錬鉄の英雄 プリズマ☆シロウ (gurenn)
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無印編
夢幻召喚


プリヤ士郎が、どうやってアーチャーのカードを手に入れるのかをご覧下さい。


【士郎視点】

 

『俺はお兄ちゃんだからな。妹を守るのは当たり前だろ?』

 

不思議な夢を見ている。まったく見覚えがない景色と、不思議な紋様。その中心に寝かされた女の子に、カードを手にして微笑む俺。知らない。俺は、こんなのは知らない。だが……

 

その言葉は、酷く俺の胸を打つ。その言葉に、俺は頷く。そうだ。当たり前だよ。妹を守るのは、兄として当然。例えどんな奴が相手でも、お兄ちゃんは妹を守らなければならないんだ。

 

俺の妹、イリヤ。血は繋がってないがそんな事は関係ない。俺は胸を張ってそう言える。これは夢だ。そんな事は分かっている。だけど、この俺も妹を守ろうとしている。ならば俺は……

 

『ーーがもう苦しまなくていい世界になりますように。優しい人達に出会って……笑い合える友達を作って……あたたかでささやかなーー』

 

知らない妹の手を握って、祈るように呟く俺。ただ静かに、それだけを願うように呟く。その姿は正義の味方? 違う。ただのお兄ちゃんだ。だけど、だからこそ誰よりも優しい願い。

 

景色が、霞んで光の中に消えていく。

 

夢から覚めるんだ。そう理解した時、もう一度声が聞こえた。

 

『ああ、だけど……もう俺は側にいてあげられないんだな。それだけが本当に悔しいよ。だからもう一つだけ願う。どこかの俺。俺の妹を、頼むよーー』

 

悔しそうに、だけど嬉しそうに、そう呟く声が聞こえた。それを受け取った俺は、聞こえるか分からないけどその声に答えた。ただ一言……

 

『任せろ』ってな……それに、知らない俺は安堵したような気がした。

 

…………………………………………………

 

「……」

 

朝、目を覚ました俺は、何故か不思議な夢を見ていたような気がした。夢の内容は思い出せない。だけど、とても大切な願いを託されたような。こんな気分は初めてだ。いつもより早い時間に目覚めてしまった俺は、少し悩む。

 

「まだ五時か。せっかくだし、朝飯の準備でもするかな。またセラに文句を言われるかもしれないが……」

 

我が家の家政婦さんが、脳内で文句を言っている。またシロウは私の仕事を奪って、みたいな感じで。今日の当番はセラだからな。家庭内ヒエラルキーが家政婦達より低い俺は苦笑する。

 

「でも、目が覚めちまったものは仕方ないからな。また寝る気にもなれないし、時間の有効活用ってやつだ」

 

時間がたっぷりあるから、いつもより凝った料理を作る事も可能だ。ついでに妹のお弁当も作ってやるのも悪くないかもしれない。どうせ、一成に弁当を作ってやる約束もしてたし。

 

「今日も良い天気になりそうだ」

 

カーテンを開けて白んできた空を見ながら、俺はそう呟いた。そして、朝飯の準備をする為に一階に降りていく。

 

…………………………………………………

 

「シロウ……今朝の当番は私だった筈ですよね? また私の仕事を奪って……」

 

「せ、セラ、落ち着け。ほら、味見をしてみてくれよ。今日の朝飯は時間があったからちょっと凝ってみたんだ」

 

「そんな事では誤魔化されませんよ! む……しかしこれは中々……」

 

案の定、文句を言ってきたセラに料理の味見を頼む。セラの舌を唸らせる事ができたみたいで良かった。イリヤの弁当を用意しながら、最後の仕上げをやっていた朝飯の味に自信を持つ。

 

あとは完成を待つだけだ。あと10分くらい煮込めばいいな。そんな俺達のやり取りを、起きたばかりらしいリズが目を擦りながら見ていた。真面目なセラとは違って、相変わらずリズは、家政婦として働く気がないようだ。

 

「セラもシロウも飽きないね」

 

「リズ! また貴女は、そんなやる気がない格好を……もう少し自覚を……」

 

そしてまたセラがそんなリズに説教を始める。うん、いつもの朝だ。俺はそんな光景に笑ってしまった。本当に優しく愛しい、俺の世界。この世界が失われるなんて想像もつかない。

 

「シロウ~、そろそろイリヤ起こした方が良くない? 時間的に」

 

「貴女がやりなさい、貴女が!」

 

「あはは。いいよ。俺が起こすから。セラは、出来上がった料理をテーブルに運んでくれよ」

 

「シロウ! そうやって貴方がリズを甘やかすから、この子はいつまで経ってもメイドとしての自覚が……」

 

セラの説教の矛先がこっちを向いた。おっと、まずいな。俺は妹のイリヤを起こすという名目で、セラの説教から逃げ出した。これが俺の分岐点だったのかもしれないと、後に俺は思う。

 

だけど、この選択は必然でもあった。あの夢の中で、知らない俺に託された願いが俺を導いた。だからきっとこの選択は必然だったんだ。俺は、非日常に足を踏み入れる選択をした。

 

…………………………………………………

 

「イリヤ、朝だぞ。起きろ」

 

「う~ん、あと五分……」

 

「何てベタな寝言だ……」

 

俺は妹の寝言に呆れた。俺の妹イリヤは朝が弱い。そして、追い詰められると逃げ出すという癖がある。可愛い妹であるのは間違いないんだが、その癖は直して欲しいと俺は思う。

 

「いいから起きろって」

 

「う~ん……」

 

「まったく」

 

困った妹だ。だが、愛しい妹だ。全てを懸けて守ろうと思えるくらいにな。そう思った瞬間だった。俺の頭に鋭い痛みが走ったのは。

 

くっ、何だ、今の? 頭の中に、知らない光景が見えた。

 

イリヤではない妹が、不思議な紋様の中心に寝かされている。そして俺は、その妹を見下ろしている光景。妹は、悲しそうに泣いている。全てを諦めたような雰囲気で。それを俺は……

 

『妹が、もう苦しまなくていい世界になりますように……俺の妹を、頼むよ』

 

「くっ……何だこれ……」

 

頭の中に浮かんできた光景に、俺は頭を押さえてよろめく。そしてイリヤの机に手をついて膝をつく。不可思議な頭の痛みは、その内、引いていった。一体何だったんだ、今の光景は?

 

痛みが引いて、俺は立ち上がる。その時、手をついたイリヤの机に何かある事に気付いた。丁度、ついた手の下に何かがあるようだ。見てみると奇妙なカードだった。何なんだ、これは?

 

「……イリヤのか? 机の上にあるって事はそうなんだろうけど、イリヤの趣味とは少し違うような? もしイリヤなら、魔法少女みたいなステッキとか……」

 

弓を構えた兵士のような絵が描かれたカードだ。とてもじゃないが、イリヤが好きな魔法少女物に出てくるようなデザインじゃない。俺は何故か、このカードに惹き付けられた。

 

目が逸らせない。まるで、これが俺にとってなくてはならない物のような、そんな気がした。俺が奇妙なカードに見入っていると、後ろからイリヤの眠そうな声が聞こえてきた。

 

「……お兄ちゃん? おはよー」

 

「っ!? あ、ああ、おはよう」

 

その声にハッとして、俺は何故か咄嗟にカードを後ろ手に隠した。イリヤはまだ寝惚けてるらしく、あれー? 何でお兄ちゃんがいるの? 何て事を言ってくる。やれやれ、まったく……

 

「早く目を覚ませ、イリヤ」

 

「ん~? ……はっ!? お兄ちゃん? 本物のお兄ちゃん……!? 私の妄想の夢じゃなくて!? ルビーの幻とかじゃなくて!? 現実にいるの!?」

 

「落ち着け、訳が分からないぞ?」

 

「いや~! 出てって! こんな寝起きの寝惚けた姿、見られたくない!」

 

いや、今さらそんな事を気にするか? 妹の難しい女心を理解する事は俺にはできなかった。イリヤに部屋から追い出されて、俺はため息をついた。俺の妹も、難しい年頃になったか……

 

「……あ、カード……」

 

持ってきちまった。まあ、後で返せばいいか、と俺は軽く考えてしまった。

 

…………………………………………………

 

「遠坂凛です。皆さん、これからよろしくお願いしますね」

 

「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと申しますわ。皆さん、わたくしの事もどうかよろしくお願いしますわ」

 

学校に来て早々、俺達は担任に転校生達を紹介された。その転校生は二人とも美少女で、二人ともロンドンから来たという話だった。当然、クラスの男子達は一斉に沸き立ったのだった。

 

俺と一成を除いてな。俺は普段から、セラ達で美女、美少女に慣れてるし、一成は寺の僧侶だからな。普段から女子とは距離を置いてるし、単純に興味が薄いのだろう。多分だけどな。

 

そう思っていると、何故か先生と二人の転校生が俺の方を見ていた。あれ? しまった、話を聞いていなかった。何か言われたのか俺? 俺がそんな風に怯えていると、先生が呆れた。

 

「話を聞いていたのか、衛宮? お前が二人の転校生に学校の中を案内してやってくれと言ったんだが?」

 

「あ、ああ……分かりました」

 

そうか。よく考えれば、当たり前の事だよな。俺はそれを了承したのだが、何故かその瞬間、クラス中の雰囲気が険悪になった。なんでさ。男子達は、あからさまに俺を睨み付けてくる。

 

そして、女子達は二人の転校生を険悪な表情で睨んでいる。隣の席の森山なんて、何故か泣いている。どうしたんだ森山!? 俺はこの状況をどうしていいか分からなくなってしまった。

 

「えっと、じゃあ放課後に……」

 

「よろしくね、衛宮くん」

 

「よろしくお願いしますわ」

 

取り敢えず、引き受けた仕事について話す事にした。転校生の二人は、教室の雰囲気をまったく気にしていない。豪胆だな~……こうして俺は、放課後に転校生二人に学校を案内する事になったのだった。部活休まないとな……

 

…………………………………………………

 

「……で、ここが音楽室」

 

「へえ、中々綺麗じゃない」

 

「ですわね。わたくしの屋敷に比べるとみすぼらしいですけど、及第点はあげられますわね」

 

「うわっ、アンタ、相変わらず上から目線ね。そういう所がムカつくのよ」

 

「あらあら、お猿さんの負け惜しみ? 実に貴女らしいですわね」

 

「誰が猿よ!」

 

「ま、まあまあ、落ち着け二人とも」

 

放課後になった。予定通り、転校生の二人に学校を案内する。弓道部は部長に話を通して休ませてもらった。もう少しで案内も終わる。二人の転校生は最初は猫を被って丁寧な言葉遣いをしていたが、俺がやめるように言った。

 

せっかく同じクラスになったんだし、もっと親しみ易く話したかったから。すると二人は、面白そうな顔をして、本性を見せてきた。正直、こっちの方が親しみ易いのだが、この二人は、事ある毎に喧嘩をするらしく……

 

まさに犬猿の仲。水と油。混ぜるな危険の二人だったのだ。お陰で俺は二人の喧嘩を仲裁しまくる事になった。これは大変だな。二言話せば喧嘩する、というくらいに仲が悪いらしい。

 

「ほ、ほら、次で最後だから……」

 

俺はそう言って、最後である校庭に二人を誘導した。帰り際に男子達が案内役を代わってくれと言ってたが、こんな事なら代わってやれば良かったな。そんな事を考えながら校庭を案内し、俺の波乱の学校案内は終わった。

 

「助かったわ。ありがとう衛宮くん」

 

「わたくしからもお礼を」

 

「いや、この程度なら幾らでも。また何か困った事があったら、何でも言ってくれよ。できるだけ力になるから」

 

「そうね。その時は遠慮なくこき使ってあげるわ。覚悟してね?」

 

「お、お手柔らかに……」

 

怖いな。遠坂の言葉に戦きながらも、俺は約束した。何か困った事があれば力になると。そしてそれは、意外な形で果たされる事になるのだった。遠坂達も予期していなかった形で……

 

…………………………………………………

 

「……眠れない」

 

その夜の事。俺は、何故か眠れない夜を過ごしていた。思えばこれは、予感だった。何かが始まる。そんな予感が俺の目を覚まさせていたんだ。そんな俺の耳に、微かな足音が聞こえた。

 

「……こんな時間に誰だ? ……これは、階段を降りる音? イリヤか?」

 

夜中に目が覚めて、水でも飲みに行ったのか? それともトイレか? 俺は何故か気になり、イリヤの後をそっと追い掛ける事にした。あのカードも、返さないといけないしな。

 

イリヤに気付かれないように、静かに階段を降りる。何故気付かれないようにしたのかは、まだ分からなかった。これも、嫌な予感というやつだったのかもしれない。イリヤは、台所にもトイレにも向かわず、玄関に向かった。

 

「……おいおい、こんな時間に外出?」

 

俺も靴を履いて、イリヤの後をそっと追い掛ける。本当ならイリヤを捕まえて問い詰めるべきなのかもしれない。だけど、何故かそうする気にはなれずに後を追い掛ける。一体どこに?

 

「が、学校?」

 

そこは、学校だった。俺とイリヤが、毎日通っている学校にイリヤはきた。そして、そこには待ち人がいた。その待ち人に、再び驚かされる。何故ならその待ち人は、俺の知り合いだったからだ。しかも学校の案内までした。

 

「……遠坂? 何で遠坂とイリヤが?」

 

遠坂とイリヤは何かを話している。だけどここからじゃ、遠すぎて話の内容までは聞き取れなかった。遠坂達はこんな時間の学校で、何をするつもりなんだ? そんな疑問が湧いた時……

 

「あれは……!?」

 

イリヤが変なステッキで魔法少女に変身した。俺は、夢でも見てるのか? しかもそのステッキ、何か動いて喋ってるんだけど。うわっ、気持ち悪い。その時、胸のポケットに入れていたあのカードが脈打った。な、何だ!?

 

「イリヤの周りに、魔法陣が……」

 

っ!? その光景に、俺はあの時の夢の内容を思い出す。魔法陣のような紋様の中心に寝かされていた女の子。これは、このカードに触れる前にも見た光景じゃないか!? まさかイリヤが酷い目に遭うんじゃないか!?

 

「そんなの駄目だ! イリヤーッ!」

 

「え!? お兄ちゃん!?」

 

「衛宮くん!?」

 

『おっと、飛び入りですか?』

 

気がついたら俺は、その魔法陣の中に飛び込んでいた。イリヤの肩を掴んだ瞬間、世界が変わっていた。あまりに非現実的な事に、俺は声すら出ない。

 

「お兄ちゃん、どうして!?」

 

「衛宮くんが、イリヤのお兄ちゃんですって!? 聞いてないわよ!?」

 

『面白くなってきましたね~』

 

「こら、ルビー! ふざけた事言ってるんじゃないの! どうすんのよ! もう鏡面界に入っちゃったじゃない!」

 

『ついでに、あちらさんもおでましのようですけどね? あっはっは』

 

「な、何あれ!?」

 

もう大混乱だ。驚くイリヤと遠坂と、ついでに俺。そして、一人楽しそうに笑う不可思議なステッキ。極めつけに空間の裂け目みたいな所から這い出てくる黒い人影。イリヤと俺は悲鳴を上げるしかない。何だよあれ!?

 

「黒化英霊!? ちっ、こんな面倒な時に! とにかく、イリヤ、あれが私達の敵よ! 戦いなさい!」

 

「ええーっ!? 聞いてないよ!」

 

「な、何!? イリヤにあれと戦えって言うのか! 正気か遠坂!」

 

「ああーっ、もう! 少し黙りなさい、衛宮兄妹! 今は争ってる場合じゃない……って、やばっ!?」

 

『凛さんはうっかりさんですね~』

 

「きゃあーっ!」

 

「くっ!」

 

言い争う俺達を、現れた黒い人影が容赦なく吹き飛ばした。咄嗟にイリヤを抱き抱えて庇ったが、俺は数メートルも飛ばされた。地面に強かに打ち付けられる。くそっ、滅茶苦茶痛い!

 

このままじゃイリヤが……俺の妹が殺されてしまう。そんな事、絶対にさせてたまるか! 気力で立ち上がるが、敵は圧倒的な存在感を放っている。今の俺じゃ、イリヤを守れない?

 

「……力を……」

 

力をくれ。どこの誰でもいい。この俺に妹を守れる力を! その為なら俺の全てを懸けてもいい! 周囲の状況も声も今の俺には届かない。イリヤが黒い人影と戦い始めたのも見えない。

 

遠坂が、俺を必死に引っ張る事にも気付かない。俺はただ、世界に向かって力の限り叫んでいた。力をくれ、と。そうしている内に、イリヤが再び俺達の前に吹き飛ばされてきた。

 

「って、やばい!」

 

「何かヤバそうな事やってる!」

 

『大ピンチですね~』

 

「も、もう駄目だ~!」

 

「……させてたまるか……」

 

俺の声に小さな声が応えた。そして俺の目の前には、あのカードが浮かんでいる。黒い人影が巨大な魔法陣を描いていくのが見える。あいつはイリヤを殺そうとしている。そんな事は……

 

「絶対にさせない! イリヤは、俺が守る! 力を貸せ、『ーーー』!」

 

俺は無意識に、俺の声に応えた小さな声の持ち主の名前を呼んでいた。その名前は、何故か聞き取れなかったが。その存在がいる場所にアクセスする。カードを使って。そして、俺は叫ぶ。

 

夢幻召喚(インストール)完了!』と。




こんな感じで。プリヤ士郎がカードを手に入れたのは、美遊兄士郎が願ったからです。美遊が幸せになれるようにと聖杯に願って、その声がプリヤ士郎に届いたから、という感じです。

プリヤ士郎がアーチャーカードを夢幻召喚できたのは、美遊兄士郎と同じ理由です。エミヤがプリヤ士郎の声に応えたので夢幻召喚できた。この作品を書く事になれば、問題はクロですね。

アーチャーカードはプリヤ士郎が使う事になるので。プリヤ士郎が夢幻召喚した姿は、美遊兄士郎と同じですね。当たり前ですけど。それではこの辺で終わります。続きはどうしましょう。

ピクシブの作品とは、所々違う部分がありますが、同じ作品です。作者も、私自身です。

できれば、感想下さい。一言でもいいので。
続けるかどうかのモチベーションになるので。


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衛宮士郎の戦い

プリヤ士郎vs黒化ライダーです。

そして最後に波乱が……


【イリヤ視点】

 

「も、もう駄目だ!」

 

聞いてない。私、こんなの聞いてないよ。私は、心の中で凛さんに文句を言った。凛さんの話では、カードを回収するというだけだった筈なのに、突然現れた奇妙な黒い人影と戦わされる事になった。

 

しかも、この場にお兄ちゃんが付いてきてしまった。これは、私のミスだけど。だって、まさかお兄ちゃんが付いてきてるなんて思わなかったんだもん。魔法少女に変身してる場面を見られてしまった。

 

このままじゃ、お兄ちゃんまで巻き込んでしまう。それだけは嫌だった。だから私は必死に戦ったけど、私の散弾は威力が足りなくて、敵を倒せなかった。凛さんの攻撃も、この敵には通用しなかった。

 

私はあっさりとお兄ちゃん達の前まで吹き飛ばされて、敵に攻撃の隙を与えてしまった。そしたら、あの敵が何かヤバそうな事をやろうとしていた。凛さんも焦ってる。ルビーだけは呑気な声を出したけど。

 

敵が魔法陣を描いていく。直感で分かる。あれはきっと、必殺技を出そうとしてる。私にはルビーがいるけど、お兄ちゃんと凛さんは完全に無防備だ。つまり、私が二人の盾になるしかないという事だ。

 

そう判断した私は、ルビーにそれを伝えようとした。でも、それはできなかった。私の後ろにいたお兄ちゃんの叫び声が聞こえてきたから。その叫び声に、私は後ろを振り返った。そこには、お兄ちゃんがいた。

 

「……お兄ちゃん?」

 

「なっ、衛宮くん、貴方……」

 

『……これは……』

 

でも、そこにいたのは、私の知ってるお兄ちゃんじゃなかった。お兄ちゃんの姿に、私も凛さんも、そしてルビーでさえ唖然とした声を出した。お兄ちゃんは、いつの間にか赤い服を着ていた。

 

そして、白いマントを羽織っている。その頭には赤いバンダナが巻かれていて、顔に光の筋みたいな物が浮かんでる。体つきも逞しくなってるような。表情は、いつも浮かんでる笑顔が消えて、鋭くなってる。

 

その表情に、ちょっとドキッとしてしまったのは秘密。一体、何が起きたの? 私は呆然とお兄ちゃんの顔を見つめる事しかできなかった。今が凄くピンチだっていう事も忘れて、私達は呆けてしまった。

 

「り、凛さん、何が起きてるの!?」

 

「わ、分かんないわよ、私にも!」

 

『大変興味深いですね、これは』

 

凛さんに聞いてみるけど、凛さんにも分からないらしくて、混乱してる。専門家の凛さんにも分からないんじゃ、どうしようもない。全員が敵に集中してたから、後ろにいたお兄ちゃんを見てなかったんだ。

 

「って、今はそれを考えてる場合じゃないのよ! 逃げるわよイリヤ! あの黒化英霊、『宝具』を使おうとしてる! あれをまともに受けたらただじゃ済まないわ!」

 

「ほ、宝具って何!?」

 

「説明はあと! とにかく逃げ……」

 

「駄目、間に合わない!」

 

「まずい!」

 

凛さんが、今の状況を思い出して、私に逃げるように言ってきた。でも、もう間に合わない。敵の魔法陣は完成してしまった。逃げられない。凛さんの言葉から、きっとルビーの防御でも助からないんだろう。

 

「あ……」

 

死んじゃうの? そう思った時……

 

「大丈夫だ。イリヤは俺が守るから」

 

とても優しい、私の大好きなお兄ちゃんの声が聞こえた。その声に、私は後ろを振り向く。そこには、いつものように優しく微笑むお兄ちゃんがいた。その顔を見て私は思った。ああ、いつものお兄ちゃんだ。

 

『【騎英の手綱(ベルレフォーン)】!』

 

「【偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)】!」

 

敵が、黒いペガサスを召喚して、黒い光になって突っ込んできた。それをお兄ちゃんは、おかしな矢で迎え撃った。捻れたドリルみたいな矢が、光の光線になって敵の黒い奔流と正面から激突する。

 

「嘘でしょ!? 宝具と正面からやりあってる!? まさか衛宮くん、貴方……」

 

『イリヤさんのお兄さん、英霊の力を使っているみたいです。どんな理屈かはさっぱり分かりませんけど、恐らく、アーチャーのカードを使って英霊の力を直接顕現しているのでは? 宝具ですよ、あれ』

 

「どういう事よ! 何で衛宮くんにそんな事ができるのよ! イリヤといい衛宮くんといい、魔術と何の関わりもない筈の子達がどうして……っていうか、アーチャーのカードは、イリヤに渡した筈でしょう! 何で衛宮くんが持って……」

 

『あ~、実はですねぇ、今朝、イリヤさんが机の上に置いておいたカードを、士郎さんが持っていっちゃったんですよ』

 

「な、何ですって! ルビーあんた、それを黙って見てたわけ!?」

 

『仕方ないじゃないですか。士郎さんに私の姿を見られる訳にはいかないですし』

 

「そ、それはそうだけど……」

 

『それに、その方が面白いと思いまして』

 

「この馬鹿ステッキ!」

 

凛さんとルビーが言い争ってるけど、私はそんな事に意識を向ける余裕はなかった。私はただ、お兄ちゃんを見ていた。私の大好きなお兄ちゃん。子供の頃から、いつも私を守ってくれた優しいお兄ちゃん。

 

「押し負け始めた! 宝具のランクが、敵の方が高いのよ! 衛宮くん!」

 

「大丈夫だ」

 

「何が大丈夫なのよ!」

 

「大丈夫」

 

『言ってる側から負けましたよ。まあ、敵の宝具の威力も大分削れましたけど』

 

「十分だ。【熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)】!」

 

お兄ちゃんは、まったく戸惑っていない。敵に攻撃を破られたのに、まったく焦る様子はなかった。そんなお兄ちゃんは、手を翳して光の花を作り出した。とても綺麗な花が咲いて、敵の前に立ち塞がる。

 

黒い奔流を、綺麗な七枚の花弁が受け止めた。敵の攻撃は、私達には届かず、綺麗な花に阻まれてしまった。凄い。お兄ちゃんが、私達を守ってくれてる。私は正直、今のお兄ちゃんが少しだけ怖かった。

 

私の知ってるお兄ちゃんじゃないみたいな気がして。でも、やっぱりお兄ちゃんは、お兄ちゃんだった。私の大好きなお兄ちゃん。例えどんな力を使っていても、それだけは絶対に変わらないんだ。

 

「イリヤ」

 

「何? お兄ちゃん」

 

「下がっていろ。大丈夫、イリヤの事は、絶対に俺が守ってやるから」

 

「うん!」

 

だから、私はお兄ちゃんの言葉に頷いた。そんな私に、お兄ちゃんは優しい笑顔を浮かべて私の頭を撫でてくれる。昔から、こうされる事が好きだった。くすぐったい気持ちになりながら、私は後ろに下がった。

 

お兄ちゃんの花に弾かれた敵が、また体勢を立て直して着地する。そして、改めてお兄ちゃんに向き合った。どうなるのか分からないけど、私はお兄ちゃんを信じて見守るだけ。負けないで、お兄ちゃん。

 

「衛宮くんがアーチャー……そして、敵はあの宝具からしてライダー。どっちも接近戦は得意じゃない筈だけど……」

 

『常識的に考えれば、確かに』

 

「って、嘘でしょ!?」

 

『おやおや』

 

私とは違って、色々と知ってる凛さんとルビーが解説してるけど、その常識は破られたらしい。お兄ちゃんはいつの間にか弓を消していて、両手に白と黒の双剣を持っていた。明らかに接近戦をするつもりだ。

 

そんな私達の予想通りに、お兄ちゃんは鎖のついた杭みたいな短剣を持っている敵に向かって突っ込んでいった。そしてそこからは、とても接近戦が得意じゃないとは言えないような戦いが始まった。

 

お兄ちゃんと敵は、とんでもなく速い攻撃の応酬をしていた。お兄ちゃんの双剣が、休む事なく敵を攻め立てる。敵はその攻撃を全て受け止めているように見える。どっちも、一歩も引かずに打ち合っている。

 

「あれで、接近戦が得意じゃないの?」

 

「そ、その筈なんだけど……やっぱり英霊はとんでもないわね……ちっ、私もルビーが使えたら負けない自信があるのに」

 

『でも、やっぱり驚くのは士郎さんの方ですよ。自分を英霊にしてる上に、弓の英霊の筈なのに双剣を使ってます。しかもその剣技は、常人を遥かに超えています』

 

「……確かにね。衛宮くん、貴方、本当に何者なのよ? 興味深いわ……」

 

凛さんの言葉を聞きながら、私は、ただお兄ちゃんの勝利を願う。お願い、勝って。

 

…………………………………………………

【士郎視点】

 

俺は昔、正義の味方になりたかった。俺の本当の家族が事故で死んでしまった時に、ただ一人生き残った俺は、他の誰かを助ける義務があると思ったから。父さんも母さんも、俺を庇って死んでしまった。

 

だからこそ、救われた俺はこの命を誰かの為に使おうと思った。だけど、俺には何の力もなかった。誰かを助けるどころか、子供の俺は誰かに助けられてばかりだった。そんな自分の価値を、俺は疑った。

 

そんな時だ。施設にいた俺を、引き取りたいと言ってきた人がいた。どこまでも明るく、純粋に笑う女の人と、そんな妻に振り回されて苦笑している男の人。それが、切嗣とアイリさんとの出会いだった。

 

『今日から、私達が貴方の家族よ。私の事は、お母さんって呼んでね♪』

 

『……どうして……』

 

『えっ?』

 

『……どうして俺なんかを? 俺なんか、何もできない、何の価値もないのに……』

 

この時の俺には、本気で分からなかった。どうして俺なんかが生き残ったのか。どうして父さんも母さんも、俺なんかを庇って死んでしまったのか。この人達は、どうして何の価値もない俺を引き取るのか。

 

俺の問い掛けに、アイリさんはにっこりと笑って答えた。予想外の答えを。

 

『それはね。貴方に、私の娘のお兄ちゃんになって欲しいからよ』

 

『……え?』

 

『イリヤっていうの。貴方の6つ下よ』

 

アイリさんはそう言って、イリヤの写真を見せてきた。親馬鹿全開の笑顔で。ほら、可愛いでしょう? 今日から貴方の妹よ。なんて言ってきた。俺の妹。俺は予想外の事態に戸惑ってしまった。

 

あまりにも普通。俺が望んでいた正義の味方じゃない。それなのに、何故だろう? 俺は嬉しくて泣いていた。突然泣き出した俺に、アイリさんが慌てる。すると、切嗣が俺の頭を撫でてきた。苦笑しながら。

 

『寂しかったんだな』

 

『あ……』

 

その言葉で、俺は分かった。そうだ。俺は寂しかったんだ。誰かに必要とされたかったんだ。だから、正義の味方になりたかった。誰もが憧れ、必要としてくれる存在。それが、正義の味方だったんだと。

 

それを自覚した俺は、声を上げて泣いた。そんな俺を、切嗣とアイリさんは優しく微笑みながら抱き締めてくれた。まだ俺を必要としてくれる人達がいる。それが分かって、俺は涙が止まらなかった。

 

切嗣達に連れられて、新しい家に着いた俺を出迎えてくれたのがイリヤだった。輝く笑顔で出迎えてくれたイリヤ。今日から、俺を必要としてくれる存在。この瞬間に、俺はイリヤのお兄ちゃんになった。

 

正義の味方ではなく、イリヤのお兄ちゃんになったんだ。それからも、俺の大切な存在は増え続けた。切嗣とアイリさん、イリヤは勿論、セラとリズも、俺の大切な家族だ。だから俺は新たな目標を立てた。

 

これからは正義の味方ではなく、家族の味方になろうと。例えどんな敵が相手でも、例え俺に力がなくても。力がなければ鍛えればいい。剣道や弓道を習ったのは、俺なりに強くなりたいと思ったからだ。

 

せめて家族を守れる力が欲しかったから。だけど、そんな力じゃ守れない敵が現れてしまった。だから俺は、願った。俺の全てを差し出してでも、イリヤを守れる力が欲しくて。そんな俺の声に、小さな声で応える存在がいた。その結果が、これだ。

 

俺の意識が、現在に戻る。頭の中に戦い方が入ってくる。考える前に体が動く。俺は敵の攻撃を双剣で受け流して、カウンターの一撃を打ち込む。敵の攻撃は、単調だ。攻撃の術理が組み立てられていない。

 

まるで暴走しているみたいだ。本来なら、もっと強敵なんだろう。イリヤは押されていたけど、それはイリヤも素人だったからだ。だが、今の俺は違うらしい。頭の中にどう攻撃を組み立てればいいのかが浮かんでくる。次へ攻撃を生かすんだ。

 

右の剣を打ち込んだあと、すぐさま左の剣を反対に打ち込む。敵は常識外れな反射でそれを受け止めるけど、腹ががら空きだ。俺は鳩尾に膝を叩き込む。敵の体がくの字になるほどの、強烈な膝をな。

 

『ーーーッ!!!』

 

敵が、声にならない叫び声を上げる。何かをするつもりか。距離を取らせてはいけないと直感した俺は、両手の双剣を敵に投げ付けた。そして俺自身も突撃する。敵は、俺が投げた双剣を短剣で弾く。

 

「ーーー【投影、開始(トレース・オン)】」

 

俺がそう呟くと、俺の両手に再びさっきの双剣が現れる。そして俺は一気に敵との距離を詰めた。敵はそれを嫌ったのか、後ろに跳んで距離を取ろうとする。だが、そうはさせない。俺は再び呟く。

 

「ーーー【投影、開始(トレース・オン)】」

 

敵の背後に何本もの剣が現れて、敵の退路を断った。当然、俺がやった。今の俺は、剣であれば幾らでも出せる。俺の力が続く限りだけどな。退路を断たれた敵の動きが止まった隙を見逃さず、俺は斬った。

 

『ッ!』

 

「まだだ」

 

まだ手を緩めない。俺は容赦なく、敵を切り刻もうとした。だけど、それは敵の鎖つきの短剣に阻まれた。敵が俺を睨み付け、至近距離で鍔迫り合いをする。敵の両目には眼帯が巻かれていて、その両目を見る事はできないが、俺は背筋が凍った。

 

この目はやばい。俺は何となく、そう直感した。そして、そんな俺を見て敵が笑ったように見えた。敵は片手で、両目の眼帯を外そうとしていた。そして俺は動けない。それを止める方法はなかった。

 

『【石化の魔眼(キュベレイ)】!』

 

「ぐっ!」

 

これは、石化の魔眼か! 俺の体が動かなくなり、足元から石になっていく。こんな奥の手があったとはな。敵は勝利を確信したような雰囲気で笑っている。確かに、もう勝負はついているな。俺は、石になっていく体で敵を静かに眺めていた。

 

「お兄ちゃん!」

 

「衛宮くん!」

 

「……引き合え、【干将・莫耶(かんしょう・ばくや)】」

 

そう、勝負はもうついている。イリヤ達の悲鳴が聞こえるが、心配するな。俺は、石化の魔眼を食らう前に投擲しておいた双剣と、その前に敵に弾かれた双剣に呼びかける。すると宙を舞っていた双剣四本が、敵を中心にして引き寄せあった。

 

『ーーーッ!?』

 

「俺の勝ちだ」

 

俺は静かに、そう呟いた。敵の体に、四本の双剣が突き刺さる。やはり、お前は攻撃の術理がない。確かに石化の魔眼には驚かされたが、その奥の手を生かしきれていなかった。それがお前の敗因だ。

 

『…………あ』

 

「……じゃあな」

 

俺が静かに見つめる先で、敵の体は光の粒子になって消えていく。俺に掛けられた石化の呪いも解けたようで、俺は動けるようになっていた。完全に消滅した敵の体が、一枚のカードになって地面に落ちた。

 

俺の最初の戦いは、こうして終わった。だが今日の事件は、まだ終わってはいなかったのだった。俺はそれを間もなく知る。

 

「……貴方、は……」

 

「……?」

 

地面に落ちたカードを拾った俺に、呆然とした声が掛けられた。その声に顔を上げると、そこには変身したイリヤと同じような格好をした黒髪の女の子がいた。年齢も、イリヤと同じくらいだった。

 

「……君は……」

 

「ッ!!!」

 

「……え?」

 

「なあっ!?」

 

どこかで見たような気がする女の子。俺はその正体に気づいた。今朝の夢と、不思議なビジョンに出てきた、寝かされていた女の子だ。声を掛けようとしたその時、その子が泣きながら抱き付いてきた。

 

突然の事で、俺は訳が分からない。遠くでイリヤが声を上げるのが聞こえた。どうするべきか悩んでいると、その女の子は特大の爆弾を投下してくれました。

 

「ーーーっ! お兄ちゃん!」

 

「……は?」

 

「ハアアアアアアアッ!?」

 

また遠くから、イリヤの雄叫びが響き渡ったのだった……どうなるんだ、これ?

 

謎の少女と俺達の物語は、こうして始まった。あまりにも波乱の幕開けだった。

 

そして、少し落ち着け、イリヤ……




如何でしたか?

感想を待っています。


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真妹大戦 シスターウォーズ

今回は、シリアスとギャグの融合です(笑)
イリヤと美遊による妹大戦。
お兄ちゃんをめぐるブラコン妹達の絶対に負けられない戦いの火蓋が、今ここに切って落とされたのだった……


【イリヤ視点】

 

「ーーーっ! お兄ちゃん!」

 

「……は?」

 

「ハアアアアアアアッ!?」

 

なに言ってるのあの子なに言ってるのあの子なに言ってるのあの子なに言ってるのあの子なに言ってるのあの子なに言ってるのあの子なに言ってるのあの子なに言ってるのあの子なに言ってるのあの子!!!

 

「あれは……サファイア!?」

 

『あ、ほんとですね~。サファイアちゃんですね。あの子も、随分と良い感じのマスターに出会えたようで、お姉ちゃんは嬉しいですよ。あれこそ魔法少女ですよね』

 

「魔法少女らしくなくて悪かったわね! それにしても、お兄ちゃんって一体どういう事? まさかあの子も衛宮くんの妹?」

 

「……」

 

凛さんは、何を言ってるの? ナニヲイッテルノ、リンサン……お兄ちゃんの妹は、この世界で私だけだ。なら、あの子は? 私はしばらく考える……結論。私の敵だ!

 

「……ルビー……」

 

『はいはい、何ですかイリヤさ……うわ、怖い顔ですね~、イリヤさん!』

 

「うわっ、本当だ! イリヤ、ちょっと落ち着きなさい! 何するつもり!?」

 

「何をする? あはは、そんなの決まってるよ凛さん……行くよルビー!」

 

『おお! これは予想外に面白そうな展開になりましたね! 了解ですイリヤさん! これこそ魔法少女的展開ですよ!』

 

「待ちなさいイリヤ! それにルビー! あんた本当にいい加減にしなさいよね!」

 

凛さんが私を止めるけど、もう私は止まらなかった。止められる筈がなかった。私はルビーを手にしてお兄ちゃん達の所に突っ込んでいく。だってこれは、妹という立場を賭けた戦いなんだから!

 

「私のお兄ちゃんから離れて!」

 

「なっ、イリヤ!?」

 

「っ!?」

 

『いけ、イリヤさん! 本家の妹として、この戦いは絶対に負けられませんよ!』

 

『ルビー姉さん!?』

 

私は、お兄ちゃんに抱き付いてる女の子にルビーで殴りかかる。謎の女の子、いや、『偽妹(ぎまい)』はルビーによく似たステッキで、私の一撃を受け止めた。お兄ちゃんを遠くに突き飛ばして。中々手強いらしい。

 

偽妹は、私の攻撃を受け止めた時に、苦い表情を浮かべた。何かを後悔したような、そんな表情を。でも私は、そんなのはどうでも良かった。問題は、この偽妹が私からお兄ちゃんを奪おうとしている事だけだ。

 

「ま、待って、少し話を……」

 

「する気はない! お兄ちゃんは、絶対に渡さないんだから! お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなんだから! この偽妹!」

 

「……サファイア……」

 

『美遊様?』

 

「まずは叩き潰そう」

 

『美遊様!?』

 

『こ、これはさらに面白い展開!』

 

『姉さん、待ってください!』

 

やっぱり! 私は確信した。この偽妹は、私の敵だって。女の子なら誰でも持ってる勘が教えてくれる。この子の正体とか理由とかはどうでもいい。そんな事、私はまったく興味ない。私は偽妹を睨み付ける。

 

偽妹も、私を睨む。その視線が、何よりも雄弁に気持ちを伝えてくる。この子は私と同じ気持ちをお兄ちゃんに抱いてるって。目を合わせるだけで伝わる事がある。偽妹にも、私の気持ちが伝わったんだと思う。

 

「っ!?」

 

私を睨む視線が鋭さを増した。私も、視線の鋭さを強める。お互いに、至近距離で睨み合いながら鍔迫り合いをする。ギリギリという音が鳴り響いて、私達の周囲の空気が震える。絶対に負けられない戦い。

 

そう、これはまさに【真妹(しんまい)大戦】なんだ!

 

「やあっ!」

 

「っ!」

 

「そこっ! 【砲射(フォイア)】!」

 

私が力を込めると、偽妹は後ろに下がる。私はその隙に、全力の砲射を撃った。偽妹は一瞬だけ怯んだけど、すぐに同じくらいの大きさの砲射を撃ち返してきた。どうやらあのステッキは、ルビーと同じらしい。

 

「私は偽妹じゃない……!」

 

「偽妹だよ! お兄ちゃんの妹は、世界で私だけなんだから! 【速射(シュート)】!」

 

「っ!? それは……だけど!」

 

『その調子ですよイリヤさん! 今の貴女は最高に輝いてます! もっとですよ!』

 

『何を言ってるんですか姉さん! 美遊様もやめてください! これでは、凛さん達と同じではないですか!』

 

『サファイアちゃんこそ、何を言っているんですか? これは、恋する乙女の聖戦なんです! あんな年増達の醜い争いとは、まったく次元が違うんですよ!』

 

ルビーと偽妹のステッキが、何か言ってるけど関係ない! 私は一刻も早くこの偽妹を倒そうと速射し続ける。偽妹も、速射を連発して私の攻撃を相殺し続ける。駄目、このままじゃ埒が明かない。

 

どうやってこの均衡を破ろうかと、私達はお互いに考えていた。そして、私達は奇しくも同じ結論に至った。それは……

 

「ルビー!」

 

「サファイア!」

 

同時に叫ぶ私達。私達は、限界まで魔力を高めた全力砲射を放つ事にしたんだ……

 

…………………………………………………

【美遊視点】

 

しまった。私は心の中でそう呟いた。この世界に来た私は、一つだけルールを決めていた筈だった。それは、元の世界の人間関係をこの世界に持ち込まない事。私にとっては知ってる人でも、この世界では他人。

 

だから、私はこの世界で一からスタートをするつもりだった。例え、どんな人が相手でもそのルールは破らないようにしようと決めていた。だけど、そんな私にも我慢できない人がいた。たった一人だけ。

 

まさか、その人と初期に、しかもこんな所で会うとは思ってなかった。私の、世界で一番大切な人。我慢できなかったのは、心の準備ができてなかった事が原因だった。私の大好きなお兄ちゃんと同じ人。

 

しかもその人は、お兄ちゃんと同じような雰囲気を纏っていた。この私が我を忘れて錯覚してしまうほどに。お兄ちゃんと同じ顔で、お兄ちゃんと同じ雰囲気で見つめられて、お兄ちゃんと同じ声で喋った。

 

理屈では分かっていたつもりだったのに。当たり前の事だし予想もできた。この世界のこの人は私のお兄ちゃんじゃないって。存在が同じなだけで、私の事も知らない。頭と理屈では分かっていた筈だった。

 

それなのに、実際に目の前に現れたら理屈なんて消し飛んでしまった。お兄ちゃんが私を見ている。私に話し掛けてくれてる。二度と会えないと諦めてたお兄ちゃんが! その瞬間、理性なんて消し飛んだ。

 

どうしようもないほど涙が溢れて、その人に抱き付いていた。私の為に全てを懸けて戦い、私に未来をくれたお兄ちゃん。その人と同じ存在と言える人。真っ白になった頭で、その温もりに身を委ねていた時……

 

「……『美遊』……?」

 

「っ!?」

 

……え? 頭上から聞こえてきた声に、私は理性を取り戻した。今、この人は、何て言ったの? 美遊と言ったの? どうしてこの人が私の名前を知っているの? この世界の人が私の名前を知っている筈は……

 

驚いて顔を上げる私の頭を、戸惑いながらも優しく撫でてくれる、この世界の士郎さん。こんな事はあり得ない。きっと何かの間違いに決まってる。冷静な私が頭の中でそう言うけれど、私はもう我慢できない。

 

「お兄ちゃ……」

 

「私のお兄ちゃんから離れて!」

 

「なっ、イリヤ!?」

 

「っ!?」

 

感極まった私が再び強く抱き付こうとしたその時、横から、怒りに満ちた声がした。私は咄嗟に士郎さんを突き飛ばして、この場から遠ざけた。そんな私に、カレイドステッキを振り下ろす銀髪の女の子がいた。

 

私もサファイアでその一撃を受け止めた。鍔迫り合いになる。そして至近距離から、私を睨み付ける女の子。『私の』お兄ちゃん。その言葉から、恐らくこの世界の士郎さんの妹であるという事が伺える。

 

しまった。これは完全に私が悪い。罪悪感と自己嫌悪が私を襲う。この世界の士郎さんは私のお兄ちゃんじゃない。改めて、その事を見せ付けられる。この子のお兄ちゃんなんだ。鋭い痛みが私の胸を襲った。

 

「ま、待って、少し話を……」

 

だから謝ろうとした。話をしようとした。でも、彼女は聞く耳を持たなかった。怒りの声で彼女は叫ぶ。禁断の言葉を。

 

「する気はない! お兄ちゃんは、絶対に渡さないんだから! お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなんだから! この偽妹!」

 

「……」

 

その言葉に、私の中の何かが切れた。頭の中で、プツリと音が聞こえた。偽妹という単語が、私から冷静さを奪ったのだった。

 

「……サファイア……」

 

『美遊様?』

 

「まずは叩き潰そう」

 

『美遊様!?』

 

こうして、私達はお互いのお兄ちゃんへの想いをぶつけ合う事になったのだった。

 

そう、これはまさに【真妹大戦】だった。

 

「私は偽妹じゃない……!」

 

「偽妹だよ! お兄ちゃんの妹は、世界で私だけなんだから! 【速射】!」

 

「っ!? それは……だけど!」

 

ぶつかる内に、この子も、私と同じ気持ちをお兄ちゃんに抱いている事が分かった。もしかして、この子も血が繋がっていないのかな。私達は、戦いながらお互いの気持ちをぶつけ合う。どちらも引かない。

 

その中でも、偽妹という単語が私の神経を逆撫でする。確かに、私とお兄ちゃんは本当の兄妹じゃない。でも、最後にお兄ちゃんは、私に言ってくれた。自分は私のお兄ちゃんだから、妹を守るのは当たり前と。

 

彼女はそんなつもりで言っている訳じゃない事は分かってる。でも、それでも私は否定させる訳にはいかない。彼女が正しい事も十分に理解している。それでも駄目だ。これはもう、理屈じゃないんだ。

 

「ルビー!」

 

「サファイア!」

 

だから私は、この子に負ける訳にはいかない。理屈を超えた感情が、私から冷静な判断を失わせる。私達は、お互いに全力砲射を放つ為に限界まで魔力を高めた。

 

…………………………………………………

【士郎視点】

 

「……」

 

謎の女の子に抱き付かれている俺は、困惑しながら女の子を見下ろした。この子には見覚えがある。だけどそれは、俺の夢の中の話だ。こんな話を誰かにしても、きっと妄言だと笑われてしまうだろう。

 

だけど俺には、ただの夢だと片付ける事はできなかった。何故なら、俺の心が叫んでいるからだ。長年、イリヤのお兄ちゃんをやっている俺には分かる。この少女の悲しみが。この子は今、助けを求めている。

 

それに……この子が妹のような気もする。あの夢が原因だった。そんな事を考える俺の頭に、再び鋭い痛みが走った。そして、また浮かんでくるビジョン。魔法陣の中心に寝かされてるこの子と、それを見る俺。

 

『美遊……俺の妹を、頼むよ……』

 

『任せろ』

 

「……『美遊』……?」

 

そう、この子の名前は、美遊だ。もう一人の俺が教えてくれる。その名前を呟くと、女の子は驚いて顔を上げた。その表情は、信じられない、と言っているようだった。見開かれた瞳には、涙が浮かんでいた。

 

戸惑いながらも、俺は、美遊の頭を撫でていた。いつもイリヤにしてやっているように。体が勝手に動いていた。美遊は、しばらく呆然としていたけど、くしゃっと顔を歪めてまた俺に抱き付いてこようとした。

 

「私のお兄ちゃんから離れて!」

 

だけど、突然横から、そんなイリヤの怒りの声が聞こえた。美遊が、咄嗟に俺を突き飛ばして離れさせた。その次の瞬間、イリヤと美遊のステッキが激突した。俺は強化された美遊の力で、遠くまで吹き飛ぶ。

 

「くっ! やめろイリヤ!」

 

俺は、遠坂の近くまで飛ばされた。するとそこには、遠坂だけではなく、ルヴィアもいた。遠坂がいた時点で予想していたが、やはりルヴィアも、非日常側の人間だったらしい。そして美遊は、ルヴィアの協力者という事も同時に分かった。

 

「ちょっと遠坂凛、あれは一体どういう事なんですの! わたくしの協力者の子に、いきなり攻撃を仕掛けるなんて! やはりペットが飼い主に似るというのは、本当の事の様ですわね! 実に貴女にそっくりなお猿さんっぷりですわ!」

 

「うっさい! 誰が猿よ!」

 

「おいルヴィア、俺の妹をそんな風に悪く言うのはやめてくれ。確かに今回はイリヤが悪いけど、本当は凄く良い子なんだ」

 

「あ、あら。衛宮士郎? あの子は、貴方の妹さんですの? それは、大変失礼を。……って、どうして貴方がここにいるんですの!? しかも、その姿は一体どういう事ですの!? 説明しなさい遠坂凛!」

 

「分かんないわよ私にも! 衛宮くん! 私にも後で説明してもらうわよ!」

 

「わ、分かった。だけど、俺だってお前に説明してもらいたい事があるぞ。俺の妹の事とかをな。だけど今は、イリヤ達を何とかする方が先決だろ。違うか?」

 

「うっ、それもそうね……」

 

「あら、それならご心配なく」

 

「え?」

 

俺達は、それぞれに疑問を持った事を言い合ったりしながら、取り敢えず、まずイリヤ達を何とかする方が先だと結論付けた。するとルヴィアが、俺達に心配はするなと言ってきた。それはどういう意味だ?

 

「あの美遊は、このわたくしが自らカレイドステッキを託したほどの逸材。常に冷静沈着。頭脳明晰。そして、思いやりに溢れた素晴らしい子ですの。飼い主に似る、というのは悪い意味だけではないという一例と言えるでしょう。オーッホッホッホ!」

 

「……言い方が気に入らないけど、まあ、そういう事なら任せてみましょう」

 

「オーッホッホッホ! とくと見るが良いですわ遠坂凛! あの美遊ならば、きっと冷静に事態を収めてくれる筈……」

 

まあ、そういう事なら大丈夫かな。俺も、ルヴィアの言葉を信じて事態を見守る事にしたのだった。だが……

 

「ま、待って、少し話を……」

 

「する気はない! お兄ちゃんは、絶対に渡さないんだから! お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなんだから! この偽妹!」

 

「……サファイア……」

 

『美遊様?』

 

「まずは叩き潰そう」

 

『美遊様!?』

 

「み、美遊!?」

 

「ちょっと! 全然駄目じゃない! 本当に飼い主にそっくりね! あ~あ、さっきの台詞は、特大のブーメランになったみたいね! 格好悪いったらありゃしない!」

 

「なっ!? も、元はと言えば、貴女が連れてきた子が先に美遊に攻撃を仕掛けたのでしょうに! それを棚に上げて!」

 

「何でそんな日本語知ってるのよ!」

 

「通信教育ですわ!」

 

「落ち着け! お前らまで喧嘩するな!」

 

もう滅茶苦茶だ。イリヤ達の喧嘩? は、さらに激しさを増し、遠坂達まで本格的に喧嘩を始めた。俺はどうすればいいんだ? イリヤ達を攻撃する訳にはいかないし。狼狽える俺の耳に、不吉な音が……

 

「お、おい遠坂、ルヴィア! 何か、物が割れたみたいな音が聞こえなかったか? 物凄く不吉な音だったんだが!」

 

「っ!? まさか!?」

 

「ま、まずいですわよ遠坂凛! 鏡面界が崩壊していきますわ! 黒化英霊が倒された事で、維持できなくなったようです!」

 

「げっ!? しまった、そういう事ね! 早く出ないと私達も空間の崩壊に巻き込まれちゃうわ! でも鏡面界から出るには、あの子達のカレイドステッキがいるわ!」

 

「それってまずいのか!?」

 

「超まずいわよ! 時空間の狭間に、永遠に取り残される事になるわ!」

 

「それはまずい!」

 

「だからそう言ってるでしょうが!」

 

思った以上にやばかった! 俺達はイリヤ達の方を見る。するとイリヤ達は、とんでもなく巨大な光の球を作ってお互いを睨み合っていた。それを見た俺達は、全員が顔を真っ青にした。おいおい、それは!

 

「や、やめなさいあんた達! そんなもんぶっぱなしたら、本気でこの空間が消し飛びかねないわ! イリヤ!」

 

「美遊! やめなさい!」

 

「くっ! イリヤ! 美遊ーッ!」

 

俺達は必死に叫んだ。そんな俺達の叫びも空しく、イリヤ達は特大の光弾をお互いに向かってぶっぱなしたのだった。

 

あ、終わった……心の中で、俺はそう呟くのだった。俺達の視界が、白く染まった。




以上です。
それでは、感想を待ってます。


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衛宮士郎の奮闘

前回は、ギャグ調のラストにする為にあんな終わり方でしたが、今回はそれとは少し違う流れの続きになります。
それでは、どうぞ。


【士郎視点】

 

「くっ!」

 

イリヤと美遊が、とんでもなく巨大な光の球をぶっぱなそうとした瞬間、俺の体は、勝手に動いていた。弓と矢を作り出して、イリヤと美遊が持っているステッキを狙って速射した。タイミングはかなり際どい。

 

「【赤原猟犬(フルンディング)】!」

 

矢を放つと同時に、イリヤ達の元に走る。間に合うか? 間に合わなかったらかなりヤバイな。そんな事を考えながら、俺は迷う事なく光の中に飛び込む。辛うじて間に合ったらしい赤原猟犬が、軌道を逸らす。

 

イリヤ達が持っているステッキに命中し、その先端を逸らした事で、放たれた光の球がお互いを掠めていく。その衝撃が空間を軋ませ、俺の体を打ち据える。一瞬だけ息が止まり、俺は倒れそうになった。

 

「衛宮くん!? 何て無茶を!」

 

「死んでしまいますわよ!」

 

遠坂達がそう怒鳴る声が聞こえるけど、俺は構わずにイリヤの元に向かう。イリヤは呆然とした顔で佇んでいる。急がなければならない。お互いにぶつかり合う事は避けられたが、まだあの光の球は生きている。

 

「イリヤ!」

 

「お、お兄ちゃん……」

 

イリヤの手を掴んで、そのまま俺は美遊の元へと向かう。イリヤと同じような顔で佇む美遊の手も掴んで、遠坂達の元に戻る。その時、遠くで何かが壊れる音が響いた。全てを破壊する、この世の終わりの音が。

 

この空間の果てに、あの光の球が当たったのだろう。空にヒビが入り、崩れていく。この空間が壊れるんだ。間に合うのか? 体中が軋む。ちょっと無茶をしすぎたようだ。元の俺の体が普通だからな。

 

「衛宮くん!」

 

「大丈夫ですの!?」

 

「遠坂、ルヴィア! 早く脱出を!」

 

「くっ、そうね。イリヤ! っていうか、ルビー! 早く【離界(ジャンプ)】しなさい離界!」

 

「サファイアもですわ!」

 

『はいはい、分かりましたよ』

 

『了解です。皆様、私達の側に。一ヶ所に集まって下さい。離界します』

 

イリヤ達のステッキにこの空間からの離脱を指示する遠坂達。その指示に、イリヤのステッキはどこか投げやりにやる気なく、そして美遊のステッキは冷静に礼儀正しく応じた。正反対の性格なんだな……

 

イリヤ達の足元に魔法陣が浮かび上がり、俺達の体を光が包み込む。その間にもこの空間の崩壊は続いていた。ヒビ割れていた空が砕け、空間の欠片が地面に降り注ぐ。その光景はまさに、世界の終焉のようだ。

 

「間に合うのか!?」

 

「ギリギリよ!」

 

「賭けですわ!」

 

「不安になる返答をどうも!」

 

『行きますよ~』

 

『離界します!』

 

その光景の中で、不安に叫ぶ俺達という、何とも緊張感のないやり取りが行われた。内心はビビりまくりだが。そんな俺達をよそに、ステッキ達が脱出を告げる。それと同時に響く、世界の終焉の音が聞こえた。

 

視界が真っ白に染まる。そんな極限の状態の中で、俺はイリヤと美遊の手をしっかりと握り締めていた。決して離さないと伝えるように。イリヤだけじゃなく、何故か美遊の事も妹のように思っている事に不思議な気分になりながら。この気持ちは一体?

 

…………………………………………………

 

「……脱出、できたのか?」

 

「そうみたい……ね……」

 

「……死ぬかと思いましたわ……」

 

『あははは、ヤバかったですね~』

 

『姉さん、笑い事ではありません。ちゃんと反省して下さい。後で説教ですからね』

 

『え~、相変わらず、サファイアちゃんは厳しいですね。楽しければ良いんです♪』

 

次の瞬間、俺達は普通の空間にいた。安堵して、夜の学校の校庭に座り込む俺達を、とてつもない疲労感が襲う。喋るステッキ達が交わす、そんな緊張感のない会話を聞きながら、自分達の無事を確認する。

 

「お、お兄ちゃん……」

 

「あ、あの……」

 

「……ふっ、大丈夫だったか二人とも?」

 

「う、うん……」

 

「はい……」

 

「そうか。なら良かった」

 

「「あ……」」

 

ばつが悪そうに、叱られる子供のような顔で見上げてくる妹達の頭を、俺は優しく撫でてやる。我ながら甘いなぁ、と思うが、俺は昔からイリヤを叱れた事がない。その事でセラに怒られたんだが、無理なんだ。

 

ついつい甘やかして、イリヤの味方をしてしまう。セラが厳しい分、俺が優しくしてやらないと、という気持ちが湧いてしまうんだ……いや、それも言い訳かもな。俺はただ、イリヤが可愛いだけなんだろう。

 

「もう、甘いわよ衛宮くん!」

 

「そんな事言われてもさ……」

 

「まったく。美遊、後でたっぷりと説教をして差し上げますから、覚悟しなさい」

 

「は、はい、ルヴィアさん……」

 

案の定、遠坂に怒られた。そしてルヴィアも呆れたような顔をして、美遊を叱った。叱られてしゅんとする美遊を見ていると、やはり不思議な気分になる。どうして俺は美遊の事も妹のように感じるのだろうか。

 

『俺の妹を、頼むよ……』

 

あの言葉が、ずっと頭に残っている。ただの夢だと切り捨てる事ができない。実際に美遊の名前は合っていたし。もしかしたらあれは本当にあった事なのかもしれない。だとしたら、俺はどうするべきなのか。

 

まだ整理はつかない。だけど俺は、あの声に答えたんだ。『任せろ』って。だったら俺は、美遊の事も気にかけてやりたい。夢を本気にするなんて、我ながら馬鹿げた事だと思う。だけど、これだけ非常識な事が幾つも起きているんだ。だったら……

 

今さら一つ増えても、そんなに変わらないんじゃないか? それに、あの時の美遊の涙も放っておけないし。取り敢えずイリヤとの仲を取り持つ事から始めてみようか。やっぱり、良い友達になって欲しいしな。

 

「衛宮くん。できれば、お互いの事を説明したいけど、今日はもう疲れたし、時間も遅いから。だから、明日にしましょうか」

 

「ですわね。貴方も無理をしているようですし。立っているだけでやっとでしょう」

 

「……すまない。実を言うと、キツい」

 

「ええっ!? 大丈夫お兄ちゃん!」

 

「当たり前よ。あんな無茶をして。貴方、死ぬかもしれなかったのよ? 確かに私達はお陰で助かった。でもね衛宮くん。自分の命も守れない行動はやめなさい」

 

「……」

 

遠坂の言う事は正しい。だけど、それでも俺は自分よりもイリヤの方が大事なんだ。また同じ事があっても、俺はきっと同じ事をするだろう。大体、もう今さらだ。俺はこの力を手に入れる為に、俺の全てを差し出した。イリヤを守れる力が欲しくてな。

 

俺の体が、変わってしまったのが分かる。もう元の俺には戻れないだろう。それだけの代償を払わなければ、この力を手に入れる事はできなかった。俺自身、詳しい事は分からないが、それだけは分かるんだ。

 

「……お兄ちゃん?」

 

「大丈夫だよ、イリヤ。帰ろうか」

 

「うん……」

 

不安そうな顔で見上げてくるイリヤに、俺は笑いかけて頭を撫でてやる。帰っていく遠坂達を見送って、俺達は変身を解いた。俺と融合していたカードが、俺の手の上に落ちる。それを見たイリヤのステッキが、面白そうだというような声を出した。

 

『やっぱり、アーチャーのカードを使って変身していたんですね。大変興味深い使い方です。どうやったんですか士郎さん?』

 

「どうって……分からないよ。何となく、としか言えないな。このカードって、こうやって使う物じゃないのか?」

 

『う~ん、クラスカードの事は、はっきりと分かっていないんですよ。少なくとも、士郎さんみたいな使い方をできた人は一人もいません。英霊の宝具を使うのがやっとですよ。英霊そのものになるなんて……』

 

「……英霊って何だ?」

 

『ほう。英霊すら知らないんですか。益々興味深いです。ちなみに士郎さん、貴方は【魔術】という物を知っていますか?』

 

「いや……知らない」

 

『士郎さん、貴方はとんでもない人物かもしれませんよ。時計搭の魔術師達が知ったら、卒倒しかねませんね。魔術すら知らない一般人が、世界最高峰の魔術師達が束になっても解明できなかったクラスカードの秘密を解いたのかもしれないんですから』

 

家に帰る道すがら、俺はイリヤのステッキに様々な話を聞かされた。魔術師という、非日常の存在について。遠坂とルヴィアも魔術師だという。この世界には、俺の知らない不思議が溢れているんだと知った。

 

英霊について。魔法について。そんな話を聞かされたけど、正直俺には、遠い世界の事のように聞こえた。どうやらイリヤも同じらしく、途中から話を聞いてなかった。

 

『それで、私が世界最高峰の魔術礼装で、愛と正義のマジカルステッキ! 名前は、【マジカルルビー】ちゃんです! どうぞお気軽に【ルビー】と呼んでください!』

 

「「……うん」」

 

『わお、さすがは兄妹! リアクションが一緒ですね! そのローテンションな反応は何です? もっと楽しくいきましょう』

 

「ルビーが無駄にハイテンションなだけだと思うよ……今日は疲れたし……」

 

「……右に同じだ……」

 

ルビーの無駄にハイテンションな声を聞きながら、俺達は家に帰る。これから一体何が始まるのかと、不安を抱えながら……

 

…………………………………………………

 

「……朝か」

 

翌朝、俺は全身のだるさを感じながら目を覚ました。軋むような痛みも酷い。昨日の無茶が原因だという事はすぐに分かった。だけどやはり、一番の無茶はあのカードを使って変身した事だろうな……

 

それに比べたら、その後のイリヤ達の魔力弾の衝撃に突っ込んだのは軽い事だろう。今の痛みの原因だが、これはその内治る。だけどあれは、もう取り返しがつかない。分かるんだ。どうしてかは分からない。

 

理屈じゃない。俺の中の何かがそう言っているんだ。もう後戻りはできない、とな。そして俺は、後戻りする気はない。イリヤを守らないといけないからな。俺の変化は遠坂達に気付かれないようにしないと。

 

まあ、当人である俺しか気付かないと思うけどな。当人の俺も、漠然と感じるだけだし大丈夫だろう。魔術だの英霊だの、正直良く分からないけど、この世界にイリヤが首を突っ込むなら、俺も行かないとな。

 

「い、いてて……駄目だ、動けない……」

 

そう決めて起き上がろうとしたが、全身が軋むように痛んで、身動きができない。俺が思っているよりも深刻なダメージになっているようだ。学校、行けるかな。遠坂達と話したかったから、行きたいんだが。

 

だから俺は、何とか体を動かして起きようとした。そんな風にベッドの上で格闘する事一時間近く。結局、ベッドから起き上がる事はできなかった。弓道部の朝練もあるんだが。休むしかないかな、これは……

 

『シロウ、どうかしたのですか?』

 

そんな事を考えていると、部屋の扉がコンコンとノックされた。セラだった。セラは珍しく起きてこない俺を心配して起こしに来てくれたらしい。いつもなら、とっくに起きている時間だからな。すまないセラ。

 

「いや、ちょっと筋肉痛で……」

 

『筋肉痛? 起きられないほどですか?』

 

「うん、まあ……」

 

『……失礼します』

 

苦しい言い訳だが、他に言い様がないからそんな言い訳をした。するとセラは、扉を開けて部屋の中に入ってきた。その表情はやはりというか、疑っているようだった。当然だよな。どう言い訳するかな……

 

「昨日、何かあったのですか?」

 

「えっと……ちょっと体育でな……」

 

「……シロウがですか? 剣道や、弓道を習っているシロウが動けないとは……」

 

「いや、その……ちょっと調子に乗って、暴れちゃってさ。あははは……」

 

「……そうですか。分かりました。それでシロウ、学校はどうするのですか?」

 

「うん、それなんだけどさ。ちょっと今日は行けそうもないんだ。痛みが引いたら、ちゃんと登校するからさ……」

 

「では、学校にそう連絡しておきますね」

 

「うん……本当にごめん……」

 

嘘をついて。セラは、俺が嘘をついている事を分かっている。家族だからな。こんな嘘が通じる筈はないんだ。だけどセラは、何も聞かないでいてくれている。本当に良くできた家政婦さんだよ。

 

「謝らないで下さい。けれど、シロウ……話せるようになったら、きちんと話して下さいね? 今は何も聞きませんから……」

 

「……分かった」

 

やはり、セラは俺の嘘を見抜いてる。その上で俺を心配してくれている。本当に、俺には過ぎた家族だよ。微かに微笑むセラの笑顔に癒されながらも、俺は改めて誓う。俺は家族の味方として皆を守ろうと。

 

「ありがとう、セラ。愛してるよ」

 

「なっ!? な、なななな何を!?」

 

「? どうしたんだ、セラ?」

 

「あ、貴方は! まさかイリヤさんにまでそんな言葉を言っているんじゃ!」

 

「いや、言ってはいないけど、イリヤの事も勿論愛してるよ。リズの事もな」

 

「なっ!?」

 

どうしたんだ、セラは? 突然、真っ赤になって狼狽え出したぞ? そんなセラは、プルプルと全身を震わせ始めた。あれ? これは、まずい兆候だぞ? 俺の経験上、セラがこうなった時は酷い目に遭う。

 

「こ、この……」

 

「ま、待てセラ! 落ち着け!」

 

「変態色情狂の節操なしのシスコンが!」

 

「なんでさっ!? ぐはっ!」

 

俺は、何故か逆上したセラの拳を食らって意識が遠退いていく。闇に沈んでいく意識の中で、イリヤの悲鳴と、リズの呆れたような声が聞こえた。おはよう、二人とも。そして、お休みなさい。ちゃんとした挨拶ができなくて、本当にすまないな……

 

…………………………………………………

 

「……」

 

再び目を覚ますと、もう夕方だった。俺は何時間気絶していたんだ? 体の痛みは、もう大分引いていた。まだ結構痛むが、体を起こすくらいはできそうだ。そう判断して体を起こすと、傍らにおにぎりがある。

 

「……セラが作ってくれたのか? いや、形が不揃いな物が混じってるな。イリヤとリズも手伝ってくれたってところかな」

 

朝飯も食べてないから、かなり腹が減っている。イリヤ達に感謝しながら、ラップを外しておにぎりを食べる。おにぎりの形でどれが誰の物か一目で分かった。形が悪いのは、イリヤが作ってくれた物だろう。

 

やたらと大きく、丸いのがリズ。そして、一番綺麗なのがセラだろう。ちょっと量が多いが、ちゃんと全部食べきった。現在時刻は、午後の4時。そろそろイリヤが帰ってくる時間になろうとしていた。

 

そこで俺は、全身に湿布が貼られている事に気付いた。セラだな。これのお陰で、全身の痛みが引いたらしい。後で、ちゃんとお礼をしないとな。細かい所に気が付く、家政婦の鑑のようなセラに感謝する。

 

そんな事を考えていた時だった。バタバタと階段を登ってくる音が聞こえてきた。俺はそれに苦笑する。イリヤだ。恐らくセラに学校に行かされただろうイリヤが、俺を心配して、急いで帰ってきたのだろう。

 

そんな俺の考えは、半分当たっていて半分外れていた。俺の部屋の扉を蹴破るような勢いで突撃してきたのは、イリヤだけではなかったのだ。そう、それは……

 

「「お兄ちゃん!」」

 

「イリヤ……と美遊?」

 

我先に、お互いを押し退け合いながら俺の元にやってくる、二人の妹だった。

 

「美遊さん、退いて!」

 

「貴女こそ……!」

 

「ま、待て、落ち着け二人とも!」

 

お前ら、まだいがみ合ってたのか。俺は、二人を仲良くさせるという目標を思って、頭を抱えてしまった。どうすればいい? 魔術とかよりも、こっちの方が問題だな。俺は改めてそう思ったのだった……




美遊とセラにフラグが立ちました。
いつもの士郎ですね♪

そして、この作品では士郎が切嗣に引き取られた時期が違います。
原作だと10年前ですが、この作品では7年前になります。

それでは、感想を待っています。


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衛宮士郎は事情を知る

お待たせしてすみません!

それでは続きです。


【士郎視点】

 

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

 

「起き上がれないと聞きました!」

 

「う、うん。取り敢えず落ち着いてくれ」

 

怖いから。俺は、お互いを押し退け合いながらやってきた妹達を宥める。あまり効果はなかったが。どうしてこの二人はこうも仲が悪いのかさっぱり分からない。イリヤも美遊も迫力が凄い。何が原因なんだよ。

 

「えっと、美遊ちゃん、だよね? 今日はどうして来たのかな? いや、いつでも来てくれて、俺は全然構わないんだけどさ」

 

「あ、えと……美遊、で良いです……今日ここに来たのは、お兄ちゃ……いえ、士郎さんが学校を休んだとルヴィアさんから聞いたからです。その……私のせいですし」

 

「そっか。じゃあ、美遊。俺は、この通りもう大丈夫だからさ。その事を気にするのはもうやめてくれ。イリヤもな」

 

「うん……」

 

「はい……」

 

俺は、昨日の事を気にする二人に、それはもう気にするなと言った。やはりこの二人は気が合うと思うんだよな。だから、少しの切っ掛けがあれば、仲良くなれる筈だ。それにしても、美遊の態度がおかしい。

 

もじもじしながらも、俺の顔をチラチラと見てくる。そのくせこちらが視線を向けると顔を逸らすんだ。気にはなるけど、踏み込めないといった雰囲気だ。そんな美遊を不機嫌そうに睨むイリヤ。落ち着けって。

 

「えっと、何かな?」

 

「あっ……その……私の名前……」

 

「ん?」

 

「私の名前、何で分かったんですか?」

 

ああ、そういう事か。あの時、俺が美遊の名前を呼んだから、それが何でなのか、と聞いているんだ。当然の疑問だな。だけど俺は、それに上手く答える事ができない。どう答えるべきかな。いっそ正直に……

 

「夢でさ……」

 

「え?」

 

「実は、夢で見たんだ、君の事を」

 

「っ!?」

 

「そこで聞いたんだよ。君の名前を。馬鹿な話だって思うだろ? でも本当なんだ」

 

「……」

 

信じて貰えないよなぁ、と思いながらも、俺は正直に答えた。現にイリヤは、微妙な表情を浮かべている。そうだよな。こんな話を信じられる訳がないよな、と思っていると、美遊は真剣な表情で俺を見てきた。

 

「……どんな夢でしたか?」

 

「え? ……え~っと、変な魔法陣の中心に美遊が寝かされててさ。それで……」

 

「っ!?」

 

「……はは、馬鹿な夢だよな? まさか、本当にあった事なのか、この夢?」

 

「……いえ、まさか。ありませんよ」

 

「だよな。あははは」

 

「……」

 

美遊の表情がなくなり、声もえらく冷たくなったような気がするが、これはどう考えるべきなのか。判断が難しいな。だけど、これだけは分かった。この話は、美遊にはしない方が良さそうだという事だけはな。

 

「……あの……」

 

「お邪魔するわよ、衛宮くん」

 

「大丈夫そうですわね」

 

美遊が何かを言おうとした時だった。遠坂とルヴィアが部屋に入ってきた。そして、美遊はそれを見て話すのをやめてしまう。美遊が何を言おうとしたのかは気になるが仕方ない。俺は二人の話を聞く事にした。

 

「遠坂達の事情、大体はルビーから聞いてるけど、詳しく話してくれるんだよな?」

 

「ええ。そして勿論衛宮くんも、貴方の事とかを話してくれるのよね?」

 

「俺に分かる範囲ならな」

 

俺達はお互いに、自分達の状況や目的等を話し合った。遠坂達は魔術師で、この冬木に来た目的はクラスカードの回収らしい。クラスカードとは、俺が使ったあのカードの事だ。昨日ルビーに教えて貰った。

 

このクラスカードは、突如この冬木に出現した正体不明の魔術礼装という物らしく、遠坂達が所属する魔術協会という魔術組織でもその全貌が掴めていないらしい。まさに魔術のブラックボックスだそうだ。

 

「そのブラックボックスを、魔術の存在も知らない一般人の筈の衛宮くんがあっさりと使っちゃったって訳なのよ」

 

「そうなのか」

 

「……あのね、本当に分かってる? 貴方はあり得ない事をしてくれちゃったのよ」

 

「とんでもない事ですのよ?」

 

「そう言われてもさ……」

 

皮肉げに言ってくる遠坂に、普通に答えた俺は二人に睨まれてしまった。なんでさ。そんな事を言われても、俺には何も分からないと答えるしかないんだが。俺はただ、必死にイリヤを守ろうとしただけなんだ。

 

「それがあり得ないって言ってるのよ! そのカードは、協会の魔術師達が総力を挙げて解析してもさっぱり分からなかったくらいの代物なのよ!? 精々、英霊の座にアクセスして、その宝具を使う程度しか分からなかったのよ。しかもそれは……」

 

「宝石翁、魔法使いゼルレッチが作った、世界最高の魔術礼装のカレイドステッキがあって初めて使えますの。それなのに貴方は、何の魔術礼装もなしに使ったのです」

 

「……」

 

「あり得ない。これだけあり得ない事は、他には知らないくらいあり得ないわ」

 

「奇跡という言葉すら足りない程に、とんでもない事なんですわよ!」

 

「しかも、当の衛宮くんは、何であんな事ができたのか分からない、ですって?」

 

「ふざけるのも大概にして下さいな!」

 

「お、落ち着け、二人とも」

 

「そ、そうだよ凛さん。というか凛さん、近いから離れて。今すぐに!」

 

「ルヴィアさんも近いです」

 

徐々にヒートアップする遠坂達。二人が、左右から挟むようにして俺に迫ってきた。二人の綺麗な顔が近付いてくるが、あまりの迫力に気圧されるしかない。昨日ルビーが言っていた通り、納得できないようだ。

 

二人の迫力に気圧される俺を、イリヤ達が守ってくれた。遠坂達にも負けない程の、やけに迫力がある雰囲気を纏いながらな。どうしたんだよ、二人とも? 俺は二人の様子に、首をかしげるしかなかった。

 

「……まあとにかく、それだけ衛宮くんがやった事はあり得ない事なのよ」

 

「今でも信じられませんわ」

 

何とか落ち着いたらしい遠坂達が、そんな言葉で締めた。納得はしてないようだが、聞いても無駄だと判断したらしい。実際、聞かれても分からないからな。どうやってあのカードを使ったのかは分からない。

 

「他のカードは使えるの?」

 

「えっと、どうだろう……」

 

「実際に見てみたいですわね」

 

そこで、遠坂がふと思い付いた、という風に聞いてきた。アーチャーのカード以外のカードも使えるのかと。俺は、昨日手に入れたカードを取り出して眺めてみた。だけど俺は、無理だと思った。何故なら……

 

「……無理だと思う」

 

「何でよ?」

 

「だって、このカードからは何も感じないから。このアーチャーってカードの方は、手に持った瞬間に、何て言うか……」

 

「何よ?」

 

「感じたんだよ。俺にとって、これはなくてはならない物だってさ。理屈じゃない。直感というか、上手く説明できないけど」

 

『相性が良かった、という事ですかね?』

 

『そういう事かもしれませんね』

 

「……まあ、確かにクラスカードの事は、まだ分からない事が多いからね……」

 

「……完全に納得はできませんけど」

 

「私達、置いてかれてるね」

 

「そう……だね……」

 

どうやら俺は、このアーチャーってカードしか使えないらしい。まあ、このカードを使った時に俺の体が変わったから、そうだとは思ってたけど。結局のところ、俺の事は何も分からないという事になった。

 

魔術の事を分かっている遠坂達と、分からずに置いていかれる俺達。必然的にイリヤと美遊の口は閉じて話が進んでしまう。俺も魔術の事はさっぱりだ。詳しい原理なんて俺には分からないし、どうでもいい。

 

要は、イリヤを守れれば良いんだよ俺は。遠坂達はクラスカードを回収する為に冬木にやってきた。だけど、カレイドステッキに愛想を尽かされてしまったらしい。遠坂達はそれを頑なに否定したけどな。

 

『聞いて下さいよ士郎さん。凛さん達ってば酷かったんですよ? 魔法少女としては年増のコスプレ状態でしたし、私達を使って下らない喧嘩を繰り返しましたし』

 

「うっさい! 誰が年増よ!」

 

「うん、まあ……」

 

「何よ衛宮くん、その顔は!」

 

「いや、何でも……」

 

ルビーがそう語った事で、どんな状態だったのか大体分かった。サファイアもそれを否定せず、ルヴィアが誤魔化すように顔を逸らしているから、俺の想像は間違っていないだろう。この二人は混ぜるな危険だ。

 

そこでふと、イリヤと美遊が変身した姿を思い浮かべてみた。いかにもな魔法少女的なあの姿。それを遠坂達もしていたと考えると……ぷっ、くくく……だ、駄目だ! 考えるな俺。そして、絶対に笑うな!

 

『凛さんなんて、さらにネコミミを……』

 

「ぶはっ! くくく……!」

 

「ネ、ネコミミ……? ぷっ、あはは!」

 

「わーっ、わーっ! 黙りなさいルビー! 大体あれはあんたがやった事でしょう! そして、笑うなーっ! 忘れなさい!」

 

だが、そんな俺の苦労は、ルビーの一言で打ち砕かれた。と、遠坂がネコミミだと? 俺とイリヤは、ついに堪えきれず大爆笑してしまう。そんな俺達兄妹を、顔を真っ赤にしながら怒鳴る遠坂。平和だ……

 

「おーっほっほっほ! 遠坂凛! あの姿の貴女は、最高に滑稽でしたわよ!」

 

「何ですって~!? あんただって、同じだったじゃないのよ!」

 

「だ、黙りなさい遠坂凛!」

 

『はい、ルヴィア様もネコミミでした』

 

「なっ!? サファイア!」

 

「「ぶはーっ!」」

 

「……クスッ……」

 

挙げ句の果てには、ルヴィアまでネコミミ魔法少女だったという事が発覚した。俺達兄妹は、もう限界だった。一瞬にしてこの部屋は笑いの坩堝に包まれてしまう。そんな俺達の様子を、楽しそうな笑顔で見ている美遊の事に、俺は気付かなかった。

 

…………………………………………………

 

「……こほん! 話を続けていいかしら、衛宮くん? さっきのは忘れたわよね?」

 

「……」

 

物凄い顔でこちらを睨んでくる遠坂達に、俺とイリヤは、無言でこくこくと頷いた。真面目な話に戻るらしい。お互いの事情と現状を認識し合った俺達は、それぞれの今後について話し合う事になったのだった。

 

「私達は、クラスカードを回収しなければいけないのよ。そして、その為には絶対にカレイドステッキが必要になる。だから、申し訳ないけどイリヤには付き合って貰わないといけないのよ。分かって貰えた?」

 

「……」

 

「まあ、遠坂凛達がいなくても、わたくしと美遊がカードの回収をしますから、何も問題はないのですけどね」

 

「ちょっとルヴィア! 黒化英霊をあまり甘くみない方が良いわよ? その子一人で相手にするのは危険すぎる! それにあんたはそれで良くても私は良くないのよ!」

 

「お兄ちゃん……」

 

「待て。美遊を一人で戦わせるのか?」

 

まず遠坂が、クラスカードの回収の為にはイリヤが必要だと言った。俺は、それに何と言えばいいか少し考えた。すると突然、ルヴィアが美遊と自分がカードの回収をするから心配するなと言ってきた。

 

すぐさま遠坂が反論するが、俺はそれよりも美遊を一人で戦わせるという言葉に反応した。そんな事はさせられない。美遊の事も守ろうと思い始めた俺には、それは到底無視できる言葉じゃなかったからだ。

 

ルヴィアの言葉に美遊の方を見てみると、美遊は決意の表情を浮かべていた。その顔に秘められた覚悟に、息を飲む。一体何がこの子をそこまで駆り立てるのか。俺は、そんな美遊の顔を見つめながらそう思う。

 

「私なら大丈夫です。全てのクラスカードは私が回収しますから、士郎さんはその子と平穏な暮らしをしていて下さい」

 

「……美遊」

 

「……美遊さん」

 

「美遊を一人でなんて戦わせませんわよ。わたくしが力を貸しますから、衛宮士郎はご心配なさらずに。行きますわよ、美遊」

 

「はい、ルヴィアさん」

 

「ちょっと、待ちなさいルヴィア! まだ話は終わってないわよ! こら!」

 

美遊が改めてその決意を語り、ルヴィアが俺を安心させるように言葉を紡ぐ。二人はそれだけ言うと、もう用は済んだと言わんばかりに、背を向けて部屋を出ていった。遠坂がそれを止めるが、止まらなかった。

 

「ったく、あいつは……」

 

「……遠坂……」

 

「……衛宮くん、ルヴィアはああ言ってたけど、あの子だけじゃ敵は倒せないのよ。イリヤの力が、どうしても必要なの」

 

「凛さん……」

 

「……分かった。ただし、イリヤ一人だけを戦いに出す事は絶対にさせられない。俺も協力させて貰うよ。それが条件だ」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「……衛宮くん」

 

美遊をあんなのと一人で戦わせる事は絶対にさせられない。かといって、イリヤ一人を戦いに出す事もできない。だから俺はこの条件を遠坂に飲ませる事にした。イリヤも美遊も守る為には、この方法しかない。

 

「俺は戦力になる筈だ」

 

「……確かにね。またあの力を使えるならの話だけど。また使えるの、あれ?」

 

「ああ、多分な」

 

「……」

 

俺は真剣な顔を遠坂に向ける。遠坂の真剣な表情と、しばらく無言で睨み合う。俺の覚悟を伝える為に。すると遠坂は、ため息をついて視線を逸らした。俺は遠坂の返答を固唾を飲んで待つ。さあ、答えは?

 

「……分かったわよ。私の負け。衛宮くんの条件を飲むわ。実際、あの姿の衛宮くんの力は戦力になるどころの話じゃないし。全てのクラスカードを回収した時は、アーチャーのカードを返して貰うからね?」

 

「ああ、分かった」

 

こうして俺は、クラスカードという物を回収する戦いに身を投じる事になった。この時の俺は、まだ知らなかった。これが俺の運命を変える事になる事を。そして、二人の妹の運命も変える事になる事も。

 

…………………………………………………

 

「それで衛宮くん、ちょっと良い?」

 

「何だよ遠坂」

 

「怪我の方は本当に大丈夫みたいだけど、魔術回路の方はどうなってるの?」

 

「魔術回路って何だ?」

 

話が一段落してから、イリヤは宿題をする為に部屋に戻った。遠坂も、もう帰るかと思っていたが、遠坂は訳が分からない事を言ってきた。何だよ、魔術回路って。俺が首をかしげると、遠坂は頭を押さえた。

 

「ああ、そっか。そういえば衛宮くんは、魔術の事は知らないんだったわね。なら、魔術回路の事も分からないわよね……」

 

遠坂は、魔術回路という物についての説明をしてくれた。魔術回路とは、魔術を行使する為の擬似神経だと。魔術を使う者なら誰でも持っているという。あのカードを使用した俺にも魔術回路はある筈だと言う。

 

「ただ、衛宮くんの場合だと、魔術回路がどうなってるのか分からないのよ。英霊になるなんて無茶をして、衛宮くんの回路がどうなっているのかを見てみたいのよ」

 

「……命に関わる事か?」

 

「その可能性はあるわね」

 

そう言われてしまえば、俺は言う通りにするしかない。魔術の事はさっぱり分からないしな。専門家の遠坂に任せるしかない。遠坂は俺をベッドの上に座らせ、そのすぐ後ろに座った。少しまずい構図だな……

 

誰かに見られたら誤解されそうだ。特に、セラには見られたくない。殺されそうだと思ったから。そんな下らない事を考える俺を尻目に、遠坂は俺の背中に手を当てる。何をしてるのかは俺には分からなかった。

 

「それじゃ、服を脱いで」

 

「……は?」

 

「ほら、早く脱ぎなさい。服を着たままだと見られないのよ。さっさとする!」

 

「……分かったよ」

 

遠坂の言葉に、俺は着ていた服を脱いだ。さらに誤解されそうな構図になったな……上半身裸になった俺の背中に、再び遠坂が手を当てた。魔術回路とやらを見ているのだろう。遠坂は一言も喋らない。

 

「……開いてるわね、やっぱり。魔術回路の数は全部で27本。でもこれって……」

 

「何だよ」

 

「……神経が直接魔術回路になってる? 衛宮くん貴方、本当に何者なのよ?」

 

「……何を言ってるかさっぱりなんだが」

 

「簡単に言うと、貴方は異端って事よ」

 

どうやら、俺の魔術回路とやらは普通ではないらしい。どこまでも素人な俺に、遠坂は心底呆れたという様子だった。そんな事を言われても、俺にはさっぱり分からないんだが。遠坂によると、俺の魔術回路は、特に異常はないとの事だった。

 

すぐに命に関わる事はないという意味で。異端ではあるらしいけど。そして、回路の数はまあまあ多い方らしい。ただ、魔術師としての素質は、あまりないと言われた。別になりたいとは思わないけどな。

 

「遠坂の回路は幾つなんだ?」

 

「私? 私は、メインが40本で、サブが30本ずつよ。つまり、合計で100ね」

 

つまり、俺の4倍か。良く分からないが、遠坂はかなり素質があるらしい。少しだけ自慢気にその事を話す遠坂は、いつもより可愛く見えた。魔術師としての誇りがあるんだな。俺は少しだけ、遠坂に見惚れた。

 

「見てみる? 私の魔術回路」

 

「へ?」

 

すると、余程気分を良くしたのか、遠坂は軽く服をはだけて肩を見せてきた。いや、遠坂さん? それはちょっとまずいのではないでしょうか? 遠坂の白い肌が、俺の目に眩しく映る。視線が逸らせない……

 

「遠坂……」

 

「衛宮くん?」

 

「シロウ? お客様はまだお帰りに……」

 

俺がその肌に理性を失いかけ、遠坂の肩に手を伸ばした時だった。俺に絶望を告げる声が聞こえた。壊れたからくり人形のような緩慢な動きで部屋の入口を見てみると、そこにはエプロン姿のセラがいた。

 

扉を開けた体勢のまま、張り付いた笑顔で固まっている。俺の体も固まった。これはまずい。完全に誤解された。いや、もしかして誤解じゃないのか? 混乱する俺は、そんな馬鹿な事を考えてしまう。

 

「……夕飯を……食べていかれるかと……そう聞こうと思ったのですが、シロウ? 貴方は一体、何をしようとしたのです?」

 

「……落ち着けセラ。話せば分かる……」

 

「……貴方という人は……今朝私にあんな事を言った舌の根も乾かない内に……! しかもこの家にはイリヤさんもいるのに! 何をしようとしていたのですか!」

 

「頼むから話を!」

 

「問答無用!」

 

ああ、やっぱりこうなるのか。俺は、迫るセラの拳を見ながら、そう思った。そして我が家の家政婦さんの拳は、見事に俺の顎を撃ち抜いていったのだった。セラ、相変わらずいい拳だぜ。こうして俺は、またしても気を失ったのだった……




本誌のコンプエースの最新話を見て、奇跡のシンクロを感じています。
美遊兄士郎は、やはり美遊の事をもう見られない事を悔しがってましたね。
最新話もカッコ良かったよ士郎。

さて、それでは今回の話を。
凛とフラグが建った話でしたね。

感想を待ってます。


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完璧に負けました

今回は、vsキャスター、序章です。

それでは、どうぞ。


【士郎視点】

 

「「「「……」」」」

 

「いや、あのさ……皆、もう少しだけでも仲良くできないかな? せめて喋ろうぜ」

 

昨日の話し合いで遠坂達の事情に関わる事に決めた俺は、早速クラスカードの回収に駆り出されて河川敷に来ていた。すると、そこにはルヴィアと美遊もいた。そこまではまだ良かった。想定内だったしな。

 

だけど、漂う空気は最悪だった。遠坂達は言うに及ばず。そしてイリヤと美遊も険悪な雰囲気で睨み合っている。どうしてこんなに空気が悪いんだよ。最初の喧嘩の原因も良く分からないし、どうすれば良い?

 

「何が原因なんだ……」

 

『士郎さんだと思いますけどね』

 

「なんでさ?」

 

『いやぁ……流石にそれは言えませんよ。乙女の秘密ですからね♪』

 

「……いい性格してるな」

 

ルビーの軽口にも、もう慣れた。いちいち相手にしてたら身が持たない。ルビーの事だから、きっと根拠はないんだろう。僅かな時間でそれを悟った俺は、ルビーの言葉を真剣に考える事をしなかった。

 

「行くわよ、二人とも。敵は勿論だけど、ルヴィアにも十分に注意しなさい」

 

「う、うん。美遊さんに負けたくないし」

 

「お、落ち着け二人とも」

 

『あっはっは、私怨が混じってますね』

 

「行きますわよ美遊。速攻ですわ。戦闘開始と同時に敵との距離を詰め、極力、遠坂凛を巻き込むような形で仕留めなさい」

 

「後半以外は了解です」

 

『殺人の指示はご遠慮下さい』

 

な、何だかなあ、この空気。イリヤも少し意地になってるみたいだ。これから戦う敵よりも、お互いに火花を散らす遠坂達に、俺は冷や汗が止まらない。イリヤと美遊も鋭い視線を交わし合っているようだ。

 

昨日の夜、それとなく理由をイリヤに聞いてみたのだが、最初の印象が最悪だった事に加えて、学校でも色々とあったらしい。実は昨日、美遊はイリヤのクラスに転校してきたらしく、天才だったらしい美遊に、イリヤはコテンパンに負けたらしい。

 

密かな自慢だったかけっこでも負けたと、泣きながら抱き付いてきた。俺はそんな妹の様子に苦笑しながら、イリヤの頭を撫でて慰めてやった。美遊は完璧超人らしい。俺もイリヤの足の速さは知っている。

 

そのイリヤよりも速いとは。さらに美遊はイリヤに、クラスカードの回収も自分がやるから関わるなと言ったらしい。俺はその言葉に、美遊の優しさと覚悟を感じたが、小学生のイリヤはそのまま受け取った。

 

イリヤの心の中では、美遊の印象がさらに悪くなってしまったという事らしい。その事については誤解だと思うんだが、イリヤはそれよりも違う部分で美遊を敵視しているように見える。それは美遊も同様だ。

 

遠坂とルヴィアは相変わらずだ。お前ら、協力しろよ? 俺はこの空気に辟易としながら、アーチャーのカードを取り出した。イリヤと美遊も魔法少女の姿に変身する。何度見ても信じられない光景だな。

 

「……【夢幻召喚(インストール)】! ……できた」

 

「……実際にこの目で見ても信じられない光景ですわ。まさかクラスカードに、こんな使い方があったなんて」

 

「……それについては同意するわ」

 

問題なく使えるな。俺は再びクラスカードで英霊に変身する事ができた。どうやってやってるかと聞かれると分からないけど。カードに呼びかける感じかな。遠坂達は、変身した俺を驚きの表情で見てくる。

 

『皆さん、準備は良いですね? それでは行きますよ~。限定次元反射炉形成!』

 

『境界回廊一部反転!』

 

『『【接界(ジャンプ)】!』』

 

ルビーとサファイアが、敵がいる空間へと転移する為の魔法陣を形成する。イリヤと美遊の足元にそれぞれ異なる色の魔法陣が浮かび上がり、周囲にいる俺達の体も包み込んでいく。そして俺の視界が、真っ白に染まっていく。さあ、第2戦の始まりだ。

 

「行くぞ!」

 

…………………………………………………

 

「……」

 

『いや~、参りましたね~♪』

 

「ほえ~……死ぬかと思ったよ……」

 

「何なのよあれ! 反則じゃない!」

 

「くっ……」

 

「み、認めませんわこんな結末!」

 

『現実を受け入れて下さいルヴィア様』

 

結論から言おう。負けました。それはもう見事にな。俺達は命からがら逃げてきた。敵がいる鏡面界に転移した俺達を待っていたのは、空を埋め尽くす程の魔法陣を従えた魔女だった。待ち伏せされていたんだ。

 

その光景に唖然とする俺達を見下ろして、空飛ぶ魔女は静かに(わら)った。あまりに冷たいその表情に、俺は背筋が凍った。俺達が我に返った時には、もう遅かった。俺達の体に照射される無数の照準レーザーの光。

 

次の瞬間、空を覆い尽くす魔法陣から一斉に魔力弾が放たれた。あまりに突然なその攻撃に【熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)】を使う暇もなく、イリヤがその攻撃を食らってダメージを受けた。ルビーの防御を貫いてな。

 

遠坂達はそれが信じられなかったらしく、混乱はさらに拡大した。カレイドステッキの魔力防御は半端じゃないらしく、それを魔力で貫いたという事が信じられなかったらしい。つまり、敵は規格外という事だ。

 

一発の威力がそれだけ規格外な上に、その魔力弾を発射できる魔法陣が空を覆い尽くしているという状況になる。詰んだ状況に絶望しながら、俺は熾天覆う七つの円環でイリヤと遠坂を守った。だけど動けない。

 

美遊が反撃の魔力弾を撃ったが、敵は一枚上手だった。奴の回りには、敵の魔力攻撃を逸らす魔法陣も張られていたのだ。その様はまさに、魔術の要塞だった。敵は万全の準備をしていたという事になる。

 

どうする事もできないと判断した遠坂達が撤退の指示を出したが、敵はとんでもなく高速で魔術を詠唱し、空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。俺達の真上で光り輝く巨大な魔法陣に、戦慄する。し、死ぬ!

 

誰もがそう思っただろう。イリヤの悲鳴が聞こえた時、辛うじてルビーとサファイアの【離界(ジャンプ)】が間に合った。俺達は鏡面界から離脱し、現在に至るという訳だ。最後の一撃を少し食らっていて、全員がボロボロになってしまったが、生きている。

 

「完敗、だな……」

 

「くっ、あいつ~!!!」

 

「サファイア! これは一体、どういう事なんですの! カレイドの魔法少女は無敵なんじゃなかったんですの!」

 

『私に当たるのはお止め下さい』

 

敗北した事実を受け入れる俺とは違って、遠坂は悔しそうに地団駄を踏み、ルヴィアにいたっては、サファイアに八つ当たりをする始末だった。似てるなぁ、この二人。この二人が犬猿の仲なのは、同族嫌悪か?

 

そう思ったが、さすがに鈍感と言われる俺でも、それを口にするとどうなるかを察して言うのはやめておく。サファイアを両手で伸ばすようにして八つ当たりするルヴィアを横目で見ながら、敵の対策を考える。

 

『サファイアちゃんを苛める人はこの私が許しませんよ! 【ルビーサミング】!』

 

「ぐはっ! ぬおおおっ!」

 

いや、ルヴィア。ぬおおおっ! って……淑女が上げていい悲鳴じゃないだろ。横で繰り広げられるコントに、俺の思考は横道に逸れていく。ルヴィアの眼球に、ルビーがピンポイントの一撃を食らわせたのだ。

 

あれは痛い。眼球を押さえて地面を転がるルヴィア。そんなルヴィアを冷静に見下ろしながら (顔がないから分からないけど) 、ルビーが正論を語る。魔法少女は無敵でもなんでもない。大抵の相手は圧倒できるらしいが、それでも相性がある、とな。

 

「つまり、今回の敵は相性が悪かったと」

 

『そういう事です士郎様。あれは、現在のどの系統にも属さない魔法陣に呪文です。恐らく、失われた神話の時代の物です』

 

「あれは【キャスター】ね、間違いなく。私達の魔術とは、まさに次元が違うわ」

 

サファイアの言葉に、遠坂が悔しそうに爪を噛みながらそう呟いた。キャスターとは英霊のクラスの事だ。英霊について、遠坂に聞いた知識を思い出してみる。英霊とは過去に存在した英雄達の事を指すという。

 

伝説に語られる英雄達。彼らは、死んだ後も魂が滅びない。世界に召し上げられて、その魂は英霊として存在し続ける。ただし実在した英雄じゃなくても、人々の信仰心があれば英霊になる事もあるそうだ。

 

つまりおとぎ話や創作物の登場人物でも、多くの人々に語られていれば、英霊として実体化する事がある。その辺りは、わりと弛いというか、曖昧になっているらしい。話が少し横道に逸れてしまったな。

 

話の肝心な部分は、遠坂達の目的のクラスカードが、その英霊を倒さなければ手に入らないという事だ。ただし正規の英霊ではなく、半ば暴走状態になっているらしいんだけどな。黒化英霊と呼称するらしい。

 

その黒化英霊を倒さなければならないが、その英霊の力をクラスという型に当てはめているとか。そのクラスは、その英霊がどんな力を持っていたかで決まるという。剣士なら【セイバー】といった具合に。

 

その英雄が得意だったと伝わっている力をクラスという型に当てはめる。そうする事で存在を最適化しているらしい。今回の敵はキャスター。つまり、魔術師の英霊という事だ。人間とは次元が違う魔術を使う。

 

現代の魔術師として、遠坂はあの敵の魔術の凄まじさを実感しているんだろう。俺はあまり良く分からないが、あの敵の厄介さは実感している。魔術の要塞。万全の準備をして陣地を構築していたあの狡猾さ。

 

「……衛宮くん、貴方の矢なら、あの防御陣を貫く事ができるかしら?」

 

「……できる、と思う。だけどあれを破る程の一撃を放つとなると、結構時間が掛かるんだ。5秒……いや、7秒くらいか? そんなに長い時間を、あいつがくれるとは思えないな。あれだけの数の魔法陣から、雨みたいに魔力弾を撃たれたら無理だよ」

 

「……そっか。無理もないわね。あんな所じゃ、満足に狙撃もできないしね。隠れる場所がないもの。アーチャーとしては、力を満足に発揮できないって訳か……」

 

そういう事だ。俺が使っているカードは、クラスがアーチャーだ。つまり、弓の英霊という事になる。まあこのアーチャーは剣も使うけどな。というか、このアーチャーが使う矢は、全部剣なんだよな。

 

この英霊の能力は、自在に剣を作り出せるというものだ。そうやって作った剣を弓につがえて放つというのがこの英霊の力だ。その事を遠坂とルヴィアに話すと、二人は驚愕していた。どこまでも常識外れだと。

 

「どうすれば良いのよ……」

 

『あの攻撃陣も反射平面も、座標固定型の様ですから、何とか魔法陣の上まで飛んで行ければ叩けると思うのですが……』

 

「あのねサファイア、簡単に言ってくれるけど、それができれば苦労はしない……」

 

「そっか。飛んじゃえば良かったんだね」

 

頭を抱える遠坂にサファイアが助言をしたのだが、遠坂の表情は晴れなかった。だがそんな遠坂の苦悩をよそに、それを聞いたイリヤが、当たり前のように飛んでいた。実に魔法少女らしい光景である。その姿に俺は、その手があったかと掌を拳で叩く。

 

「「なっ!?」」

 

『これは……』

 

その光景に驚愕する遠坂達。サファイアも唖然とした声を出した。どうしてそんなに驚いているんだ? 魔術に詳しくない俺とイリヤは、そんな皆の反応が分からずに、首をかしげる。そんなに驚く事なのか?

 

「ちょ、ちょっとイリヤ! 貴女、なんで当たり前のように飛んでるのよ!」

 

『凄いですよ、イリヤさん! 高度な飛行をこんなにもあっさりとこなすなんて!』

 

「え、そんなに凄い事なの?」

 

『強固なイメージがないと、浮く事すらもできない筈です。一体、どうして……』

 

「え、どうしてって言われても……だって魔法少女って、空を飛ぶものでしょ?」

 

「「な、なんて頼もしい思い込み!」」

 

へえ、そうなのか。俺は昔から、イリヤに付き合って魔法少女物のアニメを見ていたから、イリヤと同じ認識だったよ。魔術の世界では難しい事なのか。まさかこんな所でアニメの偉大さを実感するとはな。

 

「くっ、負けられませんわよ! 美遊! 貴女も今すぐに飛んでみせなさい!」

 

すると対抗心を燃やしたらしいルヴィアが美遊にそう言い放った。どうやらルヴィアは、遠坂側のイリヤにも負けず嫌いを発動させたらしい。その様子に呆れながらも、俺は美遊の様子がおかしい事に気付いた。

 

美遊はさっきから一言も喋らない。当たり前のように空を飛んでいるイリヤの様子を呆然と見上げている。どうしたんだ美遊? ルヴィアも様子がおかしい美遊に気付いたらしく、訝しげな表情を浮かべる。

 

「……美遊?」

 

「……ません」

 

「なんですの?」

 

「人は、飛べません!」

 

「な、なんて夢のない子!? その歳で、そんなに夢がない考えでどうしますの! そんな考えだから飛べないのです!」

 

ガクッ。美遊のあまりに見も蓋もない答えに俺はずっこけた。いやいや、魔法少女に変身してる女の子が言う事か? ルヴィアの言う通り、あまりにも夢がなさすぎる。固まった表情で、無理だと繰り返す美遊。

 

「しかしルヴィアさん、どう考えても無理です。何の動力も揚力もなく、あんな風に空を飛ぶなんて、理論上あり得ません」

 

「次までに飛べるように特訓ですわ!」

 

ルヴィアは、無理です、不可能ですと呟く美遊の首根っこを掴んで引き摺っていく。が、頑張れ美遊。何とも締まらない二人の後ろ姿を眺めながら、俺は密かに美遊を応援するのだった。次は飛べるのかな……

 

俺の二度目の戦いは、こうして完敗という形で終わりを迎え、準備と作戦を考えての再戦という事になった。果たして、美遊は空を飛ぶ事ができるようになるのか。俺はそんな事を考えながら、どうにかイリヤ達を仲良くさせる方法はないかと考える。

 

遠坂とルヴィアは、何だかんだ言っても、お互いの事を理解している。一件、険悪な感じに見えるが、本当の意味で敵対してるような雰囲気じゃないと俺は思う。いざとなれば、お互いに協力して戦うのでは?

 

と思う。だけど、イリヤと美遊の二人は、まだお互いに協力して戦うという感じまではいってないだろう。お互いに対する理解も歩み寄りもない。これでは大変危険だ。それにやっぱり、友達になって欲しい。

 

きっとこの二人は仲良くなれる筈だ。俺はそう確信している。何しろ、イリヤは俺の自慢の妹なんだからな。誰とでも仲良くなれる優しい女の子だ。だからきっと、美遊とも笑い合えるいい友達になれる筈だ。

 

俺は、あの夢の言葉を思い出す。美遊の兄として言葉を紡いだ俺は、確かこう言っていた。『美遊がもう苦しまなくていい世界になりますように……優しい人達に出会って……笑い合える友達を作って……』と。

 

あの声に託された俺は、それを叶える義務がある。だって俺はこう答えたんだから。『任せろ』ってな。俺は正義の味方じゃないけど、あの俺も俺と同じで、お兄ちゃんだった。だから俺は任せろと言ったんだ。

 

イリヤのお兄ちゃんとしても、イリヤには笑い合える友達を作って欲しいと思う。だからこれは、利害の一致だ。あの二人が笑い合う姿を想像して、俺は顔を綻ばせる。なんとしても実現したい光景だと思った。

 

「よし、いっちょやるか!」

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

「何でもないよ。帰ろうか」

 

「うん!」

 

イリヤの頭を撫でながら、俺達兄妹は二人で我が家を目指すのだった。いつかこの輪の中に、美遊がいる光景を夢見ながら……




はい、今回は、士郎の決意でした。
これからお兄ちゃんの奮闘が始まります。
お楽しみに。

あと、無限の剣製、プリヤ士郎版の詠唱を考えましたので、それもお楽しみに。
バーサーカー戦かなぁと思ってます。
もしくは、ツヴァイのギル戦?
どっちかになると思います。

それではまた次回。
感想を待っています。


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衛宮士郎は夢を見る

今回は、アーチャー、エミヤの話です。
プリヤ士郎が見た夢とは……?

それでは、どうぞ。


【士郎視点】

 

夢を見ている。不思議な夢だ。それはある男の生涯だった。その男は、かつて俺が目指した正義の味方だった。全てを守ろうとして、全てを助けようとして、ただ必死に足掻き続けた。その生涯は、壮絶だった。

 

どれだけ必死に求めても、どれだけ必死に足掻いても、その男の手からそれらは溢れ落ちていった。その男は、血の涙を流しながらも、それでも、足掻き続ける事を止めなかった。一体、どうしてそこまで……

 

その男は全てを助けようとした。そんな事は不可能だと知りながら。その様はまさに狂気の沙汰だった。誰一人として、その男の理解者はいなかった。挙げ句の果てに、その男は助けようとした者に裏切られた。

 

だけどそれでも、その男は笑って死んだ。満足だと。その事に絶句する。次の瞬間、場面が転換する。俺は、いつの間にか不毛の荒野に立っていた。無数の剣が突き立つ荒野の中心に、小高い丘が見えた。

 

その丘にも、無数の剣が突き刺さっているのが見えた。そしてその丘の上に、一人の男が膝をついている。その男が、さっきの生涯を送っていた男だと分かった。俺は、その男の元に歩み寄る。無意識だった。

 

少しずつ近付いていく。正義の味方という理想の果て。イリヤ達に出会わなかったら俺もああなっていたかもしれない。その男はどこまでも理想に殉じて、死後の安らぎすら差し出した。その魂を世界に捧げて。

 

この荒野だけを胸に抱いて、死んだ後も人を救い続けようとして、世界に命じられるまま戦い続けた。そしてその度に、一本、また一本と剣を丘に刺していく。それは、あまりにも救われない光景だった。

 

信じていた。より多くの人達を助けられると男は信じていた。けれど、その先々で男を待っていたのは人殺しだった。こんなのはあんまりだ。大を生かす為に小を斬る。それ以外の方法を求めて差し出したのに。

 

戦う度に、体も心も傷付いて。残ったのはこの無限の剣だけだ。その男は様々なものに裏切られてきた。それでも、たった一つ信じた理想があるから戦ってきた。魂を差し出し、死後の安らぎを売り渡したのも。

 

より多くの、生前は助けられなかった人達を助けられると信じていたから。何万人の人を助けられると、そう信じていたから。それなのに、その男に与えられたのは、誰かを助ける事ではなく殺す事だった……

 

『……そんなのってありかよ……』

 

『……』

 

『なあ、こんなのってありなのかよ!』

 

『……』

 

俺は、剣の丘に片膝をついているその男にそう叫んだ。希望に満ち溢れていたその男の顔が、絶望に歪んでいくのが見えた。俺はもう見ていられなかった。俺の声がその男に届いているのかは、分からない。

 

それでも、あまりの理不尽に、叫ばずにはいられなかった。顔を歪め、目を見開き、荒野に突き刺さる剣を呆然と見つめる男。あらゆるものに裏切られてきたその男は、最後の最後に、唯一信じたその理想にさえ裏切られた。こんなのってありかよ……

 

【体は……】

 

『……え?』

 

【体は(つるぎ)で出来ている……】

 

男のあまりに壮絶な生涯に、一緒になって絶望する俺の頭に、突然そんなフレーズが浮かんできた。声ではない。俺の内から、そんな言葉が頭の中に浮かんできたんだ。どういう意味なのかは、全然分からない。

 

『……衛宮士郎』

 

『え?』

 

『お前の心象は、どんな景色だ?』

 

突然浮かんできた奇妙な言葉に呆然としていると、剣の丘に立っていた男が俺の方を見てそう聞いてきた。どうして俺の名前を知っているのか、それはどういう意味かを聞こうとしたのだが、視界が消えていく。

 

どうやら、夢から覚めるようだ。その事を自覚した瞬間に、剣の丘に立っていた男は微かに笑った。意味のない問いをしたな、とでも言うように。ああ、どうして俺は、この男が言いたい事が分かるんだろう?

 

『俺は、家族を守る!』

 

『……そうか。ならば、そうするがいい』

 

意味は分からなかった。この男が何者かも分からない。だけど俺は、俺自身が望む事をその男に叫んでいた。それに対する男の声は、どこか満ち足りたような響きで……俺はそれに、少しだけ安堵したのだった。

 

…………………………………………………

 

「……最近、おかしな夢ばかり見るな」

 

気が付くと、俺は自室のベッドの上で目を覚ましていた。さっきの夢は、一体何だったのだろう。以前見た、美遊の夢ともまた違うような気がした。さっきの夢はとても現実とは思えないようなものだった。

 

「……また早く目が覚めちまったな……」

 

あの時と同じだ。まだ空は白んできた直後といった感じだった。その事から推測すると、まだ太陽が顔を出したばかりだろう。さて、どうするか。俺は少しだけ考えて、ふとある名案が浮かんだ。そうだ……

 

イリヤと美遊に、弁当を作ってやるというのはどうだろうか。今日は土曜日。小学校は休みだ。高校も休みなんだが、俺は部活の朝練がある。イリヤ達は、キャスター戦に備えて特訓すると言っていたからな。

 

美遊は、突然向かいに出来た、ルヴィアの屋敷に住んでいる。その美遊も、ルヴィアが空を飛ぶ特訓をすると言っていた筈だ。イリヤに美遊の分の弁当を持たせて、一緒に特訓させてみたら仲良くなれる筈だ。

 

すでに空を飛べるイリヤが、美遊に飛び方を教えてやるという事もできるのでは? 俺は浮かんできた名案に、我ながら完璧な作戦だと確信する。美遊と一緒に魔法少女物のアニメを見たりすれば、もっと良い。

 

「二人は友達になれる筈だ!」

 

そうと決まれば、早速二人の弁当を作ってしまわなければならない。ついでだから、今朝の朝飯も作ってしまおう。自分の名案に酔いしれる俺は、ごく自然に湧いてきたその考えにも、疑問を持つ事はなかった。

 

そうした結果、機嫌を悪くする家政婦さんがいるという事も完全に忘れていた。恐らくこの辺が、俺がどこか抜けていると良く言われる原因なのだろう。すまん。どうか許してくれ、セラ。完全に忘れていたよ。

 

…………………………………………………

 

「「……」」

 

き、気まずい……! 俺は、用意した朝飯の前で、セラに睨まれていた。何度も経験した状況ではあるが、今日はいつもと勝手が違っていた。セラの視線は、いつもよりも数倍は鋭かった。その原因は……

 

「……シロウ、これはどういう事です?」

 

「えっとな、セラ……」

 

「一体いつの間に、これほどに料理の腕を上げていたのですか!? しかも掃除まで完璧に終わらせてしまうとは! 私の仕事をどこまで奪うつもりなんですか!」

 

こういう事だった。俺自身、朝飯を作っている最中に驚いたんだ。何故か妙に調子が良くて、いつもよりかなり上手くできた。しかもかなり短時間で。体が勝手に動く。気分を良くした俺は、掃除も済ませた。

 

掃除も、いつもより簡単に素早くできた。イリヤ達の弁当も当然作り終わっている。起きてきたセラが、いつもよりテキパキと家事をこなす俺を呆然と見ていた。そして我に返ったセラが朝飯の味見をして、俺の料理の腕が急上昇した事に気付いたんだ。

 

「密かに腕を磨いていたのですね……私の仕事を奪う為に。そんなに不満でしたか」

 

「ご、誤解だセラ。落ち着け」

 

「……ぐすっ……」

 

「わーっ! 泣くなセラ! そんなつもりはなかったんだ! え~と……」

 

「あ……」

 

マジ泣きされてしまった。これはまずい。俺は混乱しながらも、セラの頭を撫でる。セラに不満なんてある筈がない。セラも、イリヤと同じくらい大切な人なんだ。リズもだけどな。それを伝えたくて俺は言う。

 

「俺はセラが必要だ。セラの仕事を奪おうなんて、考えた事もないよ。だからセラ。落ち着いてくれよ。セラの涙なんて、俺は見たくないよ。だから、な?」

 

「は、はい……」

 

良かった。セラは泣き止んでくれた。少し顔が赤いような気もするが。どうしたんだセラ? 俺とセラはしばらく見つめ合う。

 

「じーっ……」

 

「はっ!? リ、リーゼリット!」

 

「うおっ!? どうしたリズ!?」

 

「……セラとシロウがイチャついてる」

 

「なっ!? ち、ちちち違います!」

 

「イリヤに話してこよっと♪」

 

「待ちなさいリーゼリット!」

 

「待てリズ!」

 

それは気まずくなるだろ! 俺とセラは、嬉々としてイリヤの元に向かうリズの後を追い掛けた。衛宮家は今朝も平和だった。

 

…………………………………………………

 

「おはようお兄ちゃん」

 

「あ、ああ、おはようイリヤ」

 

「どうしたの?」

 

「い、いや、別に……」

 

あの後、俺とセラは、何とかリズを止める事に成功した。だからイリヤは、さっきの出来事を知らないんだ。そんなイリヤの、純粋な視線に何故か居たたまれない俺は、変な感じになってしまう。何でだろう?

 

「えっと、それでさイリヤ。確か今日は、特訓するって言ってただろ?」

 

「うん。それがどうしたの?」

 

「ほら、お弁当。早起きして作ったんだ」

 

「わあ、ありがとうお兄ちゃん! あれ? でもこれ、二つあるよ? どうして? もしかして、凛さんの分も作ったの?」

 

「いや、こっちは美遊の分だ。確か美遊も空を飛ぶ特訓をするってルヴィアが言っていただろ? どうせだったら、一緒に特訓してみたらどうかと思ってさ……」

 

「……美遊さんの……」

 

考えた作戦を伝えてみるが、やはりイリヤは気乗りしないという感じだった。まあ、そんなに簡単じゃないだろうけどさ。本当なら、俺が仲を取り持ちたいが、それではあまり意味がないだろう。イリヤ達が自ら仲良くならなければ本当の友達ではない。

 

俺にできるのは、精々、切っ掛けを作ってやる事だけだ。だけど俺は、自慢の妹の事を信じている。きっとイリヤなら、美遊と本当の友達になれる筈だと。だってイリヤは俺の妹なんだからな。優しい女の子だ。

 

「向かいの家に住んでるんだし、出掛ける時に誘ってみたらどうだ? 俺のお弁当をダシにしていいからさ。せっかく、新しい友達を作るチャンスだろ? 空の飛び方を教えてあげるのも良いんじゃないかな?」

 

「……お兄ちゃん……うん、そうだね……美遊さんと、ちょっと話してみるよ」

 

「ああ、それでこそイリヤだ」

 

少し笑ってそう答えたイリヤの頭を、俺は誇らしい気持ちで撫でた。やっぱりイリヤは自慢の妹だ。凄く優しい女の子。イリヤに任せておけば上手くいく筈だ。俺はそう確信して、部活の朝練に向かうのだった。

 

…………………………………………………

 

「先輩、今日は凄く調子が良いんですね。それに凄く嬉しそうですし。何か良い事があったんですか? ……妹さんの事とか」

 

「ああ、桜……うん、実はさ。イリヤに、新しい友達ができそうなんだよ。弓の調子が良いのは、何でだろ? 分からないな」

 

俺は声を掛けてきた部活の後輩、間桐桜にそう答えた。確かに桜の言う通りだった。今日は何故か弓の調子が良い。もしかしてこれは、アーチャーのカードを使った影響かもしれないと思ったが、そんな事を桜に話しても、何の意味もないだろう。

 

だから俺は、イリヤの事についての話だけをする事にした。そういえば桜は、なんでイリヤの事だと分かったんだろう。しかも何故か桜は、イリヤの名前を出す時に微妙な顔をしていた。どういう意味だろうか。

 

「そうなんですか。それは良かったですね先輩。ふふっ、先輩ったら、本当に妹さんの事が大切なんですね。良いなあ……」

 

ああ、そうか。桜にはあまり仲が良くない兄がいるからな。だからきっと、俺達兄妹の関係が羨ましいのだろう。慎二のやつ、本当に困った奴だ。兄貴なら、妹に優しくしろよな。桜の兄は、俺と同じクラスだ。

 

間桐慎二。プライドが高く、子供っぽい。転校してきた遠坂とルヴィアにちょっかいをかけようとして、手酷く撥ね付けられたのは俺の記憶に新しい事件だった。完全に自業自得で、同情はできなかったけどな。

 

そんなどうしようもないような兄貴でも、桜にとってはやはり家族なんだろう。健気な桜に同情する。俺は、少しだけ寂しそうに笑う桜の頭を撫でてやる。俺にできるのはこれくらいしかないからな……

 

「せっ、先輩!?」

 

「大丈夫だよ桜。桜が諦めなければ、いつか慎二とも上手くやれるようになるさ」

 

「はっ、はい! ありがとうございます! そうですよね! 私が諦めちゃ駄目ですよね! 少しだけ元気が出ました!」

 

「そっか。それは良かったよ」

 

何故か顔を真っ赤にしているが、どうやら元気が出たらしい。笑顔を取り戻した桜に癒されながら、俺はその後の朝練に励んだのだった。そして、俺はその朝練の中で、一つだけ気付いた。やはりこれは……

 

英霊、アーチャーの感覚が、日常の中でも残っているようだ。俺の全てを差し出す事で得た力。やはり何の変化もないという事はなかったらしい。あのカードで変身する度に、この感覚は強くなっていくようだ。

 

もしかして、今朝の夢も、その影響だったのかもしれない。あの夢に出てきた男が、アーチャーの英霊なのかも。だとしたら、あの英霊はどれだけのものを背負っているのか。あの壮絶な生き様を俺は思い出す。

 

「……なあ、お前は一体誰なんだ?」

 

俺は懐からアーチャーのカードを取り出してそう問い掛けた。だけどやっぱり、何の答えも返ってはこなかった。また夢の事を真剣に考える自分に少し呆れながら、それでもこの英霊の正体が気になっていた。

 

…………………………………………………

 

「……衛宮くん」

 

「遠坂? お前、なんで休みの日に学校に来てるんだよ? それと、ずっとそこから弓道場を見ていたのか? どうして……」

 

朝練が終わり、着替えて帰ろうとした時、弓道場の入口に遠坂がいた。遠坂は、複雑そうな表情を浮かべて、声を掛けてきた。なんでそんな表情を浮かべてるんだよ? 俺は遠坂の様子に首をかしげるしかない。

 

「……さっき衛宮くんと話してた娘……」

 

「さっき? ああ、桜の事か。桜がどうかしたのか? もしかして知り合いとか?」

 

「……まあ、そんなものね」

 

何故か辛そうな表情を浮かべる遠坂。一体何なんだよ。桜と遠坂が知り合いだって? そういえば遠坂は、昔はこの冬木に住んでいたと言っていたな。その時の知り合いという事だろうか? だけどこの表情……

 

ただの知り合いとは思えないな。遠坂と桜はどんな関係だったんだろう。だけどこの雰囲気は、軽々しく聞けるような感じじゃないな。俺が踏み込んでいい領域ではないような気がする。あくまで勘だけどな。

 

「それで、話は何なんだ?」

 

「ええ、その……あの娘の家族とかどんな感じなのか知ってるかしら?」

 

「へ?」

 

「だ、だから……家族との関係とか……」

 

「そんなものは、桜に直接聞けば良いじゃないか。少し待ってれば来ると思うし」

 

「それはちょっと……」

 

「あ、ほら、来たぞ遠坂。知り合いだったら何も問題はないじゃないか。行こう」

 

「ちょっと衛宮くん! 手を離して……! もう、お願いだから離してってば!」

 

「うわっ!」

 

「なっ!?」

 

「先輩? えっ!?」

 

俺は、いまいちはっきりしない遠坂の態度に疑問を持つ。少し強引にでも、遠坂を桜の元に連れていこうとした。遠坂の手を掴んで引っ張ったら、遠坂が抵抗した。そこまではまだ良かったんだ。そこまではな。

 

どうしてこうなった!? 思いの外、力が強かった遠坂の抵抗でバランスを崩した俺は、後ろに引っ張られてしまった。俺の後ろにいた遠坂を巻き込んで、派手に転んでしまったのだ。それもまだ良かった。

 

だが、どうしてそうなったのか、俺は遠坂の上に覆い被さるような形で倒れてしまったのだ。端から見ると、まるで俺が、遠坂を押し倒したように見えてしまうだろう。さらに最悪な事に、倒れた俺の手が……

 

「っ!? きゃあああっ!」

 

「わざとじゃな……ぐはっ!」

 

遠坂の胸に、俺の右手が! 勿論、わざとじゃないんだが、遠坂にとってはそんな事は関係ない事だろう。案の定、俺は遠坂の強烈な掌底を顎に食らって気絶した。セラより強いな……魔術師の筈じゃ……?

 

俺は、最後にそう思ったのだった……




桜と凛とセラにフラグが立ちました。
イリヤにもですが(笑)

そして、アーチャーのフラグも。
イベントフラグですけどね。

それでは、感想を待っています。

-追記-
原作のプリヤでは、凛が桜を知らないような感じでしたが、この作品では、二次創作らしく設定を捏造しています。

原作fateと同じ設定で、凛と桜の二人は実の姉妹であり、凛も桜も、お互いにその事を知っているという設定です。

原作とは違って、桜は間桐の犠牲にはなっていませんが、やはり凛は桜に複雑な感情を抱いているという感じにしています。

桜の方は、普通に凛と仲良くしたいのですが、凛の方はどう接していいか分からないというような設定にしています。


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魔術師との戦い

今回は、vsキャスター。

本格的な戦いです。


【士郎視点】

 

「……う~ん……はっ!?」

 

何故か悪寒を感じて、本能のままに俺は目を覚ました。それと同時に、顎に痛みが。そこで俺は思い出す。そうだった。確か俺は遠坂に掌底を食らって気絶して……その事を思い出した俺は、ふと視線を感じた。

 

「あら、目が覚めたようね……ちっ……」

 

「今、舌打ちしませんでした!?」

 

その視線を辿って横を見てみると、そこには不機嫌そうな表情で俺を見る、保険医の『折手死亜華憐(おるてしあ かれん)』先生がいた。その手には注射器が握られていて、その中には得体の知れない緑色の薬品が入っていた。

 

もし俺が目を覚まさなければ、その得体の知れない薬品を注射するつもりだったとかじゃないですよね? さっき感じた悪寒はそれが原因だったのだろうか。俺は、その想像に心の底から震え上がってしまった。

 

「気のせいよ。それよりも、目が覚めたのなら早く起きなさいな。健康な人間ほど、私の嫌いなものはないというのに……」

 

「さらっととんでもない事を! あんた、本当に保険医かよ! 怖すぎる……」

 

こんな保険医を採用した穂群原学園は本当に大丈夫なのだろうか? そもそも、名前からしてふざけてるだろう。何だよ、その無理矢理当て字したような漢字は。暴走族かよ。絶対偽名だろ。良いのか、これ?

 

「ほら、さっさと帰りなさい。その程度の怪我でいつまでもベッドを占拠しないで」

 

「本当に酷いなあんた! って、もう夕方じゃないか! 何時間気絶してたんだ?」

 

「大体九時間くらい? 自分がどれだけの迷惑をかけてたか分かったかしら?」

 

「……その間、先生は何してたんです?」

 

「寝てたけど? 貴方がベッドを占拠してたせいで、この固い机の上でね」

 

「罪悪感が消えましたよ! さっきの迷惑をかけてたってのは先生にですか!」

 

「ん? 他にあるの?」

 

この人、本当に駄目な人だな! こんな人にイリヤを任せるのは本当に不安だった。穂群原学園は小中高一貫校だからな。だからイリヤが怪我をした時も、この人が応対をする事になる。兄として本当に不安だ。

 

この人相手だと、敬語を使うべきなのかと疑問を持ってしまうから不思議だ。実際、つい敬語を忘れる時がある。俺とそんなに歳が違わない外見をしているのも原因だ。俺は深いため息をついて起き上がる。

 

「それでは、さようなら」

 

「はいはい、さっさと帰りなさい」

 

最後まで敬意を抱けないような態度を取る華憐先生に呆れながら、俺は帰宅した……

 

…………………………………………………

 

「ただいま」

 

帰宅した俺は、そう言って玄関に入った。だけど、返事は返ってこない。誰もいないのかと思ったが、鍵は開いてたしな。そう思って足元を見てみると、小さな靴が二つあった。一つはイリヤの靴だろうけど……

 

「……まさか」

 

俺はある可能性に思い当たり、足早に靴を脱いで家に上がった。セラとリズの靴はなかったから、買い物でもしてるんだろう。そんな事を考えながら、俺は自分の部屋に荷物を置く事もせずにリビングに向かう。

 

ある期待を抱きながら。リビングの扉を、体当たりする勢いで開けて、中に入った。するとそこには、期待通りの光景が……

 

「……航空力学はおろか重力も慣性も作用反作用も無視したデタラメな動き……」

 

「えっと、これはアニメだから、そういう堅苦しい考えはしちゃだめだよ……」

 

あった……のかなあ? そこには、イリヤがいつも観ている魔法少女のアニメを見て愕然としている美遊と、そんな美遊を見て冷や汗を流しているイリヤがいた。美遊は固まった表情で、専門的な事をブツブツと呟いている。その様は、かなり怖かった。

 

「……無理そうなのか、美遊?」

 

「はっ!? お兄……いえ、士郎さん!」

 

「あ、お兄ちゃん、お帰り~♪」

 

『聞いて下さいよ士郎さん。美遊さんは、全然ダメダメですよ。魔法少女としては、固定観念に囚われすぎです。これでは飛行は難しいと思いますよ。MS力不足です』

 

固まった表情の美遊に声を掛けると、美遊達はそれぞれの反応を返してきた。俺は、イリヤに改めてただいまを言い、美遊にはいらっしゃいと答えた。だが最後のルビーには何と答えれば良いか分からない。っていうか、何だよMS力って。知らないぞ。

 

『知らないんですか? 【魔法少女力】の略です。美遊さんのMS力は、見た目なら高いのですが、心構えが足りないのです。MS力とは戦闘力や容姿、性格等の魔法少女的な社会影響力を総合したものでして』

 

「……」

 

『ちなみに、イリヤさんのMS力は約一万くらいになります。かなり高いですよ?』

 

「何か訳分からない数値をつけられた!」

 

「ははは……」

 

最早、突っ込むのも面倒くさい。ルビーの戯言に真面目に付き合ったのがそもそもの間違いだった。そういえば、こういうやつだったな、このステッキ。ルビーの戯言に過剰反応するイリヤがいっそ哀れだった。

 

「あの、士郎さん、それとイリヤスフィール。お邪魔しました。私はこれで……」

 

「え、もう帰っちゃうの? もうちょっとゆっくりしていけばいいのに……」

 

「イリヤの言う通りだ。どうせなら、夕飯を食べていかないか? 俺が作るからさ」

 

ルビーと下らないやり取りをしていると、いつの間にか、美遊が帰ろうとしていた。俺とイリヤはそんな美遊を引き留めようとしたのだが、美遊は少しだけ振り返って、首を横に振った。少し寂しそうに笑って。

 

「いえ、お気持ちだけ頂きます。これから少し特訓をしたいので。それから、あの、イリヤスフィール……」

 

「え、なに?」

 

「……ありがとう……少しだけ、ヒントが浮かんできた。貴女のお陰で……」

 

「あ……うん!」

 

良かった……この二人は、少しだけ仲良くなる事ができたようだ。少し恥ずかしそうにイリヤにお礼を言う美遊と、それに呆気に取られてから満面の笑みを浮かべるイリヤを見ながら、俺はそう思ったのだった。

 

「それから士郎さん……」

 

「ん?」

 

「えっと……その……お弁当、とても美味しかったです。私の分まで作って頂いて、本当にありがとうございました」

 

「どういたしまして」

 

「むぅ~……」

 

『おお、これは大変面白い展開に……良い感じに修羅場になりそうな予感がします』

 

どうやらイリヤは、ちゃんと美遊にお弁当を渡してくれたようだ。そう言って貰えると作った甲斐があるというものだな。この二人が仲良くなる切っ掛けになってくれたようだし。俺の目論見は上手くいった。

 

ただ、そんな俺達のやり取りを見たイリヤが何故か膨れっ面になり、ルビーのやつがまた訳の分からない事を言い出したけど。そんなイリヤ達の様子に首をかしげるが、今は気にしても仕方ないと思い直した。

 

「それでは、また今夜の戦いで……」

 

「ああ。今度は勝とうな」

 

「はい」

 

そう言い残し、美遊は帰っていった。美遊はすぐ向かいのエーデルフェルト邸に住んでるから、送る必要はないだろう。俺は、イリヤと美遊が少し仲良くなれたような気がして嬉しくなった。まずは一歩前進だ。

 

「で、どんな感じで美遊と話したんだ?」

 

「えっとね、まずは朝に一緒に特訓しようと誘いにいったんだけど、ルヴィアさんがすでに連れ出してたみたいで……」

 

「そうだったのか?」

 

「うん。だから、仕方なく一人で特訓する為に裏山に行ったの。そこで、お兄ちゃんが手に入れてくれた【ライダー】のカードを試してみたりしてたの。そうしたらね、突然空から美遊さんが落ちてきたの」

 

「……」

 

ルヴィアは一体どんな特訓をしてたんだ。イリヤの言葉に唖然とする。空を飛ぶ特訓をすると言ってたけど、もしかして空から突き落としたんじゃないだろうな。俺は、その想像に目眩を起こす。無茶苦茶だろ。

 

「美遊さんはサファイアのお陰で無傷で、空を飛ぶ私の姿を見てこう言ってきたの。『空の飛び方を教えて欲しい』って……」

 

「なるほどな」

 

『その時にサファイアちゃんが、イリヤさんが空を飛ぶイメージを持てた理由を聞いてきたんです。その結果、こうしてイリヤさんのイメージの元になった魔法少女物のアニメを観る事になったんですよ』

 

「それで、さっきに繋がるって訳か」

 

「うん。お兄ちゃんのお弁当も、アニメを観ながら二人で食べたよ。あ、そういえば一つ気になってたんだけど。お兄ちゃん、いつもよりお料理が美味しくなかった?」

 

「……今日は調子が良かったんだよ」

 

「そっか~、良かったねお兄ちゃん」

 

イリヤ達から経緯を聞き、状況を理解する事ができた。そこまでは良かった。自分の作戦が上手くいった事が嬉しかったから。だけど最後のイリヤの言葉に、俺はある事を確信する。やはり俺は変わったんだと。

 

アーチャーのカードを使った影響だろう。自分で選んだ事だし、絶対に後悔しない。だけどそれでも、俺はうすら寒さを感じずにはいられなかった。俺は一体、どうなってしまったのだろうかと思ってしまった。

 

俺という存在は、どうなるのだろうか? そう思わずにはいられなかった……

 

…………………………………………………

 

その夜の事。俺達は再び河川敷の橋の下に来ていた。昨日のリベンジの為だ。緊張の面持ちをするイリヤを横目で見ながら、俺は目も合わせてくれない遠坂の機嫌を直す事はできないかと必死に考えていた。

 

「あのな遠坂。あれは事故であってだな。決して故意じゃなかったんだ……」

 

「……」

 

駄目だ。聞く耳を持ってない。必死に遠坂に言い訳をする俺を、イリヤと美遊が不思議そうな顔で見てきた。やめてくれ。頼むから、そんなに純粋な目で見ないでくれ! 俺は大変居たたまれない気分になる。

 

「どうしたのお兄ちゃん?」

 

「何かあったんですか?」

 

「いや、それはだな……」

 

「気にしちゃ駄目よ二人とも。それから、そいつにあまり近付かない方が良いわよ? どこを触られるか分からないからね」

 

「なっ、遠坂!?」

 

イリヤ達の前で、その事を言うなよ! 兄としての威厳がなくなるだろ! 抗議する俺を冷たい視線で射抜き、遠坂はまた顔を逸らしてしまう。その視線の鋭さと、ぐうの音も出ない事実に、俺は小さくなる。

 

「わざとじゃないのに……」

 

「ふんっ!」

 

「「?」」

 

「ちょっと貴方達、今はキャスターだけに集中して下さいな。何があったのかは知りませんけど、任務に私情を挟まないで下さいまし。特に遠坂凛! 貴女は、この任務の重要性を分かっている筈でしょうに! これだから脳筋のお猿さんは嫌なのです」

 

「くっ! ああーっ、もう分かったわよ! 衛宮くん! 今だけは今朝の事を忘れてあげるわ! ただし、勘違いしないで! 許した訳じゃないからね! これが終わったら、覚悟しておきなさいよ!」

 

「……了解」

 

何をされるのかは、考えないようにした。取り敢えず怒りの矛を収めてくれたらしい遠坂は、早速作戦会議に入った。小回りの利くイリヤが陽動と撹乱、そして、突破力のある美遊が本命への攻撃担当になった。

 

「俺は?」

 

「衛宮くんは、地上から弓で援護。イリヤが敵の攻撃を引き付けるから、イリヤ達の為に敵の隙を見つけて揺さぶりをかける。それから、二人への攻撃を防ぐのよ。やる事が多くて大変だと思うけど、頑張って」

 

「分かった。任せてくれ」

 

そういう作戦になった。イリヤ達の援護。願ってもない役目だ。アーチャーのカードを懐から取り出しながら、俺は密かに気合いを入れる。イリヤ達が魔法少女の姿に転身し、俺も【夢幻召喚(インストール)】で変身する。

 

「そういえば美遊、空を飛べるようになったのか? 数時間しか経ってないけど」

 

「それは……」

 

『飛行【は】無理でした。しかし、美遊様は独自の方法を編み出しました』

 

「つまり……」

 

「大丈夫という事です。見ていて下さい」

 

「そっか。それじゃあ任せたぞ」

 

「はい!」

 

サファイアの言葉に安心した俺は、美遊の頭を撫でてやりながらそう言った。美遊がこう言ってるのだから、俺は信じて任せるしかないだろう。美遊は嬉しそうに返事を返して、照れたように笑った。可愛いな。

 

「むぅ~……」

 

『息を吐くようにフラグを立てますねえ、士郎さんは。いつか刺されますよ?』

 

「なんでさ……」

 

どうしてイリヤは膨れっ面に? そして、なんで俺が刺されるとか、物騒な話に? イリヤとルビーの反応に、俺は訳が分からずに首をかしげる。何もおかしな事はしていない筈だろう。本気で分からない。

 

「ほら、さっさと行くわよ、ルビー」

 

『はいはい。それでは行きますよ?』

 

『皆様、イリヤ様と美遊様の側に』

 

結局、どういう事かは分からずじまいで、遠坂によって話は中断された。ルビー達の指示に従って、俺達はイリヤと美遊の側に集まった。そしてルビー達は、鏡面界に飛ぶ為のお決まりの呪文を唱え始めた。

 

『限定次元反射炉形成!』

 

『鏡界回廊一部反転!』

 

『『【接界(ジャンプ)】!』』

 

視界が真っ白に染まる。さあリベンジだ!

