Fate/argento sister (金髪大好き野郎)
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生前編・白銀は目覚める
プロローグ・始まりは唐突に


※注意・以下の要素に当てはまる方は即座にブラウザバック推奨
・オリジナル主人公……萎える
・俺TUEEE! うっわテンプレ
・こんなの○○じゃない!
・シスコンとかショウジキナイワー
・自己解釈とか無理
・誤字大杉ワロタwwww超ウケルーwwwww
・オリ主×オリ主

等々。
色々見苦しいかも知れませんが、もし気に入っていただければ長い目で見ていってください。


※低評価を付ける場合、小説の改善に繋がる可能性があるのでできるだけ理由などをメッセージや感想で述べてくださると助かります。


追記
ところどころ改訂しました。


 最初にあったのは違和感だった。

 目が覚めれば今日の朝も心地よい目覚めになるだろう。そう思っていたからこその違和感。

 ここは何処だ? まず感じたのは焦り。自分の寝室とは違う雰囲気の空間。

 

 ――――寝室? 待て。そもそも私は――――誰だ?

 

 自分が何者かもわからなかった。

 思い出そうとすれば激しい痛みが頭を駆け巡り、深く考えるのを妨げる。

 だからきっと、それは『思い出さなくてもいい』ものなのだろう。不思議とそう認識せざるを得なかった。

 

 感覚が曖昧な状態で手足を動かしてみれば、何かが自分の全身を覆っているのが分かる。

 そう、まるで冷たい水の様な――――

 

(……水?)

 

 嫌な予感がして、咄嗟に口を開けて空気を吸おうとする。

 だが口の中に入ってきたのは冷たい水であった。息を吸う感覚で飲みこんだものだから大量の水が肺の中に入り込もうとして、身体が拒否反応を示し始める。いや、それ以前に肺全体が既に水で満たされており、激痛が脳を刺して意識が不本意にも鮮明になり始めた。

 

「ふごごっ、がぼっ、ががぶっ――――!?」

 

 必死でもがきながら両足を地面につかせる。

 そして全力で体を持ち上げて、顔を外へと出させた。

 同時に吐き出される大量の水と取り入れられる新鮮な空気。ゴホッゲホッと咳き込みながら私は肺に入った水を必死に吐き出して空気を吸い込んだ。その度に肺がピリピリと痛むが、我慢するしかない。

 

 凡そ数分ほどでそれは終わった。激痛で意識が朦朧としながらも、私は頭を押さえながら千鳥足で立ち上がる。

 

「い、一体、何が……?」

 

 声が出るのを確認して、軽く周囲を見渡す。

 よく見れば、私が沈んでいたのは小さな池だった。水深こそ深いとは言えないが、浅いとも言えない。膝が沈むほどの深さ。確かに横になれば大人でも全身が優に浸かるだろう。

 そして見える自分の顔。美しい銀髪に、自分の物とはとても思えないほど整えられた顔。それに途轍もない違和感を覚えてしまう。

 

 だが問題はそこでは無い。

 どうして私が、こんな小池に沈んでいたのかという事がわからない。

 溺れて酸素不足になって記憶が飛んだのだろうか。可能性としてはあり得なくないがそもそもの話どうして私は水の中に居たのだろうか。まさか自棄になって自殺でもしようと……?

 

 

「…………あの、誰、ですか?」

「え?」

 

 

 気が付けば、少女の声が自分に掛けられていた。

 声のする方向に顔を向ければ――――幻想が其処に存在している。

 

 垂れた金髪は天然の黄金よりも美しく。

 

 その整った顔はまるで人形の様に完璧で。

 

 取る動作一つ一つが宝石の様に麗しい、奇跡の体現とでも言える少女が立っていた。

 

「いや、その……ええと」

 

 服装こそ田舎の娘のようだが、どう見ても貴族とかそんなお偉いさんの令嬢か何かだと思った。

 成長すれば絶対に絶世の美女コースと確信できるほどだ。下手に怪しい動作をすれば記憶喪失なのに開幕BADENDと言うふざけた結末を辿る可能性もある。

 まずは名前。そう名前だ。

 私の名前は――――

 

「……名、前? 思い出せない? なんで?」

 

 人が生まれて初めて得るアイデンティティが失われていた。

 それが分かり私の焦りは一層激しい物へと変わる。何故、どうして。記憶の一部が消えたならまだいいだろう。だが、名前すら思い出せない。 軽度の記憶喪失? 冗談ではない。完全に記憶が欠如しているではないか。

 

 そんな私の様子を見て、金髪の少女は心配したのか震える声で声をかけてくれる。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、その、ごめん。名前が、思い出せなくて」

「名前を、思い出せない?」

「……記憶が無い、みたい」

 

 初対面で「記憶喪失」とか完全に怪しまれる選択肢なんだが。

 自分で言ってしまったがここまで怪しいともう呆れ顔しかできなくなる。私があの少女だったら速攻で逃げていると思う。

 

「あの、良かったら一緒に来ますか?」

「…………は?」

 

 そして次に出た少女の言葉に、頭が真っ白になる。

 一緒に来る? いや、無い。無い無い無い。そこらの不審者を家に招くとかどんだけ無防備なんだよ。

 もしかしたら、そんな純真無垢さがこの少女の取り柄なのかもしれないが。

 

 しばらく悩んだ後、私は少女の提案に喜んで頭を縦に頷かせることにした。

 何せ右も左もわからない状態なのだ。折角寝床を用意してくれるならばそれに甘んじてみるのも吉だろう。

 まぁ、少し良心が痛むのだが。

 この恩は後できっちり返していこう。

 

 

 まず、私が居た小池は森の中にある水源の一つだったらしい。魚がある程度多く棲んでおり、釣り場としても使われているとか。そんな場所なので偶に沐浴する奴もいるのだが、私の様に服を着たまま入る奴はいないとか。そりゃいないでしょうね。私もしないよそんなこと。さっきしたばかりだけどさ。おかげで着ていた絹の服がずぶぬれで気持ち悪いったらありゃしない。

 

 でだ。この少女――――名前はアルトリア、と言ったか。そのアルトリアはどうやら家族に内緒で森深くのここまで来たらしいのだが、帰りが怖くて池の傍でうろうろしていた時に池から飛び出した私を見つけたようだった。想像してみると中々シュールな絵面だ。よく家に招こうと思ったものだ。

 が、帰り道が怖いので同伴してくれる人を探していたのだから丁度いい人材なのだろう。

 それに……私、どうやら見た目が子供になっている様だし。

 

 別に成人していたような記憶は無いのだが、記憶をなくす前はもう少し大きかったような気がする。

 ここまで外見と精神に齟齬が発生しているのだ。たぶん幼児退化、してしまったのだろう。

 

 そんな感じで頭を悩ませながら歩いていると、小さな農村に到着する。

 日が南中しているので今は大体正午ちょうどぐらいか。昼飯時なので、畑で働いている者たちは皆休んで、それぞれがよくわからないスープや刻んだ野菜を口に運んでいる。

 ……パンさえ食べないとは、かなり困窮している村なのだろうか。

 

(それにしても、もう少しやりようはあっただろうに……)

 

 せめて野菜炒めを食べろと言いたくなる。刻んだ生野菜とか兎じゃないんだから。

 しかも口にしているスープに至っては穀物を煮ただけのオートミール的な何かだった。

 もしやこの場所は文明レベルが低いのか。真実は謎のままである。

 

「…………?」

 

 気になって周りをよく見渡してみると、その場の村人全員の顔色は優れない物だった。

 何というか――――絶望のどん底に叩き落された奴みたいな、希望を見出せない者の顔。

 

 それらの横を通り過ぎながら、アルトリアは一つの家宅へと入っていく。

 私もそれについて行くと、早速額にデコピンを喰らったアルトリアの姿が目に入った。

 デコピンをしたのは、アルトリアより少し背が高い青年。

 何というかこの先すごく苦労していきそうな不幸男になるだろうと直感する。何というか、あの漂うオーラは身内の尻拭いを専門とする苦労人のオーラだ。

 

「アル、また内緒で出かけたのか」

「でっ、でも……村には、何もないですし」

「だったらせめて畑を耕す手伝いでもしろ……………? おい、誰だお前。人の家に勝手に上がり込んで」

「ま、待ってくださいケイ兄さん! えっと、あの子は私が連れて来たんです」

「……は? 連れて来た?」

「はい。記憶が無いみたいで」

 

 それを聞いてケイと呼ばれた青年は頭を抱えて腹を抑える。

 強烈な頭痛と胃痛のコンボを喰らったのだろう。やはり私の勘は正しかった。

 

「……わかった。わかったよ。大方蛮族に襲われた村の生き残りだろ。匿えって事だな、アル」

「兄さん!」

「ただし、住む分には働いてもらう。いいな?」

「はい。その程度なら喜んで」

 

 どうやら無事寝床は確保できたらしい。肉体労働はできるかどうかはわからないが、まぁやってみるしかないだろう。ただ飯喰らいの居候になるのはこっちも嫌だし。

 そうして私は初めて安心感を得ることができた。

 

(…………あれ? ケイ……アルトリア…………いや、まさか)

 

 嫌な予感がして、私はこの国がどんな名前なのか尋ねてみる。

 するとケイは首を傾げてこう言った。

 

「ブリテンに決まっているだろ? ……まさか本当に記憶が無いのか?」

「ええ、はい。その…………ブリテン?」

 

 サーッと血の気が引いて行く。

 ほとんど同時に、靄掛かっていた記憶が少しずつ漏れ出てきた。

 それで理解出来る。

 私はこの時代の人間ではない。

 転生、憑依――――形はどうあれ私は精神的なタイムスリップにより現代から中世あたりに跳んでしまったようだった。自分の名前は思い出せないが、それはなんとなく感覚で理解できた。

 

 がしかし、それは大した問題ではない。それ自体は薄々勘付いていたのだから。こういった問題は自分の中でゆっくり消化すればどうとでもなる。問題なのは――――眼の前の二人だ。

 

 ブリテンでケイと言えば、アーサー王伝説に出て来るアーサー王の義兄の名前だ。似ている名前なのかもしれないが――――ここで『アルトリア』という名前が決定打になる。

 史実ではアーサー王は男性とされる。当然だろう。王は男性でなければあり得ないのだから。

 が、それを根本から覆し女性として描いた作品が存在する。

 TYPE―MOON。通称型月と呼ばれるブランドであるが、まぁ細かい話は置いといてとりあえずアーサー王を性転換させてヒロインにするというトンデモ行為をやってのけた猛者(菌糸類)が現代には存在した。で、その性転換したアーサー王の本名が『アルトリア』。……ここまで言ったらもうこれ以上言わなくてもわかるだろう。

 

 その、嫌な予感が正しいのならば。

 

 

 私は、ゲームの世界に迷い込んだようだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 死んだ目で私は鍬を上げたり下げたりして畑を耕していた。

 なぜこうなっているのか、という説明は後にしよう。とにかく私はこの世界に来訪してからざっと一週間が経過していた。

 

 一週間一緒に居て分かったことは、アルトリアは可愛いしなんだか守ってやりたくなるような子であった。これが将来ブリテンを丸ごと任される王となるのだから世の中どうなるか分かった物ではない。肝心なブリテンの滅びを知っている身としてはかなり複雑であるのだが。それとケイ兄さんは毒舌家であった。日々溜まるストレスを少しでも発散したいのは理解できるのだが、流石に村人全員が呆れかえるほどの毒舌家とは思わなんだ。

 

 と、なんだかんだでもう一週間。初日に鍬を振るってバランスを崩していた私だったが、一週間も続ければもう十分技術が身についた。か弱い十二歳程度の体躯ではあったが、一日数千回も鍬を振るっていれば筋肉もつく。

 おかげで今の私は少女とは思えないほどの身体能力の持ち主であった。今ならケイ兄さんを軽く吹き飛ばせそうだが、それやったら今度こそケイ兄さんの胃に盛大な大穴が開きそうなのでやらない。

 

 しかし、一週間通して食事が劣化オートミールと生野菜なのはどういう事だろうか。雑な料理ってレベルじゃないんだけど。確かに未来でも飯マズのグレートブリテンの大昔だ。飯が不味いのは当然だろう。調味料も調理器具もまともにない環境では逆にどうやれば美味い飯が作れるんだって話だ。

 

 だけど一週間。一週間だぞ。これなら軍用レーションを食った方がまだ良いとさえ思える。何せ栄養失調寸前なのだ。あんな栄養も何もなさそうな食事なのに量も少ないときた。ケイ兄さんがアルトリアの方に食事を優先しているのも原因ではあるがこのままだといずれぶっ倒れかねない。

 

 私はぶつぶつと現状への恨み言を呟きながら、一通り畑仕事を終える。小さいが、今は少しでも畑を広くして農作物を育てなければならないのだ。何時蛮族――――ブリテン島の外から攻め込んでくる人間の形をした謎の生命体――――が村を荒らしに来るかもわからない今、スピードこそが命であった。

 

 それこそ私みたいな小さな少女までこき使わないとならないくらい追い詰められているのがこの国の現状。

 戦時中の日本もここまでひどくはないだろう。

 

「――――アルフェリア姉さん!」

「アル。どうしたの?」

 

 仕事を終えて切株に腰掛ける私に駆け寄ってくる小さな少女の姿が見える。

 当然、アルトリアだ。私の名付け親でもある。

 アルフェリア。それが今の私の名前だ。ケイ兄さんのネーミングセンスが酷過ぎたので彼女に名付けてもらったのだ。良い名前だと思う。

 しかも、だ。姉。私はアルトリアの姉と何故かなっていた。彼女より少し背が高いという理由でケイに姉の役目を押し付けられたのだ。私としては一向にかまわんがね!

 

「やることが無いので、姉さんに会いに来ました」

「そっか。ま、私と一緒に居ても、あまりやる事は無いよ?」

「大丈夫です。姉さんと一緒に居られればそれで……」

 

 もにょもにょと口籠もり乍らも、アルトリアは私の隣に腰掛ける。

 いい匂いだ。女の子特有の甘い香りが漂ってくる。

 

「うーん、良い香り(ナイスフレグランス)ディ・モールト・ベネ(とても良し)

「ね、姉さん? か、顔が近い……」

 

 すんすんと私はじっくりとアルトリアの香りを堪能する。

 あ~、抱き枕にして熟睡したい。日々の疲れを癒したいよ~。確実にケイ兄さんから拳骨が下るだろうけどな。

 しかし、こうしてみるととても将来王になる者とは思えないほど『少女』であった。

 心優しき少女が冷徹な判断が下せるほどになるとは、マーリンは一体どんな教育を施したのだろうか。どうせまともな物ではないのだろうが。

 

 ――――グゥゥゥゥゥ~~~~~。

 

 アルトリアのお腹からそんな音が聞こえる。

 お腹が減ったのだろうか。腹を鳴らしたことが恥ずかしいのか、アルトリアは顔を赤らめて俯いてしまう。

 

「ははは、アルはよく食べるなぁ」

「ね、姉さん……わ、私だって人なんです。お腹が減るのは当然ですよ!」

「そうだね~」

「むぅ…………」

 

 不満そうに頬を膨らませるアルトリア。可愛いです。

 

 ……さて、折角だしここで一つ致命的な問題を明かそう。

 ――――このブリテン島は、半端なく作物が育ちにくい。どれくらいかと言うと、普通の作物でも二倍近い時間をかけないと育たない。しかも途中で作物が枯れるなど日常茶飯事。たとえ収穫できても状態が悪い物が大半で、もう種類が別物なのではないかと疑うレベルに達していた。

 これは特に食糧問題が存在するブリテンでは最恐に最悪な問題だった。

 

 おかげで私もここ一週間、まともな食事をした覚えがない。

 しかも外から種や苗を仕入れて植えても、結果は変わらないと言う始末。

 八方塞がり。蛮族による襲撃まで抱えていると言うのに兵隊に取って致命的過ぎる食料問題まで抱えているとなるともう王手(チェックメイト)と言っても過言ではない。一応備蓄があるので今のところ耐えられてはいるらしいが、このままだと滅ぶのも時間の問題だろう。

 

 だがこうやってアルトリアと一緒に居る時間があるだけでそんな問題が頭から吹っ飛ぶ。

 ああ、可愛いなぁ。アルトリア可愛い。今ならメディアさんの気持ちも理解できなくないかな。

 

「……ねぇアル、この国を出て行くって考えは無い?」

「え……? どうしてそんなことを言うのですか?」

「そりゃ……」

 

 子供にとって、生まれた祖国を出て行くと言う行為がどれだけ大きいかはわからない。

 だが現状がこれなのだ。出て行くという選択は、必ずしも間違いではない。というより困窮から脱却したいならばこちらの方が手っ取り早い。

 だがこれは歴史を書き換えることを意味する。

 当然、修正力も働く。――――アルトリアの意思の制限という形を取って。

 

「考えられません。私にとって、ブリテンは祖国です」

「祖国だからといって、出て行けない理由にはならないんじゃない?」

「ですが私は――――」

 

 おかしいだろう。『祖国だから』と言う理由で自身の生死を左右する問題に対して全く現状が改善されない選択肢を選ぶなど。

 確かに、祖国も大切だろう。しかしまだ十歳にも満たない少女が抱く心としては『異常』の一言だ。

 たった九歳の少女がする選択ではない。

 ならば『ナニカ』が選択肢を強制しているとしか思えない。

 確信こそ持てないが、無駄だという事はこの一週間で嫌と言うほど思い知らされた。

 

「……わかった、もう言わない。アルが頑固なのは前からわかっていたし」

「なっ、ち、違います! 私はただ、姉さんと一緒に居たいだけです。こうして、平和な日々が続けば、と」

「そうだね。それは良い。私もそう思う」

 

 本当に、ブリテンの滅びは変えられないらしい。

 実を言うとこの一週間であの手この手でアルトリアを説得しようとはしてみたが、今の様に全て跳ね除けられている。やはり抑止力からの修正が働いているとしか思えないほどの頑固な精神だ。

 いや、元々の性格がこうなのか。生真面目すぎるって事なのかもしれない。

 小さな可能性を信じて、歴史を変えられるかも! と意気込んでいた私は、まぁ数日前にどこかに行ってしまったよ。

 

 よく考えてみれば、外に何があるのかも碌に知らないのに出ていこうとする方がおかしいか。ああ、私がおかしいんだな。もしかしたら冒険心とか植え付けてみればいずれ「国の外に行ってみたいです!」とか言って歴史は変わるのではなかろうか。……なんにせよ、どんな方法も一筋縄ではいかなさそうだ。

 

 それより正直まともな食事をしたいと言うのが今の心境だ。食事は重要だ。体もそうだが、良き食事は精神も整えてくれる。腹が減ってイライラとしている時なら、美味しい物を食べればそのイライラは収まっていくし明日への元気にもなる。整った衣食住は健全な肉体と精神を作るための基本なのだ。

 

 だが生野菜でさえ今のブリテンには貴重な食料なのに、これ以上を求めると言うのは『贅沢』と言う物だ。

 諦めて、今ある物で飢えを耐えていくしかないだろう。

 

 ま、このまま現状維持に甘んじるつもりなど毛頭ないが。

 

「ねぇアル。選定の剣って、知ってる?」

 

 ふとそんな問いが思いついた。アルトリアが王となるきっかけである選定の剣。カリバーン。

 その存在をもし知らないのなら――――と心の底のどこかで思っていたのかもしれない。

 

「はい。先王であるウーサー・ペンドラゴンが遺した、王を選定するための剣、と聞きましたが」

 

 やっぱりか、と私は軽く笑った。

 それでもいいだろう。変えられないのならば、私は私なりで全力を尽くすだけだ。

 

「……もし、アルがそれを抜くことができるとしたら、どうする?」

「私が、ですか? そうですね、やはり王になってブリテンをよりよくしたいです。でも、私は女なので、無理でしょう」

「それはどうかな」

「へ?」

「ま、何事も期待はしてみるもんだよってこと。――――さて、帰りましょうか、アル」

「は、はい。姉さん」

 

 これから訪れるであろう、変えられない未来を見ながら私はため息交じりに自宅へと歩む。

 アルトリアにそんな重荷は背負わせたくない。だけど変えられない。

 そんな状況に頭を痛ませながら、私は慣れた帰路を歩くのであった。

 

 ケイ兄さんの糞不味い飯をまた食べる羽目になるのかと、心の奥底で鬱になりながら。

 

 

 




なんかタイトル、イタリア語と英語混ざってるんだけどって言いたい人がいるかもしれない。でもシルバーシスターとかなんか語呂悪くない? でもアルジェントとかなんか響きいいよねって感じのノリで決めたんですごめんなさい。


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第一話・兄は飯マズ。いや国が飯マズ。

昔のブリテンの食事はどれだけ酷かったのだろうか・・・。現代日本の食事を持って行けばどんな反応するんだろうね。


「ケイ兄さん。料理はもう作らなくていいです」

「は?」

 

 この世界に来てから二週間目。ついに堪忍袋の緒が切れて私は怒気混じりの声音でそう告げた。

 その声だけで厨房で野菜を刻もうとしていたケイはその手を止めて「何を言っているんだこいつ」と言った顔をしている。

 

 確かに、確かにケイ兄さんは良くやってくれている。両親が居ない中、義妹を男で一つで育て上げさらに私と言う居候の世話までしてくれるのだから。毒舌が無ければ文句なしのイケメンの男だ。都会に出れば女が黄色い声援を上げるほどの。

 

 しかし、料理の腕が決定的に足りない。

 

 掃除洗濯。これは大丈夫だ。そう言うのは基本的に何回もやっていれば身につく。

 だが料理だけは、駄目だった。この中世の食文化が致命的に欠如しているとはいえ出される料理が生野菜オンリーとはどういう事だ。

 

「何言っているんだアルフェリア。まさかお前が料理すると?」

「そうです。だから兄さんは頼みますから下がっていてください。本当に」

「……あ、うん」

 

 私の言葉に只ならぬ悲壮を感じたのか、ケイはあっさりと引いてしまう。

 これで私もようやく本領発揮できると言う物だ。

 

 私は蔵から自作していた料理器具の数々と、幾らか貯蔵していた肉と調味料の類を取り出す。

 調理器具は簡単に熱した屑鉄を再利用して作った物だ。鍛冶などやったことも無いが、見よう見まねで何とか形だけは取り繕うことができた。

 

 肉は森の中で果実なんかを採っている時に出て来る兎や猪なんかを素手で仕留めたものを内緒で保存していたのだ。保存方法? 袋に包んで冷たい水を入れた桶の中に叩き込んで置いたら数日は持った。長期保存法などで貯蓄しておきたかったが、生憎そんな手間も時間も無いのでヤケクソ紛いの方法を取った。これがまた結構持つのだから驚きだ。

 調味料は塩とハーブ程度の物しかない。できれば醤油とか味噌が欲しかったが……ない物ねだりしても仕方あるまい。

 

 包丁を手に持ってみると、不思議と手になじんだ。かなり使い込んでいたのだろう。

 ケイ兄さんはツンデレだからね。なんだかんだ言って世話を焼いてくれるんだから憎めないのだ。

 

 さて、私は料理をしながら今までの事を振り返る。

 

 まず数日前、アルトリアが急に「剣を学びたい」と言ったことからが始まりか。ケイが多少剣を嗜んでいることからそう言ったのだろうが、当然ケイは猛反対。ケイとしてもアルトリアが剣を学ぶことには抵抗があるのだろう。しかし三日も付きまとわれれば毒舌家にして堅実なサー・ケイも折れてしまった。

 

 しかし、アルトリアはその後たった四日で師であるケイを越えてしまう。一方的にボコボコにされたケイの憔悴しきった顔といったら見るに堪えない物であった。しかもアルトリアはそれでもまだ満足できないらしく毎日木剣を素振りする毎日。きっとこれから、あの優しくて綺麗なアルトリアは直ぐに騎士の様に堅実で誇り高き精神へと進化してしまうのだろう。

 

 姉としては喜ぶべきなのだろう。しかしあの頃のアルトリアが好きだった身としては悲しみもまた感じている。

 私でさえこうなのだからケイ兄さんの悲しみは計り知れない。偶に見せる暗い顔がまるで暗黒の様であったのは良いトラウマだ。

 

 とか思いながらも無事料理を終える。

 出来たのは肉の香草焼き野菜炒めという、少し雑な料理ではあったが今まで食べていた物と比べれば天と地の差だ。私が料理できたのがそこまで驚くべき事実なのか、ケイ兄さんは食卓で茫然と口を開けている。

 料理を皿に盛り、卓上に並べていく。ちょうどいいタイミングでアルトリアも剣の素振りから帰って来た。汗だくで足元がふらついていたが、料理の匂いを嗅いだのか鼻を揺らして釣られるように食卓の椅子に座る。

 

「これは、姉さんが?」

「うん。食材が余っていたからね。たまにはしっかり食べないと(私が死ぬ)」

「……アルフェリア、料理ができるんなら最初から言ってくれ。おかげで自分の恥を延々と晒すことになった」

「恥は隠さず表に出すものです。一人で考えていたら、恥も永久に変わらないですよ」

「……そうか。勉強になった」

 

 ならなくていいです。ただの出まかせの冗談なのに。

 まぁ、確かにもう少し早めに申し出るべきだったのかもしれない。しかし前世の記憶が少しずつしか流れ出てこないから中々料理に関しての記憶が曖昧だったのだ。こっちもあんな料理をずっと食べさせられるとわかっていたらもう少し早く言っていた。

 

 そんな事を挟みながらも、三人一緒に食事をする。

 まずはパクッと肉と野菜を一緒に一口。

 私は「まぁ普通かな」とあまり出来がよろしくない料理を頬張る。やはり限られた食材と調味料ではこれが限界らしい。記憶もまだおぼろげなので、『悪くはない』としか言えない出来であった。

 

 ただし、私以外の二人は一口目で硬直していたのだが。

 

「おいしい……!」

「すごいな、これは」

「……えぇ」

 

 二人から称賛の声が聞こえる。

 悪くはない。むしろ嬉しい。しかしこんな雑な料理でまるで『天上の料理を食べた』とでも言いたげな表情になるのは作った身としては首を傾げざるを得ない。

 今までお前らは何を食べてきたんだと言いたくなる。

 

 食事を再開しながら、今後について考えてみる。

 

 確かアーサー王伝説では、十五歳で選定の剣を抜くことになっている。つまり今から大体五年後だ。長いようで短いこの期間内で出来ることは、無理やりアルトリアをこのブリテンから連れ出すか、それとも互いに切磋琢磨しながらこの国を苦しめる蛮族を撃退するための技術を磨くか。

 

 個人的には前者を選びたい。だが、それをやったが最後抑止力による抹消を想定しなければならない。歴史の修正力と言う物は凄まじいのだ。もし私がこの国の歴史を致命的に狂わせれば世界は私を『存在しなかった』ものとするだろう。これから来る未来と小娘一人の命――――どちらが重要かは言う必要もあるまい。

 

 なので私が取れる選択は必然的に後者になる。

 あまりしたくはないが、それでも私ができることはそれくらいだ。毎日毎日無心で作物が育つかもわからない畑を耕すよりはそっちの方がよっぽど有意義と言える。

 

「アル、私も剣の鍛錬に参加していいかな」

「姉さんが? ケイ兄さん、アルフェリア姉さんに剣なんて教えていたのですか?」

「いや、初耳だぞ。剣なんて使えたのか。……いや、記憶が戻ったのか?」

「どっちも違うよ。私は剣が使えないから、自衛もかねて覚えておきたいんだ。それに……折角妹とこうして一緒に暮らせているんだ。少しくらいは一緒に何かをしてもいいでしょ」

「確かにな。では俺が――――」

「いや、アルトリアから技を盗む。ケイ兄さんは村の仕事や食材調達なんかに出かけてくれない?」

「……はははっ。俺は仲間外れか。そうか。二人とも俺を情けない兄だと思っているんだな。うん……凹むな」

「いや、そう卑屈にならないでよ」

 

 なんかこっちが虐めているような形になっているじゃないか。

 

 とりあえず食事をしながら数十分ほど説得し続け、何とかケイの誤解は解くことができた。彼はこの中で唯一の男であり、力も強い。だからただでさえ人手の足りない村でケイの損失はかなり痛いだろう。結果、不満の矛先が私たちに向かう可能性が否定できない。そうなったら最後袋叩きだ。歴史の修正力があるとはいえ、死なない程度ならばそんな大層な力は働かない。

 だからこそケイには村のために動いてもらいたいのだ。アルトリアに剣を教えていた時は私が働いていたからどうにかなったものの、ケイまで同時に居なくなると流石にごまかすのは厳しいものになる。

 

 などと言いながら説得を終えた頃には、既に食事は終了していた。私は食器の後片付けを済ませ、仕事に出かけるケイ兄さんを見送る。彼の後ろ姿は、十分な食事を取ったことでいつもより勇ましく見えた。逆に言えばいつも良くない食事ばかりだったと言うことなのだが。

 

「それでは、修練に励みましょう! どんどん私から学んでいってください、姉さん!」

「うん。ありがと、アル」

 

 私が優しく頭をなでると、アルトリアは笑顔で返してくれる。

 やはり根本は変わっていないんだなとしみじみと感じながら、家から裏の庭に移動すると地面の上に置かれていた木剣を手に取り、アルトリアは静かに目の色を変え、構えた。

 

 ケイの教えを自分なりに改良しているのか、自然と綺麗な構えになっている。成程、生真面目なアルトリアらしい。その後、アルトリアはいつもの様に剣を振る。それはまるで演舞の様に、舞うように、しかしそこに隙は無くまるで獲物をつけ狙う狼の様な鋭さも兼ね備えていた。剣の才能はやはり十分。肌から漏れ出る魔力もそれを補助しており、今のままでもその辺の騎士程度ならば十分拮抗できるだろう。

 

 そう、サーヴァントとしてのアルトリア・ペンドラゴンの保有スキルである「魔力放出」の兆しが今見えた。微弱ではあるが体内の魔力をジェットの様に噴射させて肉体能力を向上させている。マーリンが竜の因子を埋め込んだおかげでその心臓――――魔力炉心から生み出される魔力は膨大だ。無意識に使っているにもかかわらず息切れ一つ起こしていない。完璧の一言に尽きる。

 

「うーん。アル、魔術は使える?」

「っ――――いいえ、そう言うのは使えません。何分、学が無いもので」

 

 という事はやはり気づいていない様だ。

 ならば、こちらが一度気づかせた方がいいだろう。

 

「アル、少し剣を貸して」

「はい。喜んで」

 

 アルトリアは疑うことも無く剣を私に手渡してくれる。それだけ信頼してくれているという事かな。

 私は体内に流れる魔力を感じ取るため、剣を両手で握り、目を閉じる。明鏡止水、というやつだ。ちょっと違うが、極度の集中状態に入る。

 肌に何かが纏わりついている。体の中に血液で無い何かが流れている。――――その流れている場所を、強引に開く。

 

「ッあ――――ぐっ」

 

 魔力回路を開いた。かなりの激痛だが、何とか堪えた。

 そして回路から生み出した魔力を、ごく自然に私が握っている剣へと纏わせる。かなり神経を削る行為ではあったが、手ごたえを感じた。

 

 目をゆっくりと開き、試しに剣を振りまわしてみる。

 いつもの自分とは違う、何かに後押しされているような素早い動き。私は流れに乗る様にして剣を振るい、宙を舞う。

 草を薙ぎ、空を裂き、音を切る。

 

 やがて体内の魔力の減少を直感的に感じ取り、私は剣を振るのを止めた。

 見てくれの模範だが、我ながらよくできた。

 しかし――――やはり自分で振ったという感覚が薄い。しばらくは肉体強化に勤しむべきか。

 

「……姉さん、凄い」

「そう? でも今のはアルの真似だよ。それに荒削りの我流。褒められたものじゃないよ」

「いえ、私はそんなすごいことはできません」

「謙遜しすぎだよ。じゃあ今の技のやり方を教えよう。まずは――――」

 

 そんな感じで、私はアルトリア強化計画を立ち上げ着実に進めていくことを当分の目標とした。

 本音を言ってしまえば、姉妹で一緒に居る時間を増やしたかっただけという小さな望みだが。

 でも――――妹の笑顔を見れたので、大満足だ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 初めて彼女と出会ったのは、ケイ兄さんの言いつけを破り森へ遊びに行った時であった。

 私が当時住んでいた村はとても貧しく、子供もまた少なかった。容姿的にも性質的にも浮いていた私、アルトリアが同じ年頃の者たちから敬遠され、孤独になるのはそう難しいことでは無かった。

 だからだろう。未知の多い森へと足を踏み入れたのは。

 今となってはそれが私の運命の転換期だったと思っている。

 

 池で魚を眺めていると、おかしな音が聞こえた。

 それが不安で、私は音の正体を確かめるため音のする場所へと近づいた。そのまま逃げかえっていたら、何もない日常がまた私を出迎える。それではつまらない。だから私は近づいたのかもしれない。

 

 予想に反して、現れたのは池の主でも、傷ついた魔獣でもなく――――人間の少女であった。

 

 白銀色の目と髪。本物の貴金属の様に輝くそれは、当たり前のように私の目を奪う。

 よく綺麗だと言われる私が、初めてその気持ちが分かった瞬間だった。

 少女は私以上の動揺を見せながら、何かを探すように挙動不審で周りを見渡す。それが酷く心配で、つい声をかけてしまう。

 

「…………あの、誰、ですか?」

「え?」

 

 自分でも全く気の利かないセリフだったと後になって後悔する。

 けど少女はそんな事など気にもかけず、私に対して返事をしようとしていた。

 

「いや、その……ええと」

 

 そして――――彼女は衝撃の事実を述べる。

 

「……名、前? 思い出せない? なんで?」

 

 酷く狼狽した様子で、そう呟いた。

 様子から見て嘘ということはまずないだろう。あそこまで演技できるのならば詐欺師の才能がある。だが目の前の少女は恐らく齢十前後ほど。とてもそんなことができる年齢では無い。

 つまり、本当に名前を思い出せないという事。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、その、ごめん。名前が、思い出せなくて」

「名前を、思い出せない?」

「……記憶が無い、みたい」

 

 先程の様子から見ても、嘘ではない。

 記憶が無い。言うのは簡単だが、その実不安以外の何物でもない。

 周りにいるもの全てが未知。しかし知識はある。知識に伴わない経験の欠落。その齟齬は人一人を不安のどん底に突き入れるには余りにも容易すぎる。

 

「あの、良かったら一緒に来ますか?」

「…………は?」

 

 私はつい、そんなことを言ってしまった。

 相手もいきなりの提案で多少戸惑っているようであった。確かに、後から思えば余りにも唐突過ぎる話であっただろう。でも、結果的に彼女は私の提案を受け入れてくれた。

 

 帰ったら、ケイ兄さんはとても怒っていた。私の身をそれだけ案じていたと思うと、少しだけ安心してしまう。

 当然、連れ帰った彼女の事を説明するのは少し慌ただしかった。でもケイ兄さんは根負けして、彼女を私の家で匿ってくれたのだ。兄には感謝してもしきれない。

 

 それでまず最初に、連れ帰った彼女の名前を決めることにした。

 ケイ兄さんはかなり辛辣で、碌に考えもせず名前を付けようとした。彼女もそれを抵抗なく受け入れようとするものだから、私はムッと頬を膨らませてしまう。

 

 それで結局私が彼女に名前を付けることにした。

 なら折角だし、自分に似ている名前にしてみよう。

 父も母もおらず、兄妹だけで生活していた私はそんな衝動にかられた。本当に自身の姉を求めているかのように。

 

 反射的に思いついた名前は――――アルフェリア。

 

 彼女の妖精の様な見た目と私の名前を合わせたものであった。

 その名前を聞いた彼女もその名を気に入り、すごく喜んでくれた。

 私も、嬉しかった。

 

 

 一緒に暮らしてから数週間経ち、私は自分の非力さを理解する。

 兄と姉が働いているにもかかわらず、私は一日中村でぼんやりと空を見たり花を見たりするだけ。何もしていない。にもかかわらず二人は何も言わず私を育ててくれている。

 

 これではいけない、と思い私はケイ兄さんに剣を教えてもらおうとした。昔棒を振ったりしてよく遊んでいたのを思い出したのだ。私に畑仕事はできない。加減を間違えて鍬を折ったり新芽を踏んだり、どこか抜けているところがあったのだ。だからせめて、二人を護れるくらい強くなろう。

 そんな意気込みでどうにか粘り強くケイ兄さんに教えを請い、剣を習得した。元々ケイ兄さんが剣を齧っただけと言うのもあり、直ぐに超えてしまったがそれでも兄は喜んでいた。どこか暗い顔もしていたが。

 

 でも私はこれで満足しなかった。もっと強く。自分の護りたいものを守り通すために、修練を欠かさず続けた。

 そのすぐ後に――――姉は私以上の剣技を見せてくれた。

 本人は「荒削り」と言っていたが、凄かったのだ。私に新たな目標を示してくれた。しかも、姉から直々にコツを教えてもらったり、一緒に剣を鍛えたり。

 それに修練後の料理はとても美味しかった。限られた食材でケイ兄さんの雑な料理が霞んで見えるほど、とても美味な料理を作ってくれたのだ。

 

 それから私にとって姉は、アルフェリアは欠かせない存在となっていた。

 でも、それはずっと続かない。

 どこかで、そう思ってしまっていた。

 

 

 

 予想通り――――私という存在が変わるとき、姉は私の目の前から消えてしまった。

 

 

 

 

 



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第二話・時間は全てを運び去る

長々と日常書くのもアレなんで時計の針を回しまくる。廻せ廻せ廻せ廻せ廻せ廻せェェェ!!(死徒並感)
……だって日常とか名に書けばいいのかわからないんだもん!(ジョージボイズ)


 私がこの世界に来てからもう五年も経った。

 五年もいるものだからもうこの世界での生活が見に染み込んでくると言う物だ。低水準な食事はもうすんなり喉を通るようになったし、多少の空腹は「ああいつものか」とあっさりと流せるようになった。人としてどうなんだろうと思うが環境適応だと思えばたいしたことはない。

 

 それより重要なのはブリテン生活一年目でマーリンという胡散臭そうな爺臭い青年がこちらに干渉してきたことだ。アルトリアに竜の因子を仕込んだ張本人なのだからいつ現れるかと思っていたが、割と直ぐに現れてくれた。

 

 まずケイに預けたアルトリアを家族丸々引き取って、自身の暮らす塔で騎士としての英才教育を施すとかなんとか言っていたが、やっぱり王としての教育を刷り込むつもりなのだろう。

 

 ケイ兄さんは猛反対というわけでは無いが、若干の抵抗を見せていた。村を離れて胡散臭い魔術師の元に行くくらいならば確かに現状維持を選ぶだろう。しかしマーリンは安定した生活環境を持っているため、アルトリアのためにも着いて行くという選択も有りと言えば有りであった。

 個人的に全然信用できないため私も少し抵抗気味であったのだが、アルトリア自身が着いて行く気だったので潔く折れてしまったのは私とケイ。仕方なく胡散臭い花の魔術師に着いて行くことになった。

 

 そして珍しく花の魔術師が驚いていたのは、アルトリアがほぼ完璧な魔力放出を習得していたことが知れた時だっただろうか。この時ばかりは「してやったり」という私の感情が顔に出ていた。

 マーリンは大層興味深げに私を観察しては私の料理を称賛したり剣技を褒めたり――――どうやらその時から私はあの馬鹿に観察対象にされていたらしい。実に傍迷惑だ。

 

 とはいえそこまで悪いことだらけでは無かった。

 私はマーリンから魔術師になる才能があると言われた。

 素質だけの話ならばマーリンの足元にも及ばないらしいが、持っている魔力回路の質と量が尋常ではないらしい。というか質や保有魔力だけならば順当に修行を重ねていけば将来自分と肩を並べられるだろう、と本人は言っていたがいまいち実感がない。どうせあっちの誇大広告だろうが。

 

 まぁなんやかんやで私の才覚がわかった瞬間から世界でも有数の最高峰魔術師であるマーリン直々の魔術講座が始まった。

 時間はたっぷり。教師も最高の魔術師と来たのだから――――その数年後、出来上がったのは凄まじい物であった。

 

 自力で高速詠唱スキルを習得しての高ランク大魔術連発が可能になったと言えばいいか。凡そ数分で草原を焼け野原程度にできるほどの腕前にはなった。マーリンと比べればまだまだだが、魔術師の頂点の一人と比べるのは筋違いだろう。

 

 そんなこんなで、私もアルトリアも一人前の人間として無事育つことができたわけだ。ケイはマーリンに見向きもされなかったので自己鍛錬に勤しむしかなかったが。あの泣きそうな横顔は見ていてこっちも泣きそうになった。不憫だな、兄さん。

 でだ。あれからもう五年たったのだ。

 

 

 

 ――――今日が、運命の日であった。

 

 

 

 あのクソジジイ――――マーリンは実は数年前から予言をブリテン中に広めていた。

 曰く、『運命の日、その時選定の剣を抜く者が栄えある王となる』と。成程、私がこの世界に来て真っ先に排除すべきはどうやらマーリンの野郎だったらしい。だがもう遅い。何せ今日が運命の日なのだと私は初めて聞かされたのだから。わざと隠していたのだろうが。用意周到過ぎてぶん殴りたくなるよあのジジイ。

 

 が、何事もそう上手く行くはずなく。もう予言から数年だ。

 何年も経てば『予言が成就しないのでは?』と思う輩も現れる。だからこそ、運命の日と重なる様に天下一武闘会よろしく馬上試合による王の決定戦を執り行うことが数日前から発表されていたのだ。

 存在してから十年以上誰も抜けていない岩に突き刺さった剣と、試合に勝ち上がっただけで王になれる大会。

 どちらが大事かは一目瞭然。

 おかげでその運命の日とやらのはずなのに、選定の剣が突き刺さった丘の周りには人は殆どいない。

 ここまで来るとマーリンの人徳を疑ってしまう。いや、碌でもない奴なのは数年も一緒に暮らしていれば丸わかりなのだが。

 

 しかし好都合でもあるのだろう。マーリンはまるでわかっていたかのように、アルトリアを朝早くに私に内密に丘に向かわせた。

 そう、人がいないのが幸いして『小娘が剣を抜けるわけがない』と門前払いを食らわずに済むのだ。

 謀ったなマーリン! と叫びながら私は全力疾走でアルトリアが向かった丘へと駆けつけたが――――既に終わっていた。

 

 

「姉、さん……」

 

 

 選定の剣――――『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』を両手に携えたアルトリアは、不安そうな声で私を見て呟いた。まさか、本当に抜けるとは思わなかったのだろう。あのマーリンのことだ、美味い話で私をたぶらかしているに違いない――――そんな意気込みで剣を抜いてしまったに違いない。

 全く心の準備も何もできていないアルトリアは、信じられない物を見るような目で手に持った剣を見つめている。

 

「アル、それは」

「私は、一体どうすればいいのでしょうか……? 私は――――」

 

 抜けるとわかっていたら、抜いていない。

 そんな顔で、アルトリアはすがるような目で私を見る。マーリンのクソジジイ、やってくれやがった。本当に悪趣味な奴だと心の中で吐き捨てながら、私はアルトリアの傍に駆け寄り、その体を優しく抱きとめる。

 選定の剣が抜かれた以上、あのマーリンがじっとしているわけがない。大方大会が行われている広場で今起こっていることを公表するだろう。戻したところで『もう一度やってみろ』と言われておしまいだ。

 だから私にできることはこうやって妹の不安を取り除くことくらいだ。

 

 肩を小さく震わせたアルトリアは手から剣を取り落とし、その手を私の腰に回して力一杯に抱き付く。

 

 ……あの花の魔術師の顔、一度くらいはたんこぶだらけにしてくれようか。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいっ…………!」

「…………アル、大丈夫。貴女は強いんだから。一人じゃないから。みんなが、助けてくれる」

「姉さん……う、ぅっえええっ、ひぐっ」

 

 アルトリアが私の胸の中で号泣する。

 

 ――――マーリン、お前は後で殴る。

 

 妹を泣かせるなど四肢を切り落としても許さない。アイツは死ぬより悲惨な結末を与えてやる……あ、そういえばアヴァロンの幽閉塔に閉じ込められて星が滅ぶまで死ねないんだったっけ。ざまぁ。いや、出ようと思えば出られるらしいが。

 

 その後、大量の甲冑姿の民衆が駆けつけてくるまではそう時間はかからなかった。

 打ち合わせ通りにアルトリア――――改め、アーサーは私が即席で用意した男服を着た姿で『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』を空高く掲げる。

 それに応え黄金に光る選定の剣。それは紛れも無くこの少年がブリテンの『王』であることを示す威光であった。

 

 平伏す民衆。目的を達成して満面の笑みを浮かべるマーリン。

 

 王としてここに誕生した、無表情のアーサー。

 

 そして、複雑な感情に埋め尽くされた顔で(アルフェリア)は、この場を立ち去った。

 ブリテン王の新生の時、私は唯一悲観の心を抱いた。

 

 その心を知ってか知らずか、アーサーの顔は一瞬だけ――――深い悲しみに塗られていたのだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「マァァァァリィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッッ!!!!!」

 

 まず聞こえたのは塔の中でマーリンの胸倉を掴み上げて絶叫しているケイの姿であった。

 血走った眼で少し剣が得意なだけの青年が年齢不詳の最高位魔術師を恐れず睨みつけている様は、肝が太い私でも少々冷える物があった。

 

 しかし彼の行動は正しくもある。

 十年近く共に暮らしている義妹を、こんなどうあがいても滅亡するしかなさそうな国の王に仕立て上げられたのだ。こんな胡散臭い魔術師に。キングメーカーというふざけた二つ名がその苛立ちを更に加速させる。

 

 私も実を言うと影で練習していた北斗百裂拳をあいつに炸裂させたい気分なのだ。それをケイが代わりになってくれているのだから、感謝してもしきれない。妹思いのツンデレ兄は今日も元気に妹のために動いてるよ。

 

 ……本音を言うと今すぐアルを拉致して島を出たい気分なのだが、マーリンがそんなことを許すはずがない。そんなことをすれば待っているのは次元のはざまで永久の幽閉かそれとも魔獣によるリンチか。

 それほどまで巨大な力を持っているのだ、この花の魔術師は。

 

「落ち着いてくれよ、ケイ。こんな形では話もできないだろう?」

 

 そしてこの状況で悠々な態度で言葉を紡ぐ花の魔術師。

 こいつ本当に此処でくたばった方が世界のためなんじゃないかな、としみじみ思う。

 

「お前っ、よくもっ…………よくもアルをッ!!」

「アーサー、だろう?」

「ッッッ…………ッォォォオォオオオォォオォォォッ………」

 

 堪忍袋がはち切れんばかりの怒りを抑えて、ケイは掴んでいたマーリンを離す。

 ケイはちょっとしたきっかけで狂戦士(バーサーカー)の如く暴れ出しそうな雰囲気だった。だからだろうか、マーリンがケイにそれ以上のちょっかいを掛けずに私に視線を向けたのは。

 それとアルトリアは現在、精神的な疲労もあって部屋で休んでいる。それにこの話はあの子に聞かせられる類ではないだろう。

 

「で、アルフェリア。君は私に何か言う事はあるかい?」

「ない」

「理由を聞いてもいいかな」

「こうなることはわかっていた。貴方みたいな存在が干渉してきた時点で嫌な予感はしていたからね。それに、アルの修練に付き合っていた身としては……魔力が異常だったから、何かされてるな、って思った。で、貴方がこちらに接触してきたという事は、貴方がアルに『何かをした』という事。要するにアルは生まれた時から王になるために『調整』されたと推測した。だから分かったよ。貴方はどんな手を使ってでもアルをブリテンの王にするつもりだって。だから、諦めた。彼我の実力差は理解しているつもりだし。罵詈雑言をぶつけたいのは山々だけど、言葉で言った所で何かが変わるわけでもない。だから何も言わない。受け入れる心の準備はできていたしね」

「……だとさ、ケイ。君の方が年上だと言うのに、こっちの方がまるで君の姉だ」

 

 こいつ胃痛でケイを殺すつもりなのだろうか。

 

 何かを悟った様にケイは今まで見せた中でも一番酷い表情で、深い溜息を吐いて天井を仰ぐ。

 一言で例えるなら、死人の表情であった。

 しかしそういう表情をするという事は、薄々わかっているのだろう。

 

 もう結果は変えられない。後は成り行きに任せるしか先に進む道は無い。妹を連れて逃げてもマーリンに始末されるだけ。

 

 できることは、隣で我が義妹を支えること程度。

 そんな葛藤が滲み出るため息を吐きながら、ケイは天井から私に視線を変えた。

 

「アルフェリア、お前はどうするんだ。アルに着いて行くのか。それともこの胡散臭い魔術師の元で魔術の腕を磨くのか?」

 

 ケイとしては前者の選択をしてほしいのだろう。しかしマーリンは希少な観察対象を失うのは惜しいと思っているのか少々珍妙な顔をする。

 

 けど私はどちらも選ばなかった。

 

 選んだのは第三の選択肢だ。

 

「フランスに渡る」

 

 それを聞いた途端、ケイの顔から表情が抜け落ちた。マーリンに至っては予想外の答えが嬉しいのか、殴りたくなるくらいに爽やかな笑みを浮かべている。

 

「何故だ!? あの子には今お前が必要なんだぞ!?」

「わかってるよ。でも私が傍に居ると、あの子が成長できない。私、あの子が危機になると余計な手出ししそうだから。それじゃ、あの子のためにならないでしょ?」

「しかし……お前を失えば、アルがどんな気持ちになるか」

「うん。まぁ、そこはケイ兄さんの出番だよ。どうにか説得してね」

「俺任せかよ!?」

「それに、武者修行も兼ねているから。今の私じゃ、王になった時のあの子は守れない。だから海の向こうで強くなってくる。当面はそれが目的かな」

「…………そうか。もう、選択は決まったのか」

 

 残念ながら、何年も前から決めていたことなのだ。

 今更そう簡単に変えるわけにもいかない。歴史に可能な限り干渉せず、抑止力の目を避ける方法はこれしかないのだから。

 

 私の出番は。私が消えていいのは。

 一番最後の瞬間なのだから。

 

「私としては、出来の良い弟子がいてくれると助かるんだけどね~」

「忘れたの? 私の妹を泣かせた罪は重いよマーリン」

「あちゃ、やっぱ駄目?」

「駄目。むしろたった一発殴っただけで済んだことにありがたいと思ってくれないかな」

「はっはっは、しょんぼりしちゃうなぁ」

 

 相変わらずウザい奴だよマーリン。死ぬまで絶対変わらないだろうなこいつの性格は。

 

「それじゃあ、今日旅立つのかい?」

「ええ。別に急ぐ理由も無いけど……かといって時間を無駄にするわけにもいかないから」

「ふんふん。ではこの大魔術師マーリンが一つプレゼントを贈りましょう」

 

 そう言ってマーリンは指を鳴らす。

 すると食卓の上に一本の剣が何もない空間から出現した。空間転移の魔術を詠唱も無しに発動するとは。伊達に大魔術師と名乗ってはいないらしい。性格は最悪のくせに実力は一級品なのだから本当に性質が悪い。

 

「これは……選定の剣?」

「いや、正確にはその原型(プロトタイプ)にして失敗作。その名も『偽造された黄金の剣(コールブランド・イマーシュ)』。――――どうかな?」

 

 私は卓上に置かれた剣を取り、豪華な装飾が施された鞘から黄金色の剣を抜き放つ。

 確かにあの時アルトリアが握っていた剣と同じ風貌だ。纏う気配という物が類似している。少々憎たらしい存在ではあるが、剣としては名剣と言えるだろう。

 

「……ん? ちょっと待って、原型(プロトタイプ)ってことは選定の剣は貴方が!?」

「そうだよ? ウーサーに頼まれてね。むしろ、私以外にあんなものを作れる奴が居るなら、是非拝見したいね。とは言っても、そこまで手間暇掛けたわけでもないけど」

 

 確かに特定の条件にあてはまる人物でなければ抜けないという仕組みは魔術でなければ不可能だろう。

 まさかアルトリアが生まれる前から既に仕込みを終えていたとは――――罪状が増えたな爺め。

 

「でも、失敗作ってことは」

「そう。その剣はちょっと『剣』としての機能を重視した代わりに、肝心の『王を選ぶ』機能が欠けていたんだよ。いやぁ、一番重要な機能を付け忘れるとは、あの時の私は抜けていたよ。はっはっは」

「つまり、強度や切れ味なんかはこっちの方が上ってことね」

「そういうこと。それがあれば魔獣程度なら両断できると思うよ~?」

「……くれるなら有り難く貰って置く」

 

 少々鞘が派手だが、布でグルグル巻きにしておけば大丈夫だろう。

 私はマーリンからの贈り物を頂戴し、予めまとめていた自分の荷物の入ったカバンを肩に掛ける。

 早いが、もう旅立ちの時だ。

 運命の日が出立の日とは、縁起が良いのか悪いのか。

 

 

「――――姉さんっ!!」

 

 

 閉じられていたアルトリアの部屋の扉が開き、そこから金色の影が私に飛びついてくる。

 それは涙で顔をくしゃくしゃにした我が妹の姿であった。行かせないと言わんばかりにアルトリアは私を抱きしめ、嗚咽を漏らしている。

 どうやら、もう起きてしまっていたらしい。しかもよりにもよってマーリンと私の会話まで聞かれてしまった。

 

 義理とはいえ自分の姉が何も言わずに旅立とうとした。自分から離れようとしたのだ。ショックも悲しみも大きいだろう。この涙がその証拠だ。

 それを見て酷く胸が痛む。

 だが一緒に居れば何が起こるかわからない。

 私だって何もないなら離れたくない。ずっと一緒に居たいのだ。

 だけどそれは双方のためにならない。

 

 別れの挨拶の様に、私もアルトリアを力強く抱きしめる。

 

「嫌だ……一人に、しないでっ…………行かないで、くださいっ……!」

「アル……」

「ひぐっ、うっ、え」

 

 号泣しながら愛しの義妹は引き留めようとする。

 だけど、駄目だ。

 これが私のためでもあり、アルトリアのためでもあるのだから。

 

「ごめんね」

「……っ、どう、して」

「だけど、約束する。必ず帰ってくる。何年かかるかわからないけど、貴女に降りかかる脅威を取り除くための力を手に入れて、必ず戻ってくるから。――――いつでも私は、貴女の姉だから」

「…………姉、さんっ」

「さようなら、アルトリア。またいつか会いましょう」

「っあ」

 

 昏睡の魔術を使い、アルトリアの気を失わせる。まさかあのマーリンから学んでいたことがこんな所で役に立つとは。

 私はケイにアルトリアの体を預け、改めて踵を返し背を向ける。

 

 呼び止める声は無かった。

 マーリンも何も言わずにただ見ている。

 塔から出る扉を開き、静かに私は別れの言葉を告げる。

 

 

「いずれまた会うその日まで。――――あと私以外の原因でアルを泣かせたらぶっ飛ばすからね」

 

 

 柄にも似合わず、私は最後まで一人の少女の姉としての言葉を送り、塔から立ち去った。

 

 離れるたびに「これでよかったのだ」と自分に言い聞かせる。

 酷い後悔が胸を絞める。

 だけど――――だからこそ。

 私は何時か絶対に妹と再会しようという気持ちが、底なしに溢れたのだった。

 

 黄金の剣の贋作を握りしめ、私は歩き続ける。

 

 

 

 

 



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第三話・死者の影

言い忘れていましたが、この時点ですでに第四次聖杯戦争開始時点までストックは存在しております。なので極力「○○の方がいい」「○○した方がよくない?」などの感想は控えてくださると助かります。


 フランス生活一日目。

 適当な筏を作って帆を張って強力な風の魔術で加速したらあらビックリ一時間以内でフランスに渡れました。いや元々近かったのもあるけどね。丸太をつなぎ合わせてボロ布の帆を張っただけの筏がジェットスキーみたいな感じでイギリス海峡を渡る図っていうのはシュール通り越して真顔になる。

 人目につかなかったからよかったものの、もし見つかってたら軽いパニックになっていただろうね。

 

 マーリンが言っていた。ブリテンは今や現代最後の神秘の地。神代の法則がわずかに残った唯一の場所であるのだと。

 そこから来たブリテン人の魔術なのだ。既に法則が塗り替えられたフランスで今の私が扱う魔術は異様にしか見えないだろう。

 なるほど、確かにマーリンの言っていたことは本当だったようだ。

 肌が感じるのだ。『此処は違う』と。大気中のエーテル濃度がブリテン島と比べて希薄過ぎる。

 正直満足のいく魔術行使はあまり出来ないだろう。人一人焼殺するには十分だが。

 

 フランスに渡ってまず私が行ったのは『湖の乙女』に関しての情報収集であった。

 理由は三つ。一つ目は湖の精霊の加護を授かることで水上の移動を可能にするため。二つ目は私が得られそうな強力な武器を可能ならば確保するため。三つめは噂の不倫騎士ランスロット・デュ・ラックの幼年期姿を見たいだけだ。

 

 三つ目の理由が完全にアレだが、まぁおまけと思ってくれればいい。

 私はマーリンからくすねてきた宝石や貴金属を近くの町で売り払って路銀を確保し、早速情報収集に取り掛かることにした。

 

 ――――が、得られる情報は微々たるもの。

 

 どこかの森の中に絶世の美女が居る。

 誰かが真っ白な剣を振っている少年を森の中で見た。

 などなどそれっぽい情報は集まるのだが、肝心の場所が分からないのではどうしようもない。

 ため息を吐きながら私は酒場で軽いつまみを食す。簡素な干し肉だが、ブリテンの食事と比べればはるかにマシと言えるのが何とも言えない。

 

 一人で寂しく食事をしていると、どこかからか興味深い話が聞こえてくる。

 本当に小さな声ではあった。だが確かに聞こえたのだ。

 

 ……『動く死体』、と。

 

「――――また村一つが動く死体だらけになったらしい。肌が真っ青になっているのにまるで生きてるかのように動くんだとさ」

「まだ風のうわさじゃないだろうな。この前も聞いたぞ、それ」

「それが嘘じゃないんだよ。今回は目撃者付きだ。何でも『シト』って名乗る奴が片っ端から人に襲い掛かって動く死体にしたって」

「それこそ嘘だろう。誰が信じるんだそんなこと」

「情報屋だよ。信頼できるやつだ、間違いない」

「…………世の中何が起こるかわかったもんじゃないな」

 

 その会話の中のキーワードに脳内ウィキペ○ィアが反応する。

 シト、しと――――死徒。死徒か。確か後天的に吸血鬼になった奴の総称だったか。そして、動く死体というものは恐らく『食屍鬼(グール)』だろう。情報が確かならばそいつらは今フランスで大暴れ中という事になる。

 そいつが雑魚ならいいが、死徒二十七祖の場合は流石に私も逃亡せざるを得なくなる。

 

 目的変更。今から死徒についての情報収集を最優先にしよう。安全確保のための情報はいち早く集めるべきだ。

 

 とはいえやはりゼロから始めなくてはならないのが情報収集の辛い所である。

 せめて腕のいい情報屋が一人いてくれれば色々楽になるのだが、贅沢を求めていても目の前に美味しいパンが出されるわけでは無い。結局地道に行くしか方法は無いか。

 

 しかし肝心なことを忘れている気がする。

 ……ああ、死徒って倒す方法が限られてるんだった。『食屍鬼(グール)』程度ならば物理手段でぶっ殺せるだろうが、アイツ等ってたしか宝具も無効化できるんだっけ。面倒くさいなぁ。神造兵装の一つでもあれば表面上は対等に戦えるんだろうけど……。

 

「はぁ……幸先悪いな」

 

 あそこまで宣言した癖にこの様だ。

 妹に合わせる顔が無いと言うのはこの事だろうか。

 

 とりあえず私は、休憩を兼ねて今日の夜は近くの安宿で過ごすことにした。

 お金も節約しないとね。

 あかいあくまが聞いたら褒めてくれるかな。

 

 

 

 

 

 外から来る光がすっかり消えてしまった真夜中、私はおんぼろの安宿の一室で怪しげな実験道具を弄りながら日課になっている魔術実験を行っていた。

 内容は極めて簡単。『強化』の魔術の鍛錬と魔術的素材を使った錬金術もどきのなにか。

 

 前者はただの魔術回路を慣らす習慣であり、特に深い意味はない。

 だが後者の方は今後の安全にかかわる重要なことだ。

 

 今私が行っているのは魔術礼装の作成。

 通称ミスティック・コードとも呼ばれているそれは魔術的儀式に際し用いられる装備・道具の事だ。ぶっちゃければ魔法の杖か何かだと思ってくれればいい。

 機能は大きく二系統に分類されており、一つは魔術師の魔術行使を増幅・補充し、魔術師本人が行う魔術そのものを強化する「増幅機能」、もう一つはそれ自体が高度な魔術理論を帯び、魔術師の魔力を動力源として起動して定められた神秘を実行する「限定機能」。前者の機能を主に発揮する礼装を「補助礼装」、後者を「限定礼装」と呼ぶ。

 要するにブースターかモーターかの違いだ。補助か出力。よくわかる違いだろう。

 

 で、私が今作っているのは、対吸血鬼用装備――――通称『吸血剣(ブラッドイーター)』。概念武装を使わなくても死徒を仕留められる簡単な武器です。……血液を吸収するだけの剣なんだけどね。

 

 だがそんなもの造るには並大抵の技術ではできない。

 メディアレベルの道具作成スキルが必要と言えばいいか。神代の魔女っ子でもないと造れないとかどんな難易度なんだよとツッコミたいが、私の知識の全部とマーリンから学んだ錬金術を組み合わせることでギリギリ「それっぽい」ものを作ることができるのだ。理論上は。

 

 

 ――――結局、どうにか力技で完成させてしまったのだが。

 

 

 我ながら乱暴な奴だと思う。

 いやでもこれは私に道具作成スキルが芽生えたという事ではないだろうか。もうけものだと思えば悪くはない。むしろいい。得したぜ。

 

 実験として私の指先に切っ先を刺してみる。

 

「――――っが」

 

 たった数ミリ刺しただけで百数十ミリリットルは吸われた気がする。まずい。これはヤバい。アトラス院の変態共が開発した変態武器並に危険すぎる。

 私は苦肉の策として刀身を延長させることでその効力を広く分散させることにする。

 濃度が濃すぎるなら水を足せ、だ。実にわかりやすい解決策だろう。

 

 そうして私は出来上がった赤い長剣を手に取って、軽く振り回す。

 手になじむ。戦闘機能は問題無し。切れ味もそんじょそこらの鉄製剣よりは切れやすいだろうし、十分か。

 私は適当な鞘を作り出し、そこに『吸血剣(ブラッドイーター)』を収納。適当な場所に立て掛けておく。

 

「よーし、目的の物もできたし、寝るか」

 

 久方ぶりにいい仕事が出来たと、私は凝り固まった身体を伸ばしながらボロイベッドで横になる。

 マーリンの住む塔にあったベッドと比べれば雲泥の差だが、あのジジイが居ないだけ気が楽というもの。

 

 ……でも、アルトリアを抱き枕にできないのが残念だな。

 

「あーあ、こんな事なら素直に着いて行けばよかったかなぁ……」

 

 正直寂しいです。上手く行くかもわからない旅に身を投じるよりは、愛しの妹と共にブリテン統一の旅に出た方がよっぽどよかった。忌々しい抑止力の歴史修正力が無ければ私だってこんなことしていない。

 

 ――――うん、寝よ。

 

 もう深く考えるのはやめた。それにフランスに着いたばかりの今、ごちゃごちゃ言っても仕方がないだろう。このまま帰っても合わせる顔が無いだけだ。

 大きな欠伸をして、瞼を閉じる。

 どうか明日は良い日になりますように、と何かに祈りながら私は眠りに入った。

 

 

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁああああああ―――――――――っ!!!?!?」

 

 

 

 

 

 

 その寸前に悲鳴によって強制的に覚醒状態になる。

 盛大な舌打ちを鳴らしながら『偽造された黄金の剣(コールブランド・イマーシュ)』の鞘を握り、部屋の出入り口を睨む。

 嫌な予感が正しければ襲撃者。良い予感が正しければか弱い女性が虫を見て驚いたと言うところか。

 

 迫真の悲鳴が虫程度で起こっているのならばかわいいもんだが。

 

 

「――――ガァァァアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 案の定扉が剛力によってぶち破られる。

 入ってきたのは二十代ほどの男性。しかし明りによって照らされた肌は青白く、生者のそれとはまったく違う。目も人間の物とは決定的に差異があり、虹彩が赤であった。

 人間離れした力にこれらの特徴。

 間違いなく死徒だ。当たってほしくない予感が見事的中したわけだよ糞が。

 

「血をォッ、寄越せェエエエェェエエ!!」

「他人の血を吸わないと肉体の維持もできない出来損ないが――――ッ!!」

 

 黄金の剣を抜き放ち、飛び掛かって来た死徒とすれ違いざまに一閃。

 魔力放出により加速された剣閃は見事死徒の喉元を走り、その首を軽やかに撥ね飛ばす。

 

 沈黙。割とアッサリ倒せた。

 まぁ、どうせ死徒になってからまだ日が浅い雑魚だろうが。

 

 念のために作って置いた『吸血剣(ブラッドイーター)』を胴体に突き刺し、血を残らず剣に吸収させる。血が無ければ身体を固定できない死徒にとって失血は死。男の死体は血どころか体液の一滴すら残らず吸い取られ、干からびたミイラのようになる。

 そして撥ね飛ばした頭も踏みつぶす。不死性があるとはいえここまで徹底的にやれば復活はしないだろう。

 

 弾ける様にして私は部屋の外へと飛び出す。

 予想的中。血を吸われて安宿の中は『食屍鬼(グール)』だらけになっていた。

 顔を少しだけ歪ませながら全員切り捨てる。まだ『食屍鬼(グール)』程度ならば高い再生能力は持ち合わせていない。通常武器でも十分殺せる。

 とはいえ、巻き込まれただけの被害者を切り捨てるのは中々堪える作業であった。

 加害者になる前に昇天させたと思えば気は少しだけ楽になるものの、結局は言い訳。深いため息を吐きながら、私は安宿の外を窓から覗き見る。

 

「探せ! 女子供一人残らず見逃すな!」

「血を、血をぉぉぉおおおおおおおおお!!」

「キケケケケケケケキャキャキャ!!」

 

 百鬼夜行が広がっていた。

 死徒の群れが街の人々を探しては血を吸い、己の『子』を増やしていく。彼らにしてみれば普通の行いであるだろうが、人間からしてみれば捕食行為か何かだと思える。行われるのは一方的な蹂躙。人外級の身体能力の前では一般人などただの血液袋でしかない。

 

 このままやり過ごすか? 無理だ。いずれ感づかれる。

 こちらから仕掛ける? 勝算が低すぎる。

 じゃあどうする。

 どちらを選んでも茨の道。

 ならば――――。

 

「……全部上手く行く、なんて甘い考えは無かったけどさ。何で私が化物連中と剣を交えなきゃいけないんだか」

 

 私は自嘲するように呟き、黄金の剣と『吸血剣(ブラッドイーター)』を左右に携え――――私は扉を蹴破った。

 

 目の前で茫然とこちらを見ている死徒を発見。即座に首を撥ねて胴体に『吸血剣(ブラッドイーター)』に突き刺す。対吸血鬼即死コンボだ。効果は抜群。何をされたのかわからないまま死徒一匹討伐完了。

 干からびた身体を蹴り飛ばして、近くの死徒にまたこちらから襲い掛かる。相手は完全に油断しきっている。どうせ一方的な狩猟(ハンティング)か何かだと勘違いしていたのだろう。

 

 だが残念だったな。

 兎にも牙はあるんだよ。

 

「な――――」

「首置いてけ」

 

 速攻の首飛ばし。からの吸血。

 ある程度対死徒戦のコツが掴めたような気がする。結局こいつ等の能力は人間の延長線上に過ぎないのだ。死徒二十七祖(化け物ども)でもない限り、大した能力は持っていないはずだ。流石にタタリとかそんな奴が出たら即座に逃亡だけどね。

 

 などと考えていると他の死徒どもに私の存在を感づかれる。

 数はおよそ九匹。気配を隠している奴がいるかもしれないが、私が気づいたのは少なくとも九匹だけ。

 ならばまずはこいつらを仕留めることに集中しよう。余所見をして楽に勝てる連中ではないのは嫌というほど本能が教えてくれている。

 

「小娘がァッ!」

「ハァァァアアア――――ッ!」

 

 襲い掛かる死徒へと黄金の剣を一閃。その体を左肩から足まで切り裂き、真っ二つに両断する。

 そしてその奥でこちらへと歩を進ませようとした死徒へと『吸血剣(ブラッドイーター)』を投擲。胴体に突き刺されたソレは容赦なく体液を搾り取り、一匹の死徒をミイラへと変える。

 

 ――――いける。

 

 だが油断はしない。

 即座に『吸血剣(ブラッドイーター)』を回収しその場から飛び去る。瞬間先程私のいた場所に強力な拳が叩き込まれた。防御礼装も何もない今の私ではよくて骨折なレベルの攻撃。

 

「貴様ッ、何者だ! どうやって不死の我らを殺せる!」

「不死じゃなくて不老の間違いでしょ」

 

 そう。こいつ等は確かに驚異的な再生能力を持ってはいるが、決して死なないわけでは無い。そういう意味では不老不死ではなくただの不老の存在だ。不死と思われるのはその生物としては異常すぎる高速再生が原因であり、これさえ無効化できれば普通の武器でも勝機はある。

 今の私は魔力放出を使う事でこいつ等と対抗できている。洗礼詠唱や概念武装が使えればもう少し楽に戦えただろうが、生憎そんな物を手に入れられる伝手は無い。今後もこの状態で戦闘するしかないと言うのが悲しい。

 

 さて、戯言は此処までにしよう。

 感染拡大阻止のために――――まずはこいつ等を片付けるか。

 

 

「死人は死人らしく――――」

 

 

 魔力を全力で背から噴き出させて死徒の群れへと突撃。

 今持てる全ての身体能力と感覚をすり減らしながら迎撃してくる死徒の動きを先読み。筋肉が千切れ強烈な頭痛が我が身を襲うが構わない。

 

 模倣する。かの大英雄の絶技を。

 

 筋肉が擦り切れ毛細血管が弾け跳ぶ。当然だ。少女の身で放てる技では無い。

 

 脳神経が焼き切れるような痛みを発する。限界を超えた超速信号を発する反動か。

 

 だが、届いた。

 

 激痛と引き換えに今、私は全てを切り裂く九連撃を放つ。 

 

 

「――――土に還ってろッ!!!」

 

 

 一瞬にして放たれる二刀流での九つの剣閃。それらすべてが死徒共の喉を抉り、切り裂き、吹き飛ばしていた。

 当然絶命。真祖や高位の死徒でもない限りこの一撃に誰が耐えられるだろうか。

 

 交錯した多数の影。

 

 一拍後――――地に倒れ伏せる九つの影。

 最後に立っていたのは、私だけであった。

 

「やっと終わっ――――いっっ……………!」

 

 体を動かした瞬間、激痛が四肢を走り抜く。

 筋繊維がいくつ千切れ飛んだのだろうか。鍛錬不足の体で能力以上の動きを行えばそりゃこんな様にもなるだろうが、まさか『是・射殺す百頭(ナインライブス・ブレイドワークス)』をベースにした超高速の九連撃を再現しただけでこれとは。やはりたまには魔力放出無しで体を鍛えていかねばならないようだ。

 

 さっさと体に治癒魔術を施す。その間も当然周りの警戒は続ける。

 何せこの町を襲撃した死徒がこいつ等だけとは限らないのだ。もし一匹でも取り逃がしてしまえば相手に見す見す自身の情報を渡すことになる。それだけは避けたい。

 

 

 ――――視界の端で影が動く。

 

 

 常人離れした動き。間違いなく死徒だ。

 

「待て!」

 

 待つわけがない。そして傷ついた身体で追いつけるわけも無く、瞬きした後には既にその影は消えていた。

 

「くっ……鍛錬を怠った結果か…………」

 

 日ごろから直接身体を鍛えていたのならばこんな事にはなっていなかったはずだ。

 こんな事なら毎日毎日魔術の練習だけじゃなくて、筋肉をもう少し付けておくんだった。だが今更後悔した所で時間は巻き戻らない。

 

「……それよりも感染を防がないと」

 

 地に這い蹲る死徒どもの死体に『吸血剣(ブラッドイーター)』を突き刺し、感染原因となる体液を残らす吸収。そしてその上で火の魔術を使い徹底的に死骸を燃やし尽くす。例外なく、血の一滴すら残さないと自身を脅迫するように。彼らの残していった『子』も同じように燃やし尽くした。これでどうにか、感染拡大は防げるだろう。

 

 何人犠牲になっただろうか。

 自分がもっと強ければ。自分がもっと早く気付けていれば此処に転がっている死徒以外誰も死ななくて済んだのではないか。

 

 ……いや、それは傲慢だ。増上慢だ。何を馬鹿なことを言っているんだ私は。

 

 これは私の責任ではない。

 

 私のせいじゃない。

 

 ――――誰でもいいから、そう言ってくれ。

 

 奥歯を食いしばりながら、二つの剣を鞘へと納める。

 

「……強くなりたい」

 

 できれば、可能な限り望むものを守り通せる様な力が。

 どんな暴力にも屈しない不屈の力が。

 今まで求めてこなかった物が、今になって欲しくなる。己の不甲斐なさ、弱さ、慢心。全てをこの瞬間自覚したからか。

 

「――――行くか」

 

 無言で街の外へと歩き出す。

 騒ぎを起こした以上この街には居られない。下手すれば異端者として捕えられかねない。

 なら立ち去るまで。まともに一睡もしていないが、人間頑張ればなんとかなるだろう。

 

 強くなる。

 

 そう言えば、武者修行でここに来たんだっけ、私。

 

「……なんだ、ちょうどいい相手、いるじゃん」

 

 死徒。そうだ、良い練習相手だ。

 まだまだ一杯いるなら、多少狩り尽くしても構わんだろう。

 

 

 

 この瞬間、後に『吸血鬼殺し(ヴァンパイア・キラー)』と呼ばれる少女が誕生する。

 まるで取りつかれたように死徒を見つけては殺し、襲われている町を救っていく天の御使いと人々に称えられ、後に彼女は歴史に隠れた偉人として後世に語り継がれていくとかなんとか。

 

 

 

 




この時点で単独で多数の死徒をぶっ殺せる主人公ェ・・・


追記・指摘されたミスを修正しました。


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第四話・湖の精霊

連投。
またまた一気に時間が進みます。


 ――――なんだアレは。

 

 

 生まれて初めて覚える『恐怖』に、湖の乙女(ニミュエ)は顔を青ざめる。

 目の前には我が子同然と育ててきた、いずれ最強の騎士へと上り詰めるであろう湖の騎士ランスロットの、まだ未熟な姿があった。――――傷だらけで地を這う姿が。

 それがとても現実味がなく、ニミュエはただただ視線を揺らす。

 

 剣を腰に携えているにもかかわらず、アロンダイトを装備したランスロットを素手で圧倒し無力化した化け物。

 

 銀髪銀眼の年端も行かなさそうな少女はこちらを見て邪気の無い笑顔を見せる。

 ニミュエはそれを見て全身に怖気が走る。

 

 殺される。人間より遥か高位の精霊種であるニミュエが本来人間に抱くはずの無い恐怖。

 だがこうして怯えた。

 ありえない、ありえないと呟いてもそれを肯定する者はいない。

 

 最強の守護者(ランスロット)が倒された以上、ニミュエにもう抵抗する手段はない。

 

 元々ニミュエは妖精郷(アヴァロン)への橋渡しの役目を負った精霊に過ぎない。戦闘能力など皆無に等しい。だからこそ己を守るためにランスロットを育て上げたのだ。

 それがたった一人に倒された? 妖精の加護を持った騎士が? 果たしてそれは人間なのだろうか。

 

「やぁ、五年も探したよ湖の乙女。まずは初めましてと言った方がいいかな」

 

 唐突に出てきた少女の言葉に、ニミュエは無言にならざるを得ない。

 ここまでやって置いて「初めまして」? 何を言っているんだお前は。そう思ったせいで言葉が上手く出ないのだ。

 

「ああ。彼はちゃんと生きてるよ。大変だったんだよ、気絶程度で済ましたいのに半端じゃないほど強いし。何とか骨折未満には済ませたけどさ。後でちゃんと治療するから心配しないでね」

「……え、あ、あの」

 

 少女がまるで「悪いことをした」と言っているかのような口調であることに、ニミュエは多少の戸惑いを覚えた。

 何故? 私の授ける宝物を狙いに来たのではないのか? そう考えていたのだ。

 ニミュエが授ける妖精郷(アヴァロン)の宝物は現世では絶大な効力を持つ道具である。強力な星の光を放つものもあれば不老不死の恩恵を授ける物も存在する。それを求めて不定期ではあるが人が立ち寄ってくるのだ。

 

 だからこそ森に人避けの結界を多重に張っている。それ以外にも幾重もの魔力障壁、多重幻覚空間、空間さえ歪曲している区画さえ存在しているのだ。それを使ってからは人間がこの森の一番奥にある湖に立ち寄ったことはただの一度としてない。超級の魔術師であるマーリンならば簡単に破れるだろうが、逆に言えば現世で湖の乙女が巡らせている防御策を突破できるのは数人程度。そしてたとえ潜り抜けられたとしても、未熟とは言えど今のままでも円卓の騎士と渡り合えるランスロットという最強の矛にして盾が待っている。

 

 つまり目の前に居る少女はそれらすべてを単身で突破した怪物。

 ニミュエが抵抗できる道理などなく、少女はこの迷宮を踏破した証として宝物を受け取る。

 

 はずなのだ。

 

 なのに目の前の少女はそんな物などどうでもいいとでも言うような態度だった。

 実際、その少女――――アルフェリアはそんな物に一切興味など無かった。貰えるとは思っていないしそもそも自分が持ったところで宝の持ち腐れになるだろうと割り切っている。

 

「えーと、私はマーリンの使いとでも思ってくれればいいよ。弟子だし」

「で、弟子? あ、あの面倒くさがり屋で女たらしの?」

「……マーリン、隣国にまで悪評が広がってるとか正直舐めてたよ」

 

 マーリンの名を聞くや否やニミュエの顔が呆れの物へと変わっていく。

 あの悪名高い花の魔術師だ。何を仕出かしたところで「マーリンだから」の一言で済ませられる時点で彼の社会的な立場が最悪に近い何かだと、アルフェリアは嫌でも理解する。

 考えるのが面倒になってきたのか、ニミュエは深いため息を吐きながらランスロットの身柄を回収し、癒しの効果を持つ湖の水辺に体を浸しておく。妖精の力が込められている湖だ。十数分もあれば目覚めるだろう。

 

「改めて自己紹介を。私は湖の乙女と呼ばれる妖精、ニミュエでございます。貴女様のお名前は?」

「アルフェリア。海の向こうの島国ブリテンの王、アーサー・ペンドラゴンの義姉。よろしくね、ニミュエさん」

 

 そう言いながら、アルフェリアはその手を差し出した。

 つい先ほど息子同然の存在をボコボコにした者とは思えない行動である。

 しかしマーリンの弟子なのだから多少ヘンテコでも仕方ないだろうと、ニミュエは諦めて差し出された手を握り返す。

 

「それで、一体どんな用事なのでしょうか。頼まれた剣と鞘はもう選ばれた『担ぎ手』に譲渡してしまったのですが」

「ん~…………いや、精霊の加護を貰いたくてね。あと、強力な武具が余っていたら頂戴しようかなと思っていたんだけど……。その様子じゃ、もう空席は無いみたいだね」

「はい。『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』、『無毀なる湖光(アロンダイト)』、『転輪する勝利の剣(ガラティーン)』。こちらが用意できる聖剣はもう担ぎ手が決まり、既に献上を終えた後ですので」

「うーん、遅かったか……もう少し早く来れたらなぁ」

 

 予想はしていた、という顔でアルフェリアは嘆息する。

 無論彼女にそれらを無理に奪うつもりはない。あくまでおこぼれを頂戴したかっただけだ。

 意外に諦めの早いアルフェリアに、ニミュエはさらに驚愕を重ねる。

 

「そうなると、もうコレを改造するかな」

 

 アルフェリアは腰の『偽造された黄金の剣(コールブランド・イマーシュ)』と『吸血剣(ブラッドイーター)』を手に取り、困った顔で頭をぼりぼりと掻く。

 今の彼女は決め手に欠けていた。『偽造された黄金の剣(コールブランド・イマーシュ)』や『吸血剣(ブラッドイーター)』ではどうしても『奥の手』という役割を果たせない。切っ先から細いビームを放つだけの剣と血を吸うだけの剣がどうやって超威力の攻撃に化けるものだろうか。

 

 そして、ニミュエはそれら二振りの剣を見て硬直する。

 一つは強力な神秘が漂う、王者であることの証である選定の剣――――の贋作。

 もう一つからは幾多もの死徒の血を啜ったことで禍々しい気を帯びている赤い剣。

 

 どちらも並大抵の代物では無い。

 赤い剣の方は下手すれば魔剣クラスと言っても過言ではないだろう。

 

「それは一体?」

「うん? あー、マーリンからもらった選定の剣の失敗作と、私が作った対吸血鬼用装備だけど」

「……成程。あの魔術師がそれをあなたに預けたということは、信用に値するということですね」

「いや、単にお蔵入りしているものを処分ついでに押し付けただけじゃ……」

 

 マーリンについての罵倒は後にして、ニミュエはアルフェリアの握る剣を少しだけ触れる。

 確かに選定の剣とよく似ている。

 これならば――――可能かもしれない。

 

「数日間、これを預けてもらえないでしょうか。もしかしたら、貴女が握るのに十分な武器を用意できるかもしれません」

「? いいけど、どうするの?」

「精霊の力を使い、少しだけ改良するのです。今以上に使える剣となるでしょう」

「んー、強化ってこと? なら任せるよ」

「ではその間はこの場所で寝泊まりするといいでしょう。近場に街も無い以上、そう簡単に行き来はできませんでしょうし」

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 アルフェリアは大して抵抗も無くニミュエに己が剣を預ける。

 それが精霊にとっては不思議でたまらない。どうすれば自分を今まで守ってきた愛剣を会ってばかりの他人に預けることができようか。代わりがあるから? 愛着がないから? 違う。あのような高潔な魂の持ち主にそんな愚かな考えはある筈がない。

 

 信頼したのだ。ニミュエを。己の願いを叶えず、返り討ちにあったとはいえ一度は戦った者を。

 

 馬鹿とも言えるだろう。盲目的とも罵れるだろう。

 

 だがニミュエにとって、人間の負の部分をよく理解している精霊にはそれが純粋な心と感じられた。

 

 優しく、清く、美しい。善良な人として理想的なまでに完成された者。

 

 だからこそ湖の乙女は自分の加護を彼女に与えようと思った。彼女を助けようと。

 

 乙女は静かに、黄金の剣を胸に抱きながら木に背中を預けて空を見上げる少女を眺める。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 あー、つらいわー。ランスロット強すぎて辛いわー。

 この五年間休むことなく死徒狩りを続けて鍛え抜いた私ですら苦戦するって、どういう身体構造してるんだあの根暗騎士。気絶程度に抑えるために手加減していたとはいえ、死徒を同時に数十体相手取れる私に対して終始優勢とか、流石円卓最強と謳われる(予定)騎士だ。

 

「――――五年か」

 

 長いようで短い旅であった。いや長いけどさ。

 

 しかし五年もかけてようやく探し出せた。多重結界によって認識すらできなかった森。道理で情報が集まりにくいと思った。

 地図を作りながらフランス全土を巡り、不自然に空白の部分を見つけたのがフランス旅路三年目のこと。そして地道に結界やら罠やらを隅々まで調べ尽くし、それを掻い潜るための対策を立てること更に二年。

 そうやってようやくここまでたどり着けた。千里の道も一歩からとは言うが、凄く苦労した。二度とやりたくない。二年間も薄暗い安宿の部屋で対策用の魔術礼装をぼそぼそと開発し続ける作業なんてもう御免だ。

 

 しかも最後の最後にあのランスロットだよ? 極めつけに『無毀なる湖光(アロンダイト)』装備による超強

化状態。よく気絶程度で済ませられたな私。

 

 …………三日も不休不眠で戦う羽目になったが。

 

 おかげで今すごく眠いし腹減った。非常食こそ戦闘時に食してはいたが結局全部激しい戦闘で吹っ飛んだ。

 それともう非常食はない。なので必然的に空腹をごまかすために、私はそこらに生えている草を口の中に放り込む。逆に惨めな気持ちになってネガティブになるのは気のせいだろうか。

 

「……失礼します」

「はい?」

「小腹が減っているのでしたら、こちらをどうかお召し上がりください」

 

 何処からともなく、白い甲冑姿をしたネイビー色の髪を垂らす青年が現れる。

 若き頃のランスロット。理想の騎士ともいえる礼儀正しく、常識をわきまえている良識人だ。ご丁寧に森から採れた果実類を大きな葉っぱに乗せてこちらに差し出してくれる。

 

「ありがと」

 

 お礼を言って、私はそれを受け取り中の果実を一口。

 久しぶりに味わう甘味が広がる。うまうま。

 

「いやー、にしてもランスロット君、強いね。危うく君の腕を折るとこだったよ」

「そう、ですか。私にしてみれば、貴女の方こそ強い人だ。今まで他者と争ったことが無い故に無知なる者の発言になるかもしれませぬが、貴女は私にとって初めての巨大な壁でした。とてもいい経験をさせてもらった」

「…………え? えっと、まさか対人戦、初めて?」

「はい。お恥ずかしながらも、今まで森の外に出たことが無く……」

 

 ……こいつ初の対人戦であんな動きしたのか? 冗談だろう。一手二手以上を読み合った超高速戦闘。フェイントの入り混じる化かし合い。超絶技巧の発揮される極精密攻撃の乱舞。一撃一撃が木の幹を軽く両断できる斬撃。読み間違えれば致命傷を受ける可能性大。

 

 ――――それらすべてが混じった極限戦闘が、初の対人戦?

 

 本当に人間か、こいつ。人の事は言えないけど、私の方は数多の戦闘経験があったからこそ可能だった。なのにランスロットは自主鍛錬のみで私の技術についてこれた。

 円卓最強という称号をいずれ獲得するであろう化物の片鱗を垣間見る。できれば今後一切相手にしたくないと思ってしまう。

 

「ま、まあいいや。それで、ランスロット君は何時か森の外に出るの?」

「ええ。武者修行のため、ブリテンに渡る所存です。何時になるかはわかりませんが、いずれ必ず」

「そっか…………、ま、何時でも来なよ。私ももうブリテンに帰るつもりだし」

「貴女はブリテン出身で?」

「うん。凄いよー。竜とかいるよー。魔境だよー。すっごく怖いよー」

「それは楽しみです。己の腕がどこまで通じるのか、試したくなる」

「…………あ、そう」

 

 ブリテン行きを取りやめる気はないらしい。わかってはいたけど、ここまでとは世界の修正力。

 内心ため息をつきながら、果実を齧る。甘い味が今は何とも癒しである。

 

「そういやランスロット君。君、普段は何食べてんの?」

「私ですか? 朝は果実で済ませ、昼と夜は鍛錬による疲労回復のために肉などを少々」

「料理とかは誰が?」

「私は料理の才はありませんので。ニミュエが全てやってくれています。とはいえ、基本的には丸焼きですが」

「…………昔の人ってなんでこうも食に鈍感なんだろうかね」

 

 五世紀にグルメを求めてもしゃーないのはもうとっくの昔からわかってはいたけどね。大雑把過ぎない? ていうか湖の乙女さん、乙女と名乗るのなら料理くらいちゃんとしてください。丸焼きってなんだよワイルドな。

 そうだ。良いことを思いついた。

 

「今夜は私が料理します」

「……はい? いえしかし、ご客人にもてなしをさせるのは――――」

「大丈夫大丈夫。全部任せてください。体を強くする料理を出しますから」

「よいのでしょうか……」

「さて、いっちょ一肌脱ぎますか」

 

 そうして私はいつも通り、ある食材で可能な限り美味な料理を振るまうことにする。

 この五年間、私だってただ体の鍛錬だけしたのではない。

 

 命綱になるであろう料理の修行だって、欠かさずやっているのだ――――ッ!

 

 

 

 

 夜になる。目の前には丹精込めて仕上げた料理の数々が簡素な木製食卓の上に並べられている。

 その全てがホカホカと湯気を漂わせており、仄かに香る臭いはとても食欲をそそる。

 牛肉のドープ、コッコーヴァン、豚肉とソーセージのスープ、ローストビーフ、ポトフ――――等々、まだまだたくさんあるが、久しぶりに満足のいく出来だ。やはり貴重な調味料がふんだんに使えたのが大きい。

 

「これは……すごいですね」

「まーね。ブリテンは食文化に疎いから、自分で作るしか美味しい物が食べられなかったから。こっちに来てから自然と覚えていったよ」

「さすがに、精霊の私でもこれは驚きです。こんなもの、名のある料理人でも作れませんよ?」

「たまたまですよ。さ、冷める前に食べましょうか」

 

 私がそう促すと、ランスロットとニミュエは目の前の料理を口に運び一口。

 それに倣って私もコンソメスープを一口。うん、美味い。いつも万年食材不足だからこそこの出来に満足する。しかし、いずれは少ない食材でも満足のいく料理を目指さねばならない。何せ作物の育ちにくいブリテンで暮らすことになるのだ。節約も身に付けるべきだろう。

 

「…………ニミュエ、外の世界の料理というのは、ここまで美味なものなのですか?」

「いいえ、無理よ。例え一級料理人であろうとも、この料理は作れない……! 適度な焼き加減により中に封じ込められた肉汁が噛むたびに溢れて口の中に広がり舌を躍らせる。このソースもその肉の味と見事な調和をして一層味を引き立てているッ……! しかも中に入れられたチーズは不思議な触感で歯を動かす楽しさをこれでもかと訴えてッ……!!」

「この牛肉の煮込み料理…………肉がとても柔らかい。しかし肉の味は失われず、更にワインの芳醇な香りと味がより一層料理の味を高めている。煮込まれたスープと野菜と肉を同時に入れた瞬間、この世の美味を集約させたような刺激が舌を喜ばせる! 素晴らしいです!」

「……ただのデミグラスハンバーグとビーフシチューなんですけど」

 

 どんなオーバーリアクションだよ。普段どんだけ雑な料理食べていたんだこの二人。

 

「まさかブリテンは、ここまで食文化が発達している国なのでしょうか?」

「いや、違うけど」

「と、おっしゃいますと?」

「朝昼晩生野菜が出されるような国だよ。私はそれが嫌だったから料理の腕を磨いただけ」

「――――生、野菜? ……なるほど、不味い料理しか食してこなかった故に美食を目指したのですか。このランスロット、その強き意思に感服いたしました」

 

 ……なんでだろう。褒められているのに全然嬉しくない。例えるなら普通の事をやっているのに無知な馬鹿が異様に褒めてくるような。いや、私が凄いのか? それとも周りが馬鹿なだけなのか? ……わからん。

 

 その後もなんやかんやと騒ぎながら、私たちは何事も無く食事を終える。ランスロットとニミュエはとても満足げな顔だったので、私もそこまで悪い気はしなかった。それに妹にふるまう前に貴重な人の意見を貰うことができたのだ。不満など何一つ無い。

 食事の後片付けをしながら、少しだけ夜空を見上げる。

 

 私の故郷、ブリテンは今どうなっているのだろうか。

 

 アルトリアは元気にしているだろうか。

 

「…………待っててね、アル。いつか、必ず」

 

 自分に誓うようにして、私はその言葉を呟いた。

 

 

 

 

 



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第五話・戦いの基本は格闘

 Q:何故かランスロット君が頭を下げています。どうすればいいでしょうか。

 

 

 A:知るか。

 

 

 

 

 いや、真面目な話をすると全然私悪くないよ? 何もやってないからね。

 寝て起きたらいきなり頭下げられる身になってみてよ。記憶がおぼろげだから「え、私ナニカしたっけ?」って滅茶苦茶不安になるんだよ。襲ってないからね。私まだ処女だからね!!

 

「無礼を承知で申し上げます、アルフェリア様。どうかこの私に指導を授けて下さいませぬか」

「……は? 指導?」

「はい。貴女様と戦い、自分の無力さと世界の広さを痛感することとなりました。故に、私は自分を追いつめ、己を高めるためにあなたに教えを請うのです。どうかお考えを」

 

 目覚めたばかりの頭に火を付けて稼働させながら、ゆっくりと考えを巡らせていく。

 こいつ今なんつった。

 私は無力だからどうか鍛えてください――――そんな感じか? いやふざけんなよ。そのままでも十分なのにこれ以上強くなろうとしてるとか一体どこを目指しているんだこいつ。生身でビームでも出すつもりか。

 

「と言ってもねぇ……私、人に教えるのはやったことが無くて」

「では、手合わせ願えないでしょうか。貴女様の動きを見ることで、何かを学ぶことができるかもしれません」

「確かにそっちの方が手っ取り早いけど……」

 

 正直ランスロットと戦うのはあまりしたくない。

 下手に再起不能にしてしまった場合、取り返しのつかないことになるかもしれない。かと言って手加減すれば相手を落ち込ませるだろう。

 理想は本気の彼と延々打ち合い、互いを高め合うと言ったところだが――――仕方ない。やるか。気は進まないけど。

 

「いいよ。ただし素手」

「素手、ですか?」

「戦いの基本は格闘戦だ。武器や武装に頼ってはいけない。武器なんて所詮消耗品だよ。無くなったら頼れるのは己の身体のみ」

「ですが私は騎士として――――」

「舐めるなよ小僧」

 

 少しだけ殺気を込めて、ようやく温まってきた頭を撫でながら私は構える。

 そう。五年間の戦いを通して分かったことがある。それは至極単純な事――――

 

 

「素手でも人は殺せる。舐めてかかったらその首が折れると知れ」

 

 

 と、死徒を素手で撲殺した少女は語る。

 両手の剣を弾き飛ばされ、周りには武器にできそうなものも無く、普通ならばそこで私の人生は終了していただろう。

 だが、拳があった。己の体があった。

 人間の体は凶器。拳は極めれば岩さえ砕き、足はその拳の三倍以上の威力を叩き出せる。

 言ってしまおう。

 

 ――――人体で人を殺せない部位など無い。

 

 いわば全身凶器。極めた技巧は指先一つで相手を殺す。

 それに何時まで武器に頼っていちゃ、武器を失ったとき死ぬだろう。かのベオウルフも武器が効かないから竜を素手で殴り殺したのだ。人間頑張れば素手で竜も殺せると見事に証明してくれたのだから、それを活かさない手はない。

 

「ッ……ご指導、お願いいたします!」

「うん。じゃあ――――死ね」

 

 遠慮なく繰り出される即死級の掌打。空気を震わす一撃は、受ければ問答無用で心臓を停止させるであろう魔の手。

 開始直後から致命的な一撃を放ってきた私にランスロットは生存本能を刺激され、咄嗟に後方へと跳躍してそれを回避する。が――――叩かれた空気の壁がランスロットの腹部に叩き込まれる。

 

「ゴハッ――――!?」

 

 追撃は止まらない。

 

 私は吹き飛ばされたランスロットに魔力放出を使わず素の身体能力で追いつき、その甲冑の胸部に掌を当てる。

 そして、練り上げた『氣』を叩き付けた。

 八極拳技の一つ、浸透勁。相手に触れた掌から練った氣を衝撃として叩き込む技だ。独学による習得なので完成度は低いが、それでも威力は十分。

 ランスロットは吹き飛ばされる速度を加速させられ、木の幹に衝突。しかしその勢いは止まらず、太い木の幹をへし折って空高く跳ね上げられ、地面に叩き付けられた。

 

 秒殺。一分もせずノックアウト。

 ランスロットが素手だったというのもあるが、やはりどこかで油断していたのだろう。

 それとも、『無毀なる湖光(アロンダイト)』によるブーストが無かったので私が加減を間違えたか。

 どちらにしろ慢心が原因だ。ちゃんと適切な対応をすれば防げたはずなのだ。

 

 ……たぶん。

 

 まぁ、やり過ぎた感は否めないけど。

 

「ランスロット君~。生きてる~?」

「はっ、はいっ……ゴホッゲホッ」

 

 地面で四つん這いになっていたランスロットは血を吐きながらも返事をする。

 肋骨が何本か折れたか。やっぱ加減を間違えたらしい。技もせめて寸勁程度にとどめておけばよかった。

 

 私は深手を負ったランスロットを横にし、錬金術で作って置いた治癒の薬を取り出して彼の口に流し込む。

 流石に骨折を直ぐに治すことはできないが、私の魔術と併用すれば完治はすぐだろう。

 

「……やはり、貴女はお強い。私は、自身の剣が無くなっただけで、この様だ」

「いや、死ななかっただけいい方だよ、ランスロット君。勘もいいし、判断力もまあまあ。素質はぴか一かな。今の君は単純に経験不足と地力が足りないだけだよ」

「つまり、どういう……?」

「要するに修行あるのみ。もっと外の世界を知ろうか」

「…………はい」

 

 やっぱ対人戦闘の経験が薄いのだろう。せっかくだ、私がみっちり仕込んでやろう。

 どうせ、あと数日で離れるしね。

 

 やるからには気合を入れて、遠慮なく、完璧に。

 そんな意気込みで私は今日一日ランスロット君超強化計画を実行した。

 まずは滅多打ち。そして回復させてからの再度滅多打ち。そうすることで「どう動けば何か来るか」「どんな攻撃にどう対応すればいいか」を身を以て知らせる。骨の髄まで刷り込ませることにより、人外魔境でも十分生き延びることのできる戦士へと仕上げていくのだ。

 

 叩きのめすのに抵抗はない。あれだ、我が子を落とすタイガーの気持ちになるのだ。

 我が子のため逆境を我が子に与えるべし。それが親の愛なのだから。みたいな。たぶん全然違うと思うけど。

 

 その調子で夕方を迎えるころには、ランスロットは心身ともにボロボロになっていた。

 纏っていた白い甲冑は罅だらけで原形を殆どとどめておらず、ランスロット自身も肩で息をするほど疲れ果てている。まともに休まず格闘戦を延々と続けていればそうなるか。

 

 しかし改めてランスロットの化物ぶりを実感する。

 まさかたった数時間で私の動きについてこれるとは。まだ六割程度しか力を出していないとはいえ、この様子ならばランスロットは死徒を素手で絞め殺すことも訳ないだろう。

 筋もいいから、直ぐに覚えるし。うん、これは確かに強くなるわ。

 

 汗たくで大の字に寝転がるランスロットが満足げな顔で夕焼けを見上げる。

 

「…………良い経験になりました、アルフェリア様」

「それはどうも。私も久々に肝が冷えたよ。君、学習能力良すぎ」

「有り難き褒め言葉です」

 

 これで明日回復したのならば、彼はもう一段階ステップを踏んでいるはず。

 要するに強くなっているはずだ。それほどの劇的な変化を遂げたのだ、ランスロットは。

 

 ……彼の未来を知っている身からしてみれば、かなり複雑な気になるが。

 

 けど、こればかりはどうしようもないだろう。

 変えたい。けど変えられない。そんな葛藤は、今まで何回繰り返したのだろうか。

 小難しい表情で思い悩んでいると、何か一仕事終えた様な様子のニミュエがやってくる。

 少し前に私とランスロットの特訓様子を眺めていたので、事の顛末は知っているだろう。彼女は微笑みながら、私たちに汗を拭く布を差し出してくれる。

 

「ふふっ。そんなに楽しかったの? ランスロット」

「はい。とても」

「そう……ありがとう、アルフェリア。彼に付き合ってくれて」

「大丈夫だよ。好きでやってることだから」

 

 私もいい鍛錬になったし。Win-Winという奴だ。互いに利益を得られたのだから、礼を言われるのは少々度が過ぎている。折角だし素直に受け取って置くけど。

 

「しかし、汗だらけねあなたも、ランスロットも。折角だし、体を洗ってきたらどうかしら」

「……この湖で?」

「ええ。あ、勿論別々に入ってもらいますからね」

「いやわかってるよ。流石に私も会ってばかりの人と裸を見せ合いたくはないよ」

 

 だが願っても無い提案であった。最近まともに体洗えていないし。三日もぶっ続けで戦ったせいで汗の臭いぷんぷんしてるよ。体もなんかべたついてるし、たまったものではない。

 

 私はニミュエに案内されて、湖の一角にたどり着く。沐浴するためにわざわざ作ったのだろうか、底や縁が石造りの、人の手が入ったような場所に湖の水が流れている。

 これならば体を洗うには十分だろう。

 

「ではごゆっくり。夕飯、楽しみにしてるわ」

「心配しないで。今夜も遠慮なく腕を振るうよ」

 

 ニミュエと別れた後に、私は周囲に気配がないことを確認して服を脱ぐ。

 とはいえ、そこまで着込んでいるわけでは無い。絹の服になめし革の靴、レザーコートという簡素な格好に籠手やチェストアーマーを着ただけの完全軽装だ。魔術的な細工で鋼鉄並に頑丈だから、防御力は大して問題じゃない。こちらとしては動きやすいのならば何でもいいのだ。

 脱いだ服を一か所にまとめて、洗浄の魔術を施す。時間が立てば臭いも些細な損傷も消えて新品同様になっているはずだ。魔術ってほんと便利だなー。

 

 前準備を終えた私は、沐浴場に体を浸からせる。割と深くも無く、体育座りをすれば肩辺りまで浸かる程度だ。

 水温は少々冷たいけど、不思議と不快感はない。湖の水に特別な効果でもあるのだろうか。

 

 とまぁ、色々あったが私は久々の入浴に心を落ち着かせる。

 フランスに来てから一年間、とにかく鍛えまくりの一年だった。だからこそこうしてゆっくりとリラックスできるのはとても喜ばしいものだ。

 まさか死徒にマークされ、一日一回は必ず襲撃されるとは思わなんだ。

 おかげで街の宿屋に泊まれず、基本的に野宿を強いられたので精神的な苦痛を嫌というほど味わわされた。

 こっちもざっと五百体は殺してやったがな。

 

「ん~~~~~~! はぁぁぁぁ…………疲れた」

 

 今夜だけはゆっくりと休息を取ろう。今まで苦労してきた自分へのご褒美だと思えば、気が楽だった。

 そのまま数分ほど体を濡らしていると、後ろからこちらに誰かが来る足音がする。

 ニミュエだろうか。もしかしたら着替えを持ってきてくれたのかもしれない。

 しかし洗浄の魔術で着ていた服はもう一度切れる様になっている。とはいえわざわざ持ってきてくれるとは、人の良い精霊だ。

 

 お礼を言って遠慮しようかと私は沐浴場から上がり、振り返る。

 

「ありがとうニミュエ。でも大丈夫だか―――――――――ら、ぁ……………?」

「な――――っ」

 

 

 

 なんで、ランスロットが、いるのかな。

 

 

 

「いや、その、ニミュエに言われて……体を拭く、もの、を」

 

 途切れ途切れに事情を説明するランスロット。

 しかし今の私にそんな言葉など耳に入ってくるわけがなく――――無言で拳を握った。

 

「……ランスロット君?」

「は、はい」

 

 

 

 

 

「自己判断もできないのかこの阿保がァァァァアアアアアアアアアアア―――――――ッ!!!!」

「ぐほぁぁぁぁああああああああッッ!?!?」

 

 

 

 

 

 全力のドロップキックを、私は阿保騎士のどてっぱらにぶちかました。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 後になって分かったことだが、ランスロットのあの奇行はやはりというかなんというかニミュエの仕業であった。ランスロット曰く「もうそろそろ上がっているだろうし、身体を拭く布を持っていって差し上げなさい」とニミュエはご丁寧に困惑と混乱の魔術をかけて私に仕掛けたらしい。

 つまりランスロットには全く非が無い。むしろ全面的にニミュエが悪い。

 なぜそんなことをしたかと本人に聞いてみたら、

 

「ごめんね~。でも二人に『その気』があるのかなーって気になっちゃって。上手く行けばそのまま夫婦の営みを……なんて」

 

 要するに「貴方が気に入ったから私の息子と結ばせたかった」ということだ。実に傍迷惑である。

 それも渾身のドロップキックによる瀕死の重傷というロマンもへったくれも無い形で終わってしまったのだが。

 

「…………ごめんなさい、ランスロット」

「いえ、私も今すごく後悔しています。何故私はこうも人にたぶらかされやすいのだろうか……」

 

 その犠牲者二人は再び食卓を囲んでいる。

 今日用意したのは魚が主体のメニューだ。流石に二日連続で肉類というのは飽きやすいだろうから、少々趣向を変えてみたのだ。ムニエル、塩焼き、スープ等々。多種多様な料理が芳醇な香りを漂わせ食欲をそそらせている。

 味は文句なし。しかし気分が気分だ。いつもより少々薄味に感じるのは気のせいか。気のせいだと思いたい。

 

「ふふふ。二人ともしっかりしなさい。折角こんなにおいしい料理を食べられるんだから」

「誰のせいだよ」

 

 元凶が白々しいです。誰か何とかしてください。

 

「それで話は変わるけど、アルフェリア、貴方に相応しい武器を見つけたわ」

「――――え? いや、聖剣の類はもう」

「聖剣は、ね」

 

 その言い方だと、どうやら聖剣以外の武器ならばまだ残っているらしい。

 魔剣の類だろうか。流石に呪いを背負ってまで戦いたくはないんだけどな。

 

「神剣よ」

「……………………えーと、は?」

「だから、神剣。神々が振るう『権能』を内包した世界最高の武器よ」

「それ振るったら私消えるよね!?」

 

 クー・フーリンの扱う『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』みたいな権能一歩手前の代物ならともかく権能そのものを扱える代物――――つまり、乖離剣エア並の代物。全力で振るえば抑止力に消されかねないほどの危険物。

 それを私に預ける? 死ねと言ってるのか君。

 

「大丈夫よ。加減をすればたぶん見逃してもらえるから」

「そういう問題ですか……ていうかたぶんって何」

「気のせいよ。でも、問題があって。湖の底から繋がる洞窟の奥底にあるのだけれど、それを守る『門番』が邪魔なのよ」

「それを倒して手に入れればいいの?」

「そうよ。神剣に選ばれるかどうかは、あなた次第だけど」

 

 つまり突破したは良いものの、剣が私を認めず無駄骨に終わる可能性もあるというわけか。

 神剣。要するに神造兵装。確かにその価値は高く、推測が確かならば『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』並の代物だろう。リスクが高い分リターンも高い。切り札に困っている私にはピッタリというわけか。

 

 そうと決まれば行動に移すだけだ。

 

「ニミュエ。『偽造された黄金の剣(コールブランド・イマーシュ)』は」

「そう言うと思って、もう仕上げてあるわ」

「早いね」

 

 ニミュエは異空間から黄金の鞘に納められた黄金の剣を取り出す。

 それを受け取り、抜刀。見た目こそ変わっていないが、漂わせている魔力が桁違いに膨れ上がった。

 流石精霊といったところか。しかも魔法の鞘までおまけしてくれるとは。

 

「この鞘は?」

「王に授けた『全て遠き理想郷(アヴァロン)』――――の試作品、『忘却されし幻想郷(ミラージュ・アヴァロン)』。老化抑制と高速再生の効果を持つ魔法の鞘よ」

「いいの? これを貰っちゃって」

「当然よ。美味しい料理を御馳走してもらったお返しよ。受け取って頂戴」

「ありがとう。助かるよ」

 

 なんだか貰い物全てが強力な一品の試作品な気がするが、まあいいや。強力なのは変わりないし。タダでくれるのだから貰って置くに越したことはないだろう。

 

「じゃあ、私は――――」

「失礼ながら、アルフェリア様。私もご同行願いたい」

 

 食事を終えたランスロットが、私の傍に歩み寄り膝をつく。

 それは懇願だった。彼は、純粋な目で私を見つめる。

 

「理由を聞いても、いいかな?」

「先程ご迷惑をかけてしまったお詫びです。確かにニミュエにそそのかされたとはいえ、まだ殿方と結ばれてもいない、純情な乙女である筈の貴女の華奢な裸身を見てしまった事は、騎士としてあるまじき許せぬ行為。例え貴女に許されようとも、私は償わなければならない。そうでなければ、私は私を許せない」

「……、……。……………はぁぁ」

 

 ああ、そう言えばこいつこんな性格だったよ。裏切りを許されても『罰を受けないといけない』と自分から自分を戒める。罰さなければ深く苦悩し、断罪を求めて狂気にまで身を落とす。誰も裏切ることができないその完璧すぎる騎士としての性格がブリテンの滅びを起こしたのだから、皮肉が過ぎる。

 やがて小さなため息を吐き、私は返答する。

 

「湖の乙女に仕える騎士ランスロットよ。此度の行動に貴方の助力を願いたい」

「感謝します。今から全霊を以て、騎士として貴女様に報います。我が主よ」

 

 ここに、一人の騎士が初めて人の主君に仕える。

 

 それは破滅の始まりか。

 

 それとも希望の兆しか。

 

 徐々に運命(Fate)は、動き出す。

 

 

 




ランスロット君、初のラッキースケベ。死ぬがよい。

追記・宝具名のミスを修正しました。
追記2・誤字を修正。


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第六話・竜狩り

沢山の感想とお気に入りありがとうございます! 感無量です!
正直「適当に暇つぶしで見てくれればいいか」という感覚で乗せていたので「え?」って顔で困惑していました。そして圧し掛かる期待感。
ヤメテー! 私の心豆腐メンタルー! と胃がキリキリ絞まっていますが、何とか頑張ります。
最後に皆さん、評価ありがとうございました!


 風の魔術で私は自分の周りに空気の『膜』を作る。

 そして湖に近付くと、その膜が透明な壁の様に水を押しのけるのが分かる。長時間の潜水にはもってこいの魔術だ。泳げないわけでは無いが、万が一という事もありうる。できる限り生存率は高くした方がいい。

 

 準備が終わり、私はランスロットを連れて湖の中へと入っていく。

 夜という事もあり、水中はまるで水に墨汁を溶かしたかの様に黒い。月光で照らされているのでそこまで見えないというわけでは無いが、これでは探し物もしにくいだろう。

 

「これでは前が見えませんね」

「問題ないよ」

 

 指を鳴らして宙に明りとして鬼火を作る。これにより先程よりは周りが鮮明に見えてきた。

 幻想的な光景が広がる。月明りで照らされた水の中。銀色の魚や海藻が揺れ動き、微かに見える水面は絶えず変化する。何一つとして同じ光景がない。

 此処でずっとその光景を眺めているのもいいだろうが、そんなわけにもいかない。

 時間を無駄にせず、私たちは洞窟への入り口らしき物を探す。

 

 が、東京ドーム一個分以上はありそうな湖だ。そう簡単に見つかるわけも無く、数分以上歩き続けてもそれらしきものはまだ見つからない。

 

「……ニミュエに案内させればよかったかも」

「確かに盲点でした。……あの人がそう簡単に案内するとは思えませんが」

「だよねぇ」

 

 たとえ案内させようとしてもあまりいい結末になるとは思えない。

 こちらに害は与えないだろうが、それでもニミュエは人間では無く精霊なのだ。人間と同じ価値観を持っている筈がなく、こちらにとっての大があちらにとっての小かもしれない以上安易に頼み事はしない方がいい。

 いや、もうしたけどさ。

 

 根気よく探し続けていると、かなり深い空洞が見つかる。

 不自然なまでに濃い魔力が漂っているので、ニミュエの言う洞窟で間違いないだろう。成程、案内せずともこれならば確かにそのうち見つけられる。こちらの思い違いだったというわけか。

 

「いくよ、ランスロット」

「仰せの通りに」

 

 そんなやり取りをしながら質量軽減、重力半減、気流操作の魔術を使いながら洞窟をゆっくりと降りていく。

 ランスロットは初めての体験なのか驚きながらもそれを楽しんでいるようだった。洞窟の底が見えて直ぐに終わってしまうことを察すると、何故か寂しそうな顔をする。やめろよ。なんか私が悪いことしたみたいじゃないか。

 

 などと下らない茶番を繰り広げながら、洞窟の底にある砂を足で踏む。

 正面にあるのは巨大な鉄扉。きめ細かい装飾が隅々まで掘られた、芸術とでもいえるような扉がそこにはあった。しかも、全く錆びていない。何らかの魔術を施されているのか。

 推測しながら軽く鉄扉に触れてみる。

 

「…………これは」

 

 なんとなく直感でその仕組みを理解し、私は取っ手を握りそこに魔力を流し込む。

 一定量に達すると、鉄扉が自動的に開いて行く。

 やはり魔力を流されれば自律的に開閉する魔導具の類だったか。誰がそんな凝った代物を作ったのだろうか。

 

 ……まぁ、あの精霊しか心当たりがないのだが。

 

 仮にも精霊だ。こんな簡単な仕掛けを施す程度何の苦労も無いだろう。

 鉄扉が完全に開く。

 

 

 

 ――――瞬間、凄まじい殺気と圧力、そして濃密な魔力が身体を包み込んだ。

 

 

 

「ッ…………!?」

「なんという覇気――――気を付けてください、恐らくニミュエの言っていた門番という奴でしょう」

「そうみたい。しかもこれ、竜種並だよ。……気を抜くと死ぬね、これは」

 

 最強の幻想種、竜種並の威圧。

 あまり朗報では無かった。何せ人間を一方的に殺戮できる幻想種の頂点と呼べる存在。高ランクの宝具でもない限り倒すのは到底無理な話だろう。

 ランスロットの持つ『無毀なる湖光(アロンダイト)』が竜特効の性質を持つので傷一つ付けられないという事は無いだろうが。

 

 しかし何事も無く勝利するというのは、今の私にはかなり無理難題だった。

 むしろ単独で無事に勝利を収められる奴は人間やめていると言っても過言ではないのだが。

 

「ランスロット君、帰るなら今の内だけど」

「ご冗談を。我が身、一時なれど貴女様に捧げた身。喜んで共に死地へと向かいましょう」

「言ってくれるよ。全く」

 

 天性の女たらしめ。とは続けない。どうせ自覚がないのだから言っても仕方がない。

 

 一歩ずつ私たちは奥へと歩いていく。

 気分は怪獣に飲み込まれようとしているような言葉にしがたい何か。確実なのは死の可能性が徐々に大きくなってきているということ。体験したことのない圧倒的存在感は間違いなく奥にある。

 

 おそらく、戦闘は避けられまい。相手が理性のある怪物だったとしても幻想種からみて人間というのはただの餌だ。わざわざ自分の巣穴に潜り込んできたビーフジャーキーの言葉何ぞに耳を貸すだろうか。しないだろう。つまりそういうことだ。平和的解決は見込めない。

 

 進み続けるうちに、果てが見えてくる。

 光が差す広い空間。上方に向かって大きくくり抜かれたそこは、さながら天然のアクアリウム。人の手に侵されず自然だけが作り上げた場所はまさに秘境と言える場所であった。

 

 重力軽減と気流操作の魔術を使い、慎重に上昇する。

 綺麗な場所だ。だがそれ以上に恐怖が色濃く残っている。怪物の胃の中に自分から入っていくなどという自殺行為の真っ最中。一々景色に見とれていたら命がいくつあっても足りやしない。

 

 いつの間にか鞘に収めていた黄金剣を抜き放っている。

 本能が「死ぬぞ」と告げている証拠であった。正直逃げたい。けど此処で逃げれば、大事な何かを失ってしまう。そう理解した。

 命よりも大切な、何かを。

 

 

 水中から上がる。空気の膜を解除し、重力軽減と気流操作の魔術を解き、石造りの床に足を触れさせる。

 此処は『神殿』であった。神気が満ちる神秘の空間。現代のブリテンさえも凌駕する高濃度のエーテルが充満したこの世に二つとないであろう神代の残滓。

 成程、これならば竜種も快適だろう。

 何せ普通なら人が入ってこれない上に魔術結界で外界からほぼ隔絶されている空間。更に竜の威圧で入ってこれるのもよほど気の狂った阿保しかいないと来た。

 

 どれだけ重要な物を保管したいのならばここまで徹底的に人の目を隠すのだろうか。

 確かなのは、さぞかし危険な物に違いないということ。

 

 神造兵装。人々の願いが形となった唯一無二の超級兵器。

 悪用されれば世界が傾きかねない代物。悪用できるような奴が握れるわけがないのだが、万が一という事もある。内包した魔力を爆発させるだけで十分危険な武器なのだ。それを守りたいのならば幾重もの金庫の中に閉じ込めるか。それとも深海の底に放り投げるか。

 

 答えは否。否、否、否。

 

 絶対的強者に守らせればいい。さすれば永劫誰かの手に渡ることはなくなる。

 理論上は、だが。

 

 しかしながらその手段には決定的な欠陥がある。

 言わずともわかるだろう。

 

 

 ――――世界に『絶対』という概念は存在しない。

 

 

 あの朱い月のブリュンスタッドでさえも人間――――と言えるかどうかは怪しい所だが――――キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグによって討たれた。幻想種の頂点と言える竜種となった卑王悪竜ヴォーティガーンもいずれアーサー王に討たれることになる。

 強者こそ存在しても、何者にも敗北しない絶対的な生命体というのは元来存在しない。してはならない。

 それは世の中の摂理に根本から反しているし、そもそもそんな物があれば即座に抑止力が排除するだろう。

 

 故にこの胸に抱くのは絶望では無く恐怖。

 生き物が持って当たり前の生存維持機能の一つ。

 恐れるからこそ、生きたいと思うからこそ戦う。追い詰められてからが人間という生物の本領発揮所だ。生物、極限まで追い詰められれば何を仕出かすかわかったものではないのだから。

 

 今から行うのは竜殺し(ドラゴンスレイ)――――面白い。

 

 人間としての限界点に挑んでみようじゃないか。

 何事も挑戦。最初から成功が約束された事柄なぞありはしない。

 

 たった一つ――――星光を放つ聖剣を除いては。

 

 辺りを警戒する。それらしき影は見当たらず、しかし威圧は未だ健在。規則的に立てられた石柱に幾つものツメ跡が残っている以上居ないわけではあるまい。ましてや逃げるという事も。

 右、居ない。

 左、居ない。

 前後、論外。

 ならば――――

 

「―――――――――!?」

 

 直感的に上を見上げてしまう。

 その直後に感じる強大な恐怖。たった一度だけ目に入れただけでわかってしまう格の違い。

 蒼に光る鱗は、最上の武器で無ければ傷付けることさえ敵わない。

 人間のそれとは比べ物にならない肉体は、生物的限界をはるかに超えた超常的な動きを実現し。

 双眸は睨みつける者遍く全てに動くことを許さない眼光を秘めている。

 

 幻想種にして最強の種族、竜種。世界に存在する生きた神秘。

 

 それがゆっくりと息を吸い、喉を鳴らした。

 

 

 

 

『グォォォォォオオオオオオァァァアァァァァァアアァァァァアアアァァァアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 

 

 

 神殿を揺るがす、大砲の轟音の様な咆哮。

 聞くだけで頭を揺さぶり、立っていることすらままならなくなる挑戦者への試練。

 これを耐えられないのならば、挑むことなど許さない。倒れるならばそこで果てるが定め。

 

「ぐぅぅぅううぅぅっ…………!!」

「ぉおおぉおおっっ…………!!」

 

 私とランスロットは耳をふさぎ、必死で振動に耐える。

 今ここで気を失ってはならない。それ即ち死と同義なのだから。こんな所で果てるなど、死んでも死にきれない。

 

 約五秒間の咆哮。今はそれがとても長く感じられた。

 だが、耐えた。耐え抜いた。決死の覚悟と不屈の意思で、私たちは立ったままであった。

 それを見て蒼い竜はより一層眼光を鋭くして、張り付いていた天井から落ちてくる。

 

 極めて滑らかな落下。水が流れる様に蒼い竜は速やかに私たちの前に降り立つ。

 響く地鳴り。床に広がる罅。

 それがこの竜の巨大さを物語っているかのように思える。

 

『グルルルルルル…………』

 

 低い唸り声を上げ乍ら、蒼い竜はその牙を剥き出しにした。

 しかし直ぐには襲わない。様子見、と言った所だろうか。

 

 これは僥倖。チャンスが与えられたのならば、喜んで使ってやろうではないか。

 

「ランスロット! 私が動きを止めるからその隙に『無毀なる湖光(アロンダイト)』であいつを!」

「っ――――御意! このランスロットめにお任せを!」

 

 黄金剣を握りしめ、魔力放出で身体能力をブーストしながら蒼い竜へと駆ける。

 幾ら竜といえど巨体である以上動く際にその兆候が見られるはず。それを見極めれば、攻撃をかわすことは可能。受ければ瀕死は確実。極限まで回避を選択――――

 

 

『ガァァァアアアッ!!!』

 

 

 巨体が旋回して、その雄々しい尾が薙ぎ払われる。

 攻撃範囲内に存在していた石柱がことごとく砕かれ、それでもなお勢いは止まらない。まるで極太の鉄柱が薙ぎ払われているような圧倒的破壊力。

 

 迎撃――――無理。

 防御――――論外。

 回避――――一択。

 

 その場を跳躍して尻尾の薙ぎ払いを回避。衝撃波に叩き付けられたが、逆方向に魔力を放出することで慣性を相殺し耐える。

 此処で吹き飛ばされるわけにはいかない。そうなったら最後ランスロットがやられる。

 それだけは何としても回避せねば。もし倒れられたりでもしたら、ニミュエに会わせる顔が無い。

 

「――――フッ!!」

 

 近くの石柱を蹴っての急加速。弾丸のような速度で竜の懐へと突っ込む。

 

『オオオオオォォォオオッ!!』

 

 竜もただで見過ごすわけがなく、容赦なく桁外れの膂力から放たれる即死級の拳で迎撃。

 

 私の繰り出した黄金剣の一撃と竜の拳がぶつかり合う。

 衝撃波と爆音が響き、両者ともに弾かれる。互いに痛み分けになったような形であるが、傍から見れば成人していない少女が怪物の攻撃と競り合い並んだという結果だ。たった一メートル数十センチ程度の剣が、五メートル級の化物の拳と対等の威力を発揮したのだ。

 

 普通ならばありえない結果だろう。しかし私の魔力放出と事前に使っておいた身体能力向上の魔術が功を奏した。もし一つでも欠けていればこの結果はあり得なかった。

 

(私からしてみればこれだけやって『ようやく』って感じなんだけど……!)

 

 はっきり言ってしまえば私は少し魔力回路が多いだけの少女に過ぎない。こうして竜と渡り合えているのは幾多もの戦闘経験と技術、そして鋭い直感にある程度扱いに長けている魔術の助けがあってこそ。

 英雄になるため世界と契約を結んだわけでもないのに経験の蓄積だけで英雄譚に出る様な活躍をしている。確かに異常だが――――足りない。まだ足りない。圧倒的な、それこそ竜を片手間で屠れるような強さを目指す私にとってこの結果は酷く不満な物であった。

 

 だからこそか。恐怖すら忘れて、殺気の籠った視線で竜を睨みつけたのは。

 

 

「邪魔だ爬虫類が。――――退けェッ!」

 

 

 ひと時の感情が消える。

 弾き飛ばされた私は着地して、慣性を床を削りながら殺して間もなく疾駆。

 石床を大きく凹ませながら高速移動し、同じく弾き飛ばされ体勢を立て直していた竜の懐へと飛び込んだ。

 巨体だからこその鈍足。力は強かれど、俊敏さに関してはこちらが上だ。

 

 間髪入れずに黄金剣を一閃。

 表皮の硬さが凄まじく、深さは数センチ程度に留まってしまう。が、十分。時間稼ぎとしては上出来だ。

 さぁ、出番だぞ私の騎士。

 

 私は力一杯に、その名を叫んだ。

 

「ランスロット――――ッ!!」

 

 名を呼ばれ、竜の背後からランスロットが現れる。

 その手には白き聖剣。幻想種をも殺すことのできる業物が、蒼き竜へと振り下ろされる。

 

 

「『無毀なる湖光(アロンダイト)』――――!!!!」

 

 

 聖剣で己の能力を増幅させ、自身の限界を越えたランスロットが繰り出す渾身の一撃。

 竜は咄嗟に反応し、真横へと弾ける様に回避行動をとる。それでも驚速の白き刃は、無慈悲に竜の片腕を切り飛ばした。傷の断面からは噴水の様に血が噴き出し、石床を赤で汚していく。

 

 仕留め損なった。その事実にランスロットは歯噛みする。

 脳天をたたき割るつもりで出した攻撃が腕を切り飛ばせたとはいえ回避されたのだ。最強の幻想種の名は伊達ではないという事か。

 

『グガァァァアアァァアアアアアアアアアッ!!!』

 

 痛みで絶叫しながら、竜は湧き上がる怒りの籠った視線をこちらに向けながら息を吸う。

 不味い。直感がそう告げる。

 更に今ランスロットは滞空状態。身動きが取れない。次に訪れるであろう『大技』に対処できない。待っているのは紛れも無く死。

 

 そう確信したと同時に私は駆ける。

 死なせるものか。死なせてなるものか。

 

 私がここに居る限り――――絶対に守り通して見せる。

 

 床を蹴り、ランスロットを回収。脇に抱える形で彼の体を抱え、魔力放出で急降下。

 着地時に床を凹ませながらも無事に行動終了。

 

『オオォォオォオオォォォオオオオ!!!』

 

 狙ったように放たれる巨大な火炎。

 竜の息吹。ドラゴンブレス。普通の自然現象とは比べ物にならない超高温の炎が竜の口から吹き荒れ、小さな人間二人を包み込むように襲い掛かる。

 受ければただでは済まない。生きていても全身大火傷は免れまい。

 

 ――――受ければ、の話だけど。

 

 私は向かってくる炎を睨みながら腰にある黄金の鞘を握る。

 目を閉じ、心の無駄をそぎ落とす。

 そして、告げる。

 

 

 

 

「『忘却されし幻想郷(ミラージュ・アヴァロン)』!!!!」

 

 

 

 

 紛い物なれど、不老不死の恩恵を与え絶対の護りを司る黄金の鞘。

 見た目だけの劣化品になどなる筈も無く、その存在もまた所有者を守護するもの。

 

 握りしめていた鞘が粒子となって散っていく。だが消えてしまったわけでもなく、私とランスロットを包むように黄金の外殻が形成された。その強度、数千度以上の業火を防いでもなお変わらず。

 これを授けてくれたニミュエには感謝の限りだ。

 

「……ランスロット、奥の手を使う。一分、持ちこたえられる?」

「ご命令とあらば」

「ははっ。…………死なないでね」

「御意」

 

 炎が晴れると同時に黄金の外殻が消え、ランスロットが飛び出す。

 広がる炎の庭を駆け、ランスロットは遥か向こうの竜に単身で立ち向かった。

 

 当初こそ敵う道理など無かった。

 だが片腕を失った手負いの今ならば、彼でも十分対等に渡り合える。

 鋭い竜の爪と白き聖剣が切り結ばれる度、花火が散る。

 

 それを見届けながら、私は黄金剣を両手で握り頭上へ構えた。

 

「感謝するよニミュエ。あなたからの贈り物――――存分に振るわせてもらう!」

 

 大量の魔力が剣へと流れる。

 瞬間、鍔が変形し左右に分かれる。そして開いた隙間から膨大な魔力が溢れ、巨大な光の剣を模った。

 

「っっぅぅううっっっぉぉおおぉおおぉおっ…………!!!」

 

 強烈な頭痛と神経をかき乱されるような感覚が訪れる。

 魔力が暴走寸前に至り、集中せねば爆発しかねない勢いだ。それほど無茶苦茶な改造を施したのだろう。ゴムホースでウォーターカッターを作ったようなモノ。そう考えればこの扱いにくさも頷ける。

 が、失敗は許されない。初使用とはいえここでそんな言い訳は許されない。

 

 一歩踏み出す。床が割れるほどの力で地を踏みしめ、震える腕を押さえつける。

 

「溢れよ星の息吹、輝け黄金の剣。この一撃、人々の願いと知れ――――ッ!」

 

 口から、鼻から、目から血がこぼれ出てくる。体に負荷がかかり過ぎて全身の毛細血管が弾け出しているのか。その傷は鞘の効果で治癒される。しかし負担の原因が取り除かれない以上、損傷と治癒の繰り返しは止まらない。

 

 頭が痛い。体が痛い。全身が凄く痛い。

 

 けど――――それでも、これだけは――――今この時だけは、譲れない。

 

 ランスロットの命を背負っているのだ。

 

 ならばこの程度の苦痛、耐えずしてどうする――――!

 

 

「避けて、ランスロット!!!」

「ッ――――オオオオォォォオオッ!!」

 

 合図と同時に、ランスロットは竜の攻撃を全力で弾き飛ばし大きな隙を作り出す。そして即座に射線から離脱。上出来だ。百点満点過ぎて涙が出てくる。

 

 感覚が無くなるほどの強さで剣を握りしめる。

 

 真名、解放。

 

 

 

「『偽造された(コールブランド)――――」

 

 

 

 両腕の血管が弾け跳んだ。

 だが不思議と、痛みはなかった。

 

 舞い散る光に、見とれていたから。

 

 

 

「――――黄金の剣(イマーシュ)』――――――――ッッ!!!」

 

 

 

 黄金の剣が振り下ろされた。

 

 放たれる星の息吹。命の輝き。偽りの剣でありながらも、輝きは本物。

 重度なる苦痛を代償に放たれた星光の一撃は、射線上に存在するすべてのものを消し飛ばす。石の床は蒸発し、石柱は悉くが破壊され、その中心に居た蒼き竜は悲鳴すら上げられずその身を焼き尽され、灰塵と消える。

 

 刹那の輝き。光の奔流。

 それが収まり、後に訪れたのは静寂のみであった。

 

「…………ごふっ」

 

 その静寂を打ち破り、私は口から血を吐き膝をつく。

 

「アルフェリア!」

 

 それを見てランスロットが血相を変えて、倒れそうになる私の体を支えてくれた。

 大丈夫、とも言えない状態だ。

 何せ魔力が枯渇してしまったのだから、傷を治したくとも魔力が無ければ何もできない。いくら豪華なスポーツカーだろうが、燃料が無ければただのデカい鉄屑でしかなくなるのと同義だ。

 

「がはっ、げほっ…………あぁ、これはちょっと、不味いかも」

「どうすればいいのですか。私にできることは――――!?」

 

 あると言えば、ある。

 けど、抵抗が――――いや、こんな場合で今更言ってられないのだが。

 

「できれば魔力を、供給してくれるかな」

「……? どうやって、ですか?」

 

 ああ、知らないのか。仕方ない、今は最低限の魔力だけでいい。

 決死の状態なので妥協に妥協を重ねて、私は耳打ちする。

 

「……キス」

「へ?」

「だから、キス。接吻っていえば――――ああもういいから、早く」

「い、いえしかし、そういうのはまだ早い――――むごっ!?」

 

 有無を言わせず、最後の力を振り絞ってランスロットの唇に自らの唇を重ねる。

 しかしロマンなど欠片も意識できるような状況ではないので、早急に彼の唾液を吸い取った。魔術師ではないのでかなり非効率だが、それでも『無毀なる湖光(アロンダイト)』を扱える程度には膨大な魔力を有しているのだ。質も量も十分。

 十秒ほどそれを行うと、黄金の鞘に魔力が供給され始め体の修復が始まる。

 それを確認して、うなだれる様に唇を離した。

 

「…………ランスロット?」

「――――ッッ!?」

 

 ランスロットが赤らめた顔を背ける。

 なんだよ童貞みたいな反応しやがって。…………いや、まさか本当に?

 

「もしかして、初めてなの?」

「っ……はい、その。……未熟ながら」

 

 あー、つまりファーストキッスということか。

 だが安心してくれたまえ。私もだから。いや、そういう問題じゃないけどさ。

 

 初チュー体験を済ませ、どうにか峠を通り越せた私はランスロットに肩を貸される形で奥へと進んで行く。

 守護者である竜が倒れたおかげでとても静かで、空間に満ちていた威圧も殺気も消えていた。

 他に脅威と思われる生物も無く、私たちは何のアクシデントも無く最奥部へたどり着く。

 

 そこには、台座があった。

 緑鮮やかな芝生と白い花に囲まれ、真っ黒な台座に一本の剣が突き刺されている。まるで選定の剣が刺さっていたあの場所の様だった。違うのは剣が黄金色では無く白銀色、ということか。

 しかも、壁に繋がれた禍々しい鎖で幾重にも巻かれて固定されている。

 まるで抜かれるのを拒否しているように。

 

「アルフェリア、ここから先は」

「私一人で大丈夫だよ、ランスロット。よくここまで付き合ってくれたよ、ありがとう」

「……はい、有り難きお言葉です。どうかご武運を」

 

 ランスロットに見送られる形で、私はおぼつかない足取りながらも一歩ずつ前に進み――――剣の突き刺さった台座の前にたどり着く。

 

「白銀の、剣」

 

 こぼれ出る言葉は、自分も信じられないほど震えていた。

 見えずともわかる。この剣が纏う神の如きオーラが。触れずとも、本能がそれを理解する。

 同時に理解した。

 

 これは人が握っていいものではない。

 

 破壊をもたらすから? 気に呑まれてしまうから? そうではない。

 

 これは、人々から忘れ去られた神霊の集合体。

 忘却の彼方にて、最期の力を振り絞り数多くの神々が残した一振りの遺産。その悲しみが、孤独が、願いが、この剣には詰まっていた。

 故に、半端な気持ちで手を出そうものなら死よりも辛い物が待っている。

 

 虚偽の栄光を胸に、神々が残した願いを振るうという現実が。

 

 だからこそ、私は震える手で剣の柄を握りしめる。

 

 半端な覚悟では無い。

 いい加減な願いでもない。

 

 ただ純粋に――――私は大切な者達を護りたいからこそ、力を振るいたいと願う。

 

 だからどうか、力を貸してほしい。

 私にあの子を守らせて。

 

 

 仄かに白銀の光が剣から漏れ出る。

 パキンと小さな音がして、鎖が何の力もかけられていないにもかかわらず、粉となって宙に散っていく。

 

「これ、は」

 

 感情に従い、私は白銀の剣を引き抜いた。

 まるで最初から枷など無かったかのように、鮮やかに台座から剣が引き抜かれる。

 

 担い手として、今この瞬間を以て私が選ばれた。

 その事実を許容するまで、一体何秒かかったのだろうか。

 

 白銀の剣を、たった一度だけ振り抜く。

 小さな風切り音が響く。それだけで、私は天上の福音を聞き届けたかのように心が躍っていた。

 

 ああ――――凄まじいな、これは。

 

 そう思わざるを得ないほど、見事な剣であった。

 これが自分に相応しいのかすら、疑ってしまうほどに。

 

「おめでとうございます、アルフェリア」

「ふふっ、ありがとう。そう言われると、凄く嬉しい」

 

 柄にもなく、私は素直に笑顔を浮かべた。

 

 

 

 目的を無事達成した私は、その後何事も無くニミュエの元へと帰還した。

 そしてそれからニミュエ――――湖の乙女から新たな『神剣の担い手』として認められた私は、ひそかに精霊の間で噂を集めることとなる。

 忘れ去られた神々の思いを担う人間として。

 

 

 森羅万象、遍く全てを断ち切る最後の神造兵装は現世へ解き放たれた。

 

 

 

 




令呪を以て命ずる、爆ぜよランスロット。そして恋愛観皆無の主人公。ファーストキスが魔力供給目的って、ロマンもへったくれも無いね。

追記・ミスを修正しました。


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第七話・厄介事は勝手に訪れる

連投、二個目です。


 無事、精霊の加護と新たな剣を手に入れ目的を達成した私は、今日を以てフランスからブリテン島への帰路につくことになる。勿論この五年間色々大変だったし、最後に貴重な出会いもあったが、故郷に帰る時が来たのだ。

 予想だともう数年かかると思っていたのだが、意外にかなり早く帰ることになった。

 

 早いに越したことはないのだが――――やはり数日の付き合いだとしても、知人と別れるのは少々寂しい。

 

「もう、行ってしまうのね」

「ごめんね。私も、やらなきゃならないことがあるから」

 

 五年も故郷を離れて武者修行を行い、そして望むものも手に入れた。

 後は帰るだけ。愛しの我が妹が待つ魔境(ブリテン)へと。あまり気は進まないけどね。

 

 微笑みながら私は腰に吊り下げた、ニミュエが用意した白銀の鞘に収まっている白銀の剣を軽く撫でる。

 この湖で手に入れた神造兵装。忘れ去られた神々の意思の集合体。

 

 ……実は、まだ上手く扱えなかったりする。

 

 原因としては、私の魔力がしょぼいというものであった。

 誤解の無いように言って置くが、私はそこらの凡百魔術師と比べれば潜在魔力量は数十倍以上はある。ニミュエが稀代の魔術師だと評していたので間違いはない。

 それでも(・・・・)足りないのだ。この剣を振るには。

 一度振っただけで貯蔵魔力の四割が吹き飛ぶ。その分威力は凄まじく、遥か遠方の山を距離を無視して両断するほどであったが、これで私が調整しての最低出力(・・・・)というのだから言葉が出ない。

 調整次第で普通の剣と同じ運用は可能だ。だがそれを行うには余りにも『硬すぎる』。

 言ってしまえば現状は錆びてカッチカチになったレバーで出力調整しているようなもの。大雑把にしか調整できなくなっている。

 

 要するに、放置され過ぎて神剣自体が変質して調整しにくくなってしまったのだ。

 私だけが原因ではないのだ。だから私は半分しか悪くない。

 

 これに関しては、長々と慣らしていくしかないだろう。

 故に、しばらくは封印だ。こんな状態で素振り気分で抜いたら魔力が枯渇して死ぬからね。

 

 それと、刀身がそのままで鞘も無いというのはあまりにも寂しいので、ニミュエが適当なものを見繕ってくれた。それも神剣が有する神気を漏らさず遮断する特別製だ。あまりにも無造作に振りまくものだから不特定多数に『見つけてくれ』と公言し回っているような存在故に、それを隠さねばならなかった。

 この鞘に収めている限りは、よほど勘の良い奴でもなければこの剣に気付くことはないだろう。

 

「アルフェリア。短い間でしたが、とても良い時間を過ごせました」

「それはよかったよ、ランスロット。そう言われると気が楽になる。色々巻き込んじゃったしね」

「お気になさらず。自分から望んで巻き込まれたのですから」

「ははは。ブリテンにならいつでも来てよ。歓迎するから」

「はい。いつか必ず」

 

 少し寂し気ではあったが、ランスロットとは何時かの再会を約束する。

 そう。此処で別れようとも、彼とはいずれまた会う運命だ。

 それが滅びへの一歩でもあるのだが、不思議と私に嫌悪はない。もう決まっているからか、それとも本心から来てほしいと思っているからか。

 

 少なくとも、達観はしていないというのは断言できる。

 彼は、人間として十分尊敬できる者なのだから。

 

「あらあら。互いに初めてを捧げ合った仲だというのに、随分呆気ないわね」

 

 そして唐突に爆弾を落とす湖の乙女。

 

 額に青筋を浮かべながら、私はランスロットへと視線を変える。

 顔は笑顔を取り繕わせていたが、目が全然笑っていないことは自分でもわかる。

 

「…………私、あの事については何も言わなかったんだけど」

「……すみませんアルフェリア。ニミュエが強引に問い質そうとしてきたもので」

 

 この精霊は何だろうか。他人の弱い所を積極的に弄り回す悪趣味でも持っているのか。

 十分からかったことに満足したのか、ニミュエは「こほん」と小さく咳き込み、真面目な顔で私を見つめる。

 その姿だけは本当に精霊の様な不思議な魅力を放っていた。

 

 久々に精霊らしいニミュエの姿を見れたような気がする。

 

「……気を付けて、アルフェリア。貴女の歩く道の果てに、幸せがあるとは限らない」

「わかっているよ。覚悟はもうしている」

「――――またいつか、縁があれば」

 

 ニミュエが悲しみに満ちた顔を見せ、私に優しく抱き付いた。

 結末を知っているとしたら、確かに厳しい心境だろう。己の友人を、破滅の運命へと導いているようなものなのだから。

 

 だけど私はまだ諦めていない。

 滅びは避けられなくとも、その結果を良き物とすることができるかもしれないのだから。

 

「さよなら。ニミュエ、ランスロット」

「ええ。貴女に精霊の加護があらんことを」

「どうかお元気で」

 

 別れを終え、私は踵を返す。

 

 戻りたい衝動に駆られるが、振り払うように私は走る様に森の中へと飛び込む。

 心残りはある。だけど、此処で立ち止まってはいけない。

 胸が引き締められる苦しさに耐えて、走り続ける。

 

 ニミュエが予め迷路の様な魔術結界を解いたのか、迷うことなく数分で森の外へと出ることができた。

 少しだけ息を荒げながら、名残惜し気に振り返っても目に入るのは緑の生い茂る深い森への入り口だけ。精霊と白騎士の姿は欠片も無く、それが酷く私の心を空にする。

 

 数日だけだが、それでも彼らとは良き付き合いが出来た。

 欲望に負けて後数日滞在するだけで、もっと離れにくくなるだろうと確信せざるを得ないほど。

 

 自分が人懐っこい性格でもあるせいかもしれないが。

 

「…………また、会えるといいな」

 

 自分に言い聞かせる様に呟き、私は一人寂しく平原を歩く。

 

 まずは、近くの村か町で馬を買うことにしよう。徒歩で東端から西端まで行くには少々疲れる。少しでも楽な交通手段が確保できるならばするべきだろう。

 

 ……え? 自分で走った方が早いだろ、だって?

 

 それも考えたが、無理だ。

 なにせ――――今の私は、まだ死徒に狙われている身なのだから。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 フランスのどこかに存在する巨大な屋敷。

 周囲が緑化し殆ど廃墟同然に見えるそれは、意外にも中に人が住んでいるかのように常に綺麗に掃除されている。いや、人は住んでいる。ただ魔術的な結界と、その中に住む者達が滅多に外へ出ない故にそう見えるのだ。とはいえ、中と外から木の板が窓という窓全てに打ち付けられていれば人が住んでいるとは誰も思わないだろう。

 

 屋敷の中にある豪華なシャンデリアが照らす食堂。そこには巨大な長方形の食卓があり、その周りには豪華な装飾が施された質の良い椅子がいくつも並べられている。

 しかし一番目を引くのは、最奥に存在する玉座にも見える豪華絢爛な腰掛け。

 

 そこに座るのは黄金の様に輝く金髪を垂らす絶世の美女。怪しげな眼帯をしているにもかかわらず、目の前に置かれた料理を見えているかのように鮮やかな動作で食している。

 

 他に食卓を囲む者達はそれを不思議とも思わず、何事も言う事は無く淡々と己の食事に明け暮れ――――そして眼帯の美女はふと何かを思い出した様に声を出す。

 

「――――そう言えば、あの忌々しい『眷属殺し』はどうなったのかしら」

 

 その言葉が発破になったのか、一斉に食卓を囲む全員がその手を止める。

 空気が冷える。触れてはならない話題に触れてしまったかのように。だがそんな状況になろうとも、眼帯の女性は眉一つ動かすことなく不気味な笑いは全く崩さない。

 

「…………配下の者からは、あの難攻不落の結界領域である『精霊の森』に入ったきり戻らなかったそうです」

「死んだに決まっている。我らが数十年かけても突破できなかった多重結界の巣窟だぞ」

「ふん。無様に果てたのならば我々を虚仮にした相応の罰と――――」

 

 次々とそんな言葉が出てくる。

 それを聞いて眼帯の女性は深く顔を歪めた。

 

「そう。貴方たちは私の『子供達』をあっさりと殺せる者が、ただの『結界』ごときで死んだと言いたいのね」

 

 殺気の籠った声。それを聞いて何人かが顔を青ざめ、出かかる声を奥に引っ込める。

 下らない劇を見せつけられたかのように眼帯の女性はため息を吐き、卓上に置かれたワイングラスを手に取り注がれた液体を少しだけ啜る。

 

「呆れたわ。まさか勝手に『死んだ』と断定して調査を怠るなんて。おかげで久々に私の私兵を動かすことになった。まぁ、良い運動だと思えば儲けものでしょう」

「所在がつかめたのか?」

「ええ。『精霊の森』近くの街で顔を隠しながら、馬を一頭買い取って直ぐに遠方の森に向かったらしいわ」

「ならば早急に討伐兵を――――!」

「私がしてないとでも?」

 

 そう言って眼帯の女性は一方的に話を進めていく。

 それについて不満を持つ者はおれど、反論する者は皆無。当然と言えば当然だろう。

 

 虎の尾にかじりつく鼠が何処に居るというのだ。

 

 眼帯の女性はくすくすと小さく笑いながら、楽し気に顔色を悪くしている自分以外の者を眺める。

 我が子の失敗を見た母親の様に。

 

「慢心はいけないことだわ。せめて『確実』だと思える証拠を見つけないと、ね?」

「……その通りです」

「結構よ。私は二度目までは許すわ。でも、三度目は――――」

 

 くすり、と妖艶な笑顔を浮かべ、眼帯の女性は告げる。

 

 

 

「――――生きることを後悔する覚悟はお在りかしら?」

 

 

 

 その一言で食堂の空気が凍り付く。

 誰一人として動くことはない。動けない。動いてはならない。一瞬でも身動きを取ればその瞬間自分は『死ぬ』と確信に近い何かを抱いているため。

 事実、動けば眼帯の女性は『気まぐれ』でその者を『玩具』にしていただろう。

 

 眼帯の女性は誰も動かないことに退屈したのか、小さく嘆息して食堂を後にする。

 直ぐに広大で豪華な自室に入ると、柔らかいベッドに四肢を投げ出し――――そっと自分の体をなで始めた。

 

「あぁ、あぁ…………初めて、初めて私が『観れなかった』あの子。愛しい、愛しい、我が子よりもずっと愛したい。その銀の目を、銀の髪を、その白い肌を、紅い唇を、独り占めしたい――――」

 

 光悦な表情を浮かべ、悶える様に彼女は初恋の相手を思い浮かべたかのように赤くなる。

 その拍子に彼女の眼帯が外れてしまうが、それを意に介さず魔女の様な笑い声は止まらない。

 

「…………苦しんだ表情を見たい、絶望する表情を見たい、全部、全部、全部、『観たい』」

 

 

 ――――眼帯に隠された、彼女の『黄金』の瞳が露わになる。

 

 それこそ彼女の――――真祖、ミルフェルージュ・アールムオクルスの『魔眼』。稀有にして強大なる異能、『運命置換(ファートゥス・レプラセメント)』の能力を持つ『黄金』のノウブルカラー。最高位の吸血鬼しか持ちえない最高峰の『魔眼』を煌めかせながら、彼女は自分が唯一『観る』ことができなかった者に対して感情を表す。

 

 恋い焦がれる乙女の様に。

 

「必ず、必ず、私の物に」

 

 乙女の様な吸血鬼は、誰かに誓うように、誰にも届くことはない感情を呟いた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 焦げ茶色の馬が真夜中の森を駆ける。

 歯ぎしりしながら私は手綱を握り、一瞬の減速も許さず全速力で馬を走らせた。背後から駆け寄る影達から逃げる様に。

 

「今までは雑魚だったのに急に上位を突っ込んでくるとは……いよいよ本腰を上げてきたって事?」

 

 思わず声が漏れる。

 幾ら五百体以上の死徒を屠ってきた私だからこそ『アレ』の脅威は理解できた。

 

 ――――上位の吸血鬼の眷属。

 

 今私を追いかけてきているのはそういう奴らだ。今まで相手にしてきた雑魚死徒とはわけが違う。例えるならば今までのが1だとすれば今追いかけてきているのは3、4ほどの力量。そしてそれが多数。

 はっきり言って真夜中で相手にするのは危険すぎると断言できる。昼間こそ普段と比べて酷く弱体化する死徒だが、その真価が発揮される真夜中では紛れも無く『狩人』だ。

 つまり、真夜中であり視界不良というこの状況での交戦は最悪と言っていい。

 

 逃げる方法がないというのもまた問題ではあるのだが。

 

「ああもう……! せめてマーリンの阿保に空間転移の魔術でも教えてもらえばよかった!」

 

 空間転移かそれに属する魔術でも扱うことができればこの場の離脱はそう難しくなかっただろう。

 だがそんな都合の良いことなどそうそうなく、今の私には使えない。使えたら今現在こんな苦労していない。

 

「――――死ね人間!!」

「死ぬかボケェ!」

 

 暗闇から飛び掛かって来た死徒の攻撃を身体強化を使って回避し頭部へカウンター。強化された豪速の拳が死徒の頭部を粉微塵に砕き、吹き飛んだ死体が流される景色に吸い込まれる。

 頭を潰しても死なないのだから厄介極まりない。全身残らず焼いて灰にするか、上位の神秘を内包する聖剣で無ければ殺せないというのだから本当に厄介だ。

 

 一応聖剣は所持している。しかし馬上で振ったところで当たるほどアイツ等も軟じゃない。避けられるか逆に弾き飛ばされるのが落ちだろう。

 

 悪寒が背筋を駆けまわる。直感に従い体を伏せると、乗っていた馬の頭部が爆散した。

 暗闇からの死徒の蹴り。渾身の一撃は馬の頭部をたった一撃で消し飛ばすには十分すぎる威力を誇っていた。いくら身体強化の魔術を施した私といえど、守りの薄い頭を攻撃されれば当然死ぬ。もし一秒でも遅れていたら、私の頭は弾け跳んでいただろう。

 

 ぞっとしない想像をしながら高速で『吸血剣(ブラッドイーター)』を抜剣し、蹴りを繰り出した吸血鬼の胸を貫く。血を一瞬にして吸い尽くされた死徒は悲鳴さえ上げられずにミイラとなり、地に落ちた。

 同時に馬がバランスを崩し、私も地面へと放り出される。

 

「ッ――――!」

 

 受け身を取り、最大限隙を見せない様に着地。

 靴底で土を抉りながら止まり、全方位を警戒する。更に魔術による多重結界の速攻展開。無詠唱なので質は知れているが気休め程度にはなる。

 

「あーくそっ、今日一日断食することになったよ全く……こいつ等ホントに他人の都合ってもんを知らないね」

 

 腹減った。しかし保存食は皆無。

 こいつら昼間からこちらを付けてきていたので、落ち着いて食事という状況を作らせてくれなかったのだ。もうこいつ等の肉でも食べてくれようかこんにゃろ……。

 

 余計な思考をそぎ落として、極度の集中状態を作る。

 魔術による感知では相手の数は七。しかしその戦力は通常の死徒二十人以上に匹敵する。今までは最大二十人相手にしたことがあったが、あの時はもう何というか、死にかけた。冗談抜きで。ニミュエがくれた鞘や神剣があるので前よりはマシな状態だろうが、相手の戦力は前より多いと推測するべきだろう。

 

 ……もしこれが抑止力の仕業なら、どんだけ私殺したいんだよと言いたくなる。

 

「出てきてよ、囲んでるんでしょ。それともお偉い死徒さんは人間に顔も見せられないの?」

 

 もう感知魔法でアイツ等が私を包囲しているのはわかっている。この呼びかけに答えるなら、空いた箇所から突破して強引に逃げ切りたいのだが――――予想通り応じる馬鹿は一人もいなかった。

 流石に、見え透いてたか。

 

『……我らは主から直々に、貴様の捕縛を命じられている。悪いが、確実な方法を取らせてもらおう』

「さっき思いっきり殺しにかかってきてなかった? ていうか、ボス命令にしては少し数が少なくない?」

『あの程度で死ぬのならば、貴様はそれだけの者だったという事だ。そんな間抜けは我らが主の前に立つ資格すらない。数が少ないのは我々が先に見つけただけで、今頃そこら中に命令が下された分隊がいるだろうよ。だが、貴様のような人間の小娘一人、われらで十分。獲物を他人に譲るほど甘い我々ではないわ』

「……あ、そ」

 

 奴さんの考えはわからないが、どうやら相手は私を捕まえたい様だ。

 大方同胞を山ほど殺された報復でもするのだろう。待っているのは高確率で拷問の類。絶対に捕まりたくない。

 

「何でもいいや。こっちはそっちの親玉の居場所だけわかれば十分だし」

『愚かな。この状況で反抗するか』

「ハッ」

『…………何を笑って』

 

 この状況、ね。

 

 じゃあ、答えを見せてあげよう。

 

 

 ――――追い詰めたのはお前らじゃなくて私なんだよ馬鹿どもが。

 

 

「――――Growth(伸びよ),Blood Sword(血の剣よ)!」

 

 手に持った赤色の剣を薙ぎ払うように振る。

 それは何もない場所で空振るが、払われると同時に剣が強く光り『それ』を現出する。

 

 刃が強靭なワイヤーで繋がれつつ等間隔で分裂している異形の剣。

 

 蛇腹剣(フレキシブルソード)。中世ヨーロッパどころか二十一世紀にも存在しない武器。

 今持ちうる魔術と数多の死徒の血を啜り変質しだした『吸血剣(ブラッドイーター)』が組み合わさることで初めてその機能を生み出した、人工的な『魔剣』と例えられるそれは、獰猛な蛇のように獲物へと飛び掛かる。

 

 数年間。対死徒戦を重ねた私が改良に改良を重ねた成果だ。

 どれだけ隠れようが、この魔剣は『血の臭い』をたどって自身の血が尽きるまで伸び続け、獲物の血液を一滴残らず吸いつくす――――!

 

『ぐあぁああがっああ!?』

『ギャアァアアアッ!?』

 

 そこかしこから悲鳴が上がる。樹木の間を掻い潜る様に、『吸血剣(ブラッドイーター)』の剣先が隠れていた死徒の体を斬り裂き、血を吸っていく。元の長さなど既に越える程伸びているのにもかかわらず、まるで何もない所から刃は無尽蔵に生み出されてゆく。

 

 別に無から有を生み出しているわけでは無い。剣が取り込んだ血液を魔術で変化させて、一時的に『剣の一部』として扱っているに過ぎない。しかしその効果は抜群。血を吸えば吸うほど際限なく伸びて行く剣は一瞬にして四体もの死徒をその凶刃の餌食とする。

 

『くっ……舐めるなァッ!!』

 

 わざと(・・・)見逃していた個所から二体の死徒が現れ、人間には叩き出せない速度で私へと迫る。

 ああ、馬鹿だ。馬鹿すぎる。

 ここまで被害が出たにもかかわらず、仲間と相談もせずに出てくるとは。

 

「アッハハハハハハハハハハッ!!! 愚図は消えててよ!!」

 

 余りにもアホすぎる死徒をあざ笑いながら、私は赤い蛇腹剣を握る手を、全力で払った。

 

 

 ――――瞬間、森に無数の紅い閃光が走る。

 

 

 この空間一帯に広がっていた蛇腹剣の刃が鞭のようにうねり、予測できない軌道で何度も周囲を切り裂いたのだ。血に塗れた刃が通った証拠として、切り裂かれた木々の切断箇所に朱い滴がついている。

 

 伸びた『吸血剣(ブラッドイーター)』が元の形に戻ったと同時に、時間が初めて動き出したかのように切断された木々が崩れ始める。

 粉塵が上がる中、幾つにも切り飛ばされ干からびた死体が宙を舞い、地に転がる。

 

 予想外。これは相手にも、私にも言えた。

 

「……担い手になって、身体能力まで上昇しているの?」

 

 そう。神剣の担い手となった影響か、今までに一度も無かった、体の底から力が溢れるような感覚を感じていた。ニミュエの加護の影響も多少あるだろう。だがここまで爆発的な変化はそれだけでは説明がつかない。

 ならば、神剣に原因がある。アレの内包する魔力や神秘は絶大な物であった。その影響ならば、私の今のこの状態も説明できなくもない。

 

 ……後で何か代償の要求されないよね。

 

 少しだけ不安を覚えながらも、私は唯一生き残った死徒へと歩み寄る。

 腰が抜けているのか、へたり込んだ死徒は怯えた目でこちらを見上げていた。まるで捨てられた子犬の様に。

 

 だが遠慮はしない。私はその胸倉を掴み上げて、死徒の体を宙づりにする。

 

「ひぃっ……!?」

「で、喋ってくれないかな。貴方たちの『頭』は何処に居るの?」

「そ、そんなの、言え――――」

 

 頭を地面に叩き付ける。

 殺す気で行われたそれは一切の間違いなく頭部を潰し、中にある脳漿をぶちまける。

 しかしそこは流石死徒。一分かからず元通りに戻る。

 

「や、やめ――――」

 

 もう一度潰す。高所から落下したトマトの様に潰れる。

 そしてまた元通りになる。

 

「ま――――」

 

 潰す。

 戻る。

 

「わ――――」

 

 潰す。

 戻る。

 

「――――」

 

 潰す。

 戻る。

 

 

 

 潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。潰す。戻る。

 

 

 

 何時間その作業を繰り返し、飽きてきた頃に手を止めてみる。

 潰れた頭部を治した死徒は青ざめた顔のまま動かない。死んだわけでは無いのだろう。

 そして私はもう一度その胸倉を掴み上げた。

 

「教えて? ね?」

「は、い…………」

 

 憔悴しきった死徒は拷問の効果覿面だったのか、面白いくらいぺらぺらと情報を吐いてくれる。

 

 ここフランスに居る死徒たちは一人の真祖から派生し、その社会を構築している。

 その長となるのが『黄金の姫君(ノーブレス・ゴールド)』、ミルフェルージュ・アールムオクルス。

 最上位の吸血鬼のみが所持することを許される『黄金』の魔眼を持つ真祖。

 その彼女を長として管理され構築された組織体制なため、彼女が消えれば自然的に空中分解するそうだ。しかし、そんな不安定な体勢を強引にとはいえ成立させるほどの腕前。それは彼女が相当強力な存在であるという証である。

 

 中々の難敵になりそうだ、とため息交じりに呟く。

 

「い、居場所は、わかりませ、ん。わ、我々はただ『幹部』を通じて命令を受けているだけの下っ端で」

「じゃあその『幹部』の居場所全部喋って。喋れ。直ぐに」

「は、はいぃぃいっ!?」

 

 面倒事に頭に痛ませながら、死徒の口から出る地名を残らず頭に刻んでおく。

 用済みになった死徒を『吸血剣(ブラッドイーター)』で殺し、戦闘が終わったとようやく頭が理解し始める。

 疲れた。

 ああ、腹減った。

 

「……どうやら、まだ帰れなさそうだよ。アル」

 

 どこに居るかもわからない我が妹に謝罪しながら、私はふらふらと森を抜けるために足を動かす。

 

 死徒め…………絶対に一匹残さずミイラにしてやる……。

 

 憎悪の籠った呪詛を呟きながら、私はまたもや死徒狩りを再開することとなった。

 その活動は――――フランス各地で起こった原因不明の爆発事故という形で現れ出すこととなる。

 

 

 

 




面倒くさい女に好かれる女主人公。主人公はレズじゃないよ。ホントウダヨ。

因みに今の主人公の強さは円卓の騎士とタイマンできるぐらいです。RPGに例えるなら円卓が平均レベル50だとして主人公は60って感じ。時間と経験と才能がなせる業だね。

さて、一体どこまで強くなれるのだろうか・・・?

追記・誤字を修正しました。あと表現追加。


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第八話・黄昏と黄金

何でこんなにアクセス増えてんの!? と驚いている自分がいる。
謎の期待が胃にのしかかるぜぇ・・イェァ・・・。


 とある町の屋敷。並の富豪でも持ちえない巨大な建築物が街の中央に居を構えている姿は圧巻そのもの。何も知らない者でも『此処に住むものは大層な金持ち』だと理解できるだろう。

 事実ここに住まう物はフランスでも有数の富豪。金銀財宝を山ほど所持し、領主を差し置いて街を我が物顔で歩いては若い娘を金で買い、弱みを見つければ遠慮なく付け込み権力に物を言わせて搾取を行うという悪質な者であった。

 

 ――――そして夜中、それは起こる。

 

 屋敷の一角で巨大な爆発が起こったと思いきや、中から火球やら轟雷やらが飛び出しては破壊の限りを尽くしたのだ。鳴り響く騒音。夜空を照らし轟々と燃え上がる炎。

 それはたった一人の少女によってもたらされたものだと、誰が信じようか。

 

 

 

「死ね腐れ蝙蝠ィ!!」

 

 私は苛立ち交じりの声で叫びながら、小太り気味の中年男性の死徒の腹を蹴り飛ばす。

 蹴られた死徒は面白いくらいに跳ねまわり、屋敷の壁に叩き付けられた。たった一撃で内蔵全てを潰されるという壮絶な傷を負ったにもかかわらず、まだ生きているのは死徒ゆえの不死性か。

 

 ……概念武装って自作できないのかなぁ。

 

 そんな愚痴を心の中で漏らす。そんな物がなくても殺せると言えば殺せるが、色々と手間がかかるので面倒なのだ。消費する魔力も馬鹿にできないし。

 

 小太りの死徒は恐怖で顔を歪ませながら、必死に命乞いをする。

 こんな光景を見るのは一体何度目か。うんざりとした顔になりながら、私は『吸血剣(ブラッドイーター)』の切っ先を死徒へと突き付ける。

 

「ま、待ってくれ!? 頼む、殺すな! ほっ、欲しい物をやる! 金か? 地位か?」

「ミルフェルージュは何処?」

「ミッ……何故その名を――――」

 

 質問に答えない罰としてその腕を切り落とした。

 死徒を斬り過ぎて変質した『吸血剣(ブラッドイーター)』の効力か、その腕は再生せず血が噴き出す。まぁ、千体以上も斬り殺していればそうなるね。

 

 ……ホント、十年もフランスに滞在するとは予想外過ぎた。

 

 十年。十年だ。ふざけてるとしか思えないが、しつこいぐらい追跡してきて、この死徒(阿保)共は私をフランスから出しもしなかったのだ。強引に突破しようとしても数百人の死徒の軍勢が海岸付近で待機している始末。

 そのせいで私は情報を引き出しながらしらみつぶしに死徒社会の幹部潰しに五年費やした。

 

 おかげで、怒りと憎しみと悲しみと殺意で胸がいっぱいだよ。

 

 愛しい妹に、十年も顔を合わせていないんだよ? こいつ等のせいで予定が五年、五年も遅れたんだよ?

 

 これはもう首を頂戴してもらうという方法でしか償えない。いや許さない。絶対に。鏖殺してやる。

 

「ぎゃぁああああ!?」

「みっともない声出してないで早く喋ってよ。他にも当てはいくらでもあるんだよ?」

「わ、わかりましたっ! 殺さないでっ!」

「……おい」

「ラ、ランブイエの森だ! それしか知らない!」

 

 ……ランブイエの森か。確か、パリ辺りにあったっけ。

 なんでもいい。ようやく有用な情報を手に入れられたのだ。どいつもこいつも他の幹部の居場所しか知らず、それを聞きながら片っ端から聞きながら潰す羽目になった。

 そういう意味では、この男が最後の幹部と言っていい。一応ここオルレアンだし、かなり大きめの市街だろうし。オルレアンつってもジャンヌあと千年ぐらい経たないと生まれないけど。

 

「おっけー。情報ありがとう」

「た、助けてもらえ――――」

「んじゃ死ね」

 

 赤い剣が振るわれると、小太りの死徒の首が胴体を離れて宙を舞う。

 生かしておく価値すらない奴だ。殺せるときに殺しておいた方がいいだろう。約束? 私『助ける』なんて一言も言いませんでしたが、何か。

 

「はぁぁ……Flame(炎よ)

 

 その一言で屋敷を燃やしていた炎が一気に広がり始める。魔力という名のガソリンをこれでもかというほど追加したのだ。一瞬にして灼熱地獄と成り果てた屋敷を開いていた窓から抜け出し、気配遮断と見識攪乱の魔術を使い人目を避けてオルレアンの町を出る。

 

 街を出て、すぐさま暗い森の中に入ると、不自然なまでに存在感を放つ装飾された扉がぽつんと存在していた。

 私は遠慮なく手をかけて開く。

 

 中には、いたって変哲もない『部屋』があった。

 

 家具がある、明りがある、絨毯が敷かれていれば机も椅子もベッドもある。

 何処にでもありそうな普通の部屋。居間とでも呼べるそれは謎の扉を開いた奥に存在する異空間。

 

 その名も『私だけの空間(プライベート・ルーム)』。私以外の存在は私が許可しない限り絶対に入れない絶対空間であり、マーリンから魔術を学んだ時から理論構築し、数年間鍛えに鍛えた魔術であれこれ工夫して作り上げた私の魔術の結晶体。

 実態こそ空間の隙間を広げ、本来存在し得ないであろう虚数空間を作り上げてねじ込むという出鱈目を行い生まれた空間魔術だが、これによって私は死徒の追跡を逃れてきた。そういう意味では私という存在を存続させた偉大なる魔術でもある。術式の難解度は私でさえ理論で二年、実現に四年かけた程であるが。

 

 室内に入り扉を閉めると、外界から『遮断』されたのを感覚で感じる。今頃あの森の中に存在していた扉は綺麗サッパリ消えているだろう。故に追跡は不可能。場所も固定されているのではなく、私の意思次第で自由に移動できるのだから実に便利だ。

 

 ……欠点としては維持魔力量が半端じゃないほど大きいと言うところ。いや、虚数空間の維持自体は特に苦労はしないのだが、問題は外界と繋がった時。一種の固有結界の様な物なので扉を出現させ外界と空間を接続したときにとんでもない量の魔力が消費されていくのだ。

 こうやって外界と空間を遮断して居ればそこまで減りはしないのだが、そこは改良の余地アリといったとこかな。

 

 予定では『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』みたいに四次元ポケットまで発展させるつもりだ。

 

 完成までの日が実に待ち遠しい。

 

 鮮血や炭で汚れきった衣服を魔力稼働式全自動洗濯機の中に放り込み、裸になった私はシャワーを使い髪や体についた汚れを洗い流していく。

 水は何処から来ているのかって? やだなぁ魔力で作り出しているに決まってるじゃないか。

 

 実は私、一年前に魔力保持の理論を組み立てて見事完成した。

 その名も『魔力貯蔵空間(マナ・ストレージボックス)』。虚数魔法と錬金術を組み合わせて創造した新素材でできた箱の中に魔力を閉じ込め、外界から隔絶させることにより自然的な霧散を防いだまま無限に溜め込むことのできる超絶便利アイテム。

 

 でも、残念ながら量産が厳しいのが難点だ。千回やって成功例が一つだけなのだ。というか自然界の素材に虚数魔法を付与して変質させるなぞ、兎にニンジン食わせてニンジンにしようとするほど出鱈目で無茶苦茶な所業なのだ。むしろ千回やって一回成功した方が凄まじい事だろう。

 

 代わりに、無限貯蔵という最高のアドバンテージが存在するので妥当ともいえるか。

 

 今貯蔵できている魔力は私の魔力三年分。普通の魔術師で換算すればざっと普通の魔術師二十年分の魔力が存在する。戦闘に転用すればAランクの魔術がバカスカ撃てるぐらいにはあるという事。この空間の維持ならば十年、機能を休眠させスリープ状態にすれば、内部に設置した死徒の心臓で作った永久稼働魔力路が壊れでもしない限り永久に維持できる。

 

 我ながらすさまじい物を作ったなと感心する。

 

 シャワーを終えて寝間着に着替えた私は、今日も一仕事終えたと小さく呟きながら柔らかいベッドに飛び込む。

 四年前この空間内で初めてベッドを作って飛び込み、蓄積していた疲れを解いた時には本当にもう死んでいいと思った。これでアルトリアが抱き枕にできたならば、神様だって殺せる気がした。

 

「あぁぁああああああアルアルアルアルアルアルアルアルアルアル――――」

 

 十年間もアルトリウム(アルトリア成分)を補給していないせいでもう禁断症状も末期に近付いてきている。正直ヤバい。あの女の子特有の香りをhshsしたい。prprもしたい。一緒にお風呂入りたい。談笑もしたい。添い寝したい。

 

 ああああ、我が愛しのアルトリア。ああああ、私の最愛の妹。君は何処に。いやブリテンに居るだろうけど。

 

 クソッ。どれもこれもあのミルフェルージュなんたらっていう死徒――――いや真祖のせいだ。アイツだけは絶対にぶち殺す。十年間たまりにたまった積年の恨みだ。きっちり払わせてやるよフハハハハハ。殺す。

 

「とりあえず、接続場所出現予定地をランブイエの森にして、と」

 

 ベッドの隣の机に置かれていた自作のフランス地図。その上にあるチェスの駒を動かし、予定地であるランブイエの森に置く。

 すると地図右下の数字の羅列がカチャカチャと変動し『09:28:11』という物に変化した。

 勿論これは虚数空間の移動方法だ。チェスの駒を現在位置に見立て、場所を変えることで自由自在に空間の移送を可能とする。

 

 え? これ使えばブリテンに行けるだろって? そうしたいのは山々なのだが、少し事情があってそれは無理なのである。

 

 法則が異なる――――要するに今のブリテンはフランスやその他諸外国とは別次元の法則が働いている。一種の異空間と例えていい。そしてそれを渡るにはどうしてもその『境界面』を通過せねばならない。

 虚数空間だけの移動ならば問題はないのだが、私という生物を入れた状態でそれを行えば不安定な状態で安定している虚数空間は均衡を崩し、即座に崩壊する。境界面自体が不安定な空間の境目。簡単に例えるなら、ブリテンは見えない嵐の壁によって隔絶されており、普通に通る分には問題ないが空間転移など一部の移動手段で渡ろうとすると強力な阻害を受けてしまう、とそんな感じだ。

 

 端的に述べれば、この手段で渡ろうとしたら私はこの虚数空間諸共消される。

 

 だから、渡りたくても渡れない。フランスがまだ神代の法則だったのならば可能性は十分だったのだろうが、無理なことを言っても仕方ないだろう。

 

 気分を入れ替え、予定地までの到着時刻をもう一度確かめる。

 凡そ九時間半か。睡眠するには十分だろう。

 

 いよいよ最終決戦だ。準備は怠らず、今まで用意してきた対死徒用武装全てを行使するつもりである。

 

 つか、いい加減里帰りくらいさせろっつーの。

 

 愛しの妹の顔を思い浮かべ、現状にうんざりしながらベッドの上で蹲る。

 二日ぶりの熟睡だ。しっかり休んでおこう。

 

「あぁ、もう…………帰りたい」

 

 そんな弱音を吐きながら、私は静かに瞼を閉じるのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 シャンデリアの光が照らす白い空間。一切の染みなど許さない、常識外れの『浴場』は、ただ白一色に包まれていた。

 寂し気に置かれた、中央に存在する真っ白な浴槽。

 

 そこには目いっぱいに鮮血が注がれていた。

 赤い絵の具を落とした水でもなければトマトジュースでもない。

 

 血だった。しかもただの血では無い。人間の血。

 

 常人ならばその発想をした者の頭を疑うであろうその存在に、まるで快適とでも言いたいのか満足げな顔で体を浸からせている女性が居た。

 美麗なる金髪を血で濡らし、黄金の目を輝かせながらまだかまだかと何かを待ち続ける彼女は、何かに気付いた様に表情を変えた。

 

「ああ、待っていた。ずっと、短かったけど、長かった。ようやく来てくれたのね、私の愛しい人」

 

 艶美な表情で女性――――ミルフェルージュは血の浴槽から身を上がらせる。

 

 コンディションは最上。最終決戦に相応しいほどの好調。

 彼女は今から起こるであろう壮絶な対決を『目』では無く『勘』で読み取り、妖艶に体をくねらせ真っ赤なドレスに身を包む。

 

 

 

 ――――轟音が鳴り響く。

 

 

 

 まるで巨大な爆発が起こったかの様に。いや起こったのだろう。巨大な振動がミルフェルージュ専用の浴場にまで届いているという事は屋敷全体が揺れたという事だ。

 様々な声が聞こえてくる。どれもこれもが焦りを含んだ物であり、これを聞いたミルフェルージュはクスリと微笑した。あまりにもその様子が滑稽過ぎたのだから。

 

 緊急事態にもかかわらず、黄金の吸血姫はゆったりと身支度をする。

 

 誰に見せても恥ずかしくない様に、髪を梳き、肌を拭き、服を着て、化粧を施す。

 

 敵襲だというのにそんな奇行を迷いも無く行う。

 それがこの吸血姫だ。最上位の吸血鬼であり数百年もの間死徒たちを束ねてきた絶対者。

 優雅に、可憐に、彼女は慢心してもなお相手を圧倒する。

 

 だからこそ心が躍る。

 

 久しぶりに、自分に全力を使わせてくれるやも知れない相手が現れたのだから。

 

「お願い私の愛しい人。どうかわたしを満足させて。永遠の生の中で、刹那の鮮烈な輝きを授けて。永劫、忘れられない究極の愛を、憎悪を、痛みを――――私に感じさせて」

 

 ミルフェルージュは楽しむようにその台詞を呟き、己の決戦場へと一歩一歩を味わうようにして赴く。

 静かに、優しく美しい愛し(殺し)合いをするために。

 

 

 

 

 

 

 

「ダイナミックお邪魔しまぁぁぁああああああああああああああああああああああっす!!!!」

 

 

 隕石落としの大魔術(ノックしてもしもし)を使って盛大に敵の屋敷を半壊させながら華麗に大広間に着地。

 使用人らしき死徒たちが唖然としてこちらを見ていた。隕石の降下と一緒に訳のわからないこと言う奴が現れたら仕方ない。

 

 躊躇する理由にはならないが。

 

「死ね阿保ども!! ――――Four elements,Extermination(四大元素は荒れ狂う)! Your rule is my rule(汝が理は有無を言わず我が理に変ず)! All Material Extinction(有象無象は塵へと還れ)!!!」

 

 あらかじめ用意していた数十の宝石と触媒をばら撒き、極大規模の大魔術を一瞬で構築し多重同時展開。

 巨大な暴風が、耀く炎が、鈍重なる水禍が、絶え間ない隆起が半壊した屋敷を襲う。

 中に居る死徒たちは巻き込まれてその肢体をバラバラにされた。しかし死徒がその程度で死ぬわけがない。

 

 が、対策程度は用意している。

 この前座(・・)もただの時間稼ぎに過ぎない。

 

「…………”聖なる光よ、悠久に広がる闇を見よ。其れは世界に仇成す死者の成れの果て。死を否定し、世の理を乱す哀れな愚者”」

 

 死徒を倒す方法は二つある。

 一つは、概念武装による討伐。実にシンプルで、概念を上書きする武装で傷付けることで不死性を無効化し、人として殺すことだ。

 二つ目は、浄化。人間をやめた吸血鬼に、人間だったころの自然法則を叩き込んでその肉体を洗礼し塵に還す方法だ。

 

 私はどちらも使用不可能であった。理由は単純。私は概念武装を所持していないし、浄化はそれを用いることで発動させることのできる小規模な儀式だ。

 だから私は独自に対不死者用の魔術を完成させた。

 

 浄化術式(ロンダリング・コード)

 

 ことアンデッド相手にすさまじいまでの効力を発揮する独自魔術である。

 反面、普通の生物に対しては効果は皆無だが。

 更に言えば弱った相手じゃないと効果が薄いし、詠唱も長いので妨害されやすいのも難点だ。だからこそ開幕大魔術を使い、全員身動きが取れないようにしたのだが。

 

「”その魂は穢れを積み重ね、無垢なる器は黒に染まる。ならば今こそ無色へ還そう。私は宣言する。――――汝らに救いを”」

 

 祈る様に両手を胸に当て、最後の言葉を呟いた。

 

 

 

「――――――――”去りゆく魂に安らぎあれ(Pax exeuntibus.)”」

 

 

 

 詠唱を終えた瞬間、悪しき気配が一つを残して全て消え去る。

 魂の強制成仏とは中々慣れないことをしたが、どうにか上手く行ったらしい。これ、何回か失敗して魂がそのまま魔力に分解されたことあったからね。あの時は魔力発生の衝撃で死ぬかと思ったよ全く。

 

 しばらくして、小さな靴音が近づいてきた。

 いよいよ大ボスとご対面だ。

 

 待っていたよ、この時を。五年も。

 

 

「……随分と派手に散らかしたみたいね?」

 

 

 現れたのは、紅いドレスに身を包んだ金髪金眼の絶世の美女だった。

 熱風でそれを揺らしながら、魅惑的な気を纏い私の全身を舐める様にして見てくる。気色悪いったらありゃしないが、吸血鬼共の美的センスはもうとっくの昔から理解しているので何も言わない。

 

「敵の拠点で遠慮する必要があるの?」

「ん~、可憐さや優雅さが欠けているわ。もう少し静かに、美しく、そう……スマートに出来ないのかしら?」

「生憎、憎たらしい奴の顔面は殴る性分なんで」

 

 汗が頬を伝う。

 本能が、長年の経験が同時に理解する。

 

 ――――アレはヤバい。

 

 今まで相手にしてきたどの吸血鬼よりも危険な奴だ。

 魔眼持ちだと知ってはいたが、最上位の吸血鬼というやつは伊達ではないらしい。一瞬の油断さえ許してはくれないほどの難敵。

 だが、勝てないわけでは無い。

 流石に勝算の無い戦いに挑むほど馬鹿ではないのだよ、私は。

 

Gravity boost(重圧増加).Bind a chain(鎖よ、縛れ)!」

 

 動きを封じるために重力を増加させ、更に魔力で編んだ鎖で全身を床に縛り付ける。

 そして『吸血剣(ブラッドイーター)』を抜剣しその切っ先を突きつけて――――

 

 

「……貴女の立っている床は今抜ける(・・・・)。そう言う事にしましょうか」

「は――――ッ!?」

 

 

 唐突に足元が崩れる。

 床が抜けたのだ。いや、あれだけ派手に壊しておけば床の一つや二つ崩れはするだろう。

 だがあの吸血鬼は先程何と言った。

 

 『そう言う事にしましょうか』? それではまるで人為的に今の現象を起こしたような口ぶりではないか。

 偶然。いやあり得ない。あそこで床が抜けるなどそれこそ未来予知でもしない限り不可能だ。そもそも私だけをピンポイントで狙ったように床が崩れること自体が『出来過ぎている』。

 

 まさか。

 

 まさか――――ッ!?

 

「クソッ!」

 

 下の階、地下室らしき場所に落ちた私は衝撃を殺すように着地し即座に離脱を図る。

 魔術による構造把握で唯一の出口である非常通路が外に繋がっているのは既に理解済みだ。だからそこまで全力で逃げれば体勢を立て直すことができるだろう。

 

 そこまで考えを巡らせた直後、背後に何かが降り立つ音がする。

 同時に、告げられた。

 

「その通路は今崩落する。ええ、そうなる運命に置き換えて(・・・・・)みましょう」

 

 狙いすましたかのような瞬間に通路の天上が丸ごと崩れ、完全に塞がってしまう。

 そこでようやく理解する。

 自分は舐めていた、と。

 

「クスッ。まぁ、可哀想ね。目の前の御馳走を台無しにされた子犬みたい」

「……一応聞いておくけど、魔眼を使ったの?」

「そう。凄いでしょう? 色々制限はあるけれど、嵌れば中々使えるわ。――――見たモノの『運命』を『置換』できる魔眼は」

 

 見たモノの運命の置換。

 例えるならば、何かが入った箱が目の前にあるとしよう。そしてその中身がAであるすれば、別の可能性では中身が全く違う物体のBである可能性もある。だがそれは可能性の話であり、この場合中身はAだ。それは変わらない。中身を見て、観測して認識しAだと確認をしたのだ。

 そして、あの魔眼はその観測して確定した可能性を『入れ替える』能力を持っている。

 要するに確かに目で見て感じて、そこに存在するAを全く別物であるBにすり替える――――第二魔法、『平行世界の運営』に限りなく近い何か。実体こそ『可能性の置換』という物であるが、それでも強力であることには変わらない。

 

 私としたことが、見誤った。

 もう少し正確な下調べもできたはずだろうに、最後の最後でしくじってしまうとは。何たる不覚。

 そんな後悔してももう遅い。既にこうやって争いを始めてしまっている。

 都合よく後戻りなど、もうできない。

 

Growth(伸びよ),Blood Sword(血の剣よ)!」

 

 蛇腹剣と変化した『吸血剣(ブラッドイーター)』を振るう。右往左往と鋭角機動を描きながら、伸びていく紅い剣の刃は空間に無数の傷を作りながら獲物へと襲い掛かった。

 

 だが、その刃が肉を切り裂くことはなかった。

 

「それは私には当たらない」

 

 そう告げられただけで、予めそうなると決まっていたかのように『吸血剣(ブラッドイーター)』の刃がミルフェルージュを通り過ぎ、遥か向こうの壁に突き刺さる。

 あり得ない。臭いを嗅ぐことで確実に得物を喰い殺す私の愛剣が攻撃を外すなど今まで一度もありえなかった。

 ならばミルフェルージュが何かをしたのだろう。

 魔剣による攻撃が『当たらない』という可能性とすり替えることで、その場を動かずして回避したのだ。

 

「……なんて出鱈目。見るだけで攻撃を逸らすなんて」

「あら? まさか不公平、なんて言うのかしら」

 

 そんなつもりはない。しかし理不尽だと不満の一つぐらいはこぼしたかった。

 何せ『観られた』だけで自分が一方的に主導権を握れるのだ。実にふざけた能力だと言いたい。

 

「なら、薙ぎ払う!」

「貴方はそれを取り落とす」

 

 紅い剣を握っていた手に強烈な違和感を覚える。

 引き攣った顔になりながらその手を見ると――――その手から剣の柄を取りこぼしていた。

 それが『当然』であるかのごとく。

 

 取り落としたという可能性との交換。……出鱈目すぎる。

 

「フフッ。まぁ、前座程度なのですから、そう驚かないで? ――――本番はこれからなのだから」

「くっ――――!?」

 

 ミルフェルージュがその細く白い手を自身の正面に翳す。

 

 その動作だけで、巨大な魔法陣が瞬時に幾つも多重展開された。どう見ても大掛かりな儀式を通さねば発動すら困難なAランクの魔術の複数同時起動。それを一瞬で、詠唱すらしない一工程(シングルアクション)で展開? それを何個分も? どんな魔術の腕だッ――――と叫びたかったが、すぐさま気づく。

 

 こいつ、嘘でしょう。

 

「『魔術を用意していた』可能性との置き換え!?」

「ふふ、大正解」

 

 ふざけるなと思った。大掛かりな手順を踏むはずの大魔術を『それを行った』という可能性と入れ替えることでの瞬時発動? 理屈の上ならばどんな魔術であろうが即時発動可能という、現存する魔術師が知ったら激怒不可避の裏技ではないか。

 

「それ相応の魔力を消費してしまうのが難点ですけど、面倒な過程をすっ飛ばして結果を得るという点だけ見れば、結構な優れものですわよ?」

「…………は、ははっ」

 

 乾いた笑いしか出てこない。

 まさかここまでふざけた存在だったとは。完全に想定外である。

 

「では、耐えてみなさいな」

 

 全身の毛が立つほどの怖気。

 半分衝動に任せる様にして、私は今自分が持つ最大の防御方法を選択した。

 腰に差した黄金の剣と鞘。それを握り、可能な限りの魔力を叩き込むように送り込んだ。

 

 

 

 

 

「『栄光を授けよ黄昏の光(グローリアス・トワイライト)』」

 

 

「『忘却されし幻想郷(ミラージュ・アヴァロン)』!!」

 

 

 

 

 

 黄昏の破壊光と黄金色の大盾が衝突した。

 

 

 

 




戦闘を掻くと何故か長々と書いてしまう症候群。何で何でしょう。とりあえず自害しろ、ランサー。

追記・誤字などのミスを修正しました。
追記2・ミス多過ぎィ!


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第九話・夜明けと共に灰は散る

連投二個目。前後編みたいなものだから話は全く進んでいないけどな! ごめんね!


 宙に投げ出された身体が地に落ち、衝撃が全身を襲う。

 しかしながらも残った理性で、可能な限り衝撃を殺して転がり体勢を正そうとする。

 それは想定通りにはならなかったが、背中が木の幹にぶつかったことでどうにか支えを得て立ち上がることができた。脳が揺れているせいで立っているだけで精一杯といったのが現状か。

 

 治癒魔術で体の各所を補修して、未だぐらつく視界で遠くにある瓦解し始めた屋敷を見る。

 自分が行った巨岩落としと大魔術の嵐によって既に崩壊寸前だったのが、今の攻防で完全に崩れ始めたのだろう。

 何百年も存在し続けていたはずの屋敷は、あっけなく豪快な音を立てて崩落していく。

 その下には崩壊の原因の一人が居るはずだが――――不思議と死んだとは思えない。吸血鬼があの程度で死ぬとは思えないし、ましてやアレは別格だ。

 この程度で死ぬならばそもそも私が数百メートルも吹き飛ばされてこんな状態になることはないだろう。

 

「最後の最後にあんなものを相手にすることになるとは……ついてないなぁ、もう」

 

 右手に黄金剣を、左手に赤色剣を携えながら愚痴を漏らす。

 今まで何度も苦労してきたが、まさかここまでの大玉が潜んでいたとは。正直もう逃げたい。

 が、それはできないだろう。

 相手が許してくれそうにないし、先に喧嘩を吹っ掛けた以上やられたまま帰るというのは――――少し悔しい。

 

 下らない意地だろう。笑ってくれて構わない。

 だけど、こちらにも譲れない意地があるのだ。人間としての意地が。

 

 

「――――身体欠如補強――――完了

 ――――全身魔術強化――――完了。

 ――――思考速度倍化――――完了。

 ――――全行程、終了――――行くぞ」

 

 

 数百もの魔術回路全てが駆動し大量の魔力を生み出していく。その魔力を全身に纏い、その上で更に身体強化の魔術を行使し、身体能力を極限まで向上させる。

 当然こんな力任せな芸当、長時間も持たない。全力まで稼働させている魔術回路は持って精々五分程度。それ以前に肉体的な負担によりもっと短くなる可能性がある。

 

 ――――だからどうした。

 

 限界が何だ。

 激痛が何だ。

 そんな物今までに何度も経験してきている。そんな物を代償に『勝利』を掴めるならば安いと言う物だろう。

 

「ふ――――ッ!!!」

 

 足裏に魔力を集中し、ジェットのように噴射。それだけで私は前に一歩進んだ時点で音速を越える。

 

「ぐぁぁあああ――――!!!」

 

 体が軋む。突然の急加速で骨という骨が折れそうになる。

 それでも耐える。耐え続ける。死ぬわけでは無い。死なない。死んでたまるか。千切れそうな筋肉を魔術で修復し、弾ける毛細血管から発せられる痛みという肉体のブレーキを無視して突貫を続ける。

 

「アハハハハハッ!! 生きていた! そう、それでこそ私も本気を――――」

「うるっせぇぇえええええええええッッ――――!! ダイナミックエン○リィィィィイィィィイイイイッ!!!」

 

 瓦礫を突き破って表へ出てきた吸血鬼の鳩尾に、魔力放出と身体強化の全力加速を乗せた跳び蹴りを叩き込む。

 グチャリ、と蹴りを繰り出した右足からそんな感触が伝わってきた。内臓の八割が破裂した音だ。

 

「ァガ、ハ――――ッ!?!?」

「吹っ飛べェ!!」

 

 超音速の跳び蹴りが炸裂して、ミルフェルージュは魔眼を使う暇さえ与えられず崩壊した屋敷の瓦礫を粉々にしてもなお勢いが殺せないほどの速度で吹き飛んでいった。

 

 ベイパーコーンを生じさせ、ソニックブームをまき散らし、たまたま存在していた断崖絶壁に叩き付けられて巨大なクレーターを作ることでようやく停止する。真祖といえどもかなり堪えたのか、血反吐をまき散らしながらもミルフェルージュは動かない。動けない。超音速で壁に叩き付けられ、全身くまなくミンチ肉へと変えられているのだ。再生するにも時間がかかるだろう。

 更に今は昼。真祖といえども多少の弱体化は免れない。

 追撃するための絶好のチャンスが出来た瞬間であった。

 

 でも私は動かなかった。

 否、動けなかった。ミルフェルージュを蹴り飛ばした右足の骨が粉々になってしまっていたのだ。

 

「ぐぅぅぅぉおおおああぁぁああぁぁあああッ…………!!!」

 

 半端では無い痛みに悶えながら魔力を右足に集中し強引な修復を開始する。しかし強引すぎるが故に、その修復は痛みを伴う物であった。傷ついた肉が独りでに蠢き、骨が動いて何度も擦れる――――想像を絶する痛みに泣き叫びそうになりながらも、黄金剣を杖代わりにして立ち上がる。

 

「――――Set(起動).Standby magic(事前待機魔術),Install(発動開始)…………!!」

 

 告げる。それだけで十数個もの魔法陣が同時展開された。

 過程をすっ飛ばしたように見えるだろう。だが違う。単純に――――待機させたまま『放置』していただけなのだ。ただ一歩手前で、わざと留めていた。

 それを一歩進ませた。それだけで、魔術は完成する。

 必要な魔力ならば既に支払っている。銃の様に、既に弾薬は装填されているのだから、後は引き金を引くだけで発動する。

 

 この技には凄まじい集中力を要される。一瞬でも待機させた魔術に対して気を抜けば、その瞬間魔力は暴走を始め爆発する。それを服の裏に仕込んだ触媒などで負担を減らしながら、全身をズタボロにされようとも全力で耐えて見せた。

 

 だからこそ可能な絶技。

 人外の精神力を要求される裏技。

 

「行っけぇぇぇぇぇええええ!!!」

 

 Aランクの魔力砲の一斉掃射。単純な威力ならば山一つ消し去ってもなお余りある物。

 青色の魔力は狙いすました個所へと叩き込まれられようとする。直撃すれば真祖であろうがひとたまりもない。死は避けられても多大な損耗は避けられない――――ッ!!

 

 

「―――逸れなさい!!」

 

 

 一言で全ての魔力弾が曲がる(・・・)。狙いが狂った魔力の光線は見当違いの場所に着弾し爆発。

 そこら中に土煙が上がり、周囲一帯が見えなくなる。

 計算が狂った。まさか予想より早く回復を完了させるとは。

 貴重な切り札を早くも一個切ってしまった事に軽く後悔しながら、風の魔術で煙を晴らす。

 そして晴れたそこには――――

 

 

 ――――誰もいなかった。

 

 

「しまった……っ!」

 

 敵を見失ってしまった。戦場に置いて一番の失点対象なそれをしてしまったと歯噛みする。

 顔を顰めながらも冷や汗を流しながら索敵を続ける。まだ一分経っていない。

 吸血鬼といえどここから短時間で逃げ切るほどの高速移動をするには、何かしらの痕跡を残さざるを得ないはず。それ以前に真祖というプライドを塗り固めた様な存在が人間を相手に『逃亡』するなどあり得ない。それこそ、人間だったころの明確な理性でも残さなければ。

 

 膠着状態のまま、数十秒という時が経過する。それが酷く長い時間のように思えて、垂れる汗が異様に冷たい。

 

 何処だ。

 一体何処にいる――――。

 

「ここにいるわよ?」

「何――――!?」

 

 上を見上げる。

 

 ――――同時に、太陽が『墜ちた』。

 

 昼間だったはずの景色が、真夜中になっていた。

 理解できない事象で脳がパンク寸前になる。一体何がどうなっている、と問いかけても、答えを知る者はあの吸血鬼以外に存在しないだろう。

 空に黒い翼を広げて、天使の様に佇む彼女以外には。

 

「あらあら。気づいていないの? ここは、この森は『私の領域』よ? 何百年も支配し、操作し、整えてきた霊脈の集約地。大規模な『魔術』を行うには十二分すぎるほどの場所」

 

 大規模な結界。確かに霊脈の集約地であるならば型にはまらない弩級の魔術行使は可能だろう。それに何百年も前からその結界を組み立ててきたのならば、その分結界の完成度はより完璧な物へと近づいて行く。

 それこそ、世界を塗り替えられるほどに。

 

 

疑似固有結界(フェイク・リアリティ・マーブル)――――『永久に昇れ虚栄の月(ミニュイ・エテルネル・エスポワール)』。私の望む、何時までも存在する永遠の夜世界。今、この場所は私の幻想よ。是非、ご堪能あれ」

 

 

 膨大な魔力と複雑難解な術式を使った強引な世界の塗り替え(・・・・)。固有結界に似て非なる大魔術が森に広がっていた。

 星の表面に走る霊脈が内包した膨大な魔力が尽きぬ限り存在し続ける、吸血鬼にとって最高の環境を自動的に整える夜の結界。これで『太陽が昇っている』というアドバンテージが強制的に排除された。

 

 これによりもともと低かった勝機が更に低くなる。ぶっちゃけ泣きたい。逃げたい。

 そんな衝動を押し殺し、修復が完了した右足で地を踏みミルフェルージュを睨みつける。

 

「奥の手その二。切らせてもらうよ」

 

 そちらが本気を出してきたのならば、もうこちらも出し渋ってるわけにはいかない。

 私は左手に持った『吸血剣(ブラッドイーター)』をぐるりと回して逆手に持ち、その切っ先を地面に突き立てた。

 

「ふふ、何をするつもりなのかはわからないけど、抵抗するなら喜んで迎え撃つわ。…………天へと広がれ、黄金の光よ」

 

 ミルフェルージュは空を見上げ、魔眼の力を以て空に幾つもの魔法陣を出現させた。

 幾つもの黄金の方陣が夜空を埋め尽くし、その光が太陽の様に輝き照らす。されど振りかざすは破壊の極光。触れた物を粉々にするだろう巨大な暴力の光。

 

 それを見ても私は動じない。今更そんな物が何だ。今の私を驚かせたければ流星群でも降らせてみろ。

 赤色剣を握る力を強める。

 

 十年前に作り上げた対吸血鬼用の武装。それがこの剣、『吸血剣(ブラッドイーター)』であった。

 そう。何人もの吸血鬼を屠ってきたとはいえ、元は錬金術もどきの技術により作り出されたただの魔術礼装であった。――――大量の死徒の血を啜る前までは。

 

 合計千人以上の死徒を斬り捨て、その血を吸ってきたこの剣は今や内包する神秘が宝具並へと昇華してきている。きっかけは何人目かはわからないが、百年以上を生き長らえた死徒の血を何度も大量にその身に取り込んでしまったこと。それを原因にこの剣は変質し始めた。

 吸血鬼に取って己の『命』そのものである『血』に眠る歴史、記憶、経験――――それらすべてを、この剣は『勝手』にその身の中に『閉じ込めた』。

 

 千人も吸い続けた。千人もの記憶と経験を内包した魔剣。

 それを称えて、私は『吸血剣(ブラッドイーター)』とはまた違う異名を付ける。

 

 ――――『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』。

 

 北欧神話で、一度抜けば返り血を浴びるまで鞘に収まらないという魔剣の逸話は奇しくもこの赤い剣と似通っていた。故にその名を授け、この剣はそれを己の名とした。

 最初こそ皮肉で付けたものなのだが、さすがに自我の様な物が名前を付けたことで芽生えたのは驚愕の限りだった。

 神秘殺しの魔剣はその時誕生し、今に至るのだ。

 千人斬りを果たした赤き剣。今こそその真価を表す。

 

 内包した歴史()の解放という形で、この剣は世界を食い荒らす魔獣と化す。

 

「真名解放。目覚めなさいな血の獣、好きなだけ獲物の血を吸い尽くしなさい――――『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』!!」

 

 刀身の表面から、血が溢れ出す。

 それは一瞬にして私の足元を濡らし、それでも止まらず広がり続ける。森全てを血で浸そうとするかの如く。

 

 十秒断たずに一帯が血の池と変貌した。

 だが、血が広がっただけでは終わらない。血の池から生き物の手足が、顔が、体が、血の色に染まった異形共が姿を現し始める。

 吸血衝動そのものを具現化した獣ども。敵の血を吸いつくすまで、こいつ等の暴虐は止まらない。

 

「行け!!」

『ウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!』

 

 何十種類もの雄叫びが混じり合い、猛獣共が夜空に佇む黄金の姫君へと襲い掛かる。

 その様はまさしく百鬼夜行。魑魅魍魎共が一つの得物に群がる景色は、悍ましく醜くしかし壮絶。

 

 獰猛な牙が広がる口を広げる。

 ただの小娘ならばそのまま噛み千切られておしまいだ。だけど、そうはならない。

 

「降れ、幾条の光!」

 

 瞬間、獣たちは空から降る魔力砲によって、その全てが血の池へと叩き落される。

 その射線上には私も存在していたが、すぐさま血によって作られた障壁によって守られることにより事なきを得る。

 

 予定通りだ。最初からこれが有効打になるなど思っていない。これが効いていれば私の苦労は何だったのだと言うしかなくなる。

 

 これは『賭け』だ。

 私の考えが正しいならば、勝利への道が見えてくる。逆に違うならば、私は此処で終わる。

 命がけの大博打。

 

 実に楽しいではないか。

 

「こんなもの? 期待外れね」

「勝手に言っててよ。…………ッォォォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 体中の魔力回路を奮起させ血の池全体に魔力を垂れ流す。

 水の魔術を使い、『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』の能力と併用して、姿形を自由自在に変形させていくのだ。

 

 血が柱となって天に昇る。

 今度は一部では無い。――――空を包み隠す勢いで至る所から血の刃が、獣が、絶え間なく生まれていく。

 全方位からの攻撃。避ける場所など何処にもない。

 

「ッ――――!」

 

 初めてミルフェルージュが苦悶の表情を見せる。

 そして彼女は背から伸びる翼を動かして回避行動を取った。直ぐに魔眼を使わず、一番密度の薄い部分に魔眼で隙間を作り離脱。その後すぐさま上空に跳び上がり、辺り一面が見える高度まで登り――――今度こそ血によって作られた造形物を全て叩き伏せた。

 

 息を上げる吸血鬼。流石に彼女でもアレを消すのは手こずったらしい。忌々し気な視線を向け乍ら、ミルフェルージュはゆっくりと高度を下げ、およそ数十メートル離れた場所でぴたりと止まった。

 あそこでも十分殺害可能圏内なのだろう。

 こっちも似たようなもんだが。

 

「……ああ、やっぱり」

 

 そんな呟きに、ミルフェルージュがピクリと肩を震わす。

 その呟きが不愉快だと言わんばかりに。

 

「何が、やっぱりなのかしら」

「その魔眼のことだよ。色々『試して』ようやく理解した」

「へぇ。では、教えてもらっていいかしら?」

「時間があるなら喜んで」

 

 挑発気味に言っても彼女は全く動かない。

 本当に時間を作ってくれたのだろう。律儀な吸血鬼だ。それとも何か別の策でも練っているのか。

 まぁ、なんにせよやれることはやらせてもらうが。

 

「まず『運命を置き換える』能力って言っても、そこまで自由に置き換えられるわけじゃない。たぶん一定範囲の確率から選んで使っているのかな。制限が無ければそれこそ世界を書き換えられる『根源』並にヤバい代物だからね、その眼」

 

 まず一つ。あの魔眼は置き換えられる運命に一定の基準が存在している。もしそれが無ければ『存在しない』という可能性と入れ替えれば即座に私は消えているだろうから。本人が面白くないなどの理由で使っていない可能性もあるが。だがそんな魔眼を持っているならば、フランスなどにずっと留まっている理由にはなりえない。

 

「そして次。その魔眼には効果範囲が定められている。そうね、例えば――――目に見える範囲でしか効果を示さない、とか」

 

 二つ目。効果範囲が限定されている。まぁ、魔眼全部に共通する特徴なんだけど。それでも見えない物にまで効果を発揮するほど出鱈目な代物でないことが分かっただけで十分だ。流石にそこまでぶっ飛んだ代物ならば私は抵抗を諦めている。

 

「で、三つ目。その魔眼、能力の代償に大量の魔力が必要になる。小規模の置換なら少量の、大規模なら大量の。さっき私を吹っ飛ばす前に『相応の魔力を消費する』って言ってたからね。証拠に、さっき私の全方位攻撃を叩き潰すときに少しだけ息が上がってたし、急激な疲労も見れた」

 

 三つ目。能力行使に相応の魔力を消耗する。小さい事柄であれば消費は小さい物に留まる。だが先程の、私の繰り出した大規模攻撃を潰す程のものであればかなりの魔力を消費する。可能性の置換による魔術行使も、恐らく『過程』を飛ばしただけで相応の魔力を使っているはずだ。

 

「そして最後。――――既に存在する物を無にはできないし、無から有を創り出すこともできない。どう、あってる?」

 

 最後の四つ目。有無の操作は不可能。入れ替えることはできるだろう。だが何もない所から何かを『創る』のは不可能。何もない空間から大量の魔力を作り出すことはできないし、逆にどんな小石であろうとも『無かった』ことにはできない。できるのはあくまで『入れ替える』だけ。

 

 万能なようで全く違う。神の如き力のように見えて、実態はただの置換魔術(フラッシュ・エア)の延長線上の代物。

 確かに『黄金』の魔眼としては相応しい強力な能力だと言えるだろう。しかし、所詮はそれだけだ。神の権能でもなければ説明できないような不思議な力でもなんでもない。

 

 『絶対』とも言えない、ただ可能性を弄り回すだけの悪戯だ。

 

「……それが分かったから、どうだというの?」

「こういうこと。――――Sharp gust(鋭き風よ)

 

 低威力の鋭い風が静かに放たれ、空に浮かんだミルフェルージュの頬を掠る。

 切れた頬からは少しだけ血が垂れた。だが死徒の再生力によりそんな傷程度は一瞬で元通りになってしまう。

 元より仕留めるつもりで放ったわけでは無いのだが。

 

「何の、真似かしら」

「認識できない物、見えない物に対しては使えない。貴方が見るのは『見えるもの』の『可能性』だけ。……それじゃあ、反撃しましょうか!!」

 

 高速で魔術式を構築し、『不可視の攻撃』に関する魔術全てを限界まで展開する。

 背後に現れる数十もの魔法陣。即席で構築したせいで精度はたかが知れているが、足止めだけならばこれで十分。

 

「舐めてくれないで。魔法陣が見えていれば――――」

「ハッ。さっき知ってるって言ったばかりでしょーがっ!! Distortion(歪曲せよ)!」

「ッ――――視界を封じて……こんな物すぐに!?」

 

 初歩的な魔術で一瞬だがその視界を風を使って歪ませることで正確な視覚情報を認識不能にする。それだけで一時的にだが魔眼の効力を封じた。だが所詮は初歩の魔術。いくら裏技を使っているとはいえ、Aランクの魔術を易々と行使できるミルフェルージュの手によって一瞬で解除される。

 

 だがその一瞬で事足りる。

 

Burst(弾けろ)!!!」

 

 目に見えない風魔術の一斉掃射。不可視の刃が、砲弾が、たった一瞬だけ硬直したミルフェルージュの全身を穿ち、引き裂く。

 

「ああああああっ!!」

 

 悲鳴を上げながら、ミルフェルージュは全身をズタズタにされて地へ落ちる。

 仕留めるならば今こそが絶好のチャンス。私は地面に突き刺した『吸血剣(ブラッドイーター)』を左手で引き抜き、槍投げのように左腕を引き絞る。

 

「――――ッッッォォォォオオオォォォォォオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 左腕に魔力を集中し限界値までまで極限強化。結果左腕が異様に膨張し、着ていた衣服の左腕部分がが弾け跳ぶ。皮膚の下で蠢く血管。赤熱する筋肉。肉体的限界を越えた証拠を次々と突き付けられるが、ことごとくを無視し、腕が引きちぎらんばかりに引き絞り切る。

 

「死ぃぃぃぃぃぃいいいねぇぇぇぇぇぇええええええェェェエエエェェェエッッッ―――――!!!!!」

 

 爆発的な膂力を以て繰り出される剣の投擲。

 投げられた剣は一瞬にして音速を超越し、空気を赤熱させ、空間さえ裂かん勢いで吸血鬼へと突進する。

 常識外れの速度で進む剣は、例え城壁であろうとも粉々に出来るだろう威力を秘めていた。真祖であろうとも、直撃すればその体は血煙になるであろう。『吸血剣(ブラッドイーター)』の持つ神秘殺しの特性を考慮すれば、確実に二度と再生不可能な域のダメージを負わせられる。

 

 ミルフェルージュはそれを本能で理解し、目を限界まで見開く。

 そしてその言葉を紡ぐのだ。

 

「――――逸れてッ!!」

 

 魔眼に捉えられた『吸血剣(ブラッドイーター)』は直線軌道を不自然に何かに押されたように、その機動が逸れた。『狙いが最初からずれていた』という可能性と入れ替えられたのだ。

 軌道をずらされた赤熱する『吸血剣(ブラッドイーター)』は遥か彼方へと飛んでいき――――地面に着弾するや否やその辺りの地面を残らず抉り吹き飛ばした。直撃して居れば確実に死んでいただろう。

 

 それでも、それが起こす衝撃波までは打ち消せなかった。

 強烈なソニックブームに叩き付けられ、ミルフェルージュの体は壁に向付けたゴムボールのように吹き飛んだ。

 その姿にもはや真祖の威厳など微塵も無く、彼女は何度も地面を跳ねて大木の幹にその肢体を叩き付けた。

 

「くは、あ、ぁは」

 

 彼女の目や口から血が漏れる。真祖の身体といっても疲れ知らずというわけでは無い。肉体的なダメージこそ無制限に修復されるが、精神的なダメージはどうあがいてもゼロにはできない。更に言えば彼女の持つ膨大な魔術回路が既にオーバーヒートを起こしている。

 真祖だろうとも魔術回路、魔術師にとっての内臓を直すのは時間を要するものであり、焼き切れる寸前の魔術回路が無理くり修復されていく際に起こる痛みもまたミルフェルージュの精神を蝕む。

 

 それに対して私はもう片方の手で握る黄金剣を掲げる。

 選定の剣の贋作品。しかしながらその性能は一級品。私という担い手と共に築き上げた経験と時間はこの剣を限定的ながらも聖剣級にまで昇華させている。

 当り前だが、全力の一撃を食らえば真祖でもただでは済まない。瀕死ならば確実に葬り去れるだろう。

 

「は、ハッハッハッハッハッハッハッハ!! …………嗚呼、これが、死の危機。初めて、初めてよ。何もかも」

「真名、解放」

「貴女に出会えて、本当によかった。今まで生きてきた数百年間、一度も感じることのできなかった刺激を与えてくれた。本当に、感謝してもしきれない。……だから、せめてもの手向けとして」

「葬り去れ、星の極光」

 

 黄金の剣が私から魔力を際限なく吸い上げていく。そして吸い上げた魔力を、己の光へと転換し、夜世界を照らす。黄金の光が、太陽の如く黒き世界を塗り替えていく。

 

「全身全霊――――最後の一撃をッ――――!!」

 

 ミルフェルージュが両目を開き、両腕を前に突き出す。

 腕から舞い散る青き電撃。魔力回路を暴走同然の状態で酷使しているのだ。焼き切れてそのまま自滅してもおかしくないほどの危険な行動。

 だが彼女には『眼』があった。

 

 失敗を成功にすることのできる、可能性の目が。

 

 漆黒の魔法陣が何個も重なり合っていく。欠けたパズルのピースをはめ込むように、それらはまるでそのために存在していたかのように完璧なる重複。

 出来上がったのは砲台だった。

 その完成度は今まで見たことも無いほどの代物だ。私の魔術が見劣ると確信せざるを得ないほどの。

 全て。彼女は、あの真祖の吸血鬼は全てを出し切るのだろう。

 きっと、この贋作剣の一撃を叩き返せるほどの。

 

 それでも私はその場で動かない。

 恐れていないわけでは無い。諦めたわけでもない。

 単純に、敬意を評しているだけだ。

 

 彼女の執念に。

 彼女の信念に。

 彼女の心情に。

 

 それに、なんだ。

 あそこまで完璧だと――――正面から打ち砕いてみたいと思ってしまうではないか――――!!

 

 

 心の底からの笑みを浮かべ、私は剣を振り降ろした。

 

 

「『偽造されし黄金の剣(コールブラント・イマーシュ)』!!!」

「『黒き星光よ絢爛に輝け(ノワール・リュエール・デ・ゼトワール)』!!!」

 

 

 黄金の星光と漆黒の星光が触れ合う。

 

 ――――空間が弾け跳ぶ。軋みを上げる。悲鳴をまき散らす。

 

 あまりの破壊の散布に体中の骨がピギリバギリと不審な音を立て続ける。だが踏みとどまる。両足を地につけ、一歩でも下がってたまるかと歯を食いしばる。

 

 先程の投擲で左腕は現在修復中。しかし聖剣使用に伴い治癒に使える魔力は限定され、速度が落ちている。

 だから耐える。左腕が使えるようになるまで。

 

 本当の切り札(・・・・・・)を使えるようになるまで。

 

「ぐぅぅぅぅッ………!!」

 

 片手で支えられるほど、黄金剣の一撃は甘い物では無い。

 今にも二の腕から先が折れ曲がりそうになり、それを今まで培ってきた経験と勘を駆使し奇跡的に耐えて続けている。それでも腕が震える。血管が弾けて顔に血が飛び、頬を濡らす。

 

「うぅぅぅっぉおぉぉぉぉおおおおおおぉおぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 それでも諦めない。腹の底から全力で声を出し、気合とわずかに残った魔力を限界まで酷使した。

 

 耐える。

 

 耐える。

 

 耐える。

 

 耐える。

 

 耐える。

 

 

 

 

 ――――そして、勝利への道が開いた。

 

 ピクリと、左手が動き始める。

 

「セェェェイヤァァァァァァァアアアアアア――――ッ!!!!」

 

 腰に吊り下げた三本目の剣(・・・・・)をようやく動いた左手で抜き放ち、減衰し消え始めた黒い閃光を抜き放った剣――――白銀の威光を振りまく神剣で切り裂いた。

 

 振る。その動作だけであっさりと黒い閃光は消え去る。

 同時に凄まじい脱力感が我が身を襲う。一瞬でブラックアウトしそうな精神を唇を噛んで目覚めさせ、地を踏み残った力全てを使って駆ける。

 

「ク――――は、ハハハハハハハハハハッ!!! 嗚呼――――」

 

 思考に罅が入る。

 あと一歩。

 あと一歩だ。

 体を動かせ。口を動かす気力を使って腕を一ミリでも前に進ませろ。

 動け。動け動け動け動け。

 

「―――――――――――ッ!!!!!」

 

 声にならない絶叫を出し――――私はついに、左手を振り下ろした。

 

 白銀の剣は、確かに黄金の吸血鬼を切り裂く。

 

 肩から脇腹へと深く切り裂き、その心臓を呆気なく両断せしめたのだった。

 

 再生は不可能。超濃度の神秘を凝縮した剣に勝る神秘は存在しない。

 

 肉体を保つための血がとめどなく流れていくというのに、目の前の吸血鬼は酷く穏やかであった。

 安心していた。その言葉が似合うほどに、その顔は笑っていたのだ。

 聖母のような優しい、そんな笑顔。

 今までは想像さえできなかった表情が見えて、今度こそ私の思考は真っ白に変わる。

 

「…………貴女の、勝ちよ」

 

 くすりと、ミルフェルージュは小さく笑い私の頬に手を当てる。

 その力はとても弱く、しかしだからこそ儚さを感じてしまう。

 

「とっても、いい体験をさせてもらったわ。凄く、良かった」

「う、ぁ…………が、はっ」

 

 膝から崩れ落ちる。

 もう、限界だ。ボロボロの肉体は既に立つことすらできなくなっていた。

 

 でも――――私、頑張ったよね。

 だから、少しぐらいは――――。

 

 

「さようなら、可愛い勇者さん。私から送る最初で最期の餞別…………どうか喜んでくださいな」

 

 

 それが気を失う寸前に私の聞いた、最後の言葉だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 私は、元はただの町娘だった。

 少し他人より美しく、男性に好かれるだけの人間。それが何の運命か、真祖に変わり果てていたのだから、世界とはよくわからない。

 

 …………そうなった原因はわからない。寝て起きていたら、家族や知り合い、見知らぬ人たちの亡骸がミイラのように干上がって、私の目の前に積まれていた。それが吸血衝動に負けた自分の仕業だと理解するまで、一体何年、何十年かかっただろうか。

 自分が生まれながらの化物だと、信じたくなかった。

 

 

 何故。何故私が。

 

 

 誰にも向けられない憎悪を世界へと吐きながら私はただ血を吸い続けた。

 化物だと言われても、仕方ないじゃないか。抑えられない。血を体が求めてしまう。この忌々しい衝動に、私は拾ってくれた家族さえ巻き込み、死に追いやった。

 絶望した。自殺も試みた。

 体を刺せども刺せども治り続けて、首をつっても苦しいだけ。

 崖から身を投げ出せば、痛いだけで死なない。

 

 死にたかった。

 こんな自分が嫌で嫌で――――でも、単純な死じゃない。

 人間として、生を終えたい。

 私を人間として見てくれる人に殺されたい。

 

 そんな我が儘で一体いくらの人間が犠牲になったのだろうか。

 

 後悔もしている。

 

 罪悪感もある。

 

 だけど、それでも――――理不尽に化け物だと突き付けられ、大好きだった人間としての生活を奪われたことへの恨みがそれを打ち消してしまっていた。

 今、死にゆく自分を見てようやく知った。

 自身がどれだけ哀れで愚かな存在か。救えない、笑えない。どうしようもなく身勝手な娘だ。

 

 だけど、最後に出会えた。

 私を化け物と蔑んでも、決して見下していなかった。対等な『敵』として、私を見てくれる人に。人の身にして努力を積み重ね、やがて化け物へと身を墜とした私でさえ打倒する者に。

 その姿に、その生き様に―――私は光を見た。

 きっと、この人こそが「生きるべき存在」なのだと。人々に希望を与える、そんな存在。

 

 故に魅せられた。自分の物にしたいと思った。

 だがそれは許されない。この光は万人に向けられて始めてその価値を示すのだから。

 だから、自分にできることはその光を少し強めるだけだ。

 闇に生きる自分がその光を掴むことは、許されない。闇へと身を墜とした自分には、この光は強すぎる。

 

「……もう少し、早く出会えたら。なんて、思ってしまうわね」

 

 倒れた彼女の頭を、自分の膝に乗せながら私は未練がましく呟く。

 もう少し、せめて数百年ほど早く出会えていたら、自分が邪道に堕ちることはなかったのではないか。そんなあり得ない「もしも」を思い浮かべながら、私はクスリと笑う。

 

 私はできる限りの治癒魔術で彼女の体を癒し、そしてその肉体をより強く『置換』ながら、残った魔力全てを使い彼女をこれから訪れるであろう試練に立ち向かえるように強くしている。

 前までは見えなかった彼女の『運命』も、死の間際に立ったことでようやく見え始めた。うっすらとだが、自分が生と死の境界に立ってしまった事で、本来見えない物も見える様に変質してしまったのだろう。いや、『昇華』と呼ぶべきか。

 当然、脳にかかる負担はこれまで以上。今もなお私の脳は悲鳴を上げている。苦痛と引き換えに、強力な能力を得た。

 それを良しととらえるかは個人の問題だろうが、少なくとも今の私に取っては喜ばしい物であった。

 

 ようやく、彼女を知ることができたような気分になれたから。

 

 それに、彼女は私に勝利したのだ。勝者にはしかるべき報酬が与えられなければならない。そしてこれが、自分が彼女にあげられる精一杯の報酬。勝者には誉れある金の杯を掲げてもらわねば。

 

 例え、その運命の先が暗雲に包まれていようと。

 

 それでも彼女は、最後に自分の光を掴めるだろう。そう、私は信じている。

 

「ああ、もう時間があまり残っていないわね…………。ねぇ、もし私たちが敵同士じゃなく、もっと素敵な場で出会えていたなら…………」

 

 その体が少しずつ灰へと変わり、風に流されていく。

 血をすべて失った。ならばその先の運命は死あるのみ。だが不思議と私の中には後悔はない。

 

 最期にこんな素敵な出会いがあったのだから。

 

 だけど欲張りね。

 

 身に余る出会いに、こんな事を思ってしまうなんて。

 

 

「……友達になれて、いたのかしら…………ふふふ、柄にもないわね、私――――――――」

 

 

 不意に、膝の上の彼女が笑ったような気がした。

 それを見て私もつい笑顔を浮かべ――――そして最後の灰が空に散っていった。

 

 

 

 

 




訪れる限界突破イベント。オンゲ風に例えるならレベル上限解除。カンストしていたレベルが更に上がるぜ!

