グレモリー家の白龍皇 (alnas)
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予習授業のグレモリー
この邂逅は紅


どうも、毎度おなじみ? 作者のalnasです。
今回はヴァーリを主人公に書いていきます。
では、どうぞ!


 世界は悪意で満ちている。

 俺――ヴァーリ・ルシファーはそれを、幼いながらに知っていた。

 仮に、大きな悪意であれば、すぐに世界に対処されるだろう。だが、小さな悪意というのは人の目につかない。

 より詳しく言うのなら、自らが動かねば解決されることはない。

「と思ったものの、できることが逃げの一手のみとは、笑えないな」

 自虐的な笑みを浮かべながら、雪の降る、冷たい夜道を進む。

 暗く、照らす光もない世界。

 まるで、俺を表しているようだ。

 強大な力を宿したばかりに、父は俺を恐れ、祖父の言葉を信じ込んだ。

 結果、虐待に繋がったわけだが、それはもういい。どのみち潰そうと考えていた男だ。

「しかし、こうなるとどうしたものか」

 現状、前ルシファーの子であるリゼヴィムに襲われれば、なす術なく轢き殺されるだろう。超越者と渡り合うには、まだまだ力が足りない。

 それも、圧倒的にだ。

 なにより、衣食住が整わなければ生きていくことすら困難だろう。

 誰とも知れぬ自分が他の悪魔の領地に入れば、排除しに来るのは必至。最悪、この小さな体ひとつで、数日間を戦い続けることもあるはずだ。

 そうなれば、いまの自分に生き残る道はない。

 などと思考にふけながら、一人になったのに冷静である自分をおかしく感じる。

「不思議なものだな。それほど、家族を欲していなかったのか、もしくは――」

 その先を言葉にするのはやめた。

 なぜなら、驚異というのも生ぬるい存在が、眼前に降り立ったのだ。

「何者だ?」

 暗く見えないその先に、それはいる。

「いやなに。領地に見知らぬ悪魔が入ってきたという話を聞いてね。大量に積まれた書類の束から逃げ――失礼。魔王の義務を果たすため、様子を見に来たのさ」

 嘘のつけなそうな、それでいて、温かみのある声が響く。

 どうやら、いきなり襲ってきたりすることはなさそうだ。が、ここは一歩、踏み出してみるべきだろう。

「それで、俺を始末すると?」

「まさか。同じ悪魔――それも、子供を放っておくことができないから、保護しに来ただけ。のつもりだったんだけどね。うん、これは私も驚いた」

 なにに向けて放った言葉かわからない俺は、ただ、男性と思わしき声の主の次の言葉を待つ。

「確かに彼は危険にすぎる存在だが、その孫がこんなところにいるとは、思いもしなかったからね」

 暗闇の向こう。

 雲の合間から漏れた月明かりが、俺と彼の姿を世界へと映し出す。

「アジュカほどの情報網を持たない私では、キミがどう暮らしているのかも知れないわけだからね。こんなところに来ているとは、予想外。いや、違うかな。彼の思惑が見えない、というのが正しい」

 こちらに思惑もあったものじゃないが、俺を見据える男に油断はない。

 男――紅の髪を持つ、現魔王の一人。

「まさか、ここで魔王に会うことになるとはな」

 リゼヴィムが楽しそうに、そして憎たらしそうに語っていた悪魔だったか。

 サーゼクス・ルシファー。

 俺が目指す存在とは違うが、強者であることに変わりはない。

 相手取るには不可能に近い、か……。

 一目見ただけでわかる。挑むことさえバカらしいと。

「俺があんたと戦えば、一瞬のうちに殺される。だが、いまは挑んでもいいとさえ思える俺がいるのも事実」

 詳しいことまでは知らないが、リゼヴィムが煽るような相手だ。認めたくないが、あいつの孫である俺を見逃すとは考え難い。

「キミはいったい……」

 覚悟を決め戦闘態勢に入った俺とは裏腹に、サーゼクス・ルシファーは困惑の色を強める。

 じっと俺のことを観察するよに眺め、やがて、ひとつ息をはく。

「幼いキミをリゼヴィムがけしかけることはまずないだろう。なにか、私たちも知らない事情がありそうだ。どうだろう? キミさえよければ、一度ゆっくり話さないか?」

 その後発せられた言葉は、俺の予想のはるか上をいった。

 次に困惑したのは、当然俺だ。

 わけがわからない。因縁こそ知り得ないが、リゼヴィムの孫たる悪魔を、なぜそんな優しい目で見る? なぜ襲ってこない? どうして、俺を見ようとするんだ……。

「恐れられ、蔑まれてきた俺になぜ、そんな感情を向ける!」

「キミが悪魔である限り。そして、子供ならばなおさら、私は目を背けてはならない。キミの家族がどうかじゃない。キミがどうあるかが大切なんだ」

 サーゼクス・ルシファーはそこまで言うと、有無を言わさず俺の手を握った。

「なんのつもりだ!」

 咄嗟に手を弾くが、向こうは気にした様子もなく、再び握ろうとしてくる。

 その手をまたかわすが、何度目かのやり取りで、ついに手を掴まれた。

「このっ!」

 力任せに振り切ろうにも、それが叶うことはない。

「離せ! 俺をどうするつもりだ!」

 声を荒げると、やっと、目の前にいる魔王は口を開いた。

「ん? ああ、すまない。つい、迷子になっていた我が子を見つけたような思いになってしまってね」

「……バカバカしい。親子の関係なんて、あってないようなものだ」

「キミにとってはそうでも、私にとってはなくてはならないものだよ。この話は一度置いておくとして、とりあえずは私の城の来るといい。書類にまみれた部屋だけど、ここよりは居心地もいいはずだ」

 横で話しながら魔法陣を浮かび上がらせると、俺の手を引いて、魔法陣へと乗るよう催促される。

「はあ……」

 先ほどのこの男のように、ため息が漏れた。

 この状況では、逃げ出すことも不可能だろう。周りを見渡しても、利用できるモノはない。

 わずかな時間を空け、俺は魔法陣へと足を踏み入れる。

 瞬間、視界に映る景色は一転した。

 

 

 そこは、サーゼクス・ルシファーの言ったとおり。いや、それ以上にひどい有様だった。

「魔王としての義務とやらはどこへいったんだ、サーゼクス・ルシファー」

「ははは……こうして改めて見るとまいるね。この書類の束を片付けるのは骨が折れそうだ」

 言葉を紡ぐたび、顔から笑みが消えていく。

 どうやら、思った以上にやばいらしいことだけは理解できた。

 同時に、俺をどうこうしようとして捕縛する、といった思惑がないことも察せた。

「リゼヴィムの部屋とは随分違うな。書類さえなくなれば、無駄な物のない、綺麗な部屋になりそうだ」

 あまり追い詰めるべきではないと判断し、話題を反らす。すると、机に項垂れていたサーゼクス・ルシファーが話に乗ってきた。

「ああ、いい部屋だろう? そのうち、私の妻や息子の写真を飾ろうと思っていてね」

「家族、か……」

 母だけは自分を見てくれていた。父の気まぐれで産まされた俺のことを、大事にしてくれた。

 母とのやりとりは少ししかないものの、虐待の毎日において、家族というのを唯一感じることのできた時間。

 だが、自分を見る母の目は、とても寂しそうにしていた。

「俺にはわからない」

 気づけば、口から言葉が漏れていた。

「家族とは、心を乱すだけのものじゃないのか?」

「そんなことはないさ。家族は多くのことを教えてくれる。大事なものを、与えてくれる」

「俺の家族は、大事なものなどくれなかった」

 この一言で、サーゼクス・ルシファーは何事かを理解したようで、次いで、明かりの下に出たことで、俺の体にある傷を、その視界に収めた。

「そういう、ことか……リゼヴィム、あなたはどこまでも…………だが、これはいい機会なのかもしれないね」

 現魔王の一人は、俺に手を伸ばす。

 その大きな手が、髪に触れる。

「キミは魔王の血を真に引くものだ。私とは違い、生まれながらにして、悪魔を想い、前に立てる者なんだ」

「俺はなにも教わっていない」

「私が教える」

「俺は愛情も、家族に対する接し方すらロクにわからない。悪魔のことなんて想えない」

「想えるようになるさ。私もね、ひとつ、覚悟を持って決めたんだ」

 サーゼクス・ルシファーの言葉に呼応するように、部屋の扉が開き、銀色の髪の女性が入ってくる。

「あら、サーゼクス。職務を放棄して出て行ったかと思ったら、帰ってきていたのね」

「ああ、聞いてくれグレイフィア。待って、すまない。抜け出したのは私が全面的に悪い。それはわかっているから待って欲しい。まずは話を聞いてくれ」

「……なにかしら」

 目の前で繰り広げられる会話を聞いていると、突然、サーゼクス・ルシファーが俺の肩に両手を乗せ、部屋に入ってきた女性に俺の姿をしっかりと見せる。

「今日から私たちの養子になる、ヴァーリ・グレモリーだ。グレイフィア、どうか落ち着いて、私の話を聞いて欲しい」

 言い切った直後、女性から、魔王すら震える程の怒気が部屋中に膨れ上がったのを、俺は一生忘れないだろう。

「サーゼクス」

 抑揚のない声が、背後の男に向けられる。

「な、なんだろう」

 魔王でも声は震えるのか。わからないわけでもないが、いや、訂正しよう。よくわかる。

 この後は血みどろの惨劇が繰り広げられるのかと思っていたが、現実は、俺の予想を裏切った。

「こんな子がいるならもっと早く言ってください! 服や食事の準備だってさせる時間は優にあったのに、あなたはまたそうやって時間をムダにして! 第一、養子の迎えなら私が行けばよかったものを、あなたは勝手に抜け出して!」

 話についていけていないのは俺だけなのか。

 サーゼクス・ルシファーの発言から、この女性は彼の伴侶なのだろうことはわかる。

 だが、なぜこの者たちは俺の存在を簡単に容認するんだ?

 彼らについていけば、その理由も、この胸の奥にある整理のつかない感情にも、答えが出るのか?

 もし、そうなのだとしたら、俺は――。

「へえ。キミはそうやって笑うのか、ヴァーリ」

 そうか。俺は、笑っていたのか。

「わからないこと、知りたいことがあれば私たちがいくらでも教えよう。やりたいことも、好きなだけやってほしい。そして、いつか必ず――いいや、これ以上は野暮だったかな」

 それ以上の言葉はなく、サーゼクス・ルシファーはこちらに向け、手を差し出してきた。

 ああ、わかっていた。

 リゼヴィムとは違う、ルシファーたる悪魔。

 この人を見たときから、俺の中では、決まっていたんだ。

「…………よろしく、頼む」

 長い時間をかけ、ようやくその一言を口にする。

 俺の手は、気づけばサーゼクスの手を、しっかりと握っていた。

 




今回は初のヴァーリ・グレモリーという、ちょっと新しい試みなので、皆さんがどう思われるか心配でもあり、楽しみでもあります。
よければ、感想なんかを聞かせてもらえると嬉しいです。


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その温もりは

書類とグレイフィアと呼ばれていた女性に挟まれながら、部屋に散乱していた書類を片付けていくサーゼクス。

 先ほどまでの、どこか頼りない感じはすでになく、そこに悪魔のために動く魔王の姿があった。

「随分と張り切っているな」

 俺も床に散らばっている書類を拾い集めながら、サーゼクスに話しかける。

「そう見えるかい? 私にとっては、これが普通だよ。これでも魔王の一人だからね」

「そうか。なら、後ろに控えている悪魔の言葉も、しっかりと聞くのだろうな。立派だよ、魔王さまは」

「え?」

 サーゼクスが後ろを振り返るより早く、俺は書類集めに戻った。

 なぜかだと?

 サーゼクスの後ろには、魔王すら恐れる女性が、満面の笑みで佇んでいるからだ。

 背後で、何事かを冷え切った声で言葉にするグレイフィア。

 逃れられないと悟り、顔を青ざめさせながら聞くサーゼクス。

 おかしな光景だが、悪くない。

「ヴァーリ、どうかしたかい?」

 二人を眺めていると、サーゼクスから疑問の声が飛んできた。

「なにがだ?」

「なにがって、おかしな顔をしていたからね。楽しいことでもあったのかな?」

 おかしな顔? 俺はそんな表情をしていた覚えはないが……。

「おかしな顔だったのか?」

 グレイフィアにも問うが、当の彼女は、優しい笑みを浮かべ、俺を見つめるだけだった。

「せめて、なにか言ってもらいたいものだな」

「ふふっ、そのうち話してもくれるだろう。それよりヴァーリ。今日は早めに切り上げてグレモリー邸に行こうか」

 ここぞとばかりに声量を上げて言う。

 だが――

「サーゼクス?」

 ――グレイフィアがなんて言うのだろうか。

「……冗談だ。わかってくれ、グレイフィア。ほら、せっかくだから、親子で語り合わないといけないこともあるし、家の案内も必要だろ? 私たちは、まだ出会ったばかりだ。わかりあうには、早め早めの行動が」

「よくまあ、そこまで言葉が出てくるわね」

「落ち着こう。落ち着いて話し合うんだ!」

「ええ、落ち着いているわ。だから、今日は一度帰りましょうか」

 彼女の言ったことが理解できなかったのか、サーゼクスは返す言葉もなく黙り込み、室内から音が消えた。

 内心、俺も驚いている。

 会って数時間と経っていないが、サーゼクスの休みたい願望が僅かながらに含まれている要求を認めるなど、あり得るものなのか?

「そうと決まれば、今日やるべきことは三倍速で終わらせてくださいね」

 どうやら、俺の勘違いだったと見える。

 この人が、ただで帰らせてくれるわけがないと思い知らされた。

 余談だが、サーゼクスは五倍速で働かされ、心身共に疲弊しきった状態で、グレモリー家に転移した。もちろん、俺とグレイフィアを連れて。

 

 

 

 事情を一切説明していなかったのか、俺を拾ってきたという事実を前に、サーゼクス同様、紅の髪を持つ男性と、亜麻色の髪の女性が驚きを隠せずにいた。

「サーゼクス、おまえにはミリキャスがいるというのに、養子ときたか……そうか。二人目の孫か」

 髪の色からもわかることだが、サーゼクスの父親だ。

「とはいえ、ルシファーの名が世に出れば、もっと言ってしまえば、奴の名が出れば、それこそ混乱を招くぞ」

「こどもに罪はありませんよ」

 俺の肩を強く抱き、離すまいとする。

「父上、生まれてくる子に罪はありません。我々は、歓迎こそすれど、否定などあってはならない」

「サーゼクスのいう通りです。あなたの危ぶむところもわからないわけではありませんが、彼はルシファーではなく、グレモリーです。私たちの愛すべき子なのですから」

 小さな子を抱いた、亜麻色の女性が話に入ってくる。

 グレイフィアにその子をそっと渡し、俺にも視線を向ける。

「過去がどうあれ、サーゼクスが言うのだから、あなたもまた、真っ直ぐで強い男になりなさい」

 一言告げると、俺から離れていく。

「まったく。これでは、私が反対しているように映るではないか。ヴァーリと言ったね。サーゼクスは適当で、親バカで、呆れることも多いだろうが、いい目標になるだろう。困ったことがあれば遠慮なく言いなさい」

 気の利いたあいさつができればいいのだが、生憎、そんなものは知らない。

 首を縦に振り、意思表示だけに留める。

「ひとつ疑問が残っているのだが、俺はグレモリーでいいのか?」

 この場にいる全員に問うと、サーゼクスが代表して受け答えた。

「それは、ルシファーと名乗らなくていいのか、ということかい?」

「その通りだ」

「私は真なるルシファーではなくてね。現在の魔王は世襲制ではなくなったから、ルシファーとは名乗らず、グレモリーと名乗って欲しい」

 なるほど。

 根本からして、あのクソ悪魔の時代とは違うらしい。

「わかった。なら、俺はやはり、ヴァーリ・グレモリーでいい」

 自ら名乗りを決めたことで、サーゼクスとグレイフィアが嬉しそうに頷く。

「さて、残すは一人」

 サーゼクスの側に、グレイフィアが近づく。

「その子は?」

「私たちの子だよ。名を、ミリキャス。ミリキャス・グレモリーだ。そしてヴァーリ、キミの弟だ」

 グレイフィアが屈み、俺にも見える位置で赤子を抱く。

「サーゼクスと同じ、紅の髪の子か。なるほど、確かにグレモリーの子だな」

 思ったことを口にすると、突如、横にいたグレイフィアに片手で引き寄せられた。

「ヴァーリ。あなたも、もう私たちの子なのよ」

「私とグレイフィアの子たちだ。紅と銀。どちらもいて、最高にいいことじゃないか」

 銀……俺の髪のことだろうか。

 グレイフィアと似た、髪の色。

「……ああ。そうだな。俺はあなたたちの息子だ。そして、ミリキャスの兄として、この子を守ってみせる」

 まだ、力も知恵も足りない身だが、ここに来て、ようやく家族というものを本当の意味で知れそうだ。

「ミリキャス。まだ未熟で、家族もわからないが、おまえの――弟のことは、兄に任せろ」

 小さな手。

 まだ、生を受けて間もないだろう命。

 俺とは違う、温かい家庭に生まれた子。虐待も、小さな悪意にも触れたことがないのだろう。

「だが、俺もここで、生きていける」

 目の前の小さな手に触れると、指を握られた。

 まるで歓迎されているかのように。

 この日、俺は初めて、家族全員で味わえる温かみを知ることになる。

 みんなで食卓を囲み、他愛ない話や、今日のサーゼクスの失敗談。挙句、俺のことにまで話は及んだ。

 楽しい。

 そのたったひとつの感情だけが、俺の中に浮かんでいた。

 

 

 家族での会話が続く中、俺は一人抜け出し、静かなテラスに来ていた。

「俺は、ここにいてもいいのだろうか?」

 こぼした言葉は誰に聞かれるでもなく、消えていくと思っていた。

「私たちは、ここにいてほしいと思っていますよ」

 背後から、今日出会った女性の声が聞こえる。

 振り向かなくてもわかった。

「グレイフィア……」

「あなたの過去がどうであれ、もうグレモリーの――私の息子だもの」

 後ろから、包まれるように手を回される。

「不安はぜんぶ、私に預けなさい。その代わり、私からはその何倍もの愛情をあげるから」

「母、か。悪くないな」

 遠くから、俺たちを呼ぶサーゼクスの声が聞こえてくる。

 また、バカ話の続きだろう。

「戻ろうか。サーゼクスの話に付き合わないと」

「そうね。ヴァーリ、私のことはお母さんと呼びなさい。長い時間をかけてもいいから、必ず」

 ああ、まだ呼べないけれど。

 いきなりは照れてしまうけれど。

 先に行くと言った背中を見送りながら、ポツリと言葉が漏れた。

「そのうちあなたたちの前でも呼べるようになるよ――母さん」



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あの変動は信頼

今回はグレモリー家の一員になってから、その後の話おです。
原作にはまだ入りませんが、入るまでもわりと重要な話を書いていく予定ですので、どうぞお楽しみください。



 いつだって、誰かが側にいる。

 本当の孤独というものを知っている者は、世界においてごく僅かだろう。

「つまり、ここでの戦局に対しては、こちらの兵士を――」

「いや。それでは向こうが手薄になる。ここは――」

 そんなことを、私――サーゼクス・ルシファーは考えていた。

 正直なところ、ヴァーリが他人と接していけるかどうかは心配だった。

 幼い頃より虐待にあってきた彼が、果たして周りに溶け込んでいけるのかと。

「だが、必要なかったかな」

 少し離れたところで、ボードゲームについて話し込んでいる二人を眺める。

 一人は当然、私の息子、ヴァーリだ。

 うん、息子……。

 息子なのだが、いまだ一度たりとも『お父さん』とも、『パパ』とも呼んでもらえていない。この前、なんなら『親父』でもいいと言ってみたら、華麗にスルーされてしまった。

「せっかく父になれたのだから、一度くらいは呼んでほしいものなんだが……」

 強要する気はない。

 残念なことではあるが、ヴァーリは照れているだけだと思っている。

 ミリキャスを見る目には優しさがあり、普段暮らす中でも、憎しみや恨みといった感情を見せたことはない。

「ヴァーリ、そのままですと、あと二手で詰みます」

「それはない。こちらの駒を動かせばいい」

「なるほど。でしたら、これで返しも回避できますね――」

 いまも、無愛想ながらも隣の少女との会話を楽しんでいるようだ。

 二人目は、ソーナ。

 ソーナ・シトリーだ。

 グレモリーとシトリーは、ある共通の事情を持っているため、家同士でも、割と深い関係にある。

 ソーナは、シトリー家の次期当主という立場にあるが、次期当主としてではなく、ヴァーリの友人としてグレモリー家を訪れることが多い。

 いいことだな。若い世代同士が手を取り合う日も、遠くないだろう。

 ちなみに、ヴァーリは自由に生きたい願望が強いらしく、いずれ、次期当主はミリキャスに譲るだろうと、私とグレイフィアは考えている。

「サーゼクスちゃんも、よく思い切ったものよね」

「セラフォルー……ああ、そうだろうね。一般的に見るのなら、私のしたこは理解しがたいことなのだろう」

「ふふっ、同じ魔王としては、誇らしいわ」

 同じ魔王。そう、隣にやってきた黒髪の少女は、セラフォルー・レヴィアタン。

 私と同じ、四大魔王の一人だ。

 魔王を排出した家同士、なにかと面倒なことも多い。

「ルシファーを養子に、か。魔王と一部の悪魔しか知らないとはいえ、サーゼクスちゃんのしたことは問題がありすぎる。どうなるかわかってるの?」

 特に、こんな立場にある者としてのけじめなんかは、私を大いに縛る。

「わかっているさ。わかっているからこそ、私でなければならなかったんだ。父上にも言ったけれど、生まれてきた子に罪はないよ、セラフォルー。なにより、私の息子だ。ルシファーではない、グレモリーのね。であるなら、問題があってもなくても、私はただ、守り、育てるだけだよ」

「そう。ごめんなさい、ちょっと考えていることを聞くために、キツい言い方しちゃった。別に、ソーナちゃんのお姉ちゃんとしてはなにも問題ないわ。だってほら、ソーナちゃんと仲良いんだもん!」

 隣で大はしゃぎして妹の様子を記録するセラフォルー。

 シスコンとはこういうものか、と思ったものの、言うのは躊躇われた。

 仮に言ってしまっても、彼女なら嬉々として頷きそうではあるが……パワフルさでは、私も敵わないだろうな。

「魔王は四人とも、バランスよく振り分けられているのかもしれないな」

「ん? 魔法少女のことかしら? 確かに、最近の魔法少女ものって、いい感じにキャラが区別されてるわね! 知ってる? なんでも、駒王には筋肉隆々の、魔法使いの魔法、悪魔の魔力すら効かない漢の魔法少女がいるって噂!」

「それは魔法少女というカテゴリーに属しているのかい? ……いや、なんでもない。それより、息子と妹の微笑ましい様子を見守ろうじゃないか」

 私も記録を開始し、二人を画面に映す。

「アハハ、親バカねー」

 セラフォルーの何気ない呟きが耳に届いたが、私はヴァーリの変化していく表情の一瞬を捉えるため、反論する余裕はなかった。

 ちなみに、今回の記録映像はその後ヴァーリに発見されることになるが、それはまた別の話だ。

 

 

 

 またサーゼクスがうろちょろしている……。

 一人で書庫を漁っている俺――ヴァーリ・グレモリーは、紅い髪が棚の一角に隠れたのが視界の隅に映ったのを見逃さなかった。

 サーゼクスが俺を養子に迎えてくれてからというもの、定期的にあの奇妙な様子を目にする。

 ミリキャスの側でも同じような行動をしているところを見かけたが、いったいなにをしているのだろう?

「いや、サーゼクスのことだ。俺が認める、強く優しいルシファーがムダなことをするはずがない」

 きっと、いまの俺では気づけない小さなことも、魔王として解決しようと動いているのだ。

「邪魔するべきではないのだろうな」

 そう納得し、俺は手に取った本の内容を頭に入れていく。

 先日、上級悪魔が与えられる悪魔の駒をサーゼクスからもらったのだが、これがまた興味深い物だった。

「種族、または実力によって駒の適正数が変わる、か」

 ボードゲームのチェスを模倣した、精鋭部隊の制度。

 悪魔の種を絶やさないため、他種族を悪魔に転生させ、眷属悪魔とする。

 眷属悪魔には、チェスの特性を取り入れ、主人である悪魔が『王』。

 その下に、『女王』、『騎士』、『戦車』、『僧侶』、『兵士』の15駒。

「自分だけのチームを作れというわけか……面白い」

 サーゼクスに密かに教えてもらった話だが、リゼヴィムにはある能力が一切効かないということだ。

「フッ、思い出してみれば、愉快なものだったな」

 神器――それも、神滅具のひとつをこの身に有していることを知ったみんなの反応は凄かった。

 だが、一人として恐れる者はいなかった。それだけで、どれだけ救われているか……。

「そんなこと、おまえたちは気にしていないのだろうな」

 だからこそ、この場は温かい。

 陽だまりのようで、俺が影にいることを良しとしない家族たち。

 最近では、誰かといる時間の方が多いくらいだ。

「それにしても、転生悪魔か。眷属については興味はあるが、俺が認める強者となると、いったい駒の消費はどうなるんだろうな」

 机に置かれたひとつの駒を握る。

 『女王』の一駒。

 窓から差し込む光が、手の中の駒を妖しく照らし出した。

 

 

 あれから数時間書庫に篭っていると、近くに潜んでいるサーゼクスが通信用の魔法陣を展開しているのが見えた。

「――わかった、すぐに対処に向かう。ああ、ありがとう」

 緊急の用事でも入ったのだろうか? 魔王である立場からすれば珍しいことではないが、表情が険しいな。

 書庫を後にしようとするサーゼクスを放っておくのは簡単だったが、どうにも、この家に来てから――いや、あの人たちの息子になってから、俺も随分と周りが気になるらしい。

「サーゼクス、なにかあったのか?」

「ヴァーリ……少し面倒なことが起きてね。私はすぐ対処に向かいたいところなんだが――いや、相手はキミより二つか三つ下の子だったな」

 何事かを早口につぶやくと、考えをまとめ終えたのか、俺へと視線を向けてくる。

「先日、自らの主を殺した眷属がいてね。いまだ逃亡中のはぐれ悪魔なんだが、そのはぐれの親族がいたようで」

 事情を話し出すサーゼクス。

 はぐれ悪魔といえば、転生によって下僕悪魔になった者たちが、強力な力に溺れてお尋ね者になった悪魔だったか。

 そんな奴らの話を俺にしてなんになる?

 俺にはまだ、この人の思惑がわからない。

「それで?」

「はぐれ悪魔の元主は、眷属の親族にまで無茶な強化を強いろうとしたそうだ。親族を守るため、主を手にかけた。ことの顛末はこんなところかな」

 話し終えたサーゼクスは、なにか質問は? と視線だけで語ってくる。

「その、はぐれ悪魔の親族はどうしている?」

「それが今回の問題だよ。主を殺害した罪を押し付けられそうな状態でね。このままいけば、高い確率で処分されるだろう」

 責任の押し付け、か。

「サーゼクス。あなたは前に言っていたな」

「なにをかな?」

「こどもに罪はない。相手は俺より下の、こどもなのだろう? なら、やはりその子にも罪はないはずだ。そもそも、眷属を大事に扱わない王が悪い。俺にはまだ眷属はいないが、強化の強要など間違っていると断言できる」

 俺はもう知っている。

 家族が危険を冒すとき、そこには必ず想うべき人がいるのだと。

 ならば、残された者を守るのが王だ。

「俺が目指す王は、俺が背中を追う魔王は、必ず手を差し伸べる」

「そうか。なら、その魔王の息子は、もちろん協力してくれるんだろうね」

「なに?」

 ここにきて、俺は少なからず、サーゼクスの考えを理解した。

「いまのキミなら、正しく、それでいて優しい行動がとれるはずだ。こどもの心を開いていく希望は、私のような大人ではなく、もう次の世代へと渡ろうとしている。ヴァーリ、転移すれば、すぐにその子に会えるはずだ。どうか、優しい少女の心を開いてあげてくれ」

 グレモリー家に来てから、短くない月日が経った。

 そうだな。

 俺がもらってきた優しさを、今度は俺が与えるべきなのだろう。

「…………わかった。俺なりにやってみよう」

 目の前で、サーゼクスがひとつ頷く。

 すると、足元にはすでに転移用魔法陣が浮かび上がっていた。

 服の内ポケットに常に入れている物を確認し終えると、転移が始まる。

 最後に映ったサーゼクスの顔には、優しい笑みが浮かんでいた。



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その強さは我が儘

書いていて、ちょっとぐだった感じになりました。
あと一話過ぎたら原作突入していくわけですが、もう少しばかり、ヴァーリくんの過去話におつきあいください。
では、どうぞ。


 転移してすぐ、薄暗い部屋へと視界が切り替わっていた。

「ここか……」

 しかし、屋内ということはサーゼクスは完全に対象の位置を把握していたのだろう。

 元より解決に向かおうとしていたのだ。事前に解決策は用意されていたはず。

「となると、俺がかき乱した形になってしまったわけか」

 悪いことをした、などと思うつもりはないが、余計な手間を取らせたな。

「…………あなたは」

 しばらく部屋の真ん中で様子をうかがっていると、小さな声が、隅から聞こえた。

「あなたは、誰ですか?」

 視線をそちらに向けると、頭部から猫耳らしきものを生やした少女が、縮まって座っていた。

 猫又か? もしくはそれに似た妖怪の類だろうか。

 明かりの乏しい部屋だが、わずかに入ってくる日の光が、彼女の白髪をより鮮明に映し出す。

「あの、あなたはいったい……」

 しばらく眺めていると、また同じことを訊かれた。

 そういえば、一度も名乗っていなかったな。

「ヴァーリ。ヴァーリ・グレモリーだ」

「悪魔の方ですよね? やっぱり、姉さまの件で私を処分するためにここに……」

 よく見てみれば、彼女の体にはいくつもの傷があった。

 幸いにも深手は負っていないようだが、放っておけば感染症の類にかかることもあるだろう。

 この部屋にも、生活感がない。

 中は荒れているし、手入れも行き届いていないときた。

 廃墟と変わらないな。

 思うに、本来の住居を追われ、姉とやらが殺した主の眷属や親族の配下から狙われている中、かろうじて逃げ延びた、といったところか。

「俺はおまえを捕らえるためでも、殺すために来たわけではない」

「なら、どうして」

 目の前の少女の瞳には、なにやら譲れないことへの決意と、自分を、自分たちを襲う世界の規則に抗おうとする強い意志が感じ取れた。

「どうして、か。強いて言うなら、放って置けなかったからだろうな」

 強者と呼ばれる者に至るには、ふたつの道がある。

 ひとつは、悪意を持って力を際限なく振るい、他者の幸せを奪う道。

 もうひとつは、譲れないなにかを護るため、脅威に立ち向かい続ける道。

「俺には、目指すべき者がいる。少なからず、あのひとの影響を受けていたということだ」

 ルシファーを名乗っていた頃なら、考えもしなかっただろう。

 奴への怒りだけは抑えられないが、まさか、俺が他者を想えるようになるなんて。

「それは――」

 少女から声が漏れたとき、外から声が聞こえてきた。

『ここだな! あのはぐれの妹が逃げ込んだのは!』

『気をつけろ、奴の妹だ。いったいなにを仕出かすかわかったもんじゃないぞ!』

 外からこちらを囲おうとしているのだろう。

 四方から魔力を感じる。

「すでに攻撃準備はできているらしいな」

「えっ……!?」

 周りの様子に気づいていなかったらしく、よろめきながら立ち上がる。

 主を殺したはぐれの妹らしいが、姉とは違い、戦いには慣れていないのがわかる。

「強さを持ちつつも、いまだ強さを自覚せず、かな」

 悪くない。

「だが、物事には順序というものがある」

 周りを取り囲む奴らの位置は把握した。

 右手に集まる魔力が、いつの間にか思ったよりも多くなっていることに気づく。

「フッ、俺もまだまだだな。自身の感情に揺られ、制御もままならないとは」

 サーゼクスの立場というものもある。後々面倒をかけないためにも、消し飛ばすのは悪手。

 抑えに抑えた威力の魔弾を、周囲に展開する。

「俺の父に感謝しろ。罪なき小さな者を裁こうとした貴様らの命、いましばらくは現世に留めてやる」

 侮蔑と共に放った魔弾は四方に散り、部屋の壁を突き抜け、外へと突き抜けていく。

『があっ!?』

『い、いったいなにがぐぼぉっ!?』

『おい、しっかり――ッ!』

 一瞬の出来事に対処できなかったのだろう。

 外からは、何度か奇声が上がった。

「手加減はした。三日もすれば正常に動けるようになる」

 やはり、こんなところで相棒の力を使うことはなかったか。

 いや、当然だな。

 それよりも、俺は俺のやるべきことを優先しなければ。

「おまえ、名前は?」

 起きたことが理解できずに呆然と佇む少女に問う。

「あっ……白音です」

「そうか。話の途中になっていたが、俺はおまえを保護するためにここまで来た。事情はどうあれ、一緒に来てもらえるとありがたい。安全は、魔王の一人が保証してくれる」

「外の人たちは?」

「倒した。死んではいないが、当分の間は動けないはずだ」

 しばらく待っていると、少女は俺の側まで歩み寄り、俺の手を握ってきた。

「助けてくれて、ありがとうございました」

「別にいい。俺がそうしたくて動いただけのことだ。それに、どうあれ俺が動かなくてもキミは助かっていた」

 おまえからキミに変わったのを、自然と受け入れていた。

 そうしないといけないとか、思っていたわけじゃない。ただ、近づいてきた少女に対し、距離が縮まったのかもしれない。物理的な、でも、心理的な距離が。

「とりあえず、キミを領地まで運ぼう」

 手を握ったまま、外へと出る。

 すると、すでに転移用の魔法陣が用意されていた。

 早めに帰ってこいということかな。

 そちらに足を向けようとすると、手を引っ張られた。

「なにかな?」

 訊きはしたものの、瞳に映る覚悟から、俺は彼女の願いを察していた。

「姉さまは、確かに主である悪魔さんを殺したんだと思います……でも、私は姉さまに身代わりにされたわけでも、見捨てられたわけでもないのを知っています」

 彼女は、小さな声でそう語った。

 その後も、話は続く。

「主である方は、眷属である姉さまだけでなく、私にも無茶な強化をしろと言ってきました。偶然でしたが、私は姉さまと主が口論に発展していく様子を、見てしまったんです。その中で、私を護るために、大事に思ってるからこそ、あの人は自分の立場なんて関係なく私を救ってくれた! でもそれは……私が弱いから。いざってとき、自分の身すら守ることができないから!」

 白音の独白は、自分を責める意識がこもっていた。それでいて、姉を想う気持ちが多分に含まれている。

「私は、弱いままの私でいたくありません! 姉さまに守られたぶん、今度は私が姉さまを守りたい!」

 誰かを守る。

 強者と呼ばれる者に至るには、ふたつの道がある。

 ひとつは、悪意を持って力を際限なく振るい、他者の幸せを奪う道。

 もうひとつは、譲れないなにかを護るため、脅威に立ち向かい続ける道。

「それがキミ――白音の譲れないものか」

「はい」

 真っ直ぐに向けられた目。

 幼い俺とは違う、家族を想う温かで強い瞳。

「俺にも、似たような時期があった。俺は、手を差し伸べてくれた人たちのおかげでいま、この場所にいられる」

「なら、私も同じです」

「なに?」

「私にも、手を差し伸べてくれる人はいましたから」

 微笑み、俺の手を握る力がわずかに増した。

 手に感じる力から、俺にも守れたこと伝わってくる。他人に優しさを向けられることに気づいた。

 ここに来る前、自分で言ったのではないか。

 残された者を守るのが王だ、と。

「俺の譲れないなにか――そうか、中々に皮肉が効いているが、いまの俺には悪くない」

 いつか必ず、それを誇れる日も来るだろう。

 服の内ポケットに入れてある物を取り出す。

 純白の、チェスの戦車に類似した悪魔の駒。

「白音、強くなりたいか?」

「当然です。目の前から家族が消えて泣いている自分なんて、もう見たくないです」

「ああ、俺も、強くなりたいんだ。ずっと先にいる、あの人と並んで歩いていけるように。いつか、あの人に誇れるように」

 きっと、こうなることをどこかで望んでいた。眼前に立つ少女が願ったよりも前。

 サーゼクスと話していたときから、この状況を望んでいたに違いない。

 手に握る悪魔の駒を、白音へと向ける。

「情愛と、力を望む想い。俺は、このふたつを持ち合わせる者を探していた。俺の眷属になれ、白音」

「私に手を差し伸べてくれた人が、ヴァーリさまでよかったです」

 こちらの提案に、待っていたと言わんばかりに頷く。

「私、強くなります。それで、姉さまを助けたら、置いて行かれたことと、心配かけさせたぶんの怒りをぶつけるんです」

「それはいい。強くなったところを、存分に見せてやるといいさ」

 白音が微笑み、俺から駒を受け取る。

 それは彼女の体の中へと入っていき、姿を消した。

「私のわがまま、聞いてくれて、ありがとうございます」

「構わない。俺にとっても、好ましい」

 二人して、笑みを浮かべる。

 こうして帰った俺たちだが、帰ってからが大変だった。

 サーゼクスはことの成り行きを予想していたのか、大らかに頷いていたが、事情を知ったグレイフィアは、俺を危険(だと思い込んでいる)任務に一人で行かせたサーゼクスに雷を落としたりと、次々に予想外の展開が訪れる。

 ちなみに、雷は文字通りに落ちた。

 それはもう、見事なまでに特大のものが。

 魔王の土下座によって事態は収集し、白音の身はサーゼクスによって保護してもらい、以後、俺の監視下のという建前の下、自由が与えられた。

 別に監視する気もなければ、自由を縛る気もない。

 まあ、強くなりたいと言ったんだ。

 そして、俺もそんな眷属を欲している。だとすれば、することはひとつだろう。

「何事も、早いうちからおこなうべきだ」

 読んでいた本を机に置き、席を立つ。

 強くなるには、特訓あるのみ。

 俺は静かに、白音の部屋へと足を向けた。




いかがだったでしょうか?
次回は、駒王学園入学あたりまで話を進めたいと思います。
感想なんかを貰えると嬉しいです。


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このお得意様は魔女

 月日が流れるのは早い。

 誰かがそう言っていたのを、よく覚えている。

 語っていたのは、サーゼクスの眷属が一人、沖田だっただろうか? 彼との特訓はいい経験になった。

 基礎の基礎から始まり、徹底した芯の強さを教わることができたのは、幸いだ。

「白音、ペース的にはどうだ?」

「はい、余裕です」

 そんな俺も、いまは教える側に立つとはな。

「ところでヴァーリ様、私まで学校に通ってよかったんですか?」

 俺の初めての眷属悪魔――搭城白音は、周りを跳ねながら俺に問う。

 学校に通う、というのも俺たちは現在、人間界の日本にいる。

 ちなみに、搭城というのは、日本で生活する上で苦労がないようにつけられたものだ。

 本人としては、それなりに気に入っているようだが。

 一応、グレモリー家次期当主とされている俺が、日本にいる間与えられた管理地がここ――駒王町だ。

 春から駒王学園の高等部に通い出した関係上、白音を中等部に編入させたのだが……どこか疑問に思うところがあるのか?

「俺の眷属が一人家で留守番など、楽しくもないだろ。それに、できる限り普通の生活というものを知っていてほしいんだ」

 幼少期。あのまま暮らしていれば、俺にだってこの生活はなかったはず。

 だからこそ、こうしたささやかな幸せというものを、しっかりとその身で感じて欲しい。

「もっとも、それと戦闘は話が別だがな」

「わかってます。ですから、こうして特訓しているわけで」

 険しい山道の中、白音は乱立する木々の中を蹴って移動してくる。

 器用なことに、尻尾をかぎつめのようにして吊る下がったりと、芸が細かい。

「強者はいつ襲ってくるかわからないからな。できる限り体を作っておくのは必要だ。でないと、おまえの目標にも届かないぞ」

「むっ……私はまだこれからが成長期ですから。力も、あと――……身体も」

 自身の姉を超える、か。

 潜在的なモノで言えば相当だとサーゼクスからも聞かされたが、いまはそれより、力を使うための体力作りが優先。

「成長期なら、一滴も逃さず吸収して強くなれ。身体の方は……まあ、頑張れ」

 グレイフィアにも散々言われたことだが、俺は女性に関しての問題点が多いらしい。

 この前も、ソーナに『あなたはもう少し異性に興味を持ったらどうですか?』などと言われたが、その言葉はそっくりそのままあいつに返しておいた。

「まあ頑張れって……私は姉様を超えるためだけじゃなく、ヴァーリ様の」

「白音。学校では人の目が多い。これからは先輩とでも呼んでくれ。その方が、騒ぎも起きなくていい」

「話は最後まで聞くものですよ、ヴァーリ先輩」

 声に若干の呆れと安堵があった気がするが、触れるべきじゃなさそうだな。

「あと一回りしたら今日の朝練は終わろうか。そうしたら」

「朝ごはんですね」

 目をキラキラと光らせる白音。

 うちのお猫さまは、耳をピコピコと動かし、待ち遠しそうに山を駆けていく。

「あれなら、そのうち上級悪魔にも届くだろうな」

 基礎体力はすでに相当のものになりつつある。加えて、仙術の特訓も開始したことだ。

 近いうちに、相棒の力も借りて相手をしてみるか。

 

 

 

 朝一での特訓を終えた俺と白音は、朝食をとるために歩いていた。

「しかし、二人で暮らすとなると問題が多いな」

「そう、ですね……」

 二人して食事も満足に作れないものだから、問題なんだ。

 かと言って、白音はまだ幼い。できるだけ栄養価の高いものを食べてもらいたい。

「料理のできる人材を探さないといけないか」

「ヴァーリさ……先輩ができないのはどうかと思います」

「俺はジャンクフードでも問題ないからな。あと、誰かしら作ってくれる人がいたのがまずかったかな」

「そこに関しては、私もですけど」

 白音も眷属になってからは、同じように食べる側だったからな。

「今日はどうする?」

「ケーキと羊羹で」

「それは食後の話だろ。朝食をどうするかって意味で言ったのだがな」

 甘いものが好きなのはいいが、毎日毎日、よく飽きないものだ。こうも続くと、呆れを通り越して尊敬するな。

「まあ、ケーキと羊羹は帰りに買っていくから、とりあえず朝食として食べたいものを挙げていってくれ」

「わかりました。なら――」

 その後ピザ屋に連れてかれたわけだが、料理に関しては早急にどうにかしないといけないことだけは理解した。

 

 

 

 学校生活というのは、ずいぶんと平和な時間だ。

 特訓するわけでもなく、襲撃されるわけでもない。

 ただ平穏な日常を送るためにあるようにすら思える。

「実際は違うと、わかってはいるのだがな。人と悪魔の……いや、俺との感性がズレている証拠か」

 サーゼクスが是非通って欲しいと言っていたのが思い出される。グレイフィアと二人がかりで入学しろと迫ってきたな。いや、あれは俺でもどうにもできなかったよ。

 親のわがまま、とでも言えばいいのだろうか?

 初めての経験だったが、不思議と、悪い気はまったくしなかった。どこか温かく、少しお節介な……あれはなんて言えばいいのかな。俺の中に浮かぶ感情に名前がつけられない。

 きっと、この感情の正体を知れたら、俺はまた一歩、あの背中に近づける。

「ゆっくりと、見極めるとするか。それもまた、強さへの答えだ」

 求める強さは、ただの力であってはならない。

 俺の求める力も、そろそろはっきりしてきたな。ルシファーではなく、グレモリーとしての強さ。そして、憧れにも似たあの人へ届くための力。

「目標は遠いが、同じ目標がある者同士、白音に負けないよう俺も追い続けないとな」

 となれば、まだまだ特訓をしないといけなくなったわけか。面白い! やはり目標は高い程楽しめる!

 相棒の話で聞かされた強敵との死闘もいいが、いまはやはり、俺自身の目的のために動かないとな。

『いずれ出会うライバルとの心踊る戦いよりも、求めるものがあるとはな。おまえは本当にいい相棒だよ、ヴァーリ』

 俺の中でそんな声が響く。

 相棒と話しながら、昼休みが終わる鐘の音を聞いた。

 

 

 

 悪魔の仕事は、基本的に夜に行われる。

 それは人間との契約を結ぶことだったり、魔王や上級悪魔からの依頼。挙げていけばキリがないほどに多岐に渡る。

 中には魔法使いとの契約もあったりするのだが、今日の夜は普段と事情が違った。

「まさか強制的に転移させられるとは。この俺が対応する間も無く呼ばれる相手か……興味深いな」

 視線を向けると、魔法使いの衣装をまとった金髪の少女が一人。

 周囲を見渡すも、部屋の中には他には誰もいない。

「驚いたな。もしかしなくても、キミが俺を呼んだのか?」

「えっと……私も悪魔さんを呼ぶ気はなかったのですが、なんででしょう?」

 困ったような笑顔を浮かべながら首を傾げられても、俺だって困惑しているんだが。

「とりあえず、事情くらいは聞こう」

 グレイフィアからも、いきなり攻撃するのはよくないと散々言われて育ってきたのだ。急な事態にも冷静な対処が求められる。

「始めに、キミは何者だ?」

「は、はい。『黄金の夜明け団』所属のルフェイ・ペンドラゴンです」

「なに?」

 『黄金の夜明け団』の魔法使い、か……。偶然とは言え、悪くない。

「俺を強制的に呼び出すだけのものは持っているということか」

 所属までは聞いてなかったのだが、素直なのか抜けているのか、心配にはなるな。

「一応、呼び出されたからにはなにかしらの取引の話はしたいんだが、構わないか?」

「悪魔さんはそういう存在ですよね。大丈夫です」

「いや、そういった存在というわけではないのだが――いや、いい。それで、なんで俺はここに呼ばれているんだ?」

 原因も解明しておきたいところだが、先ほどの言動から俺がここにいるのは偶然であることが見受けられる。ならば、彼女には悪魔を呼ぶ理由もないことになる。

 見たところ、それなりに力を持っていることはわかるが、『黄金の夜明け団』と言えば、近代魔術を始め、禁術にも触れている話はよく耳にする。

「ルフェイ。キミは組織において、どの程度の位置にいる人間なんだ?」

「私ですか? 一応、将来を見越した上で期待している、とは言われていますが」

「なるほど。優秀な魔法使いに違いはないわけだな」

 将来を有望視されているなら、偶然にも俺を呼ぶことだってあるだろう。それこそ、変な術式を組んでいたら尚更だ。魔法使いならば、それくらいやりかねない。

「ふふっ、悪魔さんって、もっと怖いものだと思ってました」

 いきなり笑みがこぼれたので顔を覗けば、そんな一言が漏れた。

「私、年齢的にはまだ幼いので、話の合う相手や友達が少ないんです。兄はいるんですけど、兄は兄で、少々問題があると言いますか」

「そうか。なら、俺が話し相手くらいにはなろう」

「本当ですか!」

 なぜ誰も彼も、相手を求めるのだろうか。

 そこまで嬉しそうにする理由はなんだろう。俺も、彼らと接するときは、笑っているんだろうか?

「悪魔さん?」

「あ、ああ。本当だ」

「でしたら、名前を教えてください。お話する相手は名前で呼びたいです」

『他者に近づくには、名前で呼び合うのがいいんだ』

 サーゼクスに言われたことを思い出す。笑っているかは知れないが、そうだな。

 名前で呼び合うことが、歩み寄る一歩になる。

「……ヴァーリ。ヴァーリ・グレモリーだ」

「はい、ヴァーリさん。ではこれから、よろしくお願いします」

 無垢な笑顔で差し出される手。

 どうも、あの日から、俺の周りには優しい顔をする人が多い。

「よろしく頼む。俺でよければ、いつでも話し相手になろう、ルフェイ」

 おかげで、この手を素直に握ることができる。

「ところで、これって悪魔さんとの契約になるのでしょうか?」

「まあ、なるだろうな。事実、召喚されているのと変わらないわけだからね」

「えっと、私は対価になにを要求されるのでしょう」

 この程度、特に大層なものは望まないのだが、さて、どうするか?

 考え始めてすぐ、最近問題になっていたあることを思い出す。

「ルフェイ、料理は得意か?」

 この一言で、俺と彼女の付き合いは、正式に始まることになった。

 

 

 何気ない話や、組織に身を置く者の情報。彼女個人の身の上。

 契約してからというもの、彼女は飽きることなく、週一の頻度で俺と話している。

 おかげで白音にも人が作るものを食べてもらえているが、まさか、魔法使いとの契約が本格的に始まる前から繋がりを持つことになるとは、思ってもみなかった。

 そんな俺も、実は高校2年生へと進級していた。

 月日が流れるのは早いもので、ルフェイがお得意さまになってから1年が経とうとしているのだ。

「いまだ眷属は白音一人だが、なに。せっかくなら、眷属はじっくりと強さを見極めた者を加えたいところだな」

 一人、是非とも眷属にしたい人間がいる。

 現在は勧誘している最中だが、また今日も足を運ぶつもりだ。

 鞄を手に持ち、教室を後にする。

「さて、それまでは白音の特訓に付き合わないとな。最近は接近戦の動きも良くなっているし、あれで回避行動までうまくなったら俺も危ないかな?」

 相棒の力を借りて特訓しないと危険なときが出てきたことを考えれば、破格の成長スピードだろう。

「おい、向こうで女子が着替えてる部屋があるんだとさ」

「なに!? 着替えあるところに我らありだ! 行くぞ!」

「当たり前だ! 俺たちはこの学校で、ハーレムを作るんだからなぁ!」

 廊下を歩いていると、前から三人の男子生徒が駆けてくる。

 見ない顔だ。今年入ってきた1年生か。

 三人とすれ違いざまに、一人の生徒がこちらを見ていたのに気づいた。

 一瞬合った瞳の奥。そのさらに先に、激情とも取れるナニかが、一瞬牙をむいたような気がした。

 なんとなく、赤い色が似合うような気がした少年が気になり振り返ると、すでに階段を駆け上がっていく音だけが聞こえてきた。

 赤……まさかな。

 わずかに湧いて出た衝動を押さえ込み、再び歩き出す。

 この先のことを、なにも知らぬまま――。



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旧校舎のディアボロス
あの後輩は歪


 まったくもって騒がしい。

 ここ一年で、校内の騒ぎがいままでの数倍にました。

 元凶が俺たちの学年ではないからいいものの、騒ぎの中心にいる三人組は、悪い意味で有名な生徒たち。

「昼間からうるさい奴らだ。そうまでして見たいものなのか?」

 窓の外を見下ろすと、何人もの女子生徒たちに囲まれた男子が三人、正座して震えているのが見えた。

 よく見ると、頰が膨れ上がっている。すでに何発かもらった後のようだ。

「毎度懲りないな」

「そうですね。彼らは賑やかなのはいいのですが、いささか卑猥すぎます」

 独り言のようにつぶやいていると、横から言葉が返ってくる。

「ソーナか……生徒会の仕事か? 大変だな」

「いえ。私が望んでしていることですから。あなたこそ、この地を任されている身として、苦労が多いんじゃないですか?」

「そうでもない。優秀な眷属に、お得意様がいるからね」

 答えると納得したのだろう。

 それでは簡単ですね。などと言ってくれる。

「私もそろそろ眷属を増やそうかしら」

「ほう。ソーナのおめがねにかなった人材がいたのか。そいつは相当いい者なんだろうな」

「ふふっ、いま交渉中ですから、正式にOKを貰えたらあなたにも紹介するわね」

「楽しみにしておこう」

 生徒会の仕事が多いのだろう。

 話を終えると、すぐに行ってしまった。

「もう三年か。学生も悪くないな、サーゼクス」

 眷属はいまだ白音一人だが、俺は眷属の数より質を取りたい。焦って選ぶより、じっくりと見極めてからがいい。

「とはいえ、こちらも交渉中の者がいることを話しておくべきだったか?」

 すでに生徒会室に向かってしまったソーナには悪いことをしたかもしれないな。

 だが、こちらはいまだ正式に了承してもらえそうにない。

「いや、焦ることはないな。ゆっくり話を進めていけばいいさ」

 再び窓の外に視線を向けると、その先では、兵藤一誠が女子生徒五人に袋叩きにあっていた。

「情けない……」

 最初に出会ったときに感じたあの気配。

 あれはやはり気のせいだったのか……?

 攻撃を避けるでもなく、防ぐわけでもない。無様に逃げ回り、捕まれば即暴力の餌食。

「兵藤一誠。キミは俺になにを教えてくれるんだ?」

 どれだけ経っても才能の片鱗すら見せない男。

 故意に隠しているのか、俺の勘違いなのか。それを判断するだけの材料が、どこかにないものか。

『ヴァーリ、なにかがこの町に入りこんだぞ』

 兵藤一誠を試すものがないかと考える俺に、相棒が話しかけてくる。

 なにか、か。

『感じからして堕天使だろうな』

 そうか。

 俺があの人から任された土地に土足で立ち入るとは……バカなやつだ。

『どうする?』

 心の内から、相棒が楽しそうに聞く。

 答えなど、最初から決まっている。

「叩き潰すだけだ」

『なに、任せるさ。おまえが望むのなら、ヴァーリ。こちらはいつでも力を貸そう』

 ありがたい。

 面倒事を起こそうものなら対処しよう。誰かを狙おうというのなら、その前に奴らを狩ろう。

 もう放課後だ。学校から出て行っても、誰も止めはしないだろう。

「兵藤一誠。キミに当ててみるのも面白そうだったが、やめておこう。この地でなければ、そうしていたかもしれないね」

 机にかかったバッグを掴み、教室を後にする。

 校門をさっさと抜け、力を感じた方角へと進む。

 近づくにつれて力量がわかってくるが、このぶんならアルビオンの出番はなさそうだな。

『この程度では楽しめないからな。別に構わないさ』

 だろうな。俺も、おまえの相手にはふさわしい者でないと納得できない。

『お互い苦労する生き方だな。神や魔王どもを相手にした者の言葉だ。案外、聞き流せるものでもないぞ?』

 わかっているさ。だが、俺が追う背中はもっと生きづらい男だ。

 小さなプライドかもしれないが、それはそれで悪くない。

 アルビオン――二天龍の一角が笑う。

 二天龍。

 いまは互いに睨み合っている、天使、堕天天使、悪魔の三陣営が戦争をしていたころ、唯一手を取り合い相手をしたとされる存在。

 現在は魂を神器――「聖書の神」が作ったシステムによる能力――に封印されているが、その中でも神すら滅ぼすことができる力を持つと言われる神器、神滅具として確認されていたりする。

 幼少期はこの力と出生元のおかげで無事では済まなかったが、成長したいまなら、この巡り合わせにも感謝できるものだ。

「さて、あまり時間を無駄にする相手でもない。さっさと終わらせようか」

『だな。戦は楽しいが、弱者を排するのは楽しみが微塵もない』

 大木の影にバックを置き、森の奥へと入る。

 いましがた駒王町についたばかりだろう。拠点をすでに用意している可能性もあるが、一休みといったところか? 緩いな。そんな暇があるのなら戦力を整えるべきだ。

「もしここに立っていたのがソーナなら、周り一帯を囲まれ、飛ぶこそさえ困難だったかもな」

 一歩、また一歩と足を前に。

 すると、樹の上から声がかかる。男性のものだ。

「おや、誰かと思えば。これはこれは、この土地を――は?」

 瞬間、そいつが被っていたと思わしき帽子が足元に落ちた。どれだけ待っても、男性の声が二度と聞こえることはなかった。

 数秒遅れて、上半身が消し飛び、下半身だけとなった肉塊が背後に落下する。

「呑気に話しているほど、暇ではない」

 その下半身も魔力を以って消滅させた。

 やはり、神器を使うまでもない。

 あいさつ代わりに放った魔力弾一発で終わるとはな。どちらにせよ、この程度では兵藤一誠の力を試せるはずがない。

「な、なによあいつ!」

「ドーナシークが一撃で!? ウソでしょ!」

「聞いてないわ! あんな若い悪魔がここまで強力な力を持つなんて!」

 全部で四人いたのか。

 一人を消すと、他の三人が騒ぎ立てる。だが、この程度で俺の力を測られるのは気に食わないな。

「くっ、三人でかかれば勝機はある! いくわよ、ミッテルト、カラワーナ!」

「そうね。ドーナシークの仇はうって見せるわ!」

「ええ! あなたについてきた身なんだから、レイナーレ!」

 三人で同時にとは言ったものの、実力差は明白。

「あまり騒がないでくれ。強い者の話は聞くし、優しい者の言葉にも耳は傾けよう。だが、サーゼクスから任された土地を荒らすバカだけには、躊躇しない」

 企みだとか、任務だとか、関係ない。

 なにかするのであれば、事前に一言あれば容赦なく消しには来なかった。けれど、おまえたちは俺にあいさつすらなくこの土地に降りたのだ。

 ならば、覚悟はとっくにできていると思っていたんだがな?