 

…………………………………………………

 

キャスターが待つこの場所に、俺達は再びやってきた。上空には、あの時と同じように空を覆い尽くす程の魔法陣を従える魔女が浮かんでいる。魔女は、再びやってきた俺達を見て冷たい笑みを浮かべた。

 

「一気にカタを付けるわよ!」

 

「二度目の負けは許しませんわよ!」

 

遠坂とルヴィアの言葉で、二度目の戦いは開始された。それを合図にしたかのようにして、上空の魔女は一斉に魔力弾の雨を降らせてきた。イリヤと美遊が駆け出していく姿を見送って、俺は弓を構えた。

 

イリヤが空を飛び、魔力弾の雨を躱わしながら魔女の元に向かっていく。上空の魔女はそれを見て、イリヤに攻撃を集中する。俺はイリヤに命中しそうな物だけを狙って撃ち落としていく。さすがはアーチャー。

 

この程度はお手の物らしい。遥か遠くの敵がはっきり見える。俺の存在を厄介と判断したらしい魔女がこっちにも魔力弾を撃ってくるが、俺はそれを、悉く撃ち落とす。決め技を使う隙はないが、これなら……

 

「こっちは大丈夫だ! だから敵を倒すのは任せるぞ二人とも! 二人の事は絶対俺が守るから、安心して攻撃に集中しろ!」

 

「うん!」

 

「任せて下さい!」

 

絶え間なく撃ち込まれる魔力弾。だけど、それを撃ち落としながらも片手間で二人の援護をする余裕もある。攻撃を考えずに、防御に専念しているからだろう。これが、英霊の力なんだ。俺は改めてそれを知る。

 

「美遊さん!」

 

「分かってる!」

 

イリヤが魔女の攻撃を引き付けながら美遊の名前を呼ぶ。すると美遊は、空中を足場にして空高く跳躍した。その光景に、俺達は驚いた。これがサファイアが言っていた事か。飛行は無理だったと言っていた。

 

だけど、独自の方法を編み出した、とも。美遊は空中に足場を生み出して、その上を跳んで上空へと駆け上がっていく。確かにこれは独自の方法だ。だけど得られる結果は変わらない。これならいける!

 

イリヤと美遊は、上空に浮かぶ魔法陣より高い場所を目指していく。俺はイリヤ達に撃ち込まれる魔力弾を撃ち落として、援護していく。時に敵の注意を引く為に魔女に攻撃しながらな。当然、それらの矢は防御の魔法陣に阻まれてしまうが、構わない。

 

「いけ、二人とも!」

 

順調だった。このままいけば、間もなく敵を倒せるだろう。だけど、少し順調すぎるような気もする。違和感を感じているのは俺だけなんだろうか? イリヤ達が魔女の元に接近していく姿を見ながらそう思う。

 

「……本当にこれで終わりなのか?」

 

簡単すぎる。それに、あの敵はまだ魔術を使っているだけだ。あのライダーのような切り札はないのだろうか? 確かあれは、【宝具】って言ったっけか? それにまだ他に使える魔術があったとしたら?

 

「中ぐらいの……【散弾】!」

 

そう思った時、イリヤが魔女に攻撃をして動きを止めていた。散弾銃のような、拡散する魔力弾を放つ事でな。魔女はその攻撃を防御するが、後ろががら空きだ。美遊はその隙を見逃さずに、後ろから接近する。

 

「ランサー、【限定展(インクルー)……」

 

決まった。誰もがそう思っただろう。俺もイリヤも遠坂もルヴィアも。美遊はカードを使って必殺の【宝具】を使おうとした。サファイアにカードを当てて。この攻撃が決まれば、確実に倒していただろう。

 

「なっ!?」

 

決まっていれば、な。次の瞬間、美遊の目の前から突然敵が消えたのだ。俺達はその光景に唖然とする。そして、俺達は知る。英霊とはやはりとんでもない存在だとな。標的が消え失せ、美遊は動きを止める。

 

「はっ! 美遊、後ろだ!」

 

「えっ!?」

 

動きを止めた美遊のすぐ後ろに、あの魔女が現れた。俺の声に美遊は背後を振り向くがもう間に合わない。遥か遠くの敵を視認できるアーチャーの超視力が、冷たく(わら)う魔女の顔をはっきりと捉えた……

 

「美遊!」

 

魔女の攻撃をまともに食らって、鉄橋まで吹き飛ばされる美遊。やはりキャスターはまだ切り札を隠していたんだ。俺達はその事を思い知らされたのだった……




キャスターは、次回で決着です。
そしてその次は……

士郎の最初の試練ですね。

今回士郎が立てたフラグは、美遊と凛です。
華憐は……どうしようか迷ってます。

それではまた次回。
感想を待ってます。


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勝利からの絶望

お待たせして申し訳ありません!

もう平謝りする事しかできません。

私の状況については、少し長くなるので書きません。

どうしても知りたい方は、ピクシブの方を見てください。

それでは、大変遅れましたが、キャスター戦、決着です。


【士郎視点】

 

「美遊!」

 

「今のって、まさか!」

 

「空間転移ですわ!」

 

「嘘でしょ!? そんなの、もう【魔法】の領域じゃない! 信じられないわ!」

 

魔女の攻撃をまともに食らって、吹き飛ばされた美遊。それを見た遠坂とルヴィアが敵の使った力の正体を分析して驚愕する。空間転移の魔術。そんな切り札を隠していたなんて。これが英霊の恐ろしさか。

 

美遊は鉄橋に激突して、動かなくなった。まずい、あれじゃ止めを刺してくれと言っているようなものだ。サファイアの防壁を貫く程の魔力弾を至近距離で食らったんだから、かなりのダメージを受けただろう。

 

ここからじゃ距離がありすぎる。魔女が、まさに止めの一撃を放とうとしているのが見える。もう何秒もないだろう。俺には、攻撃を止める方法もない。【赤原猟犬(フルンディング)】では威力が足りずに、防御陣に弾かれる。

 

「美遊、逃げろ! くそっ!」

 

ならば貫ける威力の攻撃、【偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)】を使おうとするが、魔女は俺の方にも警戒を怠っておらず、常に一定量の魔力弾が俺達を襲う。俺一人だけなら、ダメージを覚悟して攻撃する事もできたが、俺の側には遠坂達がいる。だから、俺は動けない。

 

何もできない。それが分かってしまって、俺は歯噛みする。まだ、足りないのか? 英霊の力を手に入れてもまだ。そう思った時だった。魔女が止めの一撃を放とうとした瞬間、美遊の元へ飛んでいく人影。

 

「イリヤ!」

 

そう、その人影はイリヤだった。俺の妹のイリヤが、美遊を抱えてその場から離れる事に成功した。結果、魔女の攻撃は何もない空間を通過していった。その光景に、俺は心底安心した。ありがとう、イリヤ。

 

イリヤと美遊は、空中で何かを話し合っているようだ。何か作戦を思い付いたのか? 後ろで遠坂達が、撤退するべきだと叫んでいるが、ここで退いても次に繋がる保証はどこにもない。だったら……

 

「イリヤ達に懸けてみよう」

 

「はあ!? 正気なの衛宮くん!」

 

「……確かに、何か策を思い付いたというなら、あの二人に任せてみるというのもありかもしれませんわね。カレイドの魔法少女は二人で一つ。あの二人が連携を上手くできれば、無限の可能性がありますわ」

 

「……そうかも、ね……」

 

そういう事になった。俺は難しい事も魔術の事も分からない。だけど、イリヤを、妹を信じるという事にかけては、世界中の誰にも負けない。当初の作戦通りに、俺はイリヤ達を援護する事だけに集中するんだ。

 

「頑張れ、イリヤ……」

 

俺は静かに、そう呟いて応援していた。

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「行くよ、ルビー!」

 

『はい!』

 

美遊さんの作戦を信じて、私はキャスターに接近して注意を引く。私が囮になって、キャスターの動きを止める。そこまでは、最初の作戦と変わらない。でもそれだと、転移して逃げられて反撃されてしまう。

 

さっきの様に。だから、美遊さんが考えた作戦はそれに対応するものだった。私は、目一杯のスピードで動き回りながら、そのチャンスを探す。キャスターの魔力弾は、自動追尾の特性で私を捉えようとする。

 

それを全力で避けながら、魔力砲で相殺していく。相殺しきれない物は、お兄ちゃんが撃ち落としてくれる。そう信じて、私は無茶な接近を試みる。怖くない。体の横を魔力弾が通りすぎていくけど、怖くない。

 

私が今やっているのは、怪我をして動けない美遊さんが復帰するまでの時間稼ぎと、キャスターの注意を私に引き付けて敵の意識を私だけに向けさせる事。私が一番の敵だと認識させる事だった。これは布石だ。

 

「……お待たせ、イリヤスフィール」

 

『少し手間取りました』

 

「美遊さん、もう大丈夫なの?」

 

「問題ない。それじゃあ、作戦通りに」

 

「任せて!」

 

そうしていると、美遊さんが復帰してきた。怪我はもう大丈夫そうだ。作戦開始の合図と共に、私はキャスターに正面から接近した。さっきまでの攻防で、敵の意識は完全に私に集中している。

 

「ちょっとイリヤ! あんたは囮役でしょうが! そんなに前に出てどうするつもりよ!」

 

「そうですわ! 無理をせず距離を取りなさい! 引き付ける事に専念なさいな!」

 

下から、凛さんとルヴィアさんの驚いた声が聞こえてくるけど、私はそれを無視した。二人の言う事は正しい。けどこれは作戦なんだ。私が攻撃すると思わせる事が大事だった。私は美遊さんを信じる。

 

無数の魔力弾が私に殺到してくる。それを撃ち落としながら、私は真っ直ぐに突撃してルビーに魔力を集中する。最大の魔力を込めた一撃に、キャスターの気配がはっきりと変わったのが分かった。

 

「いくよルビー! 特大の……【散弾】!」

 

『……ッ!?』

 

最大の魔力を込めて放たれた散弾が、キャスターに殺到する。防御も考えず、全魔力を込めた。これならさすがのキャスターも、防御できないだろう。これが美遊さんの考えた作戦だ。

 

「また消えた!?」

 

お兄ちゃんの言葉通り、キャスターは空間転移して散弾を回避した。よし、作戦通り! それを見て私は、思わず笑ってしまった。全力で防壁を展開しながら、私は思う。後は任せたよ、美遊さん!

 

…………………………………………………

【士郎視点】

 

「イリヤ!」

 

俺は、上空のイリヤを見上げて悲鳴を上げた。さっきと同じだ。イリヤの攻撃を転移して躱した魔女は、イリヤの背後に出現していた。それはまさに、先程の展開と同じだった。危ない!

 

そう思った時だった。さっきのイリヤの攻撃。まさに散弾のように放たれた攻撃が、空中で跳ね返った。全ての弾がイリヤの背後に弾き返されて降り注ぐ。そこには、転移した魔女がいた。

 

「そうか! 魔力反射制御平面! キャスターが上空に展開してるそれに、散弾をぶつけたのね!」

 

「自分の背後に反射されるようにして、キャスターに当てたって事か!」

 

「そう、キャスターが転移して躱す事を計算して、そこに跳ね返るようにしたのよ!」

 

そういう事らしかった。イリヤのやつ、そんな事を計算してやったのか。キャスターはさっき、美遊の攻撃を躱して背後に回って攻撃してきた。その習性を逆手にとって攻撃を当てたんだ。

 

敵の反射防壁をも利用して。連続転移はできないらしく、キャスターは正面に防壁を張って防御する。今度こそ、キャスターの動きが完全に止まった。そして、それを見逃す美遊ではない。

 

「今だよ、美遊さん!」

 

キャスターの上空に、サファイアを構えて佇む少女。魔力の足場に真っ直ぐ立ち、敵を見据えている。最大の魔力を込めて、今まさに一撃を放つ所だった。その姿と表情に見惚れてしまう。

 

「弾速最大……【狙射(シュート)】!」

 

「おお!」

 

渾身の魔力弾は、特大のビームとなって放たれた。身動きができないキャスターに、その攻撃は見事に命中した。キャスターの防壁を一瞬で吹き飛ばし、その体を地面に撃ち落としていった。

 

「止めよ衛宮くん!」

 

「いきますわよ!」

 

「りょ、了解!」

 

地面に墜落したキャスターに、遠坂とルヴィアは容赦しない。俺にも追撃を指示し、過剰とも言える追い打ちを行おうとしている。これって、死体蹴りって言うんじゃないのか? こ、怖い……

 

Anfang(セット)!」

 

Zeichen(サイン)!」

 

「―――I am the bone of my sword(我が骨子は捻れ狂う)……」

 

遠坂とルヴィアが、何かを握りしめながら叫ぶ。恐らく二人の魔術攻撃なんだろう。俺も、右手に新たな剣を作り出して呪文を唱える。原理はよく分からないが、頭に勝手に浮かんでくる。

 

弓に剣を矢のように番え、その形を変形させる。細長くドリルのように捻って、まさしく矢のような形に変えた剣に、渾身の魔力を込めた。先のライダーとの戦いで使った、あの決め技だった。

 

「【轟風弾五連】!」

 

「【爆炎弾七連】!」

 

「【偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)】!」

 

地面に激突して土煙を上げ、姿は見えないが、キャスターがいるであろう場所に向けて、俺達の攻撃が一斉に放たれた。その瞬間、視界が真っ白に染まり、すぐに凄まじい爆音と爆炎が上がった。

 

「……これならさすがに倒したか?」

 

「多分ね。っていうか、これで倒せてなかったら化け物よ」

 

「上空の魔法陣も消えましたし、倒した筈ですわ」

 

俺の確認に、遠坂とルヴィアが頷いてくれる。ルヴィアの言葉通り、さっきまで空を埋め尽くしていた魔法陣は完全に消えていた。終わったんだ。そう確信して、俺達は一斉に安堵して息を吐く。

 

「と言いますか、遠坂凛! 五連ってなんですの!? 勝負所でケチってんじゃねーですわ!」

 

「う、うっさいわねッ! アンタとは経済事情が違うのよ! そうポンポン宝石使えないの!」

 

「お、おい。勝ったんだから良いだろ? 勝った時にまで喧嘩するなよ」

 

本当にこの二人は。どうして苦労してやっと勝ったのに喧嘩するんだよ。息を吐くように喧嘩しなければ死んでしまうのだろうか? というか、ケチるだの宝石だの、一体何の事なんだろうか。

 

「それにルヴィア、その言葉遣いはお嬢様としてギリギリだぞ……せっかく美人なんだから、もう少しそれっぽくした方がいいと思うぞ?」

 

「えっ……?」

 

「むっ!」

 

じゃねーですわって……汚いのか綺麗なのか分からんぞ? 遠坂も言ってたけど、どんな日本語をマスターしたんだよルヴィアは。俺がそれを指摘すると、何故かルヴィアは真っ赤になった。

 

さっきの自分の言葉遣いを思い出して、今更恥ずかしくなったのだろうか。そして、これまた何故か遠坂が不機嫌そうになる。いや、なんでさ? 俺は溜息を吐きつつ、遠坂にも釘を刺す。

 

「遠坂も。いつも怒ってばかりで疲れないか? 遠坂は、笑っている方が可愛いんだから、そうすればいいのに。ルビーとサファイアに、また愛想つかされるぞ?」

 

「……」

 

あれ? 今度は遠坂も真っ赤になって黙ってしまった。訳が分からない反応をする二人に、俺は首を傾げてしまう。あ、そういえば、そろそろキャスターのカードを回収しないといけないよな。

 

「さて、キャスターのカードは……あれ?」

 

ない。キャスターを倒した場所には、爆発でクレーターができていたが、その中心にあると思っていたカードがどこにもなかった。俺は首を傾げて、次の瞬間、背筋が凍った。ま、まさか……!

 

「イリヤ! 美遊! キャスターはまだ……!」

 

上空から、もう近くまで降りてきていたイリヤ達。二人も、もう終わったと思っていたんだろう。まるで警戒していない雰囲気だった。だが、まだ終わっていない。そう叫ぼうとした時だった。

 

「ッ!?」

 

「この魔力!」

 

空間全体を軋ませるような、強大な魔力。遠坂とルヴィアが謎の硬直から復帰し、その魔力に反応を示す。だがもう遅かった。『そいつ』は、もうそこにいた。巨大な魔法陣を背後に従えて。

 

「キャスター!」

 

遥か上空に、再び君臨する魔女。その体はもうボロボロで、右半身が抉れている。だけどそいつはまだ生きていた。そして、俺達に向けて壮絶な殺気を放っている。その目はまだ死んでいない。

 

「空間転移して、また逃げていた!? 右半身はダメージ食らってるけど!」

 

「まずいですわ! キャスターはまだ、相討ち覚悟の一撃を放てますわ!」

 

「くそっ!」

 

途轍もない魔力弾を放とうとしているのが分かる。恐らくルヴィアの言う通り、キャスターは俺達諸共吹き飛ぶ覚悟の攻撃を放つつもりだ。俺は即座に赤原猟犬(フルンディング)を放つが、撃ち落とされてしまう。

 

キャスターが放とうとしているのは、初戦の最後に使ったあれを、さらに強力にしたものだろう。あんなものを撃たれてしまったら、この空間全てが消し飛んでしまうだろう。間違いなく全滅だ!

 

「行きます!」

 

「美遊さん、ダメ! 間に合わない!」

 

美遊がキャスターの元に駆け上がっていくが、イリヤの言う通りもう間に合わない。どうする? 【熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)】を使って防御するか? いや、駄目だ。イリヤと美遊は守れない。

 

なら、もう一度【偽・螺旋剣】か? これも駄目だ。溜めに時間が掛かりすぎる! 俺は、自分の無力さに歯を食いしばる。くそっ、あの時、気を緩めなければ! 自分の迂闊さに俺は絶望する。

 

だけどまだ、諦めていない者がいた。それは、俺の妹だった。

 

…………………………………………………

【美遊視点】

 

『美遊様! もう間に合いません!』

 

「分かってる! でも、やらないと……!」

 

私は、上空のキャスターを睨みながら空を駆ける。サファイアの言ってる事は分かるけど、私には責任がある。クラスカードは、私のせいでばら撒かれた。この現状は、全部私のせいなんだ。

 

私がこの世界に来たせいで! 本来なら戦わなくてもよかった人達が、傷つかなくてもよかった人達が戦って、そして傷ついている。この世界のお兄ちゃんが、カードを手にする事はなかった!

 

ルヴィアさんも、遠坂凛さんも、イリヤスフィールも! 私のせいで! だからこのカードは、私が一人で回収しなければならなかったんだ。誰も巻き込まずに、私が一人でやらないといけない。

 

だから誰も傷つけない為に、イリヤスフィールにもこう言った。クラスカードは全て私一人で回収すると。私はそれを実行しなければならない。こんな戦いで誰かが傷つくなんて間違っている。

 

だからこそ……

 

「私が盾になってでも、皆を傷つけさせはしない!」

 

『美遊様!?』

 

間に合わないなら、せめて皆の盾になろうと、私はサファイアの力で全開で防壁を張ろうとした。全ての魔力を使って魔力防壁を張り、敵の攻撃の前に両手を広げた、その時だった。

 

「ダメー!」

 

「!?」

 

どこかで、もう駄目だと諦めかけていた、私の心に響く声。そう、まだこの場で一人だけ、諦めていない人間がいた。私は、その声のした後ろを振り返った。すると、そこにいたのは……

 

「イリヤスフィール!?」

 

「美遊さん、受け取ってー!」

 

イリヤスフィールだった。この世界での士郎さんの妹。魔術の事も、クラスカードの事も、そしてカレイドステッキの事も、何も知らない一般人。だからこそ彼女は、まだ諦めていなかった。

 

イリヤスフィールが、巨大な魔力砲を私に向かって撃ってきた。何をしようとしているのか、私はすぐに判断する事はできなかった。けれど……そうか! 私は、その魔力砲に背を向けて構える。

 

「いっけー!」

 

「ッ!」

 

イリヤスフィールが撃ち出した魔力砲。私は、それに『乗った』。魔力を足場にして空中を跳ぶ、私だからこそできた芸当だった。今までとは比較にならない加速で、私は一直線に空を駆ける。

 

「クラスカード『ランサー』、【限定展開(インクルード)】……」

 

サファイアにランサーのカードを押し当てて、その力を開放する。目の前には、驚愕の表情を浮かべるキャスター。敵の攻撃の直前に、私は間に合った。このタイミングなら……いける!

 

「【刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)】!」

 

サファイアが変化した、魔槍ゲイ・ボルク。ランサーのカードの英霊、クー・フーリンの宝具。因果を逆転させる呪いの槍が、キャスターの心臓を貫いた。今度こそ、決着の瞬間だった。

 

「……クラスカード『キャスター』、回収完了」

 

「やったあ!」

 

キャスターの体が消滅し、クラスカードに変化する。私はそれを回収した。後ろでイリヤスフィールが喜びの声を上げている。私は、複雑な気分でその様子を見た。この子、あの状況で……

 

『美遊様……差し出がましいとは承知していますが、イリヤ様は……』

 

「……分かってる」

 

『……美遊様の力を疑問に思っている訳ではありません。しかし、美遊様一人では、今回のキャスターを倒す事はできなかったでしょう。確かにイリヤ様はまだ未熟ですが……』

 

「……うん」

 

『カレイドの魔法少女は二人で一つ。その力を合わせる事で、一人では太刀打ちできない状況をも跳ね返す事ができるようになるのです。どうか、それをお忘れなきよう……』

 

「……考えてみる」

 

そう答えるしかなかった。反論の余地がないからだ。それに、イリヤスフィールのあの発想とあの機転。あれは、私には考えもつかなかった。あんな方法で加速させるなんて、無茶苦茶だ。

 

「やったね、美遊さん!」

 

「イリヤスフィール……」

 

「? なに?」

 

「そ、その……ありが……」

 

満面の笑顔で私の元に来た彼女に、今回の事のお礼を言おうとした、その瞬間……

 

「きゃあっ!」

 

「!?」

 

下の方から、遠坂凛さんの悲鳴と、轟音が響いた。そして、私とイリヤスフィールは目撃する。黒い霧を纏いながら、圧倒的な存在感を放つ、漆黒の騎士を。そこには、新たな絶望がいた。

 

私達の本当の死闘は、これから始まるのだった……




相変わらず、息を吐くようにフラグを立てる士郎さんです。

美遊の方も、イリヤと仲良くなるフラグが立ちましたが。

まあこっちは原作通りですがね。

それより重要なのは、美遊の心情とかです。

原作では語られていませんが、きっとこんな気持ちだったでしょう。

小学生が背負いすぎ!

それでは、感想を待ってます。


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絶望の黒騎士

士郎VSセイバーです。

ずっと書きたかったシーンでもあるので、気合を入れて書きました。

それではどうぞ。


【士郎視点】

 

「今度こそ終わったか……」

 

「今回は本気でやばかったわね」

 

「そうですわね。キャスターは強敵でした」

 

美遊が、キャスターに止めを刺した。上空を見上げながら、俺達は今度こそ安堵のため息を吐く。上空には、キャスターを倒してカードを回収する美遊と、それを見てはしゃぐイリヤがいた。

 

イリヤが美遊に向かって魔力砲を撃った時は、流石に焦った。だけど美遊は、その魔力砲を足場にして急加速した。魔力を踏みつけて、その上に乗る事ができる美遊ならではの方法だったな。

 

「イリヤのやつ、それを計算してやったのか」

 

「本当に、とんでもない発想をする娘よね。魔術とかの常識を知らないからこそ、そんな常識外れな発想ができるんでしょうね。飛行をマスターした事といい、素人って怖いわ」

 

「おーっほっほっほ! わたくしの言った通りでしょう! カレイドの魔法少女は、二人で一つ。まあそれも、わたくしの教育の賜物ですけどね! 流石はわたくしが見込んだ娘ですわ」

 

「何言ってんのよ。確かにキャスターを倒したのは美遊って娘だけど、あの作戦を思いついたのはイリヤじゃない。大体、アンタは何もやってないでしょうが! 偉そうに言うんじゃないわよ!」

 

「お黙りなさい!」

 

「ほらほら、二人とも。だから喧嘩するなって」

 

少し放っておくとこれだ。この二人は、一生こうなのではないだろうか。早速喧嘩を始めようとする二人を、俺はため息を吐きながら宥める。もう今日は疲れた。早く終わらせて帰りたいんだ。

 

「この空間から出るには、ルビーとサファイアがいるんだよな?」

 

「ええ。早く出ないと、帰れなくなるわね。だから、早く降りてきて欲しいんだけど……」

 

「……? おかしいですわね」

 

「どうしたんだ、ルヴィア?」

 

「……いえ。この空間は黒化英霊を倒してカードを回収したら、少しして崩壊が始まる筈ですわ。けれど、いつまで経っても空間の崩壊が始まりませんわ。一体どうなっているんですの?」

 

「……そういえばそうね」

 

この空間から出る為に、イリヤ達に早く戻ってきて貰いたい。そんな話をしていると、ルヴィアがそんな事を言い出した。遠坂も疑問に思ったらしく、空を見上げて訝しがっている。一体何だ?

 

俺も、ライダーと戦った時の事を思い出す。確かにあの時、一分くらいで空にヒビが入っていた。だけど今はどうだろう。キャスターを倒してから、もう三分くらい経っている。だけど何もない。

 

空はキャスターを倒した直後と、まったく変わっていない。上空には、勝利を喜ぶイリヤと美遊がいるだけだ。二人は、すぐ側に寄り添うようにしている。そんな光景を微笑ましいと思うけど……

 

「……なあ、なんか嫌な予感がするんだが……」

 

そう言った瞬間だった。俺は、壮絶な殺気を感じて背筋を凍らせた。遠坂とルヴィアに、その事を言おうとしたが、それは遅かった。途轍もない衝撃波が、俺達三人の身を襲ったのだ。

 

「きゃあっ!」

 

「くっ!」

 

「遠坂! ルヴィア!」

 

俺は、英霊化していたお陰でなんとか反応できたが、遠坂とルヴィアは駄目だった。黒い奔流が、二人を飲み込むのが見えた。俺は、それを放った存在を感じてそちらを睨み付けた。そこには……

 

「……嘘だろ……二人目!?」

 

『……』

 

そう、そこには、新たな敵がいた。この空間には、キャスター以外にもいたんだ。だからか! だからこの空間の崩壊が始まらなかったんだ! 漆黒の鎧をその身に纏った、二人目の黒化英霊。

 

圧倒的な存在感を放ち、俺を睨み付けている敵。やや白みがかった金髪に、全身を包む漆黒の鎧。その顔には、目の部分を覆うような黒いバイザーがある。そして、禍々しい魔剣を持っていた。

 

「ッ!?」

 

その姿を見た瞬間、頭が割れるような痛みを感じた。ズキン、と響くこの痛み。不可解な痛みは、頭だけじゃなかった。まるで、胸を引き裂かれたような痛み。これは、心の痛みだった。

 

「……どうして」

 

どうしてなんだ。この漆黒の騎士を見ていると、どうしようもない悲しみに胸を締め付けられる。まるで、こんな姿は見たくないとでもいっているようだ。俺の中の何かが、そう叫んでいる。

 

そして、頭にビジョンが浮かんでくる。これは何だ? 見た事もない土蔵のような風景が見える。俺はその中心で、腰を抜かしたような格好になっている。そして、そんな俺の目の前には……

 

『――――――問おう。貴方が、私のマスターか――――――』

 

美しい金髪。全身を包むは、清廉なる青と銀の鎧。どこまでも気高く、誇り高い騎士がいた。俺はその騎士の美しさと、その気高さに我を忘れて見惚れてしまった。これは、一体何なんだ?

 

そして、場面はまた切り替わる。その騎士に抱かれ、倒れている俺。血塗れだ。苦しそうに騎士を見上げる俺に、美しき騎士の少女は告げる。柔らかく微笑みながら、どこか愛おしげに……

 

『――――――やっと気づいた。シロウは、私の鞘だったのですね――――――』

 

また場面が切り替わる。遥か遠くで、朝日が昇るのが見える。その朝日を背にして、俺と向き合う騎士の少女。少女の体が消えていく。もう二度と会えないのだろうか。俺は静かに泣いていた。

 

『――――――最後に、一つだけ伝えないと。シロウ――――貴方を、愛している――――――』

 

そこで、俺の意識は現在に戻る。頭の痛みも、心の痛みも消え去った。後に残ったのは、どうしようもない苦しさと悲しみだけだった。今のが一体何だったのか、そんな事は俺には分からない。

 

だけど……

 

「……お前は、俺が倒さないといけないような気がする……」

 

『――――――ッ!?』

 

漆黒の騎士が、声にならない叫び声を上げて突進してきた。速い。だが俺は、その騎士の動きに辛うじて反応する事ができた。白と黒の双剣を作り出して、騎士の攻撃を受け止めた。だが……

 

「くっ!?」

 

ガシャン、という音が響いて、持っていた双剣が砕ける。そして、黒い魔力の衝撃波が、俺の体を揺さぶった。なんて威力の一太刀なんだ。あのライダーの一撃とは、まさに比較にならないぞ。

 

遠坂が言っていた。ライダーは、接近戦が苦手なクラスなんだと。本当に接近戦用のクラスであるセイバーやランサー等のクラスの強さは、まったくの別格だと。その言葉に納得するしかないな。

 

こいつは、武器からして間違いなくセイバーだ。ただの攻撃が、途轍もない威力。こいつも、ライダーと同じく単調な攻撃をするが、そのスペックの高さは半端じゃない。気を抜くと一瞬だな。

 

正面から受け止めちゃ駄目だ。俺は再び双剣を作り出しながら後ろに下がる。敵は、そんな俺の後を追って接近してくる。全身から黒い魔力を放出させ、砲弾のように迫ってくる。やはり速い。

 

「けど!」

 

再び真っ直ぐ振り下ろされる魔剣を、俺は今度は斜め下から双剣をぶつけて逸らす事に成功した。体の横を、黒い衝撃波が抜けていく。受け流して逸らしたのだ。背筋を冷たい汗が伝ったけど。

 

「そこだ!」

 

剣を横に流した事で、敵は剣を振り抜いた格好で無防備になっている。その隙を逃さず、俺は一歩を踏み出して接近する。双剣は短い。だけど、接近する事さえできれば手数で攻める事ができる。

 

「ふっ!」

 

この距離なら、双剣の方が有利になる筈だ。そう思った俺は、両手の双剣で斬り付けた。だけど、この敵はそんなに甘くはなかった。剣から片手を放して、左の手甲で双剣を弾いてしまったのだ。

 

「何っ!?」

 

『――――――ッ!?』

 

そして、騎士は漆黒の魔力を全身から放ち、極限まで接近していた俺を弾き飛ばした。ただの魔力放出だけで、英霊と化している俺を弾き飛ばすなんて! どれだけの無尽蔵な魔力なんだろうか。

 

「……強い。分かっていたけどっ!」

 

弾き飛ばされ、体勢を崩す俺。敵は、そんな俺を追い立てる。一撃一撃が半端じゃない。こんな攻撃を一度でもまともに受けたら、ひとたまりもない。俺は必死になって、攻撃を逸らし続ける。

 

「お兄ちゃん!」

 

「士郎さん!」

 

「イリヤ、美遊! こっちに来るな! こいつは半端じゃない!」

 

「でも、お兄ちゃん!」

 

「いいから来るな! 戦って欲しくないけど、戦うならせめて離れて攻撃するんだ!」

 

『士郎さんの言う通りですよイリヤさん。あの英霊、とんでもないですよ』

 

『ですね。今のイリヤ様と美遊様が接近戦を挑むのは、無謀すぎます』

 

「ッ―――士郎さん……」

 

防戦一方になっている俺に、妹達の声が聞こえてきた。空から降りてきたらしい。でも、こんな奴と二人を戦わせる訳にはいかない。特にイリヤは、ライダーにすら接近戦で負けていたしな。

 

そうこうしている間に、攻撃を逸らし続けていた双剣が再び砕けた。その隙を逃さず、敵が横薙ぎの一閃を放ってきた。俺は、後ろに下がりながら剣の進路上に何本もの剣を作り出して防ぐ。

 

投影開始(トレース・オン)

 

作り出した剣が敵の一閃を阻んでくれている間に、三度双剣を作り出す。そして、そのままさらに後ろに跳んで敵から距離を取った。接近戦では勝ち目がない。さっきまでの攻防でよく分かった。

 

「イリヤ、美遊!」

 

「【砲射(フォイア)】!」

 

「【狙射(シュート)】!」

 

「はっ!」

 

イリヤと美遊の魔力弾が放たれ、俺も両手の双剣を敵に投げつける。これで少しは隙ができるか、と思ったのだが、それは甘かった。敵は、また魔力を放出するだけで、全て弾いてしまった。

 

「ウソッ!?」

 

「そんな……」

 

「なら!」

 

俺は、さらに双剣を作り出して、もう一度投げつけた。それも剣で弾かれてしまうが、俺は構わずに突撃した。そして、弾かれた四本の剣に呼びかける。そう、ライダーの時と同じように……

 

「引き合え、【干将・莫耶(かんしょう・ばくや)】」

 

敵を中心にして、俺と四本の剣が取り囲んだ。同時に命中しないように、僅かにタイミングを外して。これなら、一瞬の魔力放出では防げないだろう。剣で防ぐのも限界がある。そう思ったが。

 

「なっ!?」

 

敵は、見えない筈の後ろからの剣を、しゃがんで躱した。そうする事で、横からの剣も後ろの剣とぶつかって弾かれてしまった。嘘だろ!? 見えてなかった筈なのに、まるで勘で避けたような。

 

俺自身の斬撃も、剣で防がれてしまう。まずい! すぐに離れようとしたが、双剣を上に弾かれて両手を上げるバンザイのポーズにされてしまう。体ががら空きだ。後ろに跳ぶ事もできないっ!

 

投影(トレー)……ぐっ!」

 

「お兄ちゃん!」

 

「士郎さん!」

 

無防備な体を守ろうと、前方に剣を作り出してまた壁にしようとしたが、敵はそれを許してはくれなかった。そのまま、剣で斬り返す手間を省いて、右肩を突き出して体当たりをしてきたんだ。

 

敵ながら見事だ。魔力を放出しながらの体当たりは、予想以上の威力だった。肺の中の空気を全て吐き出してしまい、息が詰まる。英霊化してなかったら、今ので肋骨が砕けて終わっていたな。

 

「ゲホッ、ゲホッ! ……本当に強いな……」

 

あまりの強さに、絶望してしまいそうになる。基本スペックは圧倒的に向こうが上。あの魔力放出もかなり厄介だ。まるでジェット噴射のように吹き出る魔力で、攻撃も防御も完璧ときている。

 

『しかもまだ、【宝具】も使っていませんからねぇ』

 

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

 

「イリヤ!? 来るなって言っただろ!」

 

そんな時、すぐ真横でルビーの間の抜けた声が聞こえて、俺はギョッとする。そこには、いつの間にかイリヤがいた。思わず怒鳴る俺に、イリヤも真剣な表情で見てきて、少し気圧されてしまう。

 

「私だってお兄ちゃんを助けたいの!」

 

「……イリヤ」

 

眼の端に涙を浮かべるイリヤ。それを見て、俺もハッとする。俺がイリヤを心配しているように、イリヤも俺の事を心配してくれていたのだろう。あんな化け物みたいに強い奴と戦う俺の事を……

 

「……ごめんな、イリヤ。心配だっただろ?」

 

「……うん」

 

戦うイリヤを見ている時の気持ちを思い出す。きっとイリヤもあんな気持ちで見ていたんだろう。そんな事にも気付かなかった自分に腹が立つ。俺は少し視野が狭くなっていたのかもしれないな。

 

「イリヤスフィール!」

 

「うん!」

 

「イリヤ? 美遊? おわっ!?」

 

その時、上空から鋭い声が聞こえた。美遊だ。その声に、イリヤが応えて、俺の手を掴んできた。質問する暇もなく、俺はイリヤによって空へと運ばれる。そして、美遊の所に向かって上昇する。

 

「士郎さん、私に考えがあります」

 

「考え?」

 

「はい」

 

美遊の隣に浮かぶと、美遊がそう言ってきた。敵は、何故か動かずに上空の俺達を見上げている。もしかして、遠距離攻撃はできないのだろうか。いや、それはあまりにも楽観的すぎる考えだ。

 

「私とイリヤスフィールでは、あの魔力を貫くのは難しいでしょう。つまり、私達の攻撃では敵に有効なダメージを与えられないという事になります。そして現状、あれを貫ける攻撃は……」

 

「……なっ!?」

 

美遊から提案された作戦に、俺は驚愕してしまう。確かにそれなら、あの敵にダメージを与えられるかもしれない。だが、それはあまりにも危険すぎる。俺は、到底賛成できるものではなかった。

 

「駄目だ、危険すぎる」

 

「お兄ちゃん、これしかないんだよ」

 

「私達を信じてください」

 

「……」

 

反対したが、二人にそう言われてしまっては言葉に詰まってしまう。さっきのキャスターの時も二人を信じたけど、セイバーの強さを痛感してしまった後ではそれも難しくなっている。けど……

 

「……分かった。二人を信じるよ。確かにこのまま戦っても、勝機は見えないし」

 

「任せて」

 

「いってきます」

 

美遊の作戦でいく事にした。俺は敵から離れた場所に降りて、セイバーに向かっていくイリヤ達を見送る。そして、深呼吸をして意識を切り替えた。二人を信じて、俺は自分にできる事をする。

 

自分にそう言い聞かせて、俺は黒騎士を真っ直ぐに見据えた。

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

『しかし、よくあんな作戦を実行する気になりましたねイリヤさん。あの敵、間違いなく最強ですよ? イリヤさんでは相手にならないと分かっているでしょうに。怖くないんですか?』

 

「めちゃくちゃ怖いよ……怖くない訳ないよ」

 

敵に正面から近付いていく美遊さんの後に続いて、私は本音をルビーにぶちまけた。そうだ。怖くない訳がない。凛さん達はお腹から血を出して倒れてるし、お兄ちゃんだって血を吐いていた。

 

本当は今すぐ逃げ出してしまいたい。でも、それを許してくれる相手じゃないし、きっとお兄ちゃんは逃げ出さない。あそこに凛さん達が倒れている限り。だったら、倒すしかないじゃない。

 

もう、あんな風にいつお兄ちゃんが殺されてしまうかという光景は見たくない。あれを黙ってみている事の方が、何倍も怖いんだ。そんな事を考えながら、私は美遊さんと二人で敵を挟み込む。

 

「いくよ、【速射(シュート)】!」

 

「【速射】!」

 

美遊さんと二人で、同時に速射を放つ。効かないのは分かってるけど。殺到する魔力弾は、やっぱり黒い霧で全部弾かれてしまうけど、そんな事は分かっていた。私達の役目は、動きを止める事。

 

等距離で挟み込む私達。敵は、どちらを攻撃するか迷っているようで、私達を交互に見てくる。一定の距離を取っているから、攻撃されても避けられる……筈だ。私も美遊さんも、そう思ってた。

 

『―――ッ!』

 

「きゃあっ!」

 

「……え?」

 

でも、そんな認識はすぐに覆された。敵がその場で剣を振りかぶり、美遊さんに向かって振り下ろした。すると、黒い衝撃波が剣の先から飛んだ。私は何が起こったのかが分からず、固まった。

 

『今のは……いけませんイリヤさん、避けて下さい!』

 

「っ―――」

 

敵が私の方に反転して、同じ技を放ってきた。ルビーの警告に、私は何とか反応して横に跳ぶ。私がいた場所を、黒い衝撃波が抜けていった。心の底から恐怖が湧き上がってくるのを感じた。

 

『魔力を飛ばして、遠距離攻撃もできるんですね、あいつ。つくづくチートですね。しかも、あの威力、サファイアちゃんの物理障壁を軽々と斬り裂きましたよ。美遊さん、大丈夫ですかね』

 

反対側で、肩から血を流してる美遊さんが立ち上がっている。サファイアで受け止めていた筈なのに、それでも斬られてしまったらしい。私はゾッとした。つまりルビーも防げないって事だよね。

 

圧倒的な存在に、私は動けなくなる。そんな私に、敵は止めを刺そうと突進してきた。美遊さんが何かを叫んでいるみたいだけど、私の耳にはその声は届かなかった。私、死んじゃうのかな?

 

「イリヤ、上に飛べ!」

 

恐怖に支配された私の耳に、お兄ちゃんの声が聞こえた。考える暇もなく、私はその声に従って上に飛んでいた。敵が私を見上げる。目の前の私だけに注意が向いている。決定的な隙だった。

 

「これで終わりだ……【偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)】!」

 

隙だらけな敵の横腹に、お兄ちゃんの攻撃が命中した。作戦通り。私達が敵の注意を引き付けて、お兄ちゃんが止めの一撃を放つ。あれなら、敵の魔力の霧を貫けるだろうと美遊さんが言った。

 

「や、やった」

 

『ギリギリの戦いでしたね~』

 

お兄ちゃんの攻撃は、敵を貫いてとんでもない破壊を齎していた。地面は抉れ、川が割れている。私と美遊さんは、矢を放ったお兄ちゃんの側に近付いた。取りあえず抱き着きたかったから。

 

でも、その直後に知る事になる。どんなに作戦を考えても、どんなに力があっても。それらをまとめて吹き飛ばす、圧倒的な力がある事を。私達の後ろから、物凄い音がした。私達は振り向く。

 

「そんな……」

 

「あれでも、まだ……」

 

「くっ、二人とも、俺の後ろに……」

 

川の水を吹き飛ばして、漆黒の騎士がそこにいた。そして告げる。私達が何を相手にしていたのかを知る、あまりにも有名で絶対的なその聖剣の真名()を。それはまさに、圧倒的な絶望だった……

 

『【約束された―――勝利の剣(エクスカリバー)】!』

 

「【熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)】!」

 

黒い光線が、私達に向けて一直線に放たれた。お兄ちゃんは私達を守るように立ち、綺麗な花の盾を広げた。けど、私達の視界は真っ黒に染まっていく。周囲の音が消えて、何も見えなくなった。

 

私が最後に見たのは、お兄ちゃんの赤い背中だけだった……




原作のプリヤを読み直して、セイバーさん強すぎだろと思いました。

原作アルトリアさんは魔力飛ばして遠距離攻撃なんてできないのにね。

それとも、原作でもできるけど士郎の魔力不足で使えないのかな?

切嗣も魔力が多い訳ではなさそうだしね。

それでは、感想待ってます。


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少女の覚醒

VSセイバー、決着です。

それではどうぞ。


【イリヤ視点】

 

「……うっ―――」

 

体中の痛みで、私は目を覚ました。私、どうして倒れてたんだっけ? はっきりとしない頭を二、三度振って、周囲を見回してみる。すると、そこには理解したくない光景が広がっていた。

 

「士郎さん、しっかりしてください、士郎さん!」

 

『美遊様、揺すってはいけません!』

 

「……え?」

 

何これ。そこには、お兄ちゃんに縋り付く美遊さんがいた。何してるの、美遊さん? お兄ちゃんがどうかしたの? 私は、その光景をぼんやりと見つめる。一体、何が起きているんだろう?

 

お兄ちゃんは、赤い液体の上に倒れている。あの赤い液体は何だろう? 理解できない。したくない。私は、何が起きているかを理解する事を拒んだ。だって、認めたくない。認めちゃったら……

 

「……お兄ちゃん……何で寝てるの? ……ねえ、早く起きてよ……」

 

「……イリヤスフィール……」

 

「ねえ、美遊さん……お兄ちゃん、全然起きてくれないよ? 何してるんだろうね」

 

「イリヤスフィール!」

 

「ねえ、何で倒れてるの!? 何で起きてくれないの!? 何が起こってるの!」

 

私は、癇癪を起こしてイヤイヤをする。美遊さんが泣きながら怒鳴ってくる。現実を見てと。理解してと叫んでいる。本当は分かってる。思い出してるよ。闇に飲まれる前のお兄ちゃんの背中を。

 

そして、お兄ちゃんをこんな目に合わせたあの敵の事を。意識して見ないようにしていたそれが、視界の端に見えた。黒い鎧を着た騎士。それが見えた瞬間、圧倒的な恐怖が私の心を支配する。

 

怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い。あの存在が怖い。圧倒的なあの強さ。お兄ちゃんの攻撃で黒いバイザーは砕け、全身を覆っていた鎧も砕け、額から血を流しているけど、それでも倒せない。

 

「う、うあああああああ!」

 

『イリヤさん、落ち着いてください!』

 

私の転身は解けている。美遊さんもだ。私と美遊さんがまだ無事なのは、お兄ちゃんが守ってくれたのと、カレイドステッキの魔力防壁のおかげだ。でも、あまりのダメージに転身が解けたんだ。

 

つまり、今の私達は無防備。もう防げない。殺されちゃう。もう一度転身する事は、今はまだできないだろう。仮に転身できたとしても、あの敵には絶対に敵わない。それが分かってしまった。

 

敵がこっちに近付いてくる。殺される。私も美遊さんも、凛さんもルヴィアさんも。そして、お兄ちゃんも。そこまで思った時。私は急に頭が冷めた。殺される? 誰が? ―――お兄ちゃんが?

 

「―――ダメだ」

 

「……イリヤスフィール?」

 

「―――そんなのダメだ」

 

オニイチャンガコロサレル―――私の中の恐怖が、全て消えた。そして、私の中でかちりと、何かが外れる音がした。何が起きたのかよく分からなかった。ただ、お兄ちゃんを守りたくて。

 

お兄ちゃんを失いたくなくて。それだけが私の頭を支配していた。

 

―――そして、私の記憶はここで途切れる―――

 

「あああああああああああああ!」

 

…………………………………………………

【???視点】

 

(タオ)さなきゃ―――(タオ)さなきゃ―――(タオ)さなきゃ―――(タオ)さなきゃ―――(タオ)さなきゃ―――どうやって―――? ―――手段(シュダン)? ―――方法(ホウホウ)? ―――(チカラ)? ―――ああ、そういえば―――

 

―――(チカラ)なら、ここにあった―――

 

ワタシは、地面に落ちているカードに手をついた。そして、強引に扉を開く。

 

「―――【夢幻召喚(インストール)】―――」

 

…………………………………………………

【美遊視点】

 

「えっ……? ……嘘……どうして……?」

 

私は、その光景に呆然とする。突然、イリヤスフィールの全身から途轍もない魔力が吹き荒れたと思ったら、彼女は更にとんでもない事をした。私のカードホルダーからこぼれたカードに手を……

 

『これは……』

 

『イリヤさん、士郎さんと同じ事を!』

 

そう、イリヤスフィールは、私のカードホルダーからこぼれた【ランサー】のクラスカードに手をついてその姿を変えていた。全身に青いスーツを纏い、その手には因果を逆転させる呪いの朱槍。

 

あり得ない。私には分かる。士郎さんのあれとは、また違う。士郎さんの方法も分からなかったけど、イリヤスフィールのこれも正規の手順とは違う。膨大な魔力で、強引に道を繋げたんだ。

 

「イリヤスフィ……」

 

私が声を掛けようとした瞬間、彼女は私の頭上を飛び越えていった。その速度は、視認できないほどのスピードで、私は彼女が消えたと思ったほどだった。後ろから、着地する音が聞こえた。

 

そこでようやく、彼女が私を飛び越えて後ろにいった事に気付いた。後ろを振り向くと、彼女はすでに敵の目の前に迫っている。速い。速すぎる。もしかして、あの敵よりも速いかもしれない。

 

「これは……」

 

敵に接近したイリヤスフィールは、視認できないほどの連撃を繰り返す。繰り出される朱槍の連撃は、あの敵をして防ぐのがやっとという感じだった。完全に押している。朱い軌跡が宙に走る。

 

『す、凄いですよイリヤさん!』

 

『……あのセイバーの攻撃も防御できています』

 

素人の筈のイリヤスフィールが、接近戦専用のクラスであるセイバーの攻撃を軽々と防ぎ、弾き返している。戦い方が変わっている。あれはまさに、英霊そのものだ。士郎さんと同じだった。

 

イリヤスフィールが操る朱槍が、敵の防御を貫いて頬を切り裂いた。さすがに敵も脅威を抱いたようで、後ろに下がりながら魔力を放出させる。防御に回していた魔力も攻撃に回すつもりだ。

 

そこからは、まさに人外の戦いが始まった。さすがは、接近戦専用のクラス同士の戦い。私の目には、その攻防を捉える事ができなかった。互いの獲物がぶつかる音と、火花だけが見えた。

 

攻防の衝撃で地面は抉れ、周囲に近付く事すらできなさそうだ。正面からの打ち合いでは互角だと思ったのか、イリヤスフィールの動きがまた変わった。敵の周囲を素早く動き回り、跳ねる。

 

「……速さで勝ってるから、それ主体に撹乱する動きに変えた?」

 

『そうみたいです。ランサーは、速さがウリのクラスですから』

 

『しかも、持ってる宝具からして、アイルランドの大英雄、クー・フーリンですからね』

 

私達の目の前で、まさに伝説が甦っていた。敵はアーサー王。世界で最も有名な聖剣の担い手だ。それに対するイリヤスフィールは、クー・フーリン。こちらもケルト神話に登場する大英雄だ。

 

手数ではイリヤスフィールが、一撃の威力ではアーサー王が勝っている。どちらも、切り札である宝具を使わない。攻撃のタメがあるからだろう。どちらも、敵の動きを止めようとしている。

 

私は固唾を飲んでその戦いを見守った。すると、次第に敵が押され始めた。イリヤスフィールの動きについていけなくなっているんだ。的確な連撃と素早い動きで、優位に立とうとしている。

 

「あっ!」

 

『押し勝った!』

 

ついに、イリヤスフィールの攻撃が敵の防御を抜けて肩を抉った。その隙を逃さず、槍を手元で回転させて石突きの部分で敵を殴り飛ばした。決めるなら今しかない。彼女もそう思ったのだろう。

 

『イリヤさん、宝具を使うつもりですね』

 

イリヤスフィールの全身から魔力が迸り、朱く光っている。前傾姿勢になり、右手に槍を構える。あの距離でも、あの速さなら一瞬で距離を詰められるだろう。これで決まりかと思った時だった。

 

「敵も使う気だ」

 

膨れ上がるもう一つの魔力を感じて、私は敵を見る。そう、敵も宝具を使うつもりだ。さっきと同じように、剣から黒い魔力が噴き出して巨大な剣になっている。あの聖剣をまた使われてしまう。

 

「【刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)】では接近しないといけない……間に合うの?」

 

『ギリギリですね。でも、敵の準備は遅いですし、その前に出せれば……』

 

ゲイ・ボルクの方が、タメが少ない筈だ。だから、聖剣の一撃よりも早く出せれば。敵は肩も負傷しているし、イリヤスフィールの方が有利な筈。希望的な考えだけど、私は祈るしかなかった。

 

でも、何故かイリヤスフィールは動かない。おかしい。もう準備は完了している筈なのに、宝具であるゲイ・ボルクを出さない。そうこうしている内に、敵が攻撃の準備を完全に終えてしまった。

 

「イリヤスフィール!?」

 

「……」

 

『【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】!』

 

撃たれてしまった。動かないイリヤスフィールに向けて、漆黒の聖剣の光が突き進む。私は、思わず目を背けてしまいそうになった。その時、イリヤスフィールが全身から膨大な魔力を放出した。

 

『これは、刺し穿つ死棘の槍ではありません!』

 

『あれは……』

 

イリヤスフィールが、斜め前方に跳ぶ。そして、全身を使って槍を振りかぶる。膨大な魔力をその槍に込めて。それはサファイアの言う通り、刺し穿つ死棘の槍ではなかった。あれは一体……?

 

「【突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)】!」

 

そう叫んだイリヤスフィールは、その槍を全力で投擲した。朱い流星が一筋、凄まじい速度で放たれた。そして聖剣の光と激突する。その瞬間、世界から音が消えた。しかしすぐに、轟音が響く。

 

「きゃあっ!」

 

衝撃波がこちらにまで届いて、私は吹き飛ばされそうになる。足元に倒れていた士郎さんの体が、その衝撃で転がった。呪いの槍と聖剣が、押し合いをしている。押し勝った方の勝ちになる。

 

「ううううううううう!」

 

『―――――ッ!』

 

槍を投擲したイリヤスフィールが、空中で片手を突き出して槍に魔力を送っている。敵の方もそれは同様で、全身から噴き出す魔力を剣に込めている。どちらが勝つのか。私は唾を飲み込んだ。

 

「……うっ」

 

「士郎さん!?」

 

その時、足元に倒れている士郎さんが呻き声を上げて身動ぎした。目を覚ましたらしい。私が呼び掛けると、士郎さんは弱々しい声を返してきた。彼は、まだ意識が朦朧としているようだった。

 

「……美遊、イリヤは?」

 

「……あそこです」

 

私は、その問いに前方を指し示した。士郎さんは、首を動かしてそちらを見た。そして、息を飲み込んだ。信じられない、という顔で。そこでは、今まさに戦いの決着がつこうとしていた。

 

…………………………………………………

【士郎視点】

 

「イリヤ……?」

 

何をしているんだ、イリヤ? 俺は、敵の攻撃と相対しているイリヤの姿に呆然とする。イリヤはその姿を大きく変えていた。その姿はまるで、俺がカードで変身している時と同じだった。

 

「……美遊、あれは一体どういう事なんだ?」

 

「分かりません。イリヤスフィールが、膨大な魔力でカードを使ったんです」

 

『見ていた私達にも、何が起きてるのか分からないんですよ。イリヤさんには、何か隠されている秘密があるのかもしれません。士郎さんには、心当たりがないんですか?』

 

「……ない。ある訳ないだろ。イリヤは、普通の小学生なんだ……」

 

そう、その筈だ。間違っても、あんなカードで戦うような娘じゃないんだ。それなのに、これは一体どういう事なんだよ。どうしてイリヤが、あんな姿で戦っているんだ。どうしてカードを……

 

「くっ」

 

「士郎さん、動いてはいけません! 酷い怪我なんですよ!」

 

「今動かなかったら、俺は一生後悔するんだ!」

 

「っ!?」

 

そう。だって俺は、イリヤを守る為にこの力を手にしたのだから。全身の痛みを無視して、俺は倒れたままで弓を構える。ダメージを与える必要はない。少しでも、動きを止められればいいんだ。

 

敵は肩に傷があるらしく、聖剣に力を乗せきれていない。その傷に狙いを定めて、【赤原猟犬(フルンディング)】を撃った。それは狙い通りの場所に命中し、敵の体がよろめいた。聖剣に込められた魔力が弱まる。

 

「今だ!」

 

「うああああああああああ!」

 

俺のその叫び声が聞こえたのか、イリヤが槍に込めている魔力を爆発させた。黒い聖剣の光を押し戻し、敵の体を貫いた。その瞬間、敵のいた場所が大爆発を起こした。あれならさすがに……

 

爆発の衝撃波で俺達は数メートル転がった。やがて衝撃波は止み、爆発の光で焼けていた視界も次第に戻る。俺達はセイバーがいた爆発の中心点を見た。するとそこには、カードが落ちていた。

 

「……セイバーのカード……倒したか」

 

「そう……みたいですね」

 

『イリヤさんは?』

 

敵を倒した事を確認した俺達は、イリヤを見る。ランサーのカードの力を使って、英霊化していたイリヤ。最後に見た場所に目をやると、そこには気を失って倒れているイリヤの姿があった。

 

「イリヤ……ぐっ」

 

「士郎さん!?」

 

英霊化も解けて、気絶しているイリヤ。それを見た俺は、すぐに側に駆け寄ろうとした。だけど、気を失うような痛みを感じて、数歩進んだ所で倒れてしまう。ああ、そうか。俺は……

 

そうなってようやく、自分が怪我をしていた事を思い出した。くそっ、早くイリヤの所に行って、無事を確かめたいのに。痛みを無視して起き上がろうとしたが、指一本動かす事ができない。

 

「何やってるんだよ、俺……! イリヤを……」

 

「もう動かないでください! イリヤスフィールは、私に任せて……」

 

「……ちくしょう……」

 

「士郎さん……」

 

悔しかった。妹が、イリヤがどんな大変な事になっているのか分からないのに。本当は今すぐ側に行きたい。イリヤを守りたいのに、俺は何をやっているんだろう。何の為に力を手に入れた?

 

こんな所で無様に倒れているしかないなんて、俺はなんて無力なんだ。美遊の声も聞こえない程、俺は自分に憤っていた。もう二度とこんな無様は晒さないと、そう自分に言い聞かせながら……

 

…………………………………………………

 

「ったく、無茶をしたわね衛宮君。そんな傷で、新しい敵を倒すなんて」

 

「まったくですわ。けれど、良くやってくれましたわ。貴方の事を少し見直しました」

 

「……二人とも、傷はもう大丈夫なのか……?」

 

「アンタに比べれば大した事ないから黙ってなさい。治癒魔術で応急処置したし」

 

「とは言っても、わたくしもトオサカリンも治癒の魔術はあまり得意ではないのですけど。ですから貴方は少し大人しくしていなさいな。無理に動けば、傷口が開いてしまいますわよ?」

 

戦いが終わり、イリヤの無事も美遊が確認してくれた。まだ心配だが、魔術の素人である俺には、これ以上どうする事もできないので、ルビーとサファイアの二人(?)に任せておく事にした。

 

そして、気を失っていた遠坂とルヴィアを起こして、今は後処理の最中だった。セイバーのカードは回収し、通常の空間に戻っている。そして今、俺は二人の魔術師に傷の手当てを受けている。

 

セイバーは、俺が相打ち気味に倒した事にした。美遊達が、そうした方がいいと言ったからだ。イリヤがランサーのカードを使って英霊化した事は、この二人にはまだ黙っていた方がいい、と。

 

というより、この二人の背後にいる魔術協会には、という事らしい。俺のように、二人の目の前で変身してしまったのなら手遅れだが、イリヤはまだ見られていない。それならまだ間に合うと。

 

もし魔術協会に目を付けられてしまったら、イリヤの身に危険があるかもしれないと言われて、俺はその意見に同意した。俺はもう仕方ないし、自分で望んでやった事だ。だが、イリヤは違う。

 

美遊の話では、イリヤは半ば暴走していたように見えたそうだ。記憶もあるかどうか分からないという。イリヤに直接確かめてみないと分からないが、今の段階では、それもできそうもない。

 

あの力を誰かに知られてしまったら、今以上に戦いに関わる事になってしまうかもしれない。そんな事は絶対にさせられない。この二人を信用していないようで、俺は少しだけ心苦しかった。

 

「……ごめんな。遠坂、ルヴィア」

 

「何の事よ? これくらい、どうって事はないわよ?」

 

「そうですわ。貴方は、わたくし達の命の恩人なのですから」

 

そうじゃないんだ。そうじゃないんだよ。友達を信じられずに嘘を付くという事に対して後ろめたい俺が、自分の心を少しでも軽くしようとしているだけなんだ。俺は心の中で二人に謝り続けた。

 

ただの自己満足でしかないと、そう自覚しながら……

 

そして俺は、横で気を失っているイリヤの方に顔を向けた。イリヤ、お前がなんだろうと俺はお前の味方だ。何故なら俺は、お前のお兄ちゃんだからな。例え得体の知れない力を持っていても。

 

最後に、そう思ったのだった。




イリヤの覚醒。ランサーのカードを使っての夢幻召喚でした。
今回、何故投げボルクを使ったのかというと、普通のボルクでは、セイバーの攻撃の前に間に合わない可能性があったからです。先にエクスカリバーを撃たれてしまったら、負けが確実なので。

それと、何故投げボルクでエクスカリバーと拮抗できたのかについて。B+とA++ですからね。
これは、黒化のせいでカリバーのランクが一つ減ってる事と、イリヤの魔力で強化されてるから。
そして、肩の傷のせいでセイバーは魔力を乗せきれていません。これでさらにランクが減った。
なのでランクで表すと、カリバーがA、投げボルクもAになっています。
最後はさらに魔力を上乗せして、投げボルクがA+。だから勝てたんです。

以上、今回の解説でした。

それでは、感想待ってます。


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メイドパニック

今回は箸休め的なエピソードです。

それではどうぞ。


【士郎視点】

 

「……」

 

「……」

 

気まずい。非常に気まずい。俺は、ジト目で睨み付けてくる家政婦さんの顔から顔を逸らし、掛布団に口元を隠していた。さっきからずっとこれだ。原因は分かっている。昨日の夜の怪我だった。

 

「……その怪我は何なんですか?」

 

「……喧嘩、かなぁ?」

 

「ほう。何と喧嘩したんですか? 熊か何かですか?」

 

「……そんなようなものです……」

 

「……信じると思っているんですか!」

 

「ごめんなさい!」

 

つまりはこういう事だ。昨日の夜、敵のセイバーにやられた傷。遠坂達が治療してくれたが、その治療は完全ではなく(治癒魔術は得意じゃないと言ってたし)、そこそこの酷い怪我って感じだ。

 

「貴方にはこの家の長男という自覚がなさすぎます! その話を信じるとして、私に、学校に何と連絡しろと言うのですか! 真夜中に街中を無断で徘徊し、熊と喧嘩して大怪我を負ったと?」

 

「……」

 

うん、そうだね。セラの言いたい事は良く分かるよ。遠坂達に、せめて今日一日は絶対安静と言われた俺は、学校を休むしかなかった訳だが、その学校への対応はセラがする事になるんだから。

 

「おまけに、イリヤさんも熱があって学校を休むというのですから、私がどれだけ頭を痛めているかお分かりでしょう! そもそも小学生のイリヤさんを真夜中に連れ出すなど……(くどくど)」

 

「……すみません」

 

こうなると長いんだよなぁ、セラは。イリヤに対しては怒るに怒れず、優しい対応をしてた(隣の部屋のやり取りが聞こえてきた)だけに、俺に対する説教に力が入る。八つ当たりに近いよな。

 

夜中の出来事(クラスカード関係)の詳しい事情を話せないので、全部俺が主導した事にするしかないし。つまりセラは、イリヤの夜中外出も俺が連れ出したと思っている訳だ。怒りも分かる。

 

「……イリヤは大丈夫そうか?」

 

「……風邪を引いた訳でもなさそうなので、寝ていれば熱も治まるでしょう」

 

「そうか……」

 

希望的観測だし、セラは魔術の事なんて知る筈もないだろうから、楽観視はできないけど、その言葉を聞いて少しだけ安心した。ルビーも言ってたし、まあ大丈夫だろう。少し不安だけどな……

 

「……あくまで、本当の事は話せない、という事ですか」

 

「……それは……」

 

「……まあいいでしょう。シロウの事を信じて、今は何も聞かない事にします」

 

「……」

 

やっぱり嘘だってバレてるよな。まあ、あの言い訳で納得されても困るんだけど。この街に熊が徘徊してるという事になっちまうし。セラは非常に複雑そうな顔をしながら、部屋から出て行く。

 

「絶対安静です。今日の家事も全て私がやりますからね」

 

「分かったよ」

 

「絶対ですからね! そもそも、長男のシロウが家事をやろうとする事が間違っているんです! そういうのは、メイドである私の仕事なんですから。当番制も廃止にすべきだと私は……」

 

「あー、眠い。眠いなー。セラがいると眠れないなー。これ以上言われたら、もう今日は眠れずに過ごしてしまいそうだなー。セラはそうしろって言うんだな? よし、なら掃除でもするかな」

 

「くっ! この話はまた今度です!」

 

やれやれ。セラの何百回も聞いた文句に、俺は辟易してしまった。我が家の家政婦さんは、非常にプライドが高いのだ。もう何年もこれでやっているんだから、いい加減に諦めて欲しいものだ。

 

「……お昼ご飯は何が食べたいですか?」

 

「セラが作ってくれる物なら、何でも美味しいから何でもいいよ」

 

「なっ! また貴方はそういう事をサラッと……もういいです!」

 

本心を言っただけなのだが、何故かセラは顔を真っ赤にして怒ってしまった。なんでさ。セラはそう言い残して、まだ開けていた扉を閉めた。足音が遠ざかっていき、俺は全身の力を抜いた。

 

「……休む、か……」

 

ここ数日の激動を思い返し、俺は大きく息を吐いた。確かに、そろそろ肉体も気力も限界に近かった。この休息は丁度いいタイミングだったのかもな。疲れもあったのだろう。すぐに眠くなった。

 

…………………………………………………

【視点なし】

 

「……で、実際どうだったの? イリヤとシロウは」

 

「……イリヤさんの方は、間違いなく鍵が外れていました。あの熱は、長年溜め込んできた魔力が解放された反動でしょう。なので、しばらく休めば問題なく回復すると思われます。しかし……」

 

「シロウの方は分からない?」

 

「……はい。いえ、どういう状態なのかは分かります。しかし、何故そうなってしまっているのかがまったく分かりません。まず、あの傷は間違いなく刀剣類で斬られたものです。そして……」

 

「魔術回路が開いてる、でしょ?」

 

「はい。しかもその魔術回路が、かなり異端です。神経が直接魔術回路になっています。一体何をどうやったら、あんな状態になるというのでしょうか。魔術の事は何も知らない筈なのに」

 

「で、セラは心配している、と」

 

「べ、別にシロウの事だけを心配している訳ではありません! イリヤさんの封印が解かれた事も心配していますし! あの封印は、命の危険にさらされない限り、解かれる事はない筈ですし」

 

「シロウの事だけ心配してる、なんて私言ってないよ?(ニヤニヤ)」

 

「なっ、リーゼリット!」

 

「セラは本当に面白いね。心配しすぎだし。もしかしたら、本当に熊に襲われて、命が危ないーってなっただけかもしれないよ? 最近は熊が人里に下りてくるっていう話を聞いた事あるし」

 

「それはそれで大問題でしょう! それに、その場合、シロウの魔術回路の説明がつきませんし。もしかしたら二人は、魔術の世界に関わってしまっているのかもしれません。どうしたら……」

 

「まあ、何とかなるんじゃない?」

 

「本当に貴女という人は危機感のない。ああ、奥様に何と言えばいいのですか……」

 

…………………………………………………

【士郎視点】

 

「……暇だ」

 

何もする事がなく、ただ寝ているだけという状態に、俺は完全に飽きてしまった。午前中は眠る事ができたので良かったのだが、セラに起こされ、昼ご飯を食べてからは暇で死にそうだった。

 

さすがにもう眠くない。ただベッドに横になっているしかない状態だ。そうなってくると、家事をしたくなってしまうのが衛宮士郎という人間だった。この部屋の掃除はセラに任せてないし。

 

セラは掃除をしたがったのだが、俺が全力で抵抗して何とか阻止した。俺も高校生だ。家族とはいえ、女性に自分の部屋を掃除されたくはない。いや、別にやましい物がある訳ではないが……

 

「……ふう」

 

そんな風に暇を持て余していた時だった。隣のイリヤの部屋から、なにやらイリヤの叫び声が聞こえてきた。酷く興奮しているらしく、何を言っているのか良く分からない。メイドがどうとか?

 

「……メイド? セラの事か? まあ、取り敢えず元気にはなったようだが……」

 

しばらくして、イリヤの声の他に知った声が聞こえてきた。これは、美遊、か? それと、ルビーとサファイアの声だな。お前ら、セラに聞かれたらどうするんだよ。呆れながらその声を聞く。

 

『お兄ちゃんにも見せよう、美遊!』

 

『ええっ!? そ、それはちょっと……』

 

『お兄ちゃんの様子も気になってるでしょ?』

 

『……それは……でも、この格好を見られるのは……せめて着替えを……!』

 

『いいから!』

 

『ま、待ってイリヤ。怖いよ』

 

「……何をやってるんだ、本当に?」

 

隣の部屋から聞こえてくる会話に、俺はどうしていいか分からなくなる。お互いの呼び方が呼び捨てになっている事から、仲良くなれたのは間違いないとは思うが、恰好だの着替えだの……

 

「お兄ちゃん、怪我はもう大丈夫!?」

 

「イリヤ! だから待って!」

 

「……は?」

 

そんな事を考えていると、部屋の扉を破壊する勢いで妹達が突撃してきた。そこまでは漏れ聞こえた会話から予想できたのだが、入ってきた美遊の恰好は俺の理解の範疇を超えていた。何だそれ?

 

「可愛いでしょ、お兄ちゃん!」

 

「……」

 

「……え~と、美遊、その恰好は何だ?」

 

「メイド服だよ?」

 

「いや、それは分かるけどさ」

 

そう、美遊は、フリフリのフリルが付いたメイド服を着ていたのだ。顔を赤くして興奮気味に美遊を紹介するイリヤと、恥ずかしそうに俯いて涙目になっている美遊。その顔は、当然真っ赤だ。

 

「……ルヴィアさんのお屋敷で、メイドとして働いているんです。住み込みで」

 

「……あ~、成程な」

 

この格好の意味は分かった。小学生にメイド服を着せて働かせているルヴィアについては、思う所がないではないが、それについて言及するのはやめておこう。多分、良い話っぽいしな。うん。

 

「どう、お兄ちゃん?」

 

「……うん、可愛いんじゃないか? 似合ってる」

 

「っ!? あ、ありがとう……ございます……」

 

まずい。何だこの雰囲気。良く分からないけど、非常に気まずい。顔を真っ赤にして、嬉しくもあり恥ずかしくもあるというような顔で俯く美遊。その反応に、何だか俺まで照れてしまうが……

 

「……シロウ?」

 

「……先輩?」

 

「セっ、セラ!? それに桜も!」

 

部屋の入り口から、非常に低い声が二つ聞こえてきた。その声の方を見てみるとそこには、絶対零度の視線を向けてくるセラと、瞳の光彩を消した虚ろな顔をする弓道部の後輩、間桐桜がいた。

 

「……そうですか。シロウは、メイドが好きだったんですか。そしてロリ……」

 

「違うんだセラ! 落ち着いて俺の話を聞いてくれ! そしてその先は絶対言うなよ!」

 

「……私も、メイドさんの格好をしてきた方が良かったですか?」

 

「桜も落ち着いてくれ! これは違うんだあああああああああ!」

 

完全に誤解してる二人に、俺は必死になって弁明した。二人が納得してくれたかどうかは分からなかったが。俺の心の平穏の為に、納得してくれたと思いたい。セラの視線は冷たいままだったが。

 

「……先輩、怪我は大丈夫なんですか?」

 

「ああ、大した事はない。こんな包帯、大袈裟なんだよ。もう治り掛けてるし。今日は、念の為に休んだだけなんだ。だから、明日にはまた学校に行けるようになると思う。多分……」

 

俺のベッドの横に座る桜と、そんなやり取りを交わす。そんな桜の横には、妹達が少し不満そうな顔で座っている。二人は、何故か桜をジト目で見ている。なんでさ。二人の反応に首を傾げる。

 

セラはこの部屋にはいない。俺の弁明を聞き終えた後、何故か美遊を見て自分の部屋の方に向かった。何だか、嫌な予感がするんだが。その予感を何とか頭の中から追い出して、話を続ける。

 

「あの、それで先輩。これ、今日のプリントとノートです」

 

「ん? ああ、ありがとう。でもどうして桜が? 一成か慎二に頼まれたのか?」

 

「……いえ、森山先輩から預かりました」

 

「森山から? 明日礼を言わないといけないな」

 

後輩の桜が俺のプリントとノートを届けてくれた事実に驚くと、意外な答えが返ってきた。でも、森山は優しいし、そんなにおかしくないかと思い直す。それよりも、俺が気になってるのは……

 

どうして桜は、森山の名前を口にする時に、微妙な顔をしたのかという事だった。それに、桜だけじゃなかった。イリヤと美遊も、桜が口にした名前に微妙な表情で反応した。いや、なんでさ?

 

「……イリヤ?」

 

「……多分、お兄ちゃんのクラスメートの女の人。そして……」

 

「その先は言わなくても分かる……」

 

この二人は何を言っているんだろうか。意味不明なやり取りをする妹達に首を傾げていると、桜が俺の体に巻かれている包帯を見てきた。その視線に、俺も自分の体を見下ろしてみた。すると……

 

「血が滲んでますね。消毒をして、包帯を取り換えた方がいいのでは?」

 

「そうかな」

 

桜の言葉に、イリヤと美遊がピクリと反応した。俺の体に手を伸ばそうとした桜の手を押し退け、凄まじい勢いで迫ってきた。その勢いに、俺も桜も押されてしまう。お、おい、落ち着け!

 

「私がやってあげるよお兄ちゃん!」

 

「いえ、私が! イリヤは病み上がりでしょ!」

 

「もう熱は下がったもん!」

 

「ふ、二人とも落ち着け。な?」

 

仲良くなったんじゃなかったのか? ぎゃいぎゃいと騒ぐ俺達。いや、俺は騒ぐつもりは全然ないんだけどな。二人を必死に宥めていた時、彼女は現れた。この騒ぎに、額に青筋を浮かべて。

 

「静かにしなさい!」

 

「うわぁ!? すまんセ……ラ?」

 

「セラが懐かしい格好してる!」

 

「これは……」

 

そう、そこには、我が家の家政婦さんがいた。イリヤの言う通り、懐かしい格好をして。その恰好はセラ曰くアインツベルン家のメイドの正装らしいのだが、一見するとメイド服には見えない。

 

「……なあセラ、何でそれまた着てるんだ? 懐かしすぎて微妙な気分になるんだが……」

 

「何でも何も、これがアインツベルン家のメイドの正装です。私がこれを着ている事こそが正しい姿であり、今までが普通ではなかったんです。ふとした事で、それを思い出しただけです」

 

「私、その服あんまり好きじゃないんだけど……」

 

「なっ、イリヤさんまでそんな事を!」

 

アインツベルン家のメイド服を着たセラの登場で、物凄く微妙な空気になる俺達。まあ、美遊のメイド服を見て対抗心が湧いたという感じなんだろうけどさ。セラは心外だと言いたげだった。

 

「さっきから何騒いでんの? ……セラ、何その変な服」

 

「変とは何ですか変とは! 貴女もこの服が正装なんですよ! 貴女はどうやら、自分が何だったのかを忘れているようですね。いいですかリーゼリット。そもそも私達は……(くどくど)」

 

ああ、またセラの説教が始まった。リズはセラの説教が始まると同時に聞く事を放棄して、やる気なさげにそうだったそうだったと呟いている。そういえば、リズもメイドだったっけ。

 

俺もそれを思い出した。いや、だってさ。リズが家事をした事なんて数える程しかないし。セラは真面目に聞くつもりがないリズを見て諦めたのか、深いため息をついた。色々大変だな、セラ。

 

「他人事のように言わないでください。私の気疲れの原因は、シロウにもあるんですよ?」

 

「うわ、矛先がこっちを向いた!」

 

「お、お兄ちゃん、しっかり休んでね?」

 

「お邪魔しました、士郎さん……」

 

「明日学校で……」

 

「あっ、皆、逃げるなんてずるいぞ!」

 

セラの剣幕に恐れをなしたらしいイリヤ達が、こぞって逃げ出した。ある意味助かったけど、俺だけは逃げられないんだぞ? ベッドから動けない俺は、セラから逃げる事はできなかった。

 

…………………………………………………

 

「……まったく。貴方達は本当に。まあ、もういいでしょう」

 

「……助かった……」

 

あれから30分。ようやくセラの説教が終わり、俺も解放された。服装のおかげで気合が入ったのか、セラの説教はいつもより長かった。俺も、いつもとは違って逃げられなかったしな……

 

「……それではシロウ、服を脱いでください」

 

「……え?」

 

「ほ、包帯を取り換えるだけです! 妙な想像をしないでください!」

 

「は、はい!」

 

ここで逆らったら、また説教が始まる。そう確信した俺は、急いで服を脱いだ。セラはムスッとした顔をしながらも、丁寧に包帯を取り、消毒をして新しい包帯を巻いてくれた。さすがの手際だ。

 

「……えっとさ、セラ……」

 

「……何ですか?」

 

「今日はその、ありがとな」

 

「……礼を言われる事ではありません」

 

「いや、お礼を言わないといけないよ」

 

だって、セラは分かっていた筈だ。俺が言った言い訳が嘘だという事を。それでもセラは、俺の事を信じて何も聞かないでいてくれている。それが、どれだけ有り難い事か。俺はセラを見る。

 

「本当に、ありがとう」

 

「……」

 

「あ、それと、その服なんだけどさ」

 

「っ!? これは別に、シロウがメイド服が好きと言ったから着替えた訳ではありませんから!」

 

「へ?」

 

「あっ……~~~っ! 眠りなさい、そして忘れなさい!」

 

「なんでさっ!」

 

傷口が開かないように配慮してか、腹ではなく首筋に手刀を打たれて気絶する。そんな事は一言も聞いていないんだが……俺はただ、似合っていると言おうとしただけだった……のに……がくっ。




今回の主役はセラさんで間違いない。セラさんはプリヤ士郎のヒロインと言われてますし。

さて、改めて原作を読んで、プロット的な物を考えました。大まかな流れは決めてましたが。
無限の剣製についてなど、私なりに解釈してますので、見てからのお楽しみです。

それでは、感想を待っています。


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森の暗殺者

VSアサシンです。

ここまでは原作とあまり展開は変わりません。


【士郎視点】

 

「何もいないな……」

 

「そうね」

 

「一体どういう事ですの? 敵はいないしカードもない……もぬけの殻というやつですわね」

 

俺達は今、森の中を歩いていた。今日もカードの回収にやってきた俺達は、鏡面界へと接界(ジャンプ)した。するとそこは、鬱蒼とした森の中だった。そして前回よりも空間も狭く、天井も低かった。

 

「場所を間違えたとか?」

 

「まさか。それは無いわ。元々、鏡界面は単なる世界の境界……空間的には存在しない物なの。それがこうして存在している以上、必ずどこかに原因(カード)はある筈だわ。全員、油断はしないで」

 

イリヤの問いに、遠坂はそう答えて全員に注意を促す。鏡面界についての講釈は、魔術の素人の俺とイリヤには全く理解不能だが、ルヴィアが頷き、ルビー達が何も言わないのでそうなんだろう。

 

「なあ、何か前より空間が狭くなってないか?」

 

「それは当然よ。歪みの原因であるカードを回収しているんだもの。カードを集めるほど、空間の歪み自体が減っていくの。私達は、その為にカードを全て回収しなければならないのよ」

 

「この歪みを放っておくと、この冬木の街が危険な状態になるのです」

 

「成程な。今までは漠然としか理解してなかったけど、大事な事なんだな」

 

空間の狭さについて聞いてみると、そんな答えが返ってきた。つまり、カードを回収しないと関係ないセラやリズも危ないって事か。それを聞いた俺は、俄然やる気を出す。頑張らないとな。

 

「因みに、最初は数キロ四方あったそうよ」

 

「そうよって……遠坂とルヴィアは最初からやってたんじゃないのか?」

 

「わたくし達の前に、前任者がいたのです」

 

「へえ」

 

その前任者とやらは、どうして途中で止めたのだろうか。それを聞いてみたが、組織的な事情としか答えてくれなかった。まあ、俺のような部外者に話せる事には限りがあるという事だろう。

 

「歩いて探すしかないかな」

 

『んーむ、何とも地味な……』

 

そんな事を話していると、真面目にカードを探すイリヤが探索方法を考え始めた。それに対して、不満の声を出すルビー。その声に反応して、俺も周囲を見回してみる。確かにこの森ではな。

 

『私としましてはもっとこう、魔法少女らしく……例えば、ド派手な魔力砲をぶっ放しまくって、ここら一面を焦土に変えるくらいのリリカルでマジカルな探索法をですね……』

 

「……それは探索じゃなくて破壊だよ」

 

そう思っていると、ルビーが的外れで物騒な事を言い出した。このステッキにまともな思考を期待した俺が馬鹿だった。イリヤと一緒に、ルビーにジト目を向ける。魔法少女らしくないだろ。

 

遠坂達は最初からルビーを相手にする気はないらしく、呆れ顔で歩き出していた。俺達もその後に続こうと足を踏み出したその時、首の後ろにチリチリとした違和感を感じて俺は振り返った。

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

「……いや……」

 

もう一度周囲を見回してみるが、何もない。気のせいだったのか? こう森が深くては、良く分からない。アーチャーのカードのお陰か、夜の暗さは問題ないのだが、障害物が多すぎるんだ。

 

「何でもないみたいだ。遠坂達を追い掛けよう」

 

「そうだね……」

 

警戒を解いて、そうイリヤに呼び掛けた時だった。イリヤが答えるのと同時に、何かが空気を切り裂くような短い音が聞こえた。俺の視界を横切る黒い影。それが、イリヤの首に飛んできた。

 

「イリヤ! ぐっ……」

 

「えっ……?」

 

知覚するのと同時に、俺はその影とイリヤの首の間に右手を差し込んでいた。その直後、右手に走る鋭い痛み。見てみるとそれは、闇に溶け込むような不気味な短剣だった。それが刺さっている。

 

「お兄ちゃん!」

 

「なっ、どうしたのよ衛宮君!」

 

イリヤの悲鳴に、少し前にいた遠坂達が気付いて駆け寄ってきた。俺は黒い短剣を右手から抜いて放り捨てながら、三人に警告する。静かな怒りを心に宿しながら。イリヤを狙ってきたな……

 

「敵の攻撃だ。近くにいるぞ、気をつけろ」

 

攻撃の瞬間でさえ、何の気配も殺気も感じなかった。だけど今は、それらを感じ取る事ができた。どうやら、攻撃の後は気配を消せないらしいな。全員の目が、一斉にその存在に向けられる。

 

「美遊!」

 

「【砲射(シュート)】!」

 

木の陰に隠れているそいつに、ルヴィアの指示を受けた美遊の魔力砲が飛ぶ。直線上の木々を薙ぎ払いながら突き進む魔力砲。それは正確にその存在を撃ち抜いたように見えた。しかし……

 

「……いない」

 

美遊の呟きの通り、そいつはいなかった。どうやら、命中の瞬間に再び気配を消して回避していたらしい。これは厄介な敵だ。攻撃の威力は大した事はないようだが、気配がまったくない。

 

「お兄ちゃん、血が……」

 

「大丈夫だ。大した事はない。ほら」

 

顔面を蒼白にして心配してくるイリヤに、俺は右手を振って大丈夫だとアピールする。痛みはあるが、問題なく動かせる。イリヤは少しだけホッとした顔になるけど、やはり心配そうだった。

 

「お兄ちゃん、私を庇って……」

 

「イリヤが無事なら、俺にとっては良いんだ」

 

本心だった。こんな傷、全然大した事はない。涙目になっているイリヤの頭を撫でてやりながら、笑みを浮かべる。とはいえ、現状は予断を許さない状態だ。敵の正体も、位置も分からない。

 

「方陣を組むわ! 全方位を警戒!」

 

遠坂の指示が飛ぶ。その声に従い、俺達は全員で背中合わせになる。これなら、どの方向から攻撃が来ても対処する事ができる。いつものように白と黒の双剣を作り出して、奇襲に備える。

 

「不意打ちとは、舐めた真似をしてくれますわね!」

 

「攻撃されるまでまったく気配を感じなかったわ! その上、完全に急所狙い。気を抜かないで! 下手すれば即死よ! この攻撃手段からして、敵のクラスは間違いなくアサシンね。厄介な」

 

「即死……?」

 

遠坂は、あっさりとそう言った。その言葉に、震えた声を出すイリヤ。いきなり突きつけられた現実に、恐怖を感じてしまったらしい。俺は隣のイリヤの手を優しく握って恐怖を和らげてやる。

 

敵の奇襲を警戒して、方陣を組んだ俺達。遠坂の指示は的確で、最適なものだった。だが、それは無意味だった。こちらの陣形を見て奇襲は無理だと判断した敵が、次の手を打ってきたからだ。

 

「なっ!?」

 

消えていた気配が現れる。だけどそれは、一つではなかったのだ。俺達の周囲に、一斉に現れる、敵、敵、敵。木の陰から、枝の上から、そして草むらから。その全員が、同じ格好をしている。

 

黒ずくめの服を着て、顔には髑髏の形をした仮面。その総数は、ざっと50人以上。周囲を完全に囲まれてしまっている。幾らなんでも、これは多勢に無勢だ。こんなのってありなのか!?

 

「まさか、軍勢だなんて……」

 

「なんてインチキ……」

 

遠坂とルヴィアも、愕然とした声を出した。それはそうだろう。今までの敵は、全て単体だった。キャスターとセイバーは時間差で襲ってきたが、それでもカード一枚で一体の存在だった。

 

ところが、こいつらは違う。格好が似てはいるが、全員が違う存在だった。身体つきが、一人一人違うんだ。小柄な奴、大柄な奴、筋肉質な奴、痩せている奴。それでも、こいつらは同じだ。

 

一枚のカードから、一つのクラスとして現れている。それが分かる。何故なら、どいつもこいつも雰囲気が同じだからだ。全員が気配を消していた。つまりこいつらは、全員で一つの敵なんだ。

 

「まずいぞ遠坂!」

 

「分かってる!」

 

50以上の敵が、複数の短剣を持っている。それら全てが、俺達に向けられている状態だ。これを一度に投擲されたら、避ける術はない。俺の【熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)】は前方しか防げないし。

 

「一時撤退よ! 火力を一点に集中させて、一気に包囲を抜けるわ!」

 

「止まっては的にされてしまいます! 全員、走ってくださいまし!」

 

遠坂とルヴィアの決断は早かった。宝石を握り締めて、先頭を走り出す。その後に美遊とイリヤが続き、最後に俺が殿を務めるように続こうとした。だけど、急に脱力感に襲われて足を止める。

 

「あ……れ? 何だこれ……」

 

立っている事もできなくなり、俺は膝をついてしまった。吐き気が込み上げてきて、視界が霞む。全身から嫌な汗が噴き出して、思考も薄れていく。右手の痛みが増してる。これはまさか……

 

「お兄ちゃん!?」

 

イリヤの悲鳴が、夜の森に響いた―――

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

凛さん達の後に続こうとした私は、後ろからの音に振り返った。そこには、苦しそうな顔をしたお兄ちゃんが膝をついていた。私は足を止めて、お兄ちゃんの所に走った。何が起きてるの?

 

「お兄ちゃん、どうしたの!?」

 

「イリ……戻ってくるな……」

 

『魔力循環に淀みがあります! これはもしかして……』

 

「ちょっと、どうしたのよ! 止まっちゃ駄目だって……衛宮君!?」

 

前にいた凛さん達も異常を察してくれたらしい。私は、お兄ちゃんの右手が黒く染まっている事に気付いた。これってもしかして、毒!? さっきの短剣に、毒が塗られていたらしい。

 

「くっ……」

 

『いけません、士郎さんの英霊化が解けました! 魔力循環が乱れたせいです!』

 

「そんな!?」

 

事態は、私の理解を超えて展開していく。お兄ちゃんの体が元に戻ってしまった。体からカードが出てきて、地面に落ちた。つまり今のお兄ちゃんは、普通の人間。今攻撃されちゃったら……

 

「逃げてイリヤ、士郎さん!」

 

「あっ……」

 

美遊の声が聞こえた時、もう手遅れだった。私達に向かって、一斉に投擲される短剣。全てがゆっくり動いて見えた。お兄ちゃんが、私に覆い被さろうとしてる。私を守ろうとしてるんだ……

 

でも、そうなったらお兄ちゃんはどうなるの? 英霊にもなっていないのに、そんな事したら……死んじゃう。お兄ちゃんが死んじゃう。その時、また私の中で、何かが外れる音が聞こえた。

 

…………………………………………………

 

どうする? どうすればいい? まとまらない思考で、私は必死に考える。この状況を打開する方法を。この攻撃を全て弾ければ。例えば、そう。あの黒騎士が私達の攻撃を弾いたみたいに。

 

あれは、どうやってやってたんだっけ? ああ、そうだ。凄い魔力を放出してたんだ。あれ、そういえば、そんな事をさっきルビーが言ってなかったっけ? 確か、魔力砲がどうとかって……

 

『ド派手な魔力砲をぶっ放しまくって、ここら一面を焦土に……』

 

ああ、そっか―――――それなら簡単だ―――――

 

―――――今度は、何が起きたのかを覚えていた―――――

 

…………………………………………………

【美遊視点】

 

「……あ……ああ……」

 

目の前の光景に、私は呆然と立ち尽くすしかなかった。サファイアで魔力防壁を張りながら。それはあまりにも突然の出来事で、私は、遠坂凛さんとルヴィアさんを守るので精一杯だった。

 

目の前には、呆然とした表情を浮かべるイリヤ。10メートルくらいの巨大なクレーターの中心に彼女はいた。けれどそこには、さっきまでいた人がいなくなっていた。イリヤの側にいた人が。

 

「……お、兄ちゃん……?」

 

イリヤの視線が、私達の後ろに向けられている。その視線の意味を、私は分かっていた。見ていたからだ。全方位から飛んでくる短剣。その中心にいるイリヤ。イリヤの体が光り輝いて……

 

そして、魔力が爆発した。その爆発は飛んできた短剣を全て弾き飛ばし、周囲にいた敵もまとめて消し飛ばした。敵のアサシンはすでに消滅して、カードになっている。途轍もない威力だった。

 

そんな魔力の爆発を至近距離で受けた人がいた。士郎さんだ。イリヤの最後の理性が働いたのか、ルビーの防壁で守られてはいたけど、無傷で済む筈がなかった。彼は私達の上を飛んで行った。

 

恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこには、血塗れの士郎さんが倒れていた。先日の傷口も開いてしまったようで、かなり危ない状態になっている事は容易に想像できた。まさか、死……

 

「士郎さ……!」

 

「衛宮君!」

 

「しっかりしなさい、死んでいませんわよね!?」

 

「……大丈夫。まだ死んではいないわ。でも、かなりヤバい……」

 

「トオサカリン、ありったけの宝石を出しなさい! 今すぐ治癒魔術を使いますわよ!」

 

「分かってるっての!」

 

ルヴィアさん達の言葉に、私は心の底からホッとする。そして、イリヤを見つめる。さっきの出来事で確信した。これがイリヤの力。先日の【夢幻召喚(インストール)】の時の膨大な魔力も、イリヤ自身の力。

 

イリヤは、現実を受け入れる事ができないという様子だ。無理もない。大好きな兄を、もう少しで殺してしまうかもしれなかったんだ。もし私だったら、きっと同じようになっていただろう。

 

「……違う……私、お兄ちゃんを助けようとして……こんなつもりじゃ……」

 

「……イリヤ……」

 

私は、イリヤに掛けるべき言葉が見つからなかった……

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

こんな筈じゃなかった。攻撃を弾くだけのつもりだったのに。威力の加減が分からずに、私はただ魔力を放出してしまった。私の視線の先には、お兄ちゃんに必死に治療をする凛さん達がいた。

 

凛さん達もボロボロだ。美遊がサファイアで守ってくれたみたいだけど、それでも、完全には防ぎ切れていなかった。これも全部、私がやった。どうして。どうして私にこんな事ができるの?

 

「……あ……」

 

その時、頭に浮かんでくる光景があった。そうだ。この前も確か、こんな事があった。私は、セイバーを倒した時の事を思い出した。美遊のカードを使って、お兄ちゃんみたいに変身して……

 

そして、無茶苦茶な攻撃で止めを刺した。あれも、たまたま美遊達に被害が及ばなかっただけだ。あの時の私は、とにかく敵を倒さなくちゃって思っていただけ。もし近くに美遊達がいたら?

 

お兄ちゃんがいたら? 私は、あの攻撃を止められただろうか? ……きっと無理だ。それでも私は、セイバーを倒す為にあの攻撃していただろう。目の前の光景が、それを証明している。

 

「私……私……」

 

嫌だ。もう嫌だ。元々私は、こんな戦いに巻き込まれたくはなかった。私は、こんな戦いとは無縁の一般人。たまたまルビーに気に入られてしまって、魔法少女になってしまっただけだ。

 

半分遊び気分で、わくわくしちゃってた。でも、その結果がこれだ。皆を傷つけて。お兄ちゃんを傷つけて。無茶苦茶やって。このまま戦って、本当に取り返しのつかない事をしてしまったら。

 

「いや……」

 

「イリヤ……」

 

「もう……もう嫌あああああああああ!」

 

「イリヤ!」

 

怖かった。ただ怖かった。この状況が。本当に死んでしまうかもしれない事実が。友達を傷つけてしまうかもしれない事が。お兄ちゃんを傷つけてしまうかもしれない事が。何より、私自身が!

 

ずっと張り詰めていた何かが、プツンと切れた音がした。一刻も早く逃げ出したかった。ただそれだけを考えて、私は周りも見ずに逃げ出した。ふと気が付くと、周りは元の空間に戻っていた。

 

『イリヤさん、イリヤさん落ち着いてください!』

 

「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」

 

早く帰らなくちゃ。私の家に帰らなくちゃ。ルビーの声に耳を塞いで、私は駆け出した。でも、これじゃ遅い。このまま走ってるだけじゃ、時間が掛かりすぎる。もっと早く。一刻も早く帰る!

 

『こ、これは……まさか空間転移!?』

 

「あった……私の家! 帰らなくちゃ……」

 

いつの間にか空にいた。でも、そんな事はどうでもいい。早く帰らなくちゃ。視線の下に、私の家が見えた。そう思った瞬間、目の前には玄関があった。私は無我夢中で、扉を開けて飛び込む。

 

「イリヤさん!? どうしたんですか、そんなに急いで……」

 

「……セラ……」

 

「あ、イリヤさん」

 

目の前にいるセラの胸に、私は飛び込んだ。嫌な事は全部忘れて、眠ってしまいたい。そんな事を考えながら、私の意識は深い闇に飲み込まれていった。今日の出来事は全部夢だと願って……




今回の解説。

どうしてルビーの防壁で防がなかったのか。それは、ルビーの防壁では毒まで防げない可能性があったからです。小聖杯の意識が、そう判断をしたのでやらなかった。

実際、それでは毒は防げず、士郎もイリヤも死んでいましたしね。

それでは、感想待ってます。


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不死身の狂戦士

さあ、いよいよバーサーカー戦です。

そして、ここから原作と展開を変えます。

それではどうぞ。


【士郎視点】

 

俺はまた、夢を見ている。前回も見た荒野だ。無数の剣が突き立っている荒野。視線を動かして、あの丘を探した。そしてそれは、すぐに見つかった。前回とは違って、俺は意識的に丘を目指す。

 

その丘に、あの男が立っていた。向こうも、俺が来る事を分かっていたらしい。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、『早く来い』と言っているようだった。何の用かも分かってるか。

 

無数の剣が突き立った荒野を突き進む。その剣一本一本に、無念と後悔の念を感じる。そう、今の俺と同じ念を。その事に苦い気持ちになりながらも、俺はその剣の念を感じ取り心に刻んでいく。

 

丘の麓に辿り着いた。見上げると、さっき見た時と変わらない表情で俺を待ち構える男が見える。俺は改めて決心して、無数の剣が突き立つ丘を登る。このままじゃいけない。駄目なんだ……

 

『……どうして俺が来たのか、分かってるよな?』

 

『……分かっている』

 

短いやり取り。それで十分だった。何故か、多くを語る必要はなかった。俺はこいつの事を誰よりも理解できるような気がした。そして、逆も同じだとも。こいつも、俺の事を理解してるんだ。

 

『このままじゃ駄目なんだ。俺は、もっと強い力が欲しい』

 

『……それは何故か、聞いてもよいか?』

 

『言わなくても分かるだろ?』

 

『分かるとも。だが、お前の口から聞かねばならん』

 

『……イリヤが……妹が、今深く傷ついている。俺が弱かったせいで……』

 

『……』

 

俺は男に訴える。イリヤが、泣いている。ごめんなさいと、謝り続けている。部屋に閉じ籠って、出てきてくれない。森の一件のせいだ。でもあれは、イリヤは悪くない。俺のせいなんだ。

 

『俺がもっと強かったら、あんな事にはならなかった』

 

『そうだな』

 

『俺がアサシンを倒せていたら、イリヤはあんな力を使わずに済んだんだ!』

 

そう、その筈だ。イリヤを守るなんて大口を叩いて、その結果があれだ。これでは、何の為に力を手に入れたのか分からない。イリヤに助けられて、その結果泣かせてしまうなんて最悪だ。

 

『俺には分かる! アンタなら、アサシンを倒せていただろ?』

 

『……可能だ』

 

『俺は、その力が欲しい!』

 

『……』

 

『どんな事になっても構わない。ただ、もう二度とイリヤを泣かせたくないんだ』

 

『いいだろう』

 

『……え?』

 

『今度は、このオレが力を貸してやる。次の敵は、お前が倒せ』

 

『……分かった。ありがとう』

 

目的は果たした。意識が浮上していくのを感じる。目が覚めるんだろう。目が覚めたら、また戦いが待っている。あの状態のイリヤがどうするかはまだ分からないが、今度こそ守ってやる。

 

誓いをここに―――俺は次の戦いに赴くのだった。

 

…………………………………………………

 

「……よし、行くか」

 

ベッドから起き上がり、体に巻かれた包帯を取り去る。部屋から出て、隣の部屋に行く。イリヤがいるか、それともいないか。最後に確認しておこうと思ったから。その部屋の扉をノックする。

 

「イリヤ……いるか?」

 

返事はない。だけど、部屋の中で何かが動いた音がした。どうやら、イリヤはいるらしい。でも、まだ俺と話してはくれないようだった。この様子では、これからの戦いには参加しないのかな。

 

「……俺、行くよ」

 

『っ!?』

 

「イリヤの分まで、戦ってくるから」

 

『……どうして? 凛さんとルヴィアさん、それと美遊がやってくれるって言ってたよ』

 

イリヤが答えてくれた。声は震えてるけど。怖いんだな。もう何年もの付き合いになるから、俺はイリヤの気持ちが手に取るように分かる。俺と話してくれなかったのも、それが原因だな。

 

「そうだな。確かに、俺がやらなくてもいいかもしれない。あの三人になら、安心して任せられるかもしれない。でも、それじゃ俺が満足できない。これは、何も立派な志って訳でもないんだ」

 

そう、これは立派な志ではない。ましてや、正義の為なんかでもない。これは、俺の心を満足させる為の戦いだ。カードを放っておけば、俺の大切な人達が危ない。だから、『俺が』守りたい。

 

「それに、このまま俺がリタイアしたら、イリヤが自分を責め続けてしまうだろ?」

 

『!?』

 

「俺は何ともない。この程度、大した事ないんだ。それを証明してくるよ」

 

俺が何ともないと証明できれば、イリヤも自分の力に怯える事もなくなる筈だ。その為にも、今回の敵は俺が倒さなくちゃいけないんだ。きっとそれが、何よりの証明になると思うから。

 

『……どうして?』

 

「決まってるだろ? それは、俺がイリヤのお兄ちゃんだからだよ」

 

『あ……』

 

「あの日、お前のお兄ちゃんになった時から、俺はずっと変わらない。だって、お兄ちゃんが妹を助けるのは当たり前だろ? 例えどんな奴が相手だって、伝説の英雄が相手だって、俺が守る」

 

『お兄ちゃんっ……』

 

「行ってくる。イリヤを怖がらせてる奴を、俺がやっつけてきてやるからな」

 

言いたい事は全て言った。だから、俺は行くんだ。イリヤの部屋の扉から離れて、俺は下に降りていく。一階に降りると、玄関に立っている人影がいた。その姿を見て、俺は笑ってしまった。

 

「……またどこかへ?」

 

「ああ。ちょっと、妹を怖がらせてる奴を倒しにな」

 

「……また熊ですか?」

 

「いや、伝説の英雄」

 

玄関に立っていたのは、我が家の家政婦さんだった。険しい顔をして、今日こそはどこへも行かせませんと言いたげなセラに、俺は軽い調子で答える。そう答えた瞬間、セラは呆気に取られた。

 

「大したシスコンですね」

 

「はは、否定できないかな?」

 

「昔を思い出しますね。イリヤさんをいじめていたいじめっ子を殴りに行った時とか」

 

「ああ、そんな事もあったっけ」

 

そう、俺にとっては、それと大差はない。今回はちょっと、敵が強すぎるけどな。セラは、まさか俺が本当に伝説の英雄を倒しに行くとは思ってないだろうなあ。そんな事を考えて、俺は笑う。

 

「……ご武運を」

 

「ああ」

 

でも、セラの声は真剣だった。まさかセラは、信じているんだろうか。って、そんな訳ないよな。普通に考えて、本気で言っているとは思えない内容だろうし。セラに見送られて、外に出る。

 

「……星が綺麗だな」

 

夜空を見上げて、そう呟く。これから死闘が始まるなんて、想像もできない星空だ。でも、きっと今回も強敵との死闘があるだろう。何故か俺はそう確信していた。それは不思議な予感だった。

 

「もしもし、遠坂か? 今どこだ?」

 

『ちょっ、衛宮君貴方、まさか来るつもり!?』

 

「ああ、行くよ」

 

『貴方、まだ怪我が……』

 

「大した事ない。だから、場所を教えてくれ」

 

『……はあ、もう好きにしなさい。場所は……』

 

遠坂に電話を掛けて、場所を聞き出す。アーチャーのカードを握り締めて、俺は教えられた場所に向かって走った。きっとこいつも力を貸してくれる。さっき、夢の中でそう約束してくれたから。

 

本当なら、俺みたいなガキの我儘で力を借りていい奴じゃない。何となくそれが分かる。それでも応えてくれた。そんなあいつの力を、俺は巧く使えるだろうか。いや、使わなければならない。

 

「イリヤの為に!」

 

最後に、決意を込めてそう叫んだ。

 

…………………………………………………

 

「なあ遠坂。クラスカードって、あと何枚あるんだ?」

 

「二枚よ。時計塔が確認したカードは、全部で八枚。サーヴァントの基本クラスが七枚、そして、基本クラスのどれにも該当しない特殊なクラス、エクストラクラスが一枚。これは詳細不明」

 

「どれにも該当しない……どんな相手なのかも分からないって事か」

 

「そう。今回相手にするのは、バーサーカー。狂戦士のクラスよ」

 

狂戦士か。他の基本クラスは全部回収してるから、今回は敵がどんな奴か推測できる所がいいな。ある程度の対策が立てられる。遠坂は、多分今回の敵は物理攻撃しかしてこないと言った。

 

「狂戦士ですもの。魔術は使ってこないと思うわ」

 

「そうか」

 

「……士郎さん、本当に来るんですか?」

 

遠坂と話していると、美遊がそんな事を言い出した。その表情は、かなり不安そうだ。俺の事を心配してくれているんだろう。やはり、この娘は優しいな。だけど、俺の答えは決まってる。

 

「行くさ。イリヤの恐怖を取り除く為にも、そして美遊を守る為にもな」

 

「……え?」

 

「美遊が一人で背負い込む事はない。イリヤの事も、俺の事もな」

 

「あ……」

 

やっぱりそうか。美遊は、これ以上自分以外が戦わなくていいようにしてる。イリヤが戦わなくていいように。俺が戦わなくていいように。でも、それは美遊みたいな子供が背負う事じゃない。

 

俺は美遊の事も守りたい。もう随分昔の事のように思えるが、俺はそう約束したんだ。あの不思議な夢の事を、俺は忘れていない。あの夢があったから、俺は今こうしていられる気がする。

 

このカードを手にできたのも、全てはあの夢のお陰。そんな気がする。だから俺は、美遊の事も守らなければいけないんだ。俺は、そう確信している。強張った顔をしている美遊の頭を撫でる。

 

「子供が無理して背負い込もうとしなくていい。美遊の周りには、一緒に背負ってくれる人が何人もいる筈だし、これからも増えるだろう。きっと、これから何人もな。それを忘れないでくれ」

 

「っ……」

 

「いい言葉だと思うけど、アンタにだけは言われたくない気もするわね」

 

「同感ですわ」

 

「ちょっ、いい所なんだから余計な事言うなよ!」

 

涙を流す美遊と、俺を茶化す遠坂とルヴィア。いい所で締まらないな。さて、そろそろこの辺にして行くとしようか。俺はアーチャーのカードを取り出して変身する。そして、鏡面界に飛ぶ。

 

狂戦士との、死闘の始まりだった。

 

…………………………………………………

 

「……あれが……」

 

思わず、呆然とそう呟いた。美遊達も、その敵に絶句している。廃ビルの屋上、給水塔の横にいたそいつは、あまりにも圧倒的な存在感を放っていた。それはもしかしたら、セイバー以上か。

 

その体躯はあまりにも巨大で、まるで岩のよう。実際の大きさは2メートル超といった感じだが、その存在感のせいでその十倍はあるように見えた。まさに巨人だ。その手には、無骨な剣。

 

まるで巨大な岩を切り出したような、斧のような剣を持っていた。その男の全身は黒く、盛り上がる筋肉が鋼の鎧のように見えた。そして、何よりもその顔と目。まさしく狂戦士に相応しい。

 

その目に睨まれただけで、重苦しい戦慄に押し潰されそうになる。考えるまでもない。こいつは、化け物だ。全員がそれを悟った。悟らされた。瞬時に、どう戦うべきかを俺達は考えた。

 

「遠距離攻撃か!?」

 

「そうしたいけど、この空間の狭さじゃ無理よ!」

 

あんな化け物に、接近戦を挑まなければならないなんてな。俺はそう心で毒づきながら、白と黒の双剣を作り出した。あの巨体なら、恐らくそんなに速くはないだろう。そう思った時だった。

 

「なっ!?」

 

コンクリートが爆発したような音がしたと思ったら、俺の目の前に筋肉の塊がいた。驚愕に目を見開く暇もなかった。奴が岩のような拳を振り上げていたからだ。俺は即座に剣で受け流す。

 

「くっ、逸らしてなおこの威力か」

 

拳を受け流した両手に、凄まじい衝撃が響いた。この威力、あのセイバー以上だ。しかも、魔力のブーストとかはなく、単純な膂力でだ。とんでもない力だった。しかも、この手応え……

 

「冗談抜きに、鋼を叩いたみたいだ」

 

「衛宮君、何とか頑張って! 美遊、援護よ!」

 

「はい!」

 

どうやら、俺はこいつを引き付ける役目のようだ。敵は、左の拳を流された格好で少し動きを止める。この隙に接近しようとしたその時、敵は縦に一回転した。予想外のその動きに、俺は驚く。

 

「なっ、く!」

 

左の踵落としが、頭上から降ってきた。何とか双剣で受け止めるが、凄まじい衝撃。動きが止まって、少し後ろに下がる。まずい。そう思った時、敵はすでに右手の斧剣を振りかぶっていた。

 

「【砲射(シュート)】!」

 

背筋を凍らせたが、美遊が魔力砲を撃ち込んで、助けてくれた。魔力砲が命中した敵が少し後ろに下がり、動きを止める。その隙を逃さず、俺は双剣を渾身の力で打ち込んだ。だが、それは……

 

「嘘だろ!?」

 

およそ肉体に打ち込んだ感触ではなかった。敵の攻撃を受け止めた時の感触と同じ。鋼を叩いたみたいな感触で弾かれてしまった。幾らなんでも、英霊化してる俺の全力の攻撃が効かないなんて。

 

「衛宮君、下がって!」

 

「くっ」

 

遠坂の指示に、俺は咄嗟に後ろに飛んだ。次の瞬間、一斉に撃ち込まれる攻撃の嵐。美遊の魔力砲だけでなく、遠坂とルヴィアも攻撃に参加したようだ。俺も、追加で【赤原猟犬(フルンディング)】を撃ち込む。

 

「こんな事って……」

 

「無傷……?」

 

だが、それでも掠り傷一つ付けられない。少し後ろに下がっただけだ。そして、奴は俺達を睨み付けて咆哮を上げた。その肉体が、さらに一回り大きくなったような気がした。赤黒く色付く。

 

「……幾らなんでも、こんなのってありか?」

 

俺の呟きは、全員の心を代弁していた。こっちの攻撃は効かず、向こうの攻撃は一発でもまともに受けたら即終了。こんなの、反則すぎるだろ。このままじゃ勝てない。それは明白だった。

 

「考えてる暇もないか!」

 

『―――――ッ!』

 

バーサーカーが再び咆哮を上げて、こっちに突っ込んできた。美遊達の攻撃が雨あられと命中するが、やはりまったく効いている様子がない。意に介さずに、真っ直ぐに突っ込んでくる。

 

『駄目です、効いている様子はありません! 全て体表の表面で弾かれている感じです!』

 

全員が横に飛んで攻撃を躱した時、サファイアがそう叫んだ。確かに、そんな感じだ。今までの敵にも、こちらの攻撃を弾かれる事はあった。それは例えば、キャスターでありセイバーだ。

 

だけどあれは、魔術や魔力によるものだった。だけど、こいつはそんな感じじゃない。やつらとの決定的な違い。それは……攻撃は当たってはいるが、その全てが弾かれているという事だった。

 

「それって、まさか……」

 

『はい。間違いないでしょう……恐らく、一定ランクに達しない全ての攻撃を無効化する鋼の鎧。それが、敵の宝具です。牽制や足止めの類は、あの敵には全て無意味という事になりますね』

 

「……」

 

あの肉体そのものが、無敵に近い鎧。そういう事だ。サファイアの言葉に、全員が言葉を失った。そんなの、殆ど反則じゃないか。だけど、現実に存在している以上、打開策を講じなければ。

 

「取りあえず、一番威力がある攻撃をしてみる!」

 

俺はそう言って、双剣を投げ捨て、一本の剣と弓を作り出す。呪文を唱え、弓に番えると同時に形を変える。今の俺にできる最大の攻撃。これでノーダメージだったら、最後の手段に出る。

 

「【偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)】!」

 

美遊が引き付けてくれている間に、俺は必殺の意を込めて矢を放った。その矢は、敵の胸の中央に命中し、大爆発を起こした。閃光に目を細めながら、敵の姿が現れるのを待った。すると……

 

「倒した……?」

 

遠坂の呟きが聞こえた。俺達の視線の先には、確かに胸が抉れた敵が膝をついている。だけど、俺は警戒を緩めなかった。何故なら、敵はまだカードになっていないからだ。つまりそれは……

 

「そんな!?」

 

バーサーカーの腕が、ピクリと動いた。やはり。次の瞬間、奴は天に向かって吼えた。もう、何度驚かされただろう。奴の胸の傷が、煙を上げながら治っていく。まるで、逆再生のようだった。

 

「……まさか、蘇生能力……」

 

ルヴィアの呟きは、絶望に満ちていた。そういう事なんだろう。こいつは、死んでも生き返る能力を持っているんだ。一体どこまで反則じみているのだろう。まさに、不死身の英雄だった。

 

「だったら、もう一撃ぶち込んでやる!」

 

蘇生中で動けない敵に向かって、俺は再び【偽・螺旋剣】を放った。だが、敵はその矢を右手で掴んで止めてしまった。ならばと、俺は剣に魔力を送って爆発させた。さながら、剣の爆弾だ。

 

「……おいおい、こいつ……」

 

だけど、駄目だった。そこには、もう完全に傷が治った化け物がいた。今の爆発は、直接命中したのと変わらない威力だった筈だ。それなのに、今度は無傷。一体どうなっているんだよ?

 

『……恐らく、これもあの宝具の能力です。同じ攻撃には耐性が付くんでしょう』

 

「……嘘だろ?」

 

サファイアの言葉は、実質的な敗北を意味した。あの防御と蘇生能力、さらに同じ攻撃への耐性? そんな奴、どうやって倒せばいいんだ? 全員がそう悟ったのが分かった。こうなったら……

 

「撤退よ! こんな奴、対策しないと勝てっこないわ!」

 

遠坂の叫びに、ルヴィアが頷いた。それが最善なのは、俺にも分かった。だけど俺は、心の中で別の決意を固めた。ここで撤退する事の意味が分かっているからだ。現状では勝ち目がない。

 

なら、次はイリヤにお呼びが掛かるだろう。それだけはさせられない。ビルの壁面に、美遊が穴を開けて、遠坂達が飛び込んでいく。俺も、その後に続いた。最後の手段を実行する為に。

 

バーサーカーが壁面を殴り壊して、窮屈そうに後を追いかけてくるが、狭さのせいであのスピードを発揮できていない。俺達はその隙に奥に進み、敵との距離を十分に引き離す事に成功した。

 

よし、ここまでくれば……

 

「ここで良いわッ! サファイア!」

 

『はい! 限定次元反射路形成、鏡界回廊、一部反転します』

 

サファイアの声が響き渡る。魔法陣が俺達の足元に輝き、全員が美遊の周りに集まる。俺はその様子を冷静に見ていた。もう何度も聞いたサファイアの言葉。タイミングは絶対に外さない。

 

『【離界(ジャン)】……』

 

ここだ。俺は、美遊の手からサファイアを奪った。そして、美遊を後ろに突き飛ばす。

 

「なっ!?」

 

衛宮士郎(エミヤ シロウ)!?」

 

「えっ……」

 

『士郎様ッ!?』

 

そして、サファイアを手にした俺だけが魔法陣から外に出た。

 

「ごめんな。後は俺に任せてくれ」

 

驚愕の表情を浮かべる三人に、俺は静かに告げた。そして、全員の姿が消え去った。これでいい。これで俺は、思う存分戦える。誰の邪魔も入らずに。手にしたサファイアが、何か叫んでいる。

 

「……さあ、始めようぜバーサーカー」

 

次の瞬間、天井を破壊して降りてきたバーサーカーに、俺は告げる。ここからは、俺達の戦いだ。




イリヤの為に、そして美遊の為に怪物バーサーカーに単身挑む士郎。

次回、プリヤ士郎が大暴れします。お楽しみに。

それでは、感想を待ってます。


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無限の剣製

プリヤ士郎の死闘です。

あ、もう何話前か忘れましたが、衛宮士郎は夢を見るで言っていたイベントフラグというのは今回のアーチャーの助力です。そしてこの一件が、次のイベントへと続いていく予定です。

それでは、どうぞ。


【美遊視点】

 

「ッ、何考えてんのよあの馬鹿は!」

 

遠坂凛さんの叫びが、廃ビルの中に響き渡る。ルヴィアさんも憤慨している。そして、私は呆然とする事しかできない。あの時、私が一人で残るつもりだった。イリヤの為に、士郎さんの為に。

 

士郎さんは、そんな私の考えを見抜いていた。だから私を後ろに突き飛ばしたんだ。あの時、私は一人だけ魔法陣の外に出ようと足を踏み出した。まさにその瞬間、あの人に腕を掴まれた。

 

そして、士郎さんは私の手からサファイアを奪い取って魔法陣の外に出た。どうしてサファイアを奪ったのかも、私達には分かった。私達が、また鏡面界の中に入ってこれないようにする為。

 

「これじゃ、どうしようもないじゃない!」

 

「イリヤスフィールの持つルビーを持ってこないと、わたくし達は入れませんわ……」

 

そう、それしかない。でも、ここからイリヤの家に行くのは遠すぎる。士郎さんを助けるのは時間的に不可能だった。どうしてこんな事になってしまったのだろう。あの敵は、強すぎる。

 

アーチャーのカードでは、到底太刀打ちはできないだろう。だから私は、セイバーのカードを使うつもりだったのに。アーサー王の力とあの聖剣があれば、あるいは……そう思っていたのに。

 

「士郎さんッ……」

 

私は、そう呟く事しかできなかった……

 

…………………………………………………

【士郎視点】

 

『士郎様、どうしてこんな事をッ! 今からでも遅くありません、鏡面界から出ましょう!』

 

「すまないな。サファイアには俺に付き合ってもらわないといけないんだ。サファイアを外に出したら、美遊達がまた戻ってくるかもしれないから。それじゃあ困るんだよ。色んな意味でな」

 

バーサーカーの攻撃を躱しながら、サファイアとやり取りをする。この狭い通路なら、自由に動けないバーサーカーの攻撃を躱すのが少しだけ楽だった。こっちも、躱すスペースがないけど。

 

そんな攻防をしながらも、俺は自分の内にあるカードに呼び掛ける。感じる。向こうから、俺の方に回線を繋げてくれているのを。少しずつ意識を沈めていく事で、俺はその声を聞こうとする。

 

『……力を貸してくれ……』

 

『……よし、オレの声が聞こえるな?』

 

『ああ』

 

『最初に言っておく。力を貸すのはこれで最後だ。あまり深く繋がりすぎると危険なのでな』

 

やっぱりそうか。今まで、違和感があった。このカードの英霊の力は、まだ先があると。俺がそれを今まで使えなかったのは、こいつが繋がりを最低限に保っていたから。俺の体の為だろう。

 

『オレの意識に合わせろ。道筋は教えてやる。お前は、それをなぞるだけでいい。いいか、決して深く理解しようとするな。今のお前には、それは危険すぎる。これは今回だけのサービスだ』

 

『……分かった』

 

できれば、こいつの力を深く理解して今後も使いたかったんだが。でも、こいつがこう言っている以上、それは叶わない事らしい。魔術の素人の俺では、向こうが近付いてくれないと駄目だ。

 

『士郎様、危ない!』

 

「くっ、これ以上意識を沈めるのは無理か」

 

いい加減、こっちに集中しないと危ない。意識の底での対話はもう無理だ。その時、頭の中に情報が流れ込んできた。これが、あいつが言っていた道筋ってやつか。さあ、反撃開始といこう。

 

「サファイア、これから始める事は見なかった事にしてくれ。離れてろよ」

 

『……士郎様?』

 

「―――I am the bone of my sword. (―――体は剣で出来ている)

 

サファイアを手放して、俺は黒と白の双剣を作り出しながら唱える。その時、バーサーカーが一瞬で肉薄してきた。奴がこの場で暴れたので、邪魔になる壁が破壊されて広くなったからだ。

 

「―――Steel is my body, and fire is my blood. (血潮は鉄で、心は硝子)

 

頭に浮かんできたイメージに従って、双剣の形を変える。大きな翼のような形に変化した双剣で敵の拳を受け止めながら、俺はさらに呪文を唱える。今までとは違う。新しいイメージが浮かぶ。

 

「―――I have created over a thousand blades. (幾たびの戦場を越えて不敗)

 

バーサーカーが斧剣を振りかざして、双剣ごと俺を砕こうとしてくる。俺はあえて敵の懐に飛び込む事でその一撃をやり過ごし、大きくなった双剣で敵の両手の筋を斬り裂く。今度は効いた。

 

「―――Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく) Nor known to Life.(ただの一度も理解されない)

 

一時的に両手が動かなくなったバーサーカーは、蹴りを連続で放ってきた。しかしその時には、俺はすでに後ろに跳んで、攻撃の範囲外に出ていた。それと同時に、弓と剣を作り出して構える。

 

『士郎様、その攻撃はもう効きませんよ!』

 

分かってるよ。だから少し落ち着いてくれサファイア。今意識を集中してるんだからさ。

 

「―――Have withstood pain to create many weapons. (彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う)

 

そう唱えると同時に、俺は猛スピードで接近してくるバーサーカーの足元に【偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)】を撃ち込んだ。奴にはもう効かないけど、足元は無敵じゃない。奴の足元が爆発して崩れていく。

 

「―――Yet, those hands will never hold anything.(故に、その生涯に意味はなく)

 

足元が崩落し、バーサーカーが下の階に落ちていく。俺は、呪文を唱えながらその後を追って下に飛び降りていく。奴が、戦意と憎しみを込めた目で俺を睨み上げ、凄まじい咆哮を上げた。

 

それを静かに見つめながら、俺は頭に浮かんだ最後の呪文を唱える。これで、準備は整った。

 

「―――So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.(その体は、きっと剣で出来ていた)―――」

 

『士郎様、一体何を……?』

 

『―――――ッ!!』

 

サファイアが疑問の声を上げ、バーサーカーが無言の咆哮を上げる。俺は、そんな敵の前に静かに着地した。そして、奴を睨みつけて右手を前に突き出す。さあ、これがアーチャーの力だ。

 

「―――【無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)】―――」

 

そう唱えた瞬間、空間そのものが塗り替わっていく。暗闇に包まれた廃ビルから、無数の剣が突き立つ荒野へと。空は黄昏色に染まり、雲がその空を隠している。そして、巨大な歯車が回る。

 

『こ、これは!? まさか【固有結界】!? 空間を心象世界に塗り替える大魔術!』

 

この荒野は、夢で見た景色と同じだった。俺はその中心で、バーサーカーと対峙する。

 

「さあ、ご覧の通りお前が挑むのは無限の剣だ。剣戟の極致! 恐れずに掛かってこい!」

 

俺は手近にあった剣を掴み取り、バーサーカーに向けて突きつける。バーサーカーは、俺の言葉を理解した訳ではないようだが、それでも恐れずに突っ込んできた。俺もそれに応えて駆ける。

 

『―――!』

 

「うおおおおおおおお!」

 

奴の拳を受け止め、遠くから剣を呼び寄せた。そして、バーサーカーの斧剣の一撃を下からの斬撃で逸らす。両手の筋はもう治っているようだ。俺はさらに奴の後ろに突き立つ剣に呼びかける。

 

「来いッ!」

 

バーサーカーの背中に、無数の剣が襲い掛かる。奴はその場で一回転しながらその全てを弾いてしまうが、まだまだ剣は幾らでもある。自分の後ろの剣を呼び寄せて、右手で掴む。この剣なら!

 

「どうだ!」

 

その剣に刻まれている記憶を読み取り、再現して、俺の筋力に上書き、投影する。空中のバーサーカーが俺を睨んできたが、俺は構わずに右手の剣を振り切った。肉を裂く感触が腕に伝わる。

 

『ッ!?』

 

『あの剣は!?』

 

バーサーカーが、初めて動揺した雰囲気を感じ取る。流石に驚いたようだな。剣を振り切った格好で、俺は敵を見て不敵な笑みを浮かべる。俺の右手には、巨大で無骨な斧剣が握られている。

 

そう、バーサーカーが持っている、岩を切り出したような大剣。それが、奴の右半身を斬り裂いて抉っていた。自分の武器で、自分の技で、そして、自分の筋力で斬られた気分はどうだ?

 

『―――!』

 

「ふっ!」

 

奴に屈辱という感情があるかは分からないが、威圧感が増したような気がした。自分こそが本物とでも言いたげに、力任せに振るわれる斧剣。俺は、その斬撃を同じ斧剣で迎え撃った。

 

「くっ」

 

完全に再現できている訳ではないので、力勝負では流石に少し押された。だけど、この剣を持ってみて分かった。こいつは、卓越した技量を持っていたが、今はそれが失われていると。

 

「だったら、力任せの攻撃なんかに負けはしない! お前の本来の技量で上回る!」

 

その卓越した剣技の一部を再現、投影して、俺はバーサーカーの力任せの攻撃に対抗する。決して正面からは打ち合わず、横や斜めから剣をぶつけて攻撃を逸らした。一部の再現でここまで……

 

本来の実力を想像すると、背筋がゾッとする。今でも十分に化け物なのに、この剣技が加わったらどれだけの強さになるんだ? 考えたくない。こいつがセイバーでなくて本当に良かったよ。

 

「ぐっ……とはいえ、このままじゃ勝てないか」

 

再現している技量と筋力に、体が悲鳴を上げ始める。そのせいで、動きにズレが生じ始めた。奴も斧剣だけでなく、拳や蹴りを使ってくるようになってきた。これをまともに受けたら終わりだ。

 

『士郎様、敵の蘇生能力も忘れてはいけません! どんなに拮抗できてもそれでは……』

 

その問題もあるか。バーサーカーに傷を付ける事には成功しているが、その傷もすぐに再生してしまう。このままでは、いずれ力尽きて俺は負ける。そう思った時、再び俺の内から声が響く。

 

『慌てるな。本当に不死身の存在など、滅多にいない。こいつも、その例外ではない』

 

『!?』

 

『これほどの蘇生能力、いや、呪いの類か。ともかく蘇生回数には限りがある筈だ』

 

つまり、こいつは無限に生き返れる訳じゃないって事か。そういう事なら、こっちも被弾覚悟でとにかく攻めるしかない。俺が力尽きるのが先か、こいつが限界を迎えるのが先かの勝負だ。

 

「この体、壊れる前にお前を倒す!」

 

体の負担を考えてこれ以上剣を持たないようにしていたが、それもやめだ。俺は空間内の剣を検索して、こいつの防御を抜けられる剣を探して呼び寄せた。それを左手で受け取り、構える。

 

「うおおおおお!」

 

『ッ!』

 

右半身でこいつの技量を、左半身でもう一つの剣の持ち主の技量を再現する。体中の骨が軋みを上げ、魔術回路が焼き切れそうになる。かなり無茶をしてる自覚はあるが、やらなきゃ勝てない。

 

バーサーカーの斧剣を右手の斧剣で弾き上げ、左手の剣で拳を斬る。バーサーカーの激しい攻撃がようやく止み、初めて隙を見せた。ここだ! 俺は右手の投影に集中し、脳裏に技を描く。

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

『―――』

 

「―――【投影、装填(トリガー・オフ)】」

 

『―――ッ!』

 

準備を整え終わると同時に、敵が動けるようになって、斧剣を振り上げていた。タイミングはギリギリか。死ぬかもしれないと感じながらも、俺の心は驚くほど冷めていた。さあ、いくぞ……

 

「―――全工程投影完了(セット)

 

『士郎様!』

 

「【是・射殺す百頭(ナインライブズ・ブレイドワークス)】!」

 

バーサーカーが斧剣を振り下ろすのと、俺がそう叫んで右手を振るのはまったく同時だった。音速に匹敵する速度で振るわれた斧剣。だが、俺の攻撃はそれよりも遥かに速かった。光がはしる。

 

バーサーカーの一撃は俺の真横に着弾し、砕けた石の破片が体に命中して息が詰まった。ただの破片の直撃だが、俺は口から血を吐いた。だが、バーサーカーはもっと大きなダメージだった。

 

『凄い……バーサーカーの右半身が吹き飛んだ』

 

そう、バーサーカーは、俺の攻撃を受けた右半身が消し飛んでいた。そのお陰で、敵の斧剣は俺の体から外れて真横に着弾したんだ。これで一回殺した。偽・螺旋剣と合わせて、二回殺した。

 

『しかし、また蘇生してます!』

 

「……分かってるさ」

 

右半身が吹き飛んだバーサーカーだが、すぐに蘇生を始める。もうこの斧剣では殺せない。俺は右手の斧剣を放り捨てて、遠くの剣を呼び寄せようとした。だけど、右手が動かなくなっていた。

 

「今ので折れたか……」

 

バーサーカーの筋力と技量の投影に、右手が耐えられなかったらしい。右手の事は無視して、俺は左手の剣を構えた。目の前には、まだ蘇生中で動けないバーサーカーがいる。もう一撃いくぞ。

 

「世界は今、落陽に至る―――【幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)】!」

 

バーサーカーの防御を貫く事のできる剣。それは柄の部分に青い宝玉が填め込まれた大剣だった。その真名()を解放して振るう事で宝玉が輝き、その剣先から半円状に拡散する黄昏の波が放たれた。

 

その波がバーサーカーを薙ぎ払った。すると、蘇生中だった上半身が消し飛んだ。これで、さらに一回。合計で三回殺した事になる。体中が悲鳴を上げている。左手の魔術回路から血が流れた。

 

「……まだ生き返るのか……」

 

『士郎様、もうこれ以上は……』

 

こちらが攻撃しているのに、こっちが満身創痍になる。それなのに、バーサーカーはまだ倒れはしなかった。消し飛んだ上半身が、再び再生し始めている。こいつ、あと何回殺せばいいんだ?

