漆黒シリーズ特別集 (ゼクス)
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第一章 StrikerSへ
前編


以前と違う部分も幾つか在ります。
それに関しては現在の作品に合わせた影響です。


 それは一人のマッドがとあるデジモンのデータを手に入れた時から始まった。

 そのデジモンのデータは正に前人未踏、誰もが辿り着く事が不可能だった場所へと誘う事が出来る最高のデータだった。

 今回の話は、そのマッドが完成させてしまった恐るべき道具に寄って災難に塗れた世界の話である。

 

 暗い部屋の中、僅かな明かりしかない部屋で青い髪に赤い瞳を持った白衣を着た女性-『フリート・アルハザード』-が、何かの作業に没頭し続けていた。

 そして最後だと言うようにフリートは慎重に工具で持った部品を組み立てていた機械に組み込み、作成していた物が完成する。同時に狂気の笑い声がフリートの口元から零れ出て、研究室内に響き渡る。

 

「フフフフフフフフフッ! ハハハハハハハハハハハハッ!! 遂に! 遂に完成しました! あのデジモン! パラレルモンのデータを手に入れてから、苦節八年と三ヶ月と五日の日にちを掛けた上に! 他の研究に誘惑されながらも、このアルハザードの技術を総動員して完成させた傑作!」

 

 フリートは作り上げた銃の様な物を掲げ、その銃の名を高らかに叫ぶ。

 

「『平行世界に行っていらっしゃいガン』!! 我ながら素晴らしい出来栄えと名前です!!!」

 

 フリートは銃を抱えながら自身の作品の出来栄えとネーミングを褒め称えるが、もしこの場に他の者が居ればこう言うだろう。

 『ネーミングセンス無さ過ぎ』だと言うほどに、フリートにネーミングセンスは無かった。そんな事を知らずに、フリートは右手に持った銃を掲げ、自身に撃とうとするが、突如として動きは止まり、絶望に染まった顔をする。

 

「……しまったぁぁぁぁ!? 平行世界に行こうにもそっちとの送信手段が無い! つまり、私は平行世界に行く事が出来ないんだった!?」

 

 フリートは本来ならば自分の居る場所である、アルハザードから外に出る事が出来ない存在。

 研究の結果、道具を使えば外に出る事は可能になったが、行く先は平行世界。流石に其処まで外に出られる機能は造った道具には無い。

 例えフリートの言葉どおり平行世界に行く事が出来るだったとしても、平行世界までは流石に無理だった。

 

「クッ! 我が身が呪わしいですね! 誰も行った事が無い平行世界に行く事が出来る道具を作ったと言うのに、この体は行く事が出来ないとは! 全く持って悔しいですぅぅぅーーー!」

 

 そう言いながらフリートは自分の体に付いて悪態を述べ続け、二十分ほど悪態を付き続けている。

 だが、突如として何かを思いついたのか、悪そうな笑みを浮かべて部屋を出て行った。

 

 そして研究室を出たフリートが司令室に辿り着くと、その部屋の中に居たブラック、リンディ、ルイン、ティアナ、クダモン、クイント、なのは、ガブモン、ヴィヴィオ、ギルモンの全員に内心で悪そうな笑みを浮かべながら声を掛ける。

 

「皆さん、素晴らしい物が出来たんですけど?」

 

「……そう言えば、今日は食材を買いに行く日だったわね」

 

「そう言えばそうだったわね。リンディ、行きましょう」

 

 リンディとクイントは関わりたくないと思い、指令室から急ぎ脱出しようとした。

 その行動も仕方ないだろう。リンディとクイントはフリートのマッドな部分を嫌と言うほどに知っている。本人にとっては素晴らしくても、他人にとっては録でもないものに決まっている。二人は今回も碌でもない事だろうと思ったのだ。実際に碌でもないので二人の行動は正しい。

 しかし、フリートは逃がさないと言う様にリンディとクイントの襟首をガシッと掴む。

 

「そう逃げないで下さいよ。今回は本当に良い事なんですから、日頃頑張っている皆さんに休暇を与えようと思ったんですよ」

 

『休暇!?』

 

 フリートの告げた事実にブラック、ヴィヴィオ、ギルモンを除いた全員が疑問の声を上げ、フリートを見つめると、フリートは持っ ていた銃の力に付いて説明し始めた。

 そして数分後にフリートの説明を聞き終えたリンディは頭痛がすると言うように頭を抱えながら、クイント達と話し合いする。

 

「まさか、本当に平行世界に行ける道具を作ってしまうなんて」

 

「呆れてものも言えないわね」

 

「パラレルモンのデータを手に入れた時から怪しい行動をし始めていましたけど」

 

「こう言う事だったんですね」

 

 リンディ、クイント、なのは、ティアナはそれぞれ困った表情を浮かべて言葉を交し合うが、その間にブラックが詳しい事をフリートに質問していた。

 

「ほう、つまり行ける世界はこの世界に良く似た世界だけと言う事か?」

 

「そうですよ。流石に完全に違う平行世界には行けませんが、例えばブラックが居なかった世界や、ブラックの前世の記憶どおりの世界に行く事は可能です」

 

「……良いだろう。平行世界には興味が在る。貴様の言うとおり平行世界に行ってやろう」

 

「ブラック様が行くのならば私もです!」

 

「ヴィヴィオも行く!!」

 

「ギルモンも!!」

 

 ブラックの言葉に追随する様にルイン、ヴィヴィオ、ギルモンは自分達もと言うように手を上げ、リンディは頭を更に痛ませる。

 

「何を言っているんですか!? 私達が此処を離れたらどうなると思っているんですか!?」

 

 リンディがそう叫ぶのも当然だろう。休暇が何時までなのかは分からないが、リンディ達が今居る世界から離れてしまえば、デジモン達やルーチェモン達が好き勝手に暴れる可能性が高い。

 その事が在るからこそ、リンディはブラック達-平行世界に行こうとしている者達-を止める為に意見を述べる。なのは、クイント、ティアナもリンディの意見に同意なのか深く頷く。

 だが、怪しげな笑みを浮かべながらフリートがリンディ達-平行世界に行かないと言っている者達-に近づく。

 

「大丈夫ですよ。あちらの世界で何日居ても、此方の世界では一日程度の事です。そういう風に作りましたからね」

 

((((何気に時間操作も行っている!?))))

 

 フリートの告げた事実にリンディ達は驚愕に満ちた叫びを内心で上げながら、フリートを信じられないと言うように見つめた。

 【平行世界への移動】。【時間操作】。どちらも魔法では実現不可能とされているものなのに、フリートはそれを平然と成し遂げた。このまま行けば全盛期のアルハザードでも、オファニモン達でも不可能だった【死者蘇生】の領域にまで踏み込んでしまいそうだとリンディ達は内心で恐怖するが、ブラック達は構わずに平行世界に行く準備を始めていた。

 

「ヴィヴィオちゃんは久しぶりのお外ですから、今まで着る暇がな かったお洋服を沢山着ましょうね」

 

「うん! ルインお姉ちゃん!」

 

「……休暇か。そう言えば訓練や捜査などでゆっくりする暇が無かったなガブモン」

 

「そうだね。たまには良いかもしれないねクダモン」

 

「ギルモンも楽しみ! グラニも行って良いのかな?」

 

 平行世界に行く事を決めていた者達はそれぞれ準備をし始め、ガブモンやクダモンまでも行く事に乗り気だと分かったなのはとティアナは頭を手で押さえながらリンディに声を掛ける。

 

「……リンディさん。もう止めるのは無理ですよ」

 

「寧ろ止めたら、私達が白い目で見られそうな気がします」

 

「……止めるのは無理ね」

 

 目の前の光景にリンディも、もう反論する気も起きないのか、呆れたように呟きながら自身も平行世界に行く準備をし始めた。

 その様子を見たなのは、ティアナ、クイントも顔を見合わせると、リンディと同じようにそれぞれ準備を始め、一時間後にはフリートを除いた全員が平行世界へと旅立って行った。

 

 

 

 

 

 平行世界。その世界ではブラックが現れず、正規の歴史どおりに事は動き、当然ながら機動六課も歴史どおりに設立されていた。

 そしてその世界の機動六課-部隊長室では、聖王教会から送られてきた機密文章を険しい顔をしながら見つめているはやてが存在していた。

 

「……今更追加の詩文やて? 公開意見陳述会も間近に迫ったこの時期に?」

 

 聖王教会から送られて来た聖王教会に居る在る人物のレアスキル【預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】に寄って書かれていた詩文を眺めながら、その内容にはやては頭を抱えていた。

 【預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】。それは未来を詩文の形で予言し、近い将来に起きる出来事を知る事が出来るレアスキルなのだが、発動条件が厳しい上に、その文章の難解さから扱い難しく、良く当たる占い程度の扱いレアスキルなのだが、大規模な事件や大規模な自然災害に関しては的中率が高い。

 しかも本来ならば年に一度しか使えないレアスキルなのだが、今回は偶然にも発動条件が再び舞い降りて来たので、聖王教会は最初に書かれていた予言を寄り具体的に明らかにしようとした。

 だが、逆に疑問が増える状況に成ってしまった。新たな予言が出現してしまったのである。

 

「『天に死せる王の嘆きが響き渡る時、交わる事無き、異界の者達は怒り狂い、無限の欲望の野望は砕け散る。 

 不屈の心を胸に宿す蒼き鉄の狼、星を打ち砕く光を解き放ち、死者達を沈黙に伏させる。

 絆の果てに現し、赤き鎧にその身を包み込んだ聖なる騎士、全てを撃ち抜き、人々を脅威から護らん。

 王をその身に宿す聖騎士、赤き鎧船にその身を乗せ、天に浮かぶ翼の内より、死せる王を救わん。

 世界に否定されし深き闇を従えし黒き竜人、その身の因子を宿しし異形、古の地より与えられし力を宿す者と共に、世に出す事さえ憚れる深き闇を打ち砕く。

 されど、彼の者達は法の味方に在らず、彼の者達は自身の胸に宿る真の思いのままに、動く者達なり』」

 

 手に持つ詩文の内容を読み上げ、はやては内容を少しでも解読しようとするが、その意味さえも分からず頭を更に抱える。

 

「あかん……文章の意味さえも分からんわ……それにしても、まるでヒーローが駆けつけて、全部解決してくれるみたいな内容やけど。法の味方や無いって、如何言う事や?」

 

 文章の最後の一文に書かれた文字を見ながら、はやては首を傾げる。

 法の味方ではない。つまり法を管理局だとすれば、管理局の味方ではないと言う意味になる。

 しかし、はやてが知る限り、今回の事件には他の犯罪組織が関わっている様子は無いし、犯罪組織が好き好んで人々を護るとは、はやてには思えなかった。

 

「……ハア〜、全く分からんわ。まあ、解読に付いては聖王教会とクロノ君に任せて、私らは目の前に迫った公開意見陳述会に付いて考えようか」

 

 そうはやては呟くと、持っていた詩文の書かれた紙を机の上に置き、目の前に迫った公開意見陳述会の警護に付いて考えるのだった。

 

 

 

 

 

 一方、平行世界へと渡ったブラック達はミッドチルダに程近い世界で元の世界では出来ないようなバカンスを楽しんでいた。

 

「キャハハハハハハッ! ギルちゃん! 冷たいよ!!」

 

「ヴィヴィオだって!」

 

 泊まっているリゾートホテルの内部に在るプールではヴィヴィオとギルモンが嬉しそうに遊び続けていた。

 その様子をプールサイドからなのはとカブモン、ティアナとクダモンは苦笑を浮かべながら見つめていた。

 

「ヴィヴィオやギルモンは楽しそうだね」

 

「そうだね。このホテルは使い魔も自由にして良いって言う場所だから、ヴィヴィオ達も嬉しいんだよ」

 

「それにしても、良くこんなホテルをリンディさん知ってしましたよね?」

 

「元々リンディは以前から休暇を取れる場所を探していたらしい。 平行世界とは言え、場所は変わらんから、このホテルに滞在する事にしたのだろう。最も行けたのはブラックとルイン、リンディを除いた我々だけだろうが」

 

 ティアナの疑問にクダモンが答え、ティアナ達は納得したように頷くと、プールサイドに置かれている椅子に座る。

 そのまま持って来た機器に映るミッドチルダの状況に付いて話し合いを始める。

 

「ミッドは大変ですね。スカリエッティの玩具のガジェットの大軍に公開意見陳述会場が襲われ、阿鼻叫喚の絵図だったらしいですよ」

 

「そうみたいだね。だけど、責任は管理局の方にもあるよ。相手の力を過小評価し過ぎたのが原因。最悪の状況を常に想像して動かないといけないのにね」

 

「しかもハッキングした情報に寄れば、ガジェットの対策に動いていたのは一部隊だけ。それも状況に寄ってマトモに動けなかったようだ」

 

「この世界のなのは達がいる部隊だよね」

 

 全員がハッキングして手に入れた情報を見ながら溜め息を付き、映像に映されている逃げ惑う管理局員の様子に更に溜め息を吐きながら顔を見合わせる。

 

「……どう見ても逃げてるよね?」

 

「逃げていますね」

 

「逃げているな」

 

「うん、逃げているよ」

 

 なのはの質問に対して、ティアナ達はそれぞれ答え、映像に映し出されているガジェットから逃げ惑う局員に対して険しげに顔を歪める。

 

「……AMFに対する対策が全然されていないね。この世界の私が居る部隊は何をやっているんだろう?」

 

「恐らくだが、地上本部にガジェットに関する正確に情報が伝わっていない可能性が高い。私の推測だが、本局は機動六課にこそ、この事件を解決して欲しいのだろう」

 

「縄張り争いね」

 

 クダモンの言葉に対してティアナは自身の推察を述べ、なのはと ガブモンは嫌な事実に顔を歪める。

 本局と地上本部。同じ管理局では在るが、その実は互いにぶつかり合っている状態なのだ。

 本局は地上で育った優秀な局員を引き抜いて行き、その為に地上の戦力は減って行く。その事が在る為に地上と本局の中は最悪としか言えない状況。本局の上層部達はこの事件を地上本部ではなく本局の局員に解決させたいのだろう。この事件を地上本部に解決されれば地上の発言力は増し、本局としては色々と地上に無理を言えなくなる事態に成る。

 だが、この予言を回避したのが本局の局員ならば、本局の発言力は更に増し、逆に地上の発言力は一気に低下し、地上を本局の意にままに出来る可能性が在る。

 

「……管理局って何なんだろうね? 私達の世界でもそうだけど、この世界でも人々の平和よりも自分達の権力が大事みたいだね」

 

「管理局が在るから平和ではなく、平和の為に管理局は生まれた。多分、その事を多くの局員が忘れているんでしょうね」

 

「そのとおりかも知れないわね」

 

 ティアナの言葉に対して背後から同意の言葉が響き、なのは達が ティアナの後ろを見てみると、水着姿のリンディ、ルイン、クイントに、黒いロングコートを着た人間体のブラックが立っていた。

 

「ブラック。この様な場所では、その様な服は脱ぐべきだぞ?」

 

「俺には関係ない」

 

 クダモンの言葉に対して、ブラックは全く気にせずに答え、ブラックを除いた全員が溜め息を吐く。

 どこまでも唯我独尊のブラックからすれば、周りの状況など関係ないのだ。  

 そのブラックにヴィヴィオとギルモンが、無邪気に近づいて来る。

 

「パパッ!! 遊ぼう!!」

 

「…後でだ」

 

「ブウ〜!!」

 

 ブラックの言葉に対してヴィヴィオは不機嫌そうにするが、ブラックは構わずにティアナに顔を向ける。

 

「ティアナ。それで現在のミッドはどうなっているんだ?」

 

「ちょっと待って下さい」

 

 ティアナはそうブラックに告げると、映像を映していた機械を操作し始め、管理局の通信を調べ始めると、丁度この世界のスカリエ ッティが演説を行っている所だった。

 その演説内容を聞きながら、ブラックはつまらなそうに腕を組み、リンディ達はスカリエッティに演説の内容に気分が悪くなるが、この世界の事に関わる気は無かった。

 この世界はリンディ達の世界ではない。例え向かった先の世界で どれだけ巨大な事件が起きようと、その世界の事はその世界の者達に任せる。これが平行世界に渡る前にリンディ達が決めた方針だった。その事が在る為にリンディ達は何が在っても動くつもりは無かった。

 そう無かったのだ。しかし、スカリエッティの後に映し出された映像に、リンディ達の心の内で怒りの炎が燃え上がった。

 

『うわあーん!! いたいよおー! こわいよー!! ママー!! ママ ー!!』

 

 スカリエッティの後に映し出された映像。古代ベルカ最強の兵器である【聖王のゆりかご】とヴィヴィオの真実を叫んでいるスカリエッティ。

 そして玉座のようなものに括られ苦痛と恐怖に泣き叫ぶこの世界のヴィヴィオの姿。

 此処で一つ説明をしよう。リンディ達に取ってヴィヴィオはとても大切な存在だ。

 リンディ、ルイン、クイントにとっては娘の様な存在。なのは、ティアナにしても妹の様に可愛がり、ガブモンやクダモンにとって親友、ギルモンに取っては唯一無二の大切な自身のパートナー、そしてブラックにとっては何時も否定しているが、内心ではとても大切に思っている存在。

 それは、例え平行世界で在っても関係ない。ブラック達には三大天使の世界でのヴィヴィオの悲しみに満ちた叫びを聞いた時に決めた事が在る。

 

“如何なる存在であろうと、ヴィヴィオを傷つけ泣かせた存在は抹消する”

 

 言葉にはしていないが、全員がその思いを心の奥底に宿している。

 では、目の前の映像を見たブラック達の思いは一つしか存在しない。

 その場に居る全員が無言で動き始め、それぞれ服を着るとホテルの外へと出て行き、何処かへと転移して行った。

 

 

“天に死せる王の嘆きが響き渡る時、交わる事無き、異界の者達は怒り狂い、無限の欲望の野望は砕け散る”

 

 

 

 

 

 ミッド上空に浮かぶアースラ内部での会議室では、先ほどのスカリエッティの演説とヴィヴィオの姿に怒りに燃える機動六課の面々が存在していた。

 

「皆、わかっとると思うけど、スカリエッティは必ず捕まえるで!」

 

「うん! 分かっているよ!」

 

 はやての宣言に対して、この世界のなのはは険しい顔をしながら答え、他の面々も同様に頷く。

 それぞれスカリエッティの目的を潰すために出撃準備を始めた瞬間に、緊急通信がはやての下に届く。

 

「ん? ……どないしたんやグリフィス君?」

 

 自身の前のモニターに映った青年-グリフィス・ロウランにはやては質問すると、モニターに映ったグリフィスが焦りに満ちた声で叫ぶ。

 

『部隊長!! 大変です!! クラナガンに接近しているガジェットの大軍の前に、巨大な謎の生物が全部で三体出現!! 圧倒的な力で次々とクラナガンに接近して来るガジェットを全て塵一つ残さずに消滅させています!!!』

 

『ッ!?』

 

 グリフィスの報告にはやて達は驚愕しながら顔を見合わせると、グリフィスが自身が見ていた映像をはやて達のところに映すように機械を操作する。

 送られて来た映像に、会議室にいた全員がその映像に目を向けてみると、其処には。

 

『コキュートスブレス!!!!』

 

『ビフロスト!!!』

 

『ロイヤルセーバーー!!!!』

 

 クラナガンの街に接近するガジェットの大軍をチリも残さず破壊し続ける、蒼い二足歩行の機械の狼-【メタルガルルモンX】。

 全身を赤き鎧で覆った六本足の獣の様な騎士-【スレイプモン】。背中に赤いマントを棚引かせた白き鎧に全身を覆い包み、右手に巨大な槍-聖槍『グラム』を、左手に聖盾『イージス』を装備したデジモン-【デュークモン】の姿が在った。

 

メタルガルルモンX、世代/究極体、属性/データ種、種族/サイボーグ型、必殺技/コキュートスブレス、ガルルバースト

全身が機械で覆われたガルルモンの最終進化系メタルガルルモンが『X抗体』に寄って未知の力を得た姿。本来は四足方向だが、『X抗体』を得た事に寄って二足歩行に成った上に、左腕に超高速で打ち出すガトリング砲『メタルストーム』が追加装備されている。必殺技は、口から強烈な氷の息を吹き、相手を凍りづけにする『コキュートスブレス』に、全身に搭載されたミサイル兵器やビーム砲をロックオンした相手に一斉に発射する『ガルルバースト』だ。なのはとガブモンの究極進化体。

 

スレイプモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/聖騎士型、必殺技/ビフロスト、オーディンズブレス

セキュリティの最高位『ロイヤルナイツ』に属する聖騎士型デジモン。人型が多い『ロイヤルナイツ』のデジモンの中で獣の姿をした異色の存在。クロンデジゾイドの中で最も硬い『レッドデジゾイド』を鎧として装備し、六本の脚を持って陸海空とあらゆる場所を超高速移動が可能。また、左腕に『聖弩ムスペルヘイム』を右腕に『聖盾ニフルヘイム』を装備している。必殺技は、左手の『聖弩ムスペルヘイム』から灼熱の光矢を放つ『ビフロスト』に、右手の『聖盾ニフルヘイム』で気候を操って超低温のブリザードを発生させる『オーディンズブレス』だ。ティアナとクダモンの究極進化体

 

デュークモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、ウィルス種、種族/聖騎士型、必殺技/ファイナル・エリシオン、ロイヤルセーバー

“四大竜”の一体に数えられる邪竜『メギドラモン』より誕生した聖騎士型デジモン。ロイヤルナイツに所属しており、99.9%の高純度“クロンデジゾイド”を精製して造られた聖鎧を纏い、右手は聖槍『グラム』、左手は聖盾『イージス』になっている。騎士道 を重んじ、主君に対しては忠義の士である。また、世界をも揺るが す混沌の存在へと変貌する危険性を併せ持ち、鎧には危険の象徴『 デジタルハザード』のマークが刻まれている。必殺技は、聖盾『イージス』から強烈な光を放ち、相手を浄化する『ファイナル・エリシオン』に、右手の聖槍『グラム』から、強烈な突きを相手に繰り出す『ロイヤルセーバー』だ。ヴィヴィオとギルモンの究極進化体。

 

 

 

 

 

「この程度か? この程度の者達が、例え異世界で在ってもヴィヴィオを傷付けたのか!!」

 

 クラナガンに迫っていた全てのガジェットを破壊し終えたデュークモンは、目の前に存在しているガジェットの残骸を怒りに満ちた瞳で睨んでいた。

 デュークモンに取ってヴィヴィオとは自身の絶対の主君で在ると共に、世界よりも大切だと断言出来る唯一無二のパートナー。そのパートナーが平行世界でとは言え、人生を操られ、苦しめられた。

 デュークモンに取っては何よりも許し難い。

 

「赦さんぞ。如何なる理由が奴らに在ろうとも、私は絶対に奴らを赦さん」

 

 そうデュークモンは呟くと、ガジェットの残骸を踏みしめながら 上空に浮かぶ聖王のゆりかごを睨みつける。

 その様子を背後で見ていたスレイプモンとメタルガルルモンXが、デュークモンに声を掛ける。

 

「デュークモンよ。その想いは我らも同じだ」

 

「僕達だって絶対に連中を赦さない」

 

「スレイプモン、メタルガルルモンXよ。私はこの世界のヴィヴィオを救いに行く。後は任せたぞ。来い!! 我らが翼!! 【グラニ】よ!!」

 

 スレイプモンとメタルガルルモンXの言葉に答えながら、デュークモンが右手のグラムを空に向けて掲げた瞬間、デュークモンの上空の空間が歪み、その空間の歪みの中から赤い鎧に全身を包み込んだ鳥の形をした物体-【ZERO-ARMS:グラニ】-が姿を現した。

 

グラニ、世代/不明、属性/不明、種族/不明、必殺技/ドラゴンドライバー、ユゴス

デュークモン専用の騎乗機。その正体は人間が作り出した人工デジタル生体兵器【ZERO-ARMS:グラニ】。デュークモンと融合する事で、デュークモンの真の力を解放する事が出来るデュークモンとヴィヴィオの最強の愛馬。必殺技は、デュークモンを背に乗せながら『グラム』で繰り出す『ドラゴンドライバー』に、対象のデジモンを消去するプログラム球体を放つ『ユゴス』だ。

 

「ムン!! ……頼むぞ! グラニ!!」

 

(グラニちゃん!! お願い!! この世界の私の所に連れて行って!!)

 

ーーーピィィィィィィーーー!!!

 

 デュークモンとデュークモンと融合しているヴィヴィオの叫びに答える様に、グラニは鳴き声の様なものを上げると共にデュークモンをその背に乗せて、上空に浮かぶゆりかごへと音速を超える速さで飛んで行った。

 その様子を見ていたスレイプモンとメタルガルルモンXは顔を見合わせ、自分達の行動について話し合う。

 

「私はクラナガンに居る逃げ延びていない人々を護る為に動こう」

 

「分かった。なら僕は、地上本部を目指している戦闘機人達を相手にするよ。ブラックさん達はもうあの場所に着いているだろうしね」

 

「今頃は戦闘が始まっているだろうな。では行くか?」

 

「そうだね」

 

 スレイプモンの言葉に対してメタルガルルモンXは答えると、スレイプモンはクラナガンの街に向かって、メタルガルルモンXは地上本部に向かって飛び立つのだった。

 

 

 

 

 

 スカリエッティの研究所内部に在る一室では、突如として現れたデュークモン、スレイプモン、メタルガルルモンXの存在に慌てているスカリエッティ、ウーノ、トーレ、セッテ、セインの姿が在った。

 

「何なのだ!? あの生物達は!? 数百機以上いたガジェットが全て消滅しただと!?」

 

「分からないわ! だけど! 一体はゆりかごに、もう一体は地上本部に向かった妹達の下に向かっている!! これは不味いですドクター!!」

 

 トーレの叫びに対してウーノはコンソールを弄りながら叫び、スカリエッティに向かって叫ぶと、スカリエッティは深刻さに満ちた顔をしながら頷き、ウーノに顔を向ける。

 

「ウーノ。すぐにゆりかご内部に居るクアットロとディエチに連絡を取り、ゆりかごの防衛を強化したまえ! あの生物を絶対にゆりかご内部に入れてはいけない!」

 

「了解です!!」

 

 スカリエッティの命令に対してウーノは即座に頷き、ゆりかご内 部に居るクアットロに連絡を取り始めた。

 その様子を黙って見ていたセインは何気なく研究所内部を映して いるモニターに目を向け、驚愕に目を見開く。

 

「ドクター!!! ウーノ姉! トーレ姉!! セッテ!!」

 

「如何したセイン?」

 

 セインの叫びに対してトーレは険しい声を出しながら質問すると、 セインは自身が見ていたモニターを指差し、全員が疑問の表情を浮 かべてモニターを目を向けた瞬間に全員の表情が驚愕に染まった。

 何故ならばモニターにはアジトを護っていた筈の無数のガジェッ トの残骸に、アジトに侵入しようとしたと思われる緑髪の男-ヴェロッサ・アコーズ-と聖王教会のシスター-シャッハ・ヌエラ-を踏みつけている金色の髪に、漆黒の体を機械的な鎧で覆い、背中に二つのバーニアを兼ね備えた漆黒の竜人-【ブラックウォーグレイモンX】-の姿が映し出されていたのだ。

 

『見ているな? 貴様らもすぐにこうなる。お前達は一人残らず、再起不能だ』

 

 そう告げるブラックウォーグレイモンXの静かな声に、今まで一度も恐怖を感じた事が無い筈のスカリエッティが恐怖を覚え、ウー ノ、トーレ、セッテ、セインも恐怖に体を震わせるのだった。




中編は23日の0時に投稿いたします。


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中編

今回の話でも違う点が在ります。


 アースラ内部に在る会議室にいる機動六課隊長陣及びFWメンバ ーは、目の前のモニターに映された光景に対して信じられないと言う気持ちしか抱けなかった。

 目の前のモニターに映されている光景。AAランクの魔導師でさえも苦戦するガジェット、しかも大軍との三体の巨大な生物達-【デュークモン】、【スレイプモン】、【メタルガルルモンX】の戦い。いや、一方的な戦いは戦いとは呼べないだろう。

 映されている光景はデュークモン達に寄る圧倒的なガジェットの蹂躙劇。

 グラニの背に乗ったデュークモンは上空に浮かぶゆりかごの周りを飛び回りながら、グラムに寄る一閃を放ち続け、それに寄って十数体のガジェットが一度に砕け散って行く。

 市街地の上空に浮かんでいるスレイプモンは両手に握った二挺の巨大な銃型デバイスと思われる武装で、人々に襲い掛かっているガジェットを正確無比の射撃で撃ち砕いて行き、廃棄都市に居るメタルガルルモンXは全身に装備した重火器に寄る一斉射撃で大量のガジェットを氷づけにしている。

 それは正に圧倒的と言う言葉すら生温いと呼べるほどに繰り返されて行く蹂躙劇。

 その様子を見た機動六課の面々は誰もが恐怖に体を震わせる。

 映像を見ただけでこれなのだ。デュークモン達と戦っているスカリエッティ達が感じている恐怖は計り知れないだろう。

 

「……何だよこいつ等……こんなの……化け物じゃねえかよ!!!」

 

「落ち着けヴィータ!!」

 

 恐怖に耐え切れず叫んだヴィータに向かって、シグナムは落ち着かせる様にヴィータの肩に手を置くが、シグナムの手も恐怖で震えていた。

 目の前に映しだされた光景は、長い時を生きた『ヴォルケンリッター』で在るシグナムとヴィータでさえも見た事が無い、圧倒的と言う言葉でさえも生温いほどの力を持った存在に寄る蹂躙劇。しかも一体ではなく、同時に三体も出現したのだから恐怖にを感じられずには居られる訳が無い。

 誰もが言葉も出ずにモニターに映し出されたデュークモン達による一方的なガジェットの蹂躙劇を見つめる中、はやては公開意見陳 述会の前に渡された新たなる予言の詩文について思い出していた。

 

“天に死せる王の嘆きが響き渡る時、交わる事無き、異界の者達は怒り狂い、無限の欲望の野望は砕け散る。

 不屈の心を胸に宿す蒼き鉄の狼、星を打ち砕く光を解き放ち、死者達を沈黙に伏させる。

   絆の果てに現し、赤き鎧にその身を包み込んだ聖なる騎士、全てを撃ち抜き、人々を脅威から護らん。

    王をその身に宿す聖騎士、赤き鎧船にその身を乗せ、天に浮かぶ翼の内より、死せる王を救わん。

     世界に否定されし深き闇を従えた黒き竜人、その身の因子を宿しし異形、古の地より与えられし力を宿す者と共に、世に出す事さえ憚れる深き闇を打ち砕く”

 

(あの予言はこの事やったんか!? だとした後三体!! 深き闇を従えた黒き竜人に、その身の因子を宿した異形と古の地より与えられし力を宿す者がおるはず! 冗談や無いで!! こんな凄まじい力を持った存在が他にも居るやなんて!!)

