型月産ワカメは転生者である(仮題) (ヒレ酒)
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本編
第一話


波濤の獣を重ねた結果、なんかカッコよく見えてきた(錯乱
ついでに厄落としも兼ねて公開。どうか酒呑ちゃんが出ますように。


 間桐(まとう)慎二(しんじ)

 冬木の魔術界隈において御三家と呼ばれる家系の長子でありながら、魔術の才を持たぬ凡人。

 そして物語においては噛ませ犬にしてド三流の道化。

 

 魔術の才に嫉妬して、義妹に全年齢では言えないようなことまでヤっちゃって。

 幼女に殺されたり、聖杯の憑代にされたり、そのヤっちゃった妹に殺されたり。

 碌な未来が存在しない型月産の海産物こと、間桐慎二(ワカメ)

 

 

 

 そんな間桐慎二は転生者である。

 今なら特典がどうのと神様的なサムシングに唆されて、型月世界に転生してきた。

 日本人はセールやら特典といった言葉に弱い。古事記にもそう書いてある。

 

 けれども騙されたのか。慎二は原作通りの凡骨であった。

 特典なんてありはしない。勿論だが魔術回路もない。

 だから慎二は極力原作と関わらぬように生きてきた。

 

 間桐の秘奥に一切関わらず、桜に非道を働かず。

 その二点さえ守っていれば、物語のような最期だけは迎えずに済むだろう。

 要するに魔術のことなんて一切忘れて、良いお兄ちゃんしてろ。そういうことだ。

 そうすれば資産家の長子として、平凡な幸せを手にすることができる。

 

 平凡万歳。魔術なんてクソ喰らえ。

 内心ではそう豪語してやまなかった、間桐慎二。

 

 

 

 そんな彼が、なぜか間桐の当主である臓硯を追い詰めていた。

 蒼銀の鎧を身に纏い、死棘の朱槍を携えて。

 無様に這いつくばりながら逃げようとする臓硯を見下ろしている。

 

「なぜだ……なぜこうなった!」

 

 耳障りな声で鳴く臓硯に、慎二は仮面(バイザー)の下で叫んだ。

 そんなことは、こっちが聞きてぇよ馬鹿野郎と。

 

 

 

 

 

 

 事の始まりは第四次聖杯戦争の開始直前にまで遡る。

 冬木の地で行われる、魔術師と英霊による戦争。

 それに巻き込まれぬようにと、慎二は海外留学という名の避難をすることになった。

 “間桐の中では比較的に良心派”と評判の父、鶴野による提案である。

 

 騎士王がビーム撃ったり、金ピカが宝具乱射したり、モリモリマッチョが軍勢引き連れたり。

 そんな事件に巻き込まれたいなんて露ほども思っていない慎二は、父の提案に二つ返事で了承。

 戦争開始の一週間前には、ファーストクラスで優雅な空の旅を楽しんでいた。

 

 このまま何事もなく、自分と関係のないところで戦争が終わってくれれば良い。

 さて、避難先についたら何をしようか。やはり観光だろうか。

 サービスのキャビアに舌鼓をうちながら、このまま何事もありませんようにと祈っていた。

 

 けれどまぁ、そうは問屋が卸さなかったわけで。

 いや、卸さなったのは神様だろうか。

 

 現地に到着した慎二を待っていたのは美人のツアーガイドではなく、黒い覆面を被った男。

 肉体的には平凡な子供であり、魔術の素養もない慎二はアッサリと誘拐された。

 

 

 

 誘拐先で行われていたのは非道な実験。

 どうも魔術師の子弟ばかりを集めていたようで、慎二の他にも同じような子供が何人も居た。

 首には脱走防止用の魔術礼装が嵌められ、どうにも逃げられる雰囲気ではない。

 一人、また一人と子供が減っていき、ついに最後の、慎二の番がやってきた。

 

 怪しげなベッドに寝かされ、四肢を拘束される。

 ああ、僕の人生ここで終わりか、短かったな。

 辞世の句を考えながら目を瞑っていると、周囲の魔術師達は何やら困惑した様子。

 外国語で意味はわからなかったが、慎二に魔術の素養がないことに今更気が付いたらしい。

 なら逃がしてくれよと隣に居た魔術師に懇願の視線を向けてみるが、そっと目を逸らされた。

 

 まぁとりあえずヤってみようぜ! 最後の一人だし、モノは試しだ!

 そんなアメリカンホームドラマみたいな軽いノリで開始された実験。

 やたら蛍光色な薬剤を注入されたり、体中に魔術的なナニカをされたり。

 色々とアレなコレを続けること数日。

 どんな天文学的確率なのかはわからないが、何故か実験は大成功。

 

 で、結果的に誕生しちゃったのがコレだ。

 有機的な蒼銀の強化外骨格を身に纏った、ナニカ。

 慎二である。どこからどう見ても慎二に見えないが慎二である。

 

 というかアレじゃね。これって人型版、波濤の獣(クリード)じゃね。

 いわゆるガチャの外れ枠ですね、本当にありがとうございました。

 

 周りでは魔術師達が歓声を上げている。

 まるでサッカーのクラブチームが優勝した瞬間のようだ。

 そうか、そんなに成功が嬉しかったのか。

 

 ならもう、この世に未練はないよね。

 

 身体を改造されていく中で、本能的に“力”の使い方は理解していた。

 手始めとばかりに、首に嵌められた魔術礼装を力任せに引き千切る。これで自由だ。

 

 いつぞや助けを求め、目を逸らした魔術師と目が合った。

 無言で顔面にパンチ。首から上が吹き飛ぶ。

 歓声が一瞬にして悲鳴と怒号に変わる。

 火に雷、ついでに氷。大量の魔術が飛来するが、この身体にそんなモノは通用しない。

 蒼銀(クリード)の鎧が下位の神秘を棄却し、無効化する。

 

 右手を前に出せば、朱色の槍が具現化。

 これこそがこの身に埋め込まれた力の象徴だ。

 朱槍を放り投げ、そして真名を唱える。

 

爆散しろ、死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

 空中で爆散した死棘は三十の鏃に変化し、魔術師達を貫き殺していく。

 ケルト式ショットガン。なるほど便利なものだ。

 咲き乱れる血飛沫を眺めつつ、そんなことを考えていた。

 

 当たり所が悪かったのか。全身から血を流しながらも逃げようとする魔術師が居た。

 当然だが逃がさない。服の裾を引っ掴み、強引に壁へと叩き付ける。

 

 魔術師が何やら外国語で話しかけてきた。

 多分、助けてとか逃がしてくれとか、そんな意味だと思う。

 この状況で言うことなんて、万国共通のはずだ。

 これが「くっ、殺せ!」とかなら、それはそれで面白いが。

 

 魔術師なら自分達の研究成果に殺されるくらい本望だろうに。

 だからほら、スマイルを忘れちゃダメよ、魔術師さん。

 

 とは言ったものの、当然ながら日本語が通じるはずもなく。

 ギャアギャアと喚いて、ついに泣き出してしまった魔術師。

 可愛そうだね。そんな君には心臓に槍をプレゼント。

 魔術師、死すべし。慈悲はない。工房ごと壊滅させておいた。

 

 それ以来。慎二は波濤の獣に変身できるようになった。

 多分だがコレが神様的なサムシングの言っていた“特典”なのだろう。

 こんな代物なら要らなかったなぁ、というのが感想だ。

 

 

 

 そんなこんなで異国を満喫した慎二は無事に? 帰国の途に就いた。

 勿論席は、行きと同じファーストクラス。

 サービスのチーズに舌鼓を打ちつつ、故郷である冬木を思い――そして思い至った。

 

 このまま帰ったら自分はどうなるのか。

 異形と化したこの身では、最早平凡な一生は望めまい。

 いっそ過剰なまでに距離を取っていた神秘の世界に、片足どころか全身浸かってしまった。

 

 さて、どうしたものかと考えて、思いついたのが冒頭のアレだ。

 もう面倒だから、邪魔な臓硯ぶっ殺して間桐家乗っ取っちゃおうぜ。

 つまりはそういうこと。

 

 冬木へと帰って来た慎二は、間桐家へと直行。

 すると義妹である桜が出迎えてくれた。

 ちなみに親父殿は心を病んで入院中らしい。アレだ、切嗣(ケリィ)に拷問されたせいだ。

 

 そのことを無表情で語る桜を見て、そういえばと思い出す。

 この娘の体内には、臓硯の刻印蟲が巣食っているのだったか。

 ついでだ、駆逐しておこう。朱槍を顕現、桜に向かって投げつける。

 

蟲だけ殺せ、死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

 ゲイ・ボルクは万能。古事記にも書かれているかもしれない。

 三十の鏃は桜の体内に巣食う蟲を一瞬にして駆逐した。

 が、ついでに全身を貫かれた桜も倒れ伏すことになった。

 あれだ、コラテラルダメージってやつだ。

 致命傷は避けているから、使えるようになった魔術で治せば問題ない。

 

 ちちんぷいぷい。

 慎二の思考に合わせて自動形成されたルーンが、桜の体を癒していく。

 はい、元通りのカワイイ桜ちゃんだ。服が血塗れスプラッターなのは我慢してほしい。

 

 そのまま蒼銀仮面(クリード)に変身。

 間桐家の魔術的なアレコレを力尽くに破壊して進み、臓硯を発見。

 で、冒頭に戻るわけである。

 

 

 

 

 

 

「なぜだ……キサマに何があったァ……慎二ィ!」

「だからこっちが聞きてぇよ、そんなこと」

 

 海外留学したと思ったら、魔術結社に誘拐されて怪人になっていた。

 何を言っているかわからないと思うが、僕も何をされたのかわからない。

 とりあえず本郷イズムなアレが起こったのだけは確かだ。

 

 ま、とりあえず。

 この蟲爺を殺す方法を手に入れたことだし、サクッと間桐を征服してしまおう。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

 魔術師、死すべし。慈悲はない。

 放たれた因果逆転の朱槍が、臓硯の本体である矮小な蟲を正確に貫き殺す。

 やはりゲイ・ボルクは万能だ。

 

「マキリの……儂の悲願が――」

 

 これが最期の言葉だった。

 老人の姿が崩れ、無数の蟲だけがまるで残骸のようにそこに残った。

 蟲達は、文字通り蜘蛛の子を散らすようにして屋敷のあちこちへと逃げていく。

 あれだ、後でバル○ンでも焚こう。魔術で強化してやれば臓硯の蟲にも効くだろう。

 こうして間桐家の歴史はアッサリと幕を閉じた。

 

 

 

 間桐慎二は改造人間である。

 彼を改造したのは世界制覇を企んだりしていない、ただの魔術結社だった!

 慎二は自分の欲望と、その時の気分で魔術師と戦うのだ!

 

 

 

 



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第二話

とりあえず30連したけど、酒呑ちゃんは出ませんでした(半ギレ
更なる厄落としのために投稿。

誤字報告ありがとうございました!


 冬木の西端。柳洞寺の地下、大空洞にて。

 蒼銀(クリード)仮面に変身した慎二はつま先で軽く地面を蹴り、調子を確認する。

 右よし、左よし、ついでに下もよし。本日も好調ナリ。

 

「さて、やるか」

 

 必要なのは最高の破壊力。次に破壊力。最後に破壊力だ。

 とにもかくにも破壊だ。全て壊すんだくらいの勢いで。

 

 死棘の槍(ゲイ・ボルク)を顕現させ、助走開始。

 鎧の各部にあるスラスターが展開、深紅の魔力が放出され推進力に変わる。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 真名解放。

 放たれたケルト式ホーミングミサイルが、標的である大聖杯に音速を超えて飛翔。

 完璧な一投だった。しかし――慎二は舌打ちを零す。

 

 着弾の直前。見えない壁に弾かれるようにして、朱槍の飛翔が停止。

 弾かれた朱槍は地に落ち、そして手元へと戻って来る。

 

「ダメか。じゃあ二投目いってみよう」

 

 再び助走。

 スラスター解放、魔力全開。ここまではさっきと同じ。

 だがここからは違う。これより放つは更なる発展形だ。

 砲身たる右腕を展開したルーンで強化、強化、強化。

 腕の装甲が耐えきれずに崩壊していくが構わない。到達点はその先にある。

 

抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 人外の膂力によって発射された魔槍が、一直線に聖杯へと迫る。

 今度こそやったと思った――が、思えばそれがフラグだったのか。

 案の定弾かれた。で、戻って来た。

 

「まだだ! 頼むから抉り穿ってくれ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

 また弾かれた。帰って来た。でも慎二、めげない。

 

「もいっちょオマケに、抉り穿つまで帰ってくんな鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)!!!」

 

 

 

 で、それから通算八投。

 結局全てが同様の結果だった。流石にそろそろ魔力がキツイ。

 ついでに言えば破壊と再生を繰り返している腕が痛すぎて笑えない。

 数撃ちゃ当たるの理論で解決するかと思ったが、そんなことはなかった。

 撃てば撃つだけ無駄に魔力を消費するだけだ。

 

 結論。

 大聖杯の破壊は現状では不可能である。

 

 慎二は面倒ごとが嫌いだ。だから面倒ごとは先に潰す。

 今回もその理論に従い、先んじてモノを潰しに来た。

 大聖杯がなければ聖杯戦争は起きない。なら壊せばいいじゃない。

 

 しかし結果はこのザマ。ハッキリ言って、聖杯君を舐めていた。

 地脈から直接に吸い上げた魔力というのは伊達ではない。

 ケルト式改造人間の力をもってしても簡単に対処できる代物ではなかった。

 というか地脈相手に個人で対抗しようとしたのが間違いだ。

 

 幸いにして、切嗣(ケリィ)が施したとみられる解体術式を確認している。

 放っておけば聖杯の解体は進む。第五次は仕方ないとしても、その次はないだろう。

 最悪の場合、時計塔の先生と赤い悪魔に丸投げすればいい。

 そうだ、それがいい。そうしよう。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「あ……お帰りなさい、兄さん」

 

 で、さっさと諦めて帰宅した慎二を、桜が淡い笑顔で出迎えてくれた。

 花の水やりでもしていたのか、手にはジョウロを持っている。

 流石はヒロイン。可愛さの格が違う。ペロペロしてやりたいくらいだ。

 びーくーる、びーくーる。冷静になれよ慎二。ヤっちまったら事案だぜ。

 

「けど僕は我慢しない! 抱き締めるくらいはやってのけるさ!」

「あっ……に、兄さん……?」

 

 ギュッと抱き締めると、桜は困惑しつつも恥ずかしげに口元を綻ばせる。

 仄かに香る花の香りに、慎二のアレやコレが色々と辛抱堪らなかった。

 

 股間の御立派様が訴える。

 いいのかい慎二。目の前にいるのは極上の幼女。何もしなくていいのかい?

 脳内で紡がれる悪魔のような囁き。

 

 でも我慢、我慢だ慎二。これはあくまで、兄妹間のスキンシップなのだから。

 昂る脳内思考をルーンの力でリセット。訪れるのはナニをした後のような全能感。

 理性と欲望の戦いは、今回も理性の勝ちで終わったようだ。

 

 

 

 変態(それ)はさておき。

 間桐の屋敷は、あれから随分と様変わりした。

 家中の魔術防御を取り去って、ごくごく普通の屋敷に改造。

 放置されていた庭木や生垣を整備し、花壇も作った。

 

 臓硯の蟲はどうしたかって? 魔術式燻煙殺虫剤(バル○ン)で一発だった。

 火事と間違われる勢いで焚きまくった結果、どうも全滅したらしい。

 

 そんなこんなで。

 間桐邸も今では素敵なお屋敷だ。幽霊屋敷なんてもう言わせない。

 ハウスキーパーさんも雇って、今では家事すらフリー。

 ちなみに花壇の世話だけは桜の仕事だ。情操教育の一環である。

 

 とはいえ、ここまで来るのに何の苦労もなかったわけではない。

 特に問題となったのは、桜との関係だ。

 

 今では考えられないが当時、慎二と桜の関係はギクシャクとしていた。

 ヒロイン助けたら円満解決。そんな簡単な話ではなかったらしい。

 

 臓硯の束縛からは解放されたが、凌辱によって感情が死滅していた桜。

 これはまだ良い。魔術式洗脳療法(マジカルパワー)でなんとでもなった。

 魔術万歳。改造されてから魔術の扱いが軽すぎて困る。

 

 問題はその後だ。恩でも感じたのか、どうにかしてそれを返そうとする桜。

 そしてそれを不要と切り捨てる慎二。

 自分達は家族だ。家族の間に、恩とか貸し借りとか、そんなものは必要ない。

 

 というかぶっちゃけ、恩とか感じられても困る。

 そもそもアレは万事が万事、自分のためにやったこと。

 結果的に桜を助けることになっただけで、それが目的であったわけではない。

 

 で、こういう時の解決法だが、何かしらの対価を貰ってチャラにするに限る。

 そうやって恩を相殺するのだ。

 

 とはいえ幼い桜に払える対価などない。

 だから悩んだ末、大きくなったら揉ませてくれ、とだけ言っておいた。

 何がとは言っていない。男ならわかるだろう。浪漫だもの。

 それから桜との関係は随分と良くなった。中の良い兄妹だと近所でも評判だ。

 

 余談だが。

 以降、何やら張り切って牛乳を飲む桜を目撃するようになった。

 大丈夫だ、安心しなさい。そんなことしなくてもボインボインになるから。

 それを見た赤い悪魔(本当の姉)がどう思うか、今から見物である。

 

 

 

「で、桜。ホントに行かなくて良いのかい?」

「……いいの。私は間桐の子だから」

 

 ちなみに本日は第四次聖杯戦争から約半年後。

 要するに桜の実父、時臣(トッキー)の葬儀の日である。

 

 一応は実の父なのだし、お別れくらいはしてきたらどうかと提案はした。

 けれども桜はこの調子で、頑として行こうとはしない。

 

 とはいえ桜にしてみれば、今更トッキーに家族の情は抱けないのかもしれない。

 何しろ送り出された先がコレ(マキリ)だ。

 待っていたのは希望ではなく絶望。繰り返される凌辱の日々。

 一般的な感性を持つ桜にとって、それは地獄だったろう。

 むしろ過剰な憎悪を抱かなかっただけマシだ。

 慎二としては無理強いすることでもないし、それはそれでいいかと判断している。

 

 ただ一つ残念なことがある。

 外道麻婆(言峰)が凛ちゃんにアゾット剣を渡す名シーンが見られないことだ。

 間桐と遠坂は基本的に不可侵。

 だから桜という名目がなければ、慎二が葬儀の場に入ることは不可能。

 

 愉悦部部員がどんな顔で剣を渡すのか、非常に興味をそそられる。

 どうしよう。使い魔でも立てて、その瞬間だけ見に行こうか。

 

「……兄さんが悪い顔してる」

 

 言われてしまった。

 しかし愉悦部仮部員の身としては、光栄の至りである。

 

 行かないにしてもとりあえず、トッキーの冥福だけは祈っておこう。

 娘さんは自分が責任をもって幸せにします。

 姉のほうは知らん。放っておいても逞しく生きていくだろう。

 

 なんまんだーなんまんだー、ぎゃーてーぎゃーてー。

 墓の方角に向かって、桜と一緒に適当な念仏を唱える。

 

 え? トッキーはキリスト教徒?

 知らん。可愛い桜ちゃんに念仏唱えて貰えるだけありがたく思え。

 

「それじゃあ桜、そろそろお昼にしようか」

「はい……兄さん」

「今日はそうだな……桜は何が食べたい?」

 

 慎二は何気なく尋ねたつもりだったが、桜は首を傾げて本格的に悩み始める。

 そこまで深刻に考えるほどの質問だったか?

 尋ねた慎二が逆にどうしたものかと悩み始めた頃、桜はおずおずと希望を口にした。

 

「えと、その……兄さんの卵焼き……甘いやつがいい」

「よぅし、兄さん頑張っちゃうぞ!」

 

 前世合わせりゃいい大人。料理くらいは出来てナンボである。

 それが上手いか下手かはさておいて。

 

 慎二は桜の手を引き、二人仲良く台所へと向かう。

 小さな力だが、しっかりと握り返された手の感触。

 後を歩く桜には見えなかっただろうが、慎二の口元は少しだけ緩んでいた。

 

 

 

 ともかくだ。

 そんな感じで間桐慎二は、束の間の平和を満喫するのだった。

 

 

 

 

 



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第三話

さらに諭吉を投入。
ジャックと玉藻の宝具レベルが上がった(白目


 間桐慎二の朝は鍛錬から始まる。

 準備運動とばかりに、深山町をぐるりと一周全力疾走。

 車を置き去りにする超速に近所の皆さんも最初こそ驚いていたが、最近では慣れたもの。

 人間の適応能力は素晴らしい。深山町は超人にも住みよい町である。

 

 息も切らさず戻ってきたかと思えば、間も置かず槍で素振りを始める。

 鍛錬は一日にしてならず。継続こそ力なり。

 

 大聖杯の魔力を見るに、第五次聖杯戦争は確実に起こる。

 そして御三家である間桐は確実に巻き込まれるだろう。

 選ばれるのは慎二か、桜か。あるいは両方か。それはわからない。

 だがどう転んだとしても、桜だけは守ってやりたい。ちょっとした兄心である。

 

 慎二は今日も槍を振る。

 ただ一心不乱に。涓滴岩を穿つという言葉を信じて。

 

 

 

 で、そんな慎二がまた突拍子もないことを言い出した。

 

「そうだ、山へ行こう」

「はぁ、山ですか」

 

 午後の紅茶(アフタヌーンティー)を楽しんでいた桜が胡乱気に返す。

 兄の奇行は今に始まったことではない。

 魔術の修行と称して、逆さ吊りになったまま自分を槍で突き刺して死にかけたり。

 はたまた感謝がどうのと言い出し、ぶっ倒れるまで正拳突きを繰り返したり。

 最初こそ驚いていたものの、数年に渡って共に生活をしていれば流石に慣れる。

 というかいちいち反応していたら、それこそ身が持たない。

 

「とりあえず最低ラインとして、TSUBAMEくらいは斬れないとね」

「つばめ、ですか? 別に山まで行かなくても、燕なんてその辺に――」

「わかってないね桜。燕じゃない、TSUBAMEだ」

 

 幻想種TSUBAME。

 かの剣豪、佐々木小次郎を以ってして、奥義を使わねば捉えられなかった怪物。

 型月理論に従えば、山に行けばきっと会える。

 例え会えなかったとしても、この世界の山ならば得るものはあるはず。

 

「そういうわけで、ちょっくら山まで行ってTSUBAMEを斬ってくる」

「はい、わかり――えっ?」

「留守番は頼んだよ、桜」

「えっ」

 

 そう言い残すと、既に準備してあった荷物を引っ掴んで出ていく慎二。

 呼び止める暇もなかった。あのバイタリティには感心する他ない。

 今から追いかけても無駄だろう。となるとやるべきことは一つ。

 

「とりあえず学校に連絡しなきゃ」

 

 (バカ)暴走(アレ)が始まったので、暫く休学します。

 桜は溜息を吐きながら、いつもの定型文を担任に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、慎二は山にやってきたのである。

 型月世界の誇る超人達を排出してきた修験の場、山。

 ここでなら新たな境地が見出せるはずだと慎二は確信していた。

 

 キャンプ地は、適当に歩いてたら見つけた霊地っぽい場所。

 地脈の流れ的に、神秘が残っているとしたらこの辺りに違いない。

 

 背負っていた荷物を下ろし、方位磁石と地図、そして双眼鏡を取り出す。

 バードウォッチングならぬ、TSUBAMEウォッチングの始まりだ。

 

 とはいえだ。

 神秘の薄れた現代で、そんな都合よく幻想種なんて見つかるわけもなく。

 

 山に籠って一週間。

 雨の日も風の日もTSUBAMEを探し、山を駆け回る日々。

 結果、慎二は立派な野生児と化していた。

 

 ターザンよろしく野山を駆け回り、SHIKA(鹿)INOSHISHI()を狩る日々。

 ここに至り慎二は理解していた。

 自然と共に生きる――否、自然と、ひいては世界と一体になる環境こそが山。

 

 なるほど、型月世界の山育ちが強くなるわけだ。

 どこぞの開祖が武術で根源に至ろうとしたのも頷ける話だった。

 偉大なる先人達には頭が下がる思いである。

 

 そんなこんなで山生活を満喫し始めた頃。

 慎二の前を何かが横切った――気がした。

 

 山に入ったばかりの慎二では気付くことすらなかっただろう。

 だが自然と一体になった今ならばわかる。何かがソコに居る。

 

 神経を鋭敏に研ぎ澄ませ――耳が捉えたのは、微かな風切り音。

 改造によって強化された視力を以ってしても目視不能な速度での飛翔。

 間違いない、奴だ。

 慎二は両手をクロスさせ気合一発、高らかに叫ぶ。

 

「変ッ身!」

 

 僅かな光と共に現れたのは、蒼銀の鎧を身に纏った騎士。

 説明しよう!

 間桐慎二は気合の力によって、波濤の力を持った戦士、蒼銀(クリード)仮面に変身できるのだ!

 なお、この間はコンマ一秒にも満たない。

 

 さらに鋭敏になった慎二の超感覚が、付近を飛来する物体を確認する。

 こちらを伺うように周囲を高速旋回するナニか。間違いない、TSUBAMEだ。

 

 ついに対峙の機会を得た。自然と気が昂る。

 慎二は死棘の槍を顕現させ構えを取った。

 どこからでも来い。近づいてきた瞬間、串刺しにしてやる。

 

 全周囲に神経を張り巡らされつつ、慎二は機会を待つ。

 ジリジリと焦がれるような空気に、仮面(バイザー)の下で嫌な汗が流れた。

 

 そしてその時はやって来る。

 TSUBAME、一度目の突進。

 

「そこだッ!」

 

 呼吸も打点も完璧だった。

 なのに――

 

「僕が……外した?」

 

 なるほど、これがTSUBAMEか。

 正直に言って甘く見ていた。一筋縄ではいきそうにない。

 NOUMINが生涯をかけた、というだけはある。

 

 ならば――

 慎二は来るべき二度目に備え、再び構えを取った。

 少々卑怯だが、手段を選んでいられる相手ではない。

 そして二度目――来た!

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 間合いに入った瞬間、真名を解放された魔槍が唸りを上げた。

 いくら捉えられぬ相手であっても、この一刺からは逃れられまい。

 TSUBAMEの心臓めがけ、深紅の魔力を帯びた死棘が迫る。

 

「嘘、だろ……」

 

 しかしそれでも――TSUBAMEには届かない。

 絶対だと信じていた魔槍すらも通用しなかった。

 圧倒的な絶望に、握っていたはずの死棘の槍が手から滑り落ちる。

 

「因果逆転の呪いすら上回るってのか、TSUBAMEってやつは……」

 

 まるで勝利を誇示するように上空を飛び回るTSUBAME。

 これこそNOUMINが一生を捧げたとされる、幻想種の力とでもいうのか。

 

 慎二は味わった苦い敗北の味に、膝をつく。

 ここまで圧倒的に“勝てない”と思わされたのは初めてだった。

 

 だが、ここで諦める慎二ではない。

 仮面(バイザー)の奥に闘志の炎が灯る。

 

 勝てない? それでこそ挑戦する価値があるというもの。

 やってやろうじゃないか。燕返し。

 第二魔法の産物? そんなこと知ったこっちゃない。

 NOUMINに出来たんだ。超人たる自分にも出来るはず。

 

 落とした槍を拾い、構える。

 上空を旋回するTSBAMEの瞳が「まだやるかい?」そう語っている気がした。

 

 やるに決まっている。ここまで来て逃げ帰るなんて、男たる自分には出来ない。

 魔術回路を解放。強化魔術を全開に。

 スラスターから過剰に供給された余剰魔力が排出され、蒼銀の鎧が深紅に染まる。

 

「さぁ来い、TSUBAME。その心臓――貰い受ける!」

 

 慎二の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 で、一ヶ月後。間桐邸にて。

 いつもの如くボロボロになって帰って来た慎二に、桜はお冠だった。

 

 大切な家族であるし、せめて帰宅の瞬間くらいは暖かく迎えてやろう。

 そう思っていた。思ってはいたが、実物を前にして我慢などできなかった。

 

「一ヵ月の間、碌に連絡もしないで! 私がどれだけ心配したかわかりますか!?」

「いや……山奥だと連絡手段が――」

「言い訳なんて聞きたくありません!」

 

 頬を膨らませる桜を前に、慎二は正座をしたまま肩を落とす。

 かれこれ二時間ほどこの状態だ。当分お怒りは収まりそうにない。

 

「兄さん」

「な、なんだい、桜?」

「暫くは大人しくしててくださいね?」

 

 ニッコリと笑う桜。

 天使の祝福が如き笑みのはずが、今日に限っては女神の審判に見える。

 慎二の背筋に幾条もの冷たい汗が流れた。

 

「いや、これから燕返しの修行をだね――」

「大人しくしててくださいね?」

「あ、あの――」

「ね?」

「ア、ハイ」

 

 山で修行しても、妹には勝てないらしい。

 暫くの間、慎二は大人しくなった。本当に暫くの間だけだったが。

 

 

 

 で、その後。

 慎二はなんとか、お姫様の機嫌を取ることに成功。

 仲良く買い出しに出かけ、一緒に作った少し豪勢な夕食に舌鼓を打っていた。

 その最中、桜が何気なく尋ねる。

 

「それで兄さん。燕は斬れたんですか?」

「ん? ああ、斬れなかったよ。流石はTSUBAME、格が違ったね」

 

 なんとか二閃までは同時に繰り出せるようになったが、そこが限界。

 アレを捉えるには、さらにもう一閃、同時に繰り出す必要がある。

 

 というかアレだ。そもそも最後の台詞からして負けフラグだった。

 心臓は貰い受けられないもの。古事記にも書いてある。

 

 ともかく少し功夫を積まなければ、燕返しには到達できそうにない。

 悠々と飛び去るTSUBAMEを悔しげに見送り――

 

「今回の修行は幕を閉じた……ってわけだね」

 

 そう締めくくり、慎二はグラスの水で乾いた喉を潤す。

 極めて軽い調子で語る慎二であったが、色々と聞き逃せない部分がある。

 話の途中からフォーク片手に石のように固まっていた桜がツッコんだ。

 

「同時に放つって……何をどうしたらそうなるんですか?」

「並行世界から気合で現象だけを引っ張ってくるんだよ」

 

 ね? 簡単でしょ?

 なんて本人はほざいているが、傍から聞くとツッコミ所だらけだ。

 それってアレだろう。多重次元屈折現象だろう。

 果たして気合で使えるものだったか。痛むコメカミを押さえつつ、桜は尋ねる。

 

「……それって魔法ですよね?」

「まさか、単なる技術だよ。昔はNOUMINも使ってたらしいね」

 

 農民ってなんだ。それより魔法を使っても斬れない燕ってなんなんだ。

 常識の壁が音を立てて崩れる音を聞いた――気がする。

 桜はまた一つ、知りたくもない現実を知ってしまったのだった。

 

 

 




ちなみに波濤の獣をガチャる前のプロットだと、慎二君が臓顕に改造されて、ガチの蟲人間になるシナリオだったり。
ただあまりにもダーク過ぎて描き切れる気がしなかったので止めました。


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第四話

なんかお気に入りが爆発的に増えてて、ワカメスープ噴いた。

なお酒呑ちゃんは出ない模様。
やめて! ヒレ酒のキャッシュ枠はもうゼロよ!

そういうわけで続き(本題
今回は下ネタ祭りなので注意。


 少女を救ったのは赤髪の正義の味方ではなく。

 自分勝手な蒼銀の騎士だった。

 

 

 

 間桐桜は恵まれた環境に居る。昔はともかく今は確実に。

 間桐(マキリ)という呪いから兄に救いだされて。

 その後に待っていたのは、何一つ不自由することのない生活。

 

 ただしそれは、全て兄が桜に与えたものだ。

 家長となり自分を守り続ける兄に、何か返せているだろうか。

 いや、何も返せてはいない。ただ与えられるだけの毎日。

 桜の現状を説明するには、おんぶにだっこ。まさにこの言葉が相応しい。

 

 大きくなったら、なんて冗談めかして兄は言う。

 けれど大きくなってから、ではダメなのだ。

 今すぐに役に立ちたい。何か兄の助けになりたい。

 

 このままじゃいけない。そんなことはわかっている。

 けれど非力な自分に出来ることなんて知れていて。

 

 だから変えてみよう。いや、変わるんだ。

 桜は確かな決意と共に、兄の下へと向かう。

 

 

 

 

 

 

「というわけで兄さん」

「うん? なにかな桜」

 

 中庭で読書と洒落込んでいた慎二を捕まえる。

 慎二は組んでいた足を優雅に解くと、目元にかかる前髪を掻き上げた。

 

 悔しいことに、兄はそういう細かい所作がいちいちサマになる。

 そんな所に惹かれる女の子(ライバル)も多い。

 

 普段はあれだけポンコツなのに、どうしてだろう。

 あれか、顔なのか。人間は所詮、顔だとでもいうのか。

 

 海産物(ワカメ)のくせに、(ワカメ)のくせに、慎二(ワカメ)のくせに。

 三回唱えれば、魅了の呪縛から解き放たれる。

 

「それで桜、何の用だい?」

 

 いけない。当初の目的を忘れてしまっていた。

 しかし、いざ本題に入ろうとすると、口が思うように動かない。

 まごつく桜に、慎二の表情が険しいモノへと変わっていく。

 

「どうしたんだい桜? まさか僕に言えないような――イジメか? イジメだな!?」

 

 下手人はどこだ、とっ捕まえて成敗してやる! 出会え、出会え!

 ついには自慢の朱槍まで持ち出した慎二。

 なんだろう。この兄を相手に緊張していた自分が馬鹿らしい。

 

「違いますよ兄さん。イジメられてなんていません」

 

 むしろ慎二の妹として、色々な恩恵を得ている。

 冬木の超人と呼ばれる兄の名声は伊達ではない。

 逆に畏れられて、ボッチが加速――いやなんでもない。

 

 なんだか気が抜けた。けれど今は有り難かった。

 そっと居住まいを正し、兄の瞳を真っ直ぐ見つめ、一息に言い切る。

 

「私に魔術を学ばせてください」

 

 言った。言ってやった。

 けれど慎二は首を傾げる。今更改まって言うことか、と。

 

「独学で勉強してなかったっけ?」

 

 確かに屋敷の蔵書を読みふけり、自分なりに勉強はしている。

 けれども今回は違う。さらに一歩踏み込んだ知識が欲しい。

 

「いえ、本格的に学びたいと思いまして」

「そっか、頑張れ」

 

 あっさりと出た承諾の言葉に、桜は拍子抜けしてしまう。

 ポカンと口を開けていると、慎二が首を傾げた。

 

「どうかしたかい?」

「いえ、その……てっきり反対されるかと」

「なんで? 桜がやりたいならやれば良いじゃないか」

 

 僕が今まで反対したことなんてあったかい?

 なんて聞かれれば、確かにそうだ。

 慎二が桜の意思を一方的に否定したことは一度もなかった。

 

「じゃあ……教えてくれるんですね?」

「あ、ゴメン。それは無理」

 

 バッサリと切り捨てられた。

 

「そこは快く了承する所じゃないんですか!?」

「あー、その……学ぶのは構わないけど、僕が教えることはできないんだ」

 

 間桐である桜が魔術を学ぶとなれば、その師は慎二しかありえない。

 けれど自分では教えられないと慎二は言う。

 禅問答か何かだろうか。それこそイジメか、イジメなのか。

 

「まさかとは思いますけど、面倒だから、なんて理由じゃありませんよね?」

 

 ニッコリと天使の微笑(エンジェルスマイル)を向けておく。

 最悪の場合、脅しでなんとかするぞ。その意思表示である。

 幸いなことにネタはいくらでもある。悪い文明(えっちぃ本)は粉砕だ。

 

 この駄兄(ワカメ)は面倒なことから逃げる傾向にある。

 多少、脅して追い立てるくらいが丁度いい。

 物騒な方向に飛んでいく桜の思考を察したのか、慌てて慎二が引き止める。

 その様はさながら、妻に浮気の弁明をする夫のようだった。

 

「い、いや! 違うんだ桜! その……僕の魔術ってかなり特殊でさ」

 

 改造によって埋め込まれた魔術礼装が、思考を元にルーンを自動生成!

 そこに魔力を流すことによって、誰でもお手軽に魔術が行使出来る!

 これこそ慎二に搭載された最新装備、名付けてケルト式ルーン生成システム!