 

もうこの剣でも殺せなくなった。俺は左手のバルムンクを捨てる。どうすればいい? これ以上の攻撃をするにはどうすれば? もっと強い剣を探す。だけど、この中にはもうなかった。

 

同等の剣ならまだあるが、それでは埒が明かない。同等の剣では、もうあと何発攻撃できるか分からないからだ。それで一回殺したとして、こいつはそれで倒れてくれるのか? 疑問だった。

 

『どうすればいい?』

 

『……お前は分かっている筈だ。かの騎士王と出会っているのだろう?』

 

『ッ!?』

 

心の声に、アーチャーが答えた。その言葉で、俺の脳裏に蘇るのはあの黒騎士だった。あの黒騎士の攻撃を思い出す。確かにあの剣なら、こいつを一撃で消し飛ばしてくれそうだ。でも……

 

『あれは無理だろ』

 

『そうだな。【あれは】無理だ』

 

『……? 引っ掛かる言い方だな』

 

『分かる筈だ。彼女を思い描け』

 

あの聖剣は、俺には作れない。そう言うと、アーチャーはあっさりと同意するが、妙な事を言い出した。どういう事だ? そう思っていると、目の前でバーサーカーが起き上がり始めた。

 

ゆっくり考えている暇もない。奴の目が光り、俺を睨み付けてくる。時間がない。自棄になりそうになりながら、俺は言われた通り黒騎士を思い描く。だけど、何故か、本当に何故か……

 

脳裏に浮かんできたのは、あの黒騎士ではなかった。浮かんできたのは、あの土蔵のような光景の中にいた、あの少女だった。そして、さらに映像は変化する。小高い丘の上に立つ少女。

 

その表情は、まだあどけない。あの時の映像で見た少女と同じとは思えなかった。雰囲気が違う。これは、あの少女騎士の昔の姿? 白い服に身を包むその少女の顔は希望に満ちている。

 

そして、その腰には見事な装飾が施された剣を差していた。少女がその剣を鞘から引き抜き、目の前に掲げる。まるで何かを誓っているようだった。俺は、息を飲んでその光景を見つめる。

 

『……この剣だ』

 

『そうだ。分かったようだな』

 

アーチャーの言葉に、俺は頷いて脳裏に思い描く。その道筋は、またしてもアーチャーが導いてくれた。その意識に同調し、道筋を辿りながら、俺はそれを投影していく。いつもの呪文で。

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

『―――ッ!』

 

バーサーカーが再び蘇り、拳を振り下ろしてくる。斧剣は俺の横にめり込んだままだ。走馬灯のようにゆっくりと動く時間の中で、俺は夢中であの剣を作る。敵の攻撃も気にならない程に。

 

「うおおおおお!」

 

そして、作り出した剣を左手に握りしめる。バーサーカーの拳を、黄金の剣が斬り裂く。剣が勝手に動いて、体がそれに追従する。この剣の持ち主の技量を、投影して再現しているからだ。

 

「負けるものか!」

 

拳を斬ったまま剣を上にずらしていく。バーサーカーの肉を斬り進み、腕を真っ二つにしていく。そして、斬り抜くと同時に、バーサーカーの胸に黄金の剣を突き刺す。これで終わりだ!

 

「【勝利すべき黄金の剣(カリバーン)】!」

 

そのまま、俺は全身全霊を込めてそう叫んだ。黄金の剣の剣先から、眩い光が迸る。その光は狂戦士の体を突き抜けて、その全身を包み込んでいく。俺の視界が、真っ白に染まっていった……




今回は書く解説が多いですが、ご容赦ください。

ナインライブズとバルムンクは、一回しか殺せてません。それは、完全なただの投影なのでランクが一つ下がっているからです。どちらもB+くらいですかね。メタ的には最後の為ですが。

まあ、おかしいと思ってもスルーしてください。お願いします。そういうノリです。

そして、カリバーンは士郎とセイバーの記憶の絆です。正確にはアーチャーの記憶ですが。
並行世界の士郎の記憶も影響しています。同一存在である事のイレギュラーだと考えてください。
そのお陰で、セイバーと一緒に放った時と同じ威力です。
まあ、それだけじゃないんですけど、これはまだ明かしません。

そして、今回の無限の剣製はアーチャーのバックアップなのでアーチャーの無限の剣製です。
『プリヤ士郎の』無限の剣製は、またの機会で。いつ出すかは大体想像つくと思います。
それまでプリヤ士郎版の詠唱と演出はお待ちください。

それでは以上です。感想を待ってます。


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妹達の想い 戦いの終焉

長くなりましたが、バーサーカー戦、終了です。

それではどうぞ。


【士郎視点】

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」

 

『す、凄い……凄いですよ士郎様! バーサーカーを……』

 

剣から迸った光が収まり、全身全霊を尽くした俺は膝をついて呼吸を荒げる。空間を侵食していた心象風景は、維持できなくなって消えている。そして俺の目の前には、バーサーカーが……

 

「倒した……か?」

 

足だけが残され、上の部分は完全に消し飛んでいた。それを見上げながら、俺は呆然と呟く。黄金の聖剣の力は、今までの攻撃の比ではなかった。もしかしたら、あの聖剣にすら届くかも……

 

これで倒せていなかったら、もう本当に打つ手がない。あらゆる意味で限界で、もう一度あの空間を発動させる事はできそうもないし、これ以上剣を投影する事もできそうもなかった。なのに。

 

「……嘘だろ?」

 

『そ、そんな……』

 

俺とサファイアの、絶望するような声が響く。何故なら、残されたバーサーカーの足が煙を上げながら動いたからだ。おいおい、まさか。そんな俺の心の声に応えるように、事態は動く。

 

「くっ、こいつ、まだ……」

 

まだ死なないのか。足の先の肉が、盛り上がって蠢いている。それが段々と大きく膨れ上がって、人型の形になっていく。間違いない。こいつは、まだ蘇生する! あれでも駄目なのか……?

 

絶望しそうになる心を奮い立たせ、左手にある黄金の聖剣を握りしめる。諦めない。

 

「絶対に、諦められない! イリヤの為に、こいつは俺が倒すんだ!」

 

不死身の狂戦士が、再び俺に牙を剥こうとしている。俺はそれでも剣を構えて立ち上がった。絶対に諦めない事を改めて誓いながら。イリヤを守る。今度こそ、イリヤは俺が守るんだ!

 

…………………………………………………

―――時は少し遡り、士郎が出て行ってから10分―――

【イリヤ視点】

 

「……はあ」

 

『元気を出せというのが無理だとは分かりますが、良かったじゃないですか』

 

「……なにが?」

 

私は、お兄ちゃんがクラスカード回収に行ったのに付いて行けず、お風呂に入っていた。私、何をやってるんだろう。一緒にやろうという美遊との約束も守れず、お兄ちゃんも行かせて……

 

『士郎さん、大丈夫そうだったじゃないですか。それに、イリヤさんの事を怖がってもいませんでしたよ。怒っている様子もなかったですし。イリヤさん、それが怖かったんでしょう?』

 

「……そうだけど」

 

確かに、ルビーの言う通りだった。私は、お兄ちゃんに嫌われたり、怖がられているんじゃないかとずっと怖かった。だから、お兄ちゃんと話す事ができなかった。でも、お兄ちゃんは……

 

「変わらなかった。私が大好きなお兄ちゃんのままだった。それは嬉しかったけど……」

 

でも、私は今も逃げている。お兄ちゃんや美遊は任せてって言ってたけど、それで私が行かないという言い訳にはならない。私は、二人を助けたい気持ちよりも、自分への怖さが上なんだ。

 

「……自己嫌悪……」

 

『やれやれ。まあ、仕方ありませんけどね。イリヤさんはただの小学生なんですし』

 

「……ルビーはこんな私でも離れていかないんだね……」

 

普通呆れちゃうと思うんだけど。少し嬉しかったりする。その相手が、例え人格が破綻した、人をおちょくる事が趣味の性悪ステッキでも。そんな事を考えていると、足音が聞こえてきた。

 

「……セラ? それともリズ?」

 

こんな時間に、お風呂場に響く程の足音を立てるかな? しかも、なんだかこの足音は、玄関の方からこっちに近付いてくるような……なんだか微妙に嫌な予感がするんだけど。まさか……

 

「やっほ~、イリヤちゃん! お・ひ・さ♪」

 

「マッ……ママ!?」

 

お風呂場の扉を壊す勢いで開け放って現れたのは、私のママ、アイリスフィール・フォン・アインツベルンその人だった。しかも、完全に全裸。タオルすら巻いてない。完全に入る気だ!

 

「お、奥様! せめて、服は脱衣所で脱いでください!」

 

ママの後ろから、ママの脱ぎ散らかしただろう服を抱えてセラが現れる。ママ、お風呂場の前の廊下で服を脱ぎながら来たんだ……しかも、絶対玄関から。そういえば、こんな人だっけ……

 

直前までの沈んだ気分すら吹き飛ばされて、私はため息をついてママをジト目で見る。

 

「久しぶりに、一緒に入りましょ♪」

 

「……はあ」

 

こうなったら、誰もママを止められない。それが分かってる私は、諦めのため息をついた。セラもそれは同じみたいで、次からは脱衣所で脱いでくださいねとだけ言って、外へ出て行った。

 

それからは、ママに後ろから抱きしめられるような格好で一緒に入りながら最近の事を話す。私の事、お兄ちゃんの事、そして、友達の美遊の事。できるだけ明るい話題にして話した。

 

「ふ~ん、そんな事があったのね」

 

「うん。美遊って、本当に凄いんだよ。何でもできるし、頼りになって……」

 

そこまで話して、私はまた沈んだ気分になる。そう、美遊は、何でもできる。一人でできて、凄く頼りになって。きっと今も、頑張ってるんだろう。お兄ちゃんの事も、美遊が助けてくれる。

 

「それにシロウも。頑張ってイリヤちゃんの事を守ってくれてるのね」

 

「うん……」

 

「ふふっ、あの時、シロウに決めて正解だったわね」

 

「……」

 

お兄ちゃんが初めて家に来た時の事は、私もよく覚えている。どんな人が来るのかって、楽しみで不安だった。そして実際にやってきたお兄ちゃんは、最初の頃は少しだけ暗い性格だった。

 

でも、戸惑いながらも優しくしてくれて、私はすぐにお兄ちゃんの事が大好きになった。私が泣いてる時は、いつも傍にいてくれた。優しく頭を撫でてくれた。いつだって私の一番の味方で。

 

「セラに聞いたわよ。今も、イリヤちゃんを怖がらせてる悪い奴をやっつけに行ってるって」

 

「……うん」

 

「昔を思い出すわねえ。シロウったら、イリヤちゃんをいじめてたいじめっ子を、殴りに行った事があったわよね。セラもそれを思い出してたらしくて、そう言ったんですって。そしたらね……」

 

「?」

 

「あの子ったら、それと変わらないんだって言ったらしいわよ? ふふ……」

 

「!?」

 

あれと変わらない。あのセイバーみたいな怪物が相手かもしれないのに? お兄ちゃん……私の為にそこまで? さっきの言葉を、私は思い出す。妹を助けるのが当たり前だって言ってた。

 

「でも……イリヤちゃんは、本当にそれでいいの?」

 

「……え?」

 

「シロウに守られてるだけで、本当にいいの?」

 

「……ママ?」

 

ママの声が、急に真剣になった。私は、ママの方を振り向こうとする。でも、ママは私の頭を抱きしめて、それをさせてくれない。私は、静かなママの声を黙って聞く事しかできなくなった。

 

「セラに少しだけ聞いたの。シロウは、最近傷だらけだって。今回の相手も、同じくらい危ないかもしれないんでしょう? 悪い奴って、どんな相手か私には良く分からないけど……」

 

「……」

 

「そんな相手と喧嘩しに行ったんでしょ? 心配じゃないの?」

 

「で、でも……私は……」

 

「……鍵が二回ほど開いてるわね。10年間溜め込んでた魔力も半分くらい消費されてる。随分と派手に使っちゃったみたいね。それでイリヤちゃんは、自分の力が怖いの?」

 

「!?」

 

ママは、何を言ってるの? もしかして、ママは色々知ってるの? 魔術の事も、クラスカードの事も、そして私のあの力の事も。私は居ても立ってもいられず、ママの手を振り解く。

 

「どういう事!? ママは、私のあの力の事を知ってるの!? あれは何なの!」

 

半分錯乱した私は、ママにそう問い掛ける。自分が信じてきた常識が、今壊されようとしている。そんな気がした。私は、一体何なのか。その答えが分かる。そう思ったのだけど……

 

「さあ?」

 

「なっ!?」

 

ママは、あからさまにすっとぼけてくれた。私は、思わずずっこけた。さっきまでの緊張感が、嘘のように吹き飛んでしまう。両手を横に上げて肩を竦めるママに、私は一気に詰め寄った。

 

「ちょ、そこまで言ってすっとぼけるって何なの!? 誤魔化される訳ないでしょーっ!」

 

「え~? イリヤちゃん、こわーい」

 

「子供か! じゃなくて、ちゃんと答えてよママ!」

 

「ほら、これはあれよ。自分で気付かないと意味がないのだとか、そんなアレ?」

 

「嘘をつくなーっ!」

 

「ああもう、誤魔化してるんだから、口答え禁止っ!」

 

「DVっ!?」

 

駄目だ。この人、ほんと駄目だ。はっきりと、誤魔化してるとか言ってるし! ママのチョップを脳天に食らった私は、両手で頭を押さえて湯船に沈んだ。シリアスは完全に死んでしまった。

 

「私から言える事は、力そのものに善悪はないって事。それを決めるのは、その力を使うその人自身だという事よ。だからね、イリヤちゃん。自分の力を怖がる必要はないのよ?」

 

「……ママ」

 

「イリヤちゃんがその力をどう使うのか。どう使いたいのか。大事なのはそれよ」

 

「……どう使いたいのか」

 

「イリヤちゃんは、何をしたいの?」

 

「わ、私は……」

 

何をしたいのか。そんな事、考えるまでもない。私は、お兄ちゃんを助けたい。いつも守ってくれるお兄ちゃんを、私も守りたい。でも、私は怖かった。また傷つけてしまうかもしれない事が。

 

あの時も、お兄ちゃんを死なせたくなかった。でも、私は短絡的な思考で力を解放して、お兄ちゃんを傷つけてしまった。またあんな事になったらと思うと、怖くてたまらなかった。でも……

 

「……お兄ちゃんを守りたい」

 

でも、これが私の本心だった。どう取り繕っても、誤魔化しようがない。もしも、こう思う事が許されるなら。私は、ママを真っ直ぐに見つめてそう言った。ママは、それを聞いて微笑んだ。

 

「だったら、迷う必要はないし、怖がる必要もないわ。イリヤちゃんは、優しい娘だもの」

 

「で、でも、そんな簡単に……」

 

「簡単よ。あなたが願えば、出来ない事なんてない。強く願ってさえいれば、絶対に」

 

どういう意味なんだろう。分からなかったけど、ママは確信したように告げる。ママの事だから、もしかしたら意味なんてないのかもしれない。でも、私の心はそれを信じようとしていた。

 

「さあ、イリヤちゃん。あなたは今夜、何を願うの?」

 

柔らかく微笑みながら告げられた言葉に、私は願った。湯船に浮かぶルビーを手にして。

 

「お兄ちゃん……美遊!」

 

…………………………………………………

【美遊視点】

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

私は、深夜の道路を走っていた。目指す場所は一つ。初めて私を友達と呼んでくれた女の子のいる場所だ。イリヤにはもう戦わせたくなかったけど、士郎さんを助けるにはルビーが必要だ。

 

時間的に、もう間に合わない。そう分かっていても、私は走るのをやめられない。衛宮士郎さん。私のお兄ちゃんと同じ存在。私の事も守ると言ってくれた人。何度も違うと言い聞かせた。

 

あの人は私のお兄ちゃんではないと。この世界では、イリヤのお兄さん。私とは何の関係もない。何度もそう言い聞かせたし、思おうとした。でも、その度に脳裏に浮かぶ自分の兄の姿。

 

見た目が、声が同じだけでは、ここまで心を締め付けられなかっただろう。でも、あの人は私の事を、私のお兄ちゃんと同じ気持ちで見る。その目には、お兄ちゃんと同じ優しさがあった。

 

後ろに突き飛ばされた直後も、そんな目で私を見た。必ず守ると、幸せになって欲しいと、あの人は心の底からそう思っている表情を浮かべる。ああ、どうして。どうしてそんな目で見るの?

 

「あんな目をされたら、重ねずにはいられないじゃないっ……」

 

私のお兄ちゃんとは違うと、今でも思っている。だって、私との思い出はないんだもの。あの人の一番は、この世界の妹であるイリヤ。でも、それでも私は、面影を重ねずにはいられない。

 

あの人を守りたいと、助けたいと思わずにはいられない。だから私は、間に合わないと分かっていても走らずにはいられないんだ。息を切らせながら、全速力で走る。早く、早く、早く!

 

「美遊!」

 

「……え? ……イリヤ?」

 

そんな時、必死に走る私の頭上から、今まさに一番聞きたい声が聞こえてきた。まさかと思いながらも、私は上空を見上げた。するとそこには、転身して空を飛んでいるイリヤの姿があった。

 

「……どうして?」

 

「凛さんから聞いたの。ルビーの力で。それよりも美遊!」

 

「イリヤ! 実はお願いが……」

 

「「お兄ちゃんを(士郎さんを)助けるのに、力を貸して! ……え?」」

 

私達の口が、まったく同時に同じ言葉を発した。キョトンとした顔になる私達。でも、すぐにお互い笑みを浮かべた。色々言いたい事がお互いにあった筈なのに、最初の言葉はこれか。

 

「……他に言うべき事があるって分かってる。でもね、今はこれを言わせて。美遊、私はお兄ちゃんを助けたい。今の言葉で、美遊も同じ気持ちだって分かった。だから、行こう」

 

「うん」

 

他の言いたい事は、取り敢えず後回し。この件が終わってからという事にした。今は、一刻を争う事態だから。今大事なのは、士郎さんを助ける事。私もイリヤも、その意見は同じだった。

 

イリヤが差し出す手を握り締めて、私達は想いを一つにした。転身したイリヤの力で、私達は目的地に向かって空を飛んでいく。これなら間に合うかもしれない。士郎さん、今行きます!

 

…………………………………………………

 

「遅い!」

 

「ごめんなさい!」

 

「ルビー、早く鏡面界に接界(ジャンプ)しなさい!」

 

『はいはい、分かりましたよ。それじゃあ行きますよ~』

 

遠坂凛さんの怒声が響く。もう準備は完了しているらしい。イリヤに何かを渡した遠坂凛さんは、すぐさま鏡面界への突入を決行する。ルビーがそれに応え、いつもの呪文を口にしていく。

 

『限定次元反射路形成、鏡界回廊、一部反転!』

 

「いい? これから作戦を説明するわ。目的はあの馬鹿、衛宮士郎の救出。バーサーカーを倒す事ではないから、それは最悪無視していいわ。まず、イリヤがバーサーカーを引き付けて……」

 

足元に魔方陣が形成されるのと同時に、遠坂凛さんの作戦の説明が始まる。私達はそれに頷き、自分達の役目を確認する。私はまず、奪われたサファイアを取り戻す事だけ考えろと言われた。

 

「作戦は以上よ。さあ、行くわよ!」

 

「「はい!」」

 

『準備はよろしいですね? 【接界】!』

 

私達の返事の後にルビーが最後の確認をしてくる。そして、私達が頷くと同時に鏡面界へと飛ぶ。視界が白に染まり、私達の体を別の空間へと運んでいく。士郎さん、どうか御無事で……

 

…………………………………………………

【士郎視点】

 

『士郎様、お願いですから逃げてください!』

 

「それはできない! ぐっ……」

 

サファイアの悲鳴のような懇願に、俺は拒否の意を示した。それはできないんだよ、サファイア。バーサーカーの猛攻を必死に逸らしながら、俺は意地でも引けない理由を思い浮かべる。

 

ここで引いたら、絶対にイリヤが呼ばれる。イリヤは、普通の小学生なんだ。美遊だって同じだ。そんな二人に、もうこんな怪物の相手はさせたくない。実際に戦って、強さはよく分かった。

 

一つ間違えば、確実に殺される。この重い一撃をあの二人に届かせる訳にはいかないんだ。体はもうボロボロ。限界を超えている。誰が見たってもう無理だろう。それでも、引く事はできない。

 

「こいつは、俺が倒さなくちゃいけないんだ!」

 

バーサーカーの斧剣が、再び振り被られる。もう何度目だろう。数える事もできなかった。黄金の聖剣の持ち主の少女の剣技を投影して、左手だけでなんとかバーサーカーの攻撃を逸らす。

 

一秒ごとに追い詰められていく。なんとか反撃の剣を打ち込んでも、耐性が付いた肉体の宝具で弾かれてしまう。魔術回路が悲鳴を上げて、攻防の最中の新たな投影は不可能という状況。

 

どうすればいい。どうすれば。バーサーカーは、もう限界が近いという俺の状況を分かっているのだろう。さっきから、俺に休ませてくれない。全身を駆使した体術で、嵐のように攻撃する。

 

無茶、無謀。どうやったって、俺にもう勝ち目はない。そんな言葉が、さっきから俺の頭を支配している。完全に余裕がない状況だからか、もうアーチャーの声も聞こえてこなかった。

 

『駄目なのか……俺にはもう、何もできないのか? イリヤを守れないのか……』

 

「くっそおおおおおお!」

 

自棄になって、そう叫ぶ事しかできない。ここまでしても、まだ駄目なのか。その時、全身から力が抜けた。両足の膝が折れて、地面に膝をついてしまう。あ……れ? 左手から剣がこぼれる。

 

「……限……界?」

 

『士郎様!』

 

とうとう、本当に限界が来たのか。どうやら、血を流しすぎたらしい。我に返ってみると、我ながら酷い状態だった。最近の出来事で付いた傷口が開き、全身から大量の血が流れていた。

 

バーサーカーの攻撃の反動で、そして剣圧で、無数に傷もできている。生きてるのが不思議なくらいの状態だ。英霊化していなかったら、とっくに死んでいただろう。こんなになってたのか。

 

『―――――ッ!』

 

『ああっ!』

 

「……ちくしょう……ごめんな、イリヤ……」

 

動けない俺に、バーサーカーが止めを刺そうと斧剣を振り上げる。ここまでか。俺は最後にイリヤに謝りながら、それが振り下ろされるのを見ていた。全てを諦めてしまいそうになった時……

 

「お兄ちゃん!」

 

妹の声が聞こえた。上から降ってきたその声に、俺は呆然と上を見上げた。ルビーを手にした妹が上空から降ってきて、バーサーカーを斬り裂いた。目の前で起きた事が信じられず、動けない。

 

「イリ……」

 

「凛さん、ルヴィアさん!」

 

「任せなさい、Anfang(セット)!」

 

Zeichen(サイン)!」

 

「「【獣縛の六枷(グレイプニル)】!」」

 

事態は急展開する。イリヤの叫びに応えた遠坂とルヴィアが、バーサーカーの動きを止める魔術を展開する。それは何重もの光の帯となって、バーサーカーの全身に巻きついて拘束する。

 

瞬間契約(テンカウント)レベルの拘束魔術です。さすがに効きましたわね」

 

「アハハハハハ、大赤字だわよ!」

 

どうやら、凄い魔術らしい。そして、遠坂が自棄になった笑い声を上げる。この二人の魔術は宝石を消費するらしいから、今ので相当な散財になったのだろう。動けない俺をイリヤが抱える。

 

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

 

「イリヤ……どうして」

 

「お兄ちゃんを助けたいから。だから来たの」

 

「イリヤ……」

 

「サファイア!」

 

『美遊様!』

 

イリヤは俺を抱えて美遊とサファイアの隣に移動する。そして隣では、美遊と再会できたサファイアが歓喜の声を上げ、美遊を魔法少女に転身させる。イリヤと美遊に挟まれて、困惑する。

 

「呑気に話してる暇はないわよ! バーサーカーが拘束を解く!」

 

遠坂の緊迫した声が聞こえて、俺達は一斉にバーサーカーを見る。するとそこには確かに、遠坂達の拘束魔術で捕らわれていたバーサーカーが、その拘束を引き千切って咆哮を上げていた。

 

『美遊様、あの敵は化け物です。生半可な攻撃では倒せません』

 

「分かってる。だからこれを……」

 

美遊が取り出したのは、セイバーのカード。あの聖剣を使う気か。そう思った時、バーサーカーが途轍もないスピードで突っ込んできた。動けない俺を抱えるイリヤが、慌てて横に跳ぶ。

 

「あっ、カードが……」

 

美遊も反対側に跳んで躱したが、セイバーのカードを落としてしまった。危ない! バーサーカーはそのまま、美遊を追撃していく。まずい、セイバーのカードを、美遊に渡さなくては。

 

そう思った俺は、必死に体を動かした。イリヤの叫び声が聞こえたが、そんな余裕はない。必死に伸ばした手が、セイバーのカードを掴む。その瞬間、カードが脈打った。な、何だ!?

 

『……これを使えば、いけるか?』

 

『アーチャー?』

 

『そのカードを使え。行くぞ!』

 

アーチャーの声が頭に響く。美遊は、バーサーカーに吹き飛ばされていた。まずい。考える余裕もなく、アーチャーの声に従って、セイバーのカードを握りしめる。こいつ、何をする気だ?

 

『お前が倒せと言った筈だ。意識を合わせろ』

 

『わ、分かった』

 

再びアーチャーの意識とシンクロする。そして、頭で考えるよりも先に動いていた。

 

「お、お兄ちゃん?」

 

「……【投影限定展開(トレース・インクルード)】」

 

アーチャーがやろうとしていた事が、やっと俺にも分かった。セイバーのカードを核にして、あの聖剣を投影する! 普通ならできないが、英霊の力の元であるこのカードを用いれば!

 

そう唱えた瞬間、この空間に太陽が現れたような輝きが広がった。そして俺の手には、最強の名を冠する聖剣が握られていた。この場の誰もが、その輝きに目を奪われる。バーサーカーでさえ。

 

「こ、こんな事って……」

 

「イリヤ、手を貸してくれ」

 

「う、うん!」

 

今の俺の体では、この聖剣を正確に振るう事ができない。イリヤと一緒に聖剣を握り締めて、俺はバーサーカーを睨み付ける。さあ、今度こそお前の最後だ。バーサーカーが向かってくる。

 

「行くぞイリヤ」

 

「うん」

 

「「【永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)】!」」

 

イリヤと一緒にそう叫びながら、左手の聖剣をバーサーカーに向けて解き放った。その輝きは暗闇と絶望を吹き飛ばし、バーサーカーを飲み込んだ。こうして、俺達の長い夜は終わった……




はい、こんな感じでどうでしょうか。イリヤと美遊は、妹同士同じ想いで繋がりました。
原作とは少し違う二人の友情の始まりです。百合展開は薄くし、純粋な友情にするつもりです。
そういうのが見たい方は、それこそ原作をご覧ください。

さて、今回私が考えたオリジナル技、投影限定展開はいかかでしたか?
本来なら、神造兵装であるエクスカリバーは投影できませんね。しかし、セイバーの力が宿るクラスカードを使う事でそれを可能にするという裏技です。威力は少し落ちますけどね。
アーチャーの投影技術があればこその裏技ですけど。士郎だけでは使えません。

それでは以上です。感想待ってます。

あ、最後に、美遊兄士郎はよくヘラクレス夢幻召喚した奴を倒せましたよね。
その辺の詳細が、私、気になります!


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最後の敵 鉄壁の守護者

さあ、最後のサーヴァントとの戦いの始まりです。

果たして八枚目のカードの英霊とは?


【士郎視点】

 

「……なあ遠坂、どうしても駄目か?」

 

「アンタ、自分の状態を見て考えなさいよ。無理よ。そして駄目よ」

 

「またあんな無茶をされては困りますもの」

 

やっぱり駄目か。バーサーカーは倒した。だけど、その代償は大きかった。俺の体は、次の戦いに参加できる状態ではなくなっていた。右腕骨折、裂傷多数、そしてここ数日の無茶が重なり……

 

遠坂とルヴィアから戦力外通告、というより、戦闘禁止通告をされてしまった。さらに、涙目のイリヤと美遊も加わってしまい、俺はさすがに自重せざるを得なかった。今はベッドで寝ている。

 

「家政婦さんにも念を押したから、観念なさい」

 

「物理的な損傷だけでなく、魔術回路も休ませなければならないんですからね?」

 

「お兄ちゃん、最後の敵は私と美遊で倒すから、本当に大人しくしててね」

 

「絶対安静です」

 

「わ、分かった分かった! 全員で言わなくてももう分かったから、もう勘弁してくれ」

 

遠坂とルヴィアの治療は当然行われたが、それだけではもう完治はできず、病院でちゃんとした治療を受けたのが午前中の事。骨は魔術でくっついたが、一応ギプスで固定もされている。

 

動きたくても動けない。アーチャーのカードも取り上げられ、ベッドに拘束具で固定された。ここまでする事ないだろと俺は思ったが、セラも含む全員に睨まれ、反論は完全に封殺された。

 

最後の敵がどんな奴か分からず、不安ではあるが……まあ、あのバーサーカーより強い奴はいないだろうという事で話はまとまった。魔術専門家組の言によれば、あれはかなり破格らしいから。

 

「相当有名な英霊の筈よ。あんなのと戦うハメになったのは、運がなかったとしか言えないわね」

 

「あれほどの霊格を持つ英霊は、それこそ数えるほどしかいませんわ。ですから……」

 

「あんなのと戦う事はもうないって事か」

 

「多分ね。完全に保証はできないけど。もし勝てないようなのが現れたら即撤退するわよ」

 

そうか。それなら安心だな。遠坂とルヴィアも付いてるんだし。イリヤと美遊も、昨日の一件の後の話し合いでかなり仲良くなったみたいだし。二人が力を合わせれば、きっと大丈夫だろう。

 

「それじゃ、私達はもう行くわね。今夜の戦いの準備もしないといけないし」

 

「ですわね。それでは衛宮士郎(エミヤ シロウ)、お大事に」

 

『美遊様、私は少しだけ士郎様と二人で話したいので、ここに残りますね』

 

「サファイア? ……分かった」

 

遠坂達が出ていき、最後に出ようとした美遊。その美遊に、サファイアがそんな事を告げた。美遊は少し訝しがったが、特に追求する事なくそのまま出て行った。部屋には俺達だけが残る。

 

「……話って何だよ、サファイア」

 

『ええ、少しだけ疑問がありまして。その心当たりを、士郎様に聞いておこうかと』

 

「疑問?」

 

『まず、士郎様が使うアーチャーの英霊は何者なのでしょうか?』

 

「……それは俺が知りたいよ」

 

あいつが何者なのか。そんな事、俺に分かる筈がない。俺とあいつは、最低限の繋がりしかない。昨日は少し近くに行けたけど、それは向こうが近付いてきてくれただけだ。逆はできない。

 

『【固有結界】などという大魔術を使い、無数の剣の宝具を持つ。そんな英霊は誰なのか』

 

「……」

 

『昨日士郎様は、【 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)】という宝具を使用しましたね。あれは、かの竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の英雄、ジークフリートが持っていたとされる剣です。しかし、彼はジークフリートではない』

 

「どうして断言できる?」

 

『もしも彼がジークフリートだったなら、固有結界という大魔術を使える事の説明がつきません。そしてなによりも、英雄ジークフリートの最大の特徴である不死身性がありませんから』

 

「竜の血を浴びた事による、ってやつか。確か、背中が唯一の弱点なんだっけ?」

 

『はい。つまりあの宝具は、本物ではないという事になります。今までの戦いを考えると、投影による複製品という事になりますね。つまり、あの無数の剣の宝具は全て贋作なんです』

 

「……贋作」

 

サファイアの意見は、その通りなのだろう。深く理解はできないが、俺もあれは本物を模倣した贋作という事は分かった。だからこそあの聖剣は作れなかった訳だし。ならば、あいつは……

 

『彼の真名は何なのか非常に気になります。あの能力は、ある意味破格です。贋作とはいえ、宝具の真名解放まで再現できるのですから。あのバーサーカーを何度も殺す事に成功してますし』

 

「聞きたい事はそれだけか?」

 

『いいえ。ある意味では、こちらが本題です。あのアーチャーの英霊が特異な存在なのは言うまでもない事ですが、私には士郎様こそ特異な存在に見えます。ずっと気になっていました』

 

サファイアは、何を言っているんだろうか。あのカードで変身した事だろうか。でもあれは……

 

「あの英霊化は、多分あいつが力を貸してくれてるからだと……」

 

『違います。いえ、それも気になるのですが……一番奇妙だと思う事は、魔力についてです』

 

「魔力について?」

 

『はい。士郎様は、何度も戦ってきました。相当な量の魔力を、連日消費し続けています。それなのに、士郎様の魔力は未だに尽きません。まるで、私達カレイドステッキのように……』

 

そんな事を言われても、魔術の素人である俺には何の事か分からない。そんなに奇妙な事なのか?

 

『奇妙です。まるで本当に、どこからか魔力を無限に供給されているような気がします』

 

サファイアの真剣な声だけが、俺の脳裏に入ってきた。確かに、少し不気味かもしれないな……

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「ここに最後の敵が?」

 

「ええ。間違いないわ」

 

もう何度目になるだろう。私達は、真夜中に集まった。ここはお兄ちゃんの友達の一人、柳洞一成さんの家である柳洞寺の門。時間が時間だから、家の人に見つかる事はないと思うけど……

 

「どんな相手かは分からないんだよね?」

 

「詳細不明だもの。ただ、他のサーヴァントとは少し違う感じがするって聞いてるわ」

 

「へえ」

 

それは少し怖いかも。でも、美遊もいるし大丈夫な筈だ。バーサーカーとの戦いの後、私と美遊は本当の友達になれた。美遊と一緒なら、どんな敵にも負けないっていう安心感があった。

 

『むむむ、この鏡面界、今までとは何か違いますよ?』

 

「この中にあるカードの影響かもしれませんわね。サファイア、解析を」

 

『了解しました。空間解析に入ります。しばらくお待ちください……これは?』

 

「どうしたの、サファイア?」

 

そう思っていると、ルビー達がそんな事を話し始めた。どうやら今回の鏡面界は、今までの戦いとは何かが違うらしい。それを解析していたサファイアが、訝しむような声を上げた。

 

『……良く分かりません。何やら、この空間が奇妙な安定をしているようです。別の何かに変わっているような感じがします。まるで、大きな結界……いえ、城塞とでも言った方がいいかと』

 

「何それ?」

 

『中に何かを閉じ込めて守っているような感じといいますか……もしかすると、入ったら出られないかもしれません。恐らく、中の英霊を倒せば通常の鏡面界に戻ると思いますが……』

 

「入る事はできそうですの?」

 

『それは大丈夫かと。この城塞は、外からの侵入を拒むものではないようですし』

 

「奇妙な話ね。普通、外からの侵入を拒むのが城塞でしょうに」

 

確かに。凛さんのいう事は良く分かる。どうして、そんな感じになっているんだろう。考えても分からないので、取り敢えず鏡面界に飛んでみようという事になった。出られないらしいけど。

 

『『限定次元反射路形成、鏡界回廊、一部反転! 【接界(ジャンプ)】!』』

 

…………………………………………………

 

「……なに、これ……?」

 

鏡面界に飛んだ私達は、呆然と立ち尽くした。そこは、今までの鏡面界とは明らかに違っていた。今までの鏡面界は、元の空間と同じ景色が広がっていた。けど、ここはもう完全に別物だ。

 

「……お城?」

 

「あり得ない……何なのよこれ……」

 

私達の前には、大きな白いお城があった。あり得ないくらい広い。そして大きい。柳洞寺の山門は消え失せて、大きな城門に変わっている。そして門の先にあったお寺が、お城になっている。

 

『どうしてこんな事になってるのかですが、恐らくあいつの宝具による影響でしょう』

 

ルビーの言葉に、私達はそれを見た。門の前に立っている人影。鎧を纏い、その手には大きな盾。十字架の形をした大きな盾を携えて、その英霊はそこにいた。その姿はまさしく、門番。

 

「黒化英霊。間違いない、あいつが敵ね」

 

「盾ですって? 今までと違う感じという理由が分かりましたわ。攻撃ではなく、守護の力」

 

『さしずめ、【盾兵(シールダー)】といったところでしょうか』

 

腰に剣を差してるけど、目を引くのはやはり巨大な盾。サファイアによる命名は、まさにといった感じだった。でも、今までの黒化英霊とは何か違う。だって、こっちに襲い掛かってこない。

 

「動かないね」

 

「多分、あの門を守ってるんだと思う。門を越えようとすると攻撃してくるんじゃないかな」

 

「成る程ね……さっきの話の理由が分かったわ。外からの侵入を拒む役目は、空間じゃなくてあいつが担ってるって事よ。中に入った者を出さないのは、同じ外敵が二度と入ってこないように」

 

『そういう事ですか。空間は、あの城を作り出す為の触媒という事ですね』

 

『そんなに大事なんですかね、あの城が』

 

この空間全てを使って、あのお城を作り出している。そして、自分が全ての盾になって守っているという事だろうか。確かに、そこまでしてあのお城を作ったという事実がそれを表している。

 

ルビーの言う通りなんだろう。そのひたむきさは、私の心を強く打った。つまりあのお城は、理性をなくしてなお守りたい物だという事だろう。それはまるで、私にとってのお兄ちゃんのよう。

 

「どっちにしても、あいつを倒さないとここから出られないんだから、やるしかないわ!」

 

「やりますわよ!」

 

私達は、全員で突撃する。その気配を察したのか、敵が大きな盾を構えて迎撃態勢になる。敵は、やっぱり門の前から動かない。私達は一斉に、動かない敵に向かって全力攻撃をした。

 

「【砲射(フォイア)】!」

 

「【砲射(シュート)】!」

 

「【轟風弾五連】!」

 

「【爆炎弾七連】!」

 

敵に殺到する魔力弾。掛け値なしの全力攻撃に、敵は盾を掲げてそれを受け止めた。着弾の瞬間、大爆発が起こり、煙が立ち込めた。え、これで終わり? 私はそう思った。でも……

 

「なっ、嘘でしょ!? これで無傷!?」

 

「Aランク相当の攻撃だった筈ですわ……」

 

『これは凄い。伊達に大きな盾を持っていませんね』

 

『解析完了。どうやらあの敵は、あのセイバーと同じ事をやっています。しかし、その防御力は、セイバーの魔力放出よりも遥かに上です。セイバーは魔力の大半を攻撃に使っていましたが、彼はその全てを防御に使っているようです。魔力のバリアフィールドといったところでしょうか』

 

つまり、とんでもなく硬いという事か。そんなの、どうやって倒せばいいの? 私がそう思っていると、敵がこっちに向かって突っ込んできた。どうやら、攻撃の範囲に入ったらしい。

 

「わあっ!?」

 

「イリヤ!」

 

どうやって攻撃してくるのかと思ったら、大きな盾で殴ってきた。ルビーで受け止めるけど、向こうの方が力は上だった。弾き飛ばされて、私は後ろに吹き飛ばされる。い、痛い。地味に痛い。

 

『絶妙な力ですね。物理保護を丁度貫通するくらいの攻撃力です。ああ、イリヤさん。頭に大きなタンコブが。ぷくくく……涙目になっちゃって。なんて面白おかしいんでしょうか』

 

「ルビーは黙ってて! って、こっち来たあ!」

 

「させない」

 

ルビーは相変わらずだ。私達がいつものように漫才じみたやり取りをしていると、敵が再び大きな盾を振りかざして襲い掛かってきた。それを、横から現れた美遊が、魔力砲で妨害する。

 

でも、そんな横からの不意打ちも、上手に盾を動かして弾き返してくる。美遊が撃った魔力砲が、美遊に向かって跳ね返る。美遊はそれを何とか躱すけど、こっちは攻撃を封じられてしまう。

 

「くっ、こいつ、思ったより厄介ね。魔力のバリアで攻撃を跳ね返すなんて」

 

「こうなったら、美遊! 宝具ですわ。【ランサー】のカードなら防げないでしょう」

 

「了解です」

 

ルヴィアさんの指示に、美遊が頷いてランサーのカードを取り出した。そこへすかさず、凛さんの指示が飛ぶ。私達で美遊の攻撃の隙を作る。その指示に頷いて、私は敵に接近する。

 

「中くらいの……【散弾】!」

 

私は、散弾を放出し続ける。これなら、跳ね返されても大丈夫な筈。敵は再び盾を掲げて散弾を防ぐけど、足を止める事は成功した。美遊はその隙に、呪いの槍を構えて背後から接近する。

 

「【刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)】!」

 

決まった。私は、そう確信した。きっと凛さんも、ルヴィアさんもそう思っただろう。でも……

 

「え……?」

 

美遊の呆然とした声が、私の耳に届いた。

 

…………………………………………………

【美遊視点】

 

何だろう、この手応えは。私は、ゲイ・ボルクを放った格好で止まった。前回のキャスターの時とは、手応えが違うんだ。この槍ではあり得ない、空振りしたような感覚。一体これは……?

 

『美遊様!』

 

「え……きゃあっ!」

 

サファイアの叫び。それに反応しようとしたその瞬間、私の頭は敵の大盾に殴り飛ばされていた。何が起きたのか理解できない。文字通り必殺の筈のゲイ・ボルクで、倒せなかった……?

 

「くっ……」

 

頭がクラクラする。視界が歪む。どうやら、脳震盪を起こしたらしい。額から血が流れているのが分かる。サファイアの物理保護を貫通されたようだ。ゲイ・ボルクの為に魔力を使ったから。

 

「美遊、大丈夫!?」

 

「……大丈夫。それよりもサファイア、今のはどういう事?」

 

『……恐らく、時間軸をずらす事でゲイ・ボルクを回避したのかと。つまり、攻撃の瞬間、あの敵はあそこには存在しなかったのです。さしものゲイ・ボルクも、対象がいなければ無効です』

 

そんな能力を持っていたのか。逆転させる因果を、存在を消して無効にする。つまり、心臓に槍が刺さるという結果そのものがなくされたんだ。限定展開(インクルード)は終了し、ゲイ・ボルクが消える。

 

「何なのよそれ! 反則じゃない!」

 

「このままでは、永遠に決着がつかないかもしれませんわね……」

 

『いえ、それほどの能力、連続では使用できないでしょう。つまり、今なら……』

 

「もう一度ゲイ・ボルクを使えば倒せるって事?」

 

「それは無理だよイリヤ。【限定展開(インクルード)】も、連続では使えないから」

 

「ええっ、そうなの!?」

 

『知らなかったんですかイリヤさん。どうも、アク禁になるらしくて……』

 

そういう事。つまり、ランサーのカードはしばらく使えない。【夢幻召喚(インストール)】は使えるけど、それは誰にも見られたくない。ルヴィアさん達には特に。そうなると、残る手は一つしかない。

 

「ランサーのカードは使えない。かといって、他の攻撃ではあの防御力を貫けるかどうか……」

 

「はい。ですから、【セイバー】のカードを使います。あの聖剣なら、きっと……」

 

「その手がありましたわね」

 

そう、あの聖剣なら、あの防御も貫ける筈。でも、私は何故か勝利を確信できない。もう一度、敵を見る。敵はあの城門がやはり大切らしく、またその前に陣取るようにして立っている。

 

「今なら、簡単に攻撃できそうじゃない?」

 

「ですわね」

 

「……そうなのでしょうか?」

 

ルヴィアさん達の言葉に、やはり私は不安を吐露する。本当にそうだろうか。あの敵は、今までの敵とは明らかに異質。普通なら攻撃を一番にするのに、あの敵は徹底して守護の力を使う。

 

うまく言えないけど、信念の様な物を感じる。その信念と威圧感は、あの城門の前に立ち塞がっている状態だと数倍、いや、数十倍は大きい気がする。何があっても守るんだという意思が。

 

『しかし美遊様、時間を掛けていると、またあの時間軸ずらしを使用可能になるかもしれません』

 

「……そう、だね」

 

考えている暇はないという事か。私は決意を固めて、セイバーのカードを取り出した。夢幻召喚を使えない以上、他に選択肢はないんだ。あの敵を倒さないとこの空間からも出られないし。

 

「離れていてください。クラスカード・セイバー、【限定展開(インクルード)】……」

 

イリヤ達を下がらせて、セイバーのカードをサファイアに当てる。空間に光が満ちて、周囲を照らす。最強の名を冠する聖剣が私の手に握られた瞬間、何故か敵が動揺したような気がした。

 

それに首を傾げながらも、私は敵を正面から睨みつける。すると敵は、大盾を天に掲げる。

 

「無駄よ、この聖剣の攻撃を防げる訳ないでしょ!」

 

「……いきます! 【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】!」

 

遠坂凛さんの言葉に追従するように、私は聖剣の力を解き放った。敵は、その光が迫ってくるのに逃げようともせずに立っている。まるで何かを祈っているようだ。そして、大盾を振り下ろす。

 

『私は災厄の席に立つ……其は全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷――顕現せよ――!』

 

黒化英霊が、初めてはっきりとした言葉を発した。まさか、これは……

 

『【いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)】!』

 

宝具!? 敵がその宝具を展開した瞬間、白亜の城が光り輝いた。そして、敵の前に巨大な光の城門が聳え立つ。その荘厳な城門は、全ての災厄を跳ね除ける概念の集合体のようだった。

 

聖剣の光がその城門に激突した瞬間、凄まじい爆音と衝撃波が周囲に吹き荒れていった……




はい、という訳で、最後のカードはシールダー、ギャラハッド卿でした。
マシュさんではないですよ? 正真正銘、円卓のあの人です。
ゲイ・ボルクが効かないのは、FGOのあのスキルです。
私なりの解釈ですので、ご了承ください。
ゲームでもゲイ・ボルク防げますし、こういう理屈なんじゃないかと。
必殺の槍(笑)とかはやめてあげてくださいね。

そして、士郎の秘密の複線を一つ張りました。何故彼の魔力は尽きないのか?
美遊兄とは違う理由です。ツヴァイまでお待ちください。

それでは、感想を待っています。

あ、あと、最後に一つ。凛の携帯について。原作プリヤでも、大師父と電話してます。
魔術で使えるようにしてるんじゃないですかね?


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矛盾の対決

やっとクラスカード回収の終わりです。

それでは、どうぞ。


【イリヤ視点】

 

「こ、こんな事って……」

 

『驚きましたね。あの盾英霊、とことん防御を追及してるようです』

 

私が知る限りで、最強の攻撃。【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】を、完全に防ぎ切るどころか、これは……目の前の惨状に、私は呆然とする。美遊が放った最強の聖剣の光。今度こそ決まったと思った。

 

なのに、敵の防御の宝具によってその攻撃は防ぎ切られ、一部が私達に跳ね返ってきた。私と美遊はルビーとサファイアのお陰で何とか無事だったけど、凛さん達は衝撃波に吹き飛ばされた。

 

私達の周りはその衝撃波で更地になっている。けど、敵は全くの無傷。後ろに聳え立つ白いお城も傷一つ付いていなかった。あのお城だけは何があっても守り抜く。そんな信念が見えるようだ。

 

「あっ、凛さん達は!?」

 

『気を失っているだけみたいですね。あの人達は頑丈ですから、まあ大丈夫でしょう』

 

「酷いね、ルビー……」

 

少しは心配してあげようよ。確かに、私もちょっとそう思ったけど。そんな事を考えていると、凛さん達の様子を見ていた美遊とサファイアが私の近くにやってきた。その表情は、少し硬い。

 

「ルヴィアさん達は大丈夫。大した怪我はなさそうだった。でも……」

 

『まさか、あんな宝具まで持っているとは。まさに、鉄壁の盾ですね』

 

美遊の言葉にホッとするけど、美遊もサファイアも声は暗い。気持ちは分かる。本当に、どうやって倒せばいいんだろう。また私が力を使うしかないのかな。でも、どうすればいいのか……

 

『イリヤさん、こうなったら、またあの最強モードを使ってくださいよ』

 

「簡単に言わないでよ。どうやれば使えるか、私にも分からないんだから」

 

ルビーの言葉に、私はこう答えるしかない。使えるなら、私も使いたい。でも、私の意思で簡単に使える力じゃないんだ。私達がそんなやり取りをしていると、美遊が真剣な顔で私を見てきた。

 

「……イリヤ……」

 

「どうしたの、美遊?」

 

「……これからやる事は、ルヴィアさん達には話さないようにして。ルビーとサファイアも」

 

「え?」

 

『どういう事ですか?』

 

『美遊様?』

 

凄く真剣な顔と口調でそう言われて、私達は全員で首を傾げた。美遊は何を言っているの? もしかして、美遊には何か奥の手があるんだろうか。美遊は、【セイバー】のカードを見つめる。

 

『美遊様、このカードはしばらく使えませんよ。使えたとしても、また防がれて……』

 

「もうこれしか手がないから。だから……」

 

サファイアの言葉を無視して、美遊はセイバーのカードを地面に押し当てた。そして……

 

「―――告げる」

 

美遊は、静かにそう唱え始めた―――

 

…………………………………………………

【美遊視点】

 

「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

「み、美遊……?」

 

『美遊様、これは……』

 

もうこれしか打つ手はない。できれば使いたくなかったけど、一番見られたらまずいルヴィアさん達が気絶してくれた事で決心がついた。正しいカードの使い方と、その手順を見せる決心が。

 

私の詠唱と共に、私の足元に魔方陣が浮かび上がる。士郎さんもイリヤもこの手順を踏まずに使用していたけど、これが本当の使用法。カードを使って英霊の座に働きかけ、疑似的に召喚する。

 

この身を、英霊に置換する事で!

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

最後の呪文を唱えた瞬間、私の全身が光に包まれる。そして、私の体と魂がセイバーの英霊であるアーサー王に置換されていく。青い服を纏い、右手には最強の名を冠する聖剣が握られた。

 

「み、美遊ーっ!?」

 

『……今日は色々と驚かされますね』

 

『み、美遊様!? こ、これは一体……』

 

「驚いた。その状態でも喋れるんだね、サファイア」

 

全員が、様々な意味で驚いていた。イリヤとルビーは私が英霊に変身した事に。サファイアは自分が聖剣エクスカリバーに変わった事に。そして私は、剣になったサファイアが喋った事に。

 

「何に驚いてるの美遊!?」

 

「あ、ごめんなさい」

 

『こんな時にまでツッコむイリヤさんは、心底ツッコみ属性なんですね』

 

『そして美遊様も、素で返さないでください……』

 

なんだか、いつものやり取りだ。この力を使う事を怖がっていた私が、馬鹿みたいだった。そんなやり取りがおかしくて、私はクスクスと笑ってしまった。イリヤは変わらないんだね。

 

「ルヴィアさん達には内緒にしておいてね。このカードを兵器として使われたくないから。時計塔の魔術師達には知られたくないの。だからイリヤも、この使い方は絶対にしないでね?」

 

「う、うん。でも、どうして美遊は使い方を知ってるの?」

 

「それは……うん、内緒って事で」

 

「ええーっ!?」

 

士郎さんとイリヤは正しい使い方をしなかったから、まだこのカードを誰でも使えるような状態にはならなかったけど、私は正しい使い方を見せてしまった。あれなら誰でも使えてしまう。

 

それがどれだけ危険な事か、イリヤには分からないだろうけど。私は、ルビーとサファイアに言うつもりで釘を刺しておく。二人はそれが分かっているようで、何も聞こうとはしなかった。

 

「それじゃあ、行ってくるね。ルヴィアさん達をお願い」

 

イリヤにそう告げて、私はずっと城門に佇んでいる敵に向かって走った。その速度はさすがというスピードで、すぐさま敵の目の前に行く事ができた。けれど、敵の方もさすがは一流の英霊。

 

大盾を構えて、迎撃の準備を整えていた。私は、セイバーの剣技で聖剣を振るう。敵のセイバーがやっていたように、魔力をジェット噴射のように放出させて、攻撃の威力を倍増させながら。

 

敵はその斬撃を、同じく魔力をバリアのようにしながら、大盾で防ぐ。激突の瞬間、凄まじい音と衝撃波が発生し、私の腕に硬質な物体を叩いた感触が走る。やっぱり、この守りは凄まじい。

 

「サファイアの物理保護すら簡単に斬り裂いた斬撃を、こんなに簡単に防ぐなんて」

 

『まさしく最強の盾。対してこちらは、最強の矛と呼べる攻撃力。矛盾の対決ですね』

 

そうかもしれない。私は、なんとかこの英霊を城門の前から引き離そうと斬撃を繰り出す。それは敵のあの宝具が、使い手の信念と精神力で強度を増すと考えたからだ。そう考えた根拠は……

 

「この城門の前にいる時、こいつの威圧感が数十倍になっているから」

 

『成程。決して折れない信念が、あの鉄壁の守りを可能にしていると考えた訳ですか』

 

そう。あの宝具は概念だった。実際にあの城門が現れて、聖剣の光を跳ね返した訳ではなかった。実際に存在する城や城門が、連動して輝いていたのがその証拠だ。それこそ信念の具現化。

 

後ろの守護対象を心に描く事で、あの概念の城門は全てを弾き返す無敵の盾となりえる。一度だけの宝具展開で、それを見抜くのは十分だった。シンプルであるが故に強固で、強力な守り。

 

守りたい物を、絶対に守り抜ける最強の盾と言える。あの盾を崩すには、この敵の強固な信念を折るしかない。その為には、この城門の前から退かすしか手はない。私は、そう結論付けた。

 

「でも、やっぱり口で言うより簡単じゃないね」

 

『そのようですね。この敵は、何が何でも城門から離れようとしません』

 

さっきから、どれだけ剣を打ち込んでも、敵は揺るがない。一歩も引かないし、アーサー王の強力な斬撃を悉く弾き返してしまう。矛盾の対決通り、このままではいつまでも勝負がつかない。

 

早くしないと、またあの時間軸ずらしを使えるようになってしまうかもしれない。あれを使われたら、宝具を破れたとしてもエクスカリバーの一撃を躱されてしまう。それでは倒せない。

 

敵は、無理をして攻撃してきたりせず、私の攻撃を防御する事に専念している。ここら辺も、今までの黒化英霊とは違う。防御に特化した英霊だからか、攻撃で無駄に隙を作らないんだ。

 

私の攻撃に合わせて防御を行うから、結果として的確な防御になってしまう。いずれ私が力尽きて攻撃の手が止まるまで、無理に攻撃してくる事はないだろう。本当に、厄介な相手だった。

 

「このままじゃ……」

 

「【砲射(フォイア)】!」

 

『ッ!?』

 

どうすればいいか悩んでた私の耳に、イリヤの声が聞こえた。そして、今まで全くと言っていい程乱れがなかった敵の動きが少しだけ乱れた。横から、イリヤが放った魔力砲が飛んできたから。

 

盾を横に動かし、その魔力砲を弾き返す。けれど、それはイリヤに跳ね返る事はなく、斜め上空に飛んで行った。さすがに、私の攻撃を防ぎながらでは完璧な防御はできないという事らしい。

 

「イリヤ!」

 

「美遊、私も一緒に戦う! だから、焦らないで!」

 

「イリヤ……」

 

そうか。私は、一人で戦っている訳じゃない。いつかのキャスターとの戦いを思い出す。あの時もそうだった。イリヤは、私一人では勝てなかった状況を切り開く鍵になった。だから今回も。

 

『いけますよ、美遊様。どうやら、あの魔力防御も完璧ではないようです。イリヤ様の攻撃を防御したという事は、素の状態では、あの攻撃でもダメージを受けるという事になります』

 

「そうみたいだね。しかも、間髪入れずに攻撃すれば隙ができる。これなら……」

 

敵の鉄壁の防御を崩す方法を見つけた。しかも、攻撃範囲外にいるイリヤをどうにかしようと思ったら、この城門前から離れるしかない。魔力砲を正確に跳ね返されたら無理だったけど……

 

「イリヤ。そのまま、遠くから援護して!」

 

「任せて!」

 

さあ、反撃開始だ。この鉄壁の防御を打ち崩して、城門前から引き離す。それさえできれば、後はエクスカリバーで止めを刺せる。私は、再び嵐のような猛攻を仕掛ける。イリヤを信じて。

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「そこっ、【砲射】!」

 

美遊の攻撃が再開した。私は、その攻撃の合間に魔力砲を撃ち込んで敵の体勢を崩す。美遊はその瞬間を狙って強力な斬撃を放つ。少しずつ、敵が押され始めた。今までは揺るがなかったのに。

 

『いけますよイリヤさん! やはり魔法少女はこうでなくては。友情パワーで勝利を掴む!』

 

「その恥ずかしい表現はやめて欲しいけど、確かにその通りだね」

 

ルビーの言葉に、私はそう返す。美遊と一緒に戦えばきっと勝てる。一人では勝てない相手にも。体勢を少しずつ崩され始めた敵は、美遊の斬撃でよろめくようになってきた。よし、ここだ!

 

「【砲射】!」

 

今度は、完全に体勢が崩れた。美遊がその隙に盾を上に弾き上げて、返す斬撃で敵の体を斬り裂く事に成功した。やった。もう決まったと、そう思った。後はあの城門の前から敵を離せば……

 

『―――ッ!』

 

「くっ」

 

「なっ」

 

私と美遊の声が重なった。敵は、斬られてもなお引かなかった。そして、美遊を盾の体当たりで、後ろに下がらせた。なんていう凄まじい信念なんだろう。或いは、執念と言い換えてもいい。

 

「……そんなに、あの門とお城を守りたいんだ……」

 

『そうみたいですね。あれはどうやら、あの騎士の信念そのもののようです。その想いがあの宝具と重なって、【固有結界】にも似た概念として具現化しているようです。凄いですねえ』

 

「あの英霊、誰なんだろう……なんていう名前なのかなあ?」

 

魔術的な話は分からないけど、そこまでして守りたい物の為に戦えるあの相手の名前を、私は知りたいと思った。それはとても純粋で、強い気持ちなんだって分かったから。凄い人なんだろうな。

 

『宝具の名前からして、恐らく円卓の騎士の誰かだと思いますが……そう考えると、中々因縁深い戦いですよね。アーサー王と円卓の騎士との戦いだなんて。まさしく夢の対決ってやつですか』

 

「円卓の騎士?」

 

『イリヤさんは知りませんか。まあ、この戦いが終わったら教えてあげますよ』

 

良く分からないけど、美遊が使っているセイバーと関係が深い英霊なんだろう。歴史とかに詳しくない私だけど、正体が分かっているカードの英霊については色々と教えてもらっている。

 

『おっと、呑気に話している場合ではないようですね。あの英霊、死に物狂いですよ』

 

「ほ、本当だ。美遊、大丈夫!?」

 

「大丈夫。むしろさっきよりやり易い。攻撃してきてくれるようになったから」

 

『しかし、耐久力が高いですね。これほどの傷を浴びせても退かないとは』

 

さっきまで私達の攻撃を防御し続けていた敵が、盾を振り回して美遊に激しく攻撃していた。美遊はその攻撃を剣で逸らしながら、反撃している。それでも、敵は頑なに動こうとしない。

 

サファイアの言う通り、凄い耐久力だ。不死身ではないかと錯覚するほどに。このままでも勝てるのではないかという予想を覆してしまいそうな様子だった。美遊も、険しい顔のままだ。

 

「このままじゃ、埒が明かない。やっぱり、エクスカリバーを使うしかないと思う」

 

『そうですね。このままでは、こちらが先に力尽きてしまいそうです』

 

確かに。これだけの隙を作り、ダメージを与えても倒せない。その鋼の信念と精神力で、いかなる攻撃にも耐えてしまう気がする。こっちが疲れてきた。やっぱり奥の手しかないみたいだ。

 

「イリヤ、この敵を門から引き離す。援護して」

 

「うん」

 

そこからの攻撃は、全て敵を門の前から退かす為の攻撃になった。体勢を崩させ、渾身の斬撃を打ち込む。何度も吹き飛ばそうと攻撃した。その攻撃で、さすがに敵も少しずつ門から離れていく。

 

殻に閉じ籠るように身を固くして防御しようとしてくるけど、それでも少しずつ後ずさる。敵はそれを嫌がって声にならない叫び声を上げるけど、セイバーの力を使っている美遊は手を止めない。

 

『受けたダメージで踏ん張りがきかなくなってきているようです。もう少しです』

 

「そこまでして守りたいという想いは、痛いほど分かった。でも……」

 

「これで、終わりだよ!」

 

最後に、美遊と二人で同時に敵の盾を叩いた。ルビーの力で、全ての魔力を筋力に変換して。この辺の力の応用は、凛さんに叩き込まれた。防御とかに割り振ってる魔力も攻撃に変換した。

 

私達の同時攻撃で、ついに敵は城門前から吹き飛んだ。あっちには凛さん達も倒れてない。今だ。敵が戻ってこないように、私は散弾を撃ち込んで足止めする。美遊が、聖剣を天に掲げる。

 

「やっぱり間違いない。あの敵の信念と威圧感が弱まってる。これなら、きっと……」

 

美遊の言葉通り、さっきよりも迫力がない。ただ必死に、城門前に戻ってこようとしてるだけだ。美遊の聖剣が光り輝いて、その力を解放しようとしている。敵もそれを見て盾を掲げるけど……

 

「今度は防げない筈。いくよ」

 

守りたい物を命懸けで守っていた守護者。その姿に、私達はいつしか敬意を抱いていた。美遊は、一度だけ深く目を瞑り、何かを祈るような顔をした。そして、その聖剣の真名を解き放った。

 

「【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】!」

 

『【いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)】!』

 

再び激突する、最強の盾と最強の矛。聖剣の煌めきは、全ての闇と絶望を吹き飛ばすように輝き、白亜の城は全ての厄災を弾き返そうと輝く。両者がぶつかった瞬間、世界から音が消えた。

 

そして響き渡る轟音と、視界を焼く光。でも、さっきとは違った結果になっていた。白亜の城の城門にヒビが入って、敵の体が後ろに下がっていく。それに対して美遊は、聖剣の光を強める。

 

「美遊、私の力も使って」

 

「イリヤ……」

 

昨日のお兄ちゃんの時と同じように、私は美遊と一緒に聖剣を握る。私の魔力を美遊に送って、聖剣の力を高めようとする。必死に盾を構える敵を見つめて、私は静かに呟く。さよなら、と。

 

聖剣の光が強まり、ついに敵の盾が崩壊していく。そしてお城を守っていた騎士は、その光に飲み込まれて消えていった。後には、一枚のカードだけが残された。そして、空間の景色が変わる。

 

「お城が消えていくね」

 

『はい。やはり、あの城、というかこの空間は固有結界の一種だったんでしょう』

 

そこは柳洞寺のお寺と山門だった。元の景色だ。あのお城は、あの騎士の想いが形になった物だったんだね。ルビーによれば、それをあの宝具で具現化していたんだそうだ。やっと終わった。

 

「これで、クラスカード回収はおしまい?」

 

「だね」

 

『お疲れ様でした、イリヤさん』

 

『美遊様も、お疲れ様でした』

 

長かった戦いが、やっと終わった。盾の英霊のカードを回収してみると、敵のクラスはサファイアの命名した名前と同じだった。【シールダー】。大きな盾を構えた兵士の絵柄が描かれてる。

 

「綺麗だね」

 

「うん」

 

「はっ!? 敵はどうなったの!?」

 

「くっ、ここは……」

 

カードに見惚れていると、凛さん達が起きたらしい。その声にため息をついて、私達は二人の所へ向かって走った。戦いの終わりと、クラスカード回収の終わりを告げる為に。疲れたぁ……




いまは遥か理想の城は、固有結界もしくは、それに似た宝具らしいですね。
なので、こんな結末にしました。最初からイリヤと二人で撃て? それは言わないお約束です。
まあ、二人で撃ったとしても、城門の前にいられたら貫けませんけどね。
精神をいかに崩せるかが鍵の勝負でした。

さて、次回はやっと無印編のエピローグです。
そして、物語はツヴァイへと。やっとクロが出せます。

それでは、感想を待っています。


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取り戻された日常

無印編のエピローグです。

それではどうぞ。


【士郎視点】

 

「う~ん、いい朝だ」

 

「なっ、シロウ。また貴方は勝手に朝食を作って……!」

 

「おはようセラ。あ、じゃあ俺、イリヤ起こしてくるな」

 

「待ちなさい! 今日こそは言わせてもらいますけどね……(くどくど)」

 

いつもの朝。セラの文句という名の説教を笑顔で躱しつつ、俺は台所を後にする。もう何年も同じやり取りを繰り返しているから、俺もセラも慣れたもの。セラは文句を言いながら味見をする。

 

「大体シロウ、貴方は病み上がりなんですからね? あまり無茶は……」

 

「もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとな、セラ」

 

「べ、別に心配してなんか……」

 

「テンプレツンデレだね、セラは」

 

「誰がデレてますか! リーゼリット、貴女とはじっくりと話す必要があるようですね」

 

家政婦二人の、これまたいつものやり取りを背中で聞きながら、俺は妹を起こす為に二階に上がっていく。涙が出るくらい、穏やかな時間だ。妹の部屋に辿り着き、部屋の扉をノックする。

 

「イリヤ、朝だぞ。朝ご飯できてるから、起きて着替えろ」

 

『う~ん……』

 

起きないか。仕方ない、以前見ないでと叩き出されたが、遅刻をさせる訳にはいかない。時間的にまだ余裕はあるが、美遊と一緒に登校する約束をしてたし、美遊を待たせる事態は避けたい。

 

「入るぞ、イリヤ」

 

一応声をかけて、俺は部屋に入る。するとそこには、気持ちよさそうに寝息を立ててる妹がいた。それに笑みがこぼれるが、起こさなければならない。イリヤのベッドに近付き、体を揺する。

 

「ほら、起きろイリヤ。美遊と一緒に登校する約束してただろ?」

 

「……あと五分……」

 

「またそれか。やれやれ、まったく……」

 

本当に愛しい、俺の日常。命を懸けてでも取り戻したかった穏やかな日常が、やっと戻ってきたと実感する。ベッドの上のカーテンを開けて、太陽の光を部屋に呼び込む。さあ、起きろイリヤ。

 

「……眩しいよお兄ちゃん……」

 

「ほら、こんなにいい天気だぞイリヤ」

 

「……自分で起きれない……起きるから、だから抱っこ……」

 

「う~ん……」

 

甘えるなと怒るべきか、それとも、この懐かしいやり取りに従うべきかな。4年くらい前までは、イリヤはこう言ってきていた。最近は恥ずかしくなったのか、言わなくなっていたんだが……

 

寝惚けているイリヤは、両手を伸ばして抱っこをせがんでくる。久しぶりに全力で甘えてくる妹に嬉しさを感じてしまう自分がいる。まだ兄離れをして欲しくないと思ってしまうんだよな。

 

『イリヤさんもブラコンですが、士郎さんもシスコンですよね』

 

「うわっ、ルビーか。そういえば、お前はここに残ったんだったよな……」

 

兄として、もっと甘えて欲しいという気持ちに悩んでいると、もはや聞き慣れてしまったルビーの声が横から聞こえてきた。ルビーは、遠坂達の任務が終わってもここに残る事になったらしい。

 

『ええ、それはもう。こんな面白……いえ、いいマスターは他にはいませんので』

 

「言おうとした言葉がすぐ分かってしまう所がお前だよなぁ……」

 

本当にこいつは、ろくでもない性格をしてるよな。イリヤを完全におもちゃ扱いしている、性悪なステッキに呆れながら、これが新たな日常なんだと再認識する。悩むだけ時間の無駄なんだ。

 

『いやあ、それほどでも♪』

 

「褒めてないからな」

 

俺も慣れたものである。普通に、魔法のステッキと会話している自分に微妙な気分になりながら、深いため息をつく。隙あらば俺の事もからかおうとしてくるから、一時も油断ができない。

 

『しかし、士郎さんは本当に凄いですね。色んな意味で』

 

「どういう意味だ?」

 

『たった一日で、もう普通に歩ける状態に回復するなんて。どうなってるんですか貴方』

 

「そんな事言われてもさ。動けるんだから仕方ないだろ」

 

丸一日大人しく寝ていたら、軽い痛みはあるが問題なく動けるまでに回復した。自分でもこの回復力には驚くが、そういえば昔から、怪我で入院とかは一度もした事がないような気がする。

 

「まあ、大きな怪我とかも一度もなかったから実感がないんだけどな」

 

そう言ってから、何故か少し頭が痛んだ。でも、すぐに収まった。何だ今のは? 不可思議な痛みに少し頭が混乱したけど、ここ最近はこんな事がよくあるから、一々気にしない事にした。

 

『ほう。凛さん達の治癒魔術があったとはいえ、それでも凄いですよ』

 

「そういえばそんな物があったな。だからきっと、遠坂達の魔術が凄かったんだよ」

 

『そうなんですかねえ。まあ、そうしておきましょうか。あ、それよりも士郎さん、イリヤさんを起こしに来たのではなかったんですか? イリヤさんのご要望の通り、五分経ちましたし』

 

「あ、そうだった。ほらイリヤ、五分経ったぞ。今度こそ起きろ」

 

そんなこんなで、取り戻された日常の朝はこうして過ぎていった。目を覚ましたイリヤが再び悲鳴を上げて、それを聞きつけたセラに殴られ、それを見たリズに笑われて。騒がしくも愛しい日常。

 

それが返ってきたんだ。何度目になるか分からないが、俺はそう思ったのだった。

 

…………………………………………………

 

「おはよう、美遊」

 

「ご、ごめん美遊! 待たせちゃった?」

 

「ううん、そんなに待ってないよ。おはよう、イリヤ。士郎さんも、おはようございます」

 

『おはようございます、皆さん。姉さんも』

 

『おお、サファイアちゃん。おはようです』

 

そして、新しく俺達の日常に加わった美遊と朝の挨拶を交わす。家を出てすぐの屋敷。ルヴィアの屋敷に住んでいる美遊と一緒に、学校に行くのだ。ルビーだけでなく、サファイアもいるが。

 

「サファイアも残るんだな」

 

『はい。美遊様を新たなマスターに選びましたから』

 

ルビーとサファイアは、それぞれイリヤと美遊の髪の中に隠れている。そんなサファイアも、俺の日常に加わっていくらしい。そういえば、ルヴィアが帰っても美遊はここに住むんだろうか。

 

「えっと、それが……」

 

「あはは……」

 

『ぷくくく、それは学校に行ってみてのお楽しみですよ士郎さん』

 

「は?」

 

どういう事だ? 俺の疑問に、イリヤと美遊が気まずそうに視線を逸らし、ルビーがおかしくてしかたないと言いたげに笑いを堪えながらそんな事を言ってきた。まさか、まだ何かあるのか?

 

『士郎様がご心配されているような事はありませんので、どうかご安心ください。士郎様とイリヤ様の日常は、間違いなく取り戻されました。それは絶対です。ですが……』

 

『おっと、ネタバレは禁止ですよサファイアちゃん。黙っていた方が面白いですから』

 

サファイアの言葉に安心する俺だが、釈然としない気持ちになる。まあ、別に悪い事が起こる訳でもなさそうだし、いいんだけどさ。学校に向かう道すがら、イリヤと美遊と話しながら歩く。

 

「イリヤと美遊が友達になれたようで、俺は嬉しいよ」

 

「うん。あの日から、上手くやれそうな気がするんだ」

 

「私も、イリヤと話すのは楽しいです」

 

それは良かった。お互いの顔を見ながら楽しそうに話す二人を見て、俺は心の底から幸せな気持ちになる。そして、あの日見た夢を思い出す。全ての騒動の始まりの夜に見た、あの夢の事を。

 

『――美遊がもう苦しまなくていい世界になりますように。優しい人達に出会って――笑い合える友達を作って――あたたかでささやかな――どこかの俺。俺の妹を、頼むよ――』

 

これでいいか? なあ、夢の中の俺。こんな光景が見たかったんだろ? あんな夢を本気で考えるなんて、自分でも馬鹿みたいだと思う。だけど、いいじゃないか。笑い合う二人の妹達の笑顔。

 

これが見られるだけで、俺もこんなに幸せな気持ちになれるんだから。この光景を守り続けていきたいと、そう思えるんだから。あれが本当かどうかなんて、そんな事はどうでもいい事だった。

 

「イリヤだけじゃない。クラスの子達とも、ちゃんと友達になればもっと楽しいと思うぞ」

 

「そうだね。美遊、タツコ達とも友達になろうよ」

 

「士郎さんがそう言うなら、考えてみます」

 

俺の提案に、イリヤは嬉しそうに同意した。以前、イリヤの友達とは微妙な壁を作っていたと聞いていたからな。俺達にそう言われた美遊は、少し悩んだ表情をしたものの、素直に頷いてくれた。

 

言葉が微妙に重い気がするが。まさか美遊は、俺に言われたら何でもするとでも言うのか。いや、きっと俺の気のせいだ。そうに違いない。そうであって欲しい。頼むから、そうであってくれ!

 

視線も微妙に重い気がする美遊に、少しだけ気圧されながらも、俺は二人の妹との会話を楽しみながら学校への道を歩いた。その途中で、イリヤが手を繋ごうとしてきて大変だったりもした。

 

対抗するように美遊が同じ事をしようとしてきて、それを見て俺達と同じように登校している最中の学生達に白い目を向けられたりしたからだ。イリヤだけなら、いつもの事だったのだが……

 

今回は妹の友達らしい女の子までいるもんだから、『おい、見ろよ衛宮の奴。とうとう、妹の友達にまで手を出したのか?』だの、『いつかやると思ってたんだよな』だの言われたりした。

 

おい、どういう意味なんだよ。シスコンと囁かれるのは、不本意だが慣れているので問題なかったのだが、ロリコンと言われた時は本気で涙目になった。誤解だと言っても無駄だったし。

 

なんでさ。普段俺は、周囲にどんな目で見られているのだろうか。知りたいような、知りたくないような複雑な気分になりながら、ある意味地獄のような登校時間は過ぎていったのだった。

 

「それじゃお兄ちゃん、行ってくるね」

 

「士郎さん、また放課後に……」

 

「ああ、二人とも勉強頑張ってな」

 

俺達が通う穂群原学園に到着し、俺は高等部へ、イリヤ達は小等部へと向かう為に別れた。イリヤは元気よく右手を振りながら、そして美遊は行儀よくお辞儀をしながら挨拶してくれた。

 

それに俺は片手を上げて答えながら、二人を送り出す。これから毎日、こんな日が続くのだろう。こうして新しく始まった俺の日常は、以前よりも賑やかになりながらも、幸せに満ちていた。

 

「まあ、いなくなった奴らもいるけどな」

 

クラスカードの回収が終わり、その為に来ていた二人の女の子は帰ったのだろう。この時の俺は、そう思っていた。ルビーの言葉と態度の意味を知らないまま、俺は上靴を履いて教室を目指した。

 

…………………………………………………

 

「……? 何だ、何か騒がしいな」

 

自分の教室に近付いた俺は、妙に騒がしい教室の様子に首を傾げる。見てみると、教室の入り口に人が大勢溜まっていた。そして、俺の友達である柳洞一成が、頭を押さえて教室の中を見ていた。

 

「一成、どうしたんだ? 皆も、何で教室に入らないんだ?」

 

「おお、衛宮か。おはよう。って、それどころではなかった。あの二人を止めてくれ!」

 

「あの二人? 止める?」

 

「中を見てみれば分かる」

 

一成に聞いてみると、そんな言葉が返ってきた。人垣をかき分けて、どたばたと騒がしい教室の中を見てみる。するとそこには、全ての答えが居た。『あった』ではなく、『居た』のだ。

 

「アンタが手柄を独り占めしようしたせいで、こんな事になっちゃったじゃない!」

 

「お黙りなさい、自分の事を棚に上げないでくださいまし! 貴女にも責任がありますわ!」

 

「ほんっとアンタはムカつくわね、金髪ドリル!」

 

「お互い様ですわ、ツインテゴリラ女!」

 

「……ああ、うん。一目で分かったよ一成」

 

教室の中には、これまたもう見慣れてしまった二人のやり取りがあった。ボロボロになった遠坂とルヴィアが、お互いの髪を引っ張り合いながら取っ組み合いの喧嘩をしていた。お前らなあ……

 

机は倒され、床は荒らされ、黒板消しやチョークなどが散乱していた。って、どうしてまだ、この二人がこんな所にいるんだ? クラスカード回収の任務は終わった筈だから、帰ったんじゃ?

 

「って、そんな事気にしてる場合じゃなかった! 二人ともストップ!」

 

ここ数日でこの二人の喧嘩は皆も見慣れてしまい、驚く人達はいなかったが、この二人を放っておく訳にもいかない。激しく喧嘩する二人の間に割って入り、俺は喧嘩の仲裁を試みる。

 

「邪魔をしないで衛宮君。今日こそは、こいつに引導を渡してやるのよ」

 

「それはこちらの台詞ですわ。衛宮士郎(エミヤ シロウ)、そこを退いてくださいませ」

 

「だから落ち着けって。どうしたんだよ二人とも。ロンドンに帰ったんじゃなかったのか?」

 

二人を宥めつつ、俺は気になっていた事を聞いた。するとその瞬間、二人の怒気が増した。あれ、もしかして俺、地雷踏んだ? 二人の表情が、悪鬼羅刹もかくやという顔になる。こわっ!

 

「ええ、そうね。衛宮君の言う通りだわ。そうなる筈だったのよ。こいつさえいなければね!」

 

「ふん、貴女が突っかかってこなければ、事態は穏便に進みましたのよ」

 

「きっかけはアンタでしょうが!」

 

「おーっほっほっほ、聞こえませんわ」

 

「な、何があったんだ?」

 

聞くのは怖かったが、聞かなければ話は進まない。クラスメイト達が、不穏な空気を察して教室の前から逃げ出し始めたのを横目で見ながら、俺は慎重に話を進める。気分としては爆弾処理班だ。

 

一成がアイコンタクトで、先生を呼びに行ってくるから事態の把握を頼むと伝えてきた。薄情者。俺一人に任せるつもりか。教室内の空気が、一秒ごとに悪くなって歪んでいく気がする……

 

「クラスカードを全部回収した私達は、ロンドンの時計塔に帰る予定だったわ。けれど、この性悪金髪ドリル女が手柄を独り占めにしようとしたのよ。私をヘリから突き落としてね!」

 

そんな大声で言っていいのかと思ったが、気が付くと教室の前には誰もいなかった。多分だけど、遠坂が魔術で人払いでもしたのだろう。最初からそれ使うか、屋上にでも行けとは言えなかった。

 

今、口答えでもしようものなら、遠坂の怒りの矛先は間違いなく俺に向くだろう。そんな恐ろしい真似はできなかった。この二人の言葉をなるべく邪魔しないようにしながら、事情を聞く。

 

「手柄を独り占め? どういう事だ?」

 

「衛宮君にはまだ教えてなかったわね。私達が今回の任務を受けたのは、有名な魔法使いである人の弟子になる為だったのよ。この任務を無事にやり遂げたら、二人とも弟子にすると言われて」

 

「はあ……」

 

「その時に、ちょっと暴れたりもした訳だけど……」

 

「ちょっと、ね……」

 

きっとちょっとじゃないだろう。1+1並みに簡単な答えだが、それは口にしない。遠坂達の事情を把握した事で、さっきの遠坂の言葉を思い出す。ルヴィアが手柄を独り占めしようとした。

 

つまり、ルヴィアはカードを自分一人でロンドンに持ち帰り、自分だけその人の弟子になろうとしたという事だろう。その為に、遠坂をヘリから突き落としたと……容易にその様子が想像できる。

 

「……それで?」

 

「聞いてくださいまし衛宮士郎。このツインテゴリラ女は、野蛮にもわたくしが乗るヘリを宝石魔術で撃ち落としたんですのよ! 危うく死んでしまうところでしたわ」

 

「誰がゴリラ女よ!」

 

「……」

 

撃ち落とそうとした、ではなく、撃ち落としたなのか。ルヴィアもルヴィアだが、遠坂も遠坂だ。そこからの展開は、もう聞くまでもなかった。目に浮かぶようだ。派手な魔術戦を演じたと。

 

「こいつからカードを取り戻す為に、持てる限りの魔術を使ったわ」

 

「一晩中戦い続け、気が付いたら朝でしたわ。わたくしの髪も服もボロボロで……」

 

「それで周囲を破壊し尽くした、と?」

 

「良く分かったわね衛宮君。それで、その事が大師父にバレちゃってね。大目玉食らったのよ」

 

遠坂凛(トオサカ リン)さえ邪魔をしなければ、何もかも丸く収まったのですわ」

 

「ふざけんじゃないわよ金髪ドリル女!」

 

もう帰ってもいいかな。俺、十分やったよな? この二人の終わらないやり取りを聞きながら、俺は深いため息をついた。こいつらに魔術を持たせる事が、そもそもの間違いなんじゃないのか。

 

「で、罰則食らっちゃったのよ。しばらく日本で、和を学んで来いってね」

 

「留学期間は、一年だそうですわ。まったく、冗談じゃありませんわ」

 

成程な。つまり厄介払いされたのか。これを言うと二人を怒らせる事は明白なので口には出さず、俺は心の中で納得した。したのだが、日本の迷惑も考えてくれと思わずにはいられなかった。

 

イリヤ達のあの微妙な表情は、これが原因だったのか。頭が痛くなってきた俺は、二人の魔術師を交互に見た。ハチャメチャな二人がこれから俺の新しい日常に組み込まれる事になるのか。

 

なんだか、それって……

 

「……ふっ」

 

「何よ衛宮君。人の顔見て笑って」

 

「少し失礼なのではなくて?」

 

「いや、そうじゃないんだ。二人を馬鹿にして笑ったって訳じゃなくてさ……」

 

どうやら、俺の日常はさらに賑やかになりそうだ。頭は痛いが、少しだけ楽しみになっている自分に気が付いて、俺は笑ったのだ。少なくとも、退屈だけはしなさそうだ。限度はあるけどな。

 

取り戻した日常と、これから始まる騒がしくも楽しみな日常を思い起こして、俺は笑った。

 

「これから宜しくな、遠坂、ルヴィア」

 

「……分かったわよ」

 

「やれやれですわ」

 

笑顔で二人に手を差し出すと、二人はしぶしぶながらもそれに応えてくれたのだった。




はい、無印編はこれで完結です。次回からはツヴァイ編。
凛とルヴィアが士郎に本気で惚れる話は、番外編とかで書くかもしれません。
今までもフラグは立っているんですが、任務優先で難しかったんですよね。

あ、今回、ある伏線を仕込んでおきました。丸分かりかもですが。
そういう事ですね。これについてはおいおい。ツヴァイ編で書きます。

それでは、また次回。感想を待っています。


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2wei!編
新しい朝 夢幻の中で


それでは、いよいよ2wei!編開始します。
今回は、プロローグになります。再び不可思議な夢を見る士郎です。

それでは、どうぞ。


【士郎視点】

 

『……これから行くキャンプ場って、一体どんな所なんだろうね?』

 

『……さあ、聞いてないから……』

 

また夢だ。最近、自分が夢を見てると自覚できる夢をよく見る。こういうのって、確か明晰夢っていうんだっけ? どうしてこれが夢と分かるかというと、イリヤが少しよそよそしいからだ。

 

それに対する俺の返答も、少し暗くて硬かった。これは俺が養子になって間もない頃の出来事だ。この頃の俺達はまだ互いに距離を測れずにいた。嫌いな訳ではなく、接し方が分からなかった。

 

そんな俺達を見かねた親父とアイリさんが、俺達を仲良くさせようと、キャンプに連れ出した事があった。これは、その時の夢だろう。実際、俺とイリヤは、このキャンプで大分打ち解けた。

 

最近見てきた奇妙な夢ではなく、昔の事を夢に見ている。そういう意味では、これは真っ当な夢と言えるかもしれない。別の俺ではなく、アーチャーの英霊でもなく、この俺、衛宮士郎の夢だ。

 

新しい家族として、兄として、何とかイリヤに優しくしようと四苦八苦する俺。そんな、懐かしい光景を思い返しているみたいだ。イリヤも、こうして冷静に見てみると、緊張してるのが分かる。

 

そして、頑張って俺と打ち解けようと、話しかけてきてくれている。甘えたいけど、甘えられないといった様子で、そわそわしている。チラチラと、隣に座る俺を見上げてくる昔のイリヤ。

 

ああ、こんなに可愛かったんだな。いや、今でも俺の妹は可愛いがな。なんて、セラに聞かれたらまたシスコンと言われてしまいそうだな。後部座席に座る俺達は、そんなやり取りを繰り返す。

 

そして運転席と助手席には、それぞれ親父とアイリさんが座っている。運転しているのは親父で、助手席のアイリさんはそれを不満そうに見ながら運転を代われと言っている。代わるなよ親父。

 

アイリさんの運転を思い出して、夢の中なのに俺は恐怖しながら親父に懇願する。それはトラウマになっているからだ。アイリさんの運転は事故は起こさないが、ジェットコースターより怖い。

 

なにしろ、この人にとって赤信号は『止まれ』ではなく、『減速』だからな。それだけじゃない。曲がりくねった山道を、時速百キロ以上で爆走させたりもしたからな。あれは怖すぎるだろ。

 

親父もそれが分かっているようで、顔を引きつらせながら妻の懇願を聞かなかった事にしている。いいぞ、親父。ただでさえ、本当の両親の事故の一件で俺は車に対して恐怖感があるからな。

 

夢らしく、場面は一気に切り替わる。気が付いたらキャンプ場にいた。そうそう、確か、こんな所だったよな。高原のキャンプ場で、遠くに崖が見える。その崖には、落下防止の柵があった。

 

綺麗なコテージがあって、親父とアイリさんが車から荷物を下ろしている。俺とイリヤは、二人で暇そうにそれを見ていた。子供の力では、さすがに手伝う事はまだできそうもなかったからだ。

 

まだイリヤとのぎこちなさも取れていない俺は、イリヤと二人で遊びに行く勇気も出せず、結果として並んで立ってるだけといった感じだ。そう、こんな感じだったよな。最初の頃の俺達って。

 

それが、このキャンプが切っ掛けで今みたいな関係に……あれ……? どうやってだったっけ? おかしいな。これが切っ掛けで仲良くなれたのは覚えてるのに、その具体的な事が思い出せない。

 

こんな関係だったのに、どうやって俺達仲良くなったんだっけ? ただ普通に、キャンプしただけで話せるようになった? いや、そんな馬鹿な。そんな筈はない。何か切っ掛けがあった筈だ。

 

それが思い出せない。どうして、今まで疑問に思わなかったんだ? 俺は混乱する。改めて、隣のイリヤを見下ろしてみる。すると、イリヤは俺を見ていたらしく、目が合うと視線を逸らす。

 

興味はあるが、どう話せばいいか分からないという反応だ。こんな状態から、普通に話せるようになる切っ掛け。それは、強烈に記憶に残ってもおかしくない筈だ。それなのに、思い出せない。

 

おかしい。確かに昔の事だが6,7年前だぞ? 俺は、10歳くらいだ。その歳なら、もう記憶はしっかりと残る筈だ。印象深い出来事なら、余計に。現に、このキャンプの事は覚えている。

 

気持ち悪い。何か不自然な事態だった。そんな風に混乱する俺を置いて、夢は進んでいく。いつの間にか、バーベキューが始まっている。そうだ、この事は覚えている。しっかりと思い出せる。

 

そして、俺とイリヤは相変わらず。距離を縮めたいと思っているのに、中々それができない状態。親父とアイリさんは、そんな俺達を困ったような表情で見ている。それからも、場面は転換する。

 

釣りをしたり、川遊びをしたり。刻々と時間は過ぎていき、俺達の距離は縮まらないまま。親父とアイリさんはとうとう、俺達を二人きりにして仲良くさせる作戦に出て、二人で散歩に行った。

 

そう、そうだよ。こんな事があった。コテージに二人で残された俺達は、どうしようかと悩んで、二人であの崖から景色を見ようという事になって……それで、広い草原を二人で歩いたんだ。

 

ぎくしゃくしながらも少しずつ会話をして、何とか打ち解けようと頑張った。精一杯、優しい声を出そうと頑張っている俺がいる。イリヤはそれに笑顔を見せようとしていて、それから……

 

それから、何があったんだっけ? この先が思い出せない。視界が歪み、世界が歪んでいく。一体何が起きているんだろう。ついに、目の前が真っ暗になった。そして、体も動かせなくなった。

 

何だこれ? イリヤの声が聞こえる。涙声で、必死に俺の事を呼んでいる。体は動かせないので、視界だけでも取り戻そうとしてみる。薄目が開いて、目を閉じていた事を今更ながらに悟った。

 

『お兄ちゃん、お兄ちゃん!』

 

『……』

 

ぼろぼろと涙を流すイリヤが見える。俺はどうも倒れてるらしく、イリヤは覆い被さるようにして俺の顔を覗き込んでいる。あれ、こんな事あったっけ? 何で、イリヤは泣いているんだ?

 

泣くな、と声を出そうとしたけど、声は出なかった。イリヤが、ごめんね、ごめんねと泣きながら謝ってくる。どうしたんだよ、イリヤ。泣くなよ。イリヤには、いつでも笑っていて欲しい。

 

イリヤの涙が、俺の顔に落ちてくる。体を動かせない俺は、その涙を拭ってやる事も、頭を撫でて泣き止ませてやる事もできなかった。その事に俺は、悔しさと無力感が湧き上がってきた。

 

その時、イリヤの悲しみに空が連動したかのように、さっきまで晴れていた空からポツリポツリと水滴が落ちてきた。黒い雲に覆われ、雨が降ってきたのだ。その雨は、その勢いを増していく。

 

イリヤの髪が雨を吸って、顔に張り付いている。ざああ、という雨音が、イリヤの泣き声を包んで流していく。まずいな。早く雨宿りさせないと、イリヤが風邪を引いてしまうかもしれない。

 

呑気にそう思った俺は、動かない体と口を必死に動かした。せめて、せめて一言だけでも。

 

『……イリ……大丈夫……か……?』

 

あれ、どうして俺、こんな事を言っているんだ? 動かない手を必死に動かしてイリヤの頬に手を当てながら、やっと言った言葉は意味不明だった。それを聞いたイリヤは、泣きながら頷く。

 

『……私は、ひっく、大丈夫、だから……』

 

泣きながら、しゃくり上げながらそう口にするイリヤ。それに俺は、良かったと呟いて、頬に当てていた手を下ろした。いや、下ろしたというよりは、力尽きて落としたといった感じだったけど。

 

訳が分からなかった。でも、イリヤは何ともないと分かった俺は、心の底から安堵した。自分でも何が何だか分からないけど、本当に安心した。そんな時、頭上から親父の叫び声が聞こえてきた。

 

『お父さん、助けて!』

 

イリヤの悲痛な叫びが、闇に沈んでいく意識の中で響いた……

 

…………………………………………………

 

「……何だったんだ、今の夢は?」

 

気が付けば自分のベッドの上でそう呟いていた。今の夢は、一体どういう事だったんだろうか? なんてな。ただの昔の夢だろう? 少しおかしな部分はあったけど、単なる夢に過ぎない。

 

記憶の祖語は気になるけど、別にそれで今まで実害があった訳でもないし。そうは思うのだが、俺は少しイリヤに聞いてみようと思っていた。イリヤは、覚えているだろうか。あの時の事を。

 

「親父とアイリさんがいればな……あの二人なら、確実に覚えてるだろうし」

 

だけど、今この家にその二人はいない。外国に仕事に行っているんだ。なんか、あのバーサーカーの一件の時にアイリさんは帰ってきてたらしいけど、またすぐに仕事に戻っていったらしいし。

 

「セラとリズは、あのキャンプには同行してなかったし、聞いても無駄かな……」

 

そうは思いつつも、一応聞いてみるかと思いながら、ベッドから起き上がった。ベッドの脇の時計を確認してみると、現在時刻は午前6時。う~ん、随分と半端な時間に目覚めてしまったな。

 

今日の朝食作りの当番はセラだし。手伝ってもいいんだが、セラは嫌がるしな。どうするかと少し悩んだが、朝のジョギングでもするのも気持ちいいかもしれない。町内を軽く一周すれば……

 

「そうしよう。ちょっと夢見が悪くて気持ち悪かったし。気持ちよく走ってシャワーを浴びれば、この気分もスッキリするだろう。部活の鍛錬にもなるし、一石二鳥だ。そうと決まれば……」

 

パジャマを脱いで、ジャージに着替える。自分の部屋を出て下の階に降りると、セラが作る朝食のいい匂いが漂ってきた。この匂いは、味噌汁の匂いだ。つまり、今日の朝食は和食だな。

 

セラは最初洋食しか作れなかったが、俺が和食や中華を食べたいと自分で料理をするようになってからは、それに対抗して和・洋・中の料理を完璧に作れるようになった。万能家政婦だな。

 

「おや、シロウ。早いですね。今日は部活の朝練はないと言っていた筈では?」

 

「ああ、ちょっと早く目が覚めちゃってさ。だから、ちょっとジョギングしてくるよ」

 

「そうですか。いってらっしゃい」

 

台所から顔を出したセラとそんなやり取りをして、玄関に向かう。靴を履いて外に出ると、朝日に照らされた冬木の空気と街並みが、俺を出迎えてくれた。俺はその空気を深呼吸で吸い込む。

 

いい朝だな……玄関の前で軽い屈伸運動をして、俺は走り出した。その時にはもう、朝起きた時に感じた焦燥感や気持ち悪さは、俺の中から消えていた。まるで意図的に印象を薄くされたように。

 

…………………………………………………

 

「ふう」

 

ジョギングを終えて、シャワーを浴び終わった俺は、髪を拭きながら息を吐き出す。よし。大分、気分がスッキリしたぞ。やっと、気持ちがいい朝を始められたような気がする。さて、出るか……

 

制服を着て、洗面所を後にする。リビングに入ると、セラが朝食をテーブルに運んでいた。手伝いたいんだが、手を出すと怒るよな、絶対に。そうなったら、今の爽やかな気分は消えてしまう。

 

「イリヤを起こしてくるよ」

 

「はい、よろしくお願いしますシロウ。ですが、寝ているイリヤさんにくれぐれも変な事は……」

 

「しない! しないから、それ以上言うなよ」

 

「そうですか。それならいいです」

 

セラは俺の事をなんだと思っているんだろうか。そんなに信用ないのか。まあ、今までの出来事で誤解を生んでいるというのは分かるけどさ。セラのジト目に見られながら、妹の部屋に向かう。

 

現在時刻は、午前7時。朝食を食べて準備をすれば、丁度学校に登校する時間になるだろう。妹の部屋に辿り着いた俺は、いつものようにドアをノックする。これで起きてくれれば楽なんだがな。

 

「イリヤ、朝だぞ。起きろ」

 

『……』

 

やっぱり駄目か。反応がない妹の様子に嘆息し、声をかけてから部屋の中に入る。寝ぼすけな妹は起こさないと自力では起きてこないから、嫌がられても起こすしかない。遅刻させない為にも。

 

「ほら、起きろって」

 

「う~ん……」

 

『毎朝毎朝、イリヤさんは進歩がありませんね』

 

「まったくだ」

 

イリヤの体を揺すっていると、隣からエコーがかかった女性の声が聞こえてきた。もう慣れているので、俺は驚かずにその声に応えた。そこには、いつの間にか丸い物体が宙に浮かんでいた。

 

羽のような飾りが付いており、丸の中央には星の形をした飾りがある。そんな物体が宙に浮いてる光景は非常にファンタジーだが、もう見慣れた。こいつは、マジカルステッキのルビーだ。

 

こいつが関わっていた一件は、非常にファンタジーでヘビーだったが、それはもう片付いていた。今から二週間くらい前に。命懸けの戦いに巻き込まれたが、何とか日常を取り戻す事ができた。

 

そして、その一件が終わってもこいつはこうしてここに留まっている。他に関わった面々も、何だかんだとそのまま俺の日常に入り込んできて、俺は毎日騒がしくも楽しい日々を送っている。

 

やっと戻ってきた日常と平穏。それに愛しさを感じながら、俺は今日も寝ぼすけな妹を起こそうとカーテンを開け、声をかけ続ける。すると、イリヤはなにやら寝言らしきものを言い始めた。

 

「……お兄ちゃん……」

 

「またこのパターンか……はいはい、今日は何だイリヤ? また、あと5分とか言うつもりか?」

 

「……おはよー……」

 

「おお、珍しく起きたか……って、ん?」

 

イリヤの寝言を聞こうと、イリヤの口元に顔を近付けていた俺。寝ぼけてるイリヤの朝の挨拶に、喜んだ瞬間だった。イリヤの手が、俺の首に回されたのだ。え、おいイリヤ。何だよこれ?

 

「イ、イリヤ……?」

 

「……えへへへ、お兄ちゃ~ん……おはようの、チュー……」

 

『おお!』

 

「なっ!?」

 

事態をやっと把握した時には、イリヤの顔が目の前にきていた。その唇は、艶やかに輝きながら俺のそれへと迫ってきている。ま、待てイリヤ! 慌てて止めようと、イリヤの顔を掴んだ時……

 

「……シロウ?」

 

「……士郎さん?」

 

「ひっ!?」

 

後ろから、この世のものとは思えないような低い声が二つ聞こえてきた。恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこには絶対零度という言葉すら生温い程の、極寒の視線を向けてくるセラがいた。

 

そして、その隣には、イリヤと同い年くらいの黒髪の女の子、美遊がいた。美遊の視線も、非常に冷たかった。待て、二人とも待ってくれ。これは誤解だ。とにかく、落ち着いて話を聞いてくれ。

 

「……寝ているイリヤさんに、変な事はしないようにと言った筈ですよね?」

 

「だから、待つんだセラ。君達は誤解をしてる」

 

「……イリヤの顔を掴んで、キスをしているようにしか見えませんでした……」

 

「違うんだ、そうじゃない……! 美遊、セラ。お願いだから、ちょっとだけ俺の話を……」

 

まずい。非常にまずい。この状況、誤魔化せるものじゃない。部屋の入り口から見たら、俺とイリヤの唇が触れていなかったという所は見えない。つまり、誤解だと二人に信じて貰うしかない。

 

だけど、この二人のあの目。とてもじゃないが、信じてくれるとは思えなかった。肝心のイリヤはまだ夢の中。つまり、無実を証明してくれる人は誰もいなかった。ルビーは役に立たないし!

 

「こ、この……!」

 

「士郎さんの……!」

 

ああ、もう駄目だ。息を吸い込んだ二人に、俺はついに言い訳を諦めた。どうしてこうなった。

 

「「シスコン!」」

 

「ぐああっ!」

 

セラに殴られ、美遊にビンタされた。セラはいつもの事だけど、美遊にそう言われるのは俺の心に深いダメージを負わせた。こうして、俺の騒がしく新しい日常が今日も始まっていくのだった……




はい、2wei!の内容とも少し違う始まり方でした。

この夢は果たして、何を意味するのか……
なんて、意味深な言い方をしてみたり。

それでは、感想を待ってます。
早くクロを出したいですね。


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黒が生まれた日

いよいよ、クロが登場します。

そして、キャンプの時の士郎の記憶が……?

それではどうぞ。


【士郎視点】

 

「ご、ごめんなさい士郎さん」

 

「いや、もういいよ。殴られるのはいつもの事だから。美遊だけでも分かってくれれば……」

 

セラに殴られて、イリヤの部屋から追い出された俺は、誤解が解けた(ルビーの証言で)美遊と、イリヤの部屋の前で話していた。セラの方はどうしようもない。ルビーの事は話せないしな。

 

そのセラはというと、俺にはイリヤを任せられないと言って、イリヤを起こしている最中だった。その間に美遊の誤解を解けたのは僥倖だった。美遊のあの視線は、心に深いダメージがあるし。

 

「それで、美遊は何をしに来たんだ? いつもは外で待ってるのに」

 

「いえ、たまには迎えに行くのもいいかと思いまして。迷惑、でしたか?」

 

「いや、全然そんな事はないよ。いつでも来てくれて構わない」

 

「良かった」

 

そんなやり取りをしていると、後ろのドアが開いて、冷たい視線のセラが出てきた。そしてその後ろには、キョトンとした顔のイリヤがいた。きっと、今の事態が理解できないのだろう。

 

「……シスコンの上に、ロリコンですか?」

 

「ちょっ、やめろセラ! イリヤに聞こえるだろ!」

 

セラは、とんでもない事を言い出した。俺がイリヤの友達である美遊にまで手を出そうとしてたと誤解を重ねたのだろう。冤罪もいいところだ。セラの中で、俺のイメージがとんでもない事に。

 

「あれ、美遊がいる。お兄ちゃん、美遊、おはよう」

 

「おはようイリヤ。今日は迎えに来たよ」

 

セラと修羅場を演じている俺の横で、平和なやり取りをする妹達。この家は今日も平和だ……

 

…………………………………………………

 

「おはよう、一成」

 

「ああ、おはよう衛宮」

 

あれから、なんとかセラを宥めた俺は、いつものようにイリヤと美遊と共に学校に到着した。自分のクラスに着いた俺は、これまたいつものように自分の席に鞄を置いて、一成と挨拶を交わす。

 

「遠坂とルヴィアも、おはよう」

 

「え、ええ。おはよう衛宮君」

 

「おはようございますわ、士郎(シェロ)

 

あの一件から二週間。この二人とも色々とあって、以前より親しくなった。まあ、その色々は俺にとって、波乱の連続ではあったけど。最初は、経緯のせいで学校に来ない二人を説得して……

 

そして普通の学校生活を共に過ごす事になったが、何故かこの二人と肉体的接触を繰り返して……そのせいで遠坂は少しぎこちなくなり、ルヴィアは何故か俺をシェロと呼ぶようになったりして。

 

その他色々のせいで、クラス内での俺の評判が落ちたりもしたが、まあこの二人が普通の学園生活を満喫できるようになったのだからいいだろう。不本意な学園生活に不機嫌だった頃よりはいい。

 

俺がこの二人と話してると、微妙な雰囲気になる奴らもいるんだが。一成とか、この二人とあまり相性が良くないから、不機嫌そうに睨んでるし、隣の席の森山なんかは、涙目になってるし。

 

「えっと、おはよう森山」

 

「あ、えっと……お、おはよう衛宮君」

 

遠坂達が正式にクラスの一員になって、一番影響を受けたのはこの森山奈菜巳だろう。二人の喧嘩に巻き込まれて気を失ったり、蛙まみれにされて気を失ったりして……一番の被害者と言える。

 

そのせいで、森山は遠坂達を見ると怯えるようになってしまった。可哀想に。俺が二人を止められなかったばかりに。だからせめて、俺にできる事なら何でもしてあげたいと思うんだが……

 

「大丈夫か森山? 何か欲しい物とか、して欲しい事とかないのか?」

 

「ふえっ!? え、衛宮君が何でもしてくれるの……?」

 

「ああ。俺にできる事なら」

 

「え、えっと……じゃあ、今度お買い物に付き合って欲しいな、とか思ったり……」

 

「それくらいなら、いつでもいいぞ。荷物持ちか? それなら、妹で慣れてるからさ」

 

「そ、そうじゃなくて……一緒にお買い物したいっていうか……その……」

 

「「チッ……」」

 

して欲しい事を森山に聞いてみると、森山は言い難そうに顔を赤くしてもじもじしながら、そんな要望を言ってきた。すると、何故かそんな森山を見ていた遠坂とルヴィアが小さく舌打ちした。

 

なんでさ。今の会話のどこに、そんな不機嫌そうな顔になる理由があったんだ? 訳が分からない反応をする二人に首を傾げながら、森山と買い物の日程を決めていく。やっぱり、日曜日かな?

 

「今週の日曜日でいいか?」

 

「う、うん! 楽しみにしてるね、衛宮君」

 

「はは、そんな面白い事は提供できないと思うぞ?」

 

「そんな事ないよ。凄く楽しみ……」

 

「「……この女……」」

 

そこまで期待されるとこっちとしても気合が入る。森山の行きたい所に付き合うだけじゃなくて、俺の方でも何かを考えたり持っていったりした方がいいかもしれないな。例えば、お弁当とか。

 

イリヤとかに相談して、女の子が好きそうな所を探してみたりとかもしてみるかな。いや、年齢的にイリヤは森山とは好みが違うかもしれないから、ここは歳が近い桜の方がいいかもしれないな。

 

そんな事を考える俺は、隣で遠坂達が噴き出す不機嫌のオーラに気付かなかった。

 

…………………………………………………

 

「なあ。遠坂、ルヴィア」

 

「なっ、何かしら衛宮君?」

 

「ど、どうかなさいまして?」

 

朝から時は流れ、今は昼休みの終わりに近付いている。さっきまで教室からいなくなっていた遠坂とルヴィアの様子が、何だか変だった。この二人が一緒に行動していたという事が、もう変だ。

 

しかも、戻ってきた二人は喧嘩をする気配もなく、挙動不審という様子で、自分達の席に座った。怪しい。俺を露骨に避けるような様子だったのも気になる。声をかけると、案の定この反応だ。

 

「何かあったのか?」

 

「うっ……そ、そんな事はないわよ?」

 

「そうですわ。どうかお気になさらずに……」

 

明らかに何かあったという感じだ。しかも隠さなければならない事。この二人の正体を考えると、恐らく魔術関係の事だ。そして、特に俺に知られてはまずい事となると……まさか、イリヤか?

 

「……イリヤが関係してるのか?」

 

「ギクッ! そ、そ~んな事ある訳ないじゃない! 何を言ってるのかしら?」

 

「お、おほほほ。士郎(シェロ)もおかしな事を言いますわね!」

 

確定だ。魔術関係の事で何かがあって、イリヤが関わっているんだろう。いや、良く考えろ、俺。この二人は、一応良識がある魔術師だ。喧嘩をする時は、それが時空の彼方に吹き飛ぶけどな。

 

そんな二人が、魔術関連の事にイリヤを積極的に巻き込む事はあり得ない。という事は、この場合関わってきてるのはイリヤが持っている特別な何か。それを必要としてると考えるのが自然だ。

 

この二人が必要とするような物で、イリヤが持っている物といえば……あ、そうか!

 

「ルビーか?」

 

「な、何で分かったのよ!」

 

「こらっ、遠坂凛(トオサカ リン)! それでは肯定しているようなものですわ」

 

「あ、やば……」

 

ビンゴだ。それにしても、遠坂って変な所で抜けてるよな。隠し事は苦手なタイプだ。ルヴィアも得意な方ではないけど、遠坂のそれはもっと顕著だ。まあそれさておき、詳しい事情を聞こう。

 

「詳しく話して貰うぞ。放課後に、屋上でな」

 

「はあ、分かったわよ……」

 

「仕方ないですわね」

 

また何か厄介事が始まるかもしれないという予感を感じながら、俺は午後の授業を受けた。

 

…………………………………………………

 

「で、こんな事になっていると……」

 

「つまりこの先で問題が起きていて、それを何とかするのにルビーが必要って事なんだね?」

 

「そうらしい」

 

あれからさらに時間は流れて、俺は今、森の中を歩いていた。下校しようとしていた所を車で拉致されたイリヤに、俺が聞いた事情を話してやっている。俺も詳しく理解してる訳じゃないが。

 

「ルビーというか、大量の魔力が必要なのよ。カレイドステッキは、無限の魔力があるから」

 

「それを使って、大規模な儀式を行うのです。地脈を安定させる為に」

 

「へえ」

 

「衛宮君にはもう簡単に話したんだけどね。実は、クラスカードを回収したのに、この町の地脈が元に戻ってないのよ。大師父が言うには、龍穴が詰まってるかもしれないって。だから……」

 

「それを儀式によって拡張するのです。しかし、その儀式には高圧縮した魔力が必要なんですの」

 

魔術的専門用語ばかりで、正直理解が難しい講釈を二人がしてくれた。まあ、言っている事の意味は簡単にだが理解できた。以前、カードのせいでこの町が危険になっていた事は聞いている。

 

それらを全て回収したのに、その異常が直らない(遠坂は、本来なら勝手に戻ると言っていた)。その異常が直らないなら、何か問題が起きてる可能性が高い。それを何とかしようとしてると。

 

そして、その何とかする為に大量の魔力が必要で、その為にイリヤと美遊の持つカレイドステッキが必要だという事だろう。事情は分かった。俺達にとっても他人事ではないし、仕方ないよな。

 

「……もうイリヤ達を巻き込みたくなかったんだけどね」

 

「本来なら大量の応援を呼んでわたくし達だけで解決したかったのですけど。応援を要求したら、わたくし達にはカレイドステッキを貸し与えてあるから問題ないだろうと言われてしまい……」

 

「ルビー達に契約解除された事は大師父には内緒にしてるから、仕方ないのよ!」

 

『やれやれ、本当にこの人達は無能ですねえ』

 

「うっさい! アンタが私と再契約すれば全部解決すんのよ!」

 

「あはは……」

 

そういう事らしい。まあ、言えないよな。ルヴィアと派手に喧嘩した挙句、それが原因でステッキに愛想を尽かされ、ステッキが新しくマスターに選んだ無関係な小学生を巻き込みましたなんて。

 

だから昼休みに帰ってきた時、あんなに気まずそうな顔をしていた訳だ。そしてイリヤの兄である俺に、妹を再び巻き込む事を申し訳なく思っていたと。事情を聞いてみると、納得できてしまう。

 

「美遊はそれでいいのか?」

 

「私は、まったく問題ありません」

 

遠坂達の少し後ろを歩く美遊に、意思の確認をするとそんな事を言ってきた。美遊らしいといえば美遊らしいが、もう少し小学生らしい対応を求めてしまうのは駄目かな。聞き分けが良すぎる。

 

「もっと駄々をこねたり、文句を言ってもいいんだぞ? イリヤみたいにさ」

 

「お、お兄ちゃん! それじゃ私が、聞き分けがない子供みたいじゃない!」

 

イリヤはどう見ても子供だろ、と思ったけど、口には出さない。それを言うとどうなるかは、経験で知っているからだ。俺としては、実際に子供なんだからそうしていいと思うんだけどな。

 

「まあ、イリヤがどうとかはこの際置いておいてだな。我侭を言ってくれるのも、俺としては嬉しいって事なんだよ。こっちとしても、頑張り甲斐があるし。その方が可愛げもあると思うんだ」

 

「……可愛げ、ですか……なら、私海を見てみたいです」

 

「へえ。美遊って、海見た事ないのか。なら、一ヶ月後は夏休みだし、連れてってやろうか?」

 

「本当、ですか?」

 

「ああ。イリヤも行くだろ?」

 

「うん、勿論!」

 

「という事だ。遠慮するな」

 

「……はい。嬉しいです、本当に……」

 

そう言って、美遊は本当に嬉しそうに微笑んだ。目に薄っすらと涙まで浮かべながら。いやいや、喜んでくれるのは嬉しいけど、ちょっと大袈裟すぎないか? 美遊の気持ちは、本当に時々重い。

 

それからはしばらく無言で歩いた。先頭を遠坂とルヴィアが歩き、その後ろを美遊が歩いている。そして俺とイリヤが、最後尾を並んで歩いているという状態だ。あ、そういえば、今朝の夢……

 

「なあ、イリヤ」

 

「どうしたのお兄ちゃん?」

 

「いや、ちょっと聞きたい事があってさ。7年くらい前に、キャンプに行った事覚えてるか?」

 

「ああ、あったね。それがどうかしたの?」

 

よし、やっぱりイリヤも覚えてるらしい。あの時の事をイリヤに聞いてみようと思っていたのに、朝のドタバタのせいで忘れていた。ただの夢ではあるんだが、記憶の齟齬が気になるからな。

 

「あのキャンプ、まだぎこちなかった俺達を仲良くさせようと、親父とアイリさんが連れて行ってくれたんだよな。セラとリズを抜きにして、できるだけ俺達が二人になれるようにしてさ」

 

「そうだったねー。それで、あのキャンプが切っ掛けでお兄ちゃんと打ち解けられて……」

 

「そうなんだよな。それでなんだけど、その詳しい切っ掛けって覚えてるか?」

 

「え? ……う~ん……詳しくはちょっと。私、その時4歳くらいだし。一緒に遊んでるうちに、何となく仲良くなったんじゃなかったっけ? 元々、仲良くなろうとは思ってたんだし……」

 

「……そうだったか、な?」

 

そうか。イリヤは、まだ本当に小さかったし、はっきりとは覚えてないか。イリヤにそう言われると、そうだったのかもしれないと思えてきた。でも、じゃああの映像は何だったんだろうか。

 

「……なあ、あの時、何かなかったか?」

 

「何かって?」

 

「えっと、例えばさ。俺が怪我をしたり、イリヤが泣いたりしてなかったっけ?」

 

「ああ。それって、あれじゃない?」

 

あの謎の映像のヒントを得ようとすると、イリヤが何かを思い出したらしい。おお、つまりあれは本当にあった事だったのか? 俺が忘れていただけなんだろうか。俺は、イリヤの言葉を待つ。

 

「川からの帰り道で、3メートルくらいの崖から私が落ちそうになって。お兄ちゃんが私を庇って落ちちゃって頭を打って気絶したでしょ? その時に、私泣いちゃったんだよ。覚えてない?」

 

「……そんな事あったか?」

 

「あったよ。私、その時悲しくて。でも、お兄ちゃんが私を守ってくれた事が嬉しくて。思えば、それが切っ掛けだったのかもしれないな。この人は、私を守ってくれる人なんだって思って……」

 

「……そう、か……」

 

つまり、頭を打った事で俺はその切っ掛けを覚えてなかっただけって事なのかな。つまり、あれはその時の事だったと。そうか。そうだったのか。うん、納得した。でも、それにしてはあれは……

 

「……3メートルくらい、か?」

 

「うん。4歳くらいだった私にとっては、もっと高かったイメージがあるけどね」

 

そうか。俺も当時は10歳くらいだったからな。イメージでもっと高かったように思ったのかな。それに、あれは夢だ。事実ではない。夢で大袈裟になっていただけなんだろう。きっとそうだ。

 

その後の時系列の矛盾も、夢だったからだと思えばそれほどおかしくはない。あの夢では、川から帰った後も俺達のぎこちなさはまったく変わらず、親父とアイリさんが散歩に出かけていた。

 

でも、イリヤの話が本当なら気絶した俺はその後の記憶がある筈もない。俺の記憶は、その混乱のせいで曖昧になっている可能性があるから、ここはイリヤの記憶の方を信用するべきだろう。

 

「でも、どうしてあの時の事を聞いてきたの?」

 

「いや、実は今朝、その時の事を夢で見てさ。記憶の齟齬が気になって……」

 

「「底なし沼だー!」」

 

「ル、ルヴィアさん! 凛さん!」

 

「……え?」

 

イリヤと話していると、前方からコントのような声が聞こえてきた。見てみると、遠坂とルヴィアが底なし沼にはまっていて、美遊がそれを引き上げようと、ルヴィアの髪を引っ張っていた。

 

「な、何故髪を引っ張るんですの美遊ーッ!」

 

「え、衛宮君、イリヤ! 話してないで助けっ……(ぶくぶく)」

 

「……はあ」

 

「こ、この人達は……」

 

『ぷくくく。面白芸人みたいな方達ですね』

 

この後、めちゃくちゃ引き上げた。その騒動のせいで、イリヤとの話は中断してしまった。

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「じゃあ、ちゃっちゃと終わらせるわよ。イリヤ、美遊。頼んだわよ」

 

「は、はい」

 

「分かりました」

 

すったもんだの騒動の後、私達は目的地に辿り着いていた。洞穴の中に入り、巨大な空洞になっている場所。どうやら、ここで例の儀式を行うらしい。凛さんが、枯れ枝のような物を地面に刺す。

 

その瞬間、枯れ枝が突き刺さってる地面に魔方陣が浮かび上がる。これで準備は完了したらしい。凛さんの合図で、私と美遊は魔力注入を開始した。難しい事は考えずに、とにかく全力で。

 

そうしろと凛さんに言われたからだ。どこで詰まってるか分からないので、とにかく目一杯魔力を込めろと言われた。その辺の加減は、凛さんとルヴィアさんに任せておけばいい。専門家だし。

 

「魔力充填率、60%―――75―――90―――100―――110―――115―――」

 

凛さんが、充填率をカウントしていく。そして―――

 

「120! Offnen(解放)!」

 

満タンになったらしい。凛さんの叫びと同時に、魔方陣の光が周囲を包み込んでいく。そして地面が揺れ始め、足元がふらつく。けれど、別に何かが起こる訳でもなく、それらは収まっていく。

 

「……これでお終い?」

 

「一応はね。効果のほどは改めて観測しなきゃいけないけど、それはまた今度ね」

 

「はいはい、作業は完了。早く帰りますわよ。こんな地の底、長居する所では……」

 

あまりにも拍子抜けした私だけど、まあ終わりだというならそれでいいだろう。凛さんとルヴィアさんの言葉に、全員が安堵した時だった。地面が再び揺れ始め、その揺れは次第に大きくなる。

 

「ちょ、ちょっと待って。これは!?」

 

「きゃあっ!」

 

さっきより揺れてない? そう思った時、私の足元に亀裂が入り、そこから大量の魔力が溢れ出してきた。思わずその場から飛び退く私達。私と凛さん、そしてお兄ちゃんが近くに退避する。

 

そして、反対側にはルヴィアさんと美遊。亀裂を中心に分断された私達。そして、事態は動く。

 

「魔力のノックバック!? 嘘……出力は十分だった筈よ!」

 

「まずいっ、来ますわ!」

 

凛さんとルヴィアさんの叫びのすぐ後に、流し込んだ魔力が逆流して、空洞内部を破壊していく。その破壊は私達の頭上の天井にも及んで、私達の上に巨大な岩を降り注がせる。あ、これは死ぬ。

 

そう思った瞬間、私は動いていた。もう三度目だ。考える前に体が動く。私が目指す先は、凛さんの所だ。そこに、この状況を覆せるモノがある。前に一度使っているそれに、私は手を伸ばした。

 

「クラスカード・【ランサー】……」

 

そう、私は知っている。美遊も、使い方を見せてくれた。すでに一度使っているから、手順を省略できる事も知っている。他のカードでは、あの召喚の呪文を唱えないといけないけど、これなら。

 

「【夢幻召喚(インストール)】!」

 

「なっ、イリヤ!?」

 

凛さんのポケットに入っているランサーのカードを使って、私は英霊に変身した。そして、すぐに槍を構えて上に飛ぶ。この瓦礫を全て跡形もなく吹き飛ばして、皆を守る為にはあれしかない。

 

「【突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)】!」

 

敢えて狙いを定めず、因果の逆転も行わず、破壊力のみ追求して、私は呪いの朱槍を投げ放った。それは落ちてくる瓦礫全てを跡形もなく消し飛ばして、分厚い天井を貫いて空へと消えていく。

 

それを見ていた瞬間、どくん、と体の中で何かが鼓動を打ち、私の中の何かが抜けて行った。

 

…………………………………………………

【士郎視点】

 

「くっ、一体何が……」

 

あまりにも突然の事で、何が起きたか分からなかった。イリヤが、あの時みたいにカードを使って英霊に変身して、槍を上空に投げ放った所までは認識できた。その槍のあまりの威力で、目が……

 

強烈な光に目が眩んだ俺達は、やっと視力が戻ってきた。遠坂達にあのイリヤの行動を見られてしまって、さてどうするかと考えながら目を開いた時だった。その光景に、全員が動きを止めた。

 

「「「「……は?」」」」

 

俺、美遊、遠坂、ルヴィアの声が重なる。その視線は、全員が同じ物を見ていた。そこには……

 

「「いたたた……」」

 

あれ、目がおかしくなったか? そこには、イリヤがいた。だけど、『一人』ではない。

 

「「……ん? あれ?」」

 

イ、イリヤが……俺の妹が、『二人に』なっている! そこには、まるで鏡に映したように同じ顔でキョトンとするイリヤ『達』がいた。そう、達。複数形。魔法少女姿の、白いイリヤと……

 

そして、露出度が激しい黒のボディスーツに身を包み、髪を後ろで纏めた『黒いイリヤ』が。

 

この時から、俺の妹は二人になってしまったのだった―――




やっとクロが登場です。予告通り、ランサーのカードです。

今回使った投げボルクは、小聖杯の力で無理をして使っています。
なので、相手の心臓を穿つという因果の逆転を省略し、威力だけ追及してます。
ルーン魔術とかを利用すれば、こんな使い方もできるのではと思ってます。
威力は、ランクで表すとAクラスかA+くらいですかね。

私の作品の設定なので、本家ではできない使い方かもしれません。
ですが、元々プリヤ自体二次創作ですし、細かい設定は違う場合があります。
エクスカリバーの完全投影も、イリヤが使ってますしね。
なので、細かいツッコミはなしの方向でお願いします。

それでは、感想待ってます。


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二人のイリヤ

VSクロ。その初戦です。

ランサークロの戦いをご覧ください。といっても、今回は小手調べですが。


【士郎視点】

 

「一体何だったんだろうな、昨日のアレは」

 

「そんな事、私に分かる訳ないでしょうが。イリヤが英霊化したのも驚きだったのに、あんな不測の事態を把握し切れる訳ないでしょ。何度考えても、何が起こったのか全然分かんないわ」

 

「ですわね。詳しく調べようにも、あの黒いイリヤスフィールは逃げてしまいましたし」

 

「だよな。物凄い速さで逃げてったな……あの逃げ癖、凄くイリヤらしいんだけど……」

 

「あの逃げ足の速さは、人間業じゃないわね。多分、【ランサー】の力だと思うけど」

 

昨日の一件。つまり、二人になったイリヤについての事を俺達は話し合っていた。あれから一日。今は朝のホームルームが始まる前の時間帯だ。場所は屋上。魔術による人払いもしている。

 

「ランサーの力?」

 

「ええ。あれから、ランサーのカードがないのよ。イリヤが使って、それから消えたの」

 

「つまり、あの黒いイリヤスフィールはランサーのカードと何かしらの関係があると?」

 

「そう考えるのが自然でしょうね。イリヤがランサーのカードを使って変身して、それから何かの原因があってあの黒いイリヤが現れた。そういう事だと私は思う。それが何かは知らないけど」

 

「……」

 

以前、イリヤがランサーのカードで変身した時は、こんな事は起こらなかった。つまり、あの時はその何らかの原因とやらはなかったという事か。となると、その原因はあの場所にあるのかもな。

 

黒いイリヤ。露出度が高く、お腹の辺りが丸見えで、ヘソ出しの黒いボディスーツ。そのお腹には赤い模様が描かれていて、肌は浅黒い。そして、ピンクがかった銀髪に、瞳の色は綺麗な琥珀色。

 

「あのイリヤ、話ができるのかな」

 

「さあ、どうかしらね? 一言も喋る暇なく逃げてったからね」

 

「英霊の力を持っているとしたら、かなり厄介ですわよ。また黒化英霊みたいになるかも」

 

「……また、あんな風に戦わないといけないのか……」

 

それは嫌だな。どんな存在かは分からないが、外見は完全にイリヤだ。となると、俺はあの子と戦えるのだろうか。できれば、何とか話し合いで解決したい。それでも、戦う可能性があるなら……

 

「なあ遠坂。そうなる可能性は考えたくないけど、もしそうなるなら……」

 

「言いたい事は何となく分かるわ。あいつが英霊の力を持ってるとしたら、対抗できるのは……」

 

「同じ英霊か、もしくはカレイドの魔法少女だけ、という事になりますわね」

 

「……分かったわよ。はい、【アーチャー】のカード」

 

「ありがとう。まあ、できれば、使わずに済めばそれが一番いいんだけどな」

 

俺の言いたい事を理解した遠坂は、ポケットからアーチャーのカードを出して俺に渡してくれた。このカードは【限定展開(インクルード)】では役に立たない。英霊化できる俺が使うのが一番効率がいいと。

 

「とにかく、まずはあの黒いイリヤが何なのかを突き止めないとね」

 

「ですわね。現状では何一つ分かりませんし。どう対処するかも、情報を集めなくては」

 

そういう事になった。まず、あの黒いイリヤを探す。そして、色々と調べる。どんな存在なのか。話し合いは可能なのか。戦いになるのか。それらを知る為にも、まずはあの子を見つけないと。

 

作戦会議は終わり、朝のホームルームへ向かう俺達。その途中で、俺はあのイリヤの事を考える。どう対処するかではなく、自分があの子をどうしたいのかを。その答えは、あの時に出ていた。

 

昨日のあの時。あの子は、最後に俺を見てきた。逃げる瞬間、反転する直前に。その目が、何かを必死に訴えているようだったんだ。まるで、俺に何かをして欲しいというような目で見てきた。

 

縋るようなその視線に、俺はイリヤの姿を見た。イリヤも、俺に助けを求める時にあんな目をするんだ。その目を見た瞬間から、俺はあの子を他人だとは思えなくなっていた。助けたいと思った。

 

こんな事を思っているのは、きっと俺だけなんだろうな。もし皆に言えば、くだらないと言われてしまうかもしれない。イリヤと同じ外見に惑わされて、妄言を言っているだけと思われるだろう。

 

それでも、あの目を無視するという事だけはどうしてもできなかった。何故なら、俺はお兄ちゃんだから。イリヤのお兄ちゃんだから。イリヤと同じ外見と目をされてしまったら無視できない。

 

自分でも馬鹿だと思うけど、これはもうどうしようもない事なんだ。だから……密かに俺は誓う。あの子と、ギリギリまで話し合ってみようと。例え戦う事になったとしても、最後まで諦めずに。

 

その為にも、また俺に力を貸してくれよ、アーチャー……アーチャーのカードを握りしめて、俺はそう呼びかけた。その声がきっと、あの英雄の背中に届いていると、そう確信しながら―――

 

…………………………………………………

 

「えっ、イリヤが保健室に運ばれた?」

 

「そうらしい。行ってやれ、衛宮」

 

「ありがとう一成。行ってくるよ」

 

昼休み。俺の親友である一成が、イリヤが保健室に運ばれて、寝ていると教えてくれた。どうも、藤村先生(イリヤのクラスの担任であり、俺が所属する弓道部の顧問)経由で聞いたらしい。

 

保健室というと、例の保険医、折手死亜(おるてしあ)華憐(かれん)先生がいる場所だ。色んな意味で心配だ。何か怪我をしたのかとか、具合が悪くなったのかとか、そして、あの先生に何かされていないかとかな!

 

人を外見で判断するなとは良く言うが、あの人の場合は行動と言動が信用できない。外見は普通に真面目そうなのがまた質が悪い。あの名前もふざけてるけど、一番ふざけてるのは行動と言動だ。

 

いつだったか、あの人がこう言っているのを聞いた事がある。

 

『私が保険医をしているのは、怪我した子供を間近で見るのが楽しいからよ。だから、健康な子供に用はないの。元気になったのなら、迅速に保健室から出ていきなさい。仕事の邪魔だから』

 

……ってな。信じられるか? 部活で少し怪我をした後輩を保健室に連れて行ったら、治療の後にこう言われた。俺も後輩も、暫く呆然と立ち尽くしてしまった。この人、早く何とかしないと。

 

それだけじゃない。クラスカードの騒動の時の一件。怪我が大した事ないのにベッドに居座る俺が気に入らなかったあの人は、怪しい薬を投与して無理矢理自分好みの病人に変えようとしていた。

 

そんな人に大事な妹を預ける事に、俺が不安になるのも分かるだろう。そんな不安に胸を締め付けられながら、俺は保健室へと急いだ。さすがに廊下を走る事は自重したが、それでも急いだ。

 

「イリヤ、大丈夫か? 特に、華憐先生に何かされなかったか?(ぼそっ)」

 

「あ、お兄ちゃん。え、えっと……後半の小声の部分は、先生がいないから大丈夫だよ」

 

「怪我の方も、大した事はありません」

 

「そうか。どっちも良かった。先生がいたら、二重の意味で心配になるところだったよ」

 

怪我が大した事がなければ、あの人はぞんざいに扱い、その怪我を酷くする為に何かしかねない。ここまで思う俺も酷いけど、それはあの人の普段の行いが悪い。原因を作ったのはあの人だ。

 

「それで、どうかしたのか?」

 

「えっとね。実は今朝から、変な事が起こってて……」

 

「変な事?」

 

今朝は部活の朝練があったし、遠坂達と黒いイリヤの事を話し合いたかったから、イリヤ達よりも早く登校していた。イリヤ達の話によると、その登校途中に変な事が起こり続けていたらしい。

 

「上から植木鉢が落ちてきたり、トラックに轢かれそうになったり……」

 

『面白いのになると、黒猫とカラスに同時に襲われたりもしましたよ』

 

「面白くないよ! すっごく痛かったんだから!」

 

「そ、そうか……」

 

だから、イリヤの髪が乱れているんだな。今挙げたものはほんの一例らしく、他にも色々と大変な事が起きたらしい。確かに、妙な話だ。一歩間違えば、イリヤの命が危なかったかもしれない。

 

「ほんと、もう今日は早退しようかな……」

 

「大分疲れてるな、イリヤ」

 

『そりゃあもう。芸人も真っ青でしたからね』

 

「私も、ずっと傍で見ていましたが大変そうでした」

 

イリヤは、もう勘弁して欲しいという感じだった。登校の時だけじゃなく、授業を受けている最中も奇妙な事は続いたそうだから、その気持ちも分かる。俺はイリヤの頭を優しく撫でてやった。

 

「もーっ! なんなのよーっ! ぶっ!」

 

ついに我慢できなくなったらしいイリヤが、両手を上げて叫んだ時だった。開いている保健室の窓から何かが飛び込んできて、イリヤの顔面に命中した。何かと思って見てみれば、ボールだった。

 

サッカーボールが、物凄い勢いでイリヤの顔面に命中していた。しかも、その勢いは未だに衰えておらず、イリヤの顔に当たったまま回転を続けている。うわぁ……これは、相当痛そうだった。

 

「イ、イリヤ……大丈夫か?」

 

「痛そう……」

 

『ぷくくく、最高ですよイリヤさん。やはり、貴女は素晴らしい』

 

「……」

 

ルビーだけは、相変わらず酷かった。イリヤは、無言で体を震わせている。どうやら、怒りが爆発しそうになっているらしい。と、イリヤの顔に当たったまま回転していたボールが破裂した。

 

ぱあん、と物凄い音が響き渡り、破裂したボールの破片がイリヤの周囲に散らばる。その光景は、色々と悲惨だった。イリヤの顔は陥没し、真っ赤になっている。かける言葉が見つからない。

 

「うがーっ!」

 

『あははは!』

 

ついに、イリヤは爆発した。それを見て、大爆笑するルビー。イリヤは、そんなルビーを床に叩き付けて、保健室から飛び出していく。ちょ、おい! 無防備でどこに行くつもりだイリヤ!

