戦う艦娘・深海棲艦たち(短編集) (おかぴ1129)
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狼は飢えていた ~足柄~
視点は天龍ちゃんですが、主役は足柄さんです。
足柄さんの飢えっぷりを表現出来れば……
と思ったのですが、こういうのは難しいですね。
足柄さんの飢えっぷりがうまく出ていればよいのですが……
足柄さんが好きな方々、どうかお手柔らかにお願いします。
遠征任務に出ていた天龍率いる第二艦隊が深海棲艦に襲撃された。第二艦隊の編成は軽巡洋艦2隻に駆逐艦が4隻。対する敵艦隊は戦艦3隻、空母1隻、重巡洋艦2隻で戦力差は圧倒的。加えて天龍たちの任務は戦闘ではなく資材の確保。それゆえ最低限の武装しか持っていない。圧倒的な戦力差に加えて武装も貧弱。この状態で第二艦隊が敵の襲撃をはねのけることが出来るはずもなく、敵艦隊の圧倒的な攻撃力の前に第二艦隊の艦娘たちは次々と大破炎上、戦闘続行不可能に追い込まれた。
「ちっくしょっ……みんな無事か?!」
執拗に続く敵艦隊からの砲撃の轟音の合間に、天龍は皆の無事を確認するべく大声を張り上げる。夕方ごろに敵艦隊に奇襲を受け、今はすでに深夜帯。周囲を照らす光源は敵の戦艦が射出した照明弾と、観測機のスポットライト。戦闘のカテゴリでは夜戦に分類される時間帯だが、天龍たち第二艦隊を照らす光は真昼の太陽以上に眩しい。それ故に、味方の状況確認が困難だ。
「い、一人前のレディーはまだ……だいじょう……」
「まだ大丈夫……でもこのままはマズい……押し返さないと……」
雷、電の二人は大破で動けず、それぞれ暁と響に肩を借りてなんとか立っていられる状態だ。だがその暁と響、そして自身の妹である龍田もまた中破の損傷を受けている。
「龍田もなんとか……でも天龍ちゃん……ッ!」
「くそったれ……それができりゃ今頃ここまで追い込まれちゃいねーんだよ……ッ!!」
鎮守府に戻ったら次の遠征任務の時はハリネズミのように武装させろと提督に迫ってやることを心に誓った天龍だが、そのためにはまずこの絶望の状況を切り抜けなければならない。天龍が守らなければならないのは自分だけではない。自分を含むこの六人全員を無事に鎮守府に返す責務がある。
『天龍! 聞こえるか天龍!!』
天龍の電探に通信が入った。相手は提督。天龍率いる第二艦隊に最低限の武装しか持たせず、間接的にこの状況を生みだした元凶といってもいい存在。今天龍が最も憎しみを込めて罵倒したい相手だ。
「っんだよッ!! 今クソ忙しいんだから邪魔すんじゃねぇッ!!」
『状況はどうだ? 皆は無事か?』
「信じられねーが無事だ! でもこのままじゃ……」
不意に、電と響にまっすぐに飛来する敵の砲弾が見えた。上空に観測機が飛んでいるのは分かっている。故にあの砲弾が的を外すことはありえない。
「んなろッ!!」
全力で身を翻し、砲弾と二人の間に割って入る天龍。着弾した砲弾は榴弾だったようだが、天龍が知っているそれとは威力が桁違いだった。天龍の艤装に着弾した榴弾は、徹甲弾ではないにも関わらず艤装の装甲を貫き、その内部で爆発した。
「ぐぁぁああああッ?!」
「天龍さん?!」
天龍の偽装は爆散した。その炎は天龍の髪と背中を焼き、爆発の衝撃は天龍の身体に致命的なダメージを与えた。天龍は、自身がこれ以上の戦闘が続行不可能であることを悟った。
「天龍ちゃん!!」
「ちくしょ……ごふぉッ……」
自身のそばに駆け寄った龍田に肩を借り、なんとか立ち上がる天龍だか、先ほどの爆発で内蔵にダメージを負ったようだ。吐き気にも似た不快な感覚が天龍の腹に襲いかかり、次の瞬間、天龍は口から大量の血を吐き飛ばした。
「ごふッ……ちくしょ……やべーぞ提督、てめーのせいだ……どうすんだこれ……」
『天龍、お前たちがその海域から離脱するのに必要な時間は?』