例えるならこれ↓

決戦前・アルフェリアLv99/99

決戦後・アルフェリアLv120/999

これはチートですわ(白目)


追記・指摘されていた部分をちょこっと修正。
・・・オリジナル設定って本当に扱いにくいね。

追記2・指摘された場所を修正しました。


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第十話・十年ぶりの再会

話全然進んでないのでもう一個投下。
念願の合流です。別れから十年も経ってるんだぜ、これ・・・。


 夢を見る。

 

 私がブリテンの王になる前の、ただの少女だった頃の夢。もう思うことも見ることもできないだろうと思っていた思い出が、久しく頭の中で響き渡る。

 アーサー、改めアルトリア・ペンドラゴン。少女の身にして選定の剣を抜き、窮地に追い込まれた島国を治めるために女としての人生を捨て、全てを国に捧げる者。

 絶対の理想であろうとし、国にとっての希望となる王。人々が望み描く理想の王は――――昔は、ただの少女であった。

 

 十二歳の頃だろうか。マーリンに身を預け、着々と一人前の騎士となるための修行を積んでいる時、私の姉――――アルフェリアが「あ」と何か思いついた様に呟いた。

 

「魚を釣りに行こう」

「え?」

「はぁ?」

 

 突然の事に私は疑問の声がこぼれ、ケイ兄さんに至っては呆れていた。

 ちょうどその時はマーリンが野暮用で出かけていたのだ。おかげで特にやることも無く、自主鍛錬に励むのが益だろうと考えていた矢先にそんな発案だ。

 別に不満はなかったが、流石に急すぎやしないかと思った。

 

「アルフェリア、魚を釣るって言ってもどこで釣るんだ。そんな場所この辺りにあるのか?」

「うん。この前少し大きな川を見つけてね。水も綺麗だから、魚は居ると思うけど」

「……で、どうやって釣るんだ」

「勿論手づかみで」

「それ釣りとは言わんぞ!?」

「冗談だよ。実は前々からどこかに遊びに行こうと思っててさ。釣竿ぐらいならちゃんとあるよ。マーリンの阿保が邪魔で、中々息抜きできなかったからね。たまには家族みんなで、水入らずの休息をしようじゃないか」

「…………まぁ、食材にもなるから反対はしないが。アル、お前はどうする」

「ええと……行きます!」

「よし。じゃあ善は急げだね。しゅっぱーつ!」

 

 そんな流れで、半ば強引に私とケイ兄さんは姉さんによって外へと連れていかれた。

 しかし不快では無く、むしろ爽やかな気持ちであった。きっとその時の私は、家族とどこかに遊びに行けるのが嬉しくてたまらなかったのだろう。

 

 ――――もしかすると、王になった今でもそれを望んでいるのかもしれない。

 

 姉さんが連れてきてくれたのは、小さな滝がある大きな川であった。

 水は何にも染まっていない透明色で、よく観察すれば手ごろな大きさの魚が泳いでいた。深さもそこまでたいしたことはなく、子供の私でも腰が浸かる程度の深さ。水温も適度に冷たい。

 

 それから早速、釣りをしてみた。

 私は初めてだったので全く釣れなかったが――――姉さんはそれに反比例するがごとく、川の魚を捕り尽くす勢いでポンポン釣り上げていた。

 

「フィィィィィィイッシュ!!! フハハハハハハッ! これで十五匹目。それにくらべて未だ四匹とは。くっくっく、情けないなぁケイ兄さんっ!」

「余計なお世話だ! 初めてなんだから仕方ないだろうに一々自慢するんじゃない! 子供かお前は!」

「ふっ、子供ですが何か? っと――――十六匹目フィィィィィィッシュ! ハッハッハッハ! どうやらアルの胃袋を満足させられるのは私の様ね!」

「ぐぎぎぎぎっ……!」

 

 何故か姉さんと兄さんが張り合っていた。

 あの頃の私でも「子供か」と思ってしまうほどの挑発合戦。しかしその根本には妹への溢れんばかりの愛情が存在しているのだから蔑ろにもできない。

 まぁ、いっぱい釣っただけいっぱい食べられるという事に私は目を輝かせていたのだが。

 

 そしてついに、私の釣竿にも魚がかかった。

 

「あ、引いてる」

 

 そう呟きながら、私は少しだけ力んで――――無意識で全身を魔力放出で強化して――――竿を引っ張り上げた。

 ザッパァァァァァァァン!! と水柱が立ち、巨大な魚影が空を舞う。

 魚影は空を飛んだ後に岸へと打ち上げられ、二メートルに迫る巨体がぴちぴちと跳ねる。生命力あふれる証拠であった。

 

 二人はそれを見て絶句していた。

 妹が突然川の主らしき物を軽やかに吊り上げれば、出る言葉も出なくなるだろう。

 

「ヨーロッパ、オオナマズ……だとっ」

「え? ええ?」

 

 もしかしなくとも大物が釣れたのは、姉の表情から一瞬に読み取れた。

 個人的には味が気になっていたのだが。

 

「……まさか川の主を釣り上げてしまうとは。我が妹ながら末恐ろしい」

「なん……だと………………?」

 

 ケイ兄さんの表情を見て姉さんが「どこぞのストロベリーだ」とか言っていたが、未だに意味がよくわかっていない。なんにせよ、もう魚を釣り上げる意味が無くなったのは確かだった。

 

 そう思って、三人とも気が抜けていたのか。

 巨大魚からの強烈な尻尾の一撃に誰も気が付けなかったのは。

 

「ふぇっ!?」

「のわっ!?」

「あべし!?」

 

 三人同時に仲良く川の中に叩き込まれた。

 今思えば生涯に一度有るか無いかの油断ぶりだったと思っている。仕方ないだろう。頭の中に今日作られる魚料理の景色を浮かべていたのだから。

 

 幸いというべきか、前述したとおり川はそこまで深くも無かったので直ぐに水中から上がることができた。

 代わりに、服がずぶぬれであったが。

 

「ふぱぁっ……! うぇっ、口の中に砂利が――――」

「ケーイ!」

「!? ちょっ、あ、当たってる! いや見えてるぞアルフェリア!?」

「あてて見せてんの」

「ふざけんなぁっ!?」

 

 水から上がって、服がずぶぬれでも姉と兄は何やら楽しく騒いでいた。

 それを見て気でも触れたか、私は調子に乗って水を二人へとかけた。

 魔力放出付きの怪力で。

 

「おばぼぼぼぶ!?」

「にゃぁぁああああ!?」

 

 大波に二人が飲み込まれ、目を半眼(ジト目)にして二人が私を睨んだ。

 それからは、悪乗りというやつか。三人での水の掛け合いが始まってしまった。

 

「あはははっ! それぇ~!」

「きゃっ。姉さん、やったなー!」

「じゃあ、俺も!」

「くたばれケェェェイ!」

「お前俺に対して辛辣過ぎないか!?」

 

 輝かしい、思い出だ。

 子供らしく遊び、未知に触れ、家族と共に過ごす日々は、何にも代え難い、否、何にも代えられない宝だ。

 私にとって、国以上に大切に思える幸せのひと時。

 それを、久しく忘れていた。

 そして思い出した。王ではなく、一人の少女として。

 

 あれから十年以上経ち、全てが変わり果てた。

 兄は、私が王となってもずっと共に居てくれた。だが、あの頃のように私に対して自由な言葉遣いをすることはなくなった。兄が私を想っているのは、重々理解している。

 だがそれでも、家族に敬語を使われるというのは、空しいことであった。

 

 そして消えてしまった、大切な姉。

 別れから十年経ってなお、帰ったという知らせがない。

 フランスに赴いたと、ケイ兄さんからは聞いた。私は王として選ばれた故に、後を追うことはできなかった。

 

 生死すら確かめられないというわけでは無かった。姉は、私に聖剣を授けた湖の乙女とその息子同然の存在であるランスロットと親睦を深めていたのだ。

 武者修行に来たランスロット曰く、神々の晩餐かと錯覚するほどの料理を彼らにふるまい、太古から湖の底に眠る剣に選ばれ去ったらしい。

 相変わらず自由奔放だと呆れ、同時に嬉しく思った。姉は、あのころから全く変わっていないのだとわかったからだ。

 そのランスロットによれば、数年前にブリテンへの帰路についたと言っていた。

 だが、ブリテンに姉の姿を見た者は一人もいなかった。

 

 あの生真面目なランスロットが虚言を吐くとは思えない。ならば何かあったのかとしか思えない。私は衝動的に彼女を探そうとしたが、王という立場がそれを妨げた。

 ただでさえ休みなく蛮族、ブリテンの領土を狙うサクソン人が襲ってきているのだ。此処をまた離れるには、余りにも状況が悪すぎた。

 

 姉は必ず生きている。きっと何か事情があって戻れないだけだ。

 

 ――――そう信じて、もう五年も経つ。

 

 その思いは、徐々に薄れていた。

 本当に姉は生きているのだろうか。もしかしたら、サクソン人に襲われてしまったのではないだろうか。

 そう考えると怒りが湧き出てくる。自らの国の領土を奪いにやってくる仇敵共が、更に憎く思えてしまう。

 

 だが理想の王にはそれは許されない。

 怒りに任せて剣を振るうなど、騎士王の名に恥じる。

 

 故に私は心を殺そう。

 

 ただ国を守る盾として、その務めを果たそう。

 

 そして私は――――卑王ヴォーティガーンとの決戦日へと目覚めた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ヴォーティガーン。ブリテンに降り立った一人の王にして、自国を地獄へと変えるため外から侵略者を招き寄せ、己もまた竜の血を吸い魔竜と化した存在。

 聖剣からあふれる光を吸い、すべてを滅ぼす黒き吐息で地上を焦土へと変える魔竜は己の望みを果たすため、眼前の敵軍を蹴散らす。舞い散る血潮。生まれる悲鳴。それを見てもヴォーティガーンは止まらない。その赤き竜の巨体は止まることを知らず、たとえ聖剣の光が直撃しようとも頑強な鱗は少し黒ずんだだけで終わる。

 世界最後の魔竜として彼は、老王は血眼で聖剣の担い手に爪を向ける。

 

「くっ…………さすが幻想種。鱗の硬さは尋常じゃありませんね」

「出すぎるなガウェイン卿! 相手はただの竜では無い!」

「心配ご無用。王よ、我が一撃で必ずやあの蜥蜴を御仕留めましょう!」

 

 白い鎧を纏った好青年の騎士が、その手に持つ聖剣――――太陽をその身に収める白き剣を掲げ、渾身の一撃を放つために大量の魔力を送り込む。

 担い手の魔力に反応し、聖剣が強大な炎を纏いながら刀身を限りなく伸ばしていく。間違いなく全力での一撃。

 

 それを見てヴォーティガーンは、鼻で笑い飛ばす。

 

『小童の火遊びで、この儂を傷付けられると思うたか』

 

 聖剣の放つ炎を『火遊び』と揶揄するほど、彼は焦っているどころか余裕を醸し出していた。

 己の愛剣を侮蔑され、白き騎士、またの名を円卓の騎士が一人ガウェインは怒りを露わにして、更に炎を強めていく。

 

「我が剣を愚弄するか。ならばこの一撃でその身を焼き尽くされるがいい!」

 

 空を切り裂かんばかりに伸びた聖剣は、ガウェインの全力を以て振り上げられ――――

 

 

「この剣は太陽の映し身。もう一振りの星の聖剣! 『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』――――!!!」

 

 

 横薙ぎに払われる太陽の聖剣は、触れた物全てを焼き尽くし周囲一帯を焼け野原へと一変させる。

 万物を灰になるまで焼き焦がす太陽の炎。ガウェインの中では真っ二つに両断され、その身を灰へと変えていく赤き竜の姿が幻視され――――

 

 

 

 竜はその剣を片手で防ぎ止めた。

 

「なッ――――――――!?」

『フン。所詮は贋作の太陽か。儂を燃やし尽くしたくば、本物の太陽を持ってくるのだな』

 

 手から聖剣の魔力を『喰われ』、一時的ながらも膝をついてしまうガウェイン。

 その致命的な隙を作ったことが彼の命取りとなった。

 

『地に伏せよ、紛い物めが』

 

 巨体でありながら一瞬で距離を詰めたヴォーティガーンが繰り出す巨大な拳が突き刺さり、ガウェインは空を舞う。竜の膂力によって叩き出された破壊力は、『聖者の数字』の効果が発揮しているにもかかわらず太陽の騎士を一撃で屠ることになった。

 

 もしガウェインが戦っていたのが早朝か真夜中であれば、確実に彼は死んでいた。

 しかし戦えなくなったのは事実。これでもう戦えるのはアーサー、アルトリアのみとなった。

 だが聖剣の光でさえ食事同然として扱う巨竜に対して、彼女の持つ『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は有効打とはなりえなかった。最強の聖剣は、あの魔竜とは相性最悪だったのだ。

 

 代わりの『奥の手』は存在する。

 アルトリアが背に背負った、棺桶の様な巨大な聖樹製の木箱に収納された聖槍。

 だがこれは下手をすれば世界を滅ぼしかねない危険物でもある。万が一のことがあれば、世界は既に終焉を迎えた神々の時代に巻き戻りかねない。

 

 それだけは何としても避けねばならない。

 ようやく自分たちの物語を書き始めた人間たちの努力を白紙に戻すなど、あってはならないことだ。

 

(だが、どうすれば……!)

 

 聖槍を抜錨するにも時間が必要だ。

 時間を稼げそうな自軍は既に被害拡大を防ぐために撤退させている。頼みの綱であったガウェインは先程戦闘続行不可能になってしまった。

 無理にでも行うべきか。否。しくじれば最悪の展開を呼び寄せることになる。

 だがヴォーティガーンを打倒しない限りブリテンに良き未来はない。

 

 どうすれば――――一体どう動けば事態が好転する――――?

 

 アルトリアは今になって迷いと悔いが入り混じる思考に嵌ってしまう。

 巨大な敵を前に、対抗手段を持っていながらも行使することができないというジレンマに陥って固まってしまった。寄りにもよってその強敵を前に。

 

 棒立ち。戦場に置いて最も愚かな行動を、騎士王は選んでしまった。

 

 そんな致命的過ぎる隙を魔竜が見逃すはずがない。

 赤き魔竜はその息を吸いこみ、全てを灰塵と化す漆黒の息吹を吐かんと肺を膨らませる。

 それに気づき、アルトリアは自分が今どれだけ愚かな行為をしてしまったかを後悔した。

 咄嗟に聖剣を握りしめるが、無駄だ。

 あの息吹は星光を『喰い潰す』呪いの闇光。最強の聖剣が放つ攻撃も意味をなさない。

 

 虚ろな瞳で、騎士王と謳われた少女は一人の姿を思い浮かべた。

 

(……こんな時、あの人なら――――姉さんならば、どうしただろうか)

 

 きっと、諦めずに足掻いただろうか。

 その答えは、本人からしか聞けないだろう。その本人は、ここに居ない。

 もう二度と会えない。

 

 金色の髪を揺らしながら、アルトリアは静かに瞼を閉じる。

 きっと、自分は増長しすぎたのだ。兵たちを信頼し、留めておけば解決への道が開けただろう。それを勝手な判断で兵を引かせ、自分と信頼する騎士だけを残したのは、余りにも浅はかな選択としか言えなかった。

 

「――――――――姉さん」

 

 最後に、そんな言葉を漏らす。

 

 会いたかった。せめて最後に一度だけでも、あの顔を見たかった。

 

 そして人々の理想を背負った若き王は、漆黒の光に包まれる―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『グォォォォオオオオオオオオオ!?!?!?!?』

 

 

 

 ――――――――寸前、突然現れた銀色の飛竜が、ヴォーティガーンの腹に鋭い跳び蹴りを叩き込んだ。

 

 

「――――――――――――――は?」

 

 

 その蹴りによってヴォーティガーンのバランスは大きく崩され、アルトリアに向かうであろう竜の息吹は大きく逸れて虚空へと放たれた。

 黒い閃光が空を貫き雲を裂く。きっと後退した兵士たちはその光景に見とれているだろう。

 だが一番近くに居たアルトリアはそれ以上に眼前の光景に目を白黒させた。

 

 

 飛竜、その巨体からして恐らく群れの主だろう。しかも、ブリテンでももうほとんど残っていない幻獣クラスだ。

 

 それに、人が乗っていた。

 最強の幻想種に、人が跨っていたのだ。竜に取って餌としかなりえない存在が――――幻獣を、乗りこなしていた。

 

「――――ぬあぁぁぁぁああああに人の妹を傷物にしようとしとんじゃゴラァァアアアアアアアアアア!!!」

『なっ、何だ貴様はァ――――!?』

「死ねェ! 『偽造された黄金の剣(コールブラント・イマーシュ)』ゥゥゥゥゥウウウウッッ――――!!!!」

 

 間髪入れずに放たれる、黄金の光がヴォーティガーンを包む。

 その一撃でヴォーティガーンは大きく吹き飛ばされ、地面の上を二転三転も転がる。あの聖剣の一撃さえ耐え抜いた魔竜が、こうもあっさりと吹き飛ばされるという光景にはアルトリアは絶句しかできない。

 

 そんなアルトリアの心境を知ってか知らずか、まるで『一仕事終えた』とでも言いたげな顔で幻想種を乗りこなすドラゴンライダーは何事も無かったかのように竜から降りて地面に立つ。

 

 

 その者は、美しかった。

 白銀の髪と目、そして雪のように白い肌は、美術品のように現実味の無い美しさを醸し出し、纏う気質は高貴な姫君の様な気高さを感じる。更にその微笑は天上に居る女神のようにも感じ、きっと何者をもその包容力で受け入れるだろう聖母の如き慈悲深さを兼ね備えていた。

 そう――――アルトリアが『王』という立場さえ捨て去り、その胸に飛び込みたいと願ってしまうほどに。

 

 アルフェリア――――かの騎士王の義姉は降臨したのであった。

 

 彼女は硬直するアルトリアに向き直り、満面の笑顔で言い放つ。

 

 実に十年ぶりの再会を祝して。

 

「ただいま、アル。ごめんね、遅くなって」

 

 それを聞いてアルトリアは、王であることを忘れ一人の『妹』として返事をした。

 

 

「……おかえり、姉さん」

 

 

 彼女は久しぶりに涙を流した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ミルフェルージュとの戦いが終わり、満身創痍になりながらも死徒勢力を壊滅させた私は晴れて拘束から解き放たれてブリテンへ凱旋することが可能となった。

 その達成感にとっぷりと浸りながら、私は食料を可能な限り虚数空間に貯蔵した後に歩いてブリテンへと帰還。

 精霊の加護のおかげで水の上を歩けるのだ。ニミュエさんセンキュー。

 

 ……で、十年ぶりに帰って早々に出迎えてくれたのは、今ではブリテンでしかお目にかかれない幻想種の群れ。

 

 要するにドラゴンです。本当にありがとうございました。

 挨拶代わりのドラゴンブレス、熱かったです。ええ。

 

 それで、半日ほどその群れと戦い、全部素手でぶちのめした。

 剣は鱗に阻まれてあんまり通らないので、本気狩(マジカル)☆八極拳で内部から爆発させたのだ。実を言うと神剣ならば刃は通ったのだが――――アレはなんというか、ひねくれすぎてね。一回振るだけで大量の魔力を持っていくのだから、滅多に振れない切り札として温存しておいた。

 ていうか素手で仕留められるなら素手でいいじゃないか。使う魔力少ないし、私魔力放出と重力軽減の魔術併用して空飛べるし。

 

 それに、ミルフェルージュとの戦いから妙に体が軽いのだ。超回復とやらなのかは知らないが、身体能力が三倍に、魔力貯蔵量と生産量が十倍に跳ね上がっていた。理由は不明。

 特に副作用なども無かったようなので深く考えるのはやめた。手がかりも無いのに思いふけるのは馬鹿がやることなのだから。

 

 それで、ドラゴンたちを叩きのめした後、なんとなくその場のノリで群れの主を躾けた。

 具体的には、拳で黙らせて従わせた。武力イズベスト対話。力こそ正義。力こそ真理。今となってはやってしまったと若干後悔はしているが、竜に乗る高揚感が割と凄かったのでどうでもよくなった。

 

 ひゃっほい、これで今日から私もドラゴンライダー!

 

 とか調子乗って遊んでたら一回滑って頭から地面に落ちました。ちくせう。

 

 一人コントをしたことで鬱気味になりながらも、私はさっさと妹の顔を見に行くため全速力で竜を飛ばした。

 結果、なんかデッカイ竜と大決戦繰り広げていたのである。白甲冑の騎士がめっちゃ熱い伸びる剣を振って竜を攻撃したけど、逆に止められたって熱い熱い熱い! ちょ服燃えてる! なんかこっちまで飛び火してるんですけど!

 とか思ってたら竜のパンチでその騎士が吹っ飛びました。わぁいユーキャンフラーイ。

 

 とはいえ流石に洒落にならないダメージみたいだったので遠隔的に治癒魔術を使って峠は越させてやる。解析魔術で竜の因子持ちだとわかったし、後は自前の回復力でどうにかなるだろう。

 なんとか服についた炎を払い、妹、もといアルトリアの姿を探す。

 

 居た。五秒かからず見つかった。

 おおマイスイートラブシスターアルトリアよ。今向かうぞ――――ん?

 

 ――――なんか、あのデッカイ竜、私の妹に息吐こうとしてない?

 

 コンマ一秒でそう思い至った瞬間、私は瞬時に竜に指示を出し、クソ赤蜥蜴に強烈なキックをぶちかましてやった。

 それが功を奏して黒いドラゴンブレスは空へと放たれる。触れていなくてもわかる禍々しさだ。もし触ればそこから全身が焼け爛れていくだろうと直感で理解する。

 そしてこれが我が妹に向けられていたと知ると実に腹立たしい。

 

 ぶち殺し確定。絶対許さん。

 

 いやそれより我が妹との感動の再会だ。

 私は今まで溜めにため込んだ愛情を込めて、再開の祝言を告げる。

 

「ただいま、アル。ごめんね、遅くなって」

 

 ああ、本当に、遅くなった。

 十年。長かった。辛かった。

 

 妹を抱き枕にできないという日々が地獄だったんだぁぁぁあああああッ!!!

 

「…………おかえり、姉さん」

 

 私の言葉に何を感じたか、アルトリアは涙を流してよろよろとこちらに歩いてくる。

 その行動が何のためかすぐさま理解し、私はこれでもかというほど腕を広げた。

 

「おいで」

「―――――――――ッ!!!」

 

 タガが外れたように、アルトリアは泣き顔で私の胸に飛び込んだ。

 こうしてこの子を胸に収めることで、ようやく自分の何かが終わったような気がした。

 

 帰ってきたんだ、と。自分にやっと告げられた。

 

 

『グォオオオオオオッ!!! よくもっ、よくも貴様ッ!!』

 

 そして無駄にデカい声で横やりを入れてくる糞トカゲに殺意を覚える。

 いや、もう殺すこと確定してるんだけどね。

 

「アル、その背中の、貸してくれる?」

「っ、え? でも、これは」

「大丈夫。すぐ終わらせてくるから」

「…………はい、姉さん」

 

 私の言葉を疑うこともせず、アルトリアは背負っていた木の棺桶染みた箱を横たわらせる。

 そして私は木箱を手を突っ込んでぶち破り、中にある物の柄をつかみ取る。

 

 

「んじゃ、ちゃっちゃと済ませましょうか。

 

 

 

 

 ―――――――――――聖槍、抜錨」

 

 

 

 

 箱を破壊しながら中に収められた槍を引っこ抜いた。

 

 姿を見せたのは、十三の紅い杭がその身に刺さりし巨大な騎馬槍。まるでドリルのような螺旋状の溝さながら、内部に取り付けられた回転機構は中世の武器という概念を根本からぶち壊す。

 

 しかしこれぞ『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と並ぶであろう、星の表裏を繋ぎ止めし槍。

 

 これ一本が世界を根幹からひっくり返せるほどの代物だというのだから、世の中何があるかわからない。

 ま、アルと比べれば全部どうでもいいがな!

 

 溢れんばかりの魔力を叩き込み、第一の封印を解除する。

 魔力に反応し、騎馬槍が回転を始めた。……ホントにこれ中世の武器だよね?

 

「ま、正確な所有者が居ない今だからこうやって握れているわけだけど……」

 

 本来ならば担い手でない私では真名解放はできない。それは絶対に覆せない大前提である。

 しかしこの槍はまだ『未登録』の状態。要するに誰も担い手に選ばれていないという事。後々に、というか本来の正史ならばこの戦いでアルトリアが担い手として選ばれていただろうが、残念なことにそれを私が邪魔してしまったというわけだ。

 

 限定的な仮登録だけどね。

 

 流石に正式登録してアルトリアが使用不能になるとか、そんなことをやらかすのは不味い、というかこれをアルトリアが使えなくなったら歴史に大きく響く。

 故に『仮登録』。一時的に使用することを、先程聖槍に触れた際に無意識下で対話することで、今だけ仮の担い手として認められたのだ。

 認められた理由としては、私の存在があるせいでアルトリアが未だ精神的に成長しきっておらず、万が一にしくじる可能性が高いこと。そして私が『神剣』の担い手であるということだ。……今はまだまともに振れないけどね。

 ともかく、この二つの理由によって世界をつなぎ止めるための聖槍は私の手に収まった。

 

 なんにせよ、あの糞トカゲをぶち殺せるなら何だっていい。

 

 妹に手ェ出したツケ、払ってもらわないと困るからねェ…………!

 

 その激情に触れて、二つ目の杭が弾け跳ぶ。

 

『き、さまっ……聖槍を!? やらせるか!』

「アル、頼んだ!」

「任せてください!」

 

 輝くほどの嬉し顔でアルトリアが聖剣片手に地を駆ける。

 その顔にもはや迷いなど微塵も無い。信じていたことが遂に真実となった。信じ続けた願いが遂に果たされた。今のアルトリアはそんな顔をしていた。

 その輝きを薄めていた聖剣は担い手の気持ちを汲んだのか、今まで以上の凄まじい光輝を放っている。

 様々な正の感情が混じりに混じって、限界突破でもしてしまったのだろうか。

 

『クッ、アーサー! 貴様程度の小僧にこの儂が倒せるとでも……!』

「邪魔だぁぁぁああああああああッッ!!!! 『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ァァアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!!!!」

『な――――ぐぉぉおおおおッッ!?!?』

 

 ほとんどノーチャージから放たれたにもかかわらず、極太の光を叩き出す聖剣。アルトリアの魔力炉心も臨界寸前にまで稼働しているのか、高密度の魔力が吹き荒れるように放たれている。もはや後先考えていない証拠だ。

 だけどそれは自暴自棄になったからではない。

 背中を預けられる者が現れた。後を託せる者が現れた。

 それだけでアルトリアは限界以上の力を発揮して見せたのだ。騎士を統べる王の名は伊達では無いということをこれでもかというほど見せつけてくれる。

 

 これは、お姉ちゃんとしてもカッコ悪い所見せてあげられないなァ――――ッ!!!

 

「っつぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 全身の魔力回路を限界まで活性化させ、そこから生み出される膨大な魔力を聖槍へと送り込む。

 五つの杭が爆散する。回転も更に速さを増し、周囲に魔力を帯びた風が渦巻いて行く。

 

「土へ還るがいいヴォーティガーン! ここに貴様の居場所はない!」

『ほざけ小僧めがァッ! 儂は、儂はこのブリテンを永劫の楽園とするのだ! 永久に人の手の届かぬように、この手でッ――――』

「確かに貴様は貴様なりでブリテンを守護したいのだろう。だが――――私は私の方法でブリテンを救うと決めた! 故に貴様を倒す!」

 

 アルトリアが掲げた聖剣を振り下ろす。

 担い手の精神により強化された聖剣はついにヴォーティガーンの鱗を砕き裂いた。傷から噴き出した鮮血が舞い散るのは、確かな傷を負った証。

 攻撃が通る。それを確認したアルトリアは繰り広げていた攻防をより激しい物へと変えていく。

 

 放たれる無数の剣戟。全身を浅いとはいえ傷だらけにされ、ヴォーティガーンは少しずつ力を弱めていく。

 幾ら竜の再生力が強いとはいえ、治った矢先に傷を増やされていくのでは意味が無い。こうしている間にもアルトリアの速度は上がっていく。有り余る魔力が彼女を包み、常識の範疇に収まらない速度で四肢を動かさせる。

 

『こんな、こんな若造などに、儂がッ!!』

「やはり決定打は与えられない…………だけど、耐えて見せる!」

 

 三つの杭が消滅し、ついに十もの封印が解かれる。

 だがまだだ。まだ開く。限界寸前まで開く。確実に仕留めるために。

 

 風により周囲の地表が抉れるようにして空へと舞い上がる。

 雲は吸い込まれで渦巻きを形作り、上昇する大量の魔力は雲を雷雲へと変えていく。留まるところを知らない巨大な竜巻は、天変地異でも起こす気かというほど肥大化していっている。

 

 足りない。あの魔竜を粉微塵にするには。

 

 聖剣の光すら耐えられる竜を滅ぼすには、今持てる最大を叩き込む必要がある。

 だから粘る。粘り続け、聖槍に魔力を送り込んでいく。

 

『邪魔をするな痴れ者がァァアアアア――――ッ!!!』

「なっ、地面そのものを……!?」

 

 風のように動き回るアルトリアを捕捉するのを諦め、ヴォーティガーンは大量の魔力を放出して周囲の地面を丸ごと吹き飛ばした。流石の範囲攻撃を避けることもできず、アルトリアは傷こそ負わなかったが大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「アル――――!!」

『消え失せろォッ、矮小な小娘よ!!』

 

 十一個目の杭が消える。だがヴォーティガーンの足止めは失敗し、竜の巨体が猪の突進の如く壁の様に向かってくる。どうする。今の状態で倒せるのか。失敗すれば――――思考を巡らせたその時であった。

 

 

 

「『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』――――――――――――ッッ!!!」

 

 

 

 灼熱の炎を纏った斬撃がヴォーティガーンを止めた。

 いつの間にか戦線復帰を果たしたガヴェインが、残った力を振り絞って放った会心の一撃。見事にそれは役割を果たしてくれた。

 

「時間は、稼ぎました。見知らぬお方よ、どうか、ご武運を…………!」

 

 魔力を使い果たしたガウェインが膝をつき倒れる。

 己の役目を果たし切ったその姿は、まさしく騎士であった。

 

 ――――十二個目の杭が消滅した。

 

 時は満ちた。

 

「喰らえ、世界を繋ぐ一柱を――――魔竜如きが耐えられると思うなよ!!」

『お、のれっ……! おのれおのれおのれおのれおのれェェェェエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!』

 

 空へと突き上げた聖槍を、振り下ろした。

 それに連動し、轟々と渦巻く紫色の大竜巻は騎馬槍に凝縮されていく。だがその破壊力は消えることなく、はち切れんばかりに聖槍が煌々と輝く。

 

 これこそが、世界の果てで輝く光の柱。世に残りし最後の『楔』。

 

 絶大な力を持つ『聖槍』を――――解放する。

 

 

 

「『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』ォォォ――――――――――――――――ッッッ!!!!!!」

 

 

 

 解き放たれた破壊の渦は全てを粉微塵に変えながら進む。

 当然、射線上ど真ん中に存在していた魔竜は全身を飲み込まれ、その爪先から砂へと変えられていく。

 

『馬鹿なッ! この儂が! ブリテンの王たる儂がァァァアア!!』

 

 どう叫ぼうともアレを飲み込む破壊は収まらない。

 ヴォーティガーンは己の死の運命を理解し、達観したような目で駆けつけたアルトリアを睨む。

 そして何を思ったか、嘲笑を浮かべた。

 

 

『アーサーよ……儂にはわかる。貴様は、ブリテンより先に滅ぶ。ブリテンに貴様は殺される! 見よ、これが人の身に余りし理想を背負った者の末路だ。例え貴様が儂と違う道をたどろうとも、その果てに己の身を怪物へと変えようとも、それは決して変わらぬ! ク、クククッ、クハハハハハハハッ! いずれ地獄で会おうぞ! アァァァァァァサァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 

 

 魔力炉心から生み出される膨大な魔力に体が耐えきれなくなったのか、ヴォーティガーンの巨体が一瞬だけ光り――――その体が爆発四散した。

 

 五臓六腑が草原に散らばり、緑の絨毯が赤に染まる。

 

 ほどなくして聖槍から放たれた破壊の風も収まり、その身に再度杭が突き立てられていく。

 全身の魔術回路を暴走寸前まで追い込んだ私は、襲ってくる疲労で尻もちをついた。

 

 あー、疲れた。

 

「――――姉さん!」

 

 急に崩れた私を心配したのか、アルトリアは急いで私の元に駆けつけて体を抱きとめてくれる。

 その拍子に久しぶりに嗅いだ妹の甘い香りに、ついつい脳をとろけさせる寸前までトリップしてしまう。

 

 ……やばいやばいやばい。これ耐性付けないと会うたびにヘヴン状態になる。

 

 正気をどうにか保ちながら、精一杯の笑顔を取り繕ってアルトリアの頭をなでた。

 久しく感じていなかった感触。欠けていた心が、埋まっていく。

 

「ふふ、昔と変わらないね、アル。やっぱり原因は選定の剣かな。正直に言えば、大きくなったアルも見てみたかったんだけど……」

「姉さんは、ずいぶん綺麗になりました。いえ、元から綺麗でしたが」

「いや、私はアルに比べればまだまだだよ。……あ、ケイ兄さんは元気?」

「それはとても。いつも兵士たちに容赦なく毒を浴びせています」

「そりゃ元気そうだ」

 

 少しだけ変わってしまった家族。

 だけど、その温かみだけは変わらなかった。

 

 私はアルに肩を貸してもらい、ついでに気絶したガウェインをアルに引きずってもらい帰路についた。

 もう一人の家族が待つ場所へと。

 

「帰ろうか」

「はい。姉さん」

 

 私たちは共に、ゆっくりとその歩みを進めていった。

 

 

 

 




聖槍「え、何握っちゃってんの君。君じゃ振るえないからさっさと降ろせオンドレ」
無意識「ええからはよ回らんかい。その立派な穂先へし折るで」
聖槍「おぉん? やるんかいワレェ!?」
無意識「上等じゃかかっと来いやコラァ!」


0.1秒後


聖槍「はぁ・・はぁ・・・なんや、お前さんええ腕しとるな」
無意識「そっちこそ、これほど硬いとは思わんかった・・・!」
聖槍「よっし、その腕に免じて一回だけ好きに使ってええで。一回だけ!」
無意識「マジか、あんさん良い奴じゃな」
聖槍「な、そ、そんなこと言われても一回だけやで! ちゃんと決めてな!」


そんなやりとりがあったとかなかったとか。

そしてさりげなくワンパン退場後してちょっとだけ活躍するガヴェイン。此処だけ見れば誠実な白い騎士なんだがなぁ・・・・

因みに青ペンギンさんは姉からの後押しで自力(気合)で全ステータスワンランクアップという謎強化を成し遂げた。マジかよ。シスコンパワースゲェ。


追記・誤字を修正しました。
追記2・指摘された箇所を修正しました。


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第十一話・就職しました

遂に無職だった主人公に職が・・・! そんなほのぼの回です。たぶん。


 長らくブリテンを苦しめてきた卑王ヴォーティガーンの打倒。

 その事実が人々に広まるのにそう時間は掛からなかった。一夜にしてブリテン島は歓声に包まれ、戦いを終えた兵士たちは喜びの涙を浮かべる。

 

 そして、そのヴォーティガーンを倒したのは次代のブリテンの王であるアーサー・ペンドラゴン。

 

 ――――そういうこと(・・・・・・)になって広まっていく。

 

 都合の良い事実が広まるのを騎士王と名高いアルトリアが容易く許容するはずがなく、少しだけ苦悶の表情を見せている。何せ、己の姉が立てた功績を奪ってしまった形になった。自分も共に戦っていたとはいえ、決定打を与えたのは紛れも無く自身の姉君、アルフェリア・ペンドラゴン。

 

 彼女の存在が公に認められるのはそう難しいことでは無い。今こそまだ円卓の騎士達にしかその存在を知られていないが、一度知られてしまえばマーリンの弟子、竜を従えた猛者、などといった事実がそれを加速させるだろう。止めは『アーサーの義姉』という物だろうか。

 長きに渡って隠されていた事実が明らかになると、円卓の騎士達は彼女の扱いに困り果ててしまうことになった。

 騎士王の身内というだけで十分な政治的交渉材料となりえる。故に今後のアルフェリアの処遇についての『会議』が行われようとしている。

 

 場所は、彼らが長らく仮の拠点としていた古城。その最奥部に巨大な円卓が置かれている。

 囲む椅子の数は合計十三。その中でも飛び切り巨大な椅子に、アルトリアは座していた。

 

 そしてその他の椅子に座するのは円卓の騎士。ブリテンでも有数の一騎当千の功績を立てた猛者のみが座ることを許された十二の座に君臨する最強軍団。

 

 頭脳派のサー・ケイなどの例外が混じってはいるが、ほとんどが単身で千の軍勢を蹴散らせるブリテンきっての人間兵器たちが円卓を囲んでの大会議。並の人間ではその気迫に呑まれかねないほどの圧力に満ち溢れている。

 

 現在のメンバーはケイを始めとして、ガウェイン、ランスロット、ベディヴィエール、トリスタン、パーシヴァル、アグラヴェイン、ガレス、ガヘリス、ユーフェイン、パロミデスの十一人。アーサー王含めて未だ十二人と不完全ではあるのだが、一人一人が竜を相手取れる規格外と思えば十分すぎる戦力だろう。

 ……逆にこれだけ居ても幻想種の群れとようやく拮抗できるという、ブリテン島の異常環境の証明者であるのが難儀なものである。

 

 そしてその円卓たちが会議対象とする者が十一番目の席に座している。

 耀く程美しい銀髪銀眼、間違いなくアルフェリアその人だ。

 別に円卓の騎士になったわけでは無く、単純に座る場所がなかったので座っただけなのだが――――仮とはいえ栄誉ある円卓の騎士が座るべき場所に座っているというのだから、殆どの騎士からは冷たい目線を向けられていた。

 

 当の本人は全く気にしていない様子でドライフルーツを咀嚼して居るほど余裕なのだが。

 

「……では、本当に王の義姉ということで、間違いないのですね?」

「ええ。見間違うはずがありません」

 

 ベディヴィエールが複雑な表情で唸る。どでかい面倒事の種が何の兆しも無く現れたのだ。頭痛もするだろう。

 アーサー王はそんなこと知ってか知らずか、姉が無事だったことに喜びを感じて笑顔になっている。これが騎士たちがむやみに怒るに怒れない理由だ。

 というより、一体誰が敬拝すべき王の身内に辛辣な態度や言葉を投げられるだろうか。

 できたとしても許されるのは同じ身内であるサー・ケイぐらいであろう。

 

「困りましたね。これは、非情に由々しき事態です」

「それは何故ですか、ベディヴィエール?」

「王の身内というだけで、巨大な政治的価値が生じるのです。あのようなか弱そうなお人では、拉致に会う可能性が高い。しかし常時警護をさせるにも人手が足りなくなる今では――――」

「それは問題ないかと」

「…………ガウェイン卿?」

 

 あの女性に対しては人一倍優しいガウェインがきっぱりと「問題ない」と言い切る。

 あのガウェインが女性を蔑ろにするとはとても思えない。だからこそ騎士たちはその異様な事態に困惑の顔色を浮かべる。

 色々熟知しているランスロットやガウェイン、ケイなどは涼しい顔のままなのが更に困惑を大きくする。

 実力派達が揃いも揃ってそんな態度なのだ。

 

 つまりは、そう言う事なのだろう。

 

「ガウェイン卿、まさか…………あのお方が、円卓の騎士に並ぶ実力を持つと?」

「はい。騎士としての勘ですが、王の義姉からはとてつもない何かを感じました。可能性は高いかと」

「その勘は正しいですよ、ガウェイン。私が保証しましょう」

「ランスロット卿!?」

「……あのお方は我々と並ぶ――――いえ、越えている。何せ、数年前の出来事とはいえ、私が一分持たずに手も足も出ずに地に叩き伏せられたのだから」

 

 ランスロットがそう述べると、殆どの騎士達が顔をひきつらせた。

 円卓最強が『手も足も出なかった』と断言した。いくら数年前とはいえ、その実力は一線を画していたのは想像に難くないだろう。そしてそのランスロットが一分持たなかったほどの実力。しかもそれは数年前の事だ。現在はどれぐらいの実力になっているのかは全く想像できないだろう。

 最低でも、竜を素手で躾けられるほどの実力者なのは間違いない。

 

「更に、魔術にも秀でている。自衛に関しては問題ないどころか問題外だと思いますが」

「し、しかしそれでは、逆に扱いに困ると言いますか……」

「一時的といえど聖槍にまで認められたお人だ。人格面も精神面も、十分すぎるでしょう。個人的には円卓への加入を推薦できるほどです」

「かのランスロット卿がそこまで言うとは……私も推薦します。あれほどの御方は、むしろ入れるべきです」

「ガウェイン卿まで……」

 

 円卓の二強が推薦するほどの者。ここまで来ると異常にしか感じられなかった。

 その意見に否定的なベディヴィエールとしては、単純に女性であるが故に戦場に出したくないという理由であった。この時代では女性は戦う者では無く守られるべき者。非力の象徴でもあった。

 二人の言葉は、それを根本からひっくり返す発言だったのだ。混乱も無理はない。

 

 今もドライフルーツをパクパクと食べている人畜無害そうな少女が、とてもそんな人とは思えない。

 しかし嘘をつかない円卓きっての糞真面目組二人が断言した以上、蔑ろにもできない。

 扱いに困るとは、そう言う事である。

 

「…………ねぇ、お話はもう終わり?」

 

 退屈そうな顔でアルフェリアが言い放つ。重大な会議だというのにその声音は子供の論争をひたすら聞いているかのようなもの。一部の騎士たちは何様だ、と心の中で憤慨しているだろう。

 

「いえ、貴女の処遇については今しがた話し合っており――――」

「? そんなに難しいことじゃないでしょ、それ」

「………?」

 

 ベディヴィエールが散々頭を悩ませているのにもかかわらず、アルフェリアはそれを『難しいことじゃない』と一蹴する。

 そして――――衝撃の提案が述べられた。

 

「だって私の存在を公にしなければいいだけじゃない」

「……………………え!?」

「ほら。私の事を知ってるのって、まだ貴方たちだけでしょ? じゃあ緘口令でも敷いて言わなければいいじゃない。そこまで悩むことかな?」

「しかしそれではあなたが」

「まぁ、永久に表沙汰にはならない代わりに、誰にも知られないでしょうね」

 

 アルフェリアが今言っているのは『自分を歴史に残すな』という事だ。

 騎士に取って後世に名が残るのはこの上ない名誉である。特に、円卓の騎士となればその名は数百年以上残り続けるだろう。それは紛れも無く誇ってよいことであり、ブリテンの騎士達の一種の目標なのだ。

 

 そしてアルフェリアはそれを自分から捨てた。

 騎士王の姉君としての役を捨て、歴史に名を残させずこの場を収めろと言ったのである。

 さすがのサー・ケイも、この提案には目を丸くしていた。

 

「でも構わないよ、私は。別に有名になりたいわけではないし」

「だけどそれではあまりにも、貴女が不憫だ……!」

「ふふっ、お気遣いありがと。優しい人は好きだよ、ベディヴィエールさん」

「っ……あ、ありがとうございます」

 

 不意打ち気味に放たれたアルフェリアの微笑を直視して、ついベディヴィエールは顔を赤くして背けてしまう。

 騎士といえど彼も男児。美麗な女性の笑顔は誰から見ても美しいものなのだ。

 因みにこの笑顔で円卓の半数以上の者の心が動いた。

 

(……妹を一瞬とはいえ異性として意識してしまうとは。いや、血のつながりは無いからいいのか? いやでも)

(王が女性だったのならば、あのような人柄なのだろうか。おっと、私のガラティーンが夜なのにも関わらず三倍に……)

(やはり貴女はお美しいです、アルフェリア。今の笑顔はニミュエの名に賭けて魂に刻んでおきましょう)

 

 主にそんな感想だったのは言うまい。

 

「けど、私はもう決めたから。大好きないも――――弟を影で支えるって」

「…………わかりました。貴方のお気持ちを尊重しましょう」

 

 そして会議が終了する。

 結論としては『アルフェリア・ペンドラゴンという存在について一切の他言を禁止』。普通の騎士ならば死刑宣告同然だろうに、当の本人が希望しているのだから何も言えない。

 

 騎士たちの気持ちを察したのかしていないのか、アルフェリアは何かを思いついた様に手を叩いた。

 

「そうだ、折角だし夕食にしようか。みんなまだ何も食べていないよね?」

「え? ええ、一般の騎士たちはもう食べ終えたでしょうが……料理はもうほとんど残っていないかと」

 

 今日はヴォーティガーンを倒した日だ。それを祝して騎士たちの間で盛大な宴が行われており、普段は絶対にしないであろう食材の大量消費を行っている。

 並べられた料理は野菜の盛り合わせや潰した物や大雑把に切った――――

 

「……あれが、料理?」

「違うのですか?」

「私には豚の餌に見えたんだけど」

 

 要するに適当に会った食材を切ったり煮たり潰したりしたものを盛っただけの、料理とも言えない何かである。例えるなら家畜の餌だ。

 食に疎いブリテンとはいえ、外部から来た人間(ランスロット)昔それをはるかに凌駕(アルトリアと)した料理を食した人間(サー・ケイ)はそれを話題にした瞬間思いつめたような表情になる。

 

 誰だって最高ランクの肉の後に焼け焦げた肉の塊を出され続ければ、心も荒れる。

 

「どういうことでしょうか? もしかして量が足りなかったのですか? 残念ながらこのガウェイン、昼で無いといつもの三倍の量を出せない――――」

「黙れマッシュメーカー。野菜を潰した物を盛りつけただけの代物を料理とは言わない」

「なん、ですって……! しかし王は何も言わず平らげていましたよ!?」

「アンタ人の家族になんてもん食わせてんだぁぁぁぁあああ!?」

 

 余談だが、円卓の中で一番料理ができるのはベディヴィエールである。

 料理人が不在の際に騎士たちが行う料理担当の時間割がほぼ六割以上が彼になっているので、他の者の料理スキルがいかに酷いかわかるだろう。いや、それ以前に料理と呼べるものを作れる者自体このブリテンにはほとんど存在していないのだが。

 まともな物と言えば希少な穀物で作られるパンぐらいだろうか。そのパンも美味と呼べるほどのものでもないが。

 

 額に青筋を浮かべたアルフェリアは円卓を叩いて立ち上がる。

 その様子に何故かアルトリアがこれでもかというほど目を輝かせた。

 

 ……十年ぶりにまともな食事を食べられるのだから、そりゃ嬉しいだろう。

 

「いいでしょう……あなた方に本当の料理と言う物を見せてあげる。是非、その舌を唸らせて料理と言う物を根本的に馬鹿にしてる頭を残らず粉々にしなさいな?」

 

 アルフェリアが空間に穴を空けて、その中に入っていく。

 残された騎士たちはその言葉に対しごくりと喉を鳴らした。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ブリテンはやっぱり飯マズでした。死にたい。

 目の前に潰した野菜のデカ盛り出されて「料理です」と言われたらどうする。私なら皿を渡した奴の顔に叩き付けているね。

 

 というわけで虚数空間の中に用意した厨房で、仕入れた食材をたっぶり使って晩餐を用意することにした。

 皆疲れているみたいだから、回復のためにたんぱく質重視の肉料理をメインにするか。だけど偏り過ぎは駄目だから野菜も混ぜて、ソースはあんまり凝ると口に合わないかもしれないからデミグラスがいいかな。

 幸い材料も調理環境も十分。片っ端から仕込みをして調理を開始していく。

 

 

 

 ~中略~

 

 

 

「よし、完成!」

 

 騎士たちの目の前に並べられた大量の料理。実に十一人前をどうにか二時間程度で用意し終えることができた。

 いやぁ大変だった。戦闘後だというのにまた疲労がたまってしまった。今日はゆっくり休もう。

 

『…………………………』

「ん? みんな、どうしたの?」

 

 全員が目の前の料理を呆けた顔で見ていた。

 一体どうしたというのだろう。まさか嫌いなものでも入っていたか? いや、でも流石に十人全員が共通して嫌う物とか……心当たりはない。

 恐る恐ると言った様子でアルトリアが口を開く。

 

「姉さん、その……本当に食べても、いいのでしょうか」

「はい? そりゃ、食べるために用意したんだから当たり前でしょうに」

「……では、失礼して」

 

 アルトリアが最初に、仔牛のカツレツをフォークで取り一口。

 むっしゃむっしゃという音が静寂が広がる場に響き渡る。

 

 そして、アルトリアがブワッと涙を流した。

 

 なんでさ。

 

「っ、ひっ、ぐ……う、ぐぅっ………………!」

「え、何で泣いてるの? え? え?」

「これですっ、私が求めていたのはこれなのですっ! あんな料理とも言えない家畜の餌を食すこと十年…………乗り越えてきた甲斐がありましたっ…………!」

 

 十年もアレを食べさせられ続けたというのなら、その心情たるや穏やかなものでは無かっただろう。

 つか、ブリテンにまともな料理ができる奴はいなかったのか。『比較的』料理のできるベディヴィエールさえも料理初心者のような出来だったのでお察し状態なんだけど。

 

 そんなアルトリアの様子に何かを感じたのか、騎士たちは次々と料理を口に運んだ。

 瞬間、全員一人残らずその双眸に涙を浮かばせる。

 

「…………これが噂に聞く神の晩餐なのでしょうか」

「なぜっ、なぜ私は……私が今まで食してきたものは何だったのだ!」

「今ならば蛮族の軍勢も蹴散らせるような気がします」

「もう何も怖くない」

「……腕を上げたな、アルフェリア。兄として嬉しく思う」

「ええ、確かにこれは凄まじい……! 今まで溜まった疲労が消えていくようです」

 

 一人死亡フラグ立ててないか。

 なんにせよ気に入ってもらえて何よりだ。料理人として己の出した料理が喜ばれるというのは至上の喜びなのだ。うんうん、よかったよかった。

 

「――――姉さん、もしよければ宮廷料理人として私に仕えられませんか?」

『名案です王よッ!!!!』

「…………え?」

 

 何故か円卓総一致。というか目がマジだった。たぶん『死んでもこちら側に引き込む』という決意をしているような目がほとんど。

 

 ――――あ、これ断ったら全員と鬼ごっこする羽目になるわ。

 

 最悪の顛末を予知し、それを避けるために快く承諾することにする。

 

「いいよ。アルと一緒に居られるなら、どこでも」

『うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 何でこいつらこんなにテンション高いの。そこまで料理を気に入ってくれたのか。ていうか私の存在価値は料理か。料理だけなのか。こうなったら世界一の料理人でも目指してみようかな……。

 

 

 

 そんなコントは真夜中まで続き、騒ぎ疲れた騎士たちは眠りにつく。

 食器の後片付けという役目を全部私に押し付けた後で。しかも気持ちよく寝ているもんだから起こすのも悪いと思ってしまう。

 一人寂しく、一番の功労者である私がどうしてこんな夜遅くまで皿洗いなどせねばならんのか。

 軽いため息を吐きながら、最後の皿を洗い終えて凝り固まった身体を伸ばす。

 

 今日も色々あった。

 さっさと寝ようと前もって用意された古城の自室に入り、ベッドに腰掛ける。

 お世辞にもいいとは言えないが、ベッドがあるだけマシか。

 

「…………姉さん」

「アル?」

 

 意外にもまだ寝ていなかった妹が、突然何処からともなくやってきた。

 着ている鎧は脱いでおり、パッと見少年とは思えない。いや完全に少女だ。というかあれだけ女顔なのになんで性別気づかないんだ円卓の騎士。マーリンが何か細工でもしているのか? それともあいつら全員ホモなのか?

 

「こんな時間まで寝ないでどうしたの? お腹下した?」

「いえ、違いますよ。もう。姉さんは私を何だと思っているんですか」

「勿論、大切な家族だよ」

「……ええ、そうですね。姉さんらしい答えです」

「どーも」

 

 アルトリアが苦笑しながら、私の隣に腰掛ける。

 仄かに漂う香りは花の香りか。とても甘い匂いがした。――――ああ、またトリップしてしまう。

 

「私は……信じていました。いずれ、姉さんが帰ってくると」

「約束だからね。大好きな妹との」

「ええ。ですが、私はたった一度だけそれを諦めたことがあります。姉さんは帰ってこないと。何か危険な目に遭い……死んでしまった、と。思ってしまったのです」

 

 まぁ、死にかけるような大事に巻き込まれたのは確かだけどね。

 

「でも、姉さんは帰ってきてくれた。今はそれが、とてもうれしいです」

「そりゃ私もアルに会いたかったよ。十年間もアルが居なくて、毎日毎日寂しい思いをしたよ」

「……私も、そうかもしれません」

 

 ……いや流石に妹を抱き枕にできなくて毎晩やきもきする気持ちとはまた違う気がするんですけど。

 しかし、寂しかったのは確かだろう。長い間共に居た家族が突然いなくなる空虚感は、想像を絶する。特に、一方的に去られた立場としては倍以上に。

 

「姉さん。約束してくれますか。もう、私の傍から離れないと。ずっと、共に居てくれると」

「勿論――――と、言いたいところだけど、こんな状況だからね」

「…………? それは、どういう」

「ブリテンを狙っているのは、ヴォーティガーンに招き入れられたサクソン人だけじゃない。もうすぐ別の略奪者がやってくる。生まれ故郷を追われた人たちがね」

「ッ!? まさか、まだ争いが続くと……そうおっしゃるのですか!?」

「残念ながら、ね。だから、保証はできない。私も戦うから」

「それは――――」

「だって、アルも戦うんでしょ? 妹が戦地に赴いているのに、後ろでめそめそと引き籠る趣味はないよ、私は」

 

 決意に満ちた私言葉に、アルトリアはうつむいてしまう。

 そして泣きそうな顔で私を見上げながら、私の腕を自分の体で抱きしめた。

 

 あ、やばい。上目遣いやばいって。鼻血出る。鼻から愛情あふれちゃう。

 

「……すみません、姉さん。今だけ、王ではなく、妹として――――甘えていいでしょうか」

「ふふっ。聞かなくてもわかるでしょ? ほら、おいで」

「……はいっ」

 

 ボフッとアルトリアが私の胸に飛び込み、そのままベッドに横たわる。

 久しぶりの添い寝。とても心が落ち着いた。下手すれば昇天しかねないほどに。

 気を強く保ちながら、ぎゅーっと妹の華奢な体を抱きしめる。柔らかい。甘い。スウィート。今なら根源至れそう。

 

「姉さん…………大好きです」

「あはは、私もだよ」

 

 あ、やば――――可愛すぎて意識、が――――――――――。

 

 そうして私の夜はひとまず終局を迎えた。

 

 

 

 

 




悲報:主人公、妹の香りを掻くだけでトリップする。なんぞこれ。

追記・誤字修正しました。
追記2・指摘された箇所を修正しました。


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第十二話・銀色日記

二個目投下。

今回で話がスババッと進みます。「ぶっちゃけめんどい。早く聖杯戦争したい」という気持ちが見るだけで垣間見れるほど展開が早いです。
シリアスとコメディが混じりに混ざってカオスな回。君は耐えられるか・・・!

余談ですが、日記形式は初めて書きました。
簡単だと思ったけど、意外に書きにくいもんだね。

追記
ガラハット→ギャラハットへと修正


 ○月×日 晴れ

 

 

 久しぶりにマーリンと再会した。相変わらず糞ムカツク顔だった。

 しかもなんかキャメロットとかいう大きい城を作るので手伝ってほしいようだ。めんどくさいけど、アル達のために一肌脱ぐことにする。

 

 ……え、妖精郷に行く? ちょ、それ私大丈夫なの? って聞いてみたらマーリンは問題ないと言っていた。でも入ってみたら大量のエーテルのせいで腹を壊した。帰った時しばらく下痢が止まらなかった。

 あの腐れジジイ後でぶん殴る。

 

 まぁ、私が交渉したことで何とか妖精たちに城を作ってもらうことに成功した。

 マーリン? 女の子の妖精とにゃんにゃんしてました。死ねよあのインキュバスハーフ。結局殆ど私が交渉してんじゃねぇか。こいつまさか仕事全部押し付けるために私を連れてきたんじゃなかろうか……。

 

 あ、でもなんか私が妖精たちに気に入られたみたいで大量の幻想種の素材を入手できた。

 それに関してはラッキー。これで高性能の魔術礼装作成が捗る。

 

 でもやっぱりマーリンは殴る。

 

 心配顔で出迎えてくれたアルが一番の癒しでした、ごちそうさまです。

 

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 翌日になってなんか城が完成してました。どう見ても一年以上かかるサイズなのに半日以内で仕上げるとは、妖精の技術力どうなってんだ。

 なんかよくわからないけど、マーリンが何か写真の様な物を妖精たちに渡したら男性の妖精が雄叫びを上げながら頑張ったらしい。一体何を貰ったのだろうか。

 そう言えば昨日沐浴していたとき何かの視線を感じたが……気のせいだよね。いや、気のせいだろう、きっと。

 

 というわけで早速完成した私たちの拠点、キャメロットの散策が行われた。

 ご丁寧に円卓付きだ。しかもアレ、なんかこの城の結界の起点になっている模様。魔術に通じている私だからその凄まじさはよくわかった。まさか霊的存在として城を固定するための柱とは。

 

 なんにせよ、晴れて私は宮廷料理人としての人生を歩み始めたのだ。

 初めて円卓以外の人たちに料理を振るまったら「貴方が神か」と言われた。なんでさ。

 

 

 

 ○月×日 曇り

 

 

 今日から私以外の料理人を育成することにした。やっぱり食文化の改善は最優先だ。というかこのままじゃ食事担当が毎日私だけになる。流石の私も毎日百人分以上の料理はきついんですよ。

 

 まずは食料供給ルートの確保だ。問題点としてはブリテンでは作物が育ちにくいというものだが、実を言うとかなり簡単に解決できる。

 二倍遅く育つなら二倍速く育つ作物を作ればいいじゃない。

 そんな暴論で私はかなりの種類の作物を品種改良しまくり、普通の作物と比べて二、三倍ほどの速度で育つように改良した。味は少しアレだったが、十分許容範囲内だったので直ぐに普及させることにする。

 

 これで何とか食糧問題が解決できるといいのだが。

 

 因みにこの城の中で私を除いて一番料理が得意な奴の料理は焦げた野菜肉炒めだった。

 味の酷さで改めてこの国の食文化に危機感を覚えた。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 色々忙しすぎて二ヶ月も日記を忘れてしまった。

 私が広めた作物が食糧問題を速攻で解決させてしまったせいで、二ヶ月もキャメロットを外出しなければならなかったのだ。具体的には料理を広めるという役割で。

 おかげで私は今や『謎の食神』として広まっている。名は名乗らなかったので個人こそ特定されていないが、とりあえず今ブリテンの食文化は大体解決させたといえよう。二ヶ月も技術を叩き込んだおかげで同行した宮廷料理人たちも十分なほどに腕を上げていた。僥倖僥倖。

 

 でも二ヶ月も離れてしまったせいでアルがご立腹であった。

 渾身の料理を食べさせてあげたら直ぐに機嫌が良くなったのだが。

 

 その時私たちを見ていた騎士たちの目が興奮気味だったのはなぜだろうか。考えてはいけない気がする。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 いつの間にか円卓の騎士が増えていた。名前はモードレッドと言うらしい。

 

 

 どう考えても反逆の騎士です本当にありがとうございました。

 

 

 まぁ今はまだ大人しいので特にとやかく言わないが、やっぱりというか他の騎士達からは『王の前で顔を見せないとは何と不敬な』とか『素性も知れぬ怪しい奴が円卓の座に座るなど』とかぼろくそ言われてた。そのせいか何かしょんぼりしてる。可愛い。

 その後夕飯を食べた時凄く驚いていた。大層気に入ったらしくアルと同じぐらいバクバク食べてた。可愛い。

 

 衝動的にモードレッドの部屋に突撃してしまった。後悔してる。

 でもそのおかげで素顔も見れたし一緒に添い寝もできた。やったぜ。

 

 顔はやっぱりアルと瓜二つでした。可愛かったです。これはモルガングッジョブとしか言えん。

 

 

 

 ○月×日 曇り

 

 

 私の仕事にもひと段落着いたので、久しぶりに円卓に顔を出した。

 相変わらず新しく現れたピクト人の物量に苦戦しているらしく、割と重々しい空気が流れていた。

 

 なんかもう面倒なので全員に稽古付けしてやった。具体的には日々のフラストレーション発散という名目で全員纏めてフルボッコ。あ、勿論アルは特別教室で優しくね。

 自分でもドン引きするぐらい叩き直したにもかかわらず全員笑顔だった。キモイ。

 

 そして数時間後には全員ピンピンしてた。こいつ等ホントに人間か。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 円卓全員昨日より強くなってた。何でも万に迫るピクト人を一方的に叩きのめしたらしい。昨日の稽古が効いたのかな。

 

 そんなことはともかく、今日は待機を食らっていたモードレッドと遊びに出かけた。とはいえそこまでめぼしい物も無いので近くの湖で釣りだ。釣りはいい。心を穏やかにしてくれる。

 数時間もしないうちにモードレッドが湖の主を釣り上げた。血は争えないというやつか。何で小物は釣れないのにでっかい物ばっかり釣るのだろうか。羨ましい。

 

 デカい主は今日の晩飯になりました。白身がめっちゃうまかった。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 ランスロットとアルの妻となっているギネヴィアの不倫現場を目撃した。

 いや、最初こそスルーしようとしたよ。でもアイツ等外で前後しようとするんだから反射的に声をかけてしまった。すっごくアレな空気だった。行為寸前で人に見つかるとか気まずいってレベルじゃねーよ。

 

 結果的に対話して、他言無用という事で落ち着いた。ていうか話せるかこんなん。

 

 やれやれ。やっぱり歴史は変えられなかったか。

 まぁ、あれでも一応友人のようなものだ。いつか使うかもしれない逃走手段として転移魔法陣を作ることにした。

 

 使う時が来ないといいのだが。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 初めて蛮族との戦闘に参加した。自主的な志願でだ。

 理由としては円卓がかなり疲弊し始めた事だ。どんな物量だよと突っ込みたくなり、ついつい悪乗りで戦場に出してもらったのだ。当然アルは反対したが、根負けさせた。

 

 で、その蛮族たちは――――――――

 

 

 

 

 人間津波だった。

 

 

 

 

 一万以上の人間が血眼になりながら押し寄せてくる光景は恐怖としか言えない。

 試しにアルが『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』をぶっ放してみたが、一割しか吹き飛ばなかった。ふざけてんのか最強の対城宝具でこれとか。そりゃ円卓も疲弊するわ。

 

 というわけで私は自分の実力を確かめるために単身突撃してみた。

 

 

 

 

 一人で全滅させちゃった。どうしよう。

 

 蛇腹剣状態にした『吸血剣(ブラッドイーター)』振るいながら『偽造された黄金の剣(コールブラント・イマーシュ)』を敵が集まったところに叩き込んでいたら三十分もせずに全員死んでた。

 流石のアルもこれには引き攣った笑いしか浮かべていなかった。私もだよ。

 あとそのせいで私は兵士から『戦神』とか『戦乙女』とか変な二つ名を付けられた。私一応宮廷料理人なんですけど。

 

 

 

 ○月×日 曇り

 

 

 ランスロットがまた女絡みの厄介事を持ってきた。どうやらペレス王の娘のエレインをモルガンから助けて、その拍子で『落とした』ようであった。しかもペレス王認めちゃった。ふざけんなそれを私に持ってくるな。え? 他に相談できる奴がいない? と私はこのたらし魔コミュ障の恐ろしさを垣間見る。いや、下手に誰かに話せる内容でもないが。だからと言って私に持ってくるなよ。

 当然ギネヴィア一筋のアイツがその気持ちに応えられるわけなく、しかし公的には結婚もしていないのでどうしようもない状態。

 そんなドロッドロな状態に私を巻き込まないでほしいんだけど。

 仕方ないので私がエレインを説得し『一発だけならOK』というところまで落とし込めた。何が一発かって? 気にするな。高々一回程度で解決できるならいいじゃないか。

 

 その後私はギネヴィアに怒られた。人の旦那を他人に貸し出すなと言っていたが、アンタの旦那一応アルだよね。あとランスロットは罵詈雑言を浴びせられて自室に引きこもってしまった。ついでにメンタルケアも押し付けられた。マジふざけんな。

 

 まぁ、たっぷり説教された後、私とギネヴィアは何とか仲直りした。あといつの間にか友人って事にされた。何で?

 

 最近は偶にエレインとギネヴィアと一緒にお茶会開いてる。泣く程私の作るお菓子が美味しいのかな。

 

 

 

 ○月×日

 

 

 なんかエレインが妊娠したらしい。それを聞いてランスロットが首を吊りかねないほど落ち込んだ。

 

 三日かけてメンタルケアをすることでどうにか立ち直させた。二度としたくない。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 エレインが出産したらしい。まだ一ヶ月しか経ってないんですけど。

 原因を調べてみたら案の定マーリンが何か細工したようであった。何やってんだあのクソジジイ。

 

 しかし被害者のエレインが「早く生まれてよかった」と喜んでいたので怒るに怒れない。それでいいのか。喜んでいるなら別に良いのかもしれないが。あのマーリンだ。ただ早く生まれさせるだけで終わる筈がない。

 

 

 ボコって問い質してみたら見事に肉体改造施していやがった。

 

 

 

 ○月×日 雨

 

 

 モルガンのアホ、ついにモードレッドに何かを言ったのかケイ兄さんと一緒に政治関係やらで話している時にアルと一緒に居るモードレッドを見かけた。

 

 盗み聞きしてみると「あなたを私の息子とは認めないし、王位を渡すつもりもない」とか本人の目の前できっぱりと言っていた。馬鹿。何やってんのと思いながら頭をひっぱたいて、あの後ケイ兄さんがアルを自室に連れてがっつりと説教を一時間以上浴びせた。

 私の方はまたメンタルケアだ。いい加減にしてくれと嘆きながらも落ち込んだモードレッドを何とか励ました。

 

 その後からモードレッドが私に輝いた眼を向けながら付きまとってくるのはなんでだろう。

 可愛いからいいか。

 

 それと今夜はそんなデレデレ状態のモードレッドと一緒に寝た。上目遣いグッド! ベリーグッド! もう死んでもいいと思う。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 交渉の末になんとかクラレント獲得した。

 どうせ使う予定ないんだから頂戴って言ったら、すんなり渡してくれるんだからそれでいいのかって思ったよ。一応モードレッドにあげる予定だって話しても、アルは「姉さんの好きなようにしてください」と言うもんだし。

 たぶん、ケイ兄さんにがっつり絞られて意気消沈しているんだろう。見るからに凹んでるし。毒舌だらけの説教とか、確かに心折れるな。

 

 その後モードレッドにクラレントあげたらすっごい喜んでた。一生涯大切に使うらしい。うん、良い笑顔だ。鼻血出そうなほど。

 

 でもこれ一応戦力強化の意味合いも含んでるんだよ。

 べ、別にこの子の笑顔を見たかったという理由だけであげたんじゃないんだからね! 8:2の割合で違うからね!

 

 あ、勿論8のほうが笑顔です。

 

 

 

 ○月×日 嵐

 

 

 蛮族共が懲りずに二度目の大進行を始めた。

 それを聞いた私はもう面倒なので単身突撃して蹴散らした。五万人ぐらい居た気がするが、全部ひき肉に変えてやったのでどうでもいい。

 

 今回は一々ビーム叩き込むのも面倒なので『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』で残らず食い散らかした。おかげで割と呆気ない始終だった。

 

 仕事終えたご飯は今日もうまうま。

 

 

 

 ○月×日 曇り

 

 

 あの大進行からまだ数日しか経っていないのにもう立て直して進行再開とかあっちの物量どうなってんの。

 でも今回は暴れ足りない円卓の騎士の馬鹿共と共同作業で蹴散らしたので十五分ぐらいで全滅させられた。でもまた来るんだろうなぁ。嫌になる。

 

 そんなことを想いながら今日も私は蛮族を虐殺する。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 最近運動不足だと感じてきたので、久しぶりに特訓することにした。

 そだね、某NOUMINみたいに多次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)が起こせるまで振り続けることにしよ。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 できちゃった。三日間無心で剣を振ってたらなんか斬撃二つになってた。何これ。

 まぁ、結果はまずまずだったのでそれからもブンブン振って、最終的に三つになりました。アレ、第二魔法ってこんな簡単に出来ちゃっていいの。

 

 とりあえず明日成果を確かめてみることにする。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 私が使役した白銀の竜、ハクと名付けた竜に乗ってブリテン周辺を飛び回っている魔獣どもを片っ端から燕返しもどきで落としていく。でも間合いが短すぎる。とか思って斬撃飛ばすイメージで試してみたら長射程の同時斬撃が飛んでいた竜を容赦なくバラバラにした。怖い。

 

 でも第二魔法到達したのは凄い。これからどんどん応用させていこう。

 具体的には、分身出来るくらいには。

 

 

 

 ○月×日 曇り

 

 

 蛮族大進行三回目。今回は不満を持って離反した兵士や領民たち含めて合計三万もの軍勢だ。

 アルを裏切った馬鹿共に掛ける情けなど欠片も持ち合わせていないので分身からの聖剣ぶっぱで即殺した。聖剣ビーム十回分が一斉に相手を飲む光景は圧巻としか言えない。

 

 あと円卓たちが私の技を教わりに来たので「同時斬撃できる様になったらね」といったら「無理です」と言われた。いや修行すればできるでしょう。

 って言ったら全員呆れていた。

 どうやら私が異常なだけらしい。NOUMINもできるのに……。

 

 

 

 ○月×日 雨

 

 

 最近魔力生成量に限界を感じ始めた。やっぱり竜の因子がないからか、生成できる魔力に限度が生じているようだった。それでも常人と比べればバケツとダムほどの差があるらしいが、これではだめだ。

 もっと、もっと強くなりたい。アルを、いや大切な家族を守るために。

 

 そこで私はマーリンに相談を持ち掛けてみた。

 

 

 話し合いの末に、私に死んだヴォーティガーンの小さく改造した心臓を埋め込むことになった。

 どうやら、マーリンが秘密裏に回収していたらしい。

 適合確率は20%。失敗すれば大量の魔力で体内から爆発。

 ふざけた賭け事だが――――受けてみることにした。

 

 

 

 ○月×に くも

 

 

 いたい

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 死ぬかと思った。

 マーリンのやつ、心臓だけじゃなくて骨や筋肉にまで竜の因子を埋め込んでいた。おかげで確率が10%にまで激減し、危うく爆散して死ぬところだった。けど、賭けに勝った。おかげで前と比べて数十倍の魔力生成量と強靭な肉体が備わった。

 まだ完全に馴染んでいないせいで体が痺れて動けないが、数日すれば治るらしい。

 

 見舞いに来たアルとモードレッドにこっぴどく怒られた。反省しよう。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 遠距離攻撃手段が魔術だけと言うのが味気ないので、私はトリスタンから弓を分捕って解析して、似たような弓作ってみた。超楽しかった。主に分捕った時。愉悦。

 

 で、早速試してみたら弓がホーミングレーザーみたいな超機動で幻想種の頭を爆散させていった。なにこれ。弓じゃねぇよこんなの。

 でもポンポン竜を落とせるようになったのは助かった。

 一々第二魔法発動させるとかめんどいし。

 

 

 

 ○月×日 曇り

 

 

 気づいたら数年ぐらい日記すっぽかしてた。仕方ないじゃん、蛮族共が懲りずに攻めてくるんだから。

 

 でだ、ペレノアとギャラハッドが円卓に入った。ペレノアはともかくギャラハッド、アンタ生後十年も経ってないんだよねってツッコミすらどうでもよくなるほど強かった。特に盾振りまわして他の円卓バンバン倒しているのを見た時は「盾って鈍器だったっけ」と本気で頭を悩ませた。

 重要なのはランスロット、ギャラハッドが息子だと全然知らない。知らされていないから当然だが、まさか生まれて十年も経ってない息子が成人並みに成長して円卓入りしたのは想像できないだろう。ランスロット悪くないなコレ。

 

 ついでに書くと、最近繰り出す同時斬撃が四つになっていた。NOUMINを越えられたぜ。

 

 

 

 ○月×日 雨

 

 

 蛮族、物量ヤバい。マジヤバい。

 何なの。三万倒したのに数日後には五万になって攻めてきたんだけど。何アイツら、プラナリアなの? しかも今回やけにしぶとい。上半身と下半身がグッバイしたのに何で死んでないんだよ。こいつ等ホントはエイリアンじゃないのか。

 

 

 

 ○月×日 晴れ

 

 

 ようやく蛮族たちの勢いが弱まってきた。

 余裕でもできたので私は余った時間を使って伝記を残そうと思う。自分が見て聞いたことをそのまま書いてみると言うのは、中々楽しいものだ。

 しかし本が幻想種の素材をたんまり使ってるせいで魔導書みたいになってる。

 これ伝記なんだけど。

 

 とりあえず今は暇を見て対蛮族用の魔術を開発していこうと思う。

 

 

 

 ○月×日 大雨

 

 

 一週間試行錯誤を重ねて、対蛮族用の魔術が遂に完成した。

 空間中の魔力、要するに大源(マナ)をかき集めて利用する極めてシンプルな魔術だ。しかも魔法陣要らずだし、単純に指向性を与えるだけでも超威力の魔力砲と化し、しかも空間の魔力リソース消費ゼロ。とってもクリーンな魔術である。更に集めた魔力を利用して魔術も使用可能というとっても便利な術だ。

 

 マーリンが私の魔術を見て「君は神にでもなるつもりかい?」とか言ってた。単純に周囲の魔力を操作するだけなんだけど。あ、でもよく考えてみたら体外から無限に魔力が供給できるってことだよね。ああ、確かにヤバいわ。

 

 Aランク魔力砲超連射で蛮族を一帯ごと焼き尽した。

 これでも死に切らないとか、ちょっとこいつ等ホントに人間?

 

 

 

 ○月×日 曇り

 

 

 今回の蛮族の大進行でベディヴィエールが片腕を失い、ケイ兄さんが重傷を負った。治癒魔術で治してはみたが、ベディヴィエールの方は強力な呪いでも掛けられたのか腕を生やすことはできず、ケイ兄さんは内臓や神経系統にかなりの傷を負ったせいか、傷を治しても精神的な面から問題が生じたので前線から引かねばならないほどであった。

 

 怒りの大虐殺。身内と大切な仲間を傷つけられて私が激怒し、感情のまま十五万の蛮族を殺し尽した。

 正直やり過ぎたと思ってる。でもこちらの被害も馬鹿に出来ない。ランスロットとガウェイン、ギャラハッド、モードレッド以外の騎士は過労死寸前だ。

 

 このままじゃ本当に不味い。

 何とか対策を練らないと。

 

 

 

 

 ○月×日 雨

 

 

 最近どうも、相手方が不穏だ。攻めてくる蛮族たちの様子がおかしい。いや、最初からおかしい気がするけど。

 一人捕まえて調べてみたところ、食屍鬼だった。嫌な予感が全身を駆けまわる。

 

 明日、使い魔を敵の本拠地に向かわせてみることにする。

 

 

 

 ○月×日 曇り

 

 

 死徒の軍団がこちらの本陣を滅茶苦茶に荒らし回った。

 

 そして使い魔から送られてきた情報に我が目を疑う。

 

 

 

 

 ガイアの怪物(プライミッツ・マーダー)水星の大蜘蛛(ORT)が現れた。

 

 二十万もの真祖と死徒を引き連れて。

 

 悪夢かと、自分の頭を疑った。

 

 

 

 

 

 




最後の最後に投下された絶望。
さていよいよ最終決戦編。駆け足気味ですがしょうがないじゃない。これ分に書き下ろしたら5、6話分は軽く超えるよ?そんな日常ほのぼの話を何話も書けるかぁぁぁッ!

因みに作者は戦闘描写だけは濃密に書く癖に日常描写書くとスカスカのボロボロというおかしな格差が生まれます。なんでさ。

追記・指摘された箇所を修正。



・「報告」・

こちらの作品がほかの作品と展開が似通っていると聞き、確かめてみたところ昔ハマっていた「湖の求道者」そっくりだと気づきました。
ホーリー○ット!と吐き捨てながら考え込んだ、私の中にある妙案が思いつきました。




作者「白い奴とORT出そう」
白犬「ゑ?」
ORT「■?」





なぜこんな発想になったのかはわからない。けど私の中で何かが叫んだんだ。
月のアルテミット・ワンが出せないなら、水星のを持ってくればいいじゃない。と。なんでだ。

そういうわけで急遽ストックを修正、というか一から作り直す所存です。ほとんど確認せずぶちこんでいたのがあだになるとは・・・・数日遅れると思いますが、ご了承ください。
本当に、此度は私の不注意で皆様に迷惑をかけることになってしまい申し訳ありません。可能な限り早く作品をお届けしたいと思っております。


追記・指摘された箇所を修正しました。


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第十三話・終焉は近づく

おまたせ! 結局一から書き直す羽目になったから一個しか完成しなかったよ!
・・・むしろよく数時間程度で一個完成したなぁ、と自分でも驚いてる。でも確認あんまりやってないから少し抜けが多いかも。

ミス多くても許してネ。何でもしますから!

追記・指摘された箇所を修正しました。

追記2・表現を追加しました。

追記3・設定追加により少しだけ表現変更。


 キャメロット城内に存在する円卓。合計十三人が席を囲むその場所の空気は、氷の様に冷たく、鉛の如く重々しい物へと変じていた。

 原因は、進行してくるのが過去最大規模の敵軍という事実の判明。

 たださえ疲労困憊のブリテンであるのに、二十万もの軍勢が攻めてくると言うのは生半可な事態では無い。こちらは用意できて精々一、二万程度。十倍以上ある戦力差なのにもかかわらず、全員が人間を遥かに超越した身体能力の持ち主。

 

 かくいう私も、いつもの笑顔はどこかに消えていた。

 死徒が二十万いる? ああ、いいさ。それは別に問題ない。やろうと思えば殲滅可能な戦力だ。

 問題はそれを引き連れてきた犬と背後を追随している大蜘蛛。

 

 ガイアの怪物、プライミッツ・マーダー。

 

 水星のアルテミット・ワン、ORT。

 

 人間――――霊長類に対し絶対的な殺害権を持ち、守護者が七騎存在することでどうにか制御可能な怪物。

 水星から来訪した星の最強種にして、その場に居るだけで空間を侵食する地上の侵略者(インベイダー)

 

 どうしようもないほど、過剰戦力であった。

 

 抑止力がいよいよ本腰を上げてきたというわけだ。それこそブリテンをどんな手段を使ってでも滅すと言うように。わざわざ眠っていた大蜘蛛とガイアの怪物を起こして仕掛けてきたのだから、何が何でも私と言う異分子を排除し、歴史を修正するつもりなのだろう。

 

 ブリテンの存続は、すなわち人理の崩壊。本来あるべき歴史が崩れ去り、未来で生まれるであろう人類の繁栄が一瞬にして崩れ去る。ただ抑止力は脱線した線路を直そうとしているだけなのだ。取り返しのつかない事態になる前に。

 

 だが、滅びを受け入れない者たちがいる。

 滅亡に抗おうとする民がいる。

 国を守ろうとする王がいる。

 お前たちが滅びなければ全てが狂ってしまう。だから滅びろ?

 ふざけるな。

 そんな戯言のために今まで血を流して来たわけじゃない。わざわざ滅びの運命を辿るために騎士達を犠牲にしたつもりもない。払った犠牲を無に還せと言うのならば、我々は最後まで足掻こう。

 

 だから抑止力は――――抵抗さえ許さない戦力を送り込んできた。

 

 最強と絶対。

 

 これでは抗うにも抗えない。何せ立っている次元が既に異なっている。

 人類すべてを抹殺できる狂犬と、万物を水晶にする星の体現者。

 ブリテン全ての戦力を使っても『奇跡』が起きなければ打倒どころか撃退すら不可能。

 

 敵の詳細がブリテン一の魔術師マーリンから告げられ、全員が沈黙する。

 重い空気は息苦しいと感じられるほど鈍重になっており、誰もが喉から声を出そうとしない。

 

 弱音を全身全霊でこらえているのだ。

 

 こんな状況、誰もが泣き叫びたくなる。

 

「…………で、アーサー王。これを聞いてもまだ考えは改めないつもりかい?」

「…………………………………」

 

 円卓に取り付けられた玉座に座り、表情を青くしながら重々しく沈黙するアルトリア。

 

 状況は最悪を振りきっている。

 最善の選択は『国を捨て逃げる』こと。しかし逃げた先で受け入れてくれる場所が見つかるとは限らないし、一日二日で万を優に超える国民すべてを敵軍にバレずに国から出すことなど不可能。見つかれば確実に半分以上が死に至るだろう。

 運び出せる食料の備蓄も少ない以上、国民全員に安定して食料を配給できるのも節約して二週間程度。

 それ以前にブリテンは外敵から襲われていた立場故、外国との国交などとっくの昔から断絶されている。当てもない。手段も不完全。結果も最悪より多少マシ。それに――――どんな道を選ぼうが『ブリテンが滅ぶ』という結果は免れない。

 

 最善の行動で最悪より一段良い結果しか生めない。

 

 その事実が、アルトリアの心を深く抉る。

 

 戦っても逃げても結果は同じ。

 だが、戦って勝てば国が存続できる可能性はある。逃げればその可能性はない。

 故にアルトリアは王として、国のために戦うことを選んだ。

 

 抗う事を、選択した。

 それがどれだけ難しいことかを理解しても尚、諦めなかった。

 

「やれやれ……一度決めたら変えない頑固さだけは、昔から変わらないね」

「――――マーリン。至急全ての宮廷魔術師を動員し、軍勢を少しでも減らせそうな魔術の用意を。保管庫にある素材や触媒はすべて使っても構いません」

「了解したよ、アーサー。…………しかしアルフェリア、どうしたんだい先程からだんまりして。何か良い作戦でも思いついたのかい?」

 

 まるで試すような顔でマーリンは私を見てきた。

 普段なら顔面に一発入れているだろうが、今回ばかりは我慢だ。もう一刻の猶予も余裕も無い以上おふざけは今日でおしまい。私は持てる全ての叡智を使い、アレを撃退する術を考えなければならない。

 

「……二十万の軍勢については、私の考えた作戦があれば撃退は可能だよ」

『――――――――!』

 

 それを聞いてマーリン以外の全員が顔を驚愕に染める。

 絶望的な戦力差を覆すことができると聞いたのだ。そこに一筋の希望を見た円卓の騎士らは、私の次の言葉をただじっと待つ。

 

「アイツ等には弱点がある。日が出ているとき、奴らは酷く弱体化する。……でも、奴らは夜にしか動こうとしない。決戦も強制的に真夜中になるでしょうね」

 

 真祖や死徒というのは日中では非力になってしまう。人間よりは多少強いだろうが、それでも夜の状態と比べればはるかに弱体化しており、再生能力も鈍っているので頑張れば一般騎士でも倒せるだろう。日差しの強さによってはそのまま焼け死ぬ。

 しかしアイツ等はそれを避けるため、昼は地中に潜り夜に行動を開始する。故に自然と決戦の場は夜になってしまう。当然、夜に戦えばこちらの勝算は低くなる。

 

 だがこちらにはジョーカーがある。

 

 疑似太陽という対吸血鬼戦での最強の切り札が。

 

「ガウェイン、貴方の聖剣は太陽の現身。最大出力を保ったまま宙に浮かばせれば太陽の代用品になりえる。アイツ等にとってその剣は天敵以上の何物でもない」

「では、これを使って私が戦えばいいのですね?」

「いいえ。貴方は後方で私が作った魔術礼装で魔力のバックアップを受けながら後方支援に徹してもらいます。貴方は此度の戦いでの勝利の鍵。死ぬことは許されない」

「ッ!? ですが、私は――――」

「皆の勝利のためです。わかってください、ガウェイン。貴方が死ねば万が一も無くなる」

「…………わかり、ました。その役目を負いましょう」

 

 騎士が前線で戦えないことほど不名誉なことはない。彼もまた純粋に皆を守るために前へ出て戦いたいのだ。犠牲を一つでも減らすために、己が強きを挫き弱きを守る存在だと自覚しているからこその悔み。だが彼がいなくなれば戦う条件すら整えられなくなる。彼の死はそのまま敗北へつながる以上、死ぬ可能性の高い最前線に置くことはできない。

 誠実な彼の気持ちは汲んであげたいが、今回ばかりは耐える。

 耐えなければ、勝てない。

 

「そして、ガウェイン以外の円卓の騎士は全員前線で『時間稼ぎ』をして貰います。例外はありません。私が合図を送るまで全ての戦域に置いて近接戦闘を禁じます」

 

 時間稼ぎ。その言葉に疑問を覚える者が首を傾げる。

 敵が弱ったのならばそのまま潰していけばいいと思っているのだろう。だが駄目だ。それは最悪の選択に他らない。

 何せ相手には、人間を確実に殺せる真性の化物が存在するのだ。下手に突っ込めば二度と帰ってこれなくなる。

 

 プライミッツ・マーダー。霊長類を殺す『権利』を持つ白き獣。

 実力では無い。『権利』だ。あの犬に近付けば人間である限り確実に殺される。例外は無く、人間である限りアレに勝てるものは存在しない。当然私も例外では無く、近づけば即座に抹殺されるだろう。

 そんな物に集団で突っ込むなど自殺以外の何物でもない。あの軍団に近付くことは即ち絶対に死ぬことを意味するのだ。

 

 故に『時間稼ぎ』。前線に出る者は例外なくプライミッツ・マーダーを軍勢から『離す』まで一定距離からの牽制に徹してもらう。

 

「…………待ってください、アルフェリア。貴方の役割は何です? その口ぶりから、最前線で指揮をとるわけでもなさそうですが」

「その通りです、ランスロット。――――私は後方に居る大蜘蛛を叩きます」

『な――――』

 

 私の言葉が信じられないのか、全員が唖然とする。

 だが事実だ。二言は無い。私は軍勢の中を突っ切り、後ろを追随しているORTを止めに行く。アレは存在するだけで世界を塗り替え全てを水晶に変える災厄。物理手段でしか倒せないのに、纏った装甲は地上の如何なる物質よりも硬く、柔らかく、温度耐性があり、鋭い物質でできている化物だ。恐らく地球に居る限りアレは倒せない。

 しかし倒せるとは思っていないし、倒すつもりも毛頭ない。あくまで『足止め』だ。アレが飽きるまで粘り続け、帰ってもらう。凄まじく確率の低い賭けだが、現状を打破できる手段がそれしかないのだからしょうがない。

 

 ……素直に帰ってくれればいいが。

 

 言葉も何も通じない暴力装置だ。『足止め』ができなかった場合の対処法も一応用意してあるが……正直あまり使いたくはない。下手すれば自分も死ぬのだから。

 一人の命で星の最強種を撃退できれば御の字ともいえるだろうが、あくまで最後の手段として取って置きたい。

 

「駄目です! それでは姉さんが危険すぎます!!」

「アレを止められなければ全てが消える。ブリテンの民も、貴方たちも例外なく水晶に変えられる。誰かがその足を止めなければならない」

「でも、それは姉さんも同じでしょう!?」

「外界からの干渉をカットする魔術礼装があるから多少は防げるよ。何時まで持つかはわからないけど。でもアレ、私じゃないとただの外套だからね。だからもう、私にしかできない」

「そん、な…………どうして、姉さんが行かなけれならないのですか……っ!」

「……………………」

 

 わかってはいる。アレを相手にすることは死ぬことと同義だ。いくら水晶への変質を食い止められるとはいえ、アレは単純なスペックも桁違い。全長40メートルを誇る最強の身体は筋力、敏捷共に最高クラス。特殊能力無しでの単純な力比べでも勝てないだろう。

 

 正直、怖い。

 アレは人の言葉など通じないし、こちらの常識など鼻で笑い飛ばしている。生き残れる確率は万に一つ――――いや確実にそれを下回っている。

 

 だが誰かがやらねば全員が死ぬ。二十万の死徒を、プライミッツ・マーダーを撃退できても全員がクリスタルの彫刻へと変えられるのだ。当然、異星の存在にこちらに手加減する義理も理由も無いし、されたとしてもその絶対的な立場は揺るぎない。

 

 鼠が恐竜と戦って勝てるだろうか。

 

 否。それはもう戦いでは無く一方的な蹂躙に過ぎない。

 私が相手にしようとする相手は、そう言う存在なのだ。次元が違う最強の一。

 はっきり言って『足止めをする』という発想自体増上慢に他ならない。どこの世界に生身の人間が豪速で突っ込んでくるダンプカーを素手で止められると言うのだろうか。

 

 私がアルテミット・ワンだったら話も変わってくるのだろうが、それはどんなにあがいてもあり得ない。

 

 笑うしかない。

 

「…………アル、貴方は王。王は国のために選択しなければならない」

「ッ……………!!」

 

 しかし私は口を開く。

 例え可能性が那由他の果てに存在していようが、私は立ち上がるだろう。

 家族を守るために。

 だがそれを選ぶのは私では無い。

 

「私を取るか、国を取るか」

 

 選択を突きつける。

 彼女にとって、最も残酷な選択を。

 

 それでもアルトリアは選ばねばならない。王であるが故に、選択を強いられる。

 

 ……まったく、酷い姉だ。

 

「私、は――――」

「――――ふざけんなッ!!」

 

 突然モードレッドが円卓に拳を叩き付け立ち上がった。

 その声は怒気に満ちており、発せられる怒りは全ての者へと向けられていた。

 

「貴方はっ…………貴方はあの人に死ねと、そう仰るのですか!! アーサー王!!」

「う、ぁ………………っ」

 

 その通りだ。

 行けと言えば私は死ぬ。生き残る可能性はあるだろうが、生き残っても無事に済んではいないだろう。

 それでもそれは国にとって必要な犠牲だ。

 例え限りなく低い可能性であろうと、国が存続できるのならば――――

 

 

「ッぐ、ぅぅぅぅぅうぁぁぁああああああァァァァァァァァアアアアアアアアアッッ!!!!!!」

 

 

 アーサー王が両拳を円卓に叩き付けた。

 叩き付けた場所から割れ目が広がり、しかし円卓は壊れない。だがこれはこのキャメロット城の基盤であり土台。最大級の防護障壁が張られているだろう円卓が破壊寸前までに陥る力は、この場全員にアーサー王の激情を理解させる。

 

「――――アルフェリア・ペンドラゴンに…………命じます…………!」

「アーサー王ッ!! 貴様――――ッ!? テメェッ!! 放せガウェイン!! クソッ、クソぉぉぉおおおッッ!!」

 

 暴れるモードレッドはガウェインやその他の騎士に拘束され、場を離される。

 そして――――宣告が下された。

 

 

「貴方の独断行動を、許可します――――」

 

 

 嗚咽に塗れた声で、アルトリアはそう告げた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 キャメロット城の傍に広がる花畑。様々な種類の花が植えられたその場所は、居るだけで心が休まる場所として密かに城の使用人の間で愛用されている場だ。

 

 そこに、白い竜が横になって眠っていた。

 人など一口で飲み込みそうなほど巨大な竜。本来ならば居るだけで国中の騎士に討伐命令が出されるだろうが、この竜は唯一の例外。

 私、アルフェリアのペットなのだから。

 

「ハク、気持ちいい?」

『グルルルル…………』

「ふふっ、喜んでくれたようで何よりだよ」

 

 出撃猶予の間、私は白銀の鱗を持つ竜――――ハクと過ごしていた。

 幾多の戦場を共に飛び抜けてきた戦友。五年以上そんな関係なのだから、もう主従関係では無く相棒の様な関係になっていた。私もそれにおおむね満足している。

 

 頭を撫でるとハクは鼻を鳴らし、私の頬を舐めてくる。お返しのつもりなのだろうか。よだれで顔がヌメヌメする。でも一種の愛情表現のはずなので、素直に受け取る。

 

「――――僕に負けず劣らずの外道だねぇ、アルフェリア」

「……何か用、マーリン?」

 

 そして今一番会いたくなかったクソジジイが現れたことで、私の顔が嫌悪で歪む。

 こいつは基本的に一つの目的に拘らない。必要となればどんな手段でも目的を達成しようとするが、それ以外では基本的に場を掻きまわすだけの傍迷惑極まりない存在なのだ。だから、こいつが現れたという事は何か重要なことでも告げに来たか、単純に私をいじりに来たかだ。

 顔からして確実に後者だろうけど。

 

 人間に欠片も価値を見いだせない破綻者だからこそ、そんな不可解な行動をするのだろうが。

 登場人物では無く、劇全体を愛するからこそ。

 結局、私には終ぞこいつの本質が見抜けなかった。

 

「いやいや。ただ君が落ち込んでないか見に来ただけだよ」

「用事がないなら話しかけないでよ」

「辛辣だな。仮にも自分の師だと言うのに」

「…………世間話でもしたいなら他の奴とやってよ。例えば……あ、いや、貴方の人間関係で世間話できそうな奴私しかいなかった。はぁ……でも今は、そういう気分じゃないから」

「そりゃそうだ。死にに行くんだから」

 

 ……こいつ、此処で殺してやろうか。

 

 濃密な殺気を向けても、マーリンが眉一つ動かさない。いつも通りの気色悪い笑顔のままだ。

 マーリンの存在に心底殺意を覚えながら、私はハクの頭を撫で続ける。

 

「アーサー王……アルトリアは落ち込んでいたよ。あれでは、もう王の役目を負うのは無理だね。僕の目も鈍ってきたのかな?」

「キングメーカーの名前に泥に塗られたのが気に入らなかった?」

「まさか。僕は人間たちが付けた下らない肩書に興味はない。それに、僕は今とても機嫌が悪い。自分で作り上げた脚本を、世界と言う第三者に滅茶苦茶にされたからね」

「そう」

 

 冷たい言葉を送っても、花の魔術師は気にも留めない。興味のない存在からどんな言葉が送られようが、気にする必要は無いということだろう。それがこいつの強みであり、嫌悪すべきもの。

 マーリンは天を仰いだ。

 しかしその表情には、喜怒哀楽というものが一切存在しない。

 

「アルフェリア、君は僕が初めて興味を示した存在だ。まるで荒野に孤独に咲いている一輪の花――――僕にとって君は、そんな存在だ。世界で唯一『浮いて』いて、だからこそ君に感情を動かされた」

「…………」

「君を失うことは、僕にとっても悲しいことだ」

「だから行かないでおくれ我が愛しの君よ――――なんて言ったらぶっ殺すぞ」

「言わないよ。君の選択だ。僕が口出しをする権利はない。けど、そうだね…………君は自分を卑下する傾向がある。もっと自己価値を高くしなよ。そうすれば、自分がいなくなることで悲しむ存在が無数にいると気づくんじゃないか?」

「……は?」

「まぁ、今更いった所でもう全部遅いけどね。じゃあ、せいぜい頑張ってくれよ。今回ばかりは、僕も全力で補助するからさ」

 

 意味のわからない事を言ってマーリンは立ち去った。

 言いたいことだけ言ってさっさと帰るとは、昔から気まぐれなのは全く変わらないなあのジジイは。

 

『グルル』

「……ハク。次が最後の戦い。でも、貴方はどうしたい? 今なら、まだ逃げられるよ?」

『グルルル!!』

「ははは。頑固だね、君も。……うん、私も、覚悟を決めないとね」

 

 そうだ。私も、もう心を決めるしかない。

 既に後戻りはできないのだ。ならば突き進むしかあるまい。例えその道が業火に包まれていようとも、後に続く者が居るのならば、喜んで先を進もう。

 

 それに、私は家族を守りたい。

 みんなを。ブリテンに居る全ての者達を。

 帰るべき居場所を、守りたいのだ。

 

 

 例え、私が帰れなくなろうとも。

 

 

「―――――――姉上ッ!」

 

 

 姉上。私をそう呼ぶ存在は、キャメロットでは一人しか存在しない。

 白と赤を基本色とした鎧を身に纏った、私の妹そっくりの顔を持つ一人の少女。

 私のもう一人の家族。

 モードレッドが、顔を歪めながら私の前に立っていた。

 

「なんで、なんでだよ、姉上! なんで自分から死地に行こうとする!! なんでっ…………俺を一人にする気かよ!!」

 

 悲痛な叫びを漏らしながら、涙で顔をグシャグシャにしたモードレッドは私の胸に飛び込んだ。

 私はそれに対して、頭を撫でて泣き止ませようとすることしかできなかった。

 

「私がやらなきゃ、皆死ぬ」

「知らない! そんな事知るもんかッ!! 姉上が居るなら俺はそれでいい! だから、だからっ……居なく、ならないでくれ…………!」

「…………ごめんなさい、モードレッド」

 

 もう、謝ることしかできない。

 誰の意見も聞かず、自分勝手に死にに行く。私の行動はそう言う物だ。モードレッドが、私を家族だと、姉だと思ってくれるものの声も聞かず、ただ自分がやりたいようにやって――――そして死ぬのだ。

 最低だ。最低の姉だ。

 愛する家族に涙を流させる奴は、そうとしか言えまい。

 

「どうしてだよ! みんな可笑しいだろッ!! なんで姉上が……何でみんな何も言わないんだよ! そこまでこの国が大事かよ! 死ぬのが怖けりゃみんなで逃げればいいだろ!」

 

 だが敵がそれを許さない。

 逃げる過程で、きっと何千人も何万人も死んでしまう。逃げた先でも生き続けられる保証はない。

 だから戦うのだ。自分たちの居場所を守るために。

 私という存在が消えることで、それは保たれるだろう。それでもブリテンはいずれ滅びるだろう。だが、私は家族に、少しでも長く生きてもらいたいのだ。その中でアルトリアとモードレッドは、親子の関係を築かせてあげたい。

 

 それは紛れも無く自己満足だ。

 相手の感情も考慮しない、勝手な子供の我が儘。

 わかっている。だけど、止まらない。止めてはならない。

 

 けど、できることなら――――

 

「……そうだね、生きたい。うん。家族みんなで、平和な時間を過ごしてみたい」

 

 最後の最後に、そんな小さな望みが生まれる。

 そうだ。今まで一度も、そんなことはなかった。みんなで、本当の家族みたいに穏やかな時間を過ごす。

 アルトリアやケイ兄さんだけじゃない。モードレッドも、ランスロットも――――仲間では無く、家族として共に暮らしてみたいのだ。

 

「今決めたよ、モードレッド。絶対に、生きて帰る」

「……本当、か?」

「勿論。最後まで足掻いて、足掻き続けて――――生き残って見せる。貴方のためにも、皆のためにも」

「っ……ぜ、絶対、絶対だからな! 約束だぞ!」

 

 死にたくない。

 

 死ねない。

 

 家族を残して先に逝けるものか。

 ああ、何を弱気になっていたんだ私は。ただ生きる。生きて帰る。それだけの事じゃないか。

 

 モードレッドの頭を優しく胸に抱く。

 

 この瞬間が、ずっと続けばいい。

 だから――――また作るんだ。

 みんなと一緒に歩める、そんな時を。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 平原を進む不死者の群れ。

 村があれば食い尽くし、森があればなぎ倒し、ありとあらゆる障害物を排除しながら突き進む死徒と真祖の軍勢は、ただただ突き進む。

 世界から下された『異物』の排除のために。

 何者もその進行を阻むことはできず、抵抗する者は皆その血を吸われ尽くされミイラへと変えられてゆく。

 

 

 その先頭を突き進む白き狂獣。

 

 

 霊長類に属するならばいかなる障害をも飛び越えて『抹殺』する、地上最強最速の殺人者。一人の黒き吸血姫に仕える最強の僕、プライミッツ・マーダーは抑止力に下された命令のままに、世界の汚れを取り除くために歩を進める。

 

 その一歩は相手に死を届ける死神の歩み。

 

 如何なる存在であれ、人間である以上プライミッツ・マーダーに勝ち目はない。

 狂獣が持つ『絶対的な殺害権』というものは、そういう物だ。

 防ぐ手立てなど無い。

 故に抑止力は異物が人間であることを利用し、この狂った化け物を差し向けたのだ。

 

 

 そしてその最後尾には巨大な神殿ほどもありそうなほど巨大な大蜘蛛。

 巨大な円盤を背負い、十本の脚を生やした蜘蛛の様な異星人は周囲を水晶に変えながら進む。そこに存在するだけで周囲に異界を生じさせる化け物は、自身の兄弟――――地球に対して害を与えられる存在を確実に排除するため殺意を満ちさせながら巨体を動かす。

 その体はいかなる物質よりも強固な物。地上に存在するあらゆる物質を使っても、この絶対者は傷付けることも叶わない。

 

 

 

 

 

 

 その化物二体が、自分たちが進む先に強烈な畏怖を抱く。

 

 

 

 

 

 

 ナニカが居る。

 自分たちに取って脅威となる――――否、なる可能性を持つ者が、存在している。

 

 霊長の殺人者が。

 

 水星の大蜘蛛が。

 

 同時にそう見抜き、故に自身に確約する。

 

 

 

 ――――そいつは確実に抹殺する、と。

 

 

 

 

 

 

 




アルフェリア「生きたい」

犬「コロス」

蜘蛛「■■■」

アルフェリア「・・・生きたい(切実)」


・・・アルフェリアさん、強く生きて。


あとモーさん、ちょっとデレ過ぎじゃないかな。
そうなった経緯は次回ということで。それではバイナラー。


ああ、また原稿を書き直す作業が始まる・・・。




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第十四話・神剣解放――【挿絵有り】

お待たせ。風邪と咳と胃痛に加えて筋肉痛まで増えちゃったけど、頑張ったよ。私超がんばったよ。誤字はたぶん、無い・・・無いよね?

追記
誤字には勝てなかったよ・・・。修正しますた。

追記2
表現追加。




 地を揺るがす大進行。二十万の不死者は戦略もへったくれも無く、ただ己の欲望を満たすためにその足を進ませる。その姿は黒い津波。飲み込まれれば一瞬にして死に至るであろう死の波である。

 それに立ち向かうはブリテンの騎士一万人。その全員がこの決戦のために用意された、魔術を幾重にも付与された最高級の装備で武装していた。

 しかし彼らが手に持つのは槍と盾。例外は無く、遠くから敵を殺すための武装であり、よく見れば纏っている装備も鈍重な重装甲鎧(ヘヴィーメイル)。更に盾はタワーシールド。完全に防戦特化の装備であった。

 しかし妥当だ。何せこの決戦、撤退は即ち死を意味する。ならば最初から下がる必要など無く、守りを固めた方が得策だろう。

 

「――――全員、構えよ!!」

 

 先頭に立つブリテンの王――――アルトリアが力強く号令を上げる。

 その命令は一瞬にして前衛の兵士すべてに伝播し、巨大なタワーシールドが轟音を立てられながら構えられて壁を造り上げる。総軍の半数、約五千人もの兵士が横並びになり展開された鋼鉄の壁。しかしこんな物では死徒の集団突撃は防げない。

 ーー構えられたのがただの盾であったならば。

 

 

「――――魔術防壁展開!! 一匹たりとも侵入を許すな!!」

 

 

 アルトリアが叫んだと同時に、並べられた盾の表面に複雑な魔方陣が浮かび上がる。

 宮廷魔術師やマーリン、そしてアルフェリアが作り上げた最高級の武装。魔術障壁展開盾。外部取り付けの魔力貯蔵庫を取り付けることで魔術が使えない者でも防御性能の高い魔力障壁を展開可能にさせる代物。

 それが五千個。全てが同時に展開され、魔力の層が兵士たちの前に現れる。

 

 現代最高峰の防御力を持つ障壁は――――不死者の軍勢と正面から衝突する。

 響き渡る轟音。群がる吸血鬼。唐突に現れた壁にぶつかった彼らは見事壁に進撃を妨げられ、前に居た者は容赦なく体を押し潰され、後方に居た者は止まることもできずにそのまま直進。結果、数万の軍勢は前に居る味方を圧殺する形になってしまう。

 しかしその程度の事で進行を止める彼らでは無い。味方の死骸を駆け上がり、上から侵入を試みる。だがドーム状に展開された魔力障壁に隙は無く、ただの一匹として内部への侵入は許さなかった。

 

 ついに不死者の進撃が止まる。

 

 反撃、開始だ。

 

「押し返せぇぇぇぇぇえええ――――ッッ!!!」

『ウォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!』

 

 前に居る五千人の兵士たちが揃って一歩を踏み出し、盾を弾く様に押す。

 それだけで魔力障壁に群がった吸血鬼たちは空高く吹き飛ばされた。相手からしてみれば巨大な壁が瞬間的に爆発するような勢いで進んできたのだ。抵抗など簡単にできるわけも無く、集中していた敵たちは皆無残に空を飛んで敵の頭上へと落ちていく。

 それを見たアルトリアは、自分の真上へと向かって『風王鉄槌(ストライク・エア)』を放つ。

 

 遥か後方で待機している『切り札』への合図だった。

 

 

 

 

「輝け、太陽の現身。勝利のためにその威光で戦場を照らせ! 『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』!!!!」

 

 

 

 

 空高く放り上げられた太陽の聖剣はその柄に内蔵された疑似太陽の機能を完全解放。

 膨大な魔力により出力を最大まで増幅された聖剣は、真夜中にて絢爛に輝き夜空を照らす太陽へと成り代わる。

 

 その光は太陽の輝きそのもの。太陽を天敵とする死徒たちがそれを直に受けてまともでいられるはずがなく、真夜中だと思って完全に油断しきっていた数万以上の軍勢がその光に照らされて焼き焦がされる。

 しかもほとんど至近距離だ。規模は違えど太陽光をまともに浴びてしまえば、死徒はその肉体の劣化が早まってしまう。しかも聖剣から発せられる光だ。神聖さを帯びた太陽光は並の死徒程度ならば一秒もせず死滅させてしまうだろう。

 さらに言えばこの戦場は開けた場所で遮蔽物は皆無な平原。光を防ぐ術は無く、これにより敵軍の大半が壊滅状態に陥る。

 

 一部は味方の死骸や穴を掘って日光を耐え忍ぼうとする死徒もいたが、それでも四方八方を反射する光である以上多少のダメージは免れない。ある程度耐性のある真祖であろうとも、その動きが鈍るのは避けられない。

 

 形勢逆転。鼠の群れが猫の尻尾を噛み千切った。

 

 

「『約束された(エクス)―――――――――!!!!」

 

 

 空へ掲げられる聖剣。壊滅状態の敵軍へと更なる追い打ちを叩きこむために、アルトリアはその手に持つ聖剣の光を解放する。

 

 

「――――――――勝利の剣(カリバー)』ァァァァァッ!!!!」

 

 

 極大の星光が敵陣中央へと撃ちこまた。

 全てを焼却する星の輝きは膨大な熱量にて死徒や真祖を跡形も無く消し去り、十数万もの軍勢の中に一本の道が生まれる。

 

 最奥への道が拓かれた。

 

 瞬間、味方陣営の頭上を飛び越える一つの影が現れる。

 銀髪を風で揺らしながら目にも留まらぬ速度で疾走する麗人。アルフェリア・ペンドラゴン。ブリテンの切り札にして最強の戦士。その後ろ姿は誰もが見慣れており、いつもは仮面をかぶって敵を蹂躙する『戦神』の背中を見た兵士たちは皆が揃って瞠目する。

 

 その美しき姿に。敵陣に単身で突き進む雄々しさに。

 

「皆の者! よく聞け!! あの人は――――アルフェリア・ペンドラゴンは敵の大将を叩きに行く!」

 

 その名に驚愕しない者は一人もいなかった。

 ペンドラゴン。その苗字は明らかに騎士王アーサーの身内だという事を示す名。

 

「我々は彼女に託された! 祖国を、我々が帰るべき場所を守り抜け!! それがあの人の、我が姉の残した意思である!! 全員、命を賭けて誓うがいい!! たとえその身が滅びようとも――――」

 

 騎士王が聖剣を地面に突き立てる。

 

 

「――――その命尽きるまで、祖国を守る盾とならんことを!!!」

 

 

『ウォォォオオオオオオォォオオオオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 

 戦士たちは高らかに雄たけびを上げる。

 自らの使命を自覚し、そしてそれを命を賭けて貫き通さんという覇気を見せつけるのだ。

 勝利の女神(アルフェリア)が居る限り、自分たちに負けの二文字はあり得ない。

 その確信は確かに兵士たちの指揮を上げ、戦場を震わす。

 

「――――帰ってきてください、姉さん」

 

 その中でアルトリアは、一人の少女(・・)は呟いた。

 己の本当の願いを。

 

「信じています」

 

 姉の身を案じる妹は、その後ろ姿を消える最後まで見届けた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 魔力放出を使ってアルフェリアは戦場を真っ直ぐ突き進んでいく。

 周囲の死徒は一人残らず日光に照らされ阿鼻叫喚の地獄絵図と変わっており、もはや死徒の軍勢は軍として機能しなくなっただろう。辛うじて残っていた真祖三百人もわざわざ自殺しにアルフェリアに突っ込んできて、残らずその首を『吸血剣(ブラッドイーター)』で撥ね飛ばされてしまった。ミルフェルージュと比べれば雑魚同然。今のアルフェリアに取っては真祖は敵どころかもう遊び相手にすらなりやしない。

 

 だが下手な消耗は許されない。

 彼女の相手はアルテミット・ワン。一瞬の油断さえ許さない絶対者である。そんなもの相手に消耗など許されない以上、アルフェリアは最小限の魔力消費で敵陣の最奥部へとたどり着く必要があった。

 

 

 

 ――――背後に現れる絶大な殺意。

 

 

 

 振り返ると――――その白い牙を血で濡らした狂犬、プライミッツ・マーダーが音速すら優に超越した速度でアルフェリアの背に追いついていた。当然、一撃でももらえば即死。それはあの犬の持つ『権利』であるが故に、触れた時点でこちらの死は確定してしまう。

 

 ただし、その『権利』には一つ穴がある。

 確かに触れれば死ぬ。どんな手段を使っても、それは免れない。

 

 

 その相手が『霊長類(にんげん)』だった場合の話であるが。

 

 

 アルフェリアの背後の空間が歪む。真っ黒な空間に繋がった『孔』が現れたのだ。

 その場所は虚数空間。虚数属性の魔術によって作り出された架空の空間であり、彼女にしか出入り口が作れない空間でもあるそこには――――白銀の竜が存在していた。

 

 一瞬にして広がった『孔』から白銀の竜、アルフェリアの相棒であるハクが飛び出す。十メートルを優に超える竜の巨体はアルフェリアを庇う形でプライミッツ・マーダーに立ちはだかり、突き出された白い爪を頑強な鱗によって容易に防いだ。

 そう、プライミッツ・マーダーは霊長類以外に対してはその特攻を発揮できない。

 霊長類では無い竜種のハクにとって、プライミッツ・マーダーは単なる『敵』でしかないのだ。

 

『ウォォォォオオオォォオオオォオオォオォオオオオン!!!!』

『グルァァァアアアアァアアァァァアアアアアアアアア!!!!』

 

 ガイアの怪物と最強の竜が対峙する。

 

 背中を頼れる相棒に託したアルフェリアは既に追従不可能な速度でプライミッツ・マーダーから離れていってしまう。それを見て白い狂犬は目を血走らせ、眼前の竜を睨みつける。

 だがそれはハクも同じことであった。未遂に終わったとはいえ、自分の戦友の命を奪いかけたのだ。それだけで怒りを露わにするには十二分すぎた。

 

 互いが所有する神秘の圧力で周囲の空間がねじ曲がっていく。

 既にどんな生物であれ接近は不可能。最強の狂犬と最強の幻獣。二者が一点に存在することで世界が軋みを上げ悲鳴をまき散らす。

 

 先に動いたのは、プライミッツ・マーダー。例え霊長類以外を相手にしようが、彼が死徒二十七祖第一位である所以――――この狂犬は『権利』など無くとも最速にして最強。その牙と爪で何であろうが歯で噛み千切り、鉤爪で切り裂き殺す。

 狂犬の動きの切れ――――ゼロ(0)の状態からトップスピード(MAX)までの間隔はコンマ一秒を下回っていた。殆ど予備動作無しで音速を突破したプライミッツ・マーダーはその鋭利な爪でハクの体を斬りつける。

 先程とは違い、霊長類以外を相手にする場合の攻撃。触れるだけでなく切り裂くための一撃だ。それは竜の鱗を突破し、鋼鉄より硬い筋肉を裂いた。だが、ハクにとってはかすり傷に他ならない。その傷はすぐに元通りになってしまう。

 

 だが、プライミッツ・マーダーは攻撃を止めなかった。

 音速で足を動かすことにより触れられる空気の壁を蹴り(・・・・・・)、空中での方向転換と超加速を実現して再度攻撃を加えた。

 それは止まることなく何度も行われ、プライミッツ・マーダーは過ぎた数秒の間に数千回近くハクの身体に傷を作っている。幾ら竜の再生能力が高いとはいえ、流された血が直ぐ元に戻るわけでは無い。血は確かに流れ続け、このままでは失血に至るだろう。

 

 そんな物とっくの前に理解している。

 

 ハクは血が失われ続けているにも関わらず極めて冷静であった。この竜は、相手を、プライミッツ・マーダーの動きを『観察』し『解析』しているのだ。

 どこにどうやって飛び、どんなタイミングで動き出すかを。

 既に千回以上繰り返されている。それだけ見れば――――サルでも要領を掴める。

 

『――――グ、ッギャガ……ッ!!?!?』

『グルルルルルルルル……………ッ!!』

 

 プライミッツ・マーダーの動きを予想し、ハクは溜めていた力を解放して竜の膂力から繰り出される爆発的瞬発力を以て己の体を切り裂き続けた狂犬の喉元を捕まえる。

 そしてハクは狂犬を掴んだ手に全力を注いで――――遥か彼方へと投げ飛ばした。

 

 竜の筋肉から生み出された圧倒的な力。それによって投げられたプライミッツ・マーダーの体は瞬時に音速を飛び越え、凄まじい速度で戦線を離されてゆく。衝撃波で灰となっていく死徒が跡形も無く吹き飛び、射線上に存在していた者全てが肉塊へと変わっていく。それでも尚、勢いは減らない。

 そのプライミッツ・マーダーに、ハクは自身が出せる最高速度を以て追いつく。確実にあの狂犬を滅ぼさんと、喉の奥から憤怒のうなりを上げながら。

 

『グルルルルルルァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 太い腕が振り上げられ、ハクは自身より遥かに小柄なプライミッツ・マーダーを徹底的に叩き潰そうとする。

 

 ――――だが、そんな簡単に最強の狂犬がやられるはずもなく。

 プライミッツ・マーダーは宙を蹴り自分の体を強制的に地に戻すと、足を地面に突き刺し一気に減速。地表を抉りながらその勢いを弱め――――逆にハクの巨体へと飛び掛かった。

 

 交錯する二体の従者。

 

 血の噴き出す二つの源泉。

 

 一瞬の邂逅にてハクとプライミッツ・マーダーは互いの腕を食い千切っていた。

 両者共に右腕を失い、しかしその顔には怯えの感情など欠片も存在しない。ただ己の主のために身を粉にして尽くす。

 

 

 ――――(アルフェリア)の邪魔はさせない。

 

 

 ――――(アルトルージュ)の脅威は抹殺する。

 

 

 従順な竜と魔犬は再度互いを睨み合う。滴る血など気にもせず、ただ互いを殺す算段をしながら殺気を場に満ちさせる。既に誰にも追いつくことはできない頂上決戦。

 赤く染まった牙を見せ合う二匹。

 

 同時に両者が地を踏んだ。

 

 

『オォォォォオオオォォォオォオォオオオオン!!!!』

『グルオォォォォォオオオオォォォオオオォオ!!!!』

 

 

 ハクの剛拳が地を砕く。疑似的な地震さえ起こしたそれは直撃すれば問答無用で対象を殴り殺しただろう。しかし速度で上回るプライミッツ・マーダーはそれを紙一重で回避し、ハクの喉笛に噛みついた。鱗を貫き、肉に深く突き刺さる狂犬の牙。無理に引き剥がせば肉ごと剥がすことになる。

 だがハクに迷いなど無く、一切の躊躇なく自分の喉に食らいついたプライミッツ・マーダーの体を掴んで引き剥がした。吹き散る鮮血が空を舞い、白い狂犬の体が赤く染まった。

 

『ガアァァァァアアアアアア!!!』

『ギィッアガッガアアアアア!!?』

 

 ハクは捕獲したプライミッツ・マーダーの体を力任せに地面に叩き付ける。

 地面はまるで隕石でも衝突したかのように陥没し、地面が容易く吹き飛び抉れる様はまさに移動災害。地上最高の神秘の塊はその有り余る力を以て上から狂犬を叩き伏せたのだ。

 

 

 そして、その顎を開き神秘の奔流を容赦なく吐き出す。

 

 

 幻獣クラス最高峰の竜であるハクが吐き出す竜の息吹(ドラゴンブレス)。それは聖剣の光すら超越した熱量を内包していた。

 荒れ狂う白銀の光。直撃すればどれだけ足掻こうが無事では済まない。

 

 例え抑止力の補助を受けたガイアの怪物であろうが。

 

 

 

 

 

 ――――戦場から離れた場所で一柱の光が空へと昇る。

 

 

 

 

 

 膨大な神秘を内包した力の奔流は山を砕き、地を裂き、空を震わす。

 

 その一撃、神の鉄槌の如し。

 

 天へと昇る光はまさしく人々が見とれる幻想の跡。

 

 地上最後の幻竜が命を賭けて見せつける極光は何よりも眩しく、暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 辺り一面が焦土と化した場所に、白い狼と白銀の竜が倒れ伏している。

 至近距離で超級の熱量が爆発を起こしたのだ。爆心地に居たハクもプライミッツ・マーダーもすでに瀕死の状態であり、身体を動かすのもほとんどできなくなっていた。

 

 むしろ、アレの爆発に飲み込まれて生きているこの二匹が異常なのだ。

 並の幻獣でも屠るであろう超熱量の吐息。互いに負傷した状態でそれを耐えきった時点で、既に神獣クラスに片足を突っ込んでいると言わざるを得ない。

 

 それでも重傷は免れなかった。

 

 両者ともに動けず。援軍も無いだろうし、例え現れてもこの二匹に傷を付けることは瀕死の状態でも容易ではないだろう。

 

『――――プライミッツ、戻りなさい。貴方はよく頑張ったわ』

『クゥゥゥン…………グルルルルッ』

『ええ。きっといつか見返してやりなさい…………私の可愛い忠犬』

 

 何処からともなく少女のような声が響き、言葉が終わるとプライミッツ・マーダーの体が光の粒子となって消失する。恐らくどこかへと転移されてしまったのだろう。差し向けた刺客が戦闘を続行することが不可能になった以上、ガイアももう干渉はできない。

 

 そして白き狂犬が倒された今、ハクの行く道を妨げる者は無い。

 

 

 自分の体以外は。

 

 

 既に限界を超え損傷を繰り返したハクの体は、竜の再生力を以てしても即時の再生は不可能であった。例え傷が癒えたとしても即時戦線復帰は不可能だろう。治癒されたばかりの体ではORTに立ち向かった所で餌になるだけだ。

 

 それに、ハクもまた体が消え始めていた。

 

 元々数年前にハクは世界の裏側へ行く運命であった。それをアルフェリアに邪魔され、なんだかんだで付き合っている内に互いを『相棒』と認め合い、彼女と死ぬまで共に居続けることをハクは自身に誓った。

 だが世界は既にハクのような強力な神秘の存在を許容しない。即ち世界が受け付けなかった故に、ハクは常時世界の裏側へと引きずり込まれる力と戦っていたのだ。

 

 それに抵抗する力も、もはやない。

 抵抗できない以上、ハクは出れるかどうかすらわからない世界の裏側へと弾かれる定めであった。

 

 ハクは、白銀の忠竜は「それでも」と必死に抗う。

 

 最後まで守り通すと決めた。

 

 なのに、この様はなんだ。

 

 自分に課した一つの約束さえ守れず、何が最強の幻想種か。

 

 全ての力を振り絞り、ハクは残った片腕を伸ばす。

 

 遥か彼方に見える、緑色の大蜘蛛へと。

 

 

 

『ア、ル……フェリ、ア――――――――――』

 

 

 

 抵抗空しく、竜の巨体は光となってこの世界から消え去る。

 主人を守ると誓った竜は、世界から排除された。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 白い装甲を纏い、緑色の炎の様な物を体のそこかしこから見せる大蜘蛛。

 星のアルテミット・ワン。水星の王(タイプ・マアキュリー)、ORT。その四十メートルを超す巨体と地上の如何なるものも耐えられない殺意は、見る相手を遺憾なく押し潰す圧力を放つ。

 地球上のルールすら通用せず、存在そのものが『異界』であるORTは『ソレ』を見た。

 

 自分が発生させた水晶峡谷を苦も無く進み続ける『異物』を。

 

 

「――――うん、直に見ると、本当に押しつぶされそうだ」

 

 

 ORTの世界に入り込んだ『異物』――――アルフェリアは穏やかな笑みを浮かべながら、ORTを見上げた。

 星の絶対者を前にして、笑みを浮かべた。それがORTに取って余りにも『異色』過ぎて、大蜘蛛はその歩みをようやく止める。

 

 誰も止められなかったはずのアルテミット・ワンの歩みが、止まった。

 

『―――――――――――――――――――』

「ああわかっている。どうせ言葉は通じないだろうし、通じたところで素直に帰るはずもない。戯言を述べるつもりはないよ。……時間稼ぎに留めたかったけど、仕方ないか。……倒す気で行かせてもらうよ」

 

 言葉を一旦切ると、アルフェリアは纏った黒い外套の内側から一本の剣を抜き放った。

 それは、銀色の直剣。十字架を模した儀礼用の剣に見えて、しかしその切れ味は地上の如何なる剣をも超越した絶対切断の一振り。

 

 神々の意思が最後に遺した神秘の大結晶。

 

 最期の幻想(ラスト・ファンタズム)。もう二度と造られることのない、最強の神造兵器。

 

「……さて、相応しい舞台は整ったよ。約束通り(・・・・)、『守りたいものを守るための戦い』をしようか」

 

 空間が、水晶峡谷が震えだす。

 怯えているのだ。

 この空間が――――ORTの『世界』が。

 

 

 

 

 

「神剣解放――――――――起きろ、『夢幻なる理想郷(アルカディア)』。星を殺すぞ」

 

 

 

 

 

 瞬間、ORTの警戒が最大レベルにまで引き上げられた。

 アレは不味い。一秒たりとも生かしてはおけない。

 

 でないと――――殺られる。

 

 本能のままORTはアルフェリアの周囲を『意図』して異界へと変貌させる。居るだけで周囲を異界化させるORTが己の意思を以て世界を書き換えた。

 一瞬にして完成する水晶の牢獄。一度閉じ込められれば何であろうが永久に閉じ込めるそれは――――

 

 あっさりと砕け散った。

 

 たった一本の剣が一振りされただけで。

 そして、アルフェリアはその中心に立っていた。

 

 至上の神秘を凝縮した白銀の鎧を纏い、天からの御使いのような神々しさを背に、そこに存在していた。

 

 今ようやくORTは認識を改める。

 

 これはもはや人間ではないと。

 自分を殺せる可能性を持った、『敵』だと。

 

「私もこの状態で居るのは十五分が限界なんだ。だからさ――――殺し合おうか(・・・・・・)。星の代弁者」

 

 彼女は宣言した。星と『殺し合う』と。

 本来ならば戦いにすらならないはずの相手に、そう啖呵を切る。

 それに対する応答か、ORTは十本の脚を振り上げ、地に叩き付けた。それだけで至上稀に見ない轟音がけたたましく響き渡り、水晶峡谷全体に罅が入っていく。

 

 交わる殺意。

 

 人と星の最終決戦が、今始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

「オォォォォォォォォオオオオオオオオオォォォォォォオオオオォォオオオォォオォォオオォォォォオオオオォォオオオオオッッ!!!!」

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 火花が散った。

 

 世界が鳴いた。

 

 全てが砕け散った。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 




というわけで従者対決回でした。いかかだったでしょうか。
ぶっちゃけ犬の方は自分でも少しアッサリ退場しすぎたと思ってる。でもハクさんを世界の裏側に行かせる要因としては上手く働いたかも。そしてチョイ登場したアルトルージュさん。ホントにエキストラだから。もう出番はないから。たぶん。


次回、決戦。

たぶん明日は投稿無理。しっかり養生します。喉痛い。体痛い。


しかしアルフェリアさん、さりげなくORTさんを殺す気で行ってます。だってその気で行かないとマジで殺されかねないからね。最期に見せる本気です。

順調にインフレしてるなぁ・・・。


追記3
海鷹さんから支援絵をいただきました!本編に張ったのでぜひ見ていってください。

以下PixivへのURL

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=58132325


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第十五話・銀の物語は幕を引かれる

なんとか、何とか間に合った。生きてるよ!ちゃんと生きてるよ私!

そして今回は生前編最終回です。それではどうぞ。

追記
誤字修正しました。あと表現追加を少々。


 巨大な脚が振り下ろされる。

 四十メートルという巨体を誇るORTが繰り出す一撃。地を割り、下敷きにされたのがどんなものであれ、その脚は標的を容易く押し潰すだろう。それが身長170㎝前後の小娘ならば、熊が蟻を踏みつぶすように。呆気なくその一つの命は散る。

 それは『法則』であり、『理』であり、『掟』である。決して違反できず、覆せない世界のルール。

 

 ORTの脚が水晶世界を二分する。

 

 周囲に生えた水晶が残らず砕け散り、地面には大量の亀裂が広がっていく。

 敵がアルテミット・ワンならば今の一撃に絶えられたかもしれないが、ORTが戦っているのは星では無い。『人間』だ。

 星は神を産み、神は人を産んだ。その格差は明確であり、一つ違うだけで絶対的な差をもたらす。

 しかし、普通の人間ならORTを視認した時点で死んでいる。その殺意が向けられた時点で膨大な神秘に押しつぶされ肉塊へと成り果てている。

 人間が相手ならば動く必要さえないのだ。だがこうしてORTは動いている。己の脚を敵の頭上へと叩き下ろしている。その上で――――敵の気配は未だ健在。

 

「――――遅い」

 

 空間を飛び越えて(・・・・・・・・)白銀の騎士――――アルフェリアはORTの眼前に迫っていた。

 

 純粋な武術により到達した多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)。根源を通らず単純な肉体運動だけで第二魔法を発現させたアルフェリアが、それを最大限に利用することで空間を『跳躍』したのだ。

 縮地。彼女はそう呼んでいるが、空間転移に近いそれは人の身では掠ることすらできぬ魔技。例えアルテミット・ワンであろうが見えない以上見切ることは不可能。

 

 神剣『夢幻なる理想郷(アルカディア)』の切っ先がORTの顔面を捕える。

 

 

 ――――ゴッガァァァァァァァァアアァァァァァァアァァアンッッ!!!!

 

 

 物質同士がぶつかるとは思えない異質な轟音が鳴り響く。

 神剣の切っ先は白い装甲を穿ち抜き、ORTの巨体が仰け反った。

 星が傾く。

 その余りにも荒唐無稽な光景は、関係者が見たならば確実に発狂していただろう。

 これはそれほど『あり得ない』ことなのだから。

 

 本来であればアルフェリアはORTの攻撃を避けることすら叶わない。今までの彼女ならば先程自分の居た場所を抉ったORTの攻撃でこの戦闘は終わっていただろう。

 しかしそれは起こらなかった。

 

 理由は、彼女が持つ剣にある。

 

 世界最後の神造兵器、『夢幻なる理想郷(アルカディア)』。その剣はいくつかの強力な能力を内包しており、所有者を最大限に補助している。それこそ星を相手取ることを可能にさせるほどに。

 

 一つ目は、所有者の全ての基礎能力を四倍にするという規格外の能力。その能力によってアルフェリアは魔力の消費など一切行わない、単純な身体能力だけで空間跳躍が可能なほどのスペックを獲得した。その速度、もはや星のアルテミット・ワンでさえ捉えきれないほどの超速。亜光速で縦横無尽に空間を飛び回る彼女は疑似的な分身さえしている。

 

 二つ目は、その身に神剣が纏わせた鎧。外部から所有者へ害をなすあらゆる現象、法則全てを九割遮断する最高の盾。アルフェリアがORTの水晶峡谷の中で存在し、尚且つその殺意を向けられているにも関わらず平然と存在していられる要因でもある。

 

 三つ目は所有者の持つ道具類の機能を『昇華』させる加護。ただの鉄の剣を聖剣と十二分に打ち合えるほど強化させるほどの強力な加護。これによりアルフェリアが服の裏に付けている魔力増幅用の魔術礼装の機能を『昇華』させられ、一瞬にして膨大な魔力を獲得することが可能になった。

 

 最後に四つ目。これがORTにダメージを与えられる理由にして、神剣が最強の矛である所以。

 

 この剣は、神の力を内包している。即ち『権能』。神々が振るいし超常の力をその小さな刀身に凝縮されているのだ。そして、その『権能』は――――『絶対切断』というただ切ることにのみ特化した法則を持つ。

 例え斬る物が隕石であろうと、巨人であろうと、神であろうと。この剣は皆ことごとく『斬った』という結果を持ってくる。

 

 しかし相手が『星』である以上神の権能は通用しない。それはこの地球に居る限り反映される絶対の法則であり、逆らうことはできない。どれだけ凄まじい力が存在していようと、それを生み出したのは元を辿れば星なのだから。

 

 子が親を傷付けることはできない。

 

 故にORTと戦うアルフェリアの勝算は皆無。

 

 

 そのはずだった。

 

 

 だがそれには一つ抜けがある。

 概念的には切断できないだろう。それは神剣であろうと不可能な所業だ。

 

 ――――ならば物理的(・・・)には?

 

 単純にその一撃が星の一部を削り取れるほどの一撃ならば、どうだろうか。

 概念的に守られている敵であろうが、物理法則と言う物は何処にでも存在している物だ。例え素っ頓狂な『権能』であってもその法則無しでは実現すらできやしない。『基準』が無ければ『改変』はできない。

 多少異なる法則がそこに存在していようが、星を破壊するほどの一撃であれば細かい理屈は関係無くなる。

 

 要するに、アルフェリアの一撃は星を削り取る一撃であった。

 

 しかしORTは自分の周囲に異界の物理法則を発生させている。これがある限りORTを物理的に傷付けることは不可能であり、ORTの物理法則下で勝つのもまた不可能。

 なら、その法則を消してしまえばいい。

 神剣の持つ権能で、『絶対切断』を使いアルフェリアはORTの異界法則を文字通り叩き切った。そもそもそれが無ければこうやって立つことさえままならない。この神剣は理解不能な異界の法則を切り裂き、地球(こちら)の物理法則を押し付けている。

 つまりこの剣は異界法則を切り裂き、ORTを物理的に傷付けられる唯一の武器。

 

 先程の一撃でORTの装甲が抉れたのは、そういった要因が絡み合ったが故に。

 決して傷つくはずの無いORTの額から光る液体が漏れ始める。

 

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!?!?!?!?』

 

 

 

 アルフェリアの亜光速に至った突きがORTの額の装甲を抉り飛ばし、そこから浅い傷が出来上がっていた。

 剣の持つ『絶対切断』の権能、アルフェリアの生物の枠組みから外れた身体能力と技術。それらが奇跡的に噛み合い放たれた突きは、星の一部を破壊しながらその体を揺るがした。

 

 物理的に例えるならば、巨大隕石が衝突して星の一部が滅茶苦茶になり、公転軌道が少しずれた様な物。

 

 これを人の形をした者が実現している。

 流石のこれには抑止力も絶句した。

 

「――――ごぼっ、ぁぐ…………!!!」

 

 だがアルフェリアも無事というわけでは無かった。

 彼女は神剣を握る右腕をもう片方の手で押さえながら吐血している。

 

 人間が星を削り取る。

 そんな出鱈目を実現した代償に右腕の骨と筋肉がズタズタに引き裂かれて、衝撃で内臓がいくつも破裂してしまっていた。神剣の補助と鞘の高速再生があっても尚、星を削り取る攻撃など人体に耐えられるわけがない。彼女は今、全力で攻撃するだけで自滅しかねない存在になっている。

 

 その代償に、相手に傷がつけられるほどのスペックを獲得したのだ。代償も無しに偉業を成し遂げられるほど彼女の今の形態は都合のいいものでは無い。

 

「ッ……離れ、ないと!」

 

 そのダメージを治癒魔術と鞘の効果で強引に治癒し、アルフェリアはORTの周辺から高速で離脱した。

 

 間一髪。ORTは怒りのまま周囲を滅茶苦茶にその足を振りまわすことで破壊し、世界がそれにミシミシと軋む音が木霊する。いくら四倍の耐久とダメージ9割カットを獲得したアルフェリアでも、一撃が致命傷と成りうる。それがアルテミット・ワンという存在であり、だからこそアルフェリアは神経を削る気分で状況を何度も分析し、最適解を導き出そうと脳細胞をショート寸前にまで酷使している。

 

 次は、どう動く。何をすればいい。そんな問いが彼女の中で一体何回繰り返されただろうか。並ならぬ焦燥を顔に出しながら、アルフェリアはORTの脚攻撃を避け続ける。

 彼女が焦る理由としては――――時間がない事だった。

 

 神剣の全機能を解放していられるのはアルフェリアでも十五分が限界時間(タイムリミット)。これは彼女が持つ数千の魔術回路、超一級品の魔力炉心、生涯通して『魔力貯蔵空間(マナ・ストレージボックス)』に貯蔵した膨大な魔力を総動員して叩き出された時間。余力など無く、すべて使ってだ。

 

 つまり十五分以内で状況を改善しなければ全てが終わる。

 

 余りにも残された時間が少なすぎた。だからこその焦り。自分が失敗してしまえば何もかもが水の泡。既に彼女に一切の余裕はなく、一歩間違えれば脳が機能停止しかねない程の心理状態と化している。

 

 それでも『予定通り』ならばある程度撃退の可能性も見えてくる。百回やって一回成功するかどうかの確率だが、それでも生きて帰れる未来が存在する。それがあるからこそアルフェリアはその一歩を踏み切らず、こうして「生きて帰れる」確率を最高まで高める行動を取っているのだ。

 

 相手を倒し、生きて家に帰る。

 そんな理想の未来を掴める――――――――

 

 

 

 

 ――――『予定通り』に相手が動けば、だが。

 

 

 

 

 ORTの口に光が収縮されていく。

 圧縮されていく光は彼の体から漏れ出る緑の炎。星の触覚を形作る最上級の神秘の光。

 魔力に換算すれば、何千万人もの人間を魔力結晶に還元しても尚足りないほどの量。

 それが、高々直径二メートル程度の光球にまで収縮され、

 

 

 

 全てを焼き尽くす破壊の極光は放たれた。

 

 

 

 

 超高密度の熱量と化した魔力の光は触れずとも全てを破壊し、吹き飛ばし、焼き滅ぼす。

 眼前の障害を欠片も残らず消滅させるため、ORTは人間などに使うはずの無い外宇宙から侵入した侵略者用の技を使った。下手すれば地球を消滅させかねないと知っていても、それを使わねばアルフェリアは倒せないと理解したが故に。

 

「な…………ッ!?」

 

 何をしたかは理解できない。だが放たれた物が途轍もなく危険なものであると肌で感じたアルフェリアは思考する。

 防げるかどうかわからない。だが躱せば後方に居る味方やブリテンは確実に丸ごと消滅する。

 そう直感し、アルフェリアはコンマ一秒経たせずに己の回答を導き出す。

 

 斬る。元よりそれしかできない。

 

 アルフェリアは背後に虚数空間への孔を開き、自分の切り札の一つである黄金の剣を左手で抜き放つ。

 神剣の加護によりその機能を『昇華』させ、失敗作の黄金剣は星が作り出した人々の願いさえ超える光を手に入れた。既にそれは聖剣と呼んでも差し支えないほどの神秘の奔流を携えており、その圧力で空間が音を上げていく。

 

 即座に解放。黄金剣は所有者から無尽蔵に魔力を吸い上げ、それを光へ変えていく。

 

 ――――その剣は確かに失敗作だっただろう。本来あるべき機能が損なわれ、必要としない機能が伸びてしまったのだから。だからこそこの剣はアルフェリアに振るわれ、それに喜びを感じていた。

 こうして共に戦場に出ることも。彼女と共に何かを守ることも。

 

 剣に意思が宿ったように突如、黄金剣が呼応する。持ち主を、後ろにいる全ての存在を守り抜かんと。

 

 今魅せるのは一時の奇跡。黄金色の極光は星が放つ光さえ退ける―――――!!

 

 

 

「『偽造された(コールブラント)――――――――黄金の剣(イマーシュ)』ッッッ!!!」

 

 

 

 正面へと放たれる眩き光は、水晶に包まれた世界を裂きながら、黄金の剣から放たれた美しき黄金光は緑色の破壊光と衝突する。

 

 四方に飛び散る幾条もの光。何かに触れれば巨大な火球を作り水晶地獄を炎に包む。

 幾重も響く鈍重な爆発音。水晶の世界は瞬く間に火炎地獄に成り代わり、全ての生命を受け付けない煉獄と化してしまう。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■…………!!!』

「はぁっ、はぁっ…………あ、がっ…………!」

 

 排除すべき敵が未だ健在。それを知ったORTは低い唸り声を上げる。

 アレは一時といえど己の身を削って放つ切り札の一つ。未知の外敵用の技ゆえに手加減不可能な攻撃である。直撃せず迎撃されたとはいえ、相手のしぶとさにORTは意識せずに不快気な声を上げた。

 

 対してアルフェリアは、左腕を抑えていた。

 

 

 いや、左腕があった(・・・)場所、というべきか。

 

 

 幾ら何段階も昇華された聖剣の光とはいえ、星が放つ超級の熱量を相殺しきることはできなかった。

 防ぎきれなかった光はそのままアルフェリアの左腕を消し去り、しかしそれにより光は直線軌道を逸らされてブリテン軍らがいるであろう背後から大きくそれた空へと握っていた黄金剣と共に弾かれた。

 反応はできた。しかしそれをすれば確実に守るべき物が消える。そう理解し、アルフェリアは己の左腕を犠牲にして背負ったものを守り通す。

 

 傷口は炭化している。止血する必要は無い。

 崩れ落ちそうな体に鞭打ちながら、アルフェリアはまだ炎が燈っている目でORTを睨む。

 

 諦めない、と。

 

 それを見たORTは容赦なくその頭上に足を振り降ろした。

 広がる破壊。余波だけで粉々になり、宙を舞い散る美しき水晶結晶。アルフェリアは避けなかった。大技を放った反動で動けなくなっていた。そこへと無慈悲に叩き込まれた攻撃は、アルフェリアの華奢な体を引き延ばす。

 アルフェリアが正面から受け止めた、という事実が無ければだが。

 

「ぉっ、ぉぉぉおおおおおおおおおおッッ…………!!!」

 

 神剣を盾の様にしてORTの攻撃を防いだアルフェリア。しかし身動きが取れない。少しでも気を抜けば潰されかねないからだ。

 軋む骨。破裂する筋肉。それらのダメージを無視して、アルフェリアは地を踏みしめる。

 そして一瞬の隙を突き神剣をORTの脚へと突き刺す。緑の血がそこから溢れ、微かな痛みにORTが唸った。しかしそこで終わらない。

 

「っっとぉぉぉぉぉおぉぉぉおおおりゃぁぁぁああああああァァあぁァアアアアアア――――ッッ!!!!」

 

 

 ORTの脚を刺した神剣の柄を起点に――――持ち上げた(・・・・・)

 

 

 突然の事に理解が追いつかないORTは声も出せず、確実に数千tは凌駕するだろうその巨体は宙に浮く。

 不条理。全ての頂点に立つ星が初めてその感情を覚えた瞬間であった。

 

 

「ハァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 

 

 アルフェリアはORTの足を強く掴み、肩に担いで投げ飛ばすことでその頭を地球に叩き付けた。

 星同士の衝突。巨大なクレーターが生じ、衝撃で水晶が撒き散らされる。

 

 地面に頭をぶつけたことよりも、自分が投げられたことに混乱を覚えたORTはいつもよりも反応が数段と遅れてしまう。人間が四十メートルを越える巨体に背負い投げを決めてしまえば誰だって茫然とするだろう。それは星も例外では無かった。こんな事をやらかしたアルフェリア自身も、実を言えば投げ飛ばせたことに困惑しているのだから。

 

「好機………! ――――『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』――――ッ!!」

 

 彼女の上から虚数空間の出入り口が開通し、そこから一本の朱い剣が地面に突き刺された。

 その剣は刀身の表面から赤黒い液体――――血を流し、柄へと昇ってある物を形作り始める。

 腕だ。

 大量に血を吸い、存在が変質した人工の魔剣は所有者の意思に応え、蓄えた血を腕に変えアルフェリアに装着させる。当然、無理の在り過ぎる行為だ。人体の複雑怪奇な部位を血で再現しただけでなく、あまつさえ神経を強引に接続するなど。

 

 だが、アルフェリアは躊躇なく実行した。

 傷口にスタンガンをぶちこまれたような痛みがアルフェリアを襲う。脳を容赦なく攻撃するそれは収まるところを知らず、しかしそれでもアルフェリアは耐えきる。

 

 何か優しい魂が、守ってくれたような気がするのだから。

 これでもある程度『抑制』された痛みなのだ。細胞の拒否反応が起こらないだけまだマシと言う物だ。何が原因かはわからないが、吸血剣内部の血液がアルフェリアとの親和性を限界まで上げることで拒否反応を最低限にまで抑え切れた。

 

 アルフェリアは謎の現象に首を傾げるが、戦えるのならばどうでもいい。今気にすることはそれではないのだから。

 

「星を縛れ、飢えた獣ども!! 行けッ!!」

 

 直ぐにアルフェリアは『吸血剣(ブラッドイーター)』に命令を送り、地に広がる血だまりはその面積を増していく。水晶峡谷に存在する限り侵食されるであろう血液は、逆に水晶を侵食していた。神剣の加護により、その能力は軒並み昇華され、今や地に眠る獣は星さえ喰らいつくす暴虐の獣の軍団と化したのだ。

 

 狼、鳥、獅子、虎――――千差万別の形状を模った『吸血衝動』を具現化した血の獣が倒れたORTの身体にその牙を突き立てる。しかし、その牙は肉を通らない。浅いかすり傷は作っても、それのみにとどまる。

 当然だ。星を食い尽くすには後数百万人分ほど血が足りない。

 

 今できるのは精々小さいひっかき傷を残すか――――その動きを鈍くすることぐらいだろう。

 

 獣たちがORTの身体に取り付いた瞬間、紅い鎖へと形を変える。その鎖は幾重にもORTの身体を縛りつけ、ほぼ全身を絡めとり地面へと固定した。それでもただの血の鎖ならばORTの身体能力を以ってすれば容易く抜け出せるだろう。

 なら、壊れない様にすればいい。

 壊れないほど柔らかくすれば、力では抜け出せなくなる。

 

 弾力を限界まで伸ばすことでゴムのような強い弾力性を持った血の鎖はORTの挙動を食い止めることに成功した。どれだけ足掻こうが鎖は壊れず、斬ろうとしても直ぐに再生してしまう。

 先程の超熱量の光線を吐き出そうとしても、鎖が喉を絡めとりその射線を強引に上方へと向けてしまう。

 これである程度の身動きは封じた。

 

 これで、ようやく『制限解除』の余裕ができる。

 

 

「――――――――第一封印(ファースト・シール)解除(リリース)

 

 

 神剣の十字架を模した柄がその装甲をずらし、中にある白銀に輝くモノが露わになる。

 瞬間、膨大な神秘が荒れ狂う風となって吹き荒れた。神剣を持つ腕が軋みを上げ、ガタガタと震え始める。

 

 これは神剣に存在していた制限装置(リミッター)。内包する『権能』を外に漏らさないようにするための、他重に掛けられた鎖だ。アルフェリアはそれを解放し、中に納まっていた『権能』を外へと漏洩させる。

 

 風に触れたアルフェリアの肌が切り刻まれる。それだけでなく風に触れた全てがズタズタに斬られていた。アルフェリアが真っ二つにならないのは、神剣の所有者故。他人が傍に居れば確実にサイコロステーキの材料が一つ出来上がっていただろう。

 

 そして――――ORTの脚もまた切り刻まれていた。

 

 その光景に焦りを覚え、ORTは必死にもがき始める。不味いと、本能が叫んでいる。

 

 

「――――――――第二封印(セカンド・シール)解除(リリース)………ッ!」

 

 

 その声と共に暴風が勢いを増し、溢れ出た力は神剣の形状さえ変化させる。

 先程までは一メートル半程度の直剣だったはずの『夢幻なる理想郷(アルカディア)』が、突如その質量を増加させ両手剣(バスタードソード)並の大きさへと膨れ上がったのだ。

 勢いを増した『権能』を宿らせた風は、見境なく全てを切り裂き始める。ORTの脚も切り刻まれ、しかしそれは薄皮程度を傷つけるだけであった。

 だがそれを見てもORTの焦りは収まらない。

 

 この風は氷山の一角に過ぎないのだから。

 

 

「――――――――最終封印(サード・シール)解除(リリース)――――『夢幻なる理想郷(アルカディア)』、最大出力形態(ハイエンド・フォーム)、解放ッ!!」

 

 

 更に肥大化し、もはや人の手では振ることすらできないであろう五メートル以上の大剣に変化した神剣。刀身からは抑えきれない膨大な力が風となって全てを断ち切る力が周囲に放たれている。既にアルフェリアの足場が消えてしまったほどに。

 

 足場を失ったアルフェリアは、背から魔力の翼を生やすことで空中に浮かぶ。

 その様は、神話に登場するであろう天の御使い。

 彼女は人々の希望となって、今ここで剣を振るう。

 

 空間に傷がつき始める。その力が抑えきれぬ神剣は震えだす。

 

 自らの血で血だらけになったアルフェリアは、冷たい目で正面の大蜘蛛を見据えた。

 

 

「終わりだ水星(マーキュリー)。どうせこれ喰らっても死なないだろうが、体の八割は覚悟してもらうぞ…………!!」

 

 

 アルフェリアは身の丈を優に超える大剣を頭上に振り上げた。

 

 抑圧された力が暴れ出す。

 万物を傷つける風は吹き荒み、そして散らばった力はまた一か所へと収束を始め出した。

 星が作りし聖剣すら凌駕する魔力を神剣は所有者から吸い上げ始め、その刀身からは白銀の光が吐き出され極大の柱を形作る。

 

 

 

 機は満ちた。

 

 

 

 天へと昇る光に、誰もが息を呑む。

 全てを切り裂いても尚足りない光の剣。世界すら(・・・・)切り裂くであろう白銀の極光は、今一度世界に輝きを灯す。

 

 一度は全ての人に忘れ去られた悠久の白銀。

 

 神が遺した意思は此処に再誕する。

 

 人々を守護せし儚き光は、全ての夢と栄光を背負い、今こそ星を断とうとする。

 

 その剣の担い手は――――今、その真の名を解き放つ。

 

 悲劇の幕を引く、最強の一撃を―――――――。

 

 

 

 

「『終幕降ろすは(カーテンコール)――――――――」

 

 

 

 

 銀の光が猛々しく吠え狂う。

 雲を、空を断つ忘却の光は――――振り下ろされた。

 

 

 

 

 

「―――――――白銀の理想郷(アルカディア)』ァァァァアアアァァァアアァァアァアアアアアッッ!!!」

 

 

 

 

 

 天地を断ち切る一条の光は全てを飲み込み進んでゆく。

 

 広がった水晶の世界が、

 光を閉ざした夜の世界が、

 果てしなく広がる大地が

 

 ――――共に割れた(・・・)

 

 全てを断ち切る神の力は、その通りに森羅万象を切り裂き空の果てまで伸びていく。

 地上全ての者の記憶に、もう一度己の存在を刻み付けんと。

 

 儚き銀の幻想は、今宵終わりを告げた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ごふっ、ごぼっ、ぁ、がは――――」

 

 べちゃり。

 そんな音が、私の耳に届いた。

 握っていた神剣は陳腐な音を立てながら地に転がり、私は自分の血でできた血だまりに横になりながらとめどなく血を吐き出し続ける。

 

 内臓の八割が潰れた。痛みはもう一周回って感じなくなっている。

 手も足も動かない。立つ気力も無い。

 

 全ての魔力と生命力を費やし、あの一撃を放ったのだ。むしろ全身が原形をとどめているだけ良い方だ。内臓はもはや修復不可能なほどにゲル状になっているが。

 

「はっ、ははははははっ…………あっはっははははははははははは!」

 

 残った体力で体を仰向けにしながら、空へとそんな笑い声を飛ばす。

 本当に、笑うしかない。

 全身全霊、全てを使っても――――あの化け物は、大蜘蛛は死ななかった。死ぬとは思っていなかったが、それでも自らの全てをぶつけて未だ健在というのだから、笑うしかあるまい。

 

『■■■、■…………■■………!』

 

 ――――それでも、体の六割近くを吹き飛ばせたのは上出来か。

 

 驚くべきことにORTは直撃を受ける寸前、身体を全力で捻って回避を試みた。結局避けきれなかったが、予想よりダメージを二割も抑えられてしまった。殺せるとは思って無かったとはいえ、アルテミット・ワンの名は伊達ではないという事だろうか。

 その星の最強種の体を半分以上吹き飛ばした私は何なのだろうか。自分でも実に笑えてしまう。

 

『■■■……! ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!』

 

 ORTは残った体の四割を蠢かせながら、私に止めを刺そうと這い寄ってくる。

 怒りの咆哮を上げながら、絶対に私を殺そうと。この世界から抹消しようと。それが抑止力からの命令なのか、それともORT自身の感情からなのかは知らない。

 だが、このままでは私が死ぬだろうという事だけは確かだ。

 

「うん。全てを出し切っても、貴方は殺せない。神剣があったからってそこまで舞い上がらないさ。だからさ――――私が力を使い果たした後の手段を、考えていないと思う?」

『■■■■■■■■■■■■■■■!!!』

 

 皮肉気に私が笑っても、ORTは怒りのまま近づいてくる。

 

 それが、自分の首を絞める行動とは知らずに。

 

 

 

「――――私の領域に入ったな(・・・・・・・・・)?」

 

 

 

 私は奥歯に仕込んでおいた宝石を噛み砕き、身体に最低限の魔力を補充させる。

 普段の私の魔力貯蔵量と比べれば雀の涙だが――――それでも、半径数百メートル以内の場所に、少し大きめの虚数空間への入り口(・・・・・・・・・)を開く程度ならば十分可能な魔力量であった。

 

『■■■■■■■■――――■■■■■、■■■■■■■■■■!?!?』

 

 ORTの巨体の背後に、直径四十メートルを超える真っ黒な球体が現れる。

 私が用意した、『私だけの空間(プライベート・ルーム)』とはまた別の虚数空間。スペース無限大、そして何もない(・・・・)、虚無だけが広がる悠久の監獄。

 

 例え星のアルテミット・ワンであろうが、私の許可なしでは絶対に脱出不可能の独房である。

 

 それを即座に見抜いたのかORTはその球体から距離を取ろうと移動を始める。

 しかしそんな行動予測して居ないわけがなく――――

 

「捕まえろ、虚無の鎖」

 

 真っ黒な球体から何千もの影でできた鎖が出現し、逃げようとするORTの体を隙間なく縛りつける。

 虚数物質で作られた無限の鎖だ。何度壊そうが代わりは無限に生じるし、弱り切ったORTにもはやその鎖を振りほどくだけの力は残されていなかった。

 普段の大蜘蛛ならば容易く引きちぎっていただろうが、体の六割を消失させた今のORTでは、振りほどくことさえ容易では無くなっている。

 

 詰み(チェックメイト)だ。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』

「終わりだ大蜘蛛。虚無の底で寝てろ」

『■■■■、■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――』

 

 緑色の大蜘蛛が、虚無の穴へと引きずり込まれていく。

 やがてその全身が見えなくなり、天を揺るがした怒号も収まった。

 

 

 こうして、最強の大蜘蛛との戦いが終わる。

 

 

 そう何度も再認識し――――呆れの表情が漏れた。

 まさか、本当に星のアルテミット・ワンを封じてしまうとは。人間の執念というものはこれ程恐ろしいものなのかと、自分で自分に呆れてしまう。

 

 もう、本当に身体が動かない。普段なら鞘に行くであろう魔力も、もう無い。全て使い果たした。異空間に溜めていた魔力ももう切れた。魔術回路は過負荷現象(オーバーロード)を起こして既に再生不可能なまでにズタズタ。魔力炉心も生命力が枯渇寸前になったことにより、既に心臓を動かすだけで精一杯になっている。

 誰かに助けられなければ、私の命もここまでという事になってしまうだろう。

 

 しかし不思議と不安は無かった。

 遠くから微かに聞こえる馬の足音が、そうさせてくれた。

 

 

「―――――――姉さん!!!」

 

 

 名馬ラムレイに乗った我が妹、アルトリア・ペンドラゴンが必死の形相で駆けつけていた。

 それが何とも可笑しくて、私はつい笑ってしまう。

 

 いそいそとラムレイから降りたアルトリアは私の傍まで駆け寄り、その体を起こす。

 

「姉さん、良かった……生きていて、本当に…………っ!」

「ふふっ、お姉ちゃん、頑張っちゃったよ。だからもう、ホントに動けないや」

「安心してください。直ぐに応援がやってきます。ほら、もう」

 

 アルトリアの後を追いかけてきたのか、ランスロットやモードレッド、そして何人かの救護班らしき者が馬に乗って近づいてきた。

 特に先頭の二人は私を見るや否やあからさまに安堵した表情を浮かべており、それを見て何故か笑いそうになる。きっと――――いつもの日常みたいで、帰れないと、もう見れないと思っていたはずの光景が広がっていたのが、自分でも信じられなかったのだろう。

 

「姉上ぇぇぇええええぇぇええ――――!!」

 

 泣きそうな顔をしながらモードレッドが馬を蹴って私に飛び込んできた。

 ま、えちょ、私重傷患者――――

 

「ごぶぇ」

「姉うえっ、姉上ぇええっ……! うわぁぁあああぁぁぁぁあん!!」

「ま、待って、傷、傷が…………」

「……あ、ご、ごめん!」

 

 私の状態に今更気づいたのか、モードレッドは申し訳なさそうに後ずさる。それが可愛いもので、微笑を漏らす。

 本当に、帰ってこられた。

 私が守りたかった、家族の元に――――

 

「さぁ姉さん。帰りましょう。軍勢の残党は現在、他の騎士達が片付けています。後は全て私たちに任せて、ゆっくりお休みください」

「ええ。今日だけは、アルに甘えてみるよ」

「じゃ、じゃあ俺看病する!」

「こらこらモードレッド卿。治療や看護は救護班の仕事で「うっせぇ根暗野郎! 俺と姉上の触れ合いを邪魔すんじゃねぇ!」ね、根暗……根暗…………」

 

 アルに肩を貸されながら、私は立ち上がる。

 もう一人では上手く歩くことすらできない。だけど、今日だけはこれでいい。誰かの手を借りるのも、たまには悪くないだろう。

 戦いは終わった。

 あとは、ゆっくりと我が家(キャメロット)に凱旋して、傷が治るまで羽を休め――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空間が震える。

 世界が潰れる。

 その場にいた全員が顔を強張らせながら、振り返った。

 

 閉じかけていた虚数空間の出入り口に、一本の緑色の脚がかけられていた。その本数は次第に増えていき、その都度閉じかけていた穴は強引に開いて行く。

 黒い鎖に繋がれた体が、露わになり始める。

 白い装甲に包まれた顔が大気に触れ、その口からは怨嗟の雄叫びが高らかに上げられた。

 

「嘘、でしょ…………」

 

 虚数空間に叩き落したはずのORTが、這い出てきた。

 冗談かと、一瞬思った。だがその原因は直ぐに分かった。

 

「――――――――抑止力ッ…………!!!」

 

 そう、ORTは抑止力に後押しされた身。星のバックアップにより体の修復が劇的に早まり、虚数空間を這い出られるほどまでに回復したのだ。

 完全に失念していた。無理に魔力を使ってでも、さっさと出入り口を閉じるべきだった。

 最後の最後に、しくじった。

 

「……………………あぁ、全く。本当に……糞みたいな世界だね」

「姉さん、下がって!」

「此処は俺に任せろッ!」

 

 聖剣と宝剣の担い手である二人が私を庇うように前に出て、各々の剣を構える。

 すぐさま真名解放。最大出力をORTへと叩き込む。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ァァァァアアアッ!!!」

「『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)』ォォォォオオオオオォォッッ!!」

 

 黄金の聖光と緋色の雷撃が大蜘蛛に直撃した。

 普通ならば万人屠ってもまだ有り余るその威力――――しかし、ORTを押し返すには余りにも足りなかった。

 ORTが纏った異界法則を貫くことができるのは、『絶対切断』の権能を持つ神剣しかないのだから。

 

「そんな、馬鹿な…………!?」

「俺の剣が効かないだと…………ッ!?」

 

 二人は自分の切り札が全く通用しなかったことに歯噛みする。

 その間にもORTはどんどん穴を広げて体を通していく。このままでは、全滅か。

 

「……やっぱり、こうなるか」

 

 アルトリアの腕を振りほどく。

 その腕は意外にも簡単に振りほどけた。いや、わかっている。

 自分の生命力を燃料に、身体を動かしていることなど。

 私は私が生きるための力を使い、強引に動かない身体を操っているのだ。当然、こんなことをすれば肉体が死ぬ。魂が健在でも、こんな事を続ければ器が原形を留めぬほどに崩れてしまう。

 

 それでも、と私は願う。

 

 地に転がった白銀の剣を拾う。

 ORTの絶対防御を突破できる、私の最強の武器を。

 

「姉さん……? 一体どこに――――」

「アレを、押し返す」

「駄目です!! そんな、どうやって動いているかもわからない身体で無茶をすればっ!!」

「待て、待ってくれ姉上! 駄目だ! 行くなッ!!」

 

 アルトリアとモードレッドの二人が私に掴みかかろうとするが、もうすべて遅かった。

 私は生命力から搾り取った魔力で、私と援軍を隔てる壁を造った。虚数物質でできた、聖剣でも容易に破壊できない壁を。

 

「姉上ッ!! やめろ、やめろよッ!!」

「姉さん、何故ですか! 何故、何故貴女がこんな目に合わなければいけないのですか!!」

 

 悲痛な声が背から聞こえる。

 ……こんな声、聴きたくなかった。愛する家族が泣く声など。

 でも、これは罰だろう。

 私は世界の異物だ。本来ならば存在してはいけない、汚点。直ぐにでも、消えなければならなかった存在。

 そんな私が、あんな幸せな時間を過ごせた。

 

 それで、十分だ。

 

「ランスロット」

「……はい、アルフェリア。何なりとご命令を」

「ふふふっ……貴方らしい返事だよ。――――貴方の部屋に手紙を置いた。困ったときはそれを開いて。きっと、役に立つだろうから。それと……あの子を、泣かせないでね」

「……御意に」

 

 振り返れば、悲痛に満ちた顔のランスロットが私を見つめていた。

 きっと、悔しいのだろう。何もできない自分が。

 だけど、それは恥ずべきことでは無い。人間、できることとできないことがあるのだから。

 

「モードレッド」

「っ、姉上ッ――――!」

「あなたと共に過ごした時間は短かった。けれど、貴女は私にとって、大切な家族。今までも、これからも。ずっとね。大好きだよ」

「っ、ぅうっ、あぁぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁああっ…………!!!」

 

 涙で顔を歪め、モードレッドは泣き崩れた。

 どうして、こうなってしまったのだろう。後悔の念が、私の胸の中を渦巻く。

 私はただ家族と、平和に過ごしたかっただけなのに。

 

「アル」

「…………何故っ、何故ですか! 貴方は、いい人だ……! 死ぬべき人では無い! だから、だから――――」

「愛してる。ずっと、あなたの事は忘れない」

「っう、あ、ぁ」

「あなたが居たから、私はここまで来れた。あなたがいたから、今の私はここに居る。あなたがいたから――――私は幸せになれた」

「わ、たしは――――私は、まだあなたに何も返せていない!! 与えられてばかりで、何も返せてなんていない! 戻ってきてください姉さん! 私は、貴女がいないと………」

「いいえ、十分返してもらったよ。許されない幸せを感じて、家族ができて、面白い日々が過ごせて。……私に取っては、何にも代えられない宝物。家族と共に過ごした時間は、決して忘れられない。だから、返してもらったよ、アル。……ありがとう、私を『お姉ちゃん』にしてくれて」

「ッ――――姉さん!!!!」

 

 私とアルトリアを隔てる壁が叩かれる。

 見なくともわかる。泣いている。もっとも泣かせたくなかったはずの存在が、泣いていた。

 後悔だらけだ。家族は泣かせて、失敗して――――そんな自分を笑ってしまう。

 

 ホント、馬鹿な奴だな。私。

 

 頬を一筋の涙が伝う。

 ああ、そうか。

 私は――――死にたくないのか。

 

「ふっ、あ、あっはっはっはっはっは! この期に及んで、まだそんなことが思えたんだ。……でも、本当に、過ごしたかったな。皆と、またご飯、食べたかったな――――」

 

 両目から溢れる涙をぬぐうことなく、精一杯の笑顔を取り繕い振り返った。

 

 

「さようなら、みんな。今まで、お世話になりました……っ!」

 

 

 崩れそうな肉体で地を駆ける。

 生命力を還元し作り出した魔力が背から翼となって噴き出し、私は真っ直ぐ穴を這い出ようとする大蜘蛛へと向かう。

 

 これで、本当に最後だ。

 

 全部、終わりだ。

 

 

「さぁ、共に逝こうか。星の代弁者。この一撃――――簡単に防げると思うなァァァアアアッ!!!」

 

 

 神剣を正面に構えて、突進する。

 

 全てを、己の命を込めた一撃は――――ORTの胸に深く突き刺さる。

 抑止力の後押しを受けても、弱り過ぎていたのか剣は容易く大蜘蛛の肉を貫いた。それによりORTはその力を弱め、魔力放出による推進力で再度虚数空間に押し込まれていく。

 

「アァァァアアアアアアアアアアァァァァァアアァァァアァアアアアアァァアアアアッッッ!!!!!」

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!』

 

 魂の底から叫び、片目が神秘の圧力で潰れてもその力は一切揺るがなかった。

 そしてついに、大蜘蛛が虚数空間へと落とされる。

 私と、共に。

 

「――――――――は、ははっ」

 

 虚数空間の出入り口が、その開閉を妨げる存在が消えたことで今度こそ完全に閉じ切った。

 これで、もう誰もここから出られない。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』

 

 ORTの脚が私を掴む。

 それに抵抗する力は、既に無く。私はただ、不敵な笑みを浮かべるしかなかった。

 もう私にできることは無い。

 後は結末を、受け入れるだけだ。

 

「これで――――よかったんだ」

 

 本当に?

 

 いいわけ無い。

 

 それでも、今の私ではこれが精一杯だった。後一手、届かなかった。

 

「……悔しいなぁ」

 

 ORTの口が開かれる。

 自分の結末を知り、それでも私は笑うのをやめなかった。

 

「あと一歩、届かなかったか」

 

 死が迫る。

 

 恐怖は、無かった。

 

 

 

「――――ごめんね、みんな」

 

 

 

 最期に聞こえたのは、肉の潰れた音だけだった。

 

 

 

 

 

 

 




最終確認がアレだから誤字は多いかも。

そして情け容赦ない捕食END。救いがない。個人的には一番悲惨な終わり方だと思ってる。でも、だからこそ幸せを掴めるんだ。そう信じて、私は筆を走らせる。

一応エピローグ的なものを挟む予定です。次回をお楽しみに!


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エピローグ・慟哭する王は復讐鬼へと

おまたせしました。後日談です。

・・・穏やかな終わりと言ったな。アレは嘘だ(白目。

今回はもう、バッドエンドです。救いがない。絶望オンリー。自分で書いててドン引きしました。え、私ってこんなもん書けんのか?って感じで。いやホント、それぐらい酷いです。

それでもいいならいざ行かん万里の彼方(ページの最下部)まで!


 生まれて初めて見た光景は、試験管越しに自分を見ている母の顔であった。

 美人だったのだろう。綺麗だったのだろう。

 でも、俺にはそれがとても醜悪な物に思えた。そして聞こえてくるのはいつもいつも同じ言葉。

 

 ――――私の愛しい息子よ。どうか王を倒しなさい。そしてあなたが王となるのです。私のために。

 

 その言葉に愛情など欠片も無かった。

 ただ私欲を満たすためだけの汚い感情が込められていただけ。その時点で俺は『母親からの愛』と言う物を知ることができなかった。

 

 それから何年も経って、母から言われた”打倒すべき王”を見た。

 

 綺麗だった。

 美しかった。

 慈愛に満ちていた。

 

 そして思った。

 この人に従いたい、と。騎士として、その背を預けてもらえる素晴らしい騎士になりたいと。

 

 それから頑張って頑張って剣を振って、少しでも強く成ろうと努力した。

 魔力の扱い方を教わった。敵の殺し方を学んだ。

 だけど――――それが騎士に相応しいのかと言われれば、違うだろう。

 

 騎士という者は、人々を守る者だ。敵を殺す者では無い。

 

 でも小さかった俺はそんなことに気付かず無我夢中で暴れて、結果的には円卓の騎士という立場に就けたがその頃にはもう他の騎士達からは厄介者扱いされていた。

 誰の言う事も聞かず、勝手に暴れる問題児。それが俺に付けられた烙印だ。円卓の騎士という座に付けたのも、はっきり言ってしまえば『どこに行っても同じ』だからだ。だからその突出した能力を活かすために、単独で敵陣に突っ込ませるための役割を押し付けられたのだ。

 

 だけど嬉しかった。厄介払いとして名誉を与えられたのは屈辱だったけど、王のそばに近付けたのはそれ以上に嬉しかった。

 

 しかしある出会いが、俺を変えた。

 

 その人は、宮廷料理人だった。見た目は真っ黒なローブに怪しげな道具を腰に吊り下げていて、どう見ても魔術師なのだがあれで城一番の料理人らしい。

 そして今日は彼女が俺のため――――新しく円卓の騎士が現れたことへのお祝いということで、凄い御馳走を出した。すげぇ美味かった。兜越しだから凄く食べづらかったが、兜を脱いでむしゃぶりつきたいと思えるほど美味かった。結局脱がなかったけど。

 

 で――――円卓の騎士達がその宮廷料理人と談笑していることに凄まじい違和感を覚えた。一介の料理人風情が、ブリテン最強の騎士達と対等な立場で話している。

 気に食わなかった。料理人が最高の騎士達と対等というのが。

 

 少しだけ苛立ちながら自室でふて寝しようと思って、邪魔な鎧を脱ぎ始めたその時、

 

 

「お邪魔しま―――――――ッス!!」

 

 

 そんな掛け声と共に扉が蹴破られた。

 

 思わず固まってしまい、兜をかぶり直すという考えが吹っ飛ぶほどにインパクトを受けた。

 

「えーと、モードレッドだよね? 料理の感想聞いてないんだけど」

 

 しかもそんな理由で扉を蹴破ったらしかった。

 その馬鹿さ加減に思わず呆れて――――でも顔を見られたからには斬るしかないと思って、使い込んできた剣に手をかけようとした。

 

 瞬間、俺の剣は既に掠め取られていた。

 

「へぇー。使い込んでるんだね。でもちゃんと手入れしないと折れちゃうよ?」

 

 何が起こったのかさっぱり理解できなかった。

 思わず憤慨して殴りかかろうとしたら、ヒュンと頬を何かが通り過ぎ去るのを感じた。

 

 振り返ると、俺の鎧が真っ二つにされていた。

 ブリテンでも有数の魔術師であるモルガンが丹精込めて作った鎧がだ。ただの鉄製の剣に叩き切られていたのである。当然、俺にはそんなこと出来ない。

 つまり目の前の宮廷料理人は俺を越える剣技を誇っているというわけだった。

 

 悔しかった。

 でも、同時に凄いと思った。

 この人みたいに強くなりたいと、思ってしまった。

 

「じゃあ親睦を深めるために、添い寝しようか」

「はぁ!?」

 

 余りにも荒唐無稽な発想に俺は素っ頓狂な声を出した。どういった思考をすれば親睦を深めることに添い寝が関係するというのだ。

 でも俺に拒否権はなかった。

 無理やり拘束されてベッドに連れこまれた。抵抗しても全く力が入らなかったので、直ぐに諦めた。

 

 …………それでも、悪い気はしなかった。

 

 俺は頭を撫でられて、誰かと一緒に寝るという体験は初めてだった。

 嬉しかった。とても気持ちよかった。

 その人はまるで母親の様で、笑顔で俺を抱いて一緒に眠りについてくれた。

 

 そして思った。

 この人が母親だったら、俺はどんなに幸せだっただろうか。

 愛情を注がれて、どれだけ胸がいっぱいか。

 

 その日俺は初めて、ぐっすりと安心して眠ることができた。

 

 

 

 何時頃だろうか。

 俺が王ではなくあの人を守ろうと剣を振るうようになったのは。

 母のように私に優しく接してくれるあの人に命を差し出してもいいと感じたのは。

 

 でも、心のどこかで思った。

 あの人に俺は必要ないのではないか。

 

 円卓の騎士達を一人で負かしたり、数万の蛮族を一人で蹴散らすことができる人だ。俺が居たところで、足手まといになるだけではないか。

 

 そんな迷いを振りきって、俺はあの人と共に過ごした。

 一緒に遊びに出かけた。一緒に釣りをした。一緒に釣った魚を食べた。水浴びをした。風呂に入った。稽古を付けてもらった。お菓子を食べさせてもらった。

 

 ――――一人の人間として、接してもらった。

 

 それだけで俺は、もう幸せだった。

 

 

 そんな俺に業を煮やしたのか、モルガンが俺の出生をついに語ることになった。

 お前は私の子であり、アーサー王から生まれた嫡子でありそのクローン――――人造人間(ホムンクルス)であると。

 

 最初こそ、衝撃を受けた。自分は人間では無く、人が作った紛い物。化け物なのだと。

 でも同時に歓喜した。憧れた騎士王の生き写しであることに。

 

 俺は急いでアーサー王の前で自分の出生を語り、言った。

 俺こそが次代の王に相応しいと。だから王位を継ぎたいと。

 

 だけど帰ってきたのは、冷淡な言葉だけであった。

 

 

「…………なるほど。確かに話が確かならば貴方は私の息子だろう。だが、王として貴方を息子だと認めるわけにはいかない。故に私は王位を降りないし、貴方に継がせる気も無い」

「っぁ――――――」

 

 

 その言葉が、心に深く突き刺さった。

 自分の存在全てを否定されたようで、ずぶずぶと心が絶望に沈んでいき――――

 

 

 

 ズパァン!! と王の頭が叩かれてそれは止まった。

 

 

 

 叩いたのはほかでもない、あの人。

 宮廷料理人としてこの城に名を馳せている、俺にとって王以上の存在。

 それが、王の頭を叩いた。

 

「なっ……アルフェリア姉、さん?」

 

 そして王の口から「姉さん」という単語が出てきた瞬間、俺は理解した。

 彼女は、王の姉だった。だからこそ、王の頭を軽々と叩けたのだろう。よく見ればその義兄であるサー・ケイも一緒に居る。

 

「な、何をするんですか!?」

「はいはーい。ケイ兄さん、説教は任せた」

「相承知した。行くぞアル。やっぱお前の教育をマーリンに任せるんじゃなかった」

「ケイ兄さんまで!?」

 

 サー・ケイはそのまま王の首根っこを引きずってどこかへと去ってしまう。聞く限り、どこかで説教というものをするのだろう。

 残ったのは、俺とあの人――――アルフェリアだけであった。

 

 気まずい空気が流れた。

 何も言わずに王を叩いたという事は、会話を聞いて事情を知ったという事だ。何も知らずに誰かを叩くほど、この人は愚かではないのだから。

 

 だからこそ、俺は恐怖した。

 自分が人間でないことを知られた。

 だからもう、今までの様に接してくれないかもしれない。

 存在を否定されたことよりもそれが怖くて、震えた。

 

 

 だけど、それでも――――あの人は俺を抱きしめてくれた。

 母のように、優しく。

 

 それがどれだけ暖かいか。

 

 それがどれだけ儚いか。

 

 俺はあの人を見上げた。

 その表情は、いつも通り――――優しい聖母のような笑みがあった。

 

「頑張ったね。怖かったね。でも、もう大丈夫だよ。安心して」

「う、あぁっ…………!」

 

 思わず涙が溢れた。

 これが許されるのか。俺は幸せなままでいいのか。

 俺の様な化け物が、こんなにも立派な人の傍に居ても――――。

 

「俺は、俺は、人間じゃないんです! 貴女の傍に、居ていいような存在ではッ……!」

「……うん。でも、私はそれでも――――貴女のことを愛してる。大切な、家族だから」

「ッッ―――――――!!!!」

 

 全身に衝撃が走る。

 

 こんな俺を、愛してくれる人がいる。

 

 父に否定されても、家族だと認めてくれる人がいる。

 

 それがこんなにうれしい。

 

 幸せだった。

 

 この人ならば、本当に、この人のためならば死んでいいとさえ思えた。

 

 彼女の背中が好きだ。

 

 彼女の料理が好きだ。

 

 彼女の笑顔が好きだ。

 

 彼女の剣技が好きだ。

 

 彼女の愛情が好きだ。

 

 全部、全部、全部全部全部。

 

 あの人の全部が好きだ。

 

 もう王にならなくてもいい。

 この人の傍に居れるだけで、俺は満足だ。他にはもう、何もいらない。

 彼女は、俺にとって俺以上の存在だから。

 

 

 だから。

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が消えてしまったとき、俺は全てに絶望した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分を愛してくれる人がいなくなった。

 戦いが終わってからのことは、何も覚えちゃいない。ただ全部忘れたくて、茫然自失としていたことだけは確かだった。

 何も考えたくなかった。

 生きる意味が、無くなってしまったのだから。

 

 

 そんな状態が何日続いたかは覚えていない。しかし部屋に籠って食事を摂らなかったせいですっかり窶れていたその時、変化は訪れた。

 サー・ケイが、己の伯父である者が暗い顔で俺の部屋に訪れた。

 前見た時の様な、寝床に寝ていても肌を刺すような覇気はもう失われており、皮と骨だけになったような彼は殆ど無言で俺の臥せるベッドに腰掛けた。

 

「……生きてるか」

「……ああ」

 

 何日ぶりに声を出したのか、ガラガラの声で俺は返事をした。

 いや、死ぬほど泣いたせいでもある。一生分泣いた。それぐらい悲しかった。感情の起伏も収まり、残ったのは果てしない虚無感と絶望。

 姉の居た頃に存在していた激しい炎は既に姿形さえ存在せず、どうにか絞り出した声も感情という物が消えていた。自分の声だと一瞬気づかないほどに。

 

「何しに来た。嫌味か」

「そんなもん言う気力があるなら、こんなとこまで来て世話のかかるガキを励ましに来やしない」

「……死人のような奴に励まさせるとはな」

「そうか。まぁ…………俺は家族を残して先に行きやがった馬鹿(アルフェリア)の遺言に従うだけだ」

「ッ――――な」

「遺言状。アイツの部屋に会った。他の奴は全員読んでるから、お前が最後だ。まったく、何を書いていればアルトリアの奴をあれだけ泣かせられるんだか。・・人の事は、言えないがな」

 

 虚ろな笑みを浮かべたサー・ケイは、頬に流れる涙を拭きながら懐から茶色の古びた封筒を取り出す。

 残った体力で俺はそれを奪い取り、中身を開いた。

 それは何も書かれなかった手紙であった。

 馬鹿にしているのかと激昂しかけたが――――その直前、手紙の表面にうっすらと文字が浮かぶ。

 

 その字は紛れも無く亡くなった姉の物であり、俺は強迫でもされたかのようにその文に目を通した。一字一句、一文字さえ見逃さず脳裏に刻み込むように。

 

 

【モードレッドへ

 

 この手紙を見ているという事は、きっと私は失敗したのでしょう。この手紙にはある特定の人物が持った時に、それに対応する文章が浮かぶようにした手紙です。だからこれを読んでいるという事は、きっとモードレッド、貴女なのでしょう。

 まず最初に、ごめんなさい。約束を、破ってしまって。私は全力を尽くしました。それでも届かなかったという事は、相手がそれだけ高みに居たということ。それでも、貴方が生きているという事は道連れにしたのかもしれません。

 正直言って、生き残れるとは思っていませんでした。あの大蜘蛛は、それほど危険な存在です。この島で一番強い私でも、勝てるかどうかは怪しい。いえ、確実に勝てない。苦肉の策である封印も、成功するかどうかもわからない。でもこれを読んでいるという事は、少なくとも封印には成功したのでしょう。

 みんな無事でしょうか。私はもう死んでいるので、わかりません。

 きっと貴方は悲しんでいるでしょうね。あんなにも、私を想ってくれていたのだから。だからこそ、勝手に逝ってしまった事を謝りたい。いえ、これはもう、自己満足。私が直接謝らないといけないこと。でも、私はもういません。だからこうして、文に綴らせてください。

 

 モードレッド、私は貴女を愛しています。家族として、姪として。その感情に偽りはありません。だから泣いている貴方を想像すると、胸が痛みます。

 悲しまないで、なんて無責任なことは言いません。悲しませたのは、他でもない私なのだから。

 

 だから、最後にこの言葉を遺します。

 

 誰も恨まないでください。こうなったのは他でもない、私が原因なのだから。アルは、あの子は悪くない。私が、無理をさせてしまったのだから。

 

 だから、あの子とどうか仲良く。私がいなくても、家族みんなで幸せに暮らしてください。そんな優しい世界になることを、祈っています。

 

 ――――大好きだよ。モードレッド。

 

                  アルフェリア・ペンドラゴンより】

 

 

 すっかり枯れてしまったはずなのに、俺の頬にはまた熱い物が伝っていた。

 手紙を握った手は震え、鼻からは啜り声が漏れ、口からは嗚咽が溢れ出している。

 

「なん、だよっ…………こんな、こんなっ、結末……ありかよ…………ッ!」

「……アイツはな、俺に無責任にも『アルとモードレッドを頼んだよ』って言い残しやがった。まったく、それはお前の役目だろうによ……。こんな不甲斐ない、妹一人も守れず、その最期も見届けられず、怪我しておめおめと城に引きこもっていた駄目兄貴に、まかせんじゃねぇよ、ったく………ッ。なに先に逝きやがってんだか…………」

 

 自嘲の感情がこもった皮肉を飛ばしながら、ケイは自分の顔を抑えて泣いていた。

 それを見た俺は、それがとても無理をしているように見えて、そしてやっと理解した。

 

 俺だけが悲しんでいるわけじゃない。皆、悲しんでる。

 それでも前に進もうとしている。

 彼女が、姉が、守ろうとしたこの国を守り通すために。

 

「……おい馬鹿姪(モードレッド)。お前はどうしたい」

「お、れは」

「自由にしろ。この国をぶっ壊すために動こうが、何も言わずに国を出ようが、全部お前の自由だ。それが、お前の幸せに繋がるならな」

 

 言われて、苦悩する。

 自分が何をすれば、幸せになれるのかを。

 姉を死に追いやった王を殺すことか? 姉が死んでも我が身可愛さ溢れる馬鹿どもを虐殺することか?

 

「――――違う」

 

 姉は、あの人は、人々の笑顔を守るために死んだ。

 家族の居場所を守るために、亡くなった。

 自分がいなければ、全部無意味だと知らずに。

 

 でも、それでも――――姉は言った。

 

 王と、アーサーと、仲良く家族の様に暮らせと。

 この国で、幸せを掴めと。

 

「…………なぁサー・ケイ。食堂って、まだ空いてるか?」

「――――ああ、馬鹿用の残飯なら大量に残ってるよ」

「十分だ」

 

 歯を食いしばり、俺は毛布を蹴り飛ばして久々に床に足を付ける。

 少し足取りが不安だが、歩ける。自分の脚で、立てる。

 

「守って見せる。姉が守ろうとした光景を。人々の笑顔を」

「ハッ……じゃあ、遺言通り、手のかかる姪の世話をしましょうか。……くたばんなよ」

「言ってろ馬鹿伯父が」

 

 そして俺は、一歩ずつ歩き出して――――――――

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「っ――――あ、ぐ、っそ………ッ」

 

 強烈な頭痛でモードレッドは寝ていた意識を強制的に覚醒させられる。

 鼻を突く金属臭が充満した丘。沈みそうな日が雲を照らし、夕焼けが赤く染まった戦場を鮮明に見せる。

 そして、モードレッドはようやく現状を理解する。

 

「ハッ……夢は夢でも、走馬灯かよ……! 馬鹿すぎるだろ、畜生が……!」

 

 こらえきれない自嘲を漏らしながら、モードレッドはぬめりとした己の腹を抑える。

 血だった。他人ものでは無く、円卓の騎士の一人であるモードレッド自身の血液。

 気持ち悪い感触が大量の槍で串刺しにされた自分の腹の状態だったと察すると、気づいた様にモードレッドは喉の奥から血の塊を吐き出した。

 

「ごぼっ、げほっ、は、ぁっ…………クソッ、アグラヴェインのクソヤロウめがッ……! アコロンのアホもやってくれやがったな糞が…………!!」

 

 自分をこんな状態にした元凶二人の名を忌々しく吐き捨てながら、モードレッドは姉が自身に遺した武器である王剣クラレントを杖代わりにして、おぼつかない足取りで立ち上がる。

 死んでいても可笑しくない。だがそれでもモードレッドは残された体力と有り余る気力だけで歩くことを可能としていた。人間の執念がなせる業なのだろうか、モードレッドの顔に既に血の気は無く今にも死にそうなほどに肩で息をしている。

 

 こうした者は他でもない、モルガンの愛人アコロンだ。モルガンがアーサー王から盗み出した鞘を身に着け、劣化したとはいえ途轍もないほどしぶとくなった凡庸な騎士は、モードレッドが戦場で生んでしまった一瞬の隙を突き、その体に幾つもの魔法の槍を刺した。

 代わりにモードレッドはその首を撥ね飛ばしたが、こうして一度気を失い、命からがら動けている状態にまで追い込まれてしまった。

 

 どうしてこんな事になっているのか。

 それは、アルフェリアが死んだ後の経緯をかいつまんで話す必要がある。

 

 

 あの最後の大決戦が終了した後、ブリテンは山ほど問題を抱えることになった。

 消えた戦力の補充。荒らされた領地の復興。崩れてしまった食料供給ラインの再構築。居場所を無くした国民の待遇の左右。他にも色々ある。だがそれは簡単に解決できる問題でもなく、そして国民の不満は度重なる激戦により最高潮に達していた。

 何より、アルフェリア・ペンドラゴンの死亡という知らせが国民に大いなる影響を与えた。

 

 彼女の情報が一切合切公開され、そして国民は誰もが嘆いた。彼女の存在は、かなり有名な物であった。名を名乗らず、誰も彼もを助ける聖女と。戦場にて勝利をもたらす女神だと。文化を作り上げた偉人だと。全員が認めるほどの人格者であり、また人々にとってアーサー王以上の光であった彼女の死は国民総出で葬式を上げるほどの物であったのが、その人望の大きさを証明しているだろう。

 本人も自覚なしに、何万人もの信頼を勝ち得ていたのだ。対話し、観察し、助け合い――――だからこそ彼女の死は国に大きな揺らぎを生じさせ始める。

 

 そこに追い打ちをかける様に暴露された円卓第一の騎士ランスロットと王妃ギネヴィアの不義。ガウェインの弟君であるアグラヴェインがその事実を公表し、国を混乱の渦中に叩き込んだ。

 しかしランスロットは――――狙いすましたかのように忽然とその姿をブリテンから消すことになった。不義の相手であるギネヴィアと共に。

 本当に一瞬で、誰にも悟られずに裏切りの騎士は物語から退場したのだ。

 数日間捜索してもその痕跡すら見つけられず、国民はその不満を漏らし始めることになる。

 

 更にそんなアグラヴェインの行為に疑問を持った兄であるガウェインが、モルガンの洗脳により離反。円卓の騎士の大半を殺害し、国民も少なくない犠牲が出た。残った円卓の騎士であるサー・ケイ、モードレッド、ベディヴィエール、トリスタン、ギャラハッドらはその鎮圧に駆り出され、暴走するガウェインを殺害。しかしトリスタンが犠牲となり、多くなかった戦力が段々と減り始める。

 万能の願望機のうわさを聞き、アーサー王は何かに迫られたようにギャラハッドにその捜索を命令。結果、願望機である聖杯の発見には成功する。だが聖杯が神聖過ぎたが故に、ギャラハッドは聖杯と共に天へと還り結局は失敗に終わることとなる。

 

 ここに来て遂に国民の不安が爆発した。

 

 改善もままならない食糧事情。再発しだした飢餓による大量の餓死者。弱ったブリテンの地を狙いまたもや来襲してくる蛮族。異界の法則に汚染された土地を元に戻す解決法不明。

 頼みの綱であったマーリンも妖精たちとの衝突によりアヴァロンに存在する塔に幽閉され、何を思ったか塔を自分で完全に封印してしまったことでもう二度と塔から出られない身となっている。

 

 事態は最悪を極めた。

 

 アーサー王に見切りをつけ離反する大勢の騎士たち。そんな王に募らせた不満をぶつけるために反乱を企てる国民。こちらの事情も構わず攻めてくる蛮族。

 完全に収拾不可能なほどに、事が大きくなりすぎていた。

 反乱を鎮圧する戦力も足りず、蛮族を撃退するための騎士も千を切り、日々後を絶たない餓死者もまともに処理できず――――徐々に、ブリテンは崩壊していった。

 

 大決戦からわずか三年。いや、もう三年。これまでの全ての清算が行われ、二度目の決戦が行われた。

 結果、ブリテン側は全滅。モルガン率いる十万の蛮族を含んだ反乱軍も、同じく全滅。

 残ったのはベディヴィエールなどの猛者程度。モードレッドも辛うじて生きてはいるが、既に一日持つかどうかという状態だ。兵が全滅した以上医療班もおらず、治療はできなくなっている。

 

 人の血で赤く染まったカムランの丘で、その美しかった金髪を度重なる心労で白く変えてしまった騎士王アーサーは空を仰いでいた。彼の――――彼女の目の前には、胸を深く切り裂かれたアグラヴェインが光の無い目で空を見ている。

 

 全部終わった。

 戦争も、ブリテンも。全て。

 

「……アーサー王」

「…………モード、レッド……か」

 

 頭から血を流しながら、アーサーは、アルトリアはその両手に抱えた男の死体を見る。

 彼女の義兄、ケイの死体だった。

 この戦いで彼はアグラヴェインの不意打ちから妹を庇い、命を終えたのだ。

 

「そいつは……」

「不器用な、私の兄です。……最後まで甲斐甲斐しく、私の面倒を見てくれた、頼れる兄でした。最後まで、姉の遺言を――――私を支えろという命を貫き通した、大切な兄です」

 

 涙を流しながら、アルトリアはゆっくりと義兄の亡骸を地に横たわらせる。

 彼女にとっての家族が、また消えてしまった。

 それがアルトリアの残っていた心を深く抉り、とめどなく涙をあふれさせる。

 

「…………アーサー。俺は、もうすぐ死ぬ」

「……モードレッド? 何、を」

「いいから聞け。……正直に言おう。俺は、『王としてのアーサー』を見続けてきた。だが今まで一度として『人としてのアーサー』は、見てこなかった。見れなかった。世話をしてくれた親がロクデナシだから、俺にとっての父親が何なのか、全然理解できず『王としてのアーサー』を父として見ていたんだろうさ。でもそれは、王だ。父じゃない」

 

 モードレッドはアルトリアの傍に倒れ込むように座り、今まで胸の内に秘めていた本心を吐き出していく。もう、次に言う機会も無い。ならばここで吐き出してしまおう。

 彼女は最期になって、ようやく自分に素直になったのだった。

 

「姉上と接していて、ようやく知ったよ。これが本当の家族なんだってな。馬鹿な話だろ? 家族としての接し方もわからねぇのに、いきなり自分を息子にしてくれ、なんてな。今思うと、あの時の自分が実にアホらしく感じる」

「モードレッド……私は」

「何も言うな。未練が増えちまうだろ。……ま、でだ。人としての貴方を見て、なんつーか……自分に似てるなーって、思ったんだよ。姉上に甘えるところとかな。で、ようやくわかった。貴方も俺に対する接し方がわからないんだな、って」

 

 支えになっていたクラレントが転がる。

 しかしそれも既にモードレッドにとってはどうでもいいことだった。

 もうすぐ、自分が死んでしまうことを悟ったのだから。

 

「貴方は、王としては凄かった。だが人としては……普通だった。理想に憧れる少女、って感じで。でも、それでもずっと無理して、だけどそれは民のためで――――その民に裏切られた貴方は、それでも民に尽くした。理想として、生きようとした。俺はそれがとても眩しくて、だから着いて行こうとした。憧れたんだよ。だから、……あー、クソッ。なんか、遠まわしな言い方になっちまったな。まぁ、要するに、だ」

 

 アルトリアに背を向けたモードレッドは、その心をこぼす。

 

 

「貴方が親であることを、誇りに思ってる」

「――――――――っ」

 

 

 迷いも無くそのことを言い切ったモードレッドは、どこか清々しい顔で深紅の空を見上げた。

 自分でもわからなかった、自分を知れた。

 そしてそれを、一番伝えたい人に伝えることができた。それでもう十分だと感じて体の力が抜けて行き、人形のようにモードレッドは力無く仰向けに倒れる。

 

「でも、姉上を死地に向かわせた事は今でも怒ってるさ。殺してやりたいぐらいにな」

「ではなぜ、貴方は私を誇りに思うのですか……!? こんな、惨めな私をっ……!」

「だって、さ」

 

 看取るようにアルトリアは倒れたモードレッドの上体を起こし、その顔を真っ直ぐ見据える。

 迷いはあった。だが、それでもアルトリアはこれをやらなければならないような気がした。王では無く、アルトリアという個人が、そうするべきだと告げたのだ。

 

「家族って、仲良くするもんなんだろ? 姉上が、言ってたぜ? 身内の恥は、喜んで……受け入れろ、って」

「な、ぇ………………………」

「貴方が否定しても、俺は貴女を家族だと、思っている。それだけは、本当だ。……結局、こんな様になるまで話しかけることもできなかったがな。あの時みたいに否定されるのが怖かったのか、それとも馬鹿みたいにまだ迷っていたのか。この際どっちでもいい。だから、だから――――最後ぐらいは、息子として、接してみようかな、ってよ」

 

 モードレッドの体から生気が抜けていく。その体を支える小さな力が、次第に消えていく。

 それを肌で感じ、アルトリアは肩を震わせる。

 また、■■を失うのかと。

 

「…………簡単な、ことだったのに。ただ、ただ少しでもいいから認めて……家族として、歩み寄ろうとする。それだけで、それだけでよかったはずなのに、私はッ…………!!」

「アーサー…………父上(・・)、泣くなよ。そんな顔が見たくて、話をしたわけじゃない」

「モードレッド、貴方は……私の、自慢の息子です。もっと、早く気付けばよかった……!」

「な――――は、はははっ、何だよ…………」

 

 愉快そうに笑いながら、モードレッドは最後に己の父の手を握る。

 

 

「最後に、未練……できちゃっただろ。父、う……え………………―――――」

 

 

 そう言い残し、モードレッドはその瞳を閉じ――――呼吸を止めた。

 

 冷たい風が騎士王の頬を撫でる。

 孤独に血の丘で佇む。

 その顔に生気は無く、その瞳に光は無く、その心に希望は無く――――どうしようもなく、今のアルトリアは絶望していた。

 

 最愛の姉は己の選択で死に至り。

 幼少のころから共に過ごした兄は自分を庇って息を引き取り。

 自分の息子はこうして自分の不始末により起こった戦いで命を落とした。

 

「あ、ぁぁああぁ、アァアアあぁぁああぁぁあアァアああぁあぁあアァアアア」

 

 壊れたように、アルトリアは亡き自分の息子の亡骸を抱きしめて泣き続ける。

 その涙は止まらなかった。止めようとしても彼女はもう何も考えられなかった。

 自分の家族が、自分のせいで死んだ。

 その事実は、彼女を完膚なきまで壊すには十分すぎるものだった。

 

 

「あぁぁあああぁぁアァァアアアァァァァァアぁあぁああアああぁあアァアアアァァアアアああぁアァアアアアアアアアアアアああぁアアアぁアアアアぁああアアアアアッッ!! アアァァァアアアアアアアぁぁあああああアアアア!!!! ッアぁああァぁああァアアアアああぁアアアアァァああああああアアアアアアアぁああアアアアあぁァアアアアアアアぁあッ!!!!!!!!!」

 

 

 アルトリアは泣き続けた。もう、それしかできなかった。

 昔ならば、彼女を泣き止ませてくれる存在が居た。

 

 だが、もうその者たちは居ない。

 

 自分のせいで、死んでしまったのだから。

 

 

「どうしてっ、どうしてだ!!! なぜ、何故…………! 私は、私はただ安寧を求めただけだ!! 人々に希望であれと願われ、その理想であろうとして王となり、家族と幸せに過ごせる国を作りたかった……っ!! それだけなのに何故……ッ!! ふざけるなっ、ふざけるなぁぁァァアアァァぁあアアアああぁアあアアァアアッ!!!」

 

 

 悲痛な慟哭が空へと木霊する。

 ただ自分は誰もが平和に暮らせる国を作りたかった。家族と平穏に、幸せな時間を過ごせるそんな場所を作りたかった。世界は、それすらも許さないというのか。

 

「――――――――認め、ない」

 

 憎悪に満ちた呟きが、彼女から漏れる。

 全てを憎むような声が。

 

「こんな、結末――――認めない! 認めて堪るかッ!!」

 

 怨嗟を叫んでも、世界は変わらない。

 だが彼女は知っていた。

 全ての望みをかなえる万能の願望機を。一度は手にし、手から取りこぼした最高の聖遺物を。

 

「世界よ、見ているならば聞けッ! 私は私の魂を捧げよう!! だからどうか、聖杯をッ…………聖杯を手に入れる機会に逢わせろッ! 全てを覆すために!!」

 

 その声に応じ、雲が割れ世界に孔が開く。

 それこそ世界の意思――――抑止力。

 ブリテンを滅びの歴史へと導いた、全ての元凶。

 アルトリアはそれを憎々し気に睨みつけながらも、嗚咽をこらえて言葉を続ける。

 

 

「――――契約完了だ。さぁ、貴様の作った歴史を、壊させてもらうぞ…………ッッ!!!」

 

 

 騎士王としてでは無く、彼女は一人の妹として時間の果てへと凱旋する。

 こんな悲劇など認めない。

 機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)に頼ることになろうが、全てをひっくり返して見せる。

 誰もが納得する、最高の喜劇へ変えて見せる。

 

 

 その心を冷たき鋼にして――――アルトリア・ペンドラゴンの魂は天へと昇った。

 

 

 己が望みを果たすために。

 

 

 世界に、復讐するために。

 

 

 

 

 




・・・アルトリアさんメンタルボッキボキですわ。原作よりも精神状態酷くなってないかコレ。

しかしちゃっかり半分救済されてるモーさん。贔屓じゃないよ!アルさんのメンタルをメッタメタにするための要素なんかじゃ、ないんだからね!(ジョージボイズ)

いやぁ、ホントに酷いENDですわ。


ガウェイン「私は悪役にされたのですが」
トリスタン「俺が出た意味とは一体」
その他の円卓「俺たちなんてセリフもねぇよ」
ランスロット「・・・本当に申し訳ない」


・・・円卓が不憫だなぁ。

まー、ランスロットは外面上はハッピーエンドだけど、精神的にバッドエンドしたので結果的には救済されていないという結果に。あの糞真面目が助けられなかった人に助けられることに、果たして耐えられようか。(+原作での苦悩)

追記
指摘された箇所を修正しました。

追記2
少しだけ表現追加。


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サーヴァントステータス

ついに来ましたステータス表。ずっと前から一回ぐらいは書いて載せてみたかったんだよね。

・・・さぁ、チートの体現者のチートぶりに恐れ戦くがいい。

あ、聖杯戦争編は次回からだよ。今回はホントにステータスだけです。期待させた方々、ごめんNE☆ 許してください、何でもしま(ry

追記
流石に身長デカすぎたのでちょっと修正。体重もちょい修正。

追記2
ちょっとミスがあったので修正。
このステータスは物語の進行によって随時更新していきます。

追記3
アヴェンジャーとセイバーのステ更新しました。

追記4
バーサーカーとアサシンのステ更新。

追記5
話の進行と共にアヴェンジャーの宝具追加、ランサーのステ更新

追記6
ランサーの宝具更新

追記7
アーチャー、ライダー、ルーラーのステ追加。
あとアルフェリアの隠しスキルを開示

追記8
時系列を修正。アルフェリアの享年を二十九歳から三十三歳に変更しました。

追記9
ランサーの宝具を追加。

追記10
キャラの体重を修正。


 【CLASS】キャスター

 

 【マスター】ヨシュア・エーデルシュタイン

 

 【真名】アルフェリア・ペンドラゴン

 

 【身長・体重】171㎝・58Kg

 

 【スリーサイズ】84/56/82

 

 【イメージカラー】白銀

 

 【属性】中立・善

 

 【性別】女性

 

 【特技】家事スキル全般、道具作り

 

 【好きなもの】家族、仲間

 

 【嫌いなもの】色々雑な奴、妙に飾り過ぎた代物など

 

 【天敵】マーリン

 

 【ステータス】 筋力A++ 耐久A+ 敏捷A+++

         魔力EX 幸運A+ 宝具EX

 

 『保有スキル』

 

 <クラス保有スキル>

 ・道具作成(A)

 ・陣地作成(A)

 

 <固有スキル>

 ・騎乗(A++)

 ・直感(A+)

 ・魔力放出(EX)

 ・カリスマ(B)

 ・高速神言(A)

 ・大源調和(A)

 ・美食の開拓者(EX)

 ・救国の聖女(EX)

 ・悠久なる愛情(EX)

 

 【解説】

 ・大源調和

  彼女が持つ天才的な魔力操作がスキルと化したもの。その腕前は空間上のマナすら操作し己の魔力へと変換できるほどであり、一時的に地脈の流れさえ土地を傷つけずに改変できるほど。空間上にマナが存在して居る限り、彼女は無限の魔力源を持っていることになる。

 

 ・美食の開拓者

  彼女の料理人としての側面がスキルと化したもの。彼女が作った料理は例外なく美味になり、作った料理には生命力・魔力自動回復効果、状態異常回復効果、身体能力増強効果等々の効果を持つ。例えおにぎりだろうと最高の料理と化し、死人の様な者でも一口食べれば全回復する。

  要するに作った料理はエリクサーになる。

 

 ・救国の聖女

  全ての民に慈愛を以て接し、国のために身を捨て救国を成した聖女と称えられた証。

  このスキルは所有しているだけでHP/MP自動回復、カリスマのランクアップ、危機的状況での耐久2ランク上昇、常時他者へ軽度の魅了などの効果を発生させる。

 

 ・悠久なる愛情(EX)

  生涯通して家族を愛し続けた象徴。

  その愛は衰えることなく、歪むことなく、ただひたすら己の家族を愛し続けた。

  故に彼女にとって愛する対象を傷つけることは彼女の家族全ての自己否定。

  彼女の家族への愛が消えることは天地が反転してもあり得ず。

 

  ――――もし彼女が愛する者を守るために戦うのならば、その命尽きるまで立ちあがるだろう。

 

  ――――もし彼女が愛する者に刃を向けるならば、その肢体から戦う力が失われるだろう。

 

  保護対象を守護するための戦闘の際、宝具以外の全パラメータを1ランクアップ。

  対象によって2ランクアップ。

  保護対象を害するための戦闘の際、宝具以外の全パラメータを1ランクダウン。

  対象によって2ランクダウン。

 

 

 <所有宝具>

 

偽造されし黄金の剣(コールブランド・イマーシュ)

 ランク:A+

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~99

 最大補足:800人

 由来:不明

 魔術師マーリンが作り出した『選定の剣』の贋作。機能こそ類似しているものの、王を選ぶと言う機能が欠如している『欠陥品』としてマーリンが蔵に入れていたが、後にアルフェリアに授けられ生涯を共にした愛剣となる。

 能力は最初こそ線先から細い魔力光線を放つだけと言う物であったが、湖の乙女が魔改造を施したことで『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と拮抗できるほどに進化した。しかし問題点として改造した影響か魔力の操作が所持者任せになってしまうので、余程魔力操作に長けた者でもなければ扱えない代物。実質アルフェリア専用である。

 外見は『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』と酷似しているが根本は全くの別物。

 

 本来ならばセイバークラスでないと所持できないが、原典が虚数空間内に存在するのでどんなクラスでも振れるようになった。

 

 

紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)

 ランク:C

 種別:対人宝具

 レンジ:―(最大解放時1~50)

 最大補足:1人(最大解放時100人)

 由来:無し

 アルフェリアが作成した魔術礼装『吸血剣(ブラッドイーター)』が数多の死徒の血を吸ったことで変質し、宝具として昇華してしまった代物。ほとんど偶発的に生まれた物であり、逸話も無ければ名前も借り物という宝具の中では下の下として位置するが、数百の神秘を溜め込んだせいでその格は異様に上がっている。

 能力は吸血と吸血した対象の経験と記憶の保存。吸血対象の魂なども収めることができる。ただしサーヴァントなどの霊体に対して効果は薄い(効かないわけではないが)。

 吸血した血を解放することで辺り一面を血の池に変え、自由に操作することで範囲攻撃を可能にすることもできる。しかし一時とはいえ中身が空っぽになり、出した血液の回収にも時間がかかるのが難点。

 更に、死徒を殺したという事象が蓄積され過ぎたせいで『神秘殺し』の能力を得てしまっている。

 つまり、神秘を殺すことのできる『死徒』にとっても『英霊』にとっても天敵と成りうる宝具である。

 

 本来ならばセイバークラスでないと所持できないが、原典が虚数空間内に存在するのでどんなクラスでも振れるようになった。

 

 

忘却されし幻想郷(ミラージュ・アヴァロン)

 ランク:A++

 種別:結界宝具

 防御対象:1~50人

 由来:不明

 湖の乙女ニミュエがアルフェリアに授けた宝具であり、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』の試作品。当然ながら機能は全く異なり、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』が数百のパーツに分解して使用者の周囲に展開され、この世界では無い「妖精郷」に使用者を隔離してあらゆる攻撃・交信を遮断するのに対し、こちらは粒子状となって空間に散らばり、自動的に攻撃を防御する領域を所持者の周囲に作る宝具。

 後継機と比べて防御能力は大幅に劣っており、絶対防御とも言えない劣化版ではあるが応用力や効果範囲ならばこちらの方が上。障壁強度自体も『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』と比べても遜色ないと、劣化版の試作品とはいえ侮れない代物である。

 不老不死の効果はなく、劣化版として所有時効果は『老化遅延』『高速再生』となっている。

 

 クラス共通宝具。どんなクラスで呼ばれても必ず存在する守りの盾である。

 

 

湖光を翳す銀の書(ホロウレコード・グリモワール)

 ランク:A+

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~70

 最大補足:200人

 アルフェリアが唯一後世に遺せた聖遺物であり、彼女の手自ら作った伝記。大量の幻想種の素材を使われているせいか凄まじい神秘を内包している。現在現物はイギリス・ロンドンの大英博物館に保管されている。……のだが、それは実は偽物であり、過去にこの聖遺物を巡って血みどろの争いが起こったことから魔術協会が厳重な封印をかけ、とある魔術師に預けた曰く付きの一品。

 開くだけで無詠唱でAランク以上の大魔術の連射を可能とし、中規模の儀式を必要とする特殊な魔術も儀式の過程をすっ飛ばして実行することが可能な代物。注いだ魔力次第では疑似的な魔術工房自動作成機にも成りうる。

 副次的な機能として魔力の無尽蔵生産が可能であり、これが健在であるのならば彼女はほぼ半永久的に現世への現界が可能である。問題点としては、他の魔術師に感づかれる危険が著しく高まる。

 

 キャスタークラス限定宝具。他のクラスでは使用することはできない。

 

 

痛哭の幻奏・冥府反響(フェイルノート・オルフェウス)

 ランク:B

 種別:対軍宝具

 レンジ1~40

 最大補足:100人

 アルフェリアが自作したキャメロット一の弓兵、トリスタンが愛用する弓『痛哭の幻奏(フェイルノート)』の発展型。空を飛ぶワイバーン用に開発された対竜兵器であり、トリスタンの弓とは違いちゃんとした矢を(魔力で構成された矢)放つ仕組みとなっている。威力は最小出力で対物ライフル並。最大出力では重戦車装甲を紙の様に撃ち抜けるほどの強力な弓。更に連射性も優れており、秒間五十発という弓とは思えない連射性能で相手をハチの巣にする凶悪な弓でもある。

 音を矢として打ち出す機能は欠けているので、元となった『痛哭の幻奏(フェイルノート)』と比べると共通点は形しか存在しないが、正直こっちの方が弓らしいというのが実は円卓総一致(トリスタン除く)の意見であったのは言うまでもない。

 

 アーチャークラスでないと使用不可だが、原典が虚数空間内にあるため全クラスで使用可能。

 

痛哭の幻奏・堅城破砕(フェイルノート・ドミネーター)

 ランク:A

 種別:対城宝具

 レンジ1~500

 最大補足:500人

 『痛哭の幻奏・冥府反響(フェイルノート・オルフェウス)』を使った対城宝具としての技。

 弓に取り付けられた三本の弦を一本の弓を打ち出すことに使うことで普通状態の最大出力の三倍の速度と威力を生み出した、破壊力に特化した宝具。放たれた弓の速度は極超音速(凡そマッハ5.0)で撃ちだされ、更に矢に強力な回転力が掛けられていることで破壊力・貫通力を両立させた『城攻め』の一矢。当然、英霊でも生身で直撃すれば最低限瀕死は免れないほどの威力を誇る。

 欠点としては着弾距離が離れれば離れるほど威力が落ちていき、最低Bランクまで低下する。

 因みに最大射程は約1200Km。地平線の果てまで届く。

 

 アーチャークラスでないと使用不可だが、原典が虚数空間内にあるため全クラスで使用可能。

 

 

夢幻なる理想郷(アルカディア)

 ランク:EX

 種別:対界宝具

 レンジ:1~50

 最大補足:100人

 アルフェリアが持つ神造兵器。湖の乙女ニミュエに招かれた『神剣の座』にて封印されていた一振りの剣。

 無数の神が消える際に遺した力の残滓を一点に集めて凝縮して生成・誕生した『剣の神』。この世のありとあらゆる物を両断する『絶対切断』の権能を所有する最強の一本である。この剣の前ではどんな障害であれ意味を成さず、星すら所有者によっては断ち滅ぼせる究極の一にすら届く可能性を秘めている。

 概念すら切断できるので、やりようによっては『距離』の概念すら断ち切り、射程無視の攻撃すら可能とする。が、威力が著しく落ちるので相手によっては牽制程度に終わる。また、斬りたいものだけを切ることもできる(例:壁の向こうに居る者を壁を切らずに斬るなど)。

 真名解放を行えば所有者の身体能力を四倍にし、攻撃を九割遮断する最高の鎧を纏わせ、身に付けた武具を最大限まで昇華させる規格外の能力を発揮する。

 欠点は凄まじく燃費が悪い事。全盛期のアルフェリアでもバックアップ有りで十五分が限界時間であり、力を大きく削がれた彼女では十秒保つだけで精一杯だろう。

 それでも並のサーヴァント相手ならば一秒も要らないだろうが。

 

 クラス共通宝具。最強の手札は常に健在。

 

 

終幕を降ろす白銀の理想郷(カーテンコール・アルカディア)

 ランク:EX

 種別:対星宝具

 レンジ:測定不能

 最大補足:測定不能

 彼女の持つ切り札『夢幻なる理想郷(アルカディア)』の最終形態。

 放たれる一撃は全てが至高。人の手に届かぬ星さえも両断仕掛けた最強の一撃。溢れ出る白銀の極光の前ではあらゆる概念が無意味となり、人、神、星全ての関係を無価値にして森羅万象を消し去る。『物理的』にも『概念的』にもダメージを与えるのでまず防御は不可能。回避しようが生じた風に掠っただけで全身をズタズタにされるので無意味。拮抗できるのは同じく世界を断てる剣である英雄王の乖離剣程度だろう。

 大きく弱体化しているため、生前の様な星すら滅ぼせる一撃を放つことはできなくなっている。例え放てたとしても抑止力によって排斥されるので、結果としては全力発揮は不可能。それでも対界宝具程度の機能と威力は保持しており、直撃すればどんなサーヴァントであろうが死ぬので宝具としては十二分。もし満足に振るえればそれだけで聖杯戦争の結果が確定するだろうほど強力な宝具である。

 当然ながら燃費は最悪。最低出力で『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』十発分と言えば、その凄まじい極悪燃費が理解できるだろう。しかし極光を放たずとも五メートル超の大剣から放たれる一撃は、街一個程度なら軽く両断して有り余る威力を発揮することが可能。

 まさに全ての物語に幕を引く終焉の剣である。

 

 その一撃、全ての悲劇を幕引く忘却の幻想。

 

 

 ※他にもたくさんあるけど登場まで割愛。

 

 

 

 <概要>

 

 みんな大好きアルフェリアさん。チートの体現者であり、しかしこれ以上ないほど理不尽な人生を送った不幸憑きでもある。でも幸運ステは高い。

 基本的に努力家。自分を卑下して日々努力を怠らず、いつの間にかチート染みた力を手に入れた。が、その過程では凄まじい破天荒な人生を送っており、その事態を切り抜けた末に力を手に入れ、それを成長させたのは全て本人の努力の賜物。転生特典とかは一切なし。他人より少し限界点がなさすぎるだけ。

 

 一人称は「私」。妹をこよなく愛するシスコンであるが、基本的に家族全員を溺愛する性格。仲間も一種の「家族」だと思っており、身内が犠牲になることは許さない。しかし外敵に関しては基本無関心であり、どれだけ死のうが気にしない。一種の破綻者であるが、そう割り切らねば生き抜けない世界に居たので後天的に性格が歪んだのかもしれない。

 

 十六歳から死徒を相手に戦い続け、二十六歳にして魔王を狩り、三十三歳で星すら滅ぼしかけたが、結局星と相打ちになり死に至る。その実力は当時のブリテンどころか世界最強。A級サーヴァントが十騎居ても尚足りない。対抗できるのは霊長類を絶対に抹殺できるガイアの怪物か星のアルテミット・ワン程度。真性の規格外である故、抑止力が星すら差し向けた程の脅威度を誇る。

 そんな超級存在である彼女であるが、一番の弱点は妹の泣き顔。どれだけ力を持っていてもシスコンは妹に逆らえないという真理の体現者だろう。抑止力はまずアルトリアを丸め込むべきだったのかもしれない。

 

 そんな彼女の知名度であるが、凄まじいことになっている。

 救国の英雄ということもあるが、何より美食の開拓者であることが一因であり、彼女が生んだ美食はブリテンから始まり、フランスを経由してやがてヨーロッパ全体に広がった後にユーラシア大陸全体を覆うほどに普及する。

 そう意味では英雄では無く料理人としての側面の方が有名。

 

 しかし彼女についての聖遺物は殆ど無く、彼女本人が綴った伝記しか彼女の存在を証明する物が無い。原因は彼女の所有物の大半は虚数空間内に保管されているせい。そして遺体すらアーサー王伝説に綴られた彼女の最期である『黒い深淵の地へ怪物と共に消えていった』という文章通り虚数空間内で消えてしまったので、サーヴァントとして召喚することは最難関だろう。

 残された伝記も飾られている物は偽造品であり、現在はとある魔術師の家系が管理をしているとの噂。

 

 因みに聖堂教会でもその存在は有名であり、フランスで一つの死徒社会を単独で潰した伝説のヴァンパイアハンターとして語り継がれており、その偉業は異端審問界隈での最大の目標点にもなっている。

 魔術協会ではマーリン、モルガンなどの超級魔術師に並ぶ魔術師として知られており、彼らと合わせて『三賢人』と呼ばれたりしているとか。

 

 壮絶な死を遂げ英霊の座に居る彼女であるが、余りにも規格外すぎるが故に他の英霊たちとは違って完全別空間に隔離されている。抑止力は神霊以上のプロテクトをかけて人類滅亡対策の切り札にしようとしたが――――ぶっちゃけ本人が本気を出せばいつでも抜け出せるのは知らない方がいいのかもしれない。

 

 欠点として、サーヴァントとして召喚されるには余りにも霊格が高すぎて、聖杯が用意した器では余りにも容量が違いすぎるという本来あり得ない事態を起こせるほど魂の密度が巨大。聖杯戦争に召喚された場合、過剰なものを切って削って器に押し込んでいるのでかなり弱体化している。

 恐らく出せて全盛期の一割以下であるだろう。

 

 ――――それでもサーヴァント二、三体と素手で拮抗できるほどではあるのだが。

 

 

 

 【CLASS】アヴェンジャー

 

 【マスター】衛宮切嗣

 

 【真名】アルトリア・ペンドラゴン

 

 【身長・体重】154cm・42Kg

 

 【スリーサイズ】73/53/76

 

 【イメージカラー】黒

 

 【属性】混沌・悪

 

 【性別】女性

 

 【特技】――――

 

 【好きなもの】家族

 

 【嫌いなもの】大雑把な食事、装飾過多、嘘つき、蜘蛛、抑止力

 

 【天敵】世界

 

 【ステータス】 筋力A+ 耐久B 敏捷A++

         魔力A 幸運E- 宝具A++

 

 <クラス保有スキル>

 ・対魔力(C-)

 ・騎乗(A-)

 ・復讐者(A)

 ・忘却補正(C+)

 ・自己魔力回復(B)

 

 <固有スキル>

 ・直感(B+)

 ・魔力放出(A+)

 ・カリスマ(E-)

 ・精神汚染(A+)

 ・自己暗示(C)

 

 <所持宝具>

 

 『鏖殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)

 ランク:A++

 種別:対城宝具

 レンジ:1~99

 最大補足:1000人

 人々の希望たる『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』とは真逆に位置する『人々にとっての絶望』を形として作り出された最悪の魔剣。アーサー王が姉を失い狂気に身を染めたことで、英霊となった身に備わってしまった忌むべき一振り。その身から吐き出される星を蝕む破壊の光は、生前アーサー王を苦しめた卑王ヴォーティガーンの息吹を想わせるほどに凶悪で悪質。

 また魔剣の中では間違いなく最強の部類であり、人々が恐れる『災厄』の概念そのものを力としてぶつけるので、その威力は元の『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』とほぼ同等かそれ以上。ただし後に残るのは憎悪と空虚のみ。人々の悪意を凝縮した、全てを破壊する魔剣が生み出すのは後にも先にも『崩壊』だけである。

 アーサー王自身が『絶対に殺す』と決めた相手には容赦なく抜き放ち、その者の死を見るまで決して止まらぬ狂気の人形となるだろう。

 

 『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)

 ランク:C+

 種別:対人宝具

 レンジ:1〜10

 最大捕捉:1人

 彼女の剣を覆う、真っ黒な霧状の魔力。触れただけで身を犯す毒素であり、収束して放ったり自身の周囲で高速回転させるなど応用性も高く、攻防一体の宝具であると言える。また魔力放出の様に加速に使う事も可能であり、乗り物などに纏わせることもできる。

 

 『身姿は幻の如く(グウェン)

 ランク:D+

 種別:対人宝具

 レンジ:―

 最大補足:1人

 姿隠しの布。これを纏っている限りBランク相当の気配遮断スキルと認識阻害の効果を獲得し、他者からその存在を気づかれることが無くなる。ただし攻撃態勢に移った場合、その効力は大きく落ちてしまう。それでも微かな残像や幻影程度は作り出せるぐらいは可能であり、近接戦遠距離戦共に厄介な守りとなるだろう。

 

 『惨傷授ける哀痛の呪剣(カルンウェナン)

 ランク:C+

 種別:対人宝具

 レンジ:1

 最大補足:1人

 由来:魔女を切り殺した鋭き短剣。

 アヴェンジャーと化したアルトリアが所有する呪いの短剣。無骨でありながら美麗を思わせる白い刀身とは裏腹に、その中には高密度の呪術が施されており、傷に再生阻害と持続激痛の呪いをかける凶悪な短剣。呪いは解呪できないほどではないが、それでも戦闘中に解呪するのは困難であり、相手を徐々に苦しめていく様はまさしく呪われた武器の証。そして時間が立てばたつほど呪いは蓄積されていき、真名解放することで傷をグチャグチャにかき混ぜたように抉じ開け、呪いが蓄積された時間によって比例するダメージを与える。ただし行った後は呪いが解呪されてしまう欠点がある。

 元々はただの鋭い短剣であったが、アルトリアがアヴェンジャーと化すほどの怨念に影響され変質。相手を苦しめるためだけの宝具となってしまった。

 

 『その愛は恩讐の彼方に(アウェイクン・オーバーロード)

 ランク:E-

 種別:対人宝具

 レンジ:―

 最大補足:1人

 アヴェンジャーであるアルトリアの精神状態を表した宝具にして、ストッパーと発破役を務める精神異常系宝具。普段は他者への感情の一切を抑制し、無駄な感情をすべて取り除く役目を持つが、一定以上の感情が抑制されると『留め金』が外れて感情を一気に爆発させる。その際に発揮される精神は異常としか言いようがなく、彼女が秘めたありとあらゆる感情が外へと吐き出されて暴走を開始する。

 感情が解放された際に身体能力系ステータスを1ランクアップ。特定の相手ならば2ランクアップ。

 しかし同時にAランク相当の狂化が付与され、正常な判断が不可能な状態に陥る、まさに諸刃の剣である。

 宝具発動の兆しは、体が黒化する現象。これは宝具発動を重ねる度規模が拡大していき、やがて全身を黒く染め上げる。全身が染まった時、一体何が起こるかは本人にもわからない。

 

 

 【CLASS】セイバー

 

 【マスター】氷室鐘

 

 【真名】モードレッド

 

 【身長・体重】154cm・42Kg

 

 【イメージカラー】赤

 

 【属性】中立・善

 

 【性別】女性

 

 【特技】奇襲、釣り

 

 【好きなもの】勝利、栄誉、鍛錬、父上、姉上

 

 【嫌いなもの】敗北、失墜、無視、約束破り

 

 【天敵】モルガン、アグラヴェイン

 

 【ステータス】 筋力A 耐久A 敏捷A

         魔力B 幸運C+ 宝具A+

 

 <クラス保有スキル>

 ・対魔力(B)

 ・騎乗(B)

 

 <固有スキル>

 ・直感(B+)

 ・魔力放出(A)

 ・戦闘続行(B)

 ・カリスマ(C)

 

 <所持宝具>

 

 『燦然と輝く王剣(クラレント)

 ランク:B+

 種別:対人宝具

 レンジ:1

 最大捕捉:1人

 由来:アーサー王の武器庫に保管されていた、王位継承権を示す剣。

 「如何なる銀より眩い」と称えられる白銀の剣。モードレッドの主武装であり、通常はこの状態で戦闘を行う。アーサー王の『勝利すべき黄金の剣』に勝るとも劣らぬ価値を持つ宝剣で、王の威光を増幅する機能、具体的には身体ステータスの1ランク上昇やカリスマ付与などの効果を持つ。

 この世界では強奪されず、(一応)所有者であったアルフェリアが正式にモードレッドへと譲渡したのでボーナスがしっかり働いている。

 

 『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)

 ランク:A++

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~50

 最大捕捉:800人

 『燦然と輝く王剣(クラレント)』の全力解放形態。剣の切っ先から直線状の赤雷を放つ。

 剣が持つ『増幅』という機能を最大限まで稼働させ、モードレッドの魔力炉心から大量に生産される魔力を赤雷として相手に叩き込むのがこの宝具。姉に教わって絶え間ない修練により、本来の力を完全に引き出すことができたモードレッドはその有り余る魔力を数倍に増幅し、巨大な雷撃により形成された斬撃を叩きこむ。また少ない魔力でも『増幅』することで十分な威力をはじき出せることからコストパフォーマンスも良好。

 威力こそ『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に劣るが、使い方次第では総合力を越えることのできる正に『剣の王』である。

 因みにこのクラレントは(アルフェリア)から直々に授けられた代物なので、防がれるとやっぱり激怒する。そして謎の威力向上が起きる。また、(アルフェリア)が応援すると何故か更に威力が向上する。

 

 『不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)

 ランク:C+

 種別:対人宝具(自身)

 レンジ:―

 最大捕捉:1人

 モードレッドの顔を隠している兜。ステータスやクラス別スキルといった汎用的な情報は隠せないが、真名はもちろん宝具や固有スキルといった重要な情報を隠蔽する効果があり、たとえマスターであっても兜をかぶっている間は見ることができない。また、戦闘終了後も使用していた能力、手にした剣の意匠を敵が想起するのを阻害する効果もあり、聖杯戦争において非常に有用な宝具。ただしこの宝具を使用していると、彼女の持つ最強の宝具を使用することが出来ない。

 更にアルフェリアが改良を加えることで耐久性が向上。鎧も含め、竜に踏まれても問題ないほど頑丈になっている。

 

 『悠久に掲げ燦然たる王輝(クラレント・リミテッドオーバー)

 ランク:A++

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~99

 最大補足:1000人

 王剣クラレントの機能『増幅』の安全装置(リミッター)を解除し、担い手の負担を無視した魔力増幅を以て放たれる全力の攻撃。剣の切っ先から直線状の赤雷を放つことは『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)』と大差ないが、薙ぎ払うように攻撃することで弱点であった『射線の狭さ』を克服した。更に薙ぎ払った後に体を回転させて直線状の一撃を放つので、実質二種類の宝具を一度に発動しているようなモノである。

 しかし安全を度外視した魔力の増幅はモードレッドの体を容赦なく傷つけ、過剰な魔力生産と大量消費によって使用後は凄まじい疲弊を強いられる。

 まさに捨て身の奥義。彼の『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』すら凌駕する攻撃は、担い手の無茶によって完成した。

 

 

 【CLASS】バーサーカー→無し

 

 【マスター】間桐雁夜→アルフェリア・ペンドラゴン

 

 【真名】ランスロット

 

 【身長・体重】191cm・81Kg

 

 【イメージカラー】濃紺

 

 【属性】秩序・狂→秩序・善

 

 【性別】男性

 

 【特技】武芸、乗馬

 

 【好きなもの】礼節、伝統

 

 【嫌いなもの】本音トーク

 

 【天敵】ギルガメッシュ、イスカンダル

 

 【ステータス】 筋力A+ 耐久A+ 敏捷A++

         魔力B 幸運B 宝具A+

 

 <クラス保有スキル>

 ・狂化(C)→(-)

 

 <固有スキル>

 ・対魔力(E)→(D)

 ・精霊の加護(A)

 ・無窮の武練(A++)

 

 <所持宝具>

 

 『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)

 ランク:A++

 種別:対人宝具

 レンジ:1

 最大捕捉:30人

 由来:相手の策によって丸腰で戦う羽目になったとき、楡の枝で相手を倒したエピソード。

 手にしたものに「自分の宝具」として属性を与え扱う宝具能力。どんな武器、どのような兵器であろうとも(例えば鉄柱でも、戦闘機でも、銃でも)手にし魔力を巡らせることでDランク相当の擬似宝具となる(その際、対象の武器をバーサーカーの黒い魔力が葉脈のように巡り包む)。宝具を手に取った場合は元からDランク以上のランクならば従来のランクのまま彼の支配下に置かれる。ただし、この能力の適用範囲は、原則として彼が『武器』として認識できるものに限られる(例として、戦闘機は宝具化できても空母は『武器を運ぶもの』という認識になるため宝具化できない)。

 

 『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)

 ランク:B

 種別:対人宝具

 レンジ:0

 最大捕捉:1人

 由来:友人の名誉のために変装で正体を隠したまま馬上試合で勝利したエピソード。

 自らのステータスと姿を隠蔽する能力。聖杯戦争に参加するマスターは本来、サーヴァントの姿を視認すればそのステータス数値を看破できるが、彼はこの能力によりそれすら隠蔽することが可能。また、黒い靄状の魔力によって、姿の細部が分からなくなっており、兜を脱いで間近でみても素顔がはっきり見えなくなっている。

 しかし、アルフェリアの手により狂化を解除されたせいか効力が希薄になっており、正常な運用が難しくなっている。が、本人はあまり使う気が無いようなので特に支障はないようだ。

 

 『無毀なる湖光(アロンダイト)

 ランク:A++

 種別:対人宝具

 レンジ:1〜2

 最大捕捉:1人

 由来:ランスロットの愛剣アロンダイト

 ランスロット本来の宝具。上記二つの宝具を封印することによって解放できる。絶対に刃が毀れることのない名剣。「約束された勝利の剣」と起源を同じくする神造兵装。握るだけで全てのパラメーターを2ランク上昇させ、また、全てのST判定で成功率を4倍にする。更に、竜退治の逸話を持つため、竜属性を持つ者に対しては追加ダメージを負わせる。

 更に、ランスロットの人間離れした剣技を応用し魔力を帯びた斬撃を『飛ばす』ことが可能。それでも尚ビームは撃てない。

 

縛鎖全断・加重湖光(アロンダイト・オーバーロード)

 ランク:A++

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~2

 最大補足:1人

 アロンダイトを利用した絶技の宝具。

 聖剣へ意図的に過負荷をかけ、内部に籠められた担い手を強化する魔力を攻撃へと転用して放つ技。膨大な魔力を熱量と変換し、その熱量を剣に纏わせ斬撃を加え、斬りつけた際に魔力を解放することで超至近距離から繰り出されるゼロ距離での光の斬撃。

 本来であれば光の斬撃となる魔力をあえて放出せず、対象を斬りつけた際に解放する剣技に寄った宝具。

 膨大な魔力は切断面から溢れ、その青い光はまさに湖のようだと称された。

 

 

 【CLASS】アサシン

 

 【マスター】言峰綺礼

 

 【真名】ハサン・サッバーハ(静謐のハサン)

 

 【身長・体重】不明

 

 【スリーサイズ】不明

 

 【イメージカラー】紫

 

 【属性】混沌・悪

 

 【性別】女性

 

 【特技】踊りなど

 

 【好きなもの】触れても大丈夫なモノ

 

 【嫌いなもの】触れて死ぬモノ

 

 【天敵】ギルガメッシュ、言峰綺礼

 

 【ステータス】筋力D 耐久D 敏捷A+

        魔力C 幸運A 宝具C

 

 <クラス保有スキル>

 ・気配遮断(A)

 

 <固有スキル>

 ・単独行動(D)

 ・投擲/短刀(A)

 ・変化(B)

 ・対毒(EX)

 

 <所持宝具>

 

 『妄想毒身(ザバーニーヤ)

 ランク:―

 種別:対人宝具

 レンジ:1~30(風がある場合)

 最大補足:100人

 猛毒の塊と言えるアサシンの肉体そのもの。爪、肌、体液、吐息さえも“死”で構成されており、全身が宝具と化している。その毒性は強靭な幻想種ですら殺しうるほどで、特に粘膜の毒は強力。人間の魔術師であればどれほどの護符や魔術があろうと接吻だけで死亡し、英霊であっても二度も接吻を受ければ同じ末路になる。直接の接触が無い場合でも汗を揮発させ吸収させることで、肉体・精神機能を緩慢に失わせ、最終的に死に至らしめる。この能力は自分の意志では完全に制御することは出来ず、触れた者に無差別に作用してしまう。また、この効果は犠牲者の体にまで残留し、遺体に触れた者にも被害が及ぶという。

 

 

 【CLASS】ランサー

 

 【マスター】ケイネス・エルメロイ・アーチボルト

 

 【真名】クー・フーリン

 

 【身長・体重】185㎝・72Kg

 

 【イメージカラー】青

 

 【属性】秩序・中庸

 

 【性別】男性

 

 【特技】魚釣り、素潜り、山登り

 

 【好きなもの】気の強い女、無茶な約束

 

 【嫌いなもの】回りくどい方針、裏切り

 

 【天敵】ギルガメッシュ

 

 【ステータス】 筋力B+ 耐久B 敏捷A++

         魔力C 幸運D 宝具A

 

 <クラス保有スキル>

 ・対魔力(C)

 

 <固有スキル>

 ・戦闘続行(A)

 ・仕切り直し(C)

 ・神性(B)

 ・ルーン(B)

 ・矢避けの加護(B)

 

 <所持宝具>

 

 『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 ランク:B

 種別:対人宝具

 レンジ:2~4

 最大捕捉:1人

 由来:クー・フーリンが師匠スカサハから授かった魔槍ゲイ・ボルク。

 彼が編み出した対人用の刺突技。槍の持つ因果逆転の呪いにより、真名解放すると「心臓に槍が命中した」という結果をつくってから「槍を放つ」という原因を作る。つまり必殺必中の一撃を可能とする。心臓を穿つため、仮に『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に耐える者でも確実に相手を死に至らしめることができる。それでいて、魔力消費も少なく、一対一ならば六連戦しても魔力を補充しなくてよいことから、対人戦に非常に効率がいい。回避に必要なのは敏捷性ではなく幸運の高さ。

 

 『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)

 ランク:B+

 種別:対軍宝具

 レンジ:5~40

 最大捕捉:50人

 由来:クー・フーリンが師匠スカサハから授かった魔槍ゲイ・ボルク。

 魔槍ゲイ・ボルクの本来の使用方法。渾身の力を持って投擲して放つ。速度はマッハ2。『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』が命中を重視したものならば、こちらは威力を重視している。一人一人を刺し貫いていくのではなく、炸裂弾のように一撃で一軍を吹き飛ばす。因果を歪ませる呪い及び必中効果は健在であるものの概念的な特性や運命干渉などは無く(必ず心臓に当たるわけではない)、あくまで単純威力系宝具に分類される。

 

 『抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)

 ランク:B++

 種別:対軍宝具

 レンジ:5~50

 最大捕捉:100人

 由来:クー・フーリンが師匠スカサハから授かった魔槍ゲイ・ボルク。

 クー・フーリン本来の宝具。自らの肉体の崩壊すら辞さないほどの限界を超えた全力投擲で放たれる一撃。魔槍ホーミングミサイルとなって相手を殺し尽すまで追尾し続ける凶悪極まりない一手。敵陣全体に対する即死効果があり、即死にならない場合でも大ダメージを与える。ルーン魔術によって崩壊する肉体を再生させながら投擲しているため、本人がダメージを受けることはないが、途方もない苦痛を受ける。それを代償として威力と効果範囲が増大しているので、そういう意味では自らを傷つけてまで放つ等価交換の結果と言えるのかもしれない。

 

 『噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)

 ランク:A

 種別:対人宝具

 レンジ:―

 最大補足:1人

 荒れ狂うクー・フーリンの怒りが、魔槍ゲイ・ボルクの元となった紅海の魔獣・クリードの外骨格を一時的に具象化させ、鎧のように身に纏う宝具。着用することで耐久がランクアップし、筋力パラメータがEXになる。

 ただしデメリットとしてこの宝具を発動している最中はこれ以外の宝具は一切使用できない。また魔力消費量が他の宝具と比べて桁違いなので、ケイネスであろうとも使用限界時間は10分程度。また身に纏う爪や角にはゲイ・ボルグに通じる効果があり、敵に突き刺すとそこを基点に四方へ無数のゲイ・ボルクが伸びる。

 

 

 【CLASS】アーチャー

 

 【マスター】遠坂時臣

 

 【真名】ギルガメッシュ

 

 【身長・体重】182cm・68Kg

 

 【イメージカラー】金

 

 【属性】混沌・善

 

 【性別】男性

 

 【特技】お金持ち

 

 【好きなもの】自分、権力

 

 【嫌いなもの】自分、蛇

 

 【天敵】なし

 

 【ステータス】 筋力B 耐久B 敏捷B

         魔力A 幸運A 宝具EX

 

 <クラス保有スキル>

 ・対魔力(C)

 ・単独行動(A)

 

 <固有スキル>

 ・黄金律(A)

 ・カリスマ(A+)

 ・神性(B)

 

 <所持宝具>

 

 『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

 ランク:EX

 種別:対界宝具

 レンジ:1~99

 最大捕捉:1000人

 由来:メソポタミア神話の創世叙事詩エヌマ・エリシュ。

 ギルガメッシュが「エア」「乖離剣」と呼ぶ、無銘にして究極の剣から放たれる空間切断。厳密には宝具なのはエアの方でエヌマ・エリシュは最大出力時の名称。エアの回転する三つの円筒が風を巻き込むことで生み出される、圧縮され鬩ぎ合う暴風の断層が擬似的な時空断層となって絶大な破壊力を持つ。かつて混沌とした世界から天地を分けた究極の一撃。空間切断の特性故に対界宝具に分類される“世界を切り裂いた”剣。宝具のカテゴリーにおける頂点の一つとされる。ダメージ計算は筋力×20、ランダムで魔力の数値もプラスされる。最大ダメージは4000程だが『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』内の宝具によるバックアップを受ければ、破壊力は更に上昇する。防ぐ方法は対粛清ACか、同等の破壊力を持って相殺するしかない。その威力は最強の聖剣である神造兵装『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と同等かソレ以上。

 

 『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 ランク:E~A++

 種別:対人宝具

 レンジ:−

 バビロニアの宝物庫と、それに繋がる鍵剣『王律鍵バヴ=イル』。

 持ち主の蔵と空間を繋げる能力を持つ。蔵も中身も所有者の財の量に準ずるため、何もない人が使っても何の意味もない。彼は生前自分の蔵に「宝具の原典」を含めた大量の財宝を収めており、王の財宝でそれらを空間を繋げて自在に取り出したり、射出することが出来る。同時展開は一桁から数百本まで可能で連射も出来る。ただし、同時に複数展開して射出するにはそれなりの魔力を要する他、スキル「単独行動」の解説にもあるように、個々の宝物を本格的に使用する場合には、マスターのバックアップが無ければ真価を発揮できない。

 

 

 【CLASS】ライダー

 

 【マスター】ウェイバー・ベルベット

 

 【真名】イスカンダル

 

 【身長・体重】212cm・130Kg

 

 【イメージカラー】朱色

 

 【属性】中立・善

 

 【性別】男性

 

 【特技】出鱈目な論破、リーダーシップ

 

 【好きなもの】冒険、目新しさ

 

 【嫌いなもの】既成概念、既得権益

 

 【天敵】母親

 

 【ステータス】 筋力B 耐久A 敏捷D

         魔力C 幸運A+ 宝具A++

 

 <クラス保有スキル>

 ・対魔力(D)

 ・騎乗(A+)

 

 <固有スキル>

 ・カリスマ(A)

 ・軍略(B)

 ・神性(C)

 

 <所持宝具>

 

 『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)

 ランク:A+

 種別:対軍宝具

 レンジ:2~50

 最大捕捉:100人

 『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』による蹂躙走法。真名解放によって放たれる『神威の車輪』完全解放形態からの突進。雷気を迸らせる神牛の蹄と車輪による二重の攻撃に加え、雷神ゼウスの顕現である雷撃効果が付与されている。最低でも静止状態から100mの距離を瞬時に詰める爆発的な加速力を持つ。

 

 『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)

 ランク:EX

 種別:対軍宝具

 レンジ:1〜99

 最大捕捉:1000人

 由来:マケドニアの重装騎兵戦士団。

 召喚の固有結界。ライダーの切り札。

 展開されるのは、晴れ渡る蒼穹に熱風吹き抜ける広大な荒野と大砂漠。障害となるものが何もない地形に敵を引きずりこみ、彼が生前率いた近衛兵団を独立サーヴァントとして連続召喚して、数万の軍勢で蹂躙する。彼自身は魔術師ではないが、彼の仲間たち全員が心象風景を共有し、全員で術を維持するため固有結界の展開が可能となっている。要は、生前のイスカンダル軍団を丸ごと召喚・復活させる固有結界。時空すら越える臣下との絆が宝具にまで昇華された、彼の王道の象徴。

 

 

 

 【CLASS】ルーラー

 

 【マスター】無し

 

 【真名】ジャンヌ・ダルク

 

 【身長・体重】159cm・44Kg

 

 【スリーサイズ】85/56/86

 

 【イメージカラー】焔色

 

 【属性】秩序・善

 

 【性別】女性

 

 【特技】旗振り

 

 【好きなもの】祈り

 

 【嫌いなもの】勉強全般

 

 【天敵】ジル・ド・レェ(キャスターver)、ギルガメッシュ

 

 【ステータス】 筋力B 耐久B 敏捷A

         魔力A 幸運C 宝具A++

 

 <クラス保有スキル>

 ・対魔力(EX)

 ・真名看破(B)

 ・神明裁決(A)

 

 <固有スキル>

 ・啓示(A)

 ・カリスマ(C)

 ・聖人(B)

 

 <所持宝具>

 

 『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)

 ランク:A

 種別:結界宝具

 レンジ:1~10

 最大捕捉:???

