私は医療スタッフだ! (小狗丸)
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人物紹介「薬研征彦」

この話は後の話のネタバレとなります。
初めてこの小説を読んでくれた方は、この後の話である00から09までを読んでから、この話を読んでもらうことをオススメします。


 薬研征彦

 

・読み:やげんゆきひこ

・誕生日:8月7日

・血液型:B型

・身長:177㎝

・体重:65㎏

・イメージカラー:特別な薬品のような透明な紫

・特技:薬の調合、美味しいコーヒーをいれること

・好きなもの:平穏な日常

・苦手なもの:危機的な状況

・天敵:好戦的なサーヴァント、強そうな魔術師

・外見のイメージ:ログ・ホライズンのシロエ

この小説「私は医療スタッフだ!」の主人公

 

・略歴

 元々はオタクな趣味を持つ三十代の会社員だったのだが、自宅で「Fate/Grand Order」をプレイしている最中に意識を失い、次に気がつけば赤ん坊の姿になって「Fate/Grand Order」の世界に転生していた。

 死亡フラグが満載のFate世界、それも魔術師の家系に転生した当初は自らの境遇に軽く絶望したが、その後は自分の身を守る為にと五歳の頃から本格的に魔術の修業に取りかかる。その甲斐があってか十歳の時には魔術の師であった父親を越え、十八歳になって高校を卒業するとすぐにイギリスにある魔術協会の総本山「時計塔」にと留学する。

 時計塔に留学するとすぐに頭角を現してそのまま魔術師のエリート街道を進めるかと思ったのだが、そこでオルガマリー・アムニスフィアにまさかのスカウトをされ、ほぼ強制的にカルデアに所属させられることになる。

 最初はマスター候補者だったのだが、何とかオルガマリーを説得してロマニ・アーキマンの部下である医療スタッフに転属することに成功。それにより原作の死の運命を避けることができたと安堵するが、やはりというか運命(Fate)の女神は甘くはなかった。

 初のレイシフト実験の時、原作通りにレフ・ライノールによる爆破テロが起こった後、レイシフト装置にマスターの一人と認識されて特異点の冬木にと転移されられてしまい、そこでバーサーカーのサーヴァント「源頼光」を召喚して彼女のマスターとなる。

 

・人物

 転生後、魔術師の教育を受けたため魔術師らしい感情を多少は得たが、それでも中身は一般人と大差がない。

 感情が表情になりにくいので周りからは「どんなことにも動じない冷静な人物」と見られているが、実際はオルガマリーやDr.ロマンには劣るが立派なチキンハートの持ち主。

 時計塔とカルデアの両方から見てもかなり優秀な魔術師なのだが、「Fate世界では優秀な魔術師ほど事件に巻き込まれる」という考えと、レフの爆破テロの時に自分が助かるためとはいえ多くの仲間を見殺しにした罪悪感から自分に対する評価はとことん低い。

 目先のこと(目の前の危険をどう回避するか)しか考えられず、先のこと(新たなる死亡フラグが立つ危険性)を全く考えていない残念な人。

 

・能力

 八代続く魔術師の名門「薬研家」の八代目当主で、水と土の二重属性を持つ。

 魔術回路を起動させる為のイメージは「病」。

 薬研家の「薬研」とは薬を調合するための器具のことで、この名前の通り薬研家の魔術は魔術薬の調合をメインとしている。その目的は「魔術薬を使って自身の肉体と精神を強化して、その果てに『 』に至る」というもので、大元の考えは錬金術と古代中国の錬丹術にある。

 実戦レベルで使える攻撃魔術は数えるくらいしか使えないが、その代わり様々な自作の魔術薬を使って自分や仲間を回復させたり強化する戦いに特化している。

「魔力増幅薬」

 薬研征彦自作の魔術薬。

 服用した者の魔力を短時間だけだが爆発的に増幅させる。

(ゲームでの効果)

 対象のバスターカードを超強化(1T)

 +対象のNPを20増加

「神経速度強化薬」

 薬研征彦自作の魔術薬。

 服用した者の運動神経と反射神経の働きを一時的に強化する。

(ゲームでの効果)

 スター獲得(スター×10)

 +対象のスター集中率アップ(3T)

 +対象のNPを10増加

「黄泉帰りの秘薬」

 薬研家に代々調合法が伝えられている薬研家の礼装とと言える魔術薬。

 服用した者は数時間の間、自己治癒能力が強化され、更には一度だけ殺されても蘇生することができる。

 薬研家の魔術の研究はこの魔術薬を「真に完成させる」ことで達成されると言っても過言ではなく、特異点の冬木でオルガマリー所長を救うのに使用した魔術薬は、この魔術薬をベースに開発したものである。

(ゲームでの効果)

 対象にガッツを付与(5T)

 +対象に毎ターンHP回復付与(5T)

 +対象のNPを10増加

 

 

 

【オマケ】

 ネットで見つけた無料の姓名判断に「薬研征彦」の名前を入力してみたら以下のような結果が出ました。

 

 

・総合的な運勢

 才能を充分に備えており、それを発揮するにはある程度の積極性が必要。しかし消極的で弱気なところがあるので、なかなかスムーズにはいきにくい。途中で投げ出さず、努力し続ける粘り強さがあれば運勢も上昇する。

 

・家系的な運勢

 立身出世するというよりは、代々続く資産を維持していくことに専念する家系。運勢が強く、巧みに生き残ってゆく家柄。

 

・仕事の運勢

 スケールの大きいことや使命感に燃えてできる仕事が最良。一旦運をつかむと、一気に上昇気運に乗る。

 

・愛情面の運勢

 波乱の暗示があり、浮き沈みの激しい家庭生活。家族縁がうすくなりがちなので、家族のためにコツコツと努力することがしあわせな家庭を築く上で大切。

 

・社交運

 言葉巧みで商才もあるが、義理人情を重んじる古風なところがあるので、真っ正直な面を買われる。しかし頑固さを貫くと、やっかいな人になってしまうことも。

 

・性格

 意志が強く、頑固なまでに貫くタイプ。たとえ困難なことがあったとしても目的成就のためにがんばり続ける。意固地にならないようにすれば人間関係も良くなる。

 

・人間関係

 本人の考えをはっきり持っていて、人一倍努力をしている。協調性に欠けるという面があるため、人の意見や考え方にも耳を傾けるようにすると必要もある。また自己中心的になってしまうと、へそ曲がりに見られるので思いやりを忘れないことが大切。

 

 

 ……なんと言うか、色々と思い当たるところが沢山あってビックリしました。

 



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番外編「サーヴァント・ヤゲン」

これは本編とは関係ない「もし薬研征彦がサーヴァントとなったとしら」というif話です。
ふと思いついたので書いてみました。


 私、薬研征彦は、ある日朝起きるとサーヴァントになっていた。

 

 これを聞いて訳が分からないと思う人が多いと思うが安心してくれ、私も分からない。……だけど事実なのだ。

 

 朝起きるといつもと若干違う服装になっていて、鏡の前で「アレ? こんな服買っていたっけ?」と考えていると突然、頭の中に大量の情報が流れ込んできた。

 

 その情報によると生前の私は、詳しい経過はほとんど思い出せないのだが何とか人理を修復し、無事に天寿を全うしたようだ。そして死後、人理を修復した功績を世界に認められた私は英霊の座に登録され、この私が生前いたカルデアとは別の平行世界にあるカルデアに召喚されたらしい。

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………なんでさ。

 

 自分の置かれた状況を整理していると自然に衛宮士郎の口癖がでた。

 

 いや、本当になんでさ!? 私は医療スタッフだ! それなのに何で私がサーヴァントになってるの!?

 

 ようやくあの地獄のような日々が終わったと思ったら、何で前より酷い形で地獄が繰り返されてるの!? サーヴァントなんてマスターであった時より危険なの確定じゃないか! ガチ前衛じゃないか! ……いや待てよ?

 

 あまりにも酷すぎる現状に頭を抱えて床に転げ回りそうになった私だが、すぐにある可能性に気づいた。

 

 そうだよ。私ってばサーヴァントとしてどれくらいの強さなの? いくら私がこれ以上なく不本意だがサーヴァントになったとしても強くなければ前線に出なくてもいいんじゃないか?

 

 そう考えた私は自分の内側に意識を向けて自分のステータスを読み取ってみた。そうして分かった私のサーヴァントとしての性能は……。

 

 

 

ヤゲン(☆)

・クラス キャスター

・属性 中立・善

・真名 薬研征彦

・時代 不明

・地域 日本

・ステータス

筋力:D

耐久:E

敏捷:D

魔力:B

幸運:E

宝具:C

HP:1336/7030(初期値/最大値)

ATK:1045/5294(初期値/最大値)

COST:3

所有カード:Quick×1Arts×3Buster×1

・保有ス……

 

 

 

 ……よし! よしよし! Yes!

 

 私が望んだ通りの星一つの低ステータス! これだったらまかり間違っても前線に出ることはない! それどころか二軍三軍扱いでずっとカルデアのベンチで、マスターであった頃より安全な生活ができるかもしれない。

 

 自分のサーヴァントとしての性能の低さを確認して前線送りの危険がなくなったことを知った私は、自分でも分かるくらい足取り軽く部屋を出た。そして部屋を出てカルデアの中を見て回るとカルデアには大勢のサーヴァントの姿があった。

 

 うんうん。こんな大勢のサーヴァントがいれば私みたいな低級サーヴァントが前線に呼ばれることはないだろう。

 

 さて、それじゃあこれからどうしようかな? さっきエミヤが食堂で料理を作っているのが見えたから何か食べさせてもらおうか……なっ!?

 

「やっと見つけましたよ、ヤゲンさん! 今までどこに行っていたのですか!?」

 

 カルデアの通路を足取り軽く歩いていた私の腕を掴んだのはマシュだった。

 

 マシュ? 一体どうしたの?

 

「一体どうしたの、ではありません! 今日はライダークラスの素材集めの日ですよ! マスターと他のサーヴァントの方々はもうレイシフト装置の所で待っているんですからね? 後はヤゲンさんだけです。さあ、早く行きましょう」

 

 そ、素材集め? それに何で私が呼ばれるのですか? 私は永久補欠の低級サーヴァントでしょう?

 

「永久補欠の低級サーヴァント? 一体何を言っているのですか? 確かに失礼ですがヤゲンさんはサーヴァントとしての戦闘力は弱いかも知れません。ですがヤゲンさんはエルメロイ二世さんと同じくらいのサポート能力で、我がカルデアのレギュラーメンバーじゃないですか?」

 

 ……………はい?

 

 私がカルデアのレギュラーメンバー? エルメロイ二世と同じくらいのサポート能力の持ち主?

 

 マシュの言葉に嫌な予感を感じた私はもう一度自分の内側に意識を向けて自分のサーヴァントとしての性能を読み取ってみた。

 

 

 

ヤゲン(☆)

・クラス キャスター

・属性 中立・善

・真名 薬研征彦

・時代 不明

・地域 日本

・ステータス

筋力:D

耐久:E

敏捷:D

魔力:B

幸運:E

宝具:C

HP:1336/7030(初期値/最大値)

ATK:1045/5294(初期値/最大値)

COST:3

所有カード:Quick×1Arts×3Buster×1

・保有スキル

魔力増幅薬:対象のバスターカードを超強化(1T)&味方単体のNPを増やす

神経速度強化薬:スター獲得&対象のスター集中率アップ(3T)味方単体のNPを増やす

黄泉帰りの秘薬:対象にガッツを付与(5T)&対象に毎ターンHP回復付与(5T)&味方単体のNPを増やす

・クラススキル

陣地作成【A】:自身のアーツカードの性能をアップ

道具作成【A】:自身の弱体成功率をアップ

・宝具

対英霊用睡眠薬(スリーピング・サーヴァント)

ランク:B

種類:Arts

種別:対人宝具

効果

敵全体に攻撃力ダウン[Lv.1~]&防御力ダウン[Lv.1~]&敵サーヴァントにスタン付与(各3ターン)〈オーバーチャージで各効果UP〉

 

 

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………何コレ?

 

 え? いやちょっと待って本当に何コレ?

 

 ステータスは星一つに相応しい低ステータスだけど、このスキルは何? こんなのレアリティ詐欺もいいところじゃないか?

 

「ご理解頂けましたか? それじゃあそろそろ行きますよ。エルメロイ二世さんがここ最近の連戦で過労で倒れてしまったので、その分ヤゲンさんには頑張ってもらわないと」

 

 はい!? エルメロイ二世が過労で倒れた!? その分私が前線で頑張る!? じょ、冗談じゃない! そんな地獄に送られたら間違いなく私も過労で死んでしまう!

 

 ま、マシュ! お願いだ、見逃してくれ! 私はまだ死にたくない!

 

「もう。さっきから何を言っているのですか? ほら、いつまでも冗談を言っていないで行きますよ、ヤゲンさん」

 

 い、い、い……いぃやぁぁあーーーーー!!

 

 マスター時代より過酷な前線はいぃやぁぁーーーーー!!

 

 キャスタークラスでライダークラスの相手はいぃやぁぁあーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その後私は必死で逃れようとしたのだが筋力ではマシュには敵わず、結局レイシフト装置の所まで引きずられて行きライダークラスの素材集めツアーに強制参加させられることになった。しかもそこで私はライダークラスのドラゴンと何回も戦うことになったのだが、戦った回数は二十回から先からは数えていない……。



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番外編「サーヴァント・ヤゲン2」

番外編の「サーヴァント・ヤゲン」を書いていて面白かったことと、先日レンタルでルパン三世のDVDを見た事からこの話を思いつき、書いてみようと思いました。


 し、死ぬ……。死んでしまう……。過労死してしまう……。

 

 私、薬研征彦ことサーヴァント・ヤゲンはカルデアにある自室のベッドの上で寝転がりながら思わず呟いた。

 

 気がついたらサーヴァントになっていた……あるいは生前の薬研征彦であった記憶が強く表に出てきたあの日から早……もうどれくらいの日が経っただろうか? とにかくかなりの時間が経った。

 

 最近の私はブラック企業も真っ青な過酷な毎日を送っていた。

 

 現在私が契約しているマスターはクエストに行くときは必ず私かエルメロイ二世を連れていき、その割合は今までは半々であったのだが、最近ではエルメロイ二世が二で私が八となっている。……ちなみについ一時間前まで私は、マスターに百時間耐久再臨アイテム集めマラソンに参加(もちろん強制的に)させられた。

 

 それというのも全てはこんなもののせいだ……!

 

 私は懐から一枚のカードを取り出すと、そのカードに向けてありったけの呪詛を吐く。

 

 カードには、鮮やかな青色の液体が入った試験管の絵が描かれていた。

 

 このカードはただのカードではなく、サーヴァントが装備して効果を発揮する概念礼装だ。

 

 しかもこのカードは、マスターとサーヴァントの絆Lvが「5」を越えて「10」になった時に得られ、そのサーヴァントが装備したときに効果を発揮する「絆礼装」と呼ばれる概念礼装だった。……そう、私の絆礼装だ。

 

 マスターに散々クエストにつれ回されて気がつけば先日絆Lvが10になっていて、この礼装が私の前に現れたのだ。絆礼装が現れるまでに私がクエストに駆り出された回数は満天の夜空に輝く星々の数よりも多いのは間違いないだろう。

 

 絆礼装の効果は……いや、止めよう。あまりにも忌ま忌ましくて言葉にもしたくない。確かにゲームで「Fate/GrandOrder」をプレイしていた前前世では「こんな効果があったらいいな」と考えたことがあったが、何故それが私の絆礼装の効果になる?

 

 とにかく、この絆礼装のせいで私は今まで以上のハードスケジュールが組まれることになったのだ……!

 

 正直、こんな礼装、床に叩きつけてバラバラにしてやりたいのだが、そんな事をしてもどうせダ・ヴィンチちゃんに修復されてしまうのがオチだろう。

 

 しかしこのままでは本当に過労死は免れない。こうなれば……。

 

 ※

 

 カルデアの地下、そこには大規模な実験や行事の際に使用される多目的ホールがあった。

 

 現在使用される予定もなく、電力節約の為に照明落とされた多目的ホールは闇に包まれていた。しかし……。

 

 バン! バン! バン!

 

 と、そんな音がするくらいの勢いで十数台の大型照明が一斉に光を放ち、闇を照らす。その光の先にあったのは……。

 

「くっ!?」

 

 白衣を羽織ったキャスターのサーヴァント、ヤゲンの姿だった。

 

「見つけたぞヤゲン!」

 

 大型照明の隣で怒声を上げるのは深紅のローブを羽織ったキャスターのサーヴァント、エルメロイ二世であった。

 

「もう私を見つけるとは……流石はエルメロイ二世ですね」

 

「何を言っている! これで何度目だと思っている! いい加減お前の行動は読めているんだ!」

 

 苦笑を浮かべながら称賛の言葉を述べるヤゲンにエルメロイ二世が顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「そうですか。……ですけどハイそうですかと捕まるつもりはありませんよ!」

 

「待たんかヤゲン!」

 

 ヤゲンが多目的ホールを飛び出て通路を駆け、それをエルメロイ二世が追う。

 

 ヤゲンもエルメロイ二世も敏捷のランクは低いがそれでもサーヴァント。二人とも常人をはるかに上回る速度で白と紅の風となって通路を駆ける。

 

「待てと言っているだろうが! 大人しく捕まれ!」

 

「生憎、待てと言われて待つ馬鹿でも、捕まれと言われて捕まる馬鹿でもないのですよ! 私は!」

 

 足を止めることなく怒鳴るエルメロイ二世に、ヤゲンも足を止めることなく怒鳴り返す。逃げる方も追う方も必死の表情をしており、何故彼らがこの様な逃走劇を演じているかというと……。

 

「ヤゲン! ふざけるのも大概にしろ! クエストが嫌で脱走をするサーヴァントなんてお前くらいなものだぞ!」

 

「ふざけてなんていませんよ! あんな殺人的なスケジュールでクエストに出ていたら過労死するのは必然! ですから逃げるのは人……じゃなかった、サーヴァントとして当然の行動です!」

 

「お前がその当然の行動を行ったら、しわ寄せが私にくるのだぞ! お前がクエストから逃げたら私が代わりにクエストに強制参加なのだぞ!」

 

「そこをなんとか!」

 

「断る!」

 

 ……殺人的なスケジュールを組まれたクエストの押し付け合い、という非常にくだらない理由からであった。

 

「ええい! こうなったら!」

 

「そ、それは!?」

 

 エルメロイ二世が走りながら懐から小さな機械を取り出し、それを見たヤゲンが血相を変える。

 

「さあ、鬼ごっこを始めようか……!」

 

 ニヤリ、と目がすわったまま若干ヤバ気な笑みを浮かべたエルメロイ二世が機械を操作するとカルデアの通路に警報が鳴り響いた。

 

 ※

 

「……何、これ?」

 

 カルデアの所長であるオルガマリーは、カルデアの管制室で訳が分からないといった表情で呟く。

 

 オルガマリーの前にはカルデア内部の各所を監視しているモニターがあり、そのモニターにはエルメロイ二世を初めとする十数名のサーヴァント達に追われるヤゲンの姿が映っていた。モニターの映像を呆然と見つめるオルガマリーに、後ろにいたマシュが首を傾げながら訊ねる。

 

「おや? オルガマリー所長はこれを見るのは初めてでしたか?」

 

「初めても何も、何なのよこれは?」

 

「何って……見ての通り、クエストから逃げるヤゲンさんとそれを追うロード・エルメロイ二世の逃走劇ですが?」

 

「そんなのは見たら分かるわよ。私が聞きたいのはどうしてヤゲンがクエストから逃げるのかってことよ」

 

「ああ、その事ですか。……ええっと、ことの始まりは一月前、ヤゲンさんが絆礼装を取得したことなんです」

 

「絆礼装? 取得したサーヴァント以外、装備しても効果がでない専用の礼装よね?」

 

「はい。ちなみにこれがヤゲンさんの絆礼装のコピーとなります」

 

 そう言うとマシュはヤゲンの絆礼装のサンプル用のコピーを取り出し、それを受け取ったオルガマリーがヤゲンの絆礼装の情報を確認する。

 

 

 

[名称:霊子収束具現化薬

 効果:ヤゲン装備時のみ、自身がフィールドにいる間、敵を倒した際のアイテムドロップ率を大幅にアップ]

 

 

 

「この絆礼装を取得した途端、ヤゲンさんのクエスト参加率がほぼ百パーセントになり、ブラック企業も裸足で逃げ出すような過酷な毎日をついにヤゲンさんも限界になったようで一月前に『私は医療スタッフだ! 過労死サーヴァントじゃない!』と叫んでレイシフト装置を使って脱走をしたのです。するとヤゲンさんが逃げた穴埋めにロード・エルメロイ二世が駆り出されるようになり……」

 

「ヤゲンが逃げ出すとロード・エルメロイ二世がそれを追うようになった……ということね」

 

 マシュの言葉を先取りして納得したと頷いたオルガマリーであったが、そのかおは頭が痛いとばかりに歪んでいた。

 

「でも見たところあんなに大勢のサーヴァントもヤゲンを追っているみたいだし、ヤゲンの逃走劇もこれで終わりでしょ?」

 

「いいえ」

 

「え?」

 

 あれだけのサーヴァントに追われたらヤゲンもすぐに追い付かれると思ったオルガマリーだったが、そんな彼女の言葉をマシュは首を横に振って否定した。

 

「いいえ。終わりなんかじゃありません。むしろここからが逃走劇の『始まり』です」

 

 ※

 

 オルガマリーにすぐに捕まるだろうと予想されたヤゲンだったが、彼はありとあらゆる手を使って追跡してくるサーヴァント達から逃れ、目的地……レイシフト装置の元に向かっていた。

 

 

「そこまでですぞヤゲン殿! クエストから逃げようとするなどサーヴァン道不覚悟! ここは私とこの三百のスパルタ兵が決して通しは……ひぃっ!?」

 

「はいはい! どいてください、呪いますよ! 呪いますよー!」

 

『ひいぃ! オバケ怖いぃーーー!』

 

 レオニダス一世が宝具で三百のスパルタ兵を呼び出して通路を塞ぐと、ヤゲンはオバケのマスクを被ってレオニダス一世達を混乱させて突破する。

 

 

「シャアッ!」

 

「貴方に……痛みを」

 

「うおおっ!?」

 

「あ……全部避けた?」

 

「ほお……下手な暗殺者よりも身軽ですな」

 

 呪腕のハサンと静謐のハサンが何本もの投げナイフを投げると、ヤゲンは自身の敏捷値を超えた動きで見せて紙一重で避けていく。

 

 

「呪腕の! 静謐の! 何を感心している! ここは私が行く! 『妄想幻像』!」

 

「なんの! 『対英霊用睡眠薬』!」

 

「なっ! しまった……!」

 

 百の貌のハサンが宝具で無数の分身を呼び出して追いかけてくると、ヤゲンも自分の宝具を煙幕代わりに使用して百の貌のハサンとその後ろについて来ていた他のサーヴァント達の動きを止める。

 

 

「むっふっふ〜♩ タマモの狩りをお見せよう」

 

「ヤゲン殿! お覚悟を!」

 

「お断りします! これでも……くらいなさい!」

 

「むっ! あ、あれはまさかゴールデン猫缶なのか!?」

 

「あれは金時殿の写真!?」

 

 通路の曲がり角からタマモキャットと風魔小太郎が現れて捕まえようとすると、ヤゲンは懐から大量の猫缶と坂田金時のプロマイドを取り出してばら撒き、注意を逸らした隙に逃れていく。

 

 

 他にも様々なサーヴァント達がヤゲンを捕らえようとするが、その度にヤゲンは前前世の知識を使いサーヴァント達の弱点を突いて包囲網を突破していった。……原作知識の無駄遣いここに極まれりである。

 

 そしてヤゲンはついに目的地……レイシフト装置の部屋に辿り着くと、慣れた手つきでレイシフト装置を作動させる。ちなみに部屋で待ち伏せしていたサーヴァント達はすでに対英霊用睡眠薬で眠らされている。

 

「はぁ……はぁ……! や、ヤ〜ゲ〜ン〜!」

 

「おや、もう来ましたかエルメロイ二世。……ですがもう遅いですよ」

 

 全力疾走してきたせいか息も絶え絶えなエルメロイ二世が部屋に現れると同時にレイシフト装置が作動して、ヤゲンが勝利を確信した笑みを浮かべた。

 

「それでは……あ〜ばよっ、とっつぁん♩」

 

「誰がとっつぁんだ! 誰がぁ!」

 

 レイシフトをする直前にヤゲンがとある名作アニメの決まり台詞を言い、それにエルメロイ二世が顔を真っ赤にして怒鳴るが、すでにそこにヤゲンの姿はなかった。

 

 ※

 

「今回も中々見応えがある逃走劇でしたね? オルガマリー所長?」

 

「……今回もって、今までにも何回もやっているの? あの逃走劇?」

 

 管制室でヤゲンとエルメロイ二世の逃走劇を見ていたマシュが小さく拍手をしながらオルガマリーに言うと、彼女は何と言ったらいいか分からないといった表情で尋ねる。

 

「はい。一月前に最初の脱走をしてから三日に一度は脱走してますね」

 

 マシュの言葉にオルガマリーが信じられないといった顔をする。

 

「三日に一度って……そんなに脱走して誰も文句を言わないの?」

 

「いえ、それがカルデアのスタッフも他のサーヴァントの皆さんもヤゲンさんの逃走劇を賭け事の娯楽として楽しんでいるんです。……ロード・エルメロイ二世以外は」

 

 オルガマリーが周りを見回すと、マシュの言う通り管制室にいるスタッフ達がモニターの前で喜んだり悔しがったりしていた。どうやら喜んでいるのがヤゲンに賭けていた方で、悔しがったりしているのがエルメロイ二世に賭けていた方らしい。

 

「じゃあ彼女も賭けていたの?」

 

「ええ、先輩でしたら毎回賭けていますよ」

 

 オルガマリーとマシュの視線の先にはエルメロイ二世に賭けたスタッフに混じって地団駄を踏んでいる女性、このカルデアの唯一のマスターの姿があった。あの姿を見るに彼女もエルメロイ二世に賭けて負けてしまったようだ。

 

「……まったく。皆、何をやっているのよ」

 

「そう言わずにオルガマリー所長も今までのヤゲンさんの逃走劇の映像を見ませんか? どれも面白いですよ」

 

 痛む頭に手を当てるオルガマリーにマシュがそう提案する。

 

「今までの逃走劇の映像があるの?」

 

「はい。ちなみに私のオススメは、ヤゲンさんに買収……協力を頼まれた小次郎さんがヤゲンさんを逃がす為に他のサーヴァントの皆さんと戦った『燃えよ物干し竿』と、ヤゲンさんが現代の秋葉原に一人だけレイシフトしようとしたのを知ったロード・エルメロイ二世が怒り狂って鬼のようにヤゲンさんを追いかけた『秋葉原の財宝を追え』ですね」

 

「タイトルまであるの!?」

 

 マシュに告げられたタイトルにオルガマリーは「ガビン!」という擬音が聞こえそうなくらいに驚いた。



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番外編「サーヴァント・ヤゲン3」

今回も番外編で申し訳ありません。
次回からは本編をやります。
後、ルパンネタは一応、多分、今回で終わりです。


「私は医療スタッフだ! 過労死サーヴァントじゃないんだ〜!」

 

「毎回毎回、待たんかヤゲンーー!」

 

 カルデアの通路に二人の男の叫び声と怒声が響き渡る。先に聞こえた叫び声は白衣を羽織ったサーヴァントのヤゲンで、後に聞こえた怒声は真紅のコートを羽織ったサーヴァントのエルメロイ二世のものだった。

 

 ヤゲンとエルメロイ二世は必死な表情で通路を駆けており、通路ですれ違うカルデアのスタッフやサーヴァントはどこか面白がる目で二人を見送る。

 

 そう、今日はカルデアで三日に一度の割合で行われるヤゲンの脱走の日であった。

 

「よし! ギリギリセーフ! それじゃあ、あ〜ばよっ、とっつぁ〜ん!」

 

「はぁ……はぁ……。だ、誰がとっつぁん……だ……!」

 

 いつもの逃走劇の末、先にレイシフト装置がある部屋に辿り着いたヤゲンが別の時代にレイシフトした直後、エルメロイ二世が部屋に入ってくる。しかしここに来るまでに全力疾走して体力を使い果たしたエルメロイ二世は部屋に入ってすぐに膝をついた。

 

「く……! また逃げられたか。これで今日のクエストは私が出ることに……。全くヤゲンのヤツ、今日はライダークラスの素材収集の日なんだぞ。キャスタークラスの私の身にもなれ」

 

「それはヤゲンさんも同じじゃないかな?」

 

 膝をつきながらここにはいないヤゲンに恨み言を言うエルメロイ二世に赤毛の少年のサーヴァント、アレキサンダーが話しかける。

 

「ねぇ、先生? 前から気になっていたんだけど、何で先生はヤゲンさんと一緒に行かないの? 先生も現代の日本に行きたがってなかった?」

 

「……前に一度、ヤゲンの口車に乗せられて一緒にレイシフトしたことがある……」

 

 アレキサンダーに聞かれてエルメロイ二世は蚊の鳴くような声で話し始める。

 

「ヤゲンと一緒に現代の秋葉原にレイシフトした当初は良かった。ヤゲンは自由を満喫していたし、私は新作のゲームを買えたからな……。だがすぐにマスターの令呪で二人揃ってカルデアに連れ戻され、その後マスターは『二人は仲良しなんですね。じゃあ二人一緒にクエストに行きましょうか?』と言って私とヤゲンをいつも以上にハードスケジュールな、それこそ無間地獄もかくやといった素材収集に連れ回したんだ……」

 

「うわぁ……」

 

 その時の事を思い出したのか、最後辺りになると顔色を死人のように白くしながら話すエルメロイ二世に、アレキサンダーは同情した表情でやや引いた声を漏らした。

 

「それから私はヤゲンの口車に乗らない事にした。若干気の毒な気もしないでもないが、ヤゲンを捕まえてマスターにイケニエに捧げれば私の平穏は守られるからな」

 

「ふ〜ん……。でもまだ一度も捕まえたことないんだよね?」

 

「うぐっ!?」

 

 アレキサンダーの何気ない呟きにエルメロイ二世が痛い所を突かれたとばかりに胸に手を当てて呻き声を上げる。

 

「……ああ、そうだ。確かに私はヤゲンの脱走を一度も防げなかった。いつもいつもあと一歩といった所で逃げられてしまう……。それも全ては私の……はっ! そうだ!」

 

 膝をつきながら独り言を呟くように言うエルメロイ二世だったが、途中で何かを思いついたのか勢い良く立ち上がる。

 

「先生?」

 

「ふふ……。思いついたぞ……。あいつを、ヤゲンを捕まえる為の秘策をな……!」

 

 アレキサンダーが首を傾げながら聞くが、エルメロイ二世はそれを聞いておらずただ不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

 ※

 

 そして前回の脱走から三日後、ヤゲンはいつも通りにカルデアを脱走し、レイシフト装置がある部屋に向かっていた。

 

「ヤゲン殿、お待ちなされ! 御用だ! 御用だ! ですぞー!」

 

『御用だ! 御用だ!』

 

 通路を走るヤゲンをレオニダス一世と彼が宝具で呼び出したスパルタ兵達が追う。これもまたカルデアでお馴染みの風景であった。

 

「御用だって……レオニダス一世さんってば時代劇でも見たのか? しかしまいったな。まさかこんなに早く見つかるだなんて……ん? あれは」

 

 走りながら苦笑を浮かべるヤゲンは通路の先にある窓を見つけると、何のためらいもなくその窓に飛び込んだ。

 

 両腕を体の前で組んで体を丸め、全体重を窓にはめ込まれた窓ガラスにぶつけて破り、窓の向こうの地面に音も無く着地。

 

 まるでお手本のように鮮やかなガラス破り。これを見るだけでヤゲンがどれだけ脱走して、その度にガラス破りを行ったかが分かるだろう。

 

 ヤゲンが飛び込んだ窓の向こうは、照明が落とされている闇に包まれた空間だった。しかし……。

 

 バン! バン! バン!

 

 と、そんな音がするくらいの勢いで十数台の大型照明が一斉に光を放ち、闇を照らす。

 

「くっ!?」

 

「はぁーはっはっ! やっぱりここに来たか!」

 

 突然の光に襲われて苦しそうな声を上げるヤゲンに、光の向こうにいる何者かが声をかける。

 

「だ、誰ですか? エルメロイ二世さん?」

 

「そうだよ。他に誰がいるんだよ、馬鹿」

 

 ヤゲンが両腕で目を庇いながら尋ねると、光の向こうにいる人物、エルメロイ二世はゆっくりとした歩みで、己の宿敵である逃走犯の前に姿を現した。

 

「……? あの、エルメロイ二世さん? 何だか声が変じゃないですか……って!? え、エルメロイ二世さん? その姿は……!」

 

 ようやく視力が戻ってきたヤゲンは大型照明の前に立つエルメロイ二世に何かを言おうとしたが、その言葉は途中で驚きの声にと変わる。何故なら……。

 

「ふふん。この姿か? この姿はお前を捕まえる為の秘策さ、ヤゲン!」

 

 

 ヤゲンの視線の先にいたのは二十代のエルメロイ二世ではなく、その名前を名乗る前の魔術師見習いの少年、ウェイバー・ベルベットの姿だったからだ。

 

 

「……………」

 

「どうした? 驚いて声もでないか? だが、これでもう僕に死角はない。今度こそお前を捕まえてみせるぞ、ヤゲン!」

 

 予想外の光景にヤゲンが絶句し、そんな彼の姿を見たエルメロイ二世……いや、ウェイバーは自信に満ちた表情を浮かべ、「ビシィ!」といった擬音が聞こえてきそうな勢いで白衣を羽織ったキャスターを指差した。するとそれを見たヤゲンは思わず口を開いて叫んだ。

 

 

「……か、『体は子供、頭脳は大人! その名は名探偵ウェイバー!』」

 

 

「誰がだこの馬鹿!」

 

 いろんな意味で完全アウトなヤゲンの叫びにウェイバーも顔を真っ赤にして怒鳴り返す。

 

「確かに僕は推理小説とか好きだけど、名探偵って何だよ?」

 

「いえ、それほど的外れではないと思いますよ? エルメロイ二世さんって別の世界では探偵みたいなこともしていたじゃないですか? ほら、『ロード・エルメロイ二世の事件b……」

 

「そこまでにしろ馬鹿!」

 

 何だかメタな発言を言おうとしたヤゲンをウェイバーが再び怒鳴って止める。そこで白衣を羽織ったキャスターは先程言われた言葉を思い出した。

 

「そういえば……その姿は私を捕まえる為の秘策とか死角はないとか言っていましたけど、それってどういうことですか?」

 

「ん? ああ、その事か。簡単なことさ。ヤゲン、僕はお前が逃げる度に追いかけてきたが、いつもあと一歩のところで逃げられてきた」

 

「ええ、そうですね」

 

 どこか勿体ぶった調子で説明を始めるウェイバーにヤゲンが相づちを入れる。

 

「捕まえる為の策を入念に練り、他のサーヴァント達に協力をしてもらってもあと一歩のところで逃げられてしまう原因……それは僕自身の体力のなさだったんだ。僕は他のサーヴァント達に比べて『ちょっと』体力がない。それがいつも肝心なところで僕の足を引っ張っていたんだ」

 

 そこまで聞いてウェイバーが言わんとすることを正しく全て理解したヤゲンが口を開く。

 

「まさかその子供の姿になった理由って……」

 

「そうさ! この子供の頃の姿になったことで僕は体力を取り戻した! もう一度言うぞ。これでもう僕に死角はない。今度こそお前を捕まえてみせるぞ、ヤゲン!」

 

 そう言って再び「ビシィ!」といった擬音が聞こえてきそうな勢いで指差してくるウェイバーに、ヤゲンは思わず呟いた。

 

「………エルメロイ二世さん、いえ、今はウェイバー君ですか? 貴方って、変なところで抜けているんですね……」

 

「な、なんだとぅ!」

 

 ヤゲンの言葉にウェイバーが声を荒らげ、その隙をついて白衣を羽織ったキャスターが駆け出す。

 

「あっ!?」

 

「そこまで言うなら捕まえてみたらどうですか! 若くなって体力が満たされたウェイバー君!」

 

「待てぇ! ヤゲン!」

 

 ※

 

 結果から言えばヤゲンはウェイバーと彼が率いるサーヴァント達から逃げ切った。

 

 レイシフト装置がある部屋でレイシフト装置を作動させ、今にもレイシフトしようとするヤゲンの前で息を切らしたウェイバーが膝をつき。

 

「ぜぇ……! ぜぇ……! な、何でだ……! 何で、捕まえ、られないん、だ?」

 

「何でって……貴方、子供の頃から体力がないじゃないですか。大人の姿でも子供の姿でも大差ないでしょう?」

 

「……………!?」

 

 ヤゲンの言葉にウェイバーは今気づいたとばかりに驚愕の表情を浮かべ、それを見た白衣を羽織ったキャスターは呆れたようにため息をついた。

 

「どうやら気づいていなかったようですね。それじゃあ私はもう行きますね。あばよ、とっつぁん……じゃなかった。あばよ、探偵ボウズ」

 

「誰が探偵ボウズだ! 誰がぁ!」

 

 ウェイバーが怒声を上げると同時にレイシフト装置が作動し、ヤゲンの姿は光に包まれて消えていった。

 

 ※

 

「ああ、もう! また逃げられたぁ! 今回こそいけると思ったのにぃ!」

 

 カルデアの管制室でカルデアの所長であるオルガマリーがモニターの前で盛大に悔しがる。彼女の周りには同様に悔しがっている所員達がいて、その様子を見るに今回のヤゲンとウェイバーの逃走劇でウェイバーに賭け、負けてしまったようだ。

 

「賭け事は身を滅ぼす。私達も気をつけないといけませんね」

 

「先輩がそれを言うのはどうかと……」

 

 賭け事に負けて悔しがるオルガマリー達を見てカルデアで唯一のマスターである女性がそう言うが、隣でそれを聞いていたマシュは苦笑を浮かべる。ちなみにマスターの女性は大量のQPを両腕抱えていた。言わずもがな今回の賭け事で勝って得たものである。

 

「ちなみにマシュ? 今回の逃走劇のタイトルはなんですか?」

 

 マスターの女性に尋ねられてマシュはわずかに考えた後で口を開く。

 

「そうですね……。今回はシンプルに『ヤゲンVSウェイバー The REC.』というのはどうでしょうか?」

 

「……マシュって、中々攻めたセンスをしていますね」

 

「? よく分からないけどありがとうございます」



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番外編「サーヴァント・ヤゲン4」

久し振りに投稿したついでに「あのネタ」を復活させてみました。


 人理継続保障機関カルデア。

 

 そこは人理を守る最後の砦である。

 

 魔術王ソロモンによって外の世界が焼却され、更にソロモンの部下であるレフ・ライノールの爆弾工作により四十七名のマスター候補者とカルデアのほとんどの職員がコールドスリープ、あるいは死亡してしまった。それでも唯一生き残ったマスターと、それと契約した数多の英霊達は人類の未来を取り戻すことを諦めず、このカルデアを拠点に今日も人理を修復する為の戦いに挑んでいた。

 

 そしてそんなカルデアの中では……。

 

 

「私は医療スタッフだ! 過労死サーヴァントじゃないんだ~~~!」

 

「待たんかヤゲンーーー!」

 

 

 ……人類の未来を取り戻す為に集まった英霊二人による必死の逃走劇が行われていた。

 

 カルデアの通路を必死の表情で走るのは、眼鏡をかけて白衣を羽織った魔術師の英霊(キャスター)ヤゲン。

 

 そしてこちらも必死の表情でヤゲンを追いかけるのは、黒のスーツの上に赤のコートを羽織った魔術師の英霊(キャスター)エルメロイ二世。

 

 この二人の顔を見ればもうお分かりだろう。そう、最早お馴染み、このカルデアで名物となりつつあるヤゲンとエルメロイ二世による逃走劇である。

 

「もう嫌だ! 種火集め三百回耐久マラソンの次は騎の修練場五百回耐久マラソンだなんて! 死ぬ! 過労で死んでしまう! だから私は逃げる! 平和な世界へと!」

 

「そうは行くか! ここで貴様に逃げられたら、騎の修練場五百回耐久マラソンに駆り出されるのは私だ! 気の毒に思うがここは逃さんぞ、ヤゲン!」

 

 前を走るヤゲンの叫びにエルメロイ二世はそう返すと懐から小さな機械、ヤゲンを捕らえる為の他サーヴァントに応援を要請する発令機を取り出して、そのスイッチを押した。直後、カルデアの全域にヤゲンの脱走を知らせる専用のアラームが鳴り響いた。

 

 

 パラッパラッパラッパラ~☆

 

 パラッパラッパラッパラ~☆

 

 パッラッラッ☆ パララ☆ パララ☆

 

 パララ☆ パララ☆

 

 パララ☆ パララ☆

 

 パララッララー☆

 

 パァーン☆

 

 

「……………ナニコレ?」

 

 カルデア全域に鳴り響いたアラーム(?)にカルデア所長オルガマリーは思わずといった風に呟いた。

 

「これですか? ヤゲンさんの脱走を知らせる専用のアラームで、つい先日新しく設定されたんです」

 

 オルガマリーの呟きに答えたのはカルデアの職員の一人でデミ・サーヴァントでもあるマシュで、オルガマリーは彼女の言葉に呆れたような表情となる。

 

「いつの間にそんなものを……。まあ、とにかくまたヤゲンが脱走したのね?」

 

「はい。職員の皆さんは早速賭けを始めていますけど所長を参加しないのですか?」

 

 ヤゲンとエルメロイ二世の逃走劇はカルデアの職員達の間で「ヤゲン逃げ切るか? それともエルメロイ二世が捕まえるか?」という賭けとなっており、この賭けはカルデアの職員達にとって重要な娯楽となっていた。

 

「私はいいわよ。それで? 今はどっちが優勢なの?」

 

「それがですね……最初はエルメロイ二世さんに協力したサーヴァントの皆さんが早い段階で集結してヤゲンさんのピンチでした。ですけど、今回はヤゲンさんも他のサーヴァントの方に協力を要請していたみたいで、その方達のお陰で無事に逃げています」

 

「へぇ?」

 

 マシュの途中報告に興味が出たオルガマリーが監視モニターを見てみると、確かにそこにはエルメロイ二世に協力サーヴァント達とそれを妨害するサーヴァントの姿が映っていた。

 

 坂田金時(騎)とアレキサンダーの行く手を阻む佐々木小次郎。

 

 ジークフリートとシュヴァリエ・デオンに向かって威嚇射撃を行うビリー・ザ・キッド。

 

 死角からこっそりとエレベーターや通路のドアを操作してヤゲンの逃走をサポートするマタ・ハリ。

 

 エルメロイ二世が他のサーヴァントに協力を頼むように、ヤゲンもたまに逃走のサポートを他のサーヴァントに頼む事があり、今回ヤゲンがサポートを頼んだのは佐々木小次郎とビリー・ザ・キッドにマタ・ハリの三人なのだろう。そこまではオルガマリーにも理解できるにだが……。

 

「………ねぇ? どうしてあの三人、カメラ目線でポーズを取っているの?」

 

 オルガマリーの言う通り、ヤゲンに協力している三人のサーヴァントは、ヤゲンのサポートをしながら自分達を撮影している監視カメラに向けて明らかにポーズを取っていた。

 

 例えば佐々木小次郎は相手の攻撃を切り払うと、愛刀の物干し竿の刃をきらめかせてニヒルに笑って見せたり、

 

 ビリー・ザ・キッドは威嚇射撃を終えると手に持った拳銃で頭に被っている帽子を上げて見せたり、

 

 マタ・ハリにいたっては監視カメラに向けて投げキッスをしていたりする。

 

 よく見ればヤゲンも、後ろを警戒しながら走る◯パン走りが中々見事なもので画面映りが良く、この四人のサーヴァントが画面映りを意識しているのは明らかだった。

 

「あれですか? あれはシェイクスピアさんが『逃走劇を演じるならそれ相応の動作を身につけねば』と言って指導した成果ですね」

 

「英霊が何をやっているのよ……」

 

 自分の疑問にマシュが答えてくれたのを聞いてオルガマリーが呟く。

 

「あ、あと最初のアラームを演奏指揮してくれたのはアマデウスさんです。シェイクスピアさんもアマデウスさんもノリノリで指導と演奏指揮をしていましたよ?」

 

「英霊が何をやっているのよ……」

 

 思い出したようなマシュの言葉にオルガマリーがもう一度同じ言葉を呟く。

 

 成る程。確かにシェイクスピアとアマデウスは自分の楽しみを優先するタイプの英霊で、この手の騒ぎを見ればより面白くしようと自分達から首を突っ込むだろう。

 

 それは分かるのだが、それでもオルガマリーの頭に「英霊の力の無駄遣い」という言葉が浮かぶのは仕方がない事だろう。

 

 何というかカルデアは、人類の未来を取り戻す戦いをしながらも今日も平和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに今回の逃走劇の勝敗は、やはりというか今回もヤゲンの勝利であった事をここに記しておく。




皆さんはお正月の福袋ガチャで何のサーヴァントが来ましたか?
作者の所には酒呑童子とアビゲイルが来てくれました。
……正直嬉しいんですけどウチのカルデア、頼光さんがいるんですよね……。


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原作開始前

 これはまだカルデアに人理を救うマスターとなる青年、久世大地君が来る前の話。

 

 

 

 私はカルデアの通路を上機嫌で歩いていた。私が上機嫌であるのは医療部門への異動が決まったからだ。

 

 最初私はマスター候補者としてオルガマリー所長にスカウトされてこのカルデアへやって来た。しかし転生者である私は、マスター候補者達がレフ・ライノールの爆破テロによって瀕死となり冷凍睡眠状態になる事を原作知識で知っていて、それを避ける為にマスター候補者から最も危険が少なそうな医療部門に異動を希望したのだ。

 

 マスター候補者から医療部門へ異動する為の交渉は本当に大変だった。オルガマリー所長は当然のように烈火の如く怒って私の希望を否定したのだが、そこをレフ・ライノールが口添えしてくれたお陰で医療部門へ異動する事が認められた。

 

 私が一番警戒しているレフ・ライノールのお陰で医療部門に異動できた事に関しては少々複雑ではあるし、「何か罠があるのでは?」という不安があるが今は気にしないでおこう。

 

 何はともあれ今日から私は医療スタッフだ!