「は? 知らねーよ!!」
『知らないじゃない! 出来る限り正確に答えろ!!』
提督の怒気を受け頭がある程度冷静になった天龍は、第二艦隊の惨状をもう一度確認する。自分を含めた大破が3人、中破が3人……酷い有様だ……
「わりーけどよ……相当時間かかるぞこれ……」
『そんな報告はいらん。必要な時間を答えろ』
「……あればある分だけだ。照明弾と観測機さえなんとかなりゃ、1分くれりゃなんとかする」
口からでまかせもいいところではあるが、口に出してしまえば案外的を射た発言な気もした。自分たちにとって一番のネックは、絶え間なく戦場を照らし続ける照明弾と上空を旋回して自分たちの正確な位置を観測しつづける観測機。その二つさえどうにかなれば、あとは静かにこの場を退散すればなんとかなるはずだ。自分たちの命を救うための段取りが、天龍の頭の中で組み上がった。
『だそうだ』
瞬間、天龍の背中に冷たい感覚が走った。極低温にまで冷却された一本の針金を背骨に通されたような、非常にイヤな感触だ。肩を貸してくれる龍田の顔を見る。同じ感覚を味わったらしく、龍田も不安げな表情で天龍を見つめていた。
この感覚は覚えがある。このよく見知った気配は味方だ。自分たちの味方がこの海域に近づき、自分たちの背後にいる。もはや満身創痍である自分たち以上の戦闘意欲と、恐らくは敵艦隊以上の殺気を周囲に振りまきながら、その味方はこちらに迫っている。
「足柄さん!!」
暁がその名を呼んだ。妙高型重巡洋艦。その三番艦の足柄が助っ人としてやってきてくれた。この、敵の砲弾が豪雨のように降り注ぎ、その中で身をよじってなんとか回避するのが精一杯のこの状況で、足柄は春風の中で佇む淑女のように涼しい顔で、天龍たちの元に近づいてきた。
「天龍、お疲れ様」
「足柄姐さん……すまねぇ……」
「分かる範囲でいいわ。相手の戦力を教えてちょうだい」
「戦艦が三隻、重巡が二隻、空母が一隻だ」
「なるほど……」
気のせいか……照明弾の眩しさのせいでハッキリとは分からなかったが、足柄の広角が若干上がった気がする。
「……いいじゃない」
「相手は戦艦と空母が中心だぜ? 姐さん一人で……」
気のせいではなかった。今度は天龍の目にハッキリとそれが写った。足柄は天龍に向けて広角を上げ、ニヤリと笑っていた。
「戦艦と空母なんて夜戦ならエサよ? そのエサが四匹もいるのよ? それも私一人でやれるだなんて……最高じゃない……!!」
天龍の身体がブルッと震えた。この状況を『最高』と言い切る足柄のその感覚に天龍の無意識が恐怖と警鐘を鳴らしたのかも知れない。
確かに足柄は天龍と同じ鎮守府に所属するれっきとした味方なのだが、今天龍の目の前にいる足柄が振りまく殺気は、その対象ではない天龍たち第二艦隊をも飲み込んでいる。天龍には、今の足柄の殺気は強大で、ひどく悍ましい凶悪なものに感じた。標的ではないはずの自分たちが恐怖し、警戒せざるを得ないほどに。
『足柄』
「何かしら?」
『確認するぞ。天龍たち第二艦隊がその場を離脱するまで敵艦隊を足止めしろ』
「……」
『敵空母と……照明弾を撃ちつづけるヤツは分かるか天龍』
「……戦艦のうちの一体だったな」
『だそうだ。そいつらを最優先で沈めろ。その後最低でも60秒耐えろ』
相手は戦艦三隻に重巡二隻。空母は夜戦には参加しないから除外するとしても、それだけの数の相手をしなければならない。そんな絶望的な状況で足柄は耐えることが出来るのか……自分たち六人でさえこのズタボロの状況に追い込まれた艦隊を相手に、足柄が60秒も耐え切ることが出来るのか……天龍にはそれがどうしても不可能に思えてならない。
だが、その不安は誤りであることはすぐに理解出来た。
「ちょっと待って……」
『なんだ?』
足柄の身体はブルブルと震えていた。最初天龍は、それは恐怖の震えか、あるいは武者震いの類だと錯覚していた。
「……そんなにくれるの?」
