ていたら探す範囲を広めなければならないだろう。できれば考えたくないが事件には巻き込まれていないでほしいものだ。

そろそろ銀子にも情報を聞くのも良いかもしれない。もしかしたら情報を掴んでいるかもしれない。

 

「ああ、こんな所にいたのね」

「え?」

 

真九郎たちの目の前に新たに現れたのは最上旭。

 

(彼が紅真九郎…そしてまさか義経までいるなんてね)

「えっとどなたですか?」

「私は最上旭。川神学園の評議会議長をやっているわ」

 

川神学園には評議会なんてものがあるのかと思う。どんなことをやっているのだろうか。生徒会とは違うのだろうか。

 

「紅くん。あなたに興味があるわ」

「…え?」

 

 

224

 

 

川神学園評議会議長の最上旭。彼女との接点なんて1つも無い真九郎。何故か興味があると言われてお茶会に誘われた。お茶会と言っても真九郎と旭の2人きり。場所は評議会室。

これはなんというか面接に近い。

 

「紅くんは緑茶と紅茶はどっちがいい?」

「じゃあ緑茶でお願いします」

「分かったわ。じゃあお茶菓子はカステラにしましょう」

 

旭は優雅にお茶会の準備をしていく。その動きに無駄は無く、見ているだけでも暇にならない。魅せる人間はこういうのを言うのかもしれない。

 

「さあどうぞ紅くん」

「いただきます」

 

お茶を口に含んでカステラをいただく。

さて、真九郎は何故、旭に誘われたのかを考える。話がしてみたい、興味があると言われても彼女との接点は皆無だ。可能性としては河原での決闘や模擬戦で活躍したから目にしたというものがある。

表的に活躍したのはこの2つだ。残りは裏的なものが多い。

 

「紅くん。私は君のことが知りたいわ」

「俺のことですか…」

 

正直自分のことを知りたいと言われても何処から話せば良いか分からない。案外自分のことを語るのは難しいものだ。

 

「うふふ、紅くんったらそんなに難しく考えなくてもいいのよ」

「いや、案外難しいです」

「簡単なことでいいのよ。好きな物とか嫌いな物とか」

 

そんなのは自己紹介だが自分を語るのはまんま自己紹介だろう。だからそのつもりで真九郎は口を開く。

自分のことを簡単に話すしかなかった。

 

「へえ紅くんは向こうじゃ1人暮らしなんだ」

「はい。でも住居人が飯をよくたかりにくるんで1人暮らしという感覚は薄いですね」

「自炊もするんだね。君の料理を食べてみたいわね」

「機会があれば料理しますよ」

 

旭との他愛のない会話。最初は緊張したものだが今では普通に話している。

 

「揉め事処理屋ってどんな仕事してるの?」

「いろいろですよ。犬の世話やストーカーの捕縛に護衛なんかもやります」

「護衛…例えばどんな人?」

「それは流石に言えないですね」

「そっか…九鳳院紫の護衛はどんな感じだった?」

「っ!?」

 

何故、旭が護衛で紫を守っていたことを知っているのだろうか。

 

「何で知ってるのって顔だね。ただの予想だよ。前に九鳳院の令嬢が学園に来たよね。そして紅くんは九鳳院の令嬢と仲が良い」

 

九鳳院の令嬢が揉め事処理屋と凄く仲が良いなんて普通では有りえない。そもそも接点なんてあるはずがない。

接点があると言えば予想で護衛くらいだと考えたのだ。

 

「ああ、なるほど」

 

一瞬だけ警戒したがすぐに警戒を解く。そういえば紫が堂々と川神学園に訪れたのを覚えている。

 

「あと紋白ちゃんもそうだね。チラっと彼女が呟いたのを聞いたわ」

 

それも食堂で話していたのを覚えている。なるほどと頷く。

 

「最上先輩は推理力があるんですね」

「こんなこと誰でも推理できるわ」

 

最初は驚いたがやはり頭脳明晰なのだろう。

 

「九鳳院の令嬢の護衛時はどんなことをしてたの?」

「いや、だから詳しくは…」

「紅くんは九鳳院紫とどんな話をしたの? 揉め事の事件で九鳳院紫を拳銃から守ったんでしょ? 九鳳院の次男に攫われた九鳳院紫をどうやって救ったの? どうやって悪宇商会の戦闘屋を倒したの? やっぱその腕に移植した崩月の角の力? どうやって九鳳院当主と話をつけたの?」

「…え?」

 

何故、旭が紫を守った時に拳銃に撃たれたことを知っている。何で九鳳院家の次男に紫が攫われたのを知っている。何でその時に悪宇商会の戦闘屋と戦ったことを知っている。何で九鳳院当主と話を着けたことを知っている。

 

「どうしたの?」

「…それは推理では分からないことですよね」

 

蠱惑的な笑みを浮かべる旭。

 

「…ちょっとだけ嘘を言ってしまったわね。実は私、だいたいの紅くんのことをお父さんから聞いているのよ」

 

旭の父親から。彼女の苗字は最上。そういえば最近、最上という名前を聞いたことがある。

それは九鬼極東本部で出会った男。今まで会ったことの無い人物だったから印象に残っている。

 

「最上幽斎さん…」

「あ、お父さんとはもう会っていたのね」

 

正解であったようだ。最上幽斎に最上旭はまさか親子の関係。こんな巡り合わせもあるものかと不思議に思う。

だけどその前に何で紫との一連のことを知っているのだろうか。

 

「お父さんも私と同じように紅くんに興味があるのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。それに紅くんは裏十三家の斬島切彦と戦ったんでしょう? 西四門家の朱雀神に訪れたらしいけどどうだった? キリングフロアで裏十三家の星噛であり悪宇商会最高顧問とどんな戦いをした? 歪空の令嬢とはどうだった?」

「…何で知っているんですか」

 

警戒レベルをより上げる。何でそんなに事細かに知っているのだ。普通では有りえない。

特に歪空との戦いはそう簡単に知ることはできないはずだ。あれは悪宇商会も関わっていて、情報も規制されている。九鬼財閥に所属している幽斎が調べたのだろうか。それでも九鬼財閥が本気を出さないと分からないはずだ。 

 

「言ったでしょう。君に興味があるって…だから調べてみたのよ。最も全部お父さんから聞いたんだけどね」

「何でそこまで…」

「お父さん曰く紅くんは多くの試練を突破した人間。君ほど世界から与えられた試練を突破した人間はいないらしいよ」

 

試練。まさか今まで真九郎が遭遇した事件は全て試練だと言っているのだろうか。

あんなものは試練なんかではない。試練という言葉で片づけてよいものではない。人が死ぬ試練なんて嫌だ。そんなのはもう試練ではなくただの事件なのだから。

 

「紅くんはどんな人間なの?」

「……」

「君の始まりは国際空港爆破テロ」

「っ、何で知っているんだ!?」

「それもお父さんから聞いた。それが聞かれたくない事だってことは分かる。でも私は本当に君に興味があるから知りたいの」

 

聞かれたくないことだと分かっているなら聞かないでほしい。

 

「私は紅くんのことが知りたい。全て知りたい。どうしてお父さんがあんなに君に興味を持っている理由を私は直で、この目で知りたい」

「……教えることはありませんよ。人は他人に教えられないことがいくつだってあります」

「…そうなのね。じゃあ私のことを全て教えたら教えてくれる?」

「え?」

 

旭は何を言いだすのだろうか。

他人のことを知りたいならまずは自分のことを話すということか。それでも真九郎の人生は普通と違うのだ。

始まりは本当に最悪だ。家族を失ったのだから。あの時のことは今でも夢で見る。忘れたいが忘れるわけにはいかない。必ず犯人を見つけ出すのだから。

 

「紅くんは普通の人と違う。私もそうよ」

「最上さんも?」

「ええ」

 

緑茶を飲んで彼女は一息つく。その動作もどこか蠱惑的だ。

 

「私のことは明日に分かるわ。朝テレビをつけててね」

「それはどういうーー」

「そのままの意味よ。お互いに自分のことを曝け出していきましょう」

 

そう言うと旭。まだよく分からないが真九郎は明日の朝テレビをつけること忘れないようにした。




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

今回登場した最上旭。幽斎が登場したのだから彼女も勿論登場します。
ということは義経ルートの設定も最終章に組み込まれていきます。

真九郎がいるせいで最上親子はガンガン攻めていきます。いろんな意味で真九郎が大変です。


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麻薬グループ

225

 

 

親不孝通り。ここは川神の中でも治安が最も悪い場所。川神学園生でも近寄ることはそうそうない。

ここはよくいろいろと『よくないもの』が集まる。だからこそ竜平と天使は早速冬馬に頼まれたユートピア撲滅のため闊歩していた。

ここなら何かしら情報があるだろう。もしくは現物があるかもしれない。

 

「ん、あいつらは」

「どうしたリュウ?」

「前の部下がちょうど何かやってる。つーかルディもいるじゃねえか。それにありゃあユートピアだ」

「早速情報ゲットじゃねーか」

 

2人はユートピアを売りつけようとしている奴らの元に向かう。

 

「よお久しぶりだなてめーら」

「っ、竜さん!?」

「おいお前らさっさと行け」

ユートピア売りつけようとしてた客をどっかに追いやって竜平は前の部下を囲む。

「よお、面白いもんを売りつけてたじゃねーか。どうしたそれ?」

「ああ、コレっすか。ユートピアっすよ。おれ今売人やってて売ってるんすよね」

 

まさか前の部下が売人をやっていると思わなかった。いや、案外やりそうな奴はいくらでもいた。

天使が言った通り早速ユートピアの情報を手に入れられそうだ。

 

「ちょいと俺様にも噛ませろよ」

「お、マジすか竜さん!!」

「ああ、だからその薬を配ってる大元の場所を教えろよ」

 

ニヤリと笑う。これは簡単に情報を手に入れられそうだ。だが現実は、そう簡単にいかない。

 

「いや、流石に竜さんでもいきなり教えられないっす」

「ああ?」

「勘弁してくださいっすよ~上から情報漏えいは相当厳しく締まってるんすから」

「んだよ吐いちまえよー。ゲロった方がラクラク!!」

 

天使まで情報を吐くように煽っている。だけど前の部下は口を開かない。

どうやら本当に情報を吐かないつもりだ。ヘラヘラしているがこいつはキッチリするところはしている。なので売人として上から少しは信頼されているだろう。

だからこそある程度の情報を持っている。

 

「そうか…言わねえか」

 

竜平は瞬時に首を絞める。

 

「言え。じゃなきゃ首をへし折るぞ。悪いが冗談じゃねえぞ」

「ぐげ!?」

 

ギリギリと腕に力を入れる。竜平に躊躇いは無い。言わないと本当に首をへし折るつもりだ。

 

「ぐぎぎぎ…ルディ!!」

「ウガアアアアアアア!!」

 

今まで黙っていたルディが野獣のように竜平へ襲いかかる。黙っていたというより命令を待っていた感じだ。

 

「おいおいどうしたルディ?」

「ウグウ、ユートピア、マモル。ジョウホウロウエイユルサナイ」

「ゲホゲホ、コイツはもうユートピアを服用しまくってるんすよ。んで、ユートピアのことを嗅ぎまわる奴を襲うようになっちまってるんすよ」

「チッ、ユートピアをキメちまってるのか」

「おいおいもう獣じゃねーか」

「オンナァ!!」

「うおおおっ何だ何だ!?」

 

ルディは天使にロックオン。性獣なんて二つ名があるほどなので女性には目は無い。もう理性なんてほとんどないので強姦なんて当たり前にやってのけるだろう。

実際にもうやっているかもしれない。すぐさま天使は貞操の危機を感じてゴルフクラブでルディの頭を叩きのめした。

 

「キメーんだよ!!」

 

脳天フルスイングしたのだがルディはヨロヨロの立ち上がる。間違いなく効いているのだがユートピアのせいで痛みを感じていないのだ。

身体は危険を訴えているが痛覚は無くなっているのだ。

 

「おいルディ。女は後にしろよ」

 

まずは情報を聞き出そうとした竜平を叩き潰すのが先決なのだ。今のルディは身体が限界まで耐えられるようになっている。

いかに竜平が暴力的な力を持っていても耐久戦でどうにかなるはずだ。

 

「竜さんには悪いけど情報を嗅ぎまわる奴は容赦なく潰すんでね……死ねや」

「ウガアアアアアアオオオウ!!」

「ほお、俺様を潰すか。んじゃあその間違った考えを逆に捻り潰してやる!!」

 

野獣のように襲いかかるルディの顔面に竜平は硬くに握り締めた拳を叩きこんだ。

ぐしゃりとルディの顔面が潰され、拳にねっとりとした血が付着した。

痛みを無くしたとしても顔面を潰されれば痙攣して倒れるだろう。実際にルディはユートピアを服用していても床に倒れた。

ピクピクとして痙攣しながらもう動かない。

 

「ひえっ!?」

「さて、どうする。さっさと言わないとルディみたいになるぜ。それとも俺の猛りを鎮めるか?」

「リュウ。ここで掘るんじゃねえぞ。掘るなら裏で掘れや」

「ひええ!?」

 

竜平が近づくと真上から殺気を感じた。すぐさま回避をして落ちてきた者を確認する。

 

「何をやっている?」

「ああ、バイオさん!!」

「ソイツが敵だな?」

「そうっす!!」

 

バイオと呼ばれた謎の男。どうやら外国人のようだが普通の人間ではなさそうだ。

身体は鍛えられており、スポーツのために鍛えられたというよりは戦士のために鍛えられた身体だ。

それに身に着けている物がいろいろと物騒だ。まるで傭兵のようだ。

 

「てめえ何者だよ?」

「ただの用心棒だ。それ以上それ以下でもない」

 

カチャっとバイオニック的な籠手を装着した。そしていきなり殴りかかってくる。

 

「うぐ!?」

 

両腕で防いだが相手の籠手からいきなり衝撃波が生じて吹き飛ぶ竜平。

 

「リュウ!?」

「痛、大丈夫だ。こんの野郎が!!」

「ふむ。流石はカワカミだな。頑丈なのがいる。だからこそ良い実験ができそうだ」

「あん?」

「てめーぶっ殺す!!」

 

今度は天使がフルスイングでゴルフクラブを叩き出すがガードした。相手も頑丈のようで防がれる。

 

「むう。まだ小さいくせになかなか暴力的だな。流石カワカミ。2人まとめてかかってこい」

 

バイオと呼ばれる男の正体はある国によって極秘に研究されているバイオニックソルジャーだ。

彼は自分の成果をまとめるために武人の地である川神で名前を隠して用心棒として強者たちと戦っているのだ。用心棒をする相手がどんな奴らだろうと気にしない。

自分の完成された肉体や武器を試せれば良いのだから。全ては国のため、対川神のためだ。

 

「研究の成果を見せてやろう」

 

バイオの肉体に組み込まれたのは衝撃波を生み出す装置だ。その装置を元に腕から衝撃波を出す。

拳からの攻撃から衝撃波。その威力は相当なもので竜平ですら簡単に殴り飛ばすのだ。

 

「やるじゃねえか。だが猛ってきた潰してやる!!」

「オレも舐められたままじゃ収まらねえ!!」

 

竜平と天使は挟むように立ち向かう。

 

「バイオニックオールウェイブ!!」

 

衝撃波は何も腕からだけではない。身体全体から発することができるのだ。

周囲に衝撃波が襲い掛かり、竜平たちを吹き飛ばす。その余波で近くにいた赤髪の女性が持ってきた酒瓶が割れた。

 

「ふ、流石我が研究成果だ」

「まだだ。てめえ!!」

 

再度拳を握って立ち上がる。そしてバイオに向かって走る。

 

「まだ来るか。だがそれでこそカワカミ」

 

バイオももう一度衝撃波を出そうとしたがここで乱入者が現れる。

 

「わーたーしーの…酒を吹き飛ばしたのはお前かー!!」

「え…ぐおおおおおお!?」

 

ゴシュアアとバイオは殴り飛ばされた。ありえない方向に殴り飛ばされたバイオはルディと同じように痙攣しながら倒れた。

 

「お前が私の酒を壊したのかー!!」

「誰だお前?」

 

星噛絶奈。酔っ払いながら竜平たちの手伝いを偶然にもしてしまった。

 

 

226

 

 

プルルルルルルルルルルルルルルルル。

電話が鳴ったので通話ボタンを押して出る。相手は竜平からだ。

内容は早速ユートピアの報告だ。流石は板垣家でもう情報を持ってきてくれるとは助かる。これは報酬をあげないといけないだろう。

 

『早速ユートピアの取引先が分かったぜ』

「ありがとうございます。流石は竜平ですね。今度ベットで可愛がってあげます」

『お、おお』

『何照れてんだい。アタシに変わりな』

『あ、亜巳姉。まだ俺は』

 

竜平だと話が進みそうにないので亜巳に電話が変わる。

 

『早速だけど報告するよ。ユートピアはある場所で各売人に配られて、そこから客に売りつけている』

「その場所とは?」

『川神裏闘技場らしいさね。少し前に開催されて荒くれ共が結構集まっては何でもありの決闘をしているところだ』

 

川神裏闘技場。

ここ最近荒くれ共がよく集まる場所だ。青空闘技場を捻り曲げて延長させた闘技場である。

闘うことが好きな者。闘う者を見るのが好きな者。賭け事が好きな者。その場所でよくないことを企む者。

確かにその場所でユートピアを配っていてもおかしくはないだろう。麻薬取引グループからしてみれば絶好の場所。

 

「なるほど。そんな場所があったのですね」

『ああ、あったんだよ。アタシも竜も知らなかったけどねえ。そんな場所があるなんて』

「裏闘技場はどれくらいの頻度で開催されているので?」

『情報を聞いた奴からだとここ毎日やってるみたいだね。でも麻薬取引グループは計画的に集まって上からユートピアを配られている。だからその日を狙えば大元に会えるはずさね』

「そうですか。ならばその日を狙って裏闘技場に行くべきですね」

『けっこう危険だよ?』

 

裏闘技場は確かに危険だろう。一般人が近づいて良い場所では無い。それでも冬馬はユートピア撲滅のために行かなければならない。

 

『そうかい。じゃあ次の麻薬取引グループが集まる日を言うよ。竜の奴が身体で聞いたから確かな情報だ』

「掘ったんですね」

 

川神裏闘技場の情報を得た冬馬。

 

 

227

 

 

私と一緒について来たバイオニックソルジャーの1人がやられた。流石は川神だ。

 

ここには強者がたくさんいるようだ。それでこそ私という完璧体が試せるというもの。実際のところ川神の強者を私は叩き潰している。

 

ここ最近噂となっているファントム・サンとやらと戦ってみたいがなかなか出会えない。だがいい。今は川神裏闘技場で自分の力を存分に振るえる。

 

川神裏闘技場は表の強者も裏の強者も集まる。やはり素晴らしいぞ川神。この川神裏闘技場でより磨きをかけて武神と覇王に私の力を魅せてやる。

 

そういえばここ最近、川神裏闘技場に強い奴が入ってきた。匿名希望18歳赤髪サイボーグ。私と同じ女性であるがはっきり言って強い。

正直あの武神や覇王と同レベルかもしれない。ならば武神と覇王と戦う前に彼女と戦うのもよいかもしれない。もし戦えることが出来るなら前哨戦だ。




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

さて、冬馬たちは川神裏闘技場という情報を得ました。んでもって星噛絶奈もまた登場です!!

説明。
バイオニックソルジャーですが、マジ恋原作にも設定で出てましたが立ち絵も名前もありません。なので私の想像で執筆しました。


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木曽義仲

はい。今回でやっと5人目のクローンです。
義経ルートの始まりの部分ですね。


228

 

 

旭とのお茶会を終えてから次の日。彼女に言われた通り朝テレビを点けるとまさかのニュースが流れていた。

どのテレビ局も同じ内容で緊急特番だ。その内容とは5人目のクローンが公にされたということ。そしてテレビに映っているのは最上幽斎だ。

 

『こんにちは。私の名前は最上幽斎。私は今ここで新たなクローンを発表をする』

 

何故彼がテレビに出ているのか。

 

『新たなクローンの名前は木曾義仲。もしくは源義仲だね』

 

5人目のクローンは木曾義仲。あの源氏の1人であり、平氏を京から追い出したとされている侍大将。

 

『彼女は私の養女として日常生活を送っている。クローンたちが社会での生活を適切に遅れるかどうか前もってチェックしていたんだ』

 

ニュースキャスターは「何故今頃になって5人目の発表を?」と聞くと返ってきた答えは「話題の継続」とのこと。

幽斎は笑顔で「毎日だって世間を賑わせたい」なんて言う始末だ。

 

『発表されたら周囲の人間は驚くだろう。でも同時に、どこか納得するはずだ。彼女は不思議な魅力があったな…と』

 

彼女に養女ということは木曾義仲のクローンは女性。

 

『まずは名前を公開しよう。最上旭。現在、川神学園に在籍している3年生だ』

 

最上旭という名前を聞いて昨日意味を理解する。そもそも幽斎が養女といった時点で察することは出来た。

朝テレビを点けろということは確かに旭の正体を曝け出すことだった。

 

(最上旭さんが木曾義仲)

 

真九郎以外も大和やクリスたち驚いてポカンとしている。それはそうだろう。きっとどの家庭でも口を開けてポカンとしているだろう。

真九郎はすぐに口を閉じた。見っとも無いからではない。旭の正体が分かり、その後ろにいるのが幽斎で九鬼財閥がいることが分かったからだ。

まさか本当に本気で九鬼財閥が調べたのだろうか。それなら真九郎のことを調べられるだろう。

 

『では登場してもらおう。私の養女である最上旭だ』

『こんにちは木曽義仲のクローンの最上旭です』

 

旭が登場してからはニュースキャスターの質問タイムだ。彼女はすべての質問を答えていく。

質問内容はやはり木曽義仲についてばかりだ。質問タイムが終われば武士娘として実力を見せてほしいと試合が組み込まれる。

旭は嫌な顔せずに試合を請け負う。対戦相手はある国の実力者。始まる試合。

武術家なら目を見張るだろう。なんせ木曽義仲の戦いなのだから。

 

(………)

 

真九郎も黙って彼女の戦いを見る。見るしかない。

試合の結果だが旭の一方的な戦いであった。対戦相手を素手だけで追い詰め、最後に抜刀して相手の武器を切断して戦意を喪失させた。

だが最後の抜刀は本当に相手を斬る勢いだった。一部の者は気づいていただろう。真九郎もだ。

だから真九郎は旭が人を斬るのに躊躇いがない人間だと理解した。だからと言って旭は人斬りとは違うだろう。

場合によってというか、試合を死合と思っているだろう。真剣勝負は本気の殺し合い。

 

「すげーな!!」

 

翔一はシンプルに口を開く。それほど旭が強いことを理解できたのだ。彼女が強いことは翔一だけでなくクリスや由紀江も理解した。

彼女の強さは間違いなく壁越えクラスだ。これは刀を持つ由紀江や百代が気になるだろう。さらに同じクローンであり、源氏関連の義経たちはもっと気になっているだろう。

そして真九郎だって気になっている。自分の関わった事件を知り、生い立ちまで知っている。なぜそこまで真九郎に興味をいだいているのか。

 

『みなさん。養女である最上旭をよろしくお願いします』

 

最後に幽斎と旭が笑顔で緊急特番は終わる。最後の最後で2人がテレビ越しで真九郎を見ていたと感じ取ったのはただの意識しすぎかもしれない。

なんせ2人から興味があると言われているのだから意識してしまうのは仕方ないかもしれない。

 

 

ところ変わって九鬼財閥。

 

 

「いやぁ、勢ぞろいのメンバーですね」

「最上幽斎。よく私らの前に顔を出すことができたね」

 

ここには九鬼財閥の中でも重要なメンバーが集まっている。そして今ここで中心というか集まる原因となったのは最上幽斎だ。

集まった原因は朝テレビで放映されたことしかない。あの放映は九鬼財閥でも全くもっていいほど知らされていない情報であり、トップの帝ですら知らなかったのだ。

そう誰も知らなかったのだ。これは全て幽斎の独断で行われたことだ。

 

「こんにちはマープル。貴方は歳をとっても綺麗ですよ」

「んなことは良いから今回のことを帝様に私らに説明するんだ」

「最上幽斎。何故あんなことをしでかしたのか」

「まあ待て紋。本人に問うのは父上に任せるべきであろう」

「あ、すいません兄上。つい気になってしまい!!」

 

紋白はお口をチャック。

 

「ほれ見ろ。紋白は相当お前に言いたい事があるらしいぜ最上。ここに顔を出したってことはもろもろを話すつもりなんだろ?」

「当然だ。私には説明義務がある」

 

幽斎が説明する前に従者部隊のステイシーが今回起こしたことについて「謝罪しろコノヤロー」と言うが彼は「なんのこと?」という顔をする。

 

「謝るとは。謝るくらいならはじめからやらない。私は今日のことをもって警告したい」

 

幽斎は語り始める。

最近の九鬼財閥は企業として世界で独走態勢に入っている。それは凄いことだ。ライバルとなる企業が無いわけではないが九鳳院や麒麟塚、皇牙宮とはそういう関係にはなれない。

だからこそまったくもって九鬼財閥はライバルにはいない。敵対企業がいない巨大組織ほど危うく、腐りやすいものはないのだと言う。

今回の一件は九鬼財閥への警告だ。内部でこうして好き放題に動く輩がいても巨大すぎるゆえに存外バレないもの。

外敵があまりいないからこそ内部に気をつけた方が良い。統一を目前とした織田信長のような結果にしたくないはずだと幽斎は言う。

本当に今回のことは全て幽斎の独断だ。

 

「動機はみんなへの愛だよ。愛しているから分かって欲しいんだ。まあ、私自身楽しんでいるから無償の愛とは言えないけどね」

「楽しむというと?」

「私はね人に試練を与えて、その人が与えられた試練を打ち勝ち成長する姿を見るのが楽しいんだよ」

 

笑顔の幽斎。今回彼が仕出かしたことを、何で知っている星の図書館と言われるマープルは気付けなかったことに対して顔から火が出る思いだと言うが幽斎は彼女にたいして「弘法も筆を誤る」という。

これを糧にすれば成長し、より素晴らしい図書館になると言った。

九鬼の上層部で内緒でもう1人のクローンを作り出した幽斎の凄さを帝たちは再認識する。九鬼財閥の中でこんなことができる人間なんて有りないのだ。

帝やマープル、ヒュームですら気付かせないで実行させた幽斎。それだけでも彼が異常と言っていいほど凄い人材だ。

 

「質問は終わっちゃいないよ」

「なにかなマープル?」

「何故、クローンに源義仲を選んだ」

 

義経のクローン計画を聞いた時、幽斎は生まれてくる義経の心配をした。それは同じ境遇の立場である存在がいなければ歴史通りのポテンシャルを発揮できないかもしれない。だからこそ競争相手を木曾義仲を選んだ。

これは義経のためにだ。

 

「養女扱いしている分、親の欲目も入っていると思うが、義仲は優秀だよ。歴史上では義経側に軍配があがったけど現代じゃ分からない。義経自身にとっていい試練になると思うよ」

「また試練か。いつ誰がお前に試練を与えてくれと頼んだ」

「世界は私に優しくしてくれた。その恩返しだよ。私を恨むかもしれないが私はそれでも構わない。愛すべき人が成長さえすれば、それこそが私の喜びだ」

(こいつ、ガチのアレじゃねえか?)

(はい。本気で自分の行いを善行だと思ってます)

 

ステイシーにシェイラは背筋に寒気を感じた。

 

「なるほどな。全ては九鬼のためにやったことだと…面白くなってきたじゃねえか最上幽斎」

「貴方ならそう言ってくれると思った。私は逃げも隠れもしないよ。いつでも呼んでくれて構わない」

「いかなる処分も受けるってことか?」

「貴方たちが成長するならば、その過程で討たれるのもまた嬉しいことだよ。それではこれにて」

 

最上幽斎は笑顔で堂々とその場所を後にした。

そんな幽斎が部屋を出て行ったあと紋白は帝に「彼が何を言っているか理解できません」と言ってしまう。

 

「自分が試練を与える側の人間だと本気で思っているのさ。神様視点で俺たちを慈しんでくれているのさ。そりゃあ理解出来なくて当然だ紋」

「またえらい人材をスカウトされましたな父上」

「いると面白いと思ったケド、ここまで引っ掻き回すとは思わなかったぜ」

 

帝は飄々としているが心情はそうではない。まさか九鬼内部であんな男が暗躍しているとなると心から笑えない。

九鬼財閥が宇宙だ深海だに行く前に内部を綺麗にしなければならない。

 

「学園側も注目だな。木曾義仲対源義経だってよ。ああも発表されちゃ受け入れるしかないわな」

(それにしても最上幽斎か。全くもってよくわからないやつだ)

 

紋白は人を見る目はあるが幽斎だけはよく分からない。彼は普通の人間ではない気がする。いや、普通の人間ではないだろう。

 

 

229

 

 

川神学園に登校する前に銀子から封筒を渡される。

 

「真九郎。はいこれ」

「これってもしかして」

「あんたが今依頼を受けている行方不明の子の情報資料よ」

「もう見つかったのか流石銀子だな」

 

流石は凄腕の情報屋だ。こういう探しものに関しては銀子の方が上手だ。というか真九郎が敵うはずもないだろう。

真九郎の力が発揮されるのはやはり揉め事で力を任す時くらいだ。

さっそく封筒を開けて情報を見る。やはり事細やかに情報が記載されている。とても読みやすいし、分かりやすい。

行方不明の子が今までの行動していた場所やルートも書かれている。そして真九郎が分からなかった最後に行方不明の居場所が記載されていた。

 

「川神裏闘技場?」

「最近非公式で開催された裏闘技場よ。まあ青空闘技場の延長線上のような場所ね」

「物騒な場所だろ」

「物騒な場所ね。で、ここでその行方不明の子が働いているらしいわよ」

「なるほど、そういうことか」

 

真九郎もまた川神裏闘技場の情報を得る。

 




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

さて、今回でついに最上旭が木曽義仲のクローンと発表されました。
それは最上幽斎が本格的に動いたということです。
川神では二つの事件が起きそうです。

表は幽斎が起こす祭り。裏はオークション。
川神では表も裏も何かが起こります。


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源氏勝負

230

 

 

川神学園に登校すると人だかりができていた。理由なんて緊急特番で放送された5人目のクローンである旭しかいないだろう。

校門には最上親子がいた。

 

「お父様。送ってくださりありがとうございます」

「勉強頑張ってな。私はいつでも見守っているよ」

 

正体を明かした最上旭は堂々と登校していた。それはもういつも通りに。

ニュースで放映されて世の中は騒いでいるのに最上親子は普通だ。

真九郎は最上親子と目が合った。幽斎はニコリと笑ったあとそのまま川神学園から出ていく。

 

「おはよう紅くん」

「おはようございます最上さん」

「アキさんでいいわよ。だから私は真九郎くんと呼ぶわね」

「…アキさん」

「真九郎くん」

 

旭はもうこの川神学園で一番の注目の的だ。強さもある。やはり中には彼女と戦いたいと思う者は存在する。

例えば由紀江なんてそうだ。彼女は一番に戦いたいと思っている。それは単純に戦いたいというわけでなく、旭の危険性に気付いたからだ。

彼女は真剣勝負ならためらいなく斬るだと確信したからこそだ。だから由紀江は剣士としてクラスメイトの誰かか挑戦する前に守る戦おうと思っているのだ。

 

「おはようございます議長!!」

「おはよう」

 

旭は評議会のメンバーから信頼されている。流石に彼女の正体が明かされた時は驚いただろうが、それはそれ。

評議会は揺るぎない。それも旭の人望があるからだろう。

 

「う~ん」

 

義経が遠くから旭を見ていた。同じ源氏のクローンとしては気になるのだろう。

 

「義経。遠慮せずに声をかけてくれてもいいのよ」

「ああ、うん。ええと義仲さん」

「貴方にはそう呼んでほしいわ。テレビ放送は見てくれた?」

「もちろん見ました。スゴイですね体捌き!!」

「義経に褒められるなんて嬉しくなるわね」

「そして何より最後の太刀の一振りがゾクゾクしました!!」

「ああ…もっと褒めていいのよ」

 

義経と義仲。どうなる会合かと思えば普通だ。何かが起こるというわけではなく、普通に先輩後輩な感じで会話している。

だけど彼女たちが普通な会話で終わるわけではない。そもそも旭には義経に言いたいことがあったのだ。

 

「ねえ義経。私と果し合いをしたい?」

「!!」

 

一気に空気が変わった。

 

「とても興味があります。武士として勝負してみたい!!」

 

義経はしっかりと言い返した。彼女もまた戦いたいのか、それは彼女の流れる血ゆえか。

もちろん全力で。つまり刀を抜いての勝負。そのことに義経は肯定する。

 

「私も貴方としたいわ。相思相愛ね」

「そ、そうしそうあい」

「とはいえ、さすがに然るべき時にと場所が必要だと思うの。真剣勝負での勝負は場合によってはそれ以後の勝負ができなくなる可能性もあるからね」

旭は対戦を待ちわびる集団へと歩いていく。それは義経の勝負のあとに勝負することを約束するために。

そのことに全員が納得する。由紀江も納得する。

 

「まずは武芸以外で色々競い合いましょう」

「は、はい。…というと」

「そうね、まずは放課後、屋上に来てくれるかしら?」

「はい、屋上ですね!!」

 

なんか従順に返事をしたので「可愛い子犬みたい」と言う旭。それに賛同する弁慶。

これには義経は反論するが旭は「私も女狐、くらいの軽口を返してもいいのよ」と言う。それも弁慶は賛同する。

 

「ふふ、こんこんっ」

 

彼女の意外な一面なのかもしれない。

 

「今のはわんわんと返したほうが良かったのかな?」

 

それはご自由にどうぞ。

 

 

231

 

 

早速放課後で義経は屋上に行く。1人だけでなく、弁慶と与一も一緒だ。そしてなぜか真九郎と大和も呼ばれた。

 

「時間ぴったり。几帳面な事ね」

「そういえば義仲は一人なんですか?」

「残念ながら義仲関係のクローンは私一人よ。そういう点では弁慶や与一がいる義経が羨ましい。巴がいたら良かったのに。でもこの孤独は私に対する試練だとお父様は言ったわ」

 

また試練かと思う真九郎。大和も何か引っかかったのか一瞬だけ試案顔をした。

さて、早速源氏同士の勝負が始まる。どちらが優れた者であるか。

最初の勝負は旭が取り出した物であった。

 

「笛?」

 

旭は義経と笛を吹いてみたいから種目に笛を選んだのだ。確かに何となくだが源氏勝負に当てはまる気がする。

そして彼女は早速、笛を吹き始める。義経も合わせるように笛を吹いていく。

その音色は与一が飾らない感嘆の言葉を発するくらい澄んでいるからだ。真九郎も音楽はわからないほうだけど良いということだけは分かった。

妙なる音色が校内に流れていく。この音色に川神学園の学生全員が耳を傾けてしまう。これが源氏の音色なのかもしれない。

 

「ふう、こんな所かしら。流石は見事な笛の音ね」

「いえ、義仲さんこそ。ずっと吹いていたい気持ちになりました!!」

「では白黒つけましょうか」

 

誰に勝敗を決めてもらうかで中立の大和が選ばれた。この勝負に引き分けはない。

旭は源氏勝負に必ず白黒つけたいということらしい。

 

「どうしよう…弁慶」

「なぜ弁慶ちゃんにふるのかね。私は間違いなく義経って言うよ」

「えー…紅くんは?」

「俺に言われても…こういうのはもう自分が良いと思った方を選べば良いと思うよ」

「真九郎くんの言う通りよ。自分に正直に思った方で言いわ。それが一番だもの」

 

悩んだ結果、大和は義経を勝者に選んだ。負けた旭だが悔しくと思っていない。なんせ源氏勝負始まったばかりだ。

いくつ義経と戦うか知らないが彼女は競い合うのだろう。これはまだ始まりにすぎない。

そしてこのまま旭は屋上から去ろうとしたがピタリと止まった。そしてツカツカと真九郎の元へと歩いてきた。

 

「え、何ですか?」

 

彼女の顔が近い。

 

「貴方とお話がしたいわ。あの続きをし・ま・しょ」

 

何故か意味深な雰囲気で近づかれて意味深なことを言われると周囲に誤解されるのだが。既に義経と弁慶には誤解されている。

 

「あの続きって…何。は、もしかして大人の階段を!?」

「あわわ…もしかして真九郎きんと義仲さんは大人の階段を!?」

 

何を言っているのだろうか義経は。そして弁慶は絶対に冗談だと気付いているはずだ。

 

「紅くん…」

「直江くんまで乗っからないで」

「あら、私と真九郎くんとは秘密の仲よ。お互いに曝け出し合う仲にこれからなっていくんだから」

 

彼女は嘘は言ってないからなんて否定すれば良いか分からない。だが沈黙は肯定の証になる。

誤解が義経たちの中で真実になりそうだ。

 

「じゃあ行きましょうか真九郎くん」

「あ、ちょっと待って。まずは誤解を!?」

 

結局誤解を解かせてもらえず旭に引っ張られるのであった。彼女はこういう時は強引だった。

 

 

232

 

 

強引なまま真九郎は旭に連れられて評議会室に入る。結局誤解を解かせてもらえなかったが弁慶と大和は絶対分かっているはずだ。

あとは義経の誤解を解いておいてほしいものだ。彼女は何故か見抜ける誤解を本当に信じるから困る。

 

「じゃあ、しっぽりとしましょうか」

「…何をですか」

「あら、私にそんな恥ずかしいことを言わせるの?」

「…最上さん」

「アキさんでしょ?」

「アキさん」

「はい、よろしい」

 

何故か一瞬だけ夕乃の雰囲気を感じたのは気のせいだろう。

そして環のような雰囲気も感じたのは何故だろうか。旭という女性はまだまだよく分からない。

 

「どこでそんな知識を…」

「私って官能小説も読んだりしてるのよ」

 

どうやら環のような成分も持っているかもしれない。もし、そんな話になったら困る。どちらかというと苦手だ。

前に真九郎は紫たちにそういう話を純粋に聞かれた時が一番困った。子供はいないけど、子供に「赤ちゃんはどこから来るの?」なんて言われた父親の気分である。

あの時はどうにかして乗り切ったが、今ではどう話してか覚えていない。

 

「真九郎くんは官能小説って読まないの?」

「読みません」

「面白いわよ官能小説。いろいろと勉強になるし」

 

何を保険体育の教科書のように言うのだろうか。言わんことは分からないことはないが。

彼女には意外なギャップがあるというかなんというかなんというか意外な一面だ。これも人を引き付ける魅力の1つかもしれない。

 

「じゃあ、あの時の続きを話しましょう」

 

またもお茶とお茶菓子を用意してくれた。お茶を口に含んで渇きを潤す。

このあと、いろいろと話すだろう。ならば喉の潤っていた方がいい。まさか怒鳴ることはないかもしれないが彼女と対話する場合は喉が渇くのだ。

まるで追いつめられるように話してくるから。

 

「さて、真九郎くん。まずは私が曝け出したわ…今度は真九郎くんの番よ」

「今度は俺の番?」

「ええ。そうね…真九郎くんと九鳳院紫の出会い話を聞かせてほしいわ」

 

お互いに曝け出し合うことを約束したつもりはないが旭はこちらが黙ることは許さないだろう。

彼女はどうしても真九郎のことを知りたいようだ。だがこちらも事細かく言うつもりはない。

真九郎と旭の関係は川神学園での先輩と後輩にすぎない。話すことなんて無い。

 

「もちろん仕事が終わったとはいえ、言えないことはあると思うわ。だから言えない部分は無しで話してほしいの」

 

どうやら彼女もこちらの事情は理解しているようだ。でも話してほしいらしい。

 

「どうやって九鳳院令嬢の護衛仕事を手に入れたの?」

「ある人が仕事をまわしてくれたんです」

「柔沢紅香ね。あの人も興味があるわ…不思議な人であり強き人」

 

どうやら知っていたようだ。真九郎のことをしらべているのなら彼女のことを知っていてもおかしくないだろう。

 

「なるほど。だから表御三家の護衛なんて引き受けることができたのね」

 

もっとも真九郎だってまさか九鳳院の娘を護衛するはめになるとは思わなかったものだ。あの時は流石に驚いたし、引き受けるのを躊躇ったもの。

 

「令嬢との生活はどうだったかしら。まさか手を出しちゃった?」

「出してません!!」

「え、そうなの?」

「何で意外そうな顔をするんですか!?」

「だってロリコンって…」

「誤解です!!」

 

もう勘弁してもらいたいものだ。真九郎はロリコンではない。

なぜ川神学園で広まったのかはやはり準と一緒にちょくちょくいるからかもしれない。それに同士認定も勝手にされたからだろう。

 

「じゃあ、小さい女の子には性的に興奮しないってこと?」

「しません!!」

 

ここが大事だ。真九郎はロリコンではない。大事になことだから2回言う。

 

「じゃあ私みたいな女性は?」

 

ここでその質問は卑怯だ。何で先輩に対して性的に興奮するか否かを言わなければならないのか。

男子学園生にはとても答えにくい質問だ。

 

「どうなの?」

「答えないといけませんか?」

「ええ。私は白黒はっきり決めたい人間だからね」

 

こんなので白黒はっきりつけられても困るものだ。

 

「さあ、どうぞ」

 

真九郎は悩む。言ってもいいのだろうか。というか言いたくない。

こんなのただのイジメじゃないか。

 

「で、どうなの?」

「………アキさんは素敵な女性だと思います」

「興奮するかハイかイイエで…イイエって言われたらすごいショックかな」

「………………………………………ハイ」

 

真九郎はこの瞬間に心が凍る。

 

「そう。良かったわ」

 

何故か満足そうな顔。こっちは心も体も凍っているというのに。

 

「続きの話をしましょう。令嬢…紫ちゃんはどう?」

「…最初はいろいろと九鳳院と五月雨荘の生活に驚いていましたね。あ、五月雨荘ってのは俺が一人で住んでいたところですね」

 

最初は確かに大変だった。紫との生活はいろいろと大変だった。

紫は五月雨荘での生活に不満を持っていたが何とか慣れようとして慣れた。人間は環境に慣れる生物だろう。

 

「へえ。まあ奥ノ院から出て庶民の家に入れば刺激は違うでしょうね」

「っ、何で奥ノ院のことを!?」

「それは調べれば分かるわ。実際のところ奥ノ院のことは一部の人間は知っている」

 

それは確かにそうだ。紫のことが世間に広まってから一部の者が奥ノ院のことを知る者が現れている。

だがそれは一般人には絶対に分からない。知るのはごく一部の特別な人間だけだ。それは名家だったり企業のトップだったり。

九鬼財閥に所属している最上幽斎だからこそ知ることができて、それが旭に伝わったのだろう。

すぐに冷静になる真九郎。

 

「奥ノ院は特別な場所。そんな場所から真九郎くんは紫ちゃんを開放した。それができるなんて凄いことだわ」

「凄くなんてないですよ」

「凄いわよ。おそらく紫ちゃんが奥ノ院から出たいって言ったのでしょう。それを可能にさせた真九郎くんは本当に凄い。普通は絶対にできないわ」

 

確かに普通に考えれば紫をあの奥ノ院から出すなんて出来ない。だが真九郎は紫を開放させたのだ。

 

「どうやって九鳳院当主の蓮杖と話をつけたのかしら?」

「俺は紫の味方になっただけですよ。そして九鳳院当主に言いたいことを言っただけです」

「ふぅん…それで九鳳院当主を納得させたのが凄いわ。私なんかじゃできないわ。いえ、それこそ誰もできないでしょうね」

 

よくよく考えてみれば確かに自分も蓮杖を納得させたものだと思う。あの蓮杖が退くなんて普通の人間であり、一端の揉め事処理屋の者ができるわけがない。

本当にできないだろうあんなことは。

 

「前に紫ちゃんが真九郎くんとベタベタしてたの見ていたけどあれは完全に君に好意を抱いていたわ。あれはもう恋人は君しかいないって顔をしていたわよ」

「そうですか」

「どんな状況か分からないけど…自分だけの王子様か。それは惚れちゃうわね。私だってそんな人が現れたら惚れちゃうかも」

 

真九郎と旭の話は続く。今回は真九郎が九鳳院と関わったところまでだ。

 

 

233

 

 

売春組織を追っている宇佐美巨人はやっと確かな情報を得た。それは売春組織が定期的に集まっている場所だ。

そこに売春組織をまとめている『上の存在』がいるはずだ。そいつを捕まえれば全て終わる。

 

「だけどまたまた物騒な場所だな」

「どうした親父?」

「ゲンか。売春組織についてだ」

「ああ、厄介な売春組織だって直江や風間が言っていたな…厳しいか?」

「分からねえ。だが厄介なのは確かだ…キナ臭せえよ」

 

今回のことは宇佐美代行センターの仕事の中で一番になるほどのキナ臭い仕事になりそうだ。

これだと大和たちも手伝ってもらっているが最悪な状況になる前に手を引いてもらうしかないだろう。

 

「裏闘技場か…物騒なところだぜ」

「…川神先輩は喜びそうな場所だけどな」

「まあな。だけど裏闘技場ってのは何でも有りの異種格闘技みてえなもんだ。普通の総合格闘技じゃねえからな」

「なんか詳しそうだな」

「昔行ったことがあるんだよ。今はどんなんか知らないがな」

 

流石は巨人。今ではナヨナヨしいがこれでも腕っぷしは相当あるのだ。あの喧嘩師である村上銀正とまともに戦ったことがあるのだから。

 

(結局あいつと決着はつけられなかったがな。チキショウ…あいつは結婚しやがって…俺だっていつか!!)