 

「つまりどういうことですか?」

「えーっとだね」

 

 要するに慎二は、わけのわからない力を、わけのわからないまま振るっているのだ。

 だから教えられない。なるほど、わからないことがわかった。

 

「……魔術っていうか、それほぼ科学の産物ですよね?」

「一応は魔術なんじゃない? 魔術だと思う……魔術だといいなぁ」

 

 なんだか凄く理不尽なモノを見たような気がする。

 世の中の魔術師が聞いたら卒倒すること間違いなしだ。

 兄に常識が通用しないことは知っていたが、ここまでとは。

 

「というかアレだよ、アレ」

「アレ?」

「桜の属性って虚数だろ?」

 

 桜の属性は、架空元素・虚数。

 兄が言うには中々に珍しい属性なのだそうだ。

 具体的に言えば、星四つ分くらいのレア度とは兄の弁。

 ちなみに慎二は星三つのハズレ枠らしい。何の話だろう。

 

「虚数魔術なんて特殊すぎて、どっちにしろ僕じゃ教えられないよ」

 

 “ありえるが物質界にないもの”を司るのが虚数という属性らしい。

 どうしよう。全くイメージが湧かない。

 あれだ、こういう時は兄に尋ねるに限る。無駄な知識の宝庫だし。

 

「ちなみに虚数って何が出来るんです?」

「平面から影を立体化させたり? 虚数空間への扉を開いたり?」

 

 ほら、ちゃんと答えてくれた。疑問形だったけど。

 他にも未来へ物質を転送したり出来るらしいが――

 影? 空間? なるほど、意味がわからない。

 

「多分だけど、僕の魔術よりもふわっふわな系統だと思う」

「兄さんよりもふわっふわ……!?」

「おい待て、そこ驚くところか? 僕をなんだと思ってる!?」

 

 それにしても困った。兄が使えないとなると、他のアテなど桜は知らない。

 どうしたものかと二人で悩んでいると、名案が浮かんだと慎二が手を叩いた。

 

「そうだ、まずは遠坂の魔術でも学んでみたらどうかな?」

「遠坂、ですか」

「宝石魔術って言ってね。桜とも相性が良い……はず。おそらく、きっと」

 

 宝石に魔力を移し、それを使って魔術を行使する。

 転換の特性を持つ遠坂の魔術師とは相性が良いらしい。

 最終的にどうするかは別として、基礎としては悪くない。

 

 とはいえ遠坂、遠坂か。

 あの家にはまだ、複雑な思いがしこりとなって残っている。

 相性が良いからと言われて、はいそうですかと受け入れられるモノでもない。

 

「間桐の魔術は……ダメですよね」

「ああ、うん。流石にアレ(十八禁)は僕も勘弁してほしいかなぁ……」

 

 脳裏に浮かぶのは間桐の家に来た直後。兄に救われる前の記憶。

 遠坂以上に無理だ。もう生理的に受け付けない。

 だがしかし。いや、ひょっとすると――これならいけるかも。

 

「仮に……仮にですよ? 間桐(十八禁)方式で行くとして」

「うん? なんか不穏な文字が隠れてた気がするぞ!」

「神秘の塊である兄さんとアレコレすれば、私も魔術が使えたり――」

「スタァーップ! ストップだ桜!」

 

 慎二が焦った様子で桜の肩を掴む。

 その額からは汗がまるで滝のように流れている。

 

「桜、それは僕の死亡フラグだ」

「ふ、ふらぐ?」

「妹に手を出した兄貴(ワカメ)は死ぬ。いいね?」

「えっ? そんな話聞いたこと……」

「いいね?」

「あ、はい」

 

 こちらとしてはウェルカムなのだが、どうにも兄のガードは固い。

 事あるごとに誘惑してみてはいるのだが、どうにも乗ってくれない。

 

 別にいいじゃないか、義兄妹なんだし。

 さきっちょくらい、減るもんじゃあるまいし。

 義兄(おにい)ちゃんだから、愛さえあれば関係ないのだ。

 

 それともあれか、やっぱり胸部装甲をもっと厚くしないとダメなのか。

 ベッドの下の宝物庫(バビロン)的にも、そういうのが好みなのだろう。

 こうなったら是が非でも大きくしなければならない。もっと牛乳を飲もう。

 大きくなったら――というのはつまり、そういうことなのだから。

 

 

 

 

 

 

 で、その後。

 慎二はなんとか桜の誘惑回避に成功。

 とりあえず宝石魔術を試してみようと、地下にある蟲蔵跡にやって来ていた。

 あまり良い思い出はないが、魔術の練習が出来る場所なんてここしかない。

 改装された間桐邸は人には住みやすく、魔術師には住みにくい場所なのである。

 

「そういうわけで桜には早速、宝石魔術を試してもらうわけだけど」

「何か問題でも?」

「問題というか……困ったことに宝石がない」

「企画倒れじゃないですか。開幕から頓挫してますし」

 

 父である鶴野がアレになった後、金目のモノは全て整理してしまった。

 当然、その中には美術品や宝石類も含まれるわけで。

 

「そこで今回は特別に代用品を用意したんだ」

「代用品ですか?」

「要するに魔力を貯蔵する性質があればいいワケだからね」

 

 そう言って桜に差し出すのは、蒼銀色の棘。

 どこかで見覚えのある色をしたソレは、鈍く輝きを発している。

 

「これはもしかして兄さんの」

「そう、それは僕の」

「おいなりさん――」

「違うわ!」

 

 肩辺りから削り取った装甲の一部である。

 私のおいなりさんでは断じてない。

 

 紅海の魔獣、クリードの外殻たる装甲には、非常に高度な神秘が宿っている。

 そこに慎二の魔術が加われば、魔力を貯蔵する機能を持たせるくらいは容易い。

 ちなみに放っておけばまた生えてくる。甲殻類の足みたいなもんである。

 

「これが兄さんの……フフフ、そう思うと可愛く思えてきました」

 

 恍惚とした表情で蒼銀の棘を撫でる桜。凄まじく卑猥な手つきだ。

 なんだろう。軽くヤンデレ方向に向かっているのは気のせいだろうか。

 ホントどうしてこうなった。原作だとこんな芸風じゃなかった。

 

 だがしかし。しかしだ。

 その変化の原因を挙げるなら、間違いなくソレは慎二にある。

 立派にここまで育て上げてしまったのは、紛れもなく自分なのだから。

 桜には聞こえぬよう、小声で呟く。

 

「……教育方針、間違えたかな」

 

 原作ヒロイン育てたら、変態になった。

 どうしたらいい? どうにもできない。

 諦め、全てを悟ったような表情で慎二は続けた。

 

「……今回はそれに魔力を込めて貰おうと思う」

「兄さんに私のを注ぎ込むんですね……」

「卑猥な言い方にすんのヤメてくれるかなぁ!?」

「ちなみに私的には逆のほうが好みです!」

 

 知りたくもない情報をありがとう。本当に絶好調だね桜ちゃん。

 なおこの家の最高権力者は桜なので、止められる人間は居ない。

 ブレーキのない機関車と言えばわかりやすい。これが絶望か。

 ごめんね時臣(トッキー)。娘さん、こんなんになっちゃった。

 

 いやまぁ、この家に預けたのはトッキーなんだけども。

 これも全部、時臣ってやつの仕業なんだぜ!

 そういうことにしておこう。そのほうが精神衛生上よろしい。

 

「とりあえず桜、早速やって――」

「できました!」

「うっそだろオイ」

「ホントですよ、ほら!」

 

 そんなアッサリ出来るモノだったか。

 あの天才と名高い遠坂さん家の凛ちゃんですら最初は失敗していたのに。

 自信満々な桜の手に乗せられていたのは――

 

「なんだこの蛍光ピンクの物体……」

 

 桜が注ぎ込んだ魔力でピンク色に変色し、ついでに丸くなった棘、もとい棒。

 成功はしていた。けれども絵面がアレだった。どう見ても大人のアレである。

 人のことを奇人だ変態だなどと散々に言っておいて、本人はこのザマ。

 ドン引きである。お兄ちゃん悲しくて涙が出てきそうだった。

 

「アウトォ!」

「なんでですか! 成功したじゃないですか!」

「成功は成功だけどさぁ! あるじゃん、ほら!」

 

 言いつつそっと目を逸らす。

 美少女がアレを持っているというのは、青少年には少々刺激的だった。

 中身は大人でも体は青少年なのである。ヤりたい盛りの猿なのである。

 

「なんで目を逸らすんですか、ちゃんと見てくださいよ!」

「ちょ、押し付けるな! なんか生温――やめ、ヤメロォ!」

 

 なんというか。

 間桐邸は今日も平和だった。

 

 

 

 




デッドプールを観に行った。
で、悟った。

R-15ってここまでヤっていいのかと。
なるほど、なるほど。よくわかった。

で、出来上がったのがコチラ(白目


<追記>

あと感想で頂いてる慎二君のスペックについて。

戦争まで行ったら詳しく描写するつもりなんで、暫しお待ちを。
具体的には同じアレ持ってる人とかその辺りで書きます。

それであんまアレになりそうなら、タグ追加するかもしれないです。



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第五話

待って、引き返すなら今よ!
ガチャとアンチ・ヘイトは悪い文明ってアルテラさんも言ってた。

そろそろタグが本領発揮し始めます。
(アンチ・ヘイトは念のためじゃ)ないです。
あと今回長いよ!


 中学校の校舎裏。

 古来より決闘、または告白の場として知られる神聖な場所。

 そんな聖域は今、一人の少年――間桐慎二によって支配されていた。

 

 死屍累々。

 その場を現すのならば、この言葉が相応しいだろう。

 倒れ伏すのは校内では有名な不良グループ。

 辛うじて生きているようだが、その全員が大なり小なりの怪我を負っている。

 

 顔面が潰れる程度ならまだマシだ。

 酷くなると、いくつかの関節が逆方向に曲がっている者もいた。

 ここまで来ると救急搬送が必要だ。

 

「兄さん、いつもながらやり過ぎです」

「桜は甘いね。こういう連中は痛い目を見ないとわからないのさ」

「それはそうですけど……」

 

 さて、どうしてこうなったのだろうか。

 本当ならもう少し穏便に済ませるつもりだった。済ませたかった。

 

 学内の不良グループを一人で壊滅に追い込む。

 外面だけは優等生で通っている慎二にとって、これは紛れもなく痛手だ。

 どうしたものかと考えていると、足元から呻き声。

 

「ま、間桐ォ……」

「あれ、まだ意識あったんだ? さっさと気絶したほうが楽だよ」

「ヒッ……助け――ぁぎ」

 

 顔面を踏みつけ、少年を強制的に黙らせる(シャットダウン)

 それで事の始まりはなんだったか。

 憂鬱極まりないと溜息を吐いた慎二は、静かに回想する。

 

 

 

 

 

 

 間桐慎二は優等生である。

 眉目秀麗、文武両道。おまけに抜群の金回り。

 そんな慎二のキャッチコピーは、完璧系男子

 

 そう――キャッチコピーだ。

 実際に完璧超人(そんなもん)が存在するわけがない。

 ぶっちゃけて言えばハリボテ。赤い悪魔さんと同様の手口である。

 

 アレが“あの兄さん”と同じ人だとは思えない。とは桜の弁。

 褒めてるんだろうか、貶してるんだろうか。

 どうせだったら流石お兄様、とか言われてみたい人生だった。

 慎二の本性を知る桜から、そんな言葉が飛び出ることは一生ないだろうが。

 

 それはさておき。

 外面八方美人の慎二であったが、意外なことに敵が多い。

 別に慎二が何かしたわけではない。むしろ何も悪くない。

 では何が悪いかといえば――あえて挙げるならそう、桜が悪い。

 

 運命が捻子狂った結果、今の桜は圧倒的なヒロイン力を魅せつけている。

 そのヒロイン力たるや、青とか赤が霞むほど。

 そうなると当然、一緒に居る慎二に嫉妬的な意味での被害がくるわけで。

 

 なんでや男子諸君。僕達は兄妹なんやで。そういう関係ちゃうんやで。

 そんなこと言いつつ、実は義理なんだろって? なんで君らそれ知っとるんや。

 え? 桜が影で吹聴してる? なるほどそうか、そうなんか。

 

 イケメンオーラを全開にしている割には、女子に受けが悪いと思っていた。

 それがまさかそんな理由だったとは。なるほど、お兄ちゃん、おこです。

 

 そんな感じで慎二には昔から敵が多かった。

 そして敵に対する慎二の行動は極めて単純明快だ。

 害があるなら潰す、ないなら放置。

 触らぬ神に祟りなし、というやつである。

 どちらが神かは言うまでもないだろう。

 

 で、そんな神様の導火線に火が点いたのが数日前。

 出火原因は、慎二が小学校以来のオトモダチから聞いた不穏な噂。

 

 間桐の妹を狙おう。

 そんな話が不良グループの一部で上がったらしい。

 

 前にも同じようなことがあった。

 慎二()に手が出せないのなら、()を使えばいい。

 容易に想像がつく手段であるし、実行した輩も実際に居た。

 そしてこれまで数度あったそれは、慎二が未遂の段階で物理的に(キッチリと)粉砕してきた。

 

 慎二の居た小学校では有名な話だ。

 何があっても、間桐桜には手を出すな。

 藪を突いて何が出るのかわからないぞ、と。

 

 あれだけ徹底的に潰して、挽いて。

 それでなお歯向かう馬鹿など流石に居まい。

 慎二はそう高を括っていた。

 

 思えばそれがいけなかったのだろう。

 慢心すると王様でも死ぬ。そう叙事詩にも書いてあるというのに。

 そんな大事なことを、慎二はすっかり忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 今日の放課後のこと。

 時間にすれば十分ほど前、桜が呼び出された。

 

 下駄箱に入っていた一通の手紙。

 大切な話があります。放課後校舎裏に来てください。

 

 文面だけ見れば告白の手紙である。

 何も知らない桜は、ノコノコと校舎裏へ行ってしまった。

 それが運の尽き。

 尽きていたのはどちらの運かなど、今更言うまでもない。

 

 友人に事の次第を告げられた慎二は校舎裏に急行。

 するとそこで待っていたのは件の不良グループ。

 

「随分と早かったじゃねぇか、間桐よぉ」

 

 そう言ってこちらを睨み付けるのは、リーダー格らしき少年――少年?

 随分とお顔がビーバップじみていらっしゃる。本当にコイツら同年代か。

 

 そんなツッコミをしていると、自慢の黒髪を掴まれた桜の姿が目に入る。

 つーかそこ、桜ちゃん壁に押し付けながらクンカクンカすんな。

 ヒロインの匂い嗅ぐとか羨ましいぞ、今すぐ変われ。

 あ、ちなみにペロペロは禁止な、したら慎二(ワカメ)特権で極刑な。処すからな。

 

 この辺りで既に慎二の怒りは有頂天であったが、びーくーる。

 冷静になれよ。キレてもいいことないっすよの精神で押しとどめた。

 

「に、兄さん……」

「大丈夫だ桜、今助けてやるから」

 

 そんな昼ドラでも今時ないようなやりとりをしていると。

 ニヤニヤと笑いながら、一人の大柄な少年がこちらへ向かってくる。

 

「待ってたぜぇ……間桐。オマエに復讐できるこの日をよぉ」

「お、オマエは!」

 

 アレだ。アレアレ。アイツだよ、ほら。

 どうしよう、思い出せない。

 喉元まで出かかっている感はあるが、誰だったかコイツ。

 

「小学校時代にオマエから受けた屈辱……一時たりとも忘れたことなどなかった!」

「小学校……? ああ、あの時シメたやつか」

 

 なるほど、確かによく見ればそうだ。

 まだ懲りてなかったのか。シメが足りなかったのか、そうなのか。

 ていうか太ったね君。初見で気付くのは無理だと思う。

 とりあえず今からオマエの名前は、微笑みデブだ。光栄に思え。

 

「これを嵌めろ」

 

 どこから仕入れて来たのか。その手に持っていたのは手錠。

 拘束され無抵抗になった自分をいたぶるつもりなのだろう。エロ同人みたいに。

 ビーバップ顔の不良×慎二(ワカメ)。誰得ですか、わかりません。

 

 薄い本が厚くなりそうな展開だがさて。

 桜が人質になっている以上、迂闊に動くことはできない。

 下手をすれば、それこそエロ同人になってしまう。

 

 攫われた桜ちゃんが、慎二の目の前でアレやコレされる本。

 さらに薄い本が厚くなりそうな題材が出てしまった。

 ちなみに残念ながら、慎二にそっち(NTR)の趣味はない。

 

「おら、妹のことが惜しかったら、とっとと嵌めろ」

「ハイハイ、わかったからそう急かすなよ。せっかちは嫌われるぜ?」

 

 渋々といった様子で手錠を嵌めていく。

 どこで買ってきたか知らないが、見るからに安物っぽい。

 ブツの出所はド○キのアダルトコーナー辺りだろうか。

 この程度なら変身しなくても引き千切れそうだ。

 

「ほら、嵌めたぞ。早く桜を離せよ」

「いいや、まだだ。おいデブ。やっていいぞ」

 

 コイツ身内からもデブ扱いされてるのか。

 ええんやで、泣いてもええんやで。

 同情的な目で見ているとそれが癇に障ったのか、顔面を殴られた。

 

「兄さん!」

「ああ、大丈夫だよ桜。兄さんは無敵だからね」

 

 誇張でもなんでもなく、その通りである。

 神秘の通っていない攻撃など慎二には通用しない。

 むしろ殴った微笑みデブの手を心配するべきところだ。

 

「兄さん! 私のことはいいですから――」

「うるせぇ女だな! テメェは黙ってろ!」

「きゃっ――」

 

 桜が殴られた。堪えるように小さく悲鳴が上がる。

 こいつ何した。何してくれやがった。

 

「おら、間桐! 顔上げろ! 二発目だ!」

 

 こっちが下手に出てみれば調子に乗りやがって。

 人間にはヤって良いこととヤっちゃいけないことがある。

 そんなことすらわからないのか、コイツらは。

 ダメだ。もう我慢できそうにない。慎二の奥で何かが切れた音がした。

 

「おい、聞いてんのか、間桐!」

 

 うるさい、微笑みデブ。黙ってろ。

 嵌めていた手錠を力任せに引き千切る。

 コイツらは二度と反抗する気が起きなくなるよう、キッチリと磨り潰す。

 楽しい楽しい、楽し過ぎて血塗れになる間桐式過剰防衛論(おべんきょう)の時間だ。

 

 微笑みデブのニヤついた顔に無言で掌底。

 顎を砕く感触と共に、巨体が人形のように崩れ落ちる。

 訪れた静寂。

 暫くして事態を把握したのか、リーダーが叫んだ。

 

「ま、間桐ォ! てめぇ、タダで済むと思ってんのかァ!」

「それはこっちの台詞だよ」

 

 間桐慎二にとって、間桐桜は逆鱗である。

 そして竜の逆鱗に触れた者の末路というのは、往々にして決まっている。

 

「オマエらこそ、タダで済むと思ってるワケ?」

 

 少しだけ魔力を解放。一息で桜との距離をゼロにする。

 拘束していた男子の顔面に拳を叩きこみ、桜を引き剥がす。

 全員許しちゃおかないが、コイツは特に許せない。

 

「誰が桜のことクンカクンカして良いって言った? あ゛ぁん!?」

「怒るところそこですか兄さん!?」

「大事なことじゃないか――っと!」

 

 桜を抱えたまま、隣に居た少年に上段蹴りを入れる。

 まるで漫画みたいに軽く吹き飛んだ。

 赤く腫れた桜の頬を撫でつつ、そっと治癒魔術を発動。

 

「ああ桜、大丈夫だったかい? 痛くなかった?」

「あ、はい。私は大丈――ひゃぁ!」

 

 ダンスを踊るようにターン。桜との位置を入れ替える。

 手頃な場所にあった顔面に裏拳。なにやら潰れた音がした。

 

「兄さん! 後ろ!」

「後ろ?」

「く、くたばれ! 間桐!」

 

 桜の声に従い後ろを見れば、目に映るのは振り下ろされる金属バット。

 しかし慎二を仕留めるには遅すぎた。掌で掴んで受け止める。

 少年は必死になってバットを奪い返そうとするが、人外の握力がそれを許さない。

 

「うん、とりあえず掴んでみたけど」

 

 離したらまた殴って来る。でも奪ったらなんか凶器使ったみたいで嫌だ。

 慎二は暫し逡巡した末、握り潰すことに決めた。

 バットがまるでアルミ缶のように潰れていく。凶器は処分しちゃおうね。

 そのまま丸めてポイ。バッドは見事な鉄球へと早変わり。三秒クッキングだ。

 

「う、嘘だろ……?」

 

 ここに来て少年達は悟った。明らかに次元が違う。

 自分達は手を出してはいけないモノに手を出してしまったのではないか。

 しん、と静まり返った中で誰かが言った。

 

「ば、バケモノだ……」

「え、なに? 今更気が付いたの?」

 

 慎二の声が響いた瞬間、少年達は恐慌状態に陥った。

 我先にと逃げ出す少年達。だがそれを逃がすほど慎二は甘くない。

 潰すなら徹底的に。二度と反抗心なんて持てないように。

 

「やめ――助け――」

「嫌だ――死にたく――」

「悪かった、俺達が悪かったから――」

 

 そこに一切の容赦はなかった。

 ある者は腕をへし折られ。

 またある者は拳によって沈められ。

 文字通りに千切っては投げ、千切っては投げ。

 

 まさに一瞬の嵐。

 数秒後、立っているのは慎二と桜だけになった。

 

 

 

 で、現在に至るわけだ。

 気絶させた少年を足蹴にしながら慎二が尋ねた。

 

「ねぇ桜」

「なんです、兄さん」

「どうしよっか、コレ」

「いや、私に聞かれても困るんですけど……」

 

 後のことを全く考えてなかった。

 痛めつけるにしても、自力で歩ける程度にしなければ。

 ここまでヤると処理が増えて面倒だ。

 さっきまでの慎二は、感情の激流に身を任せてどうかしていた。

 

「もう放っておいて帰りません?」

「桜も案外に外道だね……」

「失礼な、兄さんほど酷くありませんよ」

 

 ほど、ということは多少は自覚があるのか。

 なるほど。やっぱり教育方針を間違えた。

 もう一回だけ謝っておこう。ごめんね時臣(トッキー)

 

 墓のある方向にぎゃーてーしていると、少年が走って来た。

 息を切らして肩で息をする少年は、悲観に満ちた声で呟く。

 

「なんだよ……これ……」

「――ん?」

 

 まだ仲間が居たのか。そう思ったが――

 違う。コイツだけは違う。そうであってはならない。

 赤銅のような赤髪、鋼の意思が籠った瞳。

 見紛うはずもない。だって彼は――

 

「ハハ、遅かったじゃないか。主人公」

 

 そう、衛宮士郎だ。

 この世界の主人公が一人。正義の味方に憧れる壊れた人間モドキ。

 そんな主人公サマが怒りに肩を震わせていた。

 

「オマエが――」

「うん?」

「オマエがやったのか、間桐」

 

 慎二は少しだけ目を細めた。名前を憶えられているとは思わなかったからだ。

 こっちはコイツに関わりたくないがために、今日まで意図的に避けていたのに。

 少しだけ慎二君の死亡フラグが増えたような気がする。

 

「僕以外に誰が居るっていうんだい?」

「……ここまでする必要はあったのか?」

「ハァ?」

「ここまでする必要はあったかって聞いてるんだ!」

 

 突然主人公がやって来たと思ったら、急にキレ始めた。

 何を言っているかわからないと思うが、僕も何を言っているのかわからない。

 少なくとも今回の件について、衛宮士郎は無関係なはず。

 あれか、これが噂のキレる若者ってやつなのか。

 

 というか、主人公がなんでここに居る。

 誰かが呼んだのか。確かにコイツなら喜々として飛んできそうだ。

 余計なことをしてくれた。犯人は見つけ次第オシオキだゾ。

 

 で、なんだったか。どうしてこいつが怒っているか、だったか。

 あれだ、こういう時は落ち着いて相手の思考をトレースしてみよう。

 所謂、相手の気持ちになって考えてみよう、というやつだ。

 

 衛宮士郎(せいぎのみかた)的に観て、この状況はどうだろう。

 屍当然の不良達。そしてそれを足蹴にする間桐慎二。

 もしかしなくても、慎二のほうが市民を虐げる悪の手先に見えはしないか。

 

 なるほど、コイツが怒りを露わにしている理由はそれか。

 間桐式過剰防衛論と衛宮士郎(コイツ)は確かに水と油だろう。

 だったらコレだ。正義には正義っぽい論理で対抗するに限る。話術の時間だ。

 

「勿論あったさ」

「な――!?」

 

 士郎は絶句している様子だったが、構わず慎二は続ける。

 

「こうしておけば二度と僕に反抗しようだなんて思わないだろ?」

「そんな理由で!」

 

 食いついた。食いついてしまった。

 こうなっては最早、慎二の思う壺である。

 慎二は大仰に手を広げ、演説するように語ってみせた。

 

「そんな理由? いやいや大切な理由だよ! 君は今回の件、どこまで知ってる?」

「妹が人質にとられて、ここに間桐が向かった、までは……」

 

 どうやら概ねの事情は知っているらしい。

 ならば、と慎二は尋ねた。

 

「これ以外に、僕達が安全に残りの学校生活を送る方法があったかい?」

「それは……」

「話し合い、なんて生温い理想論は語るなよ? そんな段階はとうに過ぎてた」

 

 逆鱗()に手を出した時点で、戦端は開かれている。

 もし本当に止めるつもりであれば、その前の段階で手を打たねばならなかった。

 最初に慎二が放った言葉が全てだ。

 遅かった。正義の味方の時間はとうに終わっている。

 

「ぅ――ぁ――」

 

 そんなどうでもいい問答をしていると。

 目が覚めたらしいリーダー君が逃げようとしていた。

 勿論だが逃がす気はない。やるなら徹底的に。それが間桐家のモットー。

 頭蓋に足を置く。せめてもの慈悲だ。このまま気絶させてやろう。

 

「その足をどけろ! 間桐! これ以上は必要ない!」

「断る」

「どけろと言った!」

 

 無駄に苦しめるのはアレだし、善意で一思いにヤってあげようと思ったのに。

 主人公的にはバッドな選択肢であったらしく、こちらに猛然と突進してきた。

 うん、知ってた。話術の次は物理だって、知ってた。

 

「間桐ォ!」

「あー、もう。こういうの柄じゃないんだけどなぁ!」

 

 慎二はもうなんか色々と諦めていた。

 出会ってしまった時点で未来は確定していたのかもしれない。

 相性が悪いだろうな、とは思っていた。

 しかしまさか、ここまで決定的な軋轢を生むとは。

 

 突進する士郎を躱し、右手で首を掴む。

 そのまま片手で持ち上げ、校舎の壁に叩き付けた。

 

「やめてよね、本気で喧嘩したら僕に敵うはずないだろ?」

「くっ……ま、とう……!」

 

 ギラギラとした瞳でこちらを睨み付ける士郎。

 だからそういうのは本気でやめてほしい。

 あれだ。慎二の中の死亡フラグが急速に増殖する気配を感じるのだ。

 こっちは半分くらいノリで生きている。唐突なマジモードは勘弁願いたい。

 

「そんなにコイツらのこと助けたいなら――そうだ、後始末は君に頼もうか」

「な、に……?」

 

 面倒事は全部、衛宮士郎に投げてしまおう。

 足りないなら他所から持ってくる。面倒なら衛宮を連れてくる。

 完璧な理論(ロジック)である。外道ここに極まれり。

 

「なんていうのは流石に冗談――」

「え? いいんですか! じゃあお願いします!」

「――だけど……えっ?」

 

 突如出現した伏兵。存在感ごと息を潜めていた桜である。

 冗談で済ませようとしたら、いつのまにか冗談じゃなくなっていた。

 あれだよ。本当に助ける気はあったんだよ。半分くらいは。

 

「じゃあ帰りましょうか、兄さん」

「お、おう?」

 

 待て、この流れで腕を組むな、真っ直ぐ帰ろうとするな。

 いいのか。ヒロインとしてそれはアリなのか。

 

「晩御飯は何がいいですか、兄さん?」

「えっと、その……だね?」

「私は久しぶりに兄さんの卵焼きが食べたいなぁ」

 

 主人公は無視か、無視なのか。

 慎二はちょっとだけ涙を流した。

 引き返せない過去に。そして自分より外道かもしれない妹に。

 

「ま……て……待て、間桐……!」

 

 すまない。待ってあげたいけど桜が帰る気満々なんだ。

 慎二は傷だらけの正義の味方からそっと目を逸らした。本当にすまない。

 これが新たな死亡フラグになりませんように。慎二はそう願うしかなかった。

 

 

 

 




やっちまったZE☆

なんか尻切れトンボだなぁと思っていじくってたら、五話と六話が合体していた。
そしたらいつの間にか主人公をボコボコにしていた。
ついでにヒロインがヒドインになっていた。
何を言って(ry

ホントは士郎君と適当にケンカして終わるはずやったんや。
不良なんてなかったはずなんや。
どうしてこうなった。

あと微笑みデブに対する熱い風評被害。



次かその次くらいで中学編は終わりにして、そろそろ本編行きそう。
そこでストック終わるので、ちょっと更新期間伸びるかもしれないです。

いい加減に主人公を戦わせないと、感想欄でゲイボルクがゲイ♂ボルクにされてしまう。


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第六話

このSSは厄落としのために投稿されたものです。
酒呑ちゃんが来ますようにと祈って書き上げました。

で、なんで桜ちゃん礼装が両方とも限凸するんですかね。



ちなみに今回のテーマは「卒業」です。


 ネオフユキ・スゴイタカイビル。もとい冬木ハイアットホテル。

 わかり易く言うのであれば、切嗣(ケリィ)に爆破されたアレ。

 

 再建されたホテルの最上層にあるレストラン。

 そこで慎二と桜は、優雅なディナータイムを楽しんでいた。

 ちなみに完全個室のVIPルーム。金にモノを言わせた結果である。

 

「卒業おめでとう、桜」

「ありがとうございます、兄さん」

 

 乾杯。グラスが涼やかな音を立てる。

 勿論だがノンアルコールだ。未成年の飲酒はダメ、ゼッタイ。

 

 豪勢な料理に舌鼓を打つ。

 学生には分不相応であるが、間桐の資産を考えれば相応の選択だ。

 間桐の資金力は冬木一。冬木長者番付にもそう書いてある。

 

 ドレスコードに合わせて、桜には新しくドレスを仕立てた。

 桃色でやや露出の多いデザイン。胸部装甲の成長著しい桜には良く似合っている。

 お兄ちゃん的には眼福。お胸の谷間がグッドだ。中に納められたい。

 

 見目麗しい少女に美味い料理。会話も弾むというもの。

 一番の話題は、やはり桜の卒業式。

 保護者として参列した慎二は、それはもう目立っていた。悪い意味で。

 持ち込んだのは、ある種の物々しささえ感じる撮影機材一式。

 

 卒業生代表として桜が壇上に上がるや否や、巻き起こったのはフラッシュの嵐。

 全て慎二が持ち込んだ機材によるものである。業者でもあそこまではやらない。

 

 恥ずかしいやら何やらで赤面した桜ちゃんも実にグッド。

 さらにフラッシュが追加されるという負の連鎖が始まったり、始まらなかったり。

 

「流石にアレはちょっと……」

「卒業なんてイベント、人生で数えるくらいしかないんだ。盛大にいかなきゃね」

 

 卒業。その言葉を慎二が口にすると、ふと桜が眉根を寄せた。

 なんとも複雑そうな表情である。めでたい日には似合わない。

 

「でも……なんだか申し訳ないです」

「ん? 何がだい?」

「進路のことですよ。私だけ進学するなんて……」

「いいんだよ。どうせ僕は初めから乗り気じゃなかった」

 

 慎二は原作とは違い、進学を止めて家で家業に専念している。

 成績を考えれば引く手数多のはずが、どうしてこうなったのか。

 決定打はやはり、あの間桐式過剰防衛論(おべんきょう)だろう。

 

 あの後、優等生という慎二の仮面は剥がされてしまった。

 今では悪の親玉扱いである。ラスボスルートは勘弁しろください。

 ちなみに本性を知る連中は当然の措置だと納得していた。本気で解せない。

 

「兄さんなら、どこへだって行けたはずなのに」

 

 生まれた軋轢は主人公との間だけではなかったようで。

 なるべく原作通りに事を進めるつもりだったが、そうもいかなくなってしまった。

 世界はいつだって、超人には生き辛いものなのである。

 

「桜が気にすることじゃあないよ」

 

 とはいえだ。慎二としては、それを痛くも痒くも思っていない。

 どのみちいつかは、間桐の家長として仕事に専念せねばならなかった。

 学業の片手間では限界があったし、丁度いい機会だったと思う。

 

 臓硯を殺した時から色々と背負う覚悟はしていた。この程度がなんだというのか。

 それに金を転がす、というのは中々に面白い。慎二の性に合っているのだろう。

 

 ちなみに慎二が手始めに行ったのは、遠坂が持つ土地の買収だ。

 言峰の杜撰な差配よって人手に渡るはずだった土地を、裏で密かに回収。

 数年に渡る地道な工作によって、間桐家の資産は今では当初の倍近くにまでなった。

 左団扇とは正にこのこと。正直、黒い笑いが止まらない。

 

 魔術師としてはともかく、資産家としては今が間桐の絶頂期。

 時臣(トッキー)が死ねば間桐が儲かる。古事記にも書いてある。

 

「兄さんが納得してるなら、これ以上は言いませんけど……」

「納得どころか大満足だよ。だから気にしない、気にしない」

 

 盛者必衰とはこのことだろう。

 遠坂の繁栄と衰退を掌の上でコロコロする。

 主要な霊地が全て手に入った瞬間なんて、もう絶頂しそうな勢いだった。

 あれだ。コンプガチャをコンプした瞬間に近いものがある。

 

 冬木のセカンドオーナー? 何それ美味しいんですか。

 主だった霊地は既に慎二が全て抑えてある。このホテルの土地だって間桐のものだ。

 今では間桐家が冬木の影なる支配者。そう言っても差支えがない。

 甘美なデザートに舌鼓を打ちつつ、邪悪な笑みを浮かべる慎二。

 

「――うん?」

 

 その時だった。ふと異変を感じる。何だろう。

 身体の動きが鈍い。呼吸が荒い。そして――なんだろう、妙に火照る。

 

「……ねぇ桜、この部屋、少し熱くないか?」

「いえ、すこし涼しいくらいだと思いますけど」

「おかしいな」

 

 謎の組織に改造されて以来、慎二は病気一つしたことがない。

 脳が肉体の異常を感知した瞬間に、ルーンによる自動修復が行われるからだ。

 それにも関わらずこの異常。

 慎二の肉体に、ナニかよくないことが起こっているのは間違いない。

 

「ごめん桜。少し体調が……あれ……?」

 

 ゆっくりと斜めに傾いていく世界。

 いや違う。傾いているのは自分の体だ。

 慎二は音を立てて、レストランの床に倒れ伏す。

 

 これは駄目だ。

 きゅーきゅーしゃ。きゅーきゅーしゃぷりーず。

 目だけで桜に訴えたが、しかし彼女が浮かべたのは妖艶な笑み。

 

「……本当に兄さんは凄いですね」

「しゃ……(しゃくら)?」

 

 本当におかしい。

 ついに呂律すら満足に回らなくなっている。

 

「あれだけ飲んで、食べて……まだ意識があるなんて」

「にゃにを言ってりゅ……?」

「お薬ですよ、お、く、す、り」

 

 そう言って桜が取り出したのは、どこか淫靡な香りの漂う小瓶。

 中身まではわからなかったが、なんかヤバいのは本能でわかった。

 

 というか、さっきから桜の目が尋常じゃない。

 これは妹が兄に向ける目じゃない。これはそう、捕食者が獲物に向ける目だ。

 

「ぅ……ぁう……」

「フフ……兄さん、どこへ行こうとしてるんです?」

 

 這って逃げようとする慎二の先へ回り込むように、桜が仁王立ちする。

 ドレスの隙間からは、ほっそりとしながらも肉付きの良い太腿が見えた。

 まるで瑞々しい果実のようなそれに、いますぐにでも――いますぐにでも、なんだ。

 何を考えている。相手は妹だぞ。

 僅かに残った理性が、侵攻する甘い毒の最後の防波堤だった。

 

「我慢しなくていいんですよ、兄さん。ホラ楽になりましょうよ」

 

 桜は僅かに残った小瓶の中身を呷ると、その細い指で慎二の顎を持ち上げた。

 そして――唇が重ね合わされた。

 

「あむ――んふっ……これで全部です」

 

 口腔から喉。そして臓腑まで、熱い液体が染み渡っていく。

 いや、液体だけではない。一緒に流れ込んでいるコレは――魔術。

 すぐさま対魔力スキルが発動、しない? え、休業中?

 

「な、なんれ……」

「あはっ……無駄ですよ。兄さんの体のことは、隅々まで調べましたから」

 

 波濤仮面の対魔力スキルは万能だったはず。

 そこに欠点なんて――

 

「消化器系だけは対魔力が働かないんですよ、兄さんの身体って」

 

 あったわ欠点。仕事しろ対魔力。

 ガバガバじゃないか、この身体。

 あのカルトならぬ、変態ケルト集団め。

 どうしてこんなわかり易いセキュリティホールを塞がなかった。

 

「そこを塞ぐと、食物から魔力を摂取できなくなるからでは?」

 

 なるほど。

 というかなんでこっちの思考が読めるんだ。

 

「兄さんのことなら、なんだってわかりますよ?」

 

 そうですか。

 ところで桜さん。慈悲はないんですか。

 

「ありません。それじゃあイキましょうか、兄さん」

 

 動け、動け、動け、動け!

 なんか違うシンジ君混じってるけど、暴走でも良いから動いてよ!

 アカンねん、このままやと色々アカンねん。

 

「大丈夫です、優しくシてあげますから」

 

 もう声も満足に出せない。

 今の慎二に出せそうなのは、白い青春だけである。

 

「最上階のスイートを予約しておきました。たっぷり楽しみましょう?」

 

 ああ、逃げられない。

 動かない体。ドロドロに溶かされていく理性(ココロ)

 そして目の前に居るのは愛おしくて大切な――。

 なんというか。もぅマジ無理だった。

 

 

 

 

 

 

 で、翌日。

 冬木ハイアット。スイートルームにて。

 

昨晩(きのう)はとっても素敵でしたよ兄さん」

「僕の宝物(DT)が失われた!」

「別にいいじゃないですか。男の人ですし、何も減りませんし」

「減るんだよ、心の何かが、減るんだよぅ……!」

 

 女々しく涙を流す慎二。

 対する桜はあっけらかんとしたもので、むしろ艶々と満足気な表情である。

 

「既成事実って……素敵な言葉だと思いませんか?」

「思わないよ! 思いたくないよ!」

「私のことを滅茶苦茶にしておいて……飽きたら捨てるおつもりですか?」

「やめてくれぇ……僕が悪い男みたいな言い方はやめてくれぇ!」

「うふふ、最後のほうはノリノリでしたもんね?」

「そ、それは、だね……そのぅ……」

 

 キスマークの残る肢体を純白のシーツで隠し、桜が淫靡に微笑む。

 言い訳が通用しなくなって、もにょもにょする慎二。男のくせして実に女々しい。

 

「くっ……ここまで、完璧な敗北は、初めて……だッ……!」

「また一つ、兄さんの初めてを貰っちゃいました……」

 

 そうだね、また貰われちゃったね。

 わかったから敏感なとこをツンツンするのやめろください。

 また御立派様が反応しちゃう。しちゃうかららめぇ!

