わしを無能と呼ばないで! (東岸公)
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プロローグ

初めまして。就活やらなんやら忙しい時期にまさかの処女作投下。
現実から逃げ出したかったので書いてみました。
誤字脱字や知識違いがよくあると思いますので、勢いで読んでくれたら報われます。

それではどうぞ。。。


征歴1935年。ヨーロッパ大陸は東西2つの大国に分かれていた。

東に位置する専制君主国家、東ヨーロッパ帝国連合。通称『帝国』。西に位置する共和制連邦国家、大西洋連邦機構。通称『連邦』。この2大国は過去幾度となく武力衝突を繰り返してきた。

この2国にすり寄る小国は数多と存在していたが、そんな中で唯一、中立を宣言している国が存在した。

 

――ガリア公国。

東ヨーロッパ帝国連合と大西洋連邦機構の狭間に位置し、武装中立を国是とする国家である。

国土面積は小さかったが、安定した気候の豊かな土地に、燃料・医療・兵器などに使用される鉱物資源【ラグナイト】が大量に産出される。また、『ナジアル平原』『バリアス砂漠』『クローデンの森』など、小さな国土に反して多様な環境が広がっていた。

過去には帝国が起こした【一次大戦】と呼ばれる大戦争によって存立の危機が訪れたが、英雄ベルゲン・ギュンター将軍が率いるガリア機甲部隊の活躍によって九死に一生を得ている。

 

この大戦の最中、代々軍人の家系で、しかも公国内で強い発言力を持つボルグ侯爵家と縁続きであるダモン家から一人の男が軍人として戦場に立った。

その男はこう思った。

 

代々軍人の家系に生まれたのだから自分も軍人として有能であるはず。

 

その様な驕りを持って戦場に立ったが故に、彼の戦果は惨憺たるものであった。

敵が近づけば豚の奇声の如くただひたすら自身の部下を叱咤し、揚句に突撃命令を繰り返し行う。結果はただいたずらに味方の軍を消耗しただけであった。

 

当然このような状況はガリア上層部にも伝わり、彼は大戦の最中、後方への異動を命じられた。

もはや出世の道は閉ざされたといってもいい。一族の恥さらしとも言われるだろう。

だが、大戦後、ガリア上層部は彼に対し軽い処分しか行わなかった。その理由はボルグ家にあった。

彼ら貴族を始めとする特権階級は、この戦争で平民が成り上がってくる事を恐れたのだ。

この国は貴族の力が根強く残っており、ボルグ家も御多分に漏れず平民に対する差別意識を持っていた。

そして、ボルグ家のマウリッツ・ボルグ侯爵がガリア公国宰相に就任した際、その実績に反して階級をガリア軍最高位である『大将』昇進させた。

結果として彼は一族の恥さらしと言われる事もなく、それどころかかつてよりも高い地位を得るに至った。

 

そしていつしか彼は、ガリア軍全ての手綱を握るまでの地位に上った。

そんな無能極まりない男の名は「ゲオルグ・ダモン」。

軍人らしからぬ肥満体に自慢のなまず髭を生やし、帝国との玄関口と呼ばれるギルランダイオ要塞で胡坐をかき、一人ワインを嗜んでいるような男が、ガリア軍の頂点に君臨していた。

 

しかし、職務の最中に不幸にも彼は階段から転落してしまう。

一時は意識不明の重体となったが、奇跡的に彼は一命を取り留めた。

その際、彼の意識は別次元の人間と交わってしまったのである。

俗に【憑依】と呼ばれるものであろう。

 

それ以降、彼は部下を無意味に叱咤する事がなくなり、ガリア軍の近代化に難色を示していたそれまでの態度を改め、多くの部下の声を聞き入れてガリア軍を改革し始めた。

ガリア軍上層部は特権階級が要職を独占し、半ば公然と賄賂や物資の横領などが横行しており、そういった上層部の退廃はガリア正規軍の風紀を著しく低下させていた。

彼はそれを大いに嫌い、ガリア軍事警察にその証拠を提出し、逮捕を要請。

軍事警察は即座に行動に移り、ガリア公国内の多くの新聞社はこの汚職事件を大々的に報道した。

未だ正規軍の中に居る良識を持ち節度を保っていた者達とガリア国民は、この事件に驚愕すると共に、内部告発を行い汚れきっていたガリア軍を浄化した功労者として、彼=ゲオルグ・ダモン将軍を大いに称賛した。

一次大戦では義勇軍として参加し、そして生き延びた女性士官のエレノア・バーロット大尉をして「あのダモン将軍が!?」と言わしめた。

 

しかし、彼を知る人物はどうしてもその功績が信じられず、今だガリア軍部内の一部で彼は信頼されていなかった。

彼を称えている者の多くが何も知らない一兵卒達と国民であったのも、理由の1つであった。

彼におべっかを使っていた者達ですら怪しんでいるというのは皮肉である。

 

 

 

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◆征暦1935年某日~ガリア公国領内・ギルランダイオ要塞司令室~

 

 

「ダモン将軍。こちらの書類にサインをお願いします」

「うむ。いつも助かる。ワシはこういう作業が苦手でな……」

「いえ、将軍を思えばこそです。自分はこの書類を提出しに行ってまいります」

「うむ。気を付けてゆくのだぞ」

「ただ本部に届けるだけですから、心配には及びません。それでは失礼いたします」

 

そうは言うがなぁ、実際人生には何が起きるか分かったものではないのだ。

なんせこのわし自身がそうなのだからな…。

 

では改めて画面の前のお主に挨拶しようではないか。

わしの名はゲオルグ・ダモンである。階級はガリア軍唯一の大将であるぞ!

もっと言えば、先の汚職事件を解決せしめた本人である! 一部の奴はまだこの事を信じておらんがな!

だが今はそんな事はどうでもよい。

本題は、わしがわしであってわしではないと言う事にある! ……意味が分からんな。

簡単に言えば、わしはゲオルグ・ダモンではない『何か』と融合してしまったのだ。

初めは気が狂ってしまったのかと思っておったが、存外悪い気分ではない。

それよりも、過去に犯したわしの失態について、土下座をしてでも謝罪したいくらいである。

 

というのも、わしはこの世界のことについてあらかた知っておる。

その記憶と性格の全てがわしと一体化した時、わしは…知ってしまった。

わしがこの場所で「セルベリア」と呼ばれるヴァルキュリア人によって消し炭となってしまう未来を。

過去のわしであれば信じなかっただろう。だが、いまのわしは違う。

生まれ変わったと言ってもよいであろうな。そのお陰でわしは自らの愚かさを思い知ったのだ。

つくづく融合されたものに感謝である。

今のわしは、1人のガリア軍人としてこの頂点に君臨している。

 

手始めに、わしはガリア軍の装備…引いていえば戦車に手を付けた。だがこれは遅きに失していた。

もっと早くにわしが今のようになっていれば、今頃ガリア軍の主力戦車は『36式戦車』になっていたはず。

すでに【ネームレス戦車】という模範的量産型が存在しているので量産にはこぎつけられるだろう。

だが何もしない訳にはいかないので、わしは軍の研究開発部に無理を言って、全てのガリア主力軽戦車に追加装甲を施すように命令した。まぁ雀の涙程度ではあるが、やらないよりはマシであろう。

 

次に、わしは数が少ないガリア軍の中戦車の量産を命令したのだが、生まれ変わった軍の上層部の奴らですら「まずは数を揃えなければ話になりません」などとほざきおったので、残念な事に少数生産に留められてしまった。

このダモンの具申を蹴ったのだッ! ……だが確かに奴らの言い分も最もなので、わしは仕方なく了承した。

当面は出来上がった中戦車をエース級の部隊に随時配備していくつもりだ。

それにしても、一次大戦から既に中戦車の配備を要求していたテイマー技師にはほとほと驚かされる。

配備できなかった理由の1つに、彼の友人にしてガリアの英雄であるベルゲン・ギュンター将軍が軽戦車による機動戦術を行い活躍した事が挙げられるのは皮肉であるがな…。

 

次に…というより意外にも小火器についてはそれほど遅れてはいなかった。

問題は正規兵の規律が未だに正されていないという事だ。

この前は市場で乱闘騒ぎがあり、原因を調べてみると、なんと正規兵の奴らから先に手を出したのだ!

これは由々しき事態である。

国家を守る兵士が国民に信用されていないというのは問題だ。

わしは直ちにその兵士を重罰に処…そうとしたのだが、バーロットを始めとする士官共に止められてしまった。

特に名門ガッセナール伯爵家の長男であるバルドレン・ガッセナール大佐に「一兵卒と言えども同じガリア人です。どうか平に御容赦を!」と言われてしまっては流石のわしとて手がだせんではないか。

命拾いしたな、あの二等兵め…。

それ以降、わしは今まで以上に軍規を厳しく指導した。

結果として、それ以降の乱闘騒ぎや正規兵がバカな事をするという話は聞かなくなった。

まったく、特権階級の貴族の坊っちゃんには呆れ果てる。

 

そして最後に、わしは帝国からの侵略の際に採る戦術についてボルグ宰相とガリア軍本部に通達した。

簡単に内容を言えば、『もし帝国からの侵攻があった場合、このギルランダイオ要塞で時間稼ぎを行い、その間に本土防衛の為に直ちに義勇軍徴兵及び防衛線の構築、迎撃の準備が整い次第遅滞戦術を行いギルランダイオ要塞を放棄して後退する』というものである。

この要塞以外にも中部方面のバリアス砂漠、南部方面のクローデンからも帝国軍は来るのだ。

要塞に固執して首都ランドグリーズと分断されてしまえば、いくらこの要塞が堅牢鉄壁を誇るとしても必ず落とされてしまうし、ただでさえ人的資源の乏しいガリア軍をみすみす消耗させかねない。

 

手紙では中々内容が伝わらなかったので、この事を軍の会議場で大演説した結果、見事に拍手喝采の大賛成を獲得したのである!

その際カール・アイスラー少将から「流石ダモン閣下です。広い視野を持っておられる」とのコメントを貰った。

わしは知っておるぞ。貴様が帝国…いやユグド教のボルジア枢機卿と繋がっている事を…。

そして間違いなくガリア軍の為になるであろう将来有望なクルト・アーヴィング少尉に反逆罪を濡れ衣を着せ、あの【ネームレス】に送ることもな!

そもそもネームレス自体、元々ガリア軍特殊部隊が発祥で、懲罰部隊などでは決して無い!

本来であれば、憧れこそすれ蔑まれるべき部隊などでは断じてないのだッ!

だが、奴がネームレスに配属された事によって、奴自身の意識、そして隊員達の意識が大きく成長し、消耗率の高かったネームレスを世界に誇れるレベルの練度にまで叩き直した。これは事実である。

なので、奴には申し訳ないがそのままネームレスに行ってもらう事にした。

でないとネームレスの隊員達が可哀想であるからな。それにあそこには奴の嫁になる女隊員もおる。

そもそもの出会いの場を、わしが奪っては余りにも惨すぎる。結末的に。

だが何もしないままでは胸糞悪いので、なるべく諜報部の奴らには色々融通するつもりだ。

これが今のわしにできる精一杯のお詫びである…。強く生きるのだクルト・アーヴィング少尉よ。

 

さて、長くなってしまったが、これが今までのわしの成果である。

因みに、軍部のわしへの一般的な評価は、『あの人おかしくなったのか?』というものだ。

実に失礼極まりない奴らだッ! 恥を知れッ! わしは至ってまともであるッ!

今に見ておれ…わしが生まれ変わったという事を思い知らせてやる……。

 

 

 

 

 

征歴1935年3月15日。

東ヨーロッパ帝国連合がガリア公国に対し宣戦を布告。

この時をもって、ガリアの歴史に長く伝わる戦争、通称【ガリア戦役】が開戦した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第一話 ギルランダイオ要塞からの撤退

お気に入りしてくださった方、ありがとうございます。
こんな小説に目を通して下さっただけで、もうご飯三杯いけます。。。


◆1935年3月16日~ギルランダイオ要塞司令室~

 

「ダモン将軍! 敵は我らの倍以上でこの要塞に攻撃してきておりまァすッ!」

「ダモン将軍! 要塞防衛第1部隊が援軍要請をしておりますッ!ご指示をッ!」

 

ちぃ! 帝国軍め、ついに来おったな!

この要塞を力攻めで落とそうという魂胆が見え見えだ!

 

「狼狽えるな! 古今東西要塞攻めには大量の物資と兵士が必要なのだ! この程度で根を上げてどうするのだ!」

「し、しかし!敵は…」

「その様なへっぴり腰では勝てる戦いにも勝てんわッ!! 第1部隊には第2部隊・第3部隊を差し向けろ! 第4・第5部隊はそのまま右翼で迎撃態勢維持! 第6・第7部隊は固定武装を使って迎撃せよ!」

「は、ははッ!!」

 

うぬぅ……帝国軍め…やはり大国と呼ばれるだけはあるな。

兵士の行動を見れば、我が軍との練度の差は歴然だ。よくもまぁこんな敵相手に義勇軍が勝ったものだ。

いや……正規軍が腑抜けすぎたのか。

だが、この世界ではそうではないと言う事を見せてやる!

 

「わしの戦車を用意しろ。わしも打って出る!」

「何を申されますか将軍!? 将軍はこの要塞の司令であります! この場からご指示を!」

「いや、ここでわしが出て士気を上げねばならん。その為の戦車だ」

「それでは指揮系統がめちゃくちゃに――」

「うるさぁい!! わしが出るといえば出る! その方が前線の状況も確認でき、且つ直ぐに命令が出せる! 戦車を用意せよッ!」

 

言うや否や兵士は飛んで行ってしまった。もっと早くにそうしておけばよいのだ。ふんッ!

このわしが居る限り、このギルランダイオ、そう易々と落とさせてなるものか。

せめて1週間は持たせてやるぞ…。実際には3日もかからず落ちたらしいが、そうはさせん。

 

「皆の者ッ! 我らが踏ん張れば踏ん張るほど、ガリアの為になるのだッ! 奮起せよッッ!」

「「「「オオオオォォォーーー!!!」」」」

 

 

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3月23日◆~帝国軍臨時司令室~

 

「ふむ…。軟弱なガリア軍にもできる者が居たという訳だな。セルベリア?」

「はっ…。誠に申し訳ありません、殿下……」

 

帝国軍総司令官であるマクシミリアンは、その場に控えていたセルベリア・ブレス大佐に苦言を呈していた。

対するセルベリアも、まさかここまでガリア軍が抵抗するとは思ってもいなかったらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「わりぃ。遅くなった」

 

そんな微妙な空気を破るように、一人の男が司令室に入ってきた。

『ラティ・イェーガー少将』と呼ばれる元フィラルド王国出身の軍人である。

彼の祖国は帝国によって完膚なきまでに叩きのめされ、以来フィラルド人は余り見られなくなっていた。

しかし、彼の持つ戦術眼に興味を持ったマクシミリアン準皇太子は、彼を帝国軍将校に引き立て、今に至る。

 

「貴様ッ! 殿下に対してその言い草!無礼であるぞッ!」

「よいセルベリア。で、イェーガーよ。首尾は順調か?」

 

そういってマクシミリアンはイェーガーを見つめた。

 

「あぁ。そっちの要塞に目を引かれていたのか、東部国境のブルールには自警団しかいなかったらしい。俺の部下に任せた所、少し抵抗があったが、無事占領した。これでバリアス砂漠に進軍できる。一部の機甲部隊は既にそこまで突出している。ついでにクローデンの森に補給基地を作っている。これが完成すれば南部の補給線は安泰だ。後はその要塞を落とせば、北部でのガリア軍は後退するだけでなく、俺たちはファウゼンまで一直線だ。敢えて問題を言わせて貰えるのであれば、南部に位置する【ガッセナール城】に手を焼いているが…これも時間の問題だろう」

 

そこでイェーガーは一呼吸置いた。

 

「ところで、あいつの姿が見えないが…。何処にいるんだ?」

「あぁ。グレゴールは後詰としてまだ後ろの方にいる。本来であれば、今頃ガリア北部方面の指揮を執って居ただろうがな」

「なるほどなぁ。まぁ敵も国の危機なんだ。そりゃ粘るだろうよ。俺も粘ったしな」

 

苦笑いをしてイェーガーは自分の過去を皮肉った。

だが、そんな事を気にする様子もなく、マクシミリアンは話を続けた。

 

「だが、ブルールが落ちたのであれば、この要塞もじきに落ちるであろう。そうだな?セルベリア?」

 

いきなり問いかけられたセルベリアは、一瞬反応が遅れたが直ぐに反応した。

 

「はい。ブルールが落ちたという事は、ガリア公国の首都であるランドグリーズと、この要塞を分断できます。流石に奴らもそんな最悪な事態は避けるでしょう」

 

そういった矢先、前線に出ていた帝国軍の偵察兵が司令室に入ってきた。

 

「報告します! 要塞に籠っていたガリア軍が撤退の準備に入った模様です! 既に我が軍の一部が要塞内に突入しております!」

「報告ご苦労であった。下がっていい」

 

そう言うとセルベリアは、先程までの苦い顔から一転、口角を挙げて喜びの表情になっていた。

そんな変化を気にせず、マクシミリアンはセルベリアに命令を告げた。

 

「ではセルベリアよ。早々にギルランダイオを落とし、中部方面攻略の準備をせよ。只でさえ本来進軍には向かないルートからブルール占領達成報告がきている。敗北は許されぬ」

「はッ! 殿下の為に、一層励ませていただきます!」

 

そう言うや否や、セルベリアは司令室から退出した。

残ったイェーガーとマクシミリアンは、これからの作戦行動について話し合おうとしていた。

 

 

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同日◆~ギルランダイオ要塞・戦車格納庫にて~

 

「ブルールが陥落しただとぉ!!?」

 

わしは文字通り1週間要塞に籠り、この愛車と共に帝国軍を撃滅していた。

そんな中、再び出撃しようとした所、思いもよらぬ報告がわしの元へやってきたのだ!

 

「はいッ! 現在東部国境のブルールから帝国軍が雪崩込んで来ており、既にガリア南部方面軍及びブルール自警団は撤退しましたッ!」

「中部は!? 中部方面軍はどうしたのだ!?」

「中部方面軍は現在バリアス砂漠において帝国軍の機甲部隊と交戦中ですが、押されている一方だそうです! 壊滅も時間の問題かと!」

 

うぬぅ…! うぬぬぬぅ……!! 帝国軍めぇ…!

このわしがおる要塞を無視して先にブルールを落としたかッ!

兵力が少ない我らを無視したというのか…何たる侮辱!

しかし、周りを先に落としているという事は、逆に言えばこの要塞をそれ程重要視していないのか?

……いやそれはありえん。この要塞が落ちれば帝国本土からの補給が滞りなく届くのだ。

やはり周りを抑えてからこの要塞を落とすつもりなのだろう。

しかし中部方面軍も南部方面軍も何をしていたのだ! わしよりも多くの兵を抱えておきながら無様に負けおって!

 

「このままでは、この要塞とランドグリーズが分断されてしまいます! 将軍、撤退命令を!」

「……背に腹は代えられぬか。致し方なし…」

 

このまま首都と分断されては孤立してしまう。

この要塞には多くのガリア軍精鋭が居るのだ。こいつらを無駄にはできん!

こいつらは後々の作戦で必要なのだ。

わしは格納庫の端にある電話機を使って要塞中に命令を下した。

 

「ギルランダイオ要塞にいる全部隊に告ぐッ! 本時刻をもって、このギルランダイオ要塞を放棄して、ナジアル平原まで後退するッ! その後、首都防衛大隊とガリア義勇軍の協力を得て帝国軍を迎撃するッ! 各自撤退の準備に取り掛かるのだッ!」

 

要塞中に大音量のわしの声が届いた。

後はヴァーゼルまで上手く後退できれば、首都にいる義勇軍と防衛大隊で迎撃できるはず。

その為に、わしは、無能な戦術を取らず、粘り耐えてきたのだ。

そして、ブルールが陥落したという事は、あのベルゲン・ギュンター将軍の遺児、『ウェルキン・ギュンター』が首都の義勇軍に徴兵されているはずだ。

史実とは違い、この要塞で多くの時間を稼いだのだ。今頃は準備万端でナジアル平原とヴァーゼル橋に防衛線を築いているだろう。

問題は、中部のバリアス砂漠に帝国軍が現れた事によって、北部に存在するラグナイト産出地帯であり一大拠点である【ファウゼン工業地帯】と首都を含めた南部ガリアとの連携が崩れてしまうかもしれないという事だ。

 

わしが北部ファウゼンに陣取って南部ガリア軍と共に帝国軍を挟み撃ちにしてもよいのだが、なんせ現在の帝国軍の数が多すぎてガリア全軍をもってしても対処できていないのが現状である。

史実では各地に散らばった帝国軍を各個撃破してガリアは勝利したのは事実である。

だが、今の段階では圧倒的物量に押されているだけだ。まだもう少し、耐えねばなるまい。

そんな事を考えていると向こうから1人の兵士が走ってきた。

 

「ダモン将軍。各部隊の撤退が開始いたしました」

「うむ。わしは後から行く。お前達は先んじてナジアルで防衛線を構築せよ」

「将軍はどうなされるおつもりですか!?」

「勿論わしも撤退するぞ。その前に地雷を仕掛けていくがな」

「了解しました。では各部隊に通達しておきます」

 

さらばギルランダイオ要塞。

また…必ず此処に戻ってくるぞ!

 

 

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3月23日。ギルランダイオ要塞陥落す。

 

この事はガリア国内を大きく揺るがした。

既に上層部では、和平派と徹底抗戦派に分かれて議論が紛糾していた。

その中の一人、バルドレン・ガッセナール大佐が吼えた。

 

「アイスラー閣下! 敵は直ぐにでも此処、ランドグリーズにまで迫るでしょう! 速やかに防衛線を構築すべきです!」

「まぁ待ちたまえガッセナール大佐。義勇軍と少ない正規軍で防衛線を構築した所で、1日も持つまいよ。それよりもダモン将軍が率いる主力軍が来るまで首都で籠城したほうが、味方の被害も少なくなる。私としてはヴァーゼル橋に集中して防衛線を張るべきだと思うがね?」

「ッ! しかし、それではファウゼンにいる友軍との連携が取れません! 彼らは未だ援軍を待ち続けているのです!それを見殺しにするおつもりですか!?」

 

そう。紛糾している議論というのは、どこに防衛線を構築するかという議論であった。

ダモンが命を懸けて作った貴重な時間を使って軍上層部はどこを防衛するかを話し合っており、『未だに』防衛線を構築していなかったのである。

しかも、ガリア軍最後の希望となっているのはダモン率いるギルランダイオ防衛大隊という有様であった。

ガリア軍は北部国境のギルランダイオ要塞に固執した為に、満足に中部・南部の方面軍に補給を行き渡らせていなかったのである。要塞でダモンが驚愕していたのはその為であった。

彼の中では、要塞の兵力は方面軍よりも劣っていると考えていたのだが、実際にはむしろ中部・南部方面軍の方が兵力不足に陥っていたのである。

簡単に言えば、ファウゼンを含めた北部方面軍だけに兵力が傾いていた。

 

慌てた上層部は、祖国防衛のために、国内にいる即戦力になりうる全ての国民を義勇軍として強制的に徴兵。

その後ダモン将軍が帰還次第、すぐに方面軍を再編成し、攻勢への作戦を計画していたのだった。

 

「大佐。敵は帝国なのだ。どの戦線でも兵士が足りん。ならば、捨てる所は捨て、守るべき所は守らねばならん」

「ではファウゼンは守らなくてよいと?! あそこは我等ガリア軍の生命線とも呼べるラグナイト鉱石があるのですよ!?」

「ファウゼンは落ちんよ。君も知っているだろう? あの土地は守りに適しているのだ。いくら相手が帝国といえどもそう易々と落とせんよ。それよりも首都が問題だ」

 

既にガッセナールとアイスラーの会話は何週もしており、周りも良い案が浮かばず、議論は一旦棚上げとなり、とりあえず義勇軍にヴァーゼル橋を任せる事になったのであった。

 

 

 

 



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第二話 ダモンの憂鬱

お気に入りが30件を突破しました。
今夜は赤飯おにぎりをスーパーで買ってきます。


◆1935年3月27日~ガリア義勇軍司令部の一室~

 

「バーロット大尉。ウェルキン・ギュンター殿が到着しました」

「わかった。部屋に入れなさい」

 

衛兵が部屋の主である『エレノア・バーロット大尉』にそう告げると、バーロットは了承し彼を部屋に入れた。

 

「ウェルキン! お前も呼ばれたのか!」

 

彼が部屋に入った瞬間、バーロットよりも先に反応した人物がその部屋にいた。

 

「ファルディオじゃないか! 久しぶりじゃないか! 元気にしてたかい?」

「あぁ! そっちこそ元気そうじゃないか! お前がブルールに居ると聞いた時はヒヤッとしたが、お互い無事で何よりだな!」

 

ファルディオこと『ファルディオ・ランツァート』は、旧友との久しぶりの再会に心躍っていた。

だが、それも長くは続かなかった。

目の前にいるバーロットが2人に対して強い咳払いをしたので、2人は素直に整列した。

 

「改めて挨拶させてもらう。エレノア・バーロット大尉だ。今回、義勇軍第3中隊隊長に任命された。わかりやすく言えば貴方達の上官となる。早速だが、本日付で貴方達2人を『少尉』に任命し、ランツァート少尉には第1小隊を、ギュンター少尉には第7小隊を率いてもらう」

「「はッ!」」

 

バーロットは敬礼している2人を見た後、机の引き出しから2枚の紙を取り出した。

 

「これが『一応の』作戦指示書だ。後で…といっても1枚しかない。少し時間を作るので今見てもらって結構だ。」

 

上官がそう言うのであればと、2人はその指示書に目を通した。

そして一番初めにその内容に反応したのはファルディオであった。

 

「バーロット大尉! この内容は、本当なのですか!?」

 

ファルディオは指示書を机に叩きつけながらバーロットに抗議した。

 

「あぁ。私も気に食わないがな。その内容は全て事実である。『ガリア義勇軍はヴァーゼル橋を死守せよ』…だそうだ。」

 

そういってバーロットは温くなったコーヒーを啜りながらそう述べた。

その様子と表情は半ば諦めに近い。

 

「私も抗議したのだがな…。生憎、上層部は生まれ変わっても上層部だったと言う事らしい。確かにあの事件以降、横領などの不正は少なくなったが、それでも上は頭が固いまんまという事だ。帝国軍の足並みが揃っていない今の内に防衛線を構築すべきであると他の将校も進言したのだがな…」

「くっ…。貴族連中は首都さえ無事なら良いというのか…!」

 

ファルディオは歯を食いしばりながらガリア上層部に対してイライラが収まらなかった。

そんな彼を慰めるようにウェルキンはフォローした。

 

「ファルディオが怒るのも無理はないけど、僕はどっちでもいいかな」

「お、おいウェルキンまで何を言って――」

「まぁ聞いてよ。確かに防衛線を構築すれば帝国軍を足止めできるけど、逆に言えば僕達にはそこが限界だよ。なんたって軍人じゃないしそこまで訓練されていないから。今残ってる正規軍だって殆ど各地から退却してきた敗残兵で、数が少ないんだ。下手に足止めするよりも、固まって一部を強力に防衛したほうがいいのかも知れないよ?」

 

ウェルキンのフォローを受けてファルディオは少し冷静になった。

そうだ。別の解釈をすれば、なんとなく理に適っている作戦ではあるのだ。

ファルディオはウェルキンに「すまん。俺とした事が…」と謝罪をした。

 

「ギュンター少尉の意見が、今の所一番もっともらしい理由だな。指示書よりも立派だ」

「いえ。僕なんてまだまだです。それよりも生き残ったダモン将軍率いる防衛大隊の方々は今何処にいるんですか?」

「その事については、まだ話せない。とりあえずランツァート少尉とギュンター少尉は、所属の部隊に顔を見せに行ったほうが良いのではないか?」

「そうですね、了解しました。ではこれで失礼します」

 

ウェルキンがそういうとファルディオも習って敬礼し、部屋から退出した。

 

1人残ったバーロットはすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干すと、積み重なっている書類仕事に取り掛かった。

 

 

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◆同日~ナジアル平原にて~

 

「……伍長。これは一体どういう事なのかわしに説明してくれんか?」

「じ、自分にも一体何が起きているか理解できておりません…」

「友軍は? 防衛線を構築しているはずの友軍と義勇軍がいないではないかッッ!!!!」

「ひ、ヒィ!!」

 

わしは、生き残った防衛大隊と共にナジアル平原まで後退してきたのだが、今わしの眼前に広がる光景は、戦争とは無縁の広大な緑が"サー"と音を立てていた。

そう、『草原だけ』しかなかった。動いているのはわしが率いるガリア軍だけである。

 

「ダモン将軍! 西側よりガリアの車が1両だけこっちに向かってきております!」

 

見張りをしていた兵士は、双眼鏡に移った物をそのままダモンへ伝えていた。

 

「なに! それは本当か!?」

「間違いありません! 乗っているのは……バルドレン・ガッセナール大佐かと思われます!」

「他にはいないのだな!?」

「はい! 1両だけです!」

 

では援軍という訳ではないのか。

しかしガッセナール大佐だけというのも腑に落ちんな…。

ランドグリーズで何かあったのかもしれん…。

兎に角、話を聞かん限りには何も始まらんな。

そんな事を考えている内にガッセナール大佐が車から降りて、わしの方に小走りで来おった。

 

「ダモン閣下! 遅くなり申し訳ございません!」

「ガッセナール大佐。何故、今、此処に、友軍が居ないのか。どういう事か説明してはくれんか?」

「私もその事について自ら説明したいと思い、此処に来た次第であります。どうか、冷静さを保って話を聞いて頂きたく存じます」

 

そこからわしは、ランドグリーズで行われたと言う会議の内容を聞いた。

 

……わし、心折れそう。

わしのあの演説は一体なんだったのだろうか。

ギルランダイオ要塞で命を掛けて作った時間は一体何の為だったのであろうか。

祖国の救済の為に、要塞で散った我が誇り高きガリアの精鋭は……こんな意味のない形で…。

 

わしは余りの上層部の情けなさに、卒倒しそうになり、後ろにいた兵士に支えられていた。

ファウゼンは落ちない? 馬鹿者がッ! 相手は帝国なのだ! 間違いなくファウゼンは落ちるだろう。

…というか落ちたのだが。

 

「私にもう少し、説得できる力があれば…。誠に申し訳ありません…閣下。心中お察しいたします」

「……いや。寧ろよくそこまで粘ってくれた。礼を言うのはわしの方だ大佐。苦労をかけてすまぬ」

「閣下…」

「奴らの頭の固さは十分理解した。それで? 奴らはなんと言ってきておるのだ?」

「それについては、この封筒の中に詳細が。お目通しを。」

 

そう言われたのでわしは封筒をビリビリと破いて中身を見た。書いてあったのは以下の通りである。

 

『ゲオルグ・ダモン大将閣下。この度はよくぞギルランダイオ要塞で時間を稼いでくれた。お陰で我ら軍議会は有効的に"作戦会議を"進める事が出来た。当初は閣下の演説した内容に沿って、防衛線を構築するつもりであったが、予想以上に帝国軍による進撃が速い為、急遽内容を撤回し、ヴァーゼル橋に義勇軍と残りの正規軍で強力な防衛線を構築した。その為、閣下が率いるガリア主力軍と、それぞれ各地にいた方面軍を再編し、帝国軍に対して反撃を行っていく。ついては今後の会議を行いたい為、閣下には可及的速やかにランドグリーズに帰還して頂きたい』

 

至って普通の内容だが、言外に『お前抜きだと話にならないから早く帰って私達を守れ』といっているようなものだな。

 

「……だそうだ大佐。どうやら奴ら、自分達だけを守ってほしいらしいぞ」

「な、何という言い草だこれは! ふざけるのも大概にしろッ!」

 

そう言いながらガッセナール大佐は近くに置いてあった空の弾薬箱を蹴り飛ばした。

 

「落ち着くのだ大佐。いつの時代も上にいる奴らとは、えてしてそう言う奴らが多いものだ。かく言うわしも、そんな奴らと同じようなものだ」

「いえ、ダモン閣下は全ガリア軍の良心であり、希望でもあります。そのように卑屈にならないで下さい!」

「買いかぶり過ぎだ大佐。わしはそこまで素晴らしい軍人ではない。見よこの腹と体型を。これが立派な軍人と言えるか?できる事と言えば戦車に乗って撃つぐらいなのだぞ」

「ですから! そのように卑屈にならないで頂きたいと申しているのです! ガリアを愛する心さえあれば、体型などどうでもよい事なのですッ!」

「ハッハッハ! そう言ってくれるだけでも救われるものだな。だが話はこの辺で止めておこう。いずれにせよ、ランドグリーズまで戻らねば話にならん。急いで向かうとしよう」

 

そう言うとわしは麾下の全部隊に退却命令を出すと、全軍ランドグリーズに急いだ。

 

「わしがガリア軍の良心……か…」

 

わし以外にも、まともな奴はおるというのに…。

 

 

==================================

 

 

◆3月30日~ガリア公国・首都ランドグリーズ~

 

この日、ランドグリーズでは、戦時中にも関わらず、多くの人々がお祭り騒ぎを起こしていた。

理由は撤退してきたダモンと彼に従い激戦を潜り抜けたギルランダイオ防衛大隊の兵士を一目見るためである。

一部の新聞やラジオではダモンを『救国の将軍』などと呼び、火に油を注いでいた。

 

いざダモン達がランドグリーズに到着するや否や、観衆は大きな喝采と共に彼らを褒め称える。

よくよく見ると、正規軍とは違う軍服を着ている者…義勇軍の兵士まで見物に来ていた。

 

「戦争に勝った訳でもなしに。寧ろ本土失陥の危機に瀕している現状で、よくもまぁラジオは嘘がつけるものだ」

「国民は英雄(ヒーロー)を求めているのです閣下。心の支えとでも言いましょうか」

「ならわしには無理だな大佐。だが、わしが民衆の心の支えになっているのであれば、無様な真似はできんな」

「はい。お言葉ですが、今のガリアの状況を鑑みれば、もはや我が軍に敗北は許されません」

「なら"一時的な後退"なら良いと言う訳だな?」

「ええ。"一時的な後退"なら仕方ありませんから」

「……ふんッ」

 

現在は兵士達にも少しだけ休養の時間を与えており、ランドグリーズの各地で各々の兵士が家族と再会したり、恋人と過ごしている。

ダモンとバルドレンは、ダモンの職務室で談義に講じていた。

そんな中、ダモンの部屋にとある人物が訪れた。

 

「ダモン殿。ご無事で何よりでしたな」

「おぉ! ボルグ宰相ではありませぬか!」

 

とある人物とはマウリッツ・ボルグ宰相であった。

バルドレンはすぐさま敬礼し、一言いって部屋を退出した。

因みにボルグ宰相の片手には何やら封筒を持っている。

 

「すみませぬな。わし自ら宰相殿の所に行くべきでありながら、お手数をかけるような…」

「いやいや。私がダモン殿に労いの言葉をお掛けしたくてですな、こうやってやってきた次第。それよりもですぞ。今のガリアは余り好ましい状況ではない事を、ダモン殿は理解しておりますな?」

「勿論」

「では、この封筒を受け取ってほしい」

「ふむ…」

 

そう言われながらダモンはボルグから封筒を受け取る。中々の厚みである。

ダモンは封筒の上部分をビリビリと横に破り、中の書類をペラペラと軽く目を通した。

因みに、1ページ目には大きな字で『ガリア反攻作戦ニ関スル内容』と書いてある。

 

「……わしを"ガリア中部方面軍総司令官に任命する"…か」

「うむ。中部方面と銘打ってはいるが、事実上の全ガリア軍の総司令として、活躍してもらいたい。北部方面軍と南部方面軍は、あくまで帝国軍に対する最低限の防衛戦力として再編する事となった」

「なるほど。南部と北部から抽出した兵力をそのまま中部方面軍に充てた。だからこそ事実上のガリア軍総司令官という訳ですな? それで中部方面を率いて帝国軍を撃退せよと」

「理解が早くて助かりますな。私の説明も不要という訳ですかな?」

「2つだけ、質問をしても?」

「私に答えられる質問であれば、何なりと」

 

ボルグがそういったので、ダモンは質問した。

 

「中部方面軍には、義勇軍も含んでいると考えて宜しいのですな?」

「無論」

「反攻作戦についてはわしが決定権を有している。これは間違いありませんな?」

「うむ。異論はない。全てダモン閣下にお任せするお積りだ」

 

逆に言えば『負けた時の全責任はお前に負わせる』と言っているようなもんである。

 

「結構。後から上層部が抗議の声をあげても、わしは知りませんぞ」

「うむ。では私は仕事があるのでな。失礼させてもらう」

「このダモン。粉骨砕身の覚悟で頑張らせて頂きますぞ」

「心強い! では頼みましたぞダモン殿!」

 

そう言ってボルグは部屋から出て行った。

それを見送ったダモンは、再び書類をペラペラと見返しながら呟く。

 

「そろそろ秘書が欲しいものだな……。わしの"意向を汲む"秘書が…」

 

ダモンは書類を机の引き出しにしまうと、別の引き出しから女性兵士の名前がずらっと並んでいる紙を取り出し、1人吟味するのであった。

 

 

 




同日、ヴァーゼル近郊にて、一部のガリア正規軍部隊が帝国軍を撃退する。
部隊を率いた隊長の名前は『クルト・アーヴィング少尉』。
この時はまだ表の正規軍に所属していた。

後に反逆罪を問われ【ネームレス】と呼ばれるガリア軍422部隊に左遷されるが、同部隊の練度を高め、"ガリア特殊部隊の父"と呼ばれるまでに成長する人物である。


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第三話 ダモンとウェルキン

お気に入りが300を突破した事実に、只々感激しています。
そして小説評価も初っ端から高評価…感謝感激雨あられです。。。
本当に有難う御座います。心が救われます。m(__)m

後、感想欄で「秘書はオリキャラ」と書いたな?
あれは嘘だ。(ごめんなさい)

ついでに、戦ヴァルのサントラを聞きながら読むと楽しさ2倍です。


◆1935年4月2日~ダモンの職務室~

 

この2日間、ダモンは食事と風呂の時以外部屋から出ず、自室で各部隊に向けた作戦指示書及び補給についての書類を纏めていた。

防衛大隊と義勇軍を含め、一気に膨れ上がったガリア軍を纏めるのは容易な事ではない。

適切に軍隊を動かすには現場の指揮官との連携は不可欠であり、それを怠れば前と後ろで"認識のズレ"が起きる。

下手をすれば味方が壊滅してしまう危険性を孕んでいる為、ダモンは逐一自分に現状を報告する様に義務付けた。

 

中部方面軍の中身としては、第1正規軍大隊・第2正規軍大隊、そしてガリア義勇軍と3つの軍団に分かれている。

ダモンはこの3つの軍団の元締めである。

 

因みにダモンは、元ギルランダイオ防衛大隊から精鋭を選りすぐり、『老親衛隊(ろうしんえいたい)』として"無断で"ガリア軍とは別に部隊を創設していた。規模は1個小隊である。

だがその戦闘力は1個小隊の力を上回っていた。そして同時にダモンの手となる組織でもある。

服装色は、既存の青色を基準に、正規軍よりも多めに金色が装飾されている。

ダモンはコレを「あくまで護衛部隊であり私兵軍隊ではない」と上層部に説明。

上層部も疑念はあったが、「護衛部隊なのであれば…」と承諾した。だが上層部もそれほど馬鹿ではなく、ダモンにいつも以上の書類作業を当てつけていた。

 

そんな面倒な作業の中、"コンコン"と扉を軽くノックした音が、黙々と書類作業を行っていたダモンの部屋にこだました。

 

「鍵はかけておらんぞ」

 

そうダモンが言うと、部屋に1人の女性が入ってきた。

髪は淡い金色。とても美人であると、ダモンは思った。

それと同時に、やはり名門出のエリート感も(かも)し出していた。

 

「『オドレイ・ガッセナール中佐』と申します。閣下がお呼びとお聞きして参りました」

「お~。もう来たのか中佐!」

「はい。事情は兄よりお聞きしました。わたくしなどで良ければ、お好きにお使い下さい」

 

事の発端は2日前に遡る。

ダモンが部屋で"秘書"を吟味している時、部屋にバルドレンがやって来た。

バルドレンの目的は書類にダモンのサインを貰う為だったのだが、偶然にもダモンが持っていた紙を目撃した。

ダモンから理由を聞くと、バルドレンは「それならば、是非自分の妹を秘書兼副官として推挙したい」と申し出たのである。

色々悩んでいたダモンも「大佐の妹ならば問題は無いだろう」として、承諾したのである。

 

「そう畏まらんでもよい。もっと肩の力を抜いて貰わねば、わしも疲れる」

「そう…ですか。分かりました。閣下がそう申されるのであれば、わたく…私も気が楽になります」

「うむうむ。それでよい。しかし大佐には悪い事をしてしまったな…。戦車長である中佐が居なくなれば、色々大変なのではないか?」

「私もその事を言った所、寧ろ兄に怒られてしまいました」

「大佐はなんと?」

「兄曰く『戦車長など代わりは幾らでもいる。それよりもダモン閣下の手足となりお助けするのだッ!』と」

「つくづく大佐には感謝せねばならんなぁ…」

 

本来、オドレイ中佐は兄のバルドレン大佐が率いる正規軍中隊に所属する戦車長であり、その腕は、正規軍でも1位2位を争うほどの腕である。

史実では正規軍として初めて【ヴァルキュリア】と正面から戦った人物であり、その戦いぶりから、帝国軍では【鋼鉄の戦乙女】と渾名され恐れられた。

 

そんな彼女が、これからはダモンの秘書兼副官として動いていくことになる。

どこをどう見ても彼女の離脱は戦力の低下なのだが、それでもバルドレンが薦めてくれた人物でもあるので、ダモンはバルドレンの厚意に深く感謝した。

 

「しかし、見れば見るほど高貴で、それでいて美しいのう」

「…閣下。私を口説く暇があるのですか?」

「わしが口説いた所で、気持ち悪がられるのが関の山ぐらい理解しておる…。それよりもだ。最近の帝国軍に動きはあったか?」

 

ダモンが姿勢を正してそう聞くと、オドレイは左手に抱えていたファイルを開き、質問に答えた。

 

「その事について、報告が御座います。恐らく…いえ確実に帝国軍は近日中にヴァーゼル橋を総攻撃してきます。偵察隊の報告によれば、着々と準備が進められているとの事」

「そろそろ来おるか。正規軍と義勇軍の情報提携は密にしておるか?」

「その点も問題は無いかと。閣下のお陰で正規軍に対する不満や偏見は少ないとの報告がきていますので」

「うむ。ならいいのだが…。帝国側の兵力は如何程であるか?」

「ヴァーゼル橋を囲むように部隊は分散しています。基本的には正面の部隊が本隊で、左右の部隊はそれ程多くは無いようです」

「未だに帝国は足並みが揃ってはいない様だな。本気で橋を攻め落とす積もりであれば、(いささ)か兵が足りん」

 

現在、帝国軍の主力は北部のファウゼン攻略に力を注いでおり、南部のクローデンではガッセナール城を何としてでも攻め落とそうと行動中なのであった。

ダモンの言う通り、眼前に布陣する帝国軍のヴァーゼルに対する攻勢は、首都ランドグリーズに籠るガリア軍を抑え込むものであり、本攻勢は北部の主力が参陣してからであった。

 

「どうされますか閣下?」

「ふむ、見た所、ギルランダイオ要塞からの補給線は未だ出来ていないようにも見える。恐らく奴らは突出した部隊の一部であろう」

「では此方(こちら)から仕掛けますか?」

「いや、気に食わんが我が軍と帝国軍では練度の差が大きすぎる。ココは敢えて耐久戦に持ち込み、奴らが疲弊し攻勢が弱くなったところを一気に攻めるとしよう」

「了解しました。各部隊に通達しておきます」

 

オドレイに秘書の経験は無い。

だが、兄を補佐するという意味では、正にダモンが願っていた"意向を汲む"者として完璧だった。

なので質問や会話の内容をテキパキと纏める事くらい、彼女には造作もない事であった。

偶に暴走する兄バルドレン。冷静沈着な妹オドレイ。

この兄妹(きょうだい)のコンビネーション程厄介なモノも無いなと、ダモンは思った。

 

 

==================================

 

 

◆4月3日~ガリア義勇軍第3中隊第7小隊にて~

 

「なるほど。そういう作戦で行くのか。流石はダモン将軍。手堅いね」

「へっ。お前みたいなガキが、一体何を分かってそんなこと言ってんだよ」

 

ウェルキンの独り言に突っかかっている人物の名は『ラルゴ・ポッテル軍曹』。

第一次大戦にも参加した古参兵の1人でもある。

そんな彼は、軍務経験も無く年下でありながら自分の上官になるウェルキンを未だ信用していなかった。

アリシアやイサラはブルールの事もありウェルキンを信頼しているが、それを知らない人にとっては、無理もなかった。

 

「じゃあ賭けをしようよ」

「あ?」

「僕がこの防衛で見事に作戦を完遂したら、僕を信用してほしい。もし僕が無様に敗走したら、君の勝ちだ」

「おういいぜ。戦争は甘くねぇって事を、その身で感じるんだな!」

 

そんなやり取りを見ていたアリシアは心配そうにウェルキンに言葉をかけた。

 

「大丈夫なのウェルキン? そんな賭けしちゃってさ…」

「うん。大丈夫だよ。だからアリシアも僕が勝つって信じてほしい」

「……分かったわ! 私、ウェルキンを信じるっ!」

 

アリシアがウェルキンに笑顔を振り向かせた時、ある人物がウェルキンに近づいてきた。

 

「その意気があれば、帝国など恐れるに足りんのう。少尉」

 

その声は近くで作業をしていた義勇軍兵士の耳にも届いており、全員が声の方に顔を向けた。

 

「ダモン将軍!?」

「はっはっは。そんなに驚かなくても良いではないか。ウェルキン・ギュンター少尉?」

 

正規軍ではなく、義勇軍の部隊にやってきたダモンに対して、流石(さすが)のウェルキンも驚きを隠せないでいた。

 

「い、いえ。要塞から帰還してからというもの、ダモン将軍が部屋から余り出ていないと聞いていたので、体調でも崩しているのかと思っていました」

「わしとしては、そっちの方がよかったがのう。生憎、わしはず~~~っと上層部から送られてきた書類とにらめっこをしていただけである」

 

ウェルキンとダモンは、そんな他愛の無い会話をして気づいていなかったのだが、近くでは義勇軍兵士がダモンに一言挨拶しようと躍起になっていた。

 

「ダモン将軍! 要塞での防衛線、お聞きしました!」

「ダモン将軍! 今回の防衛戦でも将軍は戦車に乗られますか!?」

「ダモン将軍! 握手をして下さい!」

「ダモン将軍! このパン美味しいので食べてください!」

 

だが、気づけば挨拶どころか、全員ダモンに顔を覚えてもらおうと必死にアピールをしていた。

よくよくみれば、最後の方の問いかけはアリシアが自分で作ったパンを手渡そうとしていた。

そんな光景を目にしたウェルキンは軽く笑う。

 

「しょ、少尉。こやつ等の気持ちは嬉しいが、そろそろ止めてはくれんか?」

 

とダモンが苦笑いで抗議をしてきたので、ウェルキンは素直に義勇軍兵士に解散命令を下した。

各々の兵士は、不満を口にしながらも、上官であるウェルキンの命令に従った。

因みにアリシアのパンは無事にダモンの手に渡っている。

 

「人気者ですね将軍」

「ふぅ…。わしとしては素直に嬉しいが、今日ここに少尉に会いに来たのは別の用があったからだぞ」

「僕に用……ですか?」

「うむ。この封筒を後で見てほしい。そこに全て書いてある」

態々(わざわざ)その為にここまで来られたのですか?」

「…ここだけの話、上層部にも余り信頼は置けんでな…。ついでに少尉にも一度会ってみたいと思っていたのだ。あのベルゲン・ギュンター将軍のご遺児である、少尉にな」

 

そう言いながらダモンは封筒をウェルキンに手渡す。

ウェルキンは不思議に思いつつも、総大将自らの手紙であるので、姿勢を正して受け取った。

 

「さて。わしも色々忙しい身でな。そろそろお暇するとしよう」

「態々来て頂き、有難う御座いました!」

 

ダモンが帰るといったのでウェルキンは敬礼する。それにダモンも敬礼を返した。

ちょうどその時、ダモンの後ろから小走りで駆けてくる少女がいた。

 

「兄さん。エーデルワイス号のメンテナンスが終わりました。幸い何処にも異常は見当たりませんでした。」

「ありがとうイサラ。あの戦車は大切な戦車だからね。本当に助かるよ」

 

少女の名は『イサラ・ギュンター』。ウェルキンの義理の妹である。

そして、彼女は祖国を持たないダルクス人でもあった。

 

「ふむ。ダルクス人か」

「………」

 

ダモンの何気ない一言にしかめっ面をしたイサラであるが、別にダモンは人種差別主義者ではない。

イサラの表情を読み取ったダモンは、彼女に謝罪をした。

 

「すまぬ。気を悪くしたのなら謝ろう。わしはダルクス人に何の偏見も持っておらん。寧ろ我々は過去にダルクス人の手を借りておる。感謝こそすれ恨みなどない」

「……そうですか」

「うむ。今のガリア軍はベルゲン将軍とテイマー博士のお陰で成り立っておるのだ。何処に恨みを持つ原因がある?」

「父を知っているんですか?」

 

イサラの本当の親は、『テイマー』というダルクス人技師であった。

その功績から、ダルクスという1つの枠組みを出て、国内で尊敬されている人物の1人であり、ガリア軍の対戦車槍は、彼の功績に(あやか)って『テイマーM1』と名付けられていた。

ダモンが持つ中戦車運用思想も、彼によるものが大きい。

 

「博士のご遺児であったか」

「はい。不慮の事故で両親は亡くなりましたが…」

「…嫌な事を思い出させてしまったか」

「いえ、全て過ぎた事ですので、気にしないで下さい」

 

しかし、言葉とは裏腹にイサラの表情は、少しだけ哀愁が漂っていた。

ダモンはそんな彼女の頭を撫でた。2人を見ているウェルキンはその行動を静かに見守る。

 

「今更こんな事を言うのはおかしいのかもしれんが…。イサラと言ったな?」

「はい。あの…なんで頭を撫でるんですか?」

「うむ? 嫌か?」

「い、いえ。嫌とかではなくてですね…」

「イサラよ。テイマー博士はガリア人の誇りであり、同時にダルクスの英雄でもあるのだ。お主の父はダルクスの誇りである事を、忘れてはならん。ダルクス人である事に恥じる必要はない。もっと胸を張るのだ」

 

ガリア軍のトップ、それも貴族階級層に属するダモンの言葉に、イサラは言葉を失っていた。

その言葉にはウェルキン以外にも見守っていたアリシア達も驚いていた。

 

「おっと。もうこんな時間か。早く帰らねば秘書に怒られてしまう。少尉。邪魔をしたな」

「いえ、別に大丈夫です。」

「あぁそれと、既にバーロットに話は通してある。中身を読んだ後は、少尉に全て一存する。よいか?」

「? はぁ」

 

そう言うとダモンはイサラの頭から手を放し、腰に当て、右手を軽く振り「ガッハッハ!」と笑いながらその場を離れていった。

離れていくダモンの姿を見ながら、イサラは兄に話しかける。

 

「…あんな人も、ガリア軍に居るのですね」

「あぁ。凄い人だよ…ダモン将軍は…。貴族の人達が、皆あんな感じだったらいいのにね」

「なんでしょう…。撫でられた時、とても暖かかったです。まるで自分のお爺さんみたいに…」

 

普段から事あるごとにダルクス人である事を理由に詰られ続けて来たイサラにとって、兄であるウェルキン以外に頭を撫でられるという経験が無かった為、イサラは戸惑いつつも、ダモンに対して好々爺(こうこうや)みたいだなと内心悪くない気分に浸るのであった。

 

 

==================================

 

 

◆同日~ダモンの職務室~

 

「なるほど。それで閣下"1人"でギュンター少尉の所まで歩いて行ったと。そういう事ですね?」

「う、うむ。そう怒るでないオドレイ中佐。…ほれ、中佐もコレを食え」

 

部屋に戻ったダモンは、無断で職務を放棄して部屋から出て行った事に怒っているオドレイに注意を受けていた。

秘書兼副官であるオドレイは言わばダモンの懐刀(ふところがたな)である。

その為、もし万が一のことを考えると怒らずにはいられないのであった。

しかし、ダモンはそんなオドレイの怒りを気にせず、アリシアから貰ったパンを食べていた。

 

「閣下。わたしが怒っている事を承知の上でそのパンを食べろと申されるのですか?」

「うむ。怒るのは後にしてまずは食ってみよ」

 

オドレイは怒りを通り越して呆れ果てていた。だがそこまで言うのであればと、ダモンに言われるがまま、パンを小さく千切って口に放り込んだ。

 

(……美味しい)

 

意外にも市販のパンよりとても美味しかったのでオドレイは目をキラキラさせ、気づけばパンを頬張っていた。

 

「どうだ? 美味いであろう? この美味さに免じて、今日の事は許してはくれんか?」

 

オドレイは内心「しまったッ!」と思ったが、既に後の祭りである。

ニヤニヤと自分を見つめるダモンを睨みつけながら、彼女はパンを食べながら言った。

 

「………今回だけです。次同じ事をした場合、首輪を付けさせてもらいます。」

「わしは犬か」

「さ、お仕事です。今度は抜け出さないように、私が隣で見張っていますので」

 

そんなダモンのツッコミをオドレイは無視し、ダモンの目の前に抜け出していた間に溜まった書類を問答無用で置くのであった。

 

 

 

 

 




因みに、パンの事について、ウェルキンが尋ねた。

「アリシア。なんでダモン将軍にパンをあげたんだい?」
「今の内に将軍の胃袋を掴んでおけば、私がお店を開いた時、将軍から聞いた話で上の人達が買いに来るかも知れないでしょ?そうなれば私のお店、とっても有名になるかもしれないじゃない!」
「な、なるほど…。ハハハ…」

隣で苦笑いをしているウェルキンを差し置いて、アリシアは将来へ向けた策を考えるのであった。


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第四話 あの橋を守れ

お気に入り 2000件以上
日刊ランキング 3位

本当に有難う御座います。感想で初めてランキングに乗っている事に気づきました。
皆、戦ヴァルが好きなんやなって…。
やっぱり戦ヴァルは神ゲーだと、改めて気づかされました。

因みに自分は未だに戦場のヴァルキュリア4を待っています。
賛否両論ありますが蒼き革命のヴァルキュリアも買うつもりです。

本当に皆さん有難う御座います…。就活で疲れた心が回復します。



征歴1935年4月5日正午 帝国軍、ヴァーゼル橋に対して、総攻撃を開始す。

 

遂に帝国軍は、首都ランドグリーズに籠るガリア軍を牽制、あわよくばヴァーゼル橋を制圧せしめんと攻勢を開始した。

数で勝るガリア軍ではあるが、帝国軍との練度の差は歴然であり、数に劣る帝国軍の方が士気は高かった。

逆にガリア軍では、開戦以降どの戦線でも敗北を繰り返していた為、未だに一部の部隊では士気が低かった。

他にも、北部の要所であるファウゼンからは、帝国軍の攻撃が激しくなっているとの報告が来ており、全帝国軍がランドグリーズに迫るのも、もはや時間の問題となりつつあった。

 

 

◆~ヴァーゼル前線~

 

橋の近くで防衛線を構築していたガリア軍は、帝国軍と交戦を開始。

戦場には叫び声や悲鳴が飛び交っており、無線を開けば敵味方混線状態であった。

橋の入口1ヶ所を守るガリア軍に対して、数は劣るもののガリア軍を包囲しながら攻撃をする帝国軍。

戦況は五分…いや、ガリア軍が少し押されていた。

 

「第1中隊は何をしている!? もっと弾幕を張れェッ!」

「敵の攻撃が激しすぎるッ! もっと援護を!」

「こっちも大変なのに援護なんてできるかァ! 根性で押し返せッ!」

「正規軍を、なめんじゃねェ! 義勇軍無しでも守って見せらぁッ!」

≪本当に奴らの方が少ないのか!? 攻撃の勢いがまるで――プッ≫

≪おい! どうした! 応答せよ102部隊!≫

≪クソッ! あいつら強すぎるッ!≫

 

戦場での会話や無線では味方の怒号が飛び交っている。

しかし、帝国軍の攻勢は牽制というよりも戦車による火力支援を元に進撃してきており、帝国軍側も牽制攻勢という作戦を修正し、ヴァーゼル橋制圧に取りかかろうとしていた。

それに対抗すべく、ガリア軍は正規軍義勇軍問わず、徹底抗戦を辞さない構えをとっていた。

帝国兵の動きは全てが統一されており、素人が見ても、ガリア軍との差は歴然であった。

もし全ての武装が整っていたらと思うと震えが止まらないと、ある隊長が本音を漏らす。

 

しかし、義勇軍第7小隊だけは秘密裏に別の作戦を実行に移すため、密かに前線から離脱していた。

 

 

◆同日~ヴァーゼル前線本部~

 

「くぅ! 予想よりも激しいものだなッ!!」

 

わしは今、前線にいる。

理由? …前線にいる指揮官共が馬鹿な真似をせんように督戦に来ておるのだ!

それに拠点が陥落するかも知れんのだ。銃声と砲撃の音がここまで聞こえてくるのに、目の前で落ち着いてはおれん。

隣にはオドレイ中佐もおるし、周りには老親衛隊の奴らがおる。心配は無用なのだ。

それに、わしは総大将である。総大将がビクビク後ろに籠っておれば、兵の士気がガタ落ちだ。

そして、義勇軍第7小隊に渡した『作戦』を完遂させるには、もっともっと敵の目をこちら側に向けさせねばならん。わし直々に奴らの相手をしてやるか…。

 

「中佐! わしの戦車を用意しろッ!」

「お断りします」

「なぬっ!?」

「閣下はガリア軍の総司令官です。ここで前線の状況を把握し、随時命令を下して貰わなければ困ります」

 

ギルランダイオ要塞の時のように、わし自ら帝国軍を蹴散らしたいのであるが…。

だがオドレイ中佐の言い分は最もだな。わしはここで死ぬつもりはないが、もし戦死してしまえば…。

考えたくもない。わしが死ぬなど、あってはならん事だ!

で、あるならば、わしは今以上に神経を研ぎ澄まさなければならん。激しい戦闘とはいえ、本軍ではない敵軍にむざむざ勝利を明け渡してなるものかッ!

勝利は我らガリアのものぞ! この程度で根を上げたりはせん!

直ぐにでも国境線まで、押し戻してやるッ! 見ておれマクシミリアンの小僧がッ! ふんッ!

 

「……不本意でしかないが、ここは中佐の助言に従っておくとするか」

「戦意が溢れているのは有り難い事ですが、今はその時ではありません」

「ならばその"時"が来た暁には、出撃してもよいと言うのだな?」

「場合によりけりです。閣下。本来であれば、このようなテントに閣下が来ては駄目なのですから。それを閣下の我儘で―――」

「分かった分かった。ここで大人しくしておる。全く…中佐は心配性すぎる。そんな事では嫁の貰い手が現れぬぞ?」

「……何か仰いましたか?」

 

あ、目が死んでおる。これは禁句(タブー)であったか。

しかし、中佐はまだ23歳。そこまで怒る事など無いのではないだろうか。

……寧ろ女性に対して『結婚』という言葉自体禁句なのだろうな。失言であったか。

 

「すまぬな。わしの失言であった。中佐ならば、きっと素晴らしいガリア男性と結ばれるであろうて」

「今のガリアにその様な男性がいるでしょうか?私は見た事がありませんが」

「なに心配するでない。もし居なかったらわしが貰ってやる」

「……本気かどうかはさておき、頭の片隅にでも置いておくとします」

 

中佐はムッとした顔でわしを睨んでくる。

そんなに怒らんでもいいではないか。爺の戯言だと言うのに…。最近の若者は冗談も通じんのか…。

わしはそんな中佐の表情をあえて無視し、前線からきた報告に対して、随時命令を下すのであった。

 

「右翼側から援軍要請です。第105部隊を差し向けます。よろしいですかダモン将軍?」

「うむ。何とかして敵の目を此方に引き付けておくのだ。この状態が続けば、上手くいけばアスロンまで直ぐにでも進撃できるかもしれん」

「アスロンですか? 閣下?」

 

わしが兵士に投げた言葉にオドレイ中佐が食いついてきおった。

机の上にガリア全域が乗っている地図を、わしは指をさして説明した。

 

「うむ。地図を見れば分かると思うが、アスロンはガリア中部の(かなめ)である。後々の反抗作戦を立てるには、あの場所を出来るだけ急いで奪還する必要がある」

「ですが、同時に帝国軍の拠点にもなっています。数も今の倍は居ると思いますが」

「中佐。ファウゼンを忘れた訳ではあるまいな?」

「もちろんです閣下。彼らが奮闘してくれているお陰で、今のヴァーゼル防衛は持っているようなものです」

 

事実そうだからな。ファウゼンの防衛隊には本当に感謝せねばなるまいて。

何とかして、わしはあやつらを助けたいのだが、今の状況を鑑みれば、到底は無理そうだな…。

 

「ならば、わしが思うに、北部のファウゼンが陥落するまでにガリア中部を奪還し、帝国軍を南北に分断せねば、帝国軍は足並みが揃ってしまう。同時に、南部では中佐の父であるギルベルト殿がガッセナール城に籠って抗戦しておる。どちらの拠点も、陥落は時間の問題であろう」

 

オドレイ中佐は静かにわしの話を聞いておる。普段からそれくらい静かであればよいのだが…。

 

「それを阻止する為には、絶対にアスロン攻略が不可欠なのだ。もっと言えばアスロンを起点として、南北に展開する帝国軍に反撃ができる。無論、帝国軍も馬鹿ではない。アスロンを攻撃されれば死守する……"筈であった"だろうな」

「"筈だった"…という意味は?」

「オドレイ中佐。今現在、帝国軍が行っているヴァーゼル攻勢を受けて、何か不可解な点に気づかぬか?」

 

わしがそう言うとオドレイ中佐は顎に右手を添えて考え込んだ。

3分ほどの時間の後、中佐はわしの質問に答えた。

 

「帝国軍部隊の兵力はガリアよりも劣っている…それなのに攻撃の頻度が多い…。まさかッ!」

 

オドレイ中佐はハッとした顔でわしを見つめてきた。

実はこの事はわしもさっき気づいたのだが、それは内緒だ。

だがこれはわしの予想ではあるが。

 

「うむ。予想ではあるが、奴らは"アスロンに置いてある物資をも消費してこの攻勢を維持し続けている"とわしは踏んでおる。こんなにバカスカ好き放題に撃ってきておるのだ。もし予想通りであれば、今頃アスロンには物資…特に弾は殆ど残ってはおらんだろうな。幾ら兵が多くとも、弾が無ければ何もできん」

「ですが閣下。我が軍の被害が大きいとアスロンにまで進撃は無理かと」

「その為に、わしはこの前部屋を抜け出したのだ。今頃わしの連絡を『少尉』は待っているであろうな」

「まさか……」

 

そのまさかなのだ。中佐。

さぁて…もう少しの辛抱だな。

 

「中佐。わしの戦車をいつでも出撃出来るようにしておくのだ。勿論、中佐にも乗ってもらうがな」

 

 

 

==================================

 

 

 

同日・午後3時を超えた頃、凡そ3時間という間、帝国軍の猛攻撃は衰えなかったが、ガリア軍が懸命に抗戦した為、帝国軍はヴァーゼル制圧を断念。攻勢を止め、元の計画であったガリア軍の抑え込みに取り掛かっていた。

突出していた部隊ということもあり、ダモンの予測通り、必要以上にアスロンからの物資・弾薬を使用した為、これ以上攻勢をかけられないと悟ったのだ。これ以降、帝国軍から発せられる銃声及び砲撃は、徐々に小さくなっていった。

 

しかし、この間に義勇軍第7小隊はヴァーゼル橋の下に存在する川を、秘密裏に渡河していた。

そう。ダモンの渡した作戦とは、第7小隊にしか存在しない"エーデルワイス号"で、敵を後ろから攻撃するという『挟撃作戦』であった。

 

エーデルワイス号の存在は、第7小隊という義勇軍には勿体ないと言われる位、戦闘力がずば抜けていた。

この1小隊だけでも、敵の後ろに回り込めば、敵撃破は容易であると、ダモンは踏んだのである。

最初に作戦指示書を見たウェルキン・ギュンター少尉は、戦車で川を渡るという発想に驚きつつも、ヴァーゼル橋が落ちていた場合、自分もそうするであろうと考えた。

 

この作戦を小隊に伝えた時は、小隊内全ての人物から「ダモン将軍の頭はおかしい」と言われたのだが、ウェルキンのフォローもあり、出来なくは無い作戦として、渋々作戦指示書に従うのであった。

川沿いにはボートが既に用意されており、もし敵の目に見つかれば、掃射されてもおかしくは無かった。

第7小隊全員が、祈りながら川を渡ったという。

因みにエーデルワイス号に関しては、簡易的な耐水防御を施し渡河した事もあって、ボートで渡る兵士よりかは、幾分安全であった。

 

しかし、その祈りが届いたのか。ダモンの存在が、敵の目を釘付けにする要因となったのか。敵の目はダモンが居座っているヴァーゼル前線本部を見つめ続けていた。

帝国軍兵士が、戦死したガリア無線兵からダモンの肉声を聞いたのも大きい。

第7小隊に所属するロージー曰く「こんな作戦は二度としたくない」と言わしめたものの、無事に渡河に成功した為、本部からの連絡が来るまで、第7小隊は近くの建物や物資の陰に隠れていた。

 

 

 

(おい! 本部からの連絡はまだなのかよ!)