 

 これでもうレフ・ライノールの爆破テロに巻き込まれる心配もないし、レイシフトをして人理を救う戦いに出なくてもいいんだ! もう私は安全なんだ! 今、私の心は自由……。

 

「おい! 薬研征彦!」

 

 私が通路を歩きながら内心でハイになっていると、後ろから私のフルネームを叫ぶ声が聞こえてきた。何事かと後ろを振り返るとそこには、カルデアの制服ではなく自身の私服を着た七人の男女の姿があった。……って、あれは。

 

 カドック・ゼムルプス

 

 オフェリア・ファムルソローネ

 

 芥ヒナコ

 

 スカンジナビア・ペペロンチーノ

 

 キリシュタリア・ヴォーダイム

 

 ベリル・ガット

 

 デイビット・ゼム・ヴォイド

 

 私の前にいたのはマスター候補者の中の精鋭。人理修復ミッションを最初に実行する七人のマスター、Aチームのメンバーであった。

 

 え? 何でAチームのメンバーが勢揃いしているの? もう私は医療スタッフだ。マスター候補者じゃない。それなのに何で私の前に来ているの?

 

「薬研征彦! お前! どういうつもりだ!」

 

 私が困惑しているとカドックが怒った顔で私の名前を呼ぶ。さっき私に声をかけたのも彼なのだが、何で彼はあんなにも怒っているのだろう?

 

 ええっと……。カドック君? 何をそんなに怒っているのですか?

 

「何を、だと? そんなの決まっているだろ! 薬研征彦、何でマスター候補者を辞退して医療部門へ異動した!」

 

「ちょっとカドック? 落ち着きなさいよ」

 

「そうだぜ。コイツがマスター候補者を降りたお陰でお前もAチームになれたんだろ?」

 

 私の質問が気にくわなかったのか、カドック君が更に声を荒らげたところをペペロンチーノさんとベリルさんに止められる。

 

 そして今のベリルさんの発言から分かるように、私はベリルさん達と同じAチームに配属させる予定だったのだ。

 

 そうAチーム。人理修復の先鋒を担う七人のマスター。そしてレフ・ライノールによる爆破テロの最優先対象。

 

 これが私が一刻も早くマスター候補者から医療部門へ異動したかった理由であり、そして私が医療部門へ異動したことによってカドック君が代わりとしてAチームに配属となったのであった。

 

「でもカドックの言う通りね。一体どうして一度はAチームに選ばれておきながら医療スタッフになることを望んだの?」

 

「そうだね。その点は私も気がかりだ。よかったら訳を聞かせてもらえないかな?」

 

 オフェリアさんとキリシュタリアさんまでもが私が医療スタッフになった理由を聞いてくる。

 

 いや、何で貴方達まで私のことを気にするの? 今の私は単なる一医療スタッフだ。貴方達と違ってただの一般人なのだからもう気にしないでほしいのに。

 

 医療スタッフになった理由、ですか……。私のような非才の身では人理を救うミッションには役者不足だと思ったからですよ。

 

「はい、嘘」

 

 私が医療スタッフになった理由を言うと即座にヒナコさんがそれを否定する。

 

「八代続く魔術の名門の出身で、時計塔にいた頃は植物科の麒麟児とまで言われた君が『非才』だって言うのなら他の人達は一体どうなるのさ? 下手な嘘はやめて」

 

 私とヒナコさんは時計塔に在籍していた頃は同じ植物科に所属していて、彼女は私がどの程度の実力を持っているのかをある程度知っている。だからヒナコさんは私の言葉が信じられないようだ。

 

 でも嘘ってなんですか。嘘って。私なりに正直に答えたつもりなんですよ?

 

「……薬研征彦。俺達の至らない点はなんだ?」

 

 私がどうやって皆を納得させようか考えていると、突然デイビットさんが感情の読めない目で私を見ながら聞いてきた。

 

「至らない点? それってどういうことだ?」

 

「この男、薬研征彦は臆病なくらい慎重で機を見るのに長けた男だ。それがマスター候補者を辞退して医療スタッフになったということは、俺達マスター候補者に何か至らない点があって、今回の人理修復ミッションは失敗すると判断したからだろう」

 

 カドック君の質問にデイビットさんは私から目を離すことなく答える。

 

 ……相変わらずだな、デイビットさんは。

 

 正直な話、私はデイビットさんがあまり得意ではない。彼はその凄まじい頭の回転のよさで人の内心や物事の展開を瞬時に先読みして、彼と話をするときはいつ私が転生者であるバレないかと内心冷や汗ものなのだ。

 

 でもデイビットさん、今の話は少し違いますよ? 私は臆病なくらい慎重ではなく臆病そのもので、機を見るのに長けているのではなくただ原作知識を知っているだけなのですから。

 

『『…………………』』

 

 今のデイビットさんの発言は流石に無視できなかったようでAチーム全員の視線が私に集まり、私は彼らが人理修復ミッションに失敗する理由を話す事にした。

 

 もちろんどこにレフ・ライノールの監視の目があるか分からないから「ミッション開始直前にレフ・ライノールの爆破テロで全員危篤状態になった」と馬鹿正直に言う訳にもいかず、原作知識を持つものとしてマスター候補者達を見て感じたミッション失敗する理由の方を言う事にする。

 

 ……私が今回のミッションが失敗すると思った理由は、私を始めとしてマスター候補者達全員が「根っからの魔術師」だからですよ。

 

「? それってどう言う事?」

 

「レイシフトやサーヴァントの召喚は魔術師じゃないとできないだろ?」

 

 私の言葉にペペロンチーノさんとベリルさんが疑問を口にしてきた。それに私は頷きを返して説明をする。

 

 確かに人理修復ミッションは人理が崩壊する原因となる時代にレイシフトして、サーヴァントシステムで召喚した英霊の力を借りてそれを解決するというもの。それは魔術師ではないとできない。

 だけどこの世界は魔術師だけのものではなく、力を借りる英霊は人間の持つ可能性を極めた、言わば人間の理想だ。つまり人理修復ミッションは英霊と言う人間の理想の力を借りて、人間の世界と未来を救う戦い。

 そんな戦いに人間の条理の外側に生きて、目的の為ならば人間の尊厳や心を切り捨てる私達魔術師が出る幕なんてあまりないんですよ。

 

「……驚いたわ。薬研、貴方って結構ロマンチストだったのね?」

 

 私が説明をするとAチームのメンバーは驚いた顔をしており、ペペロンチーノさんが頰に手を当てながら言う。

 

 しかしロマンチスト? 違いますよ、ペロロンチーノさん。これは前世で原作をプレイしたプレイヤーとしての感想ですよ。

 

 原作の主人公はレイシフトとマスター適性を持つ一般人で、魔術師の私から見れば非効率的な人と人の繋がりを重視する行動を取って、そのせいで何度も命の危険に遭ってきた。しかし最終的にはそうして築いてきた人との繋がり、英霊達との繋がりで最後まで戦い抜いて人理を修復したのだ。

 

 そういった意味では人との繋がりを重視せず、英霊を単なる使い魔としか見ていない魔術師ばかりの今のマスター候補者達では、人理修復ミッションをやり遂げる事は難しいだろう。

 

「何だよソレ? じゃあ魔術使いをマスター候補者にしろって言うのかよ?」

 

 カドック君が苛立った目で私を見てくる。彼が言う魔術使いというのは、本来は「根源の渦」へと到達するための魔術をそれ以外の目的に使用する者の事で、魔術師の多くは魔術使いを私利私欲の為に魔術を使う落伍者と見下して嫌っていた。

 

 そこまでは言っていませんよ、カドック君。……でもそうですね。今度やって来る一般人枠の四十八人目のマスター候補者。彼なら期待できるかもしれませんね。

 

「口ではそう言っているが、確信を持っているようだな?」

 

 いや、だから私の内心を見透かさないできれませんか、デイビットさん?

 

「……ふん! 四十八人目のマスター候補者って、単なる数合わせだと聞いたぞ! そんなのに頼らずとも僕達が人理を修復してみせる!」

 

 カドック君は相変わらず苛立った様子でそれだけ言うと立ち去っていき、他のAチームのメンバーもそれに続いて私の前から去って行く。私はそんなAチームのメンバーの背中を見送りながら心の中で謝罪していた。

 

 ごめんなさい、皆さん。レフ・ライノールがここにいる限り、貴方達が人理修復ミッションに参加する事は出来ないのですよ。貴方達を始めとする四十七人のマスター候補者達は、レフ・ライノールによる爆破テロによって危篤状態となって冷凍睡眠に入っている間に、今度ここにやって来る四十八人目のマスターが人理を修復する。どうやらその未来は変わらないようです。

 

 ……そして四十八人目のマスター、いや、原作の主人公。貴方にも謝っておきます。勝手にマスター候補者から降りて、君に人理修復という戦いを押し付けてしまって本当にすみません。

 でも私も医療スタッフとして貴方をサポートしますから許してください。

 

 私はAチームとここにはいない四十八人目のマスターに心の中で謝罪をすると、新しい職場となる医療部門へと向かった。

 

 

 

 ……しかしこの時の私は知らなかった。

 

 運命(Fate)の女神がそんなに甘くないことを。

 

 マスター候補者から医療スタッフになったのに、何故か前線に送られて高位のサーヴァントと契約するという未来が待ち受けていることを。



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特異点F 炎上汚染都市冬木
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何回も十連ガチャを引いても成果がでず、諦め半分で呼符を使ったら一回で「彼女」を呼ぶことができました。
その時の勢いでこの作品を書きました。


 突然だが私、薬研征彦(やげんゆきひこ)は「転生者」だ。

 

 そう、転生者。

 

 漫画や小説とかで登場する事故などで死んだり、それ以外の理由で異世界に輪廻転生をした人間。それが私だ。

 

 前世の私は漫画やゲーム等のオタクな趣味があること以外、何の特徴もない三十代の会社員だった。

 

 それがある日自宅で「Fate」を題材にしたソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」をプレイしていたらいきなり意識が遠くなり、次に気がつくと赤ん坊の姿となってこの世界に転生していたのだ。

 

 転生してから数年が経ち、自分が「Fate」の世界の、しかも魔術師の家系に転生したと知った時は軽く絶望した。

 

 何しろ「Fate」と言えば「聖杯戦争」。聖杯戦争といえばサーヴァントという存在になって現代に甦った過去の英雄達が戦い合い、その飛び火が聖杯戦争参加者、非参加者お構い無しに及んでくる最早天災とも言ってもいい人知を超えた戦いだ。

 

 アニメやゲームで画面の向こうから見る分には楽しくて私も大ファンだったが、実際に巻き込まれるのは絶対に嫌だ。下手に巻き込まれでもしたら最悪、死ぬよりも悲惨な目に遭っても可笑しくない。

 

 それに魔術師の家系というのも私の気を滅入らせた。Fate世界の魔術師というのは基本的に「自分の研究の為ならどんなことでもする」という人種で、研究の為に非人道的かつ危険極まりない実験をした結果自滅して、聖杯戦争の敗者並みに悲惨な最期を迎えるというパターンが多いからだ。

 

 幸いにも私が転生した家はそんな無茶な研究はしていない、魔術師としては比較的穏やかな家であったが、それでもFate世界の魔術師というのは一般人よりも遥かに危険な立場であることは間違いないだろう。

 

 以上の理由から私は、この世界に転生したことをしばらくの間後悔した後、自分の身は自分で守れるようにと魔術の修行に取り組んだ。正直な話、私の家の魔術は戦うための手段など皆無であったが、それでも私は何らかの形で自分を守る助けになると信じて魔術の修行に励んだ。

 

 その甲斐もあって私は十歳の時に魔術の師であった父親を越え、十八歳になって高校を卒業するとすぐにイギリスにある魔術協会の総本山「時計塔」にと留学した。するとどうやら私は魔術師としてかなりの才能を持っていたようで、時計塔に留学するとすぐに様々な授業や実験で好成績を積み重ね、時計塔でも少しは名前が知られるようになった。

 

 そして時計塔に留学して一年の時が経ち、私が「このまま危険な事は出来るだけ避けて、憧れのFate世界を一平凡な魔術師として適度に楽しみながら生きていけたらいいな」と思った時、そんな私の願いを粉々に打ち砕く運命の出会いが起こった。

 

 

 

「薬研征彦。貴方を『カルデア』のスタッフとしてスカウトするわ」

 

 

 

 出会い頭にこちらを指差して言い放ったのは、私よりも何歳か歳上らしき気の強そうな銀髪の女性。私は彼女を知っていた。……それこそ前世の頃から。

 

 オルガマリー・アニムスフィア。

 

 私が前世で最後にプレイしていたソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」に登場する「人理継続保障機関カルデア」の所長。 そして時計塔を総べる十二人のロードの一角、アニムスフィア家当主でもある。

 

 彼女を実際にこの目で見て私は自分がいくつもあるFate世界の中でも特にハードで結末が分からない「Fate/Grand Order」の世界に転生した事を悟り、絶望した。

 

 ……今日ほど絶望したのはこの世界に転生した時以来だよ。

 

 その後私は結局ロード直々のスカウトを断る事が出来ず、カルデアのスタッフとなる事に。オルガマリー所長は最初、私をカルデアの実行部隊である四十八人のマスターにするつもりだったようだが冗談じゃない!

 

 カルデアのマスターといったら「Fate/Grand Order」のプロローグで、オルガマリー所長の右腕とも言ってもいいカルデアの最古参メンバーでありながら、その正体は敵のスパイであるレフ・ライノールが起こした爆発事故によって主人公以外全員が死亡、あるいは仮死状態となってコールドスリープする運命が決定している。つまりカルデアのマスターになる事は自殺行為以外何物でもない。

 

 え? レフ・ライノールが敵のスパイだと知っているなら今の内に何とかしろって? いや、無理無理。私も最初はオルガマリー所長やDr.ロマンにその事を相談しようと思ったんだけど、その度にレフ・ライノールが姿を現して私にだけ僅かに殺気がこもった視線を向けてくるからもう無理です。私も命が惜しいですから。

 

 だから私は何とかオルガマリー所長を説得してマスターから「Dr.ロマン」の名前で慕われている(?)Dr.ロマ二・アーキマンの部下である医療スタッフにしてもらった。……この時、私は内心でガッツポーズを取ったのは内緒だ。

 

 カルデアの医療スタッフならばマスターのように殺される心配はないし、人類の滅却に巻き込まれる事はない。後はついさっきこのカルデアにやって来たと連絡があった四十八人目のマスター、つまり「Fate/Grand Order」の主人公をロマン上司と一緒にサポートをして、彼に世界を救ってもらえばいい。

 

 ………そう思っていた時期が私にもありました。

 

 しかし運命(Fate)の女神はそんなに甘くはありませんでした。

 

 カルデアで初のレイシフト。これから起こる未来を知っている私が凄まじい罪悪感に襲われていると、やはりレイシフト現場でレフによる爆破テロが。

 

 今頃は原作通り、主人公がマシュを助ける為にこの事故現場にやって来て、やがて稼働したレイシフト装置により別次元にと転移させられるだろう。……ここまでは予定通りだとは言え、とても心が痛む。私は、自分が助かる為に大勢の人間を見捨てた最低の人間だ。

 

 何の償いにならないと思うがせめて生き残っている者達の救助だけでもしようと思ったその時、何かが飛んできて私の頭にぶつかった。怪我こそなかったがとても痛かった。

 

 飛んできたものを手に取ってみると、それは金色に輝く金属製のカード。間違いなく「Fate/Grand Order」でよく見た一枚につき一回ガチャが引けるアイテム「呼符」である。

 

 レイシフトをする直前にオルガマリー所長がマスター達に現地でサーヴァントを召喚する用にと配っていたのを見たので、恐らくは今の爆発でマスターの一人が持っていたのがここまで飛んできたのだろう。

 

 この呼符、持っていると何だか嫌な予感がしてきたのでどこかに捨てようと思ったら、突然目の前が真っ白になって次の瞬間には火の海の中にいた。……ここってもしかしなくても「Fate/Grand Order」の序章の舞台「炎上汚染都市冬木」だよね?

 

 どうやら稼働したレイシフト装置は主人公だけでなく私もマスターと認識して別次元にと転移させたようだ。

 

 ……いや、本当に勘弁してください。私はこうなるのが嫌で医療スタッフになったのに、何でこうなった。

 

 そして私の不幸はそれだけにとどまらず、私が自分の身に起こった不幸に立ち尽くしていると、いつの間にか骸骨の姿をした敵に囲まれていた。……いや、本当に勘弁してください。

 

 骸骨の敵に囲まれた私は考えるよりも先に手に持っていた呼符を使用していた。この時の私には呼符を使う以外に自分の身を守る手段がなかったのだ。

 

 そして呼符を使った瞬間、「彼女」が現れた。

 

 呼符から放たれた光が描く魔法陣から現れた「彼女」は、風のような……いや、むしろ電光のような速さで私を取り囲んでいた骸骨の敵達を撃破すると、私の前で思わず見惚れる程優雅な仕草で挨拶をしてきた。

 

 

 

「こんにちは、愛らしい魔術師さん。サーヴァント、セイバー……あら? あれ? 私、セイバーではなくて……まあ。 あの……源頼光と申します。大将として、いまだ至らない身ではありますが、どうかよろしくお願いしますね?」

 

 

 

 こうして私は火の海と化した都市で、一人のサーヴァントと契約をした。

 

 ……だがそれでも言わせてもらう。

 

 私はマスターではない! 私は医療スタッフだ!




……続く?


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01

何やら評価が良かったようなので続きを書いてみました。
相変わらず短い文章ですが楽しんでもらえたら幸いです。
あと、源頼光と相性が良さそうなサブメンバーのアドバイスがあれば是非教えてください。


 運命(Fate)の悪戯によって死亡フラグが無数に立つ火の海と化した都市に送られた私が召喚したサーヴァントは、自分の真名を源頼光といい、クラスはバーサーカーだと教えてくれた。

 

 ……うん。知っている。前世で「Fate/Grand Order」をプレイしていた私は知っている。

 

 歴史では男性と伝えられていた源頼光が実際には女性(しかも超がつくナイスボディの美人)なのも知っているし、

 

 パラメータ上昇の為に理性を失うはずのバーサーカーなのに特殊な狂化スキルによって理性を失っていないのも知っている。

 

 でも実際に会って話してみると物凄い違和感を感じて思わずツッコミを入れそうになった私は悪くないと思う。

 

 ……まあ、それはともかく先ずは自己紹介からだ。私は頼光さん(本人は呼び捨てでいいと言ってくれたが、それは流石に遠慮した)に自分の名前と所属しているカルデアという組織の目的、そしてこの場所にいる理由を説明した。すると……。

 

「まあ! 世界を救うという大任を負うだけでも大変なのに、たった一人でこの様な所に飛ばされてしまうだなんて!」

 

 と、言って抱きついてきた。

 

 ちょっ!? 何でいきなり抱きついてくるの? 何だかイイ香りがしてくるっていうか、暴力的な胸の感触が……!

 

 男としてもうしばらくの間こうしていたいのだが、こんな危険地帯でいつまでもじっとしている訳にもいかないし、何より早急にやるべき事がある私は理性を総動員して抱きついてくる頼光さんを引き剥がした。……いえ、別に嫌だったわけでも貴女が嫌いになったわけでもないですから涙目になるのは止めてください、頼光さん。

 

 気を取り直して私は頼光さんにこれからすべきことを説明した。それは私同様にこの世界に転移させられているはずの主人公と、デミ・サーヴァントとなって彼と契約をしているはずのマシュと合流することだ。

 

 正直な話、これから事件の中心にと向かっていく主人公達と合流するのは非常に怖い。しかしカルデアと通じる召喚サークルを作れる彼らと合流しなければカルデアのロマン上司に連絡が取れないので仕方がない。

 

 そう決めた私は頼光さんを連れて前世の「Fate/Grand Order」の記憶を頼りに主人公達が向かっていそうな場所を目指すことに。途中で何体か骸骨の敵が現れたが、それらは全て頼光さんがあっという間に倒してくれた。

 

 それからしばらく歩いていると、少し離れた開けた場所に三十体くらいの骸骨の敵が集まっているのが見えた。もしかしてと思い骸骨の敵の群れをよく見てみると、その中心には私達が探していた主人公にマシュ、そしてオルガマリー所長の三人が取り囲まれていた。

 

 頼光さんに彼らを助けてほしいと言うと、彼女は言われるまでもないとばかりに骸骨の敵の群れに突撃してそれらを蹴散らしていき、私が皆の元に走って辿り着いた時には戦闘はすでに終わった後だった。

 

 しかし私の仕事は全くなかった訳ではなく、主人公達の元に行くとそこには全身に怪我をしているオルガマリー所長の姿が。幸いにも彼女は命に支障が出る大怪我は負っておらず、私の手持ちの薬と治癒の魔術で充分治すことができた。

 

 オルガマリー所長の治療が終わると私は彼女に何故ここにいるのかとヒステリックな口調で聞かれ、主人公と同じくレイシフト装置にマスターと認識されてここに転移させられて、偶然手に入れた呼符で頼光さんを召喚してここまで無事にこれたことを説明すると全員に驚かれた。まあ、それはそうだろうな。

 

 中でも一番驚いていたのが、ここにはいないが通信でこちらの会話をカルデアから聞いていたロマン上司で頼光さんの名前を聞いた途端「源頼光だって!? あの平安時代最強の神秘殺しで日本で最も高名な退魔の武人! それがこんな美人で、しかもこんな凄いお体だなんて二重の意味でビックリだよ!」と通信越しに叫んでいた。

 

 うん。分かりやすい説明と皆の気持ちの代弁ありがとうございます。流石はカルデアの突っ込みエース。

 

 私と頼光さんの話が終わると次はロマン上司から現在のカルデアの状況が説明された。

 

 レイシフト実験に起きた事故(実際はレフ・ライノールによる爆破テロなのだが)によってカルデアは、私が知る原作と同じ被害を受けていた。ロマン上司から伝えられるカルデアの被害の大きさに主人公にマシュ、オルガマリー所長は思わず声を失っている。

 

 場の空気が重くなったのを感じて私が何かを言おうと思ったら、同じく場の空気を感じとったロマン上司がわざと明るい口調で話す。

 

「だ、大丈夫さ。確かにカルデアが受けた被害は大きいけど希望が無くなった訳じゃない。幸い所長は無事だったし、二組のマスターとサーヴァントだっている。しかもその内の一組は日本でも最強クラスのサーヴァントで、マスターは所長自らがスカウトしてきた名門の魔術師なんだから。ね、薬研クン?」

 

 えっ!? ちょっと待ってくださいよDr.ロマン。確かに私の家は八代続く魔術の家で名門と言えば名門ですけど、何でここで私の名前を出すんですか?

 

 いや、本当に止めてくださいよ。私はマスターではなく医療スタッフで……。

 

「………そうね」

 

 えっ? オルガマリー所長?

 

「薬研征彦。正直予想外だったけど、貴方がサーヴァントを従えるマスターとしてここにいてくれるのは不幸中の幸いだったわ。……貴方をマスターとしてスカウトしようとした私の判断は間違っていなかったようね」

 

 止めてください、オルガマリー所長! そんな弱々しいけど希望を見つけた様な微笑みを私に向けないで!

 

「俺も、出来る限り力になります」

 

「私も未熟なデミ・サーヴァントですけど皆さんを守ってみせます」

 

「フォウ! フォウフォウフォーウ!」

 

 ちょっ!? 主人公にマシュ、それにマスコットキャラクターのフォウまで私に期待の視線を向けるのは止めてくれません!?

 

「ふふっ♩ これは責任重大ですね。頑張りましょうね、マスター♩」

 

 頼光さん、貴女もか……!

 

 本当に止めてくれません? 私はマスターではないんですから……。

 

 私は、医療スタッフだ!



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02

 非常に、それこそ人生をリセットしたいくらい非常に不本意であるが皆にマスターと認められてしまった私はまず、主人公とマシュと自己紹介する事にした。考えてみれば私は主人公の名前を知らないし、マシュともマトモに話した事がないんだよな。

 

 聞いてみればオルガマリー所長も主人公の名前を知らないそうだ。なんでも主人公達と再会して召喚サークルを設置した直後に先程の骸骨の敵に襲われ、そこを頼光さんに助けられたそうでロクに話をしていないらしい。

 

 そうして聞いた主人公(男)の名前は「久世大地」と言うそうだ。

 

 久世大地……。グゼ、ダイチ……、グダ……。ああ、そういう事か……。

 

 自己紹介を終えた後、オルガマリー所長は事情を全く知らない主人公……久世君に事情を説明をした。

 

 まずこの冬木は、未来で人類の文明が滅却する原因となる特異点であり、私達はそれを解決する事が目的であること。そしてこの冬木ではかつて聖杯戦争が起こった過去があり、そこに恐らくこの地が特異点になった原因があるであろうということ。

 

 途中で魔術師ではない一般の家から来た久世君が初歩的な、あるいは的外れなことを何回か言ってそれにオルガマリー所長が怒り出しそうになったが、その度に頼光さんが「そんなに怒ったら駄目ですよ? せっかく可愛い顔をしているのですから」と言ってなだめてくれた。

 

 凄いな、頼光さん。「あの」オルガマリー所長をこうも簡単になだめてしまうだなんて。前世のゲームでは確認できなかったけど「母性A」とか「包容力A」みたいなスキルを持っているんじゃないか?

 

 とにかくこの冬木ですべき事を確認した私達は、特異点の中心地を探すべく周囲を探索することにした。前世で「Fate/Grand Order」をプレイしていた私は特異点の中心地の場所を大体だが知っているが、この場で言っても「何故知っているのか?」と不審に思われるので、今は黙って先頭を行くオルガマリー所長の後をついて行く事に。

 

 そして周囲を探索中にオルガマリー所長が頼光さんにどの様な武器を使い、どの様な戦い方を得意とすると聞いてきた。その質問に頼光さんは刀だけでなく様々な武器を使う事が出来て、更には騎馬戦も得意で多少なら毒の扱い方も知っているという……簡単に言えばキャスター以外の全てのクラスに選ばれるだけの実力があると答えて、私以外の全員を驚かせた。

 

 ……うん。その気持ちはよく分かる。

 

 バーサーカーなのに理性を失わずにパラメータ強化の恩恵だけを受けて、戦闘になればどのような状況でも十二分に活躍できて、性格は穏やかで私の命令には従順。おまけに外見は十人中十人が「美人」だと答える美しさを持つ。

 

 本当に頼光さんは設定の盛りすぎだと私は思う。

 

 しかしそんな設定盛りすぎな頼光さんだがこの状況では非常に頼りになる戦力だ。頼光さんのあまりのハイスペックさに驚いていたオルガマリー所長達は驚きが終わった後で彼女を「頼りになる戦力だ」と誉めちぎり、頼光さんはオルガマリー所長達の言葉にまんざらでもなさそうな笑顔を浮かべながら私の方をチラチラと見てくる。

 

 ……これは私も何かを言った方がいいのだろうか?

 

 頼光さんの視線を受けた私は「私も頼光さんを頼りにしていますよ。私の命は初めて会った時から頼光さんに預けています」と彼女に言った。これは私の正直な気持ちだ。こんな過酷極まりない場所で頼光さんに見捨てられたら十分後には死んでしまう自信がある。

 

 そう言うと頬を赤く染めた頼光さんは瞳を輝かせながら「ふふふ……。そこまで期待されたなら私も頑張らないといけませんね♪」と言うと、どこからか取り出した弓矢を構えて矢を明後日の方向にと放った。それもゲームと同じ目にも止まらぬ高速連射で。

 

 その次の瞬間、頼光さんが矢を放った方向から「ガッ!?」という悲鳴と「バァン!」という何かが砕け散る音が聞こえてきたのでそちらを見ると……。

 

 

 

 そこには頼光さんの矢によって頭部を吹き飛ばされて首なし死体となった、何やら見覚えのあるボディコン風の服を着た女性が、黒い霧になって空に溶けていく光景があった。

 

 

 

 うわ~、スプラッタ……。私、しばらくお肉食べれそうにないな……。

 

 って、ええっ!? アレってもしかしてサーヴァントっていうかメドゥーサ? そういえば「炎上汚染都市冬木」ではシャドウサーヴァントになったメドゥーサと戦うイベントがあったけどこれで終わりなの?

 

 頼光さんの突然の射撃とそれによるシャドウサーヴァント(メドゥーサ)の撃退に私達が呆然としていると、そこにカルデアにいるロマン上司からの通信が来た。

 

『ああ、やっと繋がった。どうやら通信システムの調整がまだ不完全のようだ。ついさっき高いエネルギーを持った存在、恐らくはサーヴァントがそちらに向かったのを感知したんだけど……もう終わったみたいだね』

 

 ええ、もう終わりましたよ。ロマン上司。頼光さんがほんのニ、三秒くらいで終わらせてくれましたよ……。

 

「あの者からは狂気と殺気しか感じられませんでしたので、先手必勝で射殺すことにしました。見たところあの者は蛇の怪異……。蛇の怪異はしつこくて死ににくいですから、頭を砕くのが一番なんですよ♪」

 

 と、頼光さんが説明してくれるけど怖いんですよ! 笑顔で蛇系の敵の殺し方を教えてくれても凄く怖い!

 

 久世君もマシュもオルガマリー所長もフォウもドン引きですよ!

 

『あー……不意討ちとはいえサーヴァントを秒殺とは、流石は平安時代最強の神秘殺し。……もう戦闘は頼光さんと薬研クンの二人に任せとけばいいんじゃないかな?』

 

 私が内心で頼光さんに突っ込みをいれていると、ロマン上司が何やらトチ狂ったことを言ってきた。

 

 いいわけないだろ何を考えているんだDr.マロン! 確かに頼光さんはどんな戦場でも生きていける一流のサーヴァントかもしれないけど私は違うんだからな!

 

 私はたまたま頼光さんを召喚できただけで、実戦経験が豊富な武闘派マスターではない!

 

 私は荒事が苦手で、本来ならばロマン上司と一緒にカルデアから優雅に久世君達のサポートをするポジションだったはずだ! 私は医療スタッフだ!



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03

 カラン……。

 

 何か固いものが地面に転がる音が聞こえた。音がした方を見ると、頼光さんに瞬殺されたメドゥーサの遺体があった場所に、虹色に輝く星のような形をした石が一つ転がっていた。

 

 これって聖晶石? 3つ使うことで一回だけガチャが引けるあの聖晶石だよね?

 

 地面に落ちていた聖晶石を手にとって間近で見ると、それはやはり私が記憶している聖晶石であった。

 

 懐かしいなぁ……。前世で「Fate/Grand Order」を遊んでいた頃はガチャを引くために必死になって聖晶石を集めたんだよなぁ……。

 

 課金したり、課金したり、課金したりして集めた大量の聖晶石を十連ガチャに注ぎ込んで……それでろくな成果が出なかった時は本当に悲しかった。

 

 うん。本当に、それこそ忌々しいくらいに懐かしいよなぁぁ………!

 

『それは……さっきのサーヴァントの霊核の欠片かな? サーヴァント程じゃないけど、それもかなりのエネルギーを秘めているね。それが三個か四個くらいあれば新しいサーヴァントを呼び出せると思うよ』

 

 私が聖晶石を眺めながら前世の辛い過去を思い出して心の中で血涙を流しているとロマン上司からの通信が来た。やはりこの世界でも聖晶石の効果は同じか。

 

 そして私の考えが正しければこの聖晶石は、私が以前より研究をしていて完成が間近の「アレ」の完成に必要不可欠なものとなるだろう。そう考えた私はオルガマリー所長に聖晶石を預からせてくれと頼むと、彼女は私の言葉に首を傾げる。

 

「聖晶石を? 一体何に使うつも……」

 

 ガキィン!

 

 オルガマリー所長の言葉を遮るように突然、金属音が響いた。私達が金属音が聞こえた方を見ると、何やら険しい表情をした頼光さんが刀を振り抜いており、彼女の足元には二つに分かれた短刀が転がっていた。

 

 え? え? 一体何があったんですか、頼光さん?

 

「ククッ……。不意ヲ突イタツモリデアッタガ、ソウウマクハイカヌカ……」

 

 頼光さんが睨み付けている先の空間に、右腕だけが異常に長い異形の人影が現れた。そしてそれに続くように建物の影から、背中に大量の武器を背負った人影も現れる。

 

 あれは、シャドウサーヴァントになった呪腕のハサンと武蔵坊弁慶? ……しまったな。そういえばメドゥーサのシャドウサーヴァントと戦った後に、この二人と戦うイベントがあったっけ。

 

「マシュさんはマスター達を守ってください!」

 

「は、はい!」

 

 頼光さんはマシュに私達の護衛を頼むと、自分は手に持っていた弓を構えて二体のシャドウサーヴァントに無数の矢を放った。

 

 頼光さんの放つ矢は相変わらず物凄い速度と数で、人間であれば一本の矢も避けることができず即座に死亡だろうが、相手は頼光さんと同じサーヴァント。呪腕のハサンはその身軽な動きを活かして、武蔵坊弁慶は両手に持った薙刀で防御をして、多少のダメージを負いながらも徐々にこちらに近づいてくる。

 

「ちょっと! あいつらこっちに来るわよ!?」

 

 こちらに近づいてくる二体のシャドウサーヴァントを見てオルガマリー所長が半泣きの形相で叫ぶ。私も人の事は言えないけど、本当にこの人ってメンタル面弱いよな? ロマン上司といい勝負なんじゃないか?