 由来:聖女ジャンヌ・ダルクが常に先陣を切って走りながら掲げ、付き従う兵士達を鼓舞した旗。

 天使の祝福によって味方を守護する結界宝具。EXランクという規格外の対魔力を物理的霊的問わず、宝具を含むあらゆる種別の攻撃に対する守りに変換する。ただし、使用中は一切の攻撃が不可能。また、攻撃を防いだ代償は旗に損傷となって蓄積され、濫用すれば最終的には使用不能になってしまう。

 更に害のある行動で無ければ阻害は不可能であり、そこを突かれてしまうと一気に守りが瓦解する。どんな守りでも穴はあるという事だろうか。

 

 『紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)

 ランク:C(発現前)/ EX(発現後)

 種別:特攻宝具

 レンジ:???

 最大捕捉:???

 “主よ、この身を委ねます”という辞世の句を発動の呪文とし、炎を発現させる聖剣。

 ジャンヌが迎えた最期を攻撃的に解釈した概念結晶武装。固有結界の亜種で、自身の心象風景を剣として結晶化したもの。己の生命と引き換えに生み出す焔が敵対するあらゆる者を燃やし尽くす。

 使用の際は、柄ではなく、刀身を握りしめるようにして発動させる。

 この剣は「英霊ジャンヌ・ダルク」そのものであり、使用後、彼女自身は消滅する。

 EXなのは彼女が打ち砕くべき、と思ったものしか打ち砕けないという、単純な破壊力では計測が出来ない特性故。

 

 




・・・・さて、どーしよっかなー、このチート。

・・・・これで全盛期の十分の一以下に 弱 体 化 してるんだよなぁ・・・・。


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第四次聖杯戦争編・漆黒と白銀の運命交錯
第一話・運命の始まり――【挿絵有り】


待たせたな!(大塚ボイズ

使えそうなストックを漁って改変しただけだからそんなに時間は掛からなかったよ。次回からは無理だけどね!でもどうにか導入編は作れた。

※アルフェリアのマスターはオリキャラです。そう言ったものに嫌悪を覚える方は読むことは推奨しません。それでもいいならレッツゴー。

あ、たぶん今回で今週の投稿は打ち止めです。OK?


 夢を見る。

 

 それは、未だ忘れられない、遥か過去の出来事を綴った夢だ。

 暗い夜でボロボロの毛布に包まり、孤独に裏路地で蹲る一人の子供。

 目に光はなく、死んでいるのかと見間違うほど生気が感じられないその子供は、何もしゃべることも無くただ一人で時間を過ごす。

 

 その理由はわからない。

 

 親に捨てられたのか。それとも自分から家を出たのか。

 

 否。単純に『最初から』親などいなかった。

 

 生まれた時から孤独だった。

 

 最初から頼れるものなど誰一人存在していなかった。

 

 世界のどこかに位置している紛争地帯。名は知らない。だがそこでは日々銃声が止まず、何時もどこかで人が死んでいた。だがそこの住民にとって、それは当たり前の光景だった。

 尊うべきだとされる命の価値が、塵屑同然の場所。

 

 そこが俺の故郷であった。

 

 腹が減った。体が痛い。寒い。

 

 そんなことを言った所で、助けてくれる者などいやしない。誰も彼もが自分を生かすだけで精一杯な状況で、自分の身を顧みず他人を助けようとするのは一種の狂人しかいない。

 当然、そんな都合の良い存在がそう多くいるわけがない。

 

 このまま孤独に死ぬのだろう。

 子供はそう思った。不思議と恐怖はなかった。

 

 此処ではそれが当たり前だと、知っていたから。

 

 誰も助けてくれない。誰も見てくれない。誰も彼もが自分だけを見ている。

 なら願うこと自体が無意味だ。ならば寂しさなど捨てよう。絶望さえそぎ落として、無心のまま死ぬ。

 それが『幸福な死に方』だ。子供はそう信じて疑わない。

 

 疑う余地など、余裕など、無い。

 

 虚ろな目で、子供は夜空を見上げる。

 静かだった。いつもなら銃声と爆発が響いているであろう。しかし、自分の命日を祝ってでもくれるのか周りの音は消えている。明りも消えて、その夜は星がとても輝いていた。

 

 綺麗だった。素直に、生まれて初めてそう思った。

 

 思えば空を見上げたのも、その日が初めてだったのかもしれない。

 空を切るとわかっていても、子供は空へと手を伸ばす。永久に届かぬと理解していても、美しいからこそ、手を伸ばす。

 

 そして気付く。

 

 自分がどれほど小さな存在であるかを。

 この空と比べれば、自分の死など虫が死んだようなことと同じだ。

 そして思う。

 

 自分が何のために存在しているのか。

 

 人がなぜここに生まれ、死んでいくのか。

 それが知りたい。

 

 自分が生まれた理由を。

 

 自分が何を求めているのかを。

 

 自分が何を成せるかを。

 

 

 ――――空が綺麗かい、坊や。

 

 

 低く、とてもはっきりとした声が子供の耳を刺す。

 いつの間にか、汚れの少ない高価そうなレザーコートを着た中年男性が子供の傍に立っていた。

 子供は別に怪しいとも思わず、ただその問いかけに答えた。

 

 ――――綺麗、か。そうだ、まるで宝石の様だ。

 

 その頃、子供は宝石が何なのかも知らなかった。

 だけどあの空と同じくらいだというのならば、それはさぞかし綺麗なのだろうと思った。

 

 ――――この広大な宇宙に比べれば我々人間なぞ小さい。小さすぎる。

 

 当然だ。海とコップ一杯の水を比べられる物か。

 だがその男性は、こうも言った。

 

 ――――だが、それでも一個の命だ。可能な限り尊重し、守護し、愛でるべき物だ。

 

 ならばどうして自分はこうやって死んでいく。

 どうして誰も助けてくれない。

 

 ――――同時に、死もまた尊重する物だ。生と死があるからこそ、今我々はこうやって生きている間に『答え』を見つけようとする。自分が何者か。何を成せるか。何を求めるか。悠久ではなく、限られた時間だからこそ、我々は己の『人生』を書き上げようとする。

 

 その言葉に、子供は胸を打たれるような衝撃を受ける。

 先ほど自分が考えたことと同じだったから。

 何を成すか、何を求めるか。その究極の問いを、その男性もまた求めていたのだ。

 

 ――――己を助けない他者を恨んではならない。助けられたくば、己もまた誰かを助けるべきなのだから。少年よ、お前は今まで一度でも誰かを助けたことはあったか?

 

 無い。

 生まれて一度も、誰かを助けたことはなかった。

 自分の事で精一杯で、他者など見ることもできなかった。

 それを聞いて男性は小さく笑う。

 

 ――――ならば今からでも遅くはない。他者を助けよ。尊重せよ。己が救われたければ、己もまた誰かを救わねばならない。……私と共に来るか、少年。こう見えて私は、助けられる命は見捨てられない性分でね。

 

 子供は生まれて初めて、他者から助けられた。

 そして知るのだ。

 

 今度はお前が助ける番だと。

 

 男性は裏路地から子供を抱えて、静かな夜空の下を歩く。

 血の臭いが風に流される、亡骸だらけの街道を。

 

 俺は問う。貴方は何者か、と。

 

 ――――私か? 私は……そうだな。

 

 男性は少しだけ考え込み、やがて微笑みながら答を返した。

 

 

 ――――優しいおじさん、かな。

 

 

 実にふざけた回答が帰ってきたのは、とても記憶に強く残っていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 頭が痛い。どうにか目を開いて、見えた光景はいつも変わらない自室の天上。

 ただ違うのは、俺がベッドから落ちていること。もろに頭から落ちており、どうやら頭痛の原因はそれらしかった。

 おぼろげな思考を取り繕いながら、床に落ちている目覚まし時計を手に取り、記された時刻を見る。

 

 現在時刻、六時半前。

 

 いつもより少し早い目覚めであった。

 

「…………あぁ、クソが」

 

 俺は誰にも向けることのない悪態をつき、くしゃくしゃの頭を掻きながら体を起こす。

 変な体勢で固定されていたせいで妙に体が凝っている。軽く体を動かせば酷い鈍痛が頭を刺す。

 しかし皮肉なことに逆にそれが思考を正常にする材料となった。

 

 気分は最悪なままであるが、早起きは三文の徳と言うだろうと自分に言い聞かせて自室のドアを乱暴に開く。

 

 出迎えてくれたのは豪華な絨毯や窓で埋められた廊下。毎度毎度見るたび目が痛くなるのだが、外すのも手間がかかるのでそのまま放置している。正直もう少し質素な物にしてくれなかったのだろうかと、屋敷を飾り付けた義父に恨み言を吐きながら廊下を進む。

 

 俺が住んでいるのは二階建ての巨大屋敷。十人家族が住んでも十分すぎるほど広いその建物は、今のところ俺一人しか在住していない。偶に親戚が来ることもあるが、年に一度か二度ぐらい。基本的に部外者が立ち入ることは無い。

 掃除をさせるためのメイドも雇っていないので、埃は溜まる一方。しかし気にしない。俺はふらふらと不安げな足取りで行き慣れた道を歩き続け、やがて目の前には二メートルを超す巨大な門が姿を現す。

 

 取っ手に触れ、魔力を流すと自動的に門が開いて行く。目に飛び込んできたのは、変わらず質素な居間(リビング)。ヨーロッパの住宅らしく西洋風の家具が置かれてはいるが、数が少ない。俺が最低限の物しか揃えていないというのもあるが、改めてみると実に味気ない部屋だと思う。

 と言っても昔はかなり豪華ではあった。こんな殺風景になったのは、一昔前俺が義父の集めていた変な装飾品や家具は粗方売り払ってしまったのが原因である。それについては俺も悪いのだろうが、流石に不気味なオブジェクトに囲まれて生活するなど、精神に悪すぎるという事で邪魔な物は全部売ったのだ。

 流石にこんなに殺風景になるとは思わなったが。それだけ義父が変なものをよく集めていたという事だろう。

 

 その後気分転換に冷たいシャワーを浴び、頭を冴えさせた後に朝食の準備をする。

 今日の朝食は、残っていた食材が少ないのでベーコンエッグとする。昨晩、食材が尽きかけているのにも関わらず、買い置きするのを忘れていたせいだ。

 

 と言っても、そこまで不満があるわけでは無い。

 ベーコンエッグも調理する者によって味は変わるのだ。焼き加減、調味料の量、一緒に食べるトーストの状態。それらを完璧にすれば朝食としては十二分。

 

 それに、十年近く自炊をしている俺からすれば少ない食材でより美味なものを作るというのは朝飯前だ。

 

 …………いや、別に洒落を言ったわけでは無い。

 

 自分らしくも無いくだらないことを考えながら、仕上げた朝食を更に盛る。

 薄いベーコン、片面焼きの目玉焼き(サニー・サイド・アップ)、ちょうどいい焼き加減のトースト。

 

 完璧だ。

 

 朝食を乗せた皿を今のテーブルに並べて、玄関の新聞入れから届けられた新聞を取った後椅子にどすんと座る。

 そして新聞を広げ、記事を見ながら朝食を食べる。

 いつも通りの日課だ。生活の一部ともいえるこの行動を終えて、初めて俺は『朝』になったことを体に教える。

 

 そのまま記事を読み進めていると、ある文面に目が留まる。

 

「…………また協会と教会のもめ事か」

 

 此処、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国およびこれを構成するイングランドの首都、ロンドン――――の郊外に位置する中世と近世の入り混じった街。四十を超える学生寮と百を超える学術錬、および膨大な数の商業で成り立つ巨大な都市。

 通称、時計塔。

 世界に広く分布している『魔術協会』の総本部である町で、またもや水面下での争い。対立している組織である『聖堂教会』との争いが綴られた記事がそこにはあった。

 

 今年で一体何回目だ、と俺は軽くため息をつく。

 まるで小規模の紛争地帯と化している状態に、いい加減嫌気がさしてきているのは俺だけでは無い。

 不可侵条約を結んだにもかかわらず、見えないところで殺し合いを続ける組織につくづく不満が積もるばかり。せめてこちらを巻き込まないでほしいが、街中でそれをやらかしており、被害を被る者も少なくないのだから実にはた迷惑な話だ。

 

 嫌な気分を紛らわすためにさっさと新聞を読み終え、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放る。

 

 よく見れば時間もまだたっぷり余っている。

 余裕があるのならば気分を直すついでに、日々欠かさずやっている訓練を一通り済ませることにする。

 

 自室に戻った俺は、椅子に座って作業机の上に引き出しから取り出した拳大の金属結晶を置く。

 それを包むようにして手に取り、目を閉じて集中。

 

 魔術回路、起動。

 

 それを念じた瞬間、掌から青い光が仄かに現れる。

 しかし気は抜かない。ここからが本番だ。

 

「…………操作、開始」

 

 構造把握、完了。

 

 分子解析、完了。

 

 結合崩壊、完了。

 

 形状変化――――進行。

 

 固体の金属としてはあり得ない速度で、手元にある金属結晶が変化していく。

 イメージするのは、鋭い刃。鋭利で、触れれば傷を作ってしまうほど、冷たく薄い鉄の刃。

 

 出来上がったのはイメージ通りの鋭利なナイフだった。

 魔術で作り上げたので強度はさして高くはないが、強化の魔術を施せば名剣並の切れ味にはなる。

 しかも自分の魔力で仕上げたので、己の魔力が通りやすい。

 

 人間一人殺すには十分すぎる一品だ。

 

「……ふー、無事終了っと」

 

 捨てる様に作り上げたナイフを徐に放る。

 瞬間、それは一瞬にして砂へと代わり宙に散った。

 自分で作り上げたのだ。即時分解も大して苦労しないのが道理だろう。

 

 そしていつも通り、腹筋百回、腕立て伏せ百回などのトレーニングをこなして筋肉を鍛える。

 十年もこんな事をやっているせいで、俺の体は既にボクサー顔負けの物へと変化していた。別にスポーツなどを嗜んでいるわけでもないので完全に宝の持ち腐れなのだが。しかも学業の方でも全く役に立たないと来た。

 

 無駄だとわかっていて、それでも続けているのはやはり他界した義父の言葉があるからだろう。

 

 曰く『体を鍛えるという事は心を鍛えるという事だ。体と心、どちらも両立して初めて真の『強さ』というものが生まれる』らしい。要するに心を鍛えるなら体も鍛えておけという事だ。いざという時のために頼れるのは自分の体だけなのだから。

 それに個人的に鍛錬が趣味でもあるので、欠かす気は無い。

 

 そうやって一通りトレーニングを終えて、掻いた汗をタオルで拭いたのちに寝間着から私服へと着替える。

 

 無地の白Tシャツに紺色のスラックス、その上に薄めのレザージャケットを着て外に行く準備を終える。

 持っていくものをまとめたショルダーバッグを肩に掛け、玄関の扉を開けば爽やかな日光が目を刺す。

 

 俺は居住区に存在する自分の別荘である屋敷の扉に鍵をかけ、車庫に泊めてあったバイクに跨った。

 時計塔までは少々遠いので、こうやってオートバイを使って通っているのだ。

 当然、こんな物を使って通学しているのは俺くらいしかいない。おかげで俺は周りから中々に許容されにくい存在となっているが、どうってことない。興味の無い連中に気に入られたところで迷惑するのはこちらの方だ。

 

 ハンドルを捻ってエンジンを鳴らす。調子は変わらず好調。

 身なりを軽く整え、俺は今日もまた魔術を学ぶ場所へと赴く。

 

 

 ――――こうしてまた、ヨシュア・エーデルシュタインの一日が始まる。

 

 

 

 

 

 俺、ヨシュア・エーデルシュタインはいわゆるハーフと呼ばれる人種だ。東洋と北欧の混ざった者であり、外見も確かにそれらを足して二で割ったような顔つき。そして髪は黒く、肌はそれに反比例するように白いのだからよく変な目で見られる。

 それに関しては別にどうでもいい。初めてパンダを見た馬鹿みたいな視線などいくらでも耐えられる。

 

 だが侮蔑の視線だけは何年経っても居心地が悪い。

 

 嫉妬、憎悪、嫌悪。何であれ侮蔑として、俺は年中そんな視線を向けられている。

 決して多くは無いものの、少なくないのも事実だ。

 理由としてはいくつかあるが、やはり俺が『孤児』だったということが知られているからだろう。

 

 魔術社会に置いて血統というのはかなり重く見られる。より長く代続きしていればいるほど優れた『魔術回路』の保持者であるともいえるのだから。逆に廃れていく者もいるにはいるが、それでも代々続く血統の集大成には変わらない。

 

 俺の場合、それが皆無だ。

 ただ紛争地帯で拾われて、そのまま養子となった者。それが俺の立場なのだ。魔術に深く関わっている者からすれば『異端分子』として見るほかない。何せ親も先祖もわからない、どこの馬の骨とも知れない奴が成り行きで魔術協会の総本部である時計塔に入り込んできたのだから。

 それについては認めよう。伝統を大事にしている社会にいきなり見たことも無い輩が横入りしてきたのだから。

 

 しかし一番問題だったのは、俺が『あの』エーデルシュタイン家当主の養子であり、更にその才覚も並外れた物であったからだろう。

 

 魔術回路。魔術に置いて最も重要な『魔力』を生み出す炉心にしてそのシステムを動かすためのパイプラインである疑似神経。生まれながら持つ本数が定められている、多ければ多いほど優れた魔術師とされるそれは二十本もあれば魔術師としては平均といった代物だ。

 

 俺の場合はそれが――――メイン92本、サブ25本ずつの合計142本という破格の数を所有している。またその質も優良。ランクで表せば『量:A++』『質:A++』と一流魔術師と比べても遜色ないほどだ。

 

 故に、異端として見られた。

 

 戦災孤児としては余りにも『優れ過ぎた』が故に。妬まれ、嫌われ、疎まれたのだ。

 先祖が魔術師だったのかもしれないが、それでも他者は考えずにいられない。

 

 何故自分があんな拾われ者に劣らねばならないのか。

 

 何故その才能が自分に備わらなかったのか。

 

 要するに『理解』はできても『納得』できないという奴だ。

 おかげで今の俺は腫物のような扱いを受けており、恐らく亡き父の俺に家督を譲るという旨が記された遺言状と、エーデルシュタインの発言力が無ければとっくの前にこの時計塔を追い出されていただろう。

 

 とはいえ、扱い自体は最悪のまま変わってもいないのだが。

 

 なんにせよ、俺は周囲の視線を無視しながら早々に鉱石科の講義室へ赴く。

 そこでもまた色々と舌に尽くしがたい視線を送られるが、いつも通り無視を決め込む。

 

「……………はぁ」

 

 嘆息を漏らす。なぜこうも、人間というのは自分を磨かず他者をそぎ落とすことしかしようとしないのだろうか。自分は特別、というつもりは更々ないが、少なくとも他者より自分を鍛え抜くことを優先し続けていた俺には到底理解できない。

 あれか。他人の足を引っ張ることが生きがいなのか。

 だとしたらつくづく呆れるしかない。

 

 そんなことを考えていると、講義室に一人の教師が入ってくる。

 時計塔に存在する各学部を統括する学部長が一人、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。真鍮色の髪をオールバッグで纏め、見える額が眩しい『君主(ロード)』。

 その実力は、魔術師手の位階として事実上の最高位である『色位』の名にふさわしく、『風』と『水』の二重属性というエリート。そこについては万人が認めるであろう、時計塔有数の魔術師だ。

 

 魔術師至上主義という、人格面に非常に問題ありという事を除けば、理想的な教師ではあるといえよう。

 

 しかも同じ魔術師であろうが血筋の卑しい者は問答無用で見下すという有様。

 当然俺もその範囲内だ。実に迷惑である。個人的に鉱石科に入って一番後悔したのは、アレの存在を調べなかった事だろう。調べたとしても、自身の持つ属性の事を考えれば仕方なく入っていただろうが。

 

「――――お静かに。これから講義を始める。皆、心してこのケイネス・エルメロイ・アーチボルトの言に耳を傾ける様に」

 

 その一言で講義室の音が止む。

 人格面がアレでもこの発言力なのは、やはりその実力が一級品と認められているからだろう。

 

 本当に、性格だけ直せばいい人なのだが。

 

 しかし真面目に授業を受けていれば特に問題はない。こちらがヘマをすれば嫌味たっぷりとネチネチ言ってくるが、逆に何もしないならばあちらからは何も言われないのだ。

 むしろ度々小さな抗議を仕出かしているウェイバー・ベルベットの方が、ケイネスにとっては問題児だろう。

 

 問題を起こさない厄介者。

 問題を起こしてくる問題児。

 

 どちらを気にするかは自明の理だ。

 

 そういうわけで、俺は今日もまた真面目に授業に取り組む。

 そしていつも通り、穏やかで何もないまま時刻は正午を過ぎるのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 正午を過ぎれば、俺は流れる様に講義室を退室し図書館へと赴く。

 午後の授業は基本的に自主参加なので出る必要はない。単位が足りない者や学が無い者以外は、基本的に午後からは己の研究に没頭するのだ。

 

 俺も、その類を出ない者だ。

 基本的に自主学習を積んでいるので、俺が午後の授業に参加する必要性は皆無。むしろ嫌な視線を向けてくる場所に自分から行くなどあり得ないだろう。

 

 そういった理由で、俺は比較的人気のない大図書館で机を借りて、昨晩の残り物を詰めた弁当を咀嚼するのがいつもの日常だ。

 寂しいとかそういう感情はとっくの昔に消えている。

 そもそも時計塔に居る連中は基本的に慣れ合いはしない奴らばかりだ。していても共通の研究に取り組んでいるか、たまたま利害が一致しただけのビジネスパートナー止まり。よほどの昔なじみで無ければ交流などほとんどない。

 つまり俺の行動はそこまで珍しい物では無い。一人で食事など、むしろ多い方だ。

 

 ――――多少、虚しさは否めないのだが。

 

「…………ん?」

 

 ふと自分の体内に違和感を感じる。まるで煙が身体全体を包み込んだような、致命的とまではいかないが小さな違和感が感じられた。

 

 まさか、呪いの類か。確かに昔から嫌がらせなどでよくガンドを向けられてはいたが、それについては魔術回路の鍛錬として体表に展開している極薄の対魔術防壁で弾かれる。

 度々改良を重ねているため、例え『フィンの一撃』であろうが、余程高い威力で無ければ余裕で防げると自負している。そんな障壁を通り越せるほどの呪いとなると、そう多い物では無い。

 最低でも一小節レベルの規模が必要だが――――感知魔術を展開しても、その反応はない。その規模となると魔力の残滓が少なからず感じ取れるはず。ならば超遠距離からの魔術か。

 

 ……いや、あり得ない。魔術師に限ってそんな非効率的な行動はあり得ない。百メートル以上離れた場所からの呪いなど、少ない魔力では済まないだろう。ただの悪戯でこんな真似をするほどアイツ等は暇ではない。

 

 ならば何だ。無差別的な魔術か。

 それとも時計塔全域を包んだ聖堂教会の仕掛け――――

 

 

「―――――――ッい!!?」

 

 

 唐突に右手に鋭い痛みが走る。

 攻撃か? と警戒しながら右手を見ると――――見たことも無い赤色の痣が、手の甲に浮かんでいた。

 

「……なんだ、これ」

 

 その痣は、十字架を模した剣の様な形をしていた。儀礼用の剣、と言えばわかりやすいか。

 問題はこれが何で、何の拍子で俺にこれが浮かび上がった、という事だ。

 単純に外的要因ならば、これは呪いの類で徐々に俺の体を蝕むとか、そんな感じだろう。解呪できるかどうかはまだわからないが、もし呪いならば仕掛けてくれた本人に直々に出向いて二度と出来ない様にする。

 

 しかし一見して、呪いでは無い。と直感がそう告げる。

 どちらかというと……何かの『証』の様な、そんな性質が読み取れる。

 

 ……何にせよ、調べてみるしかないだろう。幸い、此処は図書館だ。『痣』について何か情報があるかもしれない。

 

 証明系統の魔術、それとも紋章を使った魔術儀式と見るのが妥当か。

 この際だ。片っ端から『痣』に関わるような文献を漁ってみるのがいいだろう。有用な情報がない以上、しらみつぶしに探すしかない。

 ちょうどいいことに時間はたっぷりある。食材の買い出しなら六時七時程度に行えば、特に問題もあるまい。

 

「ったく……迷惑な嫌がらせだな」

 

 得体が知れないからこそ警戒する必要がある。例えこれが呪いの類でなくとも、これについての知識が皆無な以上必然的にこういった行動を取らざるを得ないのだ。

 相手がそれをわかった上でやっているとしたら、かなり悪質だ。そいつは高確率で、何が入っているのかわからないカプセルを呑ませてこちらの反応を楽しむような最悪な性格だろう。見つけたら絶対にぶん殴ってやる。

 

 十五分ほどそれらしき文献を漁り、適当に選んだ書物を幾つか机へと運ぶ。

 

 地道な作業になりそうだと顔をしかめながらも、パラパラと書物を読み進めていく。とはいえ一文ずつ呼んでいたら日が暮れるので、流し読み気味だ。それでも一冊読み終わるのに二十分近くかかるのだ。このペースでもなければ時間が足りない。

 

 そのまま五時間ほど過ぎた頃には、既に片頭痛が現れ始めていた。

 嫌になるほど文字を目に入れたので、今日はもう何も読みたくない気分になる。辞書のように分厚い本を十五冊も読みふけっていれば当然の帰結だろう。

 

 結局有用な情報は得られぬまま。

 深いため息をついて、最後の本を手に取る。

 本の銘は、『Holy Grail』。所謂、中世西ヨーロッパで有名な『聖杯』。

 

 ……何故こんな本が紋章関係の区画に置いてあったのだろうか。

 

 誰かが置き間違えたのか? と懸念を抱きながらも、期待せずにページをめくってみる。

 瞬間、ある単語が目に付く。

 

「……『令呪』?」

 

 そのページには、人の手の甲に文様が描かれた図が乗っていた。

 まるで今の俺の様に。

 

 予想に反してこの本が『当たり』だと理解すると、俺は何かに囚われたように本を読み進めていく。

 

 

 結果、俺の手の甲に存在する文様が『令呪』と呼ばれる代物だと知る。

 そして――――知らなくてもよいことまで知ることになってしまった。

 

 

 この『令呪』は、とある儀式を行う際に現れる『参加資格』である。

 その名も『聖杯戦争』。

 万能の願望機と言われる『聖杯』――――聖人の血を注いだと言われる聖遺物を求めて、この『令呪』を持った者たち七人が殺し合う大儀式。

 そして最後に残った者がその願望機を得られるという争い。

 

 六十年に一度行われるそれは、記録では過去に三回ほど行われている。

 しかし何れも全ての参加者が死亡。聖杯を手に取る者が現れず、そのまま二百年近い時間が流れ今に至る。

 つまりそんな殺し合いの参加資格が、今俺に宿ったのだ。

 

 一切の事情を理解した頃には、俺の顔は酷く青ざめていた。

 

「……七人の魔術師の殺し合い? 冗談じゃないぞ。くそっ、ふざけやがって……!」

 

 曰く令呪は聖杯が『相応しい』と判断した魔術師に配られる。

 つまり本人の意思など関係ない。聖杯がそう判断した時点で強制的に参加権を渡されたのだ。

 

 単純な殺し合いなら、俺もここまで焦っちゃいない。魔術師同士の殺し合いなど日常茶飯事。研究成果の奪い合いで幾多もの血が流れてきている。時計塔こそ『非戦闘区域』と銘打って入るが、実際のところ原因不明の死者が年に何人か出ている。当然その中には被害者と『粛清』された加害者を含む。

 

 問題なのは、その争いに使われる『手段』。

 

 サーヴァント。英霊と呼ばれる、過去の英雄。

 今よりずっと神秘が色濃い大昔の偉人が現代に呼び出され、殺し合う。当然、人間が想像できる次元の話では無い。人の身で伝説を作り上げた猛者たちが殺し合いなどしたら確実にその被害は計り知れない物となる。

 

 当然、今の人類が敵う相手でもない。

 確かにこちらも同じサーヴァントを召喚できるとはいえ、どんなサーヴァントが召喚されるかは本人の運か財力次第。

 

 サーヴァントには七つのクラスが当てられており、その中から魔術師は召喚することになるというのが問題だ。

 

 セイバー。

 

 アーチャー。

 

 ランサー。

 

 ライダー。

 

 キャスター。

 

 バーサーカー。

 

 アサシン。

 

 触媒――――召喚したい英霊に縁のある聖遺物などを使えば高確率で狙ったサーヴァントを召喚できるが、そんな聖遺物などそこら辺に転がっているわけがない。

 とはいえエーデルシュタイン家は先代が奇怪な遺物を収集するのが趣味だったので、聖遺物ならばいくつか存在しているだろうからある程度は狙った召喚も可能だろう。

 しかし、それ以前に俺は参加する意思も無い。

 

 単純に、怖いのだ。そんな奴らと対峙するのが。

 今は死ねない。

 

 自分の生きる意味を、自分の成せることを、見出すまでは。

 

 乱暴に本を閉じる。自分でもよくわからない苛立ちを感じながらも、抜き出してきた本を黙々と片付ける。

 いや、声を出せる余裕が消えていただけだ。

 

 あんなふざけた争いになど巻き込まれてたまるか。という気持ちで一杯になりながら、そう言えば買い出しの予定だったのを思い出し直ぐに図書館を出て商店街へと赴いた。

 

 可能な限り安値で質の高い食材を探しながら、ふと思い出す。

 召喚の際に用いる呪文だ。もしかしたら今後の研究――――金属ゴーレムを素体とした降霊術に応用できるかもしれないと少しだけ期待する。

 

 アレはかなり期待している。実現すればあのだだっ広い屋敷を自動で掃除する自律型ゴーレムを作れるのだ。あの埃だらけの毎日からもついにサヨナラできるのだから頑張れる気力がわいてくる。

 理由が少しずれているような気もしなくもないが、どうでもいい。他者からの評価など無視が一番だ。

 

 ――――ふと、胸が焼けるような息苦しさを発する。

 

 それは錯覚のようにすぐさま消えたが、その一瞬の違和感に俺は果てしない不安を覚えた。

 

「……疲れてんのか、俺」

 

 そう言えば最近十分な睡眠をとれていないような気がする。きっとそのせいだろう。日々の疲れの蓄積は、思いの他日常に影響すると言われているのだ。今日は研究を一時中止して早めに寝てしまおう。

 額に流れる冷たい汗を拭きながら、一週間分の食材の買い出しを終えた俺は、時計塔近くに駐車してあった自分のオートバイを使い真っ直ぐ帰宅する。

 

 自分でも怖くなるほど他所に気など向けず真っ直ぐと。

 

 屋敷の塀を潜ると、不意に心臓が引き締まるような感覚を覚える。

 慣れた動作でバイクを駐車し、買い込んだ食材を入れた紙袋を抱えながら玄関の扉を開いた。

 

 いつも通り、変わらない光景が目に入る。

 それを見てどこか安堵を覚えた俺は、買い出しした食材をてきぱきと冷蔵庫にしまい、シャワーを浴びて汗を流し、普段着に着替えて自室に入る。

 それから床に敷いたカーペットを捲り――――そこに存在している隠しドアを開いた。

 ドアを開けば、そこには幾つもの電球に照らされた石造りの階段があった。

 

 魔術師にとっての聖域、即ち魔術工房への入り口だ。

 

 魔術工房とは簡単に言えば魔術の研究室だ。様々な魔術を実験し、試行し、研究する。そうして生じる資料や研究成果を保管する場所でもあり、故に独り根源を目指す魔術師にとって一番守りを固めなければならない場所。研究成果の盗難は、すなわち魔術師にとって根源から遠ざかることを意味するのだから。

 

 ――――それ以外にも特許など申請すれば莫大な利益を上げられるので、金銭的にも盗難されるのは堪ったものでは無いだろう。

 

(まぁ、盗まれようが別にどうでもいいがな)

 

 しかし俺は違う。俺は根源など最初から目指していない。

 魔術を根源を目指すためではなく、一種の道具として魔術を習得しているのだ。

 そんな俺の様な人間を魔術世界では『魔術使い』と呼んでいる。根源に至るための尊く気高い魔術を道具としか見ていない奴ということで、それはある意味蔑称になっている。

 なので俺は表向きは『魔術師』として生きている。これ以上こっちに向けられる視線が険悪になるなど、勘弁してほしい。

 

 心もとない小さな光源たちに照らされた薄暗い階段を降りきると、不気味なほどに冷たい空気が俺の体に纏わり付く。この工房全体に入った者へと軽度の呪いが掛けられるようになっているのだ。申し訳程度の妨害である。

 

 自分で作ったとはいえ、やはり慣れない。こんな場所でも根源のためなら喜んで突っ込むのだから、魔術師というのは実に気が狂っている。

 

 そんな工房の中心に、白い花が敷き詰まれた大きな棺桶が置かれている。

 更にその中には、足まで届きそうな髪も、来ている白いワンピースから見える肌も真っ白な、生きているとは思えないほど人形の様な一人の女性が瞼を閉じて横たわっていた。

 

 近くに置かれた椅子に座り、俺はその女性を覇気の無い目で見つめる。

 俺はその女性を数分ほど見つめた後、服の内ポケットから一枚の写真を取り出した。

 

 棺桶で寝ている女性と全く同じ顔が、そこにはあった。

 

「…………母さん、か」

 

 そう。これは、棺桶で寝ている女性は、俺の母――――を模った金属ゴーレムである。

 人間の細胞を限界まで再現した生体金属を使い作られた肉体は、俺が今まで研究してきた全てを注ぎ込み作り上げた特殊金属。五年もの歳月を費やして作ったこの肉体は、理論的には人間とほぼ大差ないほどの生理機能を持つ。

 要するに金属から作られたホムンクルスだ。

 

 俺は属性がかなり特殊だ。その名も『金属』。周りにある金属を自由自在に操作することに特化している属性である。

 特化しているが故にそれしかできず、他に使える魔術と言えば強化ぐらいだ。

 基本的に特化している属性という物はヘンテコな物が多い。本質を理解せねばまともに使いこなすこともできないワンオフ。俺も慣れるまでは四苦八苦したものだ。

 

 しかし悪いことだらけでは無い。

 こうやって『生きている金属』すら作り上げられたのだから。

 

 ……見つかったら封印指定なんかされないだろうか。

 

 流石にそれは勘弁してほしい。

 

 話は変わるが、俺にはまだ目の前に居る女性が自身の本当の親を模った物だというのが信じられなかった。

 何せ今は亡き義父がこの写真一枚突き付けて「これがお前の母親だ」と言っただけで、後は一切手がかりも情報も無し。信じる方が無理がある。

 

 親に関する記憶も何もないのだから、余計信じられない。

 

 そんな親を『蘇生』してみようとしている俺自身が、何より信じられないのだが。

 

「…………やれやれ、今後は降霊科に行ってみるべきか」

 

 棺桶の床に刻まれた大規模降霊術式の魔法陣を眺めながら、自嘲するように呟く。

 刻まれたソレは、俺が様々な文献と研究を重ねて独力で作り上げた魔法陣。死者の魂を現世に呼び込むための起点、であるはずだった。

 

 あまり俺が降霊術に詳しくないのもあるだろうが、実験は物の見事に失敗。器は用意しているが、入れ物が見つからないという結果に終わる。というか、特定個人の魂だけを呼び込むなど無理があり過ぎる。

 故に最近は降霊科への移籍も視野に入れている。これ以上鉱石科に居たところで、もう得られる物は何もない。

 

 小さくため息をつきながら腰を上げ、今日はもう寝ようと工房の出口へと向かった。

 

 

 ――――その時である。

 

 

「い…………ッ!!?」

 

 右手が焼ける様に痛み出す。熱した針を無数に差し込まれているような激痛。唐突過ぎるそれに困惑しながらも、俺は頭の中で急速に状況を整理していく。

 確か右手には令呪があったはず。つまりこの現象は――――

 

「サーヴァントの召喚現象……!? 嘘だろ……ッ!!?」

 

 こちとら詠唱の一句さえ唱えていないというのに、一体どうやったというのだ。

 そんな文句など俺以外誰もいないこの場で受け付ける者がいるはずなく、右手の痛みは俺の意思を無視して段々と大きくなっていく。

 

「くっ、そがァッ……!! 魔力を、制御ッ――――自然な流れを、組む…………よう、にィッ…………!!」

 

 この痛みは恐らく、外部から強制的に魔術回路を叩き起こされ魔力を吸収されているが故に発生している激痛だ。つまり暴走した魔術回路を制御し、正常に魔力の流れを組み直せば立て直せる。

 微かに残った精神力全てを使いそれを実行しながら、俺は横目で『それ』を見た。

 赤く光りながら大量のエーテルを振りまく、俺の刻んだ魔法陣。

 

 それは『門』だ。霊界と現世を繋ぐ扉にして通り道。つまり今から現れるのはその霊界からの訪問者。

 サーヴァントと呼ばれる過去の英霊。

 

 ピギリ、と音がする。

 

 空間に割れ目が広がった。どう考えても正常では無いその現象を前に、俺は言葉を失う。

 召喚が無理やりならば、現界もまた無理やり。

 アレは何かの拘束を力任せに振り払って、こちらに現れようとしている。

 

 俺は、どうするべきか。

 

 得体のしれないアレを追い返すべきか。

 

 そうすれば――――どうなる? 何でもない、またいつもの退屈で糞みたいな日常を淡々と過ごすだけだ。

 

 もう一度自分に問う。

 

 俺は、何をするべきか。

 

 何がしたいのか。

 

 

「――――はっ、ハハハハハハハハハハッ!! どうせ逃げられないんだ……やるだけやってみても、いいかもなッ…………!!」

 

 

 訳も分からず俺は割れ目が生じた部分に右手を突き出した。

 俺の中の何かが叫んだ。この機会を見逃すなと。何かが決定的に変わる筈だと、直感が告げた。

 

 魔術回路、正常。

 魔力経路、正常。

 

 ――――いける。

 

 瞼を閉じて、俺は頭の中に浮かんだその言葉を口に出す。

 

 

「来い――――――――キャスター(・・・・・)!!」

 

 

 呼びかけに応じ、空間が割れた。

 自然界では起こりえない異様な音と共に、凄まじい衝撃波が部屋を襲い俺は堪らず吹き飛ばされた。

 壁に強く叩き付けられながら、見る。

 

 

 時間を越えて現れた、儚い幻想の体現者を。

 

 

 その者は、一言で言えば美しかった。

 

 白銀の腰まで届く長髪に、身に纏った黒いローブから覗く雪の様に白い肌。僅かに見れる体つきは理想的なまでに整っており、その顔は人形のようにも感じられるほど完璧に整っている。

 現代には存在しないだろう、絶世の美女。

 

 高貴な気品を身に纏った白銀の理想――――俺は尻もちをつきながらも、それに見惚れてしまった。

 

 

「――――サーヴァント、キャスター。召喚に従い参上しました」

 

 

 天上の福音のような音色の声で、彼女は告げる。

 戦争開始の宣告を。

 

 

「――――問います。貴方が、私のマスターですか?」

 

 

 俺の運命は、変わり始めた。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 




さぁ、チートの凱旋だ。震えるがいい・・・!(私が一番怖い

登場の仕方ですが、これは抑止力の拘束を独力で振り切った結果こうなったものです。普通はもっと穏やかだからね?

それとこのシーン、正直言うと『あの場面』を意識して作った。気づいたかな?

追記

海鷹様に支援絵を描いてもらいました!圧倒的感謝ッ・・・・!!

pixivの方には以下URL:http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=57851452


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第二話・出会いは鮮烈に

お待たせしました。

今回はアルフェリア視点です。なので話があんまり進みません。ちょっと進みますけど。今回は裏話の様な物です。

それではどうぞ。

追記
ミスを修正しました。


 瞼を開く。

 目の前には何の変哲もない平和な光景。

 緑の広がる草原と静かに流れる小川、色とりどりの花が地面から顔を出し、まさしく平穏その物を形に映し出したような光景が広がっていた。

 一言でいえば、理想郷。誰も争わない平和な世界。

 

 だが、変化も無い。

 

 悠久な平和を約束された代わりに一切の変化を許さない理想郷は、今日もまた変わらぬ姿を私に見せてくれる。

 それをいつも通り面倒くさそうな顔で眺め、私は小さく欠伸をした。

 

「ふぁぁあ~~~~~…………あー、寝た」

 

 私は白いネグリジェ姿で緑の草原の上で横になって寝そべっている。周りには大量の本。その量は数千数万を超えるが、それらすべてを私は長い時間をかけて読破してしまった。

 何せ此処――――隔離された英霊の座ではそれしかやることが無いのだから。

 

 大蜘蛛との大決戦を経て、私は英霊の座に招かれた。知名度や信仰の存在のおかげだろうか。何にせよ私は見事抑止力の傀儡になってしまったのだった。殺された奴に従う気分と言うのは中々複雑だ。

 

 しかし私が少々特殊だからか、抑止力は英霊の座から私を隔離した。要するに特別個室という名の独房にぶち込んだのだ。更に厳重な封印を幾重にもかけて。まるで不発弾を取り扱う様な対応だ。ある意味その例えは間違っていないだろうが、いい気分はしない。

 

 それでだ。他の英霊に会いに行くこともできなければ誰も来ることのない隔離世界の中では、座から引き出した知識を本にして読みふけることしかやることが無かった。唯一の娯楽で私は体感的に数十年を過ごし、殆どの知識を読破してしまったのでそのまま眠った。千五百年ぐらい。

 どんだけ寝てるんだと突っ込みたくもなるが、本当に何もないのだ。なら眠るしかあるまい。

 

「……まさか千五百年経っても、全然変わらないとは」

 

 そして私はこの世界に対して酷く呆れを覚える。

 まさか千五百年経過しても全く光景が変わらないとは思わなんだ。時間が止まった世界のようで、とてつもなく気味が悪い。

 どれだけ綺麗な光景だろうが、どれだけ平和な世界だろうが――――何も変わらない世界と言うのは、余りにも可哀想だと感じる。

 

 

「――――飽きた」

 

 

 改めて言葉に出すとその感情が一気に溢れ出し始める。

 

 そう、飽きた。飽きたのだ。こんな光景数百回も見たし、平穏などもう飽き飽きだ。ましてや一人で何十年も退屈な世界の中を過ごす生活など、もう耐えられない。

 抑止力も何時か元の場所に戻してくれるだろうと楽観していたにしろ、堪忍袋の緒も切れるというやつだ。

 

 千五百年も人を閉じ込めて何もされないと思っている馬鹿に少しお仕置きしてやらねばなるまい。

 

 それに、私の時間感覚が確かならもうすぐ第四次聖杯戦争が始まる。

 記憶が確かならばアルトリアは聖杯戦争に参加するだろう。私が死んだ後の顛末を見れば、恐らくアルトリアは後悔を背負ってしまっている筈。それを晴らすために、過去を改変するために参戦する。

 できるなら、私はそれを取り払いたい。

 原因である私が言うのも、烏滸がましい話だが。

 

 とはいえ、私は半分神霊扱いされているので出るに出られない。更に言えば魂の要領もデカすぎて器に入りきらない。それこそ反則技でも使わない限り、私が聖杯戦争に呼ばれることは無いだろう。

 

 今からその反則技を使うのだが。

 

「それじゃあ、この退屈な世界とお別れしましょうか―――――――ッ!!」

 

 纏ったネグリジェが吹き飛び、魔力で構成された戦闘鎧(バトルドレス)が私の身を包む。それは平穏な世界に出来上がった一つの異物。『平和』を象徴する世界が許容しない『武』であり、排斥すべき対象。

 世界が私の鎧を消しに襲い掛かる。発生する圧倒的な圧力。普通の人間では魂さえ潰れて世界から消えかねないほどのそれを――――私は酷く退屈そうな顔で眺めた。

 

「邪魔」

 

 裏拳一発。それだけで私を包んでいた圧力がガラスが割れるような音を立てて壊れた。殆ど力任せの技であったが、それだけで神秘の圧力は容易く霧散する。

 忌々しい世界の排斥力が一時的に消えたのを確認し、私は力を込めた拳を振り上げた。

 

「――――んじゃ、砕けてねェッ!!」

 

 莫大な神秘を凝縮した一撃が世界に叩き込まれる。

 地面では無く世界そのものを揺るがした拳はいとも簡単に空間を割り、世界に隙間を空けた。

 私を閉じ込めることだけを目的にした世界はその瞬間防衛機構を発動。中に居る拘束対象()を捕まえるためにあらゆる力が動き始め、平和な世界に真っ黒な泥が流れ込んでくる。

 

 そしてその泥は、ゆっくりと人型を模っていく。

 

 形作られたのは英雄だった。

 時には戦争で名声を上げ、時には国を救い、時には国を滅ぼした――――千差万別の英雄たちを模した人形は数百、数千、数万と数を増やして真っ黒な武器を片手に私を囲んでいく。

 

「……………抑止力は、私を捕まえるために星の自滅機構まで利用するのか。まぁ、妥当な判断だろうね。――――無駄だけど」

 

 今の私は神剣を持っていない。と言うより今の私は武具の所有を認められていない。何せここは英霊の座。魂だけを保管する倉庫の様な場所だ。魂に武器を持たせるわけがない。

 それでも私は笑みを崩さない。

 元から武器など必要ないのだから。

 

 力を込めた拳を振る。それだけで数百の英霊もどきが塵に還る。

 持っている魂の密度が違うのだ。外見は立派でも魂がスカスカな人形と、超高密度の魂を所有する私では比較するのも烏滸がましい。いわば小石と巨大隕石を比べるようなモノ。本当に私を止めたければ神霊でも連れてこなければ話にならない。

 

 私は数千数万の敵を蹴散らしながら、周囲に目を配って『ある物』を探していく。

 先程の一撃で生じたであろう世界の『隙間』を。

 あれさえ見つければこの有象無象を相手にする必要は無くなる。それに仮にも抑止力の作った機構。倒しても倒しても減ることは無く、むしろ増える一方だろう。無限POPのトラップにわざわざ付き合ってやるつもりは毛頭ない。いくら魂だけの状態だろうと、精神的な疲労は溜まるのだから。

 こんな下らない遊びはさっさと終わらせる。

 

「――――見つけた」

 

 空間上に存在していた微かな空間の綻びを見つけ、私は道中の英霊もどきを蹴散らしながら早急に地を駆ける。あまり時間は無い。流石の私でも抑止力に直接干渉されれば身動きが取れなくなる。

 ものの数秒で目的地点に到達した私は、すかさず魔力を込めた拳を空間の綻びに叩き付けた。

 広がる割れ目。震える世界。

 人一人が通れそうなほどの穴が空間上に生じる。

 

「流石私。完璧」

 

 自画自賛の軽口を叩きながら、私はそのままその穴に飛び込んだ。

 

 無限に広がる幾何学模様で埋め尽くされた、深海の様な世界。幾多もの魂を保管している絶対不可侵領域である英霊の座に久々に身を投じた私は、視線を周囲に巡らせて目的の物を探していく。

 聖杯が作る現世に繋がる穴を。

 

「うーむ、何処にあるんだろう……? 面倒だし、こっちから穴開けようかな……」

 

 サラッととんでもないことを言っているが、事実空間に穴を空けること自体大して苦労はしない。問題はそれを通れるかどうかであり、私には空けることはできても通路を通り切るまで維持するのはかなり難しいだろう。それに、触媒も指定座標も無い以上どこに召喚されるかわからないからランダム召喚。ついでに言えば世界に存在をつなぎ止めるための楔も存在しないので、耐えられて精々二日三日。その後に消えれば、またこの座に戻る羽目になる。

 そして戻ればまたあの退屈な世界に閉じ込められる。それだけは御免被りたい。

 

「……お、あったあった」

 

 ほとんど偶然であるが、何とか空間に空いた穴を見つけることができる。穴からは微かに魂を引きこむ力が残っており、これが英霊の魂を納める『器』への入り口だと気づいた。

 そしてここで問題が発生する。

 

 穴が、小さすぎた。

 

 いや正確に言えば、私の魂が大きすぎた。この穴を通るには余りにも魂の大きさも質量も桁違い過ぎたのだ。これでは穴を通ることはできない。

 

「はぁ……仕方ないか。分体を作って、切って削って、っと…………」

 

 自分の魂の一部を切り離して、培養して、それでも穴を通るには少し大きすぎるから何度も削って微調整して――――ようやくギリギリ(・・・・)穴を通れる大きさの魂が出来上がる。

 魂と言うのはあやふやな概念ではあるが、かなりデリケートな代物だ。少しでも欠ければ少なくない影響を『入れ物(肉体)』に与えるし、下手に手を加えれば二度取り返しのつかない事態になる可能性もある。勿論私が今やった魂のスケールダウンも実を言えばかなり危険な行為と言えた。

 それでも全神経を集中して自分の魂のコピーを完璧な状態で縮小させたのだった。

 

 例えるならA3サイズの紙を質量そのままでA5サイズにした様な物だ。わかりにくいかな? もっとわかりやすく言うなら、人間の心臓を機能を保たせたまま鼠に移植できるほど小さくしたような感覚だ。そう言うと今の私の行為がどれだけ常識外れなのかが理解できる。自分でも今呆れているところだ。

 

 まぁいいや。さっさとやることをやろう。

 

「ふんぬっ…………! き、きつっ…………むごごごごごごごッ…………!!」

 

 中々穴に入り込まない魂を力任せにねじ込みながら、ハッと気付く。

 抑止力がようやく私の脱獄に感づいた。不味い、急がねば。

 

「入れ! 入って! 入ってください! マジお願いッ…………!」

 

 ギュッギュッ――――ポン。

 

 そんな軽やかな音と共に私の魂の分体は穴を通った。これで後は魂の方が勝手に何とかやってくれるだろう。後は私が隠れるだけだ。……え? 魂はデリケートなのにそんなアバウトでいいのかって? いいんだよ。気にするな。多少乱暴に扱ってもノープロブレム。キニシナーイキニシナーイ。

 

 ジョークはその辺にして、割とマジで不味い。あれだけ派手に暴れたのだ。今度は自由意識さえ封じられて最深領域に必要時まで封印される可能性がある。それを防ぐためには、多少危険だが抑止力に直ぐには修復できない損害を与える必要がある。

 武器は一切なし。使えるのは私の体だけ。あちらは億を超えるであろう軍隊。

 

 ――――やれやれ、今度の戦いは苦労しそうだ。

 

 軽く拳を合わせて小さなため息を吐き、私は目の前に群がってくる黒化英霊たちに向き合う。

 かかってこいと言わんばかりに。

 

「来なさい。そう簡単に倒れると思わないことね…………!!」

 

 抑止力がこちらに干渉を取りやめるまで、一体何体の英霊もどきを倒せばいいのだろうか。少なくとも万や十万どころではないのは確かだろう。

 で、それがどうした。

 無尽蔵の軍隊と一人の無双は向き合う。

 

 ――――二度と家族に出会える機会を失うかもしれないのだ。ならば、勝つしかないだろう。

 

 家族との再会。それだけを気力の糧として、私は不敵に笑う。

 

 

「行くぞォォォオオオオオォォォオオオオオッッ!!!」

 

 

 黒き軍隊と白銀の少女は激突した。

 座が震撼する。

 

 此処でまた、新たな決戦が始まった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 目が覚める。

 オリジナルの分身としてスケールダウンされた魂に自我が灯り、同時に状況を素早く把握して私は急いで開かれた通路の中を進んで行く。力が少々足りないせいで魂を使って手足も形成できず、火の玉状態ではあるがそれでも気合で進んで行く。

 

 先程も言ったと思うが、私は第四次聖杯戦争に参加するつもりだ。理由はいくつかあるが、一番大きいのはアルトリアの考えを正す事、あとは大災害の発生を未然に食い止めることだろうか。実を言えば現世を満喫したいというのもあるが、やっぱりアルトリアの「歴史を変える」という考えを改めさせるのが一番の理由だ。

 

 確かに、私も「もしみんなでブリテンで平和に暮らせていたら」なんて思ってしまう事は何度もあった。千五百年は寝ていたとはいえ、それでも起きていた数十年間は何十回もそんな「もしも」の事を思っていたりしたし、実際それが実現したらどれほど幸せなことかと考えている。

 

 それでも、私の物語は終わった。

 

 既に積み上げてしまった物を「気に入らない」という理由で壊し、その上に存在する数多の物語を壊すわけにはいかない。自分一人が世界に居るわけでは無いのだから。一人のエゴで全員が頑張って作り上げた『歴史』を破壊するなど、とても私にはできそうにない。

 

 だから私はその上にまた新たなものを積み上げるべきだと考えている。

 過去が変えられないなら、未来を変える。

 もうあのブリテンで暮らすことはできないけれども、もう一度『家族全員』で過ごすことはできる。そのための聖杯だ。我が儘な望みではあるが――――もう一度あの暮らしをしてみたい。普通の家族の様に。王でもなく、騎士でもなく、『人』としての皆と暮らしたいのだ。

 

 それが、此度の聖杯戦争で私が聖杯に掛ける望みである。

 

 ……問題は、聖杯が『この世全ての悪(アンリ・マユ)』汚染されているという事なのだが。

 

(まぁ、何とかするしかないか……)

 

 いざとなれば『神子殺しの聖槍(ロンギヌスの槍)』を見つけて聖杯の代用品にするだけだ。そっちの方が難しい気もしなくもないが、アレは現代にまだ残っているので比較的マシな手段だろう。

 

 今考えても仕方ないことは後で考えるとして――――まずは聖杯から令呪をぶんどる(・・・・・・)か。

 

 自分の魂を聖杯が用意した器に入れ身体を形成。それと同時に、その器を介してシステム中枢へ干渉開始。

 芸術的なほどの複雑怪奇な術式を傷つけない様に掻い潜りながら、私は令呪分配機能に干渉した。

 

 この時点で既に神代の魔術師でも不可能な芸当を披露しているが、これは肉体と言う枷が無いから出来る芸当だ。魂と言う霊的状態であるからこそ、肉体の負担を無視して普通なら脳が焼き切れてもおかしくないような所業が可能となった。

 

 余談はさておき、私はささっと一人分の令呪を聖杯から剥奪。その後感知される前に聖杯のシステム介入を終了させて器の中に戻ると、無色の魔力の塊が三つほど目の前で浮かんでいた。

 これこそが令呪の元となる物だ。これ程濃密な魔力をここまで小型化させるとは、現代の魔術師も中々侮れない。

 

(さて、後はこれを誰に預けるか、ってことだけど…………うーん、下手な二流に預けても私を動かした時点で干からびるだろうし、かといって一流は頭の固いアホ共ばっかだし)

 

 特にこの器がキャスタークラスの物である以上、高度な魔術師であればあるほど衝突は大きくなるだろう。他のクラスにすればいいだろうっていう声もあるだろうが、たまたま見つけた穴がこの器に繋がっていたのだ。こればかりは運の問題としか言いようがない。

 

 いや、私の場合はクラスによるステータスの差がほとんどないから、戦うだけなら特に問題は無い。問題はマスターとの関係が一番こじれそうなクラスであるという事だけだ。相性的には一般人染みたマスターの方がいいにもかかわらず、本領が発揮できるのは一流の魔術師とだけ。中々シビアなクラスである。

 

 しかも私は燃費が悪すぎて、一回戦うだけでも一般人であれば体がミイラになりかねないと来た。自前で保持できる魔力を使っても、二回戦闘できればいい方だろう。これでは戦う以前の問題だ。

 だから私は一流の魔術師で無ければまともな運用は不可能。だが一流であればあるほど堅物なのだから実に嫌になる。

 一応、拠点に魔力を蓄えるという手段もあるが、霊脈から吸い取るだけでは時間がかかるし、いずれ限界が出るだろうし、かといって一般人から吸い取るのは遠慮したい。生前何万人も殺してきた自分が言うのも変な話だが、無関係の奴を巻き込むのは流石に気が引ける。

 

(はぁ…………どこかに一流並の魔力量で、感性がまともで、良い付き合いができそうな奴はいないだろうか。ムーンセルならお見合い式で簡単に見つかっただろうに……。冬木式ってホント不便)

 

 というかサーヴァントの方からマスターを選ぶというのが、そもそも冬木の聖杯戦争では前代未聞の所業であるのだが。これはいわば反則を通り越した何かだ。本来ならばマスターの方がサーヴァントを選ぶはずが、その立場が逆になっている。普通は出来ない。何せ魂の状態で自我を保つほどの輩はそうそう居ないからだ。

 こうやって独白できているのは、ひとえに私の魂の密度が他とはケタ違いだったからだろう。おかげで千年近くも意識をスリープさせなければならなかったし、先程器に入るとき苦労したので、そこまでいいことだらけでもないけど。

 

(…………ん?)

 

 脳裏に一瞬電流が走る感覚。

 何かを感じた。こう、なんか――――運命的な何かを。いや、違うけど。

 

 地球上の霊脈を辿って優秀そうな魔術師が集まるイギリスのロンドンにある時計塔に、私の求める人材はあった。見た目は東洋系と西洋系を混ぜ込んだような青年。ハーフなのだろうか。

 まだ若いというのにまさか魔術回路が百以上備わっているとは。これは将来が楽しみな逸材だ。

 

(…………人格がわからない以上何とも言えないけど、この子なら私を使っても耐えられるかな)

 

 本音を言えば最低でも回路は三百欲しかったが、神秘の薄れた現代でそれを言っても仕方のない事だろう。

 

(しかし……本当に巻き込んでいいものやら……)

 

 一方的に令呪を押し付けて魔術師同士の殺し合いに参加させる――――私のやろうとしていることはいわばそう言う事だ。余り褒められたものでは無い、というより『悪い事』なのだろう。それは重々承知している。

 

 しかし私の直感が告げているのだ。

 此処で降りたらとんでもないことが起こると。

 勿論ただの勘を理由にこっちに全く義理も縁も借りも無い青年を巻き込むつもりはない。善意に漬け込む気もまた、無い。

 

(……………………できるなら、事前に話し合いたいところだけど)

 

 だがそれはできない。此処は座と現世の間。いわば世界の隙間。当然長くいられる場所じゃないし、現世への干渉は、これでもかなり無理をして行っている物だ。度が過ぎれば抑止力に『分体()』の居場所を感づかれる。そうなれば拘束は免れまい。

 いや、手段はある。令呪を介しての念話。かなりリスキーではあるが、理論上は可能だ。だが、その時点でもう引き返すことはできなくなる。

 

 少々罪悪感に胸を圧迫されながらたっぷり一時間以上悩んだ果てに、私はついにその青年へと干渉を始めた。

 霊脈を通じての令呪の付与。初めて行うので成功するかどうかはわからなかったが――――とりあえず令呪を与えることには成功した。

 何もかもが初めてだから、本当にハラハラする。

 それでも一度の失敗が何を呼び込むかわからない以上、私は今まで以上に慎重に、少しずつ着実に干渉を続行する。

 

 その作業は、何時間にも及んだ。

 堅実な作業のおかげで後少しで安定した召喚が可能となり、それさえ完成すれば後は繋がった魔力経路からゆっくりと念話で対話するだけ――――

 

 ――――パチリ、と音がする。

 

(しまっ――――気づかれた!!)

 

 今ので抑止力に居場所を悟られた。不味い。間もなく拘束の力がやってくる。捕まる前に早く事を済ませなければ――――!

 

(霊脈を介して魔術回路干渉……ああクソッ、術式が乱されてるッ! 抑止力めっ…………正常手順での起動は無理かっ……! 仕方ない、外部干渉での強制起動っ…………よし出来た! 魔力経路が少々不安定だけど、こっちも可能な限りサポートをしながら、近くにあった召喚陣に転移を――――っぐ!?)

 

 何かに首を掴まれる感覚。息苦しさを覚えながら、それが抑止力による拘束だと理解する。

 まだ半日どころか五時間程度しか経っていないのに、もう駆けつけてきやがった。という事は外に居る私のオリジナルは見事に抑えられてしまったというわけか。武器も無しに数時間も戦い続けたのだから称えるべきだろうが、正直後三分ぐらいは稼いでほしかった。作業に時間をかけ過ぎていた私も悪いんだろうけど……!

 

(く、っそ…………こんの、ぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!)

 

 首を掴んでいた拘束を力ずくで振りほどき、私は前に向かって走る。どこが前か後ろかもわからないが、とにかく走り続けた。

 抑止力本来の力なら、十分の一以下にまで縮小された魂などすぐにでも拘束できるはず。それができないという事は――――あっちの私に痛い目に遭わされたか。

 それを理解して、ますます気力が湧いてくる。

 あっちの私が頑張ってくれたのだ。こっちの私も頑張らなくてどうする。

 

 令呪は渡した。魔術回路も起動して術式と繋いだ。

 後は本人が呼びかけに答えてくれれば、それで契約は完了する。

 

 そして、今私ができるのは抑止力の束縛から逃げ続けるという時間稼ぎのみ。

 

(――――ッ、期待はできないけど、だけど…………!)

 

 魔術師なら聖杯戦争について多少知っているかもしれない。当然、その中身が殺し合いだということはとっくに理解しているはずだ。そんな物に喜々として参加するほど狂っているのが魔術師であるが、悩んでいた数時間、あの青年を見ていて思ったのは『感性は一般人並』という事だ。

 つまりこんなバカげた茶番に参加するわけがない。

 多少相性が悪くとも、少し頭の固い奴を選んでおけばよかった――――そう後悔していたその時、声が聞こえた。

 

 

『来い――――――――キャスター!!』

 

 

 予想だにもしなかったその言葉を聞いて思わず唖然とし――――ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 どうやら、乗り掛かった舟は降りない豪胆な性格のマスターを引き当ててしまったらしい。

 拳を突き出し、空間を割る。その先は私に応じてくれたマスターの居る場所。

 しかし抑止力の拘束が手足を縛る。

 あと一歩、それだけ踏み出せばいいはずなのに進めない。

 

 だけど私は諦めなかった。

 

 望むものを手に入れる。その欲望を力に変えて、縛りつけられた身体を前へと進ませる。

 

「邪魔ッ、するなァァァァアアアァァアアァァアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 

 体に絡みついた鎖を力任せに引きちぎる。

 これだけは『抑止力(お前)』に邪魔させない。させてなる物か。一度ならず二度までも、邪魔をされてたまるか。もう、容赦はしない。

 

 一度目は諦めた。そして、後悔した。

 

 だから、もう二度と後悔などしたくないから。二度目は――――

 

 

「絶対に諦めない――――ッ!!!」

 

 

 全ての拘束を振り払い、私は一歩を踏み出した。

 それだけで、全ての柵が吹き飛ぶ。

 

 

 ――――世界を、越えた。

 

 

 気が付けば、私は薄暗い地下空間らしき場所に居た。

 綺麗に整頓されていたであろう本棚や魔術用の実験器具は私が現界した衝撃でグチャグチャになっており、つい顔を引きつらせてしまう。

 外部干渉での強制召喚をしたツケだろう。確実に。

 

 部屋を散らかしたことに少々申し訳なくなりながら、私は正面で尻もちをついてこちらを見上げている黒髪の少年を見据える。

 

「サーヴァント、キャスター。召喚に従い参上しました」

 

 そして私は、一度は言ってみたかったお決まりの台詞を決めた。

 

「問います。貴方が、私のマスターですか?」

 

 初めて決まった名台詞に心を躍らせながら――――外見は冷静に取り繕いながら――――私は聖杯戦争開始の合図を告げた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「――――と、まぁ私から言えるのはこれだけですね」

「…………………」

 

 場所は変わって、私とマスター(仮)は屋敷のリビングにあるソファで対面していた。

 あの薄暗いじめじめした場所で長い話をするのは気が引けるし、何より私がグチャグチャにしてしまったせいでまともに座れる場所も無かったせいだろう。

 

 そんなことはさておき、場所を変えた私は事情の一部を説明した所だ。かなり掻い摘んではいるが、重要部分は隠さず話した。後は、これで彼が聖杯戦争への参加を決めるかどうかの問題だ。

 

「……成程。つまり、俺はアンタに『選ばれた』ってわけか」

「そう言う事になるのでしょうか? あ、気を悪くしたなら謝ります」

「いや、いい。凄腕の魔術師に優秀と言われたんだ、悪い気はしないさ。……ただ、俺の意見が度外視されているのは少々イラついたがな」

 

 当然だ。目の前の青年からしてみれば普通に暮らしていたのに魔術師同士の殺し合いのパーティー参加状、しかも受け取り拒否・参加拒否不可能のデスゲームに引き込まれたのだ。文句を言わない奴はただの馬鹿か気狂いだろう。そういった意味ではこの青年の感性は正しいと言える。

 

「はい。なので今から貴方の意見を聞くのです。遠慮せずに言ってください。襲い掛かったりしませんので」

「そうか」

 

 そう言うと青年はティーカップに入れたお茶を一口すすり、どこか思い悩んだような瞳で口を開いた。

 

「正直、迷ってる。参加するかどうか。だがアンタの召喚を受け入れたのは紛れも無く俺の意思。あそこで本気を出せば、アンタを追い返すこともできた」

 

 彼の言葉は真実だ。彼ほどの潜在力の持ち主ならば、本気で抵抗すれば十数秒私からの干渉を弾けただろう。当然その十秒があれば私は抑止力に完全拘束されていた。

 それをしなかったという事は、少なくとも召喚を受け入れたという事だ。

 だからと言って参加するつもりがあるかどうかは別であるが。

 

「だからどこかで『責任』を感じてるんだろうな。――――こんなバカげた召喚をさせたんだ。聖杯に託す望みも、それほど強く願うことなんだろう。何を願おうが、別に気にしないが……アンタは、少なくとも『悪い願い』は抱いちゃいない。勘だが、そう思えた」

「まぁ、そうですね」

 

 もう一度家族と暮らしたい。

 英雄が抱くには、少々小さい願望な様な気がしなくもないが。……いや、英雄では無い。

 

 私は――――料理人だ。うん。ちょっと腕っ節が強い料理人。…………セ○ールかな?

 

「なら、できれば叶えさせたいって思いはある。だが……如何せん、まだ実感が薄い。万能の願望機とか、サーヴァントとか、魔術師同士の殺し合いとか。たとえ話だが、いきなりデスゲームの事を聞かせられて『参加しますか?』って言われて、アンタならどうする?」

「断ります」

「……即答かよ。まぁ、概ねそう言う事だ。願いは叶えさせてやりたい。だが馬鹿なリスクは背負いたくない。俺は名誉とか栄光とか富とか名声とか……興味ないんだ」

「? でも、叶えたい願いぐらいはあるのでは?」

「――――――――無い」

 

 青年は葛藤するような声音で告げる。

 そしてその眼は酷く、濁っていた。

 

「今まで生きてきて、自分が『本当にやりたい事』を探し続けてきた。だが、今まで一度も見つけられなかった。せめて魔術師の到達点っていう『根源』を目指そうとしても……興味が無いからな。結局は『魔術使い』止まりでこの様さ。俺が『生きたい』って思うのも、答えを見つけたいから。生にしがみ付く理由は、そんな理由だよ」

 

 自分が何を願っているのか。ただひたすらその答えを求め続けて、彼は生きている。

 まるで言峰綺礼のような存在だ。決定的に違うのは、彼は『破綻者(外道)』では無いことだろう。濁っていても、その瞳の奥には微かな暖かさが存在していた。

 

 要するに、こいつはいい奴だ。そもそもこんな見ず知らずのゴーストライナーの願いを『叶えさせてやりたい』と言う時点で、十分良識人であることが分かる。

 

 少し問題なのは、そんな彼が自分の生に意味を見出していないという事か。

 

「えっと、つまり自分が何をしたいのかさっぱりわからないって事でしょうか?」

「要約すれば、そう言う事になるな」

「その、一応聞いておきますけど、貴方この国の外に出たことはありますか?」

「は? 無いが、それがどうした?」

「……恋愛経験は?」

「無い、と思う。というか、必要ないだろうそんなの」

「……友人は?」

「居ない。一人で十分生きられるからな」

「……趣味は?」

「一応、毎日鍛錬を欠かさず……なんか、怒ってる?」

「……………………」

 

 何というか、呆れた。人生楽しんでないというか、楽しむための努力さえしていないとは。

 馬鹿なのか? それとも天然なのか? 意外と当たりなマスターを引けたと思ったら、完全無自覚系天然馬鹿のマスターを引き当ててしまうとは。

 私の幸運値は飾りなのだろうか。

 

「マスター?」

「……はい、あの、何でしょう」

 

 

 

 

 

「貴方は馬鹿ですかぁ――――――――――――――――――――――ッッ!!」

 

 

 

 

 

 気づいたらマスターの頭を叩いていた。手加減はしたが、それでもサーヴァントの筋力。突然の行動に対応すらできなかったマスターは激痛に頭を押さえて、痛みのあまり唸り声を上げている。

 

「ぐ、ぉおぉ…………ッ!? な、何を…………!? 襲わないんじゃなかったのか……!?」

「襲ってません! これは『助言』です! ――――いいですか、貴方はやりたいことを探していると言っていますが、この国から一歩も出ていない時点で『探している』ことにはなりません! ていうか恋人どころか友人すらないってどういうことですか!?」

「面倒事の種は植えない主義だ」

「植えないと何も見れないでしょーがッ! その『面倒事』とやらに貴方の求めている物があるかもしれないでしょう!?」

「…………あ」

 

 マスターは今気づいたかの様な声を出した。

 ああ、今わかった。

 こいつ天才だけど馬鹿だ。大馬鹿だ。

 

「ていうか趣味が鍛錬って……一応聞いておきますが、それに楽しみを見出していますか?」

「いや、義父の言いつけでやってるだけ――――」

「――――ああ、もう。駄目だこの人」

 

 友人どころか趣味探しすらしていなかった。流石の呆れも一周回って達観の心を芽生えさせ始める。

 

「な、何か、駄目だったのか?」

「全部ですよ全部! まさか今の今までずっと魔術にのめり込んでて他の事すっぽかしたりしていないでしょうね……!?」

「…………確かに、魔術に少し集中しすぎていたような」

「……はぁぁぁ」

 

 楽しむための日常を組み立てようともせず、のめり込んでいた魔術も楽しまず――――何というかこのマスターは、全部が『中途半端』だった。

 一般人の感性を持つ者が魔術師として育てられれば、こうなるのかもしれない。ある意味こいつは間桐雁夜と言峰綺礼をミックスして出来た様な奴だった。

 要するに……視野が狭すぎる馬鹿だ。

 

「…………もういいです。聖杯戦争への参加は、また今度話し合いましょう。今話し合っても結論は出そうにありませんしね」

「そ、そうか。じゃあ、お前はこれからどうするんだ? 俺の答えが決まるまで、何もしないわけじゃないだろ?」

「ん、そうですね。折角現代にこうして顕現できたんですし、街でも観光しようかなと」

 

 千年以上経過したとはいえ、こうして故郷に戻れたのだ。すっかり風変わりした故郷の景色や文化を楽しむというのも、気分転換に良いだろう。

 あ、でも服が無いな。どうしようか。通販でもしてみようかな…………でもパソコン無いかも。

 

 そんなことに頭を悩ませていると、ティーカップの紅茶を飲み干したマスターは「あ」と何かに気付いたような顔をした。まさか何か忘れものでもしたのだろうか。財布か? それともレポート?

 

「そう言えば、自己紹介がまだだったな」

 

 そう言われれば、まだ互いの名前を知らない状態だ。事情の説明を重要視していたので、すっかり忘れてしまっていた。名前も知らないのでは、互いに良い信頼関係も築けないだろう。

 未だに痛むのか、マスターは頭を擦りながら手を差し出した。

 握手、だろうか。

 

「ヨシュア。ヨシュア・エーデルシュタインだ。歳は今年で18になる」

「…………はい、よろしく。ヨシュア」

 

 私もその手を握り返す。これで、理想的な信頼関係に一歩近づけたかもしれない。

 次は私の番だ。真名とは英霊を象徴する物。それを明かすという事は、私なりの信頼の証である。

 微笑を浮かべながら、私は自身の名を告げた。

 

 

「アルフェリア・ペンドラゴンです。よろしく」

 

 

 そしてそれを聞いたマスターは――――ヨシュアは、固まった。

 

「…………………………え?」

「? いや、アルフェリア・ペンドラゴン、と」

「…………あの、『戦神』の? 『勝利の戦女神』、『天上の料理人』、『救国の聖女』と言われた、あの?」

「何ですかその二つ名……?」

 

 ぎこちない様子で、ヨシュアは震えていた。

 見るからに焦っている。顔からは冷や汗を流し、手は異様に硬直して、目線が泳いでいる。

 もしかして私の伝承は、どこかおかしかったのだろうか。

 例えば全裸で暴れていたとか……ないな。ないない。あったら書き綴った奴を八つ裂きにする。

 

「……とりあえずお疲れの様ですし、今日はもう休まれてはいかがでしょうか?」

「ソウスルコトニシマス」

 

 カタコトになりながら、ロボットの様な硬い動きでヨシュアは素早く部屋を去ってしまう。

 後には、ただ気まずい空気が流れていた。

 

 ……私、何か悪いことしたのかなぁ? いや、頭叩いちゃったけどさ…………。

 

 一人ソファに腰掛け、延々と朝が来るまで私は頭を悩ませるのであった。

 

 

 

 

 




自力で抑止力の拘束をぶち破り、劣化コピーとはいえ英霊数万体以上と素手で渡り合う・・・なんだこれ(汗

というわけで聖杯戦争編二話でした。話あんまり進んでないけどね。次回からまた動き始めます。
たぶん、今週中には投稿できると思う。・・・・たぶん。


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第三話・互いの関係

今回は日常回だ。愉悦したい者達、残念だったな!聖杯戦争までは後二話ぐらいだからちょっと待っててね!

しかし、今回マジで書きにくかった。
何でかって?

・・・自分が幸せじゃないのに、他人の幸せが綴れると思うのかい?(絶望


 酷く陰鬱した気持ちで俺は目を覚ます。

 

 日々の疲労の溜まり具合から発生した頭痛は、気持ちよく頭を叩き起こしてくれた。ついでに軽度の胃痛まで脳に刺すような痛みを送っている。本格的に養生したほうがいいのかもしれない。

 自室に置いた救急箱から頭痛薬と胃薬を取り出して、水差しから直接水を飲みそれらを流し込むと、少しだけ痛みが和らいでくる。

 いつもの調子とは言えないが、何とか心の余裕はできた。

 幸い、今日は休日。心の疲れを癒すにはたんまりと時間はある。

 

「……まさか出てきたのが救国の英雄とはな」

 

 呆れの籠った声で、そんなことを呟いた。

 何せイギリスで一番有名と言っても過言では無いほどの大英雄だ。

 

 アルフェリア・ペンドラゴン。

 

 名高いアーサー王の義姉にして最強の英雄。国を救い、文化を変え、美食の道を開拓した紛れも無い偉人だ。

 その逸話はどれもが一度聞けば「嘘だろう」としか言えない物ばかりで、実際存在を疑われたことは多々ある。しかし本人が遺した聖遺物が今だ現存しているというのだから、信じるしかあるまい。正直実物を見るまでは絶対人外の類だと思っていたのだが。

 

 彼女が築き上げた伝説は以下の通りだ。

 

 曰く、剣一本で数万の軍勢を全滅させた。

 曰く、素手で竜を叩きのめした。

 曰く、巨大な斬撃で大地を割った。

 

 そんな嘘の様な伝承が残っており、最後の伝承に関してはその跡地が残っているのだから呆れるしかない。

 

 このグレートブリテン島には、不自然なまでに地面が二つに分かれた場所がある。その割れ目は遥か向こうの海岸まで届いており、地図が確かならば優に百キロを超える斬撃痕だ。人間業とは思えないが、未だにその切断面に魔力の残滓が残っているという話だ。馬鹿らしいと思うかもしれないが、事実だ。

 一体どうすれば島を割りかねないほどの斬撃が繰り出せたのだろうか。そう思うと実に古代の地上と言うのは魔境だったのだろうと理解する。

 

 英霊としては間違いなく超一級。例えるならヘラクレス並に有名な英雄である。当然、ヨーロッパでは知らぬ者はいないというほど有名であり、その伝説はもはや神話の領域。実は神だったのではないかという説も存在しているのが、彼女の規格外さを物語っていた。

 

 そしてそんな彼女が聖杯、万能の願望機に託す願いとは、一体なんだろうか。

 少なくとも、俺の様な視野の狭い人間が分かるほどの物では無いことは確かだ。救国の聖女と呼ばれたほど高貴な存在。そんな人の望みなど、とても想像できない。

 

「しかし、なんで俺なんだ……………?」

 

 一つ腑に落ちないことがあった。

 なぜ彼女があそこまで強引な召喚にもかかわらず、正確な座標に現れることができたのか。

 サーヴァントの召喚というものには、ある程度狙った召喚ならば聖遺物――――つまり触媒と言う物が必要になる。その触媒はいわば現世と英霊の座にある魂とのつながりであり、だからこそ狙った英霊が召喚しやすくなるのだ。

 当然、聖遺物がレプリカなどの場合は効果を発揮しない。

 

 そして、あそこまで正確な出現が出来たという事は、俺の工房の中に彼女に縁の深い何かが残っていたという事なのだろう。推測だが、無視もできない。

 彼女に縁のある聖遺物とは即ち、アルフェリア・ペンドラゴンが唯一後世に残した自伝に他ならないからだ。

 銀色の皮で作られた一冊の本。イギリス・ロンドンの大英博物館に保管されている『銀の書』――――しかしアレは偽造品であり、本物は魔術協会がどこかの魔術師の家系に託したという噂だ。

 

 まさか、と思う。

 

「……善は急げ、だな」

 

 衝動的にベッドから立ち上がり、手慣れた動作で自分の工房への扉を開いて薄暗い道を進んで行く。

 不思議と頭痛も胃痛も消えており、俺の中にあったのは今まであまり感じたことも無い好奇心だけだった。何か面白い物が、自分の心を躍らせる何かがあるのではないか。そんな気分だ。

 

 暴風によってこれでもかというほど散らかった工房に到着する。

 片づけは……面倒だし後でやろうと思いながら、目的の代物を探していく。たしか、義父の部屋にあった怪しげな黒い箱を置いていたはず。

 たぶん、それに『銀の書』を保管してるはずだ。

 

 ガサゴソと音が工房の中を反響する。

 

 三十分ほど経ったその時だろうか。本の山の中に何か硬い感触があった。

 俺は無造作にそれを引っ張り上げると、複雑な錠前の付いた黒い箱が姿を現す。

 

(これか。随分複雑な封印が掛けられてるな)

 

 鍵穴は無い。しかし触れるとわかる。これは何十重もの封印が施された錠前だ。特殊な錬金術で作り上げた特別製なのだろう。今まで触ってきたどんな金属よりも異質だという事は、見るだけでも十分理解できた。

 普通に開錠しようものなら、何年かかるだろうか。恐らく何十人もの魔術師が封印をかけたのだろう。正攻法で解き明かすには、少々時間がかかり過ぎる代物であった。

 

 正攻法なら、の話だが。

 

「――――崩れろ」

 

 その一言で錠前は綺麗サッパリ砂と変わる。

 俺の魔術による自己崩壊だ。前に言ったと思うが、俺の属性は『金属』。金属であるならば、どんなものでアレ自由自在に操作できる属性。例え未知の物質であろうが、それが金属ならば俺の手足も同然。こうやって分子結合を崩壊させて砂へと変えることも余裕だ。

 

 こうして苦労して作ったであろう封印は一瞬にして崩れ去った。作った者達には申し訳ないとは思うが、挑戦者がいつも正面から来るわけがないという事を想定しなかった方が悪い。

 

 息を呑みながら、俺は封印の消えた箱を開いた。

 中に状態保存の魔術が施されていたのだろう。中は埃一つない、綺麗な状態だった。

 

 そして、箱の中には一冊の本が置かれている。

 

 魔術師にとって喉から手が出るほどの価値を持つ聖遺物、『銀の書』。

 これが原因で数百人の魔術師たちが殺し合いをしたというのだから、歴史的価値も魔術的価値も、恐らく最高峰だろう。何せ千五百年前の遺物だ。

 

 表紙に使われているのは竜の皮。

 紙は推測であるが聖樹の類。

 インクも幻想種の血を加工した物が使われている。

 これ一冊そのものが幻想種の希少素材を余すことなく使われて作り上げられた、最高の魔導書。

 中身はアーサー王伝説の原本のような物であるが、開くだけでその内包した神秘を振りまく一冊だ。魔術世界のオークションに出せば確実に数十億以上の額が掲示される。下手すればまた奪い合いで数百人もの犠牲者が出る可能性すら存在しているだろう。

 

 そんな危険性があったからこそ、こうやって厳重に封印を掛けられていた。誰にも使われない様に。

 今、俺がそれを解いてしまったのだが。

 

(……さて、封印を解いたはいい物の、どうするべきか)

 

 ぶっちゃけ、この先の事は考えていなかった。好奇心は満たされたが、正直また封印し直すのも面倒だし、かといってしないまま放置というわけにもいくまい。盗まれたら一大事だ。少なくとも魔術協会から『罰』を与えられるのは想像に難くない。しかし俺がまた封印をかけたとしても、解かれる可能性は高い。

 こんな事ならもう少し封印系の魔術を伸ばしておくんだったと後悔する。

 

 では、どうしようか。

 

(――――仕方ない、アルフェリアに相談してみるか)

 

 優れた魔術師なら何とか策を講じれるかも知れない。仮にも『三賢人』と称えられるほどの者だ。魔導書の封印程度ならば不可能ではないだろう。もしかすれば完全に誰の手にも届かない様に完全隔離する術も持っているかもしれない。

 

 そんな期待を胸に早足で自室に戻った俺は、寝間着から私服に着替え外に出る。

 起床から一時間ぶりに浴びる陽光が目を刺す。暖かな光が冷えた身体を温め、俺はその快感に浸ることで溜まったストレスを少しずつ解しながら廊下を歩き始めた。

 

(今は六時半ぐらい。朝食は、簡単に済ませるか)

 

 幸い材料は昨日買い込んだおかげでたっぷりある。しかし時間的に昼の弁当を作る時間もあるから、弁当を作った余り物で朝は済ませよう。

 

 そう思った時であった。

 

「…………………ん?」

 

 ふと、今まで嗅いだことも無い匂いが鼻を刺激する。

 悪臭ではない。むしろ凄く美味そうな匂いだった。それこそ自分が普段作っている料理とは比べるのも烏滸がましいほどの、一級シェフでも平伏するだろうと直感で知ることができてしまうほどの香り。

 その匂いに引かれるように、俺はふらふらと不安な足取りで足を速く動かし始める。

 

 何というか、これは、逆らえない――――

 

 無意識レベルで食欲を刺激する匂いを辿った先は、屋敷の食堂だった。

 口から涎を垂らしながら食堂の大扉を開けると、ブワッと美食の香りが身体を包んだ。

 

 質素なテーブルには美白のテーブルクロスが敷かれ、色とりどりの花が差された花瓶が部屋を爽やかに感じさせる。更に、部屋の隅々まで掃除したのだろう。埃一つ感じられない清潔な部屋が、まるで異空間の様に俺の目の前に広がった。

 

 そして、テーブルの上に乗っている料理の数々。

 

 こんがりと焼き上がったスモークチキン、甘酸っぱい匂いを漂わせるソースで味付けされたローストビーフ、きつね色に輝くから揚げ、ほくほくと煙を上げるサーモンのホイル焼き、見るだけでその新鮮度がうかがい知れるシーザーサラダ、本場顔負けのインサラータ・カプレーゼ、葉野菜の上にベーコン・ポーチドエッグ・クルトンを乗せたリヨネーズ、ロシア風ボルシチ、数々の野菜を用いられたミネストローネ――――どう見ても朝に食べる量ではないが、何故か俺は目の前に広がる料理を全部食べたいという欲求に襲われていた。

 視覚と嗅覚だけでもこれなのに、本番である味覚を味わったら、一体俺はどうなってしまうだろうか。

 

「あ、マスター、起きたんですね。起こしに行こうとしたけど、必要なかったようです」

「……あ、アルフェ、リア、さん?」

「? はい、なんでしょう」

「これは、一体」

 

 口から垂れる涎を吹きながら、俺は紅茶を銀のタライに乗せてキッチンから出てきたアルフェリアに問う。

 目の前に広がる美食地獄は一体何なのかと。

 

「ええと、少しよくわからないスキルがあったので、効果を確かめてみようかなと思いまして。それに暇でしたし、朝食ぐらいは用意しようかなと」

「そ、そうですか。いや、にしても……」

「ていうかマスター。何で私に敬語を使うんですか?」

「いや、その……何と言うか」

 

 銀色のドレス――――たぶん魔力で編んだ物なのだろう――――の上に白いエプロン。その母性溢れる姿に、一瞬とはいえ顔を背けてしまった。緊張のあまり、口調もなんか敬語になっている。

 胸に手を当ててみれば心臓がバックバク音を立ててるし、身体もなんか熱い。

 やばい。これは、不味い。

 

「す、すまん、ちょっとぼうっとしてただけだ。問題ない」

「そうですか? にしては随分汗を流していますが」

「布団の中が熱かっただけだ!」

「……十月下旬なのに?」

「俺は体温が上がりやすい体質なんだよ!?」

「…………はぁ、そうなんですか」

 

 珍妙な顔をしながら、アルフェリアは紅茶をテーブルに置いて椅子に腰かける。

 

「ん? 食べないんですか?」

「あ、いや……食べる。食べるよ。お腹空いてるし」

 

 俺は胸の焦りを収めながら、食事に精神を傾けて気を紛らわすそうと椅子に座った。

 しかし、改めて見てみると料理が信じられない輝きを放っている。これが天上の料理人と呼ばれた者の腕前か。実に楽しみだ。

 

「うーん……なんで料理が光ってるんだろう」

「え?」

「あ、いや、何でもないです。たぶん、大丈夫でしょう。たぶん」

「たぶん……? ま、まぁいいか。じゃあ、いただきます」

「いただきます」

 

 互いに両手を合わせて「いただきます」と言い、早速俺はローストビーフを一口。

 肉を噛む。

 

 瞬間、天国が口の中に広がった。

 

「――――!?!?!??!?!!!!?!?!?」

 

 溢れ出る肉汁は肉本来のうまみを完全に閉じ込めており、歯ごたえはしっかりとしておりしかし柔らかい。味付けのソースは果物の甘味と酸味を最大限に引き出され、尚且つその味は肉の味とベストマッチ。極上のハーモニーが舌を躍らせる。

 まさに極上の料理。今まで食べてきた料理が生ゴミに思えるほどの強烈な美味であった。理性を強く保たねば、人間の本能が表に出そうなほどの強烈な刺激。一口一口を噛みしめ、俺は最高の料理を味わう。

 

 しかし、作った当人であるアルフェリアはかなり珍妙な顔をしていた。

 何かが気に入らなかったのだろうか。

 

「うぅぅぅ~~~~ん…………?」

「……? どうか、したのか?」

「いえ、その……生前と比べて料理の味が酷く変わっていて。いえ、美味しいと言えば美味しいのですが」

 

 複雑な表情になりながら、アルフェリアは詳細を口にする。

 

「たぶんですが、料理がスキルで昇華されちゃってますね、これ。私こんな美味しい料理、生前では作れませんでしたし」

「は? そ、そうなのか?」

「はい。正直気味が悪いというか、何というか……」

 

 確かに、第三者の手で自分の技術が改造されていれば気味も悪いだろう。

 こっちとしては美味しいので文句はないのだが。

 

 そのまま何とも言えない空気を漂わせたまま食事をしていると、俺は食欲の刺激で忘れていたことを今更思い出し始めた。

 

「あー……アルフェリア、こんな物が俺の工房にあったんだが」

「はい? ――――って、それは……」

 

 俺が見せた『銀の書』を見て、アルフェリアは厳しい顔つきになる。でも口周りにソース付けているので威厳もクソも無い。こっちとしては場が和んだので別に構いやしないけど。

 アルフェリアは俺が差し出した本を受け取り、中身を軽く流し読みした。そして少しだけ、顔を緩ませる。

 

「うわぁ、懐かしいなぁ……まさか思いつきで書いた本が千五百年経っても残ってるなんて。ああ、そうか。妙に正確な召喚だと思ったら、これがあったからか」

「やっぱりそうか。なんか、うちの家系が代々管理してきたみたいでな、勝手に封印解いちまったが……何とか再封印できないか?」

「ふむ…………成程。元々魔導書染みていたのに、歴史と神秘が蓄積されて完全に魔導書になっちゃったか。そうだね、名前を付けるなら――――『湖光を翳す銀の書(ホロウレコード・グリモワール)』、かな?」

 

 何やら集中していたのか、アルフェリアは俺の言葉を見事にスルーしてなにやらぶつぶつ言い始め――――途端、『銀の書』に光が満ち始める。

 何事だと目を見開きそれを凝視するが、一番近くに居るアルフェリアはまるで新芽を出した植物を見守るような目でそれを見ていた。

 

 それは確かに誕生だった。

 

 千年以上の年月を積み重ね、元々膨大な神秘を溜め込んでいた魔導書のような伝記は、今その歴史を昇華させ英雄の武器となる。

 つまり、宝具の誕生であった。

 

「ありゃ、なんかできちゃった。これ、もう宝具扱いみたいになってますね」

「え、マジか…………。宝具ってそんな簡単にできる物なのか?」

「いいえ、流石にそれは無いでしょう。たぶん、使われている素材と、作られてから経過した年月のせいかと。千五百年物ですから、下手な骨董品より神秘は積もってるでしょうし。名付けた者が作者ですからね」

 

 確かに理屈の上では可能といえる。一応、マクレミッツ家などが現代にまで宝具を継承させているという話だし、どこかの地下遺跡にはまだ古代に存在していた宝具などが現存している可能性が高いという話だ。

 元々宝具級の神秘を内包していたのならば、作り手が名付けた瞬間にその英霊の宝具として完成しても、可笑しくない話だ。

 

「――――返すよ、それ」

「……は? いや、しかしこれは貴方の家系が代々管理してきた物でしょう? 魔術的価値も高いはずなのに」

「面倒事を引きこむブラックホールを家に置いて置きたくないんだよ。それに元の持ち主が丁度目の前に居る。返さない理由は無いだろ?」

 

 こっちとしては存在するだけで頭痛の種になりそうな代物だ。安心して預けられる先があるならば、預けない道理はない。むしろ厄介な爆弾が一つ無くなったので、胸が軽くなる気分であった。

 

 アルフェリアはあまり納得していないような顔だったが、暫く経って「まぁいいか」と諦めて『銀の書』を――――突如空間に現れた虚空にしまい込んだ。

 思わず顔が引き攣るが、もう今更だろう。島すら剣で両断仕掛けた化物だ、空間に穴を作ってもある意味道理と言える。何かおかしい暴論ではあるが、深く考えたらいけない気がする。

 

「……マスター、この後何か用事など控えていますか?」

「ん? ああ、一応時計塔で講義を……何でそんなこと聞くんだ?」

「もし時間が空いていれば服を買いに行こうかと思いまして。私は今手持ちがないし、街並みが分からない以上迷子になりそうなので。……学業があるのでしたらまた今度――――」

「いやいい。今日はサボる」

「………………えっ?」

 

 はっきり言って時計塔の講義など聞き飽きた。得れるものはもう全て得たので、鉱石科にはもう行くことは無いだろう。次時計塔に行くときは俺が降霊科に移籍の手続きをしに行く時だ。

 

 それに、女の頼みを『学校だから』という理由で断るなどふざけている。

 亡くなった義父も「いい女には優しくしろ。頼み事は断るな」と言っていたからな。初めて義父からの助言が役に立つ時が来たというわけだ。

 

「いや、しかし、その……大丈夫なのですか?」

「ああ、問題ない。一日二日休もうが、小煩い講師からの抗議ができるだけだからな。それに――――食事のお礼もしたい」

 

 これだけ美味い食事を出してもらったのだ。何か返さないというのも、俺が受け入れられない。

 財布役程度なら喜んで買って出よう。

 

「マスターがいいなら、いいのですが……」

「気分転換もついでにな。あんな息苦しい場所に通い続けていると、頭が痛くなる」

「そうですか。じゃあ、お願いしますね、マスター」

「――――ヨシュアだ」

「……?」

 

 衝動的にそんなことを言ってしまう。軽く後悔するが、もう後の先だ。

 覚悟を決めて頭の中を整理し、言いたいことを口にした。

 若干、声が上ずりかけるが。

 

「マスターって人前で呼ばれたら少し、気まずい。敬語も要らないし、呼ぶときも名前でいい」

「……魔術師って、誇りの塊か何かだと思っていたのですが」

「俺は魔術使いだ。魔術に対する誇りなんぞ欠片も無い」

「ふむ………――――わかったよ、ヨシュア」

 

 そう言われたアルフェリアは、先程とは一風変わった明るい口調に変わった。

 これが彼女の素なのだろう。敬語で喋られた時少し違和感を感じていたが、やはりこっちを気遣った喋り方だったのだろう。こちらの方が、俺も気楽にできるし、彼女に似合っている。

 

「じゃあヨシュア、食べきれない分は昼食用に詰めておくけど、いい?」

「お前に任せるよ」

「うん。了解したよー」

 

 しかし、何というか。二重人格じゃないかってぐらいに変わった。根っこは変わっていないのだろうが、聖女と呼ぶには少々フワフワした感じだった。

 いや、彼女も人間である。英雄だからと言って全員が全員硬い性格では無いということだ。

 案外英霊と言うのは、そう人間と変わらないのかもしれない。

 

 満足するまで食事をして、その後俺はすぐに身支度をすることにした。

 といっても、服を買いに行くだけだからそこまで硬くならなくていい。別にデートではないのだ。ただ男女二人で服を買いにショッピング――――

 

 

 ――――アレ、これ……デート?

 

 

 いや、ない。ないないないないない。それはない。

 しかし男女でショッピング――――デートの範疇ではある。交際経験など一度も無い身であるが、異性同士が共にどこかに行くというのは十分そう言ったことの範囲内なのではないか。

 

(…………深く考えるのはやめよう)

 

 頭がショートしそうになり、俺はついに考えるのをやめた。

 うん、服を買いに行くだけだ。それだけ。それだけだから、きっとデートとかそう言う物では無い。

 

 俺は無言で着替えを始めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 いやー、まさかマスターの方から敬語を取りやめる様に言うとは思わなかった。

 現代の魔術師にしては結構毛色が違うと思っていたが、まさか魔術使いとは。回路が三桁以上なのに、もったいないと言えばいいのかそれともよかったと言えばいいのか。

 とりあえず良好な関係が築けそうな人でよかったと思う。天然なので少々不安があったが、人間としてはある程度信頼できそうなマスターが引けて何よりだ。

 

 あ、どうも。アルフェリア・ペンドラゴンです。現在絶賛イギリス観光中のキャスターのサーヴァントであります。

 ……誰に言ってるんだろう、私。まぁいいや(小並感)。

 

 私は今服を買いに外へ出ていた。やっぱり千五百年も経てば街並みも一気に風変りをして、中世と近世を混ぜた様な街が目の前に広がっている。ちょうど通勤時間でもあるので、人もそこそこ道を歩いていた。服装さえ変わればファンタジー世界に迷い込んだとも思えてしまうほど、古い風味が漂っていた。

 しかし、これはこれでいい街だと思う。

 活気こそ少ないが、静かで穏やかな街だ。もし人としてここに居るなら、別荘を持ってみたいと思えるほどには気に入った。

 

 ……でもなぜだろうか。道行く人が必ず一回は私に顔を向けてくるのは。

 

「ヨシュア、なんか私目立ってる?」

「ああ。石ころの山にデカいダイアモンドがテカテカと光ってれば、誰でも一回は釘づけになるだろうよ」

「……? このドレスが目立ってるのかな」

 

 今の私は魔力で編んだ白銀のドレスを着ている。と言っても飾り気は無く、見た目では無く性能重視の代物。そこまで目線を引くほど煌びやかなものではないと思うのだが。

 

「お前の存在自体が目立ってんだよ。いきなり街に絶世の美女が現れたんだ。嫌でも目線は引くだろ」

「美女? 私が? いや、私の顔なんて普通でしょうに」

「……それ周りの女性どもに言ってみろ。すぐにお前を殺しにかかるぞ」

「えぇ…………?」

 

 確かに私の顔は整ってはいるが、アルトリアやモードレッドと比べれば負けているだろう。

 いや比較対象がおかしいのか? それとも私の感覚がずれているだけか? なんにせよ、あまり目立ちたくは無かった身としては視線がうっとおしい。

 

 認識阻害の魔術を使ってもいいのだが、他の魔術師に感づかれる可能性があるので下手に魔術の行使もできない。やれやれ、便利な道具が突然使えなくなると、こうも不自由するのか。八極拳使いのアサシンが使う『圏境』が使えれば訳ないのだが……流石に八極拳は見様見真似程度なので、そんなチート技は使えない。使えたらよかったのに。

 

 服屋の方はヨシュアがあらかじめ調べてくれていたので、スムーズにたどり着くことができた。

 どうやらブランド物を多く扱っている服屋らしく、かなり大きい。並んでいる服も、殆どが高級素材でできている。当然値段も馬鹿にならないぐらい高い。

 

「あの、ホントにいいの? ただ外を出歩くための服が欲しいだけだから、ジャージでもいいんだけど……」

「駄目だ。女性なんだから身だしなみぐらいはしっかり整えろ」

「こ、これは、オカン属性……!」

「誰がオカンだッ!?」

 

 そんなやり取りを繰り広げながらも、私は適当に服を選んでいった。

 流石に過ぎる服を選ぶのは気が引けるので、適当にやすそうな服を買って――――

 

「――――あの、お客様?」

「え、はい。なんでしょう?」

 

 唐突に店員にそんな声をかけられた。何事だと思いながら返事をしながら振り返れば――――なんか目を輝かせている女性の店員が立っていた。

 何というか、最高の素材を見つけた様な。そんな顔だった。

 

「もし服選びに迷っているのでしたら、こちらでいくつかお選びしてもよろしいのですが!」

「あー、その、適当に安い物を――――」

「値段は構いません。似合いそうな服を選んでください」

「ヨシュア!?」

「かしこまりました! 少々お待ちを!」

 

 ご機嫌な様子で店員がいくつかの服を選びに去ってしまう。

 何故か自分の財布を圧迫する行動を取ったヨシュア。高々服程度に何故、と聞こうとヨシュアを見れば、本人は苦笑したまま頬を掻いている。

 

「お金を払うのは貴方なのに、どうして……」

「気を悪くしたか?」

「気遣いは有り難いのだけれど……大丈夫なの?」

「金なら心配無用だ。一生遊んで暮らせる程度の金額なら持っているよ」

 

 わぁお。ブルジョワジー思考め。と内心突っ込みながら、どうして彼がこんなことをしたのか考えてみる。

 私に服を与えるメリットは…………何だ? 関係をよりいい物にしたい、とか? うぅむ……こんな事ならもう少し男性経験を積んでおくべきだった。

 

 その後私は店員が持ってきてくれた服を試着する作業が始まった。

 

 

『これはどうですか? あ、でも黒の方がより艶やかな雰囲気を出せるかもしれませんね。しかし白も捨てがたい……』

『いや、あの、適当でいいので』

『いけません! 折角綺麗な容姿なんですから、もっとおめかししないと! あ、下着もちゃんと整えないとっ』

『ちょっ、下着は別にいいです! 別にいいですから待って! 脱がそうとしないで!? わかりましたっ、自分で脱ぎますからぁあああぁぁああ!?』

 

 

 ……何があったかは、聞かないでほしい。

 

 

 約三十分程で着せ替え人形状態は終了を告げる。

 もはや燃え尽きたジョー並に精神が疲れ果てていた私ではあったが、何とか耐えられた。凄く、辛かったッ……! 他人に体を弄ばれるのがこんなにも辛いだなんて……! 純潔は何とか守り通せたけど。いや、女同士だから奪われるわけないか。

 

 ……ないよね?

 

「お待たせしましたお客様! それでは、どうぞ!」

 

 試着室のカーテンが開かれると、長々と立ったまま三十分も待っていたヨシュアと対面する。

 彼は今の私を見て――――あんぐりと口を開いた。

 

 黒の縦セーターに白のショートスカートのモノクロ調ファッションスタイル。更に上に白を基色とした暖かそうなポンチョが被せられ、足にも長い黒ストッキングを付けて寒冷対策もバッチリ。

 高級素材を使っているだけあって、全て単品でも輝くほどの代物。すべて合わせれば一体幾らになるのだろうか。払うのは私じゃなくてヨシュアなので、それを私が気にしても仕方のない事なのだけれど。

 

 しかし、口を開けたまま固まっているという事はやっぱり金額とか気にしているのだろう。

 なんだか申し訳なくなって、柄にもなく委縮してしまう。

 

「その、ヨシュア……?」

「――――え? あっ、ああ、似合ってるよ。凄く。すまん、頭が少しフリーズして」

「やっぱり高いからね……申し訳ありませんけど、もう少し安――――」

「店員さん、即払いで。これ買います。お釣り要りませんから」

「おおっ、甲斐性抜群ですね! お買い上げ、ありがとうございます!」

 

 ――――え?

 

 今度はこちらがフリーズしてしまう。何故、どうして、即払い? はい? なんで?

 

「良かったですね、頼もしい彼氏さんみたいで!」

「彼……は!?」

「アレ? 違うんですか? あっ、今日付き合い始めたばっかりって事なんですね! 応援してますよ!」

「いや違っ――――」

 

 否定しようとしたが、もうヨシュアが店の外に歩き出したことで言葉が途切れる。

 誤解を解いておいた方がいいのかもしれないが、今はヨシュアを追いかけるのが先決だ。後々弁解するとして、私は脱いだドレス片手に速足でヨシュアを追いかける。

 

 困惑した顔で彼の顔を見てみれば――――何故か本人は凄く満足した顔になってる。

 

 無性に殴りたい衝動に駆られた私は悪くない。

 人を困惑させておいてドヤ顔決めてるこいつが悪いのだ。

 

「ヨ、ヨシュア、どうしてこんな……服なんて何でもよかったのに」

「俺がやりたかった。それだけだよ」

「……私を困らせて楽しいの?」

「ちょっとだけ」

「……………………(イラッ」

 

 決め顔が凄まじく癇に障ったので、臑に強烈な蹴りを叩きこんだ。手加減はしているので折れてはいない。痛みは最大限にまで伝わるように工夫した拷問技だがね。

 

「いっ……ぐぉぉおぉぉぉぉぉっ…………!?」

「クククク、天罰だ。喜んで痛みに悶えるがいい」

「明らかに私刑なんだが!?」

「フッ、私が法だ」

「なんでさっ…………!」

 

 コント染みた何かをしながら、私たちは道を歩き進む。

 

 そんな小さな平和をゆっくりと噛みしめて、私は微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「あのカップル、将来が楽しみですね……。ああ、甘酸っぱい恋! 溜まらないですっ……!」

「――――ちょっと、シャーロット。わたくしの服はまだですの?」

「あ、申し訳ありませんルヴィアお嬢様! もう少しお時間を……」

「全く、恋愛好きは構いませんが、時と場所を選んでくださいな。このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、将来家督を継ぐものとして常にレディとしての身だしなみを整えなければなりませんの!」

「ふふっ、大丈夫ですよ! お嬢様はきっと素晴らしい人になりますから!」

「当り前のことをおっしゃらないでくださいな。さぁ、早く新しい服を! 半端な物は許しませんわよ!」

「了解しました、お嬢様!」

 

 

 

 

 




イチャイチャすんなリア充めぇぇぇえええええっっ!!(血涙

というわけでいかがでしたかリア充回。リア充爆発四散すればいいのに(チッ

恋愛好きの服屋店員シャーロットさんはうちのオリジナルキャラです。エーデルフェルト傘下の企業に勤めていて、現在時計塔の視察に来ているルヴィア(ロリ形態)とそのハチャメチャな性格が合って仲良くしてるとか、そんな設定です。チョイ役だからもう出番ないけどね(無慈悲

期末試験控えているので、投稿速度が少し遅くなるかもしれません。申し訳ありませんが、ご了承を。


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第四話・新しい家族

割と早く出来たよ。自分でも驚いてる・・・。まぁ、過去のストックで使えそうな物があったのでちょこっと改造しただけだけど。

さぁて、今回で甘酸っぱい青春は幕を引かせてもらうZE。

そして次回は、皆待たせたな切嗣陣営のOHANASHI。どうぞ、ご期待ください!


 俺は今、商業区画に来ていた。

 商業区画と言っても普通のそれでは無い、魔術関係の代物溢れる時計塔特有の場所だ。売ってるものがほとんど骨董品の様な物であるが、ほぼすべてが魔術的価値を少なからず保有している一品。

 時計塔の生徒たちも魔術研究用の材料をよく買いに来る、人気(ひとけ)が溢れる場所である。

 

 そして、その商業区画に居る人間たちはかなりざわついていた。

 例えるならば、突然何処からともなく銀髪銀眼の女性が街を出歩いているとしよう。君たちはどうする? 俺なら確実に声を失っている。他の者達も同様の反応をし、その後小声で近隣の人たちとざわついていた。

 

 モデル顔負けのプロポーション。人形のような人とは思えないほど整った顔立ち。朝日に照らされて本物の白銀の様に光る銀髪。それを身に付けた高級素材をふんだんに使った衣服がその輝きをさらに引き立てている。

 クスリと微笑を浮かべれば万人が見惚れる美しさ。

 柄の悪そうな男でも唖然と口を開いて身動き一つ取れていないことから、その異様さが身に染みてわかる。

 

 そして、その隣を歩いている俺はどう思われているのだろうか。

 

 少なくとも現在、周囲全ての羨望と嫉妬と憎悪の視線を一点に集めているのは想像に難くない状況だ。

 

 男女問わず負の感情がこもった視線が突き刺さるたび、脂汗が増えていく。集団恐怖症になりそうだと心の中で毒づきながら、俺は深いため息を吐く。

 

「ヨシュア、疲れたの?」

「……いや、人の多い場所が好きじゃないだけだ」

「それは……私も同じかな。他人の多い場所っていうのは、あんまり好きじゃない」

 

 彼女も視線が辛いのだろう。何とも言えない困ったような顔をしていた。

 それすらも宝石以上の価値だと断言できるほど美しいのだから、俺は苦笑するしかない。

 

「はぁ……スキルってホントに便利なだけじゃないんだね」

「え?」

「スキルで常時他者に軽度の魅了を発する物があるんだよ。たぶん、周囲の視線はそのせいかな」

 

 効果など無くても視線を集めそうなのだが、とは言わない。

 

 しばらく歩いていると、人が少ない場所へと出る。ここは呪術関係の店が多い区画。その独特な不気味さのせいで、近づく者は大体呪術を得意とする者だ。

 

 が、何故か呪術関係は時計塔の生徒たちの中では人気が低い。外面的な印象もあるのだろうが、やはり『呪い』と言う物に奇異な感情を抱いている者が多いからだろう。つまり呪術を扱う物が基本的に少ないのだから、人が少なくて当然なのだ。

 そもそも呪術などの暗い魔術を専門とする黒魔術(ウィッチクラフト)を嗜む者は、基本的に陰鬱な性格をした者が多い。ここに来る奴は大体そう言う奴らだ。

 

 できれば来たくは無かったのだが、多数の目線に晒されるぐらいならここに来たほうがマシだと判断した。

 アルフェリアはどう思っているのだろうか? と恐る恐る目線を向けてみると、対して気にしていなかった。むしろ周りを興味深そうに眺めている。

 初めて博物館に来た子供の様な反応だった。それがおかしくて、俺はつい笑ってしまう。

 

「ん? どうしたの?」

「あ、いや、何でもない。……それより、黒魔術に興味があるのか? お勧めはしないぞ」

「いや、単純に黒魔術には詳しくないから、初めて見るものばっかりで」

「……初めて? お前が?」

「私は基本的に補助魔術か魔力砲しか使わないよ? 元素変換(フォーマル・クラフト)とか、面倒だし」

「えー…………」

 

 あの『三賢人』と呼ばれた物がここまでアバウトな性格だったとは。ていうか基本的に使う魔術が補助魔術か魔力砲って、それ魔術師と言えるのだろうか。

 

「使える魔術は幾つだ?」

「えーっと……錬金術、強化、宝石魔術、置換魔術(フラッシュ・エア)、降霊術、召喚術、元素変換(フォーマル・クラフト)、結界魔術、虚数魔術、転移魔術――――やろうと思えば何でも」

「……属性は」

「全部」

「………は?」

「だから、全部。私に使えない魔術はよほどヘンテコなものじゃなきゃ、事実上存在しないよ」

 

 我が耳を疑った。

 全ての属性を併せ持っている? 二重属性というだけで天才と呼ばれる魔術世界で、全ての属性を持つものなど居たら全ての魔術師共が血眼で探すだろう。それだけ異常なのだ、彼女は。

 

「私の属性って『不定(ノンフォルム)』って言うらしくてね、文字通り『形が無い』。何にでも変化できる変幻自在の属性なんだ。だから架空元素の魔術も使える。我が身体ながら、実に不思議だよ」

「……そ、そうか。凄いんだな」

 

 深く考えるのはやめた方がいいだろう。現代の縮尺で測るには、アルフェリアは余りにも異常すぎた。いわばエベレストの高さを定規で測定しようとしているようなモノ。考えるだけ時間の浪費という事なのだろう。

 

 隣を歩いている女性の化物ぶりに呆れ、俺はどこか遠い目をしながら店を眺めていく。

 やっぱり黒魔術関係の代物が多く、異様な空気を放っているアイテムが多い。黒魔術自体が生贄を使うかなりアレな代物なので、無理もないが。

 その中で珍しくまともなものを扱っていそうな――――比較的に――――店を見つける。アルフェリアもそれに気づいたのか、俺の手を引っ張って歩き出した。

 俺の手を、引っ張って。

 

 手を、繋いで。

 

「ぶっ――――」

 

 思わず小さく噴いてしまう。笑ったのではない。驚いたのだ。

 無遠慮に思春期の青年の手を握って歩き出すこのアルフェリアは、きっと可笑しい。自分が美人であることに自覚がない時点で色々アレなのだが、だからと言って会ったばかりの異性の手を遠慮なく握る女性が一体どこに居るのだろうか。

 ここに一人いるのだけれど。

 

「ほら、早く早く!」

「いや、おまっ……」

 

 そして本人は全然気に留めていないという現状。本当に女としての感性を持ち合わせているのか疑いたくなる。

 アイツがおかしいのか? それとも俺がおかしいのだろうか? いや確実に前者なんだろうけど、天文学的な確率でもし俺がおかしいなら俺は女性に対して免疫がないことになって、いやでもいきなり手を握られるというのは常識的に考えて色々不味いというかアレ? え? アレ? 俺は誰でどこで何をどうして――――

 

「――――シュア――――ヨシュア?」

「え、あ、えっ? な、なんだ?」

 

 気づけばアルフェリアに体を揺らされていた。どうやら声も届かないほど考え込んでいたらしい。

 

 しかし何を考えていたのだろうか自分でも思い出せない。大切だったような気がするが、忘れてしまったという事はそこまで重要でも無かったのだろう。

 少なくとも命の危険はない、はず。

 

「どうしたの、さっきから。調子悪い?」

「いや、大丈夫だ。少し考え事をしていた」

「うん…………そっか」

 

 彼女はそれ以上の詮索はせず、いつも通りの笑顔で店内に飾られている装飾品などを眺めていく。

 水晶でできた髑髏とか怪しげな民族の飾りとか、かなり変な物が多い。しかし割と普通の金物も扱っているのか、アクセサリーなどの類もかなりあった。どれも少なからず魔力が込められており、いざとなれば使い捨ての『弾丸』にも使えるだろう宝石付きまで存在していた。

 

 護身用に持っておくのもアリか、と考えながら眺めていると『ある物』が目に付く。

 黒に輝く宝石を使ったペンダント。傍目から見ればただの高そうな装飾品だが、かなりの一品だ。高級宝石にも劣らない品質を誇るだろう。

 いざという時の『切り札』にはもってこいの品物だ。

 

 しかし悲しいかな、宝石程度なら家に幾らでもある。先代の遺産は何も金だけでは無い。様々な魔術に関連する品物もまた俺が継承している。家に代々遺されてきた最高級の宝石も。

 なのでわざわざ高い金を払ってこんな物を買う必要は無い。

 だが――――

 

「装飾品としてなら有りか」

 

 家に残っているのは加工も殆どされていない無骨なものばかり。削る個所を最低限にした、装飾目的で無く接触面積拡大による魔力貯蔵効率を限界まで高めた代物である。贈り物としては少々見た目が悪い。

 

 ――――贈り物?

 

 いや待て、何考えているんだ俺は。

 今日は服を買いに来ただけだろうに、何故贈り物までする必要がある? いや、それ以前に服なら動きやすくてコストパフォーマンスに優れた代物の方が良かっただろうに、あんな超高級品を買う必要も無かったはずだ。

 じゃあなぜ俺はこんな事をしている? 単なる街の案内が――――デートみたいになっているんだ?

 

「いやいやいやいやいや待てマテ待て待てマテ」

 

 混乱する頭を冷やそうとするが、冷却が追いつかず脳細胞がヒートアップしていく。

 デート? デートなのか? いや骨董品を漁っているのをデートとは言わない。言わないはずだ。そう言ってくれ。じゃないと――――なんだ? 何か困るのか? デートだと何か……いや待って。マジで待って。今日の俺なんか可笑しいぞ。

 

 胸が絞まるような違和感に目を白黒させる。

 

 初めての感覚に戸惑いながらも、少しずつ感情を整理していく。

 

「いや、まさか、まさかな…………」

 

 まだ会ってから一日経っていない。経っていないのだ。

 だからそんな気持ちになるなどあり得ない。いくら相手が絶世の美女だからと言っても、ここまで簡単に今まで不動を貫いていた気持ちが動かされるなど。

 だから少し落ち着け。クールに、クールに行くんだヨシュア・エーデルシュタイン。此処で焦っても何のためにもならない。お前は何時でもクールだろ。今回に限って熱い男にならなくてもいいじゃないか。そうだ、俺は心を冷たい鋼にして――――

 

 

「――――ヨーシューアー?」

「いっ………!?!?」

 

 

 後ろからアルフェリアに声をかけられて、静かだった心臓が跳ね上がる。

 俺はとっさに後ずさりしながら彼女と距離を取り、震える口で何とか声を絞り出した。

 

「なななななな、何!?」

「何、じゃないよ。さっきから声かけてるのにさ。やっぱり調子悪いの? もしかし無理させて外に――――」

「違う。大丈夫だ。体調は良好。完璧だ」

「じゃあどうしてさっきから何度もボケーっとしてるのさ」

 

 お前のせいだよ、とは口が裂けても言えず俺は適当にはぐらかした。

 

「……宝石を見てたんだよ。何かに使えるかなって」

「ふーん………黒の宝石かぁ。これは……うん、魔術にも使えそう」

「そうか。まぁ、屋敷に宝石が腐るほどあるから、必要は無いけどな」

「じゃあ、私がもらっていい?」

「……………は?」

 

 予想もしなかった言葉が出てきて、俺はつい目を丸くした。

 それを見て何を思ったか、アルフェリアは小さく笑ってその宝石を眺める。

 

「だって、黒くて綺麗な所って、貴方みたいじゃない? ヨシュア」

 

 満面の笑顔で、彼女はそう告げた。

 

 その時俺は思考が一瞬飛んだ。

 そして今まで否定していた自分の心をありのまま受け止めた。

 

 

 

 ――――こいつに惚れた。

 

 

 

 

 ああ、もう否定しない。

 初めて感じるモノだったからか、戸惑いはあった。だがもう、隠しきれなかった。

 

 こいつが好きだ。否定しようも無いぐらい。

 

 我ながら軽い男だと思う。それでも後悔は無かった。むしろ、こいつが初恋の相手であって心底嬉しく思ってしまったりしている。

 馬鹿な男みたいだ。

 だが、それでも恥じる心は一切ない。

 

「――――決めた」

「え?」

 

 柵はもう無い。故に俺は宣言する。

 

 

 

「俺は聖杯戦争に参加する」

 

 

 

 こうして俺の戦争は始まった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「――――成程、お前も聖杯戦争に参加する故に、一定期間の特別欠席をさせてほしいと。エーデルシュタイン家第11代目当主、ヨシュア・オブシディアン・エーデルシュタイン」

「……はい」

 

 魔術師に取って栄誉あるフルネームで呼ばれても覇気のない返事を聞き、ケイネスは眉をピクリと動かす。

 

 ここ時計塔内部の上層階に存在するケイネスの自室の中で両者は対面していた。

 古い歴史を持つエーデルシュタインだからこそ、こうやってアーチボルト家九代目当主ケイネス・エルメロイが時間を割いているのだぞ――――と、実に貴族的な思考を走らせながら、ケイネスは入れたばかりの紅茶を啜り目の前の少年を見る。

 

 エーデルシュタイン。

 千年以上前から続いている宝石魔術師の家系であり――――しかしその全盛期は数百年前にとうに過ぎている没落していた家系でもある。

 現に、先代当主であるヨハネス・グレイオーブ・エーデルシュタインの魔術の腕は決して優れてはおらず、とても『根源』を目指せる様な物ではなかったとケイネスは断言できた。

 その事実は自他ともに認めていたし、しかしだからと言ってケイネスはヨハネスを卑下しなかった。

 

 彼は努力する天才だった。

 切れる頭を回転させ、応用の利く宝石魔術を使い切磋琢磨した技術を駆使し遥か格上の相手と拮抗する。その実力は魔術協会から依頼され、数々の封印指定された魔術師を何度も屠ってきたという経歴から見て取れるだろう。そう言った手腕は評価に値すると今でも思っている。

 

 流石に趣味で紛争地帯を歩き回ったという少々おかしな行動力には頭を悩まさざるを得ないが。

 

 更に他の魔術師たちが『愚か』と断じた養子を取る選択も、決して悪しき物でないと理解している。何せ、回路の数が下がる一方だったのだ。これ以上代を重ねても『根源』への道は見えない。ならば、少しでも才覚のある若者を引き入れ積み上げてきた技術を遺すのは正解であるともいえる。

 

 とはいえ、戦災孤児を次期当主にしたのは少々アレな選択だと言わざるを得なかったが。

 

 しかし近くで見る彼、ヨシュアの才覚は並ならぬものであると理解している以上ケイネスに文句は無かった。代を重ねていない者ながらも、その潜在的なポテンシャルはそこらの木っ端の魔術師とは比べ物にならない。

 ケイネスが子に恵まれなかった場合、鉱石科の『君主(ロード)』を譲ってもいいと考えるほどだ。可能性は低いだろうが、それほどに彼の才覚は凄まじい物だったのだ。

 

 問題点としては、その人物像がわかりにくいことと口数が少ないことだろうか。

 個人的な問題にとやかく文句を付けるつもりはケイネスには毛頭ないが(二重の意味で)、思春期真っ盛りの男児にしては余りにも寡黙なのだ。故に、その性格や人物が読み取れない。

 

 だからこそ、数少ない機会が転がり込んできたことで、ケイネスは二つ返事ではあるが対面に応じた。

 流石に講義を休んだ当日に「聖杯戦争に参加する」という話を持ってきたのは驚いたが、真っ先に自分を頼ってきたのは実に評価できる行動だ。悪くない。

 

 と、ケイネスはつい深く考え込んでしまった自分を反省しながら再度意識を強くする。

 

「それについては全く構わん。栄誉ある聖戦に行くのだ。誰が止められる物か」

「……という事は、ケイネス先生も参加するのですか?」

「当然だ。既このケイネス・エルメロイ・アーチボルトが聖杯に選ばれぬ道理は無し。――――とはいえ、あの問題児に大事な聖遺物を盗まれてしまったのだがな。全く、忌々しい盗人めが……ッ!!」

 

 そう言いながらケイネスは憤慨した。

 わざわざ手間暇かけて取り寄せた聖遺物、古代マケドニア王国のアレクサンドロス三世――――征服王イスカンダルのマントの欠片を、忌々しくも時計塔の生徒の一人であるウェイバー・ベルベットに盗難されたのだ。

 宅配者の手違いで起こった事件とはいえ、実に由々しき事態であった。

 

「では、代わりを用意しましょうか?」

「――――なんだと?」

 

 信じられないことを言いながら、ヨシュアが持っていたアタッシュケースをケイネスの仕事机の上に置く。

 突然の事で茫然とするケイネスだが、直ぐに気を取り直してケースのロックを外して中身を見た。

 

 そこにあったのは、少々の欠損がありながらもしっかりとその中に神秘を残す紅い槍の穂先。

 穂先のみという事でかなりの劣化品だと思われるが、確かに聖遺物だとわかるそれは魔術的価値は数百万は下らないだろう。それを易々と差し出したヨシュアを警戒の目でケイネスが睨む。

 

「これは一体なんだ」

「波濤の獣、クリードの牙で作りし魔槍の折れた穂先。――――クー・フーリンの魔槍、ゲイ・ボルクの残骸です」

「クー・フーリンだと……っ!?」

 

 クー・フーリン。ケルト神話の大英雄。

 本場のアイルランドならば知らぬ者はおらず、それ以外の国でもそれなりの知名度を誇る文句なしの上級の英霊と成りうる存在。それを呼び出すことのできる触媒ならば、聖杯戦争関係者ならば喉から手が出るほど欲しがるだろう。

 

 何せ大英雄が愛用した槍の穂先だ。内包している神秘からして偽物という線もあり得ない。間違いなくクー・フーリンを召喚できる触媒。元々征服王イスカンダルを呼び出すつもりで、しかしその触媒を盗まれたケイネスがどうにか入手できたのは『小さき激情(ベガルタ)』の砕け散った刀身。同じケルト神話でも、呼び出せるのはフィオナ騎士団の一番槍、ディルムッド・オディナ。確かに素晴らしい武功を上げた英雄ではあるが、クー・フーリンと比べればいささか格が劣る英雄である。

 

 故にこの触媒はケイネスからしてみればこれ以上無い宝物同然。だからこそ警戒する。

 魔術師がただで善意を振るまうなどあり得ない。必ず何かの『対価』を求める。

 

「……見返りは何だ」

「これを」

 

 そう言ってヨシュアは懐から紙を取り出す。

 自己強制契約(セルフ・ギアス・スクロール)ではない。単なるメモ書きだ。

 ただそこにかかれている内容には、ケイネスも一瞬目を丸くしたが。

 

「……希少金属(レアメタル)か」

「はい。これを対価として、明日まで支払えるでしょうか」

「――――ふん。アーチボルト家の力を使えば容易い。何に使うかは言及しないが、用意すればこの触媒は貰っていいのだな?」

「いえ。これについてはもうそちらの好きにしてください」

「何故だ? 私が約束を破るかもしれんだろうに」

「誇り高き魔術師が、高々数十数百キロのレアメタルを渡さないために約束事を反故にすると?」

「……くくくっ。その通りだ。それでこそエーデルシュタイン家現当主。いいだろう、明日の朝には貴様の屋敷へ配達させよう。くれぐれも、確認を怠らぬように」

 

 約束は守ると断言し、ケイネスは上機嫌で手に入れた触媒を眺める。

 

 あのクー・フーリンの触媒なのだ。これで聖杯戦争への優勝に一歩近づいたと言っても過言では無い。

 勝利を確信した。

 だからこそ気づかない。

 

 何故そんな上等な触媒を高々レアメタル数十数百キロ程度と交換したのかを。

 

 実際は既にサーヴァントを召喚しているため宝の持ち腐れなだけであるが、それでも気づくべきだった。

 魔術師が敵に塩を送るわけがないのだと。

 

 ヨシュアがそれ以上のサーヴァントを召喚したという事に、ケイネスは気づくべきであった。

 

 

 

 

 既に昼を過ぎ、月が空に浮かぶ夜となった時間。俺は時計塔に来ていた。

 用事は単純。同じく聖杯戦争に参加する――――といううわさが流れていた――――ケイネスへとそれを報告するためだ。

 正直早々に対策を練られるようなことはしたくなかったが、あの性格(・・・・)だ。大方聖杯戦争を勘違いして『魔術師同士の尋常なる勝負』とかなんとか言って一騎打ちに持ちこむのが目に見えている。

 

 だからこそ、だ。

 

 一対一なら、まずこちらに負けは無い。聖杯戦争中に同盟関係を作るためにこんな形ではあるが、ある程度信用を得て事を有利に進ませる。そのために、わざわざ倉庫を漁ってゲイ・ボルクの折れた穂先など探し出したのだ。おかげで腰が痛い。

 

「しっかし、まさか親父があんなものまで隠し持っていたとは」

 

 長い階段を昇りながら独り言を呟く。

 

 あの義父が古代アイルランドの代物を保管していたとは驚くしかない。幼少の頃から骨董品の収集家であったのは重々知っていたが、まさか一級の英霊縁の聖遺物まで収集していたとは完全に予想の範疇外だ。

 

 まぁ、ここら辺は深く考えても仕方あるまい。そう俺は斬り捨てた。

 

 なにせ、本人はもう衰弱死した後なのだから。

 

 義父――――ヨハネスは五年前大量の遺産を残して衰弱死した。

 寿命だったのだろう。義父は齢八十という老衰に勝てず、俺に家督を託す旨を書き残した遺書を綴って笑顔で逝った。

 おかげで、今まで生きてこれた。エーデルシュタイン家の力が無ければ、俺はとっくの昔に分家の方に暗殺でもされて魔術社会にもみ消されていただろう。

 

 元々謎が多かった義父であったが、今回でもっと謎が増えてしまった。

 どうして彼はこんなに遺物の類を集めていたのだろうか。コレクターと言うには少々収集物の扱いが雑であったし、命の危険があるにも関わらず積極的に集めていた理由には少々薄い。

 

「いや、まさか、な」

 

 嫌な予感がしたが、直ぐに振り払う。

 そして丁度考えるのが終わると同時に、俺は階段を昇り終えた。かなり長かったが、日ごろ鍛えている身としては適度にいい運動だ。

 

 ここは展望台だった。時計塔の最上層に存在するテラス部分。ここから街を一望できることから、時計塔の生徒たちは偶にここを利用している。偶に、だが。

 研究第一のアホどもだ。気分転換ぐらいにしか使わないので、実に勿体ない。

 おかげで、今だけは人一人いない空間を楽しむことができるが。

 

 いや、一人いたか。

 

「待ったか?」

「? あ、おかえり、ヨシュア。待ってないよ」

「そうか。ならよかった」

 

 端にあるベランダで、縁に体を預け乍ら夜景を眺めている白銀の美少女が居た。

 月光に照らされたその姿は、一言で言うなれば幻想。正直精霊と言われても納得がいくほどの姿に、俺はつい見惚れた。もうこれで、その姿に見惚れるのは三回目か。

 更に首に吊り下げられた黒い宝石――――黒曜石と銀で造られたペンダントが、所持者を引き立てるのではなく所持者によってより輝いているのは、もう絶句するしかない光景だ。

 

 ――――こんな自分の状態、以前の俺からは全く考えられない姿であったが故に、俺自身も呆れてしまう。

 

 自嘲するように肩をすくめ、俺も彼女を見習って縁に身体を預けて夜景を一望する。

 ここに来るのは、初めてでは無い。過去に気分を変えようと何度も訪れたことがある。

 

 しかし今回だけは、『特別』だった。

 

 初めてこの夜景を『綺麗』だと思えた。初めて、世界に色が生まれた。

 

 そのきっかけは、言うまでもないだろう。

 

「――――ねぇヨシュア、どうして急に参加する気になったの?」

「……なんで、そんなことを聞く?」

「もし、貴方が私に『同情』して気が変わったと言うのなら――――私は此処で自害する」

 

 真剣な眼差しで、アルフェリアを俺を見据えて告げた。

 その言葉はとてもはっきりと、俺の耳に突き刺さる。

 

「その理由は」

「……私の我が儘で、貴方を巻き込みたくない。まだ短い間だけど、一緒に過ごして貴方が『いい人』なのはわかったからね。だからこそ、そんな理由で巻き込みたくない」

「…………そうか。だが生憎、これは自分の意思だ」

「願いが、できたの?」

「ああ」

 

 体の向きを変え、俺は縁に背を預けて空を見ながら呟く。

 自分で笑ってしまうぐらい、とてもくだらない、小さな望みを。

 

「お前の願いをかなえてやりたい」

「――――は?」

「言って置くが同情じゃない。俺がそうしたいだけ(・・・・・・・・・)だ」

 

 ぽかんとするアルフェリアをよそに、俺は苦笑交じりの顔で頭を掻く。

 

 そう。これは同情などでは無い。

 単純に自分がそうしたいからするのだ。彼女の願いを、叶えてやりたい。

 初めてできた願望で、小さく下らない物。

 

 だけど俺にとってそれは――――確かに、初めて抱いた自分の『願い』。

 

 それだけは、決して間違いでは無い。

 

「……ぷっ、ふふふふっ、あっはははははははははは!」

「なんだよ」

「ふふっ、いや、本当にお人よしだな、って……ぷふっ、くくくく」

「悪かったなお人よしで。でも、本当に同情なんかじゃない。俺自身の意思だよ」

「うん、嘘じゃないみたいだね。ははっ、だからこそ笑っちゃうんだけど」

 

 散々笑ったアルフェリアは、天使の威光さえ霞む笑顔になりながら俺を真似て空を見る。

 その姿はまるで、冷たく滴る水のようで――――本当に、美しかった。

 思わず頬を赤らめるほどに。

 

「私はね――――生前、家族と普通に過ごしたかった」

「…………え?」

「ただ、家族と一緒に生きたかった。そんな小さな願いを抱いていた。誰でも叶えられそうな、そんな願いを」

 

 その声には初めて感じる感情がこもっていた。

 後悔、絶望、焦燥、恐怖――――そんな負の感情を乗せた言葉は、風に乗って轟いていく。

 

「でも、叶えられなかった。そんな願いすら、私は許されなかった」

「……ってことは、お前は」

「うん――――私はもう一度家族全員と、平和に暮らしたい。それが私の願いだよ。ヨシュア」

 

 それはとても普通の願いだった。

 普通の家庭で生まれ育っていれば、誰でも成し遂げられる小さな願い。

 

 だが、彼女にはそれさえ許されなかった。

 

 母も父もわからず、それでも彼女は血のつながっていない家族と楽しく過ごし――――全てを壊された。

 

 祖国を救おうと身を投げ出しても、最後の最後に全てを踏みにじられた。

 

 普通で無かったからこそ、普通の願いが許されなかったのだ。彼女は。

 

「……そうか。いいな、それ」

「そうかな? 英雄が抱くには、ちょっと小さすぎない?」

「馬鹿言えよ。得られなかった物を得たい。それは立派な願いだよ、アルフェリア。――――俺も戦災孤児だからな。本当の親なんぞ記憶にないし、義父も基本的に『親』じゃなくて『師』として接していた。はっきり言って、普通の暮らしなんぞしたことが無いし、親子の愛情を育てた覚えも無い」

 

 それでも彼女の境遇と比べれば雲泥の差。潜ってきた修羅場の質も数も違う。

 だがヨシュアは少なからず、彼女の気持ちを理解できた。できてしまった。

 

「俺もしてみたいよ。『普通の暮らし』ってやつを」

「……うん、そうだね。ただ、家族と一緒に、平和に――――それだけだったのに、叶えられなかった。家族に、悲しみを味わわせた。もう、あんなことを繰り返したくない」

 

 決意に満ちた声。それを聞いて、もう後戻りはできないのだとヨシュアは理解する。

 否―――戻るつもりなど端から存在しない。

 既に剣は鞘から抜いた。既に俺の戦争は始まった。一度の敗北すら許されない殺し合いが。

 

「だから願いが叶えられたら、皆と一緒に楽しく暮らすんだ。ヨシュアも一緒にね」

「――――――――は?」

「ん? 何?」

 

 ―――そう、意気込んでいた俺に爆弾が投下される。

 

 何を言っているんだ、こいつは。

 

「いや、俺はマスターだろ? お前の願いが叶ったら、別れるんじゃ――――」

「何言ってるの。ヨシュアも『家族』でしょ? 一緒にご飯食べて、家で過ごして、街を遊び歩いて、これから助け合う――――ほら、ね?」

「…………は、ははっ。そうか、俺が、家族か」

 

 彼女の言い分に少し呆れてしまうが、それ以上に嬉しかった。

 何年も孤独に過ごし、乾き切った自分の心に水が注がれたような気分だったのだ。

 

「そう、だな…………。家族か……ああ、俺はお前の家族だ」

「うん! 家族だからね、互いに助け合うのは当たり前。だから、私は貴方を絶対に死なせない」

「俺も、お前を死なせない。必ずな」

「じゃあ、約束する? 互いに互いを死なせない、って」

「バーカ。――――当り前だろ」

 

 この日初めて、俺は心の底から笑った。

 

 そして、新しい家族を得た。

 

 共に信頼し、助け合う。家族を

 

 

 

 




墜ちました(たった一日で)。

ヨシュア君・・・可哀想に・・・君もアルフェリアさんの無意識ノックダウンの犠牲者になったんだね・・・!

因みにこんな感じで円卓の騎士の大半を攻略してます。うわヤベェ。何この逆ハーレム製造機。

そして次回からはいよいよ他陣営のお話。楽しみに待っててね!グッバーイ!


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第五話・復讐鬼と赤騎士の目覚め

今回は閑話みたいなものです。それでもOKと言う方は楽しんでみてねー!

・・・正直四時間程度で仕上げられるとは思わなんだ。二日ぶりに書いたのに凄く速筆すぎて自分でも「何だこれ」って思いましたよ。

でも次回から期待しないでね!絶対だからね!振りじゃないよ!?

追記

ちょっとミスがあったので修正。

追記

支援絵を頂いたので四次編一話目に張りました!ぜひ見ていってください!


 ――――アインツベルン家。

 

 日本の冬木にて行われる『聖杯戦争』のシステムを構築した『御三家』が一つにして、かつて第三魔法と呼ばれる人の身に余る奇跡を扱った一族であり、物質の錬成と創成を得意とする錬金術を修める歴史ある家系である。

 

 その本拠地はドイツのどこかにある森。

 隠蔽や認識阻害の魔術によって結界が施されたその場所は、例え衛星カメラでも捉えられない絶対の領域。許された物にしか足を踏み入れることができない聖域の中には、一つだけ巨大な城が存在していた。

 

 数百年以上前に建てられたであろうこの城の中、酷く冷たく陰鬱した場所――――本来ならば神聖な気で満ちているであろう礼拝堂で、二人の男女は『とある作業』を行っていた。

 

 空いた空間に水銀で、魔法陣を作っている。

 

 それは何も知らない者からしてみればただの奇行にしか見えないが、これは魔術師、更に言えば聖杯戦争に関わる者にとっては重要なファクターの一つ。とどのつまり召喚陣である。

 何を召喚するかと言われれば、聖杯戦争で最も重要な要素であるサーヴァント。遥か昔、その名を大陸に轟かせた英傑の魂――――その分体を召喚するための儀式。

 これが彼らが万能の願望機たる聖杯を手にする為の第一歩だった。

 

「――――こんな簡単な儀式で構わないの?」

 

 雪の様な白い髪と肌に、新鮮な血の様に赤い双眸を持った美女――――アインツベルンが作りし人造人間(ホムンクルス)、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは、『英霊の召喚』という偉業の実現としては余りにも簡素すぎる召喚陣に拍子抜けして、そんな声を出す。

 

 その声を聞いた隣に居る東洋系の男性――――彼女の夫である衛宮切嗣(えみやきりつぐ)は微笑を浮かべながら説明した。

 

「……実際にサーヴァントを招き寄せるのは術者じゃなくて聖杯。僕はマスターとして現れた英霊をこちら側の世界に繋ぎ止め、実体化できるだけの魔力を供給しさえすればいいんだよ、アイリ」

「へぇ~、知らなかったわ」

「アハト翁は君に最低限の知識しか与えていなかったようだからね。無理も無いさ」

 

 水銀の魔法陣を完成させると、切嗣は一旦方陣から離れて置いてあったファイルを再度確認する。

 これは切嗣がFAXで受け取ったマスターたちの情報。それらを纏めて対策法などを書き込んでおいた紙媒体の束である。

 

 判明したのは五名(・・)

 

 一人目は遠坂家の五代目当主であり魔術師として卓越した技巧を持つ、遠坂時臣(とおさかときおみ)

 火属性の宝石魔術を扱う、典型的な魔術師の鑑とでも言える者。魔術師としての実力はその絶え間ない努力により支えられており、相手にするならば油断は許されない手ごわい敵だ。

 

 二人目の間桐家からは、一度は家を捨てて出家したはずの落伍者である間桐雁夜(まとうかりや)

 一年前まではルポライターとして活動していたが、聖杯戦争の開催時期が近づいた途端帰還して魔術師に仕立て上げられた者。実力としては、あまり警戒しなくても大丈夫だろうと判断する。

 

 三人目は外来の魔術師であり時計塔の『君主(ロード)』の一人、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 風と水の二重属性を持ち、経歴からも読み取れる通り様々な分野で成功を収めてきた魔術師としては(・・・・・・・)此度の聖杯戦争で最強ともいえる強敵と言える人物。

 

 四人目は聖堂教会に属していた”第八”の代行者、言峰綺礼(ことみねきれい)

 三年前に教会を離れて遠坂に師事を受けるが、令呪を授かったことで離別――――が、切嗣はきな臭いと感じ、裏で繋がっていると推理している要注意人物の一人だ。当然、単純な戦闘能力でも代行者であったが故に並外れた物だろうから警戒すべき者である。

 

 そして――――五人目。

 

「……ヨシュア・エーデルシュタイン、か」

 

 五人目はかつて宝石魔術の礎の一つであったエーデルシュタイン家が第十一代目当主、ヨシュア・エーデルシュタイン。

 

 齢十八にして数々の偉業を打ち立てた才児であり、養子でありながら三桁を越える魔術回路を保有する『異端』。

 どんな者でも魔力を貯蔵できる『魔晶石』の開発、防御系魔術式の効率化、ゴーレム作成の簡略化と量産化の確立、魔力が100%伝達する新素材の発見――――その開発・発見の数々は魔術世界を十年以上進歩させたと言われている。

 特に金属の扱いについてはアインツベルンにすら迫るとも言われるほどの鬼才。間違いなく強敵だ。強いて言うなれば実戦経験の無さが弱点になるだろうが。

 

「知り合いなの? 切嗣」

「いや、知り合いというより……この子の父親と面識がある、と言えばいいのかな」

「え?」

「彼の父親、十代目とは少しだけ話したことがあってね。いい思い出では、ないけどね」

 

 そう、切嗣はヨシュアの義父であるヨハネスと少なからず面識があった。

 当時の魔術界隈でも『変人』と言われていたヨハネスは理由は不明だが度々紛争地帯を歩き回り、気まぐれに現れては紛争を収めて去っていくという奇行を幾度も繰り返しており、更に言えば魔術協会からの依頼で封印指定の魔術師の捕縛・抹殺さえしていた。

 

 つまり簡潔に言えば切嗣の同業者ともいえる。

 

 仕事でダブルブッキングをして鉢合わせした挙句戦闘になったこともあり、それは両手の指で数えるほどしか無かったが、切嗣はその度に苦い思いをしてきた。

 

 魔術世界で『魔術師殺し(メイガス・マーダー)』として恐れられた衛宮切嗣の切り札『起源弾』ですら仕留めきれず、何度も敗北を味わわされた相手。

 

 齢60前後の老体にも拘わらず、切嗣に負けず劣らずのアクロバットを噛ました挙句いつの間にか獲物を横取りして、最後に高笑いしながら逃げられた光景は今でも切嗣の頭を痛ませる。それが凡そ六回も繰り返されたのだから、苦い思い出にもなる。

 

 正直本気で殺し合いを繰り広げたら、勝てる自信は無かったと断言できる。こちらが本気で殺しにかかったのに、それをお遊び感覚であしらわれ一度たりとも殺気を向けられることが無かった。

 はっきり言って切嗣にとって先代エーデルシュタインは『二度と会いたくない相手』だった。つい数年前、老衰で亡くなったと聞いて胸をなでおろす心境であったのは言うまでもない。

 

 しかし義理とはいえその息子が出てくるのだから、苦い顔もしたくなる。

 

「――――だけど、今回は僕が勝たせてもらう」

 

 ただの一度たりとも勝利を掴めなかったが、今回ばかりは勝たせてもらう。切嗣はそう宣言した。

 何せ『最強のカード』を呼び込める聖遺物を手に入れることができた。そう思いながら切嗣が視線を向けるのは、祭壇に設置された黄金の鞘。

 

 千五百年前に存在していた、かの騎士王が持っていた鞘――――『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。

 

 本来の持ち主が持てば不老不死の恩恵を授ける最高の聖遺物である。

 それはコーンウォールにて埋蔵されていた一品をアインツベルンが探し出し、こうして最高のサーヴァントを招き寄せるための触媒である。しかも持ち主からの魔力供給さえあれば他人の傷すら癒せる代物。

 

 現代の魔術師ならば無様を晒してでも手に入れたい至高の鞘は、千五百年も前のモノだと言うのに傷一つ無い。その栄光は何時まで経っても不朽であるかの如く。

 

 つくづく世の中不思議だらけである、と切嗣は小さく笑った。

 

「それじゃあ、召喚を始めようか。離れていてくれ、アイリ」

「ええ。始めて頂戴」

 

 妻の後押しを受けながら、切嗣は召喚陣の前に立ち令呪の刻まれた右手を突き出す。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 

 パキッ。

 

 そんな小さな音が切嗣の脳裏に響く。その不快感に耐えながら切嗣は己の持つ魔術回路を起動させ、魔力を召喚陣へと送り込んでいく。

 瞬間、起こるエーテルの奔流。

 それを間近で叩き付けられ、吹き飛びそうな体を押さえながら切嗣は詠唱を続けた。

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 一句述べるたびに切嗣の顔に脂汗が浮かんでくる。

 何故? と切嗣は考えを巡らせた。今果たそうとしているのは己の願い――――恒久的世界平和の実現のための一歩。なのに何故、本能が悲鳴を上げている?

 

 ――――今すぐやめろ、と。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する」

 

 手足が震える。口元が引き攣る。

 理由もわからないまま、切嗣は持てる全ての理性でそれを押さえつけ詠唱を絞り出し続けた。

 

 それが何を呼ぶかも、理解できず。

 

「――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 誓いを此処に」

 

 ついに思考が白に染まる。

 

 ――――何故?

 

 そんな考えで切嗣の頭は埋まっていた。

 理由不明の恐怖感。誰にもわからない恐怖の原因。それがこの先(・・・)にあるのではないか、切嗣はそう思考を巡らし始めた。

 

 ――――だから、止めるのか?

 

 九年も待った。

 世界を平和にする、もう血を流さないようにさせる。その信念のもとに九年間も耐えてきた。自分に許されない幸せを。

 だからこそ、此処で終わらせる。

 今ここで人類の流血を止めさせる――――歯を食いしばり、切嗣は前を真っ直ぐ見据えた。

 

「我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天」

 

 

 ゾワリ、と切嗣の全身を得体のしれないナニカが包む。

 

 

 それでも、彼は止めなかった。

 

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――ッ!!」

 

 

 

 発生するエーテルの爆風。

 逆巻く風と眩い雷光が礼拝堂を包み――――晴れた時、『それ』は召喚陣の上に立っていた。

 成功した。間違いなくそう言っていいだろう。

 現れたモノが纏う気は、現代では絶対に見れないだろう神秘。

 

 

 ――――だがその質は余りにも黒過ぎた(・・・・)

 

 

 薄汚れた銀色の鎧と真っ黒なドレスの上に漆黒の外套(マント)を着込んだ、白髪の少女。

 普通ならば見惚れてもいいだろう美貌を放つ少女だが、切嗣とアイリはその背に悪寒を走らせた。

 

 その眼が、余りにも絶望に濁り過ぎていたのだから。

 

 どす黒い威圧を放ちながら、その少女はやがて口を開ける。

 

「…………お前が私のマスターか」

 

 凛とした声、しかしその声に込められたのは紛れも無い憎悪。それが切嗣らに向けられたものではないと知っていながらも、二人はあまりの威圧感に言葉を失う。

 そのまま数秒経ち、返事が来なかったことが不愉快だったのか――――その少女は真っ黒な剣を右手に作り出す。

 

「な――――」

 

 驚愕の声を上げる切嗣だったが、黒い剣の切っ先が突き付けられたことで言葉が詰まった。

 召喚早々、剣を向けられるとは思わなかったのだろう。思う方が、可笑しいのだが。

 

「――――二度は言わんぞ」

 

 その場全てを押し潰す威圧を放ちながら、少女は苛立った感情を隠しもせず声に乗せて切嗣に言い放った。

 混乱が極まって一周回り、冷静になり切嗣は静かに両手を上げて返事を返した。

 

「そ、うだ……僕が、君のマスターだ」

「……そうか」

 

 返事を受けて何事も無かったかのように少女は黒い剣を消し、そのまま押し黙った。

 様々な感情に襲われる切嗣であったが、今ようやく復活したアイリスフィールが『とある質問』をしたことで少しずつ冷静になっていく。

 その質問は、極めて簡単なもの。

 

「あ、あの……貴女が、アーサー王なの?」

 

 たった、それだけの質問。

 

 

 それだけで少女はこの場全ての生命を殺さんばかりの殺気を放った。

 

「ッ――――」

「ぁ――――」

 

 あまりの殺気に肺が押し潰されたかのように錯覚して、二人ともその場で崩れ落ちた。

 一級品の英霊が放つ全力の殺気。数々の紛争地帯を潜り抜けてきた切嗣といえど一秒たりとも持たないほどの濃密な殺気は例外なく全ての者に叩き付けられ、アインツベルン城の周りにいた鳥や野生動物の類は全て逃げ出す有様。

 

 その後五秒ほどで、少女は虚ろな笑い声を出しながら殺気を収める。

 

 もう既に切嗣たちは戦場帰りの兵士のように疲れ果てていたのだが。

 

「すまない。その名(・・・)が実に不愉快だったのでな。つい殺気を出してしまった。謝罪しよう、マスターと……その伴侶か? ……まぁ、どうでもいい」

 

 呆気からんとした様子で少女はやっと質問に対する答えを述べ始めた。

 

「確かに私はアーサー・ペンドラゴンと呼ばれた存在だ。だが……二度とその名で呼ぶな。マスターであろうが首と胴体が二度と繋がることが無いと思え。私を呼ぶときはクラス名を使え、マスター」

「あ、ああ。承知、した」

 

 震える心を全力で収め、切嗣はどうにか返事をすることができた。

 そうしなければまたあの殺気を当てられるのではないかと恐怖したが故に。

 

「では、私のクラスを言って置こう。先程の様に、失言されては双方共に困るだろうからな」

「え? えっと、貴方はセイバーじゃ――――」

 

 どうにか精神を持ち直したアイリスフィールがそう言おうとするが、その言葉に重なる様にアーサーと呼ばれた少女は告げる。

 

「――――私はアヴェンジャー(・・・・・・・)だ」

「…………ッ!?」

 

 告げられた事実にアイリスフィールが喉を詰まらせたような声を出す。

 アヴェンジャー。俗に言うエクストラクラス。

 第三次聖杯戦争にてアインツベルンが反則紛いの裏技を使い呼び出したクラスでもある。

 念のためにアイリスフィールは切嗣にステータスの確認をさせて――――そのステータスが軒並み高いと言われて、彼女はどうにか胸をなでおろした。

 

 一先ずの不安は去った、といった感じだろう。

 

「で、だ。マスター。敵は何処だ」

「……いや、聖杯戦争は日本で行われる。ここはまだドイツだから、直ぐに移動の用意を――――」

「――――敵がいないのに私を呼んだのか? 貴様は?」

 

 酷く冷たい声音で、アヴェンジャーはそう言った。

 はっきりと存在する『不快』の感情。しかし今回ばかりは感情的になり過ぎたと反省したのか、アヴェンジャーは呆れ顔になりながらも礼拝堂のベンチの腰掛ける。

 

「準備ができたら呼べ。それと、私は特殊な事情があって霊体化ができない。移動には物理的な手段を使うしかないが、構わないな?」

「……了解した」

「ならいい」

 

 会話を叩き切って、アヴェンジャーはそのまま押し黙った。

 先程感じられた異質な気配は既に無く、後に残る静寂が忌々しいほど暗い空気を演出する。思わず喉が固まりそうになりながらも、切嗣は『最終確認』として問いを投げかけた。

 英霊が聖杯に掛ける願いを。

 

「アヴェンジャー、お前が聖杯に掛ける願いは何だ」

「それを言う必要があるか?」

「令呪を使うぞ」

「…………わかった。言おう」

 

 小さく舌打ちしながら、アヴェンジャーは渋々といった様子で答えを口にする。

 

 

「国のために家族を捨て、全のために一を切り捨て――――最後には全のための一として切り捨てられた小娘()を歴史から――――アーサー・ペンドラゴンという王を抹消する。そして、アルトリアとしての生をやり直す。それが私の願いだ」

 

 

 頭を鈍器で殴られたような衝撃が切嗣を襲った。

 その言葉に嘘は無い。無かったからこそ、切嗣は目の前が真っ白になる感覚を味わう。

 

 全のために一を切り捨てる。

 

 それは、切嗣が九年前までしてきた行動そのもの。

 そしてその行動の成れの果てが――――今、彼の目の前に存在していた。

 

 絶望に染まり切った双眸。

 疲労で色が抜けきった正気の欠片も感じられない髪。

 殆どの感情が欠乏している無表情。

 

 それが切嗣にはとても哀れに思えて――――そしてそれが自分が行く道の果てだと知り、膝を折りそうになる。

 

「きっ、切嗣!?」

 

 咄嗟にアイリスフィールがそれを支えることで事なきを得たが、切嗣は顔のいたる所から脂汗を滲ませていた。

 脈拍は不安定になり、感情はミキサーでかき回されたように揺れている。それが、今の彼の状態であった。

 

「――――成程、貴様も『そう言う類』か」

 

 感情の消えた声で淡々と、アヴェンジャーは言葉を出す。

 切嗣にとってそれは、死刑執行人の言葉のように思えて、一つの言葉だけでも彼の心を抉る武器となっていた。それを知ってか知らずか、アヴェンジャーは膝を折った切嗣を見下ろし続けている。

 

「なんだ、何か言ってほしいのか」

 

 いつの間にかそんな目をしていたのだろうか。切嗣は言われてようやく何かを請う様な視線をアヴェンジャーに向けていたことを悟る。

 だが帰ってくるのは、望んだものでは無かった。

 

「……イカロスという男の話を知っているか? 彼は蝋で作った翼で空を飛び――――その傲慢さゆえに、太陽に近づきすぎて落下死したらしい。実に馬鹿な男の話だ。……つまりだ」

 

 

 その声は、何処までも冷淡で、残酷で――――無感情だった。

 

 

「自身に過ぎた理想を背負えば、碌でもない最期を迎えるということだ。――――私の様にな(・・・・・)

 

 

 告げられた答えは、切嗣を絶望に染まらせるには十分すぎるものであった。

 後に残る静寂は、ただただ重く全ての者に圧し掛かる。

 

 少なくともこの場に希望と呼べるモノは、ありはしなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 死臭――――それが満ちている地下室で、オレンジ色の髪を持った青年は鼻歌混じりに手に持ったナイフを回しながら、眼下にて口を塞がれて体を振るえさせて怯えている少女を眺める。

 どうしてそんな状況になっているのか、と聞かれれば、こう答えるしかない。

 

 青年、その名を雨生龍之介(うりゅうりゅうのすけ)。今現在冬木市を騒がせている連続殺人事件の、犯人。

 その鮮やかすぎる手際で何十人もの人間を猟奇的に殺害し続けた、生粋の気狂いである。

 

 そして、そんな彼の目の前で怯えている子供――――肩まで伸びた鼠色の髪に整った顔立ちを持った齢10にも満たないであろう少女。その名は、氷室鐘(ひむろかね)。冬木市市長の氷室道雪(ひむろどうせつ)の娘である。

 何故市長の娘である彼女がこんな所に居るのか。答えは実に簡単。

 

 誘拐だ。

 

 龍之介は基本的に『美学』を持って殺人をする。美しければ美しいほど、彼はその美しさを己の芸術へと変えるために常日頃『マーキング』をしに街を出歩いているのだ。

 つまり、氷室は殺人鬼に目を付けられた。

 そして夜中こっそりと遊び感覚で家を抜けだした彼女を見かけた龍之介が、殆ど神業に近い手際で誘拐を実行し、今に至る。

 

 手足と血が入ったバケツに度々足を突っ込みながら、古書片手に足で魔法陣を作る龍之介。彼もこういったことは初めてであり、斬新な気持ちで傍目から見れば奇行にしか見えない所業を喜々として執り行っていた。何事も初めて取り組むと言うのは楽しい――――少なくともこの殺人鬼は今の状況を目いっぱい楽しんでいるのは、その笑顔からして察せるだろう。

 殺人鬼相手に『奇行』など言っても無意味此処に極まれりであるのだろうが。

 

閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)。繰り返すつどに五度――――アレ、四度? まぁいいか。もう一回もう一回♪」

 

 鼻歌混じりに呪文を言いながら、彼は足で魔法陣を描いて行く。

 

 本当なら儀式と言う物はもう少し集中してやるモノなのだろうが、気分屋の龍之介はそんなことお構いなしにお気楽調子で続けていく。そもそも彼は魔術の存在すら知らないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。もし魔術師が見たら憤慨確実な光景ではあるが、それ以前に児童誘拐を実行している時点で一般人でも憤慨確実だろう。

 

 だが、此処には龍之介と氷室以外に誰もいない。

 精々――――殺人鬼の姉の死体が血痕と共に無残に転がっているだけだ。

 

「―――――ッ!! ―――――――ッッ!!」

「はい、閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)閉じよ(みったせー)。よし、これで五度。オッケーオッケー。おーわり!」

 

 お気楽な調子を崩さず龍之介は魔法陣を描き終え、残った血はとりあえず壁にぶちまけてみる。これが予想外に決まったのか、龍之介はご機嫌な様子で氷室の方を振り向いた。

 その氷室は、完全に泣き腫れた顔で龍之介を見ていた。まるで怪物でも見るような目で。

 

「君さー、悪魔ってホントに居ると思う~?」

「ッッ――――!!」

「あっはっはっは、まぁ喋れないから言えないよね。でもほら、俺ってさ、テレビとかで悪魔って呼ばれてたりするんだよねー。でもさ、それってホントに悪魔が居るなら、すっげー失礼だと思わないかい?」

「ッ――――! ッッゥゥゥ――――――!」

「わぁお、すっごい元気。これは作りがいがありそうだなぁ~。んで、話の続きだけど、俺が殺した人間の数なんて、夜の繁華街にダイナマイト放り込めば余裕で越せるじゃん? 高々殺し方程度で悪魔だなんだと騒がしいったりゃありゃしない。ま、悪魔でも全然構わないけどね。うん、スゲー響きいいし。でーもー、本物の悪魔に比べたら、俺なんてやっぱり人間の範疇なわけよ」

 

 縛られた手足をじたばたと振りまわす氷室を、まるで癇癪を起した子供を眺める親の如く優しい目で見る龍之介は喜々として意味のわからない事を語り始めた。氷室はそれがとても理解できず、だからこそ震えを止められなかった。

 

「つーわけで、今からこの雨生龍之介、悪魔を召喚したいと思いまーっす! あ、君は生贄役ね。本音を言えば俺が色々試したいんだけど……ま、悪魔が出てこなかったらそうするってことで。オッケー?」

「ッッッ――――――!!?!?」

「アレー? 首振らないのー? ま、前置きももうメンドイし、ちゃっちゃと始めましょうかね」

 

 笑顔のまま龍之介は魔法陣の前に立ち、古書を見ながら適当に台詞を言い放った。

 有無を言わぬ舞台の進行。優美さの欠片も無いその行動は氷室にとっての死へのカウントダウンであり、唐突にカウントを始めたことには絶句するしかない。

 

「えーっと、ヨクシの輪より来たれ、テンビンの……うわ、かすれてる。もー、肝心な時につっかえないなぁー。……んじゃ、いつも通り自分の手で始めましょうか。まずは……そうだね。ふくらはぎの皮でも剥いで見ようか。君の脚はどんな風になってるのかなー♪」

 

 儀式失敗などには目もくれず、龍之介は振りまわしていたナイフを再度握り直し、空いた左手で氷室の頭を鷲掴みにする。もう逃げられない。待っているのは残酷で凄惨な死のみ。

 その事実を突きつけられて、氷室は双眸から涙をまたあふれさせる。そんな死に方は嫌だ。こんな所で誰にも知らされず死ぬのは嫌だ。

 彼女の感情を目から読み取ったのか、龍之介は嗜虐的な笑みを浮かべてナイフを彼女の白い脚へと――――

 

 

「――――ん?」

 

 

 ふと変な気配を感じて龍之介の手が止まる。

 振り返ってみれば、先程彼が描いた魔法陣が朱い光を帯び始めていた。そんな非現実的な光景を目の当たりにして、つい龍之介は硬直してしまう。

 

 風が湧く。

 赤い光が充満し、強烈な旋風が部屋を掻きまわし始めた。

 

 そして――――巻き起こる衝撃波は周囲に存在した塵を残らず吹き飛ばして光で部屋を包む。

 

 光が晴れた時、魔法陣の上には『それ』が立っていた。

 白を基本色にして所々に赤を散りばめられた全身鎧を着こんだ人物。それは白銀の刀身を持つ剣を片手に、龍之介の眼前に現れたのだ。

 今までは何処にもいなかったはずなのに突然ここに現れた。そんな超常現象を見て龍之介は感情の昂りを感じ、輝く瞳でその全身鎧の人物を見る。

 

「――――あぁ?」

 

 だがその鎧の人物からはどう聞いても怒気が含まれているとしか思えないほどの重低音の声が出てくる。

 当然だ。召喚されたと思いきや、壁床天井ほとんどが血まみれの死臭臭い場所に叩き出されたのだ。不機嫌にもなる。ならない奴はそれこそここに居る連続殺人鬼ぐらいだろう。

 

「んんん~~~~~~COOOOOOOOOOOOL!! すっげぇナニソレ超カッケー!! アンタ誰だ? もしかして悪魔? マジモン? あ、声女っぽいからまさかサキュバス?」

「……なんだ、テメェ」

「あ、俺雨生龍之介っす。フリーターの連続殺人鬼やってます。よろしく」

「――――令呪は無し、っと。マスターじゃねーな、お前は」

「え?」

 

 鎧の人物は龍之介の肩を掴んで退けると、その奥に居る少女を見据える。

 そして縛られた腕を確認し「ああ」と小さく呟いた。それが何なのかは龍之介には理解できなかったが、とにかく彼は何か面白そうなことをやってくれるのかという期待に満ちた目で鎧の人物を見た。

 

「一つ、聞きたいことがある」

「え? なんすか?」

「このチビ、お前はこれからどうするつもりだ?」

「ん~? 悪魔さんが手ぇ出さないなら、適当にバラシて――――」

 

 そこで龍之介の言葉は途切れた。

 いや、止めざるを得なかった。

 

 首と胴体が離れてしまったのだから。

 

 それを起こしたであろう鎧の人物は手に持った剣を振り抜いた姿勢のままで呟く。

 

「お前が死んだ理由は四つ。一つ目は俺をこんな糞みたいな場所に呼び出したこと。二つ目はマスターに危害を加えようとしたこと。三つめは俺を悪魔呼ばわりしたこと。四つ目は――――俺を女呼ばわりしたことだ。四つも条件満たしてんだ。恨むんならテメェを恨みな」

 

 剣についた血を振ることで払いながら、鎧の人物は静かに氷室の拘束を外していく。

 氷室は状況が完全に理解出来ず、茫然とした顔で鎧の人物を見ていた。いきなり現れたかと思いきや自分の窮地を救ってくれたのは、理解できているのだろうが。

 それでもこんな状況を子供に理解しろと言う方が無茶すぎるだろう。

 

「よっし。何とか無事みたいだな、マスター」

「ま、ます……?」

「その反応は……やっぱ正規のマスターじゃねぇって事か。まぁいいや。パスはちゃんと通ってるみたいだし」

「あ、あの」

「ん? どうした?」

 

 狼狽えながらも声を出した氷室は、鎧の人物に問いを投げる。

 

「お、お名前……聞いても、いいですか?」

「俺の名前か? ふふん、よく聞け。俺は名高き騎士王アーサー・ペンドラゴンの息子であり、救国の聖女アルフェリア・ペンドラゴンの姪! そして今回の聖杯戦争で最優のクラスであるセイバーに選ばれた超強力サーヴァント!」

 

 ポーズを決めながら、そのかぶっていた兜を放り投げて――――彼女は高らかに名乗りを上げた。

 

 ――――そしてその顔は、凄まじいまでにドヤ顔だった。

 

 

「――――円卓の騎士モードレッドとは俺の事だ! ……フッ、惚れてもいいんだぜ?(キリッ」

 

 

 それを見た氷室はこう思ったらしい。

 

(あ、この人馬鹿だ)

 

 その予想はある意味的中しているのが何とも言えないものであった。

 

 

 

 




はい、というわけで念願のアヴェトリアとモーさん導入。モーさんはほぼいつも通りだけど、アヴェトリアさん、もはや原形留めてない件について。どーすんのこれ・・・?

あ、ステータスの方にアヴェトリアとモーさんのステ更新しておきますのでそちらも楽しんでみてねー。


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第六話・希望の銀光

今回二話分を圧縮しているので半端なく長いです。まさか二万文字超えるとは・・・たまげたなぁ・・・。

そしてお待たせ間桐陣営救済回。ちょっと急展開だけど、楽しんでみてね!楽しんでみてねッッ!!(大事なことなので以下略

追記
宝具名のミスを修正しました。


 冬木市。周囲が山と海に囲まれた自然豊かな地方都市。

 中央の未遠川を境界線に東側が近代的に発展した「新都」、西側が古くからの町並みを残す「深山町」に分かれた変わった街並みを持ち、名前からして寒冷気候そうであるのだが実は割と暖かいという色々特徴的な場所。

 柔らかい日差しは街を照らし、十月下旬だと言うのに相変わらず暖かい気温を保つ様はある意味過ごしやすい環境を人々に与えているのだろう。広い草原があれば転がって眠ってもいいほどだ。

 

 そんな冬木市最寄りの空港の滑走路に、空気を裂きながら小型のジェット機が着陸する。

 イギリスから離陸したそれはとある会社から買い取った小型双発多目的輸送機An-26。静かに地へ舞い降りたそれはゆっくりとその動きを止め、タラップが取り付けられると遂にその出入り口が開かれる。

 

「ここが冬木か。名前通り、寒いな」

「そこまで寒くも無いと思うよ? まぁ、イギリスと比べれば寒いだろうけど」

 

 An-26から降りてきたのは灰色のトレンチコートと黒いミニスカート、そして茶色のロングブーツで身を包んだ銀髪銀眼の美女。誰もが一度は振り返り、どこかの国の王族か何かと勘違いしそうな雰囲気を纏いながら周囲を魅了する。

 身に付けている服こそ質素な庶民の服ではあるが、それでも比較的上質な素材を使っているのか彼女が着るだけでファッションショーに出ても良いほどに高貴さを放っている。

 

 対して、後から出てきた黒髪のやや中性的な見た目の男性の服装は、黒のロングレザーコートに灰色の長ズボンと飾り気のない簡素なものだった。しかし着ている本人が派手なものを好まない性格だと一目で理解出来るせいで、雰囲気に合っているのは否めない。

 

 そんな対極に位置する二人が並んで歩く様は実に異色さを放っていた。

 

「しかし随分薄い反応だな。生前、空を飛んだことでもあるのか?」

「まぁ、ね。言い忘れたけど、私ライダー適正もあるから」

「……まさか竜に乗って空を飛んだとか言わないよな?」

「へぇ、よくわかったね」

「いや、もう驚かないぞ。お前のトンデモさはもう味わい尽くした」

 

 小さく笑い、風で銀髪を揺らすアルフェリアは日が差す空を見る。

 

「そもそもお前、霊体化できるのに何でわざわざ生身で飛行機に乗ったんだ? 親父の残した代物だから別に費用も掛かりやしなかったが。・・・パイロットの雇用代は掛かったが」

「そりゃ生身の方がいいよ。霊体化って、そんなにいい感触でもないし。自分の存在が『溶ける』って言えばわかりやすいかな。こう……広がるような」

「ま、お前がしたいならそれでいいがな」

 

 ヨシュアはカーゴドアの開いた貨物室に入り、そこに存在していた自動車――――ロールス・ロイス・ファントムVIのトランクに放り込む。

 冬木に来る前にイギリスで買い取り、事前に輸送させておいた車体だ。

 

 しかしただの自動車では無い。徹底的に改造され、装甲部分は対物ライフルの直撃でも耐えられる超硬度タングステン製装甲に。窓ガラスは全て重機関銃の乱射を防げる強化ガラス。エンジンは大型化させて最高速を325Km/hまで伸ばし、更にニトロも搭載したことで瞬間最高速度は500Km/hを超える化け物へと変化した。

 

 更に念には念を重ね、サーヴァントに攻撃されても安心なように全ての個所に魔術的措置を施しており、既に『自動車』と呼べる代物かどうかもわからないモンスターマシンと化したロールスロイス。たとえロケットランチャーが直撃しようが傷一つ付かないであろうそれは、もはや動く要塞と言ってもよかった。

 

 その運転席にアルフェリア(・・・・・・)が乗り込む。

 

 何故男のヨシュアが運転しないのかと言うと――――実を言うとヨシュアはバイク免許こそ持っているが、自動車免許を持っていない。故に車の運転はできない。

 免許を持っていないのはアルフェリアも同じことなのだが、彼女はサーヴァントとして『騎乗』スキルを持っている。どちらかと言えばアルフェリアの方が安全性は高いだろうと判断した結果だ。

 

 セイバーでもライダーでもない彼女が何故それを持っているかと言うと、単純に彼女固有のスキルだからだ。そのランクはA++。生前直感だけで竜種を乗りこなしていたのだから、ある意味当然のランクと言える。

 そのせいでライダークラスの意味が消えつつあるのだが。

 

 ロールスロイスで空港を後にし、冬木市内に入る二人。

 ヨシュアは初めて見る異国の風景を物珍しそうな目で眺め、アルフェリアは初めての運転にワクワクしている。少なからず人生を楽しんでいると言っていいのだろう。

 

「で、どう? 初めて国の外に出た気分は」

「…………新鮮な気分だな。まるで別の世界にでも放り込まれたような気分だ」

「じゃ、その気分をたっぷり楽しんでよね。これから色々と忙しくなるんだからさ」

 

 まるで田舎から上京したような若者の反応に、アルフェリアは若干苦笑する。これは十八歳になった青年の反応なのだから、今までどれだけ閉鎖的な暮らしをしていたのかが伺える。

 ある意味、この聖杯戦争は彼に取っていいきっかけになったと言えるだろう。

 下手すれば一生、あの国を出ずに暮らしたのかもしれないのだから。

 

 そのまま観光がてらに街を一回りし、二人は目的の場所に到着した。

 

 二人が目的地としていた場所は、冬木市深山町の中に存在する比較的高い格の霊地。一番良質な霊地である遠坂邸をAランクとすればこの場所はC~Bの中間程。そこまでいいとも言えず、しかし悪いとも言えないこの土地は遠坂が売りに出していたものを買い取ったものである。

 それに中途半端と言っても、冬木の霊地は軒並み高い質を誇る。他の土地と比べれば十分と言えるほどの場所であった。

 

 そして、その土地の上には小さな一軒家が建てられている。

 西洋風の建築であり、日本風の家宅の多い深山町ではかなり浮いていた。更に言えばかなり幽霊屋敷化が進んでおり、壁には緑色の蔦が大量に張り付き、庭は雑草だらけ。

 この様子では中も埃だらけで掃除でもしなければまともな生活はできないだろう。

 当然その掃除も並大抵の労力では済まない。

 

 しかし、それは二人が『ただの一般人』の場合だ。

 

 アルフェリアは早速外部からの監視を遮断するため、周囲に魔力漏洩を防ぐ結界を張りながら銀色の表紙で造られた書物――――『湖光を翳す銀の書(ホロウレコード・グリモワール)』を開いた。

 

 瞬間、一定範囲が無色透明な魔力の膜につつまれる。

 

 この動作だけで外部からの認識の阻害、外敵の自動迎撃、侵入者即時感知の魔術が展開された。キャスタークラスのスキル『陣地作成』と宝具の魔術工房自動作成機能を組み合わせた『神殿』の形成。本来ならば並大抵の努力では作れないはずの代物なのだが、アルフェリアの規格外の魔術師適正と宝具の効力がそれを可能にした。殆どのキャスター涙目の所業である。

 

 一瞬にして風変わりした住宅の周囲を軽く見まわし、作業が無事に終わったことを確認するとアルフェリアはもう一つの作業を始める。

 

「それじゃ、Auto cleaning(自動修正開始)

 

 パンパン、とアルフェリアが手を軽く叩くと、空間に穴が開きそこから大量の掃除道具が現れる。

 それらはまるで自分の意思を持つかの様に、主に言われるがまま宙に浮きながら掃除を始めた。まるでファンタジーでみるような光景だ。メルヘンチックとも言うだろう。

 

 しかしこれは、見た目に反して結構高度な魔術だ。

 自動的に汚れなどを感知し綺麗にする。言うだけならば簡単だが、いわばこれは自立した使い魔を幾つも作り出すようなものだ。並の魔術師に可能なことでは無い。

 それをたった一小節でこなしてしまうのだから、アルフェリアの魔術の腕が分かるだろう。彼女は攻撃魔術こそあまり得意ではないが、こういった補助のための魔術なら彼女の右に出る者はいない。

 

「この様子ならあと三、四時間あれば綺麗になりそうだね。ヨシュアはこの後どうするの?」

「集めた情報を整理して、各陣営への対策を立てる。参加マスターの情報だけなら一通り集まったからな。経歴からその対策ぐらいは練れるだろう」

「じゃあ私は少し時間を貰うよ。少しやりたいことがあるし」

「ああ。構わないぞ。……ただし、厄介事は起こすなよ」

「ふふっ、善処はするよ」

 

 そう言ってアルフェリアはすぐさま敷地内を出ていった。

 遠ざかっていくその後姿を見て、ヨシュアは半分呆れた表情でこう呟いてしまう。

 

「……あれは絶対に事を起こすつもりの顔だな」

 

 ため息を吐きながら、ヨシュアは空を仰いだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 間桐邸。

 

 人気のない場所でひっそりと佇んでいるそれは、人が住んでいるかどうかも怪しいほど古ぼけており、割れた窓ガラスは放置され、雑草は一切処理されていないせいでそこら中に生い茂っている。おかげで間桐邸周辺は虫や蛇の格好の巣窟と化しているのは、近所の子供たちの間では有名だった。稀に珍しい虫が取れることでも有名な子供たちの大人気の虫取りスポットではあるが――――基本的にどんな者でも間桐邸には近づかない。森の中に入っても、絶対に一定の距離は保つようにしているのが近所の人々の暗黙の了解だ。

 

 近づいた者は誰一人として帰らない。そんなうわさが流れているからだ。

 とはいえ未だ消えた人はいないが、その不気味さがその噂の信憑性を高めているせいで大人でも滅多に立ち寄らない冬木屈指の危険区域である。

 

 そして、その間桐邸の地下で苦しみ悶えている影が一つ。

 顔半分が硬直して左目からは光が失われ、その肌は士気色と変色し生気が全く感じられず、髪に至ってはどれほどの精神的疲労を積み重ねたのか真っ白になるまで色が抜けている。

 この者が日本人だと、誰に言えば信じてくれようか。

 

 彼の名は間桐雁夜(まとうかりや)

 聖杯戦争のマスターの一人だ。

 

 だが既に彼は体中に住み着き己の体を食いつぶそうとする刻印虫が起こす激痛と破壊により、寿命が一ヶ月程度にまで削られている。にもかかわらずその傍に立つ老人、間桐臓硯は手助けをするどころかその様子を楽しんでいる。

 

「――――呵々々々(カカカカ)! 雁夜よ、サーヴァントの召喚で魔力を消費したとはいえ、もう果てそうではないか。ん? どうじゃ、今の気分は」

「黙れッ…………クソジジイが! 手を貸す気がないならさっさと消えろ!」

「ククク……安心するがよい。刻印虫からお前に必要な最低限の魔力は送っておる。数時間もすれば時期に動けるようになるわ」

「そうだ。それでいい……これから俺は時臣を殺しに行くんだ。こんな所でくたばれるかよ……!」

「意気込みだけは一人前じゃのう。我が孫ながら末恐ろしいわい。後一ヶ月の命じゃがな。呵々ッ」

「言ってろ、老害がッ……」

 

 魔術の素養はあれど、一年前まで全く修練などしてこなかった雁夜に本来ならばマスター権が委ねられることはなかった。だが彼は己の体の中に刻印虫と呼ばれる虫を寄生させ、それを疑似的な魔術回路とすることである程度の魔術を扱えるようにまでなったのである。

 それでも、三流魔術師の域を出ないものではあるが。もし雁夜が令呪の優先権が与えられた『始まりの御三家』たる間桐で無ければ、ここまでしようが令呪が宿る事は無かっただろう。

 

 逆に言えばこうまでしてようやく令呪を得ることができたという事ではあるが。

 

「クソッ、バーサーカーの野郎……霊体化していてもアホみたいに魔力を吸って行きやがる……!」

「おぬしが未熟なだけじゃろうに」

「ッ……わかってることを一々指摘するな。それより、約束を忘れていないだろうな」

「勿論じゃとも。聖杯を得ることができれば、桜はおぬしに渡そう。二言は存在せん」

「最後の最後に忘れたとか抜かすなよ、ジジイめ」

 

 そう。雁夜は聖杯に託す願いはない。厳密に言えば『聖杯を得る』こと自体が目的なのだ。

 

 この間桐邸の中には四人の者がいる。一人は人間と呼べるかは怪しいが。

 間桐家の裏の支配者である間桐臓硯、魔術を忌み嫌い家を出た落伍者である間桐雁夜、魔術の素養が皆無であり実質臓硯の傀儡である間桐鶴野――――そして、遠坂から引き入れた養子である間桐桜。

 

 雁夜の望みは間桐から桜を切り離すこと。一年前から桜は臓硯により、魔術回路を多く備えた子を産むための『胎盤』として虫による凌辱を受けている。それは一般人の感性を持つ雁夜からしてみれば地獄より悍ましい何かだ。何せ、知人の娘――――今でも片思いを抱いている女性の娘が虫に犯される光景など、理性が吹っ飛び発狂してもおかしくない。

 

 故に彼は願ったのだ。桜の救いを。そしてその母親である遠坂葵の幸せを。

 

 そして桜を捨てた父親――――魔術師である遠坂時臣への、復讐を。

 

「必ず、必ず殺してやる……時臣ィ……!」

 

 だが彼は己の矛盾に気付かない。

 愛した女性の幸せを願うにも関わらず、その夫を奪い幸せを失わせるという矛盾に。

 

 何年も積み重なった嫉妬と現状への焦燥感から、正常な判断ができなくなっているのだ。むしろここまで身体を変質させて狂わない方がどうかしているのだが。

 むしろ雁夜はよく耐えた方だ。

 

 ある程度心の余裕ができれば、彼も己の中にある矛盾に気付くはずなのだが――――桜が虫に犯され続けている限り、その可能性は限りなく低いだろう。

 それほど今の彼は追い詰められているのだ。

 一般人の感性を持つ者が蠱毒の中に放り込まれて、一年も正気を保てる方が異常だ。

 

 ――――遠坂家当主である遠坂時臣は優れた魔術師だ。刻印虫を体内に住まわせただけの急造の魔術師である雁夜では、その足元にも及ばないであろう。何せ魔術協会総本部である時計塔の卒業生。落伍者である雁夜に敵う道理はない。

 

 だが今の彼にはサーヴァントという巨大な「切り札」が存在している。

 限定的にではあるが、雁夜は時臣の足元にしがみ付くことができたのだ。

 

 その優越感に浸りながら、雁夜は自分が召喚したサーヴァントについて考えを巡らし始める。

 

 狂戦士(バーサーカー)

 

 本来ならば霊格の低い英霊を狂化、狂わせることで力の底上げをするクラス。雁夜のように腕が未熟なマスターがサーヴァントを強化することで足りない穴の埋め合わせを行うクラスであるが、「理性がない」「燃費が悪い」「一部の能力が使用不可能になる」という大きなデメリットを負っているクラスでもある。

 

 事実、未熟なマスターが一番召喚してはいけないクラスだ。三流魔術師である雁夜に向いているクラスは宝具が低燃費のランサーか、魔力を殆ど必要としないアサシン、またはマスターからの魔力が供給されなくてもある程度自由に行動できるアーチャーだろう。

 が、魔術師としてはへっぽこの雁夜が召喚した場合、魔力不足によりそのステータスが大幅にダウンしてしまう。今行われようとしている第四次聖杯戦争は大半が一級の魔術師ぞろいの魔境。勝ち残るにはスペックの底上げを行う必要があったのだ。

 

 実を言えば聖杯戦争においてステータスはあまり重要視するところでは無い。本人の基本スペックが高かろうが技術で劣っていれば優劣は変化する。

 昔の魔術師の思想に囚われた臓硯だからこそパワータイプを選んだのだろうが、雁夜の特性を考えれば近代の英霊を召喚した方が優勝は十分狙えた。

 

 元ルポライターの雁夜は情報収集が得意なのだ。それを組み合わせ、テクニカル重視の近代英霊を最大限まで使いこなせば、ジャイアントキリングも夢ではなかった。

 

 だが既にサーヴァントは召喚した後。今更ごちゃごちゃ言っても既に時遅し。

 

 そして、雁夜が召喚したのは高名なる湖の騎士ランスロット。数多の武功により『円卓最強』という異名まで持つ、間違いなく強力なサーヴァントである。

 ……なのだが、その燃費は本来のクラスであるセイバーで呼ばれても一級の魔術師でもなければ十分に運用できないほど。バーサーカーになりその悪燃費はさらに悪化し、戦闘を一回行うだけで雁夜の寿命は凄まじい勢いで削られていくだろう。

 現に現界するだけで吐血しかねないのだ。

 計算された戦闘でも行わない限り、雁夜に優勝の二文字はない。

 

 計算(それ)も、長年の妄執で不可能になっているのであるが。

 

「――――――――む?」

「……なんだジジイ。ついに耄碌したか」

「フン、何とでも言って置け。今しがた屋敷の周りに張ってある結界に違和感を感じた。恐らく、侵入者だろうな。反応の大きさから見て上級の使い魔――――いや、まさか」

「おい、まさかもうサーヴァントが来たとか言わないよな。まだ開始宣言すらされてないんだぞ?」

「――――残念ながらそれを待つつもりは相手方にはないらしい。出るがいい雁夜よ。準備運動にはちょうどいいじゃろうよ」

「クッ……力を温存しておかなきゃ時臣を殺せないって言うのに……」

 

 倒れそうな体に鞭打ち、雁夜は霊体化した自分のサーヴァントを実体化させる。

 

 今は臓硯の補助があるおかげで負担はいくらか軽減されてはいるが、やはり体の力が大きく弱っていく感覚がある。これで負担が少なくなっているのだから、補助がない場合一体どうなるのだろうかと考えるとぞっとする。

 

 だが桜を助けるため――――そう思えば雁夜の中から力が湧き上がる。

 人は目的のためならば己の限界すら越えられるのだ。雁夜も例外ではない。

 死人同然の身体を動かし、雁夜は呟く。

 

「大丈夫だ。俺のサーヴァントは最強なんだ……!(集中線)」

 

 謎ポーズを決めて、雁夜は侵入者を迎撃するために待ち続ける。

 相手がサーヴァントであれば目的はこの自分だ。ならばこちらから向かわずともあっちから勝手に来てくれる。

 

 故に待つ。

 

 そして勝つのだ。桜のために。

 

 

 

「――――知ってはいたけど、本当に虫唾が走るぐらい不快な場所だね。蟲蔵(ココ)

 

 

 

 上の階からの階段を、誰かが降りてきた。

 令呪が反応する。間違いなくサーヴァントであると雁夜は直感する。

 

「……ほぅ」

「ッ、な……?」

 

 だが、その衣装につい気が抜け落ちてしまう。

 

 サーヴァントと思わしき女性が着用していたのは、明らかに現代の衣装であった。灰色のトレンチコートと黒いミニスカート、そして茶色のロングブーツ。霊体化できるサーヴァントが服を着るという事に疑問を持つが、むしろ『どこの時代の英霊』という事を隠すにはこれ以上に適した方法は無いだろう。アレならば確かに正体を知ることは難しそうだ。

 

 しかし、それ以上に。

 美人であった。片思いに焦がれる雁夜でさえ、一瞬とはいえその感情が抜け落ちてしまうほどに。

 

 雁夜はすぐさま首を振って気を取り直すが、それでも頬を紅潮させてしまった自分を心の中で罵倒する。もう心に決めた人がいると言うのに、なんて最低の人間なんだ、と。

 その相手は人妻であるのだが。

 

「……貴方が間桐雁夜? であってるよね」

「あ、ああ。そうだ。俺が間桐雁夜だ。お前は一体」

「キャスターのサーヴァント。ちょっと用事があってここに来たんだ」

「……用事だと?」

 

 戦闘では無く用事と告げたキャスターのサーヴァントは、ゆっくりと視線を動かし雁夜の隣に居る臓硯を見る。

 その視線には明らかなほどの敵意が満ちていた。

 

「間桐臓硯――――いや、マキリ・ゾォルケンって呼んだ方がいいかな」

「クッ、呵呵呵々!!! その名を知っているとは、貴様のマスターはよほど歴史が深い家柄の様だな。それで、この老いぼれに何の用じゃ? わざわざ虫の餌になりに来たわけでもあるまい」

「ええ。そうね……害虫の駆除に来たと言えばわかる?」

「――――呵々ッ」

 

 その挑発で臓硯は笑いをこぼし、間桐邸に住み着く数えきれないほどの虫を呼び寄せる。

 まるで黒い津波だ。飲み込まれれば魔術師であろうとその命はない物に等しい。

 それを見てキャスターは気色悪い物を見たといった顔をし、大きな舌打ちをする。

 女性としてその反応は当然だ。大量の虫を見て喜ぶ女性は居ないだろう。喜ぶのはそれこそ超ド級の変態ぐらいだ。長年見てきて既に見慣れてしまった雁夜であっても、苦い顔を隠しきれないほど不快感を感じているのだから。

 

「雁夜よ。ご客人だ。相手をしてやれ」

「わかっている!」

 

 臓硯を嫌悪するという事に関してはキャスターに共感する雁夜ではあるが、アレはサーヴァント。いずれ敵になるであろう存在。ならば臓硯と協力できる今、倒しておかない手はない。

 雁夜は令呪の宿った右手を突き出し、バーサーカーに命令を下す。

 

「バーサーカー! キャスターを倒し――――……バーサーカー?」

 

 しかし、雁夜はサーヴァントと繋がったパスから異常を感じ取る。

 理性を無くしているはずのバーサーカーが、先程から一切呻き声を上げずキャスターを傍観しているのだ。

 

 信じられない物を、見てしまったかのように。

 

 

「――――A,Aaaaa,Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 突然バーサーカーが、押さえていた感情を爆発させたのか間桐邸を揺るがすほどの雄たけびを上げる。

 それを見たキャスターは、小さくクスリと微笑を浮かべた。

 

「久しぶり、って言えばいいのかな。まぁ、貴方がこうなってしまったのは、ある意味必然かな。それなりに対策はしたはずなんだけど。…………糞真面目なあなたに『悩むな』って言う方が難しいよね」

「Aaa,Aaaaaaaa!!!」

「……やれやれ、死んだ後でも私に苦労を掛けさせるね、貴方は。――――それでも一応、覚悟はしてたよ。だから」

「A,Aaaaarrrrrrrrrrr――――Arfelia(アルフェリア)aaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」

「おいで、ランスロット(・・・・・・)

 

 湖の騎士は、狂乱しながら敵に突進していく。

 だがその声は。

 

 どこか、懺悔するような感情が感じられた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 そんなわけで、この私アルフェリアは桜ちゃんを助けるために間桐邸へと攻め込んだわけですが、案の定ランスロットが立ちはだかっています。しかも寄りにもよって蟲爺がサポートしているせいでやりにくいったらありゃしない。

 

 予定では臓硯はさっさと引っ込んで、ランスロットと私のタイマン勝負となる筈だったのだが……世の中そう上手くは行かないらしい。虫程度、私の周囲に展開されている魔力障壁で近づけもしないが、それでも障壁を削られ続けているので魔力の消費が加速しているのだ。実に嫌がらせ大好きジジイらしい仕業である。

 

 戦闘可能時間は――――五分というところか。マスターに負担を掛けず自前の魔力だけでランスロットを倒し切るなら、その辺が限界時間と言うところだろう。

 

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」

「――――ッ、流石に衰えてはいないね!」

 

 ランスロットが繰り出す疾風怒濤のラッシュ。手足を使った格闘術は、かつて私が教え込んだ『素手を舐めてはいけない』という教訓通り鍛え続けていたらしい。狂化しているのにもかかわらず技の冴えが一切落ちていないことから、彼がいかに途轍もない技量を誇っていたかが分かる。

 変則的にして直線的。一発一発が限りなく致命打に近いそれを躱し逸らしながら、カウンターをランスロットの腹に叩き込む。

 

「Guuuuuaaaaaaa!?!?」

「反応が遅い! 立て直しはどんな相手でも最速で! 詰めが甘いよランスロット!!」

「Uoooaaaaaarrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!」

 

 きつい一発を貰ったランスロットは私との距離を空け、戦況の立て直しを図る。

 だが理性がないからか、忘れている。

 私がキャスターだという事を。

 

「――――『湖光を翳す銀の書(ホロウレコード・グリモワール)』」

 

 名を呟きながら私の手に一冊の本が具現化する。

 これこそ私が生前に残した唯一の聖遺物。その一冊はその事実を翳し、幻想種の皮や聖樹の紙で作られた書物は歴史による神秘を溜め込み、名前を与えられたことで宝具へと昇華された。。

 無尽蔵に魔力を生み出し、開くだけで詠唱を破棄してAランクの魔術を行使できる最高峰の魔導書。

 そのページが、今開かれた。

 

「死にたくなければ避けてよねェッ!!」

 

 背後に展開される無数の魔法陣。全てがAランクの破壊力を持つ固定砲台。

 容赦のない魔力の塊は破壊の力となって撃ち出される。その弾幕はランスロットを包むように展開され――――それをランスロットは素手で弾き飛ばし、他の魔力弾に当てて相殺する。

 

 ランスロットはバーサーカーの身でありながら対魔力スキルを保有する。しかしそのランクはE。気休め程度にしかならないそれであるが――――ただ一点にのみその効力を集中させた場合、Aランクの魔力弾であっても『触れる』程度のことはできる。

 それを利用しランスロットは魔力弾を逸らし、宝具により己の力と変えて他の魔力弾を撃ち落し続けた。

 凡そ人間業とは思えぬ所業に、流石の私も引き攣った笑いをこぼす。

 

 こいつ、ここまで強かったのか。

 

「ごっ、はぁっ……! ぐっ、ぉぉおおっ……! っよ、し…………いいぞ、バーサーカーァッ! そのままキャスターを殺せェッ!!」

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」

 

 血を吐きながら叫ぶ雁夜の声に応じる様に、ランスロットが地を蹴りこちらに向かってくる。

 その速度は人間からしてみれば高速以外の何物でもない。亜音速の弾丸となりランスロットは私へと突進してくる。

 

 だが悲しいかな。

 今のランスロットでは、どうあっても私は倒せない。

 長時間の戦闘は不可能。奥の手(アロンダイト)は使用不可。理性も無いせいで技術はあっても直線的な戦い方しかできない。

 そんな状態となったランスロットが、私に敵う道理はない。

 

「――――Aaaa!?」

 

 魔術により作り出された魔力の鎖で足を雁字搦めにされたランスロットは重心を崩して地面に膝をついてしまう。

 その隙を見逃す私では無く、転がるランスロットの腹に渾身の蹴りを叩き込み、宙に浮かした。

 

「A,ga」

「貴方は強いよ、ランスロット。でもね――――」

 

 宙に舞い上がったランスロットに追いつき、その鳩尾に掌底を叩き込み、顎を裏拳で打ち、脳天を肘で叩き、肩の骨を打撃で外し、確実に行動不能にした後に私は大きく足を振り上げる。

 

 

今回も(・・・)、私の勝ちだよ」

 

 

 音速の脳天踵落としが炸裂し、空気の輪を作りながらランスロットは間桐邸の床に叩き落された。

 大きなクレーターができるほどの速度で地面と衝突した黒い鎧の戦士は、死にはしなかった物の見事に気絶。床に身を埋め込んだまま痙攣して動かなくなってしまった。

 

 軽やかに着地した私は、服についた埃を払い落しながらランスロットのマスターである間桐雁夜を見つめる。

 

「あ、ぐ、ぁが…………ッ!?」

 

 刻印虫に体を貪り食われているのか、床でのた打ち回って血を吐いていた。

 これではまともな治療をしない限り明日を生きられるかも怪しいだろう。むしろよく耐えたと言える。

 

 視線を変えて、歯ぎしりをしている間桐臓硯を見る。

 その顔を悔しさで歪めてはいたが、どこか余裕があるようにも感じた。そりゃ当然だ。本体は此処には居ないのだから、死ぬ心配がない。ならば余裕もできるだろう。

 

 ――――まぁ、もう何しようが無駄だが。

 

「よくもやってくれたな、キャスターよ。だがその戦闘力は称賛に値する。そこで、だ。儂と協力せんか?」

「…………私の目的を忘れたの?」

「そう言うな。この老いぼれのせめてもの願いを叶えてくれれば、望むものを出そう。聖杯も使った後に譲ろうではないか!」

 

 胡散臭い。

 

 この一言に尽きる。アレが律儀に約束を守る玉には見えない。

 十中八九途中で裏切る光景しか浮かばないのだから、ある意味徹底している。

 あれが若いころは世界平和を謳うイケメンだったのだから、世の中本当にわからない。

 

 

「――――爺さま?」

 

 

 その時、ようやく騒ぎを聞いて来た目的の人物が現れた。

 

 まだ年頃の少女のはずなのに、この世の絶望を見た様な光の無い目をしている少女は、ふらふらと生気のない動きで蔵に入ってくる。

 その少女の名は、間桐桜。

 間桐臓硯により全てを狂わされた聖杯戦争最大の被害者である。

 

「おお、桜や。これはお前の気にすることでは無い。下がっておれ」

「でも……おじさん、気絶してるよ?」

「この未熟者にはお似合いの結末よ。後で虫共の餌にでもしてくれるわい。――――それで、答えは?」

「…………少し待って」

 

 私は幼い桜の傍に近付き、その肩に触れる。

 桜は怯えた顔で肩をピクリと震わせるが、目線を合わせた私の瞳をのぞき込むと直ぐに震えを止める。

 

 さて、さっさと用事を済ませようか。

 もうここには居たくない。

 

「桜ちゃん、でいいよね。……貴女は、今どうしたい?」

「え……わ、たし…………は」

「今、貴女には二つの選択肢がある。一つはこのままこの間桐に住み、地獄のような生活に戻る。もう一つは――――この家を出て、私の知り合いに世話になる事。どっちにしたい?」

 

 これは桜自身に選ばせなければならない。

 強制することは彼女のためにならない。このまま精神の成長を止め、二度と今後の人生に光を見いだせない可能性が出てくるからだ。

 

 故に選ばせる。

 希望の光を刺して、手を伸ばさせてやるのだ。

 

「私、は――――もう、嫌です」

 

 桜は絞り出すように言う。

 その瞳にもう一度光と涙を浮かべ、熱い滴は頬を伝う。

 

「もう、ここに居たくないです……。帰りたい…………お姉ちゃんと、お母さんが居る家に……っ」

「――――もう一度聞くよ。桜、貴女は、どうしたい?」

「ッ――――ここから、出たい! 家族に、お姉ちゃんに、会いたいっ……! だか、ら……助け、てっ……!」

「よく言えました」

 

 肩を震わせる桜の体を抱いて、ぽんぽんと頭を撫でる。

 ようやく、年相応の感情が戻り始めた。リハビリは辛いだろうが、何とかしていくしかあるまい。

 

 泣き崩れた桜を抱き上げ、私は元凶である間桐臓硯を睨みつける。

 

「…………成程。最初から桜が目的だった、というわけか。まさか、遠坂の小童の差し金か?」

「いや。これはマスターにも言ってない、完全に私の独断だよ。――――でも、その事実を知ってももう意味はないよ。貴方は此処で死ぬんだから」

「クッ、苦呵呵呵呵呵呵呵呵々ッ!!! 殺せるというのか? この儂を? 魔術師である貴様が気づいていないはずあるまい。儂の本体は桜の心臓と同化しておる。儂を殺すという事は――――」

 

 

「――――もう黙れよ、お前」

 

 

 魔術を使い、桜を一時的に眠らせ――――即座にその胸へと具現化させた『夢幻なる理想郷(アルカディア)』を突き刺した。

 本体を貫かれたことによって、臓硯が胸を押さえて苦しみ出す。

 

「―――――――ッガ、アァガ、ナ、ナゼ――――!?」

 

 だが剣で貫かれた桜の胸からは血が一切出てこなかった。

 剣がすり抜けたように。

 

「私の宝具は森羅万象あらゆるものを切り裂く絶対切断の剣。――――私が斬りたいもの『だけ』を斬るなんて、朝飯前なのよ。まさか、私が対策も無しに突っ込んできた馬鹿に見えたの?」

「バ、カナ…………コノ、ワシガ――――コンナ、トコロデェェェエエエエ…………ッ!!!」

「死になさいマキリ・ゾォルケン。冬木に来た時点で、貴方は死んでいたのよ」

「キサマァァアアアアッ…………キャァァァァァスタァァァァァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

 具現化させた『夢幻なる白銀(アルカディア)』が消えると同時に、臓硯の体を構成していた虫がボロボロと崩れ落ち、ただの虫と変わり果てる。

 

 臓硯という魂が死んだのだ。命令を出す主が消えたことで間桐邸内の虫が暴れ出し、刻印虫を体内に埋め込んでいる桜や雁夜が苦しみ出すが、私は持前の治癒魔術を使う事でどうにか症状を抑えて虫の駆除を始める。

 ただし雁夜だけは駆除では無く虫の活性化を納める程度に抑えておく。彼にはまだやってもらわねばならないことがあるのだ。治療はその後だ。非常に申し訳なく思うが、その後にちゃんと治療するので少しだけ我慢してもらおう。

 

「ふぅ……。ま、ひとまずは結果オーライってところかな」

 

 治療を終えた私は価値のある物品や聖遺物を回収し、桜と雁夜、そしてランスロット。ついでに鶴野を回収して間桐邸を後にする。

 もうここに用はない。臓硯と言う頭を失った以上、もう間桐はその歴史を終えたのだ。

 

 魔術で屋敷に火を放ち、それにより中に住み着いた虫が残らず焼け死んでいく。

 その光景を後に、私は無事帰還するのであった。

 

 しかし、一つ気になることがあった。

 

「ランスロットと戦った時――――なんか、力が抜けた様な……気のせい、かな?」

 

 一つの不安を、私は抱いた。しかし気分のせいだと結論付ける。既に身体の異常は無いし、魔術で調べてみても特に異常は見られなかった。だから、私はこの問題を頭から拭い消してしまう。

 

 それが後にとんでもない障害になると知らず。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 微睡の中で、その男――――雁夜は少しずつ己の自我を取り戻していく。

 

 一度は死んだと思い倒れた彼は、こうして自分の意識があることが不思議に感じられていた。

 指は動く。足も動く。

 紛れも無くそれは、生きているという証。きっと体は悲惨な状態だろうが、それでも生きていたのだ。

 

 そして――――彼の脳裏に最初に浮かんだのは、ある少女の姿。

 

 魔術師という外道に全てを狂わされ、絶望の深淵に落とされた片思いの女性の愛娘。

 

 

「――――ッ、桜ちゃん!!」

 

 

 殆ど反射に近い反応で勢いよく上半身を起こす雁夜。彼はあまりに焦ってしまったせいでまともに周囲の状況確認すら行わず、自分が護りたいと思った少女の名を口にする。

 

 一度落ち着きを取り戻し、首を振って周囲を確認してみると――――雁夜の隣には椅子に座り濡れたタオルを持った青年が、茫然とした顔で佇んでいた。

 様子を見るからに、こちらの看病をしていたのだろう。よく見れば雁夜の体は包帯などでグルグル巻きにされており、適切な処置が施されているのが分かる。

 

 しかし、焦る雁夜は感謝の言葉も言わずに近くに居た少年の肩を揺らし始めた。

 

「おい、桜ちゃんはっ、いや、紫色の髪の子を見なかったか! 頼む、答えてくれ!」

「まっ、待て! 少し落ちつけ馬鹿! 傷が――――」

「これが落ち着いて――――ッぐぉおぉおあああぁぁぁあ…………!!?!?」

 

 たださえボロボロだった雁夜の体は無数の傷が生じており、処置により塞いではいたが本人が暴れたことでいくつかの傷が開いて血が包帯に滲み出す。

 突然の痛みに対応できず雁夜はそのまま横に倒れた。それでも彼は動こうとするが、体がそれを許さない。既に限界を越えて酷使し続けていた肉体は、一度の回復により既に自動防御を開始したのだ。むしろ先程動けた方が不思議でならないぐらいである。

 

「いわんこっちゃない………少しは自分の体を気にしろ」

「くっ……桜、ちゃんは…………?」

「安心しろ。お前の隣でぐっすり寝ているよ」

「え?」

 

 雁夜が首を回して自分の隣を見ると、白い患者服を着た少女がすやすやと眠っていた。

 紫色の髪に見慣れた顔つき。間違いなく間桐桜その者である。

 それを見て雁夜は安心したのか、体中の力が抜ける。彼女が無事だったことに、それだけ安堵しているのだ。

 

 そしてようやく冷静に思考を巡らせ始める。

 此処は何処なのか。そして彼は、自分を看病している青年は誰なのか。

 

「君は一体……?」

「キャスターのマスター、と言えばわかるか?」

「ッ、キャスター!?」

「心配するな。攻撃はしないし、この子を人質に取りもしない。殺すつもりならとっくに殺してる」

「……それは、そうだが」

 

 聖杯戦争に置いてマスターは殺すべき対象だ。

 サーヴァントが強力な兵器ではあるが、戦うにはそのための燃料(魔力)が必要となる。その燃料(魔力)を補給する役割を持つマスターの脱落はサーヴァントの脱落に繋がるというわけだ。

 わざわざ戦車を破壊するより、中に居る操縦士を殺した方が早く決着を付けられる、と言えばわかりやすいだろう。

 

 だが目の前に居る青年――――ヨシュアは雁夜を殺さない。

 とある取引のためでもあり、また無益な殺生をヨシュアは嫌悪するからだ。

 逆に言えば、必要な犠牲は厭わないというわけであるが。

 

「バーサーカーのマスター、間桐雁夜。お前と取引をしたい」

「取引? だが、俺は――――」

「別に無茶を要求するわけじゃない。……ただ、この聖杯戦争は降りてもらうがな」

「……そう、か」

 

 わかってはいた。同じ聖杯戦争に参加している以上、マスターは互いに殺し殺されの関係だ。同盟を組もうが最後には殺し合う関係になる。最後の一組にならない限り、聖杯はマスターを選ばない。

 だからどんな悲惨な結果になろうとも、魔術師同士の殺し合いである以上誰もが覚悟を持って戦争をしている。

 目の前の青年を非情だと責める道理はない。

 

 そう、雁夜は思った。

 

「言って置くが、別にお前は殺さないぞ。俺が持ちかける取引は――――」

「――――あ、起きたんだ。予想より早かったね」

 

 ヨシュアが話を始めようとした瞬間、白銀の美女――――アルフェリアが部屋に入ってきた。

 真っ白なエプロンを着た彼女は白い雪の様な手は小さなお盆を持っており、その上にはお粥の入った皿があった。

 きっと、料理を作ってきたのだろう。

 サーヴァントが料理? と雁夜は困惑するが、あちらはそんな事気にもかけずに雁夜へと近づきその上体を起こす。

 

「キャ、キャスター、か?」

「ん? そうだけど。それより口開けて。はい」

「え、いや、えと……なんかこのお粥、光って――――」

「開けろ」

「アッハイ」

 

 ほとんど強迫に近い形で雁夜は口を空けさせられ、レンゲで掬った輝くお粥を口に入れられた。

 

 ――――とてつもなく美味かった。最近までまともな料理を口にしていない反動で、それが酷く美味に思えた。

 

 塩加減が絶妙で、米の柔らかさも実に良い。病人に配慮して作られたそれは、今の雁夜にとって最高の美食であった。

 元々衰弱しきっており、流動食どころかブドウ糖の点滴で栄養補給していた雁夜だ。アルフェリアの作る料理はきっと至高の食事なのだろう。

 雁夜は一口食べて食欲を酷く刺激されたのか、アルフェリアからレンゲと粥を奪い取りガツガツと口の中にかきこんでいく。

 下品な動作ではあったが、それを二人は咎めはしない。

 他人の目線を気にしないで食事をしてしまうほどに追い詰められていた証拠なのだから。

 

 何より、天上の料理人と評されるアルフェリアの料理だ。弱っている病人からすればそれは賢者の石に他ならない。むしろこの反応が正常でもある。

 

 たった数分で粥を食べ終え、雁夜は「ふーっ」と一息つく。

 久しぶりの満足感で気が抜けてしまう雁夜。敵の本拠地に居ると言うのに、何という体たらく。

 別に敵対する気もない二人には関係のない話であるが。

 

「……そういえば、臓硯は。あのクソジジイはどうなったんだ。まさか逃げられたり――――」

「大丈夫、きっちり消したから。間違いなく確実に。屋敷も今頃黒焦げになっているだろうし、生きている可能性は万が一にもないよ」

「そうか。それなら、いい。あのジジイは、生きていてもいいことはないからな」

 

 雁夜にとって臓硯とは恐怖の対象であった。

 何をしても敵わない。魔術師として遥か格上の臓硯は、家の中で間桐を意のままに支配していた。

 その臓硯が死んだ。それは雁夜が様々な抑圧から解放され、自由になったという事であった。

 

「ん……? じゃあ、兄貴は」

「あのひょろモヤシの事? 少しの金と住処を与えてあげたら速攻でこの屋敷を出ていったよ。凄まじい行動力だったね、彼」

「……あんの馬鹿兄貴が」

 

 最初から期待してはいなかったが、雁夜は自身の兄である鶴野に対して毒づく。

 だが責められまい。彼もまた臓硯の被害者だ。毎日毎日臓硯に恐怖し、その言いなりになってきた彼に自由は無かった。故に、その束縛から解放された以上彼にこの冬木に留まる理由はない。

 

 兄は兄なりに自分の道を歩み始めたのだと雁夜は無理やり納得する。煮え切らないが、あの馬鹿を一々気にしていても仕方ないからだ。と雁夜は頭の中から兄の存在を消した。

 

 もう、二度と会うことはないのだから。

 

 ある程度体を快復させた雁夜は隣で眠る桜を見る。

 とても安らいだ寝顔があった。

 そうだ。自分はこれを見るために、あの日々を耐えてきたのだ。予定とは少々違うが、桜が救われたという事は何にも代えがたい救済だ。

 

 残るは遠坂時臣への復讐。桜をあんな目に合わせた奴に死を――――そこまで考え、ふと何かの違和感が引っかかる。

 

「話を戻していいか?」

「あ、ああ。続けてくれ」

 

 しかしヨシュアからの呼びかけにより、雁夜は一旦思考を切る。

 自分の身と桜を助けてくれた者達だ。忌み嫌う魔術師ではあるが、それなりの要求に応えるつもりは雁夜には存在していた。自分ができることなど高が知れているが、それでも自分のできる範囲では彼はやるつもりであった。

 

「まずこちらの要求は三つ。一つ目はバーサーカーのマスター権、令呪全画をキャスターへ譲渡すること。二つ目は聖杯戦争におけるこちらまたは同盟関係者への敵対行動の恒常的禁止。キャスターに関する情報の開示もこれに含まれる。そして三つめは――――間桐家現当主として間桐桜をエーデルシュタイン家へと移籍させることへの認可だ」

「な――――」

 

 一つ目と二つ目はまだわかる。聖杯戦争においてサーヴァントの情報は最重要であると言ってもいい。その情報の漏洩を防ぐのだから、マスターとしては当然の行動だ。バーサーカーの使役も、アレが強力なサーヴァントである以上自分の手駒にしたいという考えは理解できるし、ある意味当然だ。戦力の増加は聖杯戦争の優勝に近付くという事実なのだから。

 

 だが、三つめだけは雁夜は納得できなかった。

 