 右手の先に、魔力が溜まっていく。

 先ほどの一撃よりも、遥かに威力が上がっているのがわかる。

「レイナーレ、どういうことなのよこれは!」

「知るわけないじゃない! こんなの、こんなのぉぉぉぉぉぉっっ!!」

「やってやるわよ!」

 三人がこちらに突っ込んでくるが、もう遅い。なにもかもが、遅いんだ。

「消しとべ」

 一発。

 溜めた魔力の一撃を撃ち出すだけで、三人の堕天使はこの世から姿を消した。その最後には、声すら届くことなく、静かに消滅するのを確認。

「終わったか。これで今日のぶんの仕事は片付いたな」

 体を動かすことなく、魔力だけでとは。実戦が少ないと鈍るのだがな。

「夜は白音と特訓コースもいいかもしれないな。彼女にも平和ボケがうつっていたら大変だ」

 特訓内容を組みつつ帰り道を辿っていくと、噴水が特徴的な公園に入る。

 森の中からこの公園に続いていたのか。新しい発見だったな。

「……なに?」

「え? ヴァーリ先輩!?」

 噴水の前には、兵藤一誠が構えて立っていた。

 まさか、森で起きた異常を察してここまで……? 構えは初心者のそれに近いが、足運びは慣れたものだ。

「動くことだけは得意そうだな」

「……そうっすかね? 毎日女の子に追いかけ回されてるんで、足腰が鍛えられただけじゃないっすか?」

 額に汗を浮かべながら、そう返してくる。

 俺を警戒しているようだが、やはり、力の一端すら感じ取れん。

 公園から森までの距離は大してないぞ? この距離なら、なにかしらの力を発現させていてもおかしくはないのだが。

 最初に彼を見かけたのは、高校二年に上がったときだったか。

 瞳の奥にくすぶる激情を感じたのは、そのときだったな。あれ以来だろうか? 彼の隠す力を見てみたくなったのは。

「ヴァーリ先輩、俺はもう帰るところなんで、また明日も学校で会いましょうよ。ほら、先輩も忙しいでしょう?」

 俺と兵藤一誠が面と向かって話すのは、たぶんこれが初めてだろう。

 お互い、噂の多い身であるだけに、名前と顔を知っているだけだ。

 この機会、逃すにはもったいないな……。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 そろそろ俺の疑問に、答えを得るときが来たみたいだ。

「フッ、やはりキミは面白いな、兵藤一誠。できることなら、ここでその実力、見せてもらおうか」

 瞬間、辺りに力が弾けた。

 俺の拳は兵藤一誠を捉え、その顔面を正確に撃ち抜いた――。



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その邂逅は宿命

みなさん、お久しぶりです。
大丈夫です、もう更新しないとかありませんから!
では、続きです。どうぞ!


 確実に決まった。

 そう思っていた俺の拳に、硬い感触が伝わる。

「ほう……」

 視線の先。赤い籠手が俺の拳を阻んでいた。

 赤……思った通り、いや。感じたイメージと遜色ない色だ。

 初めて会ったときから、彼の奥にいるなにかの視線をずっと感じていたのを覚えている。敵意にも、関心にも似たあの眼。

「兵藤一誠。キミは駒王学園が、普通の人間が通っているだけの学校だとは思っていないな?」

「……なんのことっすかね。っていうか、この籠手を見て驚かないヴァーリ先輩こそ、なにか重要なこと隠してません?」

 それほど力があるわけではないのか、力を込めた一撃を耐えた彼の腕は震えていた。

 鍛え込まれているわけではない。だが、まるっきり鍛えていない腕ではない、か。

 ますますわからない男だな。

 ちぐはぐと言うか、やってることがはっきりとしない奴だ。

「俺はただ殴ってみただけだが、神器を使わなければ防げないと踏んだか。判断力は悪くないぞ、兵藤一誠」

「いや、だから!」

 欲しい答えをもらえなかったためか、少し苛立ちながら籠手を大きく振り、俺を遠ざける。

「先輩こそなんなんですか! ってか、危ないじゃないですか!」

 ここまできて、まだ力を隠すのか? それとも、俺の正体を知らないがために、手の内を見せないようにしているのだろうか。どちらにせよ、力を温存した状態でどうにかできる、というわけだな。

「面白い」

 もはや、神器の名前は聞くまでもない。

 一目見れば、俺は理解するしかないのだから。

 そして、きっとキミも、俺たちがどういう存在なのか、これで理解できるだろう!

「兵藤一誠、俺とキミはまるで違う人生を歩んできたはずだ。だが、力という才に関してだけは、同じ道を辿ってきたはずだ」

 背を向け、あえて彼に見える位置に持ってくる。

 さあ、始めよう。

 背中に、慣れた感覚が伝わってくる。見なくても、この背に光り輝く翼が現れたのがわかった。

「なっ、あんた……クソッ、なんだよそれ!」

 俺の背を見て、兵藤一誠の表情が一変する。焦りと、後悔? わからないな、なにを思う?

「俺たちは、出会ったなら戦う運命。もっとも、いまの俺に相棒の喧嘩の続きに無理にでも付き合う気はないんだが……強くなれるのなら、意味ある試合として応じよう」

 実際、強くなるための手段になるのなら、ライバルという存在がいるのはとてもいいことだ。

 ただの拳では届かなかった。これなら、きっと彼も本気になってくれるだろう。

「兵藤一誠。神器を見せたからには、もう俺の正体もわかっているな?」

「さ、さあ? サッパリわかりませんけど」

「なるほど。力を示してもいない相手に用はない、ということか。フッ、いったい、キミはどこまで俺を期待させてくれるんだ!」

 二天龍と呼ばれる存在がいる。

 俺の中にいる相棒――アルビオンと、そのライバルである赤龍帝ドライグ。

 どちらも神器に封印されているが、彼らは宿主を介して、何度も何度も、永い時の中戦ってきた。それは、出会えばどちらかが死ぬまで戦う宿命なのだが、どうも、俺はその意識が低いらしい。

 もちろん、戦うのなら勝つ。

 しかし、やるべきことが他にあるいま、結局は二天龍同士の戦いで得る勝利は、俺の最終目的には成り得ない。

 なにが言いたいのかというと、俺の目の前に立つ彼、兵藤一誠こそが、俺のライバルたる二天龍の片割れ。赤龍帝ドライグの魂を封じた神器――『赤龍帝の籠手』の所有者なのだ。

「いくぞ、今代の赤龍帝!」

 その名を口にした瞬間、明らかに兵藤一誠の顔が変わった。

 もちろん、好戦的になるんだと、そう思い込んでいたんだが。アルビオンから、歴代の所有者たちは力に溺れていったと聞いていたから、もちろん人として生きて来た彼も、力を振るうことに快感を覚えている類だと勘違いしていたんだ。

 俺の前にある顔は、会ってはならない者に会ってしまった、とでも言えばいいのだろうか? そんな顔だった。

 もちろんドライグが目覚めているだろうが、なんだ、この違和感は……。試してみるか。

「ふっ!」

 地を蹴り、一足で彼との距離を詰める。

「わっ、とぉ!? ほわぁい!」

 顔面、腹、もう一度顔面へと殴りかかるが、震える体ながら、的確にかわしていく兵藤一誠。

 少しの間殴り続けてみたが、ことごとくが捌かれる。

 妙なことに、反撃できる場面でも彼が打って出ることはない。ただ、避けることのみに集中しているような……考えすぎか? まさか、いまだ試されているとでもいうのか!?

「あ、あぶ……危なかった………」

「いや、余裕そうに見えたがな。どうやら、俺は遊ばれていたようだな、兵藤一誠」

「――へ?」

「ここからは本気だ――禁手!」

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 全身を、一切曇りのない白い全身鎧が包む。俺の体に、白龍皇の力が具現化した証だ。溢れてくる力は、これまでとは格段に違う!

「……は? おい、嘘だろドライグ! それは俺には無理だって!」

「余所見をしている場合か?」

 とりあえず、小手調べだ。

 周りに被害が出ない範囲で、魔力の塊をいくつか生み出す。それらを一斉に掃射する。

「うおおおおおおおおおッッ!!」

 兵藤一誠は、全力疾走をしながら、魔弾を紙一重でよけていく。

 なぜだ、なぜ反撃してこない?

「どういうつもりだ、兵藤一誠!」

「どうもこうも、俺は戦う気はないんですってばぁ! だいたい、宿命の相手とか、正直いらないんですよ!」

 なん、だと……?

 まさか、彼は力を求めてすらいないのか? 求めている力は、違うとでも?

「ならば、キミの目指すものはなんだ!」

「目指すもの……そんなもの、まだわかりませんよ! でも、俺は歴代の先輩たちとは違う! 力に溺れず、自分の信じる道を行きたいんです」

「そうか。そうだな」

 最後の一発が、迫る。

 自分の想いを言葉にするのに夢中になっていた兵藤一誠の足は、すでに止まっている。

 さあ、どうする?

「クソッ、ならこれでどうだ!」

 直後、眼前で魔弾が直撃した。それなりに威力はあったようで、彼のいた場所からは、土煙が上がっている。

「さて、どうなったかな」

 煙が晴れると、そこには籠手が分厚くなり、横方向に円形に広がった、盾のようなものを展開する、兵藤一誠の姿があった。

 無傷、か。

 禁手でもなさそうだが、あれはいったいなんだ? 変わった強化――いや、進化というべきか。

「ってぇ……ドライグ、ここまで衝撃が来るならもっと早く言ってくれよ」

 ドライグと話しているのか、こちらを警戒しつつも、相棒に文句を言っているようだ。

「なら、これだ」

 手元から幾重にも魔力での攻撃を撃ち出していく。

 どれもが、先ほど堕天使どもを消滅させたほどの威力だ。

「っ、ドライグ! 全力だ!」

 籠手が赤く輝き、円形に広がっていた部分が、厚みを増す。まさか、倍加の力をあそこにつぎ込んでいるのか!

 怒濤のごとく迫る攻撃を、その盾は何度も耐える。

 ヒビが入ることもなく、その場に立ち続ける。

 やがて、すべてを耐え抜くと、彼は盾を籠手に収納した。

「禁手には、ならないのか?」

「いや、だからそれは――」

『今代の白龍皇よ。こいつはな、変な進化を辿ってはいるが、いまだ至ってないんだよ。嘆かわしいことにな』

「おい、ドライグ!?」

『少し黙っていろ、相棒。おまえが話すよりマシになるだろ』

 ドライグが、俺にも聞こえるように声を発する。

 なんだか、戦う空気にならないな。

「話しかけたということは、用があるんだろ?」

『まあな。残念ながら、相棒は弱い。いまのおまえと戦えば、一瞬で消し飛ぶくらいにはな』

「それはなんというか……残念だな」

 ライバルがその程度だと? 魅力的な、劇的な決戦を予想していた幼い頃の俺に申し訳なくなるな。

 サーゼクスたちは俺が辿る運命を心配していたが、この状況を知ったらなんて言うだろうか? 安心するのか、いや。もしかしたら、『ヴァーリの勇姿が見られないだと? くっ、せっかくの記憶装置が……』などと嘆くかもな。

 ……本当に言いそうで嫌になる。

「それで、なにが言いたいんだ?」

 現実になりそうな考えは置いておき、ドライグに話しかける。

『できるなら、相棒にもそれなりの生活を送ってもらいたいとは思っている。むろん、強くなってもらいたいが、いまここで消されては元も子もない。おまえも、そんな決着は望んでないんじゃないのか?』

 一理ある。

 強くなるための戦いなら喜んでやるが、それ以外はつまらない。ムダでさえあると思う。むろん、なにかを守るためであるなら意味はあるが……。

「強くなるために、か。そもそも、求めるものが俺と同じようにただの強さではないのだな」

 もし、兵藤一誠がこれまでの赤龍帝と違う道を辿れるなら。

 いまでさえ、変化を見せつつあるというのに、どうなるだろうか? 少しだけ、興味が湧く。

 アルビオン、聞こえていたか? ひとつ提案があるのだが、どうだろうか?

 俺は確認のために、相棒に語りかける。

『――毎回、おまえは予想の上をいくな。わかった、好きにしてみろ』

 提案を聞き終えると、意外にも、あっさりと同意を示された。もう少し反発されるかと思っていたんだがな。

『ヴァーリ、おまえと出会ってから、変わり始めているのさ。赤いのも、きっと応じるだろう。いま話していたのがなによりの証拠だ』

 そう、なのか。おまえがそう言うなら、そうなんだろうな。

「一度、話し合おうか。兵藤一誠、赤龍帝ドライグ。そうした上で、俺たちがどうするべきかを決めよう」

 俺はもう、決めているがな。

 ドライグの言葉を信じるのであれば、彼はまだまだ弱い。防御力、回避能力だけは目を見張るものがあるが、それでは勝てない。だが、彼に攻撃手段があれば、きっと。

 天龍同士で戦えば、より力の向上が見込めるはずだ!

「兵藤一誠」

「な、なんすか?」

「そう身構えるな。すでに戦闘続行の意思はない。その代わり、ひとつ話があってな」

「話?」

 不思議そうに首を傾げる。きっと、思い当たる点などないのだろうな。

「そうだ。キミは、悪魔や堕天使の存在を知っているか?」

「はい、ドライグから大体の話は聞いてます」

 戦闘が終わった途端、普通に話せるのか、彼は。ある意味逸材だな。

「なら、話は早い」

 これはこれで面白い。なにより、悪いことばかりじゃないはずだ。彼の普段の生活はよく知っている。明るさがあるのも、悪くはないだろう。

 俺が求めるのは、ただの強さだけではないのだから。

 そんな者ばかりを、集めていくわけにはいかない。必要なのは、強さに囚われない強さを持つ者だ。

「どうだろう、兵藤一誠。俺の――眷属にならないか?」

 だから俺は、赤龍帝だろうと、己の仲間にしたいと思ったんだ――。



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天龍たちの話し合い

 話を持ち出したところ、ポカンと口を開けて固まったままの兵藤一誠。

 なんだ、こいつは。

「どうした、いまさらダメージが入ったなんてこともないだろ」

「……えっと、ヴァーリ先輩、いま俺を眷属にって」

 やっとのことで口を開いた彼は、なぜか困ったような、嬉しいような曖昧な表情を見せた。

「嫌か? 少なくともこちらは本気だが」

「あ、いや! 嫌ってわけじゃないんですけど!」

 手を振り否定する。

 であれば、なにを考えているのだろうか?

「一度、場所を変えるか」

 少し周りが騒がしくなってきた。

 部活動に入っていない学生たちが帰り出したな。ここは多くの人が訪れるような場所ではないが、まったく来ないわけではない。

「兵藤一誠、いったん場所を移す。ついてこい」

「あ、はい!」

 公園から抜け出て、再び駒王学園へと戻り始める。

 が、途中で、朝の訓練時によく立ち寄っているコンビニがあったので中に入った。

「ヴァーリ先輩、ここってコンビニですよね?」

「そうだが」

「まさかとは思うんですけど、ここで話すなんてことはないですよね?」

「ないな。ここには別件で寄ったんだ」

 カゴを取り、中に菓子類の商品を入れていく。

 俺はあまりこういったものを知らないが、彼はどうだろうか。

「兵藤一誠、おまえは甘いものには詳しいか?」

「へ? ああ、まあ多少ならわかりますけど。それより、一回一回フルネームで名前呼ぶの面倒じゃないですかね」

「確かにそうだな。ところで兵藤一誠。最近の流行りはどの商品なんだ?」

「……まあ、いいんですけどね。えっと、これとこれなんかはいま女子高生の間で流行ってまして、それと――」

 なぜか女子高生の流行に詳しい彼の説明を聞きながら、勧められたものすべてを購入し、店を出る。

 購入時にそんなに買うのか、と店内にいた客に不思議な顔をされたが、店員はいつものことと承知しているのか、「いつもありがとうございます。あの子によろしくお願いしますね」などど言われてしまった。

 週五回も来ていれば、顔も覚えられるか。

「買い込みましたね。いや、勧めたのは俺ですけど……」

 うへぇ……と商品の入った袋を眺めながら、呆れた顔をされた。

 なぜだ。

「それ、ぜんぶ食うんすか?」

「食べるだろうな」

 誰が、とは言ってないが。答えると、兵藤一誠が数歩後ずさっていた。まったくもって不思議な男だ。

 特に話すこともく歩を進めていると、やがて駒王学園へと帰ってきた。

「こっちだ」

 声をかけながら進んでいくが、後ろを歩く兵藤一誠が話し出す。

「やっぱり、うちの学校って悪魔が関係していたんすね」

「そうだな。そのあたりもあとで話そうか。まずは場所の確保をしないと」

「場所の確保って――ここって、生徒会室?」

「少し待っていてくれ」

 袋を彼に預け、扉を開く。

「ソーナ、失礼する」

「あら、ヴァーリ。どうかしたのかしら」

 生徒会室に入り、なんらかの書類を眺めていた彼女に話しかける。

 写真と、手紙か? それにあれはフェニックスの……いや、気のせいか。

「部屋をひとつ借りたい」

「ヴァーリ……あなたいい加減に旧校舎を使う気はないの?」

 ソーナはため息をつきながら指摘してくる。

 旧校舎。

 いまは誰も使っていない、けれど老朽化することなく綺麗な状態で残っている校舎が敷地内にあるのだが、どうにも使おうとは思えなかった。

 あそこは俺の好きにしていいと言われている建物ではあるのだが、好きにしろと言われても白音と二人では余りすぎる。

 中でできる修行も限られているので、家でやるのと変わらない。

「二人で使うには広すぎるな」

「それはそうかもしれないけど……使えるものはすべて使うものよ、ヴァーリ」

 などと言いながら、手に持っていた鍵を渡してくる。

「これは?」

「このあと職員室に返しにいく予定だった部屋の鍵よ。あとで代わりに返しに行きなさい」

「わかった。ありがとう」

「それと、今後は旧校舎も使うこと。いいですね?」

「……考えておこう」

 二人ならよかったが、三人になる可能性も――それ以上増える可能性もあるからな。

 だが、まさかソーナにもそういった話が来ていたとは。

 うちはまったく来ないからな。少し以外だった。

「それで、おまえたちはなにをやっている」

「ヴァーリ先輩! 見てないで助けてくださいよぉ!」

 生徒会室から出て来れば、その前で兵藤一誠が生徒会メンバーに捕まっているのだから救えない。

「キミはいつも女子生徒に捕まっているな。趣味か?」

「んなわけないでしょ!」

 違ったか。

 もしやとも思ったが……やはりおかしな人間だな。

「ヴァーリ先輩、こんにちは」

 生徒会の一人、草下があいさつをくれる。

「ああ。ところで、なにをしているんだ?」

「会長に手を出そうとしたんじゃないかと思って、兵藤を捕まえていたところです!」

 日頃のおこない、かな。

 本来なら誤解を解くこともしないんだが、話が長引くのも面倒だな。

「それと、なんか袋を持っていて……」

「すまない、それは俺のだ」

「え? あ、はい。どうぞ!」

 草下から袋を受け取る。

「兵藤一誠、生徒会の話が終わったら、この教室まで来い」

「え!? あ、ちょっと! ヴァーリ先輩!!」

 鍵のタグを見せ、草下にお疲れ、と声をかけその場を去る。

 話が長引くのも面倒ではあるが、それだけの時間があれが彼女が合流するまでの時間は稼げるはずだ。

「本当に助けてくれないんすか! ちょっと、ヴァーリせんぱぁぁぁぁぁぁいっっ!!」

 背中に悲痛な叫びを浴びながら、階段を上っていく。

 その傍ら、白音に連絡を入れておく。

「ここか」

 廊下の端にある教室。

 偶然とは言え、ソーナもいいところを渡してくれたものだ。残っている生徒も周りにはいないし、話を聞かれることもないだろう。

 聞かれたら、申し訳ないがその記憶は消させてもらうだけだが。

「できる限り生徒たちのことも考えなければな。悪魔だけが大事なわけでもないのはわかっていることだ。」

 やはり、そろそろ旧校舎も使わなければいけないか。

 となると、ああ……掃除はしに行かないとな。もう少し眷属が集まったら、大掃除に繰り出そう。

「ヴァーリ先輩、今日の訓練は……」

 先のことを考えていると、白音が教室に入ってきた。

 思い返してみれば、要件を伝えていなかったな。

「今日はなしだ。一人、会わせたい男がいてね」

「もしかして、新しい眷属の方ですか?」

「いや、まだ明確な返事を聞いていない。これから話をしようと思ってね」

 まあ、ある程度の知識はあるようだから、天使、悪魔、堕天使の関係なんかは改めて説明しなくてもいいかもしれないな。

「それはそうと、その袋は――」

 机に置いておいた袋に目がいっては逸らす白音。

 だが、頭部には猫耳が出ており、ピコピコと動きがとまらない。

「おまえのぶんだ。好きに食べていいぞ」

「はい、いただきます」

 袋を持って行き、小さな手で抱えて中を見つめる。

 時折中身を取り出しては確認しているので、食べたことのないものもあったのだろう。

 兵藤一誠、食べるのは俺ではない。目の前で嬉しそうにひとつ目の袋を開けた白音がだ。

「それにしても、遅いな」

「遅いな、じゃないですよ!」

 扉がそれなりに強い勢いで開かれ、ボロボロになった兵藤一誠が姿を表す。

「なぜこの短い時間でボロボロになってくるんだ」

「……なんか、いろいろ関係のないことまで俺のせいにされまして……それより置いてくってひどくないですか?」

「悪いな。こちらにも放っておけない奴がいてな」

 俺の視線に釣られ、兵藤一誠も視界に白音を収める。

「白音ちゃん!?」

 ほう。やはり知っているのか。

 俺はそこまで興味はないが、白音は男子女子問わず人気が高いと聞いている。

 彼女からも、クラスの女子生徒からよくお菓子を貰っているという話はあったしな。

「ヴァーリ先輩、もしかして白音ちゃんも」

「悪魔だ。俺の眷属でもある」

「マジですか……ドライグの言ってた通りか」

 先ほどまでいたであろう生徒会も悪魔ばかりなのだが、ドライグがそのあたりの話をしていると見える。

 悪魔だと知っていながら、生徒会にも手は出さず、やられるだけやられてきたというわけか。

 優しすぎるな……。

「まずは座ってくれ。落ち着いて話をしたい」

「わかりました」

 白音が俺の隣に移動し、兵藤一誠は俺たちの前に座る形になった。

「戦った際に聞いたが、おまえは俺たちのことや天使、堕天使のこと、関係性もある程度は把握しているということで間違いないな?」

「はい、だいじょうぶです。ドライグから結構な話は聞かされてますんで」

「それなら話は早いな。いきなり眷属になれと言われて混乱もあっただろう。聞いておきたいことがあったらなんでも聞いてくれ。それらを聞いた上で判断してほしい」

 むろん、それでダメなら仕方がない。

 定期的に修行に付き合ってもらう程度には譲歩してもらおう。

「えっと、まず俺は選んだ理由とかって、あったりします……よね?」

「もちろんだ。最大の点は、キミが力ばかりを求めている赤龍帝じゃないことだ」

 カラン。

 言い終えたと同時、隣の白音から、乾いた音が鳴る。

 固まったままの白音。その下には、空っぽになった容器が落ちていた。どうやら、これを落とした音のようだ。

「ヴァーリ先輩……あの、いま赤龍帝って……」

「そうか、説明が先だったな。彼は兵藤一誠。ついさっき一度戦って、今代の赤龍帝だと判明した」

「……驚きません、もうヴァーリ先輩のすることには驚きません。最初の修行実戦編でいきなり禁手で襲いかかってきたり、ドラゴンばかりの土地に連れて行かれて彼らに本気で相手をさせたりしたことに比べれば…………」

 眷属にしたばかりのことか。

 当時はわかりやすい強さとはなにかを彼女に教えたかったがために結構な無茶をしたものだと思う。

「白音、平気か?」

「だいじょうぶ、です……でも、ヴァーリ先輩と一誠先輩は本来なら敵同士なんじゃ」

「あー……えっと、実は俺そういったことにまったく興味なくてさ。強くはなりたいけど、それは敵を倒すためでも、なにかを破壊するためのものでもない。誰かを、守れるためのものでありたいんだ」

 拳を握りながら話す兵藤一誠。

 その言葉に、白音もある程度の理解を示したのだろう。袋の中に入っている大量の甘味のうちのひとつを彼に渡す。

「一誠先輩も、誰かのためになんですね」

「まあ、俺はてんで弱いんだけど……あ、ありがと」

 流れで手渡された甘味を口に運ぶが、そこで思い出したようで。

「って、これヴァーリ先輩が大量に買ってたやつのひとつ!?」

 次いで、白音の横に置かれた袋に視線をやる。

 自分のものだと主張するように置かれたそれらを見て、信じられないように俺に視線を向けてきた。

「言っただろう、食べるだろう、とな」

「白音ちゃんのことだったんですね……てっきりヴァーリ先輩が超甘党なのかと思ってました」

「甘いものはあまり食べない方だ。それよりラーメンを食べに行きたい」

「さいですか……」

 疲れ切ったように肩を落とされたが、どうやら生徒会に絞られたのが効いているらしいな。

「それで、聞きたいことはもうないのか?」

「あ、ちょっと待ってください。俺が悪魔になって得られるものってなんですか?」

「そうだな……新しく悪魔としての能力が手に入り、寿命がバカみたいに伸びる。あとは、転生悪魔でも昇進して爵位を与えられるケースもあるから、将来的に俺から独立して新しい王となり、自分の眷属を持つこともできるぞ。キミは赤龍帝だからな。鍛えていけば、案外悪魔の歴史でもかなりの速さで爵位持ちまでいけるかもしれないね」

 禁手になれないながら、俺の魔力弾を防いでみせた防御力と回避能力。

 普通ではたどり着かないであろう進化の途中。

 本当に、鍛えていけばどうなるか予想がつかないな。

「俺でも、なれますかね?」

「なれるだろうな。そこは俺も保証しよう。もっとも、鍛えていけば、という前提だけれど」

「そうですか。そう、なんですね……あの、もし俺がヴァーリ先輩の眷属になった場合、二天龍の間の問題はどうなるんでしょう?」

 アルビオンは口ではいいと言っていたが、どうだろうな。一任された以上、俺が白龍皇である限りは決戦なんてことにはならないかもしれない。

「お互いが強くなったら、そのときにルールに則った勝負をしようか。それで納得してもらう他ない」

「あ、それなら俺も賛成です」

「あとは眷属同士での修行や、俺とキミとで修行していって、腕を磨いていけると最高だな」

「アハハ……お手柔らかに」

 悪くない印象だな。

 とはいえ、そんなすぐに決めてもらえるものだろうか。

「わかりました。実は、今日はドライグに言われて、町に入ってきた堕天使が怪しいって言われて様子を見にいったんですけど、ヴァーリ先輩たち悪魔が決して悪い奴らじゃないってことも知れたんで、よかったです」

 出会った当初がウソのような笑顔を見せる兵藤一誠。

「でもすいません! もう少しだけ、時間を貰えませんか? なんていうか、まだ決心がつかないっていうか、実感を持てないっていうか……その、えっと――」

「ああ、そのあたりは理解している。いきなり言われて即決してくれる者の方が少ないだろう。決心がついたらいつでも話しに来てくれ。もちろん、どんな結果であったとしても、俺たちがキミに危害を加えることはしない」

「ありがとうございます!」

 最初の話しとしては上々だ。

 その後、兵藤一誠は笑いながら帰って行った。

 よく考えて、また来ると言い残していったから、そのときをゆっくり待つとしよう。

「ヴァーリ先輩、よかったんですか?」

 白音は不思議そうな顔をして聞いてくる。

「なにがかな?」

「赤龍帝なら、倒したがると思ってました」

「別に、俺はそこまで固執してるわけでもないよ。どちらかと、背中を追うのに忙しい相手がいるからね。他のことに目を奪われていると、さらに置いていかれそうだ」

 だからこそ、やれることはやりたい。

 彼のように、なるために。

「さて、俺たちも帰ろうか」

「はい。はやく夕飯にしましょう」

 さっきまでいろいろ食べていたと思うんだがな。いや、聞くまい。

 すでに袋の中は空の容器や箱でいっぱいなんだが……いつものことか。

 白音を連れ、家へと続く帰路につく。

 今日は悪くない1日だった。さて、こんな日くらいは修行ではなく、ゆっくりしよう。



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お悩みの赤龍帝

どうもみなさん、alnasです。
思ったより読まれていることに驚いています。書き始めはどうなることかと思いましたが、ありがとうございます!
この話は今後、原作とはちょっと違った流れを辿るかと思いますが、ぜひついてきてください!
では、どうぞ。


 昨日は散々な目にあった。いや、いつもあってはいるんだけど……。

 特に悪友二人との覗き見の最中に置いてかれたり転ばされたりして囮作戦に使われるまである。

 だが、昨日はそんなレベルで済む話ではなかった。

 一歩間違えば、まさに死んでいたのだ……。

 俺――兵藤一誠は、久々に味わった死の恐怖を振り払うよう首を振った。

『確かに、危うい場面ではあったな、相棒』

 ドライグ……。

 おまえが多少なりとも力の使い方を教えてくれてなかったら、瞬殺だったと思うよ。

『だろうな。ヴァーリと言ったか。今代の白龍皇は歴代最強レベルになるかもしれないな。相棒も負けてられないぞ』

 いや、だから俺はヴァーリ先輩と殺しあう気はないからな?

 昨日だって、そこまでの話には発展しなかった。

『白いのが好戦的でなくて助かった。いや、好戦的ではあるのだが、ヴァーリという悪魔、あれは異質だな』

 そうか? 俺たちの話も聞いてくれたし、そりゃ、いきなり攻撃してきたときはビビったけど、いい人そうじゃないか。

 実際、話してみれば人間にも対しても一定以上の理解はあった。

 むやみやたらと人を襲う連中とは比べものにならない。

 ドライグの宿敵みたいに聞かされていたから、俺の正体がばれたら本気の本気で殺しにくるかと思った……。

『俺もだ。だが、違った』

 そうなんだよなぁ。あの人、強さを求めているみたいだったけど、暴力的なものじゃないし。

『これまでの白龍皇とは決定的な部分が違うんだろうさ。もちろんおまえもだ、相棒』

 はいはい、弱すぎて悪かったな。

 おまけに知識もないって言いたいんだろ? でもな。これでも、おまえの存在を知ってからはそれなりに頑張ってきたつもりなんだ。もちろん、まだまだなのはわかっているけど――。

『相棒、勘違いするな。おまえが弱いのはわかりきっていることだ』

 ぐっ……言い返せねぇ。

『だがまあ、弱いだけに、教えることは多いし、おまえはいろいろと聞いてくるからな。過去の所有者たちはあまり話すような奴らではなかったから、それなりに楽しくもある』

 ドライグ……やめろって。

 いきなりそんな言葉言うとか、思ってもなかったからさ。男のデレはなんにも嬉しくないです。

『訂正しよう。おまえといると気苦労が多い』

 なんて早い手のひら返しだ。

 それより、一番の問題はやっぱり、ヴァーリ先輩のあの言葉だよなぁ。どうするべきか……。

 俺の眷属にならないかって言われても、そりゃ嫌ってわけじゃないけど。

 人として暮らすいまも、簡単に捨てられるものじゃない。

 松田、元浜。よくいいように使われていたりするが、あいつらとつるむのは楽しいことだらけだ。あと、痛いことだらけでもある。でも、悪くない日々なんだ。

 いずれは、その日々からも、俺だけが取り残される……。

 父さんや母さんよりも、あまりに長すぎる時間を生きていくことになるんだろ。

『だろうな。悪魔の寿命というのは永遠に近い。数千、数万年はくだらないだろうな』

 だよなぁ。

 俺、どうしたらいいんだろう? なあ、ドライグ。

『それを決めるのは相棒だ。俺はあくまで、おまえの意志を尊重しよう』

 こういうときは意見のひとつくらい欲しいところなんだけど。

『自分の人生だろう? まあ、なんだ。後悔のないようにしろとしか言えん。たとえなにをしようとも、そのおこないに後悔がないのなら、その先も、割と楽しいものさ』

 そういうものかね?

『ああ。あとはそこに、一緒に歩んでくれる相棒やライバルなんかがいると、さらにいいな』

 ……そっか。

 多くの人、その人生を見てきたはずのドライグの言葉だ。

 一言一言には、重みがあった。俺では想像もできないような。でも、俺でもわかることがあって、少し気が楽になる。

 このままだと、いつか他の勢力や、下手したらヴァーリ先輩以外の悪魔に殺される可能性が高い。

 無理やり悪魔に転生させられることだってあるかもしれない。

 やっぱり、弱いままじゃダメだ!

 いつまでも防御と回避のみを磨いてはいられない、な。

『俺も、最低限生き延びる術しか教えてこなかったからな。フッ、またひとつ、大きく成長できそうだな、相棒』

 ドライグが楽しげな声を漏らすのを待っていたように、授業終了の鐘が鳴り響いた。

『今日はどうするんだ?』

 まだ答えを出すには早いかな。

 もう少し……そう。もう少し、考える時間が欲しい。

 とりあえずは、帰ろうか。

「おーい、イッセー!」

「今日こそは成功させようぜイッセー! なんと聞いて驚くな。今度こそ誰にもバレない秘密のスポットを発見したんだ!」

 カバンを持って立ち上がったところ、いつものように悪友たちの俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 そのまま帰ろうかとも思ったけど、そうだよな。

「よっしゃ、行こうぜ!」

 俺はこの関係を捨てれない。

 でも、たとえ人でなくなったとしても。それでもこいつらは、きっと、いつものように俺の名を呼んでくれるだろう。

 だからこうして、バカできる友人でいられるんだ――。

 

 

 

 前言撤回。

 女子の着替えを見れるって言うから来てみれば。

「今日も懲りないわね、あんたたち」

「覗き魔には相応の報いを!」

「この変態共はこれだから! 無駄にハイスペックなくせに!」

 ――思いっきりバレてるじゃねえか! なにが秘密のスポットだよ! 開始三秒でバレましたよ!? なに、秘密って意味知ってるのかおまえら!

「クッ、どうやら俺たちもここまでのようだな……」

 そうだよ元浜。おまえがこんなポイントに連れてきたせいでな。

「だがまだだ。こちらにもまだ、切れる手は残っている!」

 松田がやけに格好つけて言い放つが、どんな秘策があると言うのだろう?

 手にほうきや竹刀を持つ女子たちに包囲されながら、逃げ切る算段があるのだとしたら、それはいったい……。

 俺と元浜が唾を飲み込みながら見ている中、松田はゆっくりと膝を地面につけ、次いで頭の位置を低くし、やがて額を地面にこすりつけた。

「覗き見してすいませんでしたぁっ!!」

「……」

「…………」

 その姿勢で謝罪の言葉を口にするが、俺と元浜だけではなく、女子のみなさんまで哀れなものを見る目をしていた。

「なあ、元浜」

「ああ、言いたいことはわかるぞイッセー」

 ですよねー。俺も見ただけでわかったもん。だって、俺たちを取り囲むみなさんの殺気がまるで収まっていない。

「あんたたち、覚悟はいいのよね?」

 女子生徒の一人が、優しい声でそう言った。

 はあ……これはもう、ダメかな。

 静かに両手を挙げ、降参のポーズをとる。こうなっては逃げ場がない。

「イッセー、おまえ……」

「最初からこうなる気がしてたんだ。だから、言わせてくれ」

 せめて、みんなにもこのことだけは知っておいてもらいたいんだ!

「俺はこいつらに連れてこられただけで、決して見たかったわけじゃな――ゴハッ!?」

 いっつぅ……誰だよ、話してるときに顔面にたわし投げてきたの! せめてスポンジにしてくださいマジで痛いんで!

「兵藤、ごめんなさい。ここに来た時点で、あんたたち全員潰すに決まってるでしょ!」

 ポニーテールの子が叫ぶと同時。周りの女子が全員構えを取り、それ以上の弁明をする猶予もなく、俺たちはもれなく怒りの制裁を受けた。

 

 

 

 まったく、こいつらとつるんでるとこんなことばっかりだ。それが嫌と言えないのが、なんとも俺らしい……。

「にしても、これはちょっとやりすぎだろ」

 ある程度回避や防御に慣れてる俺はともかく、松田と元浜は間違いなく全部もらったな。

 おぼつかない足取りで先に帰って行った悪友たちのことを思い出す。

 とはいえ、自業自得か。

 俺は俺で、学校から場所を移し昨日ヴァーリ先輩が戦ったであろう場所を見て回っていた。それがひと段落したところなのだ。

「……帰るか」

 なんか、もう疲れ切った。帰ろう。帰って、ゆっくりするんだ。

 これ以上の厄介ごとが起きる前に帰ってしまえば、あとは家でお楽しみがあるからな!

「はわう!」

 ん? 後方から聞こえた声に振り向くと、ちょうど、そこにはシスターが転がっていた。

 手を大きく広げ、顔面から路面へ突っ伏している。なんとも間抜けな転び方だが、幸いにも今日は松田の哀れな姿を見ているため、それを思い出し、シスターの姿を笑うことはなかった。

「……だ、だいじょうぶっスか?」

 放っておくこともできずシスターに近づき、起き上がれるように手を差し出した。

「あうぅ。なんで転んでしまうんでしょうか……ああ、すみません。ありがとうございますぅぅ」

 若そうな声だな。というより、幼い?

 手を引いて起き上がらせると、いい具合に吹いた風が、シスターのヴェールを飛ばした。

 スッとヴェールの中で束ねていたであろう金色の長髪がこぼれ、露わになる。ストレートのブロンドが夕日に照らされてキラキラと光っていた。

 そしてシスターの素顔へ俺の視線が移動する。

 ――っ。

 グリーン色の双眸が、あまりに綺麗で引き込まれそうだった。目の前にいる金髪の美少女に、俺は間違いなく見とれていた。

「あ、あの……どうしたんですか…………?」

 しばし見入っていると、訝しげな表情でシスターは俺の顔を覗き込んでくる。

 まずい、なにか話さないと!

 とりあえず飛ばされたヴェールが近くにあったので、拾いに行く間にせめて言葉が出てくるように心を落ち着ける。

 旅行鞄も持ってるし、よし、この線でいこう。

 ヴェールも渡し、改めて会話をする雰囲気を作る。

 日本人っぽくないし、ここは英語の方がいいだろう。さっきも女子の誰かが「無駄にハイスペックなくせに!」と言っていたが、たぶんこのことだろう。

 俺は英語だけは学年トップクラスなのだ。英語だけは。普通に話すだけなら、なにも問題なくいける!

「えっと……その、りょ、旅行?」

 かなりの時間をかけてやっと言葉になった声は震えていて、まるでうまく発音できなかった。これは恥ずかしい。

 だが、目の前の彼女は小さく微笑むと、ゆっくりと口を開いてくれた。

 ここからの時間を、たぶん俺は忘れない。

 この出会いを、忘れられない。この先、なにが起きたとしても、きっと――。



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その行先は安息

二人で書いている本作ですが、今回の担当は私ではありません。
今後、度々書き手がjiguさんと変わりますので、ご容赦ください。
では、どうぞ!


「えっと……その、りょ、旅行?」

 

 俺がそう聞くと、彼女は首を横に振り、こう答えてくれた。

 

「いえ……実はこの街の教会に赴任することになったんです。あなたはこの街に住んでいる方なのですね。これからよろしくお願いします!」

 

 そう言い、彼女はペコリとお辞儀をした。

 

「あ……あぁ、こちらこそよろしく。」

 

 ――ん? この街の教会へ赴任……?

 おかしいな……この街の教会は俺が知っている限り一つしかないけど、あそこはだいぶ前から人の出入りはなかったはずなのだが……。

 

「この街の教会への赴任?」

「はい! ですが地図を見ても教会の場所がわからず道に迷ってしまっていたのです……。なので、道を聞こうと何人かの人に話しかけたのですが、なぜか皆さん、私が話しかけると驚いて逃げてしまって……私はこの街の人に何かしてしまったのでしょうか……?」

 

 彼女はそう言うと、とても悲しそうな顔をした。

 

「いや、予想にすぎないけど、シスターは悪くないと思う。言葉の壁があると、どうしても気後れしちゃうものだと思うし。あ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺は兵藤一誠。みんなからはイッセーって呼ばれてるから、是非そう呼んでほしいな」

「あ、そういえば自己紹介していませんでしたね! 私はアーシア・アルジェントと言います! アーシアと呼んでください!」

「よろしくな、シスター・アーシア。」

「はい! よろしくお願いします! イッセーさん!」

 

 俺たちは違いに笑みを交わす。

 そうしてしばらくしてから、俺は再び口を開いた。

 

「それはそうと、多分シスター・アーシアが赴任するっていう教会なら、俺知ってるから案内できると思うけど?」

 

 ただ、ちょっとおかしいと思うんだよな……。

 今まで人の出入りがあるかどうかすら怪しかったのに、今更シスターを教会に赴任させるって……どうにも裏があるようにしか思えない。

 近頃は堕天使もうろうろしているご時世だ。警戒して損はないだろう。

 もっとも、こんな純粋そうな子を欲しがるとは思えないけど。

 

「ほ、本当ですか!? これも主のお導きのおかげですね!」

 

 思わず見惚れてしまうような笑顔を浮かべるアーシア。

 そんな笑顔を間近で見た俺は、またもや言葉を失ってしまった。

 

「……イッセーさん?」

 

 怪訝な顔をされたので、慌てて返事を返す。

 

「……っ! ごめんごめん、じゃあ早速案内といくか」

「はい!お願いします!」

 

 あっぶねぇ……危うく何考えてるのかばれたかと思った……。

 だが、様子をうかがう限りは心配なさそうだ。

 そうして、俺たちは他愛のない話をしながら教会までの道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 十数分ほど歩き、ようやく目的地である教会が見えてきた。

 

「シスター・アーシア、一応俺が知ってるこの街の教会が見えてきたんだけど、目的地で間違いなさそう?」

 

 俺がアーシアに問いかけると、荷物から地図を取り出し、確認を始めた。

 

「えーっと………あ、はい! 合ってます! ………合ってます……よね?」

 

 本当に合っているのかが不安になったアーシアは、俺に確認してほしそうに横に移動してきて、地図を俺に見せてきた。

 

「んー……これがここで……あれがこの部分だから――うん、ちゃんとあの教会が目的地で間違いないみたいだな」

「本当ですか!? よかったです!」

「教会まであと少しだな。もうちょっと頑張るか!」

「はい!」

 

 元気そうに返事を返してくるアーシア。

 地図を再び鞄の中へしまい、再び歩き出した。

 ……そう言えば、アーシアはこの街への赴任って言ってたよな?

 

「シスター・アーシア。聞きたいことが一つあるんだけど聞いてもいいかな?」

「はい? なんでしょうか?」

「さっきこの街の教会へ赴任って言ってたよな?」

「はい。そうですよ?」

「……まさかとは思うが、赴任するっていうことを伝えられて、赴任先の付近の地図を渡されて行ってこいって言われたわけではないよな……?」

「はい。そうですよ……? 何かおかしかったでしょうか?」

 

 案の定、まるで疑問に思っていない。

 

「案内する人とかもいなか……………ったんだよなぁ。だからこそ迷ってたところを俺が見つけたんだし」

 

 ……教会の奴らはどういう神経してやがるんだよ。こんな異国の地に、ましてや言葉が通じないこともわかってるところに女の子を一人で放るなんて!

 

「あはは……そう、ですね。でも、大変でしたけど今となっては案内の方がいなくてよかったと思っていますよ。もし、そのような方がいたとしたら、今こうしてイッセーさんと会ってお話をすることができなかったんですから!」

 

 俺の怒りとは反対に、嬉しそうに微笑むアーシア。

 

「――っ!! そうだな……確かに今こうして話すことができなかったかもしれないんだよな。そう考えるなら、それを不幸として考えるんじゃなくて、今こうして楽しく話せてることを幸せだと考える方がいいか」

「はい! そう考えましょう!」

「そうだな! 出会いはちょっと変だったかもしれないけど、こうしてシスター・アーシアと……いや、アーシアと友達になれたのは嬉しいことだもんな!」

「友達……ですか……?」

 

 そう言い、彼女は嬉しそうな、しかし戸惑いの感情を織り交ぜたような表情をした。

 

「そう思ってたのって俺だけだったか……?」

 

 俺は不安になりアーシアへ問いかけた。

 そうだったなら俺かなり恥ずかしいやつじゃねぇか……。

 

「違います! 違い……ます……けど……」

「けど?」

「私なんかが、そんなこと思っていいのでしょうか……? 私がイッセーさんに何かできるなんて思えないんです……」

「アーシア、今までの友達にもそんなこと思ってたのか?」

「今までずっと一人でした……皆さん、私のことを腫れものでも扱うかのような態度だったので、話したくても話せなかったんです……」

 

 顔をうつむけ、服の端を握ってしまう。

 でも、そこで優しくするだけなら、いままでの人たちと何も変わらない。

 彼女に教えてあげることこそ、本当にいいことだと信じてるから。

 

「そっか……アーシア、友達ってのは別に相手に対して何かできる必要なんてないよ。一緒に話して、お互いがそう思ったらもう友達なんだ!」

「私がイッセーさんの友達になってもいいんでしょうか……?」

「俺はもうアーシアと友達だと思ってるよ」

「イッセーさん……」

 

 アーシアは目に涙を浮かべながらも、とても綺麗な笑顔を浮かべた。

 そんな表情をしたアーシアにまたもや俺は見惚れてしまった。

 

「……ったく……そんな顔をするのはずるいだろ……」

「イッセーさん、今何か言いましたか?」

 

 やべ……今の声に出てたか……。

 

「い、いや、何も言ってないぞ!?」

「そう、ですか?」

 

 疑問に思われている!?

 だが、天は俺に味方してくれたらしい。大げさに手を広げ、先を指差す。

 

「それより、ようやく教会に着いたぜ!」

「あ! 本当ですね!」

 

 俺は心の中でガッツポーズをし、そちらに進んでいった。

 

 

 

「んじゃあ、教会に着いたことだし案内としての役目はおしまいかな?」

「え!?あ……そ……そう……ですよね……」

 

 アーシアは、とても寂しそうに顔をうつむかせた。

 ……そんな顔しないでくれよ……俺だってもっと一緒にいたいのに

 ………なんで俺は今日会ったばっかのアーシアにそんなこと思ってるんだ……?

 え……本当になんでなんだ……?

 俺はそのことを深く考え始めてしまった。

 そうするとふとアーシアからこんな提案がなされた。

 

「あ!! そうです!! イッセーさん!!」

「え!? どうした?」

「この後、一緒にお茶しませんか?」

「いいのか?」

「はい!もっとイッセーさんとお話ししていたいです!」

「じゃあ……迷惑じゃないなら行かさせてもらおうかな……?」

「本当ですか!?やったぁ!!」

「そんなに喜んでくれるのならこっちも嬉しいな。」

 

 ……おかしな反応をしていないか……?

 アーシアにみっともない姿を見せたくないから、精一杯取り繕ってはみたけれど今にも嬉しさで表情が崩れてしまいそうだ……

 

「あ……あの……イッセー……さん?」

「どうしたんだ?」

「あの…その……そうしてもらうのは嬉しいのですが……ちょっと恥ずかしいです……あぅ……」

 

 そう言って、アーシアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 恥ずかしい……? アーシアは何が恥ずかしいのだろうか。

 そう思うのと同時に自分の右手がアーシアの頭を撫でていたことに気付いた。

 ……なんで俺はアーシアの頭を撫でているんだ。

 冷静にそんなことを俺は考えていた。

 

「――!?ご、ごめん!!」

 

 俺は慌てて手を離した。

 

「ごめん、アーシア。えーっと…これは違うんだ。いや、撫でちゃったのは事実だから違わないんだけど…無意識に手が動いてしまっていたというか…決して下心があってこんなことをしたわけではなくてだな……えーっと、その……「イッセーさん!!」!?お、おう?」

「怒ってなんていないので、落ち着いてください、ね?」

「あ、あぁ…ごめん、取り乱してたみたいだ…」

「イッセーさんが落ち着いてよかったです!」

「でも、本当にごめんな。嫌だったろ?」

「そんなことないです!」

 

 アーシアが強い口調でそう断言した。

 よかった……嫌われてないみたいだ……。

 

「そっか……嫌われてないならよかった……」

「私がイッセーさんを嫌うなんてありえないです!!」

「それならよかった…」

「はい!」

 

 お互いに笑みを浮かべた。

 

「…っと、時間食っちまったな。そろそろ中にでも入ろうか。」

「そうですね、入りましょう!」

 

 そうして俺たちはようやく教会の中へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではイッセーさん、飲み物の準備をしてきますので、ここで座って少し待っててください!」

「おう。でもここに来たばっかなのに場所とかわかるのか?」

「うっ……わかりません……でも、探せばどこかにはあるはずです!」

 

 アーシアはやけに自信満々であった。

 んー…ここで一人で待ってるのかぁ……それはちょっとつまらなそうだなぁ……

 

「あ、そうだ。それなら俺も一緒に付いていっていいか?」

「一緒に…ですか?」

「そうそう。ここで一人で待ってるのも寂しいし、場所がわからないともなるとどれくらい時間がかかるかわからないだろ?まぁ、教会内を関係のない人間が動き回っていいのかわからないところだけど…」

「確かにそうですね…じゃあ一緒に行きましょう!もし、何か言われてしまったら私が説得してみせます!」

「ははっ!それは心強いな。頼りにしてるぜ?」

「はい!頼りにしてください!それじゃあ行きましょう!」

「ちょっとした探索の開始だな!」

 

 俺らは教会内を歩き始めてすぐにキッチンを見つけることができた。

 まぁそんなに広いところではないし、そりゃ当たり前だよな。

 しかし、見つけたキッチンは当分の間使用されていないのが明らかだった。

 

「……アーシア。もう少し別の場所を見て回らないか?」

「そう…ですね。そうしましょう」

 

 やはりアーシアも気付いていたのか、俺の提案を受け入れてくれた。

 

……そうしてアーシアとともに歩き回ること数分。全ての部屋を見て回りキッチンへと戻った。

 

「誰も…いなかったな…」

「はい…」

「本当にアーシアが赴任先として言い渡されたのはここでいいん…だよな?」

「それはそのはずです…地図を見ながら来たので…」

「だよなぁ…でも、明らか人がこの教会に最近立ち寄ったような形跡がなかったんだよな…」

 

 全ての部屋を回って見たものは埃をかぶった家具などであった。

 

「それに…水とかも通ってないみたいだし…」

 

 そう言いながら、俺は蛇口をひねった。

 が、蛇口から水が出ることはなかった。

 

「でも、たまたま教会の方が外出しているだけなのかもしれません…よ?」

「本当にそう思うか?」

「いえ…思えないです…」

「んー…本当にどういうことなんだ…まさかアーシアの赴任自体が嘘だった…?いやでもそれだと、金と地図を渡した意味がわからないな…」

 

 アーシアをここに赴任させた意図が全くもって掴めないな…。

 単純にミス……なんて考えるには明らかに不自然すぎる…。

 

「でも、それなら今すぐにでも掃除を始めないといけませんね!」

「……どうしてだ?」

「私ここに住む以外に行き先がないですからね…」

 

 アーシアを一人でこんなところに住ませる…?

 だめだ……絶対にだめだ……それは許せない……

 

「アーシア、それならウチに住まないか?というか住みなさい。」

 

 俺はアーシアの左手を掴み、歩き出した。

 

「え!? どうしたんですか急に!?」

「……アーシアがこんなところに一人で? ……絶対にだめだ。一人になんてしておけない……どうにかしなきゃ!」

「……イッセーさん?」

 

 アーシアの呼びかけに対して反応がなかった。

 

「イッセーさん? イッセーさん!!」

「――!? どうしたんだ、アーシア? そんな急に大声出して。」

「イッセーさんの様子がおかしかったので……さっき私が発言してから急に歩き出してびっくりしました」

 

 そう言い、アーシアは左手を上にあげた。

 アーシアの左手を掴んでいた俺の右手も一緒に上へあげられる。

 

「!?」

 

 俺は、慌てて手を離す。

 ……さっきの俺は一体何を口走った!?

 

「ごめん、急に手を掴んだり、変なことを言ったりして……」

「いえ……全然大丈夫ですよ?」

「それはよかった。でも、さっき言ったことは本当だ。アーシア、ウチに住まないか?」

「いえ……これ以上イッセーさんに迷惑をかけるわけにはいきませんよ…」

「でも、水も通ってないここに住むのは無理だろう?」

「それはそうですが…イッセーさんのご両親にも迷惑がかかってしまいますし……」

「そこは俺が必ず説得する。……というか、ウチの両親は迷惑だと思わないと思うし……」

「でも……」

 

 それでもアーシアはまだ迷惑がかかると思っているのか断るそぶりを見せている。

 

「あーもう埒が明かない。行くぞ、アーシア!」

 

 先ほどとは違い自分の意思を持って、アーシアの手を引いて我が家へと向かった。

 

「イッセーさん!?」

「アーシア。俺が提案したことなんだ。それなのに迷惑だなんて思うはずがないだろ?もしかして、そもそもウチに来ることが嫌だったか……? それだったなら…無理にとは言わないけど…… 」

 

 そう言い、足を止める。

 

「嫌だなんて思うはずがありません!! でも……本当にお世話になってもいいんですか…?」

「当たり前だろ?困ってる女の子を放っておけないし、何よりももっとアーシアと一緒に居たいからな!」

「イッセーさん……」

 

 少しアーシアは照れたような顔をした。

 

「はい! 私もイッセーさんともっと一緒に居たいです!」

「んじゃあ、行こうか!」

「はい!!」

 

 そうして、俺とアーシアは再び歩き始めた。

 

 

 

 

 両親への交渉がどうなったかだって?

 境遇を伝えて少し話したら、父さんと母さんがアーシアを気に入って交渉する間も無くアーシアが我が家の一員となることが決まったよ。




今回、書くのを初めて経験させていただきました、jiguです。
不慣れなもので、投稿期間が空いてしまい、申し訳ありません。度々遅れることがあるかと思いますが、そのときは、ああ、もう一人の方だな、と思い、気長に待っていてください。
初執筆なので、批判でもなんでも、感想をいただけると嬉しいです。
では、また次回、お楽しみください!


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この日常は番外

どうも、alnasです。
少し期間が空きましたが、まあ、前のあとがきでもあったように、手こずっておられるんですね。
今回、話は進みません。はい、進みません。
イッセーがお悩み中、ヴァーリがなにを思っていたのかを中心に書いてます。
では、どうぞ。


 兵藤一誠は、どう出るかな。

 彼との話を終えてから、やけに時間が経ったような気がする。

 念のため時刻を確認するが、時計は午前5時を表示していた。彼と出会ってから、まだ1日も経過していない。

 まさか、この歳で赤龍帝に会うとは思ってもいなかった。だからこそ、彼との戦いには少しばかり不満が残る。

「とは言え、あのまま続けてしまっていたら、一生後悔するところだったかもしれないな」

 彼は強くなる。

 そう確信しているんだ。一年前、彼の奥に眠る激情を感じたときから、ずっと。

 あとは彼の判断次第だが、果たして俺と彼の運命は、どちらに向かっているのだろうか。

 和解か、破滅か。

 選ぶのはキミだ。なあ、兵藤一誠。

「もっとも、できればキミとは、同じ道を歩んでいきたいのだが……」

 赤と白。

 決して理解しあうことのない宿命は、ここで変われるのだろうか。

 ここからが勝負だな。

「それはそれとして、白音を起こしに行こうか」

 彼女はよく眠る。そしてそれ以上によく食べる。成長期なのか、生来のものなのか。どちらにしても、俺にはわからないことだな。

 二階にある自室を出ると、一階の方からなにか音が聞こえて来る。

 そういえば、今日は彼女が担当している日だったか?