 

嫌な予感がした俺は、美遊と共にイリヤを追いかける。ちなみにルビーは、俺が回収して持っている。ルビーがいないと、いざという時に魔法少女に転身できないからな。イリヤはもういない。

 

相変わらず足が速いな。前方の遥か先を走るイリヤの背中を追いかけて、俺達は走る。廊下を走るのはルール違反だけど、今回だけは見逃して貰おう。イリヤは、校舎を出て外へと走っていく。

 

「もしかして、早退してるつもりなのかイリヤは?」

 

「かもしれませんね。色々と限界で、早く逃げたかったのかも」

 

鞄とかは、まあ美遊か俺にでも任せるつもりなのかもしれないが。こうして二人とも後を追いかけてるので、それもできそうにないけどな。そんな事を話していると、イリヤの上から何かが……

 

「イ、イリヤ、上だ!」

 

「えっ、みぎゃあっ!?」

 

俺の叫びが聞こえたのか、イリヤは足を止めて上を見た。そして、『それ』を確認した瞬間に横に跳んで回避していた。イリヤの頭上から降ってきたのは、棒みたいのを持った黒い人影だった。

 

「あ、あれは……」

 

「昨日の!?」

 

俺と美遊が、やっと追いついた。そして、目撃する。そこにいたのは、昨日の黒いイリヤだった。持っていた棒みたいな物は、ランサーの朱い槍だったのだ。彼女は、不満そうに膨れている。

 

「むう……これでも駄目か」

 

『喋った!? 喋りましたよこの子。黒化英霊ではありません!』

 

ルビーの言う通りだった。黒いイリヤは、はっきりと言葉を喋った。その事に驚きながらも、俺は内心で喜んでいた。つまり、話が通じない相手ではないという事だ。イリヤを殺そうとしたけど。

 

『イリヤさん、意思の疎通を図ってみましょう!』

 

「えっ、えっとお……ワ、ワタシナカマ。テキジャナイ」

 

何だ、このコントは。ルビーの意見には賛成なんだが、明らかに面白そうという意思が見え隠れしているし、イリヤはイリヤでペロペロキャンディーを差し出しながら何故か片言で話しかける。

 

というか、どこに持ってたんだよ、そのペロペロキャンディー。それを差し出された黒イリヤは、額に青筋を浮かべている。当然の反応である。馬鹿にされているようにしか見えないもんな。

 

「って、うきゃあっ!?」

 

「また躱した……ランサーのスピードで攻撃してるのに。やっぱり、無駄に幸運と直感のランクが高いのね。なるべく自然にやっちゃおうと思ったんだけど、朝のも全部ギリギリで回避されるし」

 

「あ、朝って……じゃあ、あのトラックとか植木鉢とかは全部……」

 

「って、呑気にコントを見学してる場合じゃなかった! イリヤ!」

 

ペロペロキャンディーを差し出すイリヤに、呪いの槍を突き出す黒イリヤ。イリヤはその鋭い一撃を、体を捻って何とか躱した。その光景に我に返った俺は、イリヤにルビーを投げ渡した。

 

「あ、ありがとうお兄ちゃん!」

 

ルビーを受け取ったイリヤは、即座に転身する。美遊も転身したので、俺も仕方なくアーチャーのカードを使って変身した。言葉は話せるみたいだけど、いきなりイリヤを攻撃してきたからな。

 

「……お兄ちゃん」

 

「と、とにかく、人気がない場所に行くぞ!」

 

「う、うん!」

 

「分かりました!」

 

イリヤは空を飛び、美遊は魔力の足場を踏みつけて空を駆ける。俺は英霊化した身体能力で、家の屋根を跳ねて移動を開始する。すると、黒イリヤも俺と同じようにして、後を追いかけてきた。

 

「ピョンピョンしながら追いかけてくる!?」

 

『やっぱり、あいつ英霊の……というかランサーの能力を持っているようですね』

 

「は、速い。さすがはランサーの英霊の力ですね」

 

美遊の言葉通り、黒イリヤはかなり速かった。アーチャーよりも速さは圧倒的に上らしい。速さで振り切る事は、どうもできそうになかった。そうして逃げていると、前方に丁度いい林があった。

 

「よし、あそこなら周囲に迷惑は掛からないだろう」

 

「あそこで迎え撃つんですね?」

 

「……まあ、そんなところだ」

 

迎え撃つ、か。美遊の言葉に、俺は歯切れの悪い返事を返す。彼女と戦う事を前提とする事に抵抗感があるからだった。とはいえ、このまま黙って見ているという訳にもいかない。ジレンマだな。

 

「行くよ、【砲射(フォイア)】!」

 

そんな事を考えていると、イリヤが攻撃を開始してしまった。空にいる黒イリヤに向かって魔力砲を撃った。それは真っ直ぐに黒イリヤに向かう。空中にいてはあれを躱す事はできない。だが……

 

「ふん」

 

「……あれ?」

 

『これは……』

 

黒イリヤは、向かってきた魔力砲を、片手でべしっ、と弾き返してしまった。おいおい。これは、一体どういう事だ? イリヤの魔力砲は、以前に比べると随分と小さく、威力も少なかった。

 

『ちょっ、イリヤさん。幾らなんでも手加減しすぎですよ! もっと魔力を込めてください!』

 

「こっ、この! 【全力砲射(フォイア)】!」

 

「へーい」

 

ルビーの言葉に、ムキになったイリヤが再び魔力砲を発射する。だけど、今度の魔力砲も以前とは比較にならないほど小さかった。そして、黒イリヤはその魔力砲を、槍でイリヤに打ち返した。

 

「な、何でえええええっ!?」

 

『な、なんかイリヤさんの出力が激減してます! めっちゃ弱くなってますよ!』

 

「これは……」

 

幾らなんでも、これはおかしい。そして、黒イリヤはそれを見て意味深に笑っている。

 

「そっか。弱くなってるんだイリヤ。まあ、当然よね。だって私はここにいるんだから」

 

「な、何を言って……」

 

どういう意味なのか。この口ぶりからして、イリヤの弱体化と黒イリヤの出現には何らかの因果関係がありそうだ。だけど、今はそれを考えている暇はない。イリヤの危機が迫っているんだ。

 

「好都合だね。このまま一気に殺させてもらうわ!」

 

「ひいいいいい!」

 

イリヤに迫る黒イリヤ。弱くなっているイリヤになす術はない。ここで我慢の限界を迎えた俺は、黒イリヤの進路上に【赤原猟犬(フルンディング)】を撃ち込んだ。体には命中させないように、狙いを定めて。

 

「っと」

 

「そこっ! 【砲射(シュート)】!」

 

俺の矢で足を止めた黒イリヤに、美遊が魔力砲を撃ち込んだ。完璧なタイミングだった。だが……

 

「あははっ、当たらないよ♪」

 

「そんな!?」

 

黒イリヤは、体を捻りながら上空に跳んで、美遊の魔力砲を回避した。今のを躱すなんて、どんな身体能力だ? 美遊は、悔しそうにしながらも次の攻撃の為に魔力を込めた。連続攻撃する気か。

 

「これならどう? 【速射(シュート)】!」

 

「わ、私も! 砲射が駄目なら……【斬撃(シュナイデン)】!」

 

「無駄だってば。私が視認してる限りね」

 

美遊がマシンガンのような魔力砲を放つ。そして、それと同時にイリヤも、魔力を薄い刃状にして威力を底上げした攻撃を放つ。しかし、黒イリヤは、それをあざ笑うかのように悉く躱していく。

 

素早いだけでは、とても説明がつかない。イリヤと美遊の同時攻撃すら、この黒イリヤには通用しないというのか。幾らなんでも、これは普通じゃない。まるで、攻撃を読み切っているようだ。

 

それに、今の言葉。『私が視認してる限り』だって? まるで、見えている攻撃ならどんなに連続で撃たれても躱せると言ってるようだ。だったら……俺は戦場から離れて、見えない場所に行く。

 

「……かなり手加減して……【赤原猟犬(フルンディング)】!」

 

「なっ!?」

 

木の枝の上に立ち、木の葉で身を隠して、俺は手加減した赤原猟犬(フルンディング)を撃ち込んだ。すると、イリヤと美遊の同時攻撃すら軽々と躱していた黒イリヤは、俺の攻撃を回避する事ができなかった。

 

「いった~……さすがお兄ちゃん。嫌なとこ突いてくるなあ。もう私の弱点見切っちゃったんだ。ああ、そんな所もかっこいいなあ……それに、私に怪我させないように手加減してくれるなんて」

 

「なっ!? は、ははははは裸っ!?」

 

「士郎さん……」

 

「い、いや違う! 別に脱がせるつもりじゃ!」

 

「うふふ、お兄ちゃんのエッチ♪ 妹の裸に興味があるの?」

 

「なっ、違うぞイリヤ! って、いや君はイリヤじゃ……」

 

どうしてこうなった!? こんな事をするつもりは、全然なかったのに! それに、イリヤの顔でお兄ちゃんって呼ばれるとさらに混乱する。まるで、本当にイリヤを脱がせてしまったようだ。

 

場を満たしていたシリアスな雰囲気が、一気に霧散していく。美遊の視線が痛い! イリヤ、そんな目で見ないでくれ! 俺は、お前を脱がせるつもりはなかったんだ! ああ、何だこれ!?

 

「お兄ちゃんに免じて、今日はこれくらいにしておいてあげる。でも、次は殺すからね。だから、覚悟しておいてお姉ちゃん♪ それじゃあねーっ! お兄ちゃんも、またね♪ 次は二人で……」

 

「お兄ちゃんから離れて! そして、服を着てっ! これ以上私の悪評を広めないでーっ!」

 

混乱する俺の横に黒イリヤが着地して、甘えた声を出した。そして、イリヤの最後の攻撃を華麗に躱して、風のように去って行った。イリヤの叫び声だけが、空しく周囲に響き渡ったのだった……




こんな感じでどうですか。イリヤと美遊の攻撃を躱していたのは、当然矢避けの加護です。

そして、クロの外見の理由。何故兄貴のカードなのに肌が浅黒いのか。
これは、FGOをやってない人には分からないでしょうが、クー・フーリン・オルタの要素です。
分からない人は、クー・フーリン・オルタで調べてみてください。

服装も、オルタニキ(フーリン・オルタの通称)みたいな感じです。
腹の模様も、オルタニキにあるやつです。身体能力増強のルーン(多分)です。
なので、普通のランサー夢幻召喚より強いです。
クロの魔術知識と小聖杯の力を使って、ルーンで強化しています。

他にも、この作品ならではのクロの戦い方を出していきますので、お楽しみに。

それでは、感想待ってます。


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黒イリヤを捕まえて

今回は少し長くなりましたが、VSクロ、二回戦です。

それではどうぞ。


【士郎視点】

 

「いやああああぁぁぁぁっ! 何でこうなってるのおおおぉぉぉっ!」

 

「完璧ね」

 

「……え~っと……なあ遠坂、何だこれ?」

 

目の前に広がっている光景に、俺はそう言うしかない。俺達の視線の先には、体をぐるぐる巻きにされて木の枝から吊るされているイリヤが、涙目で叫んでいた。それを見て、満足げに呟く遠坂。

 

俺達は今、ある目的の為に森に来ていた。その目的というのは、他でもない。黒イリヤを捕まえるというものだったのだが、何故かイリヤがこんな状態になっているという訳だ。というのも……

 

俺は、こうなった経緯を思い出す。そう、それは数時間前の事だった―――

 

…………………………………………………

 

「まあ、よく来てくださいましたわ士郎(シェロ)。さあ、早くお入りになってくださいまし」

 

「えっと、うん。それはそうさせて貰うけどさ……」

 

黒イリヤ対策の作戦会議の為に、家の前にある屋敷を訪れた俺とイリヤ。出迎えてくれたルヴィアは満面の笑みで、そう言ってくれた。それはありがたいが……俺は、ルヴィアの背後を見る。

 

「どうかしまして?」

 

「いや、その……遠坂は何をやってるんだ? それ、ルヴィアの家のメイド服だろ?」

 

「くっ……」

 

そう、ルヴィアの後ろには、メイド服姿の遠坂と美遊がいた。美遊の事は知ってたけど、どうして遠坂まで? 俺の素朴な疑問に、遠坂は悔しくて仕方ないという風な顔をして、歯軋りをする。

 

「オーッホッホッホ! どうかお気になさらずに。見ての通り、当家のメイドですわ」

 

「……お願いだから、詳しい事情は聞かないで衛宮君……」

 

「えっと……うん、ごめん」

 

聞かない方が良さそうだ。勝ち誇ったような高笑いを続けるルヴィアと、悔しそうにしながらも、反論しない遠坂の姿を見て、俺はこれ以上詮索するのはやめる事にした。遠坂が可哀想だしな。

 

『ぷくくく、凛さんの面白おかしいそのエピソードは、あとで私が見せてあげますよ。映像で』

 

「やめなさい!」

 

と思っていたら、ルビーが遠坂の恥を広めようとしてきた。お前は鬼か。どうやら、イリヤもその事は知っているみたいだが、イリヤは苦笑いを浮かべるだけで、何も言おうとはしなかった。

 

まあ、その話はいい。本題を話そうという事になって、俺達はルヴィアの屋敷に入ったのだった。そしてメイド服姿の遠坂がホワイトボードの前に立ち、今の状況をボードに書き込んでいった。

 

「という訳で、作戦会議よ」

 

ボードには、黒イリヤ出現。ランサーのクラスカードが消滅? 等の文字が書かれている。さらに黒イリヤの顔(絵)からイリヤの顔に矢印が引かれていて、命を狙っている? と書かれていた。

 

遠坂がそれらを書いている内に暇になった皆は談笑をしたり、紅茶を飲んだりと、思い思いに時間を潰していた。俺は一応、遠坂の動向を見ていたが。っていうか、遠坂って絵が上手いんだな。

 

「……アンタ達、ちゃんと聞けえええええ!」

 

そんな皆を見た遠坂が、怒りを爆発させた。おっと、やばい。どうも仕切り屋だったらしい遠坂が爆発したので、俺達は姿勢を正して遠坂を見た……メイド服姿の遠坂を。……ぷっ、やばい……

 

「オーッホッホッホ! 何度見ても愉快ですわ!」

 

『ほんとですねえ! シリアスな顔で怒っているところなんかが、特に!』

 

「ぷっ、や、やめてルビー……笑っちゃうから」

 

「くくく……」

 

「……アンタらねえ……ちゃんと聞けって言ってんのよ! あと、アンタは笑いすぎなのよ!」

 

遠坂の手元で、ナイフとフォークが光った。ひいっ!? 遠坂、それはメイドじゃなくて、執事がやる技だぞ! 遠坂が投擲したそれらが、ルヴィアの眉間に突き刺さった。うわあ、痛そうだ……

 

「ぬおおおおっ! 何をするんですのメイドの分際で!」

 

『お、おう……凛さんの怒りが有頂天に……』

 

ルビーにも大量に突き刺さり、壁に縫い止めている。ちなみに、イリヤと俺の顔の間にもフォークが刺さり、俺達兄妹の髪を風で揺らした。こ、こええ! お、俺とイリヤは笑いを堪えただろ!

 

眉間に刺さったナイフとフォークの痛みに、のた打ち回るルヴィア。遠坂は、それを冷たい視線で見下ろしながら、『申し訳ありませんでしたお嬢様』と白々しい声で謝り、それらを引き抜いた。

 

「ったく。ルヴィア、アンタにもこの状況のまずさは理解できてる筈よ。一般人(衛宮君達)を巻き込んだ事は協会には報告してないのに、更にこんな異常事態になったんじゃ、バレたらただじゃすまないわ」

 

「……ふん、そんな事、貴女に言われるまでもありませんわ」

 

「分かってるんだったら、真面目に聞きなさいよ」

 

ナイフとフォークが刺さっていた眉間から血を流しながら、ルヴィアもやっと真面目な顔になる。遠坂の言葉に納得したのだろう。それはいいんだが、その眉間から流れる血をなんとかしろよ。

 

「ほら、絆創膏貼っとけよ。それから、悪かった遠坂。話を進めてくれ」

 

「あ、ありがとうございますわ士郎(シェロ)

 

「わ、分かればいいのよ分かれば」

 

ルヴィアに大きめの絆創膏を渡し、遠坂に謝って話の続きを促す。すると二人は、少し顔を赤くしながら元の位置に戻っていく。恥ずかしいなら、もう子供みたいな喧嘩はやめて欲しいんだが。

 

「……お兄ちゃん、いつからそんなに凛さんと仲良くなったの?」

 

「……それに、どうしてルヴィアさんは士郎さんの事を『士郎(シェロ)』と呼んでいるんですか?」

 

「あれ? どうしたんだ、イリヤに美遊。視線が怖いんだが……そんな事は別にいいだろ」

 

「「良くないよ(です)」」

 

ところが、遠坂達の喧嘩が収まったと思ったら、何故かそれを見ていた妹達が、機嫌を悪くした。なんでさ。あれからの二週間の事はイリヤ達とは関係ない状態だったから、気になるって事か?

 

「はいはい、話を続けるわよ。黒イリヤの目的は、どうやらイリヤの命らしいんだけど……」

 

そんな俺達を、手を叩いて止めた遠坂が説明を再開させる。一番の懸念事項だったあの黒いイリヤの目的は、昨日判明した。イリヤの命。遠坂はその事を確認しつつ、イリヤの顔を見てきた。

 

「そのイリヤは、何故か弱体化している、と……」

 

「はい……」

 

そう言いながら、ホワイトボードを見る遠坂。ホワイトボードには、イリヤの顔の絵の上に弱体化している? 何故? と書かれている。それを聞いたイリヤは、がっくりと項垂れてしまった。

 

魔術専門家組は、う~んと悩み始める。ルビーによれば今のイリヤは身体的には何の異常もなく、魔力容量と出力だけが大幅に下がってしまっているのだそうだ。一体、どういう事なんだろう。

 

『今のイリヤさんの魔力は、最大時の三分の一くらいになってしまっています』

 

「で、黒イリヤによれば、それは彼女の出現と関係があるっていうのね?」

 

「そう言ってたな。今のイリヤの状態に、何か心当たりがあるみたいな感じだったぞ」

 

「ふ~ん。となれば、私達の方針は決まったわね」

 

俺達の話を聞き終えて、遠坂はそう言った。確かに、これら全てを解決する方法は一つしかない。黒イリヤの正体。イリヤの異常。そして、命を狙われているという現状。この問題の解決策は……

 

「私達の目的は一つ。黒イリヤを捕獲するわよ!」

 

…………………………………………………

 

そう、こんな結論が出たんだったな。遠坂の宣言に、全員が頷いた所までは良かったんだ。それがどうして、こうなってしまったんだ。具体的な作戦を決めた時は、こんな作戦はなかった筈だ。

 

「ふっ、どこにいるか分からない相手を誘き出すには、どうすればいいと思う?」

 

「えっと……まあ、確かにそれは問題だよな。で?」

 

「その答えが、これなのよ!」

 

「おろしてええええぇぇぇぇ!」

 

俺の質問に、遠坂は自信満々に作戦を語る。そして、これだと示された先には、相変わらず縛られて木の枝に吊るされている俺の妹がいる。いや、これと言われても。どう解釈すればいいんだ?

 

「分からない? エサよ、エサ」

 

「エサ……ねえ」

 

「黒イリヤの目的は、本物のイリヤの命なんでしょう? だったら、これは無視できない筈よ! 例え罠だと分かっていてもね。万が一の保険として、ああして豪華な料理も用意してるし!」

 

まあ、言いたい事は理解できる。だが、果たしてこれで上手くいくのだろうか。遠坂が自信満々に語る保険とやらに目をやる。吊るされているイリヤの下に、見るからに豪華な料理があった。

 

「完璧な作戦よ」

 

『そうでしょうか』

 

サファイアの意見に同意だ。遠坂は、どうしてこの作戦にこんなに自信を持っているのだろうか。その根拠とやらを、是非とも聞いてみたい。美遊も俺と同じ考えらしく、冷や汗をかいていた。

 

ルヴィアも何とか言ってくれと思ってルヴィアの方を見てみると、ルヴィアは笑っていた。それを見て、ああ、これは遠坂のこの作戦を馬鹿にして、またいつもの喧嘩が始まるのかと思っていた。

 

だが……

 

「フッ、貴女の案に乗るのは癪ですけど、完璧な作戦ですわ」

 

何故かルヴィアは、遠坂の作戦を絶賛した。いや、なんでさ。俺と美遊は、ルヴィアの言葉を聞いて肩を落とした。ひょっとして、この二人の魔術師の頭はかなり残念なのではないだろうか。

 

「……凛さんを信じた私が馬鹿だった……」

 

そんな俺の耳に、イリヤのそんな呟きが聞こえてきた。抵抗してもがくのを諦め、大人しくなったイリヤの魂の呟きだった。その姿は、もはや哀愁すら漂わせている。兄として助けるべきかな。

 

そう思った時。何かが枝を踏む音が聞こえてきて、俺達は一斉にその方向に顔を向ける。すると、そこには白けた表情で吊るされているイリヤを見上げている人影がいた。そう、今回の目的。

 

『『『ほ、本当に来た……!』』』

 

「「計算通りね(ですわ)」」

 

心の中で同時に呟く俺とイリヤと美遊(表情で分かった)と、自信満々の表情でニヤリと笑う遠坂とルヴィア。本当に現れた黒イリヤは、胡散臭い物を見る目で吊るされているイリヤを見上げる。

 

そして、その下をグルグルと回りながら、様々な角度で見つめる。一方、見られているイリヤは、ダラダラと冷や汗を流してその視線に耐えている。そんな目で見ないでと思っているんだろうな。

 

縛られているだけで何もできないイリヤは、その視線から逃れる事もできないし。気の毒に……

 

「ちょっとイリヤ……! もっとエサっぽく、もがいて誘いなさいよ……!」

 

動かないイリヤに、遠坂が小声で指示を出す。いや、そんな小声じゃイリヤには聞こえないぞ。

 

「ん~……何か、あからさまに罠すぎて、リアクション取りづらいわ~……」

 

「「ちいぃぃっ……! バレたか……!」」

 

当たり前だ。黒イリヤの言葉に、同時に小声で悔しがる遠坂とルヴィア。むしろ、どうしてあれでバレないと思っていたのか本気で聞きたい。遠坂の考えた作戦は当然の如く失敗と思われたが……

 

「まあ、良いか。いじらしく台本考えたみたいだし、乗ってあげるわ!」

 

イリヤを殺す絶好のチャンスである事は間違いないと判断したらしい黒イリヤは、吊るされているイリヤに向かって槍を構えてジャンプした。まさか上手くいくとは。驚いたが、俺も準備する。

 

来たァァァァァァァ(フィィィィィィィィッシュ)! 捕縛対象切り替え!」

 

遠坂は、叫びと共に拘束帯を引く。すると捕縛術式が発動し、イリヤを縛っていた拘束帯が解けて黒イリヤを縛り上げる。それと同時に、拘束帯の中に仕込んであったルビーで変身するイリヤ。

 

俺もアーチャーのカードで変身し、美遊も魔法少女の姿に変身する。しかし、黒イリヤも簡単には捕まってくれない。槍の穂先で拘束帯を切り刻み、あっさりと脱出した。だけどこっちだって!

 

Zeichen(サイン)! 【見えざる鉛鎖の楔(ファオストデアシュヴェーアクラフト)】!」

 

ルヴィアが仕掛けておいた捕縛魔術を起動させた。黒イリヤの足元に魔方陣が浮かび上がり、その体を押し潰すようにして地面に縫い止めた。見た感じ、重力で対象を動けなくさせる魔術かな。

 

「ふうん……中々厄介な捕縛魔術ね。でも……」

 

黒イリヤは、重力魔術で動けなくさせられているのに冷静だった。額には冷や汗が流れているが、すぐに右手に魔力を集中させて、地面に何かを描いた。何だ、文字か? Fみたいな文字だ。

 

「バーサーカーを捕えた時に比べれば、だいぶ(ランク)が落ちるわ! 【ANSZ(アンサズ)】!」

 

「なっ、これはまさか、ルーン魔術!?」

 

黒イリヤが叫んだ瞬間に、足元の魔方陣が爆発して掻き消されてしまった。遠坂がそれに驚いて、黒イリヤの力を分析する。ランサーのカードの力を使っているのに、魔術まで使えるのか!?

 

「これで終わり? 魔術戦なら、私もそれなりにやり合えるわよ?」

 

「クッ、そういえばクー・フーリンはルーン魔術にも長けてるんだったわね。まさか、ランサーのクラスでもここまでの威力の物を使えるだなんて。英霊化って、ほんっと厄介だわね……」

 

「まあ、私自身の魔術知識があればこその技だけどね」

 

遠坂が、悔しそうに歯噛みする。ルヴィアもだ。魔術師としてのプライドだろうか。それにしても黒イリヤの言葉はどういう事だろうか。彼女自身にも、魔術の知識があるっていう事なのか?

 

「魔術では分が悪いわ。イリヤ、衛宮君!」

 

「取り敢えず、今全力の、【散弾】!」

 

「仕方ないな……!」

 

今ので捕まえられれば良かったんだが。遠坂の指示に、俺とイリヤは黒イリヤの目を眩ませる為に牽制の攻撃を仕掛けた。直接狙えば躱されるだろうけど、今回の攻撃は当てるつもりはない。

 

黒イリヤの周囲の地面に、可能な限り矢を連射する。イリヤの散弾と合わせて、土煙が派手に舞い上がった。これで黒イリヤの視界を奪う事は成功した。あとは、本命の攻撃に全てを託すだけ。

 

「そうくるか。散弾と矢の連射攻撃での煙幕。となれば、次は当然……」

 

だが、黒イリヤの呟きを聞いた俺は戦慄する。攻撃を読まれている!? 黒イリヤの背後から迫る本命の一撃。煙幕に身を隠した美遊が、ある物を手に飛び掛かった。しかし、読まれている。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)か……流石は美遊。いきなりウィークポイント突いてくるわね」

 

「クッ……!」

 

身を捻って美遊の奇襲を躱し、その手を掴む黒イリヤ。美遊の手に握られていたそれは、一振りの短剣だった。稲妻のように曲がった刃を持つそれは、キャスターのカードの限定展開(インクルード)の宝具。

 

その短剣の効果は、魔力で構成された物、契約、全てを破壊、無効化する事ができるというもの。黒イリヤにそれが有効だと美遊は判断したらしかったが、その刃を届かせる事はできなかった。

 

「この対応力、普通じゃないわよ」

 

「ああ。まるで、こっちの手を全て読まれてるみたいだ」

 

俺達は、歯噛みした。5対1だというのに、黒イリヤを抑える事ができない。黒イリヤは俺達の攻撃に即座に対応してくる。遠坂達は魔術を封じられ、イリヤと美遊も魔力砲を躱されてしまう。

 

そして俺は、妹と同じ顔をしている黒イリヤに全力で攻撃し辛い。どうしても躊躇してしまう。

 

「どうすればいいんだ……」

 

俺は、そう呟く事しかできなかった。

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「うぅ~……」

 

私は、私と同じ顔をした敵を見て唸った。敵は、そんな私達を楽しそうに見ている。私はこの状況の中で、違和感のような物を感じていた。自分と同じ姿をした敵。何とも言えない感覚だった。

 

まるで、鏡の中の自分と戦っているような感じ。その状況に対して、私はやっと自分の中で明確に言葉にする事ができた。鏡の自分が、容赦なく襲い掛かってくる。うん、これはすっごい……

 

「すっごい、キモい! うひゃあっ!?」

 

「キモいとは何だぁ!」

 

「ヒイィィ!?」

 

率直に感想を言ったら、敵が槍を突き出してきた。私は、それを何とか躱して逃げる。すると、敵は私の後を追ってきた。物凄いスピードで。物凄い形相で! 私は、必死に走って逃げる。

 

「やっぱ、アンタすっごくムカつくわッ! ここで死んでください!」

 

「ヒィ!? 敬語で死んでとか言わないでよッ! 言っちゃダメなんだよそんな事!」

 

「知るか! 大人しく死になさい!」

 

「わあぁぁ、理不尽ッ!」

 

恥も外聞もない。はたから見たらかなり面白いやり取りになってる気がするけど、当事者の私は必死だ。後ろから繰り出される槍の連撃を、とにかく避け続ける。すると、ようやく助けが……

 

「そこまでよ!」

 

「お待ちなさい!」

 

「凛さん、ルヴィアさん!」

 

救いの神に見えた。最初に私をエサにした人達とは思えない。私と敵の間に凛さん達が割り込んで立ち塞がった。敵の背後からは、お兄ちゃんと美遊が追い掛けてきている。よし、挟み撃ちだ。

 

「おっと。邪魔よ。魔術なら、私もそれなりだって言った筈よ!」

 

「「なっ!?」」

 

そう思っていたら、敵はさっき切り裂いた拘束帯に魔力を通して利用してきた。凛さん達がそれにあっさりと拘束される。わああん、役立たず! さっきまでの頼もしさは、どこにもなかった。

 

「こ、この……」

 

「こっ、拘束帯を逆利用されるなんて!」

 

『役に立たない人達ですね~』

 

あっさりと戦線離脱した凛さん達に、ルビーが容赦ない言葉を浴びせる。今回は同意見だけどね。

 

「だったら、私が。【速射(シュート)】!」

 

「美遊、それは下策よ。私にそれが通じない事は、昨日見せたでしょう?」

 

「くっ、でも、足止めくらいになら!」

 

「成程。そういう考え方もできるわね。なら……」

 

それを見た美遊が、魔力砲を連続で撃ち込むけど、敵は昨日と同じように躱してしまう。美遊は、それでも敵の足止めの為に魔力砲を撃ち続けた。すると、敵は反転して美遊の方に近付いていく。

 

「なっ!?」

 

正面から撃ち込まれる魔力砲を悉く躱しながら、美遊に接近する敵。それ見た美遊が、驚きの声を出す。当たり前だ。攻撃を躱しながら接近してくるなんて。しかも、至近距離の攻撃も躱される。

 

「美遊!」

 

「遅いわよお兄ちゃん。もう勝負はついてる。カレイドの魔法少女の弱点その一、接近戦」

 

お兄ちゃんが美遊を助けようとするけど、遅い。弓矢は躱されちゃうから、お兄ちゃんも接近しないと攻撃できないからだ。敵は、美遊に接近してサファイアを奪い取ってしまった。まずい。

 

「そして弱点その二。ステッキが手から離れて30秒経つか、マスターから50メートル離れると変身解除。ちゃんと持ってなきゃダメじゃない、美遊。という訳で、バイバイ、サファイア!」

 

『美遊様ああああああああああああ!』

 

「サファイアァァァァァァァァァァ!」

 

奪い取ったサファイアを、敵は槍をフルスイングして遥か彼方にかっ飛ばした。サファイアが遠くに離れてしまった事で、美遊の転身は解除されてしまう。美遊までが、こんなにあっさりと……

 

「待つんだ、こら」

 

「うふふ。捕まえてご覧なさいってね♪ アーチャーのスピードじゃ無理よお兄ちゃん」

 

お兄ちゃんが捕まえようとするけど、ランサーのスピードでひらりと躱されてしまう。この敵は、どうもお兄ちゃんを攻撃するつもりはないみたいだ。そんな様子も、私の神経を逆撫でする。

 

お兄ちゃんが、この子を傷付けるつもりがない様子なのも。敵は、そのままひらりと宙に跳んだ。お兄ちゃんの手から逃れて、私の目の前に着地した。ひッ!? 慌てて逃げようと反転する私。

 

「流石に、イリヤに手を出させる訳にはいかない!」

 

「邪魔しないでお兄ちゃん。【四枝の浅瀬(アトゴウラ)】!」

 

双剣を握り締めて迫るお兄ちゃん。敵は、それを見て足で地面に何かを描いた。すると、私と敵の周りに魔方陣が浮かび上がって、お兄ちゃんの接近を邪魔した。こんな事までできるの!?

 

「進めないッ……」

 

「決闘用のルーンよ。さあ、これでアンタももう逃げられないわよ。邪魔も入らないし」

 

「うぅ……」

 

『これは流石に、打つ手がありませんね……』

 

私も外に出られない。私は、もう打つ手がなくなって座り込んだ。まさか、ここまで手強いなんて思っていなかった。用意していた作戦が破られて、凛さん達の魔術も、美遊の攻撃も通じない。

 

「諦めた?」

 

「もう……これで……これで……」

 

お兄ちゃんの動きも読まれてる。ランサーのスピードには対応しきれない。本当に、もう打つ手がない。私は、ただ座り込んだまま敵の接近を受け入れた。凛さん達の叫びが聞こえる。でも……

 

「これで終わり……」

 

「さよなら、イリヤ♪」

 

「……と、思ったでしょ?」

 

「……は?」

 

敵が私に槍を突き付け、突き出そうとしたその瞬間。一歩近付いた敵は、私に攻撃を繰り出す事ができなかった。敵の体が、地面に半分沈んでいる。まさか、これを使う事になるなんてね……

 

「「よっしゃァァァァァァァァァァァァ!」」

 

それを見て、勝利の雄叫びを上げながら拘束帯を引きちぎる凛さん達。どうでもいいけど、女の人が上げる叫び声じゃなかった。私達の周りにあった四つの魔方陣も、いつの間にか消えている。

 

そう、私が逃げていたのは、この場所に敵を誘き出す為だったのだ。ここにあったのは……

 

「そ、底なし沼ァァァァァァァァァァァァ!?」

 

敵の叫び通り、底なし沼だった。そう、以前凛さん達がはまったあの底なし沼。これは、本当に打つ手がなくなった時の為の最後のトラップ。でも、上手くいくかどうかも分からない罠だった。

 

「地面に擬態させていたのね! クッ、でもこんな物、すぐに……」

 

敵も諦めない。底なし沼なんて、どうとでもできると思っているんだろう。敵は右手に魔力を集中して、沼の外の地面に何かを描こうとする。魔術を使うつもりだろう。槍は地面に落ちてるし。

 

「……あれ!? このっ、何で……」

 

でも、地面に描かれた文字は何も起こさない。初めて敵が慌て始めた。凛さん達が近付いてくる。

 

「うふふ。魔術を使おうとしても無駄よ」

 

「何故なら、その沼は五大元素全てを不活性状態で練り込んだ完全秩序(コスモス)の沼ですわ! 『何物にも成らない』終末の泥の中では、あらゆる魔術が起動しませんわ! 当然、貴女の魔術もね!」

 

「ッ!?」

 

それを聞いた敵が歯噛みする。私には何の事だか分からないけど、この子には分かるんだ。脱出も抵抗もできなくなった敵は、凛さん達を睨み付ける。それを見た凛さん達は、実に楽しそうだ。

 

「間抜けな罠だと思ってるでしょうけど、それにはまった時点で貴女の負けは確定したのですわ」

 

「そう、間抜け……ふっ……ふふふ……」

 

勝ち誇った二人が、最後にそう締めくくった。どこまでも得意げな様子だった。そして……

 

「オーッホッホッホ! 間抜け! 間抜けですわー!」

 

「底なし沼にはまるなんて、こっちこそリアクションに困るわー!」

 

大爆笑。目に涙を浮かべながら、大笑いする。どうやら、先日自分達が同じ醜態を晒していた事は綺麗さっぱり忘れ去っているらしい。なんて都合のいい頭をしているんだろうと、私は思った。

 

「ほらほら、どうするのー? こうしている間にもどんどん沈んでいくわよー?」

 

「うぅうぅうぅうぅうぅうぅ……ッ!」

 

「あらあら、この子ったら泣いていますわ。可哀想に」

 

こ、この人達は……何もできなくなって、沼に沈んでいく子供に対してこの言いよう。この人達は本当にダメな人達だと思いました。お兄ちゃんと美遊も、この二人を見て心底呆れ返っている。

 

「うわ~~~~~~~~~~~~ん!」

 

敵は、とうとう大泣きしてしまった。そして、もう私に手出しをしないと約束させて沼から救出。ついに黒い私を捕まえる事に成功したのでした。最後は、こっちの方が悪者みたいだったけど……




クロは、兄貴が使わなかったルーンも積極的に使います。
ですが、必殺のゲイ・ボルクはあまり使いません。
魔力の消費が少し多いからです。単独行動のスキルがありませんからね。

そして、コメントでオルタニキは白い肌だと指摘されました。
立ち絵が完全に褐色肌だったので、知りませんでした。
まあ、少し設定を変えればいいだけなんですけどね。
という訳で、このクロが反映させたオルタニキはFGOとは違う存在です。
似て非なる可能性。そもそも、FGOのオルタニキはバーサーカーですが、これはランサーです。
分かりやすい例えを出すと、アポクリファのヴラドとFGOのヴラドみたいな感じです。

なので、ランサー・オルタニキという可能性をクロが反映させたという事にします。
FGOのオルタニキは、そもそも真っ当な存在ではありません。
この辺はFGOのネタバレになるので書きませんがね。
クロが反映させたクー・フーリン・オルタは、兄貴のオルタの可能性の存在です。
FGOのオルタニキと同じような姿をしていますが、褐色の肌という事にします。
その存在の可能性を、クロの暗い感情が反映させたので褐色の肌という感じです。
ステータスも、普通のランサー兄貴と同じで、矢避けの加護のランクもBのまま。

こういう事にしてください。勘違いをして申し訳ありませんでした。

それでは、感想待ってます。


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命名・黒イリヤ

クロの尋問です。今回は、原作と少し展開を変えます。
ランサーのカードを核にしたクロは、少し性格が違うという事ですね。

それではどうぞ。


【士郎視点】

 

薄暗い地下室に、俺達はいた。黒イリヤを捕獲する事に成功し(泣いてる様子に心が痛んだが)、彼女の話を聞く段階に移行した。そして、その為の設備がある場所に移動する事になったんだ。

 

それがルヴィアの屋敷の地下室であり、黒イリヤを厳重に拘束して話を聞こうとしている。イリヤが縛り付けられているみたいで、俺は微妙な気分になってしまうんだが、これは仕方がない事だ。

 

なにしろ、この黒イリヤはたった一人で俺達五人をあしらって、あと一歩でイリヤを殺す寸前まで追いつめてしまったほど厄介な存在だ。十字架に磔にされ、魔力を封じる布で封じられている。

 

「……幾らなんでも、この扱いはあんまりじゃない?」

 

黒イリヤが、ため息交じりにそう言う。他の皆はそれを無視しているが、俺は罪悪感で黒イリヤを見る事ができず、目を逸らした。彼女に懇願されたら、解放してやりたくなってしまうからだ。

 

「やれやれ。ここまでしなくても、危害は加えないわよ」

 

皆の態度に嘆息した黒イリヤは、そんな事を言う。確かに、彼女は俺達を傷付けるような事は一度もしなかった。唯一の例外を除いて。すると案の定、黒イリヤはその例外について付け加えた。

 

「イリヤ以外には」

 

「それが問題なんでしょうが!」

 

黒イリヤが付け加えた最後の一言に、イリヤが激高して机を叩く。まあ、確かにそうだな。俺も、イリヤを狙われたからそれを止めようとした。それさえなければ、俺としては戦う理由はない。

 

むしろ、戦いたくない。俺的には、手の掛かる妹が一人増えたような感覚だ。彼女が望む事なら、手を貸してやりたいと思う。誰かを傷付けるような事じゃなければ。だからこそ、俺は知りたい。

 

彼女の事を。彼女の本当の望みを。話が通じ、心があるのなら。そんな解決策もある筈だ。イリヤを殺すのが何の為なのかを知る事ができれば、他の手段で彼女の望みを叶える事もきっとできる。

 

「さて、尋問を始めましょうか。言っておくけど、貴女には黙秘権も弁護士を呼ぶ権利も無いわ」

 

「おい、遠坂……もう少し穏便に話を聞く事は出来ないのか? 相手は子供なんだぞ?」

 

「悪いけど、それは無理よ。この子は危険すぎる。確かに見た目は子供よ。けど、英霊の力を自由に使う事ができる子供なの。言ってみれば、子供が重戦車を持っているみたいな感じなのよ」

 

「……遠坂の言いたい事は理解できる。俺も、英霊の力を使えるからな」

 

「だったら……」

 

「理解はできる。でも、納得はできない。だって、この子は俺達を傷付けなかったじゃないか」

 

「……お兄ちゃん」

 

「だけど、それは……」

 

「イリヤを攻撃したって言うんだろ? それは悪い事だし、俺も全力で止める。だからこそ、俺はこの子の話をちゃんと聞きたいんだ。脅かすとかじゃなくて、この子と正面から向き合ってな」

 

子供を叱る時は、頭ごなしに否定をしてはいけない。何が悪かったのかをちゃんと言い聞かせて、理解させてやらないといけない。そして、同じ目線に立って話をして、その子の望みを聞くんだ。

 

俺達は大人なんだから、その望みをもっと上手く叶える方法を考えてやらないといけない。正しい方法をな。間違った方法しか知らないのなら、俺達が教えてやらないといけないんじゃないか?

 

「……私が悪いみたいじゃない。イリヤの安全の為にやってるのよ?」

 

「分かってる。一般人のイリヤの事を考えてくれてるのはな。でも、そんな風に脅かしたら本当の事を言わなくなるかもしれない。それもあるから、俺はこう言ってるんだよ。駄目かな?」

 

「……はあ、分かったわよ。じゃあ、改めて質問に答えてくれるかしら?」

 

「そうね。私を庇ってくれたお兄ちゃんの顔も立てたいしね。私に答えられる事なら」

 

何とか納得してくれた遠坂は、改めて黒イリヤに質問しようとした。すると、俺達の話を黙って聞いていた黒イリヤは、さっきまでの笑みを消してそう答えてくれた。やはり、話は通じる相手だ。

 

「まずは、そうね。貴女の名前を教えて貰おうかしら?」

 

「名前? そんなの決まってるじゃん。イリヤよ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

遠坂が尋ねると、黒イリヤはあっさりとそう答えた。何を当たり前の事を聞いてるのかという感じで、何の気負いもなく。それを聞いたイリヤが頬を膨らませ、遠坂が頭を押さえてため息をつく。

 

「……本当の事を教えて欲しいんだけど?」

 

「失礼ね。本当の事よ。お兄ちゃんに誓って、嘘なんてついてないわ」

 

「……どうだかね」

 

見た感じでは、黒イリヤは嘘をついているようには見えなかった。しかし、それを本当の事として納得できるかというと、複雑な感じだった。そんな事を言われてしまったら、ますます混乱する。

 

「続けるわよ。貴女の目的は?」

 

「まあ、イリヤを殺す事かなー」

 

「なら、自分の首を絞めれば良いでしょ」

 

「私じゃなくて、あっちのイリヤだってば」

 

遠坂と黒イリヤの問答が続く。あっさりと、淡々と答える黒イリヤ。俺はその目的の理由の方こそ知りたいんだが。話は進むのに、分からない事が判明する訳でもないこのやり取りはなんだよ。

 

「ああ、もう! どっちも『イリヤ』じゃ、ややこしいわね! え~っと……何か、分かりやすい特徴は……黒い肌……黒い服……よし、じゃあクロ! 黒いイリヤだから、クロで良いわ!」

 

「私は猫か?」

 

そういう事になった。まあ、確かにどちらもイリヤでは話が進まないけど、そのネーミングセンスはどうなんだ遠坂。もう少し人間らしい名前にしてあげて欲しい。そうだな……クロ……うん。

 

「なあ。なら、少し変えて『クロエ』って名前はどうだ? クロエ・フォン・アインツベルン」

 

「『クロエ』……私は、クロエ……うん、それがいい! お兄ちゃんがくれた名前だし」

 

「まあ、ならそれで良いわよ。略称でクロって呼ばせて貰うけど良いわね?」

 

「良いよ。好きに呼べば? 重要なのは、お兄ちゃんがくれたっていう部分だしね」

 

どうやら、俺が考えた名前を気に入ってくれたらしい。こうして、彼女の名は『黒イリヤ』改め、『クロエ』となった。そしてイリヤとしても、彼女が違う名前になる事は異存はないようだ。

 

「……お兄ちゃんの事好きすぎるでしょ、あなた」

 

「当たり前でしょ? アンタには言われたくないけどね」

 

「「うぅ~っ!」」

 

まあ、俺が命名してあげた事に対しては、不満があるみたいだけど。兄を取られたみたいな気分になってるのかな、イリヤは。イリヤとクロエは、同じ顔と表情で睨み合う。双子みたいだな。

 

そうか。昨日の二人のやり取りを見ても思ったけど、この二人、双子の姉妹みたいだ。そう思うと微笑ましい気分にもなるな。まあ、その内容は殺す殺さないの物騒なやり取りではあったけど。

 

「はいはい、そこまで。話を続けるわよ? ……で、イリヤを殺そうとする理由は何? まさか、オリジナルを消して私が本物になってやるーとか、そんな陳腐な話じゃないでしょうね?」

 

遠坂が、ついに目的の理由を聞いてくれた。俺としてもそこが一番知りたかった。遠坂は良くある話の定番の例えを出して話を促す。確かに、物語としては良くある展開だ。対してクロエは……

 

「良く分かったわね。まあ、概ねそんな感じかな♪」

 

実に楽しそうな笑顔で、そう言った。まさか本当にそんな展開とは。そうなると、その解決法は? まあ、本当にこれが理由かはまだ分からないけど。この答えを出すには、まだ情報が足りない。

 

「……貴女は、何者なの?」

 

そう、クロエの正体が分からない。それも合わせないと、さっきの理由も完全には理解できない。遠坂の質問に、クロエは一瞬真剣な顔になって、俺の顔、そしてイリヤの顔を順番に見つめた。

 

「……話してあげてもいいけど、お兄ちゃんとイリヤは席を外した方がいいかもね」

 

「……どういう事?」

 

「それは言えない。それを言ったら、今言わない理由を話さないといけないから」

 

「……それは無理よ。この二人は今回の一件の当事者だしね」

 

「だったら、私は言わない。これは約束を違えるって事じゃなくて、他の理由で言えない事なの。嘘は言わないって約束したからここまでは話したけど、この先を話すのは礼儀に反するわ」

 

「……義理堅いのね」

 

「まあね。まあ、これは私の性格じゃなくて、私が力を借りてる英霊の性格の一部だけどね」

 

核心の部分は、何故かクロエが頑なに口を閉ざした。さっきまでの態度じゃなくて、真剣な声音で語るその姿に、俺達は何も聞けなくなる。内容的に実に知りたいのだが、答えてくれそうもない。

 

「じゃあ、その……貴女、どうしてそんなに衛宮君の事が好きなのよ?」

 

いや、何でそんな事を聞くんだよ遠坂! 顔を赤くして、脈絡のない事を聞く遠坂に驚愕する。

 

「え? う~ん……それも、話したくないかな。これは私だけの特別な物だし。この事は、イリヤでさえ知らない事だしね。私だけのお兄ちゃんって感じで、誰にも教えたくないのよね♪」

 

「なっ!?」

 

「……どういう事ですか? 士郎さん……」

 

「し、知らない! 俺は何の事かさっぱり知らないぞ! こら、クロエ!」

 

「や~ん、お兄ちゃん、怒っちゃイヤ♪ 私の名前で叱ってくれるのは嬉しいけど♪」

 

何というか、もうシリアスな雰囲気は完全に死んでいた。照れたような表情で体をクネクネさせるクロエに、俺を凄い顔で睨んでくる妹達。遠坂とルヴィアも、白けたようなジト目を向けてくる。

 

「衛宮君。貴方、知らない妹にまで手を出してたの?」

 

「ちょっと待て。そんな器用な真似ができる訳ないだろ! というか、『にまで』って何だ!?」

 

『凄いですね士郎さんは。新キャラまで知らない内に攻略してたんですか? 流石です』

 

「流石って何だ流石って! お前の中で俺はどういう存在になってるんだ!」

 

「「シスコン」」

 

「美遊、頼むからそれを言うなよ。ルヴィアもだ!」

 

「……お兄ちゃんの馬鹿」

 

「ぐはっ! イリヤの一言が一番効いたぞ……」

 

『カオスですね』

 

もう滅茶苦茶だった。さっきまでの真面目な空気はどこに行ったんだ! お願いだから、もう一度帰ってきてくれ。いや、ください! この混乱が収束したのは、それから数分経った後だった……

 

…………………………………………………

 

「……まあ良いわ。取り敢えず、今はこれくらいにしておきましょう」

 

「あら、もういいの? 絶対に聞き出すって感じだったのに」

 

「いずれ聞き出すわよ。でも、今聞いても答えてくれる気はないんでしょ? だったら、これ以上は時間の無駄よ。だから話を聞くのは、今回はおしまい。でも、その代わり……抑止力は作るわ」

 

クロエの口の堅さは分かった。だから遠坂は、今回はこれで話を終えるつもりらしい。俺とイリヤを外して話すという選択肢を取らない辺り、遠坂も義理堅さは相当だ。だから分かるんだろう。

 

そして、抑止力を作ると言った遠坂は、イリヤの後ろにいるルヴィアに目配せをした。ルヴィアはそれを察したらしく、突然イリヤを羽交い絞めにした。え? おい、何するつもりだ二人とも?

 

「え、な、何?」

 

「ふふっ、大人しくしなさいイリヤ。すぐに済むわ。衛宮君も、邪魔をしないでね?」

 

怯えたような声を出すイリヤに、ニヤリと笑う遠坂。その手には、一本の注射器が握られている。そして、俺に邪魔をするなと釘を刺した遠坂は、羽交い絞めにされているイリヤに近付いていく。

 

「えっ……ちょっ……まさか……」

 

遠坂の手にある注射器を見つめて、イリヤが顔を青くする。小学生なら誰でも注射は怖いだろう。イリヤもその例に漏れず、注射は大嫌いだった。そんなイリヤには、遠坂は悪魔に見えただろう。

 

「いっ……いあーーーーーーーーーっ!」

 

地下室に、イリヤの悲鳴が木霊した。予想通り、遠坂がイリヤの腕に注射器を刺したからだ。

 

「ひ、ひどい……」

 

「ちょっと血を抜いただけよ。大げさね」

 

腕を押さえて涙を浮かべるイリヤに向かって、遠坂が呆れながらそう言う。遠坂の手にある注射器には、確かにイリヤから抜いた血が満たされている。それで一体何をするつもりなんだろうか。

 

本気で痛がるイリヤの頭を撫でてやりながら、俺は遠坂にそう聞いた。遠坂は、イリヤの血を宝石を入れた皿に入れながら、悪魔のような笑みを浮かべる。正直に言って、物凄く恐ろしかった。

 

「さて、それじゃ始めるわよ」

 

「……嫌な予感がするんだけど」

 

「ふっ、大した事じゃないわ。言ったでしょ? 抑止力よ」

 

遠坂は右手の人差し指にイリヤの血を塗り、クロエに近付く。そして、磔を解いてクロエをうつ伏せに寝かせる。両手を魔力封じの布で拘束されているクロエは、それに抵抗する事ができない。

 

そしてクロエの背中の服を捲り上げ、背中に何かを描いていく。それを描き終わると、ルヴィアに頼んでクロエを押さえ付けて貰った。そして、こっちを向いてイリヤを手招きで呼び寄せる。

 

「こ、今度は何?」

 

「いいからこっちに来なさい。早く」

 

さっきの事で怯えるイリヤを呼び寄せて、その手を掴んでクロエの背中に置いた。そして、呪文を唱え始める。それと同時にクロエの背中に描いた模様が輝き始め、暗い地下室を照らしていく。

 

「ちょ、な、何これ!?」

 

イリヤが怯えたような声を発した次の瞬間、凄まじい閃光が地下室を満たしていった。やがてその光が収まると、そこには先ほどと変わらない光景が広がっていた。今、一体何が起きたんだ?

 

「……この感じ、見えないけど人体血印の呪術ね! 何をしたの!?」

 

クロエが鋭い声を上げるが、遠坂は笑みを浮かべたまま答えない。ルヴィアに押さえ付けられてるクロエを、ただ見下ろすだけ……と思ったら、隣のイリヤに目を向ける。そして拳を振り上げる。

 

「えっ!? みぎゃあっ!」

 

「ひぎゃっ!」

 

ゴン、という物凄い音が響き、イリヤが頭を押さえて痛がる。すると、どういう訳かクロエも同時に悲鳴を上げた。二人とも、同じように目に涙を浮かべている。それはまるで、鏡写しだった。

 

「お、おい遠坂。これは一体……」

 

「いやややややややや!」

 

「いだだだだだだだだ!」

 

俺の質問には答えずに、遠坂は無言でイリヤの頬をつねった。すると、またしても同時にクロエが痛がる。まだ終わらない。さらに遠坂は、イリヤの腕を雑巾を絞るように力一杯に絞ってみせた。

 

「ギブギブギブギブギブ!」

 

「それは洒落にならないってば! ぎゃああああああ!」

 

血管が浮かび上がるほどに力一杯腕を絞られたイリヤが、もう限界と訴える。そしてやはりクロエもその痛みを受けているようだ。ここまでくれば、俺にも何が起きたのかを理解する事ができた。

 

全てが終わり、荒い息を繰り返す二人を見て、推測する。つまり、これは……

 

「痛覚共有。ただし一方的な、ね。主人(マスター)が感じた肉体的な痛みを、そのまま隷属(サーヴァント)に伝え、主人(マスター)が死ねば、その『死』すら伝える。けど、その逆は無い。シンプルな……それ故に強固な呪いよ」

 

「……やってくれたわね」

 

やっぱりそうか。予想通りな展開に、俺は納得する。クロエは、忌々しそうに遠坂を睨んで呟く。つまり、クロエがイリヤを殺せばクロエも死んでしまうという事だ。これでは手出しできない。

 

遠坂の言葉通り、これは抑止力だ。この呪いがある限り、イリヤが殺される事はなくなったんだ。確かにこれなら安心だ。俺は、納得しながら痛みで泣いてるイリヤとクロエの頭を撫でてやる。

 

「そう、つまりこれで貴女は……イリヤスフィールの『肉奴隷』になったという事ですわッ!」

 

「アウト! その発言はアウトだぞルヴィア!」

 

「全く……何とんでもない事言ってんのよアンタは……」

 

とんでもない単語を叫ぶルヴィアに、俺と遠坂のツッコミが入った。このお嬢様は、いきなり何を言い出すのだろうか。お前って、本当にどんな日本語を習ったんだよ。真剣に聞いてみたかった。

 

…………………………………………………

 

そんな事があったが、とにかくクロエを抑え込む事には成功した訳だ。まだまだ、クロエについて分からない事だらけだが、それだけでも成し遂げられて良かった。一番の目的は果たされたんだ。

 

詳しい事情やクロエの正体については、今後も話していくしかない。クロエは、ルヴィアの屋敷の地下室に監禁される事に決まった。今回はここまでという事になって、そのまま解散となった。

 

「今日は疲れたねー……何故か私が痛い目にあったし!」

 

「はは、そうだな」

 

ルヴィアの屋敷を後にして、門までの道を歩く俺とイリヤ。その途中で、イリヤがうんざりしたという感じで愚痴を零した。イリヤは、今日は散々な目にあっている。クロエとの戦いもあったし。

 

それが終わったら、今度はクロエの尋問で注射はされるわ、殴られるわ頬をつねられるわ。挙句の果てに雑巾みたいに腕を絞られるわ。関係ないのに痛い目にあわされたイリヤはご立腹だった。

 

そんなイリヤの頭を撫でてやりながら、俺はクロエの事を考える。妹のイリヤにそっくりな彼女。そして、どうやら俺の事を慕ってくれているらしい。そんな所まで、イリヤにそっくりだった。

 

見た目がそっくりなだけではない、まるで本当にもう一人のイリヤのような女の子。俺が名付けた名前を、あんなに嬉しそうにしながら受け取ってくれた。そんな事を思い出して、改めて思う。

 

クロエは、俺が助けてやらないといけない気がすると。馬鹿みたいだと思われるかもしれないが、俺は本気でそう考えていた。そして、できればイリヤにも仲良くなってあげて欲しいと思った。

 

まだ分からない事だらけだが、多分姉妹のような関係になれると思う。だって、この二人の喧嘩は見ていて微笑ましいから。本気で険悪な感じではないのだ。多分俺の思い込みではないだろう。

 

クロエの事をもっと良く知って他の道を探してあげれば、きっと本当の姉妹のようになると思う。楽観的な考えかもしれないが、俺はこの道を諦めたくはないと思った。心の底から、そう思った。

 

その為に何をするべきかを考えながら、向かいにある俺達の家のドアを開けた。すると……

 

「お帰りなさい、お兄ちゃん♪」

 

「なっ!?」

 

「くっ、クロエ!?」

 

「お兄ぃ~ちゃん♪」

 

「はっ、離れて!」

 

玄関に待ち構えていたのは、ルヴィアの地下室に監禁されている筈の新しい妹だった。満面の笑みを浮かべながら抱き着いてきたクロエに戸惑う俺と、それを見て顔を赤くして怒鳴るイリヤ。

 

そんな二人を交互に見ながら、俺はこう思うのだった。ああ、長い道のりになりそうだ、と……




さあ、新たなミッションの始まりです。頑張れ士郎。お前ならできる。
お前は、無限のお兄ちゃんでできているのだから(意味不明)。

さて、クロの現界魔力について説明をしておきますね。
実は、無印編に伏線を張っていたんですよ。気付きましたかね?
アイリの分析です。原作では10年間溜め込んできた魔力が空っぽになってます。
しかし、この作品では半分残っているんです。ランサーの魔力効率の良さのおかげです。
アーチャーでカリバーの投影をした原作とは違って、この作品では投げボルクです。

なので、かなり魔力が残っているんです。それを元にして生まれたクロの魔力も多いのです。
魔力の最大容量が原作の何倍もあるので、単独行動なしでも平気なのです。
活動時間は原作と同じくらいですね。魔力補給の量も多くなりますけど。
さらに、起こせる奇跡も大きかったり……
まあ、これについてはどこまでできるかまだ明かしませんけどね。

それでは、感想待ってます。


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クロの侵略

さあ、クロがイリヤの日常を引っ掻き回し始めます。
原作通りですね。

それではどうぞ。


【イリヤ視点】

 

「な、何でいるの!? 地下室に厳重に監禁されてる筈じゃ……もう脱走? 警備ゆるすぎ!」

 

「クロエ、お前どうやって……」

 

「あの程度の拘禁、私には意味がないの。お兄ちゃんに会いたいから抜け出してきちゃった♪」

 

ルヴィアさんのお屋敷から、色々とあって疲れた私とお兄ちゃんは家に帰ってきた。もう夕方で、今日の晩御飯は何だろうなんて考えながら玄関のドアを開けたら、その先にある存在がいた。

 

そう、その存在とは黒い私、クロだ。そして、お兄ちゃんに抱き着いた。ほんと、お兄ちゃんの事好きすぎでしょ、この子。そして私の方を、一瞬だけ得意気にチラ見してきたのが本当に腹立つ!

 

「待て、セラに見つかったら……」

 

「セラもリズもいないから大丈夫だよお兄ちゃん」

 

「そ、そうなのか……セラは買い物だとして、リズは何で……」

 

「ちょっと待って。それよりも、どうしてあなたがセラとリズの事を知ってるの?」

 

おかしいでしょ。どうして、当たり前のようにその二人の名前が出てくるの? この子って、本当に何なんだろう。お兄ちゃんの事も知ってたし、なんか私の知らない思い出があるみたいな事も。

 

「知ってて当たり前でしょ? 私はアンタなんだから。家族の事くらい知ってるわよ」

 

「なっ……」

 

なんだか、この子を見てると本当にムカつく。私と同じ顔で、同じ記憶を持っている。そんなの、気持ち悪い。まるで、私の方がよそ者みたいじゃない。イリヤは私だし、セラ達は私の家族。

 

何よりも……私は、お兄ちゃんに甘えるクロを見て心がざわつく。お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんなんだ。あなたのお兄ちゃんじゃない! 私はお兄ちゃんの腕を掴んで、クロから引き剥がした。

 

「お兄ちゃんから離れてってば!」

 

「お、おいイリヤ。ちょっと落ち着け」

 

「ふ~ん、私とお兄ちゃんを取り合おうって訳?」

 

「取り合うも何も、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだから!」

 

『おお、これは面白い展開になってきましたね』

 

私がお兄ちゃんの腕を掴んで引き寄せると、クロは面白そうに笑って私を見てきた。私は、それに真っ向から対立した。これ以上、クロに好き勝手にはさせない。そう思っていると、クロは……

 

「ふふふ、面白いじゃない。私の気持ちに勝てるっていうなら、見せて貰おうかしら」

 

「な、何を……」

 

「い、イリヤ。クロエ? 二人とも、頼むから落ち着いてくれ」

 

「ふふっ、クロでいいよお兄ちゃん。さあ、私とお話ししましょ♪」

 

「なっ、この……」

 

クロは、私に挑発的な視線を向けた後、満面の笑みでお兄ちゃんの腕に抱き着いた。私とは反対側を掴んで、体を摺り寄せる。そして、お兄ちゃんの体を引っ張ってリビングのソファに移動する。

 

私も一緒に引っ張られて、三人でソファに座った。そしてクロは、さらに過激な行為に出る。体を密着させて、お兄ちゃんの首に腕を巻きつけて抱き着いた。なっ、なんて事をしてくれるの!?

 

「おっ、おいクロエ……」

 

「クロでいいってば♪ な~に?」

 

「いっ、いや、ちょっとくっ付きすぎじゃないか?」

 

「え~? お兄ちゃんは、こうされるのはイヤ?」

 

「い、嫌って訳じゃないけどさ……」

 

「じゃあいいじゃない♪ 兄妹の可愛いスキンシップでしょ?」

 

《やっ、や~め~て~!》

 

クロの暴挙を隣で見せられている私は、心の中でそう叫ぶ事しかできない。お兄ちゃんの首元に顔を埋めて、耳元で囁くクロ。そして、そんなクロに押し切られて何も言えないでいるお兄ちゃん。

 

クロは、私をチラ見して笑みを浮かべる。できるものなら同じ事をやってみろ。クロの視線はそう言っている。さっきの言葉は、こういう事だったのか。私は遅まきながら、それを理解した。

 

「ん~♪ お兄ちゃんっていい匂いがするね」

 

「こ、こら、匂いを嗅ぐんじゃない」

 

「ふふふ、お兄ちゃんってばそんなに狼狽えちゃって。妹を意識して興奮してるの?」

 

「馬鹿を言うんじゃない! また誤解されるだろ!」

 

「お兄ちゃんのシスコン♪」

 

《いっ、いやぁ~~~~~!》

 

もう見ていられない。私と同じ顔で、なんて事してくれるの! こんなの、もうテロだよ! 兄妹の関係をやばい感じに破壊する、テロ行為だわ! 隣で悶絶する私を、クロは完全に無視する。

 

『ははぁ、成る程。クロさんの真の目的は、こういう事ですか』

 

「な、なんの事?」

 

隣で繰り広げられる恥ずかしいやり取りに悶絶していると、髪の中からルビーが出てきてそんな事を言い始めた。クロの真の目的ってどういう事? クロは私を殺す事が目的だったんじゃないの?

 

『クロさんがイリヤさんを殺そうとしてたのは、その先にある真の目的の為だったんです』

 

「……その先にある?」

 

『はい。イリヤさんももう分ったでしょう。クロさんは、士郎さんの事が好きなんです。しかも、恐らくイリヤさんと同じ意味で。つまり、兄としてではなく、一人の男性としてって意味で……』

 

「なっ!? わ、私はそんなんじゃ……!」

 

『おやおや、いまさら隠そうとしたって無駄無駄の無駄です。イリヤさんが士郎さんに特別な想いを抱いている事なんて、見れば誰でも分かりますよ。そして、クロさんの想いも同じなんです』

 

「……」

 

ルビーの言葉に、私は何も言えなくなる。恥ずかしすぎるから! 誰かに指摘されると、この想いが明確になってしまって頭が沸騰してしまう。まともにものが考えられなくなって混乱する。

 

『さて、本題に入りますが、にゃろうの目的はズバリ士郎さんです。その為に、本物のイリヤさんが邪魔だったのですねー。けど、手出しできなくなったから、今度は直接接触している、と……』

 

《さっ……最悪! 最悪の敵だわッ!》

 

そういう事だったのかッ! 今までいまいちクロの目的が見えてこなかったけど、ルビーの推測で間違いないだろう。つまりクロは、私からお兄ちゃんを奪うつもりなんだ。最悪の敵だった。

 

『ん~、ですがイリヤさん。これって、心の中でイリヤさんが望んでいた事では?』

 

「なっ……」

 

『だって、そうでしょう? イリヤさんだって、本当は「兄弟の枠を壊したい。それ以上の関係になりたい」と思っていたでしょう? クロさんは、それを実行しているように見えるんですよ』

 

「ッ!?」

 

確かに、心の奥底ではそう思っていた。恥ずかしくていつも実行はできなかったけど、私の本音はそうだった。認めるのは非常に腹立たしいけど、今クロがやってる事は、私の本当の望みだった。

 

想いの強さでは、絶対に負けてない自信がある。でも、クロは私とは違って恥ずかしがったり、躊躇したりはしない。ストレートにお兄ちゃんに好意を示し、思いっきり甘えている。それは……

 

それは、ある意味で私の理想そのものと言えるかもしれない。だけど、だけどそれじゃあ、まるで私の方が偽物で、クロの方が本物みたいじゃない! そんな事は、絶対に認められないんだ。

 

「……そう。だからって……」

 

クロの目的も、行動も理解した。同じ気持ちを抱く者として、分からなくもない。でも、理解したからと言って、納得できるものじゃない。だから私は、右手を高く高く振り上げた。そして……

 

「黙って見過ごせるほど、私も消極的じゃないッ!」

 

そう叫びながら、思いっきり振り下ろした。クロにじゃなくて、私自身の頬に。バチーン、という音が我が家のリビングに響き渡った。そして、あまりの痛みに蹲る者が二名。それは当然……

 

「うぐぅ……!」

 

「こっ、この……アンタ……!」

 

「なっ、イリヤ。お前何を……」

 

『だ、大丈夫ですかイリヤさん! 自分で自分にマジビンタを……』

 

私とクロだった。そう。クロを止めるにはこうするしかなかった。だってクロは英霊の力を使う。その強さは、もうすでに嫌というほど思い知らされた。例え変身しても、クロを止められない。

 

そんな私がクロの邪魔をするには、凛さんが掛けてくれた、痛覚共有の呪いを利用するしかない。涙目で私を睨んでくるクロを、私も目に涙を浮かべながら見返す。痛みを堪えて、私は笑った。

 

「あなたの好きにはさせない。絶対に」

 

「クッ……」

 

「あのさ二人とも、もう少し仲良く……」

 

お兄ちゃんを無視して、私とクロは睨み合った。さっきの視線のお返しだよ。また同じ事ができるものならやってみなさい。私は、例えこの頬が真っ赤に腫れ上がろうとも全力で止めてみせる!

 

「ふっ、面白いじゃない……! どこまで我慢できるか、見せて貰うわ!」

 

「させない!」

 

『ああ、これは……』

 

そこからは、私とクロの意地の張り合いが展開された。頑なにお兄ちゃんに抱き着こうとするクロと、それを止める為に全力で自分にビンタする私。二人とも、痛みに涙を浮かべてのた打ち回る。

 

「うぅ~~~~……いだぃぃぃぃ~~~~」

 

「中々……やるじゃない……!」

 

「ふ、二人とも、もうやめないか? それと大丈夫か?」

 

『ああ~~~、イリヤさん。なんて面白健気なんでしょう……!』

 

両頬がじんじんと痛む。きっと真っ赤に腫れ上がっているだろう。クロも同じ顔になってるから、それを見れば分かる。笑っているルビーを睨みつけ、私は勝利を確信する。これで私の勝ちだ。

 

「クッ、でも、この程度で私を止められるとでも……」

 

『むむむ、クロさんもめげない!』

 

「お兄ちゃん!」

 

「うわっ、今度はなんだ!?」

 

「なっ!?」

 

でも、クロはまだ諦めなかった。お兄ちゃんの首に正面から抱き着いて、唇を突き出し……って、ちょっと待って! クロが何をするつもりなのかを悟った私は、驚愕で少しの間だけ固まった。

 

「お兄ちゃんッ、キスを……」

 

「ええっ!?」

 

「させるかァァァァァァァァァ!」

 

もうなりふり構っていられない。自分へのダメージも無視して、私は右足を振り上げる。そして、そのまま振り切った。ゴッ、という音が響き渡り、私はあまりの痛みで足を押さえて悶絶した。

 

「イッ、イリヤ!? お前、今凄い音がしたぞ!」

 

「「くうぅぅぅぅぅぅぅ……」」

 

「衛宮君っ、イリヤ! 無事!?」

 

「クロが脱走しまして……」

 

「……イリヤ、どうしたの?」

 

「角にッ……小指をッ……!」

 

右足の小指を壁の角にぶつけたのだ。そうしてクロを止める事に成功した私の耳に、凛さん達の声が聞こえてきた。そして最後の美遊の質問にまともに答えるだけの元気は、今の私にはなかった。

 

「え~っと、とにかく、クロはそこだ。今なら簡単に捕まえられると思うぞ?」

 

「そうみたい、ね……」

 

「何があったかは何となく察しますけれど……」

 

私と同じように痛みに悶絶しているクロを、凛さん達が捕まえてくれた。次からは、是非とも警備を厳重にして欲しい。痛みでまだ動けない私に凛さんが近付いてきて、ある物を渡してきた。

 

「はい。美遊にも渡したんだけど、イリヤにも渡しておくわ」

 

渡されたのは、キャスター、アサシン、そしてシールダーのカードだった。これは……

 

「クロ対策よ。いざとなったら、キャスターのカードを使いなさい。アサシンは敵の攻撃を躱すのに役に立つし、シールダーは盾で防御もできるでしょ。美遊には残りの三枚を持たせてあるわ」

 

「……いいの?」

 

「緊急事態だしね。私が持ってても使えないし」

 

確かに、これらのカードがあれば、役に立ちそうだ。美遊にはセイバーのカードがあるし、いざとなれば【夢幻召喚(インストール)】も使える。あ、そうか。美遊が使っていた方法を使えば、私も英霊に……

 

凛さん達の前では使うなって言われたけど、逆に言えばそれ以外の状況ならこのカードを使って、私も英霊の力を使えるかもしれない。そうなれば、きっとクロにだって十分に対抗できる筈だ。

 

美遊に目配せすると、美遊が小さく頷いた。きっと、美遊が凛さんに頼んでくれたんだろう。このカードを私達に持たせるべきだって。ありがとう、美遊。痛みに堪えながら、視線でお礼を言う。

 

クロを連れて凛さん達は帰っていき、ようやく私の平穏が戻ってきたのだった。

 

「はあ、あいつのせいで本当に疲れた……どこまで私の日常を侵略するつもりなんだろう……」

 

「ま、まあまあ。クロだって、そこまで無茶はしないさ。多分……」

 

だといいんだけど。ドッと疲れた私は、ソファに沈み込むようにして座ったのだった……

 

…………………………………………………

 

そんな事があった翌日、私はいつものように家の前で美遊と合流して、学校に向かっていた。今日はお兄ちゃんは一緒じゃない。部活の朝練で朝早くに家を出たからだ。だから美遊と二人だった。

 

クロ(あいつ)はどうしてる?」

 

「大人しく地下室にいる筈だよ。ただ、もう何も話す気はないみたい」

 

「どういう事?」

 

「実は、あの後ルヴィアさんが聞いてみたの。士郎さん達はいないから、正体を教えなさいって。そしたら、『もう話せないわね。あの時はお兄ちゃんの顔を立てたけど、もう終わり』って」

 

「なにそれ。あの時が最後のチャンスだったって事?」

 

「そうみたい。嘘を付かないって誓いを立てたのはあの時だけって言ってたから」

 

あの時はお兄ちゃんがクロを庇って誠意を見せたから話すと誓ったけど、それは終わったという事だろう。美遊によれば、クロはもう二度と話す気はないと言ったらしい。理屈は分かるけど……

 

「屁理屈だよね」

 

「うん。でも、間違った事は言ってないよ」

 

『一応、言い分に筋は通っていると私も思いますが……』

 

美遊とサファイアは、納得しているという事らしい。むう……頭がいい二人がそう言うと、私じゃ何も言えなくなる。仕方ないからこの話題は終わりにして、私は昨日のルビーの推測を教える。

 

「……つまり、クロの本当の目的は士郎さん?」

 

「まだ分からないけど、その可能性は高いと思う」

 

「……へえ」

 

クロの目的。それを話すと、美遊も穏やかな気分ではいられなくなったらしい。二人して黒い感情を発しながら、私達は学校に着いた。そして、取り敢えず今はその事を忘れて教室に向かった。

 

その先に何が待ち受けているのかを、知る筈もなく……

 

…………………………………………………

 

「「「イィィィィィィリィィィィィィヤァァァァァァアアア!」」」

 

「はい?」

 

「これは何?」

 

自分のクラスの教室に足を踏み入れた私達を、嶽間沢龍子、森山那奈亀、栗原雀花の友達3人組が出迎えてきた。鬼の形相で。突然の歓迎に訳が分からない私達は、揃って首を傾げた。なんなの?

 

「てめこらイリヤッ、どういうアレだオアーッ!」

 

「アンタって、兄貴ラブのブラコンだけじゃなかったの!」

 

「アンタの性癖は自由だけど、人を巻き込まないでくれる!?」

 

状況が掴めない私に、タツコ達はぎゃあぎゃあと喚き立てる。なんだか、謂れのない罪を着せられているような気がする。特にナナキとスズカ。私を変態か何かだと思っているような口ぶりだ。

 

「な、なにッ!? なんの話!? 私なにかしたっけ!?」

 

物凄い形相で迫ってくる3人に、私はそう聞いた。すると、3人はピクリと体を震わせて固まる。なんだか嫌な予感がする。3人は、おばけみたいにゆらりと体を揺らして、私を睨みつけてきた。

 

「「「……なにか……だと……?」」」

 

あれ、もしかして私、地雷踏んだ? 3人の体から、変なオーラが立ち上っているように見える。私はそんな3人に気圧されて、一歩後ろに下がった。すると、3人はその距離を一気に縮める。

 

「「「人に無理やりチューしといて、すっとぼけんじゃねぇぇぇぇぇぇ!」」」

 

「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!?」

 

なにそれ!? 私、そんな事した覚えないよ!? というか、ファーストキスもまだなんだけど! その相手はお兄ちゃんだって決めてるし、この3人にキスしたいとも思わない。どういう事?

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ皆! なんの事だか、私さっぱり分かんないんだけど!」

 

「分かんない訳ないだろ! ついさっきの事だぞ!」

 

私が心当たりがない事を話すと、タツコが胸倉を掴んできた。怖い。教室の入り口で、そんな風にわいわいやってると、後ろから肩を叩かれた。今度はなに!? 慌てて振り向くと、そこには……

 

「……先生?」

 

私達のクラスの担任の先生である、藤村大河先生がいた。先生は、静かに涙を流しながら私の目を見つめてくる。な、なんだかまた嫌な予感が……内心でドン引きしている私に、先生は告げる。

 

「イリヤちゃん……私、ファーストキスだったの。責任、取ってくれる?」

 

「せんせえぇぇぇぇぇぇ!?」

 

とんでもない事を言い出した。身に覚えがなさすぎるよ! 隣の美遊を見ると、顔を赤くして唇を押さえている。いや、美遊? その反応はなに? もしかして、美遊も私がそんな事をしたと?

 

「あの、イリヤ……私は、友達としてはイリヤが好きだけど、そういう事はちょっと……」

 

「待って美遊! お願いだから逃げないで! 私もそんな事をする気ないから!」

 

「節操なしにもほどがあるぞイリヤ!」

 

喪女(もじょ)のファーストチューまで奪うとは、なんたるキス魔!」

 

「喪女言うな!」

 

もう滅茶苦茶だった。なんだか、お兄ちゃんの苦労が少しだけ分かった気がする。収拾が付かなくなってきた事態に目を回しながら、私はそんな事を考えていた。お兄ちゃん、いつもお疲れ様。

 

そう思いながらも、私の体は動いていた。条件反射的に、この事態に対する手段を取る為に。私が行動すると同時に、後ろから雄叫びのような叫びがいくつも上がった。そう。この時、私は……

 

「こらーっ! チューだけしておいて逃げるなイリヤーっ!」

 

「責任取れーっ!」

 

「追いかけるぞ、皆!」

 

「「「おうっ!」」」

 

全速力で逃げ出していた。だって、あんなの私に処理できる限界を超えてるよ! 訳も分からないまま、とにかく追っ手から逃げる。後ろを振り向くと、全員物凄い形相で追いかけてきていた。

 

「ひいぃぃ!?」

 

「イリヤは逃げて! 私が時間を稼ぐ!」

 

「美遊!?」

 

その時、私と追っ手の間に立ち塞がった人影。美遊だった。親友の笑みを向けられた私は、思わず涙を零した。信じてくれたんだね、美遊。ごめん、後でなにか埋め合わせはするから。任せるね。

 

「上等だッ!」

 

「お前にもチューしてやる!」

 

「私達の苦しみを思い知れッ!」

 

「ひっ!? ま、負けない! 私の唇は、ある人に捧げるって決めてるんだから!」

 

美遊、その発言も少し危ないよ? 相手はお兄ちゃんだと思うけど、言葉が重い。気を付けてね。美遊の犠牲を無駄にしない為にも、絶対逃げ切って見せる。そう決めた私は、屋上に駆け上がる。

 

「でも、どういう事だろうね、これ?」

 

『う~ん、これはやはり……』

 

ルビーに聞きながらも、実は私にも心当たりがあった。そう、これは多分……頭の中で推論を立てながら、私は屋上の扉を開け放った。するとそこには先客がいた。二人の人間が寄り添うように。

 

「い、イリヤちゃん……これはどういう事?」

 

「ふふ、大人しくしてねミミ。すぐに終わるから……」

 

やっぱり、クロ(こいつ)かーっ! その光景に、私は走ってきた勢いそのままに、床の上を滑ってこけた。クロは私のもう一人の友達である桂美々を壁に押し付けて、今にもキスする寸前の状態だった。

 

「んむっ!?」

 

「ミッ、ミミーッ!」

 

遅かった。クロはそのままミミの唇を奪い、気絶させてしまった。な、なんて事をしてくれる!

 

「なにやってるのよッ!」

 

「魔力の補給よ。一般人からじゃ大して補給できないけどね」

 

『ははあ、そういう事でしたか。二連戦で消費した魔力を補給してたんですね?』

 

「そういう事。これ(キス)が一番効率がいいし、一般人からでも手軽に補給できるから」

 

ルビーとクロが、訳が分からない会話をするけど、私はもう、我慢の限界だった。魔法少女の姿に変身して、昨日の夜に凛さんから渡されたキャスターのカードを取り出す。これを使えば……

 

『ま、待ってくださいイリヤさん! これは、クロさんに使うのはまずい宝具ですよ!』

 

「……へえ。やる気なのね?」

 

「……これ以上私の日常を侵略する気なら……」

 

この場の空気が一触即発になりかけた時だった。私達の横の屋上の扉が、向こう側から押し開けられた。その方向に目を向けると、そこにはタツコ達が倒れていた。私は、またしても固まった。

 

「ご、ごめんイリヤ……抑えられなかった……」

 

「なっ、これはどういう事?」

 

「イリヤが二人いるぞ!?」

 

「しかも、なんだイリヤその恰好は!」

 

「学校でコスプレ?」

 

「うあうぉぅああああああ……」

 

【ああ、ついにイリヤさんの処理限界を超えましたね……】

 

もう駄目だ。色んな意味で駄目だ。クロを見られた。魔法少女姿を見られた。言い訳不能……

 

「くすっ、初めまして皆さん。私、イリヤの従妹で、名前はクロエ・フォン・アインツベルンって言います。実は来週から転校してくる予定だったんですけど、今日はその下見にきたんです♪」

 

なっ、この上、なにを言い出すのこの子!? 私の驚きを無視して、事態はどんどん進んでいく。クロは、あっという間に既成事実を築き上げていく。私が口を挟む隙は、微塵もなかった。

 

「という事だから、皆よろしくね♪」

 

もう、こうなったらこうするしかない。この格好について聞かれる事だけはなんとか回避しようと思った私は、再び全速力で、この場から逃げ出したのだった。そして、最後にこう思った。

 

ああ、こいつ……ついに私の学校生活まで侵略してきやがった、と……




原作と同じなようで、少し違う部分も出す感じでやってます。
前回のクロの語りは、あの時だけの限定サービスでした。
あの時に士郎とイリヤを退席させてれば話したんですけどね。
一度決めた誓いは守りますが、それから外れたら守らない。
そんな感じです。

それでは、感想待ってます。


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一時休戦

今回はオリジナル回です。次回もですがね。

人を一つにするのに最適なのは? 答えは、共通の敵です(笑)。


【士郎視点】

 

「どーゆー事ッ!?」

 

俺は、イリヤと美遊の二人と共にある場所に来ていた。放課後に部活に向かおうとしていた所を、一緒に来て欲しいと連れ出された。どこに行くのかと思えば、その場所はルヴィアの屋敷だった。

 

部活もやっておらず、車で帰宅したルヴィアは先に帰っていた。突然やってきて物凄い剣幕で迫るイリヤに、ルヴィアは怪訝そうな目を向けてきた。イリヤは、ルヴィアの前にある机を叩いた。

 

「あら、どうしたんですのイリヤスフィール。士郎(シェロ)は大歓迎ですけど……」

 

「どうしたもこうしたもないよッ!? なんで、クロ(あいつ)をちゃんと閉じ込めておかなかったのッ!? お陰で、私の学校生活が大変な事になったんだよーッ! お願いだからしっかり警備してよ!」

 

「はあ?」

 

「い、イリヤ。落ち着いて……」

 

「何があったんだよ? 俺もまだ詳しい事情は聞いてないんだから、説明してくれよ」

 

一気に捲し立てるイリヤに、ルヴィアは訳が分からないという顔で疑問符を浮かべる。いきり立つイリヤを美遊が何とか落ち着かせようとしてるが、正直俺も何があったのかを教えて欲しい。

 

ここに来る道中に何度も聞こうとしたんだが、イリヤの迫力に何も聞けなかったんだ。今の言葉で何となくそれを察する事はできたけど。またしても脱走したクロが、何かやらかしたんだろう。

 

「実は……」

 

興奮してまともに話す事ができそうにないイリヤに代わり、美遊が学校であった事を話し始める。イリヤ達のクラスにクロが現れて、人間関係を散々引っ掻き回したと。具体的に何をしたんだ?

 

「そっ、それは……えと……私の友達に片っ端から……その、ちゅ……チューを……うあーっ!」

 

「聞かないであげてください……」

 

「えっと、その……ごめん、イリヤ」

 

「ううぅぅ~~~……」

 

イリヤは、もじもじと言い難そうに口ごもり、顔を真っ赤にして体を震わせた後に、堪え切れなくなったという感じに雄叫びを上げた。小声で口ごもっていたから詳しくは聞こえなかったが……

 

美遊の言葉に、俺は詳しくは聞かずにイリヤの頭を撫でてやる。どうやら、相当に恥ずかしい事をされたらしいな。さっきまでの怒りはそれが理由か。その話を聞いたルヴィアは、ため息をつく。

 

「地下倉庫の物理的、魔術的施錠は完璧でしたわ。それこそ、アリ一匹通る隙も無いくらいに」

 

「なら、どうして!?」

 

「そんな事、わたくしが知りたいですわ。どれほど厳重に閉じ込めても、あの子はそれをたやすく破るんですの。一体、どんな手を使っているのか……まるで、狐につままれたような気分ですわ」

 

どうやら、ルヴィアの方でもクロの事は頭が痛い問題らしい。そういえば、昨日俺達の家に来た時もクロは言っていたっけ。あの程度の拘禁、私には意味がないって。いつでも抜け出せるのか。

 

「そもそも監禁なんて、する必要ないんじゃない?」

 

「「「「!?」」」」

 

突然聞こえてきた声に、俺達は一斉にそちらを見た。すると、いつの間にそこにいたのか。クロが後ろにあったテーブルに座って優雅に紅茶を飲んでいた。傍らには、クッキーまで置かれている。

 

な、何という完全くつろぎスタイル……それを見たルヴィアも頭を押さえてため息をついている。曰く、昨日の夜からこんな事ばかりなんだそうだ。確かに、これでは手の打ちようがないな。

 

つい数時間前に学校生活を滅茶苦茶にされたばかりのイリヤは、クロを見るなり頬を膨らませて、クロを睨んでいる。完全に臨戦態勢だ。美遊までもが、警戒心を最大にしている様子だった。

 

一方で、昨日から何度もこんな状況になってるらしいルヴィアは諦めて嘆息している。無駄に警戒するだけ馬鹿らしいとでも言っているようだ。そんな俺達の反応に、クロは落ち着いた声を出す。

 

「そもそも、どうしてわざわざ閉じ込めようとするのかしら? だって、もう私は、呪いのせいでイリヤには手出しできないし、誰かに害意がある訳ではないわ。閉じ込める必要はないでしょ?」

 

確かに。今まで、クロがイリヤ以外を傷付けた事はないし、傷付けようとした事もない。だから、俺はクロを厳しく尋問する事を反対した。遠坂が施した呪いによって、イリヤの安全も保障済み。

 

俺としてはもうクロを閉じ込めておく理由はなかった。もっと普通に話してみたいし、クロの話も聞いてやりたいと思っているくらいだ。そう思ってルヴィアの様子を見てみる。複雑そうな顔だ。

 

「私はただ、普通の生活がしてみたいだけ。10歳の女の子として普通に学校に通う。それくらいの望みは、叶えてくれても良いんじゃない? 誰かを傷付けるような事はしないって誓うから」

 

「……誓い、ときましたか」

 

「そう、誓い。私は、自分で言うのもなんだけど誓いは必ず守るわよ? 余程の事がない限りね」

 

誓いと口にする時、クロはいつもの軽い感じを捨てて真剣な顔になる。その言葉の重さは、小学生の見た目にはミスマッチの筈なのに、何故か違和感がなかった。英霊の格とでもいうべき感じか。

 

「うぬぬ……おのれこやつめ、戯言を弄するか!」

 

「イリヤ、何その変な口調!?」

 

「あ~、昨日の夜、時代劇見たからな……」

 

ところが、そんな厳かな雰囲気をぶち壊す我が妹。気持ちは分かるんだが、今は空気を読んで欲しいと思ってしまった。イリヤからしてみたら、クロはどこまでも気に入らない存在なんだろう。

 

「落ち着くんだイリヤ。えっとさ、ルヴィア……俺からもお願いできないかな?」

 

「分かりましたわ士郎(シェロ)! 全てこのわたくしにお任せください!」

 

「「「ええっ!?」」」

 

自分で言っておいてなんだけど、それでいいのかルヴィア。ダメ元で頼んだら、即OKされて俺達は驚いた。ルヴィアはルヴィアで、シリアスな雰囲気をぶち壊す天才だと思う。何で即答なんだ?

 

「えっと、その……本当にいいのか? そんなに簡単に決めて。許可してくれるなら嬉しいけど」

 

「勿論ですわ、士郎(シェロ)。貴方の頼みなら、大抵の事は押し通して見せます」

 

「ちょっ、ちょっと待ってよルヴィアさん!」

 

何かの間違いかと思って確認してみるが、ルヴィアは全然大丈夫と言ってきた。というか、大抵の事は押し通すって……その言葉に冷や汗を流す俺だったが、当然イリヤは黙っていなかった。

 

「ただし、先ほどの貴女の誓いに追加で条件を出します。これを飲むなら、ですわ。許可なく屋敷を出ない事、あくまでイリヤスフィールの従妹として振る舞う事。これを誓ってくださいな」

 

だが、ルヴィアはイリヤを無視して話を進めていく。イリヤは事態についていけず、呆然とする。この辺は、後で俺がフォローをしてやらないといけないな。俺の頼みでこうなってるんだし。

 

「勿論誓うわ。それで学校に行けるなら」

 

ルヴィアの出した条件に、クロは大人しく従った。イリヤは納得がいってないようだけど、ここは我慢して貰うしかない。ここでクロの提案を拒否して、クロの機嫌を損ねるのはまずいしな。

 

ルヴィアも、きっとその辺の事も考えてくれていると信じたい。クロに出した条件も真っ当なものだったし。こちらで制限を付けて、クロを上手く制御するとか。うん、きっとそうに違いない。

 

「良かったな、クロ」

 

「うん。お兄ちゃんのお陰だよ」

 

「大げさだな。きっと、ルヴィアなら俺が言わなくても許可をくれた筈だぞ?」

 

ルヴィアが、執事さんを呼んで何やら命令しているのを横目で見ながら、俺はクロと話す。クロは本当に嬉しいらしく、ご機嫌な様子だった。そんなに学校に行きたかったのか。良かったな。

 

「戸籍、身分証のでっち上げと転入手続きを。美遊の時と同じですわ」

 

「承知しました。14時間で終わらせましょう」

 

ちょっと待てルヴィア。今、何か聞き捨てならない事を言わなかったか!? 一気に、犯罪じみた気配を感じてしまった。だけど、美遊の時と同じってどういう事だ? そっちも気になるぞ。

 

俺の横で、憤慨しているイリヤを宥めている美遊を見る。美遊は、一体どんな存在なんだろうか。クロと同じくらい美遊の事を何も知らないという事に、俺はこの時改めて気が付いたのだった。

 

…………………………………………………

 

そんな事があってから、二日が経った。今日は日曜日だ。クロは、明日から穂群原学園の小等部に通う事になっている。あれからイリヤを宥めるのは本当に大変だったが、何とか納得してくれた。

 

そんな事を考えながら、俺は今朝の朝食とお弁当を作っていた。本当は、今日の朝食を作る当番はセラだったのだが、こっちも必死に説得して俺が作る許可を頂いていた。その理由は、お弁当だ。

 

今日はとある理由でお弁当を作らなければならず、そのついでに朝食も作らせてくれと頼み込んだんだ。セラと一緒に厨房に入る事になって、非常に効率が悪いと説得し、何とか許可を頂いた。

 

渋々といった感じで、どう見ても不満たっぷりの様子だったけどな。今だって、厨房の入り口から恨めしそうに睨んできてるし。セラらしいけど、たまにくらい任せてくれたっていいじゃないか。

 

「え~っと、セラ……」

 

「……何ですか?」

 

「ついでだから聞きたいんだけどさ。セラだったら、俺とどこに行きたい?」

 

「はあっ!? 何ですかその質問は!」

 

「え、何でそんなに驚くんだよ?」

 

「な、何でって……ああ、もう! 知りません!」

 

ええ~? 何だよその反応は。せめて質問の答えくらい教えてくれよ。セラの訳が分からない反応に困惑しながらも、俺はまあいいかと判断して朝食作りを続ける。出来上がったのは8時半。

 

「いい時間だな。さて、イリヤを起こすべきかどうか……」

 

「セラが起こしに行ったよ? だから、もうすぐ下りてくると思う」

 

「そうか」

 

出来上がった朝食をテーブルに並べながら呟くと、リズがそう教えてくれた。日曜日の朝くらい、ゆっくり寝かせてやりたいけど、やっぱり一緒にご飯は食べたい訳で。はは、我ながら勝手だな。

 

「おはようお兄ちゃん」

 

「ああ、おはようイリヤ」

 

「あれ、今日の当番はお兄ちゃんじゃなかった筈じゃ?」

 

「ちょっとな。その話は後でしてやるから、今は食べよう」

 

起きてきたイリヤは俺が朝食を作った事に疑問を持ったようだが、俺は適当に流して食事を促す。それからはいつもの朝食風景が繰り広げられた。全員が食べ終わり、片付けを終えると9時半。

 

「よし、そろそろ行くか」

 

「お兄ちゃん、どこか行くの? お弁当も作ったって言ってたし……」

 

「ああ。ちょっと、友達の買い物に付き合う約束があってな」

 

「へえ。二人分のお弁当って事は、二人で行くんだよね。一成さん?」

 

片付けをしながら軽く事情を話しておいたイリヤが、俺が手にするお弁当を見ながら聞いてくる。俺は、それに笑みを浮かべながら答える。俺の友達は一成だけじゃないぞ、と。そして……

 

「【森山奈菜巳】っていう名前の女の子だよ」

 

そう付け加えた。その結果どうなるのかを、まったく知る由もなく。

 

「はあああああああああああああっ!?」

 

イリヤの絶叫が、衛宮家のリビングに響き渡ったのだった……

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「美遊! って、クロ(あなた)まで……」

 

「イリヤ……ルヴィアさんから聞いたんだけど、今日……」

 

「お兄ちゃんが、女の子とデートするらしいのよね」

 

「知ってる。私も、今朝お兄ちゃんから直接聞いた」

 

とんでもない事実を聞いた私は、美遊に相談する為に、向かいの屋敷を訪ねようとした。けれど、屋敷の門の前にはすでに私を待っていたらしい二人の人影がいた。それは、美遊とクロだった。

 

「ルヴィアさんから、士郎さんの後をつけて様子を報告しなさいって言われたの」

 

「まあ、そんな命令なくても私と美遊は後をつけたけどね」

 

「……そっか」

 

クロに対して思う事は色々ある。それこそ、山ほどある。だけど、今はそんな事すらどうでもいいと思えた。美遊とクロの目には、私と同じ炎が灯っていたからだ。それだけで、仲間だと思った。

 

「あなたに言いたい事は山ほどある」

 

「それは私も同じよ」

 

「でも……」

 

私達は、三人で顔を見合わせる。思いは一つだ。確かめるまでもなかった。私達は、同時に頷く。そして全員で右手を前に出して重ねた。今だけは、全てのしがらみを捨てると、そう誓った。

 

「いい雰囲気にならせないようにしよう」

 

「言われるまでもないわ」

 

「うん……」

 

『おお、敵味方の枠を超えた友情パワーですね!』

 

『……そんなに綺麗な同盟には見えませんが……』

 

『何を言っているんですかサファイアちゃん。これは乙女の聖戦なんですよ?』

 

『知りませんよ』

 

こうして、私達は共通の目的の為に一時休戦をして、団結したのだった。ルビーの機能を使って、お兄ちゃんの居場所はすでにトレースしている。だから、すぐにその後を追いかける事にした。

 

…………………………………………………

 

「相手の女の子は、まだ来てないみたいだね」

 

「そうみたいね……ああ、お兄ちゃんの私服姿もかっこいいな。いつもより気を使ってるかも」

 

そうしてやってきたのは、駅前だった。ここらでは定番の待ち合わせ場所に、お兄ちゃんが立っていた。クロの言葉通り、お兄ちゃんはいつもより服装に気を使っている気がする。一体どうして?

 

「……つまり、相手の人は士郎さんにとって特別な人なの……?」

 

その理由を考えたくないと思っていると、美遊がそれを口にしてしまった。それを聞いた私達は、三人で身悶えしそうになってしまった。それを口にした美遊自身まで。何してるんだろ、私達。

 

『あ、相手の女性が来ましたよイリヤさん』

 

「うそっ!」

 

「……あれか」

 

「……可愛い人」

 

ルビーの言葉に顔を上げると、お兄ちゃんの前に女の人がいた。美遊の言葉通り、とても可愛い人だった。ふわふわの柔らかそうな髪に、おっとりとした雰囲気。そして、何より胸が大きかった。

 

「何を話してるんだろう……」

 

「こうなったら、ルーン魔術で……」

 

『ここは私にお任せあれ! ルビーちゃん24の秘密機能(シークレット・デバイス)の一つ……【簡易集音器(聞き耳モード)】!』

 

『まったく、姉さんは……』

 

お兄ちゃんと女の人が何かを話している。それを何とかして聞けないかと悩んでいると、髪の中にいるルビーがいつものように形態を変化させた。スピーカーとイヤホンを組み合わせたような形。

 

『ささ、皆さん。これを耳に付けてみてください』

 

ルビーは、そう言ってイヤホンのような部分を差し出してきた。言われた通りにそれを耳に付けてみると、お兄ちゃんの声が聞こえてきた。いつも思うけど、無駄に多機能だよね、ルビーって。

 

《さて、まずはどこに行くんだ森山?》

 

《え、えっと……その、まずはお洋服を買いたいなって思うんだけど……》

 

《洋服か》

 

《う、うん。それでね、えっと……できれば、衛宮君に選んでもらいたいんだけど……》

 

《俺に? でも、俺って女の子の好きそうな服のセンスはないぞ?》

 

《だ、大丈夫! 衛宮君が気に入ってくれればそれでいいから!》

 

《え?》

 

《あっ、その……そうじゃなくて、あの……》

 

《? 良く分からないけど、俺が森山の似合うと思った服を選べばいいんだな?》

 

《うん。お願いできる……かな?》

 

《お安い御用だよ》

 

《やった。嬉しいな、えへへ》

 

……なに、この女! 私達の心が、一つに重なったのが分かった。確認するまでもない。この女は私達の敵だ。私達は視線を交し合って一斉に頷く。そして、歩き出した二人の後を追うのだった。

 

私達の戦いは、これからだ!




という訳で、次回は士郎と森山姉のデートを邪魔する妹達です。
果たしてどうなるのか、お楽しみに。

それでは、感想待ってます。


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聖妹戦争(仮)

タイトルは、『せいまいせんそうかっこかり』と読みます(笑)。
イリヤ達の戦いをご覧ください。


【士郎視点】

 

「う~ん……」

 

「え、衛宮君。どうかしたの?」

 

「いや、何か妙な殺気というか、そんなものを感じるんだ。変な事ばかり起きてるし」

 

日曜日。以前からの約束通り、森山奈菜巳の買い物に付き合っている最中だった。まずは、洋服を買いたいという事で、駅前の服屋に向かっているところなのだが、どうもおかしな迫力を感じる。

 

それだけじゃない。さっきからどうも変な事が連続している。爆発音のようなものが聞こえたり、自転車にぶつかりそうになったり、カラスに襲われたり、地面に急に割れ目ができて躓いたり。

 

飲食店の前の看板が倒れてきたりもした。どれも些細な事ばかりで、俺も森山も怪我をする事はないが、楽しい気分は阻害されている。偶然と片付けるには、頻繁に起こりすぎてる事も問題だ。

 

駅前の服屋までは、歩いて5分足らず。にも拘わらず、それらの出来事が起きている。これは、もしかして魔術が関わっているんだろうか。だとしたら、魔術協会って組織の魔術師の攻撃か?

 

俺がアーチャーのカードを使っている事がバレて、問題が起きているのでは? いや、でもそれにしては、攻撃がどれもショボすぎる。現に俺達は怪我一つしてないし。俺の思い過ごしなのかな。

 

「あ、衛宮君。洋服屋さんに着いたよ」

 

「本当だ。じゃあ入るか」

 

「うん」

 

気にしても仕方ないか。俺の気のせいかもしれないしな。もしかしたら、今日はたまたま運が悪いだけとも考えられる。この圧迫感も、最近の出来事でナーバスになっている影響かもしれない。

 

「じゃあ衛宮君。私に似合いそうなお洋服を選んでくれる?」

 

「分かった。そういうセンスはないけど、頑張ってみるよ」

 

俺は頭の中で、身近な女性を思い浮かべながらサンプルを得る。まず、リズ。リズはラフな格好が多くて、森山には似合いそうにない。なら、今度はセラ。セラはなんというか、所帯じみている。

 

こう言ってはなんだけど、主婦が着ている服みたいな物が多くて、やはり森山のような女子高生には似合わない。ならイリヤはどうだろうか? イリヤがいつも着ているような服を思い浮かべる。

 

可愛いとは思うが、少し子供っぽいかな。森山のサイズに合う服で重ねてみる。う~ん……どうもイメージが合わないな。似合う気もするんだが、どこかが違う。そこでふと、森山を見てみた。

 

「えと……何かな、衛宮君。似合いそうな服のイメージができた?」

 

「いや、まだなんだけど……あ!」

 

「どうしたの?」

 

「いや、その……気にしないでくれ。ははは」

 

「?」

 

森山を見ている内に、違和感の正体が分かった。分かったのだが、それを口にする事は俺にはできなかった。何故なら、その違和感の正体は胸だったからだ。森山は、言いにくいが、胸が大きい。

 

それに対して、イリヤはぺたんこだ。いや、年齢を考えれば当然の事であり、胸が成長する望みがまったくない訳でもないんだが。あくまで現時点で、イリヤの胸は小さいんだ。あれ、寒気が……

 

と、とにかく! イリヤのイメージにも合わない。ならば、他には? 体型的にはルヴィアが近いけど、ルヴィアが着てるような洋風のドレスでは森山のイメージには合わない。これも違うな。

 

遠坂はどうだろうか? そう思って思い浮かべてみるけど、やはり違和感が半端じゃない。性格が違いすぎるのもあるし、体型も違う。う~ん、中々イメージサンプルに合う知り合いがいないな。

 

「いや、待てよ……」

 

いた。森山に体型が近くて、性格や好み、イメージが合いそうな子が。弓道部の後輩であり、友達の間桐慎二の妹である間桐桜だ。桜なら森山に合うサンプルになりそうだ。えっと、桜の私服は。

 

「これとかどうだ?」

 

「わあ、可愛い♪ さっそく試着してみるね」

 

どうやら気に入ってくれたらしい。桜が着ていた私服に近い服を薦めると、森山は柔らかい笑みを浮かべて試着室へと入っていった。試着室の前で、手持無沙汰に待つ事数分。森山が出てきた。

 

「ど、どう? 衛宮君」

 

「……」

 

「あれ、衛宮君? えっと……似合わない、かな?」

 

「いっ、いや、そんな事はないぞ! うん、似合ってる……痛っ!」

 

出てきた森山に思わず見惚れてしまい、少しの間何も喋る事ができなかった。森山が着てるのは、白色のキャミソールと薄紅色のカーディガン、そして薄黄色のロングスカートといった物だ。

 

前に桜が着ていた私服に近くて、清楚で柔らかい雰囲気が森山によく似合っていた。我に返ってそれを言った瞬間、後頭部に何かがぶつかった。頭を摩りながら振り向いてみるが、誰もいない。

 

何がぶつかったのかと周囲を見回してみるが、それらしき物もない。どういう事だ? 確かに何かが当たった筈なんだが……森山に確認してみるが、森山も何も見えなかったと言った。何なんだ?

 

「不思議な事があるんだね」

 

「う~ん……それで片付けていいものなのかな」

 

やっぱり、何か妙な迫力というか、殺気のようなものを感じる気がする。気のせいと思いたいが、何かがぶつかった痛みがまだ頭にあるからな。首を傾げながらも、もう何点か洋服を選んだ。

 

「さて、他に何かあるか?」

 

「えっと……うん」

 

洋服の会計を済ませ、他に買う物があるかを尋ねると、森山は何故か顔を赤くして俯いてしまう。その反応の意味が分からず、俺は首を傾げる。まあ、とにかくそれを聞かないと話にならない。

 

「次は何だ?」

 

「……ぎ」

 

「ん?」

 

「……し……ぎ」

 

「えっと、ごめん森山。聞こえない」

 

それについて聞いてみると、森山はさらに顔を赤くして下を見る。そして、ぼそぼそと聞こえない声量でそれを口にした。これではどうしようもないと思った俺は、少しだけ強めに聞いてみた。

 

「だから、その……下着! 今のじゃサイズが合わなくなって……その……」

 

「っ!? あ、ああ……成る程な……」

 

すると、ついに森山ははっきりとした声量でそれを口にした。しかし、それは俺の予想を超えた物だった。だから恥ずかしそうにしてたのか。納得した。でも、サイズが合わなくなったって……

 

「その……どの部分が?」

 

「っ……ど、どっちも……つまり、上も下も入り難くなって……」

 

「あ、ああ~……そうなんだ……」

 

何だこの生々しい会話は! 男が聞いても、未知の領域過ぎて訳が分からない。女の家族が多い俺ではあるが、さすがにその話題は理解できない。相談された事もないし。って、当たり前だろ!

 

「あ~っと……なら、俺は店の外で荷物持って待ってるから……」

 

「ま、待って衛宮君!」

 

周囲の視線も気になり始めたので、早めに退散しようと今買った洋服を手に店の外に出ようとしたのだが、何故か森山に呼び止められてしまった。右手の袖を摘みながら、森山は顔を赤くする。

 

「その……できれば、下着選びにも付き合って貰いたいんだけど……」

 

「はあっ!?」

 

変な声が出てしまった。いや、だってそれはまずいだろ色々と! 森山の言葉に大混乱する。森山は恥ずかしさで限界寸前という顔をしながらも、俺の顔を見つめてきた。うわ、何だよこれ!?

 

「せ、折角だから、男の子の意見も聞いてみたいのっ……!」

 

「い、意見って……」

 

どうすればいいんだ。混乱する俺は、動けずにいる内に森山に引っ張られて歩き出した。向かう先は勿論、下着売り場方面だ。あの、まだ行くとは一言も言ってないんだが……とは言えなかった。

 

何故なら、俺を引っ張る森山が、沸騰寸前という顔をしているからだ。もう何も聞かないでと無言で言われたようで、これ以上何かを言う事ができなかったんだ。結局、俺は抵抗できなかった。

 

そうして引っ張られていく最中、さっきから感じていた殺気が膨れ上がったような気がした。

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「あ、あの女っ……」

 

「下着を選ばせるですって? はっ、彼女気取りですかあ?」

 

「……」

 

上から順番に、私、クロ、美遊の反応である。私達の背後には炎が立ち上っていた(イメージ)。さっきからの二人のやり取りで、私達は爆発寸前だ。私も美遊も、服はそのままに転身していた。

 

髪を結ぶ飾りが、魔法少女の姿の時と同じだ。この力で色々とデートの妨害をしていた。クロも、ルーン魔術を使っている。前に私にやったような事をやって、二人の雰囲気を壊していたんだ。

 

私達は、あの女を見ながら額に青筋を浮かべている。むしろ、ここまで良く我慢したと褒めて貰いたい。だって、あの女は見た目に似合わず積極的で、お兄ちゃんと腕を組もうとしたりしていた。

 

あの時私が魔力砲で店先の看板を倒さなければ、その試みは実行に移されていただろう。このままこのデートを放っておいたら、あの女はどこまでやるか分かったものじゃない。そう確信した。

 

そもそも、これからやる事は自分の下着をお兄ちゃんに選ばせるというとんでもない内容だ。クロが言う通り、あなたは彼女気分ですか? そんな事は、絶対に認める訳にはいかない。絶対にだ!

 

「後を追いかけるよ」

 

「当たり前でしょ。これ以上、何かさせるもんですか!」

 

「……うん」

 

『いや~、実に面白い……もとい、大変な事になってきましたね』

 

『大変なのは私達の状況だと思いますが……』

 

お兄ちゃん達の後を追って、私達はランジェリーショップに向かった。この建物は、ビルになっていて、その中に幾つかのお店が入っている。そしてランジェリーショップは、この上の階だ。

 

お兄ちゃん達に見つからない距離を保ちながら、慎重に後を追いかける。お兄ちゃん達が、目的のランジェリーショップに入っていく。私達も、店の中が見える場所で座り込んだ。そして……

 

《も、森山……さすがに、この店には居辛いんだが……》

 

《だ、大丈夫だよ。私の傍を離れないで。そうしてれば、不審に思われないから》

 

つまり、恋人に見えるって事でしょ? くっ、確かに、そう見える! 見たくもない光景だった。そう思ったのは私だけじゃないみたいで、クロがカードになにかを描いてお兄ちゃんに投げた。

 

すると、二人の横にある棚が倒れて二人を物理的に引き離した。ナイスだよクロ! 親指を立ててみせると、クロは得意げに笑った。またルーン魔術を使ったのだろう。物を動かす程度のやつを。

 

「現在風に言えば、念動力かしらね。移動のルーンよ」

 

本気で使えば、岩を動かして敵にぶつけたりもできるらしい。厄介だね、それは。敵として使われたら、色々と応用ができそうで怖い。二人は近くにいるけど、さっきみたいに密着はしていない。

 

《そ、それじゃ、選んで衛宮君》

 

《そんな事言われてもさ……えっと……》

 

《じゃ、じゃあ、色は? 衛宮君は、何色が好き?》

 

《い、色か? えっと……特に考えた事ないからな……》

 

《単純に浮かんだ色とか……》

 

《浮かんだ色……銀……いや、でも下着に銀色はないよな。ははは、何言ってんだ俺……》

 

《その色、何を思い浮かべたの?》

 

《へっ? その……い、妹の髪……》

 

「いっ!?」

 

「むう……どっちの妹よ、お兄ちゃん」

 

「士郎さん……」

 

何の話をしてるの!? 妹の髪って、私の髪の事!? お兄ちゃん、下着選びで私の事を思い出したって事? それって、なんていうか恥ずかしすぎるんだけど! 聞こえてきた会話に混乱する。

 

《そういえば、衛宮君って妹さんがいたんだよね。私にもいるんだよ》

 

《へえ。森山の妹か。もしかしたら、俺の妹と友達かもしれないぞ?》

 

《まさか。幾らなんでも、そんな偶然はないと思うよ?》

 

《分からないじゃないか。妹さんって、何歳?》

 

《10歳……かな?》

 

《俺の妹も10歳だよ》

 

《そうなんだ。うふふ、凄い偶然ね》

 

《そうだな》

 

ちょっと待って! 下着の色の話題から和気藹々と妹の話に移行しないでよ! 恥ずかしすぎるんだけど。話のダシにされる私の気持ちを考えてよ。なにこの展開? さらなる会話に目を回す。

 

結局、それからは早めに下着を選び終わって(お兄ちゃんが早く終わらせたがったので)、二人はお昼ご飯を食べるという話になった。買った物を駅のコインロッカーにしまって、公園に向かう。

 

《お弁当を作ってきたからさ》

 

《衛宮君が作ってきてくれたの?》

 

《ああ。迷惑だったか? 食べたい店があったとか》

 

《う、ううん! そんな事ない。凄く嬉しいよ。ただ、私は何も持ってこなかったから……》

 

《そんな事気にするなよ。俺が勝手に作ってきたんだからさ》

 

《衛宮君……》

 

くっ、この二人、またいい雰囲気になってる。お兄ちゃんの天然たらしぶりも凄いけど、相手の女も凄い。なんていうか、狙ってやってるんじゃないのって思ってしまう。なんて言うんだっけ?

 

「あざとい、かしらね」

 

「そっか、それだ」

 

「……見てるとムカムカするね……」

 

『あれが天然だとしたら、凄いですよね』

 

『恐らくそうでしょうね。わざとらしくも見えますけど』

 

あの女の様子を見ていると、イライラしてしかたない。お兄ちゃんへの熱視線も凄いし、やっぱりあの女は私達の敵だ。凛さんとルヴィアさんも、きっとなにかしらの気持ちを抱いてるんだろう。

 

二人は公園のベンチに腰かけて、お兄ちゃんの持ってきたお弁当を広げる。相手の女はそれを見て驚きながらも、嬉しそうに顔を綻ばせている。くっ、お兄ちゃんにとっては、最高の反応だ。

 

《凄いね、これ全部衛宮君が作ったの?》

 

《ああ。遠慮なく食べてくれ》

 

二人で仲良く同じお弁当をつつく。その様子は、なんというか物凄く似合っていた。思わず、衝動的に魔力砲を撃ち込んでしまいたくなったけど、それは我慢だ。お兄ちゃんのお弁当に罪はない。

 

「ちっ、邪魔できないわね……」

 

「うん。さすがに、お兄ちゃんのお弁当を台無しにする訳にはいかないし……」

 

「一体どうすれば……」

 

大きな怪我をさせる訳にはいかないし、なにもできない。そう思っていると、視界の隅に野良犬を見つけた。クロに視線を送ると、クロは複雑そうな顔をしていた。え、なにその反応? 犬嫌い?

 

「別にそんなんじゃないけど……まあ、私自身が犬に対して思う事は特にないわね」

 

「あの犬を利用できないかな?」

 

「……どうやって?」

 

「分からないけど……」

 

クロの反応は分からないけど、あの犬でなんとかして邪魔ができないかと考えてみる。するとまたクロがカードになにかを描き始めた。今度はなにをするつもりだろう。クロがカードを投げる。

 

「伝達のルーン。私の意思を、あの犬に伝えたのよ」

 

「ルーンって、幾つあるの?」

 

「18個よ。それらを組み合わせて使う事で、さらに応用の幅が広がるの」

 

へえ。戦闘に使わないルーンも幾つかあって、それらの応用で色々とできるらしい。クロになにかを命令された野良犬は、お兄ちゃん達の所に走って行った。そして、二人の足元にすり寄った。

 

《ん? もしかして、弁当を分けて欲しいのか?》

 

《可愛いね》

 

二人の注意が、お互いから犬に逸れた。よし、上手くいった。お兄ちゃんは犬好きだし、あの女もそうらしい。楽しそうな雰囲気はそのままだけど、甘い雰囲気はなくなった。いい感じだった。

 

やがてお弁当を食べ終わった二人は、次はどうするかを話し合っていた。私達的には、もう今日はここまでにして欲しいと思うんだけど、やっぱりあの女はそうじゃないらしい。くっ、この……

 

《もう少し付き合って貰っちゃ駄目かな?》

 

《俺としては別にいいけど。そうだ。この近くに、水族館があるよな。あそこに行くか?》

 

《うん、行きたいな》

 

「なっ、水族館!?」

 

「くっ、そんな雰囲気がある所に。お兄ちゃんにしては気が利きすぎじゃない?」

 

「誰かに相談とかしたのかも……」

 

そうかもしれない。誰か知り合いの女の子に、今日の事を相談した? きっとその子は自分が誘われると思っていたのかもしれない。お兄ちゃんらしい肩透かしだ。その様子が簡単に想像できる。

 

「……こうなったら、多少過激にでも妨害した方がいいかもね」

 

「……水族館に行かせる訳にはいかないしね」

 

「……うん。怪我させないギリギリで……」

 

『わお、この子達ってば、ついに限界に達しましたかね?』

 

『姉さん、そう思うなら止めてください! 美遊様、落ち着いてください』

 

「大丈夫だよサファイア。私は落ち着いてる。だから、怪我はさせないよ」

 

『そうではなくてですね!』

 

怪しまれてもいい。それでも、あの二人のデートを邪魔しないと。私達の意見は一つだった。公園から出て行こうとする二人を追いかけた。そして、全力で妨害を始める(怪我させない程度に)。

 

…………………………………………………

【士郎視点】

 

「うわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

もう気のせいじゃない。間違いなく、俺達は誰かに襲われていた。地震みたいに揺れたり(何故か俺達の周囲だけ)、急に火の手が上がったり、衝撃波みたいなので吹き飛ばされそうになったり。

 

殺気みたいなのも増している。やはり魔術的な攻撃だ。あんなに局所的な地震があってたまるか。俺と森山は立っていられないほど揺れてたのに、周囲の人間はポカンとした表情を浮かべていた。

 

くっ、やっぱり魔術協会ってやつの仕業なのか!? だとしたら森山を巻き込む訳にはいかない。森山だけでも家に帰すべきだろうか。でも、もし逃がした森山の方を攻撃されたらどうなる?

 

でも、それにしても妙だった。攻撃はあからさまになってきたが、依然として俺も森山も怪我をする事態には陥っていない。手加減しているのか? どうして? 分からない事だらけだった。

 

一般人だからだろうか。遠坂とルヴィアも、一般人を巻き込むような事はしないし。あくまで喧嘩をしない時だけどな。以前、二人の喧嘩に巻き込まれて倒れた森山を思い出しながらそう思う。

 

「くそっ、せめてどこから攻撃されてるのか分かれば……」

 

「え、衛宮君。なんだろうね、これ!?」

 

「分からない。とにかく、俺から離れるなよ」

 

「……う、うん……」

 

あれ。森山は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。何だその反応。と思っていた時だった。

 

「お兄ちゃんから離れて!」

 

「あ、こら馬鹿イリヤ!」

 

「ダメッ……!」

 

「は?」

 

電柱の陰から、イリヤが飛び出してきてそう叫んだ。すると、反対側の電柱の陰からクロ、道路脇の木の中から美遊が出てきた。そして、イリヤを二人で押さえ込んだ。同時に、怪現象も収まる。

 

「……イリヤ、クロ、美遊……」

 

「あっ、しまった……」

 

「お、お兄ちゃん、顔が怖いよ?」

 

「……そ、その、これは……」

 

「えっと、何が起きてるの?」

 

幾ら俺でも、さっきまでの現象の元凶は理解できた。何故かは分からないが、イリヤ達が起こしていたんだろう。俺は縮こまる妹達の元に歩み寄った。そして、深呼吸するように息を吸い込む。

 

「イリヤ、クロ、美遊! 後でお説教だ!」

 

「わああん、ごめんなさいお兄ちゃん!」

 

「もうしないってば! だから許して!」

 

「……ごめんなさい……」

 

やれやれ、まったく手の掛かる妹達だ。まあ、原因が分かって安心したけどな。深刻な事態になっていなくて安心した俺は、必死に謝る妹達を見下ろして嘆息した。そして、笑みを浮かべた。

 

急におかしくなってきたからだ。今日一日、妹達のいたずらに怯えていたと思うと……

 

「くくく……ははは」

 

こんな出来事でも、原因が分かってしまえば笑い事だ。馬鹿みたいだよな、俺。何が魔術協会の刺客だよ。自分の間抜けさに笑いが込み上げてきたのだ。突然笑い出した俺に、皆がポカンとする。

 

「お兄ちゃん、なんで笑ってるの?」

 

「別に。ほら、森山に謝るんだ三人とも」

 

「「むう……ごめんなさい」」

 

「すみませんでした」

 

「えっと……どうして謝られてるの、私?」

 

気にするな。最終的には、皆で水族館に行ったのだった。いい休日だったな……




いかがでしたか? 今回の話は、東京レイヴンズの話を参考にしてます。
短編にあるデート回(?)なんですけど、それもヒロインが主人公のデートを妨害するんです。
無駄に凝った陰陽術を使って。面白いですよ。

クロのルーンは、こうやってオリジナルのルーンを出していきます。
他にも、先見のルーンとか考えてあります。戦いで敵の動きを読むルーンです。
アトゴウラも、原作では魔術効果はないそうですが、この作品では結界系の魔術です。

これからもこんな感じにオリジナルのルーンを出していくのでお楽しみに。

それでは、感想待ってます。


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怪しげな保険医

ドッジボール対決の士郎視点のお話です。
イリヤ達の方は、原作をお読みください。


【士郎視点】

 

「う~ん……」

 

「どうした衛宮。難しい顔をして」

 

「いや、ちょっとな」

 

色々な事があった日曜日。今日はその翌日、月曜日。ある事で悩む俺に声を掛けてきたのは、当然というべきか、友人である一成だった。一成の問いに、俺は微妙な返答をする。何故なら……

 

今日からクロがイリヤの通う小等部に通う事になっているからだ。つまり、クロについてどこまで話したものか分からず、俺はこんな微妙な返答をしたのだ。イリヤの従妹という設定だから……

 

「その、親戚の子がさ。今日からイリヤと同じクラスに通う事になってて……」

 

「ほう。つまり衛宮は、その子が上手くクラスに馴染めるかを心配していた訳か。衛宮らしいな」

 

「まあ、そんなところかな。ちょっと、色々事情がある子なんだよ。それで、実はその子、イリヤともあまり仲良くないし。その辺の事も心配でな。俺としては仲良くなって欲しいんだけど……」

 

「そうか。衛宮は本当に家族思いだな」

 

家族思いか……確かに、家族は俺にとって特別な存在だからな。イリヤとクロを重ねてしまうからどうしても心配になってしまう。とはいえ、あの二人を仲良くさせるのは至難の業だ。どうする?

 

一成と話しながら今後の対策を考える。そんな事をしている内に時間は過ぎ、午前の授業は終わりを告げた。昼休みに入り、お弁当を食べ終わった時、俺達のクラスに騒がしい訪問者が現れた。

 

「士郎、いる!?」

 

「藤村先生?」

 

教室の入り口に現れたのは、騒がしい教師・藤村大河先生だ。俺が所属する弓道部の顧問にして、イリヤ達の担任教師。そんな藤村先生が、血相を変えた様子で荒い息を繰り返している。何だ?

 

「どうしたんですか? その鼻に詰めてるティッシュとか……」

 

「私の怪我はどうでもいいのよ! それよりもイリヤちゃんが!」

 

「イリヤ?」

 

まあ、イリヤ絡みの用件だとは思ったけど。両方の鼻に丸めたティッシュを詰めてる奇抜な姿で、何やら深刻そうな雰囲気を作っている。その姿のせいで、かなりシュールな雰囲気になったけど。

 

「イリヤちゃんが怪我をして、意識不明になってるのよ!」

 

「なっ、何だって!?」

 

ところが、そんなシュールな姿からは予想もつかなかった事を言い出した。イリヤが意識不明? 興奮した様子の藤村先生に連れられて、俺はイリヤがいるという保健室へと向かうのだった。

 

また保健室かよ……最近、イリヤがあそこの世話になる事が増えている。兄として、色んな意味で心配が増える場所だった。詳しい話を聞く暇も惜しんで、俺達は足早に保健室への道を歩いた。

 

「藤村先生、クロ……クロエの様子はどうですか?」

 

「ああ、そういえば、イリヤちゃんの従妹って事は、士郎の親戚でもあるのよね。あの子はその、まあ色々と問題はあったけど上手くやってるわよ。今は、イリヤちゃんと一緒に保健室にいるわ」

 

クロの様子を聞いてみると、藤村先生はそう答えた。ちょっと待て。どういう事なんだ。イリヤが意識不明とは聞いたけど、クロにも何かあったのか? 新しい疑問が浮かんできてしまったぞ。

 

「イリヤと一緒に? それって、どういう……」

 

「あ、保健室に着いたわよ。準備はいいわね? それじゃ、行くわよ。イリヤちゃん、大丈夫!? ほら、お兄ちゃんを連れてきてあげたわよ! だから元気になって! 生き返ってーっ!」

 

「イリ……モガッ!?」

 

それを聞こうとしたが、保健室に着いてしまった。藤村先生が、猫のように俺の首根っこを掴んで保健室に突撃した。続いて俺もイリヤを呼ぼうとしたが、顔に包帯が巻き付いて喋れなくなる。

 

「うるさい。保健室では静かにして」

 

モガンデボベラ(何で俺が)?」

 

保険医の折手死亜(おるてしあ) 華憐(かれん)先生が、そう言いながら包帯を俺の顔に巻き付けてきたのだ。なんでさ? 騒いだのは俺じゃなくて、藤村先生だろうに。俺はそんな理不尽に呆れながら、包帯を取った。

 

「あ、士郎さん」

 

「美遊じゃないか。あ、イリヤの付き添いをしてくれてたのか? イリヤの容体は?」

 

するとそこには、美遊がいた。俺は美遊に、イリヤの様子を聞いてみた。すると……

 

「あ、大丈夫です。ちょっとドッジボールで、顔面にボールがぶつかっただけですから。少し強烈な威力でしたけど、大した事ないと思います。顔が赤くなって、鼻に絆創膏を貼ってますけど」

 

そんな答えが返ってきた。ドッジボールで顔面直撃……痛そうだけど、それなら心配いらないな。

 

「なんだ、そうか。大怪我とかじゃなくて良かった。いや、この人が大げさに言うからさ」

 

「なっ、心配して何が悪いっつーの! それでも兄かどえりゃー薄情者(はくじょうもん)! イリヤちゃんが怪我をして意識不明って言ったでしょうコンチクショウあんちくしょう! 何か言ってみなはれ!」

 

「そうじゃなくて、もっと冷静で的確な情報を……っていうかどこの方言だよまったく……」

 

新しい方言を誕生させたような言葉で俺の首をロックしてくる藤村先生。いや、イリヤの事は勿論心配だけど、無駄に不安を煽るような事を言うなって言ってんだよ。言い方を考えろって事だ。

 

「ううぅぅ……イリヤちゃん、本当に大丈夫? イリヤちゃんの顔に傷が残ったらどうしよう……もしそうなったら、責任をとって私が士郎のお嫁さんになるしかないわ。およよよ……」

 

「だから大げさだって……って、何言ってんだあんた!」

 

「……藤村先生……ちょっと言っている意味が分かりません……」

 

「ひっ、なんか顔が怖いわよ美遊ちゃん!」

 

「ああ、本当うるさい。健康な人間ばかりだし、早く出て行ってくれないかしら」

 

もう滅茶苦茶だった。俺、イリヤの様子を見に来ただけなんだけど。藤村先生の戯言は無視して、俺はイリヤが寝かされているベッドに向かった。うん、美遊の言う通り、大した事なさそうだ。

 

「あれ、そういえば、クロもここにいるって聞いたんだけど……」

 

「あ、クロなら、もうここにはいませんよ」

 

保険室内を見回しながら聞くと、美遊がこうなった経緯と顛末を教えてくれた。やれやれ。それにしても、何でクロはキスなんてしたがるんだ? それを聞くと、美遊は困った顔で言葉を濁した。

 

「それは、その……ここではちょっと。魔術関連の事なので……(ぼそっ)」

 

ああ、そうなのか。ここには、折手死亜先生がいるからな。藤村先生は追い出されたけど。美遊が小声で告げてきた言葉を聞く限り、魔術的な事でそうしなければならない理由があるのだろう。

 

「……」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、ちょっとな……」

 

それについては置いておくとして、俺は他に考える事があった。寝ているイリヤを見つめながら、ため息をつく。美遊が話してくれた事を考えたからだ。イリヤは、クロにこう言ったらしい。

 

『あなたなんか、私の偽物のくせに!』、と。そういう風に思っていたんだな、イリヤは。まあ、イリヤの気持ちも分かる。イリヤからすれば、クロは厄介者の偽物でしかないんだろうな……

 

そして、それを聞いたクロは激昂して、イリヤの顔面にボールを跳ね返したらしい。クロの気持ちはどうなのだろう。未だにその正体も分からない、イリヤのそっくりさん。でも、クロは……

 

「……なあ、美遊。クロの事を考えてやってる俺は、イリヤにとって酷い兄なのかな?」

 

「それは……分かりません。イリヤに聞いてみないと……」

 

そうだよな。クロにイリヤを重ねている俺は、もしかしたらイリヤからすれば、裏切り者みたいなものなのかもしれない。それでも、イリヤにそう言われたクロの気持ちを考えると辛くなる。

 

お前は消えろって言われたようなものだもんな。そう言われた時、クロは、どんな顔をしていたのだろう。存在そのものを否定されたクロは。激昂したという事は、絶対に傷付いているだろう。

 

イリヤにそれを考えろというのは、やはり酷なんだろうとも思う。イリヤはまだ子供だし、クロの正体も分かっていない。そんな状態で、イリヤの立場でクロの気持ちを考えろってのはな……

 

「う~ん……問題が難しすぎるぞ……どうすればいいんだ」

 

「士郎さん……士郎さんは、どうしたいんですか?」

 

「どうしたい、か。ここで詳しい話は省くけど、俺としてはイリヤとクロに仲良くなって欲しい」

 

「そうですか……確かに難しい問題だと思います。でも、それが悪い事だとは思いません」

 

「美遊……」

 

今感じている悩みを吐露する俺に、美遊は穏やかな声でそう言ってくれた。甘すぎる考えを言う俺を否定する事無く。美遊の眼差しは声と同じく穏やかで、本心からそう言ってくれてると分かる。

 

「その想いを大事にしてください。少なくとも、私は士郎さんが酷い兄だとは思いません。イリヤだって、きっとそう思っていると思います。私なんかの保証では、頼りないかもしれませんが」

 

「……そんな事はない。ありがとな、美遊」

 

「あ……」

 

まったく。これじゃ、どっちが子供だか分からないじゃないか。小学生に慰められる高校生って、情けなさすぎるだろう。美遊の言葉に元気づけられた俺は、美遊の頭を撫でてやる。そうだな。

 

俺まで諦めたら、イリヤとクロは、このままの関係が続いてしまう気がする。どちらも互いに嫌い合って、傷付け合ってしまうかもしれない。そんな光景は、絶対に見たくなかった。なら……

 

「うだうだ考えてる暇があったら、何か行動してみるよ。俺なりにね」

 

「はい、頑張ってください、士郎さん」

 

イリヤの付き添いは俺が引き継ぐ事になって、美遊は保険室を出て行った。俺はイリヤが目覚めるまで保健室にいる許可を貰って、眠るイリヤを眺めて過ごす。さて、具体的にどうするかな。

 

「まったく。貴方はどこまでも、私の平穏を乱すのね」

 

「何ですか急に……」

 

イリヤとクロの問題について改めて悩んでいると、折手死亜先生が不機嫌そうな声を出した。先生は俺の事を睨むように見ている。この人は、本当にどこまで保険医らしくない先生なんだろう。

 

「以前言ったと思うけど、私は健康な人間を見るのが嫌なのよ」

 

「あんたがそんなだから、イリヤを安心して任せられないんだよ」

 

悪びれもせずそんな事を言う先生に、俺はジト目でつっこむ。敬語も忘れてしまった。どうして、この学園はこんな人を保険医に採用したんだ。そんな事は、思っていても口にするなよな。

 

「……ふん、さっきの子達も面倒そうだけど、貴方も随分と面倒そうね」

 

「……はあ? どういう意味ですか?」

 

言い返した俺に、先生は訳が分からない事を言ってきた。面倒そう? 俺やイリヤ達が?

 

「奇跡に、偶然に、必然……そして貴方は、例外……いや、異端かな」

 

「奇跡と偶然と必然……? 俺が、異端だって?」

 

何を言っているんだ、この人は。俺は、こちらを射抜く折手死亜先生の鋭い視線に動けなくなる。心臓の音が激しく脈打ち、冷や汗が頬を伝う。これは何だ? この人は、本当に保険医なのか?

 

「そんな様子では貴方は将来とんでもない事になるかもしれないわよ? ……まあ私としては、私に迷惑が掛からなければどうでもいいんだけど。他の子達はともかく、貴方は可能性が高そうね」

 

「……折手死亜先生。あんたは、一体何なんだ? 何を知っているんだ?」

 

「さあね。お互い、知らない方が身の為だと思うわよ? そこに寝ている貴方の妹の為にもね」

 

「っ!?」

 

「ふああ、どうやら喋りすぎたようね……私は寝させて貰うわよ」

 

言いたい事だけ言って、折手死亜先生は空いているベッドに横になって寝始めた。前にはなかった新しいベッドで。どうやら前回俺が占拠してたせいで眠れなかったから、もう一つ置いたらしい。

 

自分用のベッドを学校のお金で買わせるとか、本当にどうなってるんだよ。まあ、確かに保健室にベッドが一つしかなかったのは不便だったけどさ。生徒の事を考えれば妥当な判断なんだが……

 

こうして折手死亜先生が使用して寝ている姿を見ると、学校の判断が間違っているように見える。その事に呆れながらも、俺は胸に棘を刺されたような不安を感じていた。俺の将来はどうなる……

 

そして、この人は何者なのか。もし敵だとしたら、どこの人間だ? そして、どうしてこの学園の保険医をしているんだ? 俺達にとって、この人はどんな存在なのだろう。不安材料が増えた。

 

「……あんたの方こそ、俺の平穏を乱す人だよ……」

 

眠る折手死亜先生を見ながら、俺はそう呟くのだった。

 

…………………………………………………

 

「……う~ん……」

 

「やっと目が覚めたか、イリヤ」

 

「……お兄ちゃん?」

 

イリヤが目を覚ましたのは、空が夕暮れに染まり始めた時だった。もうすぐ授業は終わり、放課後になる時間だ。結局、午後の授業には出られなかったな。イリヤは目を擦りながら起き上がった。

 

「……あれ……私、なんで……?」

 

「もう放課後になるぞ。体育の授業でクロとやりあって、気絶したんだよ。覚えてないか?」

 

「あ……あ~、そうだった……うぅ、クロのやつぅ……」

 

現状を教えてやると、イリヤは事態を把握したらしく、クロに恨めしげな声を発した。美遊に教えてもらったイリヤの発言に少し身構えていたが、どうやらそこまで深刻な感じではなさそうだ。

 

イリヤとしては、率直な感想が出ただけで、そこまで深く悩んでいた事ではないんだろう。精々、またあいつのせいで面倒な事になった、程度の気持ちなんだろうな。まだ小学生だし、当然か。

 

「まあまあ。でも、楽しそうじゃないか」

 

「え~? 楽しくないよう……」

 

「そうか? まあ、イリヤ本人はそうは考えられないかもな。でも……」

 

実際にクロがいなくなったら、イリヤは泣くんじゃないかと思う。俺の願望かもしれないけどな。イリヤの頭を撫でながら、他愛もない事を話す。今イリヤにクロの話をしても無駄だと思うから。

 

「とにかく、顔は大事にしろよ。女の子なんだから」

 

「うん……」

 

「さて、どうする? 起きるのが辛いならセラに来て貰うか?」

 

「い、いいよ。そんな大げさにしなくても」

 

「そっか。じゃあ、俺がおぶって帰るよ」

 

「ええっ!?」

 

「あれ、嫌か? でも、3時間近く気絶してたんだし、無理はしない方がいいだろ」

 

「い、嫌じゃないけど。むしろ嬉しいけど……でも、いいのお兄ちゃん?」

 

「ああ。遠慮なんてするなよ。兄妹なんだからさ」

 

そんな話をしながら、俺はベッドの前に屈んで、イリヤに背を向ける。しばらくすると、イリヤは躊躇いながらも俺の背に乗ってきた。それを手で支えながら、しっかりと背負い直す。よし……

 

「お、重くない、お兄ちゃん?」

 

「全然。軽すぎるくらいだ。部活で鍛えてるんだから、なめるなよ?」

 

イリヤを背負って、一応眠る折手死亜先生に一声かける。すると、先生は僅かに起きていたらしく片手を上げて返事をしてきた。その様子にため息をつきながら、俺は保健室を後にしたのだった。

 

…………………………………………………

 

「おお、衛宮。妹さんは大丈夫だったのか?」

 

「ああ。ただ、念の為イリヤを連れて帰るよ」

 

保健室を後にした俺は、自分の鞄を取りに教室に戻ってきた。すると、クラスにいた全員が俺達に注目してきた。イリヤはその視線を受けて、恥ずかしそうに身じろぎした。悪いな、イリヤ。

 

クラスを代表して声を掛けてきた一成にそう答えて、俺の鞄を取ってきて貰った。それをイリヤに持たせて、俺はある人間に声を掛けた。その人物は面倒くさそうな顔をしたが、こっちに来た。

 

「何だよ、衛宮」

 

「そういう訳だから、俺は今日部活を休む。藤村先生にそう伝えてくれ、慎二」

 

「……ふん、相変わらず、妹の事になると他の事は後回しか。そんなに大事かね、妹が」

 

「ああ。大事だよ。慎二だって桜がいるんだから、少しは分かるだろ?」

 

「なっ、ぼ、僕には分からないね。桜がなんだっていうのさ。まったく……」

 

やれやれ。こいつこそ、相変わらず素直じゃない。確かに不器用ではあるが、少しは桜の事を気にしているくせに。どこまでも天邪鬼な性格の慎二にため息をつきながら、俺は教室を後にする。

 

「さて、次はイリヤのクラスだな。きっと美遊とクロが待ってると思うから、行くか」

 

「……美遊はともかく、クロは待っててくれるかな?」

 

「きっとな。まあ見てろよ」

 

イリヤを背負い直して、小等部へと向かう。廊下を歩く俺達は注目を集めたけど、俺は気にせずに歩いた。小等部の校舎に入ると、イリヤは本当に恥ずかしそうにしながら、俺の背中に隠れた。

 

「うぅ~、恥ずかしい……タツコ達に見られたら、明日なにか言われそう」

 

「気にしすぎだって」

 

そんなイリヤと話しながら、イリヤのクラスについた。教室の中にはまだ半分くらい生徒が残っていて、入り口に立つ俺達は注目を集めた。その中に、やっぱりいた。美遊とクロだ。ほらな?