 

 予言に書かれていたデュークモン達以外の規格外の存在を示唆する事を示す内容を思い出したはやては、更に恐怖を感じて体を震わせた。

 既に目の前に映し出されたデュークモン達だけでも規格外だと言うのに、それ以外にも絶大な力を持った存在が存在している事に恐怖を感じずには居られない。

 その間にも映像は続き、ゆりかごの周りにいた全てのガジェットを消滅させ終えたデュークモンが自身の体を三メートル位の大きさに変化させると、乗っていたグラニから飛び降り、事前に見つけていた突入口からゆりかご内部へと入って行った。

 それを見たなのはは慌てて椅子から立ち上がり、はやてに向かって叫ぶ。

 

「はやてちゃん!! のんびり見ている場合じゃないよ!! あの生物達の目的が何かは分からないけど!? このままじゃヴィヴィオが危ない!!」

 

「ッ!? そうや!! 機動六課全員!! すぐに出撃や!!」

 

『了解!!』

 

 はやての叫びに対して全員が頷き、なのは、ヴィータ、はやては ゆりかごへと、スバル、ティアナ、エリオ、キャロは地上本部に向 かっている戦闘機人達の下に、フェイトはスカリエッティのアジトへと、そして最後にシグナムとユニゾンデバイスで在るリインフォ ース・ツヴァイは中央本部へと向かい出した。

 だが、この時にはやては重大な事を忘れていた。予言の最後の行に書かれていた一文。

 

“されど、彼の者達は法の味方に在らず、彼の者達は自身の胸に宿る真の思いのままに、動く者達なり”

 

 デュークモン達は決して管理局の味方ではない。

 彼らは自分達の胸に秘めた信念の下に戦う者達。その信念を阻むのならば、それがどの様な存在であろうと彼らは排除する。

 そしてそれを最も阻む可能性が高いものの存在に、はやては全く気が付いていなかった。

 

 

 

 

 

 ゆりかご内部へと潜入したデュークモンは迷わずに玉座の在る部屋の場所へと進みながら、自身に群がって来る大量のガジェット三型を全て一撃の下に粉砕していた。

 

「邪魔だ!!」

 

 デュークモンが右手のグラムを一閃する度に群がるガジェット三型は次々と粉砕され、デュークモンの歩みは止まる事は一瞬たりともなかった。

 

「この程度で私の歩みは止まらんぞ!!」

 

 デュークモンは叫ぶと共に自身の後方の空間にグラムを突き出し、ステルス性能を持った多脚生物のような姿をして鋭い鎌を持った機械-ガジェットⅣ型-を破壊し、デュークモンは背中のマントを翻しながら更に奥へと歩みを進める。

 

 その様子をゆりかごの最深部から見ていたナンバーズ4-クアットロ-は、恐怖に震えながらモニターに映し出されているデュークモンの姿を見つめた。

 

「……何なんですの? この生物は? ……Ⅳ型の魔力探知さえも無効にするステルス機能さえも見破るなんて……それに……何故ゆりかご内部の防衛システムが……この生物には反応しないんですの?」

 

 ゆりかごにはガジェット以外にも幾つかの防衛システムが存在し、それはもちろんナンバーズやヴィヴィオ以外には必ず発動する仕組みに成っている。だが、デュークモンに対しては全く反応しなかった。

 その理由はデュークモンと融合している異世界のヴィヴィオに在る。デュークモンはヴィヴィオを融合した事に寄って、ヴィヴィオのレアスキル【聖王の鎧】さえも自身のものにしている。そう、デュークモンもまたゆりかごの真の主で在る『聖王』なのだ。

 当然ながら、主を攻撃する船は存在しない。ゆりかごの防衛システムは、玉座に居るヴィヴィオも、玉座へと歩んでいるデュークモンも主と認識しているのだ。

 その事を知らないクアットロは更にデュークモンに恐怖を覚えるが、自身には最強の手駒で在る聖王の存在が在る事を思い出して余裕の笑みを浮かべる。

 

「クス、そのまま先に進みなさい。その先にはディエチちゃんが居る上に、ベルカ最強の王も存在している。貴方がどれほど強くても聖王には敵わないわ。せいぜい束の間の愉悦に浸りなさい」

 

 クアットロはそう呟くと玉座の前の扉に居るディエチに連絡を取るが、彼女は知らない。

 例えベルカ最強の聖王でも、デュークモンに勝つ事は不可能な事を。そしてその行動が最もデュークモンの逆鱗に触れる行動で在る事を、クアットロは全く分かっていなかった。

 

 

 

 

 

 地上本部の手前に在る廃棄都市の内部をナンバーズ、ノーヴェ、 ウェンディ、オットー、ディード、そして地上本部襲撃の時にナンバーズ達に捕らえられ、洗脳されたギンガが走っていた。

 

「それにしても、一体何ッスかね? さっきのウーノ姉の通信に在った。蒼い機械の巨大な狼に気をつけろって?」

 

「さぁな。とにかくあたし等は、地上本部を目指して、機動六課の連中を叩くだけだ!!」

 

 ライディングボードの上に乗りながら質問したウェンディの言葉に、ノーヴェは素っ気無く答えると、他の者達と一緒に遠く離れた 地上本部を目指す。

 だが、突如としてナンバーズ達の目の前にビルの屋上から飛び降りた一人の女性が降り立つ。

 

『ッ!!』

 

 軽い音を立てながら着地した女性の姿にノーヴェ達は慌てて足を止め、自分達の目の前に立つ女性の顔を見つめる。

 何故ならばノーヴェ達の前に着地した女性は、自分達の仲間に成ったギンガと瓜二つと言っていいほどに良く似た女性-クイント・ ナカジマ-だったのだ。

 

「……随分と異世界とは言え、人の娘をそんな人形みたいな姿にしてくれたわね? 覚悟して貰うわよ」

 

「テメエッ!! 何者だ!?」

 

 クイントに向かってノーヴェは険しい表情を浮かべながら質問するが、クイントは答えずに指を三本、ノーヴェ達に向かって立てる。

 

「私がこの世界のスカリエッティに対して赦せない事が三つ在るわ。 一つは異世界とは言え、私の娘を人形の様にした事」

 

 言いながらクイントは立っていた三本の内の指を折り曲げ、ギンガを見つめる。

 

「二つ目は同じ様に異世界だけど、私の親友の娘を利用した事」

 

 常人では見る事さえも不可能な遠くに在るビルの屋上の上に立っている紫色の髪を持った黒いドレスを着た少女-ルーテシアを見つめながら、クイントが更に指を折り曲げる。

 同時に無表情だったギンガが突如としてクイントに向かって飛び出し、高速回転するドリル状の左腕をクイントに向かって突き出す。

 

「ヘッ、無駄話なんかしてるからだよ。おい! 行くぞ!!」

 

 ギンガの一撃がクイントに決まったのを見たノーヴェは他のメンバーに向かって叫び、地上本部へと急ごうとするが、再びクイントの声が響く。

 

「三つめよ」

 

『ッ!?』

 

 聞こえて来たクイントの声に全員がクイントとギンガの方を見てみると、ギンガの左腕のドリルの高速回転を右手で押さえているクイントが存在していた。

 その上、何時装着したかクイントの両手足にはナックルとローラーブーツが蒼銀に輝いていた。

 

『なっ!?』

 

 ドリルの回転をまるで箸でも掴む様な感じを出して受け止めているクイントの姿を見たノーヴェ達は、信じられないというようにクイントを見つめた。

 その上、高速回転しているドリルに触れているのに、蒼銀に輝くナックルには傷一つ付く事は無く、寧ろ本来ならば削る筈のドリルの方が悲鳴を上げるように金属音と火花を鳴り響かせている。

 異常としか言えない光景だが、クイントはそんな事には全く構わず、ギンガに笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「ヴィヴィオを泣かせて苦しめた。これが三つ目の理由よ。さて、ギンガ?」

 

「ッ!?」

 

 クイントの笑みと静かな声に、感情をなくされた筈のギンガが何故か恐怖を感じたように震えるが、クイントは構わずにギンガに優しげな表情を向ける。

 

「母親が話をしている時にドリルをぶつけるなんて、お母さんは悲しいわ。少し反省しなさい!! デジバイス!」

 

《サンダーエレメント・セットアップ》

 

「ッ!?」

 

 クイントは叫ぶと共に握っていたドリルを力を込めて砕いた。

 驚愕して固まるギンガに対し、瞬時にクイントは懐に潜り込み、一切の容赦の無い連撃を叩き込んで行く。

 

「ハアァァァァァァァァァーーーーーー!!!」

 

 目にも止まらないと言う速さで叩き込まれる蹴りや拳によって、ギンガの体は浮き上がる。

 余りに無慈悲に叩き込まれる一撃の数々にナンバーズは茫然とするが、クイントは構わずに最早的になっているとしか言えない状態のギンガに、最後の一撃を繰り出す。

 

「雷撃・繋がれぬ拳(アンチェイン・ナックル)ッ!!」

 

 全身を使い、更に右拳から電撃を迸らせながら繰り出されたクイントの一撃はギンガの腹部に直撃し、強烈な電気を全身に流されながらギンガは空高く舞い上がった。

 そのままギンガは地面に激突し、クイントはゆっくりと息を吐く。

 

「はい。お仕置きは御終い……さて、アレだけ食らわせたんだから、流石に解けていると思うんだけど」

 

「な、何を言って……」

 

 ノーヴェはクイントの一切の容赦ない行動に声を上げるが、クイントは構わずに地面に突っ伏しているギンガの頭を掴み上げ、再び優しげな笑みをギンガに向ける。

 

「ギンガ? 目は覚めた? それともまだ、目覚めないのかしら?」

 

「……ヒィッ!? 止めて!! お母さん!!!」

 

『なっ!?』

 感情在る、しかも恐怖に染まったギンガの叫びに、ノーヴェ達は驚愕に満ちた声を上げて、恐怖に震えているギンガと、そのギンガの髪の毛を掴んでいるクイントを見つめる。

 ギンガに行われたのはスカリエッティに寄る再調整。その実は完全なる人格の書き換え。

 当然ながらちょっとやそっとの事では解ける代物では無い。しかし、クイントは力技では在るが解いてしまった。

 実際のところクイントがやった事は電撃ダメージを大量に叩き込んで、洗脳を無理やり解くと言う力技以外の何物でも技だった。

 装備している『デジバイス』に雷属性を与え、拳や蹴りで叩き込む。ギンガが成すが儘にクイントの攻撃を受けていたのも、雷属性を魔力に与える事で発揮する麻痺追加効果のせいである。戦闘中に一瞬でも麻痺すれば、それだけで叩き込んだ相手は有利になる。

 接近戦を主体に戦うクイントにとっては助かる属性で在り、この戦法で完全体のデジモンを殴り倒したと言う逸話までもクイントは作り上げていた。

 

「ギンガ。お母さんは悲しいわ。例え異世界でも親子の絆は変わらないと思っていたのに……お母さんに向かって高速回転をしているドリルを突き出すなんて……本当に悲しくて、手加減を忘れてしまったわ」

 

「……そ、それに……したって……やり過ぎじゃ……」

 

「何か言ったかしら?」

 

 笑みを浮かべながらクイントは質問し、ギンガは首をブンブン振って押し黙った。

 下手な事を言ったら、またさっきの連撃地獄が待っていると感じたからだ。その様子にクイントは頷き、次にノーヴェ達にギンガに向けた優しげな笑みを向けながら声を掛ける。

 

「さてと、そろそろ終わりね」

 

「何言っているんッスか?」

 

「そうだぜ」

 

「例え、タイプゼロファーストの洗脳が解けたとしても」

 

「まだ、こっちが有利だよ」

 

 ウェンディ、ノーヴェ、ディード、オットーはそれぞれ自身の固有武装やISを発動させる構えをクイントに向かって取った。

 しかし、それを見てもクイントは優しげな笑みを向けながら上空を指差し、ノーヴェ達がその行動に疑問を覚えながら、クイントが指差した方を見て見る。其処には。

 

「レイジングハート。集束開始」

 

 右手にレイジングハート・エレメンタルを握り締めたメタルガルルモンXが、常識を外れているとしか思えないほどの魔力を球体状に集束させていた。

 

『ッ!?』

 

 メタルガルルモンXと集束されていく膨大な魔力を見たノーヴェ達は目を見開き、慌ててその場から逃げようとする。

 しかし、時すでに遅く魔力の集束を終えたメタルガルルモンXは逃さないと言うように、桜色の巨大砲撃を討ちだす。

 

「全力!!」

 

(全開!!)

 

「スターライトブレイカーーーーー!!!!!」

 

『ウワァァァァァァァーーーーーー!!!!!』

 

 メタルガルルモンXとその身と融合しているなのはが叫ぶと共に、レイジングハートの先端から巨大としか言えないほど桜色の砲撃-スターライトブレイカーが放たれた。

 放たれたスターライトブレイカーにノーヴェ達は悲鳴と共に飲み込まれ、同時にノーヴェ達が立っていた場所に巨大な爆発が起きる。

 因みに放たれた砲撃は非殺傷設定。死ぬ事は無いが、恐らく 死ぬまで治らないトラウマとしてノーヴェ達の心に深く刻まれただろう。在る意味、死ぬよりも酷い。この世界のノーヴェ達は今後桜色を見る度に、この砲撃の事を思い出し続けるのだから。

 

「う〜ん……相変わらずとんでもない威力ねフリートが究極体に成ってもデバイスでの攻撃なら非殺傷設定を使える様にしたって言っていたけど。此処まで来ると、非殺傷設定が正しいのか悩むわね。これだけの一撃を受けて死ねないんだから、在る意味拷問よりも酷いわ……(その上、コレだけの威力でリミッター付きとか……なのはちゃん、完全に人外道まっしぐらね)」

 

 爆発が収まった場所で倒れ伏しているボロボロのノーヴェ達の姿を興味深そうながらも、内心で冷や汗を流しているクイントがそう呟くと、先ほどの桜色の砲撃を見て恐怖に震えているギンガに声を掛ける。

 

「ギンガ。貴女もこう成りたくなかったら、もっと精進した方が良いわよ」

 

「ハイッ!!!」

 

 クイントの言葉に全身を襲う痛みも忘れてギンガは直立不動で答えながら頷いた。

 その間に傍に、クイントの前にメタルガルルモンXはクイントの前に降り立ち、クイントは迷うことなく肩に飛び乗り、ギンガに顔を向ける。

 

「其処の子達はギンガに任せるわ。私はやらないと行けない事が在るから。後でスバル達も来るでしょうから、ちゃんと見張っておいてね」

 

「エッ? ……アッ! ちょっとお母さん! まだ私思うように動けな……」

 

 抗議の声を上げるギンガにクイントは構わずにメタルガルルモンXと共に空へと飛び立ち、ギンガの前から遠く離れて行った。

 この後、救援に来たスバルとティアナがギンガから全ての事情を聞き、クイントとメタルガルルモンXの使用したデバイスと砲撃魔法に驚愕しながらも、爆心地で気絶しているノーヴェ達を拘束したのだった。

 

“不屈の心を胸に宿す蒼き鉄の狼、星を打ち砕く光を解き放ち、死者達を沈黙に伏させる”

 

 

 

 

 

「急げ! 早く避難しろ!!」

 

「大丈夫よ! 絶対に逃げられるから!!」

 

 クラナガン市街地にも多数のガジェットが出現し、未だに避難出来なかった人々が、ガジェットの攻撃や倒壊するビルの瓦礫などに寄って傷ついていた。

 本来ならば管理局が人々を護る筈だが、数日前の地上本部襲撃やAMFを搭載した大量のガジェットの前に局員は成す術もなく蹂躙されていき、魔法など使えない一般人は襲い掛かって来るガジェッ トに逃げ惑うのが精一杯だった。

 

『ヒィッ!!』

 

 目の前に現れた大量のガジェットⅠ型の姿に、逃げ切れなかった人々は恐怖の声を上げ、子供抱えた親などは我が子を強く抱き締め、自身が盾に成ると言う様にガジェットに背を向け、男性などは力が無くともガジェットから妻子を護ろうとガジェットに駆け出す。

 だが、ガジェットは関係ないと言う様に無慈悲にエネルギーを集め始め、人々に向かってレーザーが-放たれなかった。

 

『ッ!?』

 

 突如として上空から飛来したオレンジ色の弾丸に人々の行く手を阻んでいた全てのガジェットは撃ち抜かれ、全機が爆発を起こして 消滅をしてしまった。

 それを見た人々が突然の事態に困惑していると、人々の前に巨大な体を持ち、赤い鎧を身に纏った六本足の獣-スレイプモンが降り立ち、人々に自身の右手を差し出す。

 

「早く乗るのだ。安全な場所まで私が送ろう」

 

「……アッ! ああ、分かった」

 スレイプモンの姿に誰もが信用していいのかとその巨体を見つめたが、スレイプモンの背に乗る多くの人々の姿に気が付いた者達は、 スレイプモンが差し出した右手の乗り込む。

 スレイプモンは人々を右手を使って自身の背に移すと、空へと駆 け上がり、人々を安全な場所まで運び続ける。

 

“絆の果てに現し、赤き鎧にその身を包み込んだ聖なる騎士、全てを撃ち抜き、人々を脅威から護らん”

 

 

 

 

 

 ゆりかごの中で大量のガジェットⅢ型とⅣ型を相手に戦い続けていたデュークモンは遂に目的の場所で在る玉座の間へと近づいていた。

 

「ムン!!」

 

 グラムの一閃に寄って通路を埋め尽くしていたガジェットは消滅するが、デュークモンは構わずに歩みを続け、ゆりかごの中を見回していた。

 

「……寂しく悲しいものだ。このゆりかごとて私と同じ様に主君を護る物だと言うのに、今は利用される物……哀れな」

 

(……うん。ゆりかご、可哀想だよ。本当は……誰かを護る為の物なのにね)

 

「そうだ。だからこそ、私はこの世界のヴィヴィオを救った後にゆりかごを眠らす。もう利用される事が無い様にな……それがこの世界のゆりかごにしてやれることだ」

 

 自身の内にいるヴィヴィオの言葉に答えながらデュークモンは更に先を進み、内心で別の事を考える。

 

(そしてもう一人、この世界の高町なのはよ!! 私は貴様と戦うぞ!! 貴様がこの世界のヴィヴィオの母に相応しいのかを、見極める為に!!)

 

 デュークモンは戦いに介入する前にこの世界のなのはの情報を知った時から決めていたのだ。

 この世界のなのはがヴィヴィオの母親に相応しいのか如何かを戦う事で見極めると。

 本来ならばそのつもりは最初は無かった。この世界のヴィヴィオ はデュークモンが主君と定めたヴィヴィオではない。だからこそ、 関わる気は無かったのだが、あの泣き叫ぶヴィヴィオの姿を見た時、デュークモンの心は変わった。

 嘗て味わった悲しき結末。友だったデジモン達の死と、その後に引き起こしてしまった悲劇を思い出してしまった。故に何が何でもこの世界の高町なのはを見極める。

 なのはは知っていた筈なのだ。ヴィヴィオがスカリエッティに狙われている可能性が在る事に。

 だが、その可能性を忘れ、ヴィヴィオがいた機動六課隊舎を無防備同然の状態にしていた。

 その状況だけでもデュークモンがこの世界のなのはに不信感を抱くには十分だった。

 デュークモンはこう思ったのだ。

 

“この世界の高町なのはは、母親と慕っているヴィヴィオの事を何とも思っていないのでは無いのか”

 

 勿論そうとは限らないが、この世界の高町なのはは時空管理局員。

 自身の世界の管理局の悪行を知り過ぎているデュークモンに取っては、この世界のヴィヴィオを生み出した真の闇の存在を知っている。

 自分の世界ではその前にブラックに寄って救われ、リンディ達に大切に育てられたが、この世界では実験動物の様に闇に潜む者達に扱われていた筈だ。だからこそ、尚更デュークモンはこの世界のヴィヴィオには幸せに成って欲しい。

 

(闇の方はブラック達が破壊するだろう。成らば私は高町なのはを試す!! その為の準備は既に終えているからな。早く来るのだぞ、高町なのはよ)

 

 デュークモンは歩みを進め玉座の間に近づくが、突如として前方から強力なエネルギー弾が飛んで来る。

 

「ハァッ!!」

 

 自身に向かって高速で飛んで来たエネルギー弾を、デュークモンはグラムに寄る一閃で霧散させながらエネルギー弾を放った人物を探す。

 そして100メートル先の通路で巨大な砲門-【イノメースカノン】-を構えたディエチを発見する。

 

「其処を退くのならば、九割殺しが八割殺しに変わるが、如何する?」

 

「……2……1」

 

「残念だ」

 

 イノメースカノンにエネルギーをチャージしながらカウントを取り始めたディエチに、デュークモンは構えも取らずに立ち続ける。

 防御も行わないデュークモンに訝しみながらも、エネルギーをチャージし終えたディエチは収束砲を発射する。

 

「0」

 

 カウントを終えると共にイノメースカノンから、Sランクに匹敵する砲撃が放たれ、デュークモンに向かって直進する。

 しかし、自身にSランククラスの砲撃が迫って来ていてもデュークモンは防御せずに無防備なまま歩みを進め、砲撃がその身に直撃する。

 デュークモンに砲撃が直撃すると共に通路に巨大な爆発が起き、通路は煙に埋め尽くされた。

 それを見たディエチは安堵の息を吐き、イノメースカノンを床に降ろした。

 この行動は在る意味仕方ないだろう。ディエチの砲撃はこの世界で【エース・オブ・エース】と呼ばれている高町なのはの砲撃に匹敵する威力を持った強力無比の砲撃。その様な砲撃を防御も行わず直撃したら、幾ら【エース・オブ・エース】と呼ばれる高町なのはでも落ちる。

 因みにデュークモンの世界のなのはは落ちない。フリートの手に寄って生まれ変わったレイジングハート・エレメンタルの生み出すバリアジャケットは、レイジングハート・エクセリオンが発生させるバリアジャケットよりも遥かに強度が高いのでディエチの砲撃を同時に二発食らっても、余りダメージは受けないのだ。

 話は戻すが、ディエチの砲撃は強力無比で在る為に、大抵の敵は落ちる。だが、デュークモンには。

 

「今のが貴様の最強の一撃なのか?」

 

「ッ!!!」

 

 煙の中から響いて来た声にディエチは驚愕に目を見開き、吹き上がる煙の中を見つめてみると、煙の中から直撃したはずなのに鎧に傷一つ付いていないデュークモンが姿を現す。

 そのままデュークモンは、驚愕で動きが止まってしまっているディエチに向かって聖なるエネルギーが集まったグラムを突き出す。

 

「セーバーショット!!!」

 

「そんな!? ば…」

 

 全ての言葉を言い終わる前に、ディエチはセーバーショットに飲み込まれ、背後に存在していた壁を幾つも突き破りながらその姿は、デュークモンの視界から消え去った。

 

(……殺しちゃったの?)

 

「案ずるな。死んではいない。だが、この世界の技術では数年は再起不能だろう。フリートならばあっさり治療出来るだろうがな……最もそれが幸いとは絶対に言えんが」

 

(そうだよね。フリートお姉ちゃんだから)

 

 デュークモンの言葉にヴィヴィオは呆れながらも、安堵の息を吐く。

 如何に異世界の自分自身を傷付けたとは言え、やはりヴィヴィオには相手を傷付ける事や殺す事には躊躇いが在る。戦いの場に出ればその事を忘れて戦うが、それでもヴィヴィオは相手を傷付ける事には消極的なのだ。

 その事が分かっているデュークモンは、宣言どおりディエチを九割殺しで済ませたのである。

 

「さて、先を急ぐか!!」

 

 デュークモンは叫ぶと共に、その身を空中に浮かばせ、音速を超えるスピードで玉座へと急ぎ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 廃棄都市区間の一つのビルの屋上に立っていたルーテシアとその使役魔-虫人間のガリューは、自分達の目の前に浮かんでいるメタルガルルモンXに険しい視線を向けていた。

 遠目で見ていたがノーヴェ達を一瞬の内に戦闘不能に追い込んだのは、先ず間違いなく自身の目の前にいるメタルガルルモンXだと分かっているのだ。何時でも最大の切り札を使えるように身構えるが、メタルガルルモンXの肩に乗っていたクイントは構わず、ルーテシアの目の前に飛び降りる。

 

「こんにちは、ルーテシアちゃん」

 

「……誰?」

 

「私はクイント・ナカジマ。貴女のお母さんの親友よ。ガリューは知っているわよね?」

 

「……ガリュー、本当?」

 

 クイントの言葉にルーテシアは疑問を覚えてガリューに質問すると、ガリューは無言で頷く。

 

「私が此処には来たのは貴女を止める為よ。もう貴女は戦わなくて 良いわ。メガーヌは私達が助けるから」

 

「……幾らお母さんの親友でも信用出来ない」

 

 ルーテシアには行き成り現れたクイントの言葉が信用出来なかった。

 確かに目の前にいるクイントは異世界でもルーテシアの母親で在るメガーヌの親友だ。

 しかし、行き成り現れてメガーヌを救うと言われても信用する者は誰も居ないだろう。

 その事はクイントも分かっているのか苦笑を浮かべながら、自身の右手の先にモニターを映し出し、ルーテシアに良く見えるように掲げ、ルーテシアがその映像を見て見ると、スカリエッティのアジトの映像が映し出された。

 モニターに映ったリンディがクイントに報告する。

 

『クイント。こっちは言われたとおり、メガーヌさんを救い出したわ。それと通信機を使ってフリートさんに簡易スキャンして貰ったら、レリックなんて必要も無く目覚めるそうよ。スカリエッティの言った事は真っ赤な嘘だって断言したわ』

 

『ッ!?』

 

 リンディが告げたメガーヌの真実に、ルーテシアとガリューは驚愕で動きが止まってしまう。

 スカリエッティの話では自身の母親であるメガーヌはレリックナ ンバー11が無ければ目覚めないという話だった。それなのにリンディの話が事実だとすれば、自身が今まで行って来た行動は全て無意味だと言う事に他ならない。

 その事実に気が付いたルーテシアは自身がこれまで行って来た事を全て思い出し、体を恐怖に震わせ泣きそうな顔を浮かべるが、クイントは優しくルーテシアを抱き締め、頭を優しく撫で始める。

 

「……辛かったわよね。メガーヌと話がしたいだけだったのに、それさえも叶わず、その小さな体で戦い続けていたのね。私には貴女の辛さは分からないけど、絶対にメガーヌに会わせて上げるわ。そうしたら思う存分甘えなさい。知っている? メガーヌは任務の時でもずっと貴女の事を気にしていたのよ。貴女の事を本当に大切に思っている優しいお母さんなんだからね」

 

「……ア、……アァァァ……ウワァァァァァァァーーーー!!!」

 

 ルーテシアはクイントの胸の中で大声で泣き始めた。

 今までの辛さ、悲しさを表すように大声で泣き続け、クイントはその様子に優しげな笑みを浮かべたままルーテシアの頭を撫で続け、メタルガルルモンXも優しげな瞳でルーテシアを見つめ続けるのだった。  

 因みに、この様な状態に成りながらもクアットロが干渉しないのは、ゆりかご内部で暴れ続けているデュークモンの対処に追われている上に、フリート特製のジャミングがルーテシアとクイントの周りに張り巡らされてるので、状況を全く知る事が出来ないからだった。

 

 

 

 

 

 スカリエッティのアジトではスカリエッティの逮捕に向かったフェイトが漸くアジトの入り口に辿り着いていた。

 だが、その足はアジト内部に侵入する前に止まり、入り口の前に存在している無数のガジェットの残骸を困惑したように見つめていた。

 

「……何なのこれは? アコーズ査察官とシスターシャッハは何処に?」

 

 入り口の前で合流する筈だった二人の姿が無い事にフェイトは心配しながら辺りを見回すが、二人の姿は発見出来ず、もしや中に居 るのかと思い、フェイトは急ぎアジトの中へと入って行った。

 そして少しすると山の様に積み上がっていたガジェットの残骸の中からボロボロに成った女性-聖王教会のシスター、シャッハ・ヌエラが這い出てきて、フェイトが入っていた入り口に向かって力無く右手を伸ばす。

 

「……フェ…イト……執務…官……行っ ては……いけません……その先には……闇が……黒い…竜人の……姿を…し……」

 

 全ての言葉が言い終える前に、フェイトが向かった入り口の方に伸ばしていたシャッハの右手は地に落ち、気絶してしまった。




この時点でのなのはの実力は某マッドと某チート戦闘一家の家主の鍛錬の結果、アルハザードの魔導技術無しで完全体の上位から成りたての究極体と互角レベル。アルハザードの魔導技術仕様で中の上レベルの究極体とほぼ互角。ガブモンとの究極進化では間違いなくロイヤルナイツ級です。エレメントシステムの扱い方は属性ダメージを主にして使用します。

クイントに関してはとある事件で記憶を取り戻し、非人格型のデジバイスを扱えています。更にエレメントシステムをなのはとは違う方向で使いこなし、属性を与える事で魔力に発生する追加効果に加え、疑似的な魔力資質変換まで引き起こせるレベルに到達。

エレメントシステムの扱いに関しては、力のなのはと技のクイントみたいな感じです。

次の投稿は24日の0時予定です。


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後編 上

 スカリエッティのアジトの中に一人で入って行ったフェイトは、奥へと進み続けていたが、その表情は疑問と困惑に満ち溢れていた。

 

(如何言う事なの? スカリエッティのアジトの筈なのに、AMFが全く展開されていない。それにこの夥しい数のガジェットの残骸は一体誰が?)