 であるならば、当然のことだな。

 居間とつながるキッチンに顔を出すと、そこには予想通り、一人の少女が作業をしていた。

 近くのソファーの上には、魔法使いが被る帽子とマントが綺麗に折りたたまれて置かれている。

「あ、ヴァーリさん! おはようございます」

 俺に気づいたのか、小柄な少女がくるりとこちらに体を向けると、深々と頭を下げてきた。

 ニッコリ笑顔で微笑みかけてくるおまけ付きだ。

「おはよう、ルフェイ。今日も早く来たみたいだね」

 少女――ルフェイ・ペンドラゴンは、俺のお得意様だ。悪魔の仕事をする中で偶然呼び出されたのだが、なんだかんだで長い付き合いをしている。

「はい、早く来ればそれだけヴァーリさんとお話できますから」

 そう。彼女との契約は、週3回、俺たちに料理を振る舞うこと。そして、俺が彼女の話相手になることで決定している。今朝もその都合で出向いてもらっているのだ。

「それで毎回早いのか。まあ、早起きするのはいいことだとは思うが」

「そうですよ。ではヴァーリさん、最近なにか楽しいことはありましたか?」

 話が始まると、ルフェイは作業に戻っていく。

「最近か? ああ、昨日堕天使がこの町に入りこんできたな」

 特に面白みのない相手だった。何事かを企んでいるようではあったが、この町で好き勝手されては困る。

「用事でしょうか?」

「いや、悪巧みの類だろうね。詳細は知らないが、放っておくとこの町にも被害が及ぶ可能性があったから排除した」

「なにをしたかったんでしょうね〜」

 出会った当初は、もっと内気な子かと思っていたが、ルフェイは存外、話してみれば行動的な子であった。

「いまとなっては知る由もない。だが、ロクなことじゃないだろうな。大方、上層部に媚びるための用意でもしていたんじゃないか? 取り入りたい連中がうろちょろしていても不思議はないだろ」

「堕天使さんの業界は大変なんでしょうか?」

「……いや、どうだろうな。あまり詳しくはないから教えようがないんだが」

 とはいえ、堕天使の総督であるアザゼルは積極的に戦争をしたいわけではないと聞かされている。戦闘狂でない者がトップにいるのだから、そこまで権力争いが過激化しているわけでもないだろう。

「個人的な目的、か」

「はい?」

「昨日の堕天使は個人的欲求を満たすために駒王町に来た可能性が高いと思っただけさ。雑魚の群れだったのがその証拠になるかもしれないね」

「ヴァーリさんからしたら、そこらへんにいる相手は基本格下になっちゃいますよ」

 ルフェイが笑いながら言うが、そんなことはない。

 俺の周りは思いの外強者が多い。

 たとえば、いま目の前にいる彼女、ルフェイ・ペンドラゴン。魔法関係であれば、俺は彼女に遠く及ばないだろう。禁術に関してもだ。

 他にも、最近成長が著しい白音。

 身近なところでいけば、ソーナだっている。彼女の作戦立案、手際の良さはぜひとも見習いたいところだ。

 そして、昨日出会った赤龍帝・兵藤一誠。

 まだまだこれからではあるが、彼ほど先が楽しみな相手はいない。

「フッ、やはり強者は多いほどいいな」

「楽しそうですね」

「そうだね。昨日、堕天使の相手をした後にもうひとつ、いい出会いがあったからかな」

 話すと、言葉にこそしないが、ルフェイはどんな相手ですか? と表情に出ていた。

 ここまで言っておいて、黙っているのもかわいそうか。それに、じきに彼女も知ることだろう。話てしまっても、問題ない。

「赤龍帝に会ったんだよ。ついでに少し戦ってみたけど、因縁の対決にはならなかった」

「もう出会ったのですか? でも頂上決戦にならなかったんですか……」

 残念そうだな、ルフェイは。

「今代の赤龍帝はちょっと変わり者でね。俺との――白龍皇との勝負は重要ではないようだ。どちらかというと、因縁なんて関係なく、守りたいものさえ守れればそれでいいらしい」

「それは相当の変わり者ですね。ヴァーリさんといい勝負というか」

 彼女の中では、俺も変わり者なのか。なんとなく察していたことではあるが、あまり気にはならないしいいか。

「結局、彼とは話し合いの場を設けることになってね。最終的には俺の眷属にしようかと思っている」

「白と赤が仲間同士になるんですか! ちょっとわくわくします!」

 赤龍帝と白龍皇の戦いは歴史から見ても、各陣営で知らない者はいないほどに有名だ。

 それは当時関わっていた天使、悪魔、堕天使だけではない。

 魔法使いも、吸血鬼も、妖怪も、皆々が把握している。それが今代でいきなり手を組んだとなれば、どれだけの騒ぎになることか。

 兵藤一誠は、その辺りは考えていないだろう。最悪、今日も女の子を追っかけているかもな。

「ところでルフェイ」

「はい?」

 料理を作り終えたのか、エプロンを外しながらこちらを向く。

「例の件だが、答えは出たかい?」

「……迷っています。私の中では、どうしたいのか答えは出ているはずなんですけどね」

 困ったような笑みを見せるルフェイ。

 そうか、まだ早いか。

「困らせて悪かった。さっきのは聞かなかったことにしておいてほしい」

「あ、いえ……私こそすいません……その、兄の問題もありますから」

「そうだったな。ひとつ言えることがあるなら、キミは周りを気にしすぎだ。たまには、自分のやりたいようにやってみるのもいいのかもしれない。ああ、俺が言うとフェアな意見じゃないからよくないな。これも聞かなかったことにしておいてもらいたい」

「フフッ、はい。じゃあ、朝食にしましょうか?」

 彼女に笑顔が戻ったところで、そう提案があった。

 っと、そういえば。

「忘れていたな。ルフェイ、すまないが待っていてくれ。うちのお猫様がまだ起きてこないんだった」

「白音ちゃん、来てませんもんね」

 気づいていたのか? なら早くに言ってくれてもよかったものを。

 白音にルフェイを紹介したのは、もう随分前になるが、料理が上手いということから好いている部分もあるように見える。

 結果だけでいえば、ルフェイと契約を結べたのは幸いだったな。白音には友人ができたわけだし、俺も魔法の勉強になる。彼女の話は面白いものが多いからな。特に、彼女の兄の話はいい。一度彼にも会ってみたいものだが、実現するかどうか……。

「真っ先に解決するべきは兵藤一誠なのは間違いないがな」

 最優先はなにをとっても赤龍帝だ。そこだけは変わらない。彼ほど俺の興味を引く者はいなかった。

 きっと、将来揃う俺の眷属にも、いい影響を与えてくれると思うのだが。

「白音、入るぞ」

 一言いれ、ドアの扉を開く。

 わかっていたことだが、彼女はまだ起きていない。

 ルフェイとの会話が長引いたこともあるが、6時を回ってしまった。普段なら、修行も終わりに近づいている時間だ。

「赤龍帝との接触もあったから今日は休みにするとは言ったが、そうか。本来は眠っていてもおかしくはないのかもしれないな」

 白音は姉のために自分を鍛えている。

 家族さえ無事でいたなら、こうして無防備に寝ていてもいい日々が続いていたかもしれない。

「こうしてここで暮らすことを、おまえはどう思っているんだろうな……」

 目の前でワイシャツ一枚を羽織って寝ている少女。

 この子と出会った日に見た目は、確かな意志が宿っていた。あの目を疑ってはいないし、日々努力しているのも承知している。けれど、心の奥底ではなにを感じているのかなど、わかりはしない。

「平和に、戦わずに生きる道も、サーゼクスなら作れたのだろうが。生憎、俺にはこの道しか示してやれなかった」

 いまでも、たまに思う。

 この生き方に、後悔はなかったのかと。俺は、もしかしたら、酷な選択を強いているのではないのかと。

 自分の眷属を信頼し切れていない自分が片隅にいることを知っている。

「もう変えようがないが、それでも俺はおまえが楽しいと思えているなら、救われているんだろうな」

 あの人なら、と考えるのはやめておこう。俺は俺のやり方を見つけていかなければ。

 願わくば、この先の眷属のみんなが、笑っていけるように。

「俺が強くならないとな。いずれ姿を表すだろう、あいつを殴るためにも」

 さて、考え込んでしまったが、あれこれ抱え込むのはやめにしよう。ひとまずは、白音を起こすところからだな。

 余談だが、彼女を起こすのにかなりの時間をくったことと、ルフェイの助けを求めたのは、また別の話だ。

 

 

 

 ルフェイとも一度別れ、白音も自分のクラスで授業を受けているだろう、高校の一コマ。

 もうじき最後の授業も終わり、自由な時間となる。

 さすがに、昨日の今日で兵藤一誠が会いに来ることはないだろう。だが、彼は赤龍帝だ。堕天使側の動きもあったのが気にかかるな。

 まさか、今代の赤龍帝が誰なのか突き止めているのか? であれば、彼の身が危険ということも……いや、やめておこう。

 雑兵程度なら相手にできるだろうし、中級堕天使からでも逃げ切れるはずだ。

「俺がわざわざ影から守る筋合いはないな」

 敵が来るなら、退ければいい。もしかしたら、戦闘の中で進化することもあるかもしれない。

 授業終了の鐘が鳴るのとほぼ同時に教科書類の片付けを始める。

 すべてをカバンにしまい、教室を後にする。

「一応、堕天使たちを消した場所も見回っておくか」

 あの雑魚ども単独の行動ならよし。先遣隊なら、話は別だ。もっとでかいモノが引っかかりでもしたら事だからな。

 と、町のためにも歩いていると、昨日会ったばかりの兵藤一誠が、シスター服をまとった金色の少女と二人でいるのが目に入った。

「ほう……異国の少女か。兵藤一誠、中々やるじゃないか。邪魔をするのも悪いし、見つかる前に去るとしよう」

 さあ、何事もなく済めばいいが。

 俺はこの先、彼の選択を聞くことになる。彼の決意と共に。

 このとき、兵藤一誠の隣にいる金色の少女が絡んでくるなどと、まるで思ってもいなかった。

 赤と白。二人の選択は――。




次は本編に戻るんじゃないですかね? と、プレッシャーをかけておく。
こうしておくときっともうじき本編が更新されますね。
感想なんか貰えるときっとやる気を出してくれるんじゃないかと思われます。
では、また次回!


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その猫は

どうもみなさん、alnasです。
本編?知らないな第2弾になります今回です。
今月中に本編が進むと相方から連絡があったので、今月中の更新を楽しみにしていてください!(相方へのプレッシャーは忘れない)
今回はタイトル通り、あの子の話です。
では、どうぞ!


 私が最初にあの方と出会ったのは、姉がいなくなってから数日後のことだった。

 姉と楽しく生活していた中、突然悪魔に追われる日々に変わってしまった悪夢のような時間。

 誰も信じられず、大好きな姉さまもいない。ただ、恐怖と痛みだけが私を現実へと引き戻す。

 追われ、逃げ回り、隠れ。

 決して逃げきれないと頭ではわかっていても、そうせずにはいられなかった。だって、もう一度姉さまに会いたかったから……そんな願いすら、許してはもらえなかった。

 徐々に狭まっていく包囲網。

 私が弱いのをいいことに、遊ばれるように追われていたのは知っていた。

 初めてふるわれる大人からの暴力。

 抵抗する力のない私にできることは、諦めないことだけだった。その意志も、次第に薄れていく中、私は出会った。

 いまでは、あの日がとても大切な日。

 救われた日と言っても、過言ではないと思う。

「ヴァーリさま……」

 つい、主人である方の名が漏れる。

 ヴァーリさまからは、貰ったものが多すぎた。

 姉さまの罪があるというのに、私に対して優しく接してくれて、身柄も保証してくれて。力を得るための特訓に、眷属悪魔として迎えてくれた。

 なによりも、温かい、陽だまりのような場所。

 出会えて、本当によかった。

 

 

 

 彼の親が、現魔王の一人であるサーゼクスさまだと教えてもらったときは、さすがの私も驚いたが、想像とは違い、穏やかな雰囲気の人に見えた。でも、変態でした。

 ヴァーリさまのこととなると、映像を記録したり、おかしな戦隊もののお面をつけてきたりと、本当に魔王さまなのかと疑ってしまうほどです。

 木陰からひっそり様子を伺っているのかと思えば、ヴァーリきゅん成長期なる物を片手に盗撮している場面に出くわしたこともあります。

 グレモリー邸の中に大きなシアタールームを建設していることも。

 正直、あの部屋でなにが再生されているのかは想像したくありません。

 その行動は、屋敷にいる皆さんが承知していることらしく、突っ込む人は誰もいませんでした……いえ、訂正します。一人、いましたね。

 サーゼクスさまの女王を務めるお方、グレイフィアさまが。

 あの人は絶対に敵には回せません。魔王さまが頭の上がらない唯一のお方ですから。

 もっとも、私はヴァーリさまの一人しかいない眷属であるせいか、それとも女性であるためか。とても優しくされています。もちろん、厳しいときもありますが、基本的には優しいです。最近では、「ヴァーリの力になりなさい。それと、あの子をよく見ておいて。頼むわ」と言われたりもしました。

 眷属悪魔として、なんだか嬉しく思います。

 グレイフィアさまと言えば、休日はよくヴァーリさまと一緒にいたりします。ヴァーリさまは少しやりづらそうですが、仲の良さそうな雰囲気で、サーゼクスさまが間に入っていけずに二人の周りをうろうろしてるのが日常ですね。二人でいるときは、まるで親子のようで。ヴァーリさまを見るグレイフィアさまの目は、慈愛に満ちていました。

 次期当主として有望視されているヴァーリさまですが、問題がひとつ。

 自身が当主の座に就くことを拒否していることでしょうか。本人曰く、「グレモリー家の未来はミリキャスに託すと決めている。もちろん、ミリキャスに任さられるようになるまでは支えるつもりだが、俺には俺の目標があるからね。グレモリーに囚われず、もっと上にいきたいんだ」とのことでした。

 もっと上……グレモリー家当主の立場より上を目指すとなると、ヴァーリさまの目標はいったい……。

 あの方が行くと言うのであれば、私もついていきたいです!

 私が思っている以上に、敵も味方も多いように思います。

 強く、ならないと。

 隣に立てるくらいには、強く。

「でも、前のような特訓は遠慮したいです……」

 忘れもしない。

 眷属悪魔に成り立ての頃。強さとはなにかを手っ取り早く教えてやると言われて連れてこられたドラゴンたちの住処。

 山のような数のドラゴンに追われる特訓だけは、二度とやりたくありません……二度とです。

 あの特訓だけは、ヴァーリさまを疑いました。おかげで基礎は出来上がりましたけど、納得いきません。基本的な動きができるようになってすぐの特訓でドラゴンと追いかけっこですよ? どう考えたらそこに行き着くのでしょう?

 次々に行われた修行は、そのほとんどが私より強い方との特訓でした。地獄です……。

 ……私も、一応女の子のはずなのですが。姉さまのように成長していれば、扱いも違ったのでしょうか。

 姉さまのように。

 同じ遺伝子が通っているんですから、希望はあります。未来は明るいです。

 とは言え、ヴァーリさまも鬼ではありません。悪魔なのは変わりようがないですけど。

 一日の鍛錬が終われば、私の好きなことをさせてくれます。

 食べ歩き、お昼寝、読書。

 思い返せば、いつも隣にはヴァーリさまがいました。

 静かに付き添ってくれるだけですが、時折、私のことを気にかけて話をしてくれます。少し不器用というか、優しくするのに不慣れな気がします。

 でも、その接し方は嫌いじゃありません。

 本当に優しい人だからこそ、接し方ひとつ取っても迷うんだと思います。

「姉さまも、きっとヴァーリさまとなら――」

 いえ、なんでもありません。

 そういえば、私の主人であるヴァーリさまは、極めて異例な悪魔だと言われています。

 人と悪魔のハーフであり、魔王の資質と、今代の白龍皇でもある。なんて、欲張りさんです。強さを求めるために生まれてきたような人。なのに、触れてみれば、感じるのは優しさばかり。

 怖いほどの強さを有しているはずなのに、強さを求めているはずなのに。

 どうして、あの人からは恐ろしさを微塵も感じないのでしょう? もう何年も一緒にいるのに、いまだに答えが出ません。

 求める強さによって、変わるものなのでしょうか。

 いずれにしろ、ヴァーリさまの底は見えません。

 意外だったのは、サーゼクスさまの実子ではなかったことでしょうか? あまりに仲のいいお二人だったので、そんなことは思ってもみませんでした。

 魔王であるサーゼクスさまに憧れにも似た目を向けるヴァーリさまのどこを見れば、実子でないとわかるのでしょう。

 でも、ヴァーリさまは、サーゼクスに拾われていなければ、俺は幼くして死んでいたか、もしくは家を飛び出したあと、悪い方向に行ってしまっていたかもしれないね、と言っていました。

 有りえない。

 そんな言葉が喉まで出ていましたが、とても言える雰囲気ではありませんでした。

 でも、だからこそ、拾われたのは幸運だったと聞かされ、他にもたくさん世話になって、いまじゃ簡単には返せない恩がある、とまで。

 人の血が通い、最悪なことに奴の血まで持っている自分が普通に立って歩けているのは、ひとえに、現魔王たちが一丸となって上層部を納得されたからだとか。

 そうでなければ、今頃はどうなっていたか、と笑っておられました。なんというか、緊張感のない感じです。

 たぶん、サーゼクスさまたちはまるで気にしていないと思いますけど。

 そういえば、ヴァーリさまはあまり悪魔としての契約は取ってきません。必要なぶんは取るが、それ以上はしないとのことでした。

 でも、予期せぬ召喚をされたときは、意外にもあっさりと契約を取ってきたことがありました。

 それは、最近よくご飯を作りにきてくれる一人の女の子との契約でした。

 話相手になる代わり、ご飯を作りに来てくれています。ご飯も美味しく、大歓迎。

 私も話すようになり、少し年下の友人ができました。

 人間界に来てすぐ、ヴァーリさまから学校に通うようにも言われました。

 中学校は、予想以上に人が多く、それでいて、私に優しい人たちばかり。通う理由をいくつか話していましたが、ちょっとだけ、わかってきた気がします。

 温かい人たちにいつだって囲まれていて、安心します。

 

 

 

 最近では、自分のライバルであるはずの赤龍帝とも出会っていて、知らないうちに仲良くなっていました。あまつさえ、殺しあうはずの運命にあるライバルを自分の眷属にならないかと勧誘したり。あのときは肝が冷えました。

 おかしいです。

 ヴァーリさまの頭の中を一度見てみたくなるほどにはおかしいです。

 出会ったらお互いのどちらかが倒れるまで戦うと聞いていたのに、実際に戦いはしたものの、小手調程度でしかないってなんなんですか! 無事だったのはいいですけど、根本的におかしいですよね! 眷属悪魔にして、もし寝首をかかれるようなことがあれば……ううっ、なんがか胃が痛くなってきました。

 姉さまのいないいま、ヴァーリさまの存在はとても大きなものだというのに……なにかあっては困ります。性格上、戦うことに一定以上の欲を持つヴァーリさまですから、今後も多くの敵と戦う場面はあるはずですが、今回の一件は問題がありすぎです。

 そろそろ、私以外の眷属も必要なのではないでしょうか。

 赤と白。

 戦うことを運命付けられているはずの、憎しみ合う関係。なのに、今日出会った赤龍帝は、憎しみの心を欠片も持ち合わせてはいないように見えました。ヴァーリさまと同じように、変わった赤龍帝なのかもしれません。もっとも、その程度で私は油断しませんが。

 もしも、変わることができるなら。

 お二人の関係が、憎しみ合うことでも、戦うことでもなく、協力しあえるようになるのなら。私はそれが、一番だと思います。

 できるなら、平和に過ごしていたいものです。

 多くの人と、優しさに包まれた、陽だまりのような場所。私が私でいれる、大切な場所。

 私は、姉さまにも、その場所にいてほしい。だから、待っています――姉さま。

 

 

 

 定期的に、私たちの周辺で起きた出来事を記し始めて二年。

 今日のぶんをノートに書き留め終えたのを確認し、布団へと潜る。

 書くついでに、いままで書いてきたぶんも読んでしまった。

 早く寝てしまおう。予想外の出会いがあり、もう疲れているに違いない。

 そう思うものの、まるで眠くならない。

 ヴァーリさまと出会ってからの日々を思い出しては、気分が高揚してしまう。

「これで寝れなくなったら、ヴァーリさまのせいです」

 起きたらまた、予想外の連続の日常に巻き込まれるはずだから。ヴァーリさまについていくのは簡単なことじゃない。

 ああ、明日はルフェイさんが来てくれる日でしたね。

 ご飯が楽しみになってきました。

 でも、最近はヴァーリさまと話しているときの表情がこれまでと違って見えます。楽しそうというだけでなく、なにか他の感情が混ざっているような……契約相手というだけで向ける感情ではないように感じます。

 私と話しているときでは絶対に見せない顔です。

 むう……納得いかない……でもいいです。毎日一緒にいるのは私ですから。

 一緒にいたい。

 私が初めて――いえ、この先は、言葉にはしないでおきましょう。

 では、次の朝がやってくるまで、しばらくのお休みです。




……正直、難産でした。
この話数でやるなよって感じはありました。書くならヴァーリと白音の休日の過ごし方でも書けって話ですよね。まあ、そっちの話は本編の更新が遅れることがあれば書く機会もあるかなと。普通に書いた方がいいですか?
さて、次回更新はjiguさんが鋭意制作中の本編にお返ししたいと思います。私が書く話よりボリュームあるのではないでしょうか。
では、また次回!


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その少女は切望

難産でした。
本編です。
本編です(重要)。


 

 

 

アーシアが兵藤家に迎え入れられてから数日経ったある日。

 

「アーシア、出かけないか?」

「お出かけですか?」

 

 俺はアーシアにこの街の案内をしようと提案をした。

 

「おう!アーシアがウチに来てから数日経ったけど、ちゃんとこの街を見て回ったことなかったよな?」

「はい……そうですね。お母様のお手伝いをしていたので外に出られなかったです……」

 

アーシアはここ数日、不慣れな手付きながら母さんの家事の手伝いを進んで行っていた。

俺がアーシアのエプロン姿をばっちり脳内メモリーへ保存しておいたのは言うまでもないだろ?

 

「アーシアも足りないものがあるだろうし、俺も欲しいものがあるからさ。それらの買い物ついでにこの街の案内でもしようかなって思ったんだけど…どうかな?」

「いいんですか!?」

 

とても嬉しそうな表情をしてこっちを向いた。

 

「もちろん。というか提案してるの俺のほうだからな?」

「あ……でも私お金ほとんど持っていません……」

 

さっきとは真逆でとても悲しそうな顔へと表情が変わった。

アーシアは表情がコロコロ変わって見ていて楽しいなぁ……

まぁでも……いつまでもアーシアを眺めているわけにはいかないか……

 

「大丈夫、俺が出すからお金なら気にしなくていいって」

「そんな……悪いです……」

「気にするなって…情けないことだけど別に全部俺のお金ってわけじゃなくて、両親からいくらか貰ってるから。」

「お父様とお母様からですか?」

「そうそう、だから一緒に行かないか?」

「……甘えさせてもらいます!」

 

少し申し訳なさそうにしながらもなんとかアーシアから了承をもらうことができた。

よしよし……経緯はどうあれ家族になったんだから、家族に対して少しずつでも遠慮がなくなってきたのはいい傾向だな。

 

「よし、それじゃあ早速行こうぜ!……って言いたいところだけど準備もあるだろうし、もう少しゆっくりしてから行くことにしようか。」

「急いで準備します!!」

「いやいや、そんな急いで準備しようとしなくて大丈夫だぞ?まだ時間もたっぷりあることだし。」

「でも……少しでも長くイッセーさんといろんなところ見て回りたいです……」

「…っ?!」

 

……アーシアは時々こうやって不意打ち入れてくるから油断できないんだよなぁ。

まぁでも、それだけ俺に心を許してくれているってことなの……か?

もしそうだとしたら家族として、それと男としても冥利に尽きるってもんだよな。

 

「……アーシアは少し自分の発言を意識したほうがいいと思うぞ?」

「私何か変なこと言ってしまいましたか……??」

 

これが計算して言っていたなら、少しは耐性もできるんだが……

アーシアは天然で発言するもんだからどうにも動揺を抑えられん……

 

「いや……気にしてないんだったらいいんだ。」

「??……イッセーさん顔が赤いですよ?」

「そこは触れないでくれ……よし!じゃあのんびり準備してから出かけるか!」

「はい!」

 

 

 

 

 

先の会話から数十分後、日も高くなってきた今日この頃…

私、兵藤一誠は準備をしてリビングにてのんびりしていたところを、母さんの手により家から叩き出されました。

いや、お母様……なんでなのでしょうか……私何か気に障るようなことしましたか?

 

「イッセーさん!お待たせしました!!」

「いや、大丈夫だ……よ……」

 

振り返った先にいた少女は、いつもの落ち着いた服装とは違い、活発な少女という印象を与えるボーイッシュな服装をしていた。

 

「……アーシアそんな服持ってたか?」

「いえ、お母様が用意してくださったんです。」

 

なんで母さんがアーシアにぴったりの服を持っているのかを盛大にツッコミを入れたいところだが、ここは何も言わないこととしよう……

母さん……グッジョブ!!!!

 

「そ……そうか……」

「はい!」

「……あれ?」

 

そこで俺はちょっとした違和感を覚えた。

 

「………」

「あの……イッセー…さん?」

 

 んー……服装が違うのはもちろんなんだけど……

 あ、髪型が違うのか!

 

「髪も服装に合わせて結ったんだな」

「はい、お母様にこの格好ならこの髪型がいいから!と言って結ってもらいました!」

 

 アーシアは普段の髪型とは違い、長い髪を後ろで一つにまとめている。

アーシアが現状している髪型はいわゆるポニーテールと呼ばれるものである。

 

「いつもの落ち着いてる服装もいいけど、今日みたいな明るい感じの服装もやっぱり可愛いな。」

「か……かわいいだなんて……」

「やっぱり元が綺麗で整ってるから、どんな格好してもよく似合うんだなぁ……」

「あ……あぅ……」

 

 褒められることに慣れていないのか、アーシアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「ごめんごめん、じゃあそろそろ出掛けることにするか。」

「は……はい……」

 

こうして、俺とアーシアの休日デートが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずは昼ごはん食べてないことだし腹ごしらえからだな。アーシアはなんか食べたいものとかあるか?」

「街にはどんなごはんがあるんでしょうか……?」

「まぁ大体のものはあると思うけどな。んー……健康にはあんまりよくないけどファストフードでも食べに行くか!」

 

 まぁ外食をしようとする段階で健康的ではないと思うんだけどな。

 

「ファストフード……ですか?」

「まぁどんなものかは着いてからのお楽しみってことで。」

 

そんな会話を交わし、俺らは某有名ハンバーガーチェーン店へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

イラッシャイマセー!!

 

「ここで昼ご飯でも食べようか。」

「ハンバーガーですか…?」

「そうそう、これなら手軽に食べられるからな。あー……もしかしてだけど、食べられないとかあったか?」

 

 もしそうだったなら申し訳ないな……

 

「いえ、それは大丈夫です。ただ……」

「ただ?」

「私こういったものを食べたことがないんです……」

 

 なんだ、そんなことか……よかったよかった。

 

「そんなのこれからは食べる機会なんてたくさんあるから気にしなくて大丈夫大丈夫。」

「そうでしょうか……?」

「俺はこれからアーシアといろんなところに行ってみたいと思ってるんだけどなー?」

「本当ですか?!」

「もちろん!」

 

 だいぶ立ち話をしちゃってるな……とりあえず注文して座ってから話すか。

 

「そろそろなんか注文しようか。」

「あ、そうですね!」

 

 ゴチュウモンハオキマリデショウカー!!

 

「……??」

 

 アーシアは店員の言葉を聞くと困ったように、助けを求めるようにこっちを見た。

 ……あ、さっきまで普通に話してたから忘れてたけどアーシア日本語わからないのか。

 んー……少しずつでも教えてく必要があるなぁ……

 

「アーシアはどれ食べてみたいとかある?」

「よくわからないのでお任せしてもいいですか……?」

「おっけー」

 

ソレジャアコレトコレノセットデ、ノミモノハ…マァオチャデイイカ…オチャフタツデオネガイシマス

ソレデハ1140エンニナリマス!!…チョウドイタダキマス!!ソレデハショウショウオマチクダサイ!!

 

「そういえばアーシアって何が食べ物何が好きなんだ?」

「……何が好きなんでしょう?」

「わかんないのか?」

「あまり自分の好きにご飯を食べるということがなかったものですから……」

「あーなるほど。じゃあなんか好きな食べ物見つけられるといいな?」

 

オマタセシマシター!!

 

「お、きたきた。それじゃあ食べよっか。」

「はい!」

「「いただきます!」」

「ところでイッセーさん……これってどうやって食べるんでしょうか……?」

「これは、これをこういう風にして、こう食べる。」

 

 アーシアへ手本としてハンバーガーの食べ方を見せた。

 

「そんな風に食べるんですね!!――あむっ」

 

 アーシアは小さな口を精一杯開きハンバーガーを頬張った。

 よく味わいながら口に含んだものを飲み込み、カルチャーショックを受けたような表情をした。

 

「こんな食べ物があったのですね……」

「もしかして口に合わなかったか?」

 

 かく言う俺もそこまでファストフードが好きなわけではない。

 たまに出掛けて人と話しながら食べる分には全然構わないのだが、こればかりを食べて生活をするというのは正直考えられない。

 人の手料理を食べられるというのは幸せなことなんだと思っている。

 これからも母さんやアーシアに感謝しながら日々の食事を食べることとしよう。

 俺もある程度は自分で作れるように練習するべきか……少しずつでも母さんに教えを乞うべきだな。

 

「いえ、そんなことないですよ?ただこればかり食べて生活するのは……」

「やっぱりアーシアもそう思う?」

「はい!イッセーさんやお母様、お父様と一緒にお話ししながらご飯を食べるほうが私は……」

 

 どうやらアーシアも俺と似たような感想を持ってくれたらしい。

 なんか自分と同じような考えを持ってくれているってわかるとちょっと照れくさいな……

 

「俺もそう思うなぁ……まぁ友人とかとたまに行くからこそ、昼食を取るにはお手軽だから良いんだろうな。」

「そう……ですね。」

 

 俺の返答に対し、アーシアは少し暗い顔をしながら返答した。

 そういえば…教会にいた頃は進んで話しかけてくれるような人がいなかったんだったか……

 やっぱりアーシアにとってはトラウマになってるみたいだな……

今すぐには無理だろうけどどうにかして少しずつ思いつめなくて大丈夫なようにしてあげたいな……

 とりあえず今はこの雰囲気を壊すところからだな。

 

「よし!食べ終わったことだし、そろそろ街の色んな所を見て回るか!!」

「……そうですね!」

 

 アーシアも俺の意図に気付いてくれたのか、気分を切り替えて返事をしてくれた。

 向こうがそう思ってるのかはわからないけど、アーシアとの初めてのデートなんだし楽しく一日を過ごしたいからな。

 

「んじゃあ、早速行こうか!」

「はい!!」

 

 

 

そうして俺たちは――――

 

 

「イッセーさん!イッセーさん!この子たちとっても可愛いです!!」

「……だとしても……少し懐かれすぎじゃないか?」

「えへへ……大人しくていい子たちばかりです~」

「大人しくしてる……か?どう見ても大人しくしてるように見えないんだけど……」

 

 

埋め尽くさんばかりの数の動物にすり寄られ、とても嬉しそうなアーシアを横から眺めたり――――

 

 

「お、これなんかアーシアに似合うんじゃないか?」

「これですか?!……もう少し落ち着いた雰囲気のお洋服じゃだめ…ですか?」

「まぁ着るだけならタダなんだし試しに着てみようぜ?」

「あぅぅ……恥ずかしいです……」

「おぉ……」

 

 

アーシアに似合いそうな服をたくさん着させてみたり――――

 

 

「そういえば、ウチにアーシア用の食器とかってなかったよな。」

「普通に使わせていただいてますよ?」

「いや、あれはあくまでお客さん用だから……お、これアーシアに似合いそうだな……これとかどうかね?」

「とっても可愛いです!――あっ!これイッセーさんにとても合ってる気がします!」

「お、このデザイン結構好きだな。せっかくだし、俺もアーシアが選んでくれたの買うかな。」

「私はイッセーさんが選んでくれたのにします!」

 

 

雑貨屋でお互いの食器を選びあったり――――

 

 

「あ……可愛い……」

「ん?アーシアそのぬいぐるみが気に入ったのか?」

「はい……」

「んー……ちょいと待ってな?」

 

 これなら何回かやってずらしていけば取れそうかな?

 ……お、いい感じいい感じ……よし!取れた!

 

「いやー取れてよかった。アーシアにこのぬいぐるみをプレゼントだ。」

「え!?良いんですか!?」

「アーシアが欲しそうにしてなかったら、そもそも取らなかっただろうからな。欲しい人が持ってたほうがそのぬいぐるみも幸せだろうさ」

「ありがとうございます!イッセーさん!大事にしますね!!」

 

 

ゲーセンでアーシアにぬいぐるみを取ってあげたりした―――

 

 

 

 

――――そして

 

 

 

 

 

「あ…アーシア……少し休憩しないか……?」

「はい!そうしましょう!」

 

俺は力尽きていた。

おかしい……普段から筋トレとかしてるから体力には自信があるんだが……

 母さんとかもそうだが、女性は買い物になると無尽蔵に体力が湧き続けるのか……?

 ……もっとトレーニング内容増やしていかないとまずいなこれは。

 

「ちょうどよく近くに公園があることだしそこで休憩するか。結構綺麗なところだぜ?」

「そうなんですか?楽しみです!」

 

そうして、俺らはゆっくりとした足取りで公園へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

――――それが俺の想いを決める出来事に遭遇するきっかけになる行動だとは、この時誰にも予測することはできなかった……

 




どうもjiguです。
更新遅くなって申し訳ないです。次回こそはもう少し話が進むはずです。
更新は年を越す前までに投稿できるよう頑張りますので楽しみにしていただいてる方、少々お待ち下さい。


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その聖女の在り処は

新年明けましておめでとうございます。
どうも、jiguです。
遅れてしまい申し訳ないです。
間に合わせようとした結果がこの短さになってしまいました。
書いてる最中イッセーたちの口調がよくわからなくなってしまったのでおかしかったらすみません。


 

 

 

 

 辺りがオレンジ色に染まっていく頃、俺らはゆっくりと公園の中を並んで散歩していた。

 何故休憩せずに歩いているのかというと、初めてこの公園を見たアーシアの顔が見て回りたいというような顔をしていたのだ。

 ここに来るまでに体力もそれなりに戻っていたから、俺からアーシアに少し公園の中を歩いて回るかと言った。

 心優しいアーシアは俺の体調を気遣って休憩しましょうと言ったが、アーシアのその顔を見てしまった俺の中から休憩をするという選択肢はなくなり、無理やり手を引っ張り歩き始めたのだ。

 

 

 

 

 

 歩いている間、俺たちの口数はあまり多くはなかった。

 辺りからは、子供たちが遊具やボールを使ったり鬼ごっこやかくれんぼをして楽しそうに遊んでる子供たちの声、俺らと同じように公園で散歩をしている仲睦まじい老夫婦の話し声、自分と同じようなサイズの犬に引っ張られ今にも転んでしまいそうな少年の少し情けないと感じてしまう悲鳴、健康のために運動をしているのだろうか?ジャージ姿でジョギングをしている男性の運動をしているとき特有の息遣い、買い物袋を片手に会話をしている奥様方の少しずつ大きくなってくる話し声、風に揺られ木々が奏でる心地よい音色など、さまざまな種類の音が俺たちの耳へと届いた。

 

 

 

 

 

「この街は本当にいいところなんですね……たくさんの人たちが楽しそうな表情をしています……」

 

 

 

 

 

 アーシアはそう呟いた。

 俺はその言葉を聞き、とても嬉しく思った。

 

 

 

 

 

「そうだな……俺もこの街はいいところだと思ってる……こんな街が俺は大好きなんだ。」

「こんなに楽しそうな顔を見ていると、こっちまで楽しくなっちゃいます!」

 

 

 

 

 

 アーシアは笑顔を浮かべながら言った。

 しかし、そんな言葉と表情とは裏腹に、俺の目には寂しげな表情をしているようにしか見えなかった。

 

 

 

 

 

「……アーシアももうこの街の一員なんだ、これからいっぱい楽しんで笑顔で過ごしていかなきゃだな。」

「――――っ!!」

 

 

 

 

 

 アーシアは俺の発言に驚いたのか、少し呆然とした表情をしながら足を止めた。

 

 

 

 

 

「まだ慣れてないだろうけど、慣れるまでも慣れてからも俺でいいなら傍にいられるし、少しずつでも日本語にも慣れていかないとだな。」

「………はい!!」

 

 

 

 

 

 俺の言葉に改めてアーシアは笑顔で返事をした。

 今度こそ、俺の目にも本当に嬉しそうな表情をしているように見えた。

 よかった……アーシアが元気になってくれた……

 

 

 

 

 

 それから少しベンチに座り休憩した俺らはまた散歩を再開していた。

 辺りは先ほどまでと違いだいぶ暗くなってきていた。

 公園内で遊んでいた子供たちは、親が迎えに来て仲良さそうに帰宅している子たちもいれば、家が近いであろう友達と小走りに帰宅を始めていた。

 

 

 

 

 

「少し待っていてください!!」

 

 

 

 

 

 突然アーシアは木々が生い茂っている方向へと小走りに向かっていった。

 アーシアが走り出した方向の先を見ると小さいながら、うずくまっている子供であろう姿を視認できた。

 しかし、アーシアの突然の行動に驚いた俺は動き出すまでに時間がかかり、アーシアの後方を追いかける形で走った。

そして、遠目ながらに俺は泣きながらも驚いている少年の姿と少年を撫でる手から淡い光が発しているのが見えた。

その光景に驚いた俺は思わず立ち止まってしまった。

 

 

 

 

 

『ドライグ、あれってもしかして神器か?』

『俺に話しかけるのが久しぶりだな相棒?随分とあの娘を気に掛けているようだな。』

『……かもな。まぁ今はそれはどうでもいいんだよ。それよりもどう思う?』

『おそらく何かしらの回復系統の神器を所有してるのだろう。流石に神器になった身とはいえ、全てを覚えているわけではないからな。』

『まぁ状況から察するにその類だよなぁ……これもドライグを宿しているからこそだったのかねぇ……?』

『どうだろうな?それより娘のところへ行ってやらんでいいのか?』

『――っと、そうだった。』

 

 

 

 

 

止めた足を再び動かし、俺はアーシアの元へと急いだ。

 

 

 

 

 

「男の子が簡単に泣いてはいけませんよ。」

 

 

 

 

 

追いついた俺が見たのは、膝を抱えながら泣かないように我慢している少年、その少年の母親であろう女性と少年の頭を撫で微笑みかけているアーシアの姿だった。

しかし、そんなアーシアの表情とは打って変わって、女性の表情からは明らかに嫌悪感が見て取れた。

そして、見て取れた感情の通りに少年の手を引き早足にアーシアから離れていった。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん!ありがとう!!」

 

 

 

 

 

 親子の姿が離れていく中、すっかり泣き止んだ少年はこちらへと振り向き大きな声で、アーシアに対してしっかりと感謝の言葉を叫んでいった。

 そんな言葉を聞いてアーシアは首を傾げていた。

 

 

 

 

 

「ありがとう!だってさ。」

「――はい!!」

 

 

 

 

 

人に感謝されることが本当に嬉しいのだろう。アーシアは心から嬉しそうな表情をしている。

 そうだ、忘れないうちにさっきの力に関して聞いてみるべきかな?

 

 

 

 

 

「そう言えば、アーシアも不思議な力って言えばいいのかな?持ってるんだな。」

「――っ?!見て……しまったのですね……」

「……?あぁ、遠目ながらにだけどな?あの子の反応からして多分怪我を治すような類のもの?」

「イッセーさんは……さっきのを見ても何とも思わないのですか……?」

 

 

 

 

 

 不安そうな様子がアーシアのほうを向かなくても痛いほどに伝わった。

 下手に取り繕った言葉で話すほうが良くなさそうだな……まぁそうでなくともアーシアには誠実でいたいしな。

 

 

 

 

 

「ちょっと長話になりそうだし、とりあえず腰を落ち着ける場所に移動するか。」

「はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきのを見て俺が何とも思わないのかだったよな?」

「はい……」

 

 

 

 

 

相変わらずアーシアの表情は重苦しいものだった。

 おそらく俺があの母親と同じような反応を返すんじゃないかとでも思っているんだろう。

 

 

 

 

 

「まぁそりゃ何も思わないなんてことはないよな」

「そう……ですよね……」

「治癒の力があればトレーニングで多少無茶してもすぐ治せるなーとかね」

「そう……え?」

 

 

 

 

 

 アーシアは何を言われたのかがわからないのか呆然としている。

 

 

 

 

 

「多分だけど、アーシアが怖がってるのは俺があの子の母親みたいな反応をするんじゃないかって思ってたんじゃないか?」

「――っ!?」

「その反応は図星ってところかな?まぁでも無理に聞こうとは思わない。ただ俺はどんなことがあってもアーシアの味方でいる、それだけは信じて欲しいな。」

 

 

 

 

 

 一番アーシアへ伝えたいことを言い、アーシアの方へと顔を向けると――

 

 ――アーシアが驚いた表情をしたまま涙を流していたのだ。

 

 

 

 

 

「アー……シア……?」

「ごめん……なさい……ごめん……なさい……」

 

 

 

 

 

 謝罪の言葉を繰り返しながらアーシアは嗚咽を漏らしていた。

 そんなアーシアへと向ける言葉が探し出せず、俺はアーシアが落ち着くまで頭を撫でることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッセーさんに迷惑をかけてしまいました……ごめんなさい……」

「別に迷惑だなんて思ってないぞ?もっと頼ってくれてもいいぐらいだ。」 

 

 

 

 

 

数分後、落ち着いたアーシアが俺へと謝ってきたが、それを制した。

実際に俺はそう思っている。もう少し俺に頼って欲しい……そんなに俺は頼りないのだろうか?

 

 

 

 

 

「したら、アーシアも落ち着いたところだしそろそろ帰るか。」

「イッセーさんは……気にならないんですか……?」

 

 

 

 

 

 んー……気になるか気にならないかで言ったらなぁ……?

 

 

 

 

 

「そりゃもちろん気になるさ。でも、無理に聞こうとは思わない。絶対にアーシアにとってそれはつらい思い出なんだと思うから。」

「イッセーさん……」

「なんか辛気臭い空気になっちゃったな。そろそろ帰ろう?」

 

 

 

 

 

 そう言い、俺は立ち上がりアーシアへと手を差し伸べた。

 が、アーシアは俯いたままだった。

 

 

 

 

 

「アーシア?」

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が経っただろう?少し肌寒くなってきた。

 俺がそう感じるのだから、おそらくアーシアの身体は俺以上に寒いと感じていることだろう。

 そんなことを考えていると、真剣な表情をしながらアーシアが顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――イッセーさん、私の昔話を聞いていただけますか?

 

 

 

 

 




明けましたよ、おめでとうございます。
新年早々各所で爆死したalnasです。
ゆっくりとした更新ですが、今年もお付き合いください。
では、また次回!


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あの契は決意

どうもみなさんalnasです。
半年ぶりに帰ってきましたこの作品! いや、本当に更新できなくてすいませんでした。
なにぶん再構成部分も多く、書くけど違うなってこともあるわけですよ。
まあそれは置いておいて。
半年ぶりなんでみんな、内容を忘れている人は1話目から見直してね! 更新遅くて申し訳ない!
では、始まるよ!


 ――イッセーさん、私の昔話を聞いていただけますか?

 

 その一言から感じられるのは、アーシアの確かな意志。そして、わずかな不安と恐怖。

 俺は彼女の力がなんであるかをよく知っている。おそらく、彼女が心配することは一切ない。だけど、思っていることをそのまま伝えるのはすごく難しくて……なにより、彼女のあれがなんであるかを把握しているという事実だけでは、きっとダメなんだろう。

 淡い光の正体を知っていたとしても、彼女の不安を和らげることに一役買ったとしても、それでも、結局は意味のない行為で。

 望んでいるのは――望まれているのは、そんなことじゃないと俺でさえわかるんだから。

 ああ、そうだよな。ドライグに頼って得た知識がなんだって言うんだ。俺に望まれていることはただひとつ。

「もちろん! 俺でよければ、いくらでも聞いてやる!」

 アーシアを受け入れることだけだ。

 新たに決意を固め彼女に答えると、張り詰めていた緊張がわずかに解けたような気がした。

「それで、話っていうのは? ……あっと、急かさない方がいいよな、ごめん。アーシアの話したいように話してくれ」

「は、はい」

 深く息を吐き出すアーシアは、思いの外緊張も、思いつめてもいないように見える。

 俺の見えている景色がどこまで正しいのかはわからないけれど、なにを話されても、どうにかしてあげたいと思う。いや、思うだけじゃなくて、どうにかしたいんだ。

「イッセーさん、私には不思議な力が宿っています」

「ああ、信じるよ」

「……はい。その力もあってか、私は教会では聖女と呼ばれていました。人々を癒す力……私は、会いに来る人たちを癒し助けることが誇りで、誰かが笑顔になるならって思っていました」

 癒しの力。それが彼女の神器の正体なのだろう。

 俺は詳しいわけじゃないけど、ドライグに話を聞けば歴代の赤龍帝の先輩たちが生きていた頃に見ているかもな。

「アーシアはどこにいても、優しい子だったんだな」

「そうだといいんですけど……ですが、教会でシスターとして暮らしていた日々も、神様から頂いたこの力を使う日々で」

「辛かったのか?」

「いいえ。素敵な力ですから、誰かのためになるのは、とてもいいことです」

 アーシアは笑みを浮かべはしたが、すぐに複雑な表情をして俯いてしまった。

 俺は幸いにも、今日まで問題なく暮らしてきた。でも、中には想像できない過酷な日々を送ってきた人たちもいると、知識でだけは知っていて。

 そんなことはなにもわからない俺が不用意に言葉にできるわけがないんだ。

「いいこと、だったはずなんですけどね……」

 俯いている彼女の肩が震えだしたのは、それからだった。

 少しして、頬を一筋の涙が流れた。

「私はただ役に立ちたかったんです……私は孤児院で育てられて、幼い頃にこの力を授かりました。それからカトリック教会の本部に連れて行かれて、治癒の力を宿した「聖女」として体の悪い人や、ケガをした人の治療をしてきたんです」

「そっか……不満はなかったのか?」

「はい。教会のみなさんはよくしてくれるし、ケガをした人を治すのは嫌じゃありませんでしたから。お世話になってきた人たちのお役にたっているんだと思うと、やっぱり嬉しくて」

 ただ、と彼女は話を続ける。

「みなさんの私を見る目が違うのは気づいていました。大事にしてくれるし、優しかったんです。私を見る目以外は、本当に優しかった……」

 そういう、ことか……。なんとなく、わかった気がした。

 公園でケガを治してあげた子どもの親の目。アーシアを見ていたあの目。

 自分たちとは違う、異質で異様なものを見るあの目だ。いや、あの母親の目は、まだいい方なのかもしれない。アーシアを利用していた人たちの中には、彼女を『人を治療する生物』と思っている者もいたのかもな……。

「ある日、ケガをしたあく――いえ、その……ちょっと不思議な方に出会って……私はその方の治療をしました」

 三大勢力の抱える問題は、ある程度ドライグから聞かされている。アーシアのしたことがなんであるのかは、想像できた。咄嗟に隠しても隠しきれないものもある。

「アーシア、ごめん」

 俺が黙っておくのも、ここらへんまでかな。

「イッセーさん?」

「ずっと黙っていたんだけど、実は俺も神器を宿している人間でさ……黙っててごめん。だから、天使、悪魔、堕天使のこともわかるよ。無理に濁さなくても、大丈夫だからさ」

「イッセー、さん……も?」

「うん、そうなるかな。言い出す機会が中々なくてさ」

「そうだったんですね。イッセーさんも、神器を。全然気づきませんでした」

 くっ、もしかして強い人だと互いに気づけたりするのか? まだまだ、力不足ってことですか。

「ま、まあね。だからさ、変に気を使ってくれなくてもいいよ。俺に気なんて使わなくていいし、話したいこと、全部伝えてくれ。人に話せば変わることもあるからさ」

「イッセーさんは、やっぱり優しいですね」

 それからアーシアは、静かに話の続きを語りだした。

 自分が悪魔を助けたこと。

 生まれながらに持つ優しさがそうさせただろうこと。

 それこそが、彼女の人生を変えてしまったこと。

 教会の関係者がその光景を見てしまい、内部に報告されてすぐ、内部の祭司は驚愕したそうだ。

『悪魔を治療できるだと!?』

『バカな! あれは神より授かった力ではなかったのか!』

『治癒の力は加護ある者にしか効果を及ぼさないはずだ! 現に、世界各地にいる者たちは皆、そうであったはず!』

 話を聞く限り、治癒の力を持っている人たちは他にもいたらしい。

 でも、悪魔まで治療できる力はあまりに規格外だった。教会内部の常識では、悪魔と堕天使には効果がないのが常識だったとか。

 そのせいで、アーシアは『魔女』の力を持つとして恐れられてしまった。

 聖女として崇められた少女は、悪魔を治療できるというだけで恐れられ、カトリック教会から捨てられた。

 馬鹿げてる……きつく握った拳から力が抜けない。

「ですが、一番辛かったのは、誰も庇ってくれなかったことで……きっと、私になにか悪いところがあったんです」

 そう言って、アーシアは笑いながら涙を拭った。

 彼女の過去は、俺の想像を超えていて。

 俺はただ、理不尽な運命を押し付けた神様に怒るしかなかった。

 あんたがなにもしないって言うんなら、アーシアは俺が救う。

 誰も彼女に手を差し伸べないなら、俺が彼女の手を握る。

 魔女だと言って恐るなら、周りに向けられた優しさを、俺が伝わるようにしてやる!

「アーシア、いまは俺がいる。側にいるから」

 彼女の手を取り、目を合わせる。

「イッセーさんが……?」

「頼りないかもしれない、いまはまだ弱い。けど、なにがあってもアーシアの側にいる。俺はアーシアの友達で、そして家族じゃないか。正直言うとな、こうしてアーシアが自分のことを話してくれて、嬉しかった。ちょっと怒りそうなところもあったけど、知れてよかったって思う」

 これまでのことはなにも言えないけれど。適切な言葉は出て来ないけれど。

 なかったことにはできないし、こうして聞いてやることぐらいしかしてやれない。でも、これからの未来は別だ。

 いままでの過去ぜんぶが吹き飛ぶくらい、楽しいことを。辛い過去を覆えるくらい、優しい日々を彼女と送る自信はある!

 誰がやってこようと、なにが起きようと、それは絶対に邪魔させない!

 俺がアーシアを守る!

「そうなったら、やっぱりいまのままじゃダメだよな……守るって言ってるだけじゃ、このままの俺じゃ足りないものが多すぎる」

「イッセーさん……?」

 俺を見上げる、涙に濡れた瞳。

 もう、彼女が苦しまないように。無理をさせないように。

「アーシア。よく聞いてほしい」

 俺の想い。

 たぶん、最初から決まっていたんだ。ただ、踏ん切りがつかなくて。

 アーシアと出会って、やっとわかった。

「なあ、アーシア。俺が守るよ。アーシアのこと、俺が。これまでのことは、経験も、想像もできない俺からはなにも言えない。でもさ、これからの話をしよう。せっかく俺たち、こうして出会えたんだからさ。この先の、楽しいことを考えながら!」

「はい――はい、イッセーさん!」

 日が沈んでいき、いろんな色が混ざり合う空。

 迷ってばかりの俺だけど。

 まだまだ弱くて、覚悟も足りない俺だけど。

 それでも――。

 答えは得た。

 この先どうするべきか。俺なりに考え抜いて、出した答えだ。

 隣に寄り添う、ひとりの女の子。この子のためになら、俺はきっと。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 朝早くから、アーシアに見送られて駒王学園に登校した俺は、自分の教室へは行かず、ひとつの教室だけを目指し歩を進める。

 あそこか……。

「失礼します」

 一言断ってから、その教室のドアを開く。

 朝はまだ早く、生徒は運動部くらいしか登校してきていない。

 けれど、教室の中には二人の生徒が椅子に座り、俺へと視線を向けてきた。

「兵藤一誠か。数日ぶりだな」

「おはようございます。一誠先輩」

 声かかけてきたのは、つい先日に会った、白龍皇であり悪魔であるヴァーリ先輩とその下僕悪魔の白音ちゃん。

「兵藤一誠、俺に会いに来た、ということでいいのかな?」

「はい。ヴァーリ先輩と話すために、俺はいま、ここにいます」

「そうか。なら、答えは決めてきたんだな」

 ヴァーリ先輩は立ち上がり、静かに俺を見据える。

 ああ、言ってやろうじゃないか! そうだよ、俺はアーシアのためにも、こうして決意して、ここに居るんだ!

「ヴァーリ先輩、俺は――俺の答えは!」



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その選択は……

珍しく連日投稿をしてるalnasです。
なんとなく、ここまでは続けて書きたかった(書きたい内容が書けたとは言っていない)。
では、短いですがどうぞ。


 平日の日課である早朝の特訓を済ませ、白音と共に登校してすぐのこと。

 まだ生徒たちが来るには早い時間なので三年の教室で白音と話していると、兵藤一誠が入ってきた。

 数日前とは違う目……決意を固めたその瞳が、俺に向けられる。

「兵藤一誠か。数日ぶりだな」

 失礼します、と入ってきた彼に向けそう答える。

「おはようございます。一誠先輩」

 続いて白音もあいさつを済ませたところで、俺は再び口を開く。

「兵藤一誠。俺に会いに来た、ということでいいのかな?」

 次に会うときは、彼が答えを出すときだと思っていた。彼が三年の教室に用事があるとすれば、それは俺との話をつけにきたに他ならないはず。

 どうあれ、彼が俺の前に現れた時点でそれは確定事項だ。

「はい。ヴァーリ先輩と話すために、俺はいま、ここにいます」

 そうだろうな。

 顔を見ればわかる。むしろ、その顔をしているのに話せないのなら、期待はずれもいいところだ。

「なら、答えは決めてきたんだな」

 俺は立ち上がり、静かに彼を見据える。

 二天龍。

 その片割れ同士である俺と兵藤一誠。本来なら、出会えばすぐにでも殺しあう宿命に沿うべきはずの存在だとしても。俺は争うだけがすべてじゃないと知っている。

 サーゼクスの背中を見てきた俺だからこそ、憎しみにも妄執にも囚われず、先の未来を見たいんだ。

「ヴァーリ先輩!」

 兵藤一誠が覚悟を決めたかのように声量を上げ、俺の名を呼ぶ。

 彼の決断がどうあれ、受け止めなくてはならない。

 話を持ち出した、俺の役目だ。

「俺には、守りたい人がいます! 本当に守ってやりたい女の子ができました!」

「そうか」

「はい! でも、いつその子を傷つける奴が現れるかはわからない。後から後悔するのだけは、したくないです……強ければ守れたかもしれないって思うのだけは、したくないんです」

 固く拳を握る音が、こちらにも届く。

 俺は彼を、どこかで普通の少年だと思っていたのかもしれないな。だが、違ったみたいだ。彼も俺や白音同様、大事なものがあって、在りたいと思う自分がいるらしい。

 力に溺れない強さ。

 確固たる信念。

「俺は強くなります。彼女を――アーシアを誰からも、なにからも守れるくらい強く!」

 なにより、誰かのために力を振るうことを知っている。

 過去、力に溺れることなく、尚且つ誰かを守るために力を欲した赤龍帝がいただろうか? いいや、そんな事例、あるはずがない!

 兵藤一誠と俺の視線が交差する。

 初めて彼を見た日から、まるで変わらない赤い激情。曇りなく、純粋なその瞳。

 ああ、やはり俺の選択は、間違いなどではなかった。

「だから――だから俺をヴァーリ先輩の眷属悪魔にしてください!」

 直後、勢いよく頭を下げると共に、彼は俺の問いに答えてみせた。

 わずかな静寂の後。

「兵藤一誠」

 勢いよく頭を下げた彼に向け、俺は呼びかける。

 絶対に退かないとする姿勢が伺える彼に、俺も応えようじゃないか。

「今代の赤龍帝がキミで、本当によかった」

 戦わなくて済むとか、そういう話ではない。彼が本当に戦う価値のある人間だったからこそだ。俺の眷属として、本当の意味で答えを出していてくれたからだ。

「――キミを俺の眷属悪魔として、正式に迎えよう」

 胸ポケットから、純白の、チェスの駒に類似した悪魔の駒を取り出す。

 やっとだ。白音を眷属悪魔としてから、長かった。

 ようやく、俺たちの仲間として迎えたい者に出会えた。

「顔を上げてくれ、兵藤一誠」

「は、はい!」

 素直に顔を上げた彼に、手に握った悪魔の駒を向ける。

「これは白音にも伝えたことだが、俺は情愛と力を望む想いを併せ持つ者を探していた。改めて、キミがそう在れる者で本当によかった。俺の眷属となれ、兵藤一誠」

「俺も、ヴァーリ先輩が白龍皇でよかったって思ってます。まだまだ弱いっすけど、精一杯頑張ります!」

 快く受け入れた兵藤一誠が、悪魔の駒を受け取る。

 純白の、チェスの女王に類似した悪魔の駒。たったひとつしかないその駒は、兵藤一誠の中に入る前に純白から赤へとその色を変え、そのまま再確認する間もなく彼の中へと入っていった。

「え? え……ええ!? な、なにが起きたんすかね?」

「さて、どうなることやら。兵藤一誠、キミに渡したのは『変異の駒』と言って、悪魔の駒の中でも特異な駒でね。その駒ひとつで、本来の駒数個ぶんの価値があるんだ」

「お、俺なんかに使っちゃってよかったんですか?」

「気にすることはないさ。キミの想いを聞いた時から、仮に『変異の駒』でなかったとしても、その駒を渡そうと考えていたんだ」

「その駒……?」

 どうやら彼は、自分の受け取った駒がなんであったかまではわからなかったようだ。

 俺が彼に渡したのは、「変異の駒」である前に、一人の王がひとつしか持つことのできない駒――「女王」。

 「兵士」「僧侶」「騎士」「戦車」のすべての駒の特性を兼ね備えた最強の駒。そして、王が最も信頼を寄せる駒。

 キミに託した想いを、キミは気づく日が来るのだろうか? なあ、兵藤一誠。

「よかったんですか?」

 成り行きを見守っていた白音が、小さな声で聞いてくる。

 仮にも赤龍帝と白龍皇の邂逅だったのだ。見ている側の緊張は並のものではなかっただろう。

「いいさ。彼が赤龍帝だとしても、あれが俺の答えだ」

「そうですか。ヴァーリ様がそう言うなら、私はヴァーリ様を信じます」

「ありがとう、白音」

 いまなお、俺の言葉の真意を考える兵藤一誠。けれど、どうやら答えは出ないらしい。

 すぐでなくていい。

 ゆっくりでいいさ。どうせ、この先ずっと共に歩んでいくんだ。

「さあ、兵藤一誠。ようこそ、グレモリー眷属へ」

 だから俺は、多くの想いを込め、その言葉を口にした。

 彼に手を、伸ばしながら。

 

 

 

 

 

 彼が眷属悪魔になってすぐ、俺はソーナから旧校舎の鍵を受け取っていた。

 先日も指摘されたからな。

 いまは誰も使っていない旧校舎。これまでは白音と二人きりだったので放置してきたが、そろそろ使えるようにするべきだろう。

 ソーナには「あら、急にどうしたの?」などと聞かれたが、じきにわかるとだけ返しておいた。

 長い付き合いのせいか、笑みを浮かべられた後、すぐに鍵を渡された。

 そんなやりとりから数日。

 三人で旧校舎に必要な物の買い出しや中の整理をしようとしたのだが。

 兵藤一誠の連れてきた、一人の少女。どうやら手伝いをしたいということで連れてきたようだが。彼に少し聞いた限り、彼女が兵藤一誠の守りたい人らしい。

 なんでも、こちらの事情も把握しているとか。

 それからしばらく、兵藤一誠から少女の紹介をされ、どこでどう会ったのか、実は神器の所持者だとか、その能力、自分との関係。互いの想いや決意まで語られてしまった。

 それは、彼が悪魔となってからの二人の話。長い年月、いつまでも一緒にいたいという、尊い願い。

 

 

 

 

 

 運命というのは、どこかで必ず捻れるものだ。

 真っ直ぐに進む己だけの道なんてなく、そこには必ず誰かの道が交じり合い、幾重にも重なった路となって進んで行く。

 違いがあるとすれば、交わる者たちが敵か味方か。最も異なる点はそこだろう。

「まさか、こうなるとはな……」

 俺――ヴァーリ・グレモリーは部屋の内装を眺めながら、ひとつため息を吐く。

 世の中想定外のことが多いが、これは俺も予想外だった。

「ヴァーリさん、次はどこを掃除しますか?」

 金髪碧眼の少女がやる気満々ですと言わんばかりに張り切り、

「ヴァーリ先輩、この棚ってこっちで大丈夫ですか? って、うおおおおおっっ!! 倒れる、マジで倒れるってぇっ!?」

「い、イッセーさん!?」

 赤龍帝である兵藤一誠は自らが運んできた食器棚に潰されかけている。

「一誠先輩、あと少しだけ耐えてください。こっちが終わったら手伝います」

「で、できるだけ早めにお願いします……わりと、きつ――へぶっ」

 白音の声に応えながらも、兵藤一誠は棚の下へと潰されていった。

 まったく、どうしてこうなったのか。

 あの日の決意を聞いた限り、この未来は想像できなかったんだがな……。

 二人目の眷属ができたはずが、気づけば周りにいる者の数は三人。

 そして、「僧侶」の駒がひとつ減った、机に並べられた俺の残りの悪魔の駒。

 窓の外に映る青い空を仰ぎながら、ため息がまたひとつこぼれた。




まさかあの駒がああなってて、しかも使ってしまうとは。
まあ、しょうがないよね。そういう設定だもの。
評価、感想を貰えると作者たちが喜びます。


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魔法使いと白龍皇

どうもみなさんalnasです。
今年も暑さに苦しむ夏になりそうですね(すでになってます)。
それはそうと、最新話でかなりの追加部分がありましたので、再度の投稿とさせていただきました。
近いうちに続きを投稿しますので、それまでは再投稿分をお楽しみください。
では、どうぞ。


 赤龍帝である兵藤一誠と、彼が連れてきたアーシア・アルジェントと呼ばれている少女。

 一度に二人もの人間を眷属にして数日。

 すっかり生活感の出てしまっている旧校舎。いったい、誰がここまでのリフォームを予想できただろうか?