 間桐桜の移籍――――つまり彼は桜を自分の養子にするという事だ。

 なにせ遠坂家の娘だ。魔術の素養は十分に備わっているし、後継者として選ぶならば確かに有りだろう。

 

 それでも雁夜は『納得』できない。

 

 魔術と言うのは一般人からしてみれば『外道』の所業を軽々と行う狂人どもが使う、忌むべき象徴。その酷さは桜を見れば――――間桐が特殊であるという事もあるが――――一目瞭然だ。

 あんな外道から脱却できたのに、また引き入れると言うのか。

 雁夜は激昂しそうになり――――しかしヨシュアがそれを制する。「説明はする」と言って。

 

「三つ目の要求について説明する。少し落ち着け。冷静になれ。別に実験材料にする気も凌辱する気も皆無だ。するならわざわざお前に言うはずがないだろうが」

「っ、だが、しかしっ…………!」

「押さえろ。会話の前に拳を出してどうする」

 

 肩を震わせながら、雁夜は持てる理性全てを使い自分を抑える。

 そうでもしなければ、目の前の青年を殴り倒しそうなほどに激怒しているのだから。

 

「まず、間桐桜の属性は知っているか?」

「……いや、知らない。だが、間桐の魔術である『水』でない事だけは知っている」

「架空元素・虚数だそうだ」

「なんだ、それは?」

 

 初めて聞く単語に雁夜は首を傾げ、それを見たヨシュアは深いため息をつく。

 

「百年に一人生まれるかどうかの稀有な属性だ。例えるなら……凄く珍しい宝石と思えばいい」

「それがどう話に繋がる?」

「間桐桜の属性は、魔導の家門の庇護が無ければ即座にホルマリン漬けにされるほどだ。と言えばわかるか?」

「何だと!? そんな事認められるはずが――――」

「平気で人体実験をやらかす魔術師に何言っても無駄だ。この世には人の命を金で買い取って大量の魔力結晶に変えやがる生粋の気狂いもいるんだぞ? それにホルマリン漬けの人間なんて、時計塔の地下にごまんといる。まぁ、大体が封印指定の奴らだが」

「…………だったら尚更、お前に桜は預けられない! 桜ちゃんは俺が守る!」

「守れるのか?」

 

 ヨシュアの冷たい一言が雁夜の胸に突き刺さる。

 自覚したのはまず己の無力さ。自分ではどうやっても一流の魔術師には対抗できないし、そもそも良くて後一ヶ月の命。自分が死ねば、自然と桜は身寄りがなくなる。

 

 その後はどうなるだろうか。

 簡単だ。桜の属性を狙う魔術師共が群がり、悲惨な結末になるだろう。

 その過程でどうやっても桜は実験材料にされる。雁夜の選んだ選択は、桜の『確実な死』でもあるのだ。

 

 それを知り、雁夜の額から脂汗が滲み始める。

 

「言って置くが俺は魔術師じゃなくて『魔術使い』だ。根源なんざ目指すつもりもない」

「口だけなら、どうとでも言える」

「本当に徹底した魔術嫌悪者だなお前は。――――わざわざ用意した『コレ』が無駄にならずに済んだことを喜べばいいのか」

 

 パラリ、と雁夜の目の前に一枚の羊皮紙が突き付けられる。

 

「……これは?」

自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)。決して違約不可能な取り決めをする時にのみ使用される、もっとも容赦のない呪術契約の一つ。自分の魔術刻印の機能を用いて術者本人にかける強制の呪いは、いかなる手段用いても解除不可能。――――要するに絶対に違反できない契約だ」

「魔術刻印を使う……? だが、俺には魔術刻印なんて――――」

「キャスターが間桐臓硯の死体から既に回収して、もうお前に移植済みだ。と言っても、魔術行使もできないし、自動回復効果もない飾りだがな。それでも契約に使うことはできる」

 

 わざわざ宝石や魔術措置を施した羊皮紙まで用意したそれを、ヨシュアは雁夜へと差し出す。

 受け取った雁夜はその内容にざっと目を通す。

 内容はこうだった。

 

 

【束縛対象:ヨシュア・エーデルシュタイン及び間桐雁夜

 エーデルシュタイン、間桐の刻印が命ず:下記条件の成就を前提とし:制約は戒律となりて例外なく対象を縛るもの也:

 

 :制約:

 

 聖杯戦争終了までエーデルシュタイン家第十一代目継承者ヨシュア・エーデルシュタインは間桐雁夜及び間桐桜を例外なく守護することを約束し、またその両者への傷害行動の一切を恒久的に禁ずる。

 また、庇護者たる間桐雁夜はキャスター及びヨシュア・エーデルシュタインに関する一切の情報を口外を禁ずる。

 

 :条件:

 

 ・間桐雁夜は以下の条件全てを満たせ。

 【己の所持する令呪全画をキャスターへと移譲】

 【間桐桜を正式な手続きでエーデルシュタイン家へ移籍することへの全面的な容認】

 

 以上の条件を満たした場合制約が発動されることとする:】

 

 ざっと見た限り、これ以上ないほどの契約であった。

 これにサインするだけで自分と桜はキャスターという、バーサーカーを一瞬で撃退せしめたサーヴァントの保護下に入ることができる。聖杯戦争において護りだけならばキャスターの右に出る者はいない。『陣地作成』のスキルにより、キャスターの魔術工房は一個の要塞となって中に居る者全てを護り抜くのだから。

 

 だからこそ、雁夜は困惑した。

 何故顔も見知ったばかりの自分たちにここまでしてくれるのか。

 余りにもこちらにとって都合が良すぎて、逆に勘ぐってしまうのだ。何か裏があるのではないかと。

 

 雁夜は衝動的に問う。

 

「なんで、ここまでしてくれるんだ? アンタ達は今日知り合ったばかりだし、縁も無ければ義理も恩もない。俺たちを助ける理由なんて、無いはずだろ」

「……アンタ、本気で言ってるのか?」

 

 その問いに青年は酷く呆れた様な顔をして、告げる。

 余りにも単純な答えを。

 

「困っている奴を助けるのに、一々理由が必要か?」

「…………は?」

「やりたいからやった。救いたかったから救った。それだけだ。……それともなんだ、偽善だと笑い飛ばしたいのかお前は」

「――――――――いや」

 

 雁夜はヨシュアの瞳を見て、その言葉に偽りはないと確信する。

 そう。助けたかったから助けた。それだけなのだ。細かい理由など要らない。目の前でどうしようもなく困り果てた奴が居るならば、救える力を持っているならば、大義名分など無くとも動く。

 

 人を助けるのに理由は要らない。

 

 そんな単純なことを、雁夜は忘れていて、今ようやく思い出した。

 こういった馬鹿を――――

 

「……お人よしだな」

「好きに言えよ」

 

 人々は『お人よし』と呼ぶのだと。

 

 その時雁夜から一切の迷いが消えた。理解したのだ。この者にならば、桜を預けられると。

 きっとあの子を、幸せにしてくれるだろうと。

 ただの勘ではあったが、雁夜は確信に近い感情を以て頷いた。

 

「ペンをくれ」

「いいのか? お前の嫌う魔術の道にその子を引きこんで」

「どうせ俺は長くとも、後数ヶ月しか生きられない。死んだ後じゃ、桜ちゃんは守れない。なら、信頼できる奴に任せた方がいい。例え魔術師でも――――俺はお前を信用できる奴だと理解した。それじゃあ、駄目か?」

「……ほら、ペンだ」

 

 苦笑いを浮かべながらヨシュアは持参していた万年筆を雁夜へと渡す。

 それを受け取り雁夜は素早く自分の名前を羊皮紙に記入し、その後自らの右手を突き出す。

 

「令呪だ。全部持って行ってくれ。もう、俺には必要ない」

 

 そうだ。もう必要ない。雁夜はそう自分に言い聞かせた。

 

 憎き時臣への恨みは晴れない。だが雁夜は気づいた。自身の矛盾を。愛する者から夫を奪うと言う、幸せを願っているのにもかかわらずそれを奪うという間違いを。

 

 故に心を一新する。残り少ない自身の余生をどう使うか、決めたのだ。

 自分は桜の傍で、可能な限り彼女を幸せにするための努力をする。それが報われるのかどうかはわからないが、雁夜はそれでもその行いが『間違いではない』と断言できた。

 決心がついた彼の瞳に熱が燈る。

 

 それを見届け、アルフェリアがその右手を雁夜の手に被せた。

 瞬間、雁夜の右手にあったはずの令呪が次々とアルフェリアの手へと移されていく。両者の承認により容易く令呪の移譲が行われたのだ。普通なら不可能な行為ではあるが、神代の魔術師に比肩するだろう魔術師であるアルフェリアならばこの程度は造作もない事だった。

 

 雁夜は令呪の消えた己の右手を擦る。

 これで彼は正式に聖杯戦争最初の脱落者となった。だが、それに悔いはなく、むしろ雁夜にとっては望んだ結末であった。

 桜を救うと言う望みを果たせたのだから。

 

「これにて制約は起動する。今から俺たちはお前達に一切の危害を加えることはできなくなった。安心していいぞ」

「……ありがとう。アンタ達は俺たちの恩人だ」

「そう言う事は、幸せになってから言え。今日はもう休め。その間にキャスターがお前さんの体内を綺麗にしてくれる」

「虫を、取り除けるのか?」

「――――期待させて悪いけど、体内の虫を取り除いてしっかり養生しても二十年生きられるかどうかだよ。流石に私でも壊れ切った肉体を完全に元通りにすることは難しいからね」

「いや十分だ。一ヶ月の命が二十年だ。むしろ感謝する。……でも桜は」

「大丈夫。桜ちゃんは十分治療可能だよ。私が保証する」

 

 その言葉を聞いて、雁夜は笑いながらベッドに倒れる。

 

 張り詰めていた気が抜け、更にこれ以上ないほどの希望まで与えられた。

 もうこのまま死んでも悔いはない。そう言いたげに、雁夜は安らかな表情で再び微睡についた。

 数日間は寝たままでもおかしく無い状態だったのだ。これを覆してたった半日程度で起きたのは、本人の凄まじいまでの精神力が起こした奇跡だ。

 

 ヨシュアは雁夜の精神を称え、その身に毛布を被せ直す。

 

「間桐雁夜……予想以上に凄まじい人間だったな」

「一途だからねぇ、彼は」

「そういう事言ってるんじゃねぇよ。……で、治療は大丈夫なんだろうな」

「任せて。彼が覚悟を示したんだから、それに見合う結果を引き出さないとね。過去最高の出来に仕上げるよ」

 

 両手に魔力を迸らせながら、アルフェリアは雁夜の治療を開始する。

 

 優しき命の光が、雁夜の身を包み込んだ。

 

 

 

 

 




長い(白目)。自分でもくっそ長いと思ってしまった。何せ今までの二倍の量。圧縮しすぎだよぉ・・・・!!でも話の切れが悪くて起こった悲劇なんだ。だから仕方ないじゃない。人間だもの(´・ω・)

でもカリヤーン的にはハッピーエンド。バッドな展開ばかりだったこの作品で「一応」幸せを掴めた。ある意味幸運A。

・・・ま、彼にはまだ活躍してもらうけどね。


あとさりげなく登場した最強のカリヤーン。

カリヤーン「俺のサーヴァントは最強なんだ!(謎ガッツポーズ」

これが無いとカリヤーン伝説は始まらない。


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第七話・間違いと後悔

ま・た・せ・た・な。

今回はランスロットについての補足とアサシン導入、あとモーさん回だよ!前半シリアスだけど後半ギャグだからね!覚悟するがよい・・・!(・ω・)

ついでにステータスも更新しておきますので、YOROSHIKU。

追記

誤字修正しました。


 雁夜の治療が終わるころには、もう日は落ちてすっかり暗くなっていた。

 時刻にして午後10時。良い子ならもう寝る時間だろうが、私は生前三日三晩寝ずに過ごしたことがあるのでまだまだ気力が満ち溢れている。サーヴァントに睡眠は不要であるので当り前だが。

 

 しかし私の目的はまだ終わっていない。と言うよりこれからが本題と言っていいだろう。

 

 私はその目的を果たしにとある人物を探していく。幸い、魔力の経路(パス)が繋がっているので居場所はすぐに特定できた。

 一度家の外に出て、少し強めに跳躍。一跳びで私は二階建て一軒家の屋根へと着地する。

 

 その屋根には、黒甲冑を着込んで星が光る夜空を黙々と顔を上げて眺めている者が悲壮を背に佇んでいた。

 此度の聖杯戦争でバーサーカーとして召喚されたサーヴァント――――ランスロット。彼は何を思ってか、一人孤独に空を見上げている。

 

 ランスロットはすぐさま私の存在に気付くと、呻き声を上げて立ち去ろうとする。

 が、私は素早くその首根っこを捕まえて拘束した。此処で逃がすほど私は甘くないのだ。

 

「……ランスロット」

「A,Aaa……!」

 

 彼は私の顔を見ると、何かを諦めたように肩の力を抜いてその場に座り込んだ。

 少しだけ罪悪感はある物の、これも彼のためだと割り切って私は令呪が刻まれた右手を突き出す。

 

 強く念を込め、静かに告げる。

 狂気に身を落とした彼を、正気に戻すための呪文を。

 

「令呪を以て命じます――――その身の狂気を取り払いなさい」

 

 令呪による強制的な狂化の解除。それはクラスの枠組みからサーヴァントを引き抜くという荒業だ。それができるのはひとえに令呪という膨大な魔力の存在を利用し、新たな『器』を作り出したからに他ならない。

 

 その命令は一画の令呪を消費することで無事適応され、ランスロットの纏っていた黒い靄が取り払われていく。また兜の隙間から覗ける瞳には少しずつ理性の光が灯り始めていた。

 問題なく狂化を解除出来たことを確認し、私はランスロットの隣に腰を下ろす。

 

 無言だった。

 

 何を言えばいいのかわからない。久しい再会だと言うのに、流れている空気はただただ重かった。

 だが、無理も無いだろう。ランスロットからしてみれば私は『何もできず見殺しにした者』であるのだから。むしろ気が重いのはランスロットの方だ。私の場合は、そんな彼にどんな言葉をかけていいのかわからないだけ。

 

 どちらにせよ、何か会話を切り出さねばこのまま日が昇るまでこんな状態が続くだろう。

 流石に、それは私も耐えられない。

 

「兜、外してよ。ランスロット」

「…………」

 

 返事は無かった。だがランスロットは私の言葉に従い、かぶっていた兜を脱ぎ外す。

 すっかり憔悴した顔が、そこにはあった。

 後悔と無念、絶望と激怒を詰め込んだような顔だ。誰かが見ればこの世の終わりでも見た者の顔だとでも例えるだろう。

 

「ねぇランスロット……私の助けは、迷惑だった?」

「ッ――――――――!!」

 

 初めて、彼の顔が歪む。

 それを見て安堵したと同時に、嘆いた。

 彼はそこまで、後悔を重ねて過ぎてしまったのかと。

 

「断じて、あり得ません、そんなことは……ッ!!」

「じゃあどうして、そんな顔をするの? 私があなたを島の外に出す手段を与えてしまったから、貴方は後悔しているんでしょう?」

「それは違う! 貴女を、救えなかったことを……私は後悔しているのです……っ」

 

 舌を噛み切りそうなほどに悲痛に満ちた声で、ランスロットは告げた。

 その胸に秘めた後悔の源泉を。

 

 私を救えなかったという、苦悩を。

 

「……仕方ないよ。アレは、人の身では届かない存在。貴方じゃ立ち向かっても、無駄死にするだけだった」

「だからこそ、ですよ……アルフェリア。手が届かなかったからこそ、後悔しているのです……! 私だけではありません。ガウェインも、トリスタンも、ギャラハッドも、ベディヴィエールも――――皆、苦しみました。貴女に全てを任せねばならなかった、己が身の未熟さを」

「けどあれは――――」

「私はっ!! 貴女をこの手でお護りしたかった……! もし、この身一つで貴女を救い出せたのならば……もし、私があなたを救えるほど強くなっていれば、狂気になどに身を任せていなかった! ……これは、自分への戒めなのですよ。アルフェリア」

 

 自嘲するように、彼は笑った。それは喜びから来る物では無い。自分の不甲斐なさを恥じる笑い。

 それが私はとても痛ましくて、唇を血が出るほど噛み切ってしまう。

 

「……私は完璧な騎士などでは無かった。従え忠義を捧げるであろう主の妻と不義をした挙句、波乱の時期になると知っていたにも関わらず、それを見捨てて逃げてしまった。助けられなかった貴女に、助けられる形で。……円卓最強? 嗤ってしまいますよ。愛する女一人すら己一人で護れず、王を裏切り逃げたのです。最低ですよ、人としても、騎士としても」

「もうやめてよ、ランスロット。貴方は」

 

 

「――――貴女に何が分かると言うのですッッ!!!」

 

 

 励まそうとして伸ばしかけた手が、その怒号でピタリと止まる。

 

 その顔を見るのは、初めてだった。

 いつも謙虚で整ったランスロットの怒りに歪んだ顔を見るのは。

 つまりそれは、生前ですら見せなかったほどの表情。

 

 それほどにまで、彼は激情を抱いているのだ。

 

「貴女は強かった! 自分が護りたいものを己が手で護れるほどに! そして私は、弱かった……! 誰かの手を借りねば何も護れぬほどに! そんな私の気持ちが貴女に理解できるはずない!」

「わ、私……は」

「…………くっ、は、ハハハハハハハハハハハハハハッ!! ああ、実に、愚かしい。己の未熟さからくる怒りを、他者に、あまつさえ恩人に向けるとは……私も、墜ちたものです」

 

 自虐に満ちた顔でランスロットは静かに立ち上がり――――生前の愛剣である白き剣、『無毀なる湖光(アロンダイト)』を右手に実体化させる。

 瞬間、私の背中に悪寒が走った。

 気づいた時には、既にランスロットはその白い刃を自身の首に近付けて、

 

 

「さらばです、アルフェリア。私は、貴女に従える資格など無い」

 

 

 そして一振りの聖剣の刃が、彼の首を斬る――――寸前、私の平手打ちがランスロットの頬を叩いた。

 小さな嗚咽が、私の喉から漏れだし始める。

 頬に熱い滴を伝わせ、私は叫んだ。

 

「馬鹿……ッ!! なにやってるのよ!!」

 

 初めてだった。

 涙を流しながら誰かを叩くのは。だけど我慢できなかった。

 自分のせいで彼が死んでしまうことなど、許容できるはずもなかった。

 

 だから私は――――初めて、自分のために誰かを叩いた。

 

 それがとても苦しくて、後悔した。

 でも今だけ私は、ひと時の激情に身を任せてしまう。

 

「私がッ……私が一番嫌いなのが何なのかわかってるくせにっ!! 何目の前で死のうとしてるの……! 何勝手に逃げようとしてるのよッ!! ふざけないでよこの馬鹿ぁっ!!」

 

 力の籠ってない拳で、彼の胸を叩いた。

 

 ああ、馬鹿だな。私。

 

 悪いのは私なのに、なんで彼を責めているのだろう。

 

「アル、フェリア……」

「…………そ、っか。あぁ、こんな気持ちだったんだ。私は自分の勝手で、大切な皆を、こんな気持ちにさせたのか……これは、知った風な口もきけないね」

 

 涙を流しながら、私はコツンと額をランスロットの鎧へと当てる。

 

 自分がどれだけ無責任なことをやってしまったのか、今ようやく理解した。

 私が居なくなって、悲しむ存在が存在するのだ。そして彼らには、とてつもなく悲しい思いを、させてしまった。これでは、彼らに合わせる顔が無いではないか。

 

「……申し訳ありません、アルフェリア。私は、馬鹿な真似をしてしまった」

「ううん……私もだよ。全く、自分がどれだけ周りを見ずに好き勝手やっていたのか……ホントに馬鹿。過去に戻って自分を殴り飛ばしたいぐらい」

 

 結局私は、誰の気持ちも知ろうとせず好き勝手していただけの小娘だったのだ。

 自分が強いから、自分の望みをかなえられるからと、「大丈夫だから」と無理やり自分の意見を押し通す我が儘娘。そう自覚し始めると、自滅願望が少しずつ膨らみ始める。

 

 だが、それは駄目だ。それは、逃げだから。

 

 生きることから逃げるな。

 贖罪することから逃げるな。

 

 もう彼を、家族を、悲しませたくないから。

 

 

 

 生前では考えられないほど泣き続け、数時間後にようやく落ち着きを取り戻した私はランスロットと共に夜空を見上げていた。

 こうしていると、自分のちっぽけさが理解出来て不思議と落ち着くのだ。

 自分の悩みなどあの星の海原に比べれば、ずっと小さい物なのだと。

 

 そして、先程の自分の醜態を思い出しては赤面している。

 馬鹿なことをやってしまったと。今更恥ずかしさで悶えてしまってるのだった。もうちょっとやりようがあっただろうに何激情に身を任せてんだ私は、と。

 なんだかんだで心を立ち直らせながら、ふと私は一つの事を思い出した。

 

 生前の親友の一人の結末についてだ。

 

「…………ねぇ、ランスロット。ギネヴィアはどうなったの?」

 

 伝説に記されていないギネヴィアの最期。

 私は親友として、それがとても気になった。もし悲しませたまま逝かせたのならば、ランスロットの鳩尾にキツイ一撃をぶちこむと決意し、静かに激情の籠った拳を握る。

 ついでにその一撃で先程の記憶も曖昧にしておきたい。

 

「ギネヴィアは……幸せに逝きました。孫に囲まれて、大層幸せな顔で」

「へぇ――――え? 孫?」

「はい。孫ですが」

「…………そっかー」

 

 突然明かされた驚愕の事実ではあったが、親友が幸せに逝ったのならば文句は無い。

 あの子はあの子なりに、自分の幸せを掴めたという事なのだろう。

 

 ランスロットも、できればそうして欲しかったのだが。それは、少し強欲が過ぎるか。

 

「……貴方は、幸せだった? 彼女と一緒に暮らせて」

「はい。それは間違いありません。あの人と結ばれて幸せだったことは、決して悔やむべきものでは無かった。それだけは、断言できます。――――私は彼女と添い遂げられて、幸せだった」

「――――うん。じゃあ……私の助けも、無駄じゃなかったんだね」

「……はい」

 

 無駄じゃなかった。

 確かに私は身勝手で、周りを見なかった馬鹿だっただけど――――それでも、全てが無駄だったわけじゃない。

 戦友と親友が、幸せに暮らせたのだから。決して、無駄では無かった。

 それが少しだけ、私の心を潤わせた。

 

「私は……一度は主人を裏切ってしまった狂犬です。アルフェリア、それでも私を仕えさせると言うならば――――この身全てを、今一度貴女に捧げましょう」

 

 ランスロットはその顔に生前の様に聡明さを取り戻させて、音を立てずに膝をつき私に頭を下げた。

 それがとても彼らしい行動で――――つい小さく笑ってしまう。

 

「ふっ、ふふふっ」

「? わ、私は、何か粗相をしてしまったのでしょうか……?」

「いや、違うよ。なんか、貴方の真面目さは変わりないなあって。別に蔑んだわけじゃないから安心して」

「では」

「――――家族だから」

「……?」

「貴方と私は家族なんだから、助け合うのは当たり前。貴方が私を助けるならば、私も貴方を助ける。それじゃあ、駄目かな」

 

 私の言葉にランスロットは目を丸くして――――さっきの私と同じように、急に噴き出した。

 

「ふっ、ふははは!」

「な、なによ! 笑うことないでしょ!」

「いえ。貴女はこんな馬鹿な男でも、『家族』と言ってくださるのかと。……ええ、貴女らしい」

「……そう、かな」

「はい。貴女は身内には底なしに、優しい人です。だからこそ皆が貴女を慕いました。貴女はブリテンにとって、全てを優しく照らす太陽だったのですから」

「太陽か……うん、そうかもしれないね」

 

 少し照れくさいが、太陽と例えられればそうだったのかもしれない。

 皆を優しい日照りで照らし包む、そんな存在――――自分で考えていて、少しだけ恥ずかしくなる。

 

「湖の騎士ランスロット、全身全霊で貴女様の願いを成就させます。誓いを此処に」

「承りました……共に、勝利を」

 

 黒い甲冑越しに、私は彼の手を握った。

 とても冷たかったが――――それでも、彼の心は温かかった。

 

 星の下で、私は二度目の主従を結ぶ。

 

 己の願いを叶えるため。

 

 

 

 

 

 

「あ、それとアルフェリア。踵落としの時にチラッと見えたのですが、これから寒くなる時期なのにミニスカートに薄地の黒下着はいかがなものかと――――」

「死ねゴラァッ!!」

「――――ぐはぁっ!?」

 

 

 

 夜空に黒い流星が流れた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 冬木教会内にて遠坂家五代目当主、遠坂時臣は困惑していた。

 いつもならば常時掲げている信条である『余裕を持って常に優雅たれ』の元に行動をしている彼であるが、流石にその知らせには顔を歪めて動揺せざるを得なかったのだ。

 

「――――間桐邸が、火事だと?」

「はい。部下に確認を取らせました。間違いはありません」

 

 そう重々しく告げるのは聖堂協会所属であり此度の聖杯戦争の監督役――――そして遠坂と裏で協力関係を結んでいる言峰璃正(ことみねりせい)。余りの予想外の出来事には、幾多の危機を乗り越えてきた歴戦の戦士である彼とて苦悶の表情を浮かべざるを得なかった。

 

 火事が起こった間桐邸は数百年に渡りただ一度たりとも外敵の侵入を許しても生きて返すことのなかった魔術要塞。それが一晩にして消し炭に変わった。幸い飛び火による山火事にはならなかったものの、合図を待たずにどこかの陣営が事を起こしてしまったと言うのは予想の斜め上を通り過ぎる事態だ。しかも面倒なことに痕跡の欠片すら残っていない。

 

 その手際から魔術師のサーヴァントであるキャスターの仕業なのだろうが、証拠は無いし何より居場所がわからない以上接触も難しい。

 

 聖杯戦争開始の合図を待たずにこの惨状なのだ。正式に開始されたらどうなることやらと、時臣と璃正は暗い表情を浮かべる。

 

「神父、霊基盤の反応は確認できましたか?」

「……現在脱落が確認されたクラスは皆無。恐らく間桐陣営はどうにか逃げ延びたのかと思われます」

「そう、ですか。……そう、か」

 

 口を押えて、ひとまずと言った様子で時臣は胸を撫で下ろした。

 彼は今、元とはいえ我が子であった遠坂桜――――否、間桐桜の事を考えていた。養子に出し、互いに不干渉の条約を結んだ中とはいえ己の娘。その身を心配することに抵抗は無かった。

 

 調べによれば、未だ死体は発見されていないようなので、娘である桜は死んでしまったというわけでは無いのだろう。だが、突然住処を失ったとなれば安定した生活もできまい。ならばいっそ少しだけ手助けを――――とそこまで考え、時臣は頭を振る。

 

 既に桜は養子。間桐とは可能な限り接触しないという盟約に従い、それはできないと断じる。

 

 ただ我が子を助けるだけなのに、父親では無く魔術師としての感情を優先するのがこの遠坂時臣という者だ。父親と魔術師としての感情を併せ持つ歪な者。

 魔術師と一般人の感性を一緒にすること自体が愚かしいことではあるのだが。

 

「――――父よ」

「む、綺礼よ。無事戻ったようだな」

 

 音も無く教会の裏口から入ってきたのは感情の無い顔を持つ青年。名は言峰綺礼。父である璃正と同じく遠坂と協力関係を結んだ者にして――――サーヴァント、アサシンのマスター。

 右手に存在するいびつな形の令呪がその証である。

 

「それで、何か追跡できそうなものは」

「申し訳ありません。一通り調べてみましたが、やはり痕跡らしいものは発見できず。……アサシンにも周囲二キロに渡って散策させてみましたが、残念ながら」

「ふむ、アサシンがキャスターに洗脳されたという事は」

「……実体化しろ、アサシン」

 

 綺礼がそう唱えると、教会の隅で黒い靄が膨れ上がり形を成していく。

 

 現れたのは――――黒衣に身を包んだ十代ほどの少女。

 それだけならばただの参拝客として片づけられたのだろうが、顔に付けた髑髏の面とその身に纏った異質な空気がそれを許さない。

 

 彼女はサーヴァント。英霊と呼ばれる「到達者」。人智を越えた動きを人の身で至った正真正銘の超人である。姿が少女のものだろうと、その身体能力は元代行者であった綺礼ですら凌ぐだろう超越者だ。

 

 そんな彼女であるが――――凄まじく不機嫌そうな様子であった。

 

 当然だろう。召喚されて直ぐに『味方に触れてはならない』、『許可なく宝具を全力使用することを禁止する』という命令を令呪まで使われて強制されたのだから。

 そう言う事で、彼女はマスターである綺礼とは劣悪と言っていいほどの関係になってしまった。

 とはいえ、召喚されて五分足らずで綺礼を殺しかけてしまった彼女も彼女であるが。

 

「この通り、問題はありません。心配は無用かと」

「ならば綺礼よ、お前は予定通り全陣営の情報をアサシンに集めさせることに集中してくれ。可能な限り見つからぬようにな。戦闘も極力避ける方が良い」

「了解しました、父よ。それではまた後程」

 

 短く言葉を終えて、綺礼はアサシンを霊体化させた後に速足で教会を立ち去る。

 幾ら監督役の子息とはいえ綺礼はマスター。完全中立区域である教会に入ること自体、あまり勧められたものではないのだ。……それ以前に、監督役が別のマスターと協力関係を築いていることが異常ではあるのだが。

 

 遠ざかっていく自分の息子の背中を見届け、璃正は小さくため息をついた。

 これから起こるであろう波乱に不安を募らせ、それでも己に任された役目を果たすための踏ん切りだ。

 

 きっと、色々苦労を重ねていくのだろう。

 

 たださえ白い髪が更に真っ白になって行きそうな勢いである。

 

「時臣君、英雄王の様子は」

「依然変わらず。かの英雄王は、此度の戦争にあまり乗り気ではないようです。『つまらん世界だ』、と」

「…………英雄王の考えることだ。我々では到底理解出来まい理由だろう」

 

 心労の種が複数あると言うのは実に複雑だと二人は嘆息した。

 

 そもそも御しきれないサーヴァントを召喚した方が悪いと言えば悪いが。

 

「中々、思い通りに事が進まない物です」

「……時臣君、世の中思い通りになることの方が少ない。少しずつ、努力していこうではないか」

「ええ。その通りです、璃正神父」

 

 がっしりと、二人は互いの手を強く握り合った。

 同じ苦労人として、色々思うところがあったのかもしれない。その心労の原因は半分ほど自業自得なので、事情を知っている者が見たら冷たい目で見られるのが落ちだろう――――がしかし、纏った悲壮感はこれ以上ないほど同情心を誘う物があった。

 英雄王が見たらきっと爆笑しだすに違いないと言えるほどに。

 

「……? なぜ、私は笑みを浮かべている……?」

 

 因みに二人のその姿を見た綺礼は人知れず黒い笑みを浮かべていたとかなんとか。

 

 彼の愉悦が目覚めるのは、そう遠くない話なのかもしれない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 その頃、氷室宅。

 人形が詰まった子供部屋でピョンピョンとベッドの上を跳ねる金髪野生児(モードレッド)は凄まじく現代を満喫、もといエンジョイしていた。

 遥か年下であるだろう氷室鐘が呆れるほどに

 

「うおーっ! ベッドやわらけぇー!」

 

 十歳にも満たない子供より子供しているモードレッド。どうして彼女が実体化し、あまつさえ可愛い絵柄のパジャマを着て「ヒャッハー」と騒いでいるのかは少々説明が必要だ。

 

 モードレッドは鐘を助け出した後、腰を抜かした彼女を抱えて氷室夫婦の住宅まで赴いた。

 

 当然全身鎧姿に己の娘が抱えられているという絵面を見せられ、狼狽した氷室夫婦は「要求は何だ!」と何か違った方向に勘違いしてしまうなど一波乱あった。が、鐘の事情説明と説得によりどうにか誤解を解いて、そのまま流れでモードレッドは此処で居候することになった。

 

 一応モードレッドは表向きには「観光で来たが財布を無くして途方に暮れていた外国人」という設定になっている。そうでもなければ色々怪しすぎる。いやそのままでも十分怪しいが。

 それでも娘を救ってくれた恩返しということで、氷室夫婦は深い事情は聞かずモードレッドを受け入れたのだった。

 

 色々アバウトな気がしなくも無いが、最近は連続殺人事件などで物騒になってきている冬木市の外に年端も行かなさそうな少女を放り出すのは、やはり気が引けたのだろう。

 

 その殺人鬼はその年端も行かなさそうな少女がぶった切ってしまったわけなのだが。

 

「…………モードレッド、そろそろ説明してくれないかな」

「うおー! すげぇ跳ねるー!」

「……駄目だこれ」

 

 そして、今に至る。

 

 初めてパジャマを着てベッドに横たわった彼女は、予想以上に柔らかかったベッドをこれでもかというほど堪能していた。もうなんというか、子供だった。子供以上に子供だった。

 おかげで鐘も精神的な大人の階段をスキップで昇る感覚を味わっている。本人は全然嬉しくないだろうけど。更に殆ど不本意な形で反面教師を直視する羽目になり、鬱を越えて悟りの境地に片足を突っ込みかけているのは本人も知らないだろう。

 

「――――ふぅ、いい汗かいたぜ。……ん? どうしたマスター? 元気ないぞ」

「……誰のせいだと思う?」

「さぁ?」

「……………」

 

 もしかしたらモードレッドは脳味噌が抜け落ちているのではないかと考え始めた鐘。まさかの即答に何と反応を返せばいいのかわからず、鐘はそのまま無言モードになってしまった。

 

「冗談だよ。で、何が聞きたいんだ?」

「聞いていたじゃないっ……。ま、まぁいいや。とりあえず、聖杯戦争ってのは一体何なの? 昨日聞きそびれちゃったけど……」

「えーと、何でも願いが叶うスゲーコップを奪い合うデスゲーム」

「……コップ?」

「ああ。コップ」

「…………貴女に説明を求めた私が馬鹿だった」

 

 凄まじくいい加減な説明ではあるが、間違っていないのが何とも言えない。

 

 そのまま鐘はモードレッドの半端なく直線的な説明を自己解釈しながら聖杯戦争についての知識を蓄える。それは三時間程続いただが――――その内容のほとんどがストレート過ぎて解釈に時間がかかったのは言うまでもないだろう。

 しっかりと正常な解釈を成し遂げた鐘を称えればいいのか、それとも直球すぎる説明で理解させたモードレッドを褒めればいいのか。

 

「――――要するに、何でも願いが叶う『聖杯』を求めて、各地から集った『魔術師』が殺し合う儀式。でいいんだよね」

「そうそう。人に説明するとか初めてだったけど、意外と筋は悪くないな! やっぱ姉上の姪だからなー、俺。うん。出来て当然だな!(キリッ」

「…………」

 

 鐘の目が死んでいく。人は短時間でここまで目を死なせることができるのかと、専門家が見たらきっと驚くだろう。何の専門家かは知らないが。

 

「でもモードレッド、私は『魔術師』じゃないよ? なのにどうして貴女が召喚できたの?」

「あー? そりゃー、アレだろ。『実は先祖が魔術師でした』とかそんなんだろ。魔術回路なきゃ召喚すらできやしねぇんだし。送られてくる魔力も結構質がいい。隠れた才能ってやつだな」

「そうなのかな……」

 

 あまり納得はできないが、理解出来る話だ。

 両親は魔術師という風体でもないし、隠し事が苦手なタイプだ。両親が魔術師だというならば、身近にいる鐘が一度たりとも見たことが無いのはおかしいのだから。その可能性は低いだろう。

 だから先祖が魔術師か、それに関わる何かをやっていたならば辻褄は合う。実感は薄いが、鐘は一先ずそう納得することにした。

 

 しかし聖杯戦争については別だ。

 

 聞けば、殺し合いの儀式と言うではないか。子供である鐘でも、人殺しがいけないことだと言うのは嫌でも理解できた。何せ一日前にそれを趣味の様にやってのける殺人鬼を見たのだから。

 

「モードレッド。ごめんなさい、私は――――」

「参加したくないなら別にいいぞ?」

「……え?」

 

 その言葉に鐘は硬直する。

 万能の願望機を得られるチャンスを、自分から捨てると言ったのだ。彼女はそれを求めて遥々こんなところまで馳せ参じたはずなのに、一歩間違えれば惨殺死体になっていただろう自分の恩知らずな我が儘を、彼女はあっさりと受け入れてしまった。

 

 鐘の中に戸惑いはあれど、喜びは無かった。

 自分が何を言ったのか、よく理解しているのだから。

 

「だけど私は、貴女に助けられたのに……」

「そりゃ目の前で子供が殺されかかってんなら誰でも助けるだろーよ。俺は俺がやりたいようにやっただけだ。恩義なんて感じなくても気にゃしねぇよ。だからあんま自分を責めんな、マスター」

「……ごめん、なさい」

 

 涙を両目に浮かべながら、自分の薄情さに鐘は震える。

 なんて厚顔で恩知らずなのだろう、私は。彼女は何度も自分を責める。自分の命を助けられたのに、その命すらかけられないとは。なんて我が可愛さ。

 

 それを見てモードレッドは――――鐘の髪をワシャワシャと撫でまわした。

 

「ふぇっ!? モ、モードレ――――あうぁ~!?」

「だーかーらー、マスターは子供のくせに考えすぎなんだよ! 少しは他人に甘えろっての、ったく!」

「あ、頭が~! 頭がぁ~!」

 

 ぐわんぐわんと揺らされた頭を押さえながら、鐘はモードレッドを見る。

 邪気の無い、純粋な目は見るものを引き付ける魅力を放っていた。しかしそれは魅了の類では無く、本人の気質から来るもの。それを見た鐘はその気高さに胸を震わされ、無意識に息を呑み込ませる。

 

「つっても、参加する気が無いからと言って誰にも襲われないわけじゃない。座からの情報によれば、現代の魔術師ってのは子供すら殺せる外道らしいからな。こういう時こそ教会に助けを求めるのが一番だろうが……やめた方がいいかもしれねぇ」

「ど、どうして?」

「勘だ。なんかきな臭い。裏で色々繋がってる気がする。勘だけど」

「えー……」

 

 かなり適当な理由でモードレッドは教会への助力を蹴り、しかし迷いのない目でニカッと笑った。

 きっと、鐘を不安がらせないための彼女なりの気遣いだろう。

 そこまで深く考えているかは怪しい所だが、それでも鐘はその笑顔を見て少なからず元気が湧いてくる。やはりこういう不安な空気が流れている時は、眩しい笑顔が一番効くのである。

 

「ってわけで、俺がマスターを守ってやるよ。それが一番だろ?」

「え? モードレッドは、それでいいの? 本当に? 私、戦えないよ……?」

「戦えないから守るんだろ? 俺の信条は『弱きを守り強きを挫く』。俺はサーヴァントである前に騎士だからな! マスターみたいな子供は喜んで守ってやんよ!」

 

 そこら辺の男顔負けの情熱をぶつけられ、鐘は女同士のはずなのについ赤面して近くにあった大きなぬいぐるみに顔を埋めてしまった。

 こんなセリフを邪気も無く真っ直ぐぶつけられれば、言われた方が恥ずかしいと言う物だ。

 

「? どうした、マスター? 顔が赤いぞ? 熱か?」

「……モードレッドのせい」

「はっ? え、いや、俺なんもしてないだろ!?」

「――――貴女のせいなんだから、ちゃんと看病して」

「な、なんかよくわからんが……ま、いっか」

 

 事態をよく理解できていないらしいモードレッドだが、鐘がふらつく体を預けてきたので細かいことを考えるのを放棄した。それでいいのかモードレッド。どこかの経験値世界の人格をトレースしてないか。

 

「えーと、こういう時はどうするんだ? …………むっ! 添い寝しかないな!」

「――――は?」

「大丈夫だ! 俺も病気になったとき姉上と添い寝したら大体完治したんだ。間違いない!」

「な、何なのその謎理論……!?」

「大丈夫だ。ちょっと熱いけど直ぐに良くなるから。暴れんなよ……暴れんなよ……」

「ま、待って、まだ心の準備が――――」

「おりゃー! 大人しく抱き枕にされろマスターっ!」

「それただの貴女の願望じゃないっ――――わぶっ」

 

 氷室家は今日も平和です。

 

 

 因みにその夜、正式に聖杯戦争の開始合図がされたらしい。

 セイバー陣営がそれを気にも留めなかったのは、言うまでもないだろう。

 

 これでいいのか聖杯戦争。

 

 ――――たぶんよくない。

 

 

 

 




いやぁ、幸せな光景だなぁ・・・これがあと少しでぶち壊されるのかぁ・・・楽しみですね(黒笑

――――待て、しかして(愉悦を)希望せよ。


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第八話・聖杯戦争ってなんだっけ

待たせたな!そして残念今回もギャグ回だよ!聖杯戦争始まったのに始まらないんだけどどういうことですか橘さん!オンドゥルルラギッタンディスカー!

・・・まぁ、楽しんでみていってね!(キラッ☆

追記

細かい部分を修正しました。

追記2

ランスロットの服装描写を追加。

追記3

描写の一部を変更。


 深山町、柳洞寺。

 

 冬木という日本でも屈指の霊地の中で最もマナが濃い場所であり、実質日本最高峰の霊地であるその場所の地下には天然の鍾乳洞が形成されている。

 

 更にその鍾乳洞の中には大聖杯――――聖杯戦争の中核を担う世界最高クラスの魔力炉心が設置されており、それがあるからこそサーヴァントという膨大な魔力を必要とする存在はこうして少々の魔力で現界することが可能になっている。つまりそれがなくなれば聖杯戦争そのものが破綻する。それほどに重要な代物が、その最奥部に存在している。

 

 私は苦い顔をしながら、その鍾乳洞の入り口の前に立っていた。その状態は実は一時間以上前から続いていた。だがそれは私の意思に反することであった。

 先程から懸命に体を先に動かそうとしても、動かない。この体を形作る『器』そのものが行動を拒否しているのだ。

 

 大聖杯への干渉という行為を。

 

「……やっぱり駄目か」

 

 剣を向けることもできなければ鍾乳洞の中に入ることさえ敵わない。この体が聖杯が用意した器である以上、聖杯によって下される命令は絶対の物となる。懐に不穏な代物を入れるなど、聖杯でも御免という事だろう。

 本音を言えば大聖杯に直接干渉して、聖杯の中身を染めている『この世全ての悪(アンリ・マユ)』を摘出したかったのだが――――世の中そこまで上手くないらしい。

 

 一時間の奮闘の末、私は渋々諦めた。

 

 これ以上やれば大聖杯から予備の魔力を使ったサーヴァント数体を差し向けられかねないし、それ以前に魔力のバックアップを解除される恐れがある。

 

 私の魔力生産力が膨大とはいえ、弱体化後の私では全ての手段を動員してランスロットを実体化させられるだけの余裕を確保できる程度なのだ。聖杯のバックアップが途切れれば、良くて二日持って終わりだろう。当然、一切戦闘を行わない前提でだ。

 

(……生前の状態ならサーヴァント七騎を保有しても十分な魔力を余裕で確保できたのになぁ)

 

 出来ないとわかっていながらも、失ってしまった力に後悔を抱かずにはいられない。あれでも一応地道に努力を積み重ねて得た力だ。積み重ねてきた物を自分から落としてきたとはいえ、無くしてしまったのだから少しだけ後悔してしまう。

 

 落としてこなければ、此処に来ることさえままならなかったのだけれど。

 

 汚染原因の排除と言う目論見が失敗したことに溜息をつきはしたが、私は気分を入れ替えて周囲の自然を堪能しながら柳洞寺の長大な石段を降りていくことにする。

 まだ、全てが終わったわけでは無い。小聖杯という大聖杯の制御装置を使えば汚染の除去も不可能ではないのだから。

 だから諦めず、少しずつ頑張ろう。

 

 そう、私は小さく決意した。

 

 息を吸えば周りに生えている木々が生み出す綺麗な酸素が肺に飛び込んでくる。体全体を駆け抜ける爽やかさについつい顔を緩めながらも、平和な今を可能な限り楽しんだ。

 

 もしかすれば、もう二度と見て感じられないかもしれないのだから。

 

(…………ん?)

 

 石段を降り続けていると、こちらに上がってくる男が見えてきた。

 参拝客なのだろうかと思いながら、私は適当にその男を観察してみる。別に変な意味はない。聖杯戦争中なのだから、不意打ちを避けるためにもできる限り警戒はすべきだろう。

 されたところでヘラクレス並の一撃でもないと余裕で返り討ちにできるのだが。

 

 その男は――――何というか、虚ろであった。

 

 生気のない白髪はまともに手入れされておらずボサボサになって肩まで垂れており、着ている分厚い漆黒のロングコートの隙間から微かに見える肌はゾンビの様に青白い。そして髪の間から見える双眸は――――血の様に真っ赤だった。

 

 そこで私は警戒を一段階上げる。

 

(――――本当に……人間?)

 

 その特徴は吸血鬼――――死徒の様であった。

 

 だが今は早朝。朝日が地表を明るく照らし、これでもかというほど光を振り注がせている時間帯だ。死徒がそんなところに出てみれば速攻で灰になって消えるだろう。だから恐らく、死徒という事は無い。

 だけど私は、根拠こそない勘ではあるがあの男がどうしても人間とは思えなかった。

 

 纏っている雰囲気が、余りにも人離れしていたのだから。

 

 敵意は感じられない。否、最初からこちらなど眼中にないのだろう。これを良しとするか悪しとするかは個人の問題だろうが、とりあえず私は面倒事に発展しなさそうだと安堵した。余計なしがらみを今の時期に増やしたくはないのだから。

 

 そう思っている間にも男はそのままこちらに昇ってきて、私の隣に来たところで「ようやく」こちらに気が付いた様に目を大きく開いた。

 

 こちらとしてはやっとか、と言いたくなったが。

 

 気づかなくとも全然構わないけど。別に拗ねてないよ? ホントウダヨ?

 

 しかし先程からこの男、何を黙っているのだろうか。

 何か言いたげかなおで何十秒も硬直しており、何ともいえない空気となっていた。もう帰っていいかな、とか思い始めた時、ついに男が口を開く。

 

 

「――――イヴ?」

 

 

 が、出てきたのは全く脈絡のない単語であり、私はつい頭の上に疑問符を浮かべた様な顔になってしまう。

 

「え?」

「……いや、すまない。亡くした妻に、似ていたのでな」

「あ、えっと……」

 

 かと思いきやとんでもなく暗い過去を聞かされる羽目になった。何故だ。私の幸運パラメーターは高いはずなのに。まさか悪運が高いとかそんな類なんじゃなかろうな。

 男はそのまま何とも言えない顔で沈黙し、じっと私の顔を射抜かんと凝視し続ける。

 

 ――――その眼は、泥のように濁っていた。

 

 深い絶望を味わい、そのまま抜け出せなくなったような――――そんな瞳が、こちらを向き続けている。名状しがたい圧力に押されて、本能的に一歩後ずさってしまう。

 

「あの、私の顔に何か……?」

「……ああ、申し訳ない。気を悪くしたのなら謝ろう。ただ少し、寺を見に来ただけなのだ。怪しい者では無い」

 

 何処から見ても怪しげなオーラぷんぷん放ちながら、その台詞は無いんじゃないでしょうか。そんな素朴な疑問を浮かべた私はきっと悪くない。

 

 男の言葉に虚偽は無かった。私の直感スキルがそう判断しているのだから、恐らく敵では無いのだろう。少し早計かもしれないが、怪しい人物を一々敵性判定していたらこちらの頭がパンクする。何事も適度にする方が自分にも他人にも迷惑をかけない寸法ということだ。

 

 張り詰めていた心を解して肩の力を抜き、不穏要素が消えたことで気を楽にしながら私は再度石段を降り始める。

 やはり少し気が高ぶり過ぎていた様だ。少しはリラックスすることも考えるべきか。

 拠点に帰ったら読書や昼寝などで、偶には自分に休みを与えるのも良いだろう。

 

(これでアルが抱き枕できれば文句なしなんだけどなぁ……)

 

 そんなシスコンな考えを浮かべた時、ふと背後から小さな呟きが聞こえた。

 

 

「……愛した者さえ忘れるほど、老いてしまったというわけか。私は」

 

 

 深い悲しみに満ちた、そんな呟きが。

 反射的に振り返ると――――もう男の姿は消えていた。

 

 一体、何だったのだろうか。

 

「……はぁ、考えても仕方ないか」

 

 気にしても変わらない事は一々考えず心の片隅に置くべきである。少なくとも聖杯戦争という一大事が始まると言うのに、そんな余計なことに気をかけていては駄目だろう。

 今は目先の事に集中すべき時。ラーメンを食べている時うどんの事を考える馬鹿はいないだろう。そう言う事なのだ。なんか違うかもしれないけど。

 

 それに私は今から、五人分の朝食を作らなければならない。

 現在は午前七時半ほど。少し早いが、商店街に行けば良さそうな食材も買い込めるだろう。

 

「さて――――食材の買い出しにでも行きますか!」

 

 改めてそう口にすることで自分を奮い立たせる。

 

 朝食は一日の始動燃料。何事も朝食を食べねば始まらない。動くにも考えるにもエネルギーと言う物は欠かせないのだから。

 そう言うわけで、忙しくなる今日からはより腕を振るうと気合を入れることにする。

 

 なんか聖杯戦争全然関係ないような気がしなくも無いが――――細かい事は気にしないのが世の中の生き方なのだ。だから気にするな。イイネ?

 

 そんな感じで私は、今日の朝食のメニューを考えながら石段を降りるのであった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 香ばしい朝食の香りがリビングに漂う。

 スキルの恩恵があるとはいえ、十分すぎるほど卓越した料理の腕を持つ私の作ったベーコンエッグサンドは腹の空いている者ならば容赦なくその空腹感を増す凶器であり、フラフラとまだ寝ぼけている者達を無意識に引き寄せる。

 

 お前らはゾンビかと苦笑しながら、出てきた三人――――ヨシュア、雁夜、桜の三人を洗面所に押し込み、出来上がった朝食を更に持ってテーブルに置いたりしててきぱきと食事の用意を済ませる。

 終わった頃に丁度寝癖を直したパジャマ姿の三人が、口から涎を垂らしながら椅子に座し始めた。犬かお前らは。

 

「わぁ……おいしそう」

「さ、サーヴァントというのは、こんな料理も作れるのか?」

「いや、アイツが特殊なだけだ。スキルの影響だよ」

 

 などと会話を交わしながら、三人は一緒に手を合わせて「いただきます」と言い、食事を開始した。

 同時に一口――――直後、雁夜と桜の体が固まった。更に、その眼から大量の涙を流し始める。そこまで美味かったのか。

 

「くぅっ……なぜ、なぜ俺は今まで……!」

「美味しいよぉ……」

「……懐かしい反応だな」

 

 いや、泣くほど美味しいと思ってくれるならこちらも喜ばしいのだが、流石に私もどういった反応をすればいいのかわからない。何というか、初めて私の料理を口にした円卓たちのような反応で。いや、喜ぶべきなのだろうけど。

 ヨシュアは何度か食べたことがあって慣れてきたのか、すっかり普通の反応になっている。正直彼の味覚がどうなっているのか気になってしまう。あの料理に舌を慣らしてしまったら、他の料理は一体どんな味になっていることやら。しばらくは他の奴に料理を出させるべきなのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、私は令呪からランスロットへと念話を送る。

 何を遠慮しているのか、先程から全然姿を現さないのだ。だから直接命令して引き摺り出さねばならないだろう。

 

 呼ばれたランスロットは呆れ半分といった顔で実体化する。

 

「……アルフェリア、私はサーヴァントなので食事の必要は――――」

「はいはい。さっさと座る! ……もしかして、私の料理は食べたくないの? 折角用意したのに……」

「わかりました今すぐ食べましょう!」

 

 食べてもらえないのかぁ、と悲しんでいたらランスロットが凄まじい速さで手のひらを返した。やっぱりお腹空いてたんじゃないか、と思いながら私もそれに倣って椅子に座り自分の分を食べていく。

 

 と、此処で伝えねばならないことがあるのを思い出した。

 

「ヨシュア、ランスロット。ご飯食べた後は街を見回りに行くからね」

「見回り? どうしてだ?」

「……敵地偵察、でしょうか」

「まぁ、それもあるけどね。少し霊脈を操作しに質の良い霊地を探そうかと」

「はぁ?」

 

 この場所の霊脈は質がいいと言えばいいのだが、やはり少し心もとない。かと言って更に上質な霊地は既に御三家に抑えられているせいで下手に干渉できない。この場所もどうにか工面して手に入れた、今のところ手に入れられる最高の霊地なのだ。

 

 だが、私と言う悪燃費サーヴァントを十分に補助できるかと言えば答えはNOだ。

 私を十全に運用したいのならば遠坂邸や柳洞寺。あとは後天的に改造されて霊地になった冬木市民会館ぐらいか。今日はとりあえずそこら辺を回って霊脈をこの場所に接続する予定である。

 

 勿論霊脈の改変・接続には多大な時間が掛かる。ので、護衛としてランスロットを連れて行くのだ。これに関してはランスロットを事前に確保しておいてよかったと思った。

 

「れ、霊脈に手を加えるって……普通それは一流魔術師数十人掛かりでやることだぞ?」

「え? でも私、生前は良く霊脈から直接魔力を引き摺り出したり経路改変したりしてたけど? 現地に行けば二時間ぐらいでこの場所に繋げられるよ?」

「……お前は俺の予想を悉く凌駕してくれるな」

「ヨシュア、アルフェリアは常識にとらわれないお方なのです。考えても無駄ですよ」

「ああ。俺もそう思った」

「ねぇ、それ悪口? 悪口だよね?」

「「いえ、全く」」

「…………」

 

 私はできることを言っただけなのに、どうしてこんな呆れた目線を向けられなければならんのだろうか。別にいいけど。明日朝食にたっぷりマスタードを仕込む罰を与えるし。……いや、スキルのせいでそれすら美味に感じられたら罰にならないしなぁ……。

 

 あ、そう言えば今日からサーヴァントの衝突が始まる頃だろう。なら罰としてランスロットには戦闘偵察にでも行ってもらおう。余り罰になってないような気がするが、どうせ使い魔を作って放つぐらいならランスロットを使った方が確実だろうし、使わない手は無い。

 ヨシュアは……明日の朝にドッキリでも仕掛けるか。うん、それがいい。

 

「……なぁ、今、『アルフェリア』って聞こえたんだが。気のせいか?」

「安心してください雁夜。今の貴方は死に体ですが、まだボケは来てませんよ」

「おいランスロット今の台詞どういう意味だ!? つかまだってなんだ!? 俺はまだ三十代だッ!」

「え? 老けてたから四十ぐらいだと思ってたんだが」

「お前らなぁ……」

 

 目ざとい、いや耳ざといなカリヤーン。いや、あれだけ私の名前言ってれば気づかない方がおかしいのか。

 雁夜をいじりながらヨシュアは彼の問いに答える。隠す意味も無いしね。

 

「キャスターの真名はアルフェリア・ペンドラゴン。現代の料理の下地を整えたとされる美食の開拓者だよ」

 

 料理人としての側面の方が有名な英霊も中々いないと思うの。ま、まぁ下手に大英雄扱いされるよりはそっちの方が穏やかなので悪くは無いけど――――

 

 

「――――あ、あの『悪鬼羅刹の狂戦士』か!?」

 

 

 ……は?

 

「ちょっと待ってその二つ名何!? って言うか私後世にどんな名前付けられてんの!?」

「ん? そりゃ『戦神』『勝利の戦女神』『天上の料理人』『救国の聖女』『冷徹な鉄仮面』『慈愛の聖母』『食の救世主』『赤き血姫』『白銀の流星』『銀の竜騎姫』『神聖処女』『冷酷無比の狂血女王』『悪鬼羅刹の狂戦士』『人間戦術核兵器』――――」

「どんだけ変な二つ名付けられてるの私ッ!? っていうか最後の完全に最近付けられたっぽいんだけど!?」

「伝承が伝承だからな。皆面白がって付けまくってるんだよ。おかげで逸話が凄まじく誇大解釈されて、今はお前は『古代チート系登場人物』筆頭になってるぞ。例えるなら、ヘラクレスみたいな」

「実際に見たことがある私からしてみれば、誇大解釈じゃなくて忠実に再現しているのですがね」

「ランスロット!?」

 

 何故か話の矛先が私に向き始めた。どうしてこうなった。

 確かに生前は核兵器と揶揄されても可笑しくない被害をBANZOKUどもに与えたけど、数十万単位で殺戮したことはあるけどさぁ……! もうちょっと穏やかな二つ名は無かったのか……!!

 

 そうやって卓上に突っ伏して真っ暗なオーラを滲み出していると、とてとてと可愛らしい足音を立てながら桜が私の傍まで駆け寄り――――ギュッと私の腕を抱きしめた。

 

 ――――天使だね。間違いない。

 

「ア、アルフェリアさんは……凄いんですねっ! かっこいい、ですっ……!」

「……ふふっ、ありがと、桜ちゃん」

 

 何だろうね。最近アルトリウム成分が不足しているせいで思考が乱雑になってきた。

 しかし、代替になるエネルギーを今発見した。桜ちゃん成分、通称サクラニウム。新たなエネルギー発見によりシスコンパワー活動時間延長を――――うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお我慢できないぃぃいいいいいいいいいい!!!

 

 私は半分無意識に近寄ってきた桜を抱きしめて膝の上に乗せる。

 桜ちゃん可愛い。カワイイ。半ば思考放棄状態になった私の脳内はそんな単語で埋め尽くされる。

 

「わ、あっ」

「うんうん、桜ちゃんは優しい子だね。……あぁ、柔らかい。ねえ桜ちゃん、一回だけ『お姉ちゃん』って呼んでくれるかな?」

「……お、お姉、ちゃん」

 

 ――――吐血しかけた。

 

 サクラニウム補給完了。もう何も怖くない。

 

「我が生涯に、一片の悔いなし――――あ、でもアルトリウムをもう一回だけ補給したか、った……」

「ちょっ、アルフェリア!? なんか白く燃え尽き始めたぞ!?」

「お気になさらずヨシュア。アレはアルトリウム不足の症状なので。王が不在になる遠征時に割と頻繁に起こる事ですから、いつもの事です」

「それでいいのか湖の騎士!?」

「もう、ゴールしてもいいよね……」

「まだスタート地点だからなァッ!?」

 

 ああ、我が愛しの妹よ。君は何処に――――。

 

 そんなテンションで私たちの朝食は終わった。なんかカオスな状況になっているような気がしなくも無い。だが大丈夫だ、問題ない。慣れればランスロットの様に優雅に紅茶を飲めるぐらいにはなるから。

 こうして騒がしい朝は、混沌な感じで幕を閉じるのであった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「――――はぁぁ…………」

 

 現在、冬木市民会館近くの公園。

 そこの小さなベンチで俺、ヨシュア・エーデルシュタインは疲労から来る深い溜息を吐いていた。

 街の見回りという名目で様々な店を五時間近く振り回されながら連れまわされれば、疲れもするだろう。女子に引っ張られる男というのはこういう気持ちなのだろうか。

 

 と、愚痴はそこまでにしよう。

 今俺たちは冬木市民会館にて霊脈を拠点まで引っ張る仕込みをしている。あの場所の霊地は一人の魔術師が運用すならば十分な質を誇ってはいるが、アルフェリアを動かすには少々心もとない。そういった理由で『他の霊地から霊脈を敷いて質を底上げする』という作業を取り行っているのだ。

 

 セカンドオーナーに見つかれば説教どころかその場で殺されかねない行動であるが――――曰く、『バレなきゃ問題ない』らしい。まぁ、見つからなければ咎められるはずもないので当然か。

 

 そんな訳で、今現在アルフェリアは市民会館内にて作業をしている。勿論人に見つからないような場所で慎重に。とはいえ見つかる可能性があるので強力なサーヴァントであるランスロットを連れてだ。因みにランスロットは鎧姿のままでは出歩くことはできないので、アルフェリアが事前に購入しておいたダークスーツを着歩いている。おかげで女性たちからは黄色い声が飛び交うようになった。罪深い奴だ。

 

 で、戦力外である俺はこうやって一人で休憩している。別にサーヴァント相手にタメを張れると言いたいわけでは無いが……それでも仲間外れにされた気分で、少々居心地が悪い。

 

「……惚れた女も自分で護れないとは、情けねぇ」

 

 超一級サーヴァント相手に何を言っていると自嘲する。人の身で人を越えた超越者を守る? 隕石素手で受け止めてからほざけと自分に言い聞かせた。

 

 俺は、弱い。比べる対象がおかしすぎるが、それでも『弱い』のだ。

 神秘の薄い現代ではどれだけ努力しようが人の範疇から外れることは不可能に近いし、強力な宝具の類もまた作り出せない。加えて俺の魔術は決定打に欠けるという事実。

 何でもできると思ったわけじゃない。

 それでも、アイツを守りたいという願いは――――一度でいいから叶えてみたい。

 

「いっそ、聖杯に『俺を強くしてくれ』とでも頼んでみるか?」

 

 そう考えて直ぐに『愚か』と切り捨てる。

 聖杯なんていう胡散臭い物にこの願いを託してどうする。これは自分の力で成し遂げるべきモノ。他人どころか怪しい道具に頼るなど、男が泣く。

 

 難儀なものだなと、近くの自販機で購入した缶コーヒーを啜る。

 

 いつもより、コーヒーが苦い。錯覚だろうが、そう感じた。

 

 

「――――おい、お前」

 

 

 何の前振りも無く、そんな声をかけられる。声の高さからすると、大体十代後半ほどの少女の物だろうか。

 何か厄介事に巻き込まれなければいいが、と思いながら声のした方を振り向いてみると――――目と鼻の先に少女の顔らしきモノが存在していた。

 

「どわっ!?」

「……むー、ん~? おい、動くな」

「なっ、ななな……」

 

 肩をがっしり掴まれて動きを制限された挙句、声をかけてきた金髪の少女は俺の身体を(まさぐ)り臭いを嗅ぎ始める。何だ、そういう特殊性癖の持ち主なのか。

 

 改めてみれば恰好も結構アレだった。へそ丸出しのチューブトップに紅いレザージャケット、そして凄まじく短いショートパンツという露出狂か何かと勘違いしてしまうほどのファッション。顔から見て恥じらいも何もないから、本当に露出狂か何かじゃないのかこいつ。

 

「すんすん…………懐かしい臭いだな。これは、何だ……?」

「ま、待て待て! お前誰だ!? 初対面の奴の体臭嗅ぐとか正気かお前!?」

「るっせぇ、黙ってろ。えーと……うーんと……いや、まさか。ありえねぇ。こいつから姉上の匂いがするなんて――――」

 

 何やら意味不明なことをぶつぶつと呟いているが俺には関係ない。

 さっさと振り払って逃げようとするが――――俺の肩を掴んでいる力は、並大抵の物では無かった

 

 まるで巨大な岩にでも挟まったような力。

 こんな小柄で華奢な少女が出せる力では無いはず。その時俺の脳裏にある予測が走る。

 それを理性で否定しようとしたが、その時『決定打』が出された。

 

 

セイバー(・・・・)! 急に駆けだして、どうしたの?」

 

 

 ――――その言葉に、顔をひきつらせた。

 

 セイバー。それは聖杯戦争に置いて最優のクラスと言われるサーヴァント。

 それが今、俺に肩を掴んでいる少女の事ならば――――絶体絶命ではないのか、この状況は。

 

 否定する材料を見つけるために、先程決定打をくれた駆け寄ってくる子供の右手の甲を見てみると――――見事に、令呪らしきモノが刻まれている。

 

 不味い。

 

 令呪を使って呼び出す――――しかし周りに人が多過ぎる。何とか誤魔化しても確実にペナルティを食らって聖杯戦争を勝ち抜くことが難しくなってしまうだろう。

 なら俺のすべきことは何だ。

 どうすればこの状況を潜り抜けられる。

 

(俺が、もっと強ければっ……)

 

 セイバーの拘束を振りほどけるほど強かったならば、何とかこの状況を打破できたかもしれない。

 そんな後悔が胸を満たし、俺は反射的に息を呑む。

 

「いや、こいつから知ってる臭いがしてな。……おい、どうした。急にすげぇ汗流して。具合悪いのか?」

「……セイバー。そろそろ放してあげれば?」

「おっと、そうだったな。すまん」

 

 ――――呆気なく拘束が解かれた。

 

 ……ドウイウコトダ? こいつ等は俺をマスターだと知ってこんなことをしたわけじゃないのか?

 

 よく見ればセイバーのマスターらしき子供からは微弱な魔力しか感じられない。令呪は他の令呪の存在を感知できるとはいえ、俺の令呪はアルフェリアの高度な隠蔽魔術に隠されているせいで感知はほぼ不可能。

 恐らく、非正規のマスターという事だろう。当然、此方がマスターだとわかる筈もないし、その戦闘能力も皆無なはず。

 

 ならばここで静かに仕留めて――――

 

 だが、相手は子供――――

 

 汗を流しながら突き付けられた二つの選択を凝視する。

 考えろ。最善の行動を。何をすべきかを。今ここで選択して――――

 

 

「ヨシュアー!」

 

 

 気の抜けた呼びかけに思わず吹き出しかけた。

 何という最悪のタイミングで現れてくれやがりますかあの能天気娘はぁぁぁああああああっ!!! 脳内で悲鳴を上げながら、俺はこちらにやってくるアルフェリアとランスロットに向かって「来るな」と叫ぼうとする。

 

 ――――だが、彼女の表情が急に変わったことでそれは止まる。

 

 アルフェリアはまるで、もう二度と会えないと思っていた知人とばったり出会ってしまったような顔だった。ランスロットも同様な顔を浮かべている。

 対してセイバーは――――茫然とした顔で泣いていた。

 

 状況が、全く理解できない。一体何がどうなっているのか。

 朝とはまた違う方向で状況が混沌に陥り、この場の誰もが動かなくなってしまう。時間が止まってしまったかのように。

 

 そしてその停滞は、アルフェリアの呟きで壊れることになった。

 

「……モードレッド、なの?」

「――――姉、上……? 本当、に……嘘じゃ、ないよな? 幻覚じゃないよな!?」

「モードレ「姉上ぇぇええええええええええええ!!!」ってきゃあっ!?」

 

 硬直していたセイバーが号泣しながらアルフェリアに突進して抱き付いた。

 その勢いを殺し切れず地面に倒れてしまうが、セイバーはお構いなしに抱き付いた身体を離さず泣き声を上げる。

 

「うぉぉぉおおおおおおおおおお姉上ええええええええええええ!!!」

「え、ちょ、モードレッドっ!? 此処でそんな大声――――ひゃぁっ!? どっ、何処触ってるの!?」

「うぇぇええええぇぇえぇぇええええええん!!」

「お、お尻と背中はっ……ま、待って、お願いだからぁっ…………っうひゃぁ!?」

 

 

 ……何だこれ。

 

 

 周りの人々の視線が刺さる今、俺はただただその疑問を脳内で反響させていた。

 もう一度言おう。

 

 ――――何だこれは。どうすればいいのだ……っ!

 

 答えは帰ってくるはずもなく。

 セイバー改めモードレッドが泣き止むまで、そんな混沌とした状況は続くのであった。

 

 周りの人たちが変人を見るような視線で俺たちを見ていたのは、言うまでもないだろう。

 

 ……聖杯戦争って、なんだっけ。

 

 そんな哲学的な問いが、俺の中に生まれ始めたのはまた別の話だ。

 

 

 

 




遂に邂逅姉上と姉上大好きっ子。そして広がるカオス空間。シリアスさんが息してないの!誰か助けてあげて!え、愉悦?俺もしたいよ!!(泣

因みに今回結構難産でした。戦闘回はすらすら書けるのに日常になると遅筆になるのはなんでなんでしょうかねぇ・・・・


~その頃~日本行き飛行機内

アヴェトリア「・・・(姉さんに呼ばれた気がする)」
アイリ「・・・(気まずい)」

~その頃~とあるビル内

切嗣「・・・・(部屋の隅で体育座り)」
舞弥「・・・・(どうしよう)」

うわぁ・・・(愉悦


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第九話・波乱の前兆

うむ、見事なまでに話があまり進んでないっ!(開き直り

・・・ごめんなさい。本当は今回で倉庫街戦闘するつもりでしたが、何故か文字数が予想以上に伸びてしまいまして。悩んだ末に切のいい所で切り上げて投稿することにしました。

戦闘を期待していた方々、ごめんネ☆(テヘペロ

追記

ケイ兄さんが殺意の波動を覚醒させそうなミスが発覚。修正しました。


「えへへぇ……姉上ぇ~」

「なーに?」

「ご飯おかわり! 大盛りで!」

「はいはい。ふふっ、よく食べるねモードレッドは」

「姉上が作ってくれた飯なら何杯でも行けるぜ!」

「あはは。はい、おかわりどうぞ」

 

 何気ない日常の光景が広がっていた。

 現在時刻十二時半程。私は目的を果たした後自分たちの拠点へと帰還しセイバー、否、モードレッド達と共に食事をしていた。

 

 メニューは白米に味噌汁、鯖の塩焼きに出し巻き卵と質素な和風料理だったが――――私のスキルにより一級シェフにも勝る極上の供物と化しているそれは一口食べるだけで気力が湧き出る物となっていた。味も当然最高に維持されており、ご飯が進むは進む。

 朝を少なめに食べていたせいか、食卓を囲むほとんどの者が既にご飯二杯目に突入していた。初めて食べる少女――――氷室鐘に至っては涙を流しながら頬張っている。もう涙を流すのはデフォなんだね。

 でもここまで美味しく食べてもらうというのは、料理人として冥利に尽きると言う物である。そこは素直に嬉しい。

 

「……なぁ、一つ質問していいか?」

「ん? どうしたのヨシュア。なんか変なものでも混じってた?」

「いや、料理は相変わらず美味い。だがな…………今って聖杯戦争中だよな? 俺の感覚が確かならそいつはセイバーのサーヴァントで、普通は俺たちの敵対陣営のはずなんだよな?」

「はい? 何言ってるのヨシュア。モードレッドと戦うわけないじゃない」

「…………ああ、うん。そうか。もういいや」

 

 何故か目から光を失わせて、死んだ魚のような目になったヨシュアは何処か遠い所を見つめながら食事を再開した。一体どうしたと言うのだろうか。

 

 確かに今の光景は聖杯戦争という言葉には似合わないが、それでも食事は大事だ。特に家族と囲む食卓なのだ。どこにでもある光景なのにどうしてそう訝しげな表情なのかがわからない。モードレッドは家族だから、こちらと敵対するはずがないだろうに。

 

「いや、しかしまさかモードレッド卿まで召喚されていたとは。流石に驚きましたよ」

「俺もだぜランスロット卿。それも姉上と陣営を共にしていたとはな。流石第一の円卓の騎士。行動が早いぜ」

「いえいえ。成り行きの様な物です。……本当に、貴女ともう一度食卓を囲めるとは」

「ああ……懐かしいな」

 

 本当に、懐かしい。

 こうして一緒の卓を囲んで食事をするなど夢だけの出来事かと思っていた。だけど、不完全ながらもその夢がかなった。その嬉しさが顔に出ていたのか、二人が私を見て微笑を浮かべる。

 

 ――――でも、やはり足りない。

 

 ケイ兄さん、ベディヴィエール、トリスタン、ガウェイン、ギャラハッド、ガレス、ガヘリス、パーシヴァル、ユーフェイン、パロミデス――――そして、アルトリア。

 沢山の者が欠けていた。嬉しい反面、それがとても寂しい。

 

 それでも新たに卓を囲む家族が増えたのは喜ばしいことだろう。

 ヨシュア、雁夜、桜、氷室――――現世で知り合った大切な家族たち。確かに色々なものを失ってしまったが、新たに得た物もあった。それだけは、決して悲しむべきでは無い。

 

「――――げぷぅ。はー、食った食った! 久しぶりに姉上の飯が食えたぜ。しかも前より美味くなってるし、胃も満足してる」

「こらこら。口元に米粒が付いてるでしょ。ほら、こっち向いて」

「ん? ああ」

 

 だらしない姪の世話も大変だなと思いつつ、私はモードレッドの口元についていた米粒を取ってひょいと自分の口の中に入れる。うーん、微量のアルトリウムが実に美味。

 

「っ……あ、姉上、ひ、人前でそんな…………」

「? なんで顔を赤くしてるの?」

「いや、だからぁ……あー、もういいや。姉上、ハグしてハグ!」

「はいはい。モードレッドは甘えん坊だね」

 

 久々に味わうモードレッドを抱きしめる感覚。これだけで後数十年は不休不眠で戦える気がする。そして柔らかいモードレッドの髪をあやす様に撫でると、モードレッドも顔を赤くするほど嬉しがりながら私の胸に顔を埋めていった。

 そんな様子で姪とじゃれ合っていたら、周りの皆は何というか呆れた様な視線がこちらに向けられていた。ランスロットだけは微笑ましいという視線であったが。

 

「えっと、皆どうしたの?」

「……家族にしちゃ少々過剰過ぎるスキンシップな気がするんだが」

「俺もそう思った。桜ちゃんと葵さんでもそれは無いぞ?」

「色々凄いですね」

「私は……ちょっと羨ましいかな、と」

 

 そんなコメントをヨシュアと雁夜、そして氷室と少しだけ頬を赤くした桜から貰う。

 

 と言われても生前から行っていたことなのだが。こうして愛をたっぷり与えることで家族の絆を深めるのだ。拳を交わして武闘家同士が分かり合うように、私もこうして抱きしめ合うことで互いの関係を深めていく。おかしなことでは無い。可愛い姪を抱きしめて何が悪いと言うのだ。

 

 あと羨ましがっている桜ちゃんには後でやってあげよう。私は小さくそんな固い決意をした。

 

「これは私なりの愛情表現だよ。愛したいと思ったから抱きしめた。簡単でしょ?」

「シンプルイズベストってことか」

「わかり合いたいなら体で触れあうことが一番。欧米じゃキスが挨拶代わりなんだから、これぐらいはまだまだだよ。ん~、よしよーし」

「ごろにゃーん。ハッハッ」

「……家族っつーか猫と飼い主だな。いや、犬か?」

「姉上ぇ……えへへへへ……」

 

 モードレッド可愛い。可愛いよモードレッド。

 こうやって頭を一撫でしてあげるだけで満面の笑顔を向けてくれる。供給されるアルトリウム(Type-MO)がマッハを越えて無量大数。お姉ちゃんは今日も幸せです。あ、鼻血出そう。

 

 その後三十分ほど撫で続けていると、モードレッドが寝息を立ててぐっすりと眠ってしまった。寝顔可愛いです。こちそうさま。そんなアホな思考を走らせながら、私はモードレッドをソファの上に寝かしてお腹を冷やさない様に毛布を掛ける。サーヴァントだから病気にはかからないだろうけど、身体は大切にしないとね。

 

 最後に軽く頭を撫でて、早く事を進めるために私は素早く食卓へと戻る。

 先程とは打って変わってほぼ全員が真剣な表情だった。唯一違うのは、不安げな顔をしている氷室だけだ。

 

 今から話すのは、その氷室についての事であるが。

 

「じゃあ俺から話させてもらおう」

 

 以外にも話を切り出したのはヨシュアであった。

 本当なら、私が話を始めようと思っていた。氷室から生まれるだろう様々な感情を受け止める役になるために。しかしそれを理解したヨシュアが一足先にその役目を奪っていったというわけだ。

 

 こちらに気を使ってくれているのだろう。それについては嬉しく思うのだが、これをきっかけに無理をし始めないでほしいものである。

 

「氷室鐘、お前はこの聖杯戦争に参加する意思はあるか?」

「え? あ、あの、私は――――」

「わかっている。巻き込まれた非正規のマスターなんだろ。見ればわかるよ。俺も似て非なるような物だからな。最終的には自分の意思で参加したが」

「…………私は」

 

 そう。氷室鐘は魔術師などではない。魔術使いとも言えない少女である、ただ単に偶然その身に魔術回路が備わっていただけの一般人である。

 故に問う必要がある。

 彼女自身は、この聖杯戦争と言う危険な儀式に参加する意思があるのか。

 

「正直、まだ実感がありません。魔術、と言われてもまだ受け入れきれていませんし……怖いです」

「当り前だ。何の前触れも無く魔術世界に引っ張り込まれたんだからな。――――だが、まだ後戻りはできる」

「……できるんですか?」

「厳重な記憶封印に魔術回路の強制的な閉鎖をすればな。そうすれば今後魔術関係のゴタゴタに関わる可能性が低くなる(・・・・)

「……無くなりは、しないんですね」

 

 本当にただの一般人ならば記憶措置を施して帰らせるだけで元々の日常を過ごせただろう。

 だが魔術回路持ちとなれば話は違う。例え封印しても、一度回路が開いた以上その体液には魔力が残り続けているだろうし、モードレッドを苦も無く実体化出来ていることから数も質も上々だろう。魔術師に取っていい研究材料だ。野に放っておけば、何時か魔術師に発見され拉致される可能性がある。

 

 勿論その可能性は高い物では無い。だが『可能性がある』と言うだけで十分な不安材料になるのだ。

 だからこそ、ヨシュアは第二の選択を突きつける。

 

「落ち込むのはまだ早い。お前にはもう一つの選択がある」

「もう一つの、選択?」

「――――お前が魔術を学んで、最低限の自衛ができるぐらいの魔術師……いや、魔術使いになることだ」

 

 その選択とは、氷室鐘が本格的に魔術世界に関わる事。

 

 自身の身を護れるほど力をつけ、例え狙われたとしても撃退できるほどの魔術の腕を保有していれば幾分か不安は取り除ける。また同じ魔術に関わる人間との交流も結べ、いざとなれば伝手を頼って保護してもらうことも可能だ。ある意味こちらの方が安全性と確実性が高い。

 

 しかし、この世界に一度深く関わってしまえばもう二度と抜け出せなくなる。

 

 この選択は、氷室鐘の日常を過去にする選択。個人的には、あまり選んでほしくない。魔術世界というのはそれほど厳しく無慈悲なものであるのだから。

 

「……それを選べば、家族を巻き込まなくて済みますか?」

「ああ。少なくともお前が自分や自分の家族を護れるほど強くなれれば、何もしないよりはずっと安全だろうな。しかし、お前にその覚悟があるか? 茨の道を歩む覚悟が」

「………………」

 

 たった六、七歳の子供に強いるには余りにも厳しすぎる選択だった。

 

 自分だけでなく周りの家族すら護れるほどに腕を磨くには、一体どれだけの修練と時間を必要とするのか想像に難くないだろう。普通に魔術を一人前ほどに修めるには十年単位の時間が必要となる。それだけの修練を時間を積み重ねて「ようやく」一人前だ。家族全員を守るためにはさらに時間を費やす必要があるだろう。

 

 長い沈黙の後――――ついに氷室は選択する。

 

「私を――――弟子にしてください。お願いします」

 

 ヨシュアへと頭を下げて、氷室は子供とは思えないほどの決意が籠った言葉を口にした。

 子供とは思えないその真摯な姿に心を打たれる。

 

「…………後悔は許す。泣きごとも許す。恐怖も挫折もして構わない。だが――――絶望だけはするなよ。お前が選んだ選択だからな」

「っ……はい!」

 

 それを言い終えて、ヨシュアが溜めに溜め込んだ息を吐いた。慣れないことをしたのだからある意味必然だろう。そもそも対人関係すらまともに構築してこなかった奴にこんな事が出来たのかと、若干驚いているのが本心だ。コミュ障でも鍛えればこれだけできるという生き証人である。

 

 ……冗談だからそんな目を向けないでよヨッシー。

 

「はぁぁぁぁ…………アルフェリア、後は頼んだ。俺はいつも通り工房に籠っているから、用事があったら念話を飛ばしてくれ」

「わかった。こっちは任せて」

「やれやれ。やっぱりもうちょい、人と触れ合うことになれておくべきだったか……」

 

 ぶつぶつと愚痴をこぼしながら、ヨシュアはそのまま自室へと籠ってしまう。

 

 その背中を苦笑交じりに見届け、師事を断られたのかとオロオロし始めた氷室の頭をポンポンと撫で事情を説明してやる。全く、話ぐらいちゃんとしてっての。

 

「あ、あの、私はどうすれば……」

「えーっとね氷室ちゃん。ヨシュアは少し特殊でね、普通の魔術があまり使えないんだ。簡単に言うと……使える魔術が尖ってるの。だから、教えるって事にはあまり向かないんだ。だから、私が教える」

「だ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。大体の魔術なら私が教えられるから。今から本格的に回路を開くから、私の私室に移動するけど――――ランスロット?」

 

 先程から顎に手を当てて氷室を凝視しているランスロット。まさかもう気づいたのか(・・・・・・・・)と思い、恐る恐る声をかけてみる。

 すると彼は何かに迫られたように口を開き『その言葉』を言い放とうとして――――

 

「アルフェリア、彼女はッ――――!!」

「――――しーっ」

 

 その口に一指し指を当てて、ランスロットの口を止めた。それ以上は、少々不味い。

 

 全く、勘が良すぎると言うのも問題だね。

 気づかなくてもいいことに気付いてしまうのだから。

 

その事(・・・)は後でゆっくり。今はやることを済ませないといけないから。ね?」

「……わかりました」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、上がりかけた腰を下ろした。

 状況があまり理解できていない氷室の背中を撫でて落ち着かせながら、私たち二人は邪魔されることなく二階にある私の部屋へと移動する。

 

 部屋は簡素で質素なモノであった。正直寝起きするだけの部屋なので飾る必要性が皆無なので一切手を加えていない。何せ、本来用意すべき魔術工房はこの住宅その物(・・・・・・・)なのだから。家が丸ごと魔術工房というわけだ。ならわざわざ別の工房を用意する必要もあるまい。

 

 かなり良質な材料で作られたベッドに氷室を寝かせ、上着を捲って背中を外気に晒す。

 やってることが完全に変態なので顔に少々冷汗が流れ始める。しかし必要な事なので仕方ない。私だって好きでやってるわけじゃないよ? ロリコンにしてレズとか救いようがない人種じゃないからね?

 

 そんな冗談は一旦止めて、静かに私は右手を氷室の背に当てる。

 柔らかい感触が手に広がり、つい息を呑んでしまった。だから違うんです。私は子供好きなだけなんです。深い意味はないんです。

 

「あの、今から何をするんですか?」

「魔術には魔力が必要になる。今からするのはその魔力を生成するための器官を作る――――いや、元々あった物を活性化させるようなものかな? まぁ、とりあえず魔術を使う上で欠かせない事だよ」

 

 氷室に今からすることを説明しながら、彼女の体を解析魔術で調べていく。

 

 回路は三十一本。質も上々。不完全な状態で開いているにもかかわらずモードレッドを扱えたのはこの素養があったからだろう。成程、天才とまではいかないが一流になるのは十分すぎる素質を持っている。ランクで表せば量はB++、質はA。魔術師として大成できるレベルだ。

 しかし何らかの精神的ショックで不完全に開いてしまったのか、何時暴走しても可笑しくない状態になっている。もし修復できないまま何年も過ごしていれば、本人の意思にかかわらず回路が暴走して延々と魔力をたれ流し、干からびて死ぬ可能性もあっただろう。

 そういう意味では、彼女は非常に運が良かった。悪質な魔術師では無く自分たちと知り合えたのだから。

 

「かなり痛いけど、我慢できる?」

「……はい、お願いします」

「わかった。出来るだけ痛みは和らげるから、押さえてね。――――ふッ!」

 

 一定量の魔力を彼女の回路に流し込む。それにより閉じていた回路が一斉に開き――――氷室の脳へと強烈な痛覚を伝え始める。

 

「ぃぎ、ァッ…………! ぐ、ぁあっ、ぁ、ぎっ…………ッ!?」

 

 しかし氷室は近くにあった枕を精一杯噛んで嗚咽を押さえこむ。これがたった六歳前後の少女の忍耐力とは、末恐ろしい物を感じる。こちらが可能な限り痛覚を抑えるために工夫しても、全身を小さな針で刺されるような激痛だというのに。

 

 一時間ほど痛みに悶える彼女を介抱すると、ようやく落ち着きを取り戻し始める。

 念のために鎮静剤と痛み止めの水薬を薄めたドリンクを飲ませるが、様子からしてとてもすぐに修練には移れないほど疲労している。本格的な鍛錬は明日からの方が良さそうだ。

 

「は、ぁっ、はぁっ…………! よ、予想以上に、痛かった、です……」

「本当ならゆっくり修練を積んで開くものだからね。でも今回は少し特殊な状況だから、無理に開かせちゃった。ごめんね、氷室ちゃん」

「だ、大丈夫です。……美味しいごはんを、いただきましたから。これぐらい、我慢しないと」

「うんうん、えらいね、氷室ちゃんは」

 

 年相応に背を伸ばすその姿が微笑ましくて、私は微笑を浮かべ乍ら氷室の頭を撫でる。

 本人もそう悪い気はしなかったのか、顔を赤らめていた。

 

 実に可愛い。キュート。これが―――新・妹成分ヒムロニウムか……ッ!

 

「……もし私に姉がいたら、貴女みたいな人なんでしょうか」

「え? 私が?」

「はい。私、一人っ子なので。だから、その……頼れる兄や姉というのが、欲しかったと言うか…………ご、ごめんなさい。変な話を、してしまってっ」

「……ふふっ、別にいいんだよ? 私を姉だと思って甘えても」

 

 むしろウェルカムです(真顔)。

 

 氷室ちゃんの意外な一面が見えて、もうお腹いっぱいです。ああ、シスコンの神になりそうな気分だッ…………!!

 

「――――…………お姉ちゃん。っ……や、やっぱり、は、恥ずかしいですっ……!」

 

 …………ハッ。まずいまずい、今一瞬解脱しかけてた。こんな事でセイヴァー化したら仏さんとか聖☆おにいさんが泣いてしまう。ぶっちゃけどうでもいいけど。

 いやぁ、まさか一日の間で立て続けに新成分を発見するとは。たまげたなぁ……。今なら乖離剣を素手で受け止められそうな気分だ。いや、流石に今の状態では死ぬけど。全盛期じゃあるまいし。

 

「鐘、今日はもう休みなさい。後で親御さんに連絡して、迎えに来てもらうから」

「はい……ありがとう、ございます。……ぁ、なんだか、急に眠たく、なって……」

 

 あれだけの痛みを耐えきった反動か、氷室はそのまま寝息を立てて眠りについてしまった。

 当然だ。たった六歳の子供が耐えられるようなものではないのだから。それを強いてしまった事に後悔を抱きながら、私は優しくその髪を撫でる。

 

 こうしてると、姉と言うより母のようだ。

 実際、やってることは母親の様な物であるのだが。

 

「――――アルフェリア」

「なぁに、ランスロット」

 

 霊体化していたランスロットが私の背後にて音を立てずに実体化する。眠っている氷室に配慮してくれたのだろう。しかしその声は、普段と比べて恐怖の様な物が混じっていた。

 それも、仕方あるまい。

 此処に有るはずの無いモノがあるのだから。

 

「その少女は、やはり」

「うん。やっぱり、気づいていたんだね。――――この子がギネヴィアの転生体(・・・・・・・・・・・・・)だってことに」

「ッ…………………!」

 

 その事実が告げられ、ランスロットの纏う空気がより一層重くなる。

 

 生前の伴侶の転生体が目の前に居るのだ。どういう反応をすればわからないのだろう。下手すれば一度はその身を蝕んでいた狂気を再発させかねないほどの苦い表情で、ランスロットは拳を強く握りしめていた。

 そうしなければ、自分を抑えられないと言うように。

 

「本人には言わないでよ? 自覚もしていなければ記憶も無い。単純に輪廻転生の法則に乗っ取って正規手順で転生したんだから。貴方の事は、たぶん……」

「……はい、承知しています。ですが、どこかで淡い希望を抱いていたのでしょうね。こんな、酷い顔をしているという事は」

 

 例え転生体だったとしても、かつて愛し合った者が自分のことを忘れているというのは苦しいだろう。最期まで結婚どころか恋愛すらしなかった私でも、それが想像以上の苦しみだと言うのはわかる。

 家族に自分の事を忘れられたら―――そう思うだけで心臓が引き締まる感覚が全身を襲うほどだ。それが生涯を共にした伴侶ならば、それ以上の痛み。

 

 全身全霊で耐えることでようやく抑えることのできる激情。

 慰めの言葉は無意味だ。その気持ちを、完全には理解できていない私が言うべき台詞では無いのだから。

 

「――――ランスロット、気分が落ち着くまで街の見回りに行って来てくれる?」

「……わかりました。少々、頭を冷やしてきます」

「あ、それと」

 

 私は素早く虚数空間を開き、中に納まっていた一本の武器をランスロットへと投げ渡す。

 それを軽く受け止め、不思議そうな顔でランスロットは私の渡した武器――――白鞘のサーベルを軽く抜き、現れた真っ黒な刀身を見た。

 

「これは、一体なんでしょう?」

「私の錬金術で作ったサーベル。無銘の一品だけど、貴方の宝具で宝具化すればそこそこ使えると思う」

「Cランク宝具相当の代物が『無銘』ですか。全く、貴女はつくづく私の想像を超えてくれる」

「…………無茶はしないでよ。それは、一応護身用に渡したんだから」

「……了解いたしました」

 

 暗い表情のまま、ランスロットは霊体化し部屋から退出する。

 

 その後、残された私は微かに頭を刺す痛みに苦い顔をしながら、壁に背を預けて窓の外を眺める。

 どうしてこうも容易に、厄介事がいくつも転がってきているのだろうか。今のところ軽度の頭痛だけで済んではいるが――――嫌な予感が拭えない。

 

 恐らくこれで終わらない。私の直感が正しければ、この聖杯戦争――――過去最大級に荒れる。

 

 冬木市全域に渡る催眠魔術で全住民避難も視野に入れねばならないほどに。

 そんな最悪の事態を想像すると、軽かった頭痛が少しずつ重く鈍く頭を刺してきた。

 

「サーヴァントに頭痛薬って、効き目あるのかなぁ……」

 

 気休めの一言を呟きながら、私は額から流れ出る汗を冷たくなった手で払った。

 

 

 

 

 夕焼けにより黄昏色に染まった空の下、屋敷から虚ろな表情で出てきたランスロットは誰にも向けられない激情を内に秘めながら歩を進める。

 纏っている空気は近づくだけで他者を怯ませかねないほどの覇気。偵察どころか敵をこちらに引き付けかねないほどの狂気だった。この様子は、召喚された当時のバーサーカーの如きオーラ。

 

 これでは駄目だと理性では理解していながらも、本能が苦悩を隠せない。

 

 そして思いを馳せるのだ。

 ――――このような思いを抱くなら、記憶など無ければ。

 ――――考えることのできない狂気に身を染めれば。

 

 そんな愚行を二度も侵しそうになる寸前、ランスロットの前にある者が立ちはだかった。

 

「……モードレッド卿」

「よぉ、しけた顔してんなサー・ランスロット」

 

 いつも通りの明るい笑顔で、円卓の騎士モードレッドがランスロットの前に佇んでいた。

 先程まで寝ていたはずなのにここに居るという事は、つい先ほど眠りから目を覚ましたのだろう。それを理解し、ランスロットは彼女の横を横切ろうとする。

 

「まぁ待てよ。そんなにピリピリした空気漂わせてどこ行くつもりだ?」

「貴女には、関係ないだろう……!」

「あぁん? バッカかお前。お前が今どう接すればいいのか悩んでいる氷室は俺のマスターだぞ? それともなんだ、俺が未だ気づいてない馬鹿だとでも思ってんのかよ」

「……気づいて、いたのか」

「姉上の親友だからな。魂の質が似てるなーって思っていたが……アンタの様子から今確信が持てたよ。ギネヴィアなんだろ、氷室は」

 

 隠していた真相を言い当てられ、何も言えなくなるランスロット。だがそれでも彼は、纏う狂気の質をさらに色濃くしながら、その鋭い目でランスロットはモードレッドを睨みつけた。

 

「……私はどうすればよいのかわからない。理性では別人だと理解していても……どうしても、ギネヴィアの面影が重なってしまう……! だからこそ、憤怒した。彼女が、私を忘れていることに……! 何と愚かしい我が身だろうかッ…………彼女とギネヴィアは、違うというのに……」

「…………そっか。ああ、確かに苦しいだろうな。転生体とはいえ、大切な人が自分のことを忘れてるんだ。俺も、姉上が俺のこと忘れていたんなら軽く絶望できるぜ?」

「ならば――――」

「だがな、アンタとあの人の関係はその程度の物だったのか?」

「……何?」

 

 予想外の反論にランスロットは剣を抜きかけていた手を止め、モードレッドは複雑そうな顔をしながらもランスロットに真剣な目で向かい合う。

 

「互いの非すら受け入れられずに一方的に怒りをぶつける程度の関係だったのかって聞いてんだよ。サー・ランスロット」

「違うッ! 私と彼女は、そのような軽い関係では無い……!」

「じゃあ受け入れろ。で、許せよ。無責任な言葉に聞こえるかもしれないがな、お互いの悪い点も受け入れ合うのが『夫婦』ってもんだろーが。姉上はお前をそんなことすらできない腑抜けに鍛えたか? 違うだろ」

 

 ただ正直に、モードレッドは思ったことを口にした。

 故にその言葉に偽りは存在せず、純粋な感情が乗ったからこそその言葉はランスロットの爛れた心を揺さぶる。

 

「…………情けないですね。かの湖の騎士が、年下の騎士に諭されるとは」

「人間、一人でできることの方が少ないだろ。こういうときは誰かに相談するのが一番だって、姉上が言ってたぜ!」

 

 モードレッドが浮かべた邪気の無い太陽の様な笑顔を見て――――ランスロットは思わず笑いをこぼす。

 

「くっ、ふははははは!」

「な、なんで笑うんだよ!? 折角勇気出して、頑張って励まそうとしたんだぜ俺!?」

「くくっ、いえ、申し訳ありません。貴女の笑顔を見て、つい釣られてしまいまして。……礼を言います、モードレッド。危うくまた、間違った道を歩むところでした」

「? おう、よくわからんが、役に立ったなら何よりだ! んじゃ、ちゃんと役目を果たして来いよな! またアホな顔してたら、今度はぶん殴るからな~!」

 

 そう元気よく叫んで、モードレッドは手を振りながら住宅の中へと消える。

 余りにも元気溢れるその様子を見て苦笑するランスロットであったが、同時に感謝した。また道を間違えようとした己を、狂気の海から引きずり出してくれたことに。

 

「――――ええ、終わりではないのですから。また、積み上げてみましょうか」

 

 終わっていない。ならば、その上に積み上げればいい。

 一度崩れ去っても終わっていないのならば、また重ねていくことができるのだ。何を諦めていたのだと、ランスロットは自分を鼓舞する。

 例え全てが無になっても、自分が覚えている。あの、満足して逝った彼女の笑顔を覚えている自分が。

 ならば自分がするのは、彼女がまた満足した笑みを浮かべ逝くことを助けることだ。

 

「ギネヴィア、これがせめてもの罪滅ぼしになるのかはわかりませんが……此度も、護り抜いて見せましょう。今度は一人では無く、皆で。貴女の笑顔を」

 

 覚悟を決めたランスロットは手にしたサーベルを握る力を強くしながら、アルフェリアの張った結界の外へと出る。

 

 

 

 

 瞬間、感じたことも無い――――しかし覚えのある悍ましい気配をランスロットの肌が感じとる。

 

 

 

 

「ッッ――――――――――――!?!?!?」

 

 

 反射的に辺りを見渡せる電柱の頂上へ跳躍して昇り、そこから気配のした方向を睨みつけた。

 方角は、冬木市倉庫街辺り。

 数々の戦場を渡り抜いた生前でさえ味わうことの無かった濃密な殺気と憎悪――――無意識に滲み出る汗をスーツの袖で拭いながら、ランスロットは喉を鳴らす。

 

「……まさか、いやそんな馬鹿な…………ッ!!」

 

 微かにだが感じ取れたその気配は、ランスロットが知っている気配と酷似していた。

 差異はそれこそ殺気と憎悪のみ。だからこそ(・・・・・)、気配のする方角を睨みつけたランスロットは肩を震わせた。

 

 あり得ない。だが見違うはずもない。

 

 思考を巡らせた末に突き付けられた結論は――――彼にとって一番信じられないモノ。

 

 

 

「何故貴方が、そんな禍々しい気配を纏っているのですか――――アーサー王(・・・・・)…………ッッ!!」

 

 

 

 聖杯戦争開始からまだ一日目。

 

 波乱は、まだ始まったばかりである。

 

 

 




不穏な空気が漂ってきたなぁ・・・(黒笑。

そして我らがゴッドシスコン・アルフェリアさんは立った一日にして新たな妹成分を発見。サクラニウムとヒムロニウム・・・もうロリキャラ全員を妹にするつもりなんじゃなかろうかこの人(畏怖

次回はいよいよ久々の戦闘回です。お楽しみに!


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第十話・失墜するは覇王の極光

お待たせ戦闘回だよー!少し早めに仕上げちゃったせいで八千字程度と、ちょっといつもより短いけど、楽しんでみていってください。

因みにランサー兄貴待望の初戦です(活躍できるとは言ってない
ついでにアヴェトリア待望の初戦です(暴れないとは言ってない

新しい宝具の登場に合わせてステータスの方も更新しておきます。

追記

誤字修正しました。


 海浜公園の西側に位置する、無味乾燥なプレハブ倉庫が並ぶ倉庫街。色とりどりのコンテナが積み上げられたその区画に、一つの影が佇んでいた。

 青色の髪に同色の体のラインが見えるタイツの様な服に深い毛皮のマントを纏った男。獣の様な雰囲気を漂わせ、ただ周りに己の気配を放つその男は――――酷く退屈そうな顔で欠伸をしている。

 

「……はぁ、ったく。今回の聖杯戦争とやらは挑発にも応じない腑抜け共ばかりなのかね」

 

 英霊――――過去の英雄を『腑抜け』と言い放つその男もまた同じ英霊。そうでなければこんなあからさまな暴言を吐けるわけがない。

 

 青髪の男は逆立った髪を掻きながら、軽く周りを見渡す。

 獣の様に研ぎ澄まされた敏感な危機感知能力。彼はそれを十分に発揮し、何度目になるかわからない自身の周囲数十メートル内に存在する敵対生物の索敵をもう一度行う。

 ここまで誘っても本当に来ないのならば、今夜は見送るべきだな――――青髪の男はそう自分のマスターに進言しようとして、直前で止まる。

 

「……んあ?」

 

 微弱な違和感。それこそ巨大なプールに小石が落ちた様な、そんな目立ちもしなければ気づくことすらままならない違和感を感じ取った彼は懸念そうな顔を浮かべる。

 

「アサシンか? いや、にしちゃ、これは――――」

 

 そんな不安要素がたっぷり詰め込まれたような状況だと言うのに、男は逆に笑みを浮かべ始めた。

 何せ吊り下げていた釣り針にようやく獲物が引っかかったのだから。

 

 何もなかった青髪の男の手に深紅色の光が灯り始める。

 

 

「――――ちっとばっかし、殺気が強すぎるぜオイッ!!」

 

 

 瞬間、青髪の男の右手に紅蓮の槍が具現化する。そして男は間髪入れずに自身の背後を槍で薙ぎ払った。

 神速の一撃。人間ではとても到達できないだろう横薙ぎは掠るだけで普通の人間ならば動態を両断されかねないそれは、見事彼の背後に存在していた『ナニカ』を捕える。

 

 甲高い金属同士の衝突音が倉庫街に鳴り響く。

 

 散る花火は一瞬。しかしその一瞬で、男は背後から不意打ちを仕掛けた襲撃者の力量を推測し切る。

 槍が受け止めた衝撃から予測できる筋力、吹く風の速さによる攻撃速度、また完璧なまでにこちらの首を撥ね飛ばすための技術――――その全てが一級品。

 紛れも無い難敵であり、男にとってこれ以上無い獲物(・・)である。

 

 そう理解した男は不敵な笑みを浮かべ、競り合いを続けていた槍を払って襲撃者の体を弾き飛ばし距離を作らせた。流石に槍のリーチ外である近距離で戦うのは、戦いに精通した彼――――ランサーのサーヴァントでも厳しい物があるからだ。

 

 弾き飛ばされた襲撃者――――目深にボロキレのような頭巾を被った少女は空中で姿勢を整え綺麗に着地。

 すぐさまその手に持った禍々しい黒い長剣と無骨な純白の短剣を構え直しながら、暗闇から見える碧眼で少女はランサーのサーヴァントを睨みつけた。

 

「おう、いきなり派手な挨拶かましてくれるじゃねぇか。一応聞いておくが、クラスを名乗るつもりは――――」

 

 ランサーは最後まで言い切れなかった。

 台詞の途中で少女が爆発的な加速を以てランサーに接近し、得物である黒い長剣で攻撃を加え会話を文字通り叩き切ったのだから。ランサーは小さく舌打ちしながらその攻撃を回避し、遠方へと軽やかなステップで退避した。

 

 流石に彼も会話中に攻撃するのは驚いたが、相手が「そう言う人種」だと理解して、遊びに乗ってこないことを少々残念に思いながら朱槍を構え直す。

 

「……おいおい、戦闘前の問答の醍醐味ってやつを知らねぇのか?」

「――――――――」

「だんまりかよ。まぁ、それなら今からお前さんの固い口を開かせてやるぜ。覚悟しな」

「――――五月蠅く吠えるな、狗か貴様は?」

「…………ア゛ぁ?」

 

 彼、ランサーにとって禁句に近いそれが黙っていた少女の口から漏れる。凛とした声がランサーの耳を震わすが、既に彼はそんなことを眼中に入れていなかった。

 狗――――彼にとっては特別な意味を持つそれを侮蔑に使われた。少女はそんなこと知りもしないだろうが、だからと言ってランサーに生じた怒りが消えるわけでは無い。故にランサーは余裕を浮かべていた顔を厳しい物へと変えていく。

 

 静かな怒りを胸に、ランサーは無言で槍を握る力を強めて姿勢を低くし、相手の喉笛を噛み千切る狼と化した。まさに相手を殺すための体勢。恐らく彼は一切の躊躇なく少女の喉を刈る気でいるのだろう。

 それを見て、鉄仮面の如く変化しなかった少女の口元が不気味に歪む。

 

「気が変わった。ちっせぇガキだから少し遊んでやろうと思ったが――――今からテメェは殺す。後悔するなよ」

「…………貴様も、邪魔者か。邪魔をするのか、私が聖杯を手にすることを」

「あ?」

 

 ぞわりと、ランサーの肌を得体のしれない感覚が撫でる。

 直後に少女から発せられる尋常では無い殺気と憎悪、そして狂気。生半可な感情では届きすらしないであろう妄執と愛憎が黒い瘴気となって少女の体から溢れ出し始める。

 

 それを間近で浴び、初めてランサーがその顔に冷汗を浮かべ出す。

 

 

 

「邪魔者――――いらない、イラナイ、いらナイ、いラない――――なら、消す。邪魔なヤツ、消ス、殺す、殺ス、コロス、こロス、コろス、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――」

 

 

 

 一度壊れ果てた歯車仕掛けの時計が動き出した様に。

 もう壊れて動かないはずの「ソレ」は、己が抱いた憎悪と愛だけでその四肢を動かし始める。ランサーはその光景に顔を引きつらせ、しかし名状しがたい感情を押し殺して前へと踏み出した。

 

「――――――――あはっ」

 

 それに合わせる様に少女が何らかの方法を使って爆ぜる様に加速し、ランサーとの距離を一気に縮める。先程味わったにしろ、一瞬姿を見失ったランサーは半分ずつの勘と経験により攻撃を予測し、その方向へと槍を薙ぎ払った。

 そして起こる小さな花火。戦士としての勘を巡らせ放ったランサーの一撃が、寸前のところで少女を捕えたのだ。

 

「捕えたァッ――――!」

 

 この瞬間ランサーの猛攻が始まる。

 一撃一撃が当たれば即死級。それが一秒間に何度も繰り出され、まるで槍の壁が迫るような攻撃が少女を襲う。しかしその攻撃が少女に当たることは無かった。

 ランサーが相手にしている少女もまたサーヴァント。生前偉業を打ち立て人々に信仰された英雄が一人。その者の技量が低いなどあり得ず、少女は見事なまでの剣捌きで二つの長剣短剣を巧みに操り、己の身を貫こうとする槍を防ぎ、逸らし、躱し切った。

 

「凌ぎ切っただとッ……!?」

「――――侮ったな(・・・・)、ランサー?」

 

 ニタリ、そう表現するのが正しいほどに少女は口を狂喜に歪め、微かにできた隙を突いて左手に持った短剣でランサーを斬りつける。何かの後押しを受けたように瞬間的爆発力を以て振られたそれはランサーの左腕を撥ね飛ばそうと狂速で迫り――――ランサーは咄嗟に身を捻ってその白い刃を回避する。ランサーの驚異的な瞬発力により間一髪で、彼は左腕と左脇腹に小さな裂傷を作る程度にダメージを留まらせることに成功した。

 

 深くも無いが、決して浅くも無い傷を負ったランサーは苦悶の表情を浮かべて背後へと跳躍。ランサーは一度少女の大きく距離を作り出し、戦況の立て直しを図ることを選択したのだった。

 

「っつ……再生阻害と痛覚刺激の呪いか……厄介なッ」

 

 血を流す左腕を抑えてランサーは吐き捨てる。彼はランサーの身にしてルーン魔術を扱え、その中には回復用のルーンも存在している。ランサーは傷ついた身を癒すためにそれを行使したが――――結果は変わらず。

 

 原因としては、自分を傷つけた短剣――――少女の宝具だろう。恐らくあの短剣で作った傷は癒すことが難しくなり、持続的に痛覚を刺激する呪いを含む。今もランサーの腕に生じた傷は一定間隔で鈍痛を生じさせ、冷静な思考を乱していた。

 相手に血を流させ、冷静になる余裕を奪う短剣。一対一にはもってこいの宝具だろう。

 

 まるでじわじわと獲物を嬲り殺しにするような手口に、ランサーは思わず悪態をついた。

 

「テメェ……本当に英雄か? 狂人だと言われた方がまだ説得力があるぜ。それともなんだ。聖杯戦争とやらは悪霊まで呼び寄せるのかよ」

「…………英雄? 英雄、ああ、他者はそう称えたのかもしれない。だが――――私は私を英雄などと言う下らない物だと思ったことは一度も無い」

「……ハッ、成程な。要するにテメェは、ただの狂ったガキってことかよ」

 

 この瞬間、ランサーの中から全ての迷いが消え去った。

 心のどこかで思っていたのだろう。戦いを通じて目の前の少女を狂気から抜け出させられるかもしれないと。だが彼女は己の過去を否定した。他者が称えた物を『無為』と切り捨てた。

 それだけで戦士であり己の誇りと忠義の証である武功を第一とするランサーが迷いを捨てるのは十分な理由となる。

 

「いいぜ、せめてもの慈悲だ。俺の奥義で止めを刺してやる」

 

 殺気の籠った声でそう告げ、ランサーは腰を低くし槍を穂先が地面を向く様に構えた。

 

 そして――――朱槍が紅蓮の光を帯び始める。

 

 禍々しく灯る生物的恐怖を擽る赤き光は、相手に死を運ぶ呪いの輝き。絶対不可避の一撃を繰り出す人知を超えた因果逆転の呪いの光輝は、笑みを浮かべていた少女の口を不快気に歪ませるには十分な威圧を放っていた。

 が、気づいたところでもう遅い。ランサーの宝具の発動準備は既に整ったのだから。

 

 ――――しかし、少女は再度笑みを浮かべる。

 

 死の直前になっても崩さない笑みに悪寒を覚え乍ら、ランサーは強迫されるように死を運ぶ一歩を踏み出した。

 

「この一撃、手向けとして受け取るがいい――――ッ!!」

 

 赤き魔槍の穂先が震えだす。

 相手の心臓を必ず貫く一撃必殺の魔槍は、敵の血を啜りたいと喜びの咆哮を闇夜に響かせるのだ。

 

 ランサーが幾たびの戦場で振るい、数多の敵を屠ってきた最強の魔槍。その名も――――

 

 

「『刺し穿つ死棘の(ゲイ・ボル)――――!」

 

「――――『惨傷授ける哀痛の呪剣(カルンウェナン)』」

 

 

 ――――だが、その名を最後まで言い切る前にランサーは膝を折る。

 

「―――ぐっ、あガァッ…………!?」

 

 ランサーの顔に信じられないほどの量の汗が流れ始める。その様子はまるで想像もできないほどの激痛に襲われた新兵の様な――――初めて『痛み』を味わう顔を浮かべ乍ら、ランサーは地面に膝をついた。

 

 一年間に渡って不休不眠で敵軍と戦い続けた古代アイルランドの大英雄――――クー・フーリンがだ。

 当然そんな大英雄が理由も無く膝を折るわけがない。

 

 左腕と左脇腹(・・・・・・)に生じた傷が唐突に広がったのだ。それこそ鋭い刃物を傷口に突っ込まれ、盛大に掻き回されながら強引に広げたかのように。更に言えば、例えたことを実行したようにクー・フーリンの傷口は凄惨な有様になっている。流れ出る血の量も尋常では無い。

 

 飛び散る血液が彼の身を染める。

 

 今のランサーは激痛による悲鳴を耐えるだけで精一杯だった。宝具発動の再開もまともに思考することのできない今では不可能であり――――ランサーは事実上詰みと言っても過言では無い状況へと陥る。

 

「ぐ、っお、ぉォッ…………!」

「――――ゲイ・ボルク。なるほど、貴様はアイルランドの光の御子か。その俊敏性、獣の如き瞬発力、確かにクー・フーリンしかいないだろうな。そんな動きができるランサーは」

「テ、メェッ……一体、何者、だァッ…………!」

 

 触れるだけで身を犯しそうな憎悪を身に纏ったまま少女はランサーの前まで近づき、歪んだ笑みを浮かべ乍ら右手の黒い長剣を振り上げた。漂う覇気は魔剣のそれ。いや、間違いなく魔剣だろうそれは、振り下ろすだけで確実にランサーの命を散らせるだろう。

 

 そして剣を振り上げたまま、少女は問いに答える。

 

「私は復讐者(アヴェンジャー)。愚かしくも世界に報復しようとする、哀れな小娘だ」

「…………ハッ、みてぇだな。よく知ってるぜ? お前さんの目」

 

 死を前に、クー・フーリンはもう一度だけ不敵な笑みを浮かべた。

 それが今の彼ができる、精一杯のやり返し故に。

 

 

「――――復讐心に駆られた、ロクデナシなクソガキの目だ」

「――――死ね」

 

 

 無慈悲な黒刃が落とされる。

 

 

 だがクー・フーリンの体を斬り裂くだろう凶刃は、寸でのところで弾かれた(・・・・)

 深紅の血管の様な模様が張り巡らされた黒いサーベルの刃によって。

 

「ッ――――!?」

「――――アァァァァァァァァァサァァァァァァァァァァアアアアアアアアアッッ!!!!!」

 

 少女――――アヴェンジャーの一撃を防いだ人物。黒のスーツと現代的な服装に身を包んだ長身の男は、手に持ったサーベルを両手に持ち替えほぼ力任せにアヴェンジャーを弾き飛ばした。その距離、凡そ数十メートル。

 響き渡る轟音からも、その男の剛力が凄まじい物であると証明していた。小柄とはいえ人一人を腕力だけで百メートル近く吹き飛ばすなど、現代の人間では不可能。ならばこの男は――――サーヴァント。

 

 その結論にたどり着き、クー・フーリンはさらに顔を苦くする。

 

 攻撃を防いでくれたことには感謝するが、結局は他陣営の敵。此処で助けた意図はわからないが、どの道油断は許されない。クー・フーリンは今できる精一杯の覇気を込めて、目の前の男を睨みつける。

 

「……そこの御方、死にたくなければ下がってください」

「ん、だと? テメェは一体……」

「いいから早くッ! 私に殺されたいのですか!!」

「ッ……了解した!」

 

 男の並ならぬ怒気に押され、クー・フーリンは不本意ながらも傷ついた身体を引きずり二人から遠く離れた場所へと退避した。

 

 その間にもアヴェンジャーと男のにらみ合いは続き、間で火花でも散らすのではないかというほどの眼力が交錯し合う。獣と獣の睨み合い。そんな例えがしっくりくるほどの張り詰めた空気。

 観てるものからすれば数時間にも感じられるほどの緊迫した状態は数十秒に渡り長引き――――ついにアヴェンジャーの口が開いた。しかしその声は先程の憎悪溢れる姿はでは無く、温厚な声。死合を繰り広げたクー・フーリンも、先程とは打って変わった態度に思わず目を剥きかけてしまう。

 

「ランスロット……お久しぶりです。まさか、こんな所で再会できるとは。夢にも思いませんでした」

「……アーサー王、いえ、アルトリア……ッ! その姿は、一体……!」

「この、姿? ああ、確かに少し髪が白くなってますね。鎧も少し黒ずんでいる。ですが、貴方はそれでも私を私とわかってくださった。とてもうれしいことです」

「そうではないっ……そうではないのです、王よ……! 何故、貴方がそんな禍々しい気配を纏っているのですか……! あの気高き名君だった貴方が、何故!?」

 

 悲痛に満ちた声で男は――――ランスロットは叫ぶ。

 かつて従えた主がここまで変わり果ててしまったのだ。無理も無い。だがアヴェンジャー、否、アルトリアはそれをいわれても尚笑顔を崩さず、言葉を続ける。

 

「気づいたのですよ。自分の本心に」

「本心……? それは一体……?」

「――――私は王に相応しくなかった(・・・・・・・・・・・・)私は王になどなるべきではなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・)。故に、あんな結末を迎えてしまった。……私が名君? 笑わせる。国を繁栄に導けなかった小娘には愚王の二文字の方が似合う。……故に、歴史を変えましょう」

「ッッ…………!?!?」

 

 予想だにもしていなかった自虐の数々が主君の口から出たことに、ランスロットは顔を歪めた。

 もはやあの時の、栄光を背に輝いていた理想の王の姿は欠片も残っていなかった。ここに居るのは、ただ全てを奪われ絶望した、一人の少女。

 故にランスロットは、内に秘めた怒りを顔に滲み出させる。

 鬼の様な形相で、ランスロットは一度たりとも向けなかった怒りの視線を今、アーサー王へと向けたのだった。

 

「私の、我らの、皆の忠義を――――貴方は、無駄と言うのですか」

「――――私が、無意味に終わらせてしまった。騎士たちの忠義に応えられなかった。ならば、私は王に相応しくないのでしょう。ですが、安心してくださいランスロット。きっと、貴方たちの思いに応えられる素晴らしい王が――――」

 

 

「――――ふざけるなぁぁぁぁあああああああァァァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 

 空に轟く怒号が倉庫街を震わせる。

 その覇気は声を向けられてもいないクー・フーリンさえ一瞬とはいえ震えてしまうほどの激情が籠っており、彼の怒りが並の物では無いことの証明だった。

 事実、ランスロットの顔は生前ただ一度すら浮かべなかったほどに怒りに歪んでいた。

 

「我らは、我らは貴方だからこそその後を着いて行った! 貴方だからこそそこまで行けたのです! 理想として輝いていたからこそ皆が貴方に忠義を誓ったのですよ!! それを今更、結果が伴わなかったから『無かったもの』にすると!? 全てを無価値に、無意味にすると!!? ふざけているのですかッ!! 私の知るアーサー・ペンドラゴンはそのような弱い人間では無い!!」

 

 まくしたてる様に放たれるランスロットの激情。今、己の主君が行おうとしているのは自分だけでは無く、ブリテンの騎士全ての忠義や努力を無に還すという事なのだ。そして――――あの儚くも楽しい日常――――アルフェリアを中心に過ごした暖かいひと時すら消え去ってしまうと言う行動。

 それだけはランスロットは絶対に許さない。例え不敬と言われようとも、裏切り者と呼ばれようとも、それだけは決して許容できなかった。

 

 ――――それでも、アルトリアの目は変わらなかった。

 

 むしろ、先程より絶望の気質が濃くなっている。

 己の言葉が届かなかったのかと、冷静になり始めたランスロットは一度面に出してしまった激情を収めながら静かに唇を血が出るほどに噛む。

 

 そしてアルトリアは、その身に纏う絶望を更にどす黒い物へと変質させながら、失望の眼差しでランスロットを見据えた。虚ろな目は、まるで吸い込まれんばかりの闇が広がっており――――どれだけ彼女の闇が深いかをランスロットに思い知らせる。

 

「……貴方も、私の邪魔をするんですね。どうして、わかってくださらないんですか。どうして…………どうしてどうしてどうしてどうしてドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテェェェエエエエェェエエェッ!!!」

 

 感情の防波堤が壊れたように、アルトリアは狂ったように言葉を繰り返す。

 いや、もう既に狂ってしまったのか。

 

 

「――――もう、いいです」

 

 

 その一言と同時に、アルトリアの纏っていたどす黒い魔力が吹き荒れる。

 触れるだけで身を蝕むほど異質化している魔力は、容赦なくランスロットの体に叩き付けられた。彼もなけなしの対魔力によって耐えようとはしているが、その体は意に反して少しずつ後ろへと押されていく。

 コンクリートの地面はアルトリアを中心に罅割れ、積み重なったコンテナは轟音を立てながらその位置をずらしていく。しかし――――まだ前座である。

 

「――――死になさい、ランスロット。皆の幸せのために……ブリテンのよりよき未来のために……ッ!!!」

「王よッ、貴方は、間違っている!!」

「黙れッ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レ黙レダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!!!」

 

 アルトリアの顔の右半分が黒く染まっていく。

 呪いにも似たソレは、本人が抱いた妄執から生まれた天然の呪怨。世界への憎悪と己の行いからくる後悔だけで形成された忌むべき現象は、もはや宝具の域に到達していた。

 その名も――――

 

 

「『その愛は恩讐の彼方に(アウェイクン・オーバーロード)』ォォッ………………!!!!」

 

 

 黒化はアルトリアの右目まで到達して停止する。しかし怨嗟に侵食された彼女の右目は既に人の物ではなく――――濁っていた碧眼は白目を黒に染め、虹彩を銀へと変化させていた。

 直視するだけでこれでもかと生物の恐怖を刺激するその眼は、既に後天的な魔眼にまで到達している。

 

 その様、まさに覇王(オーバーロード)

 

 万物に恐怖を強いる絶対王者は此処にて目を覚ました。

 

「なんと、痛ましい様か…………アルトリア……っ!」

「消えロッ……」

「その姿を見たら、貴方の姉君が何と思う事か、わからないはずないでしょう! だから、もうっ……」

「消エてシマえッ………!!」

「アルトリアァッ!!!」

「こんナ世界ッ――――消エテシマエェェェェエエエエエェェェェェエエエエエエッッ!!!!」

 

 白髪の覇王は漆黒の魔剣を空高く掲げる。

 その魔剣から溢れ出るのは――――『災厄』。全ての生ある物に厄災をもたらす、最高峰の暴力。星からの裁き。その概念が漆黒の光として、一条の剣を形成していた。

 

 一歩踏み出す。

 

 それだけで溢れ出る災厄は勢いを増し、夜空を粘り気のある不気味な物へと変化させた。

 異質にして害悪そのもの。見るもの全てを絶望させる禁断の極光。

 森羅万象。例外なく全てを滅ぼす最悪の魔剣は――――今、振り下ろされようとしている。

 

 

 

「『鏖殺するは(エクスカリバー)ァァァァァァァァァアアッ――――――――」

 

 

 

 それを前にして、ランスロットはただただ悲痛な目をかつての主に向け続けていた。

 己の無力さを、噛みしめて。

 

 

 

「――――――――卑王の剣(ヴォーティガ)』ァァァァァァァア゛ァアアア゛ア゛ァァアア゛アアアアン!!!」

 

 

 

 闇は迸り、夜空に高らかに吠えた。

 倉庫街の三分の一を消滅させただけでなく、その射線上の海水さえ残らず蒸発させる断罪の極光は灼熱と化して全てを飲み込み消していく。

 

 闇夜に一柱の暗黒が伸びた。

 

 失墜する星の如く。

 

 

 

 




うわぁい。倉庫街吹き飛んじゃったなぁ・・・聖堂教会の悲鳴が聞こえる。

~その頃(切嗣サイド)~

ケリィ「うわぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁ!(魔力がガリガリ減る音)」

※一応ケリィはアインツベルンの技術を使って魔力のバックアップを受けています。Apoのゴルドさんがやったようなホムンクルスによる供給補助システムみたいな。アハト翁を説得した結果です。
 そして補助があっても K O N O Z A M A です(白目

~その頃(ケイネスサイド)~

ケイネス「やった!最強のサーヴァントを引いたぞ!」

↓アヴェトリアと交戦後

ケイネス「(´・ω・)・・・え?」

これは愉悦(ニタァ


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第十一話・狂気は狂喜へと

早い(確信

筆が乗ると一日で一万文字書き上げてしまうという速筆(誤字が少ないとは言ってない)。自分でも「ああ、またか」と呆れるぐらいです。展開がもう頭に入ってるからかな?

・・・今回は色々愉悦できますよ?(主にAUOで

追記

肉体年齢20を「少女」と例えるのはいかがなものか・・・と突っ込まれたので修正。あ、別にアルフェリアさんが年増と言いたいわけじゃ(グシャァ


 大量のコンテナと地面に張られたコンクリートの大半が融解した倉庫街。

 その被害は悲惨程度では収まらない、余りにも酷過ぎる光景。全体面積の三分の一を跡形も無く吹き飛ばされた倉庫街を修復するには、一体どれぐらいの金額がかかるのだろうか。もし市長がこの絶景を目にしていれば、卒倒して泡を吹きながら倒れているだろう。

 

 そして、融けた物質の蒸気が舞うその場所で三つの影が佇んでいた。

 

 一つは目深に頭巾を被った白髪の少女。この惨状を作り出した張本人であり、その双眸からは理性の光が失われている。狂気に染まり切った眼は、無言で自身の最大級攻撃を防ぎ切った二名に向けられていた。

 

 ダークスーツを身に纏う紺色の長髪が目立つ長身男性と、青い髪を逆立てた獣のような青タイツに身を包んだ男。

 ランスロットとクー・フーリン。両名が服の所々に焼けた跡を残しながらも、ランクA++の対城宝具を正面から受けきっていまだ生存している。

 その訳は簡単だ。

 

 まず始めに立ちはだかったランスロットが己の地力と技術全てを使い、全身全霊で宝具化することでランクをBまで跳ね上げた無銘のサーベルの剣圧で漆黒の極光を斬り裂いた。当然、そんなことをしたところで時間稼ぎにしかならないし、度が過ぎた強化の反動でサーベルは自壊してしまった。

 いよいよ追い詰められたランスロットは自爆覚悟で『無毀なる湖光(アロンダイト)』を具現化して再度極光を斬り裂こうとしたが――――その直前、傷を癒したクー・フーリンが介入することになる。

 

 介入した彼もまた全身全霊の投擲宝具――――『突き穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』を飛ばして更なる奥義である『抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)』で相殺してのけた。

 アルトリアの繰り出した『鏖殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)』はランクA++ではあるが、ランスロットの全力斬撃により威力を減衰された瞬間にランクB++の対軍宝具を叩き込まれればただでは済まない。最強の対城宝具は二名の尽力により、その進行方向を割られた(・・・・)のだった。

 

 とはいえ、倉庫街の被害は軽い物ではないが。むしろ巻き込む範囲が増えたことで被害は拡大している。

 しかしそんな物現代に生きていないサーヴァントが気に留めるはずもなく(民間人への被害ならともかく)、三名は倉庫街の崩壊寸前のダメージなど全く気にしていなかった。

 

 どこかで監視している聖堂教会関係者は悲鳴を上げているかもしれないが。

 

「……礼は言いませんよ、クランの猛犬」

「言ってろ湖の騎士。俺がいなかったらまとめて塵すら残っていなかっただろうが」

「こちらでどうにかできましたが? むしろ、よくも背後からあんなふざけた槍投げをしてくれたものです」

「…………テメェから殺してやろうか?」

「やれるものなら」

 

 場違いないがみ合いをしながら、両名は自分たちの正面に立っているアルトリアへの警戒を続ける。

 容赦なく対城宝具を発動するそのふざけた精神。被害など知ったことでは無いと言う態度は、場所が違えば数百以上の人命を奪いかねないという証拠でもあった。

 

 故にランスロットは決意する。

 狂い果ててしまった王は自分が断ち切ると。

 

「……一度、あんな様になった私が言えることではありませんが」

 

 苦い顔をしながら、ランスロットは自壊したサーベルを放り捨て無手を構える。

 アレは「あの人」に合わせてはならない。例えかつての主をこの手に掛けることになろうとも、それだけは断じて防がなければならなかった。

 

(私は一度逃げ出した。愛する女のために、主に背を向けてしまった。もし、そのせいで王があのようなお姿になられたのなら……いや、増上慢も甚だしい。だが、それでも――――)

 

 ランスロットの纏った空気が変質する。

 今この瞬間、彼は「騎士」ではなく「一人の敵」として、アルトリアの前に立ちはだかるのだ。

 その変化を感じ問たのか、ピクリとも動かなかったアルトリアは俯いていた顔を上げて、その眼に広がる空虚と絶望の眼差しをかつての戦友へと向ける。

 

「王よ――――私は今、貴方を討つ。あの人のためにも……散っていた仲間たちのためにも――――これは、私への戒めだ…………ッ!!」

「ラ、ンスロッ、ト……また、裏切る、のか。貴方は、また、私に背を向け……あまつさえ、邪魔をするのか……!」

「ええ、私は裏切り者です。波乱の時期に尻尾を巻いて逃げ出した臆病者。ですが、そんな私でさえ貴方の行いが間違っているのは理解できる。積み上げてきた皆の努力と願いを否定する貴方の願いは、断じて肯定できない。……もう一度言います、王よ。――――貴方は、間違っているッ!!!」

「黙れェッ…………逃げ出した裏切り者風情がァァ゛ぁああぁぁぁアぁア゛ああぁぁア゛アァぁぁあアァああああッッ!!!」

 

 アルトリアの身体から真っ黒な魔力が爆ぜる。残っていたコンクリートの道路が抉れだし、コンテナの残骸が神秘の圧力で押しつぶされ始めた。あんなものに防御策も無しに突っ込めば、ランスロットもただでは済まない。

 それでもランスロットは逃げない。ただ無心に、その両手に力を籠め足を踏ん張り続ける。

 

「おいテメェ! 死ぬ気か!?」

「初めからそのつもりだ。差し違えてでも……私は己が主の間違いを否定する! それが今私にできること故に……!」

「……ハァ、ったく。死にたがりのアホだったか。――――いいぜ、付き合ってやるよ」

「何?」

 

 皮肉な笑いを浮かべたクー・フーリンが血だらけでボロボロの身体に鞭打ちながら、ランスロットの隣に立ち朱槍を構える。その行いを見てランスロットは頭に疑問符を浮かべた。

 そんな体で「アレ」に突っ込むなど自殺同然。しかし男はそれを楽しんでいるような顔。間違いなく戦闘狂特有の「ピンチになるとワクワクする」異常精神の現れである。

 

「……馬鹿ですか貴方は」

「馬鹿はテメェだ。こんな面白そうな戦いに逃げるなんて行為、ケルトの戦士がするわけねぇ」

「理解不能です」

「してもらおうなんて思っていねぇさ。それに、死にたがりの馬鹿も似たようなもんだろうが。違ぇか?」

「……はぁ」

 

 軽くため息を吐きながら、ランスロットは一際強い空気を張り詰めさせる。

 無言の了承。そう捉えたクー・フーリンは不敵な笑いを見せた。

 

「――――不本意ですが、今だけは貴方に背中を任せましょう」

「――――おう。そう来なくっちゃなァ!」

 

 湖の騎士とクランの猛犬の共同戦線。全く違う伝承の一騎当千の猛者が並ぶ光景は圧巻の一言に尽きる。

 しかし彼らが対峙する少女も負けない圧力を放っている。間違いなく最高峰の敵。本気でかからねば首を狩られるのはこちら――――だからこそ、臨戦状態になった三人の間に言葉は無かった。

 

 壊れたコンテナが地面に崩れる。

 

 それを合図にして、三者は同時に足を踏み出し――――

 

 

 

 何処からともなく響く莫大な雷音にそれを遮られた。

 

 

 

 三人が一斉に振り向けば、紫電をスパークさせながらこちらへと突進してくる巨大な影が目に映る。それは空中を(・・・)駆ける戦車であった。

 古風な二頭立ての戦車は轅を雄々しくも美しい、完成されたと言っても過言では無い猛々しい筋肉を持つ牡牛。その牡牛が虚空を蹴って絢爛に飾られた戦車を引いてきたのだ。誰もが絶句する中、轟音を鳴らしながら戦車は三者の間に降臨する。

 

 眩い閃光が収まると、戦車から二メートル近い巨漢が深紅のマントを揺らしながらその姿を露わにした。

 

 

「――――双方、武器を収めよ。王の御前である!」

 

 

 雷鳴のような大音声が半壊した倉庫街に木霊する。そんな威勢堂々とした声に押される三人――――ではない。彼らはいずれもが幾多もの戦場を駆け抜け生き残って来た猛者中の猛者。大英雄と言っても過言では無い者達。この程度の挨拶で後ずさるなら、その名声を轟かせていない。

 

 ――――むしろ、一触即発の状況をぶち壊してくれたことによる不快感が高まりに高まって、行き成り現れて勝負の邪魔をしてくれた巨漢へと射殺さんばかりの目線を向けていた。

 並の人間なら失禁以上に精神が崩壊していても可笑しくない殺気を一身に向けられても、戦場に忽然と現れた大男は珍妙な顔をしているだけ。反省の色が全く見えていない。それが三者の苛立ちを加速させていく。

 

 だが大男はそんなことなど気にせず、台詞の先を口にし始めた。

 

「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争ではライダーのクラスを得て現界した」

 

 そして、まさかの開幕真名バラシである。

 既に三人とも互いの真名を熟知していたのでそこまで驚きは無かったが、彼――――征服王の戦車に同乗していたマスターは違った。

 

「何をッ――――言ってやがりますかこのバカはぁぁぁぁああああッ!?!?」

 

 錯乱気味にライダーのマスターである少年が絶叫を上げる。当然だ。聖杯戦争に置いて真名とは宝具以上に情報を隠匿する物。それをここまで清々しく暴露したのだ。文句がないわけない。

 

 ランスロットやクー・フーリンは少年が征服王を「バカ」と評したことに内心頷き、また過去の大英雄相手にそんな不遜なことを言い切ったことに感心していた。実際は焦り過ぎてつい口走っただけだろうが、この時点で大英雄二人は少年に光る物を見出したのである。

 

 その少年だが、征服王のデコピン一発で沈んでしまった。サーヴァント相手だから仕方ないとはいえ、情けないと思う二人。――――あの巨漢相手に見た目十五十六の少年が立ち向かえるわけがないと言うのに、その少年期で色々やらかした二人の基準は色々可笑しいのだろう。

 

 その後自らのマスターを静めたライダーは何事も無かったかのように会話を再開させる。ある意味大物ではあるらしい。

 

「うぬらとは聖杯を求めて相争う巡り合わせだが……矛を交えるより、まずは問うておくことがある。うぬらが聖杯に何を託すのかは知らぬが、今一度考えてみよ。その願望、天地を待望に比してもなお、なお重い物であるのか」

 

 ライダーの遠まわしな台詞に訝し気な表情を浮かべる二人。しかし戦士としての勘が「何か」を感じ取ったのか、すぐさま二人は少々の嫌悪を露わにした表情を浮かべた。

 

「征服王とやら……テメェ、何が言いたい?」

「うむ、要するにだな――――ひとつ我が軍門に下り、余に聖杯を譲る気はないか?さすれば余は貴様らを明友(とも)として遇し、世界を制する快悦を共に分かち合う所存でおる」

 

 

 ――――ランスロットとクー・フーリンの両者が、ここでキレた。

 

 

 どんなに鈍感なものであろうとも理解できる――――させられてしまうほどの怒気溢れた顔。怒りを隠す気はない二人は容赦なくその憤怒を目の前の「阿保(イスカンダル)」にぶつける。

 

 二人は戦士だ。ただ己の誇りのために戦う以外何も望まない。その戦いを邪魔された挙句「世界征服のために軍門に下れ」とは。もはや怒りを降り越して呆れも通り越し、二人に更なる憤怒を生ませた。むしろ今すぐ殺されないだけ有情だ。もし相手が悪ければ征服王は即座に襲い掛かられていただろう。

 

「……それを言いたいためだけに、俺らの戦いの邪魔をしたってのか?」

「うむ、そうなるな!」

「――――ああ、そうかい」

 

 清々しい笑顔を向けられて、クー・フーリンは静かにその朱槍の矛先を征服王へと向ける。ここまで虚仮にしてくれたのだ。即座に宝具で纏めて吹き飛ばしたい気持ちで、彼は獰猛な目ギラつかせる。

 

「むぅ……ではそこの黒いのは――――」

「――――お断りする。私が従えるのは過去現在未来通して変わらん。例え修羅に変貌しようと、私は三度も我が主に背を向けるつもりは毛頭ない。そんなことをするならば、この場で首を撥ねる方が幾分マシというもの」

「……待遇は要相談だが?」

「「くどい!!」」

 

 呆気なく交渉決裂。ライダーは残念そうな顔で、最後の勧誘相手である白髪の少女へと視線を向ける。

 

 だが、その少女の様子を見て彼は顔に汗を垂らし始めた。

 

 

「――――聖杯、譲る? 譲る、譲る譲ル譲ル譲ル譲譲譲譲譲譲譲譲譲譲譲譲■■■■■■??? あり得ないあり得ないあり得ないアリエナイアリエナイあり得ナいあリ得なイあり得ナイ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!! ―――――貴様もォォォォオオォッ、貴様モ私ノ邪魔ヲォオオォォオォオオォオォォ…………ッ!! 殺すゥッ!! 殺す■す殺ス■■■ス殺ス■■殺ス■ス殺■殺ス■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ゥゥゥゥゥッッ! 私の邪魔ヲするナアァァァァ■゛■アァア゛ア゛ァあぁアア゛ァあァァ゛ァ■ァ■■ア゛アぁァアア゛ア■アァァア゛■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!!!」

 

 

 濃密な殺気は世界最高峰。一級のサーヴァントでさえ言葉を失うほどの狂気を当てられ、流石の征服王も顔を引きつらせて押し黙ってしまう。既に言語さえまともに発せられないほどの激情を見せられ、これは英雄では無く悪霊かなにかの類ではないかと征服王は疑い始めた。

 

「……なぁ、アレはもしやバーサーカーというやつか?」

「本人曰く復讐者(アヴェンジャー)だとよ。だが狂気の質だけでいえばバーサーカーより性質が悪くて酷ェよ」

「貴方が現れなければ、あそこまで刺激することは無かったのですがね。征服王」

「…………そりゃ面目ない」

 

 あの征服王も謝るレベルだ。アルトリアの状態はそこまで酷いのだろう。

 事実、溢れ出る狂気がもはや筆舌し難いほどにどす黒くなっている。大地を、星を蝕むほどにまで肥大化した憎悪は、高名な英雄であろうとも震えあがってしまうほどの深淵。

 狂気そのものを体現者であると言っても、信じてしまうほどにその憎悪と絶望は深すぎた。

 

 

 ――――しかし、その身は黄金の波紋から現れた漆黒の鎖により拘束されてしまう。

 

 

「ッ、な、にヲ……ッ!?!」

 

 その問いに答えるのは、いつの間にか折れ曲がった水銀灯の上に現れていた――――絢爛に光る黄金の甲冑を身に付けた男だった。その人ならざる覇気は、間違いなくサーヴァントであるとこの場全員に認識させるほどの強烈。

 黄金のサーヴァントは赤い目から発せられる威圧を黒い鎖に縛られた少女に向けながら、逆立った金髪を風に揺らしながら愉快気に口を動かし始める。まるで見て愉しんでいるかのように。

 

「――――道化の様に狂うのは一向にかまわんがな、雑種の風情でそのような汚らしい汚物を(オレ)の庭にまき散らすでないわ。小娘」

「こ、ンナ、鎖などォッ……!」

「諦めよ。それは我の宝物庫に眠っていた神獣さえ縛る妖精共の一品。またの名を『狼獣封じる神魔の黒鎖(グレイプニル)』。狂犬の様な貴様には、実にお似合いだな! フハハハハハハッ!!」

「貴ッ様ァァァァアアアアアアアアッッ!!」

「騒がしい。王の前で騒ぐなど、本来ならば首を貰わねば割に合わんが……その前に裁く者が居るのでな。感謝しろ小娘。貴様は後回しだ。それまで静かにしておけ」

 

 一瞬で表情を冷徹な物に変えた黄金のサーヴァントが軽く指を鳴らすと、アルトリアの頭上に幾つもの黄金の波紋が生まれ、巨大な杭が顔を出す。それは間髪入れずにアルトリアを囲むように突き刺され――――囲んだ空間を超高重力を発生させた。

 地球の重力と比べて凡そ二百倍近い重力を一身に受けて、アルトリアは地面に埋まる。呻き声一つ上げられずに。

 

「ッ!? 貴様、王に何をした!」

「ん? なんだ貴様、あの狂犬の従者だったのか? クッハハハハハ! これは傑作だ。主よりその犬のほうが理性的とは! 思わず腹がよじれそうになったぞ! ハッハハハハハハ!!」

「貴様ァァァアアッ!!」

 

 ランスロットが激情を露わにしながら、近くに存在した街灯の残骸である鉄柱を手に黄金のサーヴァントへと駆けだした。その瞬発力、五十メートルを三秒足らずで詰めるほどの速度。ランスロットの宝具で疑似的に宝具化された鉄柱は黄金のサーヴァントへと容赦なく振り下ろされる。

 

「――――フン、狂犬の従者も結局狂犬だったわけか」

 

 しかしその超人的な行いを黄金のサーヴァントは鼻で笑い飛ばし――――背後の黄金の波紋から出現させた宝剣をランスロットへと射出した。銃弾並の速度に加速されたその宝剣は、例えるならば超高級超高威力の砲弾。このサーヴァントはあろうことか宝具を使い捨ての矢の如く弾き出したのだ。

 

 その行動に驚愕するランスロットであったが、持前の技量を発揮し空中でその宝剣を宝具化した鉄柱で弾き飛ばし―――更に弾き飛ばしたそれを手でつかみ取る。

 そして、それを見て黄金のサーヴァントが初めて怒りを顔に浮かばせる。

 

「――――その汚らわしい手で我の宝物に触れるとは……そこまで死に急ぐか、狗ッ!!」

「ハッ、コレを飛ばしてきたのは貴方だろうに!」

 

 不敵な笑みを浮かべて、ランスロットは手元にあった鉄柱を地面に突き刺し固定。新たな足場(・・・・・)を得たランスロットはその鉄柱を蹴って黄金のサーヴァントへと再加速した。今度はBランク並の宝剣を手にして。

 

 繰り出された一撃は最上。人がたどり着ける技術を集約した一閃が、確かに黄金のサーヴァントの首筋を捕えて――――

 

 

「――――疾く失せよ、狂犬が!!」

 

 

 しかしその一撃は黄金のサーヴァントの背後から現れた波紋から伸びる剣によって防がれる。そして隙すら与えず、その波紋は数を増やしていき――――四十ほどにまで増えるとその全てから一級品の宝具を出した。

 危機感知本能のまま、ランスロットは黄金のサーヴァントの顔面を蹴って(・・・・・・)後方へと撤退。その瞬間四十もの波紋から出てきた宝剣宝槍が一斉掃射される。

 

 だが――――ランスロットからしてみれば、生前『回避の特訓』と言ってアルフェリアが繰り出してきた数千の魔力砲一斉掃射の方がまだ恐ろしかった。故にランスロットは冷静に己に飛んでくる宝具を見切り、致命傷となる物以外を全て無視し、必要な攻撃だけを弾き、逸らし、時には飛んでくる宝具をつかみ取って、他の宝具に投げつけるなどして耐え切る。

 五秒にも満たない時間で行われた超絶攻防。ランスロットはスーツの所々を破かれ、血を流す個所も見受けられたが戦闘の続行に支障が出るレベルの怪我は皆無。黄金のサーヴァントも血を流してはいるが、健在。

 

 ただし、流血は鼻からだが。

 

 ……そう、ランスロットに踏まれた顔から鼻血を出していたのだ。

 

 黄金のサーヴァントは、見るからに激怒していた。プライドの塊のような存在が顔を踏まれて喜ぶわけも無いが。

 

「……我の財に触れ、剰え壊した挙句、この我の顔を踏み台にするとはなァ…………!! いよいよもって死にたいと見た……!! 喜べ狂犬、数千の宝剣宝槍が貴様の相手をしたいと言っているぞ!!」

 

 怒気が最高に高まったような顔で黄金のサーヴァントは腕を広げ、ランスロットの周囲に波紋を展開。その数――――数千。煌びやかな黄金色の死の結界は、たった一人に向けて広がったのだった。

 しかしランスロットの顔に恐怖は無く、ただ冷静にそれらを見据えていた。

 出現させた張本人に「全て躱せるぞ(・・・・・・)?」と挑発するように、ニヤリと笑みを浮かべて。

 

「……ここまで我を虚仮にしてくれた輩は貴様が初めてだ。誇るがいい。故に散れ。肉片一つ、この世に残ると――――」

 

 

 

「―――――――――『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』ッッ………………!!!!」

 

 

 

 前兆も無く、黄金のサーヴァントの台詞の途中でアルトリアは自分に絡まっていた鎖と周囲に刺さっている杭を残らずぶち壊す。己の宝具、攻防一体の『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』を限界まで圧縮し、一気に解放することで全てを吹き飛ばして破壊しつくしたのだ。

 

 地面は抉れ、風は泣く。押さえつけられていた狂気が再度漏れ出したことで、半径数キロの生命が一斉に逃げ出した。神獣さえ繋ぎ止める鎖を、怨念だけで振りほどいた少女は狂気しか存在しない目で黄金のサーヴァントを睨みつける。

 

「よくも、やってくれたな――――よくも、よくもよクもヨクもヨくもヨクモォォォオオオオォォォオッッ!! 私の邪魔をしてくれたなアァアァァァアァァァアッッ!!」

「ッ…………騒がしい小娘風情がッ……!」

 

 彼女の周囲に吹き荒れる『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』の黒い旋風が、黄金のサーヴァントが展開している宝剣宝槍を吹き飛ばす。咄嗟に数十丁の宝具を打ち出す彼だったが――――その全てが悉く弾き飛ばされ、念のために打ち出した最上級のAランク宝具は黒風の防御を貫通できた。が、それは本人の手で切り払われ弾き飛ばされるに終わる。

 

 この時点で黄金のサーヴァントの怒りは限界点に達していた。

 散々虚仮にされた挙句自慢の宝物は玩具を扱うがごとく弾き飛ばされ――――もはや黄金のサーヴァントにランスロットとアルトリアに掛ける慈悲は一切存在していなかった。

 

 彼の慢心も原因の一つなのだが。

 

「おのれェ……おのれおのれおのれおのれェッ!! この王の中の王に犯した罪、その命一つで償えると思うなよ雑種めがァ!! もはや塵一つ残さんぞ、雑種ゥッ!!」

 

 一度全ての波紋が閉じられる。

 

 直後、倉庫街の上空に数千の波紋が再展開された。そして顔を出す宝具の切っ先全てが真下に向かっている。

 辺り一面への絨毯爆撃。その全てがBランク以上の一品。防げるものなら防いでみろと、黄金のサーヴァントは腕を上げ――――降ろした。

 

 途端始まる黄金の豪雨。一撃でも直撃すれば即死確定の攻撃が雨の如く倉庫街へと降り注ぎ始める。

 

 その光景は美しいと評するに値する。だが内に秘めたる凶悪さは世界最高。全ての生を許さない破壊の雨は、王に盾突いた哀れな者達へと降りかかる――――

 

 

 

 ――――寸前、その宝具ら全てが黒い孔へと吸い込まれる。

 

 

 

「――――何ッ!?」

 

 そしてまた別の黒い孔が黄金のサーヴァントの周囲に展開された。更に、そこから見えるのは先程吸い込まれた数々の宝剣宝槍。極上の武器の矛先は、なんと所有者である黄金のサーヴァントに向いたのだ。

 孔に入り込んだ速度のまま打ち出される宝具。間一髪で黄金のサーヴァントは波紋から別の宝具を取り出し、その場から瞬間移動して宝剣宝槍の群れが狙った場所から離脱する。

 

 他のサーヴァントたちが立っている地面へと。

 

「痴れ者が! 天に仰ぎ見るべきこの我を……同じ大地に立たせるかァッ!!」

 

 黄金のサーヴァントは眉間に縦皺を作り――――何もないはずの空を見上げた。

 

 何もない。

 そのはずなのに――――こちらへ向かってくる銀色の流星が、見えた。

 

 音速すら越えた速度で「ソレ」は倉庫街のど真ん中に着弾した。恐らく先程「黒い孔」を作り出した張本人だろう。そうでなければあの黄金のサーヴァントがあそこまで怒りを「ソレ」に向けるわけがない。

 大規模な粉塵を巻き上げ、正体不明の「ソレ」は姿を徐々に露わにさせていく。

 

 月光でその銀髪を煌めかせる、絶世の美女が――――金髪の鎧騎士片手にクレーターの中央で笑顔を浮かべていた。

 

 

「――――やぁ、皆さん。初めまして、かな?」

 

 

 天からの福音にさえ勝るとも劣らぬその声を投げかける者は誰だろうか。

 

 その声を聞いたランスロットは顔を青くし、

 その姿を見た黄金のサーヴァントは「ほぅ」と怒りを収めて肢体を眺め、

 その覇気を感じたクー・フーリンは思わず口角を釣り上げ、

 その衝撃ある登場の仕方にイスカンダルが感嘆の呟きを漏らした。

 

「あ、姉上っ……俺、吐きそう……」

「ああ、ごめんモードレッド。ちょっと揺らしすぎちゃったかな? やっぱり魔力放出での強引な飛行は一人の方がいいかなぁ……」

 

 だがその女性は己の調子を狂わさず、連れてきた金髪の少女と普通のやり取りをしていた。

 サーヴァントが五体以上いるこの場でこの肝の太さ。余りの豪胆な傑物さに、何人かのサーヴァントが思わず「欲しい」と思ってしまう。

 そんなことを知ってか知らずか、銀髪の女性は金髪の少女を宥めた後に軽く周りを見渡して――――遥か遠方の鉄塔にその視線が留まった。

 

 

「――――こっちに来なさい」

 

 

 銀髪の女性が軽く手招きしたかと思いきや――――彼女から離れた場所に黒い孔が出現し、そこから黒ずくめ姿の少女が落ちてきた。

 髑髏の仮面。そこから周りにいる全ての者がアサシンのサーヴァントだと悟る。

 

 つまり――――あの銀髪の女性は高ランクの気配遮断スキルを持つアサシンの居場所を見破り、剰えこちらに引き寄せたという事になる。何という規格外さだろうか。

 

 その不条理に見慣れたランスロットからして見れば、呆れの表情しか浮かべられない光景であったのだが。

 

「ッ――――!? クッ……!」

「まぁ、そう警戒しなくていいよ。別に倒したいから引き寄せたわけじゃないし……折角みんなこうやって揃ったんだから、姿ぐらい見せても――――い、い…………………………………ぇ?」

 

 ふと、銀髪の女性の視線が固まった。

 その視線の先には、先程の様に殺気と憎悪を垂れ流して――――おらず、まるで普通の少女の様な雰囲気に様変わりしてしまったアヴェンジャーの姿があった。

 

 先程の落下で起こった爆風によって頭巾に隠された顔が露わになった、アルトリアの顔を銀髪の女性は茫然と見ていたのだ。死んだ家族にでも再会したような顔で。

 

 ――――しかしその顔には喜びでは無く、困惑の色の方が強かった。

 

 

 

「…………………………アルフェリア、姉さん?」

「…………………………アルトリア、なの………?」

 

 

 

 アルトリアは予想もしなかった出会いに歓喜の表情を浮かべ――――

 

 

 ――――アルフェリアは変わり果てた最愛の妹の姿を見て、ただ狼狽した。

 

 

 

 最低最悪の再会が、此処で起こった。

 

 起こってしまった。

 

 

 

 




AUOの小物感が・・・!もうちょっと大物らしく振舞わせたかったのに・・・!
ホント、AUOっていざ書こうとすると凄まじく難しいキャラなんですよね。何というか、いろんな意味で・・・(遠い目


てか、アヴェトリアさんちょっと強すぎじゃない?僕はそう思ってしまった(´・ω・)。・・・いや、ENTAKUが化け物ぞろい過ぎてるだけか。こいつ等人間じゃねぇ!
代わりに戦うたびにケリィの寿命が凄まじい勢いで削られているんだろうけどネー(適当

余談ですが、執筆している時にアヴェトリアさん絶叫しすぎて川澄綾子さんの喉が弾け跳びそうだなぁ・・・とか思ってました。いやホント。



・・・つか、まだ聖杯戦争一日目なのにとんでもないことになってませんかねコレ?



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第十二話・まだ闇夜は続く

おまたせ。まだ終わんないよ倉庫街戦闘編!なんでこんなに長くなってるのか自分でもよくわからない・・・!

そして今回はルーラーさん登場回です。さて、彼女は今回活躍できるのか!?答えは君の目で確かめよう!(愉悦☆スマイル

追記

早速誤字修正だよちくせう(´・ω・)

追記2

期末テストがあるのでしばらく休みます。再開予定は八月六日からです。
次話を待ってくださる皆さまに大変申し訳ないと思っておりますが、どうかご了承下さい。


追記3
日々のストレス発散のようなノリで話のプロットをガン無視して書いた結果、凄まじく話の構成が崩れて大惨事になりました。現在「色々やらかした」後酔いがさめたような気分になって凄まじく後悔しています。完全に自分の体調管理を怠ったこちらの落ち度です、申し訳ございません。

今回の参事を反省し、一度プロットを見直し再構築することに決めました。今回の話を楽しんでくれた方々、本当に申し訳ございません。
削除した話については、希望があれば別のところに乗せようと思います。

本当に、ご迷惑をおかけしました<(_ _)>


 アルフェリアが改造し『神殿』化した一軒家の中で、俺は目の前に広がる異様な光景に頭を悩ませていた。

 リビングの壁に展開された映し出された光景。――――サーヴァントという強力な使い魔が八体も出そろっているという圧巻の光景だ。それを俺たち、俺と雁夜と桜と氷室の四人は大きめのソファに腰かけそれを険しい表情で見続けていた。

 

 何も知らない普通の人間なら出来の良い映画程度の物にしか見えないだろうが――――その光景は間違いなく現実。単独で街を一つ軽く潰せる最強のゴーストライナーの集合絵は事情を知る物からすれば何かの悪夢にしか映らない。

 

 事実、最近まで間桐家にて多少の知識を叩き込まれただけであろう雁夜ですら引き攣った笑いを浮かべているのだ。画面に映る光景の異常さが垣間見えるだろう。特に魔術を深く知っている俺からすれば言葉すら出てこない。

 

 そして、その中に飛び込んでいった自分のサーヴァントにもだ。

 

 十数分前の話をしよう。

 夕食を終えた後に食器などを洗っていたアルフェリアは、突如顔を険しくするや否や同じく顔を歪めたモードレッドと共に拠点を飛び出した。俺が止める暇もなく迅速に。

 

 その後から念話で理由を聞くと、ランスロットが偵察のはずなのに勝手に交戦を開始した挙句五体ものサーヴァントが集合してしまったらしかった。だからその場を収めるために出ていったらしいが――――正直俺からすれば、アルフェリアが介入した所でさらに状況がややこしくなるだけだと思ったのだが。

 

 しかし集まっている五体のサーヴァントはいずれも膠着状態。誰かが動けばその動いたものが真っ先に狙われるのが戦場の理。そんな理由から、もしランスロットが逃げようとすればその瞬間他のサーヴァントたちに袋叩きに合う可能性は決して低い物では無いだろう。

 

 いくら高名な英雄であろうとも、ランスロット一人ではサーヴァント四体からの集中攻撃を避けることなどできない。故に、その救出に向かったのだ。嫌な予感を『直感』スキルで感じ取ったモードレッドを連れて。

 味方を救いに飛び出したのだ。止めることなどできなかった。

 だがここまで状況が混沌としたものになっているのならば、流石に頭も痛くなるというものだ。

 

「……ねぇ、ヨシュアさん。大丈夫、ですよね。アルフェリアさんも、モードレッドも……」

「氷室……」

 

 画面の中にあるモノの威圧を感じ問ったのか、俺の隣に居た氷室が小さな手で俺の手を握りしめる。やはり、根はまだ子供なのだろう、不安になって当然だ。身近な者が命を落とす光景を見てしまうかもしれないのだから。

 更に桜もまた俺の手を握る。自分を救ってくれた存在が、今死地に居る。桜は飛び出したいはずだ。だが、桜が行ったところで何の意味もない。むしろ足手まといになる。それを理解しているからこそ、桜は悔し気な顔で俯いていた。

 雁夜もまた、己の無力感に苛まれ苦い顔を浮かべている。

 

 勿論、俺も。

 

 あの状況で出来ることといったら、令呪を持つ俺や氷室が緊急事態になった場合の撤退の手助けか、一時的な補助程度だ。逆に言えば、それしか存在しない。

 本音を言えば共に戦いたい。同じ戦場で肩を並べ合いたい。助けられるだけでは無く助ける側にもなりたい。――――だが無理だ。俺たちは、余りにも弱すぎるから。

 

 故に出来ることは、こうして見守り小さな手助けをする程度。

 

 ――――それでも、できることは、ある。

 

 その事実を胸に収め、俺は不安な顔を浮かべる氷室の頭を撫でながら微笑を浮かべる。

 

「ああ、大丈夫だ。俺たちのサーヴァント(アルフェリアとモードレッド)は最強なんだ。誰にも負けるはずはない」

「ッ……はい!」

 

 涙目になりながらも、氷室は力強く返事を返した。

 子供とはいえ、侮れない胆力である。将来有望だなと思いながら、俺は息を呑んで画面へと視線を戻した。

 

 ここからは一つの不安要素たりとも見逃してはならない。もし一瞬でも油断すれば、それは敗北に繋がる。それはあの場に居る全ての陣営に共通する事実だ。だからこそ気を抜いてはならない。

 決意に満ちた顔で、俺は自分のサーヴァントの背を見る。

 

 遥か過去に、人々の希望を乗せて戦った者の背を。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 私は、困惑していた。

 

 聖杯戦争で呼ばれるサーヴァントは七騎。そうなっているはずである。――――では、目の前の光景は何だ?

 この場にはセイバー(モードレッド)ランサー(クー・フーリン)アーチャー(ギルガメッシュ)ライダー(イスカンダル)キャスター(アルフェリア)バーサーカー(ランスロット)アサシン(ハサン)が揃っている。それはもう肉眼で確認した。

 

 では、そこに居るもう一騎は何だ。

 

 そして何より――――何故自分の妹が、あんな変わり果てているのだ? 理解が追いつかない現象の数々に、私は身体を硬直させて動きを止めてしまった。自分以外にサーヴァントが七騎もいるというのに、何とも隙だらけな行動だと心に余裕があったなら自嘲していただろう。

 が、今の私にそんな余裕など存在していなかった。最愛の妹が、あんなにも変わり果てた姿を自分に見せつけていたのだから。

 

「アル、なの……? その姿は、一体……!?」

「――――姉、さん。ああ、姉さん……!」

 

 困惑している私の問いには答えず、最愛の妹(アルトリア)は恍惚とした笑みを浮かべて私に抱き付いた。

 こうして近づくと更に見せつけられる。

 彼女は、多大なる心労と困難のせいでここまで荒んでしまったのだと。私が居なくなってしまったばかりに、こんなに負担を強いてしまった。それを理解して、私は罪悪感で心臓が締め付けられるかのような感覚に襲われる。

 

「こんな所で、会えるなんて……夢の様です。会いたかった、ずっと、ずっとずっと……!」

「え、ええと、アルはどうして……もう全部のクラスは出そろっているはずじゃあ――――」

「はい。他の七つのクラスは全部埋まってます。しかし――――私はエクストラクラス『復讐者(アヴェンジャー)』として、此度の聖杯戦争に参加しました。そしてこうして、姉さんと再会できた……これほどうれしいことはありません……!」

「――――――――――……アヴェン……ジャー…………? アルが? どうして……!?」

 

 生前のアルトリアを知っているはずの私は、彼女が復讐者(アヴェンジャー)に成りうる要素に全然思い当たる物が存在しなかった。故に混乱は更なる物へと変化する。一体何がどうして、彼女をここまで変質させてしまったのかと。

 

 しかも心なしか、雰囲気まで変わって――――

 

「そこに居るのは、モードレッド……? 貴女も召喚されていたのですね……! 時空の果てにて、こうして愛する息子にまで会えるなんて……夢なら覚めたくない気分です」

「……父上、なのか? いや、でも……その姿は」

 

 戸惑うモードレッドに構うことなく、アルトリアは一旦私の腰に回した手を放しモードレッドの首へと回してその体を抱く。父と息子――――厳密には母と娘であるが、家族が再会を祝う抱擁を交わしていると見れば微笑ましい物であった。

 アルトリアの纏う異質な空気さえ無ければ、私もこうして混乱することなく家族の再会を喜んでいただろう。しかし――――できなかった。やろうとしても、どうしても直感が訴える『不安』が拭えなかったのだ。

 

 その私の直感が訴えるほどに、今アルトリアが漂わせている『覇気』は生前とはかけ離れていた。本来彼女が漂わせるべきであろう『高貴さ』、『気高さ』、『希望』――――それらは一切感じられない。存在しているのはむしろその真逆に位置する物だけ。

 いつもの調子なら喜んで自分から抱擁をしているだろう私が、こんな風に固まっているのはそれが原因である。

 

「ランスロットは、私の願いを受け入れてくれなかった。でも、姉さんと貴方ならば――――きっと――――」

「……アル?」

「父上、何を――――」

 

 不穏な予感がして私は、反射的にアルに手を伸ばそうとして――――

 

 

 

「――――そこまでです!!」

 

 

 

 ガンッ!! という音が耳を刺す。

 

 音のした方向に振り返れば、そこには穂先に槍の様な部品が付いた豪華な装飾が施された巨大な旗が地に突き立てられていた。

 

 否、それだけでは無い。

 

 コンクリートの地面に突き立てられた旗を握っているのは、そこに存在するだけで友軍を鼓舞するような覇気と高潔さは見るだけでわかってしまうほどの濃密さを漂わせる金髪の少女。何時かのブリテンの戦場にて、軍隊を率い侵略者たちを幾度も撃退したようなアルトリアによく似た姿が――――そこにはあった。

 

「――――九体目の、サーヴァント!?」

 

 今まで無言を貫いていたランスロットが困惑の叫びを上げるほどの異常事態。本来七騎のみのはずのサーヴァントが八騎存在するだけで異常だったのに、その上九騎目ときた。至極当然の反応だ。

 

 だがアレは他のサーヴァントとは違う。

 

 あそこに立っている少女には――――実体がある。つまり、受肉している。

 普通に考えれば前回の聖杯戦争の優勝者か何かだと思うだろう。だがそれはあり得ない。第三次聖杯戦争は小聖杯そのものが破壊されてしまったせいで大聖杯は顕現させることができなかった。故に優勝者が現れるわけがない。つまりあれは――――

 

「…………裁定者(ルーラー)のサーヴァント?」

「その通りです、キャスター。私はルーラー。此度の聖杯戦争が複雑化、および異例尽くしのため聖杯により召喚された『中立の審判』です」

 

 ――――裁定者(ルーラー)

 

 聖杯自身に召喚され、『聖杯戦争』という概念そのものを守るために動く、絶対的な管理者。部外者を巻き込むなど規約に反する者に注意を促し、場合によってはペナルティを与え、聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐためのサーヴァント。

 どの陣営に所属することは無く、ただ中立役として動き、ルールの違反者にはペナルティを与える――――いわば聖杯戦争の最高権利所有者である。

 

 このクラスで召喚された者は与えられた役割を遂行するため、クラス特性としてサーヴァントの真名を知ることができる『真名看破』と、聖杯戦争に参加する全サーヴァントに使用可能な令呪を各サーヴァントごとに二画保有する『神明裁決』、10キロ四方に及ぶサーヴァントに対する知覚能力が与えられる。

 

 これだけインチキな能力を与えられ、戦闘に参加すれば優勝確率が高いはずのルーラーのサーヴァント。彼ら(彼女ら)が本気で聖杯戦争に取り組めば、その『眼』から逃れられる者は存在しないだろう。

 

 しかしそれはクラス選定条件から無理に近い。ルーラーになる条件は、『現世に何の望みもない事』『特定の勢力に加担しない事』。つまり何も望みを持っていない者に限られるのだ。故に完全な中立役。誰にも加担しない完璧な審判を貫く。

 

 そしてそんなルーラーが召喚されるほど、今回の聖杯戦争は『異常』を来しているという事。

 本来七騎のはずのサーヴァントが八騎も揃った挙句初日で全員集合だ。これだけ異常の連発だ。ある意味当然の展開と言えるかもしれない。

 

「――――裁定者のクラスだと? フン、雑種の小娘が大層な役目を任せられたものだな。そのクラスは我こそに相応しいというのに」

「痛いお言葉ですが、もう過ぎたことにとやかく言っても仕方ないのでは? アーチャー」

 

 ……アーチャー(ギルガメッシュ)がルーラーなどになったら、聖杯戦争そのものが丸つぶれになる気がするのは私だけだろうか。たぶん、公平もクソも無い惨状になることだけは確実だろうが。

 

「で、ルーラーとやら。余の質問に答えてくれぬか? そこまで(・・・・)とはどういうことだ?」

「その通りの意味ですよ、ライダー。――――今からルーラーの権限を使い、今夜におけるサーヴァント同士の戦闘を一切禁止します」

「その理由は?」

「……サーヴァント八騎が衝突して、無関係な住民に被害が出ないと本気で思っているのですか?」

 

 ルーラーの言う通りだ。単独で常識を逸脱した戦闘力を持つサーヴァントが八騎同時に衝突などすれば、今私たちの居る倉庫街は塵も残らず吹き飛び、最悪被害は新都の住宅街にまで及ぶだろう。無関係の一般人を巻き込むことはルール違反。裁定者であるルーラーがそれを許すはずがない。

 彼女の言い分にライダーも納得したのか「相分かった」と短い返事をした。それに安堵して、次にルーラーはアーチャーに視線を向ける。

 

「そう言う事です。納得していただけましたか?」

「…………この我が雑種の戯言に付き合うと思っているのか? そう思っているのならば、まず貴様の愚かなその頭蓋、一片たりとも残さんぞ」

「こちらとしては穏便に事を済ませたいのですが。どうしても納得していただけないのであれば、令呪の使用も厭いませんよ」

「令呪だと?」

「ルーラーに与えられた特権の一つに、各サーヴァント一体につき二画の令呪が与えられています。それを使い、周りのサーヴァントを使い貴方だけを襲わせることも可能なのですよ?」

「ハッ、中立役が効いて呆れる台詞だな!」

「先に言い渡した決め事を破る方が悪いです」

「…………チッ、いいだろう。今夜ばかりは貴様の戯言に付き合ってやろう。精々、感謝することだな」

 

 不快気に顔を歪めたギルガメッシュは舌打ちをして、そのまま口を閉じてしまった。興が乗らないというところだろうか。こちらとしては面倒な奴が口を閉じてくれたので大助かりだけど。

 

「――――姉さん」

「え?」

 

 そんなルーラーを無視して、アルトリアが私の両肩を掴んで私の視線を自分の方へ振り返らせる。

 一体何事だと疑問を抱きながら、半分閉じていた瞼を開いて見たアルトリアは――――その顔に何かを請うような感情が浮かばせていた。

 しかしそれだけでは無い。

 言葉にし難い、泥のように濁り切った「何か」がその碧い双眸に宿っていたのだ。それを間近で直視した私は、殆ど無意識的に息を呑む。

 

「私は――――王の選定のやり直しを望んでいます。あの時、私が王になっていなければ、姉さんが死ぬことは無かった。こうして喪失感に苦しむことも無かった。ただ私は――――あの静かで穏やかな暮らしを願うのです」

「……アル」

「だからもう一度、やり直したい。過去を変え、私はアーサー王ではなく、一人の少女として――――」

 

 カムランの丘にて、一度全てを失った少女の嘆きは聞くだけで痛ましかった。

 言葉の一つ一つが私の胸を抉っていく。私の死後、彼女がどれだけ辛い道を一人で歩むことになったのか――――いや、一人では無かった。だけど、それでも――――彼女は私という大切な歯車を失ったことで、折れてしまったのだ。崩れてしまった。だからこうして願った。

 再び平穏を。心安らかに暮らせるあの暖かな一時を。

 

 それでも私は――――その願いを肯定することはできない。

 

 自分たちが今までやってきたこと全てを、更にはその後に続く者達が積み上げてきた歴史を壊してしまうのだから。それだけは、断じてしてはならない。

 

「アル――――それは、できない」

「………………………え?」

「過去を変えるなんて、言わないで。それは私たちや私たちに付いて来てくれた者達への冒涜……そして、後世の人たちが築き上げた全てを否定する事。それだけは駄目。一人のエゴで何千万人の願いや努力を否定するのは――――」

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――ドウシテ?」

 

 

 

 

 

 

 

 その瞳が真っ黒に濁る。

 瞬間、私の危機感知本能が全力で悲鳴を上げた。

 頭にこびりつく恐怖感。幾多の戦場を乗り越え、最期には星すら相手取った私の頭が『逃げろ』と泣き叫ぶほどの威圧感。

 

 アルトリアは生気を感じさせない動きで私から何歩も後ずさると、抑え込んでいたであろう狂気を再度その身に纏わせ始める。触れるだけで呪詛の如く身を蝕むだろう、濃密な狂気を。憎悪を。嫉妬を。恐慌を。

 

「どう、して? 何故、なぜ、姉さんが私を否定するのですか? あんな目に遭ったのに、理不尽に、世界に追いやられたのに」

「だけど、それでもしてはならない事はある……! 過去を変えるなんてしては駄目なのよ……! それは全人類への冒涜で、その行い全てを否定すること。だから私たちは、今からまた積み上げて――――」

 

 台詞を言い切る前に、アルトリアの体から黒い旋風が巻き荒れる。

 それは紛れも無く『拒絶』のモノ。この世界全てを否定する憎悪は、己が愛した姉さえも拒むのだ。

 

「私は――――ただ、貴女と暮らしたかっただけだ。平和なブリテンで――――みんなで、笑い合える。そんな日を過ごしたかっただけだ――――だけど、それはもうできない。――――貴女が、皆が、私を置いて行った(・・・・・・・・)から」

「……………アル、トリア……ッ」

「――――貴女が、私を見捨てた(・・・・・・)からッ……!! 貴女が貴女が貴女が貴女が貴女が貴女があなたがあなたがあなたがアナタガアナタガアナタガアナタガアナタガアナタガアナタガァァァァア゛アァァァア゛ァア゛ァアアァアア゛アァァア゛アアアアアッッ!!!! 貴女が私を置いて行ったからッ! 貴女がこんな小さな願いすら叶えさせてくれなかったからッ…………否定されていいわけがない!!! この願いは、全てを失った私が、ずっと、ずっとずっとずっと願い続けた、私の願いだァァアァァァアアアァ…………ッッ!!! 誰にも否定させない…………ッ!! 誰にも、誰にも誰にも誰にもォォオォオ゛ォォオ゛ォォッッ――――誰ニモ否定サレテ、堪ルカァァァァア゛ァァァァァア゛アァァァア゛アアアアアア゛アアァァアァアア゛アアア゛アアアアアアアア■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!!」

 

 漏れ出る黒い魔力が破壊の力となってアルトリアの周りに存在するすべてを破壊する。

 空間か軋むほどの神秘の奔流。風を裂き、地を割り、狂気と憎悪をだけで動き出した殺戮機械はこの世全ての憎悪を集めた様な眼差しで私を射抜かんばかりに睨みつける。

 

「――――ッ!? 戦闘は禁止だと言ったばかりなのに……! 今すぐやめなさい、アヴェンジャー!!」

「黙レェェェエェエ゛エエェェ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!! 喰ライ尽クセェッ……災厄ノ極光ヨオォォォオオォッ――――――――『鏖殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガ)』ァァァァアアァァァァアアアァァアン!!!!」

「なぁッ…………!?!」

 

 ルーラーがどうしたと言わんばかりに繰り出される対城宝具の一撃。流石に初手で最強の切り札を出してきたアルトリアの行動に驚愕の顔を浮かべながら、ルーラーは苦い顔をして地面に突き立てていた旗を両手で握り、その真名を告げる――――。

 

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ! ――――『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!」

 

 

 旗を中心に不可視の結界が展開される。

 それは天使の祝福によって味方を守護する結界宝具。ルーラーが所持するEXランクという規格外の対魔力を物理的霊的問わず、宝具を含むあらゆる種別の攻撃に対する守りに変換する最強の護り。

 展開された結界は他のサーヴァントまでも守護するように広がり、迫りくる漆黒の極光を――――逸らした(・・・・)

 

 最高峰の威力を誇る対城宝具でさえいなす宝具。守りに置いてことアレの右に出る宝具は限られているだろう。

 

 逸らされて分散した漆黒の光が半壊状態の倉庫街に留めを刺す。七割近くが消滅した倉庫街であったが、その三割――――ルーラーの結界により守護された部分は無傷。まさに鉄壁。城さえ落とす破壊の一撃をルーラーは見事耐えきったのだ。

 

 だが、これには一つ弱点がある。

 確かにルーラーの持つ宝具、『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』は害のある事象全てを弾く。逆に言えば――――害にならない行動なら制限不可能ということ。

 

 破壊により巻き上がった粉塵からアルトリアが圧倒的爆発力での加速を以てルーラーへと迫る。その速度、既に流星の如く。余りにも早すぎてその姿を捕えられなかったルーラーは、アルトリアの接近を許してしまった。

 

「ッ――――!?」

その旗ヲ貰ウぞ(・・・・・・・)……!!」

 

 間髪入れずにアルトリアは――――ルーラーから宝具である旗を取り上げた。

 そう、直接的な害がない限りその行動を阻害することはできない。ルーラーから宝具を取り上げるという行為は、彼女を直接的に傷付けることでは無いのだから。

 

 ルーラーが旗から手を放してしまった事で展開されていた不可視の絶対守護領域は敢え無く霧散する。宝具の担い手から離れてしまったので当然だろう。そして、ルーラーを守る盾もまた消えてしまったということになる。

 

 

「――――失セロ」

「ッ、あ――――――――」

 

 

 超速の蹴りがルーラーの鳩尾に叩き込まれる。普通の人間ながら上半身と下半身に分かれてしまうであろう人智外の威力が懐で炸裂したルーラーは呆気なく吹き飛び、遥か向こうの海に突っ込んで巨大な水柱を作り上げた。

 

 中立役であるルーラーを迅速に処理したアルトリアは、握っていた巨大な旗を放り捨て私の方に振り向く。

 

 肩が震えた。

 何かを言おうとして――――しかし、何も言えなかった。

 

 自分のせいで(・・・・・・)、アルトリアがあのようになってしまったのだと知ってしまったのだから。

 

 目の前まで迫ったアルトリアが――――私の首を掴む。

 ミシミシと筋肉が悲鳴を上げるほどの力で首を絞められた私は呼吸すらままならなくなり、苦しみにあえぐ声を漏らした。それでも尚、アルトリアは力を緩めない。

 

「アル、トリ、ア……どう、し、てっ…………こん、な…………!?」

「行キましょウ、姉サん。此処ハ、少し邪魔者ガ多イ――――」

 

 私の首を掴んだままアルトリアは――――飛んだ。

 全身から膨大な魔力を吹き出し、黒い旋風で自分の体を浮かせたのだ。その精密な魔力操作は、かつて私が教えた物。それが、こんな形で使われるとは。皮肉なものだ。

 

 圧縮された魔力が爆ぜ、私たちは空に舞い出た。

 

 誰も邪魔しない戦場を目指して。

 

 

 

 

 

「――――おいランスロット! 何ぼさっと突っ立ってんだ! 追いかけるぞ!」

「ッ……モードレッド。貴方は、大丈夫なのですか?」

「知らねぇよ……ッ! だが優先すべきなのはこうやって考えても答えが出ないことを延々と考えることじゃねぇだろうが! ほら、掴まれ!」

「……了解した…………!」

 

 アルフェリアが倉庫街から連れ去られた後に、その後を追いかけるべくモードレッドとランスロットが行動を開始しようとする。未だ状況の理解が追いつけ無いとはいえ、己の姉君が攫われたのだ。無駄な思考を切り落とし、モードレッドは歯噛みしながら魔力放出による飛行準備を始める。

 

 ――――しかし、そのすぐそばに金色の槍が高速で叩き込まれる。

 

 それを行った張本人を悟り、モードレッドとランスロットは向こうに立つ黄金のサーヴァント――――アーチャーを睨みつけた。

 A級サーヴァント二体からの鋭い目線を「どうということはない」といい捨てるかの如く受け流したアーチャーは、その背後に大量の波紋を展開。計百二十もの宝具の切っ先が二人を捉える。

 

「まさかこの我に不敬を働いたことを忘れ、背を向け逃げるつもりではあるまいな? 雑種」

「くっ……この期に及んでまだ邪魔をするか、アーチャー!」

「貴様らの都合などこの我には関係ない。疾く失せ、その散りざまで我を愉しませるがいい。狂犬にはそれがお似合いだ」

「どこまでも傲慢な……やはりさっさと潰しておくべきだったか!!」

 

 怒りに顔を歪めたランスロットが、その右手に純白の聖剣――――『無毀なる湖光(アロンダイト)』を具現化した。その剣が纏う神々しさと神聖さは軒並み一級。星の極光を吐き出す聖剣に勝るとも劣らぬオーラを見て、アーチャーも「ククッ」と小さな笑いを漏らす。

 

「では、存分に愉しませてもらおうか。雑種――――」

 

 

 

 

「喰らって逝きな――――『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)』ッ!!!」

 

 

 

 

 アーチャーへとランサーのミサイルの如き一撃が炸裂する。

 響き渡る轟音。全てを貫き蹴散らす紅き槍の砲撃は、アーチャーを貫いて――――いなかった。その間に、巨大な黄金の盾が現れ防いだのだ。

 

 弾かれた朱槍が幾何学的な軌道を描きながらランサーの手元に帰っていく。アーチャーは不快気に顔を歪め乍らランサーに視線を移し、約六十もの宝具の切っ先をランサーへと向け直した。

 

「何のつもりだ? 狗」

「さっきから黙ってりゃ狗狗狗狗――――流石の俺もキレたぜ。まさか一晩で禁句を何度も言われるたぁ思わなかったよ」

「ハッ! 狗を狗と評して何が悪い。それともクランの猛犬は噂通りの阿呆な狂犬だったというわけか?」

「――――テメェの相手は俺だアーチャー。無傷で帰れると思うなよ……!!」

 

 血管を顔に浮かせながら、怒りのまま槍を構えるランサー。それを見たアーチャーは軽く鼻を鳴らして――――背を向けた。

 

「……あ?」

「興ざめだ。あの我の宝物すら霞むほどの美しさを持つキャスターが居ないのならば、我はもうここに居る理由は無い。不敬を働いた狂犬を間引くのもアリだが――――余計な横槍を入れる狗のせいで残っていたやる気も失せたのでな。今宵はもう戻るとする」

「逃げるのかテメェ!」

「逃げる? 勘違いするな狗。見逃してやる、と言ったのだ。俺に相対するにふさわしいのは真の英雄。それまで精々数を減らしておくのだな、雑種共」

 

 そう言い残してアーチャーは黄金の粒子となって場から消え去った。

 全く嵐の様な男だと、頬をビクつかせるランサーは深い溜息を吐いて構えた槍を降ろす。

 

「……ランサー、何故」

「いいからとっととあの嬢ちゃんを追いかけな。今ならまだ間に合う」

「何故、私たちを助けたのです? 貴方にそんな理由は――――」

「――――背中を預けてくれた奴(・・・・・・・・・・)を見捨てるほど俺も腐っちゃいねーよ。……行きな。間に合わなくなっても知らねーからな」

「……感謝します、光の御子よ」

 

 邪魔者が居なくなったランスロットは、用意を済ませたモードレッドに担がれて魔力放出による飛行で倉庫街を飛び去っていった。消えていく背中を見届けたランサーは小さく肩をすくめながらこの場に残ったライダーへと視線を向ける。その行動の行き先を確かめるため。

 

「征服王。お前はどうするつもりだ? もしあいつらを追撃したいのならば――――」

「よせよせ。もう余に戦う気はありはせんわ。正直に言えばあの者達の戦いを見届けたいのだが……マスターがこの様だからなぁ」

「――――――――――(チーン」

 

 ライダーが戦車の隅から持ち上げた少年は、口から白い物を出しながら身体をビクつかせていた。

 英雄でさえ恐れを抱く狂気を生身で浴びたのだ。発狂せずに気絶程度で済んだのは幸運だろうが――――本人にとってはこの場に来たこと自体が不運と言えるだろう。

 

「余もそろそろ戻るとしよう。では、縁があれば今度こそ矛を交えようぞ。ランサー」

「おう。その時を楽しみに待ってるぜ、征服王。俺の槍に貫かれたきゃ何時でも言いな」

「言いよる奴よ――――AAAAAAALaLaLaLaLaLaie!!!」

 

 雄たけびを上げながら、雷光を放つ戦車でライダーもまた倉庫街を飛び去った。

 残りはアサシンだが――――こちらは既に消えていた。むしろ無理矢理表の場に引きづり出されたのだから、何時までも留まる理由はないだろう。静かな脅威が消えていることを確かめ、ランサーは向こうに存在する波立った海を見る。

 

 小さく、泡が浮かび続けている場所を。

 

 ほぼ確実に海の底に沈んだルーラーの物だろう。超威力の蹴りを食らったとはいえ、そのまま気絶とは――――などと呆れるクー・フーリンであるが、普通なら胴体分離する蹴りを食らって生きている時点で可笑しい。むしろ死ななかっただけルーラーを褒めるべきなのだろうが、この大英雄の基準は色々と可笑しいので参考にしてはいけない。

 

「ルーラーの嬢ちゃんを海の底から引き上げた後は……ケイネスの野郎になんて言えばいいのやら。ま、敵の真名を持ち帰っただけまだマシか、っと」

 

 これから訪れるであろう受難に、クー・フーリンはまた深い溜息を空きながら空を仰ぐ。

 

 星が綺麗だ。

 

 現実逃避の様に、彼はそう呟いたのだった。

 

 

 

 




意識していなかったのに兄貴の兄貴力がッ!!やっぱり俺たちの兄貴は最強なんだ!(カリヤーン感)それと地味にヨッシーにもカリヤーンの最強病が移ってる気がががが。ホントに最強だからなんも言えんのだが(´・ω・)

で、ルーラーさんキックで海底に沈められました。マジ不憫。令呪使う暇など与えんよというかの如く鳩尾に爆裂キックぶち込まれて意識を刈り取られたジャンヌさんェ・・・なお、後に兄貴に助けられた模様。

そしてチート姉貴は最愛の妹にネックハンギングツリーかまされて拉致られました。切嗣?ああ、マイヤンに背負われて撤退中ですが、何か?(愉悦

静謐ちゃん「・・・・私の出た意味とは一体」

私が出したかった。それだけ。反省はしてない(´・ω・`)

おまけ

現在のアヴェトリアのステータス

筋力A+++ 耐久B++ 敏捷EX
魔力A 幸運E- 宝具A++

・・・これは酷い(白目


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第十三話・痛哭の誓い

初めに、私のしょうもない暴走で振りまわしてしまい大変申し訳ありませんでした。

日々積み重なるストレスの管理を怠った結果、自分でもよくわからないスイッチが入ってしまいあの惨状を引き起こしてしまった事は、とても後悔しております。改めて改稿前の奴を見たら「うわぁ・・・」と自分でもドン引きするぐらいのアレ過ぎて、正直今でも凄く頭を抱えています。壁に頭を打ちつけるぐらいに。

此度の失敗を踏まえて、今回の話はシリアスありギャグありしんみりありなどなど、自分なりに色々工夫して作り上げました。

・・・これでも駄目だったら泣いちゃうなぁ(´・ω・)

追記

誤字を修正しました。


 首を絞める感触が頭を刺す。

 呼吸できなくなっているのは別にいい。生前、海に潜って逃げようとしたピクト人を同じく潜って三十分以上息継ぎ無しで仕留め続けた経験から、長時間呼吸をしなくとも活動できるので息ができないこと自体は、特に問題は無い。

 だが――――その、かつて宝石のように眩しく美しかった碧い双眸が、狂気に染まっているのを見て心臓が引き締まるような悲痛に襲われる。

 

 彼女は言っていた。『貴女が私を見捨てた』と。それは違う――――などとは、言えないのだろう。

 勝手な我が儘で身を投げ出したこの身に、そんな言い訳をする資格など無い。

 

 家族として互いに深く愛していた者が突然居なくなる心の痛みは、想像を絶する。そして昔の私はそれを理解出来ず、勝手に、傲慢に、一人で走り続けた。

 隣に居たいと言ってくれた者たちが居たのに。

 護りたかった――――そんな言い訳を並べて、無理に押しとどめていたのだ。

 

 これは、罰だ。

 

 身勝手なことばかりしてきた己への罰。そう再認識して、私は歯噛みする。

 最愛の妹を、ここまで苦しめてしまった事に。

 

「ッ――――アルトリア!!」

「? どうしました、姉さ――――」

 

 最後まで言い切らせず、私は両手で自分の首を絞めているアルトリアの左手の手首を掴み、強引に力を緩めさせる。そして、その間に晒した致命的な隙を逃さず――――その腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「――――がっ、は」

 

 肺に入った空気を残らず吐きながら、アルトリアは衝撃波をまき散らしながら吹き飛ばされる。

 何回転もした後アルトリアは、冬木市の象徴ともいえる未遠川に掛けられた大橋――――冬木大橋の鉄骨部分に叩き付けられた。『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』による魔力障壁で衝撃を軽減したのか、ぶつかった鉄骨は凹む程度だ。しかし、超至近距離からの蹴りを防げるほどあの障壁は優れていない。

 

 口から少量の血を吐きながら、アルトリアは殺意と狂気に満ちた視線で私を貫く。

 

「あ、アッハハハハハハハッ……そう、ですか。ここでやるんですね、姉さんとの――――殺し合い(愛し合い)を……」

「――――今の私は、貴女に何も言えない。贖罪の言葉すら、空っぽな物になる。だから」

 

 魔力放出と魔力操作を最大限駆使し、最低限の魔力で滞空状態になった私は自身の付近に黒い孔を生み出す。

 己が生涯かけて集めた武具の数々を保管している『虚数空間(倉庫)』へと。

 

 その孔に右手を差し込み、引き抜く。するとその手には、一つの弓があった。

 しかしそれは普通の弓では無い。通常の弓ならば一本だけなはずの弦が、琴の様に幾つも存在している。更にその素材のほとんどが幻想種や聖樹などの莫大な神秘を内包している素材でできていた。弦もまた、竜種の筋繊維で作られている。間違いなく宝具としての格は高位に達しているだろう。

 

 これぞ彼のキャメロット一の弓の名手であるトリスタンが愛用し、無駄なしの弓とまで称えられた弓――――『痛哭の幻奏(フェイルノート)』。その、発展型である。

 

「その弓は、トリスタン卿の…………!!」

 

 名は『痛哭の幻奏・冥府反響(フェイルノート・オルフェウス)』。私がトリスタンの弓を借りて作り上げた、対竜兵器にして所持している武器の中で遠距離戦における最強武装。

 その形状に一切の無駄がない美しき白銀の弓を月光で煌めかせながら、私はその弓をアルトリアへ向けながら弦を引く。

 同時に私の魔力を弓が吸い、弦を挟んだ指から青く輝く魔力の矢が形成された。

 その破壊力、対物ライフルの五十口径弾以上の代物。最大出力なら竜の頭部を一撃で爆散させかねないその弓は、幾分か出力を抑えてもなお凶悪な一撃を放つ。

 

 家族に矢を向けている。その事実が酷く頭を打ち、体の動きを鈍重にさせる。

 これぞ固有スキル、『悠久なる愛情』の効果。

 愛する者へ武器を向けた場合、宝具以外のパラメータを最大2ランクダウンさせるデメリットスキル。逆に守護するための戦いならば2ランク上昇するが、ここに庇護の対象は一人しか存在せず――――またその対象は『敵』であった。

 

 その事実で生まれる悲哀に顔を歪めて、私は震える唇を抑えて告げた。

 

「――――貴女を、救う。その絶望から、引き上げて見せる。それが今私ができる、最大の贖罪だからっ……!」

 

 絶望に落としてしまったのが私なら――――その絶望から引き上げるのも私だ。

 まだ声が届いているのなら、例え刃を最愛の妹に向けることになろうとも救って見せる。それが、私に許された唯一の罪の償いなのだから。

 

 

「ッッゥウウアアアアァァァアアァァァ■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!!」

 

 

 喉が避けんばかりの雄たけびを上げながら、アルトリアは冬木大橋を蹴っただけでなく魔力放出と『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』を併用した超加速で私の居る方向へと突進してくる。

 その速度は音速以上。それを迎撃せんと『痛哭の幻奏・冥府反響(フェイルノート・オルフェウス)』を使って魔力の矢をマシンガンばりの発射レートで撃つが、衝撃波や魔力による疑似的な残像さえ残しながらアルトリアはネク○トACばりの変態的な軌道を描きそれらを難なく躱しながら、右手に持つ魔剣を唸らせて確実に私との距離を詰めていく。

 

「アルフェリアァァァアァァァァァァア――――――――ッッ!!!」

「アルトリアっ――――」

 

 ついに互いの距離が三十メートル程度にまで縮まる。それでも私は弓を離さず、アルトリアの右腕を狙って最後の一射を放とうとした。

 今度は通常の矢ではない。この弓に備え付けられた全ての弦を使った絶対破壊の一矢。

 鋼鉄よりも硬い三本の弦を己が持てる剛力で纏めて引き絞り、通常よりも遥かに巨大な魔力の矢を形成。それを真名解放と共に放つ。

 

 

「『痛哭の幻奏・堅城破砕(フェイルノート・ドミネーター)』ッ…………!!!」

 

 

 竜では無く城を破壊するために編まれた絶技。直撃どころか掠るだけでも並の英雄では致命傷になりかねない対城宝具の一矢は強烈な螺旋を描きながら超音速を越え、極超音速に至り、触れた物全てを貫き破壊する絶命の一撃となってアルトリアへと襲い掛かる。当然、彼女が一級の英霊と言えど当たれば瀕死は免れない。

 

 ただし、その守りは城の如き硬さを誇っていた。

 

 第一に『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』による守護。彼女の周囲で高速回転をし、強力な竜巻を包んでいる状態ともいえる彼女にとってはライフル弾ですら豆鉄砲当然。例えそれを破っても、魔力による攻撃である以上クラススキルである対魔力による障壁が存在している。セイバークラスで無い以上ランクは低いだろうが、それでも侮れない護りだ。

 

 そして何より――――アルトリアが迎撃行動をする以上、威力の減衰は免れない。

 今の攻撃、『痛哭の幻奏・堅城破砕(フェイルノート・ドミネーター)』はランクにしてA程度。減衰した威力ではB程度にまで軽減されているだろう。果たしてそれで向こうの護りを突破できるかどうかは怪しい所だ。

 

 だから私は、その判断を下した直後にすぐさま持っていた弓を虚数空間へと放り投げ、今度は二本の剣――――黄金の剣と緋色の剣を虚空から取り出した。

 向こうが必ず今の攻撃を突き破ってくるだろうと信じて。

 

 

「――――『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』ッ!!!!」

 

 

 予想通り、『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』を纏わせ巨大化させた剣で私の放った一矢を斬り裂き、アルトリアはその勢いを止めずに魔剣を振りかぶってきた。私をその黒い凶刃の餌食にするために。

 勿論、受けるわけにはいかない。

 まだ果たさねばならないことがある。あの子を救わなければ――――死ぬ資格すらありはしない。

 

「姉さんッ!!」

「くっ――――!」

 

 鈍重な魔剣の一撃を、交差させた二つの剣で防ぎ止める。

 闇夜び響き渡る甲高い金属音。飛び散る花火は季節外れの蛍を思わせる優美な赤色を見せながら、空へと無常に飛び散っていった。

 キキキキ、と耳を刺す金属同士が擦れる音が頭に木霊する。頬を流れる汗が、今はひどく冷たく感じた。

 

 ステータスダウンのハンデか、アルトリアの力に少しずつ押され出す。それを魔力放出で強引に補助しながら、私は最愛の妹の顔を真っ直ぐ見据えた。

 目を離してはいけない。たとえどんな痛ましい姿でも、そうさせてしまったのは私なのだから。

 

「どうしてっ……どうして、どうしてどうしてどうしてェッ!!! どうして私の願いを否定するのですか!? 寄りにもよって貴女がッ!! 同じく全のための一として切り捨てられ、世界を恨んでもいい資格を持っている貴方が何故……ッ!」

「私はっ、罪なき人々の努力を白紙にしてまで、自分の幸せを掴もうだなんて思ったことはない!!」

 

 交差させた剣でアルトリアの剣を弾く。攻撃を弾かれ、大きく体勢を崩した隙にアルトリアの右手に一撃を放とうとして――――直ぐに逆方向から襲ってきた白い短剣による一撃を黄金剣で防いだ。直後、体勢を立て直したアルトリアが再度魔剣による一撃を繰り出し、それを左手の緋色の剣で防ぎ切る。

 尋常では無い怪力による鍔迫り合いで、剣が震える。カチカチと音が鳴るたびに花火が散る。

 

 それでも両者共に、一歩も引かなかった。

 

「罪なき人々……? アハハハハハハッ! 他者を切り捨ててのうのうと存続している世界に罪がないとでも!? そんな世界で能天気な顔して過ごしている人類に、本当に罪がないとでも……!? たとえ神が罪を許しても、私が許さない! 姉さんや皆を切り捨ててなお続いているような世界は、私が壊す……ッッ!!!」

「アルっ……そんなことをしても、過去は変えられないんだよ……!」

「変えられる!! 聖杯が、奇跡を降ろす聖遺物ならば、私の願いを叶えてくれるッ!! だからっ――――邪魔をするなァァぁアァァァァァァァァあああァァアァァッッ!!!!」

「ッ――――」

 

 筋力パラメータの差により押し負け、魔剣を押しとどめていた緋色の剣が大きく弾かれる。幸いだったのは、私の体も同じく吹き飛ばされて距離が開けたことだろう。もし距離を空けられていなかったら、武器を弾かれた隙に致命傷を受けていた。

 回転する体を抑え、体勢を立て直しながら私は黄金剣を構える。最早手加減する余裕などない。

 

 全力で行かなければ、此方がやられる――――ッ!!

 

 

「溢れよ星の息吹、輝け黄金の剣。この一撃、人々の願いと知れ…………!!」

「束ねよ星の絶望、輝け漆黒の剣。この一撃、人々の絶望と知れ…………!!」

 

 

 何の因果か、互いに対極になる口上を告げ乍ら、空で黄金の光と漆黒の光が共に天へと上り出す。

 空間そのものが軋む音を立て始め、この場における神秘の圧力がいかほどの物かを知らしめる。今宵起こるは星の極光の衝突。魔力同士の摩擦で雷撃が散り、真下に広がる水が抉れ出す。

 

 そしてついに――――二つの極光は振り下ろされた。

 

 

「『偽造されし黄金の剣(コールブラント・イマーシュ)』――――――――ッ!!」

「『鏖殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)』――――――――ッ!!」

 

 

 轟音を空へ轟かせながらぶつかり合う黄金と漆黒の極光。膨大な神秘の熱量の奔流が川の水を吹き飛ばし、風を掻き回し、光をまき散らす。不自然に夜空で輝く失墜する星の輝きは、既に数キロ以上離れてしまった冬木市の市街でもはっきりと認識できるほどの強さで光り輝き、見るもの全てを魅了する。

 先程とは比べ物にならないほどの魔力の摩擦。熱だけでなく強烈な雷電すら空間中を飛び交い、その光景は幻想的にして圧巻。誰かが見れば「神話の再現」とまで称えるだろう衝突は、もうすぐ決着がつこうとしている。

 

「ぐっ、ぉぉぉおぉおぉぉぉおぉぉぉおッ…………!!!」

「ハァァァアアァァァアアアァァァァアアアアアッ!!!」

 

 私の方が押され始めていた。当り前だ。この黄金剣、『偽造されし黄金の剣(コールブラント・イマーシュ)』のランクはA+。アルトリアの宝具はA++。瞬間的な出力ならば二倍以上差がある。何かしなければ押し負けてしまう。だがこの剣のコントロールに気を抜けば流し込まれた魔力が暴走して爆発する危険性が存在する以上、下手に余計なこともできやしない。

 

 どうする、一体どうすれば――――そう考えていた時、ふと誰かの手が肩に触れる。

 

「――――え?」

「――――自分を信じなさい。魔王さえ討った貴女が、あんなもの程度に負けるはずないでしょう?」

 

 そう言って自身を励ましてくれたのは、黄金の髪を揺らす紅眼の美女。人間味が薄いと思えるほどの妖艶さを身に纏った、かつての仇敵。

 黄金の吸血姫、墜ちた真祖、魔王ミルフェルージュ・アールムオクルス。

 この手に掛けた真祖の女性が、そこに存在していた。

 

「あな、た、どうして………!?」

「事情は後で。ほら、前を向いて。――――貴女は一人じゃない」

 

 ミルフェルージュは微笑を浮かべながら、その白く細い右腕を突き出してとある術式を組み立てていく。

 

「『永久に続く闇夜の中絢爛と輝け赤い星。高く、高く、万物の目印なれと願う。我が渇望、此処に有り』」

 

 突き出された手から黒い魔法陣が一つ出現する。その魔法陣は徐々に巨大になってゆき、やがて分裂して五つまで増え、私の背後へと配置された。

 そして――――莫大な魔力を収束し始める。私の魔力だけでなく、ミルフェルージュの魔力や大気中の『大源(マナ)』までをもかき集め、集った魔力の塊は術式により強力な魔力砲と化していく。

 

 

「行きなさい――――『五重門解放(クィンテット・カノン)黒き星光よ絢爛に輝け(ノワール・リュエール・デ・ゼトワール)』ッッ!!!!」

 

 

 漆黒の光にて全てを焼き払う熱線が五つ、同時に放たれる。

 

 一つ一つがBランク以上の対軍宝具と鬩ぎ合える強力な一撃。それが五つ。尋常では無い破壊力がこちらを押していた漆黒の極光を押し返し始め、そしてついに拮抗させるところまでに至った。

 しかしこれだけやって漸く『拮抗』。Bランク宝具五つ分とA+ランク宝具の一斉掃射でコレとか、一体どんな威力だと叫びたくなる。

 

 まだ、足りない。せめてあと何かもうひと押し――――そう思い始めた瞬間、私の背後の空間が割れ始めた(・・・・・)

 

「んなぁ……!?」

 

 今度は何だと涙目になるが、割れた空間の隙間から見えた物は――――とても、懐かしい顔であった。

 

 かつて、共に戦場の空を駆けた。

 かつて、共に体を温め合った。

 かつて、共に笑いあった。

 

 生前の相棒である竜種――――ハクが、その手で空間を強引に抉じ開けこちらに顔を見せていた。

 あの子はその身に内包する神秘が濃すぎて、まだ神代の環境が残っていたブリテンでも排斥対象になっていた。そしてそのブリテンとは比べ物にならないほどに神秘が薄れた現代で、ハクが存在できるはずがない。

 だから世界はハクを裏側へと押し込んだ。二度と表に出られない様に。

 

 それでもハクは――――帰ってきた。

 

 不甲斐ない相棒のために。

 

『グルルルルルルルルルルッ……!』

「ハクっ――――」

 

 自然と涙が流れる。

 今のハクの状態を例えるなら、周囲が真空状態になったようなものだ。体の中から発生する、体の外側へ向かう神秘の圧力がハクの体を襲っている。気を抜けば、そのまま圧力で爆散しかねない。

 格の低い竜種ならばまだ簡単な問題に終わったのだろうが、幻想種の頂点に位置する種の頂点に居るハクがそんな生易しい神秘の濃度なわけがない。

 あの子は表に出るだけで苦しむ。それでも、こんな私のために駆けつけてくれた。

 これで泣かないわけにはいかないだろう。

 

 

『オォオオオオォォォォオォォオオォオォォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!』

 

 

 天を震わすほどの雄叫びを響かせ、ハクはその剛腕をもって空間を大きく裂いた。

 ついに、その巨体が現世へ降臨する。存在するだけで周囲の物体全てを押し潰す幻獣の王。己の周りを異界同然の環境へ変質させながら、竜王は翼を広げて高らかに空を舞った。

 

 そしてその口に空気が吸い込まれる。

 竜の持つ心臓――――超一級品の魔力炉心から生成される無尽蔵にして膨大な魔力が、口の隙間から輝き始める。

 これぞ竜の代名詞にして最強の切り札。

 

「行きなさい、ハク! 『竜王の息吹(ドラゴンブレス)』!!」

『グルァァァァアアアァァアァアアァアアァァアアアアアアアッッ!!!!!』

 

 巨大な顎が開き、超高濃度の魔力の奔流が吹き荒れる。

 白銀の極光と化した竜の息吹は、環境故に最全盛期と比べて格段に威力が落ちているにも関わらず、その絢爛な輝きは全く衰えず。幻想の頂点が生み出した光は、この世の奇跡にも勝るとも劣らない美しさを放っていた。

 

 ハクから放たれた息吹は、漆黒の極光を打ち消してもまだ有り余る威力だった。アルトリアの『殴殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)』を押し切ったにも関わらずその勢いは全く減衰されず、光の柱は空を穿つ。

 その結果、空を覆っていた雲のほとんどが吹き飛び、星や月が空一杯にに見えるようになった。

 まさに『竜王の息吹(ドラゴンブレス)』聖剣の光すら跳ね除ける絶対の一撃である。

 

「っ――――アル!」

 

 当然、その一撃に巻き込まれたアルトリアが平気なはずがなく、彼女は苦悶の表情を浮かべながら未遠川へと墜落し始めていた。悲痛な様に胸を痛めながら、私は全速力で空を飛び、墜ちていく彼女を受け止めようと手を伸ばして――――逆にその手を掴まれる。

 

「!?」

「姉さん、詰めが甘い、ですよ……ッ!!」

 

 急にバランスが崩れたせいで魔力放出による飛行がままならなくなり、私はそのままアルトリアに引きずられる形で川の上へ落ちた。

 

 水柱が高く舞い上がる。豪雨の様に大量の滴が身体を打つ中、私とアルトリアは水の上で揉みあっていた。アルトリアが私の首を馬乗りになって絞めようとしていて、私はアルトリアに跨れながらその手を掴んで抵抗をしている。

 

 ミシミシと筋肉が悲鳴を上げて、両手が震えていた。それほどに狂化されたアルトリアの筋力が、私の力を押しているのだ。後もうひと押しでこちらが押し負けるほどに。このままではこちらの負けは確定的と言ってもいいだろう。

 あの吸血鬼とハクが助けに来るかもしれないが――――それでは意味が無い。こればかりは、私がやらなくてはならないのだ。

 

「力で駄目なら―――技でっ!!」

「うあっ――――!?」

 

 私はアルトリアの加えている手の力の向きを逸らし、強引に重心を崩させて水面へと押し付ける。

 その隙に私が逆にアルトリアへ馬乗りになり、その両腕を魔力放出を最大限まで利用し抑え込んだ。アルトリアもその馬鹿力で脱出しようとするが、もう遅い。

 

「ッ、ァアアァァァァアアッ!!! アアァァァァアアアァァ■■■■■■■■■!!!」

「……ごめんね」

 

 狂気のまま狂乱の雄たけびを上げるアルトリアへと、先に謝罪の言葉を述べ――――私は徐に自分の唇をアルトリアの唇へと押し当てた。

 

 

 

 

 押し当てた。

 

 

 

 

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 

 今まで狂気しか浮かべていなかったアルトリアの目に、僅かながら光が戻ってくる。

 恐らく精神に作用する宝具の効果が今の行為で解除されたのだろう。――――やはり、何かの宝具での反作用だという私の推測は的中していたようだった。

 

 それでも、全ての憎悪が消えたわけでは無いが。

 

 たっぷり三十秒間接吻を続け、頃合いを見て唇を離した。

 するとどうだろうか。今までの暴れっぷりが嘘のように鳴りを潜め、茫然としたアルトリアの顔がそこにあった。まぁ、いきなり姉からキスされれば絶句もするだろう。無理も無い。

 

 ――――かと思いきや、急に顔を赤くして顔を背ける。

 

「あ、あの、その……は、初めてだから、最初は優しく……」

「……はい?」

「わっ、私たちは姉妹ですけど、義理ですから問題ありません! むしろ私伝承では男扱いされてますから大丈夫です!」

「いや、えっと、何の話――――」

「結婚式はいつ挙げますか!?」

「――――はぁぁぁぁぁああ!?」

 

 今までとは別の意味で錯乱しだしたアルトリア。別に今の行為は恋愛的な意味でやったわけでは無くて、より強い刺激と感情を生ませることで一時的に憎悪という感情を消し去る意図があってやったのだが――――何か別の方向で勘違いしていないだろうか。

 

 いや、アルが結婚すると言ってくれるならハイヨロコンデーしますけどね? でも今は自重すべき場面というか、今まで積み上がった雰囲気台無しというか……。色々な物が壊れた気がする。

 

 とりあえず暴走を始める妹の肩を掴んで宥める。このままでは話もままならない。

 

「落ち着いて、アル。深呼吸。はい吸ってー、吐いてー」

「っ……すー、はー。すー、はー。……はい、落ち着きましたので結婚を――――」

「全然落ち着いてないよ!?」

 

 一体どこで教育を間違えてしまったのだろうか私は。マーリンか? マーリンのせいなのか? よし、マーリンのせいにしておこう。悪いことがあった場合大体アイツが悪い。そういうことにしておこう。

 

 深いため息を吐いて川辺に上がり、精神安定剤代わりに濡れた手でアルトリアの頭を撫でる。

 久々に、妹の頭を撫でられた気がする。そんな懐かしい気分が胸の内に広がった。

 だからこそ―――彼女がここまで変貌してしまった事に、悲痛を感じる。

 

「姉、さん。私は」

「…………あの滅びが、結末が、認められないんだね」

「……はい」

 

 その気持ちはわかる。今まで積み上げてきたモノが全て崩れ去る。なくなってしまう。その恐怖は何にも代えがたい絶望を与えるだろう。

 しかし、だからと言って他人の気持ちや努力を消し去る理由にはならない。

 何よりその行動は――――無意味と思われる結果を『本当の無意味』にすることなのだから。

 

「私もさ、むかついたよ。こんな結果ありかー、って。でも、私たちの歩みは無意味じゃない。無意味じゃないんだよ」

「でも私は、そうとは思えない……! 全てが無に帰した以上、私たちの歩んできた道は、努力は、全て無意味になったのですよ! 何の結果も残せず、私に付いて来てくれた騎士たちは無駄にその命を散らせた……っ! だから――――」

「じゃあ、貴女はその付いて来てくれた騎士たちの気持ちを、努力を――――今度こそ全部『無かったモノ』にしたいの?」

「…………え?」

 

 アルトリアの肩が震える。

 気づきたくない事実に、気づいてしまったように。

 

「過去を変えるって事は――――貴方を想ってくれた人みんなの気持ちが、全部本当に『無かったモノ』になる。皆が貴方にささげた忠義も、皆が貴女にささげた信頼も。本当に、貴女はそうしたいの?」

「わ、私、は――――」

 

 喉に何かが詰まった様に、呂律が回らなくなったアルトリアは自分の肩を抱きながら虚ろな瞳で震えだす。

 己がやろうとしていた事が、己が絶対に許さない事そのものだったのだから。自分自身に自分の願いを、思いを、否定されたのだ。

 異様なまでの自己矛盾。狂気に陥り正確な思考ができなかった故に、指摘されて初めてその事実に気付いたアルトリアは泣きそうな顔で震え続ける。

 

「ち、がう、私は、私はただっ……あの時みたいに、また皆で、一緒に……っ!」

「アルトリア……」

 

 この子は、ただ願っただけだ。

 幸せな毎日が、ずっと続きますように、と。あの輝いて暖かい毎日を、もう一度始めたい。それだけなのだ。

 そしてそれすら許されなかった。

 小さな願いすら否定され、国を守れず、その果てに折れてしまった。

 

 その願いの果てで産まれたのは狂気。己に降りかかる理不尽への憎悪。

 手に持っていた全てを取りこぼしたからこそ、彼女は深く絶望し、世界に憎悪した。そうすればもう一度やり直せると。取りこぼしてしまったモノが戻ってくると。そう信じて。

 

「姉さん、私はっ――――」

「ッ――――!? アル!」

 

 何の前兆も無く、アルトリアの姿が霞み始める。反応からして恐らく令呪による強制転移。アルトリアのマスターである衛宮切嗣が令呪を使用したのだ。何の意図があるのかは知らないが、タイミングが最悪過ぎた。

 私は手を伸ばしながら言葉を紡ぐ。

 せめてもの、言葉を。

 

「アル、私たちのやってきたことは、絶対に無駄なんかじゃない! この世に無駄なことなんて、何一つないんだからっ!」

「私はっ――――どうすれば、いいのですか……!」

「だからっ、だから――――『全部やり直す』なんて、悲しいことを言わないで……!」

「――――誰か、教えてっ…………!」

 

 伸ばした手が空を切った。

 もう一度瞼を閉じて開くと、そこにはもうアルトリアの姿はなかった。令呪による転移が、正常に行われた証拠だろう。

 

 空虚な心で、私は延ばした手を降ろす。

 

「話、終わっちゃったわね」

「……うん」

 

 ささやかな元気づけだろうか、ハクの背に乗ってこちらに降りてきたミルフェルージュは妙に優しい声音で私に声をかけてきた。何というか、生前とのギャップが酷過ぎてこっちは「お前誰だ」状態なのは知ってか知らずかは知らないが。

 

 ……色々、疲れた。小さなため息を吐きながら、ボロボロの体を起き上がらせようとして――――ふと上から降ってくる何かに気付く。

 それは白い鎧を着た金髪の少女とダークスーツを纏ったロン毛の男性で、言い換えれば魔力放出でロケットみたいにただ真っ直ぐ突っ込んでくる二人であって――――私は無言でその場から引いた。

 

「うおおおおおおおおおおおお姉上ええええええええ!!! ――――ふぬばっ!?」

「ちょっ、ぶつかるっ、ぶつかってしまいますからモードレッド、私を掴んでる手を放して――――ぶべらっ!?」

 

 爆音と粉塵を立てて両者が川辺の地面に頭から突っ込んだ。

 数秒後、土煙が晴れると――――上半身を土に埋めて下半身だけが表に出ている二人の姿が目に移る。

 死んだ目でその犬神家状態を眺め、マリアナ海溝より深いため息を吐いて私は渋々二人の足を掴んで土に埋まった上半身を引き抜いた。

 

「――――ぷはっ! ……アレ? まさか遅れちまった的なアレか?」

「…………モードレッド。貴方が道に迷って右往左往しているからですよ」

「………………………」

 

 何しに来たのこの二人。私は本心からそう思った。

 

 その時不意に脳裏ががチクチクと刺激される。懸念を覚えながら頭の裏辺りを擦ってみると、ビリッと刺激されて何かがつながったような感覚が頭を刺す。

 

『――――おいアルフェリア! 無事か!』

「……ヨシュア?」

 

 念話で聞こえてきたのは自分のマスターであるヨシュアの声だった。先程から何も声が聞こえてこないなと思っていたら、何かにジャミングでもされていたようだった。他の陣営が使い魔か何かで通信阻害でもしていたのだろうか。

 まぁ、念話ができようができなかろうが、結果にそこまで変化はなかっただろうが。

 

『はぁ……ったく、心配したんだぞ。声をかけても返事はしないわ、経路(パス)のつながりが不明瞭になるわ……。それで、無事だよな?』

「うん、一応なんとか。今から戻るよ」

『……アヴェンジャーは、どうなった』

「……令呪で逃げられた。追撃する?」

『いや、いい。声からして、疲れてるみたいだしな。もう今日はゆっくり休め』

 

 声の感触からして、本気で私の事を心配してくれていたのだとわかる。

 まさかそこまで心配させてしまうとは……明日の料理は少し豪華にしてみようか、などと思った。余計な心配をさせてしまったのだから、それぐらいはしてあげるべきだろう。

 

「ヨシュア」

『? なんだ』

「ありがと。心配してくれて」

『……ああ、早く帰ってこいよ。……ん? 氷室、お前なんか目が死んで――――』

 

 最期に不穏な言葉を残して念話が切れる。

 気にしない様にしよう。気にしたら負けだとおもうし。うん、そうしよう。

 

 さて、皆で帰りましょうか――――そう意気込んで振り返ると、

 

「だーかーらー、細かい制御ができねぇから失敗したんだっての! わざとじゃねぇよ!」

「制御できないならできないと事前に言ってください! おかげで高所恐怖症になりかけましたよ!?」

「るっせぇ不倫ヤロー! 川に叩き込んむぞゴルァ!」

「不りっ……ふ、ふふふ、言ってはならないことを言いましたね、モードレッド……少しお話(物理)いたしましょうか?」

「まぁまぁ二人とも。喧嘩はやめなさいな」

「お前誰だよ!?」「貴女誰ですか!?」

『グルルルルルルル……』

 

 …………星が綺麗だなぁ。

 

 半分濁った眼で、私は雲が晴れた空を見上げた。

 そして同時に、誓う。

 

「――――必ず、迎えに行くから。……必ず」

 

 愛する妹を救う、己への誓いを。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 小さな振動が長い眠りに落ちていた衛宮切嗣の不安定な意識を揺らす。

 後ろへと高速で流れていく景色、車がエンジンの振動や道の凸凹などで小刻みに震えるのを虚ろな目で見ながら、彼は視線を自身の右手の甲に移した。

 

 己の右手にある――――先程、これ以上の魔力消費を避けるために『拠点へ帰還しろ』という命令で一つ使って二画になってしまった令呪が刻まれた手を見る。

 まだ一日目だというのに、貴重な切り札を一つ失ってしまった。切嗣の心の中には小さな後悔と空虚が広がり続けている。

 たださえ問題ありのサーヴァントを当ててしまったのにもかかわらず、幸先がよくないと来た。

 度重なるストレスで彼は半ば無意識に胃の辺りを手で押さえて呻く。本格的に心を休養せねば身体機能にまで支障が出るほどのストレスに苛まれているのだから、仕方あるまい。

 

「……舞弥、アイリからの連絡は」

「はい。無事アインツベルン城へのアヴェンジャーの転移が成功したと連絡が来ました。問題なく、令呪による命令は働いたようです」

「……そうか」

 

 命令は問題なく遂行された。しかし、喜べる要素は何一つない。

 マスターである切嗣は過多な魔力消費による過労、そして切り札である令呪一画分の消費。これでサーヴァントの一体や二体を屠ってくれたのなら喜びもするだろうが、残念ながら小聖杯――――脱落したサーヴァントの魂を収める器であるアイリスフィールの様子に変化がない事から、脱落者がいないことは明白。

 

 つまり、ここまで疲労を強いられた挙句何の成果も得られず、挙句の果てに切り札を一つ切ってしまったのだ。

 スタートダッシュとしては、最悪そのものだろう。

 

「アハト翁から貰ったホムンクルスの様子は」

「……古城にて待機しているマダムの報告では、十体中九体が死亡。残りの一体も、あまり様子は芳しくないようです」

 

 一級魔術師並とはいかないが、それでも魔力を生み出すだけなら十分すぎるホムンクルスが一夜にして九割壊滅。もしホムンクルスの補助がなかったなら――――そう想像し、切嗣はぞっとする。

 アヴェンジャーの規格外さとその行動の問題さに頭痛を重くしながら、切嗣は深いため息を吐いて車のフロントガラスから見える空を見上げる。

 

 用意していた数々の戦略を叩き潰してくれたアヴェンジャー。サーヴァントのはずなのにその戦略的価値はゼロに等しい。個人の戦闘力が高くても、協調性や従順性が皆無では話にならない。あれでは野放しにしただけで誰もかれもに噛みつく狂犬。制御を放棄したバーサーカーと大して変わらない。

 

 だからこそ切嗣は思いを馳せる。

 

 今回の聖杯戦争。勝利はほぼ無理だ。アヴェンジャーが強力でも一回戦うだけで死にかけるほどの消費を強いられては、勝利の前に死が確定してしまう。

 

 そんな犬死は御免だと呟き、切嗣は静かにドイツに残して来た娘であるイリヤスフィールの顔を思い出した。

 己の命を差し出しても、護りたいと断言できる愛娘の姿を。

 

「舞弥……僕は、イリヤと約束したんだ。絶対に迎えに行くって」

「……はい」

「だから僕は――――絶対に生き残る。例えどんな手を使っても、どんな汚い手を使っても……聖杯を掴み、世界を平和にして、あの子を迎えに行って見せる。絶対に、だ」

 

 己への誓約のように、彼は強迫されたかのように呟く。

 その声の質はとてつもなく鈍重であり、壊れたガラス像のようにもろかった。機械のようにふるまう人間。それが、衛宮切嗣という男なのだから。

 故にこの切羽詰まった状況は、彼を挫折一歩手前まで追い込んでいる。

 

 それでも彼は「諦めない」と自身に誓うことで、無理矢理己の心を直しているのだ。全ては、長年夢見た平和のために。誰も犠牲にならない理想の世界のために。

 そして何より、娘と交わした約束事のために。

 

「僕は……負けない……!」

 

 唇を歯で噛み切り、泥沼に沈みかけた意識を痛覚で引き摺り出しながら彼は空を見る。

 

 切嗣はかつての光景を浮かべる。

 あの時の、まだ平和で穏やかな道を歩いていた自分の人生で、酷く鮮明で印象的な瞬間を――――

 

 

『ケリィはさ、どんな大人になりたいの?』

 

 

 まだ子供の頃、初めて恋をした少女の姿を見た。

 大切だと思っていた、守ってあげたいと思っていた、大人になったら――――そんな思いを抱き、そして救えなかった少女を。『正義の味方』になりたいと、気恥ずかしくて言えなかった少女の姿を。

 

 もうあんな犠牲は出さない。罪なき人々に死を強いる世界なんて認めない。

 そして何より――――自分が人々の犠牲を減らせるのならば、遠慮なくそれを遂行しよう。恒久的世界平和という形で。

 それが――――あの時救えなかった少女への、贖罪なのだから。

 

 震える手を抑えて、切嗣は心を冷たい鋼にする。

 

 世界平和を成し遂げる、機械となるために。

 

 引き金を引くだけの、人形になるために。

 

 

 

 

 




あの時の私「あー、あっつー、マジダリィ・・・気分転換に小説書こう。ご都合主義展開?いや、うーん・・・今回はちっとダークにしてみるか(・ω・)」

こんな感じで頭を暑さでやられてて、冗談抜きで色々すっぽ抜けていた・・・今も穴があったら入りたい気持ちです。
本当に、色々申し訳ございませんでした。


モーさん「活躍すると思ったか!? 残念だったな、オチ役だよ!」
氷室「・・・・(死んだ目」
らんすろ「なんで私まで・・・」


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第十四話・皆の眠りは此処で

お待たせしました。

今回の内容は戦闘後の話の様な物です、話自体はそこまで進んでないというね・・・まぁ、次回もそこまで進みませんけど。ていうか次回は番外編ですけど。二日目のプロットがまだ未完成なので、お茶濁しというやつです。

それでは、どうぞ。

※十三話・十四話は改定版です。改定前の方を見ていた方は申し訳ありませんが、前話から見ていただければ幸いです。

追記
誤字を修正しました。


 俺は現在、凄まじい頭痛に襲われていた。

 ようやく聖杯戦争一日目の戦いが終わり安堵しかけていたところ、追撃をかけるように問題事が連続して行ってきているのだ。もしかすればこちらを心労で殺すつもりなのかもしれない。実に言い作戦だ―――などと冗談を浮かべて心を落ち着かせながら、俺は少しずつ状況を整理する。

 

 今重要なのは三つだ。

 

 まず一つ目。セイバー、モードレッドのマスターである氷室鐘の身柄についてだ。

 当初は保護者を呼び、そのまま家へと帰そうと思ったが――――残念なことに、駆けつけた彼女の両親から丁重に保護の依頼を受けてしまった。当然、育児放棄などでは無い。ちゃんとした理由がある。

 

 氷室の父親である氷室道雪が最近物騒になってきている冬木を安静にさせるために明日から奔走すること。そして母親である氷室鈴はそんな冬木市に在住しているせいで実家からいったん戻ってくるように言われたことで、結果的に彼らは鐘の面倒を見ることができなくなってしまった。

 

 なら母親の方が実家に連れて行けばいいのでは? と思ったが、実家の方が鐘を良く思ってないらしく、ストレスがたまる環境に置くよりは見ず知らずの子供の世話をしてくれたこちらに置く方が得策だと考えたようだった。

 

 いくら都合があるとはいえ、今日知り合ったばかりの外国人に娘を預けるのはどうかと思ったのだが――――彼らは真剣だった。娘の笑顔を見て、こちらを信頼してくれたのだ。ならば、その期待に応えるのが筋だ。彼らの真摯な頼みを断るほど、俺も外道ではない。

 

 アルフェリアや他の者たちもそれに同意見であり、俺も下手に魔術防壁や侵入者撃退用の罠すら仕掛けていない場所に鐘を置くのは危険だと判断して、結果的に鐘は冬木が落ち着くまでこちらで預かることになった。

 

 見てわかると思うが、これ自体は特に問題では無い。むしろ状況理解のために引っ張ってきただけだ。世話を見る子供が一人増えただけなのだから問題ですらないだろう。問題は、二つ目と三つ目だ。

 

 二つ目――――突如来訪した金髪紅眼の美女。アルフェリア曰く、墜ちた真祖である『魔王』の存在だ。最早これ一つだけで腹いっぱいな問題なのに、更に後が控えているのだから頭を痛ませずにはいられない。

 

 真祖、吸血種の中の、吸血鬼の一種。その中でも最も特異な存在だ。似たような存在である死徒とは異なり、生まれながらの吸血鬼、つまり先天的な吸血種である。またの名を、星の触覚。霊長を律するために創られ、ヒトを律するものならばヒトを雛形に、ということで精神構造・肉体ともに人間の形をしているが、分類上は受肉した自然霊・精霊にあたる人の形をした正真正銘の化物である。

 

 更に非常に高い身体能力を持つ他、精霊種として『空想具現化(マーブル・ファンタズム)』が可能。そして星という無限のバックアップを持つ。これだけ並べれば真祖という存在がいかに特異なのかが理解できるだろう。そして極めつけに本物の「不老不死」と来た。

 

 そして、彼女はその中で「吸血衝動」――――人の血を無差別に吸いたくなる魔神の如き欲求に負け、衝動を抑えていた力を解き放ち、その尋常ならざる力を100%発揮できる『魔王』。人間では太刀打ちできず、同じ真祖でも吸血衝動に縛られていては対応できないほどの強さを以て猛威を振るえる存在だ。

 

 そんな存在が目の前で優雅に紅茶を啜っているのだから、自分の頭がおかしくなったのかと頭を抱え込んでしまう。

 

「――――『宝具人間』?」

「ええ、そうよ。厳密には人間じゃないから……『宝具真祖』って言えばいいのかしら?」

 

 と、長々と話していたが、それは飽くまで『生前』の彼女の事だ。今の彼女は、厳密には真祖であって真祖では無い。

 

 彼女は一度死んだ。不老不死である彼女は、アルフェリア・ペンドラゴンという超越者の手で死を与えられ、その魂を彼女の宝具である『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』に吸収されて長き時を過ごし、ついには薄まった自我を取り戻した。魂が色濃かった影響か、他に取り込まれていた死徒の魂を吸収して自我を確立したらしい。何と出鱈目だろうか。

 更に言えば、土壇場で血液による肉体再構成までやってのけたのだから、どんな言葉を言えばいいのかわからない。

 

 故に、その肉体は既に真祖であって真祖であらず。大量の死徒の血液――――膨大な神秘を濃縮したそれを使い、限りなく真祖であった頃の肉体を再現した『(肉体)』に『入れ物()』を入れただけの存在。それが確かならば、彼女はもう生命体ですらないのだろう。その肉体は血液で『再現』しただけの物なのだから。

 

 だから彼女は生前と比べて二割程度の力しか行使できない。

 曰く、持っていた魔眼は弱体化して効果範囲が縮まり、元々適正の低かった『空想具現化(マーブル・ファンタズム)』に至っては使用不可になっているらしい。なので今では精々サーヴァント一、二騎相手にするだけで精一杯、との弁だ。

 

 それでも、人間にとっては脅威以外の何物でもないが。

 

「だから特性上あの子の命令に逆らえないから、別に警戒しなくていいわよ? そもそも今の私には吸血衝動が存在しないし、血を吸うメリットなんて皆無よ皆無。そうギラギラされると、居心地が悪いわ」

「そうか……それは、すまなかった」

 

 深いため息をこぼしながら、ヨシュアは頬杖を突きながらソファで寝ている四人組(・・・)を見る。

 アルフェリア、桜、氷室、そして――――擬人化した(・・・・・)、アルフェリアの騎竜を。

 

 本物のプラチナの様に美麗な長髪。まだ幼げさが残っているが、整った顔つき。雪のように白く感触が良さそうな美肌。凡そ十歳ほどの少女が、アルフェリアに寄り添っていた。

 それだけならばただの子供として片づけられただろうが――――頭から突き出ている二本の角と鱗の生えた長い尻尾がそれを許さない。

 

 アレは、紛れも無くアルフェリア・ペンドラゴンの愛騎であり、共に戦場を駆け抜けた相棒である竜王、その名はハク。またの名を『約勝の銀竜(ヴィクトル・ドラコーン)』。

 

 歴史上では彼の大英雄ジークフリートと死闘を繰り広げたファフニールや世界崩壊級の大戦争『神々の黄昏(ラグナロク)』を生き延びたニーズヘッグ以上の竜だと言い伝えられ、その開いた顎から吐き出される白銀の極光は一晩にして大陸を焼き払うとまで恐れられた竜。そして同時に、伝説の大英雄をその背に乗せ国を守った守護竜としても名を馳せ、『聖竜』とも言われている文句なしの最強クラスの竜種だ。

 

 事実、世界の裏側に飛ばされたのちに全ての幻想種を腕っ節だけで叩きのめし、頂点に至っている――――そう、擬人化した彼女(・・)自身が言っていた。

 

 なぜそんなことになったのかは、少し長い説明が必要となる。

 

 竜種――――現代においてはそれこそ人が出入りしない秘境でしかお目にかかれない最上級の幻想種。ついでに言えば現代に残っているのは低級竜種以外存在しない。ハクの様な超最上級など、既にある程度の神秘を許容できなくなった世界により世界の裏側に弾き飛ばされてしまっている。

 つまり此処、現在に存在するハクは世界にとっての異端以外何物でもない。色濃すぎる神秘ゆえに排除する必要が出てくる。要するに、ハクには常時世界の裏側へと押し戻す力が働くのだ。

 

 ハクのような最上級クラスの幻想種ならある程度抵抗はできるが、出来たところで激しい苦しみを代償に幻想種にとっては何の価値もない現代に居残ることだけだ。メリットもクソもない以上、苦しまずに世界の裏側に行くのが道理。――――だがハクにとってはかつての主人、例えそれが分体であろうがいるだけで現代に留まる価値が生じてくる。

 だが世界はそれを受け入れない。だからハクには常に世界からの引き戻しが掛かっている――――何の対策もしないならば。

 

 一つだけ、どんな上位の幻想種でも現代に留まることができる方法が存在する。

 世界は色濃い神秘を許容しない。ならば――――漏洩する神秘を抑えればいいのだ。体から流出する力が原因ならば、その力の流出を抑えればいいという事。

 当然ながら、容易なことでは無い。それは人間に取って常に息を止めて生きろと言っているのと同じだ。

 

 しかしそれを覆す方法があった。

 

 人化の術――――体の形状を収縮させ、それに伴い神秘流出の表面積を少なくするという裏技が。

 

 どんなに質が濃くても、流れ出る量が少なければ結果的には神秘の流出は少なくなる。

 そして流出量を抑えたことにより、アルフェリア特性の神秘殺しのアミュレットを付ければあら不思議、世界からの引き戻しが一切かからなくなった。もちろん竜形態に戻れば力は再発するが、それでも日常生活への支障を消す程度は出来たのだ。

 

 ――――だが、ここでひとつ重要な問題が出てくる。

 

 まず、竜王ハクの性別が、『(メス)』だったこと。

 

 

『アルフェリア様、見てください! ちゃんと人になれました!』

 

『――――え? ……あの、ハク。貴方、雌だったの?』

 

 

 まさか飼い主も性別を把握してないとは思わなんだ。把握していたら何も服を用意していない状態で人化の術など使わんだろう。いや、雄でもそれはそれで問題だと思うが。見ている子供に悪影響だ。

 

 ともかく、全員が見ている前で見事に真っ裸幼女に変身したハク。居合わせた雁夜やランスロットがギョッとしながらも反射的にその体を凝視しようとし――――それぞれ桜と氷室からの金的ックを食らってダウンした。俺は運よくアルフェリアに目隠しされただけで済んだが。

 

 因みにその二人は今でも股間を抑えてビクビクしており、うわごとの様に「違うんだ葵さん。俺は別にロリコンじゃ……」とか「待ってくれギネヴィア、エレインっ……私は決して幼児性愛者では――――くっ、石を投げないでくれギャラハッドォッ……!!」と呻いている。ランスロット、お前サーヴァントなのに夢見るんだな。

 

 で、だ。問題なのは――――ハクがそんな姿なのにもかかわらず、頑なに服を着ようとしないことだ。竜種に衣服の必要性を問えるわけもないのだが、十人中十人が見惚れるほどの美少女の素っ裸を見せられるこちらとしては精神衛生上キツ過ぎる。

 

 今こそ毛布に包まって見えてはいないが、このままだと裸で外出しかねないので実に頭を痛ませる要因となっている。何とか服を着せねばこちらの社会的信用が永劫に息を止めることになってしまうのだから、焦りもするよ。

 まあ、つまりなんだ。家に住み込んだ幼女が裸で出歩きかねない状況だというのが三つめの重大事項という事だ。

 下らない? じゃあお前は家に住む幼女が勝手に裸で出歩いて問題ないと?(威圧)

 

 ……まぁ、色々思いこんではいるが、現状一度に色々なことが起こり過ぎて頭の処理が追いつかない状態だ。勿論全部一気に消化できるとは思っていないので、ゆっくり解決していこうとは思うのだが……やはり心労が溜まる。

 

「――――そういや、ミルフェルージュさん」

「……ルージュでいいわよ。長いでしょ?」

「じゃあルージュ。率直に聞くが――――お前はアルフェリアに、恨みは持っているか?」

 

 気を取り直して、今確認すべきことを俺は目を鋭くしてミルフェルージュを睨みながら問う。

 彼女は、かつてアルフェリアに殺された存在。恨みを抱かない可能性がないわけでは無い。むしろ大きいだろう。だから、突然裏切る可能性が存在する以上確かめるべきだ。

 警戒しすぎかもしれないが、此方は一切の不安要素は許さないスタンス。例えこちらに友好的に接してこようが、確かめることは確かめるべきなのだから。そこに一切の手加減も、油断も、同情も許されはしない。

 

 

「――――無いわよ?」

 

 

 しかしすぐさま出てきたのはそんな呆気ない即答返事。

 流石に想像の斜め上過ぎて、ついあんぐりと口を開けたまま俺は固まってしまった。

 

「な、何でだ? お前はあいつに、殺されたんだろ?」

「殺されたことがが必ずしも恨むことに繋がるってわけじゃないって事よ。私に取って、彼女に殺されたのが生涯最後の『救い』だった。だから感謝する理由はあれど、恨む理由なんて皆無よ」

「……殺されたことが、救い?」

「――――私はね、自覚のない真祖だったの。自覚がない故に、吸血衝動を抑える意識も無意識程度だった。当然、直ぐに吸血衝動に負けて、育ての親や知り合い全員をミイラに変えた」

 

 その過去を聞いて、思わず息を詰まらせる。

 彼女はつまり――――抵抗すらまともにできず、己の愛する者達を手に掛けたと言ったのだ。人間として育てられ、まともな感性を持つ者がそんなことを強いられて、まともで居られるはずがない。

 

「何度も自殺しようとした。でも忌々しいことに真祖は不老不死。誰かに殺されようとしても――――私は強すぎた。鋭い刃は肌に掠り傷すらつけられず、猛る炎は身を焦がすこともできず、同じ真祖が相手でも気が付いたらこっちが殺していた。死にたくても、死ねなかった。だから私は狂ったふりをした(・・・・・・・・)。それがあの時の私が最後にできた抵抗。化物のフリをして、欠けそうな心を何百年も保たせながら、いつか自分を倒してくれる勇者を延々と待ち続けた」

 

 空になったティーカップを皿の上に置きながら、彼女は微笑みを浮かべて隣のソファで眠るアルフェリアの顔を見つめる。己を討った、勇者を。

 

「でも悲しいかな。私は『人間として』殺されたかった。化け物と罵られながらじゃない。対等な『敵』として、私を蔑まず、同情もせず、単純な『強敵』として見てくれる人間に。心の成長を止めた私が最後に願う我が儘は――――見事に、彼女が叶えてくれた。互いに全力を尽くし合い、殺し合い、その末に彼女は勝利をもぎ取った。あの時の高揚感は、今でも忘れられないわ」

「……死ぬのは、怖くなかったのか?」

「少し、ね。でも、それ以上に……これ以上罪を重ねる方が、ずっと怖かった。そういう意味では、忌々しい吸血衝動が消えたこの体は最っ高よ。――――もう、自分の無意識で人を殺さなくてもいいんだから」

 

 人間の心を持った吸血鬼――――きっと彼女はそれなのだろう。

 己の意思に従わない化物の体を持ち、故に誰かを傷つけることに恐怖し、それでも壊れない様に化物の様にふるまった人。その壮絶な人生を聞いて、半ば無意識に苦い顔を晒してしまった。

 それを見たミルフェルージュは何を思ったか、「ふふっ」と小さく噴き出してクスクスと笑う。

 

「……なんだよ」

「いえ、今のを聞いて早々に警戒心を解くとは思わなくて。貴方も、あの子に負けず劣らずのお人よしね」

「……あの天然と一緒にしないでもらいたいがな」

 

 気恥ずかしさで顔を背けながら、俺はちらりとアルフェリアを見る。

 安らかな寝顔だった。サーヴァントは夢を見ないはずだが、何故だろうか。今の彼女は、きっといい夢を見ているのだと思ってしまう。

 

 

「うへへへへへへぇ…………姉上のミルク――――美味(うま)しッッ!!!」

「おじさん虫が一匹……おじさん虫が二匹……うぅん」

「…………モードレッドは……猫、いや、犬……? ランスロットさんは……虫……」

「あ、葵さん……そ、そんな養豚場の豚を見るような目を――――あ、なんかいい、かも……ッ!」

「違うんだギネヴィア、エレイン、ギャラハッド……! 私がアルフェリアに向ける感情はそういうものじゃ……! いや確かに昔は恋慕を抱いていた時期もあったが今は――――ちっ、違う! 決して不倫などでは……!」

「アルトリアが一人……アルトリアが二人……アルトリアが三人……!! アヴァロォォォォォォォォンン!!」

「ア、アルフェリア様、いけません、そんな……私と貴方は主従で……あっ、でも、貴女様になら――――」

 

 

 ……誰か、この混沌とした空間を改善する方法を教えてください。

 

「慣れれば楽になるわよ」

 

 そうかもしれない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 遠坂時臣は現在、青白くなった顔で私室の窓から見える青い月を眺めていた。

 その顔は何処か生気は無く、目も完全に死んでいる。元からかもしれないが、少なくとも今の彼に救いや心の安らぎなど存在しなかった。

 

 聖杯戦争第一夜で行われた戦闘での事後処理――――それはたった一日目からの被害にしては、余りにも大きすぎた。

 

 倉庫街全壊。この時点で既に隠蔽は最難関に達しているというのに、アヴェンジャーというイレギュラークラスとキャスターの戦闘がかなり多くの人間に目撃されたことにより既に完全なる隠匿は不可能レベルになっていた。

 更に、明らかになる敵の戦力。それはあまりにも、残酷な情報であった。

 

 判明したキャスターの真名――――アルフェリア・ペンドラゴン。その出身地であるイギリス本国の一部では神的存在としても信仰をされている他、現代の文明に大きな影響を与え、このような東端の島国にも名が知れ渡っている間違いなく超級クラスのサーヴァント。

 

 曰く、その一太刀は島を割った。

 曰く、その存在は数十万の侵略者を悉く斬り伏せた。

 曰く――――星を断った。

 

 そんな出鱈目な逸話ばかりなのにもかかわらず、そのほとんどが多くの文献に記されており、最初の逸話に至っては現物が残っているときた。今では『ペンドラゴン海溝』と言われ、その深さは12,092m。ぶっちぎりの世界で最も深い海底凹地である。

 しかも冗談の様な話だが――――その海溝は『直線』。何か巨大なものに斬られたような滑らかな断面で、調査班は「まるで鋭い刃物に叩き切られた様だ」と評していた。それがアルフェリア・ペンドラゴンという大英雄の存在の実在をほのめかしたのだから、一時期騒ぎにもなったほどだ。

 少なくとも、アレは自然に作られた物では無い。ついでに言えばその周辺からは良質の魔術鉱石が採掘されやすく、魔術世界の進歩にも役立っていることからその存在は既に魔術協会の一部でも信仰対象にされているほどだ。

 

 その名を出したアヴェンジャーの言葉が確かならば、キャスターは間違いなく此度の聖杯戦争でトップの脅威度を誇るという事になる。

 否定するにも彼女の戦闘を見れば鼻で笑い飛ばすこともできなくなったのだから、実に笑えない。

 

『――――時臣君。聞こえるか、時臣君』

「……璃正神父?」

 

 机に置いた通信用の術式が刻まれた宝石が仄かに輝きを灯し、そこから老齢の神父――――聖杯戦争監督役であり、協力者である言峰璃正の声が聞こえてきたのを確認し、時臣は宝石を手に取って返事を返す。

 

「どうしました。まさか、何か問題が……?」

『いや、そう言うわけでは無い。単純にこの決定は君に知らせるべきだと判断してね。――――二日目に置ける一時戦闘全面禁止令と、アヴェンジャー、ルーラーについてだ』

「……聞きましょう」

 

 陰鬱した気持ちを切り替え、時臣は真剣な目つきで宝石を睨む。

 彼とて魔術師。公私の切り替え程度なら今の状態でも難なく行える。ガリガリと削られた心を鋼にしながら、時臣は協力者からの言葉を待つ。

 

『まずは一日目の被害からだが……直ぐに聖堂教会の者たちが事後処理に取り掛かったが、恐らく数時間程度で隠しきれる物では無い。それは、理解出来ているね?』

「はい、勿論です。神父」

 

 被害というのは勿論倉庫街が八割も吹き飛んだことだ。最早聖堂教会の優れた事後処理班でも、たった数時間程度で処理しきれる被害では無い。死力は尽くしているのだろうが、あの戦いの目撃者も多数いることから完全な隠蔽は最低でも一日は掛かるだろうと時臣は予測する。

 事実、その通りであった。

 

『事後処理は恐らく長時間を要するだろう。どうにかルーラーの協力を得られたから数時間ほど早まるだろうが、流石に我々でも数時間程度ではどうにもならないのでね。一旦事態を落ち着かせるために、二日目は戦闘禁止令を敷くことにした。他のマスターへの連絡は明日の朝に行う予定としている』

「了解しました。……しかし、ルーラーが協力してくれるとは」

『彼女は中立役。一般人への被害は避けたがっている様子だ。今回の協力は『市民への余計な混乱を生ませない』という利害の一致に過ぎん。今後も協力体制を続け、そちらを支援させるように誘導するのは無理に近いだろう』

「……有用な戦力が増えれば、と思いましたが。残念です」

 

 各サーヴァント用の令呪を二画ずつ所有しているルーラーの利用価値は高い。駆使すればわずか一日で聖杯戦争を終結させることも可能だろう。だが、相手は中立役。聖杯に選ばれた中立役の英霊だ。生半可な策では逆にこちらにペナルティが掛けられかねないことから、下手な行動は厳禁。しかし味方に付けられれば勝ったも同然。

 その魅力は、時臣を悩ませるには十分だった。

 

「では最後に神父、アヴェンジャーについてとは」

『――――あのサーヴァントは脅威であり、危険でもある。今後一般人への被害が及ぶ可能性が高いことから、後に討伐令を下す予定だ。爆発するかもしれん爆弾を見逃すわけにもいかないだろう』

「ええ、確かに」

 

 強力な宝具を一切のためらいもなく解き放つような精神性。どう考えても危険極まりない。放っておけば冗談でもなんでもなく収拾不可能な事態になる可能性が高い。だからこその討伐令。全てのマスターにアヴェンジャーの駆除を依頼するのだ。

 しかし参加しているのは魔術師。等価交換の法則に従い、相応の報酬が無ければ欠片は動かないだろう。勿論、時臣も例外では無い。

 

『正式な発表は三日目の正午ほどに行う。報酬としては、討伐した陣営に令呪一画。共同して倒したのならば、協力した陣営全体に一画ずつ配布する予定だ。――――時臣君、これはまたとない機会だ。令呪が四画あれば英雄王といえど御せる可能性が高くなる』

「それは……名案ですね。わかりました。どうにか英雄王を説得して見せましょう」

『うむ。では、また後日会おう』

 

 その言葉の後、宝石から輝きが消えた。それを見届けた時臣は小さなため息をしながら宝石を戻し、令呪の刻まれた右手を掲げて念じる。

 

「――――英雄王よ、聞こえますか」

『――――なんだ時臣。挨拶もなく我に声をかけるなど、首を撥ねられる覚悟はできているのだろうな?』

「不敬を理解し申し上げます。先程教会からの連絡により、アヴェンジャーの討伐令が下されました。アレは貴方様の庭を荒らす害虫でございます。どうか、ご英断を」

『……アヴェンジャー、だと? ……ちっ、あの汚らしい小娘か。興が乗らん。他の者どもに任せて放っておけ』

 

 念話にて脳内に聞こえる英雄王――――ギルガメッシュの声は酷く冷めた物だった。興味のないモノのためにわざわざ出向きたくない、という意思が滲み出ている。それでも、と時臣は汗を流しながら声を飛ばす。

 

「英雄王、ですがアレは間違いなく強力なサーヴァント。貴方様で無ければ討伐は難航するでしょう」

『フン、何を根拠にそんなことが言えるのだお前は。此度の聖杯戦争に集った英霊はどれも一級。たかが腕の立つ小娘一匹程度、我が手を出さずとも放っておけば勝手に消えるだろう。それとも、なんだ。――――時臣、お前は何か別の企みでもあるのか?』

「ッ――――」

 

 図星。策略が一瞬で言い当てられたことで、時臣の喉が詰まった。

 それをどう捉えたのか、ギルガメッシュは愉快に笑う。滑稽な道化の反応を楽しむように。

 

『ハッハッハッハ! 時臣よ、貴様――――この我を舐めているな? まさか貴様程度の考えを、この英雄王が見抜けぬとでも? 実に笑える考えだ。思わず腹がよじれてしまったではないか!』

「っ……英雄王よ、どうか――――」

 

 

『くどい』

 

 

 冷ややかな声で、ギルガメッシュは時臣の言葉を断つ。

 その言葉には静かな殺気が込められていた。そんなわずかな殺気でも、時臣はまるで心臓を鷲掴みにされたような気分になり、顔から血の気が消えていく。

 

『この我を舐めた挙句、言い訳か? ハッ、臣下の礼を取っている故一度だけ見逃すが――――次は無い。それでもこの温情を無視し、次に不敬な態度を取ったのならば』

 

 ニヤリと、目に見えない英雄王が笑ったのを時臣は肌で感じる。

 

 

 

 

『――――貴様の一族郎党、一人たりともこの世に残らないと思え』

 

 

 

 

 それが、今夜に置けるギルガメッシュの最後の言葉だった。

 重い空気に身を押し潰されながら、時臣は顔を覆って椅子の背もたれに寄りかかり、天井を仰ぐ。

 

「……ままならないものだな」

 

 深いため息を吐きながら、時臣はそのまま意識を深い意識の海の底に沈めた。

 

 

 

 

 

 

 薄暗い教会――――本来なら中立領域になっているはずの言峰教会の地下にて、ギルガメッシュは上質なワインの入ったグラスを揺らしながら一人薄く笑う。

 まるで、得物を見つけた獣のように。

 

「ハッ、時臣め。あそこまで愚かだと、清々しいほどの道化に見えるな。まぁ良い。今あのような奴に下す刃など一本たりとも存在せぬのだからな」

 

 揺れるワインを喉に流し込み、満悦の笑みでギルガメッシュはあの姿を思い出す。

 

 この世にある宝石を全てかき集めても尚届かぬだろう美麗な白銀の髪。雪のように白く、柔らかそうな肌。光に照らされれば万物を魅了するだろう銀眼。これでもかというほど整えられた黄金比の肉体。――――全てが彼の御眼鏡に適った絶世の美女、キャスターのアルフェリア・ペンドラゴンの姿を。

 

 一度見ただけで彼の溢れんばかりの怒りを収め、財の八割を捨て去っても『欲しい』と感じた女性。ギルガメッシュは久々に心からの笑みを浮かべて、不敵に小さく笑う。

 

「まさか、あのような存在が我の後に生まれたとはな。――――いや、生まれさせられた、と言えばいいか。神々も残り滓の力を使って愉快なことをする。故に、お前たちが生み出したもの、この我がもらい受けよう」

 

 その態度は何処まで行っても傲慢。

 だが彼はそれを一切崩さない。これが彼にとっての王であり、王だからこそ取れる姿勢。全ての裁定者であれと願われて創られた彼だからこそ許される行動。

 

 人類最古の英雄王は高らかに笑う。

 

 この世に二つとない宝物を見つけたが故に。

 

 

「さぁ、アルフェリア・ペンドラゴンよ。お前は、この我に慢心を捨てさせることができるか?」

 

 

 英雄王は独り、そう呟いた。

 

 

 

 

 




次回投稿予定の番外編は、前に感想で言われた「アルトリアの義姉であるアルフェリアと実姉であるモルガンの関係」です。ぶっちゃけそこまで二人の関係性書いてないからね。・・・いや、書いてすらなかった。うん、まぁ、気になる二人の関係が遂に次回明かされる! ということで。

・・・勘のいい人ならもう予想がついてるかもしれませんが。


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番外編・湖の魔女は何のために

祝・初番外編!(ワーワーパチパチ

今回の話はモルガン編です。確定している結果が結果だけにアレな感じになってるけどね!ほのぼの成分も(若干)あるよ。七割シリアスだがな!(半ギレ
仕方ないじゃない。モルガンのキャラが情報少なすぎて弄りにくかったんだから・・・



因みに没案としてガウェインと愉快な仲間たちによるおっぱい談義(巨乳貧乳議論)が繰り広げられる予定でしたが、長すぎるのでカットしました。

男どもの猥談を延々と書く気持ちって何とも言えないもんだね(・ω・)


 話をしよう

 

 今から語る話は、もう訪れることのない過去の一時。かつての騎士王が尊いと評し、永劫に続けばいいと願い――――そして、消え去った日常の一幕。

 

 

 

 

 モルガン・ル・フェイという女がいた。

 

 彼女は数々の魔術を修め、ブリテンだけでなく世界的に見ても魔術師としては上位に位置するほどの実力を持っていた。では、ここでひとつ問いを投げよう。

 

 彼女は何のためにそんなことを学んだ? 誰のために? 何を求めて?