(帝国軍の攻撃が少なくなってきている。そろそろの筈だよ)

 

ラルゴは小声でウェルキンに抗議する。

あと2時間もすれば、日が暮れてくるというのに、未だ本部からは何の合図もなかった。

本部でなにかあったのだろうかとウェルキンは焦った。

だが、そんな思いをよそに、第7小隊に無線が入った。

 

≪少尉、待たせたなッ! これより、第7小隊は敵の背後より攻撃を開始せよ!≫

「お待ちしていました! ダモン将軍ッ!」

≪遅くなってすまぬな! こっちに少し手間取ってな。"やっと出撃準備が整ったのだ!"≫

「はっ?」

≪話は後だ。挟撃作戦を実行する!≫

 

そういってダモンからの無線が切れると、橋の方から、大きな雄叫びを挙げながら、ガリア軍が突撃を開始した。

よく見れば前方を走る戦車は、指揮官用にも見えた。

ウェルキンは顔を引き攣らせながら思った。「まさか…」と。

 

「ガーッハッハッハ! このダモンがおる限り、貴様ら帝国のひよっこ共には負けたりせぬわァッ! 全軍突撃ィィ!!」

「「「「オオオオォォォーーー!!!」」」」

 

エンジンを力強く吹かしながら走る戦車の砲塔からは、ダモンが上半身を出し腕を組みながら大声でガリア全軍を鼓舞していた。

そんなダモンに続くように、後ろからは正規軍義勇軍問わず、多くのガリア兵が鬼の形相で反撃に出ている。

因みにその光景を見たバーロットとそれ以外の指揮官は絶句していた。

 

「将軍に続けェェェ!!!」

「今こそ反撃の時だッ! 進め進めぇ!!」

「あいつの仇は俺がとってやる! 食らえ帝国軍めェ!」

 

ガリアの猛反撃を見ていた第7小隊は呆気に取られつつも、ラルゴやロージーが攻撃を急かしてきたので、ウェルキンは小隊に命令を下した。

 

「全隊員に告げる! これより、ガリア軍と共同して帝国軍を挟み撃ちにする! 第7小隊、出撃ッ!」

 

待ってましたと言わんばかりに、第7小隊の面々は裏から帝国軍を攻撃し始めるのであった。

 

 

==================================

 

 

◆同日~ダモン専用戦車~

 

帝国軍が発砲する弾が当たり、カンカンと響きながら、それらを(はじ)く戦車の装甲に耳を傾けながらダモンは獰猛に微笑む。

 

「くぅぅ! この戦車に乗っている時の高揚感はたまらんなぁ中佐!」

「それよりも閣下! 早く戦車内に戻ってください! 危険ですッ!」

 

運転席で操縦しているオドレイの注意を、ダモンは笑いながら受け流す。

彼は戦車の息吹を全身に浴びていた。

 

「ブワッハッハッハ! この程度ギルランダイオの時に比べれば危険でも何でもないわ! 進めッ! 進むのだァ! 帝国軍を押し戻せェェェ!!!!」

「閣下ッ! うるさいですッ! 叫ぶ前に装填して敵を撃って下さいッ!」

 

そう言うとダモンは砲塔の中に戻り、砲弾を手に取り"カコォン"と装填した。

 

「さぁさぁ皆の者! このダモンの腕、しかとその眼に焼き付けよッ! 発射ァ!!」

 

ダモンの声掛けと同時に、戦車の砲身を貫く様に、砲弾は発射された。

基本的に走行中の戦車は揺れが激しく、行進間射撃は殆ど目標に当たらない。

だが、ダモンはそんな揺れをものともせず、此方を狙ってくる帝国軍戦車に砲弾を命中させた。

砲撃を食らった敵戦車は大きな音を立てて爆散した。

 

「当てたのですか閣下!?」

「ふんッ! この程度造作もない事である! 中佐、次の目標に向かうのだッ!」

 

その後も敵戦車を次々と撃破していく様は、味方にとっては救世主、敵にとっては悪魔の様にしか見えなかった。

だが、他のガリア軍も負けじと帝国軍へ攻撃を仕掛けていく。

もはや、決着はついたも同然であった。

 

 

 

 

 

 

制暦1935年4月5日。

この日、帝国軍は開戦してから初めて本格的にガリア軍に対して敗北を喫した。

帝国軍は改めてガリア軍を撃破すべく、ガリア中部の最重要拠点である【アスロン市】に、一時撤退するのであった。

 

 

 

 




感想欄で指摘されたので、一応自分の考えを乗せておきます。
ガリアの上層部というのは、ダモンさん以外の将校&貴族を指しています。

・ガリア反攻作戦及び兵器開発その他→ダモンさんに一任(ボルグの台詞)
・それ以外の防衛前線やランドグリーズ関係の仕事→ダモンさん以外の将校と貴族議員

という感じです。
一応ダモンさんも上層部の一員ですが、微妙に違います。


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第五話 反撃の準備

今回はもの凄く中途半端です。
次回からアスロンの話をします。

そして、少しだけ裏の英雄さんを登場させました。
彼の行動が、後々の未来を書き換えていく……はずです。




征暦1935年4月6日 ガリア軍、帝国軍の撃退に成功する。

 

この出来事は再び多くのラジオや新聞によって首都ランドグリーズに広められた。

中規模とはいえ、ガリア軍が帝国に勝利したという事実は、ガリアの国民を勇気づけた。

この戦闘の指揮を執ったゲオルグ・ダモンと挟撃作戦を実行した第7小隊は、新聞によって一躍時の人となった。

お蔭で「エレット」という記者は現在、第7小隊隊長のウェルキンにぞっこんなのだと言う。

なお、ダモンは記者会見などでそんな時間は全くなかった。

ダモンは記者に「わしをもっと写してほしい」と駄々をこねたが、その思いは届かなかった。

 

同時に、帝国軍と交戦したガリア軍も、初の勝利に皆が皆、喜びの雄叫びを上げていた。

あの地獄を生き抜いた者・抗戦虚しく散って行った者・勝利したものの、仲間の死体を見て何とも言えない者。

三者三様だが、過程はどうあれ、勝ったという結果に、各兵士は一応の安心を得るのであった。

 

もしヴァーゼル橋が落ちていたらどうなっていたのか。そう考えるたびに震えると語る指揮官も存在した。

そんな中で心の支えになったのは、ガリア軍総司令官であるダモンの存在であるのは明白であった。

帝国軍と真っ向から戦う姿は、後ろから続く兵士それぞれの士気を向上させていた。

 

ガリア上層部は、この勝利の勢いを持ってアスロン奪還を決断。総司令官であるダモンに攻略命令を下した。

ダモンは喜々としてそれを受けいれ、同時に作戦名を『春の嵐』作戦と命名した。

だが、思った以上にガリア軍の被害が大きかったのもあり、再度の編成と兵站を含め、ダモンの思惑通りに事は進まず、作戦実行日時は4月中旬と曖昧になってしまうのであった。

 

 

 

 

◆4月9日~ガリア公国・ダモンの職務室~

 

この日、眼鏡をかけたダモンは『春の嵐』作戦実行に向け、兵站やら補給物資やらガリア軍の編成やらが記載されている大量の書類にサインや指示を記していた。彼ももう歳である。老眼鏡が無ければ小さな文字が読めなかった。

 

帝国軍は先日のヴァーゼル攻勢失敗を受けて、アスロンまで後退。

物資が底を尽きかけている帝国軍は、何としてでもアスロンを死守する為、兵士に攻撃を禁じていた。

お陰で、未だ喉元にナイフが突き出されているにも関わらず、ガリア公国は一時の平穏を謳歌していた。

だが、戦争は始まったばかり。ダモンは尚も気を引き締め、全力でガリア勝利に向けた作戦を練っていた。

 

「閣下。研究開発班より報告が来ております。どうやら新たな兵器についてだそうです」

「ほう。意外と早かったな」

「はい。以前閣下がガリア軍の火力不足に悩んでいるのを聞いて、兵器廠も本気を出したのでしょう。こちらに目をお通しください」

 

そう言うとオドレイは3つの紙の束をダモンに手渡した。

どれもこれも、1ページ目には『新兵器ニ関スル内容』と書かれていた。

だが、副題がそれぞれ違っており、中に書いてある図には、見た事も無い形の戦車が記載されていた。

1つ目は後ろがやたらと角ばった戦車で、2つ目は逆に三角形に近い台形の戦車であった。

 

「遠距離火力を増大させた戦車と、対戦車に特化した戦車。そして最後は開発中の量産型中戦車か。見た目はともかく、性能さえ足りておれば、わしは許可を出すつもりなのだが?」

「それでも一応説明をしてもよろしいですか?」

「うむ。見落としがあるやも知れんからな。爺にも分かりやすい説明を頼む」

「…善処します」

 

そう言ってオドレイは1つ1つの束の説明に入るのであった。

 

「第1の戦車案についてです。これは、『間接射撃』を重点的に改良した遠距離砲撃用戦車、通称『自走砲(じそうほう)』です。設計図を見て貰えば分かりますが、既存のガリア軽戦車を基軸として、砲塔部分を無くし、車体の後ろ側に鉄の箱のような物を乗せています。この部分に、榴弾砲を乗せて運用します。これらの戦場でのメリットは、今まで中途半端に榴弾・徹甲弾を併用していた軽戦車の弾薬の少なさを、全て榴弾にする事で、榴弾に特化した攻撃を長時間運用することにあります。同時に、既存の車体をそのまま流用する事で、部品関係の整備や改修が容易である事も大きな利点です。予算も軽戦車以下と言う点も魅力です」

 

ダモンは顎に手を乗せ、オドレイの説明を静かに聞いていた。

 

「デメリットは、軽戦車の最大の利点である速さを、(ことごと)く潰している点です。同時に、軽戦車よりも薄くなった装甲も問題です。突撃銃やライフルであれば跳ね返せますが、戦車の砲弾はいとも簡単に貫くでしょう。それと、仰角(ぎょうかく)(砲塔を上に向かせる角度)を稼ぐ為に、天井を無くしております。敵歩兵の接近を許せば、容易に上から手榴弾を投げ込まれるでしょうね。一応、運転席に副武装として車載機銃を取り付けていますが、こちらも焼け石に水程度で、防御できるかどうかと問われれば、まず無理でしょう。」

 

「だが、この戦車は元々遠距離からの攻撃を想定しておる。そもそも敵が近い所で運用する物ではない。そう考えてみれば、メリットの方に軍配が上がるな。よし、量産許可を出そう」

 

オドレイから手渡された書類にダモンは1つ目のサインを書いた。

 

「次に、第2の戦車案についてです。こちらの戦車は、逆に自走砲とは真逆の『対戦車戦』に重点を置きました。通称『駆逐戦車(くちくせんしゃ)』です。榴弾及び対歩兵用武装を全て取り外し、対戦車砲弾である徹甲弾に特化させております。同時に、テイマー技師が第7小隊に所属するエーデルワイス号に施した『自動装填機構』を取り入れ、改良した『簡易自動装填機構』を導入した結果、この戦車は搭乗員1人という偉業を達成しました。装甲面で言えば、『傾斜装甲』も取り入れました。この戦車のメリットも自走砲と同じく、元はガリア軽戦車ですので、部品の互換性・整備のしやすさ・対戦車特化に伴う徹甲弾の弾薬数及び威力の増加。威力で言えば、容易に帝国戦車を撃破できます。そして何よりも、自走砲で失っていた機動力を、この戦車はそのまま軽戦車と同じ速度を出せるという点にあります。こちらも予算は軽戦車以下です」

 

腕を組んでオドレイの説明を聞いていたダモンは喜びの声を上げた。

 

「素晴らしい戦車ではないか! まさにわしの望んでいる戦車像にピッタリだ!」

 

「まだ説明は終わっていません。デメリットは、これらの性能(スペック)を維持する為に、砲塔を無くしました。よって、微調整程度には主砲は動かせますが、敵を狙う時は、車体そのものを敵に向けなくてはなりません。つまり、防衛は得意ですが、肝心の攻撃は不得意なのです。そして、自走砲と同じく、対歩兵では余り役に立ちません。近づかれてしまえば、簡単に後ろを取られてしまうでしょう。こちらも味方歩兵との連携が不可欠です」

 

そう言われたダモンは、眼鏡を取ると、深いため息を吐く。

 

「そう…か。そんな旨い話が有る筈もないか。だが予算を抑えられるという事は上層部の奴らも、嫌とは言わんはず。寧ろ大歓迎するであろうな」

「ですが、その分軽戦車の生産を抑え、新たな戦車タイプを2つも量産するとなると、ガリアの工業力で全て賄えるか分かりません。お言葉ですが、とても中戦車の生産は出来ません」

「あぁ。それは大丈夫だ。"軽戦車の生産を止める"からな」

「…………は?」

 

ダモンはそう言うと、再び眼鏡をかけ、試作戦車の書類を見直す。

 

「考えてもみよ。いくら軽戦車の方が早く作れるとはいえ、今の帝国軍戦車にははっきり言って歯が立たん。わし愛用の戦車は、砲塔の性能を少し上げている軽戦車だが、量産型は違う。帝国の戦車は、こちらの戦車の射程圏外からバンバン撃ってくるのだ。それに対抗するには、この『駆逐戦車』の方が都合が良い。作るだけ無駄なのだ、中佐」

「ですが、それを上層部が許すでしょうか?弱いとはいえ、2つの機能を軽戦車は持っています」

「ふんッ。そこはわしに任せて貰おう。元々この2つの戦車1両の単価は低い。そこを突いてやれば、嫌とは言わんであろう。無念だが、中戦車に関してはまだ時期尚早かも知れん。中佐。この紙を研究開発班に渡してきてくれ。生産体制が整い次第、量産に入ってくれとも伝えてほしい」

 

自信満々にダモンがそう言うので、オドレイはそれを信じる他なかった。

紙を受け取りながら、オドレイは「了解しました」と言う。

 

「それと、"もう1つの方"はどうであった?」

「はい。閣下の仰った通り、人事部は『クルト・アーヴィング少尉』を『国家反逆罪』の罪で、ガリア諜報部所属の第422部隊、通称【ネームレス】に転属辞令を下しました。」

「そうか。報告ご苦労であった。行ってよいぞ」

「了解しました。では、失礼します」

 

オドレイが部屋から出て行くと、ダモンは立ち上がり、背中に手を当てながら窓から見える景色を見つめた。

 

「そろそろ、もう1つの種を蒔く頃合いか。わしが生き残る為に働いてもらうぞ。アーヴィング少尉…」

 

1人言葉を漏らすダモンの声は、誰もいない職務室に響く様に消えていった。

 

 

==================================

 

 

◆4月7日~ガリア諜報部 ラムゼイ・クロウ中佐職務室~

 

この度、ガリア公国軍所属のクルト・アーヴィング少尉は、謂れの無い反逆罪で、第422部隊…通称【ネームレス】に送られた。

彼は大変不服であったが、ランシール王立士官学校で習った"軍人の基本"に沿って、転属辞令を受け入れた。

そして、これから上司になる人物に、挨拶もかねて諜報部の部屋にやって来ていた。

だが、部屋に入って早々、彼は上司に文句を言われる羽目となった。

 

「おいおい。こういう時は普通何か持ってくるもんだろ? 酒とかさぁ」

「生憎、自分は初めての挨拶で、酒を持っていくという事を存じておりません」

「ちっ。つれねぇ奴だな。お前さんは…。ラムゼイ・クロウだ。階級は中佐だ」

 

そう名乗る男の風貌は、軍服が(はだ)け、中のシャツが丸見え。口元を見ればタバコを咥えており、とても軍人とは思えない人物であった。よく見れば部屋も汚い。

 

「クルト・アーヴィ――」

 

彼はそこまで言うと、上司のクロウからダメ出しを食らった。

 

「違う違う。お前さんはこれからネームレス(名無し)へ行くんだ。名前なんてないんだよ」

「なッ!?」

「今日からお前さんの名前は『No.7(セブン)』だ。宜しくな、No.7。それと、これが新しい軍服だ。隣の部屋で着替えて来い。話はそれからだ」

 

反論する余地も無く、彼は隣の部屋で新たな軍服に着替える。

背中には部隊番号である422。胸元には自身の番号である『07』と『口を縛られた犬』が印刷されていた。

 

(なんなんだこの部隊は…。懲罰部隊とは聞いてはいたが、名前まで奪われるとは…。余程知られたくない作戦でもしているのだろうか?)

 

そう思いつつも、首元までネクタイをきちんと締め、部屋から出てくると、クロウは笑った。

 

「おー似合ってるじゃねぇか! これなら部隊を安心して預けられそうだ!」

「前の隊長はどうなされたのですか?」

「どうって…戦死に決まってんだろ? 俺さんが見た訳じゃないから保証は出来んがな。」

 

自身の部下の事すら把握していないのに、コレを上司と言っていいのか、クルトは顔を覆いたくなった。

ハッキリ言ってしまえば、この部隊は異常である。

そんな思いがクルトの心を占めていた。

 

「そんな顔したところで、罪が許される訳じゃあ無いんだぞ。」

「ではッ! どうすれば許されると言うのですか!?」

「そりゃあ戦果をあげて懲罰恩赦を受けるしかねぇな。ま、そんな奴今まで見た事もねーけど」

「……では自分は、その恩赦を勝ち取り、原隊へ復帰します」

「ほ~ん。ま、精々頑張る事だな。それよりも……お、あったあった。ほれ」

 

クルトに恩赦の説明を簡単にすると、クロウは中がグチャグチャの引き出しから1つの作戦指示書をクルトへ放り投げた。咄嗟の行動であったが、クルトはそれを受け止める。

 

「後1週間くらいで、正規軍と義勇軍がアスロン奪還に向けた反撃を行うのは、知っているよな?」

「はい。存じております」

「そこでだ。お前達422部隊に新たな命令が下った。中を見てみろ」

 

クロウがそう言うので、クルトは指示書をめくる。

 

「………アスロンへの道筋を、我々が作れと?」

「おう。帝国軍はアスロンへ撤退したが、未だ一部の部隊は、命令を無視して頑強に抵抗を続けているらしい。そいつらを消して来い。話は以上だ。ほら、ボサっとしてないでさっさと部隊纏めて行ってこい!」

 

説明と言うほどの説明を受けないまま、クルトは部屋からほっぽり出されてしまった。

不満しかないが、命令に逆らえば即銃殺である事を思い出した彼は、軽く舌を打つと、冷静に考え始めた。

 

(恩赦を勝ち取るためには、敗北は許されない。どっちにしろ、やるしかないと言う訳か…。だが、俺は絶対に恩赦を勝ち取って見せる! そして、この無実の罪を晴らす!必ずだッ!)

 

廊下で1人、新たな決意をした男は、422部隊の所へ急いで向かうのであった。

 

 

 

 

だが、そんな男の背を遠くから見守る人物がいた。

 

「アーヴィング少尉…。本当に残念だよ。君と共に戦えない事が…。だが、もし手紙の中身を知っているのであれば、私は君を消さなくてはならない。君が中身を見ていない事を、切に願っているよ。」

 

その男は、ガリア上層部に所属する1人の将校、カール・アイスラー少将。

クルトをネームレスへ送った張本人であり、裏でユグド教団のボルジア枢機卿と繋がっている人物であった。

 

 

 

 

 

 




新たに登場した戦車は、とある方のコメントを採用させて頂きました。
少しでも話が盛り上がればと思った次第です。



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第六話 『春の嵐』作戦





征暦1935年4月10日 

 

ガリア軍総司令官ゲオルグ・ダモン大将は、『春の嵐』作戦実行日を4月の14日と決定した。

帝国軍が、南部のクローデンから補給を受けようとしているとの報告が来た為であった。

折角つかみ取った反撃のチャンスを無駄にしたくはないダモンは、量産中の新戦車を待つことなく、アスロン奪還へ向けた準備を行っていた。

 

今回はガリア軍側の攻勢である。恐らく被害は防衛戦よりも多くなるであろうと踏んだダモンは、味方の消耗を抑えるべく、軽戦車を主軸とした機甲師団を前面に押し出して歩兵の壁となる様に命令を下した。

既に公国内では慌ただしく兵士が動いており、初の反攻作戦に心躍る者もいれば、作戦が失敗しないか不安になる者も居た。

 

だがそれ以上に、アスロンに立て篭もる帝国軍は(きた)るガリア軍の攻撃を何としてでも阻止すべく、各兵士が決意を持って、防衛に当たっていた。

最悪物資が無くなった場合、銃剣突撃も視野に入れている程であった。

 

義勇軍では先の戦勝で士気が上がっており、下手をすれば正規軍よりも戦果を叩き出しそうな勢いであった。

ただ、一部では勝っているにも関わらず既に脱走兵が出てきてしまっており、必ずしも一枚岩とは言えなかった。

ラジオではこの一戦でガリアの運命が変わると吹聴している。

事実、アスロン奪還が失敗すれば、補給を受けた帝国軍により、再びヴァーゼル橋まで押し戻され、今度こそガリアは帝国に降伏しなければならないだろう。

ガリア正規軍中隊隊長であるバルドレン大佐も「此処が我々の未来を決める戦いである」と、ガリア軍内で鼓舞していた。

 

 

 

 

◆4月13日~ガリア公国 ダモンの職務室~

 

この日、ダモンは最後の書類の処理に手を焼いていた。

理由は、自身の生家であるダモン家と縁続きである、エリート軍人家系のラヴェリ家の1人の女性士官にあった。

 

「閣下。顔色が悪いですよ?そろそろ休憩なさったほうが宜しいかと…」

「そうは言うがな中佐。こればっかりは、流石のわしも放り出せん内容なのだ」

「そんなに、『マルギット・ラヴェリ少尉』に問題がお有りなのですか?」

「うむ。まるで昔のわしを見ているかのようでな。今の内に手を打っておきたいのだが……」

 

最後の書類の中身というのは、自身の姪であるマルギットの事であった。

彼女は、緒戦でガリア軍部隊を率い、そして見事に部隊壊滅という結果を叩き出した。

しかし彼女は、この責任は壊滅した部隊にあると言って譲らず、叔父であるダモンに泣きついている状況であった。

だが、この責任は何処をどう見ても、指揮をした彼女に非がある。

ダモンは、彼女もまたネームレスへ送られる事を知っている。下手に手を打つ積もりはなかった。

寧ろネームレスへ送られなければ、一生この独善的な性格のままである事は明白だった。

 

「明日には作戦が開始されると言うのに……。準備で忙しい時に、この姪は…ハァ…」

「どうなされますか?」

「どうせわしが言っても聞く耳持たぬであろうが…。最後くらいはチャンスをくれてやる積もりだ」

「だとしても、少尉に従う兵士が居るでしょうか?」

「老親衛隊から出す。こやつらであれば、何があっても生き残るであろう」

 

本音を言えば、今直ぐにでもネームレスへ送りたい。

だが、未来を知っているからと、何もせずに送ればラヴェリ家とダモン家の間に亀裂が入る。

であるならば、せめて最後くらいは花を持たせてやろうというダモンの優しさが、マルギットを少しだけ正規軍に留まらせる事となった。

 

「それと閣下。今回の作戦ですが、『絶対に』前線に出ないようお願いします! 閣下は後方司令部で随時報告をうけるだけで、結構です!」

 

姪の話から一転、自分の話になった事でダモンは嫌そうな顔をした。

 

「分かった分かった。その事は耳にたこが出来るほど中佐を含めた現場指揮官から話を聞いておる」

 

というのも、ダモンは先日作戦会議の中で、現場指揮官から猛抗議を受けたのである。

理由は3つあった。

 

1つ目は、総大将であるダモンが現場に出てこられては、指揮系統がめちゃくちゃになってしまうという事。

2つ目は、士気は確かに上がるが、もし戦死すればガリア全軍が成り立たなくなってしまう事。

3つ目は、そもそも全ての情報をダモンに伝えなければならないのに、その本人が動くとなると、情報が正しく届けられない事。この3つである。

 

これには流石のダモンもぐうの音も出ず、渋々指揮官らの抗議を受け入れたのであった。

だがダモン自身は諦めた訳ではなく、もしまた機会があればと考えていた。

これには、オドレイとバーロット以下指揮官全員が呆れ返ってしまった。

 

「閣下ご自身、言動と行動が矛盾しております。『戦死は嫌だが前線には出たい』など、おかしいです!」

「うるさいのぅ…。分かったと言っておるのに……」

 

オドレイは先日の件を思い出し、再びダモンにダメ出しを行っていた。

そんな矢先、老親衛隊の1人が報告書をもって部屋にやってきた。

 

「親父殿。命令されていたアスロン近郊の状況報告に参りましたよ」

「全く、中佐の前でもその名で呼ぶのだな?」

「勿論です。親父は親父ですから」

「ハッハッハ。嬉しい事を言ってくれるものだ。さて、報告を頼む」

 

老親衛隊に所属する隊員は、誰もがダモンの事を『親父』と言って敬愛していた。

彼らは、ギルランダイオ防衛戦からダモンに付き従ってきた勇敢な兵士達である。

ダモンの戦いぶりや、兵士1人1人に対する言動は、自分達の親の様であると尊敬し、一部の兵士が『親父』と呼んだ事から瞬く間に浸透し、今に至る。

因みにダモンは、その呼び名に対して何とも思ってはおらず、寧ろ自分を『親父』と慕ってくれる彼らを、一層愛でていた。

そんな隊員は、隣で不満そうな表情をしたオドレイにも聞こえるように、少し大きな声で報告を行った。

 

「親父殿の仰った通り、アスロン近郊にはいくつもの帝国軍陣地が点在していましたが、既に壊滅状態でした」

「壊滅!? 何故です!?」

 

隊員の報告を聞いたオドレイは、耳を疑った。

帝国軍の防衛陣地はいずれも強固で、それこそ機甲部隊を前面に出すという作戦は、これら敵陣地からの攻撃をできるだけ抑える為であった。

だが、その陣地が壊滅したとあれば、別に機甲部隊に頼らずともガリア軍はアスロンへ進軍可能なのである。

 

アスロンは"都市"として見ればガリア中部最大であるが、"拠点"という面で見れば、土地が平坦で守りに向いていなかった。

故に帝国軍は近郊に防御陣地を構築し、ガリア軍を待ち構えていたのである。

しかし、何故帝国軍が壊滅しているのか、オドレイには分からなかった。

 

「流石はアーヴィング少尉。早速やりおったか!」

「閣下。どういうことです?ガリア軍は一度も攻撃命令を許可しておりません。何故にアーヴィング少尉の名前が出るのですか?」

「その説明をするには、まずネームレスという部隊を詳しく知る必要があるな。わしが簡単に教えてやろう」

 

ダモンは口頭で簡単なネームレスの解説を行った。

そもそもの成り立ち、部隊に所属する兵士の事、そして……彼らが行った戦闘は記録に残らない事も。

ここでネームレスについて少し解説する。

 

ガリア諜報部所属の懲罰部隊である422部隊。

この部隊は、ガリア軍の特殊部隊として発足したのが元である。

当初は少数精鋭の兵士で部隊を展開させていたが、作戦での死傷率が甚大であった。

当然ガリア上層部は湯水の様に消えて行く精鋭を、黙って見ているつもりは無く、徐々に部隊は犯罪者や命令違反を犯した兵士が送られる様になった。

そして遂に、422部隊には【ネームレス】という不名誉な渾名がつけられ、懲罰部隊として生まれ変わった。

今では、正規軍でありながら余り補給を受けられずにいた。故に、この部隊は常に医療品や物資が不足しがちである。

名前と自由を奪われ、それでもなおガリアという国の為に酷使され続ける部隊。それが422部隊であった。

 

だが、ダモンは敢えてクルトの事と、グスルグの事を省いた。

今ここでオドレイに2人の話をするのは、色々と問題が起きるかもしれないと思った為である。

クルトは無実の罪であり、それを捏造したのはガリア上層部のアイスラー少将。

グスルグは自身の理想の為にガリアを裏切る事になる。しかし彼は国際法を遵守し、結果的にガリアを救ってくれたのもまた事実である。

 

これら全ての元凶はひとえにアイスラー少将にあるのを、ダモンは知っている。

ただ、今の状態で彼の裏切りが露見すれば、ガリア軍は疑心暗鬼に陥り、機能が停止してしまう。

それを危惧したのであった。

 

「……なるほど。諜報部が極秘裏にアスロンの敵を撃破した。そして部隊を率いたのがアーヴィング少尉であると。そう言う訳ですね?」

「理解が早くて助かる。そう言う訳で、『春の嵐』作戦は、もう決着がついているようなものだ」

「ですが、未だアスロンには―――――」

「分かっておる。作戦に変更はない。明日、ガリア軍の総力をもってアスロン奪還に動く。各部隊には、油断せぬよう伝えておくのだ」

 

そう言うとダモンは椅子の背にもたれ掛ける。椅子は反発するように(しな)った。

老親衛隊の隊員は報告が終わると直ぐに部屋から退出した。

再びオドレイとダモンは2人きりとなった。

 

(ガリアを舐めるでないぞマクシミリアン…。この国は、そう簡単に負けたりはせん。ランドグリーズ家の秘密が公になるまで、この国には生きていてもらわねばならん。そして、わしはそれを見届ける必要がある。見る事が叶わなかった未来を、この目で……)

 

オドレイは、ダモンの思いを知ることなく、1人で耽っている彼を尻目に、黙々と作業を進めていた。

 

 

 

==================================

 

 

 

◆4月14日 ガリア軍『春の嵐』作戦を開始す。

 

ガリア軍は、遂に帝国軍に対して反転攻勢を仕掛ける事になった。

今まで振り上げたままであった拳を振り下ろしたのである。

422部隊のお蔭で、敵防衛陣地を難なく突破したガリア軍は、市内に残る帝国軍と交戦。市街戦に突入した。

無論、ガリア軍の中には義勇軍も含まれているので、ウェルキン率いる第7小隊も参戦していた。

 

「兄さん。此処からは戦車では無理です。どうしますか?」

「うん。じゃあイサラは此処に残って、味方の突入の援護を頼むよ。僕は降りてアリシア達と進軍する」

「分かりました。どうかお気をつけて…」

 

市内では、帝国軍が建物の2階から攻撃をしてきたり、土嚢を積んでそこに機関銃を設置して反撃してくるなど、未だ強い意志を持ちガリア軍と交戦していた。

対するガリア軍も、占領した拠点を元に帝国軍を攻撃し続けている。

"ヒュンヒュン"と弾が擦れる音が各地で轟く中、第7小隊は家屋を1つ1つ制圧していった。

 

2階からの攻撃は、ガリア軽戦車の反撃で次々に潰されていく。

しかしその隙を狙って帝国兵は、軽戦車に対戦車槍を打ち込むなどして反撃を行っていた。

狭い道や場所でこそ真価を発揮するガリア軽戦車ではあるが、その場所が自国の都市と言うのは皮肉であった。

 

 

「チッ! 鼠のように次から次へとキリがないよッ!」

「ロージー! 右だッ!」

 

愚痴をこぼすロージーを狙う帝国兵を、ラルゴは見逃さなかった。

ラルゴは抱えていた対戦車槍を、帝国兵のいる場所へ発射した。薄く弧を描く様に弾は飛んでいき、帝国兵に命中した後、爆散した。

 

「このままじゃ弾が幾つあっても足らねぇぞ!」

「あんたがバンバン撃つからだろうがッ! 下手したらアタイにも当たってたよッ!」

「助けてやったんだから、少しくらいは感謝しやがれッ!」

 

ラルゴとロージーは口喧嘩をしながらも、攻撃を止めない帝国軍に業を煮やしていた。

間違いなくその数を減らしていく帝国軍。だが、誰1人として降伏の意志を持たなかった。

敗北を悟った彼らは、少しでもガリア軍を道連れにする為に、死兵と化していたのである。

 

一方で、アリシアと行動を共にするウェルキンは一足早くアスロン中心部に到着していたが、建物の屋上から狙ってくる敵の狙撃兵により身動きが取れないでいた。少しでも頭を出せば容易に撃ち抜かれる事は流石のアリシアでも理解していた。

 

「どうするのウェルキン? このままじゃ私達、ここから動けないわ」

 

こんな話をしている最中ですら、帝国兵は隠れている2人目掛けて弾を撃ち込んできている。

隠れている建物の壁が、その弾でジリジリとただ削られていく一方であった。

 

「くッ! こんな時にエーデルワイス号があれば、あの建物ごと吹き飛ばせるのに…!」

「エーデルワイス号でもこんな路地までは来られないわ。一体どうしたら…」

 

アリシアが様々な事を思案していたその時、こちらを狙っていた狙撃兵が1発の銃声でバタリと倒れるのをウェルキンは見逃さなかった。

 

「やったぞアリシア! どこの誰かは知らないけど、今の内にここから脱出しよう!」

「待ってウェルキン! 誰か屋上にいるわ!」

 

アリシアがそう言うので、ウェルキンは再び屋上を見つめる。

そこには、黒衣の軍服をきた1人の兵士が、手と国旗を使って何かを伝えようとしていた。どうやら敵では無いらしい。

 

「右……上………ガリアの旗……そうか! そこまで友軍が来ているんだね!?」

 

そう思ってウェルキンは、両手を使って大きな丸を表す。

それを見た黒衣の兵士は屋上から姿を消した。

 

「アリシア! もう少しで此処に友軍がくる! それまで持ちこたえよう!」

「逃げるのか戦うのかメチャメチャね…。でも分かったわ! 頑張りましょ!」

 

 

 

 

 

数時間後、ガリア軍の本隊がアスロン中心部へ到達した。

その頃には既に帝国軍も殆ど壊滅しており、市の中心に掲げられていた帝国の旗は、ガリアの旗と入れ替わり、ガリア軍は再びアスロン市を取り戻した。『春の嵐』作戦は無事成功したのである。

このアスロンを起点として、ガリア軍は今後、南北に展開する帝国軍に対して、反攻作戦を行っていく。

ダモンもランドグリーズを離れ、アスロンに第2司令部を設置。

以後、これからの作戦は、第2司令部があるアスロンで話し合う事となった。

 

 

 




黒衣の軍服……皆さんは既にお分かりですよね?



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第七話 ダモンとクルトとグスルグ

征暦1935年4月15日~アスロン郊外 ネームレス宿舎~

 

「クルト。どうやらガリア軍はアスロンを完全に保護下に置いたそうだ。被害はやはり多かったらしいが」

 

「俺達が敵の防御陣地を壊滅させたからまだマシな方だろう。市街戦というのは、攻める側の方が必然的に被害が大きくなる。これは仕方のない事なんだ、グスルグ」

 

『春の嵐』作戦が完了してから丸一日。422部隊は束の間の休息を得ていた。

クルト率いるネームレスはアスロン近郊に構築していた帝国軍の防御陣地を撃破後、味方のガリア軍がアスロンに突入しやすいように、陰ながら援護を行っていた。

動けなかったウェルキンとアリシアを助けたのも彼らであった。

 

1週間前に貰った指示書を手にもってクルトが部隊を訪れた時は、僅か3人しか彼の元へ集まらなかった422部隊。

1人目は『グスルグ』という名のダルクス人男性。階級は曹長で戦車長。過激なダルクス人権活動家であった為、ネームレスへ送られてきたのだ。彼は今のダルクス人の不遇の扱いを改善したいと願っていた。

 

2人目は『リエラ・マルセリス』というガリア人女性だが、"赤と白"という珍しい色の髪が長く伸びていた。彼女は、過去に配属された部隊が5回も全滅したのだが、尽く1人だけ生き残り、『死神』という不名誉な名前が付けられていた。その影響もあり、彼女は422部隊の中ですら孤立しており、今回の作戦でも単身で敵と交戦していた。性格も消極的で、あまり話さない。

 

3人目は『イムカ』という名のダルクス人女性である。その戦闘力は部隊内でもトップクラスであり、数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者であった。だが、彼女はリエラと違い、進んで孤立を選んでおり、作戦では命令を無視して独断で戦い続けている。彼女は過去に自分が住んでいた村が、ヴァルキュリアによって滅ぼされており、その復讐の為に生きていた。

 

いずれも癖が強いネームレスの隊員であったが、唯一、クルトに好意的に接してくれたグスルグの勧めで、クルトは、手始めにアスロン近郊を警備していた帝国軍小隊を"たったの4人"で壊滅させた。

しかし、指示書に載ってある帝国軍の防御陣地を壊滅させるには、もっと人員が必要であるので、彼はこの1週間を有効的に使用し、部隊の半数を説得していた。とはいっても、名前を教えてくれないだけで、部隊全員がクルトの指示で動いていたが。

 

ネームレスには、信用できた者にしか自分の名前を明かさない暗黙のルールが存在していた。

グスルグは初めてクルトに名前を明かした人物であり、クルトにとってはかけがえのない戦友となっていた。

 

「全く! とんだノロマな奴らなのね正規軍は! 教育が必要だわ!」

 

クルトとグスルグの会話をよそに、乗馬用の鞭を手にした女性が声を荒げた。

女性の名は『レイラ・ピエローニ』。番号はNo.23であり、いまだクルトに名を明かしていない人物の1人である。

因みに義勇軍第3中隊の第7小隊に所属する『ホーマー・ピエローニ』は彼女の弟である。

姉であるレイラは根っからのドSであり、弟のホーマーのドMっぷりは、姉の性格からきている。

ネームレスへ送られた理由も、部隊でセクハラを行っていた上官に対して"教育"をしたからである。

しかし、彼女のその行動が、必然的にネームレス内の風紀を正していた。

 

No.23(トゥエンティスリー)は、まだクルトの事を認めていないのか?」

「当然じゃない。一応No.7の指示には従っているけど、私を納得させるには、まだまだ功績が足りないわ」

 

グスルグの問いに、鞭を左手に添えながらレイラは答えた。

その答えに対して、クルトは不満とも思わず、口を開いた。

 

「勿論だ。俺もこの程度の結果で皆に認められようとは思わない。言いたい事があるならどんどん言ってほしい。俺はそれに対して行動で示すつもりだ」

「ふ~ん。結構言うじゃない。その言葉、反故にしたら私が強烈な教育をするわよ?覚悟しておきなさい」

「あぁ。期待してもらって結構だ」

 

クルトの言葉を聞くと、レイラは宿舎に戻っていった。

グスルグはレイラの言葉に、苦笑いをした。

 

「しかし、これから様々な作戦をするにあたって、俺達には少し問題があるぞ、クルト。食料は大丈夫だが、如何せんそれ以外の物資・弾薬が少ない」

 

「その事は俺もクロウ中佐に打診したんだが……あまりいい答えは返ってこなかった。クロウ中佐が悪いのではく、その中佐より上の奴らが、補給を送らないように工作しているらしい」

 

「上層部は俺達の事を捨て駒だと思っているんだ。今までもそうだったからな。一応聞いてみたかっただけだ」

 

グスルグは右手で髪の毛をクシャクシャと掻きながら、上層部の不満を愚痴った。

因みに、ネームレスもとい422部隊の上司は、クロウ中佐ではなく、カール・アイスラー少将である。

ガリア諜報部自体、ラムゼイ・クロウ中佐とその部下を除いて、全員アイスラーの傀儡なので、正規軍と義勇軍とは異なりダモンの統括下にはないのだ。

 

「どうにかしないといけないのは、俺も理解しているんだが……」

 

クルトもグスルグと同じように悩んでいると、1両の車がネームレスの元へやって来た。

2人は乗っている兵士の服装が、普通のガリア軍兵士ではないと直感し、警戒する。

兵士は車から降りると2人に口を開いた。

 

「失礼します。こちらにクルト・アーヴィング少尉はおりますでしょうか?」

 

その兵士はクルトを探しているようだった。

 

「私がクルト・アーヴィング少尉だ。一体何の用でココへ?」

「自分は、ダモン大将隷下の老親衛隊に所属する隊員です。申し訳ありませんが、名前は伏せさせて頂きます。ダモン将軍から、アーヴィング少尉宛にと手紙を届けに参りました」

 

そう言いながら兵士は、手紙をクルトへ手渡した。サインも書いてあり、まず間違いなく本物である。

グスルグは隣で隊員の服装をまじまじと観察していた。

 

「老親衛隊と言えば、ギルランダイオ要塞での活躍を元にそこから選りすぐられた兵士達だ。君達も、俺達と同じように、正規軍とは違う特別な軍服を着ているんだな?」

「はい。この軍服は、我らのダモン将軍への絶対的な忠誠の証であり、誇りでもあります。将軍の為ならば、この命を差し出す事も厭わない覚悟です」

「そういえば、ダモン将軍と言えば、今はアスロンに設置した第2司令部に居るんだったな。クルト、手紙にはなんて書いてあるんだ?」

 

グスルグと隊員が雑談をしている最中に、クルトは手紙の内容を読んでいた。

その表情は、とても悩ましい感じが浮き出ていた。いや、理解できないという感じと言う方が正しかった。

 

「簡単に言えば、俺と"グスルグ"に出頭せよと書いてある。でも一体なぜ2人なのか分からない。普通の用なら俺だけでいい筈だ」

「俺の名前も? ちょっと手紙を見せて貰ってもいいか?」

 

クルトから手紙を受け取ったグスルグは、しかとその目で手紙に書いてある自分の名前を確認した。

それもご丁寧に"曹長"とまで書かれている。ネームレス番号は載っていなかった。

基本的にダルクス人は、軍隊勤務中であっても、その差別から自身の階級はあまり呼称されない。

 

「とりあえず行くに越した事はない。グスルグ、行こう」

「あ、あぁ。そうだな」

 

グスルグは戸惑いながらも、クルトに答えた。

 

「では自分の車にお乗りください。司令部まで送ります」

「それは助かる。是非頼む」

 

クルト達は、隊員の言葉に感謝し、車に乗り込んだ。

 

 

 

==================================

 

 

 

◆同日~アスロン第2司令部 ダモンの職務室~

 

ダモンは椅子に腰かけ、新聞を読んでいた。一面に『作戦成功』の文字が記載され、正規軍義勇軍問わずに、戦果を残した兵士の名前がズラッと載っていた。

 

正規軍では『ユベール・ブリクサム中尉』が名を上げていた。その狙撃の腕はガリア軍トップであり、帝国軍から付いた異名が『蒼い死神』である。なお、所属はバルドレン大佐の指揮する中隊である。

義勇軍では『レオン・ハーデンス軍曹』がその名を上げていた。対戦車兵でありながら、各拠点で果敢に戦うその姿は『赤き獅子』の異名を取っていた。弟はアバン・ハーデンスと言い、メルフェア市で自警団の1人として帝国軍に対して勇敢に戦っている。

しかし、こんな事を新聞に載せれば、敵に「狙って下さい」と言っている様な物であると、ダモンは少し不満に思っていながら、新聞を畳む。

 

("赤と蒼"、見事に正規軍と義勇軍に分かれて渾名が付いたな。これで味方の士気も上がるはずだ)

 

今やガリア全域で反撃の狼煙が上り始めている。

特にメルフェア市・ユエル市などは自警団の歴史が古く、その実力は帝国軍に占領されず互角に渡り合っている程であった。

しかし、アスロンを奪還すると、それに呼応するように帝国軍は、南部と北部に攻勢をかけ、勢力を拡大していった。

特に北部のファウゼン工業地帯に籠もるガリア軍の被害は尋常ではなく、現地では既に医薬品が底をついており、麻酔や鎮痛剤無しで怪我人の治療を施していた。現地からの報告では『想像ヲ絶スル状況ニアリ』と言われる程である。

このファウゼンを救うにはスメイク・アインドン両市を奪還する他無く、刻一刻と陥落の時が迫っていた。

 

未だ孤立しながらも戦い続けるファウゼンを思うと、ダモンは目頭が熱くなった。

彼らは、必ずや味方の援軍が来ると信じて、腕無くし、足無くそうとも、歯で敵に食らいつきながら、ファウゼンで抗戦を続けているのだ。

ガリア軍総大将でありながら、自分は余りにも無力で何もできないと感じる度に、歯を食いしばった。

何としてでも、彼らを救わなければならない。彼らの希望を、潰えさせてはならない。

アスロンを奪還した今、ガリアは南北に戦線を構築し、帝国に対して攻撃を仕掛け、帝国を追い返さねばならない。

ここまで粘ってくれているのに「はい負けました」では戦死した兵士に申し訳が立たないのだ。

 

部屋で1人、机の上に敷いている地図の中にある【ファウゼン】と記載された場所を見ながら思いを馳せていると、"コンコン"と扉をノックする音が、ダモンの耳に届いた。

因みに、秘書であるオドレイは現在、被害に遭った建物や道の復興作業の指揮に赴いており、この場には居なかった。

 

「閣下。クルト・アーヴィング少尉、並びにグスルグ曹長をお連れしました」

 

「む。そうか。鍵はかけておらん」

 

ダモンがそう言うと、老親衛隊の隊員が扉を開いた。

クルトとグスルグは言われるがまま部屋に入ると、姿勢を正して、ダモンに敬礼した。

 

「クルト・アーヴィング。出頭命令に従い、参りました」

「同じくグスルグ。出頭命令に従い、参りました」

 

隊員は2人の敬礼を見ると、すぐさま部屋から退出した。

 

「うむ。今日2人を呼んだのは他でもない。この度のアスロン奪還作戦の事だ。よくぞ敵の防御陣地を撃破してくれた。お陰で味方の被害も抑えられた。その事でわし直々に礼を言いたかったのだ。もし防御陣地が健在であれば、恐らくガリア軍は南北に兵力を分けられなかったであろう。アーヴィング少尉、本当に感謝する」

 

「そんな…我々は命令に従っただけです。それに我々は番号での呼称が義務付けられています。名前ではなく番号でお呼びした方が……」

 

「ふんッ。このガリアに住まう人間は皆、名をもっている。アイスラーが勝手に作った規則など、知った事ではないわ。わしより歳が下の奴らは全て息子や娘の様なものだ。番号などで呼べるものか」

 

そう言うとダモンは、2人を背にして窓を見つめた。太陽の光が眩しかった。

クルトとグスルグは、そんなダモンの言葉に唖然としていた。

この人がガリア軍全ての上に立つ人間。ゲオルグ・ダモン大将なのか…と。まるで父親の様であると、2人は感じた。

 

「お主ら、補給が滞って困っているのだろう?」

「……何故その様な事を知っているのですか?」

「ふんっ。わしの耳と目はそんじょそこらの奴らとは違う。この司令部の裏にトラックを2台停めてある。帰る時に持っていくがよい。許可は出してある」

 

そう言いながらダモンは2人の方に振り返る。

よく見れば少しだけ口角が上がっているのを、クルトは見逃さなかった。

 

「将軍。失礼ながら、何故自分のようなダルクス人までもお呼びになったのです?真意をお聞かせ下さい」

 

隣で2人の話を聞いていたグスルグは、何故自分まで呼ばれたかの理由を聞きたかった。

この程度の用事であれば、自分は来なくてもいいと思っていたグスルグは、ダモンに質問をした。

 

「ふむ。実は、そっちの方が本題ではあるのだ。曹長。まずはわしの質問に答えてくれ」

 

ダモンは一呼吸置くと、グスルグに質問を投げかけた。

 

「曹長。もしも『同胞であるダルクス人を撃て』と命令されたら従う事は出来るか?」

「できません。ダルクス人は祖国を持たない、故にその繋がりを重視します。例え命令であっても、それはできません」

 

即答であった。グスルグは断固たる意志でその質問に答えた。

 

「では、そのダルクス人が裏切っていたら?お主はガリアに住む1人の国民である。それでも尚、同胞は撃てぬか?」

「………何故そのような質問を?ダルクス人は信用が出来ないと、将軍は仰るのですか?」

「曹長。わしは別にダルクス人を差別している訳ではない。わしは公平がモットーである。同じガリアの地に住む者は、全て同じ仲間なのだ」

 

グスルグは、ますますダモンの言葉の意味が分からなかった。

何の意味があってこんな質問をするのか。その思いが彼の頭を占めていた。

 

「少尉、曹長。これから話す内容は、絶対に口外してはならんぞ」

「は?」

 

いきなり話しかけられたクルトも、グスルグと同じ思いであった。

 

「……まだ確定ではないが、ガリア上層部に裏切り者がいる。そしてそやつは、戦闘記録が残らぬお主らネームレスを酷使し、必ず何かをやらかすであろうと、わしは踏んでおる。国際条約ですら無視する程にな」

 

少ない言葉ではあったが、2人を驚愕させるには十分な爆弾発言であった。

しかも国際条約などと言う単語が含まれていたので2人は絶句した。

ダモンは話を続けた。

 

「その時、その裏切り者はダルクス人を使って内部分裂を起こすであろう。言っている意味が分かるな?」

「まさか…将軍!」

 

グスルグはダモンを力強く見つめた。

 

「グスルグ曹長。そしてアーヴィング少尉。もし何かおかしな命令や"砲弾"が届いた場合、わしの名を使って、早急に報告してほしいのだ。特にグスルグ曹長。お主は、ダルクス人である事を利用されるかもしれん。逐一気を付けておいてくれ。わしからは以上だ」

 

衝撃に次ぐ衝撃で、2人は首を縦に振る事しかできなかった。

2人は「帰っていい」と言われたので、部屋から退出する事にした。

その際、ダモンはもう1つだけ、グスルグに言葉をかけた。

 

「曹長。第7小隊では、年端もいかぬ少女が戦車を動かしておる」

「それが、何か?」

「その少女もまた、ダルクス人なのだ。この前行った時にな、知ったのだ。誠、賢い娘であったわ」

「ダルクス人と会話を? 軍人貴族である将軍がですか?」

「曹長。もう一度言っておくが、わしは差別主義者ではない。もしまた補給が滞った時には、わしを頼るがよい。それだけだ」

 

そう言うとダモンは新聞を手に取り、再び読み始める。

グスルグは、そんなダモンを観察するように見た後、部屋から退出した。

 

(……あれがダモン将軍。まるで国王のような器を持っている男だ。人種を問わずに誰とでも接している。ガリアの上層部が全員ダモン将軍のような考えを持っていたら、どれだけ幸せな事か。いや、ダモン将軍だからこそこんな考えを持っているのか? ……どっちにしろ、まだガリアにはまともな奴がいるんだな)

 

グスルグは廊下で、ダモンに対する評価を改めた。

同時に、「食えないお人だ」とも思い、ニヤッとしながら、クルトと共に用意してくれたトラックの元へ行くのだった。

 

 

 



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第八話 チェス交渉

征暦1935年4月17日~アスロン第2司令部~

 

この日、司令部ではこれからの反攻作戦について全指揮官による会議が行われていた。

議題は簡単。"北か南か"と言うものである。

議場では、先に南部の攻略を進めるべしとする者と北部を優先すべしとする者で、意見が割れていた。

 

南部を優先する者の主張は、クローデンの森に設置されている補給基地を叩き、帝国軍の補給線を分断し弱体化させ、ガッセナール城に籠るガリア軍と共に南部に展開する帝国軍を撃破すると言うものであった。

北部を優先する者の主張は、スメイク・アインドン両市を奪還し、北部のファウゼンで抗戦を続けるガリア軍を救援し、同時に北部から帝国軍を駆逐すると言うものであった。ファウゼンに存在するラグナイトの存在も大きい。

 

南部攻略を推し進める中心人物は、義勇軍第3中隊隊長の『エレノア・バーロット大尉』並びにその他の義勇軍指揮官。

北部救援を推し進める中心人物は、ガリア軍総大将である『ゲオルグ・ダモン大将』並びにその他の正規軍指揮官。

 

事此処に至り、会議は正規軍と義勇軍に分かれたのである。

しかし、双方の言い分は理に適っており、どちらが間違っていると言うものでは無かった。

バーロットはファウゼンの救援も早急に行わなければならない事も理解しているし、ダモンも南部を見捨てる訳にはいかない事を理解していた。

 

結果、当初の予定通り、ガリア軍は南北の戦線を構築するも、南部方面攻略は義勇軍が、北部方面攻略は正規軍が主力として別れる事になった。

しかし、この兵力の分断によって、ガリア軍は数で勝る帝国軍により一層苦戦を強いられる事になってしまう。

とりあえず義勇軍はクローデン補給基地攻略を目標として、正規軍はスメイク・アインドンを目標として動く事となった。

 

だが、この戦争の最中、ガリア軍の偵察隊は、各地で転戦する異色の部隊を発見する。

その部隊は、顔を仮面で隠し、軍服・装備の色を黒で統一していた。しかも、全員がダルクス人で構成されていたのである。差別が激しい帝国ではおかしい編成部隊であった。

しかし、その戦闘力・士気・チームワークは他の帝国軍部隊を遥かに凌駕しており、各地でガリア軍敗退の原因となっていた。部隊の名前は『カラミティ・レーヴェン』と呼ばれていた。

 

 

 

==================================

 

 

 

◆4月26日~アスロン第2司令部 ダモンの職務室~

 

アスロン奪還から1週間強。ガリア軍は、中部戦線を構築したものの、帝国軍と一進一退を繰り返していた。

当初の予定通り、ガリア正規軍はスメイク・アインドン両市を目指して進軍を開始したのだが、義勇軍を欠いたガリア軍は数が少なくなってしまい、帝国軍が作った前線を突破できずにいた。中部戦線は、完全に停滞してしまったのである。その間にも、ダハウ率いるカラミティ・レーヴェンが、中部戦線で猛威を振るっていた。

同時に、ファウゼンに対する攻撃は日増しに激しくなっており、ダモンの予想よりも早く、5月までに陥落してしまう状況に陥っていた。

どうにかして彼らを救出したいと考えていた矢先、老親衛隊の隊員が報告に来ていた。

 

「ダルクス人だけしかおらん部隊……か…」

「どうします親父殿? この部隊を優先的に撃破するように各部隊に通達しておきますか?」

「いや、束になった所でそう容易に壊滅させることはできんだろう。当分はお主らと、アイスラーに頼んで422部隊で対応して貰うとしよう。正規軍では歯が立たぬわ」

 

各地で敗北を繰り返したガリア正規軍では、彼らに立ち向かう事はできないと、ダモンは既に悟っている。

 

「了解しました。では、422部隊と我ら老親衛隊は当分の間、遊撃戦という事で宜しいですか?」

「うむ、そうしてくれ。ただ、被害だけは最小限に留めておくのだぞ?」

「分かってますって。親父殿は心配性ですなぁ。では、失礼します」

 

老親衛隊の隊員とダモンは、報告された帝国の特殊部隊のことについて話をしていた。

カラミティ・レーヴェン。ダルクス人だけで構成された部隊である。部隊を率いている男の名は『ダハウ』と呼ばれるダルクス人であった。

ヨーロッパ大陸の中で、比較的差別が少ないガリア公国では、ダルクス人兵士はあり得るのだが、差別が激しい帝国において、このような部隊は絶対にあり得ない事だと、ダモンは感じていた。

隊員は、報告が終わるとすぐに退出した。

 

(遂に姿を見せたな『ダハウ大尉』。できる事ならあやつと直に話をしてみたいが……)

 

1人考えるダモンは、どうにかしてダハウと話す事はできないか目を閉じて逡巡する。

一番手っ取り早いのは、自らダハウ率いるカラミティ・レーヴェンに接触することだが、これは先日のオドレイの抗議もあって叶いそうにないと、ダモンは諦めた。

 

そもそも、ガリアという国こそ、ダルクスの理想郷である事を、ダモンは知っている。

ガリアに隠された秘密……それは『ランドグリーズ家が大昔のダルクス人の末裔である』というものだ。

とどのつまり、現ランドグリーズ家当主にあたるコーデリア姫が、ダルクス人であるという事でもある。

なのでガリア公国は、ダルクス人が作った国である。「独立自治区建設」などよりも、遥かに喜ばしい事なのだ。

 

その大昔、1人のダルクス人がヴァルキュリア人と通じ、同胞を裏切った。

ヴァルキュリア人はそのダルクス人から得た情報を元に、『ダルクスの災厄』を引き起こした。

そう。『100の都市と100万の人畜を焼き払ったのは、ヴァルキュリア人』なのだ。

そして、戦いに敗れた勇敢なダルクス人は、勝者であるヴァルキュリア人によって、国と姓を奪われ、同時に歴史を書き換えられてしまう。自分たちが行った虐殺を、ダルクス人に擦り付けたのである。

だが、同胞を裏切った1人のダルクス人は、ヴァルキュリア人から褒美として辺境の土地を与えられた。そのダルクス人だけは姓を奪われず、その辺境の土地で国を立ち上げた。

それが『ランドグリーズ家』と『ガリア公国』なのである。

 

皮肉にも、ダハウ率いるダルクス人部隊は、ダルクス人の理想郷を攻撃している。

この事実を知れば、ダハウはガリア側に通じてくれるかもしれないのだ。通じてくれなくても、攻撃は止めるだろう。

 

「閣下。街の復興作業の事で、お聞きしたい事が――閣下?」

 

ダモンは、いつの間にか部屋に戻ってきていたオドレイの事に気づかなかった。

 

「む!? …中佐か。驚かせるでないわ」

「私は一言閣下をお呼びしましたが? 眠っていたのですか?」

「いや、少し考え事をな…。所で何の用なのだ?」

「こちらの書類にサインを頂きたく。それと、街の復興は順調に進んでおります。このままいけば、5月にはもう完全に元の街に戻っているかと。あと、ランドグリーズからの補給線構築も現在進めております」

 

オドレイは自信満々にそう答えた。自分が指揮して街の復興をしているのだ。力も入るのだろう。

ダモンは先ほどまで考えていた内容を一時保留し、オドレイの質問に返答した。

 

「そうか。ではその調子で頼む。……当分の間は中部戦線は動かぬであろうからな」

 

ダモンは、暗い表情をしながら再び中部戦線の内容に触れた。

 

「軍を動かさないのですか?」

 

「中部戦線は動かない」という言葉に、オドレイはすぐさま聞き返した。北部への進軍はダモンが一番押していたからである。にも関わらず、ダモン自身が北部への進軍を止めたのだ。疑問にしか思わないだろう。

 

「……情けない事なのだが、わしは敵の動きを過小評価しておった。報告では、今やスメイク・アインドンには帝国の大兵力が結集されておる。かの『ベルホルト・グレゴール将軍』が、そこにおると言うのだ。義勇軍を欠いたガリア軍では、とてもではないが数が少なすぎた。お陰で迂闊に手が出せん状況だ。しかも帝国軍は5月までに、ファウゼンを完全に支配下に置くつもりらしい。このままでは……間に合わん」

 

ダモンは、声を振り絞ってその事をオドレイに告げた。言外に「ファウゼンは救えない」と言っているようなものであった。オドレイは持っていた書類を握りしめてダモンに抗議した。

 

「そんなッ! ファウゼンにいる友軍は、どうなるのですか!? 彼らをお見捨てになるのですかッ!?」

「………交渉……」

「えっ?」

 

ダモンは手を組みながらボソッと呟いた。オドレイからはその顔は見えなかったが、その声には熱い意志が伴っていた。

 

「………わしがグレゴール将軍と交渉する。ファウゼンに居る友軍部隊及び民間人を救うには、交渉するしかない。ファウゼンは帝国の手に落ちるが、兵士と民間人は救える。もうこれしかないと、わしは思うのだ」

 

ダモンは、置いていた軍帽を被ると、オドレイに告げた。帝国と交渉するしか、彼らを救う手立てはないと。ダモンの眼は、覚悟を決めていた。

最早ファウゼンは持たない。史実よりも帝国軍の攻撃が激しいのだ。準備が整う5月中旬までに、ファウゼンは間違いなく玉砕してしまう。故にダモンは決断した。

現在の戦争状況は、圧倒的に帝国側が優勢である。つまり、そもそも交渉に応じてくれるか分からない。

しかし、ダモンは、もうこれしか手立てがないと考えていた。

本来の歴史に沿うのであれば、ファウゼンを放棄して南部へ集中してもよかっただろう。

だが、ファウゼンの希望を、彼らを見捨ててはならないとダモンは誓った。形はどうあれ、彼らは絶対に救わねばならないのだ。

 

「無茶です閣下! 帝国が交渉に応じるとはとても思えません!」

「やってみなくてはそんな事、誰にも分からん。だが、相手はあのグレゴール将軍。自軍の消耗をとても嫌う男だ。意外と乗ってくるかもしれん。中佐、アインドンに居る帝国軍へ使者を向かわせてくれ」

「閣下!」

「まぁ見ておれ。わしが命を懸けて、あやつらを救ってみせる…!」

 

ダモンの心は決意で満たされていた。

 

 

==================================

 

 

 

◆4月27日~アインドン市 臨時帝国軍司令部~

 

「何? ガリアからの使者だと?」

 

ベルホルト・グレゴールは、司令部で趣味であるチェスをしながら歩哨からの報告を受けた。

現在も帝国軍は攻撃を行っている最中にも関わらず、彼は貴族特有の優雅さを醸し出しながら、紅茶を手にする。

 

「ガリア軍総司令官であるゲオルグ・ダモン大将が、グレゴール将軍と直に交渉したいとの事。交渉の内容は『ファウゼンに籠るガリア軍と民間人』の事だそうです。」

 

遂にガリアが降伏したかと思っていたが、期待していた内容の報告ではなかった。

彼は軽く鼻を鳴らすと、呆れながら口を開いた。

 

「ふんッ。今になってそのような内容か。状況を見誤ったな。既に我らの勝ちは見えている。やはり、ガリアの将軍は間抜けしかおらんようだ。私の眼も曇ったものだ」

 

グレゴールは紅茶を啜りながらダモンの悪態をついた。ギルランダイオでの事もあり、彼はガリア軍の中で、唯一ダモンの事を評価していたのだが、この件で完全に見損なっていた。

 

「では、使者を返しますか?」

 

しかし、紅茶を飲み干すと、彼は歩哨の言葉とは裏の事を口にした。

 

「いや、会おう。せめてもの情けだ。話くらいは聞いてやるとしよう。ただでさえ我が軍の消耗が著しいのだ。場所と時間は?」

「場所は、ここアインドン。使者の情報によりますと、今すぐにでもお話がしたいそうです」

「いいだろう。今すぐファウゼンの攻撃を止めさせろ。これより交渉に入る」

 

グレゴールの鶴の一声で、ファウゼンに対して侵攻していた帝国軍は、その苛烈な程の攻撃を止めた。

今の今までファウゼンに轟いていた砲撃音と、その他叫び声などが入り混じった阿鼻叫喚の戦場は、ダモンの交渉提案により、静まり返った。

 

 

数時間後、ダモンとその護衛の為に付き添った、秘書であるオドレイと老親衛隊2名、計4人を乗せた1両の車が、アインドンに到着。帝国兵に囲まれながら、グレゴールが待つ帝国軍臨時司令部に連れていかれた。

彼らが連れていかれた部屋の中は、椅子と机だけという簡素は状態ではあったが、壁には帝国の旗と地図が掛けられており、未だアインドンが帝国領であると言う事実を、ダモンはまざまざと見せつけられていた。

 

(この街が元々ガリアのものであるという事を、忘れてしまいそうだ。皆、すまん…)

 

ダモンは内心悔しかった。自国の街であるはずなのに、その空気はまるで別物であることに。

帝国軍に占領された際についたであろう建物の傷、制圧され戦々恐々の市民。

少しだけではあったがダモンは彼らを見た。そして彼らもまたダモンを見ていた。その目からは『助けて』という感情が、溢れていた。

そんな視線を思い出す度、ダモンは悔しくて仕方がなかった。

 

数分後、兵士に連れられながら、グレゴールはダモンが待つ部屋に訪れた。

 

「私が北部方面軍司令官であるベルホルト・グレゴールだ。遅くなって申し訳ないダモン殿。ギルランダイオ要塞での戦いぶりは、我が軍に轟いている。会えて嬉しく思う」

 

「わしがガリア軍総司令官であるゲオルグ・ダモンだ。まずは此方の交渉要求を呑んでくれたことに感謝する。わしも皇帝の縁戚にあたるグレゴール殿と話が出来て嬉しい。では、早速交渉に入るとしよう」

 

2人は、各々付き人である者達を別室で待つように指示した。オドレイ達は、ダモンに何かあった時の為に、直ぐにでも対処できるように別室で準備をしていた。

そして、遂にグレゴールとダモンは対面し、交渉に入った。

 

「そちらの要求は、ファウゼンにいるガリア軍と民間人の退去というものであったな?」

「うむ。今のファウゼンは余りにも惨い状況だ。そこで国際条約に則って、人道的配慮に従い、ファウゼンにいる全ての軍属及び民間人を此方で引き取りたい。このままファウゼンに籠ったところで、無駄な血が流れるだけだと、わしは思う」

 

ダモンは、あえて帝国の状態を気にかけながら、グレゴールに話をした。

聞いているグレゴールも、満更ではなかった。

 

「それについては、私も異存は無い。無駄な流血ほど、悲しい事は無い。だが、交渉内容全てを呑む訳にはいかんな。私にも面子というものがある。おいそれと敵の話を鵜呑みにはできん」

「では、そちらの要求内容も聞かせてもらいたいのう」

 

ダモンは、グレゴールを見ながら、1つ1つ言葉を選んで、口に出す。

しかしグレゴールはそんな素振りを見せず、淡々とした口調で話を続けた。

 

「ダルクス人のみ、退去不可とさせて貰おう。それさえ呑んでくれるのであれば、私は異存ない」

 

グレゴールは、ファウゼン攻略後のラグナイト鉱石の発掘の為にダルクス人を使役しようと考えていた。

帝国領内では、ダルクス人は人間ではない。奴隷である。

いくら国際条約に則った所で、ダルクス人ならば問題は無いと、彼は踏んだのである。

ダモンはそんな彼の答えに、拳を握った。

 

「では、"大人の"ダルクス人のみ。ファウゼンに残す。これでどうだろうか?」

「ふむ……。子供のダルクス人は退去させろと?」

「いくらダルクス人とはいえ、子供は無力であると、わしは思うが?」

 

ダモンは、せめて子供のダルクス人だけでも救えるように交渉を続けた。

グレゴールは、再び顎に手を当てて考えた。1分後、グレゴールは話を再開した。

 

「ダモン殿。チェスは得意か?」

 

しかし、口から出た言葉は、交渉には何の関係もない"チェス"という単語だった。

ダモンは怪訝に思いながらも、それに答える。

 

「嗜む程度には」

「ではそれで決着をつけよう。私に勝てば、退去する民間人にダルクス人の子供を含めてもいい」

 

するとグレゴールは、扉の向こうで待機していた兵士に、チェス盤と駒を取りに行かせる。

数分後、兵士はチェス盤を2人の間において退出した。

 

「チェスの決着が終わるまで、此方の攻撃は止めておく。ダモン殿。手加減しないが、よろしいか?」

「…うむ。子供の命を懸けたチェス。絶対に負けたりはせぬ。約束は守ってもらうぞ?」

「いいだろう。では、始めようか」

 

国民の命を懸けたこの交渉は、後の歴史で『チェス交渉』と呼ばれた。

この戦いは1日という長い時間をかけて行われ、ダモンは見事、グレゴールと引き分けた。

対戦で引き分けたにも関わらず、グレゴールはダモンの要求を承諾。

ファウゼンに籠っていたガリア軍及びダルクス人の子供を含めた民間人を見事、ダモンは解放させた。

この事について、グレゴールは一言だけ、付き添いの兵士にこうコメントを残した。

 

『ゲオルグ・ダモン侮りがたし』と。

 

 




ベルホルト・グレゴール(51歳)
ゲオルグ・ダモン(54歳)

ダモンさん若作りすごいです……。



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第九話 生き延びた者達

今回はファウゼンの事を詰め込みました。


征暦1935年4月28日~ファウゼン 北部方面軍~

 

ガリア軍が圧倒的に不利の中、ダモンがグレゴールと決死の交渉を行ったお陰で、ガリア軍と北部帝国軍は5月1日まで一時停戦となった。これは国際条約に従って履行されるものであり、マクシミリアンも異議は無かった。

停戦が成った28日。3日間という少ない停戦期間の中で、ガリア軍は帝国軍が監視する中、ファウゼンに向かった。

ガリア軍が来る前に、ダモンはオドレイ達を連れ先駆けてファウゼンに入る。入った矢先、その光景を見たオドレイ達は、絶句した。

 

そこには、"まだ"人間と呼べる状態の兵士達が岩にもたれ掛けたり、寝かされていた。

鉱山内部までぎっしりと横たわっている兵士達からは、まるでゾンビのような声が上がっていた。

替えの包帯も無い為、頭や腕に巻かれた包帯は出血を抑えきれず、血が滴っていた。

トイレやシャワーがある筈もなく、洞窟内は悪臭と湿気に満ちており、不衛生極まりなかった。

死んでしまった者は埋葬もされず、端っこに集め、積み上げられていた。

民間人にしても、傷ついた兵士の傷口を洗う為に貴重な飲料水をチビチビと使用しているという有様である。

こんな状況に完全に諦めかけていたその時、ダモンの交渉が実った事で、ファウゼンで生き残っていた全ての兵士や民間人は九死に一生を得た。

 

彼らが洞窟の外からやってくるダモンを見た時、暗い洞窟に籠っていた所為もあって眩しかった。だが、外の光がまるで後光のようにダモンの背後より差し込むその光景は、誰しもが神様かと思わずにはいられなかった。

1人の兵士は、意識が朦朧とする中、その光の方へ向かって這った。彼の中では既に死後の世界にいるのだと思ったのだろう。だが、気づけば彼は這っておらず、確かにハッキリと誰かに支えられている感触を感じ取った。

その男は、息も絶え絶えな状態である彼に、言葉をかけた。

 

「……よくぞ、耐え難きを耐えてくれた。もう大丈夫だ」

 

その人物はダモンであった。オドレイと隊員2名は、悪臭漂う中、現在の状況を確認するべく既に動いていた。

少量だが医療物資もあったので、3人は命の危機がある者に優先的に治療を施していく。

ダモンの声を聴いた彼は、薄れゆく意識を再び興すと、途切れ途切れではあるものの、ダモンに向かって口を開いた。

 