 用意された食器棚。

 綺麗になったキッチン。

 置かれたテレビにゲーム機。

 そして魔術や神話関係の本が敷き詰められた本棚。

「ここは本当に旧校舎なのか……」

 ソーナからここの鍵を受け取ったときはなにもないただの校舎だったはずなんだがな。

 各々に好きにしてくれと言ったらこれだ。キッチンなんて、いったい誰が使うのだろう。少なくとも、最も必要ない部分だと思うのだが。

 他にもいろいろと置かれているが、いまはいいか。

「さて、悪魔の仕事内容は大方話きってしまったし、今日の夜から実践してもらうことになる」

 とりあえずここまでは話ってあったはずだ。

 となると、それまでに話しておくことは――。

「兵藤一誠、アーシア・アルジェント」

「「はい?」」

 呼びかけると、荷物の整理をしていた二人が同時に振り向く。

 兵藤一誠が守ると誓っただけあり、日頃から彼らの仲はとてもいい。なにをするにも二人一緒で、見ていて微笑ましい限りだ。

「キミたちにも、もうじき特訓を始めてもらうことになる。兵藤一誠、守りたいものがあるのなら、キミはより強くならなくてはならない。そのためには、鍛錬あるのみだ」

「はい! 俺、なんでもやりますよ!」

「そうか。なら、基礎訓練をした後、キミのためのメニューを考えることにしよう。アーシア・アルジェント、キミは自身の神器の限界を知ることから始めた方が良さそうだな」

「は、はい。私にできることがあるなら、イッセーさんのためにも頑張りたいです!」

「ああ、キミの頑張りはきっと、兵藤一誠のためになるさ」

 アーシア・アルジェント。

 協会側の人間でありながら悪魔の傷を癒した少女。結果、異端とされ追い出されたところを兵藤一誠に救われた、神器を宿した元人間。

 いまとなっては悪魔に転生させてしまったが、彼女の存在は貴重だ。

 彼女の神器――『聖母の微笑』。

 対象が誰であれ回復させることが可能な回復に特化した神器。俺もどこまでの回復が可能なのかは知らないが、おそらく限界値は所有者に依存するはず。どうなるかは、彼女次第と言ったところか。

 その辺りはじきに見極める必要があるな。

 近々まとまった時間を取って一から修行したいところだが、果たしてその時間を取るような機会があるものか……厳しいな。

「白音のときのように他の悪魔やドラゴンの力を借りるにも時間がいる。やはり俺が相手をするのが一番か」

「いえ、それを最初からやるとトラウマになります」

 考えをまとめていると、隣にいた白音から声がかかった。

 いまだに眷属悪魔として迎え入れた頃の特訓が響いているのか。

「だが、あれは一気に基礎ができあがる。無駄な特訓を重ねるよりも効果的だ」

「そういう問題じゃ……もういいです。ヴァーリ先輩も備品の整理を手伝ってください」

 どうやら満足のいく答えではなかったらしい。

 拗ねたようにそっぽを向いて、作業に戻ってしまった。

 こうなっては俺が話しかけた程度では反応しない。

 仕方ない、俺もこの旧校舎が、少しでも快適な場になるように尽くすとしよう。

「とりあえず、どこか一室をトレーニングルームにするところからだな」

 今日は夜まで、旧校舎の改装に追われそうだ。

 

 

 

 

 夜までになんとか一通りの改装を終え、兵藤一誠、アーシア・アルジェントの初の悪魔稼業が始まった。

 とりあえず、二人にはお得意様もいなければ、経験もないので、今日のところは白音のヘルプに入ってもらった。何事も実践で学ぶのがいい。

 今回はノウハウを学び、次回からは個人個人で実践してもらう。

「できることなら、俺も彼らを見ていてやりたいが、そうもいかないな」

 そろそろ、この一件も終わらせたいところだ。

 視界のすぐ先に、ひとつの魔法陣が現れる。

 誰かが契約のために俺を呼び出すためのものではない。この見知った魔法陣は、俺のお得意様である、ルフェイのものだ。

「兵藤一誠と会って以来だな、ルフェイ」

「はい、ヴァーリさん。ところで、兵藤一誠さんとは誰でしょうか?」

 いつもと変わらない、警戒心のない微笑みを向けてくる、魔法使いのような格好をした小柄な少女。

 ルフェイ・ペンドラゴン。

 なんだかんだと長い付き合いをしている、俺の専属の契約相手。魔法使いという点と、契約内容を除けば、おおよそ普通の契約だ。

 話し相手になって、料理を振舞ってもらっているだけだしね。

「さて、兵藤一誠といえば、前に話した例の赤龍帝のことだ。今代の赤龍帝――神滅具『赤龍帝の籠手』の所有者の名前さ。兵藤一誠。彼こそが、赤龍帝」

「白龍皇であるヴァーリさんとの勝負は重要ではないと言っていた赤龍帝さんですね?」

「ああ」

「それで、結局どうなっんですか? 白と赤は仲間同士になったんですか!?」

 目を輝かせてこちらに迫ってくるルフェイ。

 そういえば、俺たちが仲間になるなんてわくわくする! とか言っていたな。確かに、二天龍の関係を知っている者たちからすれば、この事実が発覚すればかなりの騒ぎになるだろう。

 騒がれるだけで終わればいいが、悪魔陣営に二天龍共が降った、という考え方をする輩も出てくるはず……サーゼクスに迷惑をかけなければいいが。

 とりあえず、まずはルフェイの相手からだな。

「結論から言えば、兵藤一誠は俺の眷属悪魔になった」

「本当ですか!?」

「本当だ。いまは新人悪魔として、契約の取り方やその相手の仕方などを学びに行ってもらっている」

 目の前の少女と話し始めて随分と経った。

 当初よりも、その回数は増えている。

「ルフェイ」

「はい、なんですか?」

 あの頃から変わらない、素直で無垢な瞳。

 嬉しそうな笑み。

 短くない付き合いだ。信頼はあるし、嫌い合う仲でもない。

 だからこそ、迷っていた部分もあったわけだが。

「巻き込まないように、なんて考えは、俺のわずかに残っていたエゴなのかもしれない。ルフェイ、この先、兵藤一誠も加わったことで、近いうちに俺やその眷属たちは各勢力から注目を集めるだろう」

「私も、そう想います。二天龍はどこの勢力も気にしていますから」

「だが、中にはそれをよく思わず、力によって俺たちを消そうとする。もしくは実験材料にしたい輩も出てくるだろう。俺はこの先の未来を見据えた上で、キミにもう今一度願いたい」

 旧校舎の一室。そこに置かれている、俺の残りの悪魔の駒。

 そのうち、彼女と会う予定のある日はいつも持ち出していた駒がひとつ。

「初めて会ったときから、これを言うのは二度目かな?」

 普段から持ち歩いていた「僧侶」の駒を取り出し、彼女へと差し出す形を取る。

「ルフェイ・ペンドラゴン。どうか、キミの力を俺に預けて欲しい。キミを――キミだからこそ、俺の眷属悪魔として迎えたい」

 前にも一度、彼女――ルフェイ・ペンドラゴンには眷属になってほしいと話を持ちかけたことがある。

 そのときは素直に喜んでくれたのだが、家族のことや組織間の問題、意識がまだ追いついてなかったこともあり、一時保留となっていた。

 最もたる要因はルフェイの兄にあるのだが、彼がこの話を知っているとは思えない。

 とは言え、流石にこれ以上放っておくのも後々問題になるだろうことは明白……ルフェイとの関係が明るみに出れば、彼女を利用されることも考えられる。守るためにも、どうにかしなければいけないことだ。

 ルフェイも自分で考え、決められる年になっている。

 元々聡明な子ではあったし、問題はほとんどないだろう。彼女の家の者からはなにかしら来るかもしれないが、それはそのときでいい。いまやるべきことは、大切なことは、俺と彼女の関係を変えるか否かだ。

「ヴァーリさんの気持ちは、やっぱり変わりませんか?」

 拒絶でも、肯定でもなく。

 ただただ純粋な瞳のまま、ひとつの問いが投げかけられる。

「変わらないさ。ルフェイ、これから俺が歩む道は本当に険しい道で、関わった相手を全員守れるとは限らない」

 たとえなにかが起きたとしても、ソーナなら切り抜けるだろう。彼女には眷属がいるし、最悪な事態になる前には助けが入るだろう。

 サーゼクスたちは心配するよりもさせる方を気をつけなければならないな。

 と、関わりを持つ人たちは後ろ盾や強者であることがほとんどだ。けれど、彼女は一人だ。様子からも見て取れるが、家族に俺のことを話しているとは思えない。現状、最も利用しやすい存在なのは間違いないだろう。

「キミの技量は疑っていないが、いざというときになってからでは遅い」

「私が心配ですか?」

「そう、だな……悪魔と人間とは言え、短くない付き合いだ。多少の情が移るのは仕方のないことかもしれない」

「ふふっ、ヴァーリさんらしいといえばらしいですね」

 やはりグレモリー家として触れてきた時間があるからだろう。

 そんな俺の態度にひとつ笑ったルフェイは、しかし難しい顔をしつつ目を瞑る。

「簡単には、いかないと思います。その……」

「キミの周りの事情は、一旦置いておかないか?」

「えっ……?」

 不思議そうな顔をしてこちらを見るルフェイ。

 知っているさ、ペンドラゴンという名だけでも有名なのだ。その背景くらい探っている。だからこそ、今後出てくるであろうとある人物にも心当たりがある。

 だからこそ、そこは気にせずに話がしたいのだ。

「前にも言ったことだが、キミは周りを気にしすぎだ。たまには、自分のやりたいようにやってみるのもいいかもしれない。気にするなとは言わないが、あまりに縛られすぎている。俺が聞きたいのは問題点ではなく、キミの気持ちだけだ」

 俺はサーゼクスの背中を見て育ってきた。

 俺は最低最悪な悪魔の欲望を見て育ってもきた。

 その俺だからこそ。

「面倒なことはこちらに任せておけ。どう問題になろうとも俺が解決しよう。だから、やりたいことをそのままの気持ちで、隠さずに伝えてくれ」

 少しは、彼らしく振舞えているだろうか? 追いつけているだろうか?

 なにより、本当の意味で相手を見れているだろうか?

 気にしなければならないのは、自分より小さな者たちがしっかりと楽しく正しく育つこと。俺の望むことのひとつでもあるあり方に嘘はつきたくない。目の前の少女に、責任を押し付けていいはずがない!

「ヴァーリさんは、優しいです」

 しばらく待っていると、ルフェイは静かにそう口にした。

「話を聞かされていた悪魔さんとも違うし、歴代の白龍皇のそれとも違う」

 彼女の話は続き、

「だからこそ、ヴァーリさんのことが気になるんです……なにかあったら、本当に解決してくれますか?」

 不安を隠さずに、伝えてくれた。

「ああ、約束しよう」

 その不安には、しっかり応えようと思う。

 俺の果たすべきことなのだと、わかっているから。

「――……私、やっぱりヴァーリさんと知り合えて良かったって思います。だからどうか、後のことはお願いしますね」

 まだ小さな魔法使い。

 彼女の小さな手は、確かに俺の手を握り、そして。

 純白の駒がひとつ、彼女の中へと消えていった。

 



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その語らいは予感

どうもみなさんこんばんはalnasです。
ちょっと時間に余裕があったので書いてきました。
あと2話くらいで一章が終わるといいなと願いつつ。そしてそろそろ執筆を代わってくれ相棒! とプレッシャーをかけておきましょうか。
では、始まるよ!


 旧校舎の改装は日に日に行われており、一室は完全な魔法鍛錬部屋と化していた。

 一度中に入れてもらったのだが、部屋の主いわく禁術を学ぶために特化した部屋になっているとか。

「末恐ろしいな、俺の『僧侶』は」

 ひとまずの紹介を白音、兵藤一誠、アーシア・アルジェントにはしておいたが、白音以外は驚いていたな。

 白音は彼女と交流があったし、俺と同等の付き合いがあった。眷属になるだろうことは薄々感づいていたのかもしれない。

 二日前。

 ルフェイが正式に俺の話を受けてくれたことにより晴れて眷属悪魔となった日。

 その日はこれからに必要な物を取ってくるということで普通に帰っていったルフェイだが、数時間後には大荷物を抱えながら戻ってきたものだ。

 一応他の者に見つからないようにと気を配りながら自室の物をまとめてこちらに移したらしい。

 転移は相変わらず得意なようだ。

「ルフェイであればアーシア・アルジェントにとってもいい師になるかもしれないな」

 となれば早めに話を通しておいた方がいいだろう。

 ああ、ルフェイに悪魔の仕事も教えないとマズイな。相手が誰であれ、仕事は平等におこなってもらわないと。

 人と触れ合うことで見えてくることもあるしな。もっとも、悪魔と契約する人間から学ぶものがあるかと聞かれれば困る質問ではあるが……変人も多いからな。

「さて、近々ソーナにも新しい眷属の紹介をしないとな。そのうちお互いに時間を取るしかないか。まったく、今年は忙しくなりそうだ」

 それが嫌だとは思っていないし、むしろやることがあるのはいいことだと思うが。

 だが年中忙しく平均が上がっていくのと、一時だけ突出して上がるのとではまるで違う。一時の間に負担をかければ後々辛くもなる。できればどこかで休息も入れなければ。

 兵藤一誠もアーシア・アルジェントも急激な生活の変化はストレスも溜まるだろう。慣れない仕事も受けなければならないし、修行も重なる。

「無理は禁物だが、どうするべきか……」

 ルフェイに関しては激しく動くものは避け、魔法関連のみに絞るなら多少の無理は通しても問題ない。むしろ必要な無理にもなるだろう。新しい眷属たちの仲は悪くないだろうが、親睦会でも開くべきなのか?

 この辺りの話になると俺にはわからないな。

「あら、ヴァーリ。旧校舎の方はどう? しっかりやってるのかしら」

「ソーナか。もちろんだ。生徒会長から渡された旧校舎だからな。毎日のように改修しているところさ」

「大袈裟ね。元々貴方のための場所なのだから、最初から好きにして良かったのよ?」

 生徒会長としての話し方ではなく、友に対しての言葉遣い。完全にプライベートだな。

「なにかあったか?」

「……いいえ。それよりも、ヴァーリこそなにかあったのでは?」

 答えるまでに僅かながら間があったが、まだ話すべきではないのか、それとも話せない内容なのか。

 どうあれ、必要なときではないらしい。であれば、乗せられておこう。

「実は眷属が増えてな。親睦会でもやるべきか悩んでいた。俺はこういうことは得意ではないからな」

「あら、やっとなのね。こっちに来ても白音以外の眷属を持たないから心配していたのだけれど、いらない心配だったかしら」

「どうだろうな。決していらないものではないが」

「それにしても、ヴァーリにも新しい眷属ですか」

 にも、と来たか。

 確か前に交渉中と言っていたな。例の人間から了承をもらえたのだろうか?

「察しがいいわね」

 目だけで尋ねてみるが、どうやら正解らしい。

「俺も会ったことがないが、会える日が楽しみでならないな。ソーナが眷属にするまで粘る相手とは」

「あら、私だって譲れないものがあるもの。それより、ヴァーリの眷属は?」

「うちは少々事情があってな。一度に3人眷属が増えた」

「…………多いわね。事情は聞かないでおくけれど、貴方が一気に3人も増やすなんて……明日は魔王様方が血の雨でも降らすのかしら……」

 そこまで驚くことはないと思うのだが。

 数年単位で眷属を増やしていなかったとは言え、探していなかったわけじゃない。積極的に探しても見つからないから時間をかけて、と方針を変えただけだ。

「ちなみに、一人は『女王』の駒を渡した」

「はい――? ヴァーリ、いまなんて?」

「だから、『女王』の駒を渡したと言ったんだ」

「あ、ああああああ貴方が『女王』の駒を渡した!? 本来なら『女王』から探すのが定石と言ってもいい中を『戦車』から眷属悪魔にして、あまつさえ数年間彼女一人しか眷属を持たなかった貴方がここに来ていきない『女王』を!? あ、明日はお姉さまが襲撃にでも来るのかしら? それとも多方面にあのお姿と言動を……はあ、なんてこと…………」

 よほど衝撃が大きかったのだろう。

 急に叫び出した挙句起きてもない現実に打ちひしがれるとは。

「ソーナ、まだなにも起きていない。それに眷属にしたのはもう数日前の話だ。なにか起きる運命にあったのなら、とっくにおまえの言ったことは現実になっていると思うが」

「そ、そうですね。いまはまず、ヴァーリにも信頼に足る『女王』ができたことを喜ぶべきでしょう」

「まだまだ甘いし実力も伴わないがな。だが、じきに最高の『女王』になる日も来るだろう」

「随分と買っているようですね、その彼女を」

「彼女?」

 ソーナの言葉に不思議な点があったので指摘してみるが、なにか? と言った感じで見つめ返された。

 どうやら、一切疑問に思っていないらしい。

「ソーナ、言っていなかったが、俺の『女王』は男性だ。だから彼女ではなく彼という表現が正しい」

「はい? ――ああ、そうですか……ええ、そうですね。ヴァーリには常識とか関係ないですからね。それに、男性の『女王』も決して珍しいものではないですし。早とちりでした」

 女好きではあるのだがな。

 もっとも、アーシア・アルジェントがいるのだし、不特定多数の女性と親密な関係をもちたいわけでもないのだろう。守るべき相手を前に、他の女に目がいくような男にも見えないのが兵藤一誠――俺の『女王』だからな。

「ちなみに、他の二人は女性で、両名とも『僧侶』だ」

「そうですか。私の方は新しく眷属に加わったのは『兵士』が一名です」

 そちらも誰か探さないといけないな。「兵士」か……駒を複数使用できる者なんかがいるといいが……駒ひとつの消費よりいくつか消費できた方が期待もできる。

 状況や人によっては、駒の消費数など優先順位に上がりもしないがな。

「ですがヴァーリ、やはりここは――」

「ああ、わかっているさ」

 ソーナの言いたいことは大体わかる。

「近いうちに、お互いの眷属を含めて紹介した方がいいだろうな。新メンバーは俺たちと生徒会を含めて面識がないからな。俺の眷属は思い込みが激しいのもいてな。悪魔だとわかったから殴りました、じゃ危険だろう」

「私の眷属も血の気が多くてね。冷静ではあるけど、カッとなる部分もあるから、いつ乗ってしまうかわからないわ。いえ、聡明でいい子なのだけれどね」

 ならば、早い方がいいだろうな。

「できる限り早くに話を通すとしよう。来週なら時間があるが、どうだ?

「ええ、ならそれでいきましょう。急に人が増えたんだもの。お互いの親睦を深めるってことで、ついでに歓迎会でも開きましょうか。ヴァーリは開催までの段取りはうまくないでしょうから、白音を何度か借りるわね」

「そうか、最初の話を……悪いな。白音には話しておく」

「ええ、頼むわ。じゃあ、そろそろ生徒会の仕事もあるから行くわね」

 手をひとつ振り、生徒会室へと向け去っていくソーナ。

 相変わらず、大したものだ。

「場所は旧校舎の方が都合がいいだろうし、もう少しいろいろと手を加えておくか」

 まずは白音と話をして、それから、そうだな。

 ルフェイの暮らす場所も確保しよう。

 旧校舎でもいいと話はあったが、学校の、それも旧校舎に一人残すのもよくない。ここはサーゼクス……よりもグレイフィアの方が適任か。

 最近会ってもいないし、ちょうどいい。相談に乗ってもらうとするか。

 そうして旧校舎へと向かおうとした矢先。

 ドンッ、となにか強大な力が先日堕天使たちを屠った辺りではねた。

「故意、だな」

 だが範囲が広い。これでは駒王学園に通っている悪魔すべてが気付くだろう。誰かを誘うにしても、効率が悪すぎる。

 しかし、この感じは――行ってみるか。

 旧校舎に向けていた足の方向を変え、俺は即座に飛び出していた。

 




感想をもらえると作者たちが喜びます。
では、次はどちらが書くのかも楽しみにしていてください。
ああ、きっともうすぐ二章に入れるんだから……。


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あの窓に施錠

どうもみなさんalnasです。
暑さにまいっていませんか? 作者は暑さにやられたのかなんなのか、体調を崩したまま休日を過ごしました。
夏風邪は引くなよ、手強いぞ。
それはさておき、ライザーの話が感想欄で出てきたのですが、ライザーは出るよ、どこかでね。とだけ名言しておきましょう。
では、どうぞ。


 やけに嫌な気配がする。

 駒王町には何年も住んでいるが、ここまで濃密な気配を感じ取ったのは今日が初めてだ。

 何者かがこの町に入り込んだのは確実。

 先ほどはねた力。あれはこの町に来てから感じた力の中では最も強い……俺とソーナを一度に相手取ろうとでも言うのか? でなければこの誘いは妙だ。

「ヴァーリ先輩!」

 校舎内を出て校門に向かう中、兵藤一誠が並走してくる。

「キミも異変を感じ取ったか」

「はい! でもこの気配、すっげえ不安な感じがします」

「そうか……無理についてこなくてもいいぞ?」

 彼は俺の眷属だ。

 それも転生したばかりの。であれば、一応聞いておくべきだろうと思い彼を見るが、

「まさか。これでもヴァーリ先輩の眷属ですし。なにより、俺にはアーシアを守るって最優先事項がありますから!」

 当然行きますという決意のこもった目をしていた。

 これは悪いことをしたな。

「すまない、正直俺は、キミを少し低く評価していたのかもしれないな。ならば行こう。この町も、暮らす人々も助けなければならないからね」

「――はい!」

 ここはサーゼクスからも任されている、俺の管理する――守るべき場所なのだから。

 相手が誰であろうと、これだけは譲れない!

 などと思っていると、森に入ろうとしたところで、見覚えのある少女たちが追いついてきた。

「ヴァーリ先輩、速いです。動くなら私たちが揃うのを待ってください」

 開口一番に文句を言ってくるのは、この中で最も長い付き合いのある白音だ。

 後ろにあと二人。アーシア・アルジェントとルフェイが続く。

「俺たちは一応、問題の解決のために早急に動き出しただけだよ。そうだろう、兵藤一誠」

「は、はい。もちろんですけど、確かにみんなに声をかけてもよかったかな、とも思います。この辺りの判断は俺じゃよくわからないっすけど」

「……そうか。悪いな、白音」

「いえ、いいです」

 白音も理解してくれたようで、これ以上詰め寄ってくることはなかった。

 厳密には言いたいことはまだまだあるのだろうが、自重してくれたと見るべきか。不測の事態が起きているにも関わらず眷属を置いて一人で解決に乗り出した俺も悪い。

 最も、そうなった原因はこれから会う人物の所為でもあるのだが。

「人物であればいいがな……」

 堕天使とも、天使とも、さすれば悪魔とも違う。いまいち正体の掴めないこの感じはいったいなんだ?

 いや、あまり考え込んでいる時間もないかもしれないな。標的が動いていないのが救いだが、いつ動き出すかもわからない状況だ。ソーナたちも感知はしているだろうが、俺が出てきている以上、無闇に動いたりもしないはず。やはり、まずは接触する以外の選択肢はなさそうだ。

「行くか」

 一言伝えると、眷属の全員がひとつ頷き、俺の後に続いて歩き出す。

 しばらく慎重に進み森の奥まで来ると、一帯の木が薙ぎ払われ、少し広い程度の広場と化していた。

「これはいったい……」

 兵藤一誠から驚きの声が漏れるが、人間たちからしたら確かな異常事態だろうことは明白。

「意味のある破壊だな。ここは後で元に戻すとして、なるほど」

「なるほどって、なにかわかったんですか、ヴァーリ先輩」

「ああ。どうやらここは戦闘のために作られた簡易闘技場といったところかな。もっと簡単に言えば、バトルフィールド」

 目的は戦闘で間違いない。

 であれば、あとは誰を探しているのか、だ。

「兵藤一誠。キミはアーシア・アルジェントの近くにいろ。不意打ちはないと思うが、できる限り彼女を守れ」

「はい!」

 すぐさまアーシア・アルジェントの前に移動し、辺りを見回す兵藤一誠。彼はこれでいい。

「白音、ルフェイ。小さな異変も見逃すな」

「「はい」」

 作られた専用フィールドだけを残し本人が移動するとは思えん。

『これは運がいい。同時に何箇所かを見張ろうかと思っていましたが、まさか一箇所目で当たるとは』

 と思った矢先、男性の声だろうものが辺りに響いた。

『さて、とりあえず私の言いたいことはただひとつ』

 コツ、コツとあえて足音を立てて出てきたのは、森の中だというのにスーツにメガネという場違いな格好をした男だった。

 しかし、その手に握られているモノにはどうしても反応してしまう。

「聖剣か……物騒なことだな」

 男の手に握られた一振りの剣。あれはまごうことなき聖剣だ。それも、極大なまでの聖なるオーラを放つほどの。

 腰にもう一本帯剣しているようだが――。

「全員、そいつには近づくな。兵藤一誠、赤龍帝ドライグから聖剣の話は聞いているか?」

「は、はい……悪魔になった日には聞いてあります。もしかして、あれがそうなんですか?」

「それはよかった。もちろん、あれは聖剣だろうな。厄介なことになるから距離は保っておいてくれ」

 兵藤一誠は首を縦に振り、アーシア・アルジェントを後方に下げた。

 彼はやはりと言うか、実力差を測り、素直に退ける冷静さも備わっているようだ。

「さて、ひとつ質問だ。手に握る剣は聖剣らしいが、帯剣している方も聖剣か?」

「ええ、その通りですよ。流石に白龍皇殿の目は誤魔化せませんね」

 尋ねると、案外簡単に答えが返ってきた。

「誤魔化そうともしていないのに、よく言ったものだな」

「それもそうですね……なにせ、ここには一件私用があって来たものですから」

 言うなり、男の視線は俺の後方――ルフェイへと向けられた。

「さあ、なにをしているのですかルフェイ。いつまでも遊んでいないで、帰りますよ」

 ルフェイがハッ、となにかを思い出したようで、すぐに言葉を返す。

「知っていたんですか、お兄さま? でも、どうして?」

「最初は禁術の練習にでも出たのかと思いましたが、出ていったときの貴女の感覚が僅かに普段と違いましたから、慌てて確認しに来たのです。ですがまさか……まさか、悪魔になっていようとは思いもよりませんでしたが」

「わ、私は自分で決めてここにいます! だからお兄さまは」

「そうもいかない。ルフェイ、自分で決めたかどうかが問題じゃない。こちらに戻るのが最善なんです。いまなら間に合う。ですから戻りなさい。これは兄から妹への命令です」

「…………ッ」

 命令。自分の意思など関係ないと告げられ、表情を曇らせるルフェイ。

 この会話だけでも理解はできる。

 ルフェイからは兄がいると聞いていたし、なにより眷属になる際の懸念事項にも含まれていた。

 だからこその、あの約束だったわけだが。遅いか早いかの問題だったようにも思う。ならば、ここで解決しておこう。

 同時に、あの力のはね方にも納得がいった。

 ある程度相手は絞れているが探すのも手間、もしくは不得意だったのだろう。誰が来ても打ち倒せるという自己評価のもと行ったのだろうが、まんまと釣られたな。

「ルフェイ、キミの答えはとうに聞いている。こうなった以上は、俺も関係者だ」

「ヴァーリさん……ごめんなさい」

 申し訳なさそうに頭を下げるルフェイ。いいや、彼女に謝られるのは道理に合わない。

「この事態も含めた上で、俺はキミに話を持ちかけた。キミは俺から提案した事柄に了承しただけだ。そのあとの問題は俺が解決するのが普通だろう?」

 まっすぐに、彼女の目を見る。

「それに、約束したはずだ」

「約束……」

「面倒なことはこちらに任せておけ。なにかあったら解決するのが、俺とキミとの約束だったはずだ」

「あつ……はい、はい!」

 表情をいくらか明るくしたルフェイは、こく、こくと頷く。

 そう。あの夜に誓ったはずだ。

 なにより、小さな者たちが自分の意思で動くのは間違いではない。しっかりと育つのを見守り、共に進む者がいるのなら、間違いにはさせない。

 この事態を招いたのは、ルフェイではなく、この俺だ。誰にも、責任を押し付けはさせない。

「悪魔の言葉にしては綺麗事を並べますね。いや、悪魔だからこそ、でしょうか?」

 聖剣を一振りし、こちらに一歩踏み出すルフェイの兄。

「全員、離れていろ」

 眷属を下げ、一対一で向き合う他なさそうだ。

「まさか妹を甘言に乗せる悪魔がいようとは思いませんでした。よくもルフェイをたぶらかせてくれましたね」

「一応、同意を得てはいるのだがな」

「悪魔の契約ですか?」

「いいや、彼女本人の意思だ。俺はそれを尊重したにすぎない」

 ギリッ、と聖剣を握る手に力が込められたのがわかる。

 どうやら、この兄には相当可愛がられていたようだな。まさか聖剣をこんなにも早く相手にするとは思ってもいなかったが、この衝突は避けられない。

 こちらにも通さなければならないものがあるからね。

「どうやら、当初の予定通り貴方は一度、手酷く痛めつけた方がよさそうですね」

「やれやれ。嫌われたものだな、俺も」

「当然です」

「当然か。では仕方がない」

 眷属たちの手前、派手に暴れられては面倒だ。

 抑え込むにしても相性が悪いとなると、さて、どうしたものかな。

「最終確認をしますが、ルフェイを眷属悪魔にしたのは貴方で間違いありませんね」

「そうだ。ルフェイは俺が責任を持って眷属とした。少なからず関係も持っていたしな」

「なっ!? ふ、ふふふふふふ……なるほどそうか、そうでしたか……最早どんな言い訳も必要ありません。ルフェイと関係を持っていた? まったく、近頃は夏も近いですし、妙な虫もいたものです」

「夏? いや、ルフェイと関係を持ったのは数年前のことだが。決して短い関係ではないぞ?」

「――…………はい?」

 いきなり笑い出したかと思えばポカンと口を開けたまま固まる男。

 後ろから兵藤一誠が「なんで余計刺激すること言うんすか!?」などと言ってくるがどこか刺激しただろうか? 彼はいまの一瞬で目の前の男から何事かを感じ取ったのか? 流石だ、兵藤一誠。

「――悪魔よ。私は聖王剣コールブランドの所持者であり、アーサー・ペンドラゴンの末裔。今日、この場で貴方を倒し、この手に妹を取り戻しましょう」

 しかし、調子を取り戻した相手――アーサーが彼と話す隙を与えてはくれなかった。

 なるほど、あながち間違いではなさそうだ。向けられている敵意が、先ほどとは違う。

 聖王剣コールブランド。最強の聖剣とも名高いカリバーンの所有者がいるとはな。見るに、制御も完璧と見える。これこそが、俺と兵藤一誠の感じていた違和感か!

「悪魔には毒だが、悪くない」

 俺が通すべきものと、アーサーの通したいものは違う。

 ならば勝った側の主張が展開される。

 心は踊る、滾る! だが、これは俺の欲を満たす戦いではない。仲間を助けるための戦いだ。

 仲間のために振るう拳は、甘いものであってはならない。

 遊びで握る拳であってはならない。

「今代の白龍皇であり、この地を任されているヴァーリ・グレモリーだ。俺の眷属に対して手を出すのなら、俺が相手をしよう。勝負だ、アーサー・ペンドラゴン」

「いいでしょう。妹のため、聖剣の錆になりなさい」

 彼との戦闘では、使わなければならないだろう。

 そうだろう、アルビオン!

 相棒に語りかけながらも、背中に光の翼を展開させる。

 相手は聖剣最強。

 守るものは俺の眷属。

「十分だ。俺が力を示すには、十分すぎる舞台だな」

 思えば、駒王町に来てから本気で敵に使うのは初めてかもしれないな。兵藤一誠と初めて会った際に一度使ったが、あのときとは抑えているものが違う。あのときは試すため。今回は、倒すために。

 この町には、強敵といった強敵は来なかったからね。厄介事ではあるけれど、そこだけには感謝を。

 さあ、守るための戦いを始める狼煙を上げようか。

「――禁手化」

 直後、力の本流が俺を中心に、辺りに渦巻いた。

 



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聖剣と白龍皇

「――禁手化」

 力強い言葉が、ヴァーリ先輩から放たれる。

 直後、辺りを圧倒するほどん力の本流が駆け巡り、ヴァーリ先輩を包んでいく。

『相棒、よく見ておけ。あのときとは違う。オレたちを試すために使われた禁手ではなく、相手を倒すための禁手。おまえがいずれ、辿り着かなければならない地点だ』

 俺――兵藤一誠に、相棒である赤龍帝ドライグが話しかけてくる。

 わかってるさ、んなことは。

 あのときとはまるで違うことくらい、俺でもわかってる。自分を守ることと逃げることを重点的に磨いてきた俺でも、ヴァーリ先輩の姿から読み取れるものは確かにある。

 これは俺たちに初めて見せる、誰かを守るための戦いだ。

 本流が収まったとき。

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 音声が響いたのち、ヴァーリ先輩の体を白い輝きを放つ全身鎧に包まれていた。最後にマスクがシュバッとヴァーリ先輩の顔を覆い、完全なる鎧の戦士へとその姿を変えた。

「これが、禁手化」

 俺にはまだ、籠手を多少防御のために展開するくらいのことしかできない。相棒曰く、そんな方向に進化しているのは歴代でもおまえだけ、ということだが、正直これを見せられたら喜んでもいられないな。

 俺を助け、導いてくれているライバルであり、主である先輩は、もっと高いところにいる。俺も、追いつかないと!

『フッ、奴の勝利をまるで疑っていない辺り、相棒も正直な奴だな』

 ドライグは愉快だと言わんばかりに指摘してくるが、確かにヴァーリ先輩が勝つって決まったわけじゃなかった!

 ま、まさか負けないよな?

『どうだろうな。白龍皇が悪魔でもある以上、一撃でも貰えば致命傷だが……相手も相当の実力者なのがどう響くか』

 ま、マジかよ……いや、ルフェイちゃんのお兄さんが強いってのはわかるんだけど、そこまでなのか!? い、いや、俺が弱気でどうする! 下僕たるもの、主を信じなきゃダメだろ!

 いざってときは、俺もやるしかねえ!

 籠手を出現させ、静かに戦いを見守る。

 いざってとき、後ろの三人を守れるように。ヴァーリ先輩の守りたいものも、俺の守りたいものも全部、守っていけるように。俺はあの人の――『女王』だから。

 俺が新たに決意を固めた頃。

 眼前では、ヴァーリ先輩が飛び出していた。

 刹那。

 大質量の波動弾を、一切の容赦なくアーサーに放つ。

「人間とは言え、相手が聖剣の使い手とくれば容赦なしですか。それでこそです。ルフェイを攫った罪は消えませんがね」

 彼は動じることなく聖王剣を構えると難なく波動弾をふたつに斬ってみせた。

 そこからは、ヴァーリ先輩が何発魔力の塊を放とうとも、目で追いきれない速さで振るわれた聖王剣にことごとくを捌かれる。だからといって敵に飛び込めば聖剣で斬られかねない……。

「普通の戦い方ではかすりもしないか」

 攻められない状況なのに一向に焦らないヴァーリ先輩も凄いが、人の身であの反射速度。嫌になるぜ。

「やはり、素直に拳で殴った方が早そうだ」

「フッ、私も貴方は斬り倒した方が早いと思っていたところです」

 アーサーは浅く笑みを浮かべると、ヴァーリ先輩へと歩み寄っていく。

 対するヴァーリ先輩はマスクで表情がわからないが、きっと笑っているのだろうと白音ちゃんが教えてくれた。

 というか、この子まったく不安そうにしてないな!

「白音ちゃんはさ、不安とかないわけ?」

「ありません。ヴァーリ先輩なら、きっとなんとかしてくれると信じてますから」

「白音ちゃんは、私と同じで、信じている相手がいるんですね」

 アーシアが優しい声で白音ちゃんの手を自分の両手で包みながら話しかける。

 信じている相手、か。

 だったらなおさら、守らないといけないな。俺には俺のできることを、ですよね。ヴァーリ先輩!

 静かに歩み寄っていくアーサーに応じて前進を開始するヴァーリ先輩。

 焦ることも、慌てることもなくお互いに肉薄する距離に立っても、両者ともに構えすら取らない。ついには眼前に詰め寄ったところで二人は足を止める。

 不敵な笑みを絶やすことなく浮かべ続けるアーサー。

 すぐそばに自分を殺し得るだろう聖剣がありながらも冷静に立ち続ける俺の主。

 どちらも動こうとせず、視線が交差しあう時間が続く。

 そして、ついに二人の姿が一瞬、その場から消え失せる!

 盛大な轟音が周囲に鳴り響き、俺たちは慌てて上空を見上げた。なんせ、上から火の粉が舞ってきたんだからな! 案の定、両者は高く飛び上がっており、二人の間には斬られた跡の残る魔力の塊が浮かんでいた。

「って、おいおい! どうするんだよ、これ!?」

 特に町の被害は? 轟音とか隠し通せるレベルじゃないし、そもそも見られてるでしょ!?

「心配ありません」

 後々の問題点を探していると、ルフェイちゃんが冷静に指摘しだした。

「この辺り一帯にはすでに認識の阻害のためと、人払のための結界が張ってあります。もう少し時間があればどこか別の場所への転移ができたのですが……せめて、私の蒔いた種ですから、できる限りのことはします!」

 そうか、この子も戦っていたのか。

 嬉しいな、そういうの。なにより、やっぱりこの子、めちゃくちゃいい子じゃねえか! アーシアとも普通に接してくれるし、俺たちとの仲も悪くない。

 なら、後輩として、しっかり支えてやらないとな!

「だから、勝ってくださいよ。ヴァーリ先輩……」

 眼前で繰り広げられている戦いでは、ヴァーリ先輩が斬り込まれた魔弾の中に仕込んでおいただろう小さな魔弾が跳ね、様々な軌道を描きアーサーへと向かっていく。

 対するアーサーもその魔弾を斬り伏せながら、器用にも空中を移動し、ヴァーリ先輩との距離を詰めていく。

 それを見ていただろうヴァーリ先輩は即座に急上昇し、空中で自在に動けることを活かし、自身の体を武器に彼へと突っ込んでいく。

「ほう。自ら聖剣の餌食になりに来ますか。いいでしょう」

「そのつもりは、ない!」

 アーサーが降下してくるまで、僅かな時間しかないだろう。

 だがあの二人はその中で、濃密に圧縮された攻防戦を展開していた。

 空中を自在に飛び回りヒットアンドウェイを繰り返し、拳、脚技に魔弾を混ぜながら手数と重い一撃を振り分けながら攻撃を仕掛けるヴァーリ先輩に、毎回違った型を振るい、ぶつかりあうものだった。上段から斬り下ろし、突き、下段からの斬り上げ。時には大振りに、またときには小振りに。俺が見えた光景はここまでで、実際にはこれ以上の攻防が繰り広げられているのだろう。

 つい、魅入ってしまう程の戦闘。

 やがてアーサーが着地を果たすと、両者が共に睨み合う。

「悪魔とは言え、さすがは白龍皇。一筋縄ではいきませんか」

「そちらこそ。一瞬でも気が抜ければ即座に天へと召されそうだ」

 よく見れば、アーサーのスーツはところどころ焦げ跡や引きちぎられたような跡がある。攻防の刹那、ヴァーリ先輩がやってくれたのか!

「よく言いますね。こちらの聖剣を受け止めておいて」

「受け止めてなどいないさ。確かに効いている……だが、鎧にしか届かなかっただけだ。届かないと言えば、一撃も入れられなかったな」

 なに!? まさかと思いアーサーを見れば、服は破れているものの、その下の肌にはひとつも傷がない。紙一重で、避け切ったのか!

「私のスーツに攻撃を当てただけ優秀ですね。こちらの聖剣が斬れなかったのも同意です」

 ヴァーリ先輩も、よくよく観察すると鎧の修復をし始めているな。あの部分、斬り裂かれたのか……鎧があってあの様子だと、二度同じ場所を斬られたら防ぎきれないな……やっぱり聖剣相手だからか?

「悪魔とは言え――いいえ。ルフェイを誑かした相手と言えど、これほどとは。いえ、ルフェイの存在に気付き彼女の優秀さを悟ったからこその強さでしょうか?」

 ……出会って間もないが、この人シスコンなんじゃないだろうか。うん、シスコンだな。でなきゃここまでの執念見せないって!

「ルフェイちゃんも苦労しているんだな」

 彼女の頭をひとつ撫でるが、

「そこのキミ、なにをしている! 気安くルフェイの頭に触れないでもらおうか!」

 おおっと、まさかこっちを気にしているなんて思ってもなかった! だ、だけどこの子を連れて行こうってなら、俺だって相手になってやろうじゃねえか!

「次にしたらまずはキミから斬りますからね」

 こわっ! 鬼の形相じゃねえか!

 やっぱりその人はヴァーリ先輩にお任せします! いまの俺じゃとてもじゃないけど無理です!

「なぜそう怒る?」

「キミには妹のことがわからないのですか?」

 瞬時に鬼の形相から冷静な顔に戻ったアーサーがヴァーリ先輩の疑問に答える。けど、多分これは答えになっていない。

「妹はともかく、ルフェイのことならわかるが。特に、彼女の料理は素晴らしい。俺は普段からまるでしないが、彼女が来てくれるようになってからは、本当にその時間が楽しいからね。白音も満足そうにしているし、俺も嬉しい限りだ」

「なん、だと……?」

 あっ……ヴァーリ先輩、それは火に油です! この人割と天然でやらかしてるんじゃないだろうか!? どうして兄に向けてそんな羨ましいこと語っちゃうの!

「なるほど。面白いことを教えてくれたお礼です。せめて、貴方は完全に消して差し上げましょう」

 アーサーが聖剣を前に構えた直後。

 俺の横を、小さな少女が駆けていくのが視界に映った。

 



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ヴァーリ眷属

どうもみなさんalnasです。
今回は少し強引に進めた感がありますが、こういう緩い話なんだと暖かい目で見守ってくださると幸いです。
ここ数日はまともな投稿ができているので作者も嬉しい限りです。
予定より早まりましたが、次の話から二章に入ります。
一章が間延びしたぶん、二書は進みよく行きたいですね。
では、始まるよ!


 アーサーが聖剣を構えると同時。

 俺の目の前にルフェイが飛び出してきた。

「もういいじゃないですか!」

 来るやいなや、アーサーに向けて叫ぶルフェイ。彼女は彼女なりに、アーサーを止めに来たらしい。

 そのこと自体は無謀とは思わない。

 自分の意思で動くのなら、俺はできる限りその想いを尊重したいと思っている。

 だが、このタイミングはよくないな。

 一触即発の中で間に立つとは想定外もいいところだ。対面しているアーサーもなのだろう。呆気に取られ、構えを緩めてしまっている。いまなら決定打が入るかもしれない……などとは動けないな。

「る、ルフェイ? できればそこを退いてほしいのですが……いえ、危ないから下がっていなさい。これは兄からの命令です。いいですかルフェイ、貴女はまだ守られていなければならないのですから、おとなしく決着がつくまで――」

「どうしてですか……」

「はい? どうかしましたか、ルフェイ」

 アーサーは話を中断されたことも意に介さず、不思議そうな顔をする。

 そんな彼に納得がいかないのか、普段では考えられない大きな声がルフェイから漏れる。

「どうして私の気持ちは理解してくれないんですか!」

 思えば、ルフェイの本心を聞くのは、これが初めてかもしれない。

 彼女はいつも、本心を見せない、悟らせない独特の雰囲気をまとっていた。それがいまは、年相応の少女にしか感じられない。

 アーサーも、これまでにない体験だな。

「ルフェイ、私は……」

「なんで命令なんて言うんですか! 私にだって、私にだって想いがあるのに……なんで関係ないように扱うんですか!?」

「――ッ!? そ、それは違う!」

「違いません! いまのお兄さまは、全然私を見てくれてません!」

 強い拒絶。

 ルフェイから感じるのは、不条理なものへの純粋な悲しみ、怒り。

 向けられた側はたまったものじゃないだろうな。ただでさせ、大事な人からの言葉とくれば。

「そもそも、ヴァーリさんはなにも悪くありません! 組織で一人だった私の唯一話し相手になってくれたお友達を悪く言わないでください!」

「しかし……彼は悪魔で、ルフェイを誑かした……」

「誑かされてません! 私が頼んだことなんですから、お兄さまは口を出さないで! もう、これ以上私のお友達を取らないでください……せっかくできた繋がりを、私から奪わないで…………」

 そこまで思われていたのか。

 これまでの数年間は、俺たちの築いてきた関係は、無駄ではなかったということだ。

 初めて召喚されたあの日から。

 最初は、ただの偶然だった。俺の中には打算だってあった。

 けれど、話し相手になる話を持ちかけたときは、本当に嬉しそうにしていたのをいまでも思い出す。白音を交え、共に食事をし、他愛もない話をしたのを思い出す。

 記憶の中のルフェイは、いつも楽しそうだったな。

「残念だがな、アーサー。キミは本当のルフェイの笑顔を知らないんじゃないか?」

「……なにを根拠に」

「少なくとも俺は、彼女が共にいるときはいつも笑顔だったことをよく記憶している。知っているか? ルフェイが年相応に話し相手を欲していたことを」

「……悪魔の戯言に過ぎませんね。その子は一人でも十分に」

「人の心は他者が決めるものではない」

 アーサーからのこれ以上の言葉は不要だ。

 一度彼の信じているものを壊さねば、話は平行線を辿るばかりだろう。そして、その役目は俺ではない。

「同時に、人のおこないを、行動を、他者が――それも家族が縛っていいはずがありません」

 遠くにいたはずの白音が、隣に立ち言葉を口にする。

 そして俺の横を通り過ぎ、前に立つルフェイに静かに歩み寄った。

「私の友達は、連れて行かせません」

「白音ちゃん……」 

 嬉しそうに笑みを浮かべたルフェイの手が、白音の手を握る。

 この光景は、ああ。アーサーが攻めてきたおかげで、いい光景が観れた。

「なるほど……悪魔はどこまでも、妹を掴んで離さないということですが。でしたら、この町の悪魔全員を駆りつくしてでも――」

「いい加減にしてください、お兄さま!」

「私は、私にだって大切なものがあるからだ!」

 妄執か、それとも愛故なのか。ここにサーゼクスがいれば、それも教えてくれただろうか?

 いや、それはいい。

 気にするべきは、彼女たちのことだけだ。

「ルフェイ、戻りなさい」

 穏やかな顔を見せ、再度問いかけるアーサー。

 彼の意志を確認したのち、ルフェイは白音、兵藤一誠と、アーシア・アルジェント。そして最後に、俺に目を向けた。

 俺はなにも言葉をかけなかったが、代わりにひとつ頷くと、彼女も釣られるように頷き返し、笑顔を覗かせてから前を――アーサーへと顔を向けた。

「お兄さま……それでも私は、ヴァーリさんたちの側から離れたくないです」

 ゆっくりと、ことさらにゆっくり、自分の意志を表しながら。

「私はもう、ヴァーリさんの眷属なので」

 こちらからは背中しか伺えないが、きっと、いま彼女は笑顔を浮かべたまま話してるに違いない。

 兵藤一誠も、アーシア・アルジェントもその言葉を聞き、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。出会って間もない彼らですら、既にルフェイを仲間として、友人として接していたか。

 約束だと言いつつ、すべてルフェイに言われてしまったな。

「聞いての通りだ、アーサー・ペンドラゴン。妹を大事にするのはいいが、彼女の言葉をもう少し素直に受け入れるべきだったな」

「くっ……決意は固いのですね、ルフェイ?」

 悔しそうな。それでいて、僅かに納得した表情のアーサーの問いかけに、ひとつ頷くことで答える少女。

「そう、ですか……私に足りなかったのは妹に対する理解ですか。これは、気づけなかった私の間抜けさが招いた罰か」

「ごめんなさい、お兄さま。でも、私はお兄さまたちにも知って欲しかったんです」

「ええ、よく伝わりましたよルフェイ。であれば、私が出張るものでもないのでしょう。残念ですが、貴女の本当の気持ちなのであれば、仕方がありません」

 手にしていた聖剣を鞘に収めたアーサーは、ルフェイを一瞥すると、次に俺へと向いた。

「今代の白龍皇。ルフェイに大嫌いと言われたくはないので彼女は貴方に託しますが、勘違いしないでくださいよ。私はいつまでも、彼女をここに置いておくつもりはありませんから」

 一応は認めてくれたのだろう。心底悔しそうに、だが。

 けれどこれでいい。

 ああ、いや。ものは試しとも言う。後でいいが、ルフェイにも手伝って貰うか。

「ルフェイ、いい子で待っていなさい。あまり悪魔に染まらぬうちに、改めて迎えに来ますからね」

 こちらへのあいさつもそこそこに、アーサーは再び抜いた聖剣で時空を割り、姿を消した。

 これでひと段落か。

 まさかいきなり聖剣の使い手と当たるとは思いもしていなかったが、まさに強敵だったな。

「さて、これで正式に、なんの心配もなくルフェイは俺の眷属になったわけだが」

「はい。みなさん、ご迷惑をおかけしました」

 頭を下げる彼女に、

「いやいや、そんなことないだろ! 俺なんてなにもできなかったし、むしろごめん。困ってる子のためになにもしてやれないなんて、先輩じゃないよな」

 励ましているのか悔やんでいるのか、兵藤一誠が話しかける。

 隣にいる白音とアーシア・アルジェントは、逆に嬉しそうに微笑んでいるが、このあたりは付き合い方と己の思い方の差が出ているな。

「まあ、そう責めるな兵藤一誠」

「でも……」

「なにもしてやれていないという点なら、俺もそう変わらない。最後に居場所を掴んだのはルフェイ自身だったしな。もし悔やむのであれば、俺と一緒に強くなろう」

「――はい! 俺、頑張ります!」

「ああ、その意気だ」

 これで言質は取れた。明日からは修行も厳しくしても問題ないな。

 いつ強敵が現れるかは知れないし、兵藤一誠にはより強くなってもらわなければ。

 だが、それを考えるのは明日からでいいだろう。

「さて、じゃあ帰ろうか。なあ、ルフェイ」

 手を差し出すと、彼女も俺の手を握り返した。

 とりあえずは、いまの眷属たちを守れただろうか? さあ、俺たちも人間たちと変わらない日常に戻るとするか。

 

 

 

 

 後日。

 まだまだ旧校舎の片付けが終わらないとのことで、今日も全員揃って改装作業だ。

 部屋だけは無駄に多く、すべての部屋をそれなりに使えるようにするにはまだもう少しばかり時間がかかるだろう。

「ヴァーリ先輩、今日はどうしましょか?」

 アーシア・アルジェントと共に旧校舎の一室へとやってきた兵藤一誠が入ってきて早々やる気満々なところを見せてくれるが、そのまえにひとつやらなければならないことがある。

「作業の前に、報告だ」

「ん? なんすか?」

 これは白音にも話していないことなのだが。

 部屋の奥から、駒王学園中等部の制服をまとったルフェイが出てくる。

「こ、これって!」

「ああ、彼女も学生の身だからな。それなりに普通の暮らしをするのが義務だと思い、編入してもらうことになった」

 このためにソーナに働きかけをしてもらったのだが、実はもう一件。こちらはわりと強引に、彼女の権限も借りることでどうにかして捻じ込んだ。

「それともうひとつ。入ってきてくれ」

 扉が開き、そこから現れたのはメガネをかけたスーツの男性。

「あ、あああああああああああっ!?」

「またルフェイを取り返しに来たんですか? 懲りない人ですね」

「る、ルフェイちゃんは渡しません!」

 兵藤一誠、白音、アーシア・アルジェントが順番に反応をみせた。無理もない反応だが、誤解は早めに解かないとな。

「全員落ち着け」

「でも、ヴァーリ先輩!」

 兵藤一誠が、部屋に入ってきた男性――アーサー・ペンドラゴンを指差し叫ぶ。

 これでは埒があかないと彼に視線を送れば、承ったとばかりに、背中から悪魔の翼を生やしてみせた。

「え? これって……」

 アーシア・アルジェントが異変に気付き、彼に問いかける。

「アーサーさんは、悪魔だったんですか?」

「いいえ、前回会ったときは人間でしたよ。ええ、私もルフェイも、元は人間ですから」

「つまり、転生悪魔……」

「はい、お察しの通りです」

 白音の疑問にも答え、彼女たちの側を歩き、こちらまで来る。そうして俺とルフェイの隣まで歩いてくると立ち止まり、他の3人へと向き直った。

「みなさん、先日はご迷惑をおかけしました。実は私、あのあとヴァーリより相談を持ちかけられて、この度彼の『騎士』として眷属悪魔になった次第です。どうぞ、よろしく御願いいたします」

 紳士的な振る舞いで一礼したあと、ルフェイの制服を眺め出すアーサー。その姿は、どこかサーゼクスに重なるものがあった。

 と、3人の反応がないので確認してみると、ジト目をした白音。

 なぜか嬉しそうなアーシア・アルジェント。

 そして――。

「ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」

 絶叫する兵藤一誠が視界に入った。

「眷属!? い、いつの間に? というかどうやって説得したんすかヴァーリ先輩! 俺まったく聞いてなかったんですけど!?」

「落ち着け、兵藤一誠。アーサーなら、襲撃のあった後ルフェイに居場所を補足してもらい、その足で交渉にいった」

「ヴァーリ先輩の精神はどうなってるんすか! 異常ですか!?」

「異常ですよ……昔から目を離すといつもこうです。ヴァーリ先輩は、気に入った相手や気になった相手をどこからか探してきてしまう変人さんです」

 俺が口を開くより早く兵藤一誠の質問に答える白音。

 彼女は最近俺に対して遠慮がなくなってきているように思う。それが悪いこととは思わないけれど。

「俺が変人かどうかはさておき。アーサーには『そんなに妹が心配なら、彼女の意志を通しつつもおまえの大切なモノを守ることのできる方法があるぞ』と持ちかけたら、再戦を申し込まれた上で納得してくれたよ」

「ええ。ルフェイの意志を尊重しつつ、私も自分を通すにはこれが一番だったのです。元々、私は家や属す場所に拘りはなかったので」

「あ、やっぱりそうなんすね……」

「ちなみに、アーサーは中等部の若手教師として駒王学園に通うことになる。会ったときは教師と生徒だから、その辺りの対応は間違えないように」

 もっとも、『騎士』の駒をふたつとも消費したのは予定外だったがな。けれど、ふたつ使うだけの意味があっただろう。

 これもそのうち話すとして、残る駒は『戦車』がひとつと、『兵士』が八つ。

 まだまだ、眷属は決まりそうにないな。

「紹介も終わったところで、今日も活動を開始しよう。俺は訓練場を組み上げるから、白音とルフェイはキッチン周りを。兵藤一誠はアーシア・アルジェントと買い出しを頼みたい。アーサーはまず、一通り旧校舎を回ってこい。そのあとで足りないものや改修案を聞こう。では、活動開始だ」

 俺の言葉を受け、眷属たちが動きだす。

 赤龍帝・兵藤一誠との出会いを皮切りに、こうも眷属が集まり出すとはな。偶然ではないだろう。やはりキミは、将来大物になりそうだ。

 白と赤。

 俺たちが手を取り合った結果なにが起こるのかは、まだ想像すらできない。けれど、きっと退屈はしないだろう。

 とりあえずは、ソーナたちといつ会わせるかの話も進めるとしよう。

 この旧校舎を、俺たちの根城へと変えながら。

 




とりあえず一章の最後にこれだけ言わせてもらおう。
一応のキャラは出たから、番外編を書きたいと思う! 平和な裏側とかっていいよね。
ヴァーリとソーナが友になった頃の話とか、魔王さまの休日(ヴァーリきゅん観察日記)とか、白音とルフェイのおかし作りとか? どうだろうか相棒!