 

 しかしオルガマリー所長が言う事ももっともだ。このままあの二体のシャドウサーヴァントがこれ以上こちらに来られたら厄介だな。

 

 ……………仕方がないな。

 

 私は覚悟を決めると頼光さんを援護すべく「魔術」を使う準備を始める事にした。

 

 魔術とはイメージだ。

 

 これは全ての魔術師が最初に教わる言葉である。

 

 魔術師は自分にのみ通用するイメージをもって身体の中に眠っている魔術を使う為の擬似神経「魔術回路」を起動させ、自分を「人間」から「魔術という奇跡を発現させる装置」にと切り換える。

 

 私の魔術回路を起動させる為のイメージは「病」。

 

 人間は体温が四十二度を超えると死に至る。その一歩手前の重い病魔に身体を蝕まれるイメージ。

 

 身体には耐え難い熱と絶え間無い鈍痛が、頭には一瞬でも気を抜けば意識を失ってしまいそうな不快感が宿るイメージ。

 

 身体の内側から来る逃げ場のない苦しみに精神が悲鳴を上げて救いを求めたその瞬間、

 

 

 

 私の魔術回路が起動する。

 

 

 

 魔術回路が起動するのと同時にそれまでの感覚が「反転」する。病魔に蝕まれるイメージで悲鳴を上げていた身体はこれ以上ない爽快感に包まれ、不快感に襲われていた頭は十時間熟睡したように意識が澄みきっていた。

 

 魔術回路を起動するまでにかかった時間は一秒八……まあ、上出来か。とにかくこれで魔術を使う準備はできた。

 

 私は上着のポケットから二本の試験管を取り出すと、中に入っている薬を魔術で霧にして頼光さんの元に飛ばし、彼女に「その霧を、薬を吸って下さい」と言う。

 

「………? ……………!?」

 

 頼光さんは最初、どういう事か分からない表情だったが霧となった薬を吸った途端表情を驚きに変え、同時に彼女の魔力が増大したのが分かった。よし、上手くいったようだな。

 

「これなら……いきます!」

 

「ヌッ!? グッ! グオオオオッ!」

 

 頼光さんがそう言うと彼女が放つ矢の速度が上がり、今まで薙刀で防御をしていた武蔵坊弁慶は防御が間に合わなくなって瞬く間に全身に矢を生やして絶命した。これで残りは呪腕のハサンだけ……いや、もう終わりか。

 

 私はいつの間にか遥か上空に跳んだ頼光さんを見て、この戦いの勝利を確信した。

 

「ナッ!? ランサー殿! ッ! シマ……!」

 

「いざ、御免!」

 

 武蔵坊弁慶が倒された事に呪腕のハサンは一瞬だけ気を取られ、その一瞬の隙に上空に跳んだ頼光さんは雷光を纏わせた太刀を振り下ろし、シャドウサーヴァントは彼女の太刀より放たれた雷光に飲み込まれて消滅した。

 

『………二体のシャドウサーヴァントの反応消失。凄いな……。頼光さんは当然凄いけど、初戦闘でサーヴァントの援護を完璧に行った薬研クンも凄いよ。それが薬研家の魔術……「魔術薬」の効能なんだね』

 

 カルデアからこちらの戦闘をモニターしていたロマン上司が頼光さんと私が使った薬を賞賛する。

 

 薬研家の薬研とは薬をつくる為の器具のこと。つまり薬研家は魔術の力を秘めた薬、魔術薬をつくる事に長けた家ということである。

 

 さっき私が頼光さんに使用したのは私が調合した魔術薬で、効能は一時的に魔力を増大させるのと反応速度を上昇させるものだ。効果時間は短いがその代わりとして副作用が皆無であるという自信作だ。

 

 元々は敵に襲われた際の非常時に自分自身に使う予定のものだったが、頼光さんにも効果があったようだな。

 

「へぇ……。中々いいモン持ってるじゃねえか」

 

 息絶えた呪腕のハサンと武蔵坊弁慶の身体が完全に消滅して地面に二個の聖昌石が転がるのと同時に、新たな杖を持った人影が私達の前に現れた。このタイミングで現れる人影となると……やっぱりあの人か。

 

『……え? ああっ!? しまった! 頼光さんと薬研クンの戦いが凄すぎて忘れていた! 新しいサーヴァント反応が近づいてきてたんだった!』

 

「ちょっとロマン! ちゃんと仕事をしなさいよ!」

 

「Dr.ロマン……」

 

「それはちょっと……」

 

「フォーウ……」

 

 ロマン上司のあまりにも残念な叫びにオルガマリー所長、マシュ、久世君、フォウが呆れたような怒ったようなコメントをする。……残念ですけどこれはフォローできませんよ、ロマン上司。

 

「ははっ! まあ、仕方がないさ。さっきの戦いは俺から見ても見事なものだったからな。……そこの美人さん、かなり高位のサーヴァントと見た」

 

 私達の会話を聞いていた杖を持った人影は、そう私達に言いながら姿の詳細が分かる距離まで近づいてきた。そうして見えた人影の正体は私の予想通りの人物であった。

 

 青のローブを羽織った長身の魔術師。この「炎上汚染都市」で主人公達の味方となってくれるキャスターのサーヴァント、クー・フーリンであった。

 

「……ふむ。高位のサーヴァントを従えていて、魔術回路の量も質も一流と言ってもいい……」

 

 何やら私を見ながら小声でつぶやくキャスターさん。……あの、何で私を見ているのですか? 貴方が見るべきは向こう(久世君)の方でしょう?

 

「それで薬の魔術師さん、お前さんがこの一団の頭かい?」

 

 いいえ、違います。私は医療スタッフだ。

 

 私は、私の顔を見ながら訳の分からない事を言うキャスターのクー・フーリンに即答した。



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04

 メドゥーサに呪腕のハサン、それに武蔵坊弁慶の三体のシャドウサーヴァントと戦い、キャスターのクー・フーリンと出会ってから数時間後。私達は町外れにある廃ビルの中で休息をとっていた。

 

 久世君にマシュとフォウ、オルガマリー所長は部屋の片隅で眠っていて、眠りはかなり深くすぐには起きそうになかった。

 

「あらあら。ぐっすりと眠って……よっぽど疲れていたのですね」

 

「まあ、それはそうだろ。ここに来るまでずいぶんと無茶苦茶したからな。しばらく寝かせといてやれや」

 

 眠っている久世君達を見て頼光さんが微笑みながら言って、青いローブを羽織ったキャスターのクー・フーリンが彼女の言葉に同意する。

 

 ……その意見には私も同意だけど、クー・フーリンさん? 貴方が言った「無茶苦茶」には貴方自身も含まれているんだからな?

 

 数時間前にクー・フーリンと出会ってから今に至るまでに起こった出来事は、私の知る「Fate/Grand Order」の話の流れと全くの一緒であった。

 

 クー・フーリンは自分がこの冬木で行われた聖杯戦争に招かれたサーヴァントだと名乗ると、次にここで起こった異常について教えてくれた。

 

 聖杯戦争の最中に突然異常が起こってサーヴァント以外の存在が冬木からいなくなったこと。

 

 サーヴァントの中で異常の影響を最も強く受けたセイバーの手によってクー・フーリン以外の全てのサーヴァントが倒され、シャドウサーヴァントになったこと。

 

 今現在セイバーは聖杯戦争の中核である「大聖杯」の前に陣取っていてその大聖杯こそがこの異常の原因……つまりは私達の目標である特異点であること。

 

 以上の説明をした後でクー・フーリンは一緒に行動をしてセイバーを倒すことを提案してオルガマリー所長がこれを承諾。私達はクー・フーリンを仲間に加えてこの時代の特異点、大聖杯の元に向かうことにしたのだが、その途中でクー・フーリンがここから先の戦闘を久世君とマシュに任せることを提案したのだ。

 

 これはデミ・サーヴァントになったばかりで、頼光さんやクー・フーリンと比べて実戦経験が圧倒的に足りないマシュを少しでも強くするための措置で、危なくなればすぐに頼光さんとクー・フーリンが援護をするということで本人達もオルガマリー所長もこれに賛成した。

 

 そしてここに来るまでに久世君とマシュは三度、あの骸骨の敵達と戦って辛くもであるが勝利して、その直後にクー・フーリンにほとんど強制的に模擬戦をさせられたのだ。

 

 そう、「Fate/Grand Order」にもあったマシュの宝具開放イベントである。

 

 前世でゲームをプレイしていた為、クー・フーリンが久世君とマシュを本気で倒すつもりがないのは分かっていたが、実際に見てみると模擬戦とはとても思えない真剣勝負そのものであった。オルガマリー所長もクー・フーリンの炎に襲われている久世君とマシュを見て顔を青くしていて、頼光さんがなだめてくれなかったらパニックを起こしていたのは間違いないだろう。

 

 とりあえずマシュは模擬戦中に不完全ではあるが宝具を開放してクー・フーリンの宝具、あの火に包まれた巨大な藁人形「ウィッカーマン」を防ぎ、模擬戦は無事に終了。そして今に至るというわけだ。

 

 ……この休憩が終われば大聖杯はもうすぐそこ。いよいよ正念場である。

 

 だからこそ今のうちに魔術薬の準備も入念にしないといけない。それに「アレ」も完成させないといけないからな。幸い「アレ」は八割方完成しているし、材料に不可欠であった聖晶石も手に入ったので、それほど時間をかけずに完成できるはずだ。

 

「ほぅ……。中々手慣れているじゃねぇか」

 

 魔術薬の調合に集中していたら、いつの間にかクー・フーリンが私の手元を感心したように見ていた。どうやらキャスターのクラスで現界した彼はこういうのに興味があるようだ。

 

「薬を調合する手順も、肝心の薬の効能もかなりのもんだ。正直、下手なドルイドよりも腕がいいんじゃねぇか?」

 

 神秘が色濃い時代の英霊にそう言われると照れますね。

 

 でもまあ、薬研家は代々魔術薬の研究に特化した魔術師の家系ですからね。だからこれぐらいは、ね。

 

 それに私は医療スタッフですからね。久世君のようなマスターではなく、その後ろで彼を治療したりサポートしたりするポジションですからこれぐらいはできませんと。

 

「医療スタッフ? そう言えば初めて会った時もそんなことを言っていたな」

 

 首を傾げるクー・フーリンに私は頷く。

 

 ええ、そうです。私は医療スタッフだ。

 

「医療スタッフって、簡単に言えば癒し手ってことだろ? そりゃあいいや。癒しの術を得意とするマスターってのは俺達サーヴァントにすれば何よりも心強いもんだ。これからも頼りにしてるぜ」

 

 ゴフッ!?

 

 クー・フーリンの言葉のゲイ・ボルクに心臓を貫かれ、私は内心で吐血した。

 

 そんな馬鹿な!? 「医療スタッフである」という戦闘を避けるための大義名分が、実はまさかの地獄の最前線に行く優先権だっただと!?

 

 ……嘘だと言ってよキャスニキ。



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05

 ガキィィン‼

 

 洞窟内に刀と刀が激しくぶつかり合う金属音が響き渡った。

 

 現在私達がいるのは大聖杯へと続く洞窟。そこで私達はセイバーの支配下にある一体のシャドウサーヴァントと戦っていた。

 

 私達の隊列は一番前が頼光さんでその後ろがマシュ、更に後ろに私を初めとした他のメンバーという形だ。そして先程の金属音は先頭にいる頼光さんの刀の一撃をシャドウサーヴァントが両手に持った二本の刀で受け止めた音だった。

 

 シャドウサーヴァントとの戦いは十分くらい前だが、あまりの戦闘の激しさに私としてはすでに何時間も経っている気分だった。そしてそれは私以外の全員も同じのはずだ。

 

 今頼光さんと戦っているのは私が知っている前世のゲーム知識と同じ、シャドウサーヴァントと化したアーチャーのサーヴァント、エミヤであった。

 

 エミヤはたった一人でこちらの三人のサーヴァントを相手にしていた。二本の刀で頼光さんの刀をさばきながら援護射撃と放たれたクー・フーリンの炎を斬り払い、僅かの隙をついて私達を守るマシュに向けて持っていた刀を投げつけて、新たな刀を虚空から取り出す。

 

 単純なステータスで言えば頼光さんの方が圧倒的に上なのにエミヤの奴、その実戦で鍛えた剣術と投影魔術でステータスの差をカバーしている。流石はFate本家の主人公キャラの一人という事か。

 

「く……。一太刀一太刀が恐ろしく疾くて正確、しかも受ける度に腕が肩ごともっていかれそうな剛剣……! どうやら貴女はさぞ高名な剣士の様だな。貴女の様な剣士がバーサーカーとは悪い冗談だ」

 

「ふふっ。ありがとうございます。貴方のその愚直なまでの素直な太刀筋も中々見事ですよ」

 

「つーか冗談みたいなのはオメェも同じだろうが。弓ではなく剣で戦うアーチャーなんて聞いたことねぇぞ」

 

 エミヤの言葉に頼光さんが微笑を浮かべて返し、クー・フーリンが苦々しい表情で言う。

 

「あと、その無数にある剣は一体何の手品だ? 砕かれた剣は十四、盾の嬢ちゃんに投げつけた剣は二十七。オメェ、一体何本の剣を隠し持ってやがる?」

 

「は、はい……。それにこちらに投げつけられた剣が全て全く同じなのも謎です……」

 

 クー・フーリンの言葉にマシュは若干息を切らせながら同意する。

 

 顔色を見るとマシュだけでなく、私以外の全員もエミヤの次々と剣を創り出す投影魔術が気になっているらしい。頼光さんも表面上はいつも通りだが、正体不明のエミヤの剣に「何か罠があるのでは?」という疑念を取り除けず、攻撃の際に最後の一歩を踏み出せないのが分かった。

 

 原作知識を知る私が皆にエミヤの投影魔術の事を教えてもいいのだが、原作知識の事を知られるとまた何か厄介な事が起こりそうなので、私は最もらしい嘘でエミヤの能力を皆に教える事にした。

 

 もしかしてあのサーヴァントは生前、有名な刀匠か鍛冶師だったのではないか? と、考える素振りをしながら言うと全員の視線が私に集まった。

 

 サーヴァントの宝具は何も武器だけでなく特殊能力である場合もある。「魔力を使って剣を創り出す特殊能力」があのサーヴァントの宝具なのではないか? と、私が言うと皆は瞳に理解の光を宿してエミヤを見る。するとエミヤはどこか観念したような笑みを浮かべて口を開く。

 

「フ……。残念だが正解ではない。しかし『剣を創り出す能力』というのはほぼ正鵠を射ていると言っておこう。……やはりか」

 

 そう言うとエミヤは何やら鋭い目になって私を見てきた。え? 一体何?

 

「彼女のような強力なバーサーカーを使役できる優秀な魔術師であり今の推理力……やはりこの中ではお前を最初に倒すのが最良のようだな」

 

 ホワァァァーーーーーーーーツッッ!?

 

 何で!? 一体どうしたらそんな考えが出るのエミヤさん!?

 

 私は医療スタッフだ! 一億光年と百歩譲って医療スタッフも前線に出る必要があったとしても、このように敵に注目される必要はないはずだ。

 

 今の説明だってアレだ。頼光さん達がエミヤの能力を知らないまま戦って万が一の隙をつかれるっていう最悪の事態を回避するための小心者の行動ですよ。

 

 私はあれだ。戦闘の合間に主人公達の傷を治したり、アイテム(魔術薬)を渡したりするだけの地味ポジションのはずだ。決して主人公の行動を補佐する副リーダーや軍師みたいな華々しいポジションではない。

 

『………………っ!』

 

 いや、皆さんやめてくれません? そんな「ばれてしまったか」みたいな真剣な表情になって、まるで私を守るように集まるのはやめてくれません?

 

 いや、本当にやめてくれません!? そんなことをされたら余計にエミヤの意識を引くことに……え?

 

「フッ!」

 

 私が皆に離れるように言おうとした時、突然エミヤが両手に持つ二本の刀を左右に投げる。投げられた二本の刀は高速で弧を描くように飛び、その行き先は……。

 

「まずい! 床に伏せろ!」

 

「薬研さん! 伏せてください!」

 

 クー・フーリンとマシュが私に向かって叫ぶのは全くの同時にだった。私が床に伏せるとクー・フーリンが右から飛んでくる黒の剣を魔術の炎で吹き飛ばし、マシュが左から飛んでくる白の剣を手に持った大盾で弾き返した。

 

 あ、危なかった……。もう少しで本当に殺されるところだった。ありがとうマシュとクー・フーリン。

 

「やはりそう易々と殺させてはくれない……ガッ!?」

 

 奇襲が失敗に終わり苦笑を浮かべていたエミヤの胸から突然一本の刀が生えて、エミヤの表情が驚愕へと変わる。

 

 何事かと私達が見るとエミヤの背後には、能面のような無表情となった頼光さんが彼を刀で貫いていた。

 

「ば、バーサーカー? まさか……今の、一瞬で……?」

 

「黙りなさい」

 

 ザシュ!

 

 頼光さんは口から血を吐きながら言うエミヤの言葉を遮ると、そのまま刀を振るってエミヤの胴体の半分を切り裂いた。

 

 エミヤの敗北は誰が見ても明らかだった。いくらサーヴァントといっても心臓を貫かれて胴体の半分を切り裂かれては現界を保てるはずがない。

 

 しかし頼光さんは更に刀を振るい、すでにこと切れて黒い霧となって虚空に溶けていくエミヤの体を何度も何度も執拗に切り裂いていく。無表情のまま刀を振るってエミヤをバラバラにする頼光さんの姿は非常に怖く、久世君もマシュもオルガマリー所長も声を出せず、フォウにいたっては尻尾を丸めていた。

 

 それにしても頼光さん、怒っているのか? 一体どうして?

 

「何で怒っているのかって? そんなの決まってるだろ?」

 

 いつの間にか思っていたことが口に出ていたらしく、それを聞いていたクー・フーリンが答えてくれた。

 

「薬研、お前さんが殺されかけたから頼光の姐さんはあそこまでキレたんだよ。……まったく。普段の会話で忘れていたがやっぱり頼光の姐さんはバーサーカーだよ」

 

 クー・フーリンの言葉に私は深く頷いて同意した。

 

 ※ ※ ※

 

「ああっ! マスター、ご無事ですか!? どこにも怪我はありませんね!」

 

 エミヤが完全に消滅し戦いが終わると、頼光さんが私に抱きついてきた。

 

「あのサーヴァントがマスターに攻撃された時、私は本当に肝を冷やしました! どうか危険なことはもうしないでくださいね」

 

 頼光さんはよほど私の心配をしてくれていたのか、泣きながら言うと更に抱き締める力を強くする。

 

 先程のエミヤの斬殺シーンがいまだに頭から別れない私は、胸に感じる感触も周りからの視線も気にならず、ただ頷いていた。

 

 頼光さんは絶対に怒らせないでおこう。

 

 私は頼光さんに抱き締められながら固く心に誓った。……そしてそう思ったのは私だけではないだろう。



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06

 エミヤを倒してから少しばかりの休憩を終えていよいよ大聖杯の所に行くとそこにいたのは、やはり原作の「Fate/Grand Order」と同じ黒く……いわゆるオルタ化したアルトリアだった。

 

 アルトリアと言われて最初に思い浮かぶのは、彼女の宝具「エクスカリバー」なのだろう。

 

 ゲームやアニメであのエクスカリバーを見た時は素直に格好いいと思っていた。

 

 しかし今は違う。実際にこの目でエクスカリバーの発動を見た私は……。

 

「卑王鉄槌。極光は反転する。光を飲め! 約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!」

 

 ……ただひたすらに恐ろしかった。

 

 いや、本当に恐いって! 剣から放たれる黒いビームとか原作知識で威力を知っている以前に本能が危険だって叫んでいるって!

 

「うう……!」

 

「ぬ、くっ……!」

 

「フォーウ! フォフォウ! キューウ!」

 

 前方では宝具を展開してエクスカリバーから私達を守ってくれているマシュと彼女に魔力を送っている久世君が苦悶の声を上げ、そんな二人をフォウが懸命に応援していた。

 

 頑張ってくれ、マシュと久世君! 君達が倒れると俺達全員、闇に飲まれてしまう!

 

「凄いですね。これが世に聞く騎士王の一撃……」

 

「チィッ! 相変わらず馬鹿みたいな威力をしてやがる!」

 

 エクスカリバーの威力を目の当たりにして頼光さんとクー・フーリンが思わずといった調子で呟く。やはりこの二人から見てもエクスカリバーの威力は侮れないか……。

 

「盾の嬢ちゃんが踏ん張ってくれているがこのままじゃジリ貧だぜ! 何かいい案はねぇか?」

 

 クー・フーリンがマシュの背中を見た後で、次にオルガマリー所長を見て現状の打開策を聞く。それにつられて私と頼光さんもオルガマリー所長を見ると……。

 

 

 

「だ、誰か助けてぇ……! 恐い……もう嫌ぁ……! 帰る……おうち帰るぅ……!」

 

 

 

 ……オルガマリー所長はこちらに背を向けて体育座りをしながら幼児退行していた。

 

 そのあまりに残念な姿に私達が絶句しているとカルデアにいるロマン上司からの通信が聞こえてきた。

 

『まずい! あまりにも危機的な状況にただでさえ脆い所長の精神が遂に崩壊をしたか! というかここからモニターをしているボクも倒れそうなくらい恐かったり……! よ、よし! こういう時こそネットアイドル「マギ☆マリ」がどんな質問にも答えてくれる頼れる質問サイト「マギ☆マリの知恵袋」だ! もしもし、今ボクの仲間がアーサー王のエクスカリバーに……』

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………。

 

 コイツら使えNEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!?

 

 何コイツら!? 思わず時が止まるくらい役に立たないよ、この上司二人!

 

 カルデアに来たばかりの久世君の方が百倍頼りになるよ!? いや、知っていたけどさ!

 

「……お、おい、薬研! 何かいい案はねぇか!?」

 

 クー・フーリンがオルガマリー所長とロマン上司の事をなかったことにして私に聞いてくる。その気持ちはよく分かるけどいきなり聞かれても……そうですね、例えばこういうのはどうですか?

 

 私がとっさに思いついた考えを口にすると、頼光さんとクー・フーリンはしばし考えた後、二人同時に頷いた。

 

「なるほどな。それでいくか」

 

「ええ、そうですね」

 

 えっ!? それでいいんですか? 今言ったのは単なる思いつきで成功するかなんて分からない、っていうか失敗する確率の方が高いんですよ?

 

「いいんだよ、それで。確かに分の悪い賭けになるが、それでも勝算が僅かでもあれば上出来だ」

 

「私は貴方の刃ですもの。貴方が命じるのであれば私はどんな命令にも従いますよ、マスター」

 

 クー・フーリンと頼光さんが穏やかだが確固たる覚悟を感じさせる笑みを私に向ける。……ああ、もう! そんな顔をされたら私も覚悟を決めるしかないじゃないですか。

 

 全く。私は医療スタッフだ。こんなマスターのような役なんて私の管轄外なんですからね。

 

 作戦が決まって私が覚悟を決めるとアルトリアのエクスカリバーによるビームの放出が終わり、それと同時に私は一本の試験管の中に入っている薬を魔術で霧にしてアルトリアにと放った。

 

「これは毒? ……いや、眠り薬か?」

 

 御名答。今使ったのは私がこの世界に転生して魔術を習い始めた頃からずっと研究を続けてきた魔法薬だ。

 

 もし万が一に聖杯戦争に巻き込まれた際に自分の身を守る為の、本当に万が一の保険。

 

 人型の霊体、つまりサーヴァントのみに「鎮静」と「眠り」の効果を発揮するようにと呪詛を込めた眠りの魔法薬。名付けるなら「対英霊用睡眠薬試作版(スリーピング・サーヴァント・プロト)」と言ったところか。

 

「……ふん。何をするかと思えば。こんなもの、私には通用しない」

 

 しかし眠りの霧となった薬に包まれてもアルトリアは何も影響を受けていないようで私を鼻で笑う。

 

 まあ、それはそうでしょうね。私もそんな試作品が通用するとは最初から思っていませんよ。……それは効果が出たらラッキー程度の囮、目眩ましですよ。

 

「……何だと?」

 

「そういうこった! おら、行け! ウィッカーマン!」

 

 私の言葉に怪訝な表情を浮かべるアルトリアに炎に包まれた巨大な藁人形、クー・フーリンの宝具のウィッカーマンが襲いかかる。ウィッカーマンはその炎に包まれた両腕を勢いよくアルトリアに向けて降り下ろすが、彼女はそれを見ても慌てることはなく、むしろ納得した表情となって頷いていた。

 

「……なるほど。眠りの霧を囮にキャスターの宝具で攻撃。……そしてこの宝具もまた『囮』か」

 

 ザシュ! ギィン!

 

 アルトリアは自身のスキル「魔力放出」によって剣に黒い魔力を纏わせるとそのままウィッカーマンの両腕を切り裂き、返す刀で横から奇襲を仕掛けた頼光さんの刀を受け止める。

 

「三段仕掛けの奇襲か。狙いは悪くない。……だが甘かったな」

 

 刀を受け止めながら無表情に語るアルトリア。それに対して渾身の奇襲を防がれた頼光さんは……。

 

 

 

「あらあら、騎士王様は随分とせっかちなのですね。私達の攻めはまだ終わってませんよ?」

 

 

 

 と、いつものような慈愛を感じさせる笑みを浮かべながら告げた。

 

「……何? それはどうい……!?」

 

 ガガガガッ!

 

 アルトリアが何かを言おうとした瞬間、横から疾風のような速度で飛んできた数本の矢が彼女の体を貫く。矢に貫かれたものの致命傷ではなかった騎士王が矢が飛んできた方を見ると、そこには「弓を構えた頼光さん」の姿があった。

 

「馬鹿な!? 同じサーヴァントが二人だと?」

 

「いいえ」

 

「二人ではありませんよ」

 

「………!?」

 

 ザン! ドシュ!

 

 予想外の出来事に驚くアルトリアの背中を「斧を持った頼光さん」と「薙刀を持った頼光さん」が同時に切り裂いた。

 

「がっ……!? い、一体……!!」

 

 突然の傷みに流石のアルトリアも体から力が抜けて膝をつく。そこで彼女は見た。私の隣にいる「雷を纏った刀を構える頼光さん」の姿を。

 

 宝具「牛王招雷・天網恢々」。

 

 これが頼光さんの宝具。かつて彼女に付き従った坂田金時を初めとする四人の武人、四天王の武具を自身の分身と共に召喚し、敵に強力な多重攻撃を仕掛ける技。

 

 私が頼光さんとクー・フーリンに提案した作戦は、単に私の魔術の後で二人の宝具を続けて発動させるというものだ。

 

 この作戦に工夫があるとすればそれはただ一点。頼光さんの分身が攻撃する順番を少し変えたということだけ。クー・フーリンの宝具の後に「刀を持った頼光さんの分身」を一人だけで攻撃したことで、アルトリアにこちらの攻撃の回数とタイミングを誤認させたのだ。

 

「これで……終わりです!」

 

 頼光さんの刀から紫電が放たれ、アルトリアは膝をついた体勢のまま雷に飲み込まれていった。



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07

 アルトリアとの戦いは終わった。

 

 頼光さんの宝具の直撃を受けたアルトリアは現界する力を失って聖杯を残して消滅した。それによって冬木の聖杯戦争は終結し、冬木の聖杯戦争に呼ばれて現界していたクー・フーリンも「次に会うときはランサーで喚んでくれよ」という言葉を残して消滅していった。

 

 消滅間際にアルトリアが残した「グランドオーダー」という言葉にオルガマリー所長が動揺を見せていたが、それでも他の皆はこれで全て終わって解決すると喜んでいた。

 

 ……喜んでいるところ悪いけどまだなんだよな。

 

 まだ「炎上汚染都市冬木」最後のイベントが、それも思わず頭が痛くなりそうな面倒なイベントが残っているんだよな。

 

 カツン……。

 

 足音が聞こえてきてそちらを見ると、そこには私が予想した通りの人物がそこに立っていた。

 

「いや、まさか君達がここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」

 

 緑のスリーピースを着て緑のシルクハットを被った紳士風の男性。

 

 レフ・ライノール。

 

 ロマン上司と共に魔道を学んだ魔術師であり、私達が所属する人理保障機関カルデアの顧問。そしてオルガマリー所長が全幅の信頼を寄せる彼女の右腕のような存在。

 

 しかしその実態は人理の滅却を企む魔術王ソロモンの腹心である魔神の一柱で、レイシフト実験時に爆破テロを行った張本人である。

 

 ……それはそれとして、レフのあのスーツ一式ってどこで売っているの? もしかしてオーダーメイド? 前々からレフのファッションセンスって遠坂時臣と同レベルだと思うんだけど皆さんはどう思います?

 

「……レフ? ああ、レフ! 良かった、貴方生きていたのね?」

 

 私がレフの服装を見ながらくだらない事を考えているとオルガマリー所長がレフの元に駆け出そうとしており、その後のオルガマリー所長の未来を知っている私はとっさに彼女の肩を掴んで止めた。

 

「薬研? 一体何を?」

 

 不思議そうな顔をするオルガマリー所長に私がレフは危険だと忠告をすると、彼女はそれを否定するように首を横に振る。

 

「き、危険? 危険って何よ? レフが危険だなんてそんなわけ……」

 

「いいえ、マリー所長! 薬研さんの言う通りです。レフ教授は……彼は危険です」

 

「外見は人ですがその実は妖魔の類い……それも特に邪悪なものと見ました。マスター、オルガマリーさん。早くお下がりください」

 

 オルガマリー所長の言葉を遮ってマシュと頼光さんが警告をして、それを聞いたレフが興味深そうな顔をする。

 

「ふむ……。やはりデミ・サーヴァントとなったマシュとそこのサーヴァントは私が人間等とは根本から『違う』存在であることが分かるようだね。……まあ、それはいい。そこまでは私も予想の範囲内だ。分からないのは貴様だ、薬研征彦」

 

 そう言うとレフは、興味深そうな顔から一転、忌々しそうな顔となって私を睨んできた。いや、そんな殺気のこもった目で見るのは止めてくれません? 凄く恐いんですけど。

 

「薬研征彦。貴様はレイシフトの実験を行う以前から私に疑いの目を向けていたな? それだけでなくマリーやロマニの所に先回りして私の監視のようなこともしてくれたな? ……全く、あれには今思い出しても苛立ちで吐き気がしてくるよ」

 

 私がオルガマリー所長やロマン上司の所に先回りしてレフを監視? ……もしかしてカルデアに来たばかりの頃、二人にレフの事を話そうとしてその度にレフに殺気のこもった視線を向けられた件のこと? あれってレフが私の行動を邪魔していたのじゃなくて、レフがオルガマリー所長とロマン上司に何か悪巧みをしようとした時に私が偶然先にいたってこと?

 

 ………。

 

 もしかしてあの時、私が余計な事をしなければここまでレフに睨まれることはなかった?

 

 もしかして私ってば何かをする度に死亡フラグを立てていたりする?

 

 HAHAHA、そんな馬鹿ナー。

 

 そんな毎日が死と隣り合わせの毎日を過ごすのはどこぞのバトル漫画の主人公ぐらいだ。そして私は医療スタッフだ。間違ってもバトル漫画の主人公ではない。

 

「カルデアの人間はお前を除いて誰一人、私が人間の魔術師であることに疑いを持たなかった。……それなのに貴様は一体いつから、どうして私に疑いを持った? 教えてくれないかな、薬研征彦?」

 

 一体いつから疑いを持ったか、ですか……。そんなの初めからですよ、レフ・ライノール。

 

「何……?」

 

 私の言葉にレフは意外だったのか僅かに目を見開いた後に視線を鋭くしてきた。……て、アレ? 何だかレフの殺気が更に増えてない?

 

 下手に黙っていたり嘘を言ったら殺されそうな感じだったから正直に言ったのに、もしかして逆効果だった?

 

「………」

 

 視線だけで続き、疑いを持った理由を言えと促してくるレフ。疑いを持った理由か……原作知識のことは当然言えないので、ここはもう一つの理由を言ったほうがよさそうだな。

 

 私は初めてカルデアに来て実際にレフを見た時にある違和感を覚えた。

 

 魔術師という生き物は自分の研究や使える魔術等、大なり小なり秘密を抱えて生きている生き物だ。そしてカルデアに所属している魔術師達は「魔術と科学を融合させた技術」という特殊な、ある意味で魔術師の禁忌に触れている技術に関わっているので、自分達の経験や知識を秘密にしようという意識が特に強い。

 

 しかしカルデアの顧問であるレフからは、カルデアの全てを知っていてその秘密を守らなければならない彼からは、秘密を抱いている気配がなかったのだ。

 

 それはソロモンの魔術もしくはレフの魔神の力による完璧な情報の隠ぺいと、もしバレたとしてもどのようにでも処理できるというレフの絶対の自信からくるものであるが、私はそこに確かな違和感を覚えた。

 

「何だと? 秘密を守ろうとする気配がなかった……たったそれだけで私に疑いを持っただと?」

 

 私が答えるとレフは大きく目を見開いて絶句し、その後……。

 

「……ふ。クククッ。アーハハハッ!」

 

 笑った。それも大声で。

 

 な、何? 今の話のどこに笑うポイントがあったの?

 

「ククッ……。まさかそんな小さな違和感から私の秘密に近づくとはね。……やはり貴様はもっと早くに殺しておくべきだったよ薬研征彦ぉ……!」

 

 恐っ! レフが笑ってた顔から一気に憎悪を表に出した顔になってメチャクチャ恐い! 隣にいるオルガマリー所長も小さく「ひっ!?」と声を漏らして後ずさっていた。

 

「マスター候補から医療スタッフにと自ら配属替えを願い出た時は苛立つがとるに足らない羽虫と思い、殺すのは『仕事』が終わった後の余興にしようと考えたのが間違いだった……! まさか貴様がここまで厄介で目障りな男だったとは完全に私の想定外だよ」

 

 憤怒の表情で私を睨み付けながら呪詛を呟くように話すレフ。

 

 というか私を殺すのは仕事が終わった後の余興ってどういうこと? 私をどうするつもりだったの?

 

「……ふん! そんなのは決まっている。この私自らの手でじっくりと時間をかけて貴様を殺してやるという意味だよ。まずはあの地獄と化した世界をその目に見せて絶望させ、それからは腕と足を引きちぎり、全身の皮を剥いでから心臓と肺を除いた肉と内臓を少しずつ切り取って、最後にその憎たらしい頭蓋を握り潰してやるつもりだったのだがね」

 

 あぶねー。

 

 私ってばレイシフトして頼光さんを召喚していなかったら今頃、レフの拷問のフルコースを味わっていたわけか……。

 

 今だけはレイシフトして頼光さんのマスターになれて本当にラッキーだと思った。



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08

 ドヒュッ!

 

 私がレフの話を聞いていると突然隣から強い風が吹いた。

 

「ギャアアアアッ!?」

 

 あまりの風の強さに私が目を閉じると何やら聞き覚えのある声が聞こえてきて、何事かと目を開くとそこには……。

 

 

 

 レフの体が縦に二つに切り裂かれていて、体の首から左側の部分が泣き別れていた。

 

 

 

 ……って! いやいや、ちょっと待って! 何でいきなりレフの体が真っ二つになってるの? 今の一瞬に何があったの?

 

「ふふふ……。あの妖魔、面白い事を言っていましたね?」

 

 私が突然の出来事に我が目を疑っていると、隣で刀を振り抜いた体勢の頼光さんが目が全く笑っていない笑顔で呟く。

 

 え? もしかして今のって頼光さんの仕業ですか? バスターアタックの一段目ですか?

 

「妖魔風情が私のマスターを殺す? じっくりと時間をかけて殺す? ……そう言いましたか?」

 

 ゆらり……、ゆらり……と、ゆっくりした歩みで抜き身の刀を手にレフに近づいていく頼光さん。正直に言ってメチャクチャ恐いです。

 

 どのくらい恐いかというと頼光さんの体から刺すような殺気が感じられ、彼女と一緒に前に出ていたマシュが盾を構えて後ずさって、その後ろにオルガマリー所長が隠れるくらいだ。ちょっとズルいですよ、オルガマリー所長。私もマシュの後ろにいれてください。

 

「こ、このバーサーカー「両腕と両足を引きちぎると言いましたか?」……め!?」

 

 ザシュ! ガシュ!

 

 レフが残った右足一本で立ちながら何かを言おうとしたがその時、一瞬で間合いを詰めた頼光さんによって残った右腕と右足を斬り裂かれて、レフの胴体が宙に舞った。そしてそんな状態のレフに頼光さんは更に刀を振るう(頼光さんが刀を振るう速度が速過ぎて光が弧を描いた風にしか見えなかったが)。

 

 ビシュ!

 

「……? っ! が、があああああああああああああっ!?」

 

 頭と胴体だけの状態となって宙を舞うレフの口から今まで聞いたことがない悲鳴が出て、そこで私は見た。と、言うより見てしまった。

 

 

 

 レフの顔の右半分の皮膚が見事なまでに綺麗に紙一枚の薄さで斬り剥されている光景を。

 

 

 

「ぐがっ!?」

 

 胴体の三分の一と両腕両足を失い芋虫のような姿となったレフが地面に落ちて短い悲鳴をあげる。人間ではないレフの傷口からは血が出ておらず、まるで肉で作られた人形を破壊している光景を見ているようで非常に不気味であった。

 

「全身の皮を剥ぐと言いましたか?」

 

 地面に転がるレフの、右半分の皮膚を剥がされた顔に、頼光さんが先程と同じ目が笑っていない笑顔を浮かべながら刀を突きつける。その姿は頼光さんには大変申し訳ないが猟奇殺人鬼の殺害現場以外の何物でもなかった。

 

 ……というかコレってもしかしなくても、レフが言っていた私にする予定だった拷問を再現しているの? 頼光さんってば私が殺されそうに、拷問されそうになったから怒って、こんな神業と言える戦闘技術を駆使した残虐行為をしたの?

 

 ……………うん。頼光さんの気持ちはとても嬉しいし、頼もしいですよ? でもやっぱり恐いです。我がサーヴァントながらスッゴく恐い。

 

 頼光さんの残虐行為に久世君にマシュにフォウ、そしてオルガマリー所長は顔を青くして震えているし、カルデアでこちらの様子を見ているロマン上司にいたっては……。

 

『僕は何も見てない。僕は何も見てない。僕は何も見てない。僕は……』

 

 と、モニターから目を背けて両手で耳を塞ぎながら繰り返し呟いている姿が声だけで想像できた。

 

「それで次は……心臓と肺を除いた肉と内臓を少しずつ切り取ると言いましたか? ……あら?」

 

 頼光さんがレフに更なる残虐行為を行おうと刀を振り上げたその時、突然大きな地震が起きた。……これはアルトリアの聖杯を手に入れたことで特異点の崩壊が始まったか?

 

「くっ!」

 

 頼光さんの意識が地震に向かった一瞬の隙に、レフが空中に浮遊して彼女から逃れた。おお、流石はダルマ状態になっても魔神。空を飛ぶこともできるんだ。

 

「く、は……くはははははははっ! ざ、残念だったな! この程度では私は死なない! そう! 私は死なない! そして貴様達はこれから知る地獄と化した世界と残酷な未来に絶望するのだ!」

 

 空に逃れたレフがさっきまでの頼光さんから受けた残虐行為を忘れようとするかのように高笑いをあげる。そしてそうしているうちにレフの体が少しずつ光となって消えていく。恐らくは自分の主であるソロモン王がいる次元にと帰ろうとしているのだろう。

 

 ぶっちゃけて言うと今のうちに頼光さんにレフを矢で射ってもらったら後々楽になりそうな気がするのだが、今彼女はこの地震がただの地震ではないと気づいて私の身の回りを警戒していた。私が命令しても今からでは間に合わない。

 

「ああ、そうだ。薬研征彦……最後に貴様にいいことを教えてやろう」

 

 体が半分くらい消えたところでレフは私を見ながら邪悪な笑みを浮かべる。いや、レフは私だけでなくオルガマリー所長にも視線を送っていた。……まさか。

 

「薬研征彦。貴様は私を監視してマリーとロマニを守ったつもりでいるようだが気づいているか? そこにいるマリーがすでに死んでいることを?」

 

「わ、私? 私が死んでいる……? ど、どういうことなの? レフ?」

 

 レフの言葉にオルガマリー所長が信じられないといった表情となってレフを見上げる。やっぱりそうか。

 

「どういうこともそのままの意味だよ、マリー。レイシフト実験時の爆発……あれを行ったのは私でね。そしてその時に使った爆弾の一つは君の足元に設置してあったのさ。そして爆発で死んだ君は魂だけの存在となってこの次元にとレイシフトした。でなければ本来ならばマスター適性がなくてレイシフトできない君がここにいるはずがないだろう?」

 

「あ、ああ……」

 

「くく……」

 

 自分がすでに死んでいると告げられてオルガマリー所長が絶望した表情となって俯き、それを見ながらレフが邪悪な笑みを深くする。

 

「まあ、信じる信じないは君の自由さ、マリー。では私はそろそろ退散させてもらうよ。君達の、特に薬研征彦、貴様の絶望した表情が見れないのが残念だよ。ハハハッ!」

 

 言いたいことだけ言うとレフは高笑いをしながらその姿を完全に消した。命の危険は去ったわけだけど少し腹が立つな。……やっぱり駄目元で頼光さんに射ってもらったほうが良かったかな?