「これを直江たちに教えんのか?」

「一応な。言わなきゃ納得しなそうだし。それに着いてくるだろう…だが、危険だと分かったらすぐに帰らせる」

 

巨人は真剣な顔を忠勝に見せる。

 

「今回ばかりは流石にな。俺だって体を張るさ」

 

大和たちもついに裏闘技場の情報を得る。

真九郎に大和、冬馬たちはそれぞれ裏闘技場の情報を手に入れたのだ。彼らはそれぞれに裏闘技場に向かうだろう。

しかし、まさか全員が同じ日に裏闘技場に向かうなんてこの時は誰も知らない。そして忘れられない闇を見る羽目になる。

 

(キナ臭いのはまだあるんだよな。何で裏闘技場に売春リストの何人かが流れているんだ?)




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

さてさて、表では源氏勝負が始まりました。
裏では裏闘技場の情報がやっと全員にいきわたりました。
ちょくちょくと表も裏も事件が起きそうです。そして表と裏が合わさる時も近いかもしれんません。


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腕相撲

234

 

 

ある月曜日の放課後の空き室にて旭と義経が対面していた。今日も早速、源氏勝負の開始なのだ。

付添人は弁慶である。そしてもう1人がまたまた真九郎。源氏とは関係ない真九郎がここにいることが珍しいものだ。

彼としては揉め事処理屋の仕事を進めたいのだが3人に見つかって連れてこられたのだ。

 

「では、今日も正々堂々と競い合いましょう」

「よろしくお願いします!!」

 

2人が握手をする。

 

「今日も義経の手は温かいのね。眠いの?」

「義仲さんの手が冷たいような気がしますが」

「そうかしら? どう真九郎くん」

 

何故か優しく頬を撫でられた。自分で確認されても困るが触られてら冷たいかどうか答えるしかない。

 

「まあ、冷たいですかね」

「温めてほしいな」

「手袋でも買ってきましょうか?」

「そこは手を取って温めてくれるところでしょ?」

 

そう言われても。

 

「それで義経、何で競おうかしら」

 

義経は色々と考えた結果、腕相撲勝負を持ち掛けた。

その腕相撲勝負に旭は乗る。何でも腕力の把握もできるからちょうど良いとのことだ。

では早速2人は机に肘をおいて、がっつりと手を組む。そして弁慶の掛け声とともに力む。

 

「は~い、はっけよいぃへっけよいぃ~」

 

なんとも力が抜けるような声を出す弁慶。でも2人は真剣そのもの。

2人の力を拮抗していた。どうやら腕力はお互い同じくらいかもしれない。しばらくすると明暗が分かれてくる。

義経がどんどん押され始めたのだ。腕力は同じくらいかもしれないが筋力の持続性が切れるのが早いのは義経かもしれない。

弁慶はひらひらと手を振って声を出さないように応援している。

 

「何してるの弁慶さん」

「これは主にしか伝わらない頑張れ光線だ。この光線を浴びることで主の力が倍加して…」

 

何かよくわからない説明をしているが、その隙に義経は旭に負けた。

 

「負けてますよ」

「あとでリアル勧進帳ごっこだ」

「それは理不尽だと思いますよ」

「愛ゆえに!!」

 

過激な愛があるものだ。

 

ちなみについでで弁慶とも腕相撲をした旭だが瞬殺されていた。

パワー系で負けていたら弁慶の立つ瀬が無くなるらしい。それと主の敵討ちもしたかったのだろう。

 

「真九郎くんはやる?」

「遠慮しときますよ」

 

腕相撲をする意味は無い。それに終わったならば揉め事処理屋の仕事に行きたいのだ。付き合いが悪いと思われるかもしれないが仕事は大事である。

それにしても、もし真九郎が勝負したらこの中で一番強いかもしれない。角の開放無しでだ。角の開放したらおそらく川神学園でもトップだろう。

角の開放無しでも強いと思われる。なんせ腕もとい身体は一種の肉体改造を施されているからだ。筋力は岳人にも負けないくらいで前に子供と大人を担いで走ったこともあるほど。

 

「まあ、私も真九郎には勝てないかも」

「弁慶が勝てないなら私も勝てないわね」

「頑丈さもこの中で1番だね」

 

弁慶はクローン奪還事件を思い出す。正直嫌な思い出だが真九郎は悪宇商会の戦闘屋に何度も殴られても立ち上がっていた。

だからこそ真九郎の頑丈さは異常であの武神である百代の正拳突きも耐えられるんじゃないかと思っているほどだ。

実際のところ耐えられるだろう。何度も各上の相手にボロボロにされては立ち上がっている人間なのだから。

 

「今日の勝負は負けました義仲さん」

 

腕相撲勝負は旭の勝利で終わった。また源氏勝負に立ち会ったが今のところ戦いというかただの子供の競い合いみたいだ。

だがいずれ真剣勝負をするのであろう。その時はきっと九鬼財閥がいろいろと用意して然るべき場所を造るはずだ。その時は真九郎の出番はない。

最も2人の勝負を見ると思う。弁慶たちだって大和たちだってだ。

 

「それにしても昨日は濃厚な一日だったわよね真九郎くん」

「いきなり何ですか!?」

 

いきなり話題がぐるりと変化した。

 

「あわわ、やっぱり真九郎くんは義仲さんと…!?」

「昨日の始まりは官能小説から盛り上がって…そこからね」

 

何故か真九郎を潤んだ目で見てくる。そんな目で見られるとまた誤解される。

実際のところ彼女が言っていることは嘘じゃないぶん誤解が解きにくい。確かに官能小説の件から話は始まったけれども、義経が想像していることは起きていない。

ただ昔の話をしただけでやましいことは一切なにもしていない。今思うと何で官能小説なんかが話題として出たのか知らないが。

 

「お互いに性癖を曝け出しもしたわよね真九郎くん」

「いや、何を…」

「え、真九郎の性癖ってなになに知りたいかも」

 

ここで弁慶がニヤニヤしながら話にのっかてきた。これはどう見ても悪乗りしているに違いない。

こういう時だけ弁慶は悪乗りして真九郎を困らす側になるのだからやめてほしい。

 

「で、真九郎の性癖って?」

「無いですよそんなもん!!」

「え、ロリコンじゃないの?」

「なんで弁慶さんもそれで意外そうな顔をするんですか!!」

 

旭と同じ反応をするとは思わなかった。

 

「私でも流石に子供に戻るのはできない…」

「いや、何を言い出すんですか弁慶さん…」

「そっか。真九郎くんは小さい子の方が…」

「義経さんも何を言ってるんですか」

 

いけない。どんどんと弁慶が悪乗りしているし、義経に関しては本当に信じているかもしれないから質が悪い。

旭も凄いニヤニヤしているのを見て、これはまさしく真九郎の困っている姿を見て楽しんでいるようだ。男子学園生をイジメて楽しいか。

 

「で、でも真九郎くんと義仲さんは前2人でどんなことを…」

「それは内緒よ」

「ううう…」

「何もしてないんですけど」

「あら真九郎くん。無かったことにはできないわよ」

「だからその何かあった風な言い方やめてください」

 

このままでは義経の中で本当に何か不祥事でも起こったかと思われてしまう。

 

「うう、一体何を」

 

顔を真っ赤にしがらモジモジしているのが可愛いのか弁慶がニヤニヤしだした。

 

「じゃあ義経の性癖を教えてくれたら昨日何があったか教えてもいいわよ」

「ええ!?」

「あ、それ良いね。主言ってあげなよ~」

「うええ!?」

 

弁慶が更に悪乗りしていく。これは義経の困っている姿を楽しんで川神水の肴にする気だろう。

 

「言いなよ主~」

「え、その、うええ、ああ、うえ、あ、ええ!?」

 

どうやら義経のキャパがオーバーしたようだ。顔が完熟トマトのようになってる。

そりゃ自分の性癖を言うことになったら完熟トマトみたいに真っ赤になるだろう。女子同士だけや男子同士だけの下ネタトークをしているわけではないのだから。

同じ性別同士でも下ネタを言うのが苦手な人だっている。それなのに異性がいる中で自分の性癖を言うのは恥ずかしい以外ないだろう。

 

(…ん? だとすると義経さんって何か性癖でもあるのか?)

 

ここまで恥ずかしがるとは何か性癖があるということ。意外なことに気付いたが黙っておいた。

 

「……ええと」

「いや、じゃべらなくてもいいですからね義経さん。昨日は本当に何も起きていないんですから」

「そ、そうなの真九郎くん?」

「何も起きてません」

 

とりあえず義経を止めないといけないだろう。彼女の羞恥に染まる顔は見たくない。弁慶と旭は見たがっているようだが、それに関しては防いでみせる。

残念だが2人の思い通りにさせるつもりはない。そしてここでこの話を潰してみせる。

 

「弁慶さん、アキさん。そろそろこの話を辞めましょ…」

「えっと主の性癖は…ごにょごにょ」

「ほうほう、そんな性癖が、なるほどなるほど」

 

弁慶が旭に耳打ちしていた。

 

「べべべべ、弁慶えええええええ!?」

 

義経の絶叫とともに顔が完熟トマトを通り越して発光しそうなくらいで真っ赤になっていた。それはもう太陽のような顔だ。良い意味じゃなくて。

 

「ああああああ、弁慶ええええ!?」

 

義経が弁慶につっかみかかる。流石に大事な主従関係である弁慶にもやっていいことと悪いことはある。

今の弁慶は流石に悪乗り過ぎているので義経に怒られるのは当然だろう。これは真九郎も止めはしない。

 

「ねえねえ真九郎くん」

「何ですかアキさん?」

「義経の性癖はね」

「よよよよ、義仲さああああん!?」

 

今度は旭に突っかかる義経。

 

「真九郎。主はね」

「弁慶!?」

「義経は」

「義仲さん!?」

 

義経は弁慶と旭のところを行ったり来たり。これはもう完全に2人から遊ばれていることが確定した。

実際のところ弁慶が本当に旭に義経の性癖を言ったかどうかは分からない。もしかしたら今の状況を楽しむために2人して手を組んでいるのかもしれない。

何故なら弁慶は可愛い主である義経が好きだから。そのため、たまには困らせている姿も見たいなんてこともあるらしい。なんというか従者の割には良い性格をしているものだ。

 

「義経の性癖はお兄いちゃ…」

「わあああああああああああああああああああ!?」

「おに?」

「何でもないから真九郎くん!!」

「そ、そう?」

 

閑話休題。

 

「はあはあ…もう疲れた」

 

義経が羞恥で倒れた。終わり。

 

「それにしても義仲さんは意外です。まさか官能小説を読むなんて…」

「あらそう?」

「そうですよ。そ、そのエロなんて…」

「官能小説は悪いものではないわよ。だって商品として世間に出回っているし、それに官能小説というジャンルで素晴らしいものもある」

 

濃厚で熱くドキドキさせるようなドラマを文字で書きまとめたのが官能小説だ。もちろんエロイことで読む者もいれば、作品を純粋に楽しむ者もいる。

 

「それに人類の進化はエロから成り立っていると思うわ」

「ええー」

「だってエロサイトを見たいがためにパソコンの操作を上手くなろうとする人がいるじゃない」

「…それは確かに」

「それに真面目な話、エロもとい性から人類が始まっているのよ」

 

何故か急に真面目な話になってきた気がする。彼女はエロの話ではなくて性の話として口を開いていく。

 

「生物が進化したのはもちろん科学技術などが発達したからだと思う。でも一番の始まりの進化は性行為じゃない?」

「ふえ?」

「だってメスとオスが1つとなって新たな生命が生まれる。その生まれた生命は2つの力を得た存在。これが進化と言わずなんて言うのかしら?」

 

最もなことだろう。

 

「その生命もとい2人から生まれた子は成長して親と同じように番いを見つけて子を産んでいく。それが昔から今でも続いているわ」

 

それが現代を生きている人間たちだ。

 

「進化は全て性から始まっているわ。今と違って昔に快楽目的があったか知らないけど…強い戦士は良い女を抱く。そして強い子孫を残していく」

「うーん最上先輩のことは理解できるね」

「でしょ弁慶。私たちクローンは性行為によって生まれたわけではないけど…クローン技術も性行為を科学的に進化させたことによって生まれた技術よ」

 

クローン技術も確かに性に関して関わっているだろう。それに嘘か本当か分からないが錬金術も性に深くかかわっていたなんて噂もある。

他にもまだまだ様々な分野で性は密接に関わっている。哲学的に考えれば考えるほど難しい。そもそも性に関していえばまだ分からないところもあるのだ。

 

「セックスは性行為なんて言えば簡単に収まるけど…哲学的に科学的に考えれば謎が多いわ」

「せ、せせ、せえ…くすって」

「義経ったら何を恥ずかしがっているのかしら。保健体育で習ったでしょうに…それにいずれ私たちも体験するのよ」

「ええ!?」

「驚きすぎよ。私たちはこれから成長して大人になる。そして運命の人を見つけて結婚する。そうなれば子を産むのよ」

 

人として結婚して、子を産む。それは人生の1つだ。

世界中で男女が行っているものである。この川神にも結婚して子を産んだ家族は当たり前のように生きている。

 

「私たちは特別よ。おそらく九鬼からは結婚するまでのデキレースができてるんじゃないかしら?」

「え、そうなんですか!?」

「ただの予想よ。九鬼が私たちを放っておくと思うかしら」

「そ、それは無いと思う」

「でしょ。もちろん無理やり結婚なんてさせる気はないけど…何人か良い男を見繕ってくれるんじゃないかしら」

 

九鬼財閥がクローンである義経たちを放っておくわけがない。武士道プランは川神学園にいるときだけのプロジェクトではないのだ。

武士道プランには更にその先もあるかもしれない。それは義経たちが成長して大人になり、結婚して子を産み、人生を全うしていくこともふくまれるなんてことかもしれない。なんせ世界で初のクローンたちなのだから。

 

「誰と結婚して子を産むかは流石に今は決められないけどね」

「結婚…」

「それとも義経と弁慶はもしかして結婚相手の候補をもう見つけていたりするのかしらね?」

「ふええ!?」

「ええっとお…」

「義仲さん。まずは結婚相手じゃなくて恋人が先だと思います!!」

「あらそうね。じゃあ義経と弁慶は恋人候補がもういるの?」

「いや、それは!?」

「んうー」

 

珍しく弁慶もちょっと押されてるというかからかわれてる。

 

「真九郎くんはどう?」

 

今度のターゲットは真九郎になった。いきなりターゲットにしないでもらいたい。

何故か急に義経と弁慶の視線が真九郎に集中しはじめた。さっきまでオロオロしていたくせに凄い興味そうな目で見てくる。

 

「いないですよ」

「そうなの?」

「いませんね」

 

前にも誰かに言ったか、考えたか思い出せないが真九郎は恋人なんてことは考えたことは無かった。

何故なら揉め事処理屋の仕事で生きていくことしか考えていないからだ。正確にはそれしか考えていなかった。仕事仕事で恋愛なんて言葉は出てこないものだ。

いずれは自分も誰かと結婚して家族と一緒に過ごすのかもしれない。家族は真九郎が求めていたもので幼少の時に無くしてしまったもの。崩月家で家族愛を感じたけど自分の家族となるとまた違うだろう。

 

「ふうん。じゃあ真九郎くんはフリーなのね」

「まあ、そうなりますけど」

「…んー」

 

旭が急に何かを考えるそぶりをする。真九郎と義経を交互に見ながら何かを考える。その顔は何か面白そうなというか、策略を考えているというか、突拍子無いことでも考えている感じである。

 

「そうね…」

「どうしましたアキさん?」

「ねえ真九郎くん。私と勝負してみない?」

「え?」

 

何を思っているのか分からないが旭が真九郎に勝負を仕掛けてきた。

 

 

235

 

 

ここ最近だが売春組織と麻薬取引グループをを嗅ぎまわる奴らが出てきた。どこの奴らかと思えばまさか学園生たちとは思わなかった。

てっきり九鬼財閥従者部隊の犬たちが動き出したかと思ったが、まさか学生どもとはな。しかも川神学園の学生という情報。

 

そういえば情報では川神学園で学生たちが様々な依頼をこなす運動している。まさか売春組織と麻薬取引グループを追う依頼までするとは川神学園は命知らずの馬鹿しかいないのだろうか。

 

武術が盛んで実力がある若者がいるとはいえ請け負って良い依頼とダメな依頼があるだろう。そこらへんの区別もつかないのか川神学園は。

 

だけど侮っていはいけない。川神学園は九鬼財閥と繋がっているから無視してはいけないだろう。

そろそろ売春組織と麻薬取引グループとも縁を切るか。でもその前に嗅ぎまわってる学生どもから活きの良い臓器を奪うのも良いかもしれない。

おそらくだが川神裏闘技場の情報も手に入れてるだろう。ならそこでその学生どもを捕獲して臓器を奪えば良い。

 

川神裏闘技場には腕の立つ強者が多くいる。オーナーを任せている彼もそうだが最近入ってきた彼女たちも目を見張るものがある。だが赤髪の女は要注意だ。

最悪なことにまさか星噛家が出張っているとは思わなかったものだ。絶対に私のことを知られてはいけない理由がある。彼女の目的はあの臓器だ。回収される前に裏オークションに出品しないといけないのだから。

裏オークションに出品さえしてしまえばこっちのものだ。出品さえしてしまえば流石の星噛も手を出せないだろう。

 

順調に進んでいっているかと思えばまさか大きな邪魔が入りそうだ。しかしこんなことは想定内だ。私がやっていることは裏十三家の一角である星噛に喧嘩を売っているようなもの。

だからこそ気をつけねばならない。慎重に動かなければならない。

 

 




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

さてさて、タイトルの割には腕相撲勝負はすぐに終わりました。
そして何故か性の話なってしまった…

もともとは原作で最上旭が官能小説を読むと言う設定があったので、それを元に執筆していたら腕相撲より書いていました。
ちょっとキャラ崩壊していたらすいません。

そろそろ物語も後半に入るかもです。
裏闘技場にてより闇を知っていく…


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追いかけっこ

遅くなりました!!
ですが投稿はしていきます。今回は旭VS真九郎の追いかけっこ対決です!!


236

 

 

真九郎は旭に勝負仕掛けられた。何故か分からないがいきなりだ。何の考えを持って彼女は勝負を仕掛けてきたのだろうか。

でも真九郎は旭と勝負をする気がない。というか勝負する理由が無い。残念だが真九郎は川神学園生のように血気盛んな武術家ではないのだ。

川神のノリには乗らないので勝負はしないかと思われたかが、ここで旭が真九郎に小さく何かを呟いた。すると真九郎の顔つきが変わった。

 

「どうかしら。勝負してくれる?」

「何でそれを知っているんだ」

「ふふ、何ででしょうね」

「…九鬼財閥か。それとも最上幽斎さんが独自で調べたのか?」

「どっちもかもよ?」

 

2人だけの会話になっており、義経と弁慶は蚊帳の外だ。

 

「何の話をしてるのかな弁慶?」

「むー、聞こえなかった」

 

2人だけの話がちょっと気になる義経たちであった。

 

「…分かった勝負を受けるよ。俺が勝ったら知ってることは教えてもらう」

「ええ。その代わり私が勝ったら…うーん、どうしようかしら」

 

旭はワザと悩む素振りをしながら義経と真九郎を交互に見る。そしてもう最初から決めていたくせに勿体ぶって言葉を発した。

 

「私が勝ったら真九郎くんには何でも言うことを聞いてもらうわ」

「何でもですか」

「私が負けたら与えるモノはそれほどのものだと思うけど?」

「……まあ、そうですね」

 

彼女の言葉に納得する。確かに彼女が与えるモノは人によっては、真九郎にとっては重要な情報だ。そして普通の人にとってはまず聞けない情報。

ならば負けたら何でも言うことを聞くのは当然の対価かもしれない。

 

「分かりました。負けたら何でも言うことを聞きます…限度は有りますよね」

「勿論よ。まさか死ねなんて言わないわ。もし言うとしたら…恋人になってもらおうかしら」

「ええ!?」

 

ここで義経が凄く反応した。

 

「他には真九郎の特殊な性癖を言ってほしいとか」

 

「あ、それ私も聞きたい」

 

今度は弁慶が反応した。

 

「…2つ目は嫌なんですが」

「あら、なら私と恋人になってくれるのは嫌じゃないのね」

 

さっきからペースを持ってかれているがしょうがないし気にしない。

勝負方法が『追いかけっこ』。そのまんま追いかけっこだ。

追いかける役と逃げる役と分かれる。追いかける方が逃げる人の身体を触って「捕まえた」と言えば勝ち。逆に逃げる人が制限時間に逃げれば勝ち。

ルールはとってもシンプルである。こんなのは小さな子供でも分かる内容だ。

 

「分かりました。ちょっと聞きたいのがあるんですが捕まえる役が触ったという判定はどれくらいですか?」

 

まさかちょっとでも触れたらという判定だったら逃げる側は不利になる。

 

「触るという判定はちゃんと手で掴むといった感じよ。誰もが見ても捕まえたって分かるようにね」

「なるほど。なら捕まっても捕まえた宣言を言う前に逃げたらセーフですか?」

「もちろん。一瞬だけ掴んでも逃げられたら捕まえたことにならないしね」

「ルールが分かりました。ありがとうございます」

 

どっちが逃げる役か追いかける役かを決めるのはジャンケン。その結果、真九郎が逃げる役で旭が追いかける役となる。

制限時間は5分。動ける範囲は川神学園内。誰かの力を借りてはいけない。

 

「じゃあ始めましょうか」

 

と、言いつつ旭は部屋の出入り口の付近に移動する。これはいきなり卑怯ではないだろうか。

逃げる役の真九郎としては出口を塞がれてしまったのだから。だが文句を言わないのは勝負はもう既に始まっているからだ。

どんな勝負も始まる前から準備をしている奴が有利になるのだから。

 

「じゃあスタートね」

 

タイマーをセットして勝負開始。

 

「さて真九郎くんどうするって、真九郎くん?」

 

真九郎は普通に窓から飛び降りた。

窓から飛び降りるなんて彼にとっては造作もないことだ。そもそも窓から飛び出すのは逃走の手の1つだったり、逆に空中に呼び寄せたりするのにいくらでも戦法の手として使っている。

今回はそのまま逃走の手で使った。なにせ旭に部屋の出入り口を塞がれているから逃げるのは窓からくらいしかなかった。

 

「真九郎くん!?」

「へー真九郎もやるじゃん…って真九郎ならこれくらいやるかあ」

「油断してたつもりはないけど…ちょっと想定外だったわ。なら私も考えを改めようっと」

 

旭も同じように窓から飛び出して真九郎を追いかけ始める。

2人はそのまま何の問題なく地面に着地して動き始める。2人とも本気で走る。

この追いかけっこだがルールがいたって単純なんため、どう逃げるかは人任せ。その中で追いかける人を妨害しても反則にはならない。

すぐさま体育倉庫付近に置いてあったボールを見つけては旭に投げつける。あとでちゃんと片づけますと言いながら投げる真九郎。それなら最初から投げるなと言いたいが決闘なのでみんなは文句は言わない。

川神学園は決闘中に関してはみんな寛容だ。それはそれで助かる。

 

「やっぱり妨害はしてくるわよね。それくらいは私も考えてたわ」

 

投げられてくるボールを全て躱しては真九郎に近づく。彼女にとってただ投げられてくるボールは脅威ではない。

でも構わない。ただ時間稼ぎになればいいだけなのだから。

お互いとも身軽なのでそのまま倉庫の屋根に乗って、更に校舎に飛び移りながら追いかけっこをする。さながら忍者スポーツのパルクールようである。

これは2人とも習って習得したわけでなく、鍛えていたら自然と身に付いたという。

 

「うふふ。結構やるわね」

「意外に旭さんは速い」

「アキさんでしょ?」

「…はい」

 

追いかけっこでもまさか名前の呼び方を注意されるとは思わなかった。

一応2人は気にしていないが案外目立っているので2人の追いかけっこはほとんどの学園生に見られている。しかも2人は学園で最近目立っているのだからより目を引く。

特に最上旭は今世界中で注目の的になっているからより目立つに決まっている。しかも対戦相手が真九郎。

 

「5分って結構早いわよね。そろそろ決めに行こうかしら」

 

旭は気を足に纏って勢いよく地面を蹴って瞬時に真九郎との距離を詰める。だが真九郎は身体を捻って躱す。

 

「やるじゃない。でもいつの間にか誘導されていたのは気付いていなかったみたいね」

「ここは。なるほど」

 

どうやら気が付かない程度に真九郎は行き止まりまで誘導させられていた。普通はこんなミスを真九郎は犯さないが旭はこの川神学園の空間を全て知っている。

だからどう追えば真九郎を無意識に行き止まりの場所まで誘導させることができたのだ。これに関しては真九郎はしてやられたとしか言えない。

 

(全然誘導されてるなんて気が付かなかった…)

「追いつめたわよ真九郎くん。残り約30秒ね」

 

旭はここで勝負を決めるつもりだ。真九郎は逃げたくても周りには逃げれる場所ではない。

こうなったら一か八かの勝負に出るしかないだろう。出来れば最後まで逃げたかったが、もしも追いつめられた時用の対策も考えているのだ。しかしその対策は一歩間違えればすぐに終わる。

だから旭をよく見て集中する。

 

「観念したかしら?」

 

旭は瞬時に間合いを詰めて真九郎の腕を掴む。そして勝利宣言である「捕まえた」と言おうとした時に自分の口に何かがあたった。

 

「捕ま…むぐ!?」

 

何があったかと言えば真九郎が捕まえられなかった手で旭の口を塞いだのだ。そしてそのまま押し倒す。

この勝負の追いかける役の勝ち方は相手の身体の一部を捕まえて「捕まえた」と宣言すること。だからどちらか片方を封じれば負けることはない。

だから真九郎は旭に捕まっても「捕まえた」宣言を言わせなければ負けではない。

 

「むぐぐぐー!?」

「すいません。でもこのまま時間まで塞がせてもらいます」

 

片方の手で口を塞いでもう片方の手で旭の手を塞ぐ。そして押し倒してしまえばもうこっちのもの。

旭としては早く抜け出さないとタイムアップで負けてしまう。だけど片手を塞がれて、口まで塞がれてしまうともうどうにもできない。押し倒されて片手だけでは振りすぎるのだ。

どうにか対処しようにも時間的に余裕は無い。だからこの勝負はタイムアップのアラームと共に終了した。

 

「はあ。負けてしまったわね」

 

真九郎は口を抑えていた手を放すと旭は「ふう」と息を吸う。やっぱり口を塞いだから苦しかったのかもしれない。

 

「正直勝つ自信あったんだけどなあ」

「旭さ…アキさんの誘導も気付かなかったですよ。まさか追い込まれるとは思いませんでした」

 

これは本当に本音だ。本当に行き止まりまで誘導されていたなんて思いもよらなかったのだ。やはり彼女は只者ではない。

でも勝ちは勝ちだ。旭からはある情報を言ってもらう。

 

「はあーあ。私が勝ったら恋人になってもらうか真九郎の特別な性癖を暴露してもらおうかと思ったのに…」

 

恋人云々は冗談として性癖暴露は本当に旭なら真九郎に言わせそうだ。でも真九郎に特別な性癖は無いと思う。

でもでも、真九郎本人は分かっていないが一癖も二癖もありすぎる女性との出会う。とんでもない女難がある。

もし、そういう超個性的な女性が良いというのならばある意味性癖かもしれない。

 

「さて、敗者は勝者の言うことを聞くのよね。好きにすると良いわ」

 

何故か目を潤ませて頬を赤くした。

 

「いや、そうじゃなくて…」

「し、真九郎くんが義仲さんを押し倒してる!?」

「ほお?」

 

何故か義経と弁慶に今の状況を見られた。そもそもいつの間に来ていたのか。

 

「今さっき来た」

 

どうやら今ちょうど来たようだ。状況によってはもう誤解される構図だろう。

真九郎が旭を押し倒しており、件の旭は目を潤ませて頬を赤くしているのだから。どこからどう見ても第三者からは誤解される。

これは旭も狙ってやったのだろう。おそらく義経たちがこちら来ているのに合わせてやったのだ。もしかしたら負けた腹いせかもしれない。

 

「し、ししし真九郎くん。義仲さんに何をするつもりなの?」

「ナニよ」

 

何で旭が答えるのだろう。そうなるとどんどんと誤解が解けにくくなるのに。

 

「真九郎~ついに」

「ついにって違いますから。これは誤解ですから!!」

 

すぐさま旭から離れる。そしてすぐさまこうなった経緯を説明する。

なんだか川神学園に来てからこういう誤解ばかりあるような気がしなくもない。こういう時にがぎって何故かなかなか誤解が解けない。

そして出来れば情報が伝わってほしくない人まで伝わる。夕乃とか銀子とか。

 

「し、真九郎くんって欲求不満なの?」

「義経さんは顔を赤くして何をいっているんですか」

「年上が好みなの真九郎?」

「いや、弁慶さんまで…」

 

誤解を解くまで30分は掛かった。そしてその後は夕乃と銀子の説教に会うというとんでもない日になる。

 

「ふふ、続きはまた後でね?」

「ええ!?」

「アキさん止めてください。また義経さんが誤解しますので!!」

 

旭にはさっきからペースを取られっぱなしだ。これは勝てそうにない。

 

「冗談よ。あのことはちゃんと後で言うわ」

「…はい」

 

そのまま旭は去っていった。

 

「あのことって?」

「…こっちの話です」

「まさかイヤラシイ話じゃ」

「ええ、真九郎くん!?」

「違います!!」

 

なんでこう真九郎は女性と絡むとこういう感じになるのだろうか。

 

 

237

 

 

そろそろ川神裏オークションが開催されるようだ。私の準備も順調だ。

もっとも川神裏オークションはスペアプランに過ぎない。旭が義経に負けない限りこのスペアプランは計画しないつもりだ。

 

旭にはメインプランである義経と戦ってもらわないといけないね。今は順調に競い合っており、良い感じだ。

でもいずれ旭と義経の真剣勝負の決着がつく。その時は私も良い席で観戦しよう。娘である旭が勝てば僥倖計画が始まる。いや、完成する。

そうすれば私は世界に愛を返還することができる。世界のみんなが幸せになるんだ。

この計画は誰にも邪魔はさせない。世界に愛を与えるのに邪魔なんて許せないからね。

 

相手が誰であろうとも私は負けない。九鬼財閥でも川神院でもね。

そしておそらく、メインプランでもスペアプランでも『彼』が私の前に立ちふさがってくれるだろう。

きっと『彼』なら娘のために私の前に立ちふさがってくれる。そう確信があるんだ。

その時、私自身に最大の試練が立ちふさがる。その試練を突破してこそ私はより輝ける。それは私だけでなく『彼』もだろう。

 

『彼』ほど世界からの試練を与えられて、突破した人間はいないのだからね。

私は共感覚の一種として、魂の匂いを感じる力を持っている。私が初めて『彼』に出会ったとき、『彼』からは説明できない魂の匂いを感じた。

それは良いとか悪いとかいうのでは現せない。なんというか『彼』の魂の匂いは私を奮い立たせてくれるのだ。こんな人間もいるのだと、私も世界のためにもっと頑張らないといけなくなる気持ちになる。

 

さあ、私と戦ってくれ…紅真九郎。

 

 

238

 

 

最上旭から情報とは川神裏オークションである。何で川神裏オークションのことを知っているのかと思ってみたがあの最上幽斎ならば情報を手に入れてもおかしくはないだろう。

 

しかも開催場所まで詳しく知っているとは幽斎の腕は中々だろう。銀子とも勝負できるかもしれない。

 

旭からの話によると川神裏オークションは世界的に大きなオークションになるようだ。出品されるモノは様々で普通では手に入らないモノばかり。

表世界で出回ればまずあり得ない値打ちだったり、プレミアすぎたり、手に入れれば人生が変わったりするモノばかりなのだ。

 

そして…モノは物であるが者。人も出品される。それが裏世界のオークションの可能性。

こんな時代に人を売る。そんなことができるなんてありえないが裏世界のどこかではあり得るのだ。

真九郎として良いとは思えない。人が人を売るなんて。でも昔はそれが成り立っていたのだから不思議なものだ。

 

そもそも川神裏オークションを幽斎たちが知る切っ掛けは彼自身が川神裏オークションにあるモノを出品するからだそうだ。でもそれはある状況によってらしい。そのある状況とやらまでは教えてはくれなかった。

でも真九郎はどこか何か引っかかるのだ。それは旭自身がが言っていた言葉。それは「父の出す出品に私自身は了承している」という言葉だ。

 

その言葉まるで…。

ただの憶測にすぎないがそれはあり得ない。流石に幽斎がそんなことを考えているとは思えないのだ。だからそれは真九郎の考えすぎだと思っている。

真九郎は頭を振って、その最悪の予想を振り捨てた。流石に絶対に無いはずだ。

 

川神裏オークションでは紅香と一緒に仕事をすることになっている。それは川神裏オークションに集まる裏世界の重鎮たちを捕まえることだ。

これは紅香が真九郎の知らない大物たちから依頼されたもの。彼女の人脈はどうなっているのだろうか。

それはともかく、そうなるともし、幽斎が裏世界と通じていたら彼も捕獲することになるかもしれない。

だが、そうなると仕事は仕事だ。紅香なら気にせず捕まえるだろう。そもそも幽斎と面識が無いかと思われるが。

 

川神裏オークションでの仕事はどうやらただでは始まら無さそうだ。

でもその前に行方不明の子を見つけるのが先だ。

銀子から貰った川神裏闘技場に行くつもりだ。

この時、真九郎は川神裏闘技場であんなことが起きるとは思ってもなかった。

 




読んでくれてありがとうございます。
次回もゆっくりとお待ちください。

さて、そろそろ川神裏闘技場の場面に入ろうと思います。
マジ恋の世界観ではなくて紅の世界観が濃厚な物語にしていきたいです。


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川神裏闘技場

今回でついに裏闘技場に突入していきます、
流石にキリングフロアのような感じではありませんが、紅側の闇に近いです。


239

 

 

川神裏闘技場は名前の言う通り川神市のある場所で非公式で行われている。

基本的に誰でも参加できるけれど、覚悟と自信があるものしか裏闘技場には入れないだろう。裏闘技場にいるのは血肉滴る戦いを求める者と楽しみ者しかいない。

もしくは良からぬことを考えている者くらいだろう。こういう場所は必ず何かしら良からぬことがあるものだ。

真九郎は裏闘技場の入り口に向かって見張りの者に会う。チップを渡して入り口に入ろうとしたがここで知り合いと会ってしまう。

ここには居てはならない顔ぶれだ。彼らが如何に実力があると言っても裏闘技場は裏世界側に近い場所なのだから真九郎としてはすぐに帰ってもらいたい。

 

「何で直江くんと葵くんがここに…」

 

顔見知りとは風間翔一グループと葵冬馬グループのことだ。なんでこうもぞろぞろと裏闘技場なんかに集まっているのか。

確かに川神には武術家が多いし、好戦的な人が多いけれども彼らには彼らの合う場所があると思う。

 

「実はある依頼を…生き残りの売春組織を潰すために動いていたらここまでたどり着いたんだ」

「僕たちはある薬物撲滅のためにここまで来たんですよ」

 

2つのグループはお互いともに目的があって裏闘技場に来ている。ただ楽しみにきただけではないようだ。

翔一たちは以前に潰した売春組織が復活したかもしれないということで捜索していたら裏闘技場までたどり着いたらしい。

冬馬たちは川神に最近出回っているユートピアという麻薬を撲滅するために動いていたら同じく裏闘技場にたどり着いたのだ。

そして真九郎は行方不明の川神学園の女の子を探していたら裏闘技場にたどり着く。

なんとも妙な巡り合わせだろう。裏世界に近い場所でクラスメイトと出会うなんて、こんなことはない。

 

「なるほど…」

 

正直なところ実力があるとはいえ彼らがここに来るのはやはり心配というか無謀というか。だけどここに来るということはもう自己責任だ。

彼らも言い聞かせたとしても帰らないだろう。それに裏闘技場の入り口で何か揉め事をして立ち入り禁止にされたら元も子もない。

実際に入り口にいる見張りは怪しい目で見られ始めている。

 

「取りあえず中に入りますか?」

「そうだな。入ろうか」

「貴方は…宇佐美先生?」

 

どうやら保護者がいるようだ。最も翔一たちの保護者役で宇佐美巨人はここに真九郎と冬馬たちがいることに同じように驚いたようだが。

 

「ほれ、入らせてくれや見張りさん」

 

巨人は流れるように見張りの人にチップを渡して当たり前のように入っていく。そしてつられていくように入る真九郎たちであった。

 

「ヒゲ先生はもしかして何度か来たことある?」

「昔に何度か来たことがあんだよ」

 

実は巨人、裏闘技場には若い頃に何度も訪れていたことがある。しかも真九郎や銀子は知らないが巨人は銀子の父親である銀正と一緒に仕事とはいえ、裏闘技場を荒らしたことがあるのだ。

そのおかげでいくつかの裏闘技場では出禁になっていたりする。その過去は今も残っており、巨人が裏闘技場に入ったら厳つい男が現れた。

 

「お久しぶりですね宇佐美」

「よおオーナー久しぶりだな。つーか生きてんのかよ。しぶてえな」

「もしやあの男も?」

「あいつはいねえよ。それに荒らすつもりはねえから安心しな。ただ久しぶりに来ただけだよ」

 

なんだか巨人が凄く頼りがいのある男に見える。大和や準たちは凄く意外そうな顔をしてしまう。百代や京、小雪でさえついあのヒゲ先生である巨人に頼ってしまいそうな感覚に陥るのだから。

真九郎も彼の裏闘技場での堂々とした佇まいと厳ついオーナーと涼しい顔で会話しているので、相当場慣れしていると分かる。

 

「荒らすことはしないから入れてくれよ。それに俺はもう年だぜ」

「うむむ、まあ良いでしょう。で、そちらの若い者たちは?」

「俺の従業員たちだ。こういう所で度胸でつかせようと思って連れてきたんだよ」

「ふむ。ま、それも良いでしょう。ですが何かあっても自己責任でお願いしますよ」

「へいへい」

 

そのまま闘技場内に入っていく。そして開けた場所には雄々しい雄叫びが聞こえてきた。

まず目に入ったのは金網デスマッチ。金網の中ではルール無用の異種格闘技繰り広げられていた。当たり前のように血が飛び交うのはルール制限が全くないからだろう。こんな状況でも身体が疼くのが武神として反応してしまう百代。