 

「ホントに可愛いですね、兄さんは」

「か、可愛いとか言われたって嬉しくないんだからねっ」

 

 チラチラと横目で煽情的な姿をした桜を見やる。

 実にイイ表情をしていらっしゃる。こんなに嬉しそうな姿は初めて見た。

 だったらコレはコレでアリかと思う辺り、兄馬鹿もとい、桜馬鹿の極みだ。

 

「で、桜。いつから狙ってた……?」

「それはもう、兄さんに助けられたあの日から」

「……魔術を習い始めた理由は?」

「蔵書で霊薬とやらの存在を知りまして」

 

 良かれと思って取った行動の全てが裏目に出ている。

 なんだ。本当にどうしてこうなった。

 全ては桜の掌の上での出来事だった。そういうことなのか。

 桜を助けた日――いや、改造手術を受けたあの日から。

 今この瞬間という未来は確定していたとでもいうのか。

 

「兄さん。ありがとうございました」

「……なにがだよ」

「おかげ様で人生最高の一晩でしたよ……うふふ」

 

 計画が成就し、晴々とした笑顔の桜ちゃん。

 なんかもう色々な意味で勝てる気がしない。

 

「あ、兄さん。言うの忘れてました」

「……なんだよ」

「ご卒業おめでとうございます」

 

 チュッと音を立てて、唇が軽く触れあった。

 慎二は耳まで真っ赤にすると、そのまま全力で枕に顔を埋める。

 暫くの間は、桜の顔を直視できそうになかった。

 

 

 

 




ヤっちまったZE☆

くぅ~疲(ry

既にゴールした感ある。
二人はこのまま幸せな(ry
もうこれでいいんじゃなかろうか(実はバラ撒いてあるフラグから目を逸らしつつ


このまま本編開始します。
ストックはここまでなんで、やっぱり少し開きそうです。

追記、ついでに微ネタバレ?
ご指摘多いので書きますが、ゲイ♂ボルクの表記揺れにはちゃんと理由付けしてあるんやで。
もう暫くしたら頑張って書くので待っててくらさい。




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蛇足的な本編
第七話


本編に入ると言ったな?
あれは嘘だ(すいません



俺の中の魂が、この話だけは書けと叫んでたんだ。


 聖杯戦争で戦わせる英霊を呼び出す儀式――召喚(ガチャ)

 脳裏に蘇るのは在りし日の日々。

 礼装ばかりで出てこない英霊。

 外れるピックアップ。

 金鯖演出からの、すまないさん。

 

 苦い思い出も多い。

 けれど、星五が出た瞬間の喜びは忘れられない。

 あれを一度味わってしまうと、もうダメだ。

 一度嵌れば抜け出せぬ。中毒者は電子マネーを買い漁った。

 

 憑りつかれたかのように回す、回す、回す。

 回せ、回転数が全てだ。騎士王、アルトリア・ペンドラゴンの言葉である。

 

 光源、二時、フレポ、成功。色々あります召喚(ガチャ)の宗教。

 その中でも慎二は、触媒を用意して召喚(ガチャ)に挑む生粋のマスター(課金兵)であった。

 

 そしてこの世界には、本物の触媒がある。

 だから集めるのだ。

 古今東西の触媒を、ありとあらゆる手を使って。

 

 呼符一回分だけ。しかもリセマラ出来ないクソゲー仕様。

 だから少しでもレア度が上がるようにと、慎二は集め続ける。

 例えそれが、僅かばかりの可能性であったとしても。

 星の数が勝敗を分ける。慎二はそのことを知っていた。

 

 そんなこんなで、慎二は今日も聖遺物を買ってきた。

 ブツはイギリスで出土したとかいう円卓の欠片。

 それが大切に抱えたスーツケースの中に納められている。

 

 魔法陣を描き、呪文を唱え――演出からの、召喚(ガチャ)

 現実でそれを成し遂げたとき、どれほどの快感があるのだろうか。

 わからない。わからないから、試してみたい。

 

 やはり慎二だと、ライダークラスになるのだろうか。

 ライダーだとアレだ。

 征服王にケルトビッチ。太陽を落とした方なんかもいらっしゃる。

 

 中々に豪華なラインナップだ。

 どれを引いたとしても、脳内麻薬(アドレナリン)の放出待ったなしである。

 

 聖杯戦争まで半年を切った。

 そろそろ召喚(ガチャ)ってもいい頃合いだろう。

 

 慎二は軽快な足取りで屋敷へ帰参する。

 胸はまるで初恋をしたかのように高鳴っていた。

 

 

 

 玄関の扉を開けば、出迎えたのは義妹である桜。

 だけどどうしたのだろうか。妙に挙動不審である。

 

「あっ……お、お帰りなさい、兄さん!」

 

 目と目があった瞬間に気付いた。

 これアレだ。ナニかやらかして、それを隠しているときの顔だ。

 

「……ねぇ桜」

「な、なんですか兄さん?」

「何をやらかした?」

 

 昔はわからなかったが、イロイロとアレ(十八禁)した今ならわかる。

 桜が“なんだってわかる”と豪語していたのも納得だ。恋は人を進化させる。

 

「え、えーっと……そのぅ……」

 

 どう説明したものか。

 もじもじと悩む桜ちゃんもグッドだったが、問題は何をやらかしたかだ。

 

 今回やらかしたのは、おそらく特大級の失敗だろう。

 おそらく今回は慎二を以ってしても取り返しのつかない可能性が高い。

 取り返しのつく問題ならば、すぐに謝っているはずだからだ。

 

「じ、実際に会ってもらったほうが早いかもしれません……」

「……会う? 誰と? なんだ、何をしたんだ桜!?」

「そ、その……工房で色々としてたら、なんか繋がっちゃって?」

 

 この時点で嫌な予感はしていた。

 初恋のような高鳴りが、不整脈の痛みに変わる。

 

「出てきて、ライダー」

 

 ライダー。その名前を聞いた瞬間に、自然と頬が引き攣った。

 桜の隣に現れたのは――いや、実体化したのは眼帯を嵌めた黒ボンテージ。

 街を出歩けば職務質問待ったなしのお姉さん。

 

 ライダーのクラスで召喚された彼女の名はメドゥーサ。

 原作で桜に召喚されたサーヴァントにして、生存ルートが一つしかない不遇枠。

 少しだけ親近感を覚えたのはナイショである。

 

 慎二はショックのあまり、持っていたケースを取り落とした。

 楽しみに取っておいたプリンを食べられてしまったような絶望感。

 いや実際はそれよりも酷い。このために数年がかりで準備してきた。それなのに。

 ライダーがそっと手を差し出した。握手のつもりだろうか。

 

「アナタがシンジ、ですね。サクラから聞いています。よろしく――」

「――ない。これはない」

「――はい?」

 

 慎二はその手を取ることなく、わなわなと身を震わせる。

 サーヴァントとマスターの兄。その会話の第一声がコレだ。

 

「星三つとかないわ! せめて金鯖呼べよ、金鯖ァ!」

「えっ? ほし? きんさば?」

「三つとかアレだよね。フレポでも出るハズレ枠だよね」

「は……ハズレ!? ハズレって言いましたか今!?」

 

 言ったさ。

 だってハズレなんだもん。

 自分が星三なことは棚に上げて、酷い言い様であった。

 

「これでさぁ! 主力になれるくらいの性能してんだったらわかるよ!?」

 

 具体的には童話作家さんとか、今回は出番なさそうな山翁さんとか。

 でも黒ボンテージ。てめーはダメだ。てめーの居場所は間桐家(カルデア)にねぇから。

 ガクリ、とライダーが膝をつく。

 

「黒ボンテージ……居場所がない……」

「やめてください兄さん! ライダーの精神力(ライフ)はもうゼロです!」

「止めるな桜! 課金兵(マスター)にとって一番辛いのはなぁ! 大枚叩いた後の爆死なんだよ!」

 

 桜の制止を振り払い、慎二は叫びを上げながら工房こと旧蟲蔵へ走る。

 そして床に刻み込まれた召喚陣の前に立ち、呪文を唱え始めた。

 

「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公」

 

 もう原作とか知ったことじゃない。

 アレだ。まだマスター枠に空きはあるのだから、慎二も召喚すればいいのだ。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)!」

 

 バーサーカーとライダーは埋まっているが、他のクラスなら呼べるはず。

 回さないくらいなら、理想(クレカ)を抱いて溺死(破産)しろ。間桐家家訓にもそう書いてある。

 

 このしわ寄せは最後に召喚する連中に行くことだろう。

 具体的には赤いのとか正義バカ。

 彼らにはすまないと思っている。でもやめない。本当にすまない。

 

「抑止の輪より来たれ! 天秤の守り手よ!」

 

 呪文が完成、魔力の光(演出)は最高潮に達する。

 魔力が高まり、魔法陣が金色に輝く。金鯖確定演出である。

 

「勝ったぞ! この戦い(ガチャ)、僕の勝利だ!」

 

 目が眩むほど莫大な光が溢れ、そして収束していく。

 しかし――

 

「――え?」

 

 誰も居なかった。

 光が収束したその先には誰も居なかったのだ。

 

「嘘……だろ?」

 

 しん、と地下に静寂が訪れる。

 間桐慎二。敗北(ばくし)の瞬間であった。

 静かに涙を流しつつ、ゆっくりと膝をつく。

 聖杯よ。海産物(ワカメ)にはマスターの資格すらないと申すか。

 

「兄さん……」

「シンジ……」

 

 遅れてやって来た主従が、悲痛な声を漏らす。

 床についた手に、ポタポタとしょっぺぇ水が落ちた。

 

「兄さん、その……元気出してください!」

「そ、そうですシンジ。私も頑張りますから、ね?」

 

 知っているかい。桜、ライダー。

 挫折を知った男にね、下手な慰めは逆効果なんだ。

 でもどうしてだろう。しょっぺぇ水が溢れ出して止まらない。

 

 なんかもう、このまま全てを捨て去りたい。

 桜とライダーという母性の暴力&暴力に包まれて眠りたい。

 

 だが――囁くのだ。

 いいのかよ慎二。女の子の前で情けない姿見せたまんまで、いいのかよ。

 慎二の中のちっぽけな漢が囁くのだ。

 負けるな。これで終わりじゃない。まだやれることは残っている。

 そうだ。このままじゃ終われない。漢は負けっぱなしじゃ駄目なんだ。

 

「まだだ」

「で、でも兄さん……召喚は失敗して――」

「――まだ終わってない!」

 

 Never be GAME OVER.

 BADエンドにはまだ早い。

 悲しみに満ちた瞳が、僅かな闘志の炎を灯す。

 爆死はしたが、勝つ方法がないわけじゃない。

 

 聖杯戦争では基本的に、英霊達は召喚された直後の状態で戦うことになる。

 だが慎二は知っている。いくら英霊とはいえ、召喚直後は役に立たないことを。

 いくら星五のだったとしても、最初のステータスはゴミでしかない。

 種火をたらふく食わせ、再臨させ。それでやっと役割が持てるのだ。

 

 もう、これしかない。

 星三とはいえど、育てればそれなりの性能にはなる。

 

「桜ァ!」

「は、はい!?」

「再臨素材持って来い!」

「さ、さいりん?」

「モニュメントとか、宝玉とか――その辺にあるだろ! 持って来い!」

「い、いえっさー!」

 

 どこか逆らってはいけない気配を感じたのか。

 ビシリと見事な敬礼をして素材置き場へと走っていく桜。

 

「で、ライダー!」

 

 ギロリ、と慎二は血走った眼を向けた。

 明らかに正気のそれではない。

 いや、正気の課金兵(マスター)など存在しない。古事記にもそう書いてある。

 尋常ではない気迫に、ライダーが思わずたじろいだ。

 

「な、なんでしょうか?」

「喜んでいいぞ――再臨するまで食わせてやる」

「どうしてでしょうか、嫌な予感しかしません……!」

 

 その翌日。

 黒ボンテージがさらに際どくなったライダーが居たとか。

 聖杯戦争まであと半年。今日も間桐家は平常運行であった。

 

 

 




やっぱりガチャは悪い文明(最後の石を食われながら

慎二君は聖杯から資格ナシと判断された模様。
原作通りなんやで(震え


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第八話

なんかもうゴールインした後だけに、本編のオマケ感が拭えない。
もうあっち本編でこっちオマケでいいんじゃなかろうか(遅筆の言い訳

一応、本編終了までのプロットは組み直せた模様。

またボチボチ書くやで!


 草木も眠るウシミツ・アワー。

 凍える深山町を、バイクに乗った慎二が疾走する。

 魔術的なアレコレによって強化されたバイク。間桐家での通称、ライダーの玩具。

 頑張って免許を取ったのに、いつの間にか使い魔のモノになっていた。解せぬ。

 

 こうして乗ってやるのも暫くぶり。

 どうだい。ご主人様のライテクは素晴らしいだろう。

 なに? ライダーのほうが上手だし満足させてくれる? そうか。そうか。

 大事な愛車を寝取られて慎二君、激おこである。

 後でライダーをイジメて愉しもう。そうしよう。

 そんな決意を胸に秘め、目指すは冬木の西端、柳洞寺。

 

 ライダー召喚(ガチャ爆死)事件から数か月。

 聖杯戦争――原作開始までのカウントダウンは既に始まっている。

 最早、一時も油断は出来ない。

 ここから先は一瞬の判断ミスが死を招く。

 

 山門へと続く階段。その下でバイクを止めた。

 卓越した超感覚が捉えたのは、人外の気配。

 

「出てこいよ、居るんだろう?」

 

 細めた視線の先に現れたのは一人のSAMURAI。

 身の丈ほどもあろうかという長刀を背負っている。

 

「召喚されている頃だと思ったよ」

 

 起こり始めたガス漏れ事件。

 そして町中で感じる魔術の痕跡。

 時期的にもそろそろだと思っていたが、ドンピシャというやつだ。

 

「オマエがアサシンだね?」

 

 確信の籠った慎二の問いかけ。

 月光に照らされた若侍が頷いた。

 

「いかにも――アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」

 

 慎二の唇の端が吊り上がる。これが伝説のNOUMINか。

 彼こそは、ついぞ斬れなかったTSUBAMEを斬ってみせた偉大なる先人。

 ここはこちらも名乗っておかなければ失礼だろう。挨拶は基本である。

 

「魔術師、間桐慎二」

「ほう、魔術師であったか……して、このような夜更けに何用かな?」

「オマエのマスターに用があってね」

「あの女狐にか」

 

 アサシンは顎に手をやると、くっと喉を鳴らした。

 

「生憎と――この山門からは誰も通すな、と命じられていてな」

「まぁ、そうだろうなとは思ってたよ」

 

 柳洞寺から感じるのは、明らかな魔術の気配。

 内部は既にキャスターの陣地と化していると考えていいだろう。

 キャス娘と宗一郎の愛の巣、というやつだ。

 ガス漏れ事件(魂食い)さえなければ、放っておきたい筆頭組である。

 

 それにしても、某赤い悪魔は何をしているのだろう。

 自分の管理地でここまで好き放題されているのに、まさか気付いていないのか。

 もし慎二がセカンドオーナーだったら、この時点で戦争まったなしだ。

 

 これも平和ボケ、というやつなのか。

 とはいえ遠坂の家系が色々とボケているのは今に始まったことではない。

 これも全部、時臣(トッキー)ってやつの仕業なんだ。

 あいつが悪い。そういうことにしよう。そうしよう。

 

「悪いけど、押し通らせて貰うよ」

 

 慎二の全身が蒼銀の装甲に覆われる。ちなみにこの間、コンマ一秒。

 顕現させた朱槍の切っ先を、真っ直ぐにアサシンへと向けた。

 

「さて、アサシン。一手お付き合い願おうか」

「ふっ……是非もなし」

 

 アサシンが僅かに口元を緩ませる。

 なんというか、それだけでサマになっていた。美麗というのだろうか。

 イケメンはこういうところでも得をするらしい。

 

 ふむ、なるほど。イケメンか。

 イケメンは死すべし、慈悲はない。

 

「……凄まじく理不尽な誹りを受けたような……」

「気のせいさッ!」

 

 スラスターを全開。

 深紅の魔力を全身から放出しつつ、慎二が突貫。

 魔槍と刀が激突。夜闇に火花が咲いた。

 

 

 

 慎二の強みは魔力放出による加速力だ。

 しかし足場の悪さが、その長所を殺してしまっている。

 魔力の放出による突進は、充分な加速距離がなければ効果が薄い。

 そして狭い山門の階段では、距離を稼ぐことは難しい。

 

「ハァァァ!」

「ふっ、突進に突進を重ねる……まるで猪よな」

 

 足場の悪さという条件はアサシンも同じ。

 だがあちらは、巧みな技術でそれを補っている。

 速度で追いつけない以上、どちらが不利かは明白だ。

 

「未熟――有り余る力に技が追い付いておらぬ」

「……よく言われる――よッ!」

 

 具体的には黒ボンテージ辺りから。それはもう酷い評価を下されている。

 まるで素人。初見はともかく二度目は通用しない、というのが彼女の言。

 

 出力に限って言えば、慎二の力は英霊に匹敵する。

 しかし悲しいかな。それを自在に操る術を持ち合わせていない。

 力に振り回されている、という表現が正しいか。

 

 基本的な戦術は、莫大な膂力とスラスターの推力に任せた突進。

 あとは細々とした魔術による牽制がせいぜい。

 二手、三手程度ならば誤魔化せても、純粋な技量ではとても英霊に敵わない。

 

「突き、とみせかけてからの――眼からビーム!」

 

 (バイザー)が開き、慎二の左目が煌く。

 瞳にルーンが浮かび、発射されたのは七色に輝く怪光線。

 イケメン殺すべし。

 怨嗟と共に顔へ向けて放たれたそれを、アサシンが首を捻って躱す。

 

「ぬぅ、面妖な真似を!」

「――隙アリィ!」

「甘い!」

 

 深紅の魔力を放出しながらの突進。

 アサシンはそれを、刀の切っ先を巧みに使って受け流してみせた。

 そして慎二の背後に回ると、首筋目がけて一閃。

 何重にも重ねた結界は容易く切り裂かれ、蒼銀の装甲に刃が食い込む。

 

「ちょ――ぬおお!」

 

 瞬間、スラスターを全開に。

 強引に身を捻り、階段を転がり落ちるようにして距離を取る。

 

「ふむ、中々に頑丈な鎧よ」

「お褒めに預かり光栄だね……」

 

 軽々と引き裂いておいて、よく言ったものだ。

 (バイザー)の下で冷や汗を流しつつ、しきりに首元を撫でる。

 大丈夫だよね。まだ首ついてるよね。

 

「どうするつもりだ。児戯の如き槍では私は倒せんぞ?」

「余計なお世話だよ。そんなこと、わかってるさ」

 

 長期戦になればなるほど、取り繕った戦術に綻びが出始める。

 ライダーからも口を酸っぱくして言われている。

 もし戦いになった場合、狙うのは短期決戦。それしかないと。

 前面にあるスラスターを展開。魔力を放出。階下に向かって跳躍。

 

「技で敵わないのなら、必殺技でゴリ押す――」

 

 魔力展開。充填。魔槍に深紅の魔力が宿る。

 放つは必殺。次元を屈折させる斬撃。

 

「ならば相応の技を以って迎え撃つまでよ」

 

 応えるように、アサシンも必殺の構えを取った。

 ジリジリと焦げるように闘気が高まる。

 永遠の如く引き延ばされた時間が、弾ける。

 

「――燕返し」

燕返し(ゲイ・ボルク)!」

 

 全く同一の軌跡を描き、魔剣と魔槍が激突した。

 

 

 

 

 

 

 で、一時間後。間桐邸にて。

 

「それで奥の手まで晒した挙句、負けて帰ってきたわけですか、兄さん」

「ま、負けてないやい! あれは……そう、戦略的撤退ってやつさ!」

「それを世間では負けたっていうんですよ」

 

 身も蓋もない桜の言葉が、慎二の胸を穿つ。

 お兄ちゃん、心が痛くて涙がちょちょ切れそうである。

 

 速度で負けていて、因果逆転の槍は使えない。

 奥の手である燕返しも、本家本元の燕返しで相殺される。

 さらに肝心要である技量はあちらのほうが上。

 

 この状態でどうやって勝てというのか。

 山門から動けないという相手の弱点を突いて逃げるしか慎二には手がなかった。

 もしあれが自由に動き回っていたらと思うとゾッとする。

 ありがとうキャスター。NOUMINを山門に留めてくれて、ありがとう。

 

 本物のNOUMINは格が違った。

 せめてこちらがライダーを連れていれば話は別だったが――

 

「それでライダーは? 昼頃から姿が見えないけど」

 

 流石に慎二も、単身討ち入りするつもりはなかった。

 英霊相手に一人で挑むなんて、普通に考えて自殺行為。

 しかしライダーの姿が見当たらず、仕方なく一人で向かったのだ。

 おかげでNOUMINに首オイテケされるところであった。間一髪だ。

 

「ライダーは……えーっと……その……」

 

 口籠って明後日の方向を見つめる桜。

 なんだろう。凄く怪しい。

 

「……ねぇ桜」

「な、なんですか兄さん……?」

「今度は何をやらかしたんだい?」

「私が毎回やらかすみたいな言い方やめてくれません!?」

 

 嘘をつくな、嘘を。

 やらかすのは十中八九、桜のほうだ。

 たまに慎二もやらかすが、往々にして原因は桜である。

 

「それで桜。何した?」

「こうなっては仕方ありません」

「おう、白状しろよ」

「……出てきて、ライダー」

「い、嫌です! こんな格好でシンジの前になんて出られません!」

 

 ライダーの声はすれども姿は見えず。

 というか、なんでそんなに必死なのか。

 アレか。エロか、エロなのか。お兄ちゃん、とても気になります。

 

 いつまで経っても出てこないライダーに業を煮やしたのか。

 桜が居間の奥へと向かっていく。

 

「ほ、本当にこの格好のまま出ていかなくてはダメですか?」

「大丈夫、これなら兄さんもイチコロよ」

「そういう問題では……あっ、待ってくださいサクラ! まだ心の準備が――」

 

 桜に押されて奥から出てきたのは、フリフリのメイド服に身を包んだライダー。

 頬を赤らめ、もじもじと恥ずかしげな仕草がこれまた――いや待て。

 ライダーを見るんだ。あんなに恥ずかしがっているじゃないか。

 ここは一つ、兄として桜にビシッと言っておかねばなるまい。

 

「やめてあげなよ桜。ライダーが可愛そうだろう」

「ああ、シンジ……あなただけが私の味方――」

「兄さん、本音は?」

「ナイスゥ――ハッ」

「――あなたもですかシンジ!」

 

 膝をつくライダー。

 そして不適に笑う桜。

 してやられた。慎二は歯噛みする。

 

「は、謀ったな桜!」

「ふふ……間抜けは見つかったようですね!」

 

 くそぅ、でもいい仕事しやがる。

 お兄ちゃん、鼻から色欲が溢れ出そうだよ。

 

「私に味方は居ないんですか!?」

「何を言ってるんだい、ライダー。僕達はいつでもライダーの味方さ」

「そうよライダー。でも……大好きだから、ついその……ね?」

「どうしてでしょう。方向性は違うのに、姉様達と同類の気配が……!」

 

 あのドS共と同じとは心外な。

 ただライダーを可愛がりたい。それだけなのに。

 

 決して愛車を寝取られた恨みではない。

 絶対にないったらないんだからね。

 

 この後、桜と一緒にライダーで滅茶苦茶にゃんにゃんした。

 

 

 

 




にゃんにゃん(意味深)

すまない……筆を持ち替えて逆転裁判しててすまない……。
レイファ様可愛いよ、レイファ様。
ご尊顔を歪ませる度にゾクってする(愉悦

なんか戦闘物足りないので、後から追加するかもしれませぬ。
血が足りない。


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第九話

Q、鬼娘三人衆が一人も出ない奴とかおるん?

A、おるんじゃよ(小声


水着ガチャと聞いてなんとかテンション盛り返した。
正直、色々と手につかんかった(本音
厄を……落としに来たぜ(フラグ


ところで間桐(まとう)波濤(はとう)って語感似てない? 似てないか。


誤字報告ありがとうございます!


 慎二は激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐の蛇を除かねばならぬと決意した。

 夜の間桐邸に魂の慟哭が響き渡る。

 

「あんの――ハズレ鯖がァァァァ!」

 

 

 

 そんなわけで。

 間桐邸の居間で、ライダーは正座をさせられていた。

 その前に仁王立ちするのは間桐邸が大黒柱、慎二である。

 

「ライダー。僕が何を言いたいか……わかるね?」

「いえシンジ。私には何のことだか」

「本当にわからないと?」

「ええ、サッパリと」

 

 そう言って眼鏡の奥の瞳を逸らすライダー。

 この駄サーヴァントめ。この期に及んでとぼける気か。

 

「異様にすり減ったリアタイヤ」

「……な、なんのことでしょうか」

 

 ライダーが声を震わせる。

 おう、ネタは挙がってんだよ。白状しろよ。

 ガレージから持ってきたレンチでライダーの頬をペチペチと叩く。

 

「オラ、早く吐いちまえよ、楽になるぞぉ?」

「ううっ……な、なんのことかわかりません……」

 

 追い詰められた事件の犯人のように、目に見えてうろたえるライダー。

 そんな彼女に止めとばかりにつきつける。

 

「極めつけは高温で焼き色がついた外装」

「そ、それが何だって言うんですか……!?」

「魔力の香りがするんだよォ! 英騎の手綱(ベルレフォーン)使っただろオマエェ!」

「うぅ!」

「……僕のバイクを勝手に乗り回すなって、何回言ったらわかるんだよォ!」

 

 ライダーのバイクの扱いは、それはもう酷いものだ。

 貸し出したが最後、どんな乗り方をしたのか考えたくない有様になって帰って来る。

 あちこち魔術で強化されている代物をあそこまで壊すとか、どういうことなのか。

 レースとかエクストリームとか、そんなチャチなもんじゃないことだけは確かだ。

 

「ちゃんとオマエ用に新しく一台買ってやったじゃんか!」

「だって……だってぇ……!」

「しかも最新型だぞ! 僕のより良いバイクなんだぞ!?」

 

 スーパースポーツの新型モデルだ。慎二のレトロバイクとは雲泥の差がある。

 なのになんでわざわざ慎二のバイクを乗り回すのか。

 

「違うんです……違うんですよシンジ!」

「おう、何が違うのか言ってみろ!」

「あの子じゃないと満足できないんです……!」

 

 さめざめと涙を流しながら慎二の足元に縋りつくライダー。

 傍から見たら色々とアレな光景である。

 

 そんなライダーが申すには。

 あの古いエンジンの鼓動感と、無駄に大きい排気音が良いとかなんとか。

 だがしかし、そんなことは慎二だって百も承知だ。

 

「あれが名品なことはわかってんだよ! ええぃ、離せぇ!」

 

 だから慎二もわざわざ古いバイクに乗っているのだ。

 古いなりの味のようなものを楽しんでいた。それなのに。

 

「大事に乗ってれば僕も何も言わないのにさぁ! なんで毎回無茶するかなぁ!?」

「無茶だなんてそんな……今日だってちょっと未遠川を横断しただけじゃないですか!」

「河川の横断が“ちょっと”で済んでたまるか!」

 

 他人様のバイクでなんてことしやがる。

 もう絶版車で修理用のパーツも碌に手に入らないというのに。

 ホントこいつ、どうしてくれようか。

 そんな激おこエクストリーム慎二を止める声があった。

 

「まぁまぁ、兄さん。そう怒らないであげてくださいよ」

「桜……」

「ほら、ライダーも泣かないで」

「ああ……サクラ……」

 

 くっと慎二は歯噛みした。

 どうにも桜はライダーに甘過ぎるきらいがある。

 まぁライダーに甘いのは桜に限った話ではないのだが、それはさておき。

 

 流石に今回の件についてはジックリ話し合う必要がある。

 今までは見逃して来たが、今度ばかりはそうはいかない。

 徹底的に追及してやると気色ばむ慎二に、桜が静止の言葉をかける。

 それがさらなる燃料になるとも知らずに。

 

「その辺りで許してあげたらどうですか兄さん。“たかが”バイクのことでしょう?」

 

 空気が凍った。

 まるで錆びたブリキ人形のように、慎二とライダーが桜に顔を向ける。

 

「ねぇ、桜。今なんて言った?」

「サクラ、流石に今の言葉は聞き逃せません」

「えっ……えっ?」

「“たかが”なんていう悪い娘にはお仕置きしなきゃ。そうだねライダー?」

「ええ、その通りです慎二」

 

 よし、今日は一晩かけて桜にバイクの良さを教え込もう。

 にゃんにゃんしながら叩き込んでやれば、嫌でも理解するだろう。

 

 瞳だけでライダーに語りかける。

 ヤるぞ、ライダー。

 

 ライダーが口元に笑みを形作った。

 ヤりましょう、慎二。

 

 よし、最大の協力者を手に入れた。

 先程までの怒りは何処へ行ったのか。あっという間に一致団結した二人。

 

「えっ……ちょっ……兄さん? ライダー!?」

 

 桜の両脇を固め、寝室までレッツパーリィしようとした――その時だった。

 間桐邸全体に、火災報知器にも似たけたたましいベルの音が響き渡る。

 

「あ、あの……兄さん、これは……」

「ああ、我が家に唯一残る防御結界が発動した音!」

「解説ありがとうございますシンジ……!」

 

 高位の霊体が侵入した際にのみ発動する防御。

 それが発動したということは、つまり――

 

「いくぞライダー。どうやら敵らしい」

「はい、シンジ!」

 

 ちなみに。

 桜があからさまに安堵の表情を浮かべていたのはナイショである。

 

 

 

 

 

 

 庭で待ち構えていたのは一人の男――否、漢だった。

 肩にはどこか見覚えのある深紅の朱槍を担いでいる。

 知っている。慎二は彼を、知っている。

 

「ついに出たな……! 怪人青タイツ……!」

「誰が青タイツだ、オイ」

 

 青タイツの額に青筋が浮かぶ。

 そう、彼こそ聖杯戦争を戦うサーヴァントが一騎。

 ランサーの兄貴、略して槍ニキである。

 

「そっちに居る大女……サーヴァントだろう? 悪いが一手お付き合い願おうか」

「……大女?」

 

 ピシリ、と空気が凍る――もとい石化する音がした。

 

「フフフ……大女、ですか……人が気にしていることを……!」

 

 あかんねん兄貴。それ地雷やねん。

 とりあえずステイ、ライダーステイ。

 いつの間にか怒れるボンテージと化していたライダーを羽交い絞めにする。

 

「あ、あんな奴の言うこと気にしちゃダメだぞライダー!」

「……どうせ、どうせ私は図体が大きいばかりの木偶の坊ですよ……!」

「そこまで言われてないから! 大丈夫、ライダーは可愛いから大丈夫!」

「……」

「……」

 

 僅かばかりの沈黙。

 どうだ、説得は成功したのか、どうなんだ。

 チラっと。チラッと表情を伺う。

 

「……そ、そうでしょうか?」

 

 頬に手を当て照れるライダー。

 どうやらなんとかなったらしい。

 ふぅ、チョロイ仕事だったぜ。

 

「と、とにかく落ち着けよ、あの青タイツとオマエじゃ相性が悪い」

 

 いや、今回現界した中で、ランサーと相性が良い英霊のほうがむしろ少ない。

 白兵戦で奴に正面から対抗できるのはバーサーカーくらいのものだろう。

 

 ゲイ・ボルクはそれほどに恐ろしい。一対一なら正に必殺と言って良い代物だ。

 今回は様子見であるはずだから使ってくる可能性は少ないが、絶対とは言えない。

 原作でのセイバー戦のように、命令忘れてぶっぱ、なんてこともあり得る。

 

「そこで僕の出番ってわけだ――変ッ身!」

 

 掛け声と共にいつものポーズ。この間、コンマ一秒。

 蒼銀の鎧を身に纏った慎二に、ランサーが僅かに眉を上げる。

 

「それは……」

「フッ……やっぱり見る人が見ればわかるんだね」

 

 ダブルバイセプスからのサイドチェスト。

 月下で煌々と輝く鎧を、青タイツ野郎に見せつける。

 そして極めつけは――これだ。

 

「いでよッ! 死棘の槍ィ!」

 

 朱槍が慎二の手の中に現れる。

 ランサーの瞳が、今度こそ驚きに見開かれた。

 

「その槍……鎧といい、テメェ……何モンだ?」

「間桐慎二――ただの改造人間さ」

「……ふざけてんのかテメェ……」

「ふ、ふざけてないわい!」

 

 何をおっしゃる青タイツ。

 ホントのことしか喋ってないというのに。

 

「……」

「……」

「……なんか言ってよ! ねぇ!?」

 

 沈黙が痛い。

 ついでに後ろの二人から突き刺さる視線も痛い。

 何も悪いことをしていないのに。なぜだ。解せぬ。

 

「と、とにかく! まずは僕が相手だ!」

「お、おう」

 

 気を取り直して槍を構える。

 広く平らなこの庭であれば、持ち前の機動力が殺されることもない。

 莫大な推力、その全てを十全に扱い切ることが出来る。

 

 スラスターを全開に。

 噴出した魔力によって、蒼銀の鎧が深紅に染まる。

 

「さて、行くぞクランの猛犬!」

「テメェ、俺の真名を――!?」

 

 推進方向を前方に設定。発進。

 魔力放出によって地面は抉れ、慎二が通った後には芝生一つ残っていない。

 明日の朝一で庭師さんに来て貰わなければならないだろう。

 突進、そして激突。朱槍が軋みを上げる。

 円の軌跡を描きつつ、突進、離脱をくり返す。その度に火花が舞う。

 

「へっ……色物かと思ってみれば、意外と楽しめそうじゃねぇか」

「色物ちゃうわぁ!」

 

 こちとら悪の組織に造られた由緒正しき改造人間だ。

 出自的には某バッタ怪人さんと同系統である。

 決して色物ではない、断じてない。

 

 前面のスラスター展開。後方に飛翔。そして跳躍。

 飛び上がり深紅の閃光となった慎二が夜闇を切り裂く。

 宙を舞い、穂先で狙いを定め急降下。さながら隼のような軌道だ。

 

 スラスターと重力による加速が合さり、一瞬で音速に到達。

 莫大な推力を保ったまま、深紅の閃光がランサーへと迫る。

 

「甘いな」

 

 ランサーは卓越した技巧で慎二の槍を受け流し、その穂先をズラす。

 推進方向を変えられた慎二は、自らの推力を殺し切れぬまま地面へと激突した。

 

「くっ!」

「そらよ!」

 

 追撃とばかりに振り下ろされた槍を転がりつつ躱す。

 全身のバネを使って飛び起きるも、さらに起き上がりに重ねて二撃、三撃。

 繰り出される高速の刺突が慎二の装甲を僅かに抉った。

 位置は頭と心臓。的確に急所の位置を突いてきている。

 

 流石はケルト有数の英霊と言ったところか。

 アサシン戦の反省で装甲を強化していなければ即死だった。

 すぐさま鎧の破損部を修復し、虚勢を張りつつ吠える。

 

「まだまだァ! 勝負はここからさ!」

「ハッ、かかって来な!」

 

 上空からの攻撃は通用しないと見た。

 ならばと庭を縦横無尽に駆けつつ、すれ違いざまに突進(チャージ)をかける。

 

「そらどうした! 突進するだけしか能がねぇのか!?」

 

 困った。その通りである。

 馬鹿の一つ覚えで突進をするだけでは勝てないようだ。

 とはいえだ。ケルトの英雄たる彼に技巧で敵うわけもない。

 そうなれば手段は一つ。

 

「不意打ち上等! 真の英雄は眼で殺す(ゲイ・ボルク)!」

「はぁ!?」

 

 一撃必殺、眼からビーム。

 しかし残念。慎二の攻撃は当たらなかった。

 

「ちっ……躱したか……」

「躱したか、じゃねぇよ! なんだそれは!?」

 

 マトリックスめいた回避姿勢から復帰したランサーが叫ぶ。

 なんだと聞かれても、そんなもの決まっているじゃないか。

 むしろ本家本元の彼のほうが良く知っているはず。

 これこそは謎の魔術結社に改造されて得た最終奥義。

 

「そう、ゲイ・ボルクさ!」

「んなわけあるかぁ!」

 

 必死の形相で否定された。解せぬ。

 これはゲイ・ボルク。取り扱い説明書にはそう書いてあった。

 おそらく、きっと、めいびー。

 外国語だったせいで良くわからなかったが、多分そのはずである。

 

「もういい、わかった」

「うん? 何がわかったっていうんだい?」

「その槍はゲイ・ボルクじゃねぇ。ガワだけは似せてるが別モンだ」

「……なんだって?」

 

 それは聞き捨てならぬ。

 こちとらゲイ・ボルクを売りにして戦っているのだ。

 本家から否定されて、はいそうですかと頷くわけにはいかない。

 

「だったら試してみようじゃないか、この槍が本物なのかどうか」

「やめとけ、結果は見えてる」

「何事もやってみなきゃわからないものさ」

「……後悔しても遅いぞ」

「それはこっちの台詞だよ」

 

 弾かれるようにして同時に距離を取り、そして朱槍を構える。

 急速に高まっていくランサーの魔力。

 来る、あの外れることで有名な一撃が――来る。

 ランサーの魔力に同調するようにして、慎二もまた魔力を高めていく。

 そして張り詰めた糸が切れるように、その時は訪れた。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 全く同時に放たれた朱槍は、同一の軌跡を描き――激突、拮抗。

 因果逆転の槍が同時に放たれれば、呪い同士が克ち合い相殺される。

 なんだほら、やっぱり大丈夫じゃないか。

 これは間違いなくゲイ・ボルク。本家と当たっても対抗できる。

 

「――えっ?」

 

 けれどそれは一瞬のことで。

 ミシリ、と嫌な音が慎二の手元から響く。

 

「だから言っただろ。テメェの槍は別モンだってよ」

 

 一瞬の拮抗の末、慎二の槍は粉々に砕け散っていた。

 そして残った深紅の閃光が、獲物を喰らうかのように慎二の胸を穿る。

 

「兄さん!」

 

 桜の叫びが間桐邸に木霊した。

 刺さった朱槍を引き抜いたランサーが吐き捨てる。

 

「戦士としちゃあ三流も良い所だったな」

 

 糸の切れた操り人形のように、慎二が崩れ落ちる。

 咄嗟に駆け寄ろうとした桜をライダーが押しとどめた。

 

「いけませんサクラ! 近づいては――」

「離してライダー! 兄さんが!」

 

 その様子を眺めるランサーがつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 慎二からゆっくり視線を外すと、朱槍の切っ先をライダーに向けた。

 

「次はテメェだ大女、さっさと構えろ」

「……いえ、まだ私の出番ではないようですよ」

 

 首を横に振ったライダーに、ランサーが訝しげに問いかける。

 

「あン? テメェ以外にまだ隠し玉があるってか?」

「……いや、隠し玉はないよ」

 

 返って来るはずのない声。

 有り得ないモノを見るかのように、ランサーが振り返る。

 

「僕はまだ終わってない……それだけのこと!」

 

 心臓を貫かれ、それでも慎二は立ちあがっていた。

 抉られた胸から、血の代わりに深紅の魔力が溢れ出ている。

 

「……まさか不死の類か?」

「そんな大層なもんじゃないよランサー……ただの一発芸さ」

 

 体内の魔力機関が、破壊された心臓の代わりをしている。

 血液の代わりに循環するのは魔力。

 魔力が尽きない限り止まらない。それが慎二の肉体であった。

 

「さぁ、第二ラウンドといこうか」

 

 なおも戦意を滾らせる慎二をランサーが制す。

 

「やめとけ。その有様じゃあ戦うのは無理ってもんだ」

 

 確かにランサーの言う通りだ。

 ゲイ・ボルクによって心臓の代用たる駆動炉を失ってしまった。

 サブ炉心と備蓄魔力でなんとか動いているものの、いつ止まってもおかしくない。

 満身創痍と言って良いその有様に、見ていられないと桜が叫んだ。

 

「ランサーの言う通り限界です、もうやめてください兄さん!」

「いやセーフだ! 先っちょ、先っちょが入っただけだから!」

「アウトですよ! 思いっきり全部入ってます! むしろ抉れてますから!」

「病は気から! 怪我も気合で補え――」

「補えてません! 胸から色々と漏れてますからね!?」

 

 チッ、いつものノリで誤魔化せなかったか。

 流石に胸に大穴開けた状態で説得もナニもない。

 しかし、だがしかし。

 

「それでも……男には引けない一線って奴があるのさ!」

「兄さん……」

 

 桜の静止の声を振り切り、ランサーに向き直る。

 確かにこのままでは戦闘続行は不可能だ。

 けれども慎二には、こんな時のための最終手段がある。

 

「――ハァーン!」

 

 慎二は自らの両内腿を刺突。

 次の瞬間、衰えかけていた魔力が間欠泉の如く噴出した。

 明らかに尋常な量ではない。

 まるでタガが外れたような放出の仕方だ。

 

「あ、あれはまさか!」

「知っているのですかサクラ!」

「ええ、あれは兄さんの最終兵装……」

 

 内腿にあるボタンを刺突することによって、貯蔵魔力を開放する装置。

 その名も――セッカッコー。

 ちなみに説明書には、エマージェンシーなんとかと書いてあった。

 

「でもあの技は諸刃の剣……」

「……そうなんですか? 私には覚醒してヒャッハーしているように見えますが」

「今の兄さんは貯蔵魔力で無理矢理体を維持している状態なのよ……!」

 

 そんな状態で貯蔵魔力を戦闘に回せば――

 桜が叫ぶや否や。慎二の肉体に異変が訪れた。

 

「ゴフッ――!」

 

 突然の吐血。そして胸から噴き出す鮮血。

 肉体を維持していた魔力をカットした結果だ。

 

「……い、命は投げ捨てるモノォ……!」

 

 最早、朱槍の再構築に回す魔力すら惜しい。

 一瞬の思考の末に選択されたのは、徒手空拳による格闘。

 拳を握る慎二を、ランサーが鼻で笑う。

 

「……満身創痍の上に素手……自棄になったか?」

「自棄かどうか……試してみるといいさ……!」

 

 絞り出すような言葉と共に慎二が取ったのは――祈り。

 つまりは合掌の構えだった。

 

「なんだ? 神様にでも祈ろうって――ッ!?」

 

 瞬間、ランサーが真後ろに飛んだ――否、吹き飛ばされた。

 土埃を上げながら転がり回り、正門付近に達した所でやっと立ち上がる。

 朱槍を杖にしながら慎二を睨み付けるその瞳は、困惑の色に染まっていた。

 

「テメェ……今、何を……」

「感謝を捧げた。それだけだよ」

「……何ィ?」

 

 祈り、そして正拳を放つ。ただそれだけを毎日愚直に繰り返した。

 磨き上げられ、反射の域にまで達した一撃は音すらも置き去りにする。

 ネタで始めた感謝の正拳突き。それはいつしか本物となっていた。

 いくら英霊といえども容易く反応出来る速度ではない。

 

「ユクゾ――」

 

 言葉だけを置き去りにして慎二の姿が消える。

 いや、消えたのではない。

 慎二の踏み込みによる加速がランサーの知覚を上回っただけだ。

 

「マジカルリバーブロー!」

「――チィッ!」

 

 流石は英霊と言うべきか。

 寸での所で朱槍を盾にし、ランサーは慎二の拳を受け止めた。

 しかしここで終わる慎二ではない。

 

「かーらーのー! マジカル発勁!」

 

 魔力が慎二の体内で渦を巻き、加速。

 轟音、そして衝撃。

 撃ち出された魔力は拳を起点に、爆発する。

 

「オラァァァ!」

「なにッ――!?」

 

 槍ごと腕を弾き上げ、がら空きになった胴。

 そこ目がけ、踏み込む。腰を回転させる。

 スラスターからの推力を得て加速したエネルギーを拳に集中――叩き付けた。

 

マジカル崩拳(ゲイ・ボルク)!」

 

 慎二の右拳に深紅の魔力が迸った。

 炸裂――肉を抉る感触がハッキリと伝わってくる。

 このまま心臓を抉りとってやる。

 

()ったァ!」

「――甘ぇんだ、よォッ!」

「なッ――!?」

 

 放たれたランサーの一撃が、腕を振り切った姿勢の慎二を襲う。

 咄嗟に腕を盾のように構えるが、朱槍は易々と鎧を切り裂き、腕を刎ね飛ばした。

 

「嘘だろ……ッ!」

 

 どうやら鎧の強化が追い付かなくなっているようだ。

 いよいよ魔力切れが近いらしい。

 慎二は鳩尾を押さえて後退するランサーを睨みつける。

 互いに満身創痍。次に動いた時が決着。

 しかし――ランサーは槍の切っ先を下げ、間桐邸の正門まで後退した。

 

「……悪いがこの勝負、預けたぜ」

「なんだって?」

 

 ここまで殺りあっておいて、今更引くのか。

 訝しげな慎二に対し、ランサーが忌々しそうに答えた。

 

「雇い主の意向でな――業腹だが仕方ねぇ」

 

 そういえばそんな設定あったよーな気がする。

 ナイス麻婆。ナイス愉悦。

 率直に申して、続けていれば負けていた可能性が高い。

 

「次は殺す。首を洗って待ってやがれ」

 

 慎二は退却するランサーを無言で見送る。

 その姿が完全に見えなくなった所で、ホッと息を吐いて膝をつく。

 ライダーが尋ねた。

 

「追いますか、シンジ」

「いや、放っておいて良い」

 

 ランサーのスキル構成からして、戦闘力は健在であると見るべきだ。

 手負いの獣は恐ろしい。ライダーを単身で向かわせるわけにはいかない。

 それよりも――

 

「この怪我をなんとかしないとね」

 

 心臓を抉られ、腕は刎ね飛ばされ、さらに出血多量。

 有様を現すのであれば、控えめに言って動く死体(リビングデッド)

 肉体を維持している魔力も底を尽きかけている。

 

 所謂、絶体絶命ってやつだ。

 このまま放っておいたら普通に死ねる。

 

 こちとら曾孫の顔を見るまで頑張ると決めている。

 胸に大穴が開いた程度で死んでやるワケにはいかない。

 

「そんなわけで早急に修復用の魔力を調達しないといけないワケだけど――」

 

 慎二の肉体には非常に高い対魔力機能がある。

 自然に任せる以外に、魔力を回復させる方法はない。

 外部からの魔力供給も異物として弾いてしまうからだ。

 

「ふふ、それなら私に良い案がありますよ」

 

 ニッコリと笑顔を向ける桜。

 なんでだろう、嫌な予感しかしない。

 

「こんなこともあろうかと、用意しておきました!」

 

 桜が取り出したのは、どっかで見覚えのある蛍光ピンクの物体。

 アレだ、慎二の外装に桜の魔力が籠められた卑猥な物体エックスだ。

 さらに魔力が充填されたのか、非常に禍々しい見た目になっている。

 

「そ、それをどうしようっていうんだい、桜?」

「そりゃあ……どうにかして体内に取り込んで貰うしかありませんね」

「……どうやって?」

「昔、言いましたよね? 消化器系からなら大丈夫って」

「いやぁ、それは無理だよ桜」

 

 例の事件以降、慎二は自らの肉体に残るセキュリティホールを潰してきた。

 残念だが魔力の“経口摂取”はもう――

 

「大丈夫ですよ兄さん、消化器系は上だけじゃありませんから」

「……上? まるで下があるような言い方だね」

 

 笑顔のまま迫って来る桜に、薄ら寒いものを感じる。

 おかしいな、震えが止まらないや。

 

「実は前から興味があって」

 

 おい。

 

「ずっと試してみたいと思ってたんですよ」

 

 待て。

 

「安心してください兄さん、上手にシてあげますから」

 

 もうオチがわかった。

 無言でスラスターを展開した慎二を、ライダーが羽交い絞めにする。

 

「ええぃ、離せライダー! 僕の貞操の危機だ!」

「命には代えられません、諦めてくださいシンジ!」

 

 こうなったら令呪じゃ、令呪を持て。

 なに、ワカメに令呪はない?