 

 通路を埋め尽くすほど破壊されたガジェットの残骸。

 敵地で在りながら、全くAMFが展開されていない事にフェイトは疑問を覚えるが、考えても答えは分からず先に進む。

 すると、戦闘機人の生体が入った生体ポットが在る部屋へと到着し、険しい視線を生体ポットに向けて睨み付ける。

 

「……赦せない。こんな命を弄び、ただの実験材料として扱う研究なんて絶対に赦せない!!」

 

 自身の知る情報とスカリエッティの行っている研究が一致した事に、フェイトは怒りに満ちた声を上げ、スカリエッティの逮捕へと向かおうとするが、突如として声が響く。

 

「管理局員の貴女が言える事ではないわよ、フェイトさん」

 

「ッ!!」

 

 聞こえて来た聞き覚えの在り過ぎる声に、フェイトは慌てて声の聞こえて来た通路の先に目を向けてみると、その人物を見つける。

 その人物は翡翠の髪に、翡翠の瞳を持った二十歳ぐらいの整えられた黒いスーツを着た女性。

 フェイトに取っては二人目の母親で在り、現在は本局に居る筈の女性-リンディ-が通路の奥に立っていた。

 

「リンディ義母さん!? 如何して此処にいるの!? 本局に居る筈じゃ!?」

 

 目の前に現れたリンディに向かってフェイトは声を上げながら質問した。

 本来ならば本局に居る筈の人物が目の前に、しかも事件の首謀者であるスカリエッティのアジト内部に居るのだから驚愕するのも当然だろう。

 しかし、リンディはフェイトの驚愕には構わず、自身の横に在る生体ポットの中に居る素体を悲しげな視線で見つめる。

 

「……酷いわよね。勝手に生み出されて、道具の様に扱われる。命を命と思っていない者が出来る行為だわ」

 

「……うん。だから、この先に居るスカリエッティを逮捕する。それで事件は解決する」

 

「……失望したわ」

 

「ッ!?」

 

 リンディの宣言にフェイトは目を限界にまで見開きながらリンデ ィを見つめた。

 失望した。確かにリンディはそうフェイトに向かって告げたのだ。 そんな言葉を、しかも自分を理解している筈のリンディから言われるとは思っても見なかったのだろう。

 しかし、リンディからすればフェイトに失望するには十分だった。 フェイトはこう言ったのだ。

 

“スカリエッティを捕まえれば事件は解決する”

 

 それは事件の本質を全く見ていない事と同意義なのだ。

 

「スカリエッティを捕まえれば、更なる違法研究に寄る犠牲者が生まれるわね」

 

「・・・・それってどういう事なの?スカリエッティを捕まえたら、更なる犠牲者が生まれるって、義母さん一体如何言う事なの?」

 

「一つ言い忘れていたわ。私は『リンディ・ハラオウン』ではないわよ」

 

「ッ!?」

 

 リンディの告げた事実にフェイトはすぐさま自身のデバイス-ザンバーフォームに変えたバルディッシュ-をリンディに向けて構える。

 

「……リンディ義母さんの人造魔導師なのね?」

 

「それも外れ。私はリンディ・ハラオウンの成れの果て、〝リンディ゛よ」

 

「如何言う事なの? 成れの果てって? 一体?」

 

 フェイトは疑問に満ち溢れた声でリンディに質問するが、リンディは答えずにフェイトに失望したと言う視線を向け続ける。

 

「話は戻すけど。貴女が知るスカリエッティの情報を統合すればこうでしょう。“非合法な人体実験などを行なっている科学者”。そうでしょう?」

 

 リンディがそうフェイトに質問すると、フェイトは構えを解かずに無言で頷く。

 それを見たリンディは更に失望したと言うように溜め息を吐きながら、フェイトを見つめる。

 

「この世界のクロノは何を教えたのかしらね? 上辺だけの情報しか見ないなんて、執務官失格も良い所よ。スカリエッティが一個人でこれほどの規模の設備の準備や事件を行えると思っているの?」

 

「ッ!!」

 

 フェイトは慌てて辺りの無数の生体ポットを見つめた。

 リンディの言うとおりこれほどの大規模な設備の準備を一個人で行える筈は無いし、アレほど巨大な聖王のゆりかごも隠せる筈も無い。これほどの大規模な事を行えるとしたら、世界レベル規模の、そう管理局クラスの力も持った組織の協力が必要。

 

「地上本部!? スカリエッティを支援していたのは地上本部のレジアス・ゲイズ中将!!」

 

 フェイトは自身の知る情報から、スカリエッティを支援したのは地上本部の重鎮で在るレジアス・ゲイズがスカリエッティを支援したと判断した。

 それは確かに正しい。レジアスは確かにスカリエッティに依頼して、戦闘機人の技術を手に入れようとしていた。だが、違う。レジアスは依頼者で在って、スカリエッティの背後に居るものではない。スカリエッティの背後に居る者はレジアスさえも手駒にした存在。そう。

 

「“時空管理局最高評議会、及びそれに付き従う上層部一派”。それこそが、スカリエッティの背後に居る黒幕よ。フェイトさん」

 

「なっ!?」

 

 予想以上の黒幕達の正体にフェイトは声を上げながら、リンディを呆然と見つめた。

 リンディの言葉が真実だとすれば、時空管理局そのものが違法研究を推進している事に他ならない。

 

「そう、管理局は自身が否定している違法研究を裏では平然と行っている。場所としては最高の環境よね。自分達が何かしなくても、勝手に違法研究の資料は集まる上に法が犯罪を犯す筈は無いと、多くの人々や一般局員は思っている。本当に違法研究を行うのには最高の環境だと思わない?」

 

 そうリンディはフェイトに告げると、何処からとも無く紙の様な束を取り出し、フェイトの前にばら撒く様に投げ付ける。その床にばら撒かれた資料をフェイトは恐る恐る紙を拾い、内容に目を向けて見る。

 其処に書かれていたのは、フェイトが摘発した筈の違法研究所に在った内容とそれをスカリエッティに伝えた管理局員の名前。管理局が違法研究を推進している事を示すのに充分な証拠の数々だった。

 

「そ、そんな……嘘だ……こんなの」

 

「現実よ。全ては管理局から始まった。そして幾ら違法研究を行っても管理局は裁かれないわ」

 

 リンディの言葉にフェイトは体を震わせながらリンディの顔を見つめるが、リンディからすれば当然の事だった。何故ならば、管理局は法を適用し、法を執行し、法を決めると言う三権分立が集まった組織。

 しかも幾つもの世界を管理している組織。その様な組織に反論で きるものは存在はしていない。

 各管理世界の代表にしても、自分達の世界を管理している管理局に強く言う事は出来ない。失敗すれば戦争に発展してしまうのだから、多くの人々の代表で在る代表者達も強く管理局に抵抗する事が出来ないのだ。

 

「そして今の惨状。魔法技術しかないのに、全くAMFに対する対抗策が成されていない」

 

「それは!? 地上本部が私達の話を聞いて!!」

 

「ハア〜、本当に呆れるわ。ねえ、フェイトさん? 地上は低ランクの魔導師が主流なのよ? そんな状態で、貴女の部隊。機動六課と同じ事が出来ると思うの? AMFに対抗出来る魔法の【多重弾殻射撃』だってAAクラスの魔法だから使いこなせる人間は限られているわ。地上の数少ない上位の魔導師は通常業務に集中しないと行けないから、AMF対策を満足に行えるものは少ない。機動六課と違ってね」

 

「ッ!?」

 

 機動六課は通常では考えられないほど戦力が充実した部隊。しかも日夜ガジェットを倒す為の訓練を行い続けていたのだから、ガジェットは敵ではない。

 だが、一般的な地上の部隊は機動六課の様に戦力が充実しているわけでも、ガジェット対策の訓練を積んでいる訳でもない。当然、ガジェットに地上の部隊が勝てる可能性は低いのだ。

 

「住民の避難も殆どされていない。地上本部襲撃から数日も時間が在った筈なのにね。スレイプモンが住民の避難を行わなかったら、多分、怪我人は続出。数千人以上の死傷者を出しているでしょうね。そしてそれに対しても、管理局は反省なんてしない」

 

「そんな事在る筈無い!! 管理局がそんな事を!?」

 

「……十年前にクロノが言っていたわね。“世界はこんな筈じゃないことばかり”。それは管理局にも適用されるんじゃないの?」

 

 フェイトはハッとしたと言うような顔をしてリンディを見つめた。

 世界はこんな筈じゃないことばかりに溢れている。次元世界を護っている管理局も世界の一部でしかない。しかも管理局は権力が集中している場所。

 当然ながら、自身の権力の為や欲望の為に動く人間も必ず存在している。管理局だけが例外など在りえないのだ。

 

「そして全ては本局上層部の思惑通りに進んでいたわ。私達を除いた全てがね」

 

「本局上層部の思惑?」

 

「そう、本局上層部の真の思惑は、“地上本部の完全掌握”!!」

 

 リンディが告げた本局上層部の思惑にフェイトは目を見開いた。

 〝地上本部の完全掌握゛。同じ管理局で在りながら、本局の真の目的が地上本部の完全掌握だと告げられた。

 しかし、リンディはフェイトの驚愕には一切構わずに、更なる事実を告げる。

 

「陸と海の仲の悪さは知っているわよね? その原因は、地上の人材や予算を本局が吸い上げているから。勿論地上側にも問題点は在るけれど、重要な時に地上に事件が起きても本局は知らん振り。そんな状況では陸と海の仲は悪化する一方。しかも万年人材不足の状況なのに」

 

「そ、それは……」

 

 リンディの言葉にフェイトは反論しようとするが、その通りなので言い返す事が出来なかった。

 陸と海では扱う事件の規模が違うからと言う理由で、本局は地上 から人材や予算を吸い上げている。当然ながら、地上の戦力は減るばかりであり、地上の局員は本局を嫌うと言う状況に陥っているのだ。

 その様な状態に在る事も分かっている本局は、何とかして地上の実権を握ろうと画策している。

 そしてそれに打って付けの状況が舞い込んで来た。

 

「この事件を地上ではなく本局が解決すれば、地上は本局に逆らえなくなるでしょうね。何せ何も出来なかったんだから。その為には地上の無能さを明らかにする状況を作らなければならない。そしてその為に、本局は貴女達の部隊、機動六課を設立した」

 

 フェイトは再び信じられないというようにリンディを見つめた。

 フェイトの知る話では、機動六課の設立の目的は予言に書かれた 管理局崩壊の予言を回避する為だと自身の上司である八神はやてや クロノ・ハラウオン、聖王教会のカリム・グランシアから聞かされていたのに、機動六課設立の真の目的が、地上本部の掌握に在ると言われたのだから、困惑するのも当然だろう。

 

「唯でさえ陸と海の仲は最悪なのに、本局は地上に勝手に部隊を設立した。これに寄って地上は本局に悪感情を更に持ち、地上は更に意固地になる。これが先ずは第一段階よ」

 

「……嘘だ」

 

「次に第二段階。地上の無能さを明らかにして、本局の有能さを明らかにする。この状況を作る為に打って付けの場は、公開意見陳述会場ね。あそこの警備の管轄は地上本部に在るから、ガジェットの襲撃に何の対策も取っていない地上部隊は蹂躙されるしかない。その状況ではガジェットに対抗できる機動六課が動けない状況も作る 必要が在る。思い当たるでしょう? 魔導師なのにデバイスの携帯を禁じられて、内部の警備をさせられたのだから? 予言の件が在るなら、絶対にデバイスの携帯ぐらいは無理やりにでも許可は得るでしょう? でも、肝心な時に許可を得なかった。可笑しいわよね?」

 

「……ア、ア、ア、ア」

 

 リンディが次々に明らかにする本局上層部の思惑に、フェイトは恐怖の声を上げて後ずさりし始めるが、リンディは逃がさないと言 う様に言葉を続ける。

 

「そして最終段階。大規模な事件を起こした者を、本局の人間が捕まえる。はい、これで地上の無能さは明らかに成って、本局の有能さが示されるわね。つまりね、フェイトさん」

 

「……ヤメテ……ヤメテ」

 

 リンディが次に告げる言葉が分かったフェイトは、怯えてリンディの言葉を聞こえないように耳を押さえて蹲る。

 だが、リンディは逃がさないと言うようにフェイトに近付き、耳を押さえているフェイトの両腕を凄まじい力で引き離し、残酷な真実を耳元で告げる。

 

「……全部ね。本局の思惑どおりだったの。この沢山の人々が危険に晒される状況も何もかも、本局上層部の願いどおりだったのよ」

 

「イヤアァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーー!!!」

 

 リンディが告げた残酷過ぎる事実にフェイトは否定の叫びを上げて、頭を抑えて蹲り始める。

 自分達-機動六課の行動は全て本局の思惑通りだった。其処に在る犠牲や悲しみの感情なども一切考えずに、本局は自分達の思惑通りに事が進む様に準備を続けていた。

 そして願いどおり、本局は地上本部を掌握出来る状況を作り上げた。その結果、どれほどの犠牲が出ても、本局は機動六課を前に出し、事件を解決した“奇跡の部隊”とでも祭り上げて、民衆に本局こそが世界を護っていると知らしめ、地上を本局が掌握する。

 勿論、失敗すれば全てを失う可能性が在ったが、それでもその見返りは権力に依存する者達からすれば魅力的なものだろう。

 

「最も、まさかあの予言の犯人が、スカリエッティだとは本局も思っても見なかったでしょうけど。あの予言は正に本局上層部に取っては最高のものだった。どうフェイトさん? 貴女達、管理局の縄張り争いのせいで地上の、クラナガンの人々を危険な目に合わせている気分は?」

 

「……ウ、ウゥ、ウワァァァァァァァァーーーー!!!」

 

 フェイトは顔を床に付けて大声で泣き始めた。

 全てが仕組まれた事だった。全ては本局が地上を掌握する為に作り上げた状況。クラナガンの人々が危険な目に合っているのも、ゆりかごの中でヴィヴィオが苦しむ様な状況に合ったのも、全ては本局の上層部達が願っていた状況だと、ハッキリとフェイトには分かってしまった。

 そう考えれば幾つもの辻褄が合う。機動六課の設立を認めた本局の上層部達。幾らクロノやこの世界のリンディ、聖王教会のカリム、そして伝説の三提督の支援が在ったとは言え、本局内部から反対意見が出なかったのにも納得できる。機動六課の後見人以外の思惑が裏で動いていたのだ。

 フェイトが絶望の真実に嘆きの声を上げ続けるが、リンディは慰めの言葉も掛けずに、フェイトに背を向け、ブラックの居る場所へと向かい出す。後には、悲しみの涙を流し続けるフェイトだけが残されるのだった。

 

 

 

 

 

 スカリエッティのアジト一番奥、其処では惨劇としか呼べない地獄が生み出されていた。

 壁からオブジェの様に生えている六本の足。この六本の足の主は、 ナンバーズ6-セインとナンバーズ7-セッテ、そして管理局の査 察官-ヴェロッサ・アコーズだった。

 彼女達は侵入してきたブラックウォーグレイモンXへと挑んだのだが、ブラックウォーグレイモンXは壁に隠れていたセインを逸早く見つけると、壁を粉砕して内部から無理やり連れ出し、振り回しIS-【無機物潜行(ディープダイバー)】を発動させる間際も無く壁にセインを叩き付けて、オブジェの様にセインを壁から生やした状態にした。

 次にセッテ。彼女は自身のIS-【スローターアームズ】-を使って、ブーメランブレードを操り、ブラックウォーグレイモンXに攻撃を仕掛けたのだが、ブラックウォーグレイモンXは両腕のドラモンキラーを使って難なくブーメランブレードを四本全て一瞬で砕き、驚愕しているセッテに一瞬の内に近付き、セインと同様にオブジェの形にして壁に生やしたのだ。序にこの時にヴェロッサも壁に埋め込んだ。

 因みにブラックウォーグレイモンXがヴェロッサを態々運んで来たのは道案内の為だ。何時もならば気にせずに前に進み、手当たり次第に破壊して目的の場所に向かうのだが、今回はルインとリンディが頼んだので、仕方が無く最短の道を聞く為にヴェロッサを利用したのだ。

 ヴェロッサとシャッハは本当に運が無かったとしか言えないだろう。この場所の入り口にさえ居なければ、ブラックウォーグレイモンXに目を付けられる事は無かったのだから。

 そして現在、ブラックウォーグレイモンXは、残されたナンバーズ3-トーレと激戦を繰り広げていた。

 

「クッ!! ライドインパルス!!」

 

 トーレは自身の高速機動のIS-【ライドインパルス】を使用して目の前に居る黒い機械的な鎧を身に纏った漆黒の竜人-ブラックウォーグレイモンXに向かって、両手足から生やしたインパルスブレードを全力で振り下ろす。

 

「ウオォォォォォーー!!!」

 

 トーレが叫ぶと共に振り下ろしたインパルスブレードは、ブラックウォーグレイモンXの鎧にぶつかった瞬間に、粉々に砕け散った。

 ブラックウォーグレイモンXが何かをした訳ではない。ただその鎧にぶつかっただけで、トーレのインパルスブレードは 跡形も無く砕けたのだ。

 自身の武器が簡単に粉々に砕けた事に、トーレは呆然としたするが、ブラックウォーグレイモンXは構わずに、呆然としているトーレに向かって腕を常人では見る事さえも不可能なスピードで振り抜く。

 

「邪魔だ」

 

「ライドインパルス!」

 

 ブラックウォーグレイモンXの一撃が決まる前に、トーレは再び自身のISを発動させ、何とかブラックウォーグレイモンXの攻撃を躱した。

 既にこのやり取りは何十回と繰り返している。トーレは自身のISを既に連続で使用し続け、ブラックウォーグレイモンXの攻撃を躱し続けていたが、その体は既にボロボロだった。

 ブラックウォーグレイモンXの攻撃は躱したとしても、その攻撃に寄る衝撃波に寄って体が傷付いていくのだ。

 しかも、連続でISを発動させ、自身の限界を遥かに超えるスピードを出して躱さなければ行けないほどに、ブラックウォーグレ イモンXの攻撃は速い。そうしなければトーレは既にやられたセッテやセインのように壁に顔から埋められた状態に成っているだろう。

 しかし、トーレは凄まじい勘違いをしている。“ブラックウォーグレイモンXは全く本気を出していないのだ”。

 

(つまらん。この世界のこいつ等はこの程度の力しか持っていないのか?)

 

(仕方無いですよブラック様。私達の世界と違って、この世界はデジモンの存在が表に出て無いんですから、ナンバーズの実力も低いのは仕方ないです)

 

 ブラックウォーグレイモンXとユニゾンしているルインが苛立ちを落ち着かせる様に言葉を言うが、ブラックウォーグレイモンXは不機嫌そうにトーレを見つめる。

 

(……いい加減に飽きた。リンディはまだ掛かるのか? そろそろの筈だぞ?)

 

(もう少しだそうです。アッ! それとデュークモンが、そろそろゆりかごの玉座に着きそうです)

 

(成らば遊びの時間は終わりだ。真の惨劇の始まりだ)

 

(了解です、マイマスター)

 

「なっ!?」

 

 ブラックの言葉に答えるようにルインが了承した瞬間に、動き回っていたトーレは突如としてバインドが巻き付き、体が空中に拘束された。

 それと共にブラックウォーグレイモンXは黒いエネルギー弾をドラモンキラーの爪先に出現させる。

 

「時間が来た。消えろ」

 

「グアァァァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXが投げ付けたエネルギー弾を、その身に受けたトーレは悲鳴を上げながら壁へと激突し、そのまま壁を掘り進みながら何処へとも無く消えて行った。

 その様子を見ていたスカリエッティは体を震わせ、ブラックウォーグレイモンXを見ていた。

 恐怖ではなく、歓喜に体を震わせて。

 

「フッ、フハハハハハハハハハハハハッ!! 素晴らしい! 素晴らしい!! 私の娘達が一撃も与えられないとは、君の様な存在にもっと早く出会いたかったよ!!」

 

 スカリエッティはもはや自分が助からない確信していた。

 しかし、それでもスカリエッティは興奮する。目の前にいるブラックウォーグレイモンXの前には、人造魔導師も、戦闘機人さえも、Sランクオーバーの魔導師さえも、そして世界を管理している管理局さえも無力。

 自身の行って来た全ての技術を持ってしても絶対に敵わないと、 断言出来る存在に出会えた事にスカリエッティは心の底から歓喜する。

 

「欲しいよ。小賢しい計算など吹き飛ばす理不尽な力! 無理を通して道理を捻じ伏せる力! 君の力は全てそれに当て嵌まる!! その力だ! その力が私に在れば、こんな馬鹿騒ぎも、ナンバーズも、聖王も、『ゆりかご』もいらなかった!! その力さえあれば、私は、僕は思うままに、夢を追いかける事が出来ただろう!!」

 

 スカリエッティは心の底からブラックウォーグレイモンXの力を欲した。

 全てを破壊し、自身の思いのままに進める圧倒的な力。その力こそスカリエッティが望んでいた力そのもの。

 それが最後の時に見つかった事を心の底から残念に思いながら、スカリエッティはブラックウォーグレイモンXに羨望の眼差しを送るが、ブラックウォーグレイモンXはスカリエッティの眼差しなど気にせずに再び黒いエネルギー球を作り上げる。

 

「貴様の夢など関係ない。俺にアイツの悲しみの声を聞かせた貴様は、消えろ」

 

 言葉と共にブラックウォーグレイモンXは、黒いエネルギー球をスカリエッティに向かって全力で投擲する。

 迫り来る黒いエネルギー球を見つめながら、スカリエッティは羨望の笑みを浮かべて呟く。

 

「……欲しかったなぁ〜」

 

 黒いエネルギー球はスカリエッティに直撃し、トーレ同様に壁を掘り進みながら遠くへと吹き飛んで行った。  それを確認したブラックウォーグレイモンXはスカリエッティの姿を模った壁に開いている穴に背を向け、背後に何時の間にか背後に立っていたリンディに声を掛ける。

 

「最後のナンバーズは如何した?」

 

「もう終わったわ。他のナンバーズと同様に壁にめり込ませて来たわ」

 

「そうか」

 

 ブラックウォーグレイモンXは頷くと、足を出口の方に向けて歩き出し、リンディも同様に歩きながら声を掛ける。

 

「それと管理局の通信を傍受したら予想通りの動きを行っている事が判明したわ。真の惨劇-【プランΩ】を実行する事に成りそうよ」

 

「予想通りか。成らば、その為の準備は如何なんだ?」

 

「クイントとなのはさん、ガブモン君が実行中。その他の準備も殆ど終わり掛けている。後は引き金さえ引かれれば、プランΩは始まり、管理局の崩壊、再誕が始まるわ」

 

 リンディは邪悪な笑みを浮かべながらそう言い、ブラックウォー グレイモンXとその身と融合しているルインも同様に邪悪な笑みを浮かべ、スカリエッティのアジトから出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 地上本部に在る一室。その部屋の中には四名の人物が存在していた。

 一人は茶色のコートを着て槍型のデバイスを持った男性-【ゼスト・グランガイツ】。

 一人は地上本部の重鎮-【レジアス・ゲイズ】中将。その娘であり、 副官の【オーリス・ゲイズ】。

 そして一般の局員である思われる女性局員が一人。地上本部の一室に存在し、ゼストは険しい表情を椅子に座ってい るレジアスに向け、互いに見据え合っていた。

 

「レジアス。聞きたい事は一つだけだ。八年前に俺と俺の部下を殺す様に指示したのはお前なのか?」

 

 ゼストはそう言うと共に、懐から二枚の写真をレジアスの執務机の投げ付ける。

 写真の一枚にはゼストの部下達が写り、もう一枚の写真には地上の平和を理想に頑張っていたレジアスとゼストの姿が写っていた。

 

「俺は良い。俺は、お前の正義になら殉ずる覚悟が在った。だが、俺の部下達は何故死んだ!?」

 

 ゼストの叫びに対して、レジアスは何も答えずに辛そうに顔を俯かせながら写真を見つめる。

 

「どうして、こんな事になってしまった? 俺達が護りたかった世界は、俺達の欲しかった力は、俺とお前が夢見た正義は、何時の間にこんな姿になってしまった?」

 

「ッ!!」

 

 レジアスは更に苦悩の表情を深めた。彼は地上の平和の為に頑張り続けていたが、何時の間にかその理想は変わり、平和の為ならば違法や犯罪者で在るスカリエッティとも手を結び、違法も行い続けていた。

 本局には優秀な魔導師や戦力を奪われていく。その為に、人員不足や戦力不足に追われ、地上の人々を護る力を失っていく現状を変える為に人造魔導師や戦闘機人を使って、地上の人員不足を解消しようとしていたのだ。

 しかし、それを依頼していたスカリエッティにも裏切られ、地上の人々は脅威に襲われ続けている。

 この様な現状が自分の望んだ正義なのかとレジアスは深く苦悩していた。

 

「ワシは……」

 

 ゼストの質問に答えようと、レジアスは苦悩するように声を出す。

 その時に部屋の隅の方にいた女性局員が静かに立ち上がり、右手に鉤爪のような武器を装着させ、右手を隠しながらレジアスの背後に静かに移動し始めた瞬間。

 

「ハアァァァァァァァーーーー!!!」

 

『ッ!!』

 

 部屋の横壁が突如として崩壊し、その中から一人の女性が姿を現し、全員が驚愕に目を見開いた。

 何故ならば現れた人物は、もう既に死んでいる人物。ゼストと共に殉職したとされる女性。

 

「ナカジマッ!!」

 

 女性-クイント・ナカジマの姿にゼストは驚愕と困惑の叫びを上げるが、クイントは気にせずにレジアスの背後に居た女性局員を殴り付ける。

 

「貴女は邪魔よッ!!」

 

「キャアァァァァァァァーーーーー!!!」

 

『なっ!?』

 

 雷を纏うクイントの拳を腹に受けた女性局員は流れ込んで来た電撃と拳の一撃に悲鳴を上げながら、クイントが現れた別方向の壁に激突し、女性の姿はナンバーズと同様の戦闘スーツを着た女性の姿に変わった。

 女性局員の正体は、ナンバーズ2の【ドゥーエ】だったのだ。用済みに成ったレジアスを殺そうと動いていたのだが、クイントに阻まれ、 壁に激突して目を回す様な状態に成っていた。

 その事に全員が驚愕の表情を浮かべる中、クイントは優しげな笑みを浮かべながらレジアスに近付き、肩に手を置く。

 

「こんにちはレジアス中将。さっそくだけど、私のお願いを聞いて貰って良いかしら?」

 

「まっ! 待てナカジマ! レジアスとは俺が話をして!!」

 

 ゼストはクイントを止めようと肩に手を置くが、クイントはレジアスとは打って変わって、険しい視線をゼストに向け、 全力でゼストの腹に向かって拳を突き出す。

 

「この〜馬鹿親が!!」

 

「グフッ!!」

 

 クイントの拳を受けたゼストは苦痛の声を上げて、腹を押さえながら蹲るが、クイントは構わずにゼストの襟首を掴み上げる。

 

「如何言う事ですかゼスト隊長? 何でルーテシアちゃんの父親で在る貴方の事を、ルーテシアちゃんが知らないんですか?」

 

「そ、それは……」

 

 ゼストは気まずげにクイントの視線から顔を逸らした。

 ゼストとルーテシアは実の親子である。当時、ゼスト隊は死亡率が高く危険な任務を負う事が多い部隊だった。その上、組織だった 犯罪者を相手取る機会も多かったので、反管理局主義者のみならず手を逃れた犯罪者やその類型から恨みを買う事も多い。

 その為に隊員の殆どが独身者で占められていた。例外としては子供や夫がいたクイントぐらいだろう。

 しかし、隊員も人間であり、女性局員も当然居たのだから、間違いも犯す。

 そしてその中にいたメガーヌも当然ながら間違いを犯した。上司で在るゼストと一夜どころか何度も間違いを。その結果がルーテシアで在る。しかし立場上、籍をそう簡単には入れられる訳も無く、ルーテシアが生まれてからもズルズルと時が過ぎ、ゼストとメガーヌが籍を入れる事は無かった。

 メガーヌの親友であり、同じ部隊だったクイントはもちろんその事を知っていたし、祝福もした。

 それなのにルーテシアに事情を深く聞いたらゼストの事は知っていても、父親で在る事は知らなかったと告げられ、クイントは元々の用事とゼストを殴る為に急ぎ地上本部に向かい、先ほど到着したのだ。

 

「どうせ、自分の命が残り少ないからと言う理由で、ルーテシアちゃんとしっかりと向き合わなかったんでしょうね?」

 

「グウッ!!」

 

 図星を指されたゼストはうなり声を上げながら、クイントに視線から顔を逸らした。

 クイントの言うとおり、ゼストは自身の残りの命が少ない事を分かっていた為に、ルーテシアの悲しみを少しでも減らす為にと思い、自身が実の父親で在る事を隠していたのだ。

 それを見たクイントは顔に幾つも青筋を浮かべるが、今は時間が無いと思い、ゼストの襟首から手を離し、再びレジアスに顔を向ける。

 

「とにかく、レジアス中将? 私達に協力して貰いますよ? 本局上層部の思惑を潰して、管理局を再誕させる為にね?」

 

「な、何だと?」

 

 レジアスは疑問の声を上げるが、クイントは笑みを浮かべたまま、色々と今回の事件の裏に隠されていた本局の本当の思惑を伝え、レジアスは戸惑いながらも協力を約束したのだった。

 

 

 

 

 

 上空に浮かぶゆりかごへと向かったなのは、ヴィータ、はやて、そして大勢の管理局魔導師隊は、既に全てのガジェットが破壊されたと言うのに未だにゆりかご内部へと一人を除いて突入する事が出来なかった。

 何故ならば、ゆりかごに入ろうとすれば音速を超えるスピードで ゆりかごの周りを飛び回っているグラニの発生させている衝撃波に寄って、ゆりかごへと近付く魔導師達は全員吹き飛ばされるからだ。

 

ーーーピイィィィィィーーー!!