冬馬が周囲を見渡すのは早速ここで麻薬取引が行われているか確認している。確かにここならほとんどの客が戦いを見ており、裏で何かやってもバレないだろう。

この裏闘技場なら絶好の取引場所だ。オーナーは非公式の場所のくせに健全な裏闘技場と言っている。ただそれは建前で何も起こらなければ暗黙の了解という奴だろう。

どうせオーナーはここで何が起こっているか知っているはずだが、誰にも言わないだろう。

 

「ところで若い者たちですが腕っぷしがあるなら参加してみませんかね?」

「あん?」

「どうも腕の良さそうなが従業員がいますよね?」

「チッ、オーナーの目利きは落ちてねえな」

 

オーナーは相手の強さを見抜く。それは裏闘技場で様々な人間を見ているうちに培ったものだ。

今も裏闘技場は盛り上がっているがオーナーとしてはもっと盛り上げたい。新たな裏闘技場の素晴らしいカードを作りたいのかもしれない。

そうなると百代たちはオーナーにとって裏闘技場では良い人材すぎる。補足だが百代たちは流石に変装はしている。特に百代は有名人だから入念に変装している。

 

「それなら私が出る!!」

 

百代はいの一番で手を挙げる。オーナーも彼女には目をつけていて、裏闘技場に参加してもらいたいと思っている。

変装を見抜いてはいないが、実力だけを見抜いているオーナーはなかなかだ。もっとも彼女だけじゃなくて他にも出てほしい人は何人か候補がいるようだ。

 

「彼女だけじゃなくて、そこの白髪の子や黒髪で刀を持っている子も…」

「ボクー?」

「わ、私ですか!?」

「オーナー」

 

ここで巨人が睨むとオーナーはすぐさま黙る。

 

「最近じゃ武士娘っていうんですかね、活きの良い強い女性の時代ですよ宇佐美」

「そーかい。まあ分かる気がするが」

「この裏闘技場にも良いのがいるんですよ」

「なら私はそいつらと戦ってみたいぞ!!」

「いきなりは無理だ」

「なんでだよー」

「いきなり好カードとは組ましてもらえないからだよ」

 

実力があってもいきなり良い相手とは戦えないものだ。なんせ賭けにならないからだ。

賭けにならなければカードを組ませるなんてことはしない。せめて最低でもダークホースとして認められないと良いカードと組ませてもらえない。

まずは下積みからというか何人かと戦って百代の実力を見せるしかない。もっとも百代ならすぐさま実力がみとめられるだろう。なんせ有名な武神だからだ。

 

「じゃあ手続きしといてくれオーナー」

「ええ、良いですよ」

 

オーナーはしたり顔で百代の手続きを行いにいく。

 

「おい、今回の目的は戦うためじゃねえぞ」

「分かってるよヒゲ先生。私が戦って客たちの目を惹かせるのと闘技場内から怪しい奴を見つけるのが仕事だろ?」

「何だ分かってるじゃねえか」

「作戦は考えてきたしな」

 

大和がいくつか作戦を考えてきたのだ。まずその1つとして百代が裏闘技場で戦うことから。

彼女が戦えば当たり前のように客が食いつくはずだ。そうすれば9割がたの視線は百代に集まる。残りの集まっていない1割が大和たちが探す者たちだろう。

そこからは大和たちが上手く探せば良いだけだ。冬馬もその隙に探す。真九郎に関しては情報でこの裏闘技場で行方不明の女の子が働いていると聞いている。ならば探さないといけない。

ここで巨人から「お前ら適当に見て回っていいぞ」という号令で全員が動き出す。裏闘技場はなかなか広いから手分けをして探さないといけない。そして1人で動いてはいけない。必ず最低3人で動くことになっている。真九郎は大和たちより場慣れしているから1人で動けるが。

 

「宇佐美。その子の名前はなんてエントリーしますか?」

「どうする?」

「ピーチガールで!!」

 

裏闘技場に武神もといピーチガールが参戦。

 

 

240

 

 

裏闘技場には真九郎たちではなくて、他にも既に侵入しているメンバーがいる。それは冬馬の仲間である板垣たちだ。

彼女たちは早い段階で川神裏闘技場を見つけて一般客として侵入していたのだ。天使や竜平は仕事とはいえ、裏闘技場に参加してみたかったのでつい参加してしまう。

最近は九鬼のせいで暴れられないでの溜まった鬱憤を晴らすには竜平にはちょうど良かった。それに裏闘技場で勝ち上がれば、いろいろと待遇が良くなるというか勝ち上がった者にしか手に入らない情報が手には入れるかもしれないのだ。

勝てばファイトマネーが貰えるし、本来の目的も達成できるかもしれないから一石二鳥である。

竜平と天使は既に裏闘技場では強者であり、人気のファイターになっている。

 

「本来の目的を忘れんじゃないよ竜に天」

「分かってるよ亜巳姉。そろそろマロード…じゃなくて葵が来るからな」

「私たちは麻薬売買人を捕まえるのもそうだけど、葵たちを護衛するのも今回は仕事に入ってるからね」

 

裏闘技場は危険なところだ。だから護衛するのは必要だろう。

 

「戦ってみて分かったがここにはヤバイのが何人かいるからな」

「だなー。アタシとしては今活躍しているあの2人がとんでもねえと思うぜ」

「ああ、あの2人ね。覇王捕縛戦やつい最近出会って裏闘技場のこと知った切っ掛けになったあの赤髪の女とこの裏闘技場のナンバーワンの女」

 

この裏闘技場には2人の人気者がいる。その2人は負け無しで場を盛り上げてくれるのだ。

オーナーは特に重宝しており、いつか2人のカードを組み合わせて戦わせたいと思っている。その時はきっと多くの客がくるはずだろう。

まず1人目が『赤髪サイボーグ』。その正体は星噛絶奈である。裏闘技場にいるのは仕事まで暇つぶしに過ぎない。

それにここではオーナーに気に入られているので酒がタダで飲めるのもある。正体をオーナーに明かせば更に驚くだろう。もしくは知っていながらの対応をしている可能性もある。

 

そして2人目が『アルティメットクイーン』。ふらりとこの裏闘技場に現れてはすぐにトップになった強者だ。

何者か分からないが日本人ではない。顔に仮面をつけているが性別は女性であることは分かる。何故ならスタイルが女優並みだ。

そして目立つのが綺麗な長い金髪。本当に金で出来た髪って言われても信じられる。

ここでは人の経歴などは聞かない。ただ裏闘技場を楽しめればよい。裏闘技場に迷惑をかけなければ何者でもいいのだ。

 

「あの2人は要注意だな…それとここの従業員にヤベーのが1人いる」

「ああ、あの髪の毛から魂まで全てが鉄で出来ているかのような巨漢のやつか」

「あいつは完全に人を殺しているようなやつだぜ」

 

亜巳たちが見た巨漢の従業員。そいつは師匠である釈迦堂刑部よりも冷徹そうな男。人を人と思ってないような危険な男だ。

その男ともし戦うことになったら間違いなく殺し合いになるだろう。竜平として望むところだが今は麻薬売買人の方を捕まえるのが大切だ。

 

「そろそろ葵たちがここに来るそうさね。準備するよ」

「へいへい。あれ、ところで辰姉は?」

「むにゃむにゃ」

「こんなところでも寝てんのかよ」

 

 

241

 

 

この川神裏闘技場に私が会いたかった奴が来た。しかも裏闘技場にまで参加をするそうだ。その名前は武神の川神百代。

これは私の力を見せる時がやっと来たのだ。ここで力試しをしていたらまさかの機会が巡ってくるとは思わなかった。

 

これは運が良いものだ。いずれ武神とは戦うつもりだった。

何故か変装しているが私の目は誤魔化せない。あいつは間違いなく武神だ。『ピーチガール』なんて名前で登録しているが分かる奴にはバレバレだ。

 

彼女も戦いを目指してこの川神裏闘技場に来たのだろうか。そうだと言うのなら私と同じかもしれないな。武人や戦士はやはり戦いの場に惹かれてやってくるのかもしれない。

 

少し彼女に向かって殺気を飛ばしてみたがどうやら気付いたようだ。これは嬉しいものだ。私の殺気に気付いてくれた。

彼女ならすぐにここのオーナーに気に入られるだろう。そうしたらすぐさま私とカードを組んでくれるかもしれない。

 

これは私もアップしておこう。私の機能性を早く見せてやりたいものだ。前に覇王と戦った時より私は完成されているぞ武神!!

 




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

さてさて、大和たちは裏闘技場にきちゃいましたよ。
いくら強いと言っても今まで経験が通じる世界とは違います。でも保護者として宇佐美を選びました。彼はこういうところ知っているイメージがありますから。
なんとなく適役だと思っています。


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繋がる闇

242

 

 

目に映るのは自分に対して四方に囲まれた金網。ここは裏闘技場の金網デスマッチフィールド。

何でも有りの戦場で、そこに立たずむのはピーチガールと呼ばれる女性。そして床にぶっ倒れている男。

ピーチガールの本当の名前は川神百代である。床に倒れている男は彼女が倒した結果の証。

 

『おおおお!! ピーチガールはこれで16戦16勝だああああああああああああ!!』

 

司会者の実況声が裏闘技場に響く。そして観客たちもつられて大歓声を上げる。

 

『こいつは驚いたああああああ。初参加のピーチガールは怒涛の勢いで勝ち続けているぅぅぅぅぅ!!』

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」

 

裏闘技場の盛り上がりは最高潮だ。これに関してはオーナーもホクホク顔である。

自分の目利きは確かだった。いや、それ以上だったことに自分でも驚いている。あのピーチガールは素晴らしい戦士であると思っているのだ。

これはまさに裏闘技場に今活躍しているオーナーのお気に入りに匹敵する実力である。

 

「いやー宇佐美。あの子は良いですねえ」

「強いだろ」

「ええ!!」

(だって武神だし)

 

武神である百代なら裏闘技場にいる奴らといくらでも戦えるだろう。でも中にはとても闇に深い者がいる時がある。

その者は本当にヤバイのだ。今のところそんな奴はいないがいずれ現れるかもしれないのだ。

 

(オーナーが言うお気に入りの2人が気になるな。やべえ奴じゃなきゃいいんだがな)

 

巨人は周囲をクルリと見渡すがまだ怪しそうな集団は見つからない。観客たちの目線は百代に集中している。

そのため大和たちの動きがより目立つ。すぐに巨人が見つけられるほどだからだ。だからこそ怪しい奴がいればすぐに見つかる。

 

(もしかしたら他の部屋にいる可能性もあるな…例えば地下室だったりな)

 

巨人が思案していると百代がいる金網フィールドにある人物が乱入してきた。

その乱入してきた人物を見た観客はまたも凄い歓声を上げた。そして実況も興奮している。

 

『なななななああああんと!?我らが人気者のアルティメットガールが乱入だあああああ!!』

「お、超美人じゃねえか」

 

百代のいるリングに乱入してきたのは女性だ。長く綺麗な金髪に女優のようなプロモーション。誰もが見れば必ず美人と言うであろう顔つき。

そして武人が見ればすぐさま「強い」と言うほどのオーラも滲み出している。それはまさに壁越えというやつだ。

 

「ピーチガールと言ったな」

「ほほー。あんただろさっき私に良い殺気を飛ばしたのは」

「ふふ。なんのことかな?」

(誤魔化したな…つーか超美人じゃん!?)

 

アルティメットガールと呼ばれる女性はまさに百代のストライクゾーンである。美人であるし、強いからだ。

これは百代もつい興奮してしまう。依頼のことを一瞬忘れてしまいそうになるが「ダメだダメだ」と頭の中で呟く。

 

『こぉぉぉぉぉれえは好カードの実現かあああああ!?』

 

実況も観客も熱気が急上昇。それはそうだろう。アルティメットガールはこの裏闘技場では人気者。

ピーチガールこと百代は一夜で人気者になった。人気者2人の戦いとくれば観客たちはもう大歓声だろう。

これにはオーナーもすぐさま了承。今夜はなんと夢の対決になりそうだ。

 

「っておいオーナー。何を勝手に決めてんだよ!!」

「い、いやあミスター巨人。これはお客様たちの総意でして…」

「いきなりミスター呼びすんな。つーか止めろ」

「戦いは止めなくても良いですよね?」

「拳と足どっちが良い?」

 

オーナーを鋭い目で見る。これにはオーナーも後ずさる。

お客たちが望んでいるカードとはいえ、勝手に決めてもらっては困る。すぐさま止めたいがもうオーナーがこのカード同士の戦いを了承している。

止めたくてももう止められない。これにはオーナーに先手を打たれてしまったものだ。

 

「パンチがキックですか?」

「どっちを砕かれたいかだ」

「そっちですか!?」

「チッ…もう止められねえか。おい大丈夫かもも…ピーチガール」

「大丈夫だ髭。つーか止めないでくれ。今、私はワクワクしてるんだ」

「そーかよ。気をつけろよ。つーか本来の目的も忘れるなよ」

「それは絶対に忘れないから安心しろ」

 

ピーチガールVSアルティメットガールの戦いが実現する。

 

 

243

 

 

冬馬たちは裏闘技場内を観戦している振りをしながら麻薬売買人を探していた。

ここのどこかにユートピアを渡している黒幕がいるかもしれないのだ。ユートピアは違う未来ではきっと自分が川神をメチャクチャにするために有効利用していただろう。

だけど今ここにいる自分は真っ当な道歩けることができるようになった自分だ。ならば今の自分にとって過去の遺物にすぎないユートピアを他の誰かに利用されるのは許せない。

ユートピアはもうこの世にあってはならないのだ。せっかく九鬼財閥が間接的とはいえ、葵紋病院の闇を潰してくれた。だからこそ冬馬は九鬼に、友である秀雄に感謝している。

もう道を間違えない。だからこそ今更表に出てきたユートピアを必ず撲滅してみせると誓ったのだ。

 

「ここにいたんだねえ」

「こんにちは亜巳さん。合流できて良かったです」

「そりゃあ合流しないと危ないさね」

 

冬馬たちは板垣姉妹たちと合流。ここでは冬馬たちの考えは完全にアウェーだ。

もしここで騒ぎごとを起こせばすぐさま御用となるだろう。だからせめて騒ぎを起こすなら麻薬売買人を潰す時だ。

 

「何か情報はありますか?」

「あるよ。やっと見つけたからね」

「流石ですね。これはやはり貴方たちに任せて良かったです」

 

やっと見つけた情報。これならすぐにでも潰してしまいたいものだ。

でも焦ってはいけない。必ず潰すには慎重にいかないといけないだろう。

 

「どこですか?」

「向こうの廊下の先にある部屋さ。あっちは関係者以外は入れない。だから今が入るとしたらチャンスよ」

 

今は百代が裏闘技場で戦ってくれるおかげで観客たちや従業員の目を逸らしてくれている。確かに今がチャンスだろう。

彼女はの強さはここでは魅入ってしまうほど惚れ惚れするのだ。だからこそ有りがたいものだ。

 

「じゃあ入る前に確認するけど…こっから確かにヤバイ。それでもいいんだよね?」

 

亜巳の問に対して冬馬は頷く。それは準や小雪も同じだ。

ここから先は間違いなく完全な裏世界だ。実際のところ冬馬たちの領分は外れている。でも彼らの心は止まらない。

 

「じゃあ行くよ。これは命がけだからね」

「任せな。俺様が命を張って守ってやるよ」

「ありがとう竜平。頼りにしてますよ」

「お、おお!!」

「頬を染めんなリュウ。キモイ」

「黙れ天」

 

気を引き締めて冬馬たちは廊下の方へと歩いていく。すると奥の方で何か誰かの声が聞こえてくる。

すぐさま耳を立てて聞く。すると人の声が聞こえてきたのだ。

 

「今日のユートピアはこれだけですね?」

『ああ。全て売り払え。もし売り残ったらいつも通り向こうに流せ』

「了解致しました」

 

もう1つ電子声が聞こえてくる。接し方の声でおそらくその電子声が麻薬売買人のボスのようだ。

そうなるとここにボスがいないのは困ったものである。だけどここにいる売買人は間違いなく組織としては上の存在だ。ここで捕縛して尋問すればもっと有益な情報が手に入るだろう。

 

『そうだ。1つ言っておく…お前たちも気付いていると思うがユートピアに関して嗅ぎまわっている奴らがいるようだから気を付けろ』

「分かっております。見つけ次第潰します」

『頼むぞ。見つけ次第に殺せ』

 

ボスとやらは「殺せ」と簡単に言ってくれる。でもその「殺せ」というのは罵詈雑言で言う不良の言葉でなく、本気の言葉であった。

電子声のくせに背筋が凍りそうな感じだ。

 

『そうだ。ユートピアに溺れて薬漬けになった奴はどれくらいいる?』

「けっこういますよ。今夜にも既に何人か連れてきてます」

『そうか。ならそいつらをいつもの場所に送れ。もうそいつらは薬でダメになっているならちょうど良い』

 

薬漬けになってもう社会復帰が難しい人は既に出来上がっているのが今の現状だ。これを聞いて冬馬は顔を歪めてしまう。

確かにユートピアが川神に出回ってしまって既に被害が出ている。中には中毒性が酷くかかっており、葵紋病院に運び込まれている患者だっているのだ。

 

『では頼むぞ。薬漬けになっていようが使える臓器はいくらでもあるからな』

「はいボス」

(使える臓器?)

 

ボスの電子声が途切れる。

ならばいつでも突入できる。これから冬馬たちは突撃するのだ。

 

 

244

 

 

大和に京、由紀江は3人1組で裏闘技場で売春組織の組員を探している。ごちゃごちゃしているが客の視線は百代に集中している。

 

「姉さん流石だな」

「だね。裏闘技場の人たちをチラリと見たけど、結構強い人たちばっかり。でもモモ先輩無双は相変わらず」

「あ、またモモ先輩が勝ちましたよ。それでまた次の挑戦者が現れました。あの人もけっこう強そうです」

 

裏闘技場には腕の立つ実力者が大勢いる。表世界では活躍していない裏の人間だ。これには百代も新鮮な気持ちになるだろう。

もっともこれで裏闘技場にハマるなんてことになったらどうしようと思う大和である。その時は鉄心に説教してもらう他無いだろう。

 

「あ、またモモ先輩の勝ちです」

「これで16勝目だね。ここでもモモ先輩揺るぎなさそう」

「そうだな…さて、今のところ怪しい奴はっと」

 

大和は周囲をよく見ていたら急に観客たちが大歓声をあげた。これにはびっくりしてしまう。

おそらく他の場所で探している一子たちもびっくりしているだろう。凄い大歓声で耳を塞ぎたくなるほど煩いのだ。

 

「何だいきなり!?」

「モモ先輩のリングに乱入者です。そしたらもの凄い大歓声があがりました」

 

百代のいるリングを見ると金髪美女が乱入していた。その美しい姿に大和は一瞬だけ魅入ってしまった。きっと岳人も魅入っているだろう。

 

「…あの人は強い」

「うん。あの人は間違いなく…壁越え」

 

京と由紀江は金髪美女を見てすぐさま彼女の実力を見抜く。彼女は間違いなく壁越えの実力者だと。

自分たちが戦っても勝てるか分からないほどの実力者と断定したのだ。おそらく百代と互角に戦えると予想している。

 

「まさか裏闘技場にあれほどの人がいるなんて驚きです」

「あの人何者だろう。あれほどの力の持ち主なら世界で活躍していてもおかしくないよ」

「そんなに凄いのかあの金髪美女?」

「はい。間違いなく壁越えです。あの人は何者か知りませんが間違いなくモモ先輩と戦えます」

「へえ」

 

それほど強いなら表世界の格闘大会で優勝できるだろう。それにあれだけの美人なら絶対にテレビで紹介されてもおかしくない。そもそもモデル業界でも黙っていないだろう。

そんな人がなんでこんな裏闘技場にいるのか気になる。間違いなくこんな所でなく表世界で活躍できるだろう。

 

「あ、大和」

「どうした。もしかして見つけたか?」

「うん。怪しいグループを発見した」

 

京が指を指す方向を見ると確かに裏闘技場の観戦目的ではない人たちがうろついていた。

これは間違いなく売春組織の組員だ。やっと本隊であるメンバーを見つけた。ここで奴らを潰せば終わりだ。

すぐさま見つけた連絡をみんなに伝える。ここで売春組織を必ず捕まえてみせる。いや、潰してみせると大和は思うのであった。

 

「おい、今回は何人連れてきた?」

「5人だ。薬漬けにした女はもうダメで商品にならない」

「最初は言うことを聞かすために薬を使ったが…使いすぎるとダメなもんだな」

「当たり前だろ。そもそも商品は丁重に扱え」

 

売春組織の男たちは何やら物騒なことを言っている。聞いているととても嫌な内容だ。

 

「前にここに送ったあの商品は良かったんだがダメにしちまったからな。一度はオレも買いたかったぜ」

「今頃どうなってんのかな?」

「それは詮索しない方が身のためだろ。俺らはただの売春組織…その上のことは領域外だ」

 

上の存在。売春組織にはどうやら『上の存在』とやらがいるようだ。

今回の売春組織は前と違うと思っていたが本当に違うようだ。これは相当根が深そうだ。

大和たちはよりいっそう気を引き締める。

 

 

245

 

 

忠勝と真九郎も同じように裏闘技場を動いていた。真九郎は行方不明の子を探すために。忠勝は大和たちの手伝いのために売春組織を探しに。

まずは真九郎だが行方不明の子がこの裏闘技場の従業員として働いていると銀子から情報を得ている。ならばこのどこかにいるはずだが居ない。

こういう時は従業員に聞くのが一番である。しかし怪しまれなければならないようにしなくてはいけないので普通に聞く。

怪しまれないように聞くのだ。真九郎はバーカウンターの従業員に写真を見せて聞く。

 

「この子を知ってますか?」

「……」

「知り合いです。ここにいると聞いて来ました」

「……」

 

チップを置いて飲み物も頼む。

 

「…確かにうちで働いていたが今はいない」

「いない…辞めたってことですか?」

「辞めたというより消えた。気が付いたらな」

 

消えたとはまた怪しい。これはまさしく何か巻き込まれたかもしれない。

つい一瞬だけキリングフロアのことを思い出してしまうがすぐさま頭から降り払う。あんなことになるような結果だけにはしていけない。

 

「その消えたというのは誰か知ってますか?」

「さあな」

 

これはもう何も言ってくれないだろう。彼女が消えたというのは情報としては喜んではいられない。

従業員が知らないもしくは言えないのなら、ここのオーナーに聞くのが一番だろう。真九郎はバーカウンターを後にして巨人と一緒にいるであろうオーナーに会いに行く。

 

「おい紅」

「何かな源くん?」

「これ見てみろよ」

「本?」

 

いつの間にか消えていた忠勝が持っていたのは分厚い本。本というよりは資料をまとめたモノにも見える。

その資料は忠勝が見つけたモノだ。仕事がとても速く、彼ならもしかしたら裏世界でやっていける素質があるかもしれない。

 

「見てみろ。お前の知りたい情報が書いてある」

「もしかして!?」

「それと覚悟して見ろ。あんま見ていて良いもんじゃねえ資料だ」

 

パラリと資料を見ると女性の顔写真やプロフィールが乗っている。最初は売春組織の資料かと思ったが違う。

読んでいくと嫌な文章が記載されている。それはその人物から摘出される臓器について書かれているのだ。

これは臓器摘出をする人物のリストだ。このリストの分厚さからしてみて数えるのも馬鹿らしくなる。

何十人が既に犠牲になっているのだろうか。犠牲になってしまった人のページには「済」と記載されている。

ページを捲っても捲っても「済」と事務作業のように記載されているのだ。真九郎は心臓が締め付けられるような感覚に陥る。そして何だか吐き気も催してくるような気分にもなりそうだ。

ペラペラとページを捲ってく。彼の知りたいページは行方不明の子のページだ。もしかして彼女は。

そして本当に彼女のページがあった。そのページには「済」の記載は無かった。

 

「…はあ」

 

まだ無事であることが分かっただけでも安心できた。でも悠長な時間は無さそうである。なんせページに臓器摘出予定日が今日と記載さているのだから。

こんなギリギリの日に裏闘技場に来るとは本当にギリギリすぎる。これは早く行方不明の子を探さないとマズイ。彼女の命が危ないのだ。

 

「紅…大丈夫か?」

「大丈夫。早く助けないと」

「…その資料には売春組織が商品として出している子の写真もあった」

「売春組織とグルだってことか」

「ああ。これは相当根が深い問題のようだ。最悪これは一子たちには対処できないぞ。つーか対処させたくねえ」

 

真九郎と忠勝がたどり着いた答え。それはこの裏闘技場と売春組織が臓器売買組織と繋がっているということだ。

おそらく冬馬たちが追う麻薬売買組織とも繋がっているだろう。まさか真九郎に大和、冬馬たちが追っていた事件が1つにつながっていたのだ。

表世界の事件かと思っていたが、まさかの裏世界の闇に触れていたのだ。もうこれは学園生の身にあまる事件である。

はっきり言って大和たちも冬馬たちも手を退くべきだ。彼らが手を出していいものではない。

正義の心を持って悪を倒す。勧善懲悪は間違っていないだろう。紫だって悪い奴は良い奴に倒されるのは当然だと思っている。

だけど悪ってのは闇の深さがある。深すぎる闇は大和たち学生だけの力ではどうにもならない。

いくら軍師と呼ばれるくらい頭がキレていても。武神と呼ばれる最強の力を持っていても。様々な個性的な仲間が多くいても。

裏世界の闇はそれすら飲み込む時もあるのだ。いくら武神の力でも敵わない場合もある。

それは武力で負けるというわけではない。武力だけなら百代は裏世界で戦えるだろう。でも裏世界はなにも武力だけではないのだ。

裏世界では様々な力を持って蠢いている世界だ。たった1つの力では限界がある。

 

「早く行こう」

 

ドクンドクンっと心臓が早くなった気がする。どうも良い方向に進まない気がするのだ。どうしようもない結果だけにはしたくない。

 

(ったく、一子たちには荷が重すぎるだろ…)

 

今までも川神で闇に近い事件や、闇そのものな事件はあった。でも今回ばかりは相当深い闇だ。

もしかしたら真九郎でさえ荷が重すぎるかもしれない。




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとおまちください。

今回でやっと臓器売買組織について真九郎はたどり着きました。
行方不明の子…家出少女を追っていたら臓器売買組織にたどり着くとは思ってもいないでしょうね。裏世界の入り口は案外表世界の身近なところにあると言う意味で書いてました。
そして大和たちや冬馬たちが追う事件も闇に案外近いものです。そもそも繋がっていました。表裏一体というんですかね?

そしてアルティメットガールについては次回から詳細を書いていきます。
原作には出ていますが、この物語によってオリジナル寄りです。


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ただの闇

246

 

 

ピーチガールVSアルティメットガール。

そのカードの組み合わせに観客たちは大歓声でどっちもエールを送る。そしてどっちも人気だから賭けもどんどんと賭けられる。

でもどちらかというとアルティメットガールの方が人気だ。それだけ彼女の方がこの裏闘技場では人気であるからだろう。

 

「ふー…そろそろ始まるが。負ける準備ができたかピーチガール?」

「おいおい。私が負ける前提で話をしないでくれよ」

「いくら初日で連続で16勝したからと言って調子にノってると思ってな」

「調子なんてノっていないさ。これでも私は油断はしないで戦っているんだからな。昔は油断していて痛い目にあったし」

 

覇王の覚醒事件を思い出す。あの時はつい相手の実力を見てしまい、楽しもうと思って油断したのがいけなかった。

でも今は修行のおかげで、夕乃のおかげで戦いに関して心構えが変わっている。それにこんな所で油断で遊び気分で戦えるはずがない。

流石の百代だってそれくらいわきまえているのだ。それにこの裏闘技場に入ってから彼女はなにかキナ臭いモノを感じている。

とても嫌な何かだ。想像なんてしたくないがきっと嫌なことが起きそうな気がする。でも心のどこかで大丈夫だと思っている。

それが彼女の間違いだと知らずに。

 

「行くぞピーチガール!!」

「ああ行くともアルティメットガール!!」

 

戦いの鐘が鳴り、ついに戦いが始まった。

お互いに瞬時に間合いを詰めて拳を突き出した。

 

「川神流…無双正拳突き!!」

「グレイトショット!!」

 

ドコンっと鈍い音が響き、直に相手の強さが伝わってくる。やはり間違いなくアルティメットガールは壁越えの者だ。

百代の拳に真っ向から勝負を仕掛けてきて退かないのはそうそういない。

一応補足だが、正体は隠しているので技名をいう時「川神流」の部分は小さく呟いている。

 

(強い。拳から伝わる威力が並みじゃない!!)

「フハハハハ、流石だなピーチガール。ならこれはどうだ!!」

 

アルティメットガールから今度は無数の拳が飛んでくる。その数はまるで連続で放たれる弾丸の如く。

 

「ガトリングフィスト!!」

「こっちだって負けるか!!」

 

百代も負けじと拳を連続で放つ。2人の間に拳の雨が降り注ぐ。並みの者では彼女たちの拳は見えないだろう。

この裏闘技場で彼女たちの攻防をよく見れているのは何人いるやら。でもほとんどの観客は拳なんて見ていない。戦い全体を見ているのだ。

 

「ウラウラウラウラウラウラウラ!!」

「DaDaDaDaDaDaDaDaDaDaDaDaDaDaDa!!」

 

彼女たちの拳合戦はついに足まで繰り出し、巡る巡る戦いになる。拳が出たと思ったら蹴りから手刀に頭突き。様々な攻撃が繰り出しているのだ。

 

「これならどうだ。雪達磨!!」

 

自分の腕から気を発し、その気を冷気へと性質変化させる。そのままアルティメットガールの腕を掴んで凍らせた。

 

「ほお、私の腕を凍らせたか。面白い技だな」

「どうする。負けを認めないと凍傷になるぞ?」

「せんさ。これくらい自分でどうにかできる」

 

アルティメットガールは急に身震いを起こした。凍っている腕が原因で寒くて震えているわけではない。

この震えは自分自身で震えているのだ。すると凍っていた腕の氷が急に溶けだした。

 

「なに?」

「知っているか。これはシバリングというやつで骨格筋をランダムに収縮させることにより熱産生を増加させるのさ。私はこの温度調整をコントロールできる」

 

凍っていた腕は完全に元通りになり、問題なく動いている。そして瞬時に百代に接近して凍っていた腕で殴り掛かった。

 

「どうだ。全然問題ないだろう」

「そのようだな」

 

蹴りが交差する。

 

「今度はこっちから行くぞ!!」

 

アルティメットガールは勢いを弱めずに攻め続ける。拳に蹴りに頭突きに膝とランダムに繰り出してきて流れが読めない。

 

「ランダムバレット!!」

 

ランダムに繰り出される攻撃に少しづつ押され始める百代。だがそれくらいで不利になるわけではない。

ただ単に彼女ほどの実力者と戦うのが久しぶりなだけだ。その喜びをつい感じてしまっただけだ。

今は戦いだというのに反省反省と思う百代。それでもやっぱり戦いが好きなのは止められないものだ。

 

「まだまだぁ!!」

「はああ!!」

 

金網リング場では達人同士の戦いが繰り広げられている。その様子を見る巨人は流石に驚きだ。

なんせ百代と互角に戦えているのだから。最近は川神学園に実力者が増えているけどこうも百代に互角に戦えているのは久しぶりだ。

いや、裏世界なら壁越えの人間なんていくらでもいるだろう。そう思うと巨人の驚きも落ち着く。

 

(裏世界は広いからな。しっかしあの金髪美女は何者だか…あの相手なら流石の百代も周囲を調べるの難しいか?)

 

確かに巨人の言う通り、真剣に戦っている時は目を相手から離すことはできない。でも百代は隙を見ては目を周囲を見ている。

なんせ今回は戦うことがメインではないのだ。今回のメインは売春組織の壊滅だ。目的を違えてはいけない。

 

(本当はこの金髪美女ともっと戦いけど…目的は忘れたら絶対にダメだしな)

「…どうした。どこか私との戦いに集中していないな?」

(やっぱバレるか)

「私に対して集中しなくてもよいということか!?」

「そんなことはない!!」

「なら私に集中してくれピーチガール!!」

 

ドンっと気が爆発する。その気の量は百代にも負けないだろう。それに感化されてつい本能に任せて戦いそうになる。

 

「おいおいマジで良いじゃないか。でも我慢だ我慢」

「本気を出す気がないなら私が無理やり本気を出させてやろうじゃないか!!」

 

アルティメットガールの攻撃速度がまだまだ上がる。攻撃の1発1発が確実に重すぎる。これでは百代も片手間に戦うのは難しいというものだ。

それにどうやら彼女は百代のように多種多様な技を持っているから目を光らせていないとどんな技を撃ってくるかも分からない。

 

「ガトリングフィスト!!」

「おっと!?」

「まだまだ。ドラゴンショット!!」

 

拳に気を溜めて竜のようにもしてエネルギーを発射する。

 

「ぐあ!?」

 

百代は吹き飛ばされて金網にぶつかる。アルティメットガールは百代が金網ぶつかった時には既に間合いを詰めていて拳を連打していた。

 

「どうしたどうしたピーチガール。そんなものか。私はお前がそんなものでないことは知っているぞ!!」

「おいおい私の何を知っているんだ?」

「武神」

「ッ!?」

「そんな変装なぞ私に隠せると思っているのか?」

「…私は武神じゃ」

「本気で言ってるのかそれ?」

 

流石に一瞬だけ呆れたアルティメットガール。だってバレてる状況でまだ認めないのだから。

 

「何で私が武神だと?」

「さっき小さく川神流って言ったろ」

「あっ…」

「川神流でその実力者なら限られるだろう」

「うー…」

「うー…じゃない」

 

いずれはバレるだろう変装なんだから仕方ないし、そもそも百代の変装は知っている人なら分かってしまう。もしくは実力が分かる者でもだ。

 

「ふん。どうやら本当に私と戦う気はないようだな…他に目的があるな? さっきから私ではなくて会場を見ているのもそれが理由か」

「そこまでお見通しか」

「私ほどの者ならすぐに分かる。何が目的だ?」

「それを…言うと思うか!!」

 

川神流人間爆弾の発動。体内に溜めた気を全て開放して金網リング全域に爆発が起こる。

これは諸刃の技だが彼女には瞬間回復という技があるから無傷には戻せる。それでも連発して発動できる技ではない。

 

「人間爆弾か?」

「まさにそうだ。つーか平気そうだな」

 

爆煙が晴れると平気そうに立つアルティメットガールが見える。でも身体に人間爆弾によって受けた傷がいくつかあった。

 

「やせ我慢は意味ないぞアルティメットガール?」

「この程度のダメージなら問題ない。お前の瞬間回復とまでいかないが…こう」

 

よく目を凝らして見ると徐々にアルティメットガールの傷が癒えている。

 

「これは瞬間回復ではない。ただの人間が元々持つ自然治癒力だ」

 

人間には自分の意識とは関係なく、たえず作動し、常に待機しており、何らかの損傷が発生すると自動的に自己修復プロセスを活性化する力のことだ。

誰もが当たり前のように持っている力。特別というものではない。

 

「人間が生まれながらに持っている病や傷に打ち勝つ力だ。お前も持っている力だろう…まあ、瞬間回復が使えるお前は気にしていないかもしれないがな」

「でも異様に癒えるのが速いように見えるぞ」

「お前の瞬間回復に比べるのも馬鹿らしいが、先ほどのシバリングと同じように自然治癒能力まで私はコントロールできるのさ」

「ビックリ人間だな」

「私は人間の中でも最高傑作の人間だ」

 

最高傑作の人間という言葉を聞いてふと気になった。

 

「お前は何者だ。そっちは私のことを知っているのにこっちは知らないのはずるいぞ」

「言えないな。でも名前くらいは言おうかピーチガール…いやモモヨ」

 

彼女にもどうやら何か事情があるらしいが名前だけは教えてくれるらしい。

 

「レイニィ・ヴァレンタインだ」

「レイニィ・ヴァレンタイン」

 

もしかしたらこれも偽名かもしれない。でも彼女の目を見て嘘は言っていないと分かる気がする。

 

「なにか目的があるようだが私は知らない。だから私に夢中にさせてやる」

 

アルティメットガールことレイニィはさらに気を膨れ上がらせる。

 

「行くぞモモヨ!!」

 

この時、巨人の方に大和から連絡が届いていた。

 

 

247

 

 

レイニィ・ヴァレンタイン。

彼女の正体はある国のプロジェクトによって生まれたスーパーソルジャーである。

 

彼女は最高の戦士同士によって生まれた存在だ。完璧な容姿に完璧な能力に完璧な性格など、多くの人間が最高と認める人間同士のDNAが流れているのだ。

レイニィのDNAには多くの歴代の戦士のDNAが流れている。彼女のような戦士が何年も最高のDNAを受け継いできている。彼女もいずれは最高の男性を見つけて次の子へと受け継ぐだろう。

 

だけど今の最高傑作はレイニィだ。これは人間を超える人間を生み出すプロジェクトなのである。人間の進化なのだ。

 

人間の起源は最初は猿からと言われて、長い時をかけて現在の理性を持った人間まで進化した。だけど人間は今の状態で止まっている。新たな進化は現在は無いのだ。

しかし進化の可能性は大いにある。なぜなら人間は潜在能力を10パーセントも発揮していないからだ。なら残りの90パーセントはどうなるかという疑問に至る。

せっかくの能力を発揮できずにいるのは宝の持ち腐れである。だからこそある国は人間の潜在能力を発揮させるために研究に没頭している。

 

この研究が完成すれば人類はより進化する。人類の新たな進化なのだ。

 

だが、武神である川神百代の誕生により研究のルートが傾いた。人類の進化ではなくて対百代になるような戦士を生み出すために研究が傾いたのだ。

国のプロジェクトが変わるほどのなのだから百代は凄いものだ。それとも百代ではなくて川神一族なのか。

 

だからレイニィは人類の進化のためというよりも百代を超えることに信念を掲げている。そうなるようになってしまったの国のプロジェクトのせいだろう。

人によっては百代を倒すために生まれてきたなんて可哀想にと思うかもしれないがレイニィは気にしない。目的が達成したとしても次はまた人類の進化のために自分も研究に加われば良い。

 

まず初めにレイニィは調整ができていないとはいえ、川神学園で開催された模擬戦に正体を隠して参加した。川神学園にいる実力者を見るためである。

自分の力を確かめるために模擬戦の中でも一番弱いチームに入って戦った。それは強い者たちと多く戦うためだ。弱いチームに入れば多くの実力者と戦える。

それに模擬戦は総当たり戦だからちょうど良い。だけど百代が参加しなかったのは予想外ではあった。

 

それでも百代と同じくらいの実力を持つ覇王である清楚と戦えたから帳消しにはなった。だがやはり肉体の調整ができていなかったのがマズく、覇王に負けてしまった。

その後は再度肉体の調整を行ってまた川神に戻ってきたのだ。今度は負けないために。そしたらなんと彼女の前に百代が現れたのだ。

 

これほどタイミングが良いことはない。だからこそレイニィは研究の成果に鍛えた成果を全て出して勝ってみせる。

 

なんせ彼女は人類の最高傑作なのだから。

 

 

248

 

 

師岡卓也は風間ファミリーの中でも普通と言われてもみんなが納得するだろう。一番弱いと言われても卓也自身も認める。

だけどパソコンや電子機器関係などの情報は人一倍ある。それに縁の下の力持ちということもあり、彼は微々だけど仲間のために頑張っているのだ。

 

それは仲間も知っているし、彼のおかげで助かっているところだってある。そして仲間思いのファミリーの中でも1番なのだ。その分で仲間以外の他者に厳しいところはある。

彼の評価は仲間思いの縁の下の力持ちな人間なのである。

 

それだけでそれ以上でもそれ以下でもない。他の風間ファミリー中でも普通だ。そのおかげで普通の感性を持っているからこそ、当たり前の状況に当たり前の行動に起こせる。

 

彼は本当に風間ファミリーの中でも良心でもあり一般的な人間なのだ。個性的な人が多いファミリーの中でも一番話が伝わるだろう。

 

「何だよこれ…」

 

人間は嫌な光景を見ると、その光景を現実と認めるまで時間がかかるだろう。

精神が強い者なら耐えられる光景はある。でも一般的な人なら耐えられない光景はあるだろう。

そもそもある光景に関しては一般的な人は普通は見ない。その光景は特定の人しかみないだろう。

 

「何だよこれ…何だよこれ」

 

その光景は戦争の関係者や裏世界の人間なら見る可能性は高い。例えば斬彦は仕事柄いくらでも見てるし、真九郎だって仕事の関係で見たことはある。

だが見ていて良いものではない。不快な気持ちになるし、悲しい気持ちにもなる。全てマイナスな気持ちになる光景だ。

 

「うう…ううぷ」

 

嫌な気分になる。吐き気がこみあげる。今の現実を認めたくなくなる。嫌なモノを吹き飛ばすために叫びたくなる。

でも叫ぶことはできないのは更にマズイ状況になるのだから。だからこそ卓也は口を塞ぐ。それは叫びと吐き気を無理やり抑えるため。

 

「何なんだよ…」

 

卓也の視界に映るのは部屋に並べられた複数の死体だった。

 

「ここはまさか…」

 

真九郎は死体を調べると予想が的中していた。

 

「やっぱり内臓が抜き取られている…」

 

ただの闇が襲い掛かってくる。




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。


さてさて、レイニィ・ヴァレンタインというキャラですが。
このキャラほとんど私のオリジナルです。でもマジ恋の原作にも登場しています。
彼女は確か清楚ルートの模擬戦で福本育郎のチームに助っ人として参加していた人です。

彼女は名前も無くて立ち絵は白マントでした。性別は恐らく女性だと思うので女性キャラにしました。
面白い設定があったので私はいずれ登場するのかなって思っていたのに出なかったのは残念です。名前も私のオリジナルですよ。
設定とは最高の戦士同士で生まれた云々です。これは私が考えたものではなくて原作のですよ。技とかは私がシンプルに考えたものですが…
原作キャラでありながらオリジナルキャラです。


そして最後には闇に触れてしまったシーンを執筆しました。
卓也視点です。もう引き返せないところまで足をずっぽりと沈めています。



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闇は深く

裏闘技場編はまだまだ続きます。
そして今回から物語にまた3人ほどキャラが追加です。


249

 