『なんだと?』
「エサを六匹始末するのに、60秒も時間をくれるの?」
足柄の震え……それは絶望的な状況ゆえの恐怖でも、強大な敵に相対する戦士の武者震いでもなく、敵艦の撃沈という愉悦を60秒も味わえることへの歓喜の反応であった。
『足らんか?』
「充分すぎるわ……そうよ充分よ……」
足柄は前傾姿勢を取り、戦闘態勢に入った。艤装の砲塔に三式弾が装填される音が聞こえた。主機の回転がはじまり、魚雷が装填される。足柄の身体に力がみなぎってくる。全身に殺気が行き渡り、天龍たち第二艦隊と足柄との間に見えない圧力のようなものが発生したことを天龍は感じた。
「天龍?」
「お、おう」
「私が戦ってるうちに、あなたたちはなんとかして逃げるのよ?」
「すまねぇ……」
どれだけ周囲に殺気を振りまいているとしてもやはり仲間か……先ほどとはうって変わった足柄の優しく仲間思いの言葉に天龍は多少の警戒を解いたが……
「それから天龍」
「なんだよ?」
天龍はかつて、金剛や長門といった主力艦に連れられ、一度だけ深海棲艦の勢力圏内に侵入した経験がある。その時天龍は『レ級』という敵に出くわした。天龍は今も忘れない。たった一隻でこちらの主力艦隊に致命的なダメージを与えたその圧倒的な力と、その力を行使する凶悪な笑みを。
「ありがとう。おかげで60秒も楽しめるわ」
「……」
天龍に感謝を述べる足柄のその凶暴な笑みは、忌まわしいレ級の笑顔を天龍に思い出させた。口を上下に引き裂かれたのかと思うほどに広角を上げてニタリと笑い、瞳孔が開いた眼差しで相手を睨んだ足柄は次の瞬間、敵艦隊に突撃した。
『今のうちだ天龍! 離脱しろ!!』
「り、了解した! みんな逃げるぞ!!」
「は、はい……なのです」
足柄と敵艦隊に背を向け、天龍たちはその場から離脱するべく主機の回転数を上げる。
……だが、そんなことをせずともいいのかもしれない。この場から逃げなくても、もう自分たちは命が助かったのかも知れない。天龍はそんなことを思い始めていた。
なぜなら、自分たち第二艦隊の背後にいる敵艦隊から聞こえてくる音は、砲撃音や爆発音以上によく響き渡る、敵艦隊の怒号と悲鳴、そして……
「次はあなたよッ!!!」
すでに一匹のエサを捕食し終え、次の標的へと狙いを定める飢えた狼の咆哮だったのだから。
終わり
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巡る世界 ~ヨ級~
ではその様子を敵からみたらどんな感じなのかと思い書き始めたのですが……
どうしてこうなったのか自分でもよく分かりません(;・∀・)
深淵の監視者のBGMを聞いていたからかもしれません……
轟沈描写、エグい描写がありますのでご注意下さい。
また、視点が深海棲艦のため、五十鈴と夕張は今回敵役です。
加えて対潜戦闘は多少下調べしたのですが、
間違っている部分があったらすみません……
ヨ級が放った魚雷は、たった一人で奮闘し続けていた敵駆逐艦の艦娘を轟沈寸前まで追い込んだ。
「……逃したか。まぁいい」
自身と自身が率いる潜水艦隊が6隻の艦娘たちを撃沈し損ねたことに関してはいささか残念ではあったが……それでも全員を大破まで追い込み、撤退せしめたことで自身の課せられた任務は充分達成したといえる。ヨ級はひとまずそのことに満足することにした。
この海域は深海棲艦側にとってはもちろんのこと、人間たちにとっても重要な海域らしい。他の海域に比べて戦艦や空母といったいわゆる重量級の軍艦たちによる打撃戦が激しい海域となっている。そんな海域の最前線にヨ級率いる潜水艦隊が配置されたのはつい最近のことだ。
この地での戦いに挑む艦娘たちは、こちらの空母ヲ級や戦艦タ級……ひいては最深部で最後の防衛線として陣取る空母水鬼との戦闘に備え、戦艦や空母、重巡洋艦といった艦種で艦隊を組んでいることが多い。