 

「薬研……」

 

 私を呼ぶ声がしたので声がした方を見ると、さっきまで俯いていたオルガマリー所長がゆっくりと私に近づいてきていた。

 

 オルガマリー所長の顔は死人のように白くなっていたが、それは仕方ないだろう。何しろ今まで一番信頼していたレフが実は人間ではなく、しかも自分を殺した存在だと知った今、彼女が心に受けた衝撃はかなりのもののはずだ。

 

「ねぇ、助けて薬研……。貴方、今まで何度も私達を助けてくれたじゃない……? だったら今回も私を助けてよ……! 私、死にたくない。死にたくないの……。お願い……薬研、助けてよぉ……!」

 

 涙を流しながらオルガマリー所長は私に助けを求めてくる。気がつけば周りにいる頼光さんや久世君達も救いを求めるような目で私を見ていた。

 

 全く止めてくださいよ。私は医療スタッフだ。バッドエンドをひっくり返してハッピーエンドにするヒーローみたいな役、私のがらじゃないんですよ。でもそうですね……。

 

 私は上着のポケットからある薬の入った一本の試験管を取り出した。そしてそれを使って……。

 

 ※ ※ ※

 

 特異点が崩壊する寸前、私達はロマニ上司の助けによってレイシフトをして元の時代のカルデアにと帰ってきた。

 

 カルデアに帰ってこれたのは私と頼光さん、久世君にマシュとフォウの四人と一匹だけだった……。



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09

 特異点が崩壊する寸前にレイシフトを完了した私と頼光さん、久世君にマシュにフォウが転移したのはカルデアのレイシフト装置がある広間だった。広間はレフが起こした爆破テロのせいで至る所にダメージが見られたが、それでも最低限の応急措置がされているようで安全のようだ。

 

 ………やっと、やっと帰ってこれた。

 

 あのどこぞの世紀末を思わせる炎に包まれた冬木からやっとこのカルデアにと帰ってこれた……!

 

 私が地獄(冬木)からホーム(カルデア)に無事生還できたことに心の中で涙を流していると、広間の扉が開いてそこから二人の男女が入ってきた。

 

「はぁ、はぁ……! よ、よかった全員いる! レイシフトは無事に成功したようだね」

 

 広間に入ってきた二人の男女のうち男の方はロマン上司だった。どうやらここまで走ってきたようで呼吸が乱れているが、それでも私達の姿を見て安堵の表情を見せてきた。

 

 ……うん。やっぱり残念な所はあるけれどそれでもいい上司だよな、ロマン上司は。

 

 そして広間に入ってきたもう一人の女性の方は……。

 

「ふむ。あれだけのトラブルや危険に遭いながらも生還してくるだけでなく人理の修復もやってしまうとは……。どうやら君達はとてつもなく優秀なようだね」

 

 と、感心した表情で私達を見る、赤と青を基調とした中世風の服を着た女性で、久世君が戸惑いながら彼女に話しかける。

 

「あ、あの……。貴女は?」

 

「ん? ああ、これは失礼。自己紹介がまだだったね。私はこのカルデアに召喚された英霊の一人。自分で言うよりのもどうかと思うが、かの有名な万能の芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチさ。どうか気軽に『ダ・ヴィンチちゃん』と呼んでくれたまえ」

 

 そうこの中世風の服を着た女性こそカルデアが召喚に成功した三人の英霊の一人、ダ・ヴィンチちゃんことレオナルド・ダ・ヴィンチである。

 

「……え? レオナルド・ダ・ヴィンチ? それって確か男のはずじゃ……? というかその顔はモナリザの……」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの自己紹介に久世君が面白いように混乱する。

 

 でもまあそれも仕方がないか。前世でさんざん「ダ・ヴィンチちゃんの素敵なショップ」にお世話になった私でも、実際にこの目でダ・ヴィンチちゃんを見たときはとてつもない違和感を感じたからな。

 

「ふふっ。まあ、私のことは一先ずおいておくとして……征彦君」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが不意に真面目な顔となって私を見る。気づけばロマン上司もダ・ヴィンチちゃん同様に真面目な顔となって私を見ており、私は二人に頷くと上着のポケットから虹色に光る液体が中に入った一本の試験管を取り出した。

 

 

 

「なるほど……。その中にオルガマリー所長が入っているという訳だね」

 

 

 

 と、ダ・ヴィンチちゃんが私が持つ試験管を興味深そうに言う。

 

 この試験管に入っている液体は私が独自に開発した魔術薬で、その効能は「霊体の情報を溶かして保存する」というものだ。そして今、この魔術薬の中に保存されているのは当然、ここにはいないオルガマリー所長の霊体の情報である。

 

 前世の情報でオルガマリー所長が死んでいることを知っていた私は、何とかしてオルガマリー所長を助けたいとこのカルデアに来た頃から考えていた。その結果出た答えが「魔術薬にオルガマリー所長の霊体情報を保存した後、カルデアで彼女に瓜二つのホムンクルスや人形を造り、それに魔術薬ごと霊体情報を注入する」というものであった。

 

 この世界には自分の魂をホムンクルスや人形に移し換える魔術師がいるという話を聞いたことがあったし、原作では肉体はすでに爆発で吹き飛んで魂だけの存在となったオルガマリー所長を救える方法はこれしかないと思ったからだ。

 

 しかしこの魔術薬の開発が実に大変だった。何しろ「魂の保存」なんて今まで手をつけたことがないジャンルの魔術だったし、それに加えてレフの目を盗みながらの開発だったので、冬木にレイシフトするまでに完成度を八割程に持っていくのが限界だったのだ。

 

 魔術薬が完成したのは冬木の探索中、頼光さんがメドゥーサのシャドウサーヴァントを倒して聖晶石を手に入れた時だ。聖晶石がこの世界では霊基の欠片だと知った私は「聖晶石ならば魂を保存する要素になるのでは」と考え、聖晶石を材料にする事でついに一時は完成を諦めかけていた魔術薬を完成させた。

 

 そしてあの特異点が崩壊する時、私は既に魂だけの存在であったオルガマリー所長を唯一完成した魔術薬の中に保存して、このカルデアに帰還したという訳である。

 

 ダ・ヴィンチちゃんは私から試験管を受け取ると目を瞑って精神を試験管の中にと集中させる。おそらくは魔術を使って魔術薬の情報を解析しているのだろう。やがてダ・ヴィンチちゃんは目を開くと満足気に頷いた。

 

「うん! この中にはオルガマリー所長の霊体情報が完璧な状態で保存されている! これだったら情報を分析して本来の身体と全く同じ……ううん、それ以上のスペックの身体を造り出すことができるだろうさ!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉を聞いて私は胸をなでおろした。

 

 本当に良かった。あれだけ苦労して魔術薬を調合した甲斐があったというものだ。

 

「あ、あの……。それじゃあ……オルガマリー所長は、助かるんですね……?」

 

 今まで黙って話を聞いていたマシュが目尻に涙を浮かべながら聞いてきたので私はそれに頷いてみせた。

 

 勿論だ。「万能の天才」の異名を持つダ・ヴィンチちゃんは様々な分野で天才的な技術力を持っている。オルガマリー所長の新しい身体を造るのなんてわけないさ。

 

 それに当然、私もダ・ヴィンチちゃんを手伝ってオルガマリー所長を助けるのに全力を尽くす。

 

 私は医療スタッフだ。傷ついた仲間の命を救うのが私の使命なのだから。




オルガマリー所長、生存。
そして「私は医療スタッフだ!」。この小説のタイトルであり、主人公の口癖であるこの台詞、初めて前向きな姿勢で言えた気がします。


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10

 特異点の冬木からカルデアに生還してから三日が経った。

 

 カルデアに帰ってきたその日は戦いの連続で疲れ果てていたのですぐに休み、次の日に私達はロマン上司に世界の現状、つまり今この世界はカルデア以外の全ての生物が滅亡していて世界を救うには七つの特異点を修復する必要があると説明された。そしてロマン上司の説明を受けてからは今日まで戦闘訓練や特異点の調査等、特異点を修復する為の準備に時間を費やしていた。

 

 ここまでは原作を知る私にとって予定通りなのだが、気になる点が三つほどある。

 

 一つ目は何故か私と頼光さんまで久世君とマシュと一緒になって戦闘訓練をしていること。

 

 二つ目は通路でカルデアの所員達にすれ違うと、所員達が私のことをさん付けして頭を下げてくること。

 

 三つ目はオルガマリー所長の新しい身体を造っているダ・ヴィンチちゃんを手伝おうと彼女の実験室に行くと、実験室に大量のヒーロー系アクション映画(〇ッドマン、〇パイダーマン、キャプテン・〇メリカ、〇イアンマン、〇ントマン、etc.etc.……)のDVDが山積みに置かれていること。

 

 一つ目と二つ目は私が特異点に行くフラグ発生しそうで、三つ目はオルガマリー所長の新しい身体が魔改造されそうで非常に不安である……。

 

 まあ、それはともかく。今日私と頼光さん、そして久世君とマシュとフォウは、ロマン上司にある部屋に呼ばれていた。その部屋はドーム状の空間で、壁や天井にはプラネタリウムみたいな無数の星と電気回路ような映像が映されているのだが……あれ? ここってどこかで見たような気がするんだけど、どこで見たんだっけ?

 

「あの……Dr.ロマン? この部屋は何ですか? 何だか、少し懐かしい気がするのですが……」

 

 マシュが部屋の中を見回して訊ねるとロマン上司が一つ頷いて答える。

 

「うん。この部屋は英霊召喚システムを使って英霊を召喚するための場所なんだ。マシュがここを懐かしいと思うのは、マシュと融合した英霊はここで召喚されたからその記憶がマシュに流れ込んだからだろうね」

 

 なるほど。どこかで見たような気がすると思ったら、この部屋の光景は「Fate/Grand Order」のガチャの画面と同じだったのか。

 

「ようやくこの部屋の機能を回復させることができてね。これで新たな戦力となるサーヴァントを召喚できるよ。召喚できる人数は冬木で回収できた聖杯から得られた霊子で二人、そして薬研クンと頼光さんが手に入れた四つの聖晶石のうち三つを使って一人といったところかな?」

 

 ロマン上司が今言った四つの聖晶石というのは冬木で戦って勝った武蔵坊弁慶、呪腕のハサン、エミヤ、アルトリアが残していったものだ。前世では血眼になって聖晶石を集めました私が聖晶石を見逃すはずがないでしょう?

 

 それで聖杯からの霊子で召喚というのは章をクリアした報酬で、聖晶石での召喚は普通の聖晶石を使ったガチャといったところか。……でも何でクリア報酬で召喚できるサーヴァントが二人なんだ? 一人じゃないのか?

 

「それで早速召喚といきたいんだけど……この召喚システムはまず契約するマスターを決めてからサーヴァントを召喚するんだ。

 そしてサーヴァントは自分の活動範囲の中心にマスターを置くから、誰をマスターにするかでそのサーヴァントの活動内容は大きく変わる。そして現在カルデアのマスターは薬研クンと久世クンの二人だけで新しく召喚できるサーヴァントは三人。

 つまり戦力を平等に強化するためには薬研クンと久世クンのどちらが新しい二人の、あるいは一人のサーヴァントと契約するかを話し合って決める必要が……」

 

 話し合う必要はありませんよ。新しい三人のサーヴァント、全員久世君に契約させるべきだ。

 

 ロマン上司の言葉を遮って私はそう提案した。

 

 私の提案にその場にいる全員が「何を言っているんだ?」と言わんばかりの顔をするが、それは私の台詞だからな?

 

 全く何を言っているんだ、ロマン上司は? 何、普通に私をマスターとして数えているんだ?

 

 私は医療スタッフだ。断じてマスターではない。

 

 前回の冬木は特別中の特別。やむにやまれぬ事情によりマスターの真似事をしただけであって、私は二度と特異点に行くつもりはない。それなのにここで新しいサーヴァントと契約なんてしたら、また冬木の時のような妙な期待がされて最前線(特異点)送りになるのは確定的になるだろう。

 

 マスター薬研さんは序章限定のお助けキャラなんです。

 

 とにかく私は三人のサーヴァントを久世君に契約させるべく色々理由をつけて皆を説得しようとした。

 

 一緒に戦ってくれるサーヴァントが増えた方が久世君を守りながら戦うマシュの負担が減る、とか。

 

 サーヴァントの契約をできるだけ一人のマスター、というか久世君に集中させといた方が観測の効率が上がってロマン上司の負担が減る、とか。

 

 久世君は元々一般枠から選ばれたマスターで戦闘や魔術の訓練も受けていないのに、冬木ではマシュと抜群の連係を見せて特異点の修復に貢献してくれた。これは久世君にサーヴァントを率いる才能があるということで、やはり久世君には三人のサーヴァントと契約してもらったほうがいい、とか。

 

 私は今まで見てきた久世君の活躍と前世のゲーム知識を元にした理論武装。それを聞いた皆は感動した目をしたが、それでも私も新しいサーヴァントと契約した方がいいという意見を撤回しなかった。

 

 何故だ!? 私の理論武装に感動してくれたなら意見を撤回してくれてもいいはずだろう!?

 

 私が内心で叫んでいると、今度はロマン上司が真剣な表情となって私を説得しにきた。

 

 うわっ。ロマン上司の真剣な表情なんて初めて見たよ、私。真面目な表情をしているとかなりカッコいいのに、普段の言動のせいで三枚目キャラに見られているとはつくづく残念な人だよな……。

 

 真剣な表情となったロマン上司……いや、Dr.ロマニ・アーキマンは誠意と熱意を感じさせる声で要約すると「私には引き続き久世君のサポートをしてほしい。しかし私も大切な自分の部下だから死んでほしくはない。だから一人でもいいから新しいサーヴァントと契約して戦力を増やしてほしい」と私に言う。

 

 初めて見る上司の本気と、その後ろにある頼光さんと久世君とマシュとフォウの期待するような視線に逆らえず、私は最終的に首を縦に振ることとなった。

 

 そして結局サーヴァントの召喚は、久世君が二人のサーヴァントと、私が一人のサーヴァントと契約することに決まった。決まってしまったのだ……。



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11

 新しいサーヴァントの召喚はまず久世君から始めることになった。

 

「新しいサーヴァントか……。何だか緊張するな」

 

「ははっ。大丈夫だよ久世クン。この召喚システムで召喚されるのは基本的に、召喚したマスターかそのマスターと契約したサーヴァント、あるいはその両方と相性が良かったり何かしらの共通点がある英霊だからね。きっと君の力になってくれるよ」

 

 久世君が呟きにロマン上司が笑いながら答える。そしてその言葉に安心したのか久世君の顔から緊張の色が消える。

 

「そうですか……。分かりました。Dr.ロマン、お願いします」

 

「オーケー。それじゃあ召喚システム起動」

 

 ロマン上司が召喚システムを起動させると、サーヴァントを呼び出す召喚サークルの周りに十二の光の球が現れ、十二の光の球は召喚サークルの周りを高速で回って一輪の光の輪となる。光の輪は一輪から三輪に増え、やがて光の輪に囲まれた召喚サークルから光の柱が立ち昇り、そして光の柱の中から二人の人影が現れた。

 

 と、ここまでは前世でよく見たゲームのガチャと同じなんだけど……へぇ、この世界の召喚は二人以上のサーヴァントを一気に召喚できるんだ。

 

 久世君が召喚したサーヴァントは二人。片方は男で片方は女性。そして男の方は……。

 

「おっと、今回はキャスターでの現界ときたか。ああ、あんたらか。前に会ったな」

 

 青いローブを羽織り、手に杖を持った特異点の冬木で一緒に戦ったサーヴァント、キャスターのクー・フーリンだった。

 

 まあ、キャスターのクー・フーリンは特異点の冬木をクリアした報酬だから予想通りだけど、これから大丈夫なのだろうか? 確か次の特異点は……。

 

 そしてもう一人の女性の方は、白の洋服の上に鎧を装着した格好の少女だった。

 

「はじめましてマスター。まだ半人前の剣士なので、セイバー・リリィとお呼びください。これから、末永くよろしくお願いします」

 

「あ、アーサー王!?」

 

「は、はい。そのようです。でも冬木で戦った時とは少し違うような……?」

 

 クー・フーリンと一緒に召喚されたセイバー・リリィを見て久世君とマシュが驚きと困惑が混ざった声を上げる。

 

 だがそれも仕方がないと思う。外見と身にまとっている雰囲気が多少違うとはいえ、それでも先の特異点の大ボスの様な存在と同一人物である英霊がいきなり現れたら驚くだろう。

 

「この霊基の反応は間違いなくアーサー王のものだ。……でもマシュの言う通り、雰囲気が大分違うね。冬木にいたアーサー王はモニターから分かるくらい凄いカリスマが感じられたけど……」

 

「確かにな。それにこっちのセイバーは冬木のと比べて見て分かるくらい体の出来が未熟だ」

 

「あの……。先程から皆さん冬木のアーサー王と言ってますけど、もしかして以前に私を見たことがあるのですか?」

 

 久世君とマシュに続いてロマン上司とクー・フーリンが意見を言うと、それまで静かに話を聞いていたセイバー・リリィが質問をしてきた。その後、私達はセイバー・リリィと情報交換をして、久世君達はセイバー・リリィが伝説にある「勝利の剣」を引き抜いたばかりの頃のアーサー王である事を理解したのだった。

 

 セイバー・リリィの説明が終わった後でクー・フーリンが「ほぉ……。この可愛らしい嬢ちゃんがアイツにねぇ……」と言いながらセイバー・リリィの顔をマジマジと見ていた。……クー・フーリンさん。気持ちは分かるけどセイバー・リリィも怯えているからやめてあげたらどうです?

 

 ともかくこれで久世君と契約したサーヴァントは三人。盾役のマシュに前衛のセイバー・リリィ、そして後方支援のクー・フーリン。中々バランスが取れたチームなんじゃないかなと私は思う。

 

「それじゃあ次は薬研クンだね」

 

「あらあら……。私と同じマスターに仕えるサーヴァントですか。どんな方が現れるのか、何だか私までドキドキしてきました」

 

 ロマン上司の言葉に頼光さんが頬に手を当てながら言う。……うん。私も正直、ドキドキしてきましたよ。

 

 何しろ頼光さんは普通に話している時はバーサーカーだとは思えないくらいおしとやかな女性だけど、怒るとバーサーカーと言われて納得するほどの冷酷さを見せるのだ。しかも彼女は鬼を初めとする異形の存在が大の嫌いで、もし万が一外見がロリッ娘で正体が鬼の某アサシンを召喚してしまった日には、その場で戦闘になってもおかしくはない。

 

 そんな事態を避けるためせめてマトモな英霊が来てほしいと願っているうちに召喚システムが起動し、一人の英霊が召喚された。

 

 召喚されたのは褐色の肌を持つ若い男の英霊だった。服装は紫の上着に白のズボンで、手には身の丈程もある大きな弓を持っていて……って、アレ?

 

「サーヴァント、アーチャー。アルジュナと申します。マスター、私を存分にお使い下さい」

 

 あ、アルジュナかよおぉぉぉお!?

 

 アルジュナの自己紹介を聞いた時、私は思わず銀◯風に叫びそうになった。

 

 何でアルジュナがこんな序盤のガチャ(召喚)で出るの? ここでアルジュナが出たら五章のシナリオとかどうなるの? というか頼光さんを召喚できた時も思ったけど、何でこのガチャ運を前世で使えなかったの、私!?

 

 私が内心で混乱していると、他の皆も突然高位のサーヴァントの登場に驚いていて、ロマン上司が目を丸くしながら震えるような声で言う。

 

「す、凄い……。アルジュナといったらインドのマハーバーラタに登場する大英雄で、神々の王の息子とも言われている超一流のサーヴァントじゃないか……!」

 

 丁寧な説明ありがとうございます、ロマン上司。そしてロマン上司が言う通り、アルジュナはとんでもない超一流のサーヴァントで、それをこの世界の初めてのガチャ(召喚)で呼び出せたのはかなりレアな出来事だと言えるだろう。

 

「それにしても頼光さんだけでなくアルジュナまで召喚して契約するだなんて……。もしかして薬研クンってやっぱり医療スタッフよりもマスターの方が向いていたのかな。薬研クンを最初はマスターとしてスカウトしたオルガマリー所長の目は正かったってことか……」

 

 ……………!?

 

 は、HAHAHAHAHA!! 全くDr.マロンは冗談が好きだなぁ。

 

 私は医療スタッフだ。決してマスターなどではない。いくら強力なサーヴァントと契約していても、私の天職はこのカルデアの医療スタッフであって、私の本来の職場はこの安全なカルデアの中なのだ。

 

 その事に皆はいつ気付いてくれるのだろうか……。はぁ……。




読者の皆さんの予想をいい意味で裏切って、薬研と頼光さんと共通点があるサーヴァントは誰かと考えた結果、薬研の新しいサーヴァントはアルジュナに決めました。
「アルジュナとの共通点」
源頼光:インドラつながり
薬研 :周りに自分の意思をガン無視されて流されていくところ


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12

 私がアルジュナを、久世君がセイバー・リリィとクー・フーリンを召喚した日から二日後。私は今、私の真の職場である医療スタッフが使う研究室にいた。

 

 そう、真の職場。私は医療スタッフだ。この平和に仕事ができるこの研究室こそが私がいるべき場所なのに、何故つい最近まで死亡フラグが満載の特異点にいたのか盛大に天に抗議したい。

 

 私がこの研究室にいる理由は、新たな特異点、すなわち「邪竜百年戦争オルレアン」に行く準備の為である。

 

 あの日、アルジュナ達を召喚した後、カルデアの生き残ったスタッフから「新しい特異点の反応が感知されて早ければ数日のうちに特異点の正確な座標が判明できる」という報告が上がった。そしてそれを聞いたロマン上司は私と久世君達にいつでも特異点に行けるように準備を整えてほしいと言ってきたのだ。

 

 そんなロマン上司の言葉に従って久世君とマシュは新しく仲間になったセイバー・リリィとクー・フーリンと一緒になって今も戦闘訓練をしており、私はこの研究室で魔術薬の調合をして前の特異点の冬木で消費した魔術薬の補充をしていた。私の魔術は魔術薬を使ったものがメインだから、こういう時間がある時に補充しておく必要があるからだ。

 

 ……それにしてもやっぱり私も次の特異点に行くのか。分かってはいるけれど、こうして事実に目を向けると根は一般人の私としては気が滅入る。

 

 …………………………行きたくないなぁ。

 

 まあ、それはともかく、私側の新サーヴァントのアルジュナは今、研究室の隅で椅子に座って本を読んでいた。最初は頼光さんが自分の父親であるインドラの化身であることに見ていて面白いくらい驚いていたが、今ではすっかり馴染んでいるようだった。

 

 いいことである。平和が一番。どうかこのままオルレアンの座標を特定する作業が長引いてこの平和な時間が続けばいいのにと思っていると、研究室に頼光さんが入ってきた。

 

「マスター。模擬戦をやりませんか?」

 

 ……………はい?

 

 私は最初、頼光さんが何を言ったのか理解できなかった。見ればアルジュナも首を傾げて彼女に視線を向けていた。

 

「実はここに来る途中で久世さん達の戦闘訓練を見たのですけど、皆さんとても真剣でそれでいて楽しそうで……。

 それを見ている時に久世さん達と模擬戦をしてみようと思ったのです。いい戦闘訓練にもなるし、久世さん達と交流が持てるし、それになによりマスターは昨日も今日もこの部屋にこもってばかりでしたからそろそろ体を動かした方がいいと思うのです。

 ですからマスター? 久世さん達と模擬戦をしに行きませんか?」

 

 嫌です。やりません。

 

 私は頼光さんに即答すると魔術薬の調合を再開した。

 

 全く冗談じゃない。何で人が平和な一時を噛み締めていたというのに、模擬戦とはいえサーヴァントを従えたマスターと戦わないといけないのだろうか?

 

 このカルデアにいる間はそういう物騒なことは絶対にやらな……ん?

 

「うっ、うっ………ひっく。うう……グスッ」

 

 何か音が聞こえてきたのでそちらを見ると、頼光さんが大粒の涙を流しながらこちらを見ていた……って!? ちょっと待ってくださいよ頼光さん! 何を泣いているんですか? 魔術薬の調合に集中していて目を合わせずに答えたことで泣いているんですか?

 

 ヒソ……。ヒソヒソ……。

 

 同じ研究室にいた数名のカルデアのスタッフが、涙を流す頼光さんと私を遠巻きに見ながら何か囁きあう。そして気のせいでなければ、彼らが私を見る目は明らかな軽蔑の目であった。

 

 ノオオオオオッ! 私の株が世界大恐慌並みに大暴落!?

 

 ※ ※ ※

 

 それから数分後。私は久世君達に模擬戦を申し込むために彼らがいる訓練室に向かっていた。

 

 その私の後ろにはまだぐずっている頼光さんが私の白衣を手でつまみながらついてきており、そして私の左横にはアルジュナが肩を並べて歩いていた。

 

「まさか父、インドラの化身である頼光殿があの様な女性であるとは知りませんでした……」

 

 私の横にいるアルジュナが、私にだけ聞こえる小声で言ってきた。うん。それには全くの同意見だ。

 

 ……この時私は、ここからでは表情が見えないアルジュナが、同情するような呆れているような複雑な表情をしているのが分かった。




次回で冬木編を終わりにする予定です。


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13

今回の話で炎上汚染都市冬木編は終わりとなります。
そして今回主人公はようやく現実を少しだけですが直視します。


 頼光さんに説得……と言うか泣き落しをされた私は彼女とアルジュナと一緒に訓練室に行くと、そこで訓練をしていた久世君達に模擬戦を申し込んだ。すると久世君達は急な申し出にも関わらず私達との模擬戦を受けてくれると言ってくれた。

 

 ……正直な話、私は久世君達が模擬戦を断ってくれた方が楽で良かったのだが。

 

 というか私が久世君の立場だったら模擬戦なんて断固断る。数でこそ勝っていても、星四のサーヴァント一人と星三のサーヴァント二人のチームで星五のサーヴァント二人(しかもスキルも宝具もガチの戦闘特化)のチームと戦うなんて「それなんて罰ゲーム?」といった感じである。

 

 それで模擬戦は時間制限アリの宝具使用ナシのルールで行われることに。まあ、妥当なところだろう。頼光さんとアルジュナの宝具は使うと最悪、この訓練室どころかカルデア全体が消滅してしまうかもしれないし。

 

「薬研さん。よろしくお願いします」

 

 模擬戦が始まる直前に久世君が私に挨拶をしてくれた。この時の彼の瞳には戦いを前にした緊張感……そして認めたくはないが私に対する敬意の光が見えた。

 

 ……久世君、そんな目で私を見るのは止めてくれないだろうか?

 

 私は医療スタッフだ。そう単なる医療スタッフ。言うなれば物語の裏方だ。……決して君のようなこの物語の主人公に尊敬の目で見られるポジションではない。

 

 いや、それ以前に私そのものが決して他人から尊敬されるような人間ではないのだ。

 

 私は、前世の原作知識と頼光さんを召喚できた幸運によってたまたま特異点の冬木で活躍できただけの人間だ。

 

 そして自分が助かるためだけにカルデアの外の人類を、レフの爆破テロによって死亡したり重傷を負ったカルデアのスタッフやマスターを、そしてオルガマリー所長を見捨ててしまった最低の人間だ。

 

 その私にとって君のその瞳は眩しすぎるよ、久世君。

 

 そんなことを考えていたらいきなり模擬戦が始まってしまい、突然のことに私はパッと思い付いた即興の作戦を頼光さんとアルジュナに伝えるだけで精一杯だった。

 

 くっ、しまったな。

 

 確かに頼光さんもアルジュナも上位のサーヴァントで戦闘能力はかなりのものだが、戦いというのは身体のスペックだけで勝てるような甘いものではない。これはもしかしたら危ないかもしれないな……。

 

 

 

 

 と、思っていた時期もありました。

 

 模擬戦の結果は私達の圧勝。しかも戦闘にかかった時間は一分を切って四十一秒。

 

 私がとっさに考えて頼光さんとアルジュナに伝えた作戦はシンプルなものだ。

 

 まず最初に頼光さんのバスターアタックの一段目でクー・フーリンと他の二人を分断。

 

 次にアルジュナが弓矢でマシュとセイバー・リリィを足止めしている間に頼光さんがクー・フーリンを倒す。

 

 そして最後に頼光さんにも弓矢を持たせてマシュとセイバー・リリィの攻撃が届かない遠距離から削り倒すというもの。

 

 頼光さんもアルジュナも遠距離攻撃ができるからその利点を活かせば強いんじゃないか? という浅はかな考えだったのだけど結果は見ての通り大成功。

 

 でも……え? 何この結果? いくら頼光さんとアルジュナが高位のサーヴァントだとしても決着早すぎない? もしかして久世君達って、あんまり強くない?

 

 考えてみれば先の特異点の冬木では頼光さんがほとんどの敵(ボスクラスも含む)を倒していたし……もしかして私達ってば久世君達が成長する機会を奪っちゃってた?

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………。

 

 アレ? これってもしかしなくてもヤバすぎない?

 

 今のままの実力だと久世君達は特異点での戦いで命を落とす可能性が非常に高い。そうなるとカルデアのマスターは私一人という事になり、私の未来は絶望しかないだろう。

 

 ………ど、どうしよう。



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第一特異点 邪竜百年戦争オルレアン
14


 久世君達との模擬戦から二日後。ついにこの日が来た。来てしまった。

 

 今日、私と久世君はそれぞれが契約したサーヴァント達と一緒に新たな特異点にレイシフトする。

 

 あの模擬戦の翌日、つまり昨日、特異点の正確な座標が判明していよいよ今日レイシフトをするとロマン上司に言われた私は、それこそ死に物狂いでレイシフトの準備をした。

 

 通常の医療セットや非常食、特異点の冬木でも使った魔術薬、自衛の為の戦闘用魔術礼装、そして今回の特異点の切り札として用意した「アレ」。色々と用意しているとかなりの大荷物となったのだが、何とか一つのボストンバッグに入れることが出来た。

 

 準備を終えた私が頼光さんとアルジュナを連れてレイシフト装置がある広間に行くと、そこにはすでに久世君達にロマン上司の全員が揃っていた。

 

 ロマン上司は私達が来たのを確認すると新たな特異点がどんな所なのか説明してくれた。新たな特異点は西暦1413年の百年戦争の真っ最中のフランス。そう「第一特異点 邪竜百年戦争オルレアン」の舞台である。

 

 ……よかった。新たな特異点が原作通りオルレアンで。お陰で用意した「アレ」が無駄にならずにすんだ。まあ、「アレ」が本当に効果が出るかはまだ不明なんだが……。

 

 そう考えていると隣に立っている久世君が緊張した表情をしているのが見えたので「そんなに緊張しなくても大丈夫。君ならできるよ」と言っておいた。原作ではいくつもの特異点を修正して最後にはこの世界を救う(予定)の主人公である久世君ならばきっと大丈夫だと思う。

 

 というかそうでないと困るから! 本当に世界レベルで困るから!

 

 その後私は、付け足すように「微力ながら私も全力でサポートをするから」と久世君に言った。ちなみにこれは私の本心からの言葉である。

 

 これは最近になってようやく気づいた……というか、今まで本能が認識を避けていた事実なのだが、どうやらこの世界は原作とは若干違うようで、主人公の久世君が死んでしまう可能性もあるみたいだ。……そして万が一そうなったら、世界の命運は全てもう一人のマスター(一応)である私が背負うことになるらしい。

 

 いやいやいやいや! 無理だって! 頼光さんとアルジュナというサーヴァントと契約した以上、私もマスターなのかもしれないが、それ以前に私は医療スタッフだ! そんな世界の命運だなんて荷が重すぎる!

 

 だからそうならない様に私は全力で久世君をサポートする。幸いにも私の魔術はサポートに向いているどころか特化しているし、頼光さんやアルジュナのような強力なサーヴァントとも契約しているので何とかなるだろう。

 

 オルレアンで私のやるべき事は久世君達の後方でサポートをして彼らに実戦経験を積ませる事。そうすればこれ以上目立ちたくない私も周りから注目されないしいい事尽くめである。

 

「それじゃあ今からレイシフトを開始するけど皆、気をつけてね」

 

 いよいよレイシフトをしようとする時にロマン上司が私達に注意をしてくる。

 

「レイシフトをした後、君達が必ず同じ時間、同じ場所に送られるとは限らない。こちらでも出来る限り時間と位置のズレが出ないようにするけど、もしかしたら数ヶ月の時間のズレがあるかもしれないし、それぞれ大陸の両端に転移されるかもしれない。契約したサーヴァントはマスターから離れることはないけど、レイシフト直後は戦力が分断される可能性が高い。いいかい? 薬研クンと久世クンはまずレイシフトが完了したらお互いが何処にいるかを確認して、近くにいなければ出来るだけ速やかに合流すること。絶対だよ」

 

 いつになく真剣の表情になって忠告をしてくるロマン上司。忠告は有り難いのですけど、そこまで念入りに言われると何だか変なフラグが立ちそうで怖いです……。

 

 そうして私達はロマン上司が言った時間と位置のズレが発生しない事を祈りながらレイシフトを開始して特異点へと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイシフトが完了した私は焔に包まれた街の中にいた。

 

 突然の出来事に思わず呆然とする私の目に映るのは燃える建物、逃げ惑う人々、空を飛び交う無数の竜、そして……。

 

「あら? 貴方は何者かしら?」

 

 数人の狂える英霊を従えた漆黒の聖女だった。




「後方でサポート? これ以上目立ちたくない? 何寝言を言ってるの?」by 運命(Fate)の女神


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15

 突然だが貴方は神を信じますか?

 

 ……ああ、別に宗教の勧誘とかではないので安心してほしい。無理に答えてくれなくても結構だ。

 

 ちなみに私は神を信じている。何しろこのFate世界にはサーヴァントとして現界した神という例もあるし、私自身神の化身や神の子供という設定のサーヴァント二人と契約をしているのだから信じざるを得ないだろう。

 

 そして私は神に、特に運命とか幸運とかを司る神にそれこそ蛇蝎の如く嫌われているようだ。

 

 だってそうじゃないとこんな……こんな「特異点にレイシフトした直後に敵のサーヴァントがいる戦場に転移する」なんて不幸、説明がつかないじゃないか?

 

 ……というか本当に何コレ!? 何でいきなりクライマックスな展開になってるの、私!?

 

 とりあえず周囲を見回してみると目に入った敵のサーヴァントは六人。

 

 まず「邪竜百年戦争オルレアン」の敵側のリーダーであるジャンヌ・オルタ。

 

 バーサーク・セイバーことシュヴァリエ・デオン。

 

 バーサーク・アーチャーことアタランテ。

 

 バーサーク・ランサーことヴラド三世。

 

 バーサーク・ライダーことマルタ。

 

 バーサーク・アサシンことカーミラ。

 

 特異点の冬木も中々酷いスタートだったけど、今回はそれに輪をかけて酷いよ! 何でスタート直後からオルレアンのボスとその部下のサーヴァント達とエンカウントしないといけないの!?

 

 神様! そんなに私のことが嫌いなんですか!? 私がどんな罪を犯したっていうのですか!?

 

「……ねぇ。私は貴方に『何者か』って聞いたのだけど、そろそろ答えてくれないかしら?」

 

 ……はっ!? しまった。あまりの出来事に錯乱してジャンヌ・オルタ達のことを忘れていた。

 

 し、失礼しました。私の名前は薬研征彦。医療スタッフだ。

 

「何ソレ? 変な名前ね?」

 

 名乗ってすぐにジャンヌ・オルタに否定されるマイネーム。……私の名前って、西洋人にしたらそんなに変なのかな?

 

「それで? 変な名前の『マスター』さんは一体何をしに私達の前に現れたのかしら?」

 

 ………! ジャンヌ・オルタの言葉に私は、分かっていても一瞬体が固まるのを禁じ得なかった。

 

 やっぱりジャンヌ・オルタは、私がマスターであることと、頼光さんとアルジュナが霊体化して私の側にいることを見抜いているようだ。

 

『……………』

 

 ジャンヌ・オルタの言葉に彼女に従うサーヴァント達が臨戦態勢となり、それと同時に頼光さんとアルジュナもいつでも実体化して戦える準備をしたのが気配で分かった。

 

 それでどうする? 今私がとれる選択肢は三つ。

 

 一つは何とかジャンヌ・オルタ達を説得してこの場での戦闘を回避。

 

 無理。ジャンヌ・オルタ達がそんな話に耳を貸すとはとても思えない。

 

 二つはわき目もふらずにこの場から逃走。

 

 これは一つ目より現実的だし、私としてはこの案を採用したいのだが、そうするとジャンヌ・オルタ達の追撃が行われるだろう。あの六人のサーヴァントの攻撃を気にしながら逃げるなんて危険なマネ、できることなら避けたい。

 

 ……と、なると残るのは三つ目か。

 

 頼光さんとアルジュナと一緒にジャンヌ・オルタ達と戦って、隙ができたらこの場から離脱する。

 

 危険だが現実的に考えて今はこれが一番確実な方法だろう。

 

 全く。私は医療スタッフだ。バトル漫画の主人公なんかじゃないのに、どうしてこんな最初からこんな展開に巻き込まれているんだ?

 

「あら? また黙ったりして……ちょっと失礼じゃないの?」

 

 ………! 今だ! 頼光さん! アルジュナ!

 

「ええっ!」

 

「しっ!」

 

 ジャンヌ・オルタの後半がやや苛立った声を合図に私は念話で頼光さんとアルジュナに作戦を送る。すると私と契約をした二人のサーヴァントは即座に作戦を実行してくれて、まずは実体化をしてジャンヌ・オルタ達六人のサーヴァント達に弓矢による先制攻撃を行った。

 

「っ!? アサシン!」

 

「くっ!」

 

 頼光さんとアルジュナの先制攻撃にジャンヌ・オルタは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにバーサーク・アサシンことカーミラに声を飛ばす。そして呼ばれたカーミラは、自分の宝具であるアイアンメイデンを呼び出してはそれを盾の代わりにして、自分とジャンヌ・オルタ達を怒涛の勢いで放たれる無数の矢から守った。

 

 やっぱりこんな不意打ちは通じないか。でもまあいい、ここまでは予定通りだ。

 

「……はっ! あっははは! 良いわよ貴方、凄く良いわ! こちらの言葉を無視していきなり奇襲だなんて最高よ! それだったらこちらも遠慮なしにヤッてあげる! ……お前達、いきなさい!」

 

 私達のが次の手を考えているとジャンヌ・オルタは、狂喜と怒りが混ざりあった歪んだ笑みを浮かべてこちらにサーヴァント達を差し向けてきた。

 

 よし。計算通り!

 

 ジャンヌ・オルタは好戦的な性格だし、他のサーヴァント達も狂化の呪いもかかっているし、先制攻撃をしかけて挑発すればきっとこうなると思ったよ。

 

 こちらに向かってきているのはシュヴァリエ・デオン、アタランテ、ヴラド三世、マルタの四人。ジャンヌ・オルタはその場を動かずカーミラも彼女に徹している。

 

「これで終わりね!」

 

 ジャンヌ・オルタが早くも勝ち誇った顔をしているがその理由も分からなくもない。

 

 向こうのサーヴァントの数は六人でこちらは二人。戦力比は三対一だ。普通に考えると先制攻撃を防がれた以上、私達に勝ち目はないだろう。

 

 ……………そう、普通だったらね。

 

 だがジャンヌ・オルタ達が有利に見えた戦況はほんの数秒で逆転した。

 

「悪いが命を貰……ぐっ!?」

 

 シュヴァリエ・デオンは死角から現れた「刀を持った頼光さん」によって斬り伏せられた。

 

「っ! しまった!」

 

 アタランテは弓から矢を放とうとした瞬間に「弓矢を持った頼光さん」によって逆に射られた。

 

「これは……ぬう!」

 

 ヴラド三世は背後に現れた「薙刀を持った頼光さん」によって腹部を貫かれた。

 

「…………………………はぁ。仕方ないか」

 

 マルタは何かを諦めた表情でため息を吐いた後「斧を持った頼光さん」によって袈裟斬りにされた。

 

 よし! よし! 作戦は大成功だ!

 

 これが私の作戦。「先制攻撃の奇襲でジャンヌ・オルタ達を挑発して、こちらに突撃してきたところを宝具で出現させた頼光さんの分身で二段構えの奇襲をする」というシンプルなものだったが効果は予想以上で、四人のサーヴァント全員に致命傷を負わせる事ができた。

 

「な、な……!?」

 

「これは……!?」

 

 味方のサーヴァント四人が全くの同時に戦闘不能になったのを見てジャンヌ・オルタとカーミラが絶句する。

 

 お二人さん? 驚いているところ悪いけど、こちらにはまだ「とっておき」があるんですよ。……頼光さん!