 そんな。

 まさか。

 信じられない。

 

 嫌でござる、絶対に嫌でござる。

 後生じゃ、後生じゃから見逃してくれ。

 

「そ、それに私も少し興味が――」

「おぉう……」

 

 天を仰いだ。

 どうやら味方は居ないらしい。

 

「そういうわけで観念してください、兄さん」

 

 いやだ、やめろ、やめてくれ――

 しかしそんな懇願は聞き届けられず。

 その晩、慎二の悲しげな声が鳴り止むことはなかったとか、なんとか。

 

 

 




頼光サンはともかく、なんで☆4の茨木ちゃんが出ないんですかね(半ギレ
なお、すまないさん(宝具強化

シュテンノー事件でだいぶキてたけど、頼光に止めを刺されました。


円卓勢関係で新要素出ると設定的にアレかなって思って様子見してたのに、特に影響はなかったでござる(既に相当アレなのは気にしない


聖杯を槍ニキに使おうか、メッドゥーサ様に使おうか悩む。




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第十話

誰か待っててくれましたか(震え

今回は後でゆっくり加筆修正する可能性高いです(そう言ってやった試しがない

後書きに本作の更新速度についての説明があるので、よかったら読んでやってください。


※2016/11/16追記
間違って別の作品投稿しちまった。
皆、すまねぇ、オラの力が足りないばかりに……詫び更新するから許してクレメンス。


 間桐邸の裏庭に、金属同士が激突するような鈍い音が響く。

 波濤の鎧を展開し、朱槍を構えた慎二。

 対するは、まるで生きているが如く鎖を手繰るライダー。

 

 魔力と火花の飛び散る、神話の時代が如く激しい撃ち合い。

 しかし勝負の決着は一瞬だった。

 愚直なまでに正直な槍を振るう慎二に対し、変幻自在の三次元軌道を見せるライダー。

 どちらが上手かなど、言うまでもない。

 

 突き出された朱槍をライダーが跳躍によって躱す。

 そして慎二の体を飛び越えると同時に、鎖を朱槍に絡ませた。

 

「しまっ――」

 

 慎二が声を上げるも、もう遅い。

 絡めとられた朱槍は慎二の手を離れ天高く舞い、そして地に刺さる。

 ライダーがフッと得意気な笑みを浮かべた。

 

「また私の勝ちですね、シンジ」

 

 紆余曲折あったものの無事に修復された肉体。

 その調子を確かめるために試合を始めたのだが、結果はこの通り。

 通算五戦。そのうち慎二の白星はゼロである。

 

 勿論だが心臓部である駆動炉も、切断された腕も絶好調。

 それでもこの結果な辺り、流石は英霊と言ったところか。

 

 僅かに乱れた息を整えるライダー。

 運動の後だからか、ほんのり染まったうなじ辺りが実に色っぽい。

 うむ、良い。実にグッドである。

 慎二がそんな下半身に忠実な視線を向けていると、ライダーがふと問いかけた。

 

「そういえば……前々から思っていたのですが、シンジ」

「なんだい?」

「どうしてシンジはわざわざ慣れない槍を使うのですか?」

 

 慎二は(バイザー)の顎部分を指先で撫で上げると、ふぅむと唸った。

 ライダーの疑問は尤もであった。慎二は、槍を使うよりも素手のほうが数段強い。

 それは昨日のランサー戦を見ても明らかだ。

 槍を捨てて拳で殴ればいい。そんな脳筋理論を地で行くのが慎二なのである。

 

「拳法だけならば、英霊にも引けをとらないでしょうに」

 

 だからこそライダーは不思議でならないのだろう。

 なぜ慎二がわざわざ、不得手な得物を好んで使うのか。

 訝しげな視線を向けるライダーに、慎二が逡巡した末に答えた。

 

「まぁ、一言で表すなら――」

 

 “間桐慎二”という自我がこの世界に発生してから、毎日欠かさず行ってきたことがある。

 そう、それは――感謝の正拳突きだ。

 一日一万回。雨の日も雪の日も、うだるような猛暑の日も、慎二はそれを愚直に繰り返してきた。

 

 最初はネタのつもりだった。

 けれどもコレが、中々馬鹿に出来ない結果を生んだ。

 

 不思議なことに、実に不思議なのだが、この世界では武術に“補正”がかかる。

 具体的には中国拳法。もっと絞り込むと八極拳辺りに。

 なぜだか理由はわからない。けれども確かに“それ”はある。

 

 まるでゲームの仕様のようだった。

 毎日、毎日。ただ愚直に拳を振るえば振るうほど。

 まるで神に愛されたが如く、その分野だけが異常に上達していく。

 

 そしてその異様な性能上昇が、慎二の悪癖に火をつけた。

 伸びるとわかっているステータスがある。

 慎二はそういったものを目にすると、伸ばさずにはいられない性質だった。

 

 そんなこんなで十年とちょっと。

 慎二は毎日のように拳を振り続けてきたのである。

 もし英霊として換算するならば、それなりのスキルとなっているだろう。

 

 で、そんな慎二がわざわざ槍に拘る理由。

 そんなものは一つしかない。

 

「――こっちのほうがカッコイイからに決まってるだろ?」

「……はい?」

 

 最初に槍を使い始めたのは、実用的な問題からだ。

 誘拐当初、子供の体であのケルト集団を全滅させるにはそれなりの武器が必要だった。

 そこで急遽その身から因子を繕い、顕在させたのがあの朱槍(ゲイ・ボルク)

 波濤の獣をベースにされていたからか、相性も良かったのだろう。

 まるでどこぞの贋作英霊様が投影するかの如く、ポンと捻り出せてしまった。

 

 問答無用で敵の心臓を破壊してくれる朱槍は、非力な子供にとって使い勝手が良かった。

 あの臓硯の本体すら的確に突いてみせたのだから、その性能には驚嘆する他ない。

 

 けれど、いつからだろうか。

 槍の切っ先よりも、拳の一突きのほうが鋭くなったのは。

 いつからだろうか。

 槍を使うよりも手刀を使ったほうが綺麗に岩を裂けるようになったのは。

 

 相手を殺すなら、わざわざ真名を開放して心臓を貫くよりブン殴ったほうが手っ取り早い。

 そんな慎二が槍を主武装として使う理由は――特にない。

 カッコイイ。ただそれだけの理由で慎二は槍を振るってきた。

 ゲイ・ボルクなんだぜ? 男子垂涎のゲイ・ボルクだぜ?

 だから後はわかるだろう、と問いかければ、ふむとライダーが頷いた。

 

「なるほど……これがあの伝説の病ですか。サクラの言っていた意味がわかりました」

 

 なんだろう。桜というワードだけで嫌な予感しかしない。

 そんな慎二をよそに、ライダーが得意気な面をして言ってのける。

 

「これが思春期の男子の誰もが患うという、チュウニ病というやつですね」

「――ぐはッ!?」

 

 胸に死棘を押し込まれたような、そんな鈍痛が走った。

 違う、違うんだ。そういうのじゃないんだ

 わかるだろう? これは夢だ、夢なんだ。

 誰もがあの朱槍の真名を叫ぶはずだ。思春期ならば通った道のはずだ。

 

 それが何を間違ったか現実に存在し、しかも手元にあるとなれば。

 やることは一つだろう? 特に意味がなくとも使ってみる。そうだろう?

 

 縋るようにライダーを見つめる。

 けれども現実は非情で――ライダーは黙って首を横に振った。

 激しい胸の痛みと精神ショックに、慎二はバタリと突っ伏した。

 

「……そこまでショックを受けるような話なのですか? その、チュウニ病というのは」

「わかるまい……曲りなりも男女の関係がある相手に厨二病認定された男の気持ちなどわかるまい」

 

 ライダーには、厨二心がわからない。

 くそう、英霊とかいう厨二の塊みたいな存在の癖しやがって。

 おいおいと慟哭さえ漏らし始めた慎二。

 ライダーが若干引き気味になっていると、そんな彼らを呼ぶ声があった。

 

「あ、兄さん! ライダー! こんな所に居たのね」

 

 声の主は、制服に身を包んだ桜であった。

 そうか、もう彼女が帰って来るような時間になっていたのか。

 見れば日も大分傾いている。

 

「おかえり桜――仕事のほうは上手くいったかい?」

「はい。言われた通り、衛宮先輩に弓道場の掃除を押し付けてきましたけど……」

 

 コレになにか意味があるんですか、なんて桜が首を傾げる。

 衛宮士郎が今日、弓道場の掃除をする。つまりは居残りだ。

 意味ならある。大いにある。最重要と言っても良い。

 

「いいかい桜。僕はね、一つ確信していることがあるんだ」

「確信、ですか?」

「ああ、この世の真理と言っても良い」

 

 間桐の血を引く唯一の存在である慎二ではなく、桜がマスターに選ばれたこと。

 その桜が、性質が変化しているにも関わらずライダー(メドゥーサ)を召喚したこと。

 そして昨夜確認した新情報。

 遠坂凛が、アーチャー(エミヤ)を召喚したこと。

 これらの事実から導き出される、一つの推論がある。

 

「運命は、収束する」

 

 世界は確定された未来に向かって突き進む。

 どの運命(ルート)に導かれるのかはわからない。

 けれどもその場を整える基礎(共通ルート)までは、間違いなく慎二の知る通りになる。

 

「今夜、ランサーが衛宮を殺しに行く。これは確定された未来だ」

 

 そして主人公(衛宮士郎)の物語が始まる。

 けれどそれはどうでも良い。

 大切なのは、ランサーを誘導できるという一点。

 

「狙うのはランサーが衛宮邸を出た瞬間だ」

 

 ランサーへのリベンジマッチ。

 慎二が望んでいるのは、それだった。

 

 前回の反省をするならば、見通しが甘かった。その一言に尽きる。

 今まで慎二は、聖杯戦争という事柄をあまり深刻に考えていなかった。

 

 間桐家一同の聖杯戦争における最重要課題は、桜とライダーの生存だ。

 桜は問題ないとして、ライダーのほうも自分と桜の魔力供給があれば充分に存続可能。

 つまり現時点で目標の殆どは完遂されていると言っても過言ではない。

 そうなってくると、聖杯戦争本来の目的である聖杯を無理して取りに行く必要もない。

 だから他の英霊にちょっかいを出す必要もない。

 

 けれど、それもランサーが襲撃してくるまでの話。

 簡単に言えば、慎二は傍観者で居ることをやめた。

 自重はもうしない。思いっきり物語を引っ搔き回してやる。

 慎二だけが持つ原作知識(アドバンテージ)。その全てを以って、この聖杯戦争を蹂躙する。

 

 大切なもの(処女)を失ったあの日、慎二は固く誓った。

 漢の処女の恨みは何より深い。ランサーにはそれを思い知らせねばならない。

 慎二が持つ知識の全てを以って、何もさせぬまま封殺してやる。そう、心に決めた。

 

「ファッキュー、ランサー。僕の処女の仇だ。思いっきりハメ殺してやるよ」

「……ファックされてハメられたのは兄さんのほうですけどね」

「そこはツッコまないで欲しかったかな桜ァ!?」

「兄さんにツッコむ、というのも中々に新鮮で楽しかったですよ。またやりましょうね?」

「二度とやらないよ! いいか、フリじゃないぞ! ないからな!?」

 

 凄く楽しそうな桜と、期待に満ちたライダーの瞳が怖かった。

 

 

 

 




元々このSSは、文章書いたら厄が落ちて☆5が出るのでは、という言わばゲン担ぎのもとに書き始められました。
ぐぐぷれカードが一枚溶けるごとに(酒呑事件の際はその三倍の額)更新する自分ルールです。

で、何を申し上げたいのかと言えば、このSSには致命的な欠陥がありまして。
結局――私が爆死をしないと、永遠に進まないのです。

流石にこの説明もせず更新しないのもアレだと思いまして、例外として書いてみました。
更新が進まない間は、あの野郎、目当ての限定引いてやがるな、と生温かく見て頂ければ幸いです。

こんな感じの稚作でございますが、皆さんの応援とても嬉しく思っています。
なるべく更新……すると爆死するので、ほどほどに更新して頑張っていきたいと思います。
これからもよろしくお願いします。


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第十一話

別SSの最新話を、本稿の最新話として誤って投稿してしまった。

上記、不具合修正のお詫びといたしまして、対象のお客様へ以下の対応をさせていただきます。

【対象】
11月16日(水) 19:00時点で「ハーメルン」を閲覧されているすべてのお客様

【対応内容】
第十一話

【配布方法】
ハーメルン様にて配信

【配布期間】
2016年11月16日(木) PM11:00~

ご利用のお客様には、大変ご迷惑をお掛けいたしました。ご協力ありがとうございました。


 ランサーの怨嗟の声が蟲蔵に響き渡る。

 生きながらにして地獄に落とされたかのような、そんな絶叫だった。

 

「くっ……殺せェ! いっそ殺せェ!」

「いいや、ダメだね。僕が受けた辱めはこんなもんじゃない!」

 

 まるで狂気に憑かれたかのように慎二が笑う。

 処女の恨みはジッサイ、オソロシイ。

 蟲蔵にこびりついた怨念めいたアトモスフィアが、慎二を祝福しているようだ。

 普段は不気味なそれが、今日だけは何故か心強かった。

 

「ほぅら、今度のは太いぞ、耐えられるかな!?」

「やめろ……ヤメロォー!」

 

 

 

 

 

 

 時が遡ること数時間前。間桐家の食卓にて。

 家長の席に鎮座する慎二が静かに口を開いた。

 

「それでは第一回、ランサー対策会議を始めようと思う」

 

 イカした会議のメンバーを紹介するぜ。

 慎二、桜、ライダー。以上だ。要するにいつもの面子である。

 ピッと無駄に綺麗な姿勢で桜が挙手をした。

 

「はい、桜君どうぞ」

「どうやってランサーをハメるつもりなんですか、兄さん!」

「……なんでオマエはそんなノリノリなんだい?」

 

 嫌な予感がする。

 具体的にはライダーが恥ずかしげに、もじもじしている辺りから。

 こういう場合は大抵、桜が想定を突き抜けていく。それも下方向に全開で。

 

「それはもう……男同士の熱い戦いですから。ねぇ、ライダー?」

「そ、そこで、私に振るんですかサクラ!?」

「ふふ、知ってるのよ、ライダー。あなたの書棚の一番上の段――」

「わかりましたから! ですからそれ以上はどうか! 後生、後生ですサクラ!」

「仕方がないわね、武士の情けよ、ライダー」

 

 コホン、と桜が小さく咳払いをした。

 

「そういうわけで安心してください、私たちは男の人同士に理解があります」

「兄としては出来れば理解して欲しくない領域だったなぁ!?」

 

 純真無垢だったあの桜を、一体誰がこんなゲドインにした。

 ついでにライダーもだ。誰がここまでサブカル漬けにした。

 えぇい、時臣(トッキー)時臣(トッキー)の霊を連れてこい。

 なに? 私は知らないだと? そんな無責任が許されると思っているのか。

 

「で、だね。対ランサーの話に戻すけど」

「露骨に話題を逸らしましたね、兄さん」

「話を戻すけどォ!」

 

 気を取り直して話の続きをしよう。

 この聖杯戦争において、ランサーは最も行動が読めない存在だ。

 同時に、どのルートにも何らかの形で関わって来る重要なファクターでもある。

 そんな彼を初期の段階で落とせれば、いくつかのルートを事前に潰すことができる。

 運命は収束する。けれど収束する先を、ある程度まで誘導することは可能だ。

 

「僕達には絶対的なアドバンテージが一つある」

 

 それは――情報。

 慎二の脳内にインプットされた各陣営の詳細なステータス。

 聖杯戦争においてその情報は、時に鬼札となり得るほどの価値を持つ。

 特に重要なのが真名だ。

 英霊という超常の存在を紐解く上で、真名というファクターは外せない。

 

「光の御子、クー・フーリン。伝説を読み解くに、確かに彼は凄まじい戦士だ」

 

 逸話を並べていくと、この聖杯戦争でも上位に値する英霊であることがわかる。

 幸い知名度補正の関係で、バケモノ染みたことにはなっていない。

 それでも安定した性能を持っているという辺りが、素のポテンシャルを伺わせる。

 

「でも華々しい戦果を挙げる反面、その弱点も際立っている」

 

 慎二はニヤリと、それはそれは、あくどい笑みを浮かべた。

 大切なモノを失った男にしか出来ない、そんな苦い表情だった。

 

 

 

 数時間後。衛宮邸上空にて。

 慎二はランサー襲撃の瞬間を、今か今かと待ち構えていた。

 蒼銀の鎧は完全に修復され、一点の曇りすらない。

 けれど疼くのだ。ランサーのせいで抉られたソコが、疼くのだ。

 

 衛宮士郎が帰宅。次いでランサーの襲撃。セイバーの召喚を確認。

 遠坂凛が衛宮邸に接近中。ランサーが真名解放。外した。

 ここまでは原作通りだ。となれば、次にランサーが取る行動は一つ。

 

「そう、逃走だよな」

 

 衛宮邸から飛び出したランサーを捕捉。

 波濤センサーがロックオンを開始。標的を追跡する。

 

「さてランサー。楽しい追いかけっこの時間だ」

 

 作戦開始だ。

 上空で待機していた慎二は、スラスターを全開に。

 まるで猛禽類のような急降下、三次元的な機動でランサーへと迫る。

 

「リベンジマッチに来たぞ、ランサー!」

「……チッ、この間のガキか! つくづくツイてねぇなぁ今日は!」

 

 朱槍を顕現させ、チクチクと削るようにヒット&アウェイを繰り返す。

 慎二がランサーに勝っているのは、飛行能力を生かした三次元的な機動力だけだ。

 それを活かし、常に一定の間合いを保ったままランサーを攻撃していく。

 

「傷は癒えたようだな」

「いいや違うねランサー。僕の傷は癒えてなんかいないさ!」

 

 垂直急降下。空中で朱槍と朱槍がぶつかり合い、夜闇に火の花が咲いた。

 錐もみ回転した両者は、近くにあった公園に墜落。正面から睨み合う形になる。

 

「疼くんだよ。オマエの顔を見る度に疼くんだ……!」

 

 ギュッと朱槍を握り締める。同時に何かがキュッとなる。

 怒りにまかせてコイツを叩き付けたい衝動に駆られるが、それをぐっと抑える。

 今回の目標は勝利ではない。あくまでも英霊をハメ殺すだけの“作業”だ。

 私情を挟む余地なんてない。ただただ機械的に、この男を誘導するのが慎二の役目。

 

「魔力スラスター……全ッ開!」

 

 全身から迸る魔力によって、真紅の魔弾と化した慎二がランサーに迫る。

 そして衝突の間際、慎二は朱槍をランサーに向かって投げつけた。

 真名解放すらない、ただの投擲。けれどランサーの動きを一瞬遅らせるには充分。

 その一瞬の隙を狙い、ランサーへと組みついた。

 

 拳に形成した鍵爪がランサーの脇腹を抉る。

 体内で死棘の返しを形成したそれは、慎二とランサーを繋ぐ楔となった。

 

「くそっ……離しやがれ!」

「会場まで空のドライブと洒落込もうじゃないか。なぁに一瞬さ!」

 

 スラスターを全開に。後は目的地まで飛んでいくだけだ。

 目的地は間桐邸。そこへ向かってコイツを押し込む。それだけでいい。

 

 亜音速の旅は本当に一瞬だった。飛翔を開始した次の瞬間には下降している。

 いや、それは下降というよりも、ミサイルの落下と言ったほうが正しいだろうか。

 慎二はランサーを抱えたまま、庭の中心に着弾。

 着弾点には巨大なクレーターが形成され、土埃が舞い上がった。

 

「……ここで再戦ってわけか?」

 

 いち早く大勢を立て直したランサーが尋ねる。

 この程度の衝撃ではビクともしないらしい。流石は英霊というべきか。

 

「悪いけどね、ランサー。僕はもう戦わない」

「なに?」

 

 ランサーが訝しげに目を細める。狙いがあまりに不明に過ぎた。

 

「だったら相手はあの大女か?」

「ライダーのことかい? それも違う」

 

 慎二が鎧を解除する。戦わないというのは本気であるらしい。

 

「オマエをここへ連れて来る。それだけで僕達の勝利条件は達成されているのさ」

「そりゃあ……どういう意味だ?」

 

 庭に鎮座していたのは、一台のトレーラーだった。

 このトレーラー。正式名称はステージカーという。

 音響機能が集約された、移動式のステージだ。

 慎二の合図と共に荷台の側面が開き、上へと持ち上がっていく。

 

 漏れ出たのは大量に炊かれたスモーク。

 その中をバックライトが照らせば、二つの影が浮かび上がった。

 

「まさか本当にこんな馬鹿げた案を実行するとは思いませんでした……」

「何を言っているのライダー。兄さんはアレで普段から真面目よ」

「そうでしたねサクラ。マジメにボケているから質が悪いんでしたね」

 

 バニーガール。

 男の浪漫とも言える衣装に身を包んだ二人が、スモークの中から現れた。

 

「……これがどうしたってんだ? 見せ物にしちゃあ三流もいいとこだが」

「まだ、わからないのかい?」

「何ィ?」

「彼女たちが手に持っているものを、よく見てみなよ」

「持っているもの? いや、あれは――まさかッ!」

 

 桜はギターを。ライダーはマイクをそれぞれ装備していた。

 ここまで来れば、察しの悪いランサーもようやく気が付いたらしい。

 

「戦士の……戦士としての誇りはないのか!」

「はっ……そんなものは犬に食わせてやったよ」

「――キサマァ!」

 

 激昂するランサーだったが、もう遅い。

 この庭へと来てしまった時点で、既に詰んでいるのだから。

 

「さぁ、ミュージックスタートだ」

 

 桜が爪弾く頓珍漢なギターに合わせて、ライダーが歌い始める。

 決して上手い演奏ではなかったが、その意味を知るランサーは憤怒の表情を浮かべた。

 

 詩人の言葉に逆らわない。

 これはクー・フーリンが立てた誓い(ゲッシュ)の一つだ。

 力を得る代わりに立てられた、絶対順守の誓い。それが誓い(ゲッシュ)だ。

 どんな理不尽な状況であろうが、クー・フーリンは誓いを遵守しなければならない。

 ライダーの無駄なまでに美しい声が響き渡った。

 

「そ、そういうわけで~ランサーは~槍を捨ててくださーい?」

 

 ランサーが心底業腹だと言わんばかりに、乱暴に朱槍を地面へ叩き付けた。

 もう、わかるだろう。

 桜とライダーを詩人に仕立て、ランサーの誓い(ゲッシュ)を発動させる。

 これが慎二の作戦だった。

 古代の詩人ではなく、現代の詩人でゴリ押したのは少し心配ではあったが。

 イマイチ基準のわからない詩人判定を通り抜け、無事に成功したようで何よりである。

 

「ねぇランサー。どんな気持ち? 生前と同じ方法で武器を奪われて、どんな気持ち?」

 

 聖杯戦争において、英霊が真名を知られてはいけない理由がこれだ。

 彼らは生前における武勇だけでなく、こうした理不尽な制約までもを引き継いでいる。

 いくら屈強な英霊といえども、そこを突くだけでこうして簡単に制圧できてしまう。

 

「そう固くなるなよ。そうだなぁ、まずはゆっくり食事でもしようじゃないか」

 

 まさか断らないだろう。オマエが断れるはずがないだろう。

 これもクー・フーリンの誓い(ゲッシュ)だ。目下の者からの食事を断れない。

 

「いいぜ、ここまで来たんだ。最後まで付き合ってやるよ」

「そうか、それはいいことを聞いたよ」

 

 それじゃあ案内しよう。

 犬が食事をするのに丁度いい場所を用意してあるんだ。

 暗くて、陰湿で、じめじめしていて。それはもう最高の場所さ。

 

 

 

 蟲蔵には、いくつかのテーブルが並べられている。

 その上に鎮座するのは、大量のパンとソーセージ。

 どれも最高級の一品だった。犬の餌にしてしまうのが勿体ない。

 

「ランサー、オマエには今からこれを食べて貰う」

「……ただのパンと腸詰じゃねぇか。これがどうしたって――」

「そう焦るなよ、ランサーこれはまだ完成じゃあないんだ」

 

 慎二はパンにソーセージを挟みこむと、ケチャップとマスタードをかける。

 それぞれ単体では意味がない。二つを組み合わせ、これでようやく完成だ。

 

「喜べよ、ランサー。最高級品を用意してある」

「……御託はいい、さっさと食わせろ」

「勿論、食わせてやるともさ。そら、味わって食べるといい」

 

 ランサーがパンでソーセージを挟んだソレに齧り付いた。

 もしゃもしゃと咀嚼する音が聞こえる。そして、飲み込んだ。

 

「ああ、食ったか。食っちゃっか」

「……これが何だってんだ」

「いやね、別に特に深い意味はないんだけどね」

 

 慎二はその瞳を愉悦に染めると、弾むような声でランサーに真実を告げた。

 

「それ、ホットドッグっていうんだよね」

「ホット……ドッグ?」

「そう、ドッグだ。つまり、犬だ」

 

 ピシリ、とランサーが固まった。

 そしてガクリ、とその場で膝をついた。

 

「テメェ、俺に……犬を……!」

「おやぁ、本当に動けなくなるんだね、たかがホットドッグなのに」

 

 これも誓い(ゲッシュ)の一つだ。犬の肉を食べない。

 それを破らされたことで、どうやら半身が痺れて動けなくなっているらしい。

 実際にホットドッグが犬の肉に定義されるのかは微妙なところだ。

 でも効いているようだし、この世界的にホットドッグは犬肉判定なのだろう。

 

「くそっ……体に力が入らねぇ……!」

 

 弱々しい姿だ。今のランサーなら倒すことも簡単なように思える。

 けれど慎二は油断しない。

 伝承によれば、ランサーはこの状態のまま暴れ回ったというのだから。

 

「念には念を入れて、だ」

「……今度は……何をさせる気だ……!」

「……喜べランサー、おかわりもいいぞ」

「おか、わり……?」

「そう、おかわりだ。遠慮するな、今までの分食え」

 

 慎二が指さす先にあったのは、まるで塔の如く積み上げられたホットドッグタワー。

 完食するまでにどれほどかかるだろうか。

 少なくともランサーにとっては地獄のような時間であることに違いはない。

 けれどランサーは断れない。

 

「なぁ、ランサー。断ったりしないよな?」

「くっ……殺せェ! いっそ殺せェ!」

「ダメだよランサー。殺すのはオマエが最大限、弱り切ってからだ」

 

 それまでは、このままだ。さぁ、食事を続けよう。

 慎二の言葉に、ランサーはハッキリと絶望の表情を浮かべた。

 

 




そんなわけで爆死はしていないけれども、ミスでご迷惑をおかけしたので、詫び投稿です。

ランサーには失意と絶望の中で消えて行って欲しい(4次並みの感想

この度は御迷惑をおかけしました。
カルナさんがピックアップ漏れしたと思って許してください、なんでも(ry





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第十二話

イシュタ凛ちゃん実装につき、(爆死)予約投稿します。
先んじて投稿すれば、厄が落ちて出るとどっかで聞いた。

ところでサラスヴァティちゃんはマダなんですかね?


ワカメの能力についての説明回です。


「で、ランサー」

 

 太いの(ホットドッグ)を更にもう何本かランサーにぶち込んだ後。

 慎二は次弾をパンに挟みつつ尋ねた。

 

「オマエに聞きたいことがあるんだ」

「こ、この期に及んで……何が聞きたいってんだ」

 

 全身をビクビクと痙攣させつつ、ランサーが虚ろな目を向ける。

 まるで酷い拷問を受けた後のようだった。

 誰がこんなことをしたんだ。こんなの人間のやることじゃない。外道だ外道。

 

 まぁ――少しだけ悪いことをしたかな、と思わないでもない。思わないでもない、が。

 しかし処女(うしろ)の恨みはマリアナ海溝よりも深いのだ。古事記にもそう書いてある。

 つまりそういうわけで、慎二はホットドッグを捻り込む手を止める気はなかった。

 君が、泣くまで、ホットドッグを食わせるのを、やめない。

 

「前に戦った時、言ってたじゃないか。僕の槍はゲイ・ボルクじゃないって」

「……あぁ、そんなことも言ったっけな」

「あれってどういう意味だったんだい?」

 

 少なくとも慎二は、あの朱槍をゲイ・ボルクとして扱ってきた。

 実際、因果逆転の呪いは備えているし、逸話よろしく無数の鏃へと分裂もする。

 これがゲイ・ボルクでなくて何だというのか。むしろそのものではないか。

 

 しかしだ。本家本元であるランサーは、あれがゲイ・ボルクではないと言う。

 ならばアレは一体なんなのか。慎二はその疑問の答えをずっと探していた。

 

「なんだ、そんなことかよ」

「オマエにとっては“そんなこと”でも、僕にとっては死活問題なんだよ」

 

 この身体になってからもう十年がたつが、慎二は自身のことを何一つ理解していなかった。

 知ろうと思ったことさえない。

 けれど今回の聖杯戦争、手札を全て切らずに勝てるほど甘くはない。

 この辺りで真実を知るべきなのかもしれないと、慎二は考えていた。

 

「……一応聞くが小僧」

「なんだい?」

「テメェ、魔術師だよな?」

 

 ランサーは、どこか呆れたような様子だった。

 どうしてそんなことがわからないのかと、出来の悪い教え子を見るような目だった。

 

「見てわかるだろ? 僕は魔術師に――」

 

 決まっている、と答えようとして慎二は逡巡する。

 果たして己は魔術師なのだろうか。

 その問に対する答えを慎二は持ち合わせていなかった。

 

 確かに魔術は使う。けれど根源への到達なんていう壮大な目標はもっていない。

 しかし魔術使いなのかと問われれば、それも否だ。なにしろ慎二には魔術の知識がない。

 初歩中の初歩を桜に教授する程度の知識はある。

 だがそれ以上でも以下でもない。そんな中途半端なものだ。

 

 間桐家の長子でありながら、なぜそんなことになったのか。

 それは慎二という存在が、魔術を使うという点において極めて特異な存在であるためだ。

 

 そもそもの話、慎二は生まれてこの方、自力で魔術を使ったことがない。

 魔術を発動させているのは慎二ではなく、彼の中に組み込まれた“システム”だ。

 “システム”は慎二のイメージを元に魔力を生成し、自動でルーンを組み上げ魔術を発動させる。

 そんな便利な機能を付加されている慎二が、魔術を学ぶ必要性などどこにもない。

 

 普通の魔術師ならば解明に乗り出しそうなものだが、そこは慎二クオリティ。

 よくわからないが、使えるのなら問題なかろうの精神である。

 そもそも己の体に施された改造からして意味不明なのだ。

 考えたってわかるわけがないと最初の段階から匙を放り投げていた。

 

「……魔術師でなかったら、何か問題があるのかな?」

 

 慎二の返答に、ランサーが口の端を歪めた。

 

「なるほどなぁ、だったらテメェが知らねぇのも頷ける話だぜ」

 

 一人だけ納得したように、くつくつと腹の底から笑いを漏らすランサー。

 なんだかイラっとしたので、特別に太いのを口に捻じ込む。

 

「オラ、これが欲しいんだろ。好きなだけ食えよ」

「なっ……テメェ、やめ――うごっ……うぐぉぉぉぉぉ!」

 

 静かになった。

 生意気な犬にはキッチリと躾をしてやらなければならない。

 

「しっかし困ったなぁ……謎は深まるばかりだ」

 

 肝心のランサーは答えそうにないし、自分で解明できる気もしない。

 どうしたものかと腕を組んでいると、答えは意外なところからやってきた。

 

「ああ、アレのことですか」

 

 桜だった。

 苦しむランサーの前に座り、実に美味そうな様子でホットドッグを頬張っている。

 絶妙にランサーの間合いの外に居座っているのが実に彼女らしい。

 

「知っているのか桜!」

「えっと……むしろ知らなかったんですか?」

 

 信じられないようなものを見るように、桜が慎二を見やった。

 そのアホの子を見るような目はやめなさい、お兄ちゃん地味に傷つくからやめなさい。

 

「教えてくれ桜。大切なことなんだ」

「仕方ありませんねぇ」

 

 桜はナプキンで軽く口元を拭うと、小さく咳ばらいをして居住まいを正す。

 どこから話すべきなのか――暫し逡巡した末に桜は語り始めた。

 

「まずは兄さんを改造した組織のことから話さなければなりません」

 

 遡ること数年前。具体的には卒業事件の数か月前のこと。

 桜は慎二の肉体の謎を知るため、単身北欧へと向かった。

 

「僕をハメるために、まさかそこまでしてたとは……」

「……いつまで経っても据え膳に手を出さなかった兄さんが悪いんです」

 

 少しだけ唇を尖らせ、頬を染めながらそっぽを向く桜。

 なんというかその仕草、お兄ちゃん的には凄くグッドだ。

 

「いやまぁ、その件に関してはすまなかったと思ってるけど……それで?」

「えっとですね――」

 

 因果逆転の呪いは原因と結果を逆転させる力だ。

 結果が成立した後に、原因となる事象が追従する。

 この逆転現象を他の目的に転用できないかと考えた集団が居た。

 

「それが兄さんを誘拐し、改造した集団です」

 

 例えばゲイ・ボルクの場合。

 因果逆転の呪いは、心臓を穿つという結果を先に発生させる。

 そしてその後、原因を発生させるため、心臓へ向かう必中の刺突が繰り出される。

 

「そこで彼らは考えたわけです」

 

 もしこの因果逆転の呪いが他へ転用できれば。

 例えば結果の値に、心臓を穿つ以外の――“別の現象”を代入可能であるならば。

 

「もしかしてその、代入しようとしていた値っていうのは……」

「はい、兄さんの考える通り――根源への到達です」

 

 根源への到達を結果として代入、因果逆転の呪いを発動させる。

 その際に発生する原因と過程を、ルーンという形に押し込めて観測。

 そうすれば根源への到達方法がわかる。いわば根源へと至るルーンだ。

 彼等はその偉大なる目的のために行動を起こし始めた。

 

「必要だったのは才気ある器でした」

 

 いくら因果逆転の呪いといっても万能ではない。

 例えば刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)に“刺突が届く範囲”という射程限界があるように。

 設定された結果が引き起こせない状態であるなら、呪いは不発に終わってしまう。

 つまり根源到達の観測には、それを成し得る可能性のある素体が必要であった。

 そこで彼等が集めたのが、優秀な血を引く魔術師の子弟だ。

 

「それにたまたま兄さんが引っかかったわけですね」

「……魔術の才能なんて欠片もなかったんだけどなぁ」

「血筋だけ見れば優秀ですからね、兄さんは」

 

 世界中から集めた子弟に対し、波濤の獣をベースにした因子による改造措置が行われた。

 そしてその結果、万に一つの可能性を拾い上げて適合に成功してしまったのが慎二であった。

 

「どうして僕だけが成功したんだ? 他に優秀な奴は一杯いたはずだろ?」

「それはおそらく、魂の問題でしょう」

「魂?」

 

 間桐慎二は転生者である。当然ながらその魂はこの世界のものではない。

 この世界全体を二次元として観測できる、さらに上の次元から“堕ちてきた”魂だ。

 言うなれば魂の強度が違う。他と比べれば、それこそ次元単位で隔絶している。

 だからこそ神代の魔獣の因子を埋め込む、なんて無茶な改造に耐えられた。

 

「なるほど……それでその実験がどう関係してくるんだい?」

「端的に言うと、兄さんはイメージだけで魔術を発動させられる、ということです」

 