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月光校庭の二天龍
あの気配は悪魔


どうもみなさんalnasです。
この話から2章に入りましたよ。長かった。
というわけでも、緩やかに入っていきましょう。
どうぞ。


 サーゼクスに新しくできた仲間たちの報告を終えた夜。

 眷属のみんなは悪魔の仕事に出かけている中、ソーナから連絡が入った。

「珍しいな。この時間帯はそちらも忙しいんじゃなかったか?」

『あら、うちに来る依頼は基本的に眷属たちだけでもできるものが多いからだいじょうぶよ。ヴァーリこそ、この前もはぐれ悪魔の討伐依頼が来たと聞いているけれど?』

「その一件なら眷属の修行もかねて経験のない者たちを前衛に出しながら無事に終えたよ」

『相変わらず修行熱心ね』

 笑っているのか、関心しているのか。

 おそらく後者ではあるだろうが。

「いざというときに弱いのでは話にならないからね。うちはみんな、自主的にトレーニングに励むメンバーばかりだから荒事もある程度は引き受けられる」

 兵藤一誠は攻め込むのは得意ではなかったが、防戦はやけに得意なこともわかってきた。

 やはり赤龍帝ドライグが生き延びるために鍛えたのが大きかったのだろう。今朝もそれを伸ばしつつ、白音を相手に置きながら攻めることも試し始めていたか。

 アーサーは一人で剣を振るっていることが多いな。たまにルフェイが様子を見に行っているようだが、彼女も空いた時間で試したいことを独自の方法で探っているようだ。

 アーシア・アルジェントは全員を見て回りながら、片っ端から怪我の治療を行っていた。そのうち神器の作用する範囲や限界を伸ばし出すのもいいかもしれないな。できるなら遠くの仲間にも治癒の効力を発揮できるところまではいきたい。

『楽しそうですね、ヴァーリ』

 なんて気をソーナに読まれたのか、ついそう言われてしまった。

「楽しいさ。新しい眷属と接するのもいいものだな」

『そうですか。それで、やはり近々そちらに会いに行こうと思うのですが』

「早い方がいいだろうな。うちの眷属たちも、駒王学園に他の悪魔がいることは気づいている。下手な思い込みをされる前に解決しておこう」

『でしたら、明日の放課後伺いましょう。どうですか?』

 明日か。特になにかあるわけでもないだろう。

 せいぜい、ソーナの眷属も全員がくつろげるように部屋の整理をしておくくらいか。

「わかった。では頼む」

『はい。それとヴァーリ、伝えておきたいことがあるので、明日の後、時間をください』

 それだけ伝え終えると、通話は終了した。

 用件、か。あまり面倒な事でなければいいのだが……。

 この後、帰って来た眷属に明日の活動内容の確認とこれからの特訓内容を伝え、俺たちは帰路についた。

 

 

 

 

 学業の終えた俺の眷属たちは基本すぐに旧校舎にやって来る。

 それはアーサーも例外ではなく、教師をしているというのに毎日毎日どうやって放課後と同時に来ているのだろうか。中等部の教師はそこまで暇ではないはずだが……まあ、問題になっていないのならいい。

「ヴァーリ先輩、今日はどうしますか?」

「イッセーさん、まずはあいさつをした方がいいんじゃないですか?」

 と、最後の二人が入ってきた。

 兵藤一誠と、アーシア・アルジェントだ。

「別にあいさつはどちらでも構わないよ」

 適当に返事をしておき、彼らが座るのを待つ。

「さて、今日は旧校舎の改修は無しにしようと思う。代わりに、全員気になっていただろう駒王学園で感じる他の悪魔の気配について話そうか」

「やっぱり、他にも悪魔がいるんですね」

「そ、そうだったんですか?」

 ドライグから話をされていたのだろう兵藤一誠と、なにも知らないだろうアージア・アルジェント。

 無言ながらも察していただろうアーサーとルフェイ。もっとも、この兄妹は外からの情報も入っていただろうから、ソーナのことはとっくに知っているだろう。

「みなさんに紹介するにしては、少し時間が空きましたね」

 最後に白音。

 この中では唯一ソーナたちと接点を持つ彼女からは疑問が投げかけられた。

「元々、あまり干渉するものじゃないからね。ただ、向こうにも新しい眷属が入ったから、顔見せかな」

「そうですか」

 別段興味があるわけでもなかったのか、理由を話すと手近にあったお菓子を食べ出した。

「とにかく、これからここに生徒会がやって来る。間違っても高圧的な態度も、誤爆もしないでくれ」

「「「「「はい(ええ)」」」」」

 眷属たちのしっかりした返事。

 その直後、タイミングを見計らっていたかのように扉が開いた。

 最初に入ってきたのは、駒王学園の生徒会長であるソーナ。

 この前兵藤一誠から聞いた話だが、日本人離れした美貌の持ち主で、男子よりも女子に人気があるとか。それでも男子からの人気も高く、校内一らしい。彼曰く、知的でスレンダーな美人さんと語っていたな。

 次に入ってきたのは、最近生徒会の書記として追加メンバーで入った男子生徒。

 他に入ってくる生徒がいないところを見るに、二人で来たらしい。

「てっきり全員連れてくるのかと思っていたよ」

「そうしたいのは山々ですが、生徒会の仕事が滞ってしまうもの。それに、みんなとはそのうち会うこともあるでしょう」

 なるほど。あくまで新メンバーの紹介というわけか。

「先ほど話したように、駒王学園には俺たち以外の悪魔もいる。この学園の生徒会長、支取蒼那の真実の名前はソーナ・シトリー。上級悪魔シトリー家の次期当主だ」

 説明を入れると、どこからか驚きの声が漏れた。

「この学校は実質グレモリー家が実権を握っているが、『表』の生活では生徒会――つまり、シトリー家に支配を任せている。昼と夜とで学園での分担を分けた形だ」

「えっと、つまり生徒会は全員悪魔ってことですか?」

「その通りだ、兵藤一誠。加えるなら、全員がソーナの眷属悪魔だな」

「ああ、だからか」

 一人納得している兵藤一誠は置いておくとするか。

 この場はお互いの眷属の紹介が主なことだしな。

「会長と俺たちシトリー眷属の悪魔が日中動き回っているからこそ、平和な学園生活を送れているわけだ。それだけは覚えておいて貰いたい。ちなみに、俺の名前は匙元士郎。二年生で会長の『兵士』だ」

「おおっ、『兵士』に会うのは初めてだな!」

 新しくできた『兵士』。まだ成り立ての鍛えだしたばかりに見えるが、素質は十分といったところか? いや、いまのままではいまいちわからないな。

「初めて見たか……つまり変態3人組の一人であるおまえは『兵士』じゃないってわけかよ。これはこれでプライドが傷つくな」

「なっ、なんだと!」

 プライドと来たか。消費した駒にプライドを持つのは悪いことではないが、いまのは些か。

「おっ? やるか? こう見えても俺は駒四つ消費の『兵士』だぜ? 最近悪魔になったばかりの兵藤。たとえおまえが『騎士』や『戦車』だろうと、そう簡単に負けるとは思えないね」

「てめぇ……ああ、やってやるよ! 後で吠え面かくなよ!」

 一触触発の空気になるが、どうも、ソーナの眷属の一言だけはいただけなかったな。

 俺は静かに席を立つと、兵藤一誠の隣に立った。

「ヴァーリ先輩?」

「怒るのはいいがな、兵藤一誠。一応この場は俺とソーナの眷属同士――それも、おそらく新人の悪魔同士のあいさつの場だろう。修行でならいいが、喧嘩で今後も付き合うかもしれない奴を倒すのはまずい。彼女にも、迷惑がかかるからな」

「うっ……それはそうっすけど……いえ、わかりました」

 これ以上は迷惑になると思ったのか、兵藤一誠の方から矛を収め、アーシア・アルジェントの隣へと戻っていった。

 よし、ひとまず無駄な怪我人が出ることは防げたな。

「さて、匙元士郎」

「なんでしょうか、ヴァーリ先輩?」

「まずはキミの勘違いを正すとしよう。彼は『騎士』でも、『戦車』でもない」

「ま、まさか『僧侶』ですか?」

 この反応に、俺は首を横に振ることで答える。

「は――? ま、まさかヴァーリ先輩、あんな奴が先輩の『女王』だとでも!?」

 いきなり狼狽する匙元士郎。そこまでのことだろうか? ソーナの方に視線をやると、彼女も珍しく驚いていたようだ。これなら、誰が「女王」か黙っておいた甲斐があったな。男性としか話していなかったから、彼女はアーサーがそうだと思い込んでいたのだろう。

「ときに匙元士郎。喧嘩を吹っかけるのはいいが、最初に相手をしっかり見た方がいいな。力量を測った上で戦うのであれば止めない。むしろ兵藤一誠には修行相手が足りない程だ。力量を確かめた上で、一度倒してやってくれ」

「あれ? ヴァーリ先輩!?」

「は、はい。ご教授ありがとうございます!」

 二人の別々の反応を受けながら、あとは新人同士でと思い、いつも間にかソファに座っているソーナの前に椅子を持っていきながら座り込む。

「まさか、彼が『女王』だとは」

「フフッ、さすがのキミも読めなかったようだな」

「ええ。ですが、いまのは一瞬息を呑みましたよ。サジが兵藤くんに喧嘩を吹っかけたのは、つまりは貴方の『女王』に喧嘩を売ったということ。『王』の右腕をバカにされて怒らない人はいませんからね」

 ようするに、俺が彼を潰さないかと心配したわけだ。

 ソーナの眷属でなければまた反応は違ったかもしれないが、どちらにせよ兵藤一誠には近しい者が必要だ。力量的にも、立場的にも。使われた駒は違うが、彼らは同期だ。力量差も、いまはそれほどではないだろう。もちろん、防戦に限ってはその限りではないが。

「いいライバルになれないものかと思ってね。つい助言から入ってしまった」

「あら、それはいいわね」

 視界の端で、兵藤一誠と匙元士郎が握手をしながら何事かを言い合っている。

 そこにルフェイと握手をしていた匙元士郎に割り込むようにして握手を返すアーサー。心なしか、普段の笑顔より幾分か殺気が漏れているのは気のせいにしておこう。

 両側を兵藤一誠とアーサーに挟まれたソーナの新しい「兵士」は、なにごとかを呟きながら泣きそうな顔をしていた。

「お互いに大変だな」

「そちらほどじゃないわ」

 言いながら、ため息が漏れるソーナ。

「一応だが、スーツの男――アーサーが新しい『騎士』。その隣にいる中等部の制服を着ているルフェイが『僧侶』。そして兵藤一誠の隣にいる高等部の制服のアーシア・アルジェントも『僧侶』だ」

「一度に四人ですか。やはり多いですが、ここ数年の貴方を見ていると、その埋め合わせのために一度に揃ったかのようですね」

「……そうだな。いい出会いもあったものだ」

 彼らの詳しい紹介まではまだしていないが、それもそのうち話さなければならないだろうな。

 なにせ、赤龍帝に聖剣使いだ。男性陣だけでも相当のものだからね。

「ああ、そういえばソーナ。他に用件があったと記憶しているが」

「ええ、あるわよ。少し前の出来事なのだけれど、カトリック教会の方で問題が起きたらしいわ」

「それで?」

「教会から二人、その一件を解決するために人を回すことになったみたい。それで、解決するにあたって標的となっている者がこの町を目指しているらしいの。その所為か、近いうちにこの町を縄張りにしている貴方と交渉をする者が現れるかもしれない、とのことよ」

 なにかと思えば、教会側の面倒事か。それも、この町も対象に入っていると来た。

 誰がなにを企んでいるとしても、駒王町で事を起こそうものなら対処するだけだな。いまは俺以外にも、眷属だっている。

「ここには神父だってたまに訪れている。今更教会の者が来ることを拒否はしないが、交渉というのなら受けないわけにもいかないな。もしも接触してくれば、話した内容はそちらにも通そう」

「お願いするわ。なにかあればこちらも力を貸します。いつでも頼ってね」

「頼りにしている」

「そう……なら――いえ、これは私の問題だわ。ごめんなさい、ヴァーリ。そろそろ戻らないとあの子たちも大変だろうから行くわね。またゆっくり話しましょう」

 ならば仕方ない。言いかけた言葉は、聞かないことにしよう。

 いまは、匙元士郎と話しを続ける俺の眷属を止めるとするか。この僅かな時間の間に言い合える仲にはなったようだし、最初の出会い方としては、失敗ではなかったのかもしれないな。



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この訪問は冒涜

こんばんはalnasです。
2章は木場くん不在なので特にやることがない。というわけでもないのですが、見せ場がひとつ減っている状態なので他で盛り上げつつ、わりとどんどん話が進むと思います。
しかし、どこかで教会側の二人とぶつけたいものですね。次かな?
では、どうぞ。


 俺たちは悪魔とはいえ、なにも朝遅くまで寝静まっているとは限らない。

 特に、交渉事が控えている今日なんかは、眷属の全員が旧校舎の一室に集まっていた。

「それで、兵藤一誠。俺たちに伝えたいことがあるらしいな」

「はい……」

 いま集まっているのは、俺たちの「女王」である兵藤一誠の頼みがあったからこそなのだ。どうにも、昨日の放課後に昔馴染みに会ったときの話と聞いているが。

「実は昨日、家に帰ってみたら小さい頃一緒になって遊んだ奴が久しぶりにこっちに来ていてうちに寄ってくれたんですけど……その、教会関係者でした」

「その教会側の人間が、どうしたのですか?」

 アーサーが続きを話すよう促すと、兵藤一誠はアーサーの腰に帯剣された聖剣を見ながら口を開く。

「昔馴染みとその友人? みたいな奴から変な感じっていうか、悪寒を感じまして。いまはアーサーさんとルフェイちゃんのおかげで聖剣も抜かなければなにも感じないけど、そう、ちょうど聖剣と対面しているときのような危険信号を体から感じました」

「わ、私もです! 不安になって、怖いって思う感じが膨れ上がるような……」

 確か、アーシア・アルジェントは兵藤一誠と共に暮らしていたな。

 であれば同じ体験をしていて当然か。

 にしても、聖剣と似たような感覚を……今回の一件、なにかあるとはソーナと話していたが、放ってはおけなそうだな。

「報告ありがとう。だがまずは、キミたちが無事でよかった。教会の関係者と出会ったのが兵藤一誠の家で幸いだったな。そうでなければ、戦闘になっていた恐れだってある。キミたちは二人とも、俺の大切な眷属だからね。戦闘になれば逃げることはできただろうが、大怪我じゃ済まなかったかもしれない。本当に、よかったよ」

「ヴァーリ先輩……俺、先輩にもアーシアにも迷惑かけないよう、強くなります! 伝えられることは伝えたんで、他の部屋で特訓してきます!」

「ああ、強くなれ、兵藤一誠」

「はい!」

 アーシア・アルジェントもひとつ礼をして共に部屋を出て行く。

 廊下からやる気溢れる雄叫びが聞こえて来るから、後で様子を見に行くとしよう。

「アーサー」

「なんですか、ヴァーリ」

 帯剣していた聖剣の鞘を手で触れながら、こちらを見据えるアーサー。

「いまの話、どう思う?」

「十中八九、聖剣でしょう。赤龍帝とはよく戦術はもちろん、共に特訓していますから彼も聖剣を目にする機会は多い。今更、隠していたとしても、悪魔には毒となる聖剣のことは見抜くと思いますよ」

「となると……」

「今日の放課後に交渉に来るのは赤龍帝の会った二人組が妥当でしょうか。それも、どちから、または両名が聖剣を持ってくるとなると、軽い殴り込みみたいですね」

 抑えきれない、こみ上げてくる気持ちがあるのだろう。

「楽しそうだな。だが、キミのお眼鏡に適うとも限らない」

「出会う前からやる気を削ぐような発言は控えてください、ヴァーリ。私とて、最高の剣士と切り結ぶという願いがあるのです。もしかしたら出会えるかもしれないと夢見るのは勝手でしょう?」

「それもそうだな、悪いことをした。俺も、強者と出会えるのではと一瞬期待してしまったのでな」

 アーサーが不敵な笑みを浮かべれば、俺も自身の口角が上がっているのがわかる。

 今回は戦えなくともいい。だが、強者ならば会うだけでもいい刺激になるはずだ。どうか、俺たちの期待を裏切らないでくれよ。

「ヴァーリさん、お兄さま。お顔が怖いですよ」

「ルフェイの言う通りです。笑うのなら楽しそうな笑い方をしてください」

 ルフェイと白音に指摘されるが、残念ながらこればかりはやめられそうにない。

「ヴァーリ。聖剣を見られるかもしれないことと、よき剣士に出会えるかもしれないと思うと昂ぶってきました。赤龍帝も交えて、一戦いかがですか?」

「いいだろう。兵藤一誠もきっと昂ぶっているに違いない。三人で一本勝負でもしようか」

「ええ。では特訓室に向かいましょう」

「望むところだ」

 悪魔の朝は早い。

 特に、己を高めようとする俺たちの朝はな。

 まだ校内に運動部の姿すら見えないこの時間。

「いや、ちょっとなんで俺まで巻き込まれないといけないんすか! 反対、断固反対って――うおあぶねぇ! って、ちょっと、俺ばっか狙ってないで二人で戦ってくださいよ! ヒィィィィィィッ! 聖剣はらめぇぇぇぇっっ!! あ、力が半減した!? ちょ、ヴァーリ先輩!? 死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!」

 旧校舎からは、男子生徒の悲鳴が数分に渡って響いていたとか。

 

 

 

 

 兵藤一誠がこの日の授業はすべて寝て過ごしたと嘆いている放課後。

 俺たちグレモリー眷属は揃って普段のように一室でくつろぎながら過ごしていた。

 右腕たる「女王」も朝から満身創痍だったわけだし、軽い休憩だな。

 「女王」としては、来客があるときは俺と念密な打ち合わせをするべきなんだが、今回が初だし、次回以降は人の前での「女王」としての立ち振る舞いも教えておこうか。

「――来ましたね」

 白音が部屋の扉を開けると、栗毛の女性と、緑色のメッシュを髪に入れている目つきの悪い女性が入ってきた。二人とも白いローブを着込み、胸に十字架を下げている。

 これだけでも、悪魔にとってはいいものではないな。

「はじめまして。好きに腰掛けてくれ」

 こちらの紹介は不要と思い、名乗ることもなく声をかける。

 すると二人は俺たちに対面するように机を挟んで反対側のソファーに座り込んだ。

 さて、いったいなにを話してくれるやら。

 しばらく互いに無言で待っていると、最初に話を切り出したのは教会側の栗毛の女性だった。

「先日、カトリック教会本部ヴァチカン及び、プロテスタント側、正教会本部に保管、管理されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」

 ほう? 奪った者が出てきたか。

「赤龍帝、エクスカリバーは既に現存していなく、大昔の大戦で折れて、今は7本に分かれてしまっているのです。四散したエクスカリバーの破片を拾い集め、錬金術によって新たな姿になったときに7本になりました。それから――」

 後ろでアーサーの講義が始まったので、兵藤一誠とアーシア・アルジェントへの説明は彼に任せるとしよう。

 二人とも、真剣に聞いているようだしね。

「こっちの話は気にしなくていい。身内にエクスカリバーの現状について詳しくない者もいてね。俺たちは俺たちで、話の続きといこうか」

「それもそうだな」

 栗毛の女性と変わり、メッシュを入れた女性が話し出す。

「カトリック教会に残っている聖剣は現在二本。在りかを明かしておくと、私とこの紫藤イリナが所有している。そしてプロテスタントの元に二本。正教会にも二本。残る一本は先の大戦で行方不明。そのうち、各陣営にあるエクスカリバーが一本づつ奪われた。奪われた連中は日本に逃れ、この地に持ち込むって話さ。既に持ち込まれているだろうね」

 聖剣泥棒に厄介事のおまけがついたか。

 まさかもう駒王町に入り込んだだと? 俺にも、ソーナにすら感知されずに?

「俺の任された地で問題を起こそうとは。エクスカリバーを奪ったのはどこのどいつだ?」

 俺の問いに目を細めるメッシュを入れた女性。

「奪ったのは『神の子を見張る者』だよ」

「堕天使の組織連中か。また大層なところに奪われた者だ。どこのどいつとも知れない小物に奪われるよりは言い訳がつくかもしれないが……またなぜ聖剣を?」

「目的は不明だ。だが、奪った主な連中は把握している。グレゴリの幹部、コカビエルだ」

「コカビエル……ッ! 面白い、古の戦いを生き延びた堕天使の幹部。聖書にも記された者がここに来るとは!」

 思ってもみなかったな。

 問題行動をおこした相手になら、戦いを挑んでもそう違反行為にはならないだろう。むしろ、よく止めたという話に流れるはずだ。

 アーサーもこちらの話に耳を傾けていたのか、僅かだが笑みを浮かべていた。

 しかし、なぜその情報を俺たちに漏らしたのか。そして、ここに来た理由はなんだ? 協力を要請しに来たわけじゃないだろう。

「話を戻すが、先日からこの町に神父――エクソシストを秘密裏に潜り込ませていたんだが、ことごとくが始末されている次第でね」

 と、メッシュの女性。

 神父だからと放っておいたが、やはり裏で動いていたか。始末されているとなると、やはり何者かが町に入り込んでいるな。これは失態だ……今度からはもう少し見回りを増やすか。

「もしかして、俺たちに協力の依頼とか?」

 兵藤一誠もあらかたの知識は詰め込んだのか、会話に入ってくる。

 その言葉を受けたメッシュの女性は、彼の言葉とは裏腹にハッキリとものを言ってきた。

「私たちの依頼――いや、注文はひとつ。私たちと堕天使のエクスカリバー争奪戦にこの町に巣食う悪魔が一切介入してこないこと。つまり、そちらに今回の事件に関わるなと言いに来た」

「ずいぶんな言い草だな。おまえたちが聖剣の使い手だというのは説明からも理解できたが、正直コカビエル相手に敵うとは思えない」

「なに? 貴様は私たちが弱いとでも? 言っておくが、話し合いを先にしたのは慈悲だ。堕天使コカビエルと手を組まなければ、今回は見逃す。牽制球を打つためにここまで来たのだからな」

 見逃す。まるで自分たちが優位に立っているかのような発言だ。

 サーゼクスに無駄な仕事は押し付けるべきではないし、彼の立場を揺らがせるような事件は控えるべき……落ち着いた方がいい。

「コカビエルとはせっかくの戦える機会だ。手を組むつもりなど毛頭ない。そうだな、この町に危害が出ない限りは手を出さないと約束しよう。コカビエルとはキミたちが事を終えたあとに勝負を挑むさ。それでも十分だ」

「まるで、私たちが堕天使コカビエルに負けると言ってるように聞こえるが?」

「どちらでも構わない。キミたちに負ける程度なら、戦う必要もない」

 大戦を生き延びた者がこの地にいるのなら、最早目の前の二人はどうでもいい。

 教会側の任務を好きに果たせばいいさ。この町を傷つけなければ、それ以上は彼女たちには望まない。

 呪符の文字が記された布に覆われた剣。間違いなく聖剣だろう。栗毛の女性が剣を持っているとは思えないが、どこかに隠しているのは気配からしてわかる。が、彼女たちを一瞥したアーサーは、もういいのだろう。

 真面目に話を聞いているルフェイへと視線を移していた。

 お眼鏡には敵わなかったか。当然と言えば当然の事態だが、落胆の色も大きいと見える。同じ聖剣の使い手同時、通じるものがあるかもと淡い期待を持っていたのかもな。

「残念だが、貴様がコカビエルと相見えることはない。そのときには、もう事態は収拾し、すべて片付いているだろうからな」

「残念なのはこちらなのだが、まあいい。残念な者になにを言っても虚しいだけだ。正教会からの派遣は?」

「私たち二人だけだ。仮にエクスカリバーの奪還に失敗した場合を想定して、最後の一本を死守するつもりなのだろうさ」

 正教会は今回は絡んでこないか。

 死ぬ覚悟もある、と。相変わらずの信仰心だな。俺には理解できないが、そうでなければ生きられない者もいる、か。

 まあいい。

 この話は終りだ。

「では、そろそろおいとまさせてもらおうかな。イリナ、帰るぞ」

「ええ。ではみなさん。今回の件ではもう会うことはないでしょう。次に会ったときは、しっかり断罪してあげますね」

 二人が席を立ち、その場を後にしようとする。

 これで終わればよかったのだが、二人の視線が一箇所に集まった。アーシア・アルジェントか。

「――兵藤一誠の家で出会ったとき、もしやと思ったが、『魔女』アーシア・アルジェントか? まさか、この地で会おうとは」

 どうやら、まだ話す必要がありそうだ。

 



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その口論は激化

どうもみなさんalnasです。
木場くんがいないとこうもやりづらいのかと感じるコカビー編。でもなんとか進めてそのうちコカビー編は終わっていることでしょう。
それはそうと、なにかselectorでひとつ話を書きたいなと思いつつ過ごしてます。
という話は置いておいて、みなさん感想ありがとうございます! 作者たちの活力になっていますよ!
では、どうぞ。


 素直に帰ればいいものを……。

 部屋を出て行こうとした矢先、教会側の二人がアーシア・アルジェントに目をつけ立ち止まった。

 こちらが問題行動は控えようとしている中、なぜ向こうから絡んでくるのか。彼女たちにはそうした配慮はないのかと問い詰めたくもなるが、恐らく無駄なのだろう。

「貴女が一時的に内部で噂になっていた『魔女』になった元『聖女』さん? 悪魔や堕天使をも癒す能力を持っていたらしいわね? 追放され、どこかに流れたとは聞いていたけど、悪魔になっているとは思わなかったわ」

「……あ、あの……私は……」

 兵藤一誠から一応の話は聞いているが、アーシア・アルジェントにとっては聞きたくもない言葉だろうな。

「しかし、悪魔か。『聖女』と呼ばれていた者が、堕ちるところまで堕ちたものだな。どうだ――」

「それ以上言うんじゃねえよ!」

 やはりと言うべきか、よくやったと褒めるべきなのか。

 なおも追求しようとする二人組とアーシア・アルジェントの間に兵藤一誠が割り込む。

「アーシアはな、やっと平和な生活を手にいれたんだよ! これから俺が、その生活を守っていくんだ! おまえらみたいな奴らに、これ以上滅茶苦茶にされてたまるか!」

 噛み付かんといわんばかりの形相でまくしたてる兵藤一誠だが、その様子を冷静に眺めているだけのメッシュの女性は布に包まれた聖剣を突き出す。

「平和? もともと『聖女』は平和だろうさ。戦いに赴くこともなく、ただただ神の信仰のもと人を癒すのだからな。ひとつ教えてやるが、『聖女』に必要なのは慈悲と慈愛だ。他者に分け与えるたけのものがあればそれで十分だろう? 我欲を出したとき『聖女』は終わる。ならばこそ、彼女は平和を求めてなどいないし、求めてはならない」

「ふざけるなよ……他者に与えることだけがアーシアの役目だと!? おまえ、一度でもこの子の想いを聞いたことがあるのかよ! 一度でも、この子の涙を見たことがあるのか!? なにが神の信仰だ! んな間違ったもんはな、さっさとなくなっちまえばいい!」

「私の前でよく口にしたものだな。そんなに『魔女』が好きなら、キミたち二人とも、いまこの場で断罪してやろう。いまなら、罪深きキミたちでも、神は救いの手を差し伸べてくださるはずだ」

 ギリギリと、奥歯を噛みしめる音がこちらにも聞こえてくる。

 俺は直接アーシア・アルジェントの話を聞いたわけではないが、親身になった兵藤一誠はまた別なのだろうな。

「断罪したきゃしてみろよ」

「いったいどこまで肩入れすれば気が済むんだ……たかが同じ眷属悪魔というだけだろう? それとも、キミはそこのアーシアの特別なのか?」

「特別なんかじゃない。けれど、おまえたちといたんじゃ絶対に慣れなかった、普通の関係だ。家族で、友達で、仲間だ! だからアーシアを助ける。アーシアを守る! 絶対に、この手で守ると誓った! だから俺はここにいるんだ。だからおまえたちがアーシアを悲しませるって言うなら、俺はおまえら全員敵に回してでも戦うぜ」

 こうもハッキリ宣言されるとこちらとしては引けなくなるから困るな。

 兵藤一誠の挑戦的な言葉に、メッシュの女性の目が細まる。

「それは私たち――我らの教会すべてへの挑戦か? 一介の悪魔にすぎない者が、大きな口を叩くね。グレモリー、教育不足では?」

 ここで話を振られるが、俺は兵藤一誠の隣まで歩き、目の前の女性に目を向ける。

「先に不祥事を起こしかけたのはそちらだ。なにが今回は俺たちに危害を加えないだ? 直接怪我を負わせなければいいとでも思っているのか?」

「――……なに?」

「言葉は立派な攻撃手段だ。俺はそれを、よく知っている。そうして育ってきた時期もあったからな」

 俺が生まれたのは、グレモリー家ではない。

 あそこで向けられた言葉は、おぞましい言葉ばかりだった。俺の誕生を呪うもの、生きることを否定するもの。多くの言葉が俺に牙を剥いた。

「おまえたちが俺の眷属に危害を加えるのなら叩き潰そう。俺も、兵藤一誠も守るために戦うことは躊躇わない」

「ヴァーリ先輩!」

 本当はこうなる前に落ち着かせるべきなのだろうが、それを俺は良しとしなかった。

 当然だ。

 目の前の敵が、ルールを無視し、あまつさえ、俺の眷属を言葉の暴力で傷つけようとしたのだからな。

「どうあれ、このままでは収拾はつかないだろう」

「ならばどうする?」

 隣の兵藤一誠を見るに、やはり手を出したそうだ。まるで怒りが収まっていない。

 つい先ほどまで怒声を放っていたし、これが普通か。大切な人を危険に晒した奴らに対して冷静になって抑えろとだけ言うのも酷だ。

 あとは……彼が適任か。

「模擬戦をしようじゃないか。今後の憂いを断つためにも、恨みっこなしでね」

「……いいだろう。間違って断罪しても許せよ」

「キミたちこそ、小さなプライドを守れるといいな」

「旧校舎裏でいいだろう。先に行って待っている」

 俺の言葉には反応せず、栗毛の女性を連れて部屋を出て行った後、眷属に目を向ける。

「ルフェイ。すまないが急遽結界の用意を頼みたい。戦闘が始まったら辺り一帯を囲ってくれ」

「はい、わかりました」

 笑顔で了承してくれるルフェイ。

「白音はいざというときの戦闘の中断を。こちらがやりすぎないようにね」

「勝つのは当然ってことですか。わかりました」

 もちろん勝ってもらわないと困る。日々の鍛錬の成果を見るいい機会じゃないか。

「兵藤一誠」

「は、はい!」

「本来なら、他勢力と争う火種を生みかねない状況を作ったことを怒るべきなのだろうが……よく言ってくれた。それでこそ俺の見込んだ男だ。模擬戦はもちろんキミに出てもらう。しっかり勝ってこい。アーシア・アルジェントを守るのだろう?」

「はい、もちろんです! アーシア、見ててくれよな!」

 気まずそうな顔を覗かせた兵藤一誠だったが、反省することはあとでもいい。

 いまはただ、守るために怒ることを。どういう場であれ、意志を持つことを学んでくれれば十分だ。眷属の責任は、すべて俺が取れば問題ない。

「さて」

「向こうは二人とも出てくる、と言いたいのでしょう」

 アーサーが俺より先に口を開く。

「そうだ。ならばこちらも二人出そうと思うが、いいか?」

「相手をするには実力不足もいいところです。朝の三つ巴の一戦の方が遥かに楽しい。数の少ない聖剣使いのうち二人があれでは……ショックで立てなくなりそうでしたよ」

 酷い言い様だが、アーサーの心情は察することができる。

 自分と近い立場にいるはずの好敵手があの程度とは笑えない。戦うまでもな結果は見えているのだから、心も踊らないだろう。

 確かに、朝の一戦の方がよほど楽しかっただろうな。

 だが、いまの兵藤一誠に二人がかりで来られてはいささか厳しいのも事実。

 ルフェイに目を向けると、彼女と目があった。

 それとなく視線をアーサーへ向けると、視界の端で手でオッケーサインを出しているルフェイが映った。

「お兄さま」

「なんだい、ルフェイ」

 それからの行動は早く、すぐさまアーサーへと声をかけに行く。

「私、かっこいいお兄さまが見たいです!」

 無垢な笑顔を向けながらそう告げたルフェイを直視していたアーサーは、つまらなそうな顔を一転。やる気に満ちた表情を見せた。

 手にはいつの間にか聖剣を握っており、準備は万端だと言いたげだ。

「さあ、早く行きますよヴァーリ、赤龍帝。可及的速やかにルフェイの要望に応えなければいけなくなりました。さあ、急いでください」

「ああ、では行くとしよう」

「ええ、それがいいでしょう。赤龍帝、立ち止まっていないで歩いてください。勝ちますよ、この勝負」

「え? あ、はい! 頑張りましょう、アーサーさん!」

 一足早く外へと向かう二人。

 それを追いかけるアーシア・アルジェント。

「すまないな、ルフェイ。助かった」

「いいえ。では、私も結界を張るために行きますね」

 三人のあとを追うように、ルフェイも手を振りながら駆けていく。

 残ったのは俺と白音だけか。

「ヴァーリ先輩は行かないんですか?」

「もちろん行くさ。二人がやりすぎないか見ておかないと」

「疑ってはいませんが、本当に勝つことは前提なんですね」

「いくら聖剣の使い手とは言え、見れば実力はわかるものさ。現時点でアーサーには遠く及ばない。兵藤一誠は……おそらく聖剣がかすらなければいい勝負になるだろう。――さて、俺たちも行こうか」

「はい」

 つまらない試合だ。

 精々、兵藤一誠の修行の一環になればマシな部類な程には。日頃から俺とアーサー、白音との戦闘訓練を積んでいる上に、元から持っていた数々の防御手段。それでもボロボロになっている日々だが、今日、実戦で勝つことができれば、修行の成果を出せれば、それは彼の自信にも繋がる。そのためには、いい相手かもしれない。

 俺の眷属に手を出そうとしたんだ。これくらいの利用で済むのなら、向こうも納得するだろう。

 たとえ、事故で聖剣を折ってしまうようなことが起きたとしても――。

 



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その聖剣は未熟

どうもみなさんalnasです。
なんでも、昨日ランキングの7位に乗っていたようです。これも本作品を読んでくれているみなさんのおかげです! ありがとうございます!
頑張って更新できそうです。
では、どうぞ。


 俺と白音が旧校舎裏に出ると、既に辺りには結界が張られており、中では兵藤一誠とアーサーが準備運動とばかりに軽い手合わせをしていた。

 よく見ていると、アーサーの握る剣が聖剣ではないことにはすぐに気づいた。

「あれはどういうことだ?」

 結界内には入っていなかったルフェイに話を聞くと、

「お兄さまが言うには、木剣で十分とのことでした。かっこいいところは見せるが、それと全力を出すことは違いますから、と」

「妥当な判断だな。アーサーでは確実にあちらの聖剣にダメージを与えてしまう。彼女たちにとっては唯一コカビエルに対抗できる術だ。壊されたくはあるまい」

 とは言え、仮に木剣であったとしても……いや、さすがに聖剣と打ち合えば簡単に折れてしまうか。

 これなら多少の見ごたえはあるといいんだけれど。

 相手となる聖剣使いたちは静かに兵藤一誠たちを眺めているが、どうということはないだろうと目が語っている。聖剣を所持してるから勝てるとは思っていなければ、試合開始直後には潰れまい。

「そうだ、白音」

「なんですか?」

「兵藤一誠に攻撃の当て方はもちろん、防御から攻撃への繋げ方は教えてあるか?」

「話しましたし、実際に何度か味わってもらいましたが……まだ理解には遠かったです」

 やはり攻撃はまだ慣れないか。

 最初に会ったときも防御だけは様になっていたな。むしろ防御しかできていなかったと言うべきか。どうあれ、守ってばかりでは勝てはしない。

 どうにか手段を学んでくれ、兵藤一誠。

「さて、もういいだろう」

 相手そっちのけで木剣と素手で打ち合う俺の眷属に声をかけるメッシュの女性。

 その声が耳に届いたのだろう二人は動きを止め、改めて教会側の聖剣使いを見据える。

「ええ。それでは、どちらが私の相手を?」

 アーサーが尋ねると、彼の前には栗毛の女性が立つ。

「貴方の相手は私、紫藤イリナよ。本当は、再会した懐かしの男の子が悪魔になっていたから、お友達のためにも、主が与えた試練に打ち勝ち乗り越えるためにもイッセーくんと戦おうかと思ったのだけれど……ああ、運命って残酷ね。代わりに貴方の罪を裁いてあげるわ! アーメン!」

 イリナと名乗った女性は涙を浮かべつつも張り切った様子で聖剣の切っ先をアーサーに向ける。

 兵藤一誠のことを語っていたが、どうやら悪魔を倒せるなら誰でもよさそうだ。

 ということは、兵藤一誠の相手はメッシュの方か。

「一応、模擬戦だからな。本来は名乗ることなどないんだが、ゼノヴィアだ。先ほどの言葉を撤回させたければ全力で挑むことだな。もっとも、貴様ごときの攻撃が私に届くとは思えないが」

「……撤回してもらう必要はねえよ。あんたを倒してアーシアを守るだけだ」

 こちらはこちらで互いの言い分や主張を通ための戦いか。

「そうか。諦めないと言うのならせめてもの情けだ。私の持っている聖剣は『破壊の聖剣』。有象無象のすべてを破壊する剣の名だ」

「だからどうした! 破壊しかしない剣に負けられるかってんだ! 行くぜドライグ!」

『Boost!』

 赤い閃光を放ち、兵藤一誠の左腕に籠手が現れ、音声が発せられる。同時に、感じられる彼の力が倍加した。

 10秒ごとに宿主の力を倍にしていく能力を持つ「神滅具」。

 素の状態でもそう遅れは取らないだろうが、十全な状態で臨むのならできるだけの強化は済ませておくに限る。悪くない判断だ。

「……『神滅具』」

「それって、『赤龍帝の籠手』? こんな極東の地で赤い龍の帝王の力を宿した者に出会うなんて……」

 そういえば、今代の赤龍帝はまだ見つかっていなかったな。

 このことを知っているのはサーゼクスたち魔王とそ身近な側近たちだけだっただろうか? いずれは知られることだ。特に構うこともないか。

「ゼノヴィアだけ言うのもあれだし、私の『擬態の聖剣』も教えてあげる」

 イリナは長い紐を懐から取り出すと、その紐を日本刀へと変化させた。

「こんな風にカタチを自由自在にできる聖剣よ。ところでそっちはなにを使うの? 神器?」

 調子を取り戻したイリナがアーサーに問うが、彼は首を横に振り、自身の持つ一本の木剣を掲げて見せた。

「私の使う武器はこれ一本で十分です」

「「は?」」

 これには唖然としたのか、間抜けな声を漏らすイリナとゼノヴィア。

 真剣勝負のとき。片や聖剣。味方は「神滅具」と来れば少なからずの期待でもあったのだろうか? 確かに、流れはできていたかもしれないが。

「俺も相手側に立っていて、これから戦う相手が木剣片手に自信満々な顔をしたらああいった反応をしたかもしれないな」

「あはは……でも、これでも足りないくらいですから」

「だろうね。だからこその木剣だ」

 ルフェイの指摘を聞きながら、同意する。

 そうなのだ。この勝負に唯一不満があるとすれば、アーサーだけが抜きん出てしまっていること。ようするに、あからさまなまでに手を抜かなければ勝負にならないのだ。

「つまらないな。あちらはすぐに終わるだろう」

「でないと困ります」

 なんだかんだと、ルフェイの兄に対する信頼は厚いな。

「あ、ああああああ貴方本気!?」

「聖剣を相手にするのに木剣だと!? 我々をバカにしているのか!」

 勝負そっちのけでアーサーに詰め寄る二人。

 当のアーサーは冷ややかな視線を向けるのみで、挙句ため息まで吐く始末。仕方ないとばかりに口を開けば、

「バカになどしていません。これでも十分すぎると冷静に分析しながら武器は選んだつもりです。そもそも、下手をするとこれすら必要ないのですから」

 火に油を注ぐだけときた。

 もちろん俺は止めたりなどしない。指摘は正しい間は、特に。

「――イリナ、徹底的に潰せ」

「もちろんよ、ゼノヴィア。聖剣を相手に冒涜したこと、後悔させてあげる!」

 怒りを露わにしたイリナはアーサーから一度距離を取ると、すぐさま駆け出し勢いよく斬りかかっていった。

 どうやら本気でいったようだが、その切っ先がアーサーに触れようとしたとき。

「遅いですね。この程度の距離も殺せないようでは、やはりこれすら必要なかった」

 既にイリナの正面にアーサーの姿はなく、彼女の左側から聖剣を握る手を捻り、力が抜けた瞬間に「擬態の聖剣」を遠くに弾いて見せた。

「さて、これで貴女の武器はない。私の勝ちですね」

 余計な動きを取らないよう木剣の切っ先を喉元に突きつけた上でだ。

「貴女は聖剣を過信しすぎている。たとえ悪魔だろうと当たらなければ意味がありません。もっとも、私の前では欠けた七振りのうちの一本でしかない聖剣なんて、御するのも容易い代物ですけどね」

 イリナから手を離し、遠くに弾いた聖剣を呼ぶアーサー。

 「擬態の聖剣」は彼に呼応するように一度振動すると、自らアーサーの手の中に収まった。

「うそ……」

「現実です。さて、私は特に貴女方に怒りも不満もあるわけではありません。まして、この聖剣が必要なわけでもない。コカビエル討伐に必要でしょうからお返しします」

 離れようとしないイリナの聖剣を宥めるようにしてひと撫でしたアーサーは、彼女に「擬態の聖剣」を返還する。

「貴方いったい……」

「さて。私は主であるヴァーリ・グレモリーのただの『騎士』ですから」

 それだけ言い残すと、兵藤一誠を置いて結界から出てくる。

「やれやれ。相手をするだけ無駄とはわかっていましたが……やはり直に相手をするとショックは大きいですね」

「悪いな。だが、鮮やかだったぞ」

「力量差がありすぎたせいもあるでしょう。ヴァーリが相手ならこうもうまくは決まりませんよ。ああ、それよりルフェイ。どうでしたか? その、私はかっこよかったですか?」

 俺との話はそっちのけで、ルフェイに問いかけるアーサー。こころなしか、期待と不安の入り混じった目を彼女に向けている。

 話しかけられたルフェイはというと、すぐさま笑顔を浮かべ、

「はい。とってもかっこよかったですよ、お兄さま! 特に、最後の台詞がよかったです!」

 彼の望みそうな言葉を言ってのけた。無論、本心なのだろうけれど。

「そうですか! それはよかった。ええ、貴女が満足してくれたのなら私も救われるというもの。無理をして退屈な勝負を引き受けた甲斐がありました」

 答えを聞くなり不安は消え、喜びの声を上げる。

 俺としては兵藤一誠に戦い方を見せてほしかったのだが、あまりにも決着までが早すぎた。

 このぶんだと彼にはなにも教えられそうにないが、そこは兵藤一誠だ。持ち前の直感と閃きで勝ちを拾ってくるだろう。

「あ、アーサーさん早すぎません!?」

「なに余所見をしている!」

「っと、あぶねー。にしても、まさかあんな華麗な勝ち方があるなんて……やっぱり、俺ってまだまだだな!」

「この、ちょこまかと!」

「はっ、よっと! うん、これなら白音ちゃん相手の方がよほど厳しいな。聖剣が危ないのはよくわかるけど、アーサーさんの言った通り、当たらなければ意味はない!」

 もうひとつの戦いに目を向ければ、「破壊の聖剣」を振り回すゼノヴィアと、それを余裕を持って避け続ける兵藤一誠が視界に映った。

「このっ!!」

 攻撃が当たらないことに腹を立てたのか、天にかざした聖剣を地面へ振り下ろす。

 すると、地面を激しく揺らしながら振り下ろした場所を大きく抉り、あたり一面に土を撒き散らした。

 俺たちの周囲はルフェイが土を散らしてくれたおかげで被害はなかったが、結界内は土煙が立ち込め、兵藤一誠もいくらか土を被ったらしい。

「クレーターができたか」

 この被害をもたらした聖剣を振り下ろした場所にはクレーターが生み出されていた。

 だが、その程度で怯む俺の眷属ではない。

『Boost!』

 何度目かになる強化を終えて駆け出す兵藤一誠の姿がしっかりと見えているのだからな。

「チッ、まるで怯まないか」

「怯ませたいなら、聖剣を振り下ろしたあとにすぐ俺に突っ込むべきだったな!」

「一介の悪魔風情が!」

 近づいた兵藤一誠に向け聖剣を横に振るが、しかし。

「いまさら聖剣の一太刀くらいで退くかよ! ドライグ!」

 まさに斬り裂かれるというタイミングで、赤龍帝の籠手に変化が起きる。

 籠手が分厚くなり、側面には円形に広がった盾のようなものが展開し、聖剣を弾いて見せた。これは、前にも一度見た、兵藤一誠が見つけ出した進化形態!

「なっ、『破壊の聖剣』の一撃だぞ!? こうも簡単に防御できるわけ――」

「そんなことどうだっていいんだよ! 俺がおまえに言いたいことはたったひとつ!」

 力強く握られた拳が引きしぼられる。

「うちのアーシアを泣かせるような真似、俺が絶対許さねえ!」

 怒声と共に放たれた拳が、無防備になったゼノヴィアの体を撃ち抜いた。



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決着から

どうもみなさんalnasです。
最初に言っておこう。2章はすぐに終わります。ええ、もう後半に入ります。2章はパッと終わらせても問題なさそうだったので。
3章は……実は3章はある理由でとても大変になりそうと相方と話し合っているところです。
きっと3章に入ればわかることですね。
では、どうぞ!


 目の前の光景は、悪くないものだった。

 握っていた聖剣は彼方に吹き飛び地にうずくまるゼノヴィア。そして、彼女を見下ろす兵藤一誠。

 特に目立った傷もなく、聖剣の脅威をものともしなかったようだ。

「俺の勝ちだな。勝負で決着はつけたし、これ以上はなにも言わない」

 そう言い残し、俺たちのもとへと戻って来る。

「イッセーさん!」

 が、待ちきれなかったのかアーシア・アルジェントが駆け出し、彼へと飛び込む。

「微笑ましいですね」

「アーサーにもそういう気持ちはあるのか」

「ヴァーリ、貴方はいったい私をなんだと思っているのですか……それくらいは思いますよ」

 隣でルフェイが笑っているところを見るに、本当のことなのだろう。戦闘がすべてではないとは思っていたが、思いの外人間らしいさの多い男だ。

 もっとも、妹を大事にしているのを知っているのに失礼な言葉だったか。

「それにしても、赤龍帝は簡単に勝ちましたね。もう少し手こずるかと思っていましたよ」

 まるで気にしていない様子のアーサーが先にいる兵藤一誠に視線を向けながら口を開く。

「ここ数日はアーサーとの特訓を詰めていたからな。剣士との闘い方を模索する時間も多かっただろう。おまけに普段の相手も聖剣使いで、さらに今日より速いとくれば、いまの結果はわかりきっていたことさ」

「随分と彼に信頼を置いているようですね」

「兵藤一誠だけじゃない。俺は俺の眷属の実力は認めているし、信じているさ」

「フッ……では、私も頑張らなければいけませんね」

「そうしてくれるとありがたい」

 まだまだ兵藤一誠の特訓は続くし、日を重ねるごとに苛烈になっていくことは明白。

 彼に守りたいものがある限り、守るための力を伸ばさなければならないからな。時期に、自分の望む力の扱い方にも気づくことになるだろうが、そのときが楽しみだな。

「どうあれ、よくやってくれた」

 模擬戦には違いないが、先ほどの言葉の暴力に対しては十分にやり返せただろう。

 誰にも迷惑をかけず、しかしやられたままでは終わらせないにはこの辺りが無難だ。

「試合は終わった。これでアーシア・アルジェントへの侮辱には目を瞑ろう。話は終りだ」

 倒れたままのゼノヴィアを一瞥し、踵を返す。

 もう彼女たちには一切の用がない。

「兵藤一誠、構わないな?」

「はい。正直、まだまだ言いたいことはありますけど、これ以上続けたら自分を抑え込める自信がないんで。ありがとうございました、ヴァーリ先輩」

「気にしなくていい。俺も自分の眷属が傷つけられるのを見ていられる性質じゃないからね。さあ、旧校舎に戻ろうか」

「わかりました!」

 ルフェイに結界を解除してもらい、あとは帰るだけとなったとき。

「……ま、待て!」

 こちらに静止をかける声がひとつ。

 振り向けば、イリナに支えられたゼノヴィアが手を伸ばしながら兵藤一誠とアーサーを睨んでいた。

「そこの男、なぜイリナの聖剣を握れた! 貴様もだ赤龍帝! なぜ、なぜ私の聖剣が当たらない!? その程度の実力しかないのに、なぜ……!」

 激昂するように叫ぶが、自分の実力を素直に認められないのは弱い証だ。同じ弱いであっても、兵藤一誠のそれとはまるで違う。

「あまり俺たちをガッカリさせないでくれ」

「なにを!」

「こちらの情報をおまえたちに渡す必要性は感じない。もう戦いも、当初の話し合いも終えている。お引取り願おう」

 ルフェイにひとつ視線を送ると、彼女は即座に行動を開始する。

「お引取りだと? いい加減にしてもらおう。そもそも、一介の悪魔が聖剣に選ばれることなどあってはならない! いったいなにをしたと言うんだ! 答えられないのなら――なんだ!?」

 退く姿勢を見せないゼノヴィアたちの足元に魔法陣が展開する。

「ごめんなさい。ちょっとやりすぎなので、飛ばしますね」

 ルフェイが申し訳なさそうな笑顔を浮かべると、瞬間。

 それまで目の前にいたはずの聖剣使いたちは忽然と姿を消した。

「移動先は駒王町内の公園です。あそこなら問題ないでしょう」

「強制転移ですか。さすがですね、ルフェイ」

「やっぱりルフェイちゃんもすげーよなぁ……」

 ルフェイの報告を聞いていたアーサーと兵藤一誠はそのやり口にか、ルフェイの実力になのか感嘆の声を漏らしていた。

「ダメダメな人たちです」

 白音は彼らのことをそう評価していたが、聞こえていないらしい。

 アーシア・アルジェントも苦笑いを浮かべていた。

「彼女たちはどうでもいいが、情報としてはいいものが手に入ったな」

「ヴァーリ先輩……」

「わかっている。あくまでも、彼女たちが作戦失敗したときの話さ。まあ、どんなに高く見積もっても、作戦を遂行する確率は1割もないけどね」

 白音に釘を刺されそうだったので理解していることはアピールしておこう。

 けれど本当に、放っておくは悪手だと思えてしまう。

 十中八九、彼女たち二人でコカビエルから聖剣を奪い返すのは不可能。まして、コカビエルに協力者がいた場合はより困難になるだろう。どこで戦おうと向こうの勝手ではあるが、ここは俺の管理する町だ。

「やはり、あまり自由にさせるのはよくないかもしれないな」

 どうにか割り込む方法を考えながら、俺たちは旧校舎へと戻った。

 

 

 

 

 

 聖剣使いの二人組――イリナとゼノヴィアが訪れた日の夜。

「どうだった、兵藤一誠?」

「なにがっすか?」

 俺たちは全員旧校舎に集まり、昼間の話をしていた。

「彼女たちと戦ってみてだ。強かったか?」

「……いえ、強くはなかったです。というか、俺の周りにいる人たちが強すぎて感覚が麻痺してるだけかもしれないっすけど」

 兵藤一誠とアーサー、両名との模擬戦が終了してすぐ、イリナとゼノヴィアは駒王学園から立ち去ってもらった。

 転移際に見せた怒気を孕んだ顔はよく覚えているが、何に怒っていたのかは終ぞわからなかった。

 ちなみに、試合はアーサーが完勝……もといあれは試合にすらなっていなかったが。兵藤一誠も普通に勝利を飾った。最後の聖剣を弾いてから攻撃への転換は悪くなかった。あれは実践でなければできない動きだ。そういう意味では意味のある試合だったな。

「しかし、数回の倍加の一撃にも耐えられないか……コカビエルにどう対抗するつもりだ?」

 兵藤一誠のあの一撃で沈むとなれば、すべての攻撃を回避しなければ到底敵うまい。コカビエル自身に会ったことはないが、いまの兵藤一誠より弱いはずがない。

「捨て駒、か……」

 教会側の思惑がどうあれ、力量差はわかってしまう。だが、この結末を選んだのは彼女たちであり、俺には関係のないことだ。あとはこの町に被害が出ることなく終わるのを祈るのみ。

「そうと決まれば、やることはひとつか」

 各々が思い思いの行動を取っている中、兵藤一誠とアーシア・アルジェント。それにアーサーを一組で修行させ、白音とルフェイにはそれぞれの長所を伸ばしてもらうために別室に行ってもらった。

「早く強くなれ、兵藤一誠。もっと、もっとな」

 幸いにも、俺たちには力がある。

 兵藤一誠の力を伸ばすために協力してくれる仲間がいる。

 ならばキミは、もっとその手を広く、遠くに伸ばせるはずだ。

「アーサーの速さに慣れてきたら、次は白音と重点的に戦わせてみるか。彼女の力をどう捌けばいいのかはきっとかなりの修行になるだろう。絶対に避けなければならない攻撃と、あえて受けることで次の攻撃へと繋げる防御。それが仕上がったらルフェイの――ん?」

 考えをまとめているところに、通信用の魔法陣が展開した。

「ソーナか?」

『ええ。仕事中だったかしら?』

「いや、問題ない。どうかしたのか?」

『昼間訪ねてきた人たちの話を聞いておこうと思っただけよ』

 なるほど。確かに模擬戦と修行をおこなってしまったから、情報の共有ができていなかったか。

「よし、話そうか。少し長くなるかもしれないからね」

『そう。お願いね、ヴァーリ。それと、今度でいいのだけれど……よければ、私の話も聞いてもらえないかしら? できれば、貴方の意見も聞きたいわ』

「珍しいな。ああ、もちろん聞こう。では、今日の話だが、まず――」

 

 

 

 

 

 ソーナに聖剣使いたちの話を報告してから数日後。

 俺たちグレモリー眷属に、シトリー眷属からある報告が上がってくることになる。

 町の路地裏で、教会の関係者と思しき女性が倒れていると――。

 



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その襲来は必然

どうもみなさんalnasです。
駆け足で進む2章。すまないゼノヴィア、イリナ。キミたちの出番はかなり減った! 協力する必要もなかったしコカビエルには勝てないし、これも仕方のないことだったんだ。
いや、マジですまん。
という回になります。では、どうぞ。


 聖剣使いの来訪があってから数日。

 あれからいくら待とうと解決の話は来ず、そろそろ動き出そうとした矢先だった。

「力が跳ねましたね」

「そのようだな。しかし、コカビエルにしてはあまりに弱い……となれば」

「ええ。ヴァーリたちにはわかりづらいかもしれませんが、これは紛れもない聖剣の力ですね」

 アーサーがいち早く察知したのか、そう報告を寄越す。

「コカビエルでないとすれば、恐らく奪われた聖剣を与えられた部下。もしくは協力者となりますが、どうしますか?」

「彼女たちに任せるさ。この町に被害が及ぶことになったとき以外は出ない。もちろん、駒王町に留まり続ける限り、最優先事項に変わりはないけれど」

「あくまで干渉せずですか。わかりました。では私は赤龍帝の相手でもしてきましょう。ルフェイ、ヴァーリの相手は任せましたよ」

 ルフェイが頷くのを確認し、アーサーは兵藤一誠の特訓に参加しに行ってしまった。

 今日は全員が思い思いに体を動かし、術を試したりと朝から修行続きだったのだが、どうやらまだまだ動き足りなかったらしい。

 しかしここ最近の修行でそれなりに疲労もたまっているはずだが……俺の予想よりも成長スピードが速いのかもしれないな。嬉しい誤算だ。あとは無理し過ぎないように調整だけしておいてやるか。倒れられたら元も子もない。

「アーサー相手に動けているからそう心配はしていないが……ああ、怪我は多いから最近アーシア・アルジェントの回復も力を増していたな。そろそろ遠くに離れた対象にも効果を発揮できるか試してみないとな」