 

「これで……終わりです!」

 

 私の言葉を合図に「雷を纏った刀を構える頼光さん」が刀を振るって刀身から雷を放ち、ジャンヌ・オルタとカーミラ、致命傷を負って動けないでいるサーヴァント四人は頼光さんが放った雷に呑み込まれたのだった。



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16

10/10 文章の一部を変更しました。


 頼光さんの宝具による雷光が消えると、雷光が放たれた先にはの二人サーヴァント、ジャンヌ・オルタとカーミラの姿だけがあった。

 

 他のサーヴァント達の姿はすでになく完全に消滅したようだ。まあ、頼光さんの宝具で完全な不意打ちで致命傷を負わせた上であの雷光の直撃を食らえば大抵のサーヴァントは消滅するって……ん?

 

「う、ぁ……」

 

 いきなりカーミラが力なく地面に倒れると、そのまま彼女は立ち上がることなく身体を光の粒子に変えて消えていった。どうやらいくら防御していたとはいえ、戦闘系サーヴァントではないカーミラではガチの戦闘系サーヴァントである頼光さんの雷光の直撃に耐え切れなかったみたいだ。

 

 これで残った敵はジャンヌ・オルタの一人だけ。しかも当のジャンヌ・オルタもカーミラのお陰で致命傷は避けられたもののいくらかのダメージを負っているようだった。

 

「く……! 私のサーヴァント達をこんなに簡単に倒すだなんて貴方一体何者なの?」

 

 ほんの数十秒で自慢のサーヴァント達を五人も倒された上に自分も手傷を負わされたジャンヌ・オルタが怨敵を見る目で私達を睨み付けてくる。実際に彼女にしてみれば私達は怨敵なのだろうけど、やっぱりサーヴァントに敵意のある目で見られるのは心臓に悪い。

 

 一体何者か、ですか……。さっきも言ったように私は医療スタッフだ。副業でマスターも兼業していますけどね。

 

 そしてここにいる二人が私と契約をしてくれた英霊。源頼光さんとアルジュナだ。

 

「ふふっ。よろしくお願いしますね、ジャンヌ・オルタさん。……もっともマスターに敵意を向けた以上、大変短い付き合いになるでしょうけどね」

 

「………!」

 

 私に名前を呼ばれて頼光さんが微笑みを浮かべてジャンヌ・オルタに挨拶をするがその微笑みは目が全く笑っておらず、それを見たアルジュナが僅かに表情を強張らせて頼光さんから数歩だけ距離をとった。

 

 うん、分かる。分かるよ、アルジュナ。

 

 あの状態の頼光さんって、アルジュナの父親のインドラ神の化身とか関係無くただひたすらに恐いよね。

 

「医療スタッフ? 衛生兵のこと? それに兼業って、衛生兵を兼ねたマスターってこと? ……あ、あはは」

 

 ジャンヌ・オルタは一瞬訳が分からないという顔をすると、すぐに俯いて笑いだした。え? どういうこと?

 

「あははっ、何それ? せっかく甦ってこの、何もかもが間違った国に復讐できると思ったら……その矢先に片手間でマスターをしている衛生兵に、せっかく呼び出したサーヴァントのほとんどを消されて、ボロボロにされて……。本当、自分の無様さに吐き気を通り越して笑えてくるわ。ははっ。あはは……」

 

 俯いたまま笑うジャンヌ・オルタの顔はここからでは見えないが、私には彼女が泣いているような気がした。

 

 でもまあ、私には復讐者の気持ちは分からないが、漸く憎くて憎くて仕方がない対象に復讐できるようになって、それが上手くいきそうになったところで素性も、真面目に戦う気があるのかも分からない相手に邪魔された挙げ句、完膚なきまでにボロボロにされたら泣きたくなるよね……。

 

 そう考えると何だろう。これは人理を守るための戦いの筈なのに、何だか苛めっ子になったような気がしていたたまれないんですけど。

 

「遺言はそれだけですか?」

 

 ……え?

 

 声がした方を見ると、いつの間にかジャンヌ・オルタの隣に立っていた頼光さんが、抜き身の刀を振り上げていた。

 

 ちょっ……! 頼光さん、待っ……!

 

 私は思わず頼光さんを止めようとしたが、それより先に頼光さんの刀がジャンヌ・オルタの首に降り下ろされた。



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17

 ドシュ!

 

 頼光さんの刀がジャンヌ・オルタの首を斬り落とそうとしたその瞬間、突然地面の下から数本の槍が頼光さんを目掛けて突き出してきた。

 

「っ! くっ!」

 

 下からの奇襲に頼光さんは一つ舌打ちをすると後ろに跳んでそれを回避した。そして地面から突き出てきた数本の槍はよく見ると槍ではなく、毒々しい紫色をした蛸の足のような触手であった。

 

 あれってもしかして……って、ん?

 

「……………、!」

 

 私が地面から突き出た数本の触手をよく見ようとした時、空から声が聞こえてきた。

 

 一体何だろうかと私だけでなく頼光さんもアルジュナも、そして敗北のショックでうなだれていたジャンヌ・オルタも、その場にいる全員が空を見上げた。するとそこには……。

 

 

「ジャッ! ジャアアアンヌゥゥ! 我が! 麗しの聖処女よおおおおおっ!」

 

 

 ワイバーンの背中に乗っ……じゃなくて立って奇声じみた声でジャンヌ・オルタの名前を呼びながらこちらに向かってくるジル・ド・レェの姿があった。

 

 ……そうだった。最初から怒濤の展開が続いてすっかりと忘れていたけど、そういえばアイツもいたんだった。

 

 ジル・ド・レェのことだから、遠くからジャンヌ・オルタのことを見ていたが、頼光さんに殺されそうになったのを知って文字通り飛んできたのだろう。

 

 聖女(今はダークサイドに堕ちてるけど)の危機に颯爽と現れる騎士(今はキャスタークラスだけど)。

 

 ……と、言えばどこかのヒーローのように聞こえるけど、今のジル・ド・レェはとてもヒーローとは言えなかった。何故なら……。

 

「オノレオノレオノレェェッ! ジャンヌにっ! 麗しの聖処女に傷を負わせるとはこの匹夫めがぁっ!」

 

 ワイバーンの上からジャンヌ・オルタをボロボロにした頼光さんに怒声を飛ばすジル・ド・レェの顔は騎士どころか同じ人間とは思えない物凄い形相だったからだ。

 

 ジャンヌ・オルタを傷つけられた怒りのあまり顔色は見事なまでの赤。

 

 額にはあり得ないくらい太い血管が何本も浮かび上がっていて、いつ破裂してもおかしくないくらい激しく脈打っている。

 

 普段から大きく見開かれている両目は眼球が半分くらい飛び出ていて、大量の涙を流しながらも瞬き一つせずにジャンヌ・オルタに向けて強すぎる視線を放つ。……それこそ今にもビームを放ちそうなくらいに。

 

 唾液と血を流しながら大きく開かれた口からはまるでナイフのように尖った牙が太陽の光を反射していた。

 

 ……うん。何と言うかサーヴァントと言うより人型のクリーチャーですな。

 

 というかジル・ド・レェってば、あんな凄い顔芸をして目とか大丈夫なのかな? 私は医療スタッフだ。だからあんな状態を見ると例え相手が敵でもついそう思ってしまうんだよな。

 

「ギャアアッ!」

 

 ジル・ド・レェの怒りに応えたのかワイバーンが咆哮をあげて更に飛ぶスピードをあげてきた。うわっ!? 凄く怖い!

 

「な、何ですかアレは? 鬼、なのでしょうか?」

 

「人? いや、獣か?」

 

「キモッ!」

 

 ワイバーンに乗ってこちらに来るジル・ド・レェの姿に頼光さん、アルジュナ、ジャンヌ・オルタが思わずといった風に呟く。

 

 ……いや、ジャンヌ・オルタさん? 気持ちは分かるけど貴女だけはそんなことを言ってはいけないんじゃない? せっかく助けに来てくれたんだしさ……。

 

 でもまあ、確かにあのジル・ド・レェの顔はやっぱりキツイよな。暗い所で子供が見たらまず間違いなく泣くぞ? 気のせいかさっきから咆哮をあげているワイバーンの鳴き声が「取って取って! お願いだからコレ取って! コレ気持ち悪い!」って言っているように聞こえるよ……。



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18

「ここにもいませんでしたか……」

 

「ええ……。どうやらここでも一歩遅かったようですね」

 

 レイシフト直後にジャンヌ・オルタ達と戦闘をすることになったあの悪夢のような日から十日後。建物のほとんどが半壊して住民が一人もいなくなった街で頼光さんが呟き、それにアルジュナが同意する。

 

 破壊された街は、全ての建物が炎で焼かれている上に、至る所に巨大な獣の爪痕が刻まれており、人間の手によって破壊されたのではないのは明らかだった。

 

 そう。この街を破壊したのは人間の盗賊ではなくワイバーンの群れ。

 

 そして街の破壊をワイバーンの群れに命じたのは十日前に私達と戦ったこの時代の特異点、「竜の魔女」のジャンヌ・オルタである。

 

 結論から言うと私達は十日前、ジャンヌ・オルタを倒すことが出来ず、彼女を助けに来たジル・ド・レェ共々逃がしてしまったのだ。

 

 これは私達の恥をさらすので嫌なのだが、それでもジャンヌ・オルタ達を逃がしてしまった理由を簡潔に説明すると次のようになる。

 

①ワイバーンに乗ったジル・ド・レェがとてつもない顔芸を披露しながら私達とジャンヌ・オルタの所まで向かってくる。

 しかしその途中でジル・ド・レェの気持ち悪さに耐えきれなくなったワイバーンが、人間とは思えない顔で奇声を上げているジル・ド・レェを私達とジャンヌ・オルタの中間くらいの場所に投げ捨てる。(ちなみにこの時、「メギャバキドコゴキベキグシャァ……!」という明らかにヤバい音が聞こえてきた)

 

②落下の衝撃によって顔中から血が流れて首と左腕と右足が変な方向に曲がったり新たな関節を発生していても元気に立ち上がったジル・ド・レェが、身ぶり手振りを加えながら……というか身体中を壊れた玩具の人形のように痙攣させながら私達に呪いの言葉を投げ掛けてくる。

 しかも呪いの言葉を投げ掛けている内にジル・ド・レェのテンションがおかしな具合に上がり、ただでさえ化物のような顔を更にクリーチャー風にトランスフォームさせていく。

 

③そんなある意味で人知を越えてクトゥルフ神話の域に突入していくジル・ド・レェのお姿に、私も頼光さんもアルジュナもドン引き。ジャンヌ・オルタももちろんドン引き。(ちなみにこの時、ジャンヌ・オルタから「おうわぁ……!?」という淑女の口からは聞こえてはいけない呻き声が聞こえてきたが、彼女の名誉のために聞こえないことにした)

 そして私達がドン引きしている隙をついてジル・ド・レェは宝具を使って大量の海魔を召喚し、それらを目眩まし兼の壁にしてジャンヌ・オルタと共に撤退。

 

 ……いや、本当に何をしているのだろうね私達は?

 

 いくらジル・ド・レェのインパクトが強かったといってもチェックメイト寸前の敵のキングを取り逃がすなんて普通はないだろう? あと、あの時のジル・ド・レェの姿を映像にしてお見せできなくて本当に残念だよ。

 

 この様な理由から逃したジャンヌ・オルタ達を私達は今日まで追っているのだが、いつもあと一歩のところで逃げられてしまっていた。本音を言えばもうあんな危険な存在に近づきたくなかったが、それでも仲間のほとんどを倒せた今が特異点を修復するチャンスだし、また別のサーヴァントを召喚されたら厄介なのでこれは仕方がないだろう。

 

 しかも話はそれだけではない。

 

 私達、と言うか頼光さんから逃れて破壊活動を再開したジャンヌ・オルタであったが、サーヴァントとの戦いで殺されかけた事がよっぽどのトラウマだったらしい。そしてジャンヌ・オルタのクラスはルーラーで、ルーラーには遠くにいるサーヴァントの気配も察知できるクラス特性があり、ワイバーンの群れを率いて街を襲っていてもルーラーのクラス特性で頼光さんとアルジュナが近づいて来たと分かるとすぐさま退散するのだ。

 

 そして今私達がいるこの街も少し前までジャンヌ・オルタが暴れていたのだが、すでに逃げられた後のようだ。

 

 私達とジャンヌ・オルタが周囲にこれ以上ない迷惑を撒き散らす鬼ごっこを始めてからすでに十日。ジャンヌ・オルタが私達の気配に気づいてすぐに退散するため私の知る原作に比べて被害は少ないのだが、それでもそろそろジャンヌ・オルタを捕まえる手を考えないとな……て、ん?

 

『……! 薬研クン! 良かった。ようやく通信が繋がったよ』

 

 私が考え事をしているとそこに現れたのはカルデアにいるロマン上司の立体映像だった。

 

 十日ぶりですねロマン上司。

 

『え? ああ、十日ぶりだね。……今まで連絡が取れなくて心配していたんだけど、何だか余裕そうだね?』

 

 いえ、そんな事はないですよ? 何しろレイシフト直後に敵のサーヴァント数人と戦闘する事になりましたしね。

 

『レイシフト直後にサーヴァントと戦闘!? 一体どういうことなんだい!?』

 

 私が少しの嫌味を込めて言うとロマン上司が驚いて聞いてきたので、レイシフト直後の戦闘から今日までの出来事を説明した。

 

『ええ!? 敵のジャンヌ・ダルクとその部下であるサーヴァント数人と戦って、その部下をほとんど倒した? しかも今は逃走中のジャンヌ・ダルクを追っている? ……前の特異点の時もそうだったけど薬研クンの行動はスケールが大きすぎて予測不能だよ』

 

 私の話を聞いて呆気にとられた表情で言うロマン上司。その口ぶりだとどうやら久世君とはすでに連絡が取れていて、久世君は白い方のジャンヌ・ダルクと出会っているようだな。……でも。

 

 予測不能だったのはこちらの方ですよ。レイシフト先が敵陣のど真ん中とか一体どういうことですか? 頼光さんとアルジュナがいなかったら今頃死んでましたよ。

 

「そうですね。先日の『れいしふと』については私も詳しく聞きたいです……」

 

『ひぃっ!?』

 

 満面の笑みを浮かべて言う頼光さん。しかし彼女の目は全く笑っておらず、しかも背後には鬼ののど笛を噛みちぎる母虎のスタンドが現れており、ロマン上司が青い顔となって悲鳴を上げる。

 

 うん。やっぱり頼光さんもあのわざとじゃなくても悪意すら感じるレイシフトには腹を立てていたか。でもそれは仕方がないよな。

 

「……いえ、頼光殿が怒っているのはマスターの身に危険が及んだことでしょう」

 

 気づいたら口に出ていた私の呟きにアルジュナが訂正を入れてくる。

 

『そ、その話は後でするとして! 薬研クンが今いるポイントの近くに久世クン達がいるんだ。だからここは早く久世クン達と合流してこれからの事を考えようじゃないか。ね? ね?』

 

 迫力のある笑顔を浮かべる頼光さんから逃れるために久世君達との合流を必死に勧めてくるロマン上司。……そうだな。ここはロマン上司が言う通り久世君達と合流した方が良さそうだな。

 

 そう考えた私は、頼光さんとアルジュナと一緒にロマン上司から教えてもらった久世君達がいるポイントに向かうことにした。



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19

「薬研さん! お久しぶりです」

 

「ご無事で何よりです」

 

「フォウ、フォウ!」

 

 ロマン上司に言われた合流ポイントに行くと、そこに待っていた久世君とマシュとフォウが嬉しそうな顔で歓迎してくれた。

 

 よかった。久世君達の方も元気そうだね……って言うか随分と大所帯になったね。

 

 私がそう言って周囲を見回すと、そこには私と久世君が契約しているとは別のサーヴァントが数人いた。

 

 この特異点の中心人物と言ってもフランスの聖処女ジャンヌ・ダルク。

 

 今とは別の時代のオーストリアに生まれ、後世にその名を残すフランス王妃マリー・アントワネットと天才音楽家アマデウス。

 

 それぞれが竜殺しの逸話を持つ英雄ジークフリートと聖人ゲオルギウス。

 

 第一特異点で味方として登場するサーヴァントがほとんど揃っていた。後はエリザベートと清姫がいたら完璧である。

 

 ……久世君。よくこの短期間でこれだけのサーヴァントを集めたね?

 

 ゲームでは簡単に移動できたけど、実際に移動するとフランスってとても広いんだよ? それなのにたった十日間でフランス各地にいるサーヴァントを五人も集めるなんて、久世君って人探しの才能とかあるの?

 

 ちなみに私では絶対無理だ。私は医療スタッフだ。そんな探偵みたいな芸当、できるはずがない。

 

「え? いや、違いますよ? 皆とは旅をしているうちに偶然出会ったんですよ」

 

 私が感心したように見ると久世君は手を振って訂正する。

 

 久世君の話を聞くと彼とマシュにフォウ、そしてクー・フーリンとセイバー・リリィはレイシフトをしてすぐに原作通りにジャンヌ・ダルクと出会って、特異点だと思われるもう一人のジャンヌ・ダルク……つまりはジャンヌ・オルタを一緒に探すことにしたらしい。

 

 そしてジャンヌ・オルタを特異点だと考えてその行方を探すのは他のサーヴァント達も同じだったようだ。その為、ジャンヌ・オルタが現れてワイバーンに襲われた街を訪ねて情報収集をしていた久世君達は、自然と同じく情報を集めていたこの時代に呼ばれたサーヴァント達と出会って行動を共にするようになったそうだ。

 

 ……私達はレイシフト直後から酷い目にあったのに、久世君達は順調に旅を出来たみたいだね。本当に羨ましい。

 

「まあ、順調って言うか何事も無さすぎて逆に退屈なくらいだったぜ。なあ?」

 

「そうですね。街を襲っていたワイバーン達は私達が近付くとすぐに逃げていきましたし、騎士の皆さんは騒ぎを収めるのに忙しくて、全く旅の邪魔はありませんでした」

 

 私の呟きにクー・フーリンが答え、話をふられたセイバー・リリィもまた同意する。

 

 ……そうか。ワイバーンがすぐに逃げていった為に久世君達の方は順調に旅ができて、この時代に呼ばれたサーヴァント達を仲間にできたのか。

 

 それを聞いて少し安心した。私達のせいで街がワイバーンに襲われて、その上久世君達の邪魔をしたとなったら申し訳なくて顔向けできないところだった。

 

「え? 薬研さん、私達のせいでってどう言うことです?」

 

『そうだね。ボクも最初はワイバーンをサーヴァント達から逃げていくのを見た時は不思議に思ったけど、薬研クンの話を聞いたときは本当に驚いたよ』

 

 私の呟きに今度は久世君が不思議そうな顔をしてロマン上司の苦笑が混じった声が聞こえてくる。

 

 そこで私は久世君達にレイシフト直後にジャンヌ・オルタ達と出会って戦闘になったこと、その戦闘でジャンヌ・オルタに従っていたサーヴァントを五人も倒したこと、私達から逃れたジャンヌ・オルタが頼光さんに殺されかけたトラウマのせいでサーヴァントとの戦闘を徹底的に避けている事を話した。

 

 すると頼光さんとアルジュナとロマン上司を除く全員が驚いた顔をした。……それはそうだろうな。

 

 とにかく。今、ワイバーンがフランス中でいたずらに暴れまわっているのは私の責任でもある。だから皆、ジャンヌ・オルタを捕まえて彼女を倒すのに協力してくれないか?

 

「それは……勿論ですけど薬研さん、何か考えがあるのですか?」

 

 ああ、久世君。私に一つ策がある。

 

 ……………まあ、これは策、というより勝算が低い賭けみたいなもので、これが上手くいかなかったら最終手段に出るしかないんだけどね?

 

「最終手段? 何ですか、それは?」

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………ジャンヌ・オルタがいそうな場所、例えばワイバーンが集まっている箇所をアルジュナの宝具で一斉に爆破する。

 

『はぁ!? 本気で言っているのかい薬研クン! そんな事をしたら敵のジャンヌ・ダルク以上の被害が出るよ!』

 

 し、仕方がないじゃないですかロマン上司! 医療だって偶には全体を生かす為に病巣を大体的に切り捨てる必要があるんです!

 

 そ、それに私の策が上手くいったらやらなくて済むのですから! 人理が崩壊するよりマシでしょう!?



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20

「すまない。少しいいだろうか?」

 

 私がロマン上司と言い合いをしていると横からジークフリートが話しかけてきた。

 

 すまない、か……。ジークフリートの決め台詞(?)である「すまない」はゲームでよく聞いたけど、実際に聞くと何だかちょっと違うな。……まあ、それはさておいて。

 

 一体何でしょうか、ジークフリート?

 

「薬研と言ったな。お前は敵のジャンヌ・ダルクを捕らえる策があると言っていたが、それを聞かせてもらえないだろうか? すまないが俺は、お前が先程言った最終手段は出来るだけ避けたい。この地を崩壊させる以外の方法があるならば俺はそちらの方をとりたい」

 

 ジークフリートの言葉にこの場にいる皆のほとんどが頷いた。

 

 例外は頼光さんとアルジュナで、二人は「うん? 私はマスターの言う最終手段は迅速に敵を殲滅できていいと思いますが?」とか「そうですね。敵をまとめて一掃できるいい案ですね」とか言っていたが、皆は二人の言葉を華麗にスルーした。

 

 ……あっ。アルジュナが若干悲しそうな顔をしていて、頼光が泣きそうな顔をしている。

 

 ええっと、そうですね。私が考えた策というのは……ジャンヌ・ダルク、貴女にもう一度救世の旗を掲げてもらう、というものなんです。

 

「私がもう一度旗を……?」

 

 訳が分からないといった顔をするジャンヌ・ダルクに私は頷いてみせた。

 

 私が考えたジャンヌ・オルタを捕まえるための策というのはこうだ。

 

 まず、ワイバーンに襲われている街へジャンヌ・ダルクを先頭にした状態で向かう。そうするとサーヴァントの気配を感じるとすぐに逃げ出すワイバーンはすぐに街から退散し、残された街の人々は「ワイバーンはジャンヌ・ダルクを恐れて立ち去った」と思うだろう。

 

 そしてワイバーンが去った後、ジャンヌ・ダルクに「私は一度死んだがフランスを救う為に蘇った。もう一人のジャンヌ・ダルクは悪魔が私の姿に化けた偽者である」といった感じの演説を襲われた街の住人達にしてもらう。最初は信じてもらえないだろうがワイバーンに襲われている街をいくつも回りながら同じ演説を繰り返しているうちに演説を信じる者が出てくるはずだ。

 

 復活したジャンヌ・ダルクが再びフランスを救い、それがフランスの国民達に絶賛される。

 

 それはフランスを救おうとしたジャンヌ・ダルクを、ジャンヌ・ダルクを裏切ったフランスを憎むジャンヌ・オルタにしてみれば絶対に認めることは出来ないことだ。

 

 ……何しろジャンヌ・オルタはかつてのジャンヌ・ダルクとフランスを憎み、滅ぼすように「創られた」存在なのだから。

 

 そうなるといくらジャンヌ・オルタが頼光さんにサーヴァントに対するトラウマを植え付けられたといっても、自身の根源である憎悪を無視することができず、自分からジャンヌ・ダルクの元にやって来るだろう。そこを捕まえて一気に叩く。

 

 私が策の内容を説明すると、皆は少し考えた後で私の策に賛成してくれた。……しかし約一名、ロマン上司だけ渋い顔をしていた。

 

『う~ん。薬研クンの考えは分かったけど、それってどうなのかな……? だってそれって敵のジャンヌ・ダルクの古傷をこれ以上ないほど抉っているし、失敗したら最終手段でせっかく助かったと思ったフランスの人達を吹き飛ばすかもしれないんだよね? 何と言うか非人道的すぎる……』

 

 あるじゅなー。これのんでー。(超棒読み)

 

「うん? ええ、分かりまし……」

 

『分かった! ボクも薬研クンの策に賛成する! だからいきなり最終手段だけは止めてくれ!』

 

 私がアルジュナに魔力を強化する手製の魔術薬、魔力増幅薬を渡そうとするとロマン上司が凄い顔で止めてきた。どうやら魔力増幅薬を渡すことが最終手段(アルジュナの宝具によるフランス全土の絨毯爆撃)のゴーサインだと気づいてくれたようだ。

 

『はぁ……はぁ……! フランス全土を人質にとって一応上司のボクを脅すだなんて……! 薬研クン、君ってば目的の為なら手段を選ばない魔術師「らしさ」に磨きがかかったようだね……!?』

 

 お褒めにあずかり光栄ですよ、ロマン上司。

 

 私は医療スタッフだ。しかし同時に魔術師でもあるので、今の台詞は誉め言葉として受け取っておきます。

 

 そして何とでも言ってください。私……いや、私達にはこの策をどうしても実行しなくてはならない理由があるのです。

 

 これも人理を守る為なのです。



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21

「皆さん! 私の名はジャンヌ・ダルク! 一度は炎に焼かれてこの世を去った私ですが! 私の姿に化けて凶悪なワイバーンを従える悪魔よりフランスを救うため、ここに甦りました!」

 

『おおおーーー!』

 

『ジャンヌ・ダルク様ぁ!』

 

 街の広場でジャンヌ・ダルクが名乗りをあげると、それを聞いていた街の住人達が歓喜の叫びを上げた。

 

 私が考えたジャンヌ・オルタを捕まえるための策が実行されてからすでに十日。結果から言うと私の策は今のところ大成功と言えた。

 

 この十日間、私達は作戦通りにワイバーンの被害に遭っている街をジャンヌ・ダルクを先頭にした状態で訪ねてまわっていた。(ちなみに十日という短い時間でこの広いフランスにある街をまわることができたのは、サーヴァント達が生身の人間である私と久世君を運んでくれたお陰なのだが、久世君の方はマシュを初めとする複数のサーヴァント達が交代で運んでくれたのに対して私の方はずっと頼光さんが運んでくれた)

 

 最初の方の街ではジャンヌ・ダルクをジャンヌ・オルタと勘違いした街の住人達に悲鳴をあげられたが、今ではここにいるジャンヌ・ダルクはジャンヌ・オルタは別人であり、フランスを救うために復活したという噂が広まって、ジャンヌ・ダルクが率いる私達一行はフランスの街の住人達に熱烈な歓迎を受けるようになった。

 

 そしてこのフランスの人々がジャンヌ・ダルクを崇め、誉め称える声はジャンヌ・オルタの耳に必ず届いているはずだ。私の読みが正しければジャンヌ・オルタはそろそろ私達の、ジャンヌ・ダルクの前にやって来るはず。

 

 ……そうでないと困る。

 

 と、そんな事を考えながら私は街にいた怪我人達の治療をしていた。

 

 私達が今いる街は、これまで訪れてきた他の街と同じく私達がやって来るまでワイバーンに襲われていたので、怪我人の数は少なくない。そして私は医療スタッフだ。怪我人がいるのなら可能な限り治療をするのが私の義務だと思っている。

 

 するとそこに久世君とマシュがやって来た。

 

「あの……薬研さん。お疲れ様です」

 

「お昼ご飯を……その、持ってきました」

 

 久世君が私に小さく頭を下げて挨拶をして、マシュがおむすびが三つ乗っている皿と水筒を見せる。あの完璧なまでに同じ大きさと形をしている三つのおむすび。作ったのは頼光さんか。

 

 そう言えばもうそろそろお昼か。怪我人達の治療で手が離せなかったので、お昼を持ってきてくれたのは正直ありがたい。……ありがたいのだが、久世君とマシュが私に向ける態度が明らかにぎこちない。これはもしかして……。

 

 私がフランスの人達を助けるのがそんなに意外かな?

 

「えっ!?」

 

「あっ……!?」

 

 私の言葉に久世君とマシュの表情が面白いくらいに強張った。……やっぱりか。

 

 どうやら私は、特異点を修復する最終手段としてジャンヌ・オルタが潜伏していそうな場所をアルジュナの宝具で一斉爆破するという……このフランスを切り捨てるも同然の策を提案したことで久世君とマシュに不信感を懐かれたようだ。

 

 まいったな。自業自得とは言え、これは地味にショックだ。

 

 ……久世君、マシュ。ちょっと場所を変えて話をしないか?

 

「話……ですか?」

 

「え、ええ、いいですけど?」

 

 マシュと久世君の了解をもらった私は二人を連れて怪我人達から離れたところに行き、そこで二人と話をすることにした。

 

 久世君、マシュ。誤解のないように言っておくけど、私は別にこのフランスの人達をどうでもいいと思っているわけじゃないからね? 確かに私は「あの」最終手段を提案したけどあくまで最終手段。私だってやりたくないし、そもそも今やっているこの策が成功したら最終手段なんてしなくてもいいのだから。

 

 私は久世君とマシュの不信感を取り除くために自分の本音を言って聞かせたのだが、信じられないのか二人は不安そうな目で私を見てくる。

 

「は、はい……。俺達も薬研さんのことを信じています……」

 

「でも今実行しているミッションが失敗したら……。あの薬研さん? 現在のミッションと最終手段以外に敵のジャンヌ・ダルクを捕らえる方法はないのでしょうか?」

 

 そうだね……。捕らえる方法はまだ思いついていないけど、ワイバーンの動きを止めてフランスの被害を抑える方法なら一つあるな。

 

「「えっ!?」」

 

 私の言葉に久世君とマシュが同時に驚いた顔をする。

 

 これはその場しのぎの嘘ではなく本当だ。

 

 私はこの特異点にレイシフトする前にカルデアで一つの特別な魔術薬を作っている。それをうまく使えばワイバーンの動きを止めて、その隙にジャンヌ・オルタを捕まえることができるかもしれない。……まあ、今やっている策よりずっと成功確率は低いだろうが。

 

「ワイバーンを止める方法!? 薬研さん、それじゃあ……!」

 

 だから言っただろう久世君? 私だってあの最終手段はやりたくないって。この策が失敗に終わってもすぐに最終手段が実行されるわけじゃない。オーケー?

 

「「はい!」」

 

 ここまで言ってようやく久世君もマシュも不安がなくなったようで、私に元気よく返事をした後、自分達の持ち場にと戻って行った。この時の二人は、フランスを見殺しにせずに特異点を修復できるという希望が増したことを本当に喜んでおり、そんな二人の嬉しそうな表情を見た私は言うことができなかった。

 

 確かに私は最終手段、アルジュナの宝具によるフランス全土の絨毯爆撃はやりたくないと言ったが、他に方法がなくなったらやりたくなくても実行するということを。

 

 たとえ私自身が治療した怪我人達を見捨てて、フランスを切り捨てても人理を救済することを。

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………はぁ、シンドイ。本当にシンドイ。

 

 いくら私の勝手な行動のせいで特異点の攻略難易度が上がってその責任をとるためとは言え、国一つを犠牲にして世界を救うなんて責任、私には荷が重すぎますって。

 

 そしてこうして考えると「Fate/stay night」のエミヤって、皮肉屋だけど凄い大人だったのだなとつくづく思う。

 

 だってエミヤも自分の願いがあるのにそれよりもマスターである遠坂凛の意志や人々の安全を優先するし、色々考えた末の行動を完全ノープランの衛宮士郎(しかもエミヤにとって衛宮士郎は殺意の対象である黒歴史とも言うべき存在)に否定されて悪者扱いされても最後まで自分の仕事に徹していたし。私にはとても真似できない……。

 

 そこまで考えて私は治療を再開すべく怪我人達のところに戻ることにした。



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22

「マスター」

 

 怪我人達のところに戻ろうとすると誰かが背後から私に抱きついてきた。

 

 ……いや、誰かが、じゃないな。こんな事をするのは一人しかいない。一体どうしたんですか、頼光さん?

 

「すみません、マスター……。マスターが私の作ったおにぎりを食べてくれた気配がなかったので様子を見に来たら、マスターと久世さん達の会話を聞いてしまいました……」

 

 ああ、そうか。あの会話を聞いてしまったのか。

 

 ……いや、ちょっと待って。おにぎりを食べてくれた気配がなかったって何? もしかして頼光さんっていつも私の行動を監視しているの? やだ、ありえそうで怖い。

 

「マスター。マスターは自分にできることをしただけで何も悪くありません。将というものは時には酷な事もなさなければならないこともあります。ですからどうかお気になさらないでください」

 

 久世君とマシュとの会話で私が若干落ち込んでいると思った頼光さんは、抱きついた状態で慰めの言葉を言ってくれた。

 

 それは嬉しいのだが……将って何よ将って? 私は医療スタッフだ。間違っても将なんかではない。

 

「ですが先程マスターの決意に満ちた表情を見て思いました。ああ、この人は大局のためならば、どんなに辛い道でも前に進むのだなっと。そんなマスターを今まで以上に支え、力になってあげたいと」

 

 ホワット?

 

 私が内心で頼光さんに抗議の声をあげていると彼女は何やら真剣な声で訳の分からないことを言ってきた。

 

 大局のためならばどんなに辛い道でも前に進む?

 

 大局って何のこと? むしろ私は辛い道を避けたいのですけれど?

 

 私がそう考えていると頼光さんは、私を強引に自分に向き直らせて真剣な表情で口を開いてきた。

 

「誓いましょう……マスター、私は貴方を我が子のように愛し、貴方を守っていきます。ですから、どうかマスター、貴方も母を頼ってくださいね。私は、母はどんな時でも何が起こっても貴方の側にいますから」

 

 これは……台詞は違うけどもしかして絆Lv.5の会話? 私ってばいつの間に絆Lvを上げていたの?

 

「言っておきますけど母は本気ですよ? 貴方を苦しめる者はいかなる者でもこの母が切り捨てましょう。例えそれがあの久世君達で……」

 

 ストップ。頼光さんが本気なのは分かりましたけど、そこから先は言ってはいけない。

 

 というか切り捨てましょうって何? 私が苦しむことになったら久世君達も切り捨てるの?

 

 ヤバいな。頼光さんは有言実行でどんなに怖いことでも平気でやるからな。これ以上は本当に洒落にならない。ここはひとつ、何か別の話題で話をそらさないと……ん?

 

「……………、!」

 

 私が話をそらすための話題を探していた時、遠くから声が聞こえてきた。

 

 一体何だろうかと私と頼光さんが声が聞こえてきた方を見ると、そこには数十騎もの騎兵の大軍がこちらに向かって全速力で駆けており、その戦闘にいたのは……。

 

 

「ジャッ! ジャアアアンヌゥゥ! 我が! 希望の聖処女よおおおおおっ!」

 

 

 眼球が半分くらい飛び出している両目から滝のような涙を流し、顔色を紫色に染めながらも人間とは思えない肺活量で叫んでいるジル・ド・レェであった。……って、ジル・ド・レェ!? 前回はワイバーンに乗って登場して今回は馬に乗って登場?

 

 ジル・ド・レェが来たってことは私の策が成功したのか? でもだったら何でジル・ド・レェだけなの? ジャンヌ・オルタは?

 

「おのれ! またあの鬼ですか!」

 

 ドシュッ! ズババババァン!

 

 私がいきなりのジル・ド・レェの登場に戸惑っていると、頼光さんがジル・ド・レェとその後ろの騎兵達に向けてバスターアタックの一段目の衝撃波を放ち、それによってジル・ド・レェはまるでボーリングのピンのように吹き飛んだ。おおう、ストライク。

 

 アレ? よく見たらあの吹き飛ばされたジル・ド・レェ、ローブじゃなくて鎧を着てない?

 

 アレ? だとしたらあのジル・ド・レェは、敵のジル・ド・レェ(キャスター)じゃなくて、味方のジル・ド・レェ(セイバー)だったりする?

 

 アレ? そう言えばこの特異点のジル・ド・レェ(セイバー)って、サーヴァントじゃなくて生身の人間じゃなかったっけ?

 

 ドチャ☆

 

 あっ。今、ジル・ド・レェ(セイバー)ってば頭から落ちなかった? しかも何だかジル・ド・レェ(セイバー)そのまま動かないんだけど? これってもし死んだりしたら私と頼光さんのせいになっちゃったりする?

 

 ……………………………………ど、どうしよう?




「ジル・ド・レェってばキャスターでもセイバーでも薬研程じゃないけどいい仕事するわね。彼らの活躍を見てるだけでご飯三杯イケそう」by運命(Fate)の女神


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23

FGOのソロモン攻略できました。
これでFGOのストーリーは大体理解できたのでこれで薬研征彦の原作知識も冴え渡り、あとついでに原作知識を使って原作ブレイクを引き起こす(ある意味)最悪のサーヴァント「ヤゲン」の番外編も書け……書こう、かな?


 私のジャンヌ・オルタを誘き寄せる案が実行されてから数日が経ち、私達は新たにワイバーンの被害に遭ったという街へと向かっていた。

 

「ふふっ♪ こんなに大勢の人達がフランスを救うために志を同じにするだなんて……まるで天使の軍団みたいね♪」

 

「そうかい? 『今にも天に召されそう』ってところは同意できるけど、あの姿は僕の思い描く天使のイメージからはかけはなれているよ」

 

 私の近くにいたマリーが「私達の後に続いている人達」を見て笑顔で言うと、その横にいたアマデウスが同じく後ろを見ながら疑問を口にする。

 

 最初はマスターとサーヴァントとフォウを合わせて十二人と一匹しかいなかった私達だが、今では数十人の大所帯となっていた。……そしてそのほとんどが全身に包帯を巻いた重傷人の騎士達であった。

 

 そう、騎士達である。

 

 先日、ノーメイクでホラーな顔芸をしながらやって来たジル・ド・レェと共にやって来て、彼を敵と勘違いした私のサーヴァント、源頼光によって彼もろとも吹き飛ばされた騎士達である。

 

 あの時、ジル・ド・レェを初めとする騎士達は、幸いにも死者を出していなかったが全員がいつ死んでもおかしくない重傷ばかりで、私は大急ぎで彼らを治療したのだ。その時の様子を見ていたロマン上司は「あんなに素早い手術は見たことがない!」とか「まさにゴッドハンド!」とか言っていたが、必死にやっていたので正直自分でもよく覚えていない。

 

 とにかく私は何とか一人の死人も出さずジル・ド・レェを初めとする騎士達を治したのだが、そうすると今度は頼光さんが酷く落ち込んでしまったのだ。

 

 勘違いとはいえ、ただの人間であるジル・ド・レェ達に刀を振るってしまった頼光さんの落ち込み様は酷く、それを慰めるのは大変な時間がかかり……とても面倒だった。私と一緒になって頼光さんを慰めていたアルジュナなんて最後辺り「これが……我が父インドラの化身ですか……」と死んだ目になって呟いていたし。

 

 全く……私は医療スタッフだ。カウンセラーじゃないんだぞ。

 

 ちなみに当の本人達である頼光さんとアルジュナは、私の後ろでいまだに暗い顔と死んだ目をしている。

 

 そんなことを考えていると偶然なのかそうでないかは分からないが、集団の先頭を行くジャンヌが自分の隣にいるジル・ド・レェに話しかける。

 

「あの……ジル? 怪我は大丈夫なのですか? やはりまだ寝ていた方が良かったのでは……?」

 

「ふぁっふぁっふぁ! ふぉあんふんふぁふぁふぉふんふぉふぉふぉ。ふぉふぉふふ・ふぉ・ふぉう、ふぉふぉふふふぉふぉふぁふぁんふぉふぉふぁひふぁふぉんふぉふぉ。ふぉひふぁふぉふふぁふぁふぁふふふぁひふぉふぉふふぉふへふふぉふぉ(※特別意訳 はっはっはっ! ご安心なされよ聖処女よ。このジル・ド・レェ、これしきの怪我何ともありませんとも。そしてそれは我が騎士達も同様ですとも)」

 

「そうですか。それは良かったです」

 

 ジャンヌが話しかけると全身どころか顔にまで包帯を巻いてミイラ男になったジル・ド・レェが笑顔を浮かべながら(包帯で顔は見えないが)答え、それを聞いたジャンヌが嬉しそうに笑う。……やっぱりこの主従コンビ、かなり変だ。

 

「……まぁ、あのミイラ男の軍団は別にいいとして、問題はあっちの方だよ。あっち」

 

「あっち?」

 

 私がジャンヌとジル・ド・レェのやり取りを見ているとアマデウスとマリーの会話が聞こえてきた。不機嫌さを隠そうとしないアマデウスが指差す先を見てみると、そこには三人の女性に囲まれながら歩いている久世君の姿があった。

 

 久世君を取り囲む三人の女性の一人はマシュ。そして残る二人の女性は……。

 

「ちょっと! 今は私が子イヌ(マスター)と話をしているのよ。離れなさいよ!」

 

「お断りします。いついかなる時も旦那様(マスター)のお側にいるのが妻たる者の役目ですから」

 

 頭に赤い角を生やしてゴスロリ風の服を着た少女と、頭に白い角を生やして着物を着た少女であった。

 

 ……はい。どこからどう見てもこの特異点で仲間になるサーヴァント、エリザベートと清姫の二人です。

 

 実はあの二人、先日合流したジル・ド・レェ達と一緒に私達の所に来ていたのだ。

 

 生身の人間であるジル・ド・レェ達が頼光さんのバスターアタック一段目の直撃を受けてもギリギリ生きていられたのは、エリザベートと清姫がとっさに魔力で防御の場を作り、頼光さんの衝撃波を多少だけど弱めたかららしい。

 

 そして私達の所に来たエリザベートと清姫は一目で久世君をいたく気に入ったらしく、彼を仮のマスターとしていつも側にいるようになったのだ。

 

 ……うん、やっぱりこの世界の主人公は久世君だったんだね。エリザベートと清姫は主人公補正で無事久世君の方に行ったようだ。

 

 いや、よかったよかった。もし万が一にエリザベートと清姫が私の方に来ていたら……。

 

 今頃、頼光さんの刀が血で濡れていただろうな。うん、間違いなく……。

 

「ああ、もう! アイツらなんて醜い言い争いをしているんだ。聞いている僕の耳まで腐り落ちてしまいそうだよ」

 

「ははは……。まあ、落ち着いてください、アマデウス殿。あの二人も今はああして言い争っていますが、戦闘になると久世殿の為に力を貸してくれる仲間です。久世君が何も言わない以上、ここは多目に見ましょう」

 

 両耳を押さえながら吐き捨てるように言うアマデウスをゲオルギウスが苦笑を浮かべながらなだめる。

 

 ゲオルギウスの言う通り、エリザベートと清姫は戦闘になれば久世君の為にその力を貸してくれるだろう。だから私としてはあまり彼女達には近づかず、戦闘の必要な時にサポートを入れさえすれば……ん?