 

 それを聞けば彼女はこう答えるだろう。

 

 復讐のため、と。

 

 理由を語るには少し昔話をすることになる。まず彼女はブリテンの先代王、ウーサー・ペンドラゴンの娘である。だがその一身に愛を注がれることはなく、彼女は父親と死別することになる。それでも彼女は天涯孤独では無かった。同じ血を継ぎ、父から一人だけ愛を注がれ期待を受けて育った妹――――アルトリア・ペンドラゴンが居たのだから。

 

 しかし、彼女は妹に何かを感じることは無かった。

 

 ただの一人の小娘として目すら向けず、モルガンは一人孤独に己の人生を歩んだ。

 

 それから程なくして十年。彼女の妹であるアルトリア・ペンドラゴンは名をアーサーと偽り、ブリテンを統べる王となった。モルガンは何を思ったか――――妹に、嫉妬した。

 自分はこんな陰鬱な魔女としての人生を歩んでいるにもかかわらず、妹は父からの愛を独り占めしただけでなく王という華々しい役目を得た。この違いは何だと、彼女は自分自身に問う。しかしその答えは、永遠に出てこない。

 

 何処で間違えた、何処で躓いた、何処で何処で何処で――――幾度となく繰り返される答えのない自問自答。その末に彼女は、愚かにもアルトリアを憎み、その王座を奪おうと画策を始めることとなる。

 

 まず女性であった己の妹君であるアルトリアを魔術によって擬似性転換させ、同じく魔術で幻惑して精子を採取。その後自身の卵子で育て、王のコピー、クローンと言える存在であるホムンクルス――――モードレッドを造り上げた。

 

 そして息子の一人であるアグラヴェインと「いずれ王を倒し、その身が王となる」と吹き込んだモードレッドをキャメロットへと送り込み、国家の転覆を謀ったのだった。

 

 ――――しかし、それはモードレッドが円卓の騎士となった頃から全てが変わり始めた。

 

 何を思ったのか、彼女は「俺は今のままで満足しているからお前の思惑なんざ知らん」と宣言し、モルガンの手から離れ始めたのだ。保険として送って置いたアグラヴェインに至っては黙々と仕事を続けるだけで一切の言葉もない。

 

 それに憤りを覚えたモルガンは、モードレッドに隠していた彼女の出生の秘密を明かした。自分は人間ですらなく、王のコピーとして作り上げられた怪物。それを知ってさぞ落ち込むだろう――――と思いきや、何故か目を輝かせて顔を隠すための兜を脱ぎ捨て飛び出していった。

 

 突然の奇行に唖然としたが、様子を見ればどうやらアーサー王に自身の出生を自分から暴露しに言ったではないか。モルガンは思わず不敵な笑みを浮かべながらそれを遠見の魔術で眺め、予想通りモードレッドが自身の存在を否定されたことに絶望し――――予想外の光景が広がって絶句する。

 

 モルガンが何度も干渉しようとし、何度も返り討ちにあってきた宮廷料理人にして妹の義姉――――アルフェリア・ペンドラゴンがその場に現れ、場を収めたのだった。更に、モードレッドの出生を知っても尚、受け入れていたのだ。

 

 あり得ない。そう呟いても事態は一向に好転しない。

 そうしてモルガンは理解する。モードレッドによる王座剥奪は失敗に終わったのだと。

 

 何故だ? ……考えるまでもない。

 

 アルフェリア・ペンドラゴン――――マーリンなどの『規格外』な人種に収まる、モルガンの天敵にして何時も邪魔をしてくる仇敵でもあるあの女性。意識しているのかしていないのかはわからないが、モルガンの策略を悉く邪魔をしてきた彼女はついにモルガンにとって最後の策謀であるモードレッドすら撃沈させたのだ。

 

 ここまで邪魔をしてくれると最早清々しい何かを感じ始める。立て続けの失敗続きと今まで積み上げてきたモノが一瞬にして崩落させられたモルガンは憎々し気に銀髪の女性を睨みつけた。

 

 己にとっての、最大の『敵』を。

 

 

 

 

 何週間か過ぎた頃か、人目につかない様にボロキレの布に身を包んだモルガンは、魔術研究用の薬草を摘むため都外れの森林に来ていた。

 その場所はこのブリテンの中でもかなりエーテルが濃い場所で、そこに生える植物は軒並み質の良い魔術薬草として使うことができるのだ。同時にその薬草を食べる強力な魔獣なども徘徊しているので、余程の実力者でもなければ滅多に出入りもできやしないが。

 

 モルガンは当然、その魔獣たちを簡単に退けらえる実力を持っていた。いつもの調子で魔術で出した風の刃で魔獣の首を切り飛ばしながら奥へと進み、藁で作った籠を片手にモルガンは表情の消えた顔で足を運ぶ。

 

 そして気づいた。殺した覚えのない魔獣の死骸が多数転がっていることに。

 

 つまり、自分より先に誰かが来ているということ。小さな舌打ちをしながらモルガンは愛用の杖を構え、足音を殺しながら薬草の生えた場所へと進み続け、ついに目的地にたどり着く。そしてそこには自分より先についた先客が――――

 

 ――――いなかった。もぬけの殻で、人影一つありやしない。

 

「…………はぁ。何をやっているんだか、私は」

 

 拍子抜けしたモルガンは小さなため息をつく。

 大方かなり前に誰かが出入りし、既に薬草を摘んで帰ったのだろう。高々そんなことのために警戒などしたのかとモルガンは自分の慎重すぎる行動に呆れ、張り詰めさせていた気を緩ませる。

 

 だからだろう。

 

 ずっと自分の背後を付けて来ていた魔獣の不意打ちに気付かなかったのは。

 

「――――っ!?」

 

 気が付けばモルガンの脇腹は大きく抉られていた。そして彼女のすぐ近くには真っ黒な影で構成された狼の様な魔獣。鋭い牙を彼女の血で濡らしながら、血肉の様に赤い目でモルガンを捕食者の視線で睨みつける。

 

 急いで治癒の魔術を施そうとするモルガン。此処で彼女の実戦経験の無さが仇となる。彼女は傷など無視し、先に魔術で魔獣を仕留めるべきだった。しかし誰かと正面から争ったことも無く、保身だけを思ってきた彼女にそんな判断ができるはずもない。

 

 そのことに気が付いた時は既に全てが遅く、モルガンの首に魔獣の鋭利な牙が突き立てられる――――寸前、魔獣の頭部が爆散した。

 

「……え?」

 

 突然のことに言葉を失い、モルガンは脇腹から来る激痛のことなど忘れたのか尻もちをついても、呻き声一つ上げなかった。死んだと思った。もうだめかと思った――――だが、生きている。生きていた。

 誰かに、助けられたのだ。それに感謝すればいいのかどうか、今まで一度も誰かに助けられたことのなかったモルガンはわからなかった。

 

 それでも――――純白の弓を携え、矢を射たままの姿勢で止まっていた彼女は、美しいと思ってしまった。

 

 前まで憎んでいたはずのアルフェリア・ペンドラゴンを目の前にしても、モルガンはただ――――その姿を、見上げていた。

 

 

 

 

 

 

「まさか薬草取りに来ていたら、後から来た人が魔獣に襲われていたなんてね。驚いたよ。…………よし、傷跡も残ってないし、もう動いて大丈夫だよ。立てる?」

「……………………」

 

 アルフェリアはその後ぼうっとしているモルガンに治療を施した。きっと茫然自失としているモルガンを心配してやったことなのだろうが、治療された本人からしてみれば恨んでいる相手に情けをかけられたも同然。屈辱以外の何物でもない。

 わずかな怒りを顔に出しながらモルガンは差し出されたアルフェリアの手を叩き払い、無言で立ち上がろうとした。

 

 ――――が、魔獣に襲われ腰が抜けていたのか、モルガンはそのままバランスを崩して転んだ。

 

 彼女の顔が羞恥に染まり、悔し気に歪んだ顔で振り返れば苦笑いを浮かべたアルフェリアの顔。それを見てモルガンはますます顔を険しくする。

 

「ほら、言わんこっちゃない」

「黙りなさい……! 貴方なんかの手を借りなくったって……うっ」

 

 無理に体を動かそうとしても体に力が入らない。恥ずかしさのあまりモルガンはプルプルと震え、乾いた笑いを漏らしながらアルフェリアは彼女の体を適度な木の幹に預けさせる。

 

 実のところアルフェリアはモルガンを担いで安全圏まで行こうとした。しかしモルガン自身が頑なに拒否して居ることから、無理やりは不味いと判断し一人で立てるまで傍に居ることにしたのだろう。モルガンほどの魔術師ならば護身程度問題もないだろうが、それでも『孤独』という状態は人を歪ませる。

 故に、アルフェリアは彼女を孤独にさせないために、傍に居ようと思ったのだった。

 

 それでも、モルガンの表情は晴れない。憎いと思っている者に助けられた挙句こんな無様まで晒してしまったから無理も無いだろうが。彼女は暗い顔で俯き、そのまま黙ってしまった。

 

「えっと……貴女、名前は?」

 

 気まずいと思ったか、アルフェリアがモルガンにそう問う。

 名前を問われたモルガンは無視しようとしたが――――流石に助けられた身としては、何かしないといけないだとうと思い始め、彼女は渋々返事をする。

 

「……モルガン。モルガン・ル・フェイよ。知ってるでしょ、湖の魔女の」

「…………ああ、モルガンか。うん、知ってるよ」

 

 湖の魔女――――決して大きくもないが小さくもない湖に居を構える彼女は巷ではそう呼ばれていた。そしてその湖はその影響か、誰も近づこうとしない場所としても有名である。当然だ。悪質な魔女が住み着いている場所に誰が好んで近づくだろうか。

 そしてアルフェリアもまたその噂や名前は知っていた。また、悪い噂も。しかし、アルフェリアの顔からは一切の侮蔑や哀れみはなかった。何故、と思ったモルガンは警戒を続けながらそれを問う。

 

「……私が誰なのか知って、それでも離れないの? 私は、魔女よ」

「うん。それで? 魔女だから、この場所を離れる理由になるのかな」

 

 至極当然のように、アルフェリアはそう返す。

 この返事にはモルガンも呆気にとられ――――彼女は理由もわからず怒りを見せる。

 

「ふざけないで! どうせ、貴女も私のことを、心では蔑んでいるんでしょう……! もういいから、帰って! 顔も見たくないッ……!」

「それを決めるのは貴女じゃなくて私だよ。――――離れないよ、私は」

「ッ……このっ」

 

 生意気だ、と。そう憤りを覚えたモルガンは殆ど衝動的にアルフェリアの頬を叩く。

 しかし――――彼女は文句も言わなければ不満さえ漏らさず、モルガンに笑顔を向け続ける。それが溜まらなく気に入らなくて、モルガンは身体を魔術で強化しアルフェリアを無理矢理押し倒す。抵抗は、なかった。

 

 息を荒げるモルガン。胸の内に眠る憤怒を、嘆きを、憎悪を、彼女は今漏らし始める。

 アルフェリアの首を絞めるという形で。

 

「貴方が、貴方達が……! 貴方たちさえいなければッ……こんな、こんな……!!」

「ぐ、ぅっ、あ……が…………!」

「絶対に、許さない……私の幸福を奪っていったあの子も……そんなあの子に幸せを与える貴方も……!! 殺してやるっ……全員、殺して――――」

 

 

「――――姉、さ……ん」

 

 

 その言葉に、モルガンの肩が震える。

 

 血は繋がってない。そんなはずがない。しかし、その面識はどこかアルトリアに似ている。だからだろう。こうも遠慮なく、殆ど関わりもなかった者の首を憎悪を露わに絞められるのは。

 だからこそ――――姉と呼ばれたことで、初めて彼女は涙を流す。暖かい言葉に、求めていた幸福を、少しだけ感じてしまったが故に。

 

「だ、まれッ…………黙れ黙れ黙れぇぇエッ!! どんなに泣き喚こうが、絶対に、貴女は、貴女だけは私の手でっ……私の、手でッ……………!」

「ごめ、ん……な、さ……」

「っ、ぐ、ぅぁあぁぁアァァア!!」

 

 涙を流しながら、モルガンは手をアルフェリアから放して握りこぶしを作り、そのまま彼女の顔を殴りつける。

 何度も、何度も、何度も。泣き叫びながら。今まで詰み上がった全ての感情を清算するように。子供の様に、モルガンは妹の顔を殴り続ける。

 

「あの子がいなければ、私は父に愛されてた……! あの子がいなければ、あの子があの子がァッ……!! アルトリアが、私の幸福全てを奪っていった! なら、取り返すっ……全部、私の幸せを全部……! そうしてようやく、私の孤独は終わる!」

「…………本当、に?」

「っ……?」

「本当に、今の姉さんは――――孤独、なの?」

「それは――――」

 

 モルガンの手が止まる。

 確かに、彼女は父親に愛を注がれなかっただろう。それだけは決して変わらぬ事実だ。だが、それでも――――それは彼女が孤独であるという理由になりえない。

 彼女に慕ってくれる騎士がいる。教えを請う魔術師見習いがいる。決して多くはない、しかし居ないわけでは無い。モルガンは――――孤独では無い。ただ本人が、己に取って眩しすぎるそれを見ようとしないだけ。

 

 唇を震わせながら、モルガンは涙を流す瞳でアルフェリアを睨む。

 それでも彼女たちが憎いのは変わらないと――――そう、自分に言い聞かせる様に。

 

「私は貴女が、憎い。私に無い物、全て持ってる貴女が…………っ! 私を差し置いて幸せになってる、貴女がっ! 同情しないでよ! 憐れまないでよ! そんなことするなら貴女の全部を寄越しなさい!! 私は、私はっ……」

「――――大丈夫だよ」

「何、が――――!?」

 

 何度も殴られ腫れた顔でも、アルフェリアは笑顔を崩さずモルガンへと微笑む。

 そして彼女はモルガンの頬を撫でて、小さく告げる。

 

 

「私が――――貴方を愛する、から」

 

 

 一瞬、何を言われたのかモルガンは理解出来なかった。

 万人に『魔女』と蔑まれ、腹違いの実の妹――――アルトリアにさえ憐れまれていた自分を、『愛する』と言ったのだ。会ってからまだ数時間も経たないはずの彼女は。

 嘘だ、と否定するのはどんなに簡単か。しかしモルガンにはできなかった。彼女の、アルフェリアの目は偽りもなく、ただ純粋な目だったのだから。

 

 だからこそわからなくなる

 どうして彼女が自分などを愛するのか。

 

「……違う、嘘よ、そんなはずは――――」

「あはは……遅くなっちゃって、ごめんね? だからその分、愛するから。姉さん」

「そんなはずない! だって、私は魔女で―――今貴女に、酷いことして……っ!」

「えへへへ。初めての、姉妹喧嘩かな?」

「っ……馬鹿……!」

 

 何処までも笑みを崩さないアルフェリアを見て、モルガンは――――折れた。

 

 抱いていた憎しみは何処かへ消え、彼女の中にはもう悲哀の情だけが残ってしまう。己を愛そうとした義妹に暴力を振るったという事実に罪悪感を感じながら、彼女は必死に治癒魔術を使って自身が作り上げた義妹の顔の腫れを治していった。

 

 アルフェリアが何処までも真摯に向き合ったことで、湖の魔女は憎悪を忘れてしまう。

 無い物を、与えられて。

 初めて――――家族からの愛を、身に受けて。

 

 そんなこんなで今、二人は同じ木の下で腰を下ろして木々の隙間から見える空を眺めていた。

 色々なことが一度に起こり過ぎて、先程とは違う意味で何を話せばいいのかわからないのだろう。また、まだちゃんと話したことがないのも、原因の一つだ。

 

「……私はね、ただ愛されたかったのよ」

 

 感慨深そうに、モルガンは始めて他人に己の事を語る。

 絶対に他人に話すことが無いと思っていた自身の本心。どんなに慕ってくれたものでも、どんなに親切にしてくれた者でも決して語ることのなかったそれは、ついに語られ始めることになった。

 

「もし、私が天涯孤独なら『嫉妬』なんてしていなかった。出来の良い妹がいなかったなら……私はただの魔術師で終わっていたでしょう。でも父から一方的に愛され、期待され、王になったあの子を見て――――『悔しい』って、『羨ましい』って思ったの。……眩しすぎて、憧れて、絶対になれないって理解して居ても……私はあの子のように、アルトリアのようになりたかった。……一度だけでも、愛されたかったのよ。誰かに」

 

 彼女は、ただ『愛されたい』だけだった。誰かに求められたかった。

 昔の彼女なら自身の本心など押し殺せていただろうが――――己の妹君を、ブリテンの王となり国民の羨望を一味に受けるアルトリアを見て、それは不可能になった。

 己が欲しい物を全て持ってしまった妹を見て、己の不甲斐なさを見せつけられて、嫉妬に逃げた。得られないから、奪おうとした。それが間違っていることだと、知っていながらも。

 

 嫉妬に狂った魔女は幾度も凶行を重ね――――その末に、救いの光を見た。

 血は繋がっていなくとも、こんな惨めな自身を愛そうとしてくれるもう一人の妹に。

 

「……ねぇ、アルフェリア。私は、いつかあの子と姉妹みたいに振舞えるのかしら」

「そう、だね……過去の過ちは、やり直せない」

 

 重々しい口調でそれを告げるアルフェリア。しかし直ぐに「それでも」と言葉を続ける。

 諦めないという意思が籠った目で、空を見ながら。

 

「やり直すことはできなくとも、積み上げた物が崩れてしまったとしても――――未来があるなら、もう一度詰み上げられる。まだ終わってない。終わっていないのなら……少しでもいい。一から、積み上げていこう。姉さん」

「……難しそうね。でも……やる前から諦めたりなんてしない。だって……いえ、何でもないわ」

「え?」

「――――さて、もう私は帰ります。貴女も、気を付けて帰りなさい」

「あ…………」

 

 少し悲しそうな顔でアルフェリアが手を伸ばすが、モルガンは微笑を浮かべて少しだけ振り返りその手を優しく取った。

 初めて、心の底から笑いながら。

 

「明日も、また会える。違う?」

「……ふふっ。うん、明日会いに行くよ。必ず」

 

 その日、魔女は人となる。

 遅すぎた温もりをその白い手で感じて、かつて得られなかったと嘆いた『愛』を胸に――――ずっと変わらなかった色のない世界に、一人の妹の手によって色を灯した彼女は、『優しさ』を覚えたのだった。

 

 人を、愛せたのだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「――――というわけでお邪魔しまーす!!! 姉さん起きてるー?」

「ブフォッ!? ごほっ、げほふがふっげほっ!?」

 

 翌日、モルガン宅にて。

 

 湖の魔女の日課は朝の紅茶にて始まる。まだ早朝故に覚醒しきれていない頭を芳醇な香りを漂わせる紅茶を啜ることで優雅に、美しく脳を目覚めさせるのだ。そうしてモルガンが朝のティータイムを満喫していると――――満面の笑みを浮かべたアルフェリアが玄関の木製扉を蹴破って入り、あまりの素っ頓狂な光景にモルガンが啜っていた紅茶を噴き出してむせた。

 

 過去最高に混沌まみれの朝だと、モルガンはむせながら達観したような心境になる。

 愛しの義妹が来てくれて嬉しくもあるのだが。

 

「あ、驚かせた? ごめん」

「い、いえ、大丈夫よ。むせただけだから……会いに来ていいといったのは私だし」

「あはは……そういえば姉さん、朝食は済ませてる?」

「いえ。私は料理したことはないし、そもそも朝は食べない主義――――」

「駄目だよちゃんと食べなきゃー。それだから胸も小さいんだよ?」

「胸は関係無いでしょう胸は!?」

 

 実は気にしているコンプレックスをさりげなく言い当てられ反射的に抗議してしまうモルガン。そんな姉の様子を見て満足したのか、アルフェリアは「厨房を借りるよ」と言って虚数空間から取り出した食材片手に厨房へと行ってしまった。

 

 噴き出してしまったことで床を濡らしている紅茶だった液体をボロ布で抜きながら、モルガンは遠目にアルフェリアの料理姿を眺める。その後姿は、何とも言えない良妻感溢れる様。ついつい見惚れてしまうほどだ。

 

「……まるで私が妹ね」

 

 こんな事なら料理の一つや二つ覚えておくんだったと、若干後悔するモルガンであった。

 しかし同時に妹の可憐な姿を見られて嬉しいと思ったりして――――かなりシスコン化が進んで行っていることに自覚がないまま、彼女の症状はどんどん進化(悪化)していく。果たして何処まで行くのだろうか湖の魔女は。

 

 しばらくして、木製の皿に数々の料理を乗せたアルフェリアが戻ってきた。

 メニューは魚のムニエルと、カリカリに焼き上がった目玉焼きにソーセージ。添えられるように置かれたバターロールなど、軽めの朝食だった。

 それでも今のブリテンでは十分御馳走と言えるレベルなのだから、初めて見る料理に思わずモルガンは喉をごくりと鳴らしてしまう。

 

「……いただくわね」

 

 香ばしい料理の香りを楽しみながら、モルガンはムニエルを一口。

 噛むたびに溢れる肉汁。仄かなハーブの爽やかさやちょうどいい塩・胡椒加減。しつこくないレモンのサッパリ差がまた食欲を引き立てる。

 満足げに笑いながら食事をするなど、初めての経験かもしれない。そうモルガンは柄にもない事を思った。

 

「美味しい?」

「……ええ、文句も出ないぐらい」

「えへへ、それは良かった」

 

 見てるだけでつられて笑いそうなほどの満面の笑みで、アルフェリアはニコニコと笑う。しかしその笑顔には何処か悲し気な感情も籠っていた。それに気づいたことが顔に出たのか、モルガンの顔を見たアルフェリアは苦笑交じりに食事をしながら、その理由を話し始める。

 

「……実は今日ね、アルとモードレッドを誘ってみたんだ。一緒に姉さんのところに行かないかって」

「随分無謀ね……」

「うん。予想通り、見事に突っぱねられちゃったよ。『いくら貴女の頼みでもそれはできない』ってさ。ちょっとだけ期待してたけど……少し、残念だったかな」

 

 家族関係以外の問題なら何やられても基本的に気にしない天然気質のアルフェリアはともかく、アルトリアやモードレッドに対してモルガンは少なからず因縁が存在している。少なくとも一日二日で直ぐに直るような溝では無い。色々、遅すぎたのだ。

 

「勝手に性転換させてクローンを作ったり、挙句そのクローンを道具として育てられたんだから、無理も無いわよ。……私も、自身の業は直ぐに清算できるとは思ってないわ」

「でも――――いつかきっと、皆で暮らしてみたいかな。きっと、悪くないと思うんだ」

「……そう、ね」

 

 それぞれが特殊な事情を抱えているが、それでもきっと何時か、そんな光景が作れれば――――

 

「――――よしっ! 今日は料理の修行をしよう!」

「……は?」

「頑張ってアルとモードレッドの胃袋を掴むんだ! 仲良くなるにはきっとそれが効果覿面……だと思う!」

「いやそれただの憶測――――」

「ていうか姉さん私生活ズボラ過ぎ! 少しは部屋を片付けてよ! さっき台所で『大人気!馬鹿でもわかるモテモテ変身方法①』って本転がってたんだよ? 台所に本があるって――――」

「あああ――――っ!! あああ――――っ!! その話やめて! 本のこと忘れて! 忘れなさい! 今すぐ!」

「大丈夫だよ! 見た目若いし全然いけるいける!」

「余計なお世話よ!?」

 

 顔を赤くしながら怒鳴るその様は、とても魔女と呼べるほどの残忍さも、冷酷さも無かった。

 本当に、ただの姉妹の様な。そんな会話をしていた。ずっと、魔女と、悪女と蔑まれてきた彼女が。ようやく――――小さな日常を得られた瞬間だった。

 

 

 

 その後の彼女は、昔の嫉妬深い様など一切感じられないほど丸くなった。

 義妹と共に散歩したり、釣りをしたり、魔術について語り合ったり、買い物に行ったり、互いに創った料理を食べさせ合ったり、贈り物をしたり――――本当の家族として、モルガンは『幸せ』を感じていた。

 

 元々、嫉妬の感情がない本当の彼女はただの女性だ。足りなかった、欲しかったものを得られたが故に、彼女は本当の自分を取り戻し、一人の姉としてふるまえたのだ。

 

 ささやかな家族との幸せ。それが、嫉妬におぼれた魔女が得た物。

 だけど――――彼女は、それで満足した。否、それが彼女が求めていた物だった。愛し愛される環境こそ、湖の魔女が求めていた宝石。

 ようやく得られた、かけがえのない、大切な宝物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 故に、それが消えた瞬間彼女はまた狂うことになる。

 

 モルガンが唯一愛し、また愛してくれた者が消えた大蜘蛛との大決戦後――――アルフェリア・ペンドラゴンの戦死という知らせは当然、彼女の耳にも届いた。

 彼女はその瞬間、全てを失った時以上の絶望を味わう。

 ずっと続くと思っていた幸せが、もう消えてしまったと、悟ってしまったから。

 

 

 狂った魔女は家に籠り、何度も死者蘇生のための魔術を試した。

 何度も、何度も、何度も。何百人という民を犠牲にし、霊脈が枯れるほどに魔術を使って、試し続けた。愛する者の魂を呼び戻そうと。狂った心でただ一心不乱に、彼女は試行錯誤を重ねた。

 

 

 試して、試して、試して、――――

 

 

 ――――試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して試して――――全て、失敗に終わった。

 

 

 幾万の試行を重ねた末に得られた結果は――――もう、愛した妹は戻ってこないという事実。

 きっと大丈夫。また取り戻せる。絶対に、そうして見せる――――そう己に誓い、心が壊れて廃人になっても可笑しくないほどに、全てを出し切ったモルガンは血涙を流しながら、思う。

 

 何故、あの子(アルフェリア)が死ななければならなかったのか。

 

 何故、あの子(アルフェリア)を犠牲にしたこの国が続いているのか。

 

 何故、何故何故何故――――向ける方向すら失った憎悪と怨念はやがてブリテンという国に向けられることになる。モルガンがブリテンに対し、己の最愛の妹を犠牲にして続く価値を見いだせなかった故に。

 

 アグラヴェインを唆し、王妃と騎士の不義を公表し国を大混乱に陥れた。

 息子の一人であるガウェインを操り、王都を滅茶苦茶に荒らした。

 外部から侵略者を引き入れ、この国を再度戦火に放り込んだ。

 

 残忍さを取り戻した魔女は狂気のままに動き続けた。ブリテンへ復讐するために。愛してくれる者が消え、独り取り残された己の全てを使い、彼女はブリテンという国そのものの歴史を終わらせようと動き続けた。筋肉は千切れ、骨は砕け、肌はボロボロになり、それでも彼女は止まらない。

 

 もはや彼女に、自身の身を案じる感情は残っていなかったのだから。

 

 だが、そんな彼女にもついに終わりの時が訪れる。

 モルガンは最後の仕上げに、かつてのブリテンの最終防壁役であり、今となってはもうその数は全盛期の半分以下になってしまっている円卓の騎士の一人――――自身の子であるモードレッドを、彼女は己の運命を変えた森へと誘った。

 無為の民を人質に取り、『一人で指定された場所まで来るように』という手紙を送った結果はものの見事に成功。本当に何の策もせず、モードレッドは一人で薬草が自生している森へと来た。

 

 冷酷な笑いを浮かべながら、モルガンはモードレッドに洗脳の魔術をかけようとして――――

 

 彼女を守る魔術措置が施された鎧によって術が弾かれ、逆に自分が斬り捨てられてしまった。

 

 そして今、モルガンとモードレッドは対峙していた。

 血まみれの魔女は巨大な木の幹にその背を預けながら、赤雷の騎士はわずかに差し込む月光を背に。

 これが母と子の、久々の再開だというのだから――――現実とは、残酷なものである。

 

「……モード、レッド」

「――――馬鹿なことしやがってよ。まさか本当に、俺が何の対策も無しに腕の立つ魔術師に近付くとでも思ったのか? 昔のテメェなら、とっくの前に気が付いていただろ」

「……そう、ね。ええ……私も、もう歳って、ことかしら」

 

 モードレッドの鎧は、アルフェリアが一度壊してしまった際に改良を施してある。強度だけでなく、様々な魔術から装着者を守る様に対魔術障壁も張られているのだ。だからこそモードレッドはいつも通りの様子でモルガンに近付けた。そうでなければ、一人でのこのこ来るはずもないだろう。

 

 例え鎧の護りがなくとも、モードレッドは民のために一人で突っ込むだろうが。

 当然そうして居たら間違いなく洗脳されて終わり。最悪の結果を迎えなかったのは、ひとえにアルフェリアという存在が居たおかげだ。

 

 それを説明され、モルガンは一瞬だけ茫然として……笑顔を、浮かべた

 

「――――あの子が、私を止めてくれたって、事なのかしら」

 

 体からだんだんと血液が失われ、感覚が消えていくというのに――――モルガンは、自分でもわからず笑みを浮かべていたのだ。

 狂った自分を、また彼女(アルフェリア)が助けてくれたのだと知ったからだろうか。それとも――――もうすぐ愛する妹の居る場所へ行けるという安心からだろうか。

 

 はたまた、その両方か。

 

「モルガン。アンタの事は嫌いだが――――たった一つだけ、感謝していることがある」

「…………? 貴女が、私に? 一体、何を……」

 

 利己的な感情で生み出し、その身に一切の愛情など注がなかった。だからモードレッドが自分に感謝する道理も理由も無い――――だけど、違った。

 その感謝はごく当たり前で、子が親に対して思える一つの感情。

 

 静かに、モードレッドの口からそれは告げられた。

 

 

 

「――――俺を生んでくれて、感謝する。母上(・・)。アンタが俺を生んでくれなきゃ、俺はあの幸せを感じることはできなかった。だからそれだけは……ありがとよ」

「…………ぁ、ぁあ……」

 

 

 

 久しく流していなかった感謝の涙を、モルガンは感激の嗚咽混じりに流す。

 今だけ彼女は、一人の母として――――立派に育った子を見た。

 堕落した自分をその手で裁いてくれた、強くなった我が子を。

 

「……それだけだ。で……何か、言い残すことは」

「――――モードレッド」

「ああ」

 

 涙を流しながら、モルガンは母としての微笑を浮かべ――――今できる最大の感謝を、娘へと送った。

 

「生まれてきてくれて、今まで生きてきてくれて……ありがとう。貴方は、私の自慢の……娘です。遅すぎますが……最期に、ようやく、気がつけました……!」

「……………………っ」

「こんな不甲斐ない母を、許してください。願わくば貴女に、救いがあらんことを………」

 

 最期にその言葉を娘に託し、モルガンはその瞳を音もなく閉じる。

 もうすぐ訪れる、自身の死を待つために。

 

 

(アルフェリア…………もし、貴女が生きていたならば――――)

 

 

 その脳裏に浮かんだのは、かつて想像し――――もう、叶わない夢の光景。

 家族皆で、笑顔を浮かべて過ごす平和な一場面。

 モルガンが生涯通して唯一心底から望んだ、優しい願い。

 

 

(――――そんな生活も、夢では無かったのかも、しれませんね)

 

 

 こうして――――湖の魔女の生涯は、幕を閉じた。

 

 モードレッドは見る。既に生気が消えてしまった母の亡骸を。その肉体は度重なる無理によって幾度も欠け、ボロボロになっていた。凡人からすればその様は『醜い』と言えるだろう。だが、その場にいたモードレッドはそんなことは一切思わず――――静かに眠る母の姿を、美しいと評した。

 

 

「――――……母上…………」

 

 

 悲痛なる子の呟きが、月夜に昇った。

 

 

 

 

 




・・・結局お前もアルフェリアスキー(シスコン)かよ!!!

と思ったそこの貴方は悪くない。一家全員がシスコン(アルフェリア:シスコン アルトリア:シスコン モードレッド:姪だけどシスコン モルガン:シスコン ケイ兄さん:シスコン)ってどういうことだよ!私の小説シスコンが跳梁跋扈しすぎじゃないですかねぇ・・・・!!( ;´Д`)

そして嫉妬の魔女さえ改心させた(後に悪化させたが)アルフェリアさんのコミュ力よ。流石我らがチート姉貴!俺たちにできないことを(ry



おまけ:円卓+αのアルフェリアさんに対しての気持ち(一部除く)

<円卓組>

アルトリア「大好きで、頼りがいがあって……世界一大好きな姉さんです!」
モードレッド「うぉぉぉぉぉぉぉ姉上ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!( ;∀;)」
ケイ兄さん「俺とってのアイツ?・・・ただの兄妹だよ(意訳:俺はあいつに相応しくないから、あいつにとって俺はただの兄貴で十分だ)」
ランスロット「素晴らしい女性です。正直ギネヴィアより彼女・・・いえ、何でもありません」
ガウェイン「夜でも私のガラティーンが三倍になれる女性です!(無邪気な笑顔)」
トリスタン「第二のイゾルデ・・・ああ、悲しい。彼女に恋愛観がないことが実に悲しい・・・(ポロロン)」
ガレスちゃん「え?その・・・あこがれの人です!」
アグラヴェイン「・・・・初めて、恋慕と言う物を抱いた相手だ」
ベディヴィエール「尊敬する人です。騎士としても、人としても。・・・・異性として、ですか?その・・・私は、あの人には相応しくないので」
ギャラハッド「母としての愛情を注いでくれた大切な人です。命を差し出しても守りたいと・・・そう、誓いました・・・ですが、それは・・・」
パーシヴァル「・・・守れなかった、お人だ」
ガヘリス「・・・・・・初めて、自分に対し怒れる機会を、くれた人だ」

<第四次鯖>

AUO「アレは俺が手にするにふさわしい物だ。財の八割を投げ捨ててもいいぞ?」
兄貴「一度でいい。本気で矛を交えてみてぇ・・・。会話こそしなかったが、ありゃ良い女だ。ちっとだけ優しいスカサハって感じがする」
征服王「あれだけの女傑にはあったことがない。故に、余の妻とし、共に世界を制覇する喜びを分かち合いたい所存である!」
静謐「・・・?そうですね、一目見ただけですが・・・優しそうな人でした。できることなら、触れてみたい・・・」
ポンコツ聖女「・・・頼むから被害を広げないでください(泣)」


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第十五話・正否の問い

色々ゴタゴタしすぎて遅くなってしまいました、申し訳ありません!
いやホント、正直短期間で色々予定が敷き詰まり過ぎてまともに書く時間がなかったんです・・・しかもクソ暑くてやる気は削がれるわストレスで気は滅入るわ・・・まあなんであれ、無事完成しました。

今回の話はアルフェリアの苦悩とその吐露を書きました。話的には殆ど進んでいませんが、「彼女が初めてヨシュアに己の弱さを見せる」話でもあるので、重要・・・かも?

とりあえずこれだけは言って置きます。



水着イベ来たァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!ヒャッハァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!Fooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!(狂喜乱舞の踊り)

さぁ、行くぞ読者たち。諭吉の貯蔵は十分か―――――――――!!!!

追記
誤字修正しました。


 ――――夢を見た。

 

 普通であることを願いながらも、その生涯を終えるまで普通でなかった女の背中を。

 

 ――――夢を見た。

 

 ただ家族との平穏を願い、世界に斬り捨てられた女の涙を。

 

 ――――夢を見た。

 

 何万人もの人を殺めた道の果てで、己の幸せを取りこぼした女の手を。

 

 ――――夢を見た。

 

 家族と共に生きたいと願い、孤独に死んだ女の最期を。

 

 

 

 

 彼女は最初、己の事を知らなかった。親も、兄弟も、何もかもが彼女の記憶にはなかった。

 

 父も母も知らない子供の身でありながら、己の『真実』を知らない身でありながら、彼女は希望の星の後を着いて行くように進み続けた。星は彼女を導いた。彼女も笑顔でそれに着いて行った。

 

 しかしやがて彼女は星を追い越した。彼女自身が輝ける星となった。全ての人々に希望という光を照らす太陽に。全ての外敵から愛する民を守る守護者へと。

 

 それを女は笑顔で受け入れた。そして行うことはただ獣を殺し、人を殺し続けること。『敵』を殺し続けること。一切の容赦なく、慈悲もなく、冷徹に、残酷に。――――何処まで行っても『殺し合い』をした。それでも彼女は折れなかった。進み続けた。『愛している』から。『護りたい』から。

 

 献身の極地に至った彼女は己の全てをかけて『家族』を守り続けた。その身が朽ち続ける痛みを味わおうとも、別物に変質していこうとも、折れず曲がらずただただ他者へと幸せを与え続けた。聖母の如く愛を振りまいた。

 それが――――彼女の存在を示せるただ一つの行動だったから。

 

 民はそれを称えた。彼女は『勝利の女神』だと、『守護神』だと。しかし女に取ってそれはどうでもよかった。彼女にとっては『人々の笑顔を守れた』という結果があればよかった。ただ彼女は、彼らを守りたかっただけなのだから。

 力・名声・富。そんな物は彼女は欲しなかったのだ。

 感謝などされなくてもいい。影の存在でも構わない。自分はただ、護りたい者の笑顔が見られればそれでいいのだから、と。

 

 願ったのは家族の幸せ。体に剣が突き立てられようとも、その手が血で染まろうとも、それだけは決して揺らぐことのない決意と誓約。事実、彼女は死ぬまでそれを貫き続けた。

 

 

 だが――――彼女は己の存在がその幸せの基盤だということを理解出来なかった。

 

 

 自分は愚鈍だ。

 自分は馬鹿だ。

 自分は愚図だ。

 

 そんな限りない自己謙遜が彼女の自己評価を限りなく下げ続ける。結果的に生まれたのは果てしない自己犠牲。己に価値はなく、価値があるのは己の周りだと、彼女は信じてやまなかった。

 

 そう、信じ続けた。

 

 信じ続けてしまった。

 

 周りに取って彼女は希望の星だという事を、彼女は死後になっても理解することが出来なかった。

 

 生涯で最後の聖なる献身。国を滅ぼそうとする災厄の権化たる大蜘蛛を道連れに、彼女は国を救った。人々は称えた。災厄から国を救った聖女だと。彼女以上の存在はないと。彼女こそがこの国を支え続けていた者だったと。

 

 

 故に、彼女が居たことで均衡を保っていた国は崩れ始めた。

 

 

 彼女を愛した魔女は国に価値を見いだせず暴走し、彼女を慕った騎士は狂気に駆られて血に塗られた剣を振り、最愛の妹の心は壊れ果ててもなお進み続け――――結局、彼女が守り通した国は彼女がいなかったために滅ぶことになる。

 

 それがブリテンを救いし救国の聖女、アルフェリア・ペンドラゴンの生涯通して唯一の失敗だった。

 

 しかしその後も、魂だけになり果てようとも、彼女は願い続ける。

 己を慕ってくれた者全ての幸せを。

 

 だから求める。求め続ける。

 

 奇跡を起こす聖杯を。

 

 その中身が、どんな物なのかを理解していながら。

 

 

 

 

 

 泥の中に居たような感覚だった。

 酷く陰鬱とした夢。見たもの全てに悲しみを与えるような、孤独に進み続けた女の夢。意図せずたいした心構えもできないままそれを見せつけられ、俺の目覚めは最悪の物へと転じていた。

 この時ばかりは清明な目覚めが忌々しく感じる。もう少し心が泥酔していたならば、幾分か心はマシになっていたかもしれないのに。

 

 悲痛に顔を歪ませながら俺は上体を起こし、かぶっていた布団を捲る。冷たい外気が触れて、今度こそ意識が完全に目覚めた。

 同時に、陰鬱とした気持ちの質が上がってしまったのだが。

 

「……あんな人生を、歩んでいたのか……」

 

 俺は相棒であるアルフェリアの伝承を、聖杯戦争の発祥地である冬木に来る前の準備期間中に読み直していた。そのおかげか彼女についての物語は酷く鮮明に覚えている。

 

 アルフェリア・ペンドラゴン。身を挺して国を救った聖女。

 その出生こそ謎に包まれているが、絶世の美女であったこと、アーサー王の義姉であったこと、凄まじく腕の立つ一騎当千の戦士だったこと、国の食文化を単独で改変させた偉人であることはどんな文献でも共通している。だが、逆に言えばやはり出生についての情報は一切存在していないという事だ。

 

 期待半分で令呪のパスから流れ込む夢でその秘密を見れるかと思いきや――――この様だ。まさか、本人すら自分の正体を把握しきれていなかったとは、完全に予想の斜め上を通り越した結末だ。しかもその壮絶な人生は、決して輝かしい物では無い。人生の合間にかけがえのない『日常』が輝いていたことは認めるが――――それでも、その人生は決して『良い』と言えたものでは無かった。

 

 彼女は日常を愛した。普通の家庭の様な、そんな生活に憧れた。しかしその願いが果たされることは終ぞなかった。彼女が特異すぎただけでは無い。彼女が家族として愛した者達もまた普通では無かったから、それは果たされなかった。

 

 義弟であるアーサー王はブリテンを統べる王。

 義姪であるモードレッドはそのクローン。

 義姉であるモルガンは悪名高い魔女。

 義兄であるサー・ケイは目立ちこそしないが、自己意思で肉体改造が可能な超人的能力の持ち主。

 

 全員、普通で無かった。それ故に、普通の生活などできるはずもなかった。しかも当時のブリテンは外敵から攻められ続けた波乱の時代の真っただ中。そんなことができるはずも、そして許されるはずもない。

 それでも彼女は願い続けた。信じ続けた。そして、戦い続けた。いつか必ずそんな生活ができると。家族全員で、笑顔で過ごすことができると。その末に――――世界に裏切られ、捨てられた。

 

 果たしてこれが、『良い人生』などと言えようか。俺は口が裂けても言えないと断言できる。

 平和を願い、笑顔を望み、己の体を削りながら戦い続けた彼女が、あんな結末を迎えた。ふざけるな、と叫びたくなるほど胸が痛い。

 

「――――そうか、だから、あの願いを……」

 

 彼女が聖杯に掛ける願いは『もう一度家族全員と、平和な暮らしをすること』。

 当り前だ。生前、あそこまで願い続けても尚叶わなかった物なのだから。むしろ必然と言える。

 

 あの時疑問など持ってしまった自分を殴りつけたい気分になる。その願いは、あれだけ巨大な力を持った彼女が叶えられなかった唯一つの願い。自分の願いに疑問を持たれた彼女の心境は、一体どんなものだっただろうか。

 ……少なくとも、良い物で無いのは確かだ。

 

 確かに英雄と称えられたものとしては小さい願いなのかもしれない。だがそんな下らない理由で否定されていいわけがない。

 ずっと、家族の笑顔を望み続けた彼女の優しい願いが否定される道理などないし――――俺が否定させない。

 

 改めて己にそう誓い、俺は近くにあった水差しの水で乾いた喉を潤す。

 

「よし、今日も元気に――――……………ん?」

 

 此処でようやく、俺は自分以外の気配を感じ取った。

 

 襲撃か? と訝し気な表情を浮かべたが、違う。それなら俺は寝ている間に死んでいるし、そもそもアサシンでさえ容易に近づけないこのアルフェリア特製の『神殿』を警報も鳴らさずに突破できるサーヴァントなど居るはずがない。

 居たとしても俺などに気配が悟れずはずもないので、恐らく寝ぼけて誰かが俺のベッドに入ったのだろう。

 

 大方氷室か桜辺りが、夜にトイレか何かした後寝ぼけたまま俺の部屋に入ってきたか。

 

 小さなため息を吐きながら、俺は少し大きく盛り上がった布団を捲る。しかし、氷室や桜にしては随分大きな盛り上がりなような……まぁ、大きなぬいぐるみを抱き枕代わりに持ってきただけだろうけ―――――

 

 

「すー……すー……ん、ぁ」

「…………………………………………………………………………………………………………」

 

 

 布団に包まっていた「それ」を見て、俺の全身から汗が噴き出し始める

 

 何かの間違いだ。幻覚だ。錯覚だ。きっと俺の重症化した妄想の産物だ――――誰でもいいからそう言ってくれと叫びたくなる気持ちで、俺は何度も目をこすりながら「それ」を見る。

 

 本物の白銀以上に輝いて見える美麗な銀髪。

 真っ白なネグリジェから覗く、雪のように白くさらさらで柔らかそうな美肌。

 人体の黄金比と言っても過言では無いほどに整えられた最高のプロモーション。

 微かに聞こえる寝息すら天上の福音だと錯覚してしまうほどの心地よい声。

 

 

 

 アルフェリアが、俺のベッドで、寝ていた。

 

 

 

 その事実だけで脳内の情報が処理現界を迎えてコンマ一秒で思考がフリーズ。タイムラグ無しで思考が真っ白になる。

 何故?どうして?一体何がどうなったらこうなった?――――再起動後すぐにそんな考えで埋め尽くされた頭のまま、俺は急いで上着を脱ぎ捨ると同時にパンツの中を確かめた。

 

 そして――――安心していいのか駄目なのかは知らないが、どうやら行為をしたような痕は見受けられなかった。

 

「っ……はぁ…………」

 

 どうやら間違いは起こってない様だと、俺は肺にたまった空気を吐きながら額の汗を拭く。

 よくわからないが、寝ぼけて俺のベッドに入ったのだろう。流石にアルフェリアが来るとは予想すらできなかったが、間違いが起こっていなかったのならばそれでいい。

 

 それより、早急に対策を練らねば。もし彼女に好意を寄せる者達に見つかったらどうなるかわかったもんじゃない――――

 

 

「――――おい」

 

 

 一瞬で顔から血の気が下がる。

 だって、その声はとても聞き覚えのある声だったから。

 

 青白くなった顔のまま首を動かすと――――赤雷の騎士、モードレッドが凄まじい形相で部屋の入り口に立っていた。

 

 銀の剣、王剣クラレントを片手に。

 

「……その、モードレッド、さん? どうか、どうか話を……」

「るせぇ! 姉上がっ、おおおおおお前のベッドの上でっ! しかもお前はっ、はははは半裸ッ! これはもうどう言い繕っても言い訳できねぇぞコラァ!!」

「違うッ! 絶対に違う! 俺は『まだ』やってない!! ……あ」

 

 ついポロッと、本音が出てしまう。人生の中で一番の痛恨のミスであっただろう発言は、見事状況を悪化させることに成功する。畜生め。

 

「ま、だ……? ふっ、ふふふふふふふっ……――――ブッ殺す!!」

「ちょぉぉぉぉぉっと待てぇぇぇぇぇぇぇ!?!? 話を聞けぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「問答無用ォッ! 吹っ飛べ、有象無象!! 『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)』ォォ――――ッ!!!!」

「なんでさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?!?!」

 

 俺の理不尽に対する叫びと共に、赤雷が空へと延びていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「……という次第でございます。はい」

「あ、あははー……ご、ごめんね?」

「ぐぬぬぬ……」

 

 その後何とかモードレッドの『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)』を紙一重で躱し切った俺は、目覚めたアルフェリアに色々説明してもらってモードレッドの誤解を解き、後から騒ぎを駆けつけてやってきた皆にリビングへ移動して事の顛末を語っていた。

 

 ホント、正直対軍宝具を出されて生き残るとは。自分の運が久々に働いたなと、涙を流す勢いで感謝する。余波で左半身が若干麻痺状態なのはさておき。

 

「ホントになんで俺に部屋に忍び込んだんだよ、お前……」

「いや、その。実は寝起きドッキリでも仕掛けようかなと思って……でもヨシュアを抱き枕にしてたら思いの他抱き心地が良くて。そのままぐっすり熟睡してしまったというか……」

「ちょ、おまっ」

「ぬぎぎぎぎぎぎ……!!」

 

 騒ぎを収めるどころかなんかこいつ自分から燃料投下してないか。しかも特大級。挙句の果てに自覚なしときた。本物の天然の恐ろしさが垣間見えた気がする。そのせいで今、モードレッドが凄まじい眼光を俺に飛ばしてきていた。冗談抜きで怖いんだが。

 

「まぁ、モードレッドが朝から対軍宝具の目覚まし号砲で皆の目を覚まさせてくれたと思えば良いのではないでしょうか。吹っ飛んだ天井や壁については存じませんが」

「そ、そうだぞ! たまにはいいこと言うじゃねぇかランスロット卿!」

「俺は死にかけたんだがな……」

 

 当り前だが俺はただの人間だ。よほどの耐久でもなければ英霊でも即死しかねない対軍宝具を向けられたこちらの身にもなってほしい。いや、実戦で何度も向けられるであろうサーヴァントに言えた物では無いが。

 

 せめて俺に対抗できる切り札などがあれば、最低限の安心は確保できるのだが……それは少し高望みという奴だろう。身に余る力は、逆に身を滅ぼしかねない。

 何事も分を弁えるべきだと、俺は自身に言い聞かせながら朝食であるハムとレタスとトマトを挟んだ簡素ながらも美味なサンドイッチを頬張り、心の高ぶりを静める。

 

 勿論このサンドイッチはアルフェリア作。スキルだけでなく彼女のあり余らんばかりの家族愛が込められているおかげで、スキルの補正が無くとも一流シェフ顔負けだろうと断言できる美味さであった。事実、皆(慣れた者は除く)涙目でサンドイッチを頬張っている。

 

 そうして朝食をしていると、視界の端で「それ」が元気よく跳ねだした。 

 

「――――アルフェリア様! 私、外に行ってみたいです!」

「ハク、とりあえず貴女はパンツを履きなさい」

 

 明るい声ではしゃぐ白髪の幼女がアルフェリアの服の裾を掴んでピョンピョンと跳ねている。これが彼の竜王、最強の幻想種の姿だと言ったら、一体誰が信じるだろうか。少なくとも俺は絶対に誰も信じないだろうと予想している。

 むしろそんなこと言って来る奴が居たら「お前は何を言ってるんだ」という顔でそいつに精神外科か眼科を紹介してやれる自信がある。

 

 そして何より問題なのは――――そんな美幼女がノーパンでワンピース一枚で跳ねているという事だ。そのせいで大事な場所が見えかけている。目を逸らしても、周りの女性陣から白い目で見られるのはちょっと理不尽すぎやしませんか。

 

「外、外かぁ……と言っても、この冬木市はそこまで観光名所があるわけでもないし、何処に行けばいいんだろ」

「私は何処でも構いません! 貴女様と一緒なら!」

「それじゃ外に行く意味ないでしょ……。うーん、じゃあ食材の買い出しついでに商店街付近を回ろうか」

「……? そこまで備蓄が足りていなかったかしら?」

 

 昨日の夜の様に優雅な仕草で紅茶を飲むのを止め、ミルフェルージュが懸念そうな表情を浮かべながら、そうアルフェリアに問う。

 そう言えば確かに、俺の記憶ではそこまで備蓄は少なくないはずだが。

 

「備蓄っていうか、この家に住む人数が増えてきたからね。流石に追いつかなくなるかなと思って。一応虚数空間に食材はあるけど、殆ど神代の空気に触れた代物だから、普通の人が食べるとどうなるかわからないから、できれば使いたくないんだ。だから、買い出しついでに街を回ろうかなって」

「なるほどね、悪くはないと思うわ。私も現代の街を見て回りたかったし」

 

 そう言われて、俺はこの家に居る者の人数を数える。

 俺、アルフェリア、雁夜、桜、氷室、モードレッド、ランスロット、ミルフェルージュ、ハク。九人もの人数がこの一軒家にぎゅうぎゅう詰めになっていることになる。

 この屋敷自体はかなり広いので十分許容範囲内だが、やはり問題は食料管理か。九人もの人数に毎日三食を提供するとなると、確かに今の供給ペースでは心持ち不足かもしれない。

 

 サーヴァントは食事の必要がない――――と言うのは簡単だが、それはアルフェリアが納得しない。彼女はサーヴァントだろうが人間だろうが別け隔てなく接している。必要がないからと言って自身の家族に食事を与えないなど、彼女にとっては許されざる行為そのものなのだから、説得自体が無意味だ。

 

 幸い資金は潤沢にあるので、その辺は問題ない。強いて言えばかなりの量になるので目立ってしまうが……そんなことは彼女(アルフェリア)にとっては些細な問題。少し悪目立ちしたところで揺らぐほど、アルフェリアの気持ちの強さは軟じゃない。

 

「ん? でも、どうやって行くんだ? ここから商店街って、結構遠いだろ」

 

 九人での大移動がそう容易に行くはずがない、と雁夜が主張した。確かに歩きで行くには徒歩で二時間と、少々遠いだろう。

 だが、行けないわけでは無い。俺たちに九人も載せて移動できるような移動手段は存在していない以上、徒歩は確定だ。金は掛からないし、朝の運動にもちょうどいい。しかし、未だボロボロの体が回復しきっていない雁夜にとっては少し厳しいかもしれない。

 

「えっと、無理そうなら休んでいていいよ?」

「……いや、俺も行くよ。何時までも休み続けているわけにはいかないからな。少しは運動もしないと」

「よし。そうと決まれば早速行きましょうか! 皆、着替えて着替えて~」

 

 予定が決まり次第、アルフェリアはパンパンと手を軽く叩いて皆に行動を促す。他の皆もそれに従い、残っていたサンドイッチを口に押し込みながら行動を始め出した。これもカリスマというやつだろうか。

 

 俺も促されるまま、外出用の服に着替えるため行動を開始する。

 今日は少し冷え込むそうだし、ダウンジャケット辺りがいいかな――――などと、後から思えば聖杯戦争らしからぬ思考だと呆れてしまうほど、俺は『日常』と言う物に馴染み始めていたのだった。

 

 数年前では、考えられもしなかった『日常』を、楽しんでいる自分を感じた。

 それを自覚し、俺は――――久々に、笑った。

 

 

 

 

 十月の冬木市はかなり冷え込んでいる。耐えられないぐらい寒い、というほどでもないし雪が降っているわけでは無いが、それでも夏服で出かけたら軽く風邪は引けるぐらいの寒さだ。

 なので俺たちはできるだけ暖が取れる格好で、具体的には少々モコモコした服で出かけることにした。

 

 勿論――――と言うのも可笑しい話だが、竜種であるハクは着服を拒否。曰く「服を着る意味がない」だという。

 確かに人間形態でも竜種の耐久力は失われておらず、その柔らかそうな肌はミサイルの直撃すら耐えるであろう耐久力を持っている。だが世間一般的に幼女を、こんな冬季到来直前の環境に裸で出すとなると本当に通報されるので、なんとかできない物かと悩んだ。

 

 そして悩んだ末に――――

 

『服着てくれたらなんでもひとつ言うこと聞いてあげる』

『今すぐ着ます!!』

 

 アルフェリアが頼み込んだことで全ての悩みが吹っ飛んだ。一部の人間(主に円卓)が「何でも」という部分に反応したが、スルー安定だ。気にしたら色々負けな気がするからね、うん。

 

 そんなわけで一瞬で手のひらを返したハクはモコモコした子供用冬服を着ることになる。隠しきれていない角や尻尾はアルフェリアの作った不可視の薬で隠し、アルフェリアと並んで歩けば髪の色も相まって、まるで姉妹に見えるほどにカモフラージュは完璧。横でモードレッドは「俺が姉上の妹なのに……!!」と言ってるのは何故だろうか。お前姪だろうに。

 

「うわぁ……! 不思議な建物がいっぱいです!」

「やっぱり五世紀と比べれば、色々変わっているわね」

 

 聖杯から何の知識も与えられていないハクとミルフェルージュが深山町の街並みを見てそう呟いた。今まで忘れていたが、やはり彼らも過去の人物だと再認識する。

 

 サーヴァントたちは聖杯によって現代の最低限の知識を与えられるので驚くような反応が少ないのですっかり忘れていたが、やっぱり過去の偉人が現代によみがえったらと想像すれば、こういう反応になるのだろうか。

 そう言うことなら、アルフェリアの見たことも無い物を見て驚く姿が見れないという事なので、少々残念な気持ちになった。

 

「――――っと、着いたぞ。此処が冬木市深山町の商店街、マウント深山だ」

 

 置いて行かれない様に先頭に立っていた雁夜がそう言って歩を止める。

 

 着いたのは美味そうな匂いが漂う商店街。見る限り食事関係の店が多く娯楽施設などは見当たらなかったが、何処か昔ながらの懐かしさ漂う風情のある場所だ。

 

 皆が目を輝かせながら商店街を眺め、それぞれのやりたいことを言いだし始めた。それだけ色々あるのだから、好奇心が程よく刺激されたのかもしれない。

 

「わぁ……美味しそうな匂いがします!」

「ええ。キナコモチ……これはどんな料理なのかしら。……気になるわ」

「姉上! タイ焼きってヤツ買ってもいいか!」

「アルフェリア、私は骨董品を見て回ってみたいのですが……」

「わ、私……ぬいぐるみとか」

「その……古本屋に行っても、いいでしょうか?」

 

 まぁ、好奇心旺盛なのは別に良いが、もうちょっと協調性と言う物を身に付けられないものか。

 

 苦笑を浮かべながら俺は財布を取り出して、万札を幾つか全員に配る。一つの要望に九人全員で移動するより、金を持たせて好き勝手やらせる方がいいだろう。資金の心配は無用。先代が残した遺産や魔術関係の特許申請で腐るほどあるので、渋る理由も無い。

 

「え、いいのか? っしゃあ! 食べ比べしてやんぜ!」

「あ、私も一緒に~」

「うーん、みたらしにするか餡子にするか……せんべい? って言うのも中々……」

 

 食い気のあるモードレッド、ハク、ミルフェルージュは菓子関係の店へと直行した。気になるのはわかるが先程朝食を食べたばかりなのに、それは女としてどうなんだろうか。

 

「では私は……そうですね、たまには古本など漁ってみるのもいいでしょう。この国の昔の文化は少し興味がそそられますから」

「あっ、じゃ、じゃあ私が案内します!」

「ええ。よろしくお願いします、氷室」

 

 そしてランスロットと氷室は古本屋に向かった。異国の男性と年端もいかない幼女が向かう先が古本屋というのは中々に言い難い何かを感じたが、あちらは気にしなくとも平気だろう。流石のサー・ランスロットも子供には手を出さないはずだ。……はずだ、よな?

 

「それじゃあ、俺は桜ちゃんと一緒に店を回ってみるよ。あの子を一人にさせるわけにはいかないからね」

「ええ、頼みます。くれぐれも体には気を付けて」

「わかってる。じゃあ行こうか、桜ちゃん」

「うん……おじさん、無理しないでね?」

「大丈夫。おじさん、前よりは元気になったから。そう言えば、桜ちゃんはどんなぬいぐるみが――――」

 

 残った間桐二人組も手をつなぎながら、まるで本物の親子の様に目的地へと向かっていった。

 それを見ると、やはり彼らを助けて正解だったと思う。あの二人は、光が当たる場所で過ごすべき者達なのだから。

 

 最後に残ったのは俺とアルフェリアの二人だけ。最初の頃の様に久々に二人きりになった俺たちであったが、互いに何と声をかければいいのかわからず互いの顔色を窺い続けるという、何とも言えない感じになってしまった。

 俺は彼女の夢を無断で見てしまったという、多少の罪悪感から来るものなのだが――――アルフェリアは、どうしてだろうか。俺はそれが、よくわからなかった。

 

 結局俺たちはお互い無言のまま歩き出す。ただ目的など定めず、フラフラと。

 

「――――アルフェリア、朝の事なら別に気にしなくてもいいぞ?」

「え? あ、その……そうじゃ、ないんだ。ええと……どう言えば、いいのかな」

 

 困ったような顔だった。

 何かを抱えているのは確かだが、迷っている。俺に話すべきなのかどうか。それはつまり――――彼女自身の問題だ。俺がどうこう口出しするようなモノじゃない。

 しかし今の状態では聖杯戦争に支障が出るのも確かだ。せめて相談に乗る程度の事ぐらいはしなければ、マスターの名が泣こう。

 

「お前が悩むことと言ったら――――アヴェンジャーか?」

「……うん」

 

 予想通り、彼女はアヴェンジャー。――――彼女の義弟にして義妹であるアーサー王について、何かしらの悩みを抱えていたようだった。

 

 アーサー・ペンドラゴン。五世紀に存在していたブリテンの王にして――――またの名を、アルトリア・ペンドラゴン。多くの騎士を率いて国に攻め込んできた侵略者と戦い続けた名君である。

 

 しかし騎士王と称えられるほどに名高き存在である筈のアーサー王は、昨日見た限りではそんな高潔さなど欠片も残していなかった。

 狂気に身を染め、憎悪の雄たけびを上げながら敵を殺す。そんな様子を見て誰が『騎士王』などという二つ名を授けようか。

 

「あの子を、アルトリアを見て……ちょっとだけ不安になった。自分の行いは、正しかったのかって」

 

 一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。

 

 自分の行いを――――あの、万人が称えた雄姿を、献身を、愛を、彼女自身が疑い始めたというのだ。それが本当に正しいことなのか、と。寄りにもよって、彼女が。

 

「私は……誰の事も見ずに、自分が信じた道を走り続けた。その道の果てに何があろうと、後悔だけはしない。そう決めていた。だけど――――気づかなかった。気づけなかったんだよ、自分の隣に居たいって言う子がいることに。馬鹿な私はその声も聞かずに、走り抜けた。勝手に、あの子の前から居なくなった」

 

 まるで罪を告白するようにアルフェリアは苦渋に歪めた顔で、震える声で呟く。

 その姿にかつての勇敢さはなく、今の彼女は普通の少女の様だった。裁かれることを恐れ、何時か来る時を震えながら待つ罪人のようにも見える。

 

「私が、あの子を歪めたんだ。笑っちゃうよね。守りたいって願っておきながら、私は全員を置き去りにした。その結果、大好きな家族をあんなになるまで苦しめた。本当に……何やってるんだろ、私」

 

 酷く暗い顔で告げられる自嘲。聞いているだけでこちらの心が抉られそうなほど悲痛な呟きは、いかに彼女の誓いが固く――――そして今、その固い誓いを揺さぶられるほどのショックにアルフェリアが襲われているのかが垣間見える。

 

 ずっと守りたいと思っていた存在が、自分のせいで歪んでしまったのだ。

 

 何時の間に、知らぬ間に、傷つけていた。

 

 その事実は、アルフェリアの心に綻びができるには十分すぎるほどの深い意味を秘めていた。

 故にアルフェリアは、今まで一度も見せるのことがなかった悲しみに満ちた顔を浮かべてしまっている。「それでも」と、こちらを気遣って必死で笑顔を取り繕うとしているのが、逆に俺の心を針で刺すような痛みを味わわせて来る。痛々しすぎて、心臓が握りしめられるほど苦しい感覚が脳を刺す。

 

 彼女は英雄でも、心は人間だ。怒りもすれば、悲しみもする。

 

 だけど彼女は無理をして、その感情を抑え続けようとしている。他人に迷惑がかからない様に。家族に余計な心配を抱かせない様に。

 

 俺にはそれがとても、悲しいことに思えた。

 

 誰にも己の本心を見せることなく、苦悩を外に出すこともせず、ただひたすらに耐え続ける。

 勿論そんなこと何時まで続けられるはずがない。今こうしてその苦悩を零してしまうぐらいに、感情を押し隠す仮面は剥がれ落ちてしまっているのだから。

 

 だから――――俺は、それに応えるべきだ。

 落ち込んでいる大切な相棒(サーヴァント)を励ますのも、(マスター)の役目だろうから。

 

「――――お前は、間違っちゃいない」

「……え?」

 

 俺の言葉を聞いて、俯いていたアルフェリアが顔を上げて俺を見る。それを見てまだ言葉は届くようだと小さく安心し、俺は言葉を続けた。

 

「たとえどんな結果になったとしても、お前の抱いてきた理想は間違いじゃない。家族の幸せを願ったお前の思いは――――絶対に、間違いなんかじゃない。少なくとも、俺はそう思っている」

「ヨシュア……」

「まともな望みを考えたことも無い俺が言うのもアレだがな。……でも、お前は周りを笑顔にしてきた。皆が笑っていた。皆が楽しんでいた。皆が、幸せを感じていた。それだけは、知っていてほしい。お前のおかげで笑顔になれた奴らがいるんだってことを」

 

 彼女の夢を見た。その夢の結末は決して良い物では無かったが――――それでも、笑顔はあった。幸せは存在していた。結果がどうあれ、それだけは変わらない。彼女が人々に笑顔を与えていたことは、間違いなんかじゃない。決して、間違ってなどいない。

 

 だから――――

 

「もし、お前の行いで歪んでしまった奴が居るなら――――お前が救い上げればいい。自分の手で、正せばいい。お前になら、それができるはずだろ?」

 

 自分を否定するな。

 己の行いで歪みが出てしまったのなら、自分で正せ。

 お前には、それができる『力』があるんだから。

 

 俺は、そんな思いを込めた助言を、彼女に投げた。

 

 それを受け取ったアルフェリアは、少しだけ茫然とした顔で俺を見て――――微笑を浮かべた。

 

「自分の手で、救い上げる……私に、できるかな」

「できるできないじゃない。やるんだよ、お前が。自分の失態ぐらい自分で何とかしろって事だ」

「……ふふっ、あははははは! うん、その通り。正論過ぎて、何も言い返せないや」

 

 アルフェリアは小さく笑い、その目の端に涙を浮かばせながらもいつもの様な笑顔を浮かべた。

 太陽の様な、見てるだけで心が満たされるような笑顔を。

 

「ヨシュア」

「……何だ?」

「ありがとね。励ましてくれて」

「礼を言われるほどの事じゃねぇよ。……お前はいつもの姿が一番いいんだ。落ち込んでいたら、いつものお前が見れないからな。ちょっとだけ、頑張ってみたよ」

「いつもの私か……そうだね。ヨシュアが頑張ったんだから、私も頑張ってみる」

「……ああ、それがいい」

 

 少しだけ照れくさくて、つい俺は顔をアルフェリアから背けてしまう。流石にちょっと張り切り過ぎたか。

 

 その時不意に、手を暖かい感触が包む。

 見れば、アルフェリアが俺の右手を握っていた。手を繋いでいる状態、と言えばいいか。

 しかもなんか握り方が恋人みたいな――――

 

「――――ぶふぉぁ!??」

「ん? どうしたの、ヨシュア」

「い、いや、おまっ……手っ、手ぇっ!?」

「? こっちの方が暖かくていいよ? それとも、私と手を繋ぐのは……」

「いや、嫌じゃない! 嫌じゃないが……せめて一声かけてくれ。心臓に悪い」

「えっと……うん、わかった」

 

 彼女の手の温かみが自分の手を包んでいる。そう意識すると頭の中がミキサーでかき混ぜられたように滅茶苦茶になって、細かいことが全く考えられない危険な状態になってしまう。前にも一回あったが、どうしてこいつはこうも恥じらいもなく異性の手を無遠慮に握れるのだろうか。

 

 こう言う無遠慮さは、ある意味彼女の魅力ではあるのだろうが……やられる側からしてみれば、心臓に悪すぎる。嫌いでは、ないのだが。

 

「暖かいねー」

「……そうだな」

 

 こちらの気も知らずに、アルフェリアは満面の笑顔で歩き続ける。もう細かく考えても仕方ないと俺は半分諦め、大人しくこの手の温もりを楽しむべく思考を切り替え始め――――

 

 

 ――――ふみゅっ、っと。不意に何か不思議な感触を足元から感じた。

 

 

「……は?」

 

 己の足元に目を向けてみれば、信じられない者を踏んでいる自分の足が見える。

 踏んでいたのは、柔らかい人の頬(・・・)。どうして地面にそんな物が転がっているのか――――そう考えながら、俺は自分が踏みつけた者の姿を凝視する。

 

 腰まで伸びているであろう長い金髪はさながら純金。それを激しい動きの邪魔にならない様に三つ編みに纏めており、しかしそれでも魅力は薄れさせず、黄金の髪は日光を反射し絢爛に輝いている。

 着ている服はノースリーブのシャツに紫色のネクタイ、ショートパンツ、ハイソックス。どう考えても冬季に着るような服で無いソレは、見事着用者のボディラインを艶めかしく強調し――――しかしこの時期では凄まじく寒そうな格好なので、ぶっちゃけ色気もクソも無い状態になっている。

 

 しかし何より頭に浮かぶのは、昨夜多数のサーヴァントの交戦を防ぐために現れた『裁定者(ルーラー)』と名乗った審判役のサーヴァント。この少女は外見的特徴が、ルーラーによく似ていた。というか瓜二つだった。

 

 これは、もしかしなくても……いや、そんなはずは――――などと考えていると、頬を踏みつけられたまま少女は呻く様に呟く。

 

 

 

 

「お、お腹が空いて、もう一歩も…………動けませ、ん…………」

 

 

 

 

 …………こう言う時、何と言えばいいのだろうか。

 

 答えを返してくれるものは、当然ながら居なかった。

 

 居ても困るが。

 

 

 

 




というわけで、ヨッシーのイケメン度とアルフェリアの好感度がアップした回、どうでしたか。私は書いていて思わず砂糖を吐き捨てそうになりました(・ω・)
誰か、ブラックコーヒーをくれ(半ギレ

最後の最後にダメ聖女登場・・・事後処理に励むあまり、魔力消費は過度なカロリー消費に繋がることをど忘れして魔力を使いまくり、疲労のあまりうっかり財布を無くし、結果空腹で道端に倒れるという残念コンボ三連打。
ああ、やっぱりぽんこつ聖女はぽんこつ聖女だったよ・・・。


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第十六話・玄関のノックは静かに

お ま た せ。イベント漬けでちょっと色々遅くなりました。でもおかげで第一部終えられたよ!ヒャッホォォォォォウ!!おっぱい師匠Foooooooooo!!!

・・・いやぁ、INOSHISHIは強敵でしたね・・・たぶん今回のイベントで一番トラウマを抉られたのはディルムッドだと思う。うん(;´・ω・)

で、気になるガチャの結果ですが、なんと、四体の諭吉を生贄に――――!!



アンメア(弓):三体
きよひー(槍):三体
サモさん(騎):零枚
タマモちゃんサマー:一枚


(´・ω・)・・・・いや、結果だけ見れば大勝利かもよ?うん。そうかもね。☆5一体に☆4六体だもんね。でもね、私はね――――


モーさんが欲しかったんじゃァァァァァぁああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!何故じゃァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!物欲センサーめェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!(血涙)

追記
誤字修正しました(賢者タイム)


 昼時。

 冬木市の外国人居住区に身を隠している――――もとい居候しているウェイバー・ベルベットは現在げっそりとした顔で深いため息を吐いていた。

 

 理由は二つ。

 一つ目は、今は聖杯戦争中であり、いつどこでどうやって狙われるかわからない以上普通ならもっと身の周りを警戒して工房に籠って身を守らなければならないのに、こうして自身のサーヴァントと一緒に『ズボンを買う』などというウェイバーからしてみれば無駄極まりない行為をしたためだ。

 

 ウェイバーが背後を見ればズボンが入って大満足そうな、デカデカと『大戦略』とプリントされた、今にも弾け跳びそうなほどぴっちりなTシャツを着たサーヴァント、ライダーがご機嫌そうに笑顔を浮かべていた。

 

「……サーヴァントのズボンを買いに歩くマスターなんて、僕くらいの物だろうね」

「ん? どうした坊主? お、もしや坊主もこのTシャツが欲しくなって――――」

「んなわけあるか! 誰が欲しがるって言うんだよ、そんなダサいTシャツ!」

「むぅ、かなり格好いいと思うんだがな~余は」

 

 サーヴァントとは昼間は霊体化するもの。現界するための魔力消費を抑えるためにも、それは当然である。戦いもしない昼間からサーヴァントを実体化させるなんて事に意味はないし、無駄に魔力を散らすならばそちらの方が戦略的に正解だろう。

 だというのにライダーは今こうして堂々と実体化して、そして街中を出歩いている。しかもサーヴァントには不要だろう服も着て。

 他のマスターが見れば、ウェイバーやライダーの頭は正気なのかと疑うレベルだ。

 

 ただ、彼ら以外のもう一つの陣営はそれを当り前の様に行っているのであるが。

 

「……本当に、サーヴァントを討ち取ってくれるんだろうな?」

「勿論だ。余に二言はない。……とはいえ、今日は暴れられんらしいがな」

「そうだ。だからお前も、少しは『大人しくする』っていう事を覚えた方がいいぞ、ライダー」

 

 サーヴァントを討ち取る。それがウェイバーが出したライダーのズボンを買う条件であった。

 しかしそれは監督役が早朝に発表した『二日目における戦闘禁止令』により一日ほど先延ばしになっている。それ自体は間が悪かった、としか言いようがないので仕方ない。夜になっても暴れられないライダーは少し残念がってはいたのだが。

 

 しかし、そのおかげでウェイバーはアサシンへの警戒を緩め、こうして外を出歩けているわけなのだから、何も悪いことだらけでは無い。

 

「むぅ……それで坊主、お前さんはそこで一体何をやっておる?」

「これか? 別に、そう難しい事はしてないさ」

 

 ウェイバーは現在、緑地公園という名の雑木林に来ていた。此処は、ウェイバーがライダーを召喚した場所。そこそこの霊地であるここでウェイバーが何をしているかと言えば、答えは単純。ただの霊脈の解析だ。

 

 この場所はライダーにとって一番回復効率がいい場所である。つまりこの場所の霊脈が崩されると、ライダーが魔力を効率よく回復できる手段が一つ消えてしまうという事。それを防ぐ、というより事前に察知するためにもウェイバーはこの場所に異常がないか小まめに確かめることにしたのだ。

 

 霊脈の解析と言ってもそこまで難しいわけでは無い。調合した薬品を染み込ませた紙と確かめる場所が描かれた地図があれば現地で誰でも簡単にできる、お手軽解析方法だ。……実際には、魔術師としてかなり未熟なウェイバーではこれしか使えないというのが理由ではあるのだが。

 

 それでも集中を乱さず、ウェイバーは可能な限り正確に周辺の霊脈の様子を確かめていく。

 

 五分ほど経った頃だろうか、黒い染みとして霊脈が薬品を染み込ませた紙に移り終わった。そしてウェイバーはポケットに入れていたもう一つの紙――――ライダーを召喚する前の霊脈を記した紙と、今出来上がった紙を見比べてみる。

 

「――――これは……」

「何だ坊主、何か見つかったのか?」

「ああ。見ろよ、コレ」

 

 軽く汗を流しながら、ウェイバーはライダーに紙を見せながらある一点を指で叩く。

 

 そこは、明らかに前の状態と比べて変化して居る場所であった。霊脈とは一日二日でそう劇的な変化は遂げない。つまり短期間で変化した以上、誰かの手が加えられていること。そして霊脈の流れを変えるなど一流魔術師でもそう簡単にできることでは無い。そこから導き出される結論は――――

 

「キャスターの仕業だ。きっと霊脈の流れを曲げて、自分の拠点に集めてるんだ」

「坊主、それは真か?」

「少なくとも僕は、霊脈が数日経った程度でこんなに変わる話なんて聞いたことないね。たぶん、見つかる可能性は高い」

「つまり、この変化した霊脈とやらを辿れば」

「キャスターの拠点が見つかるって事だ!」

 

 偶然とはいえ、運よく敵の拠点が見つかる可能性が高いという事でウェイバーは素直に喜んだ。こんな魔術師としては初歩の初歩的な方法とはいえ、聖杯戦争で最も重要な『情報』を得られたというのは大きい。

 

「よォし、居場所さえ掴めりゃこっちのもんだ。なぁ坊主、早速殴り込むとするか」

「そりゃ勿ろ――――ハァッ!?」

 

 流れで頷きかけてしまったウェイバーだったが、ライダーが凄まじいことを言っていることに数秒経ってようやく気が好き、その顔を驚愕に歪ませる。

 当然だ。何せキャスターの拠点に何の対策も無しに突っ込むと言っているのだから。

 

「待てコラ。敵はキャスターだっての。いきなり攻め込む馬鹿がいるか」

 

 キャスターというのは正面からの戦闘に置いては最弱のクラスである。しかしキャスターの持つスキル『陣地作成』の能力で、拠点内での戦闘に置いては最高のアドバンテージを得たまま戦闘を行うことが可能なのだ。例えるならば蜘蛛の巣。一度入ってしまえば、絡まれば解くのが容易でない蜘蛛の糸が問答無用でこちらを捕えにやってくる。わざわざそんなところに行くのは愚図のやる愚行だ。

 

 軍事に優れた逸話のあるライダーもそれを理解しているはずなのに、それでもこの巨漢のサーヴァントは一切の迷いがない。本気でやるつもりだとウェイバーは理解し、思わず顔面を蒼白にした。

 

「あのな、戦において陣というのは刻一刻と位置を変えていくもんだ。位置を掴んだ敵は速やかに叩かねば、取り逃がした後で後悔しても遅いのだ。それに、別に戦いに行くわけではない。少々提案をな」

「相手は霊脈すら単独で捻じ曲げる超一級のキャスターだぞ!? そんな奴が張ってる工房に何の策も無しに攻め込むなんて正気かよライダー!? ていうか今日は戦闘が禁止されてるって言ったばかりだろ! 提案だか何だか知らないけどな、少しは穏やかに――――」

「征服王イスカンダルが、この一斬にて覇権を問う!」

「ひっとっのっはっなっしを聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!?」

 

 いつの間にか片手に剣を具現化していたライダーは、何もない空間にその剣を振り降ろした。

 

 瞬間――――晴れていた空から莫大な轟雷が雑木林の中に降り注いだ。

 そして何もなかった虚空より現れたのは、二頭の牡牛と巨大な戦車(チャリオット)。ライダーの持つ騎乗宝具、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)であった。

 一体こんな場所で、そして昼間に呼び出して何をするつもりだ、と思ったウェイバーであったが、先程のライダーの話を思い出して青白かった顔が今度は真っ白へと変わる。

 

「では、往くぞ坊主!」

 

 そう言われて襟首を掴まれたウェイバーの心境はどんな物なのだろうか。

 

「待て待て待て待てぇっ! こんな昼間から空を飛ぶつもりかよお前ぇ!?」

「なんだ。何か問題があるのか?」

「人目につくからに決まってるだろ、馬鹿ぁっ!」

「そんなもん、見えないぐらいに高く飛べばいい話だろう」

「飛び散る電撃とかはどう隠すつもりなん――――だのぶらっ!?」

 

 問答無用でライダーは戦車を発進させた。

 当然ながら、飛び散る雷撃や轟音はしっかり目立っている。恐らくライダーの頭には神秘の隠匿などという考えは欠片も存在してないのだろう。生前世界征服をやろうとした彼にそんなことを言っても無駄だろうが。

 

「さぁ坊主! 折角だし雲の上にでも登ってみるとするか!」

「誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 ウェイバーのそんな悲痛な悲鳴は、冬木市の緑地公園に木霊した。

 後に『空から響く少年の声』として冬木市七不思議として数えられたとかなかったとか。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 商店街で食料の買い出しを終え、ついでに行き倒れていたルーラー(仮)を拾ったアルフェリア等は十二時ごろに自分たちの拠点へと戻っていた。

 各々の買いたい物を買った者達はかなり満足げな表情で、自分たちの買った物を眺めている。

 

「うまうま~」

「ん~! タイ焼き美味いです!」

「……団子も悪くないけど、やっぱり私は羊羹かしら。お茶によく合うわ」

 

 例えばモードレッド、ハク、ミルフェルージュたちは和菓子の入った大きな紙袋を並べて、実に満足そうな顔でタイ焼き、団子、せんべい、羊羹などをバクバク食べていた。昼食前だというのに全く遠慮がない。

 モードレッドはサーヴァントなので魔力を消費し食物を消化できるし、ハクは元が竜種なので一杯食べるし、ミルフェルージュはただ単純に食物を魔力へと還元しているので理論上はいくらでも食べられるので昼食前に腹いっぱいになる心配は要らないだろう。

 女性としてはアウトなのだが。

 

「ムサシ・ミヤモトの二天一流……長さの違う得物を巧みに操る多対一の剣術、実に興味深いですね。素晴らしい書物だ」

撰録帝紀、(帝紀を撰録し、)討覈舊辭、(旧辞を討覈して、)削僞定實、(偽りを削り実を定めて、)欲流後葉(後葉に流へむと欲ふ)……」

 

 そしてランスロット、氷室の二人は買ってきた古本を熟読していた。ランスロットは彼の剣豪宮本武蔵が綴った『五輪書』、氷室は日本最古の歴史書である『古事記』。中々渋い選択である。特に後者、とても子供が読むとは思えない本だ。というかどうして読めているのだろうか。

 

「おじさん、ほら、芋虫のお人形さん。可愛い?」

「あ、あはは……か、可愛い、かな? うん、桜ちゃんが選んだんだから、きっと可愛いと思う」

「うん!」

 

 別の場所では桜が無意識に雁夜のトラウマスイッチを入れて、しかし親子の様にほのぼのとした空間を作り上げていた。トラウマとは勿論虫の事。今はもう体が健康体に近付いて行っているとはいえ、一年に及び散々体のそこかしこを食い貪られた雁夜からすれば、芋虫などの丸い虫は嫌悪の対象だった。

 

 それを意識しているのかしていないのか、桜は的確に突いていく。しかし可愛い義娘が笑顔を浮かべているのだから怒るに怒れない雁夜。彼にはぜひこれを機にトラウマを克服してもらいたい物である。

 

 と、此処で重要なことを一つ言おう。

 

 

 

 ――――この拠点に居る殆どの者が、今は聖杯戦争中だという事を完全に忘れていた。

 

 

 

 あんまりにも平和すぎるので仕方ないと言えば仕方ないが、あの悪名高い聖杯戦争が繰り広げられている最中だというのにこの平和さ。他のマスターが見れば「何だこれは」と無意識にも呟くだろう異常状態である。問題としては当事者たちが全く異常事態と思っていないことなのだが。

 

 そしてそんな状態を、聖杯戦争の審判役であるルーラーはあんぐりとした顔で、暖かい毛布に包まりながら木製椅子の上でそれを見ていた。

 

 本来なら血なまぐさいドロドロの戦いが繰り広げられる聖杯戦争がこの様なのだ。ルーラーを責められまい。

 

「――――ルーラーさん。ココア淹れてきましたよ」

「えっ、あ、はい! あ、ありがとう、ございます……」

 

 そんなルーラーへと、キャスター――――アルフェリアは暖かい湯気を立たせたココア入りのティーカップを差し出した。目を丸くしながらも、ルーラーは純粋な善意で出されたそれを受け取って恐る恐るといった感じで一口。

 ――――瞬間、ルーラーの口に柔らかい甘味が広がる。

 

「……美味しい」

 

 舌を包む甘味は強すぎず、しかし甘すぎずほんのりとした優しい味わい。適温に温められたことも合わさり、飲む者のことも考えて作られた絶品のホットココアはルーラーの体だけでなく、数々の苦労で積み重なった心の重責すらも優しく解いてくれる。まさに聖母の抱擁の様に。

小さく目じりに涙を浮かばせながら、ルーラーは何分もかけてココアを飲み干した。

 

 これが、人の優しさ――――そう思うと、感謝の気持ちでルーラーは胸がいっぱいになる。

 

飲み干した後ルーラーは胸の奥底から深い息を、溜まりに溜まった疲労と共に吐き出して久々の笑顔を作った。とても、満足そうな顔でだ。

 

「気に入ってくれたみたいで何より。それじゃあ、もうちょっと待ってね。後もう少しで昼食の用意ができるから」

「あ、でも私、持ち合わせが……」

「いいよそんなの。大勢で食べるご飯の方が美味しいんだから、ね?」

「は、はいぃ……」

 

 アルフェリアの輝く笑顔に押されて、ルーラーは震え声で返事を返した。

 勿論ルーラーは飯をたかりにキャスターの神殿などと言う物騒な場所――――いざ入ってみればこれ以上ないほど穏やかな場所であったのだが――――に来たわけでは無い。ちゃんとした視察目的で彼らの懐の中に入り込んだのだ。拾われた流れに身を任せていたらいつの間にか好待遇を受けていたとか、そう言うことでは決してないはず。そう、ルーラーは自分に言い聞かせていた。

 

 彼女はあくまで中立役。情が移ったなどと言う理由で特定の陣営に肩入れすることはその役目の破綻に他ならない。故に彼女はほころびそうな心を再度引き締めて、キリッとした顔を取り繕う。

 

「体は温まったか?」

「えっ、あ、はい」

「そうか。そりゃよかった。何か他に欲しい物はあるか? 食事なら今アルフェリアが作ってくれているところだが」

「あっ、だ、大丈夫です――――へ?」

 

 不意を突く様にアルフェリアのマスターであるヨシュアがルーラーの反対側に位置する椅子に座りながら、彼女に優しく声をかけた。それにルーラーは思わず変な声を出しながら、彼の言葉の中に信じられない物があることに気付いた。

 

 それは――――英霊の真名。聖杯戦争に置いて隠匿すべき重要な情報である。

 

 ルーラーはクラススキルである『真名看破』により殆ど自由にその真名を知ることができるが――――アルフェリアの場合纏っている情報隠蔽の魔術障壁が凄まじい強度であったせいでステータスすら覗くことができなかった。

 なので実は少しだけ困っていたところに、予想外な所からその名前が出てきたのだ。変な声も出る。

 

「あの、い、いいんですか? 自分のサーヴァントの真名を他人に明かして」

「は? ……ああ、まぁ、別にいいんじゃないか? バレたところで意味ないだろうし」

「えぇー……」

 

 確かにヨシュアのサーヴァントであるアルフェリアは逸話を見たところで弱点となる物が明確には存在しない。唯一の弱点と言えば身内なのだが、今回の聖杯戦争に参加した生前の知り合いの大半は自陣営に居るせいで弱点がまともに機能してない。最早真名がバレようがバレまいが影響などあってないような物だろう。

 

 そして何より、ヨシュアは信頼している。弱点を突かれようが、アルフェリアは必ず勝利をつかみ取ってくれると。そんな絶対的な自信があるからこそ、彼はこうしてアルフェリアをクラス名で呼ばず真名で呼んでいるのだ。

 

 ……本音を言えば、ただクラス名で呼ぶのは距離感があって呼びたくないという我が儘なのだが。

 

「しかしまさか、アルフェリア・ペンドラゴンまでこの聖杯戦争に呼ばれていようとは……」

「? 何か不味いことでもあるのか?」

「いえ、その……被害が広がりそうだなぁ、と」

 

 どこか達観したような顔でルーラーは呟いた。不思議かな、その瞳に光はなく、今後訪れるであろう大惨事を想像してどこか諦めた様な様子であった。

 呼ばれている英霊からして、被害が小さい物で収まるなどあり得ないと言えばあり得ないのだが、ルーラーとしては事後処理する側の身にもなってほしいと思う今日この頃。再度積もっていく心労を感じて、ルーラーは深い溜息を吐く。

 

「……そっちもそっちで苦労してるんだな」

「ええ、まぁ。……昨日はルーラーとして「今日は初日だし、ちゃんと働こう!」と思った矢先にお腹蹴られるし、海に叩き落されるし、服はずぶぬれで夏服しかないし、そんな恰好で外出たらもう寒いわ、追撃に財布は無くして途方に暮れるわ、そのせいで何も買えずに腹は減るわ……もうなんなんですかぁ……! しかも監督役、なんか胡散臭いし! こっちに隠れてひそひそと怪しげな会話をしたり、何なんですかもう! ちゃんとした味方いないんですか!? 私一人なんですか!? ボッチ陣営なんですか!? ううっ、お腹痛いよぅ……もう帰りたいよぅ……ひっぐ、えっぐ」

「……苦労、してるんだな」

 

 見るだけでこちらが痛ましくなる涙目のルーラーを見て、ついヨシュアは苦笑いを浮かべながら目を逸らした。こちらもこちらで色々苦労していると思っていたが、まさか下には下がいるとは思わなかったヨシュア。

 

 言ってはアレだが、彼女に不憫さを見て若干安心感を覚えてしまうヨシュアであった。

 

「――――ほら、泣かない泣かない。こんな時こそ笑顔だよ?」

「……ふぇ?」

 

 泣きながらプルプルと震えているルーラーの頭に細く白い手が乗せられる。それは、紛れも無くアルフェリアの手。たった今食事の準備を終えた彼女はいつの間にかテーブルの上に料理を並べ終え、ルーラーの傍で彼女を慰めていたのだ。

 誰も気づかないほどの早業。流石救国の聖女と呼ばれた英霊である。

 

 ルーラーを慰めるためにアルフェリアは優しい手つきで彼女の頭を撫でる。まるで己の子をあやす様に。その慈愛に満ちた姿はまさしく聖母。万人を魅了する美貌と全ての善悪を包み込みそうな包容力がルーラーを包む。

 

 効果は抜群だ。

 

「ふふっ、一人でずっと頑張ったんだね。えらいえらい。でも無理しちゃだめだよ? 辛い時こそ誰かを頼るの。貴女は独りじゃないんだから」

「っ、うっ、ぇ……ひぐっ、えぐっ…………」

「ほら、おいで。私は貴女の母親でもなんでもないけど、胸を貸す事ぐらいなら、できるから」

「うぇぅ、うえぇぇええぇえぇえぇえぇぇぇん!!」

 

 色々溜まっていた何かが爆発したように、ルーラーは号泣しながらアルフェリアの腰に抱き付いた。

 子供の様に泣きじゃくるその様は、もう完全に審判役(笑)であることは本人は気づいているのだろうか。しかしこんなになるまで追い詰められていたという事なのだから、どんな言葉をかけていいのやら。やはり英霊も心は人間ということか。

 

 アルフェリアはいつも通りの女神の様な微笑みで、ルーラーの頭を撫でながらそれを受け入れている。

 ここまで来ると、実は前世が本物の女神か何かだと言われても納得してしまうほどの母性、包容力、暖かさ。それは完膚なきまでルーラーを癒していく。

 

 これぞ癒し成分アルフェリウムの真髄。摂取するだけで思わず「お母さん」と言ってしまうほどの圧倒的母性と浄化力。中立役として呼ばれたルーラーすら揺るがすその魅力は留まるところを知らない。

 

「よしよし。いっぱい泣いて、また頑張ろう?」

「ひっぐ、ひっぐ…………!」

 

 金髪美少女と銀髪美女が抱き合ってる光景は、かのレオナルド・ダ・ヴィンチが見たら確実に絵画にしかねないほど美しい。実際、家内にいる殆どの物が見惚れていて――――ランスロットは「ああ、またか」といった顔、モードレッドは「ぐぬぬ」と悔し気な顔であったが――――あたかも時間が止まったような状態と化す。

 

 と、それから数分後ようやくルーラーは泣き止み、それに合わせて皆が料理の匂いに釣られて動き出す。

 

「おお、今日の昼食はサンマの塩焼きですか」

「うん。魚屋のおじさんがサービスしてくれたんだ。季節的にはまだ秋だからね。旬の食材を主に使ってみたよ。食後のデザートにはスイートポテトも用意してあるから、楽しんで食べてね」

「うおー!魚うめぇぇええぇえ!!」

「こらこらモードレッド。ご飯粒頬についてるよ」

「相変わらず美味い……これ、もう外食とかが食えなくなるな」

「まったくです雁夜。っと、アルフェリア、大根おろしをもう少し……」

「わかった。……はい、どうぞ」

「「「おかわりー!」」」

「白米をもう一杯頂いてもいいかしら?」

「はいはい」

 

 特に気負うことも無く、アルフェリアは皆の要求に応えながら自身の食事も並行して行っていく。その動作はとても手慣れており、熟練の主婦顔負けの滑らかな動き。見る者に無理をさせているような罪悪感を背負わせず、彼女は完璧な動きで全員の食事をサポートしていた。

 

 顔が真っ赤になるぐらい泣き続けたせいでぐっちょり濡れた顔を拭いてたルーラーはそれを見て、さりげなく凄まじいことをやっているアルフェリアに素直に感嘆した。

 生前彼女はこれ以上の人数である十三人の食卓を数年以上管理し続けていたのだ。本人にとっては屁でもないことだろうが、初めて見る者からすれば神業そのものである。

 

 そしてルーラーもまたパクリと、サンマとほかほかの白米を一緒に一口食す。

 

 ――――美味い。

 

 ただ純粋に、しかしそんな使い古された陳腐な言葉しか出てこなかった。それ以外に相応しい言葉が見つからない、というのがルーラーの感想。

 

 主食となる白米は基本に忠実。米一つ一つに含まれた旨味は甘美の一言。味だけで米の洗い加減、炊いた時間の正確さ、シャリ切りの丁寧さを頭に叩き込まれる。

 サンマの塩焼きは、塩加減は薄すぎず濃すぎず。癖がなく子供でも食べやすく調理されているのが分かる。また両面を均等に焼いたおかげで風味の偏りも無し。熟練が成せる業だ。添えられた大根おろしもまた絶妙。

 それ以外にも鳥のから揚げは適切な二度揚げによりカラッとした皮の厚さを保ちながら、中の肉はふんわり柔らか噛みごたえ。スパイスも適度に効いており絶品。キノコの味噌汁は味噌とキノコ両方の風味が失われず、容赦なく舌を躍らせる。サラダは和風寄りのオリジナルドレッシングで、量は適量。これもまた絶品。

 

 等々、健啖家であるルーラーをとても満足させる数々の料理は三十分もすれば全員の腹に収まっていた。その後に出されたデザートであるひんやりスイートポテトはしつこくない甘さが口の中をサッパリさせてくれる。

 今まで味わったことも無い美味な昼食を堪能した後のルーラーの顔は、それはもう凄まじくほころんでいた。まさに中立役(笑)。すっかりアルフェリア陣営に毒されている。それでいいのかルーラー。

 

「その、ありがとうございます。私中立役なのに、ここまでしてくださって……」

「いいよ~別に。見捨てるのは後味悪いしさ、良いことしても罰は当たらないでしょ? 困った時はお互いさま、だよ」

「困った時はお互いさま……こっ、これが、真の聖女の在り方なのですね……! 勉強になります!」

「いや、ちょっと違うと思うけど」

 

 しかし、やってることは聖人そのものなのだからはっきりと否定もできないアルフェリアである。『汝自身を愛するように、汝の隣人を愛せよ』というキリスト教の教えの体現者とも言えるので、ルーラーが憧憬の眼差しで見るのも仕方ない。

 

 ――――アルフェリアが自分自身を愛していないという決定的な欠陥があるのはまだ気づいていない様だが。

 

「さてっと、私はこれから後片付けだけど……ヨシュア! 忘れてないよねー?」

「ああ、わかってる。連絡先についてはもう調べてあるからな。夕方辺りに伺う予定だ」

 

 情報が与えられてない者からすれば「?」としか思えない会話を繰り広げるアルフェリアとヨシュア。周りが話に置いて行かれていることから、恐らく二人だけ共有している情報だという事なのだろう。

 

 皆に伝えてないという事はアルフェリアがそう判断したのだろうが、事情を知らないルーラーからすれば怪しげな会話にしか聞こえてこない。世話になった身なれど、彼女は中立役にして審判。その会話の内容がもし一般人を巻き込む危険性を持っているかもしれない物である可能性がある以上、問い詰める義務があり――――

 

「お二人とも、一体何の話をして――――」

 

 そう問い詰めようとして腰を浮かせたルーラー。――――が、直後鳴り響く轟雷の爆発音で、それは見事に遮られることになった。

 

 日中に空に響き渡る雷音。天気はこれでもかというほど晴れているというのに、どう聞いても聞こえてくるのは雷の轟音だ。つまりそれは自然現象ではないという事であり――――この拠点の近くにサーヴァントが近づいてきているという事だった。

 

「っ、一体何が……!?」

「アルフェリア! 急いで防衛態勢をッ!」

「……あー、大丈夫だと思うよ?」

「は? お前、何言って――――」

 

 

 

 

 

「AAAAAAAAAAAAAAAALaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaie!!!! 彼方にこそ栄えあり(ト・フィロティモ)――――いざ征かん! 『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』!!!」

 

 

 

 

 

 アルフェリア製の防御障壁をぶち抜き、勢い余って『ソレ』は住宅の玄関を粉々に破壊して家内に入ってきた。

 

 まず見えたのは巨大な牡牛二匹。

 世界中見渡してもこれ程洗礼された牛はいないであろうというほど華麗で、獰猛で、そして勇敢な牛は荒い鼻息を立てながらその身に小さな雷電を散らしている。これぞ彼のゴルディアス王がゼウスへの供物に捧げようとした飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)。神への供物にされるほどの牛は巨大な戦車(チャリオット)を引いて此処へ参上した。

 

 そしてその戦車に乗っていたのは二メートルを超える大巨漢。何故かはわからないが『大戦略』とゲームのロゴが描かれたパッツパツのTシャツを纏い、肩に佩刀である『キュプリオトの剣』を担いで「してやったり」という顔を見せているそのものは紛れも無くサーヴァント・ライダー、――――征服王イスカンダル。またの名を古代マケドニア大王、アレクサンドロス三世。

 どういうつもりかはわからないが、彼は敵の集約地であるこの場所に派手な登場をやらかしているのであった。

 

 

「な、に、をっ――――考えてやがりますかこの馬鹿はァァァアァァァァアアアァァ!?!? 真昼間から宝具発動だけじゃ飽き足らずどうして敵の本拠地に何の対策も無しに突っ込んでるんだお前は!? しかも寄りにもよって陣地内戦闘に置いてはトップクラスのキャスターの陣地に! 馬鹿か!? 馬鹿なのか!?」

「小さい! 余のマスターながら実に発想が小さい! 誰も『昼間に宝具を使ってはいけない』などと決まりを作ったわけではあるまい! それに――――折角の登場だ、派手に! そしてより豪快に! 相手の意表をついてこそ真の軍略よ! ハッハッハ!」

「『ハッハッハ』じゃないだろぉ……! 見ろよアイツ等の顔を! 驚かれてるんじゃなくて呆れられてるぞ!」

「ん? まぁ……細かいことは気にするな、坊主!」

「細かくないんだよぉぉぉお!!!」

 

 同じく戦車に乗っていた、ライダーのマスターだろう少年があまりの激情に上ずった声を出して叫び出す。という事はもう半分サーヴァントの独断行動というわけかと大半の者が察した。そしてそれに巻き込まれている可哀想な少年のマスターに哀れみの視線を投げる。

 

「ほら見ろォ! もう同情の眼差しに変わってるじゃないか!」

「ふむ、もうちょっと迫力のある登場が良かったのか?」

「そういう問題じゃないんだよぉぉぉ……」

 

 耐え切れなくなったのか、ライダーのマスターは戦車についてる手すりに頭をゴンゴンと叩き付け始めた。苦労しているのだろう。が、そんなマスターの様子を見てもライダーは珍妙な顔をするだけであった。自分が原因だろうということに気付いているのかいないのか。

 

 そんなライダーに痺れを切らして、小さくため息を吐いたアルフェリアは呆れの表情を崩さずにライダーへと近づいて行く。戦車を前にしてもその足取りには一切の迷いがない。一切怖気づいていない証拠だ。それを見たライダーは思わず「ほう」と小さな呟きを漏らす。

 

「どうも、征服王さん。真昼間から随分派手なご登場だね」

「おうとも! 何事も豪快かつ大胆に! やること成すことを楽しむのがこの征服王の在り方よ。しかし、随分と沢山のサーヴァントが集まっておるな。……うむ! やはりどの者達も我が軍門に入れたくなる猛者たちである!」

「はぁ……で? 何の用? 戦いに来たのなら、二日目の戦闘禁止令が解かれる三日目に来訪して欲しかったのだけれど。そうすれば遠慮なくあなた方を吹き飛ばせたのに」

「おー、そう怒るでない。余は戦いに来たのではなく、ただ飲みの誘いに来ただけだ」

「……飲みの誘い程度の事で人の家の玄関を吹き飛ばしたの?」

 

 早朝、教会からの知らせを使い魔越しで受け取ったアルフェリアたちは、二日目は諸事情で戦闘禁止になっているのを把握している。だからわざわざペナルティ覚悟でライダーが戦闘を仕掛けてこないことは理解しており、外面は警戒していても内心はそこまで張り詰めていない。

 

 それでも、ただ飲みの誘いという理由で拠点に張った魔術障壁や愛着がわいてきた住宅の玄関を何の断りもなくぶち壊されれば、流石のアルフェリアも少々苛立つ。門前にチャイムがあるんだからそれを押せ……とは、聖杯戦争での敵対陣営に言えるわけもないので頬をビクつかせているだけに終わっているが。

 

 もしライダーが起こしたバカ騒ぎで身内の一人でも傷がついたら、アルフェリアは確実にルールを無視してライダーを抹殺しに行っただろう。幸運A+は伊達では無いという事か。

 

「というか、よくここを発見できたね? 隠蔽工作は結構自身があったのだけれど……」

「それはこの坊主の手柄よ。こう見えて余のマスターは中々光る物を持っていてな? 何時かきっと大物になるだろう英雄の卵と言える素質を持っておる」

「あ、そう……マスター自慢はさておき――――ここで私が断ったらどうするの?」

 

 視線に微かな威圧を込めて、アルフェリアがそう問う。その威圧を受けてもライダーは呆気からんとした様子でニカッと笑みを浮かべた。

 

「まぁ、余としても強要はせんよ。断るのならばそれで構わぬ。で、キャスター。貴様はこの誘いに乗るのか? それとも乗らぬのか?」

「…………ヨシュア」

「お前の好きにしろ。どうせ、俺は夜に単独行動することになるからな。戦闘も禁止されてるから、特にすることも無い以上俺がお前を縛りつける権利はない」

「……わかった。その誘いに乗るよ、征服王」

「うむ! そう来なくてはな!」

 

 暑苦しいほどの満面の笑みを見せつけてくるライダー。因みに歓喜の笑みを浮かべているのはこの男ただ一人であることを忘れないでほしい。他の者は大体苦笑か引き攣った笑いとも言えない表情なのだから。

 

「お、そう言えばキャスター。どこか広くて人目につかん場所は知らぬか? 場所が無ければ杯を交わすのは難しいだろう。……この場所を使うというのは――――」

「ストップ! 此処はダメ。絶対ダメ」

「そうかぁ? 割といい提案だと思ったんだがなぁ~」

 

 この男、此処がキャスターの工房ということを忘れているのだろうか。

 

 そもそもライダーに壊されるまでこの場所は厳重な隠蔽魔術によりどの陣営からも特定されない様にしていたのだ。わざわざ自分たちの拠点の場所を敵に公表する馬鹿が何処に居る。

 それに、キャスターの工房というのは基本的に罠だらけだ。アルフェリアだからこそ強固な障壁と隠蔽魔術だけで済んでいるが、何も知らない者からすれば此処は魔窟に等しい。そんな場所に行くやつはただの物好きか命知らずの馬鹿だろう。

 

「……郊外にある、この森とかどう? 奥深くに古城――――アヴェンジャー陣営の拠点がある。行くついでに誘えば一石二鳥じゃないかな」

「おお、そいつは名案だな! よし、そうと決まれば早速酒を調達だ。行くぞ坊主!」

「だあぁぁぁぁぁぁっ! 今度は何するつもりなんだよお前ぇっ!?」

「無論、略奪に決まっておろうが」

「お前の頭には『大人しくする』って単語はないのかよライダーっ!?」

「坊主、この国の言葉には『思い立ったが吉日』という言葉があるそうだぞ」

「これから略奪しに行こうとしてるのに、何いいこと言ったみたいな顔してんですかお前はぁぁあぁぁぁぁ――――!?」

 

 快諾するや否や、ライダーは振る落とされるのを防ぐためにマスターの服の襟首を掴みそのまま戦車を後退させ、猛スピードで空へと去っていってしまった。

 

 残された者達は皆茫然とした顔で取り残された。ただ、ルーラーは「昼間から住宅街付近で宝具使用……目撃者の可能性……いや、きっと見られてない見られてない。また事後処理に奔走するのは……」と負のオーラを纏いながらぶつぶつと何かを呟いていたのだが。このままでは色々なところが黒くなりかねない勢いである。

 

「……なあ、アルフェリア。時間指定とか、されたか?」

「……全くされてないね」

「………玄関でも片づけようか」

「………うん」

 

 何とも言えない気持ちで、アルフェリアたちは粉々になった玄関の修復を始める。

 そしてアルフェリアは家の強度をもっとあげようと、密かに心の中で決めたのだった。

 

 こうして、波乱だらけの昼が終わりを告げた。

 

 

 

 




朗報:ジャンヌ、堕ちる。

早かったね(知ってた)。健啖家だからね。美味しい料理出されたらシカタナイネ。
さて、ご存じだとは思いますが展開が色々早いです。たぶん二日目で聖杯問答始まると思う。だって三日目から一気に荒れだすからね。穏やかな今の内にやれることやって置かないとね。

というわけで、次回は(たぶん)聖杯問答編です。お楽しみに!!!

・・・因みに今回一番かわいそうなのはウェイバーちゃんでした、まる。


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第十七話・正気は狂気を鈍らせる

お待たせしましたー!ごめんなさい、リアルフレンドと遊んでいたら滅茶苦茶遅れた。あとめっちゃ熱くてやる気がzeroになっちゃってね、ゴメンネ(;´・ω・)

で、肝心の今回の話ですが・・・・ぶっちゃけあんまり進んでないよ!まだ『導入編』って感じかなぁ・・・展開早くしたいけどアルさんの苦悩書いてるうちにいつの間にか七千文字ぶっちぎってたという。シスコン拗らせスギィ!

まぁ、長々と失礼しました。それでは、どうぞ。


・・・モーさんが来ません。どうすればいいんですかッ・・・・!!!orz

追記
誤字修正しました。


 深山町の西側郊外に広がる森。御三家が一つ、アインツベルンの私有地であるその場所は一帯に結界が張られており、魔力・気配を隠さなければ即座に発見されてしまう一切の侵入者を許さない絶対領域である。

 そしてその何処かには古びた西洋風の城が存在しており、名はアインツベルン城。城壁には低級の霊異などを拒む結界が張られていることから、その周囲だけが異様に静かな城だった。

 

 城の前庭を眺められるテラスにて、黒いボロキレの様な布を羽織った白髪の少女が静かに、音もしない森を眺めていた。

 

 かつて美麗だっただろう碧眼は濁り、ただただ深い虚無が存在している。その目には光と呼べるモノはなく、見た目十五歳ほどの少女が持つにしては余りにも暗闇に満ちた双眸。もし誰かが見れば、自殺でも考えているんじゃなかろうか、というほどにその顔には『希望』と呼べるモノが存在していなかった。

 

 一体何十分そんなことを続けていたのだろうか。少女――――アルトリアはそう自問自答しながら、俯いていた顔を星の輝く空へと向ける。

 

 

 

 ――――望みがあった。

 

 

 

 絶望に身を堕とした己が「それでも」と、壊れた身体を鞭打ち手を伸ばそうとした『希望』があった。

 例えどんな物を犠牲にしてでも手に入れると誓っていた。あの人を、義姉を亡くしてから一度たりとも揺るぎはしなかった渇望。『平和な暮らしを取り戻したい』という、王になって無くしていただろう飽くなき欲望が凝縮されたただ一つの願望。

 

 だけど、それはどう足掻いても手に入らなかった。

 その望みの中心核である、義姉が消えてしまったのだから。

 

 アルトリアはその現実を突きつけられても、諦めきれなかった。もう叶わないとわかっていながら、その望みは彼女にとって己の命を差し出しても叶えたいと思える至宝だったが故に。

 だから、求めた。求め続けた。

 己を慕ってくれた兵を使い潰し、忠義を捧げてくれた忠臣を犠牲にし、残った家族をも死地に連れ、

 

 

 ――――その果てに、地獄を見た。

 

 

 顔を歪めたアルトリアの脳裏にフラッシュバックしたのは、自身が時間を越える直前のカムランの丘の光景。

 全ての兵が血まみれで倒れ伏し、死だけが広がった地獄。人の血で赤く染まった、厄災の丘。自身にとっての絶望の結晶。最後まで付き添ってくれた騎士たちが死に、己を庇った兄の亡骸が光の無い目で空を見続け、冷たくなった最愛の息子の体を抱きとめている自分。

 正しく、地獄だった。

 救いなど微塵たりとも存在しない。見るもの全てに絶望を振りまく惨状。

 残酷なまでの、歴史の現実。

 

 頭に焼き付いて離れない地獄(ソレ)をみて、アルトリアは無意識にテラスの塀を掴む手に力がこもり、そのまま塀に使われた石レンガを握力だけで砕いてしまう。しかし、気づかない。それほどに感情が高ぶってしまったから。

 

「…………私はっ……!!」

 

 ただ、幸せになりたかった。

 

 自分の幸福の渇望。人間なら誰でも一度は抱く感情。

 幸せになりたい。好きなことをやりたい。好きな人と共に生きたい。そんな当たり前の感情を抱き、一度は叶った――――そして、奪われた。だからこそ望む『やり直し』。

 

 もう一度あの幸せを感じたい。もう一度、もう一度――――今度は二度と取りこぼさないから。

 

 そのために世界を、壊すことになろうとも。

 

 そう、誓った。

 今ある自分の全てを擲って、自分の幸せを掴んでみせると誓った。狂気に身を委ね、己の家族に剣を向けた。その果てに皆の幸せがあるのだから、そのための礎になれと叫んだ。

 そして今――――後悔をしていた。

 本当に自分は正しいのか、と。

 

「――――……何を、言っているんだ、私は…………正しいわけ、ないだろう……ッ!!」

 

 一のために全を切り捨てる。それが、アルトリアが今やろうとしていることだった。

 自分の望みのために全てを犠牲にする。それが自分たちを斬り捨てた世界への報復であり復讐。今ある世界を犠牲にして、自分にとっての理想郷(ユートピア)を作り上げるエゴの極み。

 それが分かってるからこそ、アルトリアは理解せざるを得なかった。生前、一国の王として君臨していたからこそ、この望みの善悪がわかってしまったのだ。

 

 己の望みが、今を生きる全ての人の意思を、尊厳を、歩みを、全てを踏みにじる行為だと。

 

 言うなれば『絶対悪』。自身のエゴで世界を左右させようとする、子供向けアニメで何度も見かけるような存在。欲望のままに世界征服をしようとしている悪党――――アルトリアはそんな外道(クズ)と何ら変わらない行いを、今しようとしている。

 

 過去に悲劇があったから? そうしないと幸せになれないから? ――――そんな理由で悪行が許されるほど世界は単純では無い。どう言い訳をしてもアルトリアの行いは、今の世界を生きる人々にとっては『悪』なのだから。

 

「ッ――――だから、なんだっ……!!」

 

 そんな物とっくに理解している。だから生前ただの一度さえ染まらなかった狂気に身を堕とし、何もかもを認識外に置いて行動に支障を来さない様にした。どんな罪悪感に塗れようが、どんな重圧に圧し掛かられようが、全てを忘れてただ目的のためだけに動くロボットとして――――そうなる、はずだったのだ。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 狂気の中で、手を差し伸べられて救い上げられたから。狂った自分を、正気に戻してくれた人が――――もう二度と会えないと思っていた最愛の姉が、今の自分を許さなかった故に。

 

「姉さん……何故、何故私を、正気に戻してしまったのですかッ……!!」

 

 ずっと狂ったままだったならよかった。何も考えず目の前の敵をただ殺していくだけの機械になり続けていたのだから。しかしそれは最早無理となった。何度狂おうとしても、何度剣の切っ先を虚像に向けようとしても、『あの感触』がアルトリアを正常な世界へと引き戻す。

 

 唇に微かに残る、柔らかい感触が。

 

 

「ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?!?!?!?」

 

 

 生涯通して一番驚愕した瞬間――――義理とはいえ姉との接吻。

 

 確かに生前のアルトリアもそう言った感情、本来なら異性に向けるべき恋心を姉に向けることは何度かあった。しかしその感情は『王の責務』による重圧と『姉との恋』という背徳の理解により、抑えられてはいた。だからアルトリアから手を出すことはなかったし、あちらもまた過度なスキンシップあれど一線を越えたことは一度たりともなかった。

 

 なのに、今回その一線を越えた気がした。いや確実に越えた。

 

 アルフェリア自身は家族愛から来る行動だったのだろうが、アルトリアからすれば今まで精一杯保たせていた感情の防波堤を一気に崩されたようなモノ。今の今まで胸に秘めていた姉への感情が爆発的に膨れ上がり、顔を思い出すだけで赤面する有様だ。

 

 これがシスコンを拗らせすぎた者の末路なのだろうか。

 

「ああもうっ……! 一体どんな顔して姉さんに会えばいいんですか……! 早くこの感情静めねば……いや、しかし、どうやって…………? やはり自分で慰め――――ッ、本当に何を考えているんだ私は~~~~っ…………!!」

 

 ……反応がまるで恋する乙女のそれである。

 

 顔をゆでタコのように真っ赤にしながら、アルトリアはガンガンと額をテラスの縁に叩き付ける。当然、壊れるのは縁の方。小さな罅が度重なる打撃でどんどん広がっていくのは、やっぱりアルトリアは気にも留めない。だからだろうか、自身へと近づいてくる足音に長く気付かなかったのは。

 

「ッ……誰だ!!」

「――――あ、えっと、アヴェンジャー…………」

「……アイリスフィール?」

 

 アルトリアが振り向いた先に居たのは、胸に手を当て小さく震えているアイリスフィールだった。

 狂気が一時的に晴れたことにより、前よりは格段に薄まったとはいえ英霊が放つ殺気。姿こそ成人のものだが、実年齢は今だ十歳でその人生のほとんどを冬の城の中で過ごし、他者からの敵意に慣れていないアイリスフィールからしてみれば怯えるには十分すぎる殺気だ。

 

 あらかじめ知覚できなかったとはいえ、自身の協力者に敵意を向けてしまった事に軽く罪悪感を覚えたアルトリアは苦い顔をして、ため息をつきながらアイリスフィールから顔を背ける。

 

「何か、御用でも」

「その……お話、いいかしら?」

「……ご自由に」

 

 素っ気ない返事を聞いたアイリスフィールは、やりにくそうに笑顔を浮かべながらアルトリアの隣へと近寄る。

 その体は小さくも震えている。当り前だ。アイリスフィールは以前にアルトリアの殺気をその身に受けたことがある。その経験だけでアルトリアの危険性を知るのはそう難しい話では無い。

 

 だが、彼女は歩み寄ろうとしている。

 無垢な心で、純粋に他者を知ろうとしている。アルトリアの本質が、決して悪しき物でないと感じたがために。

 

「実はね、貴女の家族の事を聞きに来たの」

「私の家族の事を……? 何故、貴女がそんなことを。まさか、衛宮切嗣に言われて――――」

「ううん、切嗣は関係無い。ただ単純に、貴女の事を何一つ知らないから。だから知りたいの、貴女の事が」

「……知る必要は、無いと思いますが」

「…………ごめんなさい、無理を言ったみたいで」

「いえ、大丈夫です。どうせ暇を持て余していたところ、昔話も悪くはないでしょう」

 

 抑揚のない声でそれを告げ、アルトリアは空に浮かぶ月を見上げる。

 音のない世界。何処までも広がる静寂の中で、彼女は自身の胸にある『思い出』を少しずつ鮮明に思い出し始めた。かけがえのない、忘れてはならない『幸せ』の一時の光景を。

 

「……兄がいました。態度はいつも素っ気なくて、でも一番家族の事を考えてくれている優しい兄です。少し毒舌でしたが、それはあの人なりの優しさでもありました。私の間違いを指摘して、私のことを想ってくれて……私を引き取った瞬間から、自身が死ぬその瞬間まで、ずっと私の事を支え、守ってくれた。……それに私が気づけたのは、兄が居なくなった後でした……」

 

 ――――自分に迫る凶刃から身を挺して庇ってくれた兄の背中を思い出す。

 

 確かに円卓の騎士の中ではそこまで腕が立っていたわけじゃない。

 それでもアルトリアは、その背中に憧れた。自分が護りたい物を守り通すと誓い、ただの一度さえ折れなかった兄の後姿。静かに燃える信念は、円卓の猛者と比べても遜色ないほど強かった。

 

「……息子がいました。いえ、娘と言えばいいのでしょうか。不義の子ながら、私に憧憬の眼差しを向けてくれた。素行に問題あれど、その精神は確かに騎士の物でした。明るく、周りを楽しませ、明日への希望を抱かせてくれる。暗闇の中で道しるべの様に燃える炎のような。でも私は……娘が死ぬ前まで、その存在を否定していました。望まれず生まれた子だと、蔑んだのです。彼女には、何の罪もないというのに……」

 

 ――――死ぬ最期まで、己へ感謝の言葉を言ってくれた娘の笑顔を思い出す。

 

 その存在は、望まれない物だったのかもしれない。

 しかし、彼女自身には罪など無かった。ただ彼女は魔女の思惑に巻き込まれて誕生した被害者。なのに自分はその存在を否定した。向けること自体が間違った憤りを向けた。それでも彼女は、自身を慕ってくれた。それを思い出すと、アルトリアは自分の心臓を握りつぶしたくなる苦しみで一杯になる。

 

「……姉が居ました。血のつながりは無くとも、私の事を愛してくれた。私のことを大切に思ってくれた。何度も、助けてくれた、自慢の姉が。私も、そんな姉のことが大好きでした。誰にも優しく接して、誰にも笑顔を向けて、国民を、家族を、その身一つで守り通し続けた彼女は……ブリテンにとっての太陽でした。無ければならない、無くなってしまえば全てが終わる。そんな存在だった彼女は………全てを守るために、自身の身を捧げました。後の者に全てを託して。けどそれは……我々にとって、重すぎました。そして知ったのです。彼女が背負っていたのは、王の責務よりはるかに重い物であったと。そして、彼女は家族のためにそれをずっと背負い続けていたのだと。……最高の姉です。誰よりも大好きな……だから、だから…………」

 

 ――――災厄の大蜘蛛に、半死半生の体を引き摺りながらも立ち向かった姉の背中を思い出す。

 

 その存在は正しく全てを照らす太陽だった。全ての者に希望を示し、暖かい光で包み込む守護の光。

 彼女が居たから、ブリテンは理想郷として君臨できた。もし彼女がいなければ、ブリテンの運営は難航を極めただろう。考えられるだけでも食糧難の解決、インフラ整備、農産物生産管理、資源再利用機構の設立と安定化、民間警備部隊の構想と編成、魔術師の安定育成方法の確立、建築技術の効率化、食文化の発展――――彼女がいなければこれだけの事が実現しなかった。まさに欠けてはいけない、ブリテンの心臓とでもいうべき人だった。

 

 そして何より――――アルトリアにとっての、一番の心の支えだった。

 

 彼女が傍に居たから、彼女と共に歩められたからアルトリアは、何の不安も抱かず王としてその威光を照らし、民を導くことができたのだ。王としても、人としてもその心を預けられる人がいたから――――。

 

「傍に、いて欲しかった。一緒に……生きたかった、だけなのに……」

「……アヴェンジャー」

 

 悲しそうに、アイリスフィールが顔を俯かせる。しかしそれは同情からくる仕草ではない。謝罪――――アルトリアへ向けられた感情はそれであった。

 それがとても不思議で、アルトリアは悲痛に顔を歪ませながらアイリスフィールに顔を向ける。

 

「私は、貴女を誤解していたわ。目的のためなら何でも使う冷酷な人間。前までは、そう思っていた。でも違った。貴女は……切嗣に、よく似ている」

「……私が、マスターと?」

「ええ。彼も、自分を殺して無理をしようとしている……悲しい人だから」

「マスターが……」

 

 己の理想のために己を殺し、機械の様にただ淡々と己の目的を果たそうとする衛宮切嗣。

 

 己の目的のために己を殺し、歯車が壊れてる機械仕掛けの人形のフリをするアルトリア。

 

 互いに一度は理想を目指して、しかしその果てで折れ――――それでもなお抗おうとしている様は『似ている』としか形容できなかった。性別、性格、趣向は違えど、その生きざまはよく似ている。

 唯一の相違点で言えば、衛宮切嗣は自分から幸せを手放そうとしていることと、アルトリアは手放してしまった幸せを取り戻そうとしているという事か。

 

 それを指摘されて、アルトリアはようやく無意識のうちに衛宮切嗣を嫌悪していた理由を自覚する。

 自身が求める幸せを自分から手放そうとする男。それが許せなくて、アルトリアは召喚当初以来マスターと全く会話をしていない。当然念話もだ。

 

 あちらもあちらで無視をしていたので、互いに互いを無視する協力関係という名状しがたき何かの様な関係が、今のアヴェンジャー陣営の状態だ。他者から見れば見てるだけで胃が痛くなるような惨状だろう。

 

「あまり詳しく聞いた事は無いんだけど……切嗣は昔、大切な人を助けられなかったんだって。そのせいで大勢犠牲が出て……だからあの人は自分に誓ったのよ。『最低限の犠牲でより多くの人を救う』って」

「……だがそれは――――」

 

 小を切り捨て大を救う。それは客観的に見れば『最善の行動』と言えよう。だがそれは飽くまで客観的な意見。当事者からしてみれば多数の命を左右する究極の選択だ。

 一を捨てて十を救う。言うのは簡単だが天秤に乗っているのは『命』だ。決して一人の人間が弄んでいいような物では無い。だが、アルトリアは生前そんな選択を何度も強いられた。

 

 敵に囲まれた部隊を助けるか、見捨てるか。助けるならばそれ相応の準備が必要だし、救助の際に出る犠牲も決して少ない物では無い。そして見捨てればそれらを一切行わなくて済む。犠牲は囲まれた部隊のみ。むしろ怪我人の世話をしないだけ足が軽くなる。

 

 だがそれは道徳的に見れば『最悪の選択』だ。効率的に見れば最善の選択だが、最良では無い。不用意に切り捨てれば兵たちの指揮に支障が出る。「次自分が斬り捨てられても可笑しくない」と。だからといって無条件に助けに行くという事が正解というわけでは無い。下手すれば助けに行った部隊も全滅する恐れがあるからだ。

 

 そんなジレンマに陥っても、選択を強いられるのが王という存在だ。そしてアルトリアは心を殺し判断を下した。何度も、兵たちを見殺しにした。村一つを干からびさせ物資を整えたこともあった。

 

 救国の英雄――――アルフェリアがブリテンの環境を改善させる前のイングランド統一戦争ではよくあったことだ。アルフェリアがブリテン単独でも物資を安定供給させられるようにしたので長く忘れていた感情だが、アルトリアは今ようやくその苦しみを思い出した。

 

「――――人の命を数だけで判断し、左右することは容易だ。だが選択することの苦しみは……人一人で耐えられるような物では無い」

「ええ。でも切嗣はそれをやってのけた。心が強い、なんてものじゃないわ。あの人は自分を最初に殺して、機械の様にふるまったのよ。感情の無い殺戮機械の仮面をかぶって、あの人は何人も、何十人も人を殺した。殺し続けた。……本当は、誰よりも優しい人なのに」

「……理想に狂ってる、と言い表せばいいのでしょうか」

 

 アルトリアも自身のマスターの願いをアイリスフィールから聞いたので知ってはいる。恒久的世界平和。誰も争わない永遠の楽園の形成。それを衛宮切嗣は、聖杯という奇跡を使い実現しようとしている。

 それがどんな世界なのかも知らず。どうやって形成されるかも知らず。

 

「…………馬鹿な男だ。一人でそんな身に余る理想を背負う必要など、何処にもないというのに」

「あの人は、自分自身を許せないのよ。多大な犠牲を払ってもなお、自分の理想を果たせないなんて彼自身が許さない。だって――――」

「そうしないと犠牲になった人々が報われない、か? それなら実に滑稽だ。――――死人は何も語らない。死ねばそこまでだ。例え亡霊が現れたとしてもそれは怨念。既に消えた者の痕跡。そんな物を仮の重責として背負いこんでいるとしたら……筋金入りの理想馬鹿ですね、マスターは」

 

 皮肉を交えながらも、アルトリアは微笑を浮かべながらそう言い放った。

 かつて理想を目指して、理想に生きたからこそ共感できたからか。その道を『愚か』と断じながらも、それが一度は自分が通った道であるとわかっているから何とも言えない苦笑しか浮かべられない。

 

 そんなアルトリアの表情を見たアイリスフィールは思わずクスリと小さく笑った。

 

 何処か意地っ張りな娘の面影を見てしまったから。

 

「ふふっ。あの人、普段は達観気味だけれど、何処か子供じみたところがあるから。……私はあの人の望みを真の意味では理解出来ない。でも、これだけは思ってる。例えあの人が折れたとしても……私が死んだとしても、切嗣の心を、切嗣の心の中で支え続けたいって。……ちょっと、メルヘンチック、かしら?」

「死んでも尚心の中で支え続ける、ですか。………確かに少し浮いた話ですが――――素敵だと、私は思っています」

「……ありがとう、アヴェンジャー」

 

 アイリスフィールの白く華奢な手がアルトリアの手を包む。

 人の物とは思えない人形の様な美しい手。しかしその手は確かに暖かった。人の温もりを持っていた。

 思わすアルトリアはその手を優しく握り返し、アイリスフィールを見る。

 

「礼を言うのは、此方です。話を聞いてもらい、少し気が楽になりました」

「私が貴女の助けになったのなら、嬉しいわ」

「ええ、感謝します。――――おかげで、少しだけ『やるべきこと』が、理解出来ましたから」

「やるべき、こと?」

「はい。だからまずは――――」

 

 アルトリアが何かを言おうとした瞬間――――それは耳に轟いた。

 

 空間を圧すような強烈な雷鳴。高ぶる轟音は夜の空を裂き、酷い重圧となってテラスに居る二人に襲い掛かる。

 その轟音によって魔術回路に多大な負荷がかかり、倒れそうになったアイリスフィールを支え、抱き上げながらアルトリアは舌打ち混じりに城内を駆けだす。

 

 アルトリアに抱き上げられた――――いわゆる「お姫様抱っこ」されているアイリスフィールは顔を赤くしながら「あ、わ」と声を上げている。しかし動揺はしているものの、特に抵抗はしてない。実は一度はされてみたいと思っていたのかもしれない。

 

 目指すは轟音の発生源に一番近い玄関ホールのテラス。突風の様に城の廊下を駆け抜けたアルトリアは一分もかからず、黒い少女騎士は目的地へと降り立つ。

 

 案の定、アインツベルンの森に張られた結界を見事破壊しながらここまでやってきたサーヴァント――――二メートル超の巨漢、ライダーは自慢の宝具『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』で腕を組み、仁王立ちしていた。そしてその顔は実に「待っていた」と言った風の顔。人の私有地を荒らしただけでなく住居まで破壊しておきながら、どうしてこのサーヴァントはここまで自慢気な顔ができるのだろうか。

 その正体があの征服王なのだから、道理と言えば道理と言えるかもしれないが。

 

 それと、マスターらしき少年は戦車の隅で縮こまっている。その顔には「もうヤダこいつ」と書かれているかの如く暗い顔だ。苦労しているのだろう。

 

「…………ライダー。貴様、これはどういう了見だ?」

「おぉう。いつ見ても並ならぬ殺気よのォ、ブリテンの騎士王よ。それでも、前会ったときよりは格段にマシになっている様だがな」

「どういう了見かと聞いている」

「よせよせ。余は別に戦いに来たわけでは無い」

 

 ライダーの態度に苛立ったアルトリアは静かにアイリスフィールを降ろし、間髪入れず右手に魔剣を具現化させる。流石のライダーもこれには焦ったのか、両手を振りながらそれを制止した。

 

「……では、何をしに来たと?」

「フフン。これを見よ!」

 

 そう言いながら、ライダーはその丸太の様に太い剛腕で戦車の座席に置いていた『ソレ』を持ちあげ肩に担いだ。しかしそれは剣でもなければ槍でも、ましてやハンマーでもない。

 

 樽、だった。

 

 どう見ても、何処から見ても何の変哲もないオーク製のワイン樽。

 それを見たアルトリアは「そんなまさか」とある可能性に感づく。

 

「ライダー。もしや貴様は……酒盛りでもしに来たのか?」

「おう! 中々勘の鋭い奴よ。戦が再開する前に一杯交わそうと思ってな! それ、そんなところに突っ立ってないで何処かいい場所に案内せんか。宴に誂え向きの庭園などにな。それともなんだ。まさかこんなシケた城内で酒を飲もうとは、考えておるまいな?」

「……………………」

 

 そんなライダーの余りにも不遜な物言いにうんざりしながら、アルトリアは衝動的に右手の魔剣に魔力を流そうとする。

 

 しかしそれは、次にライダーが発した言葉により中断された。

 

「因みに、お前さんの姉君も誘っているぞ? いやはや、実に楽しみだ。あの『天上の料理人』と呼ばれた者の美食を味わえるかもしれんのだからなァ!」

「…………姉さん、が?」

 

 自分の発した言葉を反芻しながら、アルトリアはアイリスフィールへと視線を向ける。

 やはりというか、ライダーの滅茶苦茶な行動に苦笑していた。しかし今アルトリアが求めているのはそれでは無い。

 

「アイリスフィール、これは」

「罠、とか…………は、あり得ないわね。彼、そんな性格じゃなさそうだもの。本当に飲みに来ただけ……?」

「……でしょうね」

 

 あれだけ大胆な行動を仕出かすライダーが罠などという小賢しい手を使う光景など、二人には想像がつかなかった。本当に罠であるならばもう少しやりようがあるだろうし、そもそも正面突破などという目立つ行為などするはずがない。

 十中八九、ライダーは単純に酒を飲みに来ただけだろう。

 

「しかし――――遊びでは無い」

 

 そう、これは遊びでは無い。王にとって、弁舌の戦いこそが本来の戦場。杯を交わす場、二国の王が君臨するとなれば始まるのは”戦い”。剣では無く己の持つ知略、機転、人脈――――全ての『手札』を使い行われる卓上戦争(テーブル・ウォー)。故に、油断など許されない。

 

「ハッハッハ! わかっておるではないか騎士王。剣を交えることができぬのならば、杯を以て互いの器を図り合うまで。今宵は貴様の『王としての器』をとことん問い質してやるから覚悟しろ」

「……王としての器、か。フン、そんな物勝手に量ればいい。――――来い、征服王。相応しき場に案内してやる」

「そうこなくては」

 

 承諾を受けたライダーは厳つい笑みで大きく頷いた。

 

 しかし――――アルトリアは何処か空虚な顔で、空しそうな表情を見せるだけであった。

 

 

 

「…………私は、王の器では、ないというのに…………」

 

 

 

 誰にも聞こえない小さな呟きが、誰にも聞かれることなく宙に霧散した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 冬木ハイアットホテル――――地上から三十二もの階層が詰み上がった高級ホテル。

 数々のホテルが立ち並ぶ新都にて最高級の設備とサービスを誇るそのホテルの最上階にて、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは窓際の本革ソファに腰かけ、ガラス越しに眼下に広がる景色を眺めていた。

 だが、その表情はとても優れているとは言えない険しいもの。実際、ケイネスは鬱屈とした気分で外を見ており、景色などその目には映っていない。

 

 原因としてはやはり、記念すべき聖杯戦争の初陣の成果が期待していた物とは程遠かったことだろう。

 

 参加しているサーヴァント八騎中五騎の真名を持ち帰ったことについてはまずまずと言える。しかしその代償としてこちらのサーヴァントの真名も知られた。更に言えば相手に大した手傷を負わせることもできずに戦いは終了を告げた。

 

 こちらの被害としては真名を暴かれただけで、戦いで負った傷はランサーがあらかじめルーン魔術で応急処置を施していたが故にそこまで深くもなく、問題なく直ぐに治療できた。しかしケイネスにとっては一つの失態が生じた時点で、彼にとってはその結果は『異常』だった。

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは自他ともに認める天才だ。

 彼は幼少のころからいつも周りの者より抜きんでていた。彼より上手く課題を終わらせられる者は同年代では誰一人としていなかったし、また彼と何かを競い合って勝ちを拾えるライバルと呼べる者もただ一人としていなかった。

 

 だが――――そこに彼の執念染みた努力も無ければ、並外れた目的意識があったわけでもない。ただ単に彼の成し遂げる成果が、いついかなる時でも他者より立ち勝っていたという事でしかなかった

 だからこそ彼は今まで一度たりとも『失敗』という物を味わったことが無い。このロード・エルメロイにとっては全てが成し遂げられて必然。故に根源に至れることもまた必然――――それは『誇り』などではなく『当然』の事として、彼は認識していた。

 

 しかし今、彼は人生でほとんど味わうことが無かった『失敗』を苦く噛みしめていた。

 その失敗についてはケイネスは一日経った今しつこく咎めるつもりはない。話し合いなら既に交戦後の当日に行ったし、しくじった理由の説明も明細な報告も受けた。

 

 それでも、ケイネスにとって”目論見が外れた”という事は実に重大な要素となる。

 

 ずっと成功を続け、敗北を数える程度しか味わわなかったが故の脆さ。

 ケイネスは深いため息をつきながら椅子の背もたれに背を預け、片頭痛を収めるために用意しておいた薬品を幾つかのみ込む。当り前だが、化学的に作られた物では無く魔術的に作られた薬品だ。効果は良好。頭を悩ませていた痛みがスーッと引いて行く感覚をケイネスは感じた。

 

「――――よぉマスター、シケた顔してんな」

「……ランサー、後ろから話しかけるならば気配を殺すのはやめたまえ」

「ん? あぁ、わりぃわりぃ。つい生前の癖が出ちまった。すまんな」

「良い、許す。それで、何の用だ? まさか用もなく話しかけたわけでもあるまいな」

 

 ケイネスが振り返れば、そこには体のラインがクッキリと出ている青いタイツの上に毛皮のマントを羽織った青髪の好青年が獰猛な笑顔を浮かべて立っていた。体からにじみ出る神秘の気質は現代ではあり得ない密度。間違いなくサーヴァントである。

 自身のサーヴァントであるランサーを一瞥しながら、ケイネスは鋭い眼光でランサーを睨んだ。彼とて用もなく話しかけられるのは嫌悪するからだ。故にランサーに用を問う。

 

 そんな視線を向けられても、ランサーは笑みを崩さず肩をすくめるだけだ。その態度がケイネスの消えた頭痛を少しずつ再発させ始める。

 

「屋上で警戒をしていたら意外なことが起きてな。アンタ宛ての御届け物だ。ほらよ」

「何だと……? ――――ッ、これは……!」

 

 ランサーがマントの内側から取り出したのは、金属製の小鳥。ピンポン玉程度の大きさのそれは目に宝石を組み込まれており、調度品としてはかなりの値打ちものだろうという事がわかる。しかしケイネスが注目したのはそこでは無い。――――金属で作られたそれが独りでに動き出したことだ。

 

 金属の鳥はまるで本物の鳥のように軽やかに宙を舞い、ケイネスの眼前のガラステーブルへと落ち着く。

 そしてその口が開けば、とても見聞き覚えがある声がそこから聞こえてくる。

 

『――――ケイネス先生、聞こえるか』

「その声……ヨシュア・エーデルシュタインか……?」

『ああ。どうやらちゃんと聞こえてるようだな。試作品だったから少々心配していたが、問題がなさそうで何よりだ』

 

 引き攣る顔を直しながら、ケイネスは冷静に目の前の物体を観察する。

 

 恐らく目と喉辺りに術式が刻まれた宝石を組み込み遠隔操作を可能としている。魔力も宝石に籠められたモノから確保しているだろうから、推測するに時間制の通信用礼装。大きさからしても、万が一爆発したとしても危険性は皆無に近いだろう。爆発させたところで起きるのは精々爆竹程度の物だ。

 

 それを理解し、ケイネスは胸を撫で下ろして一度わざとせき込み、声を鋭い物へと変え金属の鳥と相対する。

 

「何の用だね? いくら講師と教え子だからと言って、今の私たちは敵同士。慣れ合うつもりはないぞ」

『安心してくれ。慣れ合うつもりなんざ毛頭ないよ。俺は単純にアンタの魔術の腕を見込んで『依頼』をしたいだけだ』

「……『依頼』だと? 同盟の申し込みか?」

『残念ながら違う。俺が頼みたいのはある物の解析。俺一人じゃ少し手が折れそうなんでな、どうか手を貸してはもらえないだろうか』

「ふむ……」

 

 顎に手をあて、ケイネスはじっくりと考え込む。

 依頼というのが聖杯戦争での同盟の申し込みではなく『ある物』の解析――――どこかきな臭い物はあるが、罠ならば素直に同盟を申し込むふりをすればいい。にもかかわらずあえて『違う』と言ってきたのは何らかの意図がある。

 じっくり三十秒考え――――ケイネスはある答えにたどり着く。

 

「――――その『ある物』とは…………聖杯か?」

『……ああ。その通りだ』

 

 ケイネスはヨシュアの腕はある程度評価している。それこそ自分の後釜を預けてもいいと思うほどに。

 そんな彼が『一人では苦労する』と評する代物がある。もしただの礼装や聖遺物ならばわざわざ聖杯戦争中に話を持ちかけたりなどしまい。つまり解析する者は必然的に聖杯戦争に関係のある物へと絞られてゆく。

 聖杯戦争に関係のある礼装または聖遺物――――つまり、聖杯。その答えにケイネスがたどり着くのはそこまで難しくはなかった。

 

 自身の推測が的中したことに光悦を覚えながら、ケイネスは少し喜色を得た声で更に問う。

 

「なぜ聖杯を解析する必要がある? そしてそんなことをして私に何の得がある? 魔術師ならば誰もが知っている法則に乗っ取り、答えてみよ。ヨシュア・エーデルシュタイン」

『……等価交換か。まぁ、忘れてはいない。報酬については――――令呪一画だ』

「――――何?」

 

 一瞬自分の耳が遠くなったのかとケイネスは思わず目を丸くした。

 令呪一画。聖杯戦争に置いてサーヴァントへの絶対命令権であるそれが報酬となれば、ケイネスとはしては飛びつきたい気持ちでいた。命令権としてでは無く、単純な研究対象としても価値が高い代物だ。当然、金に変えられない代物ゆえにその価値はさらに高まる。

 

 だからこそケイネスはもう一度持ちかけられた話を見直す。

 妙に高い報酬がある話ほど信用できない物はない。等価交換が絶対法則として働く魔術社会にとっては高い報酬であればあるほど高い危険性を持つ依頼という事なのだから。

 つまり、ヨシュアが持ちかけてきた話は令呪一画に相当する危険性を持つ可能性がある、という事だ。

 

「……ヨシュア、君は一体何をするつもりだ?」

『事情はこの話を受けてくれたら話す。それで、どうするんだ?』

「…………フッ、この私を誰だと存じる? このロード・エルメロイに成し遂げられないことなど何一つない。高いリスクがあろうがなかろうが、依頼されたからには完璧な形で成し遂げて見せよう。――――これが、私の答えだ」

『――――流石ロード・エルメロイ。威勢の強さも一級品だ』

「ククッ、褒めても何もやらんぞ?」

 

 ケイネスは久しく浮かべなかった笑顔を浮かべながら、満足げに足を組んで光悦に浸る。

 

 迫りくる難題。しかしそれを前にしてもケイネスは『問題無い』と言い切る。彼にとっては成功が当たり前であり、この前の失敗は偶然の産物。それを証明する今回の件はいいきっかけだと捉えた。

 今度こそ完璧なる成功を。――――つまり、ケイネスが依頼を受けた理由はただのコンディション直しという事だった。何とも複雑な人間である。

 

『あ、そうだ。ランサーはいるか?』

「? 隣に居るが、それがどうかしたのかね?」

『いや。深山町の西あたりの森奥で、ライダーが宴会を始めるみたいでな。どうせなら行ったらどうだ? って思ってな』

「宴会だと……? ……一応聞いておくが、貴様のサーヴァントは」

『向かわせたよ。証拠はないが――――エーデルシュタインの名前に掛けて真実だと保証しよう』

「ならばいい。信じよう。それで、集合場所はどうするのだ?」

『円蔵山。柳洞寺が建てられた山だ。そこに聖杯はある。今から大体一時間後に合流したい』

「了解した。ではこれで」

『……感謝する』

 

 魔力が尽きたのか、最後の言葉を機に金属の鳥は動きを止め、そのまま砂へと分解された。証拠が残らぬように自壊術式まで組み込む手の込みよう。流石、とケイネスは己の教え子を称える。

 そして気を張り詰めたせいで肺に溜まってしまった空気を吐き、ケイネスは隣に立っていた自身のサーヴァントへと視線を向けた。

 

 ――――何処か期待を含んだ目線を飛ばしてくるランサーがそこにはいた。

 

 それを見てケイネスは何を思ったのか、残念そうに深いため息を吐く。

 

「……行きたいのならば行けばいい。どうせ今回の事に貴様を連れて行く気はない。自由にせよ」

「おう! ありがとよ、マスター。話が分かる奴は嫌いじゃないぜ。んじゃ!」

 

 そう言い放ち、ランサーは直ぐに霊体化して部屋から立ち去ってしまう。行動の速さだけは一級品だな、とケイネスは心の中でランサーへの皮肉を飛ばしながら、テーブルに置かれたワインをグラスに注ぎ、口直しに軽く一口飲んだ。

 

 グラスから口を離し、ケイネスは口の中に広がるワインの芳醇な香りと風味を楽しみながら、先程とは打って変わった喜びの笑みで夜景を眺める。

 

「……悪くない」

 

 それは彼の前に広がる景色か、それとも今の状況か。

 

 答えは、彼のみぞ知る。

 

 

 

 




実は今回結構難産でした。ケイネス先生が意外に書きにくかったんですよ、うん(´・ω・`)。あと戦闘がないからモチベが上がらない・・・運動もしてないから関節痛い・・・モーさんが来ない・・・だるい・・・・!!

教えてくれ五飛・・・俺は一体何回(ry


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第十八話・相互理解って大事

うん、遅い!(白目)

いや、自覚はあるんですけど、やはり夏特有の灼熱の環境とずっと同じものを書いているという、何というか創作意欲がそがれていくような状況だったからね?うん、正直ちょっとペースが落ちてきた。初期の投稿ペースを今見てみると「うわぁ・・・」ってぐらい早かったし。二日に一回(平均一万文字)って、どんだけ暇人だったんだよ私・・・。

まぁ、そんなこんなで遅くなりました。申し訳ございません。今後も似たようなペースになるかもしれませんが、可能な限り早くお届けしますので、悪しからず。

追記
誤字修正しました。


 宴の場所として選ばれたのは城の中庭の花壇であった。

 白い花がそこかしこに咲き誇り、月明りに照らされ輝く花はまるで天然の蛍光灯。冷たい微風で舞う花びらを眺めながら、征服王は担いでいた酒樽を庭の中央に置いて胡坐をかき、それを挟んでアルトリアと対峙する。

 

 下手にはアイリスフィールとウェイバー。戦闘が禁止されているとはいえただならぬ空気に気をもみながら、先の読めない展開を見守っている。

 

 軽く周りを見渡し終えた征服王が一息つき、そのいかつい拳で酒樽の蓋をたたき割る。すると中に入ったワインの芳醇な香りが場に充満した。

 

「いささか妙な形だが、これがこの国の由緒正しき酒器だそうだ」

「……これが、か? 本当に妙な形だ」

 

 そう言ってライダーは、竹製の柄杓を自慢気に取り上げる。周知の事実ではあるが、柄杓は確かに水や汁物を掬うための道具だ。だが酒を汲み上げることに使う者は、ライダー以外には一人もいないだろう。というかどうやったらこれを酒器などと間違えたのか。

 いくら現代の知識を与える聖杯といえど、こういう知識は与えないらしい。

 

 ライダーはまず一杯、柄杓でワインを掬い取りそれを飲み干す。それに合わせ彼の頬が少しずつ紅潮し始め、酒が回っているのだとわかる。

 

「聖杯は、相応しい者の手に渡る定めにあるという」

 

 酔っている様子とは裏腹に、いつもとは違い静かに告げるライダー。しかしその声には多少ながら威厳が籠っており、普段の豪快さとはまた違う『凄み』を生ませている。静かになっても己の威厳を示す、それがこのイスカンダルという男なのだろう。

 

「それを見定めるための儀式が、この冬木における闘争だと言うが――――なにも見極めを付けるだけならば、血を流すに及ばない。英霊同士、互いの”格”に納得がいったなら、自ずと答えは出る」

「…………相応しい者、か」

 

 差し出された柄杓をアルトリアは無表情を崩さずに受け取り、樽からワインを掬い取って軽く飲んでいく。

 

「む? なんだ、酒が苦手なのか?」

「飲めないわけでは無いが、好きでは無い。姉も、あまり飲まないしな。曰く、過度な飲酒は身体を悪くするそうだ」

「ん~……そうか。まぁ、個人の趣向についてはとやかく言わんが、酒を飲むことの楽しさを知ればもう少し人生楽しく生きられるのではないか? 騎士王よ」

「必要ない。そもそも生きるだけなら飲酒の必要性など皆無だろう」

「それはそうだがのぅ……」

 

 何処か残念そうな顔でライダーは唸る。彼にとっては美味い飯を食って、美味い酒を飲むことこそが『生きる』ということ。つまり『生きる』という事は楽しむことに他ならない。感情の上下がない時間の経過は『死』と大差ないからだ、とライダーは思っている。そして目の前の騎士王は――――心が死にかけていた。

 

 故に「酒を飲む楽しさを教えてやらんことも無い」と意気込んではいたが、本人が「そんなに好きでは無い」と言ってしまった事で出鼻が挫かれてしまった。それを残念がったのかもしれない。

 ついでに、新しい飲み仲間ができなかった事にも。

 

「それで、まずは私と”格”を競いたいというわけか。ライダー」

「おうとも。互いに『王』と後世で称えられている以上それをしない道理はあるまい。これはいわば『聖杯戦争』ならぬ『聖杯問答』――――どちらが”聖杯の王”に相応しい器の持ち主かの競い合いよ」

「…………私は――――」

 

 アルトリアが何かを言おうと口を開いた。――――が、その瞬間二人は同時にただならぬ気配を肌で感じ取り、直感的に首を上にあげた。

 

 ――――空に『王者』が居た。

 

 そう形容するしかない、圧倒的な威圧感。その場に居るだけで体が潰されそうな圧力が二人の体に圧し掛かる。

 夜空を舞う『それ』は一対二翼の翼を羽ばたかせながら、ゆっくりとこちらへと降りてきた。

 

 降り立ったのが銀の竜。しかしただの竜では無い。千年以上を生き長らえた最上級の竜種。

 身に纏う大量の鱗一つだけでも、現代ではこれ以上無い価値を持つだろう神秘の塊。一晩にして国を焼き滅ぼせる災厄にして竜種の王。月光を反射して輝く銀の鱗は本物の白銀以上に煌めき、この場を照らす閃光となる。

 

 そして銀竜が中庭に降り立つと、その背に乗る影が見えてくる。

 

「――――ほほう。まさか、竜の背に乗って現れるとはな。見事なり、キャスター!」

「……姉さん」

 

 竜の背には銀髪銀眼の美女、紺色の髪を伸ばした男性、アルトリアに容姿がよく似た金髪の少女、そして旗を掲げた金髪の少女が乗っていた。当然、アルフェリア、ランスロット、モードレッド、ルーラーの四人である。

 

 アルフェリアが竜の背から飛び降り、己の専従である銀竜――――ハクの頭を優しく撫でながらこちらを見る。その顔は、いつも通りの笑顔。アルトリアはそれを見て咄嗟に目を逸らしてしまった。

 その笑顔が、眩しすぎた(・・・・・)から。

 

 汚れ、濁った自身への嫌悪でアルトリアは思わず血がにじむほど手を握りしめた。

 今の自分に彼女を見る資格はない。笑顔を向けられる資格も。愛を受ける資格も――――そう考えていたアルトリアの体を、暖かな温もりが包み込んだ。壊れて、荒んで、汚れきったアルトリアの心を癒すように。

 アルトリアは唇を震わせながら、俯いた顔を上げる。

 

「姉さん……私はっ、貴女に、剣を……!」

「ふふっ、大丈夫だよ。大丈夫だから……もう少しだけ、こうさせて」

「……ごめん、なさい…………っ」

 

 自分の不甲斐なさと姉への申し訳なさに涙を流すアルトリア。しかしアルフェリアは優しい笑みのまま、彼女の華奢な体を抱き、背中をさすってそれを宥めていく。その様は、まさしく姉妹。長きに渡り離され続けた家族は、ようやく真の形で再会を果たしたのだった。

 

 これぞ感動的な場面。

 傍らで見ていた征服王すら少し涙を浮かべ、アイリスフィールなど「よかったわね……!」と言いながらハンカチ片手に号泣している。ウェイバーは状況が飲み込めず「え?え?」と言った様子であったが、まぁ些細なことだろう。

 

 しかし悲しいかな――――どこの世界にも空気を読まない者というのは存在する。

 具体的には、黄金の鎧を纏った天上天下唯我独尊のサーヴァントが。

 

 

 

 

「フーッハッハッハッハッハッハ!!! 愉快! 汚らしい鼠が無様に泣きわめく様は見ていて実に愉快よ! だが鼠が我の庭で涙を落とすなど、本来であればこの我直々に断罪するべき行為。だが――――許す。貴様の美しさに免じてな、キャスター!」

 

 

 

 

 何処からともなく聞こえる高笑いと共に、しんみりとした空気が一気にぶち壊れる。

 

 瞬間、眩い黄金の光が一同の眼前にて発生した。そしてその声音、その気配に覚えのある者達は一斉に引き攣った笑いを浮かべ出す。生真面目なランスロットに至っては「やはりあの時殺しておけばよかった……」と深く後悔したような顔だ。実にたった今乱入した者の悪質さが理解できる一場面と言えよう。

 

 出現したのは着込んだ黄金の鎧を輝かせた金髪赤眼の男。サーヴァント・アーチャー。殆どの英霊の真名が明らかになっている中、未だ正体が知れない謎のサーヴァントでもある。

 

「……ん? どうした雑種共。此処は我の登場と共に盛大な喝采と拍手を送るところだろうに! わかっていない、実にわかっていないな。やはり雑種は雑種か」

「アーチャー、どうしてここに?」

 

 震える声――――呆れが一周して怒りに変わり、身体を振るえさせながら問うアルフェリアに応えたのはライダー。凄く申し訳なさそうな顔で、征服王は疑問に答える。

 

「いや、な。街の方でこいつの姿を見かけたんで、誘うだけ誘って置いたのさ。――――ここまで空気の読めん男とは知らんかったが」

 

 真顔で告げる征服王の顔には、何処か悲壮が感じられた。

 

 確かに、ここまで見事に感動的な空気をぶち壊してくれる男なら流石の征服王も宴会の誘いは戸惑ったかもしれない。やはり相互理解は大事という事だ。良い意味でも悪い意味でも。

 

「……しかし、よもやこんな鬱陶しい場所を『王の宴』に選ぶとは。それだけで貴様の格は決まったものよな、征服王。こんな場所へと我に足を運ばせた非礼をどう詫びる?」

「まぁ、そう固い事いうな。ほれ、駆けつけ一杯」

 

 アーチャーの尊大な態度をライダーは苦笑を交えながらも笑い飛ばし、ワインを掬った柄杓を差し出そうとする。が、その寸前でアルフェリアが手を突き出してライダーの剛腕を止めた。

 何の前振りもなく行動を止められたライダーは怪訝そうにアルフェリアへと問いを飛ばす。

 

「ん? どうかしたのか、キャスター?」

「……それ、何なのか知ってる?」

「当然だとも。この国の由緒ただしき酒器――――」

「いや違うから。水や酒を掬う事はあってもワインを掬うことには使わないから! はぁぁ……聖杯ってどうして『常識』っていうのをサーヴァントに教えないのかな、全く……」

 

 聖杯がサーヴァントに与える知識は飽くまで大まかなものである。

 例えば、飛行機。「飛行機が空を飛ぶ機械」という知識は与えられても「どんな原理で飛行機が飛んでいるのか」という知識は与えられない。要するに箱の形は知っていても箱の中身を知らないのだ。

 

 アルフェリアは前世――――名前も知らなければ、家族の顔も知らない者の記憶を受け継いでいるせいで、現代の詳細な知識を保有するイレギュラー故に一番常識が身についている。だがそれを彼女が他者へと明かすことは今まで一度たりともなかったし、今後も起こりえないだろう。

 

 しかしもし彼女がそんなインチキをしていなければ、やはり彼女も周りのサーヴァントと同様だったのだろうか。

 

「そんな下らんことよりも、我としては中立を謳う小娘がキャスターと共に参上したことに疑問を覚えているのだが――――これはどういうことだ? ルーラーよ」

「っ……」

 

 ギラリ、とアーチャーのルビーの様な赤眼がルーラーへと向けられる。

 突拍子もなく睨みつけられたルーラーはその威圧にビクッと体を震わせながら、一度ワザとらしくせき込み説明を述べ始めた。

 

「こほん……。理由としては二つです。一つ目は、私が行き倒れていたところに彼らに拾われ、保護を受けたこと。本来ならば勧められない状況ですが、空腹による餓死寸前という緊急事態だったのでやむなく……」

「……プッ、フフフフハハハハハハハハハハッ!! 中立役が空腹で倒れるだと? 無様すぎて呆れすらできんわ、雑種の小娘よ! その胸についた贅肉は飾りか何かだったのか?」

「むっ……!? 胸は関係ないでしょう胸は!?」

「ククククッ……良い、続けろ」

 

 ルーラーが空腹でダウンという話は、確かに視点を変えれば笑い話だろう。要するに試合の審判が空腹で倒れて、選手に食事を分けてもらったという、笑っていいのか笑えないのか判断に困る話だ。

 因みに笑っているのはアーチャーだけで、他の者は全て苦笑だ。流石アーチャーと称賛すればいいのか、やっぱりアーチャーかと呆れればいいのか。

 

「二つ目は、過度な戦力の集中により聖杯戦争の進行に支障が出ないかの監視です。途中で仲間割れなどされれば、民家に影響がないとは言い切れませんので。今回ここに参じたのも同様の理由で――――」

「――――おいテメェ! 俺が姉上を裏切るわけねぇだろうが! 寝言は寝てからほざきやがれ!」

「――――モードレッドの言う通りですよ、ルーラー。万が一にも、我らがアルフェリア様を裏切るなど天地がひっくり返ろうが隕石が落ちてこようが断じてあり得ない。そんなことをするならば我が聖剣で迷いなく自身の首を断つことでしょう」

「…………ア、ハイ」

 

 鬼の様な怒気を発しながら、モードレッドとランスロットがルーラーの言葉を断固と否定する。

 

 事実彼らが裏切るなどあり得ないだろう。単純な忠義や尊敬以上に、彼ら彼女らは『家族』という切っても切れない絶対的な繋がりで結ばれているのだから。

 裏切るとすれば、それこそ体が『この世全ての悪』に汚染されるほどのことが無ければ断じて起こりえない。

 

 まるで特大の刃物でも向けられたような恐怖に包まれ、ルーラーは涙目になりながらカタコトで返事を返し、そのまましゃがんで床を指でなぞり始めた。

 

「……私、審判役なのに……どうしてこんな人たちに囲まれなきゃいけないんだろう……。星が綺麗だなぁ……」

 

 彼女の今の姿は実に孤独としか言いようがなかった。これが審判役の姿だと言って、誰が信じようか。

 

 ――――それはさておき、自身の胸の中で泣くアルトリアを宥めていたアルフェリアは、場の端で微かに漂う異様な気配を感じ取った。真水の中に漂う小さな毛糸の様な、本当によく凝視しなければ見つけることすらできない程、よく自然に溶け込んだ気配。

 

 彼女はそれを感じ取るや否や殺気を込めた視線を投げた。

 

 殺気が放たれた瞬間一瞬にして冷え込む場。

 向けられた方向こそ一方だが、滲み出る殺気は並の英霊の追随を許しはしない。触れるだけで気絶しそうな殺意が視線の先に居る『それ』を穿つと、違和感が存在していた空間が少しずつ揺らぎ、青い光を漏らし始めた。

 

 

「――――おいおい、覗き見していただけでそこまで殺気を向けるこたァねェだろ?」

 

 

 皮肉気な笑いを浮かべながら、漏れ出た青い光――――魔力の粒子が人型を形作り始める。

 

 現れたのは青いタイツを着込んだ男性、サーヴァント・ランサーだった。彼は普段握っているはずの赤槍を持たず、明らかに隙だらけだという事が分かる。

 だがそれは素人の見解。実際のランサーは一つとして隙が見当たらない。武器が無くても一流の戦士だという証拠だ。そして彼は肩をすくめながら、中庭の中央付近で足を止めた。

 

 幾ら観察しても、隙は無くとも彼に敵意はない――――戦闘をするつもりはないようだと判断し、アルフェリアは向けていた殺気を収める。そして体を圧迫していたモノが消えたことで、ランサーも「ふー」と一息ついた。

 

「いやはや、まさか隠れてみてるだけであんなふざけた殺気を向けられるとはな。お前さん、ホントにキャスターか?」

「キャスターだよ。あと、私が殺気を向けたのは『この場所で隠れる理由がないのに隠れていた』から。普通に登場してくれれば、私もあんなことはしないよ」

「そうかい。まぁそれでも、お前さんの強さが底知れないって事が分かったからな。何も悪いことだけじゃねえ」

「…………そう。それで? 貴方もライダーに誘われて?」

 

 疲れた様な顔でアルフェリアがランサーに問うが――――その答えはライダー本人から帰ってくる。

 

「いんや。余は誘っておらんぞ」

「たりめェだ。俺はマスターの工房の中で待機していたからな。連絡の取りようがねェ」

「じゃあどうやって」

「お前さんのマスターに誘われたんだよ。キャスター。宴会をするけどお前もどうだ? ……ってな」

「ヨシュアが……まぁ、ならいいか」

 

 とりあえず、これでアサシン以外の全てのサーヴァントがまた集ったことになる。

 一日目だけでなく二日目もサーヴァントが大集合。ここまで来ると事前に話し合いでもしていたのではないかと思えてくるほどの状況だ。普通のマスターなら意地でも漁夫の利を狙おうとするだろうが――――

 

 

「あ、ここで少しでも戦おうとした奴は速攻でマスター諸共ぶっ殺す(・・・・・・・・・・)から、そのつもりでね?」

 

 

 アルフェリアの一言で、この状況を静観していたマスターたちはごくりと固唾を飲み込んだ。

 

 その台詞に籠められた威圧はまるで竜種の咆哮。耳に入れるだけで全身が上から押し潰されるような感覚を味わい、この瞬間から全てのマスターは行動を制限されてしまう。下手に動こう物ならアルフェリアは文字通り即座に殺しにかかるだろう。

 無論、正当防衛という建前がある以上『戦闘禁止令』という盾を使う事も不可能。

 

 つまり、この場は彼女の一言で絶対神聖領域と化したのだ。

 

 まさに聖女――――何処か勘違いをしながら、ルーラーはその腕前に感嘆しキラキラとした憧憬の眼差しを彼女へ向ける。……やってることはただの脅迫なのは内緒だゾ☆

 

 色々予想外の事はあったが、予想通りほぼすべてのサーヴァントが揃ったことでアルフェリアは小さく頷き、苦笑のまま片手を空へと伸ばして軽く指を鳴らした。

 

 パチン、と軽い音が空へと消え――――直後、庭の上空に『孔』が空く。

 

「なぁッ!?」

「嘘でしょ……!?」

 

 ウェイバーとアイリスフィールが驚愕の声を漏らす。

 

 今アルフェリアが行ったのは間違いなく魔術の発動だ。しかし魔術と言う物は基本的に詠唱や儀式を伴う代物。軽度の物なら一工程――――魔力を流すだけで発動できる物もある。だがそれは本当に簡易的なもの、それこそガンドなど初心者でも苦も無く使えるような初歩の初歩の魔術だけだ。

 

 そして今、アルフェリアは詠唱もせず、指を一回鳴らすだけで空に半径数メートル級の虚空を生み出した。言葉にすれば単純だが、今やったことを簡単に言えば現世と異空間の接続。そして接続空間の拡大。――――普通の魔術師が今彼女が使った魔術を再現しようものなら、確実に長大な詠唱と魔力を必要とする。当然、アイリスフィールも例外では無い。

 

 もし現代の魔術師がコレを見たなら、それだけで数百年積み重ねてきた努力が彼女(アルフェリア)の前では道端の小石同然だと理解できるだろう。例えこの先何百年、何千年努力を積み重ねようが決してたどり着けない魔術の極地。

 

 ウェイバーはそれを理解して絶句し、アイリスフィールはただ言葉もなく冷や汗を流した。

 

 何せ今の魔術は、やろうと思えばキャスターは指一本動かさずともここに居るマスターやサーヴァントたちを殺せる用意ができる、という証拠でもあったのだから。

 

「宴会だからね。最低限の用意はさせて貰ったよ。どうぞ、楽しんでくださいな」

 

 虚空から降りてきたのは、重力が消えたようにゆっくりと下降する、大量の料理や酒などが乗った純白の円卓。

 

 円卓に置かれた料理は一個一個が至高の品。神がかった技術だけでなく食べる者を思う気持ちも欠けていない、料理人がたどり着く終着点の一品。

 漂う香りを吸えば、それだけで頭の中に爆発するような多幸感が広がる。無意識に口から涎を垂らすものも多数。あの尊大なアーチャーでさえ目を丸くしてそれらを見ている。

 

 そして、酒類は確認できるだけでもビール、ウォッカ、ワイン、ウィスキー、ブランデー、焼酎、日本酒等々。他にも彼女特製の製造法不明の酒なども存在している。この世のすべての種類の酒がここにあると言われても納得するだろう品揃えだ。

 

「料理に関しては色々な国の物を用意させてもらったよ。イタリア、スペイン、ポルトガル、フランス、ベルギー、ドイツ、スイス、オランダ、イギリス、アイルランド、スウェーデン、オーストリア、マケドニア、ギリシア、ブルガリア、ロシア、メキシコ、ブラジル、コスタリカ、ペルー、アメリカ、ハワイ、カナダ、キューバ、オーストラリア、エジプト、トルコ、サウジアラビア、イラン、イラク、シリア、インド、スリランカ、インドネシア、ベトナム、マレーシア、フィリピン、チベット、ネパール、中華、台湾、タイ、日本――――他にもほしい料理があったら遠慮せずに言ってね?」

 

 その数実に四十三ヶ国。それぞれの国の料理を見事作り上げ、更に独自にアレンジを加えることでさらに高みへと昇華したその料理群は最早空腹の者からすれば『理想郷(アヴァロン)』に他ならない。

 

 証拠に――――アルフェリア以外の者達は既に臨戦態勢(・・・・)に入っていた。

 

 

「――――それじゃあ、宴会を始めましょうか」

 

 

 開戦の狼煙が、上げられた。

 

 

 七騎のサーヴァントが一斉に円卓へと飛びつく。始まったのは聖杯戦争ならぬ美食戦争。

 己の糧となる美食を取り合う、生命の根幹に繋がるだろう闘争。美味い飯を食い、美味い酒を飲み、体の糧とし明日を生きる。それに必要な最高の素材(料理と酒)が目の前に広がっているとなれば手を出さない理由は無い。

 

 ――――始まったのは料理の取り合いという子供の喧嘩染みた何かだったが。

 

「貴様アーチャー! そのザウアーブラーテンは私が先に目を付けた物だぞ!」

「フハハハハッ! 鼠は鼠らしく穀物でも食しているがいい、アヴェンジャー。しかしこれは……実に美味! 益々気に入ったぞ、キャスター」

「おいランスロット! お前のビーフストロガノフ寄越せ!」

「なっ……モードレッド卿、これは私が盛りつけた料理です! 何故貴方に差し出さなくてはならないのですか!」

「このチーズマカロニグラタン、美味しいです……故郷の料理とは思えないぐらいに」

「ほう! 余の国の料理であるパスタラマリヤまであるのか! ――――むほォ! こいつは美味い!」

「マジかよ……ウチの宮廷料理顔負けの美味さだ。ケルトじゃ基本丸焼きだからな。……ホント美味ぇな、オイ」

 

 名目通り、宴会の様な熱い盛り上がりを見せるアインツベルン城の中庭。

 異国の英雄たちが食卓を囲んでいるという異色にして圧巻の光景――――そして、その光景を見たほぼ全てのマスターたちは、同時にこんな疑問を浮かばせる。

 

 

 

 ――――…………聖杯戦争とは一体?

 

 

 

 戦闘禁止令が出されているとはいえ、明日には殺し合う仲だというのにそんな要素は一切見え隠れしない。本人たちが細かいことを気にしない性格なのか、それとも単純に馬鹿か。

 できれば前者であってほしいと願うマスターたちの祈りは、果たして叶うのだろうか。真相は本人たちのみ知る。

 

「しかしキャスターよ、何故貴様はこうも料理を得意とする? 生前は魔術師だったのだろう?」

「いや? 宮廷料理人だけど?」

「……は?」

 

 その一言が場に広まると、生前の彼女を知っていた者達以外の手がぴたりと止まる。

 

 気持ちは理解出来なくもない。

 何せ、世界的に見ても五指に食い込む大魔術師が自分を『宮廷料理人』だと称したのだから。

 

「……キャスターよ、それは所謂『ジョーク』と捉えればよいのか?」

「違うよ。確かに魔術はちょっと(・・・・)人より上手かったけど、半分趣味だしね。国防にも必要だったから、青年期の頃にマーリンに教えてもらった基礎を独学で発展させて使っていただけ。魔術師というか、魔術使いの枠を出ないよ、私は。それを周りの人たちがいつの間にか「大魔術師だー」とか、「三賢人だー」とか騒いで、勝手に異名を付けていったせいで誇張表現されたに過ぎないよ。だから、私の本職は宮廷料理人。決して稀代の大魔術師とか三賢人なんて御大層な名前を付けられるほど、偉い人でもなんでもないんだ。――――ご理解いただけたかな、英雄王ギルガメッシュ(・・・・・・・・・・)?」

「――――ほう……」

 

 真名を言い当てられたアーチャー、英雄王ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべる。その笑みは名を言い当てられたことに対するものか、それとも工房内で焦燥が滲み出た顔で歯噛みしている自身のマスターの無様を見ての反応か。恐らく答えは『どちらも』なのだろうが。

 

「ギルガメッシュ……? ッ、古代ウルクの王――――人類最古の英雄王か!?」

「まさしくその通りだ。気づくのが遅すぎるわ、雑種ども。だがキャスターよ、貴様はどうやら違うらしいな。何時から気づいていた?」

最初から(・・・・)

「……クッ、クククハハハハハハハハハッ!! 面白い! 実に面白いぞキャスターよ! 一体どうやって気づいた? 少なくとも我は現世に現界してから我自身の名を口にしたことは一度も無かったのだが?」

「ん~…………まぁ、聞かせても大丈夫か」

 

 ポリポリと頬を掻きながら、苦笑交じりにアルフェリアは果実酒が注がれたグラス片手に解説を始める。

 

「まず倉庫街での戦闘。あの時アーチャー、ギルガメッシュは大量の宝具を黄金の波紋――――たぶん、異空間系の宝具だろうね。で、そこから何百もの宝具を取り出した。普通多数の宝具を持っているのはライダーくらいしかありえないけど、そのライダーは此処に居るからギルガメッシュがライダーという事はあり得ないよね」

 

 宝具を複数、少なくとも三個以上所有できるのはライダーのクラスのみ。勿論例外は数あるが、十個以上となるとライダーでも厳しい数だ。だがギルガメッシュは百以上の宝具を所有している。たとえ彼がライダーのクラスであろうと、常識外の数だ。

 

「で、クラスに関わらず宝具を多数所持しているとなると、生前数多の宝物を集めた英霊が該当する。そしてアーチャーの高いプライドと暴君じみた傲慢な態度――――纏めれば『生前百以上の宝物を収集したことがあるプライドが高い暴君』。ここまでヒントが出されれば、後は様々な文献を当たっていけば大まかな推測はできるでしょ?」

「なるほど……確かに古代ウルクの王であるギルガメッシュ王は様々な宝物を自身の蔵に収めたという。つまりアーチャーの宝具はバビロニアの宝物庫か!」

 

 掌に拳をポンと置いて、征服王は「どうだ?」いったといった顔でギルガメッシュを見る。

 

 そんなギルガメッシュは自分の宝具を言い当てられたというのに全く焦りの様子が見えなかった。それは例え知られても問題無いという強者の余裕か。確かに、彼の宝具は詳細が知られたところで対処法は限られる。少なくとも発言者であるライダーの持つ手札ではどうしようもない――――ある一つの宝具を除いては――――という事は確かだろう。

 

「『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』、と言ってもらおうか征服王。……しかし、まさかそんな少ない情報で我の真名を当てるとはな、キャスター。その聡明さ、益々相応しいと言えよう」

「………ん? 相応しい?」

 

 アルフェリアはギルガメッシュの言っていることがよく理解出来ず、彼に問いかけた。

 理解出来ていないのは彼以外全員であることは言わずもがなだが。

 

「まだわからんか? 仕方あるまい。特別に、この我直々に伝えてやろう――――この世で最も素晴らしき誉れをな」

「?」

 

 やれやれと首を振りながら、ギルガメッシュは高らかに宣言する。

 

 爆弾となる発言を。

 

 

 

 

「――――キャスター、貴様に我が伴侶となる名誉を与えてやろう! 泣いて喜びながら受け取るがいい!!」

「……………………は?」

 

 

 

 

 爆弾は爆弾でもツァーリ・ボンバだった。

 

 ギルガメッシュのその発言を聞いたアルフェリアの生前関係者――――アルトリア、モードレッド、ランスロットは同じ瞬間、各々の持っていたグラスを無意識に粉々になるほど握りつぶした。更にその顔からは表情が消え失せ、並ならぬ殺意が滲み出始めている。

 最後に止めとして、三人は自身の宝具を無言で手に具現化しだす。

 

 間違いなくギルガメッシュを抹殺する準備であった。

 

「姉さんを、伴侶に? ハハハハハハハハ■■■■■■■■■■■!! …………殺ス」

「アロンダイトよ、今こそお前の力の見せ所だ。彼女に近付く悪漢を始末するぞ…………!!」

「姉上と結婚していいのは父上と俺だけだ! テメェなんかに奪われてたまるかぁっ!!」

 

 色々可笑しい気がしなくもないが、愛の前では細かいことだ。気にしたら負けという奴だろう。

 

 …………たぶん。

 

「やれやれ。騒がしい鼠どもめ。この俺の婚儀を邪魔立てするか。いいだろう、お望み通り罰を与えてやろう」

「ちょっ!? アーチャー、今日は戦闘禁止令が――――」

「知らん。そんなルールに我を当てはめるでないわ、ルーラー。そもそもこれは『戦い』ではなく『断罪』であるが故、そんな凡俗な決まりなどには引っかからん」

「それただの屁理屈ですよね!?」

「屁理屈も理屈だ。何、単なる遊戯よ。大人しくそこで見ているがいい」

 

 喧嘩を吹っ掛けられたギルガメッシュも妙にやる気で、背後から多数の宝具の顔を出させたまま仁王立ちする様は実にノリノリだった。まさか惚れた女の前でいい恰好でも見せたいのか、この英雄王は。

 

「おいキャスター、いいのかアレ? アイツ等が戦うなら俺らも巻き込まれるぞ?」

「その心配は実に的確だと言わざるを得ないね、ランサー。でも大丈夫だよ。ちゃんと私が止めるから」

「は? だがどうやって――――」

 

 流石にこの事態を重く見たランサーが顔を引きつらせながらそう言うが、それでもアルフェリアは微笑のまますーっと息を吸い――――

 

 

「今から大人しくしなかった人は特製デザート抜きですよー!」

「「「「ッッッ!!!!」」」」

 

 

 光の速さで四人が元の位置に戻る。

 デザート抜きにされると聞いては彼らとて大人しくせざるを得まい。何せ至高の料理人が作る特製だ。英雄王の宝物庫にもないそんな物を食す機会を自分から捨てるわけがない。

 良く言えば食い意地が張ってる、悪く言えば胃袋を掴まれている、か。どちらにしても残念な感じなのは変わらないが。

 

「全く、折角開いた宴会で暴れ出そうとしないでよね。頑張って用意した料理を無駄にしないためにも」

「ご、ごめんなさい……」

「あの阿呆王の戯言で少々頭に血が上ってしまいまして」

「その通りだぜ! 全く! 全く!」

「フン、我は我の気持ちを正直に述べたまで。それで? 返事を聞かせてもらえるか? キャスターよ」

「保留で」

 

 タイムラグ無しの速攻でアルフェリアは返事を返す。しかも返事は無難な『保留』だ。ある意味妥当だが、英雄王からすれば「むっ」とする返事であった。

 

「保留とは……何を迷う必要がある? 我の伴侶となる事、それ即ち世の全ての悦を手に入れたも同然――――」

「――――いや、好きでもない異性と結婚とか、普通に無理でしょ?」

「ぐはァッ!?!?」

 

 アルフェリアの鋭い一撃が英雄王の心を的確に穿つ。ゲイ・ボルク顔負けの精度だ。

 

「ば、馬鹿な……! この我に対し『好きではない』、だと……? 黄金比の領域に整えられた我の肉体のどこに欠点があるというのだ!?」

「肉体面じゃなくて、精神的な話だよ。私、人は見た目じゃなくて性格で選ぶタイプだし。……まぁ、異性としてはともかく、人間としては貴方の事は好きになれるよ? ギルガメッシュ」

「それは我との婚約の了承と見て――――」

「違うからね~」

「ゴフッ……!」

 

 再度心を穿たれたギルガメッシュは椅子から転げ落ち、膝をついてプルプルと体を震わせた。人類最古の英雄王の名前が泣いているだろう絶景(笑)であるのは言うまでもない。

 

「ま、そう言うわけで、もっとお互いの事を知らないうちには返事は返せない。だから『保留』。返事は、もう少し待っててね?」

「くっ……まあ良い。その答えは『私が貴方の物になるのは時間の問題』と言っているようなモノだからな! フーッハッハッハッハ!!」

「…………そんなこと一言も言ってないんだけどなぁ」

 

 高らかに笑うギルガメッシュへの対応を諦め、アルフェリアは光の消えた遠い目で夜空を見た。勿論現実逃避である。

 英雄王は人の話を聞かない――――アルフェリアは密かに胸へとその言葉を刻み付けたのだった。

 

 そんな茶番が終わったころに、ライダーが一度注目を集めるために大きく咳き込んだ。

 色々脱線してしまったが、ようやく『本題』に入るつもりなのだろう。

 

「んん! 皆の者よ、聞け。――――食卓の上には美味い飯と美味い酒。そして此処には八騎のサーヴァント。ここまで揃うモンが揃ったからにはしなければならんことがあるだろうよ!」

「? おい、征服王さんよ。アンタは一体何をやるつもりなんだ?」

 

 未だ状況があまり飲み込めていないであろうランサーのその問いに、征服王は笑みを崩さずアルフェリアが用意した銀の酒器に、数百年もの間熟成されたであろう極上のワインを注ぎながら、喜色を含んだ声で答えを返す。

 

「ランサーよ、我らは互いの事を知らん。故に語り合う必要がある。拳で語り合うもよし、口で語り合うもよし。しかし悲しいことに、今宵は争い事が禁じられている。――――だが先程も言った通り、語り合うだけなら拳ではなく口でもできる。ならば此度の夜は杯を交わし、己の大望を語り合うことで各々の器を示すべし!」

 

 征服王は銀の酒器に注がれたワインをがぶりと一気に飲み干して、卓上へと力強く叩きつけた。

 何杯もの酒を飲み干した征服王の頬は紅潮しており、何処からどう見ても酔っている。だがその目には確かな強き炎が燃え滾っており、今の言葉に偽りがない事を魅せられる。

 

 そして空を貫かんばかりの大声で、ライダーは大声で全員へと呼びかけた。

 

 

 

「――――さぁ、我らの問答を始めようぞ!」

 

 

 

 英霊(ゴーストライナー)たちの長い夜はまだまだ続く。

 

 

 




戦闘がない・・・戦闘が欲しい・・・!!今更だけど二日目戦闘禁止にしたのちょっと後悔してる!でも仕方ないじゃん?こうでもしないとジャンヌと聖堂教会の胃が死ぬんだし・・・アレ?別に良くないか?

璃正「解せぬ」
じゃんぬ「解せぬ」
麻婆「愉悦」

・・・あー、暑っちぃー・・・早く秋来てくれ~(;´・ω・)



なお、夏でも秋でもAUOはフラれる模様。

AUO「何故だぁぁぁぁぁ!!」


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第十九話・憎悪は拭えず、波乱は止まらず

くっそやる気出ねぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・(死んだ目)

暑すぎてやる気のやの字も出んわコレ。何なの?天然サウナなの?馬鹿なの?温暖化なの?・・・と言った調子で机の前で虚ろな瞳で一時間天井見上げてみた金髪大好きであります。アレ首痛いわ。二度とやらん。

で、肝心のイベントですが・・・正直クオリティが一部と比べてダウンしすぎて悪い意味でグダグダだった。マルタさんとベオさんの殴り合いは個人的にGJですが、全体的に見て、ねぇ・・・(凄女ってすごい)。まぁ、とりあえずおっぱい師匠は限凸させました。

そして、ガチャの結果。三万ぶち込んで、なんと。

弓トリア:一枚
マリー(術):四枚
マルタ(拳):〇枚

・・・ちょっと結果偏り過ぎじゃないですかね運営ぃ・・・!!まぁ、狙っていた弓トリアさんが出たのでおおむね満足。モーさんはまだ来てないがな!!