 回復の限界を超えてきたのなら、次のステージに進めなくては。眷属のことをしっかりと見ておくのも主たる俺の務めだ。

「ヴァーリさん、シトリー眷属の『女王』から連絡です」

「なに? 椿姫からとは珍しいな」

 ルフェイが展開した連絡用の魔法陣に耳を傾けると、ソーナの「女王」であり、駒王学園の副生徒会長でもある真羅椿姫の声が聞こえて来る。

「ソーナからではなくキミが連絡を寄越すとはね。なにかあったのかな?」

『詳しいことはいまそちらに送っているサジから聞いてもらえると助かります。ですので、私からは簡潔にお話ししますが、先日駒王学園に来ていた教会側のお二人が、路地裏で倒れているのを保護しました』

「――本当か?」

『はい。会長と私たちで彼女の傷の手当をしますので、サジからは会長の見解を聞いていただければと』

「そうか。いや、ソーナの話であれば非常に助かる。そちらも人手がいるだろう。わざわざすまない。ソーナにも礼を伝えておいてくれ」

『わかりました。それでは』

 展開していた魔法陣は彼女の言葉を最後に消えた。

 さて、どうしたものか。

 事は急ぐべきであるか否か。

「ルフェイ、すまないが修行しているみんなを呼んできてくれ。話は全員で聞いたほうがいいだろう」

「はい、ヴァーリさん」

 すぐさま部屋を出て行く彼女と入れ替わるように、匙元士郎が駆け入ってくる。

「ヴァーリ先輩! すいません、すぐに話を――」

「すまないが、全員揃うまで待ってくれ。頭の中で話をまとめる時間だとでも思ってくれるとありがたい」

「は、はい」

 適当な椅子に座ることを勧め、待つこと数分。

 外の廊下を走ってくる足音がいくつも耳に届いた。

 扉はすぐに開かれ、各々散っていた俺の眷属たちが入ってくる。

「ヴァーリ先輩、話ってなんですか? って、あれ、サジじゃん。どうしたんだ、そんな汗だくで」

「おお、兵藤か。いや、ちょっとな。とりあえず説明してやるからさっさと座れ」

 兵藤一誠が部屋に入ってくるなり疑問を口にするが、それ以上は追求せず、おとなしく自分の席に腰を下ろした。続けて入ってきたみんなも首を傾げたりしながらも椅子に座る。

「全員に伝えておくが、つい先ほど、ソーナの眷属たる『女王』から連絡が入った。内容は、俺たちの元を訪れた聖剣使い二人を路地裏で発見したということ。その件について、ここにいる匙元士郎から説明をしてもらう」

「はい!」

 俺が最低限の報告をすると、集まった兵藤一誠たちは表情を引き締め、匙元士郎へと視線を集中させる。

「では、頼む」

「聞いての通り、協会側の女性二人が倒れているところを俺たちが発見しました。二人の容体は悪く、体の至るところに切り傷や火傷がありました。意識のなかった二人は現在会長たちが保護。傷の手当をおこなっているかと思います」

 その言葉に緊張を覗かせる兵藤一誠とアーシア・アルジェント。

「二人は無事か?」

「なんとかなりそう、と会長は言っていました」

「そうか。それと、二人は聖剣を所持していたはずなんだが聖剣は側にあったのか?」

 俺の問いかけに安堵の表情を見せる眷属たちとは裏腹に、匙元士郎の表情が曇る。

「それが……辺りを探しても聖剣が見つからなくてですね。おそらくコカビエルに奪われただろう、と会長はおっしゃっていました。ここからはすべて会長の言葉になりますが、コカビエルを探していた二人は彼に接触するも敗北。聖剣を奪われながらも、命からがら逃走に成功し、力尽きた。聖剣を集めたコカビエルはそれらを使い、何事かを起こす可能性がある――と」

「ってことは、コカビエルは駒王町でなにかをしようってのか!?」

 兵藤一誠が焦ったように立ち上がるが、それをアーサーが止める。放っておけば、そのまま町に出ていただろう。

「闇雲に動いてもどうしようもないでしょう。元に、今日まで私たちは奴らの居場所を突き止めることができていない。後手に回っている時点で下手に動くのは愚策ですよ、赤龍帝」

「でも、放っておけばみんなが危険な目に遭うかもしれない!」

「ですから、余計に事を急いてはなりません。第一、私たちの王がそんなことを許すと思っているんですか?」

 アーサーが俺を見ると、兵藤一誠もつられて視線をこちらに向けてくる。

 正直な話、聖剣使いが二人とも破れるのは想定内だ。むしろよく生き延びた、と言った方がいいだろう。

 聖剣もない以上ここから先は立ち入ってこれないと見ていいはず。

「ソーナの立てた話からも、コカビエルがなにかしらの理由があってこの駒王町に潜んでいるのは間違いない。追っ手が迫っているにも関わらず敢えてこの地に留まっていることからも明らかだ。だからこそ、教会が失敗したのなら、俺たちが動くべきだろう」

 最早放ってはおけない。

 これまでは問題を起こさまいと黙っていたが、自分たちの問題を解決できずにこの地を危険に晒そうというのなら。

「コカビエルを発見次第叩く。しばらく夜の仕事は休んで、奴の迎撃に専念しようか」

「フッ、面白くなってきましたね」

 アーサーが腰に下げた聖剣の鞘をなぞる。

 そうか、集めた聖剣があったな。もしかしたら、新しい聖剣使いに出会う可能性もあるか。アーサーが笑みを浮かべるのも当然か。

「誰が相手だとしても、俺はみんなを傷つける奴がいたら倒すだけです!」

 兵藤一誠も戦う気があるな。もっとも、敵が強大だとしても彼が簡単に逃げ出すとは微塵も思っていないが。

 俺の言葉に頷く面々を見ていればよくわかる。誰一人として、コカビエル相手に怯えていないこと。

 普通に戦うことを受け入れ、なおかつ勝つ気であること。

「さ、さすがグレモリー眷属……会長が信頼するのもわかるぜ」

 匙元士郎がなにごとかを呟いているが、眷属たちの声でかき消されてよく聞き取れなかった。

 しかし彼もこの駒王町に住む悪魔の一人だ。もちろんソーナもな。

 一応声をかけておかなければ、いざというときの連携もできないか。

「匙元士郎。すぐに戻り、ソーナに伝えてもらいたい」

「なにを、ですか?」

「コカビエルとは聖剣使いに代わり、俺たち悪魔が決着をつける。必要に応じて力を借りたい、とな」

「は、はい!? お、おおおお俺たちもですか!?」

 これまでは話を聞きながらときおり笑顔さえ浮かべていた彼は一転、急に取り乱したように叫び声をあげた。

「当然だろう? キミたちもこの町に暮らす悪魔だ。駒王町にいる人々が危険に晒される可能性があるのなら、俺たちが出張ならくてどうする。協会側からはもう戦力の投入は見込めない。ここにいる俺たちでコカビエルを倒さなければいけない局面が来ないとは言い切れないだろう」

 サーゼクスたちに頼る手もないわけではないが、相手がいつ動くかわからない以上、多忙な魔王やその配下をこの地に縛ってはおけない。

 コカビエルを発見してから来てもらうのも時間がかかりすぎる。その間に戦闘に事が発展しないとも言い切れない。結局、俺たちグレモリー眷属とシトリー眷属がどうにかしなければならない可能性が高いのだ。

「別に、直接コカビエルと戦えと言っているわけじゃない。力を借りるかもというだけの話だ。伝えてくれるな?」

 問いかけると、目を瞑り、なにごとかをぼそぼそと口にしながら眉間にシワを寄せる。

 しばらく黙していた彼はため息をひとつ吐き、諦めたように口を開く。

「…………わかりました。会長には俺から言っておきます。では、俺はこれで」

 渋々といった様子が見られたが、了承は得られた。

 そのまま立ち上がり、部屋を去る匙元士郎。最後に見えた彼の横顔には、それなりの覚悟が見て取れた。

 彼も悪魔になって日が浅いが、どうやら弱者ではないようだ。ソーナもいい眷属を持ったな。

 ただの下級悪魔にあの決断はそうできるものではない。

「十中八九、コカビエルとの戦闘は起きる」

 俺の眷属たちだけになった部屋の中で、そう彼らに告げる。

 全員を見渡しても、驚きの声はない。

 ここにいるのはアーシア・アルジェントを除き、強大な力に以前から接してきた赤龍帝である兵藤一誠。

 仙術の使い手である姉を持ち、いまなお成長を遂げる白音。

 聖王剣の所有者にして、俺と互角に渡り合ったアーサー。

 幼いながらに俺を呼び出し、禁術を容易に使いこなすルフェイ。

 日頃から戦いに身を置き、力と接してきた彼らにもわかるのだろう。

 この戦いが避けられないと。

 

 

 

 

「では、いざというときのサポートは任せて」

「俺たちも、やれることはやろう」

 その後、ソーナから協力するとの返事を貰い、旧校舎でシトリー眷属を含めてのミーティングをし、切り上げようとした直後。

 鋭く圧縮された殺気が向けられたのがわかった。

「思いのほか、早かったかもしれないな……」

 久々に感じる、強者からのプレッシャー。

 俺だけでなく、この場にいた者すべてが感じていたらしく、特に、シトリー眷属には強すぎたのか、怯えた表情を浮かべる者もいた。

「これは……まさか!」

 兵藤一誠が険しい顔をしながら、籠手を出現させる。

 白音も猫耳と尻尾を生やし、アーサーは聖剣の柄に手をかけた。

 ルフェイはアーシア・アルジェントの近くに寄り、放たれるプレッシャーから彼女を落ち着かせている。

「予想以上に難物かもしれないな。まずは様子を確認するとしようか」

「行きましょう、ヴァーリ先輩!」

 ソーナたちにバックアップを任せ走りだすと、あとを兵藤一誠たちがついてくる。

 なにか強大な存在が、駒王学園に降り立ったことを、俺たちは悟った。

 



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この開戦は共闘

こんばんはalnasです。
とうとう始まったコカビー戦。原作では強キャラ(この時点でのイッセー視点では)でしたが、今作ではどうなるのでしょうか。
では、どうぞ。


 駆け足で校庭に来てみれば、校庭の中央には五本の聖剣が光を放ちながら浮遊し、それを中心になんらかの魔法陣が校庭全体に描かれていた。

 浮かぶ剣のうち二本は彼女たちから奪ったものか。ソーナの推測は正しかったようだな。

「なんですか、これ……」

「五本の聖剣をひとつにするのだよ」

 兵藤一誠の疑問に、魔法陣の中央に立つ初老の男性が答える。

「バルパー・ガリレイ。まさか貴方の手が回っていようとは。いえ、よく考えればそうおかしなことでもありませんか」

 アーサーが納得したように頷くが、俺たちからすればいまいちピンとこない話だ。

 バルパー・ガリレイ。どこかで聞いた名だが、あいにく興味のない事柄だったのだろう。そう簡単に思い出せる記憶の中にはないか。

「あの、アーサーさん。あいつのこと、知っているんですか?」

「ええ、知っていますとも。彼は過去、聖剣計画という聖剣使いを生み出そうとした計画で被験者のほとんどを失敗したという理由で殺した人間ですよ。ヴァーリや赤龍帝が首を傾げるのももっともでしょう。私は聖剣に関する事柄の大凡を把握していますが、彼ほどのゴミはいまだに会ったことがありません」

 普段ならまず聞かない言葉が彼から出るとはな。

 聖剣に関してはアーサーも人の子か。

「ほう。悪魔側に私を知る者がいるとは。だが心外だな。失敗作を廃棄してなにが悪い? その失敗は次に活かされる。名誉あることだろう」

 おかしいことなどひとつもないと言いたげな目を向けながら話すバルパー・ガリレイ。

 なんということだ。強者は確かに必要だ。自分の望む力を求めるのも理解できる。ただひとつ。理解できないことがあるとするのなら。

「貴様のような弱者のために消える命など、あってはならない」

 犠牲を払わねば手に入らない願望など成立しないということだ。

「聖剣をひとつにすると言っていたな」

「それがどうした? 私の長年の聖剣研究による成果だ。貴様らごときに止めれはせんよ」

 勝ち誇った顔。

 本当に止められないと、そう思って嘲笑っている笑みだ。

 ああ、久しぶりに感じるな、嫌悪感というものを。

「おまえの思い通りにさせるわけないだろ!」

 バルパー・ガリレイに向かっていこうとする兵藤一誠を留め、

「アーサー、ルフェイ」

 代わりの二名の名を呼ぶ。

「はい」

「ええ」

 一歩前に出た彼らは聖王剣を引き抜き、もう一方は杖を掲げる。

 一向に手を出してこない存在が気になるが、兵藤一誠が言ったように思い通りにさせる必要はない。

「バルパー・ガリレイの聖剣の術式を崩せ。聖剣ごとな」

「「了解」」

 聞くが早いか、その場から駆け出すアーサーと、地面を杖で突くルフェイ。

「貴様、その剣は――ッ!?」

「貴方程度の研究では触れることさえ叶わない代物ですよ。所詮、貴方に本物は作れな――命拾いしましたね」

 バルパー・ガリレイに肉薄しようとしたところで、大きく後退しこちらに跳んでくるアーサー。そのままルフェイの前で剣を構え、上空より飛来する光の槍を弾く。

「ほう。あまり期待していなかったのだが、反応は悪くないようだな」

 声のした方向――上空を見上げれば、月をバックに浮かぶ漆黒の翼を生やした者が一人。

「はじめましてかな、グレモリー家の男。忌々しい父君の紅髪と被らないとは気が利いているじゃないか。一目見るだけではあの男の息子とは気づかなかったよ」

 装飾の凝った黒いローブに、十翼の堕天使。

 向けられる重圧は上級悪魔のそれを遥かに凌ぐ、か。

「無論はじめましてになるな、堕ちた天使の幹部――コカビエル。俺の地で問題を起こしている以上、弁明は必要ない。政治的やり取りに付き合おうとも思わん」

「元より交渉などするつもりはない。まあ、息子を殺して手土産にすればサーゼクスとは戦えるかもしれんな。それは悪くない。悪くはないが、どうせこの地で暴れればあいつも出てくるだろう?」

 狙いはサーゼクスか? それとも……。

「聖剣を奪い聖剣使いも退け、挙句俺たち悪魔に喧嘩を売ろうとは。戦争でも起こす算段か?」

「最終的にはそれもいい。最初は聖剣を奪いミカエルを刺激しようとしたが、寄越したのは雑魚の聖剣使いが二人。片方は奥の手を隠してたが、残念なのはその力に振り回されてまるで相手にならなかったことか。だから、サーゼクスの息子の根城まで来たのさ! ここでおまえを相手にすれば、いずれサーゼクスは来る! ほら、最高に面白いことになりそうだろう?」

「戦争狂かよ……んな理由で、俺たちの仲間を、友達を、暮らす場所を、滅茶苦茶にさせるかってんだ!」

「同感だ。強者との戦いは心が躍るが、守るものがある以上、ここを戦場にはさせないさ」

 どうあれ、ここにいる全員が同じ気持ちでいるはずだ。

 俺たちグレモリー眷属だけではない。ソーナたちシトリー眷属も、すでに学園を結界で覆い始めている。校舎や他の建物までに気を遣うことはできないだろうが、おかげで普通に戦うことはできそうだな。

「バルパー、あとどれくらいでエクスカリバーは統合する?」

「五分もいらんよ、コカビエル」

 こちらを見下しているのか、大戦を生き抜いてきたからこその余裕か。俺たちを軽視しているのは確実……あくまで目的はサーゼクスやそれに連なる実力者ということか。

 バルパーから視線を俺に移したコカビエルはなんとも楽しそうな顔をして口を開く。

「サーゼクスを呼べ。もしくはセラフォルーでもいい」

「彼が出てくることはない。代わりに俺たちが相手に――チッ」

 風切り音がしたので、即座にそちらに一発魔力の塊を放つと、体育館の上空で小さな爆発が起きた。あのまま放っておけば、体育館が消し飛んでいただろう。

「ほう……つまらん相手かと思っていたが、余興以上にはなるか?」

 爆発で生じた煙が晴れると、俺の迎撃をいともたやすく弾いたと思わしき巨大な光の槍が空中に鎮座していた。

「先ほどのようにバルパーを狙われてもつまらん。地獄から連れてきた俺のペットと遊んでもらおうか」

 コカビエルが指を鳴らすと、闇夜の奥から十メートルはあろう三つ首の黒い巨体が姿をあらわす。 

「……犬?」

「ケルベロス。地獄の番犬の異名を持つ有名な魔物だ、兵藤一誠」

 隣に立つ彼の疑問に答えながら、やってきた怪物に目を向ける。残念だが、遊ぶには物足りないな。

『ギャオオオオオオオオオォォォォ――オ、オォオォォォ……――』

 三つ首が同時に吼えた瞬間。

 すべての首が地面へと斬り落とされていた。

「まったく、躾がなっていませんね。ペットというのなら、それなりに教育をしなければ。それが飼い主の務めでしょうに」

 聖剣を鞘に収めたアーサーがゆっくりとこちらに戻ってくる。やはり魔物に対しては絶大なダメージを聖剣は与えるようだな。

「え? ええっ!? アーサーさん、もしかしていまの間にケルベロスの首をぜんぶ斬ったんですか!?」

「当然でしょう。あのような不快な鳴き声をルフェイに聞かせるわけにはいきませんからね」

「いや、理由を聞きたかったわけじゃ……いえ、すごいんですけどね」

 兵藤一誠が呆れている中、背後でも轟音が響く。

「やあ!」

 白音の気合の入った声と共に繰り出される拳。それが、背後から迫っていたもう一匹のケルベロスに突き刺さる。

「――ッ!?」

 直後、絶叫をあげたケルベロスは、二歩、三歩と後ろに後退し、そのまま横に崩れ動かなくなった。

 仙術も使ったか。呆気ないものだったな。

「終わりました」

「ありがとう、白音。力のコントロールもだいぶよくなったな」

「日頃の特訓の成果です」

 笑顔を浮かべながら駆け寄ってくる白音。本当に、あの頃と比べてたくましくなったものだな。この状況でも落ち着いている。

「さすが、俺の最初の眷属だな」

「はい。そこだけは譲れませんから」

 ともあれ、これでペットの掃討は終わりだ。

「おまえのペットは大したことないようだな、コカビエル。これでは本人の実力も疑わしいものだ」

「言うではないか、サーゼクスの子息よ。ああ、確かにおまえたちの力は悪くない。だが、所詮は若い悪魔。俺と競うには早すぎる!」

「五分の足止めもできない男の台詞とは思えない言葉だな。このままなら、聖剣五本とも破壊させてもらうぞ」

「そう事は簡単には運ばせないものだ」

「どうかな?」

 手の平に魔力を集中させる。

 対してコカビエルは手を前に突き出し、待ちの姿勢を作った。

「面白い。古の戦いを生き延びた堕天使の幹部の力、見せてもらうとしよう!」

 コカビエル一人を優に呑み込めるほどの魔力の塊を撃ち出す。

「デカい!」

 兵藤一誠から驚きの声が出るが、普段の特訓のときと違い、手加減なしの一撃だからだろう。彼からすれば、感じる力は特訓のときの十倍かそれ以上にはなるはず。

 凄まじい速度で宙に浮かぶコカビエルへ迫る一撃は、彼に直撃したと共に、それ以上の変化を見せない。より詳しく言うのなら、彼の突き出された手に阻まれ、先には届かない。

「防いでいる、のか……ヴァーリ先輩のあの一撃を!?」

 コカビエルが手の平を上に向けると、放った魔力の塊は軌道をずらされ、闇夜の彼方へと消えていった。

「なるほど。若手かと思っていたが、予想よりいくばくか上をいったか。それに横にいる赤龍帝のおまけつき。摘み食い程度と思っていたが、面白い! 面白いぞヴァーリ・グレモリー!」

 完璧に防がれたか。

 この状態で撃てる最高だったんだがな……俺もまだまだ、上を目指せるということか!

「ヴァーリ先輩……」

「そう不安そうな顔をするな、兵藤一誠。最高の一撃ではあったが、最大の攻撃手段ではなかった。ついでに、最強の状態でもない。そうだろう?」

「――はい!」

 しかし、参ったな。先ほどコカビエルに向けた言葉は撤回しないといけなくなった。

「アーサー」

「なんでしょう?」

「悪いが聖剣の統合は防げないだろう。だが、統合するということは、使用者がいるはずだ。相手は任せるぞ」

「ええ。剣士は剣士らしく、向こうの相手をしてきましょう」

 一人、眷属の輪から外れバルパー・ガリレイへと向かうアーサー。彼はこれでいい。止められないのなら、力で上回るまで。アーサーなら。俺の唯一と決めた「騎士」ならきっちり勝ってくる。

「――完成だ」

 バルパー・ガリレイの声。予想通り、校庭の中心にあった五本のエクスカリバーが重なり、一本の剣へと姿を変えた。

 七本に分かれたうちの五本がひとつに。その力はいかほどのものか、試したくはあるが切捨てよう。

「エクスカリバーが一本になったことで、下の術式も完成した。あと二十分もしないうちにこの町は崩壊するだろう。解除するにはコカビエルを倒すしかない」

 いやらしい声音を上げるバルパー・ガリレイ。確かな事実なのだろう。現に、校庭全体に展開していた魔法陣に光が走り出した。

 だが、そうたやすく俺の町をどうにかできると思っているのなら甘い。

「俺の眷属をあまり舐めてもらっては困る。ルフェイ」

「はい、ヴァーリさん」

 俺たちから離れた位置に移動し、魔法陣の解析を始めたルフェイを確認しながら白音に目線を送ると、

「アーシア先輩、行きましょう。ここにいては危険です」

「は、はい。あの、イッセーさん!」

 俺の意思を汲み取りルフェイの位置まで下がろうとする白音は、アーシア・アルジェントも連れて行こうとするが、彼女は立ち止まり兵藤一誠を呼ぶ。

「イッセーさん、頑張ってください!」

「アーシア……ああ、俺に任せとけって!」

 どうやら、彼女の中でも兵藤一誠が残るのは確定しているらしい。おそらく言ったところで退かないだろう彼のことだ。俺が命令したところで折れる男ではないな。

 元から下がらせる気もないが。アーサーを聖剣に向かわせた以上、白音をアーシア・アルジェントや集中しているルフェイのために残す必要がある。ならば共に戦うのは兵藤一誠に他ならない。

 視界の端では、アーサーが白髪の少年神父と聖剣を構え合っていた。あちらも始まるか。

「兵藤一誠」

「は、はい!」

「戦えるな?」

「……もちろんです。俺、仲間のみんなも、友人も、家族も。この町だって、あいつの思い通りにはさせたくないですから」

「よし。ならば構えろ。行くぞ、兵藤一誠!」

「はい、ヴァーリ先輩!」

 籠手からは倍化を促す音声が流れ、俺の背中にも神器が出現する。

 いまの俺の全力で届かないのだから、出し惜しみはしない!

「――禁手化」

「いくぜドライグ、最初っから全開だ! 今日までの修行の成果を見せてやろうぜ!」

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!!!!』

『Welsh Dragon defense specialized!!!』

 自分の体を白き全身鎧が包んでいき、最後にマスクが顔を覆う。

 隣の兵藤一誠は、先日掴んだ新しい進化形態を展開していた。

 赤龍帝の籠手が左右の腕を包み、左手には円形に広がる盾が、これまでと違い鋭利なフォルムとなってさながら剣のように展開されていた。前回の聖剣との戦い。あの一戦からヒントを得た、防御特化意識の兵藤一誠の新たな攻防一体の進化形態!

「これほど面白いことはない! 赤と白、本来なら交わるはずのない二天龍の共闘だと? フハハハハッ! 酷く面白いぞヴァーリ・グレモリー! いい、いいだろう! かかってくるがいい、今代の赤龍帝、そして白龍皇よ!」

 俺たちは一度視線を交差させ、直後。

 互いの一撃が、空中でぶつかり合った。

 




今回登場したイッセーの強化形態は禁手化ではありませんが、そのために辿る強化のひとつといったところです。前々から出ていた防御を両腕に展開できるようになり、盾が鋭くなっただけですが。
ちなみにこのコカビーはそれなりに強いです。強い……です!
では、また次回。


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その闘争は偽り

どうもみなさんalnasです。
はやくコカビエル戦を終わらせたいと思いつつ簡単には終わらせないという矛盾をしている作者です。
そしておそらく近々書き手がまた変わることでしょう。
ひとますコカビエル戦までの担当は私ですがね。その後の本編は相方に任せつつ、私は番外編でも書きましょうかね。まあ、すべてはコカビエル戦が終わってからですが!
では、どうぞ。


 撃ち出した魔力の塊はコカビエルの光の槍と相殺し合い、小さな爆発を辺りに誘発させた。

 このまま撃ち合いに持ち込んでも、結果はさして変わらないだろう。

「兵藤一誠、俺は突っ込む。好きに動け」

 彼の答えを待たず、俺はコカビエルへと一直線に空を駆ける。

「ほう。勇敢にもほどがあるな」

 口ではそう言っているコカビエルも、こちらに向ける顔にはわかりやすいほどの笑みが浮かんでいる。あの顔はただの戦闘狂の顔だ。

 戦うことを、壊すことを、傷つけることを楽しむだけの笑み。

「ますます負けられないな。ただ強いだけの相手に、守るものもない相手に、俺は屈せない。もう、二度とな!」

「ならば俺を倒して証明してみせろ! その年でなにを見てきたかは知らぬが、弱ければなにも成せんぞ、白龍皇!!」

 互いの叫びが、校庭に響く。

 強く、強く。

 ああ、わかっているさ。俺たちグレモリー眷属の求めている力は、確かに守り抜くための力だからな。

「フッ!」

「遅い! ズアッ!」

「ぐっ!?」

 容赦なくコカビエルの顔面にストレートを入れようとするが、奴の背に生える黒い翼が俺の拳を受け止め、なおかつ視界を遮ることで死角からこちらにカウンターを放ってくる。

 それを受け止めきれず、鎧越しに殺しきれない膂力が俺を襲う。ついで、背中に衝撃を感じた。

 地面まではたき落とされたか……大したダメージはないが、一瞬視界に入らないだけでこのざまとは。やはり直接戦闘ひとつ取っても単純な戦闘力が高いな。まさか己の拳を翼ごときで止められようとは。

「ヴァーリ先輩、だいじょうぶですか!?」

「問題ない。兵藤一誠、キミも好きにしかけるといい。ただし、あまり無茶な作戦は取るなよ」

「わかりました。俺らしくやってみます」

 ひとつにかたまっていてはいい的だ。

 迫ってくるいくつもの光の槍に対して、こちらも魔力の弾を何発も撃ち込んでいく。

「ここは任せろ。キミはコカビエル本体を」

「任せてください!」

 校舎の方へと走り出す兵藤一誠を見送りながら、目の前の相手に意識を集中させる。いまのところまでの攻防はほんの遊び。そう言いたげな顔をしているが、挑発に乗る必要はない。

「この程度の攻撃では、俺を倒すどころか隙さえ作れないぞ」

「だろうな。では、こいつはどうかな!」

 これまでより巨大な光の槍。大きさだけなら、今日最大のものだ。そいつをこの校庭に放つつもりか! まずい、あんなものが落ちれば、駒王町ごと吹き飛ぶぞ!

「フハハハハッ! なにを焦る、白龍皇。力を求めるが我らが本懐。こんな場所に縋るようでは、弱く脆くなるぞ」

「んなわけねえだろ!」

 こちらに囁く声が聞こえた直後、コカビエルのさらに上空から力強い叫びが届く。

「――いましかないか!」

 その声が耳に入るが早いか、宙に飛び出し、加速をかける。

 視界の先には、右の拳を振り上げた兵藤一誠が、コカビエルに向け急降下してきていた。

「なに!?」

「俺たち、ヴァーリ先輩の意志を笑うんじゃねえよ! 守るものがあるってのはなぁ、凄え嬉しくて、そんで! 身体の中からどんどん力が湧いてくるもんなんだよォッ!!」

「兵藤一誠の言う通りだ。コカビエル、貴様にはわからないだろう。守ることを意識したとき、明確に変わる世界が、どれだけ素晴らしいものかを!」

 俺はそれを、他ならないサーゼクスに教わった。あの背中が、俺を受け入れてくれた手があったからこそ。

「おのれ! だが、二人とも打ち落とせば済む話だ!」

 両手をそれぞれ、俺と兵藤一誠に向けてくるが、展開が遅い。

「やらせるか」

『Divide!』

 鎧の宝玉から音声が聞こえ、コカビエルが展開していた魔力が半減する。

 完全に消すことは叶わないが、これなら。

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 左の籠手に展開されている盾で、半減されたコカビエルの攻撃を受けきる兵藤一誠の姿。

 俺も、自分の鎧に幾度となく攻撃が当たってはいるが、気にするほどの威力ではない。

「くっ、赤龍帝! 貴様が邪魔をしなければ!」

 そして、不用意に兵藤一誠へと拳を握るコカビエル。思い出されるのは、最初に彼に会った日のこと。俺の拳を、いとも容易く受けきり、魔力の弾さえ防いだ盾の名手。

「しゃあ!」

 鋭いストレートを放つコカビエルだが、動きを読んでいたとしか思えない速度で、兵藤一誠との間を遮るように盾が拳を阻む。

「むっ……なに? まるで効かないだと!?」

「当たり前だろ! おまえなんかの攻撃が、俺に効くとでも思ってんのか! ただの戦争屋に、俺たちが負けるわけねえだろうがぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 そうだ。それがおまえの力だ、兵藤一誠。

 格上とも言えるアーサーと毎日のように修行を重ね、苦手だった攻撃への転換さえも白音と学び、吸収していった。成果はきちんと、出ているんだ。

「がっ!? 貴様、俺の翼を……おのれ、おのれおのれおのれおのれぇっ!!」

 攻防一体となった盾は、コカビエルの拳をかわし、そのままの勢いで彼の羽を三対断つ。

「おまえの好きにはさせない!」

『Boost!』

 神器も呼応したのか、ちょうどいいタイミングで兵藤一誠の力が膨れ上がる。

「くらえ、コカビエル!」

「貴様、赤龍帝! 下級悪魔風情が、この俺をぉっ!」

 足掻きとばかりに、落下しながらも魔力の弾を弾幕にして張るが、最低限を盾で防ぎながら落下スピードまで利用しコカビエルへと突貫していく俺の「女王」。こんな光景、他の悪魔に見せれば「女王」の戦いではないと言われるかもしれないな。だが、俺の認めた彼は、こういう男だ。

「いけ、兵藤一誠」

「おりゃああああああっ!!」

 渾身の一撃が、コカビエルへと振るわれる。だが――。

「貴様らは揃って甘い!」

 残った二対の翼が、先ほどのように盾となり、直撃するはずだった拳を阻む。

 このまま攻防が終わってしまうかに見えたが、しかし。

「届かないっていうなら、力が足りないっていうなら、持ってくるしかねえよなぁ! ドライグゥゥゥゥッ! 俺はおまえを信じているぜ! だからおまえも、俺に力を貸してくれ!」

『相棒――ああ、いいだろう! 使え!』

『Transfer!!』

 初めて見る現象だ……ここにきて、キミは更に進化を遂げようと言うのか!

「なるほど……右の籠手に力を譲渡だッッ!」

 何事かをドライグに伝えたのだろう。彼の右手に強大な力の波が流れていく。どういうわけか、盾のない右の籠手から、左の籠手と寸分違わない……いや、それ以上の力を感じる!

 Transfer――そうか、そういうことか!

「譲渡したとでもいうのか!? 赤龍帝、貴様はどこまで俺を――ウゴオォァァッッ!?」

 これまでの倍以上の力で押し込まれ、とうとう耐えきれなくなったコカビエルが、地面へと激突する。

 すぐに起き上がってこないところをみると、冷静さを取り戻しているのか、またはダメージを負ったか。どちらにしても、時間を置こうというわけか。

「ヴァーリ先輩!」

「兵藤一誠、この土壇場で力に目覚めるとは思わなかったよ」

「俺もです……でも、なんとかしないとって思ったら、ドライグも力を貸してくれて」

「喜ばしいことだが、後にしよう。まずは――」

「はい、まずは」

 視線を下に向けると、何食わぬ顔でコカビエルが立ち上がってくる。

 翼こそ6枚ほどなくしたが、それ以外は服が汚れているだけだ。まさかとは思うが、あれでノーダメージか?

「散々コケにさせるとはな……侮った俺のミスか」

 あちらもやる気だろうと、再び構えを取った瞬間だった。

「そう警戒するな」

 力んだ様子のないコカビエルは、そう一言告げ、

「警戒するだけ、最早無駄だ」

 次に声が聞こえたのは、俺のすぐ近くだった。

「――ッ!?」

「なっ!?」

 兵藤一誠と共にすぐさま後ろに飛び退こうとするが、それよりも早く、魔力の弾で兵藤一誠が弾かれる。

 盛大な破砕音を立て、彼の体が校舎へと突っ込む。

「貴様!」

 これ以上追撃させないためにも、コカビエルに挑みかかる。

 兵藤一誠の容体が確認できない中でこいつを自由にさせるわけにはいかない!

「少し、俺は自分を抑えすぎていた」

 俺の一撃は容易くかわされ、カウンター気味に顔面に一発もらってしまう。

「ガッ!?」

 ただの一撃で兜は破壊され、俺自身も、数十メートルと吹き飛ばされた。

 ぐっ……まさか、いままでのすべては。

「どうした、白龍皇、赤龍帝! 貴様らの力はこの程度か? 先までの威勢はどうした? 俺を倒さねばすべて失うぞ!」

 兜を修復し、再度立ち上がる。

 校舎の方を見れば、ところどころ怪我をしながらも、兵藤一誠も立っていた。その瞳には、諦めなど感じさせない強い光が宿っている。

「なお立つか。もうわかっているはずだ。俺はもう手加減などしないぞ」

「――元よりそのつもりだ。加減されて勝ちを拾ったとしても、意味がない」

「どれだけ強くたってな、やることはひとつなんだよ!」

 俺と兵藤一誠の言葉を聞き、コカビエルはひとしきり笑った後、見せたこともない獰猛な、深い笑みを向けてくる。

「そうか。ならば決死の思いを抱いてこい! ――闘争を、始めよう」

 



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あの決意は劇薬

どうもみなさんalnasです。
夏イベ、始まりましたね……いろいろと始まってますが、みなさんガチャには気をつけようね。
そしてもうすぐ私の書く話は終わり、相方の話に移ることになるでしょう。
私の執筆もコカビエル戦までか。儚いものね。(そのうちこの言葉はなかったものになるでしょう)
では、始まるよ。


 ヴァーリ先輩とのまともな共闘……相手はドライグからも聞かされていた大戦を生き延びた堕天使の幹部。

 緊張はあったけど、それ以上に俺の中にあったのは、この町で好きにはさせないという覚悟だったと思う。

 俺たちの戦いは、うまくいっていた。

 新しい力にも目覚め、コカビエルに一撃入れることもできた!

 ヴァーリ先輩やアーサーさん。それに白音ちゃんとの修行で使えるようになった盾の調子もいい。これなら、なんとかなるかもしれない!

「ヴァーリ先輩!」

 着地してすぐ、ヴァーリ先輩の元へと駆け寄る。

「兵藤一誠、この土壇場で力に目覚めるとは思わなかったよ」

「俺もです……でも、なんとかしないとって思ったら、ドライグも力を貸してくれて」

 思ったより、他でもない俺自身が喜んでいるのがわかる。だって、やっと防御に特化してきた俺にも、他になにかできそうな力が発現したんだから!

「喜ばしいことだが、後にしよう」

 けど、話を続けようとする俺を、ヴァーリ先輩は困ったような、嬉しそうな顔をしながらも遮った。

「まずは――」

 その視線が、俺からコカビエルに移る。

 殴り飛ばしたはずの奴は、平然と立ち上がっていた。そうだった、まだ戦いは終わってないんだ!

「はい、まずは!」

 どうにも、俺の一撃程度じゃ倒れてはくれないらしい。やっぱり、俺はまだまだ弱いみたいだ……でも、ヴァーリ先輩と一緒なら俺だって!

「散々コケにされるとはな……侮った俺のミスか」

 これまでより低い声が、校庭に響く。

 倒すまでは終わらないと、俺もヴァーリ先輩も構えなおしたときだった。

「そう警戒するな」

「なっ!?」

 ゾワリと、背筋が凍ったような錯覚。

 瞬間、反射的に後退しようとするが、そのときには遅かった。

「――ガッ!???????」

 凄まじい衝撃が腹部を襲ったかと思えば、全身を強くたたき付けられた!?

 後に届くのは、ガラスが盛大に割れる破砕音。視界の先に、わずかだが校舎だっただろう壁の一部が映る……。

「グッ……いっつ…………」

 久々に味わうな、この感覚。

 ヴァーリ先輩も、アーサーさんも、俺との修行のときは殺意なんて微塵も滲ませない。けど、さっきのは違った。コカビエルには、明確なまでの殺意が宿っていた。

「ガードする時間すらなかったな……」

『奴の速度は相棒を超えていた。無理もない』

「そっか。なあ、ドライグ。俺、あいつの攻撃さ、次は見切れるかな?」

『……難しいな。実力は今代の白龍皇であるヴァーリ・グレモリーと同等かそれ以上。いまの相棒が食らいつくには些か早すぎる』

 相変わらず、ハッキリと物を言ってくれる……こいつの存在を知ったときからそうだ。

 歴代の所有者の中でも最弱だの、このままでは来る日に死ぬだの、好きなように言われたっけ。でも、だからこそ、俺はいまアーシアを守れている。

 いや、守ろうとできているって程度か。俺ってば、吹っ飛ばされたばかりだったっけ……でも、寝てはいられないよな。こうしている間に、コカビエルがアーシアを、仲間に手を出していたら、俺は自分が許せなくなる!

『立つのか、相棒』

「立つさ……力不足? 実力不足? 実戦経験の浅さ? 才能の有無? んなのぜんぶわかってんだよ。けどなドライグ。なにもかも足りなくたって、相手がどれだけ強大だったとしても。それでも、逃げるわけにはいかないんだ。他人任せにはできないんだ」

 ヴァーリ先輩だって、戦っている。

 あの人がどれだけ俺たちのことを大事にしてくれているかなんてわかっているんだ。アーシアのことも、才能抜きで眷属にしてくれた。神器は持っていたけれど、ヴァーリ先輩の実力からすれば見合わないのは察していた。なのに受け入れてくれたんだ。これから強くなればいいって。力だけが正しいわけじゃないって、言ってくれたんだ!

「俺は歴代最弱の赤龍帝かもしれない。もっとも平凡な宿主かもしれない。そこは変えられないし、いままでの俺も嘘にしたくない。だから俺は、俺のままで立ち続けるよ」

 破壊された壁の先。

 月に照らされた校庭では、仲間のみんなが自分にできることをやっている。

 寝てられるかよ。

 負けたままで、いられるかよ!

「どうした、白龍皇、赤龍帝! 貴様らの力はこの程度か? 先までの威勢はどうした? 俺を倒さねばすべて失うぞ!」

 ヴァーリ先輩すらも吹き飛ばしたコカビエルが吼える。

 正直に言えば、あんな奴と戦うのは怖い……どうしようもなく、恐ろしい。いまにも意識をなくしたくなる。このまま寝ていたくなる。

 なのに――。

「守るものができると、逃げてばっかりでいられないんだよな」

 ――体は勝手に地面から離れていき、腰が浮いていく。立ち上がろうと、体に命令が送られる。

 アーシアを守ると誓った。

 強くなると、そう心に決めた。

「逃げて、防いで……生き延びるためだけにできることをしてきたこれまでとは、お別れだ」

 一人だった。ドライグのことを話せ人はいないし、いつ襲われるかもわからないから、逃げる努力を積んできた。俺だけが助かる特訓をしてきた。

 なのに、こんな俺でも、守りたい人ができた。

「……アーシア」

 実力差が開きすぎてるのは、さっきのでわかった。

 あいつにとっては、俺程度の奴はただの雑魚だってのも理解した。なにがいけるかもしれないだよ……結局、格上にまで油断して、なにやってんだよ!

「守るんだろ、兵藤一誠! アーシアも、仲間も、この町も!」

 完全に立ち上がり、窓の縁へと立つ。

 こんな俺でも、守りたい人たちが、大切な人がいるから。

「なお立つか。もうわかっているはずだ。俺はもう手加減などしないぞ」

 コカビエルの目が、俺を捉える。

 なにか、面白い事を思いついたような目をしながら。

 でも俺には仲間がいる。信頼できる、強い先輩がいる。だいたい、あいつを倒すのに理由があるのなら、立ち止まれないだろ!

「――元よりそのつもりだ。手加減されて勝ちを拾ったとしても、意味がない」

「どれだけ強くたってな、やることはひとつなんだよ!」

 俺たちが、必ず!

「フハハハハッ! そうだ、それでいい! フッハハハハハハハハハハハッッ!!」

 ヴァーリ先輩の、俺の言葉すら楽しそうに聞き、迎え撃とうと言わんばかりに両手を広げてみせた。

「ならば決死の思いを抱いてこい! ――闘争を、始めよう」

 俺とヴァーリ先輩の視線が重なる。

 嬉しそうに笑ったヴァーリ先輩が即座に駆け出すと、鋭い拳を前に打ち出す。けど、難なく受け止め、カウンターに持って行こうとするコカビエル。一瞬の間に攻防が入れ替わり、互いに攻撃を重ねていく。

「どうした、白龍皇! 動きが俄然よくなっているじゃないか!」

「どうということはないさ。貴様が本気を出したように、俺も、カッコ悪いところばかりは見せられないというだけだ!」

 二人の声が、ここまで聞こえて来る。

 ああ。でも、俺だって!

「なんにもできないままで、貴方の『女王』が務まるかってんだ!」

 接近戦じゃコカビエルに及ばない。

 魔力戦でも敵わない。

 元より、俺単体ではコカビエルとは戦いにすらならないだろう。

「できること……俺にできるこは――」

 ヴァーリ先輩は笑っていた。俺が戦う意志を見せたことを、止めはしなかった。なら、いまの俺にできることは!

『Boost!』

 籠手の宝玉から音声が流れる。

 俺にでいることは、この倍化……自分を強化してあの戦闘に飛び込んでも、返り討ちに遭うビジョンだけが頭を過ぎる。うかつな行動に出れば、ヴァーリ先輩に迷惑をかけるだけだ。

 だから、よくわかる。

 狙うべき瞬間も、やるべきことも!

「小賢しい!」

 視線の先で、コカビエルが光の槍を手に握り、ヴァーリ先輩へと振りかざす。

「チッ、それはまずいな」

 光は悪魔にとっては相手にしたくない攻撃だ。

 すかさず距離を取ろうと後退するヴァーリ先輩。

「ここだ!」

 その挙動を見て、俺も走り出す。

 コカビエル――ではなく、ヴァーリ先輩の元に!

「兵藤一誠!?」

「すいません、ヴァーリ先輩。俺はまだ、コカビエルには敵わない。一緒に戦おうとすれば、どうしても俺のせいで隙が生じる! でも、俺ができることは!」

 眼前にいるコカビエルの手が動く。

 無数の光の槍が、こちらに迫る。

「悪魔に光は辛いだろう。前のように撃ち払えるなどとは思うなよ? 白龍皇の近接戦闘は目を見張るものがあったが、それまでだ」

「いいや、コカビエル。おまえはひとつだけ、考慮していないことがある!」

 俺は自身の手を、ヴァーリ先輩の背へと触れさせる。

「なにをするつもりだ?」

 怪訝な顔をするコカビエルだが、おまえが一人を相手に夢中だったのが悪いんだ。

「俺の倍化がもし俺じゃなく、他の人に使えたら、おまえどうなるだろうな? 例えば、こんな風に譲渡できるとしたらなぁッ!」

『Transfer!!』

 宝玉から発せられる光が俺からヴァーリ先輩へと移り、絶大な魔力の波が肌にピリピリと感じる。

「これは……相変わらず、キミは面白いことばかりを考えるな」

「す、すいません。本当なら自分の力だけで勝ちたいかもしれないっすけど、俺にできる精一杯がこれなもんで……」

「いや、いいさ。キミの力、ありがたく使わせてもらおう、兵藤一誠」

 一言、そう残したヴァーリ先輩は光の槍の中、コカビエルへと突っ込んでいく。

 槍をものともせず弾き、消しとばし、やがてコカビエルへと光速で到達し、魔力をまとったままの拳を顔面に撃ち込む。それでは終わらず、コカビエルの振ってきた腕を掴み、もう片方の手に生まれていた強大な魔力の塊がコカビエルを包んだ。

 瞬間、辺り一面を白光が覆い尽くした。

「まったくもって凄まじいな」

 辺りを白く染めた光が収まると、ヴァーリ先輩は俺の隣に戻ってきていた。

「倍化か。俺とは正反対の力だが、いいものだな。気分が高揚したぞ、兵藤一誠」

「おかげでドライグの機嫌はよくないですけどね」

「それはアルビオンもだ。お互い、面倒なパートナーを持ったものだな」

 微かに笑みを浮かべたヴァーリ先輩。

 俺もつられて笑顔になるが、眼前で、黒い塊が動いた。

「…………侮ってなどいなかった。力の差は歴然だった。現に、白龍皇との近接戦闘でさえ、わずかだが俺が優位に立っていたはずだ」

「コカビエル!?」

 くそ、まだ意識があるのか!? いいや、それどころか、なんだよこれ……感じる力が、高まっている!?

「赤龍帝か? ああ、そうに違いない。奴の力がなければ、俺は白龍皇にここまでやられることはなかった! ハァー、だがいいことを思いついたぞ。フハ、クハハハハ! なあ、赤龍帝。おまえ、守るものがあるとは言っていたな」

 憎悪に、歓喜に満ちた瞳が、俺に向けられた。

 決して同時に浮かんでいいはずのない感情が、悪意となって俺を貫く!

「貴様の力、確認しないのは惜しい……もったいない! さあ、白龍皇と共に、もっと俺を楽しませろォォォォッッ!!」

 ヴァーリ先輩の一撃をまるで気にしない、血だらけの堕天使。

 ダメージさえも考慮せず、戦いを望む狂人。

 すでに重症のはずだ……戦っていい状態なはずがない。なのに、あいつはまだ戦いを望む。

「危険だ……」

 すぐ隣で、そんな声が漏れた。

 俺でさえわかる。あいつの声は、目は、危険をはらんでいる。

「赤龍帝」

 コカビエルの手が持ち上がる。

 俺たちではなく、俺たちより下がった位置にいる、アーシアたちに向けて!

「おまえっ!」

「貴様の悔しがる顔が見たくなった。憎しみ、狂い、泣き叫べ。憎悪を持って俺と戦え!」

 直後、おぞましいほどに口角を釣り上げて笑ってみせたコカビエルの手から、先ほどのヴァーリ先輩の一撃に並ぶほどの光線がアーシアたちに向け放たれた!?

「――え?」

 微かな声が、アーシアから漏れる。

 ふざけるな、ふざけるな! なんのための力だ! あの誓いはなんだ? 俺が戦う理由はなんだ! 好きな女の子一人守れないで、どうするんだよ!!

「うおおおおおおああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 激情が渦を巻く中、気づけば俺は、アーシアたちに迫る光線の前に立っていた。

「イッセーさん……」

 視界の端で、俺の名前を呼ぶ、アーシアを見た気がした。

 その光景が最後だと言わんばかりに、俺の体を、光が包み込んでいった――。

 




実はこの話には相方の考えたサブタイがしっかりと存在していたのですが、少しばかりあかんサブタイだったので使用しませんでした(相方に使用禁止にされました)。
同様に次回予告も没になりました。
けれど、次回のあとがきでならその話をしてもいいよね!
では、また次回。


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この激情は覚醒

 彼の行動が軽率だとは思わない。

 実力に見合わないからといって守らなくていいわけではない。

 だが、この場で真っ先にそれを実行するべきなのは果たして誰であったのだろうか? 問うまでもなくわかっていたことだ。

「兵藤一誠……キミは本当に、俺の予想の上を行くのが好きだな」

 コカビエルが兵藤一誠の大切な者に手を出した瞬間、彼は迷いもせずにアーシア・アルジェントを庇いに走った。どれほどの威力が込められているのかも確認せず、ただ前に前にと進んでいった。

 自分にウソをつかないために。

 信念を曲げないために。

 なんと高潔で、優しい男だろうか。

 目の前で起きた爆発を確認しながら、それでも俺は確信していることがあった。

「チッ、女を殺せば赤龍帝が食らいついてくると思ったが、まさか庇い死ぬとはな……興が冷めた。白龍皇、最早貴様ひとりになったが、まあいい。続きだ」

 俺と兵藤一誠によって、すでに全身血まみれのコカビエルは、なおも戦いへの意欲を見せる。

 死ぬことよりも、いま戦えないことの方が苦しいと言わんばかりに。

 己をかけて立ち上がってくる。

「どうした、白龍皇。まさか赤龍帝の死が悲しいなどと抜かしはしないだろうな? 貴様たちは元より敵対する存在だ。死んだ奴のことを思うよりも、目の前の敵に集中するべきだろう」

「目の前の敵か」

「そうだ! 俺は戦いを放棄したりなどしない! 俺のいるこの場が、生きる場所こそが戦場だ!」

 こいつは決して逃げはしないし、途中でやめることもない。

 アーサーは白髪の少年と聖剣を打ち合っているが、飽きてきたのか、一撃ごとの威力が上がってきている。向こうはじきに終わるだろう。

 そうすれば、アーサーはルフェイたちの護衛に回るはず。

 やはり、こちらは最後まで二人で戦う方がいい。

「コカビエル、戦いは放棄しないと言ったな」

「当然だ」

「ならば、俺からもひとつ教えよう。目の前の敵からは、目を離さない方が身のためだぞ」

「なに?」

 奴が訝しげな表情を浮かべたとき。

 兵藤一誠が身をていして防いだ一撃の余波で生まれた煙が、渦を巻いてみせた。

「これは!?」

「きたか。やはり手を出さなくて正解だったな、アルビオン」

『ああ。いささか癪だが、ここで死なれてもつまらないからな。ドライグの波動は感じていた。奴らの激情なら、なんとかなると思っていたさ』

 俺の相棒であるアルビオンは、兵藤一誠が駆け出したとき、俺に声をかけてきた。

 たった一言、赤いのに任せておけ、と。

『いずれ至る道なら、きっかけがあるときに済ませるべきだ。納得はいかないが、表面上、いまは敵対する間柄ではないからな』

 アルビオンの言葉を肯定するように、渦の中で赤い光が輝きを増していく。

『まったく、忌々しい。赤いのの所有者の心意気は認めるがな。神器は所有者の想いを糧に変化と進化を続け強くなっていく。だが、それとは別の領域がある。所有者の想いが、願いが、この世界に漂う「流れ」に逆らうほどの劇的な転じ方をしたとき、神器は至る。そう、それこそが――』

 アルビオンは熱のこもった声を上げる。

 同時に、煙が完全に払われ、中から赤いオーラをまとった兵藤一誠が姿を表す。

「おまえなんかに、俺の大切な人たちを殺されてたまるかああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 月に照らされた校庭に、兵藤一誠の咆哮が響く。

『――禁手だ。待っていたぞ、ドライグ』

 

 

 

 

 

 

 アーシアを守るためにコカビエルの光線を防ぎにいった俺は、確かにあいつの攻撃に呑み込まれた。

 俺はヴァーリ先輩みたいに強いわけでもなく、他のみんなみたいに極めた分野があるわけでもない。だから、格上のコカビエル相手に守り抜くには、自分を盾にするしかなかった。

 光線で身を焼かれるのだろうか? 一瞬にして消え去るのだろか? どちらにしろ、俺は終わりか……。

 目を閉じ、そのときを静かに待つものの、一向に俺を殺すはずだった一撃は俺へと届かない。代わりに、俺を取り囲むようにして爆発が起こり、あたりを煙が覆っていく。

「な、なにが……」

『まったく、この土壇場でとは、さすがだ相棒』

「ドライグ!? お、俺はいったい……そうだ、アーシアは!? 俺は守れたのか? ってか、なんだよこの状況!」

『落ち着け、相棒。おまえの女は無事だ。それよりも、自分をよく見てみろ』

「は? 俺のって――」

 ドライグに言われるままに手や足を見てみると、俺の体は真っ赤なオーラに包まれていた。

 もしかして、コカビエルの一撃のときに俺の体を包み込んだのって。

『奴の一撃ではない。おまえに呼応して神器から漏れたオーラの方だ。これがなければ、おまえは本当に死んでいただろうさ。喜べ、相棒。おまえはやっと、自分の力のその一端を扱うことが叶う』

「どういうことだ? おまえ、なに言ってるんだよ!」

 いまいち状況が飲み込めない中、ドライグは嬉々として語る。

『おまえの想いが、願いが激情を呼び起こした。相棒、これまでの修行は無駄ではなかった。おまえの決意は、自らを強くした。誇れ、相棒! おまえは弱者ではない。力に屈せず己を貫き通す者のみが、真の強者足り得る。神器は至る。いまがそのときだ』

 ドライグの言いたいことは、明確にはわからない。けれど、いまの俺を肯定してくれたことだけは、よくわかった。

 守りたい人は、まだ生きてくれている。側にいてくれる……。

 みんなが、戦っているんだ……。

 だから、まだ戦える。

 頑張れる!

「俺はまだ、戦えるッ!!」

『その通りだ相棒! 難しいことは考えるな! おまえはまだ戦える、そしてコカビエル倒すことができる。それだけを考えながら闘志を燃やせ! 激情を呼び起こせ!!』

「おう、ドライグ! いくぜ!」

 アーシアを狙ったコカビエルを、許しちゃいけない! 二度とやらせるかそんなこと!

 俺の仲間たちは! 一緒にバカやってる、この町に住む友人たちも! こんな俺を育ててくれて、アーシアを受け入れてくれた親父たちも!

「おまえなんかに、俺の大切な人たちを殺されてたまるかああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 俺の怒りに呼応し、籠手の宝玉が赤い閃光を解き放つ。

 校庭全体を赤い閃光が覆い、俺の中に、ドライグの力が流れ込む。

『やっとか。話をしてから何年も待ったが、ようやくだ、相棒』

 わかっているよ、ドライグ。俺にも、これがなんなのかよくわかる。

 体を覆う赤い鎧。ドラゴンの姿を模した全身鎧だ。ヴァーリ先輩のものとはフォルムが違う、全体的に鋭角な形。

 みんなとの修行で手に入れた右腕の籠手も、そのまま装着されている。

 籠手にあった宝玉も、両手の甲はもちろん、両腕、両肩、両膝、胴体中央にも出現していた。

 背中にはロケットブースターのような推進装置もついている。

「これが、赤龍帝の鎧……見た目的にはやっぱり小柄な赤いドラゴンみたいなものだな」

 ヴァーリ先輩とそう大差ないな!

 なんてヴァーリ先輩を見ると、予想通りといった顔をして頷いていた。

「やはりか。キミの進化は見ていて面白いな」

「面白いって……俺はかなり限界突破的な心意気なんですけど……正直毎回の修行も進化も半分死にかけか死を覚悟してますからね!?」

「いいじゃないか。そこまで追い込まれて初めて、本当の想いが強く、強く表に出るものだよ、兵藤一誠」

 ふむ、そういうものか……いやいや、流されるな俺!

 というか、いまはそんなことを考えている余裕ないだろ!

『だろうな。おまえの基礎能力は決して低くない。ここ最近でも上がっているだろう。だが、いまのおまえでもこの状態を長く維持するのは困難だ。決めるなら短期決戦。これを忘れるなよ、相棒!』

 ドライグ……まあ、そうだよな。持続時間が長いとは思ってなかったけど、そりゃそうだ!

 だったら始めないとなぁ!

 やる気満々でコカビエルへと向き直ると、奴は震えながら、その怒りを口にした。

「赤龍帝、貴様まさかこの短時間で至ったとでも言うのか!? 貴様は、貴様はいったいどうなっているんだ! どうやって生き残った!? 実力では不可能なはず……ましてや赤龍帝の鎧だと? バカな、バカなバカなァァァァッッ!! そうまでして俺の邪魔をしたいというのか、二天龍よ! ハァーー! ならば見せてみろ! この俺に! 貴様らの力をなぁ!」

 禁手には至った。

 ああ、やっとのことで、昔ドライグから聞かされたように、俺は至ったんだ。けれど、まだ足りない。俺の力じゃ、コカビエルには届かない。

 勝つにはあとひとつ。

「ヴァーリ先輩。俺、まだまだ弱いです。けど、この先俺は、強くなります。みんなを守って、貴方を支えられるぐらい強くなってみせます。だから俺は、最強の『女王』になります!」

「当然だ。俺の『女王』だからな。それぐらい、なってもらわなければ困る」

「はい。だから、いまは――」

「ああ、それまでは、キミは、俺の眷属たちは、俺が支えよう」

 俺だけの力じゃ無理なら、頼れる仲間と共に戦う。

 ひとりでやってきたこれまでとは違うんだ。俺には頼れる先輩が、仲間たちがついているんだから!

「やるか、兵藤一誠」

「はい、ヴァーリ先輩! 俺たちの力で、今度こそあいつを倒しましょう!」

 逃げることをやめた、誰かを守るために望んだ力。

 大事な人ができた。

 いい仲間を持てた。

 おかげで、戦う意味も変わってきている。俺だけが助かればいいわけじゃない。もう、俺には見捨てることができない人たちがいるんだから。

 自然と、腕が持ち上がる。

 手はそのまま伸びていき、ヴァーリ先輩と俺の距離の中間へと伸ばされた。

「ヴァーリ先輩、俺たちの力で!」

「コカビエルを倒すぞ!」

 伸ばした俺の手の平を、ヴァーリ先輩の手が叩く。

 直後、俺たちは揃って前へと飛び出した!