 

『ウワァァァァァァーーーー!!!』

 

「クソッ!! あの野郎のせいでゆりかごに近付けねえ!!」

 

 衝撃波を受けない範囲から様子を見ていたヴィータは、ゆりかごの周囲を飛び回るグラニを睨み付けながら叫んだ。

 既に多くの局員がグラニの発生させている衝撃波に寄って戦闘不能に成っている。その上、何人かの魔導師達がグラニに向かって射撃や砲撃を放っても、グラニのスピードの前にあっさりと躱される上に、はやての広域魔法も威力が足らず、グラニに余りダメージを与える事が出来なかった。

 管理局の魔導師は一人足りとも通さないと宣言する様に、グラニは一人足りとも管理局の魔導師達を通さなかった。ただ一人を除いては。

 

「何であの野郎? なのはだけは通しやがったんだ?」

 

 グラニはこの世界の高町なのはがゆりかごに近付くのを阻まなかったのだ。

 そのお陰でなのははゆりかごへと侵入する事が出来た。それはグラニの主で在るデュークモンの指示なのだが、その事を知らないヴィータは自身の横に居るはやてと共に疑問に首を傾げる。だが、すぐに何とかゆりかごへと入る為に、再びグラニに向かって攻撃を放つ。

 幾重にも魔法が放たれるが、やはりグラニは全ての攻撃を簡単に躱すか、或いは耐え切り、管理局の魔導師達を翻弄し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 ゆりかご内部。最奥の玉座の間では、玉座に座らせられて手足を拘束されているヴィヴィオと、その横で微笑を浮かべながら立っているク アットロが玉座の間に通じる頑丈な扉を見つめていた。

 見つめていた強固な筈の扉は突如として反対側から強力な衝撃が与えられたかのように大きく歪み、一瞬の内に砕け散る。

 扉が砕け散ると共に、扉を破壊した者-デュークモンがゆっくりと部屋の中に足を踏み入れ、拘束されているヴィヴィオを視界に捉える。

 

「……すぐに拘束を解くのならば、八割殺しで済ますが?」

 

「怖いですわねぇ〜。でも〜、貴方は此処までですわ。確かに素晴らしい力ですが、私達の切り札に勝てませんからねぇ〜」

 

 そう言いながらクアットロは、ヴィヴィオの頬に向かって指を伸ばすが、デュークモンは全く気にせずにゆっくりと歩みを進め、クアットロはヴィヴィオの頬に後一歩で届くぐらいの距離で指を止める。

 

「良いんですかぁ〜? この子の頬に傷が付きますわよぉ〜?」

 

「幻影にその様な事が出来るのか?」

 

「ッ!!」

 

 自身のIS-【シルバーカーテン】があっさりと見破られた事にクアットロは目を見開くが、すぐに微笑を浮かべながら幻影を消滅させ、デュークモンの頭上にモニターを映し出す。

 

『私のISを見破ったのには驚きましたわ。貴方はやはり危険な存在。此処は切り札を使わせて貰いますわぁ〜』

 

「うぅ〜、あ、あぁ!!」

 

「ッ!? 貴様ッ!!」

 

 苦しみ始めたヴィヴィオの姿にデュークモンは怒り、 ¥ヴィヴィオの下へと急ぎ駆け出そうとするが、突如として強力な虹色の魔力風が吹き荒れ、デュークモンは足は止まってしまう。

 

「ムッ!!」

 

『良い事を教えてあげますわぁ〜。その子は古代ベルカの王族の遺伝子から生まれた人造魔導師。古代ベルカ王族の固有スキル【聖王の鎧】を持ち、レリックとの融合を経て、真の力をこの子は取り戻す。古代ベルカの王族が自らその身を作り変えた究極の生体兵器、 『レリックウェポン』としての力を』

 

「ヤダァ〜!!! やだよぉ〜!! ママ〜!! ママ〜!!」

 

『すぐに誕生しますわ! 私達の王。ゆりかごの力を得て無限の力を 手に入れた究極の戦士。『聖王』がッ!!』

 

 クアットロが叫ぶと共に虹色の閃光が眩いばかりに光輝き、デ ュークモンの視界を埋め尽くした。

 

『ハハハハハハハハハハハハッ!!!』

 

 クアットロは喜びの笑い声を上げ続ける。

 自身の最大の切り札で在る聖王が目覚めた事に歓喜しているのだ。 ベルカ最強の王、『聖王』。その存在は長い歴史の置いても最強の武勇を誇った戦士。ヴィヴィオはその遺伝子から生まれた人造魔導師。その力ならば デュークモンさえも倒せる思っている。

 しかも、今のヴィヴィオはクアットロの思いのままに動く人形。最強の手札が自身の手に在る上に、本体で在る自分自身は遠く離れた場所に潜んでいる。デュークモンは何も出来ない。

 だが、彼女は重要な事を忘れていた。聖王はゆりかごの最終防衛システム。敵に対してしか反応しない存在。

 そうクアットロが忘れている事。“デュークモンにはゆりかごの 防衛システムが全く起動していなかった”事実を忘れていた。

 

『ハハハハハハハ……ハッ?』

 

 吹き荒れていた虹色の魔力風はまるで最初から存在していなかったの様に治まり、玉座には静かに座ったままのヴィヴィオの姿しかなかった。

 

『何故!? 何故目覚めないの!? 聖王が何故!?』

 

 ヴィヴィオの姿が全く変わらない事にクアットロは驚愕の声を上げ、自身の手元に在るコンソールを弄り回すが、ヴィヴィオが聖王へと姿を変える事はなかった。

 一連の流れを黙って見ていたデュークモンは、自身の左手のイージスを下に向けて構え出し、静かな声でクアットロに話を掛ける。

 

「聖王が目覚める筈は無かろう。何故ならば、ゆりかごは王同士で戦う事など望んで居ないのだから」

 

『何を言っていますの!?』

 

「こう言う事だ」

 

 クアットロの言葉に答えると共に、デュークモンは自身の体の周りに魔力粒子を漂わせ始め、クアットロは呆気に取られたようにデュークモンの周りに漂っている魔力光を見つめる。

 デュークモンの周りに漂う燦然と輝く“虹色”の魔力光。ヴィヴィオと同様の聖王の血筋を示す魔力光、【カイゼルファルベ】。

 ヴィヴィオ以外に絶対に在り得る事の無い筈の魔力光をデュークモンは、自身の体の周りに纏っていた。

 

『……あ……な……た……は……一体……何者……何ですの?』

 

「私はデュークモン!! 聖王を護る一振りの剣! 貴様は異世界とは言え、私の主君を傷つけ、あまつさえ兵器などと呼んだ。断じて赦さん!!」

 

 デュークモンは叫ぶと共に、下に向けていたイージスにエネルギーを集め始め、クアットロは恐怖に震える。

 デュークモンがディエチを壁を破って吹き飛ばした事を思い出したのだ。その上、集中しているエネルギーはディエチを吹き飛ばした時の比ではない。

 しかし、もはやデュークモンは止まらず、更にエネルギーを集め イージスは寄り強く光り輝いていく。

 

「後悔しながら吹き飛ぶが良い!! ファイナル・エリシオン!!」

 

『イヤアァァァァァァァァァーーーーー!!!!!』

 

 デュークモンの放ったファイナル・エリシオンは一切の停滞も見せずに、クアットロが居る最深部までの壁を破りながら直進し、クアットロは断末魔の叫びと共に光の中に消えて行き、モニターが消失した。

 それを確認したデュークモンはイージスとグラムを何処へとも無く消失させ、急ぎ玉座に拘束されているヴィヴィオの下へと駆け出す。

 

「大事は無いか?」

 

「ヒィッ!」

 

 デュークモンの姿にヴィヴィオは恐怖の声を上げた。

 無理も無いだろう。幾ら聖王家の血筋とは言え、見た事も無い、しかも人間ではないデュークモンの姿に恐怖を覚えるのも当然だ。

 その様子にデュークモンは一瞬悲しげな表情を浮かべるが、すぐにヴィヴィオを拘束している手枷や足枷に手を伸ばし、一瞬の停滞も無く引き千切る。

 

「これで君は自由だ……母親の所に帰りたいのならば、私が君を送ろう?」

 

「……帰れないよ」

 

「何?」

 

 ヴィヴィオの言葉にデュークモンは訝しげにヴィヴィオを見つめると、ヴィヴィオは涙を溜めた瞳をデュークモンに向ける。

 

「……・ヴィヴィオは兵器だもの。なのはマ……なのはさんの下に何て帰れないよ」

 

「……君は兵器などではない。私が保証しよう。君は君なのだ」

 

「違うよ!! 本当の両親なんて私には無い!! 私が子供の姿をしていたのも、誰かに取り入って魔法のデータを収集するためだったんだよ! こんな私が……なのはさんたちのそばに居て良いはずが無いんだ!」

 

 ヴィヴィオは涙を流しながらデュークモンに向かって自身の存在を否定する様な叫びを上げ、デュークモンは心の底からヴィヴィオ の言葉と姿が悲しいと思った。

 ヴィヴィオの言うとおり、ヴィヴィオには本当の両親など存在しない。ヴィヴィオは確かに兵器として望まれて生まれてしまった。だが、デュークモンには何が在っても護りたいと思う存在。

 その存在が異世界とは言え、自身を否定する様な叫びを上げた。 デュークモンはその事が心の底から悲しかった。

 

「……違う。君は優しい子だ。誰より優しい子供だと私は 知っている。だから頼む!! 自分を否定する様な叫びなど上げないでくれ!! この通りだ!!」

 

 デュークモンは言葉と共に自身の頭を深く下げた。

 頭を下げた程度ではヴィヴィオの心は変わらないだろう。だが、それでもデュークモンは自身が出来る最大の行為を行う。

 異世界だとかは関係ない。デュークモンに取ってはヴィヴィオが生きていて、笑顔を浮かべる事が何よりも嬉しいのだ。忘れもしないあの惨劇の日。初めて出来た友を失った異世界のヴィヴィオの悲しみ。そして再び友を失ってしまった時の悲劇を、デュークモンは一日たりとも忘れた事は無い。

 

「君を兵器などと呼ぶ存在を私は絶対に赦さない。君が悲しむのならば、私はそれを止める為に戦おう」

 

「……」

 

 デュークモンの言葉にヴィヴィオは無言で顔を俯かせ、デュークモンは同じ様に無言に成りながらヴィヴィオに背を向け、ヴィヴィオの周りに強力な結界を張り巡らせる。

 

「ッ!?」

 

「安心してくれ。これは君を戦いに巻き込まない為の結界だ。これから起きる戦いのな」

 

 結界が突如として張られた事に驚愕するヴィヴィオに、デュークモンは優しく言葉を言いながら、再びグラムとイージスを出現させ、 部屋の入り口の扉を睨み付ける。

 

「……漸く来たか。高町なのは!!」

 

「えっ!?」

 

 デュークモンの宣言にヴィヴィオは驚愕の表情を浮かべて扉を見つめてみると、破壊された扉から白いバリアジャケット-エクシードモードにレイジングハートを変形させた管理局のエース・オブ・エース-高町なのはが険しい表情を浮かべて玉座の間へと足を踏み入れた。

 それを確認したデュークモンは、ヴィヴィオから離れ始め、グラムをなのはに向かって構え出す。

 

「待っていたぞ。貴様が来るのを」

 

「……貴方は、いえ貴方達は一体何者なんですか? 何でガジ ェットから人々を護ったり、ゆりかご内部に侵入してヴィヴィオを 救い出したんですか?」

 

 なのはは質問すると共にレイジングハートをデュークモンに向かって構え出す。

 

「私はデュークモン。あの子の悲しみの声を聞き、 駆け付けた騎士だ」

 

「……だったらすぐに他の者達に命じて、戦いを止めて下さい。貴方達の行動のせいで管理局は妨害に在っています。このままだと公務執行妨害で貴方達を逮捕する事に成ります」

 

「公務執行妨害か……クッ、クハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

「何がおかしいんですか!?」

 

 突如として大声で笑い始めたデュークモンになのはは怒りの声を上げて、レイジングハートを向けるが、デュークモンは厳しい眼差しをなのはに向け、グラムに聖なるエネルギーを集め始める。

 

「ふざけるな!! 貴様ら管理局こそが人々を苦しめているのだろうが!? そして貴様の行動こそがヴィヴィオを苦しめる現状を作り上 げた!!」

 

「私の行動!?」

 

「そうだ!! 貴様はヴィヴィオがスカリエッティに狙われている事を知っていたはずだ! なのに何故ヴィヴィオを奪われ易い状況など作り上げたのだ!?」

 

「そ、それは!?」

 

 デュークモンの叫びになのははうろたえたように顔を逸らし、デ ュークモンは怒りに満ち溢れながら確信する。目の前に居るなのはは、自分の力を過信し、相手の力を甘く見た愚か者だとハッキリと分かった。

 それはデュークモンの怒りを振り切るほどに最悪な事実だった。

 

「貴様は叩きのめさせて貰うぞ!! セーバーショット!!」

 

「ッ!! ディバインバスターー!!!」

 

 デュークモンのセーバーショットとなのはのディバインバスターは互いの中間で激突し、爆発が起きた。

 今此処に異世界の聖王の忠実な騎士-デュークモンとこの世界の聖王の養母-高町なのはの激闘が開始されたのだった。




次回の更新は予定で25日の0時です


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後編 下

 クラナガンの人々の救援を終えたスレイプモンは、廃棄都市のビルの上に立ちながら上空に浮かぶゆりかごを眺めていた。

 

「そろそろ始まった頃だろう。デュークモンとこの世界のなのはの戦いが」

 

(そうね。と成れば、私達も動くべきでしょう?)

 

「そうだな。【プランΩ】。出来れば行いたくは無かったが、それももはや無理のようだ」

 

 スレイプモンとその身に融合しているティアナは、既にリンディから管理局の行う行動を聞き、【プランΩ】を実行するしかないと判断していた。

 【プランΩ】。それは管理局が在る行動を行った時のみに実行する事を決めていたスレイプモン達に寄る全ての真実の暴露と管理局の崩壊の実行。

 既に管理局はその行動を実行する事を通信を傍受していたリンディの証言から聞き、スレイプモンは本当に残念だと言うに目を細める。

 

「……出来る事ならば、プランΩだけは本当に行いたくなかった。私達はこの世界の者ではない。全てが終われば去るつもりだ ったのに……管理局は本当に愚か者達の集まりだ」

 

(……そうね。だけど、もう実行するしかないわ。全てを変える為にもね?)

 

「そうだな」

 

 スレイプモンは答えると共に【ブレイクミラージュ】を両手に顕現させ、ブレイクミラージュの演算能力を全力で起動させ出す。

 同時にハッキング能力を駆使して管理局の内部に在るシステムを完全に掌握し、今ミッドで起きている全ての事実を全管理世界に秘密裏に放送し始める。

 

 

 

 

 

 ゆりかごの周りに居る局員達は未だにゆりかご内部に入る事は出来ず、グラニの発生させている衝撃波に寄って翻弄され続けていた。

 

ーーーピイィィィィィィーーーー!!!

 

『ウワァァァァァァーーー!!!』

 

「如何したら!如何したら通れるんや!?このままじゃ、なのはちゃんまで!!」

 

 吹き飛ばされる局員達の姿を見ながらはやては悔しそうに叫ぶが、 グラニは嘲笑うかのように衝撃波を撒き散らしながら飛び続ける。

 既にガジェットは存在しないと言うのに、管理局員はなのはを除いた全員が一歩たりともゆりかごに入る事が出来なかった。進入しようとすればゆりかごの周りを飛び回るグラニに全員が吹き飛ばされ、多くの怪我人が既に続出している。

 局員達もグラニを撃ち落そうと砲撃やはやての広域攻撃を放ち続けているのだが、音速を超えるスピードで動き続けているグラニに当たる筈も無く、運が良く当たったとしてもグラニの装甲の前では豆鉄砲が当たった程度のダメージしか与える事が出来ないのが現状だった。

 

「クソッ!あいつも化けもんだぜ!!」

 

「落ち着くんやヴィータ!!もうすぐ本局から艦艇も来る!!そうなれば対策も取れるわ!!」

 

 はやてはそうヴィータに言うが内心ではかなりの不安に襲われていた。

 

(何やこれ?私は何か重要な事を忘れておる気がする?一体何や?)

 

 漠然とした不安。それは自身が忘れている事に関係してるとはやては内心で思うのだが、その忘れている事が分からずに言い知れない不安に包まれていると背後からヘリが近付いて来る。

 

『八神部隊長!!』

 

「はやてちゃん!!」

 

「主ッ!!」

 

「ッ!! スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、それにシャマルにザフィーラまで!?」

 

 ヘリの中に乗っているFWメンバーと機動六課隊舎が襲撃された時に負傷を負ってしまい、前線から離れていた筈のシャマルとザフィーラの姿にはやては驚愕しながら質問した。

 シャマルとザフィーラは病院に居る筈の上に、FWメンバーは廃棄都市から地上本部へと向かっていた戦闘機人の確保に向かっていた筈だ。

 それなのにそのメンバーが全員が、ゆりかごの近くへとやって来ている。

 

「何か在ったんか!? 地上本部に向かっていた筈の戦闘機人達はどないしたんや!?」

 

「……戦闘機人達は全員確保出来ました。ギンガさんも助かりました。だけど、戦闘機人を倒したのは蒼い機械の狼で……ギンガさんを助けたのは……その……死んだはずの……ギンガさんとスバルの母親で在るクイント・ナカジマさんらしいんです」

 

『ッ!!』

 

 ティアナが告げた事実に、はやてとヴィータは顔を見合わせた。

 ギンガとスバルの母親であるクイントは、既に故人に成っている人物。その人物がギンガを救出したと、ティアナは告げた。一体どう言う事なのかとはやてが質問しようとすると、シャマルが更なる事実を告げる。

 

「それだけじゃないのよ!!廃棄都市にいた戦闘機人の反応が消失する瞬間に、なのはちゃんの魔力反応が出現したの!!」

 

「何やて!?」

 

「何だって!?」

 

 シャマルが更に告げた事実に、はやてとヴィータは叫びを上げた。

 何故ならば自分達の知るなのはは確かにゆりかご内部へと入って行くのをはやてとヴィータは目撃している。なのに、そのなのはの魔力反応が廃棄都市に出現したと言う。

 はやてとヴィータが次々と報告される不可思議な事態に混乱していると、突然にゆりかごの上部に離れたクラナガンからさえも 一望出来るほどの巨大なモニターが出現する。

 

『ッ!!』

 

 突如としてゆりかごの上部に出現したモニターにはやて達は驚愕しながら慌ててモニターを見つめて見ると、其処には。

 

『セーバーショット!!!』

 

『ディバインバスターー!!!』

 

 互いに砲撃を撃ちあうデュークモンとなのはの姿が映し出されていた。

 その映像にゆりかごの周りに居る局員達と、そして安全な場所に 避難されたクラナガンの人々は呆然としながら見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「クッ!!」

 

 砲撃を互いに撃ちあったデュークモンとなのはの砲撃を、中間でぶつかり合い激しい爆発が起きるが、その衝撃は全てなのはの方に向かって来た。

 それが意味する事に気が付いたなのはは悔しげに顔を歪めながら、 デュークモンから離れるように距離を取ってレイジングハートを構える。

 

(私の方に全て衝撃が襲い掛かった。全力じゃないけど、エクシードモードの私の砲撃に撃ち勝つ何て!?)

 

 自身の全力では無いとは言え最大の武器である砲撃に簡単に撃ち勝って見せたデュークモンに、プライドが傷付けられたなのはは悔しげな顔をしたままデュークモンを睨む。

 だが、デュークモンはなのはの気持ちなど全く気にせずに、床に向かってグラムを突き立てる。

 

「ゆりかごシステム完全掌握。浮上停止。AMF及び警備システム解除」

 

「なっ!?」

 

 デュークモンの呟いた言葉の意味に気が付いたなのはは、困惑と疑問に満ちた声を出しながらデュークモンを見つめる。

 それと共にグラムの突き刺している床から光の線が発生し、玉座全体に光の線が走った瞬間に、ゆりかご内部全域を覆っていたAMFが解除され、ゆりかごの浮上も停止した。

 それと共になのはは自身の体が軽くなるのを感じ、呆然と自身を右手を見つめる。

 

「……如何してAMFを解除したの?AMFが在れば魔導師相手に有利に成るのに?」

 

 床からグラムを抜いてるデュークモンに向かってなのはは呆然としながら質問した。

 【AMF】。通称【アンチマギリンクフィールド】。効果範囲内の魔力結合を解いて魔法を無効化する能力が在り、その効果範囲内では攻撃 魔法どころか移動系魔法も妨害される。しかもゆりかごを覆っていたのは高濃度のAMF。Sランクオーバーで在るなのはも弱体化を免れる事が出来ないほどの高濃度で存在していた。にも関わらず、デュークモンはそれを解いてしまったのだから、なのはの力は万全な状態に戻ってしまう。敵で在る筈の者に塩を送る様な行動がなのはには理解出来なかった。

 しかし、デュークモンからすれば当然の事だった。

 

「言った筈だぞ。貴様は叩きのめすと。負けた時の言い訳をされたくないだけだ」

 

 デュークモンがAMFを解いた理由は唯一つ。なのはを全力で叩きのめし、完膚なきまでに敗北させる為だった。

 もはやデュークモンは、目の前に立っている“時空管理局員の高町なのは”を赦す気は無かった。

 

(赦さん。この女だけは絶対に赦さんぞ。この女の行動のせいで、この世界のヴィヴィオはあのような言葉を叫んだ!!私は絶対に赦さん!!)

 

 デュークモンがなのはの事を赦す事が出来ない理由は一つ、この世界のヴィヴィオが告げたあの言葉。

 

『ヴィヴィオは兵器だもの』

 

(ふざけるな!!ヴィヴィオでは兵器ではない!!この女がヴィヴ ィオと確り向き合っていれば、スカリエッティの戦力を甘く見なければ!この様な事態には成らなかった上に、ヴィヴィオが傷付く事は無かったのだ!!)

 

 もし、ヴィヴィオが連れ去られずなのは達の下に居続ければ、ゆりかごは浮かび上がる事も無く、ヴィヴィオも自身の出生の秘密を最悪な状況で知る事は無かっただろう。

 ほんの僅かな油断。その油断こそが、ヴィヴィオの心に傷を負わせた。

 そしてその油断を呼んだのは、先ず間違いなくなのはの自身の力に寄る過信だとデュークモンは先ほどの一撃とその前の言葉で確信していた。

 

(デュークちゃんの力は映像で見ている筈なのに、全力の攻撃じゃ無かったよね?)

 

(先ず間違いない。この女はリミッターを外した自分に勝てる者はいないと、心の奥底で思っている。愚か者でしかない!)

 

 自身と融合しているヴィヴィオの言葉に答えると共に、デュークモンは床から引き抜いたグラムをなのはに向けて構え出す。

 

「次は全力で来るのだな。もはや負けた時に言い訳など、不可能だぞ?」

 

「ッ!!馬鹿にしないで! ディバインバスターー!!!」

 

 デュークモンの言葉に、プライドを完全に傷付けれたなのはは、今度こそ全力で砲撃を放ち、デュークモンに凄まじい勢いで迫る。

 だが、デュークモンは迫り来る砲撃を見ても、慌てずに構えていたグラムを迫る砲撃に向かって全力で振り抜く。

 

「無駄だ!!」

 

「なっ!?」

 

 グラムが振り抜かれると共に、デュークモンに迫っていたディバインバスターは一瞬の内に霧散した。

 今度は正真正銘に全力の砲撃だったと言うのに、簡単に霧散された事実になのはの動きが止まった瞬間、デュークモンの姿がなのはの視界から消失する。

 

「ッ!!何処に!?」

 

 視界から消えたデュークモンの姿になのはは慌てて辺りを警戒しながら見回し始める。

 しかし、なのはの警戒など無意味だと言うようになのはの背後にデュークモンは移動し、グラムをなのはに向かって振り抜く。

 

「ムン!!」

 

《Round《ラウンド》 Shield《シールド》》

 

 デュークモンが背後に居る事に気が付いたレイジングハートは、 慌てて防御魔法を発動させ、攻撃を受け止めようとする。

 

「ウッ!キャアァァァァァァァァーーーー!!!」

 

 一瞬の停滞も見せる事無くシールドはグラムの一撃に寄って崩壊し、なのはは悲鳴を上げながら壁に激突してめり込んだ。

 その様子を眺めていたデュークモンは、ゆっくりと壁にめり込んでいるなのはに歩み始める。

 

「鉄壁だと貴様の防御は言われているようだが、今の一撃は力を全く込めずに放ったのだぞ? それで鉄壁と呼ばれるとは、随分と脆い鉄壁だな」

 

「……ブラスターシステム、リミット1、リリース!!」

 

《Blaster.set》

 

「ムッ!」

 

 壁に埋め込んでいるなのはが叫んだ瞬間に、膨大な魔力が発生し、 デュークモンが足を止めて警戒するように注意深くなのはを観察し始める。

 目の前になのはが使ったシステムは、恐らくは自己強化の類のシステム。どれほど強化されるかのは不明だが、警戒するには十分な物だと判断し、デュークモンは油断なくなのはの動きを注視する。

 その僅か時間の間になのはは壁から飛び出し、再びレイジングハ ートをデュークモンに向かって構えると、先ほどのディバインバスターよりも遥かに大威力の砲撃を魔法をブラスターシステムで強化した状態で放つ。

 

「エクセリオンバスターー!!!」

 

 放たれたエクセリオンバスターは、デュークモンへと凄まじい勢いで迫るが、デュークモンは構えも取らずに歩みを再開し、その体に砲撃は直撃した。

 

「ッ!?そ、そんな!?」

 

 自身の砲撃が直撃したにも関わらず、砲撃を体に受けながらも歩みを続ける虹色の魔力光を体の周りに発生させているデュークモンになのはは悲鳴を上げた。

 自身の中でも最強の魔法で在るスターライトブレイカーに匹敵する砲撃の筈なのに、エクセリオンバスターを体に受けながら歩むを止めないデュークモンになのはは一瞬恐れを覚えるが、すぐさま表情を険しくして更なる力を解放する。

 

「【ブラスターシステム】!リミット2!!」

 

 なのはが叫ぶと共にエクセリオンバスターの威力は更に倍増するが、それでもデュークモンは歩みを止めない所か、砲撃の中を全速力で駆け抜ける。

 

「オォォォォォォォォーーーーー!!!!」

 

「ウッ!ウワァァァァァァァァーーーー!!!!」

 

 砲撃の中を進んで来るデュークモンの姿になのはは恐怖の声を上げながら、更に砲撃の威力を上げるが、デュークモンの走りを止める事は出来なかった。

 そして遂になのはの目の前にデュークモンは辿り着き、グラムをなのはに向かって振り抜く。

 

「このデュークモンにその程度の砲撃は通じんぞ!!」

 

「ガハッ!!」

 

 叫ぶと共に振り抜かれたグラムの一撃を避ける事が出来ず、なのはは苦痛の声を上げながら、再び壁に激突した。  その様子を眺めながらデュークモンはグラムをなのはに向かって構え出し、自身が予測したブラスターシステムの正体を苦痛に苦しんでいるなのはに語り出す。

 

「【ブラスターシステム】。大仰な名前の割にはつまらんシステムだ。自己ブーストの極限と言った所だろうな?」

 

「グッ!!」

 

 全身を襲う苦痛に苦しみながらも、【ブラスターシステム】の正体を指摘されたなのはは悔しげな声を上げた。

 【ブラスターシステム】。それはこの世界のなのはの切り札であり、自身とデバイスに過剰としか言えないほどの自己強化を行うシステム。強力な力を手に入れる事が出来るシステムだが、その反面に使用者と使用デバイス、双方の命を削るほどの負担を掛けてしまう。正に諸刃の剣を表したシステム。

 しかも、使用後は必ず心身ともに凄まじいほどの消耗が発生する上に、過剰な強化に寄って深刻な後遺症が残るのは間違い。

 一時的ならば強力無比のシステムだとデュークモンも思うが、使用後の事を何も考えていない欠陥品としか言えないシステムだと断言出来ると判断した。

 

「その様な自虐のシステムを使うとは、余程貴様は命がいらんようだ……いや、これも上層部のシナリオの内なのだろうな。貴様がこの件に関われば、必ず使うと踏んでいたのだろう。自身を顧みず人々を護った本局のエース。事件後の良い内容に成るだろうな」

 

「……如何言う事なの?上層部のシナリオって?」

 

 聞き覚えの無い事実に、なのはは苦痛に苦しみながらもデュークモンに質問した。

 それを聞いたデュークモンは無表情に絶望の-なのは達管理局に取っての絶望の真実をなのはに語り出す。

 

「全ては本局上層部の一部が描いていたシナリオだ。地上本部を完全に掌握する為に。貴様の部隊、機動六課は生み出された」

 

「ッ!!!」

 

 デュークモンが告げた真実になのはは目を見開くが、デュークモンはリンディがフェイトへと語ったこの事件の裏に隠されていた本局上層部の真の思惑を全て告げる。

 

「……嘘だよ……そんなの嘘だよ」

 

 全てを聞き終えたなのはは、教えられた絶望の真実に体を恐怖に震わせ、顔を青褪めさせた。

 機動六課設立の裏の裏に隠されていた絶望の真実。地上本部との仲を更に悪化させ、地上を意固地にさせる状況を生み出し、AMFに対する対抗策を生み出せていない地上の無能さを民衆に見せ付け、 その事件を引き起こした者を本局直轄の部隊で在る機動六課に解決させ、地上の実権を完全に掌握する。

 その為に生まれるであろうミッドチルダの人々の犠牲を完全に考えてない。自分達の欲望の満たす為の悪夢の思惑を実行した本局上層部。そしてそれの一端を担っていた自分自身になのはは凄まじい恐怖と絶望に襲われながら体を震わせる。

 

「だが、この計画には弱点が在った。公開意見陳述会の前に事件が終わっていれば、或いはゆりかごが浮かばない状況が出来ていれば全ては無駄に成り、地上の人々に犠牲が出る事は無かった。そしてその為の鍵を貴様らは偶然にも手に入れていた」

 

「……事件を解決出来る鍵……ッ!! まさか!?」

 

 デュークモンが告げた言葉になのはは首を傾げながら少し考えて何かに気が付いたように、なのはが玉座の間に入って来てから一言 も喋らずに、デュークモンが張った結界の中で顔を俯かせるヴィヴィオに顔を向けた。

 そう、ヴィヴィオこそが事件を解決、或いは抑止出来る鍵だったのだ。ヴィヴィオがスカリエッティの下にさえ居なければ、ゆりかごは浮かばず、スカリエッティは最強の切り札を手に入れる事も無く、事件が起きなかった可能性が高い。

 

「先ほども言ったが、貴様らがヴィヴィオを連れ去れる状況さえ作り上げねば、状況は確実に変わっていただろう。そしてヴィヴィオが心に傷を負う事もなかった」

「ッ!!……心に傷を?」

 デュークモンが告げた事実に、なのはは未だに自身の事を一度も見ようとしていないヴィヴィオを注意深く見つめた。

 

「私は貴様が来る前に、あの子に言ったのだ。『母親の所に帰りたければ、私が送る』とな。だが、あの子は帰れないと私に告げたのだ!!」

 

「……帰れない?」

 

「そうだ!!あの子は自分が兵器だから帰れないと私に告げた!!何故あの子が兵器などと呼ばれなければいけない!!」

 

「……ヴィヴィオが……自分を兵器って言った?」

 

 もはやなのはは呆然としながら言葉を呟くのが精一杯だった。

 自身の知るヴィヴィオは、甘えん坊で泣き虫の可愛い子供。その子が自分自身を兵器などと呼んだ。

 それを呼ばせる原因を作った者の正体に気が付いたなのはは、自身の手を呆然と顔の前に掲げて恐怖に震え出す。

 

「……私のせい……私がスカリエッティの力を甘く見たから……ヴィヴィオが心に傷を負った……ウゥ、ウワァァァァァァァァァァーーーーーーーーー!!!!!」

 

 全ての事実に行き着いたなのはは、顔を床に伏せて大声で泣き始めた。

 全ては自分の、機動六課のスカリエッティに対する戦力の見通し甘さが生み出した状況だった。

 デュークモンの言うとおり、スカリエッティの戦力の見通しの甘ささえ無ければ、ヴィヴィオは連れ去られず、最悪の事態に発展する事も無かった。しかし、現実には本局上層部の願っていた最悪の状態に起きている。

 全ては管理局の望んだ事。管理局は人々の平和よりも自分達の欲望の為に、今回の事件が起きる様な状態を作り上げたのだ。

 その様になのはが絶望の事実に打ちのめされている間に、デュークモンはリンディから届いた念話に内心で僅かに目を細める。

 

(【プランΩ】の実行? ……ということは、やはり管理局はあの行動を実行すると言う事か?)