 

「ああーっ、イリヤずるい! 一人だけお兄ちゃんにおぶって貰うなんて!」

 

「ず、ずるくないもん!」

 

「私だって同じ怪我したのに、イリヤだけはずるいでしょ?」

 

「く、クロは頑丈でしょ!」

 

「なによ~、それ!」

 

「ほら、喧嘩するな二人とも」

 

俺達を見たクロがイリヤに突っかかる。また始まりそうな喧嘩を宥めながら、クロの様子を見る。イリヤと同じ場所に絆創膏が貼られている。そうか、遠坂が掛けた痛覚共有の呪いってやつか。

 

「おお、クロもブラコンなのか」

 

「イリヤと同じか」

 

「顔だけじゃなくて、そんな所まで同じなんだな」

 

「き、禁断の匂いがする……」

 

イリヤの友達らしい四人(確か、前に家に来てたな)が、そんな事を言い出した。確かに、これは明日が大変そうだな。そんな事を考えていると、美遊がイリヤの鞄を持ってこっちにやって来た。

 

「帰りましょう、士郎さん」

 

「そうだな。ほら、クロも行くぞ」

 

「は~い」

 

クロと美遊を連れて、俺達は帰路に就く。その途中に、イリヤに偽物と言われたらしいクロの様子を観察しながら、クロの気持ちについて考えを巡らせる。何とも思っていない筈はないが……

 

「ん? どうかしたお兄ちゃん?」

 

「……いや、元気そうだな」

 

「うん。学校も楽しかったし、私は元気よ」

 

そうか。クロの本心は、見ただけでは分からなかった。どうやら、クロは気持ちを隠すのが上手いらしい。今の俺では、その心の奥底にあるものを見る事はできそうもなかった。まだまだだな。

 

「クロだけじゃなくて、イリヤと美遊にも言うけどな」

 

「「「?」」」

 

「悩んでる事があったら、俺に相談して欲しい。全部とは言わないし、俺にできる事も限られてるから、過剰な期待はさせられないんだけどな。でも、俺は全力でその悩みに付き合うからさ」

 

「「お兄ちゃん……」」

 

「……はい。そうさせて貰います」

 

取り敢えず、今の俺にできる事はこれくらいだ。悩みを聞いてやる事ならできるから。解決してやると言えないところが情けないが、それでもこれは俺の偽らざる気持ちだった。だから……

 

せめて、相談されたらとことん付き合おう。俺はそう決めたのだった。




士郎は異端。どういう事なのかは、今後をご覧ください。

イリヤとクロの問題に悩む士郎のお話でした。美遊は天使か……?
この子、色んな問題を抱えてるから、他人の事情も考えられると思います。
小学生らしくはないですけどね!

それでは、感想待ってます。


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傷付いた黒

お待たせしました。ちょっとリアルが忙しくて……

VSクロ、三戦目です。
原作とは違う美遊の決意をご覧ください。


【士郎視点】

 

「……クロが、逃げた?」

 

「うん……」

 

どうしてそうなった。あまりにも唐突過ぎて、展開についていけない。ドッジボールで、イリヤとクロが派手にやり合ったのが数時間前。その話を聞いた俺は、今後どうするかを考えていたのに。

 

今は夜の9時。イリヤの特訓によって衛宮家の風呂が使えなくなり、俺達はルヴィアの屋敷に風呂を借りに来ていた。そして、俺は女性陣と別れ、使用人用風呂を借りた。執事さんに連れられて。

 

それについては割愛するが、どうもその間にイリヤ達は風呂場でクロと出会ったらしい。そして、今後の話とクロの話をしている内に、何かしらの揉め事があってクロが逃げてしまったらしい。

 

「……どんな話をしたんだ?」

 

「えっと……」

 

「私達の任務についての話よ。クラスカードを回収するってやつをね……」

 

「その上で、イリヤスフィールに聞いたのです。望みをね」

 

とにかく情報が欲しい。そう思って質問すると、遠坂達が簡単な説明をしてくれる。遠坂達の任務はクラスカードの回収。それさえできればいいと言ったらしい。そして、イリヤに望みを聞いた。

 

「何を望んだんだ、イリヤは」

 

「私は、元の生活に戻りたいって言ったよ。そしたら……」

 

「クロが突然怒り出して、凜さん達の制止も聞かずに逃げてしまったんです」

 

元の生活に戻りたい、か。それを聞いて怒り出したというクロ。そして、今までの全てを無駄にして逃げてしまった。クロは、こう言っていた。誓いを必ず守ると。余程の事がない限りは……

 

イリヤの望みは、その余程の事だったっていうのか。クロが誓った事。それは、誰かを傷付けない事、イリヤの従妹として振る舞う事、そして、屋敷から許可なく出ない事。この三つだった筈だ。

 

イリヤ達の話では、クロはそれを破ってイリヤ達を攻撃した。さらに、ルヴィアの許可なく屋敷を出て逃げてしまった。これで、普通の女の子として学校に行きたいという願いもなくなったんだ。

 

ほんの一日だったけど、帰り道でクロは楽しそうだったのに。イリヤに言われたという『偽物』という言葉でも、我慢して誓いを守っていたというのに。今回の発言はそれ以上に許せなかったと?

 

「……どうしてクロは怒って出て行ってしまったんだ?」

 

「分かんないよ。ほんと、あいつって訳が分かんない」

 

クロが怒った理由が分からない。これは致命的だった。関係を修復する為にも、原因を知らなければならない。イリヤも心当たりがなさそうだ。ただ、遠坂とルヴィアは沈んだ表情で俯いている。

 

「どうしたんだ、二人とも?」

 

「いえ……ちょっとね……」

 

「……あの子の気持ちも、まったく分からない訳ではないと言いますか……」

 

「二人には心当たりがあるのか?」

 

「……確信はないけどね……」

 

「本当か? 教えてくれ」

 

「「……」」

 

二人は、固く口を閉ざしたまま言葉を発さない。どうしてだよ? 俺とイリヤから視線を外して、心当たりを話してくれない。その様子に、俺とイリヤは首を傾げる。さらに聞こうとしたが……

 

「問題はそれだけじゃないのよ」

 

遠坂は、俺の問いから話題を逸らした。そして語る。クロが逃げたもう一つの理由を。こっちの方は納得できるものだったが、明らかにこちらは本命ではない。本命から関心を逸らしたんだ。

 

「私達の任務はクラスカードの回収。そして、ランサーのカードはクロの中にある」

 

「……」

 

だからクロは逃げた。遠坂はそう語る。確かにそうだろうけど、違う。それだけは二人の様子から分かった。そして遠坂達は、話題をクロの捕獲に移していく。どうしても本命は語らないのか。

 

そこでふと、この場にいるもう一人はどうなのかが気になって見てみた。すると、そのもう一人である美遊は、複雑そうな顔をしていた。その様子、もしかして美遊にも、心当たりがあるのか?

 

「とにかく、もう一度あの子を捕まえないといけないのよ」

 

「あんなに苦労して捕まえたというのに、頭が痛い話ですわ」

 

美遊に聞こうとしたが、遠坂達の結論に遮られてしまう。もう一度クロを捕まえる。ルヴィアの言う通り、苦労しそうだった。前と同じ手は通用しないだろうし。何とか戦わずに済ませたいな。

 

クロと連絡を取る方法はないから、向こうから接触してくるのを待つしかない。そしてクロが来たら、何とか話し合いで説得する。当面の目標としてはこんなところだな。俺は密かにそう決めた。

 

できれば、遠坂達は抜きで話したいな。そしてイリヤも、今は問題が面倒になりそうだからいない方がいいか。そうなると、クロが俺に相談してきてくれるのを祈るしかないという事になるかな。

 

「……クロ……」

 

俺は、あの謎の妹の事を思う。頼むから、早まった事だけはするなよ。数時間前にも言ったけど、俺に相談してくれ。そうしてくれたら、きっと助けてやるから。お前と一緒に悩んでやるからな。

 

…………………………………………………

【美遊視点】

 

『美遊様、昨日からどうしたのですか?』

 

「……ちょっとね……」

 

クロが逃げた翌日。いつものようにイリヤと一緒に学校に向かっている最中の事。サファイアが、昨日の夜の一件からずっと考え事をしている私を心配したのか、そう聞いてきた。けれど……

 

それに私は、曖昧に答える事しかできなかった。考えているのは、当然だけどクロの事。イリヤにそっくりで、場を好き勝手にかき回す存在。そして、数多くの謎を秘めている。そう、数多くの。

 

クラスカードや、イリヤの特異性。そして、魔術の事も。昨日の夜、イリヤは言っていた。クロが現れてから、以前のように力を使えなくなったと。カードを使ったり、魔力を暴走させたり……

 

クロは、イリヤの秘密に繋がっている。それは間違いなかった。けれど、私の頭を占めているのはその事ではなかった。クロの存在や秘密よりも、今の私には気にする事があったから。それは……

 

イリヤの言葉を聞いた時、良く分からないモヤモヤが胸の中に湧き上がった。これは、きっとクロが怒った理由と同じ。何となくだけどそんな気がする。今私は、イリヤにモヤモヤを感じている。

 

そして、もう一つ私の胸を占めている事。それは士郎さんだった。昨日、士郎さんはイリヤとクロの事で悩んでいた。クロが出て行って、今士郎さんはどんな気持ちだろう。考えるまでもない。

 

きっと心を痛めているだろう。私は、そんな士郎さんを助けてあげたい。その為に私ができる事は何だろう。これも考えるまでもない。クロを説得して、話をさせてあげる事。これしかないんだ。

 

でも、どうすればそれができるだろうか。答えが出ないこの二つの事で、私はずっと悩んでいた。サファイアへまともに返事をしないまま悩み続けて、気付いたらいつの間にか学校に着いていた。

 

「……あいつ、襲ってこなかったね」

 

「うん……」

 

イリヤも無口だと思ったら、クロが襲ってこないかずっと警戒していたらしい。痛覚共有の呪いがあるから、そんなに警戒する必要はないと思うけど、確かに今のクロは何をするか分からない。

 

無理もないかも。そんな事を思いながらも、私は胸のモヤモヤのせいでイリヤから目を逸らした。

 

…………………………………………………

 

「こないね……」

 

「イリヤ、ちょっと怪しいよ?」

 

そうこうしてる内にあっという間に時間は過ぎ、昼休み。イリヤは未だにクロが襲ってこないかを警戒して不審な動きになっていた。そして、当然の事ながら、今日はクロは学校には来ていない。

 

「もう、あいつが何を考えてるのか、さっぱり分からないよ」

 

「……イリヤ……あの、クロは……」

 

そう言って、イリヤはため息をついた。その様子にまたモヤモヤが湧いてきた私は、イリヤに何かを言おうとした。何を言うつもりだったのか、私にも分からない。けれど、それは言えなかった。

 

「み、美遊!?」

 

「……」

 

何故なら、後ろから飛んできたランドセルに潰されたから。痛い。でも、ある意味助かった。あのまま、イリヤに何を言いそうなったのか。それは、口にしてはいけない言葉のような気がした。

 

イリヤ達が、夏休みに海に行く話を始めた。そういえば、そんな話をしたな。イリヤが、士郎さんが夏休みに海に連れて行ってくれるという話をして、イリヤ達の誕生日に海に行く事になった。

 

ちなみに、私の誕生日でもある。この話はすでに士郎さんにもしていて、決定事項になっている。誕生会をやるという話になっているけど、正直私にはどうしてそんな事をするのか分からない。

 

誕生日を祝う? どうして? 生まれた日を祝って、何の意味があるの? そう思うけれど、士郎さんが乗り気になっているので私も行かないといけない。海に行くのも楽しみではあるし、ね。

 

「で、メンバーはイリヤと美遊と、私とタツコとナナキとミミ……あとはクロか」

 

「……あいつも呼ぶの?」

 

「おいおい、クロだけ仲間外れにするのは良くないでしょ。友達だろ?」

 

「……友達……」

 

気が付けば、クロも行く事になってるみたいだった。イリヤが微妙な反応を返すと、スズカさんがそう言った。友達。クロは友達。一緒にいた時間は2日にも満たないのに、自然とそう言った。

 

他の三人も、何の疑問もなく同意している。イリヤは、それを呆然とした顔で見ている。正直、私も驚いていた。友達というのは、そんなに簡単になれるものなのか。私は、その事に驚いていた。

 

私には、今まで友達がいなかった。イリヤが唯一の友達だと思っているほどで、彼女達の感覚が良く分からない。でも、彼女達からすればクロも、そして私も友達らしい。本当にそうなのかな。

 

ねえ、お兄ちゃん。友達って、そんなに簡単な事なの? だとしたら、私はいつの間にかたくさんの友達ができていた事になる。それは、何というか、悪くない気分だった。自分でも意外だけど。

 

そういえば、士郎さんも言っていた。私の重荷を一緒に背負ってくれる人はたくさんいて、これからもっと増える筈だって。だとしたら、こう思ってもいいのかな? クロは、もう私の友達だと。

 

その正体もまだ分からないけれど、それでも友達だって。そう思ってもいいのかな。そう思うと、私も士郎さんの望みを理解できるような気がした。イリヤとクロに仲良くなって貰いたいと思う。

 

まだ生まれたばかりの、小さな気持ちだけど、この気持ちを大事にしたいと思った。

 

…………………………………………………

 

「……結局、来なかったね、あいつ」

 

「イリヤは警戒しすぎだと思うけど」

 

放課後。朝からずっとクロを警戒しているイリヤと一緒に、下駄箱に私はいた。靴を取り出しながらそう言うイリヤに、私は少し呆れ気味にそう言いながら、自分の靴を出そうとした。すると……

 

カサッ、という音がして見てみると、私の靴箱に紙切れが入っていた。なんだろう、と思いながらその紙切れを取り出して眺める。どうやら、ゴミではなさそうだ。紙を広げてみると、それは……

 

「っ!?」

 

『美遊様?』

 

「なに、どうかしたの美遊?」

 

「……何でもない。私、今日は寄る所があるから、イリヤは先に帰っていて」

 

「え、うん……」

 

紙切れの内容を読んだ私は、イリヤにそう言って紙切れをポケットにしまう。イリヤに気付かれる事は避けないといけない。そして靴に履き替えた私は、イリヤと別れてとある場所へと向かった。

 

『美遊様、どこへ行くのですか?』

 

「……ちょっとね。サファイア、誰にも連絡しないで」

 

『?』

 

サファイアに釘を刺して、足早に歩く。ルヴィアさん達にも知られてはいけないからだ。こんな物で呼び出して、彼女が何を考えてるのか疑問だったけど、これはチャンスだ。私は決意を固めた。

 

指定された場所に向かう為に道を逸れて、林の中に入っていく。そのまま奥を目指していくと、聞き慣れない音が聞こえてきた。それは、水が何かにぶつかっているような音だった。この音は……

 

「……これは……海?」

 

視界が開けた時。そこには、一面に青が広がっていた。視界の奥まで続いているそれは、まるで終わりがないかのようだった。そう、これは海だ。本で読んだ通りの光景に、私はしばらく呆けた。

 

「……本当に、近くに海があったんだ……」

 

士郎さん達が言っていた事は本当だった。この近くに海があるって、全員が言っていた。

 

「……凄い……」

 

「ちゃんと一人で来てくれたのね。嬉しいわ、美遊」

 

「!?」

 

海に見惚れる私の意識を、現実に呼び戻す声が聞こえた。その声の方向を見てみると、そこには、海に突き出た岩の上に座り込むクロがいた。そう、私を呼び出したのは、このクロだったんだ。

 

「こんな物で私を呼び出して、どういうつもりなの?」

 

手に握った紙切れを開いて、それをクロに見せる。そこには、この場所への簡単な地図と、一人で来てというメッセージが書かれていた。クロは、緊張した私の様子を面白そうな顔で見ている。

 

「ん~、美遊と話したかったのよ」

 

「……私と? 士郎さんではなく?」

 

「ふふふ」

 

士郎さんではなく、私を呼び出した事を聞いてみるけど、クロは意味深に微笑むだけで答えない。私と話したい。この言葉を聞いた私は、やっぱりチャンスだと思った。話し合いの余地はある。

 

「……クロ、もう一度ちゃんと話し合おう。皆と」

 

「それは無理でしょ。だって、リン達はカードが欲しいんでしょ? でも、カードを渡したら私は消えるもの。それに、一人論外な奴もいるしね。あの子と話し合う意味を、私は感じていない」

 

「……論外? イリヤの事?」

 

「そうよ。分かってるじゃない。イリヤは、話し合いの余地のなさではリン達以上よ」

 

「……どういう意味?」

 

分からない。分かりたくない。何故か心でそう叫ぶ私に、クロは憐れみの視線を向けてきた。

 

「可哀想な美遊。まだ分かっていないのね。それとも、分かりたくないのかしら?」

 

「っ……」

 

クロの言葉に、心臓がドキッとする。それは、私の心の核心を突く言葉だった。そう、私は……

 

「ふふふ、イリヤの為に戦う価値なんてないのよ? まあ、ゆっくり話しましょ、美遊」

 

「っ!?」

 

突然、すぐ後ろから、クロの声がした。目の前にいた筈のクロがいない。考えるよりも早く、私は転身して前に跳んだ。後ろを振り向きながら。すると、やはりそこには微笑むクロが立っていた。

 

いつの間に? またルーン魔術を使ったの? いや、そんな気配も予備動作もなかった。なら……

 

「……転移魔術?」

 

「……ふ~ん……」

 

この感覚は、あのキャスターの時と同じだ。そう思って質問してみると、クロは笑った。

 

「その結論が出るの、早すぎない? いくら一度見てるからって、すぐにそれに結びつく?」

 

「……」

 

「私がルーン魔術を使う事は知ってるわよね? でも、今美遊はルーン魔術の可能性すら考えずに転移の結論を出した。ふふふ、やっぱり、美遊は魔術の事を知ってるのね。私達と出会う前に」

 

「っ!?」

 

しまった! あまりにもあっさりと看破しすぎてしまった事で、クロは私が魔術の事を知っていた事に気付いてしまったようだ。でも、クロの方こそ察しが良すぎる。やはり、クロも魔術を……

 

「やっぱりね。妙だと思っていたのよ。最初から魔術(こっち)側の人間だったんだね、美遊は」

 

「……」

 

「だったら、私達は分かり合える筈よ。私達が戦う理由はないでしょ?」

 

「……だから、私を呼び出したの? 士郎さんではなく」

 

「そう。お兄ちゃんは、魔術の事なんて知らないもの」

 

そういう事か。クロが士郎さんに相談しなかった理由の一つが、やっと分かった。魔術の世界は、血生臭い事が日常茶飯事だ。士郎さんは、それをまだ知らない。だから、クロは話さなかった。

 

「お兄ちゃんには、できれば魔術とは関わらずに生きて欲しい。ただでさえ、お兄ちゃんは危うい物を抱えてる身だしね。お兄ちゃんの事が魔術師達に知られると、かなり厄介な事になるのよ」

 

どういう意味だろう。クロは、一体何を知っているというのだろうか。この世界の士郎さんにも、魔術に関わる何かがあるというのだろうか。完全な一般人の筈では? 実際は違うという事なの?

 

「それは、クラスカード・アーチャーとは関係ない事で?」

 

「う~ん……ノーコメントよ」

 

「……」

 

教えてくれそうもない。クロは、士郎さんの話はこれで終わりだというように話題を変えた。

 

「さて、お兄ちゃんの話はもういいわ。今はイリヤの話よ。イリヤが私を遠ざけるのは、魔術の闇を知りたくないからよ。自分の日常を守ろうとしてるのね。あの望みからして、間違いないわ」

 

「……そうかもしれない」

 

「あの子の気持ちも分からなくもない。でも、それで私が納得するかっていうと違うのよ」

 

「……どうしても、話し合うつもりはないの?」

 

「くどいわよ、美遊。私とイリヤは、絶対に分かり合う事はできない。世の中にはね、どうしても分けられない物っていうのがあるの。美遊なら分かるでしょ? これは、そういう問題なのよ」

 

「……分けられない物? イリヤとクロは、何を奪い合っているの? 何故戦うの?」

 

「特別に教えてあげるわ。私とイリヤが、絶対に分かち合えない物。それはね……」

 

そこまで言った瞬間、クロの姿が消えた。また転移!? 私は空へと跳んだ。

 

「【存在】よ」

 

「っ!?」

 

けれど、クロは私の逃走先を読んでいた。目の前に転移してきて、そう言い放った。存在? 存在を奪い合う? 混乱する私を、クロは蹴り落とした。地面に叩き付けられて、空気を吐き出す。

 

「……クロ、どういう事なのか、私達にちゃんと説明して……イリヤにも」

 

「だからくどいってば。話したって、解決する方法なんかないの」

 

「……」

 

「へえ、私と戦うの? いいけど、私に勝てると思っているの?」

 

このまま話しても、クロが話し合うつもりがない事は分かった。なら、力ずくで大人しくさせるしかない。だから、私は立ち上がった。クロはそんな私を見て、無駄だと言う。確かに、無理だ。

 

『このままなら』、ね。私は手にしたカードを、クロに見せつけた。

 

「っ!?」

 

「【夢幻召喚(インストール)】!」

 

私は、そう叫んだのだった。




はい、美遊VSクロ、原作とは違う戦いの始まりでした。
士郎の想いの為。そして、自分自身の想いの為に、決意の美遊が戦います。
原作とは違う人間関係が、士郎のお陰で形成された結果でした。
イリヤは勿論親友ですが、この作品の美遊は他の友達も大事にします。
果たしてクロを止め、説得できるか。そして士郎は? それは次回。

それでは、感想を待ってます。


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剣士VS槍兵

美遊VSクロ。原作とは違うクロの戦い方をご覧ください。
そして、美遊の決意も。それではどうぞ。


【美遊視点】

 

「英霊化……そういえば、美遊も使えたんだったわね。しかも、『私とは』違う、正規の手順で」

 

「……」

 

私とは、か。やっぱり、あの時カードを使っていたのは、イリヤじゃなくてクロなんだ。それに、その物言い。クロは私がカードを使える事を知っていた。つまり、イリヤと同じ記憶があるんだ。

 

私は英霊になった姿でクロと対峙した。私が使ったカードは、【セイバー】のカード。私が持つ中でも最強のカード。バーサーカーも強いけど、あれは理性を失う危険がある。迂闊には使えない。

 

「私ね、カンニングが得意なの」

 

クロの正体や、戦い方を考えていると、突然クロがそんな事を言ってきた。私は訳が分からずに、首を傾げる。いきなり何を言い出すの? けれどクロは、そんな私の反応を無視して話を続ける。

 

「『手元に変なカードがあります』『目の前に敵がいます』『さて、どうしましょう?』」

 

クロは、何を言いたいのだろう? クロが列挙していく言葉に、私は益々混乱する。そして……

 

「そういう問題に対して―――即座に『カードを夢幻召喚(インストール)する』って答えを導けるのが私なの」

 

「!?」

 

何、それ。デタラメにも程がある。クロの言葉を聞いた私は、ようやくクロが何を言いたいのかを理解して驚愕する。そんなの、常識外れだ。あり得ない。とてもじゃないけど、信じられない。

 

「信じられない? そうでしょうね。ねえ美遊。私はカードの目的も理論も設計思想も知らない。それでもこの答えを導き出せる。過程を省いて、望んだ結果を得る……そういう風に作られた」

 

作られた? どういう事だろう。カードの事をまったく理解していないのに、あの使い方を瞬時に導き出したというのか、クロは。過程を省いて望んだ結果を得る。言い換えれば、願いを叶える。

 

手段さえ用意されていれば、分からなくても実行できる。そういう事だろうか。それって……

 

「ふふ、証明して見せてあげるわ。ほら―――」

 

「っ!?」

 

クロの姿が消えた。同時に、背筋に走る悪寒。後ろを確認するまでもない。そこには……

 

転移魔術(これ)が、その一端よ」

 

後ろには、槍を構えたクロ。私は、しゃがんでその一閃を躱し、前方に飛ぶ。攻撃を躱した私を、クロが面白そうな顔で見てくる。今の攻撃には驚かされたけど、今はこっちも英霊化している。

 

「いいわ。かかって来なさい、美遊。相手になってあげる」

 

「クロ!」

 

あくまで余裕の態度を崩さないクロに、私はセイバーの力で接近した。クロは笑みを浮かべ、低い姿勢で槍を構えた。接近した私は、魔力をジェット噴射のように放出して、クロに斬り掛かる。

 

けれど、クロはその斬撃をあっさりと受け止めて流してしまう。さすがに、接近戦ではセイバーに勝るとも劣らないランサーだ。体を横に流された私は、その流れに逆らわないように回転する。

 

「ふふ、面白いわね、美遊」

 

「っ……」

 

クロは楽しそうに笑いながら、神速の突きを連続で放ってくる。流石の速さだ。それを目で追いながら、私は時に受け止め、時には躱す。見える。目で追える。以前は全く見えなかったのに。

 

セイバーの力を改めて実感しながら、クロの槍に剣を合わせる。でも、このままやり合っても勝負は着きそうもない。クロもそう思ったのか、動きを変えた。以前にも見た事がある動きだった。

 

速さを生かして翻弄する動き。これまでのように正面からだけでなく、横から後ろから、奇襲気味に槍が突き出される。死角から襲ってくる攻撃。でも、私はそれらを感知して躱す事ができた。

 

「セイバーの直感スキル、かしらね。黒化英霊なら簡単に突破できたけど……」

 

そんな私の様子を見てクロが嘆息する。さっきまでの攻防よりはひやりとする事が多かったけど、セイバーの力はそれらにも対応する事ができた。流石はアーサー王といったところか。強い。

 

「う~ん……となると、保険を使うしかないか」

 

「させない!」

 

私を簡単には倒せないと思ったらしいクロが、次の手に出ようとしている。そう悟った私は、槍の間合いを殺すほどクロに接近して攻撃する。クロが槍を手元に戻す瞬間を狙って、上に弾いた。

 

「あら」

 

ここだ。槍を上に弾いた事でがら空きになった体に、体当たりを仕掛けた。でも、その瞬間クロが笑みを浮かべた。まずい、と直感した時、私の体が後ろに吹き飛ばされた。何が起きてるの!?

 

「さあ、行くわよ美遊。クー・フーリンの力、見せてあげるわ」

 

クロの前方、さっきまで私がいた地面に、輝くルーンが見えた。しまった、ルーン魔術! クロがルーン魔術を使う事を忘れていた。恐らく、あれは移動のルーン。私の体を後ろに移動させた。

 

「どんどん行くわよ? ついてきなさい、美遊。【ANSZ(アンサズ)】!」

 

「なっ!?」

 

地面に着地した瞬間、クロがルーン魔術を起動させた。直感に従って足元を見てみると、そこにはFに似た文字が刻まれていて、光を放っている。背筋がゾッとした。慌てて横に跳んで躱した。

 

私がいた場所に、大きな火柱が上がった。それを見て背筋を冷たくした瞬間、クロが目の前に接近してきていた。慌てて剣で受け止めるけど、クロは余裕の笑みを崩さない。まだ何かがあるの?

 

「ぐっ!」

 

「ほらほら、後ろの注意が甘くなってるわよ?」

 

何かが後頭部に直撃した。ガン、と大きな音が頭に響く。恐らく、拳大の石だ。また移動のルーンを使って動かしたのだろう。ここまできて、私はようやく悟った。この場所で戦うのはまずいと。

 

「……クロ、予めルーンを刻んでおいたのね?」

 

「正解。何の保険も掛けずに、呼び出す訳ないでしょ? まあ、あくまで保険だったんだけどね。使う事になるとは思ってなかったわ。褒めてあげるわ、美遊。私に、この保険を使わせた事をね」

 

やっぱりそうだ。クロは、この周辺に予めルーンを刻んでおいたんだ。それはまさに、ルーン魔術の利点を生かした戦い方だ。こうして予めルーンを刻んでおけば、任意のタイミングで使える。

 

つまり、魔術のトラップとして使えるという事。この場所は、クロが仕掛けたトラップだらけの場所だったんだ。やりにくい。このやりにくさは、一体何だろう。地力では劣ってない筈なのに……

 

「セイバーの力は、確かに驚異的よ。驚いたわ。でもね……」

 

「くっ」

 

「薄いのよ!」

 

「あっ!」

 

クラクラする頭では、クロの力に押し負けてしまった。私は再び後ろに吹き飛ばされる。まずい。直感でそれが分かるのに、対応しきれない。そうやって、私は少しずつ追い詰められていった。

 

「くうっ……」

 

逃げる先逃げる先に、的確に仕掛けられている炎の罠。必死に走りながらそれらを躱すけど、岩が飛んできて足を止められてしまう。あっ、と思った時はもう遅い。クロが真っ直ぐ突撃してきた。

 

「どう? これがクー・フーリンよ!」

 

「つっ……」

 

槍を突き出し、砲弾のように突進してくるクロ。その突きは、ついに私の防御を突き抜けて、頬を浅く切り裂いた。何とか直感で躱したけど、躱しきれなかった。分かっていたけど、クロは強い。

 

攻撃が全て緻密で、一手毎に追い込まれていく。どうして、ここまで的確な攻撃が出せるのだろうか。同じように英霊の力を使っているのに、この差は何? 幾らなんでも、対応が的確すぎる。

 

クロと一定の距離を取りながら、荒い息を繰り返す。そんな私の必死な様子を見て、クロは余裕の笑みを浮かべる。悔しいけど、明らかに私が押されていた。このままでは、クロを止められない。

 

「どうして戦うの、美遊?」

 

「……クロとイリヤを、話し合わせる為だよ」

 

不利な状況にも関わらず、諦めずにクロを睨み付ける私に、クロが戦う理由を聞いてきた。そして私はそう答えた。そう、私は、クロを倒したい訳じゃない。イリヤとちゃんと話して欲しいだけ。

 

「……はあ、だから言ってるでしょ? あの子は、話し合いの余地はないって」

 

「どうして? イリヤが何をしたって言うの?」

 

「……」

 

どうしてそこまで、頑なに話し合いを拒むのだろうか。そう聞いた私を、クロは憐れむような目で見てきた。さっきも見た目だ。クロはしばらく黙っていたけど、やがて肩を竦めてため息をつく。

 

「仕方ないわね。それを言わないと、美遊も納得してくれないみたいだし。教えてあげるわ」

 

「……」

 

「あの時、イリヤはこう言ったわよね? 『元の生活に戻りたい』って」

 

「……うん」

 

クロは、ゆっくりと諭すようにそう言ってきた。ついに語られる。どうしてクロが怒ったのかが。そして、私の胸に渦巻くこのモヤモヤの正体が。私は、固唾を飲んでクロの言葉に耳を傾ける。

 

「元の生活って、どんな生活の事かしら? その生活の中に、私はいたかしら?」

 

「っ!?」

 

クロの言葉に、私はハッとする。そうだ。イリヤの望む元の生活の中に、クロはいただろうか? イリヤには、そんなつもりはなかったのかもしれない。けれど、当のクロからしてみればどうか。

 

「つまり、あの子はこう言ったのよ。『お前は消えろ』ってね。どう? 話し合える?」

 

「……でも、イリヤはそんなつもりじゃなかったと思う。それに、話せばきっと……」

 

「やれやれ。ここまで言っても駄目か。なら、もう一つの本当の理由を言ってあげるわ」

 

「……え?」

 

何とかクロを説得しようと、まだ諦めない私に、クロは本当に仕方ないと言いたげな視線を向けてきた。これだけは言うつもりはなかったと言いたげなその様子に、私の胸が苦しくなる。何……?

 

「あの子が、どれだけ残酷な言葉を言ったのか、美遊にも教えてあげるわ」

 

「……」

 

間違いない。クロは、私の胸のモヤモヤの元を教えようとしている。イリヤの言葉……

 

「……あの子はね、魔術やカードの事もなかった事にしたいと言ったのよ。それが一体どういう事なのか分かるかしら? 私だけじゃない。あの子の日常を、元の生活を壊したのは何だったのか」

 

「そ、それは……」

 

イリヤの日常を、元の生活を壊したものは。それは、クロだけじゃない。その全ての始まりは一体何だったのか。ここまで言われて、ようやく私にも分かった。ああ、そうか。そういう事か……

 

クロが言いたい事を理解した私は、呆然と立ち尽くした。そうか。クロが怒ったのは……

 

「そう、あの子は……」

 

私の理解を肯定するように、クロは告げた。あの時のイリヤの言葉の、裏の意味を……

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「う~……セラは全然分かってないよ。肉でいいじゃない。どうしてピーマンをつけるのよ」

 

『ピーマンくらいで大袈裟ですねぇ』

 

「だって嫌いなんだもん」

 

美遊と別れて一人で家に帰ってきた私は、今夜の晩御飯の事を考えながらため息をつく。家に帰ると、セラが晩御飯の準備をしていた。よりにもよって、ピーマンの肉詰め。肉単体でいいのに。

 

「あ~あ、世の中ままならないものだね……」

 

『ピーマンくらいで、そこまで深刻に世の中の事を考えられるなんてイリヤさんも凄いですねぇ』

 

「いや、これは別に、ピーマンの事じゃなくて」

 

ベッドに倒れこみながら呟くと、ルビーが変な褒め方をしてきた。確かに、今のは誤解される言い方だったかもしれないと思いながらも、私は首を振る。私が考えていたのは、もっと深刻な問題。

 

『ああ、クロさんの事ですか』

 

「……」

 

そう。私を今悩ませているのは、私のそっくりさんで、その正体も分からない奴の事。今日、学校でスズカ達が言っていた言葉を思い出す。スズカ達は、もうクロの事を友達だと言っていた……

 

「……皆……もうクロの事を、本気で友達だって思ってるんだね……」

 

『素直で良い子達ですよねー』

 

「……そうだね……」

 

クロはどうなんだろう? クロの方は、皆の事をどう思っているんだろう? そして私の事は? ふと、そんな事を考える。そこまで思って、もう一つ気になる事があった。私はどうなんだろう?

 

「……分かんないな……」

 

クロが私の事をどう思っているのか。そして、私はクロの事をどう思っているのか。真剣に考えてみたけど、今は分からなかった。クロが怒った理由も分からないんだから、ある意味当然だった。

 

「……誕生会か……」

 

『どうしたんです、突然? ああ、そういえば、そんな話をしてましたねえ』

 

「うん……あいつ、もしも誘ってたら、来てくれてたのかな……?」

 

学校での事を考えてる内に、誕生会の事も思い出した。スズカ達はクロも誕生会に呼ぶって言ってたけど、あいつは来てくれたのだろうか。あんな事がなければ、きっと今日も学校に来ていて……

 

『何を、もう終わったみたいな言い方してるんですか。今からでも誘ってあげればいいでしょう』

 

「どこにいるかも分からないのに?」

 

そう。クロについて分かっている事は、ほとんどなかった。その正体すら分かっていないんだ。

 

「……ねえルビー。ほんと、あいつって一体なんなんだろうね? なんにも分かんないじゃない。どこにいるのかも、なにがしたいのかも、なにを考えてるのかも、まったく分かんないよ……」

 

そして、私自身の気持ちも。なんだか、胸がモヤモヤする。そんな私に、ルビーは……

 

『う~ん……そうでしょうか? 私は、分かるような気がします。クロさんが怒った理由は』

 

「え?」

 

そんな事を言ってきた。クロが怒った理由。ルビーは、それが分かるの? ルビーのその言葉に、体をベッドから起してルビーを見る。ルビーは、そんな私の目の前に浮遊しながら羽を動かした。

 

『昨日、イリヤさんは、こう言いましたよね? 【元の生活に戻りたい】と』

 

「うん」

 

確認するようなルビーの言葉に私は頷く。確かに私は、そう言った。それがどうかしたの?

 

『それって、クロさんに【消えろ】と言った事と同じではありませんか?』

 

「っ!? ちが……!」

 

違う、のかな……? ルビーの言葉を聞いて、咄嗟に否定しようとした言葉を飲み込んだ。違うと言い切れるだろうか? 少なからずそう思っていたんじゃないの? 私は自分の心に問いかける。

 

「……そう、かもしれない……そっか……だからクロはあんなに怒って……」

 

『いえ、それは理由の半分かと』

 

「え?」

 

どういう事? 納得しかけた時にそう言われて、私は首を傾げた。半分? ルビーが今言った理由だけでも、クロが怒った理由としては十分だと思うんだけど……そんな私に、ルビーは告げた。

 

『【元の生活】とは、魔術の事や私達がいなかった生活の事ですよね? つまり、クラスカードの出来事も、全てがなかった生活。これは拡大解釈かもしれませんが……イリヤさん、貴女は……』

 

その後に続いた言葉に、私はようやく悟らされた。自分が、どれだけ酷い事を言ったのかを……

 

…………………………………………………

【美遊視点】

 

「―――あの子は、私達全員の出会いを否定したのよ」

 

「……」

 

クロが告げた言葉に、私は全身の力が抜けていくのを感じた。イリヤの願い……それは、クロの事だけじゃなくて、私もルヴィアさんも凛さんも、ルビーもサファイアも含まれていたというの?

 

「ねえ、美遊? それでも美遊は、私にイリヤと話し合えっていうの?」

 

「……それは」

 

茫然自失になっている私の背後にクロが転移してきて、耳元でそう囁く。さっきクロが言っていた論外という言葉の意味が、ようやく分かった。イリヤは、私の事も友達ではないと言っていたの?

 

私が感じていた友情も、全ては幻だった? イリヤは、ずっと私にどこかへ行って欲しいと心の中で思っていたの? 私の中にあった想いに、ヒビが入ったような感覚。そんな私に、クロは言う。

 

「分かったら邪魔をしないで、美遊。あんな子の為に頑張る意味なんてないでしょ?」

 

「……がう」

 

「美遊?」

 

「違う!」

 

クロの言葉に折れそうになった心に、私は活を入れた。クロの言葉を否定して、振り向きざまに剣を叩き付ける。クロはその斬撃を槍で受け止めて、目を細めた。至近距離で、クロと睨み合う。

 

「どうして?」

 

「イリヤがどう思っていても、私はイリヤの事を友達だって思ってる!」

 

「……そう。嬉しいわ、美遊」

 

そう、イリヤが私の事をどう思っているかなんて関係ない。私がイリヤの事を友達だって思っているんだから、イリヤの為に戦う事は何もおかしくない。そう言った私に、クロは微笑んだ。

 

複雑そうな顔で。少し悲しそうな顔にも見える。クロは最初に、自分はイリヤだと名乗っていた。それと関係があるんだろうけど、私が言う『イリヤ』が自分の事ではないとも思ってるんだろう。

 

でもね、違うの。そうじゃないんだよ、クロ。確かに、今言った『イリヤ』はクロの事じゃない。でもそれで、貴女を見ていないと思って欲しくなかった。だから、私は最後にこう付け加えた。

 

「私は、『クロ』の事も友達だって思ってる!」

 

「!?」

 

私が付け加えた言葉に、クロが目を見開いて驚愕した。その様子に、私は笑みを浮かべた。初めて動揺してくれたね、クロ。さっきからずっと余裕の表情を崩さなかったクロの顔が、初めて歪む。

 

「私だけじゃない。クラスの皆も、そう思ってる筈だよ。だから私は、クロの為にも戦うの」

 

「……なに、それ……」

 

イリヤとクロに仲良くなって貰いたい。その気持ちは、さっきより強くなった。もう、士郎さんの願いだけじゃなくなった。このまま敵対する道を進んだら、イリヤもクロも、大変な事になる。

 

だから私は、私が友達だと思う二人を助ける為に戦うんだ。改めてそれを確認した私は、クロの顔を見つめる。クロは、もう余裕の表情ではなくなっていた。顔を歪めて、私の顔を睨み付ける。

 

「……私の望みは、イリヤを殺す事だけよ」

 

「それは絶対にさせない。イリヤも、そしてクロも死んでしまうもの」

 

「私はそれでも構わない!」

 

「ふざけないで! 友達が二人も死ぬだなんて、私は絶対に嫌! だから止める!」

 

「美遊!」

 

「クロ!」

 

自殺願望のような事を口にするクロを止める為に私はクロと激しく言い合う。これからが、本当の戦いの始まりだ。どうすればクロを止められるかを考えながら、私は気持ちを高ぶらせていく。

 

絶対に二人を話し合わせるんだ。




完全に美遊が主人公だこれ! あれー、おかしいな。
まあ、原作と違う展開を書きたいので、必然的にこうなりますかね。
一つだけ言える事は、この美遊の変化は士郎のお陰だという事です。
さあ、我らが主人公の士郎は、次回活躍できるのでしょうか。
こうご期待です。

さて、クロのルーン魔術は、こんな風に罠みたいに仕掛ける事が可能です。
ちょっとキリツグっぽいかもしれません。魔術を使ったトラップ戦術を使います。

それでは、感想を待ってます。


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アイリママ登場

さて、いよいよ士郎が……
そして、あの人の登場です。

それではどうぞ。


【美遊視点】

 

「私を、止める? そんな考えなしの薄い剣で、できると思っているの、美遊!」

 

「……」

 

クロの叫びに、私はようやく悟る。そうか。クロの手強さ、そしてやりにくさ。その奇妙な違和感の正体。戦闘本能に従って向かってきていた、いわば現象に近かった黒化英霊との決定的な違い。

 

今まで、何らかの方法でこっちの動きを見切っていたと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。思考する敵! ただそれだけで、私達にとってクロは未知の敵だったんだ。心の中で唇を噛む。

 

「今の美遊は、基本性能(スペック)頼りの力任せ。そんなんじゃ、セイバーのカードが泣いてるわよ」

 

そう言いながら、クロは槍を手元で回転させて私の剣を絡め取ろうとしてくる。それを、私は剣を引く事で防ぐ。考えなしの薄い剣。なら、どうすればいいのか。ひとまず、槍の間合いを殺す。

 

「クロ。イリヤと話して。共存する道を探そう」

 

「だから嫌だって言ってるでしょ。私は、あの子が許せないのよ」

 

いきなり考えて戦うのは難しすぎる。そう考えた私はクロを説得しながら心を揺さぶる事にした。クロに冷静さを取り戻させてはいけない。戦闘での読み合いでは、圧倒的にクロの方が上だから。

 

それに、クロに私の気持ちを分かって貰う事も、大切だと思ったから。そんな私の説得に、クロはそう反論してきた。イリヤが許せない。余裕があった時に言っていた事とは微妙に違う物言いだ。

 

「どうしても分けられない物はどうしたの?」

 

「っ……うるさいわね!」

 

やっぱり。こっちがクロの本音なんだ。感情を剥き出しにするクロは、私と正面からぶつかり合いながら叫んだ。冷静に考えて戦う事ができなくなっている証拠だ。感情のままに叫ぶクロ……

 

いい感じだ。クロの本音を引き出さないと、説得もできない。この言葉を聞く限り、共存できないではなくて、共存したくないがクロの本当の気持ちだろう。その道を探ろうとも思ってないんだ。

 

「大体イリヤは、自分がどれだけ恵まれてるかを知りもしないのよ! その裏で、『私が』どんな気持ちでいたかも知らないで! 私がどんなに望んでも手に入らなかった物を、イリヤは……」

 

「それを、ちゃんとイリヤに言ってあげるべきだよ。言わないと分からないでしょう?」

 

「くっ……」

 

そう。クロが何も話さないから、イリヤもどうしたらいいのか分からないんだ。そんな事だから、イリヤは無意識にクロを傷つけるような事を言ってしまう。話す事で喧嘩になるかもしれない。

 

でも、こんな何も分からない状態で殺し合いになるよりは、遥かに良い。今のままでは、お互いに嫌悪して戦いになってしまう。むしろ、本音をぶつけ合って喧嘩をした方が良いように思える。

 

「私にはどうせ先がないのよ! だったら、私は好きなようにやる!」

 

「ルヴィアさん達とも話し合ってみる! 諦めるのは早すぎるでしょう!」

 

ランサーのカードを回収する。そうするとクロは消えてしまうらしい。でも、考えればクロを消さない方法が見つかるかもしれない。確かに確約はできないけど、それで自棄を起こすのは早い。

 

「ねえクロ……お願いだから皆の所に戻ろう? 士郎さんも、きっと協力してくれる筈……」

 

「っ! ……うるさい、うるさい、うるさい! もう遅いのよ!」

 

「くっ……」

 

周囲から、いくつもの岩が降ってくる。ルーン魔術だ。クロの説得に集中していた私は、それらへの対応が遅れた。完全に動きが止まった私に、クロが呪いの朱槍を構えた。背筋がゾッとした。

 

「クロ! 私の話を聞いて!」

 

「……もういい。これで終わりにする」

 

まずい。クロの構える朱槍が、朱い輝きを放つ。間違いない。宝具の真名解放だ。クー・フーリンの代名詞である、【刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)】がくる。それを止める為に、クロに接近しようとした。

 

「うっ!?」

 

でも、それはできなかった。いつの間にか私の足に、無数の植物のツタが絡み付いていたからだ。それは足から這い上がってきて、私の全身を絡め捕る。しまった。これもクロのルーン魔術だ。

 

セイバーの力でも振り解けない所を見ると、どうやら単純に、植物を操るルーンでもないらしい。私は全身から魔力を放出して、そのツタを吹き飛ばしたけれど、もう遅かった。宝具がくる!

 

「……バイバイ、美遊……」

 

「クロっ……!」

 

「【刺し穿つ(ゲイ・)……っ!?」

 

もう駄目だ……そう思った時だった。上空から、光が降ってきた。それは発動寸前のクロの宝具をキャンセルして、後ろに下がらせた。私とクロの間に着弾したそれは、見覚えのある魔力砲……

 

「二人ともやめて!」

 

「この声は……」

 

「イリヤ……!」

 

「間一髪間に合ったみたいだな……」

 

上空から降ってきて私達の間に降り立ったのは、イリヤだった。そして、私の後ろからは士郎さんが現れた。どうしてここに? そんな疑問を抱いた時、私はハッとして持っている剣を見る。

 

「サファイア!」

 

『申し訳ありません、美遊様。誠に勝手ながら、姉さんに通信を送りました』

 

『いや~、ギリギリ間に合ったみたいで、本当に良かったですよ』

 

「さっきから、妙に静かだと思ったら……」

 

どうやらサファイアが、ルビーに現在の状況を伝えていたらしい。道理で、さっきから一言も喋らない筈だ。その連絡を受けたルビーが、イリヤと士郎さんを連れてきたという事らしかった。

 

クロはイリヤが現れた事で、不機嫌そうな顔になってこちらを睨んでくる。これは荒れるかな……これからの展開を予想して、私は心の中でため息をついた。きっと穏便にはいかないんだろうな。

 

…………………………………………………

【士郎視点】

 

「クロ……」

 

「お兄ちゃん……」

 

ルビーから美遊とクロの状況を聞いた俺とイリヤは、すぐに現場に駆け付けた。その途中で、クロが怒った理由(ルビーの推測)を聞いた。それを語るイリヤは、ずっと暗い表情を浮かべていた。

 

自分が言った事がどういう事なのかを理解して、心の底から反省しているようだった。だけど、俺は仕方ないと思っていた。幾ら何でも、小学5年生のイリヤにそこまで配慮をしろってのが酷だ。

 

クロがそう受け取ってしまったというなら、二人を話し合わせなければならないだろう。美遊一人では難しかったみたいだし、俺も手を貸さないとな。そう思って、立ち尽くすクロの顔を見た。

 

「二人とも、剣を収めて」

 

「っ!」

 

「イリヤ!」

 

ところが、イリヤがそう言った瞬間、クロが消えた。それに瞬時に反応したのは、英霊化しているらしい美遊だった。美遊は突然イリヤの後ろに現れたクロの攻撃を、その剣で受け止めてくれた。

 

「クロ、やめて」

 

「邪魔をしないで美遊。今更現れて勝手な事を言うそいつに、いい加減うんざりしてるのよ」

 

「クロ……」

 

「ごめんなさいお兄ちゃん。でもね、そいつだけは許せないのよ」

 

「……」

 

俺が声を掛けると、クロは一瞬悲しそうな顔をしたけど、すぐに鋭い目つきになってそう言った。どうやらルビーの推測が当たっているみたいだ。サファイアもそれを肯定していたし間違いない。

 

「……ふん……『私の為に争わないでー』ってやつかしら? こんな所までしゃしゃり出てきて、お姫様気取り? ほんっと、アンタってムカつくわ。どこまで私をイラつかせれば気が済むの?」

 

「お願い、私の話を聞いて」

 

「ふざけないで! 今更、何を聞けって言うのよ? 貴女の望みは、もう聞いたわ。『元の生活に戻りたい』んでしょう? だったらもう、私達に関わらないで。今すぐ私の前から消えなさい」

 

「……」

 

イリヤが何とかクロを説得しようとするけど、クロは聞く耳を持たない。止めるべきか? でも、なるべく二人で話した方が良いだろうし。イリヤが話したいって言うなら、話させてやるべきだ。

 

「クロ、イリヤの話を聞いてやって欲しい。一回だけでいいから……」

 

「お兄ちゃん……でも……」

 

「クロ、イリヤの話を聞いてあげて」

 

「……何よ?」

 

意固地になっているクロを、俺と美遊で説得する。すると、ようやくクロは構えを解いて、イリヤに向き合った。不機嫌さを微塵も隠さない表情を浮かべているけど、話を聞いてくれるらしい。

 

「……ごめんなさい」

 

「……何ですって?」

 

「私が言った事が、どんな誤解を生んでしまったのかが分かったから」

 

「誤解? 誤解ですって?」

 

「そうだよ。クロ(あなた)なら分かる筈だよ。だって、クロ(あなた)イリヤ(わたし)なんだから!」

 

「っ!?」

 

イリヤが叫んだ言葉に、クロの表情が驚愕に染まった。俺と美遊も驚いた。だって、他の誰よりもそれを認めようとしなかったのはイリヤなのだから。そんなイリヤが、クロは自分だと認めた。

 

「だから、分かっている筈だよ。今の私がどんな想いを抱いているかを。確かに、私は以前、自分の力が怖くて逃げ出した。なにもかもから逃げ出して、自分の殻に閉じ篭っちゃった事がある」

 

イリヤは、そう言って俯く。それは、以前の時のあれの事か。確かに、あの時のイリヤは、そんな感じだった。でも、とイリヤは続けて、俯いていた顔を上げた。そしてクロの顔を真っ直ぐ見る。

 

「でも、目を瞑っても、逃げ出しても、なにも解決しなかった。だから、あの時から私は決めた。私はもう逃げない! 出会った人も、起こってしまった事も、無かった事になんて絶対しない!」

 

「……」

 

クロ(あなた)イリヤ(わたし)なんだから、それは分かっている筈でしょう! だからあなたの解釈は誤解だって言ってるの! 今なら迷いなく言える。あなたに消えて欲しいなんて、絶対に言わないって!」

 

「……」

 

「美遊達との出会いだって、絶対否定しない! 皆に出会えて良かったって言える!」

 

力強くそう宣言するイリヤに、俺は目頭が熱くなる。イリヤも泣いている。クロの目を真っ直ぐに見つめながら、両目から涙の雫が流れている。クロは、そんなイリヤを無言で見つめ返している。

 

「……ご高説ありがとう」

 

やがて、クロは静かにそう言った。イリヤの言葉が届いたのかどうか、まだ分からないが……

 

「それで、これからどうすればいいのかしら? 家に帰って仲直りすればいいの? その後は? ずっと私の正体を隠したまま生活していこうって言うの? そんな生活、長続きする訳がないわ」

 

クロは、そんな事を言い出す。今だってかなり無理が出ている、と付け加えるクロは、沈んだ表情で俯いた。こんなに弱々しい表情のクロは初めて見る。そしてクロは、柔らかい表情で続けた。

 

「ねえイリヤ。日常って何なのかしらね? 家族がいて、家があって、友達がいる。私にはそんな当たり前の物さえ与えられなかったわ。だって、私は『無かった事にされたイリヤ』だから……」

 

「……」

 

どういう意味だろう。クロの正体に繋がる重要な話をしていると分かるのに、俺達にはその言葉の意味が分からない。無かった事にされたイリヤとは何だろうか。クロは、寂しそうな声で語る。

 

クロの言葉を無理にまとめると、クロはイリヤのあり得たかも知れない可能性という事か? そう考えると、確かにクロもイリヤなんだろう。イリヤとクロは、やはり同一人物だったという事か。

 

「けど、何の奇跡か、私は今ここにいる。考える意思がある。動かせる体がある。だから……」

 

弱々しかったクロの声が力強さを増していく。そして、槍の矛先をイリヤに向けた。周りの空気が一気に重苦しくなっていくのを感じる。クロは強い視線でイリヤを射抜き、続きの言葉を告げる。

 

「この手で自分の日常を取り戻したいと、そう思うの」

 

「……」

 

「私達は二人。でも、与えられた日常は一つよ」

 

クロはそう締め括る。決して譲らないという意思を込めた言葉で。そして、槍を構える。

 

「偽りの日常はもうお終い! もう逃げないって言うなら、私と戦いなさい!」

 

「やめろ、クロ!」

 

「クロ、駄目!」

 

クロがイリヤに飛び掛かってくる。俺と美遊は、そんなクロを止めようと、二人の間に割り込む。結局戦いになってしまうのか。その事に憤るが、クロにイリヤを傷付けさせる訳にはいかない。

 

再び激突しようとする俺達。そんな俺達を見て、イリヤが叫んだ。

 

「ああっ、もうっ! いい加減にっ……」

 

その瞬間……俺達の頭上を、何かが横切って行った。全員がそれを目で追うと、それは車だった。どこかで見覚えがある車が、空を飛ぶようにして俺達の頭上を飛び越えて行ったのだ。あれは……

 

「……し……て?」

 

イリヤの言葉が止まると同時に、その車も減速しないまま木にぶつかって停止する。俺達は、全員動く事もできず、辺りは静まり返った。誰もが事態を掴めずに呆然と立ち尽くす中、車から声が。

 

「もー、久々に帰って来たのにいないんだから。勘で探してみたけど、意外と見つかるものね」

 

それは、聞き覚えがありすぎる声だった。ああ、やっぱりな。車の車種を見た時からそんな予感はしていたけど、予想通りだった。ガルウィングドアを蹴破り、中から現れた運転手。その人は……

 

「やっほー、久しぶりイリヤちゃん。シロウも元気にしてた?」

 

「マ、マ、マ……ママ!?」

 

突然現れて場を引っ掻き回し、朗らかな声と笑顔でこちらに手を振ってくるその人は、紛れもなくイリヤの実の母、アイリスフィール・フォン・アインツベルンその人だった。こ、この人は……

 

相変わらず、こっちの空気を読まずにぶち壊してくる人だった。俺達のシリアスな空気は、彼方に吹き飛ばされてしまった。イリヤも俺も、突然の母の登場に頭が回らない。何が起きているんだ?

 

さて、頭が混乱してきてしまったので、一旦整理してみよう。俺達は、もう一人のイリヤことクロが逃げ出したので、説得しようとしていた。その結果、俺達はどういう状態になっているのか。

 

この場にいる全員が、普段とは違う格好で森の中にいる。言ってみれば、全員がコスプレをしているような状態になっているのだ。こんな俺達は、傍から見るとどんな風に見えているだろうか?

 

……うん、恥ずかしさで死ねる! しかも、三人の美少女小学生と、一人の高校生である俺。一気に犯罪くさくなった! まずい、事案発生? いやいや、そうじゃないだろ俺。落ち着くんだ!

 

そんな風に俺が大混乱していると、アイリさんの目がイリヤとクロに向けられた。まずい!

 

「あらあらまあまあ、これは一体どういう事なのかしら。イリヤちゃんったら、いつの間に双子になったの? それに何だか、とっても可愛い恰好ね。それとシロウも。その恰好どうしたの?」

 

状況が掴めていないのか、呑気な反応をするアイリさん。いやいや! この状況を見て、どうしてそんなに呑気でいられるんですか貴女は! 色んな意味で顔を青くする俺とイリヤだったが……

 

「……ママ……」

 

後ろから、そんなか細い声が聞こえてきた。その声に振り向くと、そこにいたのはクロ。クロは、俯いて体を震わせている。そして、突然キッと顔を上げて、アイリさんを睨んだ。おい何を!?

 

クロは、アイリさんに向かって突進した。呪いの朱槍を構えて。それを見た俺とイリヤは、即座に反応して動いた。イリヤと二人で、クロの攻撃を受け止めた。くっ、何て力だ! 腕が痺れる。

 

「?」

 

「な、何て事をするんだクロ!」

 

「そうだよッ!」

 

状況が掴めずに首を傾げるアイリさんを背後に庇って、俺とイリヤはクロに対峙する。クロは顔を下に向けたまま、無言で後ろに下がった。いきなり母親に攻撃をしたクロに、イリヤが叫んだ。

 

「ママだよッ! 私の……私達のママだよ!?」

 

そう、クロがイリヤと同一人物という事は、アイリさんはクロにとっても母親の筈だ。そんな母親を本気で殺すつもりで攻撃してきたように見えたクロに、俺とイリヤは混乱する。どういう事だ?

 

「……会いたかったわ、ママ……」

 

クロは、そんな俺達を無視して、低い声でそう呟く。その声は、どこか悲哀に満ちていて……

 

「10年前に、私を『無かった事』にした素敵なママ!」

 

「!?」

 

クロは激昂してそう叫ぶと、俺を飛び越えて槍を突き出した。くっ、速いっ!

 

「ルビー、物理保護!」

 

「駄目、イリヤ! ランサーの突きは、その程度では……」

 

「【錐形(ピュラミーデ)】!」

 

クロの突きを、イリヤは物理障壁をピラミッド状にして逸らした。上手い! クロが現れてから、低下した魔力を補う為の特訓をしていたイリヤ。これも、その一つだろう。クロは舌打ちする。

 

「どうしてママを攻撃するの!? 攻撃してどうなるっていうの!? こんなの滅茶苦茶だよ! あなた、自分が何をしてるか分かってるの!? お願いだから、もうやめてよッ!」

 

悲鳴のようなイリヤの叫び。自分と同じ顔をした人間が、大好きな母親を殺そうとしている。その光景は心を引き裂くような痛みがあるのだろう。俺だってやめて欲しい。その叫びに、クロは……

 

「……んない」

 

「クロ?」

 

「……分かんないよ……自分(わたし)感情(きもち)が、自分でも分からない……」

 

クロは、定まらない視線で呆然とした声を出す。どうしたんだ、クロ。感情が不安定になっている様子のクロに、俺達は困惑する。こんなクロは初めて見る。怯えたような、寂しいような……

 

「いいわ」

 

そんなクロを見つめて、アイリさんが前に出る。そして、その両手を広げた。迎え入れるように。

 

「正直、何が起きてるのか良く分からないけど、貴女が哀しんでいるのは分かるわ。母親だもの。だから……こっちにおいで、『イリヤちゃん』。ママが優しく抱きしめてあげる。さあ……」

 

「ママ、ダメ!」

 

「アイリさん!」

 

「うああああああああああ!」

 

優しい笑顔でクロを迎え入れるアイリさんに、クロが突撃する。槍を構えて叫ぶその姿は、母親を求める子供のようで……って、そうじゃない! 俺達がそれを止めようと、動こうとした時……

 

「……でも、その前に……」

 

アイリさんの手の平の上に不思議な物体が……糸のような物体が、空中で解けて形を成していく。え、何それ? やがて形が現れると、それは大きなゲンコツだった。ちょっ、マジで何だよ!?

 

「「「……は?」」」

 

俺とイリヤと美遊が、呆然とした声を出す。クロの頭上に現れたゲンコツは、そのまま下に……

 

「みぎゃっ!」

 

ゴチィィィィィィン! という凄まじい音が響いて、クロが地面にめり込んだ。え……?

 

「しつけは必要よね。刃物を振り回しての喧嘩なんて、言語道断よ」

 

今の感動的っぽい慈愛の表情から、誰がこんな展開になると予想できただろう。さすがのクロも、大きなタンコブを作って目を回している。一方、不可思議な現象を見せられた俺達兄妹は……

 

「マ、マママ、い、いいい今の何!?」

 

「アイリさん!? これは一体……!?」

 

大混乱だった。ちょっと変わった所がある人だとは思ってたけど、こんなの予想外すぎる!

 

「そうそう、こういう時は両成敗よね」

 

「へ? いや、ちょっ!?」

 

「待ってくださ……!」

 

そんな混乱する俺達に、アイリさんはニッコリと微笑んで手を翳した。すると、さっきと同じ大きなゲンコツが俺達の頭上に現れる。俺もイリヤも色んな意味で対応できない。ちょっと待って!

 

ガチコォォォォォォォォォォォォン! と、さっきよりも大きな音が響いて、俺達の頭にもそれが落とされたのだった。ちなみに、さっきよりも大きい音は、俺の頭から鳴ったものだった……

 

「……何で、俺には威力が強く……」

 

「男の子だもの♪ そして、イリヤちゃん達を止められなかった分のお仕置きも含めてあるわ」

 

「……さいですか……」

 

ああ、そういえばこんな人だった……久しぶりのアイリさんは、相変わらずな人だった……




アイリさんは書いていて楽しいです。
次回はいよいよ、士郎が主人公らしく活躍してくれると……いいなあ(笑)。

それでは、感想を待ってます。


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黒の居場所

さあ、お兄ちゃんの出番です。頑張れ士郎!

それではどうぞ。


【士郎視点】

 

あの日の事は、今でも鮮明に覚えている。本当の両親を事故で亡くし、施設に預けられて育った俺の目の前にやって来た人達の事を。誰かに必要とされたくて、ただ必死に正義の味方を目指した。

 

どうしようもなく寂しくて、お前は存在していていいんだと言って貰いたかった。あの時の俺は、それを自覚できずに生き残った自分の義務だと言い聞かせた。それでも俺には何もできなくて……

 

そんな風に絶望に打ちひしがれる俺の前に、あの人達がやって来た。そして、俺の本当の願いを気付かせてくれて、俺に居場所をくれた。それがどんなに嬉しかったか。今でもまだ覚えている。

 

そして、俺は新たな居場所と家族を得た。かけがえのない大切な物をくれた人達。ぶっきらぼうだが優しくて、俺の願いを気付かせてくれた切嗣。そして、俺に新しい居場所をくれたアイリさん。

 

俺はこの二人に本当に感謝している。それは、イリヤやセラ、リズともまた違う、大切な人達だ。そんな二人に、俺の知らない秘密が隠されていたなんて、今まで微塵も思った事はなかった……

 

この感情は何と言えばいいのだろう。ショックだった? いや、違う。失望した? これも違う。俺は何を感じてるのか、言葉にする事が難しい。ただ、大切な妹であるイリヤを助けたい……

 

何があってもこれだけは、俺の中で絶対に揺らぐ事のない、真実だったんだ―――

 

…………………………………………………

 

「……う……」

 

「あ、気が付きましたか士郎さん。良かった」

 

「……美遊?」

 

あれ、俺どうしたんだっけ? 訳が分からない。いつの間にか眠っていたようで、目を開けるとそこには、イリヤの友達である美遊がいた。もう見慣れてしまったエーデルフェルトのメイド服で。

 

状況が全然掴めない俺は、周囲を見回してみた。すると、そこはかなり広くて豪奢な部屋だった。恐らくルヴィアの屋敷のどこかだろう。部屋の中には俺と美遊だけでなく、イリヤとクロもいた。

 

俺が寝ていたのは、立派なソファだった。そしてイリヤとクロも俺と同じくソファに寝かされているようだった。えっと、何があったんだっけ? 確かクロが逃げ出して……説得したんだっけ。

 

それで……そこまで思った時、俺は視界の隅に、イリヤとクロが揃っている今、いてはいけない人がいるのを発見した。その人は目を覚ました俺に気が付いたようで、ふんわりと柔らかく笑った。

 

「あら、ようやく目を覚ましたわね、シロウ」

 

「ア、アイリさん!? 何で日本に……あ!」

 

場違いなほど柔らかく微笑むアイリさんに驚愕すると同時に、俺は何があったのかを思い出した。そうだ! クロを説得してる最中にアイリさんが現れて、妙な力を使って俺達を気絶させたんだ!

 

道理で、さっきから後頭部が痛むと思った。あのでかいゲンコツに殴られたからだ。あの力は一体何だったのかと聞こうとした時、アイリさんの手にルビーがいる事に気が付いた。おい、ルビー!

 

「シロウ達が起きるまで暇だったから、大体の事情を美遊ちゃんとステッキちゃんから聞いたわ」

 

『すみません。ゲロっちゃいました』

 

当たり前のようにルビーを両手で弄びながらそう告げるアイリさんに、俺は目を見開く。絶句する俺を、いつもと変わらない笑顔で見てくるアイリさん……事態の把握ができない。どういう事だ?

 

「えっとですね。つまり、あの人は……」

 

『魔術の事を知っているんですよ』

 

「なっ!?」

 

事態を把握できないでいる俺に、美遊とサファイアがそう告げた。つまり、アイリさんのあの謎の力は魔術だったって事か!? 俺がようやく事態を把握した時、イリヤとクロが目を覚ました。

 

「あれ……?」

 

「くっ……」

 

イリヤはさっきの俺と同じように、今の状況を把握できていないような反応をし、対してクロは、悔しげに息をついて、アイリさんを睨み付けた。この反応。クロはアイリさんの力を知っていた?

 

とりあえずイリヤにさっきの俺と同じ説明をして、俺達はアイリさんを見つめた。こうなったら、この人に全ての事情を聞くしかないだろう。そう思ったのは、イリヤも同じだったらしく……

 

「ねえママ、教えて。私は……ううん。私達は何なの? あの時も聞いたけどママは誤魔化した。でも今度こそちゃんと答えて。ここまできたら、それを知らないと私達はなにもできないの……」

 

「そうね。それじゃあ、説明を始めましょうか。ちょっとだけ長い話になるわよ?」

 

イリヤの問いにそう前置きをして、アイリさんはホワイトボードに何かを書き始めた。その様子はどこか楽しげで、シリアスな話でもまったくブレないこの人に俺は妙な安心感を覚えてしまった。

 

それから語られた話は、あまりにも壮大で、荒唐無稽なものだった。アイリさんの実家である家は魔術師の家系で、その家が掲げていた理念によって開催されていた魔術儀式。その名は聖杯戦争。

 

万能の願望器である聖杯を顕現させる為、7人の魔術師と7騎の英霊による、血で血を洗う戦いが行われていたという。その儀式を取り仕切っていた家系は3つあり、アインツベルンはその一つ。

 

「アインツベルンはね、その聖杯の器を用意するという役目を持っていたのよ」

 

「聖杯の器?」

 

「そう。聖杯戦争で手に入る聖杯は、特別な人間の肉体を器にして、作られていたのよ……」

 

「なっ!?」

 

アイリさんの語る言葉に、クロ以外の人間が絶句する。ただ一人、クロだけは静かに目を瞑りながら聞いていた。聖杯の器になる特別な人間。その人間は、『小聖杯』と呼称されていたそうだ。

 

「『小聖杯』には、ある程度の範囲で、願望を叶える力が備わっているの」

 

その言葉を聞いた俺達の脳裏に、過去のイリヤの不可思議な力が浮かんだ。ちょっと待ってくれ。つまりその特別な人間って、もしかして……誰もがそう思っただろう。すると、クロが口を開く。

 

「そう、私よ。私はその為に生まれた」

 

クロはただ静かに、そう語る。何の感情も宿していないかのような、冷たい声。イリヤと同じ容姿にはあまりにも不釣合いな、しかし妙にマッチしているような声だった。まるで機械みたいだ。

 

「生まれる前から調整され続けて、生後数ヶ月で言葉を解し、あらゆる知識を埋えつけられたわ」

 

クロが語るアインツベルンの所業。それはあまりにも非人道的なものだった。まだ生まれてもいない子供に手を加えて、儀式の道具にするなんて。それが、魔術師という存在なのだろうか……?

 

「でも、それならおかしいじゃないか。どうしてイリヤは、こんなに普通に暮らせてるんだ?」

 

クロの話を聞いて、俺は疑問を抱いた。だって、おかしいだろ。アイリさんとクロの話が本当なら今のイリヤは一体どういう事なんだよ? まるで普通の小学生として暮らしているじゃないか。

 

それに、この話を聞く限り、最初にいたのはクロの方のイリヤだった筈だ。つまり、クロこそが、『真のイリヤ』と言える存在なのではないか? だとしたら、俺達が知っているイリヤは一体……

 

「……それは……」

 

「私とキリツグが、アインツベルンから離反したからよ。イリヤちゃんの為にね……」

 

「!?」

 

俺の疑問に、アイリさんはそう答えた。アインツベルンは、千年も聖杯を作り出す為に研鑽を積んできたという。しかし、実の娘であるイリヤに情が湧いたアイリさんは、それを潰したそうだ。

 

「そう。貴女は私を封印した。機能を封じ、知識を封じ、記憶を封じた……普通の女の子としての人生を私に与えたいと言って。でも……でも……どうして、私のままじゃいけなかったの!?」

 

アイリさんが語ってくれた事で今のイリヤがいる理由が分かったその時、クロがそう叫んだ。確かにクロからしたら、存在を消されたのと同じだ。さっき聞いた話でクロの異常性は分かったが……

 

それでも、クロの気持ちを考えるとどうだろう。『お前では普通に暮らせないから消えろ』と……そう言われたようなものではないか? イリヤはその叫びを聞いて表情を暗くし、俯いてしまう。

 

ここで俺は、ようやく分かった。気を失う前にクロが言っていたのは、この事だったんだ。クロは確か、こう言っていた。『私は無かった事にされたイリヤだから』、と。確かに、そんな感じだ。

 

俺は、アイリさんを見た。クロの言葉を聞いて、アイリさんはどう答えるのか……しかし、アイリさんは何も言わずにクロを真っ直ぐに見据えているだけだ。その顔は、まるで人形のようで……

 

表情をなくしている。俺は、いつでもニコニコと笑ってるアイリさんしか知らなかったから、かなり驚いた。こんな表情をしているアイリさんは、初めて見る。一体、何を考えているのだろうか。

 

「全てをリセットして、1からやり直し、なんて都合が良すぎるわ。でも誤算だったわね、ママ。封じられた記憶はいつしかイリヤの中で育って、私になったわ。そして、ついに肉体を得た……」

 

「……」

 

どこか怒りを込めたようなクロの独白。ついに、イリヤとクロの秘密が全て語られた。クロがどんな存在で、どうしてイリヤを恨むのか。自分はその存在を消され、代わりに生まれたイリヤは……

 

全てを手に入れた。幸福な生活。優しい家族。そして、当たり前の日常……そんな様子を、クロはずっとイリヤの中で眺めていたんだ。一体、どれほど辛かったのだろうか。想像すらできない。

 

「ママ……普通の女の子としての人生をイリヤに歩ませたいというならそれでもいいわ。でもそれならせめて、私には魔術師としての人生を頂戴。お願い……私を、アインツベルンに帰して!」

 

クロは、魂の底からの叫びを上げた。日常はいらない。母の愛情もいらない。でも、せめて居場所だけは欲しい。クロはアイリさんに、そう願ったのだ。その気持ちは、俺には痛いほど分かった。

 

自分の居場所が、世界のどこにも存在しない。それだけは、絶対に耐えられない。それが人間だ。クロのその悲鳴にも似た叫びに、俺もイリヤも美遊も何も言えなかった。対してアイリさんは……

 

「……アインツベルンは、もうないわ」

 

「……え?」

 

クロに絶望を与えた。相変わらず表情をなくしたアイリさんは、冷たい声でそう言った。それは、クロにとっては死刑宣告にも等しかった。呆然とした声で聞き返すクロに、更に追い打ちが……

 

「アインツベルンはもうないの。だからもう……聖杯戦争は起こらないわ。二度とね」

 

それはつまり、クロに残されていた最後の望みも費えたという事を意味していた。聖杯戦争はもう起こらない。つまり、聖杯の器であるクロの存在も、もう二度と必要とされる事はないのだ……

 

「……なに、それ……それじゃあ……」

 

「クロッ!?」

 

絶望に打ちひしがれたような声を出すクロの様子を見て、美遊が叫ぶ。次の瞬間……

 

「私の居場所はどこにあるのよ!」

 

クロが感情を爆発させた。それと同時に吹き荒れる衝撃波。クロを中心に発せられるその衝撃波は部屋の中の物を破壊し、俺達も吹き飛ばされそうになる。これは、とてつもない魔力の暴走!

 

「全部奪われた! 全部失った! 何も……何も残ってない!」

 

「クロ、落ち着け!」

 

感情を爆発させるクロ。俺の制止も聞こえていないようだ。まずい、このままでは……クロの体は魔力によって維持されてるとルビーから聞いた。そして、その魔力を使い果たしてしまえば……

 

クロは消えてしまう。それを思い出した俺は、必死にクロを宥める。しかし、そんな俺の願いも空しく、クロはますます興奮していく。魔力の嵐は更に激しさを増し、部屋の中を吹き荒れていく。

 

「何て惨めで、無意味なの!?」

 

そんなクロを、イリヤがじっと見つめている事に気が付く余裕は、俺にはなかった。クロの叫びは俺の心を激しく揺さぶっていたからだ。クロの気持ちが、俺には痛いほど理解できた。これは……

 

「もう誰からも必要とされないなんて! こんな事なら、最初から……!」

 

「クロッ!」

 

その先は口にしてはいけない。そう思った俺は、アーチャーのカードを夢幻召喚(インストール)した。力ずくでもクロを止めようと思ったからだ。だけど、それはすでに遅かった。突然、魔力の嵐が収まった。

 

何事かと息を飲む俺達の前で、クロの体が消え始めた。その形を失って、崩れていく……

 

「あ……そっか……使いすぎちゃったか……呆気ないな……これで終わり、か……」

 

呆然と、そう呟くクロ。そう、クロは、魔力を使い果たしてしまったのだ。その先に待つ運命は、消滅あるのみ。消えていく自分の手を見つめて、クロは諦めたような声を出す。クロが消える?

 

そんなの……そんなの、させてたまるか! 俺は消えていくクロの元に走った。そして……

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

ママから語られた私の秘密。そしてクロの正体。それを聞いた私は、それほどのショックを受けてなかった。どうしてかな、と思っていると、私の代わりに泣いて、叫んで、傷付いてる人がいた。

 

そこには、もう一人の私がいた。それを見て、私は納得した。そっか。今までずっと、クロが辛い部分を引き受けてくれていたんだと。今もそう。自分が、魔術の道具として作られたなんて……

 

人生観が変わってしまうほどの重大事実だったのに。それでも、私はそれを知らずに生きてきた。その事をずっと抱えてきてくれたのはクロだ。だからクロは、今こうして傷付いているんだろう。

 

クロは、もう一人の私。だから、クロが私の代わりに泣いてくれているんだ。全てを知った今、私は初めてクロの事を心の底から受け入れて、認める事ができた。泣きながら消えていくクロ……

 

助けたいと思った。私の代わりに傷付いているクロを。だから走った。けれど、私よりも早く動いた人がいた。目の前を走っていく大きな背中に、私は知らずに泣きそうになる。ああ、この人は。

 

「なっ!? 士郎さん!?」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「シロウ!」

 

涙をこぼしそうになったその時、お兄ちゃんがとんでもない事をした。クロの前まで行き、いつもの双剣を一つだけ作り出して右手で持った。そして、なんと自分の左手首を切り裂いた。ええ!?

 

お兄ちゃんの左手首から、大量の血が噴き出す。それをどうするのかと思えば、お兄ちゃんはその血をクロに飲ませたのだった。どうしてそんな事を、と思っていると、クロの崩壊が止まった。

 

『まさか本当にその方法を実行するとは……』

 

『姉さん、士郎様に教えたんですね? 血液による魔力供給の方法を』

 

『知りたいと仰ったので。クロさんのキスは魔力供給です。しかし、士郎さんはその方法はさすがにできないと仰って。他に方法はないかと聞いてきたので、あの方法を教えました。しかし……』

 

まさか実行するとは思いませんでした、と続けるルビー。お兄ちゃんは、大量の血を失って顔色が真っ青になり膝を付いてしまった。ちょっ!? お兄ちゃん大丈夫!? 早く血を止めなきゃ!

 

「士郎さん、何て無茶を!」

 

「お兄ちゃん、しっかりして!」

 

「お……お兄ちゃん……私の為に……」

 

「これは……少しまずいわね」

 

今にも倒れそうな様子のお兄ちゃんに、私と美遊が駆け寄る。クロは、血を流すお兄ちゃんを青ざめた表情で見つめている。そして、ママはお兄ちゃんの傷を見て顔をしかめた。お兄ちゃん……

 

「……俺の傷の事はどうでもいい……」

 

「どうでもいい訳ないでしょ!? このままじゃ本当に死んじゃうよ!」

 

「……いいんだ……それよりも、クロ……」

 

「え、あ……な、何……?」

 

お兄ちゃんは辛そうに顔を歪めながら、クロを見上げた。心配する私達を振り払って、泣いているクロの頭を撫でた。とても優しく。いつも私にやるように、微笑みながら。クロは目を見開く。

 

「……お前は無意味なんかじゃない……誰からも必要とされてないなんて、そんな事ない……」

 

「!?」

 

「少なくとも、俺はクロを必要としてるから……きっと俺だけじゃない……だろ? イリヤ」

 

そう言って、お兄ちゃんは私を見つめてきた。それに、私は泣きながら頷いた。そう、私はクロを必要としている。今まで辛い部分を引き受けてくれていたクロに、ありがとうって言いたいんだ。

 

「クロがいてくれて良かった。お陰で私は今まで幸せに生きてこられた……本当にありがとう」

 

「あ……イリヤ貴女、初めて私の名前を……」

 

そう、私はこの時、初めてクロの名前を呼んだ。今までは、心の中でその名前を名称として使う事はあったけど、それを口にした事はなかった。クロの存在を認めたくなかったから。でも今は……

 

「……それに美遊だって、クロの事を友達だって思ってくれてるんだろ……?」

 

「は、はい……私は、クロともっともっと、沢山話したいですっ……」

 

「っ!?」

 

立つ事もできないのに、クロの為に必死に頑張るお兄ちゃん。その姿に、私と美遊はクロに言いたい事を言えた。クロは両目を見開いて、涙をこぼし始めた。言葉にならない嗚咽を漏らして……

 

「だからクロ……生きるんだ……クロの居場所は必ずある……俺達の……側に……っ……」

 

「お兄ちゃんっ……!」

 

「……願うんだ、クロ……」

 

「え?」

 

「……クロには望みを叶える力があるんだろ? ……だったら、願うんだ……自分の為に……」

 

「クロ、願って!」

 

「お願い、クロっ……」

 

「わ、私っ……!」

 

意識が途切れながらも、そう訴えかけるお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんの姿に、私と美遊もクロに願う事を望む。そんな私達を見たクロは、次々と涙をこぼしながら、静かに願いを口にし始めた。

 

「私は、家族が欲しいっ……友達が欲しいっ……何の変哲もない普通の暮らしが欲しいっ!」

 

初めて、クロが心の底からの願いを口にした。再び崩れ始めた体を抱きしめながら、ささやかな、けれど切実で純粋な願いを口にするクロ。そんなクロを、お兄ちゃんは優しい目で見つめていた。

 

「……なによりも……消えたくないっ! ただ、生きていたいっ!」

 

私達が聞きたかったその言葉を願いながら、クロは叫んだ。その瞬間、クロの全身から眩い閃光が放たれ、私達の視界が白く染まっていった。純粋な願いを口にしたクロの姿が、光の中に消えた。

 

そして……




血液による魔力供給。できなくはないけど、誰もやりたがらない方法。
士郎なら、躊躇わずにそれを実行するでしょうね。この士郎も同じです。
ただ、原作とは違って狂っている訳でもない。お兄ちゃんだから。
これが全てです。

それでは、感想を待ってます。

さて、遅れて申し訳ありませんでした。実は今、引越しをしたばかりで。
ゆっくりする時間が取れないんです。さらに、今まで使っていた図書館は使えない。
今、ネカフェで執筆しています。これからはあまり更新できないと思います。
しかし、必ず完結させますので気長にお待ちください。できるだけ更新頑張りますから。


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二つの日常

大変長らくお待たせ致しました。
スマホも無事復活し、生活も徐々に安定してきました。
まだまだ色々やる事が多く、あまり頻繁に投稿できないと思いますが、また読んでみてください。

それでは、プリズマ☆シロウ、再開です。


【士郎視点】

 

「あ、お帰りなさ……ええっ!?」

 

帰宅した俺達を出迎えたセラが、俺達を見て驚きの声を上げた。当然だ。俺は顔面蒼白でフラフラになっているし、ずっと留守にしていたアイリさんが同行しているし。でも、一番の理由は……

 

「こ、これは一体どういう事ですか!? イリヤさんが二人!?」

 

「えっと、それは……」

 

「……は、初めまして……私、イリヤの従妹で、クロエ・フォン・アインツベルンです……」

 

「は、初耳なのですが!?」

 

こういう事である。そう、俺の背中に隠れてくっついているイリヤにそっくりな女の子、『クロ』の姿を見て、セラは驚愕で固まってしまったのだった。まあ、セラの気持ちも分かるんだけどな。

 

「細かい事は気にしないの。今日から、このクロちゃんも家族として、この家で一緒に暮らす事になったから。そういう事でヨロシクね♪」

 

「なっ……そんな馬鹿な……」

 

「えっと、俺からも頼むよ、セラ」

 

「うっ、それは……と言いますかシロウ、私としては貴方の顔色についても聞きたいのですが。何ですかその今にも倒れてしまいそうな状態は? 今すぐ病院に行きましょう、今すぐに!」

 

「ま、まあまあ、セラ。落ち着いて」

 

「……」

 

もう大混乱のセラさんだった。色んな事が一気に起こりすぎて訳が分からなくなってるんだろう。俺とイリヤは何とかセラを宥めようとし、クロは所在なさげに俯き、アイリさんだけは平常運転。

 

こうして衛宮家の新しい日常は、騒がしくも温かく始まっていくのだった。結局、クロは消えなかった。クロの願いを小聖杯が叶えたのかどうか、俺には分からない。だけど、これだけは言える。

 

クロは俺達の新しい家族になった。こうして存在して、一緒に暮らせる。それでいいじゃないか。クロがいる新しい日常。それは、俺達全員の願いなのだから。奇跡の理由なんて、どうでもいい。

 

美遊から聞いたクロの言葉。イリヤと存在を奪い合っているというものを思い出しながら、クロがいる光景を眺める。そして、その後に俺も聞いたもう一つの言葉。『与えられた日常は一つ』。

 

なあ、クロ。こうすれば良かったんだよ。与えられた日常が一つだなんて、誰が決めたんだよ? 新しい日常を、こうして作ってしまえばいい。イリヤとクロ。『二つの日常』を作れば良かった。

 

奪い合う必要なんてない。共有だってしなくていい。だって、クロはクロなんだから。イリヤとは違う、一人の人間なんだから。戸惑いながらも、少し嬉しそうにしているクロを見てそう思う。

 

イリヤもクロも、嬉しそうだ。アイリさんも、いつもより幸せそうだ。セラだって、何だかんだで楽しそう。セラの後ろから現れたリズは、言うまでもない。大切な俺の家族。全員、楽しそうだ。

 

だったら、俺だって幸せだ。頑張った甲斐があったってものだ。この光景を見られるなら、俺はどんな事だってやってみせる。どんな敵とも戦ってやる。もしもクロを消そうとする奴がいたら……

 

その時は容赦しない。俺は、ポケットの中に手を入れてある物を握りしめながらそう思った。なあアーチャー、その時はまた力を貸してくれ。赤い背中を思い描きながら、俺はそう思うのだった。

 

…………………………………………………

 

【ピピピピピピピピピピピピピピ!】

 

「……う~ん……」

 

翌朝、けたたましい音によって深い眠りから浮上する。昨日の怪我の影響で気絶するように眠り、まだ頭がすっきりしない。とりあえず、この目覚ましの音を止めようと思って、手を伸ばした。

 

「……ん?」

 

すると、妙に温かく、柔らかい感触が顔と腕に伝わってきた。目覚ましに伸ばした手は、どうやら目的を果たしてくれたらしく、音は止まったのだが、その奇妙な感触に閉じていた目を開いた。

 

「……ん……」

 

「……」

 

あれ? 何だこれ。俺の目の前に誰かいる。丁度添い寝をするみたいな感じで、俺の隣で寝ていたらしい。なるほど。さっきの感触は、これが理由か……って、何を呑気に納得してるんだよ、俺!

 

俺は即座に覚醒し、体を起こした。何故なら、目覚ましに伸ばしていた俺の腕が、その人物の足の間に入ってしまっていたからだ。そして、顔はその子の腹の辺りに密着していた。しかも下着姿。

 

さっきの感触の理由を完全に把握すると、その構図はとんでもない事になっていた。こんな場面を人に見られたら、言い訳できない。そこで俺は、改めてその人物が誰なのかを確認して驚愕する。

 

「イリッ!?」

 

そこにいた妹の姿に、その名前を叫ぼうとしたその時、背後の部屋の入り口が勢い良く開かれた。バタン! という大きな音に振り返ると、そこには鬼の形相を浮かべた妹、イリヤの姿があった。

 

「……ヤじゃない! って事はこれはクロか!」

 

「んに~……おはようお兄ちゃん……」

 

俺の頭が大混乱する中、寝ていた人物が目を覚ました。そして、眠そうに目を擦りながらそんな事を言ってくる。そう、隣で寝ていたのは、昨日から正式な衛宮家の一員になった、クロだった。

 

「く、クロ……お、お前っ……!」

 

「ていうかお兄ちゃんって、寝てる時に抱き癖があるのね。おかげで、ちょっと苦しかった♪」

 

混乱する頭で、何とかクロに注意をしようとしたら、クロがとんでもない事を言い出した。クロは恥ずかしそうに顔を赤らめながら悩ましげに体を揺らし、それを聞いたイリヤの圧力が倍増する。

 

「なっ、何を言い出すんだクロ!? ち、違う。違うぞイリヤ! これは、クロが勝手に……」

 

無駄だと分かってるが、俺は必死にイリヤに弁明する。僅かな可能性でも、諦めてはいけない!

 

「……ふっ……ふっ……フケツッ!」

 

「ぐあああ!」

 

やっぱり、駄目だったか……俺は、イリヤの渾身の平手打ちを食らってしまうのだった。バチーンという盛大な音が、朝の衛宮邸に響き渡った……

 

…………………………………………………

 

「……はあ……」

 

「どうしたのだ、衛宮? 疲れているな」

 

「……一成か……いや、ちょっとな……」

 

朝の一件を思い出して深いため息をついていた俺に、一成が声を掛けてきた。だけど、詳しくそれを語る事はできない。何故なら、俺の社会的地位が危ないから。そう考えて、泣きたくなった。

 

色々、ショックな事がありすぎた。今朝の一件を脳内で言葉にしてみると、改めてそのやばさが実感できた。妹と添い寝をして、それを目撃したもう一人の妹にフケツと怒鳴られてビンタされた。

 

「……くっ……」

 

「お、おい衛宮。本当に大丈夫か? どうして急に頭を抱えて机に突っ伏した? 何があった?」

 

「な、何でもない。大丈夫だ。ちょっと、軽く死にたくなっただけだから、気にしないでくれ」

 

「そ、そうか。なら良かっ……良くないだろ!」

 

一成とそんな漫才じみたやり取りをしていると、教室に遠坂とルヴィアが入ってきた。二人は俺の方を見て呆れたような表情を浮かべた後、真面目な表情になった。そして、俺を手招きしてくる。

 

「悪いな一成。ちょっと呼ばれたから」

 

「またあの二人か……最近多いな」

 

「まあ、ちょっとな。また後で話そう」

 

「うむ」

 

一成にそう告げて、遠坂達の所に向かう。そしていつものように人目がない屋上を目指した。最近はこれが定番になってきている。魔術関連の事を話し合う時は、いつもこの屋上を利用していた。

 

「さて、衛宮くん。何の用かは言わなくて良いと思うから単刀直入に聞くわね。クロは大丈夫?」

 

「ああ。今の所は、消える気配はないよ」

 

屋上に着くなり人払いの魔術を発動して、遠坂がそう聞いてきた。その質問の真意は何となく分かったが、俺は明るい口調でこう答えた。俺の答えを聞いた遠坂とルヴィアは、呆れた表情になる。

 

「そういう意味ではないのですけど。まあ、士郎(シェロ)らしいですけどね。クロはどんな様子ですの?」

 

やっぱりな。遠坂達は、クロがまた敵にならないかを心配しているんだろう。だけど俺は、そんな事にはならないと信じているし、そんな事にはさせない。だから敢えてとぼけたフリをしたんだ。

 

そんな俺の考えを二人は正確に理解したらしく、呆れながらも笑った。そしてそんな俺にその話をしても無意味だと思ったんだろう。ルヴィアが、話題を変えるようにして、そう聞いてきた。

 

「凄く楽しそうにしてるよ。クロだけじゃなくてイリヤもな。今朝、ちょっといさかいがあって、どっちが姉かで揉めてるけど。まあ、深刻な喧嘩じゃないし、見てて微笑ましいから良いけど」

 

「……色んな意味で幸せそうね」

 

「やれやれですわ」

 

俺が現在のイリヤとクロの様子を話すと、遠坂達は真剣に悩むのも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの表情を浮かべた。まあ確かに、まるっきり子供の喧嘩だからな。二人の気持ちは、良く分かるよ。

 

きっと、真面目に警戒していた自分達の苦労も知らずに呑気に喧嘩しているイリヤ達に呆れているんだろう。俺への呆れもあるんだろうけど。でもクロの事は、これくらいで丁度良いんだと思う。

 

「魔術の事とか、色々あるんだろうけどさ。俺もそれは分かってるつもりだ。でも、俺にとってクロはそんなに大袈裟な存在じゃないんだ。悩む必要もない。クロは、俺の妹だ。それで十分だよ」

 

「……はあ。つくづく、シスコンよね」

 

「ですわね。ここまでくると逆に感心しますわ」

 

「二人が、俺やイリヤの事を心配してくれてるのは分かってる。でも、今回のあれは、ただの家族喧嘩なんだよ。魔術のせいでちょっと問題が複雑になったり、事態が大きくなったりしたけど」

 

「「……」」

 

「だからさ。クロの事は、俺に任せてくれ。もう二度と、あんな事はさせないからさ。頼むよ」

 

俺は、二人に頭を下げる。二人の事情も、立場も分かっている。クロの事は、この二人にとっても放っておけない問題だっていう事も。ランサーのクラスカードは、未だにクロの中にあるんだ。

 

二人は、それも回収しなければならない。でも、クロはそれがないと存在する事ができない。この問題を解決する方法は、まだ見つかっていない。俺が言っている事はきっと無茶な要求だろう。

 

でも。それでも、クロはもう俺の妹なんだ。なら俺はクロを守ってやらなければならない。二人はしばらく無言で俺を見ていたが、やがて深いため息をついた。恐る恐る顔を上げてみると……

 

「本当にどこまでシスコンなのよ? まったく、この状況で衛宮くんに、ランサーのカードを回収するなんて言ったら、まるで私達が血も涙もない悪魔みたいじゃないの。冗談じゃないわよ」

 

「あ~ら、貴女には、ピッタリ当てはまっているのではなくて? 遠坂凜(トオサカ リン)。おーっほっほっほ!」

 

「うっさい! ほんっとアンタはムカつくわね」

 

「ふっ、事実を言っただけですわ」

 

「なんですって!」

 

「やりますかお猿さん!」

 

「上等よ! 今日こそ決着着けてやるわ!」

 

「ま、まあまあ二人とも。落ち着けって」

 

あれ? どうしてこうなった? まあ、この二人らしいと言えばらしいけど。いつの間にか、クロの話題から何故か喧嘩を始めた二人を、何とか宥める。いつの間にか、俺も慣れたものである。

 

「ん、んんっ! とにかく、クロを問答無用で消したりしないから安心しなさい。私達の方でも、クロを消さずにランサーのカードを回収する方法がないかどうか調べてみるから。それでいい?」

 

「ああ。ありがとう遠坂、ルヴィア」

 

良かった。この二人が、話の通じる相手で。正直無茶な要求だろうと思っていたからな。二人への感謝を込めて、俺は微笑んだ。すると、二人は顔を赤くして挙動不審な様子になった。なんでさ。

 

「べ、別にこれくらいどうって事ないわよ」

 

「そ、そうですわ。お礼を言われる事では……」

 

「いや、言わせてくれ。あと、俺にできる事があったら遠慮なく言ってくれ。何でもやるからさ」

 

「そうね。そうさせて貰うわ」

 

こうして、クロの事は取り敢えずの決着を得た。まだ問題が解決した訳じゃないが、希望はある。クロが存在してる事がもう奇跡なんだ。だったらもう一つくらいの奇跡は起こせるんじゃないか?

 

俺はそう思う。だって、皆が望んでるんだから。

 

「まあ、クロの事はこれで良いとして……」

 

「ん?」

 

「貴方の事ですわ、士郎(シェロ)

 

「俺の事? 何だよ」

 

クロの話題に決着が着いたと思ったら、急に二人は真剣な表情になって俺を見てきた。心当たりがない俺は、そんな二人の様子に首を傾げる。二人は、どうやら俺の顔色を確認しているようだ。

 

「……衛宮くん、貴方体調は大丈夫なの?」

 

「ん? どうしたんだ、急に」

 

「いいから答えてくださいまし」

 

「えっと……まあ、見ての通り大丈夫だけど?」

 

「「……」」

 

どうしたんだ、二人共? 訳が分からない質問を真剣な表情でしてくる二人に、俺はますます困惑する。俺の言葉を聞いた二人は、そのままの表情で俺の様子を観察してくる。しかも、無言で。

 

「昨日の様子とは、全然違うじゃない。昨日は、今にも倒れそうな様子だったのに。ちゃんと病院に行った? って、行ける訳ないわよね。だって時間的に不可能だもの。今だって朝早いし……」

 

「大袈裟だ。ちょっと血を流しすぎただけだし、それに二人が魔術で治療してくれたじゃないか」

 

何を言い出すかと思えば、そんな事か。俺は二人の大袈裟な心配に、軽く笑って返した。だけど、二人の表情はまったく晴れなかった。その雰囲気に俺も段々と飲まれてしまい、笑みも崩れた。

 

「な、何だよ二人共? どうかしたのか?」

 

「……前に、一度言ったでしょ? 私達は治癒の魔術はそんなに得意じゃないって。だから……」

 

「貴方の回復力は少し異常なんですの。それに、失った血を取り戻す魔術は使っていませんわ」

 

「私達がやったのは、あくまでも応急処置にしか過ぎないのよ。止血して、傷口を塞いだ程度よ」

 

「……」

 

真剣な表情のまま、二人は語っていく。今の俺の状態が普通ではないという事を。そういえば確か以前、同じような事をルビーにも言われたっけ。俺はその時、あまり深くは気にしなかった。

 

遠坂達の魔術による治療が良かったんだろうと。だけど、二人はそんな俺の考えを否定する。自分達の治癒魔術は、そんなに万能ではないと。本人達にそう言われてしまうと、俺は何も言えない。

 

「もしかしたら、アーチャーのクラスカードが、貴方の体に何らかの影響を与えているのかも」

 

「だとすれば、貴方の状態も、このまま放置しておく訳にもいかなくなりますわ。一度、徹底的に貴方の体を調査する必要があるかもしれません。ですから、それを伝えておきたかったんですの」

 

「……そうか……」

 

遠坂達の言葉に、俺は自分で納得していた。あの日初めてアーチャーのカードを使った時、自分の体が決定的に変わってしまったという感じは自覚していた。後悔はしていないと言えるけど……

 

少しだけ不安な気持ちになりながら、俺は自分の右手を見下ろした。見た目的には、以前と何も変わらないように見える。だけど、体の中の見えない部分、そこはもう以前の俺とは違うのかもな。

 

「何にせよ、クラスカードの事はまだまだ謎な部分が多すぎるのよ。だから、衛宮くんもこの問題については軽く考えないでね? 何か異常を感じたらすぐに私達に相談して頂戴。力になるから」

 

「貴方だけではなく、クロの安全にも関わってくるのですから、くれぐれもお願いしますわね」

 

「そうだな……分かったよ」

 

そう言われてしまうとこう答えるしかない。確かに、クロもカードが関わっているという部分では同じだ。俺だけの問題じゃないんだ。そう考えると、俺としても何があるか知っておかないとな。

 

「本当に、何から何まですまないな、二人共」

 

「わ、分かればいいのよ、分かれば……」

 

この時の俺は、まだ知らなかった。この俺にも、イリヤのように秘められた物があるという事を。平凡で、特別でもなんでもないと思っていた自分に、幾つもの運命が存在しているという事を。

 

この時の俺は、まだ知らなかったのだった……

 

…………………………………………………

 

「さてと……二人の姉論争はどうなったのかな。えっと、ただいま。イリヤ、クロ。どう……」

 

あっという間に時間は過ぎ、学校が終わり、部活も終えた俺は、いつものように帰宅した。玄関の扉を開き、朝の一件がどうなったのかを確認しようと声を掛けようとした。すると、そこには……

 

「こ、これ、姉的行動じゃない! ズルい、さりげなく姉ポイントを稼ごうとするなんてー!」

 

「はあ!? 訳が分からない事を言うんじゃないわよ。大体、アンタ今日はいつにも増して行動が訳分からないわよ。本当に、頭大丈夫? 今からでも、病院に行った方が良いんじゃないの?」

 

「なっ、なによーっ!」

 

「……なった……って、本当に何をやっているんだイリヤは? 一体学校で何があったんだ……」

 

リビングに足を踏み入れると、そこにはイリヤとクロが同じソファーに座りながら、仲が良いんだか悪いんだか分からない喧嘩をしていた。二人は帰宅した俺に気付いて、同時に振り向いた。

 

「あ、お兄ちゃん♪ お帰りなさい」

 

「あ、こらクローっ! またお兄ちゃんに必要以上にくっついてーっ! 離れなさい今すぐに!」

 

「あはは、嫌よーっ!」

 

「こ、こら二人共。喧嘩はやめろって」

 

そして再び始まる、最早日常になりつつあるやり取り。クロが嬉しそうに俺に抱き着いて、それを見たイリヤが、鬼のような形相になってクロを引き剥がそうとして、クロは楽しそうに笑う。

 

そして俺は、そんな二人の妹達の喧嘩を宥めようとして間に入る。きっとこれからも続いていく、いや、続けていきたい新たな日常。これから何が待ち受けているかは分からないが、守りたい。

 

二人の妹達の様子を眺めながら、俺は改めてそう思うのだった。この愛しい妹達の二つの日常を。




現在、契約解除されてしまった事で、データが移せなかったFGO等のゲームを必死に進めています。
それもあって、中々連載再開できませんでした……

BBイベント、第一章クリアしないと遊べない……
まだオケアノスなので、できそうにありませんね。
エミヤのモーションとか、変わったんですね~。
カッコいい。リセマラでエミヤゲットしましたし。
しかし、星5サーヴァントは一人もいない……
1%って、鬼畜過ぎる……キアラサーヴァント化とか、色々と面白そうな展開になってきてるのにーっ!

まあ、ゲームの愚痴はこれくらいにして、そろそろこの作品の話をしていきましょうかね。
士郎の秘密とか設定とか、明かしたいけど明かせない。
色々と主人公らしい設定とか考えてあるのに……
ジレンマですね。いつか書く時をお楽しみに。

それでは、感想待ってます。


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協会から来たる者

またお待たせいたしました。

パウンドケーキ対決は、訳あって飛ばしました。
理由は士郎の弁当対決を書けなかったからです。
どういう理由でどんな対決だったのか……
思い付きませんでした。すみません。

という訳で、ケーキ対決は原作をご覧ください。
今回はダメットさん登場回です。
それではどうぞ。


【士郎視点】

 

「ふあぁ……眠い……」

 

クロが衛宮家に加わってから一週間が過ぎた朝。俺は部活の朝練の為に、朝早く目覚めた。ベッドから起き上がり、鳴っている目覚ましを止める。どうやら今日は、クロは潜り込んでないらしい。

 

「……よし!」

 

寝起きの頭を目覚めさせるように両頬を叩いて、気合いを入れる。今日は土曜日。学校は休みだが部活はある。制服に着替えて部屋を出た。階下から、セラが朝食の準備をしている音が聞こえる。

 

俺は顔を洗う為に、洗面所を目指す。その途中、イリヤの部屋の前で一旦立ち止まり、そっと扉を開けた。寝ているだろうイリヤを起こさないように静かにベッドに歩み寄って、寝顔を見つめる。

 

「……ふっ」

 

とても幸せそうに眠るイリヤの姿に、自然と笑みが浮かんだ。昨日、イリヤとクロは家庭科の授業の調理実習で作ったパウンドケーキで対決した。その時、俺は最初の料理をした時を思い出した。

 

俺が最初に料理を作った時。上手く作れずに失敗してしまった肉じゃがを、イリヤは涙目になりながらも食べてくれた。不味いって言ってたのに、イリヤはそれを残さずに食べて笑ってくれた。

 

そんなイリヤのお陰で、俺はまた料理を作ろうと思う事ができた。もっとも、セラにはいい顔をされなかった訳だけど。そんな昨日の事を思い出しながら、眠っているイリヤの髪をそっと撫でる。

 

『本当に、士郎さんはシスコンですよね』

 

「っ!?」

 

その瞬間に、いきなり横からそんな言葉が聞こえてきて、俺はビクッと体を震わせた。かろうじてイリヤを起こさないように悲鳴を抑える事に成功しながら、俺はその声の主を恨めしげに見る。

 

「驚かせるなよ、ルビー。危うくイリヤを起こす声を上げそうになったぞ。あと、変な事言うな」

 

『だったら、こういう事を言わせるような行動をしないで下さいよ。自業自得じゃないですか』

 

その元凶、マジカルステッキのルビーと、小声でやり取りをする。こんなやり取りにも、いつからかすっかり慣れてしまった。二ヶ月前までは魔術の事なんてまったく知らなかったってのにな。

 

そう言えば、ルビーを見てふと思い出した。魔術なんて俺達には関係なかったと思っていたけど、実はこの衛宮家は魔術と深く関わりがあった事をつい一週間前に知った。なら、アイリさんは……

 

「……なあ、ルビー」

 

『何ですか?』

 

「確か魔術師ってのは、魔術協会っていう魔術組織に所属しているものなんだよな?」

 

『普通はそうですね。しかし、そうではない人達も結構いますよ。どこの組織にも所属していない魔術師もいますし、他の魔術組織に所属している魔術師もいます。とは言え、一番有名所ですが』

 

「そうなのか」

 

『どうしたんですか? いきなり魔術協会の事を聞いてきたりして。脈絡がないじゃないですか』

 

「いや、ちょっと気になってさ。一週間前までは知らなかったけど、(うち)は魔術と深い関わりがある家みたいだし。親父達が魔術師だったりしてな。なら、二人も魔術協会に所属してたのかなって」

 

『聞いてないんですか?』

 

「ああ。何だか聞きづらくて……」

 

考えてみれば、俺は魔術や魔術師について何も知らない。今まではそれで良かったが、これからはそういう訳にもいかないんだ。何故なら、クロの問題を解決する方法を調べないといけないから。

 

「遠坂達が調べてくれてるけど、二人にばかり頼る訳にもいかないだろ。俺の妹の事なんだから」

 

『はあ、真性のシスコンですね~』

 

「おいっ」

 

呆れたようなルビーの言葉に、俺は心外だという風に声を上げた。家族を大事にして何がいけないんだよ。シスコンという言葉は何というか、少し変な意味を連想させるだろ。言及は避けるが。

 

『それで、魔術の事を知りたいんですか?』

 

「まあそうだな。それで、手っ取り早く知るなら魔術協会について知らないといけないと思って。だから、ふと思ったんだよ。もしかしたらアイリさんも魔術協会の関係者だったのかなってさ」

 

『成程~』

 

「まあ、魔術協会について気になったのは他にも理由があるんだけどな。クロの事を知られたら、魔術協会の魔術師達はどうするんだろうとかさ。遠坂達はクロを消さないって言ってくれたけど」

 

何れにしても、魔術協会の事を知りたいと思ったのはクロの為だった。今のように無知なままでは予期せぬ事態に対処できない可能性がある。知らないという事は、それだけ危険な状態なんだ。

 

『そうですね。魔術協会に知られたら、クロさんも士郎さんも少しまずい事態になりそうです』

 

「あ……そっか。俺も危ないのか」

 

『士郎さん……ある意味凄いですね』

 

そう言われてもさ。ルビーの言葉で、俺もまた特殊な立ち位置にいる事を思い出した。アーチャーのカードを使って英霊の力を使える俺も、色々と面倒な存在だと遠坂達に言われてたんだった。

 

「それで? 魔術協会ってどんな組織なんだ?」

 

『教えるのは構いませんが、良いんですか?』

 

「何がだ?」

 

『結構長くなりますよ。士郎さん、確か今日は、部活の朝練があると言っていませんでしたか?』

 

「あ、そうか……じゃあ帰ってきてからだな」

 

この時もっと真剣に危機感を抱いていたら。後に俺は、そう後悔する事になる。時というものは、待ってくれない。いつ致命的な事態に陥るか分からないという事を、この時の俺は知らなかった。

 

…………………………………………………

 

「行ってきます」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

いつものようにセラの作ってくれた朝食を食べた俺は、朝練に向かう。玄関まで見送りに来てくれたセラに挨拶をして家を出た。何気なく空を見上げてみると、今日もいい天気になりそうだった。

 

梅雨も終わり、本格的な夏の陽気がここのところ毎日続いている。今は朝だからまだそんなに暑くないが、もう少ししたら夏の蒸し暑さを肌で感じる事になるだろう。そう考えて、ふと思い出す。

 

「もうすぐ夏休みだな。そう言えば、美遊を海に連れていく約束もしてたな。確か、イリヤ達の誕生日に行く事に決まったって言ってたっけか? なら、三人にプレゼントを買ってやらないとな」

 

以前美遊と約束した話は、いつの間にかイリヤの友達も一緒に行く事になっており、そちらで色々と予定とかを決められていた。日程は、夏休みが始まってすぐのイリヤの誕生日になったそうだ。

 

そして、イリヤの誕生日なら自分の誕生日でもあるだろうとクロが言い出し、なんと美遊もその日が誕生日だと判明したらしい。だから必然的に、海で三人の誕生日会を開くという話になった。

 

だから、イリヤとクロと美遊の三人に渡すプレゼントを買う必要がある。だけど俺一人じゃあ、女の子が喜びそうなプレゼントを探す自信がない。誰か知り合いの女の子に一緒に選んでもらおう。

 

誰がいいかな。そうだな、まずは朝練の時、桜に予定を聞いてみよう。桜が都合が悪いようなら、森山か遠坂にでも付き合ってもらおう。ルヴィアは、俺達一般庶民とは価値観が違いそうだしな。

 

「あと、イリヤの友達全員を連れていくとなると引率は俺一人じゃ足りないかな。一成に頼むか」

 

慎二はこういうの面倒くさがりそうだし。一成ならきっと付き合ってくれるだろう。遠坂とルヴィアでも良いんだけど、二人はクロの事を調べるのに忙しいだろうし。一応話だけは通しておくか。

 

「ん?」

 

そんな事を考えながら学校へ向かっていた途中、前方に少し奇妙な人がいた。かなり美人な女性の筈なんだが、何故か男物のスーツをきっちりと着こなしている。この季節に暑くないのだろうか。

 

そしてその肩には、細長い筒みたいな形の銀色のケース(?)を掛けている。その人は、手元の地図を親の仇のように睨みながら首を傾げていた。今時、紙の地図を使ってるのも奇妙な様子だ。

 

かなりイライラしているのが見るだけで分かる。その人の発する異様な怒気を感じ取った通行人達が、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに慌てて避けていた。確かに関わるのは面倒そうだ。

 

「あの、道に迷ったんですか?」

 

「む?」

 

だけど、俺は放っておけなかった。俺が声を掛けると、彼女は気難しそうにしかめていた顔を地図から上げて俺の顔を見てきた。やっぱり、かなり美人だ。少しセラに似ているかもしれないな。

 

日本人ではなさそうだ。鳶色の髪と瞳に、白い肌が特徴的だ。えっと、日本語は通じてるかな? そんな不安な気持ちが湧いてくるけど、今さら、話し掛けたのを無かった事にはできない。

 

「日本語、分かりますか?」

 

「はい、問題ありません。貴方は?」

 

「俺は、この近くに住んでいる者です。えっと、それで道に迷ったという感じで良いですか?」

 

どうやら日本語は通じるらしい。というか、流暢な日本語を喋ってきた。俺はその事に内心で驚きながらも軽い自己紹介を済ませ、改めて同じ質問をした。すると彼女は、生真面目な表情で頷く。

 

「はい。この町には初めて訪れたもので」

 

「それは大変ですね。仕事ですか?」

 

「はい」

 

まあそうだよな。日本に移住した家族を訪ねてきたという可能性もなくはないが、何となく雰囲気で仕事と判断したのは正しかったらしい。スーツ着てるし。いかにも仕事ができる女って感じだ。

 

「目的地はどこですか? ちょっとその地図見せてくださいよ。教えられるかもしれないですし」

 

「しかし、貴方も忙しいのでは?」

 

「まだ少し時間がありますから。大丈夫ですよ」

 

「……では、御言葉に甘えて」

 

彼女は少し悩んだけど、素直に聞いた方が良いと判断したらしく、持っていた地図を渡してきた。冬木の町がそこに描かれていて、一ヶ所に印が付けられていた。赤い丸が描かれてる場所は……

 

「あれ、俺の家のすぐ近くだ」

 

「そうなのですか?」

 

「はい。ここから、10分くらいの距離ですよ。方角としては、あっちの方ですね。用事が無かったら、俺が直接案内できたんですが、あいにくとこれから行かなければならない所があるので」

 

「十分です。方角だけでも分かりましたし。どうもありがとうございました。もう大丈夫です」

 

「そうですか。それじゃあ、俺はこれで」

 

頭を下げる女性にそう返して、俺は再び学校に向けて歩き出した。自分のこの行動がどんな結果を生むのか、この時の俺は知る由もなかった。朝の一件と同じく、俺はもっと考えるべきだった。

 

…………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「暑い……」

 

「そうねえ」

 

「なんで当たり前のように私の部屋にいるの?」

 

「イリヤの部屋なら、私の部屋でもあるでしょ」

 

もう少しで夏休みになろうとしてる休日。自分の部屋で宿題をしている私の横で、我が物顔で私のベッドに寝そべってくつろいでいるクロがそんな事を言ってきた。なんでもかんでもその理屈で!

 

「って言うか、クロは宿題やらなくていいの?」

 

「イリヤのを写す予定だからいいのよ」

 

「ちょっ、勝手に写す予定にしないでよ! 見せないからね? 絶対に見せないからね!?」

 

「ケチ」

 

「ケチじゃないでしょ! もう。クロは、自分でやる癖を付けないといけないよ。昨日のパウンドケーキだって、ミミに作らせた結果があれだったでしょ? お兄ちゃんにもバレちゃってさ」

 

「それを言われると痛いけど。でも、宿題は面倒くさいし、お兄ちゃんに見せる訳でもないし~」

 

お兄ちゃんに見せないから手抜きしてもいいって事でもないでしょ! くっ、クロのこの性格はどうにかできないのかな。このままじゃ、これから先も私がクロの代わりに色々やる事になりそう。

 

「……お兄ちゃんにバラすよ?」

 

「なっ。イリヤ、あなた……!」

 

「クロが宿題やらずに、私の宿題を写すつもりだってお兄ちゃんが知ったら、どうなるかな?」

 

「この、余計な知恵を付け始めたわね!」

 

「クロのおかげでね!」

 

「「ぐぬぬぬ……」」

 

『いやはや、楽しそうですねお二人共』

 

「「楽しくない!」」

 

あの日から一週間。クロがいる日常が当たり前になって、私とクロのこんなやり取りも当たり前になりつつある。楽しくないってルビーには言ったけど、まったく楽しくないって訳でもない。

 

そう思いながらクロの方を見ると、クロも私の顔を見ていた。視線がぶつかって、クロが少し顔を赤くして、フンッ、と顔を逸らした。クロも私と同じ事を思ってたのかな、となんとなく思う。

 

多分、姉妹がいたらこんな感じなんじゃないかなって最近は思う。色々複雑な関係の私達だけど、そんな感じで落ち着いた。どっちが姉なのかは、また決めないといけないとは思うんだけどね。

 

「……ん?」

 

「どうしたのよイリヤ」

 

「いや、今なにか聞こえなかった?」

 

その時、私の耳になにか聞こえてきたような気がした。どんな音かと言われると、はっきり聞き取れなかったんだけど。そんな私に、クロとルビーが首を傾げる。二人には聞こえなかったのかな。

 

「気のせいじゃないの?」

 

『私にも聞こえませんでしたよ』

 

「う~ん、そっか」

 

確かに聞こえたと思ったんだけどな。少し耳をすましてみるけど、確かになにも聞こえない。クロの言う通り、私の気のせいだったのかな。まあ、それなら別にそれでいいや。それよりも……

 

「なにか聞こえたのは私の気のせいだったって事でいいから、クロは自分で宿題やりなさい。クロが怒られる時って、何故か私までセットで怒られるんだからね? 私は全然悪くないのに!」

 

「はいはい、分かったわよ」

 

お兄ちゃんにサボりをバラすという言葉が効いたのか、クロは私のベッドから起き上がって宿題をやり始めた。しかも結構スラスラと解いていく。あれ? ひょっとして、私より頭良いんじゃ?

 

「考えるな、考えるな私……」

 

「何をブツブツと言ってるのよ。あ、そう言えばもうすぐ夏休みよね。という事は、海の誕生会がもうすぐあるし、海って言ったら水着でしょ? イリヤはやっぱり、新しいのを買うの?」

 

すると、そんな私の様子に首を傾げながら、クロが宿題をスラスラと解きながらそんな事を聞いてきた。か、片手間で宿題をやりながら雑談!? なんだか負けたような気分になってしまった。

 

「う~ん、そりゃあ、おニューの水着は欲しいんだけどさ……でも、それをセラにお願いすると、『じゃあ、それが誕生日プレゼントという事で良いですね?』とか言ってきそうだし……」

 

「あはは、言うね~。あの子ケチだから」

 

だよね~、やっぱり。長い付き合いだから、セラが言いそうな事は分かる。ママにお願いしても、お金の管理はセラがやってるから無駄だし。っていうか、クロはどうしてそんなに他人事なの?

 

「クロも同じでしょ?」

 

「ふっ、ところがそうでもないのよ。私は、自分で水着を買うお金くらいはあるのよね~♪」

 

「なっ、どうして!?」

 

「少し前まで、お金持ちの家の子でしたから?」

 

「る、ルヴィアさん!?」

 

なにそれ、どういう事!? クロが勝ち誇ったような顔で胸を張り、どや顔を決める。その顔はかなりイラつくから、今すぐやめて欲しい。そんな私の様子を満足げに眺めながら、クロは言った。

 

「ルヴィアの屋敷にいた時に、お小遣いとして十万円くらいポンってくれたのよ。いいでしょ?」

 

「じゅうまんっ!?」

 

『相変わらずですね~、あの人は』

 

あの人の金銭感覚、どうなってるの? 小学生のお小遣いとして、十万円って! クロから語られた衝撃の事実に、私は理不尽に打ちひしがれた。どうして世の中ってこんなに不公平なんだろう。

 

「美遊なんてもっと凄いわよ。メイドのお給料があるから。もう数百万は貯めてるんじゃない?」

 

「数百万!?」

 

もう驚くのも馬鹿馬鹿しい。っていうか、小学生を働かせてお給料って良いの? タダ働きも問題あると思うけど。いやいや、私の思考も変な感じで空回りしてる。一旦落ち着こう。うん……

 

「……私、美遊と友達で良かった!」

 

「あなた、今そのセリフ言うの最悪じゃない?」

 

『あはは~、大分混乱してますねイリヤさん』

 

「や、やだなあ、勿論冗談だよ?」

 

うん、今度こそ正気に戻った。クロの冷たい視線が痛いけど、私は無視した。うん、冗談冗談。冗談に決まってるよ。ちょっと本気で考えちゃった事は内緒だけど、冗談という事にしておこう。

 

「ま、まあ、水着はセラの機嫌が良い時におねだりする事にして……楽しみだね、海の誕生会」

 

「そうね」

 

「!? ……やっぱり聞こえた!」

 

話が一段落したと思った瞬間、私は再び奇妙な音を聞いた。今度こそ間違いない。なにかがぶつかるみたいな音が、外から聞こえた。そんな私の様子に、再びクロとルビーが怪訝そうな顔をした。

 

「もう、またおかしな事言って……っ!?」

 

クロがまた私の言葉を否定しようとした時、今までで一番大きい音が響いた。しかも、今度は揺れまで感じた。さすがにクロも気付いたみたいで、音が聞こえた方向を真剣な顔で睨み付けた。

 

「……この方向って……」

 

「ルヴィアさんのお屋敷だよね?」

 

『またあの人達が下らない喧嘩をしている、という可能性もありますけど……これはまさか?』

 

私達は顔を見合わせて、頷き合った。部屋を出て一階に降りて、そーっと玄関を開ける。セラに気付かれないように外に出て、衛宮邸の前に聳える大きなお屋敷の前で立ち止まって様子を見る。

 

「……なんともないみたいだけど」

 

「外から見ただけじゃ分からないわよ。この屋敷には、認識阻害の結界が張られているから」

 

『はい。だから万が一、中で何かが起こっていたとしても、外の人間が気付く事はないんです』

 

そうなんだ。二人の言葉に、私は納得する。魔術の事は普通の人間には隠しておく必要があるらしいから、その為の対策って事なんだろう。つまりこの中では、まさに今この時、想定外の事が?

 

「……とにかく、開けるわよ」

 

緊張した様子のクロが、エーデルフェルト邸の大きな門を開いていく。そしてその先には、私達の想像を絶する光景が広がっていた。立派で荘厳だったお屋敷は、最早見る影もなくなっていた。

 

「こっ、これは……!?」

 

「どうなってんのよ……」

 

『これは酷いですね……』

 

私達が見た光景は、とんでもなかった。ルヴィアさんのお屋敷が、完全に壊れていた。半壊どころじゃない。全壊だ。一体、なにがあったの? 凛さん達が喧嘩して壊した訳じゃなさそうだ。

 

高まっていく緊張感と警戒心。私の心が、全力で警告している。ここは危険だと。クロも私と同じ気持ちなんだろう。冷や汗を流しながら、全壊したお屋敷を睨み付けた。そんな私達の前に……

 

「侵入者の警告音が鳴りませんね。見たところ子供のようですが、あなた達も関係者のようだ」

 

潰れたお屋敷を背にして、こっちに歩いてくる人影があった。男物のスーツを着込んだ綺麗な女の人だ。でも、その姿と声に私達は震え上がった。何故かと聞かれると、あまりに冷たかったから。

 

見た目は綺麗。でも、その体から発せられる気配はあのバーサーカーを思い出させる。理性よりも先に、本能が危険だと叫んだ。そして、その女の人はその気配を裏切らず、冷たい声で告げた。

 

「しかし……援軍だとしたら、一足遅かった」

 

「っ!?」

 

消えた。私にはそう見えた。でも、クロはそれに反応して私の前に立ち塞がり、朱い槍を構えた。クロが私を守ってくれたんだって気付いたのは、物凄い激突音が辺り一面に響いた時だった。

 

「っ!? 素手!?」

 

「今の攻撃を防ぎますか。どうやら、見た目通りの子供ではないようですね。認識を改めますよ」

 

「イリヤ、ボサっとしない! こいつは敵よ!」

 

「うっ、うん!」

 

こうして、私達は突然現れた謎の敵と戦う事になった。お兄ちゃんも美遊も、凛さん達もいない。こんな状態で正体も分からない敵と戦う事になるなんて。私達の日常は、再び破られるのだった。




皆さん聞いてください。
実は、再びやり直してるFGOなんですが……
なんと、今やってるイベントで貰えるログボの呼苻で引いたらイシュタルさんが!
まさか引けるとは思ってませんでした。
まあ、どうせこんなんじゃイシュタルさんは引けないだろうなー、えい。
みたいな感じで引いたら、引けてしまいました。

ランサーメドゥーサを引きたかったんですが。
まさかのイシュタルさん。めちゃ嬉しいです。
まあ、運を使いきった気がしますけど(笑)

さて本編の事です。この作品では、アイリさんは魔術協会に所属してなかった事を話してません。
クロの秘密が明かされたあの時ですね。
原作だと凛さんがルヴィアに語ってますけど。

あと、士郎に道を教えて貰ったダメットさんですが、それから一時間くらい迷っています。
方角だけ聞いたので通り過ぎてしまい、その後にお腹が空いて牛丼屋で朝食を食べました。
なので、ルヴィアの屋敷に着いたのは士郎と会った二時間後くらいだと思ってください。

最後に。早くギル戦を書きたいな~。
それでは、感想を待ってます。


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前任者

前回の投稿から4ヶ月も経ってしまった。

言い訳は後書きで。それではどうぞ。


【イリヤ視点】

 

「ルビー、転身!」

 

『……』

 

「ルビー!?」

 

『……』

 

クロの言葉で、正体不明の敵と戦う為に魔法少女に変身しようとルビーに呼び掛けるけど、何故かルビーは無言のまま。一向に魔法少女に変身させようとしない。そんなルビーに、私は困惑する。

 

「早くしないと、クロが……!」

 

そんな私の視線の先では、クロが謎の敵と正面から打ち合っていた。魔法少女に変身できない無防備な私を守る為に、クロはそうせざるを得ない。そのせいで、本来の戦い方ができていないんだ。

 

本当なら、ランサーの素早さを生かして敵を撹乱しながら、ルーン魔術を仕掛けていくのがクロの一番得意な戦い方なのに。それでもやり合えてる辺り、さすが接近戦が得意なクラスって感じだ。

 

だけど、敵はもっと尋常じゃない。英霊の強さとそれを使うクロの強さをよく知ってるから、敵の強さがとんでもないという事が分かる。私達全員があれほど苦戦した、あのクロが押されている。

 

「くっ、この……!」

 

クロが、表情を歪めながら後ろに下がる。一方、敵はまったく表情を変えないままクロを追い掛ける。敵は武器を持っていない。手に黒いグローブを着けているけど、素手だった。信じられない。

 

敵の拳をクロが受ける度に、ゴイン、という鈍い音が辺りに響く。その力は、クロの表情を見ればどれだけとんでもないものかという事が分かる。しかも、謎の敵はその速さも尋常じゃなかった。これじゃあ本当に、あのバーサーカーみたいだ。

 

なまじ見た目が綺麗な女の人だから、その体から放たれる威圧感が異様になる。クロも、その威圧感に押されてる感じだった。こんな人を相手に、私を守りながらじゃ負けてしまう。クロっ……!

 

「……生意気ね、貴女!」

 

「何がですか?」

 

そんな事を思っていると、突然クロが、謎の敵を鋭く睨んで叫んだ。敵もクロの反応の意味が分からなかったらしくて、淡々と拳を繰り出しながら聞き返した。するとクロは、忌々しげに言った。

 

「そのグローブに刻まれてるそれよ。この私に、よりにもよって『ルーン魔術』を使うなんて」

 

「ああ、硬化のルーン(これ)ですか。見たところ、確かに貴女もかなりのルーンの使い手のようですね」

 

どうやら、あの敵はクロと同じく、ルーン魔術の使い手らしい。それがクロ的にはかなり癇に障るみたいで、機嫌が悪そうだ。敵もクロの体や靴に刻まれてるルーンを見て、視線を細く鋭くした。

 

私には分からないけど、魔術師としてのプライドというものだろうか。そう言えば、確か凛さんも最初にクロと戦った時、クロのルーン魔術を見て忌々しそうにしてたっけ。あれと同じなのかな。

 

「手に硬化のルーン、足には加速のルーン。他にも使っていそうね。本当に、生意気だわ」

 

「お互い様でしょう。そういう貴女も、身体中にルーンを刻んで強化しているみたいですから」

 

そんな事を言い合いながらも、二人は動きを止めない。槍と拳を交差させ、周囲に衝撃波を撒き散らしている。実はその衝撃波のせいで、私はまともに立っていられず、逃げる事もできなかった。

 

だからこそ早く魔法少女に変身したいのに。そう思いながら、私は再びルビーを見る。だけどそんな私の視線を受けても、相変わらずルビーは沈黙している。ただ敵を真っ直ぐに見ているだけだ。

 

「わあっ!?」

 

「くっ、イリヤ!」

 

「そこです」

 

「しまっ……ぐっ!」

 

その時だった。一際激しくぶつかり合ったのか、今までで一番凄い衝撃波が私を襲った。そんな私の方に気を取られてしまったクロに、敵は容赦のない拳を繰り出す。その拳は、クロのお腹に……

 

「クロっ!」

 

重い拳をまともに受けてしまったクロが、私の上を通り越して塀にぶつかった。クロの体がコンクリートの塀に一旦めり込んで、そのまま下にずり落ちる。クロの表情は、辛そうに歪んでいた。

 

「想像以上の力でしたが、まだまだ甘い。やはり子供ですね。戦いの最中に人の心配をするとは」

 

「くっ……」

 

「あ……」

 

倒れているクロの方を見ていた私に、すぐ後ろで冷たい声が聞こえてきた。ゆっくりと後ろを振り返ってみると、そこには冷たい目で私を見下ろす敵がいた。怖い。体が、あまりの恐怖で震える。

 

「さて、次は貴女ですか?」

 

「わ、私は……」

 

「舐めんじゃ、ないわよ!」

 

「むっ!?」

 

冷たく私に問い掛けるその声を中断させたのは、朱い槍の突撃だった。深いダメージを受けて動けなくなっていた筈のクロの突撃。それは、完全に不意を突いた一撃だった。これなら、流石に……

 

「嘘っ!?」

 

「……デタラメ、すぎるわ……!」

 

「その戦法は、もう『見ました』」

 

クロの全身全霊の突撃。ランサーの速さを最大限に生かしたそれは、敵を倒せなかった。とことんデタラメすぎる。クロが繰り出した呪いの槍を、謎の敵は片手で軽々と掴んで止めてしまった。

 

「ふんっ!」

 

「っ!?」

 

「クロ!」

 

敵はそのまま、クロを屋敷の瓦礫の方に投げ飛ばした。とんでもない速さで飛んでいくクロは、抵抗もできずに瓦礫に突っ込んで動かなくなった。そんなクロの上に、大量の瓦礫が崩れてしまう。

 

「……もう我慢できない。ルビー!」

 

私は、敵を睨んで横に浮かんでいるルビーを掴んだ。ルビーはまだになにも言わないけど、もう我慢の限界だった。ルビーを手にして睨み付ける私を、また冷たい目で見下ろす敵。この、よくも!

 

「それが、ゼルレッチ卿の特殊魔術礼装ですか。先程の少女も使っていましたが、なぜこんな子供が持っているのかを聞かなければいけませんね」

 

「先程の少女って……まさか美遊? 貴女、美遊をどうしたの! まさか、美遊まで……」

 

「抵抗しなければ身の安全は保証すると告げたのですが、彼女も聞かなかったものですから」

 

「この!」

 

私の怒りが、さらに強くなる。謎の敵が告げた言葉に、クロだけじゃなく美遊までやられた事を知った私は、頭が真っ白になる。許せない。こんなに誰かを許せないと思ったのは初めてだった。

 

「貴女は、一体何者なの!?」

 

「……」

 

『彼女の名はバゼット・フラガ・マクレミッツ。魔術協会に所属する封印指定執行者です』

 

そう問い掛ける私の声に敵は答えなかった。代わりに答えたのは、今まで沈黙し続けていたルビーだった。思わずルビーの方に顔を向ける。ルビーは今までにない緊張した様子だ。知ってるの?