戦艦や空母たちは潜水艦への攻撃手段を持たない。そのためこの海域に侵入してくる艦娘たちを蹂躙することは、ヨ級たちにとっては赤子の手をひねるように簡単なことであった。巨大な砲塔を装備し、数々の艦載機を携え、対空砲で空に睨みを効かせる数多くの艦娘たち……恐らくは、自分たちのリーダーである空母水鬼と互角に戦うことが出来るほどの強さを誇る敵たちを、ヨ級たちは安々と殺傷していった。
ある時ヨ級は、自身が撃沈し海底深くに沈んでいく駆逐艦の艦娘と、偶然目が合ったことがある。恐らくは仲間が無事にこの海域から逃げおおせたのを確認して満足したのだろう。己の死を受け入れ満足気な表情を浮かべながら、その艦娘は海底に沈んでいた。
だがその娘は、ヨ級と目が合った途端に驚愕の表情を浮かべ、次にヨ級に向かって静かに……だが全霊を込めて手を伸ばし、目を見開いて歯を食いしばっていた。水中ゆえに分からなかったが、口惜しさに涙も流していたかもしれない。その駆逐艦は悔恨や憤怒の情を感じるほどの鬼気迫る表情のまま、海底の奥深くに沈んでいった。残された一筋の出血の痕跡は、海流に撹拌されてすぐに消えた。
心には何も感じるものがなかったにも関わらず、その光景はヨ級の目を釘付けにした。沈みゆく艦娘からぶつけられたむき出しの憎悪、憤慨、悔恨や悲壮に対し、ヨ級の心はただひたすら無関心でありながら、その姿が海底の闇に紛れて見えなくなってしまうまで目を離すことが出来なかった。その日からヨ級は、自身が撃沈した艦娘が沈んでいくその最期の姿を目で追うようになった。
ただひたすら機械的に、敵に対して魚雷を発射し敵を撃沈していく日々。そんな日々を送りながらヨ級は思う。なぜ自分は撃沈した者の最期の姿から目を離すことが出来ないのだろうか。なぜ自分は、敵の最期の断末魔をしっかりと受け止めてしまうのだろうか。
命を奪ってしまった罪悪感はない。敵を撃沈したという達成感もない。勝利した歓喜も優越感も、生き延びた喜びも安堵も感じない。だがそのような無関心な心とは裏腹に、ヨ級の両目は戦闘後に沈みゆく敵艦の姿を探し、見つけたらジッと見つめ、その敵の最期の感情の吐露をしっかりと受け止めていた。
今日も自身の仲間であるカ級5人と共に静かに海底深く潜行しつつ、なぜかヨ級はフとそんなことを考えていた。
「……また敵艦隊が来た」
カ級の一人がそう告げた。敵艦隊を撃破し、沈みゆく敵を見届ける時間がまた始まる。敵に気付かれる前に敵の気勢を削ぐため、ヨ級は魚雷発射の準備を進める。
「編成は分かるか?」
「相手は全部で6隻。金剛型戦艦が二隻……翔鶴型空母が二隻……あとは……」
――コーン……
カ級の報告が終了する前に、アクティブソナーのソナー音がヨ級の耳に届いた。
「……残りは?」
「長良型と夕張型の軽巡洋艦だ。今のソナーは長良型が出したものだ」
軽巡洋艦は戦艦や空母たちと異なり、自分たち潜水艦に対して爆雷を用いて攻撃を行うことが出来る。故にヨ級たちにとっては、金剛型や翔鶴型よりも危険度が高い。
「先制雷撃をしかける。梯形陣を取れ。目標は長良型と夕張型だ。他の艦娘は無視しろ」
「了解した」
ならば最優先でその長良型と夕張型を雷撃で無力化し、残った烏合の衆に対しては再度雷撃戦を敢行すればいい。いつものことだ。ヨ級たちは標的を長良型と夕張型とし、雷撃戦の準備を行った。
「あがぁぁあああッ?!!」
「ごふぉッ?!!」
突如ヨ級の背後にいる二人のカ級が悲鳴を上げ、同時に爆発音が鳴り響いた。
「なッ?!」
背後を振り返るヨ級。今しがた悲鳴を上げた2人が、爆雷によるダメージの痕跡を周囲に残しながら沈んでいった。ヨ級と共に長い間戦ってきた2人のカ級は、今までヨ級が散々沈めてきた艦娘たちと同じ表情をしながら沈んでいった。
ヨ級は敵艦隊との距離を確認する。まだ爆雷の射程距離ではないはずだ。なぜこれだけの距離が離れている状態で対潜攻撃が出来た?