 

(ええ、傍受した通信で確定したわ)

 

(そうか。成らば、私達もそれに合わせて動く)

 

(任せてね、リンディお姉ちゃん!!)

 

(クス、ええ、お願いね)

 

 リンディはそう告げると共に念話を切り、デュークモングラムを泣き続けるなのはの眼前に突きつける。

 

「絶望するのは勝手だが、まだ話は終わっていないぞ」

 

「ッ!!」

 

 デュークモンの言葉になのはは泣き腫らした目を驚愕で見開きな がら、デュークモンを見つめた。

 話は終わってはいない。つまり、まだ在るのだ。ミッドを襲ったこの事件の裏に隠された秘密がまだ存在している。

 その事が分かったなのはは顔色を蒼白に変えるが、デュークモンは一切の容赦せずに更なる絶望を語り出す。

 

「貴様は疑問には思わんか? このゆりかごが隠されていた世界に?」

 

「……ゆりかごが……隠されていた世界?……ッ!!!」

 

 言葉の意味に気がついたなのはは体に電流が走った様な衝撃を感じた。

 【聖王のゆりかご】が隠されていた世界の名は【ミッドチルダ】。

 次元世界の中心世界で在り、管理局の発祥の地。その世界にゆりかごは眠っていた。普通ならば絶対に在りえない。

 何故ならば管理局は古代や滅んだ世界の遺物-通称【ロストロギア】の回収を絶対としている組織。その上、ミッドチルダには管理局以外に次元世界にかなりの影響力を持っていて、聖王を崇め称えている宗教組織-【聖王教会】が存在している。しかも【聖王教会】は聖王の遺物に関する物や、古代ベルカに関係しているロストロギアを管理している。

 その両組織が存在している世界に、【聖王のゆりかご】はスカリエッティが動かす時まで誰にも発見されずにいた。絶対に在りえない事だ。どちらかの組織が隠して置かない限りは。

 そして聖王教会は在りえない。幾ら次元世界に多大な影響力を持つ聖王教会でも、ゆりかごほどの巨大な遺物を、管理局の発祥の地であるミッドに隠して置く事など不可能。

 ならば、隠した組織は一つしか在りえない。

 

「……時空……管理局……そんな」

 

「事実だ。そして最強の質量兵器と呼べるゆりかごを破壊せずに置いた理由は一つしか在るまい?」

 

「ア、ア、ア、ア、アァァァァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

 なのはは絶望の声を上げながらも気が付いてしまった。管理局がゆりかごを隠した理由など一つしかない。『管理局はゆりかごを使うつもりだった』。自分達で質量兵器の廃絶などと叫んでいながら、管理局は質量兵器を使うつもりだったのだ。

 そしてゆりかごの起動には“聖王の血を引く者”が必要。つまり、ヴィヴィオを生み出したのはスカリエッティではない。ヴィヴィオを真に生み出した全ての元凶と呼べる組織。その名は【時空管理局】。

 

「ワアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーー !!!!」

 

 それは自身の信じていたものが完全に砕けた者だけが上げられる叫びだった。

 管理局は自分達で違法研究を否定し、質量兵器も否定していた。それなのに蓋を開けて見れば、その全てを行っていた。管理局が言っていた事は全て偽りだった。

 一部の上層部だけかも知れない。だが、自分達で否定した行いを裏では平然と行っていた時点で、管理局の言葉は偽りだったとしか言えないだろう。

 

「自分達で否定しながら、裏では平然と行う。それが今の管理局だ。一般は分からんが、少なくとも上層部、しかも司法組織のトップで在った最高評議会が自ら裏で推進していた。人手不足の解消などと言う理由を使い、裏では違法を繰り返す。奴らが使う言い訳はこうだ。『管理局こそが正義』……ふざけるな。子供に自らを兵器などと言わせる組織の何処が正義なのだ!?」

 

「ウゥ、ウゥゥゥ、ウワァァァァァァァーーーー!!!!」

 

 もはやなのはにはデュークモンの言葉に答える事は出来ず、床に顔を付けながら、手を何度も床にぶつけていた。

デュークモンの言葉は最もだと思ったのだ。確かに管理局は多くの人々や世界を救っていた。

 だが、自分達で決めたルールさえも護らずに、平然と違法を繰り返し、挙句に自分達の権力の為に罪の無い人々を巻き込む様な最悪のシナリオを作り出し、それを解決して寄り自分達の権力を上げるなど、もはや管理局は犯罪組織と呼んで良いほどに腐敗していた。

 その事が完全に分かってしまったなのはは更に涙を流し始め、それを見ていたデュークモンはプランΩを実行し始める。

 

「私達はその様子を見ていた。私達の力は強大だ。その力を管理局に渡せば、管理局の腐敗は更に増大し、取り返しのつかない事態に成ると思い、私達は表に出ず見守り続けていた……だが、地上の在る者達は、我らの存在に気が付いてしまった」

 

「……エッ?」

 言葉の意味に気が付いたなのはは顔を床に付けながらも、呆然とした声を上げた。

 その様子にデュークモンは内心で計画通りと融合しているヴィヴィオと共に内心で笑みを浮かべながら、プランΩ通りに話を続ける。

 

「あの者達が我らの存在に気が付いたのは、本当に偶然だった。そしてその者達は私達とコンタクトを取り、地上の人々の為に力を貸してくれと私達に頼んで来た。だが、その者達も管理局員。むやみやたらに信用する事は出来なかった。しかし、今回の事件の時にその者達は私達に土下座までして頼んだのだ。『我々管理局の縄張り争いのせいで、ミッドの罪無き人々が苦しんでいる!!我々はどうなっても構わない!その代わりにミッドの人々を護ってくれ』とな」

 

「……それじゃあ……貴方達が現れたのは……その局員達の頼みの為に?」

 

「違うな。私達は管理局の為になど動くつもりは無い。動いたのは罪の無い人々と、悲しみの声を上げた少女の為だ。事件の元凶である管理局など知った事ではない。奴らの頼みは事の序に過ぎん」

 

 デュークモンはそう告げると共に、右手のグラムを構え出し、なのはの体に狙いを付ける。

 

「さて、話は終わりだ。貴様も十分過ぎるほどに自身の罪の重さを 知っただろう。引導をくれてやる」

 

「……」

 

 デュークモンの言葉に対してなのははもはや生気の失せた目を浮かべて、グラムを見つめるだけだった。

 もはやなのはにデュークモンと戦う気力は無い。全ての元凶は自身の所属している組織の上に、ヴィヴィオの心に傷を負わせたのは自分の責任。

 母と慕ってくれたヴィヴィオと向き合わず、スカリエッティの戦力の高さを甘く見た為にヴィヴィオの心に傷が生まれてしまった。

 

(ハハハハハハッ……何だ……ヴィヴィオの事を大切に思っていながら……仕事だとか理由を付けて……しっかりとヴィヴィオと向き合わなかった……そのせいで……こんな事に……ゴメンね、ヴィヴィオ……私は最低な人間だね)

 

 自身の行ったヴィヴィオへの行動が全て裏目だった。

 その事が完全に分かってしまったなのはは、もはや戦う気も起きず、デュークモンの一撃を受けるつもりで目を閉じる。

 

「最後は潔いな。案ずるな、ヴィヴィオは私達が護ろう。貴様はあの世に行くんだな!!」

 

 デュークモンは叫ぶと共にグラムをなのはに向かって突き出し、 なのはは深く目を閉じながら最後の瞬間を覚悟するが。

 

「……めて」

 

 聞こえて来た小さな呟きが耳に届いたデュークモンは、グラムをなのはの体に当たる寸前で止め、声の主である結界に包まれたヴィヴィオに目を向ける。

 

「……その人を傷つけないで……その人は……その人は!!ヴィヴィオのママだ!!」

 

「まさか!? 目覚めるのか!?」

 

 ヴィヴィオが叫ぶと共に一瞬の内にデュークモンが張った結界は、ヴィヴィオの体から溢れ出る様に発生した虹色の魔力風に破壊された。

 それが意味する事に気が付いたデュークモンは、目を見開きながら虹色の魔力風の中心に目を向けると、その人物は現れた。

 その人物は黒い黒衣を着て、金髪の髪に、緑と赤の瞳を持った女性。デュークモンと共にゆりかごのもう一人の主。【聖王ヴィヴィオ】がその姿をデュークモンの俄然に現した。

 

「もう……なのはママを傷つけさせない!!」

 

「ムッ!!」

 

 自身の目の前に一瞬の内で移動したヴィヴィオの姿に、デュークモンは僅かに狼狽える。

 ヴィヴィオはその様子に構わず、虹色の魔力光を纏った右手をデ ュークモンに突き出す。

 

「ハアッ!!」

 

「クッ!!」

 

 イージスを使ってヴィヴィオの拳を防御するが、攻撃は放たず、次々とヴィヴィオが繰り出して来る拳や魔法を防御する事に専念する。

 デュークモンには異世界とは言え、ヴィヴィオを自身の手で傷付ける事など出来ない。その事が本能的に分かっているヴィヴィオは、自分がデュークモンを倒すと言う様に次々と拳や魔法を繰り出し、デュークモンの動きを抑えて行く。

 

「……如何して……ヴィヴィオが私を?」

 

 目の前で起きているデュークモンとヴィヴィオの戦いに、なのはは信じられないと言うように戦いを見つめる。

 ヴィヴィオを傷つけたのは自身の甘さのせいだと、なのははもう十分過ぎるほどに分かっているし、話を聞いていたヴィヴィオを分かっている筈だ。

 それなのにヴィヴィオは自分を護る為に戦っている。なのはには何故ヴィヴィオが戦うのか全く分からなかった。

 

「……全部私のせいなのに……ヴィヴィオの心に傷が出来たのは……私のせいなんだよ……それに……ヴィヴィオを兵器にしようとしたのは管理局……それなのに如何して?」

 

(あの子に取っては、それでも貴女が母親なんだよ)

 

「ッ!!」

 聞き覚えのあり過ぎる声の念話に、なのはは辺りを見回す。

 しかし、念話の主の姿は全く発見出来ず、疑問を覚えていると、再び念話が届く。

 

(如何するの?そのまま其処で悲しむのかな?娘が貴女を護る為に戦っているのに?)

 

「……私に、ヴィヴィオを娘なんて呼ぶ資格なんて無いよ……だってヴィヴィオを不幸にしたのは、時空管理局なんだよ……それにあの子の心に傷を負わせたのは私自身……今更母親なんて言えないよ!!」

 

(……ねえ、さっきあの子は貴女の事を何て呼んだの?)

 

「ッ!!」

 

 念話の言葉になのははデュークモンと戦っているヴィヴィオを見つめた。

 ヴィヴィオはなのはの事を確かにママと呼んだ。それが意味する事に気が付き、なのはは大粒の涙を流しながら、近くに落ちていたレイジングハート・エクセリオンを拾い上げる。

 

「ゴメンね、ヴィヴィオ。私は馬鹿だよ。こんなにもヴィヴィオの事を大切に思っていながら、ヴィヴィオの気持ちに気がついて上げられなかった」

 

 なのはは言葉と共に立ち上がり、ヴィヴィオを戦っているデュークモンに向けてレイジングハートを構え出す。

 

「貴方の言うとおり、私は、私達は管理局は正義なんかじゃない。 最低な組織だと私も思う。ブラスターシステム。リミット3」

 

 なのはが最終段階のブラスターシステムを起動させると共に、なのはの周りに四つのレイジングハートの先端を模ったビット-【ブラスタービット】が出現し、デュークモンの周りに移動を始める。

 

「そして私も最低な人間。ヴィヴィオの思いを踏み躙っていた。資格なんて多分無い。それでもそれでも!!!」

 

 なのはが叫ぶと共に、なのはの前に膨大な量の魔力が集中して行き巨大な魔力の球体が作られていく。

 更にデュークモンの周りに存在していたブラスタービットにも魔力が集中して行き、なのはの目の前の魔力球と同様に魔力球が生まれて行く。

 

「ッ!! これは!?」

 

 自身の周りに生み出されて四つの魔力球に、デュークモンは驚いた声を上げて、四つの魔力球となのはの姿を視界に映すと、なのはは自身の体を襲う激痛に苦しみながらも叫ぶ。

 

「私はヴィヴィオのママに成りたい!!全力全開!!スターライトブレイカーーーー!!!!」

 

 叫ぶと共に放たれた五つの強力無比のスターライトブレイカーはデュークモンへと直撃し、巨大な爆発が起きた。

 だが、デュークモンは四方のブラスタービットから放たれた四つのスターライトブレイカーとなのはの放ったスターライトブレイカーを受けても顕在だった。

 

「グウッ!! その程度では私の【聖王の鎧】は貫けんぞ!!」

 

「そ、そんな!?」

 

 五つのスターライトブレイカーを受けても、尚もデュークモンの体の周りに発生している虹色の魔力光を貫く事は出来ず、なのはは悲痛の叫びを上げて、スターライトブレイカーの中を歩き始めたデュークモンを見つめる。

 自身の最強の砲撃を、しかも五つも同時に受けて尚も立ち続けるデュークモンに、なのはが諦め掛けた瞬間。

 

「全力全開!!!」

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

 突如として聞こえて来た声とそれと共に発生した膨大な魔力に気が付いたデュークモンとなのはは、驚いた声を上げて声の聞こえて来た方に目を向ける。

 其処には自身の前に、虹色の魔力光を放つ巨大な魔力球を生み出しているヴィヴィオの姿が存在していた。

 

「スターライトブレイカーーーー!!!!」

 

 ヴィヴィオは叫ぶと共に虹色の魔力球に拳をぶつけ、なのはの最強魔法-虹色に輝くスターライトブレイカーをなのはの桜色のスターライトブレイカーを受けているデュークモンに向かって放った。

 迫り来る六つ目の虹色に輝くスターライトブレイカーを見つめながら、デュークモンは呟く。

 

「……合格だ」

 

 デュークモンが呟くと共に、虹色のスターライトブレイカーもデュークモンへと直撃し、巨大な爆発が玉座の中に起きた。

 それと共に砲撃は消えてなのはは床に膝をつき、荒い息を吐き始める。

 

「ハア、ハア、ハア、ハア、これなら終わったよね?」

 

 爆発が起きて爆煙に包まれる場所を見つめながら、なのはが呟いていると、ヴィヴィオがなのはに近寄って来る。

 

「……なのは……ママ」

 

「……ゴメンね、ヴィヴィオ。私にはママって呼ばれる資格は無いよ」

 

「……」

 

 なのはの言葉にヴィヴィオは顔を俯かせ、目の端に涙を浮かべるが、涙が流れる前になのははヴィヴィオを抱き締める。

 

「それでも私はヴィヴィオのママに成りたい……良いかな ヴィヴィオ?」

 

「ッ!!うん!ママッ!ママッ!」

 

「ありがとう、ヴィヴィオ」

 

 なのはとヴィヴィオは互いに抱き締め合いながら嬉し涙を流し続け、自分達の心が漸く繋がったのを互いに実感する。

 そして少し経ってから脱出しようと立ち上がり、最後にデューク モンが居た場所に目を向けようとした瞬間に、煙の中から声が聞こえて来る。

 

「……流石に、今のは【聖王の鎧】を撃ち破ったぞ」

 

『ッ!!』

 

 煙の中から響いた声に、なのはとヴィヴィオが顔を向けて見ると、煙を吹き飛ばす様にグラムが振るわれ、煙が一瞬の内に消滅する。

 

「そっ!そんな!?アレを受けて無傷だなんて!?」

 

 煙の中から膝を着きながら姿を現したデュークモンの体は、傷一つ存在していなかった。

 自身の最強の砲撃魔法-スターライトブレイカーを、しかもヴィヴィオが放ったのと合わせれば、合計六つもその身に喰らいながらも、傷一つ付かなかったデュークモンの姿に、なのはとヴィヴィオは恐怖に震える。

 しかし、デュークモンはなのはの言葉を否定するように首を横に振るう。

 

「いや、違うぞ。確かにお前達の一撃は私の【聖王の鎧】を撃ち破り、私にダメージを与えた。この身に【聖王の鎧】が無ければ、かなりのダメージは受けていたに違いない。その証拠に、良く私の鎧を見てみろ?」

 

 言われてなのはとヴィヴィオが良くデュークモンの鎧を見てみると、所々に欠けたり傷ついている箇所が存在し、背中のマントも傷がついていた。

 

「【聖王の鎧】は私と主君の絆の力。それを撃ち破ったお前達二人の絆は……見事だ」

 

 そうデュークモンは告げるとグラムを構え出し、なのははヴィヴィオを護る様に立つが、デュークモンは一切構わずにグラムを突き出す。

 

「ロイヤルセーバーーー!!!」

 

『えっ!?』

 

 デュークモンはなのはとヴィヴィオにではなく、自身の横に在った壁に向かってロイヤルセイバーを放ち、ゆりかごに巨大な穴を開け、外への出口を作り出した。

 その様子になのはとヴィヴィオを疑問の表情を浮かべていると、 デュークモンはなのはとヴィヴィオに顔を向けながら、グラムを穴の先に見える蒼い空を向けて突き出す。

 

「もはやお前達と戦う理由は存在しない。私にお前達は絆を見せた。その絆が在れば如何なる事が在ろうと超えて行けるだろう」

 

 デュークモンは言葉と共にグラムを顔の前に立て、宣誓を行い始める。

 

「高町なのは! 此処に誓え! 例え世界の全てを、仲間や親友と戦う事に成ろうとも、ヴィヴィオを守り抜くと!」

 

「……誓う! 例え世界や皆が敵に成っても絶対にヴィヴィオを護ります!!」

 

 なのはは叫ぶと共にレイジングハートを掲げ、デュークモンとの誓いを宣言した。

 例えこの世の全てを敵にしても、ヴィヴィオは必ず護る。それが自分やヴィヴィオの為に戦ってくれたデュークモンへの礼だと思ったのだ。なのはは既にデュークモンが何故自分と戦ったのか分かっていた。

 これから先、必ず欲望に塗れた者達がヴィヴィオを狙って来る。それがもしかしたら、自分の親友達や所属する管理局かもしれない。だからこそ、デュークモンは確かめたのだ。

 なのはが本当に迷わずヴィヴィオを護れるのかどうかを。

 

「此処に聖王の騎士たるデュークモンが認める!!聖王の血を持つヴィヴィオを高町なのはに預けると!!もしこの誓いを破る時、或いは破ろうとする者達が現れた時は、私は再び現れ、全てを終わらせるであろう!!その事を決して忘れるな!!」

 

「はいっ!!」

 

 デュークモンの宣言に答えるようになのはは叫ぶと、ヴィヴィオに支えられながらデュークモンが開けた穴へと向かい出し、外へと脱出して行った。

 なのはとヴィヴィオの姿が見えなくなるまでその様子を見守っていたデュークモンは、完全になのはとヴィヴィオの姿が見えなくなると、背後を振り返り、何時の間に立っていたガブモンと異世界のなのはに顔を向ける。

 

「流石は異世界とは言えお前自身だな?」

 

「そうでもないよ。多分、私が少し手を貸さなかったら、砕けたままだっただろうからね。全然駄目だよ」

 

「ちょっと厳しくないかなあ?」

 

 そろそろ認めて上げたらと言う気持ちでガブモンがなのはにそう質問すると、なのはは見るだけで恐怖を感じる様な笑みを浮かべて 答え出す。

 

「別に構わないと思うよ。だって、自業自得だったんだしね。自分の甘さのせいでこんな事態を引き起こしたんだもの。もっと反省すべきだよ。プランΩが終わって会いに行ったら、少しお仕置きにしないとね」

 

「むう〜」

 

「あ〜」

 

(……なのはお姉ちゃん怖い)

 

 全身から黒いオーラを放ちながら、容赦なく異世界とは言え自分自身をこけ落とす様な宣言を放つなのはに、デュークモンとガブモン、そしてデュークモンと融合しているヴィヴィオはそれぞれ恐ろしいと言う思いを抱いた。

 余程この世界の自分自身の行動に腹が立っているらしい。異世界とは言え、ヴィヴィオを自身の不注意で危険な目に遭わせた行動に、なのはは腹が立ってしょうがないのだ。他人を護る事に命を掛けるのは確かに尊いものだが、この世界の自分自身はリンディ達と歩む事を決意した少し前の自分だとなのはには分かっていた。

 

(今回の事で変われれば良いけど。変わらなければ、何時か取り返しの付かない事を行っていただろうから。それがどんな結果でも、犠牲なんて見ようとせずに、ただ闇雲に自分の行動こそが正しいと思って……そんな訳は無い。人にはそれぞれの思いが在る。自分だけが絶対に正しいなんて事は在りえない。その事が分かってくれている事を願うよ)

 

 なのははこの世界の自分とヴィヴィオが出て行った穴を見つめながらディーアークを取り出し、デュークモンとガブモンに顔を向ける。

 

「……ゆりかごの中に居た戦闘機人二人の運びも終わったし、始めようか。プランΩを」

 

「ああ」

 

「うん!」

 

(頑張ろう!!)

 

 なのはの言葉に答える様に、デュークモン、ガブモン、ヴィヴィオはそれぞれ頷くと、プランΩの本格的な実行をし始める。

惨劇が始まる。真の愚か者どもが引き金を引く、後の各管理世界の歴史に刻まれる残酷で無慈悲な惨劇が。

 

“王をその身に宿す聖騎士、赤き鎧船にその身を乗せ、天に浮かぶ翼の内より、死せる王を救わん”

 

 

 

 

 

 ゆりかごから脱出したなのはとヴィヴィオは互いに支え合うように飛び続け、ゆりかごから急ぎ離れようとしていた。

 二人とも分かっているのだ。デュークモンがゆりかごの中に残ったのは、ゆりかごを完全に破壊する為なのだと。それを示す様にゆりかごの周りを音速で飛び続けていたグラニも、その動きを落とし、自身の主であるデュークモンが現れるのを待つかのように、ただゆりかごの周りをゆっくりと飛び続けている。

 そして二人が在る程度ゆりかごから離れると、二人の前に顔を絶望に染めたはやてとヴィータに、ヘリに乗ったスバル、ティアナ、エリオ、キャロがその姿をなのはとヴィヴィオの前に現した。

 その様子を見たなのはは、自分とデュークモンの会話が聞かれていた事に気が付き、ヘリの中に乗り込みながらゆりかごに顔を向ける。

 

「……なのはちゃん……ゆりかごでのあの生物との会話は?」

 

「多分事実だよ。全部本局上層部の思惑だった……私達は取り返しの付かない事をしていたんだよ、はやてちゃん」

 

『……』

 

 なのはの答えに対してその場にいる誰もが絶望に染まりながら言葉を失った。

 スカリエッティがこの事件の犯人ではなかった。確かにスカリエッティは実行者では在るが、事件そのものを引き起こす原因を作り上げたのは間違いなく時空管理局と言う組織そのものであり、自分達機動六課でもあると誰もが分かってしまった。

 人々の為。平和の為と言いながら、自分達は最終的に多くの人々の幸せを奪ってしまった。

 理想ばかり見て、現実を見ていなかった。その結果がこれだ。

 罪無きクラナガン人々を危険な目にあわせ、多大な犠牲が生まれてしまった。彼らが現れなければ、もっとより多くの犠牲が出ていた事は間違いないとなのはは確信していた。

 

「……私達は理想にばかり目を向けて、現実が分かっていなかったんだよ。あの人達は現実を確りと見て、それでもクラナガン の人達を護った。あの人達は正義なんて免罪符は絶対に使わない。自分達の信念の為に動くんだよ。例え世界が敵に成っても、あの人達は信念に合わなければ、世界とさえも戦うだろうね」

 

「ッ!!」

 

 なのはの呟いた言葉に漸くはやては自身が忘れていた事を思い出し、ハッとしたようにゆりかごを見つめる。

 

“されど、彼の者達は法の味方に在らず、彼の者達は自身の真の思いのままに、動く者達なり”

 

(そうや!漸く思い出した!予言の最後の文章には、確かにあの人らが法の味方や無いって予言には書かれておった!だけど如何してそれが予言に……!!まさか!?)

 

 はやては最悪な可能性に気が付いてしまった。もしあの新たに現れた予言が、続きではなく中心に埋め込まれる文だったとしたら、全ての謎が一瞬で解ける。

 

“旧い結晶と無限の欲望が交わる地。

 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る。

  死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち。

   天に死せる王の嘆きが響き渡る時、交わる事無き、異界の者達は 怒り狂い、無限の欲望の野望は砕け散る。

    不屈の心を胸に宿す蒼き鉄の狼、星を打ち砕く光を解き放ち、死者達を沈黙に伏させる。

 絆の果てに現し、赤き鎧にその身を包み込んだ聖なる騎士、全て を撃ち抜き、人々を脅威から護らん。

  王をその身に宿す聖騎士、赤き鎧船にその身を乗せ、天に浮かぶ 翼の内より、死せる王を救わん。

   世界に否定されし深き闇を従えた黒き竜人、その身の因子を宿しし異形、古の地より与えられし力を宿す者と共に、世に出す事さえ憚れる深き闇を打ち砕く。

     されど、彼の者達は法の味方に在らず、彼の者達は自身の胸に宿 る真の思いのままに、動く者達なり。

 それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる”

 

「ア、ア、ア、ア、アアァァァァァァァーーーーー!!!!」

 

「如何したはやて!?」

 

『はやてちゃん!?』

 

「主!?」

 

『部隊長!?』

 

「はやてお姉ちゃん!?」

 

 突如として恐怖の声を上げ始めたはやてに、ヴィータ、なのは、シャマル、ザフィーラ、スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、そしてヴィヴィオが心配げにはやてに向かって叫ぶ。

 しかし、はやてはもはや皆の心配に満ちた叫びなど気が付かずに、上空に浮かぶゆりかごを見つめ体を恐怖に震わせながら呟く。

 

「……予言が……予言が……成就される」

 

『ッ!!!』

 

 はやてがポツリと言葉を呟いた瞬間に、上空に浮かんでいたゆりかごの横から突如として爆音が響き、なのは達が慌てて爆音が響いた場所を見て見ると、煙の中から再びその身を巨大化させたデュークモンがグラニの背に乗りながら現れる。

 デュークモンは自身に攻撃を加えた管理局の最新鋭艦-【XV級大型次元航行船クラウディア】を主力とした次元航行艦隊を睨み付ける。

 

「……如何言うつもりだ?私達は不甲斐ない貴様らの変わりに動いたと言うのに、行き成り攻撃して来るとは?何か私がしたか?」

 

『貴君らの行動はミッドチルダに著しく混乱を招いた』

 

『クロノ君!?』

 

 クラウディアから聞こえて来た声に、はやてとなのはは信じられ ないと言う声を上げた。

 デュークモン達の行動がミッドチルダに混乱を招いたなどありえない。彼らの行動があったからこそ、大勢の人々を救う結果に成ったと言うのに、クロノはデュークモン達の行動こそが混乱を招いたと告げたのだ。

 ミッドに映されたモニターの事を言ってるとしたら分かるが、それをデュークモン達が映したと言う証拠は無い。それなのにクロノは一方的にデュークモン達のせいだと言う様に宣言し続ける。

 

『その巨大な力で人々を惑わし! 管理局がこの事件の元凶だと言う証拠も無い理由を作り上げ、人々を混乱の渦に巻き込んだ貴君らの行動は、次元犯罪者に登録されるほどの罪だと本局は判断した! 速やかに武装を放棄し投降するのならば、情状酌量の余地は在るぞ』

 

 その宣言を聞いていたなのは達や、クラナガンの大勢の人々は本局や上空に浮かぶ艦隊に怒りを覚えた。

 クラナガンの人々は、自分達を救ってくれた恩人で在るデューク モン達を犯罪者にされた事に、なのは達-この事件の裏に隠されていた真実を知った者達は、デュークモン達を犯罪者にして全てを闇に葬ろうとしている本局の者達の行動に怒りを覚えた。

 この瞬間に、ゆりかご内部でのデュークモンが告げた事実が全て本当だったと多くの者達が気が付き、全員が憎しみを抱き始める。

 

「ゆりかごでの会話は聞いていたようだな? 成らば、私達に地上の局員が頭を下げた時の言葉は嘘だったのか?」

 

『その様な事実は…』

 

『いやッ!! 全て事実だ!!!』

 

『ッ!!!!』

 

 クロノの言葉に覆い被さるように叫ばれた大きな声に、誰もが慌てて辺りを見回すと、上空に再び巨大なモニターが映り、映像に映し出された厳つい顔をした壮年の局員-地上本部のトップ-レジアス・ゲイズが怒りの表情を浮かべながら叫ぶ。

 

『彼の言っている事は全て真実だ!! ワシは確かに彼らに頭を下げて救援を頼んだ!! そしてゆりかごの内部の映像を映したのは彼らではない!! スカリエッティのセットしていた演出用のシステムの誤作動だと、スカリエッティのアジトを占拠した私が送った地上局員達から報告が届いている!!!』

 

『なっ!? その様な報告は…』

 

『貴様ら本局は再三に渡って私が送った通信を無視した上に!本局に常勤していた空戦魔導師を援軍として送らなかったではないか!! 地上の人々が危機に合っていると言うのに!! だから私は彼らに援軍を頼んだのだ!!! 以前から私は彼らの協力を得られないかと一人の地上局員を秘密裏に彼らの世界に送っていたのだ!!』

 

 クロノの言葉に被さる様にレジアスは大声で叫ぶと、レジアスの横に地上本部の局員を服を着た女性が姿を現し、スバルは驚愕しながら叫ぶ。

 

「お、お母さん!!!」

 

『地上局員-ゼスト隊に所属していたクイント・ナカジマです。レジアス中将の命令の下、急ぎ彼らを連れて私はミッドに帰って来ました。彼らの世界は技術力が高く、あのように巨大な力を持つ者達が多数存在しています。その世界から別世界を調べていた調査者と私達地上本部は偶然コンタクトを取り、彼らの協力を得られないかと長年交渉を続けていたのです。地上の戦力不足は深刻なレベルでした。日夜多発する犯罪、その犯罪に対して本局は何もしてくれない所か“自分達の方が大きな事件を扱っているのだから当然だと言う様に地上に戦力を吸い上げて行く現状”。その現状に心の底から憂いていたレジアス中将は彼らに頼み続けていたのです!!』