 

『み、皆! 大変だ! 何だか数え切れない程多数の魔力反応が高速で君達の所に向かってきている! しかもその先頭からは今まで感知したことがないくらい強大な魔力が感じられる!』

 

 突然のロマン上司からの緊急通信。立体映像のその顔を見るだけで彼が大いに焦っているのが分かる。

 

 そして今ロマン上司が言った「多数の魔力反応が高速で向かってきている」という言葉と「今まで感知したことがないくらい強大な魔力」という言葉から私は全てを理解した。

 

 

 

 

 ……そうか。ようやく釣れたか。



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24

 ロマン上司からの連絡にあった高速でこちらに向かってきている多数の魔力反応と今まで感知したことがないくらい強大な魔力反応は、私が予測した通りワイバーンの群れと魔竜ファヴニールであった。

 

 ワイバーンの群れを率いる魔竜ファヴニールの姿が見えたとき、ジル・ド・レェを初めとする人間の騎士達は思わず悲鳴をあげ、サーヴァント達もその圧倒的な存在感に息をのんだ。しかしその中で私だけは安堵の息を吐いていた。

 

 確かにこうして現実で見る魔竜ファヴニールはゲーム同様に、いや、それ以上に強敵に見える。

 

 普段の私であればファヴニールの姿を見た時点で恐怖のあまり気を失っていたかもしれない。だが今の私は恐怖心より安心感の方が上回っていた。

 

 圧倒的な戦闘力に加えてワイバーンを産み出す能力を持つファヴニールは、ジャンヌ・オルタ達の切り札とも言える存在だ。それがここに来ているということはジャンヌ・オルタもサーヴァントのジル・ド・レェも逃げに徹するのを止めてここに来ているのだろう。

 

 正直な話、ジャンヌ・オルタ達が戦力を集中させて攻撃を仕掛けてくるよりも、逃げに徹しながらワイバーンをフランス各地に差し向けられる方が、人理が崩壊する危険性が高かったのだ。

 

 それにもしこの案が失敗してジャンヌ・オルタ達が現れなかったら、いよいよ本当にアルジュナの宝具でフランス全土を絨毯爆撃する最終手段の実行も考えなければいけなかった。

 

 その為、ジャンヌ・オルタ達が逃げに徹する原因である私は「もしかしたら私が原因で人理が崩壊するかもしれない」とか「フランスの人々に大きな被害を与えるかもしれない」といったプレッシャーを背負っていた。それがジャンヌ・オルタ達が作戦通りに現れたことで解放され、今の私は伝説の魔竜を前にしても穏やかな心でいられたのだ。

 

 いや、本当によかった。

 

 私は医療スタッフだ。二人のサーヴァントと契約をしていて少し魔術が得意だが、それを除けばどこにでもいる極々平凡な医療スタッフだ。

 

 そんな私に人理の崩壊やこの時代のフランスの命運なんてあまりにも荷が重すぎる。

 

「ほう……。流石ですね」

 

 私がファヴニールを場違いな安堵の表情で見ていると、突然アルジュナが感心したような目で私を見ながら呟いた。

 

 え? 何? 何が流石なの?

 

「あれほどの魔竜を前にすればかつて私が共に戦った英雄達ですらも恐れは禁じ得ないでしょう。しかしマスター、貴方は魔竜の姿を見ても恐れないどころか不敵な笑みすら浮かべている。その胆力から見てマスター、貴方は現代に現れた英雄のようだ。……フフッ。これは面白くなってきましたね」

 

 はいぃっ!? 一体何を言っているんだよアルジュナ! 面白くなんかないって!

 

 不敵な笑み? これは責任を回避することができた安堵の表情だからね?

 

 胆力? 私にそんなものはない。私はロマン上司やオルガマリー所長並のチキンハートの持ち主だからね?

 

 現代に現れた英雄? 私は医療スタッフだ。田舎に一つしかない診療所の医師のような平々凡々な医療スタッフだからね?

 

 私が内心でアルジュナにツッコミを入れまくっていると、久世君達を初めとする周囲の人達が驚いたような顔で私を見てくる。

 

 え? え? 何? 何でしょうか皆さん?

 

「先輩……」

 

「ああ……。薬研さんはあのドラゴンを見ても全く恐れず、戦おうとしている。だったら俺達だって……!」

 

「フォウ! フォーウ!」

 

 いや、ちょっと待って? マシュに久世君にフォウ、お待ちになって? ヤル気になるのは大変結構だけど、何でそこで私の名前を出すの?

 

 そう心の中でツッコミを入れていると、他のサーヴァントや人間の騎士達までもが私の名前を口に出しながら互いを鼓舞しあっていく。……って!

 

 止めて! 私をこの場で最も勇敢な人みたいに扱うのは止めて!

 

 違うから! 私はそんな勇敢な人とは違うから! 今頃になってファヴニールへの恐怖で体に震えが着た小心者ですから!

 

 私が今すぐ叫びたいのを我慢している内にワイバーンの群れを率いるファヴニールはこちらに近づいてきて、ある程度近づいたところで空中に制止した。そして山のような巨体のファヴニールの頭部に立つのはジャンヌ・オルタと全身に包帯を巻いてミイラ男と化したサーヴァントのジル・ド・レェだった。

 

 ……以前、ワイバーンから落下した時の怪我、治ってなかったんだな。

 

「あれがフランスを苦しめるもう一人の私……」

 

 こちら側にいるジャンヌ・ダルクがファヴニールの上に立っているジャンヌ・オルタを見て小さく呟く。

 

 さあ、ここからがジャンヌ・ダルクとジャンヌ・オルタ、二人の聖女の戦いだ。

 

「あの……」

 

「お久しぶりね。薬研征彦」

 

 何かを言おうとしたジャンヌ・ダルクの言葉を遮ってジャンヌ・オルタが氷のように冷たい声音で言い放つ。しかし彼女が言葉を向けたのは自分の宿敵であろうジャンヌ・ダルクではなく私であった。

 

 ……え? 何で私?

 

 これには私だけでなく他の皆も困惑しているのだが、ジャンヌ・オルタはそんなことお構いなしに言葉を続ける。

 

「薬研征彦……。貴方は私に色々な事を教えてくれたわね……。初めて会った時は私の配下をことごとく殺して絶望と恐怖を教えてくれて、そして今度はそこにいるもうひとりの私にフランスを救う真似事なんかさせて私に真の怒りというものを教えてくれた……」

 

 言葉を続けるごとにジャンヌ・オルタの体が少しずつ震え始める。……な、何だかヤバくない、この展開?

 

「心の傷を抉られるのが一体どれだけ辛くて頭にくるのかよく分かったわ。薬研征彦、これは貴方に出会わなかったらきっと分からなかったでしょうね。貴重な経験をさせてくれて本当にありがとう。……だから!」

 

 そこまで言うとジャンヌ・オルタは「ギン!」という擬音が聞こえてきそうな勢いで目蓋を開き、私に殺気のこもった視線を向けてきた。こ、恐い……。

 

「だからそのお礼に薬研征彦! 貴方はジャンヌ・ダルクよりも先に殺してあげる! その体を引き裂いて、煉獄の炎で灰も残さずに念入りに燃やし尽くしてあげるわ!」

 

 い、いかん! ジャンヌ・オルタさんってばこれ以上ないくらいにキレていらっしゃる。

 

 どうやら私の案は私が思った以上に効果がありすぎたようだ。まさかジャンヌ・オルタがジャンヌ・ダルクより先に私をロックオンするくらい怒り狂うとは完全に予想外だ。

 

 そして私は怒りに燃えるジャンヌ・オルタに気を取られ過ぎていて気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………」

 

 今の今までずっと沈んだ表情で俯いていた頼光さんがジャンヌ・オルタの言葉に反応して「ピクリ」と体を小さく震えさせたことを。



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25

「さあ! ファヴニール! あいつらを殺……っ!?」

 

 自分達を乗せているファヴニールに私達を襲わせようとするジャンヌ・オルタであったが、その言葉は途中でいきなり途切れてしまう。

 

 何故ならば、先程から空中でファヴニールの巨体が突然バラバラになって、ファヴニールの上に乗っていたジャンヌ・オルタとサーヴァントのジル・ド・レェがファヴニールの肉片と一緒に地面に落ちていったからだ。

 

 そう、バラバラ。

 

 何の前触れもなくファヴニールの巨体は空中で十七分割となり、流石の伝説の魔竜も体を十七に引き裂かれたら生きていられるはずもなく、地面に落ちたファヴニールの頭部にある瞳からは生命の光が消え失せていた。

 

 あー、これでファヴニール戦終了か。随分と呆気ない終わりだったな……って、え?

 

「え?」

 

「ええ?」

 

「フォウ、フォウ(※特別意訳 さん、ハイ)」

 

『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっ!?』

 

 思わず自分の口から声が漏れたと思ったら久世君とマシュに口からも声が漏れ、次にフォウの鳴き声を合図に私も含めたこの場にいる全員の口から疑惑の叫び声が放たれて大合唱となった。

 

 い、いやいやいやっ! 一体どういうこと!? どうしてファヴニールがいきなりバラバラになるのさ? ファヴニールはオルレアンのボス格の一体なのに一回の戦闘も無しに退場だなんてそんなのアリなの!?

 

 一体誰がこんな非常識な事、を……?

 

 そこまで心の中で叫んだところで気づいた。そう、私達にはそんな非常識な事をサラッと実行できてしまうお方が一人いることを。

 

「あらあら。流石は龍殺しの大剣。龍の鱗との相性はバツグンですね♪」

 

 そんな声と一緒に空から降ってきたのは私が最初に呼び出して契約をしたバーサーカーのサーヴァント、源頼光。そして彼女の手にあるのは頼光さんがいつも使っている刀ではなく……。

 

「俺のバルムンク!? いつの間に!?」

 

 頼光さんの手の中にあったのはジークフリートの背中にあったバルムンクで、それを見たジークフリートが驚きの声を上げた。

 

 え? 何? 頼光さんってば私達の誰にも気づかれない程の速さでジークフリートからバルムンクを奪って、ファヴニールの巨体十七分割したってこと? ……な、何だか頼光さんってばいつも以上にメチャクチャじゃない? ついさっきまで落ち込んでいたのにどういうことなの?

 

「う、うう……!」

 

「お久しぶりですね。もう一人のジャンヌ・ダルクさん」

 

「あ、貴女は!?」

 

 ファヴニールの上から地面に叩きつけられた衝撃でほんの少しの間、気を失っていたジャンヌ・オルタだったが頼光さんの声を聞いて表情を強張らせる。

 

「貴女、今おかしな事を言いませんでしたか? 私のマスターの、我が子の体を引き裂いて、煉獄の炎で灰も残さずに念入りに燃やし尽くしてあげる、とか……」

 

 いつ見ても背筋が凍りそうなくらいに恐い目が全く笑っていない笑みを浮かべながら、先程ジャンヌ・オルタが私に言った台詞を口にする頼光さん。あれってもしかして……。

 

「もしかしなくてもそうでしょう。あの黒いジャンヌの言葉に怒りを感じて、魔竜を八裂きにすることで彼女の『マスターの体を引き裂く』という言葉の意趣返しをしたのでしょう」

 

 私の内心を読み取ったアルジュナが解説をしてくれた。

 

 それにしてもやっぱりか。頼光さんの行動力と戦闘力は相変わらず頼もしいけれど、八つ当たりで瞬殺された伝説の魔竜に同情を禁じ得ない。

 

「………!」

 

「あらあら、そんなに恐い顔をしないでください。……実は私、今貴女にとても感謝しているのですよ?」

 

「……はぁ?」

 

 まだ落下のダメージが抜けていないのか、弱々しい動きで立ち上がりながら恐れと怒りが混じった表情で頼光さんを睨み付けるジャンヌ・オルタであったが、頼光さんの突然の言葉に呆けた表情になった。ちなみに呆けた表情になったのは私達も同じだ。

 

 頼光さんがジャンヌ・オルタに感謝? 一体どういうこと?

 

「お恥ずかしい話ですが実は私、つい先日に大きな失態を犯しました。その失態をどうにか償う方法を考えていた矢先にジャンヌ・オルタさん、貴女という敵の大将が現れてくれて本当に助かりました。敵の大将の首級を獲ったとなれば汚名返上には充分のはず。ですから……」

 

 そこまで言うと頼光さんは手に持っていたジークフリートのバルムンクを地面に突き刺し、自分の刀を抜いた。

 

「首、置いていってくださいません。ねえ? 大将首。大将首でしょう? ねえ、大将首でしょう、貴女」

 

「あ、ああ……」

 

 頼光さんの狂気すら感じさせる凄みのある笑みにジャンヌ・オルタが真っ青になって身体を震えさせる。

 

 それはそうだろう。私がもしジャンヌ・オルタの立場だったら今頃恐怖のあまり心臓麻痺でも起こして死んでいるだろう。

 

 それにしても頼光さんのあの台詞……頼光さんってばカルデアにいた頃に貸した「漂流者達」の漫画の影響? 今思い返してみれば読んでる最中に何度も深く頷いていたし、やっぱり気に入っていたんだな。

 

 ……………貸すんじゃなかった。昔の私の馬鹿。

 

「では……御首級、頂戴!」

 

「ヒイッ!?」

 

 私が過去の自分の愚行に後悔をしていると、頼光さんが目尻に涙を浮かべているジャンヌ・オルタの首をめがけて刀を振るった……って、もう!? 何だかこんな展開前にもなかった!?



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26

 ザシュ!

 

 頼光さんがジャンヌ・オルタの首をめがけて刀を振るった次の瞬間、刃が血肉を裂いて骨を断ち切る音が聞こえ、鮮血が宙を舞った。

 

 しかし頼光さんの刀が切り落としたのはジャンヌ・オルタの首ではなく……。

 

「ぐ、うおぉぉぉ……!」

 

 膝をついて苦悶の声をあげるジル・ド・レェの左腕であった。

 

 頼光さんの刀がジャンヌ・オルタの首を切り落とす直前、ジル・ド・レェがとっさに彼女を庇い、自らの左腕と引き替えにその命を救ったのだ。

 

「あら? 身をていして女性を守るとは鬼にしては中々見上げた方ですね? しかしもう後がありませんよ」

 

 左腕を失いながらも必死にジャンヌ・オルタを守ろうとするジル・ド・レェを見て頼光さんは感心したように言うが、その目と声音は非常に冷たい一切の情を取り除いたものであった。

 

「だ……! 黙れ黙れ黙れ! この匹婦めが! 私達が、ジャンヌが最期であるものか! ジャンヌ! ワイバーン達を!」

 

「え、ええ、そうね! ワイバーン達よ!」

 

『『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』』

 

 頼光さんの静かな迫力に気圧されながらも叫ぶジル・ド・レェの言葉につられたジャンヌ・オルタの声に従い、上空を飛ぶ無数のワイバーン達が一斉にこちらに向かってくる。

 

 ジャンヌ・オルタの奴、物量で一気に押し殺すつもりか。まあ、ファヴニールを失った彼女達にはもうそれしか有効な手がないからな。

 

「マスター。お願いします」

 

 上空から襲いかかってきるワイバーンの大群を目にしても頼光さんは全く動じておらず、私の方に視線を向けてくる。その視線は私だったらこの状況を打開する方法を当然持っていると信じているものだった。

 

 いや、止めてくださいよ、頼光さん。私は医療スタッフだ。今回はこの状況を打開する術を用意していますけど、私はどんな戦況でも対応できるキレ者軍師なんかじゃないんですからね?

 

 私は内心でため息を吐くと、荷物の中から一つの水筒を取り出し、その中身を魔術で上空に飛ばした。するとこちらに向かって来ていたワイバーンの大群が一斉に進行方向を変え、私が上空に飛ばした水筒の中身に向かって行く。

 

「な、な、なぁ!?」

 

「ワイバーン達が!? 何なのよ、アレは?」

 

 進行方向を変えていくワイバーンの大群を見てジル・ド・レェが目を飛び出さんばかりに見開き、ジャンヌ・オルタが驚愕の声を上げる。

 

 あの水筒の中身は、日本の神話に登場する巨竜をも虜にした霊酒からアイディアを得て私が特別に調合していた魔術薬。効能は竜種の理性を一時的に低下させて引き寄せる香りを発生させるというものだ。

 

 元々は対ファヴニール用に、それも「戦闘中に気をそらせたらラッキーかな?」程度のつもりで用意していた代物だけど、ファヴニールよりはるかに格下なワイバーンには効果バツグンのようでまさに入れ食い状態であった。

 

 それにしても使う機会があって良かった。あの薬はこの特異点にレイシフトする前より用意していたもので、せっかく用意したのに使う機会がなかったら少し虚しいからね。

 

 とにかく、これでワイバーン達は隙だらけだ。後は……アルジュナ。

 

「了解しました」

 

 私の言葉に頷いたアルジュナは弓を構えて次々に青い光の矢を高速で放っていく。そして放たれた無数の青い光の矢は目や首や心臓等のワイバーン達の急所を貫いていき、ほんの数十秒で空を覆い尽くさんとしたワイバーンの大群はその半数以上を失った。

 

「「……………!」」

 

「どうやら、これで本当に後がなくなったようですね」

 

 ワイバーンが次々といとも容易く撃ち落とされていく光景に揃って絶句しているジャンヌ・オルタとジル・ド・レェの二人に頼光さんが容赦なく現実を突きつける。するとそれが切っ掛けになったのかジャンヌ・オルタが頼光さんを怒りの目で睨み付けてきた。

 

「後がない後がないって、ふざけないで! 私はこんなことで諦めないし、負けたりもしない! フランスを滅ぼし、間違いを正す! この願いが達成されるまで私は決して諦めるものですか!」

 

「……あら?」

 

 まるで血を吐くような、それこそ常人が聞いたら気圧されそうな呪詛を吐くジャンヌ・オルタ。しかしそれを正面からぶつけられた頼光さんはまったく気にしていないどころか、意外そうな、あるいは若干感心したような表情となって首を傾げて口を開いた。

 

 そして次に頼光さんの口から出た言葉を聞いた時、私を始めとするこの場にいる全員が固まる事になる。

 

 

 

 

 

「あらあら。『作られたモノ』とはいえ、そこまで必死に己の役割を果たそうとするとは……正直見直しました」



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27

今回はいつも以上に頼光さんが怖く、ジャンヌ・オルタが可哀想な回です。
頼光さんとジャンヌ・オルタのファンは見ない方がいいかもしれません。


 頼光さんの一言で凍りついたこの場で最初に動き出したのはジャンヌ・ダルクであった。

 

「彼女が作られたモノ? それは一体どういうことですか? 彼女は私の中にあった憎しみの心がサーヴァントになった、もう一人の私なのでは?」

 

「いいえ、違います。この者はもう一人の貴女などではありません」

 

 戸惑いながらも疑問を口にするジャンヌ・ダルクに頼光さんは「違う」と断言する。

 

 いや、その通りなんだけど、どうして分かったんですか? 頼光さん?

 

 気がつけば私だけでなくこの場にいる全員が、それこそ当のジャンヌ・オルタやジル・ド・レェすらも「ジャンヌ・ダルクとジャンヌ・オルタは同じ人物ではない」と言い出した頼光さんを疑問の目で見ていた。そしてこれらの視線を受けた頼光さんは、自分が今言った考えに至った理由について説明を始めた。

 

「私は生前、鬼を始めとする数多の人に害を為す怪異を討ってきました。その中には人の死霊や生霊から、あるいはそれ以外のモノから変じた怪異もいました。その経験から分かるのです」

 

 頼光さんはそこで言葉を切るとあまりに突然の事に言葉がないジャンヌ・オルタに視線を向ける。

 

「初めて戦った時から違和感を感じていましたが、こうして再び相対して確信しました。この者の気配は私達、人の魂より形作られたサーヴァントとは似ているようで違う。どちらかと言うと人の思念が変じた付喪神に近い」

 

 付喪神。人が長年使って来た道具に持ち主の思念が少し移り、擬似的な妖魔になったものだ。

 

 成る程。確かにここにいるジャンヌ・オルタはジル・ド・レェが聖杯に自分の持つ「復讐に燃えるジャンヌ・ダルク」のイメージを与えて作り出した存在だ。そういう意味ではジャンヌ・オルタは付喪神に近いものであろう。

 

 というか頼光さんってば最初からジャンヌ・オルタの秘密に気づいていたのかよ。流石スキル「神秘殺しA」持ちって言うか、日本で最も高名な退魔の武人。怪異に対する経験値とそれに裏打ちされた勘が半端ない。

 

「……っ! 黙って聞いていれば好き勝手に言って! 私が作られたモノ!? ツクモガミ!? 口からでまかせを言うのもいい加減にして!」

 

「いいえ、でまかせではありません。マスターも貴女が『違う』という事は最初から気づいていましたよ。ねぇ、マスター?」

 

 感情を爆発させて叫ぶジャンヌ・オルタに頼光さんは冷静に返すと次に私に話を振ってきた。え? 頼光さん、私知っていることに気づいていたの?

 

 頼光さんの発言のせいでこの場の視線が私に集まる。こうなると黙っている事はできないが、どう説明したらいいのだろう? 原作知識の事は当然言えないが、だからといって嘘付き焼き殺すガールこと清姫の前で適当な嘘を言うわけのもいかないので、実際にジャンヌ・オルタを目にした時感じた印象を言うことにしよう。

 

 ジャンヌ・オルタを初めて見た時、彼女がジャンヌ・ダルクに関係する存在だとはすぐに分かった。

 

 ワイバーンと狂化されたサーヴァントを従えてフランスの街を焼くジャンヌ・オルタは正に「今まで信じて心身を共に捧げた神と祖国に裏切られ、その末に復讐を誓った聖女」といった感じで、完璧な憎悪の化身に見えた。

 

 そう、あまりにも完璧な憎悪の化身。あまりにも完璧すぎて私は逆にそこに不自然さを覚えたのだ。

 

 頭のてっぺんから足のつま先にまでフランスへの憤怒で染まったジャンヌ・オルタはそれ以外の感情や記憶を知らない作り物に見えた。

 

 と、自分が感じた印象を語るとその場にいるほとんどの者が私を驚いた顔で見ており、頼光さんは満足そうに頷いて、ジル・ド・レェは体を震わせながらこちらを睨んでいた。正直怖い。それでジャンヌ・オルタはというと……。

 

「わ、私が……作り物? 憎しみの記憶以外持っていない……? そ、そんな筈は……でも、確かに……!?」

 

 私の言葉にジャンヌ・オルタはさっき頼光さんに向かって叫んだ威勢を嘘のように失くし顔色を真っ青にしていた。

 

「じ、ジル……。う、嘘よね……? こいつらが言っている事って嘘っぱちよね……? 私が作り物だなんて、そんな……」

 

 ジャンヌ・オルタは自分の唯一の味方であるジル・ド・レェに話しかける。その声は不安で震えており、今にも泣き出しそうに聞こえた。

 

「じゃ、ジャンヌ……。………」

 

 話しかけられたジル・ド・レェはジャンヌ・オルタの名を呼び何かを言おうとしたが何も言えず視線をそらしてしまった。

 

 そしてそんなジル・ド・レェの反応でジャンヌ・オルタは私達の言っている事が真実である事に気付いた。……気付いてしまった。

 

「ーーーーー!? う、あ……。うあああぁああぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 真実に気付いてしまったジャンヌ・オルタが悲鳴を上げる。その悲鳴はあまりにも悲痛で、ジャンヌ・ダルクだけでなく私を含めたその場にいた全ての者が見てはいられないと目を背けた。

 

 ……………たった一人を除いて。

 

「あああああぁぁあ………!」

 

 ジャンヌ・オルタの悲鳴が不意に途絶えた。何事かと私が彼女の方を見ると……。

 

 

 

 そこには頭部を失ったジャンヌ・オルタの身体と、刀を持った右腕を横に水平に構えた頼光さんの姿があった。

 

 

 

 …………………………え?

 

 あまりに突然の出来事にとっさに声が出なかった。それは他の者達も同様であった。

 

「多少気の毒な気もしないでもありませんが……ここは戦場。戦場でそのような隙を見せた己の迂闊さを呪いなさい」

 

 頼光さんが悲鳴を上げていたジャンヌ・オルタの首をはねたのは明白であった。頭部が光の粒子となって消えていくジャンヌ・オルタに頼光さんは冷たく言い放つ。

 

「さあ、マスター? それに皆さんも何を呆けているのですか? まだここには倒すべき敵がいるのですよ?」

 

 頼光さんは展開の早さに頭がついていかない私達にそう言うと、ジャンヌ・オルタが殺された事に呆然としているジル・ド・レェとワイバーンの群れに刀を向けて口を開いた。

 

「誅伐、執行」

 

 それがこの特異点の終わりを告げる合図だった。

 

 ※ ※ ※

 

「……ああ、薬研クン。お帰り……」

 

 特異点を修復し、聖杯を回収した私と頼光さんとアルジュナがカルデアに戻ると、青い顔をしたロマン上司が疲れた声で出迎えてくれた。

 

 頼光さんがジャンヌ・オルタを殺した後、全てがあっという間に終わった。

 

 ジャンヌ・オルタを目の前で失ったジル・ド・レェは何の抵抗も見せず頼光さんの一太刀を受けてこの世から去り、残ったワイバーンの群れはアルジュナを始めとするサーヴァントと人間の騎士達の手で一匹残らず狩り尽くされた。

 

 その様子は戦いではなく一方的な虐殺であり、ロマン上司が青い顔をしているのはその様子をモニター越しで見ていたからだろう。

 

 ロマン上司、久世君達は?

 

「ああ、久世クンだったらマシュ達を連れて自室に戻ったよ。やっぱりあの戦いがだいぶショックだったみたいだね」

 

 私が先にカルデアに戻った久世君の事を訊ねると、ロマン上司から予想通りの答えが返ってきた。……やっぱりそうだよなぁ。いくら久世君が最初に比べたら戦いを経験して成長したと言っても、あの後味が悪い戦いは堪えるよな。

 

 ……ロマン上司。私達は、これから特異点の探索に参加したとしても久世君達のサポートは最小限にして、場合によっては別行動を取りたいと思います。

 

「え? どうしてだい?」

 

 ロマン上司に聞かれ、私は久世君達と別行動を取る理由を頭の中で整理する。

 

 今回の特異点、私達が最初にジャンヌ・オルタと出会い、戦闘になったせいで私が知るゲームの歴史とは大きく違うものとなってしまった。その結果があのゲーム以上の人理崩壊の危機で、あのぐだぐだな最後だ。

 

 今回の件でよく分かった。やはり私は積極にゲームの主人公である久世君達に関わるべきではない。サポートをするにしても最小限にしておかないと私が知るゲームの流れとは大きくかけ離れて予測できない事態が起こる可能性がある。

 

 だから久世君達のサポートは最小限にしたいと申し出たのだがこんなこと言えないし、どうロマン上司を説得したらいいのかな?

 

「……久世クン達とは気が合いそうにないかい?」

 

 私がロマン上司をどう説得しようかと考えていると、当の本人が気まずそうに聞いてきた。……ああ、そうだな。せっかくだからその線で説得してみるか。

 

 ……気が合わないとはちょっと違いますね。久世君達の事は私も個人的に好ましいと思っています。ですけど戦いの点では私と久世君はやり方が違いすぎる。万が一私と久世君の意見の違いが出たら……最悪内部分裂をするかもしれません。

 

 

 私は自分が思った気持ちを正直にロマン上司に打ち明けた。

 

 ゲームをしていた時も思ったがやっぱり主人公である久世君は「普通の人間」というか「善人」であった。

 

 久世君はできることならば犠牲を出したくない。その上、敵であっても助けられるのであれば助けたいと思ってしまうお人好しだ。そんな彼のやり方はいかにも「主人公らしい」と思い好感を持てるのだが、私の目的達成の為には犠牲を出す事もやむなく、敵であれば容赦をしないというやり方とは大きく違う。

 

 お互いのやり方が正反対と言えるくらい違い、その上どちらもやり方を変えられそうにないとなると、余計なトラブルを避ける為に接触を最小限にするのが一番だろう。

 

「……うん。そうだね。薬研クン、君の言う通りかもしれない。……やっぱり薬研クンはこの中で一番魔術師らしいね」

 

 私の言葉に納得してくれたロマン上司だが、今更ですねロマン上司?

 

 私は医療スタッフだ。だが私は医療スタッフである前に目的の為ならば手段を選ばない魔術師だ。

 

 そして更に言えば、私は魔術師である前に死ぬことが何よりも恐ろしい臆病な転生者なのだ。




次回はサーヴァント召喚回で、オルレアン編の最後です。
……しかし自分で書いておいてなんですが、どうしてこんな展開になったのか?
オルレアン編を始めたばかりの時は「薬研が不本意ながらも仲間のサーヴァント達とこの時代の軍隊をまとめて、ジャンヌ・オルタ達と一大決戦」みたいな展開を考えていたのに、気がつけば第二シーズンのFate/Zero並みに酷い展開に……。
一体どうしてこうなった……!(血涙)


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28

 オルレアンの特異点からカルデアに帰還した日から二日後。一日の休日を挟んで私達は英霊を召喚する部屋に集まっていた。

 

 この部屋に集まったのは当然、新たなサーヴァントを召喚するためである。

 

 しかし、これから新しい仲間を呼び出すと言うのに久世君とマシュの表情は少し暗い。これは間違いなくオルレアンの最後の戦いが原因だろう。

 

 実際、今日頼光さんと一緒に久世君とマシュに会うと二人揃って顔を僅かにひきつらせていたし、正直二人には悪いことをしたと思う。

 

 そんなことを考えていると私達を集めたロマン上司が口を開いた。

 

「さあ、それじゃあ早速英霊の召喚を始めようか。今回召喚できるサーヴァントは聖杯の霊子から二名。薬研クンが回収した六つの聖晶石から二名で合計四名だ」

 

 ロマン上司が言った六つの聖晶石とは、オルレアンにレイシフトした直後に戦った五名のバーサーク・サーヴァントのものと、最後の戦いで倒したジル・ド・レェのものである。

 

 私が聖晶石を回収しないはずがないじゃないですか?

 

 ええ、聖晶石はとても大切なものですからね。例え欠片であっても一つたりとも見逃しませんよ。

 

「今回の召喚では久世クンと薬研クンにはそれぞれ二名のサーヴァントと契約してもらおうと思うけど、二人ともそれでいいかな?」

 

「はい」

 

 ロマン上司の言葉に久世クンが答え、私も「それでいいですよ」と言って頷く。

 

 そうして新たなサーヴァントの召喚が始り、最初に召喚を行うのは前回と同じく久世君。

 

 先日、ロマン上司に久世君のサポートを最小限にすると言った私としては、彼にはここで強力なサーヴァントを引き当ててほしいものである。

 

 そして私が久世君の元に強力なサーヴァントが現れることを祈っていると、召喚システムより立ち上った光の柱から二人分の人影が現れた。

 

「あの人は……」

 

「オルレアンで会った……」

 

「げっ……。あのヤロウは……」

 

 光の柱から現れた新たな二人のサーヴァントの姿を見てマシュとセイバー・リリィとクー・フーリンがそれぞれ言葉を放つ。

 

 久世君が召喚して契約をした二人のサーヴァントは、白の着物を着て頭に二本の角を生やした少女と、赤の服を着た褐色の肌の男性。

 

「サーヴァント、清姫。こう見えてバーサーカーですのよ? どうかよろしくお願いしますね、マスター様」

 

「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した」

 

 なるほど。久世君が召喚したのは清姫とエミヤか。

 

 ゲームでは二人とも星三と星四だったが、中々に使いやすいキャラクターだったし、マスターの意志を尊重してくれる性格だから久世君の心強い味方になってくれるだろう。……て、おや?

 

「ああ! 旦那様! こうして再び出会えるだなんて! やっぱり私達は結ばれる運命だったのですね!」

 

「え? ……うわっ!?」

 

「ちょっ!? 一体何をしているのですか!?」

 

「やれやれ……。まさかこんな所でもお前の顔を見るはめになるとは……。いい加減この腐れ縁にもうんざりしているのだがね」

 

「うるせぇよ。それはこっちの台詞なんだよ」

 

 清姫が久世君に抱きついてそれにマシュが血相を変え、エミヤが苦笑を浮かべて憎まれ口を叩いてそれにクー・フーリンがそれに苦々しく答える。そしてそうしている内にどんどん彼らの周囲の空気が剣呑になっていく。

 

 いや、この展開になるのは分かっていたけど、いくらなんでも空気が悪くなるスピード早すぎない? 久世君とセイバー・リリィも言い合いをしているマシュと清姫、エミヤとクー・フーリンを止めようとするがまったく止まらずおろおろしているし、これは完全に予想外だよ。

 

 というか、久世君達ってばチームワーク的にむしろ戦力ダウンしていない?

 

「ええっと……。じゃ、じゃあ次は薬研クンの召喚をしようか?」

 

 ロマン上司がいまだ騒いでいる久世君達を見ないことにして私の召喚を始めようとする。

 

 いや、関わりたくないのは分かりますけどそれでいいんですか? カルデアの総責任者(代理)。

 

 まあ、それはとにかく私の召喚をすることに。

 

 私は言い合いをしている、あるいはそれを止めようとしている久世君達を横目で見ながら切に思った。どうか頼光さんとアルジュナと喧嘩をしないサーヴァントでありますようにと。間違っても青い着物を着た見た目ロリっ娘な鬼と某施しの英雄が来ませんようにと。

 

 そんな私の願いの元に現れたサーヴァントは……。

 

 

 

「牛若丸、まかりこしました。武士として誠心誠意、尽くさせていただきます」

 

「怯えるな契約者よ。山の翁、召喚に応じ姿を晒した。我に名はない。呼びやすい名で呼ぶがよい。」

 

 

 

 露出が多すぎる格好の少女の武者と武骨な大剣を持った骸骨の騎士であった。

 

 …………………………え? 何コレ?

 

 牛若丸はまだ分かるとして何でグランドサーヴァントのキングハサンこと山の翁まで召喚されたの?

 

 あの、山の翁さん? 何で私の召喚に応じてくれたのですか? 牛若丸は頼光さんつながりで縁ができたのは分かりますけど、山の翁さんは私達と何のつながりもありませんよね?

 

「……その疑問はもっともだな、契約者よ。本来であれば契約者の元に来るのは我ではなく別の英霊のはずであった」

 

 私の質問に山の翁は少し考える素振りを見せてから答えてくれた。そして山の翁はそのまま説明を続けてくれる。

 

「しかしその英霊は召喚したのが契約者だと知ると呼びかけを拒否してな、穴埋めとして別のサーヴァントが呼ばれる事となったのだ。そしてその時、拒否をした英霊が口にした『もう首を切られるのは嫌だ』という言葉に思わず反応したら我が召喚されたという訳だ」

 

 もう首を切られるのは嫌だ、という言葉でピンときた。恐らく私が本来召喚してそれを拒否したサーヴァントというのは彼女なのだろう。オルレアンで戦った黒の聖女。

 

 というかジャンヌ・オルタってばオルレアンの特異点での事がそんなにトラウマだったの? 英霊の座に戻っても覚えていて、私の召喚を拒否するくらいに?

 

 ……しかし、私が召喚したのが牛若丸と山の翁って。頼光さんとアルジュナと喧嘩はしないし、とても頼りになるんだけど、どこか不安を感じるのは何故だろう?




久世大地と薬研征彦が召喚したサーヴァント

【久世大地】
清姫(バーサーカー・☆3)
嘘つき焼き殺すガールで、久世大地をめぐってマシュと言い合いする。
しかし本来はマスターにつくすよくできた少女。

エミヤ(アーチャー・☆4)
皮肉屋で、クー・フーリンとは犬猿の仲。
しかし本来は面倒見のよい正義の味方。


【薬研征彦】
牛若丸(ライダー・☆3)
同じ源氏つながりで頼光さんと相性がいい。
しかし強すぎる忠誠心のせいでよく暴走するブレーキの壊れた忠犬。

山の翁(アサシン・☆5)
実力は申し分なく、他とも足並みを揃えてくれる面倒見のよいハサン。
しかし「首を出せ」の口癖が怖すぎる暗殺教団の初代トップ。


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ぐだぐだ本能寺
29


クー・フーリン達三人の新モーション、大変カッコ良かったです。
ジャスティスハサン先生の新モーションはよ。いぶし銀な先生に似合う新モーションはよ。
というかカッコいいザバーニーヤの新モーションはよ。

我がカルデア陣営の呪腕のハサン:聖杯でLv90になっており、キングハサン先生と共にアサシン部門のツートップ。


 オルレアンの特異点を修復し、新しいサーヴァントを仲間にした日から早数日。私が食堂でエミヤの作った昼食を食べてマイルームに戻ろうとした時、私は何やらカルデアの職員達が明らかにこちらを恐怖の目で見てくることに気づいた。

 

 カルデアの職員達は私の姿を確認すると即座に直立不動の体勢となって「私はこの資料を倉庫に持っていく途中です!」とか「私は休憩を終えて職場に戻るところです!」とか、わざわざハッキリとよく聞こえる大きな声で私に報告をするのだ。

 

 一体何事かと思ったが、その疑問はマイルームの前についた時に氷解した。私のマイルームの扉には一枚の貼り紙が貼ってあり、その貼り紙にはやたらと達筆な文字でこう書かれていた。

 

 

 

【不審者、即斬首週間実施中】

 

 

 

 ………そうか、これのせいか。この貼り紙のせいでカルデアの職員達はあんなに怯えていたのか。

 

 そしてこんな貼り紙を貼ったのは十中八九、牛若丸だろう。というか牛若丸以外のサーヴァントがやったとしたら私、色々と絶望するからね?

 

 とにかくこんなふざけた貼り紙はすぐに剥がしてもらう事にしよう。そう思って私がマイルームに入ると……。

 

『ひとぉつ! ふたぁつ!』

 

 ザシュ! ザシュ!

 

「お見事! 中々見事なお手並みです。迷いのない太刀筋で首を斬っています。やはり御首級を狙う武士はああでなくては」

 

「あらあら。ええ、確かに元気のよい武士ですね。速さよりも力を重視して骨を砕いて首を斬る……あれなら鬼の首も斬れそうです」

 

「ふむ……。我のような暗殺者の剣とはいささか違うが、巧く首を斬っておるな」

 

 漂流者達のDVDを見て、主人公の島津武者が敵兵の首を次々と斬り捨てるシーンでそれぞれの感想を言う牛若丸と頼光さんと山の翁の姿があった。

 

 ちなみにアルジュナは部屋の隅で椅子に座り本を読んで素知らぬ顔をしていたが、よく見れば頬に一筋の汗をかいていた。

 

 ………ナニコレ?