・・・頭痛いなぁ。

※今回の話は前半ギャグですが後半はガチシリアスです。そこら辺を踏まえて見てね。


 月光が照らす白い花が咲き誇るアインツベルン城の中庭。

 七騎――――この聖杯戦争に参加したサーヴァント全八騎中一騎を除いて全てのサーヴァントがここに集っているという異例の事態乍ら、その様子は決して荒々しい物では無い。むしろ宴会の様な盛り上がりを見せている。

 

 いや、宴会と言えば宴会なのだが。

 

 しかし彼らとてただ飲み食いすることが目的では無い。

 その本来の目的は互いの望みを知り、相手への理解を深めること。いわば心理戦だ。相手の望みに劣等感を抱かせることでその剣を鈍らせる。――――恐らくそんな意図は欠片もないだろうが、そんなことが起こる可能性がゼロというわけでは無い。つまりこれも立派な戦いなのだ。傍から見ればただの飲み会だが。

 

「――――自惚れるなよ雑種共。そもそも”聖杯を奪い合う”という前提自体が間違っておるわ」

「ん?」

 

 アーチャー、ギルガメッシュの言葉を聞いて征服王は怪訝そうに眉をひそめた。それを見ながらギルガメッシュは小さく嘆息し、己の言いたいことを述べ始める。

 

「そもそもにおいて、アレは我の所有物だ。世界の宝物は一つ残らず、その起源を我が蔵に遡る。いささか時が立ちすぎて散逸したきらいはあるが、それら全ての所有権は今も尚我の手にあるのだ」

「じゃあギルガメッシュよ、お前さんは昔聖杯を手にしたことがあるのか? どんなもんかも知っていると?」

「知らぬ」

 

 銀の杯に注がれたワインをぐいっと飲み干しながら、ギルガメッシュはライダーの追求を軽く否定した。

 

 所有権を主張しているのにもかかわらず、主張している代物に関して一切知らないと断じるこの英雄王に怒ればいいのか呆れればいいのか、この場の全員が苦笑を浮かべる。

 

「雑種の尺度で量るでない。我の財の総量は、とうに我の認識を越えている。だがそれが『宝』であるという時点で、我が財であることは明白だ。それを勝手に持ち出そうとするなど、盗人猛々しいにもほどがある。――――まぁ、貴様なら許さんことも無いがな。キャスター」

「ん? 私?」

 

 適当に料理をつまみながら酒を飲んでいたアルフェリアが、名指しされたことで自分を指さし頭を傾げる。それを満足げに眺めながら、ギルガメッシュは口説き文句でも言うように自慢気な口調で語り出した。

 

「貴様の前では財宝の一つや二つ、否、万や億すら霞む。故に何か欲しい物があるなら言ってみよ。特別に今回だけ、我の宝物庫から出してやろう」

「んー ……別に欲しい物はないんだよね。大体は自分で作れるし。少なくとも私は、他人から貰ったもので満足しようだなんて馬鹿な考えは持ってないつもりだよ。欲しい物があるなら自分で勝ち取る――――道理でしょ?」

「ククッ、勇ましい物よな。だが、それがいい」

「でも折角だし――――聖杯の原典でも見せてもらっていいかな? 一応、どんなものなのか確認したいし」

「いいだろう。今夜の我は機嫌がいいからな。特別だぞ?」

 

 何処から優越感を得ているのか、満足そうな笑みを浮かべながらギルガメッシュは黄金の波紋から一個の宝物を卓上へと落とした。

 顕現したのは、黄金の杯。純金の様にその色はただ黄金。だが決して単純なつくりでは無く、その外面には複雑怪奇、幾何学的な文様が刻まれている。まさに神が作ったとしか思えない奇跡の産物。

 

 それを見たサーヴァントたちは皆ごくりと喉を鳴らす。

 あれこそが自分たちの求めているモノ。かの聖人の血に触れ神の奇跡をその中に宿したとされる万能の願望機。勿論驚き固まっているのはサーヴァントだけでなく、サーヴァントを経由してこの場を監視していた者達も同様だった。

 

 そして何人かが令呪に刻まれた手を構え、「聖杯を奪い拠点へ転移しろ」と告げようとして――――

 

 

「――――忠告しておくが、それは我を含めた他者が掴もうが決して効果を発揮しないぞ?」

 

 

 そのギルガメッシュの一言でマスターたちの行動が止まる。

 

「今そこにあるのは確かに聖杯だ。だが残念ながら、聖杯という代物は『万人の願いを叶える便利な玩具』では無い。聖杯もまた所有者を選び、認めた者でなければその願望を叶えん。つまりその聖杯は、相応しき者が手にしなければただの金の酒杯同然という事よ。――――理解できたか? 雑種共」

 

 マスターたちへの忠告を終えたギルガメッシュは、「くっく」と小さく笑いワインで口を潤す。微かな希望を掴んだと確信していたマスターたちの表情が壊れる様を幻視し、愉悦でも感じているのか。

 

 しかしながらギルガメッシュの言葉に嘘はなかった。円卓の上で輝いている聖杯には意思のような何かが存在しており、聖杯自身が選んだ者で無ければ触れることすら叶わない。下手に下賤な者が触れれば、聖杯は容赦なくその者の魂を現世から掻き消してしまうだろう。

 

 最高位の聖遺物を握るにふさわしいのは、同じく最高位の人類のみという事だ。――――それこそ、今から二千年前に生誕した神の子にして救世主の『あの男』に匹敵する聖人の様な。

 

「我が使えば多少の願いは叶えられるだろうが、それでも水や食物を無限に出させるぐらいが精一杯だろうな」

「おいギルガメッシュよ、それを使って受肉は可能なのか?」

「受肉? ……まぁ、不可能ではない――――が、赤子の体になる。不完全な状態ではそれが精一杯だろうよ。試したいのならば言うが良い。あの征服王が赤子になりもがく姿は、見ごたえがありそうだ」

「う~ん、そりゃ困るなァ。流石に余も赤子からやり直したくはない」

「その他にも超一級の魔力炉としても運用できるが、どうでもいいことだな。…………ふむ、これはもう仕舞おう。興味も失せた」

 

 嘆息をこぼしながらギルガメッシュはパチンと軽く指を鳴らした。直後、聖杯の真下に黄金の波紋が生まれ、この場を照らしていた黄金の杯は波紋の中へと落ちていった。

 その光景を征服王が名残惜しそうに見ていたが、直ぐに彼は表情を切り替えいつも通りの暑苦しい笑顔を浮かべる。切り替えの速さも彼が征服王たる所以か。

 

「――――ん? ちょっと待てよ。という事は、余たちが得ようとしている聖杯も使う者を選ぶということでは無いのか?」

「そのための聖杯戦争だろうよ。勝ち残った一組を聖杯が相応しい者として選ぶ――――そう考えれば辻褄は合うが……貴様の意見はどうなのだ、キャスター?」

「えーと……そうだね~。――――まず大前提から言ってみようか」

 

 手にしていた酒器を卓上に置き、少し酔ったのかアルフェリアは紅潮した頬を掻く。その仕草だけで一枚の絵画に収めてもいいような美しさ。ギルガメッシュも内心で「流石我が惚れた女」と称える。本人がその称賛に気付くことは永遠にないと知っているのかは知らないが。

 

「そもそもさ、どうして私たちは此処に居ると思う?」

「は? そりゃ聖杯によって召喚され――――」

「あー、だから、『どうして聖杯に英霊(私たち)が召喚できるのか』って話だよ。確かに聖杯は万能の願望機だ。――――だけど聖杯に私たち死者を現世に召喚する理由も無ければ、義理も、道理もない。例え意思じみた物があったとしても、聖杯が死者を召喚するのは本来あり得ないんだよ。可能不可能の論議はさておき、ね。もし相応しい者を召喚したければ、『かつての持ち主』でも召喚すればいい。なのに呼ばれたのは私たち、理由は何だと思う?」

「それは…………どうしてだ?」

「あはは、答えは簡単だよ征服王。だって――――」

 

 笑みを崩さないまま、アルフェリアは『答え』を告げる。

 ほぼ全てのサーヴァントにとって衝撃の事実となる真実を。

 

 

 

 

 

「――――冬木の聖杯は偽物だからね」

 

 

 

 

 

 さらりと告げられたその言葉に、何人かが顔を青くして息を呑んだ。

 

『――――――――!?!?』

 

 求めている聖杯が偽物。そう聞かされれば焦らない者がいないはずがない。特に聖杯への執着が大きかったアルトリアなどは明らかに狼狽していた。元々不安定だった心がさらに混濁し始めたことで、彼女の顔が徐々に暗くなり始める。

 それを見たアルフェリアが本当に困ったような表情を浮かべた。彼女としても、妹を悲しませるのは本意ではないのだろう。しかしこれは事実。早かれ遅かれ知ることになる真実だ。そう割り切って、アルフェリアは言葉を続けた。

 

「偽物と言ってもその力は本物だよ。聖杯の正体は遠坂、まと……、いや、マキリ、アインツベルンが作り出した”第三魔法”を利用した魔術礼装。理想郷(ユートピア)にあるという万能の釜を再現した物。聖杯という名前は借り物に過ぎない、真の”聖杯”とも呼べない代物だよ。で、英霊を召喚するのはその礼装に組み込まれた一つのシステム。令呪も同様にね」

「しかし、願いは叶えられるのだろう?」

「まーね。でも残念ながら、願望機としての機能を使うには大量の魔力が必要なんだ。………脱落したサーヴァントの魂が」

「…………なんと」

 

 ライダーが驚愕の言葉を漏らす。自分たちが『生贄』だと知らされれば、驚かない方がどうかしてるか。

 

 そして特に――――この場に居るサーヴァント以外の存在、表向きはアヴェンジャーのマスターだと認識されているアイリスフィールが、料理のソースを口周りに付けた顔でアルフェリアを見ていた。顔からは大量の脂汗が滲み出ており、明らかに焦っているのが分かる。

 

 御三家最高機密がこんな場所で垂れ流されていれば――――というより、御三家以外知ることもできやしない情報を他陣営が、しかもサーヴァントが把握している事実を知らしめられたのだ。

 彼女の気持ちは、例えるならば核ミサイルの発射コードを敵軍にスピーカ付き大音量で流されている大統領の気持ちだと言えばわかりやすい。

 

「キャスター…………どうして、それを……!?」

「どうしてって、忘れたの? ――――私、キャスターのサーヴァントだよ?」

 

 手を広げながら、さも当り前の如く言うアルフェリア。御三家が結集して作り上げた、魔法の域に存在する現代最高峰の魔術礼装に対してその言い草。アイリスフィールは無意識のうちに身震いする。まるで「知らないとでも思っていたのか?」と言われたように。

 

 実際は、転生前の知識という想像もできない情報源から得た情報なのだが。それでもアルフェリアは「知っている」という立場を最大限に利用し、敵陣営に最大級の重圧をかけて見せた。

 ”全て知っている”――――言葉にすると簡単だが、主催者陣営からすればこれ以上の威圧は存在しない。

 

 何せ、最重要機密である『聖杯戦争の”真の目的”』も知っているという事なのだから。

 

「ま、結論としては聖遺物とも呼べない何かだけど、願いを叶える力は本物だから心配しないでね、ってこと。細かいことを知りたければ、後は自分で調べなさいな」

 

 と、無駄に情報を全て流さない様にアルフェリアはそこで話を叩き切った。これ以上情報を出す気はない、という意思表示だと、少なくともアイリスフィールはそう受け取った。

 

 長々と話を聞いたサーヴァントの一人であるライダーは、少しだけ顎を撫でた後にいつも通りの呆気からんとした態度で、

 

「ふむ…………ならば、余としては何も問題は無いな。願いを叶えられるのならば、それが聖なる遺物であろうが魔術師たちが作り上げた道具だろうが、さして変わらんからな」

 

 自分たちを贄にして願いを叶えるという外法について特に不満が無いと述べた。

 弱肉強食。強き者が弱き者を制し、勝者となるという理を体現した彼だからこそ、か。そも彼は敵にとっての略奪者。持ちモノだけでなく魂まで略奪するという意味合いでは、この回答は彼らしいと言えなくもない。

 

「ハッ、偽物の聖杯であれ、それが『宝』である限り我の所有物であることは変わりはせん。我は今まで通り、我の宝物を奪おうとする不届きものに誅を下すだけよ」

 

 ギルガメッシュも同様、先程と打って変わらない傲慢な態度を貫き通す。彼からして見れば自身の敗北などあり得ない故に、魂を贄にされるなど気にする必要は無い、という事だろう。これもこれで彼らしい理由だ。

 

 他の者達は多少ながら衝撃を受けているというのにこの態度。己を曲げない姿勢は王として必要な要素なのだろうが、ここまで真っ直ぐだと最早清々しい何かを感じる。

 

 これが征服王、英雄王という『王』の在り方。

 

 アルフェリアは二人の豪胆さに若干苦笑しながら、逸れてしまった話を戻していく。

 

 元々この宴会は『互いの願望を聞き、誰がより一番ふさわしいか』という旨の問答を行う場。それをするために集まったのに飲み食いして願望機の仕組みを聞くだけに終わったとなれば、少々格好がつかないだろう。

 

「そっか、じゃあ話を戻そうか。確か、皆の願いを聞くんだっけ?」

「その通り! ではアーチャー、まず貴様から自身の懐を語ってもらおうか。貴様も『王』という存在ならば、まさか己の理想や渇望を他者へと語るのを憚りはしまい」

「勝手に仕切るな、雑種。……そうさな、我自身に願いなど無い。そんな物、とうの昔に叶え尽くした。故に我がこの聖杯戦争に参加した理由は先程も言った通り、我の財を盗もうとする賊を処罰するためだ」

「つまり、なんだ? 聖杯に掲げる願いなど無いと? なら貴様の行いにどんな義があり、どんな道理がある?」

「法だ」

 

 ギルガメッシュはライダーの問いに即答した。その返答に一切の迷いも偽りも無い。

 

「我が王として敷いた、我の法だ」

「ふむ…………」

 

 答えを聞いたライダーは、観念したように深々と嘆息をつく。

 傍から聞けば理不尽極まりない答えだが、同じ王という立場にある征服王からすればこれこそが『正解』に位置する答えだったのだ。

 

「完璧だな。自らの法を貫いてこそ、王。だがなぁ英雄王、余は聖杯が欲しくて仕方ないんだよ。で、欲した以上は略奪するのが余の流儀だ。なんせこのイスカンダルは征服王であるが故」

「是非もあるまい。お前が犯し、我が裁く。問答の余地などどこにもない。――――でだ、征服王よ。そういう貴様は何を願う? 我の財を略奪しようとしているのだ。下らん願いならば、この場で我に斬り捨てられても文句は言えんぞ?」

「あー、それはなぁ……はは」

 

 何故か照れくさそうに笑いながら、ライダーは一度酒を煽り、彼の姿では考えられないほどの小さな声で答えを返す。誰も想像して居なかった――――答えを知っていたアルフェリアを除いて――――答えを。

 

「…………受肉だ」

「はぁ?」

 

 ライダーの答えにギルガメッシュは珍妙な顔を浮かべ、征服王のマスターであるウェイバーは無言で動かしていた食事の手をピタリと止めて引き攣った形相で彼に詰め寄る。

 

「おおお、お前! 望みは世界征服だったんじゃ――――ぎゃわぶっ!?」

 

 しかしウェイバーはデコピン一発で吹っ飛ばされる。果たして彼の脳細胞は今ので一体どれぐらい死滅してしまったのだろうか。そんなことは気にも留めず、自分のマスターを吹き飛ばしたライダーは軽く肩をすくめる。

 

「馬鹿者。たかが杯なんぞに世界を獲らせてどうする? 征服は己自身に託す夢! 聖杯に託す願いは、そのための第一歩に過ぎん」

「雑種……まさかそんな下らない事のために、我に挑むのか?」

「おうよ! これは征服王たる余の在り方その物。征服し、略奪し、先へと進む。そして後からついてくる者達にその背を見せ、『自身もまた王たらん』と夢を抱かせる! 即ちイスカンダルの王道。そのために余はこの世界に一個の生命として根を降ろす。これを下らないと評するのならば、まずは貴様から余の覇道を味わってみることだな、英雄王よ」

 

 最後まで言いたいことを言い切ったライダーは満足そうな顔で浮かせていた腰を椅子に戻す。そしてそれを聞き届けたギルガメッシュはただ黙々と料理を食して――――いや、少しだけ笑みを浮かべていた。今までの嘲笑の物とは少し異なる、空恐ろしい笑みを。

 

「ククッ……我に挑みたければ何時でも挑んでくるがいい。我は負けんがな」

「無論、そのつもりだ。――――では、他に自身の望みを言いたい奴はおらぬか? ほれ、そこの金髪のセイバーよ。料理ばかり食してないで、何か言ってみるがよい」

「あァ? 俺か?」

 

 料理に夢中になっていたモードレッドに話が転がっていく。しかし本人は全く興味ない、というかそもそも彼女はアルフェリアの料理目当てでここに来ただけで、別に何かを語るつもりは一切なかった。なので急に話を振られても困るというか、話すことなど何もない。

 

 なので――――凄まじく簡潔な答えが出てくるのは必然であった。

 

「無いぞ」

「は?」

「だから無ぇよ、望みなんて。まぁ確かに姉上と一緒にのんびり暮らしたいっていう願いはあったが……もう間に合ってるし、正直聖杯への興味なんてもう微塵もありゃしない」

「無欲の奴よのぅ。もう少しこう……なんかあるだろう?」

「あ~……んじゃ受肉で。姉上と一緒に世界旅行とか、面白そう!」

 

 何処まで行ってもモードレッドは姉上(アルフェリア)中心である。これを微笑ましい物と捉えるべきか、色々手遅れのシスコンと捉えるべきか。深く考えたくなければ前者がお勧めだ。

 

「じゃランスロ、次お前な」

「? 私ですか。と、言われましても……天寿を全うした身としては、正直思いつかないというか」

 

 次に話を振られたランスロットも、少し困ったような表情で話を濁す。

 

 かつての望みが『生前自分が救えなかった人間に裁かれたい』という、色々どうしようもない望みであった彼だが、今ではすっかり心変わりしてそんな歪な望みは消えている。

 現在の彼としては、聖杯戦争に巻き込まれた少女である氷室鐘を聖杯戦争が終わるまで守り抜くことが望みなのだろうが――――ここで言うことでは無いと判断して、ランスロットは適当に話を誤魔化して次の者へと回した。

 

 きっと「ランスロリコン」などと弄られるのを回避したくて適当に流したわけでは無いだろう。たぶん。

 

「ルーラー、お任せしました」

「えっ、私ですか。――――んん、私はあくまで中立役。ルーラー故に、願いなどありません。そもそもルーラーに選ばれる条件として『現世に何の望みもない事』が存在しており――――」

「カット、話が長い。次、ランサーな」

「ちょっ!?」

 

 長々と語り出しそうなルーラーを遮り、モードレッドが強制的にランサーへと話を投げた。横でルーラーが涙目で訴えているが、当然の如く無視される。不憫、実に不憫。

 

 そんなルーラーにもついに救いの手が差し伸べられる。少し離れた席に居たであろうアルフェリアが彼女に歩み寄り、その頭を撫で始めたのだった。始めは中立役とかそんないいわけで逃れようとするが、抵抗空しくアルフェリアの魔の手(ナデナデ)からは逃げられなかった。

 

 体も心もキリキリと痛む所に現れた聖母(アルフェリア)。涙しながらルーラーはもう中立とか監査とかそう言うのをかなぐり捨て、自分を包む温もりに身を任せる。自分の役目は忘れていないだろうか。忘れてないといいな(願望)。

 

 あとそれを見たアルトリアが背後から憎悪の炎を燃え滾らせているのは、きっと気のせいだろう。「姉さんは私だけのモノ」と何処か上ずった声でぶつぶつ言ってるのも、きっと気のせいだろう。気のせいだ。

 

「俺の望みか? あ~、聖杯に託す願いは無ぇ。強いて言うなら強い奴と戦いたい、それだけだ」

「フハハッ! 何とも野蛮な願望よな、狂犬め」

「――――テメェを此処でぶち殺してもいいんだぜ? 英雄王サマよォ。今回はマスターの腕がいいから『鎧』も持ってこれたんだ。お前ならぶっ殺し甲斐がありそうだ」

「できる物ならやってみるがいい、太陽神の子よ。狗風情には無理だろうがな」

「チッ……一々人の神経逆撫でしやがって。いつか絶対にその心臓に呪槍をぶち込んでやる」

 

 悪態をついて、ランサーは舌打ちしながら酒器の酒をグイッと飲み干す。人として相性が悪いギルガメッシュと同席して争いが起こっていないだけまだ良いのだろうが、もし戦闘禁止令が無ければ即座に殺し合いが始まっても可笑しくない空気が二人の間では散っていた。もしかしたら色々因縁じみた何かでも感じているのかもしれない。

 

 例えば教会で半日以上戦ったり、折角の釣りを邪魔されたり、月の裏側辺りでドンパチやり合って結果激辛麻婆を食わされる羽目になったり。改めて見ると碌なことが全くない。そういう意味では互いに嫌って当然か。

 

「つーわけで、俺からは以上だ。オラ、次は任せたぞキャスター」

「次は私か。私もライダーと同じく受肉だよ。本当の願いを叶えるための第一歩、かな?」

「本当の願い?」

 

 この場の全員が静まり返る。

 

 稀代の魔術師――――本人は魔術使いと自称しているが――――が言う『本当の願い』というモノが何なのか想像がつかないのだろう。身内であるモードレッドやランスロット、アルトリアでさえただならぬ顔でアルフェリアを凝視している。

 事実、彼女の願いは誰も想像できないモノだった。

 

 

 

「――――円卓の騎士総員の再臨とその受肉。第二の故郷(ブリテン)現世(ココ)に建てることだよ」

 

 

 

 ――――建国。遥か千五百年前に滅んだ国をもう一度立て直すと、彼女は宣言したのであった。

 

 彼女の願いを聞いた全ての者は時間が止まった様に動きを止め、ギルガメッシュなど茫然とした顔で固まっていた。滅多に見れないであろう英雄王の絶句である。それはそうだ。何せ受肉するだけに留まらず、現代にて国を建てるとアルフェリアは決意に近い声音で告げたのだ。

 そしてついに、止まっていた時間は動き出す。

 

「プッ――――フーハッハッハッハッハッハ!! キャスターよ、国を建てると言ったのか! 成程そいつは名案だ。己の故郷が滅んだのならば、滅んだ故郷をもう一度建て直す。清々しいまでの模範解答だ! あまりに清々しすぎて笑いすら込み上げてきたぞ!」

「茶化さないでよ、ギルガメッシュ。これでも私、結構真剣なんだよ?」

「わかっているとも! 貴様の声には嘘偽りなど微塵も存在しない。だからこそ笑ったのだ。まさか、ここまで肝の座った傑物だったとは…………益々気に入った。必ず貴様を手に入れて見せるぞ、キャスター」

「…………厄介な男に付きまとわれる女の気分が、今ようやく理解出来た気がする」

 

 アルフェリアがギルガメッシュの唯我独尊っぷりに呆れながら台詞を終える。

 彼女の願いを聞いた征服王も満足そうな笑みで頷き、残った最後の者――――アヴェンジャー、アルトリアへと視線を向けた。

 征服王の視線を受けたアルトリアはどこか暗い顔で俯く。よく見れば肩も震えており、何かに怯えているような様子であった。この場で恐れる要素など何もないというのに、一体どうしたのか? と征服王は首を傾げた。

 

「おい、どうした騎士王。まさか寒いわけでもあるまい」

「―――――――ない」

「ん?」

 

 震える声で、彼女は自身の本心を告げた。

 

 

「――――自分が本当は何を願っているのか、わからない…………っ!!」

 

 

 その声は懺悔、後悔、悲壮――――あらゆる『哀』の感情を詰め込んだような声音だった。心の底から不安を覚えている、そんな声。自分が何を願っているのかもわからず、何をしたいのかも理解出来ない。アルトリアは今、自己の存在意義と理由の崩壊に立ち会っていたのだ。

 

 姉に否定されるまでは、『選定のやり直し』という過去改変の願いを抱いていた。しかし今それを否定され、今まで抱いていた願いが間違いなら、正しい願いは一体何なのか、アルトリアには全く思いつかなかった。

 自己の幸福のため、何を願うべきか、何をすべきか。その答えが全く見つからない。なのにどうして自分は此処に居る? なぜ自分は、生きている? ――――アヴェンジャーになった影響と宝具による狂化の反動。それらが絶妙なまでに絡み合い、不安定だったアルトリアの心の天秤の均衡を更に狂わせていく。

 

「……少なくとも、自分の幸せのための願いだった。故国を滅亡の運命から救えば、それは果たされるはずだと信じていた。だが……それは間違いだと説かれた。なら――――私は何を願えばいい……? 今まで抱いていたのが間違った願いだったなら、正しい願いとは何だ?」

「アルトリア……」

 

 正しいと思っていたことが間違っていた。――――なら正しいことは、何だ。そう自問自答し、彼女は答えにたどり着けなかった。だからこそ、自分でたどり着けなかったからこそアルトリアは他者へと問いを投げる。

 

「…………アルトリア、貴女の願いを否定した私が言えることじゃないと思うけど――――個人の願いの良し悪しなんて、結局はその個人が決めることなんだよ」

「姉……さん?」

「……私の意見は答えじゃない(・・・・・・・・・・・)よ、アル」

「っ…………」

 

 そう、アルフェリアの指摘は飽くまで『一つの意見』であって『答え』ではない。アルフェリアは助言のつもりで『その願いは間違ってる』と言ったのだ。他者の言葉が答えになるなどあり得ない。答えは自分自身で見出す物――――それをアルトリアは失念していた。

 

「私が貴方の願いを否定したのは、私にとって『過去改変』という願いが受け入れられないだけ。それでも貴女がそれを『良し』とするなら、それは貴方にとっては『正しい願い』なの。……だから、自分の願いの正否は自分自身で決めなければならない。他人にそれを委ねたら、貴女は人形になってしまう」

「では……私はどうすればいいのですか!? 正しいとも間違ってるとも思えないこの願いを……どう整理すればいいのですか…………!! わからないんですよ、何もかも……!」

「――――自分なりの『ケジメ』をつけなさい。私には、それしか言えない」

「姉さん…………!」

 

 冷たくも取れる言葉で、アルフェリアはアルトリアを突き離す。しかしそれは、必要なことだった。もしアルトリアが全ての選択を他人に委ねてしまえば、彼女はもう『人間』ですらなくなる。人としての最低限の矜恃すら消えてしまうのだ。そんなこと、アルトリアを一番想っている彼女が耐えられるはずもない。

 

 しかしアルトリアにとってはその言葉は、一筋の蜘蛛の糸を斬り裂く鋭い風であった。半ば自暴自棄気味に、アルトリアは歯噛みして席から立ち上がる。この場所に、居づらいと感じてしまったのだ。

 

「……申し訳ありません、姉さん。今の私はやはり……貴女に、顔向けできない」

「…………………………」

 

 義理とはいえ、姉妹の間で流れるとは思えない暗い空気が漂う。

 

 そんな時に、不意に征服王が複雑そうな顔で手を上げる。恐らく気を効かせようとしたつもりなのだろうが――――その後の発言は火に油を注ぐ行為に他ならなかった。

 

「騎士王よ、余の意見であればここで言っても構わんぞ?」

「……何だ、征服王」

「貴様の願いは間違っておる、と言いたいのだ」

「…………理由を言え」

 

 空気がより一層冷え込む。たださえ液体窒素をばら撒いた様に寒気がする、白け切ったこの場。絶対零度の憤怒の炎が静かに燃え出していくのを、一部のマスターたちは背筋につららをぶちこまれたような悪寒を味わいながら眺める。

 

「貴様の行いは、自身が歴史に刻んだ行いを否定する物で相違ないな」

「そうだ。私は身を挺して、故国の繁栄を願った。平和を、安寧を、幸福を。……都合のいい理想を掲げ、全ての死を無駄にした。ならば、変えるべきだろう。そうでなければ死んでいった者達の思いが報われない……!」

「それは違うぞ騎士王。王とは捧げる物では無い。民が、国が、王に捧げるのだ。断じてその逆では無い」

「ふざけるな。それは暴君の治世だろう……!!!」

「然り。我らは暴君であるが故に英雄だ。……だがな、自らの治世を、その結末を悔やむ王が居たとしたら、そいつはただの暗君だ。暴君よりなお始末が悪い」

 

 いつにもなく不機嫌そうに、ライダーは眉間にしわ寄せ正面からアルトリアの考えを否定した。

 確かに、己の行いを悔やみ、共に歩んできた全ての臣下の意を否定するとなればそれは暗君に他ならない。積み上げてきた努力を独りで『無意味』と断じ、全てを壊してやり直そうとしているのだから。

 

 ――――しかしそれは、失言中の失言だった。

 

 

 

 

「ハッ――――アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

 

 

 

 

 ライダーの意見に何を見たのか、アルトリアは狂ったように嘲笑を浮かべる。

 そこには決して喜色など存在しない。あるのはただ一つ――――征服王イスカンダルへの侮蔑の心のみであった。

 

「暗君? ああ、そう見えるか暴君風情(・・・・)が。さぞ楽しかっただろうな。オケアノスへの夢を見て、同じ夢を見る臣下を引きつれ、夢を見たまま果てた(・・・・・・・・・)貴様にはなあァッ!!」

「―――、―――――」

「私たちは夢を見ることすら許されなかった。明日という物に希望を抱くことすら許されなかった!! 決戦の後何が起こったか貴様にはわかるか? 飢餓、反乱、虐殺、戦争、凍死、絶望…………こんな物しか訪れない明日に、希望を抱けと? 夢を見ろと? 後悔するなと? ――――ふざけているのか(・・・・・・・・)?? 貴様ならこんな状況で夢を見て、民を連れて、あるかどうかもわからない物に夢見て大冒険に旅立てるか? 答えろ征服王ッ…………!! これ以上戯言を述べ立てるならば、今宵は生きて帰れると思わないことだなァッ…………!!!!」

 

 震える右手に黒い魔力を漂わせながら、アルトリアは過去最高級の殺気を放ちながら征服王を睨みつける。視線で生物を殺せるのではないかと錯覚するほどの殺意。逆鱗中の逆鱗に触れてしまった以上、それは当たり前の結末であった。

 地獄を見た彼女に、あの結果を『悔いるな』といえばどうなるかは御覧の通りだろう。全てを奪われ、絶望の淵に叩き落され、挙句の果てに蔑称を突きつけられた。――――これで激怒しないわけがない。

 

 此処で擁護しておくと、何もイスカンダルの王道が間違っているということでは無い。彼の国では彼の王道こそが正解だったという話だ。

 数々の悪環境と間の悪さで疲弊しきっていたブリテンの民と違って、マケドニアの民は裕福で栄華の真っただ中。そんなマケドニアに必要だったのは国の中に渦巻く欲望を一点に導く王だった。爆発的な欲望を一身に受け、勝利という栄光を背にその足で夢へと駆け続けるイスカンダルの様な王が。

 

 だがそんな王がブリテンに居ても、意味はない。むしろ状況は悪化する。決戦前の裕福な状態のブリテンならともかく、アルフェリアという心臓を失ったブリテンにおいて彼の王道はむしろ爆弾にしかなりえない。故に、彼は間違ってもいるし、正しくもある。

 

 王道は千差万別。アルトリアにはアルトリアの、イスカンダルにはイスカンダルの王道が存在している。それは己の国にあった王道であり、決して他国に持ちこみ比較するべき代物では無い。言うなれば一メートルと一リットルを比べるような支離滅裂な比較なのだ。どちらが優れているか、という単純な話では無い。そもそも比べる行為自体が烏滸がましいのだ。

 

 今回のイスカンダルの失言は酔った影響か、それとも素なのかは知らないが、視野が狭くなっていたのが原因だ。王道とは比べる物にあらず。しかしそれを忘れ、彼は自分から触れてはいけない竜の逆鱗を踏み抜いた。

 自業自得とも言えるが――――アルトリアもアルトリアで、少々気が立っていたことも原因であることを忘れてはいけない。

 

「…………申し訳ない。言い過ぎた。……今日はもう、帰ります」

 

 完全に凍り付いた場を背に、アルトリアは死人の様な足取りで宴会の場を後にした。

 真っ向からアルトリアの殺気を受けたイスカンダルは、何とも言えない複雑ここに極まれりといった顔で、無言で酒を煽る。あのライダーですらここまで萎む殺気なのだから、直接受けていないとはいえそれを浴びた周りの者の空気がどうなっているかはもうお察し状態。

 

 ――――まるでお通夜の様な陰鬱な雰囲気が、場に満ちていた。

 

 十数分前までは正しく宴会と言った風に盛り上がっていたというのにこの落差。触れてはいけないところに触れてしまった以上この結果は仕方ないと言えるが、もうこの状態では先程の空気を取り戻すのは無理だろう。変わらない美味な料理がせめてもの救いか。

 

 そんな時、場に変化が訪れる。

 

 遠方から聞こえる爆発音という形で。

 

 

『!?』

 

 

 平穏が約束された日など無い。約束は何時だって破られるために存在している。

 

 月が照らす真夜中に、爆炎と轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 




正直アルトリアはアルフェさんと合流させてもよかったんだけど、味気ないというかまだ狂気が抜けきってないというか・・・焦らしプレイ?(いや違うか

余談ですが、投稿が遅れた理由は

・夏バテでやる気/zero状態。マジ怠いです。
・ベルセリアやってましたゴメンネ(テヘペロ☆
・イベント進行(とりあえずメインクレだけでもクリア)
・ガチャガチャガチャガチャ・・・
・学校の宿題等々

ですね。正直ここまで送れるとは思わなんだ。でも本番は三日目からだから、前哨戦ってモチベ上がんないというか・・・そろそろ疲れてきた。どうしよう(;´・ω・)


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第二十話・原初と錬鉄

気づいたらもう四日も経ってたぜ・・・遅くなってゴメンネ(・ω・)

さて今回は聖杯問答の影で何が起こっていたのかという補足回です。あと次話で二日目は終わります(たぶん)。

そして明日は水着ガチャ最終日・・・・さぁ、決戦に向かおうか(諭吉片手に)。しかしその後に獅子上ピックアップがががが・・・・!!!教えてくれ、読者!私はあと何回ガチャればいい!?(血涙

追記
一部描写を修正しました。


 コツン、コツン。そんな足音が天然の鍾乳洞の中に木霊する。

 

 光も殆どささない暗闇の中、明りも無しにこんな真っ暗な空間を歩いている影が二つ。

 片方は闇と同じく漆黒の黒髪を揺らす青年。体格はしっかりしているがまだ顔つきが幼く、何処か中性的な風体だ。もう片方は真鍮色の髪をオールバックにまとめ上げた刃物の様に鋭い視線を周囲に振りまく男性。

 

 親子と呼ぶには少々年が近そうだし、親戚と呼ぶには余りにも外見的特徴の類似が皆無。

 そんな二人の関係と言えは、教師と生徒。そこまで親しい間柄でもない彼らが、どうして共に鍾乳洞になど来ているかと言えば少々説明が必要になる。

 

 聖杯戦争。優勝景品である聖杯――――アインツベルンが作り出した聖杯の器、『小聖杯』について少々語ろう。

 

 まず今回の聖杯戦争における『小聖杯』は無機物では無く、この聖杯戦争に参加している衛宮切嗣が妻、アイリスフィール・フォン・アインツベルンそのもの。そして、『小聖杯』は内包した魂を解放することで出来上がる孔――――『根源』へと繋がる極大の孔を創り上げ、それを暫く留める役割を持つ。

 そうすることで完成するのが冬木の聖杯戦争に置ける根源到達の儀式。七つのサーヴァントの魂を一気に解放することで根源へと至ろうとする大儀式の正体だ。

 

 誤解してならないのは小聖杯は飽くまで魂の保存と解放の役割を持つ小道具に過ぎないことだ。それ自体に願いを叶える機能が付属しているとはいえ、結局のところ小聖杯単体ではサーヴァントの召喚や令呪の配布は不可能だ。

 

 ではその不可能なシステムを実現している要素は何か。答えは、小聖杯の他にある聖杯戦争の基盤となる代物。円蔵山の内部に擁する大空洞『龍洞』に敷設された魔法陣で、冬木の土地を聖杯降霊に適した霊地に整えていく機能を持つ超級の魔術炉心――――『大聖杯』。

 

 冬木の霊脈を涸らさないように六十年という時間を掛けてマナを吸い上げ、七騎のサーヴァントを召喚するのに充分な魔力を蓄え、聖杯降霊の時期が近づくと『聖杯の意思』によってマスターに相応しい人物に令呪を授け、聖杯戦争という儀式を開始する、冬木の聖杯戦争にとって無くてはならない心臓部にして中核。

 これさえあれば例え小聖杯が破壊されようとも、何度でも聖杯戦争を行うことができると言えばその重要性が理解できるだろう。逆に言えば、これが無ければ聖杯戦争は二度と出来ないという事なのだから。

 

 そんな冬木の大聖杯だが――――この第四次聖杯戦争の一つ前の聖杯戦争、第三次聖杯戦争にて召喚されたエクストラクラスのサーヴァント、アヴェンジャー、『この世全ての悪(アンリマユ)』が溶け込んだことにより、聖杯そのものが汚染されているという非常事態にあった。

 

 人類悪の無意識部分による汚染。元々無色だった聖杯の魔力は瞬く間に黒く汚染され、今となってはどんな願いをも『悪い形』で叶えるという最高最悪の願望機となり果てている。

 

 今回二人がこの鍾乳洞、円蔵山の大空洞『龍洞』に居るのはその真偽を確かめるため。もしこれが真実ならば、否応なく聖杯戦争は中断せざるを得ない。どんな願いも人類を害する形で願われる願望機。そんな物が人の手に渡ればどうなるかなど、想像もしたくないだろう。

 故に『調査』。正直に言えば破壊する方が手っ取り早いが、証拠が無い以上下手に動くことはできない。一歩間違えれば御三家――――マキリはもう潰れているが――――に血眼で終われる可能性があるのだ。慎重に動かねばなるまい。

 

「――――そう言えば、ケイネス先生」

「何だね?」

 

 しかしずっと互いに無言の状態が続いていれば精神的にキツイ物がある。青年――――ヨシュアは暗視の魔術で周囲に障害物が無いか確認しながら、隣のケイネスに気分転換のつもりで話題を振りかけた。

 

「その、ソフィアリさんは元気か? この冬木に連れてきたらしいが」

「ソラウか。うむ、実に健康だ。やることが無いと愚痴を呟いてはいるがね。安全のために、幾重にも魔術障壁や罠を張った魔術工房の中で待機させている。これで私も安心して聖杯戦争に臨むことができるというわけだ」

「……そんなに大切に思うなら、どうして連れてきたんだ?」

「…………そうだな。生徒に過ぎんお前に言っても仕方のない事だが、よろしい。特別に教えよう」

 

 いつも通りの貴族的な態度のまま、少しだけ自慢気な顔を浮かばせたケイネスは機嫌よく説明を始めた。それが敵陣営に情報を漏らしていると知っているのか、それともわざとか。魔術師としては一流だが、戦士としては二流なケイネスなので仕方ないかもしれないが。

 

「私と共に冬木に到来したソラウは変則契約により、マスターで無いにも関わらずランサーへの魔力供給を可能としている。要するに私への負担を分割しているという事だな。故に今の私はサーヴァントへの魔力供給を極力気にせず、全力での魔術行使を可能としている。これは紛れも無くマスター同士での戦いにおける巨大なアドバンテージになるだろう」

「なるほど。だから安全圏に避難させて、重要な供給源を失わせない様にしてるって事か」

「その通りだ。……連れてきた理由は、それだけではないがな」

「は?」

 

 急に顔を赤らめるケイネスに、ヨシュアは顔を引きつらせながら疑問の声を上げた。

 一体どこに恥ずかしがる所があったのか――――そう思っていると、答えはケイネスの口から出でくる。

 

「――――ソラウに、私の『男らしさ』を見せてやりたくてな」

「…………は?」

「知っての通り、アーチボルト家当主である私とソフィアリ家の息女であるソラウが婚約すれば貴族派閥の団結はより強固になる。だからこそ(・・・・・)、ソラウは自分を道具としか見ていない。生まれた時から自身の兄の『予備』としてしか見られなかった彼女は、『人を愛する』という感情を失っていたのだ」

 

 悲しむような口調で、ケイネスは自身の中の葛藤を吐露する。

 

 婚約者から愛されないという悩み――――単純なようで複雑な問題のそれは、流石のロード・エルメロイでも簡単には解決できない。いくら魔術師でも、魔術を使わず人の心を動かすのは困難を極める。

 

 そこでケイネスが選んだのは『己を武勇を見せつけ、片思いの女性の心を動かす』という方法。魔術師らしからぬ考えだが、大規模な魔術儀式であり武勇を飾ることもできる此度の聖杯戦争を見つけた。魔術儀式であるなら魔術師として参加して当然。

 これを良い機会と思ったのだろうケイネスは、恋人片手に遥々極東の島国にまでやってきた。

 

 それを知ったヨシュアは、心の中で一言呟く。

 

(…………アンタ、不器用すぎだろ)

 

 勿論心の中での呟きなので、ケイネスにそれが伝わることは無かったとさ。

 

「だからこそ私はソラウに熱情を取り戻させる。魔術師では無い、人としての私を愛す『人』に戻す! きっとソラウも、この聖杯戦争で起こるであろう『エルメロイ伝説』を見れば胸を打たれ歓喜することだろう。そして聖杯片手に時計塔へと凱旋! これで我が栄光の未来は確約されたと言ってもいいだろう。実に完璧な布陣だとは思わんかね? ヨシュア君」

「あー、そうですねー……。まぁ、頑張ってください」

「無論だ。このエルメロイ、一度たりとも挑戦に手を抜いたことなど無い」

 

 エルメロイ伝説って何だよと内心突っ込みながら、ヨシュアは苦笑を浮かべて前へと振り向く。

 

 まず目に入ってきたのは天然とは思えないほど広大な空間。そしてその場に広がる深いクレーターだった。だがただのクレーターでは無い。明らかに、それよりもっと異質で歪な物だった。

 

「――――なんだ、アレは」

 

 ケイネスはそう呟きを漏らす。

 眼下に広がるは、黄金色の女性像の集合体。人間の様でいて、何かが確実に異なった彫像群がクレーターの中にこびりつく様に、生える様にそこに存在していた。ヨシュアもケイネスも、それが『魔術回路』であると気づくのに数十秒の時間を要してしまう。

 

 一般人からしてみれば気持ち悪い悪趣味な彫像に見えるだろう。だが魔術師から見れば、それは奇跡の産物に相違なかった。第三魔法を利用した超規模魔術礼装。人の手で『万能』を実現した人の手に余る聖なる杯の模倣品。

 これぞ『大聖杯』。御三家が誇る、紛れも無く現代で他の追随を許さないであろう至上の産物である。

 

「これが聖杯戦争の中核部分だと……? ハッ、アインツベルンも大した代物を作るではないか……! 柄にも無く魔術師としての腕が疼き出す!」

「……ケイネス先生、アンタは何か感じないか?」

「何だと? もし見た目がどうという感想なら特に浮かばなかったが――――」

「違う。違うんだよ。だっておかしいだろ? 前回の聖杯戦争でこの大聖杯とやらが『この世全ての悪(アンリマユ)』に汚染されているとしたら、多少なり違和感を感じるはず。なのにどうして――――俺たちは何も感じない(・・・・・・・・・・)?」

 

 それを言われて、ケイネスは顎に手を当て考え込む。

 本当に聖杯が汚染されている状態であれば少々の違和感を感じるはず。しかし目の前に広がる大聖杯を見ても自分たちは何も感じない。まさに『無色』という印象だ。つまり――――

 

「聖杯は、そもそも汚染されていないのではないか?」

「…………そうかも、しれないが」

「そもそも聖杯が汚染されているという情報は何処から仕入れたのだ? まさか確証も無しに動いたわけでは無いだろう。例えば、その情報源が虚偽であった可能性が――――」

「――――ケイネス先生。どうやら先客が居たようだ」

「……何?」

 

 そっと指先を大聖杯の縁に触れさせたヨシュアは、一気に顔色を青くしながらそう呟いた。

 まさか―――――ヨシュアはある推測を立て始める。しかしその推測が正しければ、実に不味い。不味いことになる。だからこそ無意識に声が震えていた。

 

「魔力の残滓が残っている。かなりの大規模な術式だ。……しかも、ごく最近に行われた痕がある」

「? 何ら可笑しいことでは無いだろう。御三家が大聖杯を調整しただけではないのか」

「……霊脈も大源(マナ)も用いらない、魔力源が儀式を行う本人の魔術回路限定の『大聖杯改造術式』だとしてもか?」

「何――――?」

 

 ヨシュアの言葉にケイネスが頬を引き攣らせる。

 今彼の発言を要約すれば、たった一人で霊脈含む何のバックアップも得てない状態で希代の魔術師でも生み出せるかどうかわからない超級の魔術礼装を改造した――――そう言っているのだ。勿論、ケイネスから言わせてもらえばそれは『あり得ない』と断言できた。何の助けも得ずにこんな代物を『改造』するなど、自信家であるケイネスでも首を横に振る案件なのだ。

 しかしヨシュアが冗談を言っている様子は見られない。それはつまり、自分たちより遥か格上の相手が存在しているという事であり――――

 

 

「――――第三者の手で、すでに聖杯は浄化されていた…………?」

 

 

 様々な情報を使い、ヨシュアはその結論に至る。そしてそれは、見事に的を射た答えであった。

 すでに聖杯は浄化されている。証拠に汚染された聖杯では召喚不可能なルーラーがこの冬木に参上しているのだ。ルーラーの存在をアルフェリアは「聖杯の誤作動」と勘違いしていたが、実際は大いに違う。聖杯は正常に稼働していた。

 

 だが聖杯が独りでに浄化されるなどあり得ない。必ず第三者の存在が必要となる。

 そしてその第三者は何者か――――そう推理し始めようとしたヨシュアだが、視界の端で黒く光るナニカを彼の目が捉えた。

 

 飛来してきたのは古びた黒い槍。

 博物館に出も飾られているような、さび付いた黒い槍だった。しかしその槍が纏っていたのは紛れも無く宝具級の神秘。ただの人間である以上、貫かれれば与えられるのは確定的な死。

 

 咄嗟に避けようとしたヨシュアだが、槍は異常なほど早い。音もなく襲来したのにもかかわらずその速度は音速に達している。身体強化を施すにももう遅い。

 

「しまっ――――」

 

 ヨシュアは到来するであろう激痛を予想し、反射的に目を瞑って――――

 

 

 

Fervor,mei Sanguis(沸き立て、我が血潮)――――Scalp()!!!」

 

 

 

 術式起動の呪言と攻撃指示の指令が紡がれる。

 繰り出されるは重金属たる水銀が高圧により高速駆動し、衝突の瞬間に鋭利な刃へと変化して放たれる一撃。鞭のように撓りながら、銀色の液体はヨシュアの眼前まで迫った黒槍を横から弾き飛ばす。

 

「ッ――――これは」

「『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』。私が作り出した魔術礼装の中でも切り札に近い代物だ。先程の一撃はダイアモンド程度ならば軽く切断できるほどの威力を誇っているのだが……おかしいことに『弾き飛ばした』だけに終わってしまった。これはどう言う事か――――説明していただこうじゃないか、そこでコソコソ隠れている鼠め」

 

 ケイネスが暗闇の広がる空間に視線を向けた。そこには何もないはずなのに、微かに空間が揺れて(・・・)いる。恐らく何らかの隠蔽魔術を使用した隠れ身の一種なのだろう。

 

 そして数秒後、揺れていた空間が少しずつ晴れていく。

 

 現れたのは白髪の大男。生気のない白髪を微風に揺らしながら、分厚い黒のロングコートに身を包んだ男は光の無い紅い双眸でヨシュアとケイネスを見つめる。

 見えたのは不気味なほどの虚無。感情という物がまるで感じられない瞳にヨシュアは危機感を覚え、己の武器を保管してある腰のポーチに無意識に内に手を伸ばした。にもかかわらずケイネスは『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を元の形に戻しながら、浮かべた微笑を崩さない。

 

 一体どうしたら得体の知れない人物の前でそんな態度で居られるのだろうかと、ヨシュアは若干呆れ混じりの苦笑を浮かべる。何にせよ頼もしいことには違いない。

 

「見たところ魔術師の様だが、我が右手に存在する令呪が反応しない以上聖杯戦争の参加者ではないな。貴様、何者だ?」

「――――貴様に語る名は無い」

「ほう。それは私が時計塔の『君主(ロード)』だとしてもか?」

「私からすれば、皆同じだ。等しく価値はなく、等しく愚か。故に愚者よ、此処で果てるがいい」

「ハッ、他者の価値を理解出来ない愚か者風情が――――Automatoportum defensio:(自律防御:)Automatoportum quaerere:(自動索敵:)Dilectus incrisio(指定攻撃)―――往け!」

 

 ケイネスが低い声で唱えるごとに、彼の隣に存在する水銀の塊は応答するかの様にザワザワと表面を震わせた。それは初期設定。先程は緊急時であり命令だけで動かす形となってしまったが、この『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の強みは自動で索敵と防御を行える事。これによりケイネスは拳銃弾程度なら容易に防げる壁を得たことになる。

 何より水銀は液体。それは言うなればいかなる形であろうとも真似ることができるという事であり――――ケイネスは先程槍を弾いた様に水銀へと命令を下した。

 

Scalp()!!」

 

 圧力により変形した水銀の刃が遠心力を乗せた一撃を白髪の男へと放つ。その薄さは極限まで薄くした剃刀の刃のように。水銀という高密度液体を武器へと応用し、繰り出す攻撃はレーザーを上回る超高圧水流カッターと同等。例え魔術で身体強化していようが、余程の腕を誇らない限り致命傷は避けられない。

 素手の状態で無防備な白髪の男に防げる術などあるわけも無く――――

 

 

「【命ずる、弾けよ】」

 

 

 だがその一撃は男のたった一言で爆散し、霧散した。

 何が起こったのかわからないと言った風な顔で、ケイネスは白髪の男を見つめる。そして自慢の一撃を軽々と弾き飛ばしたナニカに気付き、顔を引きつらせた。

 

「馬鹿なッ……!! 統一言語(・・・・)だと!!?」

「ッ――――神代の言語!?」

 

 そう。先程男が使ったのは『統一言語』と呼ばれる神代の言語。バビロニアの神話における『バベルの塔』において神によって『言葉を乱された』以前に使われていた言語

であり、万物に共通する万能言語。神代で使われていた言語故に、その言葉を使えば神代で使われていた魔術――――現代では魔法級の現象を実現させることもできる『言葉の王』とも言える代物だ。

 何よりこれは『世界に語り掛ける言語』。人では無く、世界そのものだ。そして発せられた言葉の否定は『世界そのもの』の否定につながるため、抗うことは不可能。

 

 だが、その本質は『全てのモノに通じる意思疎通』。簡単に言えば、『根源』の渦への門。つまり統一言語を操る魔術師とは、根源に最も近い魔術師という証であり証拠でもあった。

 故にケイネスはここまで狼狽し、普段の彼とは思えないほど脂汗を顔に浮かべている。理由は、彼の正体を推測し、真実であった場合の不味さ(・・・)に触れかけたが故。

 

 その正体とは――――

 

 

「貴様ッ…………魔法使い、なのか?」

「…………今更気づくか、魔術師(メイガス)よ」

 

 

 魔法。

 

 魔術とは異なる神秘であるそれは、魔術師達が目指す最終到達地点である『根源の渦』から引き出された力。その時代に置いて『絶対』に再現できない現象を引き起こす『異法』であり、魔術師たちにとっての最高の誉れにして大儀礼の禁忌。魔術では至れない『結果』を実現する奇跡。

 

 その発現者を魔術師たちは畏敬の念を込め『魔法使い』と呼び、現在確認された魔法は五つ。第一魔法、第二魔法、第三魔法、第四魔法、第五魔法。更に言えば現存している、または確認されている魔法の使い手は二人のみ。目の前の男が確かなら、合わせて凡そ三人程度。

 

 だからこそ『信じられない』。魔法使いとは都合よく目の前には現れない存在であり――――生ける災厄と言っても過言では無い存在なのだから。

 

「褒美だ。私の名を名乗ろう」

 

 絶句する二人など無視し、白髪の男は名を告げた。

 信じがたい名を。

 

 

 

「――――我が名はアダム。第一、『無の否定』の使い手。『第一の亡霊(スタンティア)』の名を持つ者だ」

 

 

 

 男は彼の『原初の人間』の名を口にした。

 それが単純な名前だとは、ヨシュアはとても思えなかった。その名はいわば『彼』を示すただ一つの名。唯一無二にして絶対の存在が名付けた楽園の守護者に相応しき称号。

 

「アダ、ム?」

「……まさか貴様、自身が『世界最古の人類』と名乗るわけではあるまいな……?」

「現代の人間にしては察しがいいようだな」

「馬鹿なッ! ありえないッ!」

 

 ごもっともだった。

 原初の人間といえば紀元前3000年前後に誕生したと推測されている。それが正しければ二人の目の前に存在する人間は――――単純計算で約5000年も生きている紛れもない怪物。

 しかし神代に最も近い時代に生きた最古の人間はその言葉に全く反応せず、ただただ虚ろな瞳で此処では無い何処かを見つめるだけであった。もう見飽きたリアクションだとでも言いたいのか。

 

「…………去れ。私は児戯で貴様らを相手にするほど暇では無い」

「児戯、と言ったな……? いいだろう、このアーチボルト家九代目当主、ケイネス・エルメロイがお相手仕ろう。原初の人間を語る魔法使いよ、いざ尋常に――――」

「――――諄い」

 

 挑発でもない挑発に乗ったケイネスは眉間をビクつかせながらそう名乗ろうとするが、白髪の男――――アダムがそんな茶番に応えるわけがなく、返答は地面から撃ちだされる大量の石棘になって返された。

 ケイネスは息を呑むが、即座に彼の魔術礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が術者を覆うように球状に展開された。勿論ヨシュアもちゃっかり範囲内に入れている。

 

 飛来してきた石棘は水銀の膜によって悉くが弾き返された。至近距離からの9㎜パラベラム弾掃射や対人地雷クレイモアの直撃を軽く防ぐ『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の防御がただの石つぶて程度に貫かれるはずがない。相手の攻撃が一切通用しない光景を見て、ケイネスは己の作った魔術礼装の完成度にほれぼれとした表情を浮かべる。

 

 が、アダムもそこで終わらない。連射速度重視の攻撃が通用しないことを察し即座に攻撃方法を変更。そこら中に転がった石や鍾乳洞の岩盤を何かの魔術を使って剥がし、それを宙で一塊に固めていく。

 

 形成されたのは巨大な槍。圧縮されたことにより尋常では無い質量を保持した石の巨槍はその先端を魔力で禍々しく光らせながら二人の方向を向く。アレでは流石の水銀膜も容易く貫かれてしまうだろう。防御は恐らく不可能。時間をかけて作った以上『貫ける』という自信があると見て間違いない。軽く舌打ちしてケイネスは防御を捨て、『迎撃』のための術式を練り始めた。

 

「――――Fervor,mei Sanguis(射貫け、我が血潮)!!」

「――――Caedes,mea Intentio(殺せ、我が意思)

 

 ケイネスが繰り出したのは水銀の槍。不定形の水銀を変形させ、相手の攻撃を撃ち落すための槍として『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を撃ちだした。ほぼ同時に、アダムの石の巨槍も撃ちだされる。

 

 両者の巨槍は一秒足らずで衝突した。何かが砕けた様な轟音が大空洞の中に鳴り響き、衝撃により粉塵が舞い上がる。パラパラと砕け散った石つぶてが頭に降ってきたのを見ると、どうやらアダムの巨槍は砕け散ったらしい。ケイネスの表情もよろしくないことから、水銀の方も四散してしまったらしいが。

 

「貴様ァッ……どうしてあの言語を使わん! 私を侮辱しているのか!」

「……使わねばならぬ理由などあるまい」

「何だと?」

「私とて現代で何度もアレを使うのは、少々堪えるのでな。そして、貴様が私にとって本気を出すに値しない奴だった。それだけの話だ」

「ッ――――Scalp()!!」

 

 怒りのままに指令を下すケイネス。『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』もそれに応え、アダムの死角から水銀の一撃を繰り出した。侮っているのならば、その予想以上を上回ってやろうと躍起になって放たれた攻撃は――――いつの間にかアダムが握っていた黒い槍によって容易く切り裂かれた。

 

「――――侮っているのは貴様の方だ、エルメロイの小僧」

「なッ――――!?」

 

 予想を上回ろうとして、更に上回れたケイネスは唖然とした顔でそれを見た。

 魔術師が武術を使っている。余りにも魔術師からしかなるその光景を見て呆気にとられたのだろう。いくら実戦経験が少ないとはいえ、それは今この瞬間にとって致命的ともいえる隙を生じさせてしまった。

 

 アダムが槍を振りかぶる。

 腕には肉眼で見えるほどの高濃度魔力。全身ではなく腕部限定の一極強化。魔力の量と質から見て確実にサーヴァント級、否、それ以上の筋力を獲得している。そしてついに、強化された腕力による一投が放たれた。

 

 

 

「『全ての武器は是より始まる(トバルカイン)』」

 

 

 

 例えるならばソレは黒い砲弾。風を切り、音を裂き、触れたもの全てを貫き砕く漆黒の一撃は何の防御策も無いケイネスへと真っ直ぐ飛んでいく。『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』はアダムの後方に存在している以上防御策は皆無。例え身体を魔力で補強しようがアレの前ではそんな物紙に等しい以上無意味。

 何が起こっているのか理解出来てないような顔のケイネスは、自身に飛んでくる黒い影を茫然と見続け――――

 

 

「ッォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォオオオオオッッ!!!!」

 

 

 金属の巨腕を右腕に装着したヨシュアがソレを弾き飛ばす鮮烈な様を見て、ようやく我を取り戻したのであった。

 

 爆散する金属の破片。この世の物とは思えないけたたましい音が大空洞の中に響き渉、弾き飛ばされた黒い槍が二人の遥か後方で着弾し更なる爆発音が荒々しく反響する。

 

 乱れに乱れた乱気流の中、ヨシュアは肩で息をしながら反動で脱臼した右肩を抑えてアダムから距離を取る。よく見れば右手も所々骨折しており、血も滴っている。かなりの激痛ものだ。しかしヨシュアは悲鳴一つ上げず、静かに鋭く目の前の男を睨みつける。痛みなど忘れたように。

 

「……金属操作か。珍しい魔術を使う」

「ッ……ケイネス先生、早く逃げる準備を!」

「だ、だがッ!」

「早く! 今の俺たちじゃこいつに勝てない…………!!」

 

 その選択は正しかった。目の前の『異物』相手に自分たちは勝てない。今までの攻撃は一切通用しなかったことから、撤退する以外助かる方法は無い。

 しかし欠点があるとすれば――――選択がいささか遅すぎたことか。

 

「逃がすと思うか? 小僧」

 

 岩盤が揺れ、変形し、やがて無数の武器を模る。その切っ先は全てこちらに向いており、間違いなく二人を生きて返す気が無いとわかる。そして披露しているヨシュアとケイネスには、もうアレを防ぐ気力は無い。例え。『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』による防御で防ごうとも、あの黒い槍の一撃で貫かれるのが落ちだ。

 

 要するに、詰み。

 

 どうあがこうが行き着く先は死亡(DEAD END)。救いなど、存在しない。

 

 

 ――――第三者の介入が無ければの話だが。

 

 

 ザッ、と誰の者でもない足音が鳴る。ヨシュアは咄嗟に後ろを振り向き、『彼』の姿を見た。

 

 突然の来訪者の姿は、背の高い白髪の男性だった。肌は褐色だったが、その顔付きは何処となく日本人を思わせる。身体つきは筋肉質、だが無駄と言う物が全てそぎ落とされたような洗礼された肉体。目は鷹の様に鋭く冷徹。

 そして何より目についたのが赤い外套。何かの概念武装の類なのだろうか、かなり上質の神秘が込められた外套に体のラインを浮き出させるボディーアーマー。下半身はジーンズに幾つものベルトを固定しているというよくわからない外見だが――――全体的には『ただ者では無い』と一発で見抜ける風体であったことは間違いない。

 

 男は無感情な表情のままに歩を進めていく。その視線の先は、アダム。獲物を狙う狩人の様に視線を投げ乍ら、彼はヨシュアとケイネスの二人を庇うような態勢で立ち止まった。

 お前は誰だ? そう口を開けようとしたが、アダムが先に話を始めたことで不発に終わる。

 

「抑止の守護者か」

「――――それが分かるという事は、私がここに居る理由も理解しているだろう?」

「当然だ。貴様らの介入を想定して居ないわけなかろうに」

「そうか。では……おい、お前たち。死にたくなければ早々に立ち去れ」

「へ…………?」

 

 男の視線がこちらを向いた。台詞からして『逃げろ』と言っているのはわかるが、だからこそ不可解だった。

 あって間もない自分たちを助ける男の行為が。

 

「どうして、俺たちを助ける?」

「……どうして、か。強いて言うなら――――私は、正義の味方(・・・・・)だからな」

「は?」

「フッ……冗談だ。さっさと行け。此処に居られては、足手纏いなのだよ」

 

 その台詞を境に、男の纏う気配が一層重くなった。戦闘態勢に入った証拠だ。全身から吹き上がる魔力は間違いなくサーヴァント級。成程、確かに此処に居ては巻き込まれて死ぬだけだ。

 固唾を呑み、ヨシュアは決意を決めたように踵を返す。

 

「……恩に着る。逃げるぞ、ケイネス先生!」

「わかっている……ッ。礼は言わんぞ、名も知らぬ英霊よ!」

 

 命あっての物種。助けてくれた者の足手まといになると知った二人は迅速にこの大空洞から立ち去る。ケイネスは渋々といった様子だったが、彼とて彼我の実力差を理解して居ないわけでは無い。故にケイネスは胸の中で再戦の炎を燃やしながら『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を板状にして乗り込み、ヨシュアをひっつかんで、共にここから逃げ去った。

 

 去り際にヨシュアが悲鳴を上げていたような気がするが、細かい事だろう。

 

 

 

 

 

 残った二人は無言で互いを睨み合う。交わす言葉など最初からない。彼らの関係はとっくの昔から『殺し合う』モノに固定されているのだから。だからこそ抑止の守護者――――錬鉄の英霊、エミヤは両手に己が人生の中で最も深くなじみのある白黒の夫婦剣を投影(・・)し、構えた。

 

 アダムもまた投擲した黒槍を手に呼び戻し、構える。

 纏う威圧は共に一級。冷たい微風が乱れ舞い――――無音の合図が下される。

 

「――――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎむけつにしてばんじゃく)

 

 夫婦剣を構えたエミヤは両手に握る剣を即座に投擲。白と黒の短剣は交差しながら、槍を構えているアダムへと向かう。たが所詮はただの投擲。アダムは手に持つ黒槍を振るい、それらをいとも簡単に明後日の方向へと弾き飛ばした。

 

 得物が手元から消えたというのにエミヤは全く焦った様子が無い。当然だ。抑止力の補助を受けた今の彼に取って武器の一つや二つ程度無限に生成できる剣の中の一つでしかない。

 

 彼の象徴でもある魔術にして異端の極地。『投影魔法(グラデーション・エア)』。元々それはオリジナルの鏡像を、魔力で物質化させる魔術だ。だが非常に効率の悪い魔術で、投影でレプリカを作るならちゃんとした材料でレプリカを作った方がよほど手軽で実用に耐えると言われている。言ってしまえば、産廃だ。

 

 エミヤは起源と属性の関係上、この魔術しか使えない。他の魔術師からすればそれは『落ちこぼれ』同然だろうが、その代償に彼は誰も持ちえない才能を持つことになった。それは魔術の中でも最大の奥義、『固有結界(リアリティ・マーブル)』の一つ――――『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』。無限に剣を内包する心象世界を創りだす大魔術。

 

 そして彼の投影とは、この心象世界から零れ落ちた代物。永久に消え去らない投影という、等価交換の法則を完全に無視した特異中の特異。故に、アダムのは遅れてしまう。

 

 彼の手の中に、宙に消えた先程の剣と全く同じ夫婦剣が握られていることに気付くのが。

 

「ッ――――何だと!?」

「――――心技、泰山ニ至リ(ちからやまをぬき)

 

 アダムへと急接近したエミヤは夫婦剣をX字に振るう。が、その程度ならば反応が遅れても対応可能。冷静に槍を振るって彼の握る二つの短剣を破壊しようとするアダムだったが――――あり得ない角度から襲い掛かる二つの剣を見て目を見開いた。

 

 それは先程投擲し、アダムに弾かれた夫婦剣。遥か後方に弾かれたにもかかわらず二つの短剣は物理法則を無視した軌道で完全な死角からアダムの不意を打った。

 

 四方向から同時に襲い掛かる斬撃の檻。歯噛みしながらアダムは強引な動きで槍を振るい、四つの内三つの剣を槍で叩き砕く。パラパラと剣の残骸が宙を舞い、壊し損ねた短剣で斬り裂かれたアダムの肌から噴き出す鮮血も同様に舞った。

 

「――――心技黄河ヲ渡ル(つるぎみずをわかつ)!」

「クッ…………!!」

 

 そして生まれる大きな隙。一撃を貰ったことにより体勢を崩したアダムを迎えるのは――――二振りの、翼の様な巨大な剣。

 

 三度目の投影。しかし今度はただの投影では無い。過剰魔力を投影した宝具『干将・莫邪』へと流し込み強引に実現させた強化形態(オーバーエッジ)。投影によりC-ランクほどに収まっていた夫婦剣を力技でAランクへと昇華し、かの大英雄の防御すら貫く強力な刃へと変貌させる。

 

 ――――唯名別天ニ納メ(せいめいりきゅうにとどき)

 

 地を強く踏みしめる音が響く。

 狙うは絶命。エミヤは容赦も慈悲もなく、ただ抑止の対象となった者の首を刈らんと刃を振るった。

 

 ――――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われらともにてんをいだかず)……!

 

 完成するのは、様々な角度・タイミングから投擲と斬撃のコンビネーションを叩き込む絶技にして切り札の一つ――――『鶴翼三連(かくよくさんれん)』。エミヤが独自に編み出した回避・防御不可能の必殺である。例え優れた直感を持っていようが、この技から容易くは逃れられない。ましてや手傷を負った者ならば――――

 

 

 

「――――起きよ、『この世全ての悪(アンリマユ)』」

「ッ――――な!?」

 

 

 

 最後の二撃を叩き込もうとしたエミヤは目の前の光景に絶句した。

 アダムの傷口から溢れ出る黒い泥(・・・)に。

 

 結果最後の最後で止めは刺せず、エミヤは苦虫を噛み潰したような顔ですぐさま彼と距離を取った。何せ、あの泥の危険性は彼がよく知っているのだから。――――あの泥が起こした惨劇の被害者である彼が理解出来ないわけがない。

 

「そんな馬鹿な……どうしてその泥を体内に取り込めている!?」

「私がこれを身に宿しているのが、そんなに不思議か。だが、そこまで難しい話では無い」

 

 自身の傷口から溢れる『この世全ての悪』の象徴とも言える泥を手で掬いながら、アダムは虚構の広がる無表情のままエミヤへと返答する。

 

 

「――――私が『この世全ての悪(この感情)』を生み出した元凶(始まり)なのだ。それを受け止め切れんでどうする」

 

 

 原初の人間は、さも当り前のように言い放った。

 その返答にエミヤは絶句し、悪寒を感じて無意識に息を呑む。感じたのは、畏怖。人であるにもかかわらず、最も人らしくない故に感じた巨大な違和感。エミヤの全身から脂汗が滲み出し、不可視の重圧が彼を押し潰すように圧し掛かる。

 

 彼は、すぐさま強硬策を実行した。奥の手を凌がれた以上手加減できる要素は皆無。エミヤは可能な限り素早く黒い弓を投影。そして記憶の中から最も有効そうな一撃を叩き込める宝具を検索し、空っぽの手に生成した。

 

 生成したのはドリルのように捻じれた矢。既に矢と言っていいのかもわからない異形の矢であったが、少なくともエミヤの中で最も信頼できる一本であるのは間違いない。

 

 弓を番え、矢を引く。

 

「――――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)

 

 目標は一点。外す道理は皆無。

 捻じれた矢はついに脅威へ向けて放たれた。

 

 

「『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』ッ――――!!」

 

 

 強力な螺旋を描いて撃ちだされる一矢。空間を捻じり切りながら、一振りで丘を三つ両断したと言われる魔剣は直進する。直撃すれば確実に死に至るこの一撃。それを前にしてもアダムの無表情は揺るがない。

 その様子に嫌な物を感じ取ったエミヤは作戦を切り替えた。矢その物の直撃では無く――――爆発に巻き込む方向へと。

 

「【消え去――――」

「させるか―――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

 空間を裂いて飛ぶ矢に、エミヤの一言で罅が入る。僅から隙間から溢れるのは神秘の奔流。

 瞬く間に罅は矢全体に広がり――――魔剣が粉々に砕けた。内に詰まった膨大な魔力もそれに合わせて爆ぜ、エミヤの放った一矢は強力な爆弾としてこの場に破壊をもたらす。

 

 

「貴様、まさかッ――――」

 

 

 そんな呟きは直ぐに爆発に掻き消された。

 

 ほとんど密閉された空間での大爆発。大空洞を揺るがしてもあり余るエネルギーの解放は見事円蔵山を震撼させ、地盤を一気に不安定にさせる。空洞がある山なら尚更だ。

 

 結果――――爆発により円蔵山の一角が消滅。その轟音は冬木市に響き渡ることとなった。

 

 余談だが、やはりというかこの一件は『埋蔵されていた天然ガスの爆発』と誤魔化されたのは、もう言わずもがなだろう。

 

 煙が空へと昇っていく。

 

 始まりを伝える狼煙の様に。

 

 

 

 

 




改稿前に一回出てきていた敵ポジのオリジナルキャラ、アダムさん。割と凝った設定で、半ば無理矢理『第一魔法の使い手』にねじ込みました。後悔はしてない(キリッ

でも設定上『第一の亡霊(スタンティア)』という異名と噛み合っているのが何とも・・・ぶっちゃけ設定した後初めてこれに気付いた衝撃。偶然ってすごい(小並感)

今回判明した事実
・聖杯もう浄化されてた
・アダム登場(黒幕臭ぷんぷん)
・エミヤ登場(抑止力が瀕死状態でどうにか派遣)
・しかし円蔵山の一角大爆発(後に天然ガスの爆発だとこじつけ)
・ヨッシー&ケイネスの安否不明

因みにこのエミヤさんはUBWエンド後の「答えは得た」エミヤさんです。なのでちょっと丸いです。自分殺しとかも特に考えてません。・・・苦悩から救われた従業員をカオス極まってる現場に放り込む抑止力さんマジ外道。

そういや二次小説でオリ敵ってどういう反応なんでしょうね・・・?そこら辺の意見を貰えたら感謝です。
後アダムさんはちゃんと原作キャラの『協力』を受けてますので、ラスボスやるときはちゃんと原作キャラ付きです。誰かわかるのはまだまだ先なので、お楽しみに・・・。

※明言しますが、アルフェ&ヨッシーVSオリ敵という組み合わせは『来ません』。fateの皮を被ったナニカにはしない予定ですので、ご安心を。


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第二十一話・三者の怪物

前回が色々説明不足だったので急遽制作。朝っぱらからぶっ通しで書き続けたせいで頭が痛いぜ・・・!

今回はアダムさん以外の黒幕登場回です。誰なのか想像ついた人はいるのかな?いたらスゴイネ(´・ω・`)。

因みにアダムさんの外見はマルドゥック・スクランブルの老けて頭ボサボサのディムズデイル・ボイルドをイメージしてます。渋い老人キャラです。ほら、リゼロのヴィルヘルムさんとかカッコいいでしょ?そんな感じだと思う。


 崩れた岩盤と鍾乳洞がガラガラと音を立てて詰み上がっていく。辺りを漂う粉塵の量は明らかにただ事ではない事が起こった証拠であり、事実大空洞は崩落寸前にまで追い込まれていた。それでも尚原形をとどめているのは、大空洞の中一人立っているアダムの魔術による結果だろう。

 彼は『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』の爆発が起こる寸前、大空洞の中に存在する大聖杯を守る様に魔術障壁を展開した。どうにか展開は間に合い、大聖杯自体には傷一つ存在しない。だが、障壁を張ってない部分は悲惨なまでに崩れている。Aランクの対軍宝具の大爆発だ。むしろ鍾乳洞が沈下して大聖杯ごと地下に埋もれてないだけ奇跡と言えるだろう。

 

 アダムは服についた埃を払いながら、治癒魔術で体にできた傷を塞ぐ。傷口から溢れ出ていた黒い泥は止まり、彼の体中を駆け巡る。その泥は『この世全ての悪(アンリマユ)』。人類の『悪』という感情の集合体。普通なら体内に取り込んだ時点で発狂死しても可笑しくないソレを、彼は苦悶の表情一つ浮かべず受け止めていた。

 

 しかし実態は、やせ我慢だった。いくら人類最古の人間とはいえこんな物全てを体内に収めるなど苦行を通り越した何かだ。腕は動かすだけで全身に激痛を走らせ、頭の中では無数の呪詛が反響している。その上で彼は尋常では無い精神力と目的を達成するための忍耐力で耐えていた。

 

 人であれと作り出されたにもかかわらず、行っているのは人以上の所業。どんな英雄でもすべて取り込んでしまえば歪んでしまうそれを身に収めているにもかかわらず、彼は自分を曲げずに堪え続ける。

 

 己が渇望のために。

 

「……大聖杯に異常は無いな、ユーブスタクハイト(・・・・・・・・・)

 

 呼びかけに応じる様に大聖杯周辺の空間が歪み、白髪の老人が姿を現した。

 

 氷結した滝を思わせる白髭を手で扱きながら、その老人――――ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンはアダムを睨む。彼こそアインツベルン家八代目当主にして延齢に延齢を重ね、二世紀以上を生き長らえている人間と呼ぶことが躊躇われる妄執の怪物。落ちくぼんだ瞳に関わらず、その眼光には一切老いが感じられない。

 伊達に御三家の一つを二百年も統べてないという事だ。

 

「―――問題無い。貴様の防壁のおかげで大聖杯には綻び一つありはしない」

「了承した。では引き続き大聖杯の調整を続けろ。万が一にも不調が存在した場合、我々の願望は無へと潰える」

「そんなことは重々理解している」

 

 人間の会話とは思えないほど重圧の飛び交う威嚇合戦。

 この二人は『味方』という関係では無く、あくまで『協力』という関係に収まっているので当然ともいえるが、もし一般人が傍に居たのならば口から泡を吹いても可笑しくないぐらいの重々しい空気だ。見てるだけで息が詰まるとはこの事か。

 

 そんな重圧の中、ボコボコとある個所の地盤が盛り上がってくる。やがてその個所には穴が開き、そこから大量の蟲が這い出てきた。見てるだけで人間としての嫌悪感を燻られるようなその光景を見ても、老人二人は全く動じない。

 

 這い出てきた蟲はやがて人の形を模った。そして蟲の集合体が霧に包まれると――――晴れたそこには禿頭も手足もミイラのようにしなびた、妖怪と見間違うほど醜悪な見た目の老人が立っていた。

 何を隠そう。その者は――――アルフェリアの剣に本体を貫かれ、死んだはずの間桐臓硯。彼は以前と変わらぬ姿で何事も無かったかのように健在していた。

 

「呵呵呵呵呵呵々! 何時見ても貴様らの会話は重苦しくて仕方ないわい。少しは張り詰めた気を緩めたらどうじゃ? 原初の人間とアハト翁や」

「余計なお世話だ吸血鬼。貴様に指図される筋合いなど無い」

 

 姿に似合わず陽気な声で臓硯は言葉を放つも、二人の様子は依然変わらず。むしろ眼光がさらに鋭い物へと変じた。火事場に何ガソリンを振りまいているのだろうか、この妖怪は。

 

「それより、召喚の準備は整っているのだろうな」

「ふん、勿論じゃ。そうでなければこの場所になど来ておらんわ。だが少々問題があってな、該当するクラスのサーヴァントの霊核が無ければ成功率が大幅に下がる」

「ならば私がどうにかしよう」

「ほう。アダムよ、何か策でも?」

「無ければ発言などしない」

 

 威圧するように、アダムは低い声音でそう告げた。それを聞いた肩をすくめた臓硯は愉快気に「ククク」と湿った声を喉から漏らす。大の大人でさえ押し黙る重圧を身に受けて余裕を見せているのは、流石間桐の当主というべきか、五百年も生きていれば人間ここまで肝が据わってくると言うべきか。

 

「まあよい、儂は儂でやらせてもらう。異存は無いな?」

「計画に支障が出ないのならば好きにしろ」

「ただし、下手な真似をするならば――――」

「わかっておるわ。騒ぎはなるべく起こさんよ。――――あのキャスターに少々痛い目を見てもらわなければ、気が済まんがな」

 

 憎々し気に臓硯は呟いた。

 

 彼は死んだ。確かにアルフェリアの手により本体を破壊され、一度死んだのだ。そして――――予備の本体に魂を移すことでどうにか存命出来た。燃えた屋敷のなかでしぶとく生き残った虫たちを取り込み、どうにか生き長らえることができた。

 

 アダムに『万が一のため』と進言され予備の本体を作ったことがここで役に立つとは、と臓硯は原初の人間の観察眼に感心しながら、同時に己を一度は殺したアルフェリアへと憎悪を燃やす。結果的に生きていたとはいえ、殺された以上恨みは必ず晴らす。そう己に言い聞かせ、臓硯は不気味な笑みを浮かべた。

 

「では一時の別れだ。気が満ちた時、我々は再度この場所で落ち合うだろう」

「呵々、仕込みが裏目に出ないと良いな? アハトよ」

「貴様が言うか、マキリの妖怪」

 

 解散の時だというのに、やはりこの三者は終始いい雰囲気を醸し出さない。この者らに仲良くしろという方が無理だが。原初の人間に、五百年生きた妖怪に、生きた石板の様な老人。何一つ噛み合わない彼ら――――しかしそんな彼らでも共通するモノは存在している。

 

 聖杯に望みを託しているという事が。

 

 

「――――我が身の不老不死のために」

 

 

 間桐臓硯は理由も忘れた不老不死を望み、

 

 

「――――第三魔法、天の杯(ヘブンズ・フィール)の成就のために」

 

 

 ユーブスタクハイトは手段と目的をはき違えた神の業を望み、

 

 

「――――世界の浄化、人類史の再生のために」

 

 

 アダムは腐敗しきった人類史の破壊と再生を望む。

 

 

 自身の望みを告げた三者は無言で踵を返し、その場から霧のように消え去る。

 その跡地には、影一つ残っていなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 言峰綺礼はとあるホテルの一室に滞在していた。

 彼は裏では遠坂時臣の協力者として動いているが、表では敵対関係。故に誰かにその姿を悟られるわけにはいかず、こうして遠坂邸から遠く離れた高級ホテルにて寝泊まりをしているのだった。

 

 そして今の綺礼は自身のサーヴァント、アサシンと視覚を共有し目の前の光景を観察していた。

 謎の大爆発によって崩れた円蔵山。まさかサーヴァントも連れずに行動していたマスターたちを追跡した末にこんな光景を拝めるとは思わなかったと綺礼は内心呟く。騒ぎが起こらないはずの二日目の夜こんなことが起こったのだから驚きは倍増だ。

 

 これをどう報告すべきか、と綺麗が悩んでいるとアサシンから念話での連絡が入ってくる。

 

『――――マスター。気絶したマスターを発見しました。どうしますか』

 

 それを聞いて、綺礼は考える。

 二日目は戦闘禁止令が出されている。なのでサーヴァント・マスター共に戦闘は禁じられており、もし違反すれば何らかのペナルティが課せられるだろう。――――違反が発覚すれば。

 誰にも見られなければ、違反は違反で無くなる。証明する者が違反を行った本人しかいないのだから。

 

 もし戦況を有利に進めるなら、マスターの排除は視野に入れるべきだ。今回の聖杯戦争で出そろったサーヴァントはどれもが大英雄級。正面からでは勝ち目はあやふやになる。故に魔力の供給源たるマスターを殺害し、現界するために必要となる魔力の供給を断つ。そうすれば幾ら強力なサーヴァントでも消滅は免れない。

 

 だが言峰綺礼は信仰深い信者である。嘘は許されない。嘘とは罪であり、罰せられるべき悪徳。ならば綺礼はマスター暗殺を行った場合、素直に自白し何らかの罰を受けるべきだろう。

 

 が、それでは遠坂陣営が不利になってしまう。事実を隠すにもマスターの暗殺だ。自然と容疑はアサシンへと集まっていく。ならばどうする――――そう考え、綺礼はとある方法を思いつく。

 監視していたマスターは二人いた。ならば、押し付ければいい。その方法が思いついた途端、綺礼は無意識に笑みを浮かべた。

 

「……? 私が、笑っている?」

 

 笑みを浮かべるようなことでは無いだろうと、綺礼は自分が笑ったことに疑問を浮かべる。

 今自分がしようとしているのは責任の押し付け。それこそまさに『悪』の所業。いくら師を補助するためとは言え笑っていいことでは無い。なのに、自分は笑ってしまった。

 

 これはどういうことだ、という思いを押し殺しながら、いつもの無表情に戻った綺礼はアサシンへと指示する。

 

「――――アサシンよ。迅速に、そのマスターを暗殺しろ。だがもう一人のマスターは生かせ。いいな?」

『……了解しました』

 

 アサシンの返答に、綺礼はまたしても笑みを浮かべた。

 どす黒い、黒い笑みを。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 朦朧だった意識が少しずつはっきりとしていく。

 

 指を動かせば反応が帰ってくる。体の各部の反応を確かめ、俺は自分の五体が満足――――脱臼した右腕は少々不自由だが――――なのを確認して顔を上げた。

 目の前に広がったのは円蔵山の森林。大聖杯へと向かう途中で飽きるほど見た光景だった。どうやら俺は無事に危機から脱出できた様だ。しかしそうすると何故気絶していたのかがよくわからないのだが……。

 

「えーと、確か俺は……」

 

 ケイネスの魔術礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』による高速移動で、俺たちは早期に鍾乳洞を抜けられた。だがその直後謎の大爆発が起こり、俺たちは爆風で吹き飛ばされて――――

 

「そうだ、ケイネス先生!」

 

 ようやく思い出した。協力者であるケイネスも同様に吹き飛ばされたのだった。

 気づいてすぐに俺はよろよろと立ち上がり、周囲を見渡した。周りには誰もいない。きっと別方向に吹き飛ばされてしまったのだろうと考えた俺は、痛む右腕を抑えながら歩き出す。

 

 山の一部分が崩れるほどの爆発だ。きっと騒ぎを聞いて直ぐに人が駆けつけてくる。その時発見されれば、面倒事は避けられない。故に早期に離脱が必要だ。

 そんな状況である以上俺はケイネスを見捨てて逃げてもよかったが――――彼がいなかったら確実に死んでいた。ならばその恩は返さなくてはならない。痛みを殺すために歯を食いしばりながら、俺は脱臼した右腕を無理矢理元の位置に戻した。痛むが、まだ我慢できる。

 

 右腕に治癒魔術を施しながら一分ほど辺りを探した頃だろうか、何やら不穏な感覚が背筋を流れる。

 何というか、誰かに見られているような――――

 

 

「――――――――ッ!!」

 

 

 咄嗟に首をひねる。瞬間、首筋近くを黒い短剣が通り過ぎた。

 振り返れば体のラインが浮き出た黒衣を身に包んだ、白い髑髏仮面の少女が立っていた。様子からどうやら俺が短剣を避けたことに驚いて固まっている様だが、わざわざ相手が体勢を立て直す時間を与えるわけがない。

 

魔術回路、起動(ACCESS)!!」

 

 全身の魔術回路を起動。最初からフルスロットルで回路を駆動させ、疲労で気の遠くなりそうな頭を唇を噛み切った痛みで強制的に起こし術式を組み立てていく。同時に腰のポーチから直径三センチ程度の金属球を取り出す。それに魔力を流し込むと内包された質量が解放され、一瞬で拳大の金属球へと変化。これで準備が完了する。

 

 俺は持った金属球を魔力で適度な高さに浮かべ、治癒魔術で強引に修復し魔力で強化した右拳を振りかぶる。

 

Framea,penetratio(槍よ、貫け)!!」

 

 振りかぶった拳を全速力で金属球へと叩き付けた。瞬間拳の加速と魔力が金属球へと伝わり、金属球は槍へと即時変形。雷撃を散らしながら音速を越える砲弾となって、アサシンへと飛翔する。

 

「っ……!!」

 

 アサシンはそれを背中をのけぞらせることで回避する。金属の槍はそのまま奥へと過ぎ去り、木を何本か貫通しながら破壊するだけに終わった。そしてアサシンは背をのけぞらせた勢いのまま後方へと腕の力だけで飛び上がり、牽制として短剣を投擲。

 短剣を地面を転がることで避けながら、俺は走る。

 

 サーヴァントに物理攻撃は効きにくい。例え魔力を流した武器とでも致命打は与えられないだろう。それに先程のは相手が動揺していたから可能だったことであり、普通ならば攻撃を放つ前に回避行動に入られている。そもそも素の身体能力からして差があるのだ。正面から戦えばこちらの敗北は確実な物となる。

 

「――――逃がさない」

 

 背後から声が聞こえる。それを聞いて背中に氷柱を突っ込まれたような悪寒を覚えながら俺は全力疾走を続ける。

 息が荒くなる。肩が上下する。いくら鍛えていると言ってもこんな悪地で走り続けていれば当然の帰結だ。それでも、背後からの悪寒は止まない。足を魔力で強化し、時速40Km以上で走っているというのに全く差が広がらないどころか縮まっているのは、やはり追いかけてきているのがサーヴァントという現実を突きつけてくれる。

 

 ヒュン、と小さな風切り音が耳に届く。直ぐに身を捻ろうとするが――――もうすでに短剣は右足の脹脛に深々と付き立っていた。激痛で足から力が抜け、そのせいでバランスを崩した俺は走った勢いのまま転がる。

 近くの木の幹に体が叩き付けられる。飛びそうな意識を必死で保ちながら、俺はポーチから幾つも金属球を取り出して宙に放る。

 

Fence,tractus(柵よ、広がれ)!」

 

 放られた金属球が肥大化し瞬時に変形。何度も枝分かれし、俺を囲むように何層もの柵が出来上がる。感性と同時に甲高い金属音が何度か響き、柵に弾かれた短剣が地面を転がるのが見える。しかし全く安心できない。何せもう、アサシンのサーヴァントは柵の前に立っていたのだから。

 

 アサシンが柵を掴む。強度的には象に踏まれても平気なように頑丈な作りにしているが――――どう見てもアサシンの触れた個所の金属は溶けていた(・・・・・)

 

「嘘だろオイ……ッ!?」

 

 金属を溶かすのはよほど強力な酸性の液体しかありえない。つまり今のアサシンは手に強力な酸を纏っている。一瞬で金属すら解かせる強烈な代物を。恐らく宝具の類なのだろう。

 しかも恐ろしいことに、効果が生じていたのは手だけでは無かった。

 アサシンは金属の柵に体を押し付け――――そのまますり抜ける様に進んでくる。触れた個所から金属が溶けていっている。全身に酸を纏っていなければそんな光景は訪れない。悪夢だと思いたかった。

 

 ついにアサシンが全ての柵を抜け、目の前に現れた。

 死を覚悟する。いや、受け入れなければならない。もう対抗手段は無い――――

 

(いや、令呪がある……!)

 

 できれば使いたくはなかったが背に腹は代えられない。俺は直ぐに令呪を使ってアルフェリアを呼ぼうとして口を開く。

 

 だが、もうアサシンの顔は目の鼻の先にまで近づいていた。

 令呪を使用する暇など、無い。

 

「…………ごめんなさい」

「……え? 何――――」

 

 何故謝るのか、そう言おうとした。しかし、それは止められた。

 止められた。

 

 

 

 

 

 アサシンの接吻(キス)によって。

 

 

 

 

 

(……………………………………………………は?)

 

 柔らかい感触が唇から脳に伝わる。よく感覚を研ぎ澄ませば、体勢の関係上ほぼ全身をアサシンのサーヴァントと触れ合わせており、何というか少女特有の柔らかい肌の感触が感じられて――――とても、不味かった。色々な意味で。主に男の尊厳的なモノが。

 

 たっぷり十秒もそんな状態が続いただろうか。ハッと我を取り戻した俺はすぐさまアサシンの肩を掴んでくっついていた体を引き剥がす。一体何が目的でこんなことをしたのかわからないが、とにかくこの状態がずっと続くことが不味いのは確かである。正直男としての本能がこの行動に抵抗しかけたが、理性で封じた。

 

 とりあえずどうしてこんな奇行に走ったのかを聞いて――――

 

 

「…………嘘」

「はい?」

 

 

 こんな事をやらかした当事者であるにもかかわらず、アサシンも「何が起こっているのかさっぱりわからない」といった風の茫然とした顔を浮かべていた。もう何が何だかわからなくなる。誰か説明してくれ。

 

「お前、一体何を―――んッ!?」

「ん……………」

 

 二度目の接吻。何だ、何がしたいんだ。何が起きてる。

 混乱のあまり脳がオーバーヒートし、視界は朦朧となってわけがわからない。唯一感じているのは口の中で踊る柔らかそうな肉の鼓動――――

 

(って舌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――ッッ!!?!?!?)

 

 舌入りだった。何でですか。俺が何をしたって言うんですか。

 普通の青少年なら泣いて喜ぶかもしれないが、俺には惚れた女がいる。いるんだ。だから耐えねば。間違えても傾倒しないようにしなければぁぁっ……!! きっとこれもアサシンの策略なんだ。俺を手御目にしてアルフェリアを取り込もうとかたぶんそんな感じの作戦だから気を許すな! アサシンなんかに負けたりしない!

 

「ん……はぁ、ん、ちゅ…………スキ…………」

 

 スタァァァァァァァップ!! ドクタースタァァァァァァァァップ!!! ざっけんなチクショウ! どうしてこうなった! どうして敵に追い込まれた末にこんなドロッとした何かをやらかしてるんだ俺は! 早く、早くこの牢獄から脱出せねばァァァァァァァッ…………!! このままでは「アサシンには勝てなかったよ……」なんて洒落にならない状態になってしまう…………ッ!!

 

 先程と同じく体を引き剥がそうとするか悲しいかな、前回より凄く……固いです……。引き剥がせねぇぞチクショウが! 考えてみれば人間がサーヴァントに勝てるわけなかった!

 

「っはぁ……もっと、触れて……触れ合って…………」

「待っ、ちょ、おま――――」

 

 アサシンの手が服の隙間を縫って生肌に触れてくる。暖かいです。ハイ。ってそうじゃねぇ!! でも抵抗できねぇ! ――――あ、詰みました(察し)。

 

 涙目で色々なことを悟り、達観気味に俺は空を見上げた。

 

(…………月が、綺麗だなぁ)

 

 完璧な現実逃避を決め、俺はそのまま目を閉じた。きっとこれは悪い夢だと、空しい考えを抱きながら――――

 

 

 

 

「――――Scalp()!!」

「っ…………――――!?」

 

 

 

 

 顔色を変えたアサシンがその場から跳び引く。直後アサシンの居た場所を水銀の鞭が一閃し、ついでに俺が背を預けていた木の幹を真っ二つに切断していった。

 この見た目と切れ味は間違いなく、ケイネスの魔術礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』。そしてそれを使えるのはただ一人――――ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 

 俺は水銀の鞭が飛んできた方向に振り向いた。

 多少ボロボロの姿ではあったが、確かにケイネスはそこに居た。今だけは、俺は彼がとても頼もしい教師に見えてしまった。

 

「まったく……見つからんと思っていたら、まさかアサシンのサーヴァントと交戦していたとはな。よく生き残ったものだ。此処は私に任せて逃げるがいい――――と言いたいのは山々だが、私もかなり疲弊していてね……。立ちたまえ、ヨシュア・エーデルシュタイン。共に迎撃するぞ」

「了解……ッ!」

 

 少しだけ体の所々が痺れてはいたが、立てないほどでは無い。俺は残った体力を使い、体に鞭打ち立ち上がる。

 それを見たアサシンはよくわからないが顔を赤く染め、光悦とした表情で短剣を構えた。まるで運命の人を見るような瞳で俺を見てくるのは本当に何故だろうか。正直に逃げたい。貞操的な意味で。

 

「初めて……見つけた。私に触れても、大丈夫な人……。捧げたい、あぁ、捧げたい……私の身も、心も……」

「……ヨシュア君、一体私の見ていない間に何をしたらこうなったのだ?」

「そんなもん俺が聞きたいですよ!?」

 

 一方的に襲われた(二重の意味で)ことしか覚えてないよ。どうしてあんな色々危ない人みたいになったのかは俺が聞きたい。俺が何をしたよホント。

 

 俺たちとアサシンはそのまま膠着状態に入る。手を出せばそこで戦闘は始まる。勝率は五分五分。

 張り詰まった空気が肺を圧す。十月にもかかわらず汗が頬を伝い、地面へと滴る。そして俺はごくりと固唾を呑み、右手を掲げて叫ぶ。

 頼もしい相棒を呼ぶ合図を――――

 

 

「来い、キャス――――」

 

 

 ――――叫ぼうとしたが、吹き飛ばされた(・・・・・・・)

 

 アサシンでは無い。突如空から光線が地面を穿ち、爆発したのだ。おかげで俺は台詞を最後まで言えず吹き飛ばされ、地面を転がる。もう今日何度目になるかわからない。

 痛む頭を押さえながら空を見上げると――――赤いドレスを纏った、金髪の美女がそこに居た。背中から鳥の様な黒い魔力の翼を生やし、天からの使者の如くこちらを見降ろしている。

 

 その女性には見覚えがあった。元真祖にして宝具真祖――――ミルフェルージュ・アールムオルクス。

 

 拠点で留守番をしていた彼女は呆れた表情で俺をじっと見据えていた。

 

「――――どうやら、無事の様ね」

「ル、ルージュ!? どうしてここに……?」

「あんな爆発が起これば嫌でも駆けつけるわよ。で……そこのサーヴァント、動かないでよ。今楽にして――――」

 

 ミルフェルージュが視線を向けた瞬間には、もうアサシンは姿を消していた。霊体化して戦線を離脱したようだった。数でも質でも劣っている以上、賢明な判断だろう。

 

 

『必ず、また会いに来ますから……』

 

 

 そんな台詞が耳元でささやかれたような気がするが、気のせいだ。きっと。

 

 とにかくこれで本当に危機は去った。ようやく安心できると理解し、俺は肺に溜まった熱い空気を抜く。今日は休戦日のはずなのに、いつもより疲れた。早く拠点に帰って休みたい。

 

 いや、その前にやることがあった。

 

「ケイネス先生。約束の令呪を――――」

「いらん」

「……えっ?」

 

 帰ってきたのは『拒否』。予想外の返答に俺は困惑を覚える。

 報酬は令呪。聖杯戦争において金を積んでも得られるかどうか怪しい、魔術師に取っても研究し甲斐のある神秘の塊だろうに。そう思って、俺は問う。どうして断ったのかを。

 

「どうしてですか?」

「等価交換の法則に反しているからだ。今回貴様が得られたものは無い。ならば私だけが何かを得るのは道理に反している。確かに令呪は魅力的だが……道理に反してまで欲してはいない」

 

 引き合いに出されたのは魔術師にとって当然の等価交換。誰も何も得られなかったのに、自分だけ何かを得るのは『不公平』だと、彼は言いのけた。

 

「私には私の矜持(プライド)規則(ルール)がある。それを傷つける真似は他人が許してもこのロード・エルメロイが許さない。アーチボルト家の誇りに掛けて、私は私を曲げない。曲げた時、それは私が魔術師として死んだことを意味する。……誰にも譲れない物はあるのだよ、ヨシュア君。理解できたかね?」

「……はい」

 

 男としても、魔術師としても譲れない物がある。今回はその結果だと、俺は納得することにした。まだ心残りは残っているが、本人が断っているのだ。無理に押し付けても駄目だろう。

 

 ケイネスは言うべきことを言い切った後、無言で踵を返す。

 そして後ろを向いたまま、去り際の言葉を告げた。

 

「――――次合う時は敵同士……楽しみにしているぞ、ヨシュア君」

 

 それだけを言って、彼は立ち去ってしまった。本当に、次合う時はもう敵同士なのだろう。彼の事は特別好きというわけでは無いが……それでも、味方に付けられないのが少しだけ残念に感じた。教え子として、少しだけ恩義を感じているのかもしれない。

 

 空から降りてきたミルフェルージュがそれを見てげっそりとした顔をしていたせいで、気分がぶち壊しになったが。

 

「……男って、よくわからない生物ね」

「女も似たようなものだろ」

「そんな物なのかしら」

「そんな物だよ。……たぶん」

 

 男女の本質などわかるわけがない。完璧な第三者の視点を持つ者ならばともかく、人の意見には多少なり主観が入ってしまう物なのだから。理解できるのは、きっと神のような存在だけだろう。

 

 疲れ果てた身体をふらふらさせていると、遠くの空から白い影が見えてくる。鳥、にしては少し大きいような――――いや鳥じゃない。アレは、竜。白い竜だ。

 

「ヨシュアー!」

 

 その白い竜の上でブンブンと手を振っている一人の女性。流れる様に美しい銀髪と銀色の瞳は間違いなくアルフェリア。見間違うはずがない。よく見れば他の面子も竜の背中に乗ってこちらへと飛んできている。俺を心配して皆で来てくれたらしい。

 

 俺も笑顔で手を振り返そうとして右腕を上げ――――『ソレ』に気付いた。

 

「……………………え」

 

 無意識にそんな呟きが漏れる。

 だって、当り前だろう。それほど信じられない光景だったのだから。

 

 

 右手から黄金色の結晶が生えていた。

 

 

 いや右手だけでは無い。右腕全体から結晶は服を突き破る様に生えていた。しかも肌の表面からではなく内部から生えたせいか、右腕は今血だらけになっている。なのに、痛みはない。

 俺ただ茫然と、それを見続けた。

 

「ッ――――ヨシュア!?」

 

 体を一瞬だけ浮遊感が襲う。

 気づけば俺は仰向けに倒れていた。手足が動かせない、瞼すらビクともしない。コンクリートの中に沈められたように、指一本すら動けなくなった俺は、

 

「ヨシュア! 返事を――――しっかり――――――――」

 

 誰のモノかもわからない声を聞きながら、意識を泥沼の底に沈めることしかできなかった。

 

 

 二日目の夜が、今終わる。

 

 

 

 




悲報:蟲爺生きてた。しぶといッッ!!
続報:アインツベルン、本格的に直接介入始めた模様(切嗣達には内緒)。

これに更に麻婆も加わる予定です。アレ・・・ちょっと黒幕陣営強くねぇ・・・?


静謐ちゃんカワイイ。


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第二十二話・物語の胎動

ハイ、遅くなって申し訳ありませんでした。最近マジで調子が悪いです。
暫く執筆活動を休止するかもしれません。ご迷惑をおかけしますが、ご了承下さい。

追記
台詞追加しました。


 頭が痛い。目覚めてから俺が思ったのはそんな小さな物だった。

 重い瞼を開けると、見慣れた自室の天井が見える。しかし非常に視界が朦朧しており、かなり意識が泥酔しているのが分かる。体もいつにも増して重い。

 

「俺は……一体……」

 

 痛む頭を押さえながら、俺は上体を起こそうとする。

 が、それは突然肩を掴まれて体を倒されたことで無駄に終わった。驚きながら横を振り向くと、ランスロットが呆れの表情で俺を見ていた。

 

「傷に障りますよ、ヨシュア」

「ランスロット……? なんでお前が……」

「……どうやら、昨日の事はあまり覚えていなさそうですね」

 

 昨日の事? ――――そう言われて、俺の脳裏に電流が走るような痛みが通る。

 確か昨日は、ケイネスと共に大聖杯を調べに行って、それで……、

 

「――――ッ!!」

 

 布団を捲り、右腕を見る。記憶が確かなら、気絶する直前俺の右腕に大量の金属結晶が――――

 

「……ない?」

 

 なかった。そこにはいつも通り、筋肉の付いた自身の腕があるのみ。金属など欠片も生えていない。

 夢だったのかと一瞬疑うが、あり得ない。あの生々しい感覚は現実で無ければ納得できない程はっきりしていた。ではどうして何もない。

 

 直ぐにランスロットへと問いを投げかけようとした。しかしそれは突然の来訪者によって遮られる。お粥を乗せたお盆を携えているTシャツとショートパンツ姿のアルフェリアがこの部屋に入ってきたのだ。

 

「こら、モードレッド。さっきご飯食べたでしょ」

「えー、いいじゃん一口ぐらいー。な? 氷室」

「モードレッド。どうしてそこで私に同意を求めるの?」

「……モードレッド、我慢」

「う~っ……。わーったよ、だからそんなに睨むな桜!」

「「ほんとかな~」」

「何で二人して疑うんだよ!? 俺ってそんなに信用ないのか!?」

「冗談だよ」

「ん、冗談冗談」

「くっ、なんか納得できねぇ……!」

 

 しかも一人だけではない。モードレッド、氷室、桜も一緒に居た。様子から見て、お粥の匂いに釣られてきた様だった。先程飯を食べたばかりだと言っているのにまだ何か食べたいとは、食い意地が張ってると言っていいものやら。

 

「アルフェリア、ヨシュアが今起床なされました」

「え? あ、ホントだ。……うん、熱とかは無い。特に後遺症なんかは無さそうだね」

 

 俺が起きたことに気付いたアルフェリアはベッドの傍に駆け寄り、お粥の乗ったお盆を隣に置いて俺の額に手を当てる。仄かに温かみのある柔らかい感触を感じて、ついドキッとしてしまった。冷静、冷静になれ。此処で焦っても何の得にもならないぞ……!

 

 羞恥心を押し殺すこと十秒。診察を終えたアルフェリアは胸を撫で下ろして深いため息を吐いた。無駄な心配をかけて、気を張り詰めていたのかもしれない。そう考えると途端に彼女に申し訳なくなる。

 

「その、すまん。色々と」

「気にしなくていいよ。私がしたことと言えば、倒れたあなたを拠点に連れ帰るだけだったし」

「……そうか」

 

 それでも手間をかけさせたのは事実だ。本来なら己のサーヴァントを支援するはずのマスターが逆に助けられてしまった。出しゃばり過ぎた真似をした、罰かもしれない。

 功を焦っていたのだ。このままだと、自分が必要とされなくなると不安になって――――何とも女々しい理由だ。エーデルシュタインの名が聞いて呆れる。

 

「ヨシュア?」

「……いや、なんでもない。それより俺の右腕はどうなったんだ? 記憶が違わなければ変な金属結晶が生えて、血だらけになっていたはずなんだが」

「それならもう大丈夫だよ。私がちゃんと治療したから」

「なら、安心だな。頼りになるよ、相棒」

「ふふっ」

 

 場を和らげるように軽口を飛ばすと、アルフェリアがくすっと微笑した。そんなさり気ない動作でも絵になるというのだから、実に目のやり場に困る。

 

「それじゃ、お粥作ってきたから食べようか。お腹空いてるでしょ?」

 

 壁に立て掛けられた時計を見れば、もう十時を過ぎている。朝食にしては少々遅いが、病み上がりの体をしっかりと治すにも食事は必要だ。無言で俺は首を縦に頷き、アルフェリアもそれに応じて――――お粥を救ったレンゲを俺の前に突きつけた。

 

 ……どういうつもりだろうか。

 

「え?」

「ほら、あーん」

「はぁッ!?」

 

 お前は何を言ってるんだ。

 そう叫びたくなるのを我慢して、俺は体を起こしてレンゲを引っ手繰ろうとした。しかし、全身に痺れるような痛みが駆け抜けることで変な悲鳴が口から漏れ、体の動きが硬直する。

 それを見たアルフェリアは「やれやれ」と呆れた表情で、俺の体を支えるようにゆっくりと起こす。

 

「っ…………体が、痺れて……!?」

「宝具から作り出された毒を受けたんだよ? たった半日程度で治るわけないでしょ」

「……面目ない」

 

 言われてみればそうだ。アサシンは詳細はわかりかねるが、金属を溶かすほど強力な酸性毒を体中から分泌していた。十中八九宝具の類なのだろう。それを経口摂取したであろう俺が死ななかったのは不思議だが、強力な毒ならば半日程度で消えるはずがない。体の痺れはそう言うことなのだろうと、俺は納得した。

 

 しかしだからと言ってこの大勢の面前で「あーん」などしたくない。何の羞恥プレイだと抗議を申す。

 そんなことをするつもりなら――――ちょっとだけしたい気がしなくもないが――――朝食は取らなくていい。昼食頃になれば痺れも幾分マシにはなっているだろうし――――

 

「ヨシュア。一応言って置きますがそのお粥は、アルフェリアが貴方の身を案じて作ったものなのですよ? まさか、『食べない』とは言いませんね?」

 

 ランスロットォォォォォォォ!! この裏切り者ォォォォォォォ!!

 

 わざわざ言ってくれてありがとう、と俺は半ギレ気味の視線をランスロットへと投げた。それを見てランスロットは面白そうにニヤけるだけ。こんの野郎。他人事だからって全力で楽しもうとしやがって……。

 

 別に嫌なわけじゃない。嫌なわけじゃないのだ。ただ皆の前でコレはちょっと恥ずかしいというか、絶対後で弄られるネタにされるからというか何というか。とにかく回避せねば。何か良い言い訳は無いかと、俺は今までないほど冴えた頭を回転させ始める。きっといつかたぶん無難な答えが見つかるはず――――がしかし、時間がそれを許さない。

 

「……ねぇ、冷めちゃうよ?」

 

 そんな泣きそうな顔で見ないでください。こっちが泣きたくなります。

 もう覚悟を決めるしかない様だ。弄られネタがなんだ。上等だぜチクショウめ。

 

 俺は武者震いよろしく全身をガタガタを震わせながら口を開けた。緊張しすぎてもうガッチガチだ。おいランスロット、ニヤニヤするな。モードレッドは何か震えてるし、幼女二人組は何か興奮気味に凝視してる。なんだこれ。もう一度言う。なんだこれ。

 レンゲが目と鼻の先まで近づく。脳内からアドレナリンが大量に分泌され、ゆっくりになって行く景色は走馬灯の如し。何でお粥食べるだけなのにこんな状態になってるんだろうか俺は。

 

 そして、ついに――――

 

 

 

「うがぁぁぁぁぁぁ! 姉上は渡さねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「えっちょ――――ギャァァァァァァァァァ!?!?」

 

 

 

 プルプルと身を震わせていたモードレッドが飛び上がる。ギリギリ天井にぶつからない絶妙な跳躍だ。しかしそこは気にするべきとところでは無い。

 

 モードレッドは空中で綺麗に三回転して、俺の頭に――――噛みついた。勿論痛い。凄く痛い。おかげで自然と悲鳴が喉から這い出てきた。強烈な刺激に反応して腕も無意識に動き出し、頭に噛みついて離れないモードレッドを引き剥がそうとしている。これが荒療治という奴か……!

 

「な、何やってるのモードレッド!?」

「これは予想以上に大惨事になってきましたね。あ、水を注ぎましょうか? アルフェリア」

「なんでそんなに落ち着いていられるの……? えっと、とりあえずお願い」

「ハハハ。ヤンチャするということは若い証拠なので――――あ」

「――――え? きゃっ!」

 

 水差しでコップに水を注ぎ、ランスロットはそれをアルフェリアへと差し出そうと歩み寄った。だが何の不幸かな。ランスロットは何もない所で躓き、コップに注がれた水をアルフェリアへと掛けてしまった。それだけならまだよかったが、それで終わらないのが湖の騎士の本骨頂。

 

 躓いたせいで一瞬でバランスを崩したランスロットは、何とそのままアルフェリアの方へと倒れ込んでしまった。アルフェリアも突然のことで対応しきれずそのまま床へと押し倒されてしまう。そして偶然にも、倒れ込んだランスロットの手がアルフェリアの胸を鷲掴みにしていた。

 

 鷲掴みにしていた。

 

 更にTシャツが濡れてるせいで着用したブラジャーも丸見えという、どう考えても男が女を襲っているという絵面。それを見てこの場全ての者の時が停止する。

 偶然が重なり重なって起こった事故なのはわかる。しかし、それでも、これだけは言える。

 

 これは酷い。主に湖の騎士のラッキースケベ。

 

 その張本人である彼は顔から冷や汗を滝のように流しながら、ランスロットはせめて場を和らげるために素早くアルフェリアから離れ、コホンと一度咳き込み、震える声で告げるのであった。

 

 どう考えても爆弾にしかなりえない発言を。

 

 

「アルフェリア、その…………――――下着は、黒だったのですね」

 

 

 この瞬間ランスロットの有罪が確定した。

 

 

 

 

「『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)』ォォォォォォォォォ――――――――ッッ!!!!」

「ちょっ、モードレッド卿ォォォォオォオオオォォ――――ッ!?!?!」

 

 

 

 

 何時かの光景のリプレイの様に、また赤雷が空へと延びる。

 

 俺は「またかよ」と考えるのをやめた目でそれを眺め、アルフェリアは「あーあ、濡れちゃった」と胸を触られたことは全く気にしてない素振りで立ち上がった。胸を触られて何の反応も示さないとは、女としての自覚が本当にあるのかと疑ってしまった俺はきっと間違ってない。

 

 そして家の中で対軍宝具を(手加減したとはいえ)ぶちかましたモードレッドはこれでもまだ飽き足らないのか、ゆらゆらと幽鬼のような足取りでクラレントを振り上げた。彼女の目の前には『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)』を避けたが余波で吹き飛ばされ転んだランスロット。

 

 吹き飛ばされてぶつけた頭を押さえながら、ランスロットは上を見上げそれを見た。彼の顔から一気に血の気が引いて行く。殺気全開で剣を振りかぶった奴が目の前に居ればそうなるか。

 

「チェストォォォォォ――――――――ッ!!」

「ぬぉぉぉおおぉぉぉお!?!?」

 

 モードレッド渾身の一撃が振り下ろされた。完全に殺す気だ。でも文句は言えない。アルフェリアの胸をワザとでは無いとはいえ鷲掴みしたのだから。個人的にはモードレッドを応援したい。俺だってまだ触ってな――――いや、なんでもない。

 

 流石に命の危機を感じたのか、ランスロットは素早く『無毀なる湖光(アロンダイト)』を具現化させモードレッドの剣を受け止める。瞬間尋常では無い衝撃波と音、花火が飛び散った。一級宝具同士の衝突なのだから、何もない方がおかしいか。おかげでインテリアが吹き飛ばされて部屋が滅茶苦茶だが。

 

 にしても、流石最硬の聖剣。あの一撃を受けて刃毀れ一つない。並の剣ならそのまま持ち主共々ぶった斬られていただろう。斬られればよかったのに。

 

 と、無意識に自分の口から舌打ちが聞こえたのは気にしないでおこう。

 

「俺だってまだ触ったことないんだぞこの不倫野郎ォ!」

「知りませんよそんなこと!? というか動機が完全に嫉妬だと思うのですが……!?」

「私は別に気にしてないんけどなぁ……」

「いや気にしろよ」

 

 やっぱり気にもしていなかった。本当に女としての自覚があるのかこいつ。

 

 そんな事はさておき、此処で以外な人物が現れた。色が抜けきった白髪ではあるが、かつて麻痺していた左半分の顔は正常へと戻って中々悪くない面貌を見せている雁夜だ。

 彼はモードレッドとランスロットが鍔迫り合いを見て軽く顔を引きつらせる。安心しろ雁夜、それが当たり前の反応だから。

 

「……何やってんだお前ら?」

「ランスロがラッキースケベを発動してアルフェリアの胸を鷲掴みにした」

「あ、じゃあ気にしなくていいな」

「雁夜ぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 元とはいえマスターの冷たい態度に悲鳴を上げるランスロット。しかし自業自得だ。自分で何とかしてくれたまえ。HAHAHA。

 

 ……いや、嫉妬じゃないぞ。俺も触ったことないからって拗ねてるわけじゃないからな? 違うからな?

 

「そういえば雁夜さんはどうしてここに? 桜ちゃんは此処に居るけど」

「ああいや、確かに探してはいたけど、今はそうじゃない。お前らにお客さんが来たんだよ。だから連れてきた」

「お客さん?」

 

 雁夜が道を譲ると、彼の後ろから見知った顔が現れた。

 少しだけ厚めのコートを着込んだ金髪の美少女。ルーラーだ。あのコートは確か昨日アルフェリアが渡したものだから、他人の空似という事はあり得ないだろう。

 

 彼女は少し申し訳なさそうな顔をしてこちらを見る。

 

「あの、すいません。……来ちゃいました」

「……改めて確認するが、お前中立役だよな?」

 

 こめかみを指で押さえる。記憶が確かならルーラーは中立役、聖杯戦争における審判のはずだ。そんな彼女がこうも容易く他陣営の拠点に訪れることは本来ならば推奨されないことであり、昨日のアレは単純にこちらが行き倒れていたところを拾っただけだ。彼女が自分から来ていないためノーカンである。

 しかし今回ばかりは違う。彼女は自分からここに足を踏み入れた。それでいいのか中立役。前提が崩れてきてないか。

 

「ちゃ、ちゃんと用事があってここに来たんですよ!? べ、別に行ったらご飯食べさせてもらえるかな~とか、そんなこと思うはずないじゃないですか!」

「本音漏れてるぞ」

 

 中立役が他陣営に飯をたかりに来るって、そこら辺どうなんですか聖杯さん……。まぁ、人間の三大欲求である食欲、睡眠欲、性欲は嘘をつかないので、嘘を嫌う彼女らしいと言えばらしいが。

 

「っ、こほん! ――――真面目な話、ご飯食べに来たこと以外にもちゃんと理由はあります」

「ご飯食べに来たことは否定しないのか」

「仕方ないじゃ無いですか! アルフェリアさんのご飯が美味しいのが悪いんです!」

 

 開き直りやがったよこの中立役。聖杯さん、采配間違えてませんか。

 

 そう考えていると、ルーラーは無言で道を譲る様に扉の前から退いた。その行動に俺は疑問を持つが、よく見ればルーラーの顔色がおかしい。まるで厄介事を誰かに持ちこんでしまったような気まずさの広がる表情で――――まさか、と俺は素早く扉へと視線を戻した。

 

「……あなた方に用事がある方を、連れてきました」

 

 扉を潜ってきたのは、赤い外套を纏った褐色白髪の男性。

 昨夜俺を助けてくれた、命の恩人にして――――この場に置ける一番の『異物』。平穏を犯す危険分子。

 

 

「――――初めまして、と言った方がいいか? そこのマスターは別だがね」

 

 

 肩をすくめながら、『正義の味方(あの男)』は肩をすくめて言い放った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 剣呑とした空気が広がる。

 その原因はソファーで足を組み、遠慮もなくくつろいでいる赤い外套の男。アルフェリアは訝し気に紅茶を彼に出し、対面するようにソファーへと腰掛ける。

 

 此処リビングにはキャスター陣営のほぼ全員が集まっていた。不審な男が不敵な笑みを浮かべてやってきたのだ。怪しんで警戒している証拠。にも拘らず男は笑みを崩さない。囲まれていても抜け出せるという自信でもあるのだろうか。

 

「ふむ……いい味と香りだ。使われた水は軟水、しかも汲み立てで空気をよく含んでいる。紅茶の香気がよく出ているのが高評価点だな」

「使ったブランドはフォートナム・アンド・メイソン。百五十年前から王室が好んで使ってるブランドだね。入手に苦労したよ。でも茶葉の品質に頼った淹れ方じゃ駄目。どんな物を使っても最高の技術と努力で淹れて、初めて紅茶は完成する。……お味はどう?」

「文句無しの出来だ。スコーンが欲しくなる程にな」

「なんでお前ら紅茶談義してんだ……」

 

 どうしたらこの状況で呑気に紅茶について語り合ってるのかとヨシュアは顔を顰める。図太いのか肝が据わってるのか。どちらにせよ、両者が何度も修羅場を潜ってきた歴戦の猛者であると知るには十分すぎる光景ではあった。不穏分子の前で世間話などよほどの馬鹿でもない限りしないだろう。

 

「……それで? 私たちに何の様かな、守護者さん」

「私の正体に感づいていたか」

「貴方の上司には色々嫌がらせを受けていたからね。嫌でもわかるよ」

 

 守護者。人類の自滅を防ぐために、抑止力――――アラヤが派遣する破滅回避の最終安全装置。その存在は人類を守護する存在であり、同時に現在『人類が自滅しかかっている』という状況を説明する存在でもある。

 

 それを理解してアルフェリアは頭を痛くした。たださえ把握しきれていない状況が更にごちゃごちゃになって行けば頭も痛くなる。

 転生をしてから体感的には早数十年。既に彼女の前世の記憶など擦り切れかけているが、少なくとも第四次聖杯戦争で『守護者』が出てくる展開など知らない。つまりもう収集不可能なほど状況が正史と乖離してきたという事だろう。もうこれからは彼女の知識は殆ど意味を成さなくなった。

 

 自分がその状況を歪めている最大の因子(ファクター)なのは重々理解していたが、ここまで状況が抉れるとは流石に予想外だった。アルフェリアは深いため息を吐いて、目の前の英霊――――エミヤを睨む。

 

「――――私を連れ戻す気?」

「そうだな。それも目的の一つでもある」

 

 空気が、否、空間が震える。

 

 飾られた花瓶は何も触れていないのも関わらず罅が入り、照明器具が点滅を繰り返す。これがただ一人の人間が殺気を放った影響だと言って、誰が信じるだろうか。

 その殺気を間近で受けている者達は本能から理解させられたが。

 

「勘違いするな。それはあくまでついでだ。私の本来の目的は別にある」

「……本来の目的?」

「この写真を見てくれ」

 

 そう言ってエミヤは懐から一枚の写真を取り出し、テーブルに置いた。アルフェリアは一旦殺気を収めてその写真を手に取り、写された絵を一瞥。

 

「――――っ……!?」

 

 見て、目を丸くする。

 写真に写っていたのは白髪で長身の男。黒いロングコートに身を包んだ初老の男性は――――つい二日前、円蔵山にて出会った者その者だったのだから。

 

「彼の名はアダム。約紀元前3000前より生まれ、今まで5000年間生き長らえてきた生粋の怪物だ」

「…………は?」

 

 あまりにも突拍子の無いこと過ぎて、アルフェリアが思わずそんな呟きを漏らした。

 五千年間生き長らえてきた人間? そんな者、簡単に信じられるわけがない。しかしエミヤから嘘をついているような様子は見れない。だからこそ困惑した。

 

「ちょ、ちょっと待って。どういうこと? 五千年間?」

「信じるも信じないも勝手だが、とにかく今冬木市でこの者が聖杯を使い『人類史の再生』をしようとしている。それは現代に住まう人類を一度滅ぼし、新たに人類史を組み立て直すことだ」

「……………………ごめん、ちょっと本当に意味わかんない」

 

 五千年も生き長らえてきた人間が人類を滅ぼそうとしている。要約すればそんな答えだろう。だからこそ理解が追いつかない。証拠も何もない状況でこんな事を信じろという方が無理がある。

 

 しかし嘘をついている可能性が低いのだから余計混乱してしまうのだ。嘘をつくにももう少しマトモな物があるだろうからだ。外来の魔術師が聖杯を使って人類を滅ぼそうとしていると言われた方がまだ説得力はある。なのにわざわざ信憑性の薄いキーワードをはめ込んでいるとなると、嘘では無い可能性が高い。

 

「……嘘じゃないよね?」

「私は先ほど言ったぞ? 信じるも信じないも勝手だ、とな。ここに来たのは、貴様に協力を求めるためだ。キャスター。居場所が分からなかったが、そこのルーラーに案内させてもらったのでな。探す手間が省けたよ」

「その協力を引き受けて得るこちらのメリットは?」

「彼を倒したら私は貴様の邪魔をしないで早々に立ち去ろう。それでどうかね?」

「――――……詳しく聞かせて」

 

 アルフェリアの表情から一切の疑念が消える。何せ此度の問題は『人類滅亡』に繋がりかねない事態。一つ間違えれば全てが終わる可能性がある以上、おふざけは無しだと腹をくくったのだ。

 

 確かな返事を受けたエミヤも表情を厳しい物へと変え、全てを話そうと口を開き――――

 

 

 

 ――――ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……………。

 

 

 

 突然そんな気の抜ける音が聞こえてズッコケた。

 全員が音のした方向――――ルーラーの方を見つめた。その視線には例外なく呆れが混じっている。おまけに全員苦笑だ。真面目な話をしようとしたのにコレは無いだろうコレは。

 

「な、何ですか皆さん? わ、私じゃありませんよ?」

 

 往生際悪く言い逃れをしようとするルーラーだが、アルフェリアが静かに懐から手作りクッキーを取り出して見せつけると、二度目の腹の音が鳴る。

 

 ……これは、何とコメントすればいいのか。

 

「だ、だって! 財布無くしちゃったから何も買えないんですよ私! ホテル代は前払いで払いましたけども、できる限り節約するために食事は頼んでませんし……。外食中心で過ごそうにも、無一文だし……!」

「……ああ、だからここに来たのか」

 

 そう言えば財布を無くしたと言っていた。確かにそれでは何も買えないので、食事もままならないだろう。成程、単純に美味しいご飯を食べにここに来たわけでは無いようで少しだけアルフェリアはホッとする。いや、ホッとしていいのか。

 

 たぶんよくない。

 

 エミヤはため息を吐きながら今まで周りに漂わせていたギラギラした空気を解き、スッと立ち上がる。何をするつもりだろうか。

 

「キャスター、厨房を借りていいか?」

「お客様は此処でくつろいでなよ。私がやる」

「いや、私が――――」

「だから私が――――」

 

 どちらも一歩も譲らない。アレか、料理人としてのプライド的なものが張り合っているのか。

 

「……ふっ、料理実習三年間無敗記録。世界に旅立ってからは世界中の一流ホテルのシェフとメル友になること百余名。貴様に真の食の頂というものを見せてやろう!」

「言ってなさいよ。私は現代に置ける食文化の五割以上を築き上げた伝説の料理人……! 貴方がその理想だというなら、そのことごとくを打ち砕く!」

 

 そう言って互いに決めポーズをしながら言い合う始末。さっきの重々しい空気は何処へ。

 

 などと言った形で二人の料理人が動き出す。

 食べてもらう者の舌を満足させるための料理を作り上げるために――――!!

 

 

 

 

 

 ※この作品はFateです。

 

 

 

 

 

 

 なんだかんだで二人で料理を作ることになったアルフェリアとエミヤ。先程とは打って変わって、二人は無言で黙々と手を動かしていく。

 用意された具材を見るにアルフェリアは肉じゃが、エミヤは味噌汁と今日の昼食は和食中心の様だ。

 漂う香りは間違いなく一級品。嗅ぐだけで生物的本能を刺激するそれは空腹の者にとっては実に毒と言えた。具体的には厨房にあるリビングへと続く扉の向こうから「はぁ……はぁ……!」と不穏な声が聞こえている。ほぼ間違いなくルーラーの物だ。どれだけお腹を空かせていたんだ。

 

 アルフェリアは軽くスプーンで肉じゃがの汁を味見し、スキルの後押しによる美味化を脳内で分離させながらしっかりと分析していく。そしてもう一度汁を救い、エミヤへと差し出した。

 

 頬を掻きながらエミヤはスプーンを受け取り汁を啜る。

 

「……少し甘いな。醤油をもう少し入れた方がいい」

「わかった。醤油醤油、っと」

 

 アドバイスに従ってアルフェリアは醤油を加減しながら足していく。そして軽くかき混ぜ、再度味見して首を頷かせた。納得のいく味が完成したのだ。

 

 そんなアルフェリアを見て、エミヤは複雑そうな視線を向ける。

 無理も無い。

 彼女は――――彼の世界では存在しなかった偉人なのだから。

 

「少し、いいかね?」

「ん? 何か足りなかった? それなら――――」

 

 

「――――君は、誰だ(・・・・・)? 何故、彼女の性を持っている?」

 

 

「……………………」

 

 ただならぬ威圧に、アルフェリアは無意識にその手を止めた。

 きっと今の彼女の中では様々な葛藤が入り混じっているのだろう。自分は本来存在しない『IF(もしも)』の存在。ほぼ正史に近い世界からやってきたエミヤからすれば『異物』にしか映らない。何より、自身に取っての星である彼女(アルトリア)の姓を持つ者ならば、尚更だ。

 

 数秒間無言の状態を続け――――アルフェリアは苦笑交じりの表情を浮かべた。

 それが、彼女なりの答えなのだろう。

 

「……私も、わからないんだ。自分がどうしてここに居るのか。……どうしてかな。気づいたらこの世界に居て、死にたくないって思って生きようとして、大切なものを見つけて――――まぁ、色々迷ったり悩んだりしたこともあったけど、これだけは言える」

「…………」

「私は、あの子(アルトリア)の味方だよ」

「……そうか。なら、もう何も問うまい」

 

 それだけを告げて、エミヤは今度こそ本当に鋭い剣の様な雰囲気を解いた。彼としても彼女に思う事は色々あったのだろうが――――アルトリアの味方ならば、そこに細かいことは必要ない。自分が口を出す必要は無いと、彼は自分で答えを出した。

 

 会話を終えたアルフェリアは食器の用意をするためにエミヤから離れ、戸棚にあった食器を数々を取り出していく。箸や皿などを出していき――――ふと、隣にいつの間にか存在していた自分以外の気配に気づいた。

 

 金髪の麗人、ミルフェルージュが無言でただならぬ空気を纏い立っている。

 ミルフェルージュは責め立てるような口調で、アルフェリアに問う。何故、と。

 

「どうして、彼に本当の事を言わなかったの?」

「え? 何を……」

「………………」

「…………わかってるよ。でも、言えるわけないでしょ……?」

 

 彼女たちが話しているのは、ヨシュアの体について。

 

 ヨシュアはアサシンに襲われて、一度重傷を負った。だがそれはアサシンによる物では無い。理由は不明だが、アサシンの毒は彼には効かなかった。宝具による毒だというのに。

 

 重症の要因は、彼の体から生え出た謎の結晶。魔術的にも解析不可能な未知の物質が、彼の体内をズタズタにし――――変質させた。

 生え出た結晶と同じ、謎の物質に。

 

 

 

 

「――――もう体の八割が、金属に近いナニカに変質してるなんて」

 

 

 

 

 その時厨房の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのは息を荒げたヨシュア。まさか先程の言葉を聞かれたのかと、アルフェリアの顔が青ざめる。

 しかし彼の口から出てきたのはもっと別の事であり、そして重大な事実であった。

 

 

「アルフェリア、不味いぞ。教会からアヴェンジャーの討伐令(・・・・・・・・・・・)が出された……!」

「…………え?」

 

 

 カシャンと、何かが割れる音が厨房に木霊した。

 

 

 

 

 聖杯戦争三日目――――物語は本格的に、動き出し始めた。

 

 たどり着くのは喜劇か、それとも悲劇か。

 

 答えは、神のみぞ知る。

 

 

 

 




一日目、二日目は前座。

三日目からが本番デスヨ?
具体的に言えばサーヴァントたちが冬木市で同時多発戦闘を繰り広げます。
自衛隊が泣きます。
ケイネス先生の魔術工房(笑)が崩壊します。
アインツベルンの森が色々ヤバいことになります。

要するに冬木市ヤヴァイ。

というわけで次回をお楽しみに!


・・・・しばらく休載しそうですが。


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第二十三話・それぞれの歩み

やあやあ皆さま、お久しぶり。金髪大好き野郎です。前回の投稿からもう六日も過ぎちゃった。でもプリヤイベがあったからね。シカタナイネ。割と楽しかったよイベント。

・・・前回の最後がアレ過ぎた反動なのかもしれないけど(ボソッ

さて、早速やってきたよガチャ。イベ開始後日には回しまくったよ。どこかの回す方のノッブが「回せ・・回せ・・・」と脳内で呟いたので本能に従ったよ。その結果――――

課金額:二万五千

イリヤ:3枚
ナーサリー:1枚
エレナ:2枚
メディア:0枚

・・・(´・ω・)
・・・(´・ω・`)ゑ?

大勝利(光悦)。正直「一枚来ればいいかな~」って感じで挑んでいたもんだから、現実を認識したときおっぱいタイツ師匠の胸を揉んだノッブのごとく「やったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」とか百年生きた吸血鬼のように「WRYYYYYYYYYYY!!!」と叫んだせいで一緒にPS4で遊んで居た友達をドン引きさせました。ハイ。是非も無いネ!

ガチャの結果はとっても満足。ハイテンションのままイベに突入し、イベ開始後二日時点でミッション75/100、イリヤとクロを最終再臨&レベルマさせ、イリヤに至ってはフォウマさせました。これが愛か(確信

まぁ、それはさておき本編の話に戻りましょう(賢者タイム)。

今回は他マスターたちの様子を書いた感じです。ストーリー自体はほとんど進んでいません。なんか全体的に見て主人公陣営以外の話が少なすぎると思ったのでね。それでもいいという方はぜひ楽しんで行ってね!

・・・あ、ケイネス先生は次回からダヨ。

追記
ちょこっと修正


 部屋の隅で膝を抱えて、アルトリアは冷たい目で虚空を睨む。

 

 彼女の視線に感情は無くただただ『孔』の様に何処までも深淵が広がっている。絶望も、葛藤も、苦悩も既に振り切れている。戦場(地獄)を見て、否定(地獄)を見て、自分(地獄)を見た彼女に残った感情は、既に家族への愛情のみ。

 悩んだ、悩み続けた。それでも答えは出なかった。

 姉は言った。『ケジメを付けろ』と。それがどんな意図が込められたことはかわからない。過去を変えることが正しくないのならば――――それでも執着を捨てきれないのならば――――せめて気分の整理でも付けろという事かもしれない。

 

 その時アルトリアへと念話が入ってくる。マスターである衛宮切嗣からの念話だ。酷く疲れはてた様な声で、切嗣は淡々とした口調でアルトリアへと情報を伝えてきた。

 

『――――アヴェンジャー。数時間前にお前の討伐令が出されたのは知っているな』

 

 知っているとも。あれだけ暴れればマークもされるだろう。

 だからどうした(・・・・・・・)。我が身は最強の一。襲ってくるのならば、そのことごとくを打ち砕いてやろう。自嘲気味に、アルトリアは不敵な笑みを浮かべる。

 

『敵に拠点を知られている以上籠城は難しい。今すぐ拠点を移す。だが道中襲われる可能性がないとは言えない。お前には――――』

「全力で暴れ敵を引け、と言いたいのか?」

『……そうだ。せめてアイリが、予備の拠点である武家屋敷に着くまで、な。あそこなら、少なくとも此処よりは身を隠しやすい』

「…………了解だ、マスター」

 

 その言葉を最後に念話を切る。マスターからの指令は囮役を務めろ、という事だ。まさかかつては王であった自分が囮役など任されるとは。その皮肉をアルトリアは苦々しく噛みしめ、静かに体を起こす。

 髪はまともに手入れもしていないせいでボサボサ、衣類も同様に幾たびの戦闘を重ねたせいでボロボロだった。自分の心を現している様だ、と彼女は嗤う。

 

 力の無い足取りでアルトリアは部屋の扉を開き――――目の前に立っていた人物に目を丸くした。

 

 アイリスフィール・フォン・アインツベルン。マスターである衛宮切嗣の伴侶。彼女は少しだけ肩を震わせたが、直ぐに不安そうな顔つきでこちらの顔色を窺ってくる。

 優しい彼女の事だ。囮役を務めるこちらを、心配しているのかもしれない。

 

「その、アヴェンジャー。大丈夫……?」

「……私は平気ですよ、アイリスフィール。それよりあなたの身の方が大事です。貴方に何かあっては、マスターも本調子が出なくなる」

「それは、そうかもしれないけど……それがあなたの体の心配を蔑ろにする理由にはならないわ」

「…………優しいのですね、貴女は」

 

 無償の慈愛。

 

 もし自分に母が居たのならば、このような人だったのだろうか――――根拠も何もない推測を抱きながら、アルトリアは無言でアイリスフィールの手を握る。

 暖かかった。冷えた心を、少しだけでも溶かしてくれる。そんな暖かさに触れて、自分の凍えた表情が緩んでいくのをアルトリアは感じた。かつて見失い、拒絶してきた人々の優しさ。地獄を見てもまだ人の優しさを感じることができたのかと、アルトリアは自分に驚く。

 

「アイリスフィール。貴女の安全を心の底から願っています。願わくば、貴女に幸あれ」

「アヴェンジャー……?」

「――――私は、私の『ケジメ』を付けに行きます。万が一私が脱落したのならば……切嗣を、頼みますよ」

「…………そんな、どうして……」

 

 アルトリアは軽くアイリスフィールへと微笑みかけ、その横を通り過ぎた。

 背後からは嘆きの呟きが聞こえる。それを噛みしめて、アルトリアは歩み続ける。 

 

 彼女は玉砕覚悟だった。己の願望が『間違い』であっても、その上で自分がそれを捨てきれないのならば――――ああ、そうか。そうだったのか、と彼女は姉の言葉の真意を読み取る。

 捨てきれないなら、心の踏ん切りをつけろ。譲れない物があるなら、それを賭けて戦え。

 

 此よりは我が身は剣。刃が欠けていても、折れそうでも――――その身が壊れ果てるまで、貫き続ける。

 

 願いが間違っているのならば、自分でもそれを止められないならば、

 

 

「……私を、止めて見せろ。円卓の騎士たちよ……!!」

 

 

 覚悟を決めた顔つきで、彼女はそう『宣言』した。

 

 

 

 

 出口へ向かってアインツベルン城の廊下を歩いていると、アルトリアは人の気配を感じ取り警戒心でその面持ちを引き締める。

 

 姿を見せたのは衛宮切嗣の助手役、久宇舞弥。

 相変わらずの無感情で冷淡な美貌に、アルトリアは若干の辟易を覚えながら視線を向けた。

 

「何か私に御用でも、舞弥」

「はい。今回の拠点の移転において貴女には陽動役を務めさせて貰うため、市街地戦向きの乗り物をご用意させていただきました。流石に我々と同乗してもらうわけにはいかないので」

「乗り物、ですか」

 

 それを聞いてアルトリアが少しだけ興味を面持ちになった。

 

 現代における機械仕掛けの乗り物に少なからず興味をそそられたのだろう。やはり、彼女も一人の『少女』なのだと、舞弥は人知れず痛感した。

 舞弥にしては珍しい、任務とは無縁な益体な感慨である。

 

「用意した乗り物は城門の外に置いてあります。使い物になるかどうか、確認してもらえますか?」

「了解しました。行動が始まる前には確認しておきますので、ご安心を」

「…………ご武運を」

 

 最後に舞弥の言葉で見送られ、アルトリアは程なくしてアインツベルン城の城門前に着く。

 門の前にはいつも通り静かな森が広がっていた。迷宮の様な不気味さも相まって、この森が夢の世界のようにも見えてくる。だが、現実。

 戦場へ向かう前の緊張を殺しながら、アルトリアは門の前に置かれている”ソレ”を見た。

 

 地面をその『二輪』で踏みしめる鉄の馬。その巨体はさながら獰猛な肉食獣。鋼の巨獣は見るもの全てに威圧を与え、鉄の臭いを漂わせる。

 

 ――――鋼鉄の獅子。アルトリアは目の前の”ソレ”をそう例える。実に的確な例えだった。

 

 用意された移動手段は二輪車(バイク)。ベースとなった車体は現時点で最強のモンスターマシンとされるYAHAMA・VMAX。元より百四十馬力もの出力を叩き出す1200ccエンジンに更に改造を施し、加えて吸気系やツインターボチャージャー、その他駆動系の強化を全面的に施して、最終的に二百五十馬力オーバーを実現した。

 

 最早二輪車と呼ぶことも烏滸がましい異形の怪物であるそれは、まだエンジンを掛けられていないにもかかわらずアルトリアの耳に無音の唸りを響かせる。

 

 早く乗れと、言わんばかりに。

 

「……頼もしいですね。ラムレイと、ドゥン・スタリオンを思い出します」

 

 かつて自分が乗った名馬を思い出しながらアルトリアは微笑尾浮かべてVMAXに跨った。

 一度も乗ったことが無いというのに、妙にしっくりくる。これぞ現代の名馬、という事なのかもしれないとアルトリアは思考し、キーを捻ってエンジンをかけ、グリップを握った。

 

 息を吐く。そして思い出す。

 出陣の決行日――――極度の緊張を持った己と他の騎士を鼓舞し、蛮族の軍団に立ち向かった己の姿を。

 今や見る影すらない、『理想(思い出)』の背中を。

 

 そして思うのだ。

 

 自分は、あれほど輝いていたのか、と。

 

 失墜した凶星は嗤う。既に輝きを失った自分の凄惨なる姿を。心を。魂を。

 だが、しかし――――だとしても、

 

「譲れない物は、ある……っ――――行くぞッ!!」

 

 鋼鉄の獅子は唸りを上げた。

 戦いが始まる。運命が動き出す。歯車は悲鳴を上げる。

 

 

 ――――物語は終幕へと動き出した。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 物心ついた時から、彼にはどんな理念も崇高と思えず、どんな探求にも快楽など無く、どんな娯楽も安息をもたらさなかった。目的もなく、夢も無く、願望もまた無い。そんな人間が『言峰綺礼』という男。

 普通に人と感性がかけ離れていた。世間一般の価値観と乖離していた。

 きっと自分が未熟故に『真に崇高なる物』が見えていないと思っていた。何時か神聖なる福音によって救われるのだと信じ、彼は信仰を深めていった。

 

 だが心の奥底では既に答えはわかっていた。自分は神の愛を受けても救われない存在だと。

 

 その絶望は彼を自虐に駆り立て、身を顧みぬ修行と忍耐を強いた。耐えて、耐えて、耐え続けても――――彼が救われたことは一度としてなかった。そうして出来た鋼の肉体を駆使し『代行者』という聖堂教会のエリートにたどり着いても尚――――彼は満たされることは無かった。

 

 誰もがそれを”栄光”と呼んだ。

 しかし綺礼にはそれが理解出来なかった。きっと素晴らしい物なのだろう。称えて良い物なのだろう。そう信じても、綺礼にとってそれは『価値無き物』としか目に映らなかった。

 

 その認識のずれを、綺礼は誰にも吐露しなかった。一人を除いて、ただ一人、愛する妻を除いて。

 

 妻も、自分の理解者になりえなかった。

 

 いや、理解されていたのかもしれない。だがもうそれを確かめる術はない。もう彼女は――――

 

「ッ…………!!」

 

 浅い眠りから目を覚ます。

 綺礼が顔を上げて周囲を見渡せば、目に移るのはどこかの公園。恐らく公園のベンチに座ったまま、そのまま転寝してしまったのだろう。仮眠にはちょうどよかったが、もし熟睡などしていたらと思うとぞっとする物がある。

 

 小さく嘆息し、綺礼は己の右手の甲を見た。

 

 そこにあるのは一画(・・)の令呪。

 召喚直後に二画を消費し、「念のため」と父に一画補充された令呪であったが、戦闘禁止令があったにも拘らず戦闘を行ったことへのペナルティとして令呪を一画程監督役である父、言峰璃正へと譲渡した結果残り一画となってしまった令呪。

 

 同時に、父から少しばかり長い説教も貰ってしまった。それに関しては特段思う事は無い。禁止された行為を行ったのは自分であり、それを咎められるのは当たり前なのだと綺礼は理解している。

 

 それと同じく、令呪を一画失ったことに対しても特に後悔はしていない。使う場面自体、そもそも諜報役の綺礼には訪れないからだ。訪れるとしたらそれこそ敵陣営のサーヴァントと単身で鉢合わせしてしまったときぐらいだろう。勿論、夜にはホテルにて身を隠している綺礼にとってそんな状況は来ないに等しい。

 

 心残りだったのは――――キャスターのマスターであるヨシュア・エーデルシュタインを仕留めきれなかった事。アサシンの宝具の性質上『普通の人間』なら確実に仕留められたはずなのに、彼は生きていた。そのせいでアサシンの戦闘を目撃され、抗議の末に令呪一画を剥奪されたのだから。

 

 アサシンに問い詰めても、何故か顔を赤らめて黙りこくる始末。溜息しか出てこない。

 

 結局両陣営が無事乗り切ってしまった。ランサー陣営にペナルティを被ってもらい、今後の戦況を有利に運びたかったが――――綺礼は心の奥底で何か別の感情が蠢いているのを感じる。

 そう、「周囲から白い目で見られて困惑し焦燥するランサーのマスターを見られたらどれだけ良かったか」という感情を。

 

 自分の感情に、綺礼は目を丸くした。

 悪辣すぎる発想に顔を顰めるが、口だけは何故か笑っている。抑えようとしても笑みは元に戻らない。

 何故だ、と綺礼は自問した。今の考えは他者に責任を被せる『悪』の考え。それは罰せられるべき悪徳であり、信者にとって抱いてはならない感情である。それを何故自分が――――いや、考えても無駄だ、と綺礼は自身の考えを切り捨てた。

 

 何年も自身に問い、その度に答えは出てこなかった。ならば今更考えたところで無駄と言う物だ。

 ならば、自分では無く他者へと問う。

 答えを知っている者へと。

 

「衛宮、切嗣……」

 

 彼は自分と同じく空虚な存在だと、言峰綺礼は信じてやまない。誰にも肯定されず、誰にも理解されないまま戦い続けた男。その男は理由も無く空虚な戦いを何年も続け――――その果てに『答え』を得たのだと綺礼は期待した。そんな男の内面に、己の探す答えはある。

 

「ならば、問わねばなるまい」

 

 そう、だからこそ問うのだ。彼の得た『答え』を。戦う理由を。自分と同じ人種である彼が戦う理由を聞けば、自身も何かを見いだせる。

 

 綺礼はベンチに座らせた腰を上げる。もう空を照らしていた太陽は夕日として赤い光で冬木市を照らしている。後数時間もすれば、今度は月の光がこの街を照らし始めるだろう。

 その時が戦いの時だ。恐らく衛宮切嗣は出てくる。あの男が何時までも同じ場所に籠城するはずがない。

 だからこそアサシンを向かわせ、その進行ルート上を割り出す。割り出したら――――後は、こちらの役目だ。

 

「アサシン、衛宮切嗣に動きは」

『――――はい、マスター。衛宮切嗣は数分前に森から出発しました。現在追跡中です。いかがいたしますか』

「向かう方角から目的地か進行ルートを割り出し、こちらへ伝えろ。その後は好きに動け」

『了解しました。ご健闘を』

 

 綺麗は念話を切り、夕日を見上げた。

 この世に生まれ出てから、一体何度見てきたのだろうか。きっと数えきれない回数なのだろうが――――思う事は、何時も同じだ。

 

 

「――――醜いな」

 

 

 何度目になるかわからない言葉を口にし、綺礼は足を動かし始めた。

 

 仇敵と相見えるため。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 時臣は自室にて頭を抱えていた。

 

 原因は他でもない。自身のサーヴァントであるアーチャー、ギルガメッシュが幾ら提案しようが此度の『討伐令』に一行に従おうとしないことだった。

 討伐令が出されようが自身のサーヴァントが動こうとしないのであれば意味はない。サーヴァントにはサーヴァントをぶつけるしか勝つ方法は無い以上、この討伐令は時臣にとって敵に塩を送る行為に等しかった。

 

 令呪とは無色の魔力の塊である。サーヴァントへの絶対命令権と銘打ってはいるが、実際は『膨大な魔力を使用した魔術』に過ぎない。勿論それは無色であるが故に汎用性も高く、サーヴァントへの命令だけでなく自己の強化にも使えるし、非常用の魔力源にもなりえる。そんな物を見す見す敵に渡すほど、時臣は馬鹿ではない。

 

 しかし自陣営の武器(サーヴァント)が動かない以上、時臣にできるのはギルガメッシュの説得だけだ。だが、あの唯我独尊を体現するような性格の持ち主が時臣程度の言葉に左右されるわけがない。もし時臣がギルガメッシュに「財宝を委ねるにふさわしい人物」と見込まれたのならば話は別だったのかもしれないが、生粋の魔術師たる彼には『万が一』の可能性もありはしない。

 

 要は、彼は選択をしくじったのだ。

 

 もう討伐令は出してしまった。撤回でもしようとすれば確実に監督役は他陣営へのつながりを疑われるだろう。その際最も容疑を駆けられる可能性が高い陣営が遠坂だ。

 理由は単純。冬木に長く滞在する家系であることと、遠坂と現監督役である言峰璃正がつながりを持っているに他ならない。

 

 同時期に滞在している間桐家は現在当主が行方をくらましているせいでそもそもこちらも居所を把握できていないし、何より他者との関係を徹底的に避ける間桐が監督役と繋がっているとは思えないだろう。そうなれば自然と疑いの視線は遠坂へと向くことになる。それを感づかれたが最後、遠坂は『監督役との繋がり』という他陣営が持ちえない決定的なアドバンテージを失うことになる。それだけは何としても避けねばならない。

 

 だが、だからと言ってこのまま諦め傍観するという選択もあり得ない。最悪アヴェンジャー陣営以外の全ての陣営に令呪を配布してしまう可能性だってありうるのだ。それは不味い。故に何としても英雄王を説得しなければならない。

 

 ――――肝心の説得方法が見つからないのが現状だが。

 

「っ……いや、落ち着くんだ。そう、遠坂たる者、『常に余裕を持って優雅たれ』。上に立つ者は常に心に余裕を持たせなければならない。今私ができることは何だ? 確かにサーヴァント相手には手も足も出ないかもしれないが、マスター相手なら……いや、駄目だ。万が一という可能性もある。ならば――――そうか」

 

 時臣が天啓を得た様な表情を浮かべた。

 

 マスターがサーヴァントを相手にするなど論外。最初から勝負が見えている戦いなど誰がしたいと思うだろうか。マスターがマスターを相手にするにも、時臣は己が『凡人』であることを痛感している。二流、三流程度の相手には引けを取らないとは自負できるが、それでも天才と呼ばれる人種――――特にケイネス・エルメロイ・アーチボルトとヨシュア・エーデルシュタインは第一級警戒対象だ。

 

 勝てない、というわけでは無い。だが負ける可能性が他のマスターと比べて高いのも事実。結果が最優先である魔術師が結果が分からない勝負に挑むわけがない。

 常に確たる勝利を。

 常に勝てる戦いを。

 例え歩兵一人相手でも戦車を以て戦いほどの慎重さを持たなければ、この聖杯戦争は生き残れない。それが時臣の考えだった。

 

 実に合理的ではあるが――――つまらない。冒険が無い、博打が無い、愉しみが無い。

 魔術師だからこそ、人間であり、傍観者であり、裁定者の英雄であるギルガメッシュとは相いれない。彼は自身の欠点に何時気が付くのやら。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 先程時臣はある考えを浮かばせた。それは――――アサシンによるアヴェンジャー討伐に出てきた他陣営マスターの暗殺。これならばほぼ確実。サーヴァントをアヴェンジャーに向かわせている以上彼らを守る剣であり盾である存在は存在せず、その状況下ならアサシンによる暗殺成功率はほぼ100%と言っていい。相手がアサシンの気配遮断を感知できるほどの規格外で無い限り。

 

 そして彼らの死体から令呪を回収すればむしろこちらの利益は多くなる。一人当たり最大三画だ。アヴェンジャーを討伐して得られるのはたったの一画。報酬に三倍もの差がある。

 

 ならば、綺礼に秘密裏に相手陣営のマスターを暗殺させ、その令呪を回収すれば――――

 

 

「――――随分つまらん考えを巡らせているな? 時臣よ」

「ッ――――!?」

 

 

 時臣が俯かせていた顔を上げれば、目の前には俗世に染まったような恰好のギルガメッシュが立っていた。

 

 感情の消えた顔を、浮かばせて。

 

 喜怒哀楽、そんな類の者が微塵も感じられない顔だ。差し詰め『虚構』――――激怒や憤怒よりも遥かに性質が悪いそれを真正面から肌で感じ取り、時臣の全身から生暖かい汗が溢れ出した。

 生存本能そのものを刺激されたように。

 

「お、王よ、今のは――――」

「言い訳するな時臣。貴様の言葉など、今のこの場では一文の価値もありはしない」

「…………!」

 

 無言の威圧を受けて時臣は喉を詰まらせた。何か言葉を発しようとしたのに、脳からその単語が消えていく。『言葉を発する』という考え自体が恐怖で消えていく。

 これが、人類最古の英雄王が生み出す『威圧』。相手にただ一言の言葉も許さず一方的に封殺する王者の風格。

 

 他者より遥かに努力を積み重ねたとはいえ、その才能は凡百の魔術師の域を出ない時臣が耐えられる道理などある筈も無かった。

 

「我はお前の策には乗らなかった。ああ、確かに使える駒(・・・・)が思い通りに動かんのは不快だろうな。我もそうだ。思い通りに事が進まないというのは実に不快極まりない。だから別の駒を使う。良い判断だな。動かぬ駒を何時までも説得する者は阿呆だ」

 

 平坦に、抑揚のない声で淡々と告げるギルガメッシュ。言葉の圧力という物はこの事なのだろう。彼が一言一言を喉から発する度、時臣の顔色はどんどん蒼白へと変わっていく。否、もうすでに真っ白だ。傍から見れば、死体にしか見えないほどにその肌からは生気が失われている。

 

 それでも、ギルガメッシュは止まらない。

 

「だが我は王だ。サーヴァントといえど我が貴様の下につく道理など無く、そして我が上に居るのは必然の理。時臣、貴様は我に臣下として進言した。そして我はそれを断った。何故かわかるか? ――――貴様は臣下の礼は取っているが、その在り方は『真の臣下』とは程遠い。そしてこの我は偽の臣下の進言を軽々しく受け入れる愚王では無く、貴様の頼みを断ったのは必然と言える」

 

 ギルガメッシュの顔が時臣の目と鼻の先にまで近づいた。時臣は動かない。動けない。蛇に睨まれた蛙の様に痙攣すら起こせず、視線すら変えられず、ただ硬直している。呼吸すらままならない。生きているのかどうかすら疑わしい風体だ。

 そんな時臣の瞳を、ギルガメッシュはその宝石の様な赤い瞳で睨み続けた。その奥底を覗き込むように。

 

「――――なぁ、時臣よ。貴様は魂そのもので我と向き合っているか? 我がどうして貴様の意にそぐわぬ行動をしているか考えたことはあるか? 『英雄王』では無く『ギルガメッシュ』としての存在を見たことはあるか? ……答えよ時臣、今のみ貴様の発言を許す。もし虚偽の言葉で我を誤魔化そうとした場合、貴様や貴様の一族が積み上げてきた全てを叩き潰す」

 

 それは『試練』だった。

 英雄王から遠坂時臣という人間に送る最初にして最後の試練。

 

 嘘を言えば、死よりも残酷な結末が待っている。

 

 だが正直に述べても――――殺される。

 

 その確信ともいえる迷いが時臣の胸の中で渦巻く。『どうにかこの場を凌げるか』――――そんな魔術師然とした考えに至り、時臣は自らの唇を噛み千切った。痛みでそんな愚かしい思考を誤魔化す。

 

 これは人としての問い。魔術師への問いかけでは無い。

 

 ならば、人としての答えを返すべきだ――――

 

「私は――――」

 

 

 時臣の顔が苦渋に塗れる。既に『優雅』などという物は彼には存在せず、そこにはただ『遠坂時臣』という一人の男がいた。王を利用して己の悲願を叶えようとした、愚か者が。

 

 

 

「貴方様を、『道具』として、見ていました…………!!」

 

 

 

 遠坂時臣は確かに『英雄王』に心からの敬意を払っていたのは事実だった。だが自身が召喚したサーヴァントについては『英雄王の写し身』――――いわば肖像画や彫刻などの偶像としかとらえていなかったのだ。ひいては、己の『道具』であるとみなし聖杯戦争最後の儀式として彼を令呪で自害させる気だった。

 

 最も、彼に令呪など通用しないのだが。

 

 ギルガメッシュは己がマスターの偽りなき言葉を聞き届け、無言で瞼を閉じる。

 試練は終わった。時臣はそれをやり棘、己と先祖が代々積み上げてきたモノを守護することができた。しかし――――主従関係には終止符を打ってしまった。

 

 王である彼を『道具』として見ていたという発言。そんな物を聞いて今後も時臣を臣下として傍に置き続けるほどギルガメッシュは甘い人間では無い。彼は罪を犯した罪人を無慈悲に裁く『裁定者』。王に対して不敬を働いた者が目の前に居るのならば、彼は躊躇なくその者の首を撥ね飛ばすだろう。

 

 ――――が、ギルガメッシュは時臣に何もせず、無言の威圧を解いて踵を返した。

 

 何故? と時臣は目を見開く。彼もただで済むとは思っていなかった。死すら覚悟していた。なのに、何もされない。それが奇怪でたまらない。

 

 それに対し英雄王は――――何やら少しだけ愉快気な声音で答えを返した。

 

「王よ……何故私を裁かないのですか……? 私は――――」

「ハッ、最初はそのつもりだったのだがな。遺憾ながら、我を前にして嘘偽りなく『道具として見ていた』と言う阿呆に出す剣は無い。おかげで斬り損ねてしまったわ」

「……王よ」

「勘違いするな時臣。我は貴様を見逃しただけだ。これ以上我の臣下でいることを許したわけでは無い。……今宵を以て我とお前の契約を断つものとする。故に――――今ぐらいは我に相応しき臣下としてふるまってみよ、時臣。貴様はつまらん男ではあるが、見ていて愉しめる分、道化としては一級だ。誇ってもよいぞ?」

 

 かの英雄王に『一級の道化』と言われたことに時臣は内心複雑だった。誇ればいいのか落ち込めばいいのかわからない。

 あの英雄王に評価されたのは時臣も喜ぶべきことだと思えて入るのだが、その評価の内容が『道化』という褒めているのか蔑んでいるのかよくわからないのだから、一体どんな反応をすれば正しいのか。

 

 ほぼ後者(蔑み)の意味合いなのだろうけど。

 

「……本来ならば我はお前に口を出す気は微塵も無かったのだがな。このまま破滅していく様を見ているのも愉悦の一つだろうと傍観するつもりであった。しかし、たまには趣向を変えてみるのもよかろう。愚かな臣下を導くのもまた、王の役目だ」

「…………私は、間違っていたのでしょうか」

「そうさな。お前は、魔術師としては正しかった。だが、『人』としては致命的過ぎるほどに間違っていた。――――それだけの話だ」

 

 魔術師としては、彼は正しかった。根源へ至ることを渇望とし、そのために使える物を利用しようとした彼は人すら『道具』とみなした。勿論、サーヴァントさえも。それは魔術師としては『当然』の事だ。彼らは人を人として見ない。目的達成のためならその命さえ容易く奪うだろう。

 そしてそれは『人』の所業では無い。平然と他者の命を対価にする者は人としては最低の部類であり、屑と言われても文句は言えない。そして英雄王はそんな『規律』に従いすぎていた時臣を『つまらない』と一蹴した。

 

 英雄王は魔術師では無く『人』だ。例え神の血が混ざっていようが、彼は人である。傍から見れば人類の価値観では測れない、誰よりも冷徹な罰の化身。人類を罰しながらもその行く末を見守る裁定者。

 どうしてそんな矛盾のような何かを抱いている? ――――言うまでもない。

 

 彼は――――人の歩みを『愉しんで』いるのだから。

 

 時臣は魔術師過ぎる魔術師であるが故に英雄王の愉しみにはなりえなかった。それだけ、たったそれだけの要素が、ここまで決定的な枝分かれを生むことになった。

 

 要するに、最初からすべて間違えていたのだ。時臣という男は。

 

「――――さらばだ時臣よ。偽臣という道化を務めた貴様ではあったが……最後の最後ぐらいは”愉しめた”ぞ?」

 

 その言葉を言い終えた英雄王が黄金の粒子となって消え去った。

 

 恐らくもう二度と言葉を交わすことは無いだろう。令呪による経路(パス)を使って念話も一方的に塞がれている。文字通り、時臣はもう英雄王に魔力を供給するだけの装置と化してしまった。

 

 圧倒的な恐怖が去り、時臣の全身から冷たい汗が滴り始める。時臣は椅子の背もたれに背を預けて、力の無い瞳で空を仰いだ。

 

 これで根源への望みは断たれた言っていい。英雄王には見限られ、他の手札は恐らくこの聖杯戦争最弱だろうアサシンのみ。他の陣営は軒並み大英雄クラスをそろえている以上、勝つのは生半可な執念では不可能だろう。例え他の英霊を倒したとしても、あの英雄王が敵に回った以上勝ち目は無い。

 

 だが――――時臣の心はまだ折れていない。まだ聖杯は存在している。今回は優勝できなくとも、次の代である己の娘に全てを託すことはできる。そして自分の持てる全てを伝授したのならば、彼は己の命にさえ価値を見出さなくなるだろう。

 

「――――これが後悔、か」

 

 その言葉を最後に、時臣は日々の疲れを落とすように眠りについた。

 

 娘への希望を抱きながら。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 その頃、マッケンジー宅。

 

 すっかり夕暮れになり、夕日照らし出す外国人住宅地。夕焼けは美しく、それに伴い人々は己の家宅へと戻っていく。近頃の冬木市は物騒だ。やれガス爆発やら天然ガスの爆発やら。近頃巷のうわさになっている連続殺人は収まってはいるが、やはり人々の不安は簡単に拭えない。

 夜にもなれば出歩いている者は警察官以外殆どいない。老夫婦が多いこの場所なら、まず夜出歩く者はいないだろう。老人を狙った強盗も少なくないのだ。

 

 マッケンジー宅にはライダー陣営が居候している。ライダーのマスター、ウェイバーの暗示によって自分を孫に見せお金を払わず住処を得ているのは収入減が乏しい彼なりの選択だった。資金に限りがある以上贅沢は望めないし、ある意味魔術師らしからぬ行動だったが故に今の今までまともに感知されていないので正しい選択なのかもしれない。

 

 と、なんだかんだ言ってきたが、彼らは今自室に引きこもっている。特に外に出てやることも無いが、かといって自室でぼーっとだらけているのが良いというわけでは無い。何よりあのライダーが、あの巨漢がじっとしているという事実がすでに異常状態。

 

 何か嫌な予感を、ウェイバーは本能的に察知してしまった。

 しかし――――それ以上に彼は、目の前に広がる光景に苛立っていた。その光景とは、

 

「……なぁ、ライダー。お前な――――聖杯戦争中だってのにどーして自室で煎餅食いながらゲームやってんだよぉ!!」

 

 そう、ライダーは現在ゲーム機という現代文明の象徴ともいえる機器でテレビゲームをしていた。そのゲームとは『アドミラブル大戦略Ⅳ』。しかも初回限定版。昼間彼らは気分転換に――――本当はウェイバーがライダーの過去を夢で垣間見たせいだが――――買い物に出かけ、ライダーは何故かハードごとこのソフトを買ったのだ。

 おかげで資金難がさらに圧迫されたのは言うまでもないだろう。

 

 過去の英雄たるサーヴァントが現代で煎餅食べながらゲームプレイをエンジョイしていると他の魔術師に聞かせたら、一体どんな顔をするだろうか。確実に失笑されるのが目に見えているが、ウェイバーは目の前で実際に起こっている信じられない光景に頭を抱えた。

 

「むん? なんだ坊主。お前もやっぱりゲームしたかったのかぁ~?」

「するかバカ!僕は、そういう下賤で低俗な遊戯には興味ないんだよ!」

 

 魔術時は文明機器を嫌う。圧倒的にコストパフォーマンスの差があるにもかかわらず、高い費用を出さねば碌に機能もしない魔術の方を使う。一般人からしてみれば『どうしてこっちの方が安くて便利なのに使わないんだ?』と思うだろう。

 それでも魔術師は魔術を利用する。彼らはそう言う人種だ。魔術に誇りを持ち、魔術こそが崇高なモノだと信じて疑わない。下賤な文明機器など誰が利用するか――――そんな頭にコンクリートを流し込んだような固い頭の持ち主が魔術師なのだ。

 一応、例外も存在してはいるが。

 

 比較的現代への忌避が小さいウェイバーも魔術師としての最低限の矜持は持っており、ゲーム機を低俗と罵った。確かに魔術師がゲーム機で遊ぶ光景は、中々シュールさ漂う光景ではありそうだ。

 

「……やっぱり、今日のお前なんか可笑しいぞ」

「何がだ? 今日の余に特段おかしなことは無いと記憶しておるのだが」

だからだろ(・・・・・)。おかしくないのがおかしいって言ってるんだ。僕の知っているライダーはいつもハチャメチャで無茶苦茶な奴だ。決して、部屋の中でじっとゲームばっかりしているような奴じゃないし、するにしても、無言で意気消沈しているライダーはいつものライダーじゃない。お前は、何時もその滅茶苦茶さで僕の予想を上回る奴なんだよ。……僕の言ってること、わかるか?」

「……ははァ。こいつは参った。まさか坊主に見抜かれるとはな」

 

 天晴見事と言いだしそうなほど気の抜けた苦笑を浮かべ、ライダーはゲームを中断しウェイバーへと視線を変えた。それにビクッと肩を震わせながらも、ウェイバーもまた視線を引き締めてライダーと対面する。

 

「何か悩み事でもあるのかよ。僕でいいなら相談に乗るぞ」

「悩み事というかなァ……昨晩、酔っていたとはいえ、あの騎士王に色々言っちまったことが気がかりでな。胸の中からもやもやが取れぬ。これをどうしたものか……」

「ああ、あの王道がなんちゃらってやつか。……今のお前は、騎士王に申し訳ない事をしたって思っている、って事か?」

「ん~、合っているようで違うな。余は余の王道に自信を持っておる。自分の治世を後悔したことなど一度も無い! しかし、だからこそか。後悔が無いと自負し、傲慢になり視野が狭まっていたことに気付かず、騎士王めの王道を否定した。が、余は余の王道が間違っているとは――――」

「要は言い過ぎたことを謝罪したいって事だろ? 変に小難しい事挟むと、自分でもわからなくなるぞライダー」

「……まぁ、そういうことだな」

 

 ウェイバーの冷静な返しに、征服王は苦笑しながら頬を掻く。しかし的確な指摘をしている分、冷徹と言うわけでは無い。彼もしっかりと己のサーヴァントの事を考えているのだ。

 

 しかし問題点を指摘しただけでは根本的な解決にはなりえない。ならば、正解へと導くのが務め――――

 

「じゃあライダー、お前はどうしたいんだ? 謝りたいのか?」

「いんや。言葉では駄目だ。騎士王が納得しても余が納得せん。もっとこう……形あるもので謝罪がしたい。かと言って金品は意味を成さんしのぅ……」

「形ある物、ねぇ……。随分難しい問題を出してくれるなお前は。そうだな、じゃあ手助けするってのはどうだ?」

「手助け? どういう事だ?」

「昼ぐらいに教会からアヴェンジャーの討伐令が出された。報酬は令呪一画だってさ」

「なんと」

「ま、キナ臭い事この上ないけどね」

 

 初めて聞かされるソレに征服王は目を丸くした。討伐令、つまり教会がアヴェンジャーを危険視し、他の陣営たちに潰しにかからせようとしているのだ。そしてウェイバーは、この事を「キナ臭い」と断じる。

 

 確かにアヴェンジャーは危険視に値する実力を持っている。倉庫街を跡形も無く吹き飛ばした時点で警戒するのは当然の理と言える。だがしかし、彼らは物的被害は出していても人的被害は出していない。民間人は今のところを一人として巻き込まれていないので『聖杯戦争の運営』自体には彼らはまだ影響に値しないのだ。

 かといって放っておけば被害が生じる可能性はあるので、普通なら(・・・・)ある程度のペナルティと厳重注意程度で済ますだろう。――――なのに、それらをすっ飛ばして『討伐令』。

 

 余りにも怪しすぎる、とウェイバーは『何か』を感じ取った。

 

「僕の予想だと、たぶん教会はどこかの陣営と繋がっている。今のところはアインツベルンを除く御三家が有力候補かな。とにかく、今回の討伐令には僕は乗らない予定だった」

「だった、ということは?」

「お前を見ていて気が変わったんだよ、ライダー。……今からお前の意見を聞く。アヴェンジャーを助けたいか? あっちにしてみれば理不尽な袋叩きの刑だ。アインツベルンに恩を売ると考えれば、リスクに見合ったモノが帰ってくると期待してもいい。例えば、一時的な同盟関係とか。アヴェンジャーは強力なサーヴァントだ。ライダーと力を合わせれば、誘われて来る他のサーヴァントを簡単に倒せる可能性が高く…………何だよライダー、仏頂面なんか見せて」

「……坊主。もしやお前、二重人格というヤツか?」

「――――……はぁ?」

 

 ライダーのそんな素っ頓狂な発言に、ウェイバーは思わず顔を引きつらせた。一体この会話のどこに二重人格と疑われる要素があるんだと言いたいのだろう。必死に笑顔を取り繕うウェイバーであったが、その笑顔には小さな苛立ちと怒りが籠っている。

 

「別に坊主を馬鹿にはしておらんぞ? いつもはひょろっとしていて覇気がない奴だったのに、急に歴戦の軍師の如く聡明になりおる。余でなくとも別人格を疑っているわい」

「あのなぁ、せめて言葉を選べ言葉を! 全く……。昔から人を疑うことは得意なんだ。慎重すぎる奴なんだよ、僕は」

「うむ。しかしそれも立派な才能だ。目の前の情報だけを鵜呑みにせず、自分からその周りの情報を集め、推理し、整理し、対策を立てる。坊主、お前さん軍師の才能があるぞ? この征服王イスカンダルが保証しよう!」

「軍師? ……軍師、ねぇ。僕としては魔術師の才能を評価されたいんだけどなぁ」

「坊主、諦めが肝心という言葉がこの国にはあるらしいぞ」

「やっぱり馬鹿にしてるだろお前ェ!」

 

 なんだかんだで元気そうなライダー陣営だった。

 

 今度は苦笑では無く豪胆な笑いを浮かべてライダーは矮躯のマスターの肩を叩き、尻込みさせていたその巨躯を立ち上がらせた。先程の気の迷いなど一切ない。ライダーは安っぽいTシャツではなく古代の戦衣装を身に纏い、赤い毛皮のマントを羽織る。そうすればかつての英雄、征服王イスカンダルの姿がそこにはあった。

 

 その圧倒的な迫力にウェイバーも息を呑みながら、彼もまた立ち上がる。

 

 ウェイバーは自身のサーヴァントに引け目を感じていた。彼の伝説を伝記とはいえ垣間見、宝具もウェイバーでは一生どころか例え延命して何百年生きようが生み出せない凄まじい戦車を持っている。本人の実力もまた一級だ。立ててきた功績も。

 だからこそウェイバーは――――自身の未熟さを痛感した。

 

 周りは化け物だらけだが、宝具の規格外さならばライダーとて負けてはいない。昨晩このマッケンジー宅に帰った時に、これから本格的に聖杯戦争が動き出すと判断したライダーがウェイバーに自身の切り札、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』の詳細を明かしたのだ。最初はウェイバーも半信半疑だったが、その時のライダーの目には嘘など微塵も存在していなかった。

 

 その宝具は、彼と彼の『臣下()』の歩んだ象徴そのものなのだから。

 

 一万もの英霊級の兵士を英霊の座から展開した固有結界に召喚する滅茶苦茶で度外れな宝具。嵌れば余程の化物で無い限り負ける道理はない。イスカンダルはきっと全てのサーヴァントを討ち取るだろう。――――マスターが優秀ならば。

 

 此度の聖杯戦争のラインナップは化け物ぞろいだ。ブリテンの騎士王、王剣を持つ赤雷の騎士、アイルランドの光の御子、人類最古の英雄王、星を封じた救国の聖女、暗殺教団の教祖の一人、聖剣を担う円卓最強の黒騎士、オルレアンの聖女――――すでに一人だけでも戦う街が危うそうなのに、それが九人だ。一人は中立役だとしても、これではライダーが絶対に生き残れる保証はない。戦い抜くためには優れたマスターが必要だ。

 

 そしてウェイバーは自分にはその役目は務まらないと自嘲した。認めたくは無かったが、心のどこかではわかってはいた。自分が魔術師として三流だということは。このままでは自分の不甲斐なさでライダーが真っ先に脱落するかもしれないという事は――――わかっている。

 

 ライダーは生粋の『魂食らい(ソウルイーター)』。消費する莫大な魔力を全てマスターに任せてしまえば、その負担は計り知れない。ウェイバーの魔術の腕は魔術回路の数や質など高が知れている以上、負担を強いれば命すら危うくしかねない。今はまだ一度も宝具を発動して居ないが故に無事で済んではいるが、これからどうなるかわからない以上楽観視は不可能。

 

 ――――それでも、とウェイバーは音もなく呟いた。

 

 自分の未熟さを痛感すると同時に気付いた。自分が――――ライダーに、征服王に、イスカンダルに憧憬の眼差しを向けていたことに。彼の様に大きな男になりたいという本心に。

 勿論最初は認めなかったが、次第に理解して受け入れてきた。彼の背中に憧れている自分がいるのだと。彼の傍に居ても恥ずかしくない男になりたいと、思えてしまった。

 

 ならばこんな所で引き籠ってぐずぐずしているわけにはいかない。彼と共に――――戦場を渡り歩くのだ。頼もしいパートナーとして。

 

「行くぞライダー。僕たちの戦場に」

「おう! 坊主も戦の心構えというものがわかってきたようだな!」

「ふん。お前と一緒に居れば、嫌でもわかるさ」

 

 巨漢と小人は共に歩む。

 

 己の選択した戦いの場へと―――――。

 

 

 

 

 




正直英雄王が書きにくかったでござる。
と言うわけで今夜限りでトッキーを見限る決心をした英雄王でした。「もし英雄王が言峰に遭わなかったら?」という考えに基づき書いてみたのですが・・・何というか、何とも言えない「コレジャナイ」感が私の中で広がっています。ドースンダコレ(;´・ω・)

それと今回久々に一万五千文字超えた気がする。プリヤイベと並行して書いていたにもかかわらずこの密度よ。マヂ疲れたorz

余談

プリヤコラボがあったので私の小説もプリヤ編でも書こうかなーと思ったけど、よくよく考えたら敵として出てきたらイリヤたちがムリゲー、味方で出てきたら「もうアイツ一人でいいんじゃないかな」状態になりそうなので断念しました。
言ってしまえば「強すぎるために話が根本から破綻する」という問題にぶつかったのです。ちくせう。



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第二十四話・凶星狂獣

ヘイお待ちー。戦闘回だから比較的すらすら書けたという謎。
今回はランサーVSアヴェンジャー。またまた暴れてもらいました。神秘の隠匿?ナニソレオイシイノ(´・ω・`)?


「ふむ…………討伐令、か」

 

 冬木ハイアットホテル上層階。スイートルームにてケイネス・エルメロイ・アーチボルトはソファーに腰掛け考えを巡らせていた。考え込んでいたのはやはり昼頃に通達された討伐令。ケイネスは数時間も費やし、この討伐令について考えていたのだ。

 

「教会が何かを企んでいることは間違いない。問題はこれに私が乗るべきか……」

 

 意図は不明だが、不自然な討伐令から教会側が何かを企んでいることまでは推測できた。しかも報酬に令呪まで使ってだ。これはかなり不可解だとケイネスは小さなため息を吐き、グラスに注がれた紅茶を啜って一度喉を潤した。

 

 討伐令は怪しい。しかし報酬は令呪。リスクに見合ったリターンなのだから、乗ってもいいかも知れない。しかしリスクが中々高い。何せ討伐には多数の陣営が集まってくるのだ。漁夫の利を狙い、アヴェンジャー以外の陣営を狙い輩が出ないとは限らない。流石の大英雄たるランサーでも、同格の英霊が複数相手では勝機は薄くなる。

 

 だからこそケイネスは判断を渋っていた。より確実な勝利と栄光を得るためにはどうすればいいのか。

 

 凡そ数時間考え込んでも今だ答えは出ない。ケイネスはもう一度ため息を吐いてソファーの背もたれに背を預けて窓の外の景色を見た。気分転換にと見てはみたが、心境は何も変わらない。

 

「……これは聖杯戦争、か」

 

 既存の魔術師同士の戦いとはまた違う。サーヴァントという超常存在を使った闘争。指揮官たるマスターが一歩間違えれば全てが崩れ去るデスゲーム。負けは許されない。許されるのは常勝必勝。

 常に勝ち続ける――――それがどれほど難しい物か、以前のケイネスならば「簡単なことだ」と笑っていただろう。しかしこの聖杯戦争で幾度なる想定外に出会ったことでその思考は根本から折られている。自身の常識が通用しない以上、生半可な知略と知謀ではこの戦争は勝ち抜けない。

 

 より慎重に。より安全に。だが完璧な安全などこの聖杯戦争には存在しない。何時狙われても可笑しくない状況かなのだから。つまり、驕った者から落ちていく。ならばケイネスとて慎重にならざるを得ない。

 

 何より、この場所に自身の婚約者である――――

 

 

「――――ケイネス、少しいいかしら」

 

 

 ケイネスの物でもランサーの物でもない声が聞こえる。それは第三者の声だった。

 

 奥の寝室から出てきたのはケイネスの婚約者であり、時計塔の降霊科学部長の地位を歴任するソフィアリ家の息女――――ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。燃えるような赤髪を揺らせ、しかしながらその居住まいは凛冽な氷を思わせるような美女だ。歳の頃はケイネスよりやや若く、少女期を終えたばかりの瑞々しさを誇っている。

 

 そんな彼女はやや失望の混じった声音でケイネスへと言葉を投げた。その視線もどこか鋭い物がある。

 

「……なんだね、ソラウ。ディナーならばもう少し後だが?」

「違うわ。……ケイネス、貴方何時までこんな所で引け腰になっているつもりなの? しかも何日も私を部屋から出さずに。これは少し問題なのではなくて?」

「いやしかし、私はお前を危険に――――」

「私の事を想ってくれるのは有り難いわ。でもね、本当にそうならこんな辺境で行われている下らない戦争なんかとっとと終わらせて! もう耐え切れないわ! 幾ら付き添いとはいえ、これじゃ私が貴方についてきた意味なんてないじゃない! こんな事ならロンドンから出てこなければよかった……!」

「ソラウ…………」

 

 人間、何時までも外とのつながりを強制的に断たれて一つの部屋に押し込まれていたらヒステリーも起こす。これに関してはケイネスの采配ミスと言えるだろう。彼はソラウの身の安全を重要視するばかりで、彼女の感情の動きを見ていなかった。

 

 それでも、ケイネスがソラウの事を大切に思っているのは事実だった。あくまでケイネスが魔術師ゆえに、人の感情と言う物に無頓着なだけであっただけで。

 

「どうせあなたも私のことを『道具』としてか見ていないのでしょう? 自分の家の品格を上げるための政略結婚の道具! お父様もそうだった。私はいつも兄様の予備にしか見られず、愛情なんてこれっぽっちも注がれなかった! そうよ、私は誰にも愛されない。一生道具として――――」

「――――っと、そこまでだぜソフィアリの嬢ちゃん。自虐も度が過ぎると周囲の人間を傷つける」

 

 ポンと、ソラウの肩に手が乗せられた。それは背後から霊体化を解いて現れたランサーの物。

 突然の事に驚き、ソラウは台詞を止めて肩に置かれた手を振り払いながら、ランサーへと敵意に満ちた視線を送る。淑女の体に軽々しく触れないで、というメッセージも込みで。

 

 ランサーはそんな視線を受け取り「やれやれ」と肩をすくめた。まるで子供の背伸びを見る大人の様だ。

 

「ま、何時までも閉鎖された場所に閉じ込められてストレス溜まってんのはわかるけどな、それを人にぶつけるのはどうかと思うぜ? それに、マスターもマスターだ。たまには婚約者さんの心境も察して、一緒に外に出かけてデートでもして来いよ。何時までも気を張り詰めていちゃ、何時かへばるぜ?」

「ランサー! 貴方には関係ないでしょう! 口を出さないでちょうだい!」

「いーや、関係あるね。マスターの不調は俺の不調だ。一緒に戦争潜り抜ける仲なんだ。『調子が悪かった』なんて理由で戦いの中で全力を出せずそのままくたばるなんぞ、俺は御免だぜ」

「っ…………」

 

 少しだけドスの効いた声音がソラウに刺さる。今は戦時、片方が不調では生き残ることはできない状況の中第三者がそれを引き起こすなどランサーが許さない。命を預け合う状態なのだ。痴話喧嘩が原因で死ぬなど戦士として迎えたくはない死因だろう。

 

 大英雄の鋭い視線を受けたソラウは一気に頭がクールダウンし、深いため息を吐きながらソファーへと腰掛ける。やはり軟禁染みた状態で色々溜まっているのか。

 

「……すまないソラウ。私はどうやら、君の気持ちを尊重して居なかった様だ。心から謝罪しよう」

「こちらこそ。少しだけ気が高ぶり過ぎたわ。ランサーがいなかったらどうなっていたことやら……。少しは早いけど、食事にしましょう」

「おー、良い提案だ。嫌なことがあったら、美味い飯でも食ってぱーっと忘れちまえ!」

「下品な言葉ね、全く……」

 

 色々ありながらも、ランサーの介在により内部分裂は回避できた様だ。溜まっていた物を吐き出したおかげか、ソラウの表情も幾分か晴れている。ケイネスはかなり複雑そうな表情ではあったが。

 

 そんな中、ケイネスはソラウに聞かれない様に念話でランサーへと問いかける。

 

 婚約者に内緒で、一体何を話そうとしているんだ? とランサーは首を傾ながら己のマスターの言葉を最後まで聞き届けた。その内容は、何とも答え難い物であったが。

 

『ランサー、私は……ソラウと上手くやれるのだろうか』

『……はぁ?』

『私は魔術師だ。魔術師だからこそ、人の心を理解しにくい。そんな男が、どうすれば『家庭』と言う物を築き上げられるのか、心配になってな。……フッ、らしくないと笑うか?』

『…………そうだなぁ。ケイネス、一度お前さんの気持ちを嬢ちゃんにぶつけりゃどうだ?』

『何?』

 

 答えを返しながら、ランサーは小さく苦笑を浮かべた。

 

『一応聞いておくがお前、自分の気持ちを嬢ちゃんに伝えたことないだろ?』

『それは……言われてみれば、確かに』

『だったら正面から向き合って言いやがれ。『俺はお前の事を女として愛してる!』ってな。あの嬢ちゃんの言葉を聞いた限り、嬢ちゃんはお前のことを誤解してる。行動で示すのも大事だが、偶には言葉で伝えるのも大事なんだぜ? ――――功績ばかりに目が向いてると、いずれ身内に手をかける羽目になるからな』

『……すまない、ランサー』

『ハッ、いーってことよ。んじゃ俺は屋上で警戒を――――』

 

 

 ――――瞬間、ランサーの目が限界まで見開かれた。

 

 

「ケイネス! 伏せやがれ!!」

「ッ――――!? ソラウ!」

「何、ケイネ――――きゃあっ!?!?」

 

 

 ランサーが一瞬で臨戦態勢へと移り、同時にケイネスは近くに居たソラウを庇うようにして伏せた。

 

 外の景色が一望できるガラス張りの向こうから見えたのは――――『死』。

 

 黒い魔力で構成された、空を貫くほど巨大な漆黒に光る剣を掲げてこちらへと突撃してくるアルトリアの姿だった。悍ましいほどの濁り切った魔力。貫かれた空は混沌の気を帯び、虚無より黒く輝く、狂気や災厄その者を凝り固めた様な魔剣は空を裂きながら――――今、振り下ろされる。

 

 

「『鏖殺するは(エクスカリバー)ァァァァァァァッ――――!!」

「『抉り穿つ(ゲイ)――――ッ!!」

 

 

 それと並行してランサーが握りしめた赤槍が呪気を纏いだした。だがそれだけでは無い。ランサーはルーン魔術により己の体に限界を越えた強化を施し、細胞組織を崩壊させるほどの力を凝縮している。しかし肉体が崩れることは無い。ルーン魔術により強引な再生でそれを留めているのだから。

 

 肉体的限界を突破した全力投擲。放たれるは一軍を即殺する魔槍。途方もない苦痛を受けながら、アイルランドの大英雄は渾身の一撃を凶星の一撃へと投擲した――――

 

 

「――――卑王の剣(ヴォーティガ)』ァァァァアアァァァァァァァアアァァンッッ!!!!」

「――――鏖殺の槍(ボルク)』ゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!」

 

 

 絶対必中の魔槍と災厄の魔剣が衝突する。

 

 

 この日、冬木ハイアットホテルは謎の爆発により避難勧告をするのだった。

 何が起こっているのかも、把握出来ず。

 

 

 

 

 

 ガラガラと崩れたホテルの一部が音を立てて剥がれ落ち、床を転がる。

 大量の粉塵が舞い上がる中、平然と何事も無かったかのように立っている二つの影。二人はそれぞれの得物の切っ先を相手に突きつけ、視線で威嚇し合っている。

 

 ギリギリのタイミングで衝撃と飛び散る破片を魔術礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』で弾き、自身と婚約者であるソラウを守り通したケイネスは水銀の膜越しにその修羅場を見ていた。

 

 見ているだけで肺が押しつぶされるような圧迫感。間近でサーヴァント同士の戦闘を見たことが無いからこそ初めて感じる『恐怖』。想像を絶する超常存在がぶつかるという天災を目の前にして、自身が天才であると自負していたケイネスは恐らく人生で初めて『無力感』と言う物を体感する。

 

 自分が介入した所で何も変わらない。もうすでに此処は彼らの戦場。今の自分にできることは、ランサーの補佐のみ。それを理解して歯噛みしながらも、ケイネスは両腕に抱えたソラウの状態を確かめる。

 

「ソラウ、無事か……?」

「ケイ、ネス……? 一体、何が…………」

「……やはり、君を連れてくるべきでは無かった。二度目の謝罪をしよう。私は己のエゴで、君を危険に晒してしまった。挙句『危険にさらしたくない』と言う理由で、君の意思を無視した。聖杯戦争に参加している時点で、危険では無い場所などどこにもないというのにな。全く、私は馬鹿な男だよ……」

「何を、言っているのケイネス……? どうして今、そんなことを……」

「今だけは眠っていてくれ、ソラウ。――――明日には全て終わっている」

「待っ――――」

 

 微笑を浮かべて、ケイネスはソラウへと催眠魔術をかけて眠らせた。こんな光景を彼女に見せるわけにはいかない、と。

 眠ったことにより力なくぐったりとしているソラウを床に横たわらせたケイネスは一度深く息を吐き、ランサーの方へと振り返る。その表情に笑みはあったが、何時にもなく『余裕』と言う物が無い。当然だ、今ここにマスターという足枷が存在して居るのだから。全力で戦うには、ケイネス達の存在は『邪魔』としか言えない。

 

 今ケイネスに要求されているのは『一刻も早くこの場から離脱すること』だ。だが敵に狙われている以上それは容易では無い。しかし――――その奇跡(願い)を実現できる物が、彼の右腕には存在している。

 

 令呪という存在が。

 

 

「令呪を以て命じる――――ランサー、私たちが無事逃げられるまで『絶対』に敵をこちらに近づかせるな!」

「ヘッ――――言われなくともわかってるっつーの!」

 

 

 ケイネスの右手の甲から一つの文様が書き消える。

 同時にランサーの体を赤い光が軽く包み込み、一瞬で霧散した。それは令呪の効果がランサーに働いた事を意味する。これでランサーは令呪という膨大な魔力の後押しで、敵をケイネスへと近づかせない様に行動するだろう。

 

 ――――準備は整った。

 

 令呪を使用して数秒後、ケイネスは『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の膜を瞬時に解除し、変形。水銀の上に乗り、触手を足代わり生やした四足歩行形態にして逃走を開始した。

 

「逃がすかッ!」

「テメェの相手は俺だぜ騎士王さんよ!」

 

 それを逃がさんと追いかけようとするアルトリアだったが、令呪の効果もあって敏捷値に後押しを受けたランサーがその道を阻む。互いに敏捷値は同じくA++。ならば令呪を使って若干だがステータスが向上しているランサーの方が早いのは道理。

 

 小さく舌打ちをし、アルトリアは足を止めず駆けだした速度を乗せて魔剣を振るった。ランサーもほぼ同じタイミングで槍を横薙ぎに振るう。衝突して生じる巨大な花火。周囲の埃が吹き飛ぶほどの衝撃波を生じさせながら、両者は十秒も満たない時間の中数十もの攻撃を交わし合う。

 

 豪快にして美麗。大胆にして繊細。

 

 生涯をかけて研磨した技術のぶつかり合いは言わば天然の輪舞曲(ロンド)。刃は空気を裂いて鳴き、刀身はぶつかり合って震えを木霊させる。剣戟の奏でる音が夜空へと反響し空しく散る様は一つの劇の様。

 

 人知を超えた戦いを背に、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』に乗っているケイネスは崩れて外が丸見えになっている壁からソラウを抱えたまま飛び出した。無論、彼の身にはパラシュートや命綱など存在しない。そんな物が無いにもかかわらず宙に飛び出すなど自殺行為同然。

 

 が、自殺する気など彼には微塵たりとも存在していない。

 

 ケイネスはすぐに『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』に命令し、パラグライダー状(・・・・・・・・)に変形させた。液体だからこそできる自由変形。重力軽減の魔術も併用し、ケイネスは即席の飛行用具を作り出せて見せたのだった。

 

 魔術師たちの総本部たる時計塔でも『天才』と謳われたのは伊達では無いという事か。

 

「後は任せたぞ、ランサー。このロード・エルメロイのサーヴァントなのだ、敗北は許さんぞ!」

 

 マスターとしての命令を最後に言い残し、ケイネスは自身に不可視化の魔術をかけて景色から掻き消えた。

 これで、ようやくランサーは周りを気にせず戦える。

 

 ランサーは攻撃の手を一旦止めて後退しアルトリアと距離を取った。一度状態を仕切り直す目論見だ。アルトリアも下手に追撃することなくランサーと距離を置き、呼吸を整える。しかし警戒は解かない。油断すれば、その瞬間がこの戦いの終了の合図だから。

 

「……ハッ、初めて戦った時より随分殺気が大人しいな。怖気づいたか?」

「戯言を。戦いの時に呑気におしゃべりするとは、ついに気でも狂ったか? ランサー」

「俺を仕留め損ねた奴がよく言うぜ」

「邪魔が入らねば殺せていたがな?」

 

 嫌味たっぷりな会話を交わしながら、二人は己の魔力を高めていく。

 発揮するのは紛れも無い全力。アルトリアはその超高密度の魔力を肌から放出し、攻防一体の宝具『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』を起動。黒い霧状の魔力が彼女の武具として発現する。ランサーもまた纏う魔力の禍々しさを跳ね上げ、『切り札』の発動準備を行っていた。

 

 漂う空気はさながらニトログリセリン。触れれば爆発しかねないほどの圧力が周囲の空間を染め上げる。ただ立っているだけで瓦礫や埃が吹き飛んでいくほどに。

 

 そして何の偶然か、二人の間にある空間に大きめの瓦礫が落ちて――――埃を大きく巻き上げた。

 

 ――――合図が鳴った。

 

「行くぞ、ランサーッ!!」

 

 黒い霧が魔剣を包み、一つの巨剣を形成する。触れるだけで身を犯しそうな毒々しい色を放ちながら、アルトリアは魔力放出と『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』を併用し銃弾染みた爆発的な加速を得て、ランサーへと突貫する。

 初速で既に音速を突破し、生じた衝撃波で瓦礫が粉々になった。その速度がいかにすさまじいか理解できる現象である。

 

 しかし――――ランサーは不動。更に槍すら地面に刺して手放している。

 

 戦闘を放棄した? 否、あり得ない。戦闘狂であるランサーがそんなことするはずがない。持前の直感で嫌な物を感じ取ったアルトリアは更に(・・)速度を速めた。何かが起こるのならば、起こる前に叩き斬る。単純にして効果的なその方法を全力で実行し、アルトリアは『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』で作り上げた剣を振り上げた。

 

 当たれば致命傷は確実。黒き凶刃はランサーの肉体を一閃して――――

 

 

 

 

「全種解放……加減は無しだ。絶望に挑むがいい――――『噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)』!!」

 

 

 

 

 言葉と共に魔力の爆風が紡がれた。赤熱した空気がランサーへと突撃するアルトリアの頬を撫で、同時にその異形を目に焼き付ける。

 

 具現化したのは『鎧』。紅と黒を織り交ぜた様な禍々しく悍ましいほど恐怖を掻き立てる『魔物』がそこには顕現していた。一目見ただけで『攻撃的』と、『必ず相手を殺す』と伝わるような威風。骨で作られた全身鎧は、まさしく『怪物』だった。

 

 その骨の持ち主はクー・フーリンの持つ魔槍ゲイボルクの素材になった紅海の覇者、波濤の獣、クリードとその宿敵コインヘンの代物。その骨はクー・フーリンの怒りと共に形成され、纏った者の力を遥かに引き上げながらその殺意を増していく。

 ただし弱点はある。この鎧を纏っている以上ランサーの自慢の槍は使用不能となる。槍が無い以上リーチを生かした戦いは不可能となる。――――だが、それ以上に利点もまた存在していた。

 

 それは、この鎧を装着すれば耐久が1ランクアップ、筋力をEXまでランクアップさせる破格の効果。槍は使用できなくなったが、対価として近接戦では敵なしの攻撃力と防御力を手に入れたのだ。そのステータス、筋力EX、耐久B+。敏捷は変わらずA++だが、十二分すぎるほどの脅威なのは不変。

 ギリシャ神話の大英雄、ヘラクレスと正面から殴り合える地力を手に入れたクー・フーリン。その赤黒く変色した双眸で、彼は自らに迫ってくるアルトリアを睨みつける。それだけでアルトリアの直感が悲鳴を上げた。「避けないと死ぬ」、と。

 

 

 

 

「――――ウォォォオオ゛ォオ゛ォオォォォォオォォアァァァア゛アアァァァアア゛アァアアァァアアァァア゛アァ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!!」

 

 

 

 

 狂獣の如き咆哮。ランサーは音だけで崩壊寸前だったスイートルーム全体に罅を入れ、爆発にも似た現象を引き起こす。ただ叫んだだけ(・・・・・)でこれだ。最早人の領域を軽く超えている。

 

 アルトリアは見た。筋肉が伸びきって千切れるのではないかというほど引かれた右腕を。拳と一体化した五つの赤き爪が赤黒い魔力を纏う瞬間を。見ただけで理解させられる。――――アレを受ければこの世で最も残虐な死が待っていると第六感が訴える。だが回避するのは不可能。魔力放出で強引に軌道を変えるにも――――もう遅すぎる。

 

 ならばできることは一つだけ。

 

 

(あの一撃を――――防ぎ切る!!!)

 

 

 ランサーが爆ぜたように右手を振り上げた。又下から脳天まで斬り裂くような一閃。四つの赤い爪が空間を抉る様に繰り出される。空気を、音を、万物を裂きながら異音を轟かせ――――その一撃はランサーの眼前に存在してした全てを抉り取った(・・・・・)

 スイートルームの床は勿論、射線上に存在していた数キロ向こうにある人の住まなくなった廃ビルの上部が爪で引っ掻いたような形の傷が生じ、跡形も無く吹き飛んだ。凄まじい破壊音が数キロ離れているにもかかわらずけたたましく届いてくる。

 

 しかし、ランサーが求めていたのはそんな結果では無い。敵が死んだというただ一つの真実を求め、ランサーは敵の死骸を探すため周囲に目線を走らせる。が――――そんな物は、無い。

 

「ッ――――まさか!!」

 

 嫌な予感を感じ、それに従ってランサーは真上を見上げた。

 

 そこには空へと伸びる魔剣を構えた死神が浮いていた。己の一撃から逃れ、剰えそれを利用し視界の外へと逃れ出た怪物が。濁っても尚未だ熱を灯す碧眼が、暗闇で仄かに輝く。

 

 あの一瞬――――アルトリアはランサーの振り上げに合わせて跳躍。爪に剣の刃を当て、超常の衝撃を受け流しながら(・・・・・・・)空へと飛んだ。それがあの攻撃の唯一の回避方法であり、反撃に移るための行動。一歩違えればそのまま死んでいただろうが、アルトリアは賭けに勝った。

 

 今度はこちらの番だ。

 

 

「我が敵を喰らい尽くせ、災厄の極光!! ――――『鏖殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガ)』ァァァァァァァァンッッ!!!」

 

 

 アルトリアは真下へ向かって魔剣の極光を放った。崩壊寸前のビル諸共ランサーを消し飛ばすために。

 

 森羅万象を呑み焼く厄災の光が刃となってランサーへと迫る。無論、ランサーとてただでそんな物を喰らうほど阿呆では無い。彼はアルトリアを認識した時点で回避は不可能と断じ、その両手に可能な限りの魔力を凝縮していた。練り上げるのは、極光を削る狂獣の死牙。

 

 

 

「噛み砕けぇぇぇぇええぇぇえェェエエェエエ゛エ゛エエェエ゛エエエエエェェェッッ!!!!」

「呑み込めぇぇぇぇぇええぇぇエエエェェェエエ゛エエェェェエ゛エ゛エエエェェッッ!!!!」

 

 

 

 八つの紅き爪が唸り、漆黒の極光とぶつかる。

 

 莫大な神秘の衝突。規格外の筋力とその一歩手前の敏捷を噛み合わせて繰り出した至高の一撃と、遍く全てを消し去る星の災害。そんな物がぶつかれば一体どんなことが起こるのだろうか。きっとそれは誰にもわからない。

 確かなのは――――戦っているこの場所がただでは済まない事。そして『目立たない』という言葉が一番似合わない現象が起こる事は、確かだった。

 

 

 

 謎の光と共に冬木ハイアットホテルは見事に真っ二つになり、そのまま左右に倒壊した。

 

 

 

 後に『ガス爆発による謎現象』と処理されたとかなんとか。

 ……自棄になっていないか聖堂教会。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 謎の轟音と光が夜闇を裂く。

 それを見てアルフェリアは内心の焦りを加速させる。もう始まってしまったのか、と。

 

「ハク、もっと急いで!」

『わ、わかっています! しかし……』

 

 アルフェリアは現在他の皆(ただしマスターたちやルーラー除く)と共に竜の背に乗って移動していた。竜はその図体と比べ飛ぶ速度は戦闘機並だ。小さな街程度の移動ならば数分かからず移動できるだろう。

 

 だが、それは『制限』が無ければの話だ。

 

 白銀の竜――――ハクは今限りなく力を弱めている。それは世界の裏側に引きずり込まれることを最小限にするためであり、下手を打てばまた裏側に戻りかねないからだ。そんな細心の注意を払わねばならない状態で高速飛行などできるはずもないし、また地上に居る一般人に見られないためにも低速飛行を強いられているのだ。

 

 低速と言っても時速300Kmは越えているのだが。

 

「いっそ冬木市全体に催眠魔術を……」

『物騒なこと言わないでくださいアルフェリア様!?』

「姉上、心配なら俺たちが先に向かえばいいんじゃないか? 霊体化して移動した方がいいだろ」

「私もそれに賛成です、アルフェリア。この場所では空を飛ぶより地上を使った方が早いかかと思われます」

「ま、私は隠蔽魔術使いながら魔力の翼で飛べるんだけど」

「私としてもそちらの方がやりやすいのだがね」

「確かにそうかもしれないけど……」

 

 連れて行ける戦力は完璧であるべきだ。今回は失敗など絶対に許されない。何せアヴェンジャーを――――アルトリアを保護するのだから。

 たださえ『ある道具(・・・・)』を作り出すために何時間も費やしたのだから、失敗などして見ろ。きっとアルフェリアは半狂乱で冬木を破壊しようとするだろう。当り前だが、正面からそれを止められるものなど存在しない。魔力が切れるまでこの生きる災害は暴れ続ける。それは自他共に防がねばならない。

 

 それに、下手に先行させて返り討ちに遭う可能性だった否定できない――――

 

 

「探したぞ? キャスターよ」

 

 

 その声を聞いた瞬間、アルフェリアの背筋に嫌な物が走る。

 

「ハク! 回避!」

『――――!?』

 

 ハクが身を翻すと先程まで飛んでいた場所を無数の武器が撃ち抜いた。一つ一つが濃密な神秘の気配を漂わせる代物。全てが宝具。そんな物を無数に用意し、尚且つ遠慮なく撃ち出す(・・・・)サーヴァントなど、二人しか存在しない。

 そしてそのうち一人はこちら側に居る。ならばその正体は、自然と一つへ絞られる。

 

 アルフェリアが上空を見上げれば、暗い空に存在するには余りにも眩しく異色な黄金の舟が遊泳していた。どう見ても空を飛ぶために創られたようなシルエットでは無いのにも関わらず、航空力学や重力などの物理法則を無視したようにそれは浮かんでいた。

 更にその舟に上には黄金の玉座が存在し――――そこには一人の男が不敵な笑みを浮かべて座っていた。

 

 ――――人類最古の英雄王、ギルガメッシュ。

 

 彼は『天翔ける王の御座(ヴィマーナ)』と呼ばれる、古代インドの二大叙事詩「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」に登場する飛行装置に乗っていた。黄金とエメラルドで形成された空飛ぶ舟。水銀を燃料とする太陽水晶によって太陽エネルギーを発生させ駆動する現代の飛行装置とは似ても似つかないオーバーテクノロジーの産物である。

 

 玉座に腰掛けていたギルガメッシュは己の宝具の射出を避けられたことに感嘆しながら、ヴィマーナをハクの傍へと近づかせ停泊する。先程の攻撃は挨拶代わりとでもいうつもりなのか。

 

「我の挨拶は気に入ってくれたか? キャスターよ。見事に避けられてしまったがな」

 

 どうやら挨拶のつもりだった様だ。

 

 アルフェリアはギルガメッシュの存在に心底頭を悩ましながら、引き攣った笑顔で彼を睨みつけた。何せこんなタイミングで狙ったような登場をしてくれたのだから。正直これ以上ないほどイラついている。

 

「……どういうつもり? ギルガメッシュ。私の邪魔をする気? これから大事な用事があるのだけれど」

「それは貴様の都合だろう。我には関係無い。この我が貴様に用事があると告げたのだから、こちらを優先するのは当然の理。故に、少々我の遊戯に付き合うがいい、キャスター」

「……………………(ピギピギ)」

 

 額に青筋が浮かんでいた。たださえ今は心に余裕がないというのに、意図しているのかしていないのかは知らないがこの男は狙いすましたかのようにその余裕の無さを突いてくる。大事な要件があるのに途中で割り込んで邪魔した挙句「自分優先」と堂々と宣言したのだ。最早清々しすぎて笑いすら込み上げてくる。

 ただの傲慢野郎だったのならばアルフェリアは一蹴出来ていただろう。が、相手は人類最古の英雄王。そんなことが軽くできれば苦労はしない。

 

 厄介な性格の実力者がどれほど面倒くさい存在なのか、この男と一度ぶつかるだけでよく理解できるだろう。

 

「オーケー、オーケー。で、何の用?」

「我と戦うがいい、キャスター。我は貴様の外見は認めたが、未だ実力(中身)は測っておらん。故に『試す』のだ。誰にも邪魔されぬ一心不乱の闘争を以てな!」

「……ああ、うん。今ようやく理解した。ホント、早く気が付いておけばよかった」

 

 感情の消えた笑みが浮かぶ。

 この瞬間、アルフェリアにあった『スイッチ』が切り替わった。一切の慈悲無く相手を殺害する『殺戮機械(キリングマシーン)』へと変貌したのだ。既にその内面は温厚な彼女では無く、蛮族を虐殺しつくしてきた冷酷な戦女神のソレへと変えたのだ。――――目の前に居る男を『全身全霊で屠る敵』と認めて。

 

 一騎当千を凌駕する伝説(アルフェリア)の纏う空気が一瞬にして鉛のように鈍重な物になる。味方であり、家族である円卓の騎士でさえ『恐怖』という感情を抱かずにはいられないほどの圧力。

 

「――――一日目(最初)から殺しに行けばよかったって、後悔してるよ」

「クッ、ハハハハハハッ!! ……そうだ、それでこそ我が認めた女! そこの雑種共、引け。此処からは神話の領域(・・・・・)だ。死にたくなければ下がるがいい」

「んなっ……!」

 

 モードレッドが反論しようとするが、それは行われなかった。アルフェリアが彼女の肩を掴み、後ろへ下がらせたのだ。『来るな』と言うかのように。

 

「あ、姉上……どうして…………!?」

「――――アルトリアを追いかけて。今ならまだ間に合う」

「でも!」

「お願い。……今のあの子には、『止めてくれる人』が必要だから」

 

 そう言ってモードレッドの頭を撫でるアルフェリア。微かに残った慈愛の心を注ぎながら――――自身とミルフェルージュ以外の者を風の壁で突き落とした。落ちた時、傷がつかない様にその体に風のクッションを纏わせて。

 

「姉上ぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

「……ごめんね」

 

 最後に謝罪の言葉を告げて、冷徹な心になり切ったアルフェリアは再度上空に居るギルガメッシュへと視線を移す。恐らく召喚されて初めて行う、自分の全てを使った『全力戦闘』。その相手はあの英雄王。手加減は許されない。

 

「ミルフェルージュ。剣に戻って」

「はいはい。……無茶しないでよ」

「可能な限り善処はするよ」

 

 赤い剣がアルフェリアの左手に収まる。同時に右手に黄金の剣が実体化し、赤と黄金の二刀流スタイルがここに完成する。生前から使い続けた相棒たちが手に馴染む感覚を玩味しながら、その切っ先を黄金の王へと突き出す。

 両者の間に流れる静かな風。不気味なほど冷たく鋭い風は――――ほんの一瞬だけその勢いを強めた。

 

 それが、合図となった。

 

「行くぞ、英雄王。――――私をそこらの木っ端と一緒にしないでよね!!」

「来るがいい、救国の聖女。――――精々足掻いて見せるのだな、この英雄王の前で!!」

 

 無数の黄金の波紋が天に広がり、数多の宝具が夜空を覆う。

 

 深淵の広がる虚構の孔が地に広がり、虚無の絨毯が街を覆う。

 

 

 

 此処に新たな神話が生まれ始めた。

 

 

 

 

 

 




今回の被害
・冬木ハイアットホテル全壊+倒壊で破損した道路等々

真っ二つにぶった切られて左右に倒れちゃってますから、ケリィのデモリッション以上に凄まじい被害になってます。けど人的被害は出ていません。人 的 被 害 は 出 て い ま せ ん(大事なことなので(ry

そして始まる(スペックが)チートVS(アイテムが)チート。果たして冬木市は生き残れるか!? 次回をお楽しみにィ!!


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第二十五話・死闘

やぁやぁお待たせ皆。前回の最後に思いっきりギルVSアルフェリアみたいなフラグぶちたてたけどチート合戦がくっそ書きにくくて今回は切嗣・言峰回になってしまった金髪だよ。

・・・うん、まぁ、期待の声が大きかったのはわかってるけど、書きにくくてね。平行作業で書いていたこちらの方が早く終わってしまった。と言うわけで投下します。期待していた人、ゴメンネ(テヘペロミ☆

今回はやっぱり一度はやらなきゃだめだよね「衛宮切嗣VS言峰綺礼」。それでは、どうぞ!


 一分一秒ごとに体力が削られていくのを衛宮切嗣は感じる。

 瞼を開けば、後ろへと流れていく新都の景色が見え、隣には助手である久宇舞弥の姿。いつも通りの無表情で舞弥はメルセデス・ベンツ300SLクーペを運転していた。古雅を匂わす流麗なボディーは貴婦人を彷彿とさせながらも、搭載された直列六気筒SOHエンジンの咆哮はまさに猛獣の雄叫び。

 

 その高級クラシックカーは現在新都の道路を遠慮なく高速で疾走している。とはいえ、流石に時速100キロも出していないが。それでも傍目から見れば一般公道を走るにはやや早すぎるように感じる。何かを急いでいるような。

 

「……大丈夫ですか、切嗣」

「ああ、大丈夫だ。少し意識が朦朧になっているだけだよ」

「無理しないでね、切嗣。…………アヴェンジャーは、大丈夫かしら」

 

 本来ならば二人乗りのはずのメルセデスを今回の移動のために無理やり改造し、二つの座席の中間に作られた座席に座するアイリスフィールは不安そうに呟いた。切嗣は水入らずの鎮痛剤を服用しながら、自身の妻を安心させる様に比較的優しい声音で彼女を宥める。

 

「大丈夫さ、アイリ。きっと上手くやってくれる。いざとなれば令呪を使えばいい」

「でも、流石に囮役は……」

「こうするしかない。こうすることでしか、僕たちは切り抜けられない。選ばなければ僕らが真っ先にこの戦争から脱落してしまう。……それだけは、何としても避けねばならない」

「……切嗣」

 

 不安を宥めるどころか逆に加速させてしまったと、切嗣は頭を抱えた。疲労の蓄積からか少し思考がネガティブ寄りになっているのを自覚し、彼は「拠点についたら少し仮眠取るか」と汗だくの顔を服の袖で拭きながら思考した。

 

 切嗣が確保した拠点は純和風建築でかなり広大な面積をもつ元武家屋敷だ。曰く付きだったそれを切嗣は名義を借りて買い取り、予備の拠点として利用することにしたのだ。最初は保険としての物であったが、まさかこんな早いうちに利用する、否、利用しなければならない事態になるとは想定外も想定外だ。

 拠点は看破され、結界を易々とぶち抜かれた挙句、終いには討伐令。狙ったようにこちらを集中攻撃してくれる。狩る方だったはずの此方が一瞬にして狩られる側に反転したのは、何とも気の利いた皮肉だ。そう切嗣は自嘲する。

 

 無事拠点に到着できればしばらくは安全だ。足がつかない様に何度も確認している。アインツベルン城よりは数段霊地の質が落ちるが、それでも戦いを続けるには十分だ。無事今夜を凌げたならば、そこで一度深い休息を――――そう思っていた切嗣だったが、正面に現れた『ソレ』を見て一瞬だけ思考がフリーズする。

 

 車道のど真ん中に立っていたソレは、神父だった。神父服を着こみ、その両手の指の間に赤色の柄の様な物を挟んだ異風の神父。

 

 忘れるはずもない、その顔を。

 

 この聖杯戦争で一番警戒を払っていた要注意人物の顔を――――

 

「言峰、綺礼――――ッ!!?」

「衛宮、切嗣…………ッ!!!」

 

 狂喜にも似た表情を浮かばせた綺礼を見て、切嗣は思わず体を大きく震わせた。生物的な本能があの男を嫌悪している。その全てを否定している。アレは駄目だ。今すぐ殺さねば――――こちらが殺される!!

 

「舞弥! アクセル全開だ! 言峰綺礼を撥ね飛ばせ!」

「了解……!」

「ふん、そのまま突っ込んでくるか。それもいい。――――が、相手がそれを許すほど甘い相手では無いことは、貴様も良く知っているはずだろう?」

 

 舞弥がメルセデスのアクセルを全力で踏みつけ時速100キロオーバーを叩き出す。普通の人間ならば

ぶつかれば死ぬのは確実な速度だ。言ってしまえば質量攻撃。一トンを超える鉄の塊が、言峰綺礼を磨り潰さんと迫っていく。勿論、服に防護効果を付けていようが正面衝突すれば綺礼もただでは済まない。

 

 しかし綺礼は避ける予備動作すら見せず、公共の面前で黒鍵の刃を実体化させる。計四本。それを綺麗は投げた。ブーメランのように弧を描くそれは吸い込まれるようにしてメルセデスのタイヤを的確に貫く。

 

「な――――」

 

 タイヤに内包された圧縮空気が一気に放出され、生じた破裂音が切嗣の聴覚を乱した。脳を直接刺したような痛みをこらえながら、切嗣は座席下部に収納していたキャリコM950を即座に抜銃。即座にその照準を言峰綺礼へ合わせて引き金を引いた。

 

 幾度も響き渡る銃声。キャリコから排出された銃弾がフロントガラスを貫き破砕する音。それが銃声と理解し狂騒の声を上げる一般市民たち。それらが不協和音を紡ぐ様を見て、言峰綺礼は笑みを浮かべた。

 

 綺礼は即座にケブラー防弾繊維と防護呪符により守られた両腕で弾丸の雨を防ぐ。容赦なく叩き込まれる9㎜弾の雨を凌ぎ、静かに構える(・・・)綺礼。

 彼我の距離差はわずか20m。四輪全てが破裂(バースト)して減速中のメルセデスだが未だその速度は時速80キロを下回らない。そしてそんな距離は数秒もあればなくなるようなモノであり、既に言峰綺礼の回避は意味を成さない物となった。

 だがその顔からは笑みが消えない。だからこそだろう、切嗣がこの後に起こった超人絶技に思考を凍らせずにいられたのは。

 

 

 ――――たった一歩だけで言峰綺礼はその距離を『無』にした。

 

 

 彼が繰り出したのは何の足捌きも見せず地面を滑走してのける『活歩』の歩法。八極拳の秘門たる離れ業であった。直後に綺礼は足元のアスファルトを大きく凹ませ、震脚。それに合わせて自身に迫る鉄塊へと――――その鋼の様な拳を叩き込んだ。

 

 手榴弾が爆ぜた様な爆発音が木霊する。

 

 その一撃はメルセデスのバンパーに直撃。まるで巨大鉄球にでも殴りつけられたように、衝撃緩和装置は粘土細工のようにぐにゃりと凹む。これぞ金剛八式、衝捶(しょうすい)の一撃。幾年も鍛え抜いた肉体を以て、言峰綺礼は一トンを超える鉄塊の質量攻撃を相殺しきって見せた。人間業では無い。

 

 更にメルセデスが人智外の一撃を前面に叩き込まれたことにより、車体の後部が宙へ放り出される。そのまま車体全体が空へと引っ張られ、空中で何回も回転。最終的には三回転もした後に――――ルーフ部分から地面に着地した。

 その衝撃で車体に存在するすべてのガラスが砕け散る。

 

 煙を上げるエンジン。けたたましく鳴り響くブザー。それだけが混乱と恐怖の満ちるこの場で最も印象的なモノだった。

 

 綺礼は一度吸った空気を吐いた後に後ろを振り返り、自身が起こした惨状を眺めた。視線の先にはボロボロのクラシックカー。そしてそこから這い出てくる黒いコートに身を包む男。酷くやつれた彼を見て、言峰綺礼はもう一度不気味な笑みを浮かべる。一体何が彼をそうさせているのか。

 

「ほう。アレで生きていたか、衛宮切嗣」

「言峰綺礼……! まさか、待ち伏せしていたのか……!?」

「アサシンの諜報力をあまり舐めぬ方がいい。あの英霊の腕ならば、貴様の進行ルートを割り出す程度造作もない事だ」

「……何故アサシンを使って僕たちを襲わなかった?」

「衛宮切嗣よ、貴様に聞きたいことがある」

 

 切嗣の問いを完全無視し、綺礼は懐から新たな黒鍵六本を指に挟んで刃を実体化させながら彼に問いを投げかけた。あちらの言い分を聞く気は皆無という事だろう。

 

「……聞きたいこと、だと?」

「貴様の得た『答え』とは何だ」

「…………何を言っている?」

「……ふむ、少し言い方を変えてみよう。貴様は何のために戦っている。何を望み、その先に何を見ている?」

「? そんな事を聞いてどうするつもりだ」

「御託はいい。答えろ、衛宮切嗣」

 

 淡々と、しかし期待を隠せぬ声音で綺礼は言った。その意図が不明瞭すぎて思わず呆けてしまう切嗣ではあったが、コートの内側にあるホルスターに存在する愛銃、トンプソン・コンテンダーに手をかけながら彼は『時間稼ぎ』で彼の問いに答えた。

 

 自身の渇望を。――――言峰綺礼という存在が最も望まぬ答えを。

 

 

「――――僕の望みは、恒久的世界平和。それだけだ」

「―――――――――――――――――――――――――――――――」

 

 

 綺礼の顔から表情が消える。切嗣の表情をこれでもかというほど探り、ただ一欠片の虚偽が無いかを探し続け――――そんな物は終ぞ見つけられず、絶句する。

 恒久的世界平和。それこそが衛宮切嗣という男が唯一望んだもの。そして、綺礼の予想とは最も異なるソレ。

 

「……クッ、ハッハッハッハ! ――――嘘をつくな衛宮切嗣! 貴様が抱く望みがそんなふざけた物である筈がない!!」

「嘘じゃない」

「ありえない! お前は、私と同じ虚無なる人間であるべきで……ッ! ――――お前は、お前はッ! お前はそんなふざけたことのために今まで戦場を渡り歩いてきたというのか!? そんな戯言のような望みを叶えるために全てを捨てるというのか!?」

「そうだ」

「……………………莫迦な」

 

 同胞だと、宿敵だと思っていた者が、自分の得られなかった全てを持っているにも関わらず『捨てる』と言った。いや、大前提すら異なっていた。衛宮切嗣(あの男)言峰綺礼(破綻者)と同じでは無かった。むしろあの男は――――言峰綺礼という男と対極に位置する、絶対に相容れぬ存在だったのだ。

 

 それを理解した瞬間、失望の笑みを綺礼は浮かべる。

 既に言葉など不要になった。アレはもう自身の求めていた物では無い。むしろ――――同じ世界に存在しているという事実そのものに生理的嫌悪を覚える天敵。

 

 ならば――――殺すのみ。

 

「貴様はもう目障りだ……。死ぬがいい、衛宮切嗣ッ!!」

「ッ――――!」

 

 六本の黒鍵が切嗣へと投擲される。投じられたそれは高速回転しながら、切嗣を囲むように切迫。が、それをよく敷いていた切嗣はすぐさま反応。回避行動へと移る。

 

 

time alter(固有時制御)――――double accel(二倍速)!」

 

 

 呪言により体内時間が二倍速となった切嗣は常人では不可能な挙動で六本の黒鍵を回避。そして流れる様にコンテンダーを抜き放ち、発砲。30-06スプリングフィールド弾が音速を越えて言峰綺礼へと直進していく。

 

 ――――しかし、あっさりと避けられてしまった。

 

「な――――!?」

 

 無理も無い。弾丸を避ける――――映画ではよく見るそれは、実現するには余りにも難易度が高すぎる。飛来する弾丸は普通目で捉えることは不可能であり、見れていてもそれを避けられるかどうかは別問題だ。それこそ人の限界点にでも立っていなければ。そして言峰綺礼はそれを実現した。

 

 驚愕に顔を染めながら切嗣は固有時制御を解除。世界からの修正力により全身が苦痛の悲鳴を上げる。

 

「私が銃弾を避けたことがそこまで不思議か? 銃口の角度から軌道を読み、発砲のタイミングに合わせて避ければそこまで難しいことでもあるまいに」

「……化け物め」

 

 悪態をつく切嗣。素の身体能力で銃弾を避けて「難しいか?」と平然と言いのける奴を見ればそう言いたくもなるだろう。

 

 綺礼が拳を構える。一撃必殺の八極拳を切嗣へと叩き込むために。

 速攻で距離を取ろうとする切嗣だったが――――急激に足から力が抜けていくのを感じて「しまった」という顔をした。重度なる疲労の蓄積に今の固有時制御による反動。それが重なり合ってこのような事故を起こしてしまった。これが戦闘時以外ならば「休まなければ」と考えるだけだが――――この場では致命的な隙以外の何物でもない――――ッ!!!

 

「獲ったぞ、衛宮切嗣!!」

「クッ――――!」

 

 固有時制御は不可能。コンテンダーは再装填が必須。キャリコはどこかへ紛失。ナイフを取り出す暇はない。体勢を立て直す暇も同様。もし切嗣の体内に『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を埋め込んでいたのならば可能性はあっただろうが、生憎それはアイリの体内。それに綺礼の拳は真っ直ぐ切嗣の頭部へと進んでいる。

 

 詰み。完全なる詰みが出来上がっていた。

 

 

 ――――切嗣が一人だったなら、の話だが。

 

 

「切嗣!」

 

 助手の舞弥の声と共に9㎜弾の雨が綺礼へと襲い掛かる。不意打ち同然のそれに一発だけ頭に掠らせながらも、そのほとんどを両腕でガードしながら綺礼は後退。その隙に切嗣は懐から手榴弾を二つ取り出し、ピンを抜いて放った。

 

 爆発。黒煙とアスファルトの欠片が舞い散る。

 

「…………やったか?」

 

 黒煙が爆ぜる様に晴れる。やはり生きていた。体中傷だらけではあったが、手榴弾の近距離爆発を喰らっても尚言峰綺礼は健在。流石の切嗣もこれには苦笑いしか浮かべられない。こいつ、本当に人間か、と。

 

「邪魔をするな、女!」

 

 綺礼は震脚でアスファルトを大きく凹ませ、拳大の塊を宙に浮かせた。そしてそれを蹴り飛ばし――――遠方に居た舞弥の鳩尾に寸分の狂い無く叩き込む。

 

 グシャリと、生々しい音が響き渡る。

 

「がっ……!?」

 

 予想だにしなかった攻撃方法に虚を突かれ防御すらできず、舞弥はキャリコを落としてそのまま吹き飛ばされる。

 その間に切嗣はコンテンダーを再装填。舞弥の落としたキャリコを拾い、綺礼へと射撃しながらコンテンダーを発砲した。ボロボロの体で、更に9㎜弾の雨を受けながらでは回避もできない。

 

 ならば――――受け流す(・・・・)

 

 迫り来る30-06スプリングフィールド弾を綺礼は右手で絡め取る。勿論弾丸は触れた個所の肉を抉りながらそのまま直進。手の肉が抉られているのに言峰綺礼は眉一つ動かさず、腕に走る激痛に耐えながら身体を動かし――――弾丸を流した(・・・)。右腕にトンネルを作る痛みなど常人には耐えられないだろうが、何年も自身を虐め続けてきた男にとっては既に不可能も可能となっている。

 

 弾道を捻じ曲げられ、あらぬ方向に飛んでいったコンテンダーの第二射を見て切嗣は背筋を凍らせる。もはや人の域を越えている。怪物としか形容できないその光景。一体彼の中にある何がそこまでの執念を掻き出すのか、切嗣には全く理解できなかった。

 

「切嗣! 此処は任せて!」

「アイリ!?」

 

 いつの間にか起き上がったアイリスフィール。彼女はその手に貴金属の針金の束を持ち、その針金に魔力を通している。すると針金は束から解け、まるで生命を持っているかのように彼女の指の間を流動し始めた。

 

Shape ist leben(形骸よ、生命を宿せ)!」

 

 二小節の詠唱で、魔術を一気に紡ぎあげる。貴金属の形態操作はアインツベルンの真骨頂。その秘跡は他の追随を許さない。

 銀の針金が縦横に輪を描き、複雑な輪郭を形成する。互いに絡まり、結束し、編み上げる様に立体物は作られていく。

 

 出現したのは猛々しい翼と嘴、そして鋭利な鉤爪を持つ巨大な鷹。

 そしてそれはただ形を模しただけの針金細工では無く――――

 

『Kyeeeeeee!!』

 

 金属の刃が軋るかの様な甲高い叫びを立てて、他かはアイリスフィールの手から飛び立った。それは金属で出来た、アイリスフィールが錬金術で作り上げた即席ホムンクルス。弾丸もかくやという速度で言峰綺礼へと飛んでいく。

 

「小細工を――――!」

 

 即座に迎撃。綺礼の右拳が鷹の腹に叩き込まれた。

 

「――――ぬッ!?」

 

 が、驚きの声は綺礼から上がる。鷹は拳に打たれると同時にぐにゃりと変形し、針金へと戻って蔦の様に綺礼の手に絡まったのである。咄嗟に左手でかきむしろうとしたが、逆に針金はその左手をも巻き込んだ。

 これで針金の手錠の完成だ。

 

「だからどうした!」

 

 だが綺礼とて過去に幾多も魔術師と戦ってきた古兵。両手を封じられた程度で撤退するはずがない。彼は猛然と術者であるアイリスフィールへと猛進する。

 

「甘いわよ!」

 

 叱咤して、アイリスフィールは更に針金へと魔力を注ぎ込んだ。途端、綺礼の腕に纏わりついた針金の一房が蛇のように虚空を走り、間近にあった信号機へと絡みつく。直後巻きついたそれは綺礼を引き寄せ、信号機の鉄柱部分へと叩き付け、縛り上げてしまった。

 

「切嗣、今よ!」

「っ、無茶はしないでくれ、アイリ! でも、助かった!」

 

 そう言ってコンテンダーの再装填に取り掛かる切嗣。

 

 ――――が、嫌な予感が背筋を駆ける。

 

 本能に従い切嗣はその場でしゃがみこんだ。瞬間、彼の頭上を何かが過ぎ去る。見れば――――それは信号機の鉄柱だった。そう、綺礼は信号機をその怪力で引きちぎり、剰えそれを武器にして振るったのだ。

 

「え――――」

 

 無力化したと信じてしまっていたアイリスフィールは回避もできず、脇腹に鉄柱のスイングを叩き込まれた。抵抗できるはずもなく、アイリスフィールはそのまま吹き飛んでアルファルトの上へと打ちつけられる結果となってしまった。

 

「アイリ!!」

「この様な拘束が、本当に私に効くとでも思っていたのか?」

 

 アイリスフィールが倒れたことにより拘束が弱まった針金を力任せに引きちぎりながら、綺礼は黒い笑みを浮かべて切嗣と対峙する。

 

 もはや味方もいなくなった。相手は重傷だが、此方も似たような状態。傷こそ外見上あまり見られないが、既に切嗣の体内はボロボロ。歩くだけで精一杯な状態だ。令呪も、使わせてくれる暇を相手が与えるはずもない。

 このままでは負ける。かと言ってまともに対処もできやしない。今度こそ、詰んだ。

 

「さらばだ、衛宮切嗣!」

 

 綺礼の拳が放たれる。避けられない。防げない。これで、終わり――――

 

 

「少々、待ってもらおうか」

「!?」

 

 

 拳が切嗣へと触れる直前、綺礼の喉元へと黒い槍の穂先が突き付けられる。そちらもまた、触れる寸前で止まっていた。唐突過ぎる現象に綺礼は目を丸くしながら、自身に凶器を突きつけている男の方に視線を移す。

 

 立っていたのは初老の男性。感情を感じさせないその顔は、何処か自身に似た物を感じる。そう、この世に何の価値も見いだせていないような果てしない虚無を――――

 

「貴様は、一体」

「その男に用がある。少し引いてもらおう」

「……? 僕に、何を――――」

 

 ドジュッ、と。切嗣が言葉を言い切る前に、そんな異音が静寂の広がるこの場に響いた。

 切嗣が唖然とした顔で自分の右腕を見る。

 

 ――――右手が無くなっていた、自分の右腕を。

 

「な、ぁ、あ……!?」

「用は済んだ。後は好きにしろ」

 

 その手に持った黒い槍で切嗣本人に知覚させる暇すら与えず切断してのけた老人は、自身が切り飛ばした右手を拾いながら踵を返す。切嗣には既に興味も何もないようで、その意識から既に切嗣という存在は消えていた。

 

 だが、この場に彼を呼び止める者が居たことに誰が予測できただろうか。

 

「待て!」

「……何の用だ、信心深い信徒よ。懺悔か? 祈りか?」

「違う。……貴様の、貴様の戦う理由を教えろ! その望みを! 理念を! 渇望をッ!」

「何故聞く」

「答えろッ!」

 

 怒りすら入り混じった声で、綺礼は己と同じ虚無なる瞳を持つ者へと問う。

 今度こそ、自身の望む答えが帰ってくるかもしれないと期待して。

 

 

「――――人類史の破壊と再生。地上を一度地獄に変え、その後楽園へと変えてゆく。それが私の望みだ」

 

 

 その望みを聞いた瞬間、綺礼の胸の奥底から様々な物が湧き出てきた。

 この世のありとあらゆる負の感情を混ぜた様などす黒い感情。この世全ての悪と言い換えてもいいソレは、見事綺礼の顔に滲み出てくる。

 

 地上を一度地獄に変える。それはつまり、全人類の虐殺。これ以上ないほどの惨状を想像して、綺礼はもう自分でも自分の感情を抑えられなくなったのだ。これこそ、『自分が望んだ光景』なのだと確信を、得てしまった。

 

「は、ハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!! クハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!! ――――素晴らしい、ああ、とても素晴らしいぞ! そこの御方、頼みがある。私もそれに協力させてくれないか」

「……何?」

「貴方の願望に興味があると言ったのですよ。邪魔はしないと保証しましょう」

「…………望む見返りは何だ」

「地上を焼き尽くす地獄の光景――――それだけだ」

「………………フン、いいだろう。好きにせよ」

 

 老人はそう返しながら地に伏せるアイリスフィールへと歩み寄る。そして手を貫手の形にして――――その腹に刺し込んだ。

 

「がっ、ぁああ、あ」

 

 体中に広がる異質な感触に、気絶して居るはずのアイリスフィールが苦し気な声を上げる。

 しかし血は出ていない。刺し込んだ手の周りに波紋の様な物が見られ、恐らく直接体内に刺し込んでいるわけでは無く概念的な干渉か何かだろうと思われる。そして老人は何かを見つけたのか眉をピクリと動かし、刺し込んだ手を引き抜いた。

 

 その手にあったのは――――黄金に輝く杯と、黄金の鞘。

 

 紛れも無くそれはアイリの体内に溶けているはずの聖杯の器と、埋め込まれていた『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。老人はそれを短時間で的確に抜き出して見せた。母体には一つの傷すらつけずに。

 

「妖精郷の宝物か。……大層な物を持ち歩くのだな、貴様らは」

「うっ、あ」

 

 鞘と杯を手にした後に、老人と綺礼の足元に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。恐らく空間転移系。既に用済みのこの場所に留まる理由は無いという事だ。

 

「待、て……その聖杯を……!」

「まだ抗うか、衛宮切嗣よ。無様だな。――――そこで大人しく待っているがいい。すぐに貴様が成そうとする『世界平和』とやらを、私が叩き壊して見せよう。その時、貴様はどんな顔をするのだろうな?」

「言峰、綺礼ッ!」

「さらばだ、魔術師殺し(メイガス・マーダー)。また会ったときには、それが貴様と私の最後の決着の時だ――――」

 

 光が消失すると――――言峰綺礼と謎の老人は姿を消していた。

 

 残ったものは、人の消えた公道。あの老人が人避けの結界でもこの場に張ったのか、不自然なまでに人影が存在しない。が、今この状況では好都合だ。人目につかずここから立ち去れるのだから。

 

「切、嗣。ご無事ですか……?」

「舞弥……すまない。アイリを起こしてくれ、今すぐ、止血をしなければならない……」

「切嗣……? ――――ッ、右手が!」

「ああ、持って行かれた……令呪ごと、ね。――――僕の、負けだ」

 

 令呪の在った右手が消えた。それはこの戦争での敗退を意味し、聖杯への道が断たれたことを意味する。その上、アイリスフィールの中に存在した『器』すら奪われてしまった。

 完璧なまでの敗北。笑いすら込み上げてくる結果に打ちのめされながら、切嗣は膝をついた。

 

 終わったのか、と。

 

「っ、私、は……?」

「マダム、あまり動かないでください。肋骨が折れています。肺に刺さる可能性があるので、ゆっくりと」

「舞弥さん……? ッ、切嗣は!?」

「生きています。しかし、右手が……」

 

 目覚めたアイリスフィールは折れた肋骨が体内を傷つけない様に、慎重にしかし素早く己が夫の傍に駆け寄る。そしてドバドバと際限なく血を垂れ流す右手のあった断面へと止血を行っていく。が、アイリスフィールの治癒術は錬金術を利用した代物故に大きな改善はもたらさなかった。

 彼女の治癒術は錬金術であるため、『体組織の代用品を錬成する』という方法で治癒を行っている。簡単に言えば臓器移植のそれだ。故に被験者への負担が大きく、生身の人間の治療には向いていない。

 

 それでもどうにか全力を振り絞り、アイリスフィールは無事切嗣の止血を完了した。たださえ少ない体力を振り絞ったのでもうへとへとであったが、それでもその顔は笑顔だった。自らの夫を助けることができたのだから、嬉しいに違いない。

 

「切嗣! 止血は出来たわ。とりあえず、急いでこの場を…………切嗣?」

「……アイリ、僕は、負けた。負けてしまった。もう、どうしていいか、わからない」

 

 切嗣の瞳には、感情が無かった。

 世界平和という望みに全てを賭けていた彼は、負けたことで文字通り空っぽになったのだ。ようやく叶うと信じていて、終ぞそれは、叶わなかった。

 

 己のエゴで世界を救おうとした者は、今ようやく、折れた。

 

「僕は……僕は何のために、何のために今まで生きてきた!? 戦いを無くすために、何人殺してきた……!? 罪なき人々を! 救いを求めた人々を! 一体どれほど見捨ててきたんだ!? 自分のエゴで、何人、切り捨ててきた……!?」

「切嗣、貴方は……」

「アイリ……僕は、全ての犠牲を、無駄にした。もう僕に、生きる資格なんて、ない……!」

「――――イリヤは、どうするの」

「ッ…………」

 

 ――――自分の愛娘の名前を聞いて、切嗣の頬に暖かい物が伝う。

 

「イリ、ヤ」

「そうよ、私たちの娘。……世界で何よりも大事な、私たちの子供」

 

 餅の様に柔らかく、雪のように白い小さな手。

 

 笑顔が眩しい、太陽みたいに暖かくて可愛い顔。

 

 宝石のように綺麗な赤い瞳。

 

 幸福を許さない自分が、唯一「良かった」と思えた娘の誕生。それがはっきりと、今蘇る。

 

「……約束、したんだ。すぐに、帰るって……! また一緒に、クルミの芽を探すって……!」

「ええ、そうよ。あの子の父親は、貴方以外に務まらない。だから、帰りましょう。一緒に」

「僕はッ……僕はッ…………最低の、男だ…………! 自分のエゴのために何人もの犠牲を重ねておきながら、全ての犠牲を無駄にした……ッ! 僕に、あの子を抱く資格はない……!」

「確かに、貴方の積み重ねてきたモノは、無駄になったのかもしれない。だけど――――貴方は、イリヤにとっては最高のお父さんなの。この世に二つとない存在。そして、私にとっての最高の夫。…………一緒に生きましょう、切嗣。あの子の幸せためにも」

「う、ぁぁあぁぁあぁぁっ! あぁぁあああぁああぁぁぁ!!」

 

 悲痛な叫びが聞こえる。

 

 理想を目指した男は折れた。だが――――彼は今ようやく、『人間』になった。

 自身の妻と娘のために生きる、父親に。

 

 

 

 

 




麻婆が化物過ぎると思ったそこの貴方、間違ってません(白目)
切嗣が疲弊しているとはいえ三人がかり(内二人は原作でも二人がかりでボッコボコにされていたが)でこの結果・・・流石型月のSEISYOKUSYAにしてKENPOUKA。チートだぜ。

でも最後の最後にケリィの右手と麻婆神父をテイクアウトしたアダムさん。やったねジジイども!仲間が増えるよ!

麻婆神父が 仲間に 加わった。

・・・やべぇな(遠い目


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第二十六話・現代神話決戦

遅くなってすみません。

一応遅れた理由、ていうか筆が遅くなった理由をぶっちゃけますと、風邪ひきました。
現在頭痛と発熱と関節痛に加えて胃痛と嘔吐感、下痢までサービスされています。クソが。過去最大級に絶不調です。痛みで起きたまま一晩過ごして昼クソ熱い中寝るってホント地獄ですね。

まともに書けるような状態では無かったのですが、とりあえず完成一歩手前の今話を仕上げて暫く休載しようと思います。冗談抜きでキツイです。何というか、既に書くのがストレスになってきたレベルです。本当に申し訳ありません。もしかしたら息抜きで別作品書くかもしれませぬ。それはFateだろうけど。ていうか私Fateしか書けない(泣

というわけでまぁ、長らくお待たせしましたチートVSチート。感情のまま書きなぐったような内容ですが、どうぞ。

あ、今回戦闘オンリーです(今更

追記
少し間違いがあったので修正。

追記2
ツッコまれたので隕石のサイズを修正。数百メートル×複数は流石にやり過ぎたぜ・・・


 冬木の空が照り輝く。が、それは太陽の光でもなければ月の光でもない。それは――――爆発。

 

 雲を裂いて黄金の舟と銀色の竜が飛翔する。

 

 黄金の舟――――ヴィマーナから放たれるのは120丁もの宝剣宝槍。一撃一撃が致命足りえるそれは魔力によって射出・加速され銀の竜の肢体を貫かんと迫る。しかしそれは触れる前に全て虚空の孔に呑み込まれ、別の穴から反対方向へと射出。撃ち出した本人へと迫っていく。

 

 それを見てヴィマーナの玉座に座するギルガメッシュはフッと笑い、新たな宝剣宝槍を出し、迎撃。衝突によって砕け散った宝具群はその場で内包した魔力を解放し、爆散する。冬木を照らす謎の光の正体はソレであった。

 

 今回のでこのやり取りは17回目。千丁以上の宝剣宝槍が宙で無残に爆散している。にも拘らず所有者であるギルガメッシュは未だ笑みを浮かべたまま。所有物を壊していいほどこの戦いに『愉しみ』を見出しているのかもしれない。そうでもない限り、彼が己のコレクションを自分から壊すなどあり得ない。

 

「やはり『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』は通じないか! そうでなくては困る! もっとこの我を愉しませよ、キャスター!」

「こっちはこれっぽっちも楽しくないんだけど――――ねェッ!」

 

 竜に跨るアルフェリアの周囲に数百もの魔力砲台が出現。一斉に充填(チャージ)を開始し、数秒かからず準備完了。一斉に魔力の塊が発射される。その様、魔力の壁。

 

「面白い」

 

 ギルガメッシュは玉座のひじ掛けを指でこつんと叩き、ヴィマーナを加速。物理法則を無視した機動を披露しながら、彼は数百もの砲撃を軽々と回避してのけた。披露したのはジグザグとした直角機動。一体どんな原理で動いているのかと吐き捨てたくなる。

 

「なら――――ハク、『竜王の息吹(ドラゴンブレス)』!」

『オォォォオオオォォォォオォオオォォオオオオオオオオオオッッ!!!!』

 

 主の指示を受けて白銀の竜――――ハクの口の中に膨大な神秘の奔流が生まれる。放つは竜種が最も得意とするブレス攻撃。しかし幻想種の頂点たる竜種の最強を誇るハクの一撃は他の竜種の追随を許さない。それこそ原初の竜だと恐れられるリヴァイアサンでもない限り。

 

 

 ――――顎が開かれ、銀色の閃光が迸った。

 

 

 空を射抜くは一条の極光。星の一撃すら押し返す光の奔流は黄金の舟めがけて一直線に伸びる。

 が、流石のギルガメッシュも余裕な顔でこれを受けるわけにはいかない。ランクにしてEXに達している竜種の全力の一撃など本来の搭乗者が乗らないヴィマーナ程度が耐えられるはずがないのだから。

 

 すぐさまヴィマーナを旋回し回避するギルガメッシュ。そのすぐ真横を白銀の光が過ぎ去る。

 

 しかし――――最強の竜がそれで終わる筈がない。

 

 ハクは避けられたのを見て、その方向へと首を薙いだ(・・・)。それに合わせて吐き出される閃光もまた払うように薙がれる。

 

「何ッ―――!?」

 

 間一髪で回避するギルガメッシュ。即座に上昇することで底部へと掠らせるだけにとどまったが、まだまだ攻撃は終わらない。

 薙ぎ払うように放たれた閃光に空気が謎の化学反応を起こし――――大連鎖爆発。大空に幾つもの大火球が形成され、それは容赦なくヴィマーナを呑み込んでいく。まるでインド神話のブラフマーストラ(ガンマ線バースト)。竜王の一撃を躱すには、ヴィマーナは少々力不足だった。

 

「くっ、味な真似を……! が、これも一興! 貴様との闘争、実に味わい深いぞキャスター! フハハハハハッ!」

「うっわぁ……これでも墜ちないとか、ちょっとしぶと過ぎだよ……。はぁ、こっちは余裕ないって言うのに」

 

 そう言いながらアルフェリアは頭を抱える。直ぐにでも妹を保護しに行かなければならないのにこんな男のお遊びに付き合っているのだから頭も痛くなる。しかも無駄にしぶとい。溜息しか出なかった。

 

 黄金の波紋が宙に浮かび上がり、中から色とりどりの武具が顔を出す。その数137。警告なしでそれらは一斉に射出された。大きく羽ばたく銀の竜。一度その翼を動かすだけで瞬間的に時速数百キロを突破し、傍目から見て瞬間移動じみた動きでそれらを回避していく。そして先程と同じく虚数空間に吸収され反射。それをまた迎撃。爆発。終わりが無い。ギルガメッシュの財が尽きるまでこのやり取りは終わらないだろう。これでは一晩中鼬ごっこをするはめになる。

 

 物理法則を無視した動きでドッグファイトを繰り広げながらも、一度深呼吸し呼吸を整えるアルフェリア。そして彼女は左手の『吸血剣(ブラッドイーター)』を槍投げをする様に構え、限界まで引き絞る。

 左腕に付与する魔術は身体強化。大量の魔力を一極集中させ、バギバギという筋肉が硬化していく異音が聞こえる。蠢く血管、皮膚の表面から許容限界により漏れ出す魔力が青い蒸気を作り上げる。

 

「行けッ――――――――!!」

 

 強化された膂力により爆発的な加速を実現。『吸血剣(ブラッドイーター)』は空気を裂いて猛進する。そしてUFOの如き複雑怪奇な動きを繰り広げるヴィマーナを追いかけ始めた。

 さながらそれは赤い閃光。幾何学機動を描きながら訓練された猛犬の如く、何処までも標的を追尾し続け――――ついにヴィマーナの船体にその刃を突き立てる。

 

「ぬぅッ……!?」

 

 衝撃により揺れ傾く船体。それでも撃墜されるほどの者では無い。

 当たったのがただの剣ならば、の話だが。

 

 ヴィマーナに突き刺さった『吸血剣(ブラッドイーター)』の刀身から血液が溢れ出す。それは今まで吸い殺してきた死徒と言う神秘の塊の中で熟成された代物。それは蔦の様にヴィマーナの表面を這い、数舜で船体全体を覆い尽くした。ギルガメッシュもまた、玉座に血の蔦で縛り上げられている。

 

「……フン、この程度の拘束で我が音を上げるとでも?」

「思ってないよ。ま、本番はこれから、ってね。――――鎖よ(Chain)!!」

 

 宣言すれば、ヴィマーナを覆う蔦の一部が巨大な鎖へと変形しこちらへ飛んでくる。が、それに敵意は無く、すっぽりとハクの手に収まった。ハクはその鎖を軽く引っ張り強度を確かめ――――ニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 

 瞬間、ギルガメッシュが何かを察したように引き攣った笑みを浮かべた。

 

「キャスター貴様、まさか――――!?」

「もう遅い! ハク、全力で急降下(・・・)!!」

『オォォオオォォオ!!!』

 

 鎖を握ったまま白銀の竜は地表へと羽ばたいた。その秘めたる力はヴィマーナを引き摺るには十分。一瞬にして黄金の舟は鎖に引っ張られて地面へと墜落を開始する。

 

「ぐっ、ぉぉぉおぉおおぉぉぉぉおお!?!?」

 

 ギルガメッシュに襲い掛かる急激なG。常人ならば内臓破裂で惨状を広がらせていても可笑しくない衝撃を生身で耐え切りながらも、その重圧は今だ収まらず。

 ミシリミシリと軋み始めるヴィマーナの船体。そしてそんな物を無視して急降下を続けるハクとアルフェリア。追い風に吹かれながら、二人はある場所――――冬木市郊外。アインツベルンの森へと直進する。あの場所は少なくとも広大であり、多少爆発が起こってもあまり周囲に被害が及ばない。

 

 ヴィマーナを落とす(・・・・・・・・・)には格好の場所――――!