 

 顔を伏せると共に目を押さえながら涙を流して叫んだクイントの言葉に、多くのミッドチルダの人々は地上本部は自分達を護ろうとしていた事に気が付き、全ての元凶が本局に在ったと思い始める。

 本局が地上の戦力を吸い上げていたから、地上は犯罪に追われていた。しかも、今回の事件でも本局、正確に言えば本局上層部の権力欲こそが全ての原因。それをデュークモンへの攻撃でハッキリと認識していた人々は、本局と上層部が事件の原因だと考え始める。

 

『そしてその思いが彼らを動かしました!! 彼らは! デュークモン! スレイプモン! メタルガルルモンXは一部の欲望の為に人々が危険に晒される現状に怒りを覚え、ミッドの人々を護る為に動いてくれたのです!!』

 

『ワアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーー!!!!!!』

 

 クイントの叫びに答える様にクラナガンの人々は歓喜の声を上げ、 ゆりかごの前に浮かぶデュークモンを、廃棄都市のビルの上に立つスレイプモンを、そして何時の間にかゆりかごの上に立っていたメタルガルルモンXを見つめる。

 デュークモン達が完全に味方だと認識したのだ。彼らは自分達を護る為に動いてくれた。

 

『デュークモン!! デュークモン!!! デュークモン!!!』

『スレイプモン!! スレイプモン!!! スレイプモン!!!』

『メタルガルルモンX!! メタルガルルモンX!!! メタルガルル モンX!!!』

 

 ミッドに在る各都市に住む人々は喜びの声を上げて、映像に映るデュークモン達を見つめると、クイントは内心で計画通りだと笑みを浮かべ、本局を徹底的に追い落とす為に更に言葉を叫ぶ。

 

『そして彼らが今まで動けなかったのは本局のせいなのです!! 本局には自分達管理局こそが絶対だと叫び! 魔法主義者の人間が大勢居ます!! 彼らの力は魔法では無い!その為に彼らの存在が明るみに出れば、本局は彼らの世界を無理やり管理しようとするか、滅ぼす可能性が在りました!! その可能性が在った上に、最高評議会の正体を知ってしまった彼らは管理局を信じる事が出来ませんでした!!』

 

「最高評議会の正体やて!?」

 

 クイントの叫びにはやてが疑問の叫びを上げ、ゆりかごの周りにいる局員達やなのは達も疑問の表情を浮かべた瞬間に、再びレジアスが前に出て叫ぶ。

 

『民衆の皆さん。管理局が創設されて150年以上経っています。その様な期間を生きられる人間など存在していません。ですが、私は最高評議会が代替わりしたと言う話など全く聞いた事が在りません。皆さんは如何ですか?』

 

 レジアスの質問に対して誰もが答える事は出来なかった。

 確かに最高評議会が代替わりしたなどと言う話は全く聞いた事が無い。

 その事を思い出した人々や局員達が疑問を思い浮かべ始めるのを確認したレジアスは叫ぶ。

 

『これこそが最高評議会の正体だ!!』

 

『ッ!!!』

 

 モニターに映し出された映像に人々や一般局員は目を見開く。

 何故ならば、モニターには人の姿など存在せず、カプセルのようなものに浮かんだ三つの人間の“脳髄”しか存在していなかった。

 

『これこそが管理局最高評議会の正体です!! 彼らは自分達こそが 世界の指導者だと叫び! 多くの違法を繰り返していたのです!! そしてそれは本局の幹部達も同様です!!』

 

『ッ!!!』

 

 次に映し出されたのは何処かの管理局の研究所であり、其処で生み出されていたと思われる子供が苦痛の叫びを上げ続けていた。その様子を管理局の制服を着た幹部が無表情に見つめ、研究員と思われる者から渡された資料を読み上げて告げる。

 

『失敗作だ。魔力も持たずに生まれるとは、焼却処分にしろ』

 

『ハッ!!』

 

『ッ!?』

 

 信じられないと言うように多くの人々や一般の局員は、命じた幹部とそれを平然と実行しようとしている研究員の姿を見つめる。

 目の前で起こっているのは先ず間違いなく違法の研究だろう。その研究を管理局は否定しながら平然と行っていた。デュークモンがゆりかご内部で告げたのは、全てが真実だったと此処に完全に証明されたのだ。

 最後まで映像を映し出す事無く、レジアスは映像を消すと、本局の艦隊に宣告する。

 

『これで彼らの証言が本当だと示されたな。貴君らは速やかに本局内部の違法を行った幹部と言う名の犯罪者を捕まえたまえ! それこそが管理局の真の在るべき姿だ!!』

 

 そう叫びレジアスは艦隊の反応を待つ。

 艦隊内部に居る局員達は大慌てだった。自分達の組織が裏で行っていた上に、その推進者が最高評議会であり、自分達の上司である本局上層部達だった。

 しかも、今の状況は正に最悪だろう。何故ならば、自分達はミッドを救った恩人であるデュークモンに攻撃を行ってしまった。もはや本局上層部を捕まえても何らかの処分が確実に下ると考えて間違いない。本局上層部達が描いていた思惑が一瞬の内で崩壊し、地上が完全に有利な状況に成ってしまったのだ。

 確かに本局上層部の描いた思惑は完璧と呼ぶに相応しい物だった。しかし、デュークモン達の登場で完全にシナリオは崩壊し、本局は最悪の状態に成ってしまった。

 そしてその様な状態に成れば、上層部と共に裏で甘い蜜を吸っていた局員も状況が悪くなる。全ての悪事が明らかに成ったのだから、徹底的な調査を各管理世界は命じるだろう。

 もはや自分達には未来が無い事を分かりながら、管理局の艦隊はクロノが乗るクラウディアを先頭に幾つかの艦艇は本局に戻る為に船首を本局の方に向かわせ始めるが、上層部の甘い蜜を味わっていた局員達が乗る八隻の艦艇は、そのままその場に佇み続け、デュークモン達に憎しみに視線を向ける。

 彼らは既にこの後に起きる調査で自分達が処断されるであろう事を分かっていた。高ランクの魔導師だからと言う理由で罪が免除されるなどと言う事は絶対に在りえない。

 そんな事をすれば、民衆は大暴動を起こし、全次元世界の規模の戦争に発展する。戦争を起こさない為に、少数を犠牲にするのは当然の行いだ。つまり、彼らの未来は先ほどの放送で完全に潰えたのだ。

 

『……撃てエェェェェェェェーーーーーーー!!!!』

 

「ムッ!!」

 

 八隻の艦艇の中で、唯一【アルカンシェル】を装備した艦の提督が叫んだ瞬間に、それぞれの艦艇から艦砲がデュークモンに向かって放たれ、デュークモンはイージスを掲げながら防御した。

 

「血迷ったのか貴様ら? 今ならば多少は罪が軽くなると思うが?」

 

 艦砲が収まると共に、デュークモンは自身の周りに在った煙を振り払いながら八隻の艦隊に質問するが、構わず艦隊は再び艦砲をデュークモンに向かって放ち続け、迫り来るエネルギー砲をデュークモンは防御しながら呟く。

 

「やれやれ、何処までも愚かな奴らだ!! もはや一切の手加減はせんぞ!! ファイナル・エリシオン!!!」

 

 デュークモンのイージスから放たれたファイナル・エリシオンは、向かって来ていた艦砲を全て一瞬の内で消滅させ、八隻の艦隊の隊列を乱した。

 それと共にデュークモンはグラニに乗って、メタルガルルモンXは自身の飛行能力を使って、スレイプモンも同様に空中を駆けて艦隊に向かい出し、本格的な惨劇が始まった。

 

「ロイヤルセイバーーー!!!」

 

 デュークモンが放った強力な突き-ロイヤルセイバーに寄って、一隻の艦艇は大穴をその船体に開けながら爆発した。

 それを見ていた無事な他の艦艇内部に居る局員達は慌て始める。一撃。しかもただの突きとしか思えない一撃で、管理局の誇る艦艇が爆散した。

 彼らはデュークモン達の力を甘く見ていたのだろう。如何に強力な力を持っていたとしても、八隻もの管理局の艦艇には勝てないと。そして人間を殺すことは無いと彼らは何処かで思っていた。

 それこそが大きな間違いだ。彼らは自分達の信念を妨げるものには容赦などしない。その事を彼らは身を持って知る事に成った。

 

「オーディンズブレスッ!!!」

 

 スレイプモンの発生させた局地的なブリザード-オーディンズブレスに寄って、三隻の艦艇は一瞬の内に凍り付つき砕け散った。

 

「レイジングハート、リミッター一時解除」

 

「嘘ッ!? 何でレイジングハートが!?」

 

 メタルガルルモンXの握っているレイジングハート・エレメンタルの姿に、離れていた所で戦いを見ていたなのはは驚愕の声を上げ、他の六課の者達も信じられないと言うようにメタルガルルモンXの姿を見つめる。

 レイジングハートはなのはのデバイスである上に、今もなのはの手に握られている。それなのにメタルガルルモンXは使用している。

 長年の相棒だったなのはには分かる。メタルガルルモンXの握るレイジングハートは間違いなく本物だと。

 その事実になのはが疑問と困惑に包まれていると、再びゆりかご内部で聞こえた念話がなのはに届く。

 

(スターライトブレイカーを五発同時に撃ったのは凄いけれど、その五発分を超える威力のスターライトブレイカーを見せて上げるね)

 

「ッ!? まさか!?」

 

 聞こえて来た念話の意味に気が付いたなのはが、メタルガルルモンXに目を向けると同時に、ソレは起きた。

 まるで世界が震えるかのように膨大な魔力がレイジングハート・エレメンタルの先端の前に集束して行く。いや、もはや集束とは呼ぶ事が出来ない。空気中に漂う魔力が全て意思を持ったかのように集まり、魔力球を形成する。

 そしてミッド式ともベルカ式とも違う魔法陣が一瞬だけ浮かび上がった瞬間。

 

「(全力全開!! スターライトブレイカーーー!!!!!!)」

 

 放たれた巨大としか言えない砲撃は、一瞬の内にスレイプモンと同様に三隻の艦隊を飲み込み、跡形も無く消滅させた。

 艦隊が張っていたディストーションシールドも意味は無かった。その上、三隻の艦を飲み込んだ砲撃は止まらずに上空を突き進み、遂には大気圏を突破して宇宙空間にまで届いても霧散することなく突き進み、二つの月の一つに直撃し、その表面に巨大なクレーターを造り上げた。

 【スターライトブレイカー】と言う名称の通り、星を穿つ威力の大砲撃に、目撃した人々は茫然としてしまう。

 時間にして凡そ十分にも満たなかった。経ったの十分にも満たない時間で、管理局の誇る艦艇が七隻も消滅してしまった。これを見ていた管理局員、そして人々は何故彼らが自分達の世界から出ようとしなかったのかハッキリと理解した。

 彼らの力は強大過ぎる。彼ら三体でこれなのだ。クイントの話では他にも同等の力を持つ者達が居ると言う。その者達まで一斉に動けば管理局を滅ぼす事が可能だろう。味方ならば心強いが、敵にだけは絶対にしたくないと、戦いを見ていた人々全員が心の底から思った。

 

「さて、残るは一隻だけだ!」

 

『ヒィッ!!!』

 

 デュークモンの言葉に、残っているアルカンシェルを装備した艦の乗員全員が恐怖の声を上げた。

 彼らは漸く分かったのだ。自分達が触れては成らない禁忌と呼べない存在達に手を出してしまった事を。

 

『ア、アルカンシェルだ! アルカンシェルを使うぞ!!』

 

『ッ!!!』

 

 聞こえて来た恐怖に震える提督の叫びに、戦いを見ていた局員達とクラナガンの人々はギョッと目を見開いた。

 【アルカンシェル】。放てば発動地点を中心に百数十キロ範囲の空間を反応消滅させる魔導砲。そんな物をこの様な場所で放てば、クラナガンの人々は一人残らず死んでしまう上に、ミッドは滅びるだろう。

 戦いを見ていた他の艦艇達も慌てて船首を向けて、アルカンシェルを放とうとしている艦に攻撃を行おうとするが、間に合わずエネルギーがチャージされ始める。

 最初の艦を破壊したデュークモンは、グラニを艦に向けて急ぎ向かい出す。

 

「貴様らは本気で滅ぼしてくれる!!」

 

(行くよッ!!)

 

ーーーピィィィィィィーーー!!!!

 

 デュークモン、ヴィヴィオ、そしてグラニは叫びながら艦へと向かい出し、その身から虹色のデジコードを発生させ体を覆って行く。

 その幻想的な様子に人々が魅了されていると、虹色のデジコードは弾け飛び、内部から背中に五対の白き翼を生やし、真紅の鎧を身に纏った騎士が現れる。

 デュークモンとヴィヴィオ、グラニの心が一つに成った時に現れるデュークモンの隠された全ての力を解放した姿。 その名も。

 

「デュークモン・クリムゾンモードッ!!!」

 

デュークモン・クリムゾンモード、世代/究極体、属性/ウィルス種、種族/聖騎士型、必殺技/無敵剣《インビンシブルソード》、クォ・ヴァディス

紅蓮色に輝く鎧に身を包んだデュークモンの隠された姿。秘められたパワーを全開放しているため、鎧部分が熱を持ち赤色に染まっている。本来ならばクリムゾンモードを長時間維持する事は出来ないが、【ZERO-ARMS:グラニ】との融合に寄って長時間維持する事が可能になった。胸部には『デジタルハザード』を封印した『電脳核《デジコア》』があり、体内のパワーを全放出すると背部から、羽状のエネルギー照射を確認できる。実体を持たないエネルギー状の武器、光の神槍『グングニル』と光の神剣『ブルトガング』を揮う。必殺技は、神剣『ブルトガング』で敵を切り裂く『無敵剣《インビンシブルソード》』と、神槍『グングニル』で敵を電子分解し異次元の彼方に葬り去る『クォ・ヴァディス』だ。

 

 現れたデュークモン・クリムゾンモードの姿に再び人々は魅了された。

 虹色の魔力粒子を体から発生させ、背中に天使の翼を思わせる様な五対の翼。そして紅蓮に輝いている真紅の鎧。正しく現代に蘇った神話に出て来るような騎士の姿に人々は生涯忘れないと言える程に魅了されてしまったのだ。

 だが、徐々に最後の艦にアルカンシェルのエネルギーが集まり始めている事に気が付いた人々は、誰もが絶望の表情を浮かべ始める。

 しかし、デュークモン・クリムゾンモードは慌てずに右手に神槍-【グングニル】を出現させ、全力で振り被り、艦に向かって投擲する。

 

「(クォ・ヴァディス!!!!)」

 

 投げられたグングニルは光速で艦に向かい、グングニルはまるで立ち塞がる物などないかのように、艦を貫いて空の彼方に消え去った。

 しかし、アルカンシェルへのエネルギーチャージは止まらず、誰もが今度こそ終わりだと諦めた瞬間に、艦は一瞬の内に、内部にいる人間と共に電子分解され、粒子へと変わりながら消滅した。

 

『ワアァァァァァァァーーーーーーーー!!!!!』

 

 ミッドに襲い掛かった危機が完全に消滅した事に人々は喜びの声を上げながら抱き合い、ある者はデュークモン・クリムゾンモードを崇める様に祈り始める。

 その様子にスレイプモンとメタルガルルモンXは苦笑を浮かべながら、デュークモン・クリムゾンモードに顔を向けて見ると、デュークモン・クリムゾンモードは再びグングニルを出現させ、自身の背後に存在しているゆりかごに顔を向ける。

 

「安らかに眠れ」

 

(さようなら、ゆりかご)

 

「(クォ・ヴァディス!!!!)」

 

 管理局の艦艇と同様に、グングニルはゆりかごの外壁を突き破り、内部をグングニルが突き抜けると、その身を電子分解されながら虹色の粒子に変えて行き、ミッドチルダの空に幻想的な光景を作りながら、長き時を存在していたゆりかごはその身を消滅させて行くのだった。

 

 

 

 

 

 時空管理局本局、其処でも惨劇は起きていた。

 全ての真相が暴露された本局上層部の幹部達は、逸早く逃げようと残っている艦艇に乗り込み、付き従う局員達共に管理外世界にでも逃げようと思っていた。

 そしてそれは半ば叶う状況だった。何故ならば、現在の本局は各管理世界から寄せられる抗議や事情説明の通信に追われていた為に、元凶である幹部達を気にしていられる状況ではなかったのだ。

 幹部達はその隙に裏で横領していた資金を持って逃げるつもりだった。だが、それは阻まれた。二つの異形によって。

 

「ゲブッ!!」

 

 艦の中に一人の幹部が乗り込もうとした瞬間に、艦の扉は弾け飛び、乗り込もうとした幹部は扉と共に吹き飛んで行った。

 その様子に他の幹部達や局員達の動きが止まると、艦の中から二つの異形が現れ、幹部達と局員達を睨みつける。

 

「残念だけど。此処から先は通行止めよ」

 

「全く。逃げるかも知れないと思って急いで来てみたら、本当に逃げようとしているなんて……覚悟しなさい」

 

 背中に天使を思わせる翼でありながら黒く染まり、仮面を付けた女性型のデジモン-ブラック・エンジェウーモンへとその身を進化させたリンディと、蒼銀に輝くナックルとローラーブーツを装備してナックルを打ち合わせるクイントは恐怖に震えている幹部達と局員達に宣告した。

 そしてもう一つの異形-漆黒の体に機械的な鎧を身に纏った漆黒の竜人-ブラックウォーグレイモンXは足を一歩前に出しながら、恐怖に震える者達を睨みつける。

 

「つまらん連中だろうが、少しは俺を楽しませろ」

 

 ブラックウォーグレイモンXが言葉を言い終わると共に、その姿はリンディ、クイントと共に消失し、そして。

 

『ギャアアァァァァァァァァァーーーーーーーーーー!!!!!』

 

 断末魔の叫びがドック中に満ち溢れ、血吹雪が其処かしこで上がる惨劇が起きた。

 十数分後-漸く幹部達が居なくなっている事に気が付いた局員達が、慌てて幹部達を捕まえようと動き出し、幹部が入ったと思われる艦が在るドッグの中に踏み込んで見ると、手足が完全に折れ曲がり、全身が血だらけでありながら、辛うじて生きている幹部達や局員達を発見し、その惨状に誰もが恐怖を覚えるのだった。

 

“世界に否定されし深き闇を従えた黒き竜人、その身の因子を宿しし異形、古の地より与えられし力を宿す者と共に、世に出す事さえ憚れる深き闇を打ち砕く”

 

 

 

 

 

 管理局本局内部の奥深く、最高評議会が潜んでいた一室。

 其処には破壊された三つのカプセルが存在し、内部に在ったと思われる脳髄が濡れた床に転がっていた。

 既に最高評議会の三人は、スカリエッティの配下であるナンバーズのドゥーエによって暗殺されていた。スカリエッティにとっても最高評議会は邪魔者だった。故に混乱に乗じて暗殺したのである。

 最早主も居なく、何れ本局内部の捜査官が来るまでは訪れない筈の場所で、動く影が一つ在った。

 

「……情報改ざん完了。後は無限書庫から発見された資料の抹消と、発見した無限書庫司書長及び関係者の記憶消去ですかね。全く、余計な情報まで発見してくれて困りますよ。リンディさん達に内緒で来ているのに、通信がいきなり来て慌てました」

 

 何らかの操作を終え、愚痴を影は溢しながら、つまらなそうに床に転がっている三つの脳髄を見下ろす。

 

「……【アルハザード】の存在を示す物は必要ないんですよ。ゆりかごにしても、スカリエッティにしても、【アルハザード】は御伽噺の世界に消えた方が良い。それが現在の次元世界にとって一番良い事なんですから……さて、序に最高評議会が秘匿していたロストロギアを奪って行きましょう♪ もうちょっとこっちで楽しみたかったんですけど、リンディさん達から連絡が届きそうですし。グフフフッ、【アルハザード】が消えてから開発された物とかの研究は楽しみです!!!」

 

 上機嫌な声を漏らしながら、影は部屋から出て行った。

 残されたのは管理局の最高評議会だった者の脳髄が無残に床に転がる部屋だけだった。




最後に出て来たのは奴です。
何故奴が平行世界に居るのかは、エピローグで明らかになります。

エピローグの更新は少し遅れます。


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エピローグ

遅れて申し訳ありませんでした。


 ミッドチルダを襲った事件。後の歴史に置いて『時空管理局本局暴走事件』、通称『Z.H事件』が解決してから十日が経った。

 事件が解決してからすぐに本局の幹部達、並びにそれに付き従っていた局員達は全員が逮捕された。しかし、その数は信じられない事に200人近くの要員が逮捕され、その他にもミッド行政府、並びに各世界の調査者達が本局内部を調査した所、使途不明金や横領などが本局内部で多発していた事が判明した上に、高ランクの魔導師だからと言う理由で罪が無かった事にされたり、罪が軽くなっていたりしていた事が判明し、全ての者達を捕まえた所、合計で1000人以上の局員が一斉に逮捕された。

 この事には調査に当たっていた者達だけではなく、各管理世界の代表達も全員が顔を青褪めさせた。

 法を司っていた組織内部で1000人以上もの犯罪者が存在していた。しかも継続調査は続いているので、今後も逮捕者は増える可能性も在る。自分達がどれだけ平和ボケしていたのかハッキリと分かったのだ。

 しかも、それに加担していた管理局では無い者達もやはり存在し、もはや次元世界中が上から下への大騒ぎの事態に成ってしまったのだ。

 

「私達の世界よりも十年遅いせいもあるけれど、かなり腐敗は進行しているわね」

 

「ええ、腐敗の進行は私達の予想以上ね」

 

 元々泊まっていたホテルの一室でテレビで報道されている内容を見ていたクイントとリンディは、管理局の腐敗に頭を痛め、ブラックとヴィヴィオ、ギルモンを除いた他のメンバー達も同様に頭を手で押さえながら眩暈がしていた。

 彼らの予想以上に、管理局の腐敗は進行していた。元々プランΩの真の目的は、今の管理局を崩壊させ、新たに再編させる事が目的だったのだが、正直言って再編ではなく完全に滅ぼした方が良かったと思うぐらいに管理局は腐敗していた。

 

「……一応、現在は政府主導で組織を再編させている見たいですね。それに管理局に最終的に残る権限は逮捕権だけであって、他の権限は各世界の政府が新たに作り上げる予定の機関が持つ事に成るみたいです。それと定期的に管理局の内情を調べる調査団が出る事が決まったそうですよ」

 

「それが良いわね。少なくともそれで管理局の暴走は少しは無くなるでしょうし、今までの様に罪を無かった事にする事は出来なくなるわね」

 

 ティアナの報告にリンディは頷きながら答え、他の者達も同様に頷く。

 管理局が暴走しても止まらなかった理由の一つには、管理局に権力が集中し過ぎていた事も在る。

 幾ら次元世界を護る為とは言え、それでも管理局には権力が集中し過ぎていた。その為に管理局内部の人間の中にはまるで自分達こそが世界の主だと思う様な者達が出ていた。だが、逮捕権だけしか残らないとなれば、今後は今までの様に好き勝手に罪を消したり法を作ったりする事は出来ない。そうなれば違法を行え無くなるだろう。最も全部が消えるかと言われれば不可能だろう。今まで散々違法を裏で行っていたのだから、今更管理局が止めるとは思えない。

 そうならない為にも権力の分散は必要であり、また管理局を監視する者達も必要なのだ。

 

「それにしても、地上はともかく本局は良く潰れなかったわね。正直此処までやっていたのなら、潰されてもおかしくないのにね?」

 

 報道されているテレビを見ながらクイントが疑問の声を上げると、ティアナの首に巻き付いていたクダモンがクイントの方に顔を向ける。

 

「なに、本局に潰れて貰うと新たな組織を作らねば成らん。そうなれば予算も掛かるし、作っている間に次元犯罪者達が暴れるやも知れん。そう成ると困るからこそ、管理局を再編する事に各世界は決めたのだろう。それに私達の事も在る」

 

「事件が終わってすぐに私達は消えましたからね。民衆と違って世界の代表達は私達をハッキリと味方と認識していないんです」

 

「それに、レジアス中将が連絡でデュークモン君達の世界との通信が途絶えた事とクイントさんが姿を消した事を報告しましたから、各世界の代表達はデュークモン君達が現れた本当の目的は管理世界を混乱させる為ではないかと疑っていますからね。此処で管理局を滅ぼすと色々と無防備に成りますから、管理局を潰さなかったんです」

 

 クダモン、ティアナ、なのははそれぞれクイントの質問に対して答え、クイントは納得したと言う様に頷く。

 各世界の代表達が管理局を滅ぼさなかった理由の中には、万が一でもデュークモン達との戦争が起きた時の戦力確保がある。管理世界の多くで流されたデュークモン達の戦闘の様子を見た者達ならば、出来る事ならデュークモン達との戦闘を避けたいと思うだろう。

 だが、世の中は何が起こるか分からない。もしかしたら今回の事件でデュークモン達に家族を殺された者達が報復に出るやも知れない。そうなれば、デュークモン達は人間を敵と見なし、滅ぼす動きをしだすかも知れない。そうなった時に戦う事が出来る戦力が無いと不味いので、各世界は管理局を潰さずに置く事を決めたのだ。

 最も以前の様に多大な権限を管理局には持たせる気は無い。流石に護るべき世界にアルカンシェルを撃ち込もうとした人間が居た組織など信用出来る筈は無い。少なくとも管理局-正確に言えば本局が信用を取り戻すのは当分先の事に成るだろう。

 

「本局に比べると地上はまるで逆の状態よ。予算が削減される事に成った本局とは違って、地上の方は予算が上がる事が決まったみたいね。レジアス中将はここぞとばかりに地上の戦力確保に乗り出したわ」

 

 最も在る程度現状が安定したら今の役職を放棄し、一局員に戻って一からやり直すと決めている様だ。親友で在るゼストに再び顔を向け出来るように、地上の平和を願いながら最初からやり直すと決めたのだ。

 そうクイントに話した時の彼の眼は、生き生きとした目だったクイントは全員に語り、リンディ達はそれぞれ笑みを浮かべて頷く。

 

「レジアス中将は流石ね。彼は確かに道を踏み外したけど、本局の幹部達に比べれば百倍マシね……この世界のクロノも出来ればそう言う人物に成って欲しかったわ」

 

「落ち込まないで下さい、リンディさん! この世界のクロノ君だって悪気が在ってデュークモン君達に攻撃した訳じゃないんですから!」

 

「そうよ、アレは本局上層部が情報を操作して、正確な情報を伝えずに誤った情報ばかり送られていたせいだから、彼だけの責任じゃない」

 

 後で判明した事だが、クロノが提督を務める【XV級大型次元航行船クラウディア】がデュークモンに対して攻撃を行った原因は、本局から送られて来た偽情報が原因だった。

 悪し様にデュークモン達がミッドチルダを混乱させているかのように情報が操作されていた。そのせいでクロノは攻撃命令を発してしまったのである。

 

「慰めないでなのはさん、クイントさん!! ……私は本気でクロノへの教育を間違ったと思っているの」

 

 デュークモン達に攻撃を行った艦隊の者達は全員が処罰を受ける事に成った。

 上層部からの命令が在ったとは言え、ミッドを護ってくれたデュークモン達に攻撃を加えた上に、失敗すればデュークモン達の世界との戦争に発展していた可能性も在ったのだ。

 あのデュークモン達と同等の力を持っている者達が大挙として押し寄せてくれば、世界が幾つも滅ぶ可能性が高い。その事を分かっている各世界の代表達は、艦隊にいた者達を全員処罰する事に決めたのだ。

 当然ながら、艦隊の中に在ったクラウディアの艦長であるクロノも裁かれ、正式な処分が下されるまでは謹慎処分を受けているらしい。

 

「私の世界のクロノは、管理局に疑念を持てたから良かったけど。 この世界のクロノは管理局を正義だと信じすぎていたわ。それがどれだけ危険な事かも分からずに……もっと空気を読める子に育って欲しかった……そう言えば、十年前もなのはさんとフェイトさんが戦いそうに成った時に転移して現れていたし……それにこの世界のフェイトさんに色恋で近づいた人物の邪魔をしているらしい……空気を読めない上にシスコンなんて……せめて地上本部に確認するぐらいはしておけば……本気で育て方を間違ったわ」

 

「あの〜、リンディさん?」

 

 異世界とは言え自身の一人息子で在るクロノの事を好き勝手言っているリンディの姿に、なのはは汗を流しながら声を掛けるが、リンディは答えずに膝を抱えて落ち込み続ける。

 その様子になのは、ガブモン、ティアナ、クダモン、クイントが冷や汗を流しながら顔を見合わせると、テレビからニュースキャスターの声が響く。

 

『ただいま新たな情報が入って来ました。先ほど本局内部施設の『無限書庫』で爆発事件が発生したとの事です。幸い『無限書庫』への立ち入りは禁止されていたので、怪我人は無いとの事ですが、『無限書庫』内の資料の幾つかが消失したとの事です。二日ほど前に別の場所に居た『無限書庫』の司書長及び司書の何名が暴行を受けると言う事件も発生し、調査官達は関連している可能性も在るとの見方を示しています」

 

「……この世界のユーノ君達が襲われた?」

 

「更に『無限書庫』で爆発事件ですって?」

 

「もしや『無限書庫』に不正に関する情報でも隠されていたのだろうか? 聞いた話ではあそこは無秩序に情報が散乱している場所らしいからな。不正情報を隠すには持って来いなのでは?」

 

「でも、確かユーノ君が司書長になってからは調べ易くなっている筈だよ。クロノ君も良く使っているって話だから、そんな場所に隠すかな?」

 

「灯台下暗しって諺は在りますけれど……整理している途中で見つかったりする可能性は高いですよね」

 

 一見すれば今回の事件と関連しているような『無限書庫』での事件だが、なのは達は違和感を感じる。

 『無限書庫』だけならば不正の証拠を隠す為だけだと納得出来るが、司書長のユーノを含めた司書達まで襲う理由は低い。今の状況で襲えば更に本局の立場が悪くなるのだから。

 違和感を感じたティアナは、【ブレイクミラージュ】を使って本局内部の情報を調べる。

 

「……確かに襲われてますね。頭を叩かれたのか、数日の間の記憶が無くなっているらしいです」

 

「数日の間? それってミッドで起きた事件の事も?」

 

「えぇ、覚えてないそうです」

 

『……』

 

 嫌な沈黙が部屋の中に出来た。

 なのは達の脳裏に、こんな完全犯罪紛いの事を普通に出来る人物が浮かぶ。

 

「……いや、在り得んだろう。此処は平行世界だ。奴が来れる筈が無い」

 