 

 何で牛若丸と頼光さんと山の翁の三人が仲良くDVDを見ているの?

 

 いや、サーヴァント同士が仲良くしてくれるのは大変嬉しいけど、何でよりにもよって見ているのが「漂流者達」のDVDなの?

 

 というか何? 頼光さん達のあの物騒な会話。いつから我がマイルームは首狩り族の集落になったの?

 

「あら? マスター、お帰りなさい」

 

「うん? 帰ってきていたのですね。マスター」

 

「お帰りなさいませ、主殿」

 

「帰ったか契約者よ」

 

 私がマイルームの首狩り族集落化に畏れおののいていると頼光さんが声をかけてくれて、それに続いて他の三人も声をかけてくれた。

 

 はい。ただいま戻りました。それで戻ってさっそくなんですけど、表の貼り紙は一体何ですか?

 

「ああ、あれですか? あれは敵の間者が紛れていないか確かめる為の行動です。何しろここは人類の最後の砦。万が一、敵の間者が紛れ込んでいたら大変ですからね」

 

 私の質問に牛若丸が露出過多な胸を張って答える。……そうか、やっぱりお前か。牛若。

 

 しかし即斬首週間なんて物騒な週間、よくロマン上司が許可しましたね?

 

「はい。(刀を突きつけて)理由を説明したら快く許可してくれました」

 

 オイコラ。今、小声で「刀を突きつけて」って言ったろ? ……これがブレーキの壊れた忠犬の実力か。

 

 牛若丸が百パーセント私への忠誠心で動いてくれているのは分かる。でもこれはちょっと……。

 

 何だが牛若丸と一緒に戦った源氏勢の苦労が少しだが分かった気になってると、当の本人は手のかかる弟を見守る姉のような視線で私を見上げていた。

 

「まったく……。主殿も武士であるのでしたら、いついかなる時も警戒を怠ってはいけませんよ」

 

 うるさいやい。私は医療スタッフだ。武士じゃないやい。

 

 ……まあ、それはいいとして。あと、その漂流者達のDVDは一体どうしたのですか?

 

 漂流者達の漫画はもうすでに頼光さんに読ませてしまったのでもう諦めてマイルームに残しているが、漂流者達のDVDは厳重に封印して更にカルデアの倉庫の奥に隠した筈なのだが?

 

「これですか? これならばロマン殿に貸してもらいました」

 

「漫画を読んだのならば、次は動画を見ればより楽しめると言っておったな。……確かに漫画の後に動画を見るとそれぞれの首の斬る光景が鮮明に映るものよ」

 

 ガッデム! ロマン上司の仕業か! 何余計なことをしてくれるのあの人は!?

 

 頼光さんと山の翁の言葉に私が思わず頭を抱えると丁度その時、背後の扉が開いて誰かが私のマイルームに入ってきた。すると……。

 

「誰ですか?」

 

 チャキッ。

 

「曲者ですか?」

 

 チャキッ。

 

「首を出せいっ!」

 

 ガシャッ!

 

 即座に頼光さんと牛若丸と山の翁が自分達の武器の刀と大剣を構える……って!?

 

 三人ともストップストップ! 一体何をしようとしてるの!?

 

「落ち着いてください! まだ不審者とは限らないでしょう!?」

 

 ガチの殺気を纏って今にもマイルームに入ってきた誰かに斬りかかろうとする頼光さんと牛若丸と山の翁を、私とアルジュナは必死に止める。その甲斐もあって三人は何とか止まってくれたのだが……私、これから先色々と大丈夫なのだろうか?




最後の薬研とアルジュナは、ドリフターズのギャグ顔を想像してもらえると嬉しいです。


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30

 ヴィー! ヴィー! ヴィー!

 

「薬研さん! 大変で……す……?」

 

「すみませんがすぐにブリーフィングルームに来てくださ……い……?」

 

 私のマイルームに何者かが訪れてから二、三分の短い時間が経った後、カルデア内部に警報が鳴り響き、それに合わせたかのように久世君とマシュが私のマイルームにとやって来た。

 

 おおっ! 丁度良かった。久世君! マシュ! ちょっと手伝ってくれ!

 

 マイルームに久世君とマシュがやって来たのを見た時、私は思わず笑みを浮かべた。何しろ今、私のマイルームはかなりカオスな状態だからこれを収める人手が欲しかったところだった。

 

 ちなみにどれくらいカオスなのかと言うと……。

 

 

 

 刀を降り下ろす頼光さんと、彼女の刀を自分の刀で受けている桜色の着物を着た女性。

 

 後ろからアルジュナに羽交い締めをされている山の翁と、そんな山の翁の大剣を真剣白刃取りで止めている軍服を来てマントを羽織った女性。

 

 抜き身の刀を片手に暴れている牛若丸にヘッドロックをして動きを止めている私。

 

 

 

 と、何と言うか一言では説明できないくらいのカオスっぷり。

 

 そしてこの桜色の着物を着た女性と軍服を着てマントを羽織った女性は皆さんの予想通り、桜セイバーこと沖田総司と魔人アーチャーこと織田信長なのである。

 

 三分くらい前に私のマイルームにやって来たのは沖田総司と織田信長で、彼女達の姿を見た途端に頼光さんと牛若丸と山の翁が「見知らぬサーヴァント=不審者=即斬首」という超反応を見せて、その結果がこのカオスという訳だ。

 

 いや、本当に助かった。私とアルジュナだけではこの状況を何とかするのに手が足りないと思っていたんだ。久世君とマシュが来てくれてよかっ……アレ?

 

「「……………」」

 

 ちょっ? 久世君? マシュ? 何でそんな心底関わりたくないって顔で後ずさっているの?

 

 止めて帰らないで! お願いだからこのカオスを止めるのを手伝って!

 

 私は医療スタッフだ! プロレスラーじゃないからこれ以上牛若丸を止めていられないし、このままだと私のマイルームがリアル漂流者達の戦場に早変りしてしまう!

 

 その後私達は、久世君とマシュの説得と後ついでにロマン上司から呼び出しのお陰で何とか騒ぎを収め、沖田総司と織田信長も連れてブリーフィングルームに行くことにした。

 

「やあ、皆待っていたよ。……それでそこにいる彼女達が正体不明のサーヴァントかい?」

 

 ブリーフィングルームに入るとすでにそこで待っていたロマン上司が沖田と信長を見て言い、それに山の翁が頷く。

 

「いかにも。この者達が我等のカルデアに侵入した不審者達である。……首を断つか?」

 

「えっ!? いや、首を斬るのは止めてもらえないでしょうか? どうやら今カルデアに起こっている異常には彼女が関係しているみたいだし……ね?」

 

 物騒極まる言葉を言う山の翁を愛想笑いを浮かべながら止めるロマン上司。ロマン上司、冷や汗が滝のように流れていますよ? いや、気持ちは分かりますけどね。

 

 そしてそんなロマン上司の視線の先にいたのは不審者のサーヴァントの片割れ、信長であった。……ということは今カルデアに起こっている異常というのは「アレ」で間違いないのだろうな。

 

「あの……? それでカルデアに今起こっている異常とは何ですか?」

 

「そう! それなんだけどこれを見てくれ」

 

 マシュの質問にロマン上司は助かったとばかりに山の翁から視線をそらして手に持っていた携帯端末を操作し、ブリーフィングルームのモニターを操作する。そうしてモニターに映し出されたのは、カルデアの内部で信長を二頭身にしたような珍妙な生物が大勢暴れているという光景であった。

 

 ……………やっぱりか。

 

 うん。最初に沖田と信長が私のマイルームにやって来た時から気づいていたけど、こうしてこんなシュールな光景を見ると改めて実感させられる。

 

 つまり「FGO」のイベント「ぐだぐだ本能寺」が始まったということだ。

 

 前世で「FGO」をゲームとしてプレイしていた頃は新たなイベントが始まるのを心待ちにしていたのだが、現実としてプレイするとなると気が重くなるというものだ。……ん?

 

「貴女が原因ですね! 大人しくしなさい! 今すぐ首を斬ります!」

 

「首がかかっておるのに大人しくするわけあるかぁ! 少しはワシらの話を聞けぇ!?」

 

「問答無用!」

 

「ああ、待って!? 待ってください! 個人的にはソイツ、斬り捨ててもいいのですが、今だけはちょっと……ごふぅ!?」

 

「人斬りィィ!? おまっ! 血を吐いて倒れるならコイツを止めてから倒れんかぁ!」

 

 私が内心でため息を吐いていると、モニターの映像を見た牛若丸が信長に斬りかかり、それを信長が真剣白刃取りで止めて、そんな二人を止めようとした沖田がいきなり血を吐いて倒れるというカオスが展開されていた。

 

 ………何だか出だしからぐだぐだなんじゃが。



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31

 ブリーフィングルームでの騒ぎから数時間後。私と久世君、そして私達と契約をしているサーヴァント達は特異点……と言うより聖杯の力で創られた異世界に来ていた。

 

 あのぐだぐたなブリーフィングにより現在カルデアで起こっている異常(二頭身信長大量発生)は、沖田と信長がいた世界の聖杯が信長の手によって暴走したのが原因で、この世界のどこかにある聖杯を回収すれば異常も収まる事が分かったからだ。

 

 ちなみに信長が原因だと分かった途端、今度は頼光さんが信長に斬りかかって私とアルジュナが体をはって頼光さんを止めるという、それだけで短編が書けそうなやり取りがブリーフィング時にあったのだが、それはまた別の物語ということで。……というかあの時は、頼光さんがいきなり第三段階の姿になったり、信長が逃げ回ったせいで被害がカルデア中に広がった挙げ句、危うくもう少しで完成する予定のオルガマリー所長の身体がダ・ヴィンチちゃんの工房ごと吹き飛びそうになった(ダ・ヴィンチちゃんの工房は半壊)から思い出したくないんだよなぁ。

 

 というかこの特異点に来たのだって、カルデアの異常を解決するためと言うよりは、半泣きになって怒るロマン上司とダ・ヴィンチちゃんに半ば追い出されたようなものだしなぁ。

 

 ……まあ、話を戻すとしてこの特異点は聖杯を暴走させた信長の影響で戦国時代の日本をベースにしていて、聖杯によって召喚されたサーヴァント達も彼女がかつて戦った武将の役に無理矢理押し込められているらしい。

 

 この辺りの設定というか事情は私の知っているイベント「ぐだぐだ本能寺」と同じのようだ。そして戦う敵の順番も同じらしい。

 

 今私達はとある山の山頂にいて、遠方の平野には何万という軍勢……というか二頭身信長とそれを率いている聖杯に召喚された牛若丸、武蔵坊弁慶、アーラシュがいた。原作を知っていたので皆に「こまめに偵察をしておいたほうがいい」と進言をして、遠目の魔術で辺りを調べていたら見つけることができたのだ。

 

 原作のぐだぐだ本能寺では、松平役のアーラシュが斥候をしている時に主人公を発見し、その戦闘で放ったステラのせいで牛若丸と弁慶を巻き込んで盛大に自爆したのだが、ああやって三人でいるところを見るとまだアーラシュは斥候に出る前らしい。

 

 ……しかし敵の数が多いな。原作ではアーラシュのステラのお陰であらかた片付いたが、正面から戦ってはこちらの被害は大きくなるだろう。

 

 そう。こちらの戦力は私と久世君の魔術師二人、デミサーヴァントのマシュ一人、頼光さんを初めとするサーヴァント(沖田と信長も入れて)十人で計十三名。

 

 対して向こうは牛若丸、武蔵坊弁慶、アーラシュのサーヴァント三人と数万の二頭身信長。

 

 どう考えてもこちらが不利な戦力差。原作のようにアーラシュのステラ誤射を狙おうにも(私や頼光さんといったイレギュラーのせいで)上手くいくかは分からない。

 

 だから私は……。

 

 

 

 

 

「どうしました、マスター? え? これを飲んでくれって?」

 

「これは魔力増幅薬……? 成る程そういう事ですか」

 

「……ええ、飲み終わりましたよ、マスター。では始めます。神聖領域拡大、空間固定、神罰執行期限設定、全承認。シヴァの怒りを以て、汝らの命を此処で絶つ……」

 

 

 

 

 

 アルジュナの宝具で全てを一掃する事を選んだ。

 

「破壊神の手翳(パーシュパタ)!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

 アルジュナの宝具が発動した瞬間、聖杯が召喚した牛若丸達がいる平野に太陽が出現したかの様な光が生まれ、その直後に轟音、続いて爆発の衝撃波による突風がここまで届いてきた。

 

 おおう。こ、これがアルジュナの宝具の威力か……! 生で見るのはこれが初めてだけどもの凄い迫力だな。

 

 あまりの光と風の強さに私は思わず両腕で顔を庇って目を閉じ、次に目を開くと敵がいた平野は巨大なクレーターと化していてそこには敵の姿は一人も確認されなかった。

 

 良し。これでこの戦いは私達の勝利だな。……って、ん?

 

「「「「「「「「「「「……………。(( ゚д゚)ポカーン)」」」」」」」」」」」

 

 ふと視線を感じて振り返ると、久世君を初めとするこの場にいる全員が目と口を開いた驚いた表情となって私とアルジュナを見ていた。よく見れば大抵のことでは動じない頼光さんと山の翁も(山の翁は表情がほとんど分からないが)少し目を見開いて驚いている。

 

 ……あの、皆さん? どうかしましたか?

 

『どうかしましたか? じゃないって!?』

 

『そうだねー。あれはちょっと無いねー』

 

 私が何故か驚いている皆に声をかけると、いきなりカルデアにいるロマン上司とダ・ヴィンチちゃんからの通信が入ってきた。

 

『いきなり敵の軍隊をアルジュナの宝具で吹き飛ばすってそれはないよ! いくら何でも盛り上がりに欠けすぎるよ!』

 

『そうだねー。宝具発動しましたー。敵吹き飛びましたー。戦闘終了しましたー。じゃ戦闘シーン丸々カットでつまらないというか、何て言うか……ねぇ?』

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………ロマン上司、ダ・ヴィンチちゃん。正座。

 

『『え?』』

 

 え? じゃありませんよ。ロマン上司、ダ・ヴィンチちゃん、もう一度言います。正座。

 

『正座って、ここで? 何で?』

 

『正座ってアレだろ? 慣れてないと足の負担が尋常ではない座り方だろ? それはちょっと……』

 

 私に同じことを何度も言わせる気か?

 

『『………ハイ』』

 

 姿は見えずとも気配でカルデアにいるロマン上司とダ・ヴィンチちゃんが正座をするのが分かると、私はカルデアの二人に向けて口を開いた。

 

 ロマン上司、ダ・ヴィンチちゃん? さっきの二人の言葉はあまりにも不謹慎すぎます。盛り上がりに欠ける? つまらない? 貴方達は戦争映画でも見ているつもりなんですか? 貴方達は娯楽のつもりかもしれませんけど、こっちは命懸けの戦いをしているのですよ? いくら私と久世君が契約しているのが一騎当千のサーヴァント達とはいえ、兵力は向こうが断然上だったのですよ? 数の暴力というのは決して無視できるものではない。だから私は万が一の特異点修復失敗の危険を避けるためにアルジュナに宝具を使ってもらったのですが……何か問題でもありましたか? カルデア所長代理ロマニ・アーキマン? 英霊レオナルド・ダ・ヴィンチ?

 

『……いえ、ありませんです』

 

『……はい。不謹慎な発言をして申し訳ありませんでした』

 

 通信からの声でロマン上司とダ・ヴィンチちゃんが反省しているのが分かる。

 

 分かってくれたようですね。……ではロマン上司とダ・ヴィンチちゃんは罰として今から三時間正座です。

 

『『えっ!?』』

 

 ちなみに私が見ていないからって三時間経たない内に正座を崩したりなんかしたら……注入しますからね?

 

『『注入!? 何を!?』』

 

 これでよしと……。では皆、行きましょ……アレ?

 

「「「「「「……………」」」」」」

 

「アイツ、見た目の割には滅茶苦茶過激じゃな。あそこまで過激な奴、ワシの時代の武将にも中々おらんかったぞ?」

 

「私の時代にもそういませんでしたよ? それにさっきの上司への発言……まるで黒船のような強引さです」

 

 ロマン上司とダ・ヴィンチちゃんのプチ説教が終わって皆の方を見ると、何故か久世君とマシュに久世君と契約をしているサーヴァント達がドン引きしており、信長と沖田が私をチラ見しながら何やらヒソヒソと話をしていた。

 

 ちょっと沖田に信長? 聞こえていますよ。何失礼な事を言っているのですか?

 

 私は最も生存率の高い戦法を取って正しい主張をしただけで何一つ間違った事はしていませんからね?

 

 後、私は医療スタッフだ。武将や黒船なんかではない。



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32

 聖杯に召喚された牛若丸と武蔵坊弁慶とアーラシュ、そして何万という二頭身信長の軍勢をアルジュナの宝具で吹き飛ばした翌日。私達は聖杯の反応がある地点へと向かっており、今私はエミヤと二人で敵の襲撃がないか辺りを偵察をしていた。

 

 そう、エミヤと二人で。久世君と契約をしているサーヴァントのエミヤと、だ。

 

 前回のオルレアンの特異点の修復後、私はロマン上司に久世君達とは別行動をとってサポートも最小限にすると宣言していたのだが、この特異点では久世君達と行動を共にしていた。

 

 どうやらこの特異点の世界は観測するごとに地形が変化するぐだぐだな世界のようで、確かなのは聖杯の反応がある地点だけらしい。その為カルデアからの直接の観測支援を受けている久世君達から離れすぎると、最悪どこか別の異世界に跳ばされる可能性があると何故か涙目で敬語のロマン上司に言われたのだ。

 

 その様な理由がある為、私達は久世君達と行動を共にする事にしていた。

 

「昨日の軍勢程ではないがやはり数が多いな……」

 

 千里眼のスキルで遠方を見ていたエミヤが呟く。私も遠見の魔術でエミヤが見ている方を見ると、そこには武田役のダレイオス三世と真田役のメドゥーサに数千の二頭身信長達がいた。

 

 ダレイオス三世とメドゥーサが率いる軍勢はまっすぐこちらに向かって来ており、このままではすぐにこちらとぶつかって戦闘になるだろう。それに……。

 

 そこまで考えて私は別の方向を遠見の魔術で見る。するとダレイオス三世とメドゥーサよりずっと距離が離れているが、上杉役のアルトリアとそれが率いる二頭身信長の軍勢がこちらに向かって来ているのが見えた。

 

 さて、どうしようか? ダレイオス三世とメドゥーサ達はアルジュナの宝具で吹き飛ばすとして、そうしたら後から来るアルトリアが警戒するだろう。そうなったらアルトリア達はどう始末したらいいだろう? ……ん? どうかしましたか、エミヤ?

 

 私がどう戦うか考えていると何故か引きつった表情をしたエミヤがこちらを見ていた。

 

「い、いや……。アルジュナの宝具で吹き飛ばすとか、始末するとか、物騒な発言に今更ながらに驚いてしまってな……。薬研家というのは魔術薬の研究を専門にしている魔術師の家系と聞いていたのだが、意外と武闘派なのだな」

 

 ああ、そうか。エミヤは私の今の少し物騒な発言と薬研家が持つ研究者のイメージとのギャップに戸惑っていたのか。

 

 確かに私は医療スタッフだ。非力で、使える戦闘系の魔術も少なくて、どうみても戦いとか殺し合いには不向きな人間だ。だからこそ敵を倒すのに少々強引な手段を取らざるを得なかったが、それがエミヤの目には違和感がある様に映ったのか。

 

 だけどエミヤ? 貴方の言う通り薬研家は根っからの研究者気質で、私の考えが少し物騒なのは……多分「あの人」の教えによる影響なんですよ。

 

「あの人?」

 

 ええ、あれは私がまだ五歳くらいの頃、私が公園を散歩していたらベンチに季節外れの黒いコートを羽織った無精髭を生やした男の人が座っていたんですよ。その人の前を通り過ぎようとした時お腹が鳴る音が聞こえてきて、偶然お昼代わりに持っていたハンバーガーを半分分けてあげたんです。

 

 すると男の人は笑って……今思えばあれは苦笑だったのでしょうけど「ありがとう。ハンバーガーは僕の好物なんだ」と言って食べて、食べ終わると「僕に何かお礼できることはないかい?」と言ってきたんですよ。

 

 丁度その頃の私は周囲から軽いイジメを受けていて、イジメっ子と戦う方法を教えてほしいと言うと男の人は一冊のノートに一人から多人数と戦う戦術や戦略を書いて私にくれたんです。そしてノートの最初のページには「戦いに勝つ為には手段は選ぶな。敵に対して一切の情を持つな」と書かれていて……エミヤ?

 

「…………………………!!」

 

 気がつけばエミヤは両手で頭を抱えてうずくまっていて、やがて力無く立ち上がるとなんか妙に迫力のある顔を私に向けて口を開いた。

 

「……薬研征彦。そのノートをくれた男に再び出会ったら私のところに連れてきたまえ。小一時間ほど説教してやる」

 

 ? 何を怒っているのですか、エミヤ?

 

 まあ、もし会えたら連れて行きますけど、貴方があの人に会ったら驚くと思いますよ。……必ずね。



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33

前回、薬研が切嗣の戦術・戦略の影響を受けているという設定を話に出したら、納得のコメントがたくさん来て軽く驚きました。
……そろそろ「主人公は外道」のタグをつけたほうがいいのかな?


 この特異点に来て二日目。私達は今、この世界の聖杯がある場所に向かって浜辺を歩いていた。

 

 昨日は見渡す限りの平野で、その前は山の中、そしては今日は浜辺。一体どんなに滅茶苦茶な地理かと思うけど、そこは信長の影響を受けたぐだぐだな特異点ということで納得しておく。

 

 え? 武田役のダレイオス三世と真田役のメドゥーサ、上杉役のアルトリアはどうしたって? それなら昨日の内に始末しておきましたよ。

 

 ダレイオス三世とメドゥーサはアルジュナの宝具で吹き飛ばして、後から来たアルトリアは私特製のサーヴァント用の毒薬を仕込んだ料理(頼光さん、エミヤ製)を食べて動けなくなったところを牛若丸と山の翁にザクザク(比喩表現)してもらい楽に倒せた。

 

 アルトリアをザクザク(比喩表現)している時に久世君達が微妙な表情(特にエミヤは頭痛と胃痛が同時にきた様な表情だった)をしており、アルトリアは「これが人間のする事ですかぁ!」と血の涙を流さんばかりの表情で叫んでいたが、仕方がないだろう。

 

 またしても戦って経験値を得る機会を奪ってしまった久世君達には申し訳ないと思うが、アルトリアは「戦場で拾い食いをする方が悪い。自業自得だ」としか言えない。だって実際にやった私が言うのもなんだけど、あんなネタ以外何でもない策が成功するとは思わなかったんだから。

 

 毒入りの料理を食べて動けなくなったアルトリアと口から泡を吹いて倒れている二頭身信長達を見た時、思わず「馬鹿か? こいつら?」と呟いた私は悪くないと思う。エミヤも顔に手を当てて呆れており、セイバー・リリィなんかは「これが未来の私ですか……」と遠い目をして呟いていたし……うん、セイバー・リリィの事は本当に申し訳なく思う。ごめん、セイバー・リリィ。

 

 まあ、今のところはザクザク……じゃなくてサクサクと順調に原作通り行っている。この調子で行けば次はエミヤとクー・フーリンとメディアと戦う事になるんだろうな。

 

 確か原作ではエミヤが長宗我部役でクー・フーリンは島津役、メディアが毛利役で、信長がメディア達三人の囮を使って敵を待ち伏せをしている場所に誘い込む島津の戦術「釣り野伏せ」にあっさり引っかかってピンチになるが、長宗我部・島津・毛利の名前を聞いて新選組の血に目覚めた沖田のお陰で危機を脱したという流れだったっけ? ……ん?

 

「おおっと。ちょっと待ちなぁ」

 

 噂をすれば影がさすと言うか、私が考え事をしているとやっぱり原作通りランサーのクー・フーリンが十人程の二頭身信長を率いて現れた。ちなみにこの時、久世君と契約しているクー・フーリンとエミヤがあからさまに嫌そうな顔をしていたが無視しておこう。

 

「悪いがここから先には「誅滅、執行!」「牛若丸と覚えてもらおう!」「オオオオオオッ!」なんとぉ!?」

 

 何か言おうとしたランサーのクー・フーリンだったが、それをガン無視して首を目掛けて斬りかかる頼光さんと牛若丸と山の翁。そしてそんな三人の刃を紙一重で避けるランサーのクー・フーリン。

 

 おお、よく避けたな。流石は元祖最速のサーヴァント。いや、ゲーム的には「矢避けの加護」のスキルの効果か?

 

「こ、これは演技じゃなくて本気でヤベェ! ここは一旦引くぞ!」

 

 そう言って二頭身信長達と一緒に退却して行くランサーのクー・フーリン。この辺りは原作と同じだけど今演技って言ったよね? 自分から釣り野伏せの為の囮だとバラしちゃったよね?

 

「先輩! 敵のクー・フーリンさんが逃げていきます!」

 

「うん。……でも何だかわざとらしいような? というか今演技って……」

 

 マシュの言葉に首を傾げる久世君。うん。やっぱりわざとらしいよね。やっぱり久世君は今のランサーのクー・フーリンの行動に疑問を感じているようだが、疑問を感じていないヤツもいるようだ。

 

「何をしておるか! 追いかけるぞ! ワシに続けぃ!」

 

 原作通り、今のランサーのクー・フーリンの行動に疑問を感じず追いかけていこうとする信長。……はぁ、仕方がないな。

 

 牛若丸。信長を止めろ。

 

「はい! 承知しました!」

 

 私の命令に牛若丸は返事をすると信長の元に走りすぐに追いつくとそのまま刀を抜き……。

 

「はあっ!」

 

「危なぁ!?」

 

 牛若丸は刀を信長の首を狙って横に振るい、それを信長が前に飛ぶ事で間一髪で避ける。……って!? 何をしてるの牛若丸!? 私は動きを止めろと言っただけで息の根を止めろなんて一言も言ってないぞ!

 

「……ちっ。良かった。止まったようですね」

 

「何が良かったんじゃ!? 何がぁ!?」

 

 一件落着とばかりに言う牛若丸に噛みつく信長。というかさっき小さく舌打ちしなかった? あのブレーキの壊れた忠犬ってば、まだ信長のことを不審者(首斬りの対象)と見ていたのか?

 

 取り合えず私は言い争いをしている牛若丸と信長を止めると、さっきのランサーのクー・フーリンの行動が罠である可能性があることを皆に説明し、罠であった場合は逆にこちらから奇襲を仕掛けることを提案するのだった。……まあ、間違いなく罠なんだけどね。

 

 さて、それじゃあ敵のエミヤ、クー・フーリン、メディア。誰から奇襲をしようかな?



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34

 ガキィン! ガァン!

 

 浜辺を一望できる丘の上で金属同士が激しくぶつかり合う音が響き渡る。

 

 私達が見ている先ではエミヤが双剣を構えており、その前にはもう一人の、聖杯によって召喚されたエミヤの姿があった。

 

 クー・フーリンが立ち去ったあの後、気配遮断スキルを持つ山の翁に周囲を偵察してもらうと、やはり原作通りクー・フーリンだけでなくエミヤとメディアも近くにいる事が分かった。……ちなみに帰ってきた山の翁が「土産だ」と言って二頭身信長の生首を十個くらい見せてきた時は少し驚いた。

 

 そして先程の襲撃がこちらをおびき寄せる為の罠だと判断した私達は、逆にこれを利用して敵を各個撃破する事にしてまず最初にエミヤを倒すことにしたのだ。

 

 原作のぐだぐだ本能寺でもエミヤは罠にはまった主人公達を狙撃してくる役だったし、遠距離からの援護射撃は厄介極まるので早めに倒すに限る。

 

 すでに手下であった二頭身信長の集団は全て倒しており、残った聖杯に召喚されたエミヤは久世君と契約をしたエミヤが相手をしていた。

 

「くっ! まさかこんな所で自分自身と戦うことになるとはな……! やはり私は自分殺しに縁があるということか」

 

「そうかもしれないな。しかし今回に限り貴様の事を思って言わせてもらえば、貴様は私に倒されるべきだ。……それが一番苦しみがないだろうからな」

 

「なるほど……あのバーサーカーの事か。確かに大空洞の事を思い返せばそれもそうかもしれないな」

 

 刃を交えながら二人のエミヤが会話をすると、久世君と契約をしたエミヤが私の方を、聖杯に召喚されたエミヤが頼光さんを見てきた。

 

 あれ? もしかして敵の方のエミヤも冬木の特異点の記憶があるの?

 

 いや、それよりも何で久世君と契約しているエミヤは頼光さんじゃなくて私の方を見るの? 私は医療スタッフだ。戦闘能力なんて無いに等しいし、サーヴァントであるエミヤにあんな目で見られる理由なんてないのだが?

 

「それにしても釣り野伏で一網打尽にするつもりだったが……。ふっ、毛利メディナリの策を逆に利用されるとはな」

 

「……毛利?」

 

 あっ。エミヤ(敵)が苦笑混じりに呟いた言葉に沖田が反応し始めた。

 

 しかしそんな沖田の僅かな反応に気付かず二人のエミヤは斬り合いながらも会話を続けていく。

 

「ほう……。かの魔女が謀将の役になるとはな。まぁ、適役と言えば適役か。それで? 貴様はどの武将の役を与えられた?」

 

「ふっ。私はどういう訳か長宗我部の役を与えられたよ。ちなみに先程貴様達を襲ったランサーは島津セタンタと名乗っていたな」

 

「長宗我部……土佐! そして……島津!」

 

 あ~あ、もう知らない。沖田の目が完全に人斬りの目になっちゃったよ。

 

 エミヤってば、普通に会話をするだけで女性の地雷を盛大に踏み抜くとは流石は「女難の相:A」、いや、二人いる事で「女難の相:EX」になっているんじゃないか?

 

「さて……無駄なお喋りはここまでにしてそろそろ決着を「土佐者死すべき慈悲はない!」ごはぁ!?」

 

 聖杯に召喚されたエミヤはそう言って双剣を構えたが、横から第三段階の姿となった沖田の刃に貫かれてしまった。どう見ても致命傷だが、沖田はそれだけでは飽き足らず敵のエミヤの身体を何度も何度も刀で滅多刺しにしていく。

 

「……だから言っただろうに」

 

 久世君と契約をしているエミヤが、沖田に滅多刺しにされている敵のエミヤを見ながら何とも言えない表情で呟く。うん。確かにこれだったらエミヤに倒された方が楽だったろうな。



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35

 この特異点にやって来てから四日目。私達はようやく聖杯の反応がある地点へと到着した。

 

 まあ、ようやくと言っても本来であれば移動だけでこれの何倍もの時間が必要な訳だから、その事を考えればこの特異点のぐだぐたな距離感もありがたいと言えるだろう。

 

 え? 毛利メディナリと島津セタンタはどうしたって? それなら昨日の内に始末しておきましたよ。

 

 前回と同じ手抜きな報告になっているとは思うがこればかりは仕方がないと思う。

 

 何せ毛利メディナリはアルジュナの宝具で一瞬で吹き飛ばしてしまったせいか書くべき描写もなく、島津セタンタにいたっては……。

 

 

「その様な軽薄な言動……。貴方それでも島津武者ですか!」

 

「あの世で豊殿に武士道を学んで来なさい!」

 

「島津の名を背負いながら敵兵の首を狙わぬその堕落……。もはや生きる価値無し!」

 

「薩奸死すべし!」

 

 

 と、漂流者達の島津武者と比較しまくった頼光さんと牛若丸と山の翁の三人、そして沖田から宝具四連発を受けて(宝具の発動順は沖田、牛若丸、山の翁、頼光さん)それはもう筆舌に尽くしがたい凄絶な散り方だったのでカットの方向で。後、久世君と契約をしているキャスターのクー・フーリンは島津セタンタの散り方を見て「うわー……。汚ねぇ花火だナー……」と、遠い目をしながら呟いていた。

 

 まあ、それはともかく今私達の前には、日本風の特異点の筈なのに何故かローマ風の大都市があり、そこから強大な魔力が感じられる。そしてロマン上司からの観測結果によるとやはりこのローマ風大都市に聖杯の反応があるそうだ。

 

 私の知っている原作通りならこの先はまさに正念場。豊臣役のギルガメッシュと竹中役のアンデルセン、黒田役のメフィストフェレスと戦うことになっている。

 

 このぐだぐたな世界の影響で思考が残念になっているとはいえ、それでもギルガメッシュはFate/世界のトップサーヴァントだ。しかもその隣にいるアンデルセンは戦闘能力こそないがサポートでは中々優秀だし、メフィストフェレスは何をしでかすかは分からない。

 

 こうして考えると正面から戦うのはやはりというかリスクが高すぎるだろう。さて、どうしたものか……。

 

 

 

 

 

「どうしたんですか、薬研さん? え? エミヤの力を貸してくれ?」

 

「これは……魔力増幅薬だったか? これを飲んで宝具を発動しろだと?」

 

「え? 私も魔力増幅薬を飲むのですか? それでエミヤの宝具の後に宝具を発動しろと?」

 

「I am the bone of my sword.──So as I pray, 『unlimited blade works』」

 

「神聖領域拡大、空間固定、神罰執行期限設定、全承認。シヴァの怒りを以て、汝らの命を此処で絶つ……『破壊神の手翳』!」

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!

 

 この特異点に来てもう何度も見たアルジュナの宝具だが、今回の宝具発動は今までの比ではない轟音と衝撃波を発してエミヤの宝具によって作り出された固有結界を破壊した。固有結界が破壊され、私達が元の世界に戻るとローマ風の大都市からは魔力の気配は感じられなくなっていた。

 

『と、都市にいたサーヴァントの反応が消失……。どうやらさっきのエミヤとアルジュナの宝具によって倒されたみたいだね……』

 

 カルデアから何故か苦い口調をしたロマン上司の報告がきた。

 

 よし。作戦通り。

 

 私が今回行った作戦は、エミヤの宝具で作り出された固有結界の中でアルジュナの宝具を「いつも以上の威力」で発動させたというものだ。

 

 アルジュナの宝具は元々はインド神話の破壊神シヴァから与えられた神造兵器であり、威力を全開にして発動すれば世界を崩壊させてしまうので、今までアルジュナは発動する規模や時間を制限することで威力を抑えていた。

 

 しかし今回戦うのは「あの」ギルガメッシュだ。今までの威力を抑えた宝具発動では防がれてしまう危険性がある。

 

 だから私はエミヤに固有結界という「壊れても平気な世界」を作ってもらい、その中でアルジュナに世界を破壊するくらいに威力を解放した宝具を発動させたのだ。

 

 エミヤとアルジュナに魔力増幅薬を飲ませたのは、少しでも射程距離を伸ばすため。遠距離からの神造兵器を用いた奇襲だったらギルガメッシュにも有効だと思ったが上手くいったようだ。

 

 今更だと思うが卑怯とは言わないでほしい。何せ私は医療スタッフだ。巨大ロボットを召喚して操縦する魔術師でも、ペガサスのオブジェに変形合体する鎧を着た拳闘士でもなく医療スタッフ、つまり一般人だ。そんな一般人が半神の英雄王と正面から戦うなんてムリゲーもいいところである。

 

 要するにあのギルガメッシュから聖杯を得るには奇襲で一気に決めるしかなく、それを実行した私は悪くないと思う。

 

 十年前にあの黒いコートを着た人からもらった大変ためになる戦術・戦略が書かれたノート、通称「Kノート」にも「奇襲は戦闘で最も有効な戦術だ。戦いでは常に先手を取って敵に何もさせないのが良く、可能ならば一度の奇襲で敵を完膚なきまでに倒すのが最良」とあったしね。

 

 まあ、それはさておき、これでギルガメッシュは倒したのだから早速聖杯を探さないと。

 

 いや、それよりも先に「彼女達」の問題を先にした方がいいのかな?



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36

「あら? この、杯? のような物、強い力を感じませんか?」

 

「ほんとうですね! 主殿! 見つけましたよ!」

 

 アルジュナとエミヤの宝具でギルガメッシュ達を吹き飛ばしてから数十分後。私達が都市の中で聖杯を手分けして探していると、最初に見つけた清姫と牛若丸の声が聞こえてきた。

 

 私達が牛若丸と清姫の元に集まって二人が見つけた聖杯を見てみると、それは金色の杯に色々な絡繰り仕掛けの装置がゴテゴテと本体の杯を覆い隠すくらいに取り付けられた奇妙な物体であった。

 

 そう言えば聖杯が暴走した原因は、信長が聖杯を爆弾に改造しようとしたからだって沖田が言っていたな。

 

 でもこれはちょっと魔改造が過ぎるんじゃないですか? 『二人とも』?

 

 そう言って振り返った先には縄に縛られた『二人の信長』の姿があった。

 

 二人の信長の片方は沖田と一緒にカルデアに来て今日まで一緒に旅をしてきた信長で、もう片方は聖杯の暴走の影響で信長から分かたれた力が実体化した信長である。

 

 原作ではギルガメッシュ達を倒したところでこの分かたれた力が実体化した信長、通称「悪い方のノッブ」に聖杯を奪われてそのまま戦闘に入ってしまう。それを知っていた私は前もって山の翁に信長の監視を頼んでいたのだ。

 

 というか原作知識を知らなくても私はきっと山の翁に信長の監視を頼んでいたことだろう。何せ信長は少し目を離したら何をしでかすか分からないところがあるし、そもそもこの特異点が発生したのは信長が聖杯を暴走させたのが原因なのだから、監視をしておくのは当然の用心と言える。

 

 すると案の定、ギルガメッシュ戦に入る少し前に悪い方の、が今日まで一緒に旅をしてきた信長、通称「良い方のノッブ」しており、そこを山の翁がこうして「保護」をしたというわけだ。

 

「「何が保護じゃ! おもいっきり拘束しておるではないか! 後、この二人メチャクチャ怖いから何とかして!」」

 

 私の考えを読んだのか二人の信長が叫ぶ。あの長い台詞を全く完璧にハモらせるだなんて、流石は同一人物。

 

 そして二人の信長が今言った「この二人」というのが誰なのかというと……。

 

「「………」」

 

 私が契約をしたサーヴァント、牛若丸と山の翁のことで、牛若丸と山の翁は二人の信長の後ろに立って無言で刀と大剣を構えていた。

 

 ハイ。どう見ても罪人の首を斬る処刑者の姿です。

 

 これって、私が手を挙げただけでもそれを合図と見なして二人の信長の首を斬るんじゃないかな? 牛若丸も山の翁も?

 

「くうぅ~、無念じゃ。せっかく後一歩で聖杯が手に入るかと思っておったら、こんな用心深い切れ者軍師がおるとは……。はっ!? そうじゃ! 薬研、お主、ワシに仕えてその聖杯を渡す気はないか? そうしたらそうじゃな……どこかの世界を征服してその半分をくれてやろうぞ!」

 

 二人の信長の片割れ……多分悪い方のノッブがくやしそうに歯噛みをしているかと思ったら、突然どこぞの魔王みたいなことを言い出してきた。

 

 私は医療スタッフだ。それなのに何でどこぞの勇者みたいな選択を持ちかけられているの?

 

 そう考えていると今度はもう片方の信長……恐らく良い方のノッブが焦ったように声を上げた。

 

「あっ、ズルい!? ワシの方が先にこやつを狙っておったのじゃぞ! のう、薬研。こんな悪い方のワシに仕えるくらいならワシに仕えぬか? ワシに仕えたら世界の半分だけでなく永遠の命もくれてやろうぞ! 聖杯の力を使ったらそれくらい何とかなるであろう?」

 

 もう一人の信長、お前もかい。

 

 それにしても今の信長の発言から私ってば、もしかして彼女から好印象を懐かれている? 何か信長の好感度を上げるようなことしたっけ?

 

 まあ、それはともかく。私はどちらの要求にも応じるつもりはなく、何だか言い争いを始めている二人の信長に向けてこう言った。

 

 二人とも! 二人は次に「それだけは止めてくれ」と言うだろう! 頼光さん!