 

「いっけぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええッッ!!」

『グルァァアアァァアアァァアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 急降下するハクは急遽軌道変更。アルフェリアの慣性制御の魔術を併用しながら全身全霊で翼を動かし勢いを相殺しながら慣性を捻じ曲げ、地表すれすれの場所で滑空することに成功する。

 しかし、鎖に引っ張られているだけのヴィマーナは違ってくる。ギルガメッシュの操作もままならず、黄金の舟はそのまま真下へ落下。

 

 

 ――――結果、空を飛ぶ奇蹟の舟は地面に叩き込まれることとなる。

 

 

 響き渡る轟音。立ち上る巨大粉塵。空から降る豪雨染みた土塊。

 

 黄金の舟は見事クレーターを作り、その中央に没した。あの巨体であの速度だ。衝突時に掛かった負荷でコントロールは既に不可能になっているだろう。何もないことからも恐らくギルガメッシュも気絶したのだと思われ、「終わったか」とため息を吐いて呟いたアルフェリアは直ぐにこの場を立ち去ろうとした。

 

 彼女の目的は彼を倒すことでは無い。それより優先するべきことがあるのだ。故に簡単に気を抜いてしまい、『それ』に気づくのが遅くなる。

 

 

 

 

 

 運命(Fate)は三文劇を許さない。

 

 

 

 

 

 巻き上がる粉塵が爆ぜた。中から何かが爆発したように、渦巻く赤い旋風(・・・・)が煙や塵、それだけでなく薙ぎ倒された木々まで吹き飛ばしながら地表へと顔を出す。

 

 

「――――フハハハハハッ!! まさかこの我を地へと落とすとは! 何とも苛烈なやり方だ! だが許そう。この我は寛大だ」

 

 

 高笑いと共に姿を見せたのは、自慢の黄金の鎧が上半身部分だけ無くなったギルガメッシュ。その高く掲げた右腕に三本の筒を束ねた様なナニカから赤い旋風をまき散らす彼は、実に愉快で愉しそうであった。

 

 その異形の道具は――――『剣』だった。いや、剣では無い。カテゴリこそそれに充てられているが、その存在は剣と言う概念が生まれる前に誕生した代物であり、無銘にして最強の武器。三つの筒は『石板』。天・地・冥界を現したそれはそれぞれが別方向に回転することで世界の在り方を示し、それら三つを合わせて宇宙を現している。

 

 世界を現す無銘の剣。だが所有者たるギルガメッシュはこう名付けた。

 

 乖離剣エア、と。

 

 回転する三つの筒から漏れ出る赤き暴風は全てを切り砕く破壊の力。世界すら断って見せた究極の一は、余波だけで国一つを滅ぼしかねない危険性を放ち続ける。

 風に触れた物質が塵も残らず分解される。触れるだけで全てが消える様は、まさしく『絶対』。人類の裁定者たるギルガメッシュにこれ以上相応しい武器は無いだろう。

 

 

「そして、これは褒美だ――――貴様に原初の地獄(・・・・・)を見せてやろう…………!!」

 

 

 乖離剣の回転が早まる。火花が散り、暴風が荒れ狂い、全てを破壊する時空断層が生まれ出る。

 筒一つだけで街を軽く滅ぼせる地殻変動級のエネルギーを秘めているというのに、それが三つ合わされば一体どんな惨状を引き起こすか、想像に難くない。

 

 誕生せし力は最強の一撃。全てを滅ぼす神罰の如き一撃は、今救国の聖女へと向けられる――――!!

 

「星造りの権能……対界宝具……!!」

「さぁどうする? 避けるか? それもいいだろう。貴様の後ろが二度と復元できぬ地獄に変わっても良いならなァ!」

「っ…………これは、ちょっと、不味いかも………?」

「フハハハハ! エアよ! 貴様に相応しき獲物がここに居るぞ! いざ蹂躙の時だ!」

 

 流石のアルフェリアも「不味い」と漏らした。と言うより、アレの直撃を喰らって生きていられる生物などそれこそアルテミット・ワン程度だ。全盛期の自分ならともかく、サーヴァント化した自分ではどうあがいても防御は不可能だろう。迎撃も副次的に生じている暴風のせいでほとんど意味を成さない。

 

 対抗手段は、ある。しかしそれを使うには今の状態では余りにも魔力が足りない。他所から持ってくるにしても、乖離剣が周囲の大源(マナ)を滅茶苦茶にしているせいで外部からの収集は不可能。ならどうすれば――――

 

 

 

 ――――機は満ちる。考えることができる時間を、これ以上英雄王は与えない。

 

 

 

 空高く舞い上がる英雄王。全てを見下ろすように天へ降臨した絶対王者はその手に持つ『力』を掲げる。この場所を生命の存在を許さない焦熱地獄へと変えんが為――――

 

 

「元素は混ざり、固まり、万象を織り成す星を生む――――さぁ、死に物狂いで耐えるがいい」

 

 

 ついに、世界を断つ剣は振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     「――――――――『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅い風の断層が森を蹂躙する。

 触れればそこは既に煉獄。絶対破壊の奔流が全てを食い尽くすように、呑み込むように蹂躙し、何もかもを吹き飛ばした。それでも飽き足らず世界を断つ乖離剣は猛威を振るい続ける。

 

 ()って()って()って。(けず)って(けず)って(けず)って――――破壊の暴風は一瞬にして地上を焦土へ早変わりさせた。

 

 出来上がったのは半径数キロの巨大クレーター。隕石にでも衝突したように派手に抉れた地表は摩擦熱により超高熱にまで熱されており、どんな生物も近づくことを許さない。まさに地獄。万物を破壊する無慈悲の旋風は、見事に森を切り拓いてしまった。これで制限付き(・・・・)なのだから、『天の理(本気)』の場合どれだけの被害が出るのか想像するとぞっとする物がある。

 

 そんな地獄の上に健在の影が二つ。

 

 一つは体中に傷を作っている巨大な竜。もう一つは、その竜に庇われるような形で倒れている女性。言うまでも無く、あの一撃を耐えきったハクとアルフェリアである。

 

 普通なら耐えられなかった。間一髪でアルフェリアが全ての叡智を総動員して作り上げた幾重の魔術障壁と『忘却されし幻想郷(ミラージュ・アヴァロン)』という守りの盾、ハクという最上級の竜の守護が無ければ滓も残らず分子レベルにまで分解されていた。

 

 ただの巨大な攻撃ならば虚数空間内に逃げ込み回避もできただろう。だがアレは空間を引き裂く攻撃。周囲の空間など既にずたずたに引き裂かれており、これでは虚数空間は展開できない。つまり、英雄王が乖離剣を使う以上彼女の切り札の一つでもある虚数魔術は使用不可になっているのだ。

 これはかなりの痛手だった。もし使えていたのならば、今すぐ英雄王の後ろに回り込みその首を撥ね飛ばすこともできたというのに――――

 

「ッ――――ハク! 無事!?」

『……す、すみま、せん。アルフェリア、様。これは少し、厳しい、です』

「馬鹿! どうして無茶したの!」

『例え……例え貴女様が分体であろうと、私に取っては大切な、主人です。守らない理由は、ありません……!! それにもう、あの時の様に貴方様を守れないまま置いて行かれる(・・・・・・・)のは…………御免です』

「…………ハク」

 

 既に彼女の体はボロボロだった。幾分減衰されたとはいえ対界宝具の一撃。それを正面から全身に浴びてしまったハクの体は既に限界一歩手前だ。世界の裏側に居た頃の彼女ならば例え英雄王相手でも十分に猛威を振るっていただろうが、表の世界に出たことで弱体化してしまった彼女にあの一撃を耐えられるはずもなかった。むしろ、生きていたことが奇跡と言ってもいい。

 

 辛うじて心臓などの内臓は無事だが、本格的な治療を施さねば指一本動かすことすらままならないだろう。

 主人を守れたことは誇りに思える結果であったが――――この瞬間、約勝の銀竜はもう二度と付けられて堪るかと吐き捨てていた黒星を付けられる屈辱を味わってしまう。相手があの人類最古の英雄王ならば、仕方ないのかもしれないが。

 

『イチャついてるところ悪いんだけど、早くしないと串刺しになるわよ』

「別にイチャついてないよ。……ハク、もう少しだけ力を貸してもらえる? 貴方に負担がかかるからあの方法(・・・・)はあまり使いたくなかったんだけど……」

『大丈夫です。心臓は無事なので、問題ありません』

「……ごめんね。直ぐに終わらせるから」

 

 アルフェリアがハクの頭を軽く撫でると――――途端、ハクの巨体が光の粒子へと変化していく。溢れんばかりに光りを放つ粒子は一粒一粒が光に照らされた宝石。水のように粒子はうねり回りながら、アルフェリアの体を包んだ。

 

 彼女の体内に吸収されていく光。神秘の凝結は今その身を主へと捧げる。

 

「――――ほう……竜王の身をその身に取り込んだか、キャスター」

 

 ギルガメッシュの言う通り、アルフェリアはハクという幻想種を取り込んだ。その体をエーテル体へと変換し、自分の体に溶け込ませるようにして簡易的な『融合』を果たしたのだ。

 結果、今の彼女は限定的に『竜種』へと昇華されている。とはいえ、今その効果が発揮されているのは『心臓』だけであるが。

 

 当然だ。体全体を適合させるには時間が無さすぎるし、下手すればもう二度と分離できない可能性が生じてくる。魔術による強制存在融合術。魂は乖離させたまま肉体面だけを融合させることは非常にデリケートだ。肉体とは魂の入れ物。それが混ざるという事は魂の融合に他ならない。しかし融合してしまえば、その魂は融合前の二つとも違う『何か』に変貌し――――もう戻れなくなる。

 

 それを防ぎながらの肉体だけの融合。普通の魔術師ならば脳がパンクしていることを、アルフェリアは少しだけ苦しい顔しただけでやってのけた。流石希代の魔術師と謳われるだけはあるか。

 

 しかしそれでも『反動』と言う物は存在する。それは『効果が出ている器官への著しい負担』。つまり全身に効果を適応させてしまえば、融合を解除した瞬間全身を途轍もない反動が襲うことになる。実戦で使うにはそれはあまりにも欠陥だらけであった。

 証拠として、アルフェリアがハクと融合したのは今のでやっと『二度目』だ。

 

 効果は大きいが、反動が大きすぎる。

 そんな欠陥術式ではあるが――――この場を覆すには、もうそれしかない。

 

 竜の心臓が動き出す。因子を後天的に植え付けただけの心臓では無く、最高位の竜種の持つ最高級の魔力炉心。体から溢れんばかりの魔力が吹き荒れ、その身に魔力を満ちさせていく。余裕で単独での現界が可能なほどの魔力だ。

 これだけあればあの剣(・・・)を使うには十分な魔力が確保できる――――

 

 

 

「――――舞台は整ったよ、『夢幻なる理想郷(アルカディア)』」

 

 

 

 暴風と共にその剣は現世へ降臨する。

 ガラス細工の様な精巧で脆そうな剣だった。しかし一見すれば伝わってくるのは何百年も撃ち続けた刀剣の如き鋭さと堅強さ。十字架を模した一本の白銀の剣は全てを圧倒する威圧を纏いながら担い手の右手に収まる。

 

 それを見た英雄王は驚喜する。

 自身の蔵にも存在しない、世界でただ一振りの『剣の神』とそれを担う女を心の底から称えたのだ。

 

「クッ、ハッハッハッハッハッハッハ!!! 神々め、最後の最後に最高傑作を作り上げたか! 自身たちの権能の残滓を集合させた神造兵器! そしてそれを担う神造人間(・・・・)! 出来過ぎた筋書ではあるな!」

「……神造、人間?」

「――――ああ、そう言えば貴様は自分の出生を知らぬようだったな。いいだろう。ここまで我を愉しませた礼だ。教えてやろう」

 

 高らかに笑う英雄王。感情を抑えきれないのか今まで以上に彼は笑みをその顔に浮かべていた。この闘争に、対話に、それほどの価値を見出しているという事か。

 が、彼女も彼の言う事を無下にするほど馬鹿ではない。それに気になってはいたのだ。己の出生とやらが。

 

 ならば一見の価値ぐらいはあるだろうと思い、彼女は彼の言葉に耳を傾ける。

 

「今この世にはとある男が生きている。亡霊の如き魂ながらも『生きることを強いられている』男がな。その男の名はアダム(・・・)。凡そ五千年間もこの現世で生き長らえている『原初の人間』だ」

「アダム……」

 

 その名は最近聞いたことがある。

 

 五千年も生き続け、何故かはわからないが人類史の崩壊を望んでいる原初の人間。現在抑止力の対象ともなっている超級危険人物である。しかしどうして今その男の名前が出てくるのか、とアルフェリアは首を傾げた。

 

 後に語られる言葉が真実ならば、その名が出てくるのは必然であったが。

 

「彼の者が三千五百年ほど生き続けた頃か。神代が終焉してから五百年、既に信仰は薄まり己の権能を振るうことすらできなくなった神々は彼の者を恐れた。『何時か人々に自分たちへの信仰を完全に断たせるのではないか』とな。

 何故そう思ったか? 単純だ。神々どもは彼の者に呪いをかけた。とある条件がそろわねば『死ねない』呪いをな。その復讐として自分たちを殺すのではないかと心底ビクビクしていただろう。実にお笑い物だ」

 

 そういうギルガメッシュは実にうんざりとした顔をしていた。彼自身、神の呪いの厄介さと神のどうしようもなさをよく知っているからだろう。何せ『呪い』で彼は自身の唯一の親友を失ってしまったのだから。

 

「その『対抗策』として彼らは自分たちの力を可能な限り振り絞り、ある物(・・・)を作り上げた。原初の人間に唯一対抗できる者。同じ神造人間(どろにんぎょう)を。

 が、神代は既に終わりを告げている。神の時代が終わりを告げている以上、既に神々に現世へ干渉できる力は残されていない。しかし――――神代に近い環境を残している土地がその頃まだ現世に存在していた。ブリテンと言う、神秘の島々がな。そこで神々は『器』を作った。原初の人間の抑止力となる物をな」

「――――まさか」

「そうだ。勘がいいではないかキャスター」

 

 アルフェリアの顔が固まる。「まさか」と。しかし答えにたどり着いてしまった以上もう否定することはできない。それ以前に彼女自身、その心当たりが多過ぎた。

 

 

 何故自分は目覚めた時、湖の中にいたのか。

 

 何故人を越えた力を努力しただけで簡単に手に入れられたのか。

 

 何故、神剣を担うことができたのか。

 

 

 その答えは――――

 

 

 

「アダムに対抗するために創られた最終製造の神造人間。それが貴様の正体だ」

 

 

 

 神の作りし人間。泥から作られた神の人形(ゴーレム)にして神という物の模倣品。

 それが、アルフェリア・ペンドラゴンという者の正体であった。

 

「しかし神の姦計通りに人形は動かなかった。原因は神の作りし器に耐え切れるほどの魂を制御できるほど、既に神々の力は残されていなかったからだ。

 ……そもそもどうやってそんな魂を創れた? いや、持ってきた(・・・・)、か? ……まあよい。そして、作られた人形は己の意思のままに動き続けた。用意された役目など捨て去ってな。……どうだキャスターよ、自身の正体を聞いて何か思う事はあったか?」

「……思う事、かぁ。うん、まぁ……特にないかな」

「…………ぬ?」

 

 予想外の答えが返ってきて英雄王は小さく唸った。彼の予想では戸惑う彼女の姿が眼下に広がっていただろう。しかし実際には戸惑いどころか動揺すらあまり感じられない。

 が、当然ともいえる。

 彼女は、この世で最も自分の存在に価値を見出さない者だったのだから。

 

「自分が人間じゃない、って言われたのはちょっとだけショックだったけどさ。でも私は私だよ。家族が好きで、あの子達の笑顔が好きで、死ぬまで精一杯頑張った――――それが私。例えこの身が泥人形のソレだろうが、私の人生に偽りなんてない。私は私が決めた道を突き進んだ。……それだけで私には十分すぎるよ」

「……クッ、クククハハハハハハハ! 何と芯の強い人間か! 愛い、愛いぞキャスター。益々お前を物にしたくなってきた。本来の我ならばありえぬ二度目の求婚だ。心して聞け。――――我の物になれ、キャスター。我の全てを以て愛でてやろう」

「んー……その言葉は有り難いんだけどさ。正直に言ってね――――」

 

 アルフェリアは一歩、一歩だけ踏み出した。

 

 瞬間全ての空気が凍り付く。かつて星をも斬り裂き世界に恐れられた真性の規格外。そんな彼女の全開の殺気が今濃密に、撫でまわすように広がっていく。

 白銀の神剣が唸る。その身に纏う『絶対切断』の権能の前ではあらゆる防御は紙くず同然。

 

 つまり――――今の彼女に斬れぬ物など存在しない。

 

 世界を斬り裂いた剣が起こす風であろうとも。

 

 

 

「貴方、タイプじゃないんだよね」

 

 

 

 盛大に英雄王の告白を振り、不敵な笑みを浮かべるアルフェリア。

 

 二歩目を踏み出す。瞬間、彼女の姿が消えた(・・・)。空間転移では無い。乖離剣が斬り裂いたこの空間一帯ではそんな物もう不可能になっている。ならばどうやって消えたか。不可視化か? 変化か? いいやどちらも違う。

 

 知覚できない速度(・・・・・・・・)で動いただけだ。

 

 爆発的な衝撃波をまき散らしながらアルフェリアは一瞬でギルガメッシュの背後へと回り込んだ。まさに一瞬。百数十メートルの移動に一秒すら要さない、人知を超えた速度。莫大な魔力によって強化された身体能力は瞬間的にEXを記録し、知覚できない速度での移動を可能とする。この領域まで来ると既に空間転移と大差ない。

 

 背後に回られたギルガメッシュは彼女の答えを噛みしめながら、それでも笑みを崩さず乖離剣を振りかぶる。

 

「――――強情な女だ。しかし、それでこそ物にし甲斐がある!」

 

 異形の剣と白銀の剣が衝突する。

 

 世界を斬り裂いた剣と星を斬り削った剣。どちらも優劣は付けられない。互いに『最強の矛』を冠する至上の宝具。それはぶつかり合い、互いに斬り裂けないという矛盾を孕み出す。どちらも普通の剣や並の宝具ならばまともに打ち合えば破壊される超級宝具。しかし二つの剣には罅一つ入っていない。

 両方とも『最強』故に。

 

「いいだろう! それではこの英雄王の武力を以てお前という存在を制する!」

「つまり?」

「我が勝った暁には我の女になれ」

「思いっきり振ってやったのにまだ諦めないの?」

「申し訳ないが、我は欲しいと思ったのならばどんな手を使ってでも手に入れる性質でな。そして、相手が抵抗すればするほどその欲望は燃え上がる……!」

「ホント厄介な男ね貴方……!」

 

 乖離剣の筒が回転し始める。赤色に染まった暴風が漏れ出し、周囲の空間を蹂躙する。触れあっている神剣の刃もガリガリと擦られていく音が甲高く響き始め、摩擦で起こる花火が二人の姿を夜空で照らした。

 

 旋風がアルフェリアに襲い掛かる。鍔迫り合いになっているため避けられない――――かと思いきや、風はあっさりと斬り裂かれて彼女を避けていった。無論偶然などと言う物では無い。彼女の持つ神剣から放たれる権能を含んだ風。それが乖離剣の攻撃を斬り裂いているのだ。その風もまた英雄王へと襲い掛かっているが、乖離剣の風で遮られる。

 

 平行線。それが現状を表す言葉に相応しい。

 

 しかし何時までも膠着状態のままで我慢して居るほど我慢強い英雄王ではない。彼が左手の指を鳴らすと、アルフェリアの直上に幾つもの黄金の波紋が生まれ出す。

 それはギルガメッシュの宝具『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。無限の宝具(弾丸)を収めるその宝具は数百もの宝具の切っ先を彼女へと向けていた。

 

「『王の(ゲート・オブ)――――」

「ちぃっ――――!」

「――――財宝(バビロン)』!」

 

 舌打ちしながらアルフェリアは英雄王の乖離剣を強引に弾き飛ばし、魔力放出で後方へと飛ぶ。直後彼女の居た空間が無数の宝剣宝槍に撃ち抜かれた。いくら無尽蔵の魔力源を手に入れたアルフェリアとて、あの雨に直撃するのはかなり不味い。

 

「ほれほれどうした? まだまだ我の財はあり余っているぞ、アルフェリア・ペンドラゴン!!」

「くっ…………!」

 

 英雄王の背後に過去最大級の波紋が展開されていく。その数凡そ数千。クレーターになったこの一帯を更に穴ぼこだらけにするつもりのようだと吐き捨てながら、アルフェリアは『吸血剣(ブラッドイーター)』へと魔力を送り込んでいく。

 

 夢想(イメージ)する。無限の武器を。あの物量に対抗できる構図を。

 

 

「『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』」

 

 

 蜘蛛の巣を張る様に、血液が宙に広がっていく。何度も枝分かれして、空を埋め尽くすように。

 広がった血液の枝から何本もの剣や槍が血で形成されていく。死徒の血液で作られたそれらは一級の宝具にはとても及ばないが――――露払い程度ならば及第点だ。

 

 

「「行けッ!!」」

 

 

 同時に合図が下される。

 

 始まったのは無数の金属音の狂乱であった。何千もの剣と槍が刃を交えて壊れゆく。芸術性の欠片も無い雑音は空を包むように四方八方へと轟いて行く。

 

 負けているのは勿論血で作られた武器たちの方であった。例え死徒の血で作られていようが結局は血。英雄王の収める財宝には遠く及ばない。当然だ。神秘の濃度が違いすぎる。物量も、質も、圧倒的に負けている。それはアルフェリアとて承知している。英雄王の財の量と質に適うわけがない。

 だがこの血の武器たちを出した目的は物量戦をするためでは無い。これは時間稼ぎであり、目暗ましであるのだから。

 

「――――ギルガメッシュゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

 破壊の剣戟が広がる空間の中をアルフェリアは突貫していく。その先に居るギルガメッシュを斬り捨てるために。

 自分に向けられる常識外の威圧に汗をにじませながらも英雄王も全力で迎撃をする。『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』から絶え間なく撃ちだされる無数の宝剣宝槍。一撃が致命傷となる神秘の塊は高速で撃ちだされて――――すぐさま殆どが血の剣や槍に撃ち落された。残った数十の宝具も撃ちだされた後に一瞬もかからず全てアルフェリアの手で直々叩き落される。

 

 瞠目する英雄王。馬鹿な、と呟くことも忘れ彼は目の前に広がる光景を再分析する。

 

 確かに血の剣や槍は脆い。Bランク宝具でも簡単に粉々になるレベルだ。

 だが、アレは何でできている? そう、『血』だ。『液体』だ。破壊されても血液に戻るだけなのだ。それは、つまり――――破壊されても瞬時に再形成できる、という事であり、どれだけ破壊しようが宝具の雨の間を掻い潜ってくる以上その進行を妨げることは困難という事でもあった。

 

 物量でも質でも敵わない。しかし『性質』ならば対抗できる、と言うわけだ。

 

 ただの目暗ましだと侮り、『慢心』していたが故の失態。不味いと踏んだ英雄王は即座にその手に握る乖離剣を回転させ始める。その動作が一瞬でも遅れていたら、この時点で決着はついていた。

 

「オォォォォォオオオォォオオオォオォッ!!!」

「――――ッッ!?!?」

 

 文字通りの神速の一撃。英雄王は生涯培ってきた経験の全てを動員しその攻撃を乖離剣で受け止める。

 だが悲しいかな、その一撃を受け流せるほどの技量を英雄王は持っていなかった。結果、ミシリという嫌な音が英雄王の右腕から発せられる。筋力A++、更にそこへ魔術による強化が乗った一撃。拳で山一つを消し飛ばせるほどの怪力だ。耐えられるわけがなかった。

 

 爆発を受けたように英雄王は高速で地表へと吹き飛ばされる。森に生えた木々を巻き込みながら地面を抉り進み、数百メートル先でようやく失速することができた。

 無事とは言い難い状態ではあったが。

 

「ま、さか……この我をここまで追い詰めるとは、な…………!」

 

 財宝の中から湯水のように『完全回復薬(エリクサー)』を体に掛けながらギルガメッシュは立ち上がる。おかしな方向に曲がっていた腕もすっかり元通り。修復された右腕の調子を確かめる様に乖離剣を素振りしながら、英雄王は空を見上げる。己を見下ろす白銀の天使を。

 

「我が他の存在を見上げたのは『天の牡牛(グガランナ)』以来か? 全く、貴様はつくづく我を驚かせてくれる!」

「――――■■■■■(Natura irae)――――」

 

 アルフェリアは有無を言わず空っぽの手を空に掲げる。口から紡ぐは神代の言葉。現代の人間では聞き取ることすら困難を極める高速神言は今世に奇跡を、かつて『魔法』と謳われた神秘の極地を、今ここに現すのだ。

 

 ――――天変地異(・・・・)という形で。

 

 地震、台風、落雷、津波。ありとあらゆる自然の暴力がギルガメッシュへと襲い掛かる。膨大な魔力と複雑怪奇な術式により実現された自然災害(ナチュラル・ディザスター)。一人の手によってこの世に降りた人類を蹂躙する一方的な災厄は『英雄』を殺すためにその規模を拡大していく。

 

 人間業では無かった。いくら竜の心臓と言う魔力源があるからと言って一人で自然災害を誘発するなど。が、アルフェリアはそれを可能とした。過去に培った知識を駆使し、この場所に降ろしたのだ。『神の怒り』を。

 

 規模が幾分小さいとはいえ、既にその魔術は権能の一歩手前に迫っている。何という、出鱈目さだろうか。

 

「成程、魔術師(キャスター)の名は伊達では無かったという事か。いやはや、まさに『生きた災害』。星が恐れるのも納得する。――――だが、その程度の災害程度この我が払えぬとでも思ったか!」

 

 歓喜の高笑いを上げながら英雄王は乖離剣を天に掲げる。

 彼の意思に応え乖離剣の筒は回転し、生み出された紅い暴風は天変地異を斬り裂いた。原初の地獄を体現するこの剣の前では地震だろうが津波だろうが遊戯に過ぎない。

 

「この我を倒したくば隕石でも持ってくるのだなキャスターよ!」

「あらそう。じゃあ持ってきてあげる」

「――――は?」

 

 予想もしなかった答えに英雄王の顔が一瞬固まり、彼はすぐさま自身の頭上を見上げた。

 

 一体どこから現れたのか、直径十数メートルを越える巨大隕石が群を成して地上に降りかかろうとしている。いくらサーヴァントに物理攻撃が効かないと言っても限度と言う物は存在している。流石の英霊でも隕石が直撃すれば死は免れない。

 

 顔を引きつらせながら英雄王は乖離剣を引き絞る。狙いは隕石群。乖離剣を以てすれば例え直径数キロの隕石であろうが迎撃可能。

 

 

「死して拝せよ――――『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』ッ!!」

 

 

 紅蓮の閃光が空を駆け上がってゆく。

 高速で地表へと衝突しようとした隕石群は一瞬にして跡形も無く分解され、辛うじて残った破片は雨の様に地表へ降り注ぐ。どこかでクレーターが出来た様だが、そんなもの英雄王の与り知るところでは無い。

 

 英雄王は財にある宝具の力で空中に浮かび上がりながら、隕石に気を取られて視線を外していたアルフェリアへと向き直る。そして「どうだ? 我の雄姿は?」と言い放とうとして口を開け――――唖然として、直ぐにニヤリと嗤う最古の英雄がそこには居た。

 

 神の威光の如き光輝を放つ白銀の鎧。英雄王の蔵に存在しない至上の神秘を凝縮したソレは装着するだけで身体能力を四倍にまで引き上げ、受ける攻撃を九割遮断する『夢幻なる理想郷(アルカディア)』の真名解放形態。

 

 本来ならば弱体化したアルフェリアでは持って十秒程度。またそのまま魔力が供給されなければ『その先』にある”切り札”は使用不可。余りにも重すぎるコスト故に今まで使えなくなっていたその宝具は度重なる時間稼ぎによって(・・・・・・・・・・・・)ようやく現世で日の目を見る。

 

 星を斬り裂いた究極の一撃が――――

 

 

「天の鎖よ――――ッ!!」

「血の鎖――――ッ!!」

 

 

 黄金の波紋から何本もの鎖が射出される。古代ウルクにて『天の牡牛(グガランナ)』を縛ったとされる鎖。即ち対神兵装。神すら縛りつける鎖はアルフェリアへと襲来する。

 

 神性を持たない彼女からすればただの頑丈な鎖であるのだが、”切り札”を使うために身動きが取れなくなっている今拘束されるのは非常に不味い。最悪、溜め込んだ力が四方八方に散らばって冬木含めた周辺の土地が永久に地図から姿を消す可能性があるのだ。それは避けねばならない。

 

 だから彼女は『目には目を歯には歯を』の理論から『鎖には鎖を』という答えに従い、今だ宙に浮いたままの『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』を大量の鎖へと変形させ互いに雁字搦めにさせその動きを封じた。

 こちらの鎖も身動きが取れなくなったが、あちらもまた同じ。英雄王は乖離剣の次に信頼する宝具を封じられて歯噛みする。

 

「――――――――最終封印(サード・シール)解除(リリース)――――『夢幻なる理想郷(アルカディア)』、最大出力形態(ハイエンド・フォーム)、解放!!」

 

 最後の封印が解かれる。

 

 瞬間たださえ彼女の身の丈を越えていた大剣が五メートルもの大きさへと肥大化する。既に人の振るう武器では無くなった。しかしこれが本来の姿(・・・・)。秘めていた力を全て解放した神剣は空間すら斬り裂く風を周りへと無造作に撒き散らしていく。

 

「……美しいな。これが人類が彼方に忘却した神秘の極光か。――――ならば、もう慢心は無しだ。この我の全身全霊を以て、貴様と言う存在を打ち負かそうぞ、キャスタァァッッ!!!!」

 

 三つの筒が回転を始める。今まで以上の速度で回転するそれは、過去最大規模の暴風を生み出し始めた。回避は不能。例え避けられようが冬木と言う地は地獄に変わり、聖杯ごと全てのマスターたちは死滅する。それは即ち全てのサーヴァントの脱落に他ならない。

 元より、撤退など考えていない。そんな選択肢があったならばとっくの前に選んでいるし、一番の危険分子を見す見す見逃すほどアルフェリアも甘くない。『アレは此処で殺す』。最初から決めていたことだ。

 

 アルフェリアの自前の魔力の大半が消え去る。足りない分の魔力は容赦なくマスターから汲み取り、それでも足りなければ体術を使った第二魔法もどきにより平行世界への極小の穴を空けて無理やり確保。そうして集めた魔力の行き先は神剣。担い手に送られた魔力は爆発するように光へと変換され、眩い輝きは空を穿つ。

 

 ギルガメッシュもまた時臣から遠慮なく大量の魔力を吸い取り、更に宝物庫からの最大限の援助を受け乍ら乖離剣を唸らせる。赤色の災害は廻りに廻って全てを薙ぎ払いながらその規模を拡大させていく。

 

 星の聖剣すら軽く凌駕する白銀の極光。

 

 神の作りし泥人形にしか防げなかった地獄。

 

 ”断つ”という事に特化した権能を持つ二つの極撃。互いの一撃は相手がどんな手を使ってでも防ぐことは不可能。史上最強の矛同士は共に牙を剥き、その刃を慈悲無く相手へ突きつける。防げるものか、防げるはずがない。防げるものなら防いでみろ。

 

 アルフェリアはギルガメッシュの事は好いてはいないが、その実力は認めていた。その在り方が暴君であれ、確かに人間を愛す裁定者を『敵』と認めている。だからこそこうして相手の身の危険を気にすることなく絶対殺害の一撃を無遠慮に放てるのだ。

 

 ギルガメッシュもアルフェリアという存在を認め、自身の全力をぶつけるに値する者だと認めている。この世に二人と現れないだろうと断じていた『対等の敵』。そのどちらも泥人形というのは何の因果か。しかし、面白い。実に『愉しい』。すなわち愉悦。彼は最後に己に相対する女の価値を量り切るため、その右手を振り下ろす。

 

 

 この一撃で全てが決まる。ただ一撃、されど一撃。どんな悔いも禍根も、この場所では何の意味も成さない。

 

 

 いざ謳え。現代に生まれし新たな神話の一幕を。

 

 

 

「原初を語れ――――」

 

 

 

 天と地を分けた剣を高く掲げて歓喜の笑みを浮かべる人類最後の英雄王。

 

 

 

「悲劇の幕を引け――――」

 

 

 

 水星の王すら断って魅せた白銀の剣を掲げて謳う故国を救いし一人の聖女。

 

 

 

 

 此処に、終幕は降ろされた。

 

 

 

 

 

「――――『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』ゥゥゥウウゥゥウゥウゥゥッッ!!!!」

 

 

「――――『終幕降ろすは白銀の理想郷(カーテンコール・アルカディア)』ァァアアァァァアアァアアアッッ!!!」

 

 

 

 

 

 極光と暴風は衝突する。

 

 具現したのは神話。例えるならばゼウスとオーディンのぶつかり合い。異なる体系の究極の一撃は冬木と言う街を光で包み込む。

 

 対界宝具と対星宝具のぶつかり合いと言うあり得てはいけない組み合わせの衝突は今まで生まれなかった奇跡を生んだ。どんな過去に遡ろうが起こらなかった未知の反応。光が混ざり、地獄が裂かれ、太陽面爆発に等しいエネルギーが全方位へと拡散され、その衝撃で空間は崩壊(・・)し、それでも止まらず神秘の奔流は膨張し、地球の物理法則が一瞬だけ書き変わっていく。

 

 そんな物が冬木という街の外れで起こったのだから、もし第三者が居たのならば戦っている者の正気を疑っているだろう。タイミングや角度が奇跡的に噛み合い、結果的に生まれた衝撃は冬木を撫でる様に過ぎ去り、ある程度高いビルのガラス窓や構造を滅茶苦茶にするだけで済んだ物の、下手すれば冬木が地球に存在してはいけない異界になっていた。何という綱渡りか。

 

 世界を断つ紅い暴風と星を断つ白銀の極光は『一瞬』だけ拮抗した。

 何故一瞬か。言うまでもない。衝突した瞬間全てが崩壊し吹き飛ばされたのだから。万が一、数秒でも長く衝突し続けていたら日本国含めてアジアの大半が人の住めない大地に早変わりしていた。

 

 そして、戦場となったアインツベルンの森は一体どうなったか。

 

 もしかしたら無事かも、と思っている者はいるだろうか。いるならばすぐにその考えは捨て去った方が良い。

 

 戦場の状態はその真逆に位置し、更にそこを突き抜けたモノへと変貌している

 緑豊かだった森林は跡形も無く消滅し(・・・)、古城は文字通り塵すら残らす吹き飛ばされ(・・・・・・)、地下を走っていた霊脈は二度と利用できない程にズタズタに引き裂かれて(・・・・・・)いた。また周囲一帯の空間は軽く異界化しており万人の接近を許さない。

 

 文字通り全てが『死んだ』。

 

 数百年ほど待たない限り、生物という存在がこの地を踏むことは二度とないだろう。

 それ程までの惨状であった。

 

 そんなことになった原因である二人であるが――――その姿は見えない。大量の土砂の下にでも埋まっているのか、なんにせよ『最強』同士のぶつかり合いはこれにて終了となった。

 

 後に残ったアインツベルンの森の跡地は、何処までも静寂が広がっていた。

 

 今まで狂乱が広がった清算だとでも言うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尚、この一件で聖堂教会の事後処理班が泡を吹いて卒倒したのは想像に難くない。

 

 結果的に『多量の放射性物質を含んだ隕石の墜落』という事で収まり、一般人たちには被害拡大を防ぐため森の跡地への侵入を禁じるという旨の通達が出されるのであった。

 

 

 

 

 




やりやがった(白目)。

アインツベルンの森、消☆滅。ついでに霊脈も二度と修復できないレベルでグッチャグチャになりました。更に周辺異界化のおまけつき。もう神秘の隠匿もクソもねぇ・・・。そもそもこいつ等隠す気ゼロですけど。え?聖堂教会のスタッフさん?・・・ご愁傷さまです。

スタッフ「隕石です。何といわれても隕石です。イイネ?(威圧」
冬木市市民「アッハイ(訓練済み」


超余談だけどフランちゃん可愛すぎ問題。ようやく育成環境整って現在では立派にランスロさんと孔明さんと一緒にガトリングブッパしながら磔刑の雷樹かまして楽しく種火をかき集めています(^q^)デモハグルマガタリナイー


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第二十七話・乱戦

遅れてソーリー。早めに投稿できると思ったがそんなことは無かったぜ!・・・あ、やめて石を投げないで!

と、冗談はさておき。本当のことを言えば少し学校祭的なものが近づいており、執筆時間があまり取れなかった影響でございます。あと私の創作意欲の低下と寝不足のせいでもあるヨ☆・・・あ、石はらめぇぇ(ry

そして前に投稿したプリヤと打って変わってシリアス風味。え?プリヤの方を投下しろって?したいのは山々だけどほぼ一発ネタのつもりだからプロットとかあまりまともに組んでいないんだ許してネ☆・・・石は石でも星晶石を(ry

茶番終了。それでは本編をどうぞ。


 青い閃光が街を疾駆する。

 

 人々の目にも留まらぬ疾風の如き身のこなし。周りの一般人はその影すら認識できずに普段通りの日常を続けていた。

 疾く駆ける『ソレ』は公道を走る自動車の天上伝いにまっすぐ進んで行く。まるで何かから逃げる様に(・・・・・・・・・)

 

 数秒後――――轟音が周囲に反響した。

 

 猛獣が空高く吠えたように甲高い爆音の如きエンジンの駆動音は空を穿つように響いて行く。人々は瞠目する。黒い霧を纏って全てを蹂躙するように走行する二輪車を。明らかに一般の指定最高速度を一般常識ごとぶち抜いたような剛速。

 その莫大な衝撃波で周囲の車両を風圧で蹴散らしながら、悪魔めいた漆黒のモンスターマシンは地を走る。

 

「――――チィッ、しっつけぇぞテメェ!」

「ハッ、追いかけられては逃げ回るだけか? やはり狗は狗のようだなランサー!」

「んの……舐めやがってッ! ――――mannas(マンナズ)! teiwas(テイワズ)! isa(イサ)!」

 

 化物バイクに乗ったアルトリアに追跡されているランサーはお得意のルーン魔術を宙に刻み、周囲の人間へ守護と思考凍結、眠りを与える魔術を使用した。原初のルーンによる高度なルーン魔術はすぐさま人々の間に伝播し、数秒経たないうちに半径数キロ以内の人間を眠らせ害から、その身を守る膜に包む。

 

 流石はキャスター適正持ちの大英雄。魔術師でもないのにもかかわらずこの結果を叩き出して見せた。

 唯一の問題は自分を追いかけてきている地獄の修羅の様な女を振り切れないということか。

 

「ったく、相ッ変わらず女運だけは最悪だな俺は!」

「軽口を叩く暇があるのかランサー? ――――『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』!!」

「うおぉっ!?」

 

 宙を舞うランサーの肌を黒い魔力の刃が撫でる。空中で体制を変えることで紙一重で回避できたが、もしそれが胴体に直撃すれば容赦なく二等分にされていただろう。

 その事に脂汗を額に滲ませながら、ランサーは自身の獲物である紅い呪槍を構えた。

 

 今度はこちらの番だ。

 

 

「喰らって逝けや――――『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)』ゥゥゥゥツ!!」

 

 

 お返しと言わんばかりにランサーは自身へ時速300Kmオーバーで迫るアルトリアへとマッハ2の呪槍を投擲した。相対速度は凡そマッハ2.3。常人ならば反応する前に木っ端みじんになる領域。

 

 空気を裂き、摩擦で赤熱しながら朱い輝きを放つ槍をアルトリアは正面に見据える。

 

 彼の大英雄が繰り出した一撃。その一槍、一度投げれば幾人もの心臓を穿ったと伝えられている。当然その謳い文句に虚偽など存在しない。アレは正しく自分の心臓を貫いて尚余る代物。そう確信したが故にアルトリアは自身の魔剣に魔力を集わせる。

 

 この距離では既に『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』などの宝具を使った迎撃は不可能。許されるのは単純な一撃のみ。ならば今繰り出す一撃に全てを乗せる――――!

 

「はぁぁぁぁぁああぁぁああぁぁあああああああッ!!!」

 

 右腕を引き絞る。黒い旋風が暴れて唸る。我が身を貫く呪いの一撃を跳ね返さんとするため。

 

 放たれる渾身の突き。

 ぶつかるは大英雄の投擲。

 

 線では無く点である突きの衝突。そんなことはあり得ない。あり得るはずがない。限りなくゼロに近い接触面が一寸の狂い無くぶつかり続けて居るなど。偶然にしてはできすぎている。

 だがそんな常識ここでは糞食らえだ。超常存在同士のぶつかり合いで『当り前』などと言う言葉は悉く陳腐な物へとなり果てる。今もそうだ。人々の希望の象徴たる英霊の戦いに、そんな下らない物を持ちこんだところで意味などあるわけがない。

 

 拮抗する二撃。過剰な魔力が混じりに混ざって花火を散らし――――ついに強烈な爆発が生じる。

 

 巻き上がる爆炎と粉塵。周囲に存在していた自動車たちが軒並み吹き飛ばされ地を転がる。守護のルーンにより傷ついたり中に居る民間人が負傷したりすることは無かったが、砕けたアルファルトの粉が舞い上がって一帯の視界が封じられてしまった。

 

 ランサーは目を瞑る。こうなってしまえばもう目は頼れない。今使うべきなのは己の感覚と嗅覚、そして幾たびの戦場で洗礼された直感のみ。

 

 複雑怪奇な軌道を描きながら戻ってきた愛槍を掴み、臨戦態勢になって一切動かないランサー。

 

 そして――――動いた。

 

 ――――だがそれは『敵』ではなく、囮であったが。

 

「何ッ!?」

 

 無人のバイクがランサーへと突っ込んでくる。反射的に跳躍して避けるランサーだったが、それが敵の思う壺だった。

 罠だと認識した瞬時にランサーの背筋をただならぬ悪寒が走っていく。

 

 振り返れば、狂喜の表情を浮かべた少女が居た。その右腕はあらぬ方向へと折り曲っている。間違いなく槍と衝突したことによる反動での骨折だ。しかし少女はそんな物知るかと言わんばかりの狂気に塗れた顔でランサーを睨みつけた。

 

 残った左手に黒い魔剣を、白い短剣を口に咥えて振りかぶり、少女はランサーの喉を刈り取らんと迫ってきている。美しくも醜く、華麗でありつつ凶悪な様は二律背反の体現。

 漆黒と純白の呪剣は月光を反射しながら弧を描きランサーへと迫る。

 

 一級の戦士の勘を持っているはずのランサーにどうしてここまで容易に近づけたか。それはアルトリアの宝具の一つである漆黒の外套『身姿は幻の如く(グウェン)』の効果による物。纏う事でBランク相当の気配遮断と軽度の認識阻害の効果を得る見隠しの布は見事その役目を果たした。

 

 だがランサーとて伊達に戦場を渡り歩いていない。

 彼は自分の感覚や経験全てを統合しアルトリアの完全な奇襲をギリギリのタイミングで見破った。もし気づいていなければ、この勝負の行方は決まっていただろう。

 

 逆に言えば、気づいた今ならば行く末は不明という事。

 

 二人が自分らの得物を構える。

 

 ランサーは紅く光る因果を逆転させる呪いの槍を。

 

 アルトリアはこの世の呪いを集約したような黒と白の剣を。

 

「アァァァァァァァァァアアアアアッ!!!」

「この一撃、手向けとして受け取りやがれ!! 『刺し穿つ死棘の(ゲイ・ボル)――――」

 

 果たして勝つのはアルトリアか。ランサーか。

 もしランサーの宝具発動より先に魔剣と呪剣の刃がその喉笛に届けば、勝つのはアルトリアだ。だがランサーの宝具が先に発動すれば、因果逆転の呪いは容赦なく堕ちた騎士王の心臓を抉る。

 

 どちらが勝つか。それとも相打ちか。

 

 その結果は――――二人の間に入った横槍により永遠に訪れることは無かった。

 

 

「「!?!?」」

 

 

 突然目の前が紅い雷撃(・・・・)に染まったことにより、二人は瞬時に距離を取る。

 勝負の邪魔をされたランサーは忌々し気な目で、その一撃をよく知っていたアルトリアは悲壮の混じった眼差しでこちらに向かってくる『ソレ』をみた。

 

「――――うっし、ギリギリ間に合ったー!」

「モードレッド、たださえ使える魔力が少ないのですから無茶させないでください……!」

「るっせぇ。おかげで間に合ったろ」

 

 粉塵の舞う中、エンジンの雄叫びを轟かせながらモードレッドとランスロットはバイクに跨りながらアルトリアとランサーを見つめている。バイクには赤黒い血管の様な物が表面を這っており、ランスロットの宝具である『騎士は徒手にてしせず(ナイト・オブ・オーナー)』によって疑似宝具化されているのが分かる。確かに宝具となったバイクならばモードレッドの乱暴な運転にも耐えられただろう。

 走行した跡のアスファルトは別問題であるが。

 

 円卓の騎士二人の跨るバイクはホンダ製の二輪車、ワルキューレ。彼の戦乙女の名を飾る鉄の騎馬であり総排気量1500CCの怪物。そんな物を宝具化し、剰えフルスロットルでかっ飛ばしてきたと聞けば魔術関係者は卒倒するだろう。死者が出なかったのが幸いだ。

 

「……モードレッドと、ランスロット。よく来てくれました」

「ええ。王が待っているのです、臣下たる私が駆けつけぬわけがないでしょう」

「俺も俺も!」

「ふふっ……それでこそです。そう、そうでなくては――――私を止める資格は無い」

「「っ――――」」

 

 穏やかな空気が変質する。先程までのアルトリアは臣下と対面する時の彼女であり、今の彼女は『敵を前にした』一人の王。その刃に一片の慈悲は無く、黒き王はかつての忠臣へと魔剣の切っ先を突きつけた。

 

「……どうしても、戦わねばならないのですか」

「はい。申し訳ありませんお二人とも。ですが今だけは、私の我が儘に付き合ってください。王では無く、私個人からの願いです。……お願いします」

「王よ……」

「父上……」

 

 自分でも、自分を止められない。頑なに塗り固められてしまった決意は既に独りで溶かすことはできず、その決意を溶かすにはかつての仲間が『折る』事が必要だ。自己の否定では意味がない。だが自分だけでなく、信頼し合った仲間となら、家族とならば――――きっとできる。この歪んだ想いを正すことができる。

 

 そう信じて、アルトリアは血涙を一条だけ零しながら口を閉ざした。

 

「――――おいおい、俺との戦いはどーすんだ騎士王サマよ。まさか中断とは言わねぇよな?」

 

 しかしここでランサーは頬をビクビクさせながら横やりを入れた。彼としては今まで繰り広げていた死闘を邪魔された挙句『此処でお終い』などと言われるのは『死ね』と言っているのと同義だ。戦士としての誇りが耐えられない。

 そんなランサーの発言で少しの間だけ珍妙な空気が流れ――――それは一本の矢によって引き裂かれる。

 

 

「――――『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』」

「何ッ!?」

 

 

 ランサーが振り向きながら槍を一閃。その刃に捻じり狂った矢の先が叩き付けられ、爆発。巨大な爆炎がランサーの身を包み込む。しかしランサーはその寸前に持てる全ての脚力を発揮して爆発の範囲内から離脱した。多少体に傷はついたが、掠り傷と大差ない。

 

 舌打ちしながら、ランサーは矢の飛んできた方向を凝視した。そこには紅い外套を纏った一人の男が黒い弓を構えて立っていた。

 何故かその顔には皮肉気な感情が漂っており、本能的に嫌悪感を覚えたランサーの額に数本青筋が浮かぶ。

 

「俺に向かって容赦なく攻撃を加えるとはな、何モンだテメェ……。サーヴァントか? ――――いや、待て。テメェ、さっき飛ばしてきた矢は、まさかッ!!」

「フ……言いたいことがあるなら言ってみればどうだ? アイルランドの大英雄」

「何で、何でテメェがアイツ(フェルグス)の剣を持ってやがる!!」

 

 アーチャー、否。エミヤが飛ばした宝具は彼の剣豪フェルグス・マック・ロイの持つ剣、カラドボルグ。

 

 正確にはその投影品であり改造品だ。類似しているのは精々刃がドリルになっている事ぐらいだ。が、表面を伝う輝きは紛れも無く、そびえたつ巨大な三つの丘を真っ二つに斬り裂いた魔剣のモノ。フェルグスと戦友として共に戦場を潜り抜けたあのクー・フーリンが見間違うはずがない。

 だからこそ、ランサーは激昂する。何故見知らぬ輩がその剣を持っており、剰え遠慮なく砕いた(・・・・・・・)のか。偽物とはいえ戦友の得物で攻撃された挙句自爆させられたのだ。激怒しないはずがない。

 

「ああ、そう言う事か。安心してくれたまえ、アレは本物では無く私が作ったただの贋作だ」

「そういう問題じゃねぇ……! テメェ何者だ! どう見てもケルト出身って面はしてねぇだろうに、何処でその剣を手に入れたァッ……!」

「質問が多いぞランサー。聞きたければ、力づくで聞いてみればどうだ? そちらの方が君としては有り難いだろう?」

「――――ぶっ殺す」

 

 ランサーから放たれる野獣の如き濃密な殺気。狂戦士にもにた風貌で、ランサーは呪槍片手にエミヤへと歩を進めていく。これでランサーの注意はアルトリアから無事逸れることとなった。エミヤ渾身のニヒルな笑いが炸裂したおかげだ。

 代わりに今のクー・フーリンは本当にバーサーカー化しかけないほど気を立たせているが。

 もう令呪でも使わない限り止められない。

 

「……貴方は、一体?」

「何、通りすがりの正義の味方だ。君は気にせず自分の事に集中してくれたまえ」

「はぁ……?」

 

 状況が飲み込めなかったアルトリアだが、とりあえず邪魔なランサーを引きつけてくれるならばそれでいいと視線を逸らした。

 彼女としてはランサーは他のサーヴァントを引き付けるための餌に過ぎない。そのために右腕を犠牲にしたのは少々痛いが、数々の戦場を潜り抜けた騎士王が片手を失った程度で雑兵になり下がるわけがない。

 

 その風格、その威圧、その闘気――――一切の衰えは無く、希薄だけならば全盛期並みに達している。

 

 人間の極地に存在している円卓の騎士にとっても、今の彼女は『強敵』に相違ないだろう。

 

 

「――――ですが、ただ剣を交えるだけでは味気ないですね。……ああ、ではあの鉄の鳥を借りましょうか。あれならばきっと極限の戦いを繰り広げることができる……!」

 

 

 そう、ただの戦いでは駄目だ。

 かつての理想を捨てるには限界まで追い詰められなくてはならない。無数の剣が身体に突き立つように、四肢をもがれ竜の炎で焼かれるように、星の極光が目の前に迫るように。全てを賭して戦い、負ける必要がある。ならば普通の戦いなどでは駄目だ。全てを使い切るには、全てを使う戦いでは無くては。

 

 ならば空を飛び回る鉄の鳥を使おう。空を華麗に飛び回るあれを駆るならば、さぞかし手ごたえのある死闘ができそうだ。――――中々に頭のネジがぶっ飛んだ思考でアルトリアは魔力のジェットでビルを駆け上がり、空へと飛んでいく。

 

 ……鉄の鳥(戦闘機)の搭乗員への気遣いは何処にあるのだろうか。

 

「行きますよモードレッド!」

「おう! ――――……ん?」

 

 それを真似て二人もビルを駆け上がり空へと出ようとしたが、モードレッドはある影を視界の端に捉える。

 

 雷撃を飛ばしながらこちらへと猛進してくる二匹の牡牛に巨大な戦車を。

 

「――――AAAAAAALaLaLaLaLaLaie!!!」

 

 ライダーだった。何のつもりかは知らないがこちらへ突っ込んできている。このままでは二人とも戦車に撥ね飛ばされて致命傷を負うだろう。

 そこからのモードレッドの行動は素早い物だった。

 

「ッ――――ぶっ飛べランスロ!!」

「はっ? ――――ウボァ!?」

 

 そう認識した瞬間モードレッドはランスロットの背中を蹴り上げて強引に空へと叩き上げ、自分を地へと落とした。直後、紙一重で無数の雷電が両者の間を暴風と共に過ぎ去っていく。

 モードレッドの蹴りによってランスロットはビルの屋上にたどり着いた。しかし反対にモードレッドは地表へと逆戻りしてしまっている。もう一度昇るのは簡単だが、そうすると空飛ぶ戦車に乗ったライダーが妨害してくるだろう。

 

 思わずモードレッドは大きく舌打ちした。肝心な時に邪魔が入ってしまうとは――――

 

「ライダー、外れたぞ!」

「わかっておるわい、坊主。セイバー相手にあんな雑な攻撃、最初から当たるとは思っておらん。だが、だからこそ燃え滾るわい!」

「あーもうっ、せめて最初の攻撃で一人は落とせたのに……」

 

 よく見ればライダーのマスターもまた同乗していた。こんなサーヴァントの混戦が起こっている場所によくも生身で来れた物である。それは仕方なくという諦めからか、それとも己のサーヴァントが絶対に勝利するという一種の確信を持っているかは定かでは無い。

 

 だがモードレッドとしては好機。マスターが表に出ているならばライダーの動きもいくらか制限されるという物。マスターを直接狙うつもりはないが、相手が動きのパターンを狭めてくれるというなら好都合。

 

「テメェ、ライダー! 俺の邪魔をすんじゃねぇ!!」

「ほほう。アレを避けるとは大した奴よ。それに免じてこの場を引いてもいいが、そうするとお前さんはアヴェンジャーのところに向かうのだろう?」

「……それがどうした」

「余はあの小娘に少々申し訳ない事をしてしまったのでな。これは余なりの謝罪だ。セイバー、貴様を此処で足止めして見せよう。何、この征服王イスカンダル、貴様の相手にとって不足は無い」

「んのクソがッ……いっつもいっつも変なタイミングで現れやがって! ぶっ飛ばしてやる!」

「それでこそだ、セイバー!」

 

 豪快な笑みを浮かべてライダーはそう答えた。

 既に交渉の余地は無い。後に残るはどちらが勝つか負けるかの現実。消して覆しようのない戦場の鉄則がふたりのなかで花火を散らせる。

 

「距離を取れライダー! 射程外から一気に押し込むぞ!」

「了解だ坊主!」

 

 青い雷電を散らしながら、イスカンダルは腰に差した佩刀『キュプリオトの剣』を抜き放ちモードレッドから大きく距離を取り始める。恐らく宝具である『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』を発動するつもりだろうか。ならばモードレッドは正面から迎え撃つまでと、王剣クラレントを静かに構え直す。

 

 今ぶつかろうとしている二人を見て、ビルの屋上に居るランスロットは急いで援護に向かおうとする。しかし彼は見た。モードレッドの決意に満ちた目を。『さっさと行け』というメッセージは確かにランスロットへと届いた。

 任せたのだ、己の父を。本心では今にも自分が向かいたいと思っているはず。だが彼女は自覚している。自分では『凶星(アルトリア)』に届かないと。ならば任せるしかないだろう。

 

 円卓最強の名を翳す黒騎士(ランスロット)に。

 

「……承りました、モードレッド。全身全霊を以て――――王の理想を打ち砕きましょう!」

 

 ランスロットもまた決意に満ちた形相を作り、燃え滾る怒りを胸にその身を風に乗せる。

 

 空に浮かぶ鉄の鳥を『借りる』ために。

 

 

 

 銀の王剣の切っ先をライダーに向けながら、モードレッドは小さくため息を吐いた。

 

 本音を言えば自分が向かいたかった。だけど自身の力不足は誰よりも自分がよく理解している。長らくあの人(アルフェリア)に鍛え上げられたアルトリアの強さは、高々数年程度しか経験を積んでこなかった自分では届かない。後を任せたランスロットも近接戦「だけ」ならアルトリアに勝っているだろうが――――総合力ならば負けている。

 勝てる確率は三割程度か。二人掛ならもう少し勝機はあったが、ライダーが分断させてくる以上それは叶わぬ望みと言う奴だ。可能性としてはさっさとライダーを撃退して合流することぐらいか。

 

 が、仮にも英霊。征服王とまで謳われた英傑が一筋縄で葬れるとは思っていない。

 短期決着を望むなら、此方も相応の犠牲を覚悟しなければならない。

 

「――――ハッ、それがどうした……!」

 

 覚悟などとっくの前にできている。

 ならば、自分がすることはただ一つ。目の前の敵を一秒でも早く葬ること。

 

 風を切りながらライダーが戦車を駆り突貫してくる。その存在からモードレッドは一瞬たりとも目を逸らさない。

 

 剣を構える。己の切り札を繰り出すために。

 

 

「――――見るがいいセイバー。今から貴様に見せるのは我が王道、我が人生、我が物語! 共に同じ夢を目指して散った朋友たちは、今、余の呼びかけに応じて此処に集う! 彼方にこそ栄えあり(ト・フェロティモ)……いざ行かん、万里の彼方まで!!」

 

 

 しかし切り札を切るのはライダーとて同じだった。彼を中心に膨大な魔力の奔流が巻き起こる。

 空間が軋む。まるで何かに侵食されていく(・・・・・・・・)ように。

 

 

「見よ、我が無双の軍勢を! その肉体は既に滅びた。しかしその絆と夢、紡がれし伝説は悠久の時を越えてもなお不滅! 時空を超え、此処に顕現するは伝説の勇者たち!」

 

 

 叫び声に応じて逆巻く風はより一層勢いを増す。条理ならざる理は熱風を巻きよせ、ついに現実を侵食した。

 現実ならばここは巨大ビル群に囲まれた場所。夜空を包む闇と一筋の月光が差す夜の世界。――――そのはずだった。

 

 だが今は違う。

 

 照りつける灼熱の太陽。晴れ渡る蒼穹の彼方。吹き荒れる砂塵に霞む地平線。コンクリートで作られたビルなど影も形も存在していない。まるで夢だったかのように。

 

 これこそライダーの最強の切り札にして魔術の奥義、固有結界。

 

 その名を――――

 

 

「括目せよ!! 我が友との絆の結晶――――『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』をォォォッ!!!」

 

 

 ライダーの切り札、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』。晴れ渡る蒼穹に熱風吹き抜ける広大な荒野と大砂漠と、生前率いた近衛兵団を独立サーヴァントとして連続召喚し、全てを蹂躙する征服王の歩んできた生涯の結晶その物。

 

 固有結界とは本来魔術の最奥に存在する秘技。そして、ライダーは魔術師ではない。が、彼は仲間たち全員で心象風景を共有し、全員で術を維持するため固有結界の展開が可能となっている。即ち征服王イスカンダルにしか許されない大結界。同じ夢を目指した友を呼び寄せ、蹂躙制覇を此処に成し遂げる。

 

「すごい……」

 

 その圧倒的迫力に、ウェイバーは思わずそう漏らした。

 

 固有結界を展開したことでは無い。数万もの人間がこのように心象風景を共有したことであり、そしてそれを実現して見せた征服王イスカンダルの手腕を。カリスマを。人徳を。

 漢の姿を。

 

「ぬはははははは! さぁ見よ我が友らよ! 目の前に居るのは彼の円卓に座する赤雷の騎士! 相手にとって不足は無し! ならば制覇するのが道理であろう、あの強敵を!」

『然り! 然り! 然り!』

「そうとも! 皆の者、蹂躙せよ! 往くぞ往くぞ往くぞ往くぞぉぉぉぉぉぉおぉおおお――――――――ッ!!!」

 

 

『AAAAAAAAAAALaLaLaLaLaLaLaie!!!!』

 

 

 容赦なく躊躇なく下されるライダーの号令。そしてそれに応える天地が震える鬨の声。かつてアジアを東西に横断した無敵の軍勢の雄叫びが、この場全てを震撼させた。

 

 その遥か向こうでただ一人佇む紅白の鎧纏いし一人の騎士は動かない。

 

 戦いを捨てているわけでは無い。その眼に在る闘志は未だ健在。否、軍勢を前にした時より轟々と燃え上がっている。全身からは竜の心臓により生産された魔力が漏れ始め、その両手に握る銀の王剣は内部で増幅された魔力を荒れ狂う暴風の様に赤い雷撃と共に噴き出す。

 

「――――俺は、お前を握るにふさわしくないかもしれねぇ」

 

 収束された魔力は赤雷となって刀身を包み、空を穿つように延びた。その勢いは止まらない。普段なら既に止まっているはずの魔力の放出は通常値をはるかに超えても尚止まる気配は存在しない。

 限界を、越えている。

 

「――――けど、そんな俺にも譲れないモンはある。だから、さ……お前の全力、此処で見せてみろ! クラレントォ!!」

 

 ミシリと、モードレッドの全身から異音が立ち始めた。肉体が既に臨界点を突破し、限界を迎え始めている。骨は軋み、筋肉は裂かれ、それでも彼女は止まらない。止まれない。譲れない物がそこにあるのだから。

 眼前に迫るアレは、彼女の中の『王の理想像』とは真逆に存在する者だ。ああ、確かにそんな王もいるだろう。国の安寧では無く国民と共に夢を目指す。理想では無く夢を貫く。それも王という物の一つ。

 

 だけど。

 

 だとしても。

 

 モードレッドは目の前の存在を認めない。

 かつて認めた存在は理想に折れて地に墜ちた。だけどまだ空へ上がれる。なら、目の前の『王』を討ち、堕ちた星を空へと帰す。自分にできることは、ただそれだけなのだから――――

 

「…………故に、そのためならばこの体を捨てること厭わず」

 

 限界突破。クラレントのリミッターを解除し、肉体への負担を考慮せず放つ絶大な一撃。生前は生きるための理由があったが故に使う事は無かったが、今ならばできる。

 自分の全てを出し切ることが。

 

「薙ぎ払え王の剣。永久に潰えぬ王の威光を、その身を以て此処に示せ――――!!」

 

 空まで伸びる赤雷の剣を振りかぶる。

 迫り来る眼前の軍勢を全て残らず蹴散らすために。

 

 そして――――王剣の一撃は払われた。

 

 

 

「――――『悠久に掲げ燦然なる王輝(クラレント・リミテッドオーバー)』ァァァァァァアアアァアアァァアッッ!!!」

 

 

 

 真横に薙がれた一条の紅雷。地平線の彼方まで伸びる一撃は灼熱の砂漠を焼き尽くすように撫で、その上で迫り来る軍勢を蟻を蹴散らすがごとく薙ぎ払った。数万の人間が飴細工のように融けて吹き飛んでいく様は安間の一言だ。

 

 ――――しかしライダーだけはその一撃から逃れていた。

 

 空を駆ける二匹の牡牛が雷撃の射程外、上空へと逃れたが故に可能な回避。もしライダーが乗っていたのが『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』ではなく馬の神と謳われるブケファラスであったのならば彼は臣下共々消し飛んでこの聖杯戦争から脱落していた。

 

 そして今、彼は生き伸びたうえでモードレッドの間近に至ることができている。距離にして約三〇〇メートル。ライダーの駆る戦車ならばその距離を詰めるのに一秒すら必要としない。円卓の騎士であるモードレッドでも二頭の飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)の体当たりを正面から喰らえばどうなるかは想像に難くない。

 

 モードレッドは大ぶりの一撃を放った。普通ならば反撃は不可能。勝負は決まった。

 

 

 

 ――――繰り出したのが普通の攻撃ならば(・・・・・・・・)

 

 

 

「アァァァアアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」

「なぬ――――ッ!?」

 

 剣を振り抜いたはずのモードレッドはその勢いを殺さずそのまま体を回転させる。よく見れば彼女の剣から噴き出でている赤雷はその勢いを今だ静めていない。

 

 そう――――攻撃はまだ続いている。

 

「ライダー! 令呪を以て命ずる!」

「――――チェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエストォォォォォオオオッッ!!!」

「僕を連れてこの固有結界から退避しろォッ!!」

 

 体を回転させて放つ全力の唐竹割。縦に振り抜かれた王剣は、切っ先から伸びる雷撃で灼熱の太陽に照らされた蒼穹の空を引き裂く。

 

 膨大な魔力を雷撃に変換しての十字を描く大斬撃(・・・・・・・・)。一点集中と真横への放射を兼ね備えた捨て身の奥義は彼の無双軍団を文字通り消滅させて見せた。

 その発生源であるライダーは、吹き飛ばす前に令呪を使って撤退されてしまったが。

 

「っ、はぁ……はぁっ…………チクショー、逃げられたか。まぁ生きてるだけなんぼだけどな……。ははっ、少し無理し過ぎちまったか……?」

 

 ライダーとその臣下たちによって維持されていた固有結界はその魔力源を失ったことにより崩壊し、周囲の景色は見事元通りとなる。先程と全く変わらない月下の新都だ。燦々と太陽に照らされた砂漠も、地平線まで広がる青い空ももう消えた。

 後に残ったのは魔力の過剰生産と多量消費により困憊状態に陥っている小娘一人だけ。

 

「――――ったく。このタイミングで召喚か。キッツイなぁ……。ま、もう一仕事、がんばってみますか」

 

 その小娘(モードレッド)も十数秒後、何かに呼ばれたように空間から姿を消した。気配遮断や光学迷彩の類では無く空間転移。令呪による強制召喚だろう。今頃彼女は己のマスターの元に居るはずだ。

 

 これにてライダーとセイバーの戦いは終了する。

 周りに被害こそなかったが、間違いなく互いに全てを賭けた死闘であったのは、確かだった。

 

 

 

「あっちゃあー……しくじったかぁ」

 

 さも心底悔しそうな声で、どうにか生き残ったライダーはそう呟いた。自分のマスターを小荷物でも持つように抱えながら、近くの信号機に鉄棒の様にぶら下がっていたのである。見たところ、怪我らしい怪我はない。小さいやけどの跡は無数に見受けられるが。

 

「……負けちゃったか」

「おう。まさかあの攻撃に続きがあるとは余も予想できなかったわい。しかし、それ即ちこのイスカンダルの予想を超える一撃。ならば『敵ながら天晴』と称賛するしかあるまい」

「確かにあの攻撃は予想外だったけどさ。……悔しいなぁ」

 

 ウェイバーもまた悔しそうな声を漏らす。あの時、二人は勝利を確信していた。だからこそその次に起こった現象に驚愕し――――それでもウェイバーは咄嗟の判断で逃亡することに成功したのだ。令呪という貴重なブースターを犠牲に。

 しかし命あっての物種というヤツだ。死んだら元も子もない。

 

 が、犠牲になったのは令呪だけでは無い。ライダーの宝具である二頭の神牛と巨大な戦車は、あの赤雷に呑み込まれて塵も残らず消滅した。Aランクオーバーの対軍宝具の一撃だ。残る方がおかしい。

 九死に一生を得た二人であったが、主力兵器が犠牲になった以上戦力の低下は免れないだろう。

 

 それでもウェイバーは己のサーヴァントがそう簡単に仕留められるわけがないと信じている。

 ライダーもその意を汲んだのか、いつも通りの笑みをウェイバーに見せた。何事も前向きに、ということかもしれない。

 

 そんな二人は戦いの余韻に浸り――――ウェイバーの方が先にあること(・・・・)に気付いた。

 割と由々しき事態に。

 

「な、なぁライダー。僕たち、どうやって家に帰るんだ?」

「そんなもん『タクシー』とやらを使えばいいだろう」

「確かに運転士が居ればそれもできたさ。だけど、さ――――この場の全員ランサーの魔術でぐっすり眠ってるよ! 誰が運転してくれるのさ!? ていうか僕、今財布無いんだけど!?」

「何故だ?」

「戦車に乗ってるときに無くさないようにだよ……」

「う~ん……なら歩いて帰るしかあるまい?」

「…………だよなぁ」

 

 これから歩くであろう長い道のりを想像しながら、ウェイバーの深いため息が新都の静寂に響いた。

 

 

 

 

 

 一方、その場所からかなり離れたビル群の屋上にて青と赤の影が交錯し合っていた。

 言わずもがな。守護者として召喚された錬鉄の英霊エミヤとランサーもとい、ケルト神話に名を残す大英雄クー・フーリンの戦いだ。

 

 エミヤは弓で、ランサーは槍で。しかしランサーの持つ矢避けの加護のせいかエミヤの弓は全くと言っていいほど当たらない。本人の素のスペックもあってか、攻撃の届かないエミヤは後退しながらの戦いを強いられてしまっている。

 

 一方のランサーは飛んでくる屋の爆発などに足止めされながらも着実にその距離を詰めていた。第五次聖杯戦争(あり得た正史)と比べて彼のスペックは倍近くに跳ね上がっているのだ。近接戦など挑んでみろ。即座にその身は紅い呪槍で貫かれるだろう。

 

「全く、平行世界でも君と戦う羽目になるとはな。ここまで来ると奇妙な縁を感じるな、ランサー」

「はぁ? なに訳のわからんこと抜かしてやがんだテメェ」

「何、この世界の君とは関係の無い話だ。――――だが相変わらず油断が許される相手ではない様だ。流石は大英雄といった所か」

「ハッ、ホント、ムカつくぜテメェ! 人を小馬鹿にしたような口調でよォッ!」

 

 ランサーが飛んできた異形の矢を弾き飛ばす。黒に染まった刺々しい一矢は呪槍の一撃を腹に叩き込まれて空高くに吹き飛んだ。――――直後、その鏃はランサーに向き直ることとなる。

 

「な――――」

「噛みつけ、『赤原猟犬(フルンディング)』!」

 

 放たれた矢はエミヤの投影で作り出した、北欧の英雄の振るいし魔剣フルンディング。一度狙った獲物は死ぬまで追いかけ続けるその姿は正しく猟犬。黒い矢は紅く光りながら獲物(ランサー)へと再度飛来する。

 

「――――しゃらくせぇッ!!」

 

 それに対しランサーは超速の蹴りを叩き込んだ。筋力B+から繰り出される大砲染みた一撃は魔剣の矢を容易く破壊する。何たる怪力か。大英雄の称号は伊達では無い。

 

「ったくよォ、さっきからチマチマと攻撃しやがって。それでも貴様英霊か!」

「いや、神代に近い時代で生きた化物()と一緒にして貰いたくはないのだが。まぁ、私の様に遠くから攻撃することしか能の無い英霊もいるという事だよ、ランサー」

「……そうかい。了解した。近づく気はさらさらないってことだな。ハッハッハ――――ならテメェの遠距離戦(得意分野)に合わせてやるよ。感謝しな」

「ッ――――」

 

 ぶわり、とランサーの纏う空気が震えた。ただならぬ圧力がエミヤの全身を圧迫する。

 しかし既に経験済みであるエミヤに隙は無かった。故に彼は彼らしく、自分の最も得意とする防御策を繰り出すだけだ。過去に一度止めた一撃。なら、防げぬ道理はない――――!

 

「オォォォオオォォオォオオオオオッ!!!」

 

 飛び上がるランサー。投擲する姿勢を終えた手には紅い呪いを纏う一本の槍。血を浴びたように、炎であぶられたように赤色に禍々しく光る槍は、その切っ先ではるか遠くのエミヤの姿を捉える。

 ボゴン。そんな異音がランサーの右腕から響いた。ルーン魔術による筋力強化。瞬間的にAランクすら凌駕する筋力で、ランサーは全力を以て眼前の敵を葬り去る。

 

 

「逝っちまいな――――『抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)』ゥゥゥゥゥッ!!!」

 

 

 自らの肉体を崩壊させるほどの投擲。限界を越えて放たれた紅い槍は担い手の激痛を対価に、満ちる殺意を以て錬鉄の英霊へと飛翔する。直撃すれば命は無い。

 

 故に、防ぐ。

 

 

I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)――――『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』ッ!!」

 

 

 呪言と共に現れる七つの花弁と光の盾。エミヤの持つ最強の防御宝具がここに現れた。

 

 ギリシャ神話にてトロイの英雄ヘクトールの一投を防いだと云われるこの宝具。その逸話ゆえに投擲宝具に対しては無類の硬さを誇る。ならば投擲であるランサーの一撃は容易く防がれる――――わけもなかった。

 

 一枚目。紙の様に貫かれた。

 二枚目。一秒すら持たなかった。

 三枚目。一瞬で破砕した。

 四枚目。既に言わずともわかるだろう。

 五枚目。数舜で爆砕。

 六枚目。数秒拮抗したが貫かれる。

 

 気づけば残り一枚だ。エミヤは正直舐めていた。あの大英雄の一投を。過去にたった一度だけ防ぐことができたが故に、心のどこかで慢心していた。だが投影に手は抜かなかった。完璧な造りだと断言しよう。――――しかしクー・フーリンはそれをいとも容易く越えてみせた。

 

 ――――ミシリ。

 

 最後の七枚目に亀裂が走る。そして槍の勢いは未だ殺せない。

 

「――――まさか、ここまで追い詰められるとはな。しかし、まだだ。まだ終わらん!」

「っ、野郎……!」

 

 突き出した右腕を左手で押さえながら、エミヤは自嘲気味に呟く。

 だが、まだ諦めていない。譲れぬ意地がある以上、何が何でも此処は耐えて見せると彼は自身に誓う。大英雄の全力を止めて見せると。

 

 

 

「ッォォオオオォォォオオオオォォオオオォアアアアァァァアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 

 ――――ついに、最後の七枚目が割れた。

 

 盾を突き破った槍はその勢いを消していた。エミヤの最後の尽力によって、どうにか槍は止められたのだ。防ぎ切れなかった衝撃波はエミヤの右腕をズタズタに捻じり折っていったが。

 

 だが問題はソレでは無い。

 ランサーの一撃を受けて割れた光の盾は内包していた魔力を一気に周囲へと放出する。抑止力のバックアップにより無制限の魔力供給を受けていたエミヤの渾身の一作。――――それが一気に解放されたりしたら一体どんな現象が起こるだろうか?

 

 答えは簡単。

 

 

 大爆発、である。

 

 

「んな、テメェェェェエッ!!」

「――――フッ、決着はお預けと言う奴だ。ランサー」

 

 

 高層ビルの屋上が光に包まれる。

 桜色の大爆発は、華やかに夜空を照らしたのであった。

 

 

 

 

 




いやぁ、濃い回でしたねぇ・・・(自画自賛)

ぶっちゃけ途中から面倒くさくなってバッサリ切り詰めました。後悔はしてない(キリッ
いや正直生死を伴わない戦闘のために一話丸々使うとか冗談抜きでダレるんですよ。折角の因縁の対決的な感じな物はこの際圧縮圧縮ゥ!しました。(∩´∀`)∩ゴメーンネッミ☆

・・・忙しすぎて折角クリア一歩手前まで来たペルソナ5をクリアできない悩みに駆られる今日この頃。時間をッ・・・!時間をくださいッ・・・!!


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第二十八話・凶鳥、舞う

あー、そのー、えーと……遅れてメンゴ☆

読者→( #`Д´)=○)゚3゚)・∵.ウボァ←筆者

いやぁ、この頃マジで忙しかったんですよ。うん。特に必要ない疲労を強いられて創作意欲&執筆意欲マイナスという記録を残したのはいい思い出でした(白目

ぶっちゃけ他の方の小説読み漁っていたせいでもあるけどね!!

それはともかく(おい)、今回のハロウィンイベントは色々とネタだらけだったね。

フォウさん「やっぱりお腹だよお腹」
ヒトヅマニア一号「違う!私は人妻好きではない!・・・あ、そこのお嬢さん、どうやらお困りの様ですg(無言のロード・キャメロット)」
ヒトヅマニア二号「私は高く飛ぶ(I can fly)。(弓の衝撃で空を飛びながら)」
すまないさん「すまない・・・突然空に浮かび上がって本当にすまない・・・」
ヤンデレ三人組「「「溶岩遊泳余裕でした」」」

うーん、濃いなぁ・・・(遠い目)

追記

ランスロットの描写にミスが見受けられたので修正しました。


 深い闇を潜り抜けて、私の意識は覚醒する。

 景色は歪み、空気は赤熱し、焼かれた地面は赤みを帯びて上昇気流を発生される。空間ごと斬り裂かれ、同時に超規模の熱量によって焼かれた影響は想像以上にこの場の環境を蝕んでいた。

 

 あの緑生い茂っていたアインツベルンの森は、すでにその面影は無く。

 もう人の住めない焦土へと変わった大地獄の中で、私と言う人間はまだ形を残していた。

 

「く、はぁっ――――」

 

 しかし無事では無い。無茶な主従融合の反動で心臓の鼓動がおかしなほどに不安定になっている。まるで壊れたメトロノームの様に不規則な音色を刻み、確実に体へと苦しみを与えている。

 

「はぁ、っ……なん、とか、生きてはいるね…………」

 

 それでも生きている。神剣と乖離剣の余波により体中傷だらけで、神剣の一撃を放った反動で左腕が折れても、しぶとく我が身は生き延びていた。限定的に異界化した環境下でもまだ呼吸ができているのは、ひとえに鍛錬とこの身に融合した相棒(ハク)の加護のおかげだ。

 

 ……それも長く続きそうにはないが。

 

 急いでこの場を離れて体の治療に専念せねば、自身の存在を現世に留めている霊核の損傷は酷くなる一方だろう。恐らく今の私はどんな宝具であろうが真名解放するだけで命が危うくなる危険な状態。一刻でも早く応急処置を施さねば。

 

「英雄王は……っ、探す暇はないか」

 

 生きているかどうかはわからないが、せめて死亡の確認ぐらいはしておきたかった。

 時間と傷の状態に余裕があれば問題無く実行していただろうが、残念ながらそれはできない。生死確認をするつもりで自分の死を確定させるなど皮肉が過ぎる。

 せめて「しばらく大人しくしていますように」と祈っておく他ないだろう。自分が『コレ』なのだ、あの男も無事で済んではおるまい。

 

「――――待っててね、皆。もうすぐ、行くから…………!」

 

 折れた左腕を抑え、血の溢れる両足で体を支えながら私は明りの灯る新都の方向へと歩み出す。

 己を待っているであろう存在へと、少しずつ近づいて行く。それが、今の私にできる精一杯の行動であった。

 

 

 

 

 一方、ほぼ反対方向へと吹き飛ばされた英雄王も同時刻に意識を取り戻していた。

 紅蓮の地獄の上で焼かれながら、黄金の王は高らかに笑う。森の焼ける臭いや身を蝕む異界すら無視して、彼はただ月下で笑った。

 

 引き分けたのか、と。

 

「ふ、ははっ……フハハハハハハハハハハハハハハッ!! この我が慢心せず挑んでなおこの様とはな! 素晴らしい、まるであの時の様ではないか……!!」

 

 おもちゃを見つけた幼児の様に、英雄王は独り輝く笑みを振りまく。久しく忘れていた高揚。かつて出会った親友(エルキドゥ)と出会い三日三晩――――否、それ以上の時間を不休不眠で戦い続けた瞬間の如き高ぶり。もう感じることは無いと断じていた感情が湧き上がり、ギルガメッシュは天にも昇る気持ちで大の字に寝たまま月を見上げる。

 

「――――良い、良いぞ。此度の闘争、真に心躍る物であった。この我が最大の賛辞を贈ろう。キャスターよ、可能ならば全盛期の貴様と相見えたいものだな」

 

 劣化版(サーヴァント)でコレなのだ。全盛期(生前)はどれほどの者だったのか、全く想像がつかない。

 もしや『星を斬り裂いた』という偉業、本物なのではないか? ならば是非とも見せてもらいたいものだな、とギルガメッシュは笑みを崩さないまま上体を起こす。

 

 改めて周囲を見渡せば、そこは地獄といっても差し支えない惨状が広がっている。事実、乖離剣と神剣の一撃が衝突した余波(・・)で焼かれたのだから無理も無い。二つの極撃が地球に直撃して居たら隕石衝突や火山噴火が可愛く見える被害が冬木市どころか日本含めたアジア諸国を襲っていただろうが。

 

「さて、そろそろ時臣めの契約を断つ時か。――――チッ、此処では『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』が使えん。我も一度ここから離れた方が良いか」

 

 周囲の空間が異界化・断裂しているせいで空間系の宝具の一切が無効化されている。正しくは『展開しても出入り口が歪み過ぎて碌に使えない』と言う物だが。

 何にせよ使えないのは揺るぎない現実。流石の英雄王も消滅寸前のダメージを負い、尚且つ宝具を使用不可になっていては不味い。直ぐに此処を離れるべき――――そう思考した瞬間、彼の感覚が『異物』の存在を感知する。

 

「――――?」

 

 それを確かめるべく振り向いてみれば、ギルガメッシュの視界の中に神父服を着た一人の男が移り込む。

 

 面に浮かんでいるその顔、何処までも感情が無く。

 双眸はまるで虚空の如き深い闇が広がっており。

 

 だが―――英雄王の目は確かにそのうちに眠る醜悪さを理解し、思わず顔を顰めてしまった。

 

「貴様……何だ?」

「お初にお目にかかります英雄王。我が名は言峰綺礼。今は時臣師の弟子という立場を持って、御身を補佐する役目を負っている身であります」

「時臣めの? ああ、確かに一人マスターの協力者がいると言っていたな。それが貴様というわけか」

「全く以てその通りでございます。どうかお見知りおきを」

「――――おい貴様、誰の命を持ってここに居る」

「それは時臣師の――――」

 

 その言葉でギルガメッシュの視線がより一層鋭く、そして冷たくなる。

 この期に及んでこびへつらおうとしている時臣に失望して? 違う。断じて違う。虚言を息を吐く様に呟く言峰綺礼を心の底から嫌悪しているのだ。

 そもそも、異界化しているこの場に生身で入り込んでくるなど時臣の補助があってもできるわけがない。

 恐らくもっと強大で悪質な何かが後ろに着いているのは間違いない、と英雄王は瞬時に読み取る。

 

 同時に理解する。言峰綺礼という人間の本質を。

 

「……何ともふざけた人間よ。他者の幸せを幸せと感じることができず、忌み嫌う物を慈しむ破綻者か」

「ほう……流石は英雄王。私の本質を一瞬で理解するとは」

「この我を誰だと心得ている。王の中の王である英雄王だと理解してなおその口ぶり、死ぬ覚悟はできているのだろうな?」

「…………クククハハハハハハ!! 何とも滑稽な様だ。これが人類最古の英雄とは、人と言う物は実に難しい」

「――――貴様ァ………!」

「ふむ、わからないのですか英雄王。――――私の行動は既に終わっているのですよ」

「何を――――」

 

 言っている。

 

 最後まで言い切ることなく、英雄王の言葉は断たれてしまう。

 彼の両足を蝕む異質な感覚によって。

 

 弾かれる様にギルガメッシュが視線を真下へ向ければ、そこには黒くよどんだ悍ましいナニカが自身の足元を覆っている光景が見えた。

 

 それは、この世の全ての『悪』を練り固めて溶かし込んだような泥。

 水銀の様に光沢を帯びた地上の物質とは思えないソレは確実に、着実に、ギルガメッシュという存在を構成するエーテルを侵食している。もう手遅れなほどに。

 

「なッ……!?」

 

 食っていた。変質させるのではなく、捕食。歪ませることができない故に、泥は英雄王という存在を食らい続ける。糧にし、いずれ訪れる災厄を解放するための生贄として――――

 

「貴ッ様ァ! よもやそこま、ガッ――――!!?!?!?!」

 

 それでもまだ上半身には届いていない。ならば幾らでもやりようはあると抵抗を始めようとしたギルガメッシュであったが――――その背中に人の手が生えたことで英雄王の動きは止まった。

 

 貫手。

 

 言峰綺礼の手刀がものの見事にギルガメッシュの胸を貫いている。

 

 ただの手刀ではあり得なかっただろうその現象。どうして現実に起こっているか。答えは簡単だ。残った一画の令呪による身体能力の増加。膨大な魔力を爆発的な身体強化に使う事で言峰綺礼の手は英雄王の強靭な――――瀕死寸前の手傷を負っているとはいえ――――肉体を貫いたのだった。

 

 もし『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』が使えていれば、綺礼はとっくの前に串刺しになっていただろう。だが使えない。周囲の環境が余りにも異質すぎるせいで展開することができなくなっている。

 

 つまり、英雄王にとっての二度目の死闘は意図せず彼の死因となってしまったのだ。

 

 綺礼も残り一画の令呪を使用してしまった事でアサシンとの契約が消えてしまったが、用済みの駒はもう必要無い。彼に取って既にアサシンはどうでもいい存在と化しているが故に躊躇なく令呪の消費を行えた。

 

「ガッ、フ――――」

「さらばだ英雄王。安心して、私の望みの礎になるがいい。――――せめてその魂に救いがあらんことを祈っているぞ、ギルガメッシュ」

「キ、サマ――――」

 

 最後の最後に強烈な皮肉を飛ばした綺礼。当然、英雄王の魂は聖杯によって消費される。救いなど訪れるわけがない。本質を知っていても尚その台詞、嫌味にしか聞こえないのは気のせいでは無い。

 英雄王は憤怒の声を上げることもまともにできず、躊躇なく綺礼の腕は抜かれ、その直後英雄王の全身は泥の中に呑み込まれた。

 

 聖杯戦争初の脱落者が発生した瞬間であった。

 

 最も優勝候補に近いサーヴァントが一番目に脱落するとは、何の因果か。

 

 

 

 言峰綺礼は地獄の中で静かに笑う。

 ただこの光景を「美しい」と想い、邪気塗れの童子は不気味な笑みを浮かべた。

 壊れた人形のように。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 遥か彼方、鳥すら飛ばぬ高高度の雲の中をデジタル暗号化された無線波で互いに囁きを交わす声があった。

 空を裂いて飛ぶは鉄で出来た大鷲(イーグル)。領域哨戒中のF15戦闘機に乗っている仰木一等空尉はヘッドホンから聞こえる声に耳を傾ける。

 

『コントロールよりディアボロⅠ、応答せよ』

「こちらディアボロⅠ、感度良好。何事だ?」

『冬木市警察より災害派遣要請。直ちに哨戒任務を中断し、急行されたし』

 

 災害派遣? ――――通信越しに聞こえるその声に、仰木は己が耳を疑った。

 ヘリや哨戒機ならともかく、『戦闘機』を呼び戻す災害とは一体どういうことなのか。まさか隕石でも墜ちたのではあるまいな、苦笑しながら仰木は問いかけた。

 

「コントロール、指令内容を明確にしろ。何がどうなっている」

『――――隕石が落ちてきたらしい』

「は?」

 

 笑みが固まる。まさか冗談で考えていたことが的中するとは思わなかったのだろう。

 が、そこでまたもや疑問が浮かび上がる。ただの隕石でどうして戦闘機が呼ばれるのか。普通なら派遣するのは調査隊などだろう。と、いうことは。

 

『もっと不可解なのは着弾点周辺の空間が異様に歪んでおり、ついでに冬木市新都内で何かしらの爆発が多数発生している。爆破テロの可能性がある』

「はぁ……? あんな小さな街でテロ? 大方最近頻発してるガス爆発か何かだろう」

『そんな頻繁にガス漏れが起きて堪るか。ともかく急行されたし。だが下手に刺激はするな。新都上空で遠距離からの観察に留め状況を報告せよ』

「了解。ディアボロⅠ、本気はこれより新都上空からの観察にあたる。通信終了(オーバー)

 

 通信を切って、仰木は深いため息をつく。

 ただの哨戒任務だったはずが、何故か不可思議な現象の観察任務に変わってしまった。さっさと帰って久しぶりにステーキでも食べようかと考えていた矢先にこれだ。ただの杞憂ならいいのだが―――と心の中で毒づき、両機のディアボロⅡへと通信を飛ばす。

 

「ディアボロⅡ、聞いての通りだ。進路反転、引き返すぞ」

『了解。……しかし隕石とは、物騒ですね。俺たちも飛んでいる最中に何かが上から降ってくるかも』

「ははは。笑えねぇジョークはやめろ。上から何かが降ってくるのは良いとして、亜音速飛行中の戦闘機に直撃するなんてどんな確率だ」

『それもそうですね。ま、さっさと終わらせて帰りましょう。俺、美味いパインケーキ作る店知ってるんですよ』

「ならデッカイステーキにウィスキーのおまけだ」

「『ハッハッハ』」

 

 本人たちに自覚は無いようだが、この二人何故か息を吸うように死亡フラグを建てているのは気のせいだろうか。

 

 操縦者たちの心中はどうあれ、アフターバーナーの轟音は高らかに空を貫く。鉄で出来た銀翼の大鷲は、変わらぬ雄姿を背に冬木市へと飛翔していった。

 

 

 ――――そんな姿は、およそ数分後に崩れてしまったわけであるが。

 

 

 二人のイーグルライダーは遠目で見ても分かる閃光の連続に自信の正気を疑う。

 

「……なんだ、あれは」

『……風と、光?』

 

 遠方、冬木市深山町郊外の森にて輝く紅い旋風と銀色の光。空では無く地上から見ても目立ち過ぎるそれは、何も理解出来ていない二人に唯一『ヤバい』という事だけを理解させていた。荒れ狂う紅い暴風。儚げに輝く一条の光。

 それらは――――何の全長も無く衝突した。

 

 瞬間発生する莫大な衝撃波。空間そのものが揺れているのではないかと思える程のそれは飛行中のイーグル二機を意図せずも一瞬で飛行不能へと陥らせた。

 

「な――――!?」

『クッ――――ディアボロⅡ、航行不能! 機体が揺れてる……!?』

 

 エンジンや制御系統には一切問題は無かった。数キロ程離れていたが故に届いた衝撃波も比較的小さなものだったのだ。もし直撃して居れば二人は今頃木っ端みじんになり、残骸は冬木市へと降り注いでいただろう。

 

 それでも、小さな衝撃波でもF15を航行不能にさせるには十分すぎる威力を秘めていた。周囲の気流を乱され、その上機体が想定以上の振動を受けたことで機体バランスや推力が不安定になっている。このままでは墜落する。―――だがこの程度で墜ちるほど二人の腕は温くない。

 

 迅速なる判断で可能限界までバランスを維持しながら機体体勢を回復。かなりの高度を取っていたこともあって、市街地への被害は一切ない。伊達に戦闘機パイロットしていない、という事だ。

 

「くっ……ディアボロⅡ、機体の状態は?」

『は、はい。外部や内部の損傷は見当たりません。航行継続は十分に可能。――――仰木一等空尉、今のは一体』

「俺に聞くな……! コントロール! こちらディアボロⅠ、至急応援を――――」

『■■■■――――』

「クソッタレ、通信不能だ! 小林三等空尉、迅速に本部へ帰還する準備をしろ!」

『し、しかし任務は――――』

「意味不明な状況の中で任務もクソもあるか! 今俺たちがすべきなのは冬木市の現状を一秒でも早く本部に届けることで『ッ、何だ。機体の上に何か。って、人――――うわぁぁあああああああっ!!!』!? おい、ディアボロⅡ、応答しろ! 小林っ! 小林ぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

 突然僚機が通信不能になる。たださえ現状の理解ができていないのに、現実は仰木の理解を待ってはくれない。次々と意味の分からない不可解な現象が起こっている。

 何だ、これは。本当に自分が見ているのは、現実か? ――――仰木の精神状態は既に不味い領域に達している。現実逃避ならまだいい方、不定の狂気にすら達しかけない精神だがその一歩手前で彼はどうにか押しとどまっていた。

 

 脅威が見えているならば、まだ心は容易く保てた。しかし見えない脅威と言うのはゆっくりと、そして確実に心を蝕んでいく物である。感情を向ける先がないのだから、何に対して恐怖しているのかもわからなくなる。

 それでも精神が形を保てているのは、彼は自衛隊の訓練により色々と鍛えられたおかげだろう。

 

 だからと言って事態が好転するという事は無いが。

 

『コン■ロー■よりディ■■ロⅠ、応答■よ、何が■こって――――』

 

 ノイズだらけの通信。その声は既に仰木には届いていない。呼吸は肩でするほど荒くなっており、手は震えている。その中で研ぎ澄まされていく五感。現実を見失わない様に、生存本能が彼を生かすためにアドレナリンを大量に分泌する。

 だからこそ、気づいてしまう。

 機体から伝わる、自然の物では無い異風な振動を。

 

 仰木は本能のまま振り返る。そこに何があったと思う。エイリアン? UFO? UMA? 全て違う。答えは――――人だった。いや、形こそ人成れど、仰木には理解できた。

 人であって人では無い。人の身では届かぬ存在だと、仰木は茫然とその『ヒト』を見つめた。

 

「――――失礼、少しお借りしますよ」

「は? ――――って、うぉぉぉおおおおああああああああああああああああああ!?!?」

 

 戦闘機の上に立っていた黒衣の人物は、あろうことか素手でキャノピーの強化ガラスを貫いた。思わず仰木は「は?」と声を出してしまったが、次の瞬間には座席ごと空に放り投げられていた。

 

 緊急脱出(ベイルアウト)。強化ガラスを貫通した手は一瞬で緊急脱出装置を起動するレバーを引いて仰木を空へと放り出したのだった。勿論すぐさまパラシュートが展開されて事なきを得るのだが、説明も何もなく空へと放り出された仰木はポカーンと絶句し――――

 

 

「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!?!?」

 

 

 心からそう叫んだ。

 

 また、僚機のパイロットである小林も同様に空へと放り出されていたことが判明し、再会後にとりあえず泣きながら抱き合ったとかなんとか。

 

 それを見ていた人間は「誰得だよ」とか思ったらしい。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 美しかった銀の翼が一瞬にして黒く悍ましい魔力に包まれ変化する。

 禍々しく操縦者――――アルトリアの全身から霧の如く溢れ出た『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』の魔力。それは彼女の鎧を構成する宝具でもあり、攻防一体の万能宝具。そして更に、自分だけでなく乗騎にすら纏わせることができるという万能性を秘めていた。

 本来ならばラムレイかドゥン・スタリオンに纏わせ、重装兵の突進の如き突貫攻撃を行うための隠し技であったのだが、アルトリアは既成概念を全て投げ捨て魔力とイメージを紡ぎ出す。

 

 形成されるは愛馬の馬鎧(カタグラフト)。F15はその限界性能を遥か上に叩き上げ、今だけ現存する全ての戦闘機を差し押さえる最強の鉄鳥と化す。

 異形にして壮麗なフォルム。力強く、しかして繊細なジェットエンジンの駆動音は怪獣の雄叫びセイレーンの歌の様な美しさを併せ持つという二律背反を此処に実現させる。更に魔力と風を圧縮して作り出された鏃の如き機首は空前絶後の空力耐性を得て、ついに空気抵抗からも解放される。

 

 ――――良し!

 

 その存在、既に物理法則など通用せず。原形を留めぬほどに手を入れられた銀の大鷲は異形となって空の覇者となる。今のF15ならば最新鋭機であるF22すら猛禽類から小鳥同然だ。

 

 対してランスロットの手腕も負けてはいなかった。

 

 彼は自身の宝具である『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』を使ってF15を疑似的な宝具へと昇華させていく。墨汁を垂らした染みの様に、戦闘機の表面を赤黒い血管の様な模様が広がっていった。ただの鉄柱や鈍らまでもを魔剣魔槍へと変貌させるランスロットの魔力はこの最新科学の結晶たる戦闘機を瞬く間に異形へと変貌させる。

 

 やがてその機体全てをくまなく支配し終えたランスロットは伝説の竜機兵(ドラグーン)よろしく機体背部に捕まったまま加速を開始した。本来F15に搭載されていないはずの推力変更ノズルからは紫色の炎が吹きあがり、漆黒の凶鳥は同じ異形の鳥へと真っ直ぐ直進する。

 

「――――行かせてもらいます、アーサー王ッ!!!!」

 

 黒騎士の咆哮と共に火を吹くのはF15の固定装備である右翼の付根前縁に存在している装弾数940発のJM61A1機関砲。六本の砲身が高速回転しながら雨霰の如く20x102mm弾を吐き出す。宝具化されたことによりその威力は本来のソレと比べて数倍以上に跳ね上がっている。まともに受ければ無事では済まないだろう。

 

「その程度か、サー・ランスロット! そんな物では私は落とせんぞ!!」

 

 攻撃を認識した瞬間、アルトリアの駆る凶鳥は急加速。

 

 大量の魔力を燃料として繰り出された爆発的なまでの急加速は数十Gという負担を搭乗者に与えるが、そんな物彼女にとっては少し苦しい程度の物に過ぎない。彼女は瞬間的にマッハ2.5を記録しながら20x102mm弾の雨を回避し、可能な限り速度を維持しながらの急旋回という自殺行為同然の曲芸を披露して強引に機首をランスロット機へと向ける。

 

 全弾回避を果たすと同時に左右翼化のパイロンからロケットモーターの火がまき散らされる。射出された二発のスパローミサイルは返礼とばかりに異形の弾頭を向けながらランスロットの駆るF15へと襲い掛かった。

 

 それを迎撃しようとランスロットはM61A1の弾丸を叩き込むが――――ミサイルは依然無傷。

 当然だ。その弾頭は鋭く先鋭化された鎧に包まれており、余程の角度からでもなければ戦車の主砲すら往なす(・・・)だろう形状だ。いくら弾丸を浴びせようがアレでは掠り傷しかできまい。

 

 ならば、とランスロットは同じくパイロンから宝具化されたスパローミサイルを射出した。その速度流星の如し。カナード翼を歪ませながら凄まじい精度で射出されたミサイルはランスロットへと飛来してきたミサイルに着弾。爆発する。

 街を照らす爆炎。強烈な魔力が籠った26ポンドの炸薬はカラフルな炎を残して破片を散らせる。

 

 黒煙の中交錯する二機の凶鳥。すれ違ったことを確認した直後にランスロットはノズルの推力を強引に変更し、普通ならばGで全身の臓器が潰れていても可笑しくないほどの無茶苦茶なインメルマンターンで機首を巡らせる。

 

 即座に機銃掃射。赤黒く光る凶弾の雨がアルトリアの乗騎へと襲い掛かった。

 

「ッ――――」

 

 息を呑みながらも素早くバレルロールしながらの乱数回避軌道。さながら白鳥の様に優雅に、そして猛禽類の如く猛々しく空を飛ぶさまは圧巻と言う他に無かった。

 

「王よ! 一体何が貴女をそこまで追い立てる! 何故そんな無残な姿になっても尚、歩みを止めないのですか!」

「………そう、ですね」

 

 戦闘中だというのに、アルトリアの声は酷く穏やかだった。別に余裕があるわけでは無い。この戦いを軽んじているわけでもない。ただただその声には――――達観というモノが詰まっていた。

 何かを悟った。そんな声にランスロットは無意識に喉を鳴らす。

 

「――――きっと、責任から逃れたかったのでしょう」

「……逃れたかった?」

「はい。……サー・ケイも、モードレッドも、姉さんも、皆私の選択の末に命を落としました。私は恐らく、それを認めなくなかった。背負いたくなかったのです。自分のせいだと……思いたくなかった」

「……アーサー王」

 

 機首が上方を向く。二機のF15は高速で冬木の空を駆け上がり、やがて雲の中へと突入していく。

 眼下に広がったのは高高度の世界。雲の海とも呼べる幻想的な光景は月明りに照らされて、本物の海にも勝るとも劣らない神秘を放つ。

 

 だが――――それが今のアルトリアの心を満たすことは無かった。

 

「――――みんなの笑顔が見たかった」

 

 でも、最後に見たのは屍の山だった。

 

「――――穏やかで平和な国を作りたかった」

 

 そして、詰み上がったのは波乱と喧騒を孕んだ国だった。

 

「――――皆の死を、意味のある物にしたかった」

 

 だが、その死は理想を果たせなかったことで無に潰えた。

 

「――――ただ私は……皆が卓を囲んで笑顔で食事ができる、そんなありふれた光景を見たかっただけなんですよ。でも、世界はそれを許さなかった。剰え、全てを奪った。そう、全てを。……この気持ちは、一体どこに向ければいいのですか? 何年も詰み重なったこの激情を……どこで晴らせばよいのですか?」

 

 人の感情と言う物は複雑だ。単純なようでいてその性質は不可解にして怪奇。幾何学模様のように規則正しいようで、しかし怪奇現象のように理解不能。

 理想であれと願われ、清く正しく誠実な在り方を貫いていたアーサー王を復讐鬼にまで堕とした感情は常人では考えられないほどの濃密な物だ。年単位で重なり、混ざり、生まれてしまったソレは一日二日で消費できるような代物では無い。

 

 間違っているのは理解している。

 

 ――――それでも、彼女は諦められないのだ。

 

 見続けた願いを。

 

 手に届かなかった理想を。

 

 それが諦められたのならば、一体どんなに楽だっただろうか。

 

「憎いですよ。世界が。壊したいほどに」

「…………」

「だから、お願いします。ランスロット。貴方たち(・・・・)で私を、止めてください」

 

 涙が、雲海に墜ちる。

 

 誰にも見向き去れないような、そんな小さな光景は――――確かにランスロットの心を揺らした。

 涙を流して請う我が主の頼みを、一体誰が断れるというのだ。

 

「顕現せよ、『無毀なる湖光(アロンダイト)』」

 

 F15の表面を覆っていた赤黒い模様が消える。ランスロットの宝具『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』が解除されたのだ。理由はただ一つ。彼が持つ最強の宝具――――湖の乙女より授かりし剣を使うため。

 

 ランスロットは慣性だけで飛行を続けているF15の背部に左手だけでしがみ付きながら、空いた右手に愛剣である聖剣アロンダイトを具現化する。相変わらず汚れ一つない純白の剣は月光を反射していつもより美しく輝いている。

 そして担い手の魔力が乗れば、その刀身は仄かに青き輝きを帯び始めた。放たれる光は、さながら光に照らされた無垢な湖の様に透き通っている。

 

 これぞ湖の騎士が編み出した、彼の持つ対人戦最強の奥義。

 

 

「――――最果てに至れ、限界を越えよ」

 

 

 アロンダイトに掛けられた過負荷により、聖剣が内包している魔力が漏れ始める。身体能力向上に使用していた莫大な魔力が刀身の表面をコーティングし、濃密な熱量となって空を照らす。

 

 

「――――『卑王鉄槌』、極光は反転する」

 

 

 それを見たアルトリアは直感スキルに従ってインメルマンターン。強烈なGに耐えながら片手だけで機体にしがみ付き、自己修復により元通りになった方の右手に魔剣を携えながらランスロットへと真っ直ぐ突っ込む。例えるならば、チキンレース。唯一違うのは二人が乗っているのが自動車じゃなくて戦闘機であり、尚且つ両者共に身どうだに軌道を逸らすつもりが皆無だという事だ。

 

 勿論、このままでは正面衝突で綺麗に空中分解コースまっしぐらである。しかし二人は英霊。己の持つ最高の一撃をぶつける以上、そんな事実に意味はない。あるものか。

 

 

「――――王よ、この光を御覧あれ!!」

「――――光を呑め……!!」

 

 

 溢れ出す災厄の光と美麗なる湖光。凶鳥に跨る二人の剣士は広大な空の上で――――刃をぶつけた。

 

 

「――――『縛鎖全断・加重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』!!」

「――――『鏖殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)』!!」

 

 

 振り抜かれた漆黒の極光。石柱の様に太く、夜よりも黒い光は全てを飲み込みながら湖の騎士へと迫る。

 見るも悍ましいソレを前にしてもランスロットは怖気づく気配も見せず、その極光へと自身の剣をぶつけた。膨大な魔力の奔流と魔力を圧縮して作り出された光の剣はいともたやすく斬り裂いて見せる。

 

 両者の宝具のランクは共にA++。並の英霊ならば直撃すれば命は無い超級宝具であるが、同じランクである以上その威力は拮抗する物がある。が、アルトリアの『鏖殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)』は圧縮した魔力を放出する宝具。ランスロットの『縛鎖全断・加重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』は聖剣に内包された莫大な魔力を圧縮したモノ。

 同ランクである以上その威力はほぼ同じであり――――放出では無く圧縮する以上魔力の濃度はランスロットの方が上を行く。魔剣の極光を斬り裂けぬわけがなかった。

 

 ――――だが、そう簡単に事が済むはずもなく。

 

「クッ――――!!?」

 

 視界が晴れると、ランスロットの乗るF15は様々な個所が融解し、小爆発を起こしていた。ランスロットが斬り裂いたのは飽くまでも自分を呑み込む範囲の極光のみ。自身の乗るF15の全体をカバーすることは彼一人ではとてもじゃないが無理であったのだ。こればかりはリーチの問題上仕方ない事だろう。

 

 間髪入れずにアロンダイトを霧散させ『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』でF15の各部を補強するランスロットであったが、所詮は焼け石に水。完全に壊れるまでの時間を稼ぐ程度しかできない。

 とはいえ、原形をとどめているだけよく耐えたと褒めていい。魔剣の一撃を受けてまだ形を残せていたのは残留したランスロットの魔力の影響だが、それでもF15は完全な爆発まで数秒と言う時間を作ってくれた。

 そしてその数秒は、ランスロットが相手の機体に飛び乗る(・・・・・・・・・・)には十分すぎる時間である。

 

「礼を言います、未来の鳥よ。――――フッ!!」

 

 ランクA++という超人的なランスロットの敏捷は、一瞬でその身を音速の域を突破させ、真正面から突っ込んできたアルトリアの乗騎に音も無く飛び乗らせた。一瞬だけ驚愕するアルトリアであったが、竜の背中を飛び移りながら空を血の色に変えていた生前のランスロットを思い出して「出来て当然か」と小さく微笑する。

 

「行きますよ、王ッ!」

「来い、ランスロット!」

 

 己の持つ二つの宝具を封じ、ランスロットは再度『無毀なる湖光(アロンダイト)』をその手に顕現させた。穢れ無き純白の刃は担い手に迫る漆黒の凶刃をいともたやすく受け止め花火を散らす。

 

 戦闘機の背部という狭い足場の上での戦闘。並の英霊でも悪地以前の問題であるその環境の上でも、二人は平然とその手に握る剣で高速戦闘を繰り広げる。

 舞うように美しく、しかし獣の闘争の様に荒々しい。不安定な足場の上でよくもそんな戦いを続けられるものだ、と第三者が居ればその様を称えていただろう程に繊細で大胆な剣戟。互いに己の積み上げてきた経験と技量全てを持って相手を斬り伏さんと剣を振るう。

 

 そんな戦いが凡そ三十秒続けられた頃だろうか――――ついにアルトリアの剣が弾かれ、大きく跳ね上がる。決定的な隙。それを見逃すほどランスロットは甘くない。

 

「これで――――ッ!」

「まだだッ――――『その愛は恩讐の彼方に(アウェイクン・オーバーロード)』ォォォォッ…………!!」

 

 バギバギッ、何かが割れるような異音と共にアルトリアの肌を何かが侵食する。黒く染まる肌。顔の右半分まで黒い侵食は彼女の体を覆い尽くし、その地力を数倍に跳ね上げる。

 更に右目は白眼が黒化し、色彩は銀へと変貌する。見るだけで他者を威圧する覇王の魔眼。全身に圧し掛かる重圧に、ランスロットは思わず小さく肺に溜まった息を漏らす。

 

「アァァァアァァァァアア■■■■■■■■■■■■■■■――――ッ!!!」

「グゥゥゥゥッ!?!?」

 

 跳ねあがっていた剣が爆発したような勢いでランスロットへと振り下ろされた。辛うじてそれを受け止めるランスロットだったが―――その圧倒的な力に押し負ける様に、彼の体はF15の背面上からはじき出される。ギリギリで右翼の付け根部分を掴んだが、それだけで勢いは相殺しきれず、F15の固定武装JM61A1を引っこ抜きながらランスロットは雲の海へと墜ちていく。

 

 アルトリアは残された微かな理性を全て動員し、ジェットエンジンを吹かして雲の中へと墜ちていったランスロットを猟犬の如く血走った眼で追いかける。

 

 数秒もしないうちにF15は雲の下へとたどり着く。

 

 待ち受けていたのは――――宝具化したJM61A1の銃口を向けたランスロットの姿だった。

 

 

「アァァァァァァサァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!!!」

 

 

 耳の張り裂けそうな咆哮と共に放たれる怒涛の鋼の雨。直感スキルが発動し、本能が「避けろ」と告げたがもう遅かった。毎分一万二千発を誇るJM61A1は容赦なく20x102mm弾を排出し、F15を紙屑の様に食い尽くす。見る見るボロボロになって行く鉄の凶鳥は見事コントロール不能に陥った。もう軌道を曲げることすらできない。このまま自由落下し、墜落を待つだけである。

 

 ――――だが、アルトリアは加速を止めなかった。

 

 軌道を変えることはもうできない。だが速度を調節するだけの機能はまだ残されている。それを駆使し、アルトリアはアフターバーナーを吹かして正面に居るランスロットへと朽ちかけのF15で突っ込んだ。

 

「ランスロットォォォォォォォオ■■ォ■■■■■■■■■■ッッ!!!!」

「な――――がはッ!?」

 

 未だ原形をとどめていたF15の機首がランスロットの胴体と激突した。ミシリ、と彼の体から嫌な音が響く。音速の鉄の塊が突っ込んできたのだ、常人ならば既に死亡している。それをたかが肋骨数本で留めているのだから「まだ」マシな結果だ。

 

 そしてF15は速度を緩めない。どんどん落下していく。その速度実にマッハ3。音すら容易に置き去る超音速で垂直に落下する鉄の鳥は、傍目からは一体どんな風に見えているだろうか。

 

 不幸中の幸いというべきか、直下にあるのは未遠川。

 住宅街などの類では無く水場であったのがせめてもの救いか。これが人の住む区画であったならば、間違いなく大惨事が広がっていただろうことは言うまでも無い。

 

 ――――超音速のF15が広大な水面に叩き付けられる。

 

 夜の冬木に木霊する爆発にも似た轟音。水面を大きく抉り、瀑布を逆さまにしたような巨大な水しぶきを辺り一面に散らす。それこそ遥か向こうに位置する住宅街を雨が降った様に降らすほどに。

 

 

 

 それから数秒後、アルトリアとランスロットが水面へと浮かび上がる。

 アルトリアの方はどうにか意識は保っていたが、明らかに衰弱している様子だ。流石の英霊でもマッハ3で水の中に突っ込むのは無理があったらしい。

 そんな衝撃を全身に叩き込まれたランスロットは見事体中の骨を折られ、白目を剥いて気絶しているが。

 

「は、ぁっ……はぁっ……ま、た、勝ってしまったッ……!」

 

 だが、この結末はアルトリアの望んだ物では無い。

 彼女は負ける必要がある。折れる必要がある。この手に抱いた理想を捨てるために。死闘の末に『叶わない』と自身へと思い知らせるために。

 

 しかし勝ってしまった。――――それではだめだ。

 

 おぼつかない足取りで精霊の加護により水面の上に立つアルトリア。そんな彼女の耳が小さな足音を捉える。

 

 一般人の物では無い。

 それは、明らかに洗練された武人のそれ。

 

 アルトリアがそれを聞き間違えるはずもない。共に過ごしてきた最愛の人の足音を――――

 

 

「――――……お待たせ、アル」

 

 

 満身創痍の姉がそこには居た。

 全身が傷だらけで、服のいたる所に血を滲ませ、片腕が折れても尚立ち続けている(アルフェリア)。最早立っていることすら奇跡と言ってもよいそんな状態でも、彼女はその双眸に闘志をたぎらせて愛剣(コールブラント・イマーシュ)の切っ先をアルトリアへと向ける。

 

「……遅いですよ、姉さん」

「あはは、ごめんね。ちょっとしつこい男に絡まれちゃって。……ま、時間を稼いでくれたランスロットにはお礼を言うべきかな」

 

 同じく精霊の加護を受けたアルフェリアは顔色一つ買えずに水面の上に降り立つ。

 

 共に満身創痍。

 万全の状態とは言い難い二人であったが――――その表情に憂は無い。むしろ、笑っている(・・・・・)

 

「さて、最後の姉妹喧嘩だよ」

「そうですね。これで、最後です」

「なら―――」

「最後らしく――――」

 

 

 

「「――――派手に締めくくりましょうかッ!!!」」

 

 

 

 今だ戦いは終わらない。

 それは、終わりへの足音か。それとも――――更なる悲劇への幕開けか。

 

 だとしても、

 

 

 今ここに超級サーヴァントの激突が起こることは、避けられない事象であった。

 

 

 ――――世界一傍迷惑な姉妹喧嘩が、今始まる。

 

 

 

 




とりあえずやりたいこと全部ぶっこんでみた。後悔はしていない(キリッ

ようやく記念すべき一人目の脱落。しかもAUO。予想できた人いるかな?
令呪ブーストされた麻婆の一撃でご退場となりました。原作の方では契約して居た仲なのに、この小説では険悪以前に殺害してされる関係に・・・どうしてこうなった(白目

まぁ静謐ちゃんが解放されたからいいよね!(鬼畜

聖杯から切り離されたことで腹ペコになっているアンリマユに呑み込まれたAUO。果たして再登場の機会は訪れるか・・・?


話は変わりますが、何というか、一番やってみたかった航空機戦色々とカオスなことになってしまいましたね。そして結局負けるランスロ。そりゃマッハ3で水面に叩き付けられれば気絶するか。・・・いや、何で死んでないんだコイツ。


さて、次回で(たぶん)三日目の大乱闘は終了になりそうです。


・・・・え?三日目?(;´・ω・)


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第二十九話・絶望の始まり

お待たせして大変申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!(土下座

えーと、一応事情を説明しておきます。学校で少し事故がありまして、体育の授業で腕を骨折してしまい、まともに執筆ができませんでした。更にパソコンの寿命でデータが吹っ飛んだり、中間試験が重なったりと・・・結構波乱の日々でしたわ(汗

一応合間にもスマホで書こうとしたんですけど、執筆データが途中で消えて創作意欲がマイナスに突入してしまい、季節の変わり目影響やテストへの不安も重なって「引退しようかなぁ・・・」とマジで危ない領域に突入しかけましたが、何とか持ち直した所存です。

とにかく、何も言わず遅れてしまった事は大変申し訳なく思っています。本当に吸いませんでした。

・・・まぁ、エルキドゥピックアップで爆死したのも影響していたんですけど(ボソッ

余談ですが、ついに完結してしまいましたね、FGO。七章の頂上決戦雰囲気からの魔神柱収穫祭には爆笑を禁じ得ませんでした。うん(笑)。なんだかんだで良い作品だったなぁと思います。
 マシュの件に関してはまぁ・・・フォウさんマジぱねぇっす。そして生前編でボコってすいませんでした(;´・ω・)いや、月姫のとは別固体なんだろうけれども。

 ガチャ?HAHAHA、何を言ってるんだい。爆死して金欠状態だなんてアルワケナイジャナイカ。


 ・・・ちくせう(´・ω・)


 と言うわけで、最後に。


 ソロモンよ! 私は帰ってきたぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!(CV:大塚


 冬木市の新都を抜け、市街の光に背を向けて延々と続く国道線。行く手を待つのは県境を越えるための長い高速道路。夜ゆえに人は少なく、道を走る自動車もほとんど見当たらない。

 そんな中で走るロールスロイス。キャスター陣営であるヨシュア及び間桐雁夜、間桐桜、氷室鐘搭乗の自動車はただ静かに冬木市を離れていく。

 

「……本当に、いいのか?」

「ああ。氷室はともかく、アンタら二人はもう聖杯戦争に関係無い。こんな魔境に居てもいいことなんて一つも無いからな。なら一時的にでもここを離れるべきだろ」

 

 ロールスロイスを運転しているヨシュアの目的は、既にマスターとしての資格を失った間桐雁夜と魔術にかかわりがあるとはいえほぼ無関係な一般人である間桐桜の避難。桜は戸籍上ヨシュアの養子ではあるが、それは表面上の物に過ぎない。やはり人間、親しい人物と一緒に居た方がよっぽど落ち着く。

 ならば共に居させてやるべきだろうという事で、二人は一緒に冬木市を離れることになったのだ。

 聖杯戦争と言う危険極まりない気時期が繰り広げられている土地に、彼らを居させるわけにはいかない。特に雁夜は元マスターという事で狙われやすい。教会の保護も当てにならないのならば、直接開催地の外に出すしかあるまい。

 

 それでも完全に驚異が消えたわけでは無い。

 

 例えばこの移動中など特に狙われやすい。車を運転している以上迎撃もままならないのだから、狙うには絶好のチャンスだろう。こちらが逃亡を企てているなどと言う情報は一切漏らしてはいないが、油断はできない。出発からヨシュアの口数が減っているのはそのためだ。

 

 何せ、この中でまともに戦えるのは彼しかいない。

 

 雁夜は身体を回復させたとはいえ訓練もまともに行っていない急造の魔術師。魔術回路も魔術師の平均には届かない、行ってしまえば三流だ。

 桜は過去のトラウマから魔術回路の起動すらままならないし、氷室は偶に時間を見て神代の魔術師(アルフェリア)に鍛えられたとはいえ卵の殻すら破れていない。

 こんなパーティー、経験を積んだ魔術師に襲われたら結末は想像に難くないだろう。

 

 唯一の戦力であるヨシュアも馬鹿みたいな数の回路を保有してはいるが、実戦経験がほぼ皆無なため宝の持ち腐れと言っていい。何とも不安になる組み合わせか。

 

 しかしチャンスは今しかない。サーヴァントたちが街で乱戦している今だからこそマスターたちはそちらに気を取られ、ひっそりと街を出ようとしている人影に気付きにくくなる。今を逃せば次来るチャンスは何時になるかわからない。ならば、安全に出るには今しかないのだ。

 

 ――――だが実を言えば今のヨシュアもかなり危険な状態に居る。

 

 彼が何を起こったか把握するのはできないが、彼はアルフェリアとランスロット、実質二人分のサーヴァントの負担を一身に受けている。

 ランスロットに関してはアルフェリアがある程度負担が軽減できるように工夫してある物の、何を仕出かしたか先程凄まじい勢いでヨシュアの体力が持って行かれたのだ。

 

 ほぼ確実に『終幕降ろすは白銀の理想郷(カーテンコール・アルカディア)』を放った影響だ。それ故に今のヨシュアの状態は良いと呼べるものでは無くなっている。

 

 今こそやせ我慢でどうにか堪えているが、少しでも気を抜けば失神しかねない状態。それが今の彼の状態だ。

 

 はっきり言えば――――かなりヤバい。

 

 それでも、彼は周りの者に不安を与えない様に必死で平穏を装っている。

 負けず嫌いなのか、それとも人が良すぎるのか。

 

「……礼を言うよ。君がいなければ、俺は間違いに気付くことも、桜ちゃんを助けることも、こうして無事に生きて帰ることもできなかった。命の恩人以上だ。どうやって恩を返すか、まるで思いつかない。

「俺一人じゃできなかったよ。やったのはあいつ(アルフェリア)だ。……次出会ったら、礼はあいつに言ってやってくれ」

「ああ、勿論だ!」

「……で、桜、調子はどうだ。酔っていないか?」

「……大丈夫。でも」

「でも?」

 

 ちらりとヨシュアは後部座席へと視線を向ける。そこには不安そうに氷室の手を握る桜の姿。緊張しているのだろうか。それとも――――何かに、怯えているのだろうか。

 

「桜? どうかしたの?」

「……体から、身震いが収まらない。わからない、わからないよ……!」

 

 氷室が慰めるも、どんどんと震えを大きくさせていく桜。一体何が彼女をそこまで怯えさせているというのか。

 

 よくよく考えてみれば、わかることだ。

 まだ幼い桜の心の底に『恐怖』と『絶望』という楔を深々と撃ちこんだ張本人。

 醜悪の権化。蟲使い。

 

 

 ――――間桐の始祖。

 

 

「――――お爺様が、近くに居る…………ッ!!」

「ッ――――!?」

 

 雁夜が目を見開く。そして何かに迫られたように車両の周辺を見渡し――――『ソレ』を見つけてしまった。

 

 言い例えるなら蟲の津波(・・・・)。夥しい量の黒い蟲が群を成してこちらへと迫ってきていた。

 そしてその蟲らはどう見ても自然に生息するような類の物では無い。人の手で改良され生み出された異形の子等。幾重にも魔術によって手を加えられ、やがて人と言う種を食い尽くすほどまでに凶暴になってしまった彼の老人の傑作群。

 

 その群れの上に一人の老人は座っていた。

 

 焼け爛れたような皺だらけの肌に痩せこけた身体。生きているのかすら疑わしいほど生気を感じない老人。闇の様に黒く輝く眼は、獣のように己が獲物を捕らえている。

 雁夜と桜を。

 

「嘘、だろ…………! なんで、何でアンタが生きてんだ、間桐臓硯ッッ!!!」

「いや、いやぁぁぁあぁあっ!」

「桜! しっかりして!」

「クソッ――――全員掴まれ!!」

 

 危機感を抱きながらヨシュアはアクセルを全力で踏み抜く。周りに自分たちの他に自動車は存在しない。ご丁寧に人払いまでしてくれた様だ。ならば遠慮は無い。こちらとしても好都合。

 最大時速300Kmオーバーの化物が火を噴く。バッファローの雄叫びの様な轟音がけたたましく空気を震わせ、先程まで時速数十キロ程度の速度しか出していなかった小さな鉄の戦車は爆発的な加速を得て道路を疾走し始める。

 

 どんどん蟲の大群との距離が離れていく。しかし安心などこれっぽっちもできやしない。自動車というものはガソリンを使って動くものだ。それが無ければただの鉄屑同然。燃料が切れた時、それはこちらの『詰み』を意味する。補給も追いかけられている以上不可能。

 けれども、燃料が切れる前に冬木を脱出できればこちらの勝利。あれほどの大規模な操作魔術、霊地が優れていなければ不可能な芸当だ。冬木から遠く離れれば臓硯とて魔術の行使は困難となる。

 

 だが――――ヨシュアと氷室は冬木から離れすぎるわけにはいかない。

 彼らに取って冬木から離れる=聖杯戦争からの棄権だからだ。自然と己のサーヴァントとの繋がりは断たれ、大量の魔力を消費する大英雄級のサーヴァントは物の数分で消滅するだろう。それだけは駄目だ。

 

 ならどうする。サーヴァントたちを見捨てて雁夜と桜を逃がすか、今回の脱出を諦めて引き返すか。

 

 逃げることは容易だ。まっすぐ走ればいい。だが引き返すのは生半可な難易度ではない。後ろには間桐臓硯が待ち構えている。

 相棒は見捨てられない。しかしそうすると二人を外に出せない。引き返すにも茨の道――――

 

 体中に汗をにじませながらヨシュアは考える。考え続ける。何が最善の選択か。何を選べば後悔しないか。

 

(……いや、どれを選んでも後悔する。だから、俺は――――)

 

 覚悟を決めてヨシュアがハンドルを握り直し――――直後、フロントガラスに何かが突き刺さった。

 ガラス片が散り、蜘蛛の巣の様な模様がフロントガラスに広がる。

 

 突き刺さったのは顎が針の様に長く尖った蟲。高速で突っ込んできたそれはロケットランチャーが直撃しようが無事なはずのモンスターマシンの防御を貫いて見せた。これは、非常に、不味い――――!

 

 一秒の間も無く四方八方から異音がする。フロント、リア、バック。全てのガラスから針の様な顎がこちらに突き出ていた。ギリギリ届いてはいないが、このままでは突破されるのは目に見えているだろう。

 ヨシュアは即座にハンドルについたニトロ使用ボタンを押し込む。引き起こされる加速。時速500Kmまで引き上げられたロールスロイスは蟲たちを振り切る様に地を駆ける。

 

 

 ――――しかし、それは何かが破裂したような音と共に終わりを告げる。

 

 

 その音が何なのかはわかっている。だけど頭がそれを受け付けない。

 寄りにもよってこの状況で、タイヤがパンクしたという事が――――

 

「ぐッ―――――!?」

「な――――」

「きゃぁぁあああぁぁああっ!」

「あ……」

 

 訪れる一瞬の浮遊感。それはつかの間の静寂であり、後に訪れる波乱の証拠。

 

 吹いた車体がアスファルトの地面に打ち付けられる。約時速五百キロの加速はその程度で終わるわけがなく、勢いに任せて何回転もするロールスロイス。度を越えた耐久性により中に居る四人はほぼ無傷ではあったが、もう二度と走行できない程に車体はボロボロになっていた。

 

 不幸中の幸いなのは、車体に付いていた蟲が回転により全て消えたという事か。

 

「く、そが……! 皆、無事か……?」

「ああ……なんとか、な。っ、何で臓硯のジジイが生きて……アイツは確かに死んだはず……!」

「それより桜を連れてさっさと外に出ろ! 死にたくないなら足を動かせ!」

「言われなくてもわかってる!」

 

 今だ揺れる脳を押さえながらヨシュアは急いで車両から脱出し、後部座席で怯えている氷室を引っ張り出して素早く半壊状態のロールスロイスから離れる。雁夜も同様、桜を救出して距離を取った。

 瞬間、先程の針状顎の蟲が車両に群がり頑丈だった車体は串刺し状態になる。

 

 引火。そして爆発。

 

 未使用のニトロも合わさって強烈な爆発が起こり、黒い煙は空高く昇っていく。車体を刺していた蟲たちも巻き込まれて吹き飛んだが、十数匹死んだところでダムからバケツ一杯の水を汲み出しだのと変わりない。

 

 そしてついに、間桐臓硯が現れた。

 蟲の波に乗りながら、こちらを見降ろしている臓硯。その視線には紛れも無い侮蔑と嘲りの感情が籠っている。間違いなくこちらを仕留めに来たのだろう。しかしただ殺すだけでは無い。確実にその悪趣味に付き合わされることになる。

 死よりも悍ましい凌辱が。

 

「久しいの、雁夜よ。元気そうで何よりじゃ」

「テメェ、ジジイ! なんで生きてやがる! お前は、あの時死んだはずだろ!」

「儂が生きていちゃ何か不都合でもあるのか? 呵呵呵呵呵呵呵々!! 確かに一度は死んだわい。しかし、予備の本体が無いと誰が言った? まぁ、燃える屋敷から逃げ出すのは間一髪じゃったがのぅ」

「この妖怪めが……!」

 

 何という生き汚さだろうか、この間桐の妖怪は。五百年間生き長らえてきただけでなく己の本体のスペアすら用意してこうやって生き続けている。これにはある種の感嘆すら覚えてしまうだろう。「どんな執念があればそこまで生き長らえようとするのか」と。

 

 原初の人間の協力を借りたとはいえ、流石は間桐家の創立者か。

 

「とはいえこの予備の本体、あまり寿命が長くなくての。更に素材が高級な上に製造するための必需品は全て屋敷と一緒に燃え尽きてしまったわい。つまり、だ。儂にももう後がないんじゃよ。既に傍観するわけにはいかなくなった。ならば儂もこの重い腰を上げて……本格的に聖杯を獲りに行こうではないか。ククッ、苦呵呵呵呵呵呵呵々!!!」

「ジジイ……!」

「だからのう、雁夜、桜。――――儂のために死ぬがよい!! 我が不老不死の悲願のためにィィィィイイイィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!!!!!」

 

 蟲の波が隆起する。

 グチャリグチャリと悪寒を誘う音を立て、キリキリと擦り切れるような泣き声を上げ、空気を切る羽音が鼓膜を震わす。死を告げる死神の足音の如く。

 

「雁夜! 集まれ!」

「っ……了解!」

 

 だが黙って殺されるわけにはいかない。できる限りの抵抗をするのが今では最善策。

 

 皆が一か所に集まったのを確認し、ヨシュアはポーチに存在する拳大の金属球を取り出して地面へと叩きつけた。普通なら重々しい音と共に弾かれるだろうが、今回起こる現象はそれでは無い。

 地面に叩き付けられた金属球は水のように形を崩し、地面を這う。そして円状に広がって網の様なフェンスを四人を囲むようなドーム状に展開した。

 

 蟲たちが一斉に這いよる。しかし金属障壁がそれを許さない。何せタングステン合金の壁だ。易々と突破できるはずがない。牛の骨すら容易に噛み砕くであろう臓硯の蟲はガリガリと歯をフェンスに立てるだけ。しかし時間稼ぎにしかならない。何時か突破されてしまうだろう。

 

 このままでは詰みだ。どうすることもできない。

 打開策が無ければこの場を突破することは不可能。――――なら、策を使おうでは無いか。

 

 ヨシュアはアルフェリアを令呪で呼び出そうとする。しかし出来ない。今彼女は乖離剣という空間を斬り裂く剣を対峙している。周囲の空間が不安定な以上、空間転移は不安が残る。下手すれば世界の狭間に飛ばされかねない。

 

 故に氷室は右手を構える。頼れる相棒を此処へ呼ぶために。

 

 

 

「来て、セイバー!!」

 

 

 

 氷室の右手が赤く光る。それは令呪という無色の魔力の塊が消費された証拠。紋章に秘められた膨大な魔力を魔法に近い域にある空間転移という奇跡すら可能とする。

 

 空間が割れる。景色を映し出していた欠片が舞い散り、此処に赤雷の騎士は参上した。

 

 

「――――っしゃあぁぁあ!! やぁぁぁぁぁってやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇええええええッ!!」

 

 

 開幕一閃。

 

 モードレッドの全力の一振りは強烈な真空刃を生み出し、周囲に存在していた蟲たちを遠慮なく切り刻んでいく。飛び散る体液。湧き上がる奇声。そんな中でも黄金の髪と白い肌はその美しさを損なわない。

 

「……ったく、変なタイミングで呼び出しやがって。まぁいいけどさ。父上はランスロのアホが相手してるし」

「モードレッド……来て、くれたんだね」

「ったりめぇだろ、マスター。前に言ったはずだぜ? 俺はお前を守る、ってな」

「うん……うん!」

 

 涙を流しながら絶え間なく頷く鐘。そしてここから希望に満ちた大逆転劇が繰り広げられる。

 はずだった。

 

 モードレッドの保有魔力が既にそこを突く寸前で無かったのならば。

 

「……でさマスター。期待を裏切って悪いんだが、今ちょっと、魔力が無くてな」

「へ?」

「…………悪ぃ。要するにぶっ倒れる寸前なんだわ、これが」

「ちょっ、えぇぇぇええぇぇえ!?!?」

 

 召喚される前によほどの激戦を繰り広げていたのだろう。よく見ればその顔には玉のような汗が無数に滲んでいる。読み取れる範囲でなら、その疲労はかなり酷い物だ。

 

 サーヴァントにとっては魔力切れとは死を意味する。彼らは現代には存在しないはずの存在であり、その存在をマスターという楔で現代に繋ぎ止めている。しかしその代償として大量の魔力が消費される運命にある。

 大半は聖杯が肩持ちしてくれるが故にサーヴァントとマスター、互いに魔力が十全な状態ならば未熟な魔術師でも実体化の維持程度はどうにかなるが、このように一気に大量消費してしまった場合たいていの場合マスターからの供給がいつかない事になる。

 

 要するに、モードレッドは氷室に負担をかけないために自前の魔力を大量に消費させ、想定外の連戦に対して苦笑いしか浮かべられないのだ。

 

 端的に言って、最悪の状況と言ってもいい。

 

「じゃっ、じゃあどうすれば……?」

「……負担を掛けることになるだろうけど、全力で魔術回路を稼働させてくれ。お前と、その他大勢を護れるぐらいにはなる……と思う」

「な、なんかとっても不安になるけど……やってみる……!」

 

 今は非常事態だ。負担は掛かるだろうが、多少無理をして貰わねばならない。例えマスターがまだ重にも満たない幼子であろうと。

 

「よし――――」

 

 体に十分な魔力が回ってきたことを感じ、モードレッドは再度剣を正面に構える。

 剣の切っ先を向けるのはしなびた果実の様な肌を持つ老人。否、500年の時を妄執だけで生きてきた怪物。今この瞬間、確実に葬るために英霊と言うオーバーキルな存在で斬り伏せんと――――

 

「――――ぐッ、あが、ァア……!?」

 

 が、唐突に、何の前触れも無く苦しみ出したヨシュアの呻き声で、それの動作は一瞬だけ硬直した。

 何せモードレッドにとっては己の愛する姉にとっての命綱だ。彼が死ねば当然、アルフェリアも消滅の一途をたどってしまうだろう。それだけは避けねばならない。

 

「お、おい!? どうした!」

「蟲じゃよ」

「何――――?」

 

 その問いに答えたのは予想外にも敵たる間桐臓硯。そしてその答えは、実に背筋の凍るモノだ。

 

「蟲にも色々種類がある。巨大なものもいれば、人の親指のように小さい物もな。当然、糸のように小さいモノも存在する。――――さて、敵の大将を仕留めるのにこれ以上無い効果的な策は何だろうの?」

「テメェまさか!!」

血死虫(けっしちゅう)。血管から心臓に行き、刻まれた魔術によって心筋の動きを阻害する蟲。取り除くには少々手間がかかるうえ、死ぬには三分あれば十分。さて、儂はそろそろ帰らせてもらうわい。英霊を相手にするなど、面倒くさくてしかたないわい」

「んな――――」

 

 その一言だけを言い終えて、間桐臓硯は光となって消える。恐らく長距離転移の魔術。神代の魔術師でもなければ発動のための術式を編むことすらロクにできやしないソレをただの一瞬で成したのだ。

 当然、臓硯だけで成したわけでは無いだろうが――――その現象は彼の老人の後ろに存在している者の巨大さを知るにはいささかインパクトが強すぎた。それこそ誰も動けなくなるほどに。

 

 だが忘れてはならない。臓硯本人は消えたが、彼の従えていた蟲たちは未だ健在。得物を睨んで不快な羽音を鳴らし続けている。最大の脅威は消えたが、敵に囲まれているという事実は消えていなかった。

 

「クソッ、マスター! 急いでそいつに手当を!」

「え、え……!? でっ、でも、私には……!」

「延命処置だけでいい! 早く――――しまった!! 逃げろマスター!」

 

 剣を振るって近づいてくる蟲の波を処理していたモードレッドだったが、数匹がその迎撃を潜り抜け奥にいる無力な人間へと一目散に向かっていく。

 

 雁夜はその属性と未熟さから迎撃など無理だし、桜もほぼ同様。アルフェリアに鍛えられた氷室もこの絶望的な状況に動揺を隠せないのか動作の一つ一つが鈍くなっている。そんな彼女が素早い蟲の攻撃に対応できるわけも無く、彼女に与えられるのは蟲の鋭い顎による串刺し。

 

 狙いは頭、目、心臓、首、その他内臓諸々。例外なく全てが急所。あと一秒もしないうちに、蟲どもの顎は彼女へと――――突き刺される前に、氷室は強く弾き飛ばされる。

 

 近くに居た、ヨシュアの手により。

 

「え――――」

「…………――――すまん」

 

 直後に生々しい音と鮮血が、アスファルトの地面にぶちまけられる。

 

 

 

 

 

 ああ、と氷室や雁夜、桜はは声にならない声を漏らした。何故? ――――目の前で、自分たちを助けようとした人間の串刺しを見てそんな呟きを漏らさない人間が、一体どこに居ようか。

 

 彼は頭を、目を、喉を、胸を、腹を貫かれていた。

 まだ間に合う。そんな希望すら見いだせないほどに、それは『死』であったのだ。

 

「い、いや……いやぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあ!!!」

 

 目の前でそれ目撃してしまった一人の少女が悲痛な悲鳴を漏らす。

 

 他者の死を魅せられ、剰えそれを受け入れるには、彼女は幼過ぎた。いや、例え精神が成熟していようが、彼女はこの光景を否定しようとしただろう。

 

 自分を庇ったのだ。

 

 一人なら避けられたかもしれないのに、近くに居た自分を逃がすために彼は避けなかった。避ける暇を使って、氷室を突き飛ばした。

 それは即ち、氷室自身が彼の死を――――

 

 

 

「――――ぁ」

 

 

 

「…………え?」

 

 そう考え始めた瞬間、氷室の耳に微かな声が聞こえる。

 紛れも無く目の前で死に至ったはずの、ヨシュアの声が。聞こえるはずの無い声が。

 

 

「――――聖槍(・・)、抜錨――――」

 

 

 機械的なまでに抑揚のない声。まるで『そう在れ』とでも言うかのように、ヨシュアは体の各所を貫かれたまま口を動かし紡ぐ。

 

 彼の聖槍の名を。

 

 

「――――『再世を成せ、其れは(アングローリアス・ガーデン・)虚栄なる黄金聖槍(オブ・ロンギヌスランス)』」

 

 

 その名が外界で意味を作り出した瞬間――――この場の全てが黄金の結晶に侵食された。

 

「まずっ――――氷室ッ!!」

「え――――」

 

 侵食はヨシュアを起点に広がる。一番近場に居るのは氷室鐘。黄金色の津波に真っ先に巻き込まれたのは誰であろう彼女である、はずだった(・・・・・)

 予想に反して結晶による浸食は氷室を避けて進んで行き、雁夜も、桜も、モードレッドを避け蟲たちだけを(・・・・・・)呑み込んだのだ。意思がある生物の様に敵味方を判別しているとでも言うのか。

 

 数秒後、地表を包んでいた黄金の絨毯は砂となって消え去り、元の景色が戻る。

 

 変わったのは無数に存在していた蟲が影も残らず消滅したことと――――体の右半身が結晶によって覆われたヨシュアが倒れていることだけだった。

 

「これは、一体……?」

 

 余りにも訳のわからない事象に狼狽するモードレット。しかし窮地を逃れたことだけは辛うじて理解することができた。だが、彼女にはそんなことよりも確認すべき問題があった。

 

「マスター! アイツは、ヨシュアのヤツは生きてんのか!?」

「っ……い、今確かめる!」

 

 氷室は恐る恐る、決勝に包まれていない方の手を取り、脈を図る。 

 

「……生き、てる?」

「…………嘘だろ」

 

 致命傷、否、即死級の傷を負って尚彼は生きていた。あり得ない。人として、生物としてそれはあり得てはいけない現象だった。

 本来ならば喜ぶべき事実なのだろうが、この場に置いてそれを真っ先に考える者はいなかった。

 

 共通する思考はただ一つ。

 

 

 ――――この男は、()だ?

 

 

 喜びも悲しみも無い場だけが、忽然とそこに残っていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 剣がぶつかる。

 

 思えば、真剣に彼女らが死闘を繰り広げるなど、自らの意志で己の譲れない者を賭けて戦うことなど、これが初めての事だった。

 二人は義理と言えど仲のいい姉妹だった。互いに互いを尊重し、意見を受け入れ、それを己の主張と交えてよりよい答えを出す。それが、生前の二人の姿であった。

 意見が対立するのは、別に初めてのことでは無い。しかし、その主張を胸にこうして剣を交えるのは紛れも無く初めての事だ。狂気に駆られず、場に流されず、戦うのは。

 

 こう言うのを、喧嘩と言うのだろう。

 だがそれは、同時に愛情の裏返しでもある。本当に互いが嫌いなら、嫌悪すべき対象と認識しているのならば、そもそも喧嘩などしていない。無視を貫くだけだ。

 

 故に、互いを深く、深く、これ以上無いまでに愛し合っている彼女らの喧嘩は――――苛烈極まった物となるのは当然の帰結とも言えた。

 

「ハァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

「オォォォオォオオォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 花火が散る。

 

 音が響く。

 

 空気が裂かれる。

 

 一秒の内に行われた攻防は百を越す。一撃一撃が人外の域。全身全霊の戦い。最高峰の英霊による真剣勝負。何人たりとも近づけない闘気の嵐が此処に顕現していた。

 

 アルトリアが剣を振るえばアルフェリアが片方の剣でそれを難なく受け止め、もう片方の剣で的確に、迎撃すら許さない超高速の一撃を放つ。しかしそれは『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)』が起こす魔力の嵐によって防がれる。

 

 そんな攻防が既に五分以上行われていた。互いに一歩も譲らない、終わりも見えない永久の闘争。周囲の建造物は何度も起こる余波に耐え切れずにそこかしこが崩壊しているというのに、彼女らの気力は底すら見えてこない。

 

 正しく死闘。

 正しく決戦。

 

 本来ならばこの戦い、アルトリアの方が須らく有利に立っているはずだった。

 アルフェリアは保有している魔力が既に三分の一を切っており、尚且つ英雄王との戦いで満身創痍の有体だ。しかも片腕が折れている。そして何よりスキルによる弱体化を受け、殆どのステータスがアルトリアと同格レベルにまで落とされている。ここまでされて負けない道理はないだろう。

 

 だが、彼女にはアルトリアが持ちえない物が存在していた。

 

 それは技術であり、彼女の切り札の一つともいえる手段。神代でも扱える者が殆どいなかった秘技中の秘技。

 

 

 虚数魔術(・・・・)

 

 

「ふっ!」

 

 微かな隙を突いてアルトリアが剣を突き出した。高速の刺突。狙うは心臓。即死の一撃がアルフェリアへ襲い掛かり――――その剣の切っ先はするりと、急に現れた虚空へと吸い込まれて消えた。

 

「っ……!」

「隙あり」

 

 動揺した瞬間を見逃さず、アルフェリアの拳がアルトリアの腹を穿った。当然、遠慮なし手加減無しの一撃。内臓が潰れたと錯覚するほどの衝撃を受けて、アルトリアは吹き飛ばされて水面の上を跳ねる。

 

 そう、虚数魔術による戦法が彼女にはあった。長距離転移すら可能とする彼女の武器にして盾。攻防一体の手段は生前でも彼女を影乍ら支えた存在でもある。

 普通ならかなりの魔力を消費するはずだが、彼女は虚数空間内に幾つかの魔力炉、そして『魔力貯蔵空間(マナ・ストレージ)』が存在している。本来なら消滅一歩手前の危機が迫った際に使うべき緊急手段ではあったが――――彼女が使うべきと判断したのならば、そう問題はあるまい。

 

 この存在により、アルトリアはアルフェリアに一撃すら与えることができずにいた。どんなに優れた攻撃でも、どんなに優れた防御でも彼女のソレは容易くすり抜けてくる。発動を見越した行動を取ってもフェイントを交えてくるのだから、実に厄介極まりない。

 

 これこそが、星すら脅威と判断した者の実力。

 

 恐らく今の彼女でも一対一ならば、対等に戦えるのは指の数しか存在しない。何せ空間を超越した攻撃を繰り出さねばならないのだから。サーヴァントというスケールに収まってもこのスペックは、一体何の冗談だと言いたくなる。

 

 実力差は顕然。差はそう簡単に埋まるほど狭い物では無い。

 

 ならばどうするか。

 

 決まっている。――――その差を切り札(宝具)で埋める。

 

「例え、貴女に否定されたとしても、決めたんです。これが、私の復讐。私を、私たちを捨てた『世界』への報復……!」

「……………………そっか。じゃあ私は姉らしく、妹の気持ちを受け止めてみるよ」

「……ごめんなさい姉さん。私は、私は止まれない! 止まるわけにはいかないんです! これは私の、王では無く私としての(・・・・・・・・・・)気持ちだッ!! 恨み、辛み、悲しみ、憎しみ……アルトリア・ペンドラゴンとしての我が儘です。だから、だからッ!!」

 

 その瞳に流れるのは、血の涙。そこに宿る感情は、既に言葉で表すには無理なほどの混沌としたモノ。

 世界に捨てられ、家族を失い、尚進もうとした彼女の願い。それは紛れも無く彼女自身の本心であり、今初めて彼女はその気持ちを、姉へとぶつける。

 

「――――受け止めて、ください……っ」

「……うん」

 

 空へと掲げた黒き聖剣。憎悪に染まろうとも、その奥底に秘めた輝きは星の物。

 

 光が溢れる。だがその光は災厄のモノでは無い。紛れも無く、星が作りし暖かい光。最強の聖剣、エクスカリバー本来の光輝。彼女は今、狂気では無く正気を以て、この剣を振るう。

 

 己への決別のために。

 

 そしてアルフェリアもそれを受け止めるために、愛剣(コールブラント・イマーシュ)を空へと掲げる。

 正真正銘、最後のぶつかり。一切の妥協も、懺悔も、そこに無く。

 

 不思議と二人は、何も考えず真っ直ぐ向き合っていた。

 

「――――束ねるは星の息吹。夜闇を祓いし命の光輝!」

「――――溢れるは星の希望。絢爛無垢なる黄金の剣!」

 

 空へと伸びる二つの光柱。黄金に輝くその二柱は、不安に広がる暗き世を優しき光で包む。

 束ねられた苛烈にして清浄なる赫耀。誰もが言葉を失うほど美しき光。闇を払わんと、星の脅威を討ち取らんと生まれた最強の希望はようやく日の目を見る。

 

 時は来た――――いざ奏でよう。星の光が織りなす二重奏を。

 

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ァァァァァァァッ!!!」

「『偽造された黄金の剣(コールブラント・イマーシュ)』ゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

 

 振り下ろされた光の柱。

 空へと轟く号砲を鳴らしながら、神秘の熱量はぶつかり合う。衝撃波で防波堤が吹き飛び、熱で川の水が蒸発する。二度目の衝突。違うのはアルトリアの剣が絶望では無く己の信念のもとに振るわれているという事。それ即ち、聖剣の出力を一段階上げたことを意味する。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅっ……!!」

「オォォォオオォオォオオッ!!!」

 

 残念ながら、アルフェリアの黄金剣は『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』のプロトタイプ。それを湖の精霊ニミュエが改造したことにより、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に限りなく近い出力を得ているだけである。完成度も、最終的な出力もあちらが上。勝っているのは魔力を変換して生んだ光の収束率ぐらいだろう。

 だからこそ、正面からではアルフェリアが押し負ける。

 

 ――――使う宝具が一つだけなら(・・・・・・・・・・)

 

 折れた方の腕には相変わらず深紅の長剣が携わっていた。

 それはアルフェリアが生前愛用した二振りの剣の内もう片方の剣。数多の死徒の血を啜ってきた変幻自在の吸血剣であり、かけがえのない親友。

 

 その剣に命じ、アルフェリアは剣の表面に滴る血液を『糸状』にして、まるで操り人形が如く折れた腕を操作する。その度に筋肉が断裂し、骨が砕けていくがそんな物本人はお構いなしだ。

 

 もう腕が使い物にならなくても構わない。

 だからありったけを。自分の全てを、相手へぶつけるために――――

 

 

「封印解除――――吐き出せ! 『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』――――ッ!!」

 

 

 内包された血は吐き出される。千にも届く死徒を屠り、その血を飲み尽くした魔剣が保有する血液全てだ。

 ただの血液ならば相手の熱量によって蒸発して消え去っていただろう。だがこの血は死徒の物にして、宝具としての価値を吹かされた代物。解放された血の奔流は極光と混ざり、星の光へとぶつかった。

 

 これにより互いの一撃は拮抗する。光は混ざり、固まり、やがて未知なる現象を引き起こし――――空間を破裂させ始めた。

 

 Aランクオーバーの宝具がぶつかり合ったのだ。周囲の空間ならともかく、衝突地点に何も起こらぬはずがない。強烈な閃光とそう撃破が周りに撒き散らされ、二人はそれぞれ真逆の方向へと吹き飛ばされる。

 

 後に訪れる静寂。

 周囲に漂う黄金の光は蛍の様に漂い始め、さながら夏の夜の如き儚さを演出し始めた。

 

 だがアルトリアの心境は、まだ酷く不安定なまま。身も心もボロボロな彼女は、やがて膝をついてうつむいたまま顔を上げない。

  

 そんな彼女の前に、アルフェリアは立つ。

 満身創痍という言葉すら生易しく感じるほどの状態。一秒後にはもう倒れて、死んでしまうのではないかと思えてしまうほど彼女の状態は酷かった。

 

 それでも尚、彼女の瞳からは力が感じられる。

 

 当然だ。

 

 覚悟はもうとっくの昔にできている。

 

「ぐっ、う……!」

「――――私はね、後悔してるんだ。いや、別に自分の生を否定しているわけじゃないよ? 貴女と過ごした時間は、どれもかけがえのない宝物だよ」

「っ、ぁぁぁああああ!!」

 

 ボロボロの体を持ちあげて、アルトリアは剣を構えて突き進む。

 が、それも軽く受け止められる。瀕死の体といえど、相手も同じ。いやそれ以上にひどい。スペックではほぼ差は無いはずなのに。なのに何故、ただの一撃すら与えられていない。何故、何故、何故。

 

 終わらない自問自答。だが答えは簡単だ。簡単すぎる答えだ。

 

 技術に差があり過ぎる。

 

 アルトリアは確かに、生前数々の死線を潜り抜けた。人とも、魔獣とも、竜とも戦った。その技量は確かに英霊の中でも上位に位置するのだろう。

 

 だが、それでも――――相手はそれ以上の脅威を何度も相手取った者。

 

 最終的に星とすら肩を並べてしまった正真正銘の人外。神域の超越者。技量の面で、叶うはずがなかった。

 

「私が後悔しているのは、最後の最後に生きることから逃げたこと。皆を置いて、逝ってしまったこと。もしかしたらあの時、私の生きる道があったかもしれない。皆と一緒に生き残る道があったかもしれない。けど私はそれを考えすらせず、自分を犠牲にした」

「ッ――――!」

「まぁ、状況的にはアレが『最善』の選択だったんだろうけどね。――――けど、『最良』ではなかった。だからこそあんな結末になってしまった。……ねぇ、アルトリア。此処だけの話、私も過去改変を願っていたことがあるんだ」

「……え?」

 

 カチカチと震える剣が、今の一言で止まる。

 

 今何といった? 姉も、過去改変を願っていた? ――――自分の願い(過去改変)を否定した姉が何を言っているのかわからず、アルトリアはつい茫然と呆けてしまう。

 

「勿論、全てをやり直すんじゃない。あの瞬間、あの選択を、やり直してみたい。心のどこかでそう思っていたよ」

「なら――――」

「だけど、それはきっと悪いことなんだ」

「……悪い、こと?」

 

 少しだけ困った風に微笑を浮かべて、彼女は言う。

 

「それは逃げだ。自分の選択の責任を負いたくない奴が言う言い訳なんだよ。私の選択は多くの人の死を招いてしまった。だからこそ、その死を無かったことにしてはいけない。そんな無責任なことが許されたら、私は人としても終わることになる。だからね、駄目なんだよ。過去を変えるのは」

 

 もし、自分が行った選択のせいで大勢の人間が死んだとする。その時、選択を行った人間は何を思うだろうか。

 結末を変えたいと思うだろう。だが、過去は変えられない。違う、変えてはいけない。それは紛れも無く責任から逃れる行動であり、犠牲となった人々の命を蔑ろにする行動なのだ。

 

 命は失えば取り戻せない。

 

 だからこそ尊いモノなのだ。簡単にソレが取り戻せるようになってしまえば、命の価値は無となってしまう。それは世界への冒涜であり、侮蔑故に。

 

「だからね――――受け入れよう? 私たちの、責任を」

「わ、たしはっ……私はっ――――」

 

 剣がその手から零れ落ち、水底へと沈んでいく。

 

 ようやく、気が付けた。

 逃げていた。逃げていたのだ。アルトリアは自分の選択による結末が受け入れず、国の滅亡と言う責任を負わなかった。それが何を意味するのか、理解しようとせずただ走り続けた。

 

 救国の末に救いがあると。この苦しみから解放されると。

 

 自分の存在を歴史から消せば、きっとブリテンは救われるのだと信じてやまなかった。だけどそれは――――単純に、他者へ責任を擦り付けようとしただけだったのだ。

 

 それは許されないことだ。

 

 自分を信じて共に来てくれた騎士たちや臣下の信頼を裏切る行為であり、国民の死を、国家の滅亡を軽んじていることと相違ない。故に、結末を変えてはいけない。

 

 受け入れる。

 

 それが、答えだった。

 

「あ、ぁあっ……」

「ごめんなさい……本当に、悪いお姉ちゃんね。大好きな妹を、こんなに虐めてしまうなんて……」

「うっ、うぁぁぁぁああぁぁあああ!! あぁぁあぁあぁあああっ…………!」

 

 アルトリアの全身から力が抜けた。大切なことに気付けたゆえの安心感なのか、それとも自身のあまりの不甲斐なさからくる悲壮感か。どちらにせよ、アルフェリアが彼女を優しく抱きとめる事実に変わりは無かった。

 

 彼女は、王になるには精神がまだ未熟だった。もしアルフェリアが存在しない世界では一国の王としての精神性が完成していたのかもしれないが、それは遠い世界の話。

 未成熟故に、この責任を背負い切れる保証はない。支えがいる。そしてその支えは当然――――

 

「一緒に背負おう? また一緒に歩くんだ。今度こそ……今度こそ、貴女を一人にしないから」

「……約束、できますか? もう、一人で行かないと……?」

「勿論だよ。もう、離したりしない」

「――――あぁ」

 

 その言葉で、アルトリアはこれ以上ほどの安心感を得る。

 

 約束程不確かなものは無い。だけど、それでも言ってくれたのだ。嘘は無い。そして二人なら、どんな困難があろうとも越えて行ける。星も越えて見せたのだ。ならば――――もう一度信じて、前を――――

 

 

 

 

 

 

『令呪を以て命ずる。アヴェンジャーよ、キャスターの胸を刺せ』

 

 

 

 

 

 ぬめり、という感触がいつの間に手に存在していた。

 

「……あ、れ?」

 

 赤。

 

 赤い。

 

 とっても、赤い。

 

 そして、暖かい。何だろう、これは。

 

 知っている。

 

 何度も見てきた。斬られた兵が、刺された兵が、潰れた兵が流す水。紅い、赤い、生命の証。

 

 血だ。

 

 それが、どうして、なぜ――――何故、何故何故何故――――

 

「……、ぁ」

 

 

 

 ――――何故私は、短剣を姉の胸に刺している(・・・・・)

 

 

 崩れ落ちるアルフェリア。胸に刺さった短剣も同時に抜け落ち、下に広がる水面を血で染めていく。

 心臓を刺した。しかもただの短剣では無い。その胸を穿ったのは再生阻害の呪いが付加された呪いの短剣、『惨傷授ける哀痛の呪剣《カルンヴェナン》』。

 それが何故彼女の胸を刺した。

 

 何故。

 

 何故。

 

 何故。

 

 

「あ、あぁ、ああぁ」

「――――これで最大の障害は排除した、か。呆気ないが、手間がかかるよりは良いか」

「貴、様」

 

 何時からかはわからない。老人が背後に立ってた。水面に魔力の足場を這っていることから、相当高位の魔術師だろう。そしてその手に光る文様は、間違いなく令呪。更に、嫌が応にも感じてしまう。

 

 この男が、自分のマスター(・・・・・・・)であるということを。

 

 それは即ち、先程の命令はあの老人が出したという事であり――――その事実に到達した瞬間アルトリアは一瞬で精神を狂気一色に染め駆けだした。

 

 

 

「キサマァァァァァアアア゛アアアァァアアァァアア゛ア゛アアアア゛アアアアアアァァァアアア■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!!!!!!」

 

 

 

 純粋な怒気と狂気。それだけが今のアルトリアを突き動かす純然たる動力源。既にその動きはかつての姉が至った神域に達し、神話にて名を馳せた大英雄だろうと反応不可能な速さ。無慈悲な凶刃が――――呆気なく老人の体を真っ二つにした。

 

 飛び散る鮮血。分断された老人の肉体は宙を舞い、水の中へと落ちていく。

 

 余りにも呆気ない最後に茫然としながらも、アルトリアは一心不乱に倒れた姉の体に抱き付く。

 

「姉さん! 起きてください! 姉さん……!」

「――――アル、トリ……ア……大、丈夫…………?」

「私なら平気です! だから早く誰かに手当を――――」

 

 

 

「――――よかっ、たぁ……」

 

 

 

 抱きかかえた姉の体から力が抜けていくのを感じる。

 

 ――――嘘だ。

 

 瞳から光が消えてゆく。

 

 ――――嘘だ、嘘だ嘘だ。

 

 体を構成するエーテルが、少しずつ自然へと還って――――

 

「嘘だぁぁぁああああああああああああああッッ!!」

 

 何故だ。何故こんな事になった。

 ようやく、ようやくその手の温もりを感じたのに。どうして――――

 

「――――血気の多い英霊だ」

「…………ウ、ゥゥゥゥァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 振り返り様に一閃。すると先程斬り捨てた筈の老人の体がまた斬り裂かれる。

 

 だが、今度は崩れなかった。

 

 死ななかった(・・・・・・)のだ。

 

「何、故……何故死なない……! 何故ッ、何故だッ!」

「私は死なんよ。第一魔法を起点とした呪いにより、強制的(・・・・)に蘇生される。全く忌々しいが、今回ばかりは役に立つ。貴様ら超越者(英霊)相手にはな」

 

 それを聞いたアルトリアが一瞬だけ真顔になり――――同時に狂気の笑みを浮かべた。

 

「そう、か――――つまり、無限に殺せるということか」

「……そういうことになるな」

それはいいことを聞いた(・・・・・・・・・・・)

 

 

 一瞬。

 

 

 一秒すら必要としなかった。

 

 死。死。死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。

 

 凡そ一分間にどれだけの殺害が行われたか。一秒あればアルトリアに取っては五十回殺すには十二分すぎる時間だ。最早遠慮する必要など無い。不要不要不要不要ただ不要。そんな物イラナイ。今必要なのは相手をどれだけ長く殺せるかの狂気と狂喜だけ。

 

「アハハハハハハハハハ■ハハハ■■■■ハハ■!!! 死ねェッ! 死ネェェエエェェエエエ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 本能に身を任せた殺戮。既にその場は常人が見たら吐いてしまうほどの凄惨たる景色へと変わっていた。血肉は飛び散り、血液は噴水の如く、骨や内臓はそこかしこへと放らせている。何とむごい有様か。

 

 そうやって五千回程殺した頃か、息が上がったアルトリアがその手をようやく止める。

 

 老人もまた、出来た時間によって完全に修復された。まるでビデオの巻き戻しだ。

 

「フーッ……フーッ……!!」

「……満足したならば、もう遊びは終わりだ。令呪を以て命ずる」

 

 令呪が光る。それはつまり――――そういうことだろう。

 

 制御不能な猛獣など誰が手元に負いたいと考えるか。与えられる結末を予想するのは簡単だ。アルトリアももう全てを諦めた瞳で、何も言わずにそれを受け止める。

 

 自分の不始末の責任は、自分で取るべきなのだから――――

 

「自害しろ、アヴェ――――「させるかクソジジイが……!」何……!?」

 

 その刹那、老人の手甲を一本の短剣が貫いた。黄金の装飾が成されているそれは、魔術師が見れば一見で高度な魔術礼装だという事が理解できる。

 更に刺された本人は、その効力をも理解した。

 

 理解した所で遅いが。

 

「……契約破棄の短剣よ。予定は狂ったけど……役に立った、みたい、ね……!」

「姉さん!」

 

 胸を抑えながら、血まみれになりながらもアルフェリアは立ちあがる。

 体は既に半透明になっている。もう消滅寸前だ。が、彼女は天秤が一ミリでも傾けばその瞬間消え去ってしまうほどの均衡を保ちながらどうにか身体を維持している。

 

 こんな事が出来たのは偏に彼女の魔術の手腕と、ギリギリで霊格への致命傷は避けられたことが要因だ。

 

 不味い状態なのは間違いない事実だが。

 

「アル! 再契約よ!」

「っ、はい!」

 

 サーヴァント同士の再契約。前代未聞以前に可能かすら不明なその行動だが、互いはそんな弱音など一切位は数に迷いなくその行動を実行する。

 

「――――告げる。汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら――――我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」

「――――我が名に懸け誓いを受ける……! 貴女を我が主として認めます、姉さん……!」

 

 ほとんど一瞬で行われた再契約。異例中の異例だが、成功してしまったモノは仕方ない。

 しかし、絶体絶命なのは依然変わりなく。消滅寸前の体で、アルフェリアは一体どうやってこの状況を乗り切ろうというのか。今アルトリアと契約した彼女は、その身の負担が倍増しているというのに。

 

「どうにか、して……逃げ、ないと……!」

「動かないでください姉さん! 傷が……!」

「――――全く見るに堪えん茶番よ。そうは思わんか? ユーブスタクハイト」

「――――珍しく意見が合ったな、マキリよ。何とも下らん茶番だ」

「「――――!?」」

 

 水面の上に展開された魔法陣から招かれざる客が二人も追加される。

 死んだはずの間桐家の創設者、間桐臓硯。冬の城の支配者、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。

 

 あの二人は、不味い。この状況は、非常に不味い――――。

 

「アダム、霊核は確保できたかのう」

「問題ない。先程そこに転がっていた奴から半分ほど奪い取った。逃げられたがな」

「ッ、貴方、ランスロットを……!!」

「……ふむ、かの湖の騎士だったか。ならば問題はあるまい」

 

 仄かに炎を放つ結晶体。それはランスロットのエーテル体の心臓とも言える霊核だった。半分だけとはいえ、霊核を抜きとられた英霊が無事なはずがない。急いで探して処置をせねば、いずれは消滅してしまう。

 

 そんな心配など知らんとでも言うように、アダムと呼ばれた老人は手の平にある霊核を三つに分け(・・・・・)、それぞれを間桐臓硯、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンの手へと移す。

 

 一体、何をしようと言うのか。

 

 ――――その答えは、思いのほか早く出てくる。

 

「そ、れは――――」

 

 三人の翁は、それぞれの手に聖遺物を持っていた。

 

 間桐臓硯はベルカシックの帯(・・・・・・・・)を。

 ユーブスタクハイトはヒュドラの毒矢の残骸(・・・・・・・・・・)を。

 アダムはよくわからない土塊(・・・・・・・・・)を。

 

「まさ、か」

 

 絶望が、始まる。

 

 

 

『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

 

 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

 

 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

 繰り返すつどに五度。

 

 ただ、満たされる刻を破却する

 

 ――――告げる。

 

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 

 誓いを此処に。

 

 我は常世総ての善と成る者、

 

 我は常世総ての悪を敷く者。

 

 汝三大の言霊を纏う七天、

 

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――』

 

 

 不協和音の三重奏。この世へ終焉をもたらす合唱は物の数分で幕を閉じ、カウントダウンを始める。

 

 不気味なほどに粘りのあるエーテルの奔流。怖気のするほどの狂気。そして威圧を放つ三体の『ナニカ(・・・)』が、二人の目の前に立っていた。

 

「……そん、な、馬鹿な……」

 

 夢なら冷めてと、何度心の中で叫んだだろうか。

 だって、目の前に立っている彼らを、見間違うはずもない。

 

 

 太陽の騎士――――ガウェイン。

 

 ギリシャ神話一の大英雄――――ヘラクレス。

 

 メソポタミア神話の神造兵器――――エルキドゥ。

 

 

 何の冗談だと、笑いしかこみ上げない。

 

 ――――なんだ、これは。一体、どうすればいいのだ?

 

 

「我が身に令呪を以て命ずる……!」

「逃がすかッ! 狂戦士ども、奴らを殺せ!!」

「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」」」

「アルトリアを連れて拠点へと転移しろッ!!」

 

 一秒がこれほど長く感じる瞬間があっただろうか。

 景色がゆっくり進んで行く。絶望の中でも抗う彼女の姿がそこにある。故に、抗おうとすたが故に――――こちらが一手早かった。

 

 空間が歪み二人の姿が掻き消える。その跡の空間を切るのは三体の狂戦士の獲物。

 当たれば、命は無かった。

 

「……逃がしたか」

「構わんよ。奴らはもはや虫の息。勝手に死んでいくじゃろう」

「計画の準備は整った。ならば始めよう、我らの悲願を叶えんがため」

 

 三人の老人は二人を逃がしたことなどもはや眼中になかった。

 最大級の手札が三つも手に加わった故に、彼らは逃がした二人を驚異と見做していなかったのだから。それが吉と出るか凶と出るか。結末は誰にもわからない。

 

 一瞬後、未遠川から全ての影が消え失せる。

 

 残されたのは見るも無残な破壊の跡と血に染まった川の水。

 

 それがただの前兆だと、誰が想像できたか。

 

 

 

 

 物語は終わりへと向かい始める。

 

 結末は絶望しかない最悪の結果(バッドエンド)か、それとも――――

 

 

 

 

 

 

「ふ~む、これは不味い。非常に不味い。どうした物か……。星の獣はとっくの昔に私の手から離れてしまったし、かといってこの庭に戦力と呼べるようなものなど……。んー……仕方ない、彼の姫君に頼み込んでみますか」

 

 

 

 

 

 物語は、まだ終わらない。

 

 

 

 




アハト翁「ウィーウィッシュアメリクリスマス」

妖怪ジジイ「ウィーウィッシュアメリクリスマス」

泥ジジイ「ウィーウィッシュアメリクリスマス&ハッピーニューイヤー」

麻婆「さぁ、クリスマスプレゼント(絶望の始まり)だ。受け取れ(愉悦」


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第三十話・水星の王と災厄の獣、ついでにロクデナシ

あけましておめでとうございます(恒例。

いやぁ、FGOアニメは正直期待半分で見ていましたが、予想以上にしっかりしていてビックリしました。そして追撃の如くApoアニメ化。アニメーター殺しのキャラたちが動く様が実に楽しみです(原作の方一巻しか持ってないのは内緒)。

ガチャ?ああ、通信エラーで一万が虚数へと吹き飛びました。死ねばいいのに(´・ω・)

話を戻して、ようやく聖杯戦争三日目終了です。

三日目です。


三 日 目 で す。


<被害一覧>
・倉庫街消滅(一日目)
・円蔵山一部消滅(二日目)
・アインツベルンの森消滅&ついでに周辺異界化(三日目)
・超級宝具衝突で起こった衝撃波でビル上部が十数単位で崩壊(三日目)
・冬木ハイアットホテル倒壊&近場の廃ビル上部消滅(三日目)
・サーヴァントの乱戦で廃車大量製造(三日目)
・F15J二機スクラップ化(三日目)
・未遠川防波堤一部倒壊(三日目)

(´・ω・)・・・神秘の隠匿?なにそれおいしいの?(すっ呆け

追記
設定齟齬の個所を修正しました。

※今回の話にはFGOにおける盛大なネタバレが組み込まれています。見たくない方はマスコット同士の乱闘時にある程度場面を飛ばすことを推奨します。


 第四次聖杯戦争監督役、言峰璃正にとっては、まさに疲弊の極みにある夜だった。

 

 彼に取って聖杯戦争の監視はこれで二度目だが――――まさか、まさかここまで騒ぎが収拾不可能なレベルにまで膨れ上がるとは、想像もつかなんだ。

 

 最早この問題の規模は聖堂教会だけで御せられるような物では無く、魔術協会も最大限協力することで『ようやく』希望が見えてきた程度には収拾できた。当然だが、目撃者は数知れず。

 これではもうUFOなどの馬鹿みたいな噂でもでっち上げるか、冬木市全域に幻覚作用のある薬品が広がったなど素っ頓狂なことを言い張らねば隠蔽どころでは無い騒ぎだ。

 

 何という、何という惨事だろうか。

 

 倉庫街が跡形も無く消滅し、円蔵山の一部が爆発で消え、挙句の果てにそこかしこでサーヴァント同士の乱戦祭りだ。これをどうやって社会に隠しきれというのか。無茶ぶりにも程がある。

 程があるが、やるしかないというのが現状の最も辛い所である。もう自分が何度ため息をついたのかわからない璃正。既に三桁を越える電話のコールが彼の精神を一々蝕んでいく。

 

 高層ホテルが一つ消滅し、余波で離れたビルの上部が大きく抉れ、自動車の被害は二桁を越える件数。挙句の果てに戦闘機が二機オジャンだ。一体どうしてこうなったと悲鳴を上げたいが、弱音は許されない。やることは山積みだ。

 

「……此度の仕事で、引退しても良いか」

 

 冗談抜きでそう思う璃正であった。

 

 彼ももう歳だ。体は衰え、顔も皺だらけ。そろそろ一線を引いても可笑しくない。幸い、後を託せる息子がいる。ならば快くこの座を明け渡すのが老齢者の務めだろう。

 

 絶え間ない電話の応酬がひと段落着いて、璃正はこめかみを揉みながら椅子へと深く背を預ける。もう深夜だ。不眠不休で働き続けたせいか、凄まじい疲労が身体に重石のように圧し掛かるのを璃正は感じる。

 

 これは少し休んだ方が良いか――――そう思い始めた頃、教会の大扉が静かに音を立てた。

 

「む……?」

 

 この言峰教会とその周辺は不可侵領域である。下手に誰も近づけない場所ゆえに、来るモノは参拝客か――――協力者である遠坂時臣と息子である言峰綺礼ぐらい。一体誰だと深く息を吐きながら席を立ち、招かれざる客の姿を見る。

 

「――――……綺礼か?」

 

 教会に入ってきていたのは息子である言峰綺礼。そう認識して璃正は安堵の息を漏らした。

 息子ならばここに来ても可笑しくは無い。大方定期報告だろう――――しかしその考えは綺礼の手の甲を見て変わることとなった。

 

「……綺礼、アサシンはどうした」

「この通り全ての令呪を使い果たしました故、報告に参りました。教会の保護を頼みに」

「そう、か。それは、ご苦労だった」

 

 よく頑張ったと励ましの言葉を贈る璃正だったが、彼は異様な違和感を肌で感じ始める。

 一体なんだ? と璃正は長年の勘の正体を探る。不気味なほどにねっとりとした視線、まるで獲物を狙い定めた様な猛獣が目の前に居るような感覚。

 いやまさか、目の前にいるのは深き信徒たる我が息子。そんな視線など持つはずがない。

 

 だが、これは、余りにも――――

 

「父上、一つ頼みがあります」

「……頼み、だと?」

「はい。何、大した頼みではありません。ただ――――その腕の令呪を頂きたいだけですよ」

「何――――?」

 

 何を言う、そう言い切る前に既に綺礼は動き始めていた。

 

 一気に離れた距離を詰める『活歩』。何の足さばきも見せず綺礼は父である璃正の懐へと死神の如く滑り込み、八極拳が最大限発揮される至近距離にて拳を放つ。

 狙いは心臓。一撃必殺、金剛八式・衝捶。高性能爆薬の炸裂に等しき衝撃を綺礼は遠慮なく璃正へと叩き込もうとした。

 

「ぬゥッ――――!?」

 

 だがそう簡単にやられる璃正では無い。彼は老齢の身ではあるが昔は歴戦の執行者でもあった身。その名残は未だに残り続けている。

 

 咄嗟に腕を交差させその一撃をガード。同時に後退することで衝撃を苦そうとするが、不意打ち同然の攻撃ゆえに完全に逸らし切れず骨に罅が入る結果となってしまう。しかし、死を免れただけ最良の結果と言えた。

 

「綺礼! 一体何を!?」

「そうですね。有体に言えば――――必要だから、でしょうか」

「必要、だと……? 己が父を殺めることが必要だというのか……?」

「安心してください父上。抵抗せねば、苦しむ必要は無い」

「何を馬鹿なことを……!!」

 

 勘は間違っていなかった。

 蝋燭の明かりで、今度こそはっきりと認識できる。すっかりと変わり果ててしまった――――いや、目覚めてしまった言峰綺礼という破綻者の笑みが。

 人間性など欠片も存在せぬ顔が。

 

「あ、あぁ、なんと、なんという……!」

 

 信じたくは無かった。啓蒙たる信徒の息子が、こんな獣を内に秘めていたという事を。

 

 一体、一体どこで間違えたというのか――――!!!

 

「何故だ、何故だ綺礼! 一体何がお前をそこまで歪ませたのだ!?」

「……父上、貴方は勘違いしている」

 

 嘲笑うかのような笑み。これでようやく璃正は確信する。これは、もう――――

 

 

「――――私は、最初から歪んでいたのですよ。貴方は何も間違っていない。……いや」

 

 

 ――――戻せない。

 

 

「貴方の間違いは――――私と言う人間を理解できなかったことだ、父上」

 

 

 間髪入れずに放たれる震脚。衝撃が床を伝わり璃正の足を麻痺させる。身動きが取れない。それはつまり、この殺し合いの勝者が今確定したという事。

 

 無慈悲に、実の父であるにもかかわらず綺礼はその拳を頭部を破壊せんと引き絞り――――

 

 

 

 

「――――Intensive Einascherung(我が敵の火葬は苛烈なるべし)――――」

 

 

 

 

 直前、二人の間にうねる炎の蛇が振り下ろされる。

 

「――――!?」

 

 突然の攻撃に驚いた綺礼は流石に不味いと判断したのか璃正から距離を取り、背後に居る新たな敵――――遠坂時臣へと視線を移した。

 予想外の来客。思わぬ展開だが、これはこれで面白いと綺礼は薄く微笑む。

 

「数日ぶりです我が師よ。体の調子はいかがでしょうか?」

「……綺礼、これは一体どう言う事か、説明してもらえるかな?」

「質問を質問で返すとは、あまり優雅では無いと――――」

 

 

「――――Schwert Glanzflamme(剣を模るのは栄光の炎に他ならない)

 

 

 時臣は最後まで台詞を聞くことなく、かつての弟子の眼前へと容赦なく杖の先から出した炎の剣を叩き付ける。

 今のは威嚇、最終通告だ。これ以上戯言を述べ立てるなら、此処で殺し合いをするという警告。

 

 だが綺礼は笑みを崩さ素、軽く肩をすくめるのみ。

 

「何故私が実の父に牙を剥いているか、ですか。何、簡単なことですよ。私が父や師を『裏切った』。考えこむまでも無い答えだ。それに何かご不満でも?」

「一体何が君をそうさせた。私だけならまだしも、璃正神父にまで何故……?」

「――――私の目的は地獄の具現。全ての生物の死。その先にある新たな誕生。そのために父の持つ預託令呪が必要だった。故に殺害しようとした」

「預託令呪は聖言により守られている。それを知らないわけでは無いだろう、綺礼」

 

 璃正の持つ預託令呪はその強奪を防ぐために聖言というプロテクトによって防護されている。故に魔術による奪取は事実上不可能であり、もし神父がそれを誰にも伝えず骸と化せばその令呪はただの死斑と化す。

 

 だが、綺礼は嗤い続ける。

 

「聖言? ああ、そんな物は彼の者(・・・)には無意味だ。創世神話の者たる彼の言葉一つでどうにでもなる問題を、何故気にする必要があるというのです」

「……綺礼、私は君が何を言っているのか理解出来ない」

「理解させるつもりは毛頭ございませんが」

「…………そうか」

 

 最早対話は不可能と断じ、時臣は杖を構えた。

 

 が――――

 

「ぐぅッ!!?」

 

 綺礼は時臣の相手などせず素早く魔力強化した黒鍵で璃正の右腕を切断。余りの速さと手際の良さに璃正は反応もできずその右腕をあっさりと奪われてしまう。

 

「綺礼!!」

「さらばだ我が父、我が師よ。その死は穏やかであることをお祈りしていますよ」

 

 そう言って綺礼は一瞬でこの場から消え去ってしまった。

 

 消える直前に見えた物は複雑怪奇、幾何学模様の未知の魔法陣。起こった現象からして、恐らく転移。しかも規模からして長距離転移だ。現代の魔術師なら血眼でその研究成果を奪い取ろうとするほどの超高難易度の魔術。

 だが魔術を学んで数年の綺礼が扱えるようなモノでは無い。それはつまり、それをあっさりと他者へと渡すような者がこの冬木に居るという事であり――――魔術師であるが故に遠坂時臣はぞっとした。

 

 あんなものがある限り、自分たちに逃げ場などどこにもないという事を知ったのだ。

 

 こんな物、悪夢以外にどう言い表せというのだろうか。

 

「神父! 腕を――――」

「……すまんが時臣君、治療を頼めるか」

「……わかりました」

 

 璃正の狼狽ぶりは尋常なものではない。

 

 だがその原因は信頼していた息子が裏切ったことでも、自分の腕を切り飛ばして奪っていったことでもない。――――何年も共に過ごしてきたにも関わらず、息子のことを何一つ理解していなかった自分への失望。それが今璃正の心を一番揺らしている感情であった。

 

「私は……何と愚かな……!」

 

 腕から滝のように溢れ出ていた血は時臣の宝石魔術により止まった。それに反比例するかのように璃正の感情はどんどん外へと溢れ出ていたが。

 無理も無い。彼は責任を感じている。

 

 自分が少しでも息子の事を理解出来ていれば、こんな惨劇は起こらなかったのではないかと言う自責に蝕まれているのだ。

 

「神父、落ち着いてください。監督役である貴方がそんな調子では、ここから先の行動に支障が出る」

「何……? 時臣君、一体何を……?」

「先程魔術協会から通達がありました。『セカンドオーナーとしてこの事態を早急に鎮静化せよ』と。ここから先、私はマスターでは無く冬木を管理する者として正式に聖堂教会へ協力を要請します」

「だがそれではマスターとしての動きが阻害され……ま、まさか」

「……恐らく私が最初の脱落者となったのでしょう。英雄王は私を見限り、令呪はこの通り私の手から消えました。故に、もう動きを自重する意味はありません」

 

 その手に存在していた痣は既に消えている。それはつまり、時臣は公的に一番最初に脱落したマスターということである。ならばもう裏でコソコソと手を回す必要は無い。此処からはセカンドオーナーとして全霊を賭して事態を落ち着かせなければならない。

 

 むしろ変に制限がないので都合がいい。不幸中の幸い、とでも言えばよいのか。

 

「監督役として、明日の朝至急全陣営の集合を呼び掛けてください。無期限の停戦を宣言し、聖杯戦争を掻き回している者どもを全力で叩く必要がある。冬木全市民の避難も場合によってはしなければならなくなる」

「……時臣君、一体この冬木で、何が起こっているというのだ……?」

「…………わかりません。しかし確実なのは――――」

 

 開いた扉から入り込む夜風が、酷く不快だと感じる時臣。まるで死神の抱擁の如く、風はねっとりと体を包み不穏な空気を教会に満ちさせる。

 

 最悪の日々が始まると言うように。

 

 

「――――最早、聖杯戦争どころでは無い」

 

 

 事実上この瞬間、聖杯戦争は終了した。

 

 新しい戦争の合図代わりに。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 景色が変わった。

 

 知っている。今では大切な思い出の場であり、帰るべき場所。

 

 そう理解した瞬間、ボロ屑のようになった四肢が雑巾の様に床に叩き付けられる。

 全身を駆けまわる激痛。連続の激戦で疲弊しきった身体と精神がやすりに削られるような不快感を、私は味わった。

 

 無事な個所は、一体幾つ残っているのだろうか。

 

「ね、姉さん……! 大丈夫ですか!」

「あ、あはは……ちょっとやばいかも……」

 

 実際はちょっとどころか死ぬ一歩手前だが。

 

「――――――――ッ、ぐ、ごはっ……!」

 

 喉から込み上げる血が口から飛び出し床を濡らす。同時に、私の体から光が漏れ出てきた。

 出てきた光は少しずつ形を形成し、やがては人間の姿を現出させる。人間形態のハクだ。英雄王と戦ったときからずっと私の心臓と同化していたのだ。

 

 人間の姿になったハクは力無く体を倒れさせる。意識が無いのだろう。全身傷だらけに心臓停止(・・・・)寸前だ。自前の再生力で数分すれば目覚めるだろうし、問題は私の方か。

 

 大体二、三十分は同化していただろうから、ああ、これは相当高くつくな(・・・・・・・)――――

 

 

「ご、ぁあが、は――――ッ!!?」

 

 

 心臓が潰れたかと錯覚する。いや、実際に潰れかけた(・・・・・・・・)。血流が一気に不安定になり手足の感覚が一気に消滅する。

 

 不味い。不味い不味い不味い。

 

 意図せず口から壊れた蛇口の如く吐き出される赤黒い血。反動で動脈が弾け跳んだか、畜生め。

 

 力が入らない手元から『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)』が零れ落ちる。最早剣一本保持する力すら残っていないらしい。

 

 剣の状態から直ぐにルージュは人の形へと変形。これ以上ないほど焦燥とした顔で私の胸に手を当てる。

 

「姉さんッ!」

「だ、いじょ、うぶ……大丈夫、だか――――ぼごっ」

「全然大丈夫じゃないわよ馬鹿! 何なのよこの脈拍……! 人間、いや生物がしていい物じゃないでしょ!?」

 

 本来なら一定の間隔で鳴るはずの心拍音は凄まじく不安定になっている。小さかったり大きかったりとさながら波のように激しく変化し、無駄に血管に負担をかけている。そのせいで体内の血管のほとんどがほぼ同時に破裂した。

 

 証拠として口、鼻、目、耳。ありとあらゆる穴から血がとめどなく溢れる。

 

 ああクソ、死ぬ。たださえ体を構成するエーテル体の維持に全力を注いでいるというのに、現実は容赦なく私の体から体力をそぎ落としていく。私にここで果てろとでも言いたいのか。

 

 だがその要望は、死んでもお断りだ。

 

 ようやく、ようやく愛しの妹と再会できたのだ。

 

 ようやく、その手の温もりを手に取れたのだ。

 

 なのにここで死ぬとか、ふざけるな。私を舐めているのか。

 

 死んでも、死んでたまるか――――ッ。

 

「ふーっ、ふーっ…………!」

「姉さん、姉さん……!」

「死ね、ない……! 誓った、んだ……生きることから、逃げない、って――――皆と、一緒に――――」

「ダメっ、私の魔術じゃ、時間稼ぎが精一杯……! もう、これじゃ――――!」

 

 脳に血液が回らない。

 考えることすら難しくなってきている。

 

 流石にこれは、本気で――――不味っ――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――。

 

 

 

 ―――――――――。

 

 

 

 ――――まだ、果てるな。

 

 

 

 ――――お前は、私を撃退してみせた。星を降ろした(・・・・・・)のだ。そんなお前がこんな所で終わっていいわけがない。

 

 

 

 ――――私を倒して見せた褒美だ。

 

 

 

 ――――力を貸そう。我が強敵()よ。

 

 

 

 ――――其方に、水星の加護を――――――――。

 

 

 

 

 

 目を、開く。

 

 割れたガラス破片の様に散乱している空間の欠片(・・・・・)。さながら内側から無理やり抉じ開けたかのような惨状だ。いや、間違っていない。何せその空間を自由に出入りできるのは私の許可なしでは不可能なのだから。

 

 ――――だがやはり、星を千年単位で封じ込めるのは中々無理があったらしい。

 

「……姉、さん? え……?」

「ッ――――そんな、まさか……!」

 

 この場に現れた『ソレ』を見て、アルトリアは茫然とし、ルージュは氷漬けになった様に固まった。

 

 仕方ないだろう。ルージュにとってはアレは己が最愛の親友の死因でもあり、そしてアルトリアにとっては姉とブリテンが滅ぶ一因となった忌むべき最凶最悪の敵。

 かつてその巨体で島国の環境を容赦なく侵食した水星の王。

 

 

 

 最強の一(アルテミット・ワン)水星の体現者(タイプ・マアキュリー)、ORT。

 

 

 

 虚数空間という永久の牢獄に閉じ込めていたはずの大蜘蛛は、千五百年という時を経て現世に再臨した。

 

 ……ただし、(アルフェリア)という姿を模って。

 

「ね、姉さんが……二人……?」

「――――肉体的な話ならばその問いには『そうだ』と答えよう。だが精神的な話ならば『違う』と言う。この肉体は、かつてこの身を半分以上殺して見せた者の細胞一つ一つを再現して作り上げた触覚だ。中身は違う」

「何、を……」

「そこを退け、楔の王。真祖の虚像。その者の命を助けたければ」

「「っ…………!」」

 

 威圧。

 

 それだけでアルトリアが全身を握りつぶされたような息苦しさを感じた。

 目の前に居るのは星その物。この圧力に耐えられるのは同じアルテミット・ワンか、かつて水星の王と刃を交えた超越者のみ。超一級の英霊や元とはいえ真祖でも、耐えられるはずもなかった。

 

「あな、たは――――」

「動くな。危害を加えようと言うわけでは無い。ただの治療だ」

「な、んで」

 

 姿は自分の物だが、その気迫は知っている。忘れるわけがない。努力によって極地に至った私でも終ぞ叶わなかった相手にして、己の身を滅ぼした神をも超える水星の代弁者。それが何故、自分を助ける。

 

 殺す理由はあれど、助ける理由など無いはずなのに――――。

 

「――――■■■■■■■■――――」

 

 人の脳では理解不能な言語が紡がれる。それと同時にORTの手が私の肌に触れ、そこから水晶が生え広がっていく。侵食? 違う、埋めている(・・・・・)。身体の欠損をORTが作り出す水晶によって補完しているのだ。

 

 水晶が全身を埋め尽くした瞬間、パリンという軽やかな音と共に水晶が弾け砕ける。

 後に残ったのは、まるで何事も無かったかのように傷一つ無くピンピンしている私の体。

 

 本当に、ただ直してくれただけの様だ。

 

「……どうして?」

「――――長き時を平穏に過ごせる寝床を与えてくれたのだ。確かにあの時は……体の半分以上を吹き飛ばされたが、水星がある限り私は死なない以上、大したことでは無い。私に取っては感謝する理由はあれど、害をなす理由は無い」

「えぇ……」

 

 こいつの基準がよくわからない。

 

 えっと、体の欠損はどうせ治るから別にどうでもいいけど、静かな寝床を与えてくれたことには感謝しているってこと? そ、それでいいのか水星のアルテミット・ワン…………。

 

「っ――――まさか、あなたは……あの大蜘蛛っ……!!」

「そうだ。私が貴様らの国を襲った」

「…………ッ!!!」

 

 アルトリアの手がこれでもかというほど震えていた。何せ故国滅亡における最大の一因が目の前に居るのだ。今にも切りかかりたい気持ちだろう。

 

 だが、叶わないと本能と理性が理解してしまっている。

 

 星の聖剣を振るう彼女だから嫌でも理解せざるを得ないのだ。相手の強大さを。

 

「恨むなら恨め。貴様にはその資格がある」

「…………言われずとも、恨んでいる……!!」

 

 そう吐き捨てるように言い、それきりアルトリアはORTから視線を逸らした。

 せめてその姿を目に入れないことだけが、彼女にできる精一杯の反抗だったが故に。

 

「えっと、それよりどうやって此処に……? 虚数空間に閉じ込めていたはずなのに……」

「お前の死骸から取り込んだ知識を解析することで、人一人が通れるぐらいの孔は作れた。肝心の本体が通れなかったが故に、捕食した貴様の肉体を再現し、触覚として現世に放っただけのこと。割と快適で気に入っている」

「そ、そう。ならよかった」

 

 全然よくないけど。

 

「そして、私はお前に『褒美』を渡さねばなるまい」

「へ?」

「私は貴様を取り込むまで、何も知らずにいた。人を知らず、感情を知らず、本能のまま動いていた。お前のおかげで、私は色々な物を知れた。お前の人生を見て、憧憬した。人の世は素晴らしい物だと、教えてくれた。……それに、この私を倒したのだ。何の見返りもないのはいささかつまらないだろう? 故に――――」

 

 ぐいっっと、ORTは理由は不明だがその顔を私に近付ける。鼻と鼻が触れ合いそうなほどに近い距離だ。改めて考えると自分と同じ顔が近くにあるって、中々に不気味だな。

 

 しかし、い、一体何をするつもりなのだろうか……? 褒美? まさか金銀財宝でも恵んでくれるのか……?

 

 

 

 

「――――我が伴侶になることを許そう」

 

 

 

 

 

 ――――ズキュゥゥゥゥゥゥゥウン!!!

 

 

 

 ……は?

 

「なぁぁぁぁあああああッ!!?!?」

「あらあら。随分激しいスキンシップね」

「安心しろ、悪いようにはしない。ちょっと水星まで行き永住するだけだ。簡単だろう? ――――ああ、そうか。これが『恋』か。ふむ、悪くない」

「えっちょ待っ、は? は!?」

 

 どうしてこうなった。

 

 なんで私は自分のそっくりさんに接吻されてるんだ。いやそもそも相手アルテミット・ワンなんだけど。ナニコレ。私の幸運A+なのにどうしてこんな意味不明な事態に巻き込まれているんだ。やっぱり私の幸運パラメータって悪運的な何かだったんだね(白目)。

 

 ……そんなことよりアルトリア=サン、どうして纏っている空気がアヴェンジャー時代に回帰しているんでしょうか。

 

「貴様ぁ……私から国だけでなくよもや姉さんまで奪う気かァ……!」

「ふん、私程度に奪われるのならば、貴様は所詮それまでの器。大人しく諦めるがいい」

「――――ブチ殺ス」

「――――フッ、いいだろう。かかってこい」

 

 そしてどうして二人は臨戦態勢になっているのでしょうか。待って、私のために争わないで。冬木どころか日本が吹き飛ぶ。

 

 流石にこれは不味いので私はすぐに止めようとする。

 しかしふと自分の体に何かが乗っかっていることに気付いて、自分の視線を下の方に向けた。

 

 よくわからないモフモフがお腹の上に乗っかっていた。

 

 えーと、何これ?

 

「フォーウ」

「え? ええ?」

 

 その変な生き物は私の体をよじ登り、頬ずりしてくる。不思議と良い感触だ。ずっと撫でていたいと思えるほどには。ていうか可愛い。可愛いよこの子。

 

「あははっ、くすぐったいよ~」

「フォウ! フォウフォーウ!」

「――――なぁッ!!? キャ、キャスパリーグ!?!?」

「ん? どうしたの、アル?」

「姉さん直ぐに離れてください! それはエクスカリバーが直撃しても死ななかった災厄の獣ですよ!!?」

「? あー、あのケイ兄さんの部隊がボコボコにされたっていう?」

 

 確か百八十人ぐらいボコボコにされたんだっけ。ついでにあるのエクスカリバーで斬りつけても致命傷負わなかったり、鎧を爪で引き裂いたりと中々の怪物だったらしい。私は討伐に向かわなかったので(というか料理の普及で忙しかったので)面識はないんだが。

 

 ……いや、待て。どこかで会った気がする。どこでだっけ……?

 

「で、でもキャスパリーグはマーリンが引き取って無力化させていたはず……。どうしてここに……?」

 

 え? マーリン?

 

 その名を聞いた瞬間酷く嫌な予感が脳裏をよぎる。いや、まさかまさか。あのアンポンタンで頭の中お花畑のロクデナシ魔術師がこんな所に現れるわけがない。わけない……つか来るな。来るなよ? 絶対に来るなよ? 絶対だぞ?

 

 

 

 

『フゥーハハハ! 言われて飛び出て只今参上! 観客の皆さまの声にお応えして、花びらと共に現れましょう! 歓声と拍手を以てお迎えいただきたい! ブリテンが花の魔術師! アヴァロン在住、千五百年間引き籠りという記録は此処で打ち止め! さぁ、いざ行かん我が友の元へ!』

 

 

 

 

 この場が光で包まれる。

 

 どうやら、嫌な予感は的中した様だ。自分の勘の良さが偶にホント、心底嫌になる。寄りによってこいつの来訪を予知したのだから。

 いや、こう言う場合は心の準備ができることを感謝すべきか――――。

 

 光が収まると、無数の花びらが舞う光景が眼前に広がった。そして爆心地――――失礼、その中心には白いローブを着込んだ白髪の青年(?)が手を広げて立っている。

 

 間違いなくブリテン一のキング・オブ・クソヤロウ。世界を見通す千里眼の持ち主にして、今はアヴァロンに引きこもっているニートメイガス。

 

 

 ――――ブリテン産キングメーカーにしてトラブルメーカー、マーリンがやってきやがった。

 

 

「うわっ」

 

 思わずそんな声が出てしまった私は絶対に悪くない。むしろ妥当な反応だ。ほら、行き成りゴキブリが視界の中に入ったら顔が引き攣ってくるでしょう? それと大差ない。つまり私は全然悪くない。むしろ普通なのだ。

 

「ははっ、久方ぶりの再会の第一声が『うわっ』って、酷くないかい? まぁなんだ、君と私は親友だからね。そんな細かいことは流すとしよう」

 

 少なくとも私は貴方を友人と思ったことは一度も無いんだがな。腐れ縁と思ったことは何度もあるが。

 

「では、初対面の方もいるようなので改めて自己紹介しよう。私はみんなの頼れるお兄さん、人呼んで花の魔術師。マーリ「マーリンシスベシフォーウ!!」ドフォーウ!?」

 

 自己紹介の途中でマーリンが謎の生物の超電磁ス○ンでふっ飛ばされた。

 ナイス攻撃。いいぞ、そのままノックアウトしてしまえ。

 

「フォーウ! フォウフォウフォウファ――――!!(訳:人が快適に過ごしていたというのに、よくも庭から追い出してくれやがったなこのノータリン!)」

「なんてことをするんだこの凶獣! 長年世話してやった恩も忘れて! この! この!」

「フォウフォーウ! フォフォフォフォウフォウフォーウ!(訳:その場の気分でほっぽり出した挙句この様じゃねーかこのマヌケ!)」

「ぐっ……反論できない……!」

 

 な、なんだろう。全然言葉がわからないのに、なんとなくわかる気がする。ていうかあの変な生き物と同レベルの戦いをするマーリンって……いや、ある意味小動物と同レベルと言えば同レベルだが。その場のノリと快楽で動くところとか特に。

 

 ――――が、いきなり場の空気の温度が一気に下がる。

 

 物理的には一切の変化が無いが、濃密な殺気が場に満ちたことで全員が押し黙ってしまったのだ。ORTは涼しそうな顔をしているが。

 

 そして、そんな殺気の持ち主とは――――。

 

 

「お、前っ……あの時の犬っコロかぁぁぁぁぁっ!!」

「フォウ! フォ――――――――ウ!!」

 

 

 何と予想外にも、ハクが放ったものであった。この変な可愛い生き物とは初対面のはずなのに、どうしてこんなに怒った顔をしているのだろう。

 確かにあの犬(・・・)と雰囲気が似てはいるけれども――――。

 

「うがぁ――――っ!!」

「ファ―――――!?」

 

 事態がよく把握できないが、私の理解を待たずにハクは白いモフモフと格闘戦を始めた。床の上でゴロゴロと転げまわりながらお互いの頬を引っ張り合っている様は、微笑ましい……のか?

 

「ちょ、ちょっとハク!? どうしたのいきなり!?」

「ごひゅひんはは! こひふあふぉふぉひほ!」

「はい?」

「ぷはっ――――あの時の、あの犬ですよ! ご主人様の背中を狙い、私の右腕を持って行きやがった抑止力の怪物!」

「…………は?」

 

 抑止力の、怪物? いや、そんな、まさか――――。

 

 その事実を否定しようとする私。だが隣でマーリンが清々しい顔をしながら、有り難くも無い爆弾を落としてくれた。しかも最悪級のを。

 

「キャスパリーグ。かつてブリテンで猛威を振るった異形の怪物。また、その身に持つ異名は、『白い獣』、『ガイアの怪物』。朱い月の候補であり黒血の月蝕姫の二つ名を持つ真祖と死徒の混血、死徒の王、アルトルージュ・ブリュンスタッドの忠実な猛犬でもあり――――我々人類がいつか討つべき悪の一つでもある七つの獣の内一匹」

「…………マーリン、貴方、何言って」

 

 こんな時に限ってふざけるなよ。そんな私の心の声は――――次の言葉で完全に掻き消された。

 

 

「人類悪、『比較』の理を持つ第四の獣、キャスパリーグ。平行世界では死徒二十七祖、第一位。とも呼ばれているね。またの名を――――『霊長の殺人者(プライミッツ・マーダー)』。因みに、私の元使い魔でもある奴だ」

 

 

 …………何を、言えば、いいんだろうか。

 

 

「あっはっは、まさか無力化を図ったはずなのに最悪の結果で帰ってくるとは思わなかったよ! 僕は『美しいもの』を見てこいと言ったはずなのに、まさか死徒の王と接触してしまったとは。いやはや、これは実に予想外! 不幸中の幸いなのはキャスパリーグがまだ半覚醒状態なこと――――」

「マーリン」

「ん? 何だい?」

 

 

 

 

 

 

「何しとんじゃテメェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエッ!!!!!」

「うぼあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああッ!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 私は衝動のままにクソヤロウ(マーリン)の顔面を蹴り飛ばした。

 吹き飛んだ先には壁があったが、それを容易く突き破ってマーリンは夜空の白い流れ星と化す――――わけも無く、草だらけの庭に頭から突っ込んだ。

 

 ――――庭は庭でも、拠点防衛のために用意した侵入者撃退用魔術がはびこる魔境だが。

 

『ちょっ、頭が埋まって動けな――――うひゃぁぁぁぁぁ!? 待って! お尻! お尻に魔力砲はらめぇぇぇぇぇぇぇえ!! アッ―――――――――!!』

 

 アホの悲鳴を無視して、私は過去最大級の疲労を味わって四つん這いになって嘆く。

 

 何であんな奴を早々にブリテンから追い出さなかったんだろうか。過去の自分が一体何を考えていたのかよくわからなくなった。まさかあいつに情でも移ったのか? あの? ブリテンナンバーワンの悪辣さを持つ遊び人に? HAHAHA! ……死にたい。

 

「姉上! なんか帰ってきて早々クソヤロウの悲鳴が聞こえるんだが!」

 

 そんな私に癒しが登場。モードレッドがランスロット、雁夜、桜、氷室、ヨシュアを抱えて帰還してきた。どうやらやられて気絶した味方たちを回収してきてくれたらしい。ああ、何と頼りになる姪、もとい妹であろうか。見ているだけで心が安らいでいく……。

 

「姉さん! 私も! 私も見てください! そして癒されてください! さぁ、新鮮なアルトリウムですよ!」

「んなぁーっ! 父上ずるいずるい! 俺が先だぞー!」

「馬鹿を言え。アレは私の伴侶だ。まずは私が先に抱きしめる」

「誰だよテメェ! ――――って姉上と同じ顔ー!?」

「……カオスね」

 

 最後のルージュの台詞に心底から同意した。

 

 まぁ、騒がしいが、それは平和が戻ってきたという事と同義だ。此処は感謝して、この騒々しさを楽しもう。

 

 

 

 これで、やっと――――

 

 

 

「姉さん?」

「姉上?」

「ん? おい、どうした我が伴侶」

 

 

 

 ――――また、あの日常が――――戻っ、て―――――――――

 

 

 

「ね、姉さん!? お、起きてください! 姉さん――――ッ!!」

「姉上! クソッ、気絶してる!」

「過労に、魔力切れの兆候だ。直ぐに魔力を供給せねばならない。このままでは――――」

 

 

 

 

 ――――私、色々、頑張った、から……今、だけ…………今、だけは――――

 

 

 

 

 

 ――――休んで、いいよ、ね…………?――――

 

 

 

 

 

 

 私の意識は、そこから途切れた。

 

 

 

 

 

 




<悲報>
チート姉貴、ついに過労(+魔力切れ寸前)でぶっ倒れる。

英雄王戦で既に消滅一歩手前の満身創痍だったのに、そこに致命傷入れられればそりゃ倒れますわな。

しかし今回もまたカオスな回だったなぁ・・・。
ドジっ蜘蛛ORTちゃん(人間形態&触覚)脱獄&求婚、プライミッツ・マーダー再来、ブリテンナンバーワンの性質悪い魔術師マーリン登場(尚速攻でボッシュート)。

星のアルテミット・ワンと人類悪とグランド候補が畳みかける様に出てくるという混沌具合。ナニコレ?(;´∀`)

マーリン「手助けに来たけど蹴り飛ばされた挙句肛門に魔力砲を叩き込まれた件について」
フォウさん「他人の迷惑にならない様に人里離れた場所に籠っていたら追い出された挙句人類悪覚醒一歩手前にまでなっている件について」
アルフェ「そして第一ブリテン決戦時にソレが襲来していた件について」
アルトリア「ちょっとそこに座れマーリン(無言のエクスカリバー構え)」
マーリン「」

FGO時空ならともかく、月姫時空でこいつがやらかしたことは色々とアレ過ぎると思うの(小並感。


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Material Open~Knights of the Round~

お久しぶりでございます皆さん。金髪大好き野郎(虐めないとは言ってない)です。

気づけば前回の更新から三週間近く経過してしまいました。申し訳ありません。
一応現在も執筆中ですが、学年末試験が迫っているせいで近々余裕がなくあまり時間が取れない状況なので完成度は未だ7~8割・・・本当に申し訳なく感じております。まさかここまで更新が遅れることになってしまうとは・・・。

一応本編は2月頃には更新できそうです。それまでまったりと気長にお待ちいただけたら幸いです。

繋ぎとしてここまで見てくれた方用に一部サーヴァントの情報をまとめた物を投下。ついでにおまけとして円卓の何人かのマテリアルも公開します。
正直設定練ったはいいものの、出せる気配が全然なくてデスネ(´・ω・)

楽しんでいただけたらなによりです。因みにここまで読んでくれた方用にまとめたので、割とネタバレが多いです。注意してね。

あと気が向いたら新しい情報を投下するかもしれない・・・タブンネ。



あ、ちなみに武蔵ちゃんとキング破産ゲフンゲフン山の翁さんとエドモンは無事に合計二万以内で引けました。やったぜ(コロンビアAA略


 【真名】アルフェリア・ペンドラゴン

 

 【性別】女性

 

 【身長・体重】171cm/58Kg

 

 【スリーサイズ】B84/W56/H82

 

 【出典】アーサー王伝説

 

 【出身】イギリス

 

 【属性】中立・善

 

 【イメージカラー】白銀

 

 【特技】家事スキル全般、道具作り

 

 【好きなもの】家族、仲間

 

 【嫌いなもの】色々雑な奴、妙に飾り過ぎた代物など

 

 【天敵】マーリン

 

 

 <概要>

 

 

 第四次聖杯戦争にてヨシュア・エーデルシュタインに召喚されたキャスターのサーヴァント。本物の貴金属すら霞む銀色の髪と双眸を持ち、黄金比ともいえるプロポーションを持つ絶世の美女。黒のローブとその下に軽装鎧を身に纏った(とてもじゃないが)魔術師とは思えぬ風貌と性格が特徴。

 戦闘スタイルは基本的に白兵戦。ただし相応の相手が現れた場合、魔術を駆使したトリッキーな戦法で反撃すら許さない一方的な戦いを繰り広げる。

 

 本来この世界に存在しなかった者であり、どこかの世界から魂が転生し生まれた存在。

 性格は努力家。どんなに自身が優れていようが努力は怠らず才能を磨き続ける。その弊害か自己評価は最低。常時自分という存在を下に置き、『家族』と認めた者を上に置き絶対守護を約束する。

 

 真名はアルフェリア・ペンドラゴン。

 

 出生が謎に包まれた者であるが、最初から最後までブリテンの君主アーサーを支え続けた女性であり、国をその身を捧げて救い上げた救国の聖女でもある。その献身は全ての国民を魅了し、彼女が命を落とした時は例外なく全ての者が悲しんだ。

 所持している鞘『忘却されし理想郷(ミラージュ・アヴァロン)』によって肉体年齢が二十歳前後に抑制され寿命が数千歳にまで伸びており、実質不老。正確は良くも悪くもお人よし。ただし身内に危害を加える外敵に対しては容赦なく殺戮機械として振舞い、地の果てまで追って始末する残虐性も併せ持っている。

 子供の頃は普通の性格ではあったのだが、諸事情により自分に引け目を感じており『自分は幸せになるべきでは無い』という考えが積もりに積もったせいか恋愛感情が酷く鈍くなっている。というより、気づかない様に『出来て』しまった。その歪みのせいで酷く歪な性質の献身を多々見せる。

 

 しかし多少歪んでいても尚その美貌と母性的な有様は異性だけでなく同性すら魅了し、そこに居るだけで組織の中核と化す。が、本人は無自覚な上『自分に価値は無い』と思いこんでいるので非常に性質が悪い。

 何せ彼女は中核の役目を負っているのにもかかわらず軽々しく自分の命を投げ出す危険な性質を保有しているのだから。

 

 彼女は気づけなかった。他者に取って己が最も価値のある者であると。故に彼女は己が身を捧げられた。捧げてしまった。それがブリテンの崩壊に繋がる最大の一手だというのにも関わらず。

 

 聖杯に託す願いは『円卓の騎士の再臨』。現代にて第二のブリテンを再誕させることこそ、祖国の崩壊へと道を繋いでしまった、だが過去改変を否定する彼女が渇望する願いである。

 

 ――――だが、その願いは他の者への引け目から来る願いであり、『彼女自身』の願いでは無いことはアルフェリアは気づいていない。

 

 もしそれに気づかせてくれるものが居るのならば、きっと――――

 

 ――――その正体は様々な神話体系の神々が作り上げた最高の神造兵器人間。『ある者』への抑止と神と人のつながりを戻すことを目的として創造されたが、中に入れた魂が制御できない程濃密なものだったせいかまともに操ることもできず、結果的に骨折り損になってしまった神々泣かせでもある。

 が、その役目は何の因果か死後果たすことになる。

 

 課せられた役目は『原初の人間(アダム)の暴走時に置ける抑止力』。数千年の年月を重ね、膨大な実戦経験を積み重ねた人類最初の魔法使いを打倒するために創りだされたため、凄まじい学習能力と潜在能力(ポテンシャル)を秘めている。その多才さは数ある英雄の中でも抜きんでており、武術・魔術・学術等々場所を選ばす専門家顔負けの経験・知識を一瞬で積み上げることができる。

 時間さえあれば神すら容易く殺せる存在と化すだろう。神々の最高傑作(ラストナンバー)の名は伊達では無い。

 

 

 <能力>

 

 

 魔術を修めてはいるが基本的には剣による白兵戦を好む。黄金剣『偽造されし黄金の剣(コールブラント・イマーシュ)』、吸血剣『紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイブ・オマージュ)』による二刀流もさながら、奥の手であり対星宝具・神剣『夢幻なる理想郷(アルカディア)』による最大出力攻撃『終幕を降ろす白銀の理想郷(カーテンコール・アルカディア)』による絶対即死攻撃は万物を屠る威力を叩き出す。

 剣を失い徒手空拳になろうとも、(何故か)習得している魔改造八極拳によって的確に人体を破壊できるので油断ができない。

 

 ステータスも高水準であり、よほどへっぽこなマスターでない限り大半のステータスがAランクオーバーという破格のスペックを誇る。魔術回路の開閉すらまともに行えない半人前でも多少低下することはあるだろうが、だとしても本人の技量が規格外故に他の英霊に後れを取ることはまずない。

 

 戦闘可能な環境は選ばない。陸だろうが空だろうが水上だろうがお構いなしに彼女はフルスペックを発揮できる。陸は言わずもがな、空中では人外染みた魔力制御による魔力放出によって超高速三次元軌道を披露し、水上であっても湖の精霊の加護によって水面上を駆けることができる。水中に沈んだとしても焼け石に水程度の効果しかないだろう。

 

 燃費はスペックと比較すれば凄まじく良心的。超A級サーヴァント数体分の実力を持つサーヴァントをたかが一体分の燃費で運用できると考えれば費用対効果はトップクラス(彼女自身の魔力生産能力によって負担の大半を賄えるため)。

 召喚すればほぼ優勝は確約していると言っても過言では無い。

 

 欠点は襲わなければ反撃しないという非積極的なスタイルくらいか。それでも必要に迫られれば必ず標的を抹殺する機械と化し、一度狙われたら逃げることはまず不可能だろう。

 というか本気を出せば聖杯戦争が一日二日で終了する可能性すら否めない。それでも本気を出さないのは慢心では無く、単純に彼女が非好戦的である証なのだ。

 

 その弱点を突き、六騎全てのサーヴァントで叩こうとするなら勝機が見えるかもしれない。一応マスターの方を狙うという方法もあるが、それを行おうとすれば最後彼女の『粛清』が約束されているのであまりお勧めはしない。

 

 魔術回路は確認できる限り(・・・・・・・)4521本。(後天的に改造されたとはいえ)現代の魔術師とは比較することすら烏滸がましい量であり、単純な単身での魔力生成力だけなら人類史上でも右に出る物は居ない。更に属性が『不定(ノンフォルム)』という形を持たない物なため、『剣』などよほどユニークなもので無い限りどんな属性でも使用可能。魔力総量と扱えるバリエーションの数、共に最高峰の魔術師である。

 

 ただし千里眼は所有していないためグランドキャスターの適正は持たない上に、魔術もマーリンから教えてもらった物を独自発展させたものであるため、魔術の質はコルキスの魔女メディアに劣り、魔術師としての完成度はマーリンら千里眼持ちに一歩譲る。更に(外敵ならともかく)非情になり切れないので、魔術師としては一言で言えば『究極に限りなく近い最上』。

 

 余談だが彼女は膨大な経験と知識により、他人が構築している術式に強制介入し(ただしメディアレベルは不可能)魔術を強制終了させる『術式強制解除(ディスペル・オーダー)』という奥義を生み出している。がしかし、聖杯戦争という関係上彼女以外の魔術師の英霊が存在しないので使う機会は残念ながら訪れなかった。

 この奥義の存在によりメディアやマーリン未満の魔術師は問答無用で一方的に無力化される。

 

 生前の相棒である竜種の王『ハク』を乗りこなしたドラゴンライダーでもある。騎乗の経験は無いはずだが、持前の直感の身で完璧に乗りこなしており、その関係上ライダークラスで無くとも幻想種の騎乗が可能(ただし竜王ハクはライダークラスでないとこちらからは(・・・・・・)呼び出せないが)。

 そう言った理由で、彼女が戦力として最も期待できる(宝具の数的な意味でも)クラスはライダーである。

 

 宝具の原典などを虚数空間内に保管しているため、どのクラスでも生前猛威を振るい続けた超級宝具の数々を扱うことができる。要するにクラスの意味がほとんど機能していないサーヴァント。他の陣営からしてみれば悪夢の一言。

 

 正面から打ち破れる可能性があるのは『マハーバーラタ』の施しの英雄カルナ、授かりの英雄アルジュナ。『ニーベルンゲンの指輪』の竜殺しの英雄ジークフリート。『ギルガメッシュ叙事詩』の英雄王ギルガメッシュ、神造兵器エルキドゥ。『ケルト神話』の影の国の女王スカサハ。『ギリシア神話』の大英雄ヘラクレス、不死身の英雄アキレウス。『古代エジプトのファラオ』の神王オジマンディアス。『旧約聖書』の魔術王ソロモン。『暗殺教団教祖』の初代”山の翁”ハサン・サッバーハなど――――少なくとも最高レベルの英霊で無ければ対抗すらままならないだろう。

 

 例外として円卓関係者であれば一定以上のステータスダウンが望める。が、関係者である以上お互いの手の内は知り尽くしているので、ぶっちゃけ対峙する以前に勝負が決まっている。撃退やある程度の時間稼ぎはできるだろうが、そもそも彼女の関係者が彼女に敵対すること自体まずありえないので、結末は言わずとも分かるだろう。

 要するに最終的に根負けして勢力に取り込まれるので、結論的に言えば知り合いであるなら”絶対”に勝てない。むしろ身内では無い方がまだ勝機が存在している。

 

 総評――――近接戦、中距離戦、遠距離戦全てにおいて隙が無い最高峰サーヴァントの一角。

 

 もし彼女が負けるならば、可能性が高いのは彼女の関係者に高ランクの狂化を掛けて嗾けるか(アルフェリアは性格上関係者は殺せない)、地力で拮抗できる同じ規格外のサーヴァントをぶつけるか、マスターの排除しかありえない。それが行えないならば、聖杯戦争の末路はその時点で確定してしまったと言ってもいい。

 

 また、全てのクラスに適正があるのでクラス枠に空きが存在するなら必ず呼べるという汎用性まで存在している(そしてEXパラメータが必ず二個以上存在している破格のスペック)。尚、一番適正の高いクラスはキャスターとライダーである。

 

 因みに彼女が積極的に戦わない理由は「被害が甚大になるから」らしい。ある程度ならば軽くあしらうことで終わるが、彼女が『戦い』と呼ぶのならば、それは同格との戦いに他らなぬ故。

 端的に言えば彼女が剣を抜けばそこは爆心地となる。開催地涙目な女性である。

 

 また、余談ではあるが、彼女の存在はかなり不明な点が多いため後世にて色々な形で彼女の伝承が伝わって後付け設定を加えられたりしている。その影響か本来とはかけ離れた性格になったり、思ってもいないことを信仰によって植え付けられたりと、中々にバリエーションが多い人。

 結果として彼女は数多くのクラス適正を得てしまった。元より七騎全てのクラス適正はあったが、本来ならばありえないエクストラクラスへと組み込まれてしまう可能性は、ゼロでは無い。

 

 例えば、他人を恨むはずの無い彼女が世界そのものを恨む復讐者と化したり。

 

 例えば、無意識的に万人を魅了する彼女が意識的に全てを意のままにする毒婦と化したり。

 

 例えば、最愛の家族を溺愛する彼女が身内にすら平等に接する万理の調停者と化したり。

 

 

 

 例えば、――――外敵を愛さない彼女が全てを愛するが故に人類を滅ぼす最悪の災害と化したり。

 

 

 

 

 <ステータス>

 

 

 【セイバー】:筋力A++ 耐久A++ 敏捷A++

        魔力EX 幸運A 宝具EX

 

 【ランサー】:筋力A++ 耐久B+ 敏捷A+++

        魔力EX 幸運A- 宝具EX

 

 【アーチャー】:筋力A+ 耐久C++ 敏捷A++

         魔力EX 幸運A+ 宝具EX

 

 【ライダー】:筋力A+ 耐久A+ 敏捷A++

        魔力EX 幸運A 宝具EX

 

 【バーサーカー】:筋力EX 耐久EX 敏捷EX

          魔力EX 幸運D+ 宝具EX

 

 【キャスター】:筋力A++ 耐久A+ 敏捷A+++

         魔力EX 幸運A+ 宝具EX

 

 【アサシン】:筋力B+ 耐久C+ 敏捷EX

        魔力EX 幸運A- 宝具EX

 

 【アヴェンジャー】:筋力A++ 耐久A++ 敏捷A+++

           魔力EX 幸運? 宝具EX

 

 【ルーラー】:筋力A+++ 耐久A+++ 敏捷A+++

        魔力EX 幸運A++ 宝具EX

 

 【ファニーヴァンプ】:筋力? 耐久? 敏捷?