「だよね。もし来れたら僕らに教えたりしないで、好きに遊んでいると思うよ、あの人は」

 

「でも、平行世界なら……居るんじゃないの? この世界にも」

 

「ティアナ。お願いだから、そんな不吉な事を言わないで」

 

「えぇ、もしこっちにも居るとしたら、ストッパーのリンディが居ないのよ。あっちよりも不味いわ」

 

 落ち込んでいるリンディと、我関せずと何かをやっているブラック達を除いた面々の顔が一気に青ざめた。

 冗談抜きで笑えない。研究狂では在るが、次元世界からアルハザードの存在を消す、或いは御伽噺にする事だけは必ず成し遂げる気なのだ。自分達の世界では協力者がいる上に、早い段階で次元世界に影響を与える場所から情報を取り除く事が出来たので問題には成らなかった。

 だが、この世界は違う。万が一にもアルハザードの存在が知れ渡れば、確実に向かおうとする者が居るだろう。嘗てのフェイトの母親であるプレシア・テスタロッサのように。その先に居る災厄の存在を知らずに。

 

「……そう言えば、リンディが最高評議会が居た部屋から情報を消そうとしたようなんだけど……既に消されていたみたいなの。てっきり、スカリエッティの配下が消したと思ったんだけど」

 

「……我々の動きに乗じて動いたのかもしれんな。この世界の奴が」

 

『……関わらないようにしよう』

 

 満場一致でなのは達はこの件から手を引く事を決意した。

 関わっても碌な事にならないのは目に見えている。もしも想像通りの展開になったら、精神的に死ぬ自信が在る。一人だけでもキツイのだ。もう一人増えるなど、悪夢を通り越して絶望しかない。

 頭の中から悪夢を消し去ったなのは達に、ヴィヴィオとギルモンとトランプゲームで相手をしていたブラックが声を掛ける。

 

「話し合うのは良いが、貴様ら時間を忘れていないか?」

 

「えっ? 時間?」

 

 ティアナはブラックの言葉の意味が分からずに質問を返すと、ブラックは無言で部屋の中に備えられている時計を指差す。

 ティアナ達が時計を見て見ると、今日、レジアス中将の計らいで漸く会う事が出来る様に成った機動六課と会う時間が迫っている事に気が付き、慌てて顔を見合わせる。

 

「不味いですよ!! 約束の時間が!」

 

「本当だ! もうこんな時間に成っていたなんて! ブラックさんも早く教えて下さいよ!」

 

「すぐに準備しましょう! ほら! リンディも落ち込んでないで準備して!」

 

「ウゥゥゥ、何であんな空気を読めない子に育ってしまったの」

 

 時間が迫っている事に気が付いたティアナ達は慌ててそれぞれ準備をし始めるが、既に準備を終えているブラック、ルイン、ヴィヴィオ、ギルモンは慌てずにトランプゲームを再開するのだった。

 

 

 

 

 

 聖王病院の一室。その部屋には紫色の髪の女性-今回の事件でスカリエッティの研究所から保護されたメガーヌ・アルピーノがベットに横に成りながら眠り続け、その横には壮年の男性-ゼスト・グランガイツとその肩に座っている赤い小人の様な者-ユニゾンデバイス-『烈火の剣精』アギト、そしてメガーヌの娘であるルーテシア・アルピーノが心配そうにメガーヌを見つめていた。

 だが、アギトだけはメガーヌの事だけではなく、ゼストとルーテシアの間に在る不穏な空気を変えるように呟く。

 

「……そのさ……クイントの姉御の話だと、ルールーのお袋さんは二ヶ月半ぐらいで目覚めるそうだぜ」

 

「……うん、クイントさんから聞いた」

 

「……俺もだ」

 

 ルーテシアとゼストは言葉短くアギトの言葉に頷くが、アギトは頭を抱えたくなった。

 事件が終わった後、ゼスト、ルーテシア、アギト、そしてメガーヌはレジアスが権限を使って保護してくれた。元々ルーテシアをスカリエッティの下に運んだのは最高評議会であり、彼女が今回の事件に加担したのも母親であるメガーヌの為だった事と、スカリエッティに寄るマインドコントロールが施されていた事が判明した為、管理局はルーテシア達を逮捕する事が出来ず、レジアスが保護責任者に成り、ルーテシア達は保護されたのだ。

 だが、アギトは再会した時からゼストとルーテシアの間には壁が出来てしまった感じを受けていた。

 

(ハア〜、やっぱりクイントの姉御の言うとおり、旦那がルールーの父親だったって事が原因だよな。全くよぉ。旦那も体の事が在ったからって、そんなルールーに取って重要過ぎる事を隠しておくなよ。もし、話していれば結構ルールーも安心したかも知れねえのに)

 

 ゼストとルーテシアの間に在る壁の原因はひとえに、ゼストがルーテシアの実の父親であった事を隠していた事が原因だ。

 ゼストはスカリエッティの実験に寄ってレリックウェポンに成ってしまった人物。しかし、その状態はルーテシアと違ってかなり不安定であり、長くは生きられないと宣告されていた。その事が在ったからこそ、ゼストはルーテシアに少しでも悲しみを与えない為に実の父親である事を隠していたのだが、クイントがルーテシアに父親はゼストで在る事を明かしてしまったので、再会した二人の間には不穏な空気が満ちる様に成っていた。

 その事を分かっているアギトは、何とか二人の間に空気を変えようとここ数日頑張っていたのだが、結局成果は出なかった。

 

(う〜、クイントの姉御はこの場所に来れるか分かんねえし、アタシが頑張んなくちゃいけねえんだけど、本当にどうしたら良いんだよ!?)

 

 アギトは本気で頭を抱えながら、二人の間に在る不穏な空気を消そうと考え続けるが、良い案が浮かばず更に頭を悩ませ始めた瞬間に、病室の扉が開き、果物が沢山入った籠を手に持ったクイントが入って来る。

 

「……やっぱりこうなっていたのね」

 

「クイントの姉御!!」

 

 病室の中に入って来たクイントは、ゼストとルーテシアの間に在る空気に気が付くと、頭が痛いというように手を頭に載せ、クイントの姿を見たアギトは喜びの声を上げてクイントに近付いた。

 クイントはアギトに持って来ていた果物籠を差し出すと、アギトは浮遊魔法を使用し、空中に果物籠を浮かせて病室に置かれている机へと降ろす。

 それを確認したクイントは、不穏の空気を纏っているゼストとルーテシアに近付く。

 

「全く、親子なのに何でそんなに不穏な空気を纏っているんですか? メガーヌが起きたら、怒られますよ、ゼストさん」

 

「……分かっている筈だぞナカジマ。俺はもう長くない」

 

「だから何ですか? ルーテシアちゃんを悲しませない為に、親だった事を隠していたとでも言うんですか? だとしたら、ゼストさん。貴方はルーテシアちゃんを確りと見ていないですね?」

 

「何だと?」

 

 ゼストは険しい声を出しながらクイントに振り返る。

 だが、クイントはゼストの険しい顔を見ても関係ないと言うように、ルーテシアに近付き頭を撫で始める。

 

「この子が頑張れたのは、メガーヌの事だけではないんですよ。貴方やアギトちゃんと言う大切に思っていてくれる人達がいたから悲しくても頑張れた」

 

「だ、だが俺……」

 

 クイントの言葉にゼストは動揺した声を上げるが、クイントは構わずにルーテシアを抱き上げ優しそうに頭を撫でる。

 

「ルーテシアちゃんも自分の心に正直に成りなさい。ゼストさんの事を如何思っているのか。自分の心からの気持ちを伝えるのよ」

 

「……うん」

 

 ルーテシアは笑みを浮かべながら頷き、それを確認したクイント はルーテシアを床に降ろす。

 降ろされたルーテシアはゆっくりとゼストに近付き、気まずげな表情を浮かべているゼストの手を握り締める。

 

「……一緒に居て……少ししか一緒に居られなくても……私は一緒にいたい……お願い……お父さん」

 

「ッ!! ……ルーテシア!!!」

 

 自身を父親と呼んでくれたルーテシアに、ゼストは嬉し涙を流しながら力強く抱き締め、ルーテシアもゼストを力強く抱き返す。

 ゼストはこの時に誓った。例え残り少ない命だろうと、残りの全てをメガーヌとルーテシアの為に使おうと誓ったのだ。

 その様子を涙を流して嬉しげな笑みを浮かべながらアギトが見つめていると、クイントがアギトにそっと近寄り小さな声で声を掛ける。

 

「今、私の知り合いがスカリエッティのデータからゼストさんとルーちゃんの有効な治療法を探しているから安心しなさい。ちょっと問題が在る人物だけど、絶対に治療法を見つけてくれるからね」

 

「ありがとな、クイントの姉御」

 

「気にしないで、それじゃ私はもう行くわね」

 

 数ヵ月後、クイントが送って来た治療法によって、魔導師として戦う事は出来なくなったが、人並みの寿命を取り戻したゼストは新たに入隊した地上の局員達の教育係として働き、アギトは自身のロードに成ったシグナムと共に道を歩み始め、ルーテシアは体の中に在ったレリックを取り出された。

 その後はミッドチルダに在る魔法学院-St(ザンクト).ヒルデ魔法学院に入学し、多くの学友達と楽しそうな笑みを浮かべていた。もちろんその傍らには、正式にゼストの妻に成ったメガーヌが優しげな微笑みを浮かべているのだった。

 因みにクイントが病室から出て行った後、クイントは急ぎ仲間達の向かった場所へと向かおうとするが、その直前で偶然歩いていた入院中のギンガと鉢合わせる。

 

「か、母さん!? ど、どうして此処に!? 行方不明じゃなかったの!?」

 

 再び行方が分からなくなっていた母親で在るクイントとの突然の再会にギンガは慌てた声を上げた。

 しかし、ギンガの姿を見たクイントは質問には答えずに、笑みを浮かべながらギンガの病院着の襟首を掴む。

 

「丁度良かったわ。これから機動六課隊員達が居るアースラに行くけど、ギンガも来なさいね」

 

「えっ? ちょっと母さん!? 私入院中!!」

 

「大丈夫よギンガ。マッドだけど優秀な医者を紹介して上げるから、そんな悪趣味で脆いドリルの腕もすぐに治るわ……ただ心に深い傷が出来て、数日は確実に精神に異常が起きるかも知れないけど」

 

「えっ!? イヤアァァァァァァァァーーーーーーー!!!!!」

 

 クイントの言葉の意味が分かったギンガは悲鳴のような声を上げて、クイントの手から逃れようとするが、戦闘機人で在る筈のギンガの力でもクイントから逃れる事が出来ず、悲痛な叫びを上げ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 スカリエッティ達に寄って破壊された機動六課隊舎跡地。

 其処には巨大な管理局の艦艇-アースラが停泊していた。本来ならば事件が解決した今、隊舎の修復が始まっても良いのだが、現在の機動六課メンバー全員には臨時施設として使っていたアースラ内部での謹慎処分が言い渡されていた。

 これに関しては今回の事件で機動六課が最終的に役に立たなかった事、地上本部との軋轢を増やした最悪の部隊とミッドチルダ中でささやかれている為である。故に機動六課メンバーは事件後全員外に出る事が出来ないのだ。

 そしてそのアースラ内部の食堂には機動六課隊長陣とFWメンバー、そして未だに大人姿のままのこの世界のヴィヴィオが集まっていた。

 

「……先ず地上本部から送られて来た私らの処分内容やけど、FWメンバーは全員お咎め無しで地上のそれぞれの部隊に編入が決まりや。だけどエリオとキャロに関しては管理局を辞める事も赦されている見たいや」

 

『エッ!?』

 

 落ち込みながらはやてが告げた事実にエリオとキャロは驚きの声を上げ、他の者達も驚いたように顔を見合わせる。

 エリオは九歳でBランクを取った優秀な魔導師の上に、キャロはレアスキル『竜召喚』を持った少女。それほどの才能を持つ者達を万年人材不足の管理局が手放すとは思っても見なかったのだ。

 しかし、これは実を言えばリンディがレジアスに頼んだ事だった。今のリンディは子供を戦場に出す事を最も嫌っている。自身の所に居るヴィヴィオが戦う決意をした時に聞いた悲しみに満ちた声。戦いに出れば何時命を落とすかもしれない純然たる事実。そして命の大切さをその身で味わったリンディには、如何しても機動六課で戦っているエリオとキャロの存在が赦せなかった。

 だからこそ、レジアスに頼んで二人の未来を縛り付けるような行為だけはしないでくれと頼んでいたのだ。最もあくまで二人に赦されているのは他の者達よりも在る程度の行き先の自由だけであって、最終的な決定は二人に任せるつもりだった。

 

「質問は後で来る地上本部からの派遣者達に聞いてな。次に隊長陣やけど」

 

 困惑の表情を浮かべるエリオとキャロに告げながら、はやては異世界のなのは-以降高町なのは、フェイト、ヴィータ、シグナムに顔を向け、深く頭を下げる。

 

「……堪忍な皆……機動六課隊長陣は全員全ての階級と資格を剥奪し、地上本部勤務の一士からやり直しが決まったわ。他の機動六課隊員も殆ど地上本部勤務や……ゴメン……ほんまにゴメン」

 

「……はやてちゃん」

 

『……はやて』

 

「……主」

 

 頭を深く下げて涙を流しながら謝り続けるはやての姿に、高町なのは、フェイト、ヴィータ、シグナムは慰めの言葉を掛けようとするが、言葉は誰も出なかった。慰めれば逆にはやてが傷付いてしまう事がわかっているからだ。

 機動六課が設立する前に友人や家族に将来を絶対に傷付けないと約束したのに、結果は殆どの者達が今までの功績を全て失う様な形に成ってしまった。かと言って今回の事件を解決したデュークモン達を責められる筈も無い。居場所が分からないのもそうだが、彼らは民衆から絶大な人気を持っている上に、Sランクオーバーの魔導師でさえも勝てないほどの力を持っている。

 しかも、彼らには他にも仲間が居る事が分かっているので攻撃したなんて日に成ったら、管理世界が滅ぼされるもかも知れない。あの攻撃した艦隊に対する無慈悲な行動を見れば明らかだろう。

 その事が分かっているはやては如何する事も出来ず悲しみの涙を流し続け、他の者達は何とか慰めようと声を掛けようとした瞬間、食堂の扉が衝撃と共に吹き飛んだ。

 

『ッ!!』

 

 全員が突然の事態に目を見開きながら食堂の入り口の方を見て見ると、其処には。

 

「う〜ん? もうちょっと派手に登場した方がインパクト在ったかな?」

 

「イヤちょっと待ってよ!? 何で登場にインパクトが必要なの!? 普通に入れば良いんじゃないの!?」

 

「駄目だよ、ガブモン君。私はこの世界の自分に圧倒的な実力差を見せたいの。だから、登場は派手にすべきだと思うの?」

 

「……ヴィヴィオが見ているアニメに影響されていない、なのは?」

 

『なっ!?』

 

 吹き飛んだ扉からゆっくりと歩いて来る毛皮を被った生物-ガブモン-と言い争いをしているレイジングハート・エレメンタルを右腕に握り、茶色の髪をサイドポニーにした女性-異世界のなのは-の姿に、機動六課メンバーは全員信じられないと言うな顔をしてなのはと高町なのはを見比べる。二人の姿はまさに瓜二つだった。

 同一人物なのだから仕方が無いのだが、その事を知らない機動六課メンバー達はもしや人造魔導師なのかと思い、誰もが困惑したように二人を見回す。

 だが、なのははそんな様子に一切構わず、この世界の自分自身-高町なのは-の前に立ち、優しげな笑みを浮かべる。

 

「始めましてこの世界の私。私は貴女より強い高町なのはだよ」

 

「此方こそ始めまして。私は何処かの誰かのようにコソコソと動かない高町なのはです」

 

「……随分な言い様だね? 誰のおかげで潰れかけていた時に、立ち上がれたのかな?」

 

「覚えが無いよ。だってあの時の念話の主は正体を教えてくれなかったし、貴女だって証拠は無いよね?」

 

 互いに笑みを浮かべながら言葉を言い合うが、その雰囲気はもはや険悪としか言い表せないものだった。

 だが、それも仕方ないだろう。なのはは大勢よりも自分の大切な人達の為に戦い、自身も幸せを掴むと決めた存在。方や高町なのはは、少しでも多くの人々に笑みを浮かばせようとする為に自分さえも省みず戦う存在。

 二人の生き方はある共通して起きた出来事。『八年前に大怪我を負った』時から大きく変わってしまった。

 そんな二人が出会えば、互いにいがみ合うのは当然の結末だった。

 

「ブラスターシステムだったかな? 何であんな欠陥システム積んでいるの? 使用後の事を何も考えていないなんて命がいらないのかな?」

 

「……貴女には関係ないよ」

 

 なのはの質問に対して高町なのはは素っ気無く答え、顔を背けようとする。

 その様子を見たなのはは、目の前の高町なのはの気持ちを正確に読み取り、怒りが篭った目をしながら首もとの襟を掴む。

 

「……別に貴女が死んでも私には関係無いけど。この世界のヴィヴィオをもう一度でも傷付けて悲しませたりしたら、その時は私が貴女を二度と飛べない体にしてあげるよ。覚えておくんだね」

 

「……」

 

 なのはの言葉に対して、高町なのはは無言を貫き、辺りには一瞬即発の空気が満ち溢れた。

 その様子にガブモンを除いた全員が不安そうな表情を浮かべ始めた瞬間に、入り口の方から手を打つ音が響く。

 

「はい二人とも其処までよ。私達は戦いに来たんじゃないんだから。なのはさんもそのぐらいにしておきなさい」

 

 聞こえて来た声に、その声に聞き覚えが在る者達が全員驚いて入り口の方を見て見ると其処には、黒い髪に金色の瞳を持った男性-人間体のブラック。

 その傍らに寄り添うように立つ、銀色の髪に蒼い瞳を持ち、青と白のロングコートを着たはやて達に取って忘れられない存在と瓜二つの姿をした女性-ルインフォース。同じ様にブラックに寄り添うように立つ翡翠の髪に黒いスーツを着た女性-リンディ。

 赤い恐竜の様な生物-ギルモンの背に乗った子供姿の異世界のヴィヴィオ。首に狐の様な生物-クダモンを巻き付かせている異世界のティアナ。

 そして未だに暴れ続けているギンガを片手で抑えているクイントの姿が在った。

 

「さて、色々と説明して上げましょうね」

 

 そうリンディは笑みを浮かべながら告げ、その場に居た機動六課メンバーは誰もが困惑するのだった。

 

ーーー十数分後

 

「つまり、貴女方が予言に在った人物達で、平行世界から休暇の為にはるばるやって来たと言う事で良いんですやろか?」

 

 互いの事情を説明し在ったリンディとはやては険しい顔をしながら向かい合い、他のメンバーは困惑したようにリンディの 背後に居るなのはとティアナを見つめる。

 平行世界。実在するのかどうかも分からなかった世界からの来訪者だと告げられたのだから、困惑するのも当然だろう。だが、現になのはとティアナ、ヴィヴィオと言う同一人物が三人居る上に、自分達の知るリンディよりも若いリンディが存在しているのだから、平行世界の実在を示す良い証拠だった。

 

「……質問ですけど、あの生物達は何処に居るんですか? フェイトちゃんから聞いた話やと、貴女とあの生物達は仲間やそうですけど?」

 

「あら? もう目の前に居るわよ」

 

『ッ!!』

 

 リンディが告げた事実にその場の全員が驚いた表情を浮かべて、辺りを見回す。

 だが、デュークモン達の姿は発見出来ず、からかわれたのかと思い、はやてが表情を更に険しくすると、リンディがそっと手をなのはとティアナ、そしてこの世界のヴィヴィオと楽しく遊んでいるヴィヴィオとギルモンを示す。

 

「その三人がそうよ。正確に言えば【デュークモン】はヴィヴィオとギルモンが、【スレイプモン】はティアナとクダモン、そして【メタルガルルモンX】はなのはさんとガブモン君が正体よ」

 

『なっ!?』

 

 その場に居る機動六課メンバー全員が信じられないと言う声を上げて、なのはとその横に座っているガブモンを、ティアナとその首に巻き付いているクダモンを、そして最後にこの世界の自分自身と楽しそうに遊んでいるヴィヴィオとギルモンを見つめる。

 その様子になのは達は苦笑を浮かべると、それぞれ説明を始める。

 

「本当だよ。私達の世界では【デジモン】って言う生物が存在していて、そのデジモンと絆を結んでいけばデジモンは人間と融合して究極体と呼ばれる存在に進化する。私はガブモン君と融合して【メタルガルルモンX】に進化出来るの」

 

「私はクダモンと融合して【スレイプモン】に進化します。それに魔導師とデジモンが融合すれば、その人物が使用しているデバイスや魔法も使用出来るように成るんですよ。もちろんレアスキルもです」

 

 ティアナはなのはの説明を補足するように説明すると、両手にブレイクミラージュを顕現させる。

 ブレイクミラージュの姿を見たはやて達はティアナとクダモンがスレイプモンで在る事を確信し、同時に何故デュークモンが虹色の魔力光と【聖王の鎧】を持っていたのと、何故あそこまでこの世界のヴィヴィオを傷付けた事に怒りを顕にしたのか分かった。

 異世界の聖王で在るヴィヴィオと融合していればヴィヴィオの力を全て使える上に、異世界とは言え大切なパートナーであるヴィヴィオを傷付けられた事を怒っていたのだ。

 だが、同時に疑問が浮かび上がった。何故異世界とは言え管理局をボコボコにする様な行動を取ったのかと言う疑問だ。

 なのはは管理局に入らなかったとしても、あそこまで徹底的に管理局を攻撃する理由は存在しないし、ティアナにしても実の兄であるティーダが入局していた管理局を攻撃する理由が存在しない。

 そしてリンディ、クイントにしても長年管理局に勤めていた人物達。

 他の者達は分からなくは無いが、彼女達が管理局に敵対する理由が見えず、はやて達は困惑の表情を浮かべる。

 その様子にリンディは、はやて達の内心で正確に読み取り管理局に敵対した理由を語り出す。

 

「私達が管理局に敵対する理由だけど、私達は管理局員ではないわ。敵とも言い切れないけれど決して味方ではないの。なのはさんは一時は管理局の上層部に命を狙われたし、私は今では広域指名手配だからね」

 

『ッ!?』

 

 その場に居る全員が目を見開きながらリンディとなのはを見つめた。

 

「私が広域指名手配な理由は、私達の世界の管理局最高評議会の内、二人をこの手で殺したからよ」

 

「さ、最高評議会を殺したって!? 何でそないな事を!?」

 

「……貴女は赦せるかしら? 〝自分を殺した相手が、平然としながら生きている゛事に?」

 

「……自分を殺したって……まさか!?」

 

「そうよ。〝私゛は殺された。最高評議会の謀略によってね。そのせいで……こんな事が出来るようになったわ」

 

 リンディは右手をはやて達に見える様に掲げながら パチンと指を鳴らす。

 指を鳴らすと同時に、無数の魔力剣のような浮遊物-クロノが得意とする【スティンガーブレイド・エクスキューションシフト】-が前触れも無く発動され、リンディの背後に出現した。

 その様子を見たはやて達は、誰もが信じられないと言う気持ちを持った。何故ならばリンディの手にはデバイスなど握られていない上に、魔法の発動時には必ず浮かび上がる筈の魔法陣も発生していなかった。しかも、魔力反応さえも感じられない。。

 異常過ぎる光景。魔力を使ってもいないのに、魔法と呼べる力をリンディは発動させたのだ。

 

「コレがどれだけ異常な事かは分かるでしょう? こんな事が出来るように私は成った異常。そうなった経緯は詳しくは話せないけれど、私は後悔していない。こんな体に成ってしまった事も、最高評議会を殺したことも何一つね」

 

「そんな!?」

 

 リンディが告げた事実にフェイトは悲痛の叫びを上げた。

 だが、叫ばれたリンディは気にせずに魔力剣を消去し、はやて達に険しく歪めた顔を向ける。

 

「まぁ、私の事情を詳しく話す意味は無いから詳細は省かせて貰うけれど……之だけはハッキリ言わせて貰うわ。はやてさん、貴女は地上の人々を危険に晒す気だったの?」

 

「なっ!?」

 

 その様子にリンディはやはり気が付いていなかったのかと言うように呆れ、リンディの背後に居るなのは達も険しい視線を機動六課の者達に向ける。

 

「今回の事件。この事件に隠されていた本質は知っているわね? 本局上層部の真の狙いは地上本部の掌握だった事はもう分かっているわね?」

 

「……は、はい」

 

 リンディの質問に対してはやては落ち込みながら頷いた。

 

「その事実だけでも危ない事なのよ。何せ本局が地上を掌握すれば必ず地上の戦力は今までよりも奪われて行く。その結果待っているのはミッドチルダの治安の悪化。これは必ず起きるわ。唯でさえ今の地上はギリギリだったのに、これ以上戦力が奪われたらミッドは犯罪者が横行する無法地帯に成るわね」

 

「そ、それは、その時は本局が」

 

「動かないわね。今までの状況を見れば簡単に推測出来る。本局に取って重要なのは“海”。地上の事なんて気にしないでしょうね。多分、更に戦力は減り地上の治安は悪化の一歩を辿る。その時に貴女は如何動く?」

 

「……地上の戦力を確保しようと思います」

 

「無理よ。だってその時には地上は本局の下部組織に成ってしまっている。本局に意見をするなんて事は夢のまた夢。なら最終的に戦力が不足している管理局が行き着く先は何処か? 【人造魔導師研究】や【戦闘機人】などの違法研究の着手しかないわね」

 

『ッ!!!』

 

 リンディが呟いた言葉に、機動六課メンバーは改めて知らされる事実に言葉を失い、人造魔導師で在るフェイトとエリオ、戦闘機人であるスバルとギンガは体を恐怖に震わせる。

 リンディの言葉はあながち間違いではないのだ。

 

「魔導師以外を戦力として認めない本局の者達が戦力確保をするには、人造魔導師研究しかないわ。或いは戦闘機人か。どちらにしてもその結果は十分過ぎるほどに分かる筈よ。沢山の者達が苦しむ最悪の世界が生まれる。表の人々は知らない最悪の世界が。そしてそれを取り締まる筈の管理局が行っているとは誰も思わない。追っている執務官にしても研究者を逮捕すれば解決すると思っていた。そうでしょう、フェイトさん?」

 

「……はい」

 

 リンディの言葉に対してフェイトは顔を俯かせながら頷いた。

 フェイト自身、今回の事件はスカリエッティだけを捕まえれば解決すると思っていた。確かにスカリエッティを捕まえれば、ミッドを襲った脅威は消えるだろう。

 だが、根元は残り必ず同じ悲劇が何時か起きる。その時にも管理局が事件を起こした犯人を捕まえて終わり。

 結果残るのは自作自演の様な事件の連発でしかない。

 

「管理局は捕まる事も無い上に、組織には在って然るべきの浄化機能も存在していなかった。その結果、管理局は腐敗していったわ。自分達の行いこそが正義だと叫ぶ集団に成ってしまった」

 

「そ、それは!?」

 

「正義。良い言葉よね。この言葉さえ在ればどんな事を行っても赦されてしまう。特に民衆から認められている正義ならば尚更ね」

 

 リンディの言葉に誰も言葉を発する事が出来ず、顔を下に俯ける。

 現状の管理局がまさにそれだ。管理局は自らこそが正義だと叫び、裏では様々な違法や犯罪を行っていた。

 そしてその事に誰も気が付かず、進み続け、あわやミッドに大惨事を起こすような事件を引き起こしてしまった。

 その犠牲に対しても管理局は気にせずに、自分達こそが世界を護ったと叫ぶつもりだったのだろう。

 

「私は理想を否定する気は無いわ。だけど、今の管理局は理想に溺れて、其処から生まれる犠牲を見ようとしなくなってしまっている。例え世界を一つ滅ぼしても管理局は気にせずに先に進み続け、最終的には自分達の作り上げる平和の為ならば次元犯罪者と同じ行為を行っても気にしない組織に成ってしまうでしょうね」

 

「……だから、そうなる前にこの事件で管理局を変えようと、全ての事実を民衆に教えたんですか?」

 

「結果的に言えばそうね。私達は最初は動くつもりは無かったし、管理局を滅ぼす様な動きをするつもりは無かったわ」

 

 その事が自分達の世界での出来事で痛いほど分かっているリンディ達は、何が在っても動くつもりは無かった。だが、スカリエッティの行った在る行動だけは、リンディ達には如何しても赦せない事だった。

 本来、リンディ達はこの世界では何もせずにゆっくりと休暇を取るつもりだった。

 元々この世界はリンディ達の世界ではない上に、リンディ達の力は圧倒的としか言えないほどの力だ。その力に対抗する術が無い世界で猛威を振るえば、必ずや世界に混乱を巻き起こす。

 その事が自分達の世界での出来事で痛いほど分かっているリンディ達は何が在っても動くつもりは無かった。だが、スカリエッティの行った在る行動だけは、リンディ達には如何しても赦せない事だった。

 

「私達が動いた理由は一つだけ。この世界のヴィヴィオが泣いたからよ」

 

『ッ!!!』

 

 リンディが告げた動いた理由に、高町なのはを除いた機動六課メンバー全員が信じられないと言うように、リンディ達を見つめた。

 管理局を滅ぼせるかも知れないほどの力を持った者達が動いた理由。

 たった一人の少女-ヴィヴィオが泣いたからだと言う小さな理由。その為だけにリンディ達は動いたのだ。

 

「私達全員には誓いがあるわ。何があろうと、世界が敵だろうと、ヴィヴィオを泣かせた者達は何をもってしても滅ぼす。それだけは絶対に違える事の無い誓いよ」

 

 リンディの言葉に答える様に、背後に居たなのは達も同意する様に頷き、機動六課の者達は信じられないと言うように顔を見合わせる。

 多くの世界よりもたった一人の為に動いた。その生き方は十年前のシグナム達-守護騎士達と同じ生き方だが、何処か迷っていた十年前のシグナム達と違って、リンディ達には迷いなど無い。

 本気でヴィヴィオが泣かなければ動くつもりは無かったのだろう。

 その事に気が付いたはやては、リンディに食って掛かるように叫ぶ。

 

「本当に動くつもりは無かったんですか!? 大勢の人々が犠牲に成ると分かっていても!?」

 

「犠牲が生まれる事を知っていた管理局員の貴女には言われたく無いけど。本気で動くつもりは無かったわ。だって、全部管理局が確りしていれば防げた事態なのよ。他人の過ちを態々尻拭いするほど私達は甘くはない」

 