「将………軍……。ハァハァ…グッ…待っ…て………いま……し……た…」

 

消えるような声で兵士は口を開く。

 

「あぁ…遅くなってしまったな。もう、大丈夫だ。安心せよ。ちゃんと家族のもとへ帰してやる。お主は、まだ生きねばならん。こんな所で死んではいかんのだ」

 

ダモンは上官として、だがその声にはまさしく父親のような感情を込めて彼に告げた。

その言葉を聞くと、彼はそこで意識を失った。死んだ訳ではなく、彼が気付かない内にダモンがラグナエイドを使用したため、副作用として眠りについたのだった。

ダモンは彼をゆっくり寝かせると、再び周りを見渡した。

 

「中佐。そっちの方はどんな状況だ?」

 

ダモンは耳に付けている無線機に手を当ててオドレイに声をかける。

"ザザッ"というノイズの後、オドレイから応答が返ってきた。

 

≪酷いと言う言葉以外、見つかりません…。このような状態で、よくここまで……≫

「後2時間もすれば味方の救助部隊が来る筈だ。直ぐに下山できるように、皆に伝えておいてくれ。ダルクス人達には、わしから話す。よいな?」

≪了解しました。隊員の方にも伝えておきます。それと、出来るだけ早く降りた方がいいかと思います。余りにも衛生状態が悪いです。これでは、治るものも治りません≫

「それは理解しておる。少しでもいい。皆を助けてやるのだ」

 

ダモンはオドレイにそう告げると無線を切る。彼は再び、手持ちのラグナエイドを、傷が深い者から順に使っていった。その後、軍服に血が付くのを顧みず、ダモンは軍人・民間人問わず1人1人背負って入口の方へ運んでいく。

ダモンは黙々と入口と洞窟の往復を繰り返す。かかった時間は約2時間。ダモンには永遠の様に感じられた。

 

その後、ファウゼンにいる全ての兵士と民間人を運び出すために、ランドグリーズとアスロンから掻き集めた100両のトラックやジープが、ダモン達の居るファウゼンの鉱山に到着した。到着した部隊は、順に鉱山内部へ入り、傷ついた者達と民間人の救出作業に当たった。3日間しか猶予が無いので作業は急ピッチで進められた。救出される兵士の中には、泣き崩れる者もいた。

彼らは、遂に地獄を生き延びた。

 

元々、ファウゼンにいた北部方面軍の数は3万5000人。民間人の数は約5000人。合計で凡そ4万人という大所帯であった。しかし、28日の時点で生き残った者は、官民合わせて僅か1万人弱という凄惨な状態であった。およそ3万人もの人々が、このファウゼンで戦死したのだ。

だが、この3万の兵士・民間人達が踏みとどまってくれたからこそ、ガリア軍は帝国軍に対して反撃を行う事が出来たのである。彼らの屍の上に、ガリアと言う国家は生き残ったのだ。

 

救出作業に当たったダモンは、絶望的な状況下でガリアの為に命を捨て、この場所を守り続けた英雄達を忘れてはならないと、固く心に誓った。オドレイ達も同様である。

次いでダモンは鉱山で生き残ったダルクス人達を話をする為に、救出作業は別の者に任せて、1人ダルクス人がいる場所へ向かった。

 

 

 

==================================

 

 

 

◆同日~ファウゼン ダルクス人の洞窟~

 

ダモンは、駆け足でダルクス人が集まっている洞窟へやって来た。

しかし、ダルクス人達も攻撃の影響を受けており、傷ついた者の姿が目立っていた。

そんな中、ダモンの姿を見ると、1人のダルクス人が彼の元へ歩いてきた。男は片目を閉じていた。

 

「やっとオレ達を助けに来てくれたのか」

「お主は?」

「オレか? オレはザカだ。ここに居る奴らのリーダーをさせて貰ってる。あんたは?」

 

そのダルクス人の青年の名は『ザカ』。

史実では、後に義勇軍第7小隊に配属され、『シャムロック号』に搭乗して戦う男である。

見た目とは裏腹にとても気さくで話しやすく、人種差別を受けてもサラッと受け流すダルクス人であった。

 

「わしはゲオルグ・ダモンだ。帝国軍と一時休戦してファウゼンに居る兵士と民間人の救助の指揮をとっておる」

「そうか。なら俺達も山を降りられる訳なんだな?」

 

そこでダモンは口を噤んでしまった。ダルクス人を全員救えるわけではないのだから。

だが、ザカはダモンの一瞬の戸惑いを見抜いた。つまり、助けに来たわけではないと、理解した。

 

「……なるほど。俺達は無理なんだな…」

「いや、全員は無理だが、子供だけは降りられるように交渉した。そこで、お主らに決断してもらいたくてな…。今日ここに来たのだ。此処で親と共に残るか、子供だけをファウゼンから出すか……をな」

 

しかし、ダモンの言葉を聞いたザカは、驚いたような表情をしていた。

 

「子供を助けてもらえるのか!?」

 

彼の中では、ダルクス人に対する差別が理由で救助を拒まれたと思っていた。

だが、子供だけは助けてあげられると言う言葉に、彼は喜んだ。ちゃんとダルクス人にも手を差し伸べてくれるという事だけでも、ダルクス人にとっては希望であった。

 

「うむ。必ずや子供達を保護しよう。飢えて死ぬ様な事は絶対にさせぬ。ダモンの名に懸けて、誓おう」

「そいつは助かるぜ! 直ぐに皆にも話してみる! おやっさんはここで少しの間だけ待っててくれ!」

 

そう言うとザカは、ダモンを置いて洞窟の奥へと戻って行った。

ダモンは、ただ待つのも勿体無いので、胸ポケットから葉巻を取り出して、久方ぶりに火をつけた。

戦争が始まってもうじき1ヶ月強。余りの忙しさに、葉巻を吸う暇も無かったダモンにとって、その一服はとても甘美な物であった。

"フゥ~"と吸った煙を吐き出す。たった1ヶ月吸わないだけで、こうも葉巻は美味しくなるのかと、ダモンは人差し指と中指に葉巻を挟んで一時の安らぎを得ていた。

 

葉巻を(くゆ)らせながら、ダモンは考えていた。

完璧とは言えないが、ファウゼンに関しての問題は終わった。だが、問題はこれだけではない。

停戦が終われば、北部帝国軍はファウゼンを占領する。それはつまり、敵に砦を与えるという事でもある。

しかも場所はファウゼン。圧倒的に防御に適している土地なのだ。はっきり言って、ここを攻め落とすとなると、味方に甚大な被害が出るのは目に見えている。

ファウゼンを完全に落とす為にには、まず南部と中部を取り戻さなければならない。だが、中部帝国軍を率いているのはヴァルキュリアである『セルベリア・ブレス大佐』である事を、ダモンは知っている。未来で自分諸共ダモン達とギルランダイオ要塞を巻き込んで自爆した女。そんな奴が相手だと思うと、ダモンはやるせなかった。

史実では辛くも勝利したガリア軍ではあるが、この世界ではどうなるか分からない。

既にこの時点で、ファウゼンが陥落すると言うズレが起きてしまっているのだ。用心に越した事は無かった。

 

約7分後、葉巻を地面で潰すと、ちょうど洞窟の奥から、20人の子供を連れて、ザカが奥から戻ってきた。

子供の顔をよく見ると、目元が赤くなっていた。恐らく、両親と別れる時に泣いたのだろうと、ダモンは感じ取った。

 

「すまねぇ。遅くなっちまった」

「気にせんでもよい。わしも少しだけ頭の中を整理できた。その子らが、山を降りるのか?」

「あぁ。他にもいるんだが、親とは離れたくないらしい。この子達の親は、子供だけでも生き残ってくれるのであればと、託された」

 

子供達は、全員ザカの後ろに隠れて、ダモンを見つめていた。やはり差別を受けて来た事が、心に疑心を生んでいるのだろう。

 

「ふむ…。どうやらわしの事を怖がっておるらしいのう」

 

子供達は、ザカを見つめる。ザカはその目に無言で微笑み返すと、子供達は恐る恐るダモンの元へ近寄っていた。

ダモンは、子供達の中で一番初めに近づいて来た人形を持ったダルクス人の女の子を、持ち上げた。

女の子は、突然ダモンに持ち上げられた事に、戸惑っていた。

 

「軽いのう。碌に飯を食っておらんかったのだなぁ」

 

下手をすれば、服の下は皮と骨しかないのではないかと思わせる程、女の子は軽かった。

 

「別に食わせなかった訳じゃない。ただ……食わせる飯が無かったんだ…」

「……すまぬ。悪く言うつもりは無かったのだ」

「いや、いいんだ。おやっさん……約束してくれ。必ず、こいつらを生き延びさせるって」

 

ザカは、真っ直ぐな瞳でダモンを見る。それに応える様にダモンは力強く、ザカを見返した。

 

「安心せよ。命に代えてもこやつらを護ると、約束しよう。お主も死んではならんぞ。といっても、お主は死ぬ様なタマではなさそうだな。」

 

「おう! オレはとことん生き残るって決めてんだ! こんな所で死ぬつもりはないさ!」

 

ダモンはザカのその言葉を聞くと、子供を降ろして白い手袋を取り、右手を差し出した。それは、友愛の印である握手を求める動作だった。ザカは、右手を服で擦って汚れを落とすと、その求めに応じた。

 

「また、此処に戻る。それまで待っていてくれ。勇敢なるダルクス人よ」

「あ…ありがとう。な、なんか照れるな……」

 

ダモンは握手をすると、子供を連れて救助部隊の所へ戻っていく。その後姿を、ザカはずっと見守っていた。

彼は、ダモンと言う男の器量の大きさに、感動していた。人種を超えたその考えは、後のザカにとって、強い影響を及ぼすのであった。

 

 

 

==================================

 

 

 

◆同日夕刻~帝国軍特別遊撃部隊 カラミティ・レーヴェン宿舎~

 

「ほう。あのグレゴール将軍がガリアの停戦要求を受け入れるとは、珍しい事もあるものだな」

 

ダモン達が一番警戒している帝国軍の特殊部隊。カラミティ・レーヴェン。

その部隊を率いるダハウは、攻撃が止んだファウゼン近郊で、お気に入りのコーヒーを啜りながら、北部の情報報告を受けていた。

 

「はっ。どうやら、ファウゼンに籠っていたガリア軍と民間人を解放する為、国際条約に則り、停戦を受けたようです」

「ファウゼンと言えば、我が同胞達も多くいた筈だ。彼らの処遇はどうなっている?」

「グレゴール将軍は、『民間人にダルクス人を含まない』と」

「……やはり、ガリア人も帝国人も、同じ…か」

 

それを聞いたダハウは、コーヒーカップを置くと、軽く落胆した。やはりダルクス人は人間として見てもらえていない現実に。そして、その要求を呑むガリアにも。

同じ国に住んでいる人間同士でありながら、ダルクス人と言う人種を切り捨て、ガリア人を救った事実に、失望していた。

 

「ダハウ様。ですが、この処遇についてですが『子供は民間人に含まれる』とされています。現に偵察部隊から、ダルクス人の子供を連れて歩く大柄な男の報告を受けています」

 

だが、続けて報告をした兵士から、信じ難い内容が出てきたので、ダハウはその話を深く掘り下げた。

 

「何? どういう事だ? ガリア軍がダルクス人を救出していると?」

「はっ。偵察部隊が更に情報を収集した所、その男は『ゲオルグ・ダモン』と呼ばれているそうです」

「ゲオルグ・ダモン……ガリア軍の総司令官ではないか…!」

 

ダハウは椅子から勢いよく立ち上がった。仮にも一軍を統率している男が、民間人……それもダルクス人を、子供とはいえ自ら救っている事実に驚愕していた。

驚愕しているダハウに遠慮しながらも、兵士は話を続ける。

 

「どうやら、ファウゼンに残る同胞にも話は通っている様でして。グレゴール将軍に交渉を持ちかけたのも、その男だと言われています。その結果、チェスで将軍を引き分けに持ち込み、大幅に交渉内容を認めさせたと言われております」

 

「…そうか。報告ご苦労。休んでいい」

 

ダハウは再び椅子に座ると、兵士に対して礼を言った後退出させる。彼は右手を顎に乗せて、逡巡した。

 

(ゲオルグ・ダモン…。ふっ。面白い男を見つけたかもしれないな。こと交渉事において、折れないグレゴールを折らせた。これだけでも価値があると言うもの。そして、大人という現在を敢えて切り捨て、子供という未来を取った。凡人では到底できぬ決断だ。一度会って話をしてみたいものだ…)

 

ダハウは、先程までガリアに対する失望感を抱いていたが、この報告を機に、ガリアに対する見方を変える事となる。これはキッカケとして、近い将来、彼が大罪人となる人生もまた、大きく史実から外れる事を、ダモンは知らない。

 

 

 

 

 




人形を持った女の子も、史実から外れて、生き残りましたね。(死んだかどうかは本編でも描写されていないので普通に生き残ったのかも知れませんが(汗))



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第十話 ダモンの密かなる野望

ダモンさんは総司令官なので、中々戦場に立てません……。
猛将ダモンさんは、今しばらくお待ちください。

-追記8/5-
戦車の性能を調整しました。


征暦1935年5月3日

 

4月28日に結ばれたファウゼンでの一時停戦は履行され、ガリア北部方面軍及び民間人は、無事アスロンへ帰還した。数が数なだけに、停戦協定が失効する5月1日の目前で全ての者がファウゼンから下りることができたのは、紛れもなくガリア軍救助部隊の賜物であると、新聞に記載された。無論ダモンの功績も載っている。

新聞を見たダモンは、都合よく文章が纏められている事に、苦笑した。いつの世も、新聞は半分が嘘で固められていると、感じていた。

 

別の新聞では、南部での義勇軍攻勢が順調に行われている事が載っていた。特に義勇軍第7小隊の活躍が事細かに記載されている所を見ると、この新聞は間違いなくエレットが関係しているのが目に見えて分かった。

やはり義勇軍の強さは並大抵のものではないと、改めてダモンは思う。団結力とその速さは、帝国軍と殆ど互角である。南部帝国軍司令官である『ラディ・イェーガー将軍』も、ガリア義勇軍の予想外の手強さに苦しんでいるらしい。「ガリアを舐めるな」と、ダモンは心の中で呟いた。

 

ファウゼンでダルクス人から預かった20人の子供はダモンと老親衛隊の加護の中、アスロンへ無事に到着した。

アスロンでは、子供の親戚達がいくつか生き残っていたらしく、ダモンはその家族から「是非こちらで保護したい」と言われたので、20人の内15人が、その親戚達の元へと送られた。無論、彼らもダルクス人ではあるのだが、公平に避難場所へと送った。

残った5人の子供は、そのままダモンへ付いて行く事になったのだが、戦災孤児はダルクス人だけではなかった。

ガリア人の中にも、両親が戦争で死んでしまった子供が居た。身寄りがない子供達である。

不運な事に、両親どころか親戚も戦争で死んでしまった子供もいた。

ダモンは、そんな子供を見捨てる事ができず、身寄りの無い子供達を全員独断で保護。

気づけばダルクス人の子供を含めて25人という1個小隊が出来上がっていた。

これには流石のオドレイも頭を抱えた。孤児院に入れた方がいいのではないかと。

しかし、ダモンは施設には入れず、執務室の隣の部屋に子供達を集めて、教育する事にした。

ただ、その教育者の殆どは老親衛隊の隊員であった。ダモンは、お菓子を差し入れするくらいである。オドレイはダモンの親馬鹿っぷりに溜息を吐いた。

 

オドレイの不満は子供達を執務室の隣に置いている事だけではなかった。

彼女は生粋のユグド教徒である。即ちダルクス人を差別していた。つまり、ダモンがガリア人のみならずダルクス人にまでも手を差し伸べている事に不満があったのだ。

ファウゼンに関しても、同じガリア人ならいざ知らず、どうしてダルクス人にまで救いを与えるのか。オドレイはダモンに対して 唯一この事だけが大変不満であった。

そして遂に、オドレイはダモンに抗議した。

 

「閣下。余りダルクス人を甘やかしてはいけません。彼らはガリアに蔓延る癌のようなもの。他の者の中にも、閣下の行動に不満を持つ者がいます。どうか、これ以上はお控え下さい」

 

決して長くはない抗議内容。ただ、ダルクス人をこれ以上つけあがらせてはいけない。その思いも込めて、オドレイはダモンに抗議した。だが、この抗議を聞いたダモンは、一度深呼吸すると、オドレイに辛辣な一言を告げた。

 

「どうやら、わしは中佐を見誤っていたらしい。もう原隊に復帰してよいぞ。今までご苦労であった」

 

短い言葉ではあった。だが、この一言が、オドレイを恐怖のどん底へ叩き落した。

ダモンの言葉は、簡単に言えば「お前クビ」である。クビということは、オドレイがダモンの思いに応えられなかったという事になる。とどのつまり、「役立たず」という烙印を押された事になる。それは、オドレイだけでなく、ダモンに推薦したバルドレンや、実家のガッセナール家の名に傷がつく事と同義であった。

 

オドレイは、すぐさまダモンに土下座する勢いで謝罪した。いくらユグド教徒と言えど、それだけは困る。ガッセナール家は、ガリアで一番でなくてはいけない。こんな私事で名門の名を汚してはならないのだ。ダモンは、「今回だけだ」と言って、オドレイを許した。そんな一連の出来事が、アスロンで起きていた。

5月3日。季節が春へと突入した頃の話である。

 

 

 

==================================

 

 

 

◆5月6日~ガリア公国・首都ランドグリーズ 研究開発所内~

 

「ま……またですかぁぁぁぁ!?!?!?」

 

その日、ガリア公国内の軍需品製造を一手に担っているガリア兵器廠内の一部門である、研究開発所で、1人の青年の声が大きくこだました。

青年の名前は『リオン・シュミット』。階級は上等兵。普段はヘラヘラしているのだが、その整備の腕は素晴らしく、人種差別などもせず、一本筋が通った若者であった。

だが、この日だけは、彼の表情は哀しみに満ちていた。

 

「シュミット君。確かに君の考えは素晴らしい。この戦車が量産された暁には、ガリアは連邦や帝国より頭一つ抜けるかもしれん。だがな、こいつを量産する分の予算が、場所が、この国にある訳無いだろう。…現実を見たまえ」

 

実は、彼は前線から送られてくる壊れた軽戦車を直しながら、独自に新たな戦車を構想していた。

というのも、ダモンの要望に応えるために兵器廠一丸となって開発・量産にこぎつけた駆逐戦車と自走砲の影響を受けたのが、そもそもの始まりであった。

今まで受け入れられていなかったタイプの戦車を作る。平時ではなく、戦時中だからこそできる一種の荒業に、リオンは挑戦していた。同僚で整備士見習いのクライス・チェルニーは、彼の意気込みに苦笑いしつつも、ひっそり応援していた。

 

「じゃ、じゃあここをこうしたら……」

「駄目だ駄目だ。この時代にそんな形。時代遅れにも程がある。今の時代は傾斜装甲・被弾経始(ひだんけいし)だ。垂直装甲など、敵に撃破してくれと言っているようなものじゃないか。第一攻撃を受け止める装甲を作る程、ガリアには余分な鉄資源が無い」

 

リオンの上司である開発部長は、リオンの設計図を見ながら言い続けた。

因みに彼の上司は、ガリア自走砲(正式名称:ガリレ)を開発した人物である。

 

「でも……」

「でももこれも無しだ! 大人しく構想を練り直したまえ!」

 

部長は設計図を放り投げながら叱咤した。

リオンはまたしても1から構想を練る羽目になった。もう6回目のやり直しであった。

彼は、今ある軽戦車の利点を、もっと活かしたいと考えていた。

徹甲弾と榴弾。2種類の砲弾が使えるというのは、戦う側にとっては助かるものなのだ。

ただ軽戦車の砲ではどちらも威力が低く、まともに前線で運用ができないのが現状であり、現在は完全に数合わせの為にしか価値がなかった。

そこでリオンは考えた。ならばいっその事、時代を巻き戻して作ればいいのではないかと。リオンは兵器廠内にある戦車に関する本を読み漁った。すると『昔の帝国軍の戦車は鈍重ではあったが今以上に攻撃力が高かった』と言う記載を発見する。そこに目を付けたのであった。

 

現在の帝国戦車は、機動性と引き換えに攻撃力を犠牲としている。第一次大戦でベルゲン・ギュンター将軍が戦車の機動力を活かし行った浸透戦術を受けて、帝国は改めて戦車の機動力に恐怖した。皮肉にも、ガリアの英雄の活躍によって帝国軍は新たな活路を見出してしまったのだ。

結果、帝国軍の戦車は攻撃力こそ下がったものの、突破力が大幅に増した。相手が連邦ならまだしも、今戦っている国は、軽戦車を主軸としたガリアである。攻撃力が下がった事によるデメリットなど、帝国軍にとっては微塵にも感じられなかった。

 

リオンは、何度もその本を読み返し、軽戦車の設計を大幅に変更。設計された戦車は、第7小隊に所属するエーデルワイス号よりも大型化した。ガリア内で正式に『重戦車』というカテゴリが生まれた瞬間であった。

だが、この重戦車1両を造る為に必要な資源は、およそ軽戦車20両分の鉄と予算が必要であることが判明。同時に、車体のバランスを保つために主流の傾斜装甲から垂直装甲に逆戻りしているなどの問題点も生じ、結果として、開発部長から突っぱねられたのである。

リオンは、設計図を適当に放り投げ、机に突っ伏し大きく落胆していた。

 

「お主。なぜにそんな落ち込んでおるのだ?」

「そりゃ落ち込むに決まってるっス……これで6回目っスよ…って…え?」

 

リオンは、いきなり耳に入った誰かの声に疑問を持つ事無くそのまま答えた。だが、ふと顔を上げて声の持ち主の方へ向けると、言葉を失った。

 

「そう落ち込むでない。開発と言うのは、簡単にできる事ではない。焦らずじっくり考えを煮詰めればよい」

「ダ、ダモン将軍!?!?」

 

声の持ち主は、ダモンであった。上層部の会議に出席する為にランドグリーズに帰って来ていたのである。

だが、会議と呼ぶには余りにもお粗末な話し合いだった為、ダモンは適当な理由を付けて退出。暇潰しにガリア兵器廠に来ていたのであった。リオンはすぐさま敬礼をした。

 

「こ、光栄であります! ダモン将軍!!」

「これこれ、そう固くならなんでよい。気軽に話しやすい様にしてくれ」

「りょ、了解っス!」

 

リオンの敬礼を見つつ、ダモンは放り投げられた設計図を拾った。

 

「ああ! そんな設計図を拾わなくてもいいっスよ! もう無駄っスから!」

「そう言うでない。折角努力して描いた設計図なのだ。捨ててしまっては勿体無いぞ。それによく描けているではないか。わしはこういう形の戦車が好きだぞ。なになに、"試作型重戦車"…か」

「そ、そうっスか!? 好きっスか!? いやぁオイラなんてまだまだっス~!」

 

ダモンは、隣で照れながら喋るリオンを尻目に改めて設計図を見つめる。会議よりも、よっぽど興味がそそられる内容であった。設計段階ではあるが、この図を見れば、いかにこの戦車が強力であるか直ぐに分かった。

図面上での性能(スペック)は、はっきり言って帝国と互角以上に闘うことが出来ると、ダモンは思った。

比較対象をあげるなら、南部からの報告にあったイェーガー将軍専用戦車『ヴォルフ』を軽く超えている。

だが、開発部長が言った通り、これ程の戦車を量産しようとしたら、ガリアの財政は瞬時に破綻してしまう事も理解した。故に実に惜しい(・・・)と、ダモンは感じていた。

清々しいまでの被弾経始ならぬ"被弾軽視"。形も角ばっており、現代には無いロマンが詰まっていた。極めつけは、正面装甲が驚異の200mmに達していた。ただの鉄なら重くて使えないが、ラグナイト鉱石を含んでいるからこそできる芸当であった。ラグナイト様々である。

 

「量産が不可能であるならば、専用車両として、開発してはどうだ?」

「………それも言ったんスがねぇ。どうしても費用が馬鹿にならないんで、許可が下りなかったっスよ…」

 

リオンは残念とばかりに落胆していた。気分の浮き沈みが激しい青年である。

だが、ダモンは髭を撫でながら、設計図を尚も見続ける。この設計図は、捨てるには余りにも勿体ない気がしてならないのだ。彼の心の中で悪魔が囁いた。

 

「わしが出そう」

「………へ?」

 

気付けば、ダモンは口から言葉が出ていた。リオンは言葉の意味が分からず、変な声が出てしまった。

 

「わしがこの開発費用と許可を出すと言っているのだ。わし専用の戦車を開発すると言えば、上も文句は言わんだろう。実はわしの戦車もガタがきていてな。丁度新しい戦車が欲しかったところなのだ」

「え、えェェ!!? マジっスか!? マジで言ってるんスか!? めちゃくちゃ高いっスよ!?」

 

リオンは、腰を抜かしながらダモンに問い返す。確かにダモンの言葉は嬉しいが、この戦車を作る費用は、一個人が負担するにはとても高価であり、それこそ国家予算がなければ開発すらできない。

しかし、ダモンはそんな言葉に臆する事無く、リオンに語り掛ける。

 

「お主。少しわしを過小評価しすぎだぞ。自慢するようですまんが、わしはこれでも代々ガリア公国に仕えてきた貴族だ。戦車1両分の金くらい造作も無い。いや、この重戦車に限っては1両分しか出せないが……」

「マ…マジなんスね?」

「わしは嘘が嫌いなのだぞ? 自分で嘘をついてどうする」

 

リオンは、ダモンの眼を見る。本気の眼であった。しかし、ここまで言われては整備士…いや技術者としては、その思いに答えなくてはいけない。いつも目を細めているリオンであったが、今は完全に見開いていた。

彼は、一度捨てた設計図を再び持つと、今度は机の上に置いた。

 

「……わかったっス。おやっさんの戦車、オイラが作らせてもらうっス!! 技術者として、おやっさんの名に恥じない戦車を作らせて貰うっス!」

「う、うむ。しかしその、おやっさんとは一体……」

「勿論将軍の事っスよ! これからは、おやっさんと呼ばせてもらうっス! オイラにチャンスをくれて、本当にありがとうっス!! そうと決まれば、寝る間も惜しんで開発するっスよー!」

 

ダモンの返答を聞かずに、リオンは急いで机に着くと、ペンやら定規やらを持って設計図に色々記入し始める。

今度は大まかな部分だけではなく、細かい部分にまで手を付け始めていた。

そんな彼の邪魔をするまいと、ダモンは声をかけずに研究開発所を後にした。だが、兵器廠を出るギリギリの所で、リオンが駆け足でやってきた。

 

「む? どうしたのだシュミット上等兵?」

「実はおやっさんに一番大事な事を聞くのを忘れていたっス」

「一番大事な事だと?」

「そうっス。この新しい戦車に名前を付けてほしいんスよ。専用戦車っスからね。おやっさんが決めてほしいっス」

 

内容は、戦車に付ける名前の事であった。専用戦車には、ガリア・帝国問わず、名前がついているものが多い。

ダモンの新型戦車も、御多分に漏れず、名前を付けたいと、リオンは考えていたのだ。

ダモンは「う~む」と腕を組みながら、3分程考えこむと、閃いたとばかりに名前を発表した。

 

「『ルドベキア』。どうだ? いい名であろう? 花の名前が元ではあるが」

「ルドベキア…いい名前じゃないっスか~! ウェルキンのアニキが乗っているエーデルワイス号みたいで、かっこいいっスよ!」

「うむうむ。そうであろうそうであろう。それで、この戦車はいつ頃わしの物になるのだ?」

 

戦車の名前が決まると、ダモンはソワソワしながらリオンに質問した。名前を付けるだけで、こうもワクワクするものなのかと、感じていた。早く自分の手元に置いておきたいと、ダモンは思わずにはいられなかった。

 

「そうっスねぇ…。今の戦車は週一で生産されているっスから、この戦車は武装やら開発やら込みで大体1ヵ月半って所っスかねぇ」

「そんなに早いのか?」

「言って元々の細かい部品は結構あるっスから。新しく開発するのは車体と装甲と砲塔くらいっス。寧ろ、これだけで1ヵ月半も掛かってしまうって思った方がいいっスね。では失礼するっス!」

 

そう言うとリオンは再び兵器廠の奥へと戻っていった。自分が考えた戦車を作れるというのが、余程嬉しいらしい。ダモンは若き技術者の背中を見た後、アスロンに戻るのであった。

後に、リオンが開発したこの戦車は、帝国軍を恐怖のどん底に叩き落す事になるのだが、今はまだ、図面上の絵でしかなかった。

 

 

 

 




【試作型重戦車設計図及び性能諸元】
ダモン専用新型戦車『ルドベキア』(カテゴリ:重戦車)

分類 試作型
開発 ガリア公国兵器廠
   リオン・シュミット技師
全高 3.90m
全長 8.9m
全幅 4.37m
重量 58t
動力源 ラグナイト機関
出力 880hp/3100rpm
速度 44km/h(整地)
   23km/h(不整地)
武装 70口径 88mm砲×1
   12.7mm車載機銃×1
乗員人数 2人
費用 ダモン家が少し傾くレベル(親族はダモンさん1人なので問題なし)


なに?現実だとこんな戦車ありえない?戦ヴァルだからいいんだよ!
万能鉱石であるラグナイトがあれば、なんでもできるんだよ!
(すいません。完全に趣味の方に走ってしまっています。笑って済まして頂けると助かります)



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第十一話 寄生虫

数少ない戦ヴァルSSという事もありますが、皆様の応援が執筆の励みになります。本当に感謝しています。有難う御座います。
今回からはOVAの設定も入れていくつもりです。使えるネタはドンドン使っていきますのでよろしくお願い致します。後、オリモブ投下。物語に影響はありませんので、ご安心ください。




征暦1935年5月中旬

 

ガリア中部方面軍は依然中部戦線を打開できずにいた。しかし、南部での義勇軍攻勢は順調に進んでおり、上手くいけば、5月下旬にはガリア中南部の要衝であるユエル市を奪還できるとの見方が広まっていた。

ユエル市では、未だ帝国軍に対してゲリラ戦を繰り広げており、完全に帝国軍の支配下には置かれてはいなかった。

北部は完全に帝国軍の占領下に置かれており、中部方面軍と睨みあっていた。

しかし、帝国軍は再びガリア中部を支配下に置くべく、アスロン市より直ぐ東に位置する"ディルスバーク"に橋頭保を設置する。現地指揮官に任命された帝国軍将校であるミュンヒハウゼン司令官は、ディルスバーク橋頭保近郊にガリア軍を近寄らせない為に、帝国本土で開発された巨大自走砲を導入する事を決定。以降ガリア軍が南部北部を奪還するまで、アスロンの目と鼻の先で、防御態勢を整えていた。

対するガリア軍も、その長距離射程内に入らないように、各部隊に警告していた。

 

そんな最中、ネームレス422部隊は、カール・アイスラー少将から極秘裏に命令されていた『ボルジア枢機卿護衛作戦』を開始するが、ダハウ率いるカラミティ・レーヴェンによる奇襲により、降伏。作戦失敗という大失態を起こしてしまう。この問題はアイスラーとクロウ中佐によって極秘裏に揉み消されるのだが、以後アイスラーはネームレスに対して一定の不信感を抱くのであった。

 

 

 

◆5月17日~首都ランドグリーズ・とある一室~

 

「ダモン殿も、中々にお強いですな。流石はボルグ宰相殿の縁戚でございますな」

「左様。ダモン殿が居ればこそ、今のガリアがあると言うものです。感謝しかありませぬ」

「ですが、これがいつまでも続く訳でもありませんぞ?その事はご理解しておりますかな?」

「勿論ですとも。近いうちに、必ず"連邦"に加入しましょうぞ」

 

ランドグリーズ城の一室でボルグは1人の中年男性と、会議を行っていた。

その男性の名は連邦外務省所属・特命全権大使である『ジャン・タウンゼント』。この戦争を機に、ガリア公国を連邦の保護下に置こうと企んでいる男である。明るい見た目とは裏腹に、今まで世間には公表できない悪辣な方法で数々の国を保護国化した実績を持っている。

何故このような男とボルグが話し合っているのか。そこには、ボルグの野望が関係していた。

 

この男は、現在の侯爵という爵位には飽き足らず、大公家であるランドグリーズ家を追い落とし、ガリア公国を我が物にしようと画策していたのである。そこで、連邦の保護国になる対価として、自分をガリア公国の新たな主に据える様に掛け合っていたのだ。

マウリッツ・ボルグと言う老人は、欲望の塊のような男であった。

彼はダモンと違い、ガリア公国に忠誠を誓っている訳ではなかったのだ。ガリアと言う国を、我が物にしようと企んでいたのである。

 

「しかし、こうも帝国軍が強いと、保護国化する前にガリアが帝国の手に落ちてしまいますなぁ」

「いやいや、聞けば今やガリア軍は巻き返しつつあるとの事。それにダモン殿も付いておる。心配はご無用」

「ふ~む。そうだといいのですが……」

 

タウンゼントは腕を組みながら現在のガリアの状況を改めて考える。

ガリア軍は、帝国との戦いに集中するべく、連邦側の国境には必要最低限以下の守りしか置いていない。

ボルグは大丈夫と言うが、今まで過去に同じような事を言う人間を見てきていた。言うなれば信用できないのだ。今はこうやって机を挟んでソファーにふんぞり返っているが、いつ手の平を返されるか分からない。

ボルグ自身は裏切るつもりは毛頭無いのだが、タウンゼントは秘密裏に連邦に軍を集めるよう要請した。

但し、この手はあくまでガリアの敗北が確実となった場合であり、一種の保険の様な物であった。

事が上手く運べそうなのであれば、軍を返し、計画通り、コーデリア姫を拉致。ガリアを保護下に置く。その後は帝国に対し、ガリアからの撤退を宣告する。完璧な作戦であると、彼は心の中で自分を褒めた。それにこの老体は自分の事しか考えていない。そして特別頭が良い訳でもない。非常に操り易い傀儡であると、内心ボルグを嘲笑した。

 

「処で、此方の紅茶は如何ですかな?最近は民間物資も配給制に移行しつつある中で、上等な物が取れましてな。お口に合うかどうかは分かりませぬが……」

「なんのなんの。ガリアで育てられた茶葉なのでしたら、美味しいでしょう。頂けるのでしたら、是非」

 

ボルグはタウンゼントに心の中で馬鹿にされているのを知らず、話を続けるのだった。

しかし、彼の野望は既にスパイの1人によって、ずっと監視されており、この話の内容も、全て筒抜けであった。

 

 

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◆5月20日~アスロン第2司令部~

 

ダモンはいつも通り毎日送られてくる書類の束を、オドレイに手伝って貰いながら作業をしていた。

もう手慣れたものであると、最近は効率が上がってきており、ここ最近のオドレイの機嫌はすこぶる良かった。

サボる事もせず、ただ黙々と作業を続けるダモン。第三者から見れば、とても良い絵になっていた。目にかけている眼鏡も、いい味を出している。さりげなくオドレイはカメラでダモンを撮影した。

 

しかし、オドレイは最近仕事が増えてしまった。仕事というのは、子供達の相手である。

あの出来事以降、ダモンから「差別なく触れ合え」との命令が下されてから、彼女はガリア・ダルクス問わずに子供達の相手をしていた。基本的な学問から、簡単な運動。これ以上の教育は、戦争が終わった後、学校に通わせればいいと考えていた。

初めは露骨に嫌悪感を醸し出していたので、あまりダルクス人の子供からは近寄られなかったが、最近は慣れてきたのか、彼らもオドレイにくっついて遊んだりしていた。

 

今日もある程度の書類を処理すると、オドレイは隣の部屋に移動して子供達の相手をしていた。

老親衛隊員と交代で、彼らの相手をしていると、1人だけ、絵を描いている女の子がいた。

 

「どうしたのですか?アミラは遊ばないのですか?」

「あ、おねえちゃん!」

 

女の子の名前は『アミラ』。ファウゼンに救助に行った際、ダモンに抱き抱えられていた女の子である。

本来であれば、ファウゼンでの戦闘で巻き込まれて死ぬはずだった子供である。現在の年齢は6歳。

他の子供達よりも早くに心を開いた彼女は、オドレイとダモンが大好きであった。

今日は絵を描いていたらしい。

 

「……誰です?この人は?」

「これは、おじいちゃんだよ。がんばってかいたの!」

 

オドレイは渡された絵を見るも、そこに描かれている人物がどう見ても誰か分からなかった。ただ、肌色と髪の色であろう黒色だけは理解できた。

因みに、「おじいちゃん」と言うのは、ダモンの事を指している。ダモンも他の子と比べると、彼女を溺愛していた。年頃的に孫にあたる。そのせいか、ダモンは彼女をよく可愛がっていた。

 

「駄目ですね。全然駄目です」

「え~…がんばってかいたのに…」

 

この状態では、いくら何でも分からなさすぎる。オドレイは大人げなく断言した。

アミラは一所懸命に描いた絵を否定されて、落ち込んでしまった。

 

「これでは渡された人も、困惑してしまいます。私が絵の描き方を教えましょう」

「ふぇ?」

「絵が上手くなれば、渡された人も嬉しくなるものですよ?」

「ほんと…!?やっぱりおねえちゃん好きー!」

 

しかし、オドレイが絵のかき方を教えてくれると言われると、アミラは直ぐに笑顔に戻った。

子供も気分の浮き沈みが激しい生き物であった。

そんな2人の会話を遮る様に、別の子供達が、再びオドレイに纏わり付いていた。

 

「おねえちゃん~。あそぼ~」

 

子供達は所構わずオドレイに抱き付いてくる。ただ、最近はちょっと飛びついてくる部位が固定化され始めていた。部位と言うのは、"胸"である。

まだまだ幼い子供にとって、その部位が一番安心できる場所であった。尚、一部の隊員からはとても羨ましがられている。

 

「う~んフカフカ~」

 

そう言いながら胸に顔を埋める子供達は、かつての母親にするようにオドレイに甘えていた。

そんな子供達を無碍(むげ)にすることもできず、オドレイは仕方なく彼らを抱擁していた。

 

すると、扉をガチャリと開ける音が聞こえた。オドレイが振り向くと、そこには珍しい人物が、部屋を訪ねに来たのであった。

 

「元気にしているか?我が妹よ」

 

その人物は、ガリア正規軍所属でオドレイの兄であるバルドレン大佐であった。

久々の休暇を貰ったので、久しぶりに彼女の元へやって来たのである。

 

「お兄様!あぁ…本当にお久しぶりです。それほど月日は経っていないと言うのに。」

「今は戦争中だからな。中々会えるものではない。それよりも……なんなのだこの子供達は。しかもダルクス人まで…」

 

バルドレンは現在の状況を飲み込めずに困惑していた。てっきり業務で忙しいと思っていたのだから当然である。だが、今の状況は子供達がバルドレンから距離を取り、全員オドレイにくっついていた。

 

「いえ、この子達は全員身寄りがないのです。そこでダモン閣下が保護されました。私は仕事の合間にこうやって子供達を触れ合い、時には勉学を教えています。今は遊んでいたのです」

「ほう。流石は我が妹。閣下の忠実な兵士となっているのだな。嬉しいぞ」

 

バルドレンは妹の忠実な心構えに感動していた。

しかし、アミラがオドレイから離れて、バルドレンの前に立った。

 

「おにいちゃんは、だれ?」

 

アミラにとっては、ただ純粋に彼の名前が知りたかっただけなのだが、ダルクス人に話しかけられた事が、彼の機嫌を悪くさせた。先程までの感動は、直ぐに消え失せていた。

 

「……ダルクス人に名乗る名などない。失せろ、ガリアの寄生虫め」

 

バルドレンはそう言うと、アミラを軽くではあるが、蹴とばした。しかし、大人にとっての軽さは子供にとっては重いものである事を、彼は失念していた。

丁度お腹の部分を蹴られたアミラは、お腹を押さえながらえずいた。

オドレイは、兄の行動に驚愕しつつも、アミラを助ける為に、直ぐに動いた。

 

「アミラ!?大丈夫ですか!アミラ!」

「カハッ…カハッ…い、痛い…よ…おねえ…ちゃん……」

「お兄様ッ!一体何をなさるのですッ!いくらダルクス人と言えども、まだ子供ですッ!子供に手を出すのですか!?」

 

オドレイは今迄生きてきた中で、生まれて初めて兄に対して激昂した。

彼女の心の中は怒りに満ち溢れていた。表情も、目じりを険しく吊り上げて怒っている。

バルドレンはアミラを介抱する妹を見ると、まさかという目で彼女を見た。

 

「オドレイよ……お前は、ダルクス人に与するというのか?」

「ダルクス人と言えど、子供です。それにこの子達は、何も悪い事をしておりません…!」

「だがその体に流れる血は、罪深きものであると、俺はお前に教えた筈だ。オドレイ。ダルクス人は全て、世界から根絶やしにしなくてはならない。この寄生虫共は、生きるに値しない民族なのだ」

 

バルドレンは、根っからの保守主義である。だが同時に、ガリア人は神に選ばれた偉大なる人種であるという選民思想も持ち合わせていた。無論オドレイも小さい頃から彼や父からその様に教育を受けていた。だが、最近になって、その考え方はおかしいのではないかと思い始めていた。ダモンが今まで人種差別をせず、全ての者に対して公平に接してきた影響を、受けたからでもある。それこそ、髪や肌の色は違えど、同じガリアという国の大地に住み、共に生きている者もいる。そして今現在では、共に戦地で戦っている者もいる。ダルクス人に限った話ではないのだ。帝国での暮らしが嫌になり移民してきた者や、新たな新天地を求めて連邦から移住してきた者がいるにも関わらず、兄であるバルドレンや父のギルベルトは、他の国に住む民族を蔑んでいた。

オドレイは、そんな2人の考えに疑問を持つようになっていたのである。

 

「これ以上子供達に傷をつける様でしたら、私が許しません。お兄様と言えども、憲兵に突き出します」

「………私は、必ずやお前が正気に戻ると信じているぞ。邪魔をした」

 

バルドレンは、オドレイの言葉に反論しようとしたが、寸前の所で彼女に対して、元の考えを持ち直すように告げて、部屋から出て行った。

因みにガッセナール兄妹の口喧嘩の間に、アミラの調子は徐々に良くなり、軽い打撲と言う形で終わった。

だが、アミラは何らバルドレンを恨まず「いつか話せたらいいな」と、健気にも呟く。それを聞いたオドレイは、無言でアミラを抱きしめた。オドレイは、生まれて初めて、ダルクス人の為に涙を流した。

 

因みに、職務に戻って来たオドレイの顔を見たダモンは、いつもと違う雰囲気を出していた彼女に対して、将軍らしからぬオドオドとした様子をする羽目になったのは、別の話である。

 

 

 

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◆5月21日~ガリア軍諜報部 ラムゼイ・クロウ中佐職務室~

 

「ねぇ~。このまま泳がせといていいの~?」

「あったりまえだろうが。……こんな情報、俺さんは知りたくなかった。俺さんは将軍を恨む」

「何言ってるのよ。諜報部の癖に。寧ろ感謝しなさいよ。お金もあの人が払ってくれたんだし」

 

いつもは飄々としているクロウは、自分の隣で椅子にもたれ掛かっている女性からもたらされた情報を受けて、珍しく狼狽していた。

『フレデリカ・リップス』。それが女性の名前だった。出自・目的は一切不明。分かっている事と言えば、年齢が27歳である事ぐらいであった。一説には"連邦からの亡命者"や"第3国の3重スパイ"とも噂されているが、真相は定かではない。しかし、彼女が危険な人物であるという事は疑いようも無かった。というのも、彼女は情報戦のエキスパートなのだ。それこそ、どんな手を使って何処からそんな情報を知ったのかと言われる程に侮れない者で、裏事情に関しては自身の庭の様であると語っていた。今日彼女が持って来た情報と言うのは、「ボルグ宰相」の事であった。

 

「いくらタダで有益な情報が知りたいとは言うが、これは……こればっかりは知りたくなかった。まさか国の……それも宰相が裏切っているなんて……」

「現実を受け入れなさい。これが事実なんだから。それに、この事を依頼したのはあのダモン将軍よ?つまり、将軍は初めからガリア上層部に裏切り者が居ると踏んでいたという事になるわ。しかも、まだこれだけじゃないの。将軍が言うには、後1人、帝国に通じてるお偉い軍人さんがいるのよ?」

「……という事は、ガリア軍将校の中に?」

「えぇ。今の所まだ分からないけど、私の鼻はとってもいいの。一応目星はつけてあるわ。でも、本当にこの国は悲惨ね…。戦場で戦っている人達が聞いたら、呆れを通り越して放心するかも……」

 

クロウは両手で顔を覆うと、大きく落胆した。彼は表には出していないが、れっきとしたガリア軍人である様に、愛国心が満ち溢れていた。普段こそ適当な事しか言わないが、彼の根底には祖国への忠誠がはっきりと生きている。三流貴族出身であるから出世も早々に諦めてはいた。だが、それでも彼は国に忠を尽くしていた。例え祖国が滅びようとも、最後の時まで添い遂げる覚悟を持っている。だからこそ、このような事態を前にして、嘆いた。

愛する祖国が、忠誠心の欠片も無い者共に食い荒らされるかもしれないのだから。

 

「ま、だからと言って手が出せる訳じゃないし、大人しく時が来るのを待てばいいんじゃない?」

「そうするしかねぇよ。一佐官が対応できるようなもんじゃない。それに、ダモン将軍がいる。"俺"が動く時は、将軍が動いた時だけだ」

「ウフフ。その意気よ。それでこそ私の大好きなラムゼイよ。それじゃあ、またね♡」

 

フレデリカは耳元で彼に別れを告げると早々に部屋から出て行った。彼女が醸し出す雰囲気は、大人のソレであった。彼女が部屋からいなくなったのを確信すると、いつもの様にクロウはタバコを咥えて、愚痴った。

 

「なぁにが『大好きよ』だ。ただ金が欲しいだけの守銭奴が偉そうに…。それこそ逆に俺さんに感謝しろってんだ。全く…買ってやってんのは俺さんなんだぞ」

 

タバコをふかしながら、クロウはいつも通り、昼間から安酒を仰ぐ。

クルトが報告に来た際には既に出来上がっていたという。無論、後片付けをしたのはクルトただ1人であった。

 

 




因みに、ルドベキアの花言葉は……
【正義・公正・あなたを見つめる・正しい選択・強い精神力・立派】などの言葉が有ります。
ダモンさんにぴったりです。


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第十二話 オドレイ・ガッセナール

今回の話の内容は、オドレイさんです。
蛇足的な感じがしますが、後々の布石も含めて、色々書いてみました。

それではどうぞ。。。


征暦1935年5月下旬

 

5月23日、ガリア義勇軍は遂にガリア中南部のユエル市を奪還作戦を実行に移した。南部方面軍との連携もあって、無事作戦は成功に終わり、ユエル市はランドグリーズと連携が取れる事になった。また、今回の作戦で、ガリア軍初の自走砲及び駆逐戦車(通称:ガッツィー)が戦線に投入された。

結果は上々で、特に駆逐戦車の活躍は目覚ましく、今まで敵わなかった帝国軍戦車部隊を尽く撃滅するという偉業を達成した。駆逐戦車同士で死角をカバーする形での戦闘は、それまで恐れていた敵戦車に対して、よく効果を発揮した。自走砲も、攻撃開始前に行った支援砲撃の効果が発揮され、帝国軍歩兵部隊を蹂躙した。結果として味方の損害が少なくなり、今まで頭が固かった上層部も味方の被害を抑える事が出来るとして理解を示した。これ以降ガリア軍は、攻撃開始前には必ず自走砲による間接射撃を義務付ける事になる。

 

続いてガリア義勇軍は、ユエル市奪還後そのまま南下。クローデンの森に設置された帝国軍の補給基地を叩くべく、引き続き攻撃を行う事に決定。しかし、補給基地にはラディ・イェーガー将軍率いる帝国軍南部攻略軍が未だ健在であり、イェーガー将軍はガリア軍に対抗すべく、急遽防衛陣地を整えた。

対する義勇軍は、この一戦に虎の子部隊である第3中隊を中心に部隊を編成。南部攻略戦はイェーガー将軍直々の出撃もあり、ガリア義勇軍は大苦戦を強いられたが、第7小隊の巧みな戦術をもってこの補給基地を陥落させた。だが、イェーガー将軍も馬鹿ではなく、味方の帝国軍の被害を最小限に抑えつつガリア南部から撤退する。

結果として、南部は奪還したものの、依然ガリア軍と帝国軍の兵力差は歴然であった。

これ以降各地の帝国軍は、ギルランダイオ要塞と東部国境からの補給線に頼る事になる。

 

そしてユエル市奪還から数日後、すぐ隣にあるメルフェア市には、リディア・アグーテ中尉率いるカラミティ・レーヴェンが巨大戦車『エヒドナ』を率いてメルフェア市を急襲する。ガリア南部方面軍の防衛も虚しく、メルフェア市は甚大な被害を被る事になってしまう。しかし同日、メルフェア市からの救援要請を受ける形でネームレス422部隊がこれに駆けつける。ネームレスの攻撃もあり、カラミティ・レーヴェンはメルフェア市占領を断念。リディア・アグーテ中尉はエヒドナと共に市から撤退した。

 

この一連の連戦連勝により、ガリア国内では大いに士気が向上。続いて訓練が終了した新たな正規軍が中部方面軍に編入。他にも、南部を取り戻したことにより、南部方面軍も中部方面軍に合流した。

そして、ファウゼンで生き残った北部方面軍の兵士達も殆ど治療が終わり、続々と中部方面軍に合流。気が付けば、ダモン率いる中部方面軍は、義勇軍を除く全ての正規軍が集まり、既に方面軍とは呼べない状態になっていた。

この事態を重く見たダモンは、再度ガリア軍の再編を決断。膨れ上がった中部方面軍を一度解体し、新たに『ガリア第1軍・ガリア第2軍・ガリア第3軍』を編成した。これに義勇軍が加わる事になるので、実質4つの軍団が生まれる事になった。しかし、結果としてダモンの書類作業が膨大に増えてしまう事になり、もはや彼1人では手に負えない状態になってしまう。

そこで、ダモンは自身の業務と、もっと効率よく軍を回す為に、新たに『ガリア参謀本部』という合議機関を設立する。この参謀組織は、ヨーロッパ初の試みであり、先進国である連邦も帝国も、このような組織は持っていなかった。

一度、ここで組織について解説しよう。

 

参謀本部とは、軍隊の脳にあたる。これまではダモンがその脳の役割を担っていた。これを別の人達がそれぞれ分担して、業務を行う。簡単にいえば、「分からないなら皆で考えよう」と言う物だ。無論、この組織に入る者は、それなりに頭が回る者しかいない。階級も問わないので、革新的な考えを持つ者は速やかにこの組織に招集された。

現在のガリア軍内での業務は、上層部が軍部の予算や他国の外交、そして行政や管理などの国家運営を行っている。そしてダモンは【人事・作戦・兵站・総務・通信・工兵・輸送・整備・補給・兵器開発・衛生・会計・厚生・警務】という残り物の業務を一手に引き受けていた。これが1部隊などであれば、さほど苦しくはないだろう。だが、これが1軍団となれば、もはや1人では対処しきれずパンクしてしまう。そこで新たに考案した『ガリア参謀本部』に、これらの機能を移して、ダモンの業務を減らそうと言う物である。無論、最終的な決定権はダモンにあるが、決めるだけで良いので、彼の疲労は余りない。他にも、参謀本部を設立する事により新たに「参謀」という職種が生まれた。無能な指揮官1人に部隊を任せず、各軍団及び配下の大隊に参謀を就かせる事によって、作戦指揮を補佐し、無駄な損害を無くす事ができるのである。勿論参謀にも指揮権はあるが、基本的には各指揮官に助言を行い、作戦を円滑に進めるために働く。

ただ、現実と違うのは、この参謀本部には上層部に対して一切の発言権が無い。他にも、「一般参謀」「特別参謀」と区別もされていない。これについては、初の試みとして未だ組織が不十分であり、終戦後に作られるであろうと見越しての事である。あくまで戦争遂行目的の為に作られた、ダモンの管轄内である一組織というものだ。それでも、作戦に関しては一部の発言が特例として許されているが。

だが、ダモンは全ガリア軍のトップではあるが、その全てに目が通せる訳ではない。そこでダモンは、参謀本部の長である議長という中間管理職に『ローレンス・クライファート中将』を就任させた。彼は普段ランシール王立士官学校の学長を務めているのだが、戦時なので軍に復帰したという経歴を持つ。年齢は59歳と、ダモンよりも上だが、彼自身、ダモンの事を敬っており、「この老体が役に立つのであれば」と、喜んで参謀本部議長という椅子に座った。

 

この一連の軍部内の改革によって、今まで寝て起きては書類とにらめっこをしていたダモンの苦労は、凄まじく軽減されることになった。しかも参謀本部については、ほぼ全員と言っても良い軍関係者たちから支持を得た。

前線にいる指揮官からも「1人では色々きつかった」「作戦を助言してくれるのであれば有り難い」との声も届いていた。

 

「フゥ…これでわしも少しは自由に動けるようになったわ……。」

 

椅子にもたれ掛かりながら、ダモンは1人愚痴った。

 

 

==================================

 

 

 

◆6月2日~アスロン第2司令部 作戦会議室 夜~

 

「皆の者。まずは1つ礼を言わせてくれ。此度の戦い、本当に感謝している。ありがとう」

 

会議早々、ダモンはガリア南部へ行っていたガリア義勇軍各指揮官に対して謝礼を述べていた。

いくら未来を知っているからと言って、必ずしもそうなるとは限らない。アスロンで待機していたダモンにとって、南部での戦いは気にせずにはいられなかった。

 

「我々は最善を尽くしたまでです。それよりも我々が閣下に礼を申さねばなりません。新兵器である自走砲と駆逐戦車が無ければ、我が軍は無残に敗走していたでしょう。全将兵に代わり、礼を申し上げます」

「よいよい。寧ろちゃんと役に立ってくれたのだと、わしもホッとしたわ」

 

バーロット大尉に続いて、各中隊の隊長もダモンに頭を下げていく。それを見るダモンは、軽く手の平を振ると、次なる戦いに向けて作戦会議を始めた。

第1中隊隊長が、机に広げられた地図に指を指しながら口を開いた。

 

「現在、我が軍は北部のスメイク・アインドン両市とバリアス砂漠に対して、新たに戦線を構築中です。特にこの両市には、ガリア南部から撤退した帝国軍が一部合流しており、とても強固な防衛ラインを築いています。その為、両市に対して我が軍は防衛部隊を展開。幸い敵は攻める気が無いらしく、今は我が軍と睨み合っております」

 

「うむ。藪から蛇が出ぬように細心の注意を払っておけ。場合によっては援軍として数部隊…いや1個旅団送っても良い。此処が突破されれば、再びアスロンが奪われかねん」

 

「了解しました。では続けます。この両市と連携を取ろうとしているのが、現在バリアス砂漠に展開している帝国軍なのですが、このところ少し動きが怪しいので、余り近づいてはおりません。一部の偵察部隊からの報告では、砂漠にある遺跡で何かやっているようです」

 

バリアス砂漠には、ダス砂漠と同じくヴァルキュリアに関する遺跡が眠っており、ダス砂漠よりも保存状態が良い為、戦前は大学などの教授達が調査を行っていた。なお、この時に、国の管理下に置かれている立入禁止の遺跡に無断で侵入し、遂にはランドグリーズ城にある重要な書簡を保存している書庫に入り込み逮捕された『ヴァレリー・エインズレイ助教授』という女性がいる。因みに現在はネームレスに所属している。

 

「ヴァルキュリア……か…」

「しかし、その事を調べたところで、一体何になるのでしょうか?帝国に利益が有るとは思えません」

「あの帝国だぞ。無駄ではないのだろう。理由があって調査しているに違いない。よし、第2軍と義勇軍第3中隊を差し向ける。バーロットよ、任せたぞ」

 

自分の名前が出たバーロットは即座に反応して「了解しました」と告げた。南部での勝利もあってか、彼女には珍しく自信満々な表情を浮かべていた。

 

「あと、それからエインズレイ助教授も連れて行ってやれ。ランツァート少尉と共に遺跡について色々調べてほしいのだ。勿論、帝国軍を追い返してからだが」

「エインズレイ助教授といえば、今は422部隊に居ると聞きましたが?」

「あぁ大丈夫だ。アイスラーには既に許可を取っている。助教授も嬉しそうにしておったわ。余程遺跡について知りたい事が有るらしい。それにランツァート少尉も快諾してくれたぞ」

「いつの間に少尉と会ったのですか?」

「この会議を行う直前だ。少尉も気にしていたぞ」

 

因みにファルディオとヴァレリーは同じ大学で学部も同じなのだが、ヴァレリーが逮捕されてしまったので、面識はない。一応、ファルディオの方は彼女の名前を知っている。

それから色々話し合ったダモン達は、当面の攻撃目標をバリアス砂漠に展開する帝国軍に決定する。

無論、もしもの為に、機甲部隊も随伴する事となった。因みに、現在使用されている軽戦車は、どんどん駆逐戦車に取って代わられていた。使い古された軽戦車は基本的に義勇軍と自警団に渡された。

既に日は落ちているため、士気に影響が出てはまずいと、ダモンは切りのいい所で会議を終了。会議に出席していた指揮官達は、それぞれ自分の宿舎に戻って行った。

 

 

勿論ダモンも部屋に戻り、いつもの様にシャワーを浴び、歯を磨いた後、寝間着に着替え、ナイト・キャップを付けてベッドに入ろうとしたその時、"コンコン"と扉を叩く音が、部屋に響いた。既に電気は消してあるので、普通の人であれば、部屋に尋ねようとは思わない。ダモンは枕元に隠してある拳銃を握ると、一声かけた。

 

「誰だ?もうわしは寝る所だ。用があるなら明日にしてくれ」

「………」

 

扉の向こうからは返事が帰ってこなかった。ダモンは引き金に指を置く。

古今東西、トップに立つ人間は暗殺されやすい。ダモンもそれを感じ取ったのか、静かに扉の死角に隠れた。

嫌な汗がダモンの頬を流れていく。先程までは快適だった部屋の中は、今ではサウナのように熱く感じられた。

 

「……私です。オドレイ…です。夜分遅くにすみません……」

「(中佐?いやしかし、声だけでは判断できん。偽物かもわからぬ。さて、どうするべきか…)」

 

少ししてから、扉の向こうから返答が帰ってきた。どうやらオドレイと名乗っているが、ダモンは確信が持てなかった。声と言う物は、それっぽく言えば本人顔負けの声が出せる者もいる。彼は、扉に小さな覗き穴を付けておくべきだったと、今になって後悔していた。

このままでは埒が明かないと、ダモンは思い切って扉を開けた。するとそこには、ネグリジェの姿のオドレイが立っていた。髪は三つ編みだが、そのボディラインは際どく表れており、女に飢えている人間が見たら卒倒ものであった。

 

「ちゅ、中佐!?なんという格好でいるのだ!?いくら寝静まっているからと言って、そんな恰好で出歩いては------」

「……失礼します」

 

ダモンの苦言を無視してオドレイは勝手に寝室に入る。ダモンは一体何が起きているのか理解できなかった。夢であるのであれば、早く覚めてほしかった。

しかし、オドレイの表情は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。そして、ぽつりぽつりと言葉を発した。

 

「閣下…。私は、間違っているのでしょうか…?」

「なぬ?」

「私は、何が正しくて、何が間違っているのか…理解できません…」

 

5月下旬。オドレイは、兄であるバルドレンと喧嘩をした。価値観の違い、思想の違い。それこそユグド教の教えにすら疑問を持ち、兄に対してそれら全てを打ち明けた。それを聞いたバルドレンは烈火の如く怒り狂い、オドレイに手を上げてしまったのである。アミラの事もあり、オドレイは兄に対して不信感を募らせていたのであるが、今回の一件で完全に兄妹は仲違いしてしまったのである。父であるギルベルトはバルドレン側に付いてしまい、オドレイはガッセナール城から追い出されてしまったのだ。現在はアスロンにある宿舎で寝泊まりをしている。

 

オドレイは苦悩していた。今まで自分が信じていたものが壊され、間違っている事が正しい事であると。

今まではユグド教の教えを守り、ガッセナール家訓も守り、生きてきた。ダルクス人についてもそうだ。兄がガリアに蔓延る寄生虫だと言うから、自分もそう信じてきた。ダルクス人には国が無い。それも相まって、正義の名の元に、迫害はやって然るべきであると、常々考えてきた。

だが、ダモンの命令とはいえ、ダルクス人達を触れ合ってみると、教えとは全く異なっていた。彼らはガリアを愛し、ガリアを護るために戦地に行く。それには、人種などは些細な事であると気付いた。真にユグドの教えや、ガッセナールの家訓が正しいのであれば、ダルクス人はガリアに仇なす敵で有るはず。だが、彼女は彼らに会う度にその考えが破壊されていった。ダルクス人の中には教師として生きている者もいた。今日では、彼らが作る武器・戦車などを使用している。どこにもダルクス人に非は無かった。自らを姉と慕ってくれる子供達もいる。コレの何処が悪い事なのだろうか。彼らもまた、同じ祖国に住む"ガリア人"ではないのか。

オドレイは、もはや何を信じればいいのか分からなくなっていた。一種の自暴自棄に、彼女は陥りかけていた。

 

「何を信じればいい…か。そんなものは人によってそれぞれ違う。わしにも分からん」

「そ、そんな…閣下まで…」

「まぁ待て。話は終わっておらん」

 

ダモンは再び枕元に拳銃を隠すと、オドレイを椅子に座らせた。ダモンはランプに火を灯すと、話を続けた。

 

「中佐。何を信じるのかではなく、"何を護りたいか"を、考えた事は?」

 

ダモンが放った言葉を、オドレイは粛々と受け止めながら、首を振った。ダモンは置いてあった葉巻を咥えながら火をつける。吸った煙を"フー"と上に向けて吐いた。

 

「わしはな。今まで沢山裏切られてきた。それこそ中佐ぐらいの頃など、わしを馬鹿にするものが多かった。何せ家格だけでのうのうと生きて来たのだ。わしは馬鹿にされて当然であったと、今でこそ思う。それこそ信じられるものが無かった。だがな、この歳になって初めて、護りたいものが出来てしまった。」

 

「あの子達……ですか?」

 

「いやそれだけではない。ギルランダイオからずっとわしを『親父』と慕ってくれている老親衛隊や、ファウゼンでわしの事を信じて待っていてくれた兵士達。そして、中佐もだ。護るべきものというのは、信じる事よりも大切な事なのだ。」

 

言いながらダモンは葉巻を手に持つと、ゆらゆらと揺れるランプの灯を見つめる。オドレイはダモンを見つめた。

 

「私、ですか?」

「うむ。皆、死んでほしくない者ばかりだ。無論他の者もそうだが。子供達だってそうだ。だが、子供達は皆わしや中佐を信じている。そして、わしらもあやつらを信じている。これは絶対に揺るがない事だ。故に、わしは今迄自分の行った判断に悔いはない。わしはわし自身を信じている。わしにとっては、それが正しい事だからな」

 

ダモンは再び葉巻を咥える。オドレイは、ダモンが何を言いたいのかよく分からなかった。しかし、自分なりに解釈しつつ、考える。

 

「要するにだ。自分の目で見たものが事実なのだ。中佐は子供達を守りたいか?」

「勿論です。彼らの命は我が身に代えてでも…」

「では中佐はこれよりその事だけを信じればよい。それが、中佐にとって正しい事なのだ。家訓やユグドの教えよりもな。ほれ、そう深く考えるような事ではないだろう?」

「………ッ!」

 

オドレイは天啓を得たかのように、心の中に有ったモヤモヤが晴れていった。

ダモンの言いたい事。それは、目に見えぬものより、直に触れ、見たものこそが、正しいという事。兄であるバルドレンはダルクス人と触れ合わず、ただ過去に有った事のみを見て彼らを判断している。しかしオドレイはダルクス人と触れ合う事で、間違いを見つけることが出来た。この"差"が、オドレイを苦しめていたのだ。オドレイの中に、彼らに対する偏見は無くなっていた。

 

「兄ではなく、ユグドの教えでもなく、ただ子供達を信じる……。そう言う事だったのですか」

「中佐の悪い所は、細かい所まで気にしてしまう所だな。もっと肩の力を抜け。そして、今まで通り、子供達と触れ合いながら雑務を行えばよい。それだけでよいのだ」

 

気が付けばダモンの葉巻の火は消えていた。部屋の明かりも、ランプではなく、窓から光が差し込んでいた。

まるでオドレイの心を表すかのように、とても気持ちの良い朝日であった。

 

後日、司令部内では、ダモンがオドレイを連れ込んだという噂がまことしやかに囁かれることになり、方々に誤解を解くためにダモンが司令部を走り回ったという。

 

 




次々回あたり、ダモンさん無双を出すつもりです。

オドレイとバルドレン、何処で差がついてしまったのか……。


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第十三話 最後の手向け

戦ヴァル2のソフトがもう手元にないので、必死に思い出しながらキャラの口調を書きましたが、多分違います。笑って済まして頂けると助かります。

あと、ユリアナ嬢の親族の資料が無かったので、新たに人物を作りました。
どれもこれも、本編に登場するガリア軍将校がいなさすぎるのが問題なんだ…。


征暦1935年6月上旬

 

ダモンの命令により、バリアス砂漠への派兵が決まったガリア第2軍と義勇軍第3中隊は、作戦会議の翌日である6月3日に行動を開始。道中にいる帝国軍の警備部隊を蹴散らしながら、バリアス砂漠へと向かった。

そして更に1日経った6月4日、ガリア軍は、無事バリアス砂漠へと到達した。バーロット大尉は到着後、義勇軍第7小隊に偵察命令を言い渡す。そこで小隊は、ガリア中部攻略軍司令官であるセルベリア・ブレス大佐と、帝国軍総司令官であるマクシミリアンが遺跡に入っていくところを目撃する。

未だ謎多きヴァルキュリア伝説と繋がりがあるのか。ともかくガリア軍は帝国軍に先手を取られないために、攻撃を開始した。それに気付いたマクシミリアンはセルベリアと共に大型戦車『ゲルビル』で反撃。バリアス砂漠で、遂にガリア軍と帝国軍が戦端を開いたのであった。

 

この裏では、アイスラーが帝国領内にある補給基地を叩くべくネームレス422部隊に出動命令を下していた。

帝国軍優勢のさなか、たった1小隊だけでの補給基地急襲、しかも帝国領内への侵入は、多くのネームレス隊員が反対の意思を表明した。敵は帝国、しかもこちらは記録に残らないガリアの闇。捕まれば、良くて収容所行き、悪ければその場で銃殺されるのだ。しかし、隊長であるクルト・アーヴィングはこの作戦を完遂させるべく、各隊員を説得。ネームレスは正規軍にはこなせない過酷な任務を請け負う事になった。幸い、イムカの生まれ故郷であるティルカ村の近くに補給基地があるとの情報を受けたクルトは、イムカに道案内を要請。部隊を率いてひっそりと、ガリア国内から姿を消した。

 

それと同じ頃、首都ランドグリーズにある兵器廠では、リオン・シュミット技師が、開発した『ルドベキア』の実地試験を行っていた。しかし、やはり未だ不十分な所が多く、他の技術者から改良点が幾つも指摘されていた。

特に、設計段階では2人乗りと決められていたが、「無線機などを積む事を考えると、最低3人は絶対に必要である」「いくらなんでも、2人では役割が補いきれない」など、別の技術者達が声を上げていた。