 

『イリヤさん、聞いてください。彼女は、私達がやってきたカード回収任務……その前任者です』

 

「前任者……」

 

そうだ。そう言えば確か前に、ルビーが言ってた事がある。あれは確か、アサシンと戦った時だ。アサシンを探している最中に、カード回収任務は凛さん達の前にやってた人がいるって言ってた。

 

「それがこの人……」

 

『そうです。魔術協会の魔術師の中でも、屈指の戦闘力を誇るエース中のエース。彼女は数多ある封印指定の品々を半強制的に封印してきました。それはクラスカードも例外ではなかったのです』

 

凛さん達が最初に持ってた二枚のクラスカード。【アーチャー】と【ランサー】を手に入れたのがこの人なんだとルビーは語った。それはつまり、その二体の黒化英霊を倒したという事になる。

 

その事実に、私は戦慄する。私達は、黒化英霊の恐ろしさを嫌という程知っている。どれもとんでもない強敵だった。それを私達は、皆で協力して必死に倒した。なのにこの人は、一人で二体も。

 

『しかし、回収任務は凛さんとルヴィアさんが、正式に引き継いだ筈でしょう。それなのに何故、今になって貴女が出てくるのですか?』

 

「私も詳しい事情は知りませんが、どうやら上の方でパワーゲームがあったようですよ?」

 

私には分からない話をする二人。どうやら複雑な事情があるみたいだけど、私には関係なかった。私にとって重要なのは、この人が私の大切な人達を傷付けたという事だけだ。私は屋敷を見る。

 

「既に先程の魔法少女から、三枚のカードを回収しました。しかし、あと五枚ある筈です」

 

「……」

 

「貴女もカレイドの魔法少女なら、残りのカードは貴女が持っているのではないですか?」

 

「……」

 

「渡しなさい。抵抗は無意味です。もし抵抗するならば、強制的に回収させてもらいます」

 

バゼットさんが、冷たい声でそう告げる。貴女はそうやって美遊のカードも奪ったんだね。きっとこの人は、クロがランサーのカードを持っている事にも気付いてる。だからクロを倒したんだ。

 

この人がカードを回収するという任務を果たす為に来たのなら、私からカードを回収した後にクロの体からカードを取り出すだろう。それはつまりクロがこの世から消えてしまうという事になる。

 

「……一つだけ聞かせて」

 

「何ですか?」

 

私は、今にも爆発しそうな心を抑えて声を出す。もう私の答えは決まってるけど、これだけは聞いておかないといけない。バゼットさんは、そんな私をさっきと変わらない表情で見下ろしている。

 

「美遊達はどこにいるの?」

 

「彼女達なら、あの瓦礫の下です」

 

「ルビー、転身!」

 

『で、ですがイリヤさんっ!』

 

その言葉が、戦いの始まりを告げる合図だった。今までにない程強く叫ぶ私。ルビーはまだ渋ったけど、もう駄目だ。後ろに跳んでバゼットさんから離れて、私はルビーを目の前に掲げて言った。

 

「今まで何度も危ない戦いはあった。お兄ちゃんなんか、一人で死地に立った事もあった。私達は死ぬ気でカードを集めたんだ。それを……前任者だか何だか知らないけど、勝手に持っていかれるなんて、絶対に納得いかない。何よりも……」

 

そこまで言った私は、もう見る影もなくなってしまったエーデルフェルトの屋敷を振り返る。その瓦礫の下に、美遊もクロも凛さんもルヴィアさんもいる。そんな事を聞かされて黙ってられない。

 

「大切な友達を、沢山傷付けられたっ! この人だけは、絶対に許せない! だから、ルビー!」

 

『……分かりました。仕方ないですね』

 

やっとルビーも納得してくれたらしい。私の体が光り輝いて、周囲を照らし出した。いつもの感覚を味わいながら、私は静かに目を閉じる。ルビーから流れてくる力を感じる。そして次の瞬間……

 

「【魔法少女(カレイドルビー)・プリズマイリヤ】、行くよ!」

 

「貴女も抵抗しますか。仕方ありませんね」

 

「先手必勝。【全力砲射(フォイア)】!」

 

私は空に飛んで、全力の魔力砲を発射した。あの人は接近戦が得意みたいだから、空から攻撃すれば有利だと思ったからだ。まず試しに撃ってみた全力砲射は、片手で簡単に弾かれてしまった。

 

「なら、一点集中の、【速射(シュート)】!」

 

大きな一発が駄目なら、マシンガンみたいに連続で小さい魔力弾を集中させる。こっちに走ってくるバゼットさんに向かって、私は魔力弾を放つ。これなら、簡単には弾けない筈だ。そう思った。

 

「無駄です」

 

「くっ!」

 

でも、駄目だった。バゼットさんは、弾く必要もないという風にそのまま真っ直ぐ魔力弾の雨の中に突っ込んできた。その体に次々と魔力弾が命中するけど、バゼットさんはまったくの無傷だ。

 

速度を落とす事もできてない。どんな体をしてるんだろう。次の手を考える私を鋭く睨み付けて、バゼットさんが私に向かってジャンプしてきた。この速さ、躱わせない。なら、いっそ迎え撃つ!

 

「【斬撃(シュナイデン)】!」

 

至近距離まで迫ったバゼットさんに、魔力を薄く刃状にして放つ。こうする事で、ただ魔力を放つ魔力砲の何倍の威力を出せる。しかも今回は至近距離だ。絶対に躱わせないし、威力も大きい筈。

 

「ふんっ!」

 

「そんなっ!?」

 

でもバゼットさんはどこまでもデタラメだった。右手をとんでもなく速く横に振る事で、斬撃の刃を掻き消してしまった。そしてそのまま、私を下に向かって蹴り落としてきた。ぶ、物理保護!

 

「うっ……!」

 

『やはり強いですね。というより……』

 

「私が弱すぎるんだよね。分かってたけど……」

 

『ええ。まったくもって出力が足りていません。クロさんが抜けてからというもの、イリヤさんは魔力不足ですからね。このままでは、まず勝ち目はありません。もう少し工夫をしませんと……』

 

「簡単に言ってくれるね……」

 

「作戦会議は終わりましたか?」

 

「くっ」

 

どうする? どうすればいいの? クロが抜けてしまったから前みたいに答えが浮かんでこない。その時、ハッと思い出した。クラスカードだ! 【夢幻召喚(インストール)】を使えば何とかなるかもしれない。

 

『ですが、今回はそれがかえって好都合ですよ。いいですかイリヤさん、彼女に対して【決め技】や【切り札】の類は絶対使用してはいけません』

 

「えっ?」

 

カードホルダーから【キャスター】のカードを取り出そうとした私は、ルビーの意味不明な言葉に動きを止めた。どういう事? 切り札を使っちゃいけない? それって、カードも駄目って事?

 

「よそ見をしてる隙がありますか?」

 

「あっ!?」

 

しまった。キャスターのカードを手に持ったまま固まる私の目の前に、拳を振りかぶったバゼットさんがいた。とっさに物理保護に魔力を集中させるけど、拳を避ける事はできなかった。つぅっ!

 

「か、カードが……」

 

「キャスターですか。やはり貴女もカードを持っていたのですね。これは回収させてもらいます」

 

お腹に拳を食らって吹き飛ばされて、キャスターのカードを落としてしまった。これで私が持ってるカードは、もう【アサシン】と【シールダー】の二枚だけだ。この二枚は、攻撃力は高くない。

 

「もう諦めなさい。クラスカードの【限定展開(インクルード)】は一度使うと、しばらくは使用できないと聞いています。それに、貴女が【宝具】を使用すれば、私とてもう手加減ができません。死にますよ?」

 

「っ……」

 

カードホルダーからアサシンのカードを取り出す私に、バゼットさんが冷たく言い放つ。その言葉の重みに、嘘ではないと悟らされる。私がやろうとしたのは【限定展開(インクルード)】じゃないんだけど……

 

『イリヤさん、彼女の言う通りです。【宝具】は使ってはいけません。意味が分かりますね?』

 

「でも、じゃあどうすればいいのっ!?」

 

ルビーが意味深に、【夢幻召喚(インストール)】も使ってはいけないと告げてきた。これはそういう意味だろう。いや、でもそれならもしかして。攻撃宝具がないシールダーのカードなら、使ってもいいんじゃ?

 

「遅い」

 

「っ!?」

 

駄目だ、速すぎる。もう目の前に迫っているバゼットさんの姿に、私は思考を中断する。目の前に迫った拳を見つめて、私は思い付いた。そうだ、魔力を限界まで絞って、防御に集中すれば!

 

「っ……」

 

「なっ……!」

 

『おお、これは!』

 

バゼットさんの拳は、私の体には届いていない。私と拳の間に、魔力の壁を作ったからだ。星形の魔力防壁が私の目の前で拳を防いでいた。攻撃は効かないけど、その分防御に全神経を集中する。

 

「……ふん」

 

少しだけ驚いた顔をしてたバゼットさんだけど、すぐに無表情に戻る。そして、物凄い速さで拳を繰り出してきた。連続で。私は、慌ててそれを防ぐ魔力防壁を周囲に展開した。くっ、これは!

 

「きゃあああっ!」

 

『イリヤさん、このままでは保ちません!』

 

「分かってるけど!」

 

私の周囲を囲む魔力防壁から、重く鈍い音が絶え間なく響く。ルビーの言ってる事は分かるけど、どうしようもない。少しでも気を抜いたら、魔力防壁を突破されてしまいそうだからだ。まずい。

 

「まるで亀だ。ならば……」

 

『まずいですよ!』

 

「っ!?」

 

ルビーの警告を聞くまでもない。バゼットさんが全力で力を溜めている姿を見て、私は魔力防壁が貫かれると理解した。今までとは比べ物にならない威力の抜き手が私に迫る。だったら、私も!

 

「!?」

 

『なんとまあ……』

 

貫かれた魔力防壁。そのまま私に迫っていた抜き手は、私の体に命中する筈だっただろう。でも、私はまだ無事だった。必殺の抜き手の進路上に、何枚もの魔力防壁を作り出して防いだからだ。

 

そっちが一点集中をしてくるなら、こっちも一点集中で守ればいいだけだ。数枚は貫かれたけど、あと一枚だけ魔力防壁は残っている。まさに紙一重だ。背筋がゾッとしたけど、何とか防げた。

 

「悪あがきを……!」

 

初めてバゼットさんが苛立った声を出した。でも私はまだ満足していなかった。さっき、ある方法を思い付いたからだ。私は発想力があると凛さんに言われている。それが私のたった一つの武器。

 

「終わりです」

 

「ここだっ」

 

再び、抜き手を振りかぶるバゼットさん。それが振り下ろされようとしたその時、私はある一点に意識と魔力を集中させた。それは、今まさに私に振り下ろされようとしている抜き手の付け根。

 

「何っ!?」

 

振り下ろされた腕の肘の部分に、私は星形の魔力防壁を作り出す。そうする事で、動かないように腕を固定する事ができた。よし、上手くいった。でも、まだだ。私はさらに反対の腕も固定する。

 

「これは……!」

 

『防壁の任意座標への展開っ!? ここまで精密にするなんて!? 凄いですよイリヤさん!』

 

ルビーも驚いているみたいだ。本来なら、防御に使う魔力防壁を敵の動きを止める為に使う。普通の魔術師には中々できない発想だと思うけれど、昔から魔法少女物のアニメを見続けてきた私だ。

 

「例え力が弱くたって、戦いようはある! これで終わりだよ! 【収束砲射(フォイア)】!」

 

身動きができないバゼットさんに向かって、力を一点に集中した魔力砲を放つ。今度は腕で弾く事もできないから、さすがに効く筈だ。全力砲射(フォイア)を弾いたという事は、食らうとまずいという事だ。

 

私が放った必殺の魔力砲は、空中に張り付けにされたバゼットさんに向かって真っ直ぐに飛んだ。




いやはや、申し訳ない。完全に私の責任です。
まず第一に、今回のバゼット戦をどうするか中々思い付かなかったという事です。
士郎も活躍させないといけないし。
本来の主人公であるイリヤも、クロ戦では完全に美遊に主役を奪われましたし。

そして第二に、その、ゲームが楽しくて……
あ、石を投げないでください! 落ち着いて!
実は、今さらドラクエ7のDSを買いまして。
それが中々奥深く。
そして、アプリゲームのイベントが重なり……
FGOも、再臨させないといけなくてですね?
いやあ、ハロウィンイベ楽しいですね!
あ、ごめんなさい。反省してます。

サーヴァントも揃ってきたので、そいつらを育成するのに夢中になってしまったという訳です。
ちなみに、私のサポート編成はアーチャーが最終再臨まで済んでいるイシュタルさん。
セイバーが3段階のオルタ。
ランサーが2段階のエリちゃん。
ライダーが2段階のアストルフォ。
キャスターが1段階のマーリン。
アサシンが1段階の不夜城のアサシン。
バーサーカーが1段階のランスロット。
後の二つがマシュとアヴェンジャーのゴルゴーンという感じになっています。

もしも見かけたら、どうかフレンド登録をよろしくお願いします(おい)。

それでは、次こそは早めに上げたいと思いつつここまでにしておきます。

感想待ってます。


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斬り抉る戦神の剣

VSバゼット戦、イリヤ達の戦いです。

そして、遂にあいつが……!


【イリヤ視点】

 

「これで終わりだよ! 【収束砲射(フォイア)】!」

 

今の私にできる最大威力の攻撃。魔力を収束して威力を高めた砲射が、動けなくしたバゼットさんに向かって飛んでいく。幾らあの人が常識外れの怪物でも、これさえ決まってくれれば勝てる筈!

 

「お願いっ! ……えっ!?」

 

祈るように見つめるその先で、私は信じられないものを見た。動けないように拘束していた魔力防壁。それは強固な枷だった。幾らなんでもあれで動けるなんてあり得ない。そう思い込んでいた。

 

いや、そう思いたかった。でも……

 

「避けた……!? あの状態から……!」

 

「拘束が二重だったら、貴女の勝ちでした」

 

魔力砲が命中する寸前、バゼットさんは拘束していた魔力防壁を砕いて無理やり避けた。私の全力攻撃は、バゼットさんの服を僅かに破っただけに終わってしまった。嘘でしょ……信じられない。

 

破れた服から、奪われていた四枚のクラスカードがこぼれて地面に落ちる。それを呆然と見ている間に、バゼットさんはまだ残っていたもう片方の魔力防壁も砕いて完全に自由を取り戻していた。

 

「な、ならっ……もう一度……!」

 

それを見てハッと正気を取り戻した私は、今度は二重に拘束しようと意識を集中させる。けれど、バゼットさんはまったく同じ手が二度通じる相手じゃなかった。その場で屈んで、手を地面に……

 

「ちょっ!?」

 

バゼットさんがやってきた事に、私は目を剥いて固まってしまう。なんとバゼットさんは、地面をひっくり返してきたのだ。大きな土の塊が、私の視界を完全に遮ってしまう。地面で畳返し!?

 

「がっ!」

 

驚愕に目を見開く私のお腹に、バゼットさんの拳が深々と突き刺さる。完全に固まっていたので、物理保護に魔力を集中する事もできなかった。土の壁を突き破ってきたその拳に、息を吐き出す。

 

いや、吐いたのは血だった。あまりの痛みに頭が真っ白になって、私は数メートルも吹き飛んだ。そしてそのまま、受身も取れずに地面に落ちる。まともに息する事もできない痛みが、頭に響く。

 

「……っ……!」

 

『イリヤさん大丈夫ですか!? 《直撃……! これは、ちょっとやばいですよ……!》』

 

「無駄な抵抗をせずに、大人しくクラスカードを渡していれば良かったのです。さて……」

 

「あっ……」

 

息もできずにお腹を押さえてうずくまる私に静かに近付いてきて、バゼットさんは私の足を無造作に掴んで宙吊りにしてきた。そして、私の左足に括りつけられているカードホルダーを奪い取る。

 

「あうっ……!」

 

「……【アサシン】と【シールダー】のカード。これで、残りはあと二枚ですね……っ!?」

 

絶望に染まる私の耳に、なにかが激しくぶつかる音が聞こえてきた。痛みをこらえて見てみると、そこにはバゼットさんに朱い槍を突き出している人影がいた。あ……これって、もしかして……

 

「先程の少女……! もう復活しましたか!」

 

「もう少し寝てたかったのに、誰かさんのボディブローで叩き起こされたわ。やってくれたわね」

 

やっぱり、クロ! 良かった、無事だったんだ。服はボロボロになってるし、身体中に無数の傷があるけど、クロはまだ動けるみたいだ。私の痛みも感じている筈なのに、クロはまだ戦うらしい。

 

クロは槍を受け止めてるバゼットさんを睨んで、さっきのお返しとばかりにルヴィアさんの屋敷の瓦礫に向かって蹴り飛ばした。そして、心配して声を掛ける私の方を振り返って、鋭い声で叫ぶ。

 

「カードを拾ってイリヤ! 一枚もこいつに渡さないで! それまで、私()が時間を稼ぐから!」

 

()? どういう……っ!?」

 

クロの言葉に、バゼットさんが疑問の声を発した瞬間だった。バゼットさんの後ろの瓦礫が吹き飛んで、その中から小さな人影が現れる。その人影は私と同じようなステッキ(・・・・・・・・・・・)を右手に持っていた。

 

「『美遊』!」

 

「ちっ!」

 

その姿に、私は喜びの声を挙げて、バゼットさんは忌々しそうに舌打ちをした。後ろから奇襲する事に成功した美遊は、サファイアに魔力を込めてバゼットさんを殴り飛ばした。無事だったんだ!

 

「遅くなってごめんなさい、イリヤ。受けた傷を治癒するのに時間が掛かってしまって……」

 

「ちょっと、呑気に話している暇はないわよ二人とも。さあ美遊、打ち合わせ通りに行くわよ!」

 

「了解!」

 

「次から次へと……!」

 

美遊の攻撃を腕でガードしていたバゼットさんは特にダメージを受けた様子もなく、クロと美遊を睨む。クロと美遊はその視線を受けて表情を引き締め、バゼットさんを挟み撃ちする位置につく。

 

「うくっ……!」

 

クロと美遊がバゼットさんと激しい戦いを始めた光景を見ながら、私は必死に地面を這う。カードを拾わなくちゃ。今のうちに、早く。クロの指示を思い出しながら、痛みを無視して私は進んだ。

 

『駄目ですよイリヤさん! まだ受けた傷が癒えていません! 早く治癒に専念しないと、命に関わるレベルのダメージを受けているんですよ!』

 

「治癒なんて……待ってられないよ……」

 

私しかいないんだ。クロと美遊がカードを拾わないのは、バゼットさんを足止めする為だ。私はまともに戦える状態じゃないから、時間稼ぎもできない。そして、あの人は一人では抑えられない。

 

だからまだまともに動ける二人が時間を稼いで、私がカードを拾わなくちゃいけない。なのに、体がしびれて上手く動いてくれない。早くしないといけないのに、どうして動いてくれないのよ!

 

「皆で……命懸けで……集めたカード……」

 

お兄ちゃんと、美遊と、凛さんとルヴィアさん。クロだって、セイバーの時に力を貸してくれた。あんなに苦労して、やっと集めたカードだ。皆の努力が、想いが詰まってるんだ。絶対渡せない。

 

「二人が足止めしてくれてる内に……」

 

『イリヤさん……!』

 

「一枚でも……!」

 

周りの音も聞こえない。ただ必死に、私はカードに手を伸ばした。地面に幾つも落ちてるカード。私は、無意識の内に『あのカード』に手を伸ばしていた。そして、やっとカードに手が届いた。

 

「い……っ……!」

 

そう思った瞬間、カードに手をついた私の手首を黒い靴が踏みつけた。まさか。そう思って見上げてみると、そこには冷たい目で私を見下ろす鳶色の瞳があった。その手には、五枚のカード……

 

「―――子供ながら、よくここまで持ちこたえたものです。貴女達三人とも、ね……」

 

「クロ、美遊っ!」

 

バゼットさんが視線を横にずらして言った言葉につられてそっちを見てみると、そこにはクロと美遊が並んで倒れていた。二人は痛みに顔を歪めながら、こっちを悔しそうに見ている。そんな……

 

『無理もありません。クロさんはイリヤさんが受けている激痛を共有していますし、美遊さんだってあの短時間で完全に治癒できる筈がありませんから。あれだけ動けたのが異常だったんです』

 

再び絶望的な状況になる。ルビーの説明で、クロと美遊もさすがにもう戦えないという事を嫌でも実感させられる。そして、バゼットさんはほとんど無傷。そのデタラメな強さも思い知らされた。

 

「……カードから手を離しなさい」

 

「……っ! やだ!」

 

冷たい声で命令されて、体の芯から震え上がる。でも、それでもカードは渡せない。どんなに怖くたって、痛くたって。あの戦いの日々が頭の中に甦る。私達が出会い、仲良くなったあの日々が。

 

「手加減をしてあげているのが、まだ理解できませんか? その気になれば貴女の手首ごとカードを奪う事だってできます。意地を張るなら……」

 

怖い怖い怖い! 痛い痛い痛い! 心が、そして体が同時に悲鳴を上げている。もうやめろと全身が訴えている。それでも、この手だけは絶対に離さない。心と体が屈しても、魂だけは屈さない。

 

「このまま骨を踏み砕きましょうか」

 

「……げる……」

 

「……?」

 

「……告げる……」

 

「何を……?」

 

渡さないから。私は、心の中でクロと美遊に謝りながらも約束する。せっかく時間を稼いでくれた二人の為にも、このカードだけは絶対に渡さないからと。そして、クロと美遊を思い浮かべて……

 

「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

「なっ!?」

 

『イリヤさん、まさか!?』

 

クロがやっていた事を、そして美遊が教えてくれた方法を思い浮かべて、私は言葉を紡ぐ。そんな私の体の下に魔方陣が浮かび上がって、バゼットさんが驚きの声を上げる。でも、もう遅いよ。

 

「―――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

そして、私はこの時に初めて、自分の意思と力でそれを使った。そして叫ぶ。【夢幻召喚(インストール)】、と。

 

…………………………………………………………

【美遊視点】

 

「イリヤ……」

 

「あの子、この土壇場で……」

 

光が疾走(はし)った。バゼットが、イリヤの上から後ろに吹き飛ばされていった。腕を交差させてガードしていたのに、イリヤが繰り出した攻撃は、そのガードごとバゼットを後ろに吹き飛ばしたんだ。

 

その突撃の威力は凄まじく、イリヤの攻撃が通りすぎた地面を大きく抉っていた。イリヤは、その突撃の勢いのままに遥か上空に上昇していった。そして、光の軌跡を描きながら高速で旋回する。

 

「桁違いの突進力……そうか、それが……クラスカード【ライダー】の真の力……!」

 

バゼットが驚愕を隠せないという様子でイリヤを見上げている。そしてイリヤは、上空で制止してそんなバゼットを無言で見下ろしている。美しい白き天馬(ペガサス)に跨がるその姿は、神々しさを感じる。

 

鎖のついた杭のような短剣を手にして、英霊に変身したイリヤはバゼットを片目で睨む。何故片目かというと、右目に眼帯をしているからだ。残された左目が、強い意思を宿して敵を見据える。

 

「前に美遊が見せてくれた方法よね、あれ」

 

「……うん」

 

でも、そんなに簡単にできる事じゃない。方法が分かれば使える訳じゃないんだ。英霊と同調する事ができなければ。その感覚は口で説明できる事じゃない。きっと、クロの感覚を思い出して……

 

そんな事を考えている間に、イリヤは再び攻撃を開始した。とてつもない速さで急降下してくるイリヤに、バゼットが初めて焦りの表情を浮かべて突進を回避する。完全に、ライダーの独壇場だ。

 

あの位置。そしてあの距離。接近戦しかできないバゼットには、あの突進に対抗する手段がない。しかもその威力はバゼットでも完全に防げない。きっと、正面から戦えばバゼットが勝つだろう。

 

単純な戦闘力では、ライダーは大した事はない。けれど、ライダーの真価は、正面からの打ち合いではない。あの天馬(ペガサス)に乗って初めて、ライダーの突進力が発揮される。その力は、見ての通りだ。

 

「……仮説はありました」

 

再び上空に上昇し、旋回して位置を整えようとしているイリヤを見上げながら、バゼットが呟く。ネクタイを外して、破れたスーツの上着を地面に脱ぎ捨てる。いよいよ、本気になったようだ。

 

「礼装を媒介として英霊の力の一端を召喚できると判明した時、ならば人間自身をも媒介にできるのではないかと。しかし、カードに施された魔術構造は極めて特殊で複雑。協会は、いまだ解析に至っていない。それを―――いとも容易く……」

 

『協会も、カードの力の秘密を少しは理解していたようですね。しかし、完全には解けていない』

 

「……そうみたい、だね……」

 

バゼットが語った話が本当なら、やはり魔術協会にクラスカードを渡す訳にはいかない。今はまだ解析できていなくても、いずれは判明してしまうかもしれない。そうなったら、大変な事になる。

 

封印すると言ってるけど、もしその封印を破って自分の為に英霊の力を使う人が現れたら? 絶対ないとは言えない。あのカードは、本来ならこの世界にあってはいけない物だと私は知っている。

 

「……貴女だけは、絶対に許さない」

 

「……」

 

そんな事を考えていると、イリヤがそう言いながら右目の眼帯に手を掛けていた。あれはまさか。

 

『イリヤ様、まさか!? 駄目です!』

 

「サファイア?」

 

イリヤが勝負を決めるつもりだと思う私の隣で、何故かサファイアが血相を変えた。どうしたの?

 

『いけません、彼女に【宝具】は……!』

 

サファイアの焦った声が、私の心に響いた……

 

…………………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「絶対に、許さない!」

 

そう繰り返しながら、私は右目の眼帯を外してバゼットさんを睨み付けた。その瞬間、封印されていた力が解放される。使ってみて分かったけど、どうやらこのカードは、私とはあまり相性が良くないみたいだ。もうあまり時間が残されてない。

 

ここで決める! お兄ちゃんがやられた石化の魔眼が発動して、バゼットさんの動きが鈍くなる。ここだ。完全に動きは封じられなくても、これで十分。これさえ躱わされなければ、それでいい。

 

鎖の短剣を、光の手綱に変える。この時私は、頭に血が上っていた。クロと美遊が必死に頑張ってくれた事も、そんな私の心情を後押ししていた。ルビーに言われていた事を、完全に忘れていた。

 

『イリヤさん、落ち着いてください!』

 

「【騎英の(ベルレ)―――」

 

『駄目ですッッ!』

 

手綱(フォーン)】!」

 

あまり相性が良くないカードを使った事で、変身していられる時間が短いと感じていた事も原因の一つだっただろう。とにかく私は勝負を焦った。ルビーの言葉が聞こえない程に、焦ったんだ。

 

「……この瞬間を……」

 

凄まじい速度で突進している間に、不思議な事にバゼットさんの声がハッキリと聞こえた。そんな事はあり得ない筈なのに、確かに聞こえた。それはもしかしたら、走馬灯だったのかもしれない。

 

「待っていた!」

 

自分の宝具で、視界が光に遮られている。彼女が一体何をしてるのか、私には全然見えなかった。ただ、向かう先で魔力が跳ね上がるのを感じた。それでも、今さら攻撃を止める事はできない。

 

「【斬り抉る戦神の剣(フラガラック)】!」

 

そう聞こえた瞬間に、静寂は突然訪れた。え? 私は空中に制止していた。なにが起きたのか全然分からない。目の前には、右手を振り切っているバゼットさんがいた。宝具が、消されたの……?

 

さっきまであんなに眩しかった視界が、一瞬でクリアになっている。宝具の突進で発生していた衝撃波も……いや、それ以前に突進そのものが……私はゆっくりとバゼットさんの前に移動して……

 

「あうっ!」

 

殴り飛ばされた。地面を滑って、力なく倒れる。そして、体からライダーのカードが排出される。その瞬間、カードのお陰で忘れていた痛みがまた私の体を襲い、体を折りながらそれに耐える。

 

「……な、なにが起きたの……?」

 

『―――だから言ったでしょう。彼女に対して、【決め技】や【切り札】の類は絶対に使用してはいけません、と。その理由がこれなのです』

 

混乱する私の耳に、静かなルビーの声が聞こえてくる。敵の切り札より後に発動しながら、時間(運命)を遡り切り札発動前の敵の心臓を貫く事で、相手の切り札の発動そのものをキャンセルする魔剣。

 

『フラガが現代まで伝えきった神代の魔剣。宝具(エース)を殺す宝具(ジョーカー)。【逆光剣フラガラック】―――!』

 

「っ!?」

 

『分かりましたか? 彼女に対して宝具を使用すれば、必ず負けるのです。かといって、通常攻撃のみで倒すには、彼女は強すぎる。これは、最初から詰んでいる勝負だったんですよ』

 

そんなの、反則すぎる。どんなに威力がある宝具を使っても駄目だなんて、どうやって倒せばいいんだろう。そうか、だからルビーは中々私を転身させようとしなかったんだ。戦えば負けるから。

 

『本当に危なかったです。ライダーの宝具がもし使用者自ら振るうタイプの宝具だったら、心臓を貫かれていたのはイリヤさんの方でしたからね』

 

そうか。ライダーの宝具は、私自身が突進する訳じゃない。だから私の代わりに、突進した天馬(ペガサス)の心臓が貫かれたんだ。そう思うと、本当にゾッとする。あのカードが、もしセイバーだったら……

 

「イリヤ、後ろ!」

 

「っ!?」

 

クロの声が聞こえた瞬間、右足を掴まれた。見るまでもない。バゼットさんが、冷たい視線で私を見下ろしながら私を宙吊りにしている。そして、私は声を出す事もできずに首を掴まれてしまう。

 

「予想以上に手こずらされましたが、今度こそ終わりです。ライダーのカードはもらいますよ」

 

「あっ……」

 

「イリヤ!」

 

「この……」

 

バゼットさんは右手で私の首を掴み、子供に言い聞かせるように告げる。実際私は聞き分けがない子供なんだろう。でも、そんなの当たり前だよ。だって、この人を放っておいたら、次は……

 

「さて、次は……」

 

バゼットさんの冷たい瞳が、動けないでいるクロを射抜く。やっぱり! この人は、クロの体からランサーのカードを抜き取るつもりなんだ。でもそれは、クロの消滅を意味する。それだけは……

 

「……クロ……逃げ……て……」

 

そう言ったつもりだった。でも、首を掴まれて声が出せないから、掠れた息が漏れただけだった。……お願い、助けて……誰か……助けてっ……!

 

「……助け……お兄……ちゃんっ……!」

 

「何を……っ!?」

 

最後の気力を振り絞って、私は声を出した。私がこの世で一番大好きで、いつだって助けてくれる人を呼ぶために。そんな私に不審な視線を向けたバゼットさんが、慌てて私の首から手を離した。

 

「……俺の妹から、手を離せ」

 

「あ……」

 

「……遅いわよ、もう!」

 

「『士郎さん』!」

 

私達が、一斉に笑顔になる。そこには、誰よりも頼りになる人が立っていた。黒い弓を構えて。

 

「お兄ちゃんッ!」

 

衛宮士郎が、そこにいた。




次回、士郎VSバゼットです。
さあ、盛り上げていきますよ!

イリヤがライダーのカードと相性が悪いというのは公式設定ですが、変身時間が短いというのはこの作品だけの設定です。
もしかしたら原作もそうかもしれませんが。

それでは、感想待ってます。


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決着

中々時間が取れない。

さて、やっと主人公が登場した前回。
士郎の戦いをご覧ください。


【士郎視点】

 

「……俺の妹から、手を離せ」

 

俺は、爆発しそうな怒りを抑えてそう告げる。俺が放った矢を躱して、イリヤの首から手を離した女魔術師は、俺の方を振り向いて鋭い視線を向けてきた。そしてその顔を見た俺は、唇を噛んだ。

 

「……貴方は、今朝の……」

 

「……やっぱり、そうか……」

 

イリヤ達が俺の顔を見て笑顔になってるけど、俺はそんな妹達に応えてあげる事ができなかった。今の俺の心には、どうしようもない後悔と、自分への怒りが渦巻いていたからだ。その理由は……

 

「……俺が気付いていれば、こんな事には……」

 

イリヤ達の様子を見て、俺の口からそんな言葉がこぼれ出る。俺の目の前にいる女魔術師は、どう見ても俺が今朝出会って道を教えた女性だった。あの時、俺が彼女が魔術師だと気付いていれば。

 

そうすれば、イリヤ達がこんなに酷い怪我をする事はなかった。魔術協会からの刺客が来るかもしれないと分かってたのに、俺は無警戒に外国から来たっぽいこの女性に道を教えてしまったんだ。

 

地図を見た時に、目的地がルヴィアの屋敷の場所だと気付いていれば、すぐに魔術協会に関わりがある人間だと推測できた筈だ。ヒントはあった。気付けるチャンスは、絶対にあった筈なんだ。

 

「なのに……」

 

ギリッ、と奥歯を強く噛み締める。自分の見通しの甘さに反吐が出る。イリヤ達を守る? こんな様で一体何を守れるって言うんだ。目の前の敵も許せないが、俺が何よりも許せないのは自分だ。

 

「まさか、貴方までこの件に関わっていたとは。それにその姿と先程の攻撃。アーチャーのカードの力を使っていますね? 先程の少女達といい、相当に複雑な事態になっているようです」

 

「……」

 

「しかし、どうであれ私の任務は変わりません。アーチャーのカードも回収させてもらいます」

 

女魔術師が、驚いていた表情を消して静かに拳を構える。それを見た俺もまた、心に渦巻く後悔と自分への怒りを消して、双剣を作り出して握る。弓も消して、両手を垂らして自然体に構えた。

 

「お兄ちゃん、気を付けて! その人……」

 

「バーサーカーよりバーサーカーよ!」

 

「凄く強いです。それに、【宝具】が……」

 

「分かってる。だから心配するな」

 

「「「え?」」」

 

イリヤ達が、この女魔術師の恐ろしさを忠告してくる。それに俺は、静かに答えた。どうして俺が知っているのか分からないイリヤ達が一斉に疑問の声をあげるけど、説明する時間はなかった。

 

「ふっ!」

 

「っ!」

 

女魔術師、バゼットが俺に物凄い速さで接近してきたからだ。凄まじいスピードで繰り出される拳に双剣を合わせて逸らしながら、俺は10分前の出来事を思い出していた。彼女との電話を……

 

…………………………………………………………

―――10分前―――

 

「じゃあ、よろしく頼む」

 

「はいッ。任せてください!」

 

朝練が終わった俺は、早速桜にイリヤ達の誕生日プレゼント選びを手伝ってもらえるように頼んでいた。桜は、休日を潰す事になるこの頼みを快く引き受けてくれた。本当に良い娘だなぁ、桜は。

 

「さてと……」

 

桜に引き受けてもらえた俺は、この機会にある事を思い付いた。それは、桜と遠坂の二人を仲良くさせようという事だった。この二人が、なにやら訳ありだという事は最近分かった。だから……

 

嬉しそうに帰っていく桜の姿を見送りながら、俺は遠坂の携帯に電話を掛けた。プランとしては、遠坂にもイリヤ達の誕生日プレゼント選びに付き合ってもらうという単純なものなんだけど……

 

「……出ないな……っと、繋がった。遠坂か?」

 

「……う……衛宮……くん……?」

 

しばらくコール音が鳴り、やっと出た遠坂は最初ぼんやりとした様子だったが、やがて掠れた声で俺の名前を呼んだ。画面に俺の名前が出ていた筈なのにどうして疑問系なんだ? 見てないのか?

 

「どうしたんだ? 辛そうだけど……」

 

「……早く来て! 今すぐに! イリヤ達が!」

 

「っ!?」

 

…………………………………………………………

―――現在に戻る―――

 

後になってこれは、気絶していて電話の音で目を覚まし、画面を見る事なく電話に出た結果だったと遠坂から聞くのだが、この時の俺には分かる筈もなく……ただ、遠坂の必死な声に耳を傾けた。

 

そして遠坂に聞かされた事態に、俺はアーチャーのカードで変身して、全速力でルヴィアの屋敷を目指した。その途中で、やって来た敵についての情報を遠坂から聞きながら。敵の名はバゼット。

 

その戦闘力や戦法、注意すべき切り札まで。遠坂は正確な情報を教えてくれた。そのお陰で、今俺はバゼットの戦闘力に驚かずに対応できていた。知らなかったら、この拳を防げたかどうか……

 

バゼットの重い一撃を冷静に双剣で逸らしながら考える。このままでは、いずれやられる。なら、どう戦うのか。本当は今にも爆発しそうな怒りを抑えて、自分に言い聞かせる。冷静になれと。

 

迂闊だった自分への怒りも、イリヤ達をあんな目に遭わせたバゼットへの怒りも、今は考えるな。冷静さを失ったら終わりだ。強敵を相手に怒りは禁物だ。遠坂にも、繰り返しそう言われただろ。

 

「……やりますね。しかし!」

 

「っ!」

 

自己暗示のように心の中で繰り返している内に、バゼットが一際速く重い一撃を放ってきた。その一撃の威力は凄まじく、左手の干将が砕け散る。バゼットはそれを好機と見たか、二撃目を放つ。

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

「ちっ!」

 

だけど俺は、すぐさま砕けた干将を投影してその攻撃をガードした。ガードを崩せなかった事で、バゼットが鋭い舌打ちをして視線を細める。今の攻撃で、勝負を決めるつもりだったのだろう。

 

「……宝具を自在に作り出す能力。やはりそれがアーチャーの英霊の力のようですね。ならば!」

 

「っ……! ―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

再び繰り出された拳はさっきと同じくらいの威力を持っていて、今度は右手の莫耶が砕け散った。そして、間髪入れずに繰り出される拳。それを、俺は再び砕かれた莫耶を投影してガードする。

 

「まだまだ」

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

しかしバゼットは、攻撃の手を緩めない。表情をまったく変えず、重い拳を繰り出し続ける。投影する度に砕かれて、また投影して。その繰り返しだった。バゼットの考えは、すぐに分かった。

 

このままでは、いずれ投影が追い付かなくなる。バゼットはそれまで、この攻撃をするつもりだ。少しずつ押され始めて、一歩ずつ後ろに下がる。なるほど、クロが言っていた言葉通りだな……

 

バーサーカーよりバーサーカー、か。遠坂も電話で脳筋とか言ってたし、バゼットは基本的に力で押していくタイプなんだろう。ならば、こっちもそれに負けない戦法で対抗する必要があるな。

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

「っ!? こんなもの……!」

 

右手の莫耶がまた砕けた瞬間に、俺は大きく後ろに下がりながらバゼットの前方に大量の剣を投影して接近を阻む。それを見たバゼットは一瞬動きを止めたが、地面に刺さる剣を砕いて再び迫る。

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

「!?」

 

「あれって、もしかして!」

 

だけど、そうやって僅かに稼いだ時間で、俺は次の投影を終えていた。俺の両手には、さっきまで持っていた双剣とは全然違う剣が握られていた。その二本の剣を見たイリヤが驚きの声を上げる。

 

「ウオオオオオッ!」

 

「くっ……!」

 

俺は獣のような雄叫びを上げながら、バゼットにその剣を叩き付けた。力任せに。そう……かつてこの剣の持ち主がそうしていたように。俺が投影したその剣は、岩を削ったような形の巨大な剣。

 

バーサーカーの斧剣だった。それに加えて、剣に宿った奴の筋力と技量の一部までも投影。自分に上書きしてバゼットの攻撃に対抗する。バゼットは急に鋭さと重さを増した俺の攻撃に驚愕する。

 

「何故、アーチャーにこんな力が……!」

 

バゼットが驚くのは当然だ。今まで、アーチャーの力を使って戦ってきた俺にはそれが分かった。アーチャーは、力も速さも他の英霊よりも劣る。そしてバゼットは、アーチャーを倒したという。

 

だからこそ、アーチャーの力の弱さも知っていたのだろう。それなのに、人外の力を持つ自分と、同等以上の威力の攻撃を急に放ってきたというのだからバゼットの驚愕はどれ程のものだったか。

 

「貴方は一体……」

 

「黒化英霊と戦ったからといっても、その英霊の強さと力を知ったと思わない方がいいって事さ」

 

「くっ」

 

黒化英霊は、現象に近い。ただ本能のままにその強大な力を振るうだけ。だが、カードの力で変身した俺は違う。確たる意思と理性を持ち、強大な英霊が持つ技術や戦術を自在に使う事ができる。

 

カードに宿る英霊の力を理解し、それを利用して戦術を組み立てる事ができる。まあそんな俺も、まだアーチャーの力の本質を完全には理解できていないが。それでも、入口くらいになら立てる。

 

さっきとは一転し、俺がバゼットを押し始める。バーサーカーが持っていた強大な力と、卓越した技量が嵐のようにバゼットに牙を剥く。これでも一部だけの投影だというのだから、恐ろしいな。

 

「っ……」

 

しかし、バゼットはこれでも倒せない。確かに、押してはいる。バゼットの腕や足にも、少しずつ裂傷ができ始めた。それでもバゼットはその鳶色の瞳に確たる意思を宿して俺を睨み付けている。

 

俺が一瞬でも気を緩めて隙を見せれば、その瞬間にその強い意思を宿した拳を俺に叩き込んでくるつもりだろう。そして、その瞬間は確実に近付いていた。斧剣を手にした両腕が、悲鳴を上げる。

 

以前にも、このバーサーカーの斧剣を振るった事がある。バーサーカーと戦ったその時にも、同じ事が起こった。投影しているバーサーカーの筋力と技量に俺の腕が耐えきれなくなってきたんだ。

 

「攻撃の威力と精度が落ちてきている。どうやらその力を長時間振るう事はできないようですね」

 

やっぱり気付いたか。バゼット程の手練れになると一発でばれてしまうらしい。俺がバーサーカーの力を振るえる時間は、30秒程度のようだな。だけど、これだけ使えれば十分だ。次の手は……

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

「今度は何を……」

 

頭の中で戦術を組み立てながら、俺は次の投影に取り掛かった。右手はバーサーカーの巨大な斧剣を握ったまま、バゼットの攻撃を防ぐ盾にする。巨大な斧剣はバゼットの視界を遮る効果もある。

 

バゼットからは見えないようにした左手は、斧剣を捨てて莫耶を投影する。そして、斧剣の影から左斜め上に投擲。バゼットが、それを目で追った気配がしたその瞬間、俺は再び後ろに下がった。

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

右手の斧剣をその場に残して、両手に干将と莫耶を投影し、斧剣の裏側にいるバゼットに向かってブーメランのような軌道を描く形で、投擲する。少ししてバゼットがそれを弾く音が辺りに響く。

 

「今さらこんなものが通じると……!」

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

思っていないさ。心の中でそう返しながら、俺は再び干将と莫耶を投影する。そして斧剣の影からこっちに回り込んで向かってくるバゼットを正面から迎え撃つ。バゼットが、訝しげな顔になる。

 

「何故正面から……」

 

「―――引き合え、【干将・莫耶】」

 

斧剣ではなく、双剣で迎え撃つ俺が何をするのかが分からなかったらしいバゼット。狙い通りだ。俺は斧剣を投影した時に捨てていた干将と、先程投影して左斜め上に投擲していた莫耶、さらにはバゼットに弾かれた干将と莫耶に呼び掛けた。

 

「!?」

 

「取って置きだ」

 

互いの剣が引かれ合い、バゼットを取り囲むように飛来する。そして俺は、バゼットの前方を塞ぐようにして正面から突撃する。全方向を剣の檻に囲まれたバゼットは、俺を鋭く睨み付けてきた。

 

「っ!」

 

「ぐっ!」

 

「お兄ちゃん!」

 

「まさか、そんな……!」

 

「……ほんと、怪物ね……」

 

それは一瞬の出来事だった。攻撃を避けられないと悟ったバゼットは、なんと避けなかったのだ。全ての斬撃を食らう覚悟を決めて、俺に反撃してきた。俺の腹に、バゼットの拳が突き刺さった。

 

干将と莫耶が砕かれ、俺は吹き飛ばされる。その姿を見ていたイリヤ達の悲鳴を聞きながら、俺は地面に落下した。凄まじい痛みが頭を突き抜け、俺は口から大量の血を吐き出す。だが、俺は……

 

ニヤリと笑いながらバゼットを見た。バゼットはそんな俺に訝しげな顔を向けたが、すぐに……

 

「ぐっ? ……何をしたのですか?」

 

バゼットは、僅かに顔を歪めて()()()()()()()()俺にそう尋ねる。俺に斬られた傷から血を流しながらも、まったく余裕を崩さなかったバゼットが初めて冷や汗を流している。それを見て俺は……

 

「お前は、遠坂を甘く見すぎた」

 

「何を……」

 

「ご苦労様、衛宮君。上手くやってくれたわね」

 

「っ!?」

 

「凛さん!」

 

「無事だったんですね!」

 

「心配させるんじゃないわよ」

 

ピリピリと緊迫していたこの場に、遠坂の明るい声が響いた。元気な遠坂の姿を見て、イリヤ達が安堵の息を漏らす。特に、イリヤは安心の度合いが強かったようで、おうおうと泣きながら喜ぶ。

 

「よがっだ……生ぎでたんだ……」

 

「そりゃこっちの台詞。ルヴィアも無事よ」

 

遠坂はそんなイリヤの様子に苦笑しながら、その頭を撫でる。そして、イリヤ達の様子を確認するように辺りを見回してから、バゼットの顔を鋭く射抜く。バゼットは首の後ろを手で押さえて……

 

「首筋になんらかの魔術の発動を感知。それ以降腹部の鈍痛が止まない……一体、何を……?」

 

「それは衛宮君が今感じている痛み―――」

 

「っ!?」

 

「【死痛(しつう)隷属(れいぞく)】。主人(マスター)の受けた痛みを奴隷(スレイブ)にも共有させ、主人(マスター)が死ねば奴隷(スレイブ)もまた命を落とす。とある貴族が用いていた、古い旧い呪いよ」

 

「呪術……! 協会の魔術師ともあろう者が!」

 

「私の背中のと一緒のやつじゃない……」

 

そう。俺はあの時、バゼットに殴られた時にその首の後ろに手を触れていたのだ。剣を砕かれて、腹を殴られながらも。自分を囮にして、バゼットの決定的な隙をついた。相手を仕留める瞬間……

 

まさにその瞬間にこそ、致命的な隙が生まれる。いざという時にバゼットは、防御より攻撃を選ぶと遠坂から電話で聞いていたからな。勿論、俺にその呪いの存在を教えてくれたのも遠坂だった。

 

呪いを掛ける為の俺の血は、クロの魔力供給用に遠坂がストックしてくれていた。注射器で抜いて保存してあるその血を使って、遠坂はバゼットに死痛の隷属の呪いを仕込んだ。最初の戦いで。

 

これは全て、遠坂が仕掛けた作戦だったのだ。俺はそれを発動させる為にバゼットと戦ったんだ。発動の条件は、バゼットの首の後ろの呪印に俺が手を触れる事だ。その方法は俺に任されていた。

 

何故こんな作戦を取ったのかというと……

 

「……痛みと、死の共有と言いましたか」

 

「そう、これで……フラガラックは使えない!」

 

バゼットの切り札、【斬り抉る戦神の剣(フラガラック)】。その宝具の存在も、遠坂から聞いていた。それは最高の迎撃宝具。相手の切り札の発動の前に使用者は死んでいるという事実を後付けで作って、発動の事象そのものをキャンセルしてしまう魔剣だと。

 

「だけど、もしも相手の死と同時に、バゼットも死ぬとしたらどうなるかしら? 『フラガラックを撃つ事によりフラガラックを撃つ前にバゼットが死ぬ』という矛盾! 因果の葛藤(コンフリクト)が発生する」

 

「そうか……あの時に―――」

 

「だからさっき言っただろ? お前は遠坂を甘く見すぎた。遠坂は、勝つ為なら手段を選ばない」

 

「誉め言葉として受け取っておくわ」

 

バゼットの切り札を封じる。それさえできれば、勝機はある。遠坂は、そう言っていた。以前にもこの方法でクロの動きを封じる事に成功しているからこそ、遠坂のその言葉には説得力があった。

 

だけど、勝利の期待を抱く俺達にバゼットは……

 

「―――50点ですね」

 

と答えた。その言葉に、再び俺達に緊張が走る。そんな俺達を見回して、バゼットは静かに語る。

 

「なるほど……確かにこれでフラガは封じられたのかもしれません。ですが、ただそれだけです。そんなもの……死なない程度に殴ればいい。その気になれば、自分の痛覚など無視できますから」

 

なんという脳筋思考。女性に抱く感想ではないがそう思ってしまう。本当に、バーサーカーよりもバーサーカーというクロの評価は的を射ていると言えるかもな。ここまでくるといっそ清々しい。

 

「―――ああそう。なら、加点をお願いするわ」

 

遠坂も、もうお手上げという表情をしてから何かを取り出した。何だ、あれ? 遠坂が取り出した物を見た俺は、内心で首を傾げる。それは、一枚の紙のようだった。その紙には、黒い模様が……

 

「……それは?」

 

「この町の地脈図よ。少し前に、地脈の正常化を行ってね。その経過観察の為に撮ったレントゲン写真みたいなものよ。分かる? 左下の方……」

 

「……! 地脈の収縮点に、正方形の場……?」

 

俺にはさっぱり分からないんだけど、バゼットはその地脈図とやらを見て何かに気付いたような顔をして、まさか、と呟く。その表情はあまりにも緊迫していて、こっちまで嫌な予感がしてきた。

 

「前任者なら分かるわよね。正確には正方形ではなく立方体。虚数域からの魔力吸収。そう……」

 

そんな俺の嫌な予感を肯定するかのように、遠坂は静かにその驚愕の事実を告げるのだった―――

 

「九枚目のカードよ」

 

その言葉に、この場にいる全員が息を飲んだ。

 

「九枚目―――」

 

「地脈の本幹のど真ん中よ。だから、協会も探知できなかったんでしょうね。カードの正確な場所を知っているのは私だけ。地脈を探る事ができるのも、冬木の管理者たる遠坂の者だけよ―――」

 

遠坂はバゼットと交渉しているんだろう。戦えばこっちもただでは済まない。今度こそイリヤ達が殺されてしまうかもしれない。だからこそ何とか戦わずに済むように必死になっているんだろう。

 

「さて、貴女の任務が、『全カードの回収』だとするなら……これも数に入ってるんじゃない?」

 

―――結局、これが決定打となった。バゼットは現場判断を超えた事態だと判断したらしく、一時休戦として協会の指示を仰ぐ事になった。そして遠坂の交渉により、バゼットに奪われていた六枚のカードのうち、二枚を取り返す事に成功した。

 

イリヤは悔しそうに泣いていたけど、俺は遠坂が言った『バゼット相手にこの結果なら十分勝ち』という言葉に賛同した。悔し泣きしているイリヤの頭を撫でながら、俺は改めて決意していた。

 

もう二度とイリヤ達をあんな目に遭わせないと。九枚目のカードがどんな化物だとしても、絶対に守ってみせると。そんな俺の耳に、すぐ隣にいた美遊の呆然とした呟きが聞こえてきたのだった。

 

「……九枚目のカード……? ……そんなもの、ある筈がない……一体、どういう事なの……?」

 

「美遊?」

 

焦点が定まらない瞳でそう呟く美遊は、俺の呼び掛けにも気付いてない様子だ。どういう事だ? 美遊は何か知ってるのだろうか。そう思ったが、何故かそれを聞くのは躊躇われてしまった。

 

結局、俺は聞けなかった。新たな敵が現れ、何かが動き出している。そんな感覚を感じながら……




最後のハロウィンイベントがもうすぐ始まる。
楽しみですね。

パールヴァティーも引けて、イシュタルと並べてニヤニヤしているgurennです。
遠坂姉妹が、揃って女神の器になるとはね。
マイルームで専用会話が聞けて嬉しい。

FGOの話はここまでにしまして……
いよいよツヴァイ編も佳境に入ってきました。
私がツヴァイ編で一番書きたかった、ギルガメッシュ戦が近づいてきましたね。
士郎もイリヤもクロも活躍させたい。
士郎は言わずもがなですけどね。
いよいよあれをお披露目できる訳ですし。
プリヤ士郎のあれを、お楽しみに。

それでは、感想待ってます。


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聖妹戦争(真)

はい、という訳で(どういう訳だ)、今回は妹達の、妹達による、妹達の為の妹戦争です。
読みは、せいまいせんそうかっこしんです。

今回は、事案発生? って感じです。
それではどうぞ。


【士郎視点】

 

さて突然だが、皆は『キス』という行為についてどう思うだろうか? キス、口付け、接吻等々。言い方は世の中に色々あるが、それは一般的に、親しい異性に対する愛情表現を意味する行為だ。

 

では次に『人工呼吸』という行為については? これは行為そのものはキスと同じだが(正確には口と口とを付ける訳ではないんだが)、愛情表現ではなく人命救助。助ける為の行為だと言える。

 

しかし、ここで問題になるのが、行為そのものは端から見ると同一であるという点だ。特に、相手が異性であれば尚更に。純粋に相手を助けたいと思っていても、他人には誤解を与えてしまう点。

 

もしも救助の必要が理解できなければ、100%誤解を与えてしまうだろう。そして、その必要性を相手に説明する事ができないとしたらどうか。詰みである。どうしてこんな事を考えているか。

 

その理由は……

 

「ほらお兄ちゃん♪ は・や・く♪」

 

「だからさせないって言ってるでしょ!」

 

「クロ、それ以上士郎さんに近付かないで」

 

「……このロリコン&シスコン……」

 

「セラ、誤解だ!」

 

「あらあら♪」

 

「楽しそうだね」

 

今まさに、衛宮家のリビングで繰り広げられているこの状況のせいである。目を閉じたクロが俺に唇を突き出して首に腕を回し、甘えた声を出す。そして、イリヤと美遊が、そんなクロを止める。

 

セラは俺に冷たい視線を向けて、掃除機を振りかざして迫ってくるし、アイリさんはそんなセラに両手を突き出して必死に命乞いをする俺を楽しそうに見てくる。どうやら助けてくれないらしい。

 

リズもリズで、そんな俺達を横目で見て、淡々と感想を言うだけだ。こら、晩御飯の前にポテチを食べるんじゃない、ポテチを。そう言いたいが、今は目の前にいるセラさんを宥めなければ……

 

一体どうしてこんなカオスな状態になったのか。それは1時間前に遡る。そう、辛くもバゼットを追い返したその翌日。俺達衛宮家一同は、向かいにある崩壊したエーデルフェルト邸を訪れた……

 

…………………………………………………………

―1時間前―

 

「もう工事始まってるんだね」

 

「あらあら。本当に、見事なまでにぺしゃんこになっちゃったのねー。あははははははははは♪」

 

「お、奥様! 笑うところではありません!」

 

「やほーい♪」

 

「お見舞いに来たぞ」

 

瓦礫を撤去している重機が二機と、数人の作業員が見える旧エーデルフェルト邸。アイリさんは、相変わらず一般人とはかけ離れた感性を持ってるようで、潰れた屋敷を見て朗らかに笑っている。

 

「なんでも、ボイラーの爆発事故があったとか」

 

周囲の住人にはそう説明していた。セラは、そう言いながら美遊にお見舞いの品を渡した。本当の原因を知ってる俺は、苦笑を浮かべるしかない。それから俺達は、ルヴィアの無事を確認した。

 

「おほほほ、あの程度の損傷を引きずるほどヤワではなくてよ。今は、あのマッシブ女にどう恩を返すか考えるのが楽しくて楽しくて。とりあえず屋敷の損害分を協会に請求しつつ、まわりまわってヤツの負債になるようにネゴと根回しを……」

 

「いやぁ、お元気そうでなによりです!」

 

怖いよルヴィア。バゼットに対する恨み言を延々と呟きながら、全身から炎を吹き出すルヴィア。そんなルヴィアを見たイリヤが怯えている。どれだけ陰湿でタチの悪い仕返しをしているんだよ。

 

「衛宮君、ちょっと……」

 

その後、クロがルヴィアに泊まる場所の話をしていた時だった。全員の注意がそっちに向いている隙に、遠坂が俺の肩を叩いた。振り向くと、遠坂が申し訳なさそうな顔で俺を皆の輪から離した。

 

「なんだよ、どうした遠坂?」

 

「ええ、衛宮君に言わないといけない事がね」

 

一体どうしたんだ? 遠坂らしくもない。遠坂は本当に申し訳なさそうな顔をしてる。そんな遠坂を見て、俺はなんとなく嫌な予感がした。そんな俺の予感は、見事に的中してしまう事になった。

 

「実は、クロの魔力供給用の衛宮君の血。瓦礫の下に埋まっちゃってて、すぐには取れないのよ」

 

「なっ!?」

 

「しかも、注射器もあの下に埋まっててね。普通の一般人の血液じゃ、あの娘の魔力を補給する分には全然足りないから、輸血パックの血を使う事もできない。さらに悪い事に、クロは今魔力不足の筈よ。バゼットとの戦いで消耗しているから」

 

「大変じゃないか!」

 

魔力不足。クロにとってそれは死活問題だ。消滅の危機を意味するからだ。ちらりと、横目でクロ達の様子を見る。どうやら、美遊一人だけウチに泊まりにくるという事が決まったみたいだけど。

 

クロはいつもと変わらないように見える。だけど遠坂の見立ては信用できる。表向きは大丈夫そうでも、本当は辛いのを我慢して隠しているのかもしれない。俺やイリヤに心配をかけないように。

 

「バゼットに呪いを掛けた時に使った血は、元々衛宮君に届けようとしてた物なの。だから手元にあったんだけど、保管してたやつは、今は取りに行けない場所にあるのよ。本当にごめんなさい」

 

「……」

 

「今朝早く屋敷の被害状況を調べてみて、初めて分かったのよ。昨日は大丈夫だと思ってて……」

 

「いや、遠坂のせいじゃないよ」

 

そう、遠坂を責めるのは間違っている。あの状況でクロ用の血まで守るなんてできっこない。遠坂は精一杯やってくれた。もし遠坂があの時電話に出てくれなければ、俺は絶対間に合わなかった。

 

「でも、一体どうするの? かなり消耗している筈だから、多分少量の血じゃ足りないと思うわ」

 

「そりゃ、クロが助かるなら幾らでも……」

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ! あんたがやばくなったらなんの意味もないって分からないの? クロがそんな事望む訳ないでしょうが。ちょっとは心配するこっちの身にもなれってのよ! 前回のあれで、イリヤが大泣きしてたでしょうが」

 

「う……それはだって……でもさ……」

 

「でももだってもないわよ。とにかく、限界まで血を飲ませるのは禁止よ。分かった、衛宮君?」

 

「わ、分かった……」

 

そう言われてしまうと頷くしかない。遠坂の言葉でイリヤの泣き顔を思い出してしまったからだ。あの時は本当に大変だった。わんわん泣きながらすがり付き、俺の胸を叩くイリヤを宥めるのは。

 

「でも、じゃあどうすればいいんだ?」

 

「……方法は一つしかないわね」

 

「まさか……」

 

クロを助ける方法を聞く俺に、遠坂は苦渋の決断を下すような表情でそう言ってくる。おいおい、まさかと思うが、あの方法じゃないだろうな? それは、別の意味でやっちゃいけない方法だろ。

 

「クロにキスするのよ」

 

「やっぱりそれかああああ! 駄目だろ、色んな意味でそれだけは。ほ、他の方法はないのか?」

 

「衛宮君、これが一番手っ取り早い方法なのよ。お手軽で特に危険もないしね。最善策は、もっとやっちゃいけない事だし。いいじゃない、こんなの人工呼吸と同じよ。人命救助よ、人命救助」

 

「いや、そうは言うけどさ……」

 

もっとやっちゃいけない最善策ってなんだよ? そう思ったけど、聞くのが怖いのでやめておく。遠坂が言っている事は正論なんだけど、やっぱりどうしても抵抗がある。だって、相手は妹だぞ?

 

「クロの魔力供給は、あんたが責任を持ってやるって約束でしょ? イリヤとか美遊にも任せられないって言ってたのはあんたじゃない。魔術回路があるあんたなら他の人間よりも効果的だしね」

 

「う……」

 

そうだけどさぁ……クロは俺が助けたかったし、イリヤと美遊に不本意なキスもさせたくないし。俺なら普通の人間より魔力効率が良いと、遠坂とルヴィアにも言われたし。でも、キスは流石に。

 

「言っておくけどね、私だってなんとも思わない訳じゃないのよ? ただ、私の感情よりもクロの命の方が大切だって言ってるの。今回こんな事になっちゃったのは、私の責任でもあるしね……」

 

遠坂は、本当に不本意そうな表情でそう言った。やっぱり遠坂も女子だから、妹とのキスには抵抗があるんだろうな。普段から学校でも、クラスの女子達からシスコンだと睨まれる事があるし……

 

「とにかく! クロの命の為にも、さっさとキスしちゃいなさい。人命救助なんだから、今回の事は私の中ではノーカンって事にしておくから!」

 

「……本当か? シスコンだとか思わないか?」

 

「思わない! だから早く終わらせなさい」

 

「……分かったよ」

 

はあ、なんでこんな事になったんだ。色んな意味でイリヤと美遊にはこの事は話せないな。余計な心配をさせる訳にはいかないし、二人が遠坂みたいに納得して理解してくれるかも分からないし。

 

二人に不本意なキスもさせたくない。なら、俺がその役を引き受けるしかない。遠坂が言っているとおり、これは人工呼吸みたいなものだ。断じてキスではない。俺は、そう自分に言い聞かせる。

 

遠坂との話が終わったのと同時に、向こうの話も終わったようだ。美遊を連れて家に戻るとセラに言われて、俺は緊張しつつ皆の後に続く。そして俺は、最後尾のクロに意を決して話し掛けた。

 

「クロ」

 

「ん? なあに、お兄ちゃん?」

 

「魔力、足りないんじゃないか?」

 

「……バレちゃった?」

 

やっぱり、そうか。どうやら、遠坂の推測は正しかったらしい。俺は儚げな笑みを浮かべるクロに告げた。魔力供給用の血が、今は取りに行けない場所にあると。俺がそう告げると、クロは……

 

「そっか。どうしよ……」

 

少し困った表情で笑った。でも、俺にはその笑顔に不安と恐怖の感情が隠れているのが分かった。当然だ。魔力不足はクロにとって、消滅の危機を意味する。怖くない筈がない。だから、俺は……

 

「そ、それでだな。今すぐ俺が魔力供給をしようと思うんだ。家に帰ったら、俺の部屋に行こう」

 

「えっ? う~ん、お兄ちゃんの気持ちは嬉しいんだけど、今の魔力の状態だとちょっとの血じゃ足りないと思うの。お兄ちゃんにまたあんな怪我をさせる訳にはいかないし。だからそれは……」

 

「ああ、だからな。その……安全な方法で……」

 

「安全な方法?」

 

「えっと、つまり……キスで、さ……」

 

恥ずかしい! 人工呼吸だ、人命救助だと自分に言い聞かせたのに、いざ口にすると、キスという単語だけ小声で言ってしまう程恥ずかしかった。俺が赤面しながら告げたその言葉に、クロは……

 

「キスしてくれるの、お兄ちゃんが!」

 

「こ、こらっ! そんな大声で言ったら……」

 

満面の笑みで、そして周囲一帯に響き渡る大声で喜んだ。俺は慌ててクロの口を塞いで、恐る恐る前方を見た。するとそこには、非常に冷たい視線が3つ。真っ直ぐに俺を射抜いていた。ひっ!?

 

「……今、なんて言ったの?」

 

「良く聞こえませんでした。士郎さん、今クロが言った事は本当なんですか? 答えてください」

 

「……ロリコン&シスコン……」

 

「い、いや、違う。違うんだ……」

 

イリヤと美遊とセラ。3人の視線が、俺の全身をグサグサと射抜く。特に、セラ。俺に事情を確認する事もなく、変態を見る目を向けてくる。俺に弁解もさせてくれないらしい。ま、待ってくれ!

 

「この前イリヤさんのおでこにキスをした時も、いつかやると思ってましたが……またですか?

 

「だから違っ……またってなんだよ!」

 

最後の言葉が非常に恐ろしい声だった。セラの中の俺って、どんな奴なんだよ? 拳をバキバキと鳴らしながら、セラがにじり寄ってくる。そしてそんなセラの両脇には、イリヤと美遊がいる。

 

「お兄ちゃん?」

 

「士郎さん?」

 

「シ・ロ・ウ?」

 

「ご、誤解だーっ!」

 

…………………………………………………………

―現在に戻る―

 

とまあ、こういう訳である。クロの状態を3人に説明する訳にもいかず、誤解を解く事ができないから、イリヤと美遊はキスをさせまいと阻止しているという訳だ。さて、困ったぞ。どうすれば。

 

「クロ、お兄ちゃんに近付かないで」

 

「キスなんて、絶対させない」

 

「ふふん、残念でした。今回は私からじゃなくてお兄ちゃんからキスしようって言ってくれたの」

 

「シロウ?」

 

「いや、違う。違わないけど、違うんだ!」

 

確かに俺から言った。だけど、それはあくまでも人工呼吸のようなものであってだな。と言いたいけれど、それは言えない。セラにどこまで話していいかも分からないし。さっきからこの調子だ。

 

そう言えばだけど、セラは魔術の事を知っているんだろうか? 考えてみれば、アインツベルンは魔術師の家系。そしてセラはそのアインツベルンのメイドだと言っていた。なら、関係者なのか?

 

「一体なんですか? 人の顔をじっと見つめて。もう見苦しい言い訳はやめたのですか? という事はつまり、自分の罪を素直に認めて観念したという事で宜しいですね? 大変()い心掛けです」

 

「宜しくないよ! ほ、ほらセラ。そろそろ夕飯の準備をする時間だろ? ちゃんとメイドの仕事をしないといけないんじゃないか? ほら早く」

 

「ちっ、仕方ないですね。シロウ、後でゆっくりとこの話の続きはしますからね。良いですね?」

 

「ら、了解(ラジャー)……」

 

怖いよセラ。俺にそう念を押すセラの瞳は、やると言ったらやるという凄みがあった。俺は結局、セラが魔術の事を知っているのかどうかという事を聞けなかった。今はそんな場合じゃないしな。

 

「ほらほら、お兄ちゃんが私とキスをしたそうな顔してるじゃない。だから、そこを退きなさい」

 

「お兄ちゃん……」

 

「士郎さん……」

 

「なっ!? なんて事を言ってるんだよクロ! そんな顔はしてない。してないぞ、二人とも」

 

クロのとんでもない言葉に、イリヤと美遊が光彩の消えた目を向けてくる。くっ、どうすれば? こうなったらもういっその事、事情を話すか? いやいや、それは駄目だ。確かに誤解は解ける。

 

だけど、話したら二人は、自分達がキスをすると言い出すかもしれない。二人は女の子だ。男の俺よりも、ファーストキスは大事だろう。できれば二人には、本当に好きな人とさせてあげたい。

 

クロはもう藤村先生とかとキスをしているらしいけど、イリヤと美遊はまだだろう。ならやっぱり俺がやるしかない。再度そう確認した俺はソファから立ち上がって、クロの手を握って2階へ……

 

「お兄ちゃん……お兄ちゃんが、どうしてもクロとキスしたいって言うなら……まず私にして!」

 

「なっ!? イリヤまでなにを……」

 

「そうだね。士郎さん、私にもしてください」

 

「なんでそうなる!?」

 

あれ? なんだかおかしな事になってきたぞ? イリヤも美遊も、一体なにを言っているんだ? 謎の迫力を発する二人の少女達が、俺の前に立ちはだかって目を閉じる。どうしてこうなった?

 

「二人とも、やるわね」

 

「うふふ、その調子よイリヤちゃん。さすが私の娘ね。ほらシロウ、早くキスしてあげなさい?」

 

「アイリさんまでなに言ってるんですか!」

 

「シロウ、何度も言ってるでしょ? 私の事は、ママと呼びなさい。もしくは、母さんでも可♪」

 

「こんな時に言う事ですか!」

 

「それと敬語。これも何度も言ってるわよ?」

 

「ああもう、少しは空気を読んでくれ!」

 

「その調子よ♪ その勢いで、ママって……」

 

「この歳で言えるかーっ!」

 

この人に頼った俺が馬鹿だった。アイリさんの事を母さんと呼べないのは、色々と複雑な心情からなんだけど、今はそれどころじゃないんだよ! じりじりと迫ってくるイリヤ達がいるからな。

 

「落ち着け、二人とも。な?」

 

「私達にはできないの?」

 

「酷いです、士郎さん」

 

「うっ……」

 

ああもう、どうすればいいんだよ! 涙目になるイリヤ達の姿に罪悪感が湧いてくる。魔力供給をしたいだけなのに、どうしてこんなにややこしい事態になったんだろうか? 俺は頭を抱えた。

 

「……こうなったら、力ずくで……」

 

「……そうだね……」

 

「え?」

 

イリヤ達の様子がおかしい。今、二人の口から、ものすごく不穏な単語が聞こえたような気が……

 

「逃げるわよ、お兄ちゃん!」

 

「ちょっ、クロ!」

 

「逃がさないよ、クロ!」

 

「待ちなさい!」

 

俺達は、ドタバタと2階に行くのだった……

 

…………………………………………………………

【イリヤ視点】

 

後になって思い出すと、きっとこの時、私は冷静じゃなかったんだろうと思う。多分、美遊も同じだったんじゃないかな。そうじゃないと、きっとお兄ちゃんに、キスして、なんて言えなかった。

 

お兄ちゃんがクロにキスする、なんて言葉を聞いてしまったら、冷静でなんていられる訳がない。クロとお兄ちゃんが、お兄ちゃんの部屋に入ってドアを閉めた。でも、それは無駄だよ、クロ。

 

《……あ、しまった。そう言えば、お兄ちゃんの部屋って、ドアに鍵が掛からないんだったわね》

 

《俺のプライバシーって……》

 

そういう事だ。私は、お兄ちゃんの部屋のドアを開けようと手を掛けた。でも、開かない。多分、二人が内側から手で押さえているんだろう。私も美遊と二人でドアを開けようとして手を掛ける。

 

「くっ、開かない!」

 

「向こうにはクロがいる。英霊の力で押さえられているから、このままじゃ無理かもしれない」

 

「そっか。この、開けなさいクロ!」

 

《ふふん。精々、そこで頑張っているといいわ。さあお兄ちゃん。これでもう邪魔は入らないわ》

 

《うっ……待て、心の準備が……》

 

「あーっ! こうなったら……ルビー!」

 

「サファイアも!」

 

『お任せあれー♪』

 

『はあ、仕方ありませんね……』

 

クロが英霊の力を使うなら、こっちも本気でやるしかない。ルビーに呼び掛けると、ルビーは私の髪の中から飛び出して、私を転身させてくれた。魔法少女の姿にはならずに、服はそのままで。

 

隣では美遊も私と同じ状態になっていて、私達は頷き合った。そして、魔力を筋力強化だけに集中させて、思いっきりドアを開く。いつかのドッジボール対決を再現する事になり、ドアが開いた。

 

「うわっ!?」

 

「ちっ、転身なんてズルいじゃない! しかも、2対1とか。あともうちょっとだったのに……」

 

「そこまでよクロ! さあお兄ちゃん!」

 

「観念してください!」

 

「待て、二人とも……!」

 

クロとくっついているお兄ちゃんに、私と美遊は飛び掛かった。魔法少女の力を使ったまま。その勢いは自分の想像より凄くて、私達はお兄ちゃん達に重なる形で激突して、ベッドに突っ込んだ。

 

「いたたたた……もう、イリヤ! 貴女ねえ! ……って、ああああーっ! なにしてるのよ!」

 

「うぅ……はっ!」

 

『美遊様……』

 

『おおっ、これは!』

 

あれ? どうなったんだろう。勢い良くベッドに突っ込んだ衝撃で、今の自分の状況が良く分からない。ただ、私の唇に暖かくて柔らかいなにかが当たっているみたいだ。口で呼吸ができない。

 

「……んっ!? んんーっ!?」

 

「っ!?」

 

あまりにも近くにあった事で、良く見えなかったお兄ちゃんの顔。それを認識した事と、お兄ちゃんのくぐもった声で自分の状況を理解した私の頭は真っ白になる。キスしてる? お兄ちゃんと!

 

「この、離れなさい!」

 

「い、イリヤ……」

 

「……」

 

頭がほけーっとして、なにも考えられない。私のファーストキスは、こうして終了したのだった。

 

…………………………………………………………

【美遊視点】

 

「……」

 

あれから数時間後。今は深夜。イリヤは、あの後ずっとぼけーっとしていて、誰がなにを言っても反応しなかった。そして私は今、イリヤ達と一緒のベッドに横たわっていた。まったく眠れない。

 

イリヤ達を起こさないように、静かにベッドから起き上がった。そして、イリヤとクロの安らかな寝顔をちらりと見てから部屋を出る。少し迷ってから、私は意を決してある部屋へと向かった。

 

寝る前まで、イリヤ達と好きな人の話をしていた事を思い出してドキドキしながら、その部屋の前にたどり着いた。そして、中の住人を起こさないように静かにドアを開けて、私は部屋に入った。

 

その人はベッドに横たわっていた。この時間なら当たり前の事なんだけど、それを確認しないと、これからやろうとしている事ができない。その人が眠っているすぐ横に立って、寝顔を覗き込む。

 

「……士郎さん

 

小声でその人の名前を呼ぶ。心臓が爆発しそうな程に高鳴って、顔が熱い。あの後、クロとキスをした士郎さんは事情を説明してくれた。そんな事は冷静になればすぐに分かった事情だったけど。

 

クロに魔力供給をするという事で、士郎さん的には人工呼吸のようなものだったらしい。いつもの血が、バゼットに屋敷を破壊された事で確保できなくて、仕方なくキスするしかなかったという。

 

そんな事も考える余裕がない程に、動揺していた自分。そして寝る前の会話のせいで、嫌でも自覚してしまった。私は、この人の事が好きだ。他の誰でもない、この人の事が。そんな事は、自分で分かっていたつもりだった。でも、違ったんだ。

 

「……お兄ちゃんと同じ人だからじゃない」

 

私の大好きなお兄ちゃん。一番大切な家族。私の為に全てを懸けて戦ってくれた人。その人と同じだけど違う人。お兄ちゃんの姿を重ねて、好きだと思っていた人。でも、そうじゃなかったんだ。

 

一緒に過ごした時間で、私はいつの間にかこの人自身の事を好きになっていたんだ。その事を自覚してしまった。そして、自覚してしまった以上、このままなにもしない訳にはいかなくなった。

 

「……イリヤとも、クロともしたんだ」

 

だったら、私も……爆発しそうな心臓にクラクラしながら、私は士郎さんに顔を近付けていった。

 

「……んっ……」

 

頭が真っ白になる。きっとイリヤもこんな気持ちだったんだろうなと、どこか冷静な心が告げる。そして多分、クロも……本当の意味で二人と同じ気持ちになった私は、そう理解する事ができた。

 

「……お休みなさい、士郎さん。大好きです」

 

今はまだ、面と向かって本人に言えない気持ちだけど、いつか言えたらいいな。そう思いながら、私は士郎さんにそう告げて静かに部屋を後にするのだった。心臓の音が、やっぱりうるさかった。




血は繋がってないからセーフ?
でも、年齢が問題だ。
限りなくアウトに近いセーフ。
いや、限りなくセーフに近いアウト?
もしくはただのアウト(笑)。
さてどれでしょう?

美遊が、プリヤ士郎に恋してると自覚しました。
今までは兄と重ねてましたが、これからは違う。
しかも、イリヤとクロは親友ですからね。
荒れますよ、これは。

クロ視点が中々入らないのはネタバレ防止です。
クロの今の状態とか、プリヤ士郎の秘密とか。
クロ視点はいつ入るのか、お楽しみに。

それでは、感想待ってます。


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姉妹 その壱

またお待たせして申し訳ない。
ハロウィンイベントのせいなんです。
再臨素材をできるだけ手に入れたくて。
そのお陰で、大分レベルが上がりました。

と、この辺にしておきますか。
それではご覧ください。


【士郎視点】

 

7月17日、月曜日。今日は海の日だ。イリヤ達の誕生日まであと3日。空は雲一つない快晴だ。そんな休日に、俺はイリヤ達の誕生日プレゼントを買おうとしていた。まあ、今日しかないしな。

 

色々と大変な問題が山積みの状態だけど、妹達の誕生日だけは兄として何よりも優先して祝わないといけない。そんな訳で、協会の刺客とか九枚目のクラスカードとかの事は、ひとまず忘れよう。

 

「いってきます」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

セラといつものやり取りをして、外に出る。昨日の一件については、2時間の正座とお説教で一応許してもらえた。もっとも、イリヤ達とのキスの事は黙っているけど。もしバレたら殺されるな。

 

そんな事を考えて恐怖に震えながら、俺は目的地である駅へと向かう。時間はまだ大丈夫だよな、と腕時計を確認しながら。待ち合わせをしているから、遅れないようにしないと。あと30分か。

 

「よし、大丈夫だな。15分前には着けそうだ」

 

待ち合わせをしている人達の事を思い出す。あの二人は性格的に、時間をしっかりと守りそうだ。特に一方は待ち合わせ時間よりも前から待っていそうだし、待たせないようにしないといけない。

 

「もう一方はもう一方で、待たせたら機嫌が悪くなりそうだしなぁ。考えるだけで恐ろしい……」

 

それに、今日あの二人を会わせるのは当人達には秘密にしているから、なおさら俺が遅れてしまうのはまずい。今日の事は元々、あの二人の微妙な距離を縮める事が目的だし。上手くいくかな……

 

「まあ、考えても仕方ない。なるようになるさ」

 

この時の俺は、あまりに暢気だった。この考えがどんなに甘い認識だったのかを、俺はこの後に嫌という程思い知る事になる。なんて言うと深刻な問題に聞こえるかもしれないが、そうじゃない。

 

世の中には、色んな家族関係があるって事だ……

 

…………………………………………………………

 

「桜」

 

「あ、先輩! こんにちは」

 

「ああ、こんにちは。悪い、待たせたか?」

 

「いいえ、私が早く来すぎただけですから」

 

待ち合わせ場所に着いてみると、やはりそこにはすでに待ち合わせ相手がいた。予想通りの相手、間桐桜が。改めて腕時計で確認してみると、待ち合わせ時間の15分前。何分前から居たんだ?

 

「さっき来たばかりですよ」

 

腕時計を確認する俺を見た桜が、クスクスと右手を口元に当てておかしそうに笑いながら言った。桜らしい、上品で女の子らしい笑い方だ。そんな仕草を見た俺は、なんだか照れ臭い気分になる。

 

「あ~……改めて、今日は悪いな桜。せっかくの休日を潰しちまってさ。本当に良かったのか?」

 

「はい、全然大丈夫です。特に用事もありませんでしたから。いつも先輩には色々お世話になっていますし、少しでも恩返しできたらなと、今日は張り切ってきました。なので、任せてください」

 

「そうか。なら、遠慮なく頼らせてもらうぞ」

 

「はい。頼っちゃってください」

 

むん、と両拳を胸の前で握って、おどけた感じに気合いを見せてくる桜。本当に良い娘だよなぁ、桜は。俺が気を使わなくていいようにしてくれてるんだろう。俺の方こそ、なにか礼をしないと。

 

「それで先輩、どこに行くんですか?」

 

「ああ、ちょっと待ってくれ。まだ……」

 

「お、お待たせ、衛宮君。って……え?」

 

「え……」

 

桜に、まだ待ち合わせをしている奴がいるという事を話そうとしたその時、その待ち合わせ相手が後ろから声を掛けてきた。その声を聞いた俺と桜は振り向き、彼女と桜がお互いを見て固まった。

 

「「……」」

 

もう一人の待ち合わせ相手、彼女は遠坂凛。二人はしばらくの間固まっていたが、やがて桜が無言で頭を下げた事で止まっていた時間が動き出す。再起動した遠坂が、俺の首根っこを掴んできた。

 

「ちょっと、これはどういう事よ衛宮君! なんで(あの子)がいる訳!? 説明しなさいよ! 今すぐに、速やかに、迅速に説明しなさい!」

 

「ぐうっ……! と、遠坂っ……絞まってる……首絞まってるから……頼むから落ち着いて……」

 

俺の首根っこを引っ張って引き寄せた遠坂は、桜に背を向けて小声で俺に尋問を開始した。前後にガクガクと揺すられ、首も絞まった俺はまともに声を出せない。堪らず、遠坂の手をタップする。

 

「……説明しなさい……!」

 

「げほ、ごほっ。と、遠坂。目が据わってるぞ」

 

なんとか首を放してもらえたが、俺を見る遠坂の目は冷静さを取り戻してはいない。返答を間違えたらどうなるのか、考えるのも恐ろしい。爆弾の処理をするような気分になりながら、説明した。

 

「さ、桜にも頼んだんだ。できるだけ多く、参考になる意見が欲しかったからな。前もって言わなかったのは悪かったよ。でも、別に良いだろ?」

 

「ぐっ……まあ、良いけど……」

 

「……あの、私邪魔でしょうか?」

 

「べ、別に邪魔じゃないわよ……」

 

俺の説明を聞いた遠坂は、苦虫を噛み潰したような表情で納得した。その表情を見る限り、心の中では納得していない感じだが。そんな遠坂の様子を察したんだろう。桜が気まずそうな顔になる。

 

だけど、そんな桜が言った言葉は否定する辺り、遠坂も本気で嫌だとは思っていないんだろうな。早速微妙な感じになる二人に、俺はこれからの事を考えてため息をつく。思ったより大変そうだ。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「……ええ」

 

「……はい」

 

ああ……二人ともさっきまでの笑顔が消えてる。お互いを見ないように視線を斜め下に逸らして、沈んだ声で俺の言葉に同意する二人。そんな二人に挟まれた俺は、無理やりに明るい声を出した。

 

「た、楽しみだなぁ。なあ二人とも」

 

「……そうね……」

 

「……そうですね……」

 

まったく同時に、暗い声で返事をする二人。息が合っているのかいないのか。早まったかなぁ? そんな二人を見た俺は、顔を引きつらせながら、内心でそう思わずにはいられなかったのだった。

 

「……それで、どこに行くの?」

 

「あ、ああ。電車で隣町まで行くぞ」

 

「隣町ですか?」

 

「ああ。イリヤ達に、どんなプレゼントを買うのかを見られる訳にはいかないからな。実は今日、イリヤ達も、この近くの店に新しい水着を買いに来ている筈なんだ。だから、念の為ってやつさ」

 

そう。だからこそ今日しかない。イリヤ達に用事がある今日こそ、イリヤ達に隠れてプレゼントを買うチャンスなんだ。他の日だと、前の森山の時みたいに尾行されてしまう可能性があるからな。

 

やっぱり誕生日当日までは、どんなプレゼントかは明かさない方が良いだろう。ベタだが、それがサプライズってやつだ。そんな俺の言葉を聞いた二人は、納得したように頷いた。よし、行こう。

 

…………………………………………………………

 

「さて、どんな物が良いと思う?」

 

電車で隣町にやって来た俺は、両隣にいる二人にそう聞いた。年頃の女子が喜びそうなプレゼントが分からないのは本当だったし、この二人の会話の切っ掛けになるかもしれないと思ったからだ。

 

「う~ん……予算はどれくらいあるの?」

 

「一応、イリヤの誕生日プレゼントの為に貯めてはいたんだけどさ……二人も追加されたからな」

 

だから今年は、セラに頼み込んで少し小遣いを前借りしてきた。その為の条件として、俺が家事をする当番の日を減らされたけどな。そう言うと、二人とも首を傾げた。まあ、変な条件だよな……

 

「あの、どうして家事を減らされたんですか? 普通、増やされるものだと思いますけど……」

 

「そうよね。その条件じゃあ、その人が苦労するだけじゃない。衛宮君にとっては得しかないし」

 

「……まあ、色々あるんだよ」

 

二人の言葉はもっともだ。普通なら、こんな条件はあり得ないだろうな。だけど、セラには十分にあり得る条件だった。そして、俺としてもあまり嬉しくない。俺達の奇妙な関係は説明が難しい。

 

「取り敢えず、一万五千円まで買える。小学生の誕生日プレゼントとしては、十分な額だと思う」

 

「……一人五千円か。まあ、十分かしらね」

 

「そうですね」

 

セラと俺の関係については説明を省き、俺は二人にそう伝える。二人の同意を得られた事で、ホッと安堵する。これでも足りないと言われたらどうしようかと思ってたからな。杞憂だったようだ。

 

「その予算を考慮すると……」

 

「やっぱり、可愛いアクセサリーなんかが良いと思います。ペンダントとか、ブレスレットとか」

 

「まあ、その辺りでしょうね」

 

「アクセサリー? う~ん、ちょっとイリヤ達には早すぎないか? まだ小学生なんだしさ……」

 

遠坂達の提案に、俺は少し眉をひそめる。だってそうだろ? そういうのは、もうちょっと大きくなってからの方が良いんじゃないか? 俺はそう思ったんだが、遠坂達は俺を見てため息をつく。

 

「衛宮君あなた、イリヤ達を子供扱いしすぎよ。あの子達だって、立派な女の子なんだからね?」

 

「そうですね。私もそう思います」

 

「うっ……そ、そうか」

 

遠坂は、心底呆れたという表情を隠しもせずに。そして桜は少しだけ困ったような表情になって。同時に俺の考えを否定した。例えまだ10歳だとしても、イリヤ達はもう立派な女の子なんだと。

 

俺としては、可愛いぬいぐるみとかが良いんじゃないかと思っていたんだが。そう言うと、二人は揃って首を横に振った。それは、あまりにも子供っぽすぎる、と。そうなのか。知らなかった……

 

「今時、それで喜ぶのは小学校低学年までくらいじゃないかしら。人によりけりだとは思うけど」

 

「私達を相談役にしたのは正解でしたね、先輩」

 

「うぅ……」

 

どうやら、俺一人だけで選んでいたらイリヤ達をがっかりさせていたらしい。面目ない。どうやら俺は、自分で思っていたよりもずっと、女の子の事をまったく分かっていなかったって事らしい。

 

「まあイリヤ達なら、衛宮君が選んでプレゼントしてくれた物ならなんでも喜ぶでしょうけどね。でも、心の底から喜ばせたいなら、本当に欲しい物をあげた方が良いって事よ。分かった?」

 

「わ、分かった……」

 

「ふふ。それじゃあ決まりですね。アクセサリーショップに行きましょう。あれでしょうか?」

 

桜が指差した先を見てみると、確かにそれっぽい感じの店が見えた。駅前にある結構大きな店だ。そこへ向かう俺達だが、周囲の視線が痛い。特に男達の視線は、もはや物理的な力があるようだ。

 

まあ、その気持ちは分かる。俺はそんな事を思いながら、両隣にいる二人をチラ見する。雰囲気は正反対だが、二人ともかなりの美少女だ。そんな二人に挟まれている俺が、どう見られるのか。

 

誤解なんだけどなぁ、とは思うけど、そんな事は彼らに分かる筈がない。俺は改めて、二人の様子を見てみる。遠坂はいつもの私服姿。赤い上着と黒いプリーツスカート。遠坂に良く似合ってる。

 

そして、桜も何度か見た事がある私服姿だ。薄紅色のカーディガンと、薄黄色のロングスカート。こちらも桜の大人しい雰囲気に良く似合ってる。これは睨まれるよな、と俺は納得してしまう。

 

だけど、そんな二人の雰囲気は、あまり良い感じとは言えない。最初に比べれば大分雰囲気が和らいだが、未だに二人の間には会話はない。俺には話し掛けるけど、お互いの事は見ようとしない。

 

間に俺を挟んでいる時点で、二人がお互いに距離を縮めようとしてない事は明白だった。これでは遠坂も呼んだ意味がない。内心で困り果てながら俺は、昨夜遠坂に電話をした時の事を思い出す。

 

クロの魔力供給を終え、セラの説教を乗り越えたその後の事。身も心も疲れ果てながら、俺は遠坂に電話した。クロの魔力供給を無事にやり終えた事を報告するついでに、今日の約束をしたんだ。

 

その時は機嫌が良さそうだったんだよな。なのに今はこんな調子だ。一体なんなんだろうか、この二人は。二人の様子を交互に見ていると、奇妙な事が分かった。二人の様子は微妙に違う感じだ。

 

桜はおどおどしながらも、時々こっそりと遠坂の様子を伺っている。遠坂に気付かれないように。そして、口を少し開いては閉じて、顔を伏せる。どうやら遠坂に声を掛けようとしているようだ。

 

さっきまではお互いに歩み寄ろうとしていないと思っていたが、どうも桜の方は違うらしい。どう声を掛けて良いのかが分からないという感じだ。その表情は、様々な感情が入り交じっていた。

 

この感じは、俺にも覚えがある。イリヤと初めて会った時、俺とイリヤもこんな様子だった。でもこの桜の様子は、その時の俺達よりもさらに複雑な感情を読み取る事ができた。これは、恐れか?

 

一方で遠坂の方は、桜の事を一切見ない。多分、桜の視線を感じている筈なのに。やはりこの二人にはなにか複雑な事情がありそうだ。二人の様子を観察してみて、改めてそう確信した。よし……

 

「あのさ……」

 

「……着いたわよ」

 

「え? ……あ、うん」

 

「入りましょうか」

 

意を決して遠坂に事情を聞こうとしたが、目的の店に到着してしまったらしい。くっ、タイミングが悪い。絶妙なタイミングで話を中断させられ、俺は話を続ける事ができなかった。う~ん……

 

「仕方ない、今はプレゼントを買うのが先だ」

 

「それが目的でしょうが。行くわよ」

 

そうだけど、そうじゃないんだよ。遠坂の言葉に心の中でそう返しながら、アクセサリーショップの中に入る。店内は外観の通りに広くて、様々なアクセサリーが並べられていた。これは凄いな。

 

「でも、やっぱり俺にはどれが良いのかさっぱり分からないな。一体、どれを買えば良いんだ?」

 

色々あるのは分かるが、女の子が喜びそうな物は分からない。品揃えが多いのも考えものだよな。俺のそんな言葉を聞いた二人は、それぞれ店内を見回して頷く。なにか良い考えが浮かんだのか?

 

「手分けして良さそうな物を探しましょう」

 

「それが良いと思います」

 

「わ、分かった」

 

そういう事になった。二人を仲良くさせる計画は後回しにするしかないか。遠坂が右側を、そして桜が左側を見て回る事になり、俺は適当に探してみろと言われた。そう言われた俺は、少し悩む。

 

「……遠坂、一緒に見て回ってもいいか?」

 

「え? ……まあ、いいけど……」

 

どうせだったら、遠坂に二人の事情も聞いてみた方が良いと思った俺はそう提案した。イリヤ達のプレゼント選びのついでだ。そんな訳で、遠坂と一緒に店内を歩いて、目についた物を手に取る。

 

「これは……うわ、一万円!? 高いな」

 

「そう? そんなもんでしょ」

 

適当に手に取ったペンダントの値段を見た時の、俺達の反応の違い。自分の知らない常識を、見せ付けられた気分になる。俺には見た目から値段が想像できない。地味目なペンダントだったのに。

 

「ペンダントなら、これとか安いわよ」

 

「……二千円か。確かにこれなら……」

 

「でも、色があの三人には合わないかもね」

 

「色、色か……」

 

そういうのも重要なのか。確かに、少し派手な色はイリヤ達には合わないかもしれないな。小学生だし、もっと目立たない感じの色の方がいいか。とすると、金属の鎖じゃない物が良さそうだな。

 

「あんまり大人っぽいのも駄目ね」

 

「まあ、そうだな」

 

その意見にも同意する。そうなると、この辺の物はやめておいた方がいい。この辺の物は少し大人向けのデザインが多いからな。イリヤ達よりも、遠坂と桜に似合いそうだ。っと、そうだった……

 

「……なあ、遠坂」

 

「なによ?」

 

遠坂と桜を思い浮かべた事で、もう一つの目的を思い出した俺は、少し躊躇いながらも遠坂に声を掛けた。次の棚のアクセサリーを見ながら。遠坂は視線を棚に向けたまま、気のない返事を返す。

 

「……遠坂と桜って、どんな関係なんだ?」

 

「っ!?」

 

完全に油断してたんだろう。棚に向けていた顔を勢い良く振り向かせ、遠坂は俺の顔を見てきた。遠坂はしばらくの間驚いた表情で固まり、やがて苦い表情に変わって俺の顔から視線を逸らした。

 

「……やっぱり今日、衛宮君はその為に私と(あの子)を呼んだのね? ……ったく、このお節介焼きが」

 

「悪い。なにか複雑な事情があるって事は前から分かってたんだけど。だけど、なんかさ……」

 

「……」

 

遠坂と桜が辛そうな顔してるから、と告げると、遠坂は軽いため息をついて表情を少し和らげた。そして、また視線を棚に戻して歩き始める。特になにかを見ている訳じゃなく、流し見している。

 

「……妹」

 

「え?」

 

俺の方を見ないまま、遠坂が小声で呟く。妹? その言葉の意味を聞こうとしたその時、再び遠坂は口を開いて俺に告げてきた。驚愕の真実を……

 

「妹なのよ、あの子。私のね」

 

「え……」

 

今、遠坂はなんて言ったんだ? 妹? 桜が? 誰の? 遠坂の? いや、待て待て。桜は慎二の妹だろ? 名字だって間桐だし。遠坂じゃない。でも、もしもそうなら遠坂と慎二も姉弟なのか?

 

「違うわよ。なんで私が慎二なんかと姉弟にならないといけないのよ。あの子は養子よ、養子!」

 

「ああ、そういう事か。でも、なんで?」

 

「……それは……」

 

「先輩、良さそうな物がありましたよ」

 

遠坂が明かした事実に納得して、いよいよ核心に迫ろうとしたその時、遠坂の前方から桜のそんな声が聞こえてきた。もう少しで事情が分かりそうだったけど、仕方ないか。まずはこっちからだ。

 

「どれだ?」

 

「こっちです」

 

「……ふう」

 

桜に案内されてその棚に向かう。そこには、綺麗なブレスレットが並んでいた。桜が示してくれた物は、確かにイリヤ達に似合いそうだ。地味目な色合いながらも飾りが可愛く、種類も複数ある。

 

「どうですか?」

 

「良いじゃない。あの三人に似合いそう」

 

「そうだな。それぞれに、違うデザインの飾りのやつを買えるし値段も手頃だ。これにするか」

 

値段は一つ3200円。どのデザインにするかは俺が選ぶ事になった。遠坂曰く、最後は俺自身が選ばないと意味がない、との事だった。その言葉には俺も同意見だったから、俺は少し考え込む。

 

「……よし」

 

「へえ。衛宮君にしては良い選択ね。あの子達にぴったりのデザインだわ。きっと喜ぶわよ」

 

「そうかな」

 

「はい、私もそう思います」

 

イリヤには五芒星を。美遊には六芒星を。そしてクロには、ハートの形の飾りを選んだ。選んだ形はそれぞれ、ルビーの形、サファイアの形、クロの服の形(英霊の時の)をイメージして選んだ。

 

遠坂はそれが分かっているらしく、そう言った。桜はそんな事は知らない筈だけど、単純に俺の選んだデザインを肯定してくれた。俺は二人に礼を言い、三つのブレスレットを手にレジに向かう。

 

「あ……二人は先に店を出ていてくれ」

 

「なんでよ」

 

「いや、ちょっとな。頼む」

 

「分かりました。そうします」

 

レジに向かう途中で、ある事を思い付いた俺は、二人を先に外に出した。そして二人が店を出る姿を見届けてから、ある場所へと向かう。そして、目的の物を選んでから、改めてレジに向かった。

 

…………………………………………………………

 

今日の目的である誕生日プレゼントを買った後、また電車で冬木の町に帰ってきた。空を見上げてみると、もう夕方らしく、赤くなり始めていた。腕時計を見てみる。結構時間が経ってたんだな。

 

「改めて、今日は本当にありがとな、二人とも。二人のお陰で、イリヤ達に喜んで貰えそうだ」

 

「どういたしまして」

 

「まあ、これくらいならお安いご用よ」

 

「それでさ、二人にもお礼をと思って……」

 

俺は改めて二人に礼を言ってから、さっき買った物を渡した。二人は驚いた表情を浮かべてから、顔を赤くしてそれを受け取った。そして店員さんに包んで貰ったそれを、二人は同時に開けた。

 

「これ……」

 

「……良いんですか?」

 

「ああ。気に入らなければ使わなくていいから」

 

「い、いえ! 凄く嬉しいです……」

 

「……ありがとう」

 

二人に渡したのは、遠坂と見ていたペンダント。先端の飾りがそれぞれに似合いそうな物を選んだつもりだ。遠坂には十字架。桜には花の形。二人は姉妹という事らしいから、飾り以外は同じだ。

 

「大切にしますね。それじゃあ、今日はこれで」

 

「私も……」

 

「あ、遠坂。さっきの話を……」

 

「ごめんなさい。その話は、また今度ね」

 

「あ……」

 

嬉しそうな笑顔を浮かべて、桜は帰っていった。その姿を見送った俺は遠坂に向き合ったが、遠坂はそう言って足早に去っていった。深く関わって欲しくないという事か。あの二人が姉妹、ね……

 

「う~ん……計画失敗、なのかな、これは」

 

まあ、一歩前進したと思っておくか。俺は前向きにそう思う事にした。あまりしつこく聞くと益々意固地になるかもしれないし。今日のところは、二人の関係を聞けただけでよしとしておこうか。

 

また次の機会がある。去っていく遠坂の後ろ姿を眺めながら、俺はそう思った。そして、遠坂とは反対方向に歩き出した。イリヤ達が待っている、我が家へ。この手に妹達のプレゼントを持って。




クロの服装ですが、腹出しの部分は原作の服と同じ感じのデザインだと思ってください。

そして、タイトルを見れば分かると思いますが、凛と桜の姉妹の話はまた続きます。
桜も原作とはまた違う関わりになる予定なので、この二人のイベントもお楽しみに。

それと最後に、海の日の日時は今年、2017年の日にちを採用しています。
fateの原作と同じなら2002年? ですけど、明確な年数は分からないので。
何故なら、2002年だとイリヤ達の誕生日の日が海の日になってしまうからです。
それでは困るのでこうしました。

それでは、感想を待ってます。


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兄妹

また遅くなりまして……
クリスマスイベントとダウンロード記念が……

なんて言い訳は置いておいて、続きをどうぞ。


【士郎視点】

 

「……はあ……」

 

「む、どうした衛宮。悩み事か?」

 

「……まあ、ちょっとな……」

 

7月18日、火曜日。イリヤ達の誕生日まであと2日に迫っているこの時。俺は自分の席で、深いため息をついていた。そんな俺の様子を心配したのか、親友である柳洞一成が声を掛けてきた。

 

「なにがあったのだ?」

 

「……」

 

本気で俺の事を心配してくれてるのは分かったんだが、俺はこの悩みを打ち明ける事を躊躇った。何故ならこれを深く説明すると、俺の今一番隠したい秘密を話す事になるからだ。それは駄目だ。

 

「……えっと、ちょっと妹と喧嘩をな」

 

「なに? 衛宮がか!?」

 

深く深く黙考して、話せる範囲で話す。すると、一成は信じられないという顔をして驚いた。まあそうだろう。俺は今まで、妹であるイリヤと喧嘩した事は一度もない。それはかなり有名な話だ。

 

一成も当然それを知ってるから、こんな顔になるのは仕方ない。そんな一成の反応に、俺は苦笑を返す事しかできない。これは少し言葉を間違えたかもしれないな。でも、どう説明すればいいか。

 

「まあ、喧嘩っていうか、ちょっとだけ気まずくなってるというか……詳しくは話せないんだよ」

 

「むう……」

 

この説明で納得できる筈もないだろうけど、俺はこれ以上の事は話せなかった。そんな俺の返しに腕を組み、渋面で唸る一成。それを見て心苦しくなりながら、俺は今朝の事を思い出していた……

 

…………………………………………………………

―1時間ほど前―

 

「ふぁ~……おはよう」

 

「おはようございます、イリヤさん」

 

「ふっ、毎朝毎朝起きるのが遅いわね」

 

「うるさいなぁ、クロだって最初の内は遅かったでしょ。しかもお兄ちゃんのベッドで寝てたし」

 

「あれは、かなり早く起きて潜り込んでたのよ」

 

「二度とさせないからね?」

 

毎朝行われるそんなやり取り。イリヤは、クロといつものように言い合いながら自分の席に座る。もはや日常になっているそんな光景を見て笑みを浮かべながら、俺もイリヤに朝の挨拶をした。

 

「おはよう、イリヤ」

 

「っ!? うっ、うん! おはようっ!」

 

ところが、俺が声を掛けたその瞬間、イリヤは顔を真っ赤にして固まってから、ぎこちない返事をして顔を逸らした。その顔はまだ真っ赤のまま。あまりの過剰反応に、俺は固まってしまった。

 

「……イリヤ?」

 

「なっ、なに!?」

 

「……いや、なんでも……」

 

駄目だ。俺が声を掛けると、イリヤはかちこちに固まってしまう。そんなイリヤの不審な様子に、セラが首を傾げて俺に視線を向けてくる。その目は『一体なにをしたんですか?』と言っている。

 

それに俺は、『いや、俺にもなにがなんだか』と返すけど、次の瞬間に思い至った。一昨日、俺はイリヤとキスをしてしまった。完全に事故だったんだが、確かに口と口のキスをしてしまった。

 

昨日はイリヤと直接話さなかったから、この事態に気付けなかったんだ。だけど、セラにキスの件(それ)を説明する事は、俺の死を意味する。結局俺は、適当に笑って誤魔化す事しかできなかった……

 

どうすればいいのか分からなくて、俺はイリヤと気まずい空気のまま朝食を食べ、学校に行く時間になった。いつものように一緒に学校に行く事になったけど、やっぱりイリヤは俺の顔を見ない。

 

「……」

 

「まったく、キス程度で大袈裟なのよ」

 

「なっ!? クロ、お前……!」

 

「っ!?」

 

俺達の様子をずっと見ていたクロが、軽いため息をついてからとんでもない言葉を言った。それを聞いたイリヤは顔を再び真っ赤にして走り去ってしまった。呼び止める事もできない程の速さだ。

 

「さすがだな……」

 

イリヤの足の速さを知っている俺は、思わずそう言っていた。見る見る遠ざかっていく背中は、角を曲がって見えなくなる。やっぱり一昨日のキスが原因だという事は分かったけど、どうしよう。

 

「クロ、あのな……」

 

「ふう。そんなに深刻に考える必要はないわよ、お兄ちゃん。あの子はただ照れてるだけだから」

 

あまりイリヤをからかうのはやめろ、と言おうとすると、クロは再び軽いため息をついてからそう言ってきた。そんなクロの言葉に、俺は少し目を見開いた。照れてる、だって? どういう事だ?

 

「どうせお兄ちゃんの事だから、イリヤは大切なファーストキスをお兄ちゃんに奪われて怒ってるとか思ってるんでしょう? どう? 違う?」

 

「違うのか?」

 

「もう……!」

 

クロの言葉は、今まさに俺が考えている事だったんだけど、クロは呆れた表情を浮かべて怒った。イリヤの為に怒るその姿は、まるで姉のようだ。なんて言ったら、きっとイリヤは怒るだろうな。

 

「お兄ちゃんが考える事は大抵違うから、深刻に悩む必要はなし。特に女の子の事はね。あの子の事は、私に任せて。という訳で、先に行くわね」

 

「あ、クロ! ……クロも速い……」

 

言いたい事を言って、クロはイリヤの後を追って走り去る。その速さはイリヤに負けず劣らずで、あっという間に見えなくなった。それにしても、俺が考える事は大抵違うって、酷い言い草だ……

 

「……学校、行くか……」

 

イリヤの態度とクロの言葉に少しへこみながら、俺は気を取り直して学校へと向かう。とぼとぼと歩く俺の姿は、周囲にはどう見えてるんだろう。そんな微妙に情けない事を考えていた時だった。

 

「あっ……!」

 

「ん?」

 

前方から、驚いたような声が聞こえてきたのは。その声に反応して、俯いていた顔を上げてみた。するとそこには、ここ最近でもう随分と見慣れた女の子がいた。何故か固まるその子に挨拶する。

 

「美遊、おはよう」

 

「っ! お、おはようございます士郎さんっ! えっと、その……わ、私……し、失礼します!」

 

「え、美遊? ちょっと待っ……速っ!」

 

ところが、俺が挨拶をした瞬間、美遊は真っ赤になって逃げるように走り去ってしまった。その姿はまさしく、脱兎のようだった。あまりにも訳が分からないその反応に俺はポカンとしてしまう。

 

なんなんだ、今のは? イリヤとクロに勝るとも劣らない速さはさすがという感じだが、意味不明すぎて首を傾げるしかない。呼び止めようとして伸ばしていた右手を、空しい気分で下げた時……

 

『おい、見たか今の?』

 

『ああ。衛宮の奴、女子小学生に逃げられたぞ』

 

『しかも、顔を真っ赤にしてたな』

 

『おいおい、一体なにをしたんだよあいつ……』

 

『あんな小さくて可愛い子に……』

 

『俺知ってるぞ! あの子、確か衛宮の妹の友達だよ。前見た時は、あの可愛い妹と一緒に……』

 

『ロリコン……』

 

『ロリコンだ……』

 

『シスコンの上にロリコンか……』

 

『ロリコン&シスコン……』

 

「なっ!? ち、違う!」

 

周囲にいた登校中の同級生に、とんでもない誤解をされてしまっていた。慌てて誤解を解こうと声を張り上げるが、時すでに遅し。俺を見る同級生の視線は、最低の変態野郎を見る目付きだった。

 

『よし、言いふらそうぜ!』

 

『『『おーっ!』』』

 

「待て! 待ってくれ!」

 

必死に呼び掛ける俺の叫びは、ただ空しく周囲に響き渡るだけだった。どうしてこうなったんだ。色んな事が起きすぎて、上手く処理しきれない。イリヤの事だけでも悩んでいるっていうのに……

 

「この上、美遊の謎の反応とロリコン&シスコン疑惑。誰かに相談する事もできないだろ、これ」

 

まあ、噂の方はまだいい。大変不本意な事だが、前から似たような噂はあったからな。俺の気分の問題を無視すれば、今までよりも少しだけ過ごし難くなるだけだ。うん、そう思う事にしよう。

 

それよりも、問題は美遊だ。あの謎の反応は一体どういう事なんだろうか? 学校へと向かう足を止めずに、深く考えてみる。すると一つだけ思い当たる事があった。それは今の俺の悩みの元……

 

「イリヤとのキスか……?」

 

イリヤとキスをしてしまった時、その場面を美遊に見られてしまっていた。あれを見た美遊はどう思っただろうか? まさかとは思うが、美遊も俺をシスコンだとか思っていたりしないだろうか。

 

「いやいや、まさか美遊がそんな……」

 

そうは思うが、絶対ないとは言い切れない。前にイリヤとキスをしてたと誤解された時も、美遊に冷たい目で見られた事があるし。寝惚けたイリヤにキスをされそうになって、後ろ姿を見られた。

 

「くっ……!」

 

あの時の事を思い出して、軽く死にたくなった。あの時は完全に誤解だったが、今回は本当にキスしてしまったし。いや、事故だったんだけど! 心の中でさえ言い訳してしまう自分が情けない。

 

「もしくは……」

 

女の子にとって、ファーストキスは特別だ。美遊だってそう思っているだろう。だから、イリヤの大切なファーストキスを奪ってしまった俺に複雑な感情を抱いてる可能性もある。これはまずい。

 

「早く、なんとかしないと……」

 

怒ってるのか? 軽蔑はされてないと思いたい。美遊は優しい子だから、親友のイリヤの為に俺に怒っている可能性は高い。そうだとすると、一刻も早く謝るしかないな……イリヤにも美遊にも。

 

俺は、そう結論付けたのだった。さっきのクロの言葉を信じるならそんな俺の考えは間違っていたんだが、この時の俺には分からなかった。これが皆に鈍感と言われる最大の理由だという事も……

 

…………………………………………………………

―現在に戻る―

 

とまあ、これが今の俺の悩みの元だ。こんな悩み一成に相談できる訳がない。妹とキスしたなんて誰かに聞かれたらどうなるのか。ただでさえ今はロリコン&シスコンの噂が広がってるだろうに。

 

「……考えるだけで恐ろしいな……」

 

「?」

 

その光景を想像してしまった。その瞬間、きっと噂は噂でなくなり、真実となってしまうだろう。戦慄混じりに呟いた俺の言葉に一成が首を傾げるがそんな事に構っている余裕は俺にはなかった。

 

「本当に大丈夫か、衛宮?」

 

「えっと、まあ大丈夫だ。多分……」

 

本当は大丈夫じゃないけど、こう言うしかない。だけどこれは、今はどうしようもない事だ。家に帰ってから、イリヤに謝るしかないんだからな。俺はそう思う事にして、暗い気分を切り替える。

 

「そうだ、一成」

 

「どうした?」

 

「明後日から夏休みだろ?」

 

「そうだな。それで?」

 

「ああ、それでなんだけどさ……一成は明後日になにか予定があったりするか? 家の用事とか」

 

「いや、特になにも無いが」

 

「そうか。それならさ、悪いんだけど俺の用事に少し付き合ってくれないか? 海に行くんだが」

 

「海? 夏休み初日にか?」

 

気分を切り替えた時、一成に頼みたい事があった事を思い出した。そう、それは妹達の誕生日の時の引率。イリヤ達だけじゃなく、その友達数名も参加する事になったからな。俺だけでは少ない。

 

「7月20日は、イリヤの誕生日だろ? それで今年は海で誕生会をする事になったんだが……」

 

俺は、一成に説明した。イリヤだけじゃなくて、クロと美遊の誕生日祝いも兼ねている事。そしてイリヤの友達も参加する事。俺の話を聞いた一成はやはり快く承諾してくれた。本当に良い奴だ。

 

「急な話ですまないな。ここ最近、色々と厄介な問題が続いてさ。まあ、もう解決したんだけど」

 

これは半分は本当で、半分は嘘だ。色々と厄介な問題が続いたのは本当なんだけど、まだ解決した訳じゃない。だけど、この問題は魔術の事が関係しているから、一成に説明する事はできない。

 

「なに、構わんさ。衛宮にはいつも生徒会の雑務を手伝ってもらっているからな。その恩返しだと思えば、この程度の事は引き受けて当然だろう。それに妹を大切にするのは良い事だと俺は思う」

 

「一成……」

 

俺は、一成の言葉に胸を熱くする。危うく、涙を流しそうになった程だ。最近、周囲にはシスコンだと冷たい視線を向けられてきたからな。だからこそ余計に、一成のこの言葉は嬉しかったんだ。

 

「ありがとう、一成」

 

「ふっ。毎年、妹の誕生日を祝っていただろう。最近はそんな事をする奴は、中々いないと聞く。世間の目や自分の体裁などの為にな。しかし家族を大切にするのは間違った事ではない筈だろう」

 

「そうだな」

 

「俺は、そんな衛宮を好ましく思っている。その手伝いができるのなら、俺としても嬉しいさ」

 

「……」

 

感謝で言葉が出ないとはこういう事を言うんだと俺は知った。そうだ、俺は間違っていない。家族を大切にする事は、決して間違いなんかじゃないんだから。一成の言葉で俺は改めてそう思った。

 

…………………………………………………………

 

「ただいま」

 

一成との朝の会話から時は流れ、俺は自分の家に帰ってきた。あれから、当たり前のように噂の事で大変だったがそれは割愛する。今はそれよりも大切な事があったし、気にしないと決めたから。

 

一成の言葉で改めて自分の信念が間違っていないと確認できたし、このままイリヤの問題を放っておいたら大切な誕生会が台無しになってしまう。なによりもイリヤ達の心からの笑顔を見る為に。

 

「今日中に許してもらって、明日は美遊だ」

 

まず、イリヤはもう帰ってきているのかと玄関の靴を確認する。セラ達に聞かれる訳にもいかないからな。そこにある靴は、小さな物が3つだけ。どうやらセラ達は出掛けてるらしく、好都合だ。

 

「だけど、3つ? イリヤとクロで2つだから、友達が来てるのか? ……待てよ、もしかして」

 

ある可能性に思い当たり、俺は慌てて靴を脱いでリビングを目指した。扉を開くと、そこには……

 

「あ、お兄ちゃん。お帰り」

 

「「あ……」」

 

「やっぱり、美遊だったか」

 

その可能性が一番高いから、当たり前ではあったんだけど、今は美遊もイリヤと同じように俺とは気まずい感じになっていたから少し意外だった。現に、俺の姿を見た二人は気まずそうにしてる。

 

クロだけはいつも通りで、俺から顔を逸らす二人を見て軽いため息をついた。そして、二人の背中を軽く押して俺の前に立たせた。どうやら、俺とちゃんと話せとイリヤに学校で言ってたらしい。

 

「ほら、早くしなさいよ」

 

「わ、分かってるけど……」

 

「美遊も、ほら! なんで美遊までそんな状態になってるか知らないけど。ホントめんどくさい」

 

「う……」

 

「待て。美遊の方は、クロも知らないのか?」

 

「知らない。だって美遊が話さないんだもん」

 

クロの話によると、イリヤと今回の件を話してる最中に美遊の様子がおかしい事に気が付いたが、美遊はなにも言わなかったらしい。それでも俺の事が関係していると察して、連れてきたらしい。

 

「イリヤのついでって事で丁度良いでしょ?」

 

「まあ、俺も美遊と話したかったけどさ……」

 

確かに、丁度良いと言えば良いのかもしれない。明日話す予定だったけど、明日美遊に会えるとは限らない訳だし。今の美遊は、向かいに住んでるという訳じゃないからな。その事を考えると……

 

「うん、これで良かったかもな」

 

「でしょ? 明後日にはもう誕生会だし」

 

「……だよね……」

 

「……うん……」

 

クロの言葉を聞いたイリヤと美遊が、沈んだ顔で同意する。俺としても、その意見に同意だった。どうやら全員が同じ考えらしい。俺は改めて二人に向き合い、二人も俺の顔を真っ直ぐ見てきた。

 

「イリヤ、あのさ……」

 

「お、お兄ちゃん。私……」

 

「な、なんだイリヤ?」

 

「お兄ちゃんこそ……」

 

まずはイリヤに謝ろうと思って話し掛けたけど、イリヤと言葉が重なってしまった。タイミングが完全に同時だった。こういう所はさすが兄妹って感じだけど、今は困る。余計に気まずくなった。

 

「もう! じれったいわね!」

 

「「う……」」

 

呆れたようなクロの叫びに、俺とイリヤが同時に気まずい声を出す。こういう悪い所も、俺達兄妹は良く似ていると言えるだろう。重要なのは血の繋がりではなく一緒に過ごした時間だと分かる。

 

「イリヤ」

 

「わ、分かってるってば! 今言うから」

 

「いや、俺から言う」

 

「え?」

 

「でもお兄ちゃん。ちゃんと分かってる?」

 

「そのつもりだ」

 

「……ホントに?」

 

くっ、クロが全然信用してないって顔をしてる。朝の事といい、クロの中の俺の評価って一体? そう思ってしまうが今は気にするな。軽い咳払いをして気を取り直し、イリヤの顔を見つめる。

 

「イリヤ……」

 

「はっ、はい!」

 

「ごめん!」

 

「……え?」

 

「……もう……」

 

「士郎さん……」

 

あれ? なんだこの反応? 俺がイリヤに謝った瞬間、緊迫していた空気が悪い感じに弛緩した。イリヤは訳が分からないという顔をしているし、クロは額に手を当てて呆れてる。美遊も同じだ。

 

「な、なんで謝るの?」

 

「いや、なんでって……大切なファーストキスを俺に奪われて怒ってるんだろ? だから……」

 

「……」

 

「だから違うって言ったでしょうに……」

 

「イリヤ……」

 

俺が理由を説明したら、イリヤはガックリと肩を落として俯いてしまった。そして、クロと美遊がそんなイリヤに同情の視線を向けた後、俺の事を視線を細くして睨んできた。いや、なんでさ……

 

「……ぷっ……」

 

「ふふふ……」

 

「ホントに、お兄ちゃんってば……」

 

しばらく沈黙が場を支配したが、やがてイリヤ達は肩を震わせて笑い始めた。その笑い声は呆れたような響きを含んでいて、さっきまであった軽い不満が消えていた。一体、どうしたんだろうか。

 

「本当に、お兄ちゃんって感じだね」

 

「まったくよ。呆れを通り越して感心するわね」

 

「士郎さんらしいと思う」

 

おい。なんか良く分からないが、絶対誉められてないだろ。だけど、さっきまで場を支配していた気まずい空気が消えている。イリヤもクロも美遊も全員が笑顔だ。俺は訳が分からないけどな。

 

「なんかもう、真剣に意識するのが馬鹿馬鹿しくなっちゃったよ。すっごく恥ずかしかったのに」

 

「まあ、こうなる気はしてたけどね」

 

「私も」

 

「なんなんだよ、皆して。説明してくれよ」

 

イリヤ達だけ納得して、完全に元に戻られるのは俺がスッキリしない。だけど3人は俺の顔を見て笑みを浮かべ、また笑い続ける。どうやらイリヤ達の中では、もう全て解決してしまったらしい。

 

「もういいよ。気にしない事にしたから」

 

「真剣に考えるだけ無駄だしね」

 

「いや、でもさ……そうだ、美遊は?」

 

そう言われても中々納得できない俺は、謎の反応をしていた美遊に問い掛ける。イリヤ達の心情は分からなくなってしまったが、まだ美遊がいる。この後は、美遊にも謝る予定だったんだけど……

 

「う~ん……私も、もういいです」

 

「いやいや、そんな……」

 

「はいはい、この話はもうおしまい」

 

「美遊、せっかくだから今日も泊まる?」

 

「……そうだね。そうしようかな」

 

「待ってくれ。せめて詳しく説明を……」

 

俺の抗議は、空しく響いた。俺を無視して、3人はイリヤの部屋に上がっていく。その様子は非常に仲が良い姉妹のようだったけど、残された俺はまったくスッキリしない。俺の手が宙をさ迷う。

 

「……なんだったんだ、一体?」

 

俺の方こそ、今日1日の悩みを無駄にされた気分だった。こうして、訳が分からない内に始まった妹との気まずい空気は、訳が分からないまま終結してしまった。俺の心の、モヤモヤを残して……




プリヤ士郎の鈍感さは、ラノベ主人公並み。
意識して気まずくなるのも馬鹿馬鹿しい。
イリヤ達はそういう結論になりました。
ちなみに美遊はこの後、イリヤ達に話しました。
その描写は割愛する事にしましたが。

いや、オリジナル話は難しい。
改めてそれを実感しました。
前回もそうでしたが、中々筆が進まない。

と、愚痴はここまでにして。
感想を待ってます。


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その素晴らしい命に祝福を

またしても遅れてしまった…… 
いやはや、申し訳ない。
言い訳は例によって後書きで。

それではどうぞ。


【士郎視点】

 

「うん、良い天気だ」

 

「そうだな。良かったではないか」

 

「ああ、本当に良かった。なにしろ今日は……」

 

「来た来たキター! キタよコレー!」

 

「ほ、ほんとにやるのこれっ!?」

 

「当たり前だ! なんの為にこの前イメージ練習したと思ってる! 今日この日の為だろう!」

 

「海だーッ!」

 

「タッ、タツコが決め台詞を先走ったよ!?」

 

「台無しだ! 台無しだ!」

 

「ええい、もう構わん! 予定通りいくぞー!」

 

「ちょっと待ってそんなすぐに服脱げな―――」

 

「海だ……ッ!」

 

「ぶぼら」

 

「きゃーっ!?」

 

「タッツンが車にはねられたーッ!?」

 

イリヤ達の誕生日なんだから、と続けようとした俺の言葉は、その妹達の声にかき消された。俺と一成が話してる間に駆け出していくイリヤ達は、大変な事になっていた。俺はしばらく固まり……

 

「……だ、大丈夫かっ!?」

 

こうして、いよいよやってきたイリヤ達の誕生日は波乱の幕開けになったのだった。慌ててイリヤ達の元に駆け寄りながら、俺はまた大変な1日になると確信して心の中で盛大なため息をついた。

 

…………………………………………………………

 

「まったく……いいか皆。道路に飛び出すなんて二度とやっちゃだめだぞ? 分かったな?」

 

「怪我がなかったのは奇跡だな」

 

「「「ごめんなさい」」」

 

「ひと夏の過ちってやつね……」

 

結果を言うと、轢かれた子は無事だった。イリヤの友達曰く、『受け身だけは天才的』だそうだ。見ていたこっちは、心臓が止まりかけたけどな。イリヤ達が謝る姿を見て、俺はやっと安心した。

 

そして、肩に担いでいたビーチパラソルを砂浜に設置する。その最中に、一成の事を聞かれて紹介したりして時間は流れていった。その後は一成と二人、イリヤ達が遊ぶ姿を眺めながら過ごす。

 

「……楽しそうだな」

 

「うむ。連れてきた甲斐があった、か?」

 

「ああ、そうだな。イリヤ達にはいつもあんな風に笑っていて欲しいからな。あの笑顔が見られるなら、俺はなんだってできる気がするよ。イリヤの兄になったあの日から、ずっとそう思ってる」

 

「衛宮らしいな」

 

「自分でもそう思うよ」

 

兄として。あの日からずっと、俺の根幹になっているその在り方。今ではこれが当たり前で、最近はその対象が増えてしまった。あの春の日の事。謎の夢とカードに導かれた俺は美遊に出会った。

 

そしてさらに時は過ぎて、イリヤの中にいたもう一人のイリヤ、クロに出会った。大切な妹が三人に増えたけれど、この在り方は変わっていない。いや、むしろ昔よりも強くなった気さえする。

 

やっぱり、実際に守らなければならないような事が起こっているからだろうか。ただ漠然と思っていた昔とは違って、今は色々と危険な事件が連続して続いている。それらを思い出して、俺は……

 

「……絶対に、守ってみせる

 

「なにか言ったか?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

改めて決意し、小声で自分に言い聞かせた。妹達のあの笑顔を必ず守ると。それは、誓いだった。どこまでも独善的な、兄である自分に向けた……そんな事を考えていると、なにか騒がしい声が。

 

「なんだ?」

 

「む? 衛宮の妹達が、誰かと話しているぞ」

 

「あれは……! すまん一成。行ってくる!」

 

一成の言葉で、波打ち際にいるイリヤ達に視線を向けた俺は、その人物に目を見開いた。そして、慌ててイリヤ達の元に駆ける。何故ならその人は俺の記憶に危険な人物として刻まれていたから。

 

「バゼット・フラガ・マクレミッツ!」

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

「貴方ですか……」

 

そう、それは俺達にとってまだ記憶に新しい敵。魔術協会からやって来た刺客、バゼットだった。俺はイリヤ達の前に立ち塞がり、バゼットを鋭く睨み付ける。右手にはアーチャーのカードを……

 

「……って、その格好は?」

 

だけど、冷静になってバゼットの格好を見た俺は固まってしまった。何故なら今のバゼットは……

 

「……貴方もそういう反応をしますか。しかし、安心してください。ここで貴方達と戦うつもりはまったくありませんから。何故なら今の私は……ただの、アイスキャンディー屋さんですから!

 

『『『……なにそれ』』』

 

きっとこの時、俺達全員の心は一つになっていただろう。俺はそう確信した。『あの』バゼットの口から出てきたその単語を、誰一人理解する事ができなかった。あまりにも意味不明すぎるだろ。

 

「……実は先日の戦闘行為で発生した被害の修繕費用なのですが、何故か協会を素通りして私の所に請求が来まして……それによってカードを止められて、路銀も完全に尽きてしまいました……」

 

「「「……」」」

 

ルヴィアだ。絶対ルヴィアの仕業だ。バゼットの話を聞いた俺達は、きっと全員が同じ事を思ったに違いない。確かこの前、そんな事を言っていたような気がするし。まさか、本当にやるとは……

 

「―――ですが、大した問題ではありません」

 

俺達がルヴィアの陰湿な仕返しに呆れていると、バゼットが自信満々に話を続ける。いや、かなり大した問題だろそれ。バゼットへの敵意も忘れて俺は心の中で全力でつっこんだ。なんでさ、と。

 

「金など、日雇いの仕事(バイト)で繋げばいい。その気になれば、道端の草でも食べられるのですから!」

 

食べるなよ、そんな物。食に関しては一家言ある俺はバゼットの発言にそう思わずにいられない。なんだかなぁ……この人、放っておくと、かなりダメっぽい感じがひしひしと伝わってくるぞ……

 

この前の時と、全然キャラ違くない!?

 

状況も言動も……心なしか顔つきまでダメっぽく見えるよ……

 

これが封印指定執行者……?

 

バゼットの様子を見ていたイリヤ達も、小声でそんなやり取りをしている。やっぱりそういう風に見えるよな。小学生にまでそんな感想を抱かれるとは。最早大人として終わってるのではないか?

 

「……とまぁ、そういう訳ですので。一本三百円になります。お買い上げありがとうございます」

 

いや、それは幾らなんでも約束された観光地価格(ボッタクリ)すぎるだろ! しかも、強制だしさ!? 強制的にアイスキャンディーを押し売りされてしまった俺は、仕方なくバゼットに1500円を渡した。

 

「……? 一本分多いですよ?」

 

「……俺が二本買うからいいんだよ」

 

「……お買い上げありがとうございます」

 

「……またお兄ちゃんがフラグを……」

 

「まったく、女に甘すぎなのよ」

 

「士郎さんらしいけどね……」

 

くそ、こういう人を放っておけない自分の性格が憎い。これで今月は極貧決定だ。いや、イリヤ達のプレゼントを買う為にセラから小遣いを前借りしてるから、来月も同じだった。泣いてないぞ。

 

こうなったら、俺もバイトをするしかないか? でも、バイトをしてる間にイリヤ達が危険な目に遭ったらどうしよう。う~ん、こうなったら最終手段、セラの肩を揉んだりして機嫌を取るか?

 

それでもダメだったら、本当の最終手段を使う事になってしまうかもしれない。これだけは絶対にやりたくないが、イリヤ達の安全の為なら。心の中でそんな事を考えながら、アイスを受け取る。

 

「ほら、イリヤ」

 

「あ、うん」

 

「って、お兄ちゃんは戻らないの?」

 

「俺はちょっと、まだ用があるから」

 

「……バゼットにですか?」

 

「ああ。だから先に戻っててくれ」

 

バゼットから受け取った五本のアイスのうち三本をイリヤに渡して、俺は三人にそう言った。その言葉を聞いた三人は何故か不満そうな顔になっていたんだけど、一体なんでだったんだろうか?

 

特にイリヤとクロは、なんの用なのかとしつこく聞いてきたし。いつもなら二人を止めてくれる役の美遊も、何故か止めてくれなかった。イリヤ達の追求をなんとか躱わして、深いため息をつく。

 

「やっと行ってくれたか……」

 

「それで、私になんの用ですか?」

 

「ああ、そうだった」

 

バゼットの言葉で気を取り直した俺はバゼットと正面から向かい合う。そして静かに口を開いた。

 

「クラスカード回収任務はまだ続いてるのか?」

 

「ええ、当然です」

 

「……そうか。なら、一つ言っておく」

 

「……なんでしょう?」

 

「もう二度とイリヤ達に手を出すな。どうしても狙うなら、まず俺から狙え。俺を倒せば、自動的にアーチャーのカードが手に入る。お前の目的を考えれば、俺を狙う理由がある筈だ。違うか?」

 

「……そうですね。しかし……足りませんね」

 

「足りない?」

 

「交換条件が、です。貴方は強い。先の戦いで、それは良く分かりました。まずは弱い者から狙うのが戦術の基本です。その点を踏まえると、彼女達から狙うのが私としては楽です。でしょう?」

 

「……」

 

「それに、私にはまだあの呪術が掛かってます。その気になれば痛覚は無視できますけど、切り札であるフラガは封じられたままです。あの呪術の対象である貴方は、私の天敵足り得るのですよ」

 

「……」

 

バゼットの言葉は、まさにその通りだった。俺は反論できずに、口をつぐむ事しかできなかった。つまりバゼットにとって、俺は狙う理由はあってもなるべくなら相手にしたくない敵という事だ。

 

「ですので、貴方の提案を受け入れるメリットを提示してください。貴方は一体、私になにをしてくれるのですか? まずそれを言ってください」

 

「……弁当……」

 

「……?」

 

「道端の草を食べるって言ってただろ? そんな物を食べても、栄養が足りない筈だ。そうなると体のコンディションが悪くなるだろうし、九枚目のクラスカードと戦う時に困るんじゃないか?」

 

「……確かにその通りですね。それで?」

 

「それで、俺がお前に毎日三食分の弁当を作る。栄養もちゃんと摂れるやつを。これでどうだ?」

 

「……成程。悪くない条件です。良いでしょう。提案を受け入れ、まずは貴方と戦う事にします」

 

「よし。じゃあ会う場所を決めよう」

 

月海原(つくみはら)公園でどうですか?」

 

「分かった。朝は7時、昼は12時、夜は午後の7時に持って行くから、そこで待っていてくれ」

 

「分かりました」

 

これでいい。バゼットの性格からして、イリヤ達から狙うような事はないだろう。これでイリヤ達の安全は確保できた。後は俺がバゼットに勝てば完璧だ。もう二度とあんな事にはならない筈だ。

 

それに、やっぱり放っておけなかったしな。道端の草を食べさせるなんて、料理好きとして絶対にさせたくなかった。俺の心の平穏の為にも、この条件はベストだったと言えるのかもしれないな。

 

…………………………………………………………

 

「よし、全員揃ってるな。それじゃあそろそろ、会場に移動するとしようか。着いてきてくれ」

 

バゼットとの話を終えて皆の所に戻ってきた俺はそう切り出した。だけどイリヤの友達たちは今日の目的を忘れてたらしく、俺の言葉に首を傾げてしまう。それを見たイリヤは、涙目で抗議する。

 

「流石に泣くよ、私!」

 

いや、もう半分泣いてるだろ。そうは思ったが、声に出すのはやめておいた。流石にイリヤが憐れすぎるから。そんなイリヤの必死の訴えでやっと思い出したらしいが、言われた二人は嘆息する。

 

「だがイリヤ、自分から『誕生日を祝ってくれ』とか言うのもどうかと思うぞ、私は……なあ?」

 

「うむ。そんなはしゃぐ歳でもあるまいし」

 

「う……うわあああーん!」

 

「えっと……まあそんなに落ち込むなよイリヤ。店は俺がちゃんと予約しておいたからさ。あまり大したもてなしはできないが、ささやかな誕生会をやろう。だから、ほら。元気を出してくれよ」

 

「うぅ……ありがとうお兄ちゃん……」

 

「むっ……ずるいわよ」

 

「イリヤの頭だけを撫でるなんて……」

 

ついに泣き出してしまったイリヤの頭を撫でて、落ち着かせるように声を掛ける。その甲斐あって泣き止んだイリヤを連れて、予約していた海の家に向かう。他の皆も、ちゃんと着いてきている。

 

その海の家がイリヤの友達の一人の家がやってる店という事で一騒動あったが、それは割愛する。海の家に入り席についた所で俺は、荷物に入れていたクラッカーを主役のイリヤ達以外に配った。

 

「「「せーの……」」」

 

「イリヤ&クロ&美遊、お誕生日おめでとう!」

 

お決まりの台詞と共に、俺達は一斉にクラッカーを鳴らす。イリヤとクロは嬉しそうに目を細め、美遊だけは少し戸惑ったような表情を浮かべて、クラッカーから飛び出す大量のテープを浴びる。

 

「なんかすごいね、これ」

 

「カキ氷とアイス?」

 

「やるな、海の家がくまざわ……」

 

「海で普通のケーキはキツいかと思ってさ。特別に作ってもらったんだ。うん、想像より良いな」

 

「えー、本日はお暑い中……」

 

「イリヤ、そういう挨拶いらないから」

 

「酷くない!?」

 

その後は用意してもらったカキ氷とアイスを皆で囲んでワイワイと騒ぐ。なんだかんだいって全員が楽しそうに笑っている。それを見た俺はホッと胸を撫で下ろしたが、ふと一人の少女を見る。

 

「……」

 

その少女、美遊だけは笑っていない。ただ無言でジュースを飲んでいるだけだ。今日の主役の一人がそんな様子では、こっちも不安になってくる。もしかすると、美遊は嬉しくないんだろうか……

 

「イリヤ」

 

「ん?」

 

「誕生会って、なにをするものなの?」

 

「んん?」

 

「ちょっとちょっと。なにを訳の分からない事を言ってるのよ美遊。誕生会なんだから、誕生日を祝うに決まってるでしょ? 他になにするのよ」

 

「誕生日って、祝うようなものなの?」

 

「「「え……?」」」

 

イリヤとクロが美遊の質問に答えていると、美遊が俺達を凍り付かせる言葉を発した。美遊の言葉に全員が固まり、美遊を見る。美遊の表情は完全な真顔で、冗談を言っている訳じゃないらしい。

 

「ず、随分根本的な質問するなミユッチは……」

 

「今まで祝ってもらった事ないのー?」

 

「……ない」

 

う~ん、これはなんと言うか……よし! 美遊の言葉にしばらく固まった俺だったが、咳払いして気分を入れ換える。これはかなり慎重に答えないといけない。頭の中で言葉を選び、美遊に言う。

 

「あー、そうだな。誕生日ってのはさ。生まれてきた事を祝福し、生んでくれた事に感謝し、今日まで生きてこられた事を皆で確認する。そんな日なんじゃないかな? 俺はそんな風に思うんだ」

 

「祝福と、感謝と、確認……」

 

「でもまぁ、そんな堅苦しく考える必要もないと思うけどな。誕生日を祝われる側はさ、美味い物を食べて適当に騒いで、プレゼントを受け取る。やる事なんてそれだけでいいんだ。簡単だろ?」

 

美遊に言葉を掛けながら、持ってきた荷物の中に入れていた三つの箱を取り出してテーブルの上に並べる。そして渡す相手を間違えない為にリボンの色を変えていたそれらを、イリヤ達に渡した。

 

「三人とも、お誕生日おめでとう」

 

「わぁ……!」

 

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 

「これが、誕生日プレゼント……」

 

遠坂と桜に手伝ってもらって選んだプレゼント。イリヤ達は早速、中身を取り出して手に取った。そして、それを見たクロは大はしゃぎ。イリヤも目を輝かせて渡したブレスレットを見つめてる。

 

「やるじゃないお兄ちゃん! こういうの選ぶのヘタなイメージあったんだけど、見直したわ!」

 

「あー、やっぱりそう思うよな。いや、俺も今回はそれを自覚したよ。実はそれ、俺だけで選んだ物じゃないんだ……デザインは俺が選んだけど、ブレスレットは遠坂達に協力してもらって……」

 

「……ここで他の女の名前を出す辺りが、本当にお兄ちゃんって感じだわ……まったくもう……」

 

「ほんとにねー……」

 

「あれ!? 急にテンション下がった!?」

 

なんでさ!? さっきまで二人とも上機嫌だった筈なのにどうしてこうなった? イリヤとクロの謎の反応に、訳が分からずに混乱する。あ、そう言えば遠坂にも言われたっけ。名前を出すなと。

 

「「うん、でも……」」

 

「ありがとうお兄ちゃん」

 

「きっと大切にするよ」

 

「それに、デザインはお兄ちゃんが選んでくれたみたいだし。それだけで十分と思う事にするわ」

 

「そうだね」

 

良かった。ちゃんと喜んでくれたみたいだ。遠坂のアドバイスも的を射ていたようだし。イリヤとクロの本当に嬉しそうな笑顔に俺もホッとする。そこでハッと思い出し、美遊の様子を窺うと……

 

「……え?」

 

「美遊!?」

 

「なんでいきなり泣いてんのよ!」

 

「あっ……これはその……」

 

美遊の様子を見た俺達は、また絶句する。美遊はただ静かに涙を流していた。嗚咽も漏らさずに、綺麗な瞳から流れる透明な涙。誰もがその純粋な美しさに魅了され、意味が分からずに混乱する。

 

「ただ嬉しくて。全ての事が嬉しくて。士郎さんの言葉を理解できて、今まで当たり前すぎて一度も考えた事がなかった事を考えて……そうしたら自然と涙が溢れてきてしまって。ごめんなさい」

 

「美遊……」

 

「生まれてきた事。今日まで生きてこられた事。イリヤに会えた事。クロに会えた事。士郎さんに会えた事。皆に会えた事……その全てに―――」

 

「「「……」」」

 

いやいや、なんだこの空気? 重い。美遊の言葉の一つ一つが、あまりにも重い。またしても俺達は固まり、なにも言えなくなる。いや、そこまで感謝されてもさ……ちょっと大袈裟すぎないか?