 

 

 

 1度目はコカビエルの本気によって俺もヴァーリ先輩も倒された。

 2度目は、不意を突かれてアーシアを狙われた。

 3度目は――。

「本当の共闘で、おまえをぶっ倒す!」

 これまで、この戦いで俺は、ヴァーリ先輩に任せることしかできなかった。不意を突くことしかできなかった。守る意志が足りなかった!

 眷属としての、仲間としての自覚が、どこか欠けていたんだ。

 でも、次はない。コカビエル、おまえに二度と、誰かを襲わせたりはしねえ!

 月夜の空に、赤と白の軌跡を描きながら、俺たちは激突した――。

 



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その決着は始動

どうもみなさんalnasです。
やっとのことで2章が終わります。次の章からは、みなさんお待ちかね?のあの話が始まりますよ。
実のところ、何度も言っていますが作者両名ともこの後の3章が一番の難所だと思っております。ですが、この先も楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ!


 兵藤一誠が禁手へと至り、真の意味で俺たちの共闘は成された。

 標的はコカビエル。

 宙に浮かぶ奴に向け、俺と兵藤一誠は同時に空を駆ける。

 これまで打ち合ってきたからこそ、もう底は見えた。俺と兵藤一誠なら、突破することも容易いはずだ。

「二天龍……いいぞ、おまえたちはどこまでも俺を楽しませてくれるようだなァッ!」

 両手に光の剣を握り、コカビエルも俺たちに向け降下を始めた。

「行けるな、兵藤一誠」

「はい! 俺はもう、あんなやつに負けたりしません!」

 その言葉が聞ければだいじょうぶだな。ひとつ頷いて返した俺は、兵藤一誠から離れ、別方向からコカビエルへと接近する。

 先制としていくつかの魔力の塊を放つが、それらはすべて残った翼により弾かれる。やはり、その堅牢さは変わらないか。

「フン、つまらん攻撃だ。貴様はもう少し倒しがいがあるかと思っていたんだが」

 降下を止め、こちらへと構えを取るコカビエル。やる気を出してくれたところなのは嬉しいが、残念だ。俺も本当は、更に本気を出して戦いたかったものだな。

「だが悪いな。既にこの場の主役は俺じゃなくてね」

 自分の眷属のパワーアップを見逃すほど戦闘バカじゃないんだ。

 反対側から、猛スピードで突っ込んでくる影がひとつ。

「もうおまえには、誰もやらせねえ! 俺が、俺たちがおまえを倒すんだからぁ!!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』

 凄まじまでの強化。

 これまでの修行では見たことのない程のオーラが彼を包んでいく。

「バカな!? なんだ、なんなんだ! なにを力と変えた!? 貴様の信念は、戦う意味はいったいなんだ! なんなんだ!?」

 兵藤一誠の変化に、コカビエルも戸惑いの声を上げる。

 当然だな。先ほどまで圧倒していた相手が僅かな時間でここまでの変貌を見せたのだから。

 けれど、やはりまだまだ隙が多い。いまも、コカビエルの技量があれば光の剣を差し込むことだってできるだろう。さて、手助けはしてやらないとな。

 行動に移ろうかと思った矢先、すぐ側を一閃の光が瞬いた。

「ガッ!? く、なんだこれは!?」

 光はコカビエルの手を貫いたようで、苦悶する様子が見て取れた。

「こんな芸当ができるのは一人だな」

 眼下を見下ろせば、白髪の少年を斬り伏せたアーサーが、コカビエルに聖王剣を向けていた。

 いいアシストだ。

「今回は仕方ない、譲ってやる」

 キミが一番、怒りをぶつけたいだろうからな。なあ、兵藤一誠。

 眼前で、隙を見せたコカビエルの体に兵藤一誠の右拳が突き刺さる。

「ぐはっ!」

 白目を剥きながら体がくの字に曲がるが、そんなことはお構いなしに攻撃は続く。

「俺の仲間はおまえに殺されていい人たちじゃない!」

 顔面に一発。

 意識を取り戻したコカビエルは翼を羽ばたかせ、刃物のように兵藤一誠を斬りつける。

「一介の悪魔風情に、なぜ俺が!」

 彼から距離を取るべく飛び出したコカビエルだが、彼は横合いから蹴り飛ばして見せた。

 もともと、譲渡された俺の一撃を受けてフラついていたのだ。戦意だけで立つコカビエルに、禁手に至った兵藤一誠を相手どる余力は残っていないだろう。

 つまらない幕引きだ。

「確かに俺は下級悪魔だ。あんたから見たら、ひよっ子の成り立てで、元は弱っちい人間なのかもな。でも、俺の仲間に手を出してみろッ!」

 残りのニ対の翼に穴が開く。

 そして、コカビエルの体は勢いよく、空中高くに蹴り飛ばされた。

「二度と戦争できないように徹底的にぶっ倒してやる!!」

 兵藤一誠の手の平に生まれた魔力の塊。

 コカビエルをも軽く超える大きさに膨れ上がった一撃は、轟音を轟かせながら彼の手から解き放たれた。

「おのれ、おのれ赤龍帝!」

 最後の足掻きだろう。奴も迫る一撃に対処しようとするが、

『Divide!!』

 瞬間、コカビエルから感じる力が激減する。

 もちろん俺の仕業なのだが、まあこれはおまけだな。さあ、いけ兵藤一誠。

「なぜだ、なぜだ二天龍よ! どうして戦争を望まない!? なぜ、神が死んだ世界ですら、貴様らは平和を望む!? おのれ、おのれおのれおのれ! アザゼル、おまえもだ! 『二度目の戦争はない』だと! ふざけるな!! 俺は一人でも、戦争を望む! だからこそ俺は――」

 直後。

 凄まじい爆音と爆風を吹かせながら、コカビエルは兵藤一誠の一撃に呑み込まれていった。

 爆発が収まったとき、奴の欲望が、怨嗟の声が聞こえることは、もうなかった。

 全身を焦がしながら落下していくコカビエル。

 アーサーが確認するが、既に意識はなく、生きているかも怪しい状態だ。

「ふむ、だが魔法陣は消えないか。どうだ、ルフェイ?」

 俺と兵藤一誠も地上に降り、眷属たちの様子を確認する。

「はい、もう解析は終わりましたので、これで!」

 ルフェイが手に持つ杖で魔法陣を突くと、音を立てながら割れるように、校庭全体に描かれていた魔法陣は砕け散った。

「さすがだな」

「ありがとうございます!」

 ルフェイはアーサーにも褒められており、白音は辟易した様子でそれを眺めていた。

 アーシア・アルジェントは涙を浮かべながら、傷付いた兵藤一誠を治療し、同時に嬉しそうに抱きつく。その際に神が死んでいたことに触れていたが、アーシア・アルジェントの中では兵藤一誠の存在が大きいらしく、精神的ショックは見られなかった。こちらはこちらでだいじょうぶそうだ。

「アーサー、どうだった?」

「……剣士が未熟すぎました。一本になったエクスカリバーの性能も確かめがてら応戦していましたが、途中で嫌になって砕いてしまって。聖剣の核だけになってしまいましてね。ええ、本当に残念です」

「核はどうする?」

「私には必要のないものなので、訪ねてきた少女たちに渡しておけばいいでしょう。会うのも虚しいだけですから、貴方からシトリー嬢に渡すよう頼んでもらっても?」

 回収した聖剣の核を、俺たち悪魔に害のないよう細工し渡してくるアーサー。

「わかった、俺の方から頼んでおこう」

「助かります。ついでに、あれらも引き渡しましょうか」

 視界の端で倒れている白髪の少年とバルパー・ガリレイ。

 被害を出している以上見逃すつもりもないが、処罰を下すのは俺ではないな。

「そちらもついでだ」

「ええ」

 おそらく奴らのことを報告すればそれなりの者が引き取りに来るだろう。

 コカビエルの本気は見れたし、それなりに戦うこともできた。最後はサポートに徹してしまったが、嬉しい誤算もあったことだ。今回は譲って正解だったな。

「あれ? コカビエル、倒されたんだ……意外だね。ねえ、バラキエルさん。あの人たち、僕たちが来るより先に倒してたよ」

 などと考えていたとき。

 先ほどまで俺たちが戦っていた辺りに浮遊する者が二人。

 金色の髪を腰にかかるまで伸ばした、清楚な雰囲気を漂わせる女性が一人。

 そのすぐ後ろでその女性を見守っているかのように佇む、よく鍛えられたガタイのいい男性が一人。

 男性の方はすぐに正体がわかった。黒い翼を生やしているうえに、金色の女性がバラキエルと呼んでいた。

「まさか一夜にして堕天使の幹部を二人も見ることになるとは」

「幹部!? まさかあいつら、増援!?」

 兵藤一誠がすくさまアーシア・アルジェントを庇うように前に出る。

 俺も、白音とルフェイを背後に隠すが、どうにも乱入者たちの様子がおかしい。

「えっと……どうするの、バラキエルさん。こっちが迷惑かけてるのに余計な被害を増やすのって得策じゃないよね?」

「だな。朱乃と近い娘たちもいることだ。せっかくコカビエルを倒してくれた者たちを傷つけるのは避けたい」

「ってことなんだけど、とりあえず戦闘態勢は解いてもらえないかな?」

 向こうに戦闘の意思はない。それより、コカビエルの増援ということでもなさそうだ。

「どうします?」

「……ひとまずは様子を見よう。可能なら話も聞きたいところだが。全員、楽にしていてくれ」

 眷属たちに構えを解いてもらい、彼女たちを見る。

「お、わかってくれたのかな? ありがとう! それでね、できればコカビエルとそっちの二人はもらっていきたいんだけどいいかな?」

「どういうことだ?」

「アザゼルさんに無理やりにでもコカビエルを連れてこいって言われてるんだよね。少しばかり勝手が過ぎちゃったね。しょうがないね」

 堕天使の総督直々の回収命令か。妥当といえばその通りだが。

 ここで考えても無意味か。

「信じていいのか?」

「もちろん! なんなら、魔王を通して話をつけに来てくれても構わない」

「祐人、あまり言われてないことを言うのはまずいと思うが」

「いいのいいの。ねえ、コカビエルを倒した悪魔くんたち。僕はこれでも人間だ。悪魔や堕天使ほど、嘘はつかないよ」

 彼女たちの話を聞く限り、怪しいものの、嘘を言っているようには感じない。

 アーサーにも目配せをするが、だいじょうぶだろうと頷かれた。

「わかった。連れて行くといい。元より処罰は各々の陣営に任せるつもりだった。俺としても、もう用のない男だ」

「そっか。話のわかる人たちでよかったよ!」

 明るい笑みを覗かせた女性は倒れこむ白髪の少年とバルパー・ガリレイのもとに足を運び、二人をそれぞれ腕に抱えた。

 俺たちの前では、コカビエルをバラキエルが抱える。

「バルパー・ガリレイ。みんなは僕に望みはしなかったけれど、これは僕なりのケジメだ。やっとだよ。長かったね……でも、これで貴方を葬れる」

「行くぞ、祐人。いまから急いで帰れば朱乃の飯はまだ食えるはずだ。おのれアザゼル……あいつわかっていて俺を護衛に任命したな! 今度こそ文句のひとつやふたつ、みっつよっつ程度は言わせてもらおう!」

 祐人と呼ばれた女性のつぶやきを、俺は聞き逃しはしなかった。同時に繰り広げられたバラキエルの寸劇もだ。

 バラキエルは一足先に翼をはためかせると、空へと浮上していく。

「アハハ……いつまでたっても娘さん第一かぁ。じゃあね、悪魔のみんな。今日はバカたちが迷惑かけてごめんなさい。後日謝罪の場は設けるからいまは見逃してくれると助かるかな。それじゃあ、また今度!」

 続いて、二人を抱えながらも軽々と動きだした裕人は空中を踏みしめて上がっていく。

「僕もバラキエルさんみたいな翼があったらなぁ……」

「神器の進化? とやらの方向性をそっちに伸ばしてみたらどうだ?」

「いやー、いくらなんでも厳しいよ。剣を何十にも広げて翼を作っても飛べないでしょ」

「それもそうか。ムッ、時間が迫っているな。捕まれ、飛ばすぞ」

「はーい」

 二人は閃光とかして飛び去っていく。

 校舎は一部が崩れ、校庭にはいくつものクレーターや斬り払われたりと破壊跡が残った。

 これはソーナたちに応援を頼んで修復しないとな。

「だが、大きな被害もなく終わったか」

 兵藤一誠の目標も聞けたことだ。

「やりましたね、赤龍帝。まさかこんなタイミングで至るとは」

「え? あ、そうですよね。俺、やったんですよね!」

「見直しました」

「見直すって、酷いな白音ちゃん……」

「いいじゃないですか。認めてもらえたんですよ、兵藤先輩!」

「そうかな? そうだといいな!」

 仲間たちに囲まれて照れながら話す兵藤一誠。

「あ、そうだ! あの、みんなにひとつお願いがあるんですけど!」

 その中心にいる彼が、手を挙げながら叫ぶ。

「俺、仲のいい奴らにはイッセーと呼ばれているので、その、みんなにもイッセーって呼んでほしいです! 助けてもらって、でも守りたいみんなとは俺、イッセーって呼ばれたいですから!!」

 思えば、彼が女子生徒から追われていた頃共にいた男子生徒からはそう呼ばれていたか。

 アーサーからは赤龍帝としか呼ばれていなかったし、俺も兵藤一誠と呼んでいたな。

「そうだな。では、これからはそう呼ばせてもらおう、イッセー」

「はい、ヴァーリ先輩!」

 俺がイッセーと呼ぶと、

「私は赤龍帝も気に入っていたのですが、そう言われてはね。では改めて頼みますよ、イッセー」

「力一杯叫ばなくてもよかったんですよ、イッセー先輩」

「仲良しの印ですね、イッセー先輩」

「ふふっ、前からみなさんにはそう呼ばれていたいって言ってましたもんね、イッセーさん」

「ちょ、アーシア!? それ秘密って言わなかったっけ!?」

 イッセーのツッコミにより、みんなからは笑い声が漏れる。

 ソーナには悪いが、呼ぶのは少し後にさせてもらうか。もうしばらく、この光景を目に焼き付けておくのも、悪くない――。

 

 

 

 

 

 余談だが、聖剣の核はソーナを通して教会組の二人に渡してもらった。話を聞いた限りだと、俺たちに向けて恨み言を言っていたり、かりとは思わないからな! などと言われたらしいが、怪我も無事に治り元気な姿を見せていたとか。

 そうして、しばらく平和な日々が続いたのだが。

 旧校舎に訪れた来客によって、急遽、面倒事が舞い込むことになる。

「あら、ヴァーリ。久しぶりね。元気にやっているのかしら? 最近は連絡も寄越さないものだがら、サーゼクスも心配しているのよ。私? もちろん私もよ。だからこうして、サーゼクスを利用――頼まれ事でこちらに来たのだから」

 どうやら面倒事は、少々大事になりそうだ。

 遅れて部屋に入ってきたソーナたちを眺めながら、最近にしては珍しく、ため息がひとつもれた。

 



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策略校舎のフェニックス
その会談は唐突


どうもみなさんalnasです。
今回から新章スタートしました。
はい、章タイトルからわかる通り、ここでやります。
話の順序が入れ替わっているわけですね。
というわけで、はじまるよ!


 駒王町とここに暮らす人々さえも犠牲にしようとしたコカビエルとの戦闘も終え、しばらくは平穏が訪れるかと思った矢先の出来事だった。

「ヴァーリ、その……少し時間はありますか?」

 旧校舎の扉が控えめに開かれ、ソーナが部屋へと入ってきた。

 すぐ後ろには、彼女の「女王」である椿姫も控えている。

「珍しいな。個人でならともかく、椿姫を連れてとなると……干渉はしないはずだったが、眷属絡みか? それとも、おまえの問題か?」

「私の……となるのでしょうね。ヴァーリ、少し話を聞いてもらっても?」

 思えば、聖剣使いが来る前。新人悪魔同士のあいさつのときになにか言いたげな様子だったな。あのときは遠慮していたようだが、なにか問題が起きたのかもしれない。

「俺でよければ聞こう。幸い、いまは全員修行中だからね」

「ありがとう、ヴァーリ」

「いいさ。キミの話を聞かなかったとあっては、面倒なことにもあるからね」

 忘れもしない、彼女と初めて会ったときのことを。

 物陰から見守る、奇抜な衣装を纏った魔王の存在。あの方の手に持つ記録媒体。なにに使うのかもわからない様々な機器などと、あの魔王さまを相手にはしたくない。

 まあ、それ以前の問題として、俺が彼女の話を聞かないはずがないのだ。

 数少ない、事情を話し合える友なのだから。

「素直じゃないのは相変わらずね」

「遠回しに言ってくれるキミの方も相変わらずだと思うけれどね」

 軽口を言い合いながら、ソーナは前の席へと腰を下ろした。隣には、椿姫も一緒だ。

 こういうときに時間をかけるのはよくないかな。

「それで、話というのは?」

「…………明日、旧校舎を貸してもらいたいの」

 長い時間をかけて吐き出された言葉は、それだけだった。理由も、使用方法すら出てこないのは予想外だが、どうしたものか。

「貸すのはもちろん問題ない。だが、理由くらいは聞いてもいいか?」

 ソーナになら問題なく貸せるのだが、どうにも普段の様子とは違う。放っておくのはよくないだろう。

 彼女の隣に座る椿姫を見ても、やはり心配そうにソーナを見つめるだけだ。

「なにか重大な問題を抱えているなら、俺たちグレモリー眷属も手を貸すぞ」

「いえ、それは……ごめんなさい、ヴァーリ。でも、貴方たちを巻き込むわけにはいかないの。これは私がどうにかしなければならない問題なのよ」

 自分の体を抱きしめながら小さな声を絞り出すソーナ。

 コカビエルが襲撃してきたときでさえ、ここまで弱気な彼女を見ることはなかった。それどころか、彼女の弱い姿を見せられたのは、これが初めてかもしれない。

「おまえに事情があることはわかった」

 追い詰められているというよりは、覆しようがないといったところか。

「だが、仮におまえ自身の問題としても、眷属は気にするだろう。同時に、友である俺が心配しないはずがない」

「ヴァーリ……?」

 俯いていた顔が上がり、確かに視界に俺を捉える。

「話したくないならそれでもいい。そこはキミの意思を尊重するさ。でも覚えておいてほしい。俺も、キミの眷属たちも、全員がキミの味方だ。ソーナ、頼ってはいけない人なんて、キミの周りにはいないと思うけどね」

 少なくとも、ソーナの眷属はみな彼女を慕っている。

 新しく入った匙元士郎がいい例だろう。この前もまた話してみたが、どうにもソーナに好意があるように思う。彼が裏切るところは想像できないな。

「眷属には話をしたのかい?」

「今回の話は、眷属内でも椿姫にしか話していません。話せば必ず、巻き込むことになりますから」

 実のところ、俺にはひとつだけ心当たりがある。

 イッセーに悪魔として初めて会ったときに生徒会に立ち寄ったあの日。彼女の机に置かれていた手紙。確かあれは――。

「フェニックス」

「――ッ!?」

 呟くと、あからさまな反応が返ってきた。

「ヴァーリ、貴方どこまで知って!?」

「いや、落ち着けソーナ。残念ながら、俺はなにも知らない」

「そんな!」

「イッセーと出会ったとき、教室の鍵を借りに生徒会室に寄っただろう? あのときキミの机にあった手紙に記されていたフェニックスの紋を思い出したから言ってみただけだ」

 当時のことを思い出しているようで、頭を抱え出したソーナ。

 今日は彼女の珍しい場面ばかり観れるな。不思議なことに、楽しいことだ。

「会長、この際お話になっては?」

 見るに見かねたのか、椿姫がフォローに入る。しかも、俺に話すようにだ。「女王」がこちらを巻き込もうとするということは、やはりそれなりに面倒事か大事なのだろう。

「話してくれるなら、協力はするぞ」

「……本当ですか?」

 不覚……などとつぶやいていたソーナが俺を見る。

 もしも俺がサーゼクスに拾われないまま大きくなっていれば、すがる相手に反応すらしなかったかもしれない。ただ強さだけを求め、戦闘狂となっていた可能性だってある。

 いまの俺があるのは、サーゼクスとグレイフィア、グレモリー家の人々だけのおかげじゃない。目の前にいるソーナが俺に会ってくれたから。今日まで共にいることを許してくれていたからであるはずだ。

「俺にできることなら、喜んで手を貸そう。俺の答えは変わらない」

「――わかったわ、ヴァーリ。椿姫もありがとう。なら私も、話さないとダメね……実は」

 

 

 

 

 

 ソーナの話を聞かされてから1日が経った。

 今日の放課後。つまりいまからなのだが、ソーナと彼女の眷属には、旧校舎に来てもらうことになっている。

「事前に伝えた通り、今日はソーナたちが全員で来る。一応、場所を提供することと駒王町の管理者という立場もあり同席を許されたが、成り行きは見守るだけ。余計な口を挟まないように頼む」

 集まってる自分の眷属たちにも忠告しておき、彼女を待つ。

「あの、ヴァーリ先輩」

 手を挙げたイッセーが口を開く。

「今日ってここでなにが行われるんですか?」

「会談だ」

「会談? 俺たちグレモリー眷属と、会長たちシトリー眷属の合同で?」

「いいや、あくまでソーナと彼女の相手のだ。俺たちはその場に居合わせるだけになるな」

 最悪のケースを想定してのストッパーでもあるが、いま伝えて不安を煽る必要もないだろう。そのときが来たのなら、どの道俺の仲間は動けるだろうし、なによりイッセーには不確定な事態への対処としての特訓にもなる。

 もっとも、そうなった場合はかなり面倒な事態に陥ったことを意味するのだが……。

「なんの会談ですか?」

 次に質問してきたのはルフェイだ。

「始まればわかる。ソーナにも事前に伝えられるのは居心地が悪いから控えてくれと頼まれていてな。よくわからない状況だとは思うが、つきあってくれ」

「いえ、だいじょうぶです!」

 素直なルフェイはここでも特に追求することはなく、アーサーと共になんの話がされるのかの会話を始めてしまった。アーサーが楽しそうなので彼らはこのままそっとしておこう。

「あの……」

「アーシア、キミもか。別に順番に質問をしていく時間ではないんだが?」

「違うんですか?」

「質問があれば聞こう」

 彼女、アーシア・アルジェントも、兵藤一誠をイッセーと呼ぶようになってからはアーシアと全員が呼んでいる。眷属間での遠慮もなくなってきているようで、本人が望む名前を呼びあうのは悪いことではないな。

「それで、なにが気になるんだ?」

「はい。ここに来るのは会長さんたちと、その相手がいるんですよね?」

「そうだ」

「相手は誰になるんでしょうか?」

 そういえば、相手が来るとしか説明していなかったな。

 特に隠せとは言われていないが……この程度なら問題ないか。

「今日来るのはフェニックス家の者だ。俺も直接会ったことはないが、フェニックス家の三男――ライザー・フェニックス」

「フェニックス……」

 イッセーが反応を示すが、おそらく不死鳥か火の鳥あたりのことを連想したのだろう。

「それなりに強いといった噂は耳にしたことがある」

「同時に、無類の女好きだとも」

 俺の言葉に付け足すようにした白音。

 彼女は今日も買い置きしてある菓子類を口に運ぶ作業で忙しそうだが、しっかり話を聞いているあたりさすがだ。

「そのペースで食べて夕飯はだいじょうぶか?」

「平気です。甘いものは別腹なので」

「……そうか」

 今日はルフェイが食事を作りに来てくれると言っていたが、本人が言うならいいか。

 ああ、アーサーとルフェイの暮らしている部屋もそろそろ改築しないといけないな。いっそのこと、うちを広くしてこちらに呼んだ方が白音とルフェイにとってはいい環境になるやもしれん。

 近々本人たちの意思を聞くとしよう。

 それよりもだ。

「ヴァーリ、それにみなさん」

「来たか、ソーナ。話し合いの席ならすでに用意してある。隣の部屋に移ろう」

 ソーナが旧校舎へと入ってきたので、早々に部屋を移す。

 中にいるのは、俺たちグレモリー眷属と、ソーナたちシトリー眷属の全員。

 普段ではあり得ないメンバーが揃っていることになる。コカビエルのような異例のケース以外ではないと思っていたが、そうでもなかったな。

 ソーナからしてみれば、事はコカビエルのときとそう大差ないことかもしれないが。

「あとは待つだけか」

「今日はごめんなさいね……」

「そう気にするな、ソーナ。俺たちは誰も、文句を言ってないだろ。キミこそ、眷属たちとはしっかり話してきたのか?」

「ええ、だいじょうぶよ。私だって、彼女たちの王だもの」

 一人で抱え込むのはやめたか。

 それでいい。急な話ではあったが、彼女は相当前から抱え込んでいたのだろうからな。

「だいじょうぶっすよ、会長! なにがあっても、俺が解決してみせますから!」

 なにより、やる気のある眷属がいることだしな。

「頼りにしているわ、サジ」

「はい!」

 やり取りを不思議そうに、もしくはなにが起きているのかなんとなく察しているような俺の眷属たち。

 これから起きることを見聞きしていれば、すぐに知れる。

「もう一度確認だ。これはあくまで、ソーナたちの問題だ。俺たちグレモリー眷属はあくまでこの場を提供しているだけにすぎない。おまえたちはなにがあったとしても、手は出すな」

「本当に、なにが起きるっていうんですか……?」

「俺にも、どうなるかはわからない。ひとつ言えることがあるとすれば――」

 瞬間、部屋の床にフェニックス家の紋様が描かれた魔法陣が出現する。

 室内を眩い光が覆い、魔法陣から人影が姿を現わす。

 炎を巻き上げ、その中で佇む男性のシルエット。腕を横に薙ぐことによって炎を振り払った彼は、赤いスーツを身にまといながら室内を見渡す。

「ホスト?」

 イッセーがそんな言葉を漏らすが、スーツは着崩され、胸までシャツを開いているからこその感想なのか? 俺にはよくわからないな。

 そんな男はソーナを捉えると、口元をにやけさせた。

「やあ、愛しのソーナ。やっと俺に会う気になってくれて嬉しいよ」

 そうしてソーナに近づくと、

「さあ、俺たちの婚約について、ゆっくり話そうか」

 ソーナに触れるか触れないかの距離でささやく男こそ、今日の会談の相手――ライザー・フェニックス。

「イッセー、ひとつ言えることがあるとすれば、面倒なことになる。それだけは覚悟しておけ」

「……なんとなく、わかりました」

 なぜなら、ライザー・フェニックスと向かい合うソーナの表情は、ひどく冷たいものであったのだから。

 



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この会話は不毛

みなさん、お久しぶりですalnasです。
なんとかこの作品にも復帰できたので進めていきます! 久々なので全部読み返してくれてもいいんですよ? では、短めですがどうぞ!


 こちらには目もくれることなくソーナへと近づく訪問者――ライザー・フェニックス。

 彼女の眷属も話の場であることは承知しているのか、それを阻む者はいない。

「さっそくだが時間が惜しい。まずは式の会場を見に行こう。こう見えて日取りは決めてあるんだ。早め早めが好ましい」

 ライザー・フェニックスはソーナの腕を掴む。

 どうやらよほど拒まれているようで、彼はすぐにでもソーナを連れ出したいらしい。

 もちろん、それにソーナが応じることはなく、背後に控える匙元士郎はと言えば、ライザー・フェニックスを睨み続けている。やはり気に食わないか。最も、これが政治的関心もない、誰の思惑もない場であれば俺は手を出していただろう。

「今回は俺がやるべきことではないらしいがな」

 ただ聞いているだけでいい。

 危害を加えるようであれば叩き潰すが、これはもうソーナと彼女の眷属たちの戦いだ。部外者が口を出すのは無粋をいうもの。匙元士郎の邪魔をするのも悪いしね。

「ヴァーリ先輩、あいつが例の?」

 静かに話を聞いていようとしたところ、イッセーが小声で尋ねてくる。

「ライザー・フェニックスのことか?」

「はい。どうも、あんな女誑しみたいな奴が上級悪魔の一人には見えなくて」

「悪魔の見方はいつくもあるが、あれもまた悪魔らしいと言えばらしい。なにより欲に忠実だ。力量も……恐らく上級悪魔としての格には見合っているさ」

 低く見積もっても、現段階のソーナよりは圧倒的にライザーが上。

 正面からぶつかればソーナは眷属全員と挑んだところで勝ち目がない。なによりフェニックス――不死鳥の名は伊達ではないのだから。

「イッセー、いまのキミでもライザー・フェニックスの相手は中々に堪えるだろう。不死身の相手を叩くのは存外厳しいぞ?」

「うへぇ……でもなんで倒す話になっているんですか?」

「なんとなくだ。ソーナの様子をよく見てみればわかるさ」

「はい?」

 イッセーがソーナへと目線を移し、俺も釣られるようにそちらへと目をやる。

 必要以上にソーナに触れるライザーと、お茶を入れてきた彼女の『女王』である椿姫まで口説く様子に目つきの鋭くなるソーナ。

 見ているだけでも険悪な様子がよくわかる。しかもだ。

「あなたと結婚するつもりはありません。ライザー、私はもうあなたにうんざりしているの。古い家柄の悪魔にも、相手を決める権利はあるわ」

 結婚するつもりのライザーと、するつもりのないソーナでは致命的なまでに話が合わないときた。

 結果、その言葉を聞いたライザーの機嫌が悪くなった。目元が細まり、舌打ちまでするとは。

「……俺もな、ソーナ。フェニックス家の看板背負った悪魔なんだよ。この名前に泥をかけられるわけにはいかないんだ。こんな狭くてボロい人間界なんか来たくなかったしな。というか俺は人間界があまり好きじゃない。この世界の炎と風は汚い。炎と風を司る悪魔としては、耐え難いんだよ!」

 直後、ライザーの周囲を炎が駆け巡る。

「俺はキミの下僕を全部燃やし尽くしてでもキミを冥界に連れ帰るぞ」

 殺意と敵意が室内全体に広がる。

「これはダメみたいですね」

「だろうな。どう考えても相性が悪い。なによりソーナの好みそうな男でない時点でこうなるのはわかりきっていた」

 知恵ある者を好みそうなソーナのことだ。こうも直情的かつわかりやすすぎる相手というのでは釣り合わない。

 ソーナの眷属たちはライザー・フェニックスにあてられて震えているようだが、俺の眷属は臨戦態勢に入りそうな勢いだ。仕方ない、止めるか。

「そこまでにしてもらおうか、ライザー・フェニックス。紛いなりにも、キミが会談の場に使っているこの旧校舎は俺の拠点だ。あまり無用な力を使わせないでくれ」

「はぁ?」

 声をかけた直後、俺に殺意と敵意が集中する。

「貴様、ヴァーリ・グレモリーか。ハッ、おまえみたいな奴の言葉を、どうして俺が聞かなければならない? 魔王様の力がなければ生きていられない雑魚悪魔が、俺と同列で物を言えると思うなよ!」

「会ったこともないはずだが、随分な言われようだな」

「会ったことがない? 当たり前だ、誰がおまえみたいな出来損ないと会おうと思う? 純血でもない、人の混じっただけの存在なら目も瞑ったさ。だがな、あろうことかおまえはあの魔王様の養子となった! この意味がわかるか、ヴァーリ・グレモリー!! おまえが魔王様たちにどれだけの迷惑をかけ、疎まれているかをなぁ!」

 やけに楽しそうに話すライザー・フェニックスだが、この場にいるほんんどが話についてこれていない。彼の言っていることを理解できているのは、ソーナと椿姫、そして白音くらいのものか。

 最近眷属になったみんなには話していなかったからな。後で説明だけはするか。

 まずは、ライザーの相手をしなくてはな。

「確かに、俺はサーゼクスに拾われた身だ。迷惑をかけている、ということに関しては申し訳なく思っているよ。だが、ひとつ訂正させてもらおう」

「ほほう、殊勝な心がけじゃないか。自分の立場をわかっているのはいいことだぜ。で、なんだって? 本来なら言葉をかわしたくもないが、おまえの心がけに免じて聞いてやるよ」

 ニヤニヤと嫌味ったらしく言い放つライザー・フェニックス。こういうところがソーナから嫌われているのだろうか? 俺にはよくわからないが、それでもこれだけは言わなければならないだろうな。

「ライザー・フェニックス。おまえの間違いは、サーゼクスたちの思いを貴様が誤って代弁しようとしていることだ。俺もね、もう結構長い時間を彼らと過ごしてきたせいか、サーゼクスやグレイフィアの考えていることくらいはわかるんだよ」

 俺に向けられる、多くの感情。

 あの場所にいたときは決して向けられることのなかった思い。

 際限なく注がれる優しさ、温もり。

「俺の目標を、大事な人の言葉を、貴様程度の悪魔が語るな」

 荒れ狂う、放出されそうになる感情を静かに、静かに心の内へと留める。代わりに、そのすべてをいっしょくたにしてライザー・フェニックスへの言葉として送る。

 瞬間、ライザー・フェニックスが俺から瞬時に距離を取った。

 その額や頬には汗が滲んでおり、目つきは険しさを増していた。

「貴様……どういうつもりだ?」

「俺と言葉は交わさないのではなかったか、ライザー・フェニックス?」

「どういうつもりかと聞いている! いまのは俺に対する宣戦布告と取っていいのか!?」

「……」

「答えろ、ヴァーリ・グレモリー!!」

 沸点の低い相手だ。これではソーナに手玉に取られるのも時間のもんだ――ああ、それもいい。冷静なままでは、どうあろうとソーナの経験不足が目立つ。

 ソーナへと目を向ければ、彼女も既に思いついていたのか、わずかに心配そうな表情を見せながらも、こちらへ頷いてみせた。

 俺は再度ライザー・フェニックスへと向き直り、よく聴こえるようにゆっくりと答えてみせる。

「あの程度の威嚇を宣戦布告と取るとは、フェニックス家の坊ちゃんは余程の温室育ちらしい。まさにと言わんばかりの臆病さだな。これでは不死鳥と言うよりも小鳥だな」

「貴様……ッ!!」

 顔を真っ赤にしたライザー・フェニックス。

 背中から炎が燃え盛り、いかにも怒っている様子だ。

 好都合。

 相手から仕掛けてくるのなら、倒しても問題ないだろう。俺が構えたことから意図を察したのか、アーサーとイッセーがそれぞれに前に出た。

「まったく、貴方も面倒なことをしましたね、ヴァーリ」

「顔が楽しいと語っているぞ、アーサー」

「おっと、失礼。つい笑みが溢れてしまいました」

「なんで二人とも楽しそうなんですかね……俺なんて挑もうとするだけで精一杯だってのに……」

 二人が別々の表情を見せる中、ソーナも決意を固めたのか魔力を全身から発している。隣には匙元士郎もいるが、彼の表情には既に決意があるようで。

「もはや、会談どころではなさそうだ」

 だが、始めよかと一歩を踏み出したところ、

「あら、そうでもないわよ、ヴァーリ」

 なにが起きたのかライザー・フェニックスが簀巻きにされ、床に転がされた。

 この手法、どこかで見た覚えがあるな。そう、俺がサーゼクスに拾われて間もない頃だったはず。あれはサーゼクスが職務を放棄して俺と湖に出かけたときだったか。

「以前にも増して鮮やかだったな」

「サーゼクスを捕縛するのによく使ったせいね。随分見ない間に、立派に成長したわね、ヴァーリ」

 声のする方へ振り返ると、やはり。

 そこにいくつかの書類を手に持ち、ライザー・フェニックスと同じように簀巻きにされた状態のサーゼクスに腰掛けながら笑顔を浮かべたグレイフィアがいた。

「――――とりあえず、まずはあいさつにしましょうか」

 



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その来訪は弛緩

最初に言っておく。今回の話は酷いことになったので、これまでの雰囲気は次回から取り戻す!
というわけで、混濁してきた今回はそのまま進んで、この話らしさは次回から戻って来ます。
では、どうぞ。


 これまで感情的になって怒鳴っていたライザー・フェニックスは完全沈黙し、縁談相手のソーナも唖然としており、俺と彼女の眷属も声を失っていた。

 当然だ。これまで旧校舎にいた面々で平静を保っているのは俺と白音、そして基本何事にも動じないアーサーだけだろう。

「――――とりあえず、まずはあいさつにしましょうか」

 俺たちを見ながらそう口を開いたグレイフィアだが、無理だ。

 この光景が当たり前となっている俺と白音だけならそれもできただろう。しかし、ここにいるのは耐性のない者がほとんどで、明らかに現状においてかれてしまっている。これではあいさつどころではないぞ。

「グレイフィア、急にやって来るのはいいんだが、出方というものを少しは考えてもらいたい」

「フフッ、珍しいこともあるのね。まさかヴァーリからそんなことを言われるだなんて。やっぱり女王としてより親として会いに来る方が楽しいわ」

 ニコリとひとつ笑みを見せたグレイフィアは、悪びれた様子もなく簀巻きにされているサーゼクスから腰を上げた。

「おや、椅子役はおしまいかい?」

 その直後だ。

 簀巻きにされていたサーゼクスから声が響いたのは。

 まさか話すとは思っていなかったのか、イッセーたちがビクリと肩を揺らし、半歩後ろに下がったのがわかった。白音ですら反応を見せたものを、なにも知らないイッセーたちにするなとはこれもまた無茶な話だ。

「はい、サーゼクス様。これよりあなたの『女王』としての務めを果たします」

「うん、それは結構。ところで、これはいつ解いてくれるんだい? 私もそろそろ自由の身になりたいのだけれ……いや、すまない。職務を放り出して出かけた私が悪かった。むしろ喜んで椅子役に徹するとも」

 一通り話し終えた――黙らされたサーゼクスは、先ほどと同じように横になったまま静かにしているようだ。

 ……魔王がしていい格好ではないのだが、いまさらなような気もする。それよりも、真っ先にするべきは眷属への紹介か。

「みんな困惑していると思うから、整理しながら話そうか」

 話しかけると、イッセーにアーシア、ルフェイが頷いた。視界の端では匙元士郎たちも気になっている様子が見て取れたので、ソーナに問題ないと身振りだけで伝えておく。

「まず、いま現れたそちらの二人が俺の育ての親だ」

 サーゼクスと、グレイフィア。

 彼らがいなければ、俺はあの日、きっと暗闇に堕ちていた。誰かを信じることも、救うことも、ましてや愛おしく思おうことなんてできないまま。

「まず、ライザー・フェニックスが言ったように、俺は純血の悪魔じゃない。人間と悪魔の間に生まれたこどもだ。悪魔側の事情は知っていると思うが、純血でもないのに魔王様の養子となっている俺のことをよく思っていない連中は多い」

「そんな……」

 アーシアが悲しそうな表情を見せるが、もしかしたら自分と重ねてしまったのかもしれないな。

「純血かどうかで態度を決めるなんて、あっていいことじゃねえ!」

 イッセーも反応するが、ああ、そう言ってくれるだけで十分だ。

「悪魔の世界にも重視するべきものがあるというだけだ。人間とは価値観が違う、それだけのことなんだよ。言い方は悪いが、正直俺もいまの在り方には疑問しかなくてね。純血かどうかに重きを置いている時点で話にならないとさえ思っている」

「そ、それもいかがなものかと……」

 ルフェイが曖昧な表情で濁すが、聡い彼女のことだ。この僅かな時間で色々なことを想定していたのだろう。

「まずはキミたちに謝罪しよう。俺の立場も話さずに眷属になれと勧めてしまってすまなかった」

「いいっすよ、別に。たぶん、俺はヴァーリ先輩がどんな立場にあったとしても、先輩が先輩でいてくれたなら、きっと眷属悪魔になっていたと思いますし」

「はい、イッセーさんの言う通りです、それに、私たちはヴァーリさんのおかげで救われています」

 イッセー、アーシアが即座に言い返し、

「私も、主人の立場程度で人を選ぶつもりはありませんよ。少なくとも、現状に不満はありませんしね」

「ふふっ、みんなヴァーリさんが大好きですよ? 私も、お友達のことは大切にしたいです」

 アーサーとルフェイも、笑みを浮かべていた。

 おかしな話だ。普通、軽く見られたり差別されやすい主人を持ったら不満くらい言うし、主人を変えろと言われても不思議じゃないはずだ。

「まったく……俺には出来すぎた眷属たちだな。本当に、キミたちが眷属で良かった」

 白音は事情を知っていたのでなにも言うことはなかったが、イッセーたちの言葉に頷いていたので、彼女の考えも前と変わらないらしい。

「ま、まあ難しいことはよくわからないってのもありますけどね……それでも、ヴァーリ先輩がいて、アーシアと、白音ちゃん、ルフェイちゃんにアーサーさんがいるのが俺の居場所ですから」

「……そうか。そうだな」

 イッセーに釣られ、俺だけでなく、みんなが微笑む。

 視線を感じたので振り向けば、俺たちだけでなく、事情をよく知っているソーナからも、普段見ないような緩い笑みが向けられていた。

 彼女にも、心配をかけていたからな。この場で解消できたのは嬉しい誤算だ。けれど、俺は忘れていたようだ。そんな平和は長く続かないことを。

 カシャ、カシャッとシャッターを切る音が何度も室内に響く。

「おっと、そこのキミ。もうしばらく笑顔を崩さないで欲しい。ああ、そっちのキミも少しだけ我慢してくれ。ああ、今日はなんていい日だ。まさかヴァーリにもこんなに素晴らしい眷属がいるなんて……ううっ、本当に、本当によかった!」

 その後も幾度となくシャッター音が鳴り、この場の空気を破壊していく超越者が一人。

「さあ、ヴァーリ! お父さんと語り明かそう! この素晴らしい眷属や友の話をッ!!」

 いつの間にか簀巻きから逃れていたサーゼクスは涙を流し、拳を握りながら熱く語る。悪いが俺にはついていけそうにない。これが超越者か……。

 正直話すことは結構あるのだが、いまのサーゼクスは興奮状態であり、まともな会話は望めないだろう。

「サーゼクス様、申し訳ありません」

「待て、待つんだグレイフィア!?」

 ふざけるのもいい加減にしろといった表情のグレイフィアからありとあらゆる束縛の魔術を放たれ、しかしそれらを回避していく魔王。

 待ってくれ、そもそもここに貴方たちがいるのがおかしいのだから、これ以上掻き乱さないで欲しい。

「あ、あれが現役の魔王様か……凄いんだか凄くないんだかよくわからないな」

「ですがいい動きです。これは一度挑んでみたいものですね」

 イッセーは呆れと驚きを、アーサーは純粋な戦闘意欲を。

 放っておいても被害はないだろうが、ライザーがグレイフィアに捕らえられたままではソーナとの話は進まない。

「すまないな、ソーナ」

「いいえ。私もライザーの言い分にはカチンと来ていたので調度よかったです」

「そうか、カチンとか」

「ちょっと、なにがおかしいのですか!? その笑みを向けるのはやめなさい、ヴァーリ!」

 言い回しがらしくなかったので少々笑ってしまったが、目敏く見られていたようだ。おかげで彼女も落ち着けはしただろうけど。

 なら、もういいか。

「いい加減やめにしないか、サーゼクス、グレイフィア」

「ヴァーリ、そこはお父さんだよ。ほら、言ってごらん。お父さん、だ」

「サーゼクス様、ここにはどのようなご用件で? 本日は私の管理するこの地ではソーナ・シトリーとライザー・フェニックスの縁談についての予定しかありませんが?」

「辛辣! グレイフィア、ヴァーリが私に対して事務的な反応なんだけどこれは一体!?」

「当然の反応だと思います。仕事を放り出して遊びに行くだなんて、幻滅されても文句は言えませんよ」

「…………だが私は謝らない」

「サーゼクス?」

「なんでもない! いや、私が全部悪いな。明日は真面目にやるとしよう」

 同じ言葉を何度聞いただろう。同じことを思ったのか、グレイフィアも珍しいことにため息をついていた。どうやら、俺が駒王町に来て以降もサーゼクスは以前と変わらないみたいだ。

「さて、サーゼクス様への言葉は後にしまして、まずはソーナ様の件からお話致しましょう」

 突然、本来の話へと戻って来たので弛緩しきっていたソーナの眷属たちやイッセーがビクリと肩を揺らした。

「これまでの会話やお二人の相性の悪さは十分承知しています。また、本来であればソーナ様とライザー様の縁談についての説明はセラフォルー・レヴィアタン様よりお話いただく予定でしたが、ライザー様の身を案じたサーゼクス様により、この私が仲介人として送られました。ここまではよろしいですね?」

「はい。お姉さまを止めていただきありがとうございます。続きをよろしいですか?」

 本気でホッとした顔を浮かべるソーナ。

 気持ちはわからないでもないが――いいや、黙っておくとしよう。ソーナの姉であるセラフォルー様はとても激しく危険な方だからな。確かに、ライザー・フェニックスがどうなっていたかはわからない。

「先ほどはヴァーリが止めましたが、彼がいなければお二人はこの場で戦っていたでしょう。そうなることはシトリー家の方々も、フェニックス家の方々も双方が承知していました。正直申し上げますと、これが最後の話し合いの場だったのです。これで決着がつかない場合のことを皆様予測し、最終手段を取り入れる旨を私は伝えに参りました」

「最終手段、ですか?」

「はい。ソーナ様、ご自分の意志を押し通すのでしたら、ライザー様と『レーティングゲーム』にて決着をつけるのはいかがでしょうか?」

 




こんな空気にしてしまったのは私の責任だ。だが私は謝らない。
次回はきっとライザーの妹さんが登場するはず! つまり……そういうことさ。


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この信頼は決定

みなさん、こんばんはalnasです。
前回が前回だっただけになんとか空気を変えたいけど変えられなかったよ……とは嘘のようで本当の話。
今回は会長と匙の話になりそうでならなそうなので特に前書きで書くこともないので、始めましょう。
最新話、どうぞ。


 グレイフィアの申し出に、ソーナは考え込む様子を見せる。

 しばらく目を瞑り、開いたかと思えば眷属たちを見渡す。そうしてまた一人で思考の海へと沈んでいくように沈黙を保つ。

 ソーナ程聡明ならば既にわかっているのだろう。いまの自分たちの実力ではライザーに遠く及ばない。しかし勝たなければならない。そうなれば眷属を傷つけることに繋がることも――。

 そうなってくれば彼女がグレイフィアからの申し出を受けるかどうか……。

「受けましょう、会長!」

「サジ……?」

 悩み続けるソーナに、匙元士郎が進言する。

「俺は、俺たちは会長のために存在しているんです。貴女の決断なら、例え過酷な道であってもついていく覚悟はできています。だから、貴女の望む選択をしてください!」

「匙、あなたは……でも、そうなれば相手はライザーなのよ? いまの私たちではとても……」

 苦しそうに、言いづらそうにソーナは顔を伏せた。

「フハハハハッ、よくわかっているじゃないかソーナ。そうだ、いまのキミやキミの眷属程度では俺には届かない! やはりキミは聡明だ。この提案、受けるべきではないよ」

 簀巻きにされたショックから精神的に回復したのか、見っともない様子のライザーからも声が上がる。

 だが、簀巻きにされているせいか威厳を感じられず、俺の眷属たちは笑い声を溢さんと我慢している始末だ。確かに、力強い言葉を使うような格好ではないことを自覚しては欲しいところだが。

「さあ、ソーナ。無意味なゲームなどやらず、俺と共に行こうじゃないか。なぁに、キミの眷属たちのこともしっかり見てやるさ。鍛えまくって、いまの弱さが嘘のようにしてやるよ」

 へらついた笑み。

 軽い上っ面の言葉。

「はあ……ソーナが嫌うのも頷ける」

 こうも目に見えてしまうと、放っておくのも無理だ。仮にも相手はソーナなわけで、彼女の意思があるわけでもないのに納得しろとは言えないな。

「やってみればいいじゃないか」

「ちょっと、ヴァーリ!?」

「貴様は黙っていろ、ヴァーリ・グレモリー!」

 話しかけたところ、ライザー・フェニックスまで反応してしまったが、まあいい。

 視界の端で、匙元士郎がなにか言いたそうに視線を向けてくる。ライザー・フェニックスに一矢報いたいような、それでいて、レーティングゲームをソーナに受けて欲しそうな、誘導して欲しそうな意図が読み取れる。

 ソーナが眷属にするために色々と手を尽くしただろう相手だ。仕方ない、ひとつ乗せてみるか。

「俺の眷属にも敵わない者には黙っていてもらおうか」

「なに?」

「先ほどおまえに向けた感情。アレに反応し俺から距離を取ったな? イッセーやアーサーであれば怯まず挑んでくるぞ。だが、おまえは退いた。噂の不死鳥の底は知れた」

「き、貴様ァッ!? 俺が誰かわかっているのか! 俺はあの、ライザー・フェニックスだぞ!?」

「悪いが、真に強い者以外に興味はない。そうして怒鳴り散らすおまえより、眷属のために悩み、答えを出そうとするソーナの方が遥かに強い。おまえの強さはハリボテだ。中身のない力に満足しているのなら、所詮はその程度と言ったまでだ」

 アーサーが頷き、ルフェイが曖昧な表情ながらも笑みを作る。相手の力量を測ることに長けているアーサーは既にライザー・フェニックスに見切りをつけたのだろうな。

 けれど、これで望んでいた状況は作り出せた。

「俺が、俺がソーナより弱い? ふざけているのか、ヴァーリ・グレモリー! やはり貴様の目は節穴だ!!」

「果たしてそうだろうか? 俺の目が節穴と決めつけるのは些か早計だ、ライザー・フェニックス。少なくとも、戦ってもいないうちに自分の方が強いなどと妄言を吐く方が節穴だろう」

「このッ……言わせておけば!」

 怒りを顕にし、芋虫のように跳ねるソレを見て、俺とソーナの眷属たちから笑い声が漏れる。

 気持ちは理解できなくもないが、その軽率な行動が悪かった。

「貴様ら、揃って俺を侮辱するつもりか!!」

 とうとう、ライザー・フェニックスが怒りの炎を燃やし、転がされていた状態から一転し立ち上がる。

 そうか、燃やせば早かったな。グレイフィアに遠慮していたのか、頭が回らなかったのか……どうあれ、ライザー・フェニックスの余裕が無くなり、プライドは刺激した。

「揃いも揃って格の違いをわかってないみたいだな……ゲームなんて関係ない。いまこの場で全員燃やし尽くしてやる」

 少々やりすぎたようだがな。

 炎が彼の背中に集まり、翼を形成していく。見た目だけは火の鳥と言ったところか。ソーナの眷属たちを中心に空気が張り詰めていくが、冷静に介入したのはグレイフィアだった。

「ライザーさま、落ち着いてください。もし手を出すのでしたら、私も黙って見ていられなくなります。私はサーゼクスさま、セラフォルーさまの名誉のためにも遠慮などしないつもりです」

「――――…………チッ、命拾いしたな」

 ライザー・フェニックスは苛立ちを隠そうともせず、けれども炎を落ち着かせた。

「しかしな、ソーナ。俺はそこの屑に言われ放題のまま終わるつもりは毛頭ない。俺の強さの証明のためにもレーティングを受けろ!」

「でも……」

 不安気に眷属を見やるが、ソーナ以外の誰一人として、逃げたいとは思っていないように映る。

 あとは彼女の一言さえあれば、喜んでレーティングゲームに参加するだろう。王としての資質。それが試されている。

 サーゼクスとグレイフィアからは、彼女たちを見守れといった感情が伝わってくるので、これ以上の干渉は余計なお世話になってしまう。

「どうしたソーナ! さっさと承諾しろ!」

 ライザー・フェニックスは急かすが、ソーナは追い詰められていくように答えを出せずにいる。お膳立てが無駄になるが、ひとまず黙らせようかとした矢先、それより速くに匙元士郎がソーナとライザー・フェニックスの間に立った。

「会長はまだ判断しかねている。それをあんたの都合だけで強要するのはやめてもらおうか」

「サジ……」

 ほう、中々どうして、見どころのある『兵士』じゃないか。

「なんだぁ、おまえ? たかが下僕悪魔が俺に楯突こうってのか? 話にならないんじゃないの?」

 ライザー・フェニックスが指を鳴らすと、部屋に魔法陣が現れ輝き出す。

 魔法陣からは続々と人影が出現していく。

「と、まあこれが俺のかわいい下僕たちだ」

 彼の側には15人の少女、女性たちが佇む。フルメンバー、か。対してソーナの眷属は彼女も入れても8人。数だけで見れば倍の差がある。俺たちと比べればその差はさらに広がることになるな。数だけの話ならだが。

 相手側の眷属たちに視線を移すと、一人の少女と目が合う。すぐに外されたが、知り合いの中の記憶にはない。いい、放っておこう。

「さてソーナ。数の差は歴然。しかも、キミたちでは誰一人として俺のかわいい下僕に対抗できそうにないな」

「くっ……」

「その屈辱的な顔も悪くない。ああ、ちょっと感じてきた」

 そう言い、ライザー・フェニックスは眷属の女性と濃厚なディープキスをし出す。イッセーはすぐさまアーシアの目を塞ぎ、アーサーはルフェイの前へと立つ。ふむ、確かに教育上悪いな。

「ルフェイ」

「は、はい!?」

「悪いがライザー・フェニックス以外の彼の眷属を全員帰して欲しい。急な訪問を了承した覚えはないからな」

「わかりました」

 視界を隠しても音は聞こえるのか、真っ赤に染めていた顔を左右に何度か振り、真面目な顔つきになったルフェイが魔法陣を展開すると、一瞬にして幾人もの少女や女性の姿が消えていった。後には、一人舌を出して間抜け面を晒すライザー・フェニックスのみ。

「な、なんだ?」

「悪いが、会談の場を提供している俺に了承もなく、加えて会談に必要のない行為をしたとして排除させてもらった。安心してくれ、帰しただけだ」

「おのれ!」

「いまは俺ではなく、ソーナとの話をまとめろ」

「後で覚えていろ……ッ!」

 冷静さをだいぶ欠いたな。あとはソーナさえやる気を出せば。

 前に出てきた匙元士郎が何事かを話しているが、あとは彼次第だな。

「会長、聞いてください。会長が俺たちのことを思って決断を下せないのはわかっています。けど、俺たちみんな、貴女のことを気に入って、好きになって眷属になったことを忘れないでください」

「サジ、貴方……」

「ほ、ほら! 俺に眷属の話を持ちかけてきたとき、俺は会長と勝負しましたよね? 俺と会長、どちらの策略が上かって。会長が勝ったら俺が眷属になって、俺が勝ったら俺は眷属にはならない」

「ええ、そうだったわね。けど、最終的に勝負はつかなかった」

「あー……千日手になって無勝負になったんでしたね。でも、勝負がつかなかったときのことを決めておかなかった俺の負けってことで、貴女についたんじゃないですか」

 なるほど、そんな経緯があったのか。しかし、ソーナと並ぶ頭脳か。これは面白いな。彼女の考えを把握出来得る存在が前衛にもいるとなれば、嵌めには持ってこいだ。

「あら、なら眷属にならない選択もあったのよ?」

「そ、それはなんと言いますか!? あーその、あれですよ! 俺が眷属になったのも、その……みんなと同じっていうか、ちょっと違うと言うか真剣な会長を見ていたらいつの間にか――いえ、なんでもないです! そうじゃなくて、会長と俺の二人がいて、貴女に忠実な俺たち眷属がいるのに、あんな頭悪そうな鳥一匹、策にかけられないとでも?」

「…………ふふっ、そうよね。ごめんなさい、みんな」

 それまで暗い表情だったのが嘘のような笑顔を覗かせるソーナ。

「生徒会長としてではなく、私、ソーナとしてのわがままを聞いてもらってもいいかしら?」

 彼女の言葉に、それまで聞いていた眷属全員が顔を見合わせ、嬉しそうに頷く。

「ありがとう、みんな」

 もう一度自分の眷属一人一人と視線を合わせ、ライザー・フェニックスへと向き合う。

「話はまとまったかい?」

 不機嫌が治らないのか苛つきながら問いかける彼に対して、いつもの調子を取り戻したソーナは、しかし。いつもより自信に満ちた表情で答える。

「ええ。私も乗るわ、ライザー。貴方とはレーティングゲームで決着をつける」

「そうこなくちゃな! しかし俺にも自身の強さを認めさせなければいけない意地がある。そうでなければ、俺は俺でいられない! だからひとつ、キミに提案がある」

「なにかしら?」

「レーティングゲームの内容はキミに任せる。俺はどんな挑戦だって受ける。その件も含め、ゲームは10日後だ。いますぐでもいいが、それでは面白くない。キミだって、それだけの日数は欲しいだろ?」

 ソーナは黙って頷き、匙元士郎は俺に向き直ると、小さく礼をしてきた。ここまでが彼の望んだビジョンだと言うのなら、末恐ろしいな。

「グレイフィア、これでいいか?」

 念のため、このルールが適用されるのか彼女に問いかけておくと、

「わかりました。ご両家のみなさまにはそう伝えましょう」

 許可が下りた。グレイフィアが了承したのであれば確実だな。

 ライザー・フェニックスはそれを見届けると、手のひらを下に向け魔法陣を展開した。帰る直前、俺と匙元士郎に視線が向く。

「いい気になるなよ。おまえたちは必ず潰す。特にヴァーリ・グレモリー。今回は手を出せないが、いずれレーティングゲームに出てきたときは徹底的に、徹底的に潰してやる!」

 最後にソーナへと向き、

「ソーナ、次はゲームで会おう」

 そう言い残し魔法陣の光の中へと消えていった。

 結果は悪くないが、先延ばしとも言える。どうあれ、あとはソーナの問題か。

「10日……あのライザー相手に策を練るのは当然として、数の差も埋めなければいけないとなると、特訓しかないわね。となれば」

 ソーナが困ったと言わんばかりに俺へと視線を寄越す。

「なんだ?」

「ヴァーリ、お願いがあるのだけれど、聞いてくれるかしら?」

「俺でよければ聞こう。ライザー・フェニックス絡みであれば、焚きつけた俺も当事者だ」

 匙元士郎がいなくても、きっと俺は動いていただろうからな。こればかりは仕方ない。

「ごめんなさい、ヴァーリ。私のために」

「いいさ。それで?」

「私たちの特訓に付き合って欲しいの。特に貴方と兵藤くんには、うちのサジを見てほいいのだけれど」

 匙元士郎をか。

 彼女の話を聞いて、

「え? 俺? た、確かに必要だけどあの二人!? なに、兵藤? はい? 死ぬほどきつい? むしろ死んだ方がマシな特訓をさせられる!? いやだ! 会長、考え直してください! やめろ兵藤! やめて、俺はおまえの仲間じゃないから! やめて、特訓専用ルームに連れて行こうとしないでぇぇぇぇぇぇっっ!!!」

 などと泣きながらイッセーに連れて行かれたがだいじょうぶか? ああ、もうアーサーの姿もない。ついていったか……これは俺の眷属も総出だな。

「イッセーとアーサーが既にやる気のようだ。喜んで引き受けよう」

「ありがとう、ヴァーリ」

「いいさ。俺も眷属全員でサポートしよう。今日は10日分の内容を詰めてゆっくり休もう。明日からが大変だからな」

「ええ、そうするわ……サジは?」

 離れた部屋から聞こえる悲鳴と指摘の声。これは長くなるな。

「おそらく匙元士郎はキミたちの核にもなれる。今日から特訓を始めた方がいいな」

「そ、そう……お願いね」

「よろしいですか?」

 話し込んでいると、グレイフィアがソーナに声をかけてきた。

「ソーナ様、レーティングゲームの内容ですが、いかがいたしましょう? お決めになるのに時間が必要でしたら後日に――」

「いいえ。ルールならもう決まっています。レーティングゲームは――」

 彼女がグレイフィアと念密な打ち合わせに入ったので、俺は席を外し、白音、ルフェイ、アーシアに指示を出し、アーシアを連れて匙元士郎の元へと向かい出す。

 悲鳴はいまも断えることはなく、旧校舎中へと響き渡る。

 



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その時間は嵐の前の

久々の? 投稿です。
どうもみなさんalnasです。最近は私しか書いてないけど二人で考えてますよ。
今回はちょっと休憩がてらの話になります。
おそらくあと1話挟むかどうかでライザー戦になるかと。
では、どうぞ。


 ソーナとライザー・フェニックスのレーティングゲームまで残り10日。ソーナの眷属のことは大体把握したが、やはり現状ではライザー・フェニックスにはおろか、彼の眷属にさえ及ばない。唯一、椿姫が対抗できそうではあるが、彼女一人ではすぐに限界が来る。

「それこそ、もしライザー・フェニックスが動き出せば……」

 ソーナは頭の回転がずば抜けているし、魔力も多い。いずれは大成する器であることは確かだ。けれど、どう足掻いてもこの10日間で劇的な成長は見込めない。

 唯一、その可能性があるとすれば――どう見てもただ一人、彼しかありえない。

 椅子に深く座り込みながら、この先を考える。

 明日からは過酷な特訓が始まる。

 どこまで追い込めばいい? どれだけ力をつけさせればいい? いいや、後回しだ。俺はやることは匙元士郎が戦えるようにすること。このひとつを達成すれば、必ず勝機は見いだせる。彼の頭脳はソーナに迫るものがあることは証明された。ならばあとは、度胸と技術さえあれば!