 

真九郎と忠勝は一子たちと合流していた。売春組織が臓器売買組織と繋がっている事実が分かり、すぐさま警告しに合流したのだがちょうど彼女たちも怪しい奴らを発見していたのだ。

まずは調べると言ってそのまま怪しい奴らを尾行しているのだ。こんなことをしている場合ではないが既に尾行している状況なので無理やりは止められない。いや、無理やりでも止めるべきだったかもしれない。

真九郎も早く行方不明の子を見つけたいが、最悪な展開だけは避けたい。最悪の展開とは一子たちが裏世界の闇に飲み込まれることだ。

飲み込まれてしまえば生きて出ることが出来るか分からない。だから彼女たちを早くこの裏闘技場から遠ざけたいのだ。

 

「怪しい奴って?」

「あいつらだ。モモ先輩の戦いに目もむけずに何かやってる。間違いなく観戦目的じゃない」

 

数人の男が戦いに目もくれずに動いている。そしてそのまま廊下へと入っていく。

卓也はすぐさま巨人に連絡し、他のメンバーにも連絡していた。だけどまさか大和たちからも連絡が来ていたとは思わなかった。

どうやら同時に怪しい奴らを見つけていたようだ。そして判断としては尾行だけしておくということになる。今は戦力が分断されているから無理に力に任せるのはダメだ。

百代は今、アルティメットガールと戦っていて手が離せない。巨人はここのオーナーを引き付けている。ならば残りのメンバーである程度動くしかないのだ。

大和たちの方には翔一も合流していると連絡があった。どうやら向こうは大和に翔一、京、由紀江の4人で尾行するようだ。

そしてこっちは一子にクリス、卓也に岳人である。そこに真九郎と忠勝が加わって6人である。そういえば冬馬たちの方はどうなっているだろうかと思って連絡してみるが返信は無い。

何も悪い状況になっていればよいと願うしかない。彼らの無事を願うしかないだろう。

 

「むむむ。突撃はできないのか」

「クリスさんここは敵の本拠地だ。俺らは完全に敵の胃の中にいる。むやみに突撃してもいけないよ」

「むむむー。自分もそれくらいは分かってるぞ」

 

その割には少し残念そうだ。悪が許せない彼女にとって早く倒したいのだろう。

その気持ちは分からなくもないが、今の状況は選択を間違えると命を落とす。もう命のやり取りをしているのかもしれないがまだ彼女たちは気付いていない。

 

「俺としてはここで退いた方が良いと思うけど」

「何を言っているんだ真九郎殿は。自分たちは悪を倒しにきたのだから、ここで退くことはできない」

 

やはりクリスはまだ今の状況を気付いていない。それは敵の勢力が分かっていないからだ。

 

「どーした紅。ここまで来て撤退って?」

「そうよ。確かにここは今までとちょっと雰囲気がヤバイのは分かるけど」

 

岳人も一子も自分たちは大丈夫だと言う。

 

「そうじゃねえよ。もしかしたら売春組織がヤバイ組織とつながってるかもしれねえからだよ」

 

忠勝が真九郎の代わりに言ってくれた。ヤバイ組織とは臓器売買組織のことだ。

素人がユートピアを売りつける麻薬売買組織や売春組織とはわけが違う。本物の闇組織だ。

 

「ならばもっと退けぬではないか」

 

でもクリスは怖気ない。まだ相手のやばさが伝わっていない。これは彼女がおかしいのではなく、育ちに影響があるのだ。

育ちが悪いわけではなく、軍人の家系だからこそ考えが一般と違うのだろう。そして一子や岳人も退かない。こっちは川神市で育った影響だろう。

どうして川神では実力があるからと言って引き際を見極めないのだろうか。こればかりは一子たちは悪くない。

全て川神全体の影響なのだ。悪いとは本当に言えないのは地域ごとによって色があるのは当たり前だ。これが川神の人間というやつだ。

忠勝は裏を少し知っているから引き際が分かる。でも一子たちは表しかしらなくて、川神市という日本の中でも力がある場所で育ってきたから急に裏世界のことなんて分からないのだろう。

認識としてはテレビやゲームくらいのものを想像してヤバイと思っているのだろう。でも実際はもっとヤバイものだ。世の中の理不尽や恐怖に暴力を圧縮した本物の悪だ。

 

(悪の認識が分からないんだな…世の中は勧善懲悪じゃないんだ。世の中の多くは悪で構成されている。善なんて少ししかいない)

 

良い人間はもちろんいる。でも悪い人間の方が多い。世の中はそんなものなのだ。良い人間が多いのならもっと世の中は良くなっているはずだ。

 

「あの部屋に入っていったぞ」

 

撤退を考えていたら、クリスたちはどんどん尾行しておく。人の話を聞いていないのだろうか。忠勝も少しイラつきはじめたがここで口喧嘩しても意味は無い。

尾行していた奴らは廊下にあるいくつかの部屋のうち1つに入る。そもそもここの廊下は関係者以外は入れない。だから誰かに見つかったマズイ。

すぐさま扉に耳を当てると人の声が聞こえてくる。

 

『今夜の摘出の予定は?』

『3人だ。全て摘出したらあの部屋に運んでおけ』

『あの部屋はもうけっこう溜まってきたがどうする?』

『買い手がもういないようなら腐る前に処分しろ』

『そもそも買い手っているのか。空っぽの死体だろ』

『そういうのが好きな顧客もいるんだよ』

 

聞きづらいが何やら不穏な会話が聞こえてきた。聞いていたくない会話だ。

 

『ボスは来るのか?』

『来ない。ボスはオークションの方で忙しいらしいからな。大事な大事な出展品をオークションに出す準備をしている』

『ただオークションに出すだけだろ?』

『出す物の価値がとんでもないんだよ。詳しくは知らないがな。いや、知らない方が良いかもしれねえ』

 

オークションと聞こえてきた。今オークションという言葉を聞いて思いつくのは川神裏オークションだ。

もしかしたら臓器売買組織のボスは川神裏オークションに参加するのかもしれない。これは情報としては大きい。

 

『よし、準備すっぞ』

『了解した』

 

どうやら部屋から出てくる。瞬時に考えたのはすぐさま撤退するか、部屋から出てきたところを素早く倒すかだ。

 

「こっちの部屋から人の気配がしないぞ」

 

どうやらクリスが人の気配が無いことを察知して逃げる部屋を探してくれたようだ。ならばすぐに部屋に逃げ込む。

できればまだ騒ぎは起こしたくない。だがその入った部屋がダメだった。

 

「この部屋なにかな…異様に寒い気がする」

 

卓也の顔が青い気がする。確かにこの部屋は異様に寒い気がするのだ。まるで冷蔵庫のようである。

そして目を凝らすと部屋には布に包まれた何かがいくつも並んでいる。それはまるで人を包んでいるようにも見える。

この部屋は何か嫌な感じだ。嫌な感じというのは気分が悪くなるというか見てはいけないようなものがあるという感じなのだ。

その見てはいけないというのは恐らく布に包まれた何かだろう。だが見なければ何か分からないというものだ。

この部屋の正体を暴くには見るしかない。嫌な感じでバクバクと心臓が鳴っているが意を決して布をめくった。

 

「…うえ」

 

卓也は見なかった方が良かったかもしれない。布の下にあったのは死体だった。しかもそれが1人2人ではない。何十人もいるのだ。

 

「おいおいおい」

 

岳人はもう何も言えない。岳人だけじゃなくて一子もクリスも顔を青くしている。

普通の学生が見るものではない。そもそも死体を見る機会なんて学生に無い。

だけど今、真九郎たちが見ているのは並んでいる死体だ。暗い部屋に死体が安置している。

裏闘技場の戦いで戦死した安置所かもしれないが、少しおかしい。調べてみると身体が妙にへこんでいるのだ。

このへこみは殴られてへこんでいるというわけでなく、まるで身体の中からへこんでいるみたいなのだ。

触って調べてみるとすぐに分かることがある。これは身体の内臓が無いのだ。だから身体が妙にへこんでいるのだ。

 

「まさか内臓器官を取られているのか?」

 

すぐさま思いついたのが臓器売買だ。ここは裏世界の闘技場。死んだ戦士は表世界に戻ることはないだろう。

ならば再利用するために内臓を摘出されてるのかもしれない。こういうの臓器売買の奴がこの川神裏闘技場と通じているのだろう。

嫌なものを見たし、嫌な事実に気付いてしまった。この裏闘技場はただルール無用の戦いが起きる場所ではないらしい。

卓也はこの光景を見て吐き気を催す。それはそうだろう。今まで周りに頼りになる人たちがいるとはいえ、こんな人が死んでいる空間なんて初めて見るはずだ。

そもそも武術が盛んな学園にいるとはいえ死体を大量に見るなんて普通に絶対に無い。真九郎はまだ平気だが大和たちはそうでもないだろう。

他にも一子も気持ちが悪そうになっている。軍人の娘であるクリスだってこの異様な空間は初めてだろう。

 

「…内臓だけじゃなくて目も抜き取られてるのか」

 

どうやら使える器官は全て摘出しているようだ。そもそもよく考えれば臓器売買なら使える器官は全て摘出するだろう。

 

「うう…」

 

もう卓也と一子はもう嘔吐しそうな勢いだ。もう口を開けないだろう。

 

「何なんだここは!?」

 

クリスは怒って恐怖と気分の悪さを吹き飛ばす。そうでもしないと訳が分からなくなる。

 

「あまりここに長居しないほうがいいな」

 

部屋の外に誰もいないのを察知してすぐさま部屋を出ていく。嫌なものを長く見ない方がよい。

だからもう卓也たちはもう帰ってもらった方がよいだろう。彼らは裏の発端を見てしまったのだ。

表の世界で死体を大量に見るのは絶対に無い。見ることができるとしたら戦争や裏世界だけだ。

卓也たちは裏世界の人間ではない。もうこんな所にいる必要は無いのだ。

 

「師岡くんたちはもう帰った方がいいかもしれない」

「え?」

 

先ほどまで全然大丈夫そうだったが無残な現実を見たことで覇気がなくなっている。いかに強いと言っても本物の死体を見ればそうなる。

 

「ここにいたら見なくていいものまで見るはめになる。それにもしかしたら殺しの世界に入るかもしれない」

「殺し…」

「ああ。君たちはもう領分を超えているよ。ならもう帰った方がいい」

 

真九郎は彼らを心配しているから帰らせようとしているのだ。だけどクリスは帰らないと言い張る。

彼女は正義の心が強いからこそこの事実が許せないのだろう。実際のところあの死体の山は絶対に悪事によってできたものだ。

ならばクリスはこの所業を許せない。でも人には領分というものがあり、これはクリスが入り込む領分ではないだろう。

彼女では対処できないのだ。義の心を持っており、悪を許せない正義は立派であるし、真九郎はそのことに関しては否定しない。

でもそれだけで裏の世界に突っ込むのはただ死にに行くようなものだろう。これがマルギッテやクリスの父であるフランクなら対処はできるかもしれない。

 

「真九郎殿。私はこんな悪事は許せない…人が死んでいるんだぞ!!」

「ああ。だからだよクリスさん。ここはもうクリスさんたちがいつもいるような場所じゃないんだ。ここはもういつ死んでもおかしくない場所だから」

 

もう決闘とかそういうレベルではない。ここはもう義とか正義とか誠とかが通じない。通じるのは暴力と権力だけだ。

 

「だが!!」

「だがじゃないんだクリスさん。クリスさんの気持ちは分かるけど…ここからはもう裏世界だ」

 

ここはもう日常ではなくて非日常。いつものように悪漢を武術で成敗するような川神ではないのだ。

ここは真九郎が何度も残酷さと不条理叩きつけられては吐きそうになって死にそうになった世界だ。

 

「で、でも!?」

 

それでもクリスは納得がいかない。本音ではここがヤバイと分かっているが、それでも正義感があるクリスは逃げたくないのだ。

だから真九郎は分かる。彼女はきっと真九郎が出会ってきた人間の中でも良い人間で、悪人には絶対になれない善人だと。

こういう人はきっと将来的に良い人で多くの人が惹きつけられるだろう。でも今の彼女はまだまだ未熟で、せっかくの良さをここで潰させるわけにはいかない。

 

「わ、私は…悪を許せない」

 

悪を許せないクリス。大和は義がすぎるとそれはそれでダメだと、調和を乱すと言う。確かに今調和を乱している。調和を乱しているというか人の話を聞いてくれないという意味で。

 

「クリスさん…」

「許せないなら許せないでそれでいーだろ。そこから先は全部自分の自己責任だ。死のうが生きようが勝手だ」

 

いきなり第3者の声が響く。すぐさま警戒するがその人物を見て少しだけ警戒が解けた。

 

「Live or die(生きるか死ぬか)」

「切彦ちゃん…」

 

斬島切彦がそこにいた。

 

 

250

 

 

冬馬たちはユートピアを売りつけている麻薬売買グループを叩き潰していた。たった今潰したグループがユートピアを主導に売りつけているグループである。

これで川神にユートピアを売りつける者たちは消えたがまだ元凶は残っている。それはユートピアを売りつけているグループに流した存在だ。

ユートピア販売組織の上にいる存在。全ての元凶で葵紋病院と九鬼財閥からユートピアをかすめ取った悪。

 

「さて、あなた方のボスについて聞きましょうか」

「な、なんだと?」

 

尋問のために1人だけ残しておいたのだ。全ては元凶を聞き出すために。

 

「あなたは運が良いかもしれないですし、運がわるいかもしれませんよ」

「何をわけの分からないことを…!?」

 

男が冬馬に食ってかかるが背後に竜平や準が控えていた。それだけでなく、当たり前だが突撃してきたのは小雪や板垣姉妹だっているのだ。

もう男は四面楚歌で一歩でも間違えれば終わりだ。もっとも学園生である冬馬たちに残虐行為がどこまでできるか知らないが。

 

「言うと思って…ぐげ!?」

 

竜平が普通に殴る。

 

「竜平。気を失わせてはいけませんよ」

「分かってる。だがしゃべれれば良いんだろ」

「そうですね。会話さえできれば他はどうなろうと構いません。ですが早めに白状した方が良いと判断しますよ」

 

これから男に起こる身を案じて言っているわけではない。恐怖をそそらせて口を早く割らせようとしているだけだ。

冬馬たちは男に容赦しない。敵であるしどうでもよいからだ。だからこそ男自身は早めに口を割るべきだろう。

 

「ヒャハハハハー。早くしないとリュウに尻掘られるぜー。つーか、んな汚いもん見せんな」

「リュウちゃんお手柔らかにね」

 

天使も辰子もこれから起こるだろうことにはどうも思わない。彼らは風間ファミリーより残虐性はある。

だから尋問に対して拷問しようが心を痛めない。

 

「最初から答えを聞きます。あなたのボスは誰でどこにいるのですか?」

「そんなの言えるわけがっ!?」

 

パァンッッ!!

 

いきなりだった。いきなり銃声が鳴ったのだ。男が自分の頭を撃ち抜かれたと認識した頃には死んでいた。その様子を見てしまった冬馬は何が起こったのか理解するのに3秒かかってしまう。

これから情報を引き出そうとした男は死んでいる。

竜平たちはまだ何もしていないのに男はあさっりと死んでいた。

 

「何が?」

「ねずみが忍び込んでいたか。早く駆除しないとな」

 

冷たく機械的にな声が聞こえた。鍵を閉めた扉が開いており、そこには巨漢の男がいたのだ。

その男は身体中が全て鉄でできているようなイメージを思わせる。

 

「お前たちは何者だ。何が目的だ。簡潔に答えろ」

 

身体中に恐怖がまとわりつく。冬馬だけでなく準や小雪に板垣たちでさえ恐怖してしまう。

不良やチンピラに「殺す」なんて言われても怖くとも何ともないが、目の前にいる男に「殺す」と言われた時は本気で死の恐怖を感じる。

今まで出会てきた人間の中で確実にヤバくて本能が訴えている。早く逃げるべきだと。

 

「答えないのなら殺すだけだ」

「うおおおおおおおおおおお!!」

 

最初に動いたのは竜平だった。彼はここにいる中でも獣だ。考えも一般人と違って裏世界でも生きていく力や思考を持っている。戦って死ぬという考えに疑問を持たない男なのだ。

だからこそ最初に動くことが出来たのだ。

 

「死ねや!!」

 

本気で殺す打撃を放つ。目の前の男に躊躇いは必要ない。あったら自分が殺される。

竜平の殺気のこもった一撃は届いた。届いたが太い腕に防がれており、巨漢の男は痛みも感じていない。

 

(こいつ本当に鉄じゃねえのか!?)

「お前から死ね」

「リュウ!!」

 

竜平が動いたおかげで全員もやっと動くことができたのだ。冬馬以外の全員が巨漢の男に集中攻撃を実行。流石に6人同時なら防ぐのは不可能で確実に直撃する。

 

「うあああああああああああ!!」

 

特に亜巳により覚醒を許せた辰子の一撃はすさまじく、巨漢の男を殴り飛ばした。

流石に巨漢の男も驚いてしまう。まさか自分を殴り飛ばすほどの筋力なのだから。

 

「でかいねずみがいたか」

「ねずみじゃねえ。ドラゴンだ!!」

 

追撃をしようと竜平が迫る。それでも巨漢の男に焦りは見えない。その様子を見ていた冬馬だからこそ分かったのだ。

あの巨漢の男は何か武器を持っているのだ。

 

「避けてください竜平!!」

「おっと!?」

 

間一髪。ギリギリのところで隠し持っていたナイフから避けた。

 

「危ねえな。ナイフなんか持ってるのかよ」

「焦りすぎだよリュウ。気をつけな」

「分かってるよ亜巳姉」

 

6人がかりで倒せると判断したことにより多少の恐怖は和らいだ。

確かに冬馬たちは巨漢の男に比べれば素人だが数で降りを覆す。

 

「倒せる…だが油断するなよ!!」

「分かってるよ準!!」

「ヤバイと思ったら退けよユキ!!」

「うん!!」

 

冬馬たちは倒せると思った。だがその『倒せると思った』というのが危険なのだ。

戦いもとい、殺し合いはどうなるか分からない。たった1つの切り傷だけでも有利が不利になるのだから。

 

「いく…ぞ!?」

 

急に気分が悪くなり、眩暈もする。身体もいうことをきかない。自分の体調変化に混乱しそうになる。

 

「おいおいどーしたリュウ?」

「うるせえ…って避けろ天!!」

「おわっと!?」

 

凶刃が天使の腕を少しだけ切り裂かれる。天使にとってそんな小さな傷はケガに入らないと思っているが巨漢の男にとって十分だった。

 

「あ、あれ。気持ち悪いし怠い」

 

人間を殺すのや弱らせるものの1つとして挙げられるものがある。それははるか昔より使われていたもので、暗殺や戦争にだって多く使われた。

人間だけでなく動物や植物だって使う。ソレを使えば誰だって人を殺せるだろう。

 

「まさか…」

 

冬馬と準はすぐさま原因が分かった。それは医者の息子だからだろうか。

 

「毒か!?」

 

正解。

巨漢の男が持っているナイフには毒が塗られている。毒というのは一瞬で戦況を変える兵器だ。

たった少しの毒でも人間に膝をつかせることができる。

 

「そのまま苦しんで死ねるが…背中の骨をへし折ってやろう」

 

ナイフに塗られている毒は猛毒だ。人間の体内に入り込めば苦しんで死ぬ。

 

「な!?天、リュウ!?」

 

2人は青ざめて、嘔吐をし出す。毒の周りは早く、何もできない亜巳は歯痒い。

冬馬と準はすぐさま診るが今の状況では応急処置も何もできない。ただ竜平と天使が苦しんでいる姿だけが見える。

 

「よくも竜ちゃんと天ちゃんおおおおおおおおお!!」

「でかいねずみ。貴様が一番厄介だから念入りに引き裂いてやる」

 

辰子が怒りにまかせて突撃しようとした時に戦況が変化した。

ボバンっと部屋で爆発がいきなり起こり、煙が巻き起こる。部屋に煙が充満して誰もが状況が分からない。

巨漢の男もまさかの異常事態発生に一瞬だけ精神を乱されるがすぐさま冷静になる。

 

「まだねずみが紛れ込んでいたか!?」

「何が起きたんだ!?」

 

そのねずみは全く気配を感じさせない。冬馬たちより警戒すべき存在だろう。

 

「こちらです。急いで逃げてください」

 

冬馬たちの目の前に黒スーツを着た女性がいた。

 

「毒を受けた人は担いでください。すぐに逃げますよ」

「貴女は?」

「それは後で。今は脱出が最優先です」

 

煙が晴れるともう誰もいない。いるのは1人残された巨漢の男だけだった。

ピピピピピピっと電話をかける。

 

「ボス連絡です」

『どうした?』

「ねずみを取り逃がしました。追いかけますか?」

『いや、いい。もう売春組織とユートピア販売グループは切り捨てる』

「了解」

『裏闘技場ももういい。貴方には裏のオーナーをさせていたがもう十分だ。オークションも近いから私のところに戻って手伝ってくれ』

 

巨漢の男の正体を明かそう。

彼の名前はゲルギエフ。彼はもともと裏カジノのオーナーを経営しており、醜悪なキリングフロアにもいた悪宇商会の人間である。

真九郎を同じように毒のナイフで追いつめたが紫から勇気を貰って奮起した真九郎と戦った巨漢である。

 

 

251

 

 

冬馬たちはなんとか逃げ出すことに成功した。それもこれも全て目の前にいる女性のおかげだ。彼女がいなかったら全員殺されていたかもしれない。

 

「これを使ってください。解毒薬です」

 

この解毒薬は彼女が忍び込んで盗んだものだ。毒を使う者なら必ず解毒薬は持っているものだ。

 

「ありがとうございます」

 

急いで解毒薬を竜平と天使に飲ませる。これで彼らも安心だ。

でも安全と言われればまだ完全な安全ではない。なんせまだ敵の本拠地にいるのだから。

 

「あの、貴女は一体誰ですか?」

 

冬馬は当然の疑問を投げかける。助けてくれたことは感謝しているが正体が分からないのだから完全に警戒は解けない。

そんな冬馬の疑問に女性は当然の如くこう答えた。

 

「私は犬です」




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

さて、今回で物語に3人キャラが追加です!!
斬島切彦とゲルギエフ。そして犬を名乗る人と言えば・・・!!

まだちょっと裏闘技場編は続きます。
ですが冬馬たちも大和たちもどんどん死と隣り合わせの闇が迫ります。
真九郎も今回が川神の中でもっとも深い闇の事件だと予想外になります。


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闇は深く深く

今回はより紅の世界観を書きました。
特に闇側です。なのでちとグロいかもしれません。
苦手な人はすいません。

あと、オリキャラも出ます。


252

 

 

冬馬の前にいる黒スーツ姿の女性は自分のことを犬と名乗った。間違いなく本名ではなく偽名だろう。

そもそも偽名という感じでもなく、どちらかというとコードネームの方がしっくりと来る。

 

「では犬さんと呼べばよろしいですか?」

「好きに呼んでください」

「あんたは何者だよ?」

 

ここで準と小雪が冬馬の前に出る。まるで守るようにだ。

まるでではなく、実際に守るために前に出ている。助けてくれたから敵ではないかもしれないが素性の分からない人をあまり近づかせることはしないだろう。

 

「犬と名乗るがよ。あんた本当に何者なんだ?」

「ただの犬です。それ以上それ以下でもありません。そして長く話すこともありません」

「えー話そうよー」

「話すことはありません」

 

犬と名乗る女性にもやることがあるのだ。それはとても重要な仕事である。

 

「私があなた方を助けたのは彼の知り合いだからです。そして本当にたまたま私の目に入ったからです」

 

犬と名乗る女性の目に冬馬たちが入ったから助けた。もし彼女に見られてなかったら彼は助からなかったかもしれない。

彼らだけで乗り切ったかもしれない可能性はあったかもしれないが、それでもリスクは相当あっただろう。それはまさに誰かが死んでいたかもしれない。

そして気になる言葉。それは冬馬たちの知り合いであることを示す言葉だ。

 

「彼?」

「はい。あなた方は運が良かっただけです。そしてこれから私はこの裏闘技場であることをしますので、そのあることに便乗して逃げてください。分かりましたね?」

「あることですか?」

「はい。すぐに分かります」

「すぐに分かるって言ってもねえ。少しは説明を貰いたいものだけど」

 

亜巳の言い分は最もだ。でも犬は語らない。

本当にその時の状況になれば誰でも分かるからである。それにどこで情報が洩れるか分からないし、そもそもここは敵地だ。

おいそれと作戦もとい計画を話せるわけもない。

 

「では、上手く逃げてください」

 

犬と名乗る女性は消える。そして残った冬馬たちは彼女の残した言葉を何度も頭に繰り返して考えるしかなかった。

 

 

253

 

 

最初は見つかったと思ったが目の前にいる人は友達であった。その名も斬島切彦である。

既に手にはナイフを持っており、ダウナー系ではなくギロチンモードになっている。

 

「切彦ちゃん」

「よお紅の兄さん。こんな所で会うなんて奇遇すぎるな」

「どうしてここに?」

「俺がここにいる理由なんてだいたい察することができるだろ」

 

切彦は仕事をしているのだろう。仕事とは悪宇商会の仕事。

切彦は殺し屋だ。だから殺しの仕事をしている。だからこれから仕事をするのだろう。もしくはもう終わっているのかもしれないが。

 

「ターゲットはお前らじゃないから安心しろ。今回は悪宇商会からの仕事だ。うちの戦闘屋が勝手に抜けたからソイツの始末だ」

 

悪宇商会から抜けた戦闘屋。勝手に抜けていろいろと事件を起こしているから悪宇商会としては会社の看板に泥を塗らせるわけにはいかないので始末することになったのだ。

 

「紅の兄さんも知ってるけど知らない奴だぜ」

 

知ってるけど知らないとは矛盾している。そして悪宇商会の戦闘屋と言われれば数少ない。

でも今の言葉に当てはまる奴は真九郎は思いつかないのだ。

 

「誰か分からないみてーだな。ま、そりゃそうか……ビックフット覚えているか?」

 

ビックフット。悪宇商会に所属する巨漢の戦闘屋であるフランク・ブランカのことだ。

西里総合病院で無関係な人まで殺害した最悪な戦闘屋である。だがフランク・ブランカは真九郎が叩き潰した後、自ら自爆して死亡している。

なのに切彦が始末することは無いはずだ。なんせもうフランク・ブランカは死んでいるのだから。

 

「ビックフットの二つ名はフランク・ブランカだけが作ったわけじゃない。もう1人のビックフットがいるんだよ」

 

ビックフットの二つ名の由来は未確認生物という意味で見つからない。名の通り隠密行動が得意なのだ。

フランク・ブランカは体格が逆に大きいから見つからないという方法を使っている。他にも隠密行動も多く身に着けている。

だけど1人だけでなく、2人で仕事をしていたらしい。

 

「双子だったんだよ。基本的に2人で仕事するがあの病院では分かれていた。もう1人は長期の仕事でいなかった」

「双子?」

「ああ。今まで双子のそいつは長期の仕事のせいで片割れの死を知らなかった。つい最近知って勝手に悪宇商会から抜けた」

 

ビックフットの片割れが抜けた理由。それは復讐だろう。

フランク・ブランカを殺した奴の復讐。そうなると相手は真九郎ということになる。

真九郎は殺していないが自爆を考えさせたということになれば狙われることになるだろう。

 

「じゃあ俺を狙いに…」

「紅の兄さんのことは話してねえよ。停戦契約があるからな。勝手に抜けたとはいえ、そいつが兄さんを狙った契約違反だ。悪宇商会もそれだけは避けたいみたいでな」

 

悪宇商会から停戦を言い出したのにまさか悪宇商会から破れば、それも看板に泥を塗るはめになるだろう。

それだけはさせないために悪宇商会で最高峰の殺し屋であるギロチンに始末を任せたのだ。そして切彦がここにいるということはその片割れがこの裏闘技場にいるということだろう。

 

「だから紅の兄さんは安心しろよ。俺がそいつを殺す」

 

何故か切彦から裏の意味をくみ取ると「守ってやる」というのが伝わってくる。

 

「だから巻き込まれる前にさっさとここから出ていけ。それはお前らもそうだぞ」

切彦は真九郎から目を離してクリスたちを見る。一応彼女たちはここ川神で出会った知り合いだから、一応巻き込まないように言う。

だけど勝手に足を突っ込むなら切彦は止めないし、どうなっても構わないと思っている。だって自己責任だからだ。

クリスたちが死のうがどうなろうが気にしない。彼女が気にするのは友達である真九郎や紫たちだけなのだから。

 

「死にたくなかったらさっさとここから逃げろ。それでもいいならここにいろ」

 

そう言うと切彦は死体安置所から出て行った。残ったクリスたちはもう何も言えない。

いきなり切彦が現れたかと思えばこれから殺しをしてくる発言をしてきたのだ。

喧嘩や不良が言う「殺す」ではなくて本当に人を殺す感覚を直に感じたのだ。クリスたちはその感覚にあてられて動けないし、会話に混ざれなかった。

その感覚はもう殺しが日常というものだ。切彦は殺しが仕事なのだから当たり前だがクリスたちにとっては殺しなんて絶対に関わることはない。

 

もうこの裏闘技場はクリスたちがちょっと危険の場所と思っているのではなく、本当に死の淵にいるのだ。一歩間違えれば死ぬだけ。

切彦の言葉はクリスたちを本気で死のイメージ味合わせた。卓也にいたってはもう恐怖で震えるしかない。岳人も一子も何か言おうとしても喉がそれを許さない。

彼らはやっとここが自分たちが思っていた場所でないことを理解したのだ。風間ファミリーは強い。でもそれ以上に強い組織は存在する。

彼らは川神では無類の強さだけど世界に目を通せばそうでもない。彼らはやはり学園生なのだ。

武術が強いからといって学園生が表世界の巨大組織や裏世界の闇組織に勝てるわけもない。例えば九鬼財閥が風間ファミリーに負けることが想像できるだろうか。否、できない。

 

歩むべき世界線が違うなら、風間ファミリーは大切な仲間を、正確にはある人間型ロボ娘を助けるために九鬼財閥に喧嘩を売ったのだ。

結果的には大切な人間型ロボ娘を助けることはできたが、九鬼財閥には惨敗で大和が人生を賭けて責任を取ることで収拾がついた。

それだけで済んだのは九鬼財閥が優しいから、肉親の知り合いであり、若者の力に期待したからである。そもそも風間ファミリーであったから。

これが風間ファミリーでなかったらヒト1人の責任で帳消しになるはずもない。

学園生が、子供が大人の世界に口を挟むな。そういうことだ。

 

「…」

 

沈黙の中、忠勝が最初に口を開く。

 

「もう戻るぞ。これは俺たちが解決できる範囲を超えている」

「源くん俺はまだやることがある。クリスさんたちを頼む」

 

真九郎は行方不明の子を探し始める。最悪な展開になる前に見つけなければならない。

 

 

254

 

 

大和たち売春組織の中核になるグループを既に叩き潰していた。

喧嘩慣れしている奴らであったが大和たちの方が各上であったがため負けた。これで売春組織は完全に壊滅である。

ずいぶんと時間がかかり、手間がかかった。でもやっと完全に潰したのだ。

 

「やったね大和。結婚して」

「お友達で。でもまだ終わりじゃないぞ。組織としては完全に潰したけどボスが見つかっていない」

 

頭を潰さないといずれ復活するかもしれない。だからこそ大和はボスを捕獲しようと考える。

それは翔一も同じく考えており、京も由紀江だってそうだ。前の売春組織の生き残りがいたかもしれないこそ、たった今潰した売春組織が今まで川神で悪さしていたのだから。

 

「ボスの情報はやはりこの中核であるサブリーダーの人が知っているのでしょうか?」

「だろーな。よし俺様が吐かせるぜ!!」

「俺も手伝うよ」

 

情報を吐かせるのは翔一や大和の方が適任だ。だから倒した売春組織のサブリーダーに近づく。

近づいた時が彼らにとって最悪な展開の始まりであった。目の前で初めて人が死んだ瞬間を見たのだ。

 

「っ!?大和先輩、風間先輩避けてください!!」

 

由紀江は今の今まで気づきはしなかった。彼女は気の察知は敏感だ。京だって気の察知はできる。

でもそんな彼女たちに今の今まで気づかさないでいた奴は恐ろしい奴だ。そいつは隠密行動に優れているとはいえ、そんなにも巨体なのに。

普通は巨体なら目立つ。だからこそ今まで気づかなかったのに彼女たちは予想外なのだ。

 

「うお!?」

「なんだこいつ!?」

 

由紀江の声が2人の命を助けた。2人は急いで後退してその巨漢を見る。そして嫌な光景を見てしまった。

 

「う…」

 

巨漢が振り下ろした拳の先にはぐっちゃりと潰れ、血みどろになったザブリーダーの男がいたのだ。

もう人の形をとどめていなくて、見てはいけないものになっている。

この光景に大和たちは口を塞ぐ。目の前で初めて人間が壊されたのを見てしまったら耐性が無い者ならこうなるだろう。

さらに巨漢は倒れている売春組織の男たちはぐちゃぐちゃに潰していく。この巨漢こそが切彦が探しているフランカ・ブランカの片割れであるもう1人のビックフットだ。

 

「うう…コロス。コロス」

 

部屋に響き渡る男たちの絶望とグロさを強調する悲鳴。人間があり得ない形で千切られ、潰される。

べちゃべちゃと血が周囲に飛び散り、肉塊さえもボタボタと嫌な音を立てて捨てられる。

 

「な、なんだこいつは…」

 

先ほどまで大和たちの快進撃で売春組織を壊滅させたのに、いきなり絶望的な状況になった。

だって怪物のような巨漢がいつの間にか部屋に現れて人間を壊しているのだから。

大和は気持ち悪くなる。京たちは我慢しているが時間の問題だ。

 

「あいつ何で…」

 

本当にいきなりのことで混乱しているがビックフットの視線が大和たちを見た瞬間にすぐさま警戒する。

 

「ヤバイぞ。気を付けろ!!」

 

翔一が叫んでみんなの混乱をかき消した。そうでもしないとみんなは動かないからだ。

そのおかけでビックフットが突撃したのを避けられたのだ。ビックフットはそのまま壁に激突するが無傷である。

 

「この!!」

 

京が隠し持っていた弓矢で撃ち抜くがあり得ない硬度の皮膚で突き刺さらない。

まだまだと、由紀江が刀で斬りかかっても完全には斬れない。まるで鋼鉄の身体のようである。

 

「硬い…!?」

 

ビックフットは肉体を改造している。ちょっとやそっとの攻撃では傷つけることもできないのだ。

京と由紀江が本気の本気にならないとダメージを与えられないだろう。それこそ由紀恵の奥義を出し惜しみしてはならない。

 

「コロス。コロス」

 

何でビックフットがこんな所にいるかと聞かれれば、それは臓器売買組織のボスが拾ったからである。

そしてボスの情報を探そうとする奴の始末を請け負っているのだ。そうすればビックフットが探している復讐対象を見つけてやるのと交換でだ。

ただそれだけでビックフットはここにいる。重大な仕事とか、遂行な目的とか無い。

ただただ自分の片割れを殺した奴の復讐をしたいだけだ。憎悪の塊のみで動いている。それだけで人を簡単に殺す。

 

「うう、殺す」

 

目の前にいるのはただの人殺しであり戦闘屋。ビックフットの足元には千切れた男の頭が転がっており、その表情は絶望した顔であった。

生首と目があった大和は身体が震えて吐き気を催す。もうこの部屋に居続けるとおかしくなる。

 

「うが」

 

ビックフットは転がっていた頭を踏みつぶし、また床を汚した。

 

「うあああああ!!」

 

京は叫んだと同時に弓矢を連続で放つ。由紀江は奥義『阿頼耶』を出すために集中するがこんな最悪な状況で集中なんてできるわけもない。

翔一は何かできないかと周囲を探すがただの血と肉塊があるだけ。大和も策を考えるが何も思いつかない。頭の中はもうメチャクチャなのだ。

 

(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!?)

 

ここにいては殺される。それしか頭に思いつかないのだ。

なんとか戦うが勝てるイメージが思いつかない。それは彼らがグロさと恐怖のせいで冷静になれていないからだ。

彼らが冷静ならばうまく戦えていたかもしれない。でも大和たちはプロの戦闘屋と戦えるような人間ではない。

戦闘屋と戦う人生なんて歩んでいないのだから当たり前だ。武術と殺しは全く違うのだ。大和たちを責めてはいけない。

普通はこれが当たり前だ。人殺しに出会えば恐怖するのが当たり前なのである。大和たちは至って当たり前の反応をしているだけだ。

 

「チッ…少し遅かったか。でも生きてるからセーフだよな」

 

また新たな声が聞こえ、この声は聞いたことのある声だ。その姿をみた大和がポツリとつぶやく。

 

「斬島切彦…?」

「よお。お前ら紅の兄さんの知り合いだったな」

「うう…ギロ、チン?」

 

ビックフットは切彦を見る。

 

「あーあー。ったく、また勝手に関係無い奴を殺して…会社にこれ以上泥を塗るなよ。もっとももうお前はいないことになってるけどな」

 

切彦は無残でグロく、絶望と血と肉塊しかない部屋を見ても平気そうだ。そんなのは慣れているからであるが。

もっとも切彦とビックフットの殺し方は全く違う。切彦の方が無駄がない。

何故なら刃物なら一太刀あれば事足りるのだから。

 

「貸せ」

 

切彦は由紀江から奪うように刀を手に取る。そして素人丸出しの構えでビックフットに迫る。

 

「ギ、ギ、ギロチン!!!!」

「さっさと死ね」

 

一瞬だった。本当に勝負は一瞬だったのだ。

今のを勝負と例えて良いものか分からないが、人によっては今のはただの処刑だろう。

 

「お、この刀は良い刀だな」

 

切彦は刀に刀身に着いた血を振り払う。どうなったかと聞かれれば切彦がビックフットの首を切り落とした。それだけである。

ゴロリとビックフットの頭が切彦の足元に転がる。それを踏みつけ部屋の隅に蹴った。

 

「どーした。もう終わったぞ?」

 

言葉も出ない。裏十三家で殺し屋と聞いていた大和であったがまさかここまでとは思わなかったのだ。

ここまでとは、というのは切彦がいとも簡単に人を殺したからだ。まるで当然の如く、当たり前のように。

前に出会った彼女からは想像もできないイメージである。大和の想像力が足りなかった。殺し屋について、悪宇商会のギロチンについて、裏十三家について。

 

「…死んだの?」

 

死んだのは確実だが、今の状況に追いつけないから言ってしまった言葉。

 

「斬島さん…」

「悪いな借りてしまって。んじゃあ返すぜ」

 

切彦は由紀江に借りていた刀を普通に返却する。敵で戦闘屋であるビックフットの首を切り落とした刀。

由紀江は自分の刀で数多の決闘者を倒したことはあるが、殺したことはない。それは彼女が殺人の剣ではなく活人の剣だからだ。

正直、返してもらった刀に思うところがある。でも刀とはもともと人を斬るために鍛えられた武器であるが。

 

「さあて、お前らさっさと帰れよ。死にたくなかったらな」

 

切彦は冷静に大和たちに帰れと言う。そしてその言葉と同時に裏闘技場内で異変が起こった。

 

 

255

 

 

真九郎の腕の中には行方不明の子が抱えられていた。一子たちと別れた後ですぐに見つけ出したのだ。

彼女はどうやら薬で眠らされており、意識は無い。でも無事であることは確かだ。もし助けるのが遅くなって臓器摘出中なんて場面に遭遇したら目もあてられない。

 

「早く見つけられて良かった…あとは裏闘技場から出るだけだ」

 

真九郎の目的は行方不明の子を見つけて家族の元へ戻すこと。だから臓器売買組織を潰すことでないので、ここで逃げても構わないのだ。

無理な危険を犯すことは全く持ってない。最も彼女を助けるために部下を叩き潰しはしたが。

そして叩き潰した男の電話が鳴り始めた。おそらく男の仲間が上司にあたるかもしれない。

電話を持って画面を見ると非通知になっている。どうやら情報を漏らさないようにしているかもしれない。

ここで真九郎は電話に出るかどうか迷う。無視するか、それとも電話に出て何か情報を聞き出すか。

 

「……」

 

迷った挙句決めたのは電話に出ることだった。

 

『やっと出たか。どうした?』

「申し訳ありません。少しトラブルがありました」

『トラブル…ああ、そうだったな』

(ん?誤魔化しで言ったつもりだけど納得した…もしかして本当にトラブルか何かあったのか?)