 

「……ええ、承知しました」

 

「「……っ!!」」

 

 私が手に持っていた聖杯を頼光さんに向けて放り投げると、頼光さんはすぐに私の意図を理解して微笑みを浮かべながら刀を抜き、その直後に二人の信長も気づいたようで表情を強張らせる。

 

「「それだけは止めてくれ! ……はっ!?」」

 

 私の言った通りのリアクションをしてしまったことに愕然とする二人の信長。そしてそうしている間に頼光さんは宙にある聖杯に向けて刀を振るおうとしていた。

 

「はあっ!」

 

 パァン!

 

「「あああああっ!?」」

 

 頼光さんの気合いの声とともに振るわれた刃は聖杯を一撃で破壊し、それを見た二人の信長が声を揃えて悲鳴をあげる。これでこの特異点もすぐに消えるであろう。

 

 ぐだぐた本能寺、完!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もしやさっきのは『徐々に奇妙な冒険』の真似かね?」

 

 エミヤが先程二人の信長に言った言葉について聞いてきたがその通りである。

 

 私は「週刊少年ジャンクの漫画で好きな漫画を三つあげろ」と言われたら迷わず「吟魂」、「KARUTO」、「徐々に奇妙な冒険」の三つを答える。

 

 後、久世君は「1PIECE」、「Trouble」、「苺十割」らしい。



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37

今回でぐだぐだ本能寺は終了です。
そして今回、久世君の前に最大の敵が現れます。


 聖杯を回収……じゃなくて破壊して沖田と信長の特異点を修復した次の日。私達はカルデアの英霊を召喚する部屋にと集まっていた。

 

 私達がこの部屋に集まった理由は勿論、特異点で(主に私が)集めた聖晶石を使って新たなサーヴァントを召喚する為である。

 

 特異点で集めた聖晶石は十二個。聖晶石三個でサーヴァントを一人召喚できるから、今回の召喚では四人の英霊を召喚できて私と久世君にそれぞれ二人ずつ契約されることになる。

 

 ちなみに聖杯は破壊してしまったため魔力が無くなってしまい、今回は使用することは出来なかった。……何で私はノリであんな事をしてしまったのだろう、私の馬鹿。

 

「皆、特異点の修復お疲れ様……でもないかな? 薬研クンが『色々』と頑張ってくれたお陰ですぐに終わったからね?」

 

 苦笑を浮かべながら言うロマン上司だが、「色々」の部分に何か色んな感情が込められている気がする。横を見れば久世君とマシュ、そして久世君と契約をしているサーヴァント達が疲れた顔をして頷いているし、私が一体何をしたというのだ?

 

 私はただ、安全かつ迅速に特異点を修復するべく行動しただけだというのに、この反応はあんまりじゃない? 私は医療スタッフだ。このような危険人物を見るような目は止めてくれないかな。

 

「それじゃあ早速だけど召喚を始めようか。まずは久世君からいこうか」

 

「はい。分かりました」

 

 ロマン上司に呼ばれて久世君が前に進み出る。

 

 久世君の召喚か……。確実に生き残るためとは言え、前回の特異点に引き続き今回の特異点でも久世君の実戦経験の機会を奪ってしまった私は、ここで彼が強力なサーヴァントを引き当てる事を心から願った。

 

 主人公である久世君が戦いに敗れて死ぬと、その時点で私の命運どころか世界の命運はほぼ詰んでしまう。しかし久世君の仲間に強力なサーヴァントがいれば、彼の生き残る確率は大きく上がり、ついでに私が生き残れる確率も大きく上がるだろう。

 

 だから久世君、是非とも強力な、星五クラスのサーヴァントを引き当ててくれ。この世界の為にも、そして私の生存率アップの為にも!

 

「英霊召喚システム起動!」

 

 私が久世君の応援をしているとロマン上司が英霊召喚システムを起動させて、部屋の中心に光の柱が立ち昇った。そして光の柱の中から現れたのは……。

 

 バサッ。バサッ。

 

 

 手帳より少し大きめのサイズで、どこかで見たような表紙の二冊の本であった。

 

 

 ……………え? 何あれ? 何で英霊の代わりに本が現れるの?

 

 二冊の本からは魔力が感じられたので一瞬ナーサリー・ライムが二人召喚されたのかと思ったが、本の表紙はナーサリー・ライムのものとは全く違うし、感じられる魔力の量もサーヴァントのそれとは比べ物にならないくらい少なかった。

 

 結論から言えばあの二冊の本はナーサリー・ライムでも英霊でもない。あれは恐らく……。

 

「あ、あのDr.ロマン? この本は一体……?」

 

 久世君が困惑した表情で聞くとロマン上司は言い辛そうな表情を浮かべながらも説明をする。

 

「え~と……。その本は英霊ではなく、多分『概念礼装』ってものだろうね。概念礼装は人類史に記憶された魔術の記録や英霊に力の一部とかが形となった、言わば世界が作った礼装なんだよ。この本が一体どんな礼装なのかは調べないと分からないけど、きっと久世クンの力になると思うよ」

 

 やっぱりあの二冊の本は概念礼装だったか。

 

 ロマン上司の言っている事は嘘ではない。魔術の素人である久世君にとって礼装は戦いの助けになるだろう。

 

 だが私としてはやっぱり久世君には概念礼装よりもサーヴァントを引き当ててほしかった。そしてそう思っているのは私だけではなかったようだ。

 

「概念、礼装……?」

 

「う、うん。そうだよ、概念礼装……」

 

 生気のない顔で呟く久世君に冷や汗をかきながら答えるロマン上司。

 

「サーヴァント、じゃない……?」

 

「そ、そうだね。ざ、残念だったね……」

 

「…………………………!!」

 

「ひぃっ!? く、久世クン!?」

 

 ロマン上司との会話でようやく現実を理解した久世君は、一瞬で目と口を限界まで開いて涙を流す絶望の表情となった。

 

 あ、あの表情で見覚えがある! キャスターのジル・ド・レェ? いや、違う! あれはガチャで爆死した前世の私だ!

 

「………」

 

 絶望の表情を浮かべた久世はそのまましばらく固まった後、無言で部屋の隅に言って体育座りをした。

 

 あ、あの……。久世君?

 

「…………よね」

 

 私が声をかけると久世君はまるで蚊の鳴くような声で呟いた。

 

 え? 久世君、今何て?

 

「いいですよね薬研さんは。いつも強力な英霊ばかり引き当てて……。俺は今回、概念礼装しか手に入らなかったけど、薬研さんは今回も強力な英霊を引き当てるんでしょうね……」

 

 そう言って私を見てくる久世君の目には負の感情で濁りきっていた。く、久世君がダークサイドに堕ちている……!?

 

 い、いやいや! そ、そんな訳ないじゃないか久世君! きっと私だって概念礼装しか引き当てられないって!

 

「ええ〜? 本当でござるか〜?」

 

 相変わらず負の感情で濁りきっ目でどこぞの侍のようなセリフを言う久世君。いかん。久世君ってばかなりの重症のようだ。

 

 かくなる上は……ロマン上司! 英霊召喚システムを起動してください!

 

「わ、分かった! 英霊召喚システム起動!」

 

 かくなる上は私も概念礼装を引き当てて久世君の負の感情を晴らすしかない! ロマン上司の声と共に部屋の中心に光の柱が立ち昇り、光の柱から現れたのは……。

 

 

「新選組一番隊隊長。沖田総司、推参。薬研さん、あなたが私のマスターですか……え、羽織? それが何処かにいってしまいまして……」

 

「魔人アーチャーこと第六天魔王、信長じゃ!  うむ、薬研よ、そなたがわしのマスターとなることを許すぞ!」

 

 

 昨日まで一緒に特異点を旅をしていた二人のサーヴァント、沖田総司(星5)と織田信長(星4)だった。

 

 ……お前らさぁ。ちょっとは空気読めよ。頼むからさぁ……。

 

「…………………………!」

 

 はっ! 気がつけば久世君は先程と同じ、目と口を限界まで開いて涙流す絶望の表情となって私を見ていた。

 

 く、久世君……?

 

「うわあああぁぁあああああぁあん!!」

 

 私が声をかけるや否や、久世君を泣きながら走り去っていった……って!? 久世君!? 久世君!

 

 

 

 

 

 それから久世君は丸二日マイルームに引きこもった。

 

 唯一、久世君のマイルームに入る事ができたマシュの話によると、久世君はただひたすら「描けば出る」と呟きながら古今東西の英雄の絵を描いていたそうでとても怖かったそうだ。

 

 ……私か!? これって私が悪いのか!?




久世君の前に現れた最大の敵……その名は「爆死」。
作者もFGOのレアサーヴァントの出現率の低さに心を折られて無課金プレイヤーの道を諦め、重課金プレイヤーとなりました。
ちなみに作者は「深夜にガチャを回す」教の信者です。


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幕間 カルデアの日常
38


「改めて見るとこのカルデアとは中々面白い所じゃな」

 

 特異点の修復が終わり、私が沖田と信長を召喚した日から三日後。私は信長と一緒にカルデアの通路を歩いていた。信長がカルデアの中を探検したいと言い出したので、こうして案内しているのだ。

 

 信長、カルデアは気に入った?

 

「うむ。この様な建物はワシが生きていた時代にはなかったからの。中々に新鮮じゃ。それよりもあの久世とかいう小僧、元気になって良かったの?」

 

 私の言葉に頷いた信長が思い出した様に言う。

 

 信長と一緒にカルデアの中を歩いていた時、私達は訓練室で訓練をしている久世君の姿を見た。久世君はカルデアが開発した戦闘用の礼装(ゲームにあった魔術礼装のカルデア戦闘服。私も前世では大変お世話になりました)を装備して「ガンド」の練習をしていた。

 

 昨日まで召喚の爆死で脱け殻状態であった久世君だが元気になったようで何よりだ。

 

 ……まあ、血走った目で「ガチャ運がなんじゃぁ! 爆死がなんぼのもんじゃあぃ!」と叫びながら標的用の人形にガンドを乱れ撃っている久世君はちょっと怖かったけど。

 

 そんな会話をしているとマイルーム前に辿り着き、扉を開くと部屋の中ではやはりというか頼光さんと牛若丸と山の翁、そして沖田が漂流者達のアニメを見ており、アルジュナはそんな彼等に背を向けて椅子に座り本を読んでいた。

 

「んむ? 彼奴らは何を見ているのじゃ?」

 

 信長がアニメを見ている頼光さん達を見て首を傾げるのだが……どう言ったらいいんだろう?

 

「あら? お帰りなさい、マスター」

 

「主人殿、お帰りなさいませ」

 

「帰還したか、契約者よ」

 

「お帰りなさい、薬研さんとノッブ」

 

「うん。帰りましたか、二人共」

 

 私がどう漂流者達の事を説明しようかと考えていると部屋にいる五人が私達に気づいて出迎えてくれた。そしてその後、頼光さん、牛若丸、山の翁、沖田の四人が信長に注目する。

 

「な、何じゃ? 何で皆がワシを見るのじゃ?」

 

 いきなり一斉に視線を浴びて戸惑う信長に向けてまず頼光さんが口を開く。

 

「貴女……真名は信長さんでしたね。あのアニメとは大分姿が違いますがこれからの活躍を期待していますね」

 

「私も協力しますから斬新な戦法をお願いしますね」

 

「信長よ。励むがよい」

 

「むむむ……。正直ノッブにこんな事を言うのはシャクなんですけど……まあ、期待しておきます」

 

「え? え? え? ど、どうしたのじゃ? 一体何を期待するというのじゃ?」

 

 信長。はい、コレ。

 

「コレ?」

 

 頼光さん、牛若丸、山の翁、沖田の四人に言われてますます戸惑う信長に私は漂流者達の漫画全巻を手渡した。

 

 恐らく頼光さん達は漂流者達の漫画、アニメに登場する信長の活躍を見て、それと同じ活躍をここにいる信長にも期待しているのだろう。

 

「………」

 

 パラ、パラ、パラ……。パタン。

 

 信長は私が手渡した漂流者達の漫画を無言で読む。そしてやがて読み終わって本を閉じると……。

 

「うむ。これから頼むぞ。『信長殿』」

 

 信長はこれ以上ないくらい清々しい笑顔を浮かべて私の肩を叩いてきた。

 

 ……って! 何、私を信長呼ばわりしているの!? 何、人に厄介事押し付けようとしているの!? というか貴女、戦国武将なんだからそれくらい何とかなるでしょう!?

 

「仕方がないじゃろう!? こんな濃い衆をまとめる苦労なんて生前だけでお腹一杯なんじゃもん! お主もワシらのマスターなら代わってくれてもよいじゃろう!?」

 

 あざといくらいに可愛らしいふくれっ面を作って自分のお腹をポンポンと叩く信長。

 

 ええい! くぎゅうボイスでそんな可愛らしい仕草をしても私は惑わされないからな!

 

 代わるの一日に一回だけだからな!



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39

「そういえばアルジュナ? お主は一体何の本を読んでおるのじゃ?」

 

 信長が部屋の隅で本を読んでいるアルジュナに問いかける。

 

 あっ。それは私も聞きたい。

 

 アルジュナはマイルームにいる時はいつも本を読んでいる。最初は漂流者達の漫画やアニメに熱中している頼光さん達を視線に入れないためのポーズであったが、今では純粋に本を楽しみながら読んでいるのが分かる。

 

 アルジュナが、古代インドの大英雄が楽しみながら読む本とは何なのか、というかそんな本が私のマイルームにあったのか是非気になるところである。

 

「うん? これはマスターのマイルームにあった漫画ですよ。ホラ」

 

 そう言ってアルジュナが私と信長に見せた本の表紙には、星空をバックに着物を着た銀髪の天然パーマの男が描かれている。

 

 ……うん。どこからどう見ても私がこのカルデアに持ち込んだ「吟魂」の単行本です。

 

 え? 吟魂? 何で吟魂? 吟魂は私の好きな漫画だけど何でそれをアルジュナが読んでいるの? 何て言うか……その、違和感が半端ないんですけど?

 

「何と言うか意外じゃの。アルジュナ、お主みたいないかにも真面目そうな者が漫画を読むとは。それにその漫画、確かアニメじゃとワシそっくりのぷりちーな声を無駄にしまくっとるゲロインが出てくるのではなかったか?」

 

 私が内心で呟いていると、信長が私が考えていたこととほとんど同じ感想を口にする。というかお前も吟魂読んでいたのか信長。後、ゲロイン言うな。

 

 心の中で私が信長に突っ込んでいるとアルジュナは僅かに苦笑をして口を開いた。

 

「そうですか? 私だって漫画くらいは読みますよ? それに日本の漫画はどれも面白くて続きが気になるのですよ」

 

 日本の漫画やアニメは海外の人達から高い評価を受けているが、どうやらそれはサーヴァントでも同じらしい。これは日本人として少し誇らしい気もしないでもないな。

 

「それにこの漫画の主人公……普段は自堕落と無責任極まるくせにいざとなると自分の掟に従い勇敢に戦う。この自分に正直な生き方は正直、嫉妬を通り越して殺意を覚えるくらい羨ましい。……私も今からでもこの漫画の主人公のようになってみたいと思……」

 

 ちょっと待たんかいぃぃぃぃ!!

 

 私は声を最大にしたツッコミでアルジュナの言葉を遮った。

 

 ちょっと待とうかアルジュナ! 今なんて言った授かりの英雄!? 吟魂の主人公みたいになる? そんなのマスター認めませんからね!

 

 自分に正直な生き方をしたいっていうのはまだいい! だけど吟魂の主人公みたいに自堕落で無責任になるというのは認められない!

 

 吟魂の主人公みたいになったアルジュナを想像してみる。すると死んだ魚みたいな目をしたアルジュナが弓や宝具を適当に放って、私を初めとする味方ごと敵を吹き飛ばす光景が鮮明に思い浮かんだ。

 

 やっぱり駄目だ! 吟魂の腐れ天パ化なんて私は絶対に認めないからな!

 

「どうしてですか? やっつぁん?」

 

 やっつぁんって誰だよ! やっつぁんって!?

 

 首を傾げて言うアルジュナに私は思わず怒鳴り返した。

 

 あれか!? 薬研の「や」とぱっ○ぁんを合わせたのか!?

 

 ふざけんな! 私は医療スタッフだ! ぱっつ○んと同じ眼鏡キャラだけどツッコミ担当の苦労人キャラではない!

 

「契約者よ、何か不満があるのか? 『ゆっつぁん』よりも言いやすいと思うのだが?」

 

 そういう問題じゃないよ山の翁! というか山の翁も吟魂読んでいるんかい!

 

「うむ。先日、漫画の全巻を読破した。正直、あの主人公の自堕落さを見ていたら思わず何度も『首を出せ』と呟いていたが、自らの掟に殉ずる姿勢は評価に値すると思う」

 

 私の言葉にどこか自慢するように答える山の翁。

 

 夜中に暗い部屋で「首を出せ」と呟きながら吟魂の漫画を見る山の翁。

 

 ……想像するとホラーなのかシュールなのか分かりませんな。

 

 そんな事を考えていると頼光さんを初めとする他の英霊達も、漫画やアニメに登場するどのキャラクターやどのシーンが好きかという話を楽しげにしていた。

 

 どうやら私が契約したサーヴァント達は漫画とアニメを通じてこの時代に充分馴染み、満喫しているようであった。

 

 ……恐るべし、日本のオタク文化。




次話かその次くらいでいよいよ「あの人」が復活します。


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40

「そう言えばマスター? 私もマスターが持っている漫画のことで聞きたいことがあるのですが」

 

 私が日本のオタク文化の凄さに驚いていると今度は頼光さんが話しかけてきた。

 

 どうかしましたか頼光さん? 何か読みたい本でもあるのですか?

 

「いえ、別に読みたいというわけではないのですが……。マスター? マスターは久世さんが持っているという『Trouble』や『苺十割』は……持っていませんわね?」

 

 怖っ!!

 

 台詞の「持っていませんわね?」の辺りでいきなり真顔になった頼光さんが滅茶苦茶怖い!

 

 というか何でそんな質問を? やっぱり女性としてはエッチなシーンが多数ある漫画は所持を認められませんか?

 

「……マスター?」

 

 はい! それらの漫画は所持していないであります!

 

 真顔のまま再度質問してくる頼光さんに直立不動となって答える私。

 

 臆病者と笑いたければ笑え。大事な事だからもう一度言うけど滅茶苦茶怖いぞ、頼光さん。私は医療スタッフだ。高位のサーヴァントの怒気に当てられて平気なはずがないだろう?

 

「……よかった。やっぱりそうでしたか」

 

 私の返答に納得したのか真顔から笑顔にとなる頼光さん。

 

 よかった。ひとまず危機は去ったか。……でも「やっぱり」って。

 

「実はすでに本棚の裏は勿論、天井裏から床下まで確認していたのですが、本人の口から聞けてホッとしました」

 

 もうすでに、それこそ文字通り部屋中探していたとは……。

 

 よかった。頼光さんを召喚してすぐにそれらしい本をカルデアの倉庫にある私専用のスペースに封印しておいて本当によかった……。

 

 私が内心で胸を撫で下ろしていると頼光さんが「Trouble」と「苺十割」の話を続けてくる。

 

「マスターも久世さんも若い男性ですからそういった本に興味を覚えるのは分かるのですけど、それでも一緒にいる女性のことがありますしあまり持つべきではないと母は思うのですよ。現にマシュさんとセイバー・リリィさんと清姫さんはそれらの本を読んで大層お怒りでしたし」

 

 え? 久世君ってばあの三人に「Trouble」と「苺十割」見られたの? というかどれくらい怒っていたの?

 

「それなら私も見ましたが……確か、セイバー・リリィ殿がまるで汚物を見るような目で久世殿を拘束して、その前で能面のような無表情のマシュ殿が件の本を積み上げ、そしてそれを目が笑っていない笑みの清姫殿が燃やしていましたね」

 

「ああー。あれは怖かったですねー。あまりの怖さにクー・フーリンさんとエミヤさん、汗をだらだら流したまま動けませんでしたしね」

 

 私の言葉に現場を見ていた牛若丸が答え、それに沖田が同意をする。

 

 まさかの処刑レベル!? そこまで怒るとは予想外だった。

 

 というか久世君ってば、こないだの爆死の件といい、ロクな目に遭ってないな。幸運値Eくらいなんじゃないの、リアルラック?

 

「皆さん! 失礼します!」

 

 私が久世君に同情していると突然、先程の話に出ていたマシュが息を切らせてながらマイルームに飛び込んできた。

 

 ま、マシュ!? そんなに慌ててどうしたんだ?

 

「は、はい! 皆さん、ダ・ウィンチちゃんの工房に来てください! つい先程所長の身体が完成して蘇生作業に入ると連絡が来ました!」




次回こそ本当に所長が復活します。


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41

久しぶりの投稿です。
FGOで頼光さんの宝具をLv5にできたという嬉しい出来事が起こり、そのテンションで執筆意欲が復活しました。


 マシュからオルガマリー所長が無事目覚めたと知らされた私は、オルガマリー所長のいるダ・ヴィンチちゃんの工房に向かっているのだが、内心はかなり複雑な心境であった。

 

 本来の歴史ではオルガマリー所長は特異点の冬木で……いや、それ以前のカルデアに起こったレフによる爆発テロによって死亡し、今頃は魂も焼却されていたのだが私はそれを助けた。あの時はああするしかなかったと納得しているつもりなのだが、それでも「オルガマリー所長の生存」というのは決してあり得ないイレギュラーである。

 

 原作知識、これから先に起こる未来の情報は私がこの世界で生き延びるための最も重要な命綱だ。それがオルガマリー所長を助けたことで何らかの変化があったらと思うと不安でたまらない。

 

 そんな事を考えている内にダ・ヴィンチちゃんの工房の前に到着した私はこれから先の事を不安に思いながら扉を開き……、

 

「えっ!? や、薬研! 危な……!」

 

 扉を開いた瞬間、私は聞き覚えのある声を聞いたと思うのと同時に、光に包まれて気を失った。

 

 ※ ※ ※

 

「ご、ごめんなさい! 薬研! まさかいきなり薬研が出てくるとは思わなかったの!」

 

 光に包まれて気を失ってから数分後。何とか意識を取り戻した私は一人の女性に平謝りされていた。

 

 いえ、私は気にしていませんよ。

 

 私は目の前で何度も頭を下げて謝ってくる女性、「オルガマリー所長」に向けて言った。

 

 そう。今私の前にいるのはレフ・ライノールの企みによって一度死んで身体を失い、今日までダ・ヴィンチちゃんの工房で新たな身体を作っていたオルガマリー・アニムスフィアである。

 

 ……うん。足もあるし夢や幻でもない。ここにいるのは一度はレフ・ライノールの爆弾テロによって命を落としたが、ダ・ヴィンチちゃんの治療のお陰で体を取り戻して助かったオルガマリー所長だ。

 

 これによりこの世界の歴史の流れと私の知る原作知識の「ズレ」はいよいよ本格的になっていくのだが、今はオルガマリー所長が助かったことを喜ぼう。

 

 私は医療スタッフだ。傷ついて命の危機に瀕した仲間を助けるのが私の仕事なのだから。

 

 ……それにしてもオルガマリー所長? その格好は一体?

 

「えっ!? こ、これはその……! 気がついたらこの格好になっていて、決して私の趣味じゃないのよ! 本当よ!」

 

 私の指摘にオルガマリーは顔を真っ赤にして両腕で自分の体を隠しながら必死に弁明してきた。

 

 あっ、ハイ。分かってますから、そこまで強く言わなくてもいいですよ、オルガマリー所長。

 

 今のオルガマリー所長は以前とは全く違う服装となっていた。ボロボロの青色の布を腰と胸元に巻いた半裸姿で、全身には淡く青色に光る刺青が入っているのだ。

 

 ……どこからどう見てもアンリ・マユの第三再臨の姿です。

 

 それで? これは一体どういうことなのですか、ダ・ヴィンチちゃん?

 

 私が物陰に隠れてこちらの様子を見ていたこの工房の主、ダ・ヴィンチに話しかけると、自他ともに認める天才のサーヴァントは頭をかきながら物陰から出てきて事情を説明してくれた。

 

「いや~……。せっかくオルガマリー所長の新しい体を作るのだったらハイスペックな体を作ってあげようと思ってね……。私の持てる技術を全て使ったら、自分でも惚れ惚れするようなハイスペックの、サーヴァントの霊基を組み込んでも耐えられるキャパシティの体ができたんだよ。

 そしてそれとほぼ同時に君達が冬木から回収してきた最初の聖杯と奇妙な霊波パターンを持つ英霊との縁が繋がったのが分かったのさ。

 それでせっかくだから……」

 

 せっかくだから?

 

「その奇妙な霊波パターンの英霊の霊基をオルガマリー所長の新しい体に組み込んで、デミ・サーヴァントにしちゃいました♪」

 

 可愛らしい笑みを浮かべてとんでもないことを言うダ・ヴィンチちゃんを見て私は思った。

 

 うん。この人、分かっていたけと真性の馬鹿だ。

 

 つまりこういうことか?

 

 聖杯と縁が繋がった英霊というのはアンリ・マユで(何故聖杯と縁が繋がったのは分からないけど、原作繋がりなのだと思う)、

 

 それを確認したダ・ヴィンチちゃんが好奇心やら悪戯心やらが刺激されてアンリ・マユの霊基を組み込んだ結果オルガマリー所長はアンリ・マユの能力を受け継いだデミ・サーヴァントになって、

 

 デミ・サーヴァントとなってアンリ・マユの能力だけでなく姿まで受け継いで半裸姿になったオルガマリー所長は、怒りと羞恥心から元凶であるダ・ヴィンチちゃんに魔術で攻撃しようとしたが避けられてしまい、避けられた魔術は丁度工房に入ってきた私に命中した、と……。

 

 なるほど。結論から言えば全てダ・ヴィンチちゃんが悪いな、これは。

 

「あの……薬研? 言うのが遅れちゃったけど、助けてくれてありがとう」

 

 私が状況を整理していると、オルガマリー所長が頭を下げて礼を行ってきた。

 

「貴方がいなかったら私はレフに殺されたまま魂も消えてここにはいなかったわ。私がこうして助かったのも薬研、貴方のお陰よ。本当にありがとう」

 

 気にしないでください、オルガマリー所長。私の方こそ貴女の魂を確保した後は、新しい体の製造などをダ・ヴィンチちゃんだけに任せて何のお手伝いもできなくて申し訳ありませんでした。

 

 本当ならば私だってオルガマリー所長の新しい体の製造などをお手伝いしたかった。というかそれをメインにしたかった。

 

 しかし何故か医療スタッフである私は久世君と一緒にマスターとしての訓練を受けさせられて、そんな暇がなかったのである。

 

 私は医療スタッフだ。

 

 そう、大事なことなのでもう一度言うが私は医療スタッフだ。断じて地獄のような前線を駆け抜け、人理を救うマスターなのではない。

 

 それなのに何故、周囲は私をマスター扱いしたいのか盛大に天に抗議したい。具体的には短い手足と光を放つ目がある茸の外見をした神に……いや、待てよ?

 

 こうしてオルガマリー所長が復活したのだから、彼女に配置を変えてもらうようにお願いしたらもしかして……。

 

「あの~……。薬研?」

 

 脳裏に今世紀一番の閃きが起ころうとした時、オルガマリー所長が申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。

 

 はい? どうかしましたか、オルガマリー所長?

 

「そろそろ後ろの三人を何とかしてくれないかしら……。もうスッゴく怖いのだけど……」

 

「「「………」」」

 

 青い顔をしながら言うオルガマリー所長の背後には、私が魔術で吹き飛ばされた事に怒った頼光さんと牛若丸と山の翁が、無言で自分達の刀や大剣を上段に構えていた。

 

 ……………ヤベッ。さっきから三人があの体勢だったことをすっかり忘れていた。

 

 そして結局、オルガマリー所長に対して怒る頼光さんと牛若丸と山の翁を宥めるのに丸一日かかり、私はオルガマリー所長に配置を変えてもらうように言うタイミングを完全に逃してしまったのだった。

 

 ……ちくしょう。



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42

今回は幕間は終わり、番外編を一話か二話挟んで次章に移ります


「何よこの体!? 全く使えないじゃない!」

 

 オルガマリー所長が無事に復活をした次の日。サーヴァントを含めた訓練を行うシミューレートルームにオルガマリー所長の困惑を含めた怒声が響き渡る。

 

 ダ・ヴィンチちゃんの手によってデミ・サーヴァントとなったオルガマリー所長。本人はあまり乗り気ではなかったらしいが、周囲に言われてとりあえずデミ・サーヴァントの体の性能を確かめることにしたのだが……結果はあまりにも残念な結果であった。

 

 サーヴァントであるため通常の人間に比べたら遥かに上の身体能力を発揮したのだが、同じサーヴァントと比べたら明らかに格下で本人の格闘能力の低さも相まって能力値以上に弱そうに見えたのだ。

 

「筋力E、耐久E、敏捷D、魔力B+、幸運E、宝具C……か。ええっと、その……ま、魔力の値は結構高いですね?」

 

「無理して褒めなくてもいいわよ! 余計惨めになるじゃない!?」

 

 オルガマリー所長のデミ・サーヴァントとしての能力値を見たロマンが苦笑しながら感想を言うと、オルガマリー所長が半泣きの表情で叫ぶ。……でもこれは仕方ないよな。

 

 オルガマリー所長に宿った英霊は「復讐者」のサーヴァント「アンリ・マユ」。

 

 アンリ・マユとはゾロアスター教で「この世全ての悪」とされる悪神の名前だ。それだけを聞けば強力な存在に思われるがオルガマリー所長に宿ったアンリ・マユは悪神などではなく、悪神の名前と役割を押し付けられて生け贄とされた事で「悪神の側面を持つ反英雄」として英霊の座に登録された古代の村人にすぎず、能力値が低いのも当然の事と言えた。

 

 まあ、この事は原作知識を持っている私だけが知っている事で、他の人達は悪神の名と実際の能力値の低さのギャップに大きく驚いていた。

 

 ……しかしオルガマリー所長の能力値、私が知っているアンリ・マユの能力値と比べて敏捷と幸運が低くて、代わりに魔力が高いよな? だけどさっきも言ったようにオルガマリー所長は格闘能力が低いし、通常の人間だった頃から雑魚モンスターなら一撃で倒せるガンドを撃てるから丁度いいかもしれないな。

 

「す、すみません……。あっ、でも宝具は最初から使えるみたいですし、その宝具も使い方次第では格上の敵も倒せそうな凄いものじゃないですか」

 

 半泣きで怒鳴るオルガマリー所長にロマン上司は謝ってからフォローを入れる。

 

 そう。オルガマリー所長を器にした事で変わったのは能力値だけでなく宝具もであった。

 

 オルガマリー所長の宝具の名前は「偽り写し記す万象・改」(ヴェルグ・アヴェスター)

 

 効果は自分の受けたダメージを倍加して敵に与えるというものでそこまではアンリ・マユのと同じなのだが、オルガマリー所長のそれは敵から受けたダメージだけでなく「自分で自分に与えたダメージ」も倍加して敵に与えるというもの。その「逆怨み」という言葉が合いそうな宝具は本来のアンリ・マユの「偽り写し記す万象」よりもずっと使い勝手がよさそうなのだが……。

 

「……でも、それってダメージを受けないといけないんでしょう? 怖いんだけど……」

 

 そう、この宝具って私に負けないくらいのチキンハートの持ち主であるオルガマリー所長とは相性が最悪なんだよな。

 

 ……あの、オルガマリー所長? そこまで無理をして戦わなくてもいいと思いますよ?

 

「薬研?」

 

 オルガマリー所長は確かにデミ・サーヴァントとなってレイシフトできるようになり、一応はサーヴァントと戦える力を得ました。しかしオルガマリー所長はこのカルデアのトップであり、無理に前線に出る必要はないと思います。

 

 オルガマリー所長はこのカルデアのトップだ。故に前線ではなくカルデアの司令部こそが正しい立ち位置である。

 

 そして私は医療スタッフだ。故に前線ではなくカルデアの医療室こそが正しい立ち位置である。

 

 このままオルガマリー所長を説得するついでに私の配置替えをお願いしようと思ったのだが、オルガマリー所長は私の言葉に首を横に振った。

 

「ううん。それはできないわ、薬研」

 

 オルガマリー所長?

 

「私はこのカルデアのトップ。そして今はその上にデミ・サーヴァントでもある。貴方の言う通りレイシフトができてサーヴァントと戦える力を得たわ。だから私はカルデアのトップとして前で戦って責任を果たさないといけないの……怖いけどね」

 

 ………っ!? 馬鹿な……チキンハートのオルガマリー所長が勇気を見せた、だと……!

 

 私が内心で驚愕していると、オルガマリー所長が私に向けて笑みを浮かべてきた。

 

「心配してくれてありがとう、薬研。でも薬研や皆もいるから私も頑張るから」

 

 っ! オルガマリー所長の笑顔が眩しすぎて直視できない……! こ、これでは今後配置替えなんて言い出せないじゃないか……!

 

 私の明日はどっちだ?




「私の明日はどっちだ?」(by薬研)

「………」(by慈愛に満ちた笑顔で次の特異点を指差す運命の女神)


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第二特異点 永続狂気帝国セプテム
43


本当は「薬研がクリプターだったら?」という内容の外伝を書いてから投稿するつもりでしたが、中々文章がまとまらず本編を更新することにしました。
薬研がクリプターとなる外伝はいつか書く予定です。


 私は医療スタッフだ!(お久しぶりです。あるいは初めまして)

 

 どうも、カルデアの医療部門に所属している少し魔術薬の調合が得意な事以外特に特徴の無い平々凡々な医療スタッフ、薬研征彦です。

 

 オルガマリー所長が無事(?)に復帰してから数日後。新たな特異点が観測されました。……別に観測されなくてもいいのに。

 

 新たに観測された特異点は原作と同じ古代ローマ。そう、永続狂気帝国セプテムである。

 

 永続狂気帝国セプテムといえばまだサーヴァントになる前の赤セイバーことネロ陛下と旅をしたり、エリザベートやタマモキャットも参加していた女神(邪神)様のイベントに巻き込まれたり、色々とカルデアとの因縁があってこれから先のシナリオでも何回か登場しそうだったレフ・ライノールが自分の呼び出した星五サーヴァントにあっさりと真っ二つにされたりと、個人的に印象深いシナリオだ。

 

 そんな特異点に相変わらず一医療スタッフに過ぎない私は「私はマスターではない!」という心から(心の中だけ)の叫びを無視されて、カルデア「唯一」のマスターである久世大地君と彼と契約をしている英霊達、そしてどういう運命のイタズラか私と契約をしている英霊と一緒に連行されてしまった。

 

 そろそろ私のBGMは「ドナドナ」か、○ラクエⅤのどこか寂しげなフィールドの曲にしてもいいかもしれない。私が一番好きなのはアニメのFate/zero(第一期)のエンディングテーマなのだが、そんなものをBGMにしたらまた単なる医療スタッフに過ぎない私を人理を救う一団の一人に勘違いする者が現れるかもしれないので、慎んで辞退させてもらう。

 

 まあ、それはとにかく、そんな感じで第二の特異点である古代ローマにレイシフトさせられてしまい、今日でもう八日目になる。そして私は……。

 

 第二特異点では登場しない……というか登場するのはこれからもっと先のイベントのはずのサーヴァントと契約をして、

 

 上半身が「ビッグ・ディッパー・ナックル」の拳四郎みたいに裸のムキムキマッチョになって、

 

 レフ・ライノールを顔の原型がなくなるくらいボコボコに殴り飛ばしていた。

 

『『……………』』

 

 あまりの超展開に久世君やマシュ、そして私達と契約をしているサーヴァント達も茫然とした顔となって固まっている。だがこれは仕方がないだろう。

 

 私もレフ・ライノールに拳の連打を叩き込んで殴り飛ばし「アリーヴェデルチ」と決め台詞を言った後で正気に戻ったが、その時正直「やってしまった」と後悔した。

 

「………」

 

「………」

 

 そこ、沖田さんとノッブ。私の後ろで○ョジョ立ちは止めてくれません? なんというか微妙に似合っていてカッコいい分イラッとくるから。

 

 そして私が何故このような奇妙な展開の中心にいるのかと言うと、始まりはこの特異点にレイシフトした時にまで遡る。



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44

 オルガマリー所長が復活してから数日後。カルデア所員達も最初は戸惑っていたが皆もすっかり落ち着いたようだ。

 

 ……となるとそろそろ新しい特異点が現れる頃だな。良くも悪くも人々を飽きさせないカルデアの事だからまず間違いない。前世がFGOプレイヤーで今世がカルデアの一医療スタッフである私の勘がそう言っている。

 

 え? 一部の人々から「お前はもうマスターだからいつまでも医療スタッフと言ってないでそろそろ覚悟を決めろ」という意見が出ているって?

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………。

 

 HAHAHA! 何を言っているのでしょうね、その方々は? 誰がなんと言おうと私は医療スタッフだ。百億光年譲って私がマスターの役割を一部するとしても私が医療スタッフであることは代わりない。

 

 そう、私は医療スタッフであることを諦めない! 諦めたらそこで試合終了なんですよ!

 

 私がそんなことを考えていると久世君とマシュがオルガマリー所長が緊急の話があると私達を呼びに来た。逆らっても結局は連行されるので仕方なくオルガマリー所長にロマン上司、そしてダ・ヴィンチちゃんがいる司令部に行くと、着くなり新たな特異点が観測されたという報せを受けた。

 

 ほら、やっぱり……。

 

 しかし新たな特異点か……。第二特異点ではレフ・ライノールと遭遇して、更にはレフが自分の呼び出したサーヴァントに真っ二つにされて殺されるイベントがあるのだが、オルガマリー所長は大丈夫なのだろうか?

 

「何? 私がどうかしたの、薬研?」

 

 私が横目でオルガマリー所長を見ながら心配していると、私の視線に気づいた所長がこちらを見てきた。

 

 ダ・ヴィンチちゃんの卓越した技術によって見事復活しただけでなくアンリ・マユの霊基を宿して、マシュに続く二人目のデミ・サーヴァントになったオルガマリー所長は、久世君と契約をしてこれからのレイシフトに現場指揮官として同行することになった。久世君と契約をした理由は、カルデアと直接連絡できるラインを持っているのは久世君と契約をしているマシュだけで、現場指揮官としてレイシフトしてすぐにカルデアのロマン上司達とする必要があるオルガマリー所長は久世君達と契約をすることになったのだ。

 

 次の特異点が古代ローマであるのならば、そこにはシナリオ通りにレフ・ライノールがいるだろう。

 

 特異点でオルガマリー所長とレフ・ライノールが再会すれば一体どういう展開になるのか全く予想がつかない。そう、言ってみればこの特異点こそが私の知っている原作知識が決定的に狂いだすポイントと言える。

 

 行きたくないなぁ……。

 

 今までは原作知識と頼光さんの力を借りて何とか生き残ってきたけど、これからは原作知識もあまりアテにならなくなるから死にそうになる確率が上がるのだろうな……。行きたくないなぁ……。

 

「さて、そろそろレイシフトを行うけど皆、準備はいいかい?」

 

 私が心の中でため息をついていると、そんな私の気持ちなんか全く分からないロマン上司がいよいよレイシフトを始めると言ってきた。

 

 ……って、そういえばロマン上司?

 

「ん? どうしたんだい、薬研君?」

 

 そのレイシフトなんですけど……今回は安全なのでしょうね?

 

 オルレアンの特異点の時は久世君達とは別の場所、それもその特異点のボスと言えるジャンヌオルタの側にレイシフトしてしまい、即戦闘となった。あんなのは二度とゴメンである。

 

「うっ!? だ、大丈夫さ、薬研君。あの反省を活かして君と久世君はなるべく近くの時間と場所にレイシフトするように調整しているからさ。あの時のようなことにはならないさ……多分」

 

 オイコラ。最後の一言は何ですか、ロマン上司? 今の一言で盛大にフラグが立った気がするのですけど?

 

 最後のロマン上司の発言で非常に不安になった私だったが、結局連れていかれるのは確定なのだし「ぐだぐだ本能寺」の時も大丈夫だったのでとりあえずは納得することにして私は次の特異点にレイシフトすることにした。

 

 

 

 ……しかし私はレイシフトした直後に後悔することになる。

 

 たとえ全ての令呪を使ってでも頼光さん達を黙らせて、今回のレイシフトを絶対に逃げるべきだったと心の底から後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、薬研征彦!? 何故ここに!?」

 

 レイシフトをした私の前には二人の男が立っていた。

 

 一人はレフ・ライノール。そしてもう一人は……。

 

「ほう……。貴様が薬研征彦か」

 

 人理を焼却した張本人、魔術王ソロモンであった。



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