――コーン……コーン……
再度、アクティブソナーの音がヨ級たちの耳に届く。ソナー音は何度も何度も執拗に鳴り響き、ヨ級たちの位置を探りだしていた。
こちらの位置を探るだけなら、こうまで執拗に発信せずとも事足りる。だがヨ級たちの前に突如現れたこの艦隊の長良型と夕張型は、あえて何度も音を発している。そこには何か意図があるはずだとヨ級は考えた。
これは単なる索敵ではない。長良型と夕張型は自己主張をし、我々敵に対してソナーで意思疎通を行おうとしている。ヨ級は長良型と夕張型が発するソナー音が何を意味しているのかを反射的に推理した。
――動かないのなら沈める 動いても沈める
直後、あの沈みゆく艦娘たちの最期の表情が頭によぎったヨ級の耳に、ソナー音がそのようなセリフとして届いた。そしてその言葉は次の瞬間ヨ級の心臓を縛り、心臓の鼓動を阻害した。ヨ級は自身の顔から次第に血液が失われていくのを感じた。
「撃て! 長良型と夕張型を確実に沈めろ!!」
「了解!」
途切れることなく何度も鳴り響くソナー音の中、ヨ級たちの雷撃が敵艦隊に向かって発射された。
――攻撃するなら沈める しなくても沈める
――逃げても沈める 隠れても沈める
何度も届く長良型と夕張型の2人の艦娘からのメッセージ。これは挑発や威嚇という生易しいものではない。
――あなたたちを確実に沈める
これは長良型と夕張型の2人からの、ヨ級たちへの死刑宣告だ。どんな手を使ってでも確実に撃沈するという揺るぎない決意の宣言であるとヨ級は受け取った。
「逃がさないということか……ッ!!」
ここが海上であれば、恐らくヨ級の額には冷や汗が滲み出ていただろう。今まで数多の艦娘たちと幾度と無く死闘を演じてきたが、ここまで剥き出しの殺気を感じるソナー音は初めてだ。
「うがぁあああッ?!!」
またしてもヨ級の背後から、仲間であるカ級の断末魔と爆発音が聞こえた。敵の言葉はハッタリではない。こちらを一撃で抹殺出来るだけの実力と装備を、敵2人は保有している。
「さっきの雷撃はどうした?! 命中したのかッ?!!」
「夕張型には一本命中してます! 長良型は無傷で……がぁあああッ?!!」
ヨ級に状況報告をしていたカ級もまた敵2人の爆雷で轟沈した。……2人とも一回の爆雷攻撃で沈んだ。ということはどちらかの爆雷が夕張型からの攻撃のはずだ。夕張型はこちらの雷撃が命中したようだ。恐らくは中破以上のダメージを負っているはずだ。
「くっ……海底まで無音潜航……やりすごす……」
「了解……」
にも関わらず、なおこちらを一撃で轟沈させうる攻撃力を持つ。マズい。相手を中破以上の損傷具合にまで追い込めば、相手は沈黙すると思っていたが……見通しが甘かった。ヨ級は生き残ったカ級に無音潜航の指示を出し、2人で海底に潜行していった。
かつての仲間たちの破片が漂う中、音を発さないまま海底に着くヨ級とカ級。2人の目の前には、今まで2人が沈めてきた艦娘たちを何人も飲み込んできた海溝が大口を開けて佇んでいる。奥底までは太陽の光も届いておらず、その様はヨ級に沈んでいく艦娘たちの断末魔の表情を思い起こさせた。
この海域は、海溝以外は深度は浅く海水の透明度も高い。海底から見上げれば海上の様子もうっすらと見える。2人のちょうど直上の海域に敵艦隊はいるようだ。幾人かの艦娘の姿がうっすらと見えた。