その声には開発責任者であるリオンも頷く他無く、結果として『ルドベキア』は新たに3人乗りとして開発される事になった。だが、良い事もあった。

開発が遅れていた新砲塔が、遂に開発されたのである。そのデザインは、エーデルワイス号のような曲線美溢れる物ではなく、またもや垂直装甲を取り入れた無骨なデザインであった。開発が遅れていた原因は、そのオリジナル性である。現在のタイプから一新して、旧来の型をした砲塔の生産には、多くの技術者達を泣かせた。しかし、いざ開発されると、その堂々とした姿は、正に「王」の様な風格があり、技術者達に深い畏怖の念を植え付けさせた。

 

参謀本部では、徐々に整備が進められており、参謀を纏める役割として新たに「参謀長」が設立された。これは参謀本部議長と参謀の間にあり、一種の現場監督の様な物である。この職種は主に各参謀の監視と議長の補佐であるが、参謀長にはダモンが行っていた「軍務」の役割を与えられた。いわばダモンの右腕、そして影ともなる職種である。他にも、ダモンが不在の場合には一時的に権限が移される。所謂"ダモン代理"となる事が出来るのである。これによりダモンの職務は、主に公務と決算だけに絞られた。故にたかが現場監督と侮るなかれ。参謀長の耳は、即ちダモンの耳という事になるのだ。それゆえ、信足る者しか、この役職に就く事は出来ない。そこでダモンは、ガリア公国内にいる穏健派の筆頭であるエーベルハルト家現当主『グスタフ・エーベルハルト伯爵』にこの役職を任せる事を決定する。先も言った通り、この椅子には信用できる者しか座る事が出来ない。エーベルハルト伯爵は、自身が選ばれたことに大きく感動し、何度もダモンに謝礼の手紙を送ったと言う。階級が少将であり、ダモンと同じく上層部の中では至極まともな常識人である事も幸いした。因みに、ランシール王立士官学校にいるユリアナ・エーベルハルトは、彼の1人娘である。

 

しかし、順調に改革が行われている軍部に反して、ガリア正規軍中隊隊長である、バルドレン・ガッセナール大佐は、少々不満であった。その理由は、実家であるガッセナール家が、参謀長に選ばれなかった事にあった。

エーベルハルト家とガッセナール家はガリア公国内屈指の名門貴族である。しかし、両者には絶対的な溝があった。ガッセナール家はガリア国内にいる保守派の筆頭であり、対するエーベルハルト家は穏健派の筆頭であった。南部に支持基盤を持つガッセナール家と北部に支持基盤を持つエーベルハルト家は、過去に何度もダルクス人問題で大いに揉めた歴史もあり、お互い反目し合っていた。だが、両者ともガリアを愛する思いは絶対であり、それこそ切磋琢磨しあった家同士でもあった。しかし、エーベルハルト家は軍部に親族がおらず、逆にガッセナール家は軍部にバルドレンとオドレイが所属しており、故に軍内部での派閥抗争はガッセナール派が半分を占めていた。残り半分は、無所属だったのだが、ここ最近ではダモン派がその勢いを伸ばしており、現在はダモン派半分、ガッセナール派半分という状態に落ち着いていた。だが、バルドレン自身はダモンを敬愛している為、両派閥は衝突する事も無く、それこそ完全に軍部は機能していた。だからこそ、バルドレンは新たに設立された参謀長には、ダモン派かガッセナール派のどちらかの要人が就くと思っていたのだ。しかし、蓋を開けて見れば、そこに就いた者は、今まで表に出て来なかったエーベルハルト家、それも現当主である。これにはガッセナール家現当主であるギルベルト伯爵も大いに怒り狂い、ダモンに抗議文を送りつけた程であった。

 

バルドレンも御多分に漏れず、そんな人事采配を行ったダモンに不満を持っていた。彼の階級は現在大佐であるが、ガッセナール家出身という事もあり、軍内部には、その隠然たる存在として君臨していた。

 

(一体何故、我が父ではなく、よもや仇敵たるエーベルハルトなどに参謀長を任されたのだ…?それにオドレイの心変わり。これも閣下がやった事なのか?……分からぬ…私には閣下が何を考えているのか…)

 

机の上を指でトントンとリズムよく叩きながら、バルドレンは考えていた。先日の兄妹喧嘩も、いきなり妹が変な事を言いだした為に、喧嘩に発展してしまった事を思い出しながら、彼は逡巡した。

 

(やはり、そのうち閣下に聞くしかあるまい。いくら考えた所で、答えは出ないのだ)

 

バルドレンはいつかダモンを問いたださねばならないと決めると、一転して元の職務に戻るのであった。

 

 

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◆6月7日~アスロン第2司令部 戦車格納庫~

 

「いよいよお前ともお別れか…。長かったような、短かったような…」

 

この日、ダモンはもうじき納車される新型重戦車『ルドベキア』を前に、今まで使用していたダモン専用の軽戦車を見ていた。前までは職務に追われていたが、参謀本部が機能し始めてからは、そんな事が無かった様に、自由な時間が生まれた。以前は1から全て秘書であるオドレイと共に作業をしていたのだが、今のダモンがする業務と言えば、只々ハンコや、サインをするだけである。しかも参謀本部が分かり易く纏めてくれる為、オドレイも喜んでいた。そんな訳で、ダモンは出来た時間を使って、戦車格納庫に来ていた。

 

「ギルランダイオでの防衛戦では、よく働いてくれたものだ。礼を言わねばならん。お前がいなければ、わしは要塞で死んでいたかもしれん。他の兵士達もお前のお陰で助かったのだ。……すまぬな」

 

そう言いながらダモンは、所々生々しい傷跡がある個所を撫でる。改めて見れば、よく装甲が持ったものだと、感心した。特に側面は掠れ具合が酷く、後1発でも砲撃を食らえば、大破待ったなしである。

 

「お前にも、名前を付けてやればよかったのう……いや、今付けてやるか。せめてもの手向けとして」

 

ダモンは、戦車から離れると、ルドベキアの時と同じように腕を組んで目を瞑った。

しかし、思い入れのある戦車なので、そう簡単には決められず、結局花の名前を元に決める事にした。

軽戦車とはいえ、ダモン用に(あつら)えた特注品である。見た目は量産型と同じだが、性能は少し量産型よりも上がっている。所有したのは戦前からであったが、開戦からずっとダモンと共に戦い抜いて来た戦友である。変な名前は付けられなかった。10分ほどしてから、ダモンは遂に決断した。

 

「『シオン』…うむ、いい名ではないか。長い間ご苦労であった、シオン」

「おっさん、何1人でブツブツ言ってるんだ?」

 

唐突に背後から声をかけられたダモンは、「ぬわァ!?」と口から心臓が飛び出る勢いで驚いてしまった。そこに立っていたのは、浅黒い肌を持つ女性であった。見た所、整備士なのではないかと、ダモンは驚きながらも瞬時に考えた。

 

「お、驚かせた?」

「あ、当たり前だ馬鹿者!いきなり真後ろで声をかけるでない!心の臓が止まるかと思ったわ!」

「アハハハ。ごめんね。あたしはラビニア・レイン。戦車の整備をしているんだ。偶々格納庫の前を歩いてたら、おっさんが1人で立ってるから、何してるんだろうって思ったんだ」

 

彼女は『ラビニア・レイン』。ランシール王立士官学校の男顔負けの姉御肌を持った生徒であった。士官学校では戦車の整備をしていた為、現在は兵器廠に送られてくる壊れた戦車などを直すなど、兵器廠顔負けの腕を持っていた。史実では、亡霊戦車に仲間を虐殺された過去を持っているが、それはまだ未来の事である。

 

「な、なるほどのう。わしは、もうじき手放すことになるこいつを見送りに来ておったのだ」

「確か、シオンって言ってなかった?」

「うむ。こいつの名前だ。と言っても、さっき付けたばかりだがな」

「名前?戦車に?」

 

ラビニアは変な物を見るような目でダモンを見つめた。確かに戦場では戦車に名前を付ける者もいるが、彼女はその伝統に未だに慣れてはいなかったのだ。

 

「いやいや、そう馬鹿にするでない。名前と言うのは不思議な事に、つけた途端に愛着が湧くものなのだ」

「ふ~ん。そういえばあたし、まだおっさんの名前知らなかった。教えてくれてもいいかい?」

「わしの名はゲオルグ・ダモンだ。てっきりこの軍服で理解していたと、思っておったのだが…」

「………え?」

 

ダモンの名前を聞いたラビニアは、まるで氷漬けになったかのように固まった。ガリア軍のトップを「おっさん」呼ばわりした事、溜口で話していた事、それらすべてをひっくるめて、彼女の脳内は機能が停止した。不敬罪にも程があるのではないかと、涙目になりながら思った。

 

「……どうしたのだ?何故固まっておる」

「ハ…ハハ……。イヤ、マサカ、ダモンショーグントハ、オモッテモイナクテ…」

「棒読みなのだが?それにわしは気にしてはおらん。好きに呼べばよい」

 

ダモンはそう言うが、彼女とダモンの間には絶対に越えられない階級の差がある。それこそ、一整備士見習いと、大将では格の差が違い過ぎた。腰に手を当てながら哀愁を漂わせるダモンとは対照的に、ラビニアは隣で蛇に睨まれた様にガクガクと震えていた。

 

「気にせんでもいいと言うに……律儀な娘だのう」

 

しかし、ダモンと話をするたびに、彼女も徐々に慣れ、先程まであった申し訳無さは何処かへ行ってしまっていた。その様相に変わり具合には、流石のダモンも、苦笑いをするしかなかった。

夕方に差し掛かった頃、突然ラビニアはダモンに両手を合わせてお願いをした。

 

「あたしは、戦車を思う親父さんの心意気に惚れた!もしよければ、この戦車を私に直させてくれないか!?」

 

願いと言うのは、シオンを直させてほしいと言うものであった。珍しい事をおねだりするのだなと、ダモンは口には出さず、内心思った。

 

「直った所で、使う機会などもう無いのだぞ?」

「いんや。この戦車は後1回は使われると思う。私の勘だけど、よく当たるんだよ。」

「……まぁわしは構わんが。だが直すと言うのであれば、ちゃんと直してくれ。使うにしても使わないにしても、最後は綺麗であってほしいのだ」

「任せてくれ!あたしの直した戦車は、絶対に壊れないんだよ!」

 

ダモンからの許可を貰うと、ラビニアは早速格納庫の中から使われていない廃材や道具を持ってくると、すぐさまシオンを修理し始めた。てっきり明日からだと思っていたダモンは、日も暮れ始めているのを理由に彼女を止めたが、「こんな戦車、1日で直せるよ!」と逆に意気込んでしまい、結局ダモンが帰った後も、彼女は格納庫の照明灯をつけて戦車を修理し続けた。

 

 

==================================

 

 

 

◆6月8日~アスロン第2司令部~

 

翌日、ダモンは職務室で、バリアス砂漠に派兵した第2軍と義勇軍第3中隊が中部帝国軍を撃退したとの報告を受け、すぐに緊急会議を開いた。バリアス砂漠から帝国軍の脅威がなくなったのを契機に、ダモンはアスロンよりすぐ北にある都市、スメイク・アインドンの奪還作戦を決断。バリアスに派兵した軍が戻り、準備が出来次第、直ぐに両市への攻勢をかけるように、各部隊に通達した。今回の作戦は、帝国軍を北部に追いやる事を目的として立てられていた。ガリア軍の本命は、あくまでもガリア北部にある帝国軍最大拠点のファウゼンである。両市奪還は、いわば足掛かりに過ぎないのだ。しかし帝国軍も両市奪還を阻止すべく、更に防衛網を増強した。もはや両軍の衝突は避けられず、各指揮官は「近々激しい戦闘が起きるのではないか」との予想を示していた。奪還したバリアス砂漠では、現在ファルディオとヴァレリーが遺跡の調査を行っていた。近い内に新たな歴史の真実が解き明かされるであろうと、ダモンはコーヒーを飲みながら考えた。

そんな時、黒く汚れきったラビニアが、ダモンの扉を開けた。因みにノックはしていないので、再び驚いたダモンは口に含んでいたコーヒーを勢いよく吹いた。

 

「ゴハッガハッ!ノックくらい…せんか…ゴフッ…馬鹿者…!」

「そんなことよりも、親父さん!戦車は無事に直ったよ!後で確認しに来てくれよ!」

 

ダモンの苦言をガン無視しながら、ラビニアは要件を言うと勢いよく扉を閉めて出て行ってしまった。

まるで嵐のような女の子であると、ダモンは思わずにはいられなかった。しかしダモンは、自分が知る未来では、彼女はもう少し大人しかったはずだと思い出す。仲間が殺されるまでは、明るく元気な子であったのだろうと、ダモンは推測した。一息つくために再びコーヒーを啜ったダモンは、先ほどの彼女の言葉を思い出した。

 

「そう言えば、戦車が直ったとか言っておったな……見に行ってやるとするか。もし使えそうなのであれば、最後にシオンで次の作戦に出撃してやるとしよう。花を持たせるにはちょうどいいであろうしな」

 

コーヒーを飲み干すと、ダモンは椅子から立ち上がり、戦友がいる格納庫へと足を向けた。謎の高揚感を得ながら、廊下を歩くダモンの顔には、小さな笑みが浮かび上がっていた。

 

後に、帝国軍から「スメイクの悪夢」と呼ばれる戦いが、もうすぐ始まろうとしていた。

そして、その戦いの活躍でダモンには帝国軍から畏敬の念を込められて、とある異名を付けられることになる。

 

再び、ダモン出撃の時が、刻一刻と迫っていた。

 

 

 




派閥抗争と言われたら、ザビ派とダイクン派、皇道派と統制派のイメージが浮かび上がります。ガリアはただでさえ貴族社会。有り得ると思うんです。


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第十四話 スメイクの悪夢(前編)

話が長くなったので前後で分けました。
それと、今回の台詞は、様々な作品を参考にしています。聞いた事があるセリフもあるかも知れません。



征暦1935年6月12日~スメイク近郊~

 

ガリア軍は、第2次反攻作戦への足掛かりとして、帝国軍の支配下に置かれていたスメイク・アインドン両市の奪還へ向けて、遂に北進した。バリアス砂漠での帝国軍が後退した事により、後顧の憂いを無くしたダモンは行動を開始したのだ。当初は「直ぐにファウゼンへと撤退するであろう」と予測していたダモンだが、先日から帝国軍は防衛網を強化しており、撤退する素振りを見せなかった。事此処に至り、ただの足掛かりとしての作戦は、一大決戦の様相を呈していた。

帝国軍はスメイクを第1線、アインドンを第2線と見なし防衛線を構築する。対するガリア軍は、アインドンに少数の牽制部隊を送っただけに留まった。これはダモンの意向が強く反映されていた。

現在の帝国軍は、ガリア軍に対して優勢を保ち続けているが、ここで帝国軍を撃破し、スメイク・アインドンを奪還すれば、ガリアと帝国の戦況は五分になる。そう考えて作戦を立案した。

この一大決戦を前に、無線から飛び込んでくる味方の報告を受けながら、ダモンはそわそわしていた。

 

≪主力である第2軍は既に敵と接触。交戦状態に入りつつあり≫

≪第4旅団はこのまま進軍し、作戦が開始され次第、展開する帝国軍と交戦する。大丈夫です。負けるつもりはありませんよ≫

≪義勇軍は現在待機中。将軍の許可が下り次第、攻撃を開始します≫

≪おい!左翼に展開している部隊を指揮しているのは誰なんだ!勝手に動くんじゃない!≫

≪弾は惜しまず使え。使いきれないほどの弾薬物資を持って来ているからな!≫

≪なら遠慮なく使わせてもらうぜ!帝国軍め、今に見てろ!≫

≪駆逐戦車の威力を見せてやる。俺はこいつをうまく扱えるんだ。見ていてください将軍!≫

≪正規軍第3中隊は、右翼に展開する。各員、後れをとるなよ?≫

≪俺、この戦いが終わったら、結婚するんだ…≫

 

緩やかな丘の上に建てられた前線司令部の中に、設置された大量の無線機からは、部隊を展開中の味方の声が(ひし)めき合っていた。

ヴァーゼル橋にまで至る敗走が嘘の様に、各部隊では士気が上がっていた。

現在、一番前に出ている第2軍以外のガリア軍は、攻撃準備に取り掛かっていた。

 

「第2軍の馬鹿者共め…。勝手に先走りおって…。砲撃の射程内に入ってもわしは知らんぞ」

 

第2軍では、血気盛んな兵士により、既に一部の敵と交戦中であった。自走砲部隊による砲撃前にも関わらずである。彼らが所属する第2軍は、今回の戦いでガリア軍の主力として編成されていた。その中に、兵科訓練が終わったばかりの新兵が多く配属されていたのだ。

ダモンは、そんな味方を卑下するように吐き捨てた。

 

「閣下。あと数刻ほどで自走砲部隊の展開が終了します」

「うむ。ここまでは順調だな。しかし帝国軍め、そのまま北部に後退すればよいものを…。お蔭で戦力の殆どを出さねばならんとは……。奴らも必死という訳か」

「それはそうでしょう。優勢とは言いつつも、現在の帝国軍は各地で連戦連敗です。ここで負ければ、形勢は逆転します。恐らく死に物狂いで我らに噛みついてくるかと」

 

オドレイの報告を聞きながらダモンは紅茶を啜る。不満を愚痴るダモンだが、反面嬉しい事もあった。

半壊していたシオンが、完璧に修理されたお蔭で、前線に出られる様になったのだ。ラビニアの腕をまじまじと見せつけられたダモンは大いに喜び、今回の戦いに出撃する旨をオドレイに告げた。

無論オドレイは反対したのだが、先日の恥ずかしい失態をダモンに突き付けられ、仕方なく了承したのである。

どうせ出撃するのであれば、ルドベキアのような新型ですればいい。何故旧来の軽戦車なのだろうかと、何度もオドレイは思ったのだが、ダモンの強い意向には勝てず、説得を諦めた。

 

ダモンは根っからの戦車乗りである。それこそ車種を問わない。で、あればこそ、今まで愛用していた愛車…戦友に乗って、最後の花道を飾りたいと願っていた。開戦から早3ヶ月、逆にいえば、3ヶ月でガリア軍は反撃に転じようとしていた。この機を逃してはならない。どうせならここ一番の大舞台で、戦友を活躍させたかったのだ。今がまさにその時であった。

ダモンはテントから出ると、遠くの方に展開する帝国軍戦車を双眼鏡で覗いた。

 

「ぐふふふふ……おるわおるわ。まるでわしに撃ってほしいと言わんばかりではないか…!」

 

双眼鏡に映る敵の戦車を見ながらダモンは、獰猛な笑みを浮かべた。その姿は、一種の戦闘狂を思わせた。

そんなダモンの隣では、「またか」と言わんばかりに呆れたオドレイが立っていた。

 

「閣下。テントにお戻りください。閣下の出撃は、まだ先です」

「分かっておる。…中佐はいちいちうるさいのう」

「閣下の為を思ってですッ!」

「わかったわかった。それより、機甲部隊には通達しておるだろうな?」

 

オドレイに怒られながら、ダモンは自軍の機甲部隊に関して、オドレイに質問した。

この機甲部隊と言うのは、駆逐戦車の事ではなく、旧来の軽戦車で構成された機甲部隊である。

既に駆逐戦車に主役の座を奪われた軽戦車だが、使いようによってはまだまだ現役であった。

今回はとある戦術を採る為に、ダモンが密かに命令を下していた。

 

「それなら滞りなくすんでいます。エーベルハルト参謀長が、既に部隊を動かしておりますので」

「流石は参謀長。わしの意向通りに動いてくれておるな。カラミティ・レーヴェンの情報は入ってきておるか?」

「いえ、来ておりません。目撃情報も無いので、今回の戦闘には参加していないようです」

「ならばよいのだ。奴らの戦闘力は頭1つ抜けておる。いたら厄介だと思っていただけに、良い知らせだ」

 

そういうとダモンは再びテントの中へと戻った。オドレイもそれに続く。

テントの中では、多くの無線兵が各部隊との連携をとる為に手を休ませず動かしていた。

そんな彼らをチラリと見ながら、ダモンは椅子に座る。その時だった。1つの声が無線機より発せられた。

 

≪我、決戦の火蓋を切り、勝利への号砲と成す≫

 

その声は、自走砲部隊を指揮する部隊長から発せられた声だった。言い終わった直後"ドォン!ドォンッ!"と大地を揺るがすほどの大きな轟音が、スメイク近郊に轟いた。

一斉射撃された自走砲の砲弾は、敵の陣地を目掛けて無作為に落ち、爆発した。幸い第2軍は射程圏外に居たため、同士討ちとはならなかった。しかし、敵は頭上から降りかかる砲弾から逃げ延びようと、あろうことかガリア軍陣地を目指して突撃を開始したのである。此処に至り、ガリア軍と帝国軍の戦端が開かれた。

自走砲部隊による絶え間ない砲撃は、塹壕に潜む帝国軍兵士達を容赦なく潰し、つんであった土嚢を粉々に吹き飛ばした。着弾した敵戦車は、そのまま火を噴き、爆発四散した。搭乗員は、逃げる暇も無かった。

 

≪最終弾着ぅ!≫

 

再び無線から自走砲部隊隊長の声が響いた。最終弾着、つまり、撃ち尽くしたという事だ。

正面及び側面に展開している各部隊は、その無線を聞いた後、行動を開始した。対する帝国軍は、砲撃が止むと、生き残った兵士と共に、ガリア軍に対して掃射した。機関銃・戦車・ライフル全ての武器が、戦場に鳴り響いた。

 

≪突撃!突撃開始ー!弾幕を突き破れェ!≫

≪気を付けろ!奴ら落とし穴まで作ってやがる!足に注意しろー!≫

≪そんな暇あるかァ!!!駆逐戦車を前面に押し出すんだァ!≫

≪正規軍第6歩兵部隊は何をしているんだ!さっさと敵を突き崩せェ!≫

≪こちら左翼に展開する正規軍第5中隊!敵の攻撃激しく、突破できない!支援を求むッ!≫

≪マリアーーー!!-------プッ≫

 

前線からは、激しい雑音と共に各地で無線が飛び交っていた。土煙や砲撃で抉れた地面に身を隠しながら、ガリア軍は前進を開始した。正面に展開する義勇軍も、ダモンから攻撃命令が下りたので、第7小隊もそれに応じた。

帝国軍も続々と進撃してくるガリア軍を迎え撃つ為、自走砲が起こした土煙の中に弾をばら撒いて牽制する。

その戦場の光景は、さながら地獄の釜のようであった。

 

そんな中、ダモンは指揮権をエーベルハルト参謀長に委任し、オドレイと共に司令部から姿を消した。

 

 

 

==================================

 

 

◆同日~義勇軍第3中隊第7小隊~

 

「こりゃあ…えげつねぇな…。人間の本性が丸出しだぜ」

「それが戦争だからね。僕たちもその内の1人だよラルゴ」

 

第7小隊では、ダモンによる攻撃命令が下りた後、味方の兵士達と共に、帝国軍に対して攻撃を行っていた。

帝国軍には南部から敗走してきた部隊も含まれていた為、流石に数が多かった。ウェルキンはエーデルワイス号を起点に、進軍していた。ガリア軍では唯一の中戦車であるエーデルワイス号。その戦闘力と姿は、近くで戦う味方に安心をもたらしていた。

 

「んで、どうすんのさ?このままここで支援攻撃ってのも、アタイは構わないけど」

「いや、僕達は他の部隊と違ってエーデルワイス号がいる。此処は前線に出た方がいい」

「わかったよ。でも、他の戦車は一体何処に行っちまったんだい?見た所、駆逐戦車しかガリア軍の戦車は居ないじゃないか」

 

ウェルキンはロージーの会話を聞いて、砲塔から体を乗り出した。手持ちの双眼鏡を片手で覗いて各方面をみるウェルキンは、確かに"軽戦車"の姿がどこにもいない事を確かめた。各部隊では駆逐戦車ではなく、軽戦車を運用する部隊もあったはずだと、彼は思う。

 

「……変だね。前線を押し上げるには、少なくとも戦車がいるのに、何処にも見当たらない」

「ふん。怖気づいて逃げちまったんだろうさ。さ、隊長。アタイらも前に出るよ!」

 

奇妙な違和感を感じつつも、ウェルキンはロージーの声に応じて、部隊に出撃命令を下した。

だが、軽戦車が不在でも、敵は止めど無く攻撃を仕掛けてくる。機銃が付いていない駆逐戦車は、味方の歩兵と共に攻撃を続けた。

 

≪ウェルキン!いま私、イーディと一緒に右側に居る敵と交戦中なの!エーデルワイス号で支援して!≫

 

戦車の無線機に繋いでいるイヤホンからアリシアの声が届く。アリシア達はウェルキンよりも一足先に前線へと到着していた。偵察兵でもある為、情報収集も兼ねていたのだが、敵に捕捉されてしまい、動けなくなっていた。

 

「任せてくれアリシア!イサラ、この地点までエーデルワイス号を動かせるかい?」

 

ウェルキンはポケットに入れていた小さな地図に印を入れると、義妹であるイサラに手渡した。

 

「はい。問題ありません。ですが、この地点にはガリア軍が余りいません。エーデルワイス号だけで突出するのは危険です。小隊と共に進軍すべきです」

 

イサラは、アリシア達がいる場所を確認した後、エーデルワイス号だけでなく、第7小隊も動かす必要性を説いた。戦車1両だけでは、とても帝国軍には太刀打ちできない。忘れがちだが、現在交戦中の敵は、あの帝国軍である。兵器や戦車の質は、ガリア軍の上をいっているのだ。

 

「分かったよ、イサラ。僕たちがここまで前線を押し上げればいいんだね?」

「一番望ましいのは、アリシアさん達だけでなく、前線で孤立気味の味方も支援できればいいと思います。」

「うん。いい案だね。それで行こう!」

 

イサラの提案を受けて、ウェルキンは各地に広がっている味方にも聞こえるように、無線を開いた。

 

「これより第7小隊は、正面右側に孤立している友軍の支援に向かう!進軍開始!」

≪おぉ!義勇軍第7小隊が動くのか!≫

≪上手く前線を押し上げてくれ!出来得る限りの支援をさせてもらう!≫

 

ウェルキンの声を聴いた付近のガリア軍部隊は、最近戦果をあげている第7小隊を支援すべく、その声に応じた。史実では義勇軍を見下していた正規軍。しかし、本来有る筈の軋轢はダモンが行った軍紀の引き締めもあり、両者は良好な関係を築いていた。

 

ウェルキンの命令を聞いた第7小隊各隊員は、弾丸が飛び交う中、なるべく姿勢を低くしつつ行動に移った。

そんな中、ネームレスに所属しているレイラ・ピエローニの弟である『ホーマー・ピエローニ上等兵』は、支援兵の特技を生かしつつ、各隊員に弾薬を補充していく。その片手間に、彼は『陣中日誌』を記録していた。

 

戦場特有の嫌な臭い。それは、何かが焦げた臭いや、人が死んだ後の腐臭も含まれる。また、男女問わず、人間と言う物は汗をかく。ひたすら走り続ける戦場となればそれ以上に汗をかく。当然シャワーなど浴びれるはずも無く、そういう臭いは風に乗って様々な場所へと移動する。特に何日間も続く戦闘では、その臭いが進化し、とても近寄れるものでは無かった。塹壕は通気性を考えて作られている訳ではない。初めはカラカラの土道が、気付けば何かの水がその場に存在し、衛生状態を悪くした。そしてそこに籠る人間の熱が、その水と交わる為、また嫌な湿気が自身の身体を襲うのだ。この前はロージーに助けられたのだが、度重なる戦闘により衛生状態が悪かったのか、女性とは思えない体臭を醸し出していたのをホーマーは覚えている。だが、ホーマーにとっては、それは"良い匂い"であった事も覚えていた。戦闘が終わった後に「なにアタイの体を嗅いでいるんだ!」と怒られた事も……。

 

ホーマーは、そんな事も含めて、日誌に記録を残していた。戦争が終わるのは、確かに素晴らしい事だ。だが、後に戦争を知らない世代が生まれてしまうのも定めである。その事を考えて、自分のような一兵士による記録が残れば後世で役に立つはずだと、そう考えて日誌を書き始めたのである。

だが、彼の残した記録は、少し違う形で有名な記録として後の歴史に残される。

事の始まりは、無線が混乱している中、帝国軍の兵士が発した言葉であった。

 

≪おい!ガリア軍は本当に前だけにしかいないんだよな!?≫

≪当たり前だ!俺達が後ろにいるんだぞ!≫

≪だったら、俺達を後ろから攻撃している奴は誰-------プッ≫

 

戦闘が始まって5時間弱、日が暮れ始めている中、帝国軍におかしな動きがある事を、各地のガリア軍も感じ取っていた。戦闘当初の統制が取れていた帝国軍が、バラバラに動いていたのだ。

 

「隊長…これは一体……」

「わからん……。何か向こうで問題が起きたのか、それとも罠か…」

 

前線で果敢に戦う、とある正規軍部隊の兵士は、部隊長に質問をしていた。対する部隊長も理解できないとして、帝国軍の動きを注視していた。しかし、その疑問は直ぐに解決される事になる。それは、再び混線状態になった無線機から飛び込んできた敵の声のお蔭だった。

 

≪ガ……ガリア軍の---だァ!!!------プッ≫

≪後ろにガ---軍の---が------プッ≫

≪なんでスメイクの方から……どうなっている-----プッ≫

 

聞こえてくる全ての声が、最後まで言う前に全て切れていった。部隊長は首から下げていた双眼鏡を持つと、塹壕に隠れながら敵を覗いた。そこに映った敵兵士は皆、スメイク…もっと細かく言えば北西部を向いていた。

それに習って部隊長も北西部の方へ双眼鏡を移すと、そこには大きな土煙が上がっていた。

 

「……何か走っているのか?」

 

再び目を凝らして双眼鏡を覗くと、先程とは違い、走っている物体を捕えることが出来た。

そして、徐々に近づいてくる物体の正体が、一体何なのかが分かった時、部隊長は全身に鳥肌が立つのを感じた。

 

「あ…あ……」

「隊長、どうしたんですか?」

「ま、間違いない…。新たに水色と金色の塗装がされた戦車と言ったら、1両しかいない……!」

 

部隊長がそう言った後、全ガリア軍の無線機に、1人の男の声が戦場に響いた。

 

≪待たせたな!ヒヨッコ共ッ!≫

 

その声の主を理解した瞬間、全ての前線でガリア軍兵士が雄叫びを上げた。

それは、軽戦車で編成された機甲部隊を率いて敵後ろに回り込み、ベルゲン・ギュンター将軍が行った浸透戦術を再び行ったガリアの老将軍。ゲオルグ・ダモンの声であった。

 

 

 

 




ゲオルグ・ダモン将軍、遂に出陣す…


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第十五話 スメイクの悪夢(後編)

◆同日~ダモン専用軽戦車『シオン』~

 

「ガーッハッハッハ!見よ、あの帝国軍の慌てっぷりを!わしらが後ろから出てきた事に、理解できないという感じではないか!!」

「敵は足並みが崩れています。今の内に敵の戦車を重点的に潰していきましょう。」

 

ダモンが秘密裏に計画していた戦術……それは『軽戦車の機動力を用いて敵の背後に回り込み、一気に敵陣地へ攻め込む』という迂回戦術であった。一次大戦の英雄であるベルゲン・ギュンター将軍は、この浸透戦術を巧みに使用して、帝国軍に勝利したと言われている。そこでダモンは、正攻法での浸透戦術ではなく、敵の裏をかいて回り込み、敵陣地へ浸透するという戦術を採った。

裏に回る為に、ダモンは子飼いの老親衛隊を使って、スメイク近郊に設置された各電信を破壊。戦場では無線が繋がりにくい事もあり、電信の破壊は気付かれなかった。その結果、帝国軍将兵は、知らぬ間にスメイクとの連絡手段を切られていたのだ。よって、スメイクからの救難信号も伝わらない訳であり、ダモン達は機甲部隊と老親衛隊をもって、スメイクに残っていた少数の帝国軍部隊を蹴散らした。スメイクにあった戦力の殆どを前線に充てていた帝国軍将校は、ダモンによって討ち取られていた。前線で戦っている帝国軍は、そんな危機的状況を知る筈も無く、前線でガリア軍と交戦し続けていた。その間にダモンはスメイクを占領。だが敢えてガリア国旗を掲げず、帝国軍の国旗のままにしておいた。これが、ダモン達が後ろにいる事に気付かれない要因となった。

しかも、5時間と言う電撃的な機動戦を行った事もあり、スメイクにいた兵士達が逃げる暇も無く降伏したのも、上手く裏に回り込めた要因にもなった。1人でも逃げてしまえば、情報が漏れてしまうのだ。

順調に事が運んだダモンは、スメイクに老親衛隊を残して、再びスメイク近郊に向かった。

そして、前話の最後に繋がる。

 

「中佐!どっちを見ても敵だらけだ!狙いをつける必要もないわッ!撃てば必ず敵に当たるぞ!」

「だったら早く撃破してください!こっちも撃たれているんですよ!?」

「分かっておる!各部隊にオーダー『制圧前進』発令!進め、奴らを押し潰すのだ!」

 

ガタガタと揺れるシオンの車内では、そんな2人のやり取りが行われていた。

ダモン以外の軽戦車隊は、オーダーを受け、各々自分が所属する部隊を支援すべく、左右に分かれて背面攻撃態勢に移行した。V字を描く様に機甲部隊が別れる中、ダモンは正面に居座る帝国軍に、目を付けた。

 

「正面に敵の軽・中戦車!3個小隊!」

「12両かッ!相手にとって不足なし!」

 

オドレイは操縦席から見える帝国軍戦車の数を正確にダモンに伝える。それを聞いたダモンは軍帽を後ろに回すと、照準器を覗いた。その先には帝国軍戦車"全車両"の砲塔がこっちに向いていた。咄嗟に照準器から目を離すとダモンはオドレイに大声で伝えた。

 

「中佐!右だ!」

 

ダモンの言葉に即座に反応したオドレイは、ハンドルを右に切る。その瞬間、敵が砲弾を放った。しかし、その弾がシオンに当たる事は無かった。

 

「いいぞいいぞ……その土手っ腹に風穴を開けてやる……発射ァ!」

 

照準レンズを合わせると、ダモンは引き金を引いた。直後、シオンの砲身が火を噴いた。小さいながらも、力強い反動を、ダモンは感じ取る。砲弾は敵戦車の側面に命中し、そのまま爆散した。それを見届けたダモンは、狂人とも思わせるような笑顔になった。なお、狙っている間もシオンはずっと動き続けている。しかも、蛇行するようにオドレイは操縦しているのだが、ダモンにとってそれは些細な事であった。

 

「ぐふふふふ……まずは、1つ!」

「笑ってないで次に行ってくださいッ!!」

「言われるまでもないのう!次はあやつを喰わせてもらうとするか!」

 

ダモンは砲塔を左へ回すと、次の獲物に飛びかかった。撃破された味方の戦車に焦った敵は、照準を碌に合わせず、引き金を引いた。砲弾は明後日の方角へ飛んでいき、何処かに落ちた。そんな帝国軍の腕を見たダモンは、余りにもお粗末なので笑ってしまった。

 

「フハハハハハ!なんだその腕は!その程度の腕で、このダモンを討ち取ろうなど、100年早いわッ!だが光栄に思うがよい。わし自らお礼をくれてやる!」

 

再び照準レンズを覗いたダモンは、敵に照準を合わせると、先ほどと同じ様に砲弾を発射した。

戦車に乗っていた帝国軍戦車兵は、戦車から逃げようとハッチを開き、逃げようとしたが、遅かった。

放った砲弾が機関部に命中し、そのまま炎上、爆発。兵士はその炎に巻き込まれ、生きたまま焼かれた。

余りの苦しさに地面で転がり続ける帝国軍兵士は、その内動かなくなった。

操縦席からそれが偶々見えたオドレイは、一瞬だけ吐き気を催したが、直ぐに飲み込んだ。

 

「2つ目は少々惨い事をしてしまったかもしれんな……だがこれが戦争なのだ。悪く思うでないぞ」

 

喉が潰れる程の断末魔を叫びながら死に絶えた敵兵士を見たダモンは、さっきまで浮かべていた笑顔から一転、眉間に皺を寄せて、敵に懺悔した。スメイクが上手く落ちた事で少し調子に乗り過ぎてしまった事を、ダモンは反省した。

 

「後10両です閣下!反省するのもいいですが、まずは目の前の敵に集中してください!」

「うむ。精魂込めて、戦わせてもらうとしよう。」

 

そう言いながら、ダモンは次々と敵戦車を屠っていく。7両目を撃破した際に、敵の対戦車槍がシオンの側面を掠ったが、ダモンは焦らずに、対戦車兵が潜んでいる場所に榴弾を撃ち込んだ。大きな爆発と共に、"人間だったもの"が、シオンを色鮮やかに装飾した。戦車だけではない。そこかしこに潜む敵歩兵も、シオンは蹂躙していった。

 

「残り3両……手加減はせんぞ…!」

「す……すごい……」

 

オドレイは、自分自身が思うほど無茶な操縦をしている。にも関わらず、一切のミスを出さず、次々と敵戦車を屠っていくダモンに、ある意味ドン引きしていた。その腕は、間違いなくヨーロッパ一なのではないかと思わせる程……いや、ヨーロッパ一の戦車兵なのだと改めて感じさせられた。

軽戦車たった1両で3個機甲小隊が壊滅したなど、他の国に言っても信じてもらえないだろう。だが、現にそれを成し遂げようとしているダモン。簡単にいえば、彼1人の戦力は戦車12両分という事になる。これ程おかしい人間は居ない。1人の司令官としてみれば、桁外れ…いや、規格外なのだ。そんな男が、ガリア軍を率いて戦っている。こんな人間が近くにいれば、負ける気がしない。

普段は好々爺(こうこうや)なダモンが、ひとたび戦車に跨れば一騎当千の古強者に早変わりだ。

この世界にこれほど、元気な老人がいるのだろうかと、オドレイは逡巡した。

だが、そんな事を考えている間も、ダモンはまた1つ、敵戦車を沈めた。帝国側からしてみれば、ダモンは悪夢以外の何物でもない。相手にしてはならない『兵士』なのだ。

奇想天外に動き回りつつも、確実に戦車を撃破していくその姿は、帝国軍を震え上がらせるには十分であった。

 

 

==================================

 

 

日が暮れて辺りが暗くなってきても、ダモンは戦い続けた。そんなダモンに続く様に、各地のガリア軍も帝国軍を押していく。気付けば水色の車体が赤色と混じり、薄い紫へと変貌していった。オドレイは気付かないが、走り回っている内に、倒れた敵兵士を踏み潰しており、シオンが走った後の(わだち)には、赤色の車輪の跡が残っていた。

余りの凄惨さ、余りの戦闘力に、正面に展開していた敵戦車は成す術もなかった。たかが軽戦車と侮っていた敵戦車に撃破され続け、帝国軍戦車が最後の1両となった時、戦車に乗っていた戦車兵がハッチを開き、白い布を広げて、ダモンに見えるように振った。降伏の意志表示であった。

 

「閣下。このままあの戦車を撃破すれば、国際条約に違反してしまいます。無線を聞く所によると、各地でもガリア軍が勝利しており、帝国軍は撤退しようとしています。当初の作戦は、ファウゼンに敵軍を追いやるものです。ここらが引き際かと」

「……そうだな。ここらが引き際だな。変に深追いして、ファウゼンの帝国軍が出張ってくれば面倒な事になる。エーベルハルト参謀長に、攻撃停止命令を伝えよ」

 

気が付けば、夜空が満天の星で埋め尽くされる程の時間が経っていた。ダモンの攻撃停止命令を受け取ったエーベルハルト参謀長は、即座にガリア全軍に通達。各地のガリア軍は動きを止めた。轟音が響いていた戦場が、静寂に包まれた。対する帝国軍は、スメイクに立て籠もろうと後退したが、既にスメイクはガリア軍の手に落ちており、此処に来てようやく状況を理解した残存帝国軍は、スメイクにいる現地指揮官と交渉。国際条約に則り、無抵抗でスメイクを素通りして、一路ファウゼンに向かう事となった。

此処までに至る一連の出来事を、ホーマーは詳細に記録した。特に、ダモンの戦いぶりを、事細かく記録したことにより、後世では貴重な資料の1つとして扱われる事となる。

 

各地で帝国軍が降伏し、ガリア軍に誘導される中、ダモンは降伏した最後の1両に乗っていた帝国軍の戦車兵を回収すべく、シオンから降りていた。後ろで手を回して歩いてくるダモンを、降伏した戦車兵は、まじまじと観察していた。

 

「貴方が、ガリア軍の総司令官…ゲオルグ・ダモン大将閣下でありますか?」

 

帝国軍戦車に乗っていた2人の戦車兵は、目の前にいる豚の様に太った男に対して、質問した。

 

「如何にも。わしがガリア軍総司令官、ゲオルグ・ダモン大将である。貴官らは勇敢に我らに対して戦った。降伏は恥じる事ではない。ダモンの名において、ファウゼンへの撤退を保障しよう。」

 

そう言うとダモンは、腰に当てていた両腕を真っ直ぐに下げると、右手で綺麗に敬礼した。

それに対して戦車兵達も、戸惑いながら敬礼する。戦いの最中、彼らの中では、ダモンと言う男は、獰猛で恐ろしい人物であると思っていた。だが、実際にこうして顔を合わせると、そんな風には見えなかったというのが、彼らの感想である。寧ろ、このような体型は、軍人にあるまじき姿ではないのかと、内心思っていた。

 

「わしの体型が気になるか?」

「あ、いえ、その…思っていた方ではなかったものですから……」

 

視線を感じ取ったダモンは、戦車兵に軽くツッコミを入れた。一方で内心を見透かされた戦車兵達は戦々恐々としていた。敵とは言えど、軍のトップに対して余りにも失礼な事を考えてしまったのだから。だが、そんな些事などダモンは気にせず、戦車兵に対して話を続けた。

 

「人間は、見た目で判断できるものではないのだ。例えわしのようなデブでも、こうやって戦う事が出来るのだからな。ワッハッハッハッハ!」

「は…はッ!」

 

戦車兵は1人笑うダモンに対して改めて敬礼した。彼は今まで帝国に住んでいて、こんな変わった将軍を見た事が無かった。帝国は、市民革命を経ずに現在まで至る。即ち、貴族などの上流階級層は、部下に対して命令こそすれど、話などは一切しなかった。それこそ、同じ帝国人でありながら、"下層民"と蔑んでいる。それは軍隊の中でも同じだった。なので、彼にとってダモンと言う男は、ガリア軍の中でも珍しい人物なのではと思った。

 

「閣下。各地の帝国軍が、撤退を開始しました。そちらの両名も本隊に合流するようにと」

 

そんな戦車兵の思いなど知らないオドレイは、いつもの口調で、ダモンに情報を伝えた。

対するダモンは、少し考え込むが、直ぐに顔を上げて、敵である帝国軍戦車兵に対して激励した。

 

「お主は、筋が良い。お主が最後の1両となったのにはちゃんと理由がある。必ずや生き延びよ。そして、戦争が終わった暁にはガリアに観光に来い。その時、戦車の操縦方法をお主に教えてやるぞ」

「こ、光栄であります…!」

「さて、長居をさせてしまえば、わしはお主ら2人を捕虜としてしょっ引かねばならなくなる。早く戦車に乗って行け」

 

本来降伏した敵は、自身が無抵抗である事を示す為に、武器となり得る物を破棄しなければならない。

だが、ダモンは「戦車に乗っていけ」と言った。その言葉には、流石の戦車兵達も、動揺を隠せなかった。

 

「いいのですか?降伏した身とはいえ、敵でありますよ?」

「あぁ気にするでない。戦車乗りに悪い奴はおらん。わしはお主らを信じておる。それに、これは勇敢に戦ったお主らに対するほんの少しの…手向けだ」

「(?、どういう意味だ?)」

「いいから、さっさと行け。遅れると冗談抜きで捕虜にするぞ?」

「は…はいッ!」

 

命令口調で言われた戦車兵は、急ぎ足で自分の戦車に飛び乗る。

"ブロロロ"というエンジンの(いなな)きと共に、命を吹き返した帝国戦車は、本体に合流すべく動き始めた。少し離れた時、砲塔から先ほどの戦車兵が乗り出して、綺麗な敬礼を、ダモンに送った。

それに対して、ダモンも応じて敬礼する。それを見た戦車兵は、胸の奥で何かが震えた感じがした。

 

(あんな人と共に戦えるガリア軍は幸せ者だな…。敵であると言うのに、寛容な心を持っている。各地で帝国軍が敗退する訳だ……。とても敵う相手じゃない。上は"豚"だと馬鹿にしていたけど、あれは豚なんかじゃない…)

 

ダモンが見えなくなるまで敬礼を続けた戦車兵は、そのままスメイクにいる本隊と合流。

戦車の数が少ない残存帝国軍の中で、猛将と名高いダモン相手に唯一生き残った彼らは、味方に尊敬されながらスメイク・アインドンから去って行った。此処で初めてダモンが言った最後の言葉の意味が分かった彼らは、色々励ましてくれる味方に、改めてダモンがどのような人物であるかを説明した。

 

『ダモンと言う者は豚の様に肥え太った男だが、それは偽りの姿である。真の姿は猪であり、その見た目に騙されてはいけない。猪突猛進でありながら、臨機応変に対応した変幻自在の戦術を駆使、そして撃てば必中。ガリア軍総司令官にして、スメイクの悪夢を作り出した張本人。これがゲオルグ・ダモンという男である。』

 

その少なすぎず多すぎずの説明は、今まで報告やただの噂話程度にしか認知していなかった帝国軍将兵を震え上がらせた。そして、必ずや討ち取らなくてはならない敵であるとも思わせた。帝国軍では、敵であるダモンに対して尊敬と畏怖の思いを込めて、こう呼ばれた。

 

ガリア最強の戦車乗り、『大猪のダモン』…と。

 

 

 

 




オーダー【制圧前進】

効果:CP4を使用するが、部隊全員の行動範囲及び攻撃力・防御力をアップ。
   ダモン専用のオーダーである。但し、使用後3ターンは各隊員のスキルが発動しない。


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第十六話 浮上する問題

征暦1935年7月1日~アスロン第2司令部 ダモン職務室~

 

6月12日に行われたガリア軍と帝国軍との決戦は、ガリア軍の勝利で幕を下ろした。

この瞬間、ガリア軍と帝国軍の優劣は五分五分となり、ガリア軍は初戦で犯した敗北を挽回することが出来た。

無論、この出来事は国内にある全ての情報機関を通じて報道され、再び首都ランドグリーズを中心に、大々的な帰還パレードが催された。奪還した都市や村でも、この報道は大歓迎を受けていた。

新聞では、これまで各戦線で敗走を繰り返し敗色濃厚と言われていたガリア側が、反転攻勢に出られたのは、紛れもなくガリア軍総司令官であるダモンのお蔭とも報道された。勿論、それ以外の面には義勇軍や正規軍の活躍も書かれており、ダモンの功績だけが載せられている訳ではなかった。

特に義勇軍第7小隊の活躍は開戦当初から目覚ましく、新聞の中では写真も取り上げられていた。

しかし、それ以上に、今回の新聞ではダモンが陣頭指揮を行った事が書かれていた。帝国から付けられた自身の異名である『大猪のダモン』も、見出しの部分に使われていた。その見出しの下には「いつの間に撮ったんだ?」と言いたくなる程の写真が飾られていた。写真には、シオンが帝国軍戦車を撃破した直後が写されていた。

 

「『ガリアの大猪、敵戦車を喰らう』……か。喜べばいいのか分からんのう」

 

まるで人を化物扱いしている新聞を見たダモンは、いつもの椅子に座り、老眼鏡をかけながら新聞を読んでいた。同時に自分はれっきとした人間であると、愚痴をこぼした。

 

あの後、ダモンはそのままシオンに乗ってスメイクに向かったのだが、駆け寄ってきた各兵士の反応は大歓迎であった。降りた直後に胴上げされたことは未だ記憶に新しい。よくこの身体を持ち上げたものだと、逆にダモンが感心してしまうほどだった。

シオンの装甲には血や汚れが付着していたので、軽く水で洗った後、ダモンはアスロンに帰還した。そこでもダモンは多くの人々に喝采を送られた。嬉しい反面、恥ずかしかった事も覚えている。

しかし、この戦闘ではダモン以外の義勇軍や正規軍も活躍しており、特にダモンの指示を忠実に守った機甲部隊は、後に行われる叙勲式に出席する事となった。勿論彼らも多くの人々から喝采を得ている。

特に、今回の戦いを含めて、7月下旬に行われる叙勲式において、多くの軍人が昇格することが決まっている。特に、史実では大佐止まりであったバルドレン・ガッセナール大佐は、すでに准将へ昇格する事が決定されていた。これには、密かにダモンの口利きもあった為である。

一時は関係が不安視されていた2人だが、この事を知ったバルドレンはダモンに対する不信感を無くし、自らダモンの元へと赴き、謝礼を行った。ダモンもエーベルハルトの事を話し「お互い今は協力すべきである」とバルドレンに説明する。これを聞き入れたバルドレンは、一先ず両家の確執は棚上げとし、当面は協力関係を構築すると、ダモンに告げた。

現在のガリアは国家存亡の危機にある。挙国一致で帝国に立ち向かわなければならない。

その事はバルドレンとギルベルトも理解しており、ダモンに花を持たせる為、従ったという経緯があった。

 

「しかし、中佐には階級ではなく勲章とは……。上層部はわしを馬鹿にしているのか?」

「私は構いません。それに、階級が上がると言うのも、一概に喜べない事もありますから」

「そうは言うがのぅ……。わしはやはり納得できぬ」

 

兄であるバルドレンとは対照的に、オドレイは昇格の対象には当てはまらなかった。

上層部からの公式的な回答は無いが、暗に兄との差別化を図っているのではないかと、彼女は考えていた。

現に彼女は「勲章」という喜べばいいのか分からない微妙な物を、一足先に賜っていた。叙勲式ではなく、小包で送られてきたのだ。しかし、彼女は別段気にせず、それを胸ポケットの近くに付けると、いつもの業務へと取り掛かっていた。

 

ただ、彼女を秘書として扱っているダモンにとっては、これは余りにも失礼なのではないかと思っており、自室に戻ってからも、その怒りは収まってはいなかった。

1人で戦車が動かせるのであれば、ダモンはやっている。しかしそれは不可能であり、彼女がいなければ戦車は動かせないのだ。縁の下の力持ちである操縦手を、上層部は軽く見過ぎているのではないかと、益々怒りに拍車がかかるダモンであった。

 

「それよりも、どうなさるのですか閣下?これだけの人事異動を行えば、流石に上層部からも、文句を言われると思いますが?」

「分かっておる。これについては昨夜考えてきた。こっちで全て受け入れる。言い訳も考えてある。心配するでない」

 

そんな怒れるダモンの机の上には、人事異動に関する大量の書類が跋扈していた。

内容はすべて同じ『老親衛隊への異動願い』であった。先のダモンの戦いを見て、正規軍義勇軍問わず、ダモンの元で働きたいとの声が多くなり、気付けばこんな風になっていたという事である。

老親衛隊はダモンが独断で作った一種の私設軍隊であり、上層部は仕方なく黙認していたに過ぎない。規模が1個小隊しかいなかったのも、上層部が黙認した要因の1つである。「あくまでダモンを護衛する部隊」という建前上あった組織に過ぎない。

しかし、事此処に至って、志願者数の数が何十倍にも膨れ上がり、もしこれを認めてしまった場合には、ガリア陸海軍の次に「第3の軍」が生まれてしまう可能性があった。つまり、国防軍と肩を並べる個人の軍隊が生まれてしまうという非常に危険な問題が出てきてしまったのである。

そこでダモンは、こうなれば寧ろ開き直るしかないと、ベッドの中で考え、その旨を上層部に伝える事にしたのである。

 

「どうなさるのです?」

「老親衛隊を格上げすればよいのだ。現在はわし個人の部隊だが、こうなれば上に認めさせる他ない。陸軍、海軍に続く3つ目の軍事組織としてこれからは動かす。老親衛隊改め『公国親衛隊』としてな」

 

ダモンが考えた開き直り……。それは、老親衛隊を私設軍から国防軍へと格上げする事であった。

この新たな軍事組織は、ダモンだけでなく、上層部に所属する他の貴族や将校も護衛するという新たな試みである。同時に、ガリア陸海軍問わずに、協力体制を構築し、一致団結して帝国軍に対し戦争を遂行する組織でもある。因みにダモンは、公国親衛隊を上層部の監視役としても使役するつもりである。なお、服装の色は、そのまま老親衛隊の濃い青と金色を引き継ぐ。

 

「公国親衛隊……ですか?上層部が認めるでしょうか?」

「ふんッ。嫌でも認めさせる。中佐を蔑ろにした報いを、受けてもらうとしよう。そういえば、最近ワルド卿がとある(ハヤブサ)によってガリアを裏切っていたことが発覚していたな。哀れよのう。まぁ、この事件もあって、奴らも強くは出れんはずだ。」

 

この人事異動問題以外にも、ガリア国内では未だに裏切り者が続出するという危機的問題が起きていた。

ガリア上層部に所属するワルド卿が、新たに国家警察によって逮捕されたのである。この問題を公にしたのは、ネームレスに所属する『アルフォンス・オークレール』であった。しかし、彼はネームレス故に、名前を公表することが出来ず、"とある告発者"として扱われた。

 

しかし、今までの裏切り者とは違い、ワルド卿が流し続けていた情報量は頭1つ抜けていた。

ガリアの物資状況、軍備状況、今までの作戦内容など、数え出したらキリがなかったのだ。

しかもあろうことか、内通がバレない内に"秘密任務"として、国外脱出を図っていたのである。

この出来事は、スメイク決戦を報道した翌日に公表され、一気にガリア上層部に対する不信感が、国内中で生まれてしまった。前線で命を賭して戦っている兵士や将校に対して、後ろでのうのうと椅子にふんぞり返っているガリア上層部。元々人気は無かったが、この事件が反上層部の感情に拍車を掛けた。

そんな出来事もあり、現在の上層部は、人気があるダモンなどに強く出られないでいた。最悪、ダモンに何かした場合、軍の一部がクーデターを起こしてしまう可能性があったのだ。普段察しが悪い上層部の者ですら、それを感じ取れるほど、ガリア軍内部では上に対する不信感を滲み出していた。

皮肉にも、ダモンが居る事によって、クーデターの圧力は現状抑えられているのだ。

しかし、もしもダモンが先陣を切ってクーデターを起こせば、たちまちガリア上層部は解体され、軍部による独裁体制が整うであろう事は、誰の目にも明らかであった。無論、ダモンにその様な気は無いが。

 

「それと閣下。人事異動の中にはこのような者も含まれている事を、ご存知ですか?」

 

そんな一連の出来事を振り返っていたダモンを気にも留めず、オドレイは積み重なっている書類の中から、1枚の紙を取り出すと、ダモンに渡した。

 

「ん?この顔…何処かで……」

「義勇軍に所属する"赤き獅子"『レオン・ハーデンス』軍曹です。閣下の元で働きたいと、いの一番に届け出をした人物でもあります」

 

手渡された紙には、ガリアの赤き獅子との異名を取る、レオン・ハーデンスの名前と顔が載っていた。意外過ぎる人物に、ダモンは面食らう他なかった。

 

「まさか、冗談であろう?こやつは義勇軍第3中隊第4小隊の副隊長だぞ?」

「でも、現実として目の前に紙があります。彼も暇ではありません。次の作戦である『山の(いなな)き』作戦では、主力の一部として参戦するのです。その準備もある為、嘘で送ったりはしないでしょう」

 

ダモンの知る未来では、後のガリア内戦で行方不明となり、最後は廃人同然となってしまった男。

内戦を終結させたランシール王立士官学校G組の英雄、アバン・ハーデンスの兄。

だがダモンは、この知識と共に、彼が廃人になってしまった原因も思い出してしまった。

 

「(人造…ヴァルキュリア……!)」

 

彼は後にランシールへ推薦入学し、"優秀な生徒"として、秘密裏に行われたヴァルハラ計画に強制参加させられ、そこで自我を失うという事故に遭っている。その後はガッセナール家に回収され、人造ヴァルキュリア部隊を率いる事になったのだ。だが、問題なのは、レオンではない。人造ヴァルキュリアという存在してはならない兵器を、ダモンは今の今まで失念していた事なのだ。

 

「………閣下?」

 

一瞬大量の冷や汗を掻いたダモンだが、よくよく考えれば時間はまだある。だが、人造ヴァルキュリアを無くすという事は出来ないであろうと、ダモンは考えた。フェルスター博士を亡き者にしても、いずれは違う科学者が開発する。ただ時間がズレるだけなのだ。で、あるならば、敢えて歴史の流れに乗りつつ、その流れを変えればいいと考えた。

《人造ヴァルキュリアは開発されるが、本来死ぬ筈の人間を、別の者に変える》又は《人造ヴァルキュリアを開発後、国家機密として闇に葬る》、このどちらかを選べばいい。

フェルスター博士が亡命してきた後でも、策はまだ講じられるのだ。

"うんうん"と1人で頷くダモンを前に、オドレイは耳元で大きく声をかけた。

 

「閣下ッ!お気は確かですかッッ!!」

「ぬォわァァァ!!!!」

 

いきなり耳に美女の声が響いたダモンは椅子から転げ落ちる程驚いてしまった。

目を大きく見開いて隣を見ると、襟の隙間からチラリと見える谷間が瞳に入った。眼福であった。

 

「ハーデンス軍曹をどうするのか、まだ聞いておりません!勝手に1人で考えないで下さい!」

「す、すまぬ…。どうも歳を取ると1人で考え込んでしまうようだ。寂しくさせてすまんな」

 

ダモンは軽く謝ると"ポンッ"とオドレイのお尻を叩いた。あくまでオドレイの怒りを和らげるためにした行為なのだが、彼女は怒るどころか、恥ずかしそうに言葉を発した。

 

「……やはり閣下もそう言うのが好きなのですか?その、自分で良ければ、いつでも相手になりますが…」

「………ほ?」

 

間抜けな声が、ダモンの喉を通った。それこそ、自分が驚くほどの間の抜けた声が。

オドレイの言った言葉が理解できず……いや、どう解釈すればいいのか、分からなかったのだ。

『相手になる』を、喧嘩としてみればいいのか、それとも男女の行為として受け取ればいいのか。

しかし、恥じらいながら"相手になる"など言われたら、それはもう確定的な選択肢である。

 

「い、いや、わしと中佐では歳が離れすぎておる。歳の差で言えば、わしは犯罪者に-----」

「ですが、私も既に大人です。それに貴族同士の婚姻はどの家も歳の差婚が当たり前です。一体何を言っているのですか、閣下?」

 

そう言って腕を組みつつ、胸を寄せて上げるオドレイの行動に意識が飛びそうになるも、ギリギリの所で理性が勝ったダモンは、強制的に話題を変えた。

 

「…………話を変えよう。この話題はわしに効く」

 

話を戻したダモンは、結局レオンも公国親衛隊に入隊させることにした。次の作戦である『山の嘶き』作戦終了後、彼は義勇軍の元を離れて、ダモンが指揮する公国親衛隊に所属する事となった。

この人事異動が後に吉と出るか、凶と出るかは誰にも分からなかった。

 

 

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◆7月2日~ギルランダイオ要塞 帝国軍総司令部~

 

「全く…。散々な失態を犯していくのだな。我が兵士達は…」

「誠に、誠に申し訳ございません!」

 

帝国軍総司令官マクシミリアン皇太子は、本国から持って来させた豪華な椅子に腰を掛けながら、自らが率いる帝国軍の有様に呆れていた。

彼の頭の中では、既にガリアが降伏している筈の時期である。だが、現実には、開戦当初の勢いをもって首都陥落間近にまで迫った帝国軍が、今や各地で敗走に敗走を重ねる状態であった。

確かに、今回のガリア攻めを行っている全帝国軍は、一部を除いて本国で左遷された者達で固められている。だが、それを差し引いても、帝国軍の兵士は連邦のそれよりも上であった。

にも関わらず、ヨーロッパの小国……それこそ国力差で言えば絶対的な壁が存在しているガリア軍に対して、連戦連敗と言うのは、情けない以前の問題であった。

マクシミリアンの前に跪いている中部帝国軍の司令官であるセルベリアは、これ以上下がらない位に、頭を下げていた。ここまできたら寧ろ土下座をした方がいいと思わせる程に。

 

初めに敗北を喫した中部方面軍。その次に撤退したイェーガー将軍率いる南部方面軍。此処まで来て未だに敗走していないのは、ファウゼンに籠るグレゴール将軍率いる北部方面軍のみであった。特に、北部方面軍に関しては、ガリアに情けをかける程余裕がある。小隊規模で言えば、ダハウ率いるカラミティ・レーヴェンも、未だ敗走をしていない。帝国が一番迫害しているダルクス人が、この戦争において帝国軍人よりも活躍しているというのは、ある意味皮肉とも思えてならなかった。再びマクシミリアンは現状の帝国軍に失望していた。

 

「セルベリアよ。ガリアには大猪がいるそうだな?」

「はッ。部下からの報告によりますと、その姿は紛れもなく猪の様であったと、聞いております」

 

別の部下からの報告を受け取っていたマクシミリアンは、ふと、大猪の異名の事を思い出した。

何処をどう見ても、帝国軍の勝利は間違いないとまで言われたスメイク決戦。だが、結果は惨憺たるものであった。その原因は、ガリアの大猪にあると、マクシミリアンは確信していた。

大猪…ゲオルグ・ダモンというガリア軍の総司令官に対して付けられた異名だ。圧倒的な戦力差、決して揺るがない情勢、それこそガリア軍の上層部や貴族が、こぞって自分の所に手紙を送って来た際には「こうも簡単に祖国を裏切るのか」と、苦笑したものだ。

だが、そんな中でダモンは兵士や国民を纏め上げ、初戦での敗北の汚名を返上し、各地で勝利を飾っていった。

無論、彼1人の力だけではない。正規軍と義勇軍が団結して取り組んでいるからこそできる芸当なのだ。ダモンはただ単にその道筋を作っているに過ぎない。だが、それでも祖国を裏切らず、敗戦が間近に迫っても意志を強く保ち続け、ガリアの勝利を揺るぎない(まなこ)で見続けるからこそ、ガリアの人々はダモンに続いているのだ。正に、敵ながら天晴れとしか言いようがなかった。

 

「奴が帝国の軍人であったならば……という他無いな。余りにも惜しい男だと感じさせられる」

「ッ!」

 

マクシミリアンが放った言葉に、セルベリアは歯ぎしりした。言外に"役立たず"と言われているような気がしてならなかった。味方ではなく、敵に賞賛を送った事が、更にセルベリアのコンプレックスを高めた。

セルベリアはれっきとしたヴァルキュリア人である。しかし、今まで自身が仕えているマクシミリアンからは、礼はあれど、一度も賞賛を受けていなかった。だがそれでも、彼女は一途に彼に仕え続けている。

 

「まぁよい。敵である以上、いずれは奴も討たねばならん。セルベリアよ、その時が来るまで、その力、抑えておくのだ。その力は余りにも激しい。他の者にはなるべく見せるな」

「…畏まりました。殿下」

「うむ。では下がるがよい」

 

マクシミリアンにそう告げられたセルベリアは、静かに頭を下げると、部屋から退出した。

扉からでると、1人の帝国軍兵士が待っていた。

 

「大丈夫ですか大佐?顔色が良くありませんが……」

「む?…あ、あぁ気にするな。お前の手当てを受ける程ではない。しかし、私をちゃんと待っていてくれたのだな。素直に嬉しい」

「何を言っているんですか。自分は、大佐の副官ですよ?」

「それもそう…か。フフ…」

 

その兵士の名は『カール・オザヴァルド』。階級は少尉で、セルベリアの副官となっていた。

初めは支援兵だったのだが、セルベリアの心中と、彼女の純粋な思いに惹かれ、彼女と共に前線で戦うべく、偵察兵に転科した青年であった。支援兵時代は臆病な性格であったが、ギルランダイオ攻略後に、運命の悪戯か、2人は良く話をするようになった。セルベリアは、自身がヴァルキュリアである事を他の者達から恐れられ、中には味方でありながら、彼女の影口を言う者までいた。

そんな中、ただ1人。彼女を普通の人間の女性として見て、話をしてくれる人物が居た。それがカールである。気付けば2人は、階級の差を超えて、友人にも似た関係になっている。

因みに、カールには『鉄人オザヴァルド』と言う異名が付いている。セルベリアと共に戦う内に付いた渾名なので、彼はこの渾名に誇りを持っていた。

 

「殿下に何を言われようとも、自分は大佐の味方です。気軽に相談して頂ければ、気持ちが楽になりますよ?」

「嬉しい事を言ってくれるな…。だが、私にはそんな暇がない。殿下がこれ以上失望しないように、更に軍を強化しなくては。無論、少尉にも手伝って貰うぞ」

「勿論です。自分は大佐の副官ですから!なんでもします!」

「では馬車馬の様に扱き使ってやろう。嫌だと言っても無駄だぞ?」

「ま、まぁ……程々にお願いします…ハハ…」

 

扉の前で軽い話を繰り広げた後、2人は原隊に戻るべく廊下を歩き始めた。勿論、セルベリアが前で、カールが後ろについて行く形である。

ヴァルキュリアと只の人間。大佐と少尉。男と女。何もかもが違う2人は、それでも自らが信じるモノの為に、再び戦争へ身を投じるのであった。

 

 

 

 




【現在の組織状況を感嘆に解説しておきます】

ガリア上層部……現在の戦争を遂行すべく、貴族・将校・議員などで固められた組織。その状態は余り好ましいものではなく、続々と出続ける裏切り者に悩まされている。戦時中の国家運営も担っている。一応ダモンもこの組織に加入しているが、軍事面での会議にしか呼ばれない。最近では国民からの信用も落ちており、その存在自体が疑問視されている。

ガリア陸軍……ガリア軍と言えば、主にコレを指している。大陸国故に、海軍に比べ、陸軍の発言力が大きい。過去には陸軍大臣も置かれたが、現在は上層部の下に置かれており、大臣は存在しない。現在の軍備予算は、陸軍に9:1の割合で振り分けられている。

ガリア海軍……ガリアは大陸国なので、海があまり重要視されていない。その為、軍備予算がたったの1割しかない。連邦などの友好国から一次大戦型の戦艦を購入し、それを近代化改装するなどの苦肉の策が講じられている。

公国親衛隊……老親衛隊が前身の組織である。ダモンによって、私設軍から国防軍に格上げされた為、名前を変えた。陸・海に続く第3の軍隊として、これからの活躍が望まれている。建前上、国家の軍隊であるが、所属する兵士は皆、ダモンただ1人に忠誠を誓っているので、国防軍の皮を被ったダモン個人の軍隊という面が大きい。

ガリア参謀本部……世界で初めて設置された準軍事組織。今までダモンが担ってきた業務を一手に引き受け、それを担当の者が分担して処理をする。言うなれば軍隊の頭脳。立場で言えば、ダモンの下に位置する個人の組織。ガリア軍に存在する各指揮官に、参謀が様々な助言も行う為、重宝されている。参謀本部の長である議長は『ローレンス・クライファート中将』。各参謀を纏め上げ、ダモンの意向を受け取る参謀長は『グスタフ・エーベルハルト少将』が就いている。



ここで少し整理してみました。


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第十七話 海軍の若き指導者

今回からは主に内政?の話が主役となります。
まあ軍の総大将なので、戦場なんてあまり出られませんし…。
今回もまたオリモブ投下です。

いつも感想及び誤字脱字報告有難う御座いますm(__)m


◆征暦1935年7月6日~首都ランドグリーズ とある職務室~

 