 

まだ真九郎は知らないだけだがそのトラブルとは冬馬たちの方だ。その実態を知った時は流石に驚くだろう。

 

『今回の臓器摘出を終えたらもう裏闘技場から退け。もうそこは使えないからな』

「もう使えないですか?」

『ああ。どうやら私たちのことを嗅ぎまわる奴がこの裏闘技場まで追ってきたからな。ユートピア販売グループと売春組織は切り捨てる』

 

その追う者たちとは風間ファミリーと冬馬グループのことだろう。

 

『もし九鬼財閥まで出張ってきたら面倒だ。裏闘技場ではもう十分臓器は手に入れたからな引き際は大事だ』

 

どこに戻るかを聞こうとした時、電話を誰かに取り上げられた。

 

「はあい。もしもし?」

『っ、誰だ!?』

「私が誰かだなんて関係ないわ。でも…言うとしたらあんたが裏オークションで出品するモノを回収する者よ」

『っ!?』

 

ブチリと電話が切れた。

 

「…絶奈さん」

「こんばんわ紅くん」

 

電話を取り上げたのは星噛絶奈であった。

 

「こんなところで会うなんて奇遇ね」

「そうですね」

「その子なに?」

「行方不明の子です」

 

その言葉で大体のことが察せた。またいつもの揉め事処理屋の仕事かと。

 

「絶奈さんこそ何でここに?」

「私は私で仕事よ」

 

そういえば前に出会った時、仕事で川神に訪れていることを聞いた。ならばこの裏闘技場にいるのも仕事の一環なのだろう。

酒瓶を持っていてもだ。

 

「今は仕事中じゃないわ」

「…そうですか」

 

さっきまで切彦に出会った。今度は絶奈と出会うとはこの裏闘技場は悪宇商会と連携でも何でもしているのだろうか。

 

「この裏闘技場はウチと関係ないわよ」

 

どうやら心を読まれたようだ。

 

「それにしても紅くんがここにいるからいけ好かないあの柔沢紅香の差し金かと思ったわ」

「紅香さんの?」

「ええ。でも違うみたいね」

「…裏オークションのことですか?」

「…そうよ。どうやらあの柔沢紅香も裏オークションに関わる揉め事の仕事をする情報が入ってきたからね」

 

流石は悪宇商会の最高顧問。本気を出せば柔沢紅香の動きを読めているようだ。

 

「もしかして紅くんも裏オークションで何か揉め事の仕事でもするのかしら?」

 

正解だ。最も紅香の仕事の手伝いでだ。

 

「何でこうも私たち悪宇商会は紅くんと関わりがあるのかしらねえ?」

「それは…分かりません」

 

本当に真九郎は何故か悪宇商会と関わりがある。去年の大きな事件は全て悪宇商会の関わりがほとんどだ。

 

「前にも言ったけど今回は紅くんとは関係ない仕事だから…もし会場で出会ってもお互いに邪魔は無しよ」

「分かってます」

「どんな状況でもよ…って煙?」

 

裏闘技場内に煙が充満し始めた。

 




読んでくれてありがとうございました。次回もゆっくりとお待ちください。

さて、今回はオリキャラとしてビックフット片割れが出ました。
これに関しては本当にオリジナルキャラでっす。
彼を出した目的は大和たちに紅側の闇を伝えるキャラとして出しました。
なので、もう出番は終わりです。すいませんビックフット片割れよ。出オチみたいで

今回の話のメインはやはり紅側の闇を伝えることでした。
今まではマジ恋色が多かったと思うので最後は紅側を出します。

次回で裏闘技場編は終了です。そろそろこの最終章も後半に入ります。


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裏闘技場からの脱出

256

 

 

拳と拳がぶつかり合い、衝撃波が裏闘技場に響く。その衝撃を生み出したのはレイニィ・ヴァレンタインと川神百代である。

彼女たちの戦いが始まってから十数分だが、その戦いは観客たちを大いに盛り上がらせていた。百代自身も普通だったらこの戦いを楽しんでいたかもしれないが、今回ばかりは楽しんでいられなかった。

その理由は心のざわめきだ。大和たちが犯人グループを追って姿を消してから心のざわめきが治まらない。

こうも不安を駆られるのはこれが初めてである。今までここまで焦燥しそうになるくらいの不安なんて初めてで、普段だったらこんな戦いは楽しいの一言なのはずなのに。

 

「…くそ」

「どうしたモモヨ。お前の力がこんなものか?」

 

レイニィは今戦っている百代が何故か弱いと感じた。正確には弱いというよりは力を発揮していないように思える。

これではレイニィの培ってきた全力を武神である百代に見せられない。こんなものでは今までの実験の成果が台無しだ。

 

「どうしたモモヨ。もっと本気を出せ!!」

 

彼女の拳がストレートに百代にヒットし、リング端まで殴り飛ばされる。

 

「チッ…これでも本気で戦っている!!」

「どこがだ!?」

 

お互いに拳の連打だが、どんどんと百代が圧されていく。

 

「本当にさっきから私の戦いに心あらずだな。これではつまらんぞ!!」

 

レイニィは足に気を溜める。

 

「喰らえ。エクスプロージョンショット!!」

 

百代の腹部に蹴りを入れて、そのまま気を爆発させる。その気の爆発に百代は内臓に大ダメージを受けた。

口の中に血の味が広がる。すぐに瞬間回復で回復するが圧倒的に勝負の流れが完全にレイニィだ。

やはり勝負の流れとはあるもので、その流れに乗った者こそ勝負をより有利にできるのだ。

流れに乗っているのがレイニィ。乗っていないのが百代だ。

 

「このままで納得のいかないまま私の勝ちになりそうだな」

「なんだと?」

「もう勝ちが見えてきた」

「言ってくれるな」

 

強気で返事をする百代だが、それでも心のざわめきは消えない。とても嫌な予感がするのだ。

その予感はどんどんと百代の心をすり減らしていく。そのおかげでうまく気を練れないし、力も発揮できない。

だからこそ百代はこの戦いを続けば負けると頭で理解してしまった。このままで負ける。

 

「この…!!」

「ハアアアアアア!!」

「く、くそ!?」

「これで決めてやろう」

 

レイニィの拳に濃密な気が収束されていく。その気の量は間違いなく百代を倒す。

 

「マグナム…」

 

ついに決着がつくかと思った矢先、裏闘技場で異変が起こる。

裏闘技場内で大量の煙幕が充満したのだ。いきなりの異変に裏闘技場内は大パニック。

 

「何だこれは…これもモモヨの技か!?」

「いや、違うけど」

 

この大量の煙幕は百代と関係ない。寧ろ百代だって説明を聞きたいくらいだ。

百代はすぐさま巨人の方を見ると徹底のサインが見えた。この裏闘技場に入る事前にいくつかのサインを全員で決めたのだ。

そのうちの1つが撤退のサインである。ならばもうここに長居は無用だ。

でも1つだけ心残りがあるとしたら初めて決着をつけられなかったということだろう。それでもまずは仲間の安否が知りたい。

 

「じゃあな!!」

 

金網リングを破壊して百代は煙の中に消えていく。

 

「モモヨ!!」

 

レイニィ・ヴァレンタインは百代との決着をつけられなかった。でもそれで良かったのかもしれない。

あんな百代を倒したところで意味は無い。倒したところで『最強』の称号は手に入らないし、レイニィは納得しないのだろう。

レイニィの望む勝利は本気の百代を倒してこそ得られる。

 

「ここでは決着はつけられないか…ならば近いうちに決着の場を!!」

 

レイニィもこの裏闘技場にはもう用は無いと判断して、彼女もまた消えるのであった。

 

 

257

 

 

モクモクと裏闘技場から煙が大量に噴き出している。その様子を外のビルの上から見る2人の女性。

その女性たちは先ほどまで裏闘技場内にいたが目に見えている煙の異変を切っ掛けに外に出てきたのだ。

 

「誰がやったんだか」

「どうせ紅香の犬よ」

「…よく分かったな」

「何となくよ。確信なんてないけどね」

 

星噛絶奈はするべきことを終えたから裏闘技場から出てきて、斬島切彦も仕事を終えたから出てきた。

もう裏闘技場には用は無い。後はどうなろうがどうでもいいのだ。

 

「そういえばあそこに顔見知りがいたけど…別の仕事中か?」

「そうじゃない? でも、私が追う奴らに雇われてるなんて面倒だわ…誰かどうにかしてくれないかしら。まったく悪宇商会同士でぶつかっても得にはならないわ」

「こういう時もあるんだろ」

「そういえば紅くんがいたわね。彼も毎回なんでか関わりがあるのよね。何でかしら?」

「知らねえよ」

 

何故か真九郎と関わってしまう。もう運命なんだか呪いなんだか。

こればかりはどうにもできない。だって意図しなくても真九郎と出会ってしまうのだから。

 

「この分だとオークションでも紅くんと接触しそう」

「オークション…ああ、川神裏オークションか」

「なに。貴女も裏オークションに用でもあるの?」

「いや、無いけど…」

「そう。貴女も私の邪魔しないでよね」

「しねーよ」

 

絶奈の邪魔して殺されたくもない。絶奈の強さは切彦だって知っていたし、もし戦えばどちらかが必ず死ぬだろう。

最も切彦としては絶奈と戦う気はさらさら無いが。だけど並行世界なんてものがあったとしたら切彦はキリングフロアで絶奈の邪魔をした世界線がある。

とってもどうでもいいことだけど。

 

「邪魔しないならいいわ。私もそろそろ裏オークションに乗り込む準備もしないといけないからね」

「その裏オークションどこでやるんだ?」

「川神市にある超高級ホテルビルで。そのビルは表の大企業の社長や会長が活用しているし、更に裏に名高い者たちも利用している…まあ情報漏洩の無い場所に適している場所ね」

 

その高級ホテルビルの内側で起きたことは外に絶対に漏洩することはない。大物たちにとってはよく利用している場所だ。

そこなら裏オークションを行っても何も問題は無い。

 

「それはもう超大物たちが来るんじゃないかしら。表も裏もね」

 

 

258

 

 

宇佐美巨人を先頭に百代は裏闘技場内を走り切っていた。

よく分からないけど裏闘技場内で煙が大量に充満したおかげで大パニック。でもそのおかげで脱出できたのだ。

 

「さっさと逃げるぞ。もうここには用はねえ!!」

「おい髭。みんなはどうした!?」

「連絡は来ている。みんな脱出しているから俺らも脱出して合流すっぞ」

「みんなは無事なんだな!?」

「メールだけじゃ分からないが、文面的には無事そうなんだがな。でも不安はある。だからさっさと合流するんだよ」

 

噂をしていればなんとやらで曲がり角にて大和たちと合流。彼らの顔を見た瞬間に百代の心のざわめきが消えた。

 

「無事だったか!!」

「い、一応無事」

 

どこか大和たちの顔色が悪い。でもその理由を聞くのはまず裏闘技場を脱出してからである。

 

「そういや紅くんと葵くんたちは?」

「奴らは別の出口から脱出するらしい。つーか今脱出したメールが来た。俺らも脱出して合流だ。合流場所はこの川神でも一番安全な場所だ」

「ウチね!!」

「ああ」

 

川神院は武術の総本山であり、川神市で一番安全な場所だ。裏世界の者でもそうそうに手を出せる場所ではないのだ。

だから川神院まで逃げ切ればこちらの勝ちだ。

勝ち。勝利。この裏闘技場で大和たちは本当に勝ったのだろうか。

確かにこの裏闘技場で売春組織の主要なグループを壊滅させた。これでもう活動することは不可能だ。元々の目的がこの売春組織の壊滅が目的だから達成はされた。

でも売春組織は上に違う組織が繋がっていた。その組織こそ臓器売買組織である。

繋がっていたのなら、売春組織に手を出したらそのまま臓器売買組織を相手にすることになる。大和たちは敵の勢力を完全に把握できていなかった。

そもそも把握できるはずがなかった。まさか裏世界の闇組織が繋がっているなんて予想できるはずもない。

大和たちは裏世界の闇を最悪なまでに体感してしまった。それはもう心を歪ませるほどまでに。

 

(…俺たちはどこか間違った選択をしたのだろうか)

 

間違った選択はしていない。だが引き際を間違えたのだ。

そもそも選択すらなかった道を分からずに進んでしまったのかもしれない。

彼らの今回の目的は確かに正義に伴って動いただろう。でも正義の心情すら飲み込む非情で理不尽な悪に叩き潰されたのだ。

こんな気持ちになったというのに大和たちは勝利した気分にはなれない。

『試合に勝って勝負に負けた』という言葉すら合わない。寧ろ『最初から負けていた』というのが合う。

大和たちは最初から負けていたのだ。学園生の力だけでは勝つのは不可能なのだ。

例え、武神とはいえ無傷は不可能である。本気でも暴走状態の百代でも本当の裏組織を壊滅させるのはできない。

それが裏社会の上位5本に入るほどの裏組織なら尚更である。

 

(ちきしょう…)

 

今回の臓器売買組織は裏社会上位に食い込む裏組織ではないが、人を殺すのに躊躇いは無い。

なんせ生きている人間から臓器を取り出しているのだから。人を人と思わず、ただの商品としか見ていないのが臓器売買組織のボスだ。

 

「出口だ。このまま休まずに川神院に突っ切るぞ!!」

 

大和たちは裏闘技場から脱出した。

 

 

259

 

 

川神院にて。

 

「これは一体どうしたんじゃ?」

 

大和たちに冬馬、真九郎たちが深夜に勢いよく川神院に飛び込んで来れば流石に鉄心だって驚く。

そしてその状態を見れば、ただ事で無いことがすぐに分かる。

 

「学園長…悪い。今回は敵を見誤っちまった」

「親父!?」

 

巨人の脇腹を見ると血が滲み出ていた。

 

「いかん、すぐに止血せんと。リーよ!!」

「ハイ、分かってるネ!!」

 

すぐに応急処置をする。

 

「髭先生どうして!?」

「なあに…こっちはこっちで色々あったんだよ。人の気付かないところで仕事するってハードボイルドって言うのかねえ」

「馬鹿言ってないで静かにしてろ親父!!」

「はは、大丈夫だ。死ぬほどの重症じゃねえよ」

 

傷口を見るとナイフか何かで刺されたような傷痕だ。

 

「誰にやられたんだよ!?」

「あのオーナーだよ。ったく、あいつも繋がっていたようだ」

 

巨人も巨人で実は戦っていたのだ。その相手は裏闘技場のオーナーである。

あのオーナーは完全に臓器売買組織と繋がっていた。そして売春組織やユートピア売買組織を追う奴らが大和たちと気付いていたのだ。

そして機を見て巨人を刺したのだ。オーナーとしては巨人が大和たちをまとめるリーダーだと思ったからだ。

頭さえ潰せばあとは学園生たちだけ。子供たちなんて簡単につぶせると判断したのだ。

 

「逃げるときに顔面に拳を叩きこだけどな」

 

一矢は報いた。ただやられるのが巨人ではない。

 

「あの野郎…」

 

忠勝は静かに拳を握る。

 

「…いろいろと聞きたいことはあるが今は休むことが大事じゃな。もう休むといい。みんな川神院に泊まりなさい」

 

鉄心としては早く状況を聞きたい。でも今はその時ではないのだろう。

大和たちを見れば聞けるようなものではない。みんなが恐怖、焦燥、怒り、敗北感といったあらゆる負の感情を発しているからだ。

 

(じゃが紅くんだけは違うな)

「川神学園長。この子の保護をお願いします」

「この子は確か…不登校の」

「はい。この子を保護してくれると助かります」

「分かった。…何かあったか教えてくれるかのう」

「はい」

 

彼なら何が起こったかすぐに聞ける。それに彼は素直な子だから詳細に教えてくれるだろう。

 

「俺の知ることでしたら全て話します」

 

真九郎の知っている部分なら話す。流石に大和たちが、冬馬たちが何を見て、何を体験したのかまでは分からない。

だけど彼らを見るに闇を見たのだろう。圧倒的で非情で理不尽な闇であり、悪を。

 

「実はーー」

 

今回の裏闘技場での戦果を語ろう。

大和たちは売春組織を壊滅させた。

冬馬たちはユートピアを売買する麻薬取引組織を潰した。

これで川神市に滞る犯罪組織を2つ潰したことになる。これはまさに大きな戦果だ。学園生でありながら、大きな功績だ。

だがこの2つの組織は所詮、大本なる裏組織の末端である。大木の小枝にすぎない。

川神市には大きな癌となるモノが残っているのだ。

まだまだ川神市は安全ではない。真九郎の話を聞いた鉄心はこれからどうするかを考えていくしかない。

そして真九郎の戦果は行方不明の子を見つけ出し、助けることに成功した。彼だけが今回まともに勝ったと言えるかもしれない。

 

「…そうか。そんなことがあったのじゃな」

 

260

 

若者たちが大きな試練に立ち向かって挫折を味わった。

大きな試練に立ち向かったことは素晴らしい。でも挫折してしまったのは悲しいことだ。でもしょうがないと思う。

だって試練に立ち向かえば、壁を乗り越えるか挫折するかのどちらかなのだから。

挫折したのならば立ち上がってほしい。それが試練に立ち向かった人であるならば。

挫折してしまい、立ち止まるのは構わない。だって人間は一生突き進むことはできない。時には休む必要があるのだ。

でもずっと立ち止まることは許されない。ずっと立ち止まってしまったら人間はもう成長できない。

 

「だから頑張ってもらいたいね」

「お父様?」

「やあ旭」

「なにか気分が良さそうねお父様」

「ああ。若者が大きな試練に立ち向かってくれたんだ。でもどうやら大きな壁にぶちあたったらしい。でも彼らならきっと乗り越えてくれると確信があるんだ」

 

ニコリと満面な笑顔の幽斎。それを微笑みながら見る旭。

 

「そうなのね。きっとのその彼らも乗り越えたら強く成長するでしょうね」

「ああ。きっとだ」

 

何をもって確信しているか分からない。でも幽斎は何故か立ち上がって新たな試練を突破してくれと思ってるのだ。

 

「ところで義経との決闘はどうだい?」

「順調よ。お互いに切磋琢磨して頑張っているわ」

「そうか。ならとても良いことだね。順調に越したことはないよ」

 

順調に木曽義仲というクローンのデータが取れている。そのデータは全て良いもので、より優れている存在という証となる。

 

「これなら『みんな』も旭が素晴らしい存在だと納得してくれる。僥倖計画も達成に近づきそうだよ」

「そう。それは良かったわ」

 

本当に笑顔の旭。自分がどんな未来を辿るかを知っているのに笑顔なのだ。

幽斎が異常なら旭も異常だ。

 

「裏オークションのプランも準備をしておこう」




読んでくれてありがとうございました。
今回で裏闘技場編は終了です。
スマートな話の展開が続かずにぐったりとした感じの裏闘技場編でした。次はもう少しスマートに話を展開させていきたいです。
それはもう原作の真九郎が熱く深く活躍するみたいな感じで。
まあ、今回は負け戦みたいなもんでしたから…次回からはリベンジ戦になりますね!!
次回もゆっくりとお待ちください。

次回はまた義経ルートに戻るかも


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乗り越えるために

久しぶりの投稿です。
本当に久しぶりですよ…なのでいっきに3話投稿します。


261

 

 

たった数時間だ。たった数時間の夜中で起きた酷く淀んだ事件で多くの青年たちの精神を蝕んだ。

 

風間ファミリーに葵グループを肉体的にも精神的にも追い込んだ一夜の事件は最悪なままに敗北であった。

 

武術の盛んで実力的にもある学園生であっても本物の闇の理不尽な暴力を受ければ心が折れる。寧ろ、心が折れただけで運が良かったかもしれない。

なんせ、死なずにすんだだけでもある意味奇跡なのだから。

彼らは一生忘れられないトラウマを植え付けられた。ならば、どうするか。

 

乗り越えるしかないだろう。今回は若き青年たちがそれぞれの心に植え付けられた闇を乗り越える話。

 

 

262

 

 

冬馬たちはどうしようもなく精神的にやられていた。

彼らが味わったのは裏世界の圧倒的なまでの暴力だ。その暴力は人を当たり前のように殺してくる意思を感じた。

それがまるで日常で当たり前のように。そんな人を殺すのが当たり前だと思う奴に出会ってしまったのが冬馬たちの最悪な始まりであった。

 

「若、大丈夫か?」

「大丈夫…って言えないですね。今回ばかりは本当に」

 

何とか顔に出さないようにしているが、そんなことは無理であった。流石に人殺しを体験されて普段の顔をしているほうが異常だ。

 

「……」

 

小雪であっても暗い顔をしている。まるで昔の彼女を見ているようだ。

 

「竜平たちは?」

「川神院で養生してるぜ。竜平と天使は解毒されても養生が必要だからな」

 

彼らも大きなトラウマを負っただろう。

 

「準。僕らは何か間違っていたのでしょうか?」

「間違っていたか…それは分からない」

 

冬馬たちはユートピアという一歩間違えれば最悪なドラッグになる精神安定剤を回収及び廃棄するために動いていた。

それは自分の病院で管理していたものが何故か外に出回っていたからだ。これだけでも彼らが動く要素がある。

本当なら警察たちが動くような仕事であるがここは川神。実力のある者たちが自ら解決していく。

 

「…ユートピアは完全に川神から消えた。俺らのやったことは無駄じゃなかったぜ」

 

準の言う通りで川神からユートピアは消えた。それだけでも彼らの功績はあるのだ。

 

「悔しいという感じではない。こう…心の奥底から嫌な、最悪な感覚が襲ってくるようだ」

 

何ともいえぬ感覚。負の感覚とも言うべきか。

 

「…その感覚を味わいたくないならもう二度と裏世界には関わらないことね。貴方たちならまだ間に合うわ。あんな馬鹿よりね」

 

ピンとした声が冬馬たちの心に通り抜ける。

この声の正体は冬馬たちが知る者であり、交換留学生の1人である。

 

「貴女は…村上さん?」

 

村上銀子がいつの間にか来ていた。彼女は特に気配を消して近づいたわけではない。

普通に来ただけなのだが、それすらも気付かないほど彼らは負いてしまったのである。

 

「どうしました村上さん?」

「ただの独り事よ。気にしないでちょうだい」

「?」

 

銀子は適当に座って本を開ける。そして口を開く。

 

「命が惜しかったらもう裏世界には関わらないことよ」

「…もう関わらない?」

「ええ、貴方たちならまだ間に合うわ。あの馬鹿と違ってね」

 

銀子があの馬鹿と言うのを聞いて思い浮かんだのが真九郎。彼は揉め事処理屋で様々な仕事をしており、中には裏世界に通じるものもあるだろう。

 

「真九郎くんは怖くないのですかね?」

「本人はただの臆病者よ。怖がりのくせに危険なところに飛び込んでいく馬鹿」

 

確かに怖いくせに危険なところに向かうなんて、矛盾で馬鹿な行為だ。そんな行動をする真九郎に冬馬はよく分からない。

でも、それには明確な理由があるのだ。真九郎だけの理由が。

 

「なんで彼は危険な場所に?」

 

正直に言えば、臆病者なら今の揉め事処理屋を止めれば良い。彼ほどの人材なら他に仕事を見つけられるはずだ。

特に彼は紋白に気に入られているのだから九鬼財閥に就職できる。それなのに揉め事処理屋を続ける理由が分からない。

 

「生きるため…だそうよ」

『生きる』ため。それだけが真九郎の理由だ。

 

生きるなんて人間の当たり前の本能だ。でも真九郎はその当たり前をより強く思っている。

彼は人が簡単に死ぬと知っているからだ。ならば強くないといけない。強くないと生きていけない。

その真理を真九郎は幼い時に理解してしまったのだ。普通の一般家庭では理解できないことだ。

 

「真九郎くんは特別なんですね」

「特別じゃないわよ。寧ろあんたたちの方が特別よ」

 

確かに冬馬や準の方が生まれが勝ち組だ。小雪はちょっと違うが彼らに出会えたことが幸運だろう。

お互いに不幸なことが起きているが真九郎の方が理不尽で不条理さで埋め尽くされている。

真九郎も小雪も幼い時に心を壊された。だが小雪は冬馬と準に出会えたおかげで助かった。

一方で真九郎は世界の理不尽さで親を殺され、心を壊されたあげく今度は人さらいに会う。最悪なまでに人生が小さい時から終わっていた。

でもやはり、真九郎の心を持ち直したのが『出会い』であった。その『出会い』で強くないと生きていけないと幼い時に理解してしまった真理であった。

 

「真九郎くんの強さの理由が少し分かった気がしますよ。彼は自分の不幸をばねにして強くなっているのですか」

 

不幸をばねにしている。それもそうかもしれない。

結局のところ、彼の強さの始まりは最悪な結果が根源である。

 

「あの馬鹿はどうしようもなく馬鹿で不幸よ。でも日常に戻ろうと思えば戻れる…まだね。なら貴方たちならまだ全然間に合うわ」

「まだ間に合うか」

「ええ。貴方たちは日常に戻るべきよ」

 

銀子はなんだかんだで冬馬たちを心配していたのだ。一応クラスメイトだし、お世話になったから。

 

「…確かにもう関わらない方が身のためだと分かっています。でも悔しいという気持ちもあるんです」

「悔しい?」

「はい。悔しい…リベンジしたい。負けたくないというのがあるのですよ」

 

これが川神の人間である。

川神の人間は性質がら負けず嫌いというのがある。それがどんな戦いでもだ。

それが何度も言うが異常なのだ。異常すぎる。

心から負けたというのに、その心にはリベンジしてみせるという気持ちも残るのだ。心も身体も折れていながら負けないという気持ちを持つ。

矛盾であるが、これは実は心が完全に折れていなかったということになるかもしれない。これが川神の人間だ。

心が折れているのか折れていないのかどっちだと言いたいが、これが川神である。

これには銀子は呆れそうになる。どうしようもなく救いが無いんじゃないかと思ってしまう。真九郎も馬鹿だが川神の人間も馬鹿かもしれない。

 

「ははは。自分も馬鹿なことを言っているのは分かります。でも今実感しました。これが川神に住む人間なんですよ」

 

医者の息子である冬馬は今の自分の気持ちが異常だと今更実感した。あんなことがあったというのにこんな気持ちになるなんておかしいと。

普通ならすぐに精神科でも行くべきかと迷ってしまうくらいだ。裏闘技場で起きたことは最悪だ。心が折れた。肉体も傷ついた。

それでも折れたかもしれない心にはリベンジしたいという気持ちがある。

 

「…はあ。貴方たち」

「俺も若と同じ気持ちだ」

「あはははは。ボクらってバカかもー」

 

本当にどうしようもないかもしれない。これだから死ぬかもしれないというのに。

 

「今の僕たちは正直このままだと本当に馬鹿な真似をするかもしれない。だから村上さん…何かアドバイスをくれませんか?」

 

この言葉を聞いて本当に彼らを馬鹿だと確定した瞬間であった。

 

「…本当の気持ちはどうしたいの?」

「とても怖いけど…勝ちたいです」

「はあ…貴方がたはなまじ実力があるけれど流石に大きな組織には勝てない。貴方がただけでは」

「私たちだけでは…」

「ちょっと強い学園生が裏社会の組織には勝てない。なら勝てる人たちの力が必要よ」

「…僕たちだけでは駄目。勝てる人たちか」

「私はアドバイスもしたけど…警告もしたわよ」

 

今度こそ自己責任。

 

 

263

 

 

大和たちは青空を仰ぎながらまるで魂が抜けているような顔をしていた。もう何もしたくないという気持ちで学園でも授業も頭に入らない。

そんなの当たり前で、裏闘技場で人殺しを直で見てしまったのだから。そんな状態で勉強なんてできるわけもない。それでも彼らは日常に戻ろうとしていた。

 

「はあああ…」

 

誰かは分からないが重い重い溜息を吐く。それでも誰も気にしない。だってみんなが同じ気持ちなのだ。

そしてその気持ちの中には、馬鹿な考えもあった。それが今度こそ勝ってみせるという考えだ。

売春組織は完全に潰して、これで大和たちの目的は達成した。でもそれはただの末端にすぎなく、大本がいたのだ。

その大本をどうにかしなければいずれは復活する可能性は大いにあるかもしれない。それならばいくら売春組織を倒しても意味はなくなってしまう。

考えによっては大和たちの戦いは終わっていないと言える。

 

「あー…はああ。なんつーか完全不燃焼だな」

 

岳人が呟く。でもそれだけで、他に何か会話があるわけではない。

本当に何を話せば良いか分からないのだ。

大和はずっと考え事をしており、クリスは己の正義について、卓也はもう裏闘技場のことを忘れたいと思っている。

 

「そういえば姉さんは?」

「お姉さまならちょっと1人になりたいって言っていたわ」

「そうか」

 

百代も1人で考えたいこともあるということだ。

 

「ここにいたんだね」

「紅くん?」

「真九郎どの…」

 

無気力そうな大和たちのところに真九郎が気になって来たのだ。

手元には飲み物を袋に入れている。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとう」

 

どこもなく真九郎は座る。そして飲み物を飲んで黙るがどこともなく口を開く。

 

「大丈夫ですか?」

 

こう言うしかなかった。そもそも見た感じ大丈夫と言うのもおかしいかもしれない。

だって今の大和たちを見て大丈夫には見えない。

 

「大丈夫じゃないかも」

「そっか………なら揉め事処理屋として言うよ。もうああいう場所関わらない方がいい」

 

今回は仕方がなかった。だってまさか大きな裏組織が繋がっているとは分からなかったのだから。

だからこそ今回は本当に仕方がなかったのだ。そして相手の力量をよく見ていなかった。前回の売春組織と少し違うくらいとしか見ていなかった。

最も臓器売買組織が繋がっていると分かったかどうかが怪しいものだが。

 

「関わらないか…そうだな」

「うん…」

「直江くんたちは裏世界は似合わない。表世界が一番だよ」

 

真九郎はそれとなく二度と大和たちに裏世界に関わらないように言うしかなかった。彼らには真九郎のように裏世界に浸かってほしくないのだ。

彼らは表世界で人生を全うにしてほしい。真九郎のように不幸になってほしくないのだ。

 

「紅くんはさ…平気そうだよね。強いよね」

 

卓也がボソリと呟く。彼は一番この中で心を摩耗しているのだ。

そんな彼がどうして真九郎は平気なのか気になったのだ。彼の強さが気になったのである。

 

「…俺は強くなんてないよ」

「謙遜は場合によっては嫌味になるよ」

「本当だよ。俺は強くない…これまで何度も死にかけたからね」

「まだ言う…っ!?」

 

卓也は真九郎の謙遜が本当に嫌味に聞こえていたのだ。あんなことがあったのに平気そうな彼が本当に気になるし、気に食わなかった。

だけど真九郎が腕を見せてくれたので急に黙った。自分がただの逆恨みのような状態になっていると分かってさらに落ち込んだ。

 

「ご、ごめん紅くん…ぼくは」

「良いんだよ。慣れてる…それにこれが裏世界に関わるってことだから」

 

真九郎の腕には拳銃で撃たれた跡が生々しく残っているのだ。腕だけじゃなく、実際は背中とかにもある。

更に銃痕だけでなく斬られた痕だってある。真九郎の身体には裏世界に入り込んでしまった現実が生々しく嫌に残っているのだ。

 

「俺は今まで運が良かっただけかもしれないんだよ。だから俺は今でももっと強くならないといけないんだ」

「真九郎どの、自分は正義のために戦った。でも今回のことは…」

「クリスさん。クリスさんの志は素晴らしいと思う。でも裏世界じゃあ正義も悪も分からなくなる時がある」

 

それでも正義を貫くなら、最後まで自分の心を強く持つべきだ。どんな事が起きようとも、見ようとも自分の正義を折れないようにしなければならなかったのだ。

だけどクリスは裏世界で自分自身が折れてしまう感覚を味わった。その時点で彼女の正義は裏社会の理不尽さに負けたのだ。

 

「真九郎どのは負けたことはあるのだろうか?」

「あるよ」

 

自分が何度も負けたことを当然の如く肯定した。

これでも真九郎は負けて撤退している場合なんて度々ある。真九郎としては死ななければ負けじゃないと思っている。

生きていれば何度でもやり直せる可能性があるのだから。

 

「負けたとしても終わりじゃないからね」

 

『負けたけど終わりではない』という言葉はクリスたちの心に突き刺さる。

この言葉はまさに真九郎の有言実行さを表す。今までの大きな事件の中で真九郎は最初に負けてもしまっても終わりではなかった。

負けて立ち止まらずに動いた結果が彼の何とかの勝利であるのだ。

 

「…真九郎どの。私は負けたままじゃ嫌だ」

「クリスさん…」

「関わるなというのは分かる。でも…」

「その気持ちは俺も同じだ」

 

大和も同意する。大和だけでなく、他のみんなも同じなのだ。

ここでも川神の悪い性質が現れる。恐怖と負けた敗北感で心は摩耗しているのに大和たちも悔しくてリベンジしたいというのがあるのだ。

本当に何で川神の人間はこうも命知らずというか馬鹿なのか。真九郎が彼らを馬鹿にすることは絶対にできないが。

だって真九郎も馬鹿で命知らずだから。怖くて、臆病者のくせに揉め事処理屋の仕事に就いているのが証拠だ。

 

「どうすれば良いか教えてくれないかな紅くん」

「…さっき言ったけど関わらないことだよ」

 

それでも真九郎の警告を無視するというのならばもう自己責任だ。真九郎は残念ながら全てを救えるヒーローじゃない。

裏闘技場では真九郎も一緒にいたから何とか助ける部分もあったのだ。でも次回からはもう助けられない。助けられないかもしれないのだ。

 

「分かってる。でもせめて何かできることだけはしたいんだ…このままじゃ川神は蝕まれるだけだ。川神の人間として見過ごせないんだよ」

 

川神の人間として無視できない。もしかしたら今でも誰か攫われて犠牲になっているかもしれない。

そんな真実を知っているのに無視なんてできないのが大和たち善人だ。

 

「でも俺らだけじゃ何もできない。どうすればいいんだ」

「…関わらな」

「紅くん本気だから」

「っ……力のある人に頼ることも大切だよ。俺はそうしてきたこともある。相手が前に敵であっても利用することもね」

 

大和たちは真九郎と同じく馬鹿確定。

 

 

264

 

 

川神百代は一人で黄昏ていた。理由は裏闘技場でのことだ、

仲間が危険な目にあっていたのに百代は何もできなかった。作戦のために離れていたから仕方ないと言えば仕方ない。でも百代の気持ちとしては大切な仲間が危険な目にあっているのに助けられなかったのが心を蝕んでいる。

蝕んでいるというか自分自身に対して怒っているのだ。もっと他に上手くできたのではないだろうかと今更ながら思うのだ。

 

「くそ…」

「荒れていますね百代さん」

「夕乃ちゃん」

 

独りで黄昏ていたら夕乃が声を掛けてくれた。嬉しいと言えば嬉しいができれば今は一人の方が良かった。

でも声を掛けてくれた彼女に対して無視するのは失礼だ。それに彼女にはつい口を開く気になる。

 

「裏闘技場では大変だったみたいですね」

「何でそれを?」

「真九郎さんから聞きました。相当大変だったみたいですね」

「…ああ、大変だった」

 

百代の顔を見て夕乃は相当キテいると理解した。裏闘技場では百代の敗北であることがすぐ分かった。

川神学園に来てからこんな百代の顔は初めて見るものだ。ここまで落ち込む、心にダメージを負っているのは百代自身も初めてだろう。

前に自分の心の問題を乗り越えたかと思ったら今度は強くなった心が傷を負う。

 

「なあ夕乃ちゃん。夕乃ちゃんもどうにもならない敗北をしたことがあるか?」

 

どうにもならない敗北。そう言われれば、一応ある。

それは崩月の家族誘拐事件の時だろう。その時に彼女は本来の力を発揮できずに心にも傷を負った。

百代と状況が同じではないが心も身体も傷を受けたという意味では同じだ。

 

「ありますね」

「どうやって乗り越えたんだ?」

「私は助けてもらったんですよ。真九郎さんに」

 

仲間に、大切な人に助けてもらった。そのおかげで今の夕乃がいるのだ。

 

「はは、助けてもらったか。私はいないなあ…だって私は助けられる方じゃなくて助ける方だし」

 

百代はどちらかと言われれば助ける方だ。彼女がいればどんな事件も解決してきた。

もし、彼女を助ける側がいるとしたら大和を筆頭とする風間ファミリー。助け助けられの関係だ。

だが今の風間ファミリーは百代と同じく参っている状態。お互いに励まし合いができない。

 

「なら私が助けてあげます。そもそも百代さんの頼れる人は直江くんたち以外にいないんですか?」

「はは、そうだな。ならどうすれば良いかな夕乃ちゃん?」

「そうですね。心を強く持つことですよ出席番号12番川神百代さん?」

「簡単に言うなよ夕乃ちゃん…」

「でも、それしかありません。私は家族を守るためなら今度こそどんな相手でも力を振るいます」

 

夕乃の言葉に強い意思を感じた。言うだけなら簡単だが夕乃の言葉は偽善のように言うような言葉ではない。

本気の強い意思を彼女の言葉から感じたのだ。

 

「私も夕乃ちゃんのように皆を守るって言えるかな?」

「言えますよ。だって百代さんは私なんかよりも才能があるんですから。それに多くの仲間もいる」

「…ありがとう夕乃ちゃん。なあ話せるなら昔話とか聞かせてくれないかな?」

「良いですよ」

 

ニコリと笑顔の夕乃。そして百代はいつの間にか心が軽くなっていた。

百代もまた足を進めることを決めたのであった。

 

 

265

 

 

鉄心とヒュームの最強同士の会合。

 

「頼みがあるヒューム」

「何だ鉄心。お前から頼みとは珍しいな」

「この川神で闇が存在しているのは知っているだろう?」

「ああ。こちらも独自に調査している…九鬼と川神院のいるこの市で裏オークションなんてよくやるものだ」

「それ以外では?」

「…あまり良い情報ではないが川神で人さらいが横暴している。それがまさかの臓器売買組織といったふざけた奴らだ」

 

九鬼財閥が義経たちのために川神市をクリーン化したというのにまさかの気付かないうちに裏組織の魔の手が伸びていたのだから。

これは九鬼財閥従者部隊として大きなミスだ。そのミスを絶対に帳消しにしてみせるとヒュームは誓っている。

 

「被害は少なくない。これはまさに川神を食い物にしている最悪な敵だ」

 

ヒュームの顔がいつもより厳つくなる。それにつられて鉄心の顔も厳つくなる。

 

「その通りじゃ。ワシ自身そんな闇が川神に広まっているなんて気づきもしなかった」

 

気付いたのは百代たちが大きな傷を負って帰って来た時だ。親として、川神の守護者としてとても恥ずかしく、怒っている。

 

「孫のため、川神のためにワシは力を振るうつもりだ」

「お前が動くと。相手は裏社会の奴らだぞ?」

「ああ。ワシ自ら動くのはマズイだろう。だからワシを雇ってみんか?」

「それもあんま変わらないと思うぞ?」

 

鉄心が重い腰を上げた。今回の事件は大きく膨らんでいく。

 

「相手は裏組織だ。分かってるのか?」

「うむ、それにワシは十分長生きしたしのう。残りは川神のために戦うわ」

「お前はまだまだ長生きしそうだよ」

 

 

266

 

 

それぞれが乗り越えた。完全ではないが裏闘技場でのことを若者たちは少しずつ克服しおうとしているのだ。

 

普通なら乗り越えるのは無理だ。でも彼らは普通の人たちと違う。

彼らは弱いけど強いのだ。矛盾なことだけどそういうしかないのだ。

 

若者たちが成長し、乗り越えていく姿は素晴らしいだろう。

体験してしまった事件は最悪だった。でも彼らは少しずつ乗り越えていく。

 

今、川神市は闇の魔の手に蝕まれている。負けてばかりだが今度は反撃だ。

川神で今まさに闇深い大きな事件の幕が開ける。

 




読んでくれてありがとうございました。
今回は裏闘技場でのトラウマを乗り越えようとする話でした。

乗り越えるの早くね?って思ったらすいません。それは私の文才の無さかもしれません
でも、そうでもしないと物語が進まないので(メタい)

物語はやっと最終段階に入りそうです。

本当ならもっと大和たちがトラウマに悩んで苦しんで…やっと力強く乗り越える人間の話を書きたかったですが無理でした。


あと、川神の人間の異常性に関しては私の勝手な考えですので。
真九郎も少し似ている部分はあるかも。死にたくないのに危険な仕事をしてるから


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暁光計画

短いですけど連続更新の2話です


267

 

 

今日は晴天。気持ちのいい1日だ。

難しいかもしれないが大和たちは日常に戻ろうとしていた。彼らならまだ間に合う。彼らは表の世界で平穏に生きていくべきなのだ。

 

「紅くん今度の休みは暇?」

「暇だと思う」

「ならさ、今度の休みに遊ばないか」

「…いいよ」

大和たちも日常に戻ろうとしているんだなっと思う。それが一番だ。

それにこうも遊びに誘ってくれるのは嬉しいものだ。星領学園てば友達と遊ぶなんてことは無かった。だからこういうのは新鮮だ。

 

「崩月先輩や村上さんも誘おうと思うんだ。紅くんからも誘ってくれないか?」

「うん。夕乃さんなら来ると思う。銀子は…どうだろ?」

「遊園地とか行こうかなって。それにそろそろ紅くんたちの交換留学も終了しそうだから思い出作りにもね」

 

そう言えばもう交換留学が終了する。長いようで短い交換留学だ。気が付けばもう終わりとは早い。

 

「遊園地か。もう何年も行ってないな」

 

そもそも遊園地とかに行った記憶がないかもしれない。彼の人生は修行と揉め事処理屋の仕事しかしていないのだ。娯楽をあまり知らないのだ。

 

「紅くんは行きたい所とかある?」

「みんながいるところなら何処でも」

 

真九郎にとってみんながいれば安心するかもしれない。みんなと遊園地とかに行くのはきっと初めての思い出になる。

これは彼にとって良いことなのだ。

 

 

268

 

 

缶コーヒーを口に含んでほどよい苦味が広がる。昔はコーヒーなんて苦いだけで美味しく感じなかったが今では美味しさが分かるようになってきた。

これが子供の味覚から大人の味覚になったということかもしれない。今まで美味しくなかったと感じる食べ物も美味しくなるだろう。

昔、自分が食べられなかった物でも食べてみようかと考えてみる。どんなものがあったかと考えていると後ろから誰か指で連打された。

軽くちょんちょんと突かれたのではなく連打された。それはもうゲームのボタンを押すように。

 

「何故に…」

「やあやあ真九郎ー」

「弁慶さん。何故連打を…」

「なんとなく。昨日やってたゲームで連打があったからね。それで与一も倒した」

 

どうやら与一はまた弁慶の餌食になったようだ。いつもながらことだが、それが与一の日常の1つである。

 

「調子はどう?」

「まあまあかな。弁慶さんは?」

「私もまあまあ。でも主は調子が良いよ。なんせ最上先輩との一騎打ちが控えてるからね」

 

義経と旭の一騎打ち。それは彼女たちの最終決戦でついに現代に蘇った義経と義仲の決着がつく。

源氏総選挙も盛り上がったが今度の一騎打ちは更に盛り上がるだろう。

 

「源氏総選挙ではありがとうね」

「俺だけじゃないよ。直江くんや弁慶さんだって手伝ってたじゃないか」

「そうだけどさ。でも真九郎のおかげも多いよ」

 

源氏総選挙では義経と義仲の戦いで盛り上がった。総選挙では様々な人と会話したり、邪魔が入ったり、向かい合ったりと色々あったが決着はついた。

真九郎や大和たちは義経が勝つように応援した。それが義経の活力になったのである。

 