だが、こちらの様子は相手にはわからないはずだ。こうして静かに音を出さず佇んでいれば、いくらアクティブソナーを使用してもこちらのことは海底の岩礁と区別がつかないだろう。故にこのまま静かに夜までやり過ごせば勝機はあるとヨ級は判断した。夜戦になれば、たとえ軽巡洋艦や駆逐艦であっても潜水艦には太刀打ち出来ない。夜はこちらの時間だ。今は追い込まれている自分たちにも充分勝機はある。
――見つけた
再度敵からのアクティブソナーの音が鳴り響き、ヨ級の心臓の鼓動を再び束縛した。
大丈夫だ。相手はこちらが海底で静かにしている限り、岩礁と見分けがつかないはずだ。
ヨ級は心の中で自分にそう言いきかせたが、海中に鳴り響く死刑宣告のソナー音がヨ級の意識を侵食していき、恐怖を無理矢理に掻き立てていく。
同じく隣で静かに佇むカ級の顔を見た。その表情は、恐怖で歪んでいた。
「相手の爆雷の投下音と同時に一瞬だけ主機を回せ……その後は無音潜航でそのまま静かにこの海域を離れる……」
「り、了解……」
ドボンドボンという爆雷の投下音が鳴り響いた。
「今だ」
それに合わせ、一瞬だけ主機を回すヨ級とカ級。ほんの少しだけ推進力を得た2人の身体は、そのまま静かに海底に沿って前進していく。その後の投下音はない。ソナー音も途切れた。この様子なら、どうやら危機を脱することが出来るようだ。自身の心臓の拘束が多少緩み、体中に少しだけ安堵が浸透していくことを感じたヨ級は、そのまま静かに海底を潜行し、海溝の上まで来た。
――………………
ソナー音はない。だがヨ級は今、確実に相手の意思を感じ取った。歴戦をくぐり抜けてきたはずのヨ級の背中に戦慄が走るほどの強烈な意思。音が鳴るのも厭わずヨ級は海上を見上げた。
「……?!」
「………………」
目が合った。今、海上で佇む2人の艦娘と目が合った。一人は黒髪のツインテールの髪型をしており、もう一人は銀の長髪を後ろで縛っているのが見える。銀髪の女は被弾しており、背負う艤装のいたるところが損傷しているのが分かった。
そしてその2人は、こちらを冷酷な眼差しで見つめていた。その眼差しは身に覚えがあった。
「うわぁぁあああッ?!!」
ヨ級の隣で同じく無音潜航していたカ級の断末魔の悲鳴が響き渡り、激しい爆音と共にカ級の身体は粉々に砕かれた。カ級の破片は、そのまま海溝に吸い込まれるように飲まれていく。
「くッ……!!」
自身の直上に佇む2人の艦娘に対し雷撃を試みるヨ級であったが……
「?!」
「……」
ヨ級はそれが不可能であることを瞬時に悟った。ヨ級の視界は、無数の爆雷で埋め尽くされていた。
――沈めると言ったはずよ
銀髪の髪の女……恐らくは夕張型と思われる艦娘の目が、ヨ級に対してそう言っていた。次の瞬間、ヨ級を取り囲む無数の爆雷が起爆した。
「おのれ……おのれ……ッ!!」
「……」
周囲の無数の爆発に肉体を削り取られながらも、ヨ級はその手を2人の艦娘に伸ばした。海中であるにも関わらず出血の痕跡が確認出来るほどの傷を負ったその手を、ヨ級は2人に向けて必死に伸ばした。
届くはずなどない。それは理解している。だがそれでもヨ級は、自身のはるか直上にいる2人の艦娘たちに、あらん限りの力を込めて手を伸ばした。出来るなら、その手で2人を掴み、圧殺したかった。沈みゆく己自身と共に、海底に引きずり込みたかった。