 ルーンが自動生成されてから魔術が発動するのではない。

 むしろその逆で、魔術が発動した後に観測用のルーンが生成される。

 これが慎二の操る魔術システム、その正体であった。

 

「ちなみにだけど……代入する値が魔法とかでもOKなわけ?」

「ええ、問題ありません。兄さんの持つ可能性の限り、という条件付きですけど」

 

 その昔、燕返し習得のためにTSUBAMEを追いかけ山に籠っていた頃。

 やけに簡単に斬撃を増やせたことを不思議に思っていたが、なるほど。

 あれは眠っていた才能が開花したとかそういうことではなかったのだ。

 全てはシステムが起動した結果だった、そういうことだ。

 斬撃が二つまでしか出せなかったのは、そこが慎二の限界ということなのだろう。

 

「それで槍のほうに話が戻るわけなんですが」

「そうそう、一番大事なことだよ。あれは何なんだい?」

「ただの槍です」

「なるほど、ただの槍……ただの槍ィ!?」

 

 そんな馬鹿な。必中したり分裂したり、色々と機能が盛りだくさんじゃないか。

 これがただの槍であるはずがない。あってたまるものか。

 

「そもそも兄さんは勘違いをしているんですよ」

「勘違い?」

「あの力は槍の権能ではなくて、兄さんが発動させた魔術によるものなんです」

 

 つまり何か。因果逆転の呪いも、鏃となって分裂する力も。

 その全てがシステムよってもたらされた魔術の力だということなのか。

 海産物的アトモスフィアな何かだと思っていたが、そういうわけではないらしい。

 

 しかしなるほど。ランサーが断言したのも頷ける。

 確かにあの朱槍はゲイ・ボルクではない。似てはいるが別の代物だ。

 

 いくら外見や機能が似ていても、所詮アレは慎二が持つ可能性の具現に過ぎない。

 影の国で鍛えられた朱槍(ゲイ・ボルク)と、慎二の魔術である朱槍(ゲイ・ボルク)

 そこには天と地ほどの差がある。砕けたのは当然の帰結だった。

 

「まさか本当に知らないとは思いませんでした……」

 

 迂闊だった、と桜が溜息を吐く。

 すまない。知らなかったんだ。本当にすまない。

 使えてるしこのままでも大丈夫だろうと思って、知ろうとさえしていなかったんだ。

 

「でもまぁ、なるほどね。そうとわかれば、もう少しやりようもある」

「何か思いつきましたか?」

「ああ、とびっきりの奴がね。勝ったよ桜。この戦い――」

 

 我々の勝利だ。

 慎二は実に優雅な笑みを浮かべてみせた。

 

 

 

 それからもう二本ほど、ついでとばかりにランサーに太くて熱いのを捻り込み。

 軽く首を鳴らしつつ、慎二はゆっくりと腰を上げた。

 

「さて、そろそろ次のお仕事に行かないとね」

 

 今のルートはおそらくUBW。

 タイミング的には神父さんが教会で愉悦ムーヴをしている頃だろう。

 となるとこの後に発生するイベントは――バーサーカー陣営による襲撃だ。

 

「バーサーカーのマスター……とらせて貰うよ」

 

 彼女は聖杯戦争において、非常に重要なキーアイテムを持っている。

 奪える機会があるのならば、是非とも奪っておきたい。

 

「ライダーはどうしてる?」

「兄さんの指示通りに教会付近で待機させています」

「完璧だね……それじゃあ桜、後は手筈通りに」

「了解です兄さん、ご武運を」

 

 場は整った。後は自分が上手くやるだけだ。

 小さな覚悟と共にグッと拳を握り締めた慎二は、一人蟲蔵を後にした。

 未だに痙攣を続けるランサーと――そして桜を置いて。

 

 

 

 





なんて理由をつけてはみたものの、実際は礼装一覧で並んでた波濤の獣と偽臣の書を見て適当にでっち上げただけです。
実際、因果逆転の呪いでここまで出来るんだろうか。その辺りまで含めての万能説タグだったんだけれども。

魔法でも代入可能(代入できるだけで発動するとは言ってない

ワカメの能力についてはこんな感じ。
自分で読んでて分かり辛いと感じたので、折を見て修正予定(こう言って修正したためしがない

因果逆転を文章として説明するのがここまで難しいとは思わなかった。
やはり菌糸類先生は偉大であるなと実感した所存。


これでイシュタル来てくれるって、オラ信じてる(課金して待機中



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第十三話

おっ金槍やんけ、メドゥーサ来たやろ→サーヴァント界のアイドル。
めでたく宝具レベルが5になりましたとさ。


ついに最終章ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
僕は爆死してるけど元気です(真顔

いやぁ、ホント極悪ピックアップでしたね(マーリンから目を逸らしつつ




 空を見ろ。あれは鳥か、飛行機か。

 いや、あれは波濤仮面(ワカメ)だ。

 深夜の冬木。慎二が魔力ジェットで空を行く。

 猛禽類が得物を見定めるかのように、ぐるぐると旋回を続ける。

 

 慎二は間桐邸から飛び立つと、教会の上空で待機をしていた。

 眼下ではセイバーとバーサーカーの激しい戦闘が行われている。

 

 標的はイリヤスフィール。

 狙うは彼女からバーサーカーが離れた瞬間だ。

 戦闘が行われている今ならば、そのチャンスは必ず来る。

 

 イリヤスフィールは聖杯の器。そして心臓はその核だ。

 これを手に入れられるかどうかで、今後の戦い方が変わってくる。

 

 波濤の耳(クリード・イヤー)に桜からの通信が入る。

 愛人一号(ライダー)が所定の位置についたらしい。

 準備は整った。後は決行するだけだ。鷹のように目標を見定める。

 

 銀髪、赤眼、合法ロリ。波濤の瞳(クリード・アイ)標的(イリヤスフィール)をロックオン。

 仮面(バイザー)越しに、慎二はニヤリと口元を歪めた。

 イリヤちゃんのハートをキャッチする作戦、開始である。

 

 自由落下を開始。さらにスラスターを全開に。

 空気を切り裂く甲高い音を立てながら、慎二は標的目がけて急降下。

 

 間違いない、()れる。

 そう確信した瞬間、高速で飛来する矢に射抜かれた。

 

「――がっ!?」

 

 これは――アーチャーの矢か。

 まさかここで邪魔されるとは思ってもみなかった。段取りが狂った。

 やっぱりアーチャー(エミヤーン)的にはイリヤスフィールは生かしたいか。

 慎二は空中でバランスを崩し、失速。

 そしてこちらに気付いた標的(イリヤスフィール)と、視線が交錯する。

 

「――ッ!? 戻りなさい! バーサーカー!」

「■■■■■!!」

 

 セイバーと撃ち合っていたバーサーカーが咆哮を上げつつ瞬時に方向転換。

 上空から迫る慎二を迎撃すべく、まるで大砲の弾の如く跳躍。

 イリヤとの間に割り込むかのようにして、その身を滑り込ませてきた。

 

「厄介な!」

 

 慎二は舌打ちを零しつつ、右腕に魔力を集束。

 スラスターを再点火、降下を再開。

 落下のエネルギーごと、バーサーカーへと叩き付けた。

 

「オラァ!」

「■■■■■!!」

 

 慎二の拳と、バーサーカーの石斧が激突。

 魔力の赤い閃光。そして轟音。

 両者は弾かれるようにして吹き飛び、そして着地。

 

 まるで大岩を殴ったかのような感触だった。

 おそらくダメージは入っていないだろう。本当に厄介だ。

 

 バーサーカーは今回の聖杯戦争で、最も相手をしたくない英霊だ。

 慎二が得意としているのはあくまで搦手。

 しかし相手が大英雄(ヘラクレス)とあっては、正攻法での突破は無理がある。

 

 尖ったスペックをした英霊が相手ならばいい。やりようはある。

 伝承に明確な弱点の記されている英霊もいい。ハメられる。

 しかしバーサーカーのような地力が高く弱点のない相手とは、すこぶる相性が悪い。

 

 主人への害意に反応したのか。慎二を油断なく睨み付けるバーサーカー。

 その鋭いを通り越して凶悪な視線を受け流しつつ、じりじりと間合いを計る。

 

「下がってくださいシロウ!」

 

 セイバーが衛宮士郎を庇うように位置取りをする。

 狙われたと自覚しているイリヤスフィールは、こちらを注意深く観察している。

 

 しかし衛宮士郎と遠坂凛は、未だ現状を飲み込めていないらしい。

 呆気にとられた様子で固まっている。

 ゴクリと唾を飲み込んだ士郎が、言葉を絞り出した。

 

「……アイツは何だ? サーヴァントなのか?」

 

 対して遠坂家の当主である凛は、わなわなと体を震わせていた。

 恐れによるものではない。あれは明確な怒りの感情によるものだ。

 

「アイツは……アイツは……!」

「知っているのか遠坂!」

「ええ、あの無駄なまでに蒼銀に輝く鎧……間違いないわ」

 

 そうか、なるほど。

 波濤仮面の名は遠坂にまで知れ渡っていたか。

 いいだろう、ならば自己紹介してやるのも吝かではない。

 

「そう、僕は――」

「アイツは冬木市ご当地ヒーロー、波濤仮面こと……間桐慎二よ!」

「――そう、間桐……ってなんで正体まで知ってるんだい?」

 

 慎二としてはそこまで有名なつもりはない。

 特に遠坂との親交なんて、十年前から途絶えたに等しいものだ。

 というかなんだ、ご当地ヒーローって。そんなものになった覚えはない。

 衛宮が訝しげに尋ねた。

 

「間桐慎二……? この日曜朝の怪人みたいな奴があの間桐だって!?」

「ええ、そうよ……コイツのせいで、私がどれだけ苦労したか!」

 

 苦労、はて、何のことか。全く身に覚えがない。

 後ろ暗いことなどやってはいない、と胸を張れる人生ではない。

 けれども彼女に恨まれることはしていない、そう断言できる。

 困惑する慎二をよそに、凛は怒気を吐き散らす。

 

「コイツはね、魔術の秘匿なんて知ったことかとばかりに、冬木市で暴れ回ったの」

「……うん? 僕が暴れた?」

「私が……私がどれだけ後処理に追われたことか……!」

 

 身に覚えは――あった。

 今はもうしていないが、一昔前のこと。まだこの身体を持て余していた頃の話だ。

 ふと、なんとなくその場の気分で変身してみたり。

 自動車と併走してみたり。航空機と一緒にスカイハイして記念写真を撮ったり。

 慎二は連日のようにそんなことを繰り返していたような気がする。

 

 しかもそれだけのことをやって、一切の騒ぎが起こらなかったのだから恐れ入る。

 当時は冬木市が超人に住みやすい街だから、なんて理由で納得していたが。

 その裏では凛ちゃんによる後処理が、涙ぐましくも行われていたのだろう。

 

「なんなのよ! 私があれだけ苦労したのに、本人はご当地ヒーロー扱いってなんなのよ!」

 

 セカンドオーナーってそういう仕事もしなければいけないのか。

 ごめんね。大変だったよね。

 それなのに資産奪いまくってごめんね。絶対に返してやらないけど。

 

「そういうわけで、アイツだけは許しちゃおけないわ……アーチャー!」

 

 狙撃位置でスタンバイしているであろうアーチャーへの狙撃命令。

 しかし、なにも、おこらない! 凛の表情に困惑の色が浮かぶ。

 

「そんな、どうして……」

「無駄だよ。アーチャーの所には別戦力を向かわせてある」

「なんですって?」

 

 言うまでもない。ライダーだ。

 今回の作戦において注意せねばならないものの一つに、アーチャーの狙撃がある。

 波濤の鎧の防御力があっても、流石に宝具の直撃を受ければただでは済まない。

 だから先んじてライダーと桜を、アーチャーの足止めに行かせた。

 先程の狙撃で位置は割れたはずだ。今頃は交戦を始めているだろう。

 

「この間桐慎二に死角はない。作戦は完璧――ぷげらッ!?」

 

 突如、横合いから殴りつけられた。

 吹き飛ばされた慎二は、何度か地面をバウンド。地面に埋まるようにして停止。

 視界の端に石斧を振り抜いたバーサーカーの姿が見えた。

 あの野郎、不意打ちをかましやがった。

 会話フェイズに攻撃をしてはならない。物語のお約束だろうに。

 

「よくわからないけど……とにかく敵なのよね?」

 

 だったら容赦する必要はない、とイリヤスフィールが白銀の髪を払う。

 余裕ぶりやがって。ぜひともその顔を恐怖に歪ませてやりたい。

 

「ま、間桐! そんな……どうして殺したんだ!?」

 

 士郎が悲痛な叫びを上げる。

 でも待ってほしい。慎二君、死んでない。まだ死んでないから。

 ちょっと手足がいけない方向に曲がって、内臓もいくらかやられたけど生きてる。

 

「え? なに言ってるのお兄ちゃん。だってアレ……敵なんでしょ?」

「だからって殺していい理由にはならない!」

 

 ご高説どうも。

 その敵にまでお優しい理論には全くもって賛同できないけれども。

 まぁあれだ。回復までの時間稼ぎにはなるだろう。会話フェイズ続行だ。

 

「あの娘の言う通りよ衛宮君。アレは冬木に巣食う害虫みたいなもの。生かしてはおけないわ」

 

 凛ちゃんの辛辣なコメントに少しだけ涙がこぼれた。

 確かに迷惑はかけたかもしれない。でも害虫扱いはないだろう。

 

「それでも、話し合う余地はあったはずだ!」

 

 士郎が怒りを滾らせながら吼える。

 でも残念ながら、話し合う余地なんてないんだ、士郎君。

 聖杯戦争はサーチ&デストロイ。古事記にもそう書いてある。

 

 どうしてコイツが聖杯戦争を勝ち抜けるのかが未だにわからない。

 アレか、主人公補正ってやつなのか。

 そんな便利な代物があるのなら、是非とも欲しいところだ。

 

 地面に半ばめり込んだ状態で肉体の修復を始めつつ、慎二は思考を巡らせる。

 現状で考えられる最悪のパターンは、セイバーが敵に回ること。

 つまり衛宮とアインツベルンの共闘だ。

 ならば取るべき手段は一つ。

 衛宮陣営がこちらの目的を把握する前に、目標を仕留める。

 

 肉体の修復完了。跳ねるようにして飛び上がる。

 スラスターを全開に。放出された魔力が土を巻き上げる。

 推力は最大。方向はイリヤ――ではなくバーサーカーへ。

 真紅の閃光となった慎二が、バーサーカーに向かって飛翔する。

 

「――ッ! まだ生きてたのね! 迎撃しなさいバーサーカー!」

 

 イリヤスフィールの命令に、バーサーカーが石斧を構えた。

 そしてそれが振り下ろされる瞬間に、前面のスラスターを展開。

 急停止、そして踏み込み。

 迫る石斧の表面を撫でるようにして回避、バーサーカーの懐に入り込む。

 

 十二の試練(ゴッド・ハンド)

 バーサーカー(ヘラクレス)の持つ宝具であり、こいつを最強至らしめる最大の要因。

 Bランク以下の攻撃を全て無効化するという、正しくチートじみた能力だ。

 

「でもさぁ、要するに諸々を合算してAランク相当ならいいわけだろ!?」

 

 破るためにAランクの宝具を用意する必要はない。

 ただ単に“Aランクに相当する”威力さえあればそれでいい。

 慎二の持つ武術。そして偽・死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 全てを組み合わせれば、瞬間的にAランク相当の火力を叩き出すことは可能だ。

 

 狙うは心臓から頸椎にかけてのライン。

 慎二は両掌を重ね、そこへ向かって魔力を限界まで絞り出す。

 昨日までの慎二ならば、こんな使い方をしようとすら思わなかった。

 己の朱槍をただ死棘であると信じ、愚直に槍を振るっていたはずだ。

 

 けれど今はもう違う。

 死棘の正体も、魔術の本質も見極めた。

 今ならばわかる。この波濤の力には、もっと先がある。

 

「くらえよ大英雄――撃ち貫く死棘の杭(ゲイ・ボルク)

 

 拳に載せられ、杭打機(パイルバンカー)の如く射出された朱槍。

 そして同時に放たれた魔力発勁。

 複合されたそれらは、瞬間的にAランク相当の威力を叩き出した。

 

「■■■■■ッ!?」

 

 心臓から頸椎までを貫通した死棘の槍が内部で爆発。

 血飛沫と共に、バーサーカーを中心として死棘の花が咲いた。

 上半身を吹き飛ばされたバーサーカーの巨体が、音を立てて崩れ落ちる。

 

「これでゲームセットだ、アインツベルン」

 

 しかしイリヤスフィールの表情は、余裕をもったまま変わらない。

 己の優位が崩れるはずがないと確信している表情だった。

 

「……随分と甘く見られたものね」

「なに?」

「まさか、この程度で終わったと思っているのかしら」

 

 ミシミシと軋むような音と吐息が背後から聞こえる。

 バーサーカーが立ち上がった音だろう。

 イリヤスフィールが勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

「わたしのバーサーカーは最強なんだから……!」

 

 十二の試練(ゴッド・ハンド)には防御能力以外にも、能力がある。

 それが命のストックだ。マリオ風に言うならば残機だろうか。

 致命傷を受けても十一回までならば蘇生することができる。

 本当にチート染みた能力だ。イリヤスフィールが勝ちを確信するのも頷ける。

 

「確かに、オマエのバーサーカーは最強だよ」

 

 そんなことは最初から知っている。

 知っていて、あえてバーサーカーに正面から宝具を撃ちこんだのだ。

 

「けれど決して万能、というわけじゃない」

 

 イリヤスフィールが驚愕に目を見開いた。

 それは慎二の背後で立ち上がった狂戦士(バーサーカー)の姿を見たからだろう。

 バーサーカーは宝具の能力通り、確かに再生していた。

 けれどもそれは、決して“正常な形”ではなかった。

 

「これが慎二流、バーサーカー対策」

 

 バーサーカーは再生していた。

 しかしその体のあらゆる所から、まるで拘束具のように死棘が“生えていた”。

 内部から死棘に全身を貫かれたバーサーカー。

 イリヤスフィールの喉から引き攣った音が漏れた。

 

「な、なんなのコレ……」

「バーサーカーの再生に、僕の死棘を割り込ませたのさ」

 

 慎二は考えなしに渾身の一撃を見舞ったわけではない。

 単純に攻撃したところで、再生されるどころか耐性がつくことくらい百も承知だ。

 だから死棘を放った際、その一部が体内に残留するように仕向けた。

 そして再生能力が発動する際、体内に残った死棘を同調させて一気に増殖。

 バーサーカーの体内で増殖した死棘はまるで拘束具のように、鋼の肉体を縫い止める。

 

「■■■■■ッ! ■■■■■ッ!」

 

 バーサーカーはその拘束を破ろうと足掻くが、無駄だ。

 いくら劣化しているとはいっても、それは魔獣(クリード)由来の死棘に変わりない。

 しかも体内に残留した死棘は、破壊されても無限と言える速度で増殖していく。

 宝具クラスの力ならまだしも、単純な膂力で破れる代物ではない。

 だからバーサーカーはもう、満足に動けない。

 

「宝具の防御能力に驕った。それがオマエの敗因だよ」

 

 殺し切ることは出来ない。

 けれど留め置くことは不可能ではない。

 これが慎二の出したバーサーカー戦の結論だった。

 

「さて、ハートキャッチの時間だ」

 

 慎二は右手に魔力を集束。

 安心して欲しい。痛みはないと思う。おそらく、きっと、めいびー。

 一瞬で心臓を抜き取ってやる。

 

「ひっ……」

 

 イリヤスフィールの表情は恐怖のあまり固まっている。

 そうだ、その表情が見たかったんだ。

 圧倒的優位にいると確信している人間が、絶望に叩き落される瞬間。

 その時の表情が、一番“そそる”。

 

 残念なことに、真に残念なことに、ここはプリズマ次元ではない。

 血で血を洗うステイナイト次元だ。

 努力、友情、勝利の三大原則は通用しない。

 

 この作品の登場人物はすべて十八歳以上です。お決まりの文句である。

 つまりコイツは合法ロリであって、本物のロリではない。

 要するに容赦する必要は全くないということ。証明終了だ。慈悲はない。

 

「さようなら、イリヤスフィール」

 

 振りかぶった手刀を、イリヤスフィールの心臓めがけて突き出した。

 

 

 

 

 

 





実際のところ、合算の威力で十二の試練を超えられるかはわかんないです。

同種の防御能力っぽい悪竜の血鎧は、魔力放出&技量で押し切れるらしいんで、その辺りから捏造した(正直
まぁルーンでのブーストとかでもOKらしいんで、多分なんとかなるやろ(適当

再生に割り込ませる~辺りの元ネタはわかる人にならわかるはず。


とりあえずこの次元だとそれで超えられる、ということにしてくださいお願いしますなんでも(ry



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第十四話

最終決戦前なので連続投稿なのです2016/12/20


最初に言っておきますが、というか大体の人は承知だと思いますが。
このSSは間桐家以外は基本的に幸せになれない、そんなルートです。

アンチ・ヘイトは念のためでもなんでもありません。
間桐家以外に救いはありません(無情

ちょっとだけ加筆修正。
あとがきもちょっと追加。


 手刀をイリヤスフィールに向かって突き出した――はずだった。

 

「――あの娘を守れ! セイバーッ!」

「なにィ!?」

 

 しかし寸での所で、士郎の声と共に現れたセイバーに弾かれる。

 信じられない、あの野郎。セイバーに二画目の令呪を使いやがった。

 若干やるんじゃないかな、なんて気はしていたけれど、本当に使うとは。

 貴重な令呪を開始一日目で二画も使うなんて、どうかしている。

 

「衛宮ァ! なんのつもりだい!?」

「それはこっちの台詞だ間桐! オマエこそ何をしようとしていた!?」

 

 んなもんイリヤちゃんのハートキャッチに決まってんだろチクショウ。

 見てわからないのかコイツは。いや、わかっているからこそ令呪を使ったのか。

 どちらにしろ面倒なことをしてくれた。

 

「ハァッ!」

 

 間髪入れずにセイバーが、聖剣を振り下ろす。

 風王結界(インビジブル・エア)によって不可視となった聖剣。

 なるほど、相手にしてみると厄介な代物だ。間合いが測れない。

 

「くそっ!」

 

 悪態を吐きつつ後方に向かって全力で跳躍。

 透明化して間合いのわからない相手に対して、接近戦を続けるのは愚策だ。

 ここは一旦、距離を取るのがベターだろう。

 アサシンくらいの達人ならば見切れるのだろうが、慎二にそこまでの技量はない。

 

「なんなの衛宮! オマエどっちの味方なの!?」

「俺の前で誰も死なせたりしない!」

「やめてよねぇ! そういう正義面に虫唾が走るんだよ僕はぁ!」

 

 セイバーと正面から向かい合う。

 相手は騎士王。最優のサーヴァント。

 いくらマスター補正で弱体化しているとはいっても、相手としては最悪だ。

 

 チラリとバーサーカーに視線を移せば、死棘の拘束もそろそろ破られる頃合い。

 セイバーの守りを抜けつつ、バーサーカー復帰までの間にハートキャッチ。

 なるほど、無理ゲーにも程がある。

 

「でもここで諦めるわけには……いかないんだよねぇ、残念ながら」

 

 このタイミングを逃すと、イリヤスフィールは城から出てこなくなる。

 直接の襲撃を受けているのだから、それは尚更だろう。

 そうなればこちらから攻めるしかないが、それは考えられる限り最悪のパターンだ。

 敵の本拠地たるアインツベルンの城で、万全のバーサーカーと戦うなど悪夢。

 つまり今をおいて他に、慎二が聖杯の核を手にするチャンスはない。

 

 再び右腕に魔力を集束。

 死棘(ゲイ・ボルク)の間合いにさえ入れば、後はなんとでもなる。

 スラスターを全開に。真紅の魔力が溢れ出す。

 

 じりじりと間合いを計る。あまり時間はない。

 バーサーカーが復活するまで、あと数十秒といったところか。

 どうやってこの膠着状態を打開しよう。

 慎二が策を巡らせていた、その時だった。

 膨大な魔力の奔流が、遠く離れたビルの屋上から放たれた。

 

「な、何の光ィ!?」

 

 慎二は思わず叫んでいた。

 その場に居た全員の視線が、一瞬だけ遥か彼方に釘付けになる。

 莫大なまでの光が収まった後、最初に声を上げたのは――凛だった。

 

「う、嘘……そんな……」

 

 二画の令呪がまるで溶けるようにして、凛の右手から消えていく。

 それが意味することは――凛が呆然と呟いた。

 

「アーチャーが……やられた……?」

「えっ」

 

 どういうことなの。なんでこのタイミングでアーチャーが脱落するの。

 そんなの聞いてませんよ、慎二君の段取りにはありませんでしたよ。

 丁度そのタイミングで波濤の耳(クリード・イヤー)に通信が入った。

 

『シンジ、大変です!』

「ライダーか、何があった!」

 

 いつになく焦った様子のライダー。

 相当にマズい事態が起こったに違いない。

 考えられるのは他のサーヴァントによる強襲か。

 となると誰だ。キャスターか、それとも英雄王か。

 しかしライダーの答えは予想の斜め上を行く。

 

『サクラがやらかしました!』

「はぁ!?」

『と、とにかくこちらに合流してください!』

 

 チラリとイリヤスフィールを見やる。

 タイミングは今しかない。今しかない――が。

 

「く、くそう! 覚えてろよ! 絶対に諦めないからな!」

 

 とにもかくにも、桜達が心配でならなかった。

 スラスターを全開に。

 空中に飛び立った慎二は、合流地点である間桐邸へと退却したのだった。

 

 

 

 

 

 

「で、何があったワケ?」

 

 間桐邸のリビングにて。

 ソファに腰掛ける慎二が、正座をした桜とライダーに尋ねる。

 桜がやらかした、なんて言うから慌てて駆け付けたのに。

 当の本人たちは気まずい顔をするばかりで、ケロッとしたご様子。

 

 ちなみにライダーは未だにバニー姿だった。

 なんだ、気に入ったのかソレ。

 なるほど、反省会にはそぐわないが、眼福だから着ておきなさい。家長命令です。

 

「そ、そのう……なんといいますか……」

 

 なんとも言い辛そうに口籠る桜。

 彼女の右手からは、令呪が一画失われていた。

 

「アーチャーの顔を見たら、こう……イラっと来てしまいまして」

「イラっと」

「生理的に無理というか、なんというか……そんな感じでして」

「生理的に無理」

「気付いたらライダーにその……命令していたというか、なんというか」

「……なるほどねぇ……」

 

 そういやこの桜ちゃん。

 昔の一件以来、士郎のことを毛嫌いしていた気がする。

 そんな奴が未来(エミヤ)の姿で現れたとなると、その反応もわからなくはない。

 

「ちなみにライダー。何かあるかい?」

 

 一応だ。一応こちらの弁明も聞いてやろう。

 十中の十くらいは有罪(ギルティ)な気がするけれども、機会はやろう。

 

「き、気付いた時には騎英の手綱(ベルレフォーン)を使っていました」

 

 魔眼で動きを止めてからの騎英の手綱(ベルレフォーン)コンボ。

 超スピードとかそんなチャチじゃない速度だった。抵抗する間もなかった。

 以上がライダーさんの証言である。

 

「そうか……そうか」

 

 つまりなんだ。この駄妹は、その場の勢いでアーチャーを殺った、と。

 令呪を一画消費し、挙句にさらに貴重な英雄王(ギルガメッシュ)対策を消した。そういうことか。

 

「どうすんだよコレェ!」

「ひぅっ」

 

 桜がちょっと可愛らしい悲鳴を上げたが、あえて無視した。

 本当にどうするんだ、どうすればいいんだコレは。

 UBWルートじゃなかったのか、これじゃフラグがバッキバキじゃないか。

 

 慎二が持つアドバンテージは、原作知識を使った先回り。

 それが潰されてしまったというのは致命的だ。

 

 しかも倒してしまったのがアーチャー(エミヤーン)、というのが更に悪い。

 慎二はアーチャーを英雄王対策に充てようと画策していた。

 その目論見が完全に潰された形になる。

 

 次善策として士郎を向かわせる案もあったが、それにしたってアーチャーは必須だ。

 他に英雄王を相手に出来るサーヴァントなんて――サーヴァントなんて――

 

「そうだ、とっておきのが居るじゃないか」

 

 英雄王相手に半日持ちこたえるだけの力を持った、強力な英霊。

 それが慎二の手元には居るではないか。

 ランサーだ、アイツを味方につけるのだ。

 

 いくら英雄王といえども、英霊二騎と波濤仮面の同時攻撃は捌き切れまい。

 幸いなことにランサーを鞍替えさせるための手札はある。

 元マスター(バゼット)辺りの情報をチラつかせれば食いつくに違いない。

 彼としても麻婆に従っている現状は業腹なはず。勝機は充分にある。

 

「蟲蔵じゃ、蟲蔵に向かうぞ!」

 

 慎二が立ち上がり叫ぶ。

 しかしその目的を察したらしい桜が、何故かそれを留めようとする。

 

「ま、待ってください兄さん! ダメです!」

「今は一刻の猶予すら惜しい、話は後だ!」

「いえ、そうではなくて……そうではなくて……とにかくダメなんです!」

 

 普段ならばまぁ聞いてやらないこともない。

 けれども今は一刻の猶予すら争う事態だ。桜の話を聞いている暇はない。

 

「いざ行かん、ランサーの下へ!」

 

 そうして慎二は桜の制止を振り切り、ランサーを捕えた蟲蔵へと向かった。

 

 

 

 へっ、俺みたいな負け犬に今更何の用だ、坊主。

 ランサーならきっと、そんな憎まれ口を叩きつつ出迎えてくれる。

 そう思っていた――思っていたのに。

 

 蟲蔵に到着した慎二を待っていたのは、壮絶なる光景であった。

 そこにあったのは、文字通り山となった犬の餌(ドッグフード)の袋。

 まさかそれを全て平らげたのか、ランサーの腹は極限にまで膨れていた。

 

「あ……ああ……まだ……残ってる……食わねぇと……食わねぇと……」

 

 誓約(ゲッシュ)を破らされて、痺れているであろう体を引き摺り。

 今もなお犬の餌(ドッグフード)を貪るその姿には悲壮感すら感じられる。

 慎二が呆然とその名を呼んだ。

 

「ら……ランサー?」

 

 その声に反応したランサーが、ゆっくりとこちらを見やった。

 生気がない。まるで生ける屍のような瞳だった。

 ランサーの喉から掠れたような声が絞り出される。

 

「……あぁ……坊主、か……」

 

 その一言で力尽きたのか。

 ランサーは石畳の上に突っ伏してしまった。

 慎二は慌てて駆け寄ると、その体を抱き起す。

 全身から犬の餌(ドッグフード)の香りがした。有体に言えば臭かった。

 

「ランサー、しっかりしろ! いったい誰がこんな……!」

 

 ランサーの誓約(ゲッシュ)をいいことに、限界まで犬の餌(ドッグフード)を食わせた奴が居る。

 誰だ。一体誰がこんな惨状を作り上げた。

 ランサーが震える指先で、しかし力を振り絞って一点を指し示す。

 その先に居たのは――案の定と言うべきかなんというか。桜だった。

 

「気を、つけろ……アイツは……あく、ま……」

 

 それが最期の力だったのか。

 ランサーから急速に生気が失われていく。

 同時にその身体が光となり、大気に溶け出した。

 

「……ランサー? 死ぬな、ランサー!」

 

 ここでアンタが死んじゃったら、英雄王との戦いはどうなっちゃうの?

 頑張ってランサー。魔力はまだ残ってる!

 

「……オマエとの戦い……悪く、なかった、ぜ……」

 

 しかしそんな慎二の願い虚しく、ランサーは消滅していく。

 後には何も――塵一つ残らなかった。これが英霊の最期だ。

 

「ランサーが……ランサーが死んだ!」

 

 ええぃ、誰だ。人でなしは誰だ。

 いや、わかっている。わかっているけど認めたくない一線というものがある。

 

「……だからダメって言ったのに……」

「桜……どうして……どうしてこんな……!」

 

 わからない。お兄ちゃん本気でわからない。

 どうして桜がこんなことをしたのか、全くわからない。

 困惑する慎二をよそに、くすくす、くすくすと桜は狂ったように笑う。

 

「だってアイツは……兄さんを傷つけたんですよ?」

 

 許せるはずがない。地獄すら生温い。そう言わんばかりの表情だった。

 全ての尊厳を踏みにじり、凌辱し尽し。それでもって殺さねば気が済まない。

 桜の瞳が、そう語っていた。

 

 桜ルートは回避したと思っていたのに、現実はさらに酷い有様になっていた。

 誰だ。一体誰が、あの可愛らしい桜をこんな娘にした。

 

 慎二はそう叫ぼうとして、小さく頭を振った。

 いや、わかってるんだ。桜がこんなことになったのは、自分のせいだって。

 ごめんな、時臣(トッキー)。娘さん、こんなことになっちゃった。

 ちゃんと最後まで面倒は見るから、草葉の陰から見守っていて欲しい。

 

「にしても……ホントどうしよう……」

 

 アーチャーもダメ。ランサーもダメ。

 この状態で聖杯戦争を乗り切るなんて、無謀にもほどがある。

 桜の笑い声が木霊する蟲蔵で、慎二は静かに頭を抱えた。

 

 聖杯戦争、初日。

 この一日だけで、二騎の英霊が脱落することとなった。

 慎二はこの戦争の行く末に、暗雲が立ち込めているように思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 




こんな序盤でアーチャーとランサーが消えるSSも珍しいのでは。
桜ちゃんと士郎が水と油になってるから仕方ないね。

何度も言いますが、僕は槍ニキが大好きです。
最初は共闘してたらカッコいいかな、と思ってたのに、気付いたら桜ちゃんが殺してたんや。
だから僕はワルクナイ。

黒化しつつある桜ちゃんの明日はどっちだ!
そんな桜ちゃんに好かれたワカメの明日もどっちだ!

この後の顛末については次話あたりで書ければいいな、と思う所存。





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第十五話

やっほー、みんなー、元気してるぅー?

僕は開幕早々にガチャで諭吉が旅立って、有り金を溶かした顔をしているぞ☆
まずは一諭吉だ。幸先がいいぜ(白目

とりあえず一言。
マーリンシスベシフォウ。


あと今回は本文に過激な表現が乱立します。
言うまでもなくR-15なのでご注意を。
いいか、R-15だからな。あくまでもR-15だからな!



 間桐家の最奥にある、慎二の寝室にて。

 そこでは肉と肉をぶつけ合う音が高く鳴り響いていた。

 赤く熱をもった桜のソコに、慎二が渾身の一撃を叩き込む。

 

「ひゃうっ……それ以上は……だ、だめぇ……兄さん……ッ!」

「ええぃ、悪い娘にはなぁ、悪い娘にはお仕置きしなきゃいけないんだよぉ!」

「そんなぁ……そんなに強くしたらぁ!」

「あァ!? ここか? ここが効くのか桜ァ!」

 

 慎二的には、程よくランサーに仕返しができればそれで――それだけでよかった。

 ついでに聖杯戦争なんていう、くだらない遊戯を終わらせられれば最高だった。

 

「そこっ、そこはダメぇ……!」

 

 そう思った。そう思っていたのに――結果はこの有様だ。

 聖杯戦争開幕直後における桜の暴走。

 そしてそれに付随した、出オチとばかりのサーヴァント二騎の脱落。

 

「運命はっ、収束するなんてっ、カッコつけて言ったケドさぁ!?」

 

 しかし、だがしかし。ここまで拗れてしまっては収束どころではない。

 というかもう、収集がつかない――つけられないと率直に申し上げたい。

 

 アレなのか、ついでとばかりに聖杯(イリヤスフィール)を取ろうとしたのが間違いだったのか。

 ランサー拉致監禁だけで満足していれば、こんなことにはならなかったのか。

 いいや違う。今回ばかりは慎二は何も悪くない。悪いのは――

 

「オマエだよ、桜ァ!」

「ごめんなさいぃ……ひぅっ、ご、ごめ……ああっ!」

 

 そもそもだ、前提条件からして間違っている。

 間桐家の平穏。そしてそれを盤石なものとする冬木という経済基盤。

 それさえ守れれば、慎二的にはオッケー。他は知ったことではない。

 

 聖杯戦争を勝ち抜こう、なんて高尚な精神は端から持ち合わせていない。

 他のサーヴァントを脱落させるなんて考えたことすらなかった。

 

 ランサーの件だって、そもそもあちらが襲ってきたのが発端。

 決して慎二が好き好んで自分から手を出したわけじゃない。

 捕えた後は適当にいぢめて、死棘の秘密を聞き出して。後は泳がせるつもりだった。

 

 慎二にしてみれば、聖杯なんてどうでもいい。所詮は路肩の石だ。

 いや路肩の石、では言葉が弱いかもしれない。

 もう少しデリケートな言い回し――そう、路肩の不発弾。これがいい。

 興味は全くないが、その癖に厄介な代物という辺りが的を射ている。

 

 もしこれが正真正銘たる願望機であったのなら、少しは食指も動こう。

 けれど冬木の聖杯は汚染され、その実態は破壊を撒き散らす兵器に他ならない。

 そんなものを得て喜ぶのは、それこそかの外道麻婆組(ギル&キレイ)くらいのものである。

 

 自分で解体してもいいが、可能なら専門家に任せたい。

 慎二にとって、聖杯とはそういう厄介な代物なのであった。

 

 できることなら、キャスター組辺りが手に入れてくれれば最高だ。

 どうぞ幸せになってください。僕達の知らない所で。

 ガス漏れ事件(魂食い)とか色々やらかしているけれど、その辺りは間桐の管轄じゃない。

 困っているのはセカンドオーナーである遠坂と、監督役の教会だけだ。

 

「ああン? これか? これが欲しかったんだろォ!?」

「にい、さんッ……つよ……つよすぎ、ますぅ!」

 

 腰に力を入れて、さらにストローク量を増やしていく。

 そんなわけで。

 本音を言うなら、慎二的にはさっさと冬木から退避してしまいたい。

 けれども間桐家の経済基盤は冬木市に集中している。

 万が一にも聖杯君が誕生し、汚染された泥を撒き散らすなんてことになれば。

 

 ――考えるだけでも恐ろしい。

 間桐家の家計は壊滅的な打撃を受けることになるだろう。

 

 だから仕方なく、本当は嫌で嫌で仕方がなかったが緊急措置的に。

 結果だけは見守る、というスタンスで聖杯戦争に参加した。

 もしも最悪の未来(ルート)に進むのであれば、消極的に介入する。

 その予定だった。そう、過去形だ。予定“だった”のだ。

 

 ――予定とは、狂うためにある。

 平安時代の詩人にして剣豪、ミヤモト・マサシの言葉だ。

 

「だからってさぁ! なんで進んで狂わせに行っちゃったかなぁ!?」

「そっ、それ以上は……ああっ、にいさんっ……こわれちゃうッ!」

「うるさい! このっ……このっ……このォ!」

 

 慎二は叫び上げながら、己が内に眠る熱狂を叩き付ける。

 桜のソコは散々行われた行為によって、限界を迎えつつあった。

 

「あっ、やぁっ……もう……もうだめ、です、兄さん! 兄さん……!」

「いい、いいよ桜、これで……これで……フィニッシュだ!」

「い、いや……いやッ……あッ、ああああああッ!」

 

 桃色に上気した艶やかな肌からは、玉のような汗が弾け飛ぶ。

 そして桜は弓なりに身を逸らせると、力尽きるようにベッドに突っ伏した。

 

「んっ……はぁっ――もう、だめぇ……」

 

 息も絶え絶えに荒い息を吐き出す桜。

 一仕事やり終えた達成感を露わにする慎二。

 そんな二人の様子を黙って見ていたライダーが、困惑した様子で尋ねる。

 

「あの、シンジ……これは?」

「ああン? 尻叩きだよ! 見てわからないのかい?」

 

 悪い娘の尻は叩け。間桐家家訓にはそう書いてある。

 これは古来より間桐家に伝わる、由緒正しきオシオキなのだ。

 

 それにしても――なんだ。

 桜め、いい尻をしていやがる。

 

「あっ……そ、そんな……叩かれて敏感になったところを撫で――あっ」

 

 水蜜桃のような尻、とはこのことを言うのだろうか。素晴らしい。

 ちなみに間桐家家訓なる代物ができたのは丁度十年前のこと。結構最近だ。

 

「あの、シンジ……非常に言い辛いのですが」

「なんだい、ライダー」

「……サクラが凄く満ち足りた様子で、というか途中から悦んで――」

「――いいかライダー。誰がなんと言おうが、これはオシオキ、いいね?」

「あ、ハイ」

 

 どう考えてもご褒美にしかなっていない、というツッコミはさておき。

 この“尻叩き”――あくまで“尻叩き”は、今回の一件に対するケジメ。

 決して卑猥なアレではない。アレでは、ない。

 ケジメとは、ブシドーにおけるサホーなのである。

 

 ケジメは神聖なるもの。古事記にもそう書いてある。

 絶対にアレと一緒にしてはいけない、慎二お兄さんとの約束だぞ。

 

 だからいいか、この行為は決して卑猥なものではない。いいね?