 

だけど美遊の純粋な表情を見てると、その言葉を掛けるのは不粋極まりないような気がしてくる。

 

「……感謝します―――ありがとう」

 

「「お……」」

 

「!?」

 

「重ーい!」

 

「感謝の言葉が重すぎるわー!」

 

「きゃーっ!?」

 

美遊の感謝の言葉が終わり、しばらくの沈黙の後にイリヤの友達たちがその空気に耐えられずに、爆発した。無理もない。軽い感じで、『お誕生日おめでとうー』って言ったら、このマジ反応だ。

 

「結婚式のスピーチかと思ったわ! そんなら、ウチらからのプレゼントも受け取れー! そんで感謝しろー! ほらほら持っていきやがれー!」

 

「うらーッ!」

 

「なっ!? これこの前タツコが着てたヒモ水着じゃない!? いらないわよ、こんなもん!」

 

「あーっ!」

 

「よくも私らの純粋な気持ちをー!」

 

「だったらもっとまともな物を渡してよッ!」

 

「なんだと!」

 

「やるかイリヤズ! 掛かってこいや!」

 

「力ずくで受け取らせてやるわーッ!」

 

「なんでこうなるのー!?」

 

「こ、こら。あんまり騒ぐなって……!」

 

もう滅茶苦茶だった。だけど、美遊の言葉で重くなっていた空気は完全に吹き飛んでくれた。全員がまた楽しそうに騒ぎ出し、今度は美遊も笑ってくれた。その光景にホッとした、その瞬間……

 

ドガガガガガッ、という音が辺りに響き渡った。ところが俺の今日の記憶は、そこからぷっつりと途切れてしまい、気が付いたら夕方だった。全員が訳が分からず呆然としたけど、皆気にしない。

 

まあそれはいいとして、今日の事は本当に大切な思い出になった。俺は改めてこの日常の大切さを認識して、それを必ず守ると決意を固められた。バゼットにも九枚目のカードにも絶対負けない。

 

この俺の全てを懸けて、絶対に守ってみせる!




まずはこれを言わねばなるまい……
エレちゃん、ついに実装!
いやー、テンション上がりますねー♪

はい、すいません。まずは謝罪ですよね。
本当に申し訳ありませんでした(土下座)。

例によってクリスマスイベント。
待望のエレちゃんがついに実装されると知って、必死に聖晶石集めに勤しんでしまいまして……
さらにさらに、初の課金までしてしまいました。
しかし、無課金(生活に無理のない課金)なのでセーフだと私は思っています。ネトゲの嫁偉大。

その結果……無事にエレちゃんが引けました!
ついでにドレイクさんも来てくれましたが。
イシュタルと並べると壮観ですね。
しかし凛さん、体も魂も使われまくり問題。
凛さんは泣いていいと思います。

あ、それからFGOの小説も書き始めました。
それも遅れた原因の一つです。
良ければ見てみてください(宣伝すんな)。

さて、言い訳はここまでにして。
無事にバゼットにもフラグを立てる士郎。

そして、美遊のガチ泣き。
この作品の美遊は士郎のお陰で学校の友達も大切に思っているので、嬉しさが倍増しています。
クロの事も大切に思っていますし、士郎は好きな人になっているので色々と限界突破してます。

凛さん達の件は省略しました。
原作と同じなので、見たい方は原作参照。

それではまた次回。感想待ってます。


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母と呼んで

随分と長くお待たせいたしました。
プリズマ☆シロウ、再開します。
色々と独自設定があるので、ご注意下さい。
それではどうぞ。


【士郎視点】

 

『……』

 

『あなた……シロウは……』

 

『……ああ、かなりまずい……』

 

『そんな……』

 

『僕も君も、治癒の魔術は得意じゃない。そんな僕達の魔術では、手の施しようがない……』

 

『それでも、この子はもう私達の子供よ! このまま見殺しにするなんて、できる訳がないわ!』

 

あれ……なんだ、これは……? なにも見えない暗闇の中で、親父とアイリさんの声が聞こえる。親父の奴、いつ帰ってきたんだ? いや、それよりもこの二人は一体なにを言ってるんだろうか?

 

『……分かっている……』

 

『ああ、どうしてこんな事に……』

 

『……二人から目を離すべきじゃなかった』

 

『シロウ……一体どうすればいいの?』

 

二人の声は、悲しみに沈んでいる。聞こえてくる会話から察すると、どうも俺の事が原因らしい。一体なにが起きているのかを確認しようと、目を開けようとしたが、何故かそれはできなかった。

 

ならばと、今度は二人の声が聞こえてくる方向に手を伸ばそうとしてみる。だけど、無理だった。というか、体が動かない。その事に混乱しつつ、俺は今の状況を確認しようと、耳を澄ませる。

 

『……仕方ない。あれを使うか』

 

『あれって……っ!? キリツグ、まさか!?』

 

『アイリ、士郎を頼む。僕が戻るまで治癒魔術を使い続けるんだ。家に戻ってあれを取ってくる』

 

『……分かったわ。任せて!』

 

『二時間程で戻るから』

 

親父はそう言い残して、早足で出ていった。二人がなにを言ってるのかも、今の状況も、さっぱり分からない。だけど、ここが家じゃない事だけは二人の会話から分かった。ここはどこなんだ?

 

『シロウ、大丈夫よ。絶対に助けてあげるから』

 

そんな事を考える俺の耳に、アイリさんの必死な声が聞こえてきた。今まで1度も聞いた事がないそんな声に、俺は驚いた。いつだって楽しそうに笑ってるアイリさんが、こんな声を出すなんて。

 

『絶対に死なせない。だから頑張って……』

 

暗闇の中で聞こえるアイリさんの声に、俺の中の不安が消えていく。その時だった。不意に暖かさに包まれる右手。どこか懐かしい温もりだった。俺はこの温もりを知っているような気がする。

 

冷たかった体が、少しずつ熱を取り戻していく。ああ、そうか。ようやく分かった。これは……

 

『……さ……ん……』

 

『え……?』

 

『……かあ……さん……』

 

『シロウ……!』

 

最後に聞こえたのは、アイリさんの嬉しそうな、けれど悲しそうな声だった。意識が、薄れて……

 

…………………………………………………………

 

「……夢か……」

 

ベッドから起き上がった俺は、無意識の内にそう呟いていた。しばらくそのままの体勢で、さっきの夢を回想する。ただの夢だという事は分かっているが、何故か軽く笑い飛ばす事ができない。

 

「……」

 

さっきの夢の中の俺は、どうもかなり酷い怪我をしていたようだった。親父とアイリさんの会話を思い出しながらそんな事を考えた時。二人の会話に聞き捨てならない単語があった事に気付く。

 

「……魔術……治癒魔術って言ってたよな」

 

アインツベルンは、魔術師の家系。アイリさんの話では、親父も魔術師だという事だった。だから二人の会話に魔術という単語が出てくるのは別におかしな事じゃないのかもしれない。だが……

 

「俺がそれを知ったのは最近だ……」

 

夢をまるで現実のように考えるのも変な事だが、やはり笑い飛ばす気にはなれなかった。さっきの夢が本当にあった事なら、何故俺はそれを忘れているのか。俺の記憶ではあんな怪我は知らない。

 

「……待てよ? そういえば……」

 

すっかり忘れていたけど、少し前にも奇妙な夢を見た事がある。あれは、クロが現れた日の朝だ。俺が衛宮家に引き取られた直後の時の、キャンプの事だった筈だ。あの夢の中で、俺は確か……

 

「最後に倒れていて、動けなくなってて……」

 

そうだ、丁度さっきの夢のように。あの時俺は、どうして動けなくなっていたのか? 酷い怪我をしてたからじゃないのか? そこまで考えた時、割れるような鋭い痛みが頭に走った。ぐうっ!

 

まるでこれ以上それを考えるな、と言われたようだった。何故俺は、あのキャンプの出来事を思い出せないのか。そして、何故あの一件が今回の夢に関連していると思ったのか。そしてこの痛み。

 

「……なにかあるのか?」

 

あの日キャンプの夢を見た時は親父とアイリさんが魔術師だなんて知らなかった。だから、イリヤの言葉に納得して、深く考える事はしなかった。だけどあの二人が魔術師なら話は変わってくる。

 

クロの一件で、魔術で記憶を操作する事が可能だという事が判明しているからだ。もしかしたら、俺もイリヤも記憶を消されてるのかもしれない。もしそうだとしたら、やっぱりさっきの夢は……

 

「聞いてみるか? アイリさんに……」

 

さっきの夢のアイリさんの声を思い出しながら、聞くべきかどうか迷った。さっきの夢がもし事実だったとして、俺はどうするんだ? いや、一体どうしたいんだ? ……その答えは出なかった。

 

…………………………………………………………

 

「……」

 

「……なんだよ、セラ」

 

「いえ、別に」

 

「……なら、睨むのをやめてくれないか?」

 

「睨んでなんかいません」

 

今日は、7月21日。イリヤ達の誕生日を、海で祝った翌日だ。俺は今、台所でセラと並んで料理をしていた。だが、隣のセラさんの機嫌が悪い。こうなると分かってはいたけど、居心地が悪い。

 

「別にセラの仕事を奪ってる訳じゃないだろ?」

 

「……それは分かっているのですが……」

 

そう。今言った通り、俺はセラの仕事を奪って朝食を作っている訳ではない。昨日のバゼットとの約束を守る為に、弁当を作っているんだ。それについて、セラには適当に言ってあるんだけど……

 

どうやら完全に納得はしていないらしい。所謂、頭は納得しても心は納得してないという感じか。そういう事なら私が作りますって言われたしな。だけど、俺が約束した事だからと言って断った。

 

それと、セラは他にも家事をやらないといけないからそんな暇はないだろうとも。そんな俺の説得が功を奏し、セラは渋々引き下がった。それでも不満はあるようで、さっきから睨んでくるんだ。

 

「……それで、誰に渡すんですか?」

 

「え? え~っと、その……友……達?」

 

「……言えない、と?」

 

「あはは……」

 

適当に誤魔化すしかなかった。だって、本当の事を言える訳がない。これでセラが納得できるとは思えないけど、バゼットの事をどう説明する? 正直に全部を話せない以上、こう言うしかない。

 

「……はあ、分かりました」

 

「え?」

 

「ですから、もう聞かないと言ったんです」

 

「……本当に?」

 

「聞いて欲しいんですか?」

 

「いや、できればやめてくれ」

 

「分かりました」

 

セラは、絶対に納得していない。それでも、俺の話せないという事情を察してくれたみたいだな。そんなセラに心の中で感謝しながら、バゼットの弁当作りを再開した。本当にありがとう、セラ。

 

……どうか無茶だけはしないで下さいね

 

「ん? なにか言ったか?」

 

「べ、別になにも言ってません!」

 

弁当作りに集中していた俺は、さっきの小声の内容にもセラの心配そうな顔にも気付けなかった。

 

…………………………………………………………

 

「……」

 

「あははは! あらシロウ、お帰りなさい」

 

「……なにやってるんですかアイリさん?」

 

「なにって……見て分からない? プールよ」

 

「……」

 

それは分かるんだけど、なんでプールなんだよ。バゼットに弁当を渡し終え、部活の朝練も終えて家に帰ってきた俺は、アイリさんの姿を探した。言うまでもなく、今朝の夢について聞く為だ。

 

だけど、家の中を探しても見つからず、庭からの声にもしやと見に来てみたら、子供用のビニールプールで子供のようにはしゃぎ回るアイリさんを見つけたという訳だ。相変わらずだな、この人。

 

「アイリさん1人だけですか? 珍しいですね。こういう時って、大抵リズもいる事が多いのに」

 

「それが聞いてよシロウ。さっきまでは、リズもイリヤちゃん達もいたんだけど、リズはセラが、イリヤちゃん達はお隣のお友達が連れて行っちゃったのよ。せっかくのプールだっていうのに~」

 

「はあ……」

 

つまり、せっかく皆で楽しく遊んでいたのに1人だけ置いてきぼりにされてしまって寂しい、って事か。よよよっ、とわざとらしい泣き真似をするアイリさんに呆れ返って、軽いため息をつく。

 

「だからシロウ、一緒に入って遊びましょう?」

 

「本当に子供みたいな人ですね……」

 

一体なん歳だよこの人。割りと真剣にそう思う。

 

「だってシロウったら、昨日の海水浴に連れてってくれなかったんだもん。イリヤちゃん達の誕生会だったのに、私をのけ者にするなんて酷いわ」

 

「うっ、それは……」

 

だって、この人のお守りまでする事になったら、俺と一成だけじゃ足りないし。セラに一緒に来て貰えれば良かったんだけど、セラは家事が忙しいと言って来れなかったんだ。だけどそれは……

 

「家で存分にやったでしょ、誕生会は!」

 

「それとこれとは話が別なの!」

 

「くそ、理屈が通じない……」

 

「楽しそうなイベントに置いていかれた事が問題なの。だって海よ。海なのよ? 分かるでしょ」

 

「さっぱり分かりません」

 

「つまり、水遊びよ」

 

「ああ~……」

 

成る程ね、それでビニールプールな訳か。やっと現状と繋がった。ここまで遠かったな、本当に。話を理解するだけでこんなに疲れるのは、この人くらいなものだろう。って、そうじゃなかった。

 

「アイリさん、聞きたい事があります」

 

「ん~? なあに?」

 

これが本題だったんだ。考えてみれば、他に誰もいない今が千載一遇のチャンスだ。俺は意を決してアイリさんと向き合った。向き合ったのだが、あの、ちょっと目のやり場に困るんですけど。

 

「……話の前に、服着て下さい」

 

「このままでいいじゃない」

 

やっぱり無駄か。赤のビキニ姿のアイリさんは、なんの問題もないという顔で見てくる。その通りではあるんだけど、話しづらい。てきるだけ下を見ないように、アイリさんの顔を真っ直ぐ見る。

 

「昔、キャンプに行った事を覚えてますよね?」

 

「……ええ、勿論よ」

 

アイリさんの顔が一瞬変わったように見えたが、あまりにも一瞬すぎて確証は持てなかった。自分がどうしたいかも分からず、この話を続けるべきか迷う。だけど、俺の口は勝手に動き出した。

 

「あの時、俺って怪我しました?」

 

「あら、どうしてそう思うの?」

 

「……夢を……夢を見たんです」

 

「……ねえシロウ」

 

「はい」

 

「本当に知りたい?」

 

「それは……」

 

どうなんだろう? ……分からない。アイリさんの質問に、俺は答える事ができなかった。本当の事を知ったところでどうなるという訳でもない。だったら、俺はどうしてそれを聞いたんだろう。

 

「……」

 

「答えられない? なら、シロウは別に知りたい訳じゃないんじゃないかしら。どう、違う?」

 

違わない、かもしれない。だけど、ならどうして俺は確かめたいと思ったのか。知りたかったからじゃないのか? 自分の心に問い掛ける。自分がなにをしたかったのかを。どうして聞いた?

 

「……真実を知りたかった、訳じゃない」

 

言葉に出してみて納得する。そうだ、俺はあの日の真実を知りたかった訳じゃない。だけど、他に知りたい事があったんだ。少しずつ、自分の心を整理していく。すると、その答えが見えてきた。

 

「俺が知りたかったのは……」

 

俺が知りたかったのは、あの言葉。それが本当の事なのかという事だ。今まで、怖くてはっきりと確かめる事ができなかった事。その答えを、あの夢の中で二人は言っていたんだ。だから俺は……

 

「アイリさん……」

 

「なあに?」

 

「アイリさんにとって、俺ってなんですか?」

 

そう、これだ。俺が知りたかったのは、これだ。どこかで俺は、まだ怖かった。俺にとって、この新しい家族は間違いなく大切だ。命を懸けてでも守りたいくらいに、かけがえのないものなんだ。

 

だけど、アイリさん達は? 信じたい、でも自信が持てない。イリヤ、セラ、リズの3人は一緒にいる時間が長いからまだ確信は持てるけど、家にいない事が多い二人は、その確信がなかった。

 

そんな俺にとって、今朝の夢での二人の言葉は、その確信を抱かせてくれるものだった。だから俺は聞いたんだ。それを確かめる為に。直接聞くのが怖かったから、あれが事実かを知ろうとした。

 

そんな自分の本心に気付いた俺は、アイリさんの顔を見られずに視線を落とした。大切な家族だと言いながら、そんな家族を完全には信じきれていなかった自分の小ささに恥ずかしくなったから。

 

思えば、アイリさんの事を母さんと呼べなかったのはこれが原因の1つだったのかもしれないな。無意識に目を背けていた事にも気付く。気持ちがどんどん暗い方向にいきかけた、その時だった。

 

「え……?」

 

フワッ、と柔らかいなにかに包まれた。目の前がなにかに塞がれて、なにも見えない。いや、少し赤い色が見えるが。そのなにかはとても温かい。だけど、少し冷たい部分もある。これは、水か?

 

「ふふふ、なにを言うかと思えば。そんな事は、決まってるじゃない。本当に馬鹿ね、シロウは」

 

混乱する俺の頭上から、アイリさんの柔らかい声が降ってくる。あれ、もしかして、これって……

 

「あなたは、私の大切な息子よ。イリヤちゃんと同じくらいとても大切な、ね。当たり前でしょ」

 

「っ!?」

 

もしかしなくても俺って、アイリさんに抱きしめられてるのか? うわ、恥ずかしい! 死ぬほど恥ずかしいぞこれ! この歳で母親に抱きしめられてるとか、絶対に他の奴には見せられない。

 

だけど、そんな恥ずかしさすらどうでもよくなるくらいに、俺は嬉しさで一杯になる。アイリさんが今言ってくれた言葉は、ずっと俺が求めていた言葉だったから。さすがに泣くのは堪えたけど。

 

「聞きたい事はもうない?」

 

「はい……」

 

しばらくそうしていると、俺の心も少しずつ落ち着いてきた。すると今度は、忘れてた恥ずかしさが蘇ってくる。ゆっくり離れようとしてみるが、アイリさんが腕を回しているので無理だった。

 

「あの……」

 

「ん~? なあに?」

 

「そろそろ放してくれませんか?」

 

「ふふふ、ダ~メ♪」

 

くっ、この人絶対楽しんでる! アイリさんは、意地でも放さない、と言わんばかりにさらに腕の力を強めて体を密着させてくる。ううっ、こんなところをセラとかに見られたらかなりやばいぞ。

 

「シロウは、昔から甘えてくれなかったからね。だから私としては、この機会は逃したくないの」

 

「それはその……」

 

家にいない事が多かったし、やっぱり引け目とかもあった訳で。それと、イリヤの兄としての威厳とか、見栄とかもあったんだ。ある程度大きくなってからは、さらにそんな事しづらくなったし。

 

「……どうしたら放してくれますか?」

 

「う~ん、そうねぇ……あ、そうだ♪」

 

そんな事は当然言えないので、アイリさんの望みを叶える事で解放を試みる。するとアイリさんはしばらく悩んでから、さも良い事を思い付いたというような声を出した。嫌な予感がするんだが。

 

「それじゃ、母さんって呼んでみて。あと、今後は敬語も禁止ね。もし今後敬語使ったら、イリヤちゃん達の前でまたこうやって抱きしめるから」

 

「くうっ!」

 

そうきたか。いや、アイリさんの言う事は、至極もっともなんだけどさ。だけど今さら、何年も続けてきた事を変えるのは勇気がいる訳で。原因もなくなったし、そう呼んでもいいんだけど……

 

「ほ、他の事でなんとか……」

 

抵抗してしまった。何故なら、アイリさんの事を母さんと呼べない理由がまだあるからだ。だけどこれは、自分で認めたくない理由だったりする。だからなんとか、先伸ばしにしたいんだけど……

 

「ダ~メ♪」

 

アイリさんは実に楽しそうな声で却下してきた。やっぱり駄目か。だけど、まだ諦める訳には!

 

「あの時、母さんって呼んでくれて凄く嬉しかったのよね~。それなのに、起きたらまたアイリさんって呼ばれたし。あの時はがっかりしたな~」

 

「ううっ!」

 

それを言うか。アイリさんの今の言葉は、あの夢が本当にあった事だと言ってるようなものだが、今の俺にはそれを考える余裕はなかった。的確に俺の退路を断ってくるアイリさん。どうしよう。

 

「……そんなに、私を母さんって呼ぶの嫌?」

 

「っ!?」

 

もう観念して呼ぶしかないか、と思っていた時、アイリさんの悲しそうな声が聞こえてきた。その声を聞いた俺は、息を止める。しまった、そんな風に勘違いさせてしまったか。慌てて訂正する。

 

「違います、そうじゃなくて……」

 

「じゃあ、どうして?」

 

「ううっ、それは……」

 

ええい、もう仕方ない。観念してその理由を言うしかないか。めちゃくちゃ恥ずかしいけどな。

 

「……だから」

 

「え? 聞こえないわ」

 

「くっ! アイリさんが凄く若くて綺麗だから、母さんというより姉さんって感じなんですよ!」

 

ああ、ついに言ってしまった。親父は、年齢的にそう見えるから抵抗なく呼べた。だけど、アイリさんはそうじゃない。しかも、いつも家にいない事が多いから中々慣れる事ができなかったし……

 

色々と理由はあった。だけど、これが最大の理由だったんだ。他の理由とかは言い訳にすぎない。さっき気付いたような、重要な事ではなかった。ずっと隠していた事を言ってしまった俺は……

 

「~っ!」

 

恥ずかしさでおかしくなりそうになっていた。

 

「ふふふ、あらあら。シロウったら、可愛い♪」

 

「ぐああっ! だから言いたくなかったんだ!」

 

そんな俺の言葉にしばらく固まっていたアイリさんだが、俺の言葉を理解したらしく、嬉しそうな声で笑いながらさらに強く抱きしめてきた。完全に子供扱いだ。もう頭が沸騰してしまいそうだ。

 

「だったら、姉さんって呼ぶ?」

 

「これ以上の追い打ちかけないでくれ!」

 

アイリさんに抱きしめられてなかったら、今すぐ地面をごろごろと転げ回りたい。それからしばらくの間、アイリさんの上機嫌な声と俺の悲鳴が、辺りに響き渡ったのだった。もう勘弁してくれ。

 

「それじゃあ、今後は母さんって呼んでね♪」

 

「うう、分かったよ母さん……」

 

しばらくからかわれた後、やっと落ち着いた俺に改めてアイリさんは頼んできた。そして俺はその言葉を受け入れ、今後は母さんと呼ぶ事にした。こうして俺達は、やっと本当の親子になった。

 

随分遠回りしてしまったけどな……




いや~、本当にお待たせしてしまい申し訳ないです。
その理由なんですが……新しいソシャゲにハマってしまったのが最大の理由です。
あ、ごめんなさい、反省してます。
どうか石を投げないで下さい。
FFBEってやつなんですが知ってますかね?

それから、我がカルデアの状況ですが……
星5が結構増えましたよ。
土方さんとかジャックちゃんとかセイバー式とか。
セイバーウォーズ嬉しいです。
リリィいなかったので。

と、ソシャゲの話はここまでにしますか。
士郎がアイリさんを母さんと呼べなかった理由、こんなくだらない理由だったんです(笑)。
今回判明した理由もあったんですが、士郎自身は自覚してなかったので、メインはこれでした。
いやぁ、くだらない。
自分で考えておきながらくだらない。
そして、士郎の秘密が判明してきました。
まあ前からバレバレだったでしょうけどね。

いよいよ残された日常が少なくなってきました。
しかし、もう2話ほど続くんじゃよ。
それではまた次回、お楽しみに。


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姉妹 その弐

タイトルで分かる通り、遠坂姉妹の話です。
前回と同じく独自設定があるのでご注意下さい。
それでは、どうぞ。


【士郎視点】

 

「えーいっ!」

 

暗いトンネルの中にイリヤの声が響き渡る。なぜ俺達がこんなトンネルの中にいるのかというと、最後のクラスカードを回収する準備の為らしい。らしいというのは、俺には分からないからだ。

 

魔術的な理由というか、鏡面界の性質というか。そんな説明を遠坂達がしてくれたが、魔術の素人の俺達にそれを理解する事はできなかった。まあ遠坂達も、それは承知している様子だったけど。

 

とりあえず、カードが実際にある場所まで地面を掘っているという状況だった。9枚目のカードは地面の中にあるという話だ。そこまで掘り進めてから、いつものように鏡面界に接界(ジャンプ)するらしい。

 

「ルヴィアさ~ん、今ので良かったの~?」

 

「ええ、十分ですわ」

 

「ルヴィアさん。こっちも、一番岩盤が固そうな所を崩しておきました。あとは機械で掘れます」

 

「ご苦労様」

 

「魔法少女が揃いも揃って、安全メットを被って地面を掘るなんてね。魔法少女感とか、0よね」

 

「本当だよな……」

 

クロの言う通り、魔法少女の格好をしたイリヤと美遊が、安全第一と書かれたメットを被ってる姿は非常にシュールだった。その手に持ってるのがスコップではなく、魔法のステッキだもんな……

 

『あははは、士郎さん。どうでもいいですけど、スコップとステッキってなんだか似てますよね』

 

「本当に、心底どうでもいいな」

 

ルビーのくだらない言葉を冷静に受け流す。俺も慣れてきたものだよ。イリヤ達の安全確認の為に来てる筈なのに、なんで喋るステッキにツッコミ入れてるんだろうという脱力感はあるけどな……

 

「この先に9枚目のカードがあるのね」

 

そんな俺達の横で、クロがトンネルの暗闇の先を見ながら呟いた。その言葉につられて、俺もその方向を見てみる。俺達の視線の先には、不気味な暗闇が広がっていた。一体どんな敵がいるのか。

 

俺達がそんな不安感を抱いた時、なにやら横からジャラジャラという音が聞こえてきた。なんだ?

 

「ちょっと、起動用の宝石が無駄になるでしょ」

 

「あ~ら、なんと言う貧乏人根性なのでしょう。使っているのは、わたくしの宝石ですわよ?」

 

「そういう問題じゃない! 無駄な金がただ目の前で消えてくっていうのに耐えられないのよ!」

 

「お~っほっほっほ! 実に貴女らしいですわ。自分のお金でもないのに執着するとは! 貴女のようなさもしい者を、お金の亡者と言うのです。実に見苦しくて惨めで、見ていられませんわね」

 

「な、なんですって~!?」

 

「相変わらずだね、凛さん達は……」

 

「そうだね……」

 

「進歩がないわね、ホントに」

 

まあ俺はこの二人がいつも通りで安心したけど。特に遠坂は、あの日から会ってなかったからな。遠坂と桜が姉妹だと判明した、あの日から。そこまで考えてふと違和感を感じたが、なんでだ?

 

待てよ、もう一度良く思い出せ俺。まず、今日は8月3日だよな。うん、間違いない。夏休みから約2週間あまりが経過していた。つまり俺が遠坂と会ったのは、2週間以上前の筈だ。なのに……

 

「なあ遠坂。俺達って、どれくらいぶりだっけ」

 

「は? なによいきなり。17日くらいでしょ」

 

だよな。ルヴィアとのいつもの喧嘩を終えた遠坂に確認してみるが、やはり俺と同じ認識らしい。なんで俺はそれに違和感を覚えたんだ? 少しの間考えてみるが、結局違和感の正体は分からず。

 

「う~ん、まあいいか」

 

分からないなら分からないで、特に問題はない。それよりも、せっかく遠坂に会えたんだからあの話を聞くべきだろう。何度か電話したけど、遠坂はあの話をしようとすると誤魔化して逃げたし。

 

「なあ遠坂。遠坂と桜の話だけど……」

 

「あ、もう用は終わったから帰っていいわよ」

 

「いや、だから遠坂と桜の話を……」

 

「はいはい、イリヤ達も解散よ、解散。さっさと帰って、遊園地に行ってきなさい。丁度ルヴィアからタダ券貰ったんだから、衛宮君とか連れて」

 

「そうだ、聞いてよお兄ちゃん。ルヴィアさんが遊園地のチケットくれたんだよ。お駄賃として」

 

「あ、ああ、良かったな。だけど俺は……」

 

「じゃあね」

 

くっ、やっぱり遠坂はこの話になると誤魔化して逃げるな。トンネルの奥へ消えていく遠坂の背中を眺めながら、俺はため息をつく。こうなったらもう仕方ないな。桜の方に話を聞くしかないか。

 

部活の朝練で、毎日のように会ってはいたけど、何故か桜にあの話を聞く事ができなかった。あの話をすると、桜の笑顔が曇ってしまうような気がして。だけど、このままで良い訳がないんだ。

 

遠坂も桜も、本当は仲良く話したい筈だ。二人は家族なんだから、間違いない。どんな事情があるかは知らないけど、家族が嫌いな人間が、いる訳がないんだ。少なくとも、俺はそう信じている。

 

それに、遠坂と桜の態度を見ていても、お互いに嫌っていない事は間違いなかった。特に桜の方は遠坂と話したそうにしてたし。遠坂にしたって、桜の事を俺に聞いてきた事があった。ならば……

 

明日の朝練の時に、桜と話してみよう。イリヤ達と一緒に家に帰りながら、俺はそう決意した。

 

…………………………………………………………

 

「桜、ちょっといいか?」

 

「はい、なんですか先輩?」

 

明けて翌日。部活の朝練が終わってから、俺は桜に話し掛ける。笑顔で振り返った桜の姿を見て、少し躊躇してしまうが、昨日の決意を思い出して気合いを入れる。ここで引いてはいけない、と。

 

「少し話があるんだ。ついてきてくれるか?」

 

「はい、勿論いいですよ」

 

ここでは人目がある。踏み込んだ質問をする事になるだろうから、桜を連れて移動する。弓道場を出て夏休み中で誰もいない筈の校舎の中に入り、さらに念を入れて、いつもの屋上に上がった。

 

「それで先輩、なんの話ですか? こんな所まで来たという事は、重要な話みたいですけど……」

 

「ああ。桜と……遠坂の話だ」

 

「っ……」

 

遠坂の名前を出した瞬間、桜の笑顔が凍り付く。悲しそうに眉尻を下げてしまった桜の顔を見て、やっぱりこうなってしまったかと唇を噛む。桜はしばらく俯いていたが、やがて力なく笑った。

 

「先輩は、どこまで知ってるんですか?」

 

「遠坂と桜が、実の姉妹だって事しか知らない。遠坂はそれ以上教えてくれないんだ。桜がなにかの事情で間桐に養子に出されたとは聞いたけど」

 

「そうですか……」

 

俺が遠坂から聞いた事実を告げると、桜は静かに目を閉じてそう呟いた。その様子はまるで、遠坂と共に在った過去を思い出しているようだった。一体、この二人にどんな事情があるのだろうか。

 

そう思った時、ふとある事に気付く。待てよ? 遠坂と桜は実の姉妹。そして、遠坂は魔術師だ。思い出せ。確かバゼットとの戦いの時に、遠坂は言っていた。冬木の管理者たる遠坂がどうとか。

 

それはつまり、遠坂の家は魔術師の家系という事になる。魔術師の家は代々、魔術を受け継ぐともルビー達から聞いたし。という事はもしかして。何故この可能性にまったく気付かなかったのか。

 

そう。もしかしたらだが、桜は魔術師なのか? 魔術師でないにしても、魔術を知ってるのでは?

 

「私と姉さんは、仲は良かったと思います」

 

驚愕の事実(まだ確定した訳じゃないが)に俺が固まっていると、桜が静かに語りだした。おっとまずい、今は桜の話に集中しよう。確定してないのに、桜は魔術を知ってるのか、とは聞けない。

 

「喧嘩らしい喧嘩もした事はありませんでした。そんな私達でしたから、家の事情で離ればなれになる時はとても悲しかったですし、寂しかった。まだとても小さい頃でしたし、当然ですよね」

 

「桜……」

 

その時の事を思い出しているからだろうか。桜の表情はとても寂しそうで、俺は掛けてあげる言葉が見つからない。もし俺だったらどうだろうか。仲が良かった兄弟と離れなければいけなくて。

 

それは子供の自分にはどうしようもなくて。自分に置き換えてみて、その時の桜の気持ちを改めて理解する。もしイリヤと離ればなれになったら、と考えると、胸を引き裂かれるような気分だ。

 

「会いに行ったりとかは……」

 

「できませんでした。姉さんは遠坂の家を継ぐ為に色々と忙しかったですし、私も私で、間桐の家に馴染むのに大変でしたから。それに姉さんは、自分だけ家に残った事に負い目があったらしく。私を見ると避けるようになってしまいました」

 

「ああ……」

 

なるほど。その態度が今も続いてるという訳か。この前の出来事を思い出し、桜の話に納得する。確かにあの時、遠坂は桜の事を避けていた。最初に弓道場に来ていた時も、そんな感じだったな。

 

「ようやく間桐の家にも馴染んで、姉さんも家の事が落ち着いた頃には、姉さんはロンドンに留学してしまいました。私達が元のような関係に戻る事ができないまま。ふふ、上手くいきませんね」

 

「桜は……今のままでいいのか?」

 

「……」

 

寂しそうに笑う桜をこれ以上見ていられなくて、俺はつい聞いてしまった。聞いてしまってから、自分の迂闊さに気付く。いい訳ないじゃないか。桜の表情と言葉を考えれば、それは明白だった。

 

「過ぎてしまった時間が、いつの間にか私達の間に深い溝を作ってしまったようです。なんとか溝を埋めたいと思っても、姉さんが私を避けている現状ではどうしようもありません。それに……」

 

「……それに?」

 

「怖いんです……もしかしたら、溝を埋めたいと思っているのは私だけなのではないかと。姉さんにとってはもう私なんて妹でもなんでもないのではないかと思うと怖くて、踏み込めないんです」

 

「そんな訳ないだろ!」

 

「でも……でも……」

 

とうとう泣き出してしまった桜。桜だって、本気でそんな事を思ってる訳ではないだろう。でも、不安はどうしても消せなくて。桜は、ずっと苦しんでたんだろう。なにをやってるんだよ、遠坂。

 

遠坂にも色々難しい問題とか、抱えてきた苦しみとかもあるんだろう。でも、妹を泣かせるなんて絶対にしてはいけない事なんだ。それは兄であれ姉であれ同じ。たとえどんな事情があってもだ。

 

「……落ち着いたか?」

 

「……はい。申し訳ありませんでした先輩」

 

しばらく背中をさすっていると、桜は落ち着きを取り戻す。そして、儚げな笑みを浮かべる。その笑みはまだ完全なものではなかったけど、さっきまでの痛々しい泣き顔よりは全然マシだった。

 

「遠坂と話したいんだよな?」

 

「……そう……ですね……」

 

俺の確認に、桜は躊躇いながらも頷いた。俺は今の桜の気持ちを、痛いほど理解できた。きっと、この前の俺と同じ感じなんだろう。怖いのは今も変わらない。でも確かめてみたいという気持ち。

 

そんな気持ちを、桜はずっと抱えてきた。それはつまり、桜にとって遠坂が、それだけ大切な存在だという証だった。俺にとっての家族のように。それが分かるからこそ、俺は桜にこう言うんだ。

 

「なら、俺が遠坂と話してみるよ」

 

「え……でも……」

 

「大丈夫だ。きっと遠坂だって、桜と昔のように話したいと思っている筈だ。俺はそう信じてる」

 

「先輩……ありがとうございます」

 

俺がそう言うと、ようやく桜はいつもの柔らかい笑顔を見せてくれた。これは責任重大だな。絶対に失敗はできない。だけど俺は、今の自分の言葉に絶対の自信を持っていた。何故ならあの日……

 

『衛宮君は、あの娘の家族とかどんな感じなのか知ってるかしら? ……家族との関係とか……』

 

弓道場で桜を見ていた時、遠坂は桜の家族関係を気にしていた。それはつまり、遠坂が今も桜の事を大切に思ってるという証だろう。でも今さら、なにもなかったようには振る舞えないんだろう。

 

遠坂は、素直じゃない性格をしてるしな。まあ、それで桜を不安にさせていたら駄目なんだけど。どんなに強く想っていても、言葉にしないと絶対に伝わらない。これも先日、俺が実感した事だ。

 

母さんの想いを理解したあの一件。あれで俺は、大切な事を学んだんだ。あれから俺はできるだけ自分の想いを言葉にして、イリヤ達に伝えようと思うようになった。まだ言えた事は少ないけど。

 

だから俺は、遠坂達にもそれを知って欲しかったのかもしれない。後はなによりも、お互いに大切に想う姉妹の間にある溝を埋めたかった。余計なお節介と遠坂に文句を言われるかもしれないが。

 

…………………………………………………………

 

「来てくれたんだな、遠坂」

 

「……ったくもう。あんな電話で素直に来る奴は滅多にいないわよ。一方的に呼び出したりして」

 

朝練が終わった後、俺は遠坂を呼び出した。遠坂が言う通り、かなり一方的に。だけどそれは……

 

「俺だって、あんな事はしたくないさ。だけど、ちゃんと話をしたくても強引に誤魔化して逃げる遠坂が悪いんだぞ? 桜の名前を話題に出すと、絶対に話をしようとしなかったのは誰なんだよ」

 

「それは……」

 

遠坂としてもそれを指摘されると痛いんだろう。気まずそうに目を逸らす遠坂の姿に、俺はため息をついた。そうやって逃げてる間に桜がどれだけ不安になっていたのかを、教えてやらないとな。

 

「なあ、遠坂。俺は、遠坂達の家の事情は詳しくは知らないし、聞くつもりもない。だけど、桜がどんな気持ちでいるのかは知ってる。さっき桜に直接聞いたからな。だから言わせてもらう……」

 

「……あの娘は、なんて?」

 

「怖いって……遠坂が、もう自分の事を妹だと思ってないのかもしれないと思うと、怖くて怖くてたまらないって言っていた。だから遠坂になにも聞けなくて、踏み込んでいけないんだって……」

 

「そんな事は……!」

 

「ないんだろ? そんな事は知ってるよ。でもな遠坂。心の中でどれだけ強く想っていても、本人に直接言わないと、絶対に伝わらないんだぞ? 特に不安を抱え込んでしまう桜みたいな娘には」

 

「そうね……その通りだわ。でも私だって……」

 

「ん?」

 

桜の気持ちを遠坂に語り終えると、遠坂は表情を暗くして俯き、小声でなにかを呟いた。なので、もう一度言って貰おうと近付いてみた。すると、遠坂が勢いよく顔を上げて、俺の顔を見てきた。

 

「私だって、怖かったんだから!」

 

「っ!?」

 

悲鳴を上げるような遠坂の叫びに、俺は固まる。あの遠坂が、怖かっただって? 今までの遠坂を思い出して驚く。だけど、すぐに考えを改める。そうだよな。遠坂にだって、怖い事はあるよな。

 

そんな俺の考えを肯定するように遠坂は続けた。

 

「あの娘が私を嫌いになってるんじゃないかって考えると怖くて、足がすくんじゃうのよ! 家の事情だから仕方ないって自分に言い聞かせても、あの娘の顔を見るとそんな理屈忘れちゃうし!」

 

「遠坂……」

 

「だって、私の存在が桜を追い出したんだもの。私がいたから、桜は家にいられなくなって……」

 

「待ってくれ。なんでそんな話に……?」

 

一体どういう事だ? さっきは聞くつもりはないと言ったけど、さすがにこれは意味不明すぎる。俺が聞くと遠坂は少し躊躇う様子をみせたけど、やがて諦めたようにため息をついて語り始めた。

 

「衛宮君、魔術師についてどこまで知ってる?」

 

「どこまでって……ほとんど知らないぞ」

 

「そう。お母さんには聞かなかったのね。まあ、彼らはもう魔術師の家を捨てたんだものね……」

 

「どういう事だ?」

 

「ほとんどの魔術師の共通の目的はね、『根源』へと至る事なの。まあ、これについては説明すると結構長くなるし、今回の話にはあまり関係ないから説明は省く事にするわね? それでね……」

 

遠坂は語る。魔術師達は代々、根源へと至る為に子孫に自分達の魔術を伝えてきた。根源へと至る事はあまりにも困難であり、人の一生をかけても達成する事はできない事が多いから、だそうだ。

 

「だから次の世代に魔術を伝える。これは当然の事だから分かるでしょう? だけど魔術師の世界には、それにあたって1つのルールがあるのよ」

 

「ルール?」

 

「一子相伝。つまり魔術師は、複数の子供に魔術を継がせる事はないのよ。どこの家系でもね」

 

「なんでさ?」

 

遠坂の説明に、意味が分からなくて首を傾げる。だってそうだろう。あまりにも非効率的すぎる。そんなに達成が困難な目的なら、むしろより多くの人間に魔術を伝えた方がいいに決まっている。

 

「『魔術刻印』が原因よ」

 

「魔術刻印?」

 

「簡単に説明すると、先達の魔術師達が一生涯をかけて研鑽した、魔術の研究成果を記録してきた魔術書といったところかしら。だから魔術を継承するというのはね、この魔術刻印を継承するって事なの。自分の血を継いだ子供に移植するのよ」

 

「へえ」

 

「それでね? ここで本題に入るんだけど。その魔術刻印は、複製したりする事ができないのよ」

 

「あ、つまりそういう事なのか」

 

「そういう事よ」

 

遠坂が長々と説明してくれた事を理解した俺は、ようやくさっきの一子相伝というルールの理由を理解した。つまり魔術の継承は、最大1人が限度という事か。でも、それなら子供が二人いたら?

 

「その場合、道は2つに1つよ。まず1つ、1人に魔術刻印を継承させて、もう1人は魔術の事を一切教えずに、普通の子供として育てる。そしてもう1つは……他の魔術師の家に養子に出すの」

 

「っ!?」

 

遠坂が言った言葉に、俺は目を見開く。ちょっと待ってくれ。養子に出す? それってまさに……

 

「そう。桜は、そのもう1つの道の為に間桐の家に養子に出されたのよ。間桐の家は、後を継げる人間がいなかったからね。慎二には魔術の才能がなかったから。反対に桜はかなり才能があった」

 

「待て待て待て。え? じゃあ桜は、魔術師って事なのか? っていうか、間桐って魔術師?」

 

「落ち着きなさい。まず、桜は魔術師じゃない。引き取られたすぐ後に、間桐の魔術師は何者かに殺されたっていう話だから。つまり、間桐の家は今は魔術師の家系じゃないっていう事になるわ」

 

あの娘の事については色々と調べたから、と遠坂が言った。それを知ったのはこの町に帰ってきてからの事らしいけど。子供の頃ではそれを調べる事はできないだろうから、それは納得だった。

 

「桜に直接聞くのも、怖くてできなかったし」

 

「……それは分かったよ。だけどさ、もう1つの道を選ぶ事はできなかったのか? そうしてれば桜は、養子に出されなくても良かった筈だろ?」

 

「言ったでしょ? 魔術師達にとって、根源へと至る事は悲願なの。お父様もそれは同じだった。だから桜に魔術を学ばせたかったのよ。あの娘の才能は、それだけ素晴らしかったという事よ」

 

「……」

 

桜の意思が一番大事だろ、と俺は思ったが、魔術を知らない俺とは価値観が違うという事だろう。魔術師は人でなしが多いとルビーが言ってたが、こういう事なのかもしれない。大変なんだな。

 

「遠坂のお父さんは、今は?」

 

「……亡くなったわ」

 

「……そうか。悪い……」

 

「いいわよ。もう昔の事だし」

 

二人の事情を改めて理解した俺は、軽いため息をついた。本当に複雑な事情があったんだな……

 

「まあ、それはともかく。桜の気持ちはもう理解しただろ。なら、もう怖がる必要はないだろ?」

 

「……そうね。努力してみるわ」

 

「そうしてくれ」

 

驚愕の事実が幾つも出てきたが、結局のところ、後は二人に任せるしかない。これ以上は無粋だ。この時の俺はそう思っていた。まさかあんな事が起こるなんて、今の俺には分かる筈もないから。




この作品では、蟲爺はキリツグが殺っています。
なので、桜は蟲に襲われていません。
トッキーも、何らかの不幸があった設定です。
優しく平和な世界がプリヤ時空ですから。
さて、桜がこの後どうなるのか……
それは今後を見てください。
最後の日常編は、次回で終わります。

その後は、一気にギル戦に行きます。
いよいよツヴァイ編も最終局面です。
お楽しみに。

それでは、感想待ってます。


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聖妹戦争(祭?)

いよいよ最後の日常回。
それでは、どうぞ。


【士郎視点】

 

「わあ~!」

 

「まさか、自分の体で来られるとはね~♪」

 

イリヤとクロの嬉しそうな声が、俺の鼓膜を震わせる。今日は、8月5日。時刻は夕方。俺達は、多くの人達で賑わう夏祭りの会場へと来ていた。全員が、セラに着付けてもらった浴衣姿で。

 

「皆、もう居るかな~♪」

 

「ちょっとイリヤ。あなた、今日の目的を忘れてないでしょうね? 普通に皆で楽しむつもり?」

 

「あ、そうだった……」

 

「なんの話だ?」

 

海に行った時のイリヤの友達との待ち合わせ場所に向かう途中、イリヤとクロが良く分からない話をし始めた。イリヤとクロには今日の夏祭りでなにか目的があるみたいだけど、一体なんだろう。

 

「こっちの話よ」

 

「あ、あはは。そうそう」

 

「なんなんだよ、一体……」

 

どうやら、教えてくれるつもりはないらしいな。あからさまに誤魔化して笑うイリヤと、すました顔で流すクロ。なんだか仲間外れにされたような気分になってしまうが、俺は諦める事にした。

 

「あ、皆居た」

 

「どうやら、私達が最後だったみたいね」

 

「皆~!」

 

「おお、来たかイリヤズ」

 

「それと、イリヤの兄貴も」

 

「こ、こんばんは」

 

「ああ、こんばんは」

 

待ち合わせ場所に居たのは、いつもの3人と美遊だった。あれ? 確かあと1人、凄く元気がいい子がいたと思うんだけど。その子だけ居ないな。でもさっき、イリヤ達は全員居ると言ってた筈。

 

「なあ、あと1人居るんじゃないか?」

 

「ああ、タッツンの事ですね」

 

「タッツンなら、もう1人で突撃してます」

 

「タツコちゃんが、我慢できる筈ないですし」

 

「だよね……」

 

「目に浮かぶわ。あのタツコの事だから、どうせテンションマックスで祭りに突撃してるだろうと思ったわ。だから私達も数に入れてなかったの」

 

「そ、そうか……」

 

そういえばあの子、海の時も車道に飛び出して車に轢かれてたっけな。イリヤ達の達観したような顔に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。その件に納得したところで皆の姿を改めて見てみる。

 

「皆も浴衣なんだな。良く似合ってるよ」

 

「えっ……と……」

 

「さ、さすがイリヤ兄。さらっと褒めてきたな」

 

「意外に嬉しかったりして……」

 

「む~……お兄ちゃんってば、また……」

 

「ホント、呼吸するようにフラグ建てるわね」

 

「油断も隙もない」

 

「なんなんだよ、その反応は……」

 

3人が顔を赤くして、イリヤとクロと美遊が頬を膨らませて睨んでくる。なんでさ? イリヤ達の不満そうな顔にため息をつく。ただ浴衣を褒めただけだろ。一体なにが不満なんだよ、3人とも。

 

「それより、早く会場に入ろうか」

 

「そうだね。じゃあ皆、行くよ~!」

 

「「「おう(うん)!」」」

 

いつまでもここにいても、意味がない。先に突撃していった子とも合流しないといけないし。そう思った俺の提案に全員が同意し、いよいよ夏祭りの会場に入ろうとした時、俺の右手が掴まれた。

 

「えっ?」

 

「ちょっと待ってお兄ちゃん」

 

「クロ?」

 

一体誰が、と思って振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたクロがいた。そうやって俺達が足を止めている内に、イリヤ達の姿が人込みの中に消えていってしまった。まずいぞ、はぐれる。

 

「どうしたんだクロ。早くしないと、イリヤ達とはぐれちまうぞ。イリヤは、携帯持ってないし」

 

「大丈夫よ。ちゃんと合流場所決めてあるから。私とイリヤと、美遊の3人でね。だからちょっと付き合って。実はね、今日は交代でお兄ちゃんと夏祭りを楽しむっていう協定を結んだのよ♪」

 

慌てる俺とは違って、楽しそうに笑いながらそう言ってくるクロ。おいおい。いつの間にそんな事を決めたんだ。でも待てよ? それって、イリヤとクロと美遊の、3人だけで決めたんだよな? 

 

「え? だけど、友達はどうするんだよ?」

 

「だから大丈夫だってば。1人くらい抜けても、他の皆で楽しく遊べるから。それとも、なに? 私達とお祭りを回るのは嫌なの、お兄ちゃん?」

 

どうやら、最初から計画していただけあって全て計算ずくだったらしい。俺の反応も含めてな。

 

「いや、そんな事はないけどさ」

 

可愛い妹にそんな言い方されてしまっては、俺は断る事ができない。そして、そんな妹達をさらに可愛いと思ってしまう自分がいる。これは、セラにシスコンと言われても仕方ないかもしれない。

 

友達と遊ぶよりも、俺と祭りを回る事を優先してくれる妹達に、嬉しいと感じてしまうんだから。これが娘を持つ父の気持ちというやつだろうか。いや、俺は父じゃなくて、兄なんだけどさ……

 

「それじゃ行きましょ。ふふふ、これから30分は私だけの時間よ。誰にも邪魔はさせないわ」

 

こうして、妹達との夏祭りが始まったのだった。

 

…………………………………………………………

 

「で、どうするんだ?」

 

「う~ん……どれも面白そうなのよね。イリヤの中からずっと見てきたけど、自分で体験するのは初めてだから。あ、あれやってみたかったのよ」

 

クロと二人で祭り会場を歩きながら話す。クロはずっとイリヤの中から世界を見てきた。その事はクロから聞いてたから、今のクロのはしゃぎようを見て嬉しくなる。念願叶って、という感じか。

 

「射的か。確かに、祭りの定番だな」

 

「お兄ちゃん、あれ取ってよ」

 

「え、俺がやるのか……? ついさっき、自分でやりたかったって言ってたじゃないか。それに、あんな小さいのは取れないぞ。無茶を言うなよ」

 

クロが興味を示したのは射的。コルク銃で景品を狙い、撃ち落とすあれだ。ところが、クロは何故か俺に景品を取ってくれと言い出した。さっきと言ってる事が違う。それに、その景品は小さい。

 

簡単には取れそうにない。しかし、困惑する俺を無視してクロは、屋台のおじさんにお金を払ってしまう。そして、おじさんから渡されたコルク銃を満面の笑みで俺の手に渡してきた。えっと……

 

「大丈夫だってば。お兄ちゃん、標的を狙うのは得意でしょ? 弓道部だし、アーチャーだし♪」

 

「いや、アーチャーは違うだろ……」

 

それ、俺が使うクラスカードじゃないか。それに銃と弓じゃ全然違うし。と言っても、クロは無視するんだろうな。はあ、仕方ない。外しても文句言うなよ? そうクロに忠告して、銃を構える。

 

「……っ!」

 

「あ、横にずれた」

 

良く狙って撃ったけど、クロの言う通り僅かに横に外した。だが、今のでこの銃の感覚は掴んだ。再びコルクを装填して、狙いを微調整する。意識を集中して、静かに引き金を引いた。すると……

 

「今度は当たった! でも、落ちないわね」

 

「当たった場所が悪かったな。だけど……」

 

景品は動いたが台からは落ちない。だけど、狙う場所は分かった。次で落とせる。さっきはクロにああ言ったけど、いざやってみると自分でも驚くほどに集中している自分がいた。今度こそ……

 

最後のコルクを装填し、三度狙いをつける。意識をさらに集中して、引き金を引こうとした時……

 

「取れなかったら、キスしちゃうから♪」

 

「なっ!? あ……」

 

集中している俺の耳元で、クロがとんでもない事を言ってきた。それに驚いた俺は、つい引き金を引いてしまった。その結果、狙っていた景品から外れたコルク弾はその隣の景品を撃ち落とした。

 

「クロ、お前……」

 

「あははは、冗談だってば♪」

 

「はいよ兄ちゃん、持ってきな」

 

慌てる俺をからかって心底楽しそうに笑うクロ。そんなクロを見ていると、口から出掛かっていた文句が出てこなくなってしまう。そんな俺に苦笑しながら、屋台のおじさんが景品を渡してくる。

 

「ほら。欲しがってたやつじゃないけど」

 

「良いよ。私、別に本気であれが欲しかったって訳じゃないからね。お兄ちゃんと楽しく遊べれば私はそれでいいのよ。それに、これも良い物よ。お兄ちゃんが取ってくれた物だしね。嬉しいわ」

 

そう言ってクロが見せてきた景品は、シャボン玉セットだ。シャボン液と専用のストローがついたあれだ。それらが入った箱に、ピンク色のリボンが巻かれている。クロは嬉しそうにそれを見た。

 

「それに、これをこうして……」

 

箱に巻かれたリボンを外したクロは、そのリボンを自分の髪に結んだ。そして、その場でクルリと回って、花が咲いたような笑顔を浮かべた。その笑顔は見てるこっちが嬉しくなるような笑顔で。

 

「どう?」

 

「ああ、良く似合ってる」

 

「でしょ?」

 

そうやって笑うクロは、どこにでもいる子供だ。だけど、クロの秘密を知る俺にとっては、まるで奇跡のような光景だった。あの時、体が消えかけて泣いていたクロを、俺は知っているから……

 

「次はどうする?」

 

「これ、やりたいな」

 

射的を終えた俺がクロに次にやりたい事を聞いてみると、クロはシャボン玉セットを掲げた。クロの言葉に頷いて、人が少ない場所へと移動する。それから少し歩いて、丁度良い場所を見つけた。

 

「ここならいいだろ」

 

「そうだね」

 

クロは箱を開けてシャボン液を片手で持ち、専用のストローをその液につけて咥える。そして静かに息を吹き込むと、ストローの先から、幾つものシャボン玉が空を舞う。懐かしい光景だった。

 

「……」

 

それからしばらくの間、無言の時が流れる。クロは最初、楽しそうにシャボン玉を吹いていたが、やがてどこか寂しそうな表情に変わる。その表情の変化に、俺はどこか不安感を抱いてしまう。

 

「どうしたんだ?」

 

「……別に。つまらない考えが浮かんだだけ」

 

「つまらない考え?」

 

「うん。なんか、空中で弾けて消えるシャボン玉を見てたらね、私に似てるなぁって思ったの」

 

「っ!?」

 

クロの言葉を聞いた俺は、目を見開く。まるで雷に打たれたように身動きできなくなってしまう。

 

「私もさ、いつフッと消えちゃうか分からない、泡沫のような存在だから。ね、似てるでしょ?」

 

「クロ!」

 

「……お兄ちゃん」

 

「そんな事は、二度と言うなよ。クロは、俺の妹なんだ。なにがあっても、絶対に消させない」

 

「……ありがとう」

 

俺の言葉を聞いたクロは、儚げな笑みを浮かべてお礼を言った。その笑みは、どこか諦めを含んでいるような色をしていて、俺は唇を噛んだ。クロはまだ、そんな不安を胸に抱えているんだな……

 

…………………………………………………………

 

「じゃあ美遊、バトンタッチよ」

 

「うん」

 

クロとのそんな時間は、シャボン玉で遊んでいる内に終わりを告げた。それから合流場所とやらに行ってみると、そこに美遊が1人で待っていた。どうもこうやって順番に交代するつもりらしい。

 

クロとさっきの話を続けたかったけど、今は無理らしい。美遊の事も大事だしな。クロとはまた家で話せばいいし。そうやって気分を切り替えた俺の目の前に、美遊が立っていて見上げてきた。

 

「あの、よろしくお願いします」

 

「ああ、こっちこそな」

 

離れていくクロの背中を見送ってから、美遊と共に会場を歩く。クロは嬉しそうに屋台を見て歩いていたが、美遊はどこか不思議そうな表情で歩いている。もしかして、美遊も祭りは初めてか?

 

「はい、不思議な光景です」

 

そう思って確認してみると、やはり美遊はそれを肯定してきた。海といい祭りといい、美遊は他の子供が当たり前のように見た事がある物を見た事がない事が多いようだ。どんな生活してたんだ?

 

「じゃあ、綿飴でも食べるか?」

 

「綿飴……聞いた事があります」

 

そんな美遊に色々教えてやろうと、祭りの定番のお菓子の名前を出してみる。すると案の定、実物を見た事はないようだな。綿飴屋の屋台は、少し探せば簡単に見つかる筈だ。定番のお菓子だし。

 

「あ、あった」

 

少し歩いた所で、無事に綿飴の屋台を見つけた。だが、俺は忘れていた。美遊という娘の性格を。

 

「……おかしいです、士郎さん」

 

「いや、あのな美遊……」

 

「確か綿飴というものは、砂糖を溶かして綿状に加工しただけの単純な食べ物の筈です。原価は、砂糖のみでは数円、包装の袋を考慮しても数十円程度。なのに、どうして500円なんですか?」

 

「だからな、それは……」

 

「飲食店の原価率を25%と仮定しても200円程度が妥当で、値段設定が明らかに高すぎます。つまりあの店は明らかに、酷いボッタク……」

 

「わー、わー、わー!」

 

な、なんて事を言うんだ、美遊。しかも、お店の目の前で言うんじゃない。店主のお姉さん、凄い目で睨んでくるし。俺は慌てて美遊の口を塞いで店から離れる。そういえば、こういう娘だっけ。

 

店から離れてため息をつき、ゆっくりと美遊の口から手を離す。美遊は何故俺が口を塞いで店から離れたのかが分からないようで、不思議そうな顔で俺の顔を見上げてくる。なんと言うべきかな。

 

「あのな美遊。祭りっていうのは、そういう風に考えるものじゃなくてだな……え~っと……」

 

「よく分かりません。そういえばさっき、イリヤにも同じような事を言われました。一体どういう事なんでしょうか? 詳しく教えてください」

 

「どう言えばいいかな……あまり深く考えずに、楽しめばいいんだけど。美遊には難しいかな?」

 

「深く考えずに……」

 

イリヤも同じ苦労をしていたか。美遊の言葉に、俺は冷や汗を流す。美遊が色々と考えてしまう娘だと理解してるけど、祭りは理屈で考えて楽しむものじゃない。俺はしばらく頭を悩ませるが……

 

「……美遊はさ、イリヤとかクロとか友達とかと一緒に遊ぶ事が、理屈抜きで楽しくないか?」

 

「……楽しい、です。とても」

 

「俺とも?」

 

「勿論です」

 

「じゃあ、それでいいんだよ。大切なのは、大事な人と一緒に過ごして、目一杯楽しむ事なんだ」

 

「……」

 

そう。結局のところ、祭りはそういう風に過ごすイベントの筈だろう。こうして一緒に過ごして、楽しいと思えればそれで十分だ。難しく考えて、なにも楽しめなくなってしまっては本末転倒だ。

 

「極端な話、なにも買わないのも手だ」

 

「成る程。分かりました」

 

「いや、あくまで極端な話だからな?」

 

「はい」

 

本当に分かってるのか? あの美遊だけに、絶対分かってるとは言い難い。そんな不安感を感じたけど、取り敢えず次に行こう。そう判断した俺は美遊と共に再び歩き出す。なにが良いかな……

 

「あ、あの……」

 

「ん? どうした美遊?」

 

周囲の屋台を見ながら歩いていると、美遊が遠慮がちに声を発した。その声に振り返ってみると、美遊がモジモジしながら俺の顔を見上げていた。

 

「その……」

 

「なにかやりたい物でも見つけたか?」

 

「いえ、そうではなくて……」

 

「?」

 

「手を……繋いでも良いですか?」

 

「なんだ、そんな事か。勿論良いぞ」

 

そうか。美遊は大人っぽいから、これを言うのが恥ずかしかったんだろう。美遊の可愛らしいお願いに顔を綻ばせながら、俺は美遊の手を握った。すると美遊は顔を赤くしながらも柔らかく笑う。

 

それから俺と美遊はリンゴ飴を食べたり、うちわを買ったり、ヨーヨー釣りをしたりした。一緒に屋台を回ってみて、改めて美遊の凄さを見たりもした訳だが。何個取るつもりなんだ、ヨーヨー。

 

そうやっている内に、あっという間に時は過ぎ。次のイリヤの番になったので、お開きになった。

 

…………………………………………………………

 

「やっと私の番だー!」

 

「それはイリヤがじゃんけんに弱いから……」

 

「うぅ……それを言わないでよ」

 

イリヤとの合流場所に行ってみると、そこにいたイリヤが満面の笑みでこっちに走ってきた。二人の会話から察すると、じゃんけんで順番を決めたらしい。確かにイリヤはじゃんけん弱いからな。

 

「よーし。待たされた分、思いっきり楽しむよ」

 

「はは、じゃあ行くか」

 

「うん!」

 

イリヤと一緒に祭りを回るのは、一番気心が知れてる分楽だった。クロと美遊は手探りだったが、イリヤが喜ぶものは良く知っているからな。前の二人と一緒に回るのが、嫌だった訳ではないが。

 

自然と手も繋いで、クロ達と行っていないエリアを目指して歩き出した。そうして歩いていると、イリヤが好きそうなものがあった。隣のイリヤを見てみると、案の定目を輝かせてそれを見た。

 

「あの輪投げの景品って、マジカル武士道ムサシのやつだ! ねえお兄ちゃん、あれやろう!」

 

「はいはい」

 

おじさんにお金を払って、イリヤが欲しがってる景品を狙う。本物の魔法少女になったのに、まだイリヤは魔法少女もののアニメが好きらしいな。俺が放った輪は、見事にその景品をゲットした。

 

「ほら、イリヤ」

 

「ありがとうお兄ちゃん!」

 

やれやれ。大はしゃぎするイリヤに苦笑しながらイリヤの頭を撫でる。するとイリヤは、えへへ、ととても嬉しそうに笑った。あまりにも幸せそうなイリヤのその笑顔に、こっちまで嬉しくなる。

 

「なんか、お兄ちゃんにこうされるの久しぶり」

 

「そうだっけか? ……そうかもな」

 

イリヤの言葉に、最近の出来事を思い出して俺は頷いた。そういえば、イリヤとこうして二人だけで遊ぶ時間がなかったような気がする。最近は、クロと美遊がいるし。それも楽しいんだけど……

 

「たまには、二人だけで遊ぶのも悪くないな」

 

「うん。最後のカードが回収できたら、また二人でどこかに行きたいな。たまにで良いから……」

 

「そうだな」

 

クロ達が邪魔な訳ではなくて、こうしてイリヤと二人でいる時間も大切なんだ。久しぶりにそんな気分を味わいながら、俺達は再び歩き出す。そうして歩いていると、またイリヤが立ち止まる。

 

「あ、あれは、マジカル武士道ムサシのお面!」

 

「欲しいのか?」

 

「うん!」

 

本当に好きなんだな、あれ。キラキラと目を輝かせてはしゃぐイリヤに苦笑しながら、俺はお面を買って、イリヤに渡してやる。少し甘やかせすぎかもしれないが、イリヤに頼まれると断れない。

 

「ホント、衛宮君ってシスコンよね」

 

「ふふふ、それが先輩ですから」

 

「え? その声は……」

 

「凛さん! と……桜さん?」

 

その時、後ろから知ってる声が聞こえた。驚いて振り返ってみると、やっぱり想像通りの人達が並んで立っていた。遠坂と桜だ。二人とも浴衣で、どうやら二人で夏祭りに来ているようだった。

 

二人の様子はまだぎこちなさが残っているという感じだったけど、こうして二人で夏祭りに来る事はできるようになったようだ。その事に安堵する俺だが、イリヤは少し機嫌を悪くしたみたいだ。

 

「むう……せっかく二人きりだったのに」

 

「別に邪魔するつもりはないから安心しなさい」

 

「……ホントに?」

 

「ええ。私達も私達で忙しいから」

 

「それでは先輩、また今度……」

 

「ああ、じゃあな」

 

そう言って遠坂と桜は人混みの中に消えていく。その後ろ姿をイリヤは不思議そうに眺めて、俺の顔を見上げてきた。なんであの二人が一緒にいるのかと言いたいらしい。だが、それは言えない。

 

「知り合いなんだろ。それよりも、そろそろ花火が始まる時間になるぞ。どうするんだイリヤ?」

 

「え、もうそんな時間? う~……まだまだ全然遊び足りないのに。やっぱり、凛さんのせいだ」

 

「別に、今日が最後じゃないだろ。夏休みはまだまだあるんだ。最後のクラスカードを回収したらどこかに遊びにいくってさっき約束しただろ?」

 

「ホント? 絶対だよお兄ちゃん!」

 

「ああ、約束だ」

 

このあと俺達は、クロ達と合流して花火を見た。この約束をした時には、まさかあんな事になるだなんてまったく思っていなかった。そう、この時の俺達はまだ自分達の運命を知らなかったんだ。

 

そう、これが最後の平穏になるだなんて。この時の俺達には、分かる筈もなかったのだった……




1話にまとめるのが大変な回でした。
しかし、2話に分ける訳にもいかなくて。
少し不完全燃焼だった回でした(私の中で)。
書いてみると思ったより文字数を取られてね。
本当は1人1人をじっくりやりたい。
凛と桜の出番ももう少しある予定でした。
しかし、まあこんなものかとも思います。
本番は次回からのギル戦ですから。

それと、前回の話のコメントで指摘された事について、野暮かもしれませんが言っておきます。
蟲に襲われてないのに、桜の見た目が原作と同じなのは何故なのか、という理由です。
それはしつこく言っていますが、この作品の独自設定が理由になります。
この作品では、桜は元からああいう見た目だという事になっています。

それではまた次回。
感想待ってます。


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最後のカード

いよいよ最後の戦いが始まります。
今回は、ギルガメッシュ戦の序章です。
それでは、どうぞ。


【士郎視点】

 

「エーデルフェルト邸、再建おめでとう。悪いなルヴィア、大したお祝いもできなくてさ……」

 

「まあ、士郎(シェロ)ったら。わたくし達の間に、そんな他人行儀な事は不要ですわ。おほほほ。ですからどうか、お気になさらないでくださいまし」

 

「えっと……ルヴィア、近い近い」

 

「ちょっと! アンタ達、離れなさいよ!」

 

「そうよそうよ!」

 

「お兄ちゃん……」

 

「いや、なんで俺が睨まれるんだよ!?」

 

夏祭りから3日。俺達は、再建されたルヴィアの屋敷に集まっていた。ところが、何故か俺が妹達と遠坂に白い目を向けられている。なんでさ? そんな風に混乱する俺を置いて、話は始まった。

 

「さて、本題に入るわよ。九枚目のカード回収の為の作戦会議よ。つい数時間前、この屋敷の再建と同時にボーリング工事が終わって、地中深くに眠っていたカードの元へようやく辿り着いたわ」

 

「あとはこれまで通り。鏡面界にジャンプして、カードを回収するだけという事になりますわね」

 

「簡単に言ってくれるわね……」

 

「うぅ、また黒化英霊(あんなの)と戦うんだね……」

 

遠坂達の言葉に、イリヤとクロが心底うんざりしたような声を出す。二人の気持ちは良く分かる。俺もできれば、もうあんな戦いはごめんだった。それに、もう1つの懸念事項がある。それは……

 

「あの、バゼットさんはどうするんですか?」

 

「うん、それが問題その1ね」

 

やっぱり、それが問題だよな。美遊と遠坂の言葉に心の中で頷く。バゼットはあの日の約束通り、イリヤ達を襲う事はなかった。だけど、バゼットの存在は無視する事はできなかった。絶対に……

 

「彼女も同行する事になったわ。とは言っても、もちろん仲間じゃないわ。どちらが先にカードを手にするか。つまり、競争相手というところね」

 

「競争、か……」

 

まあ、そんなところか。今日までの数週間、俺はバゼットと何度か話した。それで分かったのは、バゼットは私生活は全然ダメだが、仕事や戦闘に関しては一切の妥協も融通も利かないって事だ。

 

「ならとにかく速攻ね! あっという間にケリをつけて、あのバサカ女より早くカードを回収!」

 

「事はそう簡単じゃないわ」

 

「……どういう事?」

 

黙って話を聞いていたクロが気合い十分という顔で言った言葉を、何故か遮る遠坂。そんな遠坂の言葉に出鼻を挫かれたクロが不満そうな顔をして聞き返すと、遠坂は指を二つ立てて顔を歪める。

 

「問題その2よ。九枚目のカードは、これまでのカードとは比じゃないほどの魔力を吸ってるの。よりにもよって、地脈の本幹ど真ん中。二ヶ月半にも渡って膨大な魔力を吸収し続けているのよ」

 

「地脈が収縮するほどの吸収量……ですか」

 

「一体、どんな化物になっているのか。まったく想像もつきませんわね。厄介な事ですわ……」

 

遠坂の言葉を聞いた美遊が、不安そうな顔で横にいるルヴィアを見る。その視線を受けたルヴィアの表情も強張っていて、最後のカードの厄介さを物語っている。そんなにやばい相手なのか……

 

『ですが、ならばこそ……クロさんの仰った通りに一瞬で終わらせるべきではないでしょうか?』

 

「その通りね……正体不明にして、おそらく過去最強の敵。そんな相手に取れる作戦は1つだけ。最大火力をもって、初撃で終わらせるわよ!」

 

「それが妥当ですわね。けれど……」

 

遠坂が言った作戦は現状で取れる最善策だろう。ルヴィアも、それには異論がないようだが……

 

「手持ちのカードが足りませんわ。バゼットに、半分も渡してしまいましたし。どうしますの?」

 

「それなのよね……今私達が持ってるカードは、キャスター、アーチャー、シールダー。そして、クロの中にあるランサーの四枚。しかもその内、アーチャーは衛宮君が使うから、実質三枚だけ」

 

見事なまでに、火力不足なカードばかりだった。特にシールダーのカードは、実質的に火力は0。せめてセイバーのカードがあれば。だが、これでやるしかない。やらなければ冬木が危ないんだ。

 

「私がなんとかするしかないわね」

 

「クロ……」

 

「……そうね。それしかないわ」

 

「だけど、クロは魔力が……」

 

「魔力補給用のお兄ちゃんの血をたくさん持っていけばなんとかなるでしょ。私1人じゃないし」

 

「これが本当に最後の戦いになるんだし、ド派手にやっちゃいなさい。私達も全力でバックアップするつもりだし、衛宮君も一緒に攻撃しなさい。そうすれば短期決戦でケリがつくから大丈夫よ」

 

「それに対象を殺すという事に関してはランサーの宝具は最強ですもの。心配はいりませんわ」

 

「……」

 

遠坂達の言葉は正しい。だけど、何故か俺は不安を消す事ができなかった。嫌な予感がするんだ。正体不明の、過去最強の敵。想定外の事が起きる可能性は十分ある。だが、他に方法があるか?

 

そこまで考えて、俺の脳裏に過去の黒化英霊との戦いの記憶が甦る。あった。1つだけ可能性が。だけど、上手くいくだろうか。確実性はないが、試してみる価値はある。俺は密かに決意した。

 

「作戦は決まったわ。勝つわよ、皆!」

 

その時、遠坂がそんな言葉で締める。遠坂の言葉に全員が頷く中、俺はカードを握り締めていた。

 

…………………………………………………………

 

『……』

 

ここにこうして立つのはもう三度目だ。無数の剣が突き立つ荒野の中心に俺は立っていた。ここはあの男の世界だ。俺に力を貸してくれている弓の英霊、アーチャー。あの丘に、彼はいる筈だ。

 

草木一本生えていない不毛の荒野の中心にある、あの丘に。そう、俺が見つけた可能性とは、再び彼の力を借りるというものだった。しかも、あの時よりも深く強い力を。あの男の全ての力を。

 

彼は俺の存在を考慮して、最低限の繋がりに力を制限していると言っていた。だけど、今度の敵はそれでは勝てない可能性が高い。いや、絶対勝てないだろう。何故かそんな確信が俺の中にある。

 

決戦は明日。だからそれまでに、勝てる可能性を少しでも上げなければいけないんだ。大切な人達を守りたい。その力を得られるのなら、俺の体がどうなっても構わない。だから俺はここにいる。

 

無数の剣が突き立つ丘を目指し、足を踏み出す。その丘の上に、やはりあの男が立っていた。俺の姿を鋭く睨み付けている姿を見るに、俺がここに来た理由を、すでに分かっているんだろうな。

 

怒っている。確実に。当然だ。俺は、アーチャーから注意されているからな。それを分かった上でここに来た俺は、そんな彼の厚意を無にしているに等しい。だが、俺だって引けない理由がある。

 

彼の視線を正面から受け止め、俺は荒野を進む。そして、丘の麓に辿り着いた。さあ、行くぞ。

 

『……アーチャー』

 

『……まったく、お前は……』

 

人を超えた英霊の威圧感を放ち、辿り着いた俺を睨み付けるアーチャー。だけど、アーチャーは俺に呆れ果てながらも、まだ見捨てるつもりはないようだ。その目を見れば、それは一目瞭然だ。

 

『頼むアーチャー。俺に力を貸してくれ』

 

『……お前の状況は分かっているつもりだ。今度の敵が、今までの相手とは比較にならないだろうという事もな。確かに、今のままでは勝てないかもしれん。だが、それでもこれ以上は駄目だ』

 

『アーチャー!』

 

『駄目だ。お前はこれまでオレの力を幾度となく使って戦ってきた。最低限の繋がりにしてきたがそれでも限界に近い。いや、むしろそうする事によって、徐々にだが確実に力が馴染みつつある』

 

『……』

 

『お前も気付いている筈だ。力を使う度に、オレの力がお前に侵食している事を。カードを使う時の違和感が、徐々に無くなってきているだろう。このままでは本当に、お前は元に戻れなくなる』

 

やっぱりそうか。アーチャーの言う通りだった。その事には気付いていた。確信に変わったのは、バゼットと戦った時だ。最初の頃の俺だったら、バーサーカーの筋力と技量を投影できなかった。

 

私生活にも、それは現れていた。弓の腕が確実に上がっているし、運動能力も高くなった。この力をさらに強く引き出したら、きっと俺はもう元には戻れないだろう。だけど、それでも構わない。

 

『なあアーチャー。俺は、妹を守りたい』

 

『……』

 

『最初にこの力を手に入れた時から、俺はなにも変わっていない。いや、むしろあの時よりも何倍も強い気持ちがあるんだ。だって、守りたい妹が二人も増えちまったんだからな。だから……』

 

だから、俺は自分の全てを懸けて戦うんだ。その意思を瞳に宿して、アーチャーに再び懇願する。

 

『頼む。お前の力を、全て貸してくれ』

 

『本当に、戻れなくなるかもしれないんだぞ? お前がどうなるのか、オレにも予想がつかない』

 

『構わない』

 

アーチャーの最後の忠告に、俺は迷わず答えた。そんな俺を見て、もうなにを言っても無駄と理解したらしいアーチャーが深いため息をつき、肩を竦めた。そして、呆れたという表情を浮かべる。

 

『……やれやれ、本当に馬鹿な奴だ』

 

『かもな。だけど、そうするだけの理由がある』

 

『ほう、それはなんだ?』

 

『決まってるだろ?』

 

アーチャーの言葉に、俺はまた迷わずに答えた。それはあの日からの俺の原動力であり、誓いだ。俺の脳裏に、あの日の夢の言葉が甦る。あの言葉に心から同意したからこそ、今の俺がいるんだ。

 

『俺はお兄ちゃんだからな。妹を守るのは当たり前だろ? 俺が全てを懸けるのはそれで十分だ』

 

『……』

 

イリヤの兄になったあの日に、俺が自分に向けて誓った言葉。そして、こうなった全ての始まりの日に見た夢の中で、俺じゃないどこかの俺が美遊に向かって言っていた言葉。これが俺の全てだ。

 

『……良いだろう』

 

『本当か、アーチャー!』

 

『ああ。だが……本当に限界になった時に、一部だけだ。全てを貸す事はできん。オレもオレで、最後までお前が戻る可能性は捨てられんからな。これが本当に、オレにできる最大限の譲歩だ』

 

『……ありがとう』

 

だけど、もしそれでも足りなかったら? その時俺はどうするだろうか。アーチャーが掛けた制限を壊そうとするに決まってる。俺の方からそれができるかどうかは関係ない。きっとそうする。

 

それはアーチャーも分かっているだろう。だからきっと、これは最後の忠告なんだろう。衛宮士郎でいたいのなら、これ以上はやめろ、と。そんなアーチャーの忠告を胸に刻み、俺は戦いに行く。

 

絶対にイリヤ達を守ってみせると、そう誓って。

 

…………………………………………………………

 

「暗くて殺風景。エクストラステージにしては、随分と華がない舞台ね~。本当にここなの?」

 

「ちょっとクロ。もう少し緊張感持って……」

 

「結構。本番こそ余裕をもって臨むべきですわ」

 

「だけど、集中するのも忘れないように」

 

「は~い」

 

階段を下って目的地を目指しながら、イリヤ達のそんな会話が繰り広げられる。この先に、最後のクラスカードがある。それはつまり、このカードを巡る戦いの終焉がこの先にあるという事だ。

 

「手筈は昨日確認した通りよ。小細工なしの一本勝負。最も効率的で合理的な戦術。すなわち……初撃必殺―――! さあ皆、準備はいい?」

 

「いつでもいいぞ」

 

遠坂の言葉に、この場の全員が頷く。いよいよ、目的地に到着したようだ。広大な地下空間。後はいつものように、鏡面界にジャンプするだけだ。その時、ルヴィアが懐中時計で時間を確認した。

 

「そろそろ時間ですわ。ですけど……」

 

「……来ませんね、バゼットさん」

 

「遅刻者はほっといて先にやっちゃおうよー」

 

「うーん、それもやむなしかしら」

 

「いや、バゼットは来るさ」

 

「時間まで、あと5秒……3、2、1……」

 

ルヴィアのカウントダウンが始まった時、上の方で鉄を踏む音が聞こえてきた。近付いてくる。

 

「来た」

 

「え?」

 

俺が呟いた時、空から人が降ってきた。その姿を確認するまでもない。バゼットだ。静かな殺気をその目に宿して、鋭い目付きで俺達を見てくる。その姿を見たルヴィアは、静かに時計を閉じた。

 

「始めましょうか」

 

「配置について! ジャンプと同時に攻撃を開始するわ! とにかく最大の攻撃を放つだけの作戦だけど、もし敵からの反撃があったら、衛宮君があの盾の宝具で攻撃を防いで頂戴。いいわね?」

 

「分かった」

 

「言うまでもない事だけど、衛宮君もイリヤも、絶対にダメージを受けないようにしなさい」

 

「ああ」

 

「え、なんで?」

 

遠坂が言った言葉の意味を悟って俺は頷く。だがイリヤは分からなかったようで、首を傾げた。

 

「痛覚共有の呪い! 忘れたの?」

 

「あっ、そうか」

 

そんなイリヤに呆れたようにクロが言った事で、ようやくイリヤも意味を悟ったらしい。だけど、そんな俺達の認識をバゼットは否定する。そんな呪いなんて、とうに解呪済みだ、と。え……?

 

「腕は良いが性格は悪いシスターに祓ってもらいました。なにをそんなに驚いているのですか? それほど難解な呪いでもありませんでしたよ」

 

「なら、なんで俺を襲わなかった?」

 

「……貴方は戦力になりますから。決して、弁当が美味しかったからとかではありませんからね」

 

「へえ。そうか。美味しかったのか」

 

「だから違うと言っているでしょう!」

 

「ちょっと、なんの話よ……」

 

「お兄ちゃん?」

 

「バゼットさんとなにをしてたんですか?」

 

「え、なんで皆して睨んでくるんだよ?」

 

あれ? どうしてこうなった? そんなやり取りをする俺達を呆れたように見ながら、遠坂が話を再開する。この戦いは、先にカードを手にした者が所有権を得る。ただそれだけの勝負だ、と。

 

「行きます!」

 

もう何度も味わった鏡面界へのジャンプの感覚。それは世界がズレていくような、奇妙な感覚だ。この日のそれは今までより酷く長い感じがした。そして、ようやくズレきった時、そこには……

 

悪意が満ちていた―――

 

「なっ……」

 

「黒い……魔力の霧!」

 

「これって、セイバーの時と同じ……!?」

 

『……いいえ。これは明らかに、桁違いです!』

 

空間全体を満たす程の、黒い霧。それはまるで、悪意の塊のようだった。全員がその光景に戦慄を感じて身体を固くしてしまったが、そんな俺達をルヴィアが鋭く叱責する。やる事を思い出せと。

 

敵の全身から発せられる黒い魔力の霧が、俺達に襲い掛かってくる。しかしその中を、ルヴィアが一直線に駆ける。そして、敵を拘束する為の魔術を使用した。それは見事に決まり、敵を止める。

 

「まずは捕縛成功! イリヤ! 美遊! 魔力のチャージ開始! 衛宮君も攻撃準備に入って!」

 

「「「了解(はい)!」」」

 

遠坂の声に従い、イリヤと美遊は最大まで魔力をチャージし始め、俺も弓と矢を投影して構える。

 

「なるほど。吸引圧縮型の捕縛陣で敵を一箇所に留めつつ、チャージの時間を稼ぐ。そして……」

 

Vom Ersten zum acbten(1番から8番) Eine Folgeschaltung(直列起動)

 

遠坂が流麗な声で、魔術を詠唱する。その手には短剣が握られていて、幾つもの宝石が宙を舞う。

 

「【打ち砕く雷神の指(トールハンマー)】!」

 

「砲台……か!」

 

「魔力の高速回転増幅路。お互い妨害とかしない約束だけど、一応忠告しておくわ。私達の前には出ない方がいい。消し炭になりたくなければね」

 

遠坂の前に幾つもの魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣はイリヤ達の撃つ魔力砲の威力を何倍にも高める物だ。遠坂の忠告とほぼ同時に、イリヤ達が最大までチャージしていた魔力を解き放った。

 

「やった! 完全に決まった!」

 

「まだよ! まだ気配は消えてない。衛宮君!」

 

「―――I am the born of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)

 

遠坂に言われるまでもない。イリヤ達の魔力砲が敵に命中した瞬間に、俺は投影していた矢を弓につがえて準備していた。遠坂の声でその形を変化させ、敵に狙いを定めて魔力を最大まで高める。

 

「【偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)】!」

 

俺が放った矢は狙い違わず、再生途中で動けない敵を射抜く。敵の身体が半ば崩れて隙ができた。

 

「今よ! 止めを刺して、クロ!」

 

「任せて。掛け値なしの全力でいくわ!」

 

クロの全身から、凄まじい魔力が迸る。今までのクロは、自分の存在を維持する為に魔力を抑えて戦ってきた。けれど今、その枷を外して初めての全力を出そうとしているようだった。大丈夫か?

 

「強化、硬化、加速、再生!」

 

「ルーン魔術の重ね掛け!」

 

「宝具を限界まで強化するつもり!?」

 

「自壊するほどの強化を、再生のルーンで……」

 

クロの全身が、紅く輝く。前傾姿勢で構えていた状態から、凄まじい速度で飛び出した。そして宙に飛び上がって、槍を右手に……いや、右足の指に挟んだ! これは、見た事がない使い方だ!

 

「足は腕の3倍以上の力がある。さあいくわよ、これが本当の……【捻れ穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)】よ!」

 

前方に飛びながら身体を回転させ、限界まで強化した宝具を投擲するクロ。放たれた槍は、空間を捻り切るように飛び、紅い軌跡を描いて真っ直ぐに敵に突き進む。そして、大爆発を起こした。

 

その威力は凄まじく、あの聖剣にすら届くほどの威力に見えた。だからこそ、俺達はこれで決まったと思った。思ってしまった。だが、アーチャーの視力を持つ俺は、それを見た。見てしまった。

 

「っ!?」

 

爆発の光が収まった爆心地にそれはあった。白い壁のような物。いや違う、あれは盾だ。巨大な盾がさっきまで敵がいた場所に存在していた。その意味を理解した俺は、遠坂達に警告を発する。

 

「防がれた! 敵はまだ生きてるぞ!」

 

「そんな、今のを防ぐなんて……」

 

「あんなものどこから……いやそんな事よりも、退却するわよ! 作戦は失敗、一旦戻って……」

 

「では、次は私の番ですね」

 

遠坂の指示が飛ぶ瞬間、それを遮ってバゼットが前に出た。止める暇もない。単身で突っ込むその姿は実に彼女らしいが相手が悪すぎる。敵は俺達の想像をさらに超える存在だと俺は理解した。

 

「美遊は、皆を連れて脱出して! 私はバゼットさんを連れ戻して、一緒に脱出するから―――」

 

そしてこの場には、俺と同じ事を理解した人間がもう1人いた。それは、さっき攻撃したクロだ。

 

「無駄よイリヤ! ……もう間に合わない」

 

「……クロ?」

 

「あの女は―――死ぬわ

 

クロが静かにそう告げた瞬間、盾を飛び越えようとしていたバゼットの身体を無数の剣が貫いた。




エルキドゥ引けました。
いきなりFGOの話ですみません。
しかし、ギル戦の前にエルキドゥを引いた事に、運命を感じてしまいました。

今回はオリジナルのゲイ・ボルクと、士郎の話。
私が考えた使い方ですが、原典でもこれと同じ使い方をクー・フーリンがしているそうです。
水着の師匠も似た技を使いますね。
まず、ゲイ・ボルクを強化と硬化のルーンで強化して、足に強化と加速のルーンを使います。
自分の身体が壊れるほどの強化を施して、それを再生のルーンで無理やり再生しながら槍を放つ。
回転エネルギーも加え、貫通力と威力をさらに強化させるという荒業です。
当然クロも無事では済まず、激痛を伴います。
魔力も大量に消費するので連発もできません。

そして、士郎。
ヤバいフラグが立ちまくりですね。

それではまた次回。
感想待ってます。


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神話の景色

今回は色々悩みました。
それでは、どうぞ。


【士郎視点】

 

「なに……あれ……なんなの!? なにが起きてるのっ!? バゼットさんが、死んっ……」

 

イリヤの悲鳴が周囲に木霊する。無数の剣に全身を貫かれたバゼットが地面に落下していく。全員が身動き1つ取れない。そんな俺達の耳に響く雄叫び。それと同時に黒い泥から、さらに剣が……

 

敵が呼び出した物である事は明白だった。さっきクロの攻撃を防いだあの巨大な盾も、ああやって呼び出したのか。あの強度、もしかして……あれが全部? その事に思い当たり、俺は戦慄する。

 

「刺創……8ヵ所……うち、致命は腹部の二創」

 

その時、バゼットの弱々しい声が聞こえてきた。まだ生きてる。その事に安堵した瞬間、宙に浮いていた無数の剣のうちの1つが凄まじい速度で、動けないでいるバゼットを目掛けて飛んでいく。

 

「バゼッ……!」

 

イリヤの悲鳴にも似た叫びは間に合わなかった。その剣は狙い過たず、バゼットの左胸を貫いた。

 

「心臓を……! あれはもう……!」

 

遠坂の言葉通り、あれはもう助からない。そんな風に思った時、バゼットの小さな声が聞こえた。

 

「条件……完了……!」

 

「なっ!?」

 

完全に死んだと思われていたバゼットが、何事もなかったかのように動き出した。凄まじい速度で敵に向かって突進し、その首を掴んで壁に叩き付ける。その非常識な光景に、俺達は唖然とする。

 

「嘘!? 心臓貫かれたのにどうして!?」

 

「蘇生……」

 

「え!?」

 

「あれは蘇生のルーンよ。あのバサカ女、ホント生意気ね。多分心停止した瞬間に、蘇生のルーンを発動したんだわ。私も同じ事できるけど、1つ間違えれば本当に死んじゃうからやらないのに」

 

「そんなの、宝具クラスの魔術(きせき)じゃない!」

 

「だから、生意気だって言ってるのよ。あの女、正真正銘のバーサーカー女だったって事ね……」

 

クロの解説に、遠坂もルヴィアも驚愕する。あの魔術は、それだけの高等魔術だって事か。そんな俺達の眼前で、その魔術の使い手であるバゼットは敵に拳の乱打を浴びせる。だが、それでも……

 

「くっ!」

 

敵は殴っても殴っても、損傷が即座に再生する。莫大な黒い魔力が、敵に無限の修復力を与えているようだった。加えて、周囲の黒い泥から無造作に現れる無数の剣が、バゼットを遠ざけていく。

 

いや、剣だけじゃない。その泥から現れるのは、様々な種類の武具。槍、斧、槌、杖、そして盾。それらの武具は、攻撃力も防御力も普通の武具を超えている。それが意味する事は、たった1つ。

 

「でも、ムリだわ。いくらバゼットが英霊じみた力を持っていても絶対に敵いっこないわ……」

 

「え? どういう……!?」

 

そう。クロの言う通りだ。何故なら、アレは……

 

「なんの冗談って感じ。アレがなにか分かる?」

 

「アレは、宝具だ。あの無数の武具が全部……」

 

クロの言葉を引き継いで、俺はその驚愕の事実を皆に告げる。あまりにも残酷で、絶望の事実を。あの敵が使う全ての武具が、英霊の切り札である宝具なんだ。俺の言葉を聞いた全員が声を失う。

 

「宝具!? あの1つ1つが、エクスカリバーやゲイ・ボルクのような宝具だと言うんですか!」

 

『そんな、あり得ません! 英霊が持つ己が伝説を象徴する武具が宝具なんですよ? それは原則として1人に1つ……多くとも3つの筈です! それを、あのように無数に持つ英霊など……!』

 

美遊の驚愕の声が響く。そして、俺の言葉を否定するサファイア。だがサファイアは、言葉の途中でなにかに気付いたように、俺の方を見てくる。そう。無数の宝具を持つ英霊は他にもいるんだ。

 

「こっちにも攻撃が来ますわ!」

 

「ルッ、ルビー! 物理保護……」

 

「俺に任せろ」

 

「衛宮君……?」

 

無数の剣が俺達の方にもその矛先を向けてきた。それを見た俺は全員の前に出て、手を前に翳す。頼むアーチャー。今こそお前の力を貸してくれ。そう心の中で念じると、イメージが流れてきた。

 

そのイメージに従い、俺は敵の無数の剣を見る。『視える』。視えるぞ。その剣の基本構造が、手に取るように解る。あとはその構造を、いつもの言葉(じゅもん)でなぞるだけ。俺は、静かにそれを告げた。

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

向かってくる無数の剣と同じ剣を投影して、敵の剣にぶつける。俺の投影した剣は少しだけ強度が落ちるから、ぶつかった瞬間に砕け散る。だが、敵の剣もその勢いを失って、全て弾かれていく。

 

「っ……!?」

 

だけどその瞬間、全身に妙な感覚が走った。寒気にも似たその感覚はすぐに収まったが、俺の中のなにかが警告を発している。この感覚はやはり。頭の中に昨夜のアーチャーの言葉が甦ってきた。

 

『お前は元に戻れなくなる。元に戻れなく……』

 

俺が俺でなくなっていく感覚。どうやら、本当に俺の存在は限界に近付いているようだ。少し制限を緩めただけでこれか。アーチャーが焦っているような感覚も感じる。だけど俺は、止まらない。

 

「皆は脱出するんだ」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「皆はって……アンタはどうするのよ!」

 

「そうです。まさか残るつもりじゃ……」

 

「無茶ですわ!」

 

「無茶じゃないさ。今見ただろ? あいつに対抗できる能力が、アーチャーにはある。あの無数の宝具に対処できるのは俺だけだ。でも皆がいると俺は攻撃に集中できないんだ。分かるだろ?」

 

「それは……確かにそうだけど!」

 

「時間がない。早く脱出するんだ」

 

「こら、待ちなさい衛宮君!」

 

これ以上話していると、バゼットが死んでしまうと判断した俺は説得を中断する。遠坂の怒鳴り声が耳に届くけど、振り返っている暇もない。視線の先のバゼットの姿を見つめて、足を早める。

 

…………………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「っとにもう! あの時から、全然変わってないじゃないの、アイツは! 戻ってきなさいよ!」

 

凛さんの怒鳴り声が周囲に響く。でもお兄ちゃんはこっちを振り向いてくれなかった。ただ一直線にバゼットさんの元に向かって走っていく。その後ろ姿に、私は無意識に右手を伸ばしていた。

 

なんだかお兄ちゃんが遠くへ行ってしまうような気がしたんだ。このまま、2度と会えなくなってしまうような気がして、その事があの恐ろしい敵よりも怖かった。私の大好きなお兄ちゃんが……

 

それは、不思議な確信だった。私がそんな恐怖を感じている横では、凛さん達の話が続いている。

 

「どうするんですの!?」

 

「どうするもこうするも、あの馬鹿を連れて撤退するしか道はないでしょうが! 今の私達じゃ、どうやってもあの化物を倒す手段がないんだし」

 

「そんな事言ってる暇もないわよ! お兄ちゃんを置いてく事もできないけど、この宝具の雨! いい加減、私1人じゃ捌き切れないんだけど! 私は矢避けの加護があるけど、あんた達は……」

 

「士郎さんとバゼットさん、それに私達の方にも同時にこれだけの数の宝具を撃ってくるなんて」

 

『本当にとんでもない英霊ですね、アレ!』

 

『……士郎様……』

 

敵はお兄ちゃん達への攻撃と同時に、私達の事も攻撃してきている。クロが前に立ってそれらを槍で弾いてくれているけど、数が多すぎる。クロの言葉からクロだけならまだ大丈夫そうだけど……

 

私達全員を守る事は、難しいみたい。クロの言葉と状況から、凛さんもそれを理解したみたいだ。悔しそうに唇を噛んで、なにかを考え込んでる。もしかして、お兄ちゃんを置いて脱出するの?

 

嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ。お兄ちゃんっ!

 

『皆様、ここは士郎様の言う通りにしましょう』

 

「「「っ!?」」」

 

そう私が心の中で叫んだ時、サファイアのそんな声が聞こえてきた。なに言ってるのサファイア。お兄ちゃんの言う通りにする? ……それって、お兄ちゃんを置いて脱出するって事なの……?

 

『士郎様の仰った通り、あの敵に対抗できる能力がアーチャーにはあるようです。私達がこの場に残っていては、士郎様が戦いに集中できない事も事実でしょう。ならば、私達は邪魔でしかない』

 

「だけど!」

 

『それとも、ここに残って全滅しますか?』

 

「サファイア? 一体どうしたの……?」

 

『……美遊様、申し訳ありません。ですが……』

 

「ちょっと! ホントに、もう限界だってば! 脱出するならするで、早くしてよね! これ以上は守りきれないわよ! 一体どうするのよ!?」

 

サファイアらしくない言葉に美遊が質問しようとするけど、クロの怒声に遮られる。その声にクロの方を見てみると、クロは私達のすぐ前で懸命に敵の攻撃を防いでいた。本当に限界みたいだ。

 

「ああーっ、もう! 一旦脱出するわよ!」

 

「美遊!」

 

「……っ!」

 

クロの悲鳴にも似た叫び。それを聞いた美遊は、唇を噛み締めてからサファイアを掲げた。私達のすぐ下の地面にいつもの魔法陣が浮かび上がる。あと数秒で私達は鏡面界から脱出する。でも……

 

私は、もう一度お兄ちゃんの後ろ姿を見つめる。お兄ちゃんの事は、信じてる。お兄ちゃんなら、きっとなんとかしてくれると思ってる。だけど、さっき感じた不安はまったく消えてくれない。

 

だからだと思う。この時、足が前に出たのは。

 

…………………………………………………………

【士郎視点】

 

敵の無数の剣を躱すだけで精一杯、という様子のバゼットは、中々それを掻い潜って接近する事ができないようだ。そんな事を考える俺に向かい、再び無数の剣が襲い掛かってくる。無駄だ……

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

視える。俺は再びその剣を全て投影して、敵の剣にぶつける。その結果は、さっきと同じだ。俺が投影した偽物の剣は全て砕け散り、敵の剣は勢いを失い弾かれていく。俺はその横を駆け抜けた。

 

再び奇妙な感覚に襲われても足を止めない。ただ真っ直ぐに進んで、バゼットとの距離を縮める。イリヤ達は無事に脱出しただろうか、と少し意識を後ろに向けてみると、微かな声が聞こえた。

 

離界(ジャンプ)!」

 

今のは美遊の声だ。良かった。どうやらちゃんと脱出してくれたようだ。あとは、俺達であの怪物を倒すだけだ。ただ1つの心配が片付いた俺は、心の中で安堵しながらバゼットの横に辿り着く。

 

「大丈夫か?」

 

「……何故貴方は残ったのですか?」

 

「話してる暇はないから手短に言う。アーチャーの能力であの宝具を防ぐ。だから、その隙にお前が倒してくれ。お前ならそれができるだろ?」

 

「……」

 

「躱したりする必要はない。真っ直ぐに突っ込んでくれ。奴の剣は、俺が必ず防いでみせるから」

 

「……良いでしょう」

 

オオオアアアッ!

 

俺とバゼットが作戦を決めた瞬間、凄まじい咆哮が空間に響き渡る。その叫びに、俺達は弾かれたように同時に顔を向ける。するとそこには今までの比ではない程の数の剣を従えている敵がいた。

 

「……まるで剣の壁ですね」

 

「約束通り全部防ぐ。だから……突っ込め!」

 

「……任せます」

 

そう言ってバゼットが飛び出すと同時に、一斉に剣がバゼットを串刺しにしようと放たれた。

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】」

 

だが、当然そんな事はさせない。俺は三度全ての剣を投影して、剣の壁にぶつけた。今までと比較にならない程の数の投影は少し大変だったけど、なんとかなった。アーチャーの助力のお陰だな。

 

『おい、衛宮士郎! それ以上投影はするな!』

 

その時、頭の中でアーチャーの焦ったような声が響いたけど、それに俺は心の中で一言謝るだけで終わらせる。すまないな、アーチャー。そして、本当にありがとう。だけど、止まれないんだ。

 

バゼットの後を追って走りながら、さらに追加で射出されてくる無数の剣を投影して、迎撃する。その度に、俺はどんどん強くなる感覚に耐える。剣を投影する度に、俺が俺でなくなっていく。

 

『オレの経験値を、吸収しているな? 本当に、これ以上続ければ衛宮士郎に戻れなくなるぞ!』

 

俺の存在が、アーチャーに近付いていく。だから前は一方通行だった力の制限に、俺の方から干渉できるようになっているんだ。現にさっきから、アーチャーは力の制限を元に戻そうとしている。

 

だけど、俺がそれを拒否している。アーチャーがさっきから頭の中で怒鳴っているのはその為だ。

 

『おい、聞いているのか衛宮士郎!』

 

『すまない。でも、駄目なんだ』

 

『何故だ? お前の大切な妹達とやらは、すでにこの空間から脱出したのだろう? ならば……』

 

『ああ、だけど……あの敵を倒さないと、結局は同じ事なんだ。態勢を立て直して、また戦わないといけなくなる。それじゃ、意味がないんだよ』

 

頭の中でアーチャーとそんな会話をしながらも、俺は絶え間なく射出される宝具を迎撃し続ける。少しでも気を抜いたら、あの無数の剣がバゼットの体を串刺しにするだろう。それはさせない。

 

あと少し。ほんの10メートル程の距離が絶望的に遠い。宝具の射出は、前方からだけじゃない。地面に侵食してる黒い泥から、無限に湧き出してくる。それら全てを迎撃するのは、骨が折れる。

 

少しでも投影の手を緩めれば、確実に防げない。いや、この近距離ではもう、投影が間に合わなくなってきている。射出された剣が目に映ると同時に投影してるんだが、それでもなお遅かった。

 

「―――【投影(トレー)……ちっ!」

 

駄目だ、間に合わない。瞬時にそう判断した俺は投影を中断し、なんとか2本だけ作れた剣を手に前にジャンプした。バゼットの頭上を飛び越え、その前に降り立った。そして、迫る剣を弾く。

 

「―――【投影、開始(トレース・オン)】!」

 

手にした2本の剣で迫っていた剣をなんとか払いのける事に成功。その間に、ギリギリ次の投影を間に合わせる。弾いた剣が腕や足を掠めて裂傷ができても気にせずに、次の剣にぶつけて防いだ。

 

「うおおおっ!」

 

もう頭で考える暇もなくなった。次から次に射出される剣を手にした剣と投影で弾きながら、前に進んでいく。魔術回路に休む事なく魔力を流し、自分の体の事も気にせずに、ただ前へと進む。

 

その時、周囲の全てがゆっくりになった。そして頭の中に知らない映像が浮かんできた。その映像は投影をする度に、鮮明に浮かび上がってくる。これはもしかすると、アーチャーの記憶か……?

 

見覚えがある街並み。見覚えがある人達。なぜ、アーチャーの記憶にこんな景色が? そう思うと同時に映像が切り替わる。赤い宝石の首飾り? これは知らない。また映像が切り替わった……

 

どこかの工場? 燃えている。そして目の前に、青白い光が見えた。なんだこれ? と思う前に、またも映像が切り替わる。今度はなんだ? 裁判の法廷か? 周囲の人間達が、なにか言ってる。

 

その声は聞こえない。だけど、俺は唇を無意識に噛み締める。また映像が切り替わった。次の映像を見た俺は、全てを理解した。何故なら、それは絞首台だったからだ。この光景は知っている。

 

アーチャーの事を、夢に見た時に。夢だった為に記憶から薄れていた事が鮮明に甦る。アーチャーがどんな最後を迎え、その後どうなったのかが。すると彼の記憶までも俺の中に流れ込んでくる。

 

そして、俺は今度こそ全てを理解した。何故俺が彼の力を使えたのかという事も。いつだったか、遠坂が英霊について、さらに詳しく語ってくれた事があった。英霊とは、過去の英雄。けれど……

 

非常に低い確率ではあるけど、今の神秘の薄れた時代でもその域に辿り着ける存在もいるという。いや、アーチャーはそれとも違ったみたいだが。けれど、現在でも『それ』になる者はいる……

 

アーチャーは、そういった非常に稀な英霊だったらしい。それを理解した瞬間、時間が元の速さを取り戻した。さっきまでとのその時間感覚の差がいきなり襲い掛かって、俺の感覚を狂わせる。

 

「しまっ……!」

 

いつの間にか敵の目の前にいた俺は、至近距離で射出された槍を防げない。俺の額に迫るその槍を呆然と見つめながら、避けられない死を覚悟した時だった。なにかが飛来して、槍を弾いたのは。

 

「え……」

 

「間一髪……」

 

後ろを振り向くと、なにかを投擲したような格好をしているクロが遠くにいた。どうやら、さっき飛来したなにかは、クロの槍だったらしい。それが俺の額に刺さる寸前だった槍を弾いたようだ。

 

それを理解した瞬間、目の前の敵の手足を星形の光が拘束した。今度はなんだと思った俺の耳に、もう脱出したと思っていた、もう1人の妹の声が聞こえてきた。二人とも、まだ残っていたのか。

 

「バゼットさん、お願い!」

 

「……お互い、まさかあの子供二人に助けられるとは思っていませんでしたね。ですが……」

 

イリヤの声に応えるように、バゼットは俺の前に出て左手を振りかぶる。そしてクロと同じようにルーン魔術を重ね掛けし、敵の心臓(カード)を抉り出す。よし、決まった! 幾らなんでも、これなら……

 

そう思った俺は、バゼットの左手にある、最後のカードを見た。こいつのクラスは一体……え? そこに記されていたクラスに、俺は固まる。その瞬間、敵が微かな呻き声を上げた。まさか……?

 

グアアアアアッ!

 

「そんなっ!?」

 

「馬鹿な!? カードを抉り出されてなお……」

 

「動けるのかよ!」

 

俺達の驚愕する声が響く。敵の体を再び黒い霧が包み込んで、周囲に凄まじい魔力を撒き散らす。バゼットが開けた胸の穴は塞がらず、その中心にカードが浮かんでる。なんなんだ、こいつは。

 

戦慄して固まる俺達の耳に、それは聴こえた。

 

『セイ……ハ……イ……』

 

だが、その言葉の意味を考える間もなく、最後に現れたその剣は……奴が足元の黒い泥から出したその剣は。誰よりも俺を恐怖させた。アーチャーの眼でも、まったくその構造が読み取れない。

 

な、なんだあれは……イリヤ達が慌てて動く姿を横目で見ながらも、俺は一ミリも動けなかった。きっとこの場にいる誰よりも、俺は一目でその剣の恐ろしさを、理解してしまったのだろう……

 

凄まじい魔力と衝撃が空間を満たし、空と大地が割れていく。それはまさに世界の終わりの光景。一歩も動けない俺をバゼットが抱えてイリヤ達の元に急ぐ中、俺はその光景をただ見つめていた。

 

イリヤ達の声が聞こえるが、なにを言ってるのか分からない。だが、1つだけ分かった事がある。あの剣を出されてしまったら、どうしようもないという事。俺は嫌でもそう悟らされてしまった。

 

「行くよ! 離界(ジャンプ)!」

 

イリヤのその声を最後に、目の前に現れた神話の景色は俺達の前から消え去っていくのだった……




アーチャーの助力は、無限の剣製ではなく剣の構造を瞬時に読み取って投影するという物でした。
つまり、剣製の前段階。
UBWのギル戦の初期の状態です。
今の状態で無限の剣製使っちゃうと、士郎が危ないとアーチャーが思ったからです。
まあ、その段階でも危なかったんですが。
もう今回で、かなりの所まで行きましたしね。

いよいよ最終も最終。
果たして士郎はどうなってしまうのか。
次回もお楽しみに。
感想待ってます。


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現れた『モノ』

今回はほとんど原作と同じです。
それでは、どうぞ。


【士郎視点】

 

「衛宮君、イリヤ、クロ!」

 

元の空間(せかい)に戻ってきた俺達の耳に最初に聞こえてきたのは遠坂の声だった。どうやら、敵が出した最後の剣の攻撃から辛うじて逃げ延びる事に成功したようだ。その実感を感じ、俺達は息を吐く。

 

「だ……脱出、できた……?」

 

『いやはやー、間一髪でしたね』

 

「なんだったの、アレ……」

 

「本気で死ぬかと思ったな……」

 

「この、バカ兄妹! なんでアンタ達は、揃って周りを心配させるのよ! 特に衛宮君! アンタはホントに反省しなさい! バーサーカーの時の事をまったく反省してなかったみたいだから!」

 

「イリヤスフィールもですわ。美遊のジャンプの直前で抜け出すなんて。勿論、一番悪いのは貴女にそんな行動をさせた士郎(シェロ)ですけども。遠坂凛に賛同するのは非常に癪ですが、反省なさい!」

 

だが、命からがら逃げ延びた先にはあかいあくまとあおいあくまが待ち構えていた。二人は揃って俺の両脇に立って、俺を責め立てた。怖すぎる。二人の言う事は正論であるだけに反論できない。

 

ちなみに、クロが怒られなかったのはイリヤの後を追ったからだそうだ。イリヤが魔法陣から出る姿を見て、イリヤを無事に連れ戻す事を遠坂達に言い残していった事を考慮した結果なんだとか。

 

「わ、悪かった! 反省してる」

 

「ふん、ホントかしらね。まあ、全員無事だったみたいだからこれ以上は言わないであげるけど」

 

「いえ……どうやら、無事とも言い切れないようですわね? 一体、なにがあったんですの?」

 

今の状況もあって、俺への説教はここまでにしてくれた二人だけど、俺達の様子を見たルヴィアがその事情を聞いてきた。それに俺達は、お互いの顔を見合わせる。そして、バゼットが口を開く。

 

「地獄……いや、神話を見ました。とりあえず、現状で分かった事は2つだけ。あの英霊の正体は不明ですが、そのクラスは【アーチャー】です」

 

「2枚目のアーチャーですって!?」

 

そう。あの時バゼットがカードを抉り出した時にこの目で確認した。あれは間違いなくアーチャーのカードだった。その事実に、驚愕する遠坂達。そんな遠坂達に対し、バゼットはさらに続ける。

 

「そして、我々ではどうあっても勝ち目がない。最早カードを回収するのではなく、別の解決案を模索すべきだ。アレは、そういう『モノ』です」

 

「そんな……!」

 

「私も同感。正直、2度と戦うのはゴメンだわ」

 

「だからって、このまま放っておいたら……」

 

「とにかく1度協会に……」

 

誰もが、今日の戦いは終わったと思った。だってそうだろう。今まで、鏡面界の外に出てきた敵は1人もいなかったんだから。だからこそ、その音を聞いた時、誰もがなんの音か分からなかった。

 

それは、なにかが割れるような音だった。全員がその音に足を止め、音が聞こえてきた方を見た。

 

「なに!? なんの音!?」

 

「これは一体……!?」

 

「亀裂が広がって……割れていきます!」

 

「割れるって……なにがよ!?」

 

「なにが割れてるの!?」

 

「おいおい……これって、まさか!?」

 

次の瞬間、盛大な音と共に目の前の空間が割れ、そこから風が吹き出してきた。全員が、その光景に唖然として動けなくなる。そんな俺達の前で、空間の裂け目からなにかが現れた。それは……

 

『こんな事が……あり得るとは……』

 

アイツ(・・・)だ。この時、全員の思考が止まっていた。誰1人として、一歩も動けなかった。()鏡面界()を破った。ただそれだけの事実だけど、脳が理解を拒んでいた。この時、ただ1人動いたのは……

 

Zeicben(サイン)

 

ルヴィアだった。壁に手を付けながら、ルヴィアが魔術を起動する。その瞬間、その壁に埋め込まれていたらしい大量の宝石を光が繋いでいった。そして、その宝石は次々と連鎖爆発していく。

 

「なっ……!」

 

「爆発!?」

 

「まさか、最終手段を実界(こちら)で使う事になるとは」

 

「天井が……」

 

「崩れる!」

 

ルヴィア以外の全員が、驚きで固まる。ルヴィアが発動した魔術によって、大量の瓦礫が敵の頭上に降り注ぐ。ルヴィアの意図は、明らかだった。そんな俺の考えを肯定するように、彼女は叫ぶ。

 

「さあ、逃げますわよ! 生き埋めになるのは、あいつ1人だけで十分ですわ! 動きなさい!」

 

「階段じゃ間に合わない……イリヤ! 美遊! 私とルヴィアを引っ張って飛んで! 早く!」

 

「わ、分かった!」

 

「はい!」

 

ルヴィアの叱責に、ようやく俺達は我に返った。そしていち早く立ち直った遠坂が、イリヤと美遊に指示を出す。相変わらず、こういう時は頼りになる二人だ。そして、俺達英霊組はというと……

 

「で、私らは徒歩って訳ね」

 

「自力で逃げられるからな」

 

「……」

 

空を飛んで脱出しているイリヤ達の後を追って、階段を文字通り駆け上がっていく。内じゃなく、外の手すり部分をな。そんな俺達の下では、今もなお、大量の瓦礫が敵の頭上に降り注いでいた。

 

「想定外の事が起こりすぎてるわ! まさかあの敵が、こっちの世界に出てくるなんて……!」

 

「一体鏡面界(むこう)でなにがあったというの姉さん? まさか、敵も虚軸の移動手段を持っているの?」

 

「……いいえ、私達のやり方とはまるで違うようですよ。恐らくですが……敵が最後に使用した、奇妙な宝具。あの剣が、鏡面界(せかい)そのものを切り裂いたのではないかと思います。仮説ですけどね」

 

「そんな事ができる宝具って……」

 

ルビーの言葉を聞いた俺以外の全員が、その言葉に信じられないという顔をする。だが俺だけは、それに心の中で頷く。あれは、そういう規格外の代物だ。あの剣を見て、俺はそう確信していた。

 

「どんな宝具を持っていようと……そしてどんな英霊であろうと、160万トンのコンクリートと720万トンの地層に押し潰されれば―――!」

 

ルヴィアは自信満々にそう告げた。だが……

 

「ダメ……かもね……」

 

遠坂の声に、全員が後ろを振り向く。すると……

 

「いっ……!」

 

「今のは!?」

 

「黒いなにかが、飛び上がって……!」

 

美遊の言葉通り、黒い物体が一瞬で上空へ昇っていくのが見えた。あまりにも速すぎて、英霊の目でも捉えられなかった。続いて、なにかが地層を突き破る音が俺達の耳に響く。さっきの物体か?

 

「急いでイリヤ! 早く、地上へ!」

 

次々と起こる異常事態。遠坂が焦りに満ちた声でイリヤに指示する。俺達も階段の手すりを蹴る足に力を込めて、全速力で地上を目指す。みるみる縦穴の入口が迫ってくる。よし、もう少しだ!

 

「なんて事……!」

 

しかし、地上に出た俺達は、そこで絶望する光景を目撃した。それを見た遠坂が、呆然と呟く。

 

「敵が、市街地に出てしまった!」

 

「90メートルの地層を、いとも簡単に!?」

 

「幾つ宝具持ってるのよアイツ? あんな風に、後出しで秘密道具出されちゃ敵いっこないわ!」

 

敵が、乗り物の宝具を出したようだ。どうやら、あいつが持ってるのは武具だけじゃないらしい。クロの言う通り、あれでは勝てない。あいつより一歩早く、大量の武器を扱えれば、あるいは……

 

そんな事を考える俺の横では、遠坂が上空にいる敵を睨んで顔を焦りに歪ませていた。そして次にその口から発せられた言葉は、今の事態の深刻さを表す言葉だった。遠坂は、こう言ったんだ。

 

「このままじゃ最悪、街に被害が出てしまう!」

 

「なんとかならないのか!?」

 

その言葉に、思わず叫んでしまう。だけど、そう簡単に解決策が出てくる筈もない。まずバゼットが空中にいる相手では手出しはできないと言い、美遊が飛んで近付くと言えば、遠坂達が止める。

 

「危険すぎるわ。近付けても勝算はないのよ!」

 

「その通りですわ。わたくし達の全力は、なにも効かなかったのですから。忘れたんですの?」

 

「それは……」

 

『不用意に近付いた場合、宝具の投射を誘発するだけでしょうしね。もしもその内の一本でも街に落ちたら、それこそ取り返しがつきませんよ』

 

「で……でもだからって、このまま放っておく訳にはいかないよ! 一体どうすればいいの!?」

 

なんとかしたいのは全員同じ。だけど、その為の方法はなにも思い付かない。俺達の議論は答えが出ないまま、ただ焦りだけが増していく。やはり鏡面界で仕留めておくべきだったのだろうか。

 

「手詰まりよ! こんなの、どうしようも!」

 

ついに遠坂が右手で頭を押さえて、諦めの言葉を吐き出す。その言葉に全員が項垂れそうになったその時……俺達の耳に、予期せぬ声が聞こえた。そしてその声を聞いた俺は、心の底から驚いた。

 

何故ならば、その声に聞き覚えがあったからだ。

 

「―――豚の鳴き声がするわ」

 

「「「……は?」」」

 

「まったく。名家の魔術師二人に執行者が、雁首並べてピイピイと。恥ずかしくないのかしら?」

 

「なっ!? 貴女……!」

 

「どっ……どうしてここに……」

 

「華憐先生!?」

 

そう。そこにいたのは、穂群原学園が誇る変人。保険医の折手死亜(おるてしあ)華憐(かれん)先生だった。華憐先生は、なにやら奇妙な格好で俺達を見据えている。彼女の罵声に遠坂が反発したが、先生は涼しい顔だ。

 

「なによ、この無礼な女は! ちょっと衛宮君とイリヤ、知り合いなの!? 早く教えなさい!」

 

「いや、知り合いっていうか……」

 

「学校の保険の先生だよ、凛さん!」

 

「初めまして。折手死亜華憐と申します」

 

どうやら遠坂は先生の事を知らなかったようだ。俺とイリヤが教えると、先生は自分の名前が書かれた紙を広げて遠坂とルヴィアに見せた。それを見た二人は、胡散臭げな顔をする。当然だな……

 

「カレン・オルテンシア。聖堂教会所属。此度のカード回収作業のバックアップ兼、監視者です」

 

だけどその時、バゼットが驚愕の事実を語った。

 

「監視者!?」

 

「聖堂教会が絡んでるなんて聞いてないわよ!」

 

「保険の先生っていうのは、嘘だったの!?」

 

「嘘というか……趣味? 私は、怪我をした子供を間近で見るのが楽しくて……超ウケる」

 

ああ、いつか聞いたそれは嘘じゃなかったのか。できれば嘘であって欲しかった事実を、無表情で語る華憐先生に肩を落とす。だけど華憐先生は、そんな俺の微妙な気持ちを無視して淡々と語る。

 

「表立って動くつもりはなかったのですけれど。迷える子豚があまりに無様で可哀想だったから」

 

「なっ、なにを!」

 

(こたえ)を見つけるプロセスなんて決まっています。観察し、思考し、行動しなさい。簡単な事です。貴女方にできる事なんて、それだけでしょう?」

 

「……『祈りなさい』じゃないの? 教会の人間とは思えない言葉ね、この似非シスター」

 

「信仰のない者に、教えを説く気はないわ」

 

辛辣なやり取りだな。どうやら、遠坂と華憐先生は相性が悪いらしいな。となるとルヴィアもか。そう思って横を見てみると、案の定ルヴィアも、とても機嫌が悪そうな顔で華憐先生を見ていた。

 

とその時、そんな遠坂達の横で美遊が呟いた。

 

「……街に、明かりがありません」

 

「え?」

 

「点いているのは街灯だけで……建物の明かりはまったく見当たりません。明らかに不自然です」

 

「っ!? 言われてみれば、確かに……!」

 

美遊の言葉通り、幾ら今の時間が深夜とはいえ、一つも明かりがないのはおかしい。なにかいつもとは違った事が起きているのは間違いなかった。すると、そんな俺達の考えを先生は肯定した。

 

「正解よ。一キロ四方に、人避けと誘眠の結界を張ってあるわ。それが、私の仕事の一つだから。さあ、これでひとまず人目を気にする必要はなくなりましたね。では……次に見るべきは?」

 

はい、そこの日焼け少女、と華憐先生がクロの顔を指揮棒で差す。差されたクロは、日焼け違う、と一言文句を言ってから、その質問に答えた。

 

「あからさまな誘導が癪に障るわね。そんなの、決まってるでしょ? アイツをどうするかよ」

 

クロの言葉に、改めて上空の敵を見上げる。

 

「さっきから浮いてるだけで……結局なにもしてないよね。一体なにがしたいんだろうね、あれ」

 

「無差別攻撃をする意志はない、と……?」

 

「……まあ、そういう事に……」

 

ルヴィアの言葉に答えようとして、何故か遠坂は言葉を止めた。その反応の意味が分からなくて、遠坂に視線を送ってみるが反応なし。ならばと、声を掛けようとした時、華憐先生が口を開いた。

 

「なにか、アレの意志を推定できる情報は?」

 

「情報って言ったって……」

 

その問い掛けに、言葉を詰まらせる遠坂。すると俺の脳裏に、あの時の奴の言葉が甦ってきた。

 

「……奴は最後に、『セイハイ』って言ってた」

 

「っ!?」

 

「……なんだ。ならば、話は早いです。ほとんど答えは出ていたんじゃありませんか。それです」

 

「どういう……?」

 

「う、動いたよ!」

 

「どこへ行く気……!?」

 

「『セイハイ』、と言ったのでしょう? なら、決まっているではないですか。聖杯(・・)の眠る地……柳洞寺がある、円蔵山の(はらわた)。地下大空洞です」

 

円蔵山の地下大空洞って、あそこか。2ヶ月前にクロが生まれた、あの空洞。あそこに聖杯が? 初めて聞く情報に、俺達は驚く。なんで華憐先生はそんな事を知っているんだ? 彼女は一体……

 

「このままじゃ見失う! 敵を追います!」

 

「美遊、お待ちなさい!」

 

ルヴィアが制止するが、美遊は聞かなかった。

 

「私も……!」

 

「待てイリヤ!」

 

「お兄ちゃん、美遊を1人にしておけないよ!」

 

「それは……確かにそうだが!」

 

確かに、空を飛べるイリヤしか美遊を追い掛ける事はできない。美遊を1人にする事もできない。

 

「いい!? 追うだけよ! 私達が追い付くまで絶対に奴と交戦しちゃダメよ! 分かった!?」

 

「うん!」

 

悩む俺を押し退けて、遠坂が指示を出す。それを聞いたイリヤは頷いて、不安そうな顔をする俺を安心させるように笑って、美遊を追う。いつの間にかあんな表情をするようになっていたんだな。

 

…………………………………………………………

 

「そう……アインツベルンが10年前に起こした『願望器』降臨の儀式。今回の事件は、その残骸が原因だと私は思ってた。でも、それは違った。ママに確認したけど、聖杯戦争はもう終わった。少なくとも、クラスカードは私達(・・)の聖杯戦争にはまったくの無関係だったのよ。間違いないわ」

 

円蔵山を目指して進む車の中で、クロが俺達全員に聞かせるようにそう語る。その合間に俺の血の魔力を移した宝石で失った魔力を補給しながら。これは遠坂が用意してくれた物で、携帯できる。

 

血のままじゃ持ち運びに不便だからと。ちなみに魔力を移す為の空っぽの宝石は、ルヴィアが用意してくれた物だ。出世払いという条件で、な。

 

「聖杯戦争は10年前に不完全な形で終結した。聖杯は成る事はなく、その術式は半壊したまま。今も地下の大空洞の中に眠っている筈よ……」

 

「聖杯戦争がこの土地で起こったという事!? あり得ないわよ! それほど大掛かりな儀式を、冬木の管理者(セカンドオーナー)の遠坂に、知られる事なく……」

 

「知ってたんじゃない?」

 

「っ!?」

 

「なんらかの形で遠坂が関与していてもまったくおかしくはないわ……いずれにせよ、それはもう終わった事よ。問題は、今起こっている事……」

 

「……」

 

遠坂はまだ納得してない様子だが、今はその事を考えてる場合じゃないと思ったんだろう。すぐに表情を引き締めた。そして、目だけでクロに話の続きを促す。それを見たクロも、話を続けた。

 

「つまり、今起きている事に、アインツベルンの聖杯戦争は無関係という事になる。英霊の召喚にカードなんて使わなかったしね。となると可能性は一つしかないわ。もう予想がつくでしょ?」

 

丁寧にそう語って、ルヴィアに目を向けるクロ。その視線を受けたルヴィアは、静かに答えた。

 

「……つまり貴女は、こう言いたいのですね? アインツベルンの物とは別に……『もう一つの』聖杯戦争が存在する、と―――!」

 

「そういう事。さて、魔力の補給も終わったし、私は先に行かせて貰うわよ? 聖杯戦争となると私も気になるし、イリヤ達だけじゃ不安だしね」

 

「クロ……」

 

「私に任せて、お兄ちゃん」

 

「……頼んだ」

 

この時のクロの表情は、さっきのイリヤの表情と良く似ていた。車のドアを開けて、両足に加速のルーンを施すクロ。そして、車よりも遥かに速いスピードで目的地に向かって走り去っていった。

 

俺は、その後ろ姿をしばし見詰めた……

 

…………………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「なっ!?」

 

「くっ!?」

 

私達は、目の前の光景に固まる。奇妙な乗り物で目的地に辿り着いた敵は、地面に向かって複数の宝具を射出した。その攻撃によって地面は大爆発を起こして消し飛んで、大穴が空いてしまった。

 

「こんなの……めちゃくちゃだよ!」

 

「地表が蒸発して……大空洞がむき出しに!」

 

だけど、それで終わりじゃなかった。敵はさらに宝具を取り出して、大穴の中に落ちていく。柄の先にも刃が付いた大きな剣。その剣を地面に突き立てて、大空洞の地下の地面を割ってしまう。

 

「地面が……割れて!?」

 

「地下に、なにか……!」

 

「そんな……どうして……」

 

「……美遊?」

 

どうしてここにあるの(・・・・・・・・・・)……!?」

 

クッ……ハハははハ破ハははハ覇ハ!

 

敵の笑い声が不気味に響き渡る。割れた地面の中にあった物に、私と美遊は驚いた。それは……

 

「魔法陣!? 大空洞の地下にこんな物が!?」

 

『途方もなく巨大で複雑な術式です! ですが、なにか……この術式、見覚えがあるような?』

 

横でルビーが良く分からない事を言ってるけど、私はそれを気にしてる暇はなかった。何故なら、その魔法陣の中心にいた敵が、なにかをし始めていたからだ。敵の体を巨大な渦が包み込んだ。

 

「……ねぇ、まずいよ……良く分かんないけど、多分……このままじゃ、大変な事になる!」

 

「イリヤ!?」

 

それを見て背筋を冷たくした私は、真っ直ぐに敵に突撃した。根拠はなにもない。だけど……

 

「手伝って美遊! 敵を魔法陣の外に出す!」

 

「っ!?」

 

『危険ですよ、イリヤさん! 絶対に交戦してはダメだと、凛さんにも言われたでしょう!』

 

「分かってる! ……でも!」

 

何故か、不思議な確信があった。今止めないと、きっと取り返しがつかないと。だから私は……

 

「【斬撃(シュナイデン)】!」

 

「最大出力! 【放射(シュート)】!」

 

私達の攻撃が、敵を包む渦に命中する。

 

「敵はッ!?」

 

「まだ……渦の中に!」

 

「でも、渦が晴れた! これなら直接……!」

 

「イリヤッ!?」

 

敵を押し出せる。そう確信した私は、ルビーを顔の前で横に構えて突撃する。直接体当たりして、あの魔法陣から出すんだ。一刻も早くこの儀式(・・)を止めなくちゃ! 私は無意識にそう思っていた。

 

早く、早く、早く! この時の私はとにかく必死だった。深く考えて行動してた訳じゃない。ただ自分の直感に従っていただけだった。そんな風に考える余裕もない中で、敵の体にぶつかった。

 

「んくっ……! んぎぎぎ……!」

 

もう少し、あと少しで……そう思った時、奇妙な感覚が私を襲った。えっ!? なに!? なにが起きたの!? 全身を駆け抜ける悪寒。これってもしかして、もう間に―――合わなかっ―――

 

「たは……?」

 

「あら?」

 

あれ? なにコレ? 目の前の光景に固まる。

 

「うやあああ!?」

 

だけど、勢いは止まる筈もない。私はそのまま、敵の体の向こう側に突き抜けて地面を転がった。

 

「なっ……なにが!? イリヤ!?」

 

「いっ……一体なにが起こったの!?」

 

転がった事で舞い散った土煙に咳き込みながら、私は現状を把握しようとして手を動かす。するとなにやら、柔らかい物に触れた。なんだろう?