「そう言ってくれると嬉しいよ」

「なら主に会ってくれよ。何か一言応援してくれれば主はより活力が出ると思うからさ」

「そうかな?」

「そうだよ。きっと力になる」

 

弁慶がそういうなら義経に会いに行ってみるかと思う。でも何を言えば分からないから応援の言葉を考えておこう。

 

「うー、やっぱ川神水は美味しい」

「飲み過ぎですよ弁慶さん」

「川神水はノンアルコールだよ」

「じゃあ何で酔ってるんですか…」

 

川神水は確かにノンアルコールだが場酔いができるらしい。特に弁慶はすぐに酔う。

 

「うう~」

 

弁慶はそのまま寄りかかってくる。この状態だとやっぱり環を思い出してしまう。

だからつい、どうやって寝かしつかせるかと考えてしまうのだ。弁慶本人はこれでも真九郎にからかってるつもりだが真九郎には効かない。

やはり酔っ払いの相手にさせられるのだ。でも真九郎が当たり前のように抱きかかえてくるとちょっと恥ずかしいので返り討ちにあってしまう。

だから今回も同じはめになる。

 

「保健室のベットまで運びますね」

「うえ!?」

「どうしました?」

「保健室で何する気なの?」

「何言ってんですか」

 

 

269

 

 

大和たちと今度遊ぶ約束をしたり、弁慶を保健室に運んだり、義経に応援のエールを送ったりと1日でいろいろとあった。

何だか長いようで短いような1日だ。また缶コーヒーを買って飲んでいると今学園で話題の1人が真九郎の元に訪れる。

 

「ごきげんよう真九郎くん」

「最上先輩」

「ん?」

「えと、何か?」

「私を呼ぶ時は?」

「…アキさん」

「はい、よろしい」

 

何故か夕乃とのやりとりとかぶった。

 

「隣いい?」

「あ、はい」

 

何だろうか。旭が来るとつい身構えてしまう。今度は何を話すのだろうか。

 

「さっきね。義経に暁光計画について話したんだ」

「暁光計画?」

「ええ」

「暁光計画って何ですか?」

 

旭は淡々と口を開く。

簡単に説明すると暁光計画は完成されたヒト・クローンの技術を供与する計画。それだけなら世界を変える新技術だ。

だがその過程で旭が計画の人柱になるというのが問題だ。何故、旭がサンプルにならねばならない。サンプルになってバラバラにされるような運命を受け入れているのだ。

 

「何で?」

「世界の夜明けになる計画でしょ?」

 

旭は本気で言っている。彼女の目を見ても戸惑いは感じない。

本当に暁光計画に対して自分が人柱にあることに疑問に思っていないのだ。

 

「そんな計画…」

「真九郎くんもこの計画の素晴らしさが分からないのね。義経にも話したけど分かってくれなかった」

 

悪いが暁光計画については理解できた。だがそのために自分の命を投げ出すのが理解できないのだ。

簡単に自分の命を投げ出すなんて考えられない。誰かの命を救うためではない。ただただ実験のために身体が切り刻まれるかもしれない。

そんなの絶対に誰だって嫌だ。

 

「アキさんは怖くないんですか?」

「怖くないわ。だって、それが私の運命なんだもの」

「なら…」

「じゃあね真九郎くん」

 

真九郎が何かを言う前に旭は立ち去っていく。何故、彼女がこんなタイミングで

そんな計画を伝えたのか分からない。ただの彼女の気まぐれか、それとも何か気付いて欲しかったのか。だが、今の真九郎には分からなかった。




読んでくれてありがとうございました。

今回は暁光計画というのを出したかっただけです。
そしてただの日常から非日常への変化も出したかったので前半は特に何もない話でした。


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プランAからプランBへ

連続更新3話目です。
先に述べますが義経ルートのメインである一騎打ちにはこの物語では書きません。
既に決着がついている状態で物語が進みます。
どんな内容か知りたい方は原作をどうぞ。

タイトル関してですがそれはオリジナルの暁光計画です。
そっちがこの物語のメインです。


270

 

 

日常も非日常も変わらずに時間が過ぎていく。時間を超越できる存在なんて神様くらいのものだろう。

裏闘技場での事件は終わったが、川神学園では日に日にある事が大きくなっていた。それは義経と旭もとい義仲の源氏合戦だ。最初は小さな競い合いくらいであったのにいつの間にか学園を巻き込んだ選挙戦まで膨らんだのだ。

そして最後には一騎打ちの決闘までもつれ込んだ。

 

これはまさにお互いを高め合う勝負だろう。義経自身、真剣に義仲と真向に戦っていた。しかし最後の決闘だけは絶対に負けられなくなったのだ。

絶対に負けられない理由は義仲からある事を聞いてしまったから。それは暁光計画というものだ。

 

暁光計画の内容だけを聞いたら良いものかもしれないが、裏の中身が異常であった。

何で義仲もとい旭が世界のために人柱にならなければならないのか。義経はそれが理解できなかった。

世界のために自分が犠牲になるなんてフィクションではよくあるかもしれない。だが彼女に関してはまさに本物である。人間の命1つで世界が良くなるなんて間違っている。義経はそう思った。

 

だが義経の言葉は義仲に届かない。暁光計画の発動条件は義仲が義経に勝つことで自分がより優れていると確定させることだ。ならば義経が義仲を倒せば暁光計画を崩すことができるはずだ。

だから絶対に負けられなかった。

 

「義経が勝ったんだ。なのに何でだ義仲さん…」

 

最後の一騎打ちではお互いに満身創痍になりながらも義経が勝利した。これで暁光計画は崩れるはずだったのだ。だが現実は自分が思い描いた通りにはならない。

 

「暁光計画が続いているってどういうことなんだ!?」

 

暁光計画は瓦解なんてしていなかった。

義経が義仲に勝っても暁光計画自体を瓦解できるわけではなかったのだ。暁光計画の中の1つのプランが潰れたに過ぎなかったのだ。

 

「暁光計画はプランAからプランBに変更しただけよ義経」

 

プランAが源氏合戦によるものでメディアや取材、九鬼財閥を利用したものだ。特に最後の一騎打ちでは義仲が勝ったとすれば全世界にクローンとして最高の傑作として知れ渡るはずだったのだ。だが結果として義経に負けてプランAが崩れた。

だからプランBに変更したのだ。

 

「プランB?」

 

プランBとは義仲の価値を既に理解している者に義仲とクローン技術を引き渡すものである。このプランは裏オークションで発動する。

プランAはもっと義仲の価値を理解してもらうためのプランだが、プランBは最初から義仲の価値を理解されているのでただ引き渡すだけ。

義仲の運命は最初から決定していたのだ。義経がどう頑張ろうが意味は無かったのである。

 

勝とうが負けようが運命は変わらない。

 

「世界はより良くなるわ。義経も今より世界が良くなったと思ったら私を思い出してね」

「義仲さん!!」

 

義経が大声で訴えても届かない。

 

 

271

 

 

義仲もとい旭が死んでしまうかもしれない。

義経は出来る限りのことをしたが何も変えられなかった。源氏合戦で勝利しても意味は無かった。もう自分だけではどうにもならないのだ。

だから義経は彼に頼った。

 

「真九郎くん。力を貸してほしいんだ」

「義経さん?」

 

揉め事処理屋の真九郎。揉め事処理屋ならば今回のことを解決に導いていくれる職種だ。

彼女の判断は間違いではないだろう。そして暁光計画に関しては彼も知っている。彼だけではなくて大和たちも知っている。

源氏合戦では大和や真九郎も関わっていたのだから知っているのだ。暁光計画に関してはみんながみんな理解できなかった。

ありえない、馬鹿げている、等だ。だが暁光計画は本気。真剣なのだ。

 

「みんなの力を貸してほしいんだ」

 

義仲もとい旭を助けるには力が必要だ。人が必要だ。だからこそ義経は大和や冬馬、九鬼に声を掛けていった。

相手は最上幽斎だけではないだろう。裏オークションだって関わってくるかもしれない。

学園生だけでは駄目だ。大人の力がいる。だからこその九鬼だろう。

 

「義仲さんを説得できなかった…でも諦めたくはないんだ」

 

義経のやっていることは旭にとっては迷惑かもしれない。でも世界のために人柱になるのは間違っている。

 

「揉め事処理屋の真九郎くんに依頼する。義仲さんを最上幽斎さんから奪ってほしいんだ」

 

 

272

 

 

川神市の何処か。その何処かに紅真九郎は柔沢紅香と待ち合わせていた。

彼女にはどうしても言わなければならないことがあるのだ。それは仕事に関することだ。

紅香から川神で裏オークションに関して仕事の手伝いを言われていたのだ。しかし、真九郎は義経から旭を救ってほしいと言われている。

これは真九郎自身も旭を助けたいと思ったからでもある。だがそのために紅香の仕事をキャンセルしてしまうのはやはり申し訳ないのだ。

 

「ん、そうか」

 

だが紅香は煙草をいつも通り吸いながら真九郎のキャンセル話を聞いていた。

 

「ちょうど良いや」

「ちょうど良い?」

「ああ。取りあえず理由は?」

「実は別の仕事が入ったんです」

 

その別の仕事が義経から頼まれた旭を幽斎から奪うことである。

 

「ああ、それな。本当にちょうど良いじゃないか」

「え、ちょうど良いって本当に何ですか?」

「私のところにな九鬼から最上幽斎をどうにかしろって話が来てるんだよ」

 

九鬼から紅香に幽斎と旭を見つけて捕まえてほしいという依頼が来たのだ。だけどこういうのは真九郎に任せるかっと考えていたからちょうど良かったと言ったのだ。

何故真九郎に任せようかと思ったのかはやはり彼女の直感である。紅香はこういう時の直感は全部上手くいくのだ。

紫の時もそうだった功績もあるのだ。

 

「な、ちょうど良いだろ?」

「…そうですね。なら任せてください」

「ああ。裏オークションの方は私に任せておけ。だから最上親子の方は任せたぞ」

「はい!!」

 

これで仕事に集中できる。紅香から正式に仕事を貰ったのだから。

この仕事だけは必ず達成しなければならない。必ず旭を幽斎から奪って救わなければならない。

 

「そういえば弥生に助けてもらったそうだな。後で礼を言っとけよ」

「はい、それはもちろんです。…何が好きですかね?」

「さあな。とりあえず手裏剣でもあげたら良いんじゃないか?」

「手裏剣がどこに売ってるか分かりません」

 

紅香は冗談で言っているので笑いながら真九郎をからかっている。彼女の冗談はどうも分からない。

煙草を吸って煙を吐く。その煙は妙に紅香をかっこよく際立たせるように見えてしまうのは錯覚だろうか。

 

「それにしても今回は悪役だな」

「悪役?」

「ああ、だって人さまから娘を奪うんだからな」

 

確かにそうである。見方によってはというよりも、よくよく考えれば真九郎側が悪かもしれない。

旭の命を助けるために幽斎から奪う。普通は真九郎や義経たちが正義に見えるかもしれないが実際は違うのだ。

幽斎の暁光計画について旭は理解しており承諾しているのだ。自分の父親を恨んでいないし、寧ろ感謝しており自ら暁光計画の要になって犠牲になろうとしているのだ。

どこから聞いても自分が助けられたいという気持ちはないのだ。そこに彼らの計画を理解できない義経が真九郎に依頼して旭を救ってほしいということになったのだ。

助けも求めていないのに旭は父親から引き離される。それを実行する真九郎たちはまさに悪ではないだろうか。

 

「…そうかもしれませんね」

 

義経たちは自分が悪だと思っていない。旭とは競い合った仲であるが敵とは思っていないのだ。

川神学園では頼りになる先輩であり、同じクローンであり、様々な学園生徒から慕われる人だ。だから助けたいと心から思った。

この本心に義経たちは偽りがない。だから自分たちが悪ではなくて正義だと思っているのだ。

 

「正義も悪も難しいですね」

「そうでもないぞ。結局は勝った奴が正義だしな」

 

正義と悪に考えても答えは出てこないものだ。

 

「でも紫が言ったように悪い奴が悪いことしてる。正義の人が良いことをしている。そんなものかもしれない」

 

難しく考えるな。心を惑わされるな。

やることは1つなのだ。旭を救うために幽斎から奪う。それだけだ。

「迷いはしませんよ」

「そうか。じゃあ努力しろよ」

「はい」

 

揉め事処理屋の仕事が始まる。

 

 

273

 

 

最上旭を無事に裏オークションに運んでいくには護衛が必要だろう。きっと彼らのことだから必ず旭を助け出しに来るだろう。

だがそれも試練だ。幽斎と彼らの試練だ。ならば幽斎がすることは決まっている。

 

向こうが旭を奪うことが勝利条件ならば、こちらは旭を守ることが勝利条件だ。

裏オークションの会場に向かって旭を出品すればもうどうしようもない。この勝負は大きな試練だ。

 

「あの傭兵団を雇うかな。それにある企業から護衛をしてくれるって話もきているし。でもあの企業はただクローンの臓物が欲しいだけだろうからね」

 

幽斎は来るべき試練のために準備を始めるのであった。




読んでくれてありがとうございます。
次回もゆっくりとお待ちください。

さてさて、暁光計画って義仲が義経に勝たなくても発動できると思うんですよね。
だってヒト・クローン技術って世界でとんでもない技術ですし。ならその価値が分かる者なら最初から義仲が完成されている傑作って分かると思います。
ならばいちいち義経と競い合わなくても関係ないと思うんですよね。

だから物語であるプランBは私が考えたオリジナルです。
義仲が義経に負けても関係ない。それが今回の物語でした。そしてついに最後の戦いに入ります。


てか、なんだかんだで100話目だこれ


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強奪作戦開始

紅真九郎、川神で最後の揉め事処理の仕事が始まる。
今回は人を救うために人を奪う。これが正義なのか悪か分からない。

でもやらないよりかはやる方が後悔はしないはず。


274

 

 

旭の強奪作戦が開始がされる。作戦実行メンバーは真九郎を筆頭に大和チームに冬馬チームに源氏チームと多い。

それだけ絶対に旭を救うために力を集結しているということだ。さらに彼らだけではない。九鬼からも応援を頼んでおり、クラウディオ・ネエロと李 静初が応援に来てくれた。

流石に今回ばかりは学園生徒だけでは危険だろう。だからこそ大人の力である九鬼財閥の力を借りたのだ。

 

(…それでも直江くんたちがいるのが違和感があるな)

 

違和感があろうとももう後には引き返せない。大人には大人の決着があり、子供には子供の決着がある。

大和たちは子供の決着をつければいい。旭を必ず助けなければならない。

 

「周囲には異常なしです」

「分かりました。ではこのまま中に突撃ですかね」

 

李が最上邸の周囲を調べて異常が無いことを確認。そして最上邸へとの突入を決定。

 

「ではみなさん。慎重にスマート突撃しましょう」

 

クラウディオが言っている言葉にいろいろと矛盾がありそうな気がしますがあえてツッコまない。

 

「皆さまは私の後ろに。何があるか分かりませんからね」

 

応援はクラウディオだけでない。周囲には他の従者部隊たちも配置されている。絶対に幽斎を逃がさないためである。

 

(しかし最上幽斎…監視していたのに裏オークションにまで手を出していたとは)

 

幽斎の仕出かしたことにより九鬼財閥は幽斎を監視していた。だが木曽義仲のクローンの件以降はおとなしいものかと思っていたがそうでもなかった。

まさか裏社会に関係する者たちと繋がっていたとは。よくよく考えていれば幽斎は顔が広い。ならば裏社会の者と顔見知りなんておかしくないだろう。

幽斎はもう止まらない。これは九鬼財閥の問題でもある。

幽斎の仕出かしていることは九鬼財閥にとっても迷惑だ。しかし彼自身は本気で善意のつもりでやっている。つもりではなく確信で行っているのだ。

自分が神様視点でやっているのだから。

幽斎は自分が偉いとか1番とか序列を気にしていない。ただただ人の成長を見ていたいのだ。

 

「では行きますよ」

「はい!!」

 

真九郎たちが最上邸に突入。

突入と言っても堂々と入り口から入ったのだが。

 

「妙に静かだな」

「だね。それが逆に不気味だよ…」

 

最上邸は不気味に静か。だが百代たち気を察知する者にとっては既に戦闘態勢を取っている。

それはこの最上邸に複数人の気配がするからだ。

 

「この屋敷に五人の気配がする」

「5人?」

 

最上幽斎と最上旭がいるから2人は確定しているが、残り3人が不明だ。

予想としては此方側を想定して護衛を用意したのだろう。だがその護衛が相当の手練れだ。

百代は残り3人の護衛の強さを気の流れで感じ取ったのだ。それはクラウディオや由紀江も感じ取っている。

 

「やはり、ただでは奪わせてくれないということですか」

 

向こうも馬鹿ではない。こっちの動きを予想して対処しているはずだ。だからこその護衛だろう。

 

「相当な手練れだと思います。この先ですね」

 

長い廊下を慎重に歩いていくと扉が見えた。一般宅の普通の扉なのだが、この先に待ち構えているのが分かってしまう。

どうやら逃げないで待ち構えているようで、戦う覚悟があるのかもしれない。そうだとしたら真九郎たちの方が数の有利がある。それに九鬼財閥の援助もある。

有利さならば真九郎たちが上なのに立ち向かうというのならば護衛に相当の自信があるのだろう。

 

「行きますよ」

 

扉を開くと当たり前だが幽斎と旭が居た。

どちらも正装の姿で、特に旭のドレスは黒をメインとしていて大人の雰囲気を醸し出している。化粧だってしていていつもの旭ではなく、本当に大人な旭だ。

 

「やあ皆さん、こんばんわ。こんな大勢で私の屋敷に来てくれるなんて嬉しいですよ」

「何が嬉しいですか」

「あはは、怖いですよクラウディオさん。こっちとしては紅茶を出していきたいんですがこれから用事があるんですよ」

 

カチっとボタンを押すと車が床から這いあがって来た。よくそんな機能をいつの間にか用意したものだ。

 

「また今度来たら紅茶を出しますよ」

 

そう言って幽斎と旭が車を乗ろうとする。

 

「義仲さん!!」

 

義経が旭に向かって意を唱えるが無視して車に乗る。彼女の顔を見て、何も話すことがないというのが伝わる。

そして幽斎も運転席に座ろうとした時にクラウディオが糸術で車を絡めようとしたが幽斎がまたボタンを押す。

すると天井から鋭い刃が複数放出された。

 

「いけません!?」

 

クラウディオと由紀江やクリスたちが放出してきた刃を全てはじき返す。だがその刃で糸が切断される。

 

「こちらも色々と用意しているんですよ」

「ここは絡繰屋敷か!?」

「いやあ、こういう時に備えて準備したんですよ」

 

ニコリと笑いながら幽斎はアクセルを踏んで車を出発させた。

 

「そうはさせるか!!」

「それもさせるかってんだ!!」

「やはり来たか!!」

 

百代はずっと残り3人の気配を警戒していた。そして現れた3人は中華服を着た武装集団であった。

 

「頼みましたよ梁山泊の皆さん」

「任された」

「はいはーい」

「あ、こりゃあ強いのいっぱいじゃん!!」

 

彼女たちは武装集団の梁山泊。何でも歴史が動くとき、梁山泊が動いているなんて云われもある存在たちだ。

林冲、史進、楊志。この3人は幽斎が雇った護衛だ。実力的にも申し分ない。

依頼はただの足止めだけ。たったそれだけだ。なんせ幽斎にとって旭を無事に裏オークションに届かせれば良いだけなのだから。

幽斎は自分の屋敷を気にせずにぶち破って外へと車を走らせた。

 

「逃がすか!!」

「それをさせない為にアタイたちがいるんだよ!!」

 

史進が百代に自慢の獲物で攻撃する。その一撃はそこらの武術家なら一発アウトだ。

 

「姉さん!?」

「大丈夫だ。それより早く追いかけるぞ!!」

「そうはさせねえって言ってるだろ」

 

史進たち3人が百代たちを囲む。ここままでは幽斎たちを逃がしてしまう。だがこういう状況も予想はしていたから対応策は考えている。

屋敷の外には九鬼家特性の車が用意されている。その車に乗って追いかければよいのだ。

 

「ならこの包囲網を突破するしかねえな!!」

「そういうけどこの包囲網を突破するのは難しいかもだよキャップ!?」

「成せば成る!!」

 

そうは言うが確かに硬い包囲網だ。たった3人だが相手はプロだから簡単にはいかない。

無理矢理突破する可能性はできるが、そうすると誰かがやられるかもしれない。

 

「ならこうなったら足止め班と追いかける班で分かれるしかないだろ」

 

キャップの提案は当然のものであった。真九郎たちの人数は多いのだから分かれて行動するのができる。

 

「ならここは私が足止めします!!」

「私も応戦いたします!!」

 

李と由紀江が史進と楊志に突撃した。そして林冲には翔一が突撃。

 

「あんたは俺様が相手だああああ!!」

「私は負けない!!」

 

この瞬間に彼女たちの包囲網が崩れる。その隙に真九郎たちは脱出する。

 

「悪いが俺様もこっちに残るぜ。キャップが心配だからな!!」

「ぼ、僕も何かできるかもしれない。僕のできることをするよ!!」

 

更に岳人と卓也も残った。

 

「ヤバイと思ったらすぐに逃げるんだぞ!!」

「分かってるよ。加勢するぜキャップ!!」

 

旭奪還作戦はまだ始まったばかりである。

 

 

275

 

 

車の中。

 

「李がいるので大丈夫ですよ直江大和様」

「…はい」

 

大和の不安がクラウディオに察しられたのか、安心させるように言葉を発してくれる。

 

「彼らはみんな強いですから」

「はい。そうですね」

 

それにしても流石は九鬼家特性の車だ。普通ならスピード違反で捕まるが今回は緊急事態で捕まらない。

実は今夜川神で特例が出されている。九鬼財閥が警察と連携でこの川神で大掃除が始まるのだ。

大掃除とはこの川神に存在する闇の一掃だ。この頃、臓器売買組織なんていうモノが川神で人を食い物にしている。

こんなものは大事件で無視することはできない。更には川神の某所で裏オークションが開催され、多くの裏社会の人間たちが集まる。そいつらも一斉に捕縛する。

これは川神で起こる大事件である。

 

「裏オークションに逃げ込まれたらもう皆さんはもう何もできません。そこからは大人の仕事ですので」

 

子供には子供にしかできないことがある。だけど裏オークションに到着したらもう何もできない。

裏世界の洗礼はもう受けているのだから。

 

「そろそろ見えてきましたよ」

 

幽斎たちが乗っているの車が見えた。この九鬼家特性の車はどれだけスピードを出しているのだろうか。

 

「このまま突撃します」

「え?」

「安心してください。無傷のまま突撃しますから」

「どうやって!?」

「執事のたしなみです」

「どんなたしなみ!?」

 

いつものクラウディオからは発言しからぬ言葉であった。

 

「では…!? 横から誰か来ます!!」

 

九鬼家特製の車に追いつく車とは改造車かもしれない。そしてその車の上には絶世の美女が乗っていた。

 

「武神モモヨ!!」

「お前は…レイニィ・ヴァレンタイン!!」

 

百代は車から飛び出してレイニィの攻撃を受ける。

 

「姉さん!?」

「こいつは任せろ!!」

「っ、危ない大和!?」

 

レイニィの車に乗っていたもう一人の男の腕からワイヤーが放出されて大和の腕に絡まる。そして引っ張り出された。

その瞬間にクラウディオは糸術でハンモックのようなネットを造って落下の衝撃を和らげる。

 

「大和!!」

 

そして京も車から出て大和に駆け寄る。そんなことが起きようとも車は止まらない。今止めたら今度こそ幽斎に追いつかなくなる。

 

「大和、京、姉さま!!」

「俺たちは大丈夫だから先に進め!!」

 

後方から大和の大声が響くだけであった。

 

 

276

 

 

真九郎たちが旭の奪還作戦をしている間に川神全体で大掃除が行われていた。その大掃除とは川神に浸食している裏組織をあぶりだして潰すこと。

今、この川神は人さらいが横行しているのだ。その原因が全て臓器売買組織の手によっている。

その被害は少なくなく、今までの川神の歴史の中で今回が史上最悪の事件だ。

今回のことに九鬼家と警察に鉄心の力が合わさる。犯罪組織が川神で良いもの顔で好き勝手しているのを許せるわけにいかない。

そして今回はまさか裏オークションなるものがこの川神で開催される。その裏オークションでは裏世界で名をはせる大物たちが集まる。そこを一網打尽にするために集まる者たちがいる。

揉め事処理屋の柔沢紅香を筆頭に今回の裏オークションで集まる裏社会の大物どもを相手にするってわけである。だから揉め事処理屋まで力が加わる。

 

「おーおー。こりゃ怖い爺さんたちが集まってんな」

「柔沢紅香か」

「おお、紅香ちゃんじゃないか。まったく昔と変わらなく美人じゃのう」

 

実は紅香と鉄心は知り合いである。やはり彼女の顔は広いものだ。

 

「昔って…私はそんなに年寄りじゃないぞ」

「じゃったな。ほっほっほっほっほ」

 

デレデレの鉄心。

 

「まあ、私は昔は美少女。今は美女なのは確かだがな」

 

煙草を普通に吸って煙を漂わせる。

 

「その自信過剰はどこから出てくるんだか」

「お前に言われたくないヒューム」

「だのう」

 

紅香に鉄心にヒューム。今ここに世界の強者たちが集まっている。彼らが手を組んだらどの組織も潰せそうである。

 

「それにしても鉄心が動くのか」

「ワシ個人的じゃ。川神院は裏世界に巻き込まん」

「そのてっぺんにいるアンタがそう言っても説得力無いがな」

「…引退かのう」

「いつ引退するんだよ」

 

そもそも鉄心の年齢が何歳か分からない。自分でももう数えていないから覚えていないようだ。

それなら紅香も年齢は何歳か分からないものだが。

 

「警察も集まってきたな」

 

今回の仕事は警察も動く。警察の中でも今回のことは大きなヤマになるだろう。

 

「既に情報をもとに臓器売買組織の各アジトの突入も準備できているようだ」

「お、じゃあワシも気合を入れるかのう。この川神を食い物にしたことを後悔させてやるわい」

 

鉄心の身体から闘気を滲み出す。

 

「鉄心。お前は各アジトをしらみつぶしに潰して行け。リストはこれだ」

「任せろ」

「紅香には裏オークションの中でもこいつらだけはっていうリストがある」

「一応貰っておく。なに、全員捕まえるさ」

 

こうスパっと言うのが紅香のカッコイイところだ。だが彼女なら本当に達成できそうだから凄いところだ。

 

「そういえば昔聞いたのう。立て籠もりのテロたちを大声で啖呵切って全員ぶっ飛ばしたって」

「昔の話だな」

 

昔の話だ。隣に真九郎もいた。

 

「じゃあ川神を綺麗にするぞ」

「分かっておるわい」

 

川神で大掃除が始まる。

 

 

277

 

 

幽斎の車の中。

 

「いやあ、試練だね。彼らはまだ僕たちを追いかけてくる」

「そうねお父様」

「彼らもまた大きな敵と立ち向かい、試練を突破してほしいね」

「そうね。そうすれば彼らはまた強くなると思うわ」

 

旭は幽斎のことを理解している。だからこそ彼の気質や性格、望みに対して不満もないし、疑いもない。

 

「義経との源氏勝負は楽しかったかい?」

「ええ。それに義経ったら可愛かったわ」

「そうかそうか。真九郎くんとよく会って話をしてたようだけど、どうだった?」

「楽しかったわ。彼との対話は充実していた。もっと対話したかったのは心残りかも」

「彼のことを気に入ってたかい?」

「そうかもしれないわね」

「そっか」

 

自分はこれから人柱になるのも理解している。だが怖くないといえば嘘になるだろう。

 

「ごめんね。旭…これも世界のためとはいえ心が痛いよ。本当にすまない」

「良いのよお父様。これは私も納得したこと」

「そう言ってくれてもやはり心が痛い」

 

幽斎の目から涙が滴る。

幽斎のその気持ちは本物である。自分の愛娘を人柱にするなんて異常性をもってしても。

 

(まだ追いかけてくるね…なら残りの梁山泊も追加するしかないね。それと臓器売買組織からの応援も使うか)

 

幽斎の手には梁山泊、臓器売買組織からの助っ人。それに対百代のために用意したレイニィ・ヴァレンタイン。

全てを使って彼は世界のために動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

278

 

 

幽斎邸。

林冲は翔一たちを倒していた。彼らも強いがプロの彼女ほどではない。

 

「命までは取らない。今回の仕事は足止めだからな」

「ぐぐ…まだだぜ」

「まだ立ち上がろうとする意思はあるか。お前は強いな。でも私も負けられないんだ」

 

林冲は翔一たちを無視して屋敷から出る。

 

「史進と楊志はまだ戦っているか。なら作戦通り空いた私から追いかけるか」

 

林冲は隠していたバイクに乗る。追いかけるは真九郎たちである。




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

ついに最終章の後半戦。いわばラストスパートに入りました。
それぞれの戦いが始まります。


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裏オークションへ

今回もオリジナル設定とかあります。
そしてやっとゲストキャラの正体が分かります。


279

 

 

真九郎たちはまだ幽斎の車を追いかけていた。この段階で仲間が幽斎の手によって分断されている。

幽斎は頭のキレる奴だ。きっとこちらの状況を読んで行動しているのだろう。裏オークションの開催地までまだ距離がある。

ならばまだ向こうに此方を足止めしてくる護衛がいるだろう。

 

「最上幽斎…この私の運転技術でもなかなか追いつきません。幽斎めはここまで技術を持っていたのか」

 

カーレースは未だに続く。だがすぐさま変化は現れた。真上から殺気を感じたのだ。

すぐさま窓から顔を出すと夜空から燃え上がる何かが降ってきたのだ。

 

「ヤバッ…!?」

 

すぐさま弁慶が打ち返そうとしたが燃え上がる何かは人であった。

 

「はああ!!」

「こいつ!!」

 

弁慶は打ち返せずに車に燃えた人が衝突した。その威力によって車は大破。

だが全員がなんとか無事であった。すぐに全員が車から脱出したのだ。受け身も成功して身体のどこも痛めていない。

 

「くそっ…何だよ燃えた人って?」

「それが私だ」

 

赤い髪が目立つ中華服を着た女性であった。すぐにどの者か分かる。

彼女は間違いなく梁山泊の者だろう。

 

「武松だ」

「弁慶」

 

すぐさま弁慶は構える。彼女は自分が倒すべきだと理解したのだ。

 

「ここから先は通させない」

「貴女1人で止めれますかな?」

 

クラウディオが糸を周囲に張る。すぐに倒して幽斎を追わねばならないのだ。

追う方法はまだ残っている。九鬼家の特別製の車に乗せてあったものだ。それもまた九鬼家特別製のバイク。

糸でバイクを引っ張って寄せる。でもこれに乗れるのは2人だけ。

 

「悪いが足止めは私だけではない」

 

闇からぬるっと出てきたのは真九郎たちが知っている顔ぶれであった。1人は裏闘技場で出会った顔。もう1人は醜悪なキリングフロアで出会った顔。

 

「ゲルギエフ」

「久しぶりだな小僧。裏闘技場にもいたようだがな」

「これはこれは裏社会の人たちですか」

 

クラウディオはより臨戦態勢を取る。特にゲルギエフは義経たちに相手をさせられない。

クラウディオの目をもって奴はただの殺戮マシーンのような男だと断定。学生たちには相手にさせるわけにはいかない。

 

「あの野郎」

 

ギリィっと拳を握る忠勝は裏闘技場で巨人を刺したオーナーを見る。宇佐美巨人の仇。

 

「真九郎様。最上幽斎を追ってください。ここは私が対処します」

 

悪宇商会の条約で悪宇商会の者とは戦えない。それはゲルギエフも同じだ。だから真九郎は追いかけるしかないのだ。

バイクを立て直して乗る。もう1人乗れるが、それはもう決まっている。

 

「義経も行かせてくれ。義仲さんを止めるんだ」

「分かった義経さん。後ろに」

「うん!!」

 

義経は真九郎の後ろに乗る。アクセルを踏んでバイクを走らせた。

 

「させるか」

「こっちこそさせるかよ」

 

武松が足止めしようとした時に与一が弓矢を撃つ。

その一矢に武松は足を止めてしまった。それだけでもう真九郎たちに追いつけない。

 

「公孫勝の準備は間に合わなかったか…仕方無い」

 

武松は両拳から炎を出す。彼女は特異な力を持っている。

それは人体発火現象だ。これは今なお解明されていないが武松は何故かその特異を制御している。

 

「あいつは私が倒す。与一援護して」

「分かってるよ」

 

武松を相手するは弁慶と与一。

 

「向こうは弁慶様にお任せしましょう。私は貴方を」

 

キリリっと糸を引く。

 

「ふん。老害め」

「戦闘屋」

 

ゲルギエフはクラウディオが倒す。

 

「クラウディオさん。私たちも援護します」

 

冬馬たちも何かできることはしたいという表れだ。

 

「てめえの相手は俺だ」

「ふん。ガキ如きが私の相手ができるとでも?」

「そのガキを甘く見ないでよね!!」

「その通りだ。我が正義は負けぬ!!」

 

裏闘技場の元オーナーは忠勝に一子、クリスが相手をすることになった。

 

(…早く来てくれ)

 

まだまだ奪還作戦は始まったばかりだ。

 

 

280

 

 

バイクで幽斎たちを追う。このバイクも特別製のおかげで一旦離された距離がグングンと縮まる。

 

「義経さん。もっと捕まっててください。もっとスピード出します!!」

「うん!!」

 

真九郎の腰に義経の腕が回ってより力強く捕まる。こんな時だがついドキドキしてしまう義経。

でも今はそんな気持ちになっては不健全であろうか。だから気持ちを一旦切り替える。

 

「義仲さん…思い返してくれるかな?」

「分からない。でも旭先輩がどう思ってもやることは変わらないさ」

「そうだね。絶対に義仲さんを助けるんだ」

 

やることは変わらない。必ず旭を救う。

それが本人が望んでいなくとも。これはただのこちら側の勝手であるのだから。

そもそもどうして旭はこんな計画を了承したのかが分からなかったのだ。残念ながらその答えは義経には分からない。

だが真九郎は答えが分かっている。それは旭がそういう人間だからだ。

何を言っても自分の考えを曲げない人間。自分のやっていることに間違いが無いと思っている人間。絶対に後悔、改めない人間だ。

特に幽斎はまさにそんな人間だ。

 

(でも旭先輩は…)

 

真九郎は彼女に対して思うことがある。彼女は本当に心の底から平気だと思っているのかだ。

なんせ死が怖くないはずがないんだ。

 

「見えた!!」

「本当か!!」

「でも裏オークション開催地も見えてきた」

 

残念ながらもうカーレースは終わりだ。なんせ真九郎の言った通り裏オークションの開催地についてしまったから。

幽斎が車を止める。真九郎もまたバイクを止めた。

そしてお互いに乗っている物から降りる。

 

「いやあ、開催地に到着したみたいだね」

「そうですね最上幽斎さん」

 

だが真九郎は焦っていない。裏オークションに到着したからと言って旭がすぐに競売にかけられるわけではないのだ。

まだ間に合う。まだ旭を奪えることができる。

 

「ふふふ。あれだけ多かった仲間も今は真九郎くんと義経だけだね。もっともこっちももう護衛はいないんだけどね」

 

幽斎が用意した護衛はもういない。ならば今すぐここで奪えば問題ないはずだ。

真九郎と義経は構えるが後ろから気配を察知。後ろには幽斎の屋敷にいたはずの梁山泊の林冲が追いついていた。

 

「お前は!?」

「やっと追いついた。最上殿、私がここで彼らを足止めします」

「うん。任せたよ」

 

林冲が武器を振るう。それに対して義経は叫んだ。

 

「風間くんたちは!?」

「殺していないさ。ただ今日はもう動けないだろうな」

 

林冲だけ見ると残り2人の梁山泊はいない。気配を察知してみると2人が隠れている様子はない。本当に林冲だけが来ただけである。

 

「どうやら世界は私たちを選んでいてくれるようだ。でも油断はしないさ。世界とは移り変わりが激しいものだからね」

 

そう言った瞬間に携帯電話が鳴った。

 

「おや、お客様からだ。急ごう旭」

「はい、お父様」

 

幽斎と旭はホテルへと入っていく。

 

「待て!!」

「そうはさせない」

 

林冲がホテル入り口の前に立つ。

 

「そこをどいてくれ!!」

 

義経は叫ぶ。

 

 

281

 

 

幽斎たちが裏オークションに到着する前。

ここには裏世界の多くの大物たちが集まっている。いや、裏世界だけではないだろう。表世界の大物たちだって集まっている。

裏オークションとはそういうものだ。腹のうちに何を抱えている者は分からないものだ。

そしてこの会場には既に柔沢紅香が潜入していた。隣には犬塚弥生がいる。

 

「ほー。これが出品される商品たちか。いろいろあるな」

 

ペラリペラリとリストを見ていく。その商品リストを価値が分かる者が見れば目玉が飛び出すほど驚愕するだろう。

 

「いろいろあるな。市場に絶対に回らない宝石類やオーパーツ類に行方不明になっていた絵画の数々…」

 

そして違うリストも見る。

 

「…良い趣味してるな。今は亡き最高の女優の毛髪に芸術的だと評価されてた刺青人皮。希少種や絶滅種の動物たち」

 

他のリストを見ているとある商品が目に入った。

 

「この人工臓器は……ん、それにこいつは今頃、真九郎が追いかけている途中かな?」

 

つい真九郎の顔を思い出す。あいつなら何とかするだろうという予想を思いながら。

 

「そろそろ競売が始まります」

「そうか。仲間たちの配置も済んでいるなら早速始めるか」

 

大仕事が始まる。

 

 

282

 

 

星噛絶奈は酒を煽りながら裏オークションの会場内を歩いていた。

目指す先は星噛製の人工臓器だ。それさえ回収すればこの面倒な仕事は終わりである。

終わったらまた酒を飲もうと考えている。こんな金にもならない仕事はもうこりごりだ。

 

「さって…この人工臓器を手に入れた組織はどうしようかしら」

 

どうやって手に入れたかはもう気にしないし関係無い。ただ昔の粗悪品扱いになった人工臓器を誰かが裏オークションで手に入れて、その人が後から文句を言ったらたまったものではない。

昔の物でも星噛製以外の人工臓器は届かない。でも昔の星噛製の人工臓器よりも今の人工臓器の方が完成度は高いに決まっている。

ならば昔の物はとうに処分しているのだ。だけど処分していた物が残っていた。それだけで面倒なのだ。

 

「こればっかりは星噛家の問題よねー」

 

確か手に入れたのは臓器売買組織だ。最近、ちょいと裏世界で上がってきた裏組織である。

まだまだ新参者の組織だから星噛絶奈にとっては脅威ではない。そもそも悪宇商会の者が雇われているから情報は筒抜けだ。

そんな相手に時間を割くほど暇ではないのだ。ただ今回はビジネスだ。恨みで相手の組織を潰す暇なんてない。

臓器売買組織が直接、星噛家から奪ったのならば面子を守るために潰すが。

 

「じゃあ、面倒だけど仕事しますか」

 

 

283

 

 

臓器売買組織のボスは裏オークジョンの会場にいた。窓から見える夜景に荒々しい海を見ながらワインを舌鼓み。

運良く星噛製の人工臓器を手に入れて競売にかける。旧式の物らしいが、それでも喉から手が出るほど欲しいという輩はいくらでもいる。

これを裏オークションに出すことが大切なのだ。そうすればその臓器売買組織はあの星噛製の人工臓器まで手に入れることができる組織だと格が上がる。

更には今夜、彼の組織にとても素晴らしいモノが手に入る。いや、手に入れてみせる。

きっと多大な額を使い込むかもしれれないがソレが手に入れば倍以上に、いやもっと金は帰ってくる。

なんせクローン技術が手に入るのだから。そうすればいくらでも良い臓器が手に入る。

偉人の臓器なんて欲しい人はいくらでもいる。きっとより儲かるだろう。

 

「絶対にあのクローンを手に入れろ。金はいくらでも出す」

 

そして新たに電話を掛ける。

 

「今どこにいる…そうかすぐに会場に届けろ。それだけでも金は払う。競売でも多大な額も払いましょう」

 

ピっと電話を切る。

このボスの名前は草加聖司。彼に関して語ることはあまり無い。彼が臓器売買組織のボスと言うことだけだ。

彼は正常な頭を持ちながら狂気を孕んでおり、サイコ野郎よりも危険な人間だ。

サイコパスとは精神病質。分かりやすく言うと良心が完全に欠如した人間と定義されている。草加聖司も当てはまるかもしれないが精神に異常をきたしているわけではない。

彼の考えは全て一定の理があるようにあるのだ。それがまた恐ろしいところである。被害者からしてみれば「ふざけるな」だが、それで救われた者もいるのが問題だ。

臓器を奪われ、死んだ者の肉親からしてみれば絶対に許せない。だがその奪われた臓器で救われた者もいる。何が何だか分からなくなる。

 

「クローンの臓器が手に入れば金がもっと手に入る。そうすればもっと人が救えると思いませんかね?」

 

草加聖司は一人で呟いた。だがただ呟いただけではない。部屋にいつの間にか侵入していた2人に呟いたのだ。

 

「それは一人の少女の命と引き換えにかのう?」

「やっと見つけたぞ臓器売買組織の首魁め」

 

草加聖司の前には鉄心とヒュームがいた。

 

「世界最強と言われる老人たちの登場ですね」

 

部屋の明かりは暗く、2人からでは草加聖司の顔は良く見えない。だが確実に彼が部屋にいることだけは確認している。逃がすつもりはない。

 

「絶対にお前を捕まえる」

「川神市を食い物にした罪は償ってもらおうか」

「…罪を償う?」

 

彼は何を言っているんだというように首を傾ける。

 

「何を言っているんですかねお二人は…私は川神を食い物にしてませんよ。全てビジネスですよ」

「ビジネスじゃと?」

「はい。まさか私がそのまま人間から無理矢理臓器を奪ったとでも? 違いますよ。全てビジネスです」

 