 

 ――ちょっとばかり物欲しそうな目で見ているライダーはさておき。

 なぜ急にこんなことをし始めたかと言えば。

 今回の一件で、桜を少しばかり矯正しておく必要性を感じたためだ。

 

「いや、ねぇ……流石にアレはまずいよなぁ」

 

 ランサー消滅間際に桜が浮かべた笑みからは、狂気の未来が垣間見えた。

 具体的にはHFとか黒化とか、そういう世界の危機的な意味でのアレだ。

 

 おかしいなぁ。聖杯の欠片なんて入ってないはずなんだけどなぁ。

 もしかすると、お兄ちゃん、少しばかり育て方を間違えたかもしれない。

 これは本気で時臣(トッキー)の墓に土下座せねばならない案件なのではなかろうか。

 

 久しぶりに、ぎゃーてー、と墓の方角に向かい目を瞑って唱えておく。

 ごめんね、時臣(トッキー)と謝罪しつつ手を合わせ、そして目を開けると――

 薄っすらと頬を染めたライダーが、いつの間にか距離を詰めてきていた。

 ライダーの彫刻の如く整った顔が目の前にある。熱い吐息が慎二の鼻にかかる。

 

「……その、シンジ」

「近い。近いよライダー?」

 

 そこはかとなく漂う嫌な予感に、慎二が額から汗を流す中。

 ライダーはベッドに膝立ちになると、見せつけるようにボンテージを捲り上げた。

 引き締まった美しいラインが慎二の眼前で露わになっていく。

 舌が触れそうな至近距離。瑞々しい果実のような香りが慎二の鼻腔をくすぐる。

 

「マスターとサーヴァントは一心同体。古事記にもそう書いてあります」

「そんなこと書いてあったかなぁ……!」

 

 そんな記述知らない。知ってても認めない。

 じりじりと後退していく慎二に、ライダーが蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

「つまりサクラの失敗は、私の失敗、ということです」

「いやぁ、そんなことない、ライダーはナニモワルクナイ!」

 

 むしろ今回の一件に関しては被害者である。

 無罪だ、ノットギルティなのだ。

 だから待って。

 ぷりーず、すとっぷ、ぷりーず。

 

「私にもオシオキが必要だと……そう、思いませんか?」

 

 待ってライダー、話せばわかる。

 だから脱ぎながら迫ってくるんじゃない。すていだ、すてい。

 なに? いつものもいいけど、たまにはちょっと刺激的なモノが欲しい?

 見ていて桜が羨ましかった? 同じ目に合わせて欲しい?

 

 いやね、慎二君的にアブノーマルなプレイはちょっとNG――。

 ――ああもう、そんな泣きそうな顔するなよ。

 仕方がない、今日は自棄だ。こいよライダー、服なんて捨ててかかってこい。

 

 間桐家の灯りは一夜を通して途絶えることはなかった。

 そして明け方にあったのは、三人が一つのベッドに身を寄せ熱を分け合う姿。

 彼等の表情は、どこか満ち足りたモノであった。

 

 ――というのが事件の当日における顛末であったとさ。

 めでたし、めでたし。にゃんにゃん。

 

 

 

 




桜ちゃんのお尻を叩くだけの反省回。
なにも卑猥なことはしていない(真剣

いいか、何一つ卑猥なことはなかったんだ。お尻を叩いていただけなんだ。
だから合法、セーフだ、いいね?

……セーフだよね(震え

だって前に皆が書けって(ry


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第十六話

桜の誕生日だから特別投稿。

節分過ぎたのに、羅生門も鬼ヶ島も復刻されないんですけどォ!?
いいの? 貯めるよ? 石貯めちゃうよ僕ァ!


 件のケジメ案件から数日。

 間桐邸の最奥。

 慎二の寝室の前で、桜が悩ましげに溜息を吐く。

 

「……ライダー、力ずくでどうにかできない?」

 

 桜の問いにライダーは暫し逡巡し、首を小さく横に振った。

 

「これを破るには、それこそ宝具でも使わないと……」

 

 ライダーは小さく肩を竦め、寝室の扉を見やる。

 そこにはまるで茨のように、死棘が“生えていた”。

 桜が再び溜息を吐いた。

 

「本当に困ったわねぇ」

 

 慎二特製の死棘攻性結界(ゲイ・ボルク)

 それが寝室を守る有刺鉄線の如く張り巡らされている。

 強度は宝具クラス。

 破るにはこちらも同等の代物(宝具)を持ち出すしかない。

 

 しかし、だ。

 だからといって屋敷の中でライダーの宝具を開帳しようものなら。

 なまじそれが、慎二が作り出した“攻性”結界とぶつかろうものなら。

 それこそどんな惨事が引き起こされるかわかったものではない。

 一級品の神秘と神秘のぶつかり合いだ。

 最低でも屋敷が消し飛ぶ程度は覚悟しなければならないだろう。

 

「いや本当にどうするんですか、サクラ」

「どうしましょう?」

 

 で、この状況がどういうことなのか端的に説明すると。

 

「シンジが出て来る気配……全くありませんよ?」

「そうねぇ……もう二日になるのに……」

 

 あのケジメ案件以降、慎二が部屋から出てこなくなった。

 引きこもり――いや、ここまで来れば最早“立てこもり”だろうか。

 ライダーが心配げに眉根を寄せる。

 

「食事もとらずに……シンジは大丈夫なんでしょうか」

「そこはほら、兄さんは特別製だし……多分?」

 

 慎二は高出力の魔力炉に加え、大容量の魔力貯蔵タンクを搭載している。

 貯蔵魔力をカロリーに変換していられる限りにおいて、一切の補給は必要ないはずだ。

 だから心配は要らない。

 要らない――が、同時にそれが問題でもあった。

 

 補給の必要がないということは即ち、外部との接触の必要がないことと同義。

 つまり今この間桐邸において、慎二は完璧なる籠城状態にあった。

 

 二騎のサーヴァントが脱落し、聖杯戦争も中盤戦を迎えようとしている。

 そんな中で間桐家の頭脳兼主戦力でもある慎二がこの有様というのは、非常にマズい。

 

「うーん……どうしようかしら」

 

 マズい、のだが。

 狼狽し扉の前をうろうろするライダーをよそに、そのマスターたる間桐桜は、意外にも――

 

「その、サクラ……実はあまり焦っていなかったりしますか?」

 

 困った風ではあるものの、緊張した様子はなく――むしろリラックスしているフシさえあった。

 

「え? そんなことはないわよ? ただ……」

「ただ?」

「兄さんならまぁ、なんとかしてくれるって信じてるから」

 

 

 

 で、そんな無駄に重たい信頼を寄せられている慎二はといえば。

 寝室にあるキングサイズの豪奢なベッド。

 そこで、シーツを被ったまま膝を抱えていた。

 じめじめっとした海産物的アトモスフィアが部屋中を満たしている。

 

 脳内を駆け巡る悩みの種。

 それは今回の一件――聖杯戦争の落しどころだ。

 

 聖杯の降誕を阻止し、かつ自陣営から脱落者を出さない。

 慎二が掲げていた当初の目標がこれだった。

 

 そもそも、だ。

 この聖杯戦争において、最悪と呼べる結末はそう多くない。

 マズいのは聖杯が完成し、中身(アンリマユ)が降誕。

 そのまま冬木を焼き尽くす、というルートだけだ。

 

 そしてそのルートに至る可能性のある相手は二組だけ。

 一つは聖杯の完成を願う御三家、アインツベルン。

 そしてもう一組は、この聖杯戦争におけるイレギュラー。

 英雄王、すなわちギルガメッシュである。

 

 第四次聖杯戦争から現界を続ける英雄王。

 戦力的にも、掲げる目標的にも。

 英雄王は聖杯降誕の阻止にあたっての最大の壁だった。

 

 アインツベルンの大英雄(ヘラクレス)はまだ戦りようがある。

 だがことギルガメッシュの場合、話は別だ。

 奴は真向勝負で勝てる相手ではない。

 なにせ厄介なことに、奴は搦手を使おうにも打てる手がないからだ。

 

 ならばどうするのか。

 悩みに悩んだ末、慎二は二つのプランを立てた。

 

 一つは前提条件の破壊だ。

 聖杯を完成させる、というこの聖杯戦争自体を破綻させる。

 つまり聖杯の核たるアインツベルンの小聖杯――イリヤスフィールを破壊する。

 

 しかしこのプランが失敗に終わったのは周知のこと。

 それもこれも、あの憎き主人公(衛宮)君のせいだ。

 本当に、あそこで奴が邪魔さえしなければ。

 そうすれば冬木の聖杯戦争は小規模な被害だけで収束するはずだったのに。

 

 とはいえ失敗してしまったものは仕方がない。

 慎二は過去を振り返らない男。

 ダメならダメで切り捨てる。

 時には割り切りこそが最善手となることもある。

 

 失敗を確信した瞬間、慎二はプラン2に移行した。

 名づけるなら――そう。

 

 勝てないならそもそも戦わなければいいじゃない作戦。

 

 要するに主人公勢(衛宮&遠坂)に押し付けてしまえ、ということだ。

 衛宮士郎、そして遠坂凛のサーヴァントであるアーチャー。

 彼等の魔術はこと英雄王を相手にする場合において、切り札となり得る。

 

 それだけではない。彼等には他にも方法がある。

 騎士王(セイバー)へと聖剣の鞘を返却し、力技でねじ伏せたっていい。

 

 これこそ主人公補正というべきなのだろうか。

 彼等は英雄王(ラスボス)を倒すための方法をいくつも持っているのだ。

 

 運命は収束する。

 ならばその運命の流れを誘導し、彼等が英雄王を打倒する未来を引き当てる。

 それこそ慎二が考え抜いた末の最終プランだった。

 しかし、しかしだ。

 

「どうすんだよ……どうすんだよぉコレぇ……」

 

 主人公組が英雄王を打倒するために必須だったもの。

 それがアーチャー(エミヤ)という要素(ファクター)だ。

 

 だが彼は不運にも――そう“不運にも”消滅してしまった。

 これでは運命は大きく変わってしまう――それこそ修正不可能なほどに。

 

「くっそう……アインツベルンはもう出てこない。そうなるとFate(セイバー)ルートはない」

 

 あれだけ執拗に狙っていることをアピールしてしまったのだ。

 イリヤスフィールは間違いなく籠城を決め込むだろう。

 彼女が衛宮を誘拐する、というイベントは発生しないと見ていい。

 そうなればその先にある魔力供給(チョメチョメ)やらバーサーカー戦やらは、もうない。

 いや、そもそもライダーとの戦いが行われない時点で、運命は決していたのかもしれない。

 このルートはもう、潰れた。

 

「とはいえなぁ……UBW()ルートに行こうにも、肝心のアーチャーが居ないしなぁ」

 

 対英雄王の切り札たる固有結界、無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)

 それを衛宮が習得するには、アーチャーの存在が不可欠だ。

 しかし肝心要であるアーチャーは既に脱落してしまっている。

 流石の主人公サマでも、独力であの領域に到達することは不可能だろう。

 

「残ってるルートはそれこそHeaven's Feel()くらいのもんだけど……」

 

 ダメだ。

 十年前に間桐臓硯を殺してしまった時点で、前提条件から崩壊してしまっている。

 もう残されたルートはない。バッドエンド一直線だ。

 

「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」

 

 じめじめ、じめじめと慎二が鳴いていた、その時だった。

 間桐邸全体に、けたたましいベルの音が鳴り響く。

 

「この音は――」

 

 間桐邸に張られた、対神秘用結界。

 それが発動した音だ。

 この屋敷内に魔術に類する存在が侵入しようとしている。

 今は聖杯戦争時、となれば敵襲だ。

 

「こういう人が落ち込んでる時に限ってさぁ……」

 

 少しくらい休ませてくれたっていいじゃない。

 こちとら中身は一般人なんだもの。

 主人公補正も、鋼の精神もないんだもの。

 豆腐メンタルを慰める時間くれたって罰は当たらないだろう。

 

「空気読めよ。くそう」

 

 慎二は渋々、といった様子で被っていたシーツを脱ぎ捨てる。

 そして着替える時間すら惜しいとばかりに、寝間着のまま窓から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 間桐邸の正門を、ガンガンと蹴りつける音が響いている。

 急行した慎二は、それを冷めた目で見つめていた。

 

「このっ……開きなさい! 開きなさいったら!」

「無理だ遠坂。この門、ビクともしないぞ」

 

 また衛宮&遠坂(こいつら)かよ。

 やってきた厄介事に、深いため息を吐く。

 

「ダメだ遠坂、どうやっても開きそうにない」

「そうはッ言ってもねッ……諦めるわけにはいかないでしょッ衛宮君ッ」

 

 遠坂は正門をガンガンと蹴りつけながらも、言葉を続ける。

 

「アインツベルンが潰れた以上、もうコイツらしか頼れる相手がいないのよ!」

 

 ――は?

 なんて言った、こいつ?

 アインツベルンが――潰れた?

 

 そういえば、セイバーの魔力反応がない。

 アイツがマスター(衛宮士郎)から離れるとは思えない――ということは。

 

 パチン、と慎二が指を鳴らした。

 その瞬間、重厚な門が音もなく開かれ――

 

「この、開きな――うきゃあ!?」

 

 蹴ろうとした瞬間に門が開いたせいか。

 遠坂が素っ頓狂な声を上げて、顔面から地面へとダイブした。

 

「……」

「……」

 

 なんとも言えない空気が流れた。

 慎二と衛宮の間で、お前なんか言えよ、と無言のプレッシャーが飛び交う。

 

「……」

 

 しかし、なにも、おもいつかない!

 こういう時はあれだ。話を変えるに限る。

 慎二はコホンと咳払い、そして話を切り出そうとして――

 

「――ガンド」

 

 顔の真横を、遠坂の魔弾が通り過ぎる。

 頬から一筋、汗が流れる。

 今のはヤバかった。本気だった。当たれば痛いじゃすまないヤツだ。

 遠坂が頬についた土を袖で拭った。

 

「……よくもこの私を虚仮にしてくれたわね……」

「いや、優雅さの欠片もなく門を蹴り続けてたのは――」

「よくも、虚仮に、してくれたわね」

 

 有無を言わせぬ口調であった。

 もうヤダこの娘。

 慎二君的に、こういう勝気なキャラは天敵だ。

 

「ぼ、僕に用があったんじゃないのか!? いいんだぞ、このまま追い出したって!」

「――それは……!」

 

 だから慎二は精一杯の虚勢を張った。

 武力的にはともかく、話術フェイズでは勝てないと本能的に悟ったからだ。

 すると遠坂は不本意ながらも、こちらに向けていた腕を降ろした。

 その表情には苦々しさが多分に含まれていて、中々に愉悦感溢れるものだったがそれはさておき。

 

「それで、この――このッ! 僕にッ! 何の用かな?」

 

 未だこちらを睨み付ける遠坂へと精一杯の虚勢を張って。

 慎二は余裕をもって優雅にそう言ってのけたのだった。

 

 

 

「なるほど、それでオマエらは僕に泣きついてきたってワケ?」

「……悔しいけどそういうことよ」

 

 遠坂が悔しげに眉を顰めた。実に愉悦である。

 で、彼等の話を総括すると。

 どうも後の流れは、奇跡的にもUBWルートに進んだらしい。

 キャスターにセイバーを奪われ、頼るべきアインツベルンは落ちた。

 しかしランサーもアーチャーも居ない現状、奪還の戦力は最早存在せず。

 流れ流れて着いたのが間桐(ここ)だった――らしい。

 

「……なるほどなぁ……なるほど」

 

 うんうん、と相槌を打ちながら、慎二は内心でほくそ笑んでいた。

 これはもしや、不幸中の幸いというやつなのではなかろうか。

 

「だから頼む、間桐。セイバーを取り戻すのに協力してくれ」

 

 衛宮が慎二に頭を下げた。

 なるほど、なるほど。

 事態はそういう方向へと転がっていたのか。

 慎二はふむ、と大仰に頷き一言。

 

「嫌だね、断る」

「なっ――」

 

 まさか断られるとは思ってもみなかったのだろう。

 信じられないとばかりに、衛宮が声を上げた。

 

「どうしてだ! あのキャスターの危険性はお前もわかってるはずだ、間桐!」

「わかっているからこそ断る、と言っているんだよ衛宮」

 

 キャスターにセイバーを奪われる。

 これは主人公(衛宮)から見れば危機であるが、客観的に見れば違う。

 むしろ好機と見てもいいだろう。

 

「それはどういう意味かしら、間桐君?」

 

 返答次第ではただではおかない、とばかりに遠坂がこちらを睨み付ける。

 しかし慎二はむしろ余裕をもって、その視線を受け止めた。

 

「そのままの意味さ。僕にとって今の状況は都合がいいんだよ」

 

 キャスターは汚染された聖杯を“正常”に扱える唯一の存在だ。

 しかしそんな彼女が聖杯を手にする運命(ルート)はない。

 なぜなら、必ずどこかで彼女に対する邪魔が入るからだ。

 

 しかし今回は違う。

 彼女の邪魔をする三つの存在(英雄王、エミヤ、臓硯)のうち二つ(エミヤ、臓硯)は潰れた。

 そして最後に残る英雄王(ラスボス)

 それすらも、セイバーが奪われたことによって突破の糸口が見えた。

 

 キャスターは前衛として戦う英霊の中では最弱クラスだろう。

 だが後衛としては最優のサーヴァントだ。

 そんな彼女が、前衛として最優たるセイバーと組めば――

 

「僕としてはキャスターに協力してもいい、とすら思っているよ」

「……アナタ本気で言っているの? いえ、むしろ正気を疑うべきかしら?」

「いいや遠坂、僕は正気さ。正気だからこそこう言っているんだ」

 

 魔力不足による、大規模な魂食い。

 その側面だけを見れば、確かにキャスターは邪悪だろう。

 けれど慎二は知っている。

 キャスターの願い自体は、ほんのささやかな幸せだ。

 それは決して邪悪なものではない。

 利害関係だけでいけば、こちらと協力できる可能性は非常に高い。

 

「そういうわけで、悪いけどキャスターと敵対する気はないんだ」

 

 慎二が二人を鼻で笑いつつ、そう言ってのけた瞬間。

 衛宮の眉が激情に吊り上がる。

 

「間桐ォ! オマエ、それでも――!」

 

 衛宮が慎二の胸倉を掴もうと一歩踏み出した、その瞬間。

 ゾクリ、と慎二の背筋に悪寒が走った。

 感じたのは、魔力の波動だった。

 それも並みの代物ではない。宝具の真名解放に匹敵する魔力量。

 

「な――」

 

 なにが起こっているのか。

 そんな疑問を口にする間もなく、慎二の真横を一筋の閃光が通り過ぎようとする。

 慎二は半ば反射的に手を伸ばす。

 改造された慎二の肉体には、発射された弾丸すら正確に掴み取る力があった。

 

 しかし――伸ばされた手は“ソレ”を掴み取ることはなかった。

 まるで慎二の手を避けるかのように、その閃光が不規則に軌道を変えたからだ。

 そして軌道を変えた閃光――その先に居るのは――

 

「避けろ、衛宮ァ!」

「え――」

 

 衛宮がそんな間の抜けた声を出すと同時に、その胸に閃光が吸い込まれる。

 そして桜色の――満開の(死棘)が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




だいたいカード2枚につき1話分の投稿をしているんだ。

ふと見返せば、このSSも既に16話。
つまり――わかるね?

そしてシュテンノー事件の時の更新速度。
それを考えると――わかるね?


あとルール的に書いても良いのかわからなかったので、今まで触れなかったんですが。
感想とか貰えると凄く嬉しいです。毎回、執筆の励みになっています。
(だからくれても)ええんやで。



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第十七話

教えてくれリップ……俺はあと何回ガチャを回せばいい(カード6枚目

いやぁ、こんなSS書いてて回さないわけがないよね(是非もない


追記 2017/05/16
前にも一度、前書きやら感想への返信辺りで書いたような気がしますが。
評価のほうの一言コメにて凸って来られる方が度々いらっしゃるので、改めて。
ついでに最近になって拙作を読み始めてくれた、という方にも。

この作品の警告タグは念のためではありません。
いいですか、念のためじゃないんです。

このSSはアンチ・ヘイト要素の塊です、地雷が置いてあります。
前々からお知らせしている通り、登場人物の一部しか幸せになれません。
それでも宜しければ、完結までお付き合い頂ければ幸いです。



 衛宮の胸に満開の(死棘)が咲く。

 鮮血が濃厚な鉄の香りと共に辺りへと飛び散った。

 

「――え?」

 

 そんな間の抜けた声を漏らしたのは衛宮か、それとも遠坂か。

 

「衛宮君!?」

「ぐっ――あっ――」

 

 衛宮が呻いている。どうやら致命傷は避けたようだ。

 いや、致命傷だが鞘のおかげで助かっただけかもしれない。

 どちらでもいい。とにかく衛宮は“まだ”生きている。

 慎二はそんなことを考えつつ、ゆっくりと振り返った。

 

 今の弾道、間違いない。

 間桐家特製の特殊弾頭、MATO弾だ。

 簡略版ゲイ・ボルクとも言えるそれは、間違っても人に撃っていいアレではない。

 人に向けて撃ってはいけません。

 オモチャの説明書にも、よく書いてある。

 

「ざぁんねん……どうやら仕留め損なったみたいですね」

「桜ァ、オマエどういうつもりだ!?」

 

 少女に似合わぬ無骨なリボルバー片手にマジキチスマイルを浮かべる桜。

 明らかに正気ではない。

 いや、桜が正気である時など絶無に等しいのだが、とにかく正気ではない。

 ゾワリ、と慎二の背中に悪寒が走る。

 口から咄嗟に出たのは、敵である二人への警告だった。

 

「逃げろ衛宮ァ、遠坂ァ!」

「逃がすと思いましたか?」

 

 慎二の必死の叫び虚しく、パチンと桜がその細い指を鳴らした。

 屋敷の魔術が発動し、開け放たれていた門が固く閉ざされる。

 外敵を阻む結界が檻へと変貌する。

 どうやら逃がすつもりはないらしい。

 

「ライダー、衛宮士郎(アレ)を轢き千切りなさい」

 

 桜が指揮をするように腕を振り下ろす。

 瞬間、弾丸の如くライダーが飛び出した。

 

「チィッ!」

 

 舌打ちと共にコンマ一秒で変身。肉体が蒼銀の鎧に包まれる。

 スラスターを展開、急加速。

 衛宮達の前に立ち塞がり、空中でライダーの突貫を受け止めた。

 

「やめろライダー! こんなことをして何になるっていうんだ!」

「ごめんなさい、ごめんなさいシンジ……でも……!」

 

 本気で申し訳なさそうに、ライダーが呟く。

 

「やっぱり令呪には勝てませんでした……!」

「おのれ桜ァ!」

 

 またなのか。また令呪を使ったのか。

 衛宮に対する殺意高過ぎィ!

 まさかの二画目である。慎二、信じられない。

 

「どうしてなんだ桜! どうしてそこまで衛宮を殺そうとするっ!?」

「顔を合わせる度に“間桐慎二から離れろ”だの“奴は悪党”だの……いい加減に鬱陶しかったので」

「衛宮オマエ馬鹿なの? 自殺願望者なの!?」

 

 あかん衛宮、それ地雷やねん。踏んだらあかんやつやねん。

 慎二自身、最初から桜が間桐に染まることを良しとしたわけではない。

 実際、そのために少しだけ間桐から遠ざけた時期だってある。

 だから衛宮の言わんとすることはなんとなくわかるつもりだ。

 

 間桐家は決して清廉潔白な組織ではない。

 冬木の支配者として、時には後ろ暗いこともやってきた。

 特定指定暴力団、藤村組との抗争などその最たるものだ。

 

 その関係で藤村(タイガー)さん家と色々やらかしたのが、衛宮的にはアウトだったのかもしれない。

 しれないが、それはともかくとしてだ。

 それを桜に面と向かって指摘してはいけない。

 いけないのだ。なぜなら“いけないこと”になるから。

 ちなみに慎二の場合、薬を盛られたうえでの三日三晩監禁コースだった。

 お薬(おくしゅり)キメられて気持ちよくされた挙句にダブルピースだ。トラウマである。

 経口摂取による薬物への耐性をつけようと決意した瞬間でもあった。

 

「ハァ! トゥ! ヘァ!」

 

 慎二の拳とライダーの鎖が衝突し、火花が散る。

 スピードは僅かに慎二のほうが上。

 けれど悲しいかな。出力が違い過ぎた。

 霊基を強化したライダーの力は伊達ではない。

 

「くっそう! ライダーの馬鹿力め!」

「なっ……人が気にしていることを!」

「ちょっ、やめっ……本気を出すのはヤメロォー!」

 

 やめてよね! 本気を出されたらライダーに敵うはずがないじゃないか!

 しかし時間は稼げたはずだ。

 この隙に遠坂辺りが門を破り、脱出の手筈を整えて――

 

「そんな! ライダーのマスターは間桐じゃなかったのか!?」

「どうやらそのようね衛宮君……あの様子だと真のマスターは……桜よ!」

「いやオマエらさぁ! 呑気に分析してないで逃げろよォ!」

 

 誰のために時間稼ぎをしていると思っているんだコイツらは。

 

「逃げてよ! お願いだから逃げてよ!」

 

 ここは“慎二に任せて逃げる”という選択肢を選ぶ所だ。

 間違っても“慎二を信じて見守る”なんて選択肢を選んではいけない。

 なぜなら――それは死亡ルートだから――!

 

「ライダー! 多少手荒にシても構いません!」

「くっ――シンジ、御免!」

「――うぐっ!」

 

 桜の指示によりライダーの拳が慎二の鳩尾にめり込む。

 呼吸が一拍止まると同時に、心臓部の魔力炉にノイズが走る。

 肉体への魔力出力が一時停止、慎二は重力に任せて落下した。

 

「間桐!?」

「――シンジの心配をしている暇などありませんよ、エミヤシロウ」

「なっ――ぐぁっ!」

 

 ライダーの鎖が衛宮の四肢を絡めとり、さらに剛腕によって宙高く打ち上げられる。

 

「せめて痛みを知らずに安らかに死になさい――」

 

 ライダーの周囲に血の色をした紅い魔法陣が浮かび――そして宣告される。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)――!」

 

 莫大な魔力の奔流となったライダーが自由落下を始めた衛宮へと向かっていく。

 その様を慎二は地面を這ったまま見ているしか出来なかった。

 

 閃光――そして爆熱。

 

 一瞬の後、ドシャリと肉の塊が地面に落ちる音がした。

 ソレは虚ろな視線を宙に向けたままピクリとも動かない。

 当然ながら呼吸も止まっている。誰がどう見ても即死だった。

 

「嘘だろ……?」

 

 だって衛宮(主人公)なんだぜ?

 宝具一発で死ぬような柔な生物じゃあないはずだ。

 

「おい、冗談だろ? 起きろよ……起きろよ衛宮ァ!」

 

 お願い、死なないで衛宮。

 あんたがここで死んだら切嗣(ケリィ)との約束はどうなっちゃうの?

 聖剣の鞘はまだ残ってる。

 肉体を再生させれば生き返れるんだから。

 

 なに?

 身体が半分吹き飛んでも平気なのはお前くらいだ?

 普通の人間は死ぬ?

 むしろ即死?

 そうだね、そうだったね。忘れてたよ。

 

 なんでや、なんで型月の主人公すぐ死んでしまうん。

 死亡フラグが多すぎる、この世界は生き辛い。

 慎二は諦め肩を落とすと、深く溜息を吐いた。

 そして今回の――もとい今回“も”下手人である彼女へと視線を向けた。

 

「やりましたよ兄さん! 第五次、完です!」

 

 畜生の如く笑う桜。

 その更に後ろには、申し訳なさそうに合掌するライダーの姿が。

 とりあえず、アレだ。この場でやることは一つ。

 

「ライダー……確保しろ」

「いえっさー!」

「ちょっ……ライダー!? 裏切るんですか!?」

「ごめんなさいサクラ! シンジの命令には逆らえないんですッ!」

 

 ライダーが桜へと問答無用で飛びかかった。

 令呪での縛りさえなければ、間桐家内での順位は慎二のほうが上なのである。

 ほどなくして鎖で雁字搦めにされた桜が出来上がったとさ。

 

 

 

 

 

 

 で、所変わって間桐家のリビング。

 荒縄で縛り上げられた遠坂が絨毯の上に転がされていた。

 当然の如く亀甲縛りであるが、縛ったのはライダーだから文句はそっちに言って欲しい。

 同じく縄で縛り直された桜がくすくすと笑いながら遠坂を煽る。

 

「ざまぁないですねぇ、遠坂先輩!」

「くっ……!」

「敵の本拠地までノコノコとやって来た挙句に仲間は殺され、自分は捕まって晒し者にされてどんな気持ちですか? ねぇ、どんな気持ちですか?」

 

 いっそ殺せ、と言わんばかりに桜を睨む遠坂。

 なるほどコレがかの有名な“くっころ”なのか。

 すっげぇワクワクする表情だ。さぞ薄い本が厚くなることだろう。

 

「ところで兄さん」

「なんだい、桜」

「どうして私まで縛られてるんですか?」

 

 本気でわからないといった様子で首を傾げる桜。

 その辺りの思考が外道なんだよ。

 慎二が同意を求めるかの如くライダーへ視線を向けると、彼女は無言で頷いた。

 どうやら保護者サイド(こっち側)の見解は一致しているようだ。

 

「だってオマエ、放って置くと何するかわからないだろ?」

 

 ランサー、アーチャーに続き今回の衛宮。

 前科三犯である。情状酌量の余地はない。

 

「不当な拘束です! 弁護士を要求します!」

「拘束は妥当だし、要求は却下する」

「ライダー! 私の弁護を!」

「ごめんなさいサクラ、三回目ともなると流石に……」

「そんな……! 私に味方は居ないんですか!?」

「居るわけないだろ、ちょっとは考えろよ」

 

 信じられないと言わんばかりの桜であったが、どう考えても自業自得である。

 これに懲りたら、そろそろ自重することも覚えて欲しい。

 十中八九無理だろうと諦めているが、努力する姿勢くらい見せてくれてもいいだろう。

 コホン、と咳払いをした慎二が桜に尋ねた。

 

「それで、どうして衛宮を殺ったんだい?」

 

 返答次第ではお仕置きコース一直線である。

 今度は容赦しない。ライダーも交えてじっくりねっとりとヤる所存だ。

 いっそ遠坂を入れてみても良いかもしれない。

 姉妹丼――夢は広がるばかりだ。

 

「逆に聞きますけど、アレを生かしておくメリットがありましたか?」

「そりゃあ仮にも衛宮(主人公)なんだし多少は――」

 

 あれ、おかしいなと慎二は首を傾げた。

 しゃぶるなら骨までしゃぶれ。

 魔神柱(バルバトス)事件の折に生まれた間桐家家訓である。

 うま味があるなら、ぺんぺん草すら残さず刈りつくすのが基本戦術だ。

 しかしあの衛宮(主人公)にしゃぶるだけの(価値)がまだあっただろうか。

 

「ないな、うん」

 

 アーチャーが脱落し、セイバーを奪われた現状における衛宮の価値は恐ろしく低い。

 セイバーと共闘し、英雄王を倒すことは最早叶わず。

 かと言って無限の剣製による単身での英雄王打倒もフラグが折れて不可能だ。

 肉壁程度の価値すらない。むしろ足手纏いと言っていい。

 

 家族(1)を生かすためなら大多数(100)すらも躊躇なく切り捨てる。

 それが慎二の戦い方だ。

 衛宮とはどこまで行ったとしても相容れることはなかっただろう。

 生かしたところで確実に戦いの邪魔になっていたに違いなかった。

 

「ご理解いただけましたか兄さん?」

「ああ、よくわかったよ」

「でしたらこの縄を――」

「それとこれとは話が別なので却下する」

 

 罰として縛っているのではない。

 何を仕出かすかわからないから拘束しているのだ。

 

「さて、次の議題だ」

「ちょっと待ってください! このままなんですか私!?」

「――次の議題だ」

 

 わんわんと喚く桜は置いておいて。

 慎二は縛られたまま大人しくしている遠坂へと視線を向けた。

 

「なによ?」

 

 やんのかやんのか、とこちらを威嚇している遠坂を見下ろす。

 これといった利用価値があるわけでもないが、かといって処分するわけにもいかない。

 非常に面倒なモノを捕まえてしまったな、と慎二は嘆息する。

 

「いっそ調教して兄さんの肉奴隷にでもすればいいんじゃないですか?」

「ここで調教とか肉奴隷とかいう発想がさらっと出て来る辺りがなぁ……」

 

 どうしてこんな外道染みた思考回路を持つようになってしまったのだろうか。

 遠坂もマジかよコイツ信じらんねぇ、と言わんばかりの視線を桜に向けている。

 

「……ねぇ、間桐君」

「なんだい遠坂」

「あの純真無垢だった桜はどこへ行ってしまったの?」

「僕も聞きたい。あの綺麗だった桜はどこへ行ってしまったんだろう」

 

 小鳥の雛のように、チョコチョコと後ろをついて歩いていた頃の桜が懐かしい。

 今の桜を見ろ。

 

「ちょっとなんですか? この超絶カワイイ桜ちゃんに向かってその言い草は」

 

 あの幼き日の桜はもう居ない。ここに居るのは十八禁の化身である。

 何度も言うが、文句は時臣(トッキー)に言って欲しい。

 諸悪の根源は桜を間桐家なんぞに預けてしまった時臣である。

 

「それにしても……奴隷か」

「な、なによ。絶対に屈したりなんかしないんだからね!?」

「はいはい、くっころくっころ」

 

 こやつエロゲのヒロインみたいなこと言いおってからに。

 いや実際にエロゲのヒロインなんだけども、それはさておき。

 

 遠坂家を手に入れる、というのは存外に容易いことだ。

 奴隷云々はともかくとして、こちらには遠坂家の次女である桜が居る。

 長子である凛を排除してしまえば、当主の座は自動的に転がり込んでくるのだ。

 けれども慎二にその気は全くなかった。

 なぜなら現在の遠坂家に、全く価値を見出すことができないからだ。

 

 そもそも、遠坂家を乗っ取ったところで得られるものはそう多くない。

 有用そうなのは魔術刻印と、セカンドオーナーという肩書きくらいだ。

 むしろ取り込むことで負債を抱え込むデメリットのほうが大きい。

 

 原作とは違い、遠坂の資産の殆どは慎二によって毟り尽されている。

 そのくせ宝石魔術を捨てきれず、多額の借金までこさえているのが現状だ。

 正直、下部組織扱いにして生かさず殺さず飼っているほうが都合がいい。

 

「そんなわけで、遠坂家なんて不良債権は要らないんだよ」

「ふ、不良債権……? 要らない……?」

 

 なんか遠坂がショックを受けているが、一先ず置いておいて。

 慎二は間桐家最後の良心ことライダーに尋ねた。

 

「で、コイツどうすればいいと思う?」

「ここで私に振りますか」

 

 ライダーが勘弁してくれとばかりに肩をすくめる。

 仕方がないじゃない。だって桜に振ったら碌なことにならないんだもの。

 

「肉奴隷云々はともかくとして」

 

 ライダーはその魔眼で遠坂を舐めまわすように見つめ。

 

「とりあえず首輪をつけることを提言します」

「ふむ、その心は?」

「拘束しておくのも手間ですが、勝手に動き回られるのはもっと手間ですから」

「なるほど、いっそのこと子飼いにでもしておけ、ということだね」

 

 ふぅむ、と慎二もライダーリスペクトな視線で舐めまわすように遠坂を見つめ。

 

「ところでアナタ達……どうしてそう、視線がいやらしいのかしら」

「僕は単純に女好き。ライダーは両刀……オーケー?」

「桜も実にグッドでしたが、姉というだけあってこちらも……じゅるり」

「オーケーじゃないわ! き、危機よ! 私の貞操の危機よ!」

「ふむ……貞操、ねぇ?」

「な、なによ」

 

 遠坂を見る。

 亀甲縛りによって多少強調されているものの――なんというかアレだ、慎ましい。

 桜とライダーを見る。

 大満足なボリューム。飽きのこない手触り――圧倒的ではないか我が軍は。

 

「――ふっ」

「ちょっと待ちなさい間桐君、今どこを見て笑ったの!?」

「どこってそりゃあ……わかるだろ?」

「あらあら、どうやら私の勝ちみたいですねぇ遠坂先輩。具体的にどこが、とは言いませんけど」

 

 ぷーくすくす、と桜が遠坂を煽る。とにかく煽る。

 涙目になってきた遠坂が流石にかわいそうなので、彼女の良い所を探してみる。

 強いて言えば。強いて言うならば。

 

「ふーむ……脚のラインは遠坂に軍配が上がるか……?」

 

 慎二は遠坂の肢体をつぶさに観察する。

 なるほどボリュームはないが、スラリと引き締まった体は中々にそそるものがある。

 特に脚だ。脚のラインがエロい。

 ニーソックスの食い込み部分など、まさに神が作り上げたかのような造形美だ。

 

「どれどれ」

 

 試しにとばかりに、そっと太ももを撫でてみる。

 ニーソックスの滑らかな肌触りがたまらない。

 

「ちょっと、なにを――」

 

 遠坂が抗議の声を上げるが、無視してそのまま絶対領域へ。

 雪のように白い肌を、絶妙な力加減で撫で上げる。

 

「くっ……なに? なんなのこれは……!」

 

 遠坂の瞳が徐々に蕩け、頬が上気していく。

 ほら、これがええんじゃろ、ええんじゃろ。

 絶妙に物足りないであろうラインで指を這わせる。

 

「わ、私がこの程度で……んぅ!」

 

 我慢ができなくなってきたのか、遠坂がモジモジと身をよじった。

 もっと欲しければおねだりしてみろ、にゃーんと鳴いてみろ。

 

「屈しない……私は屈したりしないんだからぁ……」

 

 即落ち二コマ並の速度でメスの顔を晒す遠坂。

 桜がうわぁ、とドン引きしている。

 

「チョロそうだなとは思ってましたけど、まさかこれほどとは……」

 

 何か変な魔術でも使っているのかと桜に聞かれたが、勿論答えはNOだ。

 これは純然たる慎二の実力、名付けるなら間桐ゴッドハンド。

 まぁエロゲの世界だからね、多少はね。

 

「くくくっ! このまま快楽漬けにして原作知識による調教を施してやろう!」

「――負けない! 負けないわ!」

 

 慎二VS遠坂。

 熱い戦いが幕を開けたのだった。

 で、そんなことがあって数分後。

 

「聖杯君が泥だらけでラスボスは麻婆――ついでに正義の味方は邪魔だったんだよ!」

「な、なんですって! そういうことだったのね……!」

 

 即落ち二コマで理解した遠坂。

 もはや何も言うまいと残り二名が呆れたように見ているがそれはさておき。

 

「いや僕が自分で言っておいてアレだけどさぁ」

 

 これで納得していいのか遠坂よ。

 特にアレだ。言峰は胡散臭いし良しとしても、衛宮のくだりだ。

 仮にも共闘した相手をこうも簡単に諦められるのだろうか。

 死んでるんだから諦める他にないのだけれども。

 

「……これからの戦いで衛宮君が足手纏い――邪魔になるのは理解できたわ」

 

 衛宮の破滅的とも言える正義の味方願望については、散々に貶しながら説明しておいた。

 慎二ゴッドハンドの力も使いながらねっとりとだ。理解して貰わなければ困る。

 それに、と少し不満そうに遠坂が続けた。

 

「冬木市の危機なんて言われちゃ仕方ないじゃない」

 

 協力するしか選択肢がない、とそっぽを向いた遠坂。

 選択肢を奪っておいてアレだが――うん、アレだ。

 善人だな、と慎二は心からそう思った。

 眩しい。眩しすぎる。もう尊いと言ってもよいのではなかろうか。

 どっかの穢れに穢れたゲドインとはわけが違う。

 

「ちょっと兄さん、私に何か文句でも?」

「いや、なんでもない……なんでもないんだ桜」

 

 不覚にも目からしょっぺぇ水が零れた。

 ごめんな時臣(トッキー)

 姉妹でも環境だけでこうも変わってしまうものらしい。本当にごめんな。

 

「むしろ私が気になるのは桜のほうよ」

「……私がなにか?」

「アンタ、衛宮君のこと慕ってたんじゃなかったの?」

「遠坂先輩がなにを言っているのかよくわからないんですが……失礼ですが何か危ない薬でもキメていらっしゃるんですか? 元姉妹のよしみで忠告しますが、薬はほどほどにしたほうが良いですよ」

 

 ほらコイツこの調子なんだぜ、信じられるか?