「…よし、これでこの書類は終わったな…。あぁ…長かったなぁ。」

 

椅子に座り、机の上にあった書類作業が終わり、男はうーんと背伸びをした。

男の名は『リック・ボルゲーゼ』。髪の色は茶色で、後ろに流す様に形を整えており、鼻の下にあるちょび髭が彼のトレードマークであった。見た目で言えば、如何にも軍人らしい風貌なのだが、口調はそれの真逆であった。所属はガリア海軍である。彼は弱冠32歳でありながら、階級が海軍大将という実質的な海軍のトップであった。しかし、この余りにも年齢不相応の地位に居るのには理由があった。

 

彼は1923年にランシール王立士官学校を卒業した。卒業後、ガリア軍人の中では珍しく海軍を志望。海軍は陸軍と違い圧倒的に人員不足であり、海軍に入った時には様々な人達からおかしな目で見られていた。

士官学校卒という事もあり、配属当初の階級は少尉だったのだが、彼の上官は尉官でもなければ佐官でもなかった。そう、彼の上官は将校である大将だったのだ。

普通の軍事組織であれば、このような圧倒的な階級差のある人事はおかしい。だが、驚く事に、ガリア海軍には士官学校卒の人間が皆無だったのである。つまり、少尉以下の曹長までの人間は存在していたが、幹部となるべき人間がリックの上官ただ1人だったのだ。

その後、なし崩し的に階級が上がっていき気付けば彼は大佐であった。しかしリックが29歳になった頃、上官である将校が病死してしまった。そして辺りを見渡せば、彼以外の上官が居なかった。

結局、彼は自動的にそのまま上官の後を引き継ぐ形で、そのまま海軍大将という地位に上り詰めたのである。無論リックは反対したが、当時の上層部から強制的に就かされてしまった。

だが、こんな若造が上に立てば、すぐさま年長の部下たちが反乱を起こす……とリックは思っていたのだが、彼自身の気さくな性格や職務を黙々と行う姿は、年長者達の信頼を勝ち取っていた。

つまり、誰もがリックの大将就任を喜んだのである。

結果として、1935年現在、彼はその年齢に合わない椅子に座っていた。

彼自身、自分はとても運がいい軍人なのだろうと思っていた。

 

そんな昔を思い出しながら、背伸びをしてダランと肩を落としたリックは、今一度気を引き締めると、再び姿勢を正し、次の書類作業に移った。

しかし、ペンを握った直後、部屋に"コンコン"という音がこだました。誰かが扉を叩いたのだ。

 

「(人がこれから頑張ろうって時に、一体誰なんだ…?)」

 

リックはペンを回しながら内心で愚痴を溢した。だが、尚も扉は叩かれる。「仕方ない」と、彼は思いながら席を立つと、扉の方へ歩き、ドアノブを回した。

 

「お待たせしました。少し忙しくて気付くのが遅れ------」

「忙しくても直ぐに『入れ』なり『少々お待ちを』くらいは言えるであろうが。全く……わしで無かったら大目玉を食らう所だぞ。ボルゲーゼ大将。いや、リッキーと呼んだ方がよいか?」

「…………ぇ?」

 

顔を伏せながら扉を開けたため、声を聴くまでリックはいつも通り役所言葉を言い放ったが、尋ね人の声が余りにも特徴的過ぎた為、リックはすぐさま顔を上げた。尋ね人の正体が誰かを理解した瞬間、彼の額には無数の汗が滲み出した。

 

「ダモンさん!?」

「ふはははは!元気にやっておるか?仕事中にいきなり邪魔をしてすまぬな」

 

尋ね人の正体は、ダモンであった。彼とリックの関係は、それほど深くはない。だが、2人とも陸軍と海軍のトップと言う立場に居れば、嫌でも何処かで会うもので、ダモンとリックは主に現在遂行中の戦争に関する会議に呼ばれていた。作戦に関する決定権はダモンに委ねられていたが、作戦以外にも現地における様々な諸問題と言うものがあり、特に行政に関しては上層部が運営しているので、一概に上層部抜きでの会議と言うものは無かった。だが、戦争が行われている場所が、陸地という事もあり、リックはその場にいても殆ど意味がなかった。発言権はあるが、特に主張する事も無く、気付けばダモンの愚痴溢しの相手になっていた。そんな縁や、歳の差も相まってリックは、ダモンから"リッキー"の愛称で可愛がられていた。対するリックも、ダモンの事を『閣下』や『大将』と呼ばず、『ダモンさん』と親愛の意味を込めて呼んでいた。

 

「いきなり過ぎますよダモンさん!せめて扉の向こうから声をかけてくれたら急いで開けましたのに!」

「何を言うか。仕事をしている相手に対して声をかけるなど、邪魔でしかないぞ」

「あ、いや、これからやろうと思っていたので、忙しくはないですハイ」

「だが先程『少々忙しい』と------」

「それは…言葉の綾です。これから忙しくなります」

「全く。お主という奴は…まぁよい。少し大事な話があるのだ。とりあえず部屋に入れてくれ」

 

言うや直ぐにダモンは腰に手を当てながら部屋の中へ闊歩した。それを横目で見るリックの額には未だ汗が乾いていない。リックはポケットに入れていたハンカチを取り出すと、顔全体を拭った。その後ハンカチをポケットの中へ戻すと、急いで予備の椅子を机の前に置いた。

リックはその椅子にダモンを座らせると、自身はいつもの椅子に腰を掛けた。

 

「さて、わしが今日ここに来たのには、ちゃんと理由があっての事だ。遊びで来た訳では無い」

「はぁ」

「………今から話す内容は、他言無用なのだぞ。そんな間の抜けた返事は、今後無しだ。」

「わかり……了解しました」

 

拭いた汗が再び額に滲み出て来たので、またポケットからハンカチを取り出して顔を拭うリックを尻目に、ダモンは話を始めた。

 

「『山の嘶き』作戦の事は、しっておるな?」

 

「勿論です。前の会議で話し合っていましたね。それがなにか?」

 

いくら発言はしなくても作戦内容については、トップの者であれば誰でも知っている事を質問してきた事に、リックは何の変哲も無く答えた。

 

『山の嘶き』作戦。この作戦の目標は、ガリア北西部に存在するファウゼン工業都市に居座る北部帝国軍を駆逐する為に、前段階としてファウゼンまでの道のりを確保しようと言うものである。

ガリア北部には、ファウゼンだけでなく、道中にも多くのラグナイト鉱山が点在している。

しかし、北部を支配下に置いた帝国軍は、元々ある鉱山跡地に山岳要塞を建設。ファウゼンまでの道のりを阻害していたのだ。此処を攻略しない限り、ファウゼンへの道は開かれず、ガリア軍にとって避けては通れない敵基地なのである。

今回の作戦の主力軍は、正規軍ではなく義勇軍であり、特に第3中隊を主軸に置いた攻撃戦である。作戦開始日時は、いつもの様に曖昧で、7月中旬とだけ言われていた。

 

だが、見れば分かる様に、この作戦に海は出てこない。つまり、海軍の必要性が無い。

それを含めてリックは、ダモンが自分を訪ねてくる意味が分からなかった。

 

「口には出さずとも、わしにはお主が考えている事が分かるぞ。『どこに自分と関係がある話なのか』とな」

 

「まぁ、その通りですよ。何処に自分と関係があるのか、いまいちピンときません。海軍の動ける場所は海だけです。………まさか戦艦を陸で走らせろとは言いませんよね?」

 

この爺ならやりかねないという考えが、一瞬で脳裏に駆け巡った。

帝国に勝るとも劣らない戦車を自費で作らせたという噂があったからだ。無論、この噂は真実である。

ダモン家は国内でも有数の金持ちである。『やろうと思えば出来るのではないか?』と、リックは内心恐怖していた。

 

「ハッハッハッハ。お主は面白い事を言うのう。戦艦が陸に上がれる訳ないであろう。まぁ、艦底にキャタピラでも付ければ走れるかもしれんな。やろうとは思わんが…。だが、そうではない。お主に頼みたいのは、次の作戦会議で、わしに"反対"してほしいのだ」

 

「……はい?」

 

作戦に関する内容でもなければ、そんな大事な話でもない。ダモンの願いと言うのは、ランドグリーズで行われる次回の作戦会議で、ダモンの話す内容に"全て反対"してほしいというものであった。

普段からリックは会議の最中でもその場の成り行きに任せており、上層部に所属する議員の中には海軍の存在を忘れてしまう者達も居たほどであった。

 

「何故です?どうしてダモンさんの提案を、私が反対しなければならないんですか?」

「まぁ、確かにおかしいと感じてしまうであろうが、問題はそこではない。"海軍が反対した"という所が重要なのだ」

「……ますます意味が分からないのですが…」

「ふぅむ。ではもう少し掘り下げて話をするとしよう。今のガリア上層部には色々問題が有る事は、お主も知っておるな?」

 

またもや別の話を始めたダモンに、リックは惑わされつつも懸命に脳を回転させた。

いつもとは違う雰囲気を漂わせているダモンに対しても、少し疑念を持っていた。

 

「はい。既に支持率も壊滅的であり、国民の中では『上層部解体論』が出ている程です」

「だが、あやつらにはまだもう少しだけ存続してもらわなくては色々困る事もある。せめて、現在の戦争が終結するまでは、存続してもらわなくてはな……」

「ふむ。自分にとっては直ぐにでも解体されてほしいものですが…」

「まぁ待て。だが、中にはガリアを裏切り、今でも情報を流し続けている者もおる。わしはな、そやつらを炙り出したい。祖国に仇なす獅子身中の虫をな。その功績を持って、上層部には今一度、表舞台の顔役として、甦って欲しいのだ」

 

そこまで聞いて、リックは今迄組み合わなかったパズルが、ピタリと組み合う様に、やっと納得した。

握っていたハンカチをポケットに戻すと、腕を組んで、呆れるようにダモンを見た。

 

「つまり、彼らが嫌っているダモンさん…引いては陸軍から逃げる為に、海軍を逃げ道として作り、鼠捕りのように使いたい……という事ですか。酷い事をお願いしますね、ダモンさん」

「うむ。リッキー…いや、ボルゲーゼ大将。これはお主にしか頼めん仕事だ。奴らが逃げ道を探し始めている事は既に手の者によって判明している。後はお主がわしに対して強く反対すればよいのだ。それで全てが丸く収まる」

「海軍が丸く収まらないのですがそれは…」

「安心せよ。この事はわしとお主で取り組んだ一種の追い込み作戦。双方の協力の元に成り立っておる。つまり、手柄は陸軍と海軍で半分ずつという訳だ。作戦が上手く終われば、陸軍の予算を2割程そっちに譲渡するが?」

 

人員不足に加えて圧倒的な資金不足に陥っているガリア海軍。そしてその穴埋めに奔走しているリックにとって、予算の譲渡と言う言葉は、余りにも大きかった。

金と言うものは、有っても困らないが、無ければ大いに困る存在である。特にそれが組織的なものになれば死活問題である。

リックは、結局ダモンの願いを聞き入れる事にしたのであった。

 

 

 

 



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第十八話 各地の動き

活動報告に、これからの投稿について色々書きました。
目を通して頂けると嬉しいです。


◆征暦1935年7月10日~ネームレス422部隊~

 

「クルト、今朝の新聞を読んだか?」

 

彼らが秘密裏に行った、帝国領内に存在している東部国境補給基地を壊滅させてから早1ヶ月。

ネームレス422部隊は、次なる戦い『山の嘶き』作戦に参加すべく北進していた。

彼らは正規軍でありながら懲罰部隊である為、他の部隊と違い休みなどは存在しない。

正に馬車馬の如く、毎回厳しい戦いを各地で繰り広げていた。だが、ネームレスはそんな激戦を潜り抜け、未だに死傷者0人という快挙を成し遂げていた。クルトが着任する前は、必ず誰かが戦死していた状態から一転、クルトが隊長に就くと、ピタリと誰も死ななくなった。初めは小隊の半分しか彼を認めなかった隊員達が、気付けばレイラを含めた残り半分も、彼をネームレスの隊長と認めていた。だが、残り半分はまだ名前を名乗ってはいなかった。

しかし、ダハウ大尉率いるカラミティ・レーヴェンだけには幾度なく敗北を喫しており、完璧主義者であるクルトにとっては、数少ないコンプレックスと成りつつあった。

 

それでも、彼らは友軍の為に命を賭して、自ら進んで激戦地に飛び込まなければならない。

それが懲罰部隊としての定めであった。

そんな中、クルトは部隊の士気を上げるべく、上官であるクロウ中佐から1日だけ休暇を得る。それを聞いた各隊員は手を上げて喜んだ。だが"作戦が成功したら"という条件付きなので、油断は出来なかった。

その為に、行軍中であるにも関わらず、クルトはどう動けば被害が如何に防げるか、どう指揮すれば作戦を成功に導けるのかを考え込んでいた。

つまるところ、グスルグの問いかけには気が付かなかった。

 

「おいクルト。聞いているのか?」

「あ…すまない。少し考え事をしていた。それで、何か用かグスルグ?」

 

ガタガタと揺れる2台の輸送トラックの荷台には、各隊員がすし詰め状態で、各々休眠を取っていた。3台目の輸送トラックにはネームレス戦車が積まれている。

その内の1台に、クルトとグスルグが、対面となる様に座り込んでいた。因みに、グスルグの隣では"グーグー"と(いびき)をかいて眠るジュリオが座っている。

 

「全く、君と言う奴は……ダモン大将とボルゲーゼ大将の事だよ。『陸軍と海軍が対立した』って記事の」

「あぁ、その事か」

 

グスルグが言った新聞の内容。それは、前回ダモンとリックが話し合いをして決めた"芝居"の事が大きく書かれており、記事の上にはでかでかと『陸・海対立ッ!ダモン陸軍大将とボルゲーゼ海軍大将が衝突!』と書かれていた。無論、当人であるダモンとリックの2人にとっては国民を相手取った大掛かりな演劇である。

狙いは勿論ガリア上層部に蔓延る裏切り者の炙り出しであり、国民の反応は副産物であった。

 

「恐らく、ファウゼン攻略に関する会議の中で衝突したのではないかと、俺は踏んでいる」

「ま、それしか無いだろう。しかし、衝突はともかく、あの海軍が声を上げるとはなぁ。正直に言って、この戦争では海は余り重要じゃないから、一言も喋らないだろうと俺は思っていた。全くの予想外だよ」

 

話ながらグスルグは、いつもの癖で首にかけてあるヘッドセットを右手で掴んだ。

時偶に大きく"ガタン"と揺れる際、ジュリオが寝ぼけて目を覚ますが、直ぐに目を閉じて眠りに入る。そんな様子を横目で見ながら、別の人物が話に食い込んできた。

 

「新聞っていうのは、表向きの事しか書かないもんだぜ、お二方?」

「なんだアルフォンス。起きていたのか」

「あぁ。こうも両サイドに美女が居ると、寝るに寝れないからな。特に、いつも怒っているあのレイラが、素晴らしい程の澄まし顔で寝ているんだぜ?寝るなんて損だな」

 

話に食い込んできたアルフォンスの両隣には、エイミーとレイラが寄りかかって眠っており、彼は一種のハーレムの中に居た。だが、それを気にせず、アルフォンスは話を続けた。

 

「おれの集めた情報では、この一連の騒動はダモン大将が考えた自作自演らしいぜ?なんでも、ガリア上層部に巣食う害虫を、炙り出す為とか何とか」

 

アルフォンスの口から出た言葉は、全て事実に近いものであった。

彼の本職は、探偵である。それもホームズ顔負けの洞察力と推理力を兼ね備えている。だが、彼の情報収集能力の高さの要因は、異常な程の執着心の強さにある。言うなれば、狙った獲物は絶対に逃さないというスタンスなのだ。そこに、先ほどの能力が加わっている為、偵察兵としてみれば、彼は正に適性があったと言わざるを得ない。

彼は、その持ち前の能力と速さを活かして今まで情報を集めており、ネームレスにもたらされる情報の多くは、アルフォンス産であった。ワルド卿の一件も、彼が探偵だった時代から追いかけていた。まさに、執念と言わざるを得ない。彼に目を付けられたら最後、ありとあらゆる情報が暴かれてしまうだろう。

 

「へぇ。よくそんな情報を知っているな。何処からだ?」

「探偵は秘密主義が基本だ。いくらグスルグと言えど、これだけは言えないな」

「なるほど。聞かん方が身の為だな」

 

そこまで気になっている訳でもないので、グスルグは適当に話を切り上げると、荷台から見える景色に目を向けた。クルトも作戦の考えが纏まると、何気なしにグスルグとは違う方向の景色を見つめる。その時、遠くの方で煙が上がっているのを見つけた。

クルトはそれを確認すると、トラックを運転しているフェリクスに、急遽その煙が立ち上る場所へと急行するように命令。

その煙の下では、グスタフ・エーベルハルト伯爵の1人娘である『ユリアナ・エーベルハルト』が、ランシール王立士官学校候補生達を率いて、帝国軍部隊と交戦中であった。

 

 

==================================

 

 

◆7月17日 ファウゼン近郊に位置する山岳要塞

 

陸と海のいざこざが新聞で報じられてから4日後。

7月14日。ダモンの号令一下、『山の(いなな)き』作戦が発令された。

前回のスメイク決戦程では無いが、帝国軍もガリア軍をファウゼンへ近寄らせない為に、要塞を起点に各拠点でゲリラ戦を展開。前回とは打って変わって、ガリア軍は苦戦を強いられていた。山岳要塞内部には、無数の洞窟が掘られ、山1つが要塞と化していた。つまり、自走砲による砲撃の効果が薄れてしまい、殆ど意味を成さなかった。

開戦から3日後の17日になっても、ガリア軍は帝国軍のトーチカに阻まれ、山の(ふもと)までしか進軍が出来ていなかった。

 

その為、ガリア軍の主力部隊である義勇軍は、正規軍から借り受けた火炎放射器を各兵士に装着させ、洞窟の穴1つ1つに対して放射・殲滅していくという攻撃方法を採った。しかし、その洞窟も多方面に繋がっている為、言わばモグラ叩きをしている現状であった。

 

「チッ。こそこそと帝国軍め……」

 

第3中隊隊長のエレノア・バーロット大尉は、普段の冷静さを少し欠いていた。

勿論、遅々として進まない作戦が原因である。この作戦には、虎の子部隊である第7小隊が参加していない。

というのも、彼らは再びバリアス砂漠に展開する残存帝国軍部隊を殲滅すべく、1週間前から中隊を離脱しており、殲滅後はそのままランドグリーズへと戻る手筈になっていた。だが、彼らは戦いを終えた後、ランドグリーズへ帰還中に、道中の森で帝国軍の伏兵に遭い、包囲網を敷かれるという危機的状況に現在陥っていた。

結果、第3中隊の(かなめ)ともいえる第7小隊が抜けたせいもあり、第3中隊は普段の突破力を発揮できないでいた。

 

「第4小隊はまだ到着しないのか!」

「大尉。落ち着いて下さい。そのように功を焦れば更に被害が------」

「分かっている!……仕方ない。各部隊に後退命令を出せ!!」

 

このままでは埒が明かないと考えたバーロットは、義勇軍第4小隊を側面に回り込ませ、正面と横からの2方向からの攻撃に作戦を転換する事を決定。その際、第4小隊は422部隊(ネームレス)と合流し、共同で作戦に当たる事になったのだ。しかし、未だ連絡が来ない事に、バーロットは苛立ちを隠せないでいた。

だが、近くで待機している兵士達が怯えて少しづつ距離を離した頃、遂に待ちわびていた連絡がバーロットの元へとやって来た。

 

≪バーロット大尉。422部隊隊長のNo.7です。連絡が遅くなり申し訳ありませんでした。≫

「待ちわびたぞ!こちらの準備は既に整っている。そちらの状況はどうか?」

≪問題ありません。第4小隊とも合流できたので、これより攻撃を開始します≫

「了解した。こちらも攻撃を開始する。武運を祈る」

 

プツンと通信が切れる音がした後、バーロットは声高々に全部隊に対して攻撃命令を下した。

ここで初めて、彼女は普段の冷静さを取り戻すのであった。

 

 

==================================

 

 

◆同日~山岳要塞内部に侵入した422部隊~

 

「このジメジメ感は、やっぱり好きにはなれませんね…」

「なに悠長な事を言ってるんだい。さっさと敵を撃たないと、自分が死ぬ事になるよ」

 

要塞内部に突入したネームレスは、クルトの指示で各拠点へと散らばっていた。

クルトは、第4小隊副隊長のレオン・ハーデンスと作戦会議を行い、両部隊を再編。大人数の陽動部隊と少数精鋭の突撃部隊の2つに隊を分けた。これが、クルトがずっと考え込んでいた作戦である。

エイミーとグロリアは、その指示に従いながら要塞内部で"派手"に小銃(ライフル)を鳴らしていた。グロリアは(もっぱ)ら対戦車槍を、ラグナイトが詰まった箱に当ててその音を楽しんでいたが。

 

「グロリアさん!もう少し静かに撃ちましょうよ!このままだと耳がおかしくなりそうです!」

「何言ってるんだい。これは隊長さんの命令だからやってるんだよ。私が好きでこんな事する訳ないじゃないのさ」

「そんな笑顔で言われても説得力ありません!」

 

物陰に隠れ、小銃のリロードをしながら、エイミーはグロリアに抗議したが、対戦車槍を次々と当ててはニヤニヤしている老婆の前には、その抗議も意味が無かった。

そんな2人の元へ、フェリクスがサブマシンガンを撃ちながら駆け寄ってきた。彼もまた、陽動部隊の1人である。

 

「何2人で話し込んでんだよ。それじゃあ陽動の意味が無いだろ」

「おやおや。女の会話が気になってやって来たのかい?」

「そんなんじゃねえよ。ほら、さっさと撃ちまくれ!」

 

そう言いながらフェリクスは、物陰から身を出すと同時にサブマシンガンの引き金を引く。散らばる弾丸から避ける為に、敵はすぐさま身を隠した。そのタイミングを見計らいながら、グロリアによる対戦車槍が物陰目掛けて発射されていく。敵に当たらずとも、弾による爆風により敵兵士のバランスを崩し、そして陽動の為の大きな音となった。

 

「もっと撃ちたい所だけど、生憎、残弾数が心許無くなってきたねぇ。フェリクス、あんたの方は?」

「俺もそろそろ弾が厳しいな……。そういえば、エイミーの奴はどうした?」

 

フェリクスは、グロリアの質問に答えながら辺りを見渡すと、ひっそりと気絶しているエイミーを見つけた。敵に撃たれたのではない。爆風に伴う爆音によって、目が回ってしまったのだ。

 

「おいエイミー!起きろ!戦闘中だぞ!」

「ふぇ!?……あ、フェリクスさん」

「仕方ないな……お前はもう下がれ。他の隊員達の援護に行け。後は俺に任せろ!」

「りょ、了解しました!」

 

エイミーは再び立ち上がると全速力で違う場所へと走って行った。残ったのはグロリアとフェリクスだけである。

 

「婆さんはまだまだいけるのか?」

「ふんッ。余計なお節介だよ」

 

フェリクスの気遣いに文句を言いつつも、グロリアは何度目かすら忘れたリロードを行う。

その後、2人は全ての弾薬が尽きるまで要塞内部で派手に銃を撃ち続けるのだった。

 

 

==================================

 

 

◆同日~首都ランドグリーズ ランドグリーズ城内~

 

バーロット率いる第3中隊が激戦を繰り広げる中、首都ランドグリーズでは戦争を行っているとは思えないほど、至って平和な日常を享受していた。

 

「………」

 

とある少女は、首都の名前の元になっている【ランドグリーズ城】に(そび)え立つ大きな塔から、下に映る街を見下ろす。その先には、義勇兵として徴兵されていない子供達が、空き地や道路の端で遊んでいた。近くには年寄りが彼らを見守っている。

 

「………ふふっ…」

 

当然の事だが、大人と違い、子供である彼らは、戦争と言うものがまだ理解できていない。

だからこそ、あのような無邪気な笑顔を作れるのだろう。

少女は笑う子供達の光景を見て、少しだけ自身も笑った。

 

「幸せそう……」

 

窓を見ながら少女は呟く。

少女の名は『コーデリア・ギ・ランドグリーズ』。代々ガリア公国を治めている大公家に連なる1人である。頭には特徴的な被り物をしていた。

しかし、その正体は、大昔に同胞を裏切り、ヴァルキュリア人に魂を売り、見返りとしてガリアと言う大地を得たダルクス人の末裔である。髪の色を隠す為に被り物をしているのだ。この事実は、大公家と密接にあり、且つ信用に足る者しか知り得ない秘密であった。

だが、コーデリアは宰相であるボルグにすら、まともに口を開こうとはしなかった。

彼女の父親は、若くして早世してしまう。それと同時期に、大公家の秘密を知る人間も後を追うように亡くなった。つまり、彼女を理解する人間が居なくなったのだ。この2つの出来事が、彼女の心に深い傷を負わせてしまい、心を閉ざしてしまう原因となってしまった。

これ以降、彼女は自分の意志で、他人と話す事が無くなった。

そしてその失意から、本来座るべきはずの大公家当主という椅子から離れ、一切の(まつりごと)に関わらなくなった。現実から目を逸らしてしまったのだ。

その後、ガリア公国は物の見事にボルグによる親政体制となり、コーデリアは単なる傀儡と化してしまう。すなわち、立憲君主国としての建前だけの為にしか、彼女の価値は無くなった。

 

気付けば、コーデリアは城から一度も外へと出なくなっていた。それどころか、最近はボルグの姿すら見ていない。

第3者の目で見れば、現在の彼女の状態は、鳥籠に入れられた1羽のインコの様なものであった。

 

それでも、不思議とコーデリアは苦痛とは思わなかった。と言うよりも、完全に部屋の外に対する関心が無くなっているからこそ、苦痛と感じないのだろう。

今日も彼女は、窓から見える光景を一日中眺めていた。"コンコン"という扉をノックする音がするまでは。

 

「………誰です?私は誰とも御会いしたくありません」

 

窓から離れず、それでも聞こえるように、コーデリアは言った。

 

「姫様、わしです。ダモンで御座いまする」

 

普段の来る召使だと思っていたコーデリアは、予想外過ぎる人物の訪問に少し驚いてしまった。

いくら外界に疎い彼女でも、ガリアの中枢に所属する人物の名前くらいは憶えている。

しかし、軍のトップが何故此処に来たのか分からない彼女は、多少の暇潰し程度にはなるだろうと、珍しく部屋の外へ興味を持った。

 

「入りなさい。鍵はかけていません」

 

その声が届くと同時に、ダモンはドアノブを回して扉を開けた。

 

「失礼しますぞ、姫様」

 

訪問したダモンは、いつもの軍服とは違い、茶色のスーツを身に着け、革靴を履き、ボーラーハットを被っていた。おまけに右手にはステッキを持っている。所謂(いわゆる)ダモン流のオシャレなのだ。この姿で街を歩いていたら、いつも秘書をしているオドレイですら、ダモンには気が付かないだろう。

部屋に入ると、ハットを脱ぎ、ベッドの近くに設置されているテーブルに置いた。

 

「今日は、姫様と少しお話がしたくて参った次第。爺の戯言として、話を聞いて下され」

 

「いいでしょう。時間なら有りますから…」

 

コーデリアはテーブルに付属してあるソファに静かに座ると、ダモンもそれに習うように、対面に座った。傍目から見れば、祖父と孫のようにも見える。ステッキを突きながら、やがてダモンは話を始めた。

 

「姫様。わしが、大公家の秘密を知っていると言ったら、どうしますか?」

 

 

 

 

 

 



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第十九話 ダモンとコーデリア

今回は丸々コーデリア回です。


◆征暦1935年7月17日~ランドグリーズ城 コーデリア室~

 

「………一体何を仰っているのか、分かりません」

 

ダモンから発せられたランドグリーズ家の秘密について、コーデリアは一瞬だけたじろいたが、直ぐにそれについて白を切った。だが、額には少しばかり汗が滲んだ。

一瞬の無言。その顔は冷静だが、目には焦りが浮かんでいる。

ダモンはそれらを確認すると、話を続けた。

 

「言葉を発するまでの間。額の汗。表情は変化させていませぬが、わしには分かる。隠しても無駄ですぞ。人を見る目でしたら、わしの方が些か()がある。(まつりごと)の一切を投げ出した姫様には、腹の内の隠し方と言うものをご存じないですからのう」

 

「………」

 

ダモンの言葉に、コーデリアは反論できなかった。

この男は完全に自分の心を見抜いている。恐らくどう言ったとしても、全て返されてしまう。迂闊に発言はできない。まず間違いなく墓穴を掘られてしまうだろう。

コーデリアは座りながら固まってしまった。その間も彼女は至って冷静を保っているように見せるが、震える唇は隠せなかった。

 

「そのように固まられては、話す事も話せませぬ。そう怖がらないで下され」

「………何が…目的なのですか?」

 

「怖がるな」と老人は言うが、簡単には信用できなかった。

老人…ダモンは、自分の一族の秘密を知っていると言っている。圧倒的な自信が、彼から溢れ出ているのが分かる。恐らく自分…いや、本当にランドグリーズ家の秘密を知っているのだろう。

だとすれば、次に知らなければならない事は彼の目的だ。まずはそれを聞かなくては。

 

コーデリアは、自分の秘密がバレたとあっても、努めて冷静に彼の言葉に反応した。

 

「目的?……そうですなぁ…」

 

わざとらしくダモンは、顎に手を乗せながら笑みを浮かべる。まるで悪役のような表情をしながら目を泳がせた。

傍目から見れば、完全に大公家を脅している様にしか見えなかった。

 

「わしが姫様に取って代わり大公家になる……と、言うのも一興ですのぅ。あっ…そうなれば姫様は、本当に用無しになりますなぁ。どう致しますか?わしの元で妾となり、その体に新たな価値を見出しますかの?」

「ッ!!!」

 

ダモンはコーデリアの目の前まで右手を上げ、真っ直ぐ伸ばすと、空気を握り潰す様に、拳をグッと握った。

それまでソファに座りながら冷静にダモンの発言を聞いていたコーデリアは、遂に勢いよく立ち上がった。その顔には怒りと焦り、そして恐怖が入り交じった表情を表していた。

コーデリアは、ヨーロッパの大名門ランドグリーズ家の嫡女である前に、1人の女性である。

ダモンの言葉は、完全に女性を侮辱していた。世の女性が聞けば、十中八九で大激怒するだろう。

彼女は、すぐさまダモンに反論した。

 

「無礼です!大公家だけでなく、私まで侮辱するのですか!それでもガリア軍人ですか!?」

「えぇ軍人ですとも。現在もこの国に忠を尽くしている一介の老将ですぞ?ですが、姫様は国政を放り出しただけでなく、こうやって部屋に引きこもっている。一体どちらが国の為となっているのですかな?」

 

キレるコーデリアの言葉を軽く受け流しながら、ダモンは「何を当たり前な事を」と言いたげな風で、彼女の言葉に対して反論する。そしてそのまま彼は話を続けた。飄々と受け答えするダモンに、コーデリアは更に怒りの炎が燃え上がった。

コーデリアは、ダモンを査問会に送るべく、自身に対する不敬の罪状を言い始めた。

 

「ゲオルグ・ダモン…私は貴方に失望しました!話で聞いている人物とは到底思えない言動の数々、そして大公家……ランドグリーズ家に対する冒涜!直ぐにでも兵士を呼んで------」

 

「ほう。失望と仰りますか。前大公の崩御の後、次期大公位に就かず、長らく空位にさせた上、ボルグの専横を許し、挙句の果てには部屋に籠り、ありとあらゆる全てを放り出した姫様の方が、わしは失望していますがのう。兵士を呼ぶ?…"国"を捨てた姫様に、如何程の者がついて行くとお思いか?……如何程の者が姫様に忠誠を誓うというのかッッ!!!」

 

淡々と語りながら、中盤以降いきなり語気を強めた後、最後にダモンは激怒した。

何処からそんな大音量の声が出せるかと言うほどの声が、コーデリアの全身を貫通した。

突然の豹変と怒気に、コーデリアは先程まで纏っていた怒りの炎が一瞬で鎮火する。

 

「な、なにを------」

「なにを……ですと?ここまで言って、まだ分からんのかッ!!この馬鹿者がッ!」

 

そう言うや否や、ダモンはソファから立ち上がるとコーデリアの頬と"パァン"と(はた)いた。

叩いた反動で、コーデリアはそのまま崩れ落ちるように、床に倒れた。そして、髪を隠していた被り物が床に転がった。

唐突の事であったが、その痛みは本物で、叩かれた右の頬は赤くなっていた。

 

叩かれたコーデリアは、一瞬の事で呆然としたが、徐々に痛みが顔に広がると同時に、目から涙が零れ落ちた。

 

「大公家に……ランドグリーズ家の嫡女に……暴力など……貴方はどこまで…」

 

「だから何だと言うのか!お主は嫡女であって大公ではない!現実から目を背け続ける哀れで無知なただの小娘だ!そんな者を叩いた所で、なんの罪に問われると言うのだ!不敬罪が適用されるのは大公であって、断じてお主ではない!寧ろ民草を蔑ろにしたお主に裁かれるなぞ、言語道断であるッ!」

 

ダモンは遂にコーデリアの事を『姫』と呼ばなくなった。いや、呼ぶ必要が無くなったと言う方が正しいだろう。倒れ伏せるコーデリアに指を指しながら、ダモンは尚も語気の強さを緩めず、声を荒げた。

その姿は、幼気(いたいけ)な少女に対して手を上げて怒る父親の様にも見えた。

 

「…………では……」

 

コーデリアの声は震え、捻れば折れそうな程の細く薄い声であった。

目から涙がボロボロと床に零れ落ちながらも、コーデリアは必死にダモンの言葉に対抗した。

しかも、今までのような意志の無い言葉ではなく、自身の意志を込めた言葉を、コーデリアは初めて口にした。

 

「では……どうすれば良いと…。無力な私に、どうしろと言うのですか……うぅ……」

 

力無く嘆き始めるコーデリアを見ながら、ダモンは吊り上げていた眉をゆっくりと下げた。

 

「……やっと……"自分の"言葉が出せましたな。姫様」

 

両手で顔を覆い泣き続けるコーデリアが発した言葉を、ダモンはしかとその耳で捕えた。

今まで言われるがままだった彼女が初めて「どうすればいいのか」と言ったのだ。

この言葉こそ、彼が最も望んでいた言葉であった。

ダモンの言った事が分からないコーデリアは、指で涙を拭きながらその続きを待った。

 

「ご安心下され。わしが、姫様を支えまする。わしが、姫様の盾となり矛となりまする。わしが、姫様の進む道を"手助け"致しまする。なので姫様、共にガリアをお救い致しましょうぞ。姫様が表舞台に立てば、国民の士気は大いに上がるばかりか、姫様の勅命が有れば、未だ蔓延るガリアの裏切り者共を一掃できまする」

 

澱み無く語り続けるダモンの姿は、大猪の渾名の如く威風堂々としてその場に直立した。既に先程の怒気は消えており、その語気は忠臣たる者のみが発せられる強さであった。

下から見上げたコーデリアは、その光景に父の面影を見た。昔叱られた事を、不意に彼女は思い出した。天井に吊るされたシャンデリアの光がまるでダモンの後光の様に見えた。

一瞬だけ、前途に光明を見出した様な感覚になったコーデリアは、しかし直ぐに顔を下に向ける。

 

「私が……いえ…やはりその様な事…父と同じ様にはなれません…」

 

次第に涙が止まり、鼻声となりながら、それでもコーデリアは「自分は大公にはなれない」と力弱く項垂れながら、ダモンに告げた。

そんな彼女の姿を見るダモンは、小さく溜息を吐き出した。

 

「何を当たり前のことを言っておるのですか…。この世に生きている人間の中で同じ人間なぞ、おりはしませぬぞ。誰も前大公の様になれとは言ってはいませぬ。姫様が思い、考えた大公になればよいのです」

 

次第に元の穏やかな口調になりながら、尚もダモンはコーデリアに対して説き続けた。

すると次の瞬間、ダモンは地面に倒れ続けるコーデリアに跪いた。これでもかと言わんばかりに、その姿はコーデリアに対して、低く跪いていた。

 

「…姫様…。これまでの非礼、誠に申し訳ありませぬ。許せとは乞いませぬ。わしは貴族として…軍人として言ってはならない言葉を発言しましたゆえ。しかし、姫がわしに対して恨みと怒りが収まらないのであれば、コレでわしを御撃ち下され。既に言いたい事を吐き出したので、悔いはありませぬ。どうぞ、ご自由になさって下され」

 

跪きながら、ダモンは腰に掛けてあった拳銃を取り出すと、コーデリアの前に献上した。

一瞬の戸惑いが彼女の中に生まれたが、瞼を閉ざすとその献上を却下した。

涙は乾き、コーデリアは改めてその場に立ち上がった。

 

「……今、私が此処で撃てば、私の中にある貴方に対する不満は消えるでしょう。ですが、それは一時の解消であり、永遠に無くなる事はありません。そればかりか、その愚かなる行為を犯せば、間違いなくガリアは滅びの道へと進む事になるでしょう」

 

打って変わり、今度はコーデリアが話を続けた。

その立ち振る舞いや話し方を見て、ダモンは前大公を彷彿させた。コーデリアの父である前大公はとても厳格で、正に国民が称える位の統治者であった。

その有能さは、彼の死後、急速にガリア上層部に汚職が蔓延った事を見れば、一目瞭然である。

 

「いやいや姫様。わしなど居なくとも、この国には数多の勇士がおりますぞ。その勇士達にかかれば、わしの様な一介の爺なぞ、何の価値もありませぬ。どうぞ、ご遠慮なさらずに-----」

 

「先程貴方は『私の盾となり矛となる』と言ったではありませんか。その言葉を反故にするお積りですか?改めて言います。私は貴方を撃ちませんし、罰しません。ですが、私に行った数々の行いも忘れはしません。それ相応の対価を貴方に課します。いいですね?」

 

転がった被り物を、再び被るとコーデリアは初めの時と同じように冷静に話をする。

だが、その目に宿る意志は、間違いなく違っていた。

それに彼女は「課す」と告げた。つまり、部屋から出て表舞台に立つという事を暗に示している。

たった2文字ではあるが、その2文字に含まれている意味をダモンは理解した。

 

「分かりましたぞ。この命、どうぞ姫様のお好きなようになさって下され」

「えぇ。楽しみにしていてください。……では、まず私は何をすればよいのですか?」

 

一波乱が去った後、2人は再度ソファに座り直す。そこでコーデリアは、何をしたらいいのかをダモンに質問した。まるで別人にでもなったようだと、ダモンは本来持つ本当の笑みを浮かべた。

 

「そうですなぁ。とりあえず戦争が終わるまでは大公位に就くのは色々面倒なので、まずは今月下旬に行われる叙勲式で、将兵達に労いの言葉をかけてやりなされ。何事も順序が大事なのです。何処かの異国ではこう言う格言があるそうですぞ。『偉業を成すのも小さな一歩から』と」

 

ステッキを床に突きながら、ダモンはコーデリアに対して初の公務となる叙勲式のアドバイスを言い渡す。

そもそも大公位に就いていないので、彼女に出来る事は元々限られているのだ。しかし、彼女が出来ない業務を行うのが、大公家に仕える家臣の務めでもある。

逆に家臣足るダモンが出来ない業務と言うのが、ガリア上層部に巣食う害虫の炙り出しである。

 

ダモン側は既に裏切り者の名前や罪状に手を回せているが、これらを一気に逮捕してしまうと、軍部の越権行為となり国政に支障をきたしてしまう。いくら奴らを消したいからと言って自分が軍部の権力を越えてしまうと、そのままブーメランのように自分にも罪が生まれてしまうのだ。この罪を無効にしない限り、ダモンは絶対に上層部を炙り出すことが出来ない。

 

だが、コーデリアによる『勅命』を受ければ、ダモンはその罪を無効化し、上層部を浄化する事ができるのだ。これをダモンは狙っている。その為にダモンは、部屋に籠り続けるコーデリアの説得に赴いたという訳である。必然的にコーデリアを表舞台に引きずり出さなければならなかったのだ。

 

「それと、叙勲式の際、わしに『裏切り者を討て』と命じて下され。これくらいであれば姫様でも出来まする。その後の事はわしに任せてもらいましょう」

「何か考えがあるのですね。分かりました」

「うむうむ。今の姫様の顔、とても凛々しいものでしたぞ。それでは、わしは部屋から退散しまする」

 

ボーラーハットを再び被ると、ダモンはゆっくり立ち上がり扉の方へと歩き出した。

その際、コーデリアはダモンが腰にかけている拳銃を見て、ふと思い出したかのように後ろから声をかけた。

 

ダモン(・・・)。もし私が拳銃を拾い貴方を撃っていたら、貴方はどうしていたのですか?」

 

背後からの質問を受け、ダモンは立ち止まる。そして三度(みたび)コーデリアの方へ振り返ると、(おもむろ)に腰から拳銃を取り出した。無言のままダモンは拳銃から弾倉(マガジン)と抜くと、コーデリアへ軽く投げ渡した。いきなり投げられたマガジンを、コーデリアは咄嗟に両手でキャッチした。

 

「………あっ……」

 

キャッチしたマガジンを見ると、コーデリアは間の抜けた声を出した。

マガジンには、弾が1発も入っていなかったのである。

驚くコーデリアを尻目に、ダモンは次に拳銃のスライドを引いた後、その中身も見せた。

 

「大丈夫。そもそも姫様と会う前に衛兵に弾を預けましたからのう。元々弾など入れてはおらぬのですよ」

 

ダモンはニカッと白い歯を見せ、コーデリアにウィンクを送りながらネタをばらした。

ばらされたコーデリアは、呆れながらも小さく笑い、ダモンの元へマガジンを返す。

今まで無表情に近かったコーデリアが見せた意志ある笑みであった。

しかし、コーデリアはもう1つの疑問をダモンに問う。

 

「後もう1つだけ聞きたい事が有ります。……いつからランドグリーズ家がダルクス人の血統であると気が付いたのですか?この事実を知る者は、今や私だけの筈です。どこでその事を?」

「今知りましたぞ。まさか姫様ご自身から暴露されるとは思ってもおりませんでしたが。」

「…………え!?」

 

無論ダモンはギルランダイオ要塞に居る頃からこの事実を知っているので、この発言は嘘である。

だが、敢えて嘘を吐く事で、コーデリアに"駆け引き"と言うものを教える事にしたのだ。

 

「そ、そんな!私は何という事を…!!」

「ハッハッハ。これが駆け引きと言うものですぞ。政治の世界に出るのであれば必要不可欠なスキルゆえ、姫様も早く覚える事ですな。嘘を吐くのは悪い事ですが、時と場合によっては言わねばならん時も御座いまする。よく言うではありませんか。『嘘も方便』だと」

「ひ、酷いです!やはり、私は貴方が嫌いです!さっさと部屋から出て行って下さい!」

 

ダモンはコーデリアに背中を押されながら部屋を退出した。退出させられたと言うべきだが…。

コーデリアは"バタン"と強く扉を閉めると同時に鍵をかけた。余程怒っているらしい。

しかし、その怒り方も歳相応で、まるで『勝手に部屋を見られた思春期の女の子』と言うくらいの怒り方であった。

 

「(よし。これでやっと全ての手筈が整ったか。しかし、わしにはこういう事は向いておらんな。芝居とはいえ、年端もいかぬ娘に手を上げてしまった。いかんいかん。中佐にバレたら半殺しにされるやもしれぬ……どうかバレませんようにと祈るしかないのう…)」

 

しかし、ダモンはコーデリアの怒りよりもオドレイの怒りの方が心配で仕方無かった。

改めてスーツを整えると、ダモンはついでとばかりにランドグリーズで子供達のお土産を買い漁り、車に荷物を載せると自分の職務室があるアスロンへと帰還するのであった。

 

 

因みに、店屋を回るスーツ姿のダモンは、結局アスロンに戻るまで誰にも気付かれなかった。

 

 



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第二十話 連邦という国家

この時期を舐めてました…。
とてもじゃないですが書く時間が無さ過ぎました…。
11月になったら少しマシになるので、もう暫くお待ちください<(_ _)>


◆征暦1935年7月

 

エレノア・バーロット大尉率いる義勇軍第3中隊は、正規軍422部隊の助力を得た後、5日間という長い時間をかけて帝国軍が支配していた山岳要塞を陥落させた。

これまでの平地での戦闘と違い、山に籠る敵を討つという事が容易では無い事を心得ていたバーロットでさえ、力攻めをせざるを得ない状況に追い込んだ帝国軍の強さは、改めて義勇軍に恐怖心を抱かせる結果となった。

山岳要塞に籠っていた帝国軍は、散々義勇軍を苦しめたが、422部隊と第4小隊の共同作戦である背後からの強襲により敗北。そのまま逃げるようにファウゼンへと退却した。

ガリアは確かに勝利した。だが、義勇軍第3中隊の損害は思いのほか大きく、追撃戦に移行する事は出来なかった。また、今回の戦いについて、バーロットは指揮下の小隊長に対して上官でありながら異例の謝罪を行う。内容は、作戦中に冷静さを欠いて被害を拡大させた事が主だった。責任感が強い女性士官である。ウェルキン率いる義勇軍第7小隊は第3中隊よりも一足先にランドグリーズへと帰還した。副隊長であるアリシアが軽傷を負った以外は、特に問題は無かったという。

 

首都ランドグリーズでは、新聞やラジオを通じて今回の『山の嘶き』作戦完了の旨が報じられた。

それと同時にガリア上層部は今迄の各将兵の戦いを称える為、7月22日に叙勲式及び小隊長以上の者のみ参加できる晩餐会を開く事に決定した。尚、勲章だけでなく昇進関係もその場で行う。

他にも、今まで公に姿を見せていなかったコーデリア姫も出席するという事で、ランドグリーズ家に忠誠を誓っている兵士達は、大いに喜んだという。

無論、ガリア軍総司令官であるダモンもこの2つの行事に参加する。

 

そんな中、422部隊(ネームレス)は『山の嘶き』作戦の後、北部からやって来る避難民護衛作戦に従事させられる事になったのだが、此処で歴史が分かたれた。

史実ではガリア正規軍が北部からやって来る避難民の内、ダルクス人だけを残して跳ね橋を上げ、帝国軍によるダルクス人大量虐殺を引き起こし、ネームレスに所属するグスルグ曹長離反の遠因を作ってしまう。

だが今回、ガリア正規軍は"全ての避難民"を救う為に橋を上げなかったのだ。現地の指揮官が1つの英断を下したのである。結果としてガリア正規軍は数で勝る帝国軍から手痛い反撃を食らってしまうが、何とか帝国軍を押し留め、ダルクス人を含む避難民を救出。その後ネームレスと共に跳ね橋を上げてランドグリーズへと無事に撤退する事に成功したのである。

この時、現地指揮官はこうコメントを残した。

 

「自分は、ダモン将軍の意志を継いだだけだ」

 

ダモンの一貫して差別を許さない意志は、末端の指揮官にまで浸透していたのだ。これが歴史を変えた大きな要因であろう。

過去に様々な差別を受けたグスルグにとって、ダルクス人は見捨てられるかもしれないという疑念が長らく彼の中を支配していたが、理由はどうあれダルクス人を救ってくれた事に対して現地指揮官に大いに感謝し、自らもガリアの一部であると自身が持つ疑念を晴らした。相当嬉しかったらしく、戦闘後の彼は今迄見た事がない位に上機嫌だったという。少なくともいつもは飲まない酒類を飲むほどには。

 

 

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◆7月22日~首都ランドグリーズ ダモン私室~

 

「やはり、朝に飲むオレンジジュースは格別に美味いのう」

 

いつもはアスロン第2司令部で寝泊まりしているダモンだが、今日は午後からランドグリーズ城で開かれる叙勲式に出席する為、明日まで首都ランドグリーズに滞在する事になったのだ。

朝日を背に受けながら、ダモンはジュースをゴクゴクと飲む。

 

「しかし、本当に中佐は大丈夫なのだろうか?別段辛そうには見えんかったが…」

 

いつもダモンが別の用事でアスロンから離れる際は、代理人としてオドレイに業務を任せている。

だが、今回は叙勲式である。秘書とはいえど、オドレイはれっきとした佐官である。なので基本的に叙勲式には参加しなくてはならないのだ。だが、彼女は「体調が悪い」と言って参加を拒否。体調が悪いと告げるオドレイをダモンは見るが、はっきり言っていつもの彼女にしか見えなかった。しかし無下にする事も出来ず、気を利かせてアスロンに残してきたのだ。ダモンの秘書で無ければ間違いなく降格ものである。

因みに、彼女は本当に体調を崩しており、熱を出している。ただ顔に出ないタイプなのだ。

 

腰に手を当てオレンジジュースを飲み干すと、テーブルの上に置いてある封筒から書類を取り出した。言わずもがな、今日の叙勲式と晩餐会についての事である。

軍隊の総司令官となれば、色々やる事が出てくるもので、珍しく老眼鏡をかけたダモンは、今日一日のスケジュールを見直した。

 

「今の時刻は午前8時前。午前11時から叙勲式で、その後軽い観兵式。午後18時から晩餐会か。まだまだ時間に余裕があるな」

 

観兵式というのは、俗にいう軍事パレードの事である。「軽い」とついているのは、必ずしも全兵士が参加する訳では無いので、ランドグリーズ城の近くを整列して行進するくらいと言う意味だ。

ただ歩くだけなら簡単なのだが、行進中は基本的にずっと国民に対して敬礼を続ける為、意外ときつかったりする。ダモンは大将なので歩かずに車の後部座席で立ちながら敬礼する事になっている。

 

「しかし、ただの観兵式だとつまらんな。なにか良いアイデアは無いもんかのう」

 

「ダモン将軍、おはようございます。研究開発部より、お手紙が届いております」

 

1人部屋で"う~ん"と考え込んでいる最中、扉の向こうから声が響いた。兵士の声だった。

ダモンは即座に反応すると、扉を開けて手紙を受け取った。

 

「リオン・シュミット……あやつか」

 

手紙が入っている封筒の端をビリビリと破き、中身を取り出す。すると1枚の白い無地の紙が出てきた。ダモンは手紙を開いて内容を確認する。たった1枚の手紙だが、内容を呼んでいくと全身が沸き立つような感覚に陥った。正に、ダモンが待ち望んでいた物。そして何より、良いアイデアが浮かんだからであった。

 

「ぐふ……ぐふふふふ………いい。これはいいぞ…。観兵式で皆をあっと驚かせてやるとするか!」

 

自身が未だに寝間着姿である事を忘れ、ダモンは備え付けてある窓から高らかに吠えた。

その後、突然窓から聞こえた声に反応した警備兵は、窓から見えるダモンの姿を確認すると、事情聴取を行うためにダモンの部屋に駆けつけ、次に「何事か」と感じ取ってとゾロゾロと野次馬達もやって来てしまい、色々騒動が起きてしまったのは、後の祭りである。

 

 

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◆同日午前~首都ランドグリーズ~

 

数時間前の騒動を治めた後、ダモンはいつもの軍服ではなく、礼服を着用して部屋を出た。

特に、礼帽に関してダモンは力を入れており、白色の羽根を帽子に装飾している。お蔭で誰でもコレを見れば一目でダモンだと分かるのだ。

 

腕時計をチラッと見る。針はもう少しで10時30分を指そうとしていた。

先程の騒動のせいで余計な時間を食ってしまったと、ダモンは内心愚痴を溢した。

スケジュールではもう既に会場に入っていなければならない時間である。普段は太っているのでトボトボ歩いて車の所まで出向いているのだが、今回ばかりは流石のダモンも駆け足で車の場所へと向かっていた。

 

「遅いなぁ……あっ、親父殿!」

「ハァハァ……い、急げ……わしが遅刻しては…ハァハァ…色々まず…ゲホゲホッ!」

「お、落ち着いて下さい!運転は自分がするので、まずは座席に座って息を整えてください!」

 

車の前でそわそわと待機していた親衛隊の1人は、ダモンの姿を確認する。

隊員は汗を掻いて息切れしているダモンの背中を摩りながら、半ば無理矢理後部座席へと押し込んだ。

ダモンが座席に座ると、車に載せてあった水筒を取り出してダモンに手渡した。

 

「水か、すまぬ。やはり痩せた方が…よいな…」

「痩せる以前に、親父殿はもう歳です。無理せんで下さい」

 

ダモンは54歳で、お世辞にも若いとは言えない。だが、ダモンが居るからこそ、軍部の派閥勢力のバランスが取れており、国民や軍人の士気が上がっている。もしダモンが引退するのであれば、彼と同じ様な考えや手腕を持つ者でなければ、今後のガリア軍内部のバランスを保つ事が出来ない。

言ってしまえば、その様な人物が現れない限り、ダモンは引退できないのだ。

その事を理解しつつも、隊員はこの戦争が終わればダモンに引退して貰って、後は悠々自適に暮らして欲しかった。隊員にとって、ダモンと言う存在は第2の父である。老骨に鞭打ってまで、自分達の世話など、してほしくはない。寧ろ自分達がダモンを支えなければならないのだ。

 

「それよりも早く車を出さんか。このままでは遅れてしまう」

「あ、そうでしたね。ちょっと飛ばしますよ!」

 

隊員は未来の事を心配しつつも、取りあえず今を頑張る事にした。

腕時計を指しながら催促してくるダモンを横目に、隊員は勢いよくアクセルを踏み込むのであった。

 

 

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◆同日~ランドグリーズ城~

 

隊員の言葉通り、車を勢いよく飛ばしたおかげで、ダモンは遅刻をせずに式に間に合った。

崖から転げ落ちるように車を降りたダモンを迎えたのは、連邦大使であるジャン・タウンゼントであった。

 

「おぉダモン殿!御着きになられましたか!てっきり来ないのかと思っていましたぞ」

「すいませぬ。ちと面倒事に巻き込まれてしまいまして…」

「それはそれは…大変で御座いましたな。では直ぐにでも参列して頂きたい。他の将校たちは既に到着しております。あとはダモン殿だけですぞ」

 

タウンゼントの言葉を聞いてダモンは腕時計を確認する。時刻は10時40分、まだ余裕がある。

にも関わらず、ダモン以外の軍関係者は既に城内入りを果たしていたのだ。

 

「な、なんと!直ぐに向かわねば!タウンゼント殿、これにて失礼する。お主は車を停めて自由に休んでおれ」

「了解しました親父殿。くれぐれもお気を付け下さい」

 

運転席に乗っている隊員に命令を下すと、ダモンは急ぎ階段を駆け上がる。

その後ろ姿をみながら、タウンゼントは意味あり気な笑みを浮かべた。

 

ランドグリーズ城の大きな門をくぐると、そこには正規軍義勇軍問わず、多くの軍人がそれぞれと話し込んでいた。その中にはカール・アイスラー少将の他、身近な者ではグスタフ・エーベルハルト参謀総長(・・・・)、ローレンス・クライファート中将、リック・ボルゲーゼ海軍大将ら3人が輪を作って話し込んでいる。ギルベルト・ガッセナール少将など、普段目にしない軍人も数多く見受けられた。

 

エーベルハルト少将の肩書が変わっているのは、参謀本部が再び体制改革を行ったからである。参謀本部内では『参謀』が作戦及びその他の業務の多くを請け負う。そして『参謀長』がそれぞれの部門のリーダーとして参謀達を率いる。その参謀長たちを統括するのが、新たに設立された『参謀総長』の役目である。参謀本部議長であるクライファート中将と違うのは、【参謀本部自体の責任者が議長】であり、【参謀本部内における総司令官が参謀総長】という感じである。

まぁ、簡単に『会長』と『社長』の違い程度に思ってもらえると良い。

 

「閣下、ご無沙汰しております」

「おお!大……准将か!」

「好きなようにお呼び下さい。閣下のお陰で今の地位にいるのです。大佐でも構いません」

「そうはいかん。佐官から将官になったのだ。大佐呼称では色々問題が出てしまうわい」

 

誰よりも早くダモンに気が付いたのは、開戦から縁のあるバルドレン・ガッセナール准将だった。

一時はダモンに対して不信感を抱くまでに陥ったが、幸いその不信感が拭えたので、前の時と同じように2人は接している。ただ立場の違いから、それほど顔を合わせる機会がないので、感覚的には「久しぶり」という面が強かった。

 

バルドレンが話しかけると、そのまま流れるように彼の父であるギルベルトも近づいて来た。

特徴的なサングラスが、太陽光をこれでもかと反射させている。

 

「ダモン殿。久方ぶりですな。倅がいつも迷惑をかけているようで…」

「いやいやガッセナール殿。バルドレン准将は本当にいつも良くやってくれている。まさに、次代のガッセナール家に相応しい知識と経験を兼ね備えておる。准将が居ればガリアも安泰ですぞ」

「何の何の。倅は未だ年も浅く、視野が狭い。それこそ大佐から准将に格上げしてもらうなど、私が礼を尽くさねば。これからも不肖ながら、倅の事を、宜しくお願いしたい」

 

ギルベルトはガリア軍による南部開放の後、最低限の戦力だけで南西部の国境警備を行っており、実質ガッセナール家の作戦指揮権は息子であるバルドレンに譲っていた。その為、彼自身が表立ってガリア反攻作戦に参加した事は無く、どちらかと言うとガリア軍の兵站を主に担っていた。

しかし、兵站あってこその軍である。誰もが戦功を上げようと躍起になっている中、ギルベルトは静かにガリア軍全ての補給線を裏で確実に固めており、各地でガリア軍が何の問題も無く作戦を立てられるのは、その手腕のお蔭であった。その功績は人目にはつかないが、兵站を第一に考えているダモンからすれば、誇ってもいい程だ。

 

帝国軍は、南部のクローデンと東部国境に設置していた補給基地が無力化されてからずっとギルランダイオ要塞からの補給で成り立っている。しかし、その補給線は伸びきっており、各地で敗北を重ねる帝国軍の弱体化を見れば、戦争において如何に兵站が重要かを如実に表していた。

対するガリア軍は、着実に勢力を盛り返している。それは一重にギルベルトが構築し続ける補給線のお蔭であった。そしてもっと言えば、今まで無理な戦線拡大を行わなかったダモンの指揮の甲斐あって、ガリア軍は好きな場所で時間を選ばず、反抗作戦を実行する事が出来るのだ。

 

「いやいや。ガッセナール殿のお蔭で今のガリア戦線が成り立っている事。このダモン、忘れた日はありませんぞ。准将はわしがおらずとも成果を出してくれる。そうであろう、バルドレン准将?」

「お任せを。私の手で憎き帝国軍を、完膚無きまでに叩きのめしてご覧に入れましょう」

 

ずっと父の後ろで話を聞いていたバルドレンは、ダモンの問いに対して忽然と答えた。

息子の意気込みを聞いたギルベルトは、少し苦笑すると、また別の軍人に挨拶すべくダモンに別れを告げてその場を離れた。それに続くように、バルドレンもダモンの元を離れていった。

 

「やはり、親子というものは似るものなんですなぁ」

「おぉエーベルハルト殿。彼らとの話はもう済んだのですかな?」

 

そして交代するかのように、すぐにダモンの元へ新たな人間が現れる。グスタフ・エーベルハルト参謀総長であった。威厳ある髭を撫でながらガッセナール親子を見つめていたらしい。

 

「えぇ。あの海軍大将とも雑談させて頂きましたが、あの歳でよく海軍を率いているもんだと感心させられましてなぁ。海軍には勿体無い軍人ですぞ」

「うむうむ。リッキーの良さは話し合ってみるまで分からんですからのう。気に入ってくれて何よりですぞ。それよりもご息女は息災ですかな?」

「お恥ずかしい限りですが、元気すぎて疲れますな。年頃の女性という訳ではなく、あの男勝りな性格が災いしていないか心配で心配で……。この前も勝手に士官候補生を率いて帝国軍と交戦したのです」

 

彼の1人娘であるユリアナ・エーベルハルトは、現在ランシール王立士官学校に在学している。しかし過去に無断で同じ士官候補生を率いて帝国軍と交戦を行っており、その時はネームレスの助力もあって無事に事なきを得た。その後父であるグスタフから手痛い説教を受けたにも関わらず、彼女はそれを反省せずに次なる戦いに向けて色々試行錯誤中らしく、グスタフは何回も溜息を吐いたという。

 

「子供というものは、どうして無茶ばかりするのでしょうなぁ……」

 

親として、娘の無茶は止めたい気持ちがある。しかし娘のやりたい事を止めるのは如何なものか。

現在行われている戦いよりも、グスタフは娘の教育のほうが断トツに難しい問題となっていた。

雑談を行うのかと思いきや、口を開けば娘の事ばかりを言うグスタフの相手を、ダモンは叙勲式が始まるまで苦笑いをしながら聞かされる羽目になっていた。

 

 

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同日~ランドグリーズ城 とある一室~

 

普段ランドグリーズ城内にある滅多に使われる事がない一室で、1人の男が紅茶を啜りながら逡巡していた。

 

(やはり”国父”と呼ばれている程度には、あの御仁は頭が回るらしい)

 

それはダモンを一番初めに迎えたジャン・タウンゼントであった。

ダモンが去った後、人知れず城内に戻った彼は、今夜決行する秘密作戦の事について準備を行っていた。その作戦は、ガリア公国を保護国化すべく、君主であるコーデリア姫を誘拐するというものであった。

後世においては、今尚悪名高い『7月事件』である。

ガリア公国宰相であるボルグがタウンゼントに対して「今夜決行すべし」との旨を通知したのだ。

 

よもや誰もが思うまい。一国の宰相が国を裏切って潜在的敵国に対し保護国化を目指していたなど。

曲がりなりにも宰相である。宰相とは国政を担い未来への準備を仕切るリーダーである。そのリーダーが国を売っているのだ。ダモンは既に知っているようなモノなので泳がせているが、もしこれが他の者にでもバレてしまえば、公開処刑どころかランドグリーズ城の門前で逆さ吊りで晒され、最後はその家名と共に葬り去られるだろう。だが、そんな危険を冒してでも、マウリッツ・ボルグという男は己が野望を実現させる為に、その余りにも危険すぎる綱を渡っていた。

 

そんなボルグの事を"能無し"と心の中で蔑みながら、連邦特命全権大使であるタウンゼントは、作戦を必ず完遂させるべく、作戦の障害となるありとあらゆる可能性を考慮して、何度も何度も脳内で繰り返しシミュレーションを行っていた。そして、そのシミュレーションの中でどうしても避ける事ができない大きな障害が、彼をより狡猾にさせていく。

 

(ゲオルグ・ダモン。この男がいる限り、作戦が成功して能無しボルグが元首となってもガリアは連邦に従わないだろう。最悪内戦が起きて連邦がそれに巻き込まれてしまい、そこに帝国も加わる危険性がある。このまま作戦を決行するのは些か問題があるな。)

 

冷め切った紅茶を啜りながら、タウンゼントは祖国である連邦を第一に考える。国土的に見ればガリアは所詮小国である。人口も約432万人しかいない。そんな小さな国の地下に大量のラグナイト資源が眠っている。あいつらには余りにも勿体ない代物だ。

 

連邦は帝国とは違い民主主義を国是としている国家である。しかし国土を広げるその実態は、帝国のそれよりも手口が巧妙で、人間性を鑑みれば、間違いなく連邦に軍配が上がるだろう。

詰まる所、連邦という国家そのものが天才詐欺師なのだ。国内では『いかに民主主義が素晴らしいか』を国民に教育し、片や他国には『いかに絶対王政が駄目であるか』という事を広め、民主主義を押し付けている。

 

確かに民主主義というものはよく出来たシステムである。だが、地球上に存在している全ての国家が、必ずしも民主主義に適応するかと言えば、それは違う。国家の中にある民族性を見れば、多数決制度に合わない国家もまた存在するのだ。

民主主義というのは諸刃の剣である。政治家1人1人が哲人であれば、このシステムは万能で、無駄なく機能するだろう。だが、1人でも堕落した政治家がいれば、そこから癌のように堕落が広まっていく。その結果システムが機能しなくなる。それにより、役に立たない政治家による無政策的な政治が行われ、衆愚政治という目も当てられない状態になってしまう。話が逸れた。

 

連邦はその歴史の長さ故に、民主主義が成り立っている。そして御多分に漏れず、タウンゼントは民主主義の虜である。即ちその根底には『手段を問わない』という考えが根付いているのだ。

ボルグが死んだ後、ガリアを共和国化させる。それがタウンゼント…引いては連邦が目指している最終的な結末だった。

タウンゼントはテーブルの上に設置している電話を取ると、部下に連絡を入れた。

 

「私だ。今夜の晩餐会の後、予定通り作戦を実行する。だがコーデリア姫の事はお前達に任せる。私は別の案件を始末してくる。」

 

電話越しでタウンゼントに質問した部下に対して、彼は静かに答えた。

 

「今後の連邦の為にも、あいつだけは始末しなくてはならない。ガリア軍総司令官…ゲオルグ・ダモンという男をな……。あぁ……いいだろう。それはお前達の好きにしていい。私は叙勲式に行ってくる。これ以降の連絡はなしだ。しくじるなよ」

 

"ガチャ"っと受話器を元の鞘に戻すと、彼は懐から拳銃を取り出し、残弾を確認した。

黒色のマガジンの中で、黄金色の弾丸が鈍く光を放っていた。

 

「すまないダモン殿。これも貴方の宿命という事だ。おとなしく空からガリアの行く末を見守るがいい」

 

彼は再び懐に拳銃を戻すと、紅茶の器をタンスの中へと隠してその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 



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第二十一話 束の間の平和

いつも誤字指摘&コメントありがとうございます。
皆さんのコメントが心の支えとなっております。




◆征暦1935年7月22日~ランドグリーズ城 叙勲式~

 

ダモンにとって、それは余りにも唐突な出来事であった。

 

「今後の作戦及び軍事行動を更に円滑にすべく、コーデリア・ギ・ランドグリーズの名において、貴官ゲオルグ・ダモン大将を『元帥』へと昇進させます。今後も戦争遂行に尽力するように」

 

叙勲式が開幕し、正規軍・義勇軍で戦功を挙げた者達が順番にコーデリア姫から勲章又は昇進を受け始めてから2時間弱。叙勲式の終わり間際に各将官が勲章を拝受し始めた時だった。

 

「なッ…!大将のさらに上の階級があったのかよ!?」

「おい!声が大きいぞ!静かにしろ!」

「お前が静かにしろ!でもまさか……信じられない」

「なぁあっち見てみろよ。アイスラー将軍以外の将軍も目玉を引ん剝いているぞ」

「え?……うわマジだ。驚いてるのは俺達だけじゃ無かったんだな…」

「ていうかさ、士官学校で配布された教科書には元帥なんて階級載ってなかったぞ」

「多分ボルグ宰相かコーデリア姫が新しく作ったんじゃないか?正直ダモン将軍は、勲章だけじゃ足りないんだよ」

「あ~なるほど。それは一理あるかもしれんな。何にせよ、目出度い事じゃないか」

 

コーデリアの放った言葉に、叙勲式に出ていた全ての人間がざわざわと一気に騒がしくなった。

それもそうだろう。ガリア公国に『元帥』なる階級は、今まで存在していなかったのだ。

昇進を受けたダモン自身すらも目を丸くしているのだから、騒がしくなるのも当然といえば当然であった。

しかしコーデリアは周りの騒動に耳を傾けるどころか、ボルグに促されるように次々と行動に移していく。

コーデリアの目配せを受けたボルグは、一度コーデリアの傍を離れると、何か箱のような物を手に抱えて帰ってきた。

 

「良かったですなぁ、ダモン殿。此度の事は殊の外コーデリア姫が推してきましてな。私としても異存は無かった故、この階級を作らせて頂いたのだ。謹んでお受けするよう頼みますぞ」

 

されるがままに、言われるがままに、ダモンは今までの大将から新たに元帥へと就任する事になったのだ。

ダモンが尚も目を丸くして居ながらも、ボルグは持ってきた箱を彼に渡した。

 