心外だとばかりに溜息を吐く。その行為が久しぶりに鉄心の心をイラつかせる。

 

「川神で何十人のも命を奪っておきながらビジネスじゃと!?」

「はい。そもそも私は臓器を奪っているのではなくて買っているのですよ。そして買った臓器を欲しい人に売っている。それだけです」

 

彼は口を開いていく。胸糞悪い事実を。

 

「私に臓器を売ってくれているのは川神の人間ですよ」

「何だと?」

 

ヒュームの顔は厳しくなる。

 

「単純です。人は生きるために金が必要だから売れるモノを売ったに過ぎない。それを買ったのが私だったに過ぎないのです」

 

人はお金が無いと生活できない。それはこの世の理の1つ。今の世の中では当たり前のこと。

だから人間は仕事をしたり、モノを売ったりしたりしてお金を手に入れるのだ。

 

「私に臓器を売ってくれる川神の人間たちはお金に困っている人が多かった。単純な考えですよ。家族全員が死ぬか、人の臓器を売るか。それだけなんです」

 

たった臓器1つを売るだけで家族が生きられる。切羽詰まった当人からしてみればどっちを選ぶか決まっているだろう。

 

「ぬう…」

「私は買っただけ。私のどこに罪があるんですか?」

 

草加聖司が全て無罪だというわけではない。ビジネスなのだから彼もやることはやっている。

でも抜け道を通るやり方である。

彼は傘下に売春組織にユートピア販売組織と裏闘技場がいた。それらを利用したにすぎない。唆したというべきだ。

その3つはやはり金を使う。女を買うのに金を使うしユートピアという薬を買うのに金を使う、裏闘技場はまさにギャンブルだ。

ハマればハマるほど金は使いまくる。だが道を踏み外せば暴落する。金が無くなり払えなくなる、生活ができなくなる。そこがねらい目なのだ。

裏闘技場も売春組織もユートピア販売組織も金が払えなくなった奴からは金を払うように仕向ける。そこで臓器販売組織だ。

巨額な借金を払うために臓器を売るように唆す。あとはもう本人の問題だ。唆しただけで決めるのは本人。

あとは覚悟を決めた本人から臓器を買うだけ。無理矢理奪ったわけではない。金のために、ビジネスとして手に入れたのだ。

 

「私にどう罪を償えと? 私は買っただけだ。では、臓器を私に売った者たちは罪にはならないのか?」

 

草加聖司は当たり前のように言葉を噤む。それは本当に自分が正論だと言わんばかりに。

 

「何を言おうがお主はただの犯罪者じゃ」

「その通りだ鉄心。あいつが何を言おうとも奴は犯罪者だ」

 

鉄心もヒュームも草加聖司の戯言には耳を貸さない。何のためにここまで来たと思っているのか。

確かに川神の人間が同じ川神の人間を犠牲にしてまで金を手に入れていたという事実に心は痛めたが、人間の本性というのは鉄心やヒュームが最強であってもどうすることもできない。

だが臓器販売組織を壊滅させることはできる。目の前の男を捕まえればもう川神で臓器を取られる人間はいなくなるはずなのだ。

 

「全く…頭の固い老人たちだ。私は捕まる謂れはない。だから正当防衛だ」

 

部屋の壁から複数のロボットが出てくる。そのロボットはヒュームは知っていた。

それはクッキーシリーズたちだ。

 

「何故クッキーシリーズが…しかもマガツシリーズか」

 

クッキーシリーズでもマガツは戦闘特化型だ。その性能は壁越えの達人にすら到達する。

時間軸が違えばクッキーシリーズでもISシリーズというのがある。そのISシリーズを全て集結させた力によってあのヒュームを吹き飛ばすという世界線がある。

だがISシリーズは戦闘特化ではない。ならば戦闘特化のマガツシリーズが集結させたクッキーロボならばより壁越えの者たちを相手できよう。

 

「倒すことはできないが時間稼ぎはできますね。まあ私もこの場から逃げ出すのは難しいですが…」

 

マガツクッキーは壁越えの達人並みの性能があるとはいえ、相手は鉄心とヒュームだ。簡単に逃げることはできない。

 

「このマガツはより改良してある。達人だからと言って油断していると痛い目を合いますよ」

 

複数のマガツクッキーシリーズが1つに合体する。まさに近未来のロボット、アニメや映画に出てくるようなロボット、クールなロボット。

まるで阿修羅像のようなロボットである。

 

「マガツクッキー阿修羅モードと言うらしいです。このモードは今回が初披露だそうです」

 

まるで攻撃色を思わせる赤いセンサーが光る。

 

「老害ども。お前たちの時代は終わりですよ」

 




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。


幽斎がおこなった足止め作戦はいつの間にか真九郎たちの戦力分断作戦となりました。
結局のところ裏オークションまで来てしまいましたがまだ真九郎の負けではありません。まだ間に合います。
みんながみんな、自分たちの戦いに決着をつけます。その決着の付け方は…まあ、いろいろと。

そして、前に呟いていたゲストキャラというのは草加聖司でした。
知っている人は知っていますと思いますが、彼は『電波的な彼女』という小説に出てくるキャラです。
紅と同じ世界観にいるキャラですね。『紅』と『電波的な彼女』は同じ世界観で時系列が繋がっていますが、この物語に登場させるとちょっと矛盾があるかもしれません。
そこは気にしないでくださいね(ここ重要)

まさかほんの少し『電波的な彼女』ともクロスオーバーさせてしまいました。まあ、ジュウを登場させたくても彼はまだ子供だからなあ…。

草加聖司をゲストとして出したのは真九郎側の世界観の悪の在り方を最後にぬらりと出したかったからです。
『紅』や『電波的な彼女』の作品の悪側って生々しいんですよね。
巻ごとに登場する敵の悪意の剥き出し方がエグイ。なんせ悪意が強固で、歪んでいながらも誰もが曲げられない一本の芯があるからです。

多くの作品である王道としては主人公が説得したり、一騎打ちしたりすると敵側は改心したり仲間になったりする。でも『紅』や『電波的な彼女』の悪は改心しない。

『紅』の作品では星噛絶奈がその1人だと思います。悪のカリスマがあり、異能の力を持つ。それだけでも特別だ。
それでも悪として一本の芯がある。その例が…真九郎との死闘では引き分けになり、敵でありながらも彼の要求にはあらかた応えたる。だけど遺族や被害者への謝罪は断固として拒否するなどの悪宇商会の最高顧問のプライドはあるというのがあります。
だから、そこらの悪には無い特別な悪の有り方だと思います。

で、次に草加聖司ですが…彼は異能なんて無く、肉体的な力も普通。この物語では臓器売買組織のボスを当てはめてますが絶奈のような大物ではありません。
でも自分の力の使い方が他の悪人とは違うんですよね。なんというか、人間の悪性を濃縮した感じ。
自分としては『紅』よりも『電波的な彼女』の方が悪の描かれる狂気度が上だと思います。

星噛絶奈は力の強い悪でカリスマのある巨大な存在とすれば、草加聖司は弱いけど悪としての力の使い方に残酷性がある存在だと思います。
彼もまた特別な悪の在り方だと思いますね。だからこそ彼をゲストとしてマジ恋の世界観に登場させたのは、悪意を混ぜるためでした。


あとがきで、長々と書いてしまいました。



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激戦・前半

284

 

 

真九郎と義経の目の前に立ちはだかるは梁山泊の林冲である。彼女もまた依頼のために戦っている。

旭に人柱になってほしいとか、義経たちに恨みがあるとか、そういうのはない。ただ仕事のために義経たちの前に立ちはだかっているのだ。

 

「そこをどいてくれ!!」

「退かない。これも仲間を守るためだ。私は負けるわけにはいかないんだ」

「こっちだってここで足止めされてる時間は無いんだ!!」

 

義経は刀を抜いて林冲に剣気を飛ばす。今は邪魔されたくないのだ。

一瞬で片づけたいが林冲の強さは本物だ。それだけの事実は流石に義経も理解しているからこそ焦ってしまう。

彼女とまともに戦えば確実に時間はかかる。そのせいで旭をもう救えなくなってしまう。

 

「こんな状況だけど落ち着いて義経さん。焦っていては良い結果は現れない。こんな時こそ冷静でいるんだ」

「真九郎くん…うん」

 

焦っていた気持ちが真九郎の言葉によって落ち着いていく。何も感じないほど冷静になったというわけではない。少しはマシになったというだけだ。

 

「そっちも仕事かもしれないが、こっちだって足止めされるつもりはないんだ。どいてくれなんて言わない。無理矢理通らせてもらう」

 

真九郎も拳を握って構える。

時間が無いのは確かだ。だからこそ短期決戦で決めさせてもらう。

 

「義経さん。俺が相手するから隙を見て打ち込んでくれ」

「分かった真九郎くん」

 

義経は構えて気を練り始める。

そして真九郎は林冲との間合いを詰める。お互いに強者というのがすぐに理解しうる。

 

(彼は強いな。でも負けるわけにはいかないんだ)

「すう…はあ」

 

息を吸って吐く。そしていっきに駆け出す。瞬時に林冲と交戦が始まる。

リーチの差はあるが物ともしない。物ともしていられない。

 

「はあああああああ!!」

 

林冲の連続の突きは突く度に早くなる。だが真九郎は臆さずに進む。

 

「お前の目からは強い意思を感じるな」

 

プロ同士の戦いの中で林冲は口を開いていく。武器が、拳が、蹴りが交差する中で何故か林冲は口を開いた。

彼からは何かを感じる。今まで戦った相手とは無い何かを。だからこそ聞いてみたいものがある。

 

「お前は何か、誰か守る者はいるか?」

「…いきなり何だ?」

「何故か聞きたくなっただけさ」

 

林冲の言葉を無視してもよかったが、真九郎も何故か彼女の言葉に返事を返してしまった。

どういうわけか彼女を悪人だとは決めつけられなかった。確かに彼女は傭兵で多くの人を傷つけただろう。でも彼女の性質はどちらかと言うと善人にあたるかもしれない。

だから彼女の問いに関して答えたのだ。

 

「……いるよ」

 

真九郎にだって守りたい者はいる。もし自分の大切な人が傷つけられたら、きっと彼は容赦なくソイツを潰すだろう。そこは夕乃にいつの間にか似たのかもしれない。

林冲は特に仲間を大切にしている。それは自分自身を犠牲にしても守る気迫を持っている。

だからこそ、同じように自分自身よりも大切な人を守った人を、助けた人がいる真九郎に何か感じ取ったのだろう。

真九郎は紫を救うために銃弾を受けた。真九郎は銀子のためなら何でもするだろう。真九郎は夕乃を助けるために自分よりも各上の人と戦った。

そういうことを本当にできる、やり遂げた人は世界でもそうそういない。

 

「そうか、やはりいるんだな。大切な仲間がいるからこそ強くなれる…」

 

一瞬だけ林冲は微笑した。やはり、大切な仲間を守ることが強くなることが証明されたのだ。自分が強くなることでより多くの仲間を守れる。

林冲は仲間を守ることが信条である。その信条が正しいとより理解できたのだ。だから林冲はもっと強くなるだろう。

 

「はああああああ!!」

 

まだまだ林冲の突きが早くなる。その連続の突きは並大抵の者では見切ることが出来ない。

だけど真九郎は目で見切っていく。彼にとって林冲の突く速さは見切れるのだ。もっと早い攻撃を知っているから。

 

「よくぞ躱すな。だが私はもっと強くなる!!」

 

林冲に突く速さはまだまだ速くなるだろう。そうなれば真九郎も見切れなくなる。だからこそ早く決着をつけねばならないのだ。

 

「お前にも守る何かがあるのは分かった。だがそれでも私は負けられない!!」

 

林冲の異常なまでの守るという意思。それには彼女の過去に関係するのだだ真九郎も義経も知ったことではない。

真九郎たちには真九郎たちの、林冲には林冲のやることがある。それだけなのだ。

お互いに守る者がいるし、助けたい人がいる。なのにぶつかっている。

 

「数奇な運命だな」

「…数奇な運命でもないよ。ただお互いにやることをやっているだけだ」

 

拳で武器を受け流す。

林冲には悪いが倒させてもらう。向こうには向こうの誇りや守るものがあるのだろう。

でもこちらとしては旭を救うために林冲の誇りなんてどうでもいい。違う形で出会っていれば彼女の思想には共感できていたかもしれない。

 

「突き進むだけだよ」

「なに?」

「貴女にも大切な何かがあるのは分かったよ。でも俺にも成すべきことがあるんだ。だから貴女の大切な何かを壊してでも突き進ませてもらうよ」

 

もう時間が無いんだ。だから覚悟を決めて一直線に突き進んだ。

林冲の槍雷千烈撃が炸裂して真九郎に直撃するが歯を食いしばって蹴りを繰り出した。

 

「な、なに!?」

「義経さん!!」

「分かったよ!!」

 

瞬足で間合いを詰め、居合切りを繰り出した。そこで決着がついた。

 

 

285

 

 

最上幽斎の屋敷にて。

ここでは梁山泊による足止めが行われていた。史進と陽志が李や由紀江たちを圧倒する。

 

「何だよこんなもんか?」

「うーん、君たちのパンツがほしー」

「まだ顔を青くすんなよ陽志」

 

梁山泊の2人は確実に強いのだ。だけど李や由紀江だって負けていないが相性が悪いかもしれない。

今は史進と李に陽志と由紀江で分かれて戦っているのだ。

史進は異能を使わなくとも単純に力強く、李では力負けしてしまうのだ。

陽志の異能は一度見た技を完全に真似することができる。それは奥義だろうが秘技だろうが何でもだ。しかも本家よりも完璧以上に繰り出すことが出来るだろう。

そうなると由紀江の剣技さえ真似して本人以上に使いこなしているのだ。2人は強いはずだが相性が圧倒的に悪かった。

 

「はあはあ…これはキツイです」

「何か一発逆転の技とかありますか?」

 

無いことは無い。由紀江の奥義で、刀から繰り出される神速の斬撃である『阿頼耶』だ。

目にも映らせぬ超神速の斬撃ならば楊志にコピーさせずに斬り倒せるだろう。なんせ見られなければコピーされないのだから。

だが『阿頼耶』を出すには今の由紀恵では気を練りながら精神統一しなければならない。そんな時間を梁山泊の2人が取らせてくれるはずもないだろう。

 

「時間を稼ぐには私だけでは…」

「なら俺たちがやってやる!!」

「おおともよ!!」

 

ボロボロの身体で翔一と岳人が史進と陽志にくってかかる。

 

「何だよ林冲にぶっ倒された連中じゃんか。そのまま寝てたらよかったのによ」

「それだと男が廃るってもんだろうがよ!!」

 

足止めをしていたのに既に1人を、林冲を真九郎たちの所に行かせてしまった。それだけでもとても悔やんでいる。

ならばこれ以上は追いかけさせるわけにはいかないのだ。

 

「なら骨が折れても文句は言うなよ!!」

 

史進が棒術で翔一と岳人を薙ぎ払う。それでも2人は倒れてもぶん殴られようとも何度も立ち上がって突き進む。

史進の言ったように骨が折れただろう。おかげで身体中が痛々しい青痣だらけ。激痛で意識を失ってもおかしくない。

それでも歯を食いしばって立ち向かう。もうこれはただの意地である。

 

「だああああああああ!!」

「うらああああああ!!」

「暑苦しいな。ま、でも嫌いじゃないぜ!!」

 

ニカリと笑って棒術で吹き飛ばす。

 

「その間に時間稼ぎもさせないよー」

 

陽志がヌルリと翔一たちを抜いて由紀江のもとに走り出す。やはり現実は上手くいくものではない。

李が抑え込もうとするが陽志が今までコピーしてきた多彩な技で無理やり突き進む。その刃は既に由紀江のもとに。

梁山泊の2人の足元には死屍累々。だけど負けるわけにはいかない気持ちは消えていない翔一たちは立ち上がる。

 

「まだです…」

「そこの侍少女はこの中で強いな。一番才能がある。才能はうちら並みじゃねーか?」

「うん。でも流石に私たち相手じゃ無理だね…って、おっと妙な動きはしない方が良いよ」

 

由紀江が抜刀しようとしたが封じる。

 

「お前もだよ」

 

李も封じる。翔一も岳人も。

 

「もう足の骨でも折っとくか?」

「だね。これ以上は逆に私たちが足止めされちゃうよ」

 

もう彼女たちは動けない。ならば林冲のように真九郎たちを追いかけるだけだ。

 

「でもその前に…そこに隠れている奴出てこいよ!!」

 

隠れていたの師岡卓也である。彼はこの中で一番非力で、自分も認めるように弱者だ。

今まで起きた攻防戦でも何も役に立たない。一発でも攻撃されたら骨が折れて倒れただけだろう。

 

「弱いなお前」

 

史進は相手にするまでもないと断定。彼なら邪魔されても変わらないものだ。

 

「……そうだよ僕は弱いさ。僕ができる事なんてたかが知れてる」

「ふーん、ならそこで怯えていろよ。それが一番だからな。ケガしたくなければ」

 

史進は弱い者いじめは好きじゃない。だから戦う意思の無い奴の相手はしない。

 

「僕じゃ何もできない………ことは無いよ。こんな僕でも何かできるんだ」

「あん?」

「さっきも言ったけど僕にできることなんてたかが知れてるんだ。誰もができるようなこと……それだけでも十分なんだ」

「だから何を言って…おわあっ!?」

 

いきなり史進が壁と共に吹き飛んだ。

 

「史進!?」

 

壁をぶち抜かれた方向を視ると誰かが立っていた。そして陽志はすぐさま警戒態勢を取る。

 

「ふう、力の加減が難しいですね」

 

そこに立っていたのは崩月夕乃であった。

片手には携帯電話を持っていた。簡単に言えば卓也が援軍として連絡したのだ。

卓也は事前にもしもの時のために真九郎の携帯を預かっていたのだ。夕乃もまた連絡が来るのを知っていた。

だから夕乃はここにいるのだ。

 

「いっつー、ったく何だよ!?」

「史進、すぐに構えて。あいつ強いよ」

 

パンツが欲しいとか余裕ぶっこいていた陽志はもういない。彼女の顔は完全に傭兵集団梁山泊の顔になっている。

見ただけで夕乃が危険な強さを持つ者だとすぐに理解したのだ。間違いなく彼女は本気にならないといけないと判断。

 

「……マジかよ」

 

史進も同じくすぐに理解。戦いを楽しむ気持ちも無ければ慢心もしない。

 

「私はそこお二人をお仕置きすればよろしいんですね?」

「はあ、オシオキだあ!?」

 

史進と陽志が同時に夕乃に襲い掛かる。

2人が同時に挟むが全ての攻撃を避けて、流す。史進たちは少し手合わせしただけですぐさま彼女がやはりとんでもない強さだと理解した。

見ただけで強者だと理解し、手合わせしただけで確信した。彼女は危険な存在だ。

もう遊びだとか、油断とかできるわけがない。少しでも慢心したら一瞬でやられるだろう。

 

「このおおおおお!?」

「てやっ!!」

 

史進の棒術が、陽志の双剣が乱舞するように繰り出されるがそれでも夕乃にはあたらない。

 

「こいつ何だ!?」

「私は普通の女学生です」

「こんな女学生がいるかよ!?」

 

確かに夕乃は普通の女学生ではないだろう。それに彼女からしてみれば梁山泊の相手をすることは裏世界で当たり前のことだ。

梁山泊も裏世界の者。夕乃は裏世界から身を引いているが裏十三家として力はまだある。もしものために鍛えているのだ。

 

「てめえ、何者だ!?」

「今はただの女学生です」

「だからそんな女学生いるかよ!?」

 

史進は分かってしまった。彼女があり得ない才能を持っていることに。しかもその才能はまだまだ伸びる。

史進たちは百代と同じくらいの才能の敵と判定。だから武神百代を相手にする以上に気を練り始める。

 

「でやあらああ!!」

「せい!!」

 

史進の棍棒と夕乃の拳が交差する。その隙に陽志が双剣で斬りつけるが蹴りでいなされる。

この一般を超える力はもう彼女が『異能』の持ち主かと思って史進が持つ『削除』の異能を発動。だが夕乃に効果は無かった。

裏十三家は何かしら『異能』を持っているが梁山泊が持っている『異能』少しとは違う。

似ているようで似ていないのだ。例えば星噛のサイボーグ技術や斬島の斬る才能とかはどちらかというよりかは『異能』というよりかは『技術』に近い。

崩月の『剛力』である角も異能というよりかは肉体的変質に近い。なんせ幾代にも渡って常軌を逸した激しい肉体改造を繰り返した末に戦鬼の力を手に入れた一族なのだから。

 

(異能じゃないのか!?)

(武神のようにとんでもない技を持っているとか、同じ同門であるウチら梁山泊のみんなみたいに異能持ちじゃない…単純に強い)

 

だけど才能だけの問題ではない。想像を絶するほどの鍛錬を積んだ結果が今の夕乃の強さだ。

 

「来るぞ!?」

 

史進は夕乃が強力な突きが来るのだと瞬時に察知。

ならば逆に強力な突きを逆に利用すればよいだけだ。相手が強力な攻撃を持っていても勝てないというわけではない。

相手が強ければ強いほど逆転できるというのがあるのだから。

 

「梁山泊玄武陣!!」

 

史進の奥義の1つで自分の身体を鋼鉄の如く硬くする。この状態で攻撃してきた相手は拳を砕かれてしまうし、武器は破壊される。

完全にカウンターである。夕乃の力を過信せずに全身の気を練りこんで集中する。その後ろには陽志が控えており、一瞬の隙を狙って攻撃する気マンマンなのだ。

 

「来な。アタシが全て受け止めてやる!!」

「そうですか。では遠慮なく」

 

一瞬で間合いを詰める。

 

「速ッ!?」

 

史進の腹部にあり得ない衝撃が走った。自分は確かに鋼鉄並みの硬度になったはずなのに一瞬で、自分の硬度を破壊するくらいの威力を繰り出した夕乃があり得なさすぎる。

 

「ぐほっ!?」

「史進っ…ぐあ!?」

 

2人は重なって後方へと殴り飛ばされた。そのまま屋敷をぶち抜いて殴り飛ばされる。

 

「ごほっ、ごほっ…なんて威力だよ!?」

 

口の中に血の味が広がる。間違いなく内臓を痛めただろう。逆にカウンターで拳を砕いてやろうと思ったのに当てが外れた。

予想していた以上に夕乃の突きは異常であったのだ。

 

「くう…し、史進。大丈夫…じゃなさそうだね」

 

陽志は史進より傷はマシだ。だからまだ戦える。

史進も身体に鞭打って立ち上がる。

 

「いえ、もう終わりです」

 

その通りでもう終わりである。夕乃は相手に立ち上がらせる暇を時間を与えることはない。

彼女たちが気が付いた時には、目の前には夕乃がいた。そして彼女がもう一度、拳を振るった時には彼女たちの視界は暗転した。

 

 

286

 

 

戦いとは始まる前から始まっている。どんなものでも準備をした者が有利になるものだ。

カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。

銀子はあり得ない速度でパソコンのキーを打ち込んでいく。今夜は寝れないかもしれないが、それは真九郎たちが関わっている事件によるものだ。

もし、何かあった時にすぐに連絡を取れるためだ。そして既に連絡を受けている。だからすぐさま最善の方法を取る。

 

「ええ、位置は送ったデータで間違いないわ」

『助かる村上銀子。すぐさまお嬢様を助けにいける』

「急いだ方がいいわよ。後悔しないためにね」

『分かっているさ。お嬢様は必ず守る。お嬢様に手を出す奴は必ず狩る!!』

「そう、ご武運を」

 

電話の相手はマルギッテである。彼女も今回の事件での援護する者だ。

本当に今回の事件は多くの者を巻き込み、力になろうとしているのだ。

戦いはまだまだ続く。今夜はきっと長くなるだろう。だからこそ銀子は今夜、遅くまで起きているだろう。

 

 

287

 

 

鉄心とヒュームの足元にはバラバラになったマガツクッキー集合体が無残にも散らかっていた。

2人の身体中には傷がいくつか生々しく残っている。案外マガツクッキー集合体は手強かったということだ。

だがそんなものは倒してしまったモノで、どうでもよくなった。あとは主犯格である草加聖司を捕まえるだけである。

 

「…まさか集合体。阿修羅モードがやられるとはね」

「もう逃げ場は無いぞ」

「逃げ場は無いか。確かに逃げる隙は無かった…だから今度こそ隙を作らせてもらうよ」

 

また壁からマガツクッキーが出てくる。それも先ほど苦戦していたマガツクッキー集合体が複数もだ。

これには鉄心たちも苦笑いするが、それでも出てきたというのならば全て叩き潰すだけである。

 

「またガラクタが増えたぞ鉄心」

「ならいくらでも粗大ごみに出すだけじゃよ」

 

2人は気を膨れ上がらせる。2人にとってこんなロボなんていくらでも相手にできるのだ。

ガチャリとドアが唐突に開かれる。そこに現れたのは2人の女性であった。その2人がどうして一緒にいるのかは絶対に分からない。

なんせ2人は殺し合った中なのだから。どういう経緯があって一緒になったかすら分からない。

 

「お、頑張ってるな」

「なんかいっぱいいるわね」

 

柔沢紅香と星噛絶奈であった。

 

この2人の登場に草加聖司は流石に顔が歪んだ。

 




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

はい、今回は足止め戦の結果の物語でした。
梁山泊たちの活躍はもっと書きたかったですけど今回は敵役でした。ごめんね。

そして助っ人で崩月夕乃でした。私の勝手な想像ですが彼女なら史進たちを相手できると思いましたんでこのような物語になりました。
精神的なダメージがなければ物理的にほとんどの人を圧倒できると思います。

そして鉄心サイドはどうなることやら…結末は決まっているんですが、そこまで間の構想が考え中です。


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激戦・後半

お待たせしました。
足止め戦後半です。


288

 

 

一子たちは裏闘技場のオーナーと戦っているが優勢というわけではない。クラウディオが牽制してくれていなければまともに戦えていないのだ。

伊達に相手は裏社会の人間というわけだ。如何に一子たちが武術を習っているとは言っても殺し前提の戦いなんて経験なんてない。

それに相手は肉体改造を施しているので鉄のように硬く、有効撃も無い。

 

「ったく、なかなか近づけない」

「ふん、九鬼の従者が居なければすぐにで首の骨を折っているところだ」

 

相手の言う通りである。クラウディオが居なかったら確実に殺されている。

それが当たり前の現実である。その現実に立ち向かっている今も現実である。

 

「これでも結構打ち込んでるのに何て硬さだ」

「あいつの太い腕に絶対に捕まるなよ」

「分かってるわクリス」

 

何度か打ち合っているうちに分かったことがある。相手が自分の肉体を改造していると言っても限度があるのだ。その限度に一子たちは気が付いた。

攻撃を打ち込んでいる時に相手が意識的に防いでいる部分があるのだ。

 

(あいつが肉体改造をして鉄みたいになっても人間の身体的にどうしても手が出せない部分がある)

 

人体の急所。目や禁的などはどうやら改造していないらしい。だからソコさえ狙えば勝機はあるということ。

(だが、それはあいつだって分かってることだ)

 

意識的に守っているなら此方の攻撃をあてるのは難しい。だが、相手が意識的に守っているということはソコだけは攻撃されたくないと言うことなのだ。

 

(覚悟を決めるしかないか…いや、覚悟ならもう決めてんだろ)

 

この事件に関わるということはとうに意味を理解している。危険がないなんて馬鹿な考えは無い。

今まさに死と隣り合わせ。そして後ろには守らねばならない人たちがいる。

忠勝は大和たちと比べれば一番危険という言葉を理解しているのだ。

その危険を対処するのは自分の役目。自分が馬鹿で結構だ。

大切な友人たちを、努力している一子のためなら彼は身体を張れる。

 

「一子、クリス。俺が隙を作るからその間に叩きこめ」

「か、かっちゃん!?」

「それは危険だ源殿!!」

「危険じゃなんだじゃねえんだ。やるしかないんだよ」

 

もうやるしかない。この事件に関わってしまった以上はもう後戻りはできない。

この場で決着をつける他ないのだ。

死ぬのが怖いなんて当たり前だ。怖いに決まっている。だけど一子たちが殺される方がよっぽど怖い。

だからマシな方を選ぶのだ。

 

「今からてめえをぶっつぶす」

「ふん、ガキが」

 

覚悟は最初から決まっている。自分の身体からじんわりと決死の気が出ているのが分かる。目には鮮明に相手の動きが映る。

この感覚をゾーンに入るというのかもしれない。足は不思議と軽く、身体は敵の間合いに入っていた。

 

「死ねガキ」

「ぶっつぶれろ」

 

前に真九郎が見せた動きが蘇る。

相手の太い腕を掻い潜り、手を相手の顔面へと突き出す。オーナーは狙いが眼球だと思って、片腕で防ぐが狙いは目ではない。

手の動きを急転回させてオーナーの耳に指を無理やりねじ込んだ。

 

「ぐおおが!?」

 

流石に鼓膜破壊は想定していなかったようだ。彼の動きにオーナーは崩れる。

 

「今だ!!」

「やああああああ!!」

「はあああああああ!!」

 

一子とクリスが全力を込めての突き。オーナーは突き飛ばされた。

 

「や、やった!!」

「このクソガキどもがぁ!!」

 

だがオーナーは沈まない。隠し持っていた拳銃の引き金を引く。

 

「一子、クリス!!」

 

気が付いたら忠勝は飛び出していた。2人を押し出して代わりに凶弾が脇腹を貫通した。

 

「かっちゃん!?」

 

悲鳴の如く一子は忠勝を呼ぶ。

だが頭部や心臓に撃たれていない。クラウディオが急いで弾道をずらしたのだ。それでも直撃してしまったことは最悪だ。流石にゲルギエフと戦い、学園生を守りながらでは厳しいのだ。

でも生きている。まだ間に合う。

 

「このガキが…」

 

次の凶弾を装填する。

 

「おい」

「なん…だぎゃ!?」

 

オーナーがまた殴り飛ばされた。殴り飛ばした謎の人物を見てクリスは足の力が抜けてしまう。

 

「お嬢様に手を出したということは死ぬ覚悟はできているんだろうな!!」

 

マルギッテ・エーベルバッハ。クリスが姉と慕う大事な人。

 

「お嬢様に近づくな。この屑どもが!!」

 

マルギッテがオーナーを殴り飛ばしたのだ。

そして誰かが忠勝を倒れる前に受け止めてくれる。

 

「誇りに持っていいぞ少年。君は今、2人の人間を救ったのだ。そして私の大切な娘を救ってくれた…ありがとう」

 

クリスの父親であるフランク・フリードリヒであった。

彼の技であるメフィストフェレスを使用して細胞を活性化させているの若返っている。

それに他の猟犬部隊も揃っている。

 

「ジークルーン。娘を救った大恩人を必ず助けるんだ」

「はい」

「お父様!!」

「クリスすまない。遅れてしまった…よく頑張ったな」

「うん、うん」

 

安心したのかクリスは目からボロボロと涙が溢れてくる。この涙は止められない。

怖かったのだ。本当に怖かったのだ。ただの学園生が裏社会の人間と渡り合うなんて普通は怖い。

彼女の反応は当然である。

 

「クリスのお父さん?」

「クリスの友人の一子くんだね。君もよく頑張った」

 

フランクは彼女たちを守るように前に出る。そして一気に気を爆発させる。その顔は冷静でありながら鬼のように怒る。

 

「我が娘、そして娘の友人に手を出したことを後悔させてやろう!!」

「ふん、娘の親が登場したか…なら娘の前で殺してやろう」

「ふん。この私がクリスの前で負けるとでも?」

「死ね!!」

 

フランクはすぐに駆け出し、オーナーの前に出る。拳を硬く握りしめて。

彼の鬼のような気迫にオーナーはたじろぐ。

 

「私の大切な娘に手を出すなあああああああああ!!」

 

フランクの拳がオーナーをぶち抜き、肋骨から内臓まで破壊した。

 

「ご、ごぱあ!?」

 

オーナーは泡と血を口から吐き出しながら地に沈む。

 

「お前のような中の下ほどの戦闘屋なぞ、いくらでも相手にしてきた」

 

フランクの勝利であった。

 

 

289

 

 

フランクたちが応援で来たことで現状が大きく変化した。それはクラウディオ側が有利になったということだ。

 

「あのオーナーがやられたか。しかも援軍まで来るとはな」

「また私がいながら失態ですね。彼に傷を負わせてしまった」

 

クラウディオは糸をキリキリと拳で強く引っ張る。自分がいながら学園生を傷つけてしまった。だが、生きてくれていて本当に良かった。

ならばここからは目の前にゲルギエフを倒す。それだけだ。

 

「こちらとしてはフランク様が来てくれたおかげで気兼ねなく力を発揮できます」

 

糸が周囲にキリキリと張られる。クラウディオの顔がいつもの穏やかな顔から厳しい顔に変化する。

久しぶりに全力で力を開放する。これはヒュームですらあまり見ないクラウディオだ。

 

「その毒のナイフはいりませんね」

「む!?」

 

ナイフがクラウディオの元に引っ張られる。彼の戦法の1つである毒ナイフを封じればあとは肉弾戦だ。

 

「うおうらああああああ!!」

「てやああああああああ!!」

 

毒ナイフさえ持っていなければ近づけるのだ。準と小雪のコンビ攻撃を繰り出す。

 

「ガキ共が!!」

「そのガキがまた増えたぜ!!」

 

獣の如くの男、竜平が拳をゲルギエフの顔に叩き込む。彼だけではない、板垣三姉妹だっている。

彼らはならず者で、後先のことは考えない。そしてやられた借りは必ず返すのだ。

 

「この野郎が!!」

「くらいやがれえええええ!!」

 

特に竜平と天使は借りを返すために最初から本気である。彼女たちにとって敵を倒すのに遠慮は無い。

 

「この死にぞこない共め」

「悪いですが彼らに指一本も触れさせません」

 

糸がゲルギエフに絡みつき、動きを封じていく。その隙に準たちが攻撃していく。

攻撃時は休める事なかれ。目を閉じる事なかれ。全力を持って叩き潰せ。

 

「こざかしい!!」

 

糸を力の限り千切るが、そんなものはクラウディオが許すはずもない。

千切られれば、また糸で絡まさせ。また千切られれば糸を巻き付ける。もうゲルギエフに何もさせるつもりはない。

 

「私たちを舐めないでいただきたい」

 

糸がゲルギエフの腕に、足に、胴体に、首に絡みついていく。

 

「ぬうううううううううううう!?」

 

どんどん絡まる糸。

 

「辰子いくよ!!」

「うああああああああああああああああああ!!」

 

板垣姉妹コンビでゲルギエフに叩き込む。だが、それでも肉体改造を施している彼の肉体は硬い。

だからこそ冬馬は用意した。筋肉の収縮を緩める薬品を。

 

「何だこれは」

「貴方が毒を使うならこっちは薬を使うまでですよ」

「ふん!!」

 

クラウディオが糸を力の限り引くとゲルギエフが撃ってくれと言わんばかりの隙が出来る。

 

「今です。叩き込みなさい!!」

「分かったよ冬馬!!」

「任せな若!!」

 

準の拳が、小雪の蹴りが交差する。

 

「ぐおおおおお!?」

「攻撃の手を緩めてはいけない!!」

「分かってるよ。行くよ!!」

「任せな!!」

「行くぜ!!」

「うあああああああ!!」

 

板垣姉妹の総力がゲルギエフに叩き込まれる。

 

「ガキどもが!!」

 

それでもゲルギエフは倒れない。ならば決めるのは大人であるクラウディオの役目だ。

老体に鞭を打ってクラウディオが動く。

 

「はあ!!」

 

力の限り糸を引っ張ってゲルギエフを引き寄せる。そして糸を何重にも重ね合わせて糸の槍を複数展開。

この技は相当身体に負担だが気にしない。何故負担かと言われれば、特別な糸とはいえ、槍のように鋭利で硬度のある状態にするのに無理やり力を込めているのだ。どれだけ筋力を酷使しているかが分かる。

 

「こ、この老害が!?」

「沈みなさい戦闘屋」

 

糸で出来た槍がゲルギエフの身体を貫いた瞬間が勝利の瞬間であった。

またもう1つの足止め戦が終了した。




読んでくれてありがとうございました。
次回も気長にお待ちください。

今回は、子供たちでは勝てないのならば大人の力を借りるという物語にしました。
マジ恋の設定でフランクは娘に激甘なので当たり前にヘルプに来ます。
まあ、本当ならば娘にこんなこと関わらせたくありませんが…マシ恋的に無理ですかね。

さてさて、足止め戦は後半終了です。
次回は足止め戦決着です。百代や弁慶たちの番です。



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激戦・決着

290

 

 

直江大和はいくつかの策や機転をきかして京と共にレイニィ・ヴァレンタインの仲間をなんとか倒した。

正直とても厳しかったが倒すことに成功。だがもう2人とも満身創痍で動けそうにない。それほどまでに強敵であったのだ。

彼らができる事は川神百代とレイニィ・ヴァレンタインと戦いを見る事だけである。

 

「姉さん…」

 

大和の目に映るのは空中戦を織り成す百代とレイニィ。

 

「フハハハハハ。やるなモモヨ!!」

「お前もな!!」

「裏闘技場の時よりもキレが良いぞ。やっと私と戦う気になったということだな!!」

「あん時とは違うんだよ!!」

 

拳と拳がぶつかり合う。

 

「川神流、無双正拳突き!!」

「リボルバーナックル!!」

「致死蛍!!」

「似たような技ならあるぞ。ショットブロウ!!