 そんな視線が遠坂から向けられる。

 なお薬をキメられているのは主に慎二だ。

 

「そういうことらしいし、衛宮君についてはもういいのよ」

「すまない、本当にすまない」

 

 慎二が時臣(トッキー)の墓に向かって五体投地する日も近いだろう。

 遠坂がこんな勘違いをするのも仕方がないのだ。

 慎二は原作通りに事を運ばせるため、桜を衛宮の所に送り込んでいた。

 衛宮邸にまで行かせはしなかったが、部活では良き先輩後輩だったに違いない。

 具体的には掃除を押し付けられても衛宮が文句を言わない程度には。

 少なくとも表面上はそうだった。表面上は、だ。

 内心がどうだったかは知らない。というか怖くて聞けない。

 

「それはそうとして間桐君」

「なんだい遠坂?」

「キャスターの所へ行くわよ。すぐにでも交渉を始めなきゃいけないもの」

 

 やだ、頼もしい。

 やはり持つべきは頼りになる味方である。

 どこかの誰かとは違う。具体的に誰とは言わないが。

 慎二は力強く頷き、遠坂を縛っていた縄を手刀で叩き切る。

 

「よし、行こうか」

「ええ、行きましょう」

 

 そういうことになった。

 

「え、兄さん? 私は放置ですか?」

 

 そういうことになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 で、数十分後。

 慎二と遠坂の姿は、冬木市郊外の教会にあった。

 なお暴走する危険のある桜については、保護者(ライダー)の監視付きで留守番だ。

 交渉の場に火種を持ち込むほど慎二も馬鹿ではない。

 それに遠坂だけならば、いざという時でも慎二が抱えて逃げられる。

 戦闘もできる遠坂と、移動型魔力タンクである桜の差は大きい。

 

「なによ、これ……」

 

 バイクのタンデムシートに乗った遠坂が絶句している。

 無理もない、慎二も自分一人でここに来ていたなら無様にも膝を折っていただろう。

 

「どうやら一足遅かったみたいだね」

 

 ヘルメットを脱いだ慎二はそう吐き捨てながらバイクを降りた。

 教会は無残にも破壊しつくされていた。

 最早、瓦礫の山と呼称しても違いないほどの有様だ。

 明らかに人の業ではない。

 もっと上位の存在――英霊の所業に違いなかった。

 慎二が強化された嗅覚で魔力の残滓を嗅ぎ取る。

 

「これは……うん、間違いない。奴の仕業だ」

「知っているの間桐君?」

「ああ、こんなことが出来る奴は一人だけだ」

 

 慎二は遠坂へと大仰に頷いてみせた。

 その時だった。

 濃厚な魔力の残滓立ち込める真夜中の教会に、高らかな笑い声が。

 

「フハハハ! 久しいな慎二よ!」

 

 予想通りと言うべきか。

 無駄に高いテンションで現れたのは黄金としか形容のできない男。

 遠坂がまるでゲテモノかの如く指さした。

 

「なによアレ……知り合い?」

「……アイツこそ冬木の最速王(スピードキング)

 

 黒いライダージャケットを着込み、こちらを見下ろす男。

 毎夜の如く冬木の峠道を競う好敵手にして、間桐家最大の取引先。

 

「その名も、そう――」

 

 英雄王、ギルガメッシュ。

 最後にして最強の敵が、瓦礫の山から慎二達を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 




ちょっと手直ししてたら遅くなったんやで(すまんな
傷口に手を突っ込んで、直接鞘を抉り出す桜ちゃんはサイコ過ぎたので(NGシーン

久しぶりに大爆死したので、近日中に次話投稿予定。
ペース次第では完結まで行くかもしれぬ(書き上げるとは言ってない


あまりにも凛ちゃんチョロ過ぎない? と書いてて思ったのでちょっとだけ補足しておくと。
このSSだとアーチャー召喚から今回の一件まで数日しか経ってない設定になっています。
凛ちゃんは衛宮邸に入り浸ってすらない状態なので、士郎君への好感度は低いです。
そもそもの好感度が低いので、冬木市の危機>衛宮君状態になってます。

あとこのSSの凛ちゃんは最初からチョロい設定です(やっぱりチョロい





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第十八話

まだ(投稿が)続くんじゃよ。
爆死したからね、仕方ないね。


前話に引き続き注意文を乗せておくので、ご一読ください。

前にも一度、前書きやら感想への返信辺りで書いたような気がしますが。
評価のほうの一言コメにて凸って来られる方が度々いらっしゃるので、改めて。
ついでに最近になって拙作を読み始めてくれた、という方にも。

この作品の警告タグは念のためではありません。
いいですか、念のためじゃないんです。

これはアンチ・ヘイト作品です、地雷が置いてあります。
前々からお知らせしている通り、登場人物の一部しか幸せになれません。
それでも宜しければ、完結までお付き合い頂ければ幸いです。


「ちょっと待って間桐――いやこの際だから呼び捨てにするわよ、慎二」

「なんだい遠坂――もとい凛ちゃん」

「りんちゃ――まぁいいわ。あれって英雄王なのよね? 最後の敵なのよね?」

「そうだね」

「……知り合いなの?」

「そうだよ?」

 

 何を当たり前のことを言っている。

 冬木で企業拡大を続けるためにぶつからざるを得ない相手、それが英雄王だ。

 慎二も日頃から色々とお世話になっている。

 

「毎度ご愛顧頂きましてありがとうございます、ギルガメッシュ様!」

「フハハ! 苦しゅうない、苦しゅうないぞ慎二!」

「えぇ……?」

 

 遠坂もとい遠坂が、マジかよコイツとばかりに慎二を見やる。

 

「……最速王(スピードキング)っていうのは?」

「取引先で会った時にちょっとね」

 

 それは幾度目かになる営業中の事。

 話題提供の意味でバイクの話をしたのだが、思っていたよりも食いつきがよく。

 いつの間にか毎夜の如く峠をバイクでチェイスしてゴーする関係に。

 有象無象から道化へと小さなランクアップをした瞬間である。全然嬉しくない。

 

「ごめんなさい、ちょっと理解が追い付かないの。営業先に英霊? 峠でレース?」

「有体に言っても世紀末だけど……ところがどっこい、これが現実さ」

 

 慎二とて人生に疑問を感じたりもしたが、型月世界なんてそんなもんである。

 むしろ死徒が混入していてパンデミックしなかっただけマシだろう。

 英雄王は危険物だが、危険度的に言えば比較的マシな部類だ。

 この世界にはもっとヤバイのが沢山いるのだ。ほんとに沢山いるのだ。

 

「遠坂……深山町にこの間できたスーパー、知ってるかい?」

「あの卵が安い、金色の?」

「そう、アレだ。アレも英雄王――ウルク資本だ」

「嘘でしょう……!?」

 

 ところがどっこい、悲しいかな本当なんだなコレが。

 英雄王は冬木の財政基盤と深く結びついている。

 揺り籠から棺桶まで。

 最早、彼無しでは冬木の財界は回らないと言って良い。

 そんなこんなで、財界と関わりの深い間桐と英雄王の付き合いも長いのだ。

 

「それで英雄王、アンタに聞きたいことがあるんだけど」

「ふむ、申してみよ」

「……ここに居たはずのキャスター知らない?」

「フゥン……あの女狐か」

 

 英雄王は退屈そうに、瓦礫の山へと目を向けた。

 もういい、もうわかった。その先は言わないでくれ。

 

「我が宝物の錆にしてやったわ、フハハハハ!」

「そうだと思ったよチクショウ!」

 

 ちょっと山で猪狩ってきたんだぜ、みたいな軽い調子で英雄王が笑う。

 キャスターが英雄王に勝てるわけないだろ、いい加減にしろ。

 

「ところで慎二よ、不敬にも我を仰ぎ見るその雑種はなんだ?」

「ざ、雑種? 私のこと!?」

「おい目を合わせるな! 頭を垂れるんだよ遠坂!」

 

 殺されても知らんぞ、何をやっている。

 遠坂の頭を上からプッシュ、プッシュ、プッシュ。

 縮め、地に頭を擦りつける必要がないくらいに縮め。

 オマエが勝手に自爆しようが知ったことではない。

 けれどこちらまで巻き込むのは止めて貰おう。

 しかし英雄王は掌をこちらに向けると、よい、と一言。

 

「今は少しばかり気分が良い、多少の無礼は許そうではないか」

 

 この時点で嫌な予感しかしない。

 英雄王の気分がいいなんて、天変地異の前触れみたいなものだ。

 小声で遠坂へと指示を出す。

 

「いいか遠坂。寄るな、触るな、近づくな、だ」

 

 もっというなら相手の視界にすら入るな。

 奴は歩く危険物。

 下手に扱うと火傷どころじゃ済まない。最悪、街が吹き飛ぶ。

 殺るなら一瞬で、それも確実にが鉄則だ。

 いっそのことアサシンの親分でも出てきてくれないだろうか。

 

 すてい、すてい、となんとか遠坂を宥めていると。

 英雄王が瓦礫の山から天の鎖で雁字搦めにされたナニカを引き摺りだす。

 ソレを見た遠坂が叫んだ。

 

「セイバー!」

 

 明らかに死に体で意識もないが間違いない、騎士王サマだ。

 キャスターの趣味なのか、可憐なドレスを着ている。

 実に良い趣味だ。

 存命ならさぞ美味い酒が一緒に飲めたろうに、残念だよキャスター。

 

「興が乗らぬ戦いゆえ“あちらの我”に任せようかとも思っていたが」

 

 英雄王がクツクツと地獄の窯のような声で笑う。

 この世の愉悦を煮詰めたような笑顔だ。流石は愉悦部主将。

 

「まさか“コレ”と再び相見えようとはなァ!」

「セイバーッ! くっ、放して慎二! セイバーが!」

「ええぃ遠坂! すていだ、すてい!」

 

 飛び出そうとする遠坂を羽交い絞めにする。

 セイバーを生贄にすれば冬木が助かるというなら、喜んで捧げよう。

 というかアレだ。

 英雄王の財宝ならセイバーの願いだってきっと叶えられる。

 選定のやり直しだったか。その程度のことならお茶の子さいさいだろう。

 だから英雄王のモノになるっていうのは幸せなことなんだよ。

 

「以上、慎二君の主張でした! オラ反論できるならしてみろ!」

「その畜生の如き思考、一周回って見事なものよな慎二」

 

 ふん、と興味を失ったかのように英雄王が鼻を鳴らす。

 要するに英雄王は慎二のことを人間として見ていないのだ。

 目障りにならないのであれば飼ってやってもいい。

 そういう認識の下に、慎二は今日まで生きている。

 まさに雑種。ミックスドックの精神。全身全霊で腹を見せて媚びを売る所存だ。

 

「……なんなの? 私がおかしいの?」

「いいかい、遠坂」

 

 こっちはセイバーを生贄にしてでも冬木を救いたい。

 そして遠坂も冬木を救いたい。

 ほら、そこに何の違いもありはしないだろう?

 優しく言葉に魔力をミックスしつつ語れば、不承不承に遠坂が頷いた。

 

「そう、なのかしら……?」

「そうなんだよ」

 

 だから悪いことは言わない。黙って大人しくしていろ。

 セイバーのことは忘れるんだ。

 というか現状だと対抗手段が存在しないから放っておくしかない。

 そういうわけだ、帰ろう。

 そっと遠坂の背を押す慎二を、英雄王が呼び止めた。

 

「ときに慎二よ」

「……なにかな英雄王」

「我はこのセイバーを妻とする心積もりであるのだがな」

「……それは目出たいね、祝福するよ」

「うむ、であろう」

 

 うむうむ、と満足そうに頷く英雄王。

 帰りたい。はやく、おうちにかえりたいよ。

 しんじ、おうちかえる。

 ライダーの太ももに顔を埋めてオギャりたい。

 

「で、だ。この我の式となれば、それはもう盛大に執り行うしかあるまい?」

「そりゃあ英雄王の結婚式となれば当然だろうね。派手じゃなきゃね」

 

 そこで、と英雄王が大仰に両腕を広げてみせた。

 

「ひとつ、この我が手ずから余興を用意しよう」

「やめろ、聞きたくない」

「冬木を灰燼に帰してやろうではないか。聖杯の降誕をもってな!」

「聞きたくないって言っただろォ!?」

 

 くっそ迷惑な余興である。むしろそっちが本編だろう。

 火の海になった冬木をバックに挙式か。

 発想が狂ってやがる。桜だってそんなことしないぞ。

 

「綺礼もそれは素晴らしいと諸手を挙げて喝采していたとも!」

「だろうねぇ! アイツなら歓喜するだろうね!」

 

 これには言峰君もニッコリ。

 きっと満面の愉悦スマイルを見せてくれたことだろう。

 くそう、こんな時に主人公は何をやってるんだ。

 

 はやくきてー、衛宮はやくきてー。

 なに? オマエんとこの義妹が殺した?

 そうだ、もう勝負はついてる。

 メイン盾、もといメイン鞘はもう来ない。知ってるんだそんなこと。

 

 英雄王の背後が黄金に揺らめき、そこから薄い何かが発射された。

 半ば反射的に、慎二はそれを掴み取る。

 一目でわかるほど上等な紙に深紅の封蝋がされたそれは――

 

「フハハ! 招待状だ!」

 

 要らない。本気で要らない。むしろ破り捨てたい。

 遠坂が気の毒そうにこっちを見ている。

 やめろ、本気で憐れむのはやめろ。

 

 じっと手元の招待状を見つめる。

 ところでふとした疑問なのだが、他に誰が来るんだろうか。

 神父役で言峰は固いだろうが、コイツ他に知り合い居たっけか。

 実は英雄王って高次元なボッチなのでは――

 

「おい」

 

 英雄王が低い声を発すると同時に、慎二の真横を黄金の煌きが通り過ぎていく。

 次の瞬間、爆発が起きた。

 熱風が慎二の背中を焼く。明らかにヤバい宝具が射出されていた。

 

「今なにか……そう、不敬なことを考えなかったか」

「めっそうもないヨ、ホントだヨ?」

 

 慎二、嘘つかない。

 じっとりと背筋に嫌な汗が流れていく。

 今のは死んでいた。当たったら――掠っても木端微塵だ。

 

「も、もっと穏便な余興に切り替えるってのは――その、ないんですかね?」

「聖杯以上の余興をキサマが提供できるというなら話は別だが?」

「――」

 

 なんか言えよ、とばかりに遠坂の視線が刺さる。

 むしろオマエがなんか言えよと視線を返してみる。

 

「……」

「……」

「慎二、アンタ何か面白いことしなさい」

「聖杯以上に面白いってどういう概念だよ、もうわけわかんないよ」

 

 無理だ。万能たる願望機を笑いで超えるなど不可能だ。

 英雄王の問いに対して、我々はあまりにも無力だった。

 

「ふん、そういうことだ」

 

 英雄王は宝物庫から黄金のスポーツバイクを射出。

 タンデムシートにセイバーを括りつけ、自身もそれに跨った。

 

「――さらばだ慎二よ。待っているぞ!」

 

 フハハ、と高笑いと共に甲高いエンジン音が遠ざかっていく。

 完全にそれが聞こえなくなってから、ガクリと慎二は膝をついた。

 

「……どうすんのよ」

 

 静寂が訪れた教会跡、遠坂の呟きがやけに染みる。

 

「どうすんのよコレ! あんなの相手にしなきゃいけないの!?」

「そうだよ! だから僕は嫌だったんだよォ!」

 

 だから回りくどい手まで使って、衛宮を奴とぶつけようとした。

 奴の危険性を知っていたからこそ、わざわざ桜に芝居まで打たせた。

 一目でわかる。英霊として、生物としての格が違う。

 

 考えろよ、あんなのと何年も付き合ってきた慎二の気持ちを考えろよ。

 薄氷の上を渡るかの如く、あいつに死んで貰うための努力をしてきたんだ。

 はっきり言おう、胃がいくつあっても足りない。

 いや生物的な意味での胃なんてとっくにないけど、それはさておき。

 

「どうするの? キャスターが倒れた以上、アイツに対抗できるのは慎二――アンタだけよ」

「わかってる……わかってるんだそんなことは」

 

 わかってはいるが、方法が思いつかないだけなんだ。

 手詰まりと言っても良い。

 

「とりあえず帰ろう遠坂。二人で悩んでたって仕方がない」

「……そうね、二人で知恵を絞るより、四人のほうがマシだものね」

 

 どこか諦めたかのように遠坂が言い捨てる。

 アイツらを数に数えたところで、事態が好転すると思えない。

 

 圧倒的に暗い空気のまま、二人は間桐邸へと戻るのだった。

 気付けば空は白み始めていた。

 

 

 

 

 

 

 慎二は自室に引き籠っていた。

 そして一心不乱にノートのページをめくっている。

 原作ノート。

 慎二がそう名付けた記録だった。

 

 英雄王ギルガメッシュ。

 古代ウルクの王にして、最古の王。

 

 とにかく厄介なのが宝具の射出だ。

 アレだけでサーヴァント界のトップを張れる性能をしている。

 それに加えて乖離剣だ。

 なんなんだ、ぼくのかんがえたさいきょうのさーう゛ぁんとなのかアイツは。

 

 痛んできたこめかみを押さえ、背もたれへと体重を預ける。

 改造人間にされ、臓硯を殺し――そして勢い余って衛宮まで殺ってしまった。

 思えば遠い所まで来たものだ、と慎二は薄い笑みを浮かべる。

 そもそもの始まりは――そう、臓硯を殺すなんていう欲をかいたせいだ。

 あの時点で全てを捨てて逃げていれば、きっとこんなことにはならなかった。

 

 でも、と自分に問う。できたのだろうか。

 あの時、桜を見捨てて逃げるような真似ができたのだろうか。

 

 否だ。

 慎二は自他共に認める畜生だけれど。

 けれど家族に対してだけは真摯であり続けた。

 それだけだ。それだけは本物だ。

 

「となるとアレだな、元凶は臓硯ってことだな!」

 

 アイツさえマトモならこんなことにはならなんだ。

 慎二は責任転嫁が得意な畜生であった。

 そう、臓硯。臓硯のせい――

 

「いや待てよ、臓硯?」

 

 なにか引っかかるような――そう、見落としがあるような。

 思い出せ。

 必死になってノートのページをめくる。

 桜が“ああなって”しまったせいで考えもしなかった。

 けれどこの場を打開できる可能性のある一手がそこに――

 

「ある――あるぞ」

 

 英雄王を殺す方法が一つだけ、ある。

 しかしそのためには、慎二も相応のリスクを覚悟しなければならない。

 間桐慎二、一世一代の大博打である。

 

「できるのか……? チキンで海産物の僕に……できるのか?」

 

 はっきり言って、勝算は限りなく低い。

 砂漠に紛れた一粒の金を探すような行為、と言ってもいい。

 けれど、あるのだ。

 英雄王を――ギルガメッシュを殺す方法が、ある。

 

 懐から招待状を取り出し、そっと封を切る。

 日取りは今夜、式場は柳洞寺。

 そこで英雄王は聖杯を降誕させるつもりだ。

 

「くッ……くはッ!」

 

 なんて素晴らしいんだろう。

 天は慎二に味方しているに違いない。

 いい、実にいい。

 なにがいいって、その日取りと場所がいい。

 

「いいだろう、殺ってやるよ」

 

 殺して、殺して、殺してここまで来た。

 だったら最古の王くらい、サックリと殺してやろうじゃないか。

 

「あれだけは使うまいと思っていたけど……仕方がない」

 

 命には代えられぬ。

 いのちをだいじに。慎二が聖杯戦争当初から掲げていた作戦だ。

 慎二はベッドの下に手を入れ、小さな宝石箱を取り出す。

 

 そっとその蓋を開く。

 祝福するかのように、朝日がそこに差し込んだ。

 

 

 

 




次話で決着に行けるといいな、と思う所存。
ただ戦闘シーン挟むとボリュームが増えるので、二分割するかもしれぬ。



前書きみたいなことは正直したくなかった。
でも警告タグすり抜けて地雷踏んじゃう方も結構いるので、防止柵ということで一つご容赦を。
一回や二回ならまだしも、これで三回目なので。

これからも冒頭のような文を載せるかどうかは検討中です。

ところで警告タグに含まれる内容を評価基準に含めるのはガイドライン違反だった気がするんじゃが、どうなんだろう。






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第十九話

案の定というべきか文字数が嵩んだので分割。


引き続き簡単に注意文。
このSSにはアンチ・ヘイト要素が含まれます。
念のためでもなんでもなく、本当にアンチ・ヘイトなので注意してください。

あとR-15です(大事


 まるで天の杯へと続く階段のようだ。

 柳洞寺の階段、その階下から慎二が空を見上げた。

 

「準備は万端、さぁ行こうか」

「なにが……なにが準備は万端よ!」

 

 遠坂がぷるぷると拳を震わせた。

 頬は真っ赤に染まっている。

 

「殆ど丸一日かけて(さか)ってただけじゃない!」

「盛るとか言うなよ! 魔力供給って言え!」

 

 決戦に合わせて、ライダーとのパスをより強固に繋ぎ直したのだ。

 やましい気持ちはない。ほんの少ししかない。

 全くなかったとは言わない。慎二は聖人君主ではない。

 けれど、けれでも。アレは必要なことだったのだ。

 最終決戦前の魔力供給は基本。

 古事記にもそう書いてある。

 

「素晴らしかったです、シンジ」

「やめろライダー、そんなんだから遠坂が邪推するんだ」

「この件が片付いたら、またシましょうね兄さん」

「桜ァ!?」

 

 なんなんだコイツら、緊張感がまるでない。

 わかってるのか、失敗したら冬木が滅ぶんだぞ。

 ちなみに慎二はいざとなったら全員抱えて逃げる所存である。

 逃げれば勝てる。

 平安時代の詩人にして剣豪、ミヤモト・マサシの言葉だ。

 

「とにかく問題はこの階段――もといその先にある山門だ」

 

 慎二が鋭い視線で階段を見上げる。

 遠坂が首を傾げた。

 

「なにもないじゃない」

「いいや、ある。居ると言ったほうがいいかな」

 

 それがこの作戦のキモだ。

 居る。居てくれなければ困る。

 ジッと目を凝らせば――そうら、お出ましだ。

 

「ふっ……誰かと思えば、いつぞやの小童か」

 

 ゆらり、とまるで蜃気楼が如く亡霊が現れた。

 遠坂が警戒のためか、一歩だけ後ずさった。

 

「アイツは? サーヴァントみたいだけど」

「アサシンさ」

「どう見ても侍じゃない、どこがアサシンなのよ」

「違うよ遠坂、侍じゃない、SAMURAIだ」

「同じでしょう?」

「違うのだ!」

 

 奴がアサシンの枠に押し込まれているだけの侍ならば。

 それならば前回の戦いで慎二の拳で打倒できていただろう。

 けれど違う、違うのだ。

 奴は幻想種TSUBAMEに匹敵する怪物、SAMURAIなのだ。

 

「ここは僕に任せて先に行け!」

「兄さん、それは俗に言う死亡フラグ――」

「違うからな! 断じて違うからな桜!」

 

 フラグ的な話をするならば、物語としてはむしろこっちがメイン。

 心配なのは先行させる桜達のほうだった。

 

「英雄王の足止めは頼んだぞ、ライダー!」

「そうは言いますが、別に倒してしまっても構わないのでしょう?」

「やめろ! この局面でその台詞はやめろ!」

 

 不穏な台詞を残して山門をくぐる桜達。

 どうしよう、不安しかない。早く追いつかないと。

 ジリジリと間合いを計りながら、慎二がアサシンに尋ねる。

 

「よかったのかい? アイツらを見逃して」

「守るべき主も最早おらぬのでな」

 

 アサシンがフッと、今にも消えそうな儚い笑みを浮かべた。

 いや実際に今にも消えそうなのは間違いない。

 この魔力残量では、明日の朝日はどう足掻いても拝めないだろう。

 

「あとは強敵と切り結び、果てられれば本望というものよ」

「そうかよ」

 

 こいつ、どうしてアサシンなんてやってんだろう。

 セイバーとして召喚されていれば、もう少しマシな霊基で戦えていただろう。

 キャスターが召喚を試みた当初はセイバー枠だって残っていたはずなのだ。

 とはいえコイツがセイバーになって暴れるなんて悪夢だ。

 だからこれはこれでよかったのかもしれない。

 

「さて、ここに至って問答は無用だな? いくぞ小童」

 

 アサシンが鯉口を切り、そしてその長大な刀を抜き放つ。

 合わせるように慎二が鎧を装着、拳へと魔力を集束させる。

 

「ああ、無用さ。いくぞ佐々木ィ!」

「応よ!」

 

 拳と銀閃が赤い火花を散らせた。

 ガリガリと金属音を立てながら、拳と刀で鍔迫り合いをする。

 今度は斬られない。

 魔力を集束させ強化すれば、これくらいの硬度にはなる。

 

「ほぅ、此度は拳なのか」

「ああ、オマエ相手に槍なんて悪手だからね!」

 

 前回のように槍は使わない。

 コイツを相手に必要なのは、小回りと速度だ。

 鋭く、もっと鋭く、切り込むようなジャブを。

 慎二の右拳から無数のジャブが放たれる。

 

「そのような豆鉄砲、届くものかよ!」

 

 細かくスラスターを制御する。

 拳一発を加速させるために、脚から腰へ、肩から腕へ。

 連鎖的な加速によって拳は神速の領域に手をかける。

 

「うぉぉぉ! 海獣(クリード)、流星拳!」

「ぬ? おおお!」

 

 ここに来て初めてアサシンが後退する。

 しかしダメだ、追撃できない。

 この技は発動後の隙が大きすぎる。

 慎二は舌打ちを零した。

 

「アサシン、一つ提案があるんだけど」

「なんだ、申してみるがよい」

「次で決めよう」

 

 あまり時間はかけていられない。

 早期決着が望ましい。

 そしてそれはアサシンも同じこと。

 彼が全力で戦い続けられる時間は、そう長くはない。

 

「フッ、互いに時間はないということか」

「そういうことさ」

「もう少しこの斬り合いを楽しんでいたかったが……仕方があるまい」

 

 ところで話は変わるが、剣道三倍段という言葉がある。

 剣を持った相手と相対すには、三倍の段位が必要だという意味だ。

 今の慎二とアサシンの関係がまさにそれと言えるだろう。

 圧倒的なアサシンのリーチに攻めあぐねる慎二が、ポツリと呟いた。

 

「アサシン――オマエ、ウォーズマン理論というものを知っているかい?」

「うぉーず、まん? また随分と面妖な名前よな」

 

 いつもの二倍のジャンプし、三倍の回転を加える。

 そうすればアサシンを上回る拳法六倍――完璧な理論だ。

 

「そういうわけで……行くぞォ!」

 

 スラスターを全開に、跳躍、回転、急降下。

 慎二は赤き閃光の矢となった。

 

「ハァァァァン!」

「ならばこちらも相応の技を以って迎え撃つまでよ!」

 

 アサシンが構える。彼の魔剣である燕返しの構えだ。

 燕返しは剣閃を三つに増やす技――つまり剣道三倍からさらに六倍。

 アサシンの戦力は十八倍だ。

 

「まだだ! 燕返し(ゲイ・ボルク)!」

 

 慎二の右拳が――二つに増えた。

 これで慎二側はさらに二倍、十二倍だ。

 火花を散らし、慎二の拳がアサシンの剣閃とぶつかり合う。

 

「甘い、燕返しの剣閃は三つ!」

「そんなこと知ってるさ、だから!」

 

 そうだ、まだ足りない。

 慎二は向かってくる最後の剣閃に左拳を構えた。

 

「もう一度! 燕返し(ゲイ・ボルク)!」

 

 幻の左が唸る。

 両腕による四つの拳。

 全てを合計すると――慎二の戦力は二十四倍だ。

 

「くらえよォ!」

「ぐっ!」

「発勁ィ!」

「おおおッ!」

 

 慎二の左拳が、アサシンの鳩尾にめり込んだ。

 その体勢のまま、二人はピタリと固まった。

 魔力発勁による魔力衝撃が魔力伝搬し、アサシンの霊基が崩壊を始める。

 マジカルだ。マジカルパワーこそが全てを制すのだ。

 

「フッ……随分と泥臭い幕切れであったが、なるほどこれも悪くはない」

 

 満足そうに涼やかな笑みを浮かべて消えていくアサシン。

 剣士として立ち合いの末に散る。

 彼としては満足のいく最期なのだろう。

 だがしかし、しかしだ。そうは問屋が卸さない。

 

「誰がこれで終わり、だなんて言った?」

「……なに?」

「僕はね、存在する資材(リソース)は全て使い倒すつもりなんだよ!」

 

 握った拳をさらに抉り込ませる。

 疑似魔力回路展開――詠唱開始(プログラム・スタート)

 さぁ、ここからが本番だ。最後まで付き合って貰うぞ、アサシン。

 

 

 

 

 

 

 アサシンを打倒し作戦目標の半分を終えた慎二が山門をくぐる。

 するとそこには信じられない光景が広がっていた。

 いや、信じられないモノが立っていたというべきか。

 

「フッ――遅かったな慎二、我を待たせるなど不敬であるぞ」

英雄、王(ギルガ、メッシュ)?」

 

 そこには仁王立ちで慎二を待ち構える英雄王が居た。

 どうなっているんだ、どういう状況なんだ。慎二の脳内を疑問が駆け巡る。

 ライダー達は確かに戦闘を行っている。

 慎二から抜け出ていく魔力が、それを如実に物語っている。

 しかし敵の本丸たる英雄王はここに居る。ここに居るのだ。

 

「ライダー達は……いったい誰と戦っている!?」

 

 残っているのはそれこそ言峰くらいだが、奴にそれほどの戦闘力はない。

 いくらマジカル八極拳でも限界はある。

 強化されているライダーと戦えるのは、それこそ英霊クラスだけだ。

 そしてその答えはすぐにわかった。

 柳洞寺にある大池の方角から、黒い極光が天に放たれたからだ。

 

「あの光はエクスカリバー? ……まさかセイバーなのか?」

 

 嘘だろセイバー、嘘だと言ってくれ。

 チョロい、あまりにもチョロ過ぎる。

 たった一日で悪堕ちなんて、どこのメーカーの姫騎士さんなんだ。

 凌辱ゲーのヒロインだってもう少し粘るぞ。

 

「少し泥に浸してやったのだがな、途端にあの有様よ」

 

 もう興味など失せたとばかりの平坦な声だった。

 飽きるの早すぎるんだよ。

 サーヴァントは玩具じゃないんだぞ、飼うなら責任持てよ。

 

 しかしセイバーめ、やっぱり聖杯君には勝てなかったか。

 英雄王の口ぶりだと割と即堕ち気味であったらしい。

 騎士王即堕ち二コマ。薄い本にありそうな展開である。

 

「それにしても、まさか本当に我が首を狙いに来るとはな」

「……当然だろ、冬木の危機なんだ」

「いや、我はその可能性は低いと見ていた」

「なに?」

「ここに辿り着くが一割、尻尾を巻いて逃げるが八割といったところか」

 

 正確過ぎる分析に涙が出そうだった。

 その通りだ。八割の確率で慎二は冬木から逃げ出していただろう。

 

「ちなみに残りの一割はなんなんだい?」

「山門の亡霊に斬り殺されるオチだな。見せ物としては及第点といったところか」

「な、なるほどね!」

 

 読みが的確過ぎて涙が出そうだ。

 千里眼を使わずともこの状況を読み切れる英雄王が偉大なのか。

 それとも慎二には簡単に読み切れる程度の器しかないのか。

 やめよう考えるのは、悲しくなってくる。

 

「普段ならばその首を疾く自らの手で刎ねよ、と言うところだが」

 

 英雄王はふむ、と頷き嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「キサマとの付き合いも長い。最期の足掻きだけは許してやろう」

「それは……光栄なんだろうか?」

 

 この王様と話していると、価値観が色々とおかしくなってくる。

 英雄王が腕を組んだまま、小さく顎を上にやる。

 その背後に宝物庫の扉が開き、数多の宝具の切っ先が慎二に向けられた。

 

「せめてその散り様で我を興じさせるが良い!」

 

 会話フェイズは終了、ここからは腕で語れということか。

 あれが一斉に射出されらば、それこそ慎二は一瞬でミンチより酷いことになるだろう。

 けれど、だからこそ、慎二は不敵に笑って見せるのだ。

 

「ふっ……甘いね英雄王」

「なに?」

「この僕がなんの対策もせず、オマエの前に出て来るとでも?」

 

 あえて強がり、自信満々に言い放ってやった。

 僅かばかりの喜色を滲ませながら英雄王が口の端を吊り上げる。

 

「ならば見せてみよ、キサマの言う対策とやらを」

「いいだろう、見せて――いや、見せつけてやるよ」

 

 慎二が懐から取り出したのは、黒い光を発する金属片のようなものだった。

 英雄王が少しだけ興味深げにほぅ、と息を吐いた。

 これは前回の聖杯戦争の際に回収された、聖杯の欠片。

 それを機能はそのままに、ベルトのバックルの形に再形成したものだ。

 

「元々はライダーのバックアップ用だったんだけどね」

 

 もし不慮の事故でライダーが脱落してしまったら。

 そんな場合に備えての安全装置(セーフティ)がコレだった。

 間桐家と紐づけされたサーヴァントが脱落した際にその霊基を保管する機能がある。

 

「しかしライダーはまだ落ちてはいまい?」

「その通りさ、だからコイツに保管されているのは別の霊基パターンだよ」

 

 ライダー以外に一騎だけ居るのだ。

 間桐家の最奥とも言える蟲蔵跡地で、無残にもその命を落としたサーヴァントが。

 あれは、悲しい、事故だった。

 事件ではない、事故なのだ。いいね?