「これも姫からのプレゼントという物。観兵式の際にはこれに着替えて出るのですぞ。一応ここで確認されても宜しいが…」

 

少しだけ冷静を取り戻したダモンは、冷や汗を掻きながらボルグから受け取る。

そしてそのまま箱の中身を確認すべく開封した結果、中には白色の軍服が整えられていた。よく見ると襟や袖などの部位にガリアの代表色である水色が小さく装飾されている。

しかし今ここで着替える事も出来ないので、改めて箱を抱えると同時に、ダモンは無言でコーデリアの方に目を向けた。目は口程に物を言う。それを体現するように、ダモンはコーデリアを睨んだ。

 

「……言ったではありませんか。"それ相応の対価を貴方に課す"…と。私は自分の約束を守っただけですよ?」

 

してやったと言わんばかりのドヤ顔でダモンに睨み返したコーデリアは、これで過去の無礼をチャラにするつもりだったのだ。対するダモンはこの言葉を聞いて一気に肩を落とした。

 

(まさかこう言う形で報復してきおったか…。あぁ…わしの自由時間が……戦車カタログを見る時間が……)

 

大将から元帥へ。

このコーデリアの報復は、ダモンの自由時間を奪っただけでなく、ガリア公国における全ての軍事権限をダモンに委譲したのだ。

他の将校達が言うように、元々ガリアには元帥という階級が存在しない。何故なら陸海軍を統帥するのがランドグリーズ大公家だからだ。つまり、どんな事があろうとも最後には大公家がストッパーとして軍部を抑え込む体制なのだが、事此処に至り、未だ大公家を正式に継いでいないコーデリア自身にはそのような力が無かった。

そこでコーデリアは、大公家が持っていた最後の軍事権限をダモンに委任したのである。言ってしまえば『元帥』という地位は大公家の軍部に対する手綱である。それを手離したのだ。もしもダモンが野心を持っていれば、これは危険というレベルを超えて緊急事態にもなり得る。一歩間違えれば軍部が暴走し軍人が政権を握ってしまいかねないのだ。

 

「それともう1つ。……コーデリア姫」

 

ボルグがコーデリアに対して小声で呟いた。「まだ何かあるのか」とダモンは静かに身構えた。

 

「分かっています。…ゲオルグ・ダモン。貴官が新たに元帥という立場になった以上、歴代が名乗ってきた『伯爵』という身分では何かと不都合が起きてしまいます。ですので、コーデリア・ギ・ランドグリーズの名において、貴官には新たに『辺境伯』という侯爵家に次ぐ爵位を授けます。これからも公国に尽くして下さいね」

 

今度こそ、ダモンはその場に倒れこんでしまうかのような幻覚に陥った。

一夜にして大将から元帥へ。そして伯爵から辺境伯へと新たなる地位にダモンは就く事になったのだから、これに対して驚くのも当然といえば当然であった。

というのも、現在ガリア公国内においてランドグリーズ大公家の次に地位が高かったのはボルグ侯爵家である。勿論過去には辺境伯の爵位を持つ貴族はいたが、次々に断絶してしまい、辺境伯と同じ地位であるボルグ侯爵家がランドグリーズ家の右腕となった経歴があった。

現在はボルグが宰相となっているので、同じ地位の辺境伯であっても侯爵に次ぐ立場となっているが。

因みにガリアの言う辺境伯という名前は形式上だけであり、領主の意味を含まない。

勿論血筋の名門でいえばガッセナール伯爵家に軍配は上がるが、当主であるギルベルトは気にしておらず、寧ろ自らの手でその爵位と地位を獲得したダモンに尊敬の念を抱いていた。

 

「これは夢か幻か…」

 

気づけば口が動いていた。1つめの元帥については半ば呆れていたが、爵位となると話は別である。今や自分以外の身内全てが途絶えてしまったダモンにとって、これほど名誉なことはないのだ。父も母も、ダモン(ゲオルグ)が30歳の頃に他界してしまい、親戚といえば、遠い血筋であるボルグ家のみ。そして今や(よわい)54歳(独身)である。最近でこそ我が子のような存在が生まれたばかりだ。だからこそダモンは、血は途絶えても名を残したいという夢があった。歴代ダモン家に恥じぬ自身の名を。それが今日この日達成されたと言ってもいいだろう。

 

「謹んでお受けいたしまする。粉骨砕身の思いで、公国に仕えましょう」

 

先ほどまでの態度とは打って変わり、ダモンは姿勢を正してコーデリアから爵位の授与を受けた。

若干目に涙を浮かべそうになった彼は、目尻を人差し指で軽く擦った。今この場には大勢の強者たちがいる、無様な格好は見せられない。所謂プライドというものが、ダモンの涙を押し(とど)めた。

 

「(ふむ…。ダモン殿にはちと勿体ない爵位だが、まぁいいだろう。いずれ儂が大公に就くのだ。これくらいは大目に見てやるとしよう)」

 

式場内ではダモンを讃える拍手喝采の渦に包まれていたが、ただ1人ボルグだけが、不気味な笑みを浮かべながらコーデリアの方をじっと見つめていた。

 

 

==================================

 

 

 

◆同日~首都ランドグリーズ 大通り~

 

一波乱あった叙勲式は無事閉会し、コーデリア姫から勲章と激励を賜った各兵士達は自分の雄姿を国民に見せる為、次に観兵式へと舞台が移った。

大通りでは黒山の人だかりの如く大勢の見物人達が押し寄せており、誰しもが喜びに満ち溢れていた。一部ではガリアの国旗を大きく振っている。

 

「彼らは英雄だ!ガリア万歳!ガリア万歳!」

「貴方~!ここよ~!!」

「兄さーん!!カッコいいよー!!」

「このまま帝国をガリアから追い出してくれよ~!任せたぞ~!」

「早く家に帰らせてー!頑張ってー!」

 

大通りの端を様々な国民が占拠し、それぞれ身内や兵士などに対して応援を行っていた。未だに戦争で勝利した訳でもないにも関わらずである。目を凝らしてよく見るとアバンなども紛れていた。

 

「アバン!見に来てくれたのか!」

 

行進しながら弟の姿を見つけたレオンは、少し隊列から離れて弟の元へと駆け寄った。

 

「当たり前だよ兄さん!俺は今日という日を忘れないよ!」

「嬉しいが少し恥ずかしいなぁ…。俺だけじゃなく部隊の皆も活躍しているのに…」

「それも兄さんの凄い所だよ!家に帰ったら周りの奴らにも言っとくからね!」

「あぁ…ハハ…。程々に頼むぞ?」

 

戦争に参加できないアバンにとって、兄であるレオンの姿は正に戦士で、同時に自身が目指している目標でもあった。短い時間ではあったが、会話を終えるとレオンは再び元の隊列へと駆け足で戻る。アバンはキラキラと目を輝かせながら兄の背中をいつまでも見続けるのだった。

 

「そういえば、兄さんの腕にあんな腕章あったかな?」

 

兄が離れて少し経ってからアバンはレオンの軍服についていた紋章をふと思い出した。

正規軍とは違い義勇軍の軍服は簡素で『とりあえず軍服を着ている』と思える感じに仕上がっている。特に顕著に現れているのが色である。正規軍はちゃんとした青色の軍服なのだが、義勇軍はそれを薄めた水色である。そこに紺色の腕章が、レオンについていたのだ。

 

「なんだ坊主。お前さんあの腕章を知らないのか?」

「うん。初めて見た」

 

隣で手を振っていた中年の男性がアバンの独り言に対して反応する。

 

「まぁ俺も軍人じゃないから細かい事は知らねぇけど、あれは親衛隊の証なんだそうだ。なんでも公国親衛隊は実力さえあれば正規軍義勇軍問わずに入隊できるらしい。坊主、お前の兄貴はその腕章を付けていたのか?」

 

中年の男は快くアバンに対して親衛隊という組織について大雑把に教えた。だが難しい話が苦手なアバンにとってはそれだけで十分であった。

 

「あぁ!兄さんの左腕についてたよ!」

「ほお。ならもっと兄貴の事を誇りな。公国親衛隊と言えばダモン大将…じゃなかった、元帥が設立した由緒正しい組織だ。ちょっと腕があれば入れるような組織じゃないんだ。まさしく実力を認められた者だけが入れるんだからな!ウチのバカ息子も親衛隊に入りたいって言ってるが、俺の子じゃあ無理だな…」

 

中年の男は言い終わると何処かへ消えてしまった。しかし、男が言ったように親衛隊という組織はそれだけ各兵士の目標でもあり憧れなのだ。そんな場所に兄が所属していることを初めて知ったアバンは、更に兄に対する尊敬の念を強めたのであった。

 

 

 

ゾロゾロと行進し続けるガリア軍兵士達に疲れが現れ始めた頃、兵士達は後方から大きなエンジン音が徐々に大通りへと近づいてくるのに気が付いた。

 

「あ!機甲軍団が来たぞ!」

 

後ろの方で行進していた兵士の1人が戦車の存在を確かめると大声で叫んだ。

その叫び声を聞いて、行進していた兵士達は一斉に立ち止まり観客同様に端へと列を組み直すと、それぞれ捧げ(つつ)を行い、ガリア戦車団を迎えいれた。

そこから間もなく戦車団は大通りへと到着し、全ての国民が見届けられるようにゆっくりと進み始めた。その中にはエーデルワイス号も含まれており、砲塔からウェルキンが敬礼していた。

 

「兄さん。もう少し柔らかい表情をした方が良いと思います」

「簡単に言わないでほしいなぁ…。そう言うならイサラが代わってくれてもいいんだよ?」

「私は戦車を運転しなければいけないので無理です」

 

やや苦笑いをしながらウェルキンは左右からくる視線に終始緊張しつつ、結局表情が和らぐ事はなかった。

特に第7小隊の前を通る時、全隊員がニヤニヤと見ていたのには、流石のウェルキンでも少しだけこめかみをピクッと動かさざるを得なかったらしい。

 

「おう若造!そこから見える景色は最高だろう!」

「教官!」

 

その日は珍しくガリアの鬼教官こと『カレルヴォ・ロドリゲス軍曹』も日頃訓練を施している第7小隊隊員の晴れ舞台を見るべく馳せ参じていた。

 

「フハハハハ!俺の訓練のお陰で今日まで生き残れたことに感謝しやがるんだな!」

「勿論ですよ。ですが訓練も程々にして下さると助かります…」

 

戦車上からはにかむウェルキンを見た鬼教官は、先程までの笑顔から一転。いつもの形相へと変わった。

 

「馬鹿者ッッ!訓練で手を抜いては意味がないだろう!貴様にはもっとキツイ訓練を課してやるから覚悟せいッ!ガハハハハ!!!」

 

口では笑っているが、その目は笑っていない。不気味な特技を披露した鬼教官は、ウェルキンがその前を過ぎた後も笑っていたという。

しかしそんな事よりも、ウェルキンの中では1つだけどうしても気になる事があった。

 

(422部隊の彼は大丈夫なんだろうか……)

 

それはネームレスの事であった。第7小隊は各地で戦うネームレスと一度共同で戦闘を行っており、名前こそ教えて貰えなかったが、それでも共に戦った422部隊の隊長であるNo.7(クルト)の事を気に入っていた。だが最近では、彼らの噂がパタリと無くなったのである。それまでは『謎の黒い部隊』として各地で噂が広がっていたにも関わらずである。

 

(何事も起きていなければいいんだけど……)

 

特に最近では、アイスラー少将の身の回りで不穏な動きがあると専らの噂になりつつあった。

それにダモンが気付いているのか、いないのか。神のみぞ知る事をウェルキンが知っている筈もなく、第7小隊隊長は一概に叙勲式での激励を喜べないでいた。

 

 

しかし時間は無残にも流れていく。搭乗しているエーデルワイス号が大通りの半分を過ぎたところで、観客は新たに後方からやってくる戦車に言葉を失っていた。

 

「お…おいおい…なんだありゃ…」

「戦車作るっていうレベルじゃねぇぞ!」

「凄く……大きいです…」

「これがダモン元帥の搭乗戦車なのか!?帝国の戦車よりも大きくてごついぞ…」

 

何故ならその戦車は余りにも異様で、今まで見た事が無かったからである。

見た目は、昨今急速に普及しつつある傾斜装甲ではなく先祖返りした垂直装甲。

砲塔から突き出している長砲身は、短砲身が主砲(メイン)の現行機とは一線を画している。よくよく覗けばディテールに至るまで精巧に作られた車体。

極めつけは、まるで全ての戦車の王と言われても納得してしまうほど途轍もなく大きいのだ。

それまでガリア軍の大型戦車といえばエーデルワイス号ただ1両。それを越す戦車が現れたのだから官民関係なく驚くのも無理はなかった。

 

これがガリア公国の科学と技術の粋を結集して開発された唯一無二のガリア重戦車『ルドベキア』である。その正面装甲たるや驚異の200mm。側面並びに後面の装甲も80mmと申し分ない。大型砲の実態は70口径88mm(アハト・アハト)砲と、正に生ける伝説である。リオンの血の滲む努力とそれに従い不可能を可能にした技術者達の苦労の賜物が、この重戦車(グレートタンク)を生み出したのだ。

 

「ぐふふふふ…皆驚いておるわ」

「まあこんな大きな戦車見た事も無いでしょうからね…」

 

砲塔からはダモンが特注品である白色の軍服を身に着けて全ての人々に見えるように敬礼を行っていた。ただその顔は「してやった」と言わんばかりに笑顔である。

 

「それよりどうなのだ?そろそろ慣れてきたのではないか?」

「そりゃあ…まぁ…慣れてきましたけど、オドレイ中佐が居ないことにはこれが限界ですよ…」

「なっさけないのう。それでもお主はわしの運転手か?」

「もう運転手じゃなくて通信手ですよ。親父殿」

 

元来2人乗りが常であったガリア戦車に対して、その余りにも大きく作られたルドベキアは搭乗員がもう1人追加されて3人で初めて運用可能となってしまった経緯がある。その為新たに人選を行っていたダモンは、普段から自分の運転手となっている1人の青年を抜擢した。

 

【ガリア公国親衛隊所属 隊員番号18206番 セルゲイ・エルドリッチ少尉】

 

決して古参ではない彼が抜擢されたのは、実力でもなければ人柄でもない。強いて言えば運が良かったというだけである。親衛隊に所属している為兵士としての実力は申し分ないが、偶々成り行きでダモンの運転手となったお蔭で彼はそのままルドベキアの新たな搭乗員として抜かれたのである。通信手兼補助要員として。

 

「だが中佐が居らねばこの戦車を動かすのはセルゲイ、お主の役目になるのだ。弱音なぞ聞きとうないわい」

「ほんと…勘弁してください……。ついさっきハンドルを握ったばかりなんです…」

「カ~!これだから最近の若モンは軟弱なのだ!お主それでも親衛隊員か。文句を言うくらいならばしっかりと運転技術を身につけよ!」

 

セルゲイの抵抗虚しく、ダモンはまるで頭の固い爺のように彼の弱音を一蹴した。

その間もルドベキアはその歩みを止める事無く"キュルキュル"とキャタピラ音を周りに響かせながら進み続けている。ダモンの一時の怒りも、その音を聴けば自ずと冷静になっていた。

 

「あぁ…この音…この戦車独特の機械音こそがわしにとって2番目に心が癒されるのだ…!」

「(また親父殿がおかしくなってる。本当に戦車大好きなんだな…)」

 

ある程度大通りを進むとダモンはハッチからよじ登り、徐に砲塔の上に直立し脂肪に包まれた腹の奥底から大きな声を張り上げた。

 

「おぉぉ見るがよいガリアの国民達よ!この戦車を使って帝国の野蛮人共をガリアから一掃せしめん!ガリアに敗北という2文字は存在しないのだぁッ!!」

 

その瞬間。それまでダモンとルドベキアを観察するように見続けていた観衆は彼の声を聴いて一気にその場が爆発したかのように熱狂の雨となった。中には感極まって涙を見せる者もいれば、余りの興奮で意味なく叫ぶ者も現れ、今日一番の大事となったであろうと誰しもが思った。

 

 

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◆同日夜~ランドグリーズ城 晩餐会~

 

観兵式も熱狂の内に終わり、本日最後のメインイベントである晩餐会がその日の夜にランドグリーズ城内で開かれていた。無論連邦大使であるタウンゼントも出席している。諸将が居並ぶ大広間の壇上では熱烈に連邦との交流を説くボルグが演説していた。

 

「――――であるから、我がガリアの繁栄を維持するには連邦との協力は不可欠なのである。以上の事を踏まえ、貴君ら諸将の不断の努力が――――」

 

「(ふんっ。何がガリアの繁栄なのだ。それではただ連邦の犬に成り下がるになるだけではないか!)」

 

ボルグの演説を聴いていたギルベルトは、この壇上で馬鹿な事を言い続ける宰相に内心怒りで満ち溢れていた。

彼は保守派筆頭且つ愛国者にして選民思想の持ち主である。ボルグの様な連邦に対して目に見えた媚売りに対しては人一倍敏感であり、長男であるバルドレンも同様だった。

 

「(この様な下劣な人間がガリアの宰相など、おかしいのではありませんか父上?)」

「(全くだ。今すぐにでも奴の眉間に鉛玉をぶち込んでやりたいが、それが出来れば苦労はせんぞ)」

 

ガッセナール親子の不満など露知らず、売国宰相は尚も熱弁を披露していた。

 

「――――故に、ガリアは今以上に連邦と交流しなければならないと言う所で、話は終わらせて頂く」

 

しかしその長々とした話も遂に終了し、その場の拍手を受けながらボルグは壇上から降りた。

その後タウンゼントが短く晩餐会開始の音頭を取り、諸将はワイングラスを片手に様々な会話を行うのであった。無論その中にはダモンも入っている。

 

「流石はダモン殿。英雄ともなれば嗜むワインもまた格別なんですなぁ」

「うむ。これは1870年製の物でのぅ。ここ一番の時にいつも飲んでおるのだ」

「では戦場での勝利の秘訣はこのワインにある訳ですか!ぜひあやかりたいですな!」

「うむむ…。これは貴重品ゆえ余り数が少ないのだが……」

「そこを何とか!実は儂の家の蔵にも珍しいワインがありましてな。それがまた――」

 

ダモンの目の前では『ローレンス・クライファート中将』が珍しく趣味であるワインの事について舌を捲し立てていた。口数が比較的少ないローレンスも今日だけはいつにも増して頗る気分が良かった。アルコールの作用がそうさせているだけなのかも知れないが。

 

「失礼ダモン殿。少しだけお時間宜しいですかな?」

 

2人が会話に花を咲かせていた時、タウンゼントが笑顔でダモンの元へとやってきた。

ローレンスはもっとワインの事について話がしたかったが、そこは参謀本部議長。空気を読んで静かにその場から離れるのであった。

 

「おぉタウンゼント殿!わしも貴方に用があったのだ。丁度良い、別室で話をしましょうぞ。部屋は既に用意してあります故ご心配なく」

「ほほぅ奇遇ですなぁ…。立ち話もなんですから、その別室でゆっくりと語らいましょう」

 

ダモンも笑顔でタウンゼントに会釈した。特に警戒もされておらず、特に親衛隊や側近などが全く居ない状況である。タウンゼントはチャンスとばかりに、ダモンの後ろに付いて行くのであった。

 

 

 



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第二十二話 7月事件

前回の持論云々の件について訂正を含めて活動報告の方に纏めさせて頂きました。
皆様ご意見有難う御座いましたm(__)m



◆征暦1935年7月22日~ガリア公国 ランドグリーズ城 とある一室~

 

「ダモン殿。これはどういう訳か説明して頂きたい」

 

タウンゼントは困惑していた。

あの後ダモンに連れられ月明りのみが支配する部屋に入った彼は、直ぐにその部屋の異常を見抜く。

しかし、気づいた時には既に手遅れと言わんばかりの状況が、その部屋を支配していた。

 

「ふっふっふ…。その言葉そっくりそのまま貴殿にお返ししますぞ。何故懐に拳銃を隠し持っているのか。わしに説明して頂きたい」

 

現在タウンゼントは、名も知れぬ異形の人間によって銃を突きつけられている。しかも手際が素晴らしく見事であり、直ぐにホルスターから拳銃を抜くや否や、そのままタウンゼントの後頭部を狙い続けているのだ。

お蔭で嫌な汗が彼の頬を伝う。

 

「これは自衛用の物であり、なんら他意は無いですぞ。それよりも連邦大使である私にこのような事をして許されるとお思いか?これは私とダモン殿の問題だけにあらず。ガリアと連邦の外交問題にも発展しますぞ?」

「抜け抜けとよくも言えるものですなぁ。あの阿保な宰相は騙せてもわしは騙されませんぞ。少し泳がしてみればこうも表に出てくるとは。いやはや…呆れてモノが言えんわい」

「なに!?」

 

抗議しようとその場から動いたタウンゼントは5秒も経たない内に部屋のカーペットにへばり付いていた。

当人ですら何が起きたのか理解できない程である。しかし、身体に押しかかる力の強さは間違いなく本物であった。ただ窓から入ってくる月の明かりによって、今まで見えなかった異形の人間がうっすらとその目で視認できる。

 

「口を結ばれた犬……まさか!何故お前達が此処にいる!?お前達は前線に――――」

「それ以上余計なことを言うと口を縫い合わせる羽目になる。まずはわしの問いに答えよ。何故わしに用があったのだ?」

 

自分を押さえ付けている人物が何者であるかを瞬時に理解したタウンゼントであったが、ダモンは何もせずに淡々とタウンゼントに問いかけた。しかしその態度がタウンゼントの怒りに触れてしまった。

 

「ふんッ!此れしきの事で『言え』と言われて言う奴があるものか!」

 

組み敷かれているタウンゼントは自分の状況を理解しつつも、ダモンの言葉に反抗する。

どうやらこの御仁の意思は固いようである。ダモンはそんな姿でまだ抗おうとするタウンゼントを見て少し溜息を吐きながら言葉を紡いだ。

 

「…ではわしが当ててみせよう。貴殿は現在開かれている晩餐会の隙を見てコーデリア姫を拉致しようとした。しかしそれでは些か計画に無理があることが判明した。それがわしだ。わしの目は晩餐会に限らずどこにでもある。その目を掻い潜るにはわしを消すしかない。そこでわしを人知れず亡き者とする為に…そうだの…丁度このような人目につかない部屋に連れてくるつもりであった。――――違うかね?」

 

ダモンの言葉は一言一句タウンゼントの計画をズバリと当てていた。

聞いていた当人は冷や汗を通り越して「何故その事を知っているのか」と言わんばかりに疑問を呈していた。この計画については誰にもバラしていないのだ。知りうる人物は全てタウンゼントの部下のみである。

 

「ぐふふふふ。最後の最後にぬかったなタウンゼント。わしはただの戦車バカではない。わしは至って物事を冷静に見ておる。今回の計画すらも視野に入れているほどにのぅ。どうやらわしの方が上手であったな」

「……何故だ……どうやって計画を知ったというのだ!有り得ない…有り得ない!私の計画だぞ!どこにも間違いなど存在しない筈だ!これはでまかせだ!でっち上げだ!」

 

完璧主義であるタウンゼントは頑なに自分の間違いを認めようとしない。

彼は自分の辞書に失敗という2文字は存在しないと自負していた。連邦の為に身を粉にして、今まで何度も何度も同じような事をヨーロッパ各地で繰り返してきたのである。謀略という搦め手を駆使しながら生き抜いてきたのである。それがこんな小国で謀略という裏の戦いでは全くの素人国家に敗れたのだ。認められる筈もなかった。

口角泡を飛ばしながら彼は声高らかに言い続ける。

 

「私はジャン・タウンゼントだぞッ!こんな…このような事実、認められる訳があるものかァ!――――そうだ。あいつらだ。あいつらが裏切ったに違いない!でなければ私はこのような辱めを受ける事も無いのだ!あの裏切り者共がァァァァ!!必ず殺してやるぞォォ!!!」

「………哀れな。自らの不手際を部下に擦り付けるなど愚かにも程がある。お主がそこまで堕ちている人間とは思わなんだ」

 

自分の非が認められず、タウンゼントは遂に発狂してしまった。未だ取り押さえつけられているにも関わらず、彼は力任せに足掻く。彼の顔はまるで狂人であった。普段の貴族らしさはどこ吹く風である。

余りの様変わりに流石のダモンもしかめっ面をしてしまう。それくらいタウンゼントは人格が変わっていた。

 

しかしそれも長くは続かない。暫く足掻き続けると息を荒げながら徐々に冷静さを取り戻していく。

ある程度発作が収まると彼は自分を見下ろしているダモンに口を開いた。

 

「何故私の計画が分かった?仮にあいつらが裏切っていたとしても、そこまで詳細に喋る筈が無い。どうやって知りえた?」

 

計画そのものがバレるという事は確かに失敗であった。

だが細部に至るまでダモンに看破されてしまっても拭えない疑問が残る。情報伝達は口頭だけに限られているのだ。いくら寝返られたとしても、口達者な部下ではない事ぐらいタウンゼント自身が知っている。

 

しかし、事実は意外とあっけないものだった。

 

「お主。電話回線をガリアの物で使っておったからのぅ。ぜ~~んぶ丸聞こえであったわ」

「な、なにいィ!?私は間違いなく連邦回線でやり取りを行っていたんだぞッ!そんな訳あるか!」

「だが事実だからのぅ。それにほれ、ちゃんと録音テープにも納めておる。大人しく観念せい」

 

ダモンはポケットからカセットテープを取り出す。この中に全ての会話歴が残っている。テープを見たタウンゼントは一気に肩を落とした。――――もっとも、体は押さえつけられているが。

ただダモンの言っている事は半分が正解で半分がハズレである。

そもそもコーデリア拉致に関しては知っているのだ。ただ予想外にも自分が暗殺対象になっている事に気づいた時は冷や汗を流したが、それも先手を打てば何の問題もないのだ。

寧ろ今回の炙り出しはオドレイや護衛がいては色々邪魔だった面がある。彼らが近くにいてはタウンゼントを炙り出す事が出来なかったのだ。

 

「……閣下の事ですから半信半疑ではありましたが、まさか本当に連邦から刺客が来ていようとは思ってもいませんでした。全員、もう出てきてもいいぞ」

 

組み敷いている黒服の異形が部屋中に声をかけると、濃い影がゾロゾロと動き始める。それぞれ部屋の片隅やカーテンの裏から何かが這い出てきた。

 

「……暗闇は余り好きじゃない…」

「そうなの?私はかくれんぼをしているみたいでワクワクしたわ!」

「探偵足る者、直ぐにどこにでも隠れられる者なのさ」

「やっぱり隊長の動きは凄いです!感動しちゃいましたよ!」

 

ざっと4人の黒服がその場に集まる。しかしすぐさまダモンの前に整列した。

そう。ダモンは副官や護衛が存在しない分の守りをネームレスに対して密命していたのである。

選ばれた5人のメンバーは【クルト・リエラ・イムカ・アルフォンス・アニカ】と言った瞬発力に長けた者で構成されていた。

他の隊員は別の案件のため、グスルグを副隊長として行動している。

 

「アーヴィング少尉。もうよいぞ。解いてやれ。ここからはわしに任せよ」

「はぁ。それは構いませんが、宜しいので?」

「案ずるでない。尤も、これから話す事も全て内密とせよ。一切の他言は許さぬ」

「了解しました」

 

それまでタウンゼントを抑えていたネームレス隊長であるクルトは、そのまま彼を解放した。

解放されたタウンゼントは右の手首を摩りながら、先ほどの話の続きを始めた。

 

「クックック…。今更コーデリアの元へ向かってももう遅い。貴様達ではもう間に合わん!」

 

拘束が解かれた途端に強い口調でダモン達を貶し始めるタウンゼント。その姿は連邦大使としては余りにも滑稽であったが、ダモンは何の焦りもなく受話器を取って誰かに電話を掛け始める。

電話の向こうで誰かが応答すると、ダモンはぶっきらぼうに言い放った。

 

「わしだバーロット。コーデリア姫が誘拐された。直ぐに出動せよ。以上。」

 

それだけ言うとダモンは受話器を元の場所へと戻すとタウンゼントに向き直る。今頃電話の向こうでは大騒ぎとなっているのは想像に難くない。特に名指しで命令されたバーロット大尉はてんやわんやとなっているだろう。

唖然とするタウンゼントを尻目に、ダモンは手際よく話題をすり替える。

 

「これでコーデリア姫も無事に帰ってこれるであろう。さて、本題に入るとしようか」

 

ダモンは部屋に置いてあった椅子に腰掛けると話を続けた。

 

「証拠となるテープが明るみに出れば、連邦そのものに対する疑念がヨーロッパ中に広まるであろう。またお主に限ってはまず間違いなく消される可能性が高い。だがの、わしの願いを聞き届けてくれるのであれば、このテープを破棄するのも吝かではない」

「……どういうことだ。貴様は私を消したいのではないのか?」

 

いまいちダモンの考えが掴めないタウンゼントは、そのままダモンの言葉を待った。

 

「難しい事ではないぞ。我が国に対して多少の物資と"秘密兵器"を融通してくれるだけでよいのだ」

「秘密兵器…だと…?何故貴様がそれを――」

 

彼の口から出てきた"秘密兵器"という名。それだけでいったい何を指しているのかすぐにタウンゼントは理解した。それは余りにも大きすぎる対価だった。

 

「ぐふふふふ。それをわしに"貸してくれ"。実地訓練とでも銘打てば簡単に動かせるであろう?」

 

月明かりがあるとはいえど部屋の中は暗闇。しかしタウンゼントはダモンがどのような表情をしているのかハッキリと見る事ができた。

普段の温厚な表情では無く、大猪の名に恥じぬ獰猛な笑みをダモンは浮かべていたのだ。

彼はこの状況でも次なる一手を打つのであった。

 

「(それに今頃大広間では大騒動が起きているだろうの。クロウ中佐、頼んだぞ)」

 

 

 

==================================

 

 

◆同日~ガリア公国 ランドグリーズ城大広間~

 

ダモンから連絡を受けたバーロット大尉は麾下の虎の子部隊である第7小隊に対して緊急出動を命令。

しかし同部隊をコーデリア姫奪還に向かわせた後に、事件は起きた。

 

「カール・アイスラー少将並びに関係者将校に告げる。ガリア軍諜報部所属422部隊は貴官らを軍事機密の漏洩及び国家反逆罪で逮捕する。異議あるものは軍事法廷で弁明されたし。No.6、こいつらを拘束しろ」

 

バーロットが晩餐会に居る各将校達にコーデリア姫誘拐の件を話そうとした直前に、ラムゼイ・クロウ中佐が部隊を引き連れて乗り込んできたのだ。部隊は完全武装の他、外には装甲車まで待機している有様である。

寝耳に水で驚いた各将校は一体何事かと騒ぎ始めた。

 

「動くなッ!動けば抵抗の意思あるとして射殺する!」

「クロウ中佐。貴官は今自分が何を行っているのか理解できているのかね?」

 

この騒動の中心人物であるラムゼイに対して、アイスラーは呆れを通り越して冷たく言い放つ。

彼らにとって、今の状態は青天の霹靂である。しかも軍部の許可を得ずに部隊を勝手に動かしているのだ。

しかし、ラムゼイは狼狽えずにいつもの様なだらけきった姿ではなく、一個の軍人として彼らに反論した。

 

「ダモン元帥直々の逮捕命令である。部隊を動かす許可も得ている。どこに問題があるというのですか?それに証拠も押さえております。閣下が帝国に通じただけでなく、ボルジア猊下とも連絡を取り合っている事も」

 

ラムゼイの口から発された証言に、アイスラーは目を見開く。

部隊行動をダモンが許可している?自分に逮捕命令?一体何の根拠があってこの男は言っている?

アイスラーは一瞬だけたじろいだが、努めて冷静を装った。

 

「冗談はいかんよクロウ中佐。一体何処に私が敵と通じたという証拠があるのかね?是非見てみたいものだ」

「いいだろう。――ガッセナール准将。是非この書類にお目通し下さい。此処に記載されていることは諜報部が絶対の自信をもってお見せできます」

 

アイスラーとラムゼイのやり取りを静かに見守っていたバルドレンは唐突に話を振られるが、昂然たる態度でラムゼイが書類を渡してきたのでそれに負けじと無言で書類を受け取った。

 

「ッッ!これは!」

 

軽く目を通すつもりだったバルドレンは、書類の内容を追っていくにつれ怒りが湧き出てくる。

アイスラーは開戦当初以前にボルジア枢機卿と連絡を交わしていただけでなく、過去の作戦内容と兵員から装備品に至るまで数々の機密情報を流し続けていたのである。高級将校という立場を利用していただけに情報の流出量が半端ではなかったのだ。

 

「アイスラー!貴様は帝国のスパイだったのかッ!!憲兵、その裏切り者を今すぐ射殺せよ!これは国家の一大事だ!軍の沽券に関わる由々しき事態だぞ!」

 

書類を地面に叩きつけながらバルドレンはアイスラーの裏切り行為に激昂した。上官に対する姿勢など皆無である。

凄まじい怒りの形相に、近くにいたローレンスは人知れず距離を置きながら、叩きつけられた書類を手に取った。

 

「ふ~む……。クロウ中佐。これは法廷に立たせずともその場で射殺しても構わないと儂は思う。駄目なのかね?」

「ガリアは法治国家であります。罪はどうあれ裁く前に処刑してしまえばガリアの名に傷がつくかと」

「まぁ確かにそうじゃな。例え大罪であってもまずは法廷に立たせてその後縛り首じゃな」

 

ローレンスは飄々としつつもバルドレンと同じくアイスラーに同情の余地がないことを確認する。

その後書類はアイスラーの関係者を含まない全将校に回し読みされ、彼らもまた同様に怒りを露わにした。

 

対するアイスラーはずっと無言を貫き通す。

いつどこでこの事がバレたのか。先ほどまでの冷静から一転、額には汗が滲みだしていた。

 

「どこで知ったのか…なんて聞かないでくださいや。自分は諜報部の人間。情報収集が仕事なんだ。最も、相手は帝国だけではないですがね。無関係の軍人をでっち上げの罪により左遷。都合が悪くなれば私兵を使って人知れず関係者を抹殺。数えだしたらキリがない」

 

滲み出る汗が露となってアイスラーの顔を伝う。背中は既に汗でびしょ濡れである。

首元まで軍服を締めているだけに、余計に汗が体から出てきてしまうのだ。

息苦しさと緊張が相まって、彼は言葉を発する事が出来ずにいたが、それでも何か言い返せねばと息を荒くしてラムゼイに抗議する。冷静沈着を軍内部で謳ってきた彼にとって、もはやそんな態度を示す状況ではなかった。

 

「ふ、ふざけるな!私はガリアを勝利へと導くためにわざと敵と内通しただけで裏切ったなど言語道断だ!」

「そのせいでどれだけの血が流れたのかあんたは分かっているのかッ!!」

「毒を食らわば皿までと言うだろう!それに伴う多少の犠牲はやむを得なかったのだ!これは"必要な犠牲"だったのだよ!」

 

最早清々しいまでの弁明に、ラムゼイは怒りで(はらわた)が煮えくり返っていた。

この目の前の男は、敵に通じただけでなく、あまつさえ機密情報を延々と垂れ流し続けていた。

裏では己の保身の為だけに部隊(ネームレス)を危機に陥らせ、ランドグリーズを含むガリア各地の内情を暴露し、片や表ではガリア軍の上層部に所属しネームレスやその他部隊に対して無理難題を吹っかけていた。

諜報部を完全に私兵としておきながら、晩餐会直前では用済みとなったネームレスを排除するために旗下の大隊を使って彼らを抹消しようとしていたのだから、ラムゼイが怒るのも無理はない。

 

騒動を見届けていたボルゲーゼ海軍大将も、やっとかと言いたげな顔でラムゼイに近寄る。

 

「クロウ中佐。海から逃亡を図っていた裏切り貴族達はうちで捕縛しておきました。後はそこにいる将校らだけです」

 

特に目立たない海軍では、人知れず帝国に亡命しようとしていた貴族達を海上で捕まえていたり、ダモンと仲が悪いと吹聴したお蔭で色んな内通者を一網打尽にしたりと、目に見えぬ所で活動を行っていた。

このような活動を海軍内では『浄化作戦』という名の元に水面下で動き回っていた。

 

「軍事法廷があんたを待ってるよ」

 

罪状が暴かれ憲兵や422部隊に取り押さえられてもなおアイスラーは抵抗を続ける。

 

「離せぇ!!私はアイスラーだ!カール・アイスラーだぞぉ!!」

 

その後頑として暴れるアイスラー以下関係者の将校はバルドレンの憲兵隊とラムゼイ率いる422部隊に大広間から連行され、後日ガリア軍事法廷が開かれる事となるが、軍部が関係者の尋問をへて更にガリア上層部の3分の1が帝国と内通していることが発覚。元凶はまたもやアイスラーであった。

誰の目に見ても揺るぎない国家反逆罪。それを犯したアイスラー以下関係者70人。うち陸軍司令官4人が帝国と内通していることが判明した時は流石のダモンも目を覆ったという。

 

アイスラーを除く彼ら69人に下された判決は『銃殺刑』という名の死刑判決であった。アイスラーに限っては名誉刑である銃殺刑ではなく、一犯罪人としての処刑方法である絞首刑が下される事となった。

裁判終了後彼らはそのまま処刑場まで連行され射殺台に括り付けられた。兵士達によって次々刑が執行されていき69人目を射殺し終わった後、最後に残ったのはアイスラーだったが、その最後は軍人として堂々と処刑台に立ったという。

 

 

これら一連の出来事は、ガリア国内にある情報機関を通じて大々的に報道され、後のガリア史の中でも『7月事件』として後世においても有名な事件として歴史に刻まれている。中身は主に『コーデリア姫誘拐の隙』『ダモン暗殺未遂事件(帝国軍側による暗殺未遂事件として公表)』『大粛清(別名:ランドグリーズ裁判)』の3つが著名である。

 

この大事件以降、ガリア軍は指揮系統が混乱し帝国軍に一時の回復猶予を与えてしまう事態を引き起こしただけでなく、上層部に対する国民の信頼が完全に地に落ちるという最悪の結末で幕を下ろした。

 

 

 



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第二十三話 ダモンは砕けない

◆征暦1935年7月26日~アスロン第2司令部 ダモン執務室~

 

「閣下。次はこちらの書類に目を通してください。それが終われば次はこの書類に。その次は―――」

大佐(・・)。今日は沢山仕事をした。もうよいのではないか?今日はこれ位にせぬか?」

「駄目です。閣下には休むという時間すらも惜しい程に事務作業が滞っています。それだけでなくとも閣下のせいで現在ガリア軍は非常に由々しき問題が―――」

「分かった分かったもう言うでないわ……わしストレスで禿るかも…」

「禿ても人間は死にません。私は別の会議に行かねばなりませんので、閣下は残った書類等の処理を済ませておいてください」

 

ゲオルグ・ダモンは、今この時ほど軍隊を辞めたいと願わずにはいられなかった。書類仕事の終わりが見えないのだ。

先日の晩餐会の折、それまで賑やかであったランドグリーズ城で粛清の嵐が吹き荒れた。

軍内部は現在、ダモンの見立てよりも遥かに多くのガリア軍将校並びに幹部たちが軒並み逮捕・処刑されてしまったせいで未曽有の大混乱に陥っていたのである。

ガッセナール家・ダモン家・エーベルハルト家などの御三家以外の派閥に属していた佐官クラスはほぼ皆無に等しく、アイスラーが放っていた毒手は軍部の奥深くまで入り込んでいた為に、ガリア軍の指揮系統は今やズタズタに寸断されているのだ。

 

ガリア上層部に至っては完全に国民の支持を失ってしまったが為に、遂にコーデリアによる解散命令が下されてしまった。解散後すぐにコーデリアはボルグや生き残った貴族に対して上層部に代わる新体制の組織を整えるように勅命を下す。ボルグはともかく他の貴族達は今回の事件を重く受け止めており、それまで貴族中心の体制から一転、各市町村から選ばれた国民からなる【国民議会】を設立。そして貴族達は新たに【貴族議会】というもう1つの新組織を立ち上げた。これにより今後ガリアの行政は慎重な判断のもとで運営されていく事となる。

上層部が持っていた権限はこの2つの両議会へと移された。貴族議会に限っては前組織である上層部の汚名返上を図るべく順調に立て直しが進められている。

こちらは特に言うことはない。

 

問題は軍部である。それも特に陸軍が中心だった。

ダモンは居なくなった者達の椅子を埋めるべく、秘書であるオドレイ中佐を大佐に、バルドレン准将を少将へ、ローレンス中将を自分が座っていた大将に、ギルベルト少将とエーベルハルト少将は中将へと昇進させた。他にも公国親衛隊や正規軍から新たに将校へと昇進させた者もいるが、消えてしまった幹部数を埋めるにはそれでも数が足りなかったのである。

緊急措置として数多の軍人達を昇進させたダモンだが、なお心配の種は尽きなかった。

その原因は新たに将校に就いた軍人達の年齢である。軒並み20代の者が大多数を占めているのだ。例でいえばバルドレンなども当て嵌まるだろう。若さというものは時に自信過剰となり慢心を生んでしまう。戦争で勝っているのであれば尚更である。だが問題は他にも存在していた。

 

新たに就任した将校や左官達が未だその立場に順応していないことだ。

 

余りの急な昇進は彼らに対して精神的ストレスになりつつあった。

しかも次の戦場はファウゼンである。多数の死傷者が出ることは明白であり、その責任を背負う心構えが不十分なのだ。この立場に立って初めて自らの右手の重さに恐怖する軍人もいるほどに。

戦場で自分が号令の合図を出すだけで、多くの仲間や友人が死んでしまうのだ。事実昇進してから4日目にも関わらず既に降格願いの届け出を出す者も出ている。彼らにとって、夢であった佐官や将校という階級は小心者にはとても担うことが出来ないと悟ったのだ。

 

「誰でも初めは緊張や興奮をしてしまい要らぬ心配までするものだ。しかし現在のガリアはその様な『自分には荷が重い』などと言って許される時期ではない。わしはお主達の能力を知っているからこそそれぞれの役職に昇進させたのだ。どうしてもと言うのであれば届け出を受理するが、今一度よく考えてくれ。今のガリア軍にはお主達が必要なのだ」

 

実際にダモンの人事差配はそれぞれ個々の能力を鑑みて行っている。そこには一切の妥協もない。

故にダモンは自信を持って新たに就任した彼ら軍人達を信頼している。

しかし、この件に関しては流石の彼らにも堪えるものがあった。

そんな彼らに対して「とりあえずは暫く耐えてくれ」と言うしかないダモンを見て、彼らは仕方なく職務に就いているにすぎないのだ。

 

「やはり早すぎたかのう…。このままでは士気に関わる。どうにかせねば……」

 

自分が下した判断が現在の混乱を招いていると自覚しているダモン自身ですら、後悔の念に囚われていた。これ以上帝国軍に回復の猶予を与えないためにもファウゼン奪還作戦はどうあがいても延期できない。しかし足並みが揃っていない状態で帝国軍との戦端を開いてしまえば、まず敗北は免れないだろう。タウンゼントと裏取引をして手に入れた秘密兵器はまだ準備が出来ていない。ナジアルで間に合うくらいだろう。全ての方面において状況が悪いのだ。

 

「くっ…。己の未熟さに殺意が沸いてくるわ。やはりどう足掻こうとも、わしは無能なのか…」

 

どう足掻いたところで現在の状況を打開できるような案が思いつかないダモンは、息抜きとして葉巻に火をつけた。考えてみれば久しぶりに葉巻を吸ったかもしれない。そう思ってしまうほど切羽詰まっているらしい。

隣の部屋からは明るい子供達の声が響いてくる。愛する我が子達の声は戦争というものを忘れさせてくれる。だが今回だけは忘れることが出来なかった。

いつもは温厚なダモンもこの時ばかりは完全にお手上げであった。表情は暗く、軍帽をいつも置いてある所に無造作に投げた。もしここにワインが置いてあるならば飲んで全てを忘れ去りたいと思わずにはいられなかった。

 

暫く葉巻を燻らせて思案に暮れている時、"コンコン"と誰かが執務室の扉を叩いた。

ダモンは休息の時間を邪魔されて不機嫌になりつつも吸っていた葉巻を灰皿の上に乗せる。

 

「誰だ。わしは今非常に忙しいのだ。重要案件で無いならば―――」

「あたしだよ。おじいちゃん」

 

言い終わる前に扉の向こうから返事が返ってくる。その声の持ち主はアミラであった。

相手が軍人ではなく実の娘同然のアミラが珍しくダモンの部屋をノックしたのだ。

不機嫌であったダモンでも、流石に目を丸くして自ら扉を開いた。

 

「おぉアミラか。どうしたのだ?隣の部屋で他の子らと遊んでおったのではないのか?」

 

開いた扉の外では、何やら俯いてモジモジしつつ大きな紙を後ろに隠しているアミラが居た。

彼女の頭にはダモンがこの前買ってあげた綺麗な髪留めがあった。

アミラは恥ずかしながらも、ダモンの問いかけに答えた。

 

「あ…あの!あたし、おねえちゃんから絵の描き方を習ったの!だ…だから、あたしおじいちゃんの絵を描いたの!」

 

若干顔を赤らめ、後ろに隠していた1枚の絵をダモンへと手渡した。

戸惑いながらもダモンはそれを受け取った。そこには自分と思わしき顔が描かれており、6歳にしてはとても上手ではないかと心の中で率直な感想をダモンは呟いた。見方によってはキュビズムのように見えなくもない。しかし、アミラを見ると少し心配の目をしている。恐らく自分の感想が気になるのだろう。純粋で可愛げのある愛娘である。

目に入れても痛くないという(ことわざ)を作った人物に対して感謝したいくらいだとダモンは思った。

 

「ほほぅ!上手く描けているではないか!アミラは将来凄い画家になるやもしれんのう!」

「ホント!?嘘じゃない!?」

「わしが嘘をつくわけなかろう。本当に上手く描かれておる。これはまた何か買ってやらねばならんの。何か欲しい物はあるか?」

 

"やったー!"と廊下で騒ぐアミラを見て、ダモンは先程までの憂鬱とした気分を和らぐことができた。誠に子供の笑い声というのは心が洗われるものである。気が付けば己も笑顔になっているのだから。執務室のような空気が悪い所にいたからか、気分が落ち込みつつあったダモンにとって彼女の笑顔は天使のようにも思えた。因みに他にも子供はいるが、中でも彼女が一番ダモンの寵愛を受けている。

 

「じゃああたしね、新しい絵の具セットが欲しい!今使ってるのはもう汚くて使えないの!」

「うむうむ。よかろうよかろう。使いやすいやつを買ってきてやるわい」

「それとね……」

「む?まだ何か欲しい物があるのか?」

「あたしね。おじいちゃんと一緒にどこかにお出かけしたいな。今じゃないよ。せんそーが終わってからだよ。へーわになった後で、他のみんなも連れて一緒に行きたいな……」

 

いつもの親馬鹿っぷりが炸裂しているダモンも、2つ目の言葉に対してはすぐに返答が出来なかった。その願いは戦争に勝つ事ができるのかという今まさにずっと悩んでいたことに関係しているのだ。八方塞がりの局面を打開したいのは山々である。しかし、愛娘であるアミラの言葉に対してダモンは胸を張って答えた。

 

「うむ!ガリアが勝利した暁には、必ずやその約束を果たそう。心配せずともよい。わしがおるから負けることはない!全てわしに任せておけ!」

 

ドンと胸に拳を叩きつけてダモンは宣言した。叩いた振動で贅肉がぶるぶると動いた。

再びアミラは喜び、似顔絵も渡せたとあって飛び跳ねるように自室へと帰っていく。一瞬ではあるものの彼女の背中を見守りながらダモンは改めて自身の決意を固めた。心の中に蔓延っていた霧が晴れていくような気持ちであった。

 

「(そうだ。わしにはあやつらの様に、ガリアに住まう国民達を護る責務がある。此れしき程度の苦難で弱音を吐いてどうするのだッ!それにわしは自らの運命を変えるために今まで頑張ってきた!この戦争は絶対に勝たねばならんのだッ!やるぞ!わしはやってみせるぞ!)」

 

意気揚々と部屋に戻ったダモンは椅子に腰かけ、火が消えた葉巻に再び火を点けると引き出しから1枚の紙を取り出す。普段の白い紙ではなく、ガリアの国色が薄く入っていた。

 

「物事は表面だけで考えるものではない。裏の中まで考えて判断を下さなければならん。そんな(はかりごと)の基本をわしは失念しておったわ。この策さえ成ってしまえば後はどうとでもなる。覚悟しておけ帝国軍。わしにはまだまだ奥の手があるのだぞ…!」

 

三度(みたび)葉巻を吹かしながら、ダモンはペンを走らせる。宛先はとある帝国軍部隊であった。

 

 

==================================

 

 

◆7月28日~帝国軍 カラミティ・レーヴェン~

 

「戦争中だというのに、ガリア軍は内紛をする余裕があるらしい」

「はっ。味方同士で争うなど愚かな行為です」

「リディアは何処にいる?また猊下の使者の元へ行っているのか?」

「自分は見ていないので分かりませんが、いつもの事を考えるとそのはずです」

 

司令テント内でコーヒーを啜りながらダハウは目の前にいるジグと軽い雑談をしていた。

現在カラミティ・レーヴェンはガリア各地で遊撃戦を繰り返している。

だが最近は部隊の消耗を抑える為に『戦闘のフリ』を行っているに過ぎなかった。

ダハウ率いるカラミティ・レーヴェンという名の部隊は、帝国軍随一の情報収集能力を持っていると言っても良いほどに地獄耳である。

 

「ボルジア猊下もよく手紙を寄越すが、内容は毎回同じ『ネームレスを討て』だ。我々を都合の良い駒に見立てているのだろうが、物事には順序というものがある。それをあの御仁は理解していない」

「どうしますか?このまま遊撃戦を繰り返しますか?」

「ジグよ。お前はもっと視野を広げて物事を見定める必要がある。遊撃戦はそろそろ潮時だろう」

 

コーヒーを飲み終えるとダハウは立ち上がって机に広げてある地図を見る。

彼は思案しながら地図を指でなぞる。その終着点の場所は『ユエル市』と記載されていた。

 

「ユエル市…ですか?」

「あぁ。敵の目を逸らせとマクシミリアンが言ってきている。だとすればここ、ユエル市が一番手っ取り早く敵の目を惹ける。何故だかわかるか、ジグ?」

 

自らが崇拝するダルクスの英雄に問われた青年は、顎に手を添える。

普段は思ったことに対してストレートに受け答えをする若きダルクス戦士であるジグは、今後の部隊運用の為に自らがダハウであればと思案する。

暫しの沈黙後、彼は答えに辿り着いた。

 

「物資補給拠点だから…でしょうか」

「うむ。その通りだジグ。ここには広域に渡ってガリア軍の補給線を担っている。ユエル市以外にもメルフェア市とアントホルト市がガリア軍の兵站基地として存在しているが、現状ユエル市が一番手っ取り早い。我々が侵攻すればガリアの連中は直ぐにでも反転してくるだろう。だが―――」

 

一通りの説明をし終わると、ダハウは再び椅子に座り込む。しかしダハウは今一パッとしない様を見せた。ジグから見るに、彼は迷っているようにも思えた。

 

「どうかなされたのですかダハウ様?」

 

自分を心配する若きダルクス人に対して、彼は一瞥すると腕を組み目を伏せながら口を開いた。

 

「―――実は、私に手紙が届いているのだ」

 

ダハウは懐から一通の手紙を取りだした。至って何の変哲もない普通の手紙である。強いて言えば普段使用されている紙ではなく、少しだけ淡い水色がかった手紙であった。

 

「手紙?一体誰からなのですか?帝国軍ですか?」

 

的外れな言葉を紡ぐジグを見て、ダハウは言うべきか黙っているべきかを己の中で思案する。

正直言ってしまえば、手紙の内容よりも送り主に問題があった。

それ故に彼にとっても非常に判断が難しい案件であった。

 

「帝国でも…ましてやミュンヒハウゼンでもない。ジグよ、この手紙の送り主はガリア人で、それも帝国軍に属する人間であれば間違いなく知っている御仁…大猪からの手紙なのだ」

 

伏せていた目を上げながらダハウはジグに手紙のネタをばらす。それを聞いたジグは2つの意味で驚愕した。何故敵の総大将が我々の元へと手紙を送ってきたのか。何故その手紙をダハウが受け取り、あまつさえ手紙について思案しているのかを。

 

「大猪…ダモン!」

「手紙の内容は至って簡単(シンプル)な事しか書かれていない。中には簡単な地図と『貴殿と会って話がしたい』と書かれた紙の2つしか同封されていない」

 

手紙を地図の上に置くと、ジグは未だ信じられないと言わんばかりに置いた手紙に目を通す。確かにダハウの言う通り、地図と一言(したた)められた手紙が入っていたが、その封筒には密封するために使用される封蝋の上に見覚えのない紋章が捺されていた。

 

「その蝋には帝国では見られないガリア特有の紋章が刻まれている。それに指輪印章(シグネットリング)という物はおいそれと偽物を作れたりはしない。間違いなく本物の手紙だ。私が考えているのは、この手紙の真意が読めないという所だ」

 

普段であればダハウの言葉にも賛同するジグでも、この時ばかりはどうすべきか理解できずにいた。敵が自らがいる場所をばらしているのみならず、相手はガリア軍総司令官である。恐らく自分などには到底理解できない権謀術数が張り巡らされているのだと思わずにはいられないのだ。故に今は静かにダハウの言葉に耳を傾けていた。

 

「だが私は、この誘いに乗ってみようと思うのだ。態々我らに自身の存在を明かすという事は、それ相応の内容の話があるのだろう。臆病者には到底出来ぬ芸当だ。余程の事なのだろう」

「……自分は反対です。ダハウ様自らが動くのは余りにも危険です。もし死んでしまったら部隊はどうするのですか?この部隊は全員ダハウ様に忠誠を誓っているのです。ダハウ様が居なくなれば部隊は瓦解してしまいます」

 

ジグの言葉は至って当然とも言える内容だった。

カラミティ・レーヴェンとは、元々は帝国によるダルクス人圧政に対してダハウと彼の妻であるミガを中心とする武力をもって抗議していた人々の集まりなのだ。しかし皮肉な事にダハウ達が起こした武力抗争は更に帝国内にいるダルクス人に対して弾圧が激しくなるという結末に終わり、中心的人物の1人であったミガも死亡してしまう。

この失敗を機にダハウは武力による抵抗を止め、戦争による功績を持って皇帝に帝国領内にダルクス独立自治領建設を認めさせる方針に転換した。つまりダハウが戦死した時点でこの方針は崩れ去ってしまうのだ。

 

「お前の言う事は尤もだ。だが私は、あの大猪がそのような奇手を使ってまで一帝国軍部隊長である私を害するとは思わないのだ。無論私も馬鹿ではない。多少の護衛を連れて行くつもりだ。ジグよ。ここは私を信じて行かせてほしい。根拠は無いが、これはある意味で転換期となるかもしれん」

 

「…そこまで仰るのであれば、自分は構いません。ですが少しでも危機を感じ取ればすぐにでも脱出を願います。ダハウ様亡き後のカラミティ・レーヴェンなど存在する意味がありませんから」

 

ダハウはジグの言葉に対して彼に無言の視線を送ると、颯爽とテントから出歩く。

選りすぐりの古参兵達から護衛を抜擢すると、ダハウは記されている地図の元へと足を運び始めた。

地図を小さく折りたたみ胸ポケットへと仕舞う。

 

「(大猪がどれ程のものか…見定めさせてもらうとしよう)」

 

ダモンの手により、彼もまた運命の分岐点へと赴くのであった。

 

 

 



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第二十四話 ダモンとダハウ

征暦1935年7月29日~ガリア領内 使われていない森の洋館~

 

「ふむ。やはりここに間違いないようだ」

 

地図を頼りに目的の場所を探し続けて翌日。ダハウ一行はクローデンの森の中にひっそりと、しかし大きく佇む洋館の前に立っていた。洋館は凡そ綺麗とは言い難いほどに寂びれていて、用が無ければ絶対に人は近づかぬであろう。しかし地図に書かれている場所は此処である。中には目的の人物であるダモンが静かに待っているのだ。

 

「お前達2人は入り口で待機していろ。残り2人は私と共に来い」

「はっ!」

 

ダハウは供を連れて洋館の扉を引いた。中から冷たい空気が漂ってくる。

時期は8月目前でありながら、この中は冬なのではと思わせるほどに空気が凍っていた。

木製扉特有の鈍い音を立てながらゆっくりと開いた先には玄関ホールが広がっていた。中央には2階へと続く階段があり、それを挟むように燭台が立っていて申し訳程度に火が揺らめいていた。

 

「埃が舞っている…。整備されなくなってから余程の月日が経っているようだが…」

 

ダハウは自分の足元を凝視した。自分達ではない誰かの足跡が入り口から左の両開き扉へと続いている。

足跡の数から、相手も自分と同じように部下を連れてきているのが分かった。

この扉の先には間違いなくダモンが来ているとダハウは確信する。

 

「戦闘準備をしておけ。万が一ということもある」

「了解しました」

 

部下であるカラミティ・レーヴェンの従者2人は懐に忍ばせてあった拳銃を抜き弾の数を確認する。

2人は"カチャッ"とスライドを引いて臨戦態勢を整え、ダハウ自身もとっさに回避が出来るよう細心の注意を払って扉の前まで歩いた。

 

「行くぞ」

 

ノックをせずに素早く扉を開けると、そこは大食堂と思わしき所であった。

長いテーブルの先に視線を移すと、そこにはダモンが指を組んでこちらを見ていた。

そのすぐ後ろにはダモンが連れてきた2人の部下の姿も確認できる。敵意は無いが頭には布が巻かれていて少し怪しく感じた。

玄関ホールとは違い暖炉が燃えている事もあり此処は空気が暖かかった。暑すぎず寒すぎず、丁度良い室温だ。

 

「待っておったぞ。ダハウ大尉」

「……お初にお目にかかります。帝国軍特殊遊撃部隊カラミティ・レーヴェン隊長のダハウと申します」

「そう身構えるでないわ。わしが呼んだのだからお主は客人ということになる。その椅子に座ってゆっくりと話をしようではないか。ハッハッハ」

 

指を組みつつ笑みを浮かべて話しかけてきたダモン。姿こそ好々爺の雰囲気を醸し出しているが、ダハウは直ぐにダモンの持つ裏の顔を見抜いた。

―――この男は只の老将軍ではない。血を求めている獣の様に眼には猛々しい炎が宿っている。

ダハウは拳銃にこそ手を掛けなかったが、警戒を解いた訳ではなかった。

しかしとりあえずは手紙の意図を聞き出さなくては話にならない。ダハウが言われるがまま椅子に腰かけると、すぐさまダモンの側近1人がダハウの前に紅茶を差し出した。視線をダモンに向けると首を振った。どうやら毒殺目的ではないらしい。

 

「それで…私めにお誘いをかけたのにはれっきとした理由があるのでしょう。手紙の真意をお聞かせ願いたい」

「ふむ。単刀直入だの。もっと段階を踏んで話をしたいのだが…どこから話せばよいかの」

 

顎に手を乗せてダモンは思案した。はっきりと言うべきか、順を追って話すべきか。

しかしダハウは敵でありながら自分の手紙を信用して此処へと来たのだ。ここは彼の顔を立てる為にも素直に話をした方が印象が良くなるかもしれない。そう考えてから暫くの沈黙の後、ダモンは口を開いた。

 

「率直に言うなれば、わしはお主に寝返ってもらいたい」

「フッ…。まぁそんな事だろうと思ってはいましたが…」

 

暖かい紅茶を啜りダハウは薄ら笑いを浮かべる。

結局の所、彼らもまた手駒を増やしたいのだ。ダハウというダルクス人でありながら傑出した才能を持つ人間はヨーロッパにそうはいない。太古の昔より虐げられてきた民族に、このような崇高な意志をもって帝国に付き従う時点で、ダルクス人としてはある意味異端である。内通者にはもってこいの物件…もとい適任者であった。

 

しかしダハウはそれすらも自分の頭の中に組み込んでいる。相手に利用されながら逆に相手を利用するのが、彼の一番恐ろしい部分なのだ。そしてこのバランスが崩れる時、彼の本領が発揮される。相手に利用価値が無くなれば、相手からわざと捨てられるように策謀し、気が付けばまた新たな利用価値がある相手と付かず離れずの関係を持つ。

帝国内で武力抗争に明け暮れ、妻を失い、友を失い、そして同胞を失い続けてきたからこそ、彼は常に謀の中の極地に立ち続けている。それは(ひとえ)にヨーロッパ中でダルクス人を長年苦しませてきた『民族差別という名の(くびき)からの解放』と『ダルクス人の独立』という途方もない夢があるからこそである。彼の考えは世界中から失笑を買うものだ。だが同胞であり仲間でもあるダルクス人から見れば、例えるならば、(かつ)てアレクサンドロス大王が行った終わりが見えない東方遠征の果てにあるとされた最果ての海(オケアノス)を追い求め続けるかのように、『ダルクスの独立』という叶う筈が無い夢を無我夢中で追い続けている偉大なダルクス人であった。

 

―――――叶わぬからこそ追い求め、届かぬからこそ挑むのだ―――――

 

人とは夢を実現させる事が出来る唯一の生物であると言われている。ダハウの理念や行動は同じダルクス人からすれば正に希望の光と言っても過言ではないのだ。だからこそダハウは彼らの希望の光を絶やさぬために、様々な権謀術数を用いていつまでも彼らの光となるべく生きている。

淡く薄く、しかしはっきりと認識し前を見続けているダハウだからこそ、彼の元にやって来るシンパは絶えない。

 

「我らダルクス人を家畜の如く扱っておきながら、閣下やその他人種は我らを利用する為に様々な謀を行っている。私はダルクス人としての誇りをかけ、この戦争で勝利の2文字の影を支えてきた。例え蔑まれようとも、泥水を飲まされようとも私はそのようなダルクスの名を汚す提案には応じかねる」

 

ダルクス人の中には「ダルクス人である」というのが恥ずかしいという者さえいる。

各国問わず民族差別を受けてきた中で、ダルクス人は自らのアイデンティティさえも失いかけているという状況なのだ。ダハウ自身、自分の様な意志を持つ者がヨーロッパにどれほど存在しているのか分からない。多くのダルクス人は422部隊に所属するダイトの様に全てを諦めている者達で溢れかえっている。

 

何故ダルクス人の両親から生まれてしまったのだろうか。

何故我々は差別を受けなくてはいけないのか。我々は何もしていない。

神話の中の罪を何故我々が負わねばならないのか。貴方達が行う我々に対する暴力や侮蔑は罪ではないのか。

 

これらの言葉を言っただけで、そのダルクス人は石を投げつけられる世の中なのだ。

ダルクス人は『抵抗』という最後の砦すらも失い、只々沈黙を続ける有様となった。

だがダハウは違った。弾圧を受け同胞を失い続けてもなお抵抗を続けた。彼が作り上げたカラミティ・レーヴェンの名は未だ小さく、一部のダルクス人にしか認知されていない。

それでも蟻が象に叫ぶかの如く彼やジグ達は声高々に言い続けた。

 

―――――絶対に諦めるな。絶対に、絶対に、絶対に!―――――

 

この言葉を信念にカラミティ・レーヴェンに所属するダルクス人隊員は抵抗する。

敵はガリアではない。連邦でも帝国でもない。我らダルクスに害する者であると。味方は同胞だけであると。血を血で拭ってでも我らは我らであり続ける。それが全てのダルクス人に定められた宿命なのだと。

ダハウはジッとダモンを見つめ恐れず堂々と提案を蹴った。

 

短い会話ではあったが、結局この男もマクシミリアンとそう変わらない。

 

そう悟ったダハウはすぐさま懐に忍ばせてあった拳銃に手を伸ばす。そうと分かれば後はこの男を殺すだけである。ダモンが死ねばガリアは再起不能となるだろう。やるなら今しかないとダハウは決断。椅子から立ち上がり行動に踏み切ろうとするが、ダモンの口から出た言葉によって、その決断は一気に潰されることなった。

 

「ガリア公国がダルクス人の国家であってもか?」

 

時間が止まったかのようにダハウは静止した。

無論ダモンから発せられた言葉を聞いたのはダハウだけではない。彼の側近であるダルクス人2人の耳にも入っており、部隊特有の仮面を被っているその下では、ダハウと同じ様に動揺して目を見開いていた。

 

しかし、ダモンの後ろに控えていた顔の分からない2人の護衛にも動揺している姿がダハウの目に映った。

―――この男…何かを隠している。それも歴史が覆されるかもしれない程の重要な何かを。

"パチパチ"と暖炉から漏れる音が大食堂に響く。同時にダモンの口元では僅かに口角が上がっていた。組んでいた指を組み直しながら、ダモンは目の奥を覗きこむようにダハウを見遣る。

 

「どういう意味の言葉だ?」

「どうもこうも…言葉通りの意味よ。それ以上でも以下でもない。もっと詳しく知りたいのならば再び椅子に座るがよい。わしは逃げぬ」

 

自分が殺されるかも知れないという状況で、ダモンは物怖じせずに淡々と言葉を紡ぐ。

懐で握っていた拳銃を抜こうとしていたダハウは、この一瞬で迷いが生まれた。

ここで彼の言葉に従って椅子に腰を掛けてしまえばダモンを殺す機会が失われる。既にダモンの側近は臨戦態勢に入っている。もし行動に移せば撃たれるのは自分達だ。二度目の不意打ちは通用しない。チャンスは今しかないのだ。

 

しかしダモンの放った爆弾発言が看過できないのもまた事実である。恐らくこれから話そうとしている内容こそが、この男の真の目的なのかもしれない。でなければこのような出鱈目を言う必要がないのだ。場合によっては今後の部隊行動にも支障を出すかもしれない。それに、何よりダモンの言葉はヨーロッパ中に散らばる全てのダルクス人にとって、正に夢の言葉なのだ。

 

ダハウは瞬時に脳内で前者と後者を秤にかける。ここで安易に判断を下してしまえば、自分は一生後悔し続けるかもしれない。そう考えながらダハウは思案した。

大食堂が静寂に包まれる中、ダハウは遂に決断した。その間だけ、何時間も経ったかのようだった。

 

「…いいだろう。聞かせてもらう」

「ダハウ様ッ!?」

「よいのだ。こうなれば最後まで話を聞いて、それから判断する。お前達も楽にしろ」

 

部下2人は咄嗟にダハウに抗議したが、結局彼の決意は揺るがなかった。

隊員はダハウに指示された通り武器を下ろし、姿勢を元に戻した。

ここまで言うのであれば寧ろ気になるというものである。ダモンもダハウの決断に胸を下す。

 

「よくぞ決めてくれた。ただしダハウ大尉。その護衛2人は外に待たせよ。これから話すことは一切の他言を禁ずる。これを約束してくれるならば、わしは最後まで真実を話そう。無論約束を破った暁にはどのような手を使ってでもお主を消す」

「分かった。ダルクスの名に懸けて約束は守ろう。だが私からも言いたい事がある。閣下の後ろに立たされている2人は何故顔を隠すのか。それに私の部下を外すならば閣下も同様に外さねば理が通らないと思うのですが?」

「む。そうであったわ。おいお主ら、もう隠さんでよいぞ」

 

ダハウから指摘されるまで完全に蚊帳の外扱いだったダモンの側近2名。片方は大人。もう片方は子供なのかと思うくらいに体格に差がある2人は、ダモンの鶴の一声でやっと正体を曝け出すことができた。

 

「ダモン将軍。先ほど仰られた言葉。自分にも話を聞かせてください」

「……暑かった…でも問題ない」

 