 

技と技がぶつかり合いながら地上へと落ちる。その余波によって地面に隕石が堕ちたようにクレーターが出来てしまう。

 

「オラオラオラオラオラオラ!!」

「ガトリングショット。ダダダダダダダダダダダダダッダダ!!」

 

殴り合いが始まる。もう常人には拳がいくつも見える程である。大和だけと言わず、京すらもう見えない。

百代はもう迷わないし、裏闘技場の時みたいに不安もない。今は大切な仲間を守るためだけ戦う。それだけだ。

 

「フハハハハハハハ。やるなモモヨ。そうだ、その強さを倒すことが私の目的なのだ!!」

 

レイニィは多くの技を百代に叩きだす。

 

「デッドアイズピストル」

 

銃弾のスピードの如く目潰し。

 

「デザートイーグルブレイブ!!」

 

螺旋の回転を加えた手刀の突き。

 

「ハアアアアアア、プリズムバレット!!」

 

気を発光させながら拳を振るう。

多くの技が繰り出される。その技全てを流していく百代。

 

「本当に技が豊富だな」

「まだまだあるぞ。三種複合技…スナイパーアタック。コルトラリアット。グレネードドライブ!!」

「ぐ!?」

「どうだ。これがトリプルバレット!!」

「ぐ……こんなの効かないぜ子猫ちゃん」

「まだまだ戯言が言えるか。だがそれでこそモモヨ!!」

 

またも拳がぶつかり合う。そのぶつかり合った拳の衝撃波が周囲におよぶ。

そのまま殴り合いに発展する。やはりレイニィは強い。彼女は間違いなく壁越えクラスであると何度も噛みしめる。

才能も間違いなくとびきりだ。もはや身体全体が才能の塊と言ってもいいくらいである。

 

「おおおおおお!!」

「はああああああああ!!」

 

だが百代だって負けていない。負けられないのだ。もう二度と裏闘技場のような醜態を晒すわけにはいかないのだ。

そして自分が仲間を守らなければならない。何のための強さなのか。その強さを無駄遣いはしないのだ。

 

「ランダムバレット!!」

「炙り肉!!」

「ライフルアロー!!」

「雪達磨!!」

 

技と技のぶつかり合い。お互いの多種多様な技が繰り出されるが全て打ち消される。

実力は拮抗しており、決め手がなかなか決まらないのだ。それは百代もレイニィも分かっているからこそ互いに先読みの勝負なのだ。

あの手この手で攻撃の先を読み合い、打ち合い、読み合いの繰り返しだ。

 

「やるな。それでこそ武神だ。それでこそ倒しがいがあるのだ!!」

「私に凄く執着しているな。理由は何だ!!」

「そんなものは証明だ!!」

「証明だと?」

「ああ。私はお前を倒すためだけにここまで至ったのだ。我々の計画の最高傑作が私だ。私は最強の戦士となるべく生まれた。その証明のためにモモヨ、お前を倒す!!」

 

彼女が拳を振るう度に空気が震える。

レイニィの目的は百代を倒して自分あ最強の戦士であることを証明することだ。ただそれだけ。

生まれてから自分が最高傑作だと教えられてきた。自分が最強で最高だと疑いようが無かった。だが、そんな時に川神百代という存在がいると知った。

そのおかげで自分の目的が百代を倒すことになったのだ。彼女を倒せば自分が今までしてきたことが報われる。

 

「お前を倒すことで私の人生が証明されるのだ!!」

 

拳が百代に打ち込まれる。そして百代が殴り飛ばされた。

 

「どうだ!!」

「……あんたにはあんたの目的があるのは分かった」

 

殴られた百代はゆっくりと起き上がる。相手の並々ならぬ執着は分かった。だが百代にとってそんなのは関係ない。

今の百代は仲間を守るために向かってくる敵を全力で出すだけなのだから。

 

「悪いが私はあんたの目的のためだけに倒されるわけにはいかないのさ。特に今回のような時は絶対にな!!」

 

百代は気を一気に練り上げて爆発させる。爆発させた気は右腕にへと纏わせる。

 

「もう決着をつけよう。あんたもつけたいだろ?」

 

決着と言われてレイニィはニヤリと笑う。そんなものは彼女だっていつでもつけたいものだ。

 

「いくぞモモヨ。私の最高の技をくらわせてやろう!!」

 

レイニィも気を練り上げる。

 

「はああああああああああ!!」

 

百代にとってレイニィの目的なんてどうでもいい。もし、自分のせいで大和たちが巻き込まれるのはもうたくさんだ。

だから自分に降りかかる火の粉は仲間たちに浴びさせない。ここで全て決着をつけてみせる。

 

「いくぞレイニィ!!」

「こいモモヨ!!」

 

お互いに走り出して拳を突き出した。

 

「川神流…無双正拳突き!!」

「マグナムブレイヴァー!!」

 

お互いに最強の突き。どちらも気を込めた正拳なのだが単純なだけで威力は破壊的。

何も変化球もなく、これを打てば勝てるという切り札だ。

 

「はああああああああああああ!!」

「らああああああああああああ!!」

 

川神流無双正拳突きはよく百代が打ち出す技だ。もともとこれはこの正拳だけで相手を必ず倒す必殺の技なのだ。

何のために技名に『無双』がついているのだ。だから決着をつけるには打って付けの技だろう。

それに百代は仲間を守るという誓いを立てた。こういう時こそ絶対に負けられないのだ。

 

「はあああああああああああああ!!」

 

どちらの拳を重い。だからどちらが勝つかは分からない。

 

「はああああああああああ!!」

 

だけど今回は思いが百代の拳にも乗った。それが勝率を上げたのかどうかは分からない。

それでも勝ったのは百代だった。

 

「だああああああああああああ!!」

「そ、そんなっ…!?」

「あんたは強いよ。だか今回だけは負けられないんだよ!!」

 

百代の拳がレイニィを撃ち抜いた瞬間である。

 

「今度は事件関係無く決闘に来てくれ。私はいつでも決闘を受けるぞ」

 

 

291

 

 

周囲は燃えていた。何故燃えているかと言われれば、それは梁山泊が1人の武松によって燃やされたのだ。

彼女の異能は火炎。身体のいたるところから炎を放出させることができるのだ。曰く人体発火現象というやつである。

その力は単純であるが威力は暴力的である。なんせ炎とは世界を発展させてきたが壊してきたモノでもある。

武松はその力を壊すという方向で伸ばしているのだ。ならば弁慶であっても苦戦するのは必須。

いくら弁慶が強くても相手は実戦経験のある傭兵。その差は埋められない。

 

「ったく、とんでもない奴がいたもんだよ…まあ、世界は広いから私よりも強い奴なんていくらでもいることくらい知ってたけどさ」

「お前も強いけどな」

 

武松の拳からは炎がまだ放出している。まさに炎の拳だ。

この戦いで2人の戦いは互角だ。お互いに最初から本気で向かって戦った。

なんせ弁慶は最初から切り札の『金剛纏身』を使っている。逆に武松は最初から炎を最大放出している。それほど最初からクライマックスであるのだ。

 

「それにこちらを早く片付けて公孫勝を手伝わないといけない」

 

チラリと横を見ると与一が数多くのマガツクッキーたちと戦っている。それは梁山泊の公孫勝の異能よって数多くのマガツクッキーを操っているからだ。

 

「最初は間に合わなかったけど…すぐに追いかけるさ」

 

視線を弁慶に戻す。

 

「与一…はやくそっちを片づけてよ」

「無茶言うな姉御。こっちは1人でこれだけの数を相手してんだぞ!?」

「あんたならできるでしょーが。つーかやれ」

「ったく、人使いが荒いんだからよ」

 

弁慶の言う通りもうやるしかないのだ。まだ援護が来ない以上自分で戦うしかないのだ。

 

『ほらほらーさっさと諦めちゃえよー。こっちはただの足止めが目的なんだから、そっちが諦めてくれればこっちは楽できるんだよ。もうこの技相当疲れるんだからなー』

「悪いが諦めるつもりはねえな」

『もうそういう熱いのは面倒だからさー』

「やるしかねえんだよ」

 

与一は与一で戦い、弁慶は弁慶で戦う。

 

「…金剛纏身もずっとは継続できない。でもそれは向こうも同じはずだ」

 

武松の異能は火炎の放出。だけど永遠に火炎を放出できるかと言われれば無理だ。

いくら人体発火現象を持つ肉体が火に耐性があっても限界はあるのだ。限界を過ぎれば自分の肉体すら燃えてしまう。

今までずっと戦っており、時間は経過しているから武松も限界が近いはずだ。涼しい顔をしているが実際は疲労が溜まっている。

だが疲労が溜まっているのは弁慶も同じだ。だから決着をもうつけねばならない。

自分の獲物を強く握る。どうやって自分の獲物を使って武松を倒そうかと考えていたが、やはり特攻しかない。

もうあれこれ考えるのは止めたのだ。この考えに至るまでいくつも作戦を考えて戦ったが結局はシンプルに行き着く。

 

「行くぞ梁山泊!!」

「…こい!!」

 

最大火力で火炎を放出させる。まさに烈火の如く。弁慶に迫る烈火の炎。迫る炎を見て覚悟を決める。

腕で顔を囲み、できる限り炎から顔を守りながら火炎の中に走り出した。

熱い熱い熱い。身体が爛れてしまいそうだ。これは完全に大火傷確定で痕が残ってしまうかもしれない。

だが気にしない。もう火炎の中に突っ込んだ身なのだからここで退き返せば身体の火傷が喰らい損だ。

 

「どっせえええええええええええ!!」

「炎の中を無理矢理っ!?」

「これくらいでもしないと勝てそうにないしね!!」

「……見事だ」

 

武松は静かに目を閉じた。

 

「でやあああああああああ!!」

 

弁慶が武松を殴り飛ばして決着をつけたのであった。

 

「与一、そっちは!!」

 

弁慶は与一の方向を見るとマガツクッキーの残骸が至るところに無残に散らかっていた。その中心で荒い息を吐いているのが与一だ。

 

「やっぱ何とかしたじゃないか与一」

「だあ、はあ…今年一番疲れたぜ。もうこんな無茶な命令は止めてほしいもんだぜ」

 

どっしりと地面に尻をつけて座り込んだ。

 

『う、嘘だろ…私は天才なのに…』

「お前の力は恐らく憑依かなんかだろ。まさか無機物で複数にも憑依できるとは驚きだが失敗だったな」

『失敗だと!?』

「ああ。ロボット程読めやすいモノは無いぜ。あれだよ…正確すぎて逆に読めちまうってやつ。まだ人間の動きの方が読めないさ」

『ぐぬぬ天才の私があ。武松に手を出したら許さないか…』

「はいはい、手を出さない。そしてきっとお前は俺より天才だよ」

 

横に転がっていたマガツクッキーの頭を矢の先端の鏃で貫いて会話を終わらす。

全ての足止め戦が終了。

 

 

292

 

 

「おい、何故あいつを殺した星噛」

「殺したなんて人聞きの悪い。ただ窓から突き落としただけじゃない」

「それを殺したと言うんだ」

 

ヒュームと鉄心は絶奈を睨みつけた。

事の顛末はたった数分前に戻る。この部屋に星噛絶奈と柔沢紅香が入ってきたあと、絶奈が草加聖司を捕まえて窓から投げ捨てたのだ。

それはもう一瞬の出来事であり、鉄心とヒュームは動けなかったのだ。

 

「もし出会わなかったら殺すつもりは無かったけど…もし見つけたならうちの技術を利用した落とし前をつけるつもりだった。それだけよ」

 

売り物にならない旧式の人工臓器を売って星噛の技術に妙な批判があったとしたらいい迷惑だ。

 

「奴には法で裁かせるつもりだった」

「あら、世の中には法で裁けない人間がいるのよ。軽々しく人を法で裁くなんて言わない方がいいわよ」

「この減らず口め」

「で、どうするの。私は仕事が終わったし帰るつもりよ。お金にならない仕事はしたくないしね」

「やめとけ鉄心にヒューム。ここで余計な事をするな」

「紅香ちゃん…」

 

ここで絶奈と事を構えれば最悪戦争になる。それは鉄心もヒュームだってその未来は実現させたくない。

2人はこのウヤムヤを溜飲するしかないのだ。

 

「ま、どうしてもあいつを法で裁かせたいんなら海を探してみなさいよ。もしかしたらこの高さならギリ生きてるかもよ」

「よく言う」

「じゃあね」

 

そう言って絶奈はビルから消えていった。

 

「じゃあ、私も帰るよ。どうやら本当に事を構えずに済んだしな」

 

もしものために紅香は一緒にいたが、特に何も無かったので帰る。

 

「もう仕事は終わったのかの?」

「ああ。今頃もう一網打尽だ」

「流石は紅香ちゃんじゃのう!!」

「あとは真九郎だけだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、海に落とされた草加聖司はというと生きていた。

 

彼は悪運が強いということだろう。彼はこれから身を潜めることになる。そして数年後にてまた彼は動き出す。

また最悪な事件を起こして。

 

ビルから海に落とされるという死ぬような思いをしたが、彼の末路はまだ終わっていない。

 

残念だが彼との決着をつけるのは絶奈でもヒュームでも真九郎でもない。違う物語の人物なのだ。

だから彼には彼のお似合いの末路についてはまた別の物語で。

 




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

さてさて、足止め戦は全て終了しました。
そして臓器売買組織も気が付いたら壊滅です。少し物足りないかもしれませんが、草加聖司については『彼』が決着をつけるので仕方ありません。
草加聖司のその後は『電波的な彼女』でお確かめくださいね

そろそろこの物語も終わりに近づきます。
良ければ最後までお付き合いください。

次回はついに真九郎が幽斎に追いつきます。


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紅真九郎VS最上幽斎

ついに最終決戦です!!


293

 

 

某高級ホテルビルのコンサートルーム。

ここにいるのは紅真九郎と源義経。そして最上幽斎と最上旭である。

それ以外に人はいない。オーディエンスはいないのだ。これから始まる舞台は彼ら4人だけのモノ。

 

「ここにいたんだな」

「幽斎さんに義仲さん…」

 

幽斎はいつも来ているスーツよりも高級なスーツを着ており、旭は純白のドレスを着ていた。いつの間に着替えたのやら。

まるでこれから起こる舞台に備えて着ているようにも見える。もっとも幽斎としては本当に、そうだからこそドレスアップしたようなものだ。

 

「やあ真九郎くんに義経。君たちなら来ると思ってたよ」

 

ニコリと笑顔の幽斎。その顔はいつも通りであり、こんな状況でも冷静である。

寧ろ、今の状況にある種興奮しているのもある。なんせ今の状況こそが幽斎が望んだ試練なのだから。

 

「よくここまで来たね。君たちがここにいるってことはせっかく雇った梁山泊の護衛たちは負けたのか。それは良い。良いよ」

「…あんたらの暁光計画とやらは聞いたよ」

「だから?」

「旭さんを救う」

「これは旭も望んでいることだ」

 

暁光計画に関しては旭も納得している。自分の運命も受け入れている。だから自分が貴重なサンプルとしてどうなっても構わないと思っているのだ。

でもその真実を知った義経は許せなかった。そんな非人道的なことは許せないのだ。同じクローンであり、同じ源氏の存在であり、ライバルであり、先輩である彼女にそんな末路は辿らせたくない。

 

「義仲さんも幽斎さんも間違ってる。そんなの間違ってるよ。そんな計画が世界のみんなを幸せにするなんてできない!!」

「義経…そんなことないよ。この計画は世界を幸せにする」

「っ…幽斎さん」

 

幽斎に何を言っても無駄だ。彼は真九郎が出会ってきたある種の人間なのだ。

そのある種の人間とはどんなに説得しようが、力で屈服させようが改心しない人間だ。絶対に自分の行いを曲げない人間である。

その人間は絶対に折れない心を持つ。だから話し合いは不可能で、必ず衝突していまうのだ。

例えば星噛絶奈がそうだろう。幽斎と似ても似つかないが、彼女も絶対に曲げないプライドがある。

 

「だから救うなんてことはしなくていいんだよ。だって旭は世界のために犠牲になってくれるんだから。でもそれはとても悲しいことだけどね」

「何でだ幽斎さん。義仲さんは幽斎さんの娘同然なんでしょう。おかしいよ!?」

「…そんなにおかしいかな?」

 

義経の言葉に疑問顔で返事をしてくる幽斎。そんな彼の反応に信じられないという顔をしてしまう。もう絶句だ。

彼は本当に人間の心を持っているのかと思ってしまう。だってこんなの普通の人の所業ではないのだから。

 

「義経さん彼に何を言っても無駄だよ。アレはああいう人間だ…」

 

幽斎に何を言っても無駄ならば今度は旭に声を掛ける義経。彼女ならば本当は分かってくれるはずだと願いを込めて。

 

「義仲さんはこれで本当にいいの!?」

「ええ。これは私の運命であり、存在意義の1つよ」

「こんなのが運命なはずないよ!?」

 

世界のために犠牲になるなんてある意味壮大かもしれない。でもそんなのは映画やファンタジーの中だけ。

クローンって言っても人間だ。彼女は、旭は人権のある人間なのだ。技術革新のために解剖される運命なんて認められるはずがない。

 

「私にはもうこの運命しかないのよ」

 

旭は義経に勝っても負けても世界の犠牲になることは運命だった。だから彼女はもうどうなろうが構わない。

もうこれから先、生きる意味を持っていないのだ。だからこれからのことは気にしていない。

 

「怖くないなんて言えば、それは嘘になるわ。でも私にはこれしかないのよ」

「なんで…」

「私は世界のためにこの身を差し出すわ」

「なら何でそんな顔してるんですか?」

「え?」

 

ここで真九郎が割り込んだ。よく見ると旭の顔は不安そうな顔をしているし、身体が震えていた。

理性ではこの運命を受け入れているつもりだが、無意識的に恐怖しているのだ。誰だって死ぬは怖いものだ。

 

「そんな、私は…」

「もう何も言わなくていいですよ旭さん。俺はやるべきことをします」

「真九郎くん…?」

「真九郎くん…私は間違っていたのだろうか?」

「間違っていませんよ義経さん。間違ってるのは幽斎さんだ」

 

揉め事処理屋としての仕事は義経から旭を救ってほしいということ。でも旭は救われることは望んでいない。

これは矛盾だ。でも依頼主は義経であるのだから仕事は必ず行う。

真九郎だってこんなことが世界のためになるなんて微塵にも思わない。

 

「幽斎さん。これから俺は旭さんを奪います」

 

誰かを助け出すってのは去年で紫の時以来かもしれない。その時は紫の意思も確認して助けた。

でも今回は違う。旭本人の意思では無くて、依頼主である義経の意思で助け出す。でもこれは助け出すのではない。

幽斎から奪うのだ。

 

「私から娘を奪うか…これもまた試練だね」

 

娘を奪う宣言を聞いても幽斎はニコリ顔だ。寧ろその言葉を待っていたという顔である。

そして徐々に喜々とした顔になっていく。

 

「私にも試練が訪れたということだね」

 

幽斎はこの状況を待っていたのだ。

彼は人々に試練を用意して突破していく姿を見るのが好きだ。そして自分も試練を突破するのも好きなのだ。

目の前にいるの紅真九郎という男は幽斎が認めるほどの多くの試練を突破した人間だ。彼ほど世界から与えられた苛烈な試練を突破した人間はいない。

だからこそ幽斎は真九郎とぶつかりたいと思っていた。彼とぶつかって勝てばより世界に貢献できると思っているのだ。

 

「真九郎くん。旭を奪いたいのなら私を倒していきなさい」

 

真九郎は旭を助け出すために奪う。幽斎は暁光計画達成のために旭を守る。

この構図こそ幽斎は待ちわびていた。まさにお互いにとって最大の試練だと思っているのだ。

だが真九郎はこんなの試練でも何でもないと思っている。ただのイカれた男の計画だ。

 

「どこからでもかかってきなさい。僕は旭を守ってみせるよ」

 

幽斎は上着を脱いでポケットからケースを出す。そのケースを開けると謎の液体の入った注射器がある。

その注射器を迷わずに腕に打つ。

 

「ふう…。まあドーピングだね。僕は武術家じゃないからこれくらいさせてもらうよ」

 

ゾワリと嫌な気をすぐに感じたのは義経だ。あのドーピングを打った瞬間に幽斎から気が滲み出たのだ。

その気は義経が今まで感じた気の中でも異質だ。なんというか幽斎自身を表すかのような気で特別で不気味で異質なのだ。

鉄心やヒュームのような鋭い気でもなく、百代や清楚のような大きな気でもない。言い表せないような気である。

 

「義経さんは下がっていてください」

 

真九郎が前に出る。そして瞬時に崩月の角を開放した。

 

「本気になってくれてありがとう真九郎くん」

 

お互いに拳を強く握る。

 

「崩月流甲一種第二級戦鬼 紅真九郎」

「暁光計画実行者。最上幽斎」

 

長いようで短い夜はもうすぐ明ける。

 

 

294

 

 

拳が蹴りが手刀が肘が膝が飛び交う。幽斎は武術家でない。

動きが全て素人だが真九郎の攻撃を躱せているのは彼が人を観察する目が育っているからだ。多くの達人の動きだって見てきたのだから回避能力は大和と同じように秀でている。

さらにそこに加えドーピングによる薬の強化。今の幽斎は達人の域に達しているのだ。

 

「薬のおかげとはいえ、ここまで君と戦えるとはね」

「あんたは…いや、何でもない」

「どうしたんだい。言ってみてくれたまえ」

「言ったところで何も変わらないさ」

 

幽斎に何か言葉を発しても聞かないのがもう分かっている。ならばもう倒して黙らすしかないのだ。

真九郎のやることは幽斎を倒して旭を奪うだけ。それだけなのだ。

 

「義仲さん。本当は死にたくないんでしょ。貴女は怖くないのは嘘と言った…誰だって死ぬのは怖いよ。義経も死ぬのは怖いさ。それなのに実験のために死ぬのはおかしいんだ!!」

「義経…私はこの運命を受け入れているの。もう変わらないわ」

 

真九郎と幽斎が戦っている横では義経と旭の言い合いは終わっていない。

はっきり言って旭は揺れている。だがそれでも自分の運命を受けて入れているのは間違いないのだ。

無駄と分かっていても義経は旭に声を掛け続けるしかないのだ。そうでなければ義経は彼女の運命を受け入れてしまうことになる。

彼女は真九郎が幽斎に勝つことを願うしかない。

 

「義仲さん…貴女は運命を受け入れるっていったよね」

「ええ」

「なら、暁光計画が崩れた運命を受け入れてよ!!」

「暁光計画が崩れる?」

「そうだよ。これから先は暁光計画が崩れるか否か…幽斎さんか真九郎くんどっちかが勝つかなんだ。なら真九郎くんが勝ったのなら暁光計画を諦めてくれ!!」

 

旭はこのまま暁光計画の運命を受け入れることしか考えていない。計画が失敗するなんて考えたことが無いのだ。

だが、よくよく考えてみよう。今まさに計画の邪魔をする彼らがいる。ならば確かに計画が崩れるか否かの未来がある。

暁光計画が達成されるか崩れるかの2択の未来。

旭は暁光計画が成功する未来しか見ていなかった。それはもう自分の人生が終わりだから、生き残る未来なんて考えたことも無いのである。

 

「計画が…崩れる」

 

拳と拳が撃ち合わさる。

 

「はは、義経が旭を説得しているよ。頑張っているね」

「彼女を死なせたくないから声を掛け続けているんだよ」

「で、こちらは大きな試練を超えるために戦っているんだよね」

「…そんなんじゃないさ」

 

蹴りが交差する。

 

「こんなのに試練なんて大げさなものはない。ただ学園の先輩を…友人を助けるために戦っているんだよ!!」

 

真九郎が吼えたと同時に拳が幽斎に打ち込まれた。

確実に拳が幽斎の顔面に打ち込まれたのに彼は笑顔のまま。まるで痛みを感じてい無いようだ。

実際に彼は痛みを感じていない。その理由だが彼は精神が肉体を凌駕しているからだ。彼の精神性は他の人より違うのである。

 

「流石だよ真九郎くん!!」

 

こんな自分にこれほど本気になっていてくれている。本気で自分の計画を止めようとしてくれる存在として真九郎が立ちはだかっていてくれているのだ。

そして幽斎は彼に負けないように戦う。しかも真九郎は幽斎がリスペクトする多くの試練を突破してきた人間だ。

この瞬間こそ幽斎が望んだモノだ。

 

「君の人生は理不尽なモノだった。それはまるで世界から与えられた試練のように…でも君は試練を突破した」

「…」

「去年の君なんてまさに試練だらけだった。だが君は傷つきながらも試練を突破したのが凄い!!」

「…」

「さあ、真九郎くん。もっと互いを高め合ってどちらかの試練を突破しようじゃないか!!」

 

幽斎が勝つか、真九郎が勝つか。それだけだ。

 

「君の力はそんなものじゃないだろう?」

 

九鳳院との出来事。他の裏十三家との出来事。西四門家との出来事。これら日本の表裏に君臨する全てが存在達と関わってきた真九郎はもっと凄いはずだと幽斎は期待する。

もっともっと高め合いたい。そして自分が試練を突破するのだと決めている。

 

「…俺は幽斎さんが思うほど凄い人間じゃないよ」

 

もう一度、真九郎の拳が幽斎の顔面に叩き込まれる。それでも幽斎は痛みを感じない。

お返しにと真九郎の顔面に幽斎も拳を叩きこんだ。口の中に血の味が広がる。

 

「いや、君は凄い人間だ。選ばれた人間だよ」

「選ばれた人間だというのなら…あんな人生は否定したいよ」

 

あんな人生。理不尽にも巻き込まれた国際空港爆破試験で家族が全員死んだ。選ばれた人間ならあんな不幸があってたまるものか。

 

「もうあんたの妄言に付き合うのもウンザリだ!!」

 

もう一度大きく吼える。こんな長い夜はそろそろ明けさせたい。

決着をさっさとつけたい。こんな幽斎の独り善がりは十分だ。

 

「決着をつけるつもりかな。なら僕も決着をつけよう!!」

 

幽斎はまだまだ真九郎と戦ってお互いを高め合いたいが幽斎にも時間がある。ドーピングの副作用だ。

達人並みの力を得る代わりに肉体への負荷がとても大きい。普通の人が使えば今頃激痛で気絶してもおかしくないほどなのだ。

幽斎が耐えられるのは精神が肉体を凌駕しているおかげ。でも精神が肉体を凌駕していても肉体が壊れればいうことを聞くはずもない。

筋繊維が断裂したり、骨が折れたら身体を操作できるはずがない。動けと念じても無理な話だ。

既に幽斎の肉体はドーピングの副作用でボロボロになり始めている。痛みは感じないが、もう限界も近いと理解できる。だから幽斎としても決着をつけるなら今だろう。

 

「心惜しいがこれで終わりにしよう真九郎くん!!」

 

最上幽斎の渾身の蹴りが真九郎を捉える。

身体を思いっきり捻りながらの回転蹴りだ。その威力は人体を破壊してもおかしくないほどだ。

幽斎の足に人間の血液がベッタリと飛び散る。真っ赤な真っ赤な血がその場を染めたのだ。

 

「真九郎くん!?」

 

幽斎が見たのは蹴り潰した真九郎ではなくて、自分の足が真九郎の肘から突出している崩月の角に貫かれている様子であった。

痛みを感じていない弊害であり、確実に自分が相手を倒したことが分からないのだ。

 

「流石だよ…やっぱりね」

「もう終わりにしましょう」

 

角を幽斎の足から引き抜きながら幽斎の間合いに入る。

拳を硬く握って人体の急所を確実に潰していく。痛みを感じないというのならばもう身体の言うことを聞かせないくらい壊すしかないのだ。

戦いでは容赦が無い方が有利になるのは当たり前。顔面はこめかみから額に顎を攻撃。胴体では肝臓部分や鳩尾。脚部には膝に腿、脛。

人体の急所のオンパレードだ。だが喰らったはずの幽斎は未だに笑顔だ。彼はどうしようもなく異常なのだろう。

 

「く、くはははは…」

「幽斎さん…旭さんはいただくよ」

 

腹部に渾身の蹴りを喰らわせて蹴り飛ばす。だが終わりではない。

すぐに重力無視の突貫で追いかけ、拳を幽斎の顔面に叩き込んだ。

 

「あんたの馬鹿げた計画は今終わったよ」

 

長いようで短い夜がやっと明けた瞬間であった。

 

 

295

 

 

もう身体が動かない。頭では動けと命令しても指1本も動かないのだ。

完全に敗北した事実が幽斎の肉体に突き刺さっているのを嫌に理解してしまった。

 

「ははは…負けてしまったか」

 

負けたくせに幽斎は悔しそうな顔をしていない。寧ろこの結果も予想していたようである。

幽斎が勝てば自分の試練が突破。真九郎が勝てばリスペクトする人物が試練を突破してくれたことになる。

どっちにしろ幽斎は幸福を心の底から満たされることになるのだ。

 

「君の勝ちだ真九郎くん。そして義経もね」

「…何で暁光計画なんて考えた?」

「そんなの世界のために決まってるじゃないか」

 

聞いた真九郎が馬鹿だったのかもしれない。だって彼はそういう人間だと気付いているのだから。

何を言っても無駄な人間。どう諭そうが絶対に改心しないだろう。

義経は何か言いたそうだが彼女自身も分かっているのだろう。幽斎に何を言っても無駄だと。

 

「でも君は新たな試練を突破したね。おめでとう」

「何がおめでとうだ!!」

 

それでも義経は吼えた。吼えたかったのだ。

この目の前で倒れている元凶にどうしても1つでも何か言いたかったのだ。

 

「最上さん…貴方は絶対に間違っている!!」

「間違っていないよ。世界のためにやっているのだから間違いなんてないのさ」

「間違ってるよ!!」

「ああ。あんた間違っていて、義経さんが正しい」

「真九郎くん………うん」

 

どっちが正しいかなんてわからない。だけど自分の行っていることに疑問に思ってはいけない。

義経のやったことは旭を救うこと。その事は紛れもなく正しい。

 

「幽斎さん…旭さんはもらいます。異存は聞きません」

「ああ。君にはその権利があるからね。旭は君のものだ…旭もそれでいいね」

「はい…お父様」

 

旭はもう決定権がない。彼女は死ぬ運命だったのに生き永らえてしまったのだから未来のことは考えていないのだ。

だからこれから先のことは誰かに決めてもらわないと彼女自身は生きられない。

幽斎は旭を見る。その顔は愛する娘を見る顔だ。

 

「………すまなかったね」

「…私はお父様に育てられて後悔はしていません」

 

誰かがこの会場に来るのを感じる。

 

「ヒュームと鉄心かな?」

 

その予想は正解だ。もうすぐ彼を捕縛してくる怖い怖い従者が来る。

 

「真九郎くん。旭を頼むね」

「………」

「最上幽斎!!」

 

ヒュームが扉を蹴飛ばして入場。目の前に広がった惨状を見てすぐさま理解。

 

「最上幽斎…」

「ははは、ヒュームかな」

「最上幽斎。お前を捕縛する」

「どうぞ。もう指一本も動かせないしね」

 

今回の事件の元凶である最上幽斎がようやく捕まったのであった。

 

「よくやったな真九郎」

「紅香さん…はい」

 

揉め事処理屋の依頼達成。




読んでくれてありがとうございました。
次回もゆっくりとお待ちください。

今回はタイトル通りで最上幽斎との決着でした。
バトルシーンを上手く書いたつもりです。何だかんだでここまでくるのも長かったなあ。
これでこの最終章も終了です。ということは次回、ついに最終回となります。

本当にここまでくるのに長かったです。


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交換留学終了

ついに最終回です。
この物語も本当に長かったです。なので最後まで読んでいってくださいね。


296

 

 

その後の話をしよう。今回の大事件での後日談をだ。

話すことはとても多い。詳しく話していきたいが、事細かく話すと一日じゃ話しきれない。だから大事な部分だけを話していこうと思う。

 

まずは臓器売買組織についてだ。

傘下であった売春組織とユートピア販売組織は風間ファミリーと冬馬グループのおかげで壊滅した。

 

大本であった臓器売買組織は草加聖司の行方不明と伴って完全壊滅した。川神市に潜んでいた魍魎のような裏組織は鉄心や九鬼財閥の尽力によって消え去ったのだ。

またやっと川神市はいつもの日常に戻ったということである。

臓器売買組織の壊滅には彼らだけの尽力ではない。柔沢紅香と星噛絶奈の力もあったのである。

 

星噛絶奈は彼等の問題とは関係なく本家の依頼を達成した。星噛製の旧人工臓器の回収だ。

その回収は問題なく達成。絶奈本人としては「やっと面倒な仕事が終わった」と呟きながら酒を飲み始めたとルーシーは語ったとかなんとか。

 

裏オークションに集まった裏世界の要人たちは柔沢紅香によって捕縛された。彼女は本当に何でもこなしてしまう超人である。

だから本当に「凄い」と心の底から言える。全く持って彼女の底が見えない。だけどこの結果を見て紅香はこう言うのだ。「いつものことだ」と。

 

今回の戦いでは重傷者や軽症者もいる。

こう言うのもおかしいかもしれないが紅真九郎は大きな事件解決後はいつもボロボロの身体になる。そして源忠勝や風間翔一に島津岳人も今回の事件の中で重傷者だ。

全員仲良く病院に入院で快調に向けて療養している。なんせ九鬼財閥や葵紋病院が総力をかけて最高の治療を施したのだから。

きっと彼らの元気ならすぐにでも退院できるだろう。

 

「ベットの上は暇だなー。早く身体を動かしたいぜ。なんつーか風のように走りたい」

「そう思ってんなら大人しく寝てろ」

「はああ…入院中は美人のナースがいろいろしてくれるって噂は都市伝説か」

「島津も大人しく寝てろ」

「あはは…」

 

あの戦いの中で川神百代とレイニィ・ヴァレンタインの対決後は特に遺恨は残らなかった。何でもレイニィは今度こそ倒すとリベンジに燃えて仲間たちと帰国したそうだ。

本当ならば彼女たちの戦いはきっと事件とは関係が無かったはずだろう。でも偶然にも事件に組み込まれてしまった。ただ、それだけなのだ。

 

「今度こそ勝つ…モモヨ」

「またな」

 

そういえば梁山泊の傭兵団もいたが、彼女たちも本部に帰ったことだろう。どうなったかは知らない。

たぶん依頼不達成ということで本部の山の草刈りでもしているのかもしれない。

彼女たちとは世界線が違ければ一緒に川神学園で学園生活をしていたかもしれない。

 

非日常は日常に戻っていく。

大和たちと冬馬たちはまたいつもの学園生活に。板垣姉弟たちもいつもの暮らしに戻る。

夕乃や銀子もいつも通りだ。そして義経たちも。

 

さて、最も知りたいことである最上幽斎と最上旭について。

彼らの処遇がどうなったかは未だに分からない。知っているのは九鬼の上層部でも一部だけだ。

旭は川神学園から消えた。消えたというより休学扱いになっているだけだ。

義経として旭がどうなったか早く知りたいが、ヒュームたちが幽斎と旭を引き取ってから彼女を見ていない。

九鬼財閥のことだから悪いようにはしていないはずだ。だけど今回で犯した事件が事件だ。

流石に彼らをどうするかの処遇で揉めているのだろう。だけどその事は真九郎でも義経でも鉄心でも百代でもどうすることはできない。

これに関しては待つしかないのだ。

 

旭を救うことはできた。だから彼女には新たな人生を生きてもらいたいのだ。

そのために義経は旭の手を掴んで助けるつもりだ。

 

「義仲さん」

「ちゃんとまた私らの前に現れてくれるよ主」

「そうだぜ」

「…そうだね。帰ってくるのいつまでも待つよ」

 

また出会えることいつまでも信じて。

 

 

297

 

 

忘れがちかもしれないが紅真九郎たちは交換留学生だ。

ならば期間が来れば元の星領学園に戻るのは道理だ。たった3カ月の交換留学なのだから気が付けばもう終わり。

体感では3カ月以上も川神学園に交換留学していた気がしなくもないが、そこはツッコまないようにしている。

だってツッコんだら負けな気がする。少し話が逸れてしまった。

交換留学が終える前日に大和たちは真九郎たちのお別れ会を内緒で準備していた。

結果はのサプライズは成功。ちょっと苦笑いをしてしまったが大和たちの気持ちは嬉しかった。こういうのも悪くないということだ。

 

「ありがとう直江くん」

「ありがとう」

「ありがとうございますね」

 

真九郎、銀子、夕乃はそれぞれお世話になった人たちへ挨拶周りだ。

 

「紅先輩!!」

「あ、由紀江ちゃんに…あと伊予ちゃん」

「あの、友達を助けてくれてありがとうございます。あの後、順調に回復に向かってるんです!!」

「そっか良かったよ」

 

川神学園では多くの人と知り合いになった。

中にはもともと知り合いもいた。

 

「真九郎くん!!」

「心さん。川神学園ではお世話になりました」

「いいのじゃいいじゃ。それにしても…本当に帰ってしまうのか」

「まあ、交換留学だし」

「うう…また会えるかの?」

「勿論だよ」

 

出会いがあれば別れもある。当たり前だ。

今回は別れだが、次はきっと再会だろう。もう会えないなんてことはないのだから。

 

「真九郎!!」

「我が友よ!!」

「紋ちゃん。それに英雄くんまで」

「もっと派手にしてやろうとしたのだが…直江はこれくらいで十分だとぬかすものだからな」

「あはは…これくらいで十分だよ」

 

これ以上派手になったらどうなるのだろうか。ただの交換留学終了のお別れ会はこれくらいで十分だ。

 

「真九郎よ。また会いに来てくれるか?」

「うん。そりゃ勿論だよ紋ちゃん」

「なあ………もし九鬼財閥に就職する気になったら我の従者になってくれないか?」

「紋ちゃんの?」

「う、うむ」

 

紋白は今まで言いたかったことを真九郎に言った。彼の能力的に九鬼財閥に入ってほしいと言うのはあった。

でも今回ばかりは紋白自身のために言ったのだ。

 

「そうだね…良いよ。でも」

「待て、その先は言わなくても分かる」

「そっか」

「待ってるぞ真九郎」

 

このお別れ会では約束もする。その約束が果たされるかは分からないけれども。

 

「真九郎くん!!」

「やあやあ真九郎ー」

「よお。同じ特異点」

「真九郎くん…」

 

今度はクローン組だ。

今回の交換留学で案外、彼らと一緒にいたのが長いかもしれない。

クローン奪還事件や覇王暴走事件、そして今回の事件。確かに多いかもしれない。

 

「また会おうぜ同士」

「与一くん。そうだね」

「なあ真九郎…いや、何でもない。また会おうね」

「勿論だよ弁慶さん」

「またね真九郎くん。私ね…諦めないから」

「はい…えと、何を?」

「おい真九郎!!」

「あ、急に項羽さんに」

 

清楚から項羽にチェンジ。この光景ももう慣れたものだ。

 

「俺から離れるのか。裏切るのか?」

「裏切るって…そんなんじゃないですから」

「なら、また戻ってくるな。絶対だな!!」

「約束します」

 

それにしてもこの学園で約束がいろいろと増えてしまったものだ。

 

「真九郎くん…義仲さんは」

「まだ情報は無いんだね」

「うん。九鬼家上層部にかけあっても教えてくれないんだ」

「そっか」

「でも待つって決めたんだ」

「…きっとまた会えるさ」

「うん。本当にありがとう真九郎くん!!」

 

義経は真九郎に感謝しかない。彼は自分がどうしようもないことを解決してくれた。

彼は彼女にとってヒーローになったのだ。義経は真九郎にいろいろな思いを募らせる。

 

「また会えるだろうか」

「それ、色んな人から言われるなあ。…会えるよ」

「うん!!」

 

最後に。

 

「直江くん」

「紅くんお疲れ。なんか色々と約束してたね」

「あはは。まあ、どの約束も果たすさ。もう二度と会えないなんてことはないし」

「そうだね。…紅くんに会ってからいろいろありすぎた。でも全て良い経験になったよ」

「そうかな…中には経験にしてほしくないのもあるけど」

 

本当に経験してほしくないものだ。特に裏社会に関しては。

 

「大丈夫。もう裏世界に関わるつもりはないさ。だって俺らはそっちの人間じゃないからさ」

「それが一番だよ」

「まあ、無茶はするけど」

「安心できないんだけど…!?」

 

お互いに苦笑。ここでのこういう学園生活はもう終わりだ。

またお互いにいつも通りの学園生活に戻る。最後くらいは笑顔で迎えよう。

紅真九郎の川神での物語はこれで閉幕だ。

 

 

298

 

 

「ふむ、色々とあったのだな」

「そうだよ紫。川神での生活は悪くなかったよ」

「そっか。まあ私も川神では楽しかったからな」

 

紫は真九郎にもたれ掛る。最近まったく会えなかった。しかも交換留学中はより会えなかった。

だから今はその我慢した分が爆発して真九郎に甘えまくっているのだ。

 

「真九郎も楽しかったか?」

「ああ。それは勿論」

 

またいつもの日常に戻った真九郎だが、時たまに川神でのことを思い出す。その度に楽しい記憶が頭に再生される。

そうなるとまた川神に訪れたくなる気持ちがあるのだ。もしまた行くなら紫や夕乃、銀子たちと一緒に行きたいものだ。

なんとなく優しく紫の頭を撫でる。紫がそうしてほしそうだと感じたからだ。

 

「なあ、真九郎。また今度みんなで川神に行こうな!!」

「そうだね」

 

いつになるかは分からない。でもきっとまた川神に訪れると決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

299

 

 

月日は流れ、いつもの日常に戻って真九郎は星領学園での一日を終える。そして五月雨荘に帰宅。

自分の部屋のドアノブに手をかけた瞬間に違和感を感じた。その違和感とは人の気配がするという意味だ。

 

(環さんでも闇絵さんでもない…誰だ?)

 

最初はいつも通り環かと思ったけどそんな雰囲気ではない。全く持って別の気配だ。

ここは不戦の約定がある安全圏内。大丈夫だと思うが油断はしないほうが良いだろう。すぐに気を引き占めて覚悟を決める。

まさかこの五月雨荘に、しかも自分の部屋に侵入してくる奴がいるとはどんな不届き者だろうか。

ガチャリと自分の部屋の扉を開けた。

 

「誰だ!?」

「あ、お邪魔してるよ真九郎くん」

「…………え?」

 

つい間抜けな声を出してしまった。だって予想外な事が今目の前で起きているのだから。

 

「何で旭さんが…?」

「こら、私の名前を呼ぶときはアキさんでしょ」

「いやいや、何で俺の部屋に旭さんがいるんですか!?」

 

アレ以来、幽斎と旭がどうなったか結局分からず仕舞いだった。だと言うのにその旭が目の前にいる異常事態。

 

「説明を求めます!!」

「じゃあコレ」

 

そう言って旭は真九郎に手紙を渡す。その手紙を急いで開いて内容を確認する。

読むとどうやらこの手紙は幽斎からのもののようだ。

 

『やあ、真九郎くん元気かな? 僕は元気だよ。あの後の僕の処遇だけど普通に九鬼財閥に追放だよ。当然の結果だよね』

 

『でも僕を自由にさせるつもりは毛頭無いらしくて今も監視されてるんだ。九鬼財閥から追放させたくせに九鬼財閥で監視っておかしい話だ』

 

『何でも僕は危険人物に指定されたらしくて警察と連携しているみたいなんだ。昔みたいに世界を自由に旅したいよ。まあこれも僕に課せられた試練だろう』

 

『さて、無駄話を書くつもりは無かった。きっと真九郎くんは旭が何で自分の部屋にいるか疑問だよね。それを説明しよう』

 

『真九郎くんには娘の旭を任したいんだ。本当なら彼女は死んでいた。そういう運命だった。だから生き残ってしまった娘はこの先どうすればいいか分からなくなっているんだ』

 

『簡単に言うと生きる理由が無くなっているんだよね。だから娘の旭に生きる理由を与えてほしいんだ』

 

『これは揉め事処理屋の仕事として君に正式に依頼だ。勿論これは九鬼財閥にも提案しているんだ。そして受け入れてくれた』

 

『本当に正式な依頼だよ。裏も何も無い。これは僕の本音でね。娘には幸せになってもらいたんだよ。暁光計画を立てた親のくせしてね』

 

『責めるつもりじゃないけどさ、真九郎くんにはその責任があると思うんだ。だって君は親の僕から娘を奪ったんだしね』

 

『僕はもう旭に会えない…だから娘を頼んだよ。揉め事処理屋の紅真九郎くん』

 

手紙読んだ真九郎は口が空いてしまう。どう返事をすれば良いか分からないのだ。

何だってこんなに唐突なのだろうか。こんなこと何も知らされていないのだ。まるで紅香が紫を連れてきた時のようである。

 

「そ、そんないきなり!?」

「真九郎くん」

「は、はい!?」

「言ったよね…お父様に私を奪うって、いただくって」

「え、いや…そう言いましたけど!?」

「それってある意味プロポーズだよね。実は私それドキドキしちゃったんだ」

「え、えと!?」

「責任とってくれるよね?」

「ええっ!?」

「私に生きる理由を教えてね」

 

頬を赤くして恋するような顔だ。こんな顔をする彼女は初めてである。

でもまさかこんな事になるとは思わなかった。どうすれば良いか分からない。だけどこんな時に限ってある意味状況は悪くなる。

何となく後ろを振りかえると何故か夕乃たちがいた。

 

「真九郎よ誰だそいつは!?」

「真九郎さん……説明を求めます。そして後日また稽古ですよ」

「最低」

「真九郎くんが女を部屋に連れ込んでるぅ!!」

「だから最初に言ったではないか少年。女難の相があると」

 

何もかもがヤバイ。どうすればよいのだ。

だがまだ状況は収まらない。今度は携帯電話が鳴りだしたのだ。取り合えず状況を変えたいので電話に出ると相手は義経であった。

 

『し、真九郎くん。義仲さんと同棲しているって聞いたんだけど!?』

『どういうことなのさ真九郎ぉ?』

『お前は俺のものだろう。どういうことだ!?』

 

何か義経以外の声も複数聞こえる。しかも内容が若干おかしい気がする。

状況はより悪化。何が何だか分からない。

 

「と、とりあえず落ち着いてください!!」

「あ、真九郎くん。下着どこにしまえばいいかな?」

「旭さんはそこで衣服とか貴重品とか広げないでください!!」

 

川神での物語は閉幕した。けれど紅真九郎の物語は終わらない。




最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。
これで『紅 -kurenai- 武神の住む地』は完結致しました。約2年お付き合いしてくれて本当にありがとうございました。

最後の最後でオチをつけました。
紅真九郎は最後の最後まで女難の相があるということで。


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