「とは言ったものの、これではな……」

 旧校舎の一室――特訓で使われる特殊な部屋の隅で気絶している匙元士郎を見る限り、厳しい。ソーナとの打ち合わせの間から、その後まで続いたイッセーとアーサーの二人との戦闘。出会った頃のイッセーのように防御や回避が抜きん出ているわけでもなく、攻撃特化でもなく。凡庸の手本のような動きだった。

「厳しいな」

 再度、その言葉が口から漏れる。

 このままでは鍛える間に匙元士郎が潰れてしまう。今日もアーサーが一度剣を振った剣圧で吹き飛ばされていたか? あれでは本番で使い物にならない。

「様子見と思って神器も使ってもらったが、強度が足りないな。イッセーとアーサー相手では部が悪いことは悪いが、ああも簡単に切られてしまっては」

 魂の抜けたようなまぬけ面を晒す匙元士郎を心配そうに見ているイッセーと、この程度なら平気だろうと部屋を後にするアーサー。

 どちらも強い。

 彼らが鍛えていけば、いずれは匙元士郎も必ず強くなる。だが、足りないのはやはり時間。10日でソーナたちシトリー眷属の核にまで成長して貰うのはお世辞にもきつい。

「なにか激情を……いや、そうじゃないな。彼の神器は確か――――試してみる価値はあるか」

 限られた時間だ。やれることはやるべきだろう。

 明日、イッセーにも協力してもらうとするか。

「イッセー、俺は戻るが、キミはどうする?」

「はい、俺はサジは見てます。こいつが起きたら明日からの予定を伝えますんで、ヴァーリ先輩は先に休んでください!」

「そうか。ならあとは頼む」

「了解!」

 この場をイッセーに任せ、俺も部屋を出る。

 さあ、明日からが本番だぞ、匙元士郎。

 

 

 

 学校を休んで特訓するというのに、旧校舎にいるところを他の生徒に目撃されても困るのでグレモリー家が所有している山で特訓することになった。

 俺が見るのは匙元士郎とソーナのみだが、向かう先はひとつなので全員で移動することになるのだが、結構な大所帯だな。

 俺たちグレモリー眷属と、ソーナたちシトリー眷属全員でとなると、さすがに多い。

「サジ、頑張りなさい!」

「は、はい! 俺、まだまだ行けます!」

「よし、よく言ったサジ! これ追加分な」

「ちっくしょぉぉぉぉっ! まだありやがった!?」

 山を登りがてら、匙元士郎の基礎体力を上げるために荷物を増やしながら進んでいるのだが、これで6人分か。ふむ……。

「イッセー、もう一人分追加だ」

「はい!」

「ちょ、おい待――」

 やるべきことはたくさんある。無駄な時間なんてないということだ。

「あの、私も手伝いますから」

 見かねたアーシアが匙元士郎にそう尋ねるが、自分よりもひ弱そうな彼女に荷物を持ってもらうのは抵抗があったのか、それとも意地を張ったのか。どうあれ、匙元士郎は首を横に振った。

 思いの外根性があるのは昨日のイッセーとアーサーとの特訓の中でわかっている。自身の限界が来るまで粘ったのが証拠だしな。だが、足りない。まだ足りない。

「アーシア、匙元士郎のためにならないから、やめておくんだ。キミの優しさは、彼が傷ついたときまでとっておけ」

「は、はい。わかりました」

 匙元士郎は残念そうにしていたが、少し安心したような表情をしていた。

 彼もまがいなりにも男か。

「イッセーさんもあんな特訓をしてきたんですか?」

「いや、俺のときは基礎はドライグが教えてくれたから基礎を固める必要がなくて、ヴァーリ先輩と会ってからの特訓は……特訓はその――もっと過激だったな。最初っから実践方式だったし、相手ヴァーリ先輩だけじゃないし」

「おい、やめろ兵藤! 俺はまだそっちの世界を知りたくない!」

「うるさい! これから知る奴に親切心からだなぁ!」

「絶っっっ対ウソだろ! 顔におまえもこうなればいいってかいてあるじゃねえか!」

 随分と仲が良くなったな。

 顔合わせのときは棘があったが、やはり同期。話が合うのだろう。

「いいものですね」

「ソーナ……ああ、悪くない。これでお互いにライバル意識を持ってくれれば更にいいんだが、果たしてどうなることか」

「ふふっ、いいわね、それ。サジのライバルが赤龍帝だなんて、願ってもないことよ」

「そうだな」

 先のことなんてわからない。そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。だが、いまは。

 目先のことに集中するべきだろう。

「おや、これは?」

「それは食べられるものですから、少し頂いていきましょう、お兄さま」

「そうでしたか。それでしたら頂きましょう」

 集中できていないのは俺の眷属だけみたいだがな。

「白音ちゃん、甘い物食べすぎじゃないか?」

「イッセー先輩とアーシア先輩もいりますか?」

「いや、俺はちょっと……」

「いいんですか? ありがとうございます、白音ちゃん」

 …………いいか。修行前の束の間の休息と思えばこんなものだろう。みんな度胸は十分だと知っているしな。

 さて、さっさと頂上で特訓を始めるとするか。

「今回は積極的に協力するんですね」

 指示を出し終え再び歩き出すと、横を歩いていた白音が話しかけてくる。後ろには甘いものを貰って喜んでいるアーシアと、無理やり渡されたのかどう消化しようか悩んでいる様子のイッセーが横目に映った。

 白音が通常運転らしいがな。

「不満か?」

「いえ、そんなことはないです。普段は不可侵と言っていますが、お互いの危機にはしっかり協力しあえるのはいいと思います」

「別に、敵対関係ではないからな。俺もよくソーナとは話しているぞ?」

「ヴァーリ先輩とは学年が違うので普段の生活はあまり把握していないので知りませんでした」

「そんなものか」

「そんなものです。でも、こんな関係を保てているのは嬉しいものですね」

 珍しく、しっかりとした笑みを浮かべる白音。

「ヴァーリ先輩がみんなの関係を結びつけているんです。それが私は嬉しいです」

 これまた珍しいことに、以前カッパが歌っていた曲を口ずさみながら歩く白音は、新しい甘味に手を伸ばす。まったく、まさか俺のことだとは。

 最初の眷属というのは侮れないな。

 俺たちはそのまま、談笑しながら上へと上がっていく。

 その後、みんなより30分遅れで匙元士郎が屋上にたどり着いたのだが、彼は既に体力の大半を失っていたとか。

 

 

 

 頂上に到着後、荷物を一旦グレモリー家の所有している別荘に置き、動きやすい服装に着替えて集まり直した。

 近接戦闘組は白音とアーサーが。

 遠距離、魔力の扱いはルフェイに。

 匙元士郎は俺とイッセーへ。

 アーシアは各組を見て回り、その都度回復の必要な者に神器を使っていく。

 大まかにはこのような構図が出来上がっているわけだが。

「もちろんそれで終わりとはいかない。だが、ソーナが納得していた以上問題ないだろう」

 匙元士郎にも、俺やイッセー、アーシアのように神器が宿っている。ソーナの眷属の中には他にも神器を宿している者はいるが、その中でも匙元士郎は俺たちに近い部類だろう。

「匙元士郎、まずは神器を出してくれ。昨日の模擬戦を見ていてわかったことだが、キミの神器は俺たちと相性がいいはずだ」

「相性?」

「そうだ。キミの神器のことは、過去に資料で見た覚えがある。昨晩確認し直したが、間違いない」

 イッセーが知り得ることではないかもしれないが、補足はドライグがしてくれるだろう。

「とりあえず、神器を出してくれ。実際に見ながらの方が理解しやすいだろう」

「は、はあ?」

 いくら頭の回転が早くても、知らないことは考えられない。だから教えなければな。彼のためにも、ソーナのためにも。

 匙元士郎が意識を高めるように目を瞑ると、彼の神器が姿を現す。

「やはりか」

「やはり、ですか?」

「ああ、イッセー。これは紛れもなく、五大龍王の一角であるヴリトラの力を宿した神器のひとつだ」

「「えぇっ!?」」

 イッセーと匙元士郎の驚く声が重なる。

 当然と言えば当然だが、こんな身近に結構なビッグネームが隠れていれば。しかし、俺たちもそれこそ神器の中ではトップレベルのものを宿しているんだが、驚きはまた別なのかもしれないな。

「さ、サジの宿している神器が龍王!? マジですか!」

「お、おおおお俺にもそんな力が!? これならライザーも!」

 盛り上がっているな……盛り上がるのはいいんだが、

「このままではどう足掻いてもライザー・フェニックスには勝てない」

「え?」

 匙元士郎の動きが止まる。

 説明前に、少し夢を持たせすぎたか? いくら事実とはいえ、配慮がなかったか。これで気落ちされたらモチベーションが下がり、特訓の効率にも響く。

「まずは聞いて欲しいんだが、勝てないと言ったのは、『まだ』勝てないというまでだ」

 落ちこみかけていた匙元士郎が、俯けていた顔を上げた。

 頭は切れるくせに、素直な男だ。ソーナが好感を持っているのもわかるというものだな。

「その神器は『黒い龍脈』。話したように、龍王であるヴリトラの力を宿す神器なのは間違いない。扱いに慣れていけばできることはそれなりに多いうえ、キミやソーナなら機転を効かすことも、突拍子のない使い方も思いつくかもな。と、それはさておきだ。匙元士郎、強くなる覚悟はあるか?」

「――……あります。俺は、会長を勝てせます。あんな焼き鳥野郎に会長は渡しません。俺が、会長を助けるんです!」

 覚悟あり。

 他人のために力を求める心あり。

 無鉄砲で無謀、か。

 だが、いい。本当に、いい眷属を持ったものだな、ソーナ。

「わかった。ならば、俺たちは本気でキミを強くするために協力は惜しまない。イッセー、それでいいな?」

「もちろんです! 自分の好きな女は自分で守る! 男じゃねえかサジ!」

「ちょ、バカ! そそそそんなんじゃねえよ!? ヴァーリ先輩も忘れていいですからね!? おい兵藤、あんまり変なこと言うなっての!」

「悪い、悪い。それで、俺はどうしたらいいんですかね?」

 匙元士郎の思いはさておき、修行に意欲を見せるイッセーが問いかけてくる。

 二人ともジャージに着替え、長袖長ズボン。

「そうだな、修行を始める前にひとつ。イッセー、とりあえず――脱げ」

 



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その回想は無関係

どうもみなさんalnasです。
アニメがもうすぐ始まる時間でしょうか?
今回は合宿直前のソーナの視点だったり、そんな彼女とヴァーリの出会いの話だったりを書いてます。
これが終わったら、おそらくライザーとのゲームになるかと。
修行? うん、修行は終わったんだよ(本編でゲーム中に回想はあるだろうきっと)。
ってことになるかもしれないし、一話修行の話を組み込むかもしれません。
そんなことは置いておいて、どうぞ。


 私が彼を初めて見たのは、姉に連れられて行った、グレモリー家の方々との会合のときだった。

 これまで何度も訪れているはずの場所に、見慣れない少年が増えていたのをよく覚えている。

 最初は、他の上級悪魔の子かとも思ったが、ここにはグレモリー家の方しかいるはずがない。例外として、少数のシトリー家の者がいる程度だ。

 この会合は、互いに魔王を排出した家同士ということもあり、定期的に開かれている。

 それはいい。けれど、突然現れたあの少年は、いったい誰なのだろう?

「あの、お姉さま……」

 私はつい、隣にいるお姉さま――現四代魔王の一人・セラフォルー・レヴィアタン――に声をかけてしまった。

「ん? なあに、ソーナちゃん」

 嬉しそうに微笑みながら、自分の目線を私の目線の高さまで下げ、目を見ながら反応するお姉さま。

 その顔はそれはもう幸せそうに、緩みきった表情が視界いっぱいに広がっている。

「あの、お姉さま」

「なあに、どうしたのソーナたん」

「あの人……」

「んー?」

 お姉さまが首を傾げながら、指を差した方向へと向く。

 濃い銀色の髪を持つ、どこか尖っていて、そして暖かさを感じる男の子。グレモリー家の人ではないだろうとは、直感的にわかっていた。髪の色も、雰囲気もまるで違っていたから。

 なにより、あの鋭い目。どうしようもなく近づきにくい。

「ああ、サーゼクスちゃんの言ってた例の子かな? うんうん、確かにあの子には魔法少女の寵愛が必要かもしれないねぇ」

 一人で納得してしまうお姉さま。

 完全に置いてけぼりだ。

「お姉さまは、あの子のこと知ってるの?」

「知ってるよ。サーゼクスちゃん……お姉ちゃんと同じ魔王の一人からお話を聞いてるからね!」

 サーゼクスさまからのお話? どうやら、あの銀髪の子はサーゼクスさまと関係があるらしい。

「どんな子なの?」

「…………とても難しい子、かな。あの子の存在は多くの悪魔に影響を与えるかもしれない。力を持つ皆々を惹きつけるかもしれない。忌み嫌われるかもしれない。でも、それ以上に誰かを愛し、愛される存在になるって思う。だって、あのサーゼクスちゃんがお父さんになったって言っていたくらいだもの!」

 お姉さまの口から出てくる言葉に不穏なものを感じていたら、最後の最後にとんでもないものが出てきた!?

「お父さん!?」

「そう、お父さん!」

 私の驚きなんか関係ないように、笑顔を浮かべるお姉さま。

 よほど、サーゼクスさまのおこないが気に入ってるみたいだ。

「どういうことですか!」

「う〜ん、ちょっと難しい話になるんだけど、あの子――ヴァーリちゃんはとある悪魔の子どもなの。でも、いろいろあっておうち飛び出して走ってたらサーゼクスちゃんと出会ってね。そのままサーゼクスちゃんが持ち帰って、養子にしたみたい」

「おやおや、それでは私がとんだ誘拐犯みたいじゃないか、セラフォルー」

「あら、サーゼクスちゃん!」

 お姉さまの説明を聞いていたら、背後からサーゼクスさま!?

「ソーナか。久しぶりだね。その様子だと、ヴァーリのことが気になっていたのかな? ヴァーリはね、まだ人との距離の取り方も、接し方も知らない困った子でね。ああ、でもその不器用さがまたかわいくて! たまに見せる笑みや、物事を知っていく楽しさなんかはすぐ顔に出るんだよ。しかも最初は野良猫みたいに警戒心が解けなかったのにグレイフィアを会わせてみたら案外素直になってね。いやぁ、これもやっぱりグレイフィアの母性って言うのかな? やっぱり素晴らしい女性だよ、グレイフィアは。それはそうと、ヴァーリくんの話なんだけど、彼はここ最近でどんどんグレモリー家に馴染んできていてね。ミリキャスの面倒も彼が見ていたりするんだよ? ミリキャスの小さな手に指を掴まれたときなんか、もう優しい顔しちゃって……あの顔を私にも向けてくれるようになったらと思ったりもしているんだけど、さすがにまだ早いかな、なんて思っていてね。ああ、執務中なんかにたまに来てくれては散らばっている書類を拾って片付けて出て行くんだけど、さりげなく他者を思う気持ちを持っていたとは驚いたよ。でも、きっとおかしなことでも、不思議なことでもないんだろうね。それだけ、彼の中には優しさも、強さも宿っていただけの話なんだから。彼のこれまでの環境を考えれば、よく普通の感性が残っていたものと思える。これはひとつの奇跡だ。だから私は、あの子を守らなければいけない。これから晒されるかもしれない悪魔の悪意から、力の暴力から、彼を取り巻く世界から、あの子を守らなければいけない。彼を私たちのこどもとして迎え入れた、私の義務であり、責任だ。まあ、もっとも。仮にそんな大層な義理がなくても、私はきっとヴァーリを守るためならどんなことでもしてしまうんだろうね。ヴァーリだけじゃない。グレイフィアも、ミリキャスも。キミたちだってそうだ。私は私の守りたい者たちのために、これからも頑張らないといけないからね」

 長い、とても長い話の最後を、サーゼクスさまをそう締めくくった。

 最後以外ほとんどわからなかったけど、サーゼクスさまがお姉さまと並ぶ人というのは実感できた。おうちでのお姉さまとそっくりだ。

 特に、夢中になって誰かのことを話す様子はよく似ている。いつか、二人で私と銀髪の子――ヴァーリの話を長々とされないことを祈ろう。

「さて、ソーナ」

 サーゼクスさまの大きな手が、私の頭を撫でる。

「キミにひとつ、お願いがあるんだ」

「……お願い?」

「そう、お願い。あそこにいるヴァーリくんと、お友達になってくれないかい? 彼は他人との距離を測りかねている。関係性の持ち方を知らないまま育ってしまってね。だから、どうかキミに頼みたい」

 サーゼクスさまからのお願いを聞いて、私は再度、ヴァーリへと視線を移す。

 どこか寂しそうな、それでいて遠慮がちな顔。なのに目つきだけは何者からの接触も拒むように鋭くて。

 ああ、確かに彼はなにも知らなそうだ。けれど、知らないということがどれだけ損をしているかも、きっと知らないんだろう。

 ダメだと思う。

 このままは、彼のためにならない。

 だから私が、教えてあげなければならない!

「私、行ってきます」

「え? あ、ソーナ!?」

 決めた途端、足は前へと動きだす。

「あら、だいじょうぶよ、サーゼクスちゃん。貴方の信じてるヴァーリくんも、私の信じてるソーナちゃんも、二人ともいい子に決まってるんだから」

 後ろで、お姉さまとサーゼクスさまの声が聞こえるのすら気にならない。

 視界に銀色が揺れる。

 疑問を浮かべた瞳に、私の緊張した顔が映る。

 私は彼の前に手を差し出し、言葉を綴った。

「ねえ、私と友達になってくれないかしら?」

 その後の言葉は、きっと私の中で、忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 随分と、懐かしい夢を見た。

「もう何年前になるのかしらね。ヴァーリったら、昔と今じゃ大違い。本当に、良くなったわ」

 私の友人。

 白龍皇であり、悪魔であり魔王の息子であり、人間。彼の立場は複雑で、彼を狙う者も多いと聞く。そんな中でも、ヴァーリは自分の強さを見失わない。

 だからなのだろう。彼の眷属になる人たちも、とても強い。

 純粋な力のことではなく、在り方の話だ。彼らはみんな、強い。揺るがない自分を持っている。

「ライザー……」

 あと10日。それで私の運命が決まる。

 私も、ヴァーリのように強くなりたい。強くなって、ライザーとの婚約を破棄して、そして――。

「やっと眷属にしたのだもの。やっぱり、このままっていうわけにはいかないわよね」

 今日の会談の中でも彼は私に勇気をくれた。

『俺たちみんな、貴女のことを気に入って、好きになって眷属になったことを忘れないでください』

『会長と俺の二人がいて、貴女に忠実な俺たち眷属がいるのに、あんな頭悪そうな鳥一匹、策にかけられないとでも?』

 私にも、彼のような強さを持ち得る眷属がいる。

 私には、優しく、強くなった友人がいる。

 だから、だいじょうぶ。

「ありがとう、ヴァーリ。貴方のおかげで、私は戦える。前に進める。だから、私の友達として見守っていて。この先の、私の在り方を」

 ライザー、私たちは貴方に勝つ。

 サジの言葉が、ヴァーリの在り方が、私に勇気をくれるから、私は貴方とも戦える。

 待っていなさい。必ず、必ず勝つわ。

「……そうね。勝ったら、勇気を出してみるのもいいわよね」

 窓から見える星空。

 その星々に、私はひとつのお願いをすることにした。




ちなみに、ソーナはヴァーリのヒロインではありません!
ライザーはちょうどソーナ回だからヴァーリとの出会いも取り上げていますが、違います。
さあ、頑張るんだよ匙!


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あの特訓は自信

みなさまこんばんはalnasです。
ちょっと期間が空きましたがなんなら半年、一年開くこともある作品なのできっとまだ覚えてる人はいる! はい、申し訳ない更新遅くなりました。
匙くんもいいけどそろそろヴァーリ眷属も書きたいけどこの話も大事にしたいのでとりあえず書きたいこと書いてます。
そして気づく。もうすぐこの作品書き出して2年経つことに……え? もう2年?? まだ話数的に全然進んでないんですけど……?


 万全とまではいかなかったが、それなりとは言ってもいいだろう。

 ライザー・フェニックスとのレーティングゲームまで残り1日となった今日は、これまでの修行での疲労をなくすために当てられている。

 まあ、昨日から修行そのものは過激を通り越し、緩やかになっていたんだがな。

「とは言え、本番に万全の姿勢で臨むのは当たり前か」 

 ソーナと匙元士郎は『女王』の椿姫と3人で当日の作戦を立てているらしく、別荘のリビングからしばらく出てきそうにない。

 先ほど休憩がてら外の空気を吸いに行っていたを見てから3時間はこもっているが、だいじょうぶだろうか?

「休むといった本人が根を詰めるのはどうなんだ?」

「それだけ本気なんですよ」

 俺の背中を背もたれにしながら寄りかかる白音は、甘味を食べながらそう答える。

 シトリー眷属が休んでいるということは、俺たちグレモリー眷属も当然自由に過ごしているわけだが、アーサーはイッセーを連れて山の中へ。もちろん修行目的なので、アーシアもそちらに同伴。

 ルフェイは休みであってもできることはあると、シトリー眷属のみんなに連れられ、戦術や魔法、魔力の勉強会をするらしい。

「暇しているのは俺たちだけか」

「です。でも、たまにはいいんじゃないでしょうか?」

「……そうだな。ここ最近は仲間も増えたし、強敵との戦いもあった。こうして休めるうちに休んでおくことも必要か」

「はい。ヴァーリ先輩はただでさえ自分に負担をかけやすいですから、しっかり休んでください」

 耳の痛い話だ。

 戦いに明け暮れるのも悪くはないが、白音に言われたように休むこともしなければ戻れなくなってしまう。戦いに身を落としてはいけないとサーゼクスも言っていたことだ。ここはゆっくりするとしよう。

「ヴァーリ先輩の見立てでは、勝率はどの程度あるんですか?」

 白音の聞いていることがなんであるのかは、すぐにわかった。

 紛いなりにも昨日まで修行していた相手のことを気にかけないはずもなく。明日に控えたレーティングゲームのことが気がかりなんだろう。

「純粋な戦力だけで見れば、ライザー・フェニックスの圧勝だろう。数の理、ライザー・フェニックスという力の存在。傍目から見れば、どちらが有利かなんて語るまでもない」

 眷属がすべて揃っている彼と比べ、ソーナの方はいまだ眷属のいない穴がある。これは俺にも言えたことだが、若い故に交渉相手も、出会いも少ないのが原因でもあるのだろう。眷属の欠けた状態での経験者とのレーティングゲームはそのままハンデとなって返ってくる。

 もうひとつの懸念材料は、ライザー・フェニックス本人の力量。俺たちが相手をするならどうにでもなっただろうそれは、ソーナにとっては相性が悪い。彼女の眷属は傾向としては知略を尽くすか器用に全方位を囲うタイプが多い。力に頼るよりも、戦略でカバーすることを主とするソーナに力の一点突破は向いていないんだ。

 もちろん、彼女に力の一点突破も可能な眷属がいたのなら、それは戦略の向上に他ならない。が、いまここにそれはいない。

「せめて匙元士郎が禁手化に至れれば話は別だったが、それも叶わない」

「あの、結局勝率は?」

「ああ、悪いな。そうだな……良くて1割。贔屓目なしに見れば、ない」

 答えたとき、白音が息を飲むのがわかった。

「もちろん、普通に戦った場合の話ではだ」

 なので、俺はそう付け加えた。

「普通に?」

「ああ。今回のレーティングゲームはルールそのものがソーナに一任されているからな。一応公平性は見られるようだが、ルールそのものはほとんどソーナが考えるか、傾向を伝えればその手のゲームを用意してくれるらしいからね」

「それで勝率が変わるんですか?」

「変わるさ。ゲームが力押しでないのなら、ソーナの戦術は勝率を大きく変えるはずだ。俺も詳しくは聞いていないけど、もし勝利条件が『王』の打倒や陣営の全滅にならなければ、きっといいゲームが観れるはずだ」

 今回のゲーム、ライザー・フェニックスの欠点があるとすれば、ゲーム前にある。

 あとは、匙元士郎のあの異例の神器次第か。

「修行の成果は確かに出ている。匙元士郎は強くなった。いままでよりも、神器の扱いはもちろん、基礎も十分向上した」

 ソーナへの忠誠は本物で、覚悟を持って臨めている。

 神器が本来の姿を現したのがその証拠だろう。まさか、これまで見ていた神器がそのほんの一部だったとは誰も思うまい。

 少ない日数でやれることはやった。

「問題は、慢心がないかということだが……」

 控えめに言って、俺の眷属たちは強い部類に入るだろう。現段階でも世界で4桁から3桁には入るはずだ。

 その相手と修行し、自信もつけたソーナの眷属たちに慢心がないとは言い切れない。ソーナの作戦をしっかりと実行できるかどうかは不安要素だな。

 緻密な作戦を練るだろうソーナと、前線での指揮官になるだろう匙元士郎。この二人がいてなお、指揮しきれなくなったとしたら、確実に――。

 なんにせよ、あとは明日を待つしかない、か。

 俺は一抹の不安を感じながら、その日は白音とゆったりとした時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 来た、来ちまった……。

 ヴァーリ先輩の配慮で使わせてもらってる旧校舎の一室で、俺――匙元士郎は一向に落ち着かない雰囲気の中、室内をぐるぐると回ることで自分の中の焦りを誤魔化しながら時間が来るのを待っていたのだが、ついにその時が来たみたいだ。

 今日までヴァーリ先輩と兵藤、たまにアーサーさんと地獄のような修行をしてきた。

 ヴァーリ先輩にはボコ殴りにされ、兵藤にはこっちの体力がなくなるまで攻撃したのに一発も入らないし鋭いカウンターを食らわされる始末。アーサーさんはなぜか聖剣持ってるしマジで死ぬところだった…………なんで俺生き残ってんだ?

 っていうか毎日のようにこれを潜り抜けてきた兵藤が純粋に凄え。

「って、んな場合じゃねえな」

 頬をひとつ叩き、気持ちを切り替える。

 相手は格上も上。レーティングゲームの内容は会長と練りに練ったし、作戦も昨日まででなんとか形になった。フェニックスの方にも一週間前にはゲームのルールは送られているからそれなりに作戦を立ててくるだろうが、それでも俺たちが勝つ!

 あの辛い特訓の中で、俺の神器は本来の力を取り戻したみたいだし、できることもこれまで以上に増えた。

 今回のレーティングゲームで核を担うことはないけど、ゆくゆくは俺がみんなを支える支柱になれたらって思ってる。

「失礼する」

 これからゲームが始まりそうな時間になって、ヴァーリ先輩が姿を見せる。

「ヴァーリ!」

「やあ、ソーナ。ゲームの前に激励をと思ってね。眷属のみんなで来たんだ」

 そう続けたヴァーリ先輩の言葉通り、兵藤やアーサーさん、白音ちゃんにルフェイちゃん、アーシアさんが教室に入ってくる。

「よお、サジ! 今日のゲーム、頑張れよ!」

「おまえに言われるまでもねえよ。俺の勇姿を観客席でしっかり見とけよ!」

 兵藤とは、最初に会ったときよりも格段に仲は良くなった気がする。

 同じ地獄を見た者同士か、それとも俺が兵藤を認めてきてるのか……ああ、噂に流されすぎてたのも考慮して、きっと両方だな。

「へっ、じゃあしっかり見てるからな。女の子を守る戦いとあっちゃ、男は負けられないしな」

 自分にも思うところがあったのか、笑顔を浮かべながらも真面目な目をする兵藤。そういや、アーシアさんを守るために戦うことを決めたって聞いたっけな。

 俺も、会長をあの焼き鳥野郎から守るために勝たないと。

「兵藤、ありがとよ」

「ん?」

「なんか、緊張とかそういうの、全部おさまったよ」

 こっちの心情なんて知らないだろう兵藤は、やっぱりよくわかってないみたいだけど「そっか、なら良かった」なんて言ってくれた。

 視界の端では、アーサーさんとルフェイちゃんに話しかける巡と花戒、草下の姿。なにやら楽しそうに話しているので、3人の緊張や不安も払拭されてるに違いない。

 他の場所では、アーシアさんと白音ちゃんが由良と仁村の二人と話していた。なんだかんだで俺たちと兵藤たちグレモリー眷属の仲は深まったわけだな。聞けば、ヴァーリ先輩は白音ちゃん以外のみんなはここ最近で眷属に迎え入れたらしいから、俺と同期になるわけだ。

「……俺の同期半端ないな、おい」

 神器が十全に使えるようになったからって気は抜いてられないな。

 ほんと、ヴァーリ先輩率いるグレモリー眷属を見てると気が引き締まるってもんだぜ。

「ソーナ、眷属を信じて、ときには判断を誤らないようにな」

「ええ、わかっているわ。でもだいじょうぶ、私には私が信頼するみんながいるもの。それに――」

 と、ヴァーリ先輩と話していた会長と目が合う。ひとつ微笑んだ会長は、再びヴァーリ先輩へと向き直し、

「頼れる『兵士』がいるわ」

「……そうか、そうだったな」

 なにかに得心のいったらしいヴァーリ先輩が頷くと、会長の横に控える副会長も同じように頷いていた。な、なんだったんだ? っていうか、いまの会長の笑顔可愛すぎたんですけど!? くっそお、もう一回見れねえかなぁ……写真撮りたいんですけど!

「さて、もう時間か。あまり長居して最終確認の邪魔をするのも悪いし行くとするよ」

「そう。ありがとう、ヴァーリ。私、勝つわ」

「ああ、勝ってくれ。しっかり見ておくよ」

 互いに視線を交わした先輩たちはあいさつを終え離れていく。

「じゃあな、サジ。またレーティングゲームが終わったら会おうぜ」

「はいよ」

「相手の『王』の面、しっかり殴ってやれよ」

 兵藤が拳をこちらに向けるので、ついつい拳を重ねちまう。

「おう! 思いっきり殴ってくるぜ。男の意地ってやつを思い知らせてやらねえとな!!」

「その意気だ!」

 最後まで激励してくれた兵藤も、先に部屋を出て行ったアーサーさんたちに続いて行ってしまう。

「匙元士郎」

 最後に、ヴァーリ先輩が俺の前に立つ。

「キミは強くなった。戦い方を覚え、神器を使いこなし、知略をめぐらせて。誇っていい」

「ヴァーリ先輩……」

「だから、勝ってこい」

「はい!」

 それだけ言い残し、ヴァーリ先輩も教室から出て行く。なにやら「キャラじゃないんだがな……」なんて呟いていた気がするけど、きっと気のせいだろう。

 なにはともあれ、ゲーム前にグレモリー眷属のみんなと話せて良かった。

 ヴァーリ先輩、兵藤。みんなから勇気を貰えて良かった。これで万全の状態でレーティングゲームに挑めるってもんだぜ。

『皆さん、開始十分前です。これから展開する魔方陣から戦闘フィールドへ転送されます。場所は異空間に作られた戦闘用の世界ですので、どんなに派手にやってくれても構いません。存分に力を発揮してください』

 グレイフィアさまからのアナウンス。

『今回の「レーティングゲーム」は両家の皆さまも他の場所から中継でフィールドでの戦闘をご覧になります。さらに魔王ルシファーさま、レヴィアタンさまが今回の一戦を拝見されておられます。それをお忘れなきように』

 レヴィアタンさまだけでなく、ルシファーさままでかよ。グレイフィアさまがいるから当然と言えば当然だけど、見られてると意識するとやっぱり緊張はするもんだな。

『それから、今回のレーティングゲームは当初の予定を変更し、ソーナさま、ライザーさま両名の同意の元、変則ルールで行います。それでは、まずはルールの説明から致します』

 グレイフィアさまの言葉は続き、会長先導の元発案された今回のレーティングゲームの特殊ルールが発表される。

 いよいよ、ゲームが始まる。

 勝つんだ、絶対に!

 




書きたいこと書いてたらルールは次回にもつれ込んだよ……だいじょうぶ、ルール決まったからもう書ける。
展開……? 決まってるよ、決まってる。なあに、だいじょうぶですよ、ガハハ!


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この開幕は無音

みなさんこんばんはalnasです。
今回はルールを組んでくにあたって、相棒と「あれ? 駒王学園のマップあったっけ?」「え? あーライザー戦のときにアニメでマップが」「ああ! それだ! おや? これマップだと区切れなくね?」「したらここを詰めて」なんて話しながらルール構築してました。おや? マップの話しかしてないような?
なんてことも過ぎ、固まったので更新を続けようかと。
それにしてもシトリー眷属のキャラ掴むために原作を読み直さないと……。


 ソーナたちとは別の会場に用意された観客席――とは言っても見ている人数そのものは十数人しかいないので小さな会場だが――でソーナとライザー・フェニックスのレーティングゲームが始まるのを待っていると、グレイフィアのアナウンスにより、とうとうゲームの注意事項や詳細が説明される。

 今回のゲームは特殊なものであり、あくまでソーナとライザー・フェニックスのためのレーティングゲームでしかない故に実現したものだ。

 もっとも、ライザー・フェニックスが冷静であれば実現したかどうかはわからないものでもあるが。

『それでは、ルールの説明になりますが、今回のレーティングゲームでは駒王学園を4×4の16マスに区画し、そのマス目を獲得していく流れとなります』

 ソーナから聞いていた通りか。

 ルールに関してはソーナの要望が通ったと思って間違いなさそうだな。

『ゲームはターン制で、合計15ターンによるゲームを構築して頂きます。毎ターン、ソーナ様、ライザー様本人もしくは眷属のうち一人が指揮をとり、誰を、どのマスに進めるかをお互いに決めてから行動を開始します。単騎、もしくは集団での移動が可能であり、移動できるマスは単騎、集団での最低駒価値となります。また、1ターンに移動できる集団は2集団までとします』

 ゲームは動かす距離と集団、もしくは単騎の移動者を2チームまで決め、互いに移動箇所が決まったら移動か。

 それを15回繰り返すということだな。

『移動したマス目はそのターンに領地宣言をした場合、3ターン目までそのマス目を守り抜けた場合のみ領地獲得となります。なので、3ターン目までに敵にそのマスに侵略された場合は戦闘をおこなっていただき、勝った側の領地と決定します。また、マス目での勝利は、3ターン経過を待つことなく、即座に領地獲得となりますので、ご注意ください』

 ふむ……3ターン目までマスが被らない位置を陣取るか、もしくは積極的にマスを被せて相手を倒すことによってマスを獲得するかを選択できるわけか。

『なお、両者「王」については残り5ターンを切るまで移動はできません。それから、一度領地として決まったマスは再度獲得することはできないことと、1ターンを10分として、この時間内に戦闘が終わらなかった場合は、次のターンもそのマス内でもう一度戦闘をおこなって頂きます。どちらかのマスになるまでは移動は禁止とします』

 これは……思ったより戦略性の必要なゲームだな。なるほど、ソーナが作戦を立てるのに時間を使うわけだ。その場その場でのみ考えていたのではロクな動きができないだろう。

『なお、ソーナ様、ライザー様は互いに旧校舎と新校舎を最初の領地としてそこがゲームのスタート位置になります。ルールで不明瞭な点があればゲーム開始までの時間でお聞きください。では、ゲーム開始までのしばしの時間を作戦立案にお使いください』

 そうしてグレイフィアのアナウンスは終わった。

 だいたいのルールは把握したが、不明瞭な点か……その辺りはソーナのゲームメイクを観戦しながら把握していくしかないな。どう考えても、このゲームを最も理解しているのはソーナだ。

 それに、唯一の懸念材料であるライザー・フェニックスの参戦が終盤までないとなれば、可能性も広がる。

 ソーナも同じ立場になったのは痛いが、現場には匙元士郎がいるならどうにかするだろう。いや、しなくてはならない。

「ヴァーリ先輩、サジの奴だいじょうぶっすかね?」

 イッセーがルールをアーサーから教えて貰ってきたのか、心配そうに聞いてくる。

 匙元士郎ならば早々負けることはないだろうし、おそらくソーナは積極的に攻撃に出るような作戦は立てていない。

「だいじょうぶだろうさ。ライザー・フェニックスが出てくるのは後半のうえ、一度領地にしたマスは奪えない。なら、ライザー・フェニックスとの直接戦闘ももしかしたら避けられるかもしれないしな」

 答えつつ、それはないだろうと直感が告げている。

 せめて、その時が来なければいいのだが……。

「だといいんですけど……サジのやつ、妙にやる気に満ちてたっていうか、ドライグがコカビエルと戦ったときの俺に似た雰囲気を感じたって言っていたんですけど」

「なに? そうか、それなら本当にわからなくなるな」

 戦術に富んだ戦いを見るのは嫌いではないが、やはり胸踊る戦いは正面からの一騎打ちだ。もしかしたら――。

 

 

 

 

 

 ルール説明が終わり、俺たちは一箇所に集まり4×4の16マスに区切られた駒王学園の地図を見る。

 端と端で対角線を描いて設置されている俺たちとライザー・フェニックスのスタート地点。つまり、互いのひとつめの領地ということにもなるそれは、新校舎と旧校舎とでわけられている。

 俺たちのいる旧校舎では、既に作戦は立てられているので一通り段取りを確認した後に各々準備をしているところだ。

 先ほどグレイフィア様に問い合わせたのだが、別れていた2チームが同じマスに合流した場合のみ、揃ったメンバーを再度1チームに編成してもいいそうだ。また、逆もいいと言われた。つまり、一箇所にいたメンバーを2チームに編成して散会させてもいいわけだ。

 これはかなり戦略性のあるゲームになっちまったな。望むところだけど、複雑になっていくとルールの裏を取られかねないのはやっかいか?

「サジ、作戦の件ですが」

「はい、会長。わかってますよ。こういうのは、眷属唯一の男である俺の役目です」

 会長にとって今回の作戦でどうしても必要な役割を、俺は自ら引き受けた。

 わかっている。ルールを立てた際にどうしても避けられないことがあるのは、わかっているんだ。

「やはり、サジだけでなく他の子も一緒に……」

「いえ、会長たちは勝つことに集中してください。それに、序盤で面を埋めちまえばどうにかなる可能性もありますしね」

「……そう、ね。ごめんなさい、サジ。いまは勝つことに集中するべきよね」

「はい。必ず勝ちましょう、会長!」

 そうだ、勝つんだ。

 やることは変わらない。

『お時間になりました。これより、ライザー・フェニックス様とソーナ・シトリー様のレーティングゲームを開始します』

 そして、ついにゲーム開始のアナウンスが鳴る。

 出現した魔法陣に足を踏み入れると、以前として景色は変わらないが、異空間に作ったらしいうちの学校へと転移したみたいだ。

『みなさま転移したようですね。それでは、残り15ターン。これより最初のターンを開始します。それは、ゲームスタートです』

 鳴り響く学校のチャイム。

 さあ、やりますか。

「では、最初にサジと桃、憐耶と翼紗に留流子の2チームを出すわ」

 俺と花戒――つまり『兵士』と『僧侶』の組み合わせと、草下と由良、仁村の『僧侶』と『戦車』それに『兵士』の組み合わせだ。

 俺たちは現在、全員合わせても8人しかいない。

 集団戦になればライザー・フェニックス率いる眷属チームの方が圧倒的に有利なのは間違いないだろう。でも、一度に全部出しても意味がないって会長は言ってたっけ。

「本当は全員を2チームに振り分けるのが一番なんだけど、こうするしかないわね。みんな、もし私の読みが外れたらごめんなさい。でも、そのときは無理しなくていいから――」

「いえ。死ぬ物狂いで勝ちますよ」

 ――リタイアして。

 そう言おうとしただろう会長の言葉を遮り、代わりにそう宣言する。

「会長、もっと信じてくださいよ。俺たちは貴女のために戦うんです。だから、負けてもいいみたいに言わないでください。勝って、勝利を収めましょう」

「――……ええ。ごめんなさい、みんな。もし読みが外れたとしても、必ず勝って!」

「「「「「はい!」」」」」

 これから移動する俺たち全員が会長の言葉に応える。

 後ろで控える副会長と巡も頷く。

『それでは両者、1ターン目の移動を開始してください』

 グレイフィア様からのアナウンスで、目の前に魔法陣がふたつ現れる。

 会長が事前に渡されていた端末を操作すると魔法陣が光りだしたので、これで問題なく移動先のマスへと飛べるだろう。

「さあ、勝つわよみんな」

 会長の声を聞きながら、俺と花戒は魔法陣へと入る。

『各々移動しましたね。確認しましたが、1ターン目の移動ではマスが重なることはありませんでした。端末に各移動マスの位置を適宜送りますので、ご活用ください」

 俺たちには知れないが、会長の持つ端末には敵側の位置が映し出されているんだろう。

「ひとまずは敵との遭遇はなかったな」

「そうだね。でも油断してると負けちゃうからしっかりしててよね、元ちゃん」

「あいよ。っていうか、その元ちゃんって呼び方どうにかならないのか?」

「なりませーん。元ちゃんは元ちゃんで決定してるのでだーめ」

 花戒は当初俺のことを元士郎と呼んでいたんだが、最近なぜか元ちゃんと呼ぶようになった。本人の中でなにか変化があったのか、それとも俺が正式にシトリー眷属の一員として認められたからなのか。前に一度、ヴァーリ先輩から会長にはぐれ悪魔の討伐を頼まれたときに助けたことがあったが、それで認められたのか? 原因はわからないが、眷属の仲が良好なのはいいことだよな。

『サジ、桃。あなたたちはそこから更に右に1マス、その後2マス前進してもらいます』

「「了解」」

 俺と花戒のチームは駒価値がそれぞれ4と3なので、移動できるのはチームの最低値というルール上、毎ターン3マスの移動ができる。いまはグラウンドにいたので、このまま進むと駐車場に出ることになるだろう。

『あなたたちの向かう先には、おそらくライザーがこのターンで進めたチームが陣取っています。敵はそれぞれ端から進んでいるので、こちらを挟み込んでプレッシャーをかけたいのかもしれないわね』

「このターンで落としますか?」

『可能であればお願いするわ。戦力を各チームに割く余裕のあるライザーのチームなら、相手の「戦車」か「騎士」がいるはずよ。油断しないように』

「はい、わかりました」

 敵の『戦車』か『騎士』……俺たちは『兵士』と『僧侶』の二人のみ。あとは相手の人数次第ではあるが、まあ作戦には織り込み済みだ。

『これより2ターン目を開始します』

「行くか、花戒」

「うん、元ちゃん!」

 アナウンスと同時に、俺たちの視界が切り替わる。

 教師の車が何台か停められている駐車場。

 その一角に、3人の影が映る。

『移動先のマスが重なったことを確認しました。ライザー様、ソーナ様のチームが1チーム、駐車場にて接触。これより10分間の戦闘をおこなってください』

 空中にタイマーが出現し、残り10分から減り始める。

 真ん中にいる仮面の女性……集めた情報の中にあった、ライザー・フェニックスの『戦車』だ。それだけじゃない、両隣にいるのはそれぞれ『騎士』と『僧侶』じゃねえか!

「花戒、後ろに下がってろ」

「うん。後衛は任せて」

 素直に後方に下がっていく花戒とは逆に、俺は前へと進む。

 向こうも一人が下がっていくが、残りの2人は残っているところを見ると、あちらさんは前衛2人ですか。当然だよな。やっぱり数の差は変えられねえか。

「ソーナ・シトリーの『兵士』か」

「ああ。そっちは『戦車』と『騎士』だな」

「そうだ。3対2なうえ、前は2対1になるが、悪いが遠慮も手加減もしないぞ」

「はっ、元から期待してねえよ」

 こちとら地獄の修行ですら化け物と2対1、もしくは3対1だったんだ。それこそ多対1には慣れっ子になっちまったよ。ああ、泣きそうだぜこんちくしょう!!

「では、時間も惜しい。いくぞ! ソーナ・シトリーの『兵士』よ!」

 相手の『戦車』の掛け声とともに、『騎士』を伴って走りだす。

 でもなあ、こっちも負けてられないんだ。

「俺は、会長を勝たせるためにあんたたちを倒す!」

 俺は右手を掲げ、こちらに襲いかかってくる3人へと向ける。手には黒い炎を出現させて――。

 



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その思考は過剰

お久しぶりです。
更新が止まって1年が経ちましたが、無事に復帰しました。
グレモリー家の白龍皇には思い入れがあるので、何度止まっても書き続けるのです。
1年ぶりなので、忘れている人は1話から読んでください! いや、本当に久々の更新になってしまい申し訳ありませんでした! 相棒のjiguさんが謝るから許してください!


 戦闘の始まったコマがあったため、フィールド上空と客席に映像が映し出される。

 早くも匙元士郎が戦う羽目になったか。

「始まりましたね、ヴァーリ先輩……」

 隣で観戦しているイッセーは、自分のことのように力の篭る目を映像の先へと向ける。

「そう心配するな。俺とキミ、アーサーとの特訓を生き抜いた男だ。シトリー眷属の中でも継戦力は随一だよ。それがわかっているからこそ、ソーナはライザー・フェニックスの策を見通し、彼を初戦に持ってきたのだろう」

 現に、向かってくる敵を薙ぎ倒す彼の姿が映像に映る。このぶんなら、一戦目では大したダメージを負うこともなく勝利するはずだ。

「会長って、相手の手までわかって眷属を動かしているんですか!?」

 映像から目を離したイッセーの驚く声が横から響くが、構わずに話を続ける。

「その程度ができないのなら、俺が彼女を尊敬しているはずがないだろう? 俺は彼女が友人であることを、誇りに思っているからな」

「そ、そうだったんですか……確かに、仲良さそうですもんね」

「――ヴァーリ・グレモリーとしては、長い付き合いだからな。それこそ、俺の初めての友人だ」

 だからこそ、ライザー・フェニックスなど早々に打ち倒してほしいものだ――。

 視界の端では、グレイフィアが1戦目の終了を告げ、3ターン目の攻防が始まろうとしていた。

 まだまだ、本当に厳しいのは、ここからだな。

 

 

 

 

 

 正面から向かってきた敵の『戦車』、『騎士』。そして後方に待機していた『僧侶』の3人。

「元ちゃん!」

 花戒からの援護を受けつつ、敵の後方にも気を配りながらの近接戦。

 初撃の黒炎によって予想以上のダメージを与えることができたとはいえ、やはり2対1での近接戦は苦戦を免れないだろう――そう、思っていたんだ。

 眼前に迫っていた敵の女性二人が、こちらに構える手前で倒れ、そのまま光に包まれて消えていく。

『ライザー・フェニックス様の『戦車』1名、『騎士』1名、リタイア』

 無慈悲に響く、グレイフィア様のアナウンス。

「へ?」

「あ、あれ……元ちゃん、もう倒したの?」

「うそ……『兵士』風情があの二人を、倒した……?」

 フィールドに残された俺たちは、敵味方関係なく唖然としてしまう。

 って、いやいや! いかん、冷静になれ、匙元士郎! これは敵を落とす最高の機会じゃないか!

「くらえ!」

 いまが状況の整理が追いついていない彼女に肉薄し、加速に乗せた拳を当てる。

 防御力は然程なかったのか、強化していなかったのか。どうあれ。

『ライザー・フェニックス様の『僧侶』1名、リタイア。行われていたすべての戦闘の終了を確認いたしました。2ターン目終了時のライザー・フェニックス様の獲得領地0。ソーナ・シトリー様の獲得領地1。続いて、3ターン目を開始いたします。両者、3ターン目の移動を開始してください』

 再び、グレイフィア様のアナウンスが聞こえて来る。

 拍子抜けするほど、あっさりした勝利だった。なんというか、これでいいのか?

「やったね、元ちゃん!」

「あ、ああ。勝ったな」

 近づいてきた花戒とハイタッチをして、やっと実感を得られた。

「凄いね! やっぱりヴァーリさまたちとの特訓の成果が出てるんだね、私たち!」

 どうなんだろう?

 少なくとも、俺が相手をしてもらっていたヴァーリ先輩、アーサーさん、イッセーにはまるで歯が立たなかったぞ。

 ……初戦はくれてやるって魂胆か? そうか! 1度に『戦車』、『騎士』、『僧侶』を倒させてこちらの油断を誘うつもりだな。

 序盤も序盤で彼女たちを使い捨てにできるだけの戦力があるってことか。

 ライザー・フェニックス……ただの頭の悪い焼き鳥だと思っていたのに、まさかあの日の態度は演技? いや、だが……。

「侮れない、かもしれないな……」

 ここは会長ともしっかり連絡を取り合い、みんなが油断しないように注意も払わないと。この役目は俺よりも会長が適任だな。

『サジ、桃。ありがとう、二人とも平気そうね』

「はい、会長。それで、早急に伝えたいことが――」

 次の指示をもらう前に、俺が思ったことを伝える。

 ライザー・フェニックスが、もしかしたら俺と会長の予想を超えた策略家かもしれないこと。

 そして、初戦の呆気なさからくる緊張の弛緩。

 初のレーティングゲームに加え、会長とライザー・フェニックスの関係。

「くそっ、初っ端から考えることが多すぎるぜ、こいつは!」

 これが悪魔たちのおこなうレーティングゲームか……なるほど、一筋縄じゃいかないな。

 もしかしたら、まだ見落としがあるのかもしれない。いや、だけどこれ以上考えすぎるのは、逆に行動に制限をかけてしまう。

 なにより、戦っているのは俺だけじゃない。なにも俺一人で考えなきゃいけない状況じゃないんだ。この一手はもっと先。ゲームの勝敗を左右するときまで俺が残っていてこそ成立する可能性のある策だ。

「っし! 気合入れ直さないといけないのは、俺だな」

『サジ? だいじょうぶ?』

「全然平気です、会長! それで――作戦に変更はありませんか?」

『……ありません。貴方の言葉は、しっかりと受け取っておきます。このターン、もう1チームを陣地から出します。それと、貴方たちにはまた移動してもらいます。このターン移動するのは、その2チームです』

 順当だな。

 よし、だいじょうぶだ。

「了解です。では、貴女の作戦通りに」

 通信を終え花戒を確認すると、彼女も頷いて了承をくれる。

 彼女も、どこか違和感を拭えていないのだろう。

「どうすっかなぁ」

「ふふっ、元ちゃんでもそんな焦った顔するんだね」

「そりゃするさ。頭脳だけなら会長にも負けてないと思ってるけど、悪魔としての力も、神器所有者としても成り立てだからな。純粋な戦闘じゃ、やっぱりまだまだと思い知ったしよ」

 本当に、よく思い知らされた。

 ヴァーリ先輩だけじゃない。アーサーさんに、イッセー。白音ちゃんにルフェイちゃんもだ。いまのグレモリー眷属には、真っ向勝負はおろか、策を弄しても勝てやしない。

 むしろ、策ごとゴリ押しされるだけで潰されるのが目に見えるぜ。

 アーシアさんにしても、神器の扱い方じゃ逆立ちしても勝てないってか、どういう特訓したら伸ばせるんだって話だ。

 俺が必死こいて、死に物狂いで神器の上限を突破し強化したってのに、彼女はシトリー眷属修行週間の間に2段階上に言ったって説明された俺の気持ちよ……。

「くっ、落ち着け、既に過去の話だ。いまは目の前のことに集中しないでどうする!」

「元ちゃんって、普段頭いいけど、たまにものすっごい頭悪いよね」

 花戒が温かさと優しさの込もる声でそんなことを言ってくる。全体的に憐れみとか冷たい雰囲気がないから文句も言いづらいな。

「いいか、花戒。俺は別に頭がいいわけじゃない。良くありたいから、思考を止めてないだけだ」

「うわ〜……元ちゃんっぽい言い分だ」

「俺っぽいってあのな……いまは聞かないことにする。それで、次はどこに進めばいいんだ?」

「えっと、次は――」

 指示を確認しつつ、次にやるべきことを考えなければならない。

 順当に行けば、このまま3ターン目で俺たちは2マス目の領地を得ることができる。そして、次の領地獲得を目指し、もう1チーム出るとなれば、優位に立てるのは目に見えている。

 それに対して、ライザー・フェニックスは1チーム脱落し、新たにチームを出さなければ領地を増やせない。

 けれど、懸念事項がないわけじゃないんだよな……相手の『女王』が動き出したらちょっとまずいぞ。こっちはまだ副会長を出していないから、ハッキリ言って対抗てきるか微妙なところだ。

 俺はレーティングゲームを知ったのも最近だし、他の悪魔の眷属にも詳しくないからよく知らないが、相手の『女王』は『爆弾王妃』と呼ばれ、それなりに有名だと教わった。

「俺たちにはゲームの経験も、戦闘経験も足りていない。それに、相手はルールの穴を突いてくる可能性だってあるよな」

 ヴァーリ先輩も言ってたっけ。

『これは、悪魔同士の本気の戦い。油断や隙を見せれば、即座に喰われるぞ。キミたちは今回がファーストゲームかもしれないが、相手のライザー・フェニックスにはそんな事情は通用しない。旧校舎では煽ってしまったからな……本気で勝ちに来る可能性もゼロじゃない。いいか、匙元士郎。あの日のライザー・フェニックスを見て、彼をバカやアホと思うかもしれない。でも忘れるな。彼は、強者の集うレーティングゲームを勝ち抜いてきた猛者だということを』

 修行中に聞かされた言葉を反芻する。

 わかってる。

 実力じゃどう足掻こうと俺たちが下だ。油断なんてしていない。

 俺は会長のために、勝つんだからな。

「元ちゃん、3ターン目が始まるよ」

「……ああ。次、もし相手と当たっても、勝つぞ」

「もちろん」

 グレイフィアさんからのアナウンスが響き、そしてまた、緊張の一瞬がやってくる。



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