 

「できればコレだけは使いたくなかった。僕の尊厳を粉々に破壊する代物だからね」

 

 だがここに至っては、慎二のプライドなど安いもの。

 バーゲン価格だ、好きなだけ持っていくがいい。

 

「よっしゃ、イクぞォォォ!」

 

 慎二が雄叫びと共にベルトを装着する。

 背面から尻尾のような端子が生え、接続部(コネクタ)へと突き刺さった。

 接続部(コネクタ)がどこかなんて口に出すのも憚られる話題だ。

 けれど慎二の肉体において、外部からの接続を可能とする部位は一つしかない。

 慎二の喉から苦悶の声が漏れる。

 

「ぐっ……イクぞ兄貴(ランサー)ァ! 僕に力を貸してくれェ!」

 

 慎二の声に呼応するかの如く、端子がヴヴヴと微振動を始める。

 もう説明は必要あるまい。つまりコレはそういうモノだ。

 

「こいッ……全呪解放だァ!」

 

 瞬間、接続部(コネクタ)から眩い光が放出。

 目を焼くような赤い閃光が収まると、そこには更なる異形と化した慎二が居た。

 

「これが最終形態(ファイナルフォーム)噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)……!」

 

 蒼銀の鎧を覆う漆黒の追加装甲。

 これこそがランサーの霊基によって完成した噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)

 凄まじい感覚だった。一種の全能感と言い換えてもいい。

 接続部(コネクタ)からランサーの熱い情熱(リビドー)が流れ込んでくるかのようだ。

 

「さァ、イクぞ英雄王。宝具の貯蔵は充分かい?」

「ぬかせ慎二。その下劣極まる力でどこまで進めるか――やってみるがいい!」

 

 

 

 

 

 




色々と仕込んであるんだけども、ネタバレは次話まで待ってほしい(懇願

ランサーね、嫌な事件だったね。

感想欄にも書きましたが、役目を終えたキャラはサックリ退場させる方針です。





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第二十話


とりあえず連日投稿は一旦終了(というか本編がこれで終了
本当に嫌な爆死だったね(真顔

例の如くアンチ・ヘイトでR-15なので注意してください。





 黄金の宝具群が慎二に向かって放たれる。

 その一射一射の弾道を、慎二は強化された瞳と脳で読み切っていた。

 

「装甲展開――死棘の投槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 慎二の装甲が展開し、そこから幾条もの真紅の閃光が放たれた。

 それは空中でさらに幾重にも分裂し、英雄王の宝具を撃ち落としていく。

 

「次弾形成、装填――死棘の投槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 休む暇なんてない。

 標的の補足、弾頭の形成、発射までをまるで流れるようにこなしていく。

 

 宝具を見てから撃ち落とすのでは遅い。

 黄金の波紋、宝物庫の扉に向けて散弾のように死棘を撃ちこむ。

 

 勿論だが英雄王の猛攻はそれだけで捌き切れるほど甘くはない。

 撃ち漏らした宝具を時には避け、時には防御力にあかせて弾く。

 まるで針の目を探すように、それでも隙を見つけて進む、進む、進む。

 

 心臓代わりの魔力炉が軋みを上げる。

 演算機代わりの脳が焼き切れそうになる。

 それでも慎二は歩みを止めない。

 

「まさか慎二、キサマ……!」

「気付いたかよ、英雄王様ァ!」

 

 奴は確かに英雄王だ、それに間違いはない。

 しかし“完全な”英雄王というわけではないのだ。

 

 サーヴァント。

 人が使役できないはずの英霊を強引に使役するためのシステム。

 そのため英霊はクラスという七つの型へと強引に押し込められる。

 本来の機能を削られて、だ。

 

 つまり奴は英雄王の一側面に過ぎない、ということ。

 決して十全の英雄王というわけではない。

 奴は弓兵(アーチャー)、それ以上でも以下でもない。

 その力には上限がある。使える(リソース)には限界がある。

 

 確かに奴の宝物庫は無限に等しい。

 けれども、それを扱う英雄王自身は無限なのか。

 答えは――否。

 

「ハァ! 息が切れてきたんじゃないかな英雄王!」

「ちぃ、猪口才な!」

 

 中身は無限に等しくとも、それを撃ち出すためには魔力が必要となる。

 それを永遠に続けるなんてことは、有限である奴には不可能だ。

 なぜなら所詮、奴は一介の使い魔に過ぎないのだから。

 

 対する慎二はどうなのか。

 確かに慎二も有限だ。

 けれどその魔力量(リソース)に限ってはほぼ無限に近い。

 

 慎二の腹部に装着されたベルトが鈍く光る。

 欠片だ。ほんの小さな欠片だ。

 けれどもコレは間違いなく、紛うことなく聖杯(無限の魔力)だった。

 

 しかし源泉こそ無限に近いと言えども供給量には限界がある。

 ライダーめ、さっきから騎英の手綱(ベルレフォーン)を連発してやがる。

 視界の端でピカピカ閃光が迸る度に魔力がゴリゴリと抜けていく。

 桜との二馬力であるし、こちらの戦闘にさして影響はないのだが。

 

「宝具撃つなら一発で決めろよアイツら……!」

 

 叫びながら、向かってきた宝具を腕を振って撃ち落とす。

 慎二が持つ宝具に等しい一級の装備である波濤の鎧。

 そしてランサーの霊基を纏い手にした強化外装(クリード・コインヘン)

 ソレを同時にぶち抜く手札など、英雄王といえども何枚も持ってはいないだろう。

 

 しかし慎二もこの宝具の暴風を抜けられる手段があるわけではない。

 ならば起こるのは――そう、消耗戦だ。

 

 魔力残量を削り合うことによる消耗戦。

 これが慎二の立てた作戦(プラン)

 後は詰将棋のようなものだ。

 ジリジリと、確実に奴が消耗するまでこの戦いを続けるのみ。

 

「地獄の底まで付き合って貰うぞ英雄王!」

 

 ジリジリと前進を続ける慎二。

 英雄王との距離は少しずつ、けれど確実に縮まっていく。

 始まった極限の我慢比べ。

 先に音を上げたのは英雄王のほうだった。

 

「まさかキサマごときが我に抜かせるとはなァ! シンジィ!」

 

 英雄王は抜いた、全ての原初にして切り札たる宝具を。

 そうだ、この瞬間を待っていた。

 追い詰められた英雄王が頼るのは、彼が絶対の信を置く二つの宝具。

 その片割れたる天の鎖(エルキドゥ)が宝物庫から射出され、慎二の四肢を拘束。

 そしてもう一方たる対界宝具、乖離剣(エア)の切っ先がこちらに向けられている。

 

「目覚めろ乖離剣(エア)よ!」

 

 宝具の雨が止んだ。

 代わりに赤い、世界を断つ嵐が吹き荒れ始める。

 まだ真名は解放していない、余波だけでこれだ。

 全力が向けられたら、そう考えるだけで身体が震える。

 

「ハッ――だからなんだ、僕はそれを食い破るだけだ!」

 

 慎二の身体は、その殆どが海獣(クリード)の骨格で構成されている。

 なら――だったら。

 この身体は最早、死棘の槍(ゲイ・ボルク)と言っても過言ではない。

 

「オオオオオオ!」

 

 雄叫びと共に全身の射出孔から魔力を放出。

 ミシミシと音を立てた天の鎖が、莫大な出力に耐えられず弾け飛ぶ。

 全身から深紅の死棘が生えた。その一つ一つが宝具に等しい。

 

 死棘装填――射出準備完了。

 それと同時に英雄王が乖離剣を振り下ろす。

 

「獣狩りの時間だ! 天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」

「狩られるのはオマエだ英雄王! 穿ち進む死棘の拳(ゲイ・ボルク)!」

 

 吹き荒れる世界を断つ嵐。

 その中を一条の槍となった慎二が進む。

 鎧が剥げ、肉が断たれる。

 それでも進む、進む、前へと進む。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ」

 

 嵐を掻き分け、そして黄金が見えた。

 あれだ、あれこそが到達点。

 食え、食い破れ。

 獣だ慎二よ、オマエは死棘の獣になるのだ。

 

「そこだァァァア!」

 

 

 

 未だ赤い暴風が吹き荒れる中で。

 真紅の双眸が、ジッとこちらを見つめていた。

 崩れていく、波濤の鎧が崩れていく。

 幼き日より慎二と共にあった、絶対の鎧が崩壊する。

 

「ふん、戦士としては及第点をくれてやろう、慎二よ」

 

 届かなかった。

 あと一歩、慎二は英雄王に届かなかった。

 押し戻されていく、世界を断つ暴風が慎二を巻き込んでいく。

 生身となった慎二の身体が世界と共に断たれていく。

 

 けれど違う、違うんだ英雄王。

 オマエは致命的な勘違いをしている。

 こっちは最初から戦士として戦ってなんていなかった。

 

 知っているぞ、英雄王。

 乖離剣には発動前と発動後、それぞれに隙があることを。

 発動前の隙は天の鎖によって潰された。

 けれど――発動後の隙までは潰せないだろう?

 

「そう、僕は――最初から戦士ではなかったんだ」

 

 だからこの手は届かなくても構わない。

 ただ最後まで、その形だけ残っていれば充分だった。

 

 装甲が剥がれ落ちた慎二の腕。

 正確には右手、その甲には――赤く輝く二画の“令呪”があった。

 

「チェックメイトだ――殺れ、アサシン」

「はい、マスター」

 

 さらに一画の令呪が消失し、英雄王の背後に白骨の仮面(アサシン)が現れる。

 戦闘の始まりから今まで、令呪を使った気配遮断で隠れさせていたのだ。

 これが切り札、慎二の最後の一手。

 

「なッ――」

 

 英雄王がその真紅の目を剥くが、もう遅い。

 乖離剣の余波で宝物庫は使えない、頼みの綱の天の鎖は引き千切った。

 隙だ、致命的な隙だった。

 その首元を――銀閃が通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

「マスター、ご無事ですか?」

 

 アサシン――静謐のハサンが倒れた慎二に駆け寄った。

 酷い損傷だった。無事なところを探すほうが難しい。

 特に酷いのはベルトとの接合部だ。

 粉々に砕けたベルトの接続部(コネクタ)が、体内で爆散したのだろう。

 今もドクドクと出血が続いている。

 大抵のダメージは数分で完治する慎二にとって、これは異常なことだった。

 

「フハッ……フハハハハ!」

 

 高らかな笑い声が響く。

 首を刎ねられたはずの英雄王のものだった。

 慎二を庇うようにアサシンが前に出る。

 

「英雄王、まさか首だけになっても、まだ生きて――」

「――どう見ても致命傷だ、戯け!」

 

 だよね、流石に死ぬよね。

 しかし首だけの癖に偉そうとは、これいかに。

 そんな英雄王はどこか満足げなご様子だ。

 

「キサマを戦士と括った我の失策であったな」

「……その通りさ、僕はずっとマスターとして戦っていた」

 

 これが正しい聖杯戦争の形だ。

 本命は英霊、マスターはそのバックアップ。

 慎二は基本に立ち返ったに過ぎない。

 

 間桐臓硯。

 奴が残した技の一つに、アサシンの召喚というものがある。

 小次郎を生贄にハサン先生を召喚する、真アサシンというやつだ。

 

 流石に臓硯のような遠隔召喚は、慎二達にはできない。

 だから瀕死にさせたうえで、桜特製の魔術式を体内に打ち込んでやった。

 その結果がこの静謐のハサンだ。

 無料ガチャとしては当たり枠なのではなかろうか。

 

「まぁいい、業腹なことではあるが我を殺した褒美だ、持っていけ」

「……なに?」

「我の肉体に触れる栄誉をくれてやる、後ろのポケットだ」

 

 アサシンに肩を借りながら指示通りに英雄王の体を漁る。

 確かに尻の辺りにナニか硬いモノが――。

 

「み、妙な気は起こすでないぞ! 首を刎ねる程度はまだ出来るのだからな!」

 

 肉体のほうの英雄王の中空に、黄金の波紋が浮かぶ。

 なんだよコイツ、首だけになってもまだ元気じゃないか。

 首を刎ねられた奴が首を刎ねると脅す場面か、中々にシュールだ。

 そっと、そーっとポケットからソレを取り出す。

 

「これは……鍵?」

「我が愛車の鍵だ、受け取るがいい」

 

 愛車っていうとアレか、あの趣味の悪い成金スポーツバイクか。

 しかし解せない。

 

「どうしてコレを?」

「我に打ち勝ったのだ、これくらいの褒美がなければな」

 

 英雄王はどこか確信めいた様子で言葉を続けた。

 

「キサマにはソレが必要になるだろう」

「……どういう意味だい?」

「懇切丁寧に説明してやるのも吝かではいが……ふむ」

 

 まるで泡沫のように、英雄王の体が光となって消え去っていく。

 それはどこか美しい、幻想のような光景だった。

 

「……残念だが時間切れのようだ、さらばだ慎二、フハハハハハ――」

「えっ、ちょっと待て英雄――んひぃ!」

 

 凄まじい勢いで“傷口”から血が噴き出した。

 常人なら失血死してもおかしくない量である。

 

「いけませんマスター! 興奮しては傷口が!」

「ま、待てアサシン!」

 

 慎二は尻に“手当”をしようとするアサシンを必死で止める。

 

「他の場所は構わない、けど尻はダメだ……!」

 

 静謐のハサンは非常に強い毒を全身に持っている。

 しかし慎二には薬物に対する耐性があった。

 だからこうして平気で肩を借りていられる。

 けれどダメだ、ダメなのだ。尻だけはダメなのだ。

 

「尻には……尻には耐性がないんだ……!」

「でも、そんな……どうすれば……!」

 

 慎二は力尽き、ついに地面へと倒れ伏した。

 もうダメだ、お終いだ。

 慎二は一つだけ心に決めていたことを実行しようと口を開く。

 

「……アサシン、最期の頼みだ」

「はい、マスター」

「僕に膝枕をしてくれないか」

「はい――はい?」

 

 死ぬときは美少女の膝の上で。

 そう、心に決めていた。

 困惑しつつ横座りをしたアサシンの膝の上に、ゆっくりと頭を乗せる。

 柔らかい、肉感的で良い太腿だ。

 

「我が人生に一片の悔い無し……!」

「いや、なに言ってるんですか兄さん」

 

 その声にハッと視線を向ける。

 呆れたように溜息を吐くのは、慎二の義妹(スウィートハニー)である桜だった。

 この絶対の危機に現れる辺り、ヒロイン力が限界突破している。

 

「まさかこんな間抜けなことで死にそうになっているとは……呆れましたよシンジ」

 

 信じられない、とばかりに頭を振るライダー。

 あちこちが煤で汚れているものの、どうやら無事のようだ。

 

「ホント台無しだわ」

 

 そしてついでに遠坂。

 特に説明は要らないだろう。

 なに? 凛ちゃんだけ扱いが酷い?

 最初からこうだった、気のせいだ。

 

「皆……無事だったのか」

「そういう兄さんは無事じゃないみたいですね」

 

 仕方がないにゃあ、といった様子で桜がナニかを取り出した。

 ピンク色にテカるアレは間違いない、アレだ。

 

「それは弾丸に加工されたはずじゃあ……!」

「残念でしたね、二本目ですよ」

 

 ずりずりと瀕死の体を引き摺って逃げようとする慎二。

 しかし今は悪魔()が微笑む時代なんだ。

 

「やめ……やめろォ!」

「はーい、お注射しましょうねー」

「ぐっ……うあ……うわぁぁぁぁ!」

 

 グサリ、と慎二の傷口にピンクのそれが刺し込まれた。

 むず痒い感覚と、そして僅かばかりの快感と共に傷が再生していく。

 慎二の悲しい叫びが深夜の冬木に響き渡る。

 新たな都市伝説、波濤仮面の叫びが生まれた瞬間だった。

 

 

 

「ぐっ……それでそっちの首尾はどうだったんだい?」

 

 引き続きアサシンの膝にヘッドライドしつつ慎二が尋ねる。

 こっちはこの通りだ。

 英雄王はなんとか倒した。犠牲は大きいが慎二君大勝利である。

 ライダーと遠坂の視線を受けて、桜が口を開いた。

 

「作戦目標は“ほぼ”達成された、と言っていいでしょう」

 

 セイバーは倒れ、聖杯へのルートは確保された

 なお聖杯の核は言峰神父その人であるらしい。

 なるほどオマエが聖杯(ママ)になるのか。

 ちなみに肉塊の天辺で愉悦スマイルを浮かべたオブジェになっていたとか。

 

「なるほど、聖杯は未だ健在か……どうして破壊しないんだい?」

 

 慎二の疑問に、桜達が暗く視線を落とした。

 あれ、なんかマズいこと言った?

 

「いえ、その……破壊するための火力がないんです兄さん」

「火力? そんなのライダーの宝具でいいだろ」

「シンジ、私が宝具を使用するために騎乗物が必要なのは知っていますね?」

「知ってるけど、それが?」

「ええっと、その……使い果たしてしまって」

「使い果たした? 残弾制とかそういうシステムだっけ?」

 

 ペガサスはエクスカリバーの初撃にて消失。

 ライダーのバイクは五射目まで粘ったものの爆発炎上。

 慎二のバイクはセイバーと相打ちに。

 

「なるほど、僕のバイクがセイバーと相打ち……相打ちィ!?」

 

 壊したのか、散々弄んだ挙句に壊したのか。

 ライダーがしみじみと噛みしめるように告げる。

 

「アレはいいものでした……私の無二の相棒でした」

「僕のバイクは諦めるとして、ペガサスはそれでいいのかオイ」

 

 バイク以下の扱いとはペガサスよ、さぞ無念だったろうに。

 あいつも悪い奴じゃなかった。

 事あるごとに慎二の頭髪を噛む悪癖さえなければ最高の友だった。

 

「しかしどうしたものかな」

 

 当初、聖杯は慎二が壊してもいいと考えていた。

 大聖杯はともかく、小聖杯なら壊せるだろう。

 けれど今の慎二はハッキリ言って一般人以下だ。

 聖杯どころかコップを持ち上げるだけで精一杯。

 

「なにか、なにか方法は――」

 

 その時だった。

 ふと慎二は強く握り締めていたソレに気が付いた。

 

「そうかなるほど、そういうことか」

 

 必要になるってこういうことか。

 よくわかったよ英雄王。ありがたく使わせて貰うよ。

 

「ライダー、持っていけ」

 

 無駄に豪奢なソレをライダーに投げ渡す。

 ライダーがそれを手に取ったと同時に、中空から黄金のバイクが現れた。

 無駄に演出が凝ってやがる。首だけだった癖に余裕ありすぎだろう。

 

「行けよライダー、駆け抜けてこい」

「――はい、行ってきます、シンジ!」

 

 力強く頷いたライダーは、そのバイクに颯爽と跨った。

 そして甲高いエンジンを響かせ、聖杯へと金の軌跡を描いていく。

 

騎英の(ベルレ)――手綱(フォーン)!」

 

 それは綺麗な光、だった。

 こうして長く苦しい第五次聖杯戦争は幕を降ろした。

 慎二のあちこちに消えない爪痕を残して。

 

 





くぅ(疲

聖杯戦争編(本編)が終わったので、完結済みに変更。
後は後日談をオマケで投稿して終了です。

次の投稿は爆死するか気が向いた時にでも。
それでは皆さん、お疲れ様でした。


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蛇足的なオマケ編
第二十一話


連休は良い文明。

そんなわけで時間が出来たからサクッと投稿。
思ったより早かった。

これで本当に最後です。
約一年間、お付き合いくださりありがとうございました。

タグにギャグか尻♂Assを入れようか本気で検討中。





 聖杯戦争からはや数か月の時が経った。

 戦争さえなければ冬木は平和な街だ。

 慎二は今日も自室にて無難に仕事をこなしていた。

 

「次の書類ですが――」

 

 豪奢な執務机の上で手を組む慎二。

 その脇にはスーツを着込んだアサシンが。

 暗殺者なんて過去のこと、今では立派な敏腕秘書だ。

 タイトなスカートから伸びる脚が艶めかしい。

 

 アサシンのなにがイイって、セクハラしても過剰反応しない所だ。

 ほどほどの羞恥に満ち溢れた反応を返してくれる。

 どこぞの連中みたいにベッドへ強制連行されたりしない。

 

 知っているだろうか。

 老若男女関係なく、捕食者の瞳というものは例外なく恐ろしいのだ。

 なんなんだアイツら、クレイジー過ぎる。

 

「あの、マスター」

「なんだい?」

「触れて頂けるのは嬉しいのですが、お仕事がまだ」

「おっと、そうだったね」

 

 アサシンとのスキンシップを中断し、机へと向き直る。

 間桐家の稼ぎは慎二一人の肩にかかっている。

 一家四人を支える大黒柱である。手を抜くことはできない。

 

「……ところでライダーの奴はどこ行った?」

「近頃の趣味であるサイクリング中かと思われます」

 

 結局ライダーとアサシンは現世に残ることになった。

 慎二のケルト式魔力炉があれば現界用の魔力は賄える。

 

「アイツも本格的な穀潰しになってきたな……」

「ライダーは、その……言い辛いのですが」

「言わなくてもわかってる、お茶汲みさえ満足にできないもんなアイツ」

 

 慎二は一般人に毛が生えた程度の力しか出せなくなった。

 魔力の殆どを大食い達に喰われているせいだ。

 とはいえ魔力なんて日常使いするわけでもあるまいし、特に問題はない。

 

「仕方がない、せめて僕達だけでも真面目にお仕事しようか」

 

 ちなみに桜は現役で魔術師をやっている。

 どさくさに紛れて魔力負担の殆どを慎二に押し付けたからだ。

 あいつ本当に良い根性をしてやがる。

 知ってるんだからな、未だにパスを通してこっちから魔力を搾り取ってること。

 

「協会から問い合わせがきています」

「遠坂に回せ」

「魔術の特許申請の報告は」

「遠坂に回せ」

「波濤仮面グッズの売り上げについて」

「遠坂に――いやそれは僕が見よう」

 

 なるほど、波濤仮面饅頭の売れ行きが好調なのか。

 アサシンから受け取った書類を素早く読み込み判子を押す。

 表立った仕事は慎二が、裏の魔術関係は全て遠坂へ。

 

「あの、マスター」

「なんだいアサシン」

「遠坂様の仕事量がとんでもないことになっていますが」

 

 ふと慎二が視線を向けると、遠坂用の書類が山になっていた。

 これを崩すには“また”暫く徹夜をしなければならないだろう。

 

「問題ない、遠坂に回せ」

 

 魔術関係は全て遠坂の仕事だ。

 今やこのためだけに遠坂家は存続していると言ってもいい。

 それに仕事に対しては、ちゃんと給料だって渡している。

 結構な額だ、一等地に家が建つ。

 

 ちなみに宝石類に使ってしまって給料が一瞬で溶けるまでが一連の流れだ。

 その宝石を売っているのは間桐系列の店であるから、自給自足の関係といえる。

 マッチポンプ? 知らんなぁ。

 宝石魔術なんて金のかかる代物に手を出した遠坂の先祖が悪い。

 

 ちなみに現在、遠坂はYAMAごもりの最中である。

 第二魔法が使いたいとか夢みたいなことをぬかしていたので、放り込んでやった。

 そろそろTSUBAMEの気配くらいは感じ取れるようになっただろうか。

 INOSHISHIに轢き殺されてなければいいが。

 

 YAMAで修行すれば第二魔法の片鱗くらいは掴めるだろう。

 実際、慎二はそうだった。

 TSUBAMEとの出会いが慎二を新たな世界へと導いたのだ。

 

 なおその魔境から帰った後は書類地獄が待っている。

 遠坂家を背負う凛ちゃんの明日はどっちだ。

 ちなみにどう転んだところで仕事の量が減ることはないから安心して欲しい。

 

 そんな感じで凛ちゃんの未来に思いをはせていると。

 執務室の扉が吹き飛んだのかと見紛う勢いで開け放たれた。

 

「シンジ!」

「なんだいライダー、騒々しい」

 

 やめてよね、ライダーの馬鹿力のせいでまた扉を修理しなきゃいけないだろ。

 ちょっとした非難を込めて睨むが、ライダーはそれどころではないようだった。

 どうやらかなり錯乱しているご様子だ。

 

「私になにをしたんですか!」

「ハァ?」

「私になにをしたか、と聞いているんですシンジ!」

 

 凄まじい剣幕で机の前までやって来たライダー。

 そして手に持っていた布らしきモノを慎二に突きつけた。

 

「これを見てください! それでわかりますから!」

「……なんだこれ?」

 

 手渡されたのは黒いフリフリのついた――ブラだった。

 まだほんのりと温かい。脱ぎたてのようだ。

 わかんない、ライダーの考えてること、わかんないよ。

 

「下着を手渡しとか、まさか昼間から(さか)って――」

「――いやそうではなくてですね!」

 

 違うのだ、と首を横に振るライダー。

 しかし慎二のピンク色の頭脳ではそれ以外の回答は思いつかない。

 あれか、エロか。エロなのか。

 

「サイズが合わないんです!」

「買いなおせばいいだろ、小遣いは多めにやったろうに」

 

 この期に及んで成長とは。

 ライダーの乳は最終的にどうなってしまうのか。

 

「違いますよ、おかしいんです!」

「うん? おかしなこと言ったかな?」

 

 なんだろう、話が根本的に噛みあってない。

 意見を求めるべくアサシンへ視線を向ける。

 するとアサシンも顎に手をやって考え込んでいるようだった。

 

「確かに……おかしいですね」

「でしょう!?」

「待て待て、なにがおかしいんだよ。僕にもわかるように説明してくれ」

 

 ふぅ、と大きく深呼吸をしたライダーが語り始めた。

 

「いいですかシンジ、サーヴァントとは変化しない代物なんです」

「ふむ?」

「身長は変わりませんし、体重だってそうです」

「む?」

「そんな私のその……サイズが変わったんですよ?」

「なるほど……なるほど?」

 

 確かにそれは異常事態と言える、のだろうか。

 とりあえず慎二がアサシンに尋ねる。

 

「ちなみにアサシンのほうに変化は?」

「いえ、私は身長も体重も特に変化していないはずです」

「するとライダーだけ、ということになるのか」

 

 おもむろに立ち上がり、ライダーの隣に立ってみる。

 相変わらずの身長だ。

 最近はかなり追いついてきたが、それでもまだ少しライダーのほうが高い。

 高いはずなのだが――おかしい、目線が同じ位置にある。

 

「ライダー、オマエ……縮んだ?」

「……えっ?」

 

 慎二はなんちゃってとはいえ、武闘家である。

 あの佐々木小次郎と殴り合える程度の腕には達人である。

 日頃から肉体の寸法にはかなり気を尖らせているつもりだ。

 だからこそわかる、ライダーは間違いなく縮んでいる。

 

「そういや胸の件も“どっちの方向”に変化があったのか聞いてなかったね?」

「あ、あのう……その……」

 

 ライダーはとても言い辛そうに。

 そして蚊の鳴くような小さな声で答えた。

 

「……縮みました」

「ちなみにどれくらい?」

「少なくともワンサイズは」

 

 どうなっているんだ、コレは。

 サーヴァントシステムになにかバグでもあるんじゃないだろうな。

 そもそもシステム自体が、長期運用を前提に作られていない。

 もし根幹を揺るがすような不具合だと、慎二では対処のしようがない。

 

「その、シンジ?」

「なんだいライダー」

「実は私にそういう隠しスキルがあるとか、そういうのじゃないんですよね?」

「僕の知る限り、メドゥーサという英霊にそんな能力はないはずだ」

 

 霊基でも解析すれば原因は掴めるかもしれない。

 しかし力を失った慎二は九割方一般人みたいなものだ。

 残りの一割は魔力と薬物への耐性。

 つまり実質一般人と言っていい。

 サーヴァントの解析なんて高度なことはもうできない。

 

 ライダーの危機だというのに、なにもできないのか。

 慎二が無力感にグッと拳を握り締めたその時だった。

 

「話は聞かせてもらいました!」

「この声は――桜! どこだ、どこに居る!」

「ここですっ、とうっ!」

 

 ガコン、と天井の一部が外れると、そこから桜が飛び降りて来た。

 親方、空からゲドインが。

 スカートを翻しながら優雅にターン、完璧に決まった。十点をやろう。

 

「……なにやってるんだい、桜」

「屋敷に張ってある魔術のメンテナンスをしていたら、声が聞こえたもので」

 

 外門や外壁は知っていたが、天井裏にまで仕掛けがあったとは。

 桜の手によって間桐邸は魔境邸の域に達しつつある。

 そのうち変形して巨大ロボットにでもなるのではなかろうか。

 完全変形、間桐ロボ。

 いいな、波濤仮面の新展開でロボ路線も攻めてみるか。

 

 桜は小さく咳払いすると、ズビっと慎二に人差し指を突き付けた。

 慎二の気分はまるで刑事ドラマの犯人役である。

 

「それでライダーの件ですが――ズバリ、兄さんのせいです」

「なるほど、シンジのせいですか」

 

 おいライダー、そのヤッパリお前のせいか、みたいな視線をやめろ。

 完全に犯人扱いじゃないか。

 胸に手を当てて聞いてみたがサッパリ心当たりはない。

 今回も冤罪だ――と思っていたらそうは問屋が卸さなかったようで。

 

「具体的には兄さんの起源のせいですね」

「僕の、起源?」

「ええ、強固にパスを繋いだせいか、ライダーにも影響が及んだようです」

 

 桜が非常に勿体ぶった言い回しで続ける。

 なんだ、探偵役のつもりなのか。

 

「そう、全ての元凶にして害悪――その起源の名は!」

「おうはやくしろよ」

 

 全部マルっとわかってるならさっさと真相言っちゃいなよYOU。

 ベストを尽くそうぜ、ベストを。

 

「せっかちですねぇ、兄さんは」

「ズバッと言え、ズバッと」

「ではズバッと言いますが――反転です!」

 

 反転というとアレか、裏返るやつか。

 なるほど、また意味のわからん起源だ。

 

「今回の一件はライダーの怪力スキルの副作用、それが反転した結果です」

「副作用というと、あの怪物(ゴルゴーン)がどうたらのアレか」

 

 ふぅむと慎二は記憶の扉を開くべく顎に手をやった。

 怪力スキルを使えば使うほど、ライダーは怪物(ゴルゴーン)へと変容していく。

 脳の隅っこのそのまた端に、僅かだが記憶が残っているような気がする。

 

「反転したライダーはスキルを使うたびに偶像(アイドル)へと変容していくわけです」

「なるほど素晴らしい、それは素晴らしいですよサクラ!」

 

 ライダーが歓喜している。

 なんだ、少女に戻れるのがそんなに嬉しいのか。

 

「小さくて可憐な体は私の憧れですよシンジ!」

 

 少女だった頃のライダー。アイドルなライダー。

 普段の堕落っぷりを見せつけられているせいか、慎二としては全く夢のない話だ。

 

「しっかし怪力スキルねぇ……」

 

 どうしてライダーはそんな代物を使ったんだろう。

 聖杯戦争時ならともかく、今の冬木は平和そのものだ。

 

「日常生活で怪力スキルを使う場面なんてあったか?」

 

 銀色スーツの不審人物が街を歩いていたり。

 ヒョウ柄の着ぐるみを着たヤのつく方々が闊歩していたり。

 冬木市は色々と問題はあるものの平和そのものなのだ。

 英霊の怪力が必要になる場面なんてあるはずがない。

 

「えっとその、自転車で山を登ったり、スプリントしたり……便利なんですよ?」

 

 便利です、じゃないんだよ。

 なに考えてんだコイツ。

 たかだか便利だから、なんて軽い理由であんなスキルを使いやがったのか。

 まさかとは思うが――

 

「なにも考えてなかったんじゃないだろうな?」

 

 平気だったからよかったものを、一歩間違えればゴルゴーンなんだぞ。

 冬木市産ゴルゴーンとか誰得なのか一文で説明してみろ。やれるもんならな。

 おい、どうして目を逸らすんだ、こっちを見ろ。

 

「オマエという奴は……」

「わ、私だってちゃんと考えてますよ? た、多分……」

 

 自分すら納得させられてないじゃないか、いい加減にしろ。

 返せよ。今や失われてしまった純情を返せ。

 眼鏡かけてて読書が好き。

 これはもしや知的美人なのではと仄かに期待していた頃の純情を返せ。

 蓋を開けたらこれだよ、美人は美人でも残念系だよくそったれ。

 

「ちなみに、ですが」

「……なんだよ桜。嫌な予感しかしないから手短にな」

「では手短に――影響度だけなら私のほうが上だったりします」

 

 桜が豊満な胸を自慢げに張った。

 しかしまるで自慢できることではない。

 やはり聞きたくない類の情報だった。いっそ墓まで持っていって欲しかった。

 つまりアレだろ、あの“惨状”は全部そのせいだってんだろ。

 

「くそう、テメェらよってたかって僕のせいだなんて!」

 

 慎二は責任問題になると途端に弱くなる質だ。

 全て桜がやったことです、私は全く関与していません。

 そんな玉虫色の回答こそが慎二の心に平穏をもたらすのだ。

 

「僕の救いはアサシンだけか!?」

 

 なんの影響も受けていないアサシンだけが慎二の希望だ。

 しかし桜はその希望を粉々に粉砕する。

 

「目に見えた変化がないだけで、アサシンも影響は受けていると思いますよ」

「えっと……私もですか?」

「そうですね、ちょっと確認してみましょうか。ではアサシン、これを」

 

 桜が取り出したのは一輪の花だった。

 昔からの習慣で桜が育てているものだろう。

 今も庭の花壇は桜の城である。

 摘んでから時間が経っているのか、少し元気がない。

 

「持ってみてください」

「えっと……でも、私は……」

「大丈夫ですから、ほら」

 

 躊躇するアサシンに、桜が花を押し付けた。

 花はアサシンの手の中におさまる。

 しかし、なにも、おこらない。

 アサシンが首を傾げた。

 

「……え?」

 

 桜はふふん、と得意気だ。

 

「反転とはこういうことですよ、兄さん」

「いやどういうことなのかサッパリなんだけど」

 

 桜は仕方がないなぁ慎二君は、と言わんばかりに溜息を吐いた。

 

「兄さんは忘れているかもしれませんが、アサシンは猛毒を持っているんですよ?」

「そういやそんな設定も……あれ? でもあの花は?」

 

 毒にやられるどころか、むしろ元気を取り戻しているように見える。

 

「今ならなんと、こんなこともできるのです!」

「ひゃあっ――さ、桜様……あッ……いけません、マスターの前で!」

「ふーむ、兄さん好みの小ぶりながら絶妙にフィットする美乳ですね」

 

 桜が、アサシンの胸を、鷲掴みで、揉みしだいている。

 羨ましいぞ桜、変わってほしいぞ桜。

 桜は一通り楽しむと満足したのか、そっと身を放した。

 

「なんだよ桜、オマエそっちもイケる口だったのか?」

「ライダーとだいぶ鍛えましたからね、最近は両刀ですよ?」

 

 冗談のつもりだったのに、当の桜はそう言い放つ。

 実は私、両利きなんです。

 そんな告白程度の気軽さで顔面ストレートを放ってきやがった。

 

「されはさておいて」

「さておいていい問題なのかコレは」

 

 結構深刻に性癖を拗らせている気がするのだが。

 どうしたものかと本気で頭を痛める慎二をよそに、桜が説明を続ける。

 

「毒は転じて薬となるものですからね、反転すればそういうことです」

「なるほど……そういうことだったのか、なるほどな」

 

 知ってる知ってる、アレだろ。

 フェレンゲルシュターデン現象のことだろ。

 この間、偶然にも街で見かけたよ。

 

「……わかってないでしょう、兄さん」

「ソンナコトナイヨ」

 

 すまない、怒涛の新設定ラッシュに脳がついていかない。

 慎二の割と一般人な思考回路では、現実を受け止めきれない。

 あれだろ、とりあえず毒は無害になったってことでいいんだろ。

 お兄ちゃん疲れたよ。脳が拒否反応起こしてきてるんだ。

 

「兄さんもイイ具合に脳が蕩けてきていますね」

「ハハハ、褒めたって棘くらいしか出せないゾ」

「まったく、これっぽっちも褒めてないんですけど気付いてます?」

「気付いても気にしたくはないんだよォ!」

 

 慎二は叫ぶと深く溜息を吐いた。

 最近どうにも疲れやすくなっているような気がする。

 肉体的には超健康だが、精神的にアレだ。

 ダメだ、あまりよくない傾向だ。

 

「アサシン、今日中に片付けなきゃいけない仕事は残ってるかい?」

「えっと……はい、大丈夫です」

「そうか、なら僕は早めに休ませてもらうよ」

 

 例え残っていても遠坂に鷹便で送り付けてやるから問題ないのだが。

 遠坂に向ける慈悲はない、ぺんぺん草すら生えなくなるまで毟る所存だ。

 

「そういうわけで、解散だ解散」

 

 慎二はそう言ってさっさと部屋を出て行ってしまった。

 その背中は妙に煤けていた。

 

 

 

 慎二が去った後の執務室にて。

 間桐ガールズの正妻こと桜が疑問を口にした。

 

「……妙だわ」

「ええ、おかしいです」

 

 間桐ガールズの愛人ことライダーがその言葉に同意する。

 最近どうにも妙だ、慎二の様子がおかしい。

 

「最近の兄さんはこう、切れ味が足りないというか」

「ええ、昔ならばもっと鋭く辛辣なツッコミを入れていたはずです」

 

 そして口では言えないようなオシオキを受けることになる。

 慎二はそういう方向に性癖を拗らせている人間だ。

 

「多分だけど、刺激が足りないのよ」

「刺激、ですか」

「平穏を求めるくせに、危険地帯でしか本領を発揮できない人だもの」

 

 ビビればビビるほどに強くなる、それが間桐慎二という男。

 要するに追い詰められないと動けないタイプなのだ。

 尻を精神的にも物理的にも張り倒さなければいけない類の人間だ。

 

 けれど慎二が追い詰められる環境なんて、そうはない。

 それこそ世界レベルの危機でもない限り慎二はあの調子だろう。

 

「でしたらその、提案があるのですが――」

 

 間桐ガールズV3ことアサシンが小さく手を挙げた。

 それは正に悪魔のような提案だった、少なくとも慎二にとっては。

 

「なるほど、それなら兄さんも元気になるはず……!」

「流石ですねアサシン!」

 

 慎二は知らなかった。

 純粋な善意こそが、一番えげつない結果を引き起こすのだ。

 

 

 

 

 

 

 自室のソファで慎二は一人、グラスを傾けていた。

 琥珀色の液体が揺れ、カラン、と涼やかな氷の音が鳴る。

 勿論だが酒ではない、ただの炭酸飲料である。

 未成年の飲酒、ダメ絶対。

 耐性のせいで酒なんて水同然でもダメなものはダメ。

 酔う方法がないわけでもないのだが、そんな気分でもない。

 

「燃え尽きてるよなぁ、僕」

 

 慎二は丸くなった――弱くなった、と言い換えてもいい。

 英雄王に歯向かってみせた強靭な意思は見る影すらもなくなっている。

 

 聖杯戦争が終わって気が抜けた、というのは否定しない。

 筋肉と同じで、脳も使ってやらないと回転が悪くなる。

 そういう意味では間違いなく慎二は衰えている。

 

 けれど“それでいい”のだと慎二は思う。

 この世界線では聖杯戦争のような危機は暫く起こらないだろう。

 例え起きたとしても、その時は別の“主人公”が解決してくれる。

 

「僕の出番はもう終わり、かな」

 

 少しだけセンチメンタル、おセンチな気分というやつだ。

 聖杯戦争の後処理も終わった。

 物語の舞台から退場するには頃合いだろう。

 自分は好きにやった。勝手もした。もう満足だ。

 

 しかし運命は慎二を逃がさない。

 センチメンタルな思考をぶった切ったのは案の定というべきか、奴だった。

 ファファファ、と部屋中に響く怪しげな笑い声。

 

「まだ終わってなどいませんよ!」

「だ、誰だ!?」

 

 部屋の天井がガコン、と音を立てて外れる。

 なんだろう、このパターンさっき見た気がする。

 

「間桐ガールズ一号!」

「間桐ガールズ二号!」

「ま、間桐がーるず、ぶいすりー!」

 

 凄くえっちぃ恰好をした三人だった。

 桜はナース、ライダーはバニー、そしてアサシンが控え目な猫耳。

 とりあえずアサシン、恥ずかしいなら無理に参加しなくていいんだぞ。

 

「なにやってんの」

「兄さんの有様を見ていられないので、ここらで一発ガツンと」

「なにをガツンとさせるつもりなんだよ!?」

 

 慎二は嫌な気配を感じ取り、ソファからジリジリと後退をする。

 ライダーが妖しく唇を舐め上げ、妖艶に身をくねらせた。

 

「ナニって……ナニに決まってるじゃないですかシンジ」

「最近の兄さんには刺激が足りないようなので趣向を変えて、ね?」

「なんの刺激を与えるつもりだオマエらァ!」

 

 ふふふ、と妖艶な笑みを浮かべながら桜とライダーが迫ってくる。

 いったい誰がこんな頭のおかしい所業を。

 どうせ桜かライダーのどっちかだろう、と思っていたら予想外の所からジャブが。

 

「あの、私です」

「嘘だろアサシン……!?」

「ごめんなさい……マスターに元気になって欲しくて……」

 

 アサシンが始末に負えないのは、どうみても百パーセント善意だということ。

 他の二人には明らかな欲望が見えるのに、アサシンにはそれが全くない。

 

 薬どころか劇物みたいなもんを放り込んできやがって。

 ショック療法って言っても限度ってもんがあるだろうに。

 くそう、肉体的にではなく精神的に萎えているこんなときに限ってこれだ。

 

「そんな兄さんの心を昂らせる、間桐ガールズファースト!」

「間桐ガールズゼータ!」

「ま、間桐がーるず、だぶるぜーた!」

「なんとなくわかるけど、さっきと名前変わってるぞ」

 

 慎二もわかってはいるのだ。

 どうして彼女達がこんなことをしたのか。

 それが一重に慎二を励ますためなのだ、ということはわかっている。

 

「くっ……真意がわかるだけに拒み切れない!」

「いいんですよ兄さん、拒んだりしなくても」

「私が優しく溶かしてあげます」

「微力ながら私も力添えを……」

 

 腑抜けた慎二に発破をかけようとした結果がコレなのだ。

 八割ほど彼女達の欲望が混じっているような気がするが、気のせいだろう。

 とにかく、彼女達は慎二を励まそうとしてくれているわけだ。

 

「……仕方がないなぁ」

 

 慎二だって男の子だ。

 愛する家族の前でくらい、恰好のいい自分で居たい。

 だから燃やせ、欲望を燃やしてエネルギーにしろ。

 今の所沸き立つ欲望なんて性欲しかないが、選り好んでいる場合じゃない。

 

「わかったよ――もうひと踏ん張り、頑張ってみることにするよ」

 

 幸いなことに(原作)はまだ残っている。

 それを金の成る木へと育ててみるのも、また一興だろう。

 

「……じゃあ、皆で楽しい悪だくみの算段でもしようか」

 

 だからオマエら、もう迫ってこなくていいんだよ。

 慎二君、復活した。もう大丈夫だからさ。

 

 おい待て桜、服に手をかけるな。

 ライダー、鎖で縛ろうとするな。

 アサシン、オマエも見ていないで止めてくれ。

 

「やめろ、やめっ――あっ……」

 

 型月産ワカメこと、間桐慎二は改造人間である。

 慎二は最愛の家族のために、今日も性なる欲望達と戦うのだ。

 

 

 

 

 




下ネタ挟まないと書けない体になってしまった(末期

きっかけがFGOだったし、FGO編のプロローグだけオマケで頑張ろうかなと構想してるけど(多分書かない



今後ですが。
とりあえず今晩辺りにでも忍者SSを投稿しようかなと。

爆死エンジン後継機になるので、ガチャ関係の題名になる予定。
あと実は設けてた一行四十文字縛りも解放する予定。
PCで読むってことを考えて縛ってたけど苦痛でしかなかった。
やっと文章の幅が広がるぜ(広がる幅があるとは言ってない

あと次作は例の如く(仮題)になってると思うのでよかったらどうぞ。

序盤は昔投稿してたやつの焼き増しになるけど(仕方ないね




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