布で隠されていた正体は、ダハウも知っている人物――グスルグとイムカであった。

性格や性別が全く別な2人に共通する点はただ1つ…ダルクス人であるという事。

ダモンはダハウとの交渉に向けて護衛となる人選を行った際、相手がダルクス人である所に目を付けた。その中で戦闘力と口の堅さが特に目立ったのが、422部隊に所属するグスルグとイムカだったのだ。そして何よりも両名共にダハウとの面識があるというのも大きな決定打となった。

 

今やダモン直属の特殊部隊として扱われている422部隊・通称ネームレス。

アイスラー旗下の時は全ての記録が抹消されていたが、件のアイスラーが消えてしまった為、この度ガリア諜報部は目出度くダモンの指揮下に入ったという訳である。今後は部隊の行動記録も残り、ナンバー呼称こそ特殊部隊ゆえ無くならなかったが、ちゃんとした一正規軍部隊として正式に扱われる事になったのである。弱点であった補給関係も改善され、ダモンの取り計らいで全隊員が恩赦を勝ち取ったが、誰1人として部隊を辞める者はいなかった。

 

「グスルグにイムカ……君達だったのか」

 

ダハウも相手が見知っている人物である事に驚きを隠せなかった。

まさかガリア人の側近にダルクス人が選ばれるなど夢にも思ってもいなかったのだから。

帝国でのダルクス人はどの階層の人間からも「油臭い」と言って近づきもしないのが現状である。

その現実を間近で体験して生きてきたダハウにとって、ダモンの差配には驚きしかなかった。

 

「お久しぶりですダハウ大尉。もう一度貴方に会えるとは思ってもいなかった」

「……興味ない…」

 

グスルグは自分以外のダルクス人で産まれて初めて確固たる崇高な意志とカリスマ性を持つダハウに出会ってから彼を心から尊敬していた。ガリア軍に身を置く者でありながら彼に惹かれていたのである。対するイムカといえば、ティルカ村を滅ぼしたヴァルキュリアを探す為にネームレスに居るだけで、ダハウの事など微塵も興味がなかった。

 

「さて。こちらは大尉の願い通りに約束を果たしたぞ。今度は大尉がその護衛を退かせる番だ」

「確かに。お前達は玄関で待機していろ。異常が発生したらすぐに知らせるのだ」

 

有言実行したダモンの言葉に従い、ダハウは部下2人を大食堂から追い出す。

部下からも然したる反対をせず、静かにその場から出て行った。

"ガチャン"と音を立て扉が閉まると、ダモンはグスルグとイムカにも席に座るよう命じた。

 

「さて…。何度も言うがこれは国家機密であり、過去の歴史を揺るがしかねない内容だ。絶対に誰にも漏らしてはならん。各々肝に銘じよ」

 

ダモンの言葉に3人は無言で答えた。揃いも揃って口が堅い者達なのでダモンの心配は杞憂である。

イムカ以外の2人は食い入る様ににダモンの言葉を待った。

大食堂に設置された大きな古時計で動く振り子と暖炉の炎が幾度となく揺れた後、ダモンは話し始めた。

 

「ガリア公国…この国の成り立ちは古代ヴァルキュリア人が存在していた時代にまで遡る。当時の古代ヴァルキュリア人は、ヨーロッパ中で自分達以外の民族を奴隷化し、民族浄化の名の元に悪逆非道の限りを尽くしていたダルクス人を相手に大陸中で戦争を行っていた。古代ヴァルキュリア人は他民族を救済すべく悪魔であるダルクス人と戦っていたというわけだな。初めはダルクス人達が優勢を保っていたが、次第に古代ヴァルキュリア人達が優位に立ち始めた―――ヴァルキュリアの青い炎を衣に纏い戦ったのだという」

 

一度間をあけてダモンは話を続けた。

 

「負け始めたダルクス人は、そんな古代ヴァルキュリア人に対して巻き返しを図るべく暴挙に出た。彼奴らは悪魔の力である邪法を用いて現在にまで伝わる『ダルクスの災厄』を引き起こした。100の都市と100万の人畜を焼き払ったのだな。ガリア国内に存在するバリアス砂漠はこの災厄の影響で草木も生えなくなったと言う。この時とある古代ヴァルキュリア人が、ダルクスの災厄を鎮めた功績として辺境の土地を治める事となった。その際古代ヴァルキュリア人が名乗った姓がランドグリーズ家であるとされている。で、ここからが本題なのだ。一度しか言わぬゆえ心して聞くのだぞ」

 

ダモンの言葉にグスルグとダハウは再び無言で答える。

スゥっと息を吸い込み、ダモンは話を紡いだ。

 

「しかし本当の歴史は全く違っておったのだ。ダルクスの災厄が引き起こされる前、とあるダルクス人が古代ヴァルキュリア人と取引をした。このダルクス人は同胞を売ったのよ。その結果、古代ヴァルキュリア人は取引した情報をもとにダルクス人に対して遂に勝利を得ることができたのだ。敗北したダルクス人達は罰として姓を奪われただけでなく祖国すら取り上げられた。だが裏切ったダルクス人だけは姓を奪われず、古代ヴァルキュリア人から褒美としてヨーロッパの辺境の土地を賜ったのだ。後にこのダルクス人の一族は此処へ移住し国を立ち上げた―――ガリア公国という名の国家をな。ランドグリーズ家はそのダルクス人の末裔なのだ。ヴァルキュリアの血など一滴も流れてはおらん。現君主であるコーデリア姫も含めてのう。これが歴史の真実…ガリア公国の真実なのだ」

 

長話を終えた後、ダモンは喉の渇きを癒すために置いてあった紅茶を一気に飲み干す。味わうつもりなど毛頭無かった。

 

対してダモンからもたらされた真実を聞いたグスルグは大きく眼を開け、口を震わせた。グスルグ程では無いが、ダハウも同様に驚きを隠せなかった。それもそうだろう。それまでの歴史の通説でありユグド教の教えにもされてきた神話が、この古びた洋館の大食堂で崩されたのだから。

 

「で、ではダモン将軍!このガリアという国は――」

「言ったであろう。この国はダルクス人が作り、ダルクス人が治めている国家なのだ。治めているのは過去に裏切った一族の末裔だがな。しかし歴史というのは面白い。裏切ったお蔭でダルクス人の国を唯一存続させる事ができたのだからな。しかも他国に住むダルクス人から攻撃を受けておる。皮肉よのう。クックック…」

 

大きく動揺し未だ落ち着く事ができないグスルグ。

一方ダハウは冷静にダモンへと話を吹っ掛けた。

 

「なるほど…。やっと閣下が私を呼びつけた理由が理解できました。それを踏まえて裏切れと」

「うむ。どうであろうか。此方に付いてはくれぬか?無碍にはせぬ。それにこの戦争が終わればコーデリア姫はこの真実をヨーロッパ中に告白するお積りだ。それからでもよい。どうだ?」

「…正直に言って、この事を知りえたのは僥倖でした。私としても喜ばしい事実です」

「おお!では―――」

 

交渉が成立したと思い込み満面の笑みを浮かべたダモンの顔に、ダハウは拳銃を突き付けた。

長いテーブルを挟んでいるとはいえ、この距離であればダモンの眉間に風穴を開けるくらい彼にかかれば造作もないことだろう。

喜色満面から一転、ダモンは目を点にしてダハウと問い詰めた。

 

ダハウ自身、本音を漏らせばこの麻薬的ともいえる話を信じたい。

だが何処の世界でも言われるように、美味しい話には裏がある。

「はいそうですか」と言えないのである。寧ろ敵側からこのような話を受けている時点で怪しむべきなのだ。

謀の世界は終わりがない。言わば砂漠と言ってもいい。そんな場所にいきなりオアシスが現れる訳もない。所謂蜃気楼のようなものだ。

ダハウとて馬鹿ではないし簡単に話に乗るつもりは無かった。

 

「ダハウ大尉!」

「グスルグ。私がこんな話を聞いて直ぐに認めると思うか?これまでの話が全てこの男の作り話であったならどうする? 君も差別を受けて生きて来たのだろう? このような夢戯言を真に受けるのか?証拠もなしに?」

「ですが、将軍は実際にガリア国内における民族差別をある程度抑えている事実があります。将軍のお陰でガリアに住む我々ダルクス人は、日に日に侮蔑を受ける事が少なくなっているのです!」

 

戸惑いつつもグスルグは構えを崩さないダハウに対して抗議する。

実際に日々差別を受け続けてきた彼にしてみれば、今此処でダモンが死んでしまえば今までの苦労が全て水泡に帰す。

 

「確かに証拠はありません。ですが、それを言うのであればダハウ大尉。貴方の雇い主であるマクシミリアン準皇太子がダルクス独立自治区を認める証拠もないのでは? この国よりも差別が激しい帝国が勝利した暁に"必ず"自治区を作るとは到底思えません。でも貴方は帝国に与している。そこからガリアに乗り換えた所で何の問題が有るのでしょうか?」

「君から見た私とはそう映っているのだな。だが私も部隊を作った義理がある。簡単には承諾できぬ。同胞達の命を預かる身として、寝返れというのであれば『確実に裏切ってもいい』と私に思わせてくれ。そうすれば私はガリアの側へ付こう」

 

ギリギリと引き金にかけている指に力を咥えながらダハウは告げる。

彼の言葉を聞いたダモンは歯を食いしばるが、それでも食い下がらなかった。

 

「ではこうしてくれ。わしも今の話を証明させる確たる物がない。だがガリアが勝利した暁には、すべての証拠をお主に公開すると約束する。誓約書も書こう。代わりにお主の部隊は戦闘に参加せず傍観するだけでよい。どうだ?帝国に義理を通した後であれば裏切るも何もないであろう?」

 

ダハウは逡巡する。ここで引き金を引くか否か。

この今までの戯言を信じるか。それとも確実とは言えないマクシミリアンとの約定を信じるか。どう転がっても自分に損が起きないのであれば、どちらでもいい。全てはダルクスの為だ。

 

「――決めたぞ。ゲオルグ・ダモン。貴方が私の意思を汲み取ってくれるのならば今の話、信じよう。そして証明してほしい。貴方の手でガリアを勝利へと導くと」

「…よかろう。それでいいのならば」

 

グスルグは一応の決着がついたと感じ、息を大きく吐き出した。

2人のやり取りは見ていて冷や汗が止まらなかったのだから仕方がない。

 

「それで?まだわしに銃を向けるのか?」

「今の我々は敵同士なのです。敵に銃を向けるのは当然の事でしょう」

「まだ敵と称するか」

「えぇ。今の私は帝国軍に身を置く存在。おいそれと寝返れば本国にいる同胞を見捨てる事になります。それだけではありません。『ダルクス人は裏切る』というレッテルが張られかねない。そうなれば私の存在価値が無くなります。ですから―――」

 

刹那、ダハウは引き金を引いた。

イムカが咄嗟に動いたが、間に合わず弾丸は銃口から発射された。

しかし、弾丸はダモンの頭の横を通り抜けて大食堂の壁へと吸い込まれていった。

 

「ですから閣下に協力することはできません。何故なら我が部隊に我が軍(・・・)の情報を流す者が現れ、何故か我が軍は小規模な内部攪乱を受ける事になるかもしれませんので」

「うむ。それだけでも非常に助かるわい。今度こそ交渉成立と受け取ってよいのだな?」

「さぁ分かりかねますな。でも私は気が変わった。今後カラミティ・レーヴェンはガリア軍との戦闘を避けて動き、情報収集に力を注ぐかもしれません」

 

発砲音を聞きつけてダハウの部下達が扉を乱暴に開いたが、彼らがそこで見たものは、力強く握手を交わしてお互い獰猛な笑みを浮かべるダモンとダハウであった。

 

この秘密会談以降、ガリア軍は何処からともなく現れる謎の黒い集団に襲われる事が無くなり、帝国軍はガリア軍に何故か情報が漏れ続けるという理解不能な状況へと追い込まれるのだった。

 

 




話の例えとしてアレクサンドロス大王の話を持ってきましたが、実際東方遠征の目的って何だったのでしょうね。本やらネットで調べても多種多様に論説があったので、今回は分かりやすくとある征服王を元に書きましたが、本当の所とても気になります。


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第二十五話 ガリア北部へ

◆征暦1935年8月

 

ガリアの季節が夏へと移り変わる頃、それまで小康状態にあった各前線で遂にガリア軍は行動を開始した。これ以上帝国軍に対して回復の猶予を与えてはならないとダモンが判断した為である。

未だ指揮系統が不安定な状況下にあるガリア軍が目指す次なる目標は【ファウゼン工業都市】。

この地に籠もるベルホルト・グレゴール将軍率いる帝国軍北部方面軍は、イェーガー将軍率いる南部方面軍とセルベリア・ブレス大佐率いる中部方面軍の一部を吸収しており、その圧倒的な戦力をもって彼の地に君臨していた。

 

ファウゼン工業都市は元々只の小さな村に過ぎなかった。ところが豊富な埋蔵量を誇るラグナイト鉱山が村の付近に集中していた為、ガリア政府の採掘政策も相まって徐々に人口が増え、それに伴いファウゼンは小さな村からヨーロッパ有数の鉱山都市として各国にその名を馳せていた。

ガリア北部の玄関口に近く、人類文明に必要不可欠なラグナイト鉱石も採れるという地理的にも戦略的にも重要な場所に位置しており、その上都市自体が山に沿って造られた為、天然の要塞としても名が高い。

それ故に守りに関しては金城鉄壁を誇り、容易には攻め落とせない天然の城塞都市であった。

その堅牢さは、ガリア軍ファウゼン防衛軍が3万5000という兵力――数は多いが弾薬及び医療品が不足していた――に対し、6万という圧倒的に数で勝る帝国軍に、文字通り満身創痍でありながら2ヶ月以上に渡って耐え抜いた事で証明している。結果として生き残ったのは僅か1万弱ではあったが…。

 

戦争が始まってから5ヶ月。

先に述べた様にグレゴール将軍率いる北部方面軍の数は、中部・南部から敗走した帝国軍の一部を吸収し約8万という数の兵力を有していた。決戦と呼べる戦いを行っていないからこそ持てる戦力だった。元々自軍の消耗を嫌うグレゴールの性格も関係があるだろう。ゆえに、北部方面軍だけが唯一ガリア軍に対して局地的に優位を保っている。

 

だが、ファウゼンの厄介な所は鉱山都市内に建設された『複合軍事施設』の存在。そして目下一番問題となっているのが、帝国が誇る技術力と工業力を活かして開発された大型兵器『装甲列車エーゼル』の存在だった。

 

チェス交渉の後、ファウゼンを占領した帝国軍は、この施設を利用して消耗した分の自軍兵器や弾薬をここで修理・量産し随時各前線に送っている。無論労働力となっているのは囚われているダルクス人達である。

加えて、もう1つの懸念である装甲列車エーゼルには超長距離砲台として大型榴弾砲が搭載されているだけではなく、全車両にカノン砲と機銃を設け、列車の装甲はあのゲルビルをも悠々と超える重装甲で固められており、極めつけはグレゴールが直々に搭乗して指揮を執っている事だった。

そんなエーゼルは常日頃から鉱山近くの高架橋に鎮座しており、近づくガリア軍を自慢の大型榴弾砲で蹴散らしているのだから、ガリア軍にして見れば厄介極まりない。

ダモンにとっても目の上の瘤であり、頭痛の種でもあった。

 

「やはりファウゼンを失陥させてしまったのは大きい。だがファウゼンを奪還せぬ限りガリアに勝利はない。ランドグリーズに貯蔵されているラグナイトの備蓄量は限界に近づいておる。ここで敗れる事になればそれは即ち降伏を意味する。何としてでも此処を奪還せねばならん」

 

このファウゼン攻略の為にダモンは、ガリア中部に存在するほぼ全ての戦力をファウゼン近郊に集結させた。

現在北部以外の帝国軍は部隊の再編成で攻撃の余裕が無く、最低限の戦力でも中部を守り切れると参謀本部が情報を提示した事で集結させることが出来たのだ。

ダモンが集めたガリア・ファウゼン攻略軍の総兵力は凡そ16万。ダモンは帝国軍北部方面軍の2倍の数を用意したということになる。彼の覚悟が分かる数字ではないだろうか。

 

しかし、堅牢鉄壁を誇るファウゼンと言えど、隠しきれない弱点が3つ存在した。

1つ目は、ザカを中心に強制労働に従事させられているダルクス人達を完全に掌握しきれていない事。

2つ目は、元々ファウゼンはガリア領であったのでグレゴールすら把握していない隠し通路や抜け穴がある事。

3つ目は、ダハウによる意図的な情報漏洩及び小規模な破壊活動によって鉱山内に配置されている帝国軍の情報並びに使用することが出来ない固定兵器がある事。

 

これらの弱点があるからこそファウゼン奪還も不可能ではないと、ダモンは考えていた。

 

 

==================================

 

◆8月2日~アスロン第2司令部 ダモン執務室~

 

「なるほど。そのような出来事があったのですね。これで諜報部の持ってくる情報の正確さが分かりました」

「うむうむ。内通者がおるというのは非常に助かるわい。こうも的確に敵の位置や数を示してくれるのだからのう」

 

いつもの執務室でダモンは早速ダハウが送ってきた書類に目を通していた。

ただ内通の疑いを掛けられない為に、ダハウは意図的にガリア諜報部の目に映る所で情報を漏らし、ダモンの手に各情報を送り届けていた。

 

「ですが気になる点も御座います。何故ランツァート少尉が提出した『バリアス遺跡に関する報告書』を見せなかったのです?あれこそ証拠だと私は思うのですが?」

「それを見せた所で偽造書類として疑われるのがオチであろうな。話の結末は変わらんよ」

 

オドレイが持って来た書類にサインをするだけの単純な作業を行いながらダモンは告げる。

一定の区切りがついたところでダモンは葉巻に火を点けた。

 

「ところで閣下。また開発部から新たな報告書が届いています」

「おぉ。またあ奴らは何か作ったのか?」

 

帝国軍に一定の猶予を与えてしまったガリア軍。しかし彼らとて指を咥えてただジッとしていた訳では無かった。

研究開発部は、戦争予算に目を付けては日夜研究の試行錯誤を繰り返していた。普段では絶対に許可が下りない珍妙な発想を元にして兵器の研究を行ったり、それこそ「気が狂ったのではないか?」と思わせる設計図も書き上げている。例えば車輪に小型ロケットをくっ付けて自走できるようにした【自走地雷】など、多種多様である。

そして開発部は遂に納得のいく新兵器を開発したのである。

 

「大佐。説明してくれ」

「了解しました。順を追って説明させていただきます」

 

オドレイは一息入れると報告書に記載されている文字を自分なりに分かり易く解いて読み始めた。

 

「今回開発部が開発許可の申請を出したのは【多連装ロケット砲】という遠距離攻撃用の兵器です。我が軍のロケット技術向上によって開発が可能になった全く新しいタイプの新兵器だとの事。元々は花火を打ち上げる為に使用されていた単発の筒状発射機であり、それを6本に纏めて束ねただけという簡素な構造、なにより軽いとの事です」

「ほう。これまた何とも奇怪な兵器だのう」

 

研究開発部が開発した兵器は、財政に余裕がないガリアから見れば非常に嬉しい兵器の類であった。というのも、元となる兵器は元々民間用に造られていた代物である。数は余っているのだ。

 

「この兵器は従来使用されてきた砲弾とは一線を画す【ロケット弾】という弾が使用されます。但しこのロケット弾、未だ開発途上の代物ですので狙った所に真っ直ぐとは飛ばないようです。ですが私が思うに、『点ではなく面を攻撃する』分にはなんら問題は無いと、私情ではありますが一言付け加えさせていただきます。何より特筆すべき点はその飛距離です。火砲と比較したところ、こちらのロケット弾の方が遥かに遠くへと飛んだそうです。調べによると弾体が自らの推進力で徐々に加速するからだそうです。また、発射時の反動も火砲に比べればごく小さく済むので『持ち運びを含めても非常に扱いやすい』と、試験を担当した兵士から評価を受けています。そして更に付け加えますと、ロケット弾自体が簡素が作りになっているので非常に予算が低く抑えられている事も素晴らしいです。正直言って、自走砲を量産するよりもこちらを量産した方が私的には良い気がします」

 

現在ガリア以外のヨーロッパ各国でも研究が進められているロケット技術。

歴史を遡れば古代の文献にも登場するなどれっきとした兵器の1つなのだが、ある時を境にパタリと技術が途絶えてしまった。

その影響によりロケット工学は現代では全く新しい分野であるとされた。現時点で役に立たない物へ投資する国は怱々おらず、連邦や帝国を含めたヨーロッパ各国の技術者達は"とりあえず暇な時に研究しよう"程度にしか見ていなかった。

しかし、ガリアの技術者達は此処に目を付けた。敵を打ち砕くには此方もそれ相応の新兵器を開発せねばならない。ガリア兵器廠全体が一丸となってロケット工学という名の未知の領域を開拓し始めたのだ。世界で初めてロケットの実用化に向けて研究が開始された瞬間でもあった。

ガリアにとって幸いだったのは、国内で個人的にロケットを研究している人物がいた事である。

その人物の名は『エルナンド・ブラウン』。本業は花火屋なのだが、趣味の一環として自作で小型ロケットを作っては空に飛ばすなど近隣住民からは変人とされた45歳の中年男であった。兵器廠はすぐに彼を引き抜いた。

 

引き抜かれたブラウンは直ぐに店を畳むと、研究開発部に着任。構想していた代物を作り上げた。それが試作型多連装ロケット砲であった。

 

安価で大量に、それでいて使い勝手がある兵器という兵器廠の思惑をまんまと叶えた訳である。

言うは易く行うは難し。だがブラウンの鬼才とも呼べる発想とロケットに対する並々ならぬ熱意は、諺を超えた。

値段・数・評価という3つの点で文句なしの兵器を造り上げたのだから、流石のダモンも唸った。

 

「うぅむ。デメリットを差し引いても十分使えそうな兵器だな。デメリットである精度の悪さも今後の技術力向上によって改善されていくであろうし、そもそも使わねば改良点も浮かばん。よし、ファウゼン攻撃の際に使ってみるとしよう。それで真価が問われるであろう。兵器廠に量産命令を下しておけ。間に合わせるのだぞ」

 

「承知いたしました。それともう1つ。鹵獲した敵戦車についてのことでお話が御座います」

 

オドレイの口から出た言葉に、ダモンは葉巻を燻らせながら耳を傾ける。

敵が乗り捨てた戦車や兵器と言う物は、質に劣るガリアには嬉しい産物であった。

他にも鹵獲した戦車を直す為に、必要な予備パーツを奪うために対戦車兵と技工兵だけで構成された部隊、通称【戦車狩り(タンクハント)部隊】が創設されるなど、戦車数に劣るガリア軍はあの手この手で戦車狩りを行っている。国力で劣る小国ゆえの苦肉の策であった。

 

「鹵獲した帝国軍戦車なのですが、これらを数が足りていない戦車部隊に編入しようと考えております。予備のパーツは大破した敵戦車から幾つか回収されているので、十分に役に立つはずです。ご一考願います」

 

「愚問よの。考えるまでもないわ。鹵獲した敵戦車については随時編入しておけ。…それで思い出した。わしが戦争初期の頃に進めていた国産中戦車の開発はどうなっておる? 何か報告はないのか?」

 

現在ガリア軍で使用されている機甲部隊は【軽戦車2割・自走砲3割・駆逐戦車4割・鹵獲戦車1割】という比率になっている。しかし、帝国軍の機甲部隊は標準で【軽戦車3割・中戦車5割・重戦車2割】となっており、ガリア軍の戦車部隊は駆逐戦車が開発されたと言えど今尚劣勢であった。特に重戦車で編成された帝国軍機甲部隊に出くわした日には何もせずに退却を余儀なくせねばならなかった。

対するガリア軍の重戦車と言えば『ルドベキア』1両。中戦車も『エーデルワイス』1両という現状である。ダモンが国産中戦車開発を強力に推し進めたのも無理はなかった。

 

「残念ながら、研究開発部からは多連装ロケット砲に関する報告しか来ておりません」

「むぅぅ。予算に余裕がある国でも無いから仕方がないと言えば仕方がないのかもしれんが…。願わくば早く量産にこぎつけたいのう」

 

咥えていた葉巻を灰皿に置くと、ダモンは残っている書類をとっとと一掃すべく再び羽ペンを手に取る。

作業を行いながらもダモンの口は閉じなかった。

 

「2日後に各指揮官を会議室に集めよ。ファウゼン攻略に向けた作戦会議を行う」

 

窓から差し込む眩い光が、ダモンの背中を暖かく守っていた。

 

 

==================================

 

◆8月4日~アスロン第2司令部 中央会議室~

 

「これより、ファウゼン奪還に向けた作戦会議を行う。意見は説明が終わり次第頼む」

 

全ての指揮官が見渡せるテーブルの中央で、ダモンはファウゼン攻略に向けた軍事作戦概要を口にする。

指揮官は正規軍だけでなく、主力となる義勇軍指揮官も追随しており、各々が静かにダモンの言葉に傾聴した。ネームレス指揮官であるクルトも今回の作戦のカギを握る部隊長として参加していた。

 

「此度の作戦の最終目標は言わずもがなファウゼンの奪還及び囚われている民間人の解放である。まず作戦の第1段階として、ファウゼン近郊に存在する帝国軍防衛部隊を殲滅と近隣の村々を確保せよ」

 

テーブルに敷かれた地図を指でなぞりつつもダモンは滞りなく進めていく。

 

「次に第2段階として義勇軍第3中隊に所属する第7小隊及び正規軍第422部隊は本隊と別れファウゼン鉱山内部へと潜入せよ。本隊は敵の目を此方に引き付けるべく自走砲を中心に断続的な攻撃を行うのだ。潜入後、第7小隊は鉱山内部にいる内通者と連絡。422部隊は鉱山内にいる帝国軍部隊を駆逐せよ。鉱山内部に侵入後は敵に無線傍受されないよう無線を切っておくのだ。その後の判断は部隊長に任せる。臨機応変に対応するのだぞ」

 

両部隊の隊長であるウェルキンとクルトは小さい手帳にかりかりと鉛筆を走らせていく。

ダモンは地図に記された印を指で順に追いながら作戦概要を進める。白手袋に包まれた指先は次第にファウゼンへと向けられた。

 

「そして第3段階、両部隊は内通者の力を借りてグレゴール将軍が指揮すると思われる『装甲列車エーゼル』を撃破するのだ。この間も敵の注意を此方に引き留める為に、本隊は引き続き遠距離攻撃を行う。そして装甲列車エーゼルを撃破後、本隊はファウゼンへと進軍。残存帝国軍を撃滅しファウゼンを奪還する。以上で作戦の説明を終了する。意見がある者は?」

 

指先を最終地点までなぞるとダモンは手のひらを開けて"バンッ"と地図を叩いた。

同時に何か意見や文句があるか、ダモンは各指揮官に確かめる。

 

2人ほど手を上げた者がいた。どちらも正規軍指揮官であった。

 

「そこの者。意見を聞こう」

「閣下!我が方は敵の数を圧倒しております!ここは一気に敵を押し潰しましょう!さすれば我が軍の勝利間違いなしです!」

「うむ。もう一度士官学校をやり直してこい」

 

経験不足な指揮官が作戦会議室の7割を占めるガリア軍。

それまで数で負けていたが為に、数に勝る戦いとなると途端に楽観主義的な考えをする者が後を絶たなかった。この指揮官1人だけが楽観的な考え方ではなく、口には出さないがそう思っている輩も会議室内に多くいた。彼は言わばそんな者達の代弁者とでも言えるかもしれない。

ダモンは彼を軽くあしらうと、手を上げたもう1人の意見を聞くべくそちらに目を向けた。

目を向けられた別の指揮官は、少し緊張しつつも勇気を出してダモンに顔を向けた。

 

「お…恐れながら、自分が思うに、帝国軍も馬鹿ではないと思います。て…敵将はあのベルホルト・グレゴール将軍です。で、ですので、我が軍の動きを悟られない為に、本隊を更に分けて本当の攻撃と思わせるのは如何でしょうか?」

「本隊を分けたとして、その別動隊を率いる人物がおらねば意味が無かろうが…」

「そ、そうですよね…すみません……」

 

2人目は1人目と違い、まだ真面な意見を行った事にダモンは幾分か安心した。これで2人揃って似たような事を言われた時には、愛ある拳が彼らを襲っていただろう。だが2人目の意見もダモンは蹴った。

約16万の軍集団を率いるに足る器が自分しかいないと悟っての事だからだ。

一度はダモンも軍を分ける策を考えたのだが、別動隊を率いるに値する将軍を見つけられなかったという理由がある。粛清前ならば評価はどうあれアイスラー少将という名のある陸軍将校が存在していたのだが、彼は既にこの世の者ではなかった。彼の周りにいた歴戦の側近達も同様である。

 

確かに相手はこれまで対峙してきた敵指揮官ではない。東ヨーロッパ帝国連合の元首である皇帝から直々に指名を受け、準皇太子マクシミリアンのガリア公国侵攻に参加するほどの手腕を持つ男――ベルホルト・グレゴールなのだ。この指揮官が言うように生半可な考えで軍を構えてはいけない。

今や滅びてしまったフィラルド王国軍は、グレゴールに敗れたと言っても過言ではないからだ。

さらに遡ると第一次ヨーロッパ大戦時には数々の勲功を上げている。

 

結局彼らの意見は受け入れられず、作戦は説明のままに決行される事と相成った。

 

「だが1人目と比べて意義ある意見である事には違いない。今回は却下するが、今後も意見を出してくれると助かる。わしも人間、気付かぬうちに間違いを犯している可能性があるかも知れんからな。精進するのだぞ」

「は、はい!閣下のご期待に沿えるよう精進していきます!ありがとう御座います!」

 

自信が少なかった正規軍指揮官は、自分を鼓舞してくれるダモンに凛とした敬礼をする。

実戦経験の不足分は士気で補う。これもダモンの考えの1つであった。

 

「では現時刻をもって、ファウゼン奪還作戦第1段階の開始を宣言する!各指揮官は速やかに部隊へ戻り、行動に移るのだ。功を焦るでないぞ。着実に歩を進めるのだ。ヘマをせん限り必ず勝てる戦いである!」

「「「「オォーッ!!!」」」」

 

一抹の不安が残るガリア軍はダモン指揮の元、祖国勝利の為にグレゴール率いる北部帝国軍が待ち受けるファウゼンへと一路足を進めるのだった。

 

 

 



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第二十六話 ファウゼンの戦い(前編)

◆8月7日~ファウゼン近郊 ガリア軍~

 

ダモンの作戦開始宣言により、ガリア軍はまず作戦の第1段階であるファウゼン近郊の村々を奪還せしめんと攻撃を開始した。

各地の村々に展開していた帝国軍はガリア軍の攻撃を受けると即座に反応。平静が保たれてきたガリア北部で、再びガリアと帝国は戦火を交える事となった。

グレゴール将軍率いる北部帝国軍の殆どは鉱山都市に集中しており、各拠点の帝国軍防衛部隊の数はとても少なく、ガリア軍はその数で帝国軍部隊を押し潰していった。

 

「全ての家屋をくまなく調べ上げろ!潜んでいる帝国軍を炙り出せッ!」

 

ドカドカと軍靴を鳴らして村中にある小屋や家の扉を蹴り破り、中に潜んでいる帝国軍を次々と駆逐していくガリア軍。(さなが)ら暴徒とも勘違いしそうな勢いであった。

 

「く、クソッ!敵の動きが速すぎる!対処できない!」

「撤退!撤退だーッ!!」

 

対する帝国軍防衛部隊は、バルドレン直々の指揮によって鬼気迫る勢いのガリア軍に反撃の隙を突くことすらままならぬ状況に陥り、各指揮官達は撤退を命令。逃げ遅れた者は暫くすると自ら手を挙げて投降し始めていく事態となっていった。

 

この時先陣を切って帝国軍部隊に切り込んだバルドレン少将は、その巧みな戦術を用いて電撃的に近郊に散らばる帝国軍の拠点を制圧していき、ガリア軍はほぼ無傷で作戦の第1段階を終了させた。序盤の戦いではあるが、この戦いでガッセナール家は更に名を轟かせたといっても過言ではない。

 

「ガッセナールの名に恥じぬ働きよのう。ギルベルト殿も鼻が高いであろうなぁ。はぁ…わしも結婚しておれば今頃は…。ともかく、序盤から先行きの良い結果となったことに感謝せねばな」

 

前線に設置された司令部にはダモンが居座っており、そこから各地の状況を聞いていた。彼の隣にはエーベルハルト参謀総長が派遣した有能な参謀達が、必死に報告書と睨めっこをしている。情報の中には各地の前線についても記載されており、彼らは余念なく神経を集中させているのだった。

 

「お兄――コホン、バルドレン少将のお蔭で、作戦の第1段階は無事完了いたしました。続いて自走砲部隊並びにロケット砲部隊をファウゼン近郊に展開させます。護衛部隊も問題ないそうです」

「うむうむ。やはり物事は滞りなく進むと気分が良くなるものだ」

 

ダモンは次に自走砲部隊を奪還した村々の近くに配備した。

ファウゼン鉱山都市に至るまでの道のりにはトーチカを中心とした強固な防衛線がグレゴールによって構築されており、これらを破壊しない限りガリア軍はファウゼンに近づくことすら出来ないのだ。

それだけでなくとも、装甲列車エーゼルの射程に入らないよう細心の注意を払わなければならず、各兵士達は尚も気を張り巡らせていた。

 

「閣下。自走砲部隊の展開及び攻撃準備が完了いたしました。護衛には親衛隊を付けてよかったのですね?」

「うむ。それで構わん。親衛隊でも付けてやれば大砲屋達も少しは安心するであろう。なにより最近は働かせておらんかったからの。ハーデンス軍曹や他の奴らに仕事を割り振らねば色々と不貞腐れてしまうわ。それよりも大佐、義勇軍第7小隊と422部隊は鉱山内部へ侵入できたか?」

「はっ。それについては先ほど無線で連絡が御座いました。無事侵入することが出来たそうです。あとは閣下の号令待ちです」

 

テント内で騒がしく話している通信士達の声を掻き消すように、オドレイはダモンの耳元で報告する。

今回の戦いでもオドレイはダモンの隣で彼の右腕として働いていた。内政面においては兄であるバルドレンにも引けを取らない程である。彼女もまたガッセナール家という看板を背負うに足る人物であった。

 

「よぉし…。では盛大にパァーッと打ち上げてやるとするか!通信士、回線を繋げぃ!」

 

報告を聞いたダモンは手を擦り意気揚々と声を上げた。

命令を受けた通信士は即座に通信機器のダイヤルをかりかりと回す。その後マイク付きのヘッドホンを首から取るとダモンに手渡した。ヘッドホンの向こうからは(いき)り立つエンジン音と共に多くの人の声が聞こえた。

 

「これより、敵の目を此方に向けるべくファウゼンに対して遠距離攻撃を開始する!帝国に天罰を下してやれぃ!」

≪そんなの言われるまでもないですぜ。聞いたかお前らァ!大将からの攻撃命令が下ったぞォ!≫

≪ッしゃあ!派手にぶちかますぞォ!≫

≪奴らに目にもの見せてやるぜぇぇl!≫

 

喉を潰してしまうのではないかと思うくらいに自走砲指揮者は大きく叫んだ。それに続いて熱烈士気が天を打つガリア自走砲部隊の面々も同じくらいに大声で叫ぶ。

プッと通信が切れるとダモンはヘッドホンを投げすて、即座にテントから駆け出した。

すわ何事かと近くでテントの警備をしていた兵士達もダモンの後を追った。

 

遠くの場所まで目が行き届くように、小高い丘の上に設置された司令部。

ダモンは、その丘からグレゴールが鎮座するファウゼンを眺めた。後から追いついた兵士達の言葉を聞きもせず、彼は真っすぐとファウゼンを睨んだ。その瞬間だった。

 

――自走砲の口から一斉射撃された砲弾による凄まじい爆音と地響き。

ロケット弾の飛翔音は耳を劈く程の金切音を戦場に響かせ、自走砲の砲弾と共に弧を描きながらファウゼンへと落ちていく。ただ自走砲とは違い、ロケット砲の音は一度だけではなかった。

多連装ロケット砲最大の欠点である精度の低さ。それを補うようにロケット砲は同時大量発射による広域制圧射撃を行ったのだから、一度では済む筈も無かったのである。

 

≪な――なんなんだこの音は!?≫

≪う、うるさくて鼓膜が破けちまいそうだ!≫

≪嘘だろ!?敵のトーチカが弾けたぞ!?≫

≪俺たちは一体何を見ているんだ…≫

≪音がデカすぎて――無線が壊れそうだ…!≫

 

無線を開けば一様に兵士達が動揺しているのが伝わる。曇天とした空を割る様に数多の閃光が異様な雰囲気を生み出しながら空を翔けていくのだから驚かないわけがなかった。

全ガリア軍兵士達が一斉にその場で耳を塞ぐ程の風を切る音は、4分間止まらなかった。いや、止められなかった。ロケットという封印から解放された悪魔の声は、いやがおうにも前線にいる全ての兵士達の心にその音ははっきりと刻まれた。無論恐怖という意味で。

 

しかし、ダモンはそれらの火砲に対して不思議と嫌とも怖いとも思わなかった。寧ろ美しいとさえ捉えていた。――まるでクラシック音楽を聴いているかの如くであると。今自分は指揮者なのではないかと錯覚さえした。

 

「これが火砲の威力なのか。ロケット砲の美しさなのか――」

 

自走砲による発射音が打楽器とするならば、多連装ロケット砲による飛翔音は止まることを知らないオルガンであった。正に弾丸によるオーケストラが戦場という舞台で奏でられていた。そして忘れた頃に装填が完了した自走砲による力強い砲撃音が加わる。

これらの光景は音のみならず、眩い光を放ちながら虹のようなアーチ状でファウゼンへと落ちていく。それは一種の神々しい絵画であるかと思わずにはいられなかった。他にも彼の後ろで耳を塞ぎながらその場で立ちすくむ兵士達。うるさく戦場に音が響き渡る中、1人の警備兵がダモンの顔を覗き込んだ。

 

「……閣下?」

 

一応呼びかけはしたのだが、砲撃音が大きすぎて警備兵の声にダモンは気が付かない。

しかし、警備兵はダモンの表情を見てギョッとした。ダモン自身は気が付かないが、警備兵の目に映った彼の表情は狂気を感じさせる程に不気味な笑みを浮かべていたのだから。

 

「む?どうかしたのか?」

「あ、いえ、別に…」

 

警備兵は言えなかった。

今の表情は、敵よりも恐ろしく感じてしまったなどと言える筈もなかった。

ダモンは現在のガリア軍を統括している総大将であり、自身の上司である。

戦争は人を変えると言う。だが、警備兵に言わせてみれば、人が戦争を変えるのではないかと思う。

ダモンが浮かべた表情と祖国ガリアが開発した新兵器が、そう思わざるを得ないのだ。

今は普通のいつもの表情に戻っているが、あの一瞬だけは間違いなく狂人のそれであったと。

 

ふと、気が付けば味方の遠距離攻撃は終了していた。あれだけの爆音が止まると、前線は異常とも思えるほどの静けさの余韻に浸っていた。皆が何も発さず、只呆然としていた。

 

「さて、どう"指して"くる?ベルホルト・グレゴール。これで焦る貴殿ではあるまい…」

 

奇妙な静けさの中でダモンは顎に手を当てつつ、敵の次なる出方について思案するのだった。

 

 

==================================

 

◆同日同時刻~ファウゼン鉱山都市 帝国軍司令室~

 

「ふむ。これが"あの男"の奥の手というやつか。…やってくれるな」

 

攻撃を受けた帝国軍北部方面軍は、一体何が起きたのか分からず大混乱に陥っていた。

緒戦で敗走しつつも十二分に防衛陣地を整えていた北部帝国軍兵士達の頭上に、突如として大量の砲弾と謎の新型弾が降り注いできたのだ。しかも新型弾の方は真っ直ぐには飛ばず、予測不可能な動きで山々の表面に落ちてくるのだから溜まったものではなかった。敵の飽和攻撃に気づいた味方の指揮官たちは直ぐに部隊を後退させようとしたが、そもそも何処に着弾するのか予測できないくらいに新型弾の弾道が歪んでいたため、帝国軍は右往左往しながら鉱山の更に奥へと引っ込んでいった。斜面に築かれた味方の防御陣地は瞬く間に灰塵となっていき、緩やかな下り坂であった道はボコボコに吹き飛んでいた。

 

しかし、この様な状況下でありながら帝国切っての名将ベルホルト・グレゴールは動じなかった。

寧ろダモンが仕掛けてきた攻撃に対して、冷静に物事を見ていた。

 

「各陣地の損害状況を知らせよ。崩落した洞窟があれば速やかに排除し陣地を立て直すのだ」

 

グレゴールは混乱する帝国軍を横目に、自身の几帳面さも相まって綿密に練られた防衛戦術を元に至ってシンプルに命令を下していく。

斜面沿いに設けられた洞窟陣地はグレゴールが指示して構築された代物で、ガリア領であった時にはなかった防御陣地であった。

 

「報告しますッ!正斜面側に構築していた第1防衛陣地と第4防衛陣地が先ほどの攻撃で崩落!死傷者多数とのことです!」

「早急に撤去せよと106歩兵小隊・104技工隊に連絡しろ。慌てる必要はない」

 

至って冷静なグレゴールはそれだけ言うと兵士を下がらせた。

そして冷静だからこそ、ガリアの繰り出してきた兵器について看破した。

 

「"ロケット"とはまた珍しい兵器を開発したものだ。我が国の最先端を操る技術者達が余興で調べている代物をまさか実用化させたとはな。しかもこの私にその威力を知らしめてくれた。ガリアの技術者達には敬意を表したいものだ」

 

薄らと笑みを浮かべるグレゴール。

暇つぶし程度とはいえ、ロケットそのものについては彼以外のイェーガー将軍やセルベリア大佐も知っている。寧ろ知らない司令官など居るのだろうかと彼は思う。

グレゴールはこの攻撃に使用されたロケット砲について手早く簡潔に手紙に綴る。宛名は帝国本土の技術開発部であった。

 

「だが悲しいことに、我が帝国では第一次大戦で時間が止まったままの将軍達が権威をもっている。彼らが居なくならない限り、帝国はロケット技術において他国より数段遅れるだろう。少なくともガリアよりは」

 

手紙を綴りながら1人愚痴るグレゴール。しかし現実問題として彼は今日(こんにち)の祖国の状況を嘆いていた。帝国は連邦に比べると国土は広いが、工業力・経済力に関しては間違いなく連邦の下であった。無論それを補助するように言うならば、人口は帝国の方に軍配が上がる。このような一長一短が双方の2大国の均衡を保たせているのも事実であった。しかし、連邦のような自由を帝国は許しておらず、結果として戦車以外の技術に関しては二の足を踏んでいた。

 

「―――ふむ。これぐらいで十分か」

 

内容は主にロケットの威力と飛距離についてであった。

書き終わった手紙を引き出しに仕舞うと、ドアをノックする音がグレゴールの部屋に木霊した。

 

「誰だ?」

「はっ。帝国軍遊撃部隊カラミティ・レーヴェンのダハウです。失礼しても宜しいでしょうか?」

 

眼鏡をクイッと上にあげつつ、グレゴールは相手の事を思うこともなく露骨に嫌な表情をしながら、入室の許可を下した。ダハウとて、この様な扱いには既に慣れきっており、特段何も考えはしなかった。

 

「私は今非常に忙しい。手短に話せ」

「ありがとうございます。5分で済みます」

「……フンッ」

 

グレゴールは名将ではあるが、それは帝国人に限ってのことで、ヨーロッパ各地で迫害されているダルクス人に対しては道端に落ちているゴミを見るような目で普段から接していた。それは相手が帝国軍に所属するダルクス人であったとしてもだった。

 

「閣下も既にご存知かと思われますが、敵の新型兵器についてです。微弱ながら、我々遊撃隊がそれら砲撃部隊が展開している場所を発見いたしました。敵の動きから察するに、再び攻撃準備に入っている模様」

「それがどうした。その程度のことであれば私も承知の上だ」

 

そんな事ダルクス人に指摘されなくても分かっていると言いたげな感じでグレゴールは顔を顰める。

対してダハウは何も思わず話を進めた。

 

「流石は閣下です。しかしアレを何度も撃ち込まれると軍の士気に影響が出てきます。そこでなのですが、まだ我が軍の士気が高いうちに打って出てはいかがでしょうか?ガリアは総大将自らが指揮をせねばならぬ程に足並みが崩れています。何より遠距離攻撃の目標は此処ファウゼン。籠っていれば敵にされるがままです。あの砲撃を避ける為にも、私は今ここでガリアを撃つべき時であると進言致します」

 

ダハウから伝えられた提案に、グレゴールは思案した。

彼は差別こそするが、真っ当な意見であればそれなりに耳を傾ける。

確かにこのダルクス人の言うことは尤もである。自分とて指をくわえて見ているつもりは毛頭ないのだ。しかし、この提案がダルクス人から出たというのが気に食わない。それでは私がダルクス人の考えに同調したかのように思えて仕方がないのだ。ただ、この男の言葉は正に理に適っている。今帝国にとって打つべき手を言葉にしてくれたのだ。だが、ダルクス人の言葉というのが不満なのだ。

 

第一次ヨーロッパ大戦の際にもこのような似た出来事があった気がすると、不意にグレゴールは当時の事を振り返る。あの時もただの一兵卒が伯爵家出身の自分に対して進言をしてきたことがあった。初めは嫌だったが、結果として受け入れた後、局地的にではあるがヨーロッパ戦線の一部を盛り返した。その時の判断を、今ここでもう一度下すのもいいだろう。しかし、相手がダルクス人であることだけが唯一の不満だが。

少しばかりの時間が過ぎた後、グレゴールは遂に決断を下した。

 

「――フンッ。癪ではあるが…いいだろう。だが私がここから動いては敵の思う壺だ。奴らは私を野戦に引っ張り出そうとしている節がある。よって副官であるアーヒェン准将に攻撃命令を下す。反論は許さん」

「私めのような人間の意見を取り入れて頂き誠に有難うございます。閣下の寛大な決断に言葉もありません」

「貴様にどう言われたところで私はどうとも思わん――5分だ。約束通り出て行くがいい」

「はっ。貴重な時間を割いて頂き有難う御座いました。失礼いたします」

 

ダハウはグレゴールの部屋から退出した。

あの男がダルクス人でなければ、もっと違う扱いであったと彼は1人考えるが、直ぐに脳からそのような世迷言を捨てた。

 

「それよりも執務室で指揮を執っていれば的確な指示が下せんな。やはりエーゼルの車内から指揮を執るか」

 

趣味であるチェスを後にして、ベルホルト・グレゴールは必要な物だけを部下に持たせると一路装甲列車エーゼルの指揮車両を目指してゆっくりと廊下を歩く。しかし、その遠く後ろではダハウが陰から顔を覗かせ笑みを浮かべていた。

 

「これで帝国軍はグレゴールの護衛を除いてファウゼンから出張る事になる。つまり潜入しているガリア軍は容易にエーゼルへと近づく事も可能になったわけだ。見させてもらうぞガリア軍…いや、ゲオルグ・ダモン。あの機械の化物を、貴方の作戦で撃破できるかどうかをな…」

 

漆黒のマントを翻しながら、ダハウはグレゴールとは逆の通路へと消えていく。

今生の見納めのように、ダハウは二度とグレゴールの元へ赴くことはなかった。

 

 

 



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第二十七話 ファウゼンの戦い(中編)

いつも誤字脱字報告ありがとう御座いますm(__)m
そして安定の語彙不足。


◆征暦1935年8月8日~ファウゼン攻防戦 前線~

 

「閣下!敵が我が方の自走砲部隊目がけて攻勢を仕掛けてきました!」

 

機械をカリカリと動かしていた通信士が大声でダモンに聞こえるようその場で叫んだ。

 

「やはりそう来たか!各部隊には自走砲部隊を死守するように伝えよ!絶対に敵を陣地内へ入れるな!」

 

帝国軍北部方面軍は、先のガリア軍による遠距離砲撃を受け、即座に反応した。

彼らの目標はただ1つ。本隊から離れている自走砲部隊の撃滅であった。

ファウゼンから離れることができないグレゴール将軍は副官であるアーヒェン准将に攻撃命令を下し、自身は装甲列車エーゼルに搭乗。指揮車両から随時帝国軍に指示を飛ばしていた。

 

結果としてガリア軍は作戦の第2段階である『囮作戦』に移る事となり、戦場は再び砲火を交えはじめた。

グレゴールが決断した作戦は、遠距離砲撃に集中して兵力を温存しているガリア軍に対して、一時的にでも優位に立つべく自身の護衛部隊を除いたほぼ全ての帝国軍を出撃させ、嫌でもガリア軍を野戦に持ち込ませようという算段であった。ひとたび敵の懐に飛び込めばガリア軍御自慢の自走砲を用いた遠距離支援が中止となる。そしてここでは敢えてダモンの首を取らず、自走砲及び新兵器であるロケット砲の破壊を行えば、帝国軍は再びファウゼンに立て籠もることが容易となるのだ。更にいえば、この攻勢を上手く完了させられればガリア軍は大きく損失を被る羽目になる。そして時が経つにつれ、本国からさらなる増援が見込めるはずだとグレゴールは考えた。

 

しかし、そんな帝国軍の動きをガリア軍総司令官であるダモンが見逃すはずもなく、指令を受けた最前線では正規軍義勇軍の混成軍が帝国軍の激しい攻撃に耐えていた。

義勇軍一の部隊となった第3中隊は第7小隊の不在という事態にあったが、ファルディオ・ランツァート少尉が指揮する第1小隊、それに続いて第2・第3小隊が奮闘して帝国軍と決死の攻防を繰り返していた。

 

「ウェルキン達は本当に潜入できたんでしょうね大尉!?」

≪あぁ。無事に潜入したと無線で連絡が来ている。今頃はファウゼンで行動に移っているだろう!≫

「そうでないと困りますって――うわッ!!」

 

頭を狙うように帝国兵は発砲してくる。

"ヒュンヒュン"と激しく銃弾が飛び交う中、土嚢の後ろに隠れてバーロット大尉と無線で会話をしながらファルディオは最近更新されたライフル『ガリアン-S1』を手に反撃を繰り返していた。

命中率の強化を重点的に取り入れたこのライフルはファルディオの戦闘能力と合致し本来持つ性能よりも大きく発揮させていた。代償として弾数が従来の10発から5発と半減してしまったが、それでも彼は巧みにライフルを操り帝国軍兵士を1人、また1人とその弾丸を打ち込んでいった。

 

「隊長!敵が更に増えました!本当にこいつらは我が軍よりも数が少ないのですかッ?!」

「それは間違いない!数は俺達の方が勝っている!」

「では何故我々が押されているのですか!?」

 

彼の部下の1人が『マグスM3』を撃ちつつ疑問を呈した。

引っ切り無しに攻撃を仕掛けてくる帝国軍の後ろにはまだ多く部隊が控えているらしく、数に勝るガリア軍は敵の卓越した連携によりあろうことか徐々に押され始めていた。

ダモンの見立て以上にガリア軍は、グレゴール率いる北部帝国軍を甘く見ていたのかもしれない。何より圧倒的なのは、綿密なまでに無駄な動きが一切ない帝国軍の兵士達である。ファルディオ自身、今まで連戦連勝だったが故に多少の慢心が無かったとは言い難い。だが今回の敵の動きは、過去戦ってきた帝国軍の奴らとは一味も二味も違っていた。個々の兵士の経験が段違いである事を、いやがおうにも見せつけられている。

 

「(俺は奴らを心のどこかで侮っていたかもしれん!これが”本来の”帝国軍のあるべき姿…"強さ"なんだ!今迄の奴らはそれらの末端に過ぎなかったッ!)」

 

5発撃ってはリロードを繰り返すファルディオ。そうしながら彼は心の中で1人独白する。

この兵士達が長年培ってきた経験と連携こそが精強な帝国軍の真髄なのだと。この強さがあるからこそ、帝国は大陸を二分し国力で勝る連邦とほぼ恒久的に戦争を続けることが出来たのだと。

汚れや傷を物ともせず地面に這い蹲り、隙あらばすぐに物怖じせず突撃を敢行するその姿こそ、帝国を帝国足らしめている最大の要因であるとファルディオは強く感じとった。

 

対して祖国ガリアといえば国家の全てを総動員して、初めて帝国の一地方軍と渡り合える現状である。ファルディオは知る由も無いが、今回のガリア侵攻に使役されている帝国軍兵士は、本国で左遷を食らった者達のみで構成されており、彼が言い放った"本当の帝国軍"にはまだ上が存在している。さらに付け加えるなら、この戦争の目的はどちらかというと準皇太子マクシミリアンの私的な理由が大きい。つまり帝国は本気でガリアと戦ってはいないのだ。

 

作戦の許可を下した彼の父である皇帝も『資源あるしちょっと前までは自分達の領土だったしまぁいいか』程度であり、しかも現在帝国内部では、妾腹の子であるマクシミリアンと後から産まれてきた正室の子である弟との後継者問題で頭が痛く、皇帝からしてみれば『勝てばそのままガリア領をマクシミリアンへ。負ければ後継者から外せばいい』と、どっちに転がっても問題はなかった。

 

「(これが帝国切っての名将、ベルホルト・グレゴールという男が持つ軍隊。生半可な気構えでは直ぐに俺たちは敗北してしまうぞ!)」

 

兎も角もファルディオは帝国軍に対して今一度認識を改める必要性があると実感した。

だが、そんな事を考えている間も敵は無情にも銃の引き金を引いてくる。一寸の迷いもない動きに惑わされながら義勇軍・正規軍約16万の軍勢は懸命に帝国軍を押し留めた。

対して帝国軍は地面に這いつくばりながらゆっくりと水が浸透するように歩を進めていく。

 

「隊長ッ!危ないッッ!!」

「なにっ!?」

 

咄嗟に叫んだ兵士の声に反応してファルディオは動きを止めた。

その瞬間に被っていたヘルメットが敵の銃弾を受けて"カァン"と音を響かせた。

奇跡的に弾丸は貫通せず、関係のない方向へと跳弾していったが、衝撃で彼はその場にしゃがみ込んだ。

彼の頭を狙った帝国兵は、ボルトアクション式ライフルで長距離から彼を撃っていた。

 

「ググ…!畜生…頭をハンマーで殴られたみたいだ…!」

 

(うずくま)りつつも彼はライフルだけを土嚢から出して牽制射撃を行う。しかしこれでは敵の位置がわからず、ただ闇雲に弾丸をばら撒いているに過ぎなかった。

だがそれでもファルディオ等義勇軍の面々はやるしかないと思いつつ当たる筈もない弾丸を、敵が居るであろうと思われる場所に撃ちこんでいく。幾らかは敵に当たっただろうと気休め程度に考えながら、次のリロードを行おうとしてポケットに手を突っ込むと、既に弾薬が底を尽いてしまっていた。

「そろそろ限界か…」と考え始めた時、1つの無線が彼の元に入った。

 

≪まだ生きていますか。少年?≫

「――!?いったい誰だ!」

 

耳に入れているイヤホンから聞こえたのは、凛々しい声帯を持った男の言葉だった。

しかし、男の声はどこかで聞いたことがあるようにも感じ、謎の安心感に彼は包まれた。

イヤホンの向こう側では静かに呼吸を繰り返す男の息吹が聞こえる。

 

≪そこから動いてはいけませんよ。暫しそのままで≫

 

特段反対する必要性もないのでファルディオは言われるがまま土嚢奥深くへと身を潜める。

その時であった。遠く離れている場所からスナイパーライフル特有の甲高い射撃音が戦場に鳴り響いた。続いて何発も同じような射撃音がファルディオら近辺の地点で鳴り響く。

但し様々な音が錯綜する戦場において、この射撃音はすぐさま消されてしまったが。

 

ただ分かるのは、ファルディオ達を狙っていたであろう敵の発砲はそれ以降無かった事だった。

 

≪よし。もう大丈夫です。そのまま防衛を続けて下さい。私は別の前線へと移動します≫

「ま、待ってくれ!あんたは―――」

≪気にしないでください。それよりも目の前の敵に集中することです≫

 

一方的に無線を切られたファルディオは声の持ち主が誰であるかが分かった。

そして自分が如何に幸運に恵まれているかを理解した。

 

「【蒼い死神】――ユベール・ブリクサム中尉…あの人が助けてくれたのか。なんて凄腕の狙撃兵(スナイパー)なんだ…」

 

ガリア軍において今や伝説となりつつあった人物に自分が助けられた。それだけでも幸運な出来事だが、もし彼がこの場にいなかったら自分はどうなっていたのだろうと、ファルディオは思わずにはいられなかった。

 

「隊長!お待たせしました!新しい弾薬です!」

「あっ…あぁ」

「? どうかされましたか?」

「いや、何でもない。それよりも此処を突破されないよう弾薬は随時持ってきてくれ。弾切れなんて二度と御免だ――」

 

弾薬を持ってきた部下の言葉に曖昧な返事で返すファルディオ。

少しの間だけ敵の攻撃が大人しくなった所を見るに、彼はまた別の場所で"俺みたいな"奴を助けているんだなと彼は思わずにはいられなかった。

――まさしく窮地に現れる英雄(ヒーロー)

 

「もし戦争で生き残ったなら改めて礼を言おう。生き残れるかは分からないが……」

 

瞼を閉じて改めて生き残る決意をしたファルディオは、再び握っていたライフルに弾を込めるのだった。

 

 

==================================

 

◆同日~ファウゼン 装甲列車エーゼル内部~

 

「首尾はどうだ。准将?」

≪はっ。閣下のお言葉通り、我が軍は問題なく進撃しております≫

 

車内に設置された電話を使ってグレゴールは副官であるアーヒェン准将と話をしていた。

といっても、内容は殆どグレゴールが作戦を伝えるだけなのだが。

しかし、現在の話はそうではなかった。

 

「そろそろ"時間"だ。適当に敵をあしらいつつ軍を後退させよ」

≪たった2時間でこうも敵の前線を食い破れたのです。このまま進撃しては如何でしょうか?≫

「では聞くが、その2時間で我が北部方面軍は自走砲部隊の元へと辿り着くことは出来たのかね?」

 

戦闘が開始されてから帝国軍は敵の攻撃に若干怯みつつも問題なく指示通り攻勢を仕掛けている。

しかし、それでもガリア軍は決死の水際防衛を展開し、帝国軍は自走砲部隊の元へと辿り着くが出来なかった。瞬発的な攻勢をかけ数に劣る自軍が敵を圧倒しても、そこに辿り着けなかった事実。だが、グレゴールはその結果を何とも思ってはおらず、寧ろ自身の部下の驕りに対して、少しだけ眉間に皺を寄せ言葉を告げるだけだった。

話の内容は前線で戦う隷下の兵士達の引き際についてであった。

 

「准将。まさか本来の"目的"を忘れた訳ではあるまいな?」

≪勿論です。忘れてはおりませぬ。ただ、それでも惜しいと自分は思っただけでありまして――≫

 

彼は、アーヒェン准将以外には話していない真の目的について口にする。

末端の兵士などには知る由も無い本当の目的が、彼の頭脳に隠されていた。

 

「准将はただガリア軍を"エーゼルの射程圏内まで誘き出せばいい"のだよ。それ以外の行動は許さん」

 

グレゴールの本当の作戦は、自走砲部隊の撃滅ではなく、一度ガリア軍を押してすぐさま引き上げ、敵をエーゼルの砲撃が届く所まで吊り上げることにあった。そもそも軍の消耗を嫌う彼にとって敵部隊の撃滅というのは非合理的である。確かに自身の部下達を無理矢理にでも敵の懐の奥深くへと浸透させれば、北部方面軍が勝利を得ることができるだろう。

だが、それでは余りにも自軍の戦力に対して大きな被害が出るのは確実である。何よりも、そんな被害が出た事が本国に伝われば、自身が無能であると言っているみたいなものである。そしてその結果が部下による失敗だとしても、責任は上司であるグレゴールが取らねばならない。

 

アーヒェン准将は自分の驕った発言に気づき、電話の向こうで謝罪した。

 

≪はっ。失言申し訳ありませんでした≫

「分かればいい。……貴様はまだ若い。この戦いで得た多くの経験が今後のお前の戦いで活かされる筈だ。だからこそ、警戒こそすれ慢心だけはするな」

 

先程までの淡々とした口調から一転、グレゴールは教官が説得するような口調で部下を戒めた。

 

―――味方の被害を最小限に押し止めつつ敵を撃破する。それが私のモットーである。

 

戦争前、本国では士官学校の若手達に教鞭を執っていたベルホルトは自信を持ってそう告げた。

【ドライ・シュテルン】というマクシミリアン直属の将軍にはなったが、実際は既に隠居前の老将である。例え名将と謳われようと、老いには勝てない。フィラルド戦役後に彼は引退しようと思っていたのだ。実家には数え切れないほどの勲章や賞状があり、伯爵家を継いだ訳ではないが、娘が他家に嫁ぎ孫も産まれている。自身は士官学校の一教師となって生徒達に戦い方を教えていた。言うなればそれなりに充実していたのだ。

 

そんな矢先に皇帝陛下から直々の手紙を受けとった。

内容は準皇太子であるマクシミリアンの手足となり彼を補助せよという内容であった。

そしてクローゼットへと仕舞い込んでいた嘗ての軍服に身を通し、帝国と皇帝陛下に対する最後の奉公として彼は戦場に立つ事となった。

 

閑話休題

 

アーヒェン准将にそうやって戒めたのも、過去にそういう経験があったからこそであった。

ベルホルト・グレゴールを知らない人間は『あの男は冷淡で冷酷な人だ』と決まって言うが、彼を知る人間は『とても冷静で人を見る目がある男だ』とこぞって言う。後者は主に教鞭を執っていた生徒達であるが。

 

その後幾らかの連絡を遣り取ると、グレゴールは受話器を元の場所へと戻した。

次は自分の近くの者へと命令を下していく。

 

「エーゼルの発射体制は万全か?」

「はっ!問題ありません!いつでも発射可能です!!」

「手筈通り、もうじき我が軍を鉱山へ撤退させる。間違っても我が軍の兵士を巻き添えにさせるな」

 

帝国式の敬礼をした後、兵士は静かにグレゴールの場から去っていく。

時刻は既に夕刻を指していた。

 

しかし、彼は目の前の作戦内容だけに集中していたが為に自身の足元を疎かにしてしまった。。

ウェルキン・クルトらが率いる少数精鋭部隊による隠密行動、そして労働に充てているダルクス人達の不穏な動きに。エーゼルと共に鎮座している高架橋の異変に、彼は気が付かなかった。

 

 

==================================

 

◆同日夕刻~ガリア軍 簡易司令テントにて~

 

「閣下!敵が撤退を始めた模様です!我が軍は自走砲部隊の防衛に成功しました!」

「なぬ?後退とな?」

 

逐一前線から状況報告を受け取っていたオドレイが笑顔でダモンに事の内容を告げたが、対してダモンは何やら納得いかぬ顔で報告を受け取った。

 

「(…おかしい。何故今になって撤退する必要があるのだ?現状我が軍が善戦している様子はない。それどころか押される一方だった。このまま押せば勝てるやもしれぬというに……いやわしが絶対に守り通してみせるが)」

 

腕を組んでダモンは逡巡する。

――確かに数では我が方が優勢である。持久戦に持ち込めば…損害は増えるだろうが何とか勝利できる。それに今回の作戦の肝は義勇軍第7小隊と422部隊である。彼らの作戦遂行の一環として本隊が敵の目を此方に引き付けているだけに過ぎん。であるならばこのまま追撃して敵の注意を此方に引き留めておかなくてはならない。……ん?追撃?

ダモンはそのままの姿勢で前線の兵士達の様子をオドレイに問いただした。しかし背中には冷や汗が嫌という程滲み出ていた。

 

「…大佐。現在前線にいる我が軍はどうしておる?」

「敵が逃げ出したと分かって前線の部隊長の指揮の元追撃戦に移行いたしました。それが――」

 

なにか?

彼女の言葉は最後まで言うことが出来なかった。何故なら激しい剣幕を露わにしたダモンが立ち上がり、だるんだるんとした腹の奥底からテントの外まで響き渡る大声を出したからであった。

 

「今すぐ全軍を後退させよォォォッ!!!それが奴の――グレゴール将軍の狙いなのだッッ!!」

「か、閣下!?」

「通信士ッッ!!急いで前線の指揮官に後退命令を出せッ!!あんの愚か者共めがァッ!」

 

この時、ダモンだけが直ぐにグレゴールの狙いに気が付いた。

だが、前線にいる兵士達は良かれと思って敵を追撃し始めてしまった。本来の作戦を見失った各部隊は独断専行で逃げていく帝国軍の背中を追いかけ始めたのである。つまるところ、囮作戦などせずこのまま敵本陣を落としてしまおうという甘すぎる判断が、再びガリア軍の指揮系統に混乱を招き入れてしまった。一応ダモンが直接指揮を執る正規軍第1軍及び義勇軍大隊はその場で待機命令を出したのだが、第2軍に所属する第1・第2・第4中隊はそのままファウゼンへと退却する帝国軍を追ってしまう。

 

「進め進めェ!全てはガリアの為にィ!!」

 

無線機器からはダモンの命令を受けた通信士が必死に声を荒げて『制止せよ』と伝えたが、彼はそれを振り切り、無謀にもエーゼルの射程圏内へと入ってしまった。正しくグレゴールの思惑通りに彼らは部隊を動かしてしまったのだ。そして地響きが唸り、頭上に1発の砲弾が落ちてくるまで、彼らは自らの慢心に気が付かなかった。

 

結果としてダモンの思いも虚しく、彼らは誰1人として家族が待つ家へと帰る事はなかった。

エーゼルの放った大型榴弾に飲み込まれ、無残にも野に躯を晒すだけの肉塊となったからだ。

戦いは日が沈みかけて尚、終わらなかった。




とある方から「現在のガリア軍ってどれくらいいるの?」とご指摘を受けたので、時間が出来次第活動報告の方で解説させていただきます。

それまでしばらくお待ちくださいm(__)m


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第二十八話 ファウゼンの戦い(後編)

今回は試験的に3つの視点から書いてみたのですが、
なんだかごり押し感が出てしまいました…。

書いてる時って脳内補完してしまうからちゃんと描写できているか心配…。




◆征暦1935年8月9日早朝~ファウゼン鉱山内部~

 

「なぁウェルキン。早くあのデカブツを始末した方がいいんじゃねぇのか? 外の奴らが根を上げちまうぞ」

「分かってるよ。でもまだだね。あの列車砲を潰す機会は一度しかない。タイミングは誤れない」

 

エーゼルによる榴弾砲撃から翌日。

両軍の戦いは一旦夜が明けるのを待ち膠着状態となっていた。

鉱山内部では西側を義勇軍第7小隊が、東側を正規軍422部隊が担当していた。

だがエーゼルが鎮座する高架橋の爆破任務は第7小隊に一任されており、クルトが率いる422部隊(ネームレス)は専ら敵の通信妨害及び兵器量産工場の部分的破壊活動に従事していた。

 

ウェルキンは時間をかけてでも作戦を完璧に遂行すべく、多少無理をしてでも高架橋破壊のタイミングに注意を払っていた。時折422部隊に所属するアルフォンスが行動を起こさない第7小隊にやって来ては催促を迫っていた。無論ウェルキンとて早々に事を運ばねばならないのは百も承知している。

 

「でもよ。いつ橋に仕掛けた爆弾がバレるかも知れないんだぜ?今すぐ爆破すべきじゃないのか?」

「今起爆した所で、あの爆薬の量じゃ橋が崩れかかるだけさ。列車が完全に橋の真ん中へ移動した時じゃないと橋は完全に崩れない。何回も言っただろう?」

 

ウェルキンは鉱山内部に潜入後、囚われているダルクス人の代表であり内通者でもあるザカから、橋の下に仕掛けられた爆弾について詳しく話を聞いていた。

 

『俺達が何とか爆弾を仕掛けたが、あれじゃとてもじゃないが鉄橋は落とせないぜ大将。列車が橋の中心に居座りゃ話はべつなんだがなぁ』

 

ザカの努力も虚しく、グレゴールは満遍なく身の危険が感じうる全ての場所に警備を増やしていた。

労働力として使役しているダルクス人は終始一日中監視されていたという。

それでもザカら工作員は監視の目を掻い潜り必要最低量ギリギリの爆薬を設置することに成功したのである。

 

問題は仕掛けた爆薬の量で橋を落とすには、ガチガチに固められた鋼鉄の列車による自重(じじゅう)が必要不可欠であるとザカは語った。予備の砲弾まで積んだ貨物車輌を含めた全車輌が橋の上に居なければそれは不可能だとも言った。即ちエーゼルが発射態勢の為に移動した際に、そのチャンスが訪れるのだ。ウェルキンはこれを見計らっていた。

 

「けどよ、あのデカブツ昨日から殆ど動いてねぇぞ」

「…うん。僕も迂闊だったよ。あれ以降その地点から砲撃を繰り返す(・・・・)なんてね」

 

ラルゴやウェルキン…いやダモンを含む全ガリア軍最大の誤算となった原因がそこにあった。

グレゴールが立案した作戦は、あくまでもガリア軍が”射程圏内に入らざるを得ない状況へと誘い込む”という趣旨であり、自らはその場から動かず反動が大きい列車砲台を固定させていたのだ。

詰まる所、高架橋に鎮座はしているが、車輌全てが乗っている訳では無かった。

 

「将軍は大丈夫かな。敵兵からの情報だと幾つかの部隊が壊滅したって話だけど……」

 

副官であり偵察猟兵(・・)でもあるアリシアは、鉱山に張り巡らされた電線から各部の帝国兵の動きに目を光らせており、その回線から「敵部隊に命中せり!」と喜々として報告する敵の言葉にショックを受けていた。

もしかしたら自分達の不手際で外ではガリア軍が押されているのかもしれないと、彼女は不安を募らせていた。

 

「外の様子は余り分からないけど、敵の本隊が帰ってこない所を見るにまだ戦闘は続いている筈だよ。だけど、そろそろ限界だね」

 

―――どうする?このまま無理強いをしてでも橋を爆破すべきなのか?