「ここは通してやる……だがこの海域にはヲ級たちがいる……レ級たちがいる……空母水鬼もいる……ッ!!」
「………………」
だが、艦娘たちに向かって伸ばされたヨ級の手は、2人に届くことはもちろん、伸ばすことはおろか存在すら禁じられた。ヨ級の手は、さらに投下された無数の爆雷の爆発に紛れ、他の部位と共に消滅した。
「先に海底で待っていてやる……だからお前たちも早く来るがいいッ……!」
ヨ級は自身を沈めた2人の艦娘に対し、何度もそう呼びかけた。2人は沈みゆくヨ級をジッと見据えている。ならば届くはずだ。自分のこの最期の意思は2人に届くはずだ。震えるがいい。恐怖するがいい。そして沈め。ヲ級に爆撃され、レ級に砲撃され、空母水鬼に撃沈されろ。そうして沈むがいい。今の自分のように、五体をもがれ砕かれた無力な姿となって海底に沈んでいくがいい。
「恐ろしいだろう……待っていてやる……!!」
「……」
ヨ級は2人の艦娘に対して何度もそう呼びかけた。……だが2人は終ぞヨ級のその呼びかけに反応することはなかった。身に覚えがある……あの冷酷なほどに無関心な眼差しをヨ級に向け、ただジッと佇むだけであった。
――五十鈴が……夕張が……アンタたちなんか……必ず……ッ!!!
もはや自身の肉体の半分以上を削り取られ、浮上する術もなくひたすら海溝の中を沈んでいくヨ級の脳裏に、いつかの艦娘の断末魔の姿がよぎり、その声が聞こえた気がした。
たった今ヨ級は理解した。あの駆逐艦は、今の自分と同じことを自分に伝えたかったのだ。そして……
「…………」
あの長良型と夕張型の、沈みゆく自分を見る眼差し……それは恐らく、いままで自分が散々沈めてきた艦娘たちに向けた眼差しと同じものであることを悟った。あの2人もいずれ誰かに撃沈されたとき、同じ眼差しを相手に向けられることだろう。そしてその時に悟る。今日、自身が沈めたヨ級が何を思いながら沈んでいったのか……そして彼女たちは、今日自分たちがヨ級に向けた眼差しが、自分たちに向けられた眼差しと同一のものであるということに気付くだろう。
そして、自分が沈みゆく艦娘たちの姿から目が離せなかった理由も分かった。自分は、轟沈した艦娘を見ていたのではなかった。その姿に重なる、沈んでいく自分自身の姿を見ていたのだ。
あの日沈んだ駆逐艦も、きっと今の自分と同じことを考えていただろう。そして自分を沈めた長良型と夕張型もまた、自身が沈むときに同じことに気付くだろう。そうしてその2人を沈めた自分の仲間もまた誰かに沈められ……きっとそうして連鎖していく。そうして戦いは巡っていくのだろう。誰かが誰かに沈められ、その誰かはまた別の誰かに沈められる。
恐らくは、自分が今まで散々沈めてきた数多の艦娘たちが、この海溝の底で待ち構えている。彼女たちだけではない。自身の仲間の深海棲艦たちもいるだろう。他の者に沈められた艦娘たちもいるだろう。自身を沈めた相手がやがて、この奥底に沈んで来る日を待ちわびながら。
底の見えない漆黒の海溝の中を沈んでいき意識が少しずつ薄れていくヨ級は、そんなことを考えながら目を閉じ、やがてヨ級の世界は閉じていった。
この巡る世界がまた、一人の命を奪った。
終わり。
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