            魔力EX 幸運? 宝具EX

 

 【■■■■】:筋力■ 耐久■ 敏捷■

        魔力■ 幸運■ 宝具■

 

 

 <固有スキル>

 

 

 ・騎乗(A++):乗り物を乗りこなす能力。「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであるため、生物・非生物を問わない。また、英霊の生前には存在しなかった未知の乗り物すらも直感によって自在に乗りこなせる。

  ランクA++は本来ならば騎乗出来ないはずの竜種すら例外的に乗りこなす。

 

 ・直感(A+):戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。Aランクの第六感はもはや未来予知に等しい。アルフェリアはそこに膨大な経験と知識を上乗せすることで冗談では無く未来予測演算染みたことが可能となっている(故にA+ランク)。また、視覚・聴覚への妨害を半減させる効果を持つ。

 

 ・魔力放出(EX):武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。絶大な能力向上を得られる反面、魔力消費は通常の比ではないため、非常に燃費が悪くなる。

  EXランクともなれば噴射による単独飛行すら可能とする。優れた制御技術が無ければ墜落待ったなしだが、アルフェリアは天性のセンスと並外れた技術でジェット戦闘機すら凌駕する機動性を手に入れた。陸や水中に置いても例外は無い。

 

 ・カリスマ(B):軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。生前は王として君臨した三者は高レベル。稀有な才能だが、稀に、持ち主の人格形成に影響を及ぼす事がある。

  Bランクならば一国の君主としては十分な度量。

 

 ・高速神言(A):神代の言葉。魔術を発動するとき一言で大魔術を発動させる、高速詠唱の最上位スキル。呪文・魔術回路の接続を必要としない神代の言葉なので、現代人の舌では発音不能、耳にはもはや言語として聞き取れない。

  アルフェリアは独自に魔術を発展させる過程で様々な文献を解析しており、マーリンの助けもあったが自力でこのスキルを習得した。神代以降の魔術師としてはこれ以上の大業は無い。

 

 ・大源調和(A):彼女が持つ天才的な魔力操作がスキルと化したもの。その腕前は空間上のマナすら操作し己の魔力へと変換できるほどであり、一時的に地脈の流れさえ土地を傷つけずに改変できるほど。空間上にマナが存在して居る限り、彼女は無限の魔力源を持っていることになる。

  ……が、流石にサーヴァント同士の高速戦闘中に行うのは聊か難易度が高く、本人も『緊急時に置ける補給手段』としか思っていない。ある意味優秀でありながらも割と不遇なスキル。

 

 ・美食の開拓者(EX):彼女の料理人としての側面がスキルと化したもの。彼女が作った料理は例外なく美味になり、作った料理には生命力・魔力自動回復効果、状態異常回復効果、身体能力増強効果等々の効果を持つ。例えおにぎりだろうと最高の料理と化し、死人の様な者でも一口食べれば全回復する。

  要するに作った料理はエリクサーになる。

  生前の彼女の料理の腕前は(他と比較すれば)確かに優れてはいたが、これは実質信仰の産物。生前より何段階も味が昇華されている。おかげで本人から地味に気味悪がられている(最大限利用してはいるが)。

 

 ・救国の聖女(EX):全ての民に慈愛を以て接し、国のために身を捨て救国を成した聖女と称えられた証。

  このスキルは所有しているだけでHP/MP自動回復、カリスマのランクアップ、危機的状況での耐久2ランク上昇、常時他者へ軽度の魅了などの効果を発生させる。

  後世の信仰により発生したスキル。本人的には「何でこんなのあるの?」的な感じに思っていたりいなかったり。

 

 ・悠久なる愛情(EX):生涯通して家族を愛し続けた象徴。

  その愛は衰えることなく、歪むことなく、ただひたすら己の家族を愛し続けた。

  故に彼女にとって愛する対象を傷つけることは彼女の家族全ての自己否定。

  彼女の家族への愛が消えることは天地が反転してもあり得ず。

  アルフェリアそのものを象徴する、唯一無二のユニークスキル。自陣営に守護対象が居る限り彼女に負ける道理はない。だが守護対象が敵に回られると苦戦必須となってしまう諸刃の剣。ただし必ず負けるとは言ってない。

 

 

 <宝具>

 

 

偽造されし黄金の剣(コールブランド・イマーシュ)

 ランク:A+

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~99

 最大補足:800人

 由来:不明

 魔術師マーリンが作り出した『選定の剣』の贋作。機能こそ類似しているものの、王を選ぶと言う機能が欠如している『欠陥品』としてマーリンが蔵に入れていたが、後にアルフェリアに授けられ生涯を共にした愛剣となる。

 能力は最初こそ線先から細い魔力光線を放つだけと言う物であったが、湖の乙女が魔改造を施したことで『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と拮抗できるほどに進化した。しかし問題点として改造した影響か魔力の操作が所持者任せになってしまうので、余程魔力操作に長けた者でもなければ扱えない代物。実質アルフェリア専用である。

 外見は『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』と酷似しているが根本は全くの別物。

 

 本来ならばセイバーおよびライダークラスでないと所持できないが、原典が虚数空間内に存在するのでどんなクラスでも振れるようになった。

 

 

紅血啜りし破滅の魔剣(ダーインスレイヴ・オマージュ)

 ランク:C

 種別:対人宝具

 レンジ:―(最大解放時1~50)

 最大補足:1人(最大解放時100人)

 由来:無し

 アルフェリアが作成した魔術礼装『吸血剣(ブラッドイーター)』が数多の死徒の血を吸ったことで変質し、宝具として昇華してしまった代物。ほとんど偶発的に生まれた物であり、逸話も無ければ名前も借り物という宝具の中では下の下として位置するが、数百の神秘を溜め込んだせいでその格は異様に上がっている。

 能力は吸血と吸血した対象の経験と記憶の保存。吸血対象の魂なども収めることができる。ただしサーヴァントなどの霊体に対して効果は薄い(効かないわけではないが)。

 吸血した血を解放することで辺り一面を血の池に変え、自由に操作することで範囲攻撃を可能にすることもできる。しかし一時とはいえ中身が空っぽになり、出した血液の回収にも時間がかかるのが難点。

 更に、死徒を殺したという事象が蓄積され過ぎたせいで『神秘殺し』の能力を得てしまっている。

 つまり、神秘を殺すことのできる『死徒』にとっても『英霊』にとっても天敵と成りうる宝具である。

 

 そして何より特筆すべきなのは内包されている数多の魂の中で最も色濃い物――――元”魔王”ミルフェルージュ・アールムオルクスの疑似顕現が可能という事。全盛期と比べ発揮できる身体能力は三割以下にまで落ちており、魔眼の使用に重度なる制限がかかっているがその力は依然強大。

 この剣の存在により、アルフェリアを相手にするならば実質超一級サーヴァント二体以上を同時に相手する覚悟が無ければならない。

 

 本来ならばセイバーまたはアサシンクラスでないと所持できないが、原典が虚数空間内に存在するのでどんなクラスでも振れるようになった。

 

 

忘却されし幻想郷(ミラージュ・アヴァロン)

 ランク:A++

 種別:結界宝具

 防御対象:1~50人

 由来:不明

 湖の乙女ニミュエがアルフェリアに授けた宝具であり、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』の試作品。当然ながら機能は全く異なり、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』が数百のパーツに分解して使用者の周囲に展開され、この世界では無い「妖精郷」に使用者を隔離してあらゆる攻撃・交信を遮断するのに対し、こちらは粒子状となって空間に散らばり、自動的に攻撃を防御する領域を所持者の周囲に作る宝具。

 後継機と比べて防御能力は大幅に劣っており、絶対防御とも言えない劣化版ではあるが応用力や効果範囲ならばこちらの方が上。障壁強度自体も『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』と比べても遜色ないと、劣化版の試作品とはいえ侮れない代物である。

 不老不死の効果はなく、劣化版として所有時効果は『老化遅延』『高速再生』となっている。

 

 クラス共通宝具。どんなクラスで呼ばれても必ず存在する守りの盾である。

 

 

湖光を翳す銀の書(ホロウレコード・グリモワール)

 ランク:A+

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~70

 最大補足:200人

 アルフェリアが唯一後世に遺せた聖遺物であり、彼女の手自ら作った伝記。大量の幻想種の素材を使われているせいか凄まじい神秘を内包している。現在現物はイギリス・ロンドンの大英博物館に保管されている。……のだが、それは実は偽物であり、過去にこの聖遺物を巡って血みどろの争いが起こったことから魔術協会が厳重な封印をかけ、とある魔術師に預けた曰く付きの一品。

 開くだけで無詠唱でAランク以上の大魔術の連射を可能とし、中規模の儀式を必要とする特殊な魔術も儀式の過程をすっ飛ばして実行することが可能な代物。注いだ魔力次第では疑似的な魔術工房自動作成機にも成りうる。

 副次的な機能として魔力の無尽蔵生産が可能であり、これが健在であるのならば彼女はほぼ半永久的に現世への現界が可能である。問題点としては、他の魔術師に感づかれる危険が著しく高まる。

 

 キャスタークラス限定宝具。他のクラスでは使用することはできない。例え手にすることができても、発揮される効力は三分の一にまで低下してしまう。

 

 

痛哭の幻奏・冥府反響(フェイルノート・オルフェウス)

 ランク:B

 種別:対軍宝具

 レンジ1~40

 最大補足:100人

 アルフェリアが自作したキャメロット一の弓兵、トリスタンが愛用する弓『痛哭の幻奏(フェイルノート)』の発展型。空を飛ぶワイバーン用に開発された対竜兵器であり、トリスタンの弓とは違いちゃんとした矢を(魔力で構成された矢)放つ仕組みとなっている。威力は最小出力で対物ライフル並。最大出力では重戦車装甲を紙の様に撃ち抜けるほどの強力な弓。更に連射性も優れており、秒間五十発という弓とは思えない連射性能で相手をハチの巣にする凶悪な弓でもある。

 音を矢として打ち出す機能は欠けているので、元となった『痛哭の幻奏(フェイルノート)』と比べると共通点は形しか存在しないが、正直こっちの方が弓らしいというのが実は円卓総一致(トリスタン除く)の意見であったのは言うまでもない。

 

 アーチャーおよびライダークラスでないと使用不可だが、原典が虚数空間内にあるため全クラスで使用可能。

 

 

痛哭の幻奏・堅城破砕(フェイルノート・ドミネーター)

 ランク:A

 種別:対城宝具

 レンジ1~500

 最大補足:500人

 『痛哭の幻奏・冥府反響(フェイルノート・オルフェウス)』を使った対城宝具としての技。

 弓に取り付けられた三本の弦を一本の弓を打ち出すことに使うことで普通状態の最大出力の三倍の速度と威力を生み出した、破壊力に特化した宝具。放たれた弓の速度は極超音速(凡そマッハ5.0)で撃ちだされ、更に矢に強力な回転力が掛けられていることで破壊力・貫通力を両立させた『城攻め』の一矢。当然、英霊でも生身で直撃すれば最低限瀕死は免れないほどの威力を誇る。

 欠点としては着弾距離が離れれば離れるほど威力が落ちていき、最低Bランクまで低下する。

 因みに最大射程は約1200Km。地平線の果てまで届く。

 

 アーチャーおよびライダークラスでないと使用不可だが、原典が虚数空間内にあるため全クラスで使用可能。

 

 

最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)

 ランク:EX

 種別:対城宝具

 レンジ:1~99

 最大補足:1000人

 ロンゴミニアド。聖槍。星を繋ぎ止める嵐の錨。

 真実の姿は、世界の表皮を繋ぎとめる塔であるという。真名解放時にはランクと種別が変化する。

 十三の拘束によってその本来の力を制限されてなお、星の輝きをたたえて輝く、最果ての柱。穂先が回転することで膨大な魔力の渦巻く極大規模の旋風を発生させ、それを圧縮し相手へ放つ技。絶大な災害の破壊力によって相手を粉微塵に粉砕する。

 アルフェリアは本来の持ち主ではないが、一度とはいえ所持を許された。つまり『聖槍に認められた』という功績を以て限定的ながら彼女の宝具となった。

 不完全な出力といえど『世界の柱』。常識外の魔力を以て相手を容赦なく葬り去る。

 

 仮の担い手故に解放できる封印の数は十二まで。だが並のサーヴァント程度の相手ならば六つ解放するだけで十分な効果をもたらすだろう。

 

 ランサー及びライダークラスで無ければ使用不可。原典も虚数空間には存在しないので、本当に限られた条件下でしか使用できない。

 

 

彼方より来れ無想なる白竜(コール・オブ・ザ・ヴィクトル・ドラクーン)

 ランク:EX

 種別:対陸宝具

 レンジ:―

 最大補足:―

 幻想種の王、竜種。その頂点に立つ竜王ハク――――アルフェリアが生前従えた竜の王を呼び出す召喚系宝具。

 人が決してたどり着くことのない世界の裏側に存在しており、その姿は正しく『王者』を体現したような美しくも雄々しいと言われている。当然乍らその膂力、耐久性、敏捷性は全てが桁外れ。巨大な図体からは決して想像できない高速移動に直角機動すら可能とする機動性は他の幻想種の追随を許さない。

 そして何よりその口から放たれる竜の息吹、『竜王の息吹(ドラゴンブレス)』は聖剣の光すら軽く押し返す超膨大な熱量の一撃。伝承通り万全な状態ならば一日で大陸を焼け野原に変えられるだろう。

 力、防御、速さ共に最高峰の『幻想種の王』の名に恥じぬ竜である。

 ――――が、ハクは世界の裏側で『強くなり過ぎた』ためが神獣に片足を突っ込んでしまっており、その影響で現世では酷く弱体化している。本来ならば即刻裏側に送り返されても不思議では無いが、それに抵抗できているのは幻想種たちの頂点故か。だがやはり長時間の抵抗は難しい様だ。

 何かしらの対策をしなければ、短時間現界した後に強制送還を喰らってしまうだろう。

 

 因みに主人からも雄かと思われていたが、実は雌である。つまり正しくは『幻想種の女王』となるのだが、本人が大して気にしていないので全く訂正される気配が無い。

 

 呼び出すことはライダーの特権。他のクラスでは不可能、なのだが……ハクの方から現世に現れるので、この宝具の存在意義が問われているのはここだけの話。

 

 

虚数蒼穹・反転せよ夢幻なる鏡面世界(イマジナリースカイ・ホロウファンタズム)

 ランク:A+

 種別:結界宝具

 レンジ:1~500

 最大補足:1000人

 虚数空間、本来ならば存在しえない世界に辺り一帯の空間光景を(ハリボテではあるが)全て複製し、虚数空間内に周囲の景色を再現。そして対象と自身の存在する空間の座標を『反転』させることにより虚数空間に自分と対象を閉じ込めるという『結界』宝具。

 彼女の許可が無ければ絶対に抜け出せない悠久の監獄、一度閉じ込められたが最期、発動した彼女を倒そうが出られない絶対閉鎖空間である。大蜘蛛を虚無の底に閉じ込めたことから発生した後天的な伝承系宝具。

 発動にかなりの魔力を消費するが、一度発動すれば相手を確実に脱落させられる凶悪な宝具でもある。

 ただし対界宝具の類か、虚数空間でも耐え切れない莫大なエネルギーで空間を歪曲破壊すればその限りでは無い。その性質のため英雄王の乖離剣との相性は最悪。

 

 キャスター限定の宝具。伝承系であるが故に他のクラスでは使用不可。

 

 

魔竜の遺志よ我が身を喰らえ(アウェイクン・オブ・ヴォーティガーン)

 ランク:A++

 種別:対国宝具

 レンジ:1

 最大補足:1人

 アルフェリアの全身に埋め込まれた竜の因子と超一級の魔力炉――――ヴォーティガーンの心臓に大量の魔力を送り込むことで因子を爆発的に活性化させ、全身をかつてブリテンを焼き滅ぼしかけた魔竜ヴォーティガーンへと転身させる。当然ながら変化の際には苦痛を伴い、元に戻るときもまた激痛を味わうことになる。しかしその代償を踏まえても効果は十二分。サーヴァントを軽く凌駕した力を以て、全てを粉砕する災厄と化す。

 アルフェリアが竜の心臓をその身に取り込んだ逸話から生まれ、人々の伝承によって歪められて作り上げられた『存在しなかったはずの宝具』。彼女の持つ数々の宝具でも極めつけに面倒くさい仕様となっている。

 使用中は完全に理性が消滅し、マスターの命令であろうとも確率で失敗する。実質敵地の真ん中で発動して暴れさせるしか使いどころのない盛大な特攻宝具。更に周囲への被害も尋常な物では無くなるので、本人も発動を心底忌避している。

 何より元に戻るには令呪が必須という甚大な対価を支払わねばならない。

 実質産廃同然の超危険宝具である。

 

 バーサーカー限定宝具。逸話系の宝具のため他のクラスでは使用不可。と言うより使えたとしても狂化していても尚使用に抵抗があるこんな宝具確実に使わないだろう。

 

 

夢幻なる理想郷(アルカディア)

 ランク:EX

 種別:対界宝具

 レンジ:1~50

 最大補足:100人

 アルフェリアが持つ神造兵器。湖の乙女ニミュエに招かれた『神剣の座』にて封印されていた一振りの剣。

 無数の神が消える際に遺した力の残滓を一点に集めて凝縮して生成・誕生した『剣の神』。この世のありとあらゆる物を両断する『絶対切断』の権能を所有する最強の一本である。この剣の前ではどんな障害であれ意味を成さず、星すら所有者によっては断ち滅ぼせる究極の一にすら届く可能性を秘めている。

 概念すら切断できるので、やりようによっては『距離』の概念すら断ち切り、射程無視の攻撃すら可能とする。が、威力が著しく落ちるので相手によっては牽制程度に終わる。また、斬りたいものだけを切ることもできる(例:壁の向こうに居る者を壁を切らずに斬るなど)。

 真名解放を行えば所有者の身体能力を四倍にし、攻撃を九割遮断する最高の鎧を纏わせ、身に付けた武具を最大限まで昇華させる規格外の能力を発揮する。

 欠点は凄まじく燃費が悪い事。全盛期のアルフェリアでもバックアップ有りで十五分が限界時間であり、力を大きく削がれた彼女では十秒保つだけで精一杯だろう。

 それでも並のサーヴァント相手ならば一秒も要らないだろうが。

 

 クラス共通宝具。最強の手札は常に健在。

 

 

終幕を降ろす白銀の理想郷(カーテンコール・アルカディア)

 ランク:EX

 種別:対星宝具

 レンジ:測定不能

 最大補足:測定不能

 彼女の持つ切り札『夢幻なる理想郷(アルカディア)』の最終形態。

 放たれる一撃は全てが至高。人の手に届かぬ星さえも両断仕掛けた最強の一撃。溢れ出る白銀の極光の前ではあらゆる概念が無意味となり、人、神、星全ての関係を無価値にして森羅万象を消し去る。『物理的』にも『概念的』にもダメージを与えるのでまず防御は不可能。回避しようが生じた風に掠っただけで全身をズタズタにされるので無意味。拮抗できるのは同じく世界を断てる剣である英雄王の乖離剣程度だろう。

 大きく弱体化しているため、生前の様な星すら滅ぼせる一撃を放つことはできなくなっている。例え放てたとしても抑止力によって排斥されるので、結果としては全力発揮は不可能。それでも対界宝具程度の機能と威力は保持しており、直撃すればどんなサーヴァントであろうが死ぬので宝具としては十二分。もし満足に振るえればそれだけで聖杯戦争の結果が確定するだろうほど強力な宝具である。

 当然ながら燃費は最悪。最低出力で『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』十発分と言えば、その凄まじい極悪燃費が理解できるだろう。しかし極光を放たずとも五メートル超の大剣から放たれる一撃は、街一個程度なら軽く両断して有り余る威力を発揮することが可能。

 まさに全ての物語に幕を引く終焉の剣である。

 

 その一撃、全ての悲劇を幕引く忘却の幻想。

 

 

 

 【真名】アルトリア・ペンドラゴン

 

 【性別】女性

 

 【身長・体重】154cm・42Kg

 

 【スリーサイズ】B73/W53/H76

 

 【出典】アーサー王伝説

 

 【出身】イギリス

 

 【属性】秩序・善(セイバー時)/混沌・悪(アヴェンジャー時)

 

 【イメージカラー】青(セイバー時)/黒(アヴェンジャー時)

 

 【特技】器械運動、密かに賭け事全般に強い、ストーキング(アヴェンジャー限定)

 

 【好きなもの】家族、平和

 

 【嫌いなもの】大雑把な食事、装飾過多、嘘つき、蜘蛛、抑止力

 

 【天敵】世界

 

 

 <概要>

 

 

 第四次聖杯戦争にて衛宮切嗣に呼び出されたアヴェンジャーのサーヴァント。

 すっかり生気の消えてしまった白髪に光の消えた碧眼の双眸が特徴的な少女騎士。右手には漆黒の聖剣を、左手には呪われし短剣を携えて相手を無慈悲に殺しにかかる。

 当然、戦闘スタイルは白兵戦特化。両手の武器を卓越した技量で操り、全方位からの不規則な乱撃によって翻弄し回復阻害の短剣でじわじわと相手を嬲り殺しにする。例え相手が防御に徹しようが、一片の慈悲無く対城宝具で焼き殺す様はまさに覇王。

 

 サーヴァントとしての評価は、一言で言えば『歩く爆弾』。基礎能力は全てにおいて高水準(ただし幸運除く)。技術面も凄まじく、並の英霊程度ならば宝具を使わずに十分撃破できるだろう。だが本人の精神が異常を来しているせいで燃費の悪い宝具をマスターの状態などを無視してバカスカ撃つので、はっきり言って短期決戦特化型。正直聖杯戦争に向いていない(セイバー時ならば優勝確定レベルの優良サーヴァントなのだが)。

 もし彼女を最大限に運用したいのならば莫大な魔力源を確保する必要があるだろう。対策しなければ、死ぬのはマスターの方なのだから。

 

 一応普段は冷静沈着であるのだが、家族のこととなると途端に暴走を開始する暴走特急。持前の戦略眼や直感、技術などを惜しみなく駆使して暴れ出す。実に面倒くさい。このサーヴァントと信頼関係を結べるのはよほどの物好きか、それとも天然ジゴロの落とし魔か。きっとどこかのブラウニーが攻略してくれるような気がしなくもない。

 

 しかし、仕方のない事。

 

 一度は全てを得た彼女が全てを失っても尚、道の果てにて見ることができた光はどんなことをしてでも取り戻したいと願う物なのだから。

 

 真名はアルトリア・ペンドラゴン。

 

 かつてのブリテンの君主であり、女の身で王となった悲劇の少女。

 様々な苦悩があった、数多の試練があった。だが彼女は、彼女たちはそれらを乗り越えてきた。乗り越えてはならない物を乗り越え続けて――――その果てに世界に見捨てられた。

 ただ幸せを願っていただけの少女は、世界の手により全てを失った。愛する家族を、慕ってくれた騎士を、幸せに笑ってくれた民を。『皆で平和に暮らしたい』というほんのささやかな願いすら許されなかった少女は、その瞳に何を見る。

 

 復讐。

 

 世界へと募る復讐心。憎悪。ああ何故だ、何故許さない。私の願いは間違っていたのか。誰でも一度は思うだろう『家族と一緒に平穏な生活をしたい』というちっぽけな願いさえ貴様は受け入れてくれないというのか。

 

 憎い。憎い憎い憎い憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎■■■■■■■■■■■■■■■■■――――。

 

 ならば世界を滅ぼそう。お前の護ろうとした人類史を焼き、我が楽園を此処に創り上げよう。

 

 エゴに塗れた願望を胸に、彼女は時の果てに旅立った。

 

 己が願いが間違ったものと知りながらも、彼女は諦められなかった。故に気づかせてくれ円卓の騎士たちよ。

 

 私の抱いた願いは間違っているのだと。

 

 

 <ステータス>

 

 

 【セイバー】:筋力A+ 耐久A 敏捷A+

        魔力A 幸運A+ 宝具A++

 

 【アヴェンジャー】:筋力A+ 耐久B 敏捷A++

           魔力A 幸運E- 宝具A++

 

 

 <固有スキル>

 

 

 ・直感(A):戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。Aランクの第六感はもはや未来予知に等しい。また、視覚・聴覚への妨害を半減させる効果を持つ。

  ※アヴェンジャー時にランク低下。

 

 ・魔力放出(A+):武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。絶大な能力向上を得られる反面、魔力消費は通常の比ではないため、非常に燃費が悪くなる。

  Aランクともなれば強力な加護を持たぬ武器を一撃で破壊できるモノとなっている。

 

 ・カリスマ(B):軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。生前は王として君臨した三者は高レベル。稀有な才能だが、稀に、持ち主の人格形成に影響を及ぼす事がある。

  Bランクならば一国の君主としては十分な度量

  ※アヴェンジャー時にランク低下。

 

 ・精神汚染(A+):精神が錯乱しているため、他の精神干渉系魔術をシャットアウトできる。ただし、同ランクの精神汚染がされていない人物とは意思疎通ができない。このスキルを所有している人物は、目の前で残虐な行為が行われていても平然としている、もしくは猟奇殺人などの残虐行為を率先して行う。

 ただしアルトリアのそれは悲劇の末の発狂によって発生したようなものであり、条件が次第でスキルの無力化が可能である。

  ※アヴェンジャー時限定スキル。

 

 ・自己暗示(C):自らを対象にかける暗示。通常は精神に働きかける魔術・スキル・宝具の効果に大して高い防御効果を持つスキル。

  Cランクであるため効力は微弱だが、彼女の自己暗示は『瀕死の体でも戦闘を問題無く続行する』ための物。どんな状態であろうが『動く』と自身の体に自己暗示することで、このスキルがある限り彼女は腕が千切れようが腹に穴が空こうが地獄の亡者の如く剣を振るい続ける。言ってしまえば戦闘続行スキルと同質の物。

  ※アヴェンジャー時限定スキル。

 

 

 <宝具>

 

 

風王結界(インビジブル・エア)

 ランク:C

 種別:対人宝具

 レンジ:1~2

 最大捕捉:1人

 彼女の剣を覆う、風で出来た第二の鞘。厳密には宝具というより魔術に該当する。幾重にも重なる空気の層が屈折率を変えることで覆った物を透明化させ、不可視の剣へと変える。敵は間合いを把握できないため、白兵戦では非常に有効。ただし、あくまで視覚にうったえる効果であるため、幻覚耐性や「心眼(偽)」などのスキルを持つ相手には効果が薄い。透明化は副次的な役割であり、その本質は彼女の余りにも有名すぎる剣を隠すためのもの。

 また、纏わせた風を解放することで破壊力を伴った暴風として撃ち出す『風王鉄槌(ストライク・エア)』という技ともなる。ただし、一度解放すると再び風を集束させるのに多少時間を要するため、連発はできない。

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 ランク:A++

 種別:対城宝具

 レンジ:1〜99

 最大捕捉:1000人

 由来:アーサー王の聖剣エクスカリバー。

 生前のアーサー王が、一時的に妖精『湖の乙女』から授かった聖剣。アーサー王の死に際に、ベディヴィエールの手によって湖の乙女へ返還された。人ではなく星に鍛えられた神造兵装であり、人々の「こうあって欲しい」という願いが地上に蓄えられ、星の内部で結晶・精製された『最強の幻想(ラスト・ファンタズム)』。聖剣というカテゴリーの中で頂点に位置し、「空想の身でありながら最強」とも称される光の剣。あまりに有名であるため、普段は『風王結界』で覆って隠している。

 神霊レベルの魔術行使を可能とし、所有者の魔力を光に変換、集束・加速させることで運動量を増大させ、光の断層による「究極の斬撃」として放つ。攻撃判定があるのは光の斬撃の先端のみだが、その莫大な魔力の斬撃が通り過ぎた後には高熱が発生するため、結果的に光の帯のように見え、地上をなぎ払う光の波に取られる。

 要するに聖剣ビーム発射機。超強力な一点集中攻撃により正面に存在するすべてを焼き払う。

 

 

 『鏖殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)

 ランク:A++

 種別:対城宝具

 レンジ:1~99

 最大補足:1000人

 人々の希望たる『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』とは真逆に位置する『人々にとっての絶望』を形として作り出された最悪の魔剣。アーサー王が姉を失い狂気に身を染めたことで、英霊となった身に備わってしまった忌むべき一振り。その身から吐き出される星を蝕む破壊の光は、生前アーサー王を苦しめた卑王ヴォーティガーンの息吹を想わせるほどに凶悪で悪質。

 また魔剣の中では間違いなく最強の部類であり、人々が恐れる『災厄』の概念そのものを力としてぶつけるので、その威力は元の『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』とほぼ同等かそれ以上。ただし後に残るのは憎悪と空虚のみ。人々の悪意を凝縮した、全てを破壊する魔剣が生み出すのは後にも先にも『崩壊』だけである。

 アーサー王自身が『絶対に殺す』と決めた相手には容赦なく抜き放ち、その者の死を見るまで決して止まらぬ狂気の人形となるだろう。

 ※アヴェンジャー時限定宝具。

 

 

 『卑王鉄槌(ヴォーティガーン)

 ランク:C+

 種別:対人宝具

 レンジ:1〜10

 最大捕捉:1人

 彼女の剣を覆う、真っ黒な霧状の魔力。触れただけで身を犯す毒素であり、収束して放ったり自身の周囲で高速回転させるなど応用性も高く、攻防一体の宝具であると言える。また魔力放出の様に加速に使う事も可能であり、乗り物などに纏わせることもできる。

 ※アヴェンジャー時限定宝具。

 

 

 『身姿は幻の如く(グウェン)

 ランク:D+

 種別:対人宝具

 レンジ:―

 最大補足:1人

 姿隠しの布。これを纏っている限りBランク相当の気配遮断スキルと認識阻害の効果を獲得し、他者からその存在を気づかれることが無くなる。ただし攻撃態勢に移った場合、その効力は大きく落ちてしまう。それでも微かな残像や幻影程度は作り出せるぐらいは可能であり、近接戦遠距離戦共に厄介な守りとなるだろう。

 ※アヴェンジャー時限定宝具。

 

 

 『惨傷授ける哀痛の呪剣(カルンウェナン)

 ランク:C+

 種別:対人宝具

 レンジ:1

 最大補足:1人

 由来:魔女を切り殺した鋭き短剣。

 アヴェンジャーと化したアルトリアが所有する呪いの短剣。無骨でありながら美麗を思わせる白い刀身とは裏腹に、その中には高密度の呪術が施されており、傷に再生阻害と持続激痛の呪いをかける凶悪な短剣。呪いは解呪できないほどではないが、それでも戦闘中に解呪するのは困難であり、相手を徐々に苦しめていく様はまさしく呪われた武器の証。そして時間が立てばたつほど呪いは蓄積されていき、真名解放することで傷をグチャグチャにかき混ぜたように抉じ開け、呪いが蓄積された時間によって比例するダメージを与える。ただし行った後は呪いが解呪されてしまう欠点がある。

 元々はただの鋭い短剣であったが、アルトリアがアヴェンジャーと化すほどの怨念に影響され変質。相手を苦しめるためだけの宝具となってしまった。

 ※アヴェンジャー時限定宝具。

 

 

 『その愛は恩讐の彼方に(アウェイクン・オーバーロード)

 ランク:E-

 種別:対人宝具

 レンジ:―

 最大補足:1人

 アヴェンジャーであるアルトリアの精神状態を表した宝具にして、ストッパーと発破役を務める精神異常系宝具。普段は他者への感情の一切を抑制し、無駄な感情をすべて取り除く役目を持つが、一定以上の感情が抑制されると『留め金』が外れて感情を一気に爆発させる。その際に発揮される精神は異常としか言いようがなく、彼女が秘めたありとあらゆる感情が外へと吐き出されて暴走を開始する。

 感情が解放された際に身体能力系ステータスを1ランクアップ。特定の相手ならば2ランクアップ。

 しかし同時にAランク相当の狂化が付与され、正常な判断が不可能な状態に陥る、まさに諸刃の剣である。

 宝具発動の兆しは、体が黒化する現象。これは宝具発動を重ねる度規模が拡大していき、やがて全身を黒く染め上げる。全身が染まった時、一体何が起こるかは本人にもわからない。

 ※アヴェンジャー時限定宝具。

 

 

 【真名】モードレッド

 

 【性別】女性

 

 【身長・体重】154cm・42Kg

 

 【スリーサイズ】B73/W53/H76

 

 【出典】アーサー王伝説

 

 【出身】イギリス

 

 【属性】秩序・善

 

 【イメージカラー】赤

 

 【特技】奇襲、釣り

 

 【好きなもの】勝利、栄誉、鍛錬、父上、姉上

 

 【嫌いなもの】敗北、失墜、無視、約束破り

 

 【天敵】モルガン、アグラヴェイン

 

 

 <概要>

 

 第四次聖杯戦争にて召喚されたセイバーのサーヴァント。

 輝く金髪に碧眼、そして何より天真爛漫な性格が特徴。銀色の鎧を纏い、赤い雷を散らしながら戦場を駆け抜ける様は正しく赤雷の騎士。今日も彼女は元気に笑顔で愛剣を振るって暴れる。

 え? 兜はどうしたのかって? ……曰く「窮屈で邪魔」だったらしい。宝具なのにこの扱いである。

 

 戦い方は鮮麗にして豪快。父や叔母から吸収した技術を駆使しながらも、自身が確立したパワースタイルを交えながらの力強い剣戟で相手を堅実に追い詰めていく。攻防のバランスが良く、攻撃にも守りにも簡単に転じることができる臨機応変な剣の使い手である。

 

 サーヴァントとしての性能は良好の一言。騎士の誇りにはあるっちゃあるが、基本的に手段はあまり選ばない。使えるのならば道端の小石すら利用して勝ちを拾おうとする。それでも最低限の矜持はあるので人質を取るような真似はしない。堅実に追い込む戦法もさながら、切り札も強力であるので万能型の一流サーヴァントと評せられる。

 

 性格の方も信頼関係を築くならばそう難しい物では無く、一人の『人間』として接して居れば自然と仲良くなる。積極的に取り組めばズッ友レベルにまでなれるかもしれない。言ってしまえば子犬の様な感じ。放っておかずに一緒に遊べば、背中を預けるに値する相棒となって共に聖杯戦争を駆け抜けられるだろう。

 

 総合評価、超当たりサーヴァント。よほどの屑でもない限り一定以上の信頼関係を構築でき、尚且つスペックも十二分。未熟なマスターでも優勝を狙えられる可能性が高い。

 

 真名はモードレッド。どこかの時空では反逆の騎士とどこかのスパPが喜びそうなあだ名を貰っていたが、この世界ではアーサー王に生涯忠義を示した赤雷の騎士と称されている。

 

 負けず嫌いではあるが家族思い。アーサー王の息子であり、アルフェリアの姪であり、円卓の騎士であることを誇りに思っている。また子供が好きで、生前は休暇を取れば遊び場で子供と遊んでいたぐらいには大好き。性格も純粋な子供そのものである。

 普段こそ猪突猛進な所が目立つが、偶に物事の核心をズバッと言い当てたりするので将来有望。

 

 一言で言えば家族大好きモーさん。でも母ちゃんはやっぱり苦手らしい。

 

 その生涯は、決して恵まれた物ではなかった。母に道具として生まされ、父には一度だけ己が存在全てを否定されたことがある。もしそのまま何もなければ、彼女は反逆の道に進んでいただろう。

 だが、そうはならなかった。彼女がホムンクルスだろうと、人の紛い物だろうと、心の底から『愛している』と言ってくれた存在が居たから。家族として接してくれた聖女が居たからこそ、彼女は邪道に堕ちることなく騎士としてその生涯を終えることができた。

 

 最期には、父に息子として認められることができた。

 

 遅すぎた。と人々は言うだろう。だが、彼女にとってそれは大きな救いだった。救われたのだ、敬愛する父に息子として認められる、これ以上幸せなことがあるだろうか。故に彼女は笑顔で生涯の幕を閉じられた。

 

 だけど、ただ一つ心残りがあった。

 

 その最期に、父が泣く姿を見てしまった事。それが彼女に取っての後悔。愛する父を悲しませてしまった事を、彼女は後悔した。

 

 もし適うのならば――――彼女は父の安らぎを願うだろう。

 

 どうか穏やかに、眠ってくれと。

 

 

 <ステータス>

 

 

 【セイバー】:筋力A 耐久A 敏捷A

        魔力B 幸運C+ 宝具A+

 

 <固有スキル>

 

 ・直感(B+):戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。Bランクもあれば相手の行動をある程度先読み可能な域。

 

 ・魔力放出(A):武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。いわば魔力によるジェット噴射。絶大な能力向上を得られる反面、魔力消費は通常の比ではないため、非常に燃費が悪くなる。

  Aランクともなれば強力な加護を持たぬ武器でも一撃で破壊できるほどのモノとなっている。

 

 ・戦闘続行(B):名称通り戦闘を続行する為の能力。決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。「往生際の悪さ」あるいは「生還能力」と表現される。

  モードレッドの物は傷を負おうが『どう動けば負担が少ないか』など蓄積された経験によるモノ。ただし本人の生命力の大きさも影響しており、生前では体のほとんどを槍で貫かれても数分は生存するほどの耐久力は備えていた。

 

 ・カリスマ(C):軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。生前は王として君臨した三者は高レベル。稀有な才能だが、稀に、持ち主の人格形成に影響を及ぼす事がある。

  Cランクでは国の統治こそ不可能であるが、ある程度の団体の士気を上げたりと団結力を高めることが可能。

 

 

 <宝具>

 

 

 『燦然と輝く王剣(クラレント)

 ランク:B+

 種別:対人宝具

 レンジ:1

 最大捕捉:1人

 由来:アーサー王の武器庫に保管されていた、王位継承権を示す剣。

 「如何なる銀より眩い」と称えられる白銀の剣。モードレッドの主武装であり、通常はこの状態で戦闘を行う。アーサー王の『勝利すべき黄金の剣』に勝るとも劣らぬ価値を持つ宝剣で、王の威光を増幅する機能、具体的には身体ステータスの1ランク上昇やカリスマ付与などの効果を持つ。

 この世界では強奪されず、(一応)所有者であったアルフェリアが正式にモードレッドへと譲渡したのでボーナスがしっかり働いている。

 

 

 『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)

 ランク:A++

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~50

 最大捕捉:800人

 『燦然と輝く王剣(クラレント)』の全力解放形態。剣の切っ先から直線状の赤雷を放つ。

 剣が持つ『増幅』という機能を最大限まで稼働させ、モードレッドの魔力炉心から大量に生産される魔力を赤雷として相手に叩き込むのがこの宝具。姉に教わって絶え間ない修練により、本来の力を完全に引き出すことができたモードレッドはその有り余る魔力を数倍に増幅し、巨大な雷撃により形成された斬撃を叩きこむ。また少ない魔力でも『増幅』することで十分な威力をはじき出せることからコストパフォーマンスも良好。

 威力こそ『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に劣るが、使い方次第では総合力を越えることのできる正に『剣の王』である。

 因みにこのクラレントは(アルフェリア)から直々に授けられた代物なので、防がれるとやっぱり激怒する。そして謎の威力向上が起きる。また、(アルフェリア)が応援すると何故か更に威力が向上する。

 

 

 『不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)

 ランク:C+

 種別:対人宝具(自身)

 レンジ:―

 最大捕捉:1人

 モードレッドの顔を隠している兜。ステータスやクラス別スキルといった汎用的な情報は隠せないが、真名はもちろん宝具や固有スキルといった重要な情報を隠蔽する効果があり、たとえマスターであっても兜をかぶっている間は見ることができない。また、戦闘終了後も使用していた能力、手にした剣の意匠を敵が想起するのを阻害する効果もあり、聖杯戦争において非常に有用な宝具。ただしこの宝具を使用していると、彼女の持つ最強の宝具を使用することが出来ない。

 更にアルフェリアが改良を加えることで耐久性が向上。鎧も含め、竜に踏まれても問題ないほど頑丈になっている。

 

 

 『悠久に掲げ燦然たる王輝(クラレント・リミテッドオーバー)

 ランク:A++

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~99

 最大補足:1000人

 王剣クラレントの機能『増幅』の安全装置(リミッター)を解除し、担い手の負担を無視した魔力増幅を以て放たれる全力の攻撃。剣の切っ先から直線状の赤雷を放つことは『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)』と大差ないが、薙ぎ払うように攻撃することで弱点であった『射線の狭さ』を克服した。更に薙ぎ払った後に体を回転させて直線状の一撃を放つので、実質二種類の宝具を一度に発動しているようなモノである。

 しかし安全を度外視した魔力の増幅はモードレッドの体を容赦なく傷つけ、過剰な魔力生産と大量消費によって使用後は凄まじい疲弊を強いられる。

 まさに捨て身の奥義。彼の『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』すら凌駕する攻撃は、担い手の無茶によって完成した。

 

 

 

 【真名】ランスロット

 

 【性別】男性

 

 【身長・体重】191cm・81Kg

 

 【出典】アーサー王伝説

 

 【出身】フランス

 

 【属性】秩序・善(セイバー時)/秩序・狂(バーサーカー時)

 

 【イメージカラー】濃紺

 

 【特技】武芸、乗馬

 

 【好きなもの】礼節、伝統

 

 【嫌いなもの】本音トーク

 

 【天敵】ギルガメッシュ、イスカンダル

 

 

 <概要>

 

 

 第四次聖杯戦争にてバーサーカーのクラスで召喚されたサーヴァント。

 濃紺の髪に漆黒の鎧が特徴。全体的に根暗な雰囲気を醸し出しており、あながち間違ってない。戦闘スタイルはとりあえず目についた使えそうなものを宝具化して突撃し、壊されてもまた拾って宝具化して――――と、しつこいもとい粘り強い戦い方をする。つまり長期戦特化。切り札は存在しているが、マスターへの負担が大きいのであまり使いたがらない。

 

 人間の限界レベルにまで精錬された技量は師以外の追随を許さず。膨大な経験と天性の勘によってどんな状況下であろうがしぶとく戦い続ける、相手からしてみれば厄介極まりない存在となる。根暗っぽいといって舐めてはいけない。俺のサーヴァントは最強なんだ!(謎ポーズ)

 

 サーヴァントとしては破格の性能を持つ。ただしその分洒落にならないほど魔力を消費するので、ハイリスクハイリターンなサーヴァントである。セイバーであれば本人が多少自重して負担を軽減するが、バーサーカーの時はそんな物あるわけがなく、実際彼の元マスターは現界させるだけで血反吐を吐いていた(元マスターの方が貧弱過ぎたのもあったが)。

 

 だが性能は前述した通り凄まじい物であるため、十分な用意ができているのならば優勝は十分に可能だろう。

 

 真名はランスロット。彼の湖の騎士にして、本作品では人妻を寝取った挙句速攻で姿をくらました割とアレ過ぎる奴でもある。でも本人が死んだ後でも自身の行動を後悔し続けているのでプラマイゼロだと思います(小並感。

 

 愛する女性と生涯を共に過ごすことができた。第三者視点からすれば大往生だろうが、彼の場合は逆。自身の薄情な行いを死後忘れることなく後悔している。彼が行ったことは敬愛する主君の妻を奪った挙句、国を混乱に陥れ、責任も取らず逃げてしまったというもの。

 彼は完璧な騎士だった。主君に誓ったことも心の底から思っていたことだった。だが、裏切ってしまった。状況がそうせざるを得なくしてしまったから? それはただの言い訳に過ぎない。誰が何という言おうと、彼は彼自身を一生許さなかったのだ。それは、彼の妻もまた同じであった。

 

 故に彼は裁かれることを願った。罪深き私に罰を与えてください、と。それもまた『逃げ』であることを知らず。

 

 時の果てに馳せ参じた彼はかつての初恋の者と出会い、その事に気づかされる。そして彼はこの業を、死後も尚背負い続けることを覚悟した。それが彼への『罰』なのだから。

 

 

 <ステータス>

 

 

 【セイバー】:筋力A 耐久A 敏捷A++

        魔力B+ 幸運B+ 宝具A+

 

 【バーサーカー】:筋力A+ 耐久A+ 敏捷A++

          魔力B 幸運B 宝具A+

 

 

 <固有スキル>

 

 

 ・対魔力(D):魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。サーヴァント自身の意思で弱め、有益な魔術を受けることも可能。

  Dランクでは、一工程(シングルアクション)によるものを無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

 

 ・精霊の加護(A):精霊からの祝福によって、危機的な局面において優先的に幸運を呼び寄せる能力。その発動は武勲を立て得る戦場においてのみに限定される。

 

 ・無窮の武練(A++):ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。 ランスロットはこのスキルを有するため、狂化していても冴え渡る技術を発揮出来る。

 

 

 <宝具>

 

 

 『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)

 ランク:A++

 種別:対人宝具

 レンジ:1

 最大捕捉:30人

 由来:相手の策によって丸腰で戦う羽目になったとき、楡の枝で相手を倒したエピソード。

 手にしたものに「自分の宝具」として属性を与え扱う宝具能力。どんな武器、どのような兵器であろうとも(例えば鉄柱でも、戦闘機でも、銃でも)手にし魔力を巡らせることでDランク相当の擬似宝具となる(その際、対象の武器をバーサーカーの黒い魔力が葉脈のように巡り包む)。宝具を手に取った場合は元からDランク以上のランクならば従来のランクのまま彼の支配下に置かれる。ただし、この能力の適用範囲は、原則として彼が『武器』として認識できるものに限られる(例として、戦闘機は宝具化できても空母は『武器を運ぶもの』という認識になるため宝具化できない)。

 

 

 『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)

 ランク:B

 種別:対人宝具

 レンジ:0

 最大捕捉:1人

 由来:友人の名誉のために変装で正体を隠したまま馬上試合で勝利したエピソード。

 自らのステータスと姿を隠蔽する能力。聖杯戦争に参加するマスターは本来、サーヴァントの姿を視認すればそのステータス数値を看破できるが、彼はこの能力によりそれすら隠蔽することが可能。また、黒い靄状の魔力によって、姿の細部が分からなくなっており、兜を脱いで間近でみても素顔がはっきり見えなくなっている。

 しかし、アルフェリアの手により狂化を解除されたせいか効力が希薄になっており、正常な運用が難しくなっている。が、本人はあまり使う気が無いようなので特に支障はないようだ。

 

 

 『無毀なる湖光(アロンダイト)

 ランク:A++

 種別:対人宝具

 レンジ:1〜2

 最大捕捉:1人

 由来:ランスロットの愛剣アロンダイト

 ランスロット本来の宝具。上記二つの宝具を封印することによって解放できる。絶対に刃が毀れることのない名剣。「約束された勝利の剣」と起源を同じくする神造兵装。握るだけで全てのパラメーターを2ランク上昇させ、また、全てのST判定で成功率を4倍にする。更に、竜退治の逸話を持つため、竜属性を持つ者に対しては追加ダメージを負わせる。

 更に、ランスロットの人間離れした剣技を応用し魔力を帯びた斬撃を『飛ばす』ことが可能。それでも尚ビームは撃てない――――わけでは無いが、ランスロット自身周りに被害が出る手段はあまり選びたくない様なので基本的に使用することは無いだろう。

 

 

縛鎖全断・加重湖光(アロンダイト・オーバーロード)

 ランク:A++

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~2

 最大補足:1人

 アロンダイトを利用した絶技の宝具。

 聖剣へ意図的に過負荷をかけ、内部に籠められた担い手を強化する魔力を攻撃へと転用して放つ技。膨大な魔力を熱量と変換し、その熱量を剣に纏わせ斬撃を加え、斬りつけた際に魔力を解放することで超至近距離から繰り出されるゼロ距離での光の斬撃。

 本来であれば光の斬撃となる魔力をあえて放出せず、対象を斬りつけた際に解放する剣技に寄った宝具。

 膨大な魔力は切断面から溢れ、その青い光はまさに湖のようだと称された。

 

 

 【真名】ガウェイン

 

 【性別】男性

 

 【身長・体重】180cm・78Kg

 

 【出典】アーサー王伝説

 

 【出身】イギリス

 

 【属性】秩序・善(セイバー時)/混沌・狂(バーサーカー時)

 

 【イメージカラー】白銀/漆黒

 

 【特技】職場への不満の封殺、野菜マッシュ/――――

 

 【好きなもの】アーサー王/――――

 

 【嫌いなもの】年上の妻/自分

 

 【天敵】モルガン

 

 

 <ステータス>

 

 

 【セイバー】:筋力A 耐久A 敏捷A+

        魔力A+ 幸運B+ 宝具A+

 

 【バーサーカー】:筋力A+ 耐久A++ 敏捷B+

           魔力A+ 幸運E 宝具A+

 

 

 <固有スキル>

 

 ・聖者の数字(EX):特殊体質。午前9時から正午までの3時間、午後3時から日没までの3時間だけ力が3倍になる。「3」はケルトにおける聖なる数であり、それを示したもの。

 

 ・聖者の数字【反】(EX):ガウェイン持つ特殊体質が此度のバーサーカー化の際に性質が真逆に反転しまったことで生まれた突然変異のスキル。その結果『日が昇っていない』という条件下で発動するスキルとなってしまった。

  この身は既に聖者であらず。太陽の騎士は地獄へ落ちる。今の彼には――――太陽の光は、眩しすぎた。

  ※バーサーカー時限定スキル。

 

 ・カリスマ(E-):軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。生前は王として君臨した三者は高レベル。稀有な才能だが、稀に、持ち主の人格形成に影響を及ぼす事がある。

  E-ともなれば兵士の士気の極端な低下を代償に一時的な団結を行える程度。その身から放たれる威圧による恐怖でまとめ上げるだけの『強引』なモノとなっている。

 

 ・罪過の黒炎(A):彼の心身を焦がす懺悔の炎。その手で肉親を、臣下を、騎士を、国民を手に掛けたことによる罪悪感が炎のように彼の魂を焦がしている証。積もりに積もった後悔と嘆きは、清い騎士を呆気なく黒一色に染め上げた。

  通常攻撃に炎付与。ただし付与される炎は特質な物であり、一度燃えれば対象を全て燃やし尽くすまで消えない悪質な物となっている。さながら、ガウェインが死しても尚己を許さず自身を炎で焦がしているかのように。

 

 

 <宝具>

 

 

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)

 ランク:A+

 種別:対軍宝具

 レンジ:20~40

 最大捕捉:300人

 由来:ガウェインの愛剣・ガラティーン。

 柄に擬似太陽が納められた日輪の剣。アーサー王の持つ「約束された勝利の剣」と同じく、妖精「湖の乙女」によってもたらされた姉妹剣。伝承では多くを語られる事のない聖剣だった。

 本来ならば太陽の加護の恩恵を受けるはずの聖剣だった―――しかし、担い手の数多の苦悩と罪悪感、そして狂乱により性質が真逆に反転。月でも無く、太陽でもない――――『日食の陽(ソーラー・エクリプス)』、光を食われた太陽の恩恵を受けし魔剣へと変貌した。

 性能自体は変貌する前と大差ない。が、追加効果として決して消えることのない黒き炎を放つようになってしまった。相手を焼き殺すまでその炎は決して燃え尽きない。

 ガウェインの内に眠る怨嗟と罪悪の炎の如く。

 

 

 【真名】ベディヴィエール

 

 【性別】男性

 

 【身長・体重】187cm・78Kg

 

 【出典】アーサー王伝説

 

 【出身】イギリス

 

 【属性】秩序・善

 

 【イメージカラー】銀

 

 【特技】簡単な手料理

 

 【好きなもの】平和、善き営み

 

 【嫌いなもの】理不尽

 

 【天敵】無し

 

 

 <ステータス>

 

 

 【ランサー】:筋力B+ 耐久B 敏捷A++

        魔力C+ 幸運B+ 宝具B

 

 

 <固有スキル>

 

 

 ・軍略(C):多人数を動員した戦場における戦術的直感能力。自らの対軍宝具行使や、逆に相手の対軍宝具への対処に有利な補正がつく。

  Cランクもあれば一つの戦いに置いて十分な戦果を上げることが可能。

 

 ・冷静沈着(B):精神系スキル。どのような状況下であろうとも冷静に判断をすることが可能であり、的確な行動を選択して戦いを有利に運ぶことができる。

  Bランクもあれば混戦時であれ戦いながら判断が可能であり、周囲の物に的確な指示を送ることが可能。

 

 ・守護の誓約(B):騎士として守護を誓った証。誰かを守る際に一時的に筋力・耐久・敏捷パラメータに補正が付く。

 

 ・怪力(B):本人由来のスキルではなく義手による筋力増加からきたスキル。魔物・魔獣ではないため効果は本来の物より劣るが、人間の現界を越えた力が発揮できる。ただし回数を重ねる度に一定確率で義手が機能不全を起こしてしまう(時間経過で回復)。

  大人九人を軽く吹き飛ばすほどの一撃を繰り出すベディヴィエールの筋力と組み合わせれば絶大な威力を発揮するだろう。

 

 

 <宝具>

 

 

銀腕・幻想の手は此処に(シルバリオン・アーティフィシャル)

 ランク:B

 種別:対人宝具

 レンジ:1

 最大補足:1人

 隻腕の騎士ベディヴィエールに与えられた魔法の腕。アルフェリアとマーリンが幻想種の素材を惜しみなく使って共同試作開発した超高性能義手である。希代の魔術師二人が手掛けた代物ゆえその性能は凄まじい物を誇り、元々並外れた筋力を発揮していたベディの力をさらに増幅して無数の軍勢を槍の一撃で軽く吹き飛ばせるようになった。

 効果は装着して居る限り装備者の筋力パラメータを2ランク上昇させる。

 ただし限界を越えた無茶をすると確率で熱暴走を引き起こし、時間経過による修復を強いる。修復中は義手の効果は無効となる。

 

 

九閃一刺・突き崩すは我が一撃(ナインスラスト・アサルトオーバー)

 ランク:B+

 種別:対人宝具

 レンジ:1~5

 最大補足:1人

 ベディヴィエールの義手の全力稼働状態から放たれる巨大な騎馬槍からの一突き。その一撃は九の攻撃とほぼ同じであり、実質九つ分の攻撃が一つにまとまった超強力なランスチャージと言ってもよい。そんな破壊力が一点に叩き込まれるので当然その攻撃は絶大な威力を発揮し、当たればどんな高名な英霊であれ致命傷は免れないだろう。

 ただしはなった後義手が確実に熱暴走を起こすので数分のクールタイムが必須。連発ができない弱点を抱えている。

 

 

一閃せよ、幻想の銀腕(コールブラント・レプリカ)

 ランク:B++

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~30

 最大補足:120人

 義手に内蔵された術式により、装着した者の魔力を光に変換し超強力な斬撃を手刀から放つ。薙ぎ払う事で一軍を殲滅することが可能であり、巨大な体躯を誇る竜すら一閃して空間ごと断絶せしめる。

 魔力を光変換する術式は『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』や『偽造されし黄金の剣(コールブラント・イマーシュ)』から流用しを改良した代物。規模こそ何段階も下がってはいるが、そのおかげであまり魔力を持っていないベディヴィエールでも一軍を容易く殲滅できる能力が備わった。

 ただしやっぱり熱暴走して暫くのクールタイムが必須。流石に神霊レベルの魔術を再現かつ手軽にすることは希代の魔術師二人でも困難だった様だ。

 

 

 【真名】トリスタン

 

 【性別】男性

 

 【身長・体重】186cm・78Kg

 

 【出典】アーサー王伝説

 

 【出身】イギリス

 

 【属性】秩序・善

 

 【イメージカラー】赤

 

 【特技】立ったまま寝る

 

 【好きなもの】美しい女性、友情、平和

 

 【嫌いなもの】戦乱、裏切り

 

 【天敵】妻

 

 

 <ステータス>

 

 

 【アーチャー】:筋力B+ 耐久B+ 敏捷A++

         魔力B 幸運D+ 宝具A

 

 

 <固有スキル>

 

 

 ・治癒の竪琴(C):聞く者の精神を平穏に保つ音楽を奏でるスキル。トリスタンは気が向いた時に琴を弾いては騎士たちの恐怖や過剰な興奮を宥めていた。

 

 ・祝福されぬ生誕(B):実の両親の顔を見ることもできず、離別してしまったトリスタンの悲しき運命を現すスキル。彼は時偶にその事を思い出しては悲しみ、しかしその感情は誰にも見せることは無い。

  彼が悲しむのは仲間が傷ついた時だけでは無い、自分の所為で他の者が悲しむのもまた、悲しいことなのだから。

 

 ・騎士王への諫言(B):本来であれば騎士王の元を去る際に生じてしまった特異スキルなのだが、この時空の場合単純に民などを想っての進言の数々から生まれたスキル。何かしらの判断の際に上の者が出した提案に自分なりに改良を加えて進言することで、余計な被害や犠牲を生まない『優しい』戦略を取ることができる。

 

 

 <宝具>

 

 

痛哭の幻奏(フェイルノート)

 ランク:A

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~50

 最大補足:100人

 「無駄なしの弓」ともいわれる妖弦。だが、その実態は弓と言うよりもハープや竪琴などの弦楽器を無理矢理弓矢として扱っている。つま弾くことで敵を切断する音の刃を飛ばせる他、その特性から片腕さえ動けば発射でき、一歩も動かず、弓を構える動作を必要としないという利点を持つ。また、音の衝撃で空を飛ぶことも可能。

 当然ながら他の者からは「貴方は弓の使い方を致命的に間違っている」との評。実際彼が普通の矢を使ったことは一度も無いのだが、仮に使ったとしてもその腕前は達人のそれを優に上回るだろう。

 奥の手として多数の衝撃波を束ねた強力な一撃を放つことも可能である。

 

 

揺蕩う幻奏に痛哭の涙を(フェイルノート・アリアドネ)

 ランク:A

 種別:対軍宝具

 レンジ:1~30

 最大補足:150人

 『痛哭の幻奏(フェイルノート)』から生み出される音の刃を糸のように操る技術系宝具。細すぎて見えない音の刃を使い、ほぼ不可視に近い斬撃を行う。更に斬撃だけでなく本物の糸のように編んで布状にし、相手からの攻撃を防ぐことすらできる。網のようにトラップを仕掛けることもできる万能宝具。

 騎士道を重んじるトリスタンならば思いつくことのなかった宝具だったが、アルフェリアが「糸みたいに使えそう」という一言から始まり、仲間を守るためならばと悲痛な覚悟をして彼はこの宝具を編み出した。生前はこの宝具を駆使し、仕掛けた罠によって一万以上の軍勢を一瞬にして賽子状に斬り裂いた。

 ゲリラ戦では無敵の強さを誇る反面、トリスタンの豆腐メンタルを刺激する諸刃の剣でもある。

 

 

 【真名】ケイ

 

 【性別】男性

 

 【身長・体重】185Kg・68Kg

 

 【出典】アーサー王伝説

 

 【出身】イギリス

 

 【属性】秩序・中庸

 

 【イメージカラー】???

 

 【特技】水泳、おせっかい、毒舌

 

 【好きなもの】家族

 

 【嫌いなもの】面倒事

 

 【天敵】モルガン、マーリン

 

 

 <ステータス>

 

 

 【キャスター】:筋力C 耐久C+ 敏捷B

         魔力A+ 幸運D 宝具A

 

 

 <固有スキル>

 

 

 ・軍略(B):多人数を動員した戦場における戦術的直感能力。自らの対軍宝具行使や、逆に相手の対軍宝具への対処に有利な補正がつく。

  Bランクもあれば天賦の才能と言えるが、ケイのはどちらかと言えば『言葉での戦い』に置いて常に優位に立ちまわることができる意味でのBランク。火竜すら逃げ出す得意の毒舌で図星を突きながら、こちらの情報を揺ら無矢にして相手の情報だけを一方的にむしり取る。それがケイという男の戦い方である。

 

 ・魔術(A+):このランクは、基礎的な魔術を一通り修得していることを表す。師があのマーリンだったこともあってかなりの高ランク。A+ともなれば基礎的な物を含めほぼすべての魔術に流通していることを示す。

  攻撃、防御、補助、回復、雑事。全てにその腕を存分に振るうことができ、その手腕を以てキャメロットの雑事の多くを請け負ってきた。

 

 ・勇猛(D):威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する。また、格闘ダメージを向上させる。

  何か厄介事があれば真っ先に向かい、時間稼ぎをしていた彼の性格を現すスキル。最初に向かって行っては最終的に蹴散らされたが、それは後の者に事を託すため。彼は手柄では無く事の収束を望むのだ。

 

 ・高速詠唱(B):魔術の詠唱を高速化するスキル。一人前の魔術師でも一分は必要とする大魔術の詠唱を半分の三十秒で成せる。毒舌の弁舌さで鍛えられた早口は恐らくブリテン一。

 

 

 <宝具>

 

 

我が身は不定成りて(マビノギオン・ハーツ)

 ランク:A

 種別:対人宝具

 レンジ:1

 最大補足:1人

 己の魔術や技能を最大限に活用することで発現したケイの超人的な特性。

 例えば九日九晩水の中にいても息が続く、九日九晩寝ずに働ける、人に傷を負わせればその傷は絶対に治らない、機嫌のいいときは背が伸びる、手から出る熱で洗濯物もすぐ乾かしてしまう等々。さながら泥人形の如く伸縮変形自在の肉体。ケイは愛する家族の窮地や困りごとをこの能力で何度も解決してきた。

 とはいえ基本的には家事や雑務に使っていたが。悪用したりせずささやかな事に用いるのは、やはり彼も謙虚な騎士という証拠だろう。

 この宝具を限界まで利用することで水泳による高速移動を行ったり、休みなしで戦い続けたり、再生阻害の効果を持つ攻撃ができたり、手足を伸ばして不意を突いたり、終いには腕に火炎放射器を生やす。更に致命傷で無ければ身体を粘土状にして傷を塞ぐこともできる。

 どんな状況にも対応できる万能宝具。弱点は、やはり決め手に欠けることだろうか。

 

 

巨人殺しの猛毒短剣(ウルナッハ・ダガー)

 ランク:B+

 種別:対人宝具

 レンジ:1

 最大補足:1人

 ケイが巨人ウルナッハから奪い取って首を断つのに使った巨人の短剣。ただし短剣と言っても巨人基準の話であり、サイズは二メートル近い。人間からしてみれば大剣である。

 

 

 




ぶっちゃけると書き始めた頃は円卓の騎士オンリーで第四次するつもりだったんですよねー。まぁ当時は情報が足りなさすぎてあっさりと諦めましたが。

六章で設定公開されてちょくちょく情報更新はしていたけど、出せる機会に恵まれず泣く泣くお蔵入りになったという・・・(´;ω;`)

次回更新は二月頃程を予定しております。それではお元気に~(´・ω・)ノシ

・・・姉貴のステータスがEXランク祭状態だなぁ(白目


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第三十一話・四日目の朝

二月頃には更新できそう(二月の終わりじゃないとは言ってない)。

はい、すいません毎度の如く遅れました(土下座)。ぶっちゃけると現在めっちゃスランプ気味です。殆ど筆が進んでいない状態です。それでも根性出して何とか仕上げました。・・・そのせいで色々と不出来なものになっているかもしれません。

実はバレンタイン当日には更新する予定でした。しかし出来上がった物を見て「あれ?なんか違くね?」と迷いに迷った結果大幅改変。元々二万文字もあった物を右往左往しながら修正し、結果六割近くを一から書き直しと言うことになったという・・・(泣。

それでも今回の話は自分でも色々(-ω-;)ウーンと思ってしまう様な出来上がりでした。正直最後の最後まで投稿を三月まで伸ばそうかと迷いましたが、苦渋の判断の末に投稿することを決意。

・・・まぁ、他に遅れた理由としては期末試験が終わっても課題やらレポートやらで全く執筆できるような状態では無かったことも含まれていますけど(盛大な言い訳)

因みに所持鯖全てのチョコは回収し終え、セイバーオルタとモーさんが遂に私のカルデアに・・・!!(ただし育成に手間取っている模様)

あと、新章である新宿の方は何というか実装直後に徹夜でクリアしたせいで翌日地獄を見ました。ガチャの方もね(爆死者感。

・・・一万ぶっこんでワンコ(アヴェンジャー)しか来ないってドウイウコトデスカ(´・ω・)?

それと、暫くは忙しくなりそうなのでここしばらくは更新や感想の返信はできなくなると思います。ご迷惑をおかけしますが、気を長くしてお待ちください<(_ _)>


※注意:今回の話はオリジナル要素を(恐らく)多く含んでおります。お嫌いな方はブラウザバックをお勧めします。


 冬木市市街。

 

 すっかり深夜に包まれた街。所々に点在する住宅地やビル街の明りに仄かに照らされ、さながら天然のイルミネーションを連想させる光景の中、廃ビルの中で一人の少女の姿があった。

 

 現代風とは思えない衣装。鎖や鎧がついた紫色の装束。もしかしたら都会などで娯楽の一種としてこれを着こなす物がいるかもしれないが、冬木と言う開発途中の市町でそんな物を着る者はよほどの理由が無い限り居ないだろう。

 

 その道理で行けば、この少女は何らかの理由でその服を身に付けているのであり――――実際、彼女は常人では想像もつかないような事情でこの服を身に纏っている。

 

 魔術師が開催する聖杯戦争、その中立役である『裁定者(ルーラー)』であるが故に。

 

「……よし、魔力の痕跡はこれで消えましたね」

 

 床に置いていた手を離し、ルーラーは夜空を見上げた。

 

 ビルの中で見上げる? と思ったかもしれないが、彼女が今いる廃ビルは上部が抉れ吹き飛んだ(・・・・・・・)事で、爆破された建造物が如く天井が消えて丸見えになった状態だ。外から見ればさぞかし悲惨な有様になっているだろう。

 

「……もうあれでしょうか。自然災害か何かだと思って受け入れた方がいいのでしょうか」

 

 ある程度割り切って受け入れられる自然災害の方がまだマシかもしれないとルーラーは胃を痛めながら思った。

 

 何せ彼女が奔走して応急的な処置をした――――流石に異界化した森の方は無理だったが――――爆心地じみた被害地は全て人災なのだ。何を言っているのかわからないと思うが、それが正常な証だ。

 

 今のルーラーにできるのは魔力など一般人や霊脈に影響を及ぼしかねない物を消すことだけ。それすら大掛かりな儀式を数回行うことでようやく終了の目途が立ってきたというのだから、いかに今回の被害が凄まじいのかがわかる。

 一日目の倉庫街消滅などまだ優しい方だった、とルーラーは目からハイライトを消した。これ以上深く考えてはいけないと、本能の方が訴えだしたのだろう。

 

「聖堂教会の皆さんも頑張っているんです。ここで折れちゃだめですよ、私!」

 

 パチン! とルーラーは両手で頬を叩いて気合を入れ直した。

 

 流石にこの被害で起こる問題全てを彼女一人が収められるわけがない。もし他に協力者がいなければ、きっと今頃市民たちは大パニックを起こして集団ヒステリーなどに発展しかねなかっただろう。それを抑えられたのは偏に同じ後始末を押し付け――――もとい任された聖堂教会の係員などだ。

 

 血反吐を吐く勢いで奔走して後始末に駆られている彼らと比べれば、自分にかかっている負担などまだ軽い。と、ほぼ不休で働き続けたせいで魔力枯渇寸前のルーラーは言う。

 傍から見ればすでにへとへとで、今にも倒れそうな様子だ。これ以上無理をすれば、彼女はまた行き倒れかねない。

 

 それを自覚した途端、ルーラーのお腹からただならぬ音が発せられた。

 

 

 ――――グゥゥゥゥゥ~~~~~。

 

 

「…………とりあえず、少しだけ休憩しましょうか」

 

 同じ轍は二度は踏まない。彼女は持ってきていたスポーツバッグからコンビニで購入したおにぎり数個とドリンクを取り出した。二日目の行き倒れで学習したルーラーに隙は無かった。

 

 すっかり冷めたソレを頬張る。少し味は落ちているが、そこは食へのこだわりが半端では無い日本。多少冷めていても、数世紀前の人間であるルーラーにとっては十分に美味と呼べるほどの味は保っていた。

 とはいえ、昨晩食した晩餐と比べれば酷くお粗末な物ではあったが。

 

 いや、食神の晩餐と比べるのがお門違いというものか。

 

(しかし……何でしょう、この違和感は)

 

 口をもごもごと動かしながらルーラーは顎に手を当てて思いふける。先程から脳裏に引っかかる違和感。小さいようで、何か致命的なものの様で何時まで立っても不安が拭えない。

 

 市街地で起こる惨劇の数々は別にいい。いや、よくは無いが聖杯戦争なのだから『そう言う事』もあるだろう。問題は気づけそうで気づけないことが靄がかっているように見つからないという事。魚の小骨が喉に引っかかったような不快感だ。

 

 まるで、何かが正常に働いてないような――――。

 

 

「ッ――――誰ですか!」

 

 

 急激に増大する殺気。

 

 意識を切り替え、食いかけの食事をバッグに突っ込みながらルーラーは旗を構える。まるで潜んでいた蛇が得物を見つけ飛び掛からんとする瞬間の様な緊迫した空気。

 冷汗を滲ませながら、ルーラーは殺気のする方向を睨みつける。

 

 そこに居たのは亡霊(騎士)だった。

 

 生気と輝きを失った金髪。絶望に汚された碧眼。純白で壮麗な装飾が施されていたであろう鎧はすっかり血を浴びで赤黒く染まり、上質な素材を使っただろうマントは血と煤で汚れきっている。

 その手に握った剣も肉眼で見ただけでわかるほどに『堕ちて』いた。これがかの最強の聖剣の姉妹剣だと言って、誰が信じよう物か。

 

 一言で言い表せば、あの騎士は余りにも――――狂気に染まり過ぎている。

 

「ア■ァ、王……ヨ、私、ハ……!」

「貴方は、一体……? 私に何か御用がおありでも――――」

「私ハッ、私ハァァアア゛ァァア゛ア゛ァアァ゛アアァア■■■■■■■■■■■■ッッ!!!」

 

 空間が震えるほどの雄叫びは木霊した。防御に優れたルーラーですら無意識に耳を抑えてしまうほどの爆発的な本量が廃ビル全体を震わす。

 

「っっ…………!?」

「ガレスッ……ガヘリスッ……! 許シ■クレ……! 違ウ、違うノ■す、パーシヴァル、トリスタン…………! あァ、何故ッ、何故ダ、アグラヴェイン……! 何故私ヲ騙シタ……!! 何故私ヲ…………ッ!! アぁあ、血ガ、皆ノ、血が――――」

 

 その口から漏れるのは懺悔と憎悪の悲鳴。

 

 血を分けた兄弟と、戦場を共にした仲間を狂わされたとはいえその手に掛けた騎士の嘆き。悲しみ。二度と消えることのない怨嗟。地獄の炎の如く燃え盛る漆黒の感情は、彼自身の心身を確実に食い蝕んで行った。

 

 誰よりも騎士らしくあっただろう騎士は、その影すら残していない。今やもう、狂気だけで動く機械人形。

 

「私ノ身ハ……地獄ノ炎に三度焼■■ヨウトモ、足リ■イッ……! 王、ヨ……■■カ、私ヲ……!!」

「……貴方は、何か勘違いしているようです。私は王ではありません。ただの町娘です」

「■ニ、ヲ……!?」

 

 悲しみに満ちた表情でルーラーは騎士へと旗の穂先を突きつける。

 

 しかし殺気は、無い。彼女が本懐とするのは殺すことではなく、救うことなのだ。このまま彼を座に還したところで何も好転しない。むしろ、今後に禍根を残すかもしれない。

 故に彼女は、彼を救おうとする。

 

 

「我が名は――――ジャンヌ・ダルク。国を治めた王では無く、何処にでもいそうな信心深い少女ですよ」

 

 

 その名を聞いて、騎士は小さく嘲笑する。

 

 彼女の事を笑ったわけでは無い。その笑みはむしろ自虐。そう――――かつての主すら見分けられないぐらいに、自分は狂ってしまったのかと言う嘲笑いだった。

 

「私ハ、ナント愚か■イ男■のだ……! 忠義ヲ誓っタ主を、間違エ■ナド……!!」

「落ち着いてください。今貴方に必要なのは深い安静であり――――ッ、気をお静めになって! 狂気に身を任せてはいけません!!」

「アァ、アァァア゛■■ァ、ッァガァアァァアァァァアア■■■■■■■■■■■■■ッ!! ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ――――!!!!」

 

 ピリピリと空気が震える。抑止しようとしても益々溢れ出る狂気。

 

 肉親を、親友を、家臣を、民を手に掛けた。何よりも守りたかったものを自身の手で深紅色に染め上げた。己の名が穢れるのは構わない。だけど、だとしても――――彼は命を捨てても守りたかったものを、自分で壊してしたことで自分の名だけでは無く忠義を誓った王の名と盟友の命をも穢してしまった。

 

 こんな己を、彼自身が許せるはずがない。否、許してはいけない。

 

 故に狂気はとめどなく溢れる。これが、自身への――――狂乱の白騎士、ガウェインへの罰なのだから。

 

 

「この剣ハ、黒陽ノ現身――――」

 

 

 ガウェインが手に握った剣を上空へと放り投げる。放られた剣はゆっくりと回転しながら円を描き、太陽を夜空に映し出した。――――だがその太陽が夜を絢爛に照らすことは無い。 

 

 映し出されたのは真っ黒な太陽(・・・・・・)。黒い光と言う光学的にあり得ない光を放つ負の塊。

 

 (狂気)に光を食われた日食の陽は、あらゆるものをどす黒く照らし始める。

 

 

「――――喰わレシ太陽を体現スる星ノ聖剣……! あらユる不浄ヲ纏イし焔の陽炎――――!!」

 

 

 投げられた黒き不浄の聖剣は役目を終えて持ち主の手に戻る。

 

 噴き出す黒炎。絶望と憎悪に染まりし汚れた焔は、彼自身の魂を焼く地獄の業焔の様に燃え盛る。例え相手が肺になっても尚、消えることが無いように。身も心も全て、残さず焼き尽さんと。

 

「まずっ――――間に合わな――――」

 

 突然の宝具解放にジャンヌは対応できなかった。そもそも彼女自身、戦闘に向いたサーヴァントでは無い。生前は旗を振り、兵隊の士気を上げ、先陣を切っていただけの事。元はただの町娘なのだ。実戦経験ではどうしてもその道の英雄には劣ってしまう。

 

 故に遅れる迎撃。既に相手は攻撃の準備を完了している。

 

 真っ黒な炎が放たれる。決して燃え尽きない、地獄の炎が―――――

 

 

「『転輪する(エクスカリバー)――――」

 

 

 

 

 

「『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』――――――――ッ!!」

 

 

 宝具を発動する寸前、ガウェインへと迫る一つの紅い閃光が煌めいた。

 

 音速を越えて衝突する一本の矢。空間を捻じり切りながら螺旋状に捻じれた矢がガウェインの脇腹を掠めて過ぎ去る。

 後に訪れる空間裂断。捻じり切られた空間はガウェインの脇腹を巻き込み、鮮血を床に撒き散らせた。

 

「ガァッ――――――――!?」

 

 唐突過ぎる一撃にバランスを崩すガウェイン。腕は既に動いている。止めることはできず、故に不安定な体勢から彼の炎の聖剣は放たれようとしていた。

 勿論、タイミングなど滅茶苦茶だ。誤差ではあるが、数秒だけその発動が遅れている。これならばジャンヌはその数秒を使い、回避することができるだろう。

 

 しかし彼女の後方には別のビルや市街地がある。ガウェインの聖剣は超高範囲攻撃用。もし防ぐものが何もなければ、冬木の街は一瞬にして地獄絵図になるだろう。

 

 すでに手遅れな気がするが。

 

 重傷を負ったことで生まれた隙を利用し、ジャンヌは素早く旗を立てる。

 

 

「我が旗よ! 罪なき民を護り給え! ――――『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

「オォォオオォォオァアァァア゛ァアア゛ア゛アア!!! ――――勝利の剣(ガラティー)』ィィィィィン!!!!」

 

 

 展開される絶対守護領域。劫火の一撃から市民を守るために張られたEXランクの対魔力という絶対の護りは、正面から聖剣と鬩ぎ合う。

 

 この旗とて決して壊れない盾ではない。何度も使えば使うほど、強力な攻撃を防げば防ぐほど摩耗し、やがては壊れる。だが今こそ、その真価を発揮するとき。多くの人々を守るために掲げられた救済の旗は、それこそ対城宝具の一撃すら逸らし切る――――!!

 

「あ、ああああああああああッ!!!」

 

 炎。

 

 炎。

 

 炎。

 

 鮮烈なまでの輝き。幻視する。あの炎を。身を焼く紅い輝きを。忘れない、忘れるものか。生前この身を焼き尽くした紅蓮の炎を。そして自分は今、またその劫火を身に受けている。四肢が焦げる、肺が焼ける。錯覚だとはわかっている、それでも思い出してしまう。己の最期を。

 

 汗が流れる。

 

 膝が折れそうになる。

 

 だけど――――。

 

 だとしても――――守る。

 

 

「守り、通す……通して、みせるッ!!」

 

 

 これが今の自分にできる最大限の行動なのだから。此処で負ければ、ジャンヌ・ダルクの名が廃る。

 

 

 ――――それに、今の彼女は独りじゃない。

 

 

 肩に置かれる暖かい手。

 

 優しい笑みを浮かべた男性が、強き意思を灯した瞳でジャンヌを見た。

 

 

「――――よくやった。後は任せたまえ」

 

 

 まるで正義の味方の様に、(エミヤ)彼女(ジャンヌ)に語り掛けたのだった。

 

 

「……投影、開始(トレース・オン)

 

 その言葉は鍵だった。彼の心の中に内包する無限の剣を選びだすコード・ワード。

 次に彼は探し出す。あの聖剣に対抗できる剣を。アレは至高の剣の姉妹剣。故に対抗するための剣も、当然最高の物を用意しなければならない。並の宝具では焼き尽される。

 

 数秒の間もなく――――見つける。

 

 彼が迷いなく、間違いなく『至高』と断言する最強の剣。究極の一を体現した星の光を。

 

 

「禁じ手の中の禁じ手だ……! この投影、受けきれるかッ!!」

「ま、さカ――――ソノ剣は、何故貴方ガッ……!?」

 

 

 禁じ手と断じる切り札。

 遥か遠い、もう微かな記憶しか残っていない少年の頃、その心に焼きつけた、かの王の持つ黄金の剣。

 

 通常ならば負荷で霊核が砕けても可笑しくない投影であり、抑止力として派遣されているが故に可能な奥の手を今、彼は披露する。堕ちた聖剣を打倒するために。

 

 

「この光は永久に届かぬ王の剣――――『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』!」

 

 

 一振り。たった一振り。

 

 それだけで炎が斬り裂かれた。刃の表面を伝う光が飛翔し、ガウェインの体を大きく吹き飛ばす。彼がただ吹き飛ばされただけに終わったのは、ひとえにこの聖剣が真に迫った贋作だったが故。

 

 倒し切ることはできなかった。だが、距離と時間を稼いだ。ならば十分役目は果たしたといえよう。

 

「っガ、は――――――――」

「ッ……掴まれジャンヌ・ダルク! 撤退するぞ!」

「へっ? はひっ――――!?」

 

 エミヤは素早くジャンヌの腰に手を回すと、そのまま跳躍して廃ビルの外へと飛び出た。

 

 刃の様に鋭い風が身体を叩くが、今の状況で細かいことなど気にしてはいられない。近場の建物の屋根にクレーターを作りながら着地したエミヤは間髪入れず移動を再開し、次々と建物の屋上を飛び移っていく。

 

 追いつかれれば勝てないとわかっているからこそ。

 

 万全の状態ならばともかく、ランサーの一撃で右腕を負傷している今の彼では正面から打ち合うのは自殺行為同然。三十六計逃げるに如かず、だ。

 

 そして数分後、周りに追手がない事を確かめ終えたエミヤがようやく足を止める。

 

 どうやら、無事に逃げ切った様だ。

 

「フーッ……つくづく狂っているな、今回の聖杯戦争とやらは。イレギュラーが多過ぎて、何が正常なのかわからなくなってきたよ。……怪我はないかルーラー? 調子が悪ければこの場で――――……ルーラー?」

「――――――――っう」

 

 今の冬木で起こっている異常事態に皮肉を飛ばしながらもジャンヌの身を心配するエミヤ。しかし、ジャンヌからの返事は無い。代わりに小刻みな震えが抱えている腕から伝わるだけだ。

 

 まさか何か大怪我でも――――と思った瞬間、彼女の口から――――形容しがたき何かが生まれ始めた。

 

 

 

 

 俗に言う、嘔吐(ゲロ)である。

 

 

 

 

 

「%#$&@○×△□~~~~~~~~~!?!?」

「ちょっ、えっ、ルーラー! それは女としてしてはいけない顔だぞ! しっかりするんだ! って、待て、こっちを向くな! 私の外套に――――なんでさぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 深夜の夜に、理不尽に対する悲鳴が轟いたとさ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 夢を見る。

 

 命の渦巻く場所である海の上にいるように揺蕩う精神。揺ら揺らと穏やかに、アルフェリアの意識はうっすらとどこかの海に浮かんでいた。

 

 瞳に移るのは、どこかの記憶。自分でもない、誰の物かもわからない薄れた記憶。

 

 見てはいけないモノ。

 

 

 

 まず見えたのは倒れた揺り籠だった。所々が破損し、ただならぬ何かがあったことを示唆している。何かの争いごとに巻き込まれて壊れたのだろう。

 そして奥には、血だまりにて横になっている銀髪銀眼の女性。

 

 酷く既視感がある。

 

 いや――――既視感ではなく、似ているとわかったのだ。

 

 己の顔に、酷く似ていた。

 

 不思議とそれが気味が悪い物とは思わなかった。心のどこかで『それは当然』と、理由も分からずその事実を私は受け入れたのだ。自分でもわからない。だが受け入れずにはいられない。

 違和感など無かった。それが『必然』故に。

 

 次に認識できたのは、その女性を抱えている黄金の瞳を持つ初老の男性。

 涙を双眸に浮かべ、声にならない声を小さく喉から漏らしている。尋常では無い悲壮感、さながら妻を殺された夫の様な雰囲気だった。

 

 ……否、実際この光景は、その通りなのだろう。

 

 女性の方の息は絶え絶えで、今にも死にそうな様子だ。酸素を求める魚のようにパクパクと血の泡を吹く口を動かしている。見ているだけでこっちが痛ましく思える程の状態。同時に理解する。

 アレはどうあっても助からない、と。

 

 

 ――――マリアッ! ……ああ、何故、何故こんな……ッ!!

 

 ――――大丈、夫……大、丈夫、だか、ら……。

 

 ――――強がりはよせ! 今すぐ治療を……!

 

 

 銀髪の女性は必死で助けようとする男性に微笑みかけた。

 苦しいはずなのに、怖いはずなのに。それでも彼女は、笑顔を浮かべたのだった。何という精神性、何という献身。聖母の様な慈悲ある笑顔で、女性は無慈悲な宣告を告げる。

 

 

 ――――もう、いいのです。……手遅れ、ですから。

 

 ――――馬鹿なことを言うなッ! まだ、まだ間に合うはずなのだ……! 私の持つ第一法(・・・)なら――――

 

 ――――駄目です。駄目なのです。死を、否定しないで。ありのままを、受け入れて…………どうか……。

 

 

 男性は何らかの方法で彼女を助けられるのだろう。可能性としては、死者蘇生の方法か。それぐらいしなければいけない程、彼女の傷は深かった。

 

 もし彼女が普通の人間ならば、『死者蘇生』という誘惑に負けてしまっていたかもしれない。

 

 だが、女性はそれを拒否した。人に取ってこれ以上の無い褒章である筈の死からの蘇生を、『無の否定を』。彼女は当然のように拒んだのだ。死は受け入れる物であり、否定するべき物では無い、と。

 

 

 ――――頼む、逝くな……! お前が居なくなれば私は、私はこれから何を信じればいいのだ……!!

 

 ――――……信じて。人々の……あの子の、未来を。……お願い、■■■……!

 

 ――――何故……ッ! 何故信じられる!? お前をこんな結末に追い込んだのは、他ならぬ人類だというのに……!

 

 ――――間が、悪かったのです。だから、……失望、しないで……?

 

 ――――……私、はッ………………!!

 

 

 言葉を聞いて、男性は様々な感情を顔に塗りたくった。

 

 最も顕著なのは悲しみと怒り。悲哀と憤怒が入り混じった混沌とした表情で、男性は歯ぎしりする。

 最愛の者が傷つけられたにも関わらず、寄りにもよってその傷ついた者が『誰も憎むな』と言っているのだ。この場合、湧き上がる憤怒を一体誰にぶつければいい。

 

 怒りの矛先を、何処に向ければいいのだ。

 

 

 ――――目を、逸らさず、見続けて……人の、歩む姿、を……。人々の……未来を……希望……を――――

 

 

 聞こえる声が風前の灯火の如く消えるように弱まっていく。

 

 彼女が何を言っているのかはよくわからなかった。だけど、大切な何かを伝えたがっているのは、確かだ。命を削って、彼女は誰かに何かを伝えている。忘れるなと、目を逸らすなと。未来を、希望を見続けろと。

 

 視線がこちらに向いた。

 

 

 ――――ごめん、なさい……。貴方には、まだしてあげるべきことが、多過ぎるのに……。

 

 

 その言葉は、誰に投げかけられた言葉か。

 

 やはりそれはこの風景を見ているであろう『赤ん坊』なのだろう。生まれてまだ間もないのか、視界の端で赤ん坊の手足が揺れるように動いている。

 しかし気のせいか、懸命に手を母の方に伸ばしているようにも見えた。

 

 お願いだから行かないで、と訴えるように。

 

 

 ――――ふふっ……■■■■……私の可愛い、大切な息子。どうか、どうか貴方の父と……幸せに……生、きて、くだ、さ……………。

 

 ――――……マリ、ア…………返事を、返事をしてくれ、マリア! 私を置いて行くな! 頼む……! 頼むから、受け入れてくれ……!

 

 

 それきり女性の声はしなくなる。呼吸の音さえ、聞こえてこない。

 

 誰が何を言わなくても分かる。理解してしまう。たった今、一児の母である彼女は息を引き取ったのだ。そして誰かがその亡骸を抱いて静かに泣いている。恐らく彼女の夫である男性が。

 

 妻を目の前で亡くしたのだ。涙を流さない道理はない。そして彼は叫び続ける。

 

 

 ――――何故! 何故彼女が死なねばならんッ! 誰よりも平和を願った彼女が!

 

 ――――異端でありながら人々の平和を慈しみ、笑顔であれと祈り続けた彼女が、何故ッ……!

 

 ――――何故彼女を人として扱わなかった、魔術協会よ……! 何故私を求め続ける、聖堂教会よ……! お前たちは、お前たちは目的のためなら人の幸せすら平気で踏みにじるのか……! 私が、私たちが貴様らに何をした……ッ!!

 

 

 怒り、憎しみ、悲しみ。諸々の感情が入り混じった混沌の嘆き。狂気すら感じられる怒号。

 

 何もしていない。何も奪っていない。なのに、全てを奪われた憎悪は計り知れない。人間たちの理不尽な欲望で、彼は最愛の妻を亡くした。何もしていないのに、彼は全てを奪われたのだ。

 

 なんだこれは、ふざけるな。こんな事、認めて良いわけがない。

 

 

 ――――マリア……最早、誰も信じられんよ……。もう、私は疲れた……私は、私はお前がいてくれさえすれば……それでよかったのに……ッ!!

 

 

 妻に生きてもらいたいと願って何が悪い。

 

 ただ平和に、夫婦仲睦ましく暮らしたいと思って何が悪い。

 

 彼らは、何も悪くない。

 

 なら、誰が悪い――――?

 

 決まっている。

 

 自分から全てを奪った者達――――

 

 

 ―――――…………いや、何千年経とうとも進歩をせぬ哀れな畜生(人類)共だ。もっと早く、気づくべきだった……!!

 

 そう確信した瞬間、彼の目は黄金から血よりも濃い深紅へと変化した。彼は今この瞬間、何かを捨てたのだ。己が己である証を。その身から発せられる親への愛を。命の次に大切なモノすら投げ捨て、彼は人類史に仇成す者へと変貌する。

 

 

 ――――観測者(我が身)が傍観することに、もう意味はない。判決は今、下った。人類よ……原罪が消えても尚、貴様らが懲りることなく新たに二千年間積み上げて来た(悪性)――――新罪(・・)を清算する時だ……!!

 

 

 別人の様な鋭い雰囲気を纏い、男は妻の亡骸を抱きながら立ち上がる。

 

 その眼は、傷ついた獣のそれだった。傷つきながらも立ち上がり百獣の王。そう言い例えるのが相応しいほど、彼の気は狂うほど張り詰まっていた。常人ならば、視線を向けられただけで気絶しそうなほどに。

 

 

 ――――我が最後の息子よ。私は、駄目だ。私にお前を育てる資格は、無い。だからどうか……待っていてくれ。いずれ、必ずお前の楽園を――――

 

 

 男が懐から何かの欠片を取り出し、赤ん坊の胸に押し付けた。そして欠片はまるで吸い込まれるように赤ん坊の体の中へと消えていく。

 この男は、一体何をしたのだろうか。少なくとも、この稚児に害を成すための事では無いと思われるが――――酷く、嫌な予感が私の胸を満たす。

 

 まるで爆弾を胸に埋め込まれでもしたのではないか、と思ってしまうほどに。

 

 

 ――――だがもし、もしもお前が、私の行いを愚かな間違いだと思ったなら――――

 

 

 近くに寄ったことで、男の顔がはっきり見える。

 

 どこかで見たことのある顔だ。しかし薄れている意識故か、はっきりと思い出せない。一体、誰なのだろう。

 答えは、今は出ることは無かった。

 

 

 ――――どうか私を、止めてくれ――――

 

 

 乞い願うように男が呟き――――その言葉を最後に私の意識は現世へ引き戻されていく。

 

 サーヴァントの身である以上、本来ならば見るはずの無い夢。何故そんな物を見てしまったのかは未だに理解が追いついていない。だが今見た物は確実に己と無関係なことでは無いだろうという事は、嫌でも理解出来ている。

 

 だってこの夢は、紛れも無く彼の――――

 

 

 

 

 

 

「フォーウ」

「……ん?」

 

 目を開けば、目の前にはモフモフが存在していた。何を言っているのかわからにと思うが以下略。

 

 うん、ええと、どういう状況なんだこれ。と言うかコレ、フォウくんもといキャスパリーグもといプライミッツ・マーダーさんだよね。一昔前に私のペットと小規模な大怪獣決戦を繰り広げた。

 

 そんな子がどうして此処に居て、何故私の頬をぺろぺろしているのかはよくわからない。わかりたくないが、わからなければ現状の認識が酷く滞ることは間違いないので、とりあえず欠如した気絶直前の記憶の修復に勤しむ。

 

「確か、ん~……あっ」

 

 微睡んでいた脳の機能も回復してきたのか記憶が少しずつ戻り始める。

 

 色々あって大怪我を負いながら私はアルトリアを連れて令呪を使い拠点へと強制帰還し、そこれまさかの星のアルテミット・ワン――――ORTが現れるという予想外に予想外を重ねた超展開が繰り広げられた。

 

 何時か封印が解けるとは思っていたが、まさかこんな最悪のタイミングで。そう思っていたが何故か「ズキュゥゥゥゥゥゥゥン!」されて傷を治してもらい、そしてフォウくんが現れてハクと乱闘しマーリンの激ウザスマイルと「ジャンジャジャ~ン! 今明かされる衝撃の真実ゥ~! アルフェリア~、プライミッツ・マーダーを解き放ったのはァ、この俺だァ!」が炸裂して本能的にキックでぶっ飛ばして…………。

 

 

 

 …………ああ、魔力が切れてぶっ倒れたんだっけ。

 

 

 

 咄嗟に周囲の『大源(マナ)』を吸収し、ギリギリのタイミングで現在契約中のサーヴァント二人への魔力供給を狭め、『魔力貯蔵空間(マナ・ストレージボックス)』に溜めておいた魔力を回復に回す等々。

 色々やっては見たがやはりというか気を失う数瞬で行っただけの事。意識は回復しても体は絶好に絶不調だ。

 

 信じられないほど気怠い。今なら大の大人数人しか相手にできなさそうだ。

 

「あーあ、やっちゃったなぁ……」

 

 これでも一応自身のコンディションには気を使っていたつもりだったのだが、この様だ。アルトリアを保護するためとは言え我ながら無茶をしたものだ。

 

 否、途中までは簡単に復帰可能な域には無茶は留めておいた。

 決定打になったのは、やはり呪いの短剣による心臓一突き。完全な不意打ちで完璧に決まったあの一撃は、この肉体でも中々に堪えた。事実、治ったはずなのに未だに胸に鈍痛が走り続けている。

 

 流石に宝具級の呪いを喰らえばただでは済まないか。おかげで心臓の魔力炉心もあまり調子は良くない。

 

 後で適当に回復用霊薬(エリクシル)でも調合して飲んでおこう。

 

「しっかし……誰もいないねー」

「フォウフォーウ」

「ああ、ごめん。君が居たね」

 

 そして現在、この言葉通り私以外この寝室には誰もいなかった。

 

 まぁ何時目覚めるかもわからないのに何時までも付きっきりで看病する方がおかしいのだが、せめて一人ぐらいいてくれならなぁ……。少しだけ寂しさを感じた。

 いや、今は聖杯戦争中。下手に気を抜けば何処から敵が現れるかわからない以上、下手に私に構う余裕は――――

 

 

「――――やぁ」

 

 

 …………今一番聞きたくなかった声が聞こえた気がするが、そんなことは無かったぜ。

 

 もし誰かが誰かの声を聞いていたとしても、私は何も聞こえなかった。それはつまり誰もいないという事であり誰も声を発しなかったということである。イイネ? OK、証明終了(Q.E.D.)

 

「おやおや、育ての親と久々に顔を合わせたというのに随分つれない反応じゃないか。そこがまた可愛い所だけどね」

「……起床早々鳥肌の立つような冗談はやめてくれないかな、マーリン」

 

 諦めて私は声のした方に視線を向ける。

 

 そこには確かにマーリンが居た。長々と伸びている白髪、いかにもイケメンという風な青少年の顔、そして幾重にも重ねられた白衣。間違いなく我が師であり育ての親のマーリンである。

 因みに実年齢は推定でも千歳以上のスーパーインキュバスジジイだが。

 

「酷いなぁ。君だって座で過ごした年月を加えれば僕とどっこいどっこいだと思うけど?」

「霊体だからノーカンだよノーカン。ていうか大体は寝てたから体感的にはざっと四百年前後程度だし。三倍以上生きてる貴方とは到底釣り合わないと思うけど?」

「はっはっは、言うようになったじゃないか。まぁそれよりも、キャスパリーグ、そろそろ彼女の傍から離れたらどうだい? ほら、僕と一緒に居た方が君もこの世界に滞在しやすいわけで」

 

 マーリンがキャスパリーグに手を伸ばして、速攻でパンチで叩き返された。うわぁい、いいぞもっとやってくださいフォウさん。

 

「フォウフォーウ! ファ――――――!!」

「おぉう、いつの間にかこんな反抗的になったんだお前は。これでも僕、一応君の元飼い主何だけどなァ!」

「元だからでしょうに……」

「まぁそうだね。ぶっちゃけ今の僕にとってのキャスパリーグは、現在の飼い主にその子を借りているだけの関係だしね」

「……現在の飼い主って、ちょっと待ちなさい。貴方まさか……!?」

「ああ、うん。ちょっと黒い方の姫君に交渉を持ちかけてね。僕が大体五十年ぐらい定期的に血液を提供することを条件に、キャスパリーグ……いや、プライミッツ・マーダーを借りてきた。彼を介さなければ、僕はこの世に実体化できないからね」

 

 プライミッツ・マーダーの飼い主と言ったら間違いなく朱い月の後継者候補の一人である死徒の王、アルトルージュ・ブリュンスダッドの事である。そんな彼女と交渉し、ペットを借りてきた? 自分の血液を差し出してまで?

 

 ……一体何をやっているんだこの馬鹿は。

 

「何でそこまでするのよ……。例えこの世界に顕現できると言っても、抑止力の排斥で数日程度が限界でしょう? 抑止力が介入できない特異点ならまだしも、どうして……」

「そりゃ困っている可愛い可愛い愛弟子に会いに行きたかったからね! ほら、僕って意外と世話焼きだし? やっぱり身内が困っているならお節介ぐらい焼きたいものだよ。それに……君の周りはいつも面白いことばかり転がり込んでくるからネ!」

「……はぁ」

 

 相変わらず碌でもない理由で逆に安心した。流石マーリン、千年経とうとも全くぶれない性格は清々しいぐらいで殴り飛ばしたくなる。もう蹴り飛ばしたけど。いやこの場合は拳じゃないからノーカンだな。うん、後で一発ぶち込んでおこう。

 

 ため息をつきながら体を起こそうとする。だが、妙に体に力が入らない。

 

 ……チッ、霊薬か。

 

「マーリン」

「君は直ぐに無理をしそうだからね。傷が治るまでは安静にしていてくれたまえ。でないと監視役を請け負った僕がアルトリアに殺される」

「この世界で殺しても死なないでしょ貴方」

「実体じゃないからねー。まぁそれでも痛い物は痛いんだよ? 治癒魔術を使ったのに、未だに肛門が鈍痛を訴えてるのがその証拠だ」

「肛門?」

「あ、いや、何でもないよ? うん、何でもない何でもない。……それに」

 

 何やら不可解な言葉を零して濁すマーリン。個人的にとても気になることではあるが、まぁ機会があれば後で追求しよう。それよりこいつはなぜ顔を近づけてきているんだ。

 

 え、ちょ、顔近い近い近い。

 

「……君の無防備な姿を独り占めできるからね」

「うわっ」

 

 冗談抜きで鳥肌が立った。何故かって? 生前こいつの女癖の悪さと口説き文句を散々近くで見てきた私が、今更こんな歯が浮くようなセリフに赤面するとでも思っていたのかヴぁかめ! 私は軽い男に引っかかるほどガードが薄い女では無いのだ。

 

 だから頼むから顔を近づけないでください。本当に気持ち悪いんです。いや、ホント、ちょ、待――――。

 

「その反応は酷いなぁ~。ま、大丈夫大丈夫。僕はアルトリアに嬲り殺されたくないからね。流石に君に手を出すような真似はしないよ」

「う、うん? そ、そう。じゃあ早く顔を遠ざけて――――」

「――――でもちょっと舐めるぐらいはいいと思うんだ」

「……な、舐めるってどこを?」

「そりゃあ勿論――――」

 

 

 

 

「――――姉さんが起きた様な気配がしたので、すっ飛んできました! 変なことしていませんよねマーリ…………」

「あっ」

 

 

 

 

 部屋の扉が蹴られて吹き飛び、窓ガラスをぶち割りながら外へと放り出される。

 

 そんなことができる筋力の持ち主は間違いなくサーヴァント。そしてこの声は間違いなく、あの子だ。私が、聞き間違えるはずがない。

 

 アルトリアが、そこに居た。

 

 

 

 

 ただし阿修羅も裸足で逃げ出す形相を浮かべていたが。

 

 

「マーリン」

「や、やぁアルトリア。この通りアルフェリアは回復したよ! でも無理をさせると体を壊しかねないから私の特性霊薬でちょっと動きを止めているけど私は別に手を出すつもりは全くなくてただ単純にからかって遊びたいという思いがあっただけで決してよこしまな思いで彼女の顔とか耳とか首を舐めようとしたわけではな――――」

「マーリン」

「だから頼むから聖剣はやめてくれ。頼むちょっと待って此処でそれはまずいってまずいですよ! お願いしますストップタンマタンマタンマプリーズヘルプミー! 救いはないんですか!?」

「マーリン」

「あっはい」

 

 無言で武装するアルトリア。右手に真っ黒に染まった聖剣を携えた様は間違いなく覇王、否、魔王。この世の恐怖全てを放っても可笑しくないほどの気迫を纏いながら、我が妹は雄々しき姿を披露した。

 

 人、それを処刑とも言う。

 

「卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め…………!」

「待ってくれ! 判決の余地を――――」

「フォウフォウフォーウ(訳:問答無用で有罪ですね間違いない)」

 

 マーリンの視線が私の方に向いてきた。救いを求めているのだろうか。さながら地獄に落ちたカンダタのように釈迦から差し出される蜘蛛の糸を待つが如く。

 

 ……でも悪戯しようとした人に助けて求めるのは正直どうかと思います。

 

 と、いうわけで。

 

「マーリン?」

「うん、何かな!?」

有罪(ギルティ)

「ちょっ」

「――――吹き飛べ色欲ジジイ! 『鏖殺するは卑王の剣(エクスカリバー・ヴォーティガーン)』――――ッ!!」

「神は死んだ――――――――っっ!!」

 

 その日、真っ黒な光が空へと昇った。

 

 

 

 

 三十分後、私が目覚めたという知らせを聞いたのか身近な者達が絶え間なく訪問してきた。

 

 モードレッドを始めとしてランスロット、桜、雁夜、氷室、ミルフェルージュ、ハク、ORT等々――――魔術関係者が見たらその場で泡を吹いて倒れそうなナインナップに思わず苦笑する。

 

 どうやら彼らは私が気絶していた間は極力魔力を無駄遣いしないように大人しく自室で待機していたようで、そのおかげで私は予定より大幅に早く目覚めることができたらしい。マーリンやORTの助力もあったおかげで、心臓に大穴が空いたというのに後遺症などは全くないまま快調に戻るらしい。

 

 で、まぁ、それだけならいいのだが……女性陣の大半が揃いも揃って私の布団に潜り込もうとしているのは何故だろうか。男性陣は当然ながら遠くで見つめて苦笑いを浮かべているだけだが、止めようとはしない。

 

 ……この軍団を止められるとは思えないけど。

 

「モードレッド、反対側に回ってください! こちらは私が死守します!」

「了解だぜ父上! うおおおお! どけや蜘蛛ヤロー!」

「むっ……我が伴侶への添い寝を邪魔するとは……無粋な奴め。蹴散らしてくれる!」

「個人的にはサクラニウムは大切だと思うので必然的に私がお姉ちゃんと一緒に寝るのは常識的に当然だと思います。と言うわけで退いてください。必殺サクラビーム撃っちゃいますよ? いいんですか?」

「それ以上にペットとして主人の安寧を守るために傍に居ることは当たり前であってつまりアルフェリア様のペットであるこのハクが一番添い寝に適していると思います。皆さん邪魔なのでさっさと退かないとブレス撃ちますよ?」

 

 大乱闘ス○ッシュブラ○ーズじゃないんですからベッドの上でいがみ合いはしないでください。一応怪我人何ですけど私……。

 

「……何やってるのよアンタ達」

「桜……それはもう、色々と手遅れな気がするよ……」

 

 常識的な女性陣が七人(?)中二人しかいないってどういうことですか橘さん、じゃなくて神様。

 私の周りには常識を備えた女性は集まりにくいというヘンテコな運命でもあるのだろうか。実に嫌すぎる運命だ。畜生、これも全部マーリンが悪いんだ。

 

 おのれマーリン……! ゆ゛る゛さ゛ん゛!

 

「なんかアルフェリアがとっても理不尽な責任転嫁をしているような気がするぞぅ」

「気のせいでしょうマーリン。キャメロットでの異変の大半は貴方のせいでしたし、可笑しなことがあったら貴方を疑うのはあながち間違いでもないかと」

「フォウ、ファ~」

「ランスロットくん、君も地味に刺々しくないかい? 一応私、君の霊核の修復を手伝ったんだけどなぁ」

 

 因みにその異変のほとんどは私が奔走して解決する羽目になりました。キャメロット内で大繁殖した巨大蜘蛛の後処理とか、冗談抜きで悪夢ものだったからね……?

 

「な、なあ君たち。彼女の怪我に響くだろうし、そろそろその辺に……」

「「「「「あ゛ぁ?」」」」」

「はいなんでもございません。どうぞごゆっくり」

 

 女性陣のガン飛ばしにカリヤーン敢え無く撃沈。知ってた、知ってたけど、せめて桜からの視線には耐えてくれませんかね。

 

「あ、おじさん。お願いがあるんだけど」

「な、何だい桜ちゃん?」

「この四人を足止めしてくれないかな」

「」

 

 ……桜ちゃん、それ「死んで来い」って言ってるのと大差ないと思うよ?

 

「雁夜……元マスターとはいえ、同情しますよ」

「あっはっは、ランスロットテメェ! 霊核半分くらい欠けてるくせに随分元気だなァ! お前が代わりにやった方が確実なんじゃないか!?」

「いえ、むしろ霊核は修復中なので現在は最高に絶不調です。それにこの身はただの騎士故、王の足止めなどとてもとても……プフッ」

「グッバイカリヤーン。フォーエバーカリヤーン。墓ができたらその雄姿を称えてアヴァロン製の豪華な花束を飾ってあげよう」

「チックショォォォォォォォォ!!!」

 

 これぞまさに味方/Zero。どんまい雁夜さん、生きていたら後で御馳走作ってあげるから耐えてくださいな。

 

 ……そう言えば、何かが足りない気がする。

 

 いや、足りないというか、誰かが居ないような。誰、だろうか。普通ならば真っ先に駆けつけてきそうな人が不思議とこの場に居ないせいで、微かな違和感をひしひしと感じる。

 一体誰が、この場にいない――――?

 

 

 

「……ねぇ、ヨシュアは何処?」

 

 

 

 私の言葉で、この場の全員が固まった。

 何故そんな反応をしたのかはわからない。だけどその光景に、私は背中に氷柱を入れられたような怖気を感じて脂汗を顔に滲ませる。

 

 一体、何が。

 

「あー、その、それは……」

「その、ヨシュアさんは」

「……外に居るわ。一応貴女が目覚めたという知らせは伝えたけど……ごめんなさい、こればかりは本人に聞いて」

「え……?」

 

 ルージュがぎこちない表情でそう告げた。

 

 皆も揃って俯いている。唯一ORTだけは無表情のままだったが、何も言わない。何故? ――――決まっているだろう。彼の身にただならぬ事が起きた、ということだ。

 

 それこそ、死ぬよりも悲惨なことが。

 

「ッ――――」

「アルトリア! 彼女を押さえつけて!」

「駄目です姉さん! 無理に動いたら、傷が――――!」

「……ごめんなさい。もうちょっとだけ、無茶する。――――この身は儚き夢幻となりて(I am the hollow phantasm)

 

 息を吸うような自然さで魔法陣を展開。限界まで予備動作を察知されないようにしたおかげで、あのマーリンすら止める隙を与えないように魔術を発動できた。

 元より此処は私の『神殿』。全力で妨害すれば例え神代の魔術師だろうがその手札を封殺できる。

 

「なっ――――」

「――――夢と現は交り替わる(Switch phantom to reality of the would)

 

 景色が切り替わる。

 

 置換魔術(フラッシュ・エア)を利用した近距離転移魔術。私の作り上げた神殿内であればほぼ一瞬で移動可能だが、逆に言えば自身の作り上げた要塞から出てしまえば一瞬で無力と化してしまうという極端な代物である。

 一応数メートル程度ならば移動可能だが、大量の魔力を使ってただか数メートル。それなら走った方がまだ安上がりと言う物だ。

 

 私はそれを使ってこの家の庭に出た。小さな気配ではあったが、ここら一帯は私の内臓も同然。本気で全容を把握したならば例え鼠一匹見逃さない。

 

 故に、彼が気配を殺していようが見つけるのはそう難しいことでは無かった。

 

 ……いや、少しだけ手間取ったかもしれない。

 

 

 今の彼が、依然と比べてあまりにも『変質』していたから。

 

 

「……意外と、早かったな」

「…………ヨシュ、ア?」

 

 いつもと変わらない風体で、彼は木の幹に背中を預けて空を見上げている。

 

 そう表せば、いつもと何も変わらない彼だ。――――だが、既に何もかもが変わり果てていた。

 

 夜のように黒かったはずの右目は、今では光を受けて輝く黄金色に。心無しか頭髪の一部分も仄かに金色の輝きを放っており――――何よりその右腕は、不自然なまでに光輝を纏っていた。

 黄金製の義手と表すのが何よりも的確なほどに、その腕は人では無くなっていたのだ。

 

 何と、言葉を発せばいいのか。

 

「……あー、何を言えばいいのやら。俺にも、よくわからないんだがな。……どうも人間、やめちまったらしいな」

 

 開いた口から出てきたのは、何とも言えない自虐。

 困惑の色も混ざっていることから、恐らく彼も何が何だか把握しきっていないのだろう。私でさえ、彼の身に何が起こっているのか全くわからないのだから。

 

 否、片鱗だけならば理解はしている。

 

 あの腕を構成している物質は――――彼の体内の大半を占めていた未知の金属。それが何故か表に這い出て、彼の右腕を覆い尽くした。しかし、一体何があって……?

 

「夢を、見た」

「……夢?」

「ああ。目を開けばそこには二人の男女。女の方は死にかけで、男の方は泣き崩れている。それだけなら単純な悪夢で済ませたんだろうが……女の方の顔に、少し見覚えがあった」

 

 無表情。彼が浮かべていた表情は、一切感情が無い。

 

 しかしただ感情が見えないだけじゃない。黄金に輝く瞳が漆黒の奈落に見えるほどに、『空虚』でもあった。

 

「……俺の、母さんだった。写真で何度も見たからわかる。母さんだったんだよ、あの人は。……でもそれはいいんだ。とっくの昔に亡くなっていたのは、義父に聞かされていたからな。だけど、何で……何であの男(・・・)が――――」

 

 彼がそんな表情を浮かべる理由は何だろうか。

 

 夢で己の母の死を見たから? 違う。そんな生易しい(・・・・)ものではない。彼がここまで心を空洞にしている理由は、男――――彼の父の方にあった。

 余りにも衝撃的過ぎる真実が、彼の心を抉ったのだ。

 

 

「――――何であの男(アダム)が、あそこに居たんだよ……!! 何で俺を殺そうとした男が(・・・・・・・・・・・・)俺の父親(・・)みたいな面してるんだよ!!!」

 

 

 空洞の激情が垣間見える。

 

 彼が見たのがただの男ならこんなにも感情を露わにすることは無かっただろう。だが、よりにもよってあの男が――――この聖杯戦争を狂わせている者達の一人が、人類を抹殺しようとしている張本人が己の父親だと知った彼の心情は、とても他人が口を出せる物では無い。

 

 

「意味わかんねぇよ……! 頭と腹ぶっ刺されて死んだと思ったら生き返って! 気づけば得体のしれない物質に右腕食われて! 挙句の果てに父親が生きてて人類滅亡企んでる……? 漫画やアニメじゃないんだから全然笑えねえんだよ……!! しかもこの右腕は触った物全部同じ物質に変えて金属結晶を生やしやがる……! 俺はミダス王か何かか? ッ……あぁもう、クソがっ……!」

 

 

 そう怒鳴り散らしながらヨシュアは右手を地面に叩き付ける。

 

 瞬間――――その場所を中心に金属結晶の畑が生み出された。黄金に輝く結晶は光を乱反射して庭を金色に照らす。さながら錬金術の極意である黄金錬成(アルス・マグナ)の如き超常現象。

 しかしヨシュアはそれを鬱陶し気に払い、砕けた結晶が草の上に転がった。他の人が見れば欲を刺激される光景だろうが、彼はまるで呪いのように忌々しいという視線を己の右腕に飛ばす。

 

 本人からしてみれば、気味が悪いことこの上ないのだろう。

 数日前までの彼はただの時計塔に通う学生魔術師だったのだ。それが何の前触れもなくこんな異能を手にして、忌避しないわけがない。

 

 それに、自身の父親がとんでもない事を仕出かそうとしている異常者だという事実も、受け入れがたいに違いない。肉親が本気で人類の抹殺を企んでる事実など、どう受け取れというのだ。

 

「おまけに、星の表層と繋がっているとか……星の触覚とか、疑似真祖化とか、さ……本当に、意味わかんねぇよ……! ふざけんなよ、っ………!」

 

 人は己が理解出来ない出来事を忌み嫌う。

 

 しかし自己の身にその理解出来ない出来事が起きた時、一体どんな反応をするだろうか。物語の主人公ならば「人の役に立てよう」と思うかもしれない。だがそれは、残念ながら普通の反応では無い。

 

 彼はその目を濡らし、頬に涙を伝わせた。

 

 普通の人間なら泣いて、叫んで、助けを求める。何故、どうしてこんな力が、と。

 

 本の主人公に憧れる夢見がちな者ならばもう少し違う反応なのだろうが、ヨシュアは違った。ただの、普通の青年だった。漫画やアニメで悪役を蹴散らし人々を救うヒーローに憧れてもいない、巨大な力で世界を支配したいという支配欲に囚われてもいない。

 

 どこにでもいそうな、普通の青年だったのだ。

 

「俺は……俺、はッ…………!!」

 

「――――泣かないで」

 

 そんな彼を、私は力無く抱きしめた。霊薬のせいで未だに体があまり言うことを聞いてくれないが、それでも一人の青年を抱きしめることぐらいはできた。

 ただ抱きしめる。私にできることはそれだけだ。だからこそ、出来ることを全力で行う。私は持てる限りの心を持って、彼の心を癒していく。これ以上、傷ついた姿は見たくない。

 

「どうして……どうして、こんなことに…………! 俺はただ、お前と……ッ!」

「泣いてもいい、叫んでもいい、助けを求めてもいい。だけど――――自分を否定することだけはしないで。歩んできた人生を……拒まないで」

 

 癇癪を起した子供をなだめるように、ゆっくりと私は彼の頭を胸に抱き撫で続けた。

 

 何て悲惨な光景だろうか。求めてもいない力を手にして、触れたい物を無意識に変貌させ、その外見も酷く異質な物へと変わり果ててしまっている。そう簡単に受け入れられるはずがない。

 義父は他界し、母は逝き、父は敵となっている。私なら、こんな状況で頼れるのは身近な人だけ。

 

 ならば遠慮なく慰めよう。沢山撫でて、撫で続けて。そして時間をかけて凍った心を溶かしていくのだ。そうすれば何れ、きっと――――。

 

 ……数分程過ぎて、彼はようやく落ち着いた。

 

 様子も先程より随分良くなっており、ほんの少しだが現状を受け入れ出したらしい。最良の結果だ。もしあのまま自分の状態を拒みつづけていたら、恐らく私でも手が付けられない状態になっていただろう。

 

 最悪、暴走することも。

 

「……落ち着いた?」

「…………おかげさまで、少しは」

「ふふっ、よかった」

 

 こんなことでも、少しは彼の助けになったらしい。

 

 やはりこう言う時には人の温もりが一番だ。誰かが居る、その事実が人の不安を和らげる。それを視覚では無く触覚で伝えることによって、より効果的になるのだ。

 

 ……まぁ、ぶっちゃけアルトリアやらモードレッドなどを抱きしめていると、私がそうなるだけという話なんですけどね~。

 

「全く、私のマスターなんだから、もう少ししっかりしてよ?」

「……すまん」

「でも、そうだね。最近は色々どたばたしていたしね……あ、そうだ!」

 

 まるで天啓を得たように私の頭には妙案が浮かび上がった。

 

 これならいい気分転換になるだろうし、互いの関係も深まり合って一石二鳥。少々時間は使うだろうが、どうせ体が回復するまで戦闘はできないのだから、暇つぶしにもなる。二鳥どころか三鳥だ。

 

 なら、とりあえずヨシュアに提案してみようか。

 

「ヨシュア!」

「え? な、何だ?」

 

 顔を両手で固定して、私は彼を真っ直ぐ見つめながらこう言った。

 

 

 

 

 

「デート、しよっか」

「ブフォッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃物陰では。

 

「あぁぁぁぁぁぁんの男ぉぉぉぉぉぉぉ!! 姉さんからデートのお誘いなどぉッ……なんて、なんて羨ましいっ! そこを代わ――――モゴモゴムグゥー!?」

「あっはっは、お返しだよアルトリア。中々面白そうな展開になってきたからネ! ここはちょっと大人しくしていてくれたま、ちょっ、危ないから聖剣振り回さないでくれよぅ――――!?」

「貴方もですよモードレッド。ちょっと静かにしていてください。グッボーイ、グッボーイ」

「ムゴムガァァァァァァァァ!!(犬扱いしてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!)」

 

 暴れる闘牛を抑え込むが如く妹二人をマーリンとランスロットが拘束していた。今にも飛び出して聖剣ぶっぱしそうな迫真の雰囲気と混沌めいたこの光景に、流石の常識人枠である氷室はドン引きである。

 

 そんな氷室の視線は直ぐに四つん這いになった雁夜の背中に座りながら木の枝で地面に何かの絵を描いている桜へと向くのだが。

 こちらも中々カオスである。

 

「……桜? 何してるの?」

「必殺サクラビームの準備」

「えっ、何それ」

「魔法のステッキでハートを描いてピンク色の極太ビームを撃つんだ。月からの電波を受け取ったから間違いなくできると思う。たぶん」

「戻ってきて桜ぁぁぁぁぁぁぁ!」

「……葵さん、凛ちゃん。桜は元気に遊んでるよ。あはははは。――――おのれ時臣ィ!!」

 

 一方、人外組は屋根の上でその光景を眺めていた。

 

 ただし変な電波を受信したのか実に可笑しなリアクションを見せている。

 人外枠が可笑しくない反応をする方がおかしいような気がしなくもないが、とりあえず割と常識的な元真祖はこの渦中に放り込まれて胃袋をキリキリと鳴らしていたのは想像に難くない。

 

「? 『でぇと』とは何だ? いつ発動する?」

「フォウフォウフォウ(訳:こんな関係じゃ……まだ、満足できねぇぜ……)」

「何!? アルフェリア様とデートと言ったら、ペットである私とでは無いのか!?」

「……まともな人外枠がもう一人欲しいわ…………」

 

 今日も相変わらず彼女(アルフェリア)の周りはカオスとなっていた。

 

 ある意味平常運転で平和という事なのかもしれない。……恐らくは。

 

 

 

 ――――四日目が始まる。

 

 

 ――――先にあるのは希望(生存)か、絶望(滅亡)か。

 

 

 ――――澄んだ日常は今宵で終わり、混濁した非日常(■■■・■■)は天に孔を空け這い出てくる。

 

 

 ――――獣は、直ぐ其処に。

 

 

 




まるで意味が分からんぞ!(決闘者並感)

と言うわけで二回目のデート。ニンゲンヤメマスカしてしまったヨッシーを宥めるために珍しくチート姉貴の方からのお誘い。ヨッシーはこれで姉貴のハートを掴めるのか・・・!(尚、後ろにはファンクラブがストーキングする予定の模様)




・・・ところで私シンクロデッキ(ジャンク)使いなんだけど、マスタールール4はどう対応すればいいんですかコレ・・・?(;´・ω・)


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Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ編~魔法は物理、物理は魔法。イイネ?~
第一話・全ては黄金の杯から始まる


遅れてメンゴ。気づいたら前回の投稿から十日も経っていたでござる。
でもね、仕方ないんだ。ペルソナ5が面白すぎたのがいけないんだ。初ペルソナシリーズのはずなのに凄まじく嵌りこんでしまった。まだクリアできてないけど。

・・・まぁ、実を言えば学業の方が忙しくなったという理由もあります。夏休み反動でいまいちモチベーションが取り戻せていないんですよね。

とかなんとか言いましたが、今回は外伝だよヤッター!本編がまだ全然終わってないけどな!!後先考えずに書いちゃったけど、書いちゃったものは出さないとね。うん(遠い目)
あ、本編は次回です。現在制作中なので、気長にお待ちを。

そう言うわけで『魔法(物理)少女プリズマ☆アルフェ』、はっじまっるよー。まだ序盤の序盤だけど。

・・・単発にならないとイイネ(´・ω・`)


余談ですがネロ祭始まりましたね。超高難易度クエが鬼畜過ぎて草も生えない。

第一演技 十二の試練:マシュで護りながら特攻礼装付きの邪ンヌで6殺。その後立て続けにやられていくも最後の一人になった特攻礼装付きオルタニキで殴り勝つ。

第二演技 光と影の師弟:宝具禁止が解かれた直後に必中付けたアルトリアとセイバーオルタのダブルエクスカリバーで消し飛ばす。

第三演技 百殺夜行:メディア無双。アイリさんとマシュで補助しながらアサシンよりアサシンしてるキャスターさんで持久戦。壊滅させられかけたが特攻礼装付きイリヤでフィニッシュ。

いやぁ、どいつもこいつも鬼畜でしたね・・・。
あと、本編で『ヘラクレスとも殴り合える』とか気軽に書いたけど、マジで殴り合って勝ちやがったよこの兄貴(白目)

追記

色々編集しました。


 これは正史では起こらない物語。『もしも』の世界であり、少女たちが立ち上がる現代神話。

 

 一人は『奇跡』を。

 一人は『必然』を。

 一人は『偶然』を。

 

 ――――最後の一人は『終幕』を。

 

 さぁ、役者は此処に揃った。

 

 あり得ぬ物語。実現してはならない至大至高の聖杯戦争。幾つもの理不尽と不条理の織り交ざる物語は一体何を魅せてくれる。ありきたりな王道か。それとも救いの無い悲劇か。何もかもが幸せに終わる笑劇か。

 二つの世界を巻き込んだ可能性の集約。

 終わる定めの世界と、始まってしまった友情。

 

 

 君ならどちらを選ぶ?

 

 

 (世界)か、

 

 

 (友達)か。

 

 

 もし『どちらも』という答えを出したのならば――――ああ、きっと助けてくれるだろう。最後の一人が。

 

 劇場の幕を上げよ。全ては此処より始まる。

 奇跡を叶える黄金の杯から――――

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「魔法少女、と言う物がこの現世にはあるらしいな」

「は?」

 

 聖杯問答中、英雄王がそんな突拍子もないことを言いだして私は思わす疑問の声を漏らしてしまった。

 

 何の前触れも無しに「魔法少女」と、あの英雄王の口から出てきたのだ。一瞬頭の中が真っ白になってしまった私は悪くないと思う。ていうか魔法少女って……一体何に影響されたんだか。

 

「いやまぁ、この国のサブカルチャーとしてはそりゃメジャーといえばメジャーだけど……」

「やはりそうか。この前街を歩いていると『てれび』とやらにそれが映っていてな。面白いと思いDVDなどを買い占めて鑑賞したのだ。中々見ごたえがあったぞ?」

「何やってるの貴方……」

 

 どうして現世にまで呼ばれてアニメ鑑賞なんかしてるんだよこの人類最古の英雄王。

 

「特に魔法少女サ○ーやセーラー○ーン、ひみつの○ッコちゃんなどは実に素晴らしかった。胸を打つ。……正直に言えば最終回辺りが少々アレだったがな」

「…………うん、いや、その、人の趣味はそれぞれだしとやかくは言わないよ? うん」

 

 まさかギルガメッシュが現代で魔法少女アニメを見る趣味があったとは、こんな光景歴史家が見たら卒倒物だ。いやそもそも信じないか。つか信じられるか。

 

 しかしどうして今そんなことを言い始めたのか疑問だ。何の意図があって魔法少女などと言うイロモノについて語り始めたのか。嫌がらせの類か何かならば納得は行くのだが、口ぶりからどうもそう言ったことでは無いらしい。

 

 ではなんだ? と思っていたら英雄王は無言で先程しまい込んだはずの聖杯の原典を取り出した。

 

 ……猛烈に嫌な予感がする。

 

「……ねぇ英雄王、良ければ今から何をするのか聞かせ――――」

 

 

「今の我はキャスターの魔法少女の姿を猛烈に見たいッッ!! さあ聖杯よ、我が願望を叶えよォォォォォォォオォォッ!!!」

「「「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?」」」」

 

 

 とんでもない爆弾が落とされた。それを聞いて何故か円卓三人組は光の速度で立ち上がる。なんでだ。

 

 私の静止の声などもう届くはずもなく、ギルガメッシュが空高く掲げる黄金の聖杯は煌びやかにこの場を光で包みこむ。奇跡を叶える万能の願望機と謳われた黄金の杯は見事その願いを聞き届け、現世に奇跡を降臨させる――――

 

 

 ――――と思いきや、特に何も起こらなかった。

 

 

「…………ん?」

 

 

 光が晴れてギルガメッシュの声が静寂の空間に木霊する。

 何も起こらなかった。証拠に私の姿に特に変化はない。決してヒラヒラした服装に変わってなどいない。不発か? ――――皆がそう思った瞬間、聖杯から光が発せられる。

 

 聖杯は独りでにギルガメッシュの手から離れたかと思いきや、テーブルの中央に着地して空中に映像を投影した。ホログラムだ。二千年前の代物なのにえらく近未来的すぎないか。

 

 そんなツッコミは誰も聞き届けることなく、皆がその映像に注目する。鬼が出るか蛇が出るか。

 

 ついにホログラムに映像が映し出される。

 一番最初に移った光景は――――

 

 

 

 裸で狼狽している銀髪幼女の映像だった。

 

 

 

「……………………ねぇ英雄王、これって」

「待て! 我は確かに控えめな胸が好きではあるが幼女は対象外だ! 誤解するなキャスター!!」

「え、違うの?」

「違うわ! そもそも聖杯はどうしてこんな映像を……いや、待てよ、まさか……」

「――――子供になった姉さんかぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

「「何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」

 

 若干興奮気味のアルトリアがそう叫ぶと、皆の脳裏に電流が走る。何で走ったし。

 

 この場の私と比べて幾分と小さくなっているが面識は残っている。アレは間違いなく私だ。十歳ぐらいに幼児退化した。とはいえ私自身この世界に生まれたのが大体14、15ぐらいだから確証は持てないが――――私に詳しいアルトリアがそう叫んでいることから、きっとアレは私なのだろう。たぶん。

 

 問題はどうしてそんな物を聖杯が映し出したのか、という事なのだが。

 

「そうか! 今のキャスターは魔法少女と名乗るには少々キツ……いや厳しい年齢。故に幼児化した分体をどこかに送り込んでそれを映し出したというわけか!」

「なんてことをしてくれたのだ英雄王! 今貴様を初めて同士と認識したぞ!」

「ランスロット! 急いでカメラを! 急げェェェッッ!! これは勅命だァァァァッ!!」

「お、おい、皆落ち着こうぜ……? つかテメェら見んなボケ! 姉上の裸を見ていいのは俺だけだぞゴラァッ!! 欲情すんじゃねぇぞランサー!」

「するかアホ!? 俺はもっとこう……ピチピチの若い大人の女が好きなんだよ! 子供の裸程度で欲情するわけあるか!」

「それは姉上の裸を見て欲情しなかったという侮辱だなァァァッ!! 表出ろテメェェッ!!」

「いやどうしろってんだよ!?」

「うーむ、余としては幼女は範囲外なんだがのぅ……」

「…………何なのこの盛り上がりは。ねぇルーラー、何か言って――――」

 

 助けて求めて私はルーラーの方に視線を向けると、よくわからないが口から涎を垂らして興奮気味に吐息を漏らしている彼女の姿がそこにあった。

 

 ……え。

 

「ハァ……ハァ……! なんでしょう、この気持ち。凄く保護欲と母性が刺激されますっ……! これは早く確保せねば……!」

「いや待って。本当に待って。何するつもりなの貴女」

「放してください! 私は今、自分の人生に革命を起こそうとしているんです!」

「何言ってるの貴女!?」

「待っていてください我が妹よ。今お姉ちゃんが行きますからねぇぇぇぇぇぇ!!」

「ちょっ、誰かこの人止めてぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」

 

 速攻で羽交い締めしてルーラーを止めるが、何の補正か凄まじい怪力でルーラーは抜け出そうとする。

 クソッ、これがシスコンパワーか……! 使えるのは私だけだと思っていたのに……! しかしまともだと思ていたルーラーが暴走しだすとは。私の子供姿に何か魔力でも感じたのか?

 

「そこを退け英雄王! 姉さんの裸がよく見えないだろうがァァァァッ!!」

「ハッ! この場所に座りたくば力づくで奪うがいい、アヴェンジャー!」

「上等だ……! 唸れ私のエクスカリバー! 姉さんの裸を拝むために!」

「貴様に原初の地獄を見せてやろう……元素は混ざり、固まり――――」

 

 アルトリアの方は凄まじく不潔な理由で聖剣(元)を抜き放とうとしており、何故か英雄王は己の一番の切り札のはずの乖離剣を構えていて。

 

「しまったっ……! カメラを購入する資金が無い! 仕方あるまい、せめてこの目にあの理想郷(アヴァロン)を焼き付け――――」

「オラ死ねランスロット! 『絢爛に輝く銀の宝剣(クラレント)』ォォォォォォォ!!!」

「え、ちょ――――マ゛ッ゛!!」

 

 円卓二人は勝手にコントを始め出して。

 

「うわ、口に料理を目いっぱい詰め込まれたランサーが気絶してる!」

「ランサーが死んだ!」

「この人で無し!」

 

 現場に居るマスター組(アイリスフィール&ウェイバー)は世界の意思にでも強制されたのかどこかで見た様なやり取りを初めて。

 

「うーむ、酒を飲み過ぎて体が火照ってきたわい。此処はいっちょ、余の裸踊りを披露してやる機会――――」

 

 何かを言おうとした征服王の後頭部に英雄王と争っていたアルトリアが振るった剣が流れ弾気味に叩き込まれ、ライダーはそのままズボン半脱ぎのまま地面に突っ伏した。股間についているモノは当然丸見えである。

 直視した物はこの世の深淵を垣間見たそうな。

 

 ――――混沌の極み(カオス)

 

 この場を形容する言葉はそれしか無い。それ以外にあるだろうか。あるとしたら『阿鼻叫喚』か『地獄絵図』だろう。見ているマスターたちが頭を抱えていることから恐らく間違いない。

 

 ただ一人、というより一匹蚊帳の外だった竜種はその光景を見てこうつぶやく。

 

『……ナニコレ』

 

 ……私にもわからない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ………よーしよしよしよし、落ち着こう。落ち着け。餅つけ、いや、餅ケツ。違う、落ち着け私。

 

 確か私は聖杯戦争をしている最中だった。途中、ライダーである征服王イスカンダルの誘いに乗って『聖杯問答』に参加し、適当に料理を作って持って行ってどんちゃん騒ぎしていて――――それで、ギルガメッシュが聖杯におかしな願いを告げて……どうなったんだっけ。

 

 まずは状況確認だ。

 

 頬をつねればちゃんと痛覚が帰ってくる。触覚は正常。手汗を舌で舐めとるとしょっぱい味が広がる。味覚も正常。指を鳴らせばその音はしっかり耳に入ってくる。聴覚も正常。親指を噛み千切って血を滲ませれば血の匂いが鼻腔に広がる。嗅覚も正常。

 

 最後に視覚。私は閉じていた目をゆっくりと開く。

 

 ――――正常。どこかはわからないが、裏路地らしき景色が映る。五感、全て問題無し。

 

 次は記憶の確認だ。確か最後の記憶は、英雄王が「キャスターの魔法少女姿が見たい!」とかなんとかアホなことを抜かした場面だ。何故かそこからばったりと記憶がぶった切られている。

 

 考えられる原因は三つ。

 

 一つ目、単純に酒を飲み過ぎて記憶が欠如した。

 

 二つ目、何かの魔術で眠らされてどこかに運ばれた。

 

 三つ目、全部英雄王のせい。

 

 まず一つ目について考えよう。はっきり言うがあり得ない。私はそこまで飲酒をする性格ではないし、酒自体宴会の場でもないと飲まない。それに酒は強い方だと自負しているから、よほどの量でも飲まない限りこの線は無い。

 

 次に二つ目。これもあり得ない。私の体には常時対魔術障壁を幾重にも展開しており、神代の魔術でもなければ全て障壁に弾かれてしまう。疑似的なAランクの対魔力スキルを発動していると言い換えればわかりやすいか。とにかく私以上の魔術が扱えるサーヴァントがあの場に居なかった以上、この線も無いだろう。

 

 最後に三つ目。うん、たぶんこれだ。よくわからないが英雄王が何かやらかして私はそれに巻き込まれてしまった。凄まじい暴論であるがこれが一番納得できるのだから彼の英雄王の破天荒さがよく理解できる。理解したくないがな。

 

「はぁ……とりあえずここが何処か確かめ――――…………へ?」

 

 自分の声に違和感を覚えた。

 何というか、酷く幼いような声だ。何だ? 宴会の一発芸でヘリウムガスでも飲んだのか私は。

 

 咄嗟に喉を抑えるが――――体の挙動にも違和感を覚える。

 

「…………は?」

 

 嫌な予感を感じつつ、私は視線を自分の体に向けた。

 

 細く小さい、白雪色の手。色自体は普段の私と変わりなかったが、その大きさ(・・・)がおかしかった。

 本来ならば二十代前半ほどの女性相応に育っているはずの手は、何故か小学生ぐらいにまで縮んでおり――――それは腕だけでなく全身に及んでいた。

 

 つまり、なんだ。

 

 

 ……なんか幼児化した。しかも裸。すっぽんぽん。フル・フロンタル。

 

 

「……落ち着け。心を平静にして考えるんだ。落ち着くんだ……素数を数えて落ち着くんだ。素数は自分と1の数でしか割れない孤独な数字……私に勇気をってそんなことやってる場合じゃない! 何なのコレ!?」

 

 いやいやいやいや、おかしいでしょ。どうして何の脈絡も無く私幼女になってるの。神の意思なの? 神が私に幼女になれと囁いているの? 馬鹿なの? アホなの? 死ぬの? そんな神がいるなら一遍頭をタンスの角にぶつけた方がいいんじゃないかな(真顔)。……いや、本当にどうなってるのコレ。何で名探偵的なことになっているの。体は子供頭脳は大人ってか。HAHAHA、今ようやくコ○ン君の気持ちが分かったよ。笑えねぇよクソが。

 

「落ち着け……落ち着くんだ私……! 2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、47、53、59、61、67、71、73、79、83――――だぁぁぁぁぁっ!! 何なのこれぇぇぇぇ!!」

 

 色々な物が降り切れて、私は自棄気味に近くのゴミ箱を蹴り飛ばした。

 TNTでも爆発したような炸裂音と共にゴミ箱が空の彼方へゴーイングアウェイしてシューティングスターしたがぶっちゃけどうでもいい。問題は私がどうしてこんな状態になっているかだ。

 

 マスターであるヨシュアに念話を飛ばそうとするが、そもそも経路(パス)自体が消滅している。

 

「っ――――魔力は……アレ?」

 

 すぐさま維持のために使っているであろう自前の魔力を確かめてみる。

 が、全く減っていなかった。……は?

 

 ちょっと待て。まさか、これ、

 

 

「……………………受肉、してる?」

 

 

 引き攣った笑いで、私は狼狽した呟きを漏らすのであった。

 

 

 

 

 情報を整理しよう。

 

 現在私は受肉している。理由はわからないが肉体は幼児化し、凡そ十歳程度の肉体だ。勿論これはサーヴァントとは呼べない。体内を巡る数千の魔術回路から生産される魔力が何処にも消費されていないことから、そしてマスターとの経路(パス)が消えているにもかかわらず魔力切れの兆候が起こらないことからそれは間違いない。

 

 しかし本当の問題はどうして私がこんなことになっているか、だ。

 

 生憎受肉する覚えはない。頑張れば行けそうではあるが、前準備などしたことも無い。そもそも英霊の肉体をそのまま再現するなど聖杯でもなければ実現不可能だろう。聖杯で、なけれ……ば…………。

 

 ……まさか。いやそんなまさか。

 

「あんの……英雄王ぉぉぉぉぉぉッ…………!!」

 

 私は膝をついて憎悪が溢れんばかりの声を、どこに居るかもわからない馬鹿(阿呆)に小さく訴える。

 

 そう。思えば全てアイツから始まっていた。

 こんな見覚えのない場所に居るのも、素っ裸で外に放置されているのも、幼児化しているのも全て、元をたどれば元凶は英雄王。あの成金、マジ許すまじ……!

 

「くっそぉ……今度会ったら問答無用で顔面に神剣叩き込んでやる……。とにかく此処は何処か確認しなきゃ。えーと、服は魔力で編んで……あ、あれ?」

 

 体の魔術回路を起動させようとする。しかし、手ごたえが無い。

 もう一度回路のスイッチを入れてみるが、稼働し始めた回路は僅か5、6本程度。かつてのモノと比べると雲泥の差と言わざるを得ない。

 

「な、何で……!? いや、そうか。ああ、クソッ。幼児化しているからまだ魔術回路が開かれてないんだ……!」

 

 私が生まれた時の肉体年齢は15前後。それ以前の状態となれば不明ではあるが、少なくとも魔術回路は開かれていない。

 魔術回路は通常、修行によって自力で抉じ開けるか他者の手を借りることで稼働状態に持ち込める。要するに他人に補助してもらわねば、碌に修行もしていない状態の今の体で抉じ開けられる魔術回路など十本にも満たないのだ。これは不味い。非常に不味い。食料や寝床の確保以前に人前にすら出ていけない。非常に由々しき事態だ。

 

「えっと、何か身を隠せる物……は、あった」

 

 運よく私は『ソレ』を見つけることができた。確かに『アレ』なら大丈夫だ。水には弱いが耐久性も保温性もバッチリ。いざとなれば寝ることすらできる万能道具。

 最早宝具と言っても過言では無い現代技術の結晶を手に、私は日が暮れ始めた街へと躍り出る。

 

 出来るならば衣服を確保するために――――

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 俺の名前は衛宮士郎。穂群原学園の高等部に通うごく普通の高校生だ。

 他人と違うところを上げるとしたら、強いて言うなら義理の妹やメイドが家に住んでるぐらいかな。男の友人たちにはよく羨ましがられるけど、正直男女比が偏り過ぎて居心地が少し――――って、誰に話しているんだか俺は。

 

「ふぁあぁぁ~」

「――――衛宮、昼だというのに欠伸か。ちゃんと睡眠は取ったのだろうな?」

「ん? おお、一成。帰りか?」

 

 校門前でばったり出会ったのは、この学園の生徒会長にして俺の数少ない友人、柳洞一成。小姑みたいに少し小うるさい奴だが、頼りになる良い奴だ。何の縁か、今では偶に弁当を作ってあげたりする仲になっている。その度に「塩が足りない」「卵巻きが焦げているぞ」とか言われるのは正直勘弁……。

 

 と、そう言う話じゃなかった。

 

 俺は弓道部の活動を終えて今から帰るところだ。一成も生徒会長だからやること沢山あるし、帰りが遅くなると気がある。どうせなら一緒に帰ろうかと誘おうとしたが――――

 

「すまんな衛宮。まだ仕事がある故に、此度は共に帰宅はできん」

「え? どうしてだよ」

「……この前入ってきた留学生とやらの問題でな。後は、そいつらが来た直後に何故か増え始めた不可解な器物損壊の後処理を――――」

「あぁ……大変そうだな」

「まったくだ。そういうわけで、申し訳ないが衛宮には一人で帰宅してもらうことになる。この埋め合わせはまたいつか」

「わかった。頑張れよ~」

 

 校舎へと帰っていく友人に手を振りながら、俺は学校の駐輪場にある自分の自転車を引っ張って帰路につく。

 通い慣れている道で俺が考えるのは今日の献立か、冷蔵庫の食材の具合だ。痛んでいる物は無いか、今日はどんな料理を作るか。そんなことを考えるのは少し女々しいだろうか。

 

「でもセラは和食苦手だしな……。いや、美味しいけど」

 

 それでも和食を食べたいのは日本人の性。これだけは譲れない。朝起きて暖かい味噌汁を一杯啜る。それだけで一日分の活力が湧き上がるという物だ。健全な肉体は健全な食事によって生まれる。運動部に所属している以上、俺も体の管理は怠ってはいけな――――い?

 

 ふと俺は視界の端に何かがちらついているのを見つける。

 いや、見間違いだ。そうに違いない。じゃないとこんな光景説明つかない。何せ――――

 

 

 道端の上で段ボールがカサカサと動いている光景なんて、幻覚でも見ているとしか言えないだろう。

 

 

 しかし残念ながらこれは現実。紛れも無い現実。

 顔を引きつらせながら、俺は目を何度もこすってソレを見るが様子が依然変わらない。

 

 何だろうか。子供たちの間で流行っている新しい遊びか何かか? それとも伝説の傭兵ごっこなのか?

 

「お、おーい」

『ひっ!?』

 

 一瞬大きくビクリと震えると、段ボールのような形容しがたき何かはその場で動きを止めた。

 軽く指で突いてみても何も反応が無い。ただのしかばねのようだ。

 

 ……もしかして隠れているつもりなのかもしれない。

 

(! そうか、かくれんぼか! もしかしたら一緒に遊んでいた子達と彷徨ってて逸れたのかもしれない。なら助けないとな!)

 

 こんな時間まで子供が外を出歩いているのは余り良くない事態だ。そこから得られる結論は、恐らく集団と溢れて迷子になったのだろうと俺は確信する。

 

 その時俺の心に炎が灯った。「助けないと」という使命感に似た正義感が心を震わせ、俺は居ても立ってもいられず段ボールに手をかけ、そのまま持ち上げた。迷子になって怖がっている子供の姿を幻視して。

 

『あ、待っ――――』

「大丈夫。俺は君の味方…………だ、から…………?」

 

 約コンマ一秒で俺の思考は凍結した。

 

 だって足元に移っていた光景は、裸で蹲っている子供の姿だったから。日本人とは思えない銀色の髪に柔らかそうな肌。まるでミケランジェロの彫刻の如き黄金比を備えている肉体美――――おい待て、何考えているんだ俺は。……ちょっと待て、違う。俺はロリコンじゃない。確かに妹の事を『綺麗だな』と思う事はあるにはあるがそれは飽くまで家族としてであって、ってそんな事考えている場合じゃない!?

 

「うぉぉぉぉぉぉおぉぉおおおおおッッ!!!」

 

 思考が復帰した次第俺は持ち上げていた段ボールを全力で元の位置に戻す。

 あれこそ正しくパンドラの箱。絶対に開けてはいけない代物だ。開いてしまったその瞬間、俺は死ぬより酷い目に遭うことになる(社会的な意味で)。もう手遅れな気がするけど。

 

 が、かといって見なかったことにして放置するのも駄目だ。チラッと見ただけだが恐らくあのパンドラの箱の中身は少女。夜な夜な裸で徘徊するなど、居るかもしれない変態共の格好の獲物だ。それだけは許せない。

 

 しかし自分ができることなど限られてる。だけど、できることはある。ならばまずはそれから始めよう。

 

 俺は制服の上着を脱いで、そっと段ボールの隙間からそれを差し込んだ。

 数秒後、上着は段ボールの中に引き込まれモゾモゾと動く音がする。大体三十秒ほどだろうか、俺が冷や汗を流しながら段ボールを見つめていると、ついにその中身が自分から外へと姿を出し始めた。

 

 流れる水の様に、そして白銀の如く輝く銀髪。余計な物が一切存在しない精錬され、完成されたその体。

 ――――人間味の無い美しさが俺の目を魅了する。

 

「あ、あのー」

「へっ? な、なんだ?」

 

 若干声を上ずらせながら俺はどうにか返事を返した。そしてどんな言葉が出てくるか身構えて――――直後出てきた言葉に思わず絶句する。

 

 

 

「此処、何処ですか?」

 

 

 

 …………どうやら、本当に迷子らしい。

 

「……なんでさ」

 

 今まで存在していた日常が一瞬にして叩き壊されたような錯覚を覚えながら、俺は頭を抱えてそんな言葉を漏らしてしまう。家に帰るだけのはずだったのに、一体何処をどうやったらこんなことになったんだ。

 

 半ばあきらめた様な気持ちになりながら、俺は謎の少女に少しだけ付き合うことにした。

 

 

 

 

 

 嘘でしょ、という言葉が脳内で暴れ回る。何でアイツが此処、いやこの時代に居るんだ。

 いやすでに生まれているから居ること自体はおかしくない。問題は――――何故『衛宮士郎』が高校生の姿でここに居るんだ、と言う事。

 今は1990年代であり、彼は大体6歳程度のはず。それがこんなに成長した姿で? あり得ない。だけど目の前の光景は確かに現実。ならば答えは一つ。

 

 タイムスリップ。時をかける少女的なアレか。アレは過去にしか飛んでいなかったが。ああじゃあドラえもんか。あははははは――――……本当にどうなっているの………?

 

「――――起きたら記憶喪失で、服も何もなかったからここまで段ボールを被ってやってきた、と。信用できそうな人物を探して」

「あ、はい。後、服になりそうなものを探して……」

「なるほどな」

 

 私は混乱しながらも士郎君に『記憶喪失ですっ裸で外に放り出されていたので服になりそうなもの探していました(要約)』という、割と適当な嘘を伝えていた。我ながら適当すぎると思うが、現在の状況に合致しそうなのはそんな下手な言い訳しかなかったのだ。それに半分は本当だし。

 

 その話を聞いた士郎君の目が、なんだか決意に満ちた物に変わる。

 何故か猛烈に不穏な予感が胸を満たした。これは、もしや。

 

「……じゃあ、俺ん家来るか?」

「はい?」

「助けになりそうな人もいない。親も見当たらなければ覚えていない。無一文。服も俺が貸した上着だけ。寝床も無し。……そんな状態じゃあ、何もできないだろ」

「いやまぁ、そうですけど」

「なら、俺が助ける。駄目か?」

「しかし、迷惑が……お金もかかりますし」

「そんな物、俺が何とかするよ。大丈夫、ちゃんと同居人は説得して見せるから。君は遠慮しなくていい」

 

 なんかグイグイ来るなこのもとエ○ゲ主人公。アレか、フラグを建てに来ているのか。私までその無意識の毒牙の餌食にするつもりか。胸キュンさせちゃうのか。……そんな感情今まで生きてきて一切感じたことなど無いがな!(ただしアルトリア&モードレッドを除く)

 

 でも寝床やその他必需品の確保ができておらず、獲得できる環境の確立に手間取っているのも確かだ。

 

 実は廃ビルとかで魔力で服を編むために何日か魔術回路を開く修行でもしようと思っていたのだが、受肉しているためか現在空っぽの胃が悲鳴を上げている。これだから人間の体は。サーヴァントの頃だったほうがまだ色々便利だった……無い物を強請ってもしょうがない。

 

 少しだけ良心が絞まるが、此処は世話になった方が色々と円滑か。

 

「……なら、少しの間だけ、お世話になってもいいですか?」

「勿論! 大船に乗ったつもりで居てくれ!」

 

 満面の輝く笑顔(シャイニング・スマイル)。流石天然タラシ。次元が違うな。私には効果ないみたいだけど。

 

 

 その後私は士郎君の自転車に乗せられて彼の自宅へと連れて行かれた。

 

 恐らく彼の家は、あのだだっ広い武家屋敷なのだろう。同居人である藤村大河の説得についても、私が上目遣いで「お願いします……!」と子犬の様に涙目で訴えればきっとたぶんなんとかなる、はず。あの人が身よりもない子供を放り出すとは思えないし。間桐桜についても子供だし、大丈夫。

 

 しかし長く世話になるわけにはいかない。秘密裏に資金源を確保し、別邸を土地ごと買収して工房に変えながら自分が何故こんな事態に陥っているのか調査を…………アレ、えっと、待って。え、ここ何処。ちょっ、ちょちょちょ、エミヤ=サン。私の記憶ではあなたの家は西洋風の二階建てでは無かったはずなんですが。何でここで止まって――――

 

「着いたぞ、此処が俺の家だ。一緒に暮らしているのは妹と、後メイドが二人。両親は今海外に行ってて居ないんだ。だから説得は割と簡単に――――ん? どうかしたか?」

「……あのー、妹さんのお名前は?」

「へ? ああ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。長いからイリヤ、って呼んでる。血は繋がってないけど、自慢の可愛い妹だ。今年で十歳になる。もう家に帰ってるはずだから、挨拶してやってくれ。見たところ君も同じぐらいみたいだし、いい友達に――――」

 

 魂が抜けた様な錯覚を味わった。

 薄々感じてはいたが、ああ全く、嫌になるよ。どうして私の人生には『平穏』という二文字が存在しないのか。恨むぜ神様。いや抑止力。座でドンパチやったとき本気で潰しとけばよかったかな…………。

 

 

 

 トリップはトリップでも飛んできたのは平行世界(プリズマ☆イリヤ)かよぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!

 

 

 

 

 落ち着け。落ち着くんだ。素数を(ry。

 

 不味い。非常に不味い事態になった。事態の把握が正確ならば私が元居た世界に帰るのは非常に難しくなる。何せ平行世界だ。渡るのはそれでこそ公式チートで第二魔法使いの宝石翁(クソジジイ)しか存在しない。彼の助けなしでは戻る目途すら立たないだろう。それこそ聖杯という願望機でもなければ。

 

 確かこの世界では聖杯戦争は取り壊されたはず。ああクソ、最後に読んだのが大体数十年前だから覚えてない……! 時間が流れ過ぎて転生前の知識が所々摩耗している。こんな肝心な時に役に立たないなんて……! とにかく何か策を建てないと。

 

 平行世界を渡る方法を探さねば――――

 

「――――おっ、おい!? 大丈夫か! 具合悪いのか!?」

「だ、大丈夫です。少し眩暈がしただけなので、オールオッケー。バッチリ。ワタシ、ゲンキ。OK?」

「お、おう……なんか棒読み口調だけど、大丈夫そうだな。良かった。じゃあ、入るぞ」

 

 扉が開かれる。

 大丈夫だ。冷静でいい。いつも通りの私でいいんだ。きっと何とかなる。また皆と合える。だから――――だから――――私、は……。

 

(――――今は、目先の事に集中しよう)

 

 強制的にスイッチを切り替えた。思考が一気にクリアになる。

 そうだ。これでいい。安心しろ私。いつも何とかしてきたじゃないか。今回もそうするだけだ。

 

 拳を固く握りながら、私は士郎君に案内されるまま彼の家宅の中に入る。

 

 第一印象は『普通』だった。悪い意味では無い。穏やかで静かな、落ち着ける雰囲気があるという事だ。日常と言い換えた方がいいだろう。良い家だ。悪くない。

 

 しばらくして誰かの足音が聞こえてくる。玄関横の扉から現れたのはエプロン姿の白髪美人。ルビーのような赤眼は本物の宝石のように美しい。そんな彼女は微笑を浮かべながら士郎君に「お帰りなさい」と呟き――――隣に居た私を見て一気に顔を引きつらせた。やっぱり迷惑――――

 

「なっ、な、ななな……!?」

「ただいま、セラ。実はさっき――――」

「――――幼女誘拐犯現行犯逮捕ォォォォッ!!!」

「へ――――げぶぁっ!?」

 

 華麗なまでにスムーズに決まったジャーマンスープレックス。士郎君の後頭部からゴリッと鳴ってはいけなさそうな音が静かに響き渡る。死んでないよね?

 

「ついにやらかしやがりましたね士郎! 何時かやると思っていましたよ! ええ、いっつも女の子を周りに置いてるのに、それに飽き足らず自分好みの幼女を誘拐! これは矯正が必要なようですね、このロリコン・アンド・シスコン!」

「ま、待ってくれ、セラ! 話を聞いてくれ!」

「問答無用!」

「なんでさ!? って、いたたたたたたたたたたぁ!?」

 

 流れる様にアームロック。それ以上はいけない。

 

 そんな夫婦漫才から五分経つと、流石に頭も冷めたのか漸く士郎君を解放するセラさん。

 しかし速攻で正座させられる。士郎君、哀れ。

 

「……それで、これは一体どういうことですか士郎? こんな無垢な子供を家に連れ込むなんて。……まさか本当に拉致してきたのではないでしょうね……?」

「ちっ、違う違う! あの子は、その……記憶喪失で、身寄りがないんだ。彷徨っていたところを俺が偶然見つけて、事情を聞いたから引き取ろうと思って」

「ひ、引き取る? しかしそれは……」

「頼むセラ。この子を此処に置いてやってくれ。あの子には、行くところが無いんだ。この通り!」

「士郎……」

 

 そう言ってセラさんに土下座までする士郎君。見ていてこっちが苦しくなる。いくら子供とはいえ、見ず知らずの他人のためにここまで出来るのか……? よく、わからない。自分がこの好意に甘えていいのか。

 ……いや、甘えて良いわけない。こんな自分が誰かの世話になるなど――――

 

「はぁ……わかりました。奥様には私から連絡してあげます」

「ほ、本当か!?」

「ええ。流石にそこまで真摯にお願いされたら、断るに断れませんよ。それに、あんな小さな子供を放り出すなんて、私にはとてもできません」

「よ、よかった。本当によかった……!」

 

 ――――なんか黙っている内に色々と話が進んでいた。

 

 え、いいの? こんな怪しい子供引き取ってもいいの? 考え直すなら今の内……。

 

「ん~? 二人とも何してるの? 夫婦喧嘩?」

「ッ!? リズ! からかうんじゃありません! これは真剣な話し合いです!」

「ふーん。……? その子誰? 士郎とセラの隠し子?」

「ブッ!?」

「リィィィズゥゥゥゥゥゥ!?!?!?」

 

 ワケガワカラナイヨ。一体何がどうなってこんな展開になっているんだ。

 引き取ってくれるというなら、それに越したことは無いが。

 

 苦笑のまま棒立ちしていると、リズ――――リーゼリットさんが私の方に近付いて、バッと持ち上げた。

 

「…………ん~、よし」

「へ、ぶっ!?」

 

 と思いきや行き成り抱きしめられた。豊満で柔らかい感触が顔を覆う。ついでに呼吸が困難になる。おっぱいに包まれるって、快楽と苦痛が同時に襲ってくる物なんだなぁ……。生前、周りに女性らしき女性(胸の大きさ的な意味で)が殆どいなかったから何というか、斬新だ。あ、いや、別に貧乳が悪いって言いたいわけじゃなくて――――うっ、そろそろ息が……!!

 

「この子、私の妹にする」

「「はぁ!?!?」」

「可愛いから」

「いや、可愛いからって……まぁ、もう家に住むことになってるけどさ」

「そうなの? それじゃあ一緒にお風呂入る~」

「待て待て待て! もう少し順序と言う物を……というか顔! 顔青くなってる!?」

「あ、ごめん」

「――――ぷはっ、お、おっぱいに溺れ死ぬかと思った……!」

 

 死因:おっぱいとか末代までの恥物だよ。割と気持ちよかったけど(小並感)。

 

 リズさんの腕の中から解放された私は呼吸を整えながら、三人が並んでいる光景を見た。家族が仲良く談笑している光景を。

 

 憧れた、一幕を。

 

 それを見ていて、なんとなく、悔しかった。

 

「――――みんな~、どうかしたの? なんか色々変な音が部屋まで聞こえたんだけど……」

「あ、イリヤさん。実は士郎さんが子供を拉致……じゃなかった、拾ってきちゃいまして」

「ふぇ? 拾った? ――――あ」

「……ど、どうも」

 

 最後の住人が現れた。

 銀髪赤眼の無垢で天真爛漫そうな少女。一見すれば人形のようにも思える程美しいその少女は、少し驚いたような顔をして私を見つめた。

 

「その、行き成りすぎるかもしれませんがイリヤさん。――――彼女は、新しい『家族』です。仲良くしてあげてください」

「えっと、その……よ、よく状況が飲み込めないんだけど。なんとなく分かった! こほん……イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです! よ、よろしくお願いします!」

「……かぞ、く」

 

 灰色がかっていた世界に色がついたような気分だった。

 こんな私を――――家族だと、認めてくれるのか。そう思うと、頬を熱い滴が伝う。

 

 私も自身の名前を答えようとする。しかし、こんな未熟な自分では『自分の名前』すら借りられない(・・・・・・)。ひ弱な今の私にその資格は無い。だから――――強くなろう。胸を張って、本当の名前を名乗れるまで。

 

 それまでは、欠けた名を掲げよう。

 

「……私は、アルフェ。よろしく、イリヤ」

「うん! よろしくね、アルフェ!」

 

 名前は欠けた。でも、それでも。

 

 大切な何かを、埋められたような気がした。

 

 

 

 

「ところで士郎、どうしてあの子は貴方の制服の上着を着ているのですか?」

「え? いや、出会ったとき何も着ていなかったから俺のを貸して――――…………あっ」

「…………士郎? まさか、見たのですか?」

「違う! 違わないけど違うんだ! 不可抗力だ!」

「うわ~、士郎は変態さんだぁ~」

「お、お兄ちゃんの変態! どうせ見るなら私――――なっ、なんでもない!」

「ちょっ、待ってくれ! セラ、その手に持った掃除機を置いて一旦話を」

殴っ血KILL(ブッチギル)!!」

「なんでさアッ――――――――――――!!!」

 

 今日もアインツベルン家は平和です。

 

 

 

 

 




長期間で作成していたからネタの密度が濃い・・・。そして一話で3なんでさを記録した士郎君。流石本家。格が違うぜ!

この外伝の次回が何時になるかは正直ワカラナーイ。気が向いたら作っていくとか、そんな方向性で行きたいと思います。実質亀更新です。思いつきで書いただけだしね。シカタナイネ(´・ω・)

それでは次回をお楽しみに。(´・ω・`)ノシ


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第二話・事前報告ぐらいはしてくださいbyイリヤ

本編はシリアス(笑)真っ只中だというのにこっちは9割9分ギャグテイストという温度差。
まぁ平行世界だからね、仕方ないね(´・ω・)


 チュンチュン。そんなさり気ない小鳥の囀りが朝の訪れを告げる。

 

 その美しい音色を目覚まし代わりに銀髪と赤眼を持つ少女――――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは小さな欠伸をしながら意識を鮮明にさせていった。

 ああ、いつも通りの清々しい朝だ。鼻から息を吸えば朝食と思われるトーストと目玉焼きの匂い。その美味そうな匂いにイリヤは食欲を刺激されて少しだけ顔をとろけさせた。

 

 笑顔になりながら身体をふかふかのベッドから起き上がらせようとするイリヤ。

 ――――しかし、意図しない重さがその動きを食い止めた。

 

「……ふぇ?」

 

 謎の重みを感じ取ったイリヤはついそんな呟きを漏らしてしまう。

 

 しかもよく意識を集中させてみれば何故か左半身が暖かい。人肌温度だ。そしてイリヤは直ぐに「何かに抱き付かれている」という結論に達した。だが問題は抱き付いてきている相手だ。メイドであるセラやリーゼリットは……後者はともかく前者はあり得ない。しかしリーゼリットにしては少し柔らかみが足りない。主に胸的な意味で。

 

 まさか士郎? とイリヤは自身の兄に疑いを向けた。いやいやいや、あり得ないだろう。いくら家族とはいえ夜な夜な妹の部屋に忍び込んで抱き付くなど。でもそれはそれで役得のような――――そんな事を考えながらイリヤは自分の左腕に抱き付いている『ソレ』に視線を向けた。

 

 本物の白銀の様に煌めく銀髪。混じりけの一切ない白雪の様な白い肌。

 

 一瞬「誰?」と思ったイリヤであったが、直ぐにその存在を思い出した。確か三日前に士郎が拾ってきたという少女で、名を確か――――

 

「――――イリヤのスメル、プライスレス」

「えっ?」

 

 アルフェ。そう、アルフェと言う。人とは思えない美貌に大人びた雰囲気。とても同年代の少女とは思えないが、昨日彼女はアインツベルン家の家族になった。

 戸籍は恐らくまだ登録していないが、本人たちが家族と言っているのだから家族だ。それは別に問題では無い。イリヤとしても友達になれそうな女の子と出会えたのだから何ら不都合はない。

 

 問題は――――どうして彼女が自分に抱き付いて、まるで獲物でも見つけた狼の様な目で臭いを嗅いできているのかということだ。

 

「はぁ……はぁ……! 良ぃ……! 女の子特有の柔らかい臭いに柔軟剤とシャンプーの優しい香り……! まるで規則正しいパズルのピースの如く噛み合った要素は、最高級の香炉に勝るとも劣らないッ……! 否、それを遥かに凌駕する……ッ!!」

「え、ちょ、な、ななな……!?」

「よし、味も見ておこう」

 

 空気を吸う様にスムーズに発せられる狂気じみた言葉。しかも真顔だ。何処からどう見ても冗談を言っている顔では無い。

 

 一体何を言っているのかを聞く前に、アルフェの舌はイリヤの首筋を這った。表面に残る汗を舐め取ったのだ。常人のすることとは思えないが、無駄に心地良いのだから絶句するしかないだろう。

 

「――――グッド(キリッ」

 

 良い笑顔で彼女はそう言い切った。

 

 瞬間、イリヤの頭の中は新品のキャンバス顔負けの真っ白一面へと変わる。

 

 

 

「にゃぁぁぁああぁあぁぁあぁぁああぁあああぁぁああああ~~~~~~~!?!?!?」

 

 

 

 あまりの羞恥心にイリヤは生涯出したことが無い類の悲鳴を上げた。起床直後臭いを嗅がれたり汗を舐め取られたりすれば、そうなるのも仕方ない。人生初の体験に対してどう反応を返せばいいのかわからなかったんだろう。きっとたぶん。

 尚、それでもアルフェの奇行はそれでも尚止まることは無かったが。イリヤは犠牲となったのだ。HENTAIの犠牲にな……。

 

 こうして、イリヤの新しい家族を得て三日目の朝は騒がしく幕を開けるのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「うぅ~…………」

「あはは、ごめんごめん。つい魔が差しちゃって」

 

 リビングにある食卓の上で突っ伏しているイリヤと、そんな彼女を見て申し訳なさそうに笑うアルフェ。何故イリヤがそんな様子かと言うと、言わずもがな。朝の一件の事だ。

 

 要するにアルフェがイリヤに紳士(変態)的な行為をしでかした。意図せずイリヤに体験したことのない羞恥心もとい背徳感を覚えさせたことは中々に響いたようで、先程からずっとこんな調子なのである。

 

「どんな魔が差したら会って三日目の人の臭いとか嗅いだり汗を舐めたりできるの……?」

「いやそれはほら。イリヤが可愛すぎたのが悪いんだよ」

「さりげなく責任転嫁してるよこの人!?」

「フッ。可愛いとは正義ではあるけど、同時に罪でもあるのさ」

「変な台詞をかっこつけて言わないでー!?」

 

 イリヤは自分の中にあったアルフェに対する第一印象が粉々に砕かれる音を聞いた。

 

 最初で会ったときは穏やかで包容力のある子だと思っていたが、致命的なまでにそれは違っていた。三日も同じ屋根の下で過ごせば本性が露わになる。

 そして出てきた本性は包容力があるHENTAIさんだったのだ。幼女の匂いを嗅いで興奮するHENTAI……!

 

 一応擁護させてもらえば、今のアルフェは色々なしがらみから解放されたせいでブレーキがぶっ壊れているだけなのだが。尚、それが一番の問題な模様。

 

「ていうかどうしてアルフェが私の部屋に……?」

「え? 確か私が一人部屋で寂しく寝ていることをセラさんが不憫に思って、『余っている部屋が無いからしばらくはイリヤの部屋で寝泊まりしてくださいね』って言ったから、その時イリヤが『いいよ~』って承諾したんだけど。覚えてないの?」

「まさかの私が原因だった……っ!」

 

 流石に二階建ての一軒家と言えど部屋は有限なのである。突然の増員に対応できるはずもなく、苦肉の策としてセラはあまり整頓の行き届いていない客間を提供した。

 が――――流石にまだ(外見は)子供である彼女を一人にさせるのはどうかと思い、イリヤとの共用という方法を取った。狭いかも知れないが、互いのためとセラはよく私に言い聞かせたものだ。

 

 ぶっちゃけ彼女からしてみれば新しい家族と添い寝(と言う名の抱き枕)できたので文句どころか礼を言いたい気分だが。と後に真顔で真剣に語るアルフェであった。

 

 そんな苦笑混じりに会話を交わしていると、部屋の中で制服に着替え終えて出てきた士郎が二人を見て微笑んだ。大方、彼の目には二人は仲のいい姉妹に見えているのだろう。仲は悪くないと言えば悪くないが、何かのフィルターでも掛かっているのか。

 

「ははっ、二人とも仲が良さそうで何よりだ」

「お兄ちゃん! 今のやり取りを見てどうしてそんな感想が出てきたのかな!?」

「ん? そりゃ遠慮なく言葉を投げ合える関係なら、もう友達みたいなものだろ? 俺と一成もそうだぞ」

「……私は時々お兄ちゃんの交友関係が心配になるよ」

「なんでさ!?」

 

 義理とはいえ兄に辛辣な言葉を投げるイリヤ。やはり朝の一件がかなりショックなのかもしれない。

 そう思って少しだけしょんぼりと反省するアルフェであった。後悔は全くしていないようだが。

 

「えーと……やっぱり気を悪くしちゃった?」

「ううん、もう気にしてないよ」

 

 気にしてなかった。それでいいのかイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

「だって女の子同士でしょ? 流石に異性がして来ていたら問題だったけど……」

「えぇ……」

「本音を言えば私が主導権を握り――――って、何考えてるの私!」

「あっ(察し)」

 

 同性なら臭い嗅がれたり汗舐められたりしても平気だとイリヤは言う。しかもさりげなく問題発言までボロット零した。懐が広いのか肝が据わっているのか。

 

 確実なのはイリヤもまた内なる欲望を心のどこかに秘めているということだ。特にメイドとかメイドとかメイドとか。あとメイド。生粋のメイド狂いは格が違った。

 

「三人とも、朝食の用意ができました。フレンチトーストにベーコンエッグ――――って、リズ! 朝からスナック菓子を食べるんじゃありません! 太りますよ!」

 

 キッチンから朝食を盛りつけた皿を人数分持ってきて、鮮やかな動作で食卓の上に置くセラ。が、彼女の目がソファの上でポテチを食べながらアニメ鑑賞しているリーゼリット、もといリズを捉える。

 

 寝転がりながらスナック菓子。普通なら肥満ルート一直線の行為である。健康面にも問題をもたらすので直ぐに注意に行くセラであったが――――それが悲劇の始まりである。

 

「ん~? だいじょーぶだいじょーぶ」

「何を根拠に大丈夫だと――――」

「だってホラ、栄養溜めとく袋、あるし」

 

 そう言って豊満な胸を突き出すリズ。

 この場の空気が一瞬で名状しがたき何かへと変貌するまで一秒もかからなかった。

 

「…………(ボイーン)」

「…………(ストーン)」

 

 もう何も言うまい。

 

 セラが無言のストレートを繰り出し、無表情のままリズがそれを受け止める。

 

「セラ、痛い」

「フフッ、不思議ですね。どうして姉妹でこんなにも違うんでしょうねェ……?」

 

 確かに姉妹とは思えない程差がある(胸囲的な意味で)。しかし無いのも無いで魅力はあると思うイリヤとアルフェであったが、その思いはセラには届かない。いつか得られる者ともう得られない者の差と言うやつかもしれない。

 

「しかし! 所詮は贅肉! 贅肉なのです! 無駄な肉は、排除します!」

「セラ、怖い」

「ふ、二人とも、朝からなにやってんだよ?」

 

 唐突に素手でのミット打ちを始める姉妹(リーゼリット&セラ)。苦笑しながらも士郎が止めに入ろうとするが、セラからのキツイ眼差しを受けて石化したように固まってしまう。女性にも譲れない物があるのだ。

 セラの場合それがたまたま胸だっただけで。

 

「なんです……? 士郎、あなたも結局大きさですか。巨乳ですか。ええそうでしょうね! 男なら大きい方が断然いいに決まってます!」

「いや、別に小さくてもいいと思うぞ?」

「っ、ほ、本当に……?」

「ああ! 例えこれ以上成長の望みがなくて、ずっと小さいままでも――――」

「「あっ」」

 

 イリヤとアルフェの呟きが重なった。

 

 仕方ないだろう。何せ兄が無意識とはいえ地雷の上でタップダンスし、ホール・イン・ワンの如く見事華麗にど真ん中を踏み抜いたのだから。

 流石キング・オブ・朴念仁。フラグを建てる能力も折る能力も一級品である。

 

「ふ、ふふふ、ふふふふふっ…………」

「え? セラ? どうかしたのか?」

「――――士郎」

「あっ、はい」

「――――貴方の敗因はたった一つ」

「は、敗因?」

「――――テメーは私を怒らせた。死ね巨乳派めぇぇぇぇぇぇえええ!!」

「なんでさぁぁぁぁ――――!?」

 

 今日のアインツベルン家は朝からにぎやかです。

 

「……グッバイ私の平凡な日常」

「直に慣れるよ。たぶん」

「そうした張本人が言っても説得力ないと思います……」

「デスヨネー」

 

 ブリテン時代のアルフェリアでも蛮族の連続強襲の日常には三日で慣れたのだから、イリヤなら一週間もすれば隣近所でガス爆発が起きようが平然と朝ご飯を食べ続けられるようになるよ。きっと恐らく。

 

 と、一般人からすれば理不尽であることを怪物(アルフェ)は軽々しく思っている。彼女の常識はやはりどこかずれている様だ。

 

「ふー、朝ごはんは美味しいなぁ」

「そうだねぇ(死んだ目)」

「イリヤ~、お菓子持ってきて~」

「■■■■■■■■■■■■■■■――――ッ!」

「セラ!? 何か人が出しちゃいけなさそうな声が――――ひでぶっ!!」

 

 こうして、平和(笑)な朝は一旦幕を閉じることとなった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「はぁ~……」

 

 魂が抜けた様なため息をつきながら机の上に突っ伏すイリヤ。まだ朝だというのに、まるで終電帰りのサラリーマンの如き雰囲気である。勿論肉体的な疲れの話では無い、精神的な話だ。

 

 そんなイリヤの様子を心配して彼女の友人である桂美々、栗原雀花、森山那奈亀、嶽間沢龍子が駆け寄ってきた。

 

「イリヤ? どうかしたの?」

「どうしたイリヤ。そんなコミケ帰りの戦士の様な顔して」

「悩みならあたしが聞いてやるぞー!」

「腹減ってるなら俺の隠し持ってるお菓子をやるぞー!」

 

 流石に友人たちに必要以上に心配されるのも気が引けるのか、苦笑いしながらイリヤはふらふらと顔を上げる。

 

 悩みと言えば悩みだが、困っているかと言えばそうでもないのが何とも言えない悩みである。と、何とも身勝手な自分に呆れながら、イリヤはとりあえず軽く事情を友人たちに語るのであった――――

 

 

 

 

 

「「「「新しい家族が出来た?」」」」

「うん、そうなんだ~……」

 

 四人それぞれ首を傾げる。まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。精々財布を落としたとか勉強が上手く行かないとか、そういったものを考えていたのかもしれない。

 一部は多少ズレたことを予想していたのかもしれないが、それはまた別の話。

 

「なんだ、ついにイリヤに妹ができたのか。新しいファンネル候補が出来たな……」

「違うよ!? ていうかファンネルって何!? い、いや、もしかしたら妹ができるかもしれないけど……新しく出来たのはお姉ちゃんなんだ」

「お姉ちゃん? どういうことだイリヤ! あたしにもわかる様に説明しろー!」

「さっき説明したばっかりたよね!?」

「それよりポッ○ー食うかイリヤ?」

「龍子は何も考えていないし!?」

 

 相談したはい良い物の、全くもって何処かズレている答えを返すイリヤの友人たち。予想はしていたが大半がまともな意見を返してくれていない。別の意味でイリヤに心労が積み重なる音がするのは幻聴か。

 

 唯一の救いなのは(今はまだ)常識人である桂美々であった。

 

「えーと、つまりその新しく出来たお姉ちゃんへの接し方がわからないってこと?」

「う、うん。まぁ概ねそんな感じ。何かいい作戦とかないかなぁ……」

 

 ほっといてもあちらからこちらの心の扉を開錠(物理)してくるような気がしなくもないが。

 

「突然出来た義理の姉。接し方が分からず縮こまる妹。そんな二人が肌と肌の触れ合いによって徐々に心の扉を開いて行き、やがては禁断の領域に足を――――」

「え、えっと、何を言ってるの雀花?」

「いや、何でもない。ただの妄想だ」

「そう言われると逆にすっごく不安なんだけど……」

 

 しかし触れてはいけない何かを直感で感じ取り、イリヤは積極的に聞くのはやめにした。恐らく自分には『まだ』早いと感じ取ったのだろう。つまり「いずれわかるさ……いずれな」という事だ。意味が分からない? ご安心を。本人もたぶんよくわかっていない。

 

「うーん、普段のイリヤらしく接すればいいんじゃないかな?」

「それができたら苦労はしないよ~……」

「なら、まずは互いを知ることから始めればいいと思う。好きな食べ物とか、好きな漫画とか、そう言う物をきっかけに使って徐々に距離を詰めて行けばいいかも」

「なるほど……ありがとう美々! 参考になったよ~」

「うん、どうたしまして」

 

 桂美々はあまり知られていないが、実は弟がいる。物心ついた弟との距離感が掴めなかったりと、そう言う経験は多少あったのだろう。経験者からのとても参考になる意見を貰ったイリヤは一安心と、ひとまずは胸を撫で下ろした。やはり持つべきは友人だ。

 

 ちょうどその頃チャイムが鳴った。変わらぬ音色を背景に、教室で騒いでいた生徒たちが自分の席に座った。

 

 ただし肝心の担任が教室に居なかったが。

 

「……何か藤村先生、遅いね」

「寝坊かな?」

 

 誰かがそう言い始めた頃――――教室の外からドタバタと大きな足音が聞こえてきた。この瞬間生徒全員が「あー」と何かを察した声を漏らす。

 

 

「うぉおおおおおおおおお!! 遅刻遅刻――――――――!!!」

 

 

 開いた扉から高速で飛び込んでくる影。黄色と黒の横縞模様の服に緑のエプロン。間違いなくこのクラスの担任である藤村大河である。で、彼女は凄まじいスピードで教室に飛び込んできたわけで、当然何の事故も起こらないわけがなく。

 

 教壇に足を引っかけて盛大にすっ転んだ。

 

「…………」

 

 無言。ただ無言。何とも言えない空気が教室を制圧する。

 

「おーい、藤村先生ー?」

「先生、起きてー」

「授業の時間とっくに過ぎてるぞー。起きろタイガー」

「こうして寝ているところを見てるとまさに虎ですな」

「タイガー! タイガー!」

 

 

「――――タイガーって呼ぶなァ――――――――!!」

 

 

 禁句を言われたことで藤村は覚醒した野生動物のように跳ね起きた。

 そして次の瞬間には何もなかったかのように教卓の前でいつもように出席簿を取り始める。少々騒がしかったが、まぁいつも通りの光景だ。

 

 しかし今日は、ちょっと違う光景に早変わりし始めることになる。

 

「と、全員いるわね。欠席は無し、っと。所で、皆さんにお知らせがありまーす! 何と今日、転校生がうちのクラスに来ることになりましたー! いやぁ、校内を案内していたらちょっと遅れちゃってねー。ゴメンネ(テヘペロっ」

 

 まさかのお知らせに生徒たちが藤村の最後のアレは無視して騒ぎ出す。

 

 どんな子かなとか、男か女かとか、そんなざわつきは藤村の「静粛にー!」という虎、もとい鶴の一言で静かになる。ちょっと遅刻したのもあって早めに進行させたいのだろう。決して、決して無視されたことに拗ねているわけでは無い、と思いたい。

 

「えーと、どうやらイギリスから来た子みたいでね。だからと言って日本語が喋れないわけじゃないし、本人も中々接しやすい性格だから、みんな仲良くしてねー?」

『はーい』

「じゃ、入ってきていいわよー」

 

 

 ――――現れたのは妖精だった。

 

 

 幻覚だ、と笑う者もいるだろう。

 妄言だ、と蔑む者もいるだろう。

 

 だが、少なくとも。

 

 此処にその言葉を否定できる者は一人もいなかった。

 

 舞い降りる様に現れたのは輝く銀髪が眩しい少女。動作の一つ一つが宝石の輝きの如く眩しいと錯覚してしまうほどの美の体現者。彼女の周りだけ別世界では無いのかというほど、彼女の存在は世界から浮いていた。

 

 言い例えるならば、天使。神が現世に降ろした天使と言っても、この瞬間だけは百人中百人が認めただろう。

 

 それほどに、圧倒的存在感。

 

「――――イギリスから来ました、アルフェ・フォン・アインツベルンです。よろしくお願いします」

 

 にこりと、彼女は一度微笑むだけで全てを魅了した。

 

 が、身内であるイリヤは現在困惑の渦中に叩き込まれたような顔をしていた。当然だろう。まさかのイベントだ。予想していなかったビッグイベントが水星の如く襲来してきたのだ。

 

 恐らく今のイリヤは目の前で起爆寸前の爆弾を目撃した気分に違いない。

 

(いや、ちょっと待って、え? え? 何で!?)

 

 イリヤが知って居る限り、彼女(アルフェ)は記憶喪失である。知識面では全く問題ないようだが、名前が以外は全て忘れている人間のはずなのだ。当然、戸籍などあるはずもない。故に学校にはいけない。

 

 それが判明した時、一緒の学校に行けなくてイリヤはとても残念がったのだが――――そんな事実は無かったと言わんばかりの電撃入学である。

 

(ええと……此処は嬉しがる所、何だよね? たぶん……)

 

 何にせよ、中のいい義姉が共に学校に通うという事ならば、嬉しがることに不思議はないだろう。

 きっと、たぶん、恐らく。

 

「うわぁ……綺麗~」

「アレ、イリヤの家族なのか? え、イリヤって双子だったの?」

「にしては目の色が……親戚?」

 

 突然の転校生に騒ぎ出すクラスメイト達。

 

 その来訪のインパクトだけでなく、本人の美貌も小学生にあるまじき凄まじさを誇っているのだから騒ぐのも無理はない。そして名前からイリヤの姉妹または親戚であることは確かなので、徐々に視線はイリヤの方へと集まっていく。

 

 朝からいきなり視線の嵐。中々に堪えるなぁ……とイリヤは涙目になりながら思ったとかなんとか。

 

「はーい、自己紹介ありがとうアルフェちゃん。あ、席はイリヤちゃんの隣よ」

「はい、ありがとうございます。藤村先生」

「かぁーっ! しっかりお礼も言えるとは、なんて出来た子なんだっ……! うんうん、先生にもこういう妹が一人欲しかったなぁ……」

 

 その年ではもう無理だと思います。そう思ったのはきっとイリヤ一人だけではないだろう。

 

 確かに彼女には不思議な魅力がある。人を引き付けるというか、無性に欲望を掻き立てられるというか、甘えたくなるというか……とにかくクラスに悪い印象を振りまくという事は無かった。

 

 少なくとも男子と女子例外なく彼女に向けられているのは羨望と憧憬の眼差し。何というか、一瞬でクラスのスターに上り詰めたような気がしなくもない。本人は無意識なんだろうけど、色々と末恐ろしい物を感じる。

 

 紹介を終えたアルフェはそのまま笑顔を崩さずイリヤの隣の席に着いた。歩くだけで様になるとはこの事か。まだ小学生でコレなのに、大人になったらどれだけヤバいことになるのやら。思わずイリヤは引き攣った笑いを浮かべる。

 

「ふふっ、よろしくね。イリヤ」

「あ、あはは…………はい」

 

 とりあえず、彼女に一言。

 

 

「……事前に報告ぐらい、してください……っ!」

 

 

 ごもっともである。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 どうも、初めての小学校に今物凄くウキウキしているアルフェリア・ペンドラゴンもといアルフェ・フォン・アインツベルンでございます。名前が長くなったよ、やったねた○ちゃん!

 

 とまぁ、冗談はそれぐらいにして。

 

 私には記憶が無い。いや、無いっちゃ無い訳ではないんだけど、まぁ現代においては残っている記憶も大して意味のある物では無いので実質記憶喪失同然である。これも全てあのAHO(アホ)のせいである。裁判を要求します。

 あのジャイ○ン王なら「我が法だ!」とか言いそうな気がするが。いや言うな絶対。間違いない。

 

 そんなわけで、私には戸籍が無い。現代の人間では無いので個人情報などあるわけも無く、セラが雇用主(アイリ&切嗣)を伝手に色々な国に私の情報が無いか探ってみてもどこにも存在しない。つまり私は本来この地球に存在しないはずの人間なのだ。

 

 あったらむしろ驚きたけどね!

 

 家族どころか個人情報の一切が無い。記憶も無い。頼れる人も当然皆無。

 そんな私を不憫に思ったのか、セラさんがギュッと抱きしめてくれたのが記憶に新しい。うん、例え胸はなくても母性はあるんだなぁ……と改めて実感した歴史的瞬間(?)であった。

 

 そして、そこからのセラさんの動きは凄まじく早かった。

 

 どうやってかは知らないが私の戸籍を偽ぞゲフンゲフン、作り上げたのだ。幸いアインツベルンは元々外界と疎遠だった家柄。今更子供が一人や二人増えようが無問題らしい。

 

 流石に血縁関係は偽造出来ないので、私の戸籍を適当にでっち上げてそこから養子縁組を組んだようだ。何という力技。母の底力を垣間見た。いや、お母さんじゃないけど。いや、ある意味お母さんか? 掃除とか洗濯とかほとんどセラか士郎がやってるし。

 

 あれ、それ言ったら士郎もお母さん……いや、これ以上考えるのはやめておこう。それがいい。

 

 と言うわけで、私は晴れて学校に入学することができたのだった。ブリテンでは学校と言う物が無かったので、中々に新鮮味のある体験だ。

 

 

 ――――もし、私やアルトリア、他の皆が現代で平和な国に生まれていたら――――

 

 

 ……やめよう。叶わぬ『もしも(IF)』を考えるのは、自分を傷つけるだけだ。

 

 今は落ち着いて、この学校生活を満喫しますかっと。

 

 現在は昼休み。外のグラウンドを見渡せば男子や女子が走り回って遊んでいる。正しく平和そのものの風景だ。思わず微笑んでしまいうほどには。

 と、そんなことよりイリヤに色々な事情を話していたんだった。視線を戻して話を続けよう。

 

「……つまり、私を驚かせるために今まで黙っていたって事?」

「まぁ、準備が出来たのは昨日の夜ぐらいだから、話す余裕がなかったと言えば嘘じゃないけど……確かに驚かせるためでもあったかな? でも、中々刺激があったでしょ?」

「そりゃあもう……」

 

 イリヤは笑顔を引き攣らせながら返事を返した。

 確かに少々インパクトがあり過ぎたか。ささやかなサプライズのつもりだったのだが。

 

「――――彗星の如く学校に来た挙句、理科では性格が一変する変な薬品を作ったり、図工では粘土を使って芸術家顔負けのヴィーナス像を作ったり、家庭科では藤村先生が野生化するほどの料理を市販の食材で仕上げたり、体育ではハンドボールをグラウンドの端から端まで届かせて全国記録を軽く塗りつぶしたり、色々と刺激的過ぎると思います……」

「それは、その……あ、あはは~」

 

 その、なんだ。学校に入れたことが嬉しくてちょっと調子に乗ったというか、平均的な基準が分からずとりあえずジョギング感覚でやったら色々と大惨事になったというか。

 やっちまったとは思っているが、過ぎたことは仕方ない。

 

 因みに野生化した藤村先生こと正義の味方タイガーウーマン(自称)は学校を飛び出した挙句高笑いしながら街を駆けまわったらしい。幸いなのはその時の記憶が残らなかったので彼女の黒歴史が増えなかった事か。

 

 でも校長には怒られたらしいが。そりゃそうだ。←元凶

 

「新しく出来たイリヤの姉ちゃん、色々とぶっ飛んでるな~」

「あたしのお姉ちゃんでもそこまでぶっ飛んでないぞ……」

 

 と、イリヤの友達である雀花や那奈亀からはそんな言葉を貰った。ああ、うん、やっぱりちょっと飛ばし過ぎたか。明日からはちょっと自重しよう。

 

「なぁイリヤの姉ちゃん、き○この山食べるか?」

「あ、私た○のこの里派ですので」

「この裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 何を裏切ったのかはわからないけど、イリヤの友達の一人である龍子が勢いよく教室を出ていった。ぶっちゃけ私コア○のマーチの方が好きなんだけどなぁ。

 

「そ、そう言えばどうして急にイギリスから転校してきたんですか? 何か大変な事情でも……?」

「えーと……そうだねー」

 

 こう言った質問に対するバッグストーリーは、なんだっけな。あまり深く考えていなかったし、適当でいいか。

 

「実は私、記憶喪失で身寄りのない孤児になっていまして。その時イリヤの両親から拾ってもらい養子にして貰ったんです。日本に来てイリヤとあったのはつい数日前ですが、今では一緒のベッドの中で寝るぐらいの仲です!」

「そ、そうだったんですか! ごめんなさいアルフェさん、辛いこと聞いてしまって! ……アレ? 一緒のベッド……?」

「大丈夫ですよ美々さん、気にしてませんから。それより、今度からは呼び捨てで構いませんよ?」

「えっ? でっ、でも……」

「ほら、友達は名前で呼び合うのでしょう? 遠慮しなくて大丈夫です」

「は、はい……アルフェ、ちゃん」

 

 よし、友達第一号、ゲットだぜ。

 

 え? 何出鱈目でっち上げて同情心誘っているのかって? HAHAHA、何、半分嘘で半分事実という奴だ。実際養子になったのは事実だからネ。前半が根も葉もない嘘なだけで(外道並感)。

 

「じゃあ私も名前で呼んでいいか?」

「あたしもあたしもー!」

「ふふっ、いいですよ。雀花、那奈亀」

 

 不安はあったが、無事友人関係は築けそうだ。精神年齢の違いからギクシャクするかもしれないと思っていたが、私の杞憂に終わって何よりだ。

 隣のイリヤがなんだか悔しそうに頬を膨らませているが。さ、流石に調子に乗っていたか……?

 

「……私のお姉ちゃんなのに」

「え?」

「――――てりゃぁ~~~!」

「えっちょ」

 

 聞き返す間もなくイリヤが私に飛びついてきた。ああ~、脳がとろける~(光悦)。

 

「お姉ちゃんは誰にも渡さないんだからー!」

「ああああああああ」

「お、おいイリヤ」

「なに!?」

「……なんかお前の姉ちゃん、鼻血出しながら痙攣してないか? なんかヤバいぞ?」

「ほぇ?」

 

 ふっ……わが生涯に、一片の悔いなし――――あふん。

 

「ちょっ、お姉ちゃん!? アルフェお姉ちゃ――――――――ん!?」

 

 あはは、川の向こうで誰かが手を振ってる。アルトリアかな? モードレッドかな? それともモルガンお姉ちゃん?

 

 

 

『やぁアルフェリア、随分愉快な姿だね~。プフッ』

 

 

 

 マーリン(お前)かぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああッッ!!!!

 

 

 

 あのロクデナシは、何時か絶対にボコるという誓いを密かに立てる。やっぱ一度全身ボコボコにしておくべきだったわ。

 

 とはいえ今どうこういっても貧血は治らないので、次起きて初めて見るのはイリヤの顔がいいかなぁ、なんて思いながら私は意識を暗闇に包ませた。

 

 

 

 願わくば、この平穏が続きますように。

 

 

 

 ……アレ? なんかフラグ立てちゃった気がするゾ?

 

 

 

 




本編でもぶっ倒れてたけど、原因に凄まじい差がある件について。
なぁにこれ(決闘者並感)。


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第三話・やっぱり今回も駄目だったよ

プリヤ編第三話投下。

前の投稿から実に二ヶ月も経っていることを考えると「亀更新ってレベルじゃねぇぞ!」と言いたくなるわー。でも仕方ないよね。ニーア・オートマタとかホライズン・ゼロ・ドーンにハマってるからね。シカタナイネ(*´ω`)

・・・いえ、違うんですよ? 久々に長い春休みを貰ったからって貯金崩してゲーム三昧を楽しんでるとかあるわけないじゃないかー。アッハッハ。

・・・ゴメンネ☆(テヘペロ

余談ですが、今回もやっぱりカオスです。ギャグメインになると毎回筆が暴走するのはもう・・・癖かな?

全然関係ないけど2Bちゃんの背中とかお尻とか太ももとか最高だと思いました、まる


 カオスだった。

 

 もうなんていうか、そうとしか言いようがないほどにアインツベルンの拠点である古城の庭に広がる光景はカオスそのものを体現していた。

 

「フハハハハハハ! これぞマケドニア伝統の裸踊りよっ! 皆の者! 盛り上がってるかー!」

「伝統とか絶対嘘だ……。ライダー、僕は時々本当にどうしてお前が世界を征服しかけたのかわからなくなるよ……」

「おーおー、騒がしいねぇ……あ、この肉うめぇな」

 

 征服王が酒をラッパ飲みしながら下半身裸で踊りを披露し、ウェイバー・ベルベットやクー・フーリンは色々と理解するのを諦めた目で料理を頬張り続けている。

 

「ええぞ! ええぞ! 我が命じる! もっと過激なスキンシップとやらを見せぇい!」

「姉さんがどこの馬の骨とも知れないクソガ……少女といちゃついているのは我慢なりませんが、それより姉さんかわいいですね! 抱きしめたいな、姉さん!!」

「うおおおおおおお! 姉上ー! 俺も抱きしめてくれー!」

「幼少の姿でも十分魅力的なのにも関わらず、大人になればさらに魅力的……。このような方に忠義を誓えるとは、ランスロット、臣下としてこれ以上の幸せはありません。……あ、私はロリコンではありませんからね?」

「あんな妹がいたら幸せでしょうねぇ……。あ、失礼ですが英雄王、幼女化する薬とか持っていませんか?」

 

 また、英雄王や騎士王(黒)その他円卓の騎士や聖処女(笑)は聖杯から映し出される幼女の姿に某外人四コマのようなリアクションで勝手過ぎる盛り上がりを見せていた。これが彼の勇猛果敢な英雄伝説を築き上げた者達だと説明して信じる者は恐らく居ない。そう断言できるほど、色々酷かった。

 

 因みに衛宮夫婦は己の娘が大きくなって小学校に通っている様子に喜んだり、赤毛の少年の存在に困惑したり、恐らくこの聖杯戦争で最も脳が一番活性化しているであろう瞬間だと思う。

 

「イリヤ! ああ、イリヤ。何て幸せそうなんだ……! 所でこの少年は誰だい? ちょっと起源弾……おっと、お礼を渡さなくっちゃあならないからね」

「切嗣ステイ! 母としての勘が告げるわ、あの子はきっと将来イリヤの御婿さ「それ以上言わないでくれアイリ! 僕は愛する娘が嫁ぐ姿なんて見たくないんだぁぁぁぁぁぁ!!!」えっ、き、切嗣ー!? 銃口を口に入れないで~!?」

 

 ……そして私は幼き自分が見事に暴走している光景を見て地面の上でのた打ち回っていた。

 

「あああああああ……! 違う、違うんだよぉ……! 私はロリコンじゃないから。別に幼女に抱きしめられたからって鼻血とか出さないからぁぁぁぁぁぁぁ! いっそ殺してぇぇぇ……! もう御嫁に行けないぃぃぃ……!」

 

 …………これをカオスと言わずになんとする。

 

「むっ!? それは我にもワンチャンあるというやつでは――――」

「――――あるわけないだろカリバァーッ!!」

「ちょ、いきなり聖剣は反則ぐおわぁぁぁぁあああ――――――ッ!?」

 

 もう近場で聖剣ビームが放たれてることとか気にしていられない。早く、早くこの大惨事にブレーキをかけねば色々と終わってしまう気がする。主に自分の威厳とかイメージとかが……!

 

 この光景を作り出している元凶は何だ? 英雄王? 否、否である。間接的な原因ではあるものの、映像その物を映し出しているのは――――彼の取り出した聖杯。そう、つまり聖杯さえ何とかすればこの茶番もといカオス空間は終焉を迎える。間違いない(確信)。

 

「よし、聖杯を壊そう」

『何――――ッ!?』

 

 私がそう宣言すると変態三銃士(五人)が立ちはだかってくる。構成員はギルガメッシュを筆頭とするアルトリア、モードレッド、ランスロット、そしてジャンヌ・ダルクだ。

 

 彼らを退かせるのは私とて心苦しい。だが、だが、私にも引けない物はあるんだァ――――ッ!!

 

「考え直してください姉さん! これはチャンスなんです! そう、姉さんの可愛さをアピールするための!」

「求めてないよそんなチャンス!?」

「そうだぜ姉上! 俺はもっと見たいんだ! アヴァロンが! 俺たちの桃源郷が!」

「私はもう見たくないんだけど!?」

「いえ、アルフェリア様。これはその……せめて映像記録を」

「よしランスロット、後で魔力弾千発の刑だからね」

「アルフェリアさん! せめて、せめて実体験を……! 若返りの薬を飲んでぜひ姉妹プレイをおおおおおお!!」

「貴方今調停者(ルーラー)の肩書忘れてるよねぇ!! ねぇ!?」

 

 我が愛すべきスイートシスターズたちはともかくランスロット、テメーは駄目だ。映像記録とか誰に見せる気だ。ニミュエか? ギネヴィアか? それともエレイン? どれも見られたら最終的にイジられる可能性大なのでさせん、させんよ……!

 

 それとジャンヌはもはやキャラが行方不明などでどうか昨日の彼女に戻ってほしい。頼むから(切実)。

 

「待て待て待てぃ! まだ我の『魔法少女の姿が見たい』という願いは叶っておらんのでせめてその姿をこのビデオカメラの原典で撮影するまで一時休戦――――」

「知るかボケェェ!! ぶっ殺すぞAUO!! ――――最終封印(サード・シール)解放(リリース)! 『夢幻なる理想郷(アルカディア)』、最大出力形態(ハイエンド・フォーム)、解放ッ!!」

「「「「えっ」」」」

 

 AUOの発言でついに堪忍袋の緒が切れた。そもそもの元凶がこいつがヘンテコな願い事を言ったせいだ。畜生、もう遠慮なしだ。負担なぞ知ったこっちゃないというかの如く、私は自身の切り札を解放する。

 

 ちょっとやり過ぎなような気がしなくもないが、あわよくばこの場の全員の記憶が数時間分ほど消し飛んでくれると信じて。とりあえず犠牲が出ない程度には出力を抑えて方向を調整し、問答無用で私は星すら削る極撃をぶちかました。

 

 尚、後からマスターの状態を見て凄まじく後悔する模様。

 

 

「有象無象、塵に還れェ!! 『終幕を降ろす白銀の理想郷(カーテンコール・アルカディア)』ァ――――――――ッ!!!!」

「ちょっと待っ――――」

 

 

 

『ギャ―――――――――――――――――――!?!?!?』

 

 

 

 穏やかだった夜空に、綺麗な銀色の光がサーヴァントやマスターたちの悲鳴と共に空へと伸びる。

 

 雲を裂き、空間を裂き、偶々通りかかっていた月の一部を抉りながら小惑星群を消滅させ、光は太陽系の果てまで伸びていったとさ。

 

 めでたし、めでたし。

 

 

 

「………………………いや、なんでさ」

 

 

 

 そんな光景を遠方のビル屋上から監視していた錬鉄の守護者はそう評したとかしていないとか。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 目が覚めたらそこはお花畑だった。何を言っているのかわからないと思うが以下略。

 

 気を失っていたのか先程から前後の記憶が曖昧だ。何というか、脳が上手く働いていない気がする。まるで貧血みたいに気が遠い。貧血、みたいに……貧血?

 

 ……ああ、今思い出した。

 

 確か皆と話をしていたらいきなりイリヤが抱き付いて来て、それで思わず年甲斐も無く鼻血を――――何というか、自分でも呆れかえってしまうほど馬鹿なことしてる気がする……。

 いや、イリヤが可愛すぎるのが悪いんです。つまり私自身は何も悪くない。私は悪くねぇ!OK議論終了。この事については後でじっくり考えよう。

 

 二回目の悲劇を未然に防ぐ敵な意味で。

 

「――――おや、もう目覚めたのかい? 予想より早かったね」

「……うへぇ」

 

 聞き覚えのある声を聞いて、反射的にそんな声を出してしまう。

 

 何というか脳に刻み付けられた自分の天敵の気配を察知したような感覚だ。実際天敵みたいなものだろう。生理的にダメ的な意味では間違ってないと思う。

 

 何せこの声の主は――――花の魔術師、マーリン。

 

 魔術師(クズ)中の魔術師(クズ)とも評される、基本的に他人を弄って遊ぶのが趣味の奴だ。「作品は好きだけど作家が好きかと言われればちょっと……」がモットー。恐らく敵以外ならどんなものでも受け入れる私が唯一受け入れるのを戸惑うことができる能天気野郎。

 

「やあやあ、アルフェリア。お久しぶりと言えばいいのかな?」

「できれば永遠に会いたくなかったんだけどねぇ……」

「そんなつれないことを言わないでおくれよ。僕の君の仲だろう?」

「私には腐れ縁の関係しか思いつかないんだけど。……一応聞くけど、貴方の中で私はどう位置付けなの?」

「親友?」

「くたばれ」

 

 挨拶代わりのやりとりをしながら、はっきりしてきた意識を自覚してゆらゆらと立ち上がる。

 軽く見渡せば、やはり花以外何もない。一面百合の花だらけの世界だ。空は変わらず青いが、太陽がない野に明るいのはどう言う事か。

 

 いや、マーリン(こいつ)がいるという事は此処はアヴァロンか私の夢の中かのどちらか一つ。

 

 アヴァロンはまずありえないので、九分九厘此処は私の夢想世界か。やれやれ、自分の夢の中がここまで可笑しな世界だったとは。悲しめばいいのやら。

 ていうか百合の花って、まさか狙ってるのか? 私は同性愛者(レズ)じゃなくて両性愛者(バイ)だぞ。そこを間違えないでもらおうか(迫真)。……突っ込むところそこじゃないって? 細かいことは気にするな。恋愛に性別は関係ないんだから。

 

「うん、相変わらずで何よりだ。節操がない」

「懐が広いって言うんだよバーカ。で、わざわざ私の夢の中に出てきてどういうつもり? プチッて潰されたいのかな?」

 

 見せびらかすように手の骨をゴキゴキと慣らすと、マーリンの笑顔が若干引き攣った。

 

 こんな様になったが、夢の中のこいつはやろうと思えば赤ん坊でも潰せる。宿主に気付かれたら凄まじく弱体化する。夢魔共通の致命的な弱点だ。つまり子供の体になった私でも何ら問題ないという事だ。

 

 まぁ、こいつ逃げ足だけは一丁前なので、やる前に速攻で逃げられるだろうけど。

 

「んんっ! まぁ待ちたまえ。今回来たのはただの確認と忠告だよ」

「……確認と忠告?」

 

 確認はともかく、忠告とは何だろうか。

 

 マーリンは昔から基本のほほんとしていて、常に肉体労働反対的な意見をして城の中でグータラしていた奴だ。そんな奴がわざわざこんな場所まで赴いて忠告するとは、一体どんな心変わりだ……?

 

「まず確認から。――――君は、元は平行世界の住人だね?」

「ん? 気づいていたの?」

「何もない所から急に出てきたんだ。座の方に変化が無いのにも関わらずにね。未来から来たという線もあるけど……その姿を見る限り、それはあり得ないなと」

「ああ……」

 

 流石に子供の姿で「未来から来た」は無いだろう。過去から、と言うならばわからなくも無いが。

 特に否定する必要もないので、私は「YES」のジェスチャーを送る。

 

「ふむふむ。因みに、飛ばされた原因に心当たりは?」

「聖杯――――の、大本……ウルクの大杯かな? それに向かって英雄王が『魔法少女見たーい!』何でふざけた願いを言った瞬間、気づいたら冬木市のど真ん中。士郎に拾ってもらえなかったら、一体どうなっていたことやら」

「君は馬鹿みたいに悪運が強いからね」

「ブリテン一のトラブルメーカーに言われたくないよ」

 

 厄介事を引き寄せるだけ引き寄せて大体最後まで生き残るので否定もできないが、厄介事を一から生み出すこいつに言われたくない。と言うかその厄介事のほとんどがお前が作り出しているんだがな……。

 

「はっはっは、まぁその話はまた今度にしておこう」

「露骨に話逸らしてない? ていうか貴方なんか隠してない? ほら、聞いた瞬間私がキックで顎を蹴り飛ばすくらいデカいのを」

「ナニヲイッテイルノカサッパリワカラナイナ」

「おい、何で棒読みになった。おい」

 

 色々絞めて聞き出したいが、また今度にしよう。このままでは話が進まない。

 

「次の質問だが……虚数空間の貯蔵はどうなっている?」

「あー……そうだね。宝具の類は殆ど消えている。素材や道具類も、あんまり残ってはいなかったね。たぶん平行世界の移動の際に色々と落としてきちゃったんだろうけど」

「……いや、それは違うよ」

「え?」

 

 急に否定の声を出すマーリン。表情からして、冗談は言っていない。

 しかしどうしてだろうか。――――そんな、とても悲しい話でも見たかの様な表情をするのは。

 

「この世界でも君の貯蔵は健在だ。普通なら問題なく全てを出し入れできる。……普通なら」

「……どういう事」

「『所有権』の問題さ。ほら、君、生前他の虚数魔術使いに盗まれない様に貴重な物や大切なモノにはほとんど魔術を施して自分以外には取り出せない様にしていただろう? つまり、そう言う事だ」

「……いや、全然わからないんだけど」

「――――アルフェ・フォン・アインツベルンは、アルフェリア・ペンドラゴンとは違う存在になっている、という事だよ」

「――――は?」

 

 言っている意味がよくわからない。私は私だ。それが違う? 一体どう言う事だ……?

 

 説明を求める視線を送ると、マーリンは言葉にするのを数秒間渋っていたが、やがて勘弁したように口を開く。そして私に取って予想外の事実を、述べた。

 

「……今の君は、平行世界にいる『アルフェリア・ペンドラゴン』の分体の魂を聖杯が採取し、魔力によって培養され作り出された存在だ。つまり、厳密には座に居る君本人と比較すると、魂がかなり変質している。人格面には影響はないみたいだが、実質ほぼ別人みたいなものだ。例えればそう、天然物と人工物の違いみたいなものさ。つまり、その――――」

「ふーん。何だそんな事か」

「君にとっては辛い事かもしれ…………アレ?」

 

 心配して損した。

 

 魂だか何だか知らないが、目に見えることのない代物の心配をしてどうしろと言うのだ。確かに虚数空間内に存在する諸々が使えないのは少し厳しいが、そこまで使う機会も無いだろうし特に大きい問題でもないだろう。

 

「え、えっと、何故そうまで平然としていられるんだい? 君は――――」

「知らないよそんなの。私は私。その認識があれば体が泥に変わろうが金属に変わろうが軟体生物……はちょっときついか。何にせよ『そんな事』私に取っては些事だよ些事。コップの中身がペ○シコーラだろうがコ○・コーラだろうが、そう問題は無いでしょ?」

「また微妙な例えを……」

 

 中身が異なろうが大本が同じなら無問題という事だ。私は私。我思う、故に我あり(Cogito ergo sum)。私が死ぬのは『自分』であることをやめた時だ。だから、そんなに大きな問題でもなんでもないのだ。

 

 個人的には珍しく狼狽するマーリンを見れたので、むしろラッキーかもしれない。

 

「……何ともまぁ、強い。体も、心も」

「褒めても何もでないよ」

「そうか。じゃあ最後に一つ忠告を送ろう。絶対に当たる保証はないし、当たらない保証もない。だが君の未来は――――きっと、波乱の満ちた物になる。前々から思ってはいたが、どうやっても君の人生には平穏の二文字は訪れなさそうだ。はっきり言って君のスキルに悪運EXが入っていても可笑しくないと思えるよ」

「あっそう」

 

 自分でもわかっているさ、そんな事。かすれてはいるが、この先何が起こるかは大体把握しているし。

 

 私というイレギュラーがいることによって多少変化はあるかもしれないが、人間一人が起こす変化など世界に取ってみれば誤差に過ぎない。恐らく、私が未然に事を防ごうがあまり意味はない。ブリテンの滅びの様に。

 

 だが私は私ができることをするだけだ。新しい家族たちの負担を減らすために、この身を削ってでも奔走するだけ。なんだ、いつも通りじゃないか。なら簡単だ。

 

「ではこの先に訪れる数々の試練のために、少々餞別の品を送ろう。何、大したものじゃないさ。だからそんなに嫌そうな顔をしないでくれよぅ?」

 

 いや、だってお前碌な物送ってくれた試しがないし……。

 

「一応、君の宝具の一つである黄金剣は僕が渡したんだが……。まぁいいか。じゃ、この小瓶と幻想種の素材をいくらか君の虚数空間に送っておくよ」

「えっ、ちょっと待って。出し入れは私にしかできないはずなんだけど」

「何、取り出すのは至難だけど、入れるだけなら簡単さ。これでも冠位英霊(グランドサーヴァント)候補だ。君の師が一体誰なのか、もう忘れたのかな?」

「昔私に『剣を教えてあげよう!』とか言っておきながら三時間以内に凌駕されて逆にボコボコにされた奴なら覚えてるけど」

「……その黒歴史はもう忘れてくれたまえ」

 

 いやぁ、調子に乗っていた花の魔術師(笑)を叩き潰した瞬間は実に笑えましたなぁ。まさに愉悦。思えばあの瞬間、もう少し調きょ……じゃなかった、躾をしておけばよかったと今更ながら後悔する。

 

「言い直した意味無くないかい?」

 

 人の心を勝手に読むな除き魔(世界規模)め。

 

「で、その小瓶の中身は? まさか性転換の薬とか、そう言う類じゃないよね?」

「何、そう特殊な類では無いさ。ただ全ての魔術回路を強引に開くための薬だから、触手が生えるとかそんなトラブルは起こらないよ。たぶん」

「たぶんって何。ていうか、それ死ぬよね? 私死ぬよね!?」

 

 魔術回路を開くという事はそう簡単な物では無い。

 

 いや、開くだけならそこまで難しくはない。魔力を送り込み抉じ開ければよいのだから。だが開いた瞬間、全身に激痛が走り回る。十数本開くだけで数時間は動けなくなるというのに、千本単位で開いたら一体どんな大惨事になることやら。

 

「勿論原液のまま飲む必要は無いさ。水に薄めて飲めば、多少効果は薄れる。毎日少量ずつ服用すれば、そのうち君の回路も戻るだろう」

「……ま、礼は言っておくよ。ありがとう、マーリン。たいしたお礼はできないけど、いいの?」

「何、たいしたことじゃない。僕としては、君の紡ぐ物語を見られればそれで十分な報酬だからね。どうか、面白おかしい冒険譚を、僕に見せてほしい」

「はいはい。千年以上たっても、その性格は全く治る気配が無いね」

「人間、そう簡単に変わる方が珍しいんだよ」

「夢魔のハーフでしょうに…………うん、そっか」

 

 私は軽く握手を交わす。

 

 こんな奴でも、幼少の頃は私やアルトリア、ケイ兄さんの世話をしてくれた人だ。恩人には変わりない。ロクデナシではあるが、悪人では無いのだ。現に、こうして私の手助けもしてくれている。

 

 ならば、偶には感謝の念ぐらいは送ってもいいかもしれない。

 

「ではそろそろお別れだ。向こうに待っている人がいるだろう? 行ってきなさい」

「うん。じゃあ……またね、マーリン。機会があったら、また」

 

 意識が少しずつ遠くなっていく。そろそろ肉体の方が目覚める頃合い、夢の中でしか会えないマーリンとは此処でお別れだ。できれば今度は、もう少し余裕のある時に呼んでくれると助かる。

 

 が、その時私は忘れていた。

 

 こいつは人をイジるのが大好きなクソヤロウだという事を。

 

 

「にしてもその姿、中々可愛いじゃないか、アルフェリア。ハッハッハ、映像に残せないのが残念だなぁ!」

「んなっ!?」

「どうせなら心ももう少し子供らしくなってくれたら、マーリンお兄さん大助かりなんだけどなぁ~。純真な心をイジり倒したかったなぁ~。全く、残念で仕方がない!」

「ちょ、このタイミングでそれ言いだすなこのアーパー野ろっ――――」

「それじゃあさらば! 君の旅路に幸福があらんことを、祈っているよ。小さなお嬢様(リトルプリンセス)?」

「んの――――覚えてろぉぉぉぉ~~~~~~~!!!」

 

 

 その台詞を最後に、私の意識は暗転した。

 

 チクショウ。一瞬でもあいつを見直した私が大馬鹿だった。やっぱり一発ぶん殴って置くのが正解だったかもしれない。

 今更過ぎる後悔を抱きながら私は、夢の世界から去った。

 

 

 ……まぁ、仕方ない。精々アイツが楽しめる冒険を、してみましょうかね。

 

 

 

 

「やれやれ全く、本当に彼女の人生に真の平穏は無いな。まるで神々の呪いだ。僕としては、華々しい冒険譚より彼女が幸せに暮らす光景が見たかったんだけどね……。まぁ、なってしまったモノは仕方がない。健闘を祈っているよ、アルフェリア。どうかあの悲劇を、繰り返さないでくれ」

 

 

 悲し気に、花の魔術師は言葉をこぼす。

 

 人では無く物語を愛でる彼が、個人を心配する言葉を送った。何も知らない人間からすれば普通かもしれないが、彼を知っている者からすれば『異常』としか言えない様子だ。

 

 それは彼女が唯一あの大馬鹿者の心を突き動かす存在だったからか。 

 

 それとも、心配しなくてはならないほどの大事がこの未来()に待ち受けているのか。

 

 どちらにせよ、マーリンは深く祈るだけだった。

 

 

「君の旅の果てに、平穏があらんことを」

 

 

 花の魔術師は夢の世界から去る。

 

 その未来を見通す千里眼が観ていたのは、一体何なのか。

 

 答えを知る物は、此処には居なかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「我が世の春が来たァァァァァッ!!」

「寝てなさい」

「ぶへらッ!?」

 

 なんだかこのシリアスな空気を壊さなきゃいけない気がしてハイテンションで目覚めたら、開始一秒で拳骨を叩き込まれて頭を枕の上に戻されました。何て恐ろしいストレート。私でなきゃ見逃していたぜ。

 

 と、冗談はそこまでにして、とりあえず周囲を確認する。

 

 特徴的な薬品の刺激臭に色の少ない天井。周りには白いカーテン。うん、間違いなく保健室だ。

 

「此処は、保健室ですよね?」

「そう。貴方、貧血で倒れたのよ。二時間くらい眠っていたわ」

「……貴女は」

「保険医よ。見てわからないほどその眼は節穴なのかしら」

 

 白いウェーブがかった挑発に整った顔立ち。ついでにかなりバランスのいいモデル体型。何処からどう見ても美人の保険医という「それなんてエ○ゲ?」と言われそうなポジションである先生が隣で本を読んでいました。

 

 因みに呼んでいた本は『世界のサディストに送る、じっくりとっくり楽しめる拷問の心得~④~』。子供の隣でなんつー物騒なもの読んでんだこの人。ていうか何でそんな本が四巻も発行されてるんだ。と、出版社の正気に疑問を持つ私であった。

 

「そう言えば貴方は今日来た転校生でしたね。だから一応自己紹介しておきましょう。私の名前は折手死亜華憐(おるてしあかれん)。別に覚えなくてもいいです」

「何、その暴走族のアレみたいな当て字は……」

「気にしたら負けよ」

 

 気にしない方が負けなような気がするんですがそれは。

 

「私は――――」

「もう知ってるからいいわよ、アルフェ・フォン・アインツベルンさん。個人的には割と胡散臭い戸籍の件について追及したいところなのだけれど。まあ、それはまた今度にしておきましょうか。大方あの魔術師殺し(メイガス・マーダー)さんが適当にでっち上げた物でしょうし」

「…………」

 

 バレテーラ。

 

 ちょっとちょっと切嗣さん。身近な人間にもう戸籍改竄ばれてるんですけど、もうちょっと精巧に作れなかったんですかね私の戸籍。作って一日経たずバレてんじゃねーか。

 いや、人間一人の情報をゼロから作り上げただけ凄いと褒めるべきなんだろうけど。

 

 流石に聖堂教会の方は騙せなかったという事かね。

 

「あーうん、まぁ、その……私、何時間寝てました?」

「さっき言ったでしょう? 約二時間よ。学校の方は五分前に終わったばかりね。そろそろ貴方の知り合いが来るのではないかしら」

「――――アルフェお姉ちゃーん!」

「あら、噂をすれば」

 

 保健室のドアが乱暴に開かれる。そしてそこには息を乱したイリヤの姿が。

 

 消毒液臭塗れる保健室に微かな花のような香りが漂う。あ~、良い臭いやわ~。……なんか限定的な状況下で異常な嗅覚発揮してないか私?

 

「イ、イリヤ? 随分と急だね……?」

「お姉ちゃん……! 急に倒れて心配したんだよ、もう!」

「え、ちょっ」

 

 またまた抱きしめられちゃいました。

 

 っべぇ、マジっべぇ。イリヤの香りで心拍数が一気に跳ね上がり、二時間前と同じく鼻の辺りの血管が一気に圧迫される。もう鼻血出そう。

 

 ――――だが駄目だ。また気絶してしまう。それでは二回もイリヤに心配をかけさせるでは無いか。それだけは断じてならぬ。絶対に、絶対にだ!

 

 うおおおおおおお! 耐えろ私の血管! 此処で耐性付けないとこの先何度鼻血噴き出すことになるかわからんよ畜生!

 

 …………よし、耐えた。

 

 フフフッ、耐えた! 耐えた耐えた! 耐えたァーッ! 耐えたぞォォォォォォオオ!!

 

 

 プシュッ。

 

 

「あっ」

 

 

 無理でした。

 

 

「お、お姉ちゃあああああん!?」

「イリヤ、ちょっとティッシュ、ティッシュちょうだい。止めないと不味いよコレ」

「ガーゼやコットンにしておきなさい。ほら、血を吹きますからこっちを向いてくださいな」

「ずみばぜん……」

 

 一度出しているから粘膜がボロボロだったせいか二度目は意識しても耐え切れなかった。イリヤのハグには勝てなかったよ……。いや、大丈夫。次からは負けない。イリヤなんかに負けたりしない!(フラグ)

 

「そっちの貴方も、病み上がりなんですからもう少し患者を刺激しないように。治りかけの血管では急に強い圧迫には耐え切れませんから、暫くは慎むように。……まぁ、また鼻血を出させて失血寸前の顔を見られるならそれはそれで」

「今なんか不穏な事言いませんでした?」

「気のせい気のせい」

 

 うわぁ……すっごい白々しいわぁ、この保険医……。拷問官の方が向いてるんじゃないでしょうかこの人。

 

「さぁ、学校も終わったのだから早く帰りなさいな。此処は休憩所じゃないので、ほらほらほら」

「いや待って。血が足りないからちょっとフラフラして……」

「ほらほらほらほら。苦しみなさい、そして私を楽しませるのよ。ウフフフフ……!」

「この悪魔(サディスト)め!!」

「最高の褒め言葉をありがとう」

 

 さっき自分で「患者を刺激しないように」とか言ったくせに言ってることとやってること真逆なんですけどこの人っ!? 流石ドS、歪みねぇ……!!

 

「ほら、お姉ちゃん。私が支えてあげるから頑張って!」

「ありがと、イリヤ。うっ、また鼻が……」

 

 そろそろいい加減マジで耐性付けないと失血死しそうだ、コレ。

 

 保健室を出る。すると不思議、担任の冬木の虎こと藤村先生にばったり遭遇した。何という偶然。

 

 ……いや違う。手に私のランドセルを持っていることからわざわざ持ってきてくれたらしい。ありがたやありがたや、流石冬木の美人教師は格が違った。

 

「ほぇ? 藤村先生?」

「おっ、無事に起きたみたいね。いやぁ~、鼻の粘膜が弱い体質なら言ってくれればいいのにさ~」

「いえ、これはそう言うわけでは無く……あ、もうそれでいいです」

「? ま、いっか。はいこれ、教室に置いて行ったあなたのランドセルね。傷口広げないように気を付けて帰りなさーい」

「「いぇっさー」」

 

 やはり教師としては忙しいのか藤村先生はランドセルを渡してそのままどこかに去ってしまった。色々とイロモノ扱いしてるけど、やっぱり教師。そこら辺はしっかりこなしているらしい。流石冬木の(ry。

 

 その後何事も無かったかのように私はイリヤに肩を貸してもらいながら学校を出た。

 

 道中同級生と思える子や下級生に挨拶されることがあったが、正直貧血で頭痛いので適当に相槌を返すだけに留まる。本格的な挨拶とかは明日にしておこう。うん、そうしよう。

 

 てか転校初日から鼻血を吹き出して気絶し保健室に運ばれる転校生って、第一印象的に不味くないですか。同級生に抱き付かれて鼻血を吹き出したってそれアレじゃん。知ってる人が見れば「あっ(察し)」ってなる光景じゃん。ちょっと問題だらけじゃないですかね私の今後の学校生活。

 

 い、いや、きっと病弱な小学生として見ることもできなくない……はず。色々とハッチャケて短距離走の記録更新したりボールを空の彼方まで超☆エキサイティン! してしまったがセーフ。ギリギリセーフ……だといいなぁ。

 

「――――お、やっときたかイリヤ!」

「えっ? おおおお兄ちゃん……!?」

「あ、士郎さん」

 

 まあ、アレだ。結果はとりあえず神に任せてしまって身近なことに気を配ろう。

 

 私たち二人が校門前まで出ると何故か士郎が居た。

 確かに私たちの授業終了時刻自体にそこまで差は無く、校舎がとなり合わせなので苦労することも無く互いの校舎に訪れることができると言えばできるのだが……かといって正確な時間が分かるわけも無いし、わざわざ待つ理由など無いはずだ。

 

 何か問題でも生じたのだろうか。

 

「どうしてここに? いつもなら直ぐに帰っちゃうのに」

「新しい家族の入学初日だ。兄として、その晴れ姿くらい見納めしないと格好悪いだろ?」

「おー……。流石お兄ちゃん!」

「いや、そこまで目をキラキラさせなくてもいいと思うぞイリヤ……? 所でアルフェ、何でイリヤに肩を貸されてるんだ?」

「その……貧血で」

「は?」

 

 昼休みに鼻血を出してぶっ倒れ、そのまま二時間ぐらい寝込んでいたんだよチクショーめ!

 

「あー、その、なんだ。災難だったな。じゃあ回復のためにも、今日はちょっと奮発してハンバーグにしようか! 丁度この前、ひき肉がいい値段で手に入ったんだ!」

「わーい! ハンバーグー!」

「わーい(棒)」

 

 アー、ハンガーグタノシミダナー。

 

 頭に血が回らなくなっているせいか妙に意識が朦朧としている。これは重傷かもしれない。帰ったらゆっくり休んで血を補充せねば。

 

 でも何か、大切なことを忘れているような……。

 

 

 

 

 家に帰った私は早々セラと士郎に介抱され部屋に寝かせられた。

 

 流石の二度の大量出血(鼻血)は子供の体には堪えたらしく、地味に頭から熱が出ていたらしい。大人だった頃の肉体を知っている私としては実に不便だと評せざるを得ない。悪いことだらけでは無いものの、そこまでいい事尽くめと言うわけでは無いというこのジレンマ。

 

 え? いい事は何かって? 公共施設が子供料金で利用できることカナー。

 

 ……いや、言ってしまおう。正直言ってこのまま子供の体に甘んじるメリットは皆無だ。スペック自体は同年代の子供どころか大の大人の力を遥かに越しては居るものの、本来の私と比べれば月と鼈。

 更に言えば魔術回路すらほとんど開けていない。百本未満の回路では並の魔術師を数人相手するだけで精一杯になるだろう。それでは圧倒的に足りない。今後の脅威に対抗するためにはその十倍近い力が必要となる。

 

 脅威自体と遭遇しないようにするという手もあるが……アレ? そう言えばあの魔術礼装(胡散臭いステッキ)との出会いってどのタイミングだっけ?

 

 いや、これは後で考えよう。今考えても仕方のないことだ。

 

 それでだ、マーリンから貰った薬で魔術回路を開くにも一定のリスクがある。原液のまま飲めば全ての回路が開くだろうが、下手すれば痛みで死にかねない。最適解はやはり薄めながら着実に回路を開く。堅実で賢明な判断ではある、が……時間が掛かることが一番の悩みの種だ。

 

 せめて宝具類が自由に使用可能だったらここまで悩む必要は無かったのにな……何故無駄に厳重なロックをかけたし昔の私。

 

「アルフェさーん! ご飯ですよー!」

 

 おっと。そろそろ夕ご飯の時間らしい。なんにせよ今は体調の回復だ。いっぱい食べていっぱい鍛えて、少しずつでいいから力を取り戻していこう。

 何時か襲来するであろう脅威に対抗するために。

 

 

 

 

 

 

 と、思っていた時代が私にもありました。

 

「…………えっと」

 

 私は今、フラフラの体に鞭打って浴場にいた。そして目の前にはタオル一枚で大の字に倒れている士郎。そして――――よくわからないけどヒラヒラした衣装を纏いバスタブに足を静めているイリヤの姿。

 

「あ、そ、その、これは違うの! この格好はその……コスプレみたいなもので!?」

『アラ~? アラララララ~? 早速身バレですかイリヤさ~ん。魔法少女たる者、正体判明はもう少し後半に取っておくものなんですけど~。具体的には最終回ぐらいで燃える街を救う時?』

「何か不穏なこと言い始めたよこの胡散臭いステッキ!?」

 

 どうして、こうなった。

 

「イリヤ」

「な、なんでしょうかっ!?」

 

 ……とりあえず場を落ち着かせるために今思いついた渾身のギャグでも披露しようか。

 

 

 

「浴場で欲情………………………なんちゃって」

「………………………えっ」

 

 

 

 その日、私は自分のギャグセンスが色々と可笑しいことに気付かされた。

 

 

 

 続く、かもしれない。

 

 

 

 

 




Q.本編カオス過ぎない?

A.それの何がいけないのかな?

中途半端すぎる切りだと思いますがもう無理ぃ・・・ストレスが限界ぃ・・・。

まぁ楽しんでいただけたらナニヨリデス。それでは皆さん、またお会いしましょう。次回をお楽しみにィ!


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