ウェルキンとて馬鹿ではない。寧ろ義勇軍に籍を置いている中ではズバ抜けて優秀な人間である。

それは彼の父ベルゲン・ギュンターの血筋を引いているからではない。(ひとえ)に彼が持つ慧眼(けいがん)と瞬時の判断力にある。これに合わせて第7小隊に所属する全ての隊員1人1人が余すところなく彼の指揮に順応しているからこそ、この部隊は強いのだ。

しかし、ウェルキンは非凡ではあるが天才ではない。天才であれば困難な状況に身を置かれても全てを成すだろう。だが、彼は現状を打破しうる策を持ち合わせていなかった。

 

刻一刻と無情にも時計の針が回っていく。

そんな時、ウェルキンのイヤホンからクルト・アーヴィング少尉の声が彼の鼓膜に響き渡った。

 

≪ウェルキン。要はあの列車を橋の真上に移動させればいいんだな?≫

「うんそうなんだけど――ってクルト!?そっちは大丈夫なのかい?!」

 

とある機会からクルトと縁を持つ様になった2人は意外にも馬が合い、物資補給(買い物)の際には両者の副官であるアリシア()リエラ()を連れてガリアの商店街を練り歩いたりしていた。出先では殆ど作戦の話やこれからの戦争についてという胡散臭い内容ではあるが、それでも2人は変な所で意気投合している。

 

閑話休題

 

クルトが率いるネームレスは、無事に近隣の敵掃討という任務を完了しており、部隊員は次の指示があるまで各自休息をとっている状態であった。

 

≪こっちは粗方片付いている。後はそっちの動き待ちだったんだが…動けそうにないとNo.11から報告を受けてな。起爆は君の判断に任せる。暫く待機していてくれ。俺が何とかしよう≫

「……ありがとう!本当に助かるよ!じゃあ君達が橋から離れた頃合いを見て橋を落とすよ!」

 

クルトが一度言い出したら聞かない性分である男だと知っているウェルキンは只素直に彼の恩に感謝した。現状を打破できないならば仕方がないという理由もあるが、何よりクルトの言葉はいつも的確に核心を突いてくるものであり、此処で変に拒否などすれば尚の事彼は意固地となって言いつのってくる様子が瞼の裏に浮かんだのも理由の1つだった。

ウェルキンの言葉を受けてクルトはすぐさま無線を切る。そしてウェルキンは肩を落として頭上に暗雲を立ち込めさせていた。

 

「隊長。しゃんとしなって。別に負けた訳じゃないんだからさ」

「確かにそうだけど…。やっぱりさ、なんかこう…申し訳ない気持ちで……」

 

自分の不甲斐無さに普段から明るいウェルキンには珍しく落ち込んでいた。

それに付け加えるならば、ライバルに後れをとったという悔しさも入り交じっている。

余談ではあるが、現在のガリア軍においてウェルキンとクルトを超える士官は存在しない。

彼ら自身はこれが基本だと思っているので知る由も無いが。

 

だからだろうか。これまで自身の部隊のみで作戦を遂行してきたウェルキンにとっては、初の挫折ともいう気持ちも心中渦巻いている。その有様は流石のロージーも同情を禁じ得ない程で、彼女が珍しく肩を叩く位にはウェルキンは落ち込んでいるらしい。近くにいたラルゴも彼に活を入れる為、笑顔で力強く背中を叩いた。

 

「い、痛いよラルゴ!?」

「ロージーの言う通り、俺達はまだ負けちゃいねぇんだ。隊長のお前がそんなんでどうすんだ?他の奴らを不安にさせちまうだけだぜ? これからはもっと先を見据えて動けばいい話じゃねぇか。まぁ俺はそこまで賢くねぇけどな!ガハハハッ!」

 

第一次大戦を経験しているラルゴは部隊の団結力の強さをその肌で感じており、部隊の士気崩壊がどれだけ恐ろしいかを身を以て知っていた。士気崩壊のきっかけが、ほんの些細な綻びから生まれる事も。つまり部隊長の士気はそのまま部隊の士気に繋がるという事なのだ。このままウェルキンを放っておいては指揮にも影響が出るのを危惧したラルゴは、持ち前のポジティブさを活かして彼を励ました。

 

「――そうだね…!隊長である僕がこんなことで落ち込んでると皆を不安にするだけだ!」

「おう!その意気だぜウェルキン! んじゃ、こっちも動くとするか!」

 

普段の調子程では無いが、無理にでもウェルキンはやる気を出して背筋を伸ばした。それに呼応して他の隊員もそれぞれ意気込みを行う。

ファウゼンの、グレゴールの命数が着々と縮まっていった。

 

 

==================================

 

◆同日同時刻~ガリア軍 簡易司令部テント内~

 

「夜が明けたか…。結局一睡もできなんだ……」

 

腕を組んでただひたすら、第7小隊と422部隊からの連絡を待っていたダモン。

彼以外に起きている兵士と言えば歩哨ぐらいなもので、それ以外の兵士は各自休息に入っていた。

徹夜といえば鉱山にいる両部隊も徹夜なのだが、外程激しい戦闘に巻き込まれた訳でもないのでそこまで体力は消耗しておらず、特段苦しいとも思わなかった。

しかし外は別である。日が完全に落ちるまでガリア軍は帝国軍と交戦していたのだ。

けたたましく轟いていた射撃音や人の声は鳴りを潜め、それは敵とて同じ状態であった。

 

「誰か水を持って来てくれ――と言っても反応無しか」

 

多忙だった通信士は突っ伏して眠りについていた。

ダモンは仕方なく自ら水を取りに行くべく椅子から立ち上がる。と言っても長机の直ぐ近くに水を入れたポットが用意されており、どちらかというと固まった手足を伸ばすために立ったようなものであった。

水を飲み干してから暫くして、いつもの葉巻を吸うべくテントの外へと歩いた。

 

「あ!将軍おはようございます!」

「うむ。おはよう。あれから敵の動きはなかったか?」

 

左手を腰に当て葉巻を吹かしていると、見張りの歩哨がダモンの姿に気が付き駆け寄ってきた。

交代制で勤務しているお陰か、兵士の顔は爽やかな風貌を纏っていた。

 

「はっ!異常なしであります!」

「よろしい。巡回に戻るがよい。もう少し時間が経てば皆も起きるであろう」

「ははっ!」

 

歩哨の力強い敬礼に応えるようにダモンも威厳たっぷりの敬礼を返すと、歩哨は巡回へ戻っていった。

ダモンは再び葉巻を吹かし、ただ目的地であるファウゼンを真っ直ぐと睨む。

すると後ろから誰かが歩いてくる音が聞こえた。オドレイ大佐であった。

 

「閣下。葉巻はお体に障りますから、そろそろ禁煙為さった方が――」

「開口一番がそれか大佐…。だがわしは止めんぞ。これはわしの生き甲斐でもある」

 

"ブハァ"と煙を吐きつつダモンは、しかしオドレイの視線が痛かったので仕方なく葉巻を消して最近買った携帯灰皿に入れた。徹夜はするものではないなと、ひっそりと心の中で呟きながら。

 

「それで? 何か報告でもあるのか大佐?」

「閣下に朝食をご用意致しました。コーヒーが冷める前に―――!?」

 

――――ズォォォンッッ!!!

 

オドレイの言葉は最後まで言えなかった。

巨人が地面を叩いたかのような音と共に軽い地響きが唐突にガリア軍の陣地に響き渡ったからだ。

ダモンの近くでうたた寝をしていた各兵士がその音で一斉に飛び起きる。咄嗟に兵士達は目を擦って武器を持ち直した。

 

「山から煙が!?」

 

異変が起きた場所にダモンは目を向けると、ファウゼンの頂上付近からモクモクと黒い煙が立ちのぼっている。ダモンはすぐさま歩哨の首から掛けていた双眼鏡を奪うと、更に目を凝らして頂上付近へ視線を向けた。

その間オドレイはすぐさま各部隊へと指示を飛ばし、すぐにでも対応できるよう手配していった。

周りが目まぐるしく動き回る中、ダモンは1人双眼鏡を覗き続けた。

 

「ぬぅ。此処からでは煙しか目視できぬ……ん?」

「何か分かりましたか閣下?」

「む、少将か。暫し待て」

 

いつの間にか隣にはバルドレンが立っていた。

ダモンは双眼鏡から目を離して彼を一瞥すると、また双眼鏡を覗いた。

すると山の斜面から何やら慌てて逃げているようにも見える兵士の姿が目に付いた。

黒衣に包まれた、彼が見知っている兵士の姿が。

 

「……少将。軍を前進させるぞ」

「よろしいので? あそこは敵の砲弾が飛んできますが?」

 

3つの中隊が一瞬で壊滅した地点へ進軍せよとの命令に流石のバルドレンも疑問を呈する。

だが、ダモンは確信を持って命令を下していた。

 

「もはやそのような状況には陥らないぞ。あ奴らが上手く仕掛けてくれたようだからな」

 

 

==================================

 

◆同日同時刻~帝国軍 ディゼール・ヤンルーク工業地帯~

 

「なっなんだ!何が起きた!?」

 

副官アーヒェン准将は自身の後ろで起きている出来事に理解できなかった。

グレゴールの命令で戦術的撤退を行い、されどもう一度ガリア軍を誘い出す為、再出撃の準備に取り掛かっている時に、後方の味方陣地が大きく爆発したのだ。

 

「ガ――ガリア軍!ガリア軍が鉱山内部に侵入しておりまァすッ!」

「な!? いつの間に我が軍の陣地へと入り込んできたのだ!?」

 

下士官である部下が必死に声を荒げて敵の攻撃を受けている場所へと指を指す。

そこは紛れもなくファウゼン工業都市の中心部であり、グレゴールが居座るエーゼルの至近距離であった。アーヒェン准将率いる北部帝国軍の主力は、ファウゼンよりも少し下に位置するディゼール及びヤンルーク工業付近に展開していたので、本陣の守りは文字通り手薄となっていた。

 

「閣下は!?閣下はご無事なのか?!」

「ふ、不明です!」

「急げ! 閣下の命無くして我らの勝利は得られんのだぞ!!」

 

グレゴールに習って普段から冷静を保つように努力しているアーヒェンだが、この時ばかりは取り乱した。

予想外の部位から攻撃を仕掛けられたのだから無理もないだろう。

しかも、相手がガリア軍随一の特殊部隊422部隊(ネームレス)であるのも不幸が続いた。

迎撃に出た兵士達が尽く戦死している現実に、アーヒェンは更に取り乱す。

敵の動きはまるで機械の様に忠実に動作し、黒い軍服も相まって恐怖の権化の様にしか見えなかった。さしもの精鋭帝国軍とて奇襲を受けては堪らない。敵の位置を把握する前に、陣地に置いてあったラグナイトの木箱が誘爆によって炎上し、兵士達は次々と炎に巻き込まれていった。

 

「ぐわァァァ!!!」

「敵の動きが読めない!!どこから攻撃が――?」

「衛生兵!衛生兵を寄越してくれ!ベルントが撃たれたァ!!」

 

無線を開けば自軍陣地であるにも関わらず味方の悲鳴と発砲音しか入ってこない。

しかも都合が悪い事に、敵の攻撃によってエーゼルとの通信回線が切断されてしまったという事実が、偵察部隊の報告により判明。これによりグレゴールの指示による対処が行えなくなった。つまり、副官であるアーヒェンに一時的に主力軍の指揮権が渡ったという事である。

しかし、彼は敵の攻撃による混乱の中で指揮を確実に取る事ができず、攻撃を受けた部隊は各自の判断によって反撃を行っていた。それでも彼は、数では圧倒的に優位である自軍が、あまつさえ敵の1個小隊により翻弄されている現実に唾を飛ばして敵の撃滅を指示した。

 

だからなのだろう。アーヒェンは気が付かなかった。

敵の攻撃がファウゼンから自らが指揮を執る此処へと徐々に移動している事に。

迎撃に出した部隊はその場から殆ど移動していないという実態に。

確かに初め(・・)の攻撃はエーゼルの付近であったが、そればかりに目を奪われてしまったばかりに、彼は主力軍が攻撃されているという状況に対応できなかった。

 

「ふざけるなぁ!!栄えある帝国軍が弱小であるガリア軍の1個小隊に負けてなるものかァッ!! 貴様らなど…貴様らなど閣下の足元にも及ばんのだァァァッ!!」

「准将!どうか落ち着いて下さい!」

 

癇癪持ちでないアーヒェンがここまで取り乱す。

そんな彼を見た下士官は冷や汗を出しつつも必死にその怒りを鎮めようと努力した。

だが、クルトらは怒れるアーヒェンに対して火に油を注ぐかの如く、更なる追い打ちをかける。

 

≪敵が我らの目の前を横切って退却を始めました!!≫

「なんだと!」

 

必死に怒りを鎮めていた下士官は部下からの報告に驚きを隠せないでいた。

最も、その報告のせいで帝国軍は免れたであろう滅びの道へと誘われてしまう結果となる。

アーヒェンが…何かが頭の中で切れたからだ。

 

――精鋭足る我が軍を目の前にして退却…?

――弄り回すだけ回して悠々とエーゼルの射程圏から逃げる…?

――それも私を目の前にして…?

 

「フ…フフ……フフフフ…。そうか…そこまでして私を怒らせたいか…。愚かなるガリア人よ…」

 

冷静を保つべく努力していたアーヒェンの面影は既に消えていた。

彼は腹の底からはち切れんばかりの大声を無線マイクにあらん限りに打ち付けた。

眼は血走り、歯茎を剥き出して怒鳴る姿に下士官は悪魔を見た。

 

「全軍出撃ッッ!! 眼前を横切るガリアの豚共を、1人残らず抹殺しろォォォッ!!!」

 

 

==================================

 

◆同日数十分後~ガリア軍 422部隊~

 

「うちの隊長って本当に馬鹿なのかもしれんな。ウィ~…ヒック」

「誠に。某、斯様な死地に迷い込むとは…」

「でもそれが私達の隊長ですから…」

 

ザハール・シン・マルギットは声を揃えて隊長であるクルトの無茶ぶりに頭を抱えた。

いや彼らだけではない。普段は命令に従順なグスルグやリエラ、更に付け加えるならば犯罪王セドリックまでもが今回の作戦には悪態をついていた。文句を言っていないのは唯一エースであるイムカだけである。

グスルグは反対の意思表示としていつもよりも無口になっていた。

 

『これから俺達は主目標であるエーゼルを誘導する為に敵の注意を引く』

 

言葉にすれば単純明快ではある。

確かに彼らは幾度の激戦を潜り抜けてきた猛者であり、無論彼らを率いてきたクルトの指揮能力はもはや疑うべくもない。

とはいえ、それでも限度というものがあると今回だけは言わせて貰いたいと、部隊全員が口を揃えて反対したのが、今回の作戦だ。

 

「何ぶつくさ言ってんだい。もうやっちまったもんは仕方がないだろうさ」

「そうですよ。それにこんな経験、もう2度と味わえないかもしれないじゃないですか」

 

グロリアとセルジュは既に達観している様で、走りながら3人の言葉に反応した。

特にセルジュに限っては反対こそしていたものの、死に急ぐ彼にとっては半分嬉しい作戦でもあったらしい。作戦が強行されても現状不満ではないという。

現在、帝国軍の大部隊を奇襲した彼らは、先の戦いでガリア正規軍中隊が壊滅した地帯を通ってダモンが率いる本隊への合流を図っていた。そしてこれがクルトの狙いでもあり…賭けでもあった。

 

その間も逃げる彼らの後ろからは"ヒュンヒュン"とライフルや突撃銃の弾丸が降り注いでくる。

特殊部隊といえど無敵ではない。雨霰と降り注ぐ敵の弾が部隊の後方で走っていたクラリッサの肩に命中した。

 

「きゃっ!」

「クラリッサちゃん大丈夫かい?!」

「へ、平気です。弾が肩を掠っただけです!」

 

ネームレス一の衛生兵であるクラリッサの隣にいたジュリオが小さく叫んだ彼女の肩を見やる。

彼女の言う通り、ほんの少しだけ掠り傷があるだけで命に別状はなかった。

 

「隊長!このままじゃ追い付かれるぞ!大丈夫なのか!?」

≪問題ない。このままダモン将軍の所まで逃げる。俺の予想ではここまで敵は来ない筈だ。それに…≫

「それになんだ?!」

≪将軍は俺の意図に気が付いてくれたらしいからな≫

 

ジュリオの言葉にクルトは淡々と答えていく。

 

この時、グレゴールも自身の急所ともいえる場所から攻撃を受けてしまった為、アーヒェン程では無いが若干注意がネームレスの方へと向いてしまった。しかし、その影響でグレゴールはこの戦いで初めて列車を移動させた。これを未だ鉱山内部に潜んでいるウェルキンが見逃す筈もなく、第7小隊はグレゴールの護衛部隊と交戦を開始した。事態はクルトが思うよりも順調に事が運んでおり、グレゴールはウェルキンらに対処すべくエーゼルの列車砲撃を中断、現在近づいてはならないとされている射程圏内地帯は何の問題もない平野へと変貌していた。

 

「お? おぉ?」

「敵が動きを止めましたね」

 

ザハールとセルジュが後ろに振り向くと、さっきまで追いかけてきた敵はその場から動かなくなっていた。上との連絡手段がない彼らにとっては、エーゼルが沈黙しているなど夢にも思っていないのだろう。

だがそれだけが理由ではない。

ネームレスの逃げる先には、ガリア軍が大量の砂塵を巻き上げて山へと進撃してきていた。彼らを認識したアーヒェンは更に激昂したが、数に劣り且つ奇襲を受け足並みが揃わない帝国軍に勝ち目がないと悟り、再び鉱山への撤退を断腸の思いで決断。昨日の恐ろしいまでの連携が嘘のように、帝国軍は無様に逃げ始めたのだ。

ここでクルトは賭けに勝った。

それを証明するように、彼の無線機にダモンの声が響いた。

 

≪よくやったぞ少尉! これより我が軍は全部隊を投入してファウゼンへと進軍する!お主は後方の補給部隊と合流し、休息を取るがいい!≫

「はっ!閣下の御武運を祈っております!!」

≪任せておけぃ!今日中に落として見せるわ! ガーッハッハッハ!!≫

 

ガリア軍はダモンの号令の元、一気呵成に戦場を駆けていく。

十余万の戦力を以てして敵陣地へと突撃していく様は、いつぞやの粛清前のガリア軍と同等であった。

グレゴールによる作戦は、皮肉にもガリアの若い指揮官達を成長させてしまっていた。追い詰められる程に人は必死に学ぶ。ガリアの若手指揮官は極度に追い詰められた事によって強い胆力を手にしていた。

各兵士が掛け声を上げて次々と自分達を抜いていく様に、グロリアとアルフォンスが冗談を言い合った。

 

「やれやれ…。これでやっとこさゆっくりと煙草が吸えるってもんさね」

「正規軍の奴らが羨ましいぜ。美味しいとこだけを持っていくなんてな」

「おや。なら今からあの将軍の後を追うかい? あたしはやだねぇ」

「レディのお誘いは嬉しいがお断りさせてもらうぜ。あんな陰気臭い所はもう御免だ」

 

一通りの会話が収まる頃には、補給部隊のみを残したガリア軍がファウゼンへと直接攻勢を仕掛けており、クルトの作戦は他の隊員の軽傷があるものの無事に完遂。彼らは一足早くランドグリーズへと帰還するのだった。

 

グレゴールの完璧かと思われた防御態勢は、義勇軍第7小隊と422部隊によって分断され脆くも崩れ去り、ガリアの悲願であったファウゼン奪還作戦は佳境を迎えていた。

 

 

 




次回でファウゼン編はお終いです。


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第二十九話 グレゴール、死す

待たせたな!(BIG BOSS風)

いや本当にお待たせしました。無事内定を頂けました。
後は卒論のようなもんだけなのでまた更新速度を徐々に戻していく所存です。

完結目指して鋭意執筆させて頂きますので、これからも生暖かく見守って下さると助かります。(´・ω・`)

後、長らく離れていたので色々矛盾が起きている箇所があるかも知れません()。

それでは本編どうぞ。。。


征暦1935年8月9日~帝国軍 ファウゼン防衛前線~

 

帝国軍…それもグレゴール親衛隊は自軍の本拠地とも言えるこの地でガリア軍の猛攻を懸命に防いでいた。

それでも止めど無く続く弾丸の嵐は無情にも帝国軍の兵士数を減らしていく。

 

「応戦だァ! 応戦しろッ! 敵をこれ以上閣下の元へと近づけさせるなァ!!」

「帝国軍人の意地を見せろォ!我ら帝国軍親衛隊に〝撤退〟の2文字は無いと知れェ!」

 

ガリア軍…それはウェルキン率いる第7小隊の奇襲。

そして素早く部隊を展開するウェルキン達の前に、1人の老将は汗を垂らさない。

だが、決してこの状況を理解していない訳では無かった。

 

「……どうやら戦況は厳しいようだな?」

「グッ…! 閣下、申し訳ありません。敵の侵入をここまで許してしまうとは…」

「気にするな。この土地は元より奴らの物なのだ。我が軍が未だ認知していない抜け道でもあるのだろう。寧ろよく危険を冒してまで此処に辿り着いたものだなと私は思っている――」

 

眼鏡を整えながら老将は呟く。

ベルホルト・グレゴール少将。

齢51歳にして祖国である帝国への最後の奉公として、敬愛する皇帝から極秘裏にマクシミリアン準皇太子に対して『監視』という任務を受けつつもガリア侵攻戦に従事することとなった男は、眼前に展開するガリア軍と対峙していた。

 

クルト率いる正規軍422部隊による囮作戦、そしてウェルキン率いる義勇軍第7小隊による奇襲攻撃。

グレゴールをしてまんまと策に乗せられた帝国軍は主力を失った状態で彼らと対峙していた。

主力を欠いたファウゼンに残っている部隊は、グレゴールの親衛隊のみであり、数々の戦場を潜り抜けてきた第7小隊に後れをとる羽目となっていた。

肝心の主力部隊と言えば麓近くでガリアの本軍と交戦中だという。

 

「閣下、急いで下車し脱出の準備を! 閣下と主力軍が合流さえすれば敵など恐るるに足りません!」

「ふんっ。敵がこんな近くまで接近しているというのに敵に背を向けて逃げろと言うのか? ここで逃げては皇帝陛下に顔向け出来ぬわ」

「ですが、今ならば――!」

「准将は今頃、北の補給基地への撤退準備をしている筈だ。万が一に備え、作戦失敗の際にはそうしろと伝えてある。此処に至っては我らがガリア軍を引き付け、主力軍を逃す。これは決定事項だ」

 

――それに…帝国軍人としての意地もあるのだ。

 

部下からの進言をグレゴールはにべもなく一蹴した。

一指揮官としては部下の言葉は決して間違いではない。敵に背を向けてでも主力と合流し後退すべきであると。だが、此処で逃げてはグレゴールの名に傷がつくだけでなく、敵に北部の主導権を握られてしまうのだ。

今は我が軍の施設であっても元はガリアの施設。それに貴重なラグナイト資源を産出する最重要施設をみすみす手放す筈が無かった。

それに此方にはエーゼルがある。なぜ逃げる必要があるというのだ。これがある限り負けはしない。

 

何度も言うが、グレゴールに決して慢心や驕りがあった訳では無い。

寧ろドライ・シュテルンの中では一番様々な事態を考慮して作戦を練り続けてきた隙の無い男なのだ。

実際、ファウゼンの防衛司令官となるまではマクシミリアンに対して作戦の助言を遠慮なく行っており、序盤の快進撃の殆どはグレゴールの指揮による作戦展開が功を奏したものであった。

序盤の勢いをもってすれば、ガリア公国はあっという間に全土が占領されていた筈であり、今頃は帝国の支配下に入っていただろう。だが目の前の戦闘を見てそれが間違いであったと今は思わざるを得ない。

圧倒的な物量を尻目に進撃してきた帝国軍は、今や格下と考えていたガリア軍に無情にも押し返されている。

小国であるガリアが逆に帝国軍を物量で押し始めたのだから、皮肉としか言いようがなかった。

 

「これも全て、あの男の仕業という訳か……」

 

それまではガリアには真面目な将校などいる筈もないと高を括っていたのだが、予想は大きく外れてしまった。

 

「〝眠れる豚〟ではなく、〝眠れる猪〟を叩き起こしてしまったのが運の尽きかもしれん」

 

というよりも、ダモンという予想外の事柄以外は間違いなくグレゴールの予想通りだったのだ。

正規軍は汚職により腑抜け、貴族や政治家共に至っては中枢まで腐り、肝心の義勇軍とて時代遅れの教科書を元に教育された名ばかりの国民軍。この情報を知ってどうやって負けようというのか。

 

だが、この国にはまだ傑物と呼べる人物が残っていた。

 

ガリアの中にあって汚職の中心人物ではないかと考えられていた男による数々の粛清は、たちまちガリアという国を不死鳥の様に立ち直らせた。

元来粛清とは国力の最初の原点である〝人材〟を間引く事により激しく軍事力を低下させてしまう。

事実ガリア軍は兵卒・下士官と高級将校の間にいる下級将校を一気に間引いてしまったせいで、指揮系統に支障を来した。後の事は言わずもがなである。

 

――これでガリアは終わったな。国としても、軍としても――

 

そう思い、だがそれを見誤ったのがグレゴールにとって最大の誤算だった。

 

『ゲオルグ・ダモン』――この男によってグレゴールの計算は崩れていった。

この男は、この国に巣食う膿を血が滲むまで無理矢理出し切ると、手早く治療を施していった。

ガリアの強さは指揮官に非ず。ガリアの強さは個々の兵士に在り。

彼だけがガリア軍の強さの神髄を理解していたからこんな荒療治が出来たといえよう。帝国などでは絶対に行えない思い切った改革。その手腕は見事な物だった。

 

初めて会談で会った時に殺しておけば、こうならずには済んだのかもしれない。

そう思いつつも行動に移さなかったのは、ある意味騎士道精神に基づくのかもしれない。

1人の将軍として…男として真っ向から勝負をして勝たねば自分の生涯に傷が付くと思ってしまったのだ。

この好敵手を正面から討ち滅ぼしてこそ意味があるのだと。そう思わせる人間がこの小国に眠っていた。ならばこそ、応えるまでではないか。純粋にそう感じたのだ。

だからこそ、グレゴールは諦めた訳では無かった。

 

「まだ敗北と決まった訳ではない。エーゼルの力を以て此処でガリア軍を完膚なきまでに粉砕し、この国を…資源豊かなこの土地を皇帝陛下へと献上する。これは決定事項なのだ―――」

 

壁に掛けられた世界地図を見てグレゴールは呟く。

まるで自分を窘めているかのようにも思える言葉に、流石の部下も口出しできなかった。

けれども彼の額には一切の滲み汗がでていなかった。

彼はこの状況においても冷静…いや冷徹だったのだ。

 

「エーゼルの再装填を急ぐのだ。たかが1個小隊など簡単に吹き飛ばしてみせよう」

 

淡々と命令を下しつつもチェス盤に置かれた駒をグレゴールは移動させていく。

〝コン、コン〟と駒を置く音が車内で静かに木霊する。そしてまた顎に手を乗せ思案しながら駒を別の所へと移送させていく。

目の前には誰も座っていなかったが、グレゴールの前には間違いなく好敵手(ダモン)が座っていた。

 

「(悪いがダモン殿。私は負ける訳にはいかんのでな。戦場でも、チェスでも…)」

 

 

==================================

 

◆同日~ガリア軍~

 

「ギュンター少尉はまだ攻撃中か!?」

「はっ! 敵の巨大兵器と目下交戦中との事です!」

「チッ、拙いのぅ。このままでは2発目が来てしまうではないか。その前に何としてでもファウゼンを落とさねば我が方の敗北は必定…」

 

今作戦もまたダモン専用軽戦車である『シオン』に跨り、軍を率いているダモンは軍帽を弄って悩んでいた。

予想していた時間になっても「敵の装甲列車は依然として健在である」という報告が上がってきたからだ。

幾ら敵の遠距離砲撃が無くなったと言えど、時間が経てばその内砲撃が再開されてしまう可能性がある。その懸念が彼の脳内を支配していた。

因みに『ルドベキア』は謎のエンジン火災によりシュミット技師による調整を受けている。

お蔭でダモンの士気は少しだけ下がっている。ほんの些細な程度だが。

 

「既に各部隊は動いております。今更作戦変更など到底無理な話です。このまま進軍致しましょう」

「うぅむ。仕方がないか…。他に報告はあるか、大佐?」

 

時折"ガクンッ"と大きく揺れる車内。ケツから伝わる戦車の駆動音が非常に心地よい。これでこそ生きる実感が湧くというものだ。

ガタガタと坂道を駆けあがっていく戦車の中でダモンは応答する。

 

「朗報かどうかは分かりませんが、敵の主力はファウゼンには退却しませんでした(・・・・・・・)

「なぬぅ? ではどこへ向かっているというのだ?」

「行き先は未だ判明しませんが、私の予想では更に北へと撤退したのではないかと考えております。ですが……」

「腑に落ちんか?」

「はい。これまで帝国軍は、我が国が保有していた基地や物資の集積地点を根城に激しい抵抗を繰り返してきました。それは奴らが新たに前線基地を設置する余裕が無いからです」

 

オドレイも敵が何故ファウゼンに戻らないのか分からず、疑問の種が尽きなかった。

此処より北には【マルベリー地区】と呼ばれるリゾート施設があるだけで、ガリアが作った基地は存在しない。帝国軍主力部隊はそんな場所に逃げているのだった。

 

「何故ファウゼンを見捨てて…うぅむ……あっ!」

「何か思いつきましたか?」

「敵は海で遊びたいのでは―――」

「いくら閣下と言えどこのような状況下でそんな戯言が許されるとでも?」

 

ダモンが冗談(ジョーク)で場を和ませようと思って出た言葉に、オドレイは死んだ魚のような目と共に低い声でそれに応えた。批判する視線を感じ取ったダモンは小さく咳払いをして話を続けた。

 

「そ、そんな目で見るな大佐。ちょっとした…そう、冗談というやつだ。敵の意図が全く読めなくては、幾らわしでも思考のしようがないわい」

「左様ですか…」

 

何か諦めにも近い様子でオドレイは言葉少なく返答する。

ダモンは内心「言わなければよかった」と後悔するが、直ぐに話を本題へと戻した。

 

「予定通り我が軍はこのまま山頂の敵本陣を目指す。あの馬鹿でかい砲弾が飛んでくる前に山を落とすぞ」

「了解しました」

 

頭を切り替えてオドレイはアクセルペダルを"グンッ"と強く踏み込み敵本陣を目指す。それに続いてガリア軍はドドドドッと砂埃を舞い上げて駆けてゆく。

そんな中、突如として彼らの鼓膜に"ゴゴゴゴッ"と大きな鉄塊同士が擦れるような音が鳴り響いた。

それと同時にダモンの無線機に新たな報告が上がってきた。

 

≪閣下大変です! 敵の装甲列車が動きました! …砲塔も動いておりまァす!!≫

 

たかが砲塔が動くだけでこんなに鈍い音が各所に響くとは誰も思わないだろう。

思いもよらない報告にダモンは唾を飛ばして応答した。

 

「ぬぁにぃ!? どっちだ…どっちに砲塔が向いておる!?」

≪……左! 敵の砲塔は第7小隊を目標として捉えましたッ!≫

「チィっ! わし等よりも先に足場を固めたか!」

 

斥候部隊の報告により地響きの正体は分かったが、非常に拙い事態になった。

砲塔を動かす。それはつまり再装填が完了し、いつでも発射可能な状態であるという事だった。

 

(ギュンター少尉よ。済まぬが今しばらく持ちこたえるのだ! もう少しで我が軍が到着する!)

 

先程までの思案顔は何処へやら。ダモン率いるガリア軍は尚も一路ファウゼンの中心部を目指して行軍する。その中には第7小隊の危機を察したバーロットの姿も見えた。

 

しかし、ダモンの心配とは裏腹に、山頂ではいよいよウェルキン達による橋の爆破が行われようとしていた。

 

 

==================================

 

◆同日~義勇軍第7小隊~

 

≪大将やべぇぜ! 列車砲がこっちを向きやがった! 時間がねぇぞ!≫

「分かってる!でももう少しだけ耐えてくれ!」

『ウェルキンッ! これ以上戦闘を続けると俺達がお陀仏だぞッ!? わかってんのか!?』

「あと少し…あと少しだけ前進すれば確実に装甲列車の息の根を止めることが出来るんだ…!」

 

グレゴールの足元でゲリラ的な戦闘を続けてかれこれ数時間。

未だに決断の時が来ない事に小隊は焦っていた。

爆弾の専門家ではないにしても、誰がどう見ても既定の範囲内に列車が移動しているのは明白。なのに小隊長であるウェルキンの許可が一向に下りなかったのだ。

 

「ふざけるんじゃないよッ! アタイ達にも限界ってのがあるんだ!」

「兄さん……」

 

普段から否定的な意見は言わない妹のイサラも、心配そうに兄の姿を見ている。

ウェルキンに対して怒りを隠さないロージー、尚も懸命に敵に対して短機関銃(マグス)で銃弾をばら撒く。身体中は砂埃と汗が入り交じり、顔の頬には弾が擦れた後もありで当人は「さっさと終わらせてほしい」と言わんばかりである。それでもウェルキンは橋をひたすらじっと見つめていた。

 

「今起爆しても橋にヒビが入るだけだ…!」

 

だが、皆の疑問はウェルキン自身が一番理解していた。

―――自分が余りにも過大に橋の固さを懸念しているだけなのかもしれない。自分が裁断を下せばこの戦いはガリアの勝利だ。これ以上無駄な血を流さずに済む。戦争が早く終わるかもしれない。でも、ここでミスを犯せば味方に多大な被害を出してしまう。そうなればこの戦争は1年では済まない。2年…いやそもそもその時、ガリアには継戦能力が残っているのか? 

 

考え始めると暗い未来しか想像できなくなってきたウェルキンは必死に頭を振った。

―――今の自分は軍人だ。国の行く末などは政治家達に任せれば良いのだ。余計な考えはただ混乱を招くだけだ。冷静に、冷静にならなければこの戦いは負けてしまう!

 

考えないようにすると余計に集中出来ず、ウェルキンは1人逡巡する。

 

しかし、再び双眼鏡を覗くとエーゼルは射角微調整の為にウェルキンが望む橋の先へと――動いた。それをウェルキンは見逃さず、すぐさま命令を下した。この時を待っていたと言わんばかりに、ウェルキンは覚悟を決めた。

 

「今だザカ! アレを終わらせてくれッ!」

 

普段から温厚なウェルキンが初めて大きく荒々しい声をあげて無線機に怒鳴った。

無線機の向こうでは喜々として命令を受諾するザカの声が応答した。

 

≪ハッーハッハッ!! まってたぜ大将ォ! 全員吹き飛ばされねぇよう伏せときなぁ!≫

 

ザカの言葉を聞いた部隊員は、それまでの迎撃を中止して一斉に物陰や窪地に隠れた。

 

――カチッ――

 

ウェルキンの指示に歯を見せて笑ったザカはスイッチを起動した。

直後に起爆装置に反応した爆薬が橋の支柱を粉々に吹き飛ばしていく。

 

――ドォォォォォォン…ズォォォォォォン……!――

 

「な、なんだ!?」

「一体何が…うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ギャアァァァァァァァ!!」

「総員退避ッ! 総員退避ッーー!!!」

 

身を隠さなかった帝国軍の兵士達は、背中から襲ってきた炎と激しい爆風で各々無残にも命を散らしていく。中には少数だけ事態を理解した兵士は、近くの洞窟へと逃げたが、爆発の衝撃により無傷とはいかなかった。

 

誰もが待っていた。誰もがその瞬間を夢見ていた。

爆発によって崩れかけた支柱は、列車の重さに耐えられず次々と崩落していく。

傍目から見れば、陸地で花火をぶちまけたかのように、大きな黒い煙と炎が轟轟たる爆音と共に列車に積んであった弾薬庫へと次々に伝播していく様に、ウェルキン達第7小隊の面々は硬直してしまっていた。だが、次第に作戦を成功させたのだと理解していくと、各隊員は喜びを露わにした。

 

「やったぞウェルキン! 俺達の勝ちだ! 装甲列車が崩れ落ちていくぞ!」

 

流石のラルゴもこの時ばかりは満面の笑みを浮かべてウェルキンの肩を叩いた。

イサラやスージーは飛んで喜び、イーディやロージー達も〝やれやれ〟といった様子で安堵した。因みに、ホーマー・ピエローニ上等兵はこの戦いでの出来事を事細かく日記に記しており、遥か遠い未来では貴重な戦時中資料として後世に残っている。【ガリア戦記の転換期】として。

 

 

==================================

 

◆同時刻~ガリア軍~

 

ガリア軍一行は山が噴火したのかと一瞬思ってしまうほどの爆風と音に立ち止まっていた。

あともう少しで敵本陣に到着するという時に、ガリア軍兵士達にとてつもなく強い砂塵と衝撃が襲ってきたのだ。

戦車に乗っていた戦車兵達は、衝撃により足が竦んでしまい全車両が進撃を停止させてしまう。ダモンが搭乗する『シオン』もまたオドレイによって停車させられていた。

 

≪か、か、閣下ぁ! 橋が……橋が崩れましたぁぁぁ!!!≫

「そうか! 遂に少尉達はやったのだな!? そうなのだな!?」

≪そ、そうなのですが同時にエーゼルの弾薬庫までもが吹き飛んでしまって――≫

 

斥候部隊による細かい報告により、ダモンは初めてウェルキンの狙っていた作戦に感づいた。

ここまでガリア軍を焦らしたウェルキンの考えに、ダモンは呆れて眉を顰めた。

 

「弾薬庫……そうか! だからこんなにも作戦の時間が遅れておったのか! 全く少尉の奴め…。下手をすれば我が軍が負けていたぞ!」

≪ど、どういう事でありましょうか?≫

「要はだな、〝二度と列車砲が使えないように敢えて敵の急所部分を狙った〟という事よ。列車が橋から落ちても砲塔が沈黙したかどうかは別問題。少尉はそれを懸念しておったのだと思う。だがのぅ、そんな事せずとも砲撃が不可能になれば万事問題は無かったのだ。それを少尉は……ブツブツ」

 

ウェルキンの狙いを深読みしすぎたダモンの耳に、もはや斥候部隊の声が届く事は無かった。

――しかし、ダモンの無線機に突如として帝国軍将校の声が鳴り響いた。

 

≪――フフッ…さすがは……ダモン殿だ――≫

「ッ!? グレゴール殿か!?」

 

先程まで帝国軍の指揮を執っていた男からの声に、ダモンはたじろぐ。その様子と言葉を聞いたオドレイは、すぐに後ろに鎮座しているダモンに視線を向けた。だが会話が聞こえている様ではなかった。

回線が混線しているせいか。この会話はダモンとグレゴールの2人のみにしか聞こえないらしい。

 

≪…よもや、私の秘密兵器までもが…貴殿に…打ち破…られる日が……来ようとはな…≫

「――グレゴール殿…」

 

爆風と衝撃により全身を強く打ったグレゴールは肋骨とその他多くの骨を折っていた。

しかも、今現在エーゼルは崩れて落ちている最中。そんな中での無線通話など一瞬なのだが、両名からすれば十分ともいえるほど長い時間に感じられた。

 

≪…初めてだ。私が、イェーガー以外の人間に負けようとは…≫

「……戦争とは常にその時の運で左右される。今回はわしの方に女神が微笑んでくれただけの事」

≪フフッ…そんな、ことは、ない…――うぐぅッ!≫

 

ダモンは会話からグレゴールが吐血しながら話しているのだと感じた。

耳を澄ませば聞こえる苦悶の声に、グレゴールが必死に痛みを堪えている姿が容易に想像できた。

 

≪もっ…と、貴殿とチェスを…したかった…ものだ……≫

「それならご心配召されるな。わしも直にそちらへ行く。その時に思う存分相手になろう」

 

その言葉を聞いたグレゴールは、口から血が溢れているのも気にせず心地よい笑いでそれに応えた。

 

≪がふ……はっはっはっは! では…あの世で…待っているぞ、ダモン殿…≫

「うむ。首を長くして待っておるがよい。――さらばだ。また会おうぞ」

 

ダモンが言い終わると同時に回線がプツッと切れる。外から更に大きな爆発音が響いた。

以降、どれだけ耳を澄ましても、グレゴールから返答が来ることはなかった。ただ耳障りなノイズ音だけが、ダモンの鼓膜に伝わるだけだった。

 

「グレゴール殿。貴殿は間違いなく強かった。願わくば、平和な時に出会いたかったものよ……」

 

普段見せる事がない哀愁を漂わせながら、ダモンは戦車から乗り出ると、敵である名将の最後に敬意を表した。そして力強く、天に向かって敬礼を行った。ガリア軍兵士もダモンの姿に感化され、十余万の兵士達も足を揃えて敬礼を行った。

ファウゼンは幾度の戦闘と長き戦いの末、ガリア軍によって奪還されたのであった。

 

 

東ヨーロッパ帝国連合軍、ガリア北部方面軍司令官ベルホルト・グレゴール少将。享年51歳。

『帝国にその人あり』ともう一つの大国である大西洋連邦機構にも名が通った男は、ガリア公国との戦いによって生涯に幕を閉じた。彼の最後は【帝国軍人は斯くあるべし】と祖国の歴史書に記された。

 

ガリア公国軍総司令官ゲオルグ・ダモン元帥も、後に執筆する自伝の中で「開戦初期から続いた彼の男との戦いが一番ガリアを苦しめた」と何度も書かれており、彼の戦術が天才的であることが窺い知れる。そして、自伝の最後はこう締め括られていた。

 

『私は運が良かったに過ぎない。仮にもう一度戦えば確実に私が敗北するだろう。戦闘でも、チェスでも…』と。

 

 

 



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第三十話 揺れる帝国

正直に白状します。
サボってました。許して(´・ω・`)

それと今回の話は帝国側視点の内容となっています。
帝国軍側の設定資料が全然無かったので、生き残れ戦線様(帝国側主役小説)からオリキャラを貸して頂けました。その他にも帝国の内情も詳しく色々な設定を盛り込んで書かせて頂きました。というかぶっちゃけ今回は殆どオリジナル設定ばかりです。

もし2つの作品を見て下さっている方が居ましたら、これは一種のIFなのだと思ってみてください。生き残れ戦線様には、この場を借りてお礼申し上げます。m(__)m


◆征暦1935年8月10日

 

ファウゼン陥落す。

 

再び訪れたこの重大な出来事は、国内に存在する全ての情報機関を通じて瞬く間に敵味方関係なくガリア全土へと知れ渡った。

 

両軍にとって最重要地域に指定されていたガリア北部に位置するファウゼン重工業地帯は、ガリア軍の大規模な反攻作戦によって奪還された。これは戦役の転換期と言っても過言ではない。

ガリア公国の工業力は帝国軍の占領地域増大に伴って半分以下にまで落ち込んでいたが、ファウゼンが奪還されたことにより生産能力が戦前の水準まで戻り、国力も90%まで復活した。残りの10%はブルールやギルランダイオ要塞近辺に存在するだけとなり、いよいよガリア軍は帝国軍に対して余裕を持つに至ったのだから。

何より重要なのは、戦争遂行に必要な天然資源が再びガリアの所有物となった事だ。枯渇しかけていた貯蓄資源は再び大量の資源を溜め込み、ガリアの糧となる。その後、戦災で半壊・壊れた採掘機も随時修理され、ラグナイト資源の採掘も順次再開されていく見込みと相成った。

 

更に吉報なのは、兵器生産工場が再稼働した事により、それまで計画止まりだった『次期主力中戦車開発』が本格的にスタートした事だろう。常々ダモンはテイマー技師が提唱していた〝中戦車量産化計画〟を断行すべきであると議会に訴えかけていた。理由は言わずもがな。今までは軽戦車による機動力および防戦を主体とした戦術を採用していたが、軽戦車では帝国の戦車に歯が立たず、緒戦で大敗を喫したのだ。ダモンの考えは至極当然の事なのである。しかし首都陥落が目に見えていた時期にこの計画は無謀でしかなく、時の上層部により却下されていた。だが、現在は状況が変わり、国力にも多少の余裕が生まれたという事で、この計画は再び日の目を見る結果となったのだ。但し、技術者達の間では「配備は暫く先になる」という見解で一致しており、この計画は所謂〝未来への先行投資〟というものにあたる。それでも、駆逐戦車・自走砲を除く現在の戦車が陳腐化している事実が認められたことは、前線の兵士達に小さな光明をもたらした。ダモンはこれら一連の計画を『テイマー計画』と呼称するよう決定。今後の戦争遂行状況によっては再度凍結する可能性もあったが、ダモンは頑として計画中止は認めなかった。

 

長く苦しい戦いではあったが、『ガリアの天王山』とも呼べる戦いをを制したダモン率いるガリア軍は、堂々と胸を張ってランドグリーズを凱旋。ユエル市・メルフェア市・アントホルト市といった主要都市からも勝利の歓声が沸いた。自警団に所属しているアバン・ハーデンスは新聞に載っている兄の姿を見て大喜びするなど、人それぞれであるが誰しもが自国の勝利に飛んで喜んだ。

 

「ダモン将軍万歳! ガリア軍バンザーーーイ!!!」

「義勇軍の第7小隊もいるぞ! ウェルキン・ギュンター少尉だ!」

「あれは正規軍の特殊部隊と噂されている黒の部隊だな。少し不気味だが…」

「俺、あの黒色の部隊長と知り合いなんだぜ? 名前は知らないけどな」

「名前なんてどうでもいいじゃないか! 彼らが英雄である事に違いはないんだ!」

 

ランドグリーズに到着した瞬間、大通りには多くの国民が駆け寄って「ありがとう」の言葉を兵士達に呼び掛けていく。険しい表情の兵士達もこの時ばかりは皆揃いも揃って笑顔でそれに応えた。

 

対して、帝国軍にとって此度の敗戦はダモンが思っている以上に深手を負っていた。

グレゴール将軍最後の奇策によって北部方面軍の全滅は避けられたものの、占領地失陥・グレゴールの戦死という2つの痛手は全帝国軍の士気を大幅に低下させていた。ファウゼン失陥後、グレゴールの副官であったアーヒェン准将は北部方面軍の一部を率いて『アーヒェン軍団』を編成し、更に北に位置する【マルベリー地区】へと後退。それ以外の残された北部方面軍及び北部戦線に展開していた帝国軍諸部隊は、セルベリア・ブレス大佐率いる中部方面軍と合流すべく、ナジアル平原とギルランダイオ要塞の中間に位置するアンバー補給基地へと退却を開始する。

これをダモンが見逃す筈もなく、前線にいる部隊に対して追撃戦を命令。以降、各地で停滞していたガリア軍は次々と攻勢に転じた。帝国軍は、南部・北部というそれぞれ侵攻には欠かせなかった重要地域を失い、それまで何とか均衡が保たれていた中部方面でさえも帝国軍はガリア軍に押され始めたのだった。

 

他にも、ダモンと密約を結んだダハウ率いるカラミティ・レーヴェンもこの出来事を皮切りに行動を開始。機密情報の漏洩を意図的に行うという事実上の寝返りによって、各所に点在する帝国軍は何故か自軍の位置がガリア軍に特定されてしまう事態となり、前線では苦しい戦いが展開される事となった。しかもその間に簡易補給拠点を破壊していくという俊敏性は、帝国一の特殊部隊の称号に相応しい働きであった。

 

そんな中ジグとダハウは作戦終了後に言葉を交わしていた。

 

「ダハウ様。本当にこれで宜しかったのでしょうか?」

「あの男は私に決意を示してくれたのだ。ならば私はそれに応えるまでだ。それに…私はまだあの〝与太話〟を信じている訳では無い」

「それは『ガリアがダルクス人の国家である』というやつですか?」

「うむ。あんな戯言を直ぐに信じる者は居ない。だがあの男は証拠を出すそうだ。私はそれに賭けた」

「ですが、もし嘘であったならばどうするのですか!? もう我々が引き返すことは――」

「もしも嘘であったなら、その時は…私が持つ最高の切り札でケジメを付けて貰う」

「それは――」

 

ジグは『最高の切り札』という言葉に何かが引っかかったが、敢えて聞く事はないと思考を切り替えた。一瞬だけ垣間見えたダハウの眼が余りにも恐ろしかったからだ。後にその切り札がカラミティ・レーヴェンの行く末を決めようとは誰にも分からなかった。

 

 

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◆征暦1935年8月13日~東ヨーロッパ帝国連合 玉座の間~

 

この日、皇帝に忠誠を誓う数多の重臣達が一同に会していた。彼らはこの帝国において上位に位置する押しも押されぬ大名門出の貴族達ばかりである。同時に帝国の在り方を決めている重要な立ち位置でもあった。謁見の場より奥には帝国の象徴である皇帝が玉座に腰を据えていた。しかしその顔は芳しくなく、苦虫よりも更に苦い物を噛み潰したような表情をしており、周りの重臣も同じような顔をしていた。理由はただ1つ。ガリアにおける戦況悪化についてであった。

 

「半年前、貴様は余に対して何と申したか、忘れてはおるまい?」

「…はっ。このマクシミリアン、一言一句忘れてはおりません」

 

玉座に跪きながら、マクシミリアンは皇帝に対して短く返答した。

現在、彼はガリア戦線における失態を詰問されていた。ファウゼン陥落後すぐに帝国本土より召喚命令を受け、ガリア戦線より離脱していたのだ。既に詰問が始まって3時間が経過していた。

 

「『2週間でガリアを落とす』――か。ふんっ、大言壮語にも程があるぞマクシミリアンよ」

「…全ての失態が私の責任であることは重々承知しております」

「それだけではない。貴様は余が深く信任していたグレゴールを死なせた…。連邦ならいざ知らず、ガリアなどという下等な弱小国に敗れるとは……貴様には大いに失望した」

 

多くの重臣達は鳴りを潜め2人のやり取りを見ている。しかし、心の中ではあからさまにマクシミリアンを侮蔑しており、誰1人としてマクシミリアンを心配する人間は存在しなかった。

それに反してマクシミリアン自身は、元々準皇太子という微妙な立場上、味方なぞ国中探し回っても何処にもいない事を理解しており、己に向ける侮蔑の視線を感じつつも彼らに対しては邪魔者以外の何者でもないと内心一蹴していた。

 

だが、そんな2人の間に1人の従士を連れた男が会話に割って入ってきた。

 

「父上。兄上にはまだまだ文句があるとは思いますが、それは一旦置いといてそろそろ本題に入りませんか? 日が暮れますよ?」

「……ラインハルト……」

 

その男の名はラインハルト。正式名称はラインハルト皇太子である。マクシミリアンにとっては弟だが、地位が全逆転している。その理由は2人の母親にあった。

マクシミリアンの母親は身分の低い妾であったため嫡子とは認められなかったのだ。所謂、長庶子というものであった。その後皇帝の第1夫人より生まれたのがラインハルトという訳である。ラインハルト自身は彼に対してそこまで敵意を持っていないが、逆にマクシミリアンは完全に敵意を剥き出していた。

 

「本題…だと?」

「はい。今回父上が兄上を召喚したのは〝こんな事〟を伝える訳では無いのです」

「………」

 

マクシミリアンは嫌悪感を露わににしつつも、弟の言葉に沈黙でそれに応えた。

対するラインハルトと言えば、小さく笑みを浮かべるだけに過ぎなかった。そして直ぐにこの場にいる全員に聞こえるよう本題を切り出した。

 

「この場を借りて進言いたします。今回のガリア侵攻における戦線の長期停滞並びに数々の敗北・後退。私が考えるに、彼の地での戦闘行為は既に無意味であると断言致します。この戦争は『ラグナイト資源の確保』という名目で引き起こされた戦争です。ですが考えてみてください。東ヨーロッパ大陸全土を保有する我が国が、たった豆粒程度の国が産出するラグナイト資源程度で揺れるとお思いですか? 元よりこの戦争は意味を持たない戦いなのです」

 

この言葉を聞いた、それまで沈黙を保っていた重臣達は一斉に肯定の意を示す。

特に宰相にあたる人物に至っては予算の関係上、特にラインハルトの進言に賛成した。

小国と言えど戦争には軍隊が必要であり、例え帝国の中で左遷された者達で固められていたとしても、無駄に兵力を失った事実は覆らない。帝国は連邦と現在現時刻で戦争状態なのだ。この場にいる誰もが知っている現状、そして現実。

 

「口が過ぎるぞラインハルト! あの土地は元々帝国領だ! ならば、この戦争目的は失地回復にあるだろう! たとえラグナイト資源が取れなくとも、彼の地を侵攻するには十分な理由がある!」

 

弟の言葉にマクシミリアンは語気を強くして反論した。周りにいる重臣達は静かに2人のやりとりを見やる。父である皇帝も表情を変えず話を聞いていた。

 

「失地回復ですか。ハハハハハっ!」

「何がおかしいっ!」

「その程度の事は、連邦や国内の諸問題を片付けてからでも遅くはないでしょう。何故今になってガリアなどに手を出されたのですか? まさか兄上は目先だけで動いたのですか?」

「………」

 

ラインハルトはマクシミリアンに対して一切の同情なく言葉を発していく。暴言でこそないものの、ラインハルトの言葉はこの場にいる帝国の人間達が心の中で思っていることだらけであった。ガリア侵攻分の資材を連邦戦線に送っていれば、少しは戦線を崩すことが出来たかもしれないと。虎の子兵器であった装甲列車エーゼルは本来連邦軍の攻勢に対して使用する計画でもあったが、ガリア侵攻によりそちらに回されてしまった。それだけならまだいい。だがエーゼルはグレゴールの棺桶となり戻って来なかった。前線で戦う将兵からしてみれば、エーゼルがあればもっと戦いが楽になったかもしれないと思わずにはいられないだろう。それだけに、マクシミリアンの失態は大きかった。

 

「もしそうならば兄上、私は貴方を軽蔑します。貴方の勝手な理想の為に死んでいった兵士達を、私は忘れない。しかし、そうまでしても兄上にとってガリアを倒す意義があるのならば、私にも考えがある」

「それが俺の指揮権剝奪か。ラインハルト?」

「そうです。でも、理由はそれだけではないのですよ。……ここから先の話はこの場にいる重臣達にも関係する話でしてね。どちらかというと此方が本命ですね」

「…なんだと?」

 

唐突に自分達の事を触れられた帝国の重臣達は一斉に顔を顰め身構えた。先程までの味方面から一転してラインハルトの声のトーンに本気を感じたからだ。皇帝も耳を立てて彼の言葉を待った。

 

「先日、帝国内にて一部の労働者達がこの皇宮に向けてデモ行進を起こなった出来事は、父上も知っていますね?」

 

実は、東ヨーロッパ帝国内ではとある問題が発生し、貴族で構成された帝国政府は頭を抱えていた。それがラインハルトが言った内容であった。

 

現在帝国は、ガリア以外にも主敵である連邦軍とも戦争を行っている。しかしながら、度重なる戦闘によって戦費は増大の一途を辿り、それと同時に生活必需品の物価が高騰していった。そして尚も増え続ける重税に耐えきれなくなった一部の労働者達が声を上げたのが始まりであった。

始めは小さかった声も次第に大きくなりはじめ、ユグド教のアポロン神父が中核となり遂には12万人とも言われる労働者達が一斉にデモを起こし皇帝に直訴したのだ。しかし、デモと言っても実際は平和的な請願行進であり、アポロン神父が要求した内容も至って素朴な内容でしかなく、主に『戦争の中止・基本的人権の確立』などで、搾取と貧困に喘いでいた労働者階級の民衆の言葉を代弁しただけであった。しかもデモを起こした者達は全員非武装であるなど穏便な解決を図っていた。何故皇帝への直訴なのかというと、帝国政府が一切応じなかった為である。

 

「無論だ。連邦やガリアと戦争の真っ最中であるというのに、下等な労働者達は『戦争を止めろ。パンを寄越せ』と請願行進を行いおった。全く忌々しい事だ。だがそれはもう終わった問題だ」

「……非武装の民衆を鎮圧したのは拙かったと思うのですが?」

「構わん。所詮は農民だ。替えなどいくらでもおるわ。彼奴らは我々が決めた方針に従えばよいのだ」

「彼らもまた帝国の資産なのです。蔑ろには出来ません!」

 

だが、皇帝は民衆の平和的な請願に対して軍を動員。武力によってデモを鎮圧した。その結果多くの国民の血が流れ、国内では皇帝に対しての不信感が膨れ上がってしまった。その為、国内では〝専制打倒〟を声高に主張する輩が増えた。そんな状況下の中、ラインハルトは自身が蓄えていた私財を投げ打って何とか国民の不満を抑えるに至った。その影響により国民は次第に落ち着きを取り戻していったが、未だ完全に火種が消えてはいない事は自明の理であり、彼は一刻も早く戦争を終わらせ、内政に舵を切らなくてはならないと考えていた。

 

「我々にはまずやることがあるのです。兄上の私怨で始めた戦争は…たとえ小さくとも国民にとっては何ら変わらない、戦争なのです。連邦との戦争が止められなくとも『ガリアと講和した』という事実があるだけで十分なのです。皆が望んだ戦争の終結が実現したのだと分かれば、国民は再び帝国に…皇帝に忠誠を尽くすでしょう。これが私が望む結末です」

 

次期皇帝の言葉を傾聴していた重臣達は各々反応が異なるものの、共通してラインハルトの言葉には反対しなかった。帝国政府の首脳としての顔も持ち合わせている彼らは、このまま国民の声を放っておけばどうなるかを想像し、そして皆一様に恐怖した。

 

「貴方達にならばわかるでしょう。このまま放置すれば―――帝国は崩壊すると」

「息子よ。お前の言い分は分かる。だが我が国は世界を二分する東ヨーロッパ帝国連合。どうすればこの国が転覆なぞするものか」

「……父上。現在巷で叫ばれているスローガンなど知っていますか?」

「皇帝たる余が下々の事まで知る必要はない。政治は政治家に任せておる。お前は心配性なのだ」

 

驕りや差別ではない。彼は自身が皇帝だからこそ、この国の人間は自分に対して忠誠心は持って当たり前という常識に囚われていた。彼だけではない。皇帝に仕えている貴族の中にも程度の差こそあれ、自分よりも低い身分に対しては少なからずそういう意識を持っている者も存在している。とどのつまり、皇帝の言葉は出るべくして出た言葉であった。

 

「アイス。例のアレを」

「畏まりました」

 

そんな父の言葉に対してラインハルトは側近の男からとある筒状の紙を受け取ると、皆に見えるよう大きく開いて見せた。それにはこう言葉が綴られていた。

 

『万国の労働者よ、団結せよ!』

 

この場にいる全ての人間がポスターの内容を見て思わず息を呑んだ。ポスターの下の方には小さく文字が羅列しているが、何よりも大々的に載せられていた一文に視線がいく。皇帝以外の誰しもがその言葉の意味と内容を理解し、そして誰も声を発さなかった。

 

「(フッ……なるほど。奴は革命を危惧しているのか)」

 

マクシミリアンも声にこそ出さなかったが、弟が何を考えているのか見抜いた。

―――〝革命〟 

敵国である連邦も嘗ては革命の炎によって多くの人間がその命を落とした過去がある。

そもそも大西洋連邦も昔は君主国家の連合体だったのだ。それが革命によって共和制へと移り変わり、何百とある国家連合から一つの連邦国家となった。言わば帝国の未来の姿とも言えよう。要は、ラインハルトはこのまま行けば帝国は間違いなく革命の炎に包まれてしまうと訴えているのだ。

 

「(だが、それも悪くない。母上を殺した父上と帝国に復讐が出来るのであれば手段は問わん。例え多くの血が流れる革命であっても……)」

 

非道ではない。マクシミリアンの真の目的はガリアに隠されているという古代ヴァルキュリア兵器が目的である。それを手に入れる為だけに、ラグナイト資源の確保という名目で今次戦争を引き起こしたのだ。そして最終目標は古代兵器を使って帝国を滅ぼすこと。よって、彼にとっては国内の問題など心底どうでもよかった。

 

そんなマクシミリアンの考えなど誰も露知らず、5分程経ってから、帝国政府の代表であるセルゲイ宰相が口を開いた。

 

「これは……いけませんな。殿下の仰る通り、我々は今一度帝国の在り方を考え直さなければいけない時が来たのかもしれませぬ」

 

宰相の言葉を聞いた重臣達は腕を組んで考え込み、それぞれ政敵に付け込まれぬよう慎重に言葉を選んで声を発していった。

 

「私としては宰相のお考えには賛成です」

「殿下のお言葉には説得力がある。なによりこのポスターが全てを物語っている」

「しかし今此処でこの事について議論するのは些か拙い。別の場所で話し合うべきだ」

「そうだ。今この場で決めるべき問題は準皇太子殿下のこれからについてである」

「かと言って無碍にも出来ぬ内容ぞ。貴君らは帝国の未来について何も思う所はないのか?」

「吾輩は皇帝陛下の仰られるお言葉を信じる。この帝国が覆るような事など万が一にも有り得ない」

 

次第に重臣達は詰問すべき当人であるマクシミリアンを放り出して紛糾し始めた。

しかし、すぐさま皇帝から議論の中止を命じられ、言いたい事を胸の奥へとしまい込んだ。

 

「ラインハルト。むやみやたらと不安を煽るでないわ。この場において話すべきはこの愚か者の処遇についてである。まぁ、貴様らが無駄に話し合っている最中に余が処遇の内容を纏めたがな」

 

皇帝は眉間に皺を寄せ、マクシミリアンを睨む。対するマクシミリアンも強く皇帝の目を睨んだ。

 

「2ヶ月だ。それまでにガリアを征服できねば指揮権を剥奪し、彼の国と講和する。これが最後通告だ」

「ご配慮くださりありがとうございます。必ずやガリアを皇帝陛下へ献上いたします」

「無論、勝てなかった場合は――」

「存じております。どのような処罰であれ受け入れる覚悟です」

 

その言葉を最後に、マクシミリアンは玉座の間を退出した。

ラインハルトと従者アイス・ハイドリヒは、去っていく彼の後姿を眺めていた。

 

「本当にこれで良かったのでしょうか?」

「こうでも言わないと兄上も本気を出さないだろう? それに、俺の言った内容はすべて本当の事だ。ガリアだけじゃない。連邦とも早く戦争を終わらせなくては帝国に未来は無い」

「殿下は未来を見据えているのですね」

「まぁ、誰かが考えなきゃいかん事だ。それと何度も言うが、殿下と呼ぶな。ハルトと呼べと何度も言ってるだろ」

「陛下の前で無茶言わないで下さいよ…」

 

マクシミリアンが完全に城から出た後、ラインハルトは従者を連れて自室へと帰って行った。

帝国の目指すべき道を模索する為に―――。

 

 

2ヶ月。

つまりマクシミリアンは11月までにガリアを屈服させなければならない事態となった。

再びギルランダイオ要塞に帰還したマクシミリアンは、当初の計画を大幅に修正。

帰還後すぐに招集されたセルベリア・ブレス大佐に対して短期決戦に打って出る旨を伝えた。

遅れてやってきたラディ・イェーガー少将にも同じように内容を伝えると、一同はどの場所で戦線を打開すべきかを入念に検討する。机の上に広げられた地図を睨み、何時間も議論を重ね合い、そして最も帝国軍が展開しやすく、自軍を適切に指揮できる地域を遂に見つけ出した。

 

「ふむ。【ナジアル平原】か」

「あぁ。ここなら思う存分帝国のお家芸である浸透戦術が効果を発揮するだろう。ガリアにとっても譲れない場所だ。なんせ此処を突破されたらランドグリーズまで一直線だ。補給線はギルランダイオから頼る事になるが、まずは勝つことが先決だ。後の事は後で決めればいいさ」

 

後が無い帝国軍にとって、目先の勝利は今や重要な案件となっていた。それはイェーガーの言うように、後の事など考える余裕などない。何よりもまずは、この退却に次ぐ退却の流れを断ち切らなければならないと、イェーガーは考えていた。

 

「ガリア軍の主力は私のヴァルキュリアの力を使って突破口を開きます。そこから更に軍を浸透させ、敵の奥深くへと進撃します。大まかな流れですが、敵総司令官であるゲオルグ・ダモンを討てば、この戦いは我らの勝利です」

「うむ。存分にその力を発揮せよ。もはや我が軍に敗北は許されぬ。」

 

此処に至り、帝国軍はガリア軍に対して一大攻勢を仕掛け、再び戦局の逆転を目指すものとしての攻勢作戦が決定された。その後、各部隊長を改めて招集し作戦概要を伝えた。しかし、作戦成功を確固たるものにすべく、マクシミリアンはそれまで扱き使っていたカラミティ・レーヴェンをこの作戦より除外。一切の情報漏れを断ち切った。

 

更にマクシミリアンは、ギルランダイオ要塞を含めた全戦力をナジアルに集中させる。

但し、マルベリーに独断で撤退したアーヒェン准将はこの命令を拒否し、尚もマルベリーに立て籠もる事を決定。しかしこれが功を奏し、ダモンはナジアル平原に帝国軍が集まってきているとの情報を知りつつも、ガリア軍を最北部マルベリーへと向けざるを得ず、マクシミリアンは内心アーヒェンの独断に感謝した。

 

 




次回も気長にお待ちください(反省なし)


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