 

「イッ……イリヤ……それ……ッ!」

 

「へっ?」

 

美遊の引き攣った声に、私はそれを見た。

 

「いったー……キミさぁ。もうちょっと、優しくしてくれないかなぁ。その左手の事も含めてね」

 

「―――ッ!?」

 

声にもならなかった。何故なら、私の下に全裸の金髪の男の子がいて、さっきから私の左手に触れていた柔らかい物の正体が、その男の子の股間にある物体だったからだ。そう、それは所謂……

 

「いやーッ!?」

 

「うわぁ、ちょっとちょっと! いきなりそれは酷くない!? ホントに危ないってば!?」

 

冷静な判断なんてできる筈もない。私は無我夢中で魔力砲を、その男の子に向かって乱射した。

 

「なんだよもー。叫びたいのはこっちだよ」

 

結局の所……間に合ったのか、間に合わなかったのか。この結果をどう判断していいのか、私には分からなかった。ただ一つ、確かな事は……私の女の子として大切ななにかが、この時壊れた……

 

「ど……どういう……事なの……?」

 

《触っちゃった触っちゃった触っちゃったー! しっかりとこの手で握っちゃったよー!》

 

それだけは、きっと間違いなかった……




最後の最後にシリアスブレイクするイリヤ。
いやー、あれは笑いますよね(笑)。
そして士郎はそれを目撃してない。
もし見てたらイリヤの魔力砲より危険な矢を乱射していたでしょうから、良かったなギル。

さて、クロの魔力を補給する為の物ですが、久しぶりにUBWを観ましてね。
そこで凛が遠坂の魔術について言ってたんです。
転換の魔術で、物に魔力を移せるとか。
それで、特に宝石ができるらしいので、こういう方法にしてみました。
そんな事できないと言われるかもしれませんが、これも私の独自設定と思ってください。
何故凛達の魔力を込めないかの理由は、直接魔力を宝石に移す事はできないから、です。
血や唾液として外に出さないと移せない。
という感じです。

それではまた次回。
感想待ってます。

追記
続きを書いていると、士郎達は円蔵山の地下大空洞の事を知っている事に気付きました。
なので、修正しておきました。


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平行世界のお姫様

今回も原作に近いですが、違う所もちゃんとあるので安心してください。
それではどうぞ。


【イリヤ視点】

 

「まったく、やれやれだね。一番驚いてるのは僕だよ? 間違いなくさ。それにしてもこれ、本当にまいったなぁ。まさかこんな風になるとは思ってもいなかった。軽はずみな事をしてくれたものだよね。どう責任取ってくれるのさ? ねぇ?」

 

あまりの事(男の子のアレを触ってしまった事)に混乱している私に、どこか呆れたような声で、そう言ってくる全裸の男の子。その態度はあまりにも堂々としていて、恥ずかしがる様子はない。

 

いっ……やあああ!!!

 

「わわっ!? またこのパターン!?」

 

でも今の私には、男の子の全然意味が分からない言葉に対するまともな対応はできなかった。完全に全裸だから、当然ソレを見てしまう。さっきの衝撃的な出来事を嫌でも思い出してしまうんだ。

 

「待ってイリヤ! 無闇に攻撃しちゃダメ!」

 

「はうう……!」

 

混乱して男の子に魔力砲を乱射する私を、美遊が必死に止めた。それで私はなんとか正気に戻る。

 

「だっ、だってだって! なにか、女の子として凄く大切なものを汚された気がするんだもん!」

 

「よ、良く分からないけど、落ち着いて!」

 

正気には戻ったけど、この胸に沸き上がる感情を全然処理できない。泣きながら美遊に詰め寄り、私は魂の悲鳴を上げる。でもそんな私の悲鳴は、美遊には伝わらなかったみたい。とても悲しい。

 

『いやー……しかし、なにがなにやらー……一体どういう事なんですか、これは……?』

 

「それはこっちが聞きたいねー。僕だって、突然の事で混乱してるんだ。まったく。おかしいよ、この場。こんな『混じり方(・・・・)』をしてるなんてさ」

 

『混じり方……?』

 

「あっ、渦が……! ドーム状に!?」

 

ルビーと男の子の会話は、全然噛み合ってない。だけどその間に、後ろにあったあの渦がその形を変えてた。さっきより大きく、激しくなってる。その様子は、とても不安を掻き立てられる……

 

「どんどん広がってきてる!」

 

「あらら。あっちは、なんだか順調だなぁ。気を付けてね? あの泥に触れると、多分死ぬよ?」

 

「はい!?」

 

さらっと怖い事を言う全裸の男の子。私の魔力砲から逃れて、今は岩の影にいてこっちを見てる。

 

「イリヤ、この場はまずい! ドームの膨張速度が速い! どこまで膨れるか分からない……! 今は一刻も早くここから離れよう! 急いで!」

 

「う……うん!」

 

美遊の言葉通り、ここは危険だ。そう思った私は美遊と一緒に上空に避難しようとした。でも……

 

「あ、ちょっと!? 待ってよー!? 君ら二人だけ空を飛んで逃げるなんて、ズルくない!?」

 

「は!?」

 

「僕も助けてよー!」

 

逃げようとした私達の耳にそんな声が聞こえた。下を見てみると、あの全裸の男の子が走ってる。その様子はとても必死そうで、結構シュールだ。助けてって言われても、貴方は一体なんなの?

 

「なにあれ。自分で逃げる事もできないの!?」

 

『まるっきり、ただの子供っぽいですねぇ』

 

「どうするの、イリヤ……!?」

 

「ど、どうするって……」

 

早く逃げないといけないのに、あんな正体も不明な男の子を助けても良いんだろうか。凛さんなら見捨てるような気もする。でも、今ここに凛さんはいない。全部私の判断でやらないといけない。

 

「あーん、もー!」

 

私は少し自棄になりながら、下に降りた。そして男の子の右手を掴んで、再び空に舞い上がった。途中で美遊と合流すると、美遊は男の子の左手を掴んで一緒に飛んでくれた。ありがとう、美遊。

 

「ひゃー……危なかった! あそこで死んじゃうのかと思ったよ。ありがとう、お姉さん達」

 

「……助けて良かったのかな」

 

「で、でもあのまま見殺しってのは……」

 

美遊の確認に私は下を見ないようにして答えた。男の子は未だに全裸だから、まともに見れない。

 

『いやー。あれはこの子の演技かもしれないのによくやりますね。ある意味凄いですイリヤさん』

 

「ううっ……!」

 

それは確かに、そうかもしれないけどさ。ルビーの言葉を否定できずに、私は言葉に詰まった。

 

「じゃあ。いっそ今、手を離してみれば、あれが演技かどうかが分かるかもしれないよ……?」

 

「え!? ちょっと、やめてよね!? 冗談でもそういう事言うの。シャレにならないからさ」

 

いや、多分美遊は本気だ。そう思ったけど、言うのはやめておいた。口に出すと、私も怖いし……

 

「ああ……綺麗な街だね」

 

そんな風に考えていると、男の子が突然そんな事を言い出した。どうしたんだろう? その様子が気になって、私は薄目を開けて、男の子の様子を伺う。すると彼は、静かに冬木の街を眺めてた。

 

一体、この不思議な男の子はなんなんだろう? もう何度も思っている事を、私は再び思った。

 

「イリヤ! 美遊!」

 

その時、下から私達を呼ぶ声が聞こえた。最近はすっかり耳に馴染んだその声。そう、それは……

 

「「クロ!」」

 

もう一人の私……ううん、私の新しい家族。クロが私と美遊の二人に向かって、手を振っていた。

 

…………………………………………………………

【士郎視点】

 

「―――ッ!? かッ……!」

 

「ちょっ!? どうしたのよ、いきなり!」

 

円蔵山に着いた俺達が、走って大空洞を目指していた時、突然華憐先生が倒れた。その様子に俺達は足を止めて、華憐先生を振り向いた。そして、華憐先生の姿に絶句する。何故なら、彼女は……

 

「術式が……起動しました……」

 

「術式……聖杯戦争の!?」

 

「その血は……!?」

 

目と口から、血を流していたからだ。華憐先生はバゼットの手を借りて、手近な木に凭れ掛かる。

 

「これは魔術(監視)の反動。気にしないでいいわ。私はただのカナリヤだから。それより……この術式、アインツベルンの物ではないわ。間違いない」

 

心配する俺達を遮って華憐先生は語る。今なにが起きているのかを……アインツベルンの術式とは異なる術式が起動したという事は、やはりクロとルヴィアの推測は正しかったって事になるのか。

 

「やはり、別の何者かが……?」

 

「疑問なのは……誰がどうやってアインツベルンの術式と今の術式を入れ替えたのか。私の仕事はあくまで監視。この先の事には立ち入りません。だから、私の知っている情報を伝えておきます」

 

「「「……」」」

 

「事実から真実を結ぶのは、貴女達の仕事です」

 

そう前置きしてから、先生は静かに語り始めた。

 

「異変があったのは、おおよそ3ヶ月前。大空洞のほぼ真上……約180メートル四方の木々が、なんの前触れもなく完全に消失しました……」

 

「消失……!?」

 

「その部分だけぽっかりと荒地になったのです。そしてその直後……いえ、恐らくはそれと同時に冬木市にカードが出現したと、私は見ています。そして、ここからが重要なのですが……」

 

少しずつ明かされていく事実。華憐先生は言葉を一度切り、俺達を見上げる。そして、続けた。

 

「……私は、大空洞に出入りした全ての人間を、監視していました。するとある日、入った人数と出てきた人数が合わない日があったのです」

 

「それって……!」

 

「クロの事だな?」

 

あの日の事は、良く覚えている。注入した魔力の逆流による大爆発が起きて、イリヤがランサーのカードを夢幻召喚(インストール)して、俺達を助けた。そして、その直後にクロは、イリヤから分離したんだ。

 

「あの時は驚いたわ。5人の人間が中に入ったと思ったら、英霊なのか人間なのか良く分からない者が一人増えて出てきたんだから。でも、増えたのはあの日焼け少女だけではなかったのよ……」

 

「え……?」

 

なんだよ、それ……どういう事なんだ……?

 

「3ヶ月前、木々が消失したあの日。入った人間(・・・・・)のいない大空洞から(・・・・・・・・・)忽然と出てきた者がいる(・・・・・・・・・・・)

 

「「「っ!?」」」

 

「その人物は―――」

 

華憐先生が口にした名前に、俺は固まる。そして居ても立ってもいられなくなり、身を翻した。

 

「ちょっと衛宮君!」

 

「お待ちなさい!」

 

「先に行く!」

 

「だから待ちなさいって……速っ!?」

 

「アーチャーのカードは使ってない筈では……」

 

考えている暇はなかった。頭に浮かぶのは、彼女の儚げな笑みだ。そして、俺にとっても始まりとなった、3ヶ月前に見た不思議な夢の光景。何故それが浮かぶのか。今の俺にはまだ分からない。

 

だけど、確実になにか繋がりがある。それだけは確信があった。あれは、単なる夢じゃないと……

 

「美遊! 今行くぞ!」

 

俺は、最後にそう叫んだ。

 

…………………………………………………………

【???視点】

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

一体どうしてこんな所を歩いてるんだろう。もう何度目になるか分からない事を考える。目指す先からは、ずっと大きな音と揺れを感じる。とても怖い。でも、何故か足を止める気にはなれない。

 

「あんな夢を……見てしまったから……?」

 

泣いている自分自身。その自分が、こちらを見て言った。『円蔵山に急いで』、と……そんな夢で本当にこんな所に来てしまった自分に驚くけど、今明らかに、なにかがこの円蔵山で起こってる。

 

それだけは間違いなかった。ここに来る途中でも異変があった。街の明かりが消えていて、通りには誰もいなかった。魔術的な事が起きてるんだ。魔術の事は詳しくないけど、それくらい分かる。

 

だったら、もしかしたらあの人が関わってるかもしれないんだ。そう思うと、音が聞こえる場所を目指す足が、自然と速くなる。あの夢はもしかしたら、なにかの予知夢だったのかもしれない。

 

「急がないと……!」

 

だから、こうして必死で前に進むんだ。そうした結果どうなるのか、今はまだ知る術はなかった。

 

…………………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「どうやら、結界の膨張は止まったみたいだね。結構な大きさだけど……なるほど、あそこが境界な訳だ。まったくハタ迷惑な事してくれるなぁ。このままじゃ……今度は君らが隠れるのかい?」

 

「あっ……あなたねぇっ……!」

 

「ちょっと。なんなのよ、あの変態。やっと到着したと思ったら、あんなのがいるなんて……」

 

「私達にも、良く分からないの……」

 

クロと合流した私達は、安全そうな位置まで移動していた。でも、あの全裸の男の子は相変わらずなにも着ずに堂々と立って、訳の分からない事を言ってる。とてもじゃないけど、直視できない。

 

だから私達は木の影に隠れていた。彼の姿を見たクロが顔を歪めて美遊に聞いているけど、あの子の正体は私達だって知りたい。でも取り敢えず、今私が言いたい事は、たった一つしかなかった。

 

「誰だか知らないけど、取り敢えず、その格好をなんとかしてよ! これじゃ話もできないわ! ちょっとは恥ずかしいとか思わないのーッ!?」

 

そう。いつまで全裸でいるつもりなのか。そんな私の魂の叫びに、男の子は軽く笑って答えた。

 

「なんだそんな事か。安心してよ。僕の身体に、恥ずかしい所なんて一つもないからね」

 

《ワッ……ワールドワイド!》

 

全然恥ずかしがる様子もなく、むしろ誇らしげな様子でその裸体を私達に晒す男の子。その様子に私達は絶句した。次の瞬間、私の視界に、股間のアレが入ってきてしまい、再び私は正気を失う。

 

「―――ッ!?」

 

「あーはいはい、ここで連射ね。なんだか段々、君の行動パターンが分かってきたよ……」

 

また男の子に向かって魔力砲を乱射すると、彼は木の影に隠れてなにかをし始めた。一体なにを?

 

「これでいい?」

 

「いい訳ないでしょーッ!?」

 

笑顔で現れた彼の姿に私は即座に駄目出しする。何故なら、彼は股間に葉っぱを張り付けただけの状態だったからだ。最低威力に弱めた魔力砲を、彼の頭に向かって発射した。ふざけてるの!?

 

「分かったよもう……服を着ろって事でしょ? でも今の僕じゃ……ちゃんと繋がってるかどうか怪しいんだから、あんまり期待しないでよね?」

 

「えっ!?」

 

「嘘ッ!?」

 

「あれって……」

 

私の言葉に、ようやく服を着てくれる気になったらしい男の子だったけど、彼がやった事に私達は驚愕する。彼は突然、なにもない空中に、左手を突っ込んだ。そしてその左手が、空中に消えた。

 

「あー、やっぱりロクな物がないなぁ。えーと、服服っと……うーん……あった! よっと」

 

「なにあれ!?」

 

「空中から服を取り出した!? あれ、まさか」

 

「同じだ……無数の宝具を出現させていたのと、恐らく同じ能力! やっぱり、あの子は……」

 

『どうやらそのようですね。姿こそ変われど……あの子は9枚目のカード……その英霊です!』

 

信じられないけど、そういう事なんだろう。私達がその事実に驚愕して固まる一方、彼は軽やかに服を着て、どこか楽しそうに次の言葉を発した。

 

「さてと、これでお話できるよね?」

 

確かにその通りだ。でも、彼とゆっくり話す事はできなかった。何故なら、ドーム状に変化してた渦が突然光り出したからだ。さらに、それと同時に持っているクラスカードが、脈打ち始めた。

 

「なっ……!?」

 

「突然なんなの!?」

 

どうやら、クロも体内にあるランサーのカードが反応しているらしい。という事は、お兄ちゃんが持ってるアーチャーのカードも同じ事になってるんだろうか。一体、なにが起きているの……!?

 

「へぇ、君達カード持ってたんだ。他のカードもここに近付いているみたいだし、やっぱり惹かれ合うものなのかな。ねぇ―――美遊ちゃん?

 

「えっ……?」

 

「なんで、美遊の名前を……」

 

「まさか……記憶があるの?」

 

「そこらの英霊とは違うさ。ごめんね、僕の半身はどうしても聖杯が欲しいみたいだ。聖杯戦争の続きをするにしても君がいなくちゃ始まらない」

 

「やめて……」

 

なんだろう。この二人は、なにを言ってるの? 9枚目のカードの英霊と美遊は、さっきから訳の分からない事を言ってる。クロはどうかと思って見てみると、クロも分かっていないみたいだ。

 

「なにせ君は……」

 

「それ以上口を―――開くな!」

 

「美遊!?」

 

「待ちなさい!」

 

カードの英霊の言葉を遮るように、美遊が英霊に向かって突撃していく。その様子はいつも冷静な美遊らしくなくて、私とクロは動けない。美遊はサファイアを、英霊に向かって振り下ろした。

 

でも、魔力の壁のような物が英霊の前に出現してその攻撃を防いだ。美遊は、さらに魔力砲を乱射する。でも、魔力砲(それ)も全部防がれた。幾つも出現した壁によって……あんな事までできるの!?

 

色んな事が起こりすぎて、私には状況を把握する事はできない。でも、二つだけ確かな事がある。あの英霊は、美遊の秘密と繋がってる。そして、美遊の秘密はカードと聖杯戦争が関係している。

 

目の前の光景を呆然と見つめながら、私はそんな事を考えていた。美遊……貴女は、一体……?

 

…………………………………………………………

【凛視点】

 

カレン・オルテンシアの話と状況証拠を合わせて考えてみて、分かった事がある。それは、なにも知らなかったあの時には、分からなかった事だ。9枚目のカードの調査の為に地脈を転写した時。

 

違和感があった。龍穴……大空洞を中心に、半径400メートル程度の所に地脈のズレがあった。ほんの僅かなズレだったから、私はそれがなにかの間違いだと思ってた。だってあり得ないから。

 

あんなズレ方はあり得ない。でも、さっき聞いた話と合わせてみると、一つの可能性が浮かんだ。大空洞上部の木々の消失と、地脈のズレ……この二つを立体で考えてみる。これって、やっぱり。

 

状況証拠でしかない。けど、これで全ての辻褄が合ってしまう……! つまり、大空洞周辺の空間が丸ごと、別の世界と入れ替わってる! なら、そこから出てきた美遊は、もしかすると……!

 

「……ルヴィア」

 

「……なんですの?」

 

「知ってたの?」

 

「いいえ、ただ―――覚悟はしていましたわ」

 

ルヴィアの返答に、私は唇を噛む。衛宮君、美遊の事をお願いね。アンタの事だから、きっと私が祈るまでもないでしょうけど。先に行ったバカにお願いするだなんて、私も焼きが回ったわね。

 

そんな事を考えて、私は口元を緩めた……

 

…………………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「うああああ!」

 

「……美遊」

 

我を忘れたように魔力砲を乱射する美遊。その顔は苦しそうに歪んでいて、とても見てられない。

 

「ずっと眠ってばかりだった君が、随分とお転婆になったものだね。もしかして秘密だったの?」

 

「お願いだから、黙って!」

 

一体なにが美遊をあそこまで激昂させてるのか、私には分からない。あの英霊をそれを知っているみたいだけど、美遊は言わせたくないみたいだ。でもそんな美遊を無視して、英霊は告げた……

 

「平行世界のお姫様」

 

「っ!?」

 

「平行……」

 

「世界……?」

 

私とクロの、呆然とした声が響く。だけど、その意味を私達が理解するより早く、ある人がこの場に乱入する。それは私達が世界で一番好きな人。

 

「……なんだよ、それ……」

 

「「えっ!?」」

 

「士郎、さん……」

 

確かめるまでもない。その人の声を、私達が聞き間違える筈がない……後ろを振り向いてみると、そこには呆然とした表情のお兄ちゃんがいた……アーチャーのカードで変身してる様子もない。

 

「……贋作者(フェイカー)のお兄さんか。邪魔しないでね?」

 

「……お前は……?」

 

お兄ちゃんの登場で固まってた私達の耳に、少し機嫌が悪そうな英霊の声が聞こえた。その表情は私達に向けるものとは全然雰囲気が違っていて、背筋が寒くなった。なんて冷たい表情だろう。

 

「さて、妙な乱入者がいたけど、話の続きだよ。まずは謝っておこうか。ごめんね。人の隠し事を暴くのは趣味じゃないんだけど。だけど、状況がこうなってしまったんだから、しょうがない」

 

「……」

 

「許してね。運が悪かったと思って。諦めてね。これが君の―――【Fate(運命)】だと思って……」

 

「おい待てよ! 一体なんの話をしてるんだ!」

 

「わ、私達にも分からないの!」

 

美遊を追い詰めるように言葉を吐き出す英霊に、ついにお兄ちゃんは我慢できなくなったらしい。勿論私だって言いたい事があるけど、状況が全然分からない現状では、どうすればいいのか……

 

『なるほど。やはりそういう事でしたか』

 

「ルビー……!?」

 

「どういう事なんだ?」

 

そんな時、突然ルビーがそんな事を言い出した。ルビーはなにかを知っているんだろうか? 私達が聞くと、ルビーは神妙な様子で語り始めた。

 

『仮説の一つとしてあった物です。用途・製作者不明のクラスカードが発見された空間、鏡面界。虚数域のあの場所は……この世界と、平行世界の鏡面界ですからね。つまり、あのカードは……』

 

「ああ。君達には、お礼を言わなきゃね。境目で迷子になってた僕を、『実数域の方から見つけてくれたんだから』ね……本当に、ありがとう」

 

ルビーがなにかを説明しようとしたけど、それをあの英霊は遮ってしまう。でも、その言葉で彼の正体に、お兄ちゃんは気付いたみたいだった。

 

「なっ……あいつ、まさか9枚目の……!」

 

「見た目は違うけど、間違いないわ」

 

「うん……」

 

「なにがあったって言うんだ……」

 

さっき来たばかりのお兄ちゃんには、今の状況は分からない事だらけなんだろう。最初からここにいた私にも分からないんだから当然だ。そんな風に混乱する私達を置き去りにして、事態は動く。

 

「おっ」

 

「なっ!?」

 

「なによ、あれ!?」

 

「美遊!」

 

ドーム状に変化していた渦の中から、巨大な腕が飛び出してきて美遊を捕まえた。あまりにも突然な事態に、私達は一歩も動く事ができなかった。美遊がとても苦しそうな呻き声を漏らしている。

 

「やれやれ、乱暴だなぁ。もう術式の乗っ取りは終わったのかい? 思ったより早かったね」

 

「美遊!」

 

「私が助ける! 任せて!」

 

なにが起きてるかは分からないけど、今は美遊を助けなくちゃ。そう思った私は、掴まれてる美遊の元に向かった。美遊を掴んでいる巨大な腕に、渾身の【斬撃(シュナイデン)】を撃ち込んだ。だけど……

 

「えっ!?」

 

「あー、やっぱり。受肉が半端で終わっちゃったせいなのかなぁ。どうやら僕の財宝の内、武具の大半は―――あっち持ちになってるみたいだね」

 

私の渾身の攻撃は、巨大な腕の表面にびっしりと出現した無数の盾によって防がれてしまった。

 

「し……士郎さん……イリヤ、クロ……」

 

「美遊!」

 

「あっ!?」

 

「させない!」

 

美遊が巨大な腕によって、ドーム状の渦の中へと引きずり込まれていく。私は慌ててそれを追う。

 

「……最初から、ダメだったんだ……拒んでも、抗っても、逃げても無駄だったんだ……」

 

「諦めないで! 手を!」

 

「これが私の運命……士郎さん、イリヤ、クロ。お願い……壊して。私ごと、この悪夢(かいぶつ)を」

 

届かない。あと一歩なのに。私の手は、美遊には届かなかった。私はただ、目の前で絶望の表情を浮かべる美遊を、見ている事しかできない……

 

「ごめんなさい……関係ない貴方達を巻き込んでしまって。ごめんなさい……今までずっと……」

 

なにを謝ってるのかは分からない。でも、美遊の悲痛に歪んだ顔が、全てを物語っていたと思う。美遊はずっと、この事で苦しんでいたんだって。そんな美遊を助けたくて、必死に手を伸ばす。

 

でも、世の中は残酷なもので……

 

「……言えなくて……」

 

「美遊!」

 

「さよなら」

 

ついに美遊は私のすぐ目の前で、渦の中へと引きずり込まれてしまった……その光景を見て絶望に打ちひしがれる私の耳には、美遊の最後のお別れの言葉が、何度も何度も鳴り響いていた……




謎の視点は一体誰なのか。
明かす時をお待ちください。

それと、今回の話を書いてる途中で気付いた前話のミスを修正しておきました。
詳しくは前話の後書きをご覧ください。

それから、一つネタバレします。
この作品ではツヴァイフォームはありません。
今回を見れば分かると思いますが、イリヤは美遊からサファイアを受け取っていません。
何故かというと、ツヴァイフォームは強すぎて、士郎とクロの出番がなくなるからです。
この二人の活躍とオリジナル展開をお楽しみに。

それではまた次回。
早ければ今日中に投稿します。
感想待ってます。


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士郎の『世界』

さあ、いよいよこの時が来ました。
タイトルの世界は、『こたえ』と読みます。

プリヤ士郎格好いい。
そう思って頂ければ満足です。
それではどうぞ。


【士郎視点】

 

ある男は夢見た。この世全ての救いを。

 

ある男は願った。たった一人の幸せを。

 

ある男は最後まで、自分の理想を貫いた。

 

そして、俺は望んだ。大切な人達の笑顔を……

 

…………………………………………………………

 

「美遊ーッ!」

 

「こんなのって……」

 

「どう……して……」

 

イリヤの目の前で美遊が、奇妙なドーム状の渦の中に引きずり込まれた。ここに辿り着いてから、訳の分からない事が起こりすぎている。9枚目のカードの英霊が小さな子供の姿になっていたり、その英霊と美遊が意味不明な事を言っていたり。

 

美遊が、平行世界の人間だと判明したりもした。これについては、なんとなく分かっていたけど。あの日に見たあの夢は、その様子を見た物だったんだろう。今の俺にはそれが分かっていた……

 

『……これが、運命なんですか……? これが、美遊さんの世界の聖杯戦争だと……?』

 

「そう。イレギュラーが多すぎるけどね」

 

「っ!?」

 

「万能の願望器たる聖杯を降霊させる為の儀式、『聖杯戦争』。その為に僕ら英霊まで利用しようって言うんだから、本当に迷惑な話さ……」

 

ルビーの言葉に答えたのは9枚目のカードの英霊だった。どうやってるのかは分からないが、空中を歩いている。もしかしたら、美遊と同じで魔力を板状にして踏み台にしてるのかもしれない。

 

「……美遊も、聖杯戦争の為に生まれたの?」

 

「『美遊も』? ああ……君も聖杯戦争の関係者なのか。まあ、別に珍しくもない。色んな世界で繰り返されてきた儀式()だものね。けどね、彼女は特別だ。聖杯戦争の為に生まれたって? 逆だ(・・)

 

「えっ……?」

 

カードの英霊の返答にクロが驚きの声を漏らす。そして、カードの英霊は語る。驚愕の真実を……

 

彼女の為に聖杯戦争が作られたんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「「「っ!?」」」

 

彼女は生まれながらに完成された聖杯だった

 

『聖杯……美遊さんが……!?』

 

「天然物で、『しかも中身入り』。オリジナルに極めて近い飛びきりのレアリティさ。人間が聖杯という機能を持ってしまった……というよりは、聖杯に人間めいた人格がついてしまったのかな」

 

「……黙れ……」

 

美遊の事を、まるで物であるように語るカードの英霊に、俺は心の中で沸々と怒りを滾らせる。

 

「いずれにせよ……あれは世界が生んでしまったバグだよ。この世にあってはならない存在だ」

 

黙れ!

 

そして次に放たれた言葉に俺の怒りは爆発した。上空の英霊を睨み付け、怒りをぶつける。奴は俺の声に顔を向けて、冷たい表情で見てきた。剣呑な俺達の視線が、中空で激しくぶつかり合った。

 

「ふん……僕に怒りをぶつけるのは筋違いというものだよ、贋作者(フェイカー)のお兄さん? 怒りなら、僕にじゃなくて……彼女の運命か、それを利用しようとした大人達か……もしくは―――理性(ぼく)を失って肥大化した、哀れな『この僕(・・・)』にぶつけてよ」

 

奴がそう言った時、美遊が引きずり込まれた渦が割れて、中から巨大な怪物が出現した。なっ……なんだあれは? その姿に、俺達は絶句した。

 

「……ッ!?」

 

「……なによ、あれ……?」

 

「これは……」

 

『こんなものが……英霊……!?』

 

「ああ……とても醜いね。受肉して切り離された僕は正直な所、どちらの味方でもないんだけど。それでも、こうするのが一番自然なのかな……」

 

「あっ……!」

 

そう言った英霊は……静かにその怪物に向かって飛び降りた。それを見たイリヤが声を上げるが、今からではどうしようもない。その英霊が落ちていく様子を、俺達はただ呆然と見ていた……

 

「もうこの戦争は止まらない。死にたくなければカードを全て置いて、ここから逃げなよ」

 

そう言った奴は、怪物の黒い体に落ちた。そしてすぐにその体内に姿を消す。だけど、まだなにも終わっていない事は明白だった。奴が落ちた場所が蠢いて、中からなにかが出ようとしている。

 

だが、俺は……

 

「カードを置いて、逃げろだって……?」

 

「お兄ちゃん……?」

 

「そんな事、できる筈がない……」

 

正直、奴がなにを考えているのかは分からない。だけど、一つだけはっきりしている事がある。

 

「私を壊して? ふざけるなよ美遊……」

 

「お兄ちゃん……」

 

美遊の最後の言葉を思い出した。全てを諦めて、絶望に染まった顔も……ふざけるな! なんで、最後に言う言葉がそれなんだよ! 違うだろ! お前が言わなきゃいけない言葉はそれじゃない!

 

「そういう時は、『助けて』って言うんだよ!」

 

「「お兄ちゃん!」」

 

『あはは、なんとまあ……実に士郎さんらしい。この状況で言う言葉が、それですか♪』

 

「行くぞ、イリヤ、クロ! 美遊を助ける!」

 

「「うん!」」

 

そうだ。美遊にどんな事情があるかなんて、全然関係ないんだ。美遊が平行世界の人間だろうと、完成された聖杯という物だろうと。俺達にとって美遊は大切な存在だ。だから、絶対に助ける!

 

そう決意する俺達の眼前では、怪物の黒い体の中に消えていったカードの英霊が再び現れていた。

 

「……まだ逃げていなかったのか」

 

「当たり前だ。美遊を返して貰うぞ!」

 

アーチャーのカードを取り出して、俺はそいつを睨み付けた。頼む、お前の力を貸してくれ……!

 

…………………………………………………………

【イリヤ視点】

 

「取り敢えず、美遊の居場所を確かめないと!」

 

「そうね。私が道を開くから、イリヤはアイツに突っ込んで、美遊の居場所を聞き出すのよ!」

 

「うん!」

 

クロと二人で作戦を決めて、私達は巨大な怪物に突撃する。お兄ちゃんはさっきから一言も喋らずにアーチャーのカードを握り締めている。なんでなのかは分からないけど、私達は信じている。

 

お兄ちゃんの事を。きっとお兄ちゃんは、なにか理由があって動かないんだ。だから私達はそんな事はまったく気にしなかった。真っ直ぐ突っ込んでいく私達を、カードの英霊は静かに見ている。

 

「……死んでも知らないよ?」

 

敵はそう言って、巨大なボーガンみたいな宝具を出して接近していく私達に狙いを定めた。でも、それを見たクロはアイコンタクトで、『構わずに突っ込んで』と指示を出してきた。信じてるよ。

 

「【真・射殺す百頭(ナインライブズ)】!」

 

敵の宝具から光の矢が放たれた。その瞬間、クロは地面に手を付いてなにかを書く。ルーン魔術を使うんだろうと思った時、私はクロに手を引かれて上空にジャンプしていた。えっ、なんなの?

 

「へえ……」

 

「ふん、この程度で感心してんじゃないわよ!」

 

あまりにも一瞬の事で、私はなにが起きたのかを正確に認識する事はできなかった。下を見てみるとそこには土の人形のような物があって、さっきの光の矢はその土人形のような物を貫いていた。

 

「生命のルーンで作成した土塊(つちくれ)の人形に、錯覚のルーンを使って身代わりにしたのか。器用だね」

 

「人形だけじゃ、さっきの追尾能力がある光の矢を躱せなかったもの。これくらい簡単な事よ!」

 

そんなやり取りをしながらも、クロは次々と射出される宝具の雨を槍で弾いて道を開いてくれる。敵の宝具の射出方法は前と変わっていて、巨大な怪物の体から直接無数の宝具が射出されている。

 

「……次の攻撃の直後に接近するわよ。準備して」

 

「うん」

 

私達は、小声でそんなやり取りをする。敵の攻撃は絶え間なく続いてる訳じゃない。攻撃と攻撃の間に少しの空白時間がある。クロはその空白時間を利用して一気に接近しようと言ってるんだ。

 

「良く防ぐね。なるほど、光の御子のスキルか。だけど、君は防げても、これならどうかな?」

 

「「っ!?」」

 

そう言った敵がやってきたのは、私の方を狙った全方位攻撃だった。怪物の体から射出された無数の宝具は、一端上空に打ち上がった後に、私達を囲むようにして空から降ってきた。私に向けて。

 

「だったら!」

 

「わっ!」

 

「舌噛むんじゃないわよ、イリヤ!」

 

それを見たクロは、足に加速のルーンを使って、私の手を引いて走る。無数に降ってくる宝具の雨を躱しながら。急に凄いスピードで手を引かれているから、クロの言う通り舌を噛んでしまう。

 

「あうう……じだがんだ(舌噛んだ)よ~!」

 

「もう、ふざけてる場合!?」

 

「だ、だっで~!」

 

「やれやれ。緊張感がないね、君達」

 

うう、だってクロが、宝具を躱す為にジグザグに走るんだもん。右に左に、上に下に振り回されてシェイクされている。そんな私達の様子を見て、敵すら呆れてる。うう、私のせいじゃないもん。

 

「って油断させておいて……!」

 

「え?」

 

「行くわよイリヤ!」

 

「え? え? え?」

 

あれ? なにこれ? クロは敵の攻撃が少し弱くなった瞬間に、私を掴んでる右手を振り上げた。そんな私達に向けて再び射出される無数の宝具。次の瞬間、クロは私を振りかぶって前に飛んだ。

 

「これって、まさか……」

 

「行きなさい! 【突き穿つ死翔のイリヤ(イリヤ・ボルク)】!」

 

「いやあああ~! やっぱりいぃぃ~!」

 

この人でなし! 敵に向かって、私はクロに投げ飛ばされた。そのスピードは敵の射出宝具を遥かに上回るスピードで、射出されている宝具の横を一気に抜けて、私は怪物の上の英霊に突っ込む。

 

「ぎゃうっ!」

 

「ぐっ!」

 

『いやぁ、さすがはクロさん。まさかこんな方法で敵に接近させるとはね。そして、イリヤさんも相変わらず面白……いえ、なんでもないです』

 

クロのバカ! 後で絶対文句言ってやるから! そして、ルビーもいい加減にしてよね! 頭から敵に激突したので、かなり痛い……ルビーの物理保護があるからって、無茶苦茶すぎるでしょ。

 

「イリヤ、ボサッとしない! 早くソイツから、美遊がどこにいるのかを聞きなさい!」

 

「わ、分かってるよ!」

 

「本当に面白いね、君達は」

 

「放っておいてよ!」

 

なんだかいつもの感じになったけど、今はそんな場合じゃない。クロの言う通り、この英霊に美遊の居場所を聞き出さないといけない。そう思った私は気を取り直して目の前の英霊を睨み付けた。

 

「……美遊はどこ!?」

 

「……()の中さ。丁度、中心部くらいかな。まだちゃんと生きてるよ。でも……気を付けて。君は今ここで、死んじゃうかもしれないからね」

 

「くっ……!?」

 

美遊の居場所は聞けた。でも、ここは怪物の上。つまり、私の足元から宝具が飛び出してくる場所という事になる。足元から無数の宝具が出てきて私を取り囲む。そしてその矛先が、私に向いた。

 

「うまく避けてね」

 

「イリヤ! 早く逃げなさい!」

 

クロは遠くにいる。つまり、自分で脱出しないといけないという事だ。だけどこの状態じゃ。そう思って動けない私に向かって、ついに宝具が射出された。避けられない、と思った次の瞬間……

 

「あっ!?」

 

「へえ……」

 

「えっ……?」

 

私は誰かに抱きかかえられて、宝具の檻から脱出していた。誰かと思って、その人を見てみると。

 

「バゼットさん!」

 

「これで、鏡面界での借りは返しましたよ」

 

淡々とそう言ったバゼットさんは、怪物の体の上から地面に飛び降りた。えっと、バゼットさんが言った借りってもしかして、あの敵の動きを障壁で止めたやつ? 気にしなくても良いのに……

 

「しかし、あれはどういう事ですか? 攻撃方法から見てあれは、9枚目のカードでしょう?」

 

「私にも良く分からないんだけど……」

 

「足を止めちゃダメよ、二人とも!」

 

「「っ!?」」

 

クロの鋭い指摘に、私達は咄嗟に動いた。するとさっきまで私達がいた場所に、無数の宝具が降り注いでいく。危なかった。もしクロが声を掛けてくれてなければ、私達は串刺しになっていた。

 

「一端距離を取るのよ! お兄ちゃんの所に!」

 

「う、うん!」

 

「……分かりました」

 

美遊の居場所はもう聞けたから、お兄ちゃんにもそれを教えてあげないといけないしね。その事に気付いた私は、お兄ちゃんの所に急いだ……

 

…………………………………………………………

【士郎視点】

 

美遊を助ける。そう決めたはいいが、アーチャーのカードが反応しない。その理由に気付いた俺はしばらく動かず、アーチャーに呼び掛け続けた。少しの間なら、イリヤ達に任せておけるから。

 

『アーチャー……』

 

今なら、俺の方から接触できるようになっている筈だ。だから、俺は意識を沈めていく。目の前の現実が段々遠ざかり、アーチャーがいる場所へと近付いていく。その為の鍵は、このカードだ。

 

やがて俺は、あの荒野に立っていた。前までは、夢を通じてしかいけなかったのに。さてと、早くアーチャーと話さなければ……そう思った俺は、遠くに見えているあの丘を目指して走り出した。

 

そこに向かう途中で、地面に突き立つ無数の剣とすれ違った。その一つ一つの剣に込められているアーチャーの想いを心に刻み付けながら、俺は剣の荒野を駆け抜けていく。ここ(・・)は、理想の果て。

 

世界から自分を切り離し、誰かを救う度になにかを失い、ついには伽藍洞(がらんどう)になった―――

 

『……お前の心象世界(しんしょうせかい)

 

『……』

 

俺は剣の丘で、再びアーチャーと向かい合った。彼は俺の顔を見て、非常に苦い顔をしている。

 

『……分かっているのか?』

 

『分かってるよ』

 

たった一言のやり取り。だけど、俺達にはそれで十分だった。俺達はたったこれだけで、お互いの事が分かってしまう。何故なら、彼の正体は……

 

『俺さ、もしかしたら最初から分かってたのかもしれない。お前が、一体どこの誰なのかを……』

 

『……』

 

そう。もしかしたら、俺は魂の直感で分かってたのかもしれない……最初にアーチャーのカードで変身した時、俺は彼の正体に気付いていたんだ。何故なら俺はあの時、できると確信していた。

 

当たり前のようにカードを握り締めて、英霊の座にアクセスしていた。勿論あれは、彼が俺の声に応えてくれたからだけど、その前からあのカードを使えば誰かが力を貸してくれると分かってた。

 

それにあの時、俺は彼の名前を呼んでいたんだ。そう、俺に力を貸してくれていた彼の名は……

 

『今までありがとう―――英霊【エミヤ】』

 

『……』

 

彼の名前を呼んで、今までの助力の礼を言うと、彼―――英霊エミヤは静かに目を閉じた。彼は、平行世界の『俺の可能性』の一つ。もしかしたらあり得るかもしれない、そんなIFの姿だ……

 

世界と契約して人類の守護者になった、遠い未来の英霊だ。正義の味方という理想を貫き通して、その到達点に至った……本来なら人類の為に振るわれるべきその力を、俺に貸してくれていた。

 

『もう一度変身すれば、確実に戻れんぞ?』

 

『ははは……』

 

『……? 何故笑う?』

 

『いや、ちょっとな』

 

この期に及んで、まだ俺の心配か。なるほどな、確かに正義の味方の到達点だ。本当に凄い奴だ。

 

『なあ、英霊エミヤ』

 

『なんだ、衛宮士郎?』

 

『俺はさ、別に良いんだよ。戻れなくても』

 

『……なに?』

 

『怒るなよ。自分がいらないって意味じゃない。確かに最初は、俺の全てを差し出すなんて思ってたけど、今はそうじゃないんだよ……』

 

『……では、なんだ?』

 

『これは妹の、イリヤの受け売りなんだけどさ。出会った人も起こった事も、無かった事には絶対にしない。だから俺は違う自分に変わる事も否定しないし、恐れない。後悔だって絶対にしない』

 

『っ!?』

 

そうだ。全部、俺が選んだ事だ。だから俺はその変化を受け入れる。例えそれでなにかが変わってしまったとしてもそれが俺だ。衛宮士郎なんだ。それ以外の存在になんか、絶対にならない!

 

『ふっ……ふふふ……ははははは!』

 

『力を、貸してくれるよな?』

 

『……良いだろう。もう好きにするがいい』

 

『俺の【世界】を、お前に見せてやるよ』

 

『ふ、言ったな。ならば見せてみろ、衛宮士郎』

 

『ああ、良く見ておけよ』

 

俺はアーチャーと笑い合い、意識を現実に戻す。

 

…………………………………………………………

 

「……ちゃん……おに……ん……」

 

意識が浮上していく感覚。そして、それと同時に聞こえてくる声。この声は、間違いなくイリヤ。

 

「お兄ちゃん!」

 

「……ああ、聞こえてるよ」

 

「良かった。ずっと目を瞑ってるから、どうしたのかと思ったよ。それでお兄ちゃん、聞いて」

 

目を開けると、そこにはイリヤとクロ。そして、バゼットがいた。イリヤは、俺のすぐ側に立っていて、俺の顔を見上げている。クロとバゼットは敵から射出されている宝具を二人で防いでいた。

 

「美遊がね、あの怪物の中心部にいるらしいの」

 

「……そうか」

 

「でも、あの英霊が私達を攻撃してて……」

 

「分かった。俺に任せろ」

 

「お兄ちゃん!」

 

イリヤにそう答えて、俺はアーチャーのカードを目の前に掲げた。今まで何度もやってきた事だが今回は違う。本当の意味で、このカードの全ての力を引き出す。さあ、行くぞ……衛宮士郎!

 

「【夢幻召喚(インストール)】!」

 

俺と英霊エミヤの力が、一つになっていく。徐々に力を馴染ませていた事で、違和感なく俺の体に馴染んでいるようだ。次の瞬間、俺の中でカードが脈打つのを感じた。そうか、こうなったか。

 

「お、お兄ちゃん? 髪が白く……」

 

「……大丈夫、俺は俺だ。衛宮士郎だよ」

 

そう言って俺は不安そうなイリヤの頭を撫でる。そう、俺は俺だ。なにも変わっていない。イリヤも俺の顔を見て安心したような表情になる。俺はそんなイリヤに笑い掛けてから、足を踏み出す。

 

「俺が道を開く」

 

いつものように干将と莫耶を投影して、イリヤ達の前に立つ。そんな俺の姿を見て、敵の英霊は顔を歪めた。どうやら、俺が気に入らないらしい。

 

「……来るのかい、贋作者(フェイカー)のお兄さん」

 

「ああ、俺が相手だ」

 

「……分かったよ。お兄さんにはちょっと手加減できないと思うけど、それでもいいなら来なよ」

 

「……」

 

「この攻撃を、どこまで防げるかな?」

 

俺が走り出すと同時に無数の宝具が飛んでくる。俺はそれを、干将と莫耶で弾きながら接近する。1本宝具を弾く度に干将と莫耶が悲鳴を上げる。分かってるよ。こんなもんじゃ防げない事は。

 

だから、俺は……

 

「―――体は(つるぎ)で出来ている」

 

干将と莫耶が砕け散る。だけど、俺はすぐに投影し直して、次の宝具を弾いた。敵は、俺が呪文を唱え始めたのを見て、少し顔色を変える。体から射出する宝具の数も、さっきより多くなってる。

 

「血潮は鉄で、心は硝子」

 

だけど、俺は止まらない。射出される敵の宝具を投影して、それをぶつける。ぶつかり合った武器は弾かれて、俺の体には届かない。それを見た敵はさらに物量を増してきた。これは危ないな。

 

「幾たびの戦場を越えて不敗」

 

俺は足を止めて、右手を突き出す。そしてあの盾を投影した。その名は【熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)】。俺の前に七つの花弁が咲き、敵の宝具を防いだ。この盾は、投擲武器に対する絶対の守りを持つ。

 

「たった一度も敗走はなく―――」

 

その守りを頼りにして、俺は呪文を唱える。それを見た敵は攻撃を緩める事をせず、間断なく無数の宝具を射出し続ける。やっぱり分かってるか。この盾がいつまでも持つ訳ではないと。だが……

 

たった一つの勝利を望む

 

一枚、また一枚と花弁が砕けていく。それでも、俺は呪文を唱え続ける。奴に勝つには、この魔術しかないと確信してるから。それに、アーチャーに約束したからな。俺の世界を見せてやると。

 

義子(ぎし)はまた独り、陽光(ひかり)の前で鉄を鍛つ

 

ここまで唱えた時、とうとう花弁はあと一つまで減っていた。だけど、この最後の一つは他の花弁よりも防御力が高いんだ。まだ持ってくれる筈。今の内に、一気に残りの呪文を唱えてしまおう。

 

きっと、この生涯はこの先も続く

 

あと少し。あと少しで完了する。でも、そのあと少しが果てしなく遠かった。ついに最後の花弁が砕けてしまう。くっ! 俺が心の中で歯噛みした次の瞬間、俺の前に躍り出てくる二つの人影。

 

借り物の体は、いつしか―――

 

イリヤ、クロ! 二人は俺の前に立ちはだかり、敵の宝具を弾く。その姿に、思わず口元が緩む。ありがとう二人とも。お陰で、どうにか間に合いそうだ。妹達の背中を見つめて、俺は唱えた。

 

(つるぎ)で出来ていた―――

 

最後の呪文を。そして、右手を突き出す。

 

「【無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)】」

 

次の瞬間、現実世界が俺の心象に塗り潰された。アーチャーの世界と似たような荒野だけど、俺の後ろにだけ、緑の溢れる丘が聳え立つ。空は雲に覆われているが、所々から暖かい光が降り注ぐ。

 

その陽光は、まるでスポットライトのように俺の後ろにある緑の丘を照らしている。これが、俺の世界。緑の丘には、1本も剣が刺さっていない。これはつまり、この丘は俺の大切な物の象徴だ。

 

「……こんな世界で、どうするっていうの?」

 

「……勿論、お前を倒すんだよ。美遊を取り返す為にな。行くぞ、9枚目。武器の貯蔵は十分か」

 

これが、最後の戦いの火蓋を切る合図になった。




イリヤ・ボルクはちゃんと手加減してますw
こんな注意書きから入ってすみません。

さて、プリヤ士郎の無限の剣製。
その詠唱の意味は……
心は折れないから敗走はなく、ただ大切な妹達の幸福を望んで、それを必ず掴み取る。
与えられた幸福。安息の地を守る為に前に立ち、そんな日々をこれからも続けていきたい。
その為に英雄から力を与えられたこの体は、いつの間にか……
その英雄と、同じ境地に至っていた。
という感じです。

詠唱の時、イリヤ達なにしてんの? と思うでしょうが、ちゃんと後ろにいました。
士郎視点かつ、剣製の詠唱に集中してたのでイリヤ達の声は聞こえてませんでした。

それではまた次回。
感想待ってます。


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二重夢幻召喚

多くは語りません。
皆さん、どうぞご覧ください。
あ、士郎視点の所は、脳内でエミヤを流しながら読んでみてください(笑)。


【士郎視点】

 

「これは……」

 

「綺麗……」

 

『固有結界……魔術の最奥と言われる、大魔術』

 

「俺が道を開く。奴の宝具は俺が全部防ぐから、二人はその隙になんとか美遊を取り戻すんだ」

 

イリヤとクロにそう告げて、俺は手近にあった剣を抜いて構えた。俺の後ろの丘以外の荒野には、アーチャーの世界と同じく無数の剣が突き立っている。今の俺には、この世界の力も理解できた。

 

武器であるなら、俺がオリジナルをこの目で見ただけで瞬時に複製し貯蔵する。というより、元々アーチャーの投影魔術は、この空間に貯蔵された武器をその都度取り出していただけだったんだ。

 

「偽物のお兄さんが、本物の僕を倒す……?」

 

「……」

 

「……その態度は高く付くよ」

 

「ご託はいい」

 

「【贋作者(フェイカー)】……!」

 

9枚目のカードとの最後の戦いは、こうして開始された。俺の言葉に今までにないくらいの苛立ちを見せた9枚目は、俺達の視界を埋め尽くす程の数の宝具を射出する。だが、この世界なら……

 

「っ!?」

 

射出される宝具を全て俺が視認した瞬間、結界の中にその全ての宝具が複製、貯蔵された。それを認識した俺は、その宝具を呼び寄せて敵の宝具にぶつける。まるで鏡合わせのような光景だった。

 

「……なぜ、偽物が本物を退ける……?」

 

「お前の言う通り、ここにある武器は全て偽物。だが、偽物が本物に敵わないなんて道理はない」

 

「……」

 

ぶつかり合った宝具は互いに砕け散り、その破片が地面に落ちていく。その光景を見て言葉を失う9枚目に、静かに告げる。俺は知っている。最後の最後まで偽物の理想を貫き通した彼の強さを。

 

ならば、その彼の力を借りている俺に、その偉業を否定させる事ができる筈がない。そんな想いを胸に、俺は9枚目を睨み付ける。奴は、そんな俺を冷たい視線で射抜き、無言で殺気を放った。

 

「お前が本物だって言うのなら、その全てを凌駕して、その存在を叩き落とす。行くぞ!」

 

「……殺すよ……君だけは、必ず殺す!」

 

そう言って俺が走り出すのと同時に、再び無数の宝具が射出される。だが、無駄だ。お前が宝具を出せば出す程、この世界は牙を剥く。果てしない荒野に、その宝具が次々と突き刺さっていく。

 

それらの宝具を再び呼び寄せると同時に、他にもある宝具を呼び寄せる。敵の宝具は悉く砕けて、9枚目までの道ができる。そこに向かって、俺は後から呼び寄せた無数の宝具を射出する……!

 

「っ!? ……やってくれたね!」

 

その反撃は、奴が出した無数の盾の宝具によって防がれてしまうが、自分と同じような攻撃で反撃された9枚目はさらに激昂する。よし、このまま冷静にさせてはいけない。もっと怒らせないと。

 

奴のプライドをとことん貶して、冷静な判断力を失わせる。その作戦は上手くいって、奴はムキになって無数の宝具を射出しようとする。だけど、奴のその能力の弱点を俺はすでに見抜いていた。

 

「っ!? 射出前に……!?」

 

「遅い」

 

奴は黒い泥で構成された怪物の体から直接宝具を取り出して射出している訳だが、取り出してから射出するまでには、少し時間が掛かる。だけど、この空間は武器を視認した瞬間に貯蔵される。

 

取り出された宝具の一部が見えた瞬間にはもう、この空間内にその宝具の贋作があるという事だ。だから俺は、その贋作を即座に呼び寄せて、射出される前の状態の本物を全て叩き潰したんだ。

 

「……一体、どこまで君は……!」

 

「言っただろ。全てを凌駕して叩き落とすって」

 

「【贋作者(フェイカー)】め……! なら!」

 

「……っ!?」

 

次に奴が出した宝具に、俺は目を見開いた。その宝具があまりにも巨大な剣だったからだ。当然、奴がその剣を直接持てる訳もなく、巨大な怪物の右手に持たせている訳だが。しかも、その剣……

 

《構造が、全部は視えない……!》

 

おそらくは神造兵装だ。つまり、人の手によって造られた剣ではない、という事だ。アーチャーの投影では完全な再現が難しい。だから奴はそれを出したんだろう。だけど、顔は屈辱に歪んでる。

 

「君ごときに、これを使う事になるなんてね」

 

「くっ……!?」

 

「【イガリマ】!」

 

うっ……おおおおおッ!

 

視ろ! 完全な再現が出来なくてもいい! 迫る巨大な剣を睨み付けて、その構造を映し取った。そして、振り下ろされた神の剣を投影する。例え強度が足りなくても、ぶつける角度を考えれば!

 

「っ!?」

 

「【虚・千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)】!」

 

斜め下から斬り上げて、敵の剣にぶつける。俺が投影した形だけの剣はぶつかった瞬間に真っ二つに折れたけど、奴の剣もその軌道がズレた。俺の体のすぐ横を通り過ぎ、大地を二つに割った。

 

「斬山剣まで……! だけど、まだだよ!」

 

「うっ……!?」

 

奴の言葉に顔を上げてみると、そこにはさっきと同じくらいに巨大な剣を左手に構える敵がいた。その剣の構造も、さっきの剣と同じように、完全には読み取れない。同じような神造兵装か……!

 

「【シュルシャガナ】!」

 

ぐっ……あああああッ!

 

考えている暇もない。さっきのようにその構造を分かる範囲で映し取り、全力で投影する。無茶な連続投影に魔術回路が悲鳴を上げているが、今は構っていられない。頼む、間に合ってくれ……!

 

「【絶・万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)】!」

 

なんとか間に合った。その結果はさっきと同じ。俺が投影した形だけの剣は本物とぶつかった瞬間に真っ二つに折れたけど、その軌道を逸らす事はできた。巨大な剣が大地を抉り、爪痕を残す。

 

「ハアッ……ハアッ……!」

 

「……形だけのハリボテとは言え、神造兵装まで投影するとはね。ちょっと見くびっていたよ」

 

「……!」

 

「だけど、さすがに限界でしょ? 諦めなよ」

 

無茶な連続投影で膝をつき、荒い呼吸を繰り返す俺を見下ろして、奴はそう言った。その言葉に、俺は口元を歪めて凄絶な笑みを浮かべる。確かにお前の言う通りだ。もう限界に近い。だがな……

 

「俺は、一人で戦ってるんじゃないんだよ……」

 

「なにを言って……っ!?」

 

「今だ、クロ!」

 

俺の言葉に、奴はやっとそれを見た。俺はずっと奴の注意を引き付ける役だったんだ。その隙に、彼女達は奴に接近していた。奴が上空を見上げるとそこには、イリヤの手にぶら下がるクロが……

 

俺の声を合図に、クロはその手を放して……

 

…………………………………………………………

【クロエ視点】

 

「ホント、驚く事ばっかりよね」

 

「うん」

 

9枚目と正面から戦うお兄ちゃんの姿。その姿を私達は見下ろしていた。最初はお兄ちゃんの後ろをついていってたけど、途中から9枚目の意識がお兄ちゃんに釘付けになった事に私は気付いた。

 

反則じみた9枚目の能力に、ピンポイントで相性が良いお兄ちゃんの固有結界に、私達の事を気にする余裕がなくなったからだ。さらにお兄ちゃんは奴をあからさまに挑発して冷静さを失わせた。

 

それを見た私は、チャンスだと思った。きっと、お兄ちゃんもそれを狙って怒らせたんだろう。奴の意識が私達から逸れた今、私達は自由に動けるようになった。この隙に近付く事は簡単だろう。

 

その読みは間違ってなかった。奴の真上辺りまで到達した私はそう確信する。けれど、改めて今の状況を見てみると、驚く事ばっかりだと思った。美遊が完成された聖杯だとか、完全に予想外だ。

 

私達なんかよりずっと、あの娘の方が大きな秘密を秘めていた。しかも平行世界の人間とか、その世界の聖杯戦争とか、もうホントついてけない。ここまでくると驚きを通り越して、呆れるわ。

 

心の中でため息をついて、眼下の怪物を眺める。あの中に、美遊がいる。奇跡のような偶然で誕生したこの私を、初めて友達と言ってくれた娘が。あの日の美遊の言葉は、今も胸に刻まれてる。

 

でも、だからこそ……だからこそ私は……

 

「ねえ、美遊。私、今とても怒ってるのよ?」

 

「クロ……」

 

「貴女が言ってくれたんじゃない。『友達が死ぬなんて絶対に嫌』、って。それなのに自分の事になったら、『私を壊して』、ですって……?」

 

ふざけるんじゃないわよ! その言葉に怒ってるのが、お兄ちゃんだけだと思わないで欲しいわ。あの時の貴女の言葉を、そっくりそのまま返してあげる。友達が死ぬなんて、私は絶対に嫌よ。

 

だから……私は私にできる事をする。一刻も早く美遊をあそこから助けて、思い切りひっぱたいてあげないと気が済まないしね。微妙なバランスで存在している私は、力を気軽に使えないけど……

 

「それでも、大切な友達の為になら……景気よく使ってあげようじゃない。行くわよ、ルビー!」

 

『分かりました。クロさんをゲスト承認します』

 

「お願いね、クロ」

 

小聖杯の力で導き出した答え。あの9枚目の使う盾は今の私の全力攻撃すら簡単に防いだ。なら、どうすればあの盾を貫けるのか。イリヤの手からルビーを受け取り、懐からある物を取り出す。

 

それは、バゼットから返して貰ったバーサーカーのカード……9枚目を倒す為に必要だと言って、他のカードも返して貰っている。こっちの準備は万端だ。眼下の光景も、丁度良い感じになった。

 

「っ!? 気付かれた!?」

 

「みたいね。だけど、もう遅い」

 

「今だ、クロ!」

 

9枚目が私達を見上げた瞬間、お兄ちゃんの声が私達の耳に届いた。その声を合図に、私はイリヤの手を放した。一瞬の浮遊感の後、巨大な怪物に向かって落下が始まった。よし、行くわよ……!

 

「【転身】!」

 

『一回限りの特別バンク! 行きますよ~!』

 

ルビーを掲げて、私は転身する。今から私がする事は、私の魔力では全然足りない。だからルビーの力を使って無限の魔力を得るんだ。これなら、この手を使っても私は消えずに済む筈だった。

 

『「【カレイドルビー・プリズマクロエ】!」』

 

魔法少女の姿に転身した私は、左手に持っていたバーサーカーのカードを掲げる。お願い、貴方の力を貸して頂戴。私の大切な友達を助ける為に。祈りを込めて呼び掛けると、カードが光った。

 

カードの英霊が、応えてくれたような気がした。その事に笑みを浮かべて、私は小聖杯とルビーの力で英霊の座にアクセスする。私の小聖杯としての力は、恐らく後一回使うのが限度だろう……

 

つまり、これで打ち止め。だけど、悔いはない。待ってなさいよ、美遊。今こいつを倒すからね!

 

「【二重夢幻召喚(ツヴァイ・インストール)】!」

 

バーサーカーの力を使って、ランサーの別の側面の力を引き出す。二つのクラスカードを、同時に使った【夢幻召喚(インストール)】だ。ランサーのクラスだったクー・フーリンが、バーサーカーに変わった。

 

「宝具展開! 【噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘン)】!」

 

「くっ!?」

 

全身に禍々しい骨の鎧を纏う宝具。これによって私の攻撃力は飛躍的に高まった。バーサーカーのクラスに変わった影響か、軽く理性が飛びかけるけど、必死に自分を制御して9枚目に突撃する。

 

アアッ!

 

9枚目はまたあの巨大な盾を出して、私の攻撃を防ごうとするけど、そんな物では止められない。爪の初撃は防がれたけど、まだまだこれからだ。私は休む事なく連続で、盾に爪を突き立てる。

 

ウアアアアッ!

 

「ぐうっ……! 神々の盾がッ……!」

 

「なによ、こんなモノッ……!」

 

こんな……こんな盾なんか……!

 

粉々にしてやるんだからッ!

 

私はそう叫び、忌々しい大盾に向かって呪いの槍を思い切り突き立てた。私の連撃で軋みを上げていた大盾は、その止めの一撃でついに貫かれた。9枚目の体を貫いて、怪物の巨体に縫い止める。

 

「……はっ……! ……はっ……!」

 

『クロさん、体が……!』

 

「……大丈夫よ、これくらい……」

 

強化宝具に加えて、ルーン魔術も限界まで使用。再生のルーンも使ってたけど、強化が激しすぎて再生が追い付かなかっただけだから……全身から血を流す私を見たルビーが騒ぐけど、全然平気。

 

「……ハハッ……やってくれたね、君たち……」

 

「っ!?」

 

こいつ、まだ動けるの!? 体に突き刺さってるゲイ・ボルクを右手で掴んで、引き抜こうとする9枚目に私は目を見開く。そんな私を冷たい目で睨み付けて、9枚目は呪いの槍を引き抜いた。

 

「もういい……まとめて吹き飛ばしてあげるよ」

 

そう言った9枚目が、最後に取り出した宝具は。それを見て、私は背筋が凍った。何故なら、その宝具はあの時、私達に根源的な恐怖をもたらしたあの剣だったから。まずい、この剣だけは……!

 

「受け止めて、クロ!」

 

「イリヤ……!」

 

その宝具を見て固まる私の耳に、イリヤの必死な声が聞こえてきた。上を見てみると、魔法少女の姿ではないイリヤが私に向かって落ちてきてる。そうか、今は私がルビーで転身してるから……

 

イリヤをキャッチして、ルビーを返す。私の転身はそれで解けて、バーサーカーのカードも体外に出てくる。私達がそんな事をしてる間に、9枚目はあの宝具の力を開放し始めていた。くっ……!

 

「クロ、お兄ちゃんの所まで行って!」

 

「……なんですって?」

 

「早く! もう時間がない!」

 

けれどイリヤは、そんな事を言ってきた。必死の形相で。チラッと9枚目を見てから、お兄ちゃんに目を移す。お兄ちゃんは私達の方に走ってきているけど、その足取りは重い。無茶をしたのね。

 

私と同じで。似た者兄妹か。となると、イリヤもなにか無茶をするつもりかしらね……そんな風に思って、こんな状況なのに私は笑ってしまった。今にもあの攻撃が飛んでくるかもしれないのに。

 

「……今度こそ、舌噛むんじゃないわよ!」

 

そう言って、私はお兄ちゃんの元に急いだ。

 

…………………………………………………………

【イリヤ視点】

 

お兄ちゃんとクロが必死になって美遊を助けようと頑張ってる姿を、私は見ていた。ただ見てる事しかできない自分の不甲斐なさがとても悔しくて堪らなくて、唇を噛む。私の力はあまりに弱い。

 

クロが分離してからというもの、魔力は半分以下になってしまったし、こういう時にまったく戦力になれない。それを補う為の特訓はしたけれど、一定以上の力を持った敵が出てくると通じない。

 

特に今相手にしてる9枚目は、今までの相手とはレベルが違った。生半可なカードを【夢幻召喚(インストール)】しても、きっと役に立たない。私にはクロみたいな事はできないし、無力感に打ちのめされた。

 

どうすればいいの? あの剣を取り出した9枚目の姿を見て、絶望に支配されそうになる。だから私は無意識にお兄ちゃんの姿を見た。落ちていく恐怖も忘れて、お兄ちゃんに助けを求めて……

 

「っ!?」

 

その時、私は見た。あの剣を振りかざす9枚目の姿を睨み付けて、必死に走ってくるお兄ちゃんの姿を。その目には、諦めの色なんて全然浮かんでいない。お兄ちゃんは、まだ諦めてないんだ。

 

その強い瞳に、私は目を奪われる。そして、同時に無限の勇気が溢れてくる。そうだ。まだ私達は終わっていない。絶対にアイツを倒して、美遊を取り戻すんだ。私にできる事……それは守る事。

 

そう思った瞬間、カードケースが光った。なにかと思って見てみると、あるカードが光っていた。

 

「……【シールダー】のカード……」

 

自分を使え。まるでこのカードが、そう言ってるみたいな感じがした……それに頷いて、私は下のクロに呼び掛けた。クロにルビーを返して貰い、私は転身する。よし、早くお兄ちゃんの元に!

 

「さあ、これで終わりだ……この剣に銘はない。僕はただ『エア』と呼んでる。かつて、天と地を分けた───文字通り『世界を切り裂き創造した(・・・・・・・・・・・)最古の剣(・・・・)』さ……感じるかい? 君たちの遺伝子に刻まれた、始まりの記憶をさ……」

 

9枚目は静かにそう語り、あの剣からは凄まじい豪風が巻き起こっている。回転する刀身の速度がどんどん速くなり、豪風は剣先に収束していく。もうすぐ、凄まじい一撃があれから放たれる。

 

私達はそう確信した。あんなものを撃たれたら、きっと私達は全滅するだろう。当然お兄ちゃんも死んでしまう。そんな事は絶対にさせない。私はシールダーのカードを胸に抱いて、必死に祈る。

 

お願い、助けて。私は、もう何度もクロがカードを使う姿は見てる。だからできる。きっと私は!

 

「自分の意志で、カードを使える!」

 

「イリヤ、貴女……!」

 

「【夢幻召喚(インストール)】!」

 

お兄ちゃんの元に辿り着いた私は、シールダーのカードを使って変身した。十字架みたいな大きな盾を構えて、お兄ちゃんとクロの前に立つ。貴方なんかに、私の大切な人達は奪わせない……!

 

「この汚らわしい世界ごと君たちを切り裂いて、今ここに原初の地獄を織り成してあげるよ!」

 

「させない! お兄ちゃんもクロも絶対守る!」

 

オオオオオオオオッ!

 

「真名、開帳───私は災厄の席に立つ……其は全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷───」

 

あの時の黒化英霊を思い出す。私は祈るように盾を天に掲げて、魔力を高める。9枚目もあの剣を天に掲げて、雄叫びを上げる。世界を包む豪風が頂点に達したその時、ついにそれは放たれた。

 

「【天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)】!」

 

凄まじい一撃が向かってくる。だけど、私は全然怖くはなかった。それよりも強い一つの意志が、私の心を支配しているから! 天に掲げていた盾を勢いよく振り下ろして、私は力の限り叫んだ。

 

「顕現せよ───【いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)】!」

 

次の瞬間、巨大な城壁が私の前に出現する。その城壁は9枚目の放った一撃を見事に受け止める事に成功して、後ろにいるお兄ちゃん達を守った。9枚目もこれには驚いたらしく、目を見開いた。

 

「エアの一撃を……止めるだって……?」

 

うああああっ!

 

「「イリヤ!」」

 

まだだ。まだこの攻撃を防ぎきった訳じゃない。あの剣からはまだ衝撃波が放たれている。私は、それを必死になって支える。盾には凄まじい衝撃と重みがまだ続いてる。少しでも気を抜けば……

 

『大丈夫だ』

 

『っ!?』

 

その時、頭の中で優しい声が響いた。誰の声かは分からないけど、不思議と安心する。これは……

 

『この城壁は、君の心が折れない限り無敵だ……もっと肩の力を抜いて、心を乱さないように』

 

『えっ、えっと……こ、こう?』

 

『そう。筋がいいね。白亜の城は、持ち主の心により変化する。曇り、汚れがあれば綻びを生み、荒波に壊される。けれど、その心に一点の迷いもなければ、この正門は決して崩れはしない!』

 

『貴方は、まさか……』

 

『この声はもう二度と届かないだろう。けれど、君なら大丈夫。きっと守りたいものを守れるさ』

 

『待って……!』

 

『頑張って……』

 

それきり、その声は聞こえなくなった。今の声、やっぱり……私は心の中でその声にお礼を言う。力を貸してくれてありがとう、盾の英霊さん。

 

「お兄ちゃん、クロ! 今の内にアイツを!」

 

そして後ろにいるお兄ちゃん達に向かって、私はそう叫んだ。今なら、きっとアイツを倒せる!

 

…………………………………………………………

【士郎視点】

 

9枚目の放った凄まじい一撃によって、俺の固有結界が砕けていく。だが、まだ俺達のいる場所は結界の中だ。緑溢れる丘は、まだ砕けていない。イリヤがあの攻撃を防いでくれているからだ。

 

「お兄ちゃん、これ!」

 

「これは……!」

 

「バゼットから返して貰ったの」

 

その隙にクロが渡してきた物。それは、セイバーのカードだった。そうか、これがあれば! あの時の事を思い出し、クロからカードを受け取る。ありがとう、二人とも。これでアイツを倒せる!

 

俺一人では、きっと勝てなかっただろう。これは俺達全員の、努力の結果だ。セイバーのカードを握り締めて9枚目を睨み付ける。さあ、お前こそこれで終わりだ。何故ならば、この輝きは……!

 

「【投影限定展開(トレース・インクルード)】……」

 

最強の聖剣にして、人の願いの結晶。その名は!

 

「【永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)】!」

 

「なっ!? うおおおっ!」

 

聖剣の輝きは、黒き怪物を消し飛ばしていく……こうして、最後の戦いは終わったのだった。だがこの時、俺達はまだ知らなかった。次の戦いが、すぐそこまで迫っているという事を。そして……

 

その戦いこそが俺達の最大の試練だという事も。これまでの戦いは、全て序章でしかなかった……その事を、俺達は間もなく知る事になる。それを知らない俺達の頭上には、割れた空があった……




さて、いかがでしたか?
原作ではツヴァイ・フォームのあまりの強さで、全然出番がなかったクロの活躍も書けました。
私としては満足な出来でしたが……
感想を頂けると嬉しいです。
最近は感想が少なくて寂しいんです……
前回も皆さんはどう思ったのかなって不安で。

さて、プリヤ士郎の無限の剣製ですが、イメージとしては雨上がりの昼間です。
原作の士郎が明け方、アーチャーが夕方、美遊兄士郎が吹雪の夜という事ですので、そのどれとも違う感じのイメージになるようにしました。

最後のエクスカリバー・イマージュですが、ギルのエヌマ・エリシュからズラして撃ちました。

それではまた次回。
いよいよツヴァイ編の最終話です。
お楽しみに。


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世界を越えて……

ツヴァイ編の最終話です。
それでは、どうぞご覧ください。


【美遊視点】

 

……水の音がする。光も音もないのに。どうしてこの音だけ聞こえてくるんだろう。黒……なにもない暗闇。そうだ。これが本来の私の世界。全てを叶える力と引き換えに、私は全てを失った。

 

……望んでそう生まれたんじゃない。でも、聖杯として生まれてしまった以上……私の意志は関係ない。私は光を与える役割の器。私自身に光は必要ないんだ。なのに……光をくれた人達がいた。

 

居場所をくれた人達がいた。こんな私でもほんのちょっとだけ、人間らしくなれる世界があった。でも……その優しい嘘も、もう終わり。この世界で過ごした時間は、最後に見る事を許された夢。

 

……悲しみはない。夢から覚めるだけ……ただ、元の自分に戻っただけだから。でも……それでもたった一つだけ、心残りがある。それは……

 

「お兄ちゃん……」

 

ごめんね……お兄ちゃんの最後の願い、ちゃんと叶えられなかった……私の運命からは、やっぱり逃れられなかった。脳裏に刻まれているあの時のお兄ちゃんの言葉と笑顔を、もう一度思い出す。

 

《美遊が、もう苦しまなくていい世界になりますように。優しい人達に出会って───笑い合える友達を作って───あたたかでささやかな───そんな普通の幸せを、つかめますように───》

 

……そう願ってくれたのに……私にできた事は、別の世界に逃げてきただけだ……ああ、でも……それ以外の願いはちゃんと叶ったよ。とても優しい人達に出会って、とても大切な友達も作れた。

 

しかも、二人も。まるで双子みたいにそっくりな女の子達でね。その子達も私みたいに、少しだけ特別な運命を持ってた。似たような境遇と運命を持ったその子達がいたから、寂しくなかった。

 

そして……私は最後に、その人を思い浮かべた。お兄ちゃんと同じ存在だけど、違う人。最初の内はお兄ちゃんと重ねていたけど、今は違う。あの人だけを、たった一つの特別な想いで見ている。

 

色んな事があったんだよ。今まで知らなかった、沢山の事を教えて貰ったんだ。本当に……本当に楽しかった。だから、もう十分。十分……な……筈なのに……どうして、こんなに胸が痛いの?

 

『美遊様……』

 

「サファイア……?」

 

困惑する私の耳に、この3ヶ月で聞き慣れた声が聞こえてきた。ああ、そうか。そういえばイリヤに渡せなかったんだっけ。ごめんね。貴女まで、私の運命に巻き込んでしまったみたいで……

 

『何故、諦めてしまうのですか?』

 

「え……?」

 

『この世界での生活は、美遊様にとって、そんなに簡単に諦めてしまえるものだったのですか?』

 

「そんな事ない! でも……」

 

『でも?』

 

どうしたんだろう、サファイアは? こんな事を言うなんて、全然サファイアらしくない。そんな違和感を感じながら、私は自分の心を吐露する。胸の中に溜まってる事を、全部吐き出すように。

 

「これが、私の運命だから───」

 

『……』

 

「だから、仕方ないの……」

 

そうだ、仕方ない……どんなに逃げても、残酷な運命はどこまでも追い掛けてくる……私の大切な人達までも巻き込んで……だからきっと、ここで私自身を終わらせてしまうのが一番良いんだ……

 

『本当に、そう思っていますか?』

 

「……思ってるよ」

 

『心の底から?』

 

「……うん」

 

どうしてそんなに確認してくるんだろう……? サファイアの言いたい事が全然分からない。私は心の声を言っているのに。そんな風に首を傾げる私はまだ、それにまったく気付いていなかった。

 

『……ならば……』

 

「?」

 

だからそれを指摘された時、私はしばらく呆然としてしまった。サファイアは、こう言ったんだ。

 

『ならば、何故泣いているのですか?』

 

「え……?」

 

サファイアは今、なんて言ったの? 言われた事の意味が分からなくて、サファイアを見つめる。泣いている? ……誰が? ……私が? ようやくその言葉を認識して、自分の頬に触れてみる。

 

「……あっ……」

 

すると、冷たい感触が。それは間違いなく、涙。それを認識した瞬間、次から次に溢れ出す涙が、止められなくなってしまう。ああそうか。やっと分かった。ずっと聞こえていた水音は、私の……

 

「……っ……どうしてっ……!」

 

『美遊様……』

 

嫌だ。こんな所で、終わりたくない。そんな醜い私の本心。願ってはいけないのに。私の運命は、士郎さん達まで巻き込んでしまうのに! 彼らの平穏な幸せを、奪ってしまうかもしれないのに!

 

「こんな、こんな我儘……私には許されない!」

 

『……私は、美遊様の事情は知りません』

 

「サファイアっ……」

 

今度こそ、本当の心を吐露して泣き続ける私に、サファイアが穏やかな声で語りかけてくる。

 

『ですが……良いんですよ』

 

「……なにっ……が……?」

 

『我儘を言っても、良いんです』

 

「っ!?」

 

『きっと、皆さんはそれを望んでいる筈です』

 

「あっ……」

 

サファイアの言葉で、優しく微笑む士郎さん達の姿が浮かんだ。あの人達ならそうかもしれない。とても優しくて、温かい人達だから。表情の変化から、私がそう悟った事が分かったんだろう。

 

『さあ、美遊様……』

 

サファイアは、とても穏やかな声で言った。

 

『美遊様の本当の願いを言ってください』

 

「……たくない」

 

『もっと大きな声で』

 

「こんな所で終わりたくない! だから……!」

 

もう止められない。私は、力の限り叫んだ。

 

助けて!

 

そう叫んだ瞬間、真っ暗だったこの空間に、光が溢れた。その光はとても眩しくて、綺麗で……

 

「……やっと言ってくれたな、その言葉を」

 

「士郎……さん……?」

 

その光が晴れた時、そこにはあの時のお兄ちゃんとまったく同じ表情を浮かべた士郎さんがいた。全身が傷だらけな所まで同じだ。その後ろには、やっぱり傷だらけなイリヤとクロまでいて……

 

「美遊……!」

 

「まったく、それ言われたら怒れないでしょ? もっと早く言いなさいよって文句はあるけど」

 

「イリヤ、クロ……」

 

イリヤは泣き笑いの表情で、クロは呆れたという表情で私を見ている。きっと、とても大変な戦いをしたんだろう、あの9枚目と。私の為に……

 

「美遊!」

 

「全員無事!?」

 

ルヴィアさんと、凛さんの声だ。その方向に顔を向けてみると、バゼットさんまでいる。3人は、私達がいる場所に走ってくる。一体、なにが? しばらく状況が理解できず、呆然としてしまう。

 

「士郎さん、私……」

 

「美遊」

 

「あ……」

 

ようやく私が言葉を発しようとした時、穏やかに微笑みながら、士郎さんがそれを遮った……

 

「……美遊にどんな事情があるのか、まだ全部は知らないけど、これだけは言える。俺達にとって美遊は、そんな事関係ないくらい大切な存在だ。だから……だからもう二度と、あんな事言うな」

 

「っ……はい……はいっ……!」

 

士郎さんの言いたい事がすぐに分かった。きっと『私を壊して』と言った、あの言葉の事だろう。さっきとは違う意味で、涙が止まらない。こんな気持ちはあの時以来だ。嬉しくて、嬉しくて……

 

「どんな相手にも、どんな運命にも抗ってやる。だから安心しろ。美遊は、1人じゃない……」

 

「っ……!」

 

もう言葉も出ない。だから、私は何度も頷いた。そんな私の頭を士郎さんは優しく撫でてくれた。イリヤ達は、そんな私達を見て微笑んでいる。

 

「……ちょっと羨ましいな」

 

「まあ、今は仕方ないでしょ」

 

いや、イリヤとクロは少しだけ不満そうだった。そんな二人の様子に、私は少し笑ってしまった。

 

「さあ、もう帰ろう。俺達の家に───」

 

士郎さんが、最後にそう言った時だった……

 

「えっ……?」

 

「───ッ!」

 

割れた天から、光が降り注いだのは……

 

…………………………………………………………

【士郎視点】

 

「ぐあああッ……!?」

 

「「「きゃあああッ!」」」

 

「……ッ!?」

 

な、なんだ、これはッ!? 突然降り注いだ雷に俺達は打ちのめされて、大地に這いつくばった。もしも生身で受けていたら、死んでいただろう。その謎の雷によって、全員動く事ができない。

 

「エアで切り裂いた世界の裂け目。まさか……」

 

9枚目の、そんな声が聞こえる。こいつ……まだ生きていたのか。黒い怪物の部分は聖剣の輝きで消し飛ばしたが、美遊を巻き込まないように中心から射軸をずらした事で奴も助かったんだろう。

 

だが今は、奴に構っている暇はない。この謎の雷は明らかに、何者かの攻撃だ! そう思った時、空の裂け目から二つの人影が落ちてきた。そしてその内の一つが、さっき倒したカードの上に……

 

「【夢幻召喚(インストール)】」

 

「なっ!?」

 

夢幻召喚(インストール)……!?」

 

「なんなのよ……」

 

「こいつら……」

 

「誰よ!?」

 

そいつらの姿を、俺達は見た。巨大な右手と大槌が特徴的な、燃えるような赤毛の少女と、表情が乏しい綺麗な金髪の女性だ。どうやら金髪の女性の方が、9枚目のカードを夢幻召喚(インストール)したようだ。

 

黄金の鎧をその身に纏っている。彼女達は、俺達を冷たい目で見下ろしてきた。そして金髪の女性の方は、俺を見て少し目を見開いた。なんだ? なんでそんな目で見てくる。俺を知ってるのか?

 

「はン! ようやく見っかったと思ったら、なんだかオマケがウジャウジャいるんですけどー?」

 

「捨て置け。確かに少々気になる奴もいるが……今は最優先対象のみを回収する。分かったな?」

 

「はいはい、分かったよ」

 

「ッ……!?」

 

こいつら、なにを言って……地面に這いつくばる俺達の横を通りすぎ、金髪の女性は美遊の元へと歩み寄る。彼女の姿を見上げた美遊は悔しそうに歯を食いしばり、なんとか逃げようともがく。

 

「お迎えに上がりました。美遊様」

 

「っ!?」

 

こいつら、まさか! その言葉と美遊の様子で、俺達は奴らが何者なのかを察する。こいつらは、おそらく美遊の世界の人間だ! そして、美遊を聖杯として利用しようとしていた奴らなんだ!

 

「いッ……いや……!」

 

「美遊……!」

 

「戻りたく……ない……ッ!」

 

「……そんな口が利けるようになるとは。ですが無駄ですよ美遊様。バカンスはもうお終いです」

 

金髪の女性がそう言った瞬間、空の裂け目が鳴動して大きく広がっていく。なにかが割れるような音も聞こえてくる。これは、もしかすると……

 

「空が……!? いや、これは……」

 

「世界が割れている……!?」

 

バゼットと遠坂の言う通り、そんな感じだった。その光景に、俺達がしばし呆然としていると……

 

「おら!」

 

「ッ……!」

 

「なっ!?」

 

「美遊!」

 

黙ってた赤毛の少女が、美遊を踏みつけていた。それを見た俺は、頭が真っ白になる。やめろ! 雷で痺れた体に無理やり力を入れて、ゆっくりと立ち上がる。そして、彼女達を鋭く睨み付けた。

 

だけど、彼女達は俺の方を見もしなかった。

 

「ったく、手間取らせんなっての」

 

「粗末に扱うな、馬鹿者。もし中身がこぼれでもしたら、一体どうする。お前の命では足りんぞ」

 

「はいはァい。小言なら向こうに戻ってからな」

 

「てめえら……!」

 

「あン? ああ……なんだ言ってみろ」

 

「よせ、時間の無駄だ」

 

こいつら! 睨み付ける俺をつまらなそうな表情で見てくる赤毛の少女と、今の攻撃で気を失った美遊を抱いて、赤毛の少女を嗜める金髪の女性。どこまでも、俺は相手にされていなかった……

 

「【投影開始(トレース・オン)】……!」

 

くそっ、動け! 動けよ! 雷で痺れてまともに動かない体を、俺は叱責する。ここで動かないと美遊が連れていかれてしまうんだぞ! なんとか剣を投影して構えようとするが、力が入らない。

 

「ほう……」

 

「やるってか?」

 

「美遊を……放せ!」

 

「お兄ちゃん!」

 

剣を握る手が震える。今にも落としてしまいそうだった。だけど、ここで引く事はできない……!

 

「遅いぞ、お前達……」

 

彼女達に向かって走り出そうとした時、予想外の声が俺の耳に聞こえてきた。え……この声は……

 

「うそ……」

 

「まさか、そんな……」

 

「なんで……」

 

その声に、俺とイリヤとクロは声を失う。だってその声はあまりにも聞き覚えがありすぎたから。一体いつの間にそこにいたのか。彼女達の後ろに立つその男。やはりその姿は、良く知っている。

 

「聖杯を確保したなら、速やかに撤収すべきだ」

 

「フン……余所者が偉そうに指図するな」

 

「ホントだよ」

 

「原因は……士郎か……」

 

「なんで……なんでそこにいるんだよ……」

 

やはり間違いない。俺の名前を呼んだし。未だに信じられない。そんな気持ちを込めて、俺は……

 

「親父!」

 

彼を呼んだ。イリヤとクロも、俺と同じ気持ちで見ている筈だ。彼は紛れもなく、俺達の父親……『衛宮切嗣』だった。だけど、なにかおかしい。確かにその顔は、間違いなく親父なんだけど……

 

なんて冷たい表情をしているんだ。まるで、氷のような冷たい瞳。そして、なによりも髪が白い。黒い鎧を身に纏って、赤いマフラーをしている。そして、その腰にはナイフとサブマシンガンが。

 

「お父さん、どうして……!」

 

「なにしてんのよッ!」

 

「……?」

 

イリヤとクロの呼び掛けには、首を傾げている。まるで知らない子供を見るような目だ。自分の娘の顔を忘れたっていうのか? いや、そんな事はあり得ない。あの親父がイリヤを忘れるなんて。

 

訳が分からず混乱する俺を冷たい視線で射抜いた親父の姿が、次の瞬間に消えた。いや、違う……凄まじいスピードで動いたんだ。アーチャーの力を持っている俺でも反応できない速さだった。

 

「があっ!」

 

「「お兄ちゃん!」」

 

「邪魔をするな、士郎……」

 

親父の拳が、俺の腹にめり込んだ。くっ、目では追えていたのに……体が反応できなかった。この痺れさえなければ、まだ躱す事ができたのに……親父の拳を受けた俺は、力なく地面に倒れる。

 

「親父……なんでこんな……」

 

悔しい。そんな想いで見上げた親父の顔。その顔はやはり、氷のように冷たかった……一体なにがどうなってるんだ。これは、悪い夢か? 目の前で起きている事が現実の事だとは思えなかった。

 

「くっ……!」

 

「まだ邪魔をするのか……? ならば……」

 

「お父さん、やめて!」

 

「やめなさいよ、このバカ!」

 

「衛宮君!」

 

士郎(シェロ)!」

 

体を動かそうとしたが、それを見た親父は俺の頭にサブマシンガンを突き付けてきた。イリヤ達が必死に止めようとするが、親父はピクリとも表情を動かさない。その目は完全に本気だった……

 

殺される!? そう思った時……

 

「残念、時間切れだ」

 

「……!」

 

「揺り戻しだ」

 

割れていた空が、さっきより広がってる。そして周囲を凄まじい光が包み込んでいく。俺達の視界は真っ白に焼けて、奴らの姿が霞んでいく。その光の中で、金髪の女性に抱えられた美遊を見る。

 

「美遊!」

 

「士郎……さ……助けて……!」

 

「美遊ーッ!」

 

なにも見えない。微かに聞こえる美遊の声に必死に手を伸ばすが、その手が美遊に届く筈もない。無力感に支配される俺の耳に、ある声が聞こえたような気がした。だが、きっと気のせいだろう。

 

だって、彼女がここにいる筈がないんだから……

 

「先輩ッ!」

 

だから俺は、そんな彼女の声を聞き流した……

 

…………………………………………………………

【アイリ視点】

 

「おかしい……さっきまで漂っていた巨大な気配が消えた……! それに、どういう事なの?」

 

カレン・オルテンシアの言葉で、大聖杯の術式があった場所を目指していた私は、訳が分からずに混乱する。彼女は確かに言っていた。大空洞の上に大穴が空いてて、そこに私の子供達がいると。

 

けれど、実際にその場所に来てみれば、どこにも大穴なんて空いていない。彼女が嘘をついていた可能性も低い。ついさっきまでは、ここでなにかが起きていた気配を私は感じていたんだから。

 

「シロウ……イリヤ……クロエ……」

 

一体どこに行ってしまったの? アインツベルンを裏切った時、もう悲劇は起きないと信じてた。聖杯なんてもう関係ない筈だって。それなのに、アインツベルンとは別の聖杯の術式なんて……

 

「一体あの子達に、なにが起きたの?」

 

私の知らない運命が、あの子達にあると……? どうか全員、無事に帰ってきて頂戴。お願いよ。

 

今の私には、そう祈るしかなかった。

 

…………………………………………………………

【士郎視点】

 

「うっ……」

 

あれ、いつ眠ったんだっけ? 深い微睡みから、ゆっくりと覚めていく。なにがあったんだっけ。そう思った時、脳裏に浮かんできたものは。美遊の泣き顔と、必死に俺に助けを求める声だった。

 

「そうだ、美遊!」

 

一気に意識が覚醒した。周囲を見渡してみると、どうやら森の中らしいと分かった。でも、なにか変だ。奇妙な違和感を感じたが、違和感の正体は分からない。イリヤ達の姿を探してみるが……

 

「いない……俺一人か……」

 

最後の光で、別の場所に飛ばされたのか? 美遊を探す前に皆と合流した方がいいか。そう思って立ち上がり、そこでさっき感じた奇妙な違和感の正体に気付いた。寒いんだ。今は夏の筈なのに。

 

「変身は……解けてるな」

 

自分の状態も確認してみる。アーチャーのカードの変身は解除されてるが、俺はある事に気付く。俺の体の中には、カードが入ったままだ。クロと同じように。どうやら完全に融合してるようだ。

 

「徐々に力を馴染ませてた影響か。だけど、その気になればいつでも変身できるみたいだな……」

 

今の俺にはそれが分かった。普段はいつもの俺の状態で、自分の意志で自在に夢幻召喚(インストール)できると。常にあの格好じゃ、かなり目立つからな。これはこれで、結構都合がいい状態かもしれない……

 

まあ、元の俺には戻れないみたいだが。見た目は同じだけど、もう中身が違う。こうなる事は覚悟の上だったから、別にいいんだけど。そんな事を考えながら、俺は周辺の状況を調査していく。

 

「これ……雪?」

 

俺が倒れていた場所はクレーターの中心だった。そのクレーターから出て、最初に見えた光景は。一面の銀世界だった。道理で寒い訳だ。だけど、どうして雪があるんだ? 今は夏の筈だろう。

 

「……」

 

なんて、本当はもう分かっていた。ここは、俺の世界ではないんだと……その推測は、冬木の町を見下ろしてから確信に変わった。町の中心にある巨大なクレーター。そして、遠い場所にある海。

 

「ここが……美遊の世界か……」

 

そう。俺が今いる場所は、美遊がいた世界だ……あの光に巻き込まれて、世界を越えたんだろう。ならば、この世界のどこかに、美遊はいる筈だ。それが分かれば話は早い。する事は決まってる。

 

「待ってろよ、美遊。絶対助けてやるからな」

 

俺は静かに、そう誓った。他の誰でもない、自分自身に。イリヤと出会ったあの日と同じように。




さて、ドライ編の伏線てんこ盛りですね。
そうです、あの人が敵なんです。
ずっとこの展開をやりたかったんですよ。
エミヤ(弓)VSエミヤ(殺)の親子対決を。

そして、今の士郎はマシュに似た状態です。
美遊兄の士郎ともまた違う状態。
普段は髪の色も肌の色も元のままです。
より深く一体化した事で、むしろ安定しました。
その代わりに、夢幻召喚をすると、美遊兄よりもアーチャーに近い存在になってしまいますが。

それでは、次回からのドライ編をお楽しみに。
感想待ってます。


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3rei!!編
知らない世界


大変お待たせいたしました。
プリズマ☆シロウのドライ編、開始です。


【視点なし】

 

「……今、なんて言った? 衛宮士郎だと?」

 

薄暗い部屋の中に、男の不機嫌そうな声が響く。その声を受けた金髪の女性は、小さく頷いた。

 

「はい。美遊様を確保した場にいました。恐らく美遊様が移動した世界の衛宮士郎と思われます。ここで問題になるのは……その衛宮士郎もまた、あの屑カードを使って夢幻召喚(インストール)していた事です」

 

「……」

 

「先日捕らえた二人から考えて、あの衛宮士郎もこの世界に来る可能性が高いと思われます」

 

「……なんでもっと早く報告しなかったんだ?」

 

金髪の女性の話を聞いていた青年は、激しい殺気を込めた視線を女性に向ける。女性の不手際に、激怒している事は間違いなかった。しかし、視線を向けられた女性は、まったく表情を変えない。

 

「まだ確証がありませんでしたので……ですが、先ほどベアトリスが、他の者達を発見しました」

 

「成程。それで確証を得て報告に来たって訳か」

 

「はい。あの場にいた黒い肌の少女と、鳶色の髪の女がこの世界に現れました。状況を考えると、どうやら現れる時間がずれているようです」

 

「揺り戻しに巻き込まれた事が原因だな。なら、衛宮士郎も遠からず現れるって事になるな」

 

「……はい、恐らく」

 

金髪の女性の言葉を聞いていた男は、またしても不機嫌そうに鼻を鳴らした。どうやら会話に登場する男が、相当気に入らないようだ。そんな男の苛立ちを見た女性は、深く頭を下げて懇願した。

 

「ジュリアン様、どうか私に……」

 

「駄目だ」

 

しかし、彼女が言葉を最後まで告げる前に、男は冷たい声で否定した。あまりに温度の低い声に、ずっと無表情だった女性の顔が、僅かに歪んだ。そして静かに顔を上げた女性は男に問い掛けた。

 

「何故ですか」

 

「お前の持ってるカードと、衛宮士郎の屑カードは少しばかり相性が悪い。さらに言うと、お前はこの【エインズワース邸】を守護するという役目がある。アンジェリカ、己の役目を忘れるな」

 

どうやらジュリアンという名前らしい男が告げた言葉に、アンジェリカと呼ばれた金髪の女性は唇を噛んだ。その命令が不服だったようだが、反論する気はないらしい。彼女は、再び頭を下げる。

 

「……はい」

 

「それでいい……もう2度と、美遊(聖杯)を失う訳にはいかねぇんだ。お前はあれの監視を最優先しろ」

 

「分かりました。しかし、では奴は……」

 

「『あの男』に任せる」

 

「……」

 

「不満か?」

 

「……いえ……」

 

「奴は役に立つ。予想外の収穫だったな」

 

「……」

 

ジュリアンの言葉に、アンジェリカは沈黙する。少し複雑そうな顔はしているが。無表情が基本の彼女にしては、非常に珍しい。ジュリアンが語る男の存在を快く思っていないという事だろうか。

 

それでも彼女は、なにも言わなかった。どうやら彼女にとってジュリアンの命令は絶対のようだ。

 

「奴を呼べ」

 

「はい」

 

アンジェリカが退室する後ろ姿を、ジュリアンは見送った。そしてその姿が見えなくなると、後ろを振り返って窓の外を見つめた。視線の先にある建物を忌々しげに見た彼は、小さく吐き捨てた。

 

「衛宮士郎……てめぇは、一体どこまで俺の邪魔をするんだ? どこの世界でも、てめぇは『最低の悪』らしいな。いいだろう。だったら、『正義の味方』である俺達の重みを教えてやるよ」

 

暗い声でそう呟くジュリアンの顔には、見る者の心を一瞬で凍てつかせるような狂気があった。

 

──────────────────────

【士郎視点】

 

「……やっぱり、な……」

 

思わず、そう呟いた。見覚えがある道を歩いて、辿り着いた場所。そこに広がる景色に、少しの間呆然とする。もうとっくに分かっていた事だったけど、改めて現実という物を見せられた気分だ。

 

「……夏なのに雪が降ってて、町の中心に巨大なクレーターがある。さらに町は廃墟みたいで、人の気配がどこにもない。そして極めつけに……」

 

衛宮邸がある筈のこの場所には、無惨に潰れた家があるだけだった。やはり間違いない。ここは、平行世界(知らない世界)だ。なにが起きてこの世界にいるのかは正直まだ良く分からないが、現状は把握した。

 

となると、次にするべき事は分析だ。ここは多分美遊がいた世界だろう。あの時の状況からして、敵が自分達の世界に戻る為の光に巻き込まれたと考えるのが自然だ。だが、だとしたらおかしい。

 

「イリヤ達はどこだ?」

 

そう、一緒にあの光に巻き込まれた筈のイリヤ達がどこにもいないのは何故だ? なんであの場所に倒れてたのが俺だけだったんだ? 町に降りる前にイリヤ達を探したが、どこにもいなかった。

 

俺よりも早く目が覚めて、もう町に降りたのかと思って探しているが、やはりいない。イリヤの事だから、まずは自分の家に帰ろうとすると思ってここまで来たのにな……無駄足だったらしい。

 

「ここにもいないとすると、一体どこに……」

 

まずはイリヤ達と合流する事が先決だ。なにしろ敵は得体が知れない。俺達が今まで苦戦したクロや9枚目と同じで、理性がある。あの金髪の女は9枚目のカードを夢幻召喚(インストール)してたし、赤髪も……

 

「……」

 

そこまで考えて、今まで考えないようにしていたある事実を思い出す。そう、最後に現れた敵を。

 

「親父……なんでなんだよ……」

 

本当に訳が分からない。どうして、親父が美遊を利用しようとしてる奴らと一緒にいたんだ。奴らは平行世界の人間の筈だろ? なのに、どうして親父がそいつらと仲間みたいに振る舞ってた?

 

それに、娘であるイリヤとクロを見た時の反応も変だった。まるで、知らない子供を見るような顔をしてたからな。義理の息子の俺の事を知ってた様子だけに、その反応の異様さが際立っている。

 

「……分からない……」

 

もう少しで分かりそうなのに、答えが見えない。そんなもどかしさが募り、焦燥感が湧いてくる。あの時の親父は、まるで別人だった。それなのに俺の事を知っていた。一体どういう事なんだ?

 

あの冷たい顔、そして声。だけど、顔だけは俺が良く知ってる親父で。いつも俺達に向けてくれる優しい顔と、あの時に俺を見下ろしていた冷徹な顔が重なった。酷い違和感だ。気持ち悪い……

 

襲ってきた目眩と、込み上げてくる吐き気。親父が敵として立ちはだかるなんて、まるで悪夢だ。あの時平行世界に飛ばされなかったら、俺は確実に殺されていただろう。そんな確信があった。

 

容赦がない現実が、俺にそう囁く。どういう事情かまだ分からないけど、親父は確かに敵なんだ。そう認めるしかなかった。美遊を取り戻す為にはあの親父と戦って、倒さなくちゃならないんだ。

 

「そうなると、問題は……」

 

親父の強さの秘密だな。あの時の親父の動きは、アーチャーのカードを夢幻召喚(インストール)してた俺の目でもやっと捉えられる程の速さだった。どう考えてもただの人間にできる動きじゃなかった。なら……

 

「もしかしたら、親父もカードを……?」

 

あり得る話だ。親父は魔術師らしいけど、並みの魔術師では英霊にはまったく太刀打ちできないと遠坂とルヴィアが言ってたし。それに、あの時の親父は格好もどこか普通ではなかったと思う。

 

髪も真っ白だったし、まるでアーチャーのカードを夢幻召喚(インストール)してる俺みたいだった。金髪と赤髪の女達もカードを使ってるみたいだったし、親父も奴らからカードを与えられてるのかもしれない。

 

「って事は、これから戦う相手はもしかしたら、全員がカード持ちなのか? ……くそっ!」

 

そう考えるのが妥当だった。なにしろ、カードはこの世界の物なんだから。これは、思ったよりも厄介だぞ。全員がクロと同等か、それ以上の強さの可能性がある。いや、カードの本家は奴らだ。

 

俺達よりカードの扱いに習熟していて、強い英霊のカードを持っている可能性が高い。あの9枚目のように。さらに黒化英霊と違って理性があり、冷静で的確な戦術をも使ってくるとしたら……

 

「……勝てるのか?」

 

思わず、そんな呟きが漏れる。だが、すぐに首を振って暗い考えを振り払う。弱気になるな。例えどんな敵が相手でも、勝たないといけないんだ。でないと、美遊を助ける事はできないんだから。

 

その為にも、早くイリヤ達と合流しないと。一人では勝てないかもしれないけど、皆と協力すればどんな相手にも勝てる筈だ。今までも、絶望的な状況を皆で協力して乗り越えてきたんだから。

 

そう思った時だった。その声が聞こえたのは。

 

「見ィーーーっけ♪」

 

「っ!?」

 

どこまでも楽しそうな、だけど聞く者全ての心を震え上がらせるような声だった。その声に背筋を凍らせながら、声の方に振り向く。すると、半壊した家の屋根に立つ人影がいた。こ、こいつは!

 

「あの時の赤毛の女!」

 

「あン? ……ん~……あ! アンタは、あの時美遊の周りにいた奴じゃん! 侵入者反応があったから見に来てみれば、やっぱアンタもこっちの世界に来てたんだ。くくく、面白くなってきた」

 

「くっ!?」

 

一人で戦う事になってしまった。しかもこいつ、今侵入者反応がどうとか言ってたぞ。つまり奴らはこの町にそういう物を感知する魔術かなにかを掛けてるって事か。ここは敵のホームだからな。

 

となると、まずいぞ。もしかしたら、イリヤ達も奴らに見つかって、攻撃されてるかもしれない。でなければ、『アンタも』、なんて言葉は出ないだろう。こいつ、イリヤ達になにをしたんだ。

 

「……お前達は、なんだ? 美遊はどこだ!」

 

イリヤ達の事も心配だが、まずはこれだ。赤毛の女を睨み付けて、そう問いただした。すると……

 

「……まァ、聞かれたからにはメイドギフトってやつで答えてあげてもいいけどォ───」

 

そう言いながら、赤毛の女はカードを取り出す。それを見てやっぱりと思うも、俺は慌てて自分の中にあるアーチャーのカードに呼び掛けた。赤毛の女のカードのクラスは、『バーサーカー』だ。

 

「【限定展開(インクルード)】!」

 

「っ!?」

 

「あたしはベアトリス・フラワーチャイルド! 【エインズワース】の超絶美少女ドールズよ! 今後とも、よッろしくゥ! なァーんつっても、あと1秒くらいの付き合いですけどォ!」

 

「【夢幻召喚(インストール)】!」

 

なんとか間に合った。赤毛の女がカードを使って巨大になった右手で殴りかかってきたのを、変身する事で辛うじて躱した。くっ、なんてパワーとスピードなんだ! ただの限定展開(インクルード)でこれか!

 

明らかに、俺達とはレベルが違う。やっぱり敵はクラスカードの扱いが俺達よりも上手いのか? それとも、こいつが持っているカードが少し特殊なんだろうか? 分からないが、こいつは強い。

 

「へェ……お前、今どうやって夢幻召喚(インストール)した?」

 

「……」

 

こいつ、まったく躊躇せずに攻撃してきた。相手が人間だとか、殺してしまうだとか、そんな事は一切考えてない。俺がカードを持ってなければ、あの一撃で瞬殺されてただろう。なんて奴だ。

 

「答えろよ。あたしは質問に答えただろ?」

 

「……」

 

「見た感じ、今カード出してなかったよな?」

 

ベアトリスというらしい赤毛の女の質問に、俺は答える事なく沈黙する。自分の手札を明かすのは愚策だからな。ベアトリスはいつまでも黙ってる俺に少し腹を立てたらしく、雰囲気が変わる。

 

「まァいいや。どうせ、お前はここで死ぬんだ。そっちが夢幻召喚(インストール)するってンなら、こっちも遠慮はいらないだろうしねェ? って事で───」

 

「カードに戻した!?」

 

「全力で行くよ?」

 

一旦限定展開(インクルード)を解除した……って事は、夢幻召喚(インストール)するつもりか! 物凄い魔力が周囲に吹き荒れ、俺は戦慄する。ベアトリスのカードの英霊が誰かは分からないが、凄まじい怪物だとは分かる。

 

「灰すら、残さない……!」

 

「うっ!?」

 

あまりの魔力に、思わず後ずさった。それでも、必死に気力を振り絞って踏ん張り、いつもの双剣を投影して構えた。来るなら来いと迎え撃とうとした時、ベアトリスが怪訝な顔をして止まった。

 

「……あ? なに? 今ちょーいいところだったんですけど! バッチリ決めポーズまでとってたのに全部台無しじゃん! はあ? ……チッ」

 

なんだ? 誰かと、会話している? ベアトリスは不機嫌そうな顔をして、カードをしまってから後ろを向く。もしかして引くつもりか? そんな俺の疑問に答えるかのように、彼女は俺を見た。

 

「アンタの相手はまた今度ね。あたしは他にやる事があるからさ。まァ、アンタが次に会う時まで生きてたらだけど。その時を楽しみにしてな!」

 

「ま、待て! イリヤ達をどうした!」

 

慌ててそう問い掛けるが、ベアトリスはそんな俺の事を無視して去っていった。今はもうカードを使っていない筈なのに、屋根から屋根へと軽々と飛び移りながら。あいつ、本当に人間なのか?

 

「くそっ……!」

 

幾つか新しい情報を知る事ができたが、肝心の事を知る事ができなかった。美遊の居場所と、今のイリヤ達の状況。あいつは、それを知ってたかもしれない。少なくとも、前者は知ってた筈だ。

 

今からでも追うか? いや、どんな敵が待ち伏せしてるのかも分からない。無闇に追って、奴らに囲まれてしまえばそれこそ一貫の終わりだ。この状況で迂闊に動くのは、あまりにも危険すぎる。

 

冷静さを失ったら駄目だ。よし。一先ず、ここを離れるべきだ。侵入者反応とやらで、俺の居場所を敵に知られている可能性がある。ベアトリスに見つかった場所でもあるし、ここは危険だろう。

 

足早にこの場を離れながら、ベアトリスから得た幾つかの情報を分析する。まず、俺達の敵の名はエインズワース。これが魔術組織の名前なのか、敵の魔術師の家の名前なのかはまだ分からない。

 

そして、恐らく奴らは全員がクラスカード持ち。この町には奴らの魔術の結界のような物があり、異物である侵入者を感知する事ができる。イリヤ達もさっきの俺のように見つかり、襲撃された?

 

「……最悪な状況だな」

 

恐らく、この世界に俺達の味方はいないだろう。いや、待てよ? なにかを忘れているような……

 

「……駄目だ、思い出せない……」

 

なにか引っ掛かるが、今はそれを悠長に考えてる暇はない。それよりも問題なのは、奴らはこっちの居場所が分かるのに、こっちは奴らの居場所が分からないって事だ。これは非常に不利だった。

 

「人に聞こうにも、誰もいないしな……」

 

改めて周囲を見回してみるが、人の気配はない。せめて人がいれば、エインズワースという単語で聞き込みができるんだが。まあ、敵は多分魔術師だろうから、秘匿されてるかもしれないが……

 

「はあ……ん? この匂いは……」

 

思わずため息をついた時、美味しそうな匂いが。これはまさか、ラーメ……いや、麻婆? なにを言ってるか分からないと思うが俺も分からない。頭がどうにかなりそうだった。催眠術だとか……

 

「って、本格的に頭がおかしくなったか?」

 

妙な事を考えそうになって、頭を振った。だが、これは確かに食べ物の匂いだ。しかも、いかにも出来立てといった感じの。つまり……この匂いをさせてる物を作ってる人がいるという事になる。

 

「近くに人がいるんだ!」

 

そう思った俺は、その匂いの元を探す。すると、間もなくそれは見つかった。どうやらラーメン屋らしいが、変な店名だった。『ラーメン麻』? 店の暖簾と看板には、大きく麻の字があった。

 

「えっと……ラーメン屋だよな?」

 

その筈だ。特製ラーメンという提灯があるしな。だけど、店から漂う匂いは、麻婆豆腐のようだ。

 

「……ま、まあ、ラーメン屋で麻婆豆腐を出す店も別に珍しくはない、よな? うん……」

 

ラーメンの匂いが、ほとんどしないけど。ここはラーメンではなくて、麻婆豆腐が売りの店なのかもしれない。そう思ったが、何故だろう。何故かとても嫌な予感がする。こんな事は初めてだ。

 

まるで全身の細胞が、この店には入るなと警鐘を鳴らしているような気がする。しかも、全力で。

 

「……どうするべきか」

 

少しでも情報を得る為に、人に会いたい。それに腹も減ってきた。材料と調理器具さえあれば自分で作れるが、あいにく今はどっちもない。幸い金は幾らか持っているし、特に問題はない筈だ。

 

「だけど、うーん……」

 

『さっきから鬱陶しい。入るなら早く入れ』

 

「うわっ!?」

 

どうするべきか迷っていると、店内からそんな声が聞こえてきた。その声は不機嫌そうで、背筋が凍った。あれ、なんかさっきのベアトリス以上の殺気を感じたような。いやいや、気のせいだろ。

 

「……ええい、ままよ!」

 

覚悟を決めて、俺は店内に入った。すると、店内に漂う濃厚な麻婆の香り……内装は完全に普通のラーメン屋なのに、なんでこんなに麻婆の匂いが充満してるの? ここは本当にラーメン屋なの?

 

「……注文は?」

 

「えっと……って、なんだよこれ! メニューが麻婆関連しかない! どうなってるんだよ!」

 

少し不機嫌そうな店主の言葉に、さすがになにも注文しないのは良くないと思った俺はメニューを見たんだが、どういう訳かメニューには麻婆関連の料理しかなかった。どんなラーメン屋だよ。

 

「あの……ここってラーメン屋ですよね?」

 

「そうだが?」

 

いや、なんでそこで『当たり前だろ、一体なにを言ってんだこいつ』みたいな顔するんだよ。俺は改めてメニューを見てみる。そこには、肝心の筈のラーメンが一種類しかない事が書かれてる。

 

『麻婆ラーメン』。これしかないんだ。普通なら味噌ラーメンとか醤油ラーメンとかあるだろ! なんで麻婆一択なんだよ! 道理で、麻婆の匂いが店内に充満してる訳だよ。これしかないもん。

 

他のメニューを見てみても、『麻婆豆腐』とか、『麻婆炒飯』とかばっかりだ。『麻婆餃子』ってなんだよ、逆に食べてみたいよ! 飲み物だけはまともだったけど、なんの慰めにもならない。

 

「で、注文は?」

 

「……麻婆ラーメンで」

 

結局、一番無難な物にした。ラーメン屋だしな。やっぱりラーメンを食べないといけないだろう。謎の使命感に燃えてしまった。店主は俺の注文を聞くと、さっそく麺を茹で始めた。良かった。

 

どうやらちゃんとラーメンみたいだな。俺は安心したのだが、それは甘かった。何故ならば……

 

「出来たぞ。存分に味わうといい」

 

「あ、ありがとうございま……」

 

……あれ? 俺は、目の前に置かれたラーメンを二度見する。変だな。どこにも麺が見えないぞ。ごしごしと目を擦ってから、もう一度見てみる。だけど、そこにはさっきと変わらない光景が……

 

《…………………………赤い》

 

どう見ても、真っ赤な麻婆豆腐しかない。

 

「……あの……これは一体……」

 

「ん? ……麻婆豆腐(まーぼーどうふ)だが?

 

「ラーメンはどこにいった!?」

 

「麺なぞ飾りだ。麻婆(まーぼー)の海の底に、申し訳程度に沈んでいる。良く確認してみるがいい」

 

「うわっ、ホントだ!」

 

しかも、ラーメンのスープのように見えるのは、全部麻婆のあんかけという徹底っぷりだ。怖い!

 

「しかも辛いよ! 喉が焼ける! いや痛い!」

 

「文句が多い客だな……食べ残しは許さぬぞ? どうしても無理だと言うならば、首から下を土に埋めて、口から麻婆(まーぼー)を流し込んでやろう」

 

だから怖いって! この時、俺はようやく悟る。あの時の直感は正しかったのだと。このラーメン屋は足を踏み入れてはいけない魔窟だったんだ。

 

「ぐあああっ!」

 

「そうか、叫ぶほど旨いか」

 

誰か、誰か助けてくれ! 俺の魂の叫びは、ただ空しく虚空へと消えていくのだった……




ドライ編のプロットを考えるのに時間が掛かり、さらにヴィータを手に入れましてね……
これから、徐々に再開していく予定です。

我がカルデアは、オジマンとシグルドが加わりました。

それではまた次回、お楽しみに。
感想待ってます。


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エインズワース

はい、随分長らくお待たせいたしました。
プリズマ☆コーズのお陰でやる気が少し回復し、こうして更新する事ができました。
ですが、今回の話はプリズマ☆コーズとは打って変わった、どシリアス回です(笑)
明るくしてくれるイリヤがいませんからね。
それでは、どうぞご覧ください。


【士郎視点】

 

「……ごちそう……さまでした……」

 

「うむ」

 

食べた……食べきった……麻婆地獄をようやく乗り切った俺は、満身創痍になりながらカウンター席に突っ伏していた。ぐうぅ……まだお腹の中で麻婆が暴れてる。もうなにも食べたくない……

 

「喜べ、少年」

 

「な、なにを……?」

 

「君はこれで、一日分のカロリーを摂取できた」

 

「酷い料理だな!」

 

カロリー計算とかに全力で喧嘩を売ってる。セラが聞いたら、きっと激怒するだろう。だけどこの店主はそんな事はまったく気にしてないらしい。俺の叫びを無視して、どんぶりを洗い始めた。

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「ちょっと聞きたい事があるんですが」

 

それから数分後、ようやくお腹が落ち着いてきた俺は店主に質問してみる事にした。まずは……

 

「この町に一体なにがあったんですか?」

 

「なんの話だ?」

 

「町の中心にあるクレーターとか……」

 

これだろう。まるで隕石でも落ちたような、あのクレーターは一体なんなのか。そんな俺の質問に店主は、何故か少しだけ目を細めた。その反応は一体なんだ? 俺は変な事を聞いたんだろうか。

 

「……本当に知らないのか?」

 

「え、はい……」

 

「……やはりお前は……」

 

「え?」

 

「……」

 

俺の顔を睨むように見つめる店主。店内の空気がガラリと変わったような錯覚。俺は、何故か背中に冷や汗が伝うのを感じていた。なんだ……この店主は、一体何者なんだ? ……逃げるべきか?

 

無意識の内にそう思った俺は、立ち上がろうと腰を上げた。だけど、その目論みは中断される。

 

「あれは、とある魔術儀式の跡だ」

 

「っ!?」

 

今、なんて言った? この店主が言った言葉を、俺は数秒の間理解する事ができなかった。まるで雷に打たれたような衝撃。魔術儀式。あれが? しばらくして事態を飲み込み、俺は目を見開く。

 

「……あんた、何者だ?」

 

「さて。そんな事を聞いてどうする、少年。私と戦うかね? なんの意味もないと思うが……」

 

無言で睨み合う俺達。こいつが敵かどうかもまだ分からない状態では判断がつかない。魔術という単語だけではまだ足りない。なにかないか。そう考えた俺の頭に、閃く単語があった。そうだ。

 

「……じゃあ、一つだけ聞かせろ」

 

「なにかな?」

 

「『エインズワース』って言葉に聞き覚えは?」

 

「……」

 

俺の言葉を聞いた店主の目が、尋常ではない光を放った。そして、数秒後に肩を震わせ始めた。

 

「くくく……くっくっく……!」

 

「っ!?」

 

この反応。やはりこいつはなにか知ってる。そう確信した俺の目が鋭くなる。そして、店主は……

 

「知っているとも。エインズワース家。彼らこそあのクレーターを作り出した張本人だからな」

 

「なっ……!」

 

なんだって!? こいつの言葉を全部信じる事は危険だ。なにしろ得体が知れない。それでもこの言葉は衝撃的だった。あんな惨状を引き起こす事ができるっていうのか、エインズワース家(俺の敵)は。

 

「その言葉は正しくはない。エインズワース家はあの惨状を引き起こしはしたが、それはあくまで結果論でしかない。何故なら……あの一件は彼らが意図して起こした惨劇ではないのだからな」

 

「……」

 

なんでそんな事まで知ってる? 本当にこいつは何者なんだ? そんな俺の疑問は、しっかり顔に出ていたのだろう。店主は、唇を歪めて笑った。そして、まったく予想外の事実を俺に告げた。

 

「なに、私はただの聖職者だよ」

 

「聖職者……?」

 

どこがだよ。あんたどう見てもラーメン屋だろ。少なくとも見た目はな。心の中でそう突っ込む。

 

「言葉よりも、服を信じるか? ふっ……そんな愚かな部分も良く似ているな。まあ当然か。()とお前は、『同じ存在』なのだからな」

 

「っ!?」

 

ドクン、と胸が跳ねた。こいつ……こいつは!

 

「まあ良い。ならば『あの時』と同じように私も装いを正してやる。さあ、ついてくるがいい」

 

「……」

 

正直、ついていくべきではない気がする。だけどこの時、俺はその直感を無視した。今は少しでも情報が欲しかったし、なによりもさっきのこいつの言葉に心が、いや魂が揺さぶられたからだ。

 

前を歩く自称神父の背中を鋭く睨み付けながら、俺は無言でその後をついていったのだった……

 

──────────────────────

 

「ようこそ冬木教会へ」

 

そう言った奴は、本当に神父だったらしい。神父の服を着ている姿は、意外に様になっている。

 

「私の名は『言峰(ことみね)綺礼(きれい)』。この世の終焉を見守る神父として、迷える子羊の来訪を歓迎する」

 

「……この世の終焉?」

 

胡散臭い雰囲気を纏う神父、言峰がいきなり物騒な単語を出してきて、俺は思わず聞き返す。だが言峰は、そんな俺を見てまたも唇を歪めて笑う。本当に神父なのかと言いたくなるような笑顔だ。

 

「ふふふ。あまり気にするな。『君にとっては』どうでもいい事だ。さて、なにから話すか……」

 

「……教えてくれるっていうのか?」

 

「教えるとも。君がすべき事は、まず()る事だ。情報を(しゅう)集し、展望を熟考し、そして覚悟を胸に選択せよ。ふふふ……まさか同じ相手に、二度もこれを言う事になるとは思っていなかったよ」

 

「……あんた」

 

こいつ、やっぱり俺が平行世界の人間だと……!

 

「ああ。分かっていると思うが、私はこの世界の君を知っている。君は『衛宮士郎』だろう?」

 

「……」

 

言峰の言葉に、俺は無言で返す。だけど言峰は、そんな俺の様子に確信を抱いたようだ。胡散臭い笑みを浮かべて胸の十字架を弄る。どうやら言峰は魔術の世界にかなり深く関わってるみたいだ。

 

「平行世界の存在を知ってるんだな」

 

「勿論。魔術世界では常識だよ。まあ、こうして実際に平行世界の人間と会うのは初めてだがね。それはもはや、『魔法』の領域だからな」

 

魔術の事をよく知らない俺には、言峰が今言った言葉の意味はよく分からなかった。だけど、一つだけはっきりした事がある。やっぱりこの世界には俺じゃない俺がいて、そしてきっと彼は……

 

『どこかの俺……俺の妹を、頼むよ……』

 

ギリッ、と奥歯を噛んだ。彼は、エインズワースと戦ったんだ。たった一人で、美遊の為に。自分の事だからだろうか。俺は、そう確信していた。あの夢は、きっと彼の願いが見せたものなんだ。

 

たった一人の為に願った、ささやかな……

 

「さて、そろそろ本題に入ろう」

 

「……」

 

俺の感傷は、そんな言峰の言葉に遮られた。少しイラッとしたけど、気持ちを切り替えてその話を聞いてみる事にした。この神父はかなり胡散臭いけど、今はこいつしか敵の手掛かりはないんだ。

 

そうして語られた事は、言峰の役割からだった。彼は魔術協会とは表面上協定関係にある聖堂教会の人間だという事。そして、その役割は監視……という名の傍観だった。あれ? それって……

 

「華憐先生と同じ……?」

 

「ふむ。君の世界にも、私と同じ役割を担う人間がいるという事だろうな。平行世界と言っても、そう大きく違いがある訳ではない筈だからな」

 

そうなのか。そう言えば、遠坂が華憐先生に教会の人間がどうとか言ってたような気がするな。

 

「異端の神秘の廃絶……或いは管理が私の役目であったが、今や信仰すら失われた『冷たい安寧』の時代だ。教会は意義と威信を失い、この身も、もはや形骸と化してしまった。しかし……」

 

言峰はそこで言葉を切って、意味深な視線を俺に向けてきた。そして、静かに続きを語り始める。

 

「そんな終焉期を迎えてなお、人々を救う奇跡を夢見る者達はまだ存在した。誰だと思う?」

 

「……そんなの、俺に分かる訳ないだろ。だって俺は、この世界の人間じゃないんだから」

 

「ふふふ……」

 

こいつ、さっきからなんなんだ? 言峰の雰囲気はずっと俺の神経を逆撫でしている。大体、この世の終焉だの終焉期だの……いちいち単語が不穏すぎるだろ。そんな事を考えていた俺の耳に……

 

「誰あろう、エインズワース家だよ」

 

「……は?」

 

あまりにも、予想外な名前が聞こえた。

 

「……なにを……言ってるんだ?」

 

だって、あいつらは……美遊を拐ったんだぞ? 嫌がる美遊の体を踏みつけて、無理やり……

 

「ふざけるな! あんな奴等が!」

 

あんな奴等の目的が、人々を救う事だって?

 

「馬鹿げてる! そんな事、信じられるか!」

 

「君が信じようと信じまいと、それが事実だ」

 

「……」

 

信じられない。信じたくない。言峰が告げた言葉を聞いた俺の心は荒れ狂う嵐のように混乱する。そんな俺に、言峰はさらに告げる。人々の救済を夢見るというエインズワースの、その手段を。

 

「だからこそ、彼らは求めたのだ。万能の願望器と言われる、『聖杯』という名の奇跡をな」

 

「っ!?」

 

聖杯。9枚目は言っていた。この世界において、美遊こそがその聖杯であると。そして、美遊の為に聖杯戦争という魔術儀式が作られたのだと……俺は今度こそ、完全に言葉を失ってしまった。

 

奴等が美遊を求めるのは、聖杯を欲しがっているから。そして、聖杯を求める理由は人々の救済。こいつの言葉が真実である保証はどこにもない。だけど、もしこいつの言う通りだとしたら……

 

俺は顔を俯ける。目の前が暗くなったような錯覚さえ覚えた。だけど、そんな暗闇の中に突然光が溢れた。俺は俯いていた顔を上げ、目の前の神父を睨み付ける。そうだ。例え真実だとしても……

 

「……奴等の居場所を教えろ」

 

「ふむ……真実を聞いても行くというのか?」

 

「……ああ」

 

もしこいつの言葉が正しいんだとしても、美遊を犠牲にするという手段は間違ってる。だからこそこの世界の俺も、奴等と戦ったんだろう。そして当然、俺もそんな事をさせるつもりはなかった。

 

「エインズワースの城は、クレーターの中心だ」

 

「……」

 

言峰の言葉を聞いた俺は、無言で背を向ける。

 

「君の進む道は、悪かもしれないぞ」

 

でも、俺の歩みはその言葉に中断される。その場で立ち止まる俺に、言峰はさらに言葉を続ける。

 

「正しいのは彼等で、君は多くの希望を摘む事になるかもしれない。エインズワースから朔月(さかつき)美遊を救う事は、最低の悪となる道かもしれない」

 

「……もし、そうだとしたら……」

 

『朔月美遊』……それが、美遊の本当の名前か。言峰の言葉は俺の心に突き刺さった。でも……

 

「美遊を救う事が、悪だと言うのなら……」

 

この世界に来る直前の、美遊の言葉を思い出す。

 

『……士郎さん、助けて……!』

 

俯いていた顔を上げ、いっそ堂々と言い張った。

 

「俺は悪でいい」

 

俺の言葉に、言峰はなにも返さない。それを背中で感じながら、今度こそ迷わずに足を踏み出す。

 

「やはり、同じ道を進むか。面白い」

 

またも言峰がなにかを呟いていたようだが、俺はもう立ち止まる事はなかった。今行くぞ、美遊。

 

──────────────────────

【美遊視点】

 

「……」

 

またここに戻ってきてしまった。ぼんやりと窓の外の景色を眺めながら、私はため息を吐く。全ての希望が尽き、諦めていた時と同じ状況。窓から見える景色までも、あの時とまったく同じだ。

 

「……でも」

 

そう、あの時とまったく違うものもある。それは私の心だった。もう、絶対に諦めない。9枚目のカードとの戦いの時から私の心は変わっていた。今度こそ、絶対に諦めないって決めたんだ。

 

「敵は多数、私は一人……」

 

サファイアも取り上げられてしまった。以前までの私だったら、完全に絶望している状況だけど。今の私は、それでも希望を捨てないで頑張れる。大丈夫、きっとチャンスはいつか訪れる筈だ。

 

「それに……」

 

きっと、あの人達が来てくれる筈。今の私には、そう確信する事ができた。だからだろうか。心に余裕があるから、ふとある事を考えてしまう。

 

「お兄ちゃん……」

 

生きてるよね? きっとお兄ちゃんも、この屋敷のどこかにいるんだよね。もしも……ある可能性を考えてゾッとする。エインズワースにとって、お兄ちゃんは必要がない存在。だとしたら……

 

「っ!」

 

そんな事ない! きっと生きてる。頭に浮かんだ暗い予想を、頭を振って必死に振り払う。なんとかここから抜け出して、今度は私がお兄ちゃんを助けるんだ。それくらいの気持ちでいないと。

 

そうして顔を上げた時だった。

 

「美遊お姉ちゃん!」

 

「っ!? ……この声は……」

 

部屋の隅の階段の下から響いてきた大きな声に、私は目を向けた。聞き覚えがある声だった。私が声の主を特定したのとほぼ同時に、誰かが階段を上がってくる音がする。そして、彼女は現れた。

 

「久しぶり。やっと戻ってきたんだ!」

 

「……『エリカ』……」

 

「お兄ちゃんに聞いて、会いに来たの」

 

「……」

 

エリカ・エインズワース。エインズワース家の、現当主であるジュリアン・エインズワースの妹。ここに囚われていた私の話し相手として、何度もここへ来ていた。その性格は純真無垢そのもの。

 

けれど、それ故にとても恐ろしく感じる時も何度かあった。今だってそうだ。顔はとても無邪気に笑っているけれど、私がこの部屋に囚われている事にまるで疑問を抱いている様子がなかった。

 

もしも彼女にここから出してと頼んでも、きっとエリカは不思議そうに首をかしげるだけだろう。この子は、エインズワースから見た世界だけしか知らないから。そこには、悪意も害意も無い。

 

「美遊お姉ちゃん?」

 

私がなにも言わない事が不思議なんだろう。彼女は私の顔を、純粋な瞳で見上げてきた。どうして私が黙っているか、きっと理解できてない。私の視線は、エリカの後ろの人物に向けられていた。

 

「ねえアンジェリカ、美遊お姉ちゃんが全然お話してくれないよ! どうしてなんだろう?」

 

「申し訳ありません。私にも分かりません」

 

「え~!?」

 

「……」

 

アンジェリカ。私を、再びここに連れてきた人。どうしても、彼女を見る瞳は鋭くなってしまう。彼女が持っているカードはあの9枚目。その強さは嫌というほど味わった。そしてこの人は……

 

「ですがエリカ様。私にお任せください」

 

考え事をしている内に、彼女の接近を許していたらしい。すぐ側で彼女の声がして、私は反射的に肩を震わせた。見上げると、アンジェリカは私の耳元に口を近付けてきていた。な、なにを!?

 

「エリカ様のお相手をしてください。さもなくば……」

 

「っ!?」

 

囁かれた言葉に、私は目を見開いて固まった。

 

「……エリカ、久しぶり」

 

「うん!」

 

そして数瞬の間を置いて息を吐いて、さっきからつまらなそうに立ってるエリカの元に歩み寄って話し掛けた。エリカが嬉しそうに返事を返すが、私は手を真っ白になるほど握り締めていた。

 

嬉しそうに話し始めるエリカ。それに受け答えをしながらも、私の心はずっと揺れ続けていた。

 

「どこに行ってたの?」

 

「……こことは違う世界に」

 

「へえ、楽しそう。私も行ってみたいなー」

 

「……そう簡単に行ける場所じゃないから……」

 

アンジェリカはエリカの話し相手をする私を無言で見つめている。本当は、今すぐアンジェリカに詰め寄りたい。でも、今の私にそれはできない。とても悔しいけど、彼女に従うしかなかった。

 

だって……だってそうしないと……

 

『お兄ちゃん……!』

 

心の中で、私は悲鳴にも似た叫びを上げた。

 

──────────────────────

【視点なし】

 

「……来たか」

 

薄暗い部屋に、男……ジュリアンの声が響く。彼の前に、一人の男が立っていた。その男の瞳は、まるで人としての感情がないように冷たい。その瞳を見たら、普通の人間は恐怖を覚えるだろう。

 

「……それで、どんな任務だ?」

 

ジュリアンに呼び掛けられた男は、その瞳と同じ感情がない冷たい声で応える。ジュリアンはその様子にどこか満足げな表情を浮かべるが、すぐに鋭い視線に変わって目の前の冷たい男に告げた。

 

「殺しだ。この世界に、招かれざる客がきた」

 

「……」

 

「そいつは、必ず美遊(聖杯)を奪いに来る」

 

「……聖杯を……」

 

ジュリアンが告げた言葉に、男は一瞬だけ感情を見せた。しかし、その感情は人としての温もりを示すものではなかった。逆に、見た者を心底から震え上がらせるであろう類いの感情だった……

 

「標的は?」

 

「お前も会ってるんだろ?」

 

「……つまり……」

 

「そうだ……衛宮士郎だ。平行世界のな」

 

「……」

 

告げられた標的の名。男は、少しの間だけその瞳を閉じ……再び開けた時には、光を宿していた。

 

「了解した。それで、居場所は?」

 

「ここに近付いている」

 

「そうか……では、すぐに排除しよう」

 

「ああ、任せる」

 

短いやり取りを終え、男は部屋を出ていく。その背を無言で見送り、ジュリアンは息を吐いた。

 

「正義の味方を体現する機械、だな……」

 

その言葉がなにを表すものなのか……その答えを示す者は、この場には一人も存在しなかった……

 

──────────────────────

【士郎視点】

 

「……あそこに、美遊が……」

 

前方約二百メートル先。ポッカリと空いた巨大なクレーター。俺は、知らず知らずの内に胸の辺りを押さえていた。まだイリヤ達と合流してない。俺一人だけで乗り込んで、美遊を救えるのか?

 

そんな不安が渦巻いている。でも、それでも俺はじっとしてられなかった。あんな話を聞かされて冷静に判断できる筈もない。あの神父……言峰の言った言葉が真実かどうかも分からないけど……

 

それでも、美遊が助けを待ってるんだ。そして、きっとこの世界の俺もこの先にいる。彼から事情を聞いて、力を貸して貰おう。そう決めて進もうとしたその時、石に躓いてよろけてしまった。

 

「おっと……」

 

だけど、この偶然が俺の生命を救う事になった。さっきまで俺が立っていた場所の壁に、なにかがぶつかったような音が響いた。驚いてその部分を見てみると、そこには映画で見るような弾痕が。

 

「なっ!?」

 

もしも石に躓かなかったら? その想像にゾッとする。そして、沸き上がる危機感に後押しされるように自分の中のカードに呼び掛けた……

 

「【夢幻召喚(インストール)】!」

 

敵に狙われている。そんな確信がザワザワと魂を揺さぶる。弾痕の角度から敵の位置を推測して、弓を構える。だけど敵はそんなに甘くなかった。初撃を外したと見るや、すぐに移動してたんだ。

 

「っ!?」

 

今度は、英霊の感覚で察知する事ができた。再び撃ち込まれた銃弾を、かろうじて躱した。冷や汗が流れる。この狙撃手、躊躇なく頭を……その事に戦慄を覚えるけど、今度こそ位置を特定した。

 

「そこだ! ……っ!?」

 

でも、俺はその姿を見て固まってしまう。エミヤの視力を得た俺は、謎の狙撃手の姿をはっきりと見てしまった。忘れる筈もないその姿。髪は白、黒い鎧を身に纏い、赤いマフラーをしている。

 

間違いない。見間違える筈がない。その男は……

 

「親父!?」

 

俺の義理の父親。『衛宮切嗣』だった……




いやー、今回の話は色々考えましたよ。
なにしろ、本来なら色々と事情を説明してくれる子ギルがいませんからね。
士郎とは相性が最悪ですし。
特に本作は、本編とは違って偽物の士郎がギルを倒した世界線ですから。
そういう訳で、説明役は言峰に。

そして、本作の独自設定を。
ベアトリスなんですが、本作のベアトリスは士郎の事を知らない感じにしてますよね?
これは、ぶっちゃけると私の認識不足でした。
本来ベアトリスは、士郎に一度負けてるから恨みがあるらしいんですよ。
私はそれを知らなくてですね……
という訳で、後付けの独自設定を作りました。
本作ではヘラクレスを使っていたのはベアトリスではないという事にします。
士郎とベアトリスは初対面です。
すみません。

そしてもう一つ、設定を明かします。
本作の士郎は、ある秘密のお陰で幸運のランクがEXランクになっています。
だから最初の銃弾を避けられたんですね。

それではまた次回をお楽しみに。
感想待ってます。


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