「そうだよ。今回の事件の犠牲は全部もっと確りと地上と連携が取れていれば防げた事件。予言の事なんか関係せずに地上と共同で事に当たっていたら、今回の事件でクラナガンの人々に出る犠牲は少なかったかも知れない」

 

「地上本部襲撃からスカリエッティが【聖王の揺り籠】を起動させるまで、数日の時間が在ったんです。その時間を人々の避難の方に優先していれば、今回のスカリエッティの襲撃には犠牲が出る事は無かった筈です」

 

 はやての言葉に対してクイント、なのは、ティアナはそれぞれ冷静に答え、はやては言葉も出す事が出来なかった。

 今回の事件は、全て管理局が最初から真剣に当たっていたら、犠牲は限り無く少なく済んでいただろう。

 最終的に今回の事件での死亡者の数は数百人。怪我人を入れれば数は増えるが、それでも大規模な事件にして被害者の数は少ないだろう。

 だが、それはデュークモン達が動いたからに過ぎない。彼らが動かなければ犠牲者の数は数千人以上に成っていただろう。

 しかし、それも事前にクラナガンから人々が避難していれば減らす事が出来た犠牲だ。

 

「予言で少しは先の事を分かっていたのならば、それに対する人々の護りこそが重要。だけど、この部隊にクラナガンの人々を一人残らず避難させられるだけの力が在るかしら?」

 

「そ、それは……」

 

「出来ないですよね? この部隊に所属する全員が動いても、スレイプモンの様に大勢の人々を安全な場所に運びながら、大量のガジェットを破壊する事など不可能です。せいぜいこの部隊に出来るのは、事件を起こした犯人達を捕まえるのが精一杯ですよ」

 

 確かに機動六課は他の部隊よりも優秀な人材が存在している。だが、その多くの者達が直接的に戦う者達しか居ない。その様な者達が人々の避難誘導を出来る筈も無い。

 

「理想を夢見るのは良いわ。だけど、現実も見なさい? 物事には必ず隠された本質が存在している。その本質を解決してこそ本当の意味で事件は解決する。唯起きた現象だけを解決しても、同じ事を繰り返すだけよ。嘗ての闇の書事件の様にね」

 

 リンディの言葉にはやては体を震わせた。

 今回の事件は在る意味では幾度も現れ続けた闇の書に似ている。

 管理局と言う組織が自らの間違いに気が付き、内部が変わらない限り。

 

「今回の私達の行動で管理局は変わらざるをえない。変わらなければ何時かは自滅する。その事が分かっているレジアス中将は全力で管理局を変える行動を取っているわ」

 

「……私が行った行動は間違いやったんですか?」

 

「間違いとは言えないわ。貴女も本気で人々の平和の為に動いていた。だけど、理想ばかりに目が行ってしまっていた為に、見るべき物事を見ていなかった結果が今回の顛末よ。本気で世界を変えたいのならば多くをその目で見て、その体で味わって学びなさい。その為にも一局員に戻って最初からやり直す事ね」

 

「……分かりました」

 

 リンディの言葉にはやては顔を俯かせながら頷いた。

 全てはこれからの彼女達の行動次第なのだ。出来る事ならばレジアスと同じ様に自身の罪を知って、先に進んでくれる事を内心で願いながら、リンディは視線をはやてから、フェイトの傍に居るエリオとキャロに顔を向ける。

 

「さて、次にエリオ・モンディアル君とキャロ・ル・ルシエちゃんの事だけど、フェイトさんは二人をこれからも戦わせる気なのかしら?」

 

『えッ?』

 

「二人に関しては私がレジアス中将に頼んで、他の者達よりも自由が赦されているわ。普通の子供の様に学校に通うのも赦されている。管理局を一時辞めて普通の子供として生きるのも良いのよ」

 

「あ、あの、如何してそんな事を?」

 

「……罪滅ぼしかしらね。私は十年前に自分達の都合を優先して、一人の幼い少女の人生を利用した事があるのよ?」

 

 キャロの質問に対してリンディは憂いを覚えたような表情を浮かべて答えた。

 リンディは十年前になのはを勧誘したのを、P・T事件の時に利用した事を心の底から悔いていた。あの時になのはを利用したのは間違いだったと今のリンディには良く分かっている。

 管理局の為。世界の為。そんな免罪符を掲げて一人の少女の人生を歪めて、失敗すれば死んでしまうような状態にまで追い込んでしまった。

 

「だからこそ、私は子供が戦う事を否定するわ。取り返しの付かない傷を負わせてしまった時に、私は何も出来無かった。その時の悲しみは本当に辛いものなのよ」

 

 リンディは深い悲しみに満ちた視線を、食堂の端でこの世界のヴィヴィオ、ギルモンと楽しく遊んでいる自分達の世界のヴィヴィオに向ける。

 あの悲しみに満ちた声で泣き続けたヴィヴィオの姿をリンディ達は忘れる事は無いだろう。

 

「だからフェイトさん。三人で良く相談してこれからを決めて。戦う道を選ぶのか、それとも普通の子供と同じ様に歩むのか。お願いね」

 

「……わ、分かりました。三人で良く相談して決めます」

 

 リンディの言葉に思う所があったのか。フェイトは困惑しながらもリンディの言葉に頷き、エリオとキャロの顔を良く見つめて悩む様な表情を浮かべる。

 その様子にリンディは笑みを浮かべると、最後に高町なのはに顔を向ける。

 

「なのはさんはもう十分過ぎる程に分かっているわね?」

 

「……はい……私は結局逃げていただけでした……本当なら、ヴィヴィオの母親を名乗る資格は無いです……だけど、私はヴィヴィオの母親に成ります! 絶対にヴィヴィオを悲しませたりしません!」

 

「うん! 良い答えだね。それなら体も万全にすべきだよね!」

 

『えっ?』

 

 高町なのはの宣言に対してなのはが笑みを浮かべながら答え、機動六課の者達が困惑した声を上げた。

 体を万全にする。なのははそう告げたのだ。高町なのはの体は八年前の怪我の後遺症が残っている上に、今回のデュークモンとの戦いで使用したブラスターシステムの後遺症も残っている。今の高町なのはの体は管理局の技術でも全快は不可能と言う程にボロボロだった。

 そのボロボロの体を万全にすると告げられたのだから、誰もが困惑するのも当然だろう。

 しかし、なのははそんな様子には一切構わず、高町なのはの肩を凄まじい力で握り締めて床を足で叩く。

 同時になのはと高町なのはの足元に桜色に輝く転送用魔法陣が出現した。

 

「私の世界の最高峰の医者の下に連れて行ってあげるよ。絶対に治してくれるよ……体だけは」

 

「序にギンガも行きましょうね。大丈夫、数時間で治療は済むと思うわ……体だけは」

 

「イヤアァァァァァァーーーー!!! スバル助けて!!」

 

「ギ、ギン姉?」

 

 クイントの腕から逃れようとしているギンガの姿に、スバルは困惑したように声を出すが、クイントは構わずにギンガと共に魔法陣に乗り込み、その場からなのは達と共に転移する。

 

「……体の傷は必ず治るわね。心に深い傷は出来るでしょうけど」

 

「だろうな。奴が平行世界の人間の体や、戦闘機人の体を調べない筈が無い」

 

「どっちも興味深い対象ですから、ご冥福を祈るしかないですね」

 

 なのは達が消えた場所を見つめながらリンディ、ブラック、ルインはそれぞれ言葉を言い、なのは達が向かった先に居る者の正体を知っているティアナ、クダモン、ガブモンは同意する様に頷く。

 その様子を見た機動六課メンバーは全員が不安そうな表情を浮かべて、消えた高町なのはとギンガの事を心配するのだった。

 

 数時間後。高町なのはとギンガ・ナカジマは体を完全に治療されて戻って来たが、二人とも何かに怯える様に体を震わせ続け、仕切りに『マッド怖い。マッド怖い』と顔を蒼くしながら呟き続けていた。

 その様子に機動六課メンバー全員とヴィヴィオは心配そうに声を掛け続けたが、二人が元の精神状態に回復するには数日も時間が必要だった事を記しておく。因みにその様子を見ていたなのはは見るものを魅了する様な笑みを浮かべていたらしい。

 そしてこの件が原因だろうが、この先、高町なのはは地上本部の仕事をしながらも定期的に休みを取る様に成り、ワーカーホリックから脱したらしい。

 

 数ヶ月後。機動六課隊長陣は決まっていた通り、地上本部に一士として全員所属し、地上本部で一からやり直し始める。今度は今までのように物事の本質を見えるように成ってから、もう一度自分達の夢をそれぞれ追う事を決めて。

 FWメンバーは今回の事件から自分達も勉強不足だった事が良く分かり、スバルとティアナは自分達の古巣に戻って、もう一度勉強してからそれぞれの夢を目指す事を決めた。特にティアナは異世界の自分自身と別れるまでの間に何度も模擬戦を繰り返していたので、自分はまだ伸びると確信して必ず超えると心に決めている。

 エリオとキャロは、最終的に彼らはフェイトとの相談の結果、ルーテシアと同様にSt(ザンクト).ヒルデ魔法学院に通う事に決まった。リンディの言葉があったのも理由の一つだが、フェイト自身、自分の行動が本当に正しいのか迷い続けていたのもあり、フェイトは二人を説得して学校に通わせる事を決めたのだ。その後、二人はルーテシアと再会し、仲の良い学友として生活している。

 そして最後にレリックを外され、元の幼子に戻ったこの世界のヴィヴィオは、正式に高町なのはの養子に成り、高町ヴィヴィオとなった。

 この件に関しては聖王教会の一部が猛反発を起こしかけたそうだが、デュークモンの【聖王の騎士】としての宣言を聞いている教皇が、【デュークモンの言葉を無かった事にして、勝手に自分達の思い通りにヴィヴィオの人生を操れば、再びデュークモンが現れて教会を潰すかも知れない】と宣言して反発を抑えた。

 聖王教会は【聖王】を崇める者達が集まる場所。其処が【聖王の騎士】たるデュークモンの言葉を無かった事にすれば、教会は自らの掲げるものを否定する事になる。そうなれば、教会は存在意義を失う事になり、瓦解してしまう可能性もあることに気が付いた教皇は、ヴィヴィオへの一切の干渉を禁じたのだ。そのお陰でヴィヴィオは何の障害も無く、高町なのはの娘になる事が出来た。

 

 最後に今回の事件でブラック達にボコボコにされた戦闘機人達やスカリエッティに付いてだが、彼女達は事件が終わった後、全員聖王病院で入院する事に成った。

 ノーヴェ、ウェンディ、ディード、オットーは精神的なものによって。

 ウーノ、トーレ、クアットロ、セイン、セッテ、ディエチは肉体的なものに寄って。

 ナンバーズの殆どの者達は重症患者として入院する事に成ってしまった

 特に酷いのはノーヴェ達であって、桜色をした物を見るだけで恐怖に体を震わせ、彼女達の居る病室には桜色の物を持ち込む事を禁止されるほどである。

 ウーノ達にしても壁に埋め込まれていたせいか、閉所恐怖症に成ってしまっていた。

 クアットロとディエチは精神的外傷(トラウマ)は免れたが、何故か二人ともデュークモンの存在を神聖視し、聖王教会に傷が治り次第入信したいと言っているらしい

 無事で済んでいるのは、ナンバーズの内の二人、クイントに殴り飛ばされたドゥーエと地上本部襲撃時にスバルに寄って大怪我を負わされたチンクぐらいだろう。他の者達は何かしらの精神的外傷(トラウマ)を負ってしまっている。

 そしてスカリエッティだが、体自体は一番重症で在りながら、その目は凄まじい程に生き生きとした光を浮かべており、ベットの上で全身を包帯でぐるぐる巻きにされながらも何かを考え続けるようにぶつぶつと小声で呟き続け、病院の関係者達を恐怖に陥れている。そのスカリエッティを甲斐甲斐しく世話しているのがドゥーエであり、他のナンバーズの世話をしているのが逸早く治療を終えたチンクである。因みに彼らの入院費用は、全てスカリエッティが隠していた個人資産から出されている。

 本来ならば今回の事件のような事を起こしたスカリエッティ達も裁かれる筈なのだが、スカリエッティが管理局最高評議会に命令されて違法研究を行っていた事と、スカリエッティ自身がその為に生み出された人造生命体である事が分かり、ミッドチルダ行政府に保護されている状況になってしまったのだ。無論罪が無くなる訳ではないので、管理局の再編が終了した後に改めて裁判が行なわれる予定である。

 そして最終的に彼らは、ある程度社会復帰出来るほどに回復すると、地上の戦力を上げると言うレジアスの思惑もあって、ノーヴェ、チンク、ウェンディはスバルとギンガの父親であるゲンヤ・ナカジマに引き取られ、ナカジマ家の養子に成った。

 残るクアットロ、セイン、ディエチ、ディード、オットーは聖王教会に入信し、見習いシスターとして働いている。

 他のナンバーズ、ウーノ、ドゥーエ、トーレ、セッテはスカリエッティの体の治療費を稼ぐ為に、ノーヴェ達と同様に地上本部で働く道を選んだ。

 スカリエッティは最終的に、禁固二十年の刑を管理世界から言い渡された。体の怪我が完全に治らない事もあったが、彼は既に人造魔導師の研究には興味が無く、ブラックの存在だけを求めていた。

 各管理世界としてもスカリエッティの目的は、再びデュークモン達とコンタクトを取ると言う目的と一致するので、スカリエッテの頭脳が必要になった場合に必要な研究を手伝う事を条件に、禁固二十年の刑にしたのだ。

 

 事件解決から一ヵ月後。今回の事件でミッドを危険に晒させた幹部達は、全員がミッドチルダに作られた仮設の裁判所内部で自分達が作って来た法によって裁かれ、死刑が宣告された。

 一番の元凶であった最高評議会が何者かによって暗殺されていた事もあり、彼らは発覚した全ての罪を背負って死刑にされた。

 ミッドチルダの人々はもはや彼らを正義などと呼ばない。ミッドの人々が彼らを呼ぶ時の言葉は一つ。

 

“ミッドチルダ最悪の大罪人”

 

 後の歴史に彼らの名は汚名として刻まれ続けるだろう。

 付き従っていた局員達にしても、全員が無期懲役を言い渡されている。

 

「これで少なくとも、管理局の闇の一部は消えたわね」

 

「だろうな。だが、この先は分からん」

 

「全ての闇が消えた訳ではないですからね。この世界がこれから良い世界に変わるかどうかは、この世界に住む人々次第でしょう」

 

 ブラックはある程度そのまま裁判所を眺め終えると、裁判所に背を向ける。

 

「行くぞ。休暇は終わりだ。この世界には俺の敵になる存在はいなかった」

 

「そうね。十分に体は休めたし、私達は戻りましょう」

 

「了解です、ブラック様」

 

 ブラックの言葉に対して、リンディとルインはそれぞれ答えると、足元に魔法陣を発生させ、その場から転移して自分達の世界に戻って行くのだった。

 

 

 

 

 

「おかえりなさーーい!!!」

 

「……えぇ、ただいま」

 

 上機嫌なフリートに訝しみながらもリンディは返事を返した。

 フリートが上機嫌なのもある程度はリンディには分かって居る。自分達の世界では手に入れる事が出来なかったロストロギア【レリック】を、ゼストの治療の為に大量にスカリエッティの研究所から回収したのに加え、平行世界の移動実験の成功。序に平行世界の人間である高町なのはと戦闘機人であるギンガ・ナカジマの体を、治療のついでに合法的に検査する機会にまで恵まれた。

 これだけの出来事が在ったのだから、フリートが上機嫌なのも当然。だが、リンディは違和感を僅かに感じた。

 本人はもう嘆くを通り越して諦観の域にまで達してしまったが、フリートの行動に関する事で違和感を覚えた時には、必ず何かが起きている時だとリンディには分かる。

 だが、今回は幾ら考えても違和感の出所が掴めなかった。

 

(……いくら考えても今回のフリートさんの行動に不信な点は無いわよね。でも、何か違和感を感じるわ。小骨がどうにも引っかかっているような違和感を)

 

「それじゃ、私は【レリック】の研究に向かいますね! 失礼します!」

 

 平行世界に行った感想を全員から聞き終えたフリートは、即座に部屋を退出した。

 見送ったリンディは、未だに取れない小骨のような違和感について考え込む。ティアナの首から机に降りたクダモンは、悩むリンディに気が付いて声を掛ける。

 

「どうしたのだ、リンディ?」

 

「……ちょっと、フリートさんに違和感を感じてね。小骨が引っかかっているような感じだけど」

 

「流石に今回は考えすぎじゃないでしょうか?」

 

「ティアナの言う通りだ、リンディ。確かに何時もならばお前の違和感を信じられるが、流石に今回の行先は平行世界だ。事前にフリート本人から自身が行けない理由も聞かされ、納得しただろう?」

 

「そうなのよね……やっぱり考え過ぎかしら」

 

「ですよ。もしも動いていたとしたら、平行世界のフリートさん(・・・・・・・・・・・)ですよ」

 

「……待って、ティアナさん? 今とっても聞きたくないような言葉を言わなかったかしら?」

 

「ムッ? ……そう言えば、お前はあの時落ち込んでいたのだったな。実は……」

 

 クダモンとティアナは、リンディが落ち込んでいる時に放送されたニュースの内容を説明した。

 聞き終えたリンディは体を震わせ、何かに気が付いたかのようにフリートが出て行った扉に向かって歩き出した。

 その様子にティアナ達は顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

「……ムフ、ムフフフフッ! ニョホホホホホホッ!! や、やりました! リンディさんを出し抜きましたよ!!」

 

 自身の研究室に戻ったフリートは、目の前のテーブルに並ぶ【レリック】以外の平行世界から自身が持ち帰ったロストロギアの数々を見つめながら叫んだ。

 

「ふふ、流石に今回はリンディさんも気が付けませんでしたね。まさか、渡した通信機に細工が施されていたとは、夢にも思わなかったでしょう」

 

 今回の平行世界に探求に関して、フリートは何とか自身も行ける手段は無いかと考えた。

 だが、その為には平行世界への移動に関する情報が不足していた。故にフリートはリンディ達を休暇と言う形で平行世界に渡らせることで情報を収集したのである。収集方法はブラックが何時も付けているネックレスに加え、『パラレルモンのデータを組み込んだ通信機』である。

 リンディ達は気が付いていなかったが、平行世界に行ったのに通信が普通に使えている時点で可笑しいのだ。何せ受信先であるアルハザードは次元どころか、通常ならば辿り着く事など出来ない平行世界なのだから。だが、フリートはパラレルモンのデータを組み込む事で、それを可能にした。

 後は、送られて来る情報とパラレルモンのデータを組み合わせる事で、見事フリートは平行世界に渡る手段を獲得したのである。

 

「いや~、一時は危なかったですけど、あっちでは色々と楽しめました。ミッドチルダにある発見されていないベルカの海底遺跡に潜って調査したり、観光したりと本当に楽しめましたよ。あっちのあの子(・・・・・・・)の体の調整も序にやっておきましたから、目覚めれば普通に日常を過ごせるでしょうね……さて、それではさっそく研究をしましょう! どれからやるか悩みますね!!」

 

「これなんて、良いんじゃないかしら、フリートさん」

 

 横合いから伸びて来た手が握ったロストロギアを差し出されたフリートは、一瞬前までの高揚が消え去り、全身から冷や汗を流し出した。

 油の切れた人形のようにギシギシと音が聞こえそうなぐらいの動きで、横を振り向いて見ると、笑顔を浮かべたリンディが立っていた。

 

「楽しそうね、フリートさん?」

 

「……質問ですけど……何でバレたんですか? 今回は、凄い自信が在ったんですけど?」

 

 最新の注意を払ってフリートは行動したと自信を持って言える。

 痕跡も平行世界の自身が動いたように見えるように考え抜いて動いた。しかし、こうしてリンディがやって来たと言う事は、完璧だと思った偽装に穴が在った事を示している。

 

「そうね。今回は流石に私も貴女の行動に疑問が浮かばなかったわ。だけど、上機嫌過ぎたのよ。何時もの貴女なら、色々得られても肝心の平行世界に行けなかった事に悔しがる筈。けど、悔しがる様子も無くて、【レリック】の研究に向かったのが違和感の正体だったわ」

 

 一度始めた研究をフリートは途中で投げる事など絶対に無い。

 長期間を目安にする研究の移行は在ったとしても、今回は移動まで成功しているのだ。ならば、止められるのも構わずに研究を続けるのがフリートの何時もの行動。

 しかし、その様子も見せず、【レリック】の研究の方に集中するなど、リンディの知るフリートならば絶対に在り得ない。

 

「そうなれば、答えは一つしかないわよね、フリートさん。既に貴女自身も平行世界に移動する為の研究を終えていると言う事でしょう?」

 

「で、でもですね! 例え完成していたとしても、私が行ったとは限らないじゃないですか! それなのに何で私が平行世界に行ったと思うんですか!?」

 

「ミスが在ったのよ。貴女じゃなくて、なのはさんが起こしてくれたミスがね」

 

「なのはさんのミス!? ……アッ! アァァァァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

 フリートは平行世界のミッドチルダで起きた戦いの時を思い出した。

 そう、メタルガルルモンXが三隻の艦艇を消滅させる時に、なのはは使ってしまったのだ。

 〝アルハザードの魔法式゛を。もしも平行世界のフリートが見れば、何が何でもメタルガルルモンX達に接触していただろう。それこそ事件を引き起こしてでも。だが、事件後も滞在していたのに事件らしい事件は起きなかった。

 それが意味する事は、無限書庫の爆破事件とユーノ達を襲った犯人はメタルガルルモンX達がアルハザードの魔法式を使っても構わないと思っているリンディ達の世界のフリートしか考えられないのだ。

 

「さて、フリートさん? 今回は私達も平行世界で暴れたからお仕置きはしないわ。だけど、色々と聞かせて貰うわよ。貴女が平行世界でやった事の全部を」

 

「……は、はい」

 

 この後、フリートは洗い浚いリンディに全てを白状した。

 その結果、やはりウッカリを幾つかやらかしていた事が判明し、その後始末にリンディがフリートを引き連れて平行世界に戻る羽目になるが、それは別の話。

 因みに『平行世界に行ってらっしゃいガン』は、リンディが没収したのは言うまでもない。




次回の【おまけ】で第一章は終了です。

データを提供してくれた【kumori】様の感謝しております。

本来ならば第二章はコラボ作品でしたが、投稿するかは未定です。
ただForce編については修正後に投稿する予定です。
今しばらくお待ち下さい。


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第二章 コラボへ(コラボ先Arcadiaに投稿されている『友』様作 リリカルなのは~生きる意味~)
コラボ1


【おまけ】を先に投稿する予定でしたが、思っていたよりも設定を直す箇所が多いので、先に投稿しようか悩んでいたコラボ編を投稿する事にしました。

コラボする作品は、【Arcadia】に投稿されている『友』様作の【リリカルなのは~生きる意味~】で起きたブラックウォーグレイモンとの出会いの話を、【漆黒の竜人と魔法世界】でのブラックになった場合の話です。


 とある管理外世界。岩や荒野が広がる無人世界。

 その場所をブラックは静かに歩き続けていた。しかし、何時もとは違い、首に掛かっているネックレスは存在せず、パートナーである筈のルインもブラックの傍にはいなかった。

 本来ならばブラックが一人で勝手に動くのは日常茶飯事なのだが、今回は完全に何時もとは違っていた。何故ならば、今ブラックが歩いている世界は本来のブラックの世界ではなく、平行世界の管理外世界だったのだ。

 マッドであるフリートの実験に付きあわされてしまい、ブラックは通信機の役割も担っているネックレスも持たずに平行世界に飛ばされてしまった。

 当初はその事でブラックは非情に不機嫌ではあったが、リンディの小言を聞かずに済む事。ヴィヴィオに付き纏われない事。その様な事から完全に開放されたブラックは伸び伸びと自身の目的通りに動ける現状に歓喜し、世界を好き勝手に動き回る事を決意して歩き続けていた。

 最もブラックが現れたのが無人の管理外世界だったのは幸運としか言えないだろう。もしも管理世界にでもネックレスを着けていないブラックが現れていたら、今頃は大惨事と言う言葉が生温い状況が生まれていただろうから。

 

「………チィッ……数時間歩いてみたが、何の気配も感じられん。どうやら無人の管理外世界か………完全に外れのようだ………まぁ、良い。居ないとなれば、別世界に行けば良いだけだ。とにかく強い奴だ。俺の心を満たせるだけの敵と出会えればいいのだが………ムッ!」

 

 ブラックは突然複数の気配が出現した事に気がついた。

 そしてそのまま黙って気配が感じられる方向を見ていると、管理局の者と思われる局員達がブラックの方に向かって飛んで来た。

 その姿にブラックは僅かに残念そうに溜息を溢して、前に向かって歩き出す。

 一般的な管理局員など七大魔王とさえ戦った事があるブラックからすれば、雑魚どころか路傍の石同然の存在。当然ながら強敵を求めているブラックからすれば、興味さえも湧かない存在でしかない。

 だからこそ、本当に珍しく黙ってその場から去るつもりだったのだが、その前に局員達はブラックの周りを囲み、その中のリーダーと思われる人物-この世界のクロノ・ハラウオンがブラックの姿に疑問を覚えて思わず呟く。

 

「………ユウ?」

 

「邪魔だ。とっと失せろ」

 

「なっ!? 言葉を喋れるのか!?」

 

「フン、言葉を話せては不味いのか? そんな事よりもさっさと失せろ。俺の邪魔をするな」

 

「待ってくれたまえ! 私達は時空管理局の者だ!!」

 

(………誰だ? コイツは?)

 

 歩き出そうとした瞬間にクロノの横に立っていた男性-クロノに良く似た顔立ちをした男性にブラックは疑問を覚えた。

 少なくともブラックの記憶の中にそのような人物は存在していない。ブラックはその事に疑問を覚え、男性の顔を静かに見つめ続けるが、その間に男性はブラックに向かって再び質問を行い出す。

 

「今、この世界で局所的だが空間の位相が不安定になっている。我々は、その調査に来た。そして、その空間の異常の中心部分に来た結果、君に遭遇したんだ」

 

「ほう、ならば簡単だ。その空間の異常の原因は、俺自身だ」

 

『ッ!!』

 

 ブラックの告げた答えに局員達と男性、そしてクロノは驚愕し、思わずブラックの姿を見つめるが、ブラックはもはや関係ないと言うように足を進めようとする。

 しかし、その前にクロノがブラックの前に立ち塞がり質問の叫びを放つ。

 

「何故そんな事をする!?」

 

「………理由など無い」

 

「何だと!?」

 

「簡単な事だ。俺はそう言う存在だ。存在するだけで、空間に異常をきたし、世界を不安定にする存在。それが俺だ」

 

『………』

 

 ブラックの答えにクロノだけではなく、他の局員達までも言葉を出す事が出来なかった。

 “存在しているだけで世界に異常を引き起こす”。しかもそれは 自身の意思と関係なしで。

 それが事実だとすればどれほどまでに辛い事なのか想像する事さえも出来ない。

 それを味わう事が出来るのはブラックだけだろう。或いはブラックのパートナーであるルインぐらいだ。

 

「貴様の質問には答えた。さっさと其処を退け。これ以上俺を苛つかせるな」

 

「待ってくれ! 僕達は無闇に争うつもりはない! 君の身柄は管理局で保護する! 身柄の安全も保証する!」

 

「身柄の安全? ………クックックックックックックハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

「何が可笑しいんだ!?」

 

 突如として笑い声を上げ始めたブラックに対して、クロノに似た男性が質問の叫びを放った。

 その事に対してもブラックは笑いをおさめる事が出来なかった。ブラックからすれば当然だろう。よりにもよって平行世界とは言えクロノに、管理局に、自身の身柄の安全を保障するだと告げられたのだから、もはや笑うしかブラックにはできない。

 

「クックックックックックッ、よりにもよって管理局の人間に安全の保障などと言われるとは思っても見なかった………笑わせてくれた礼だ。消えろ。今すぐ消えれば見逃してやる」

 

『ウッ!!』

 

 深く静かなブラックの殺気を浴びたクロノ達は怯み、思わず背後に足が後退する。

 それを確認したブラックは殺気を振り撒きながら前へと進んで行く。敵にならない存在などにブラックは全く興味は無い。だからこそ、珍しく暴れる事もせずに管理局員の前から姿を消そうとする。

 しかし、此処で一つの不運が起きた。余りに強力すぎるブラックの殺意に一般的な局員が耐えられる筈も無く、恐怖心に駆られてブラックに向かって射撃魔法を撃ち出してしまう。

 

「ウッ、ウワァァァァァァァッ!!」

 

「なっ!? 何て事を!?」

 

 ブラックに射撃魔法が直撃するのを目撃したクロノに似た男性は声を上げ、クロノも慌て始める。

 しかし、クロノ達が対処を行う前に射撃魔法が直撃した事によって発生した煙の中からブラックが飛び出し、射撃魔法を放った局員の前に瞬時に移動する。

 

「ヒィッ!!」

 

「………つまらん。恐怖に駆られて攻撃とは」

 

「クッ!! ブレイズキャノン!!」

 

「本気でつまらん!」

 

『なっ!?』

 

 クロノが放った砲撃はブラックが振るった右腕の風圧によって一瞬の内に四散した。

 その現象にクロノだけではなく他の局員達も驚くが、ブラックは構わずに目の前に立っていた局員を殴り飛ばす。

 

「邪魔だ」

 

「ガハッ!!」

 

 ブラックの拳を受けた局員は一撃の下に吹き飛んでいき、その勢いのまま岩壁にぶつかり意識を完全に失った。

 それを確認するまでも無くブラックは静かに殺意を振り撒きながら、周りで震えている局員達とクロノ達を睨みつける。

 

「気が変わった。貴様らは一人残らず叩きのめしてやる。少しは頑張るんだな。俺の疼きを抑える為に!!」

 

「クッ!! 攻撃開始だ!!」

 

 クロノは叫ぶと同時に周りに居た局員達とクロノに似た男性はブラックに向かって魔法を放つが、彼らは身を持って知る事になった。この世には触れてはいけない史上最悪にして最凶の存在が居る事を。

 

 

 

 

 

 平行世界の地球。その地に存在する海鳴市の高町家の中で同じ顔の二人の少女-高町なのはと高町桜はゲームで遊んでいた。

 本来ならば存在しないはずのなのはの姉の桜。彼女もまたブラックと同じように異界の人間の生まれ変わりだった。彼女も【リリカルなのは】の世界に転生し、ジェルシードに関わる事件や闇の書事件を解決に導き、原作では死んでしまった筈の存在さえも、もう一人の転生者と仲間達と共に救い出した。

 そしてそんな二人に突如として通信が届き、桜は自身のデバイスである【レイジングソウル】を服の中から取り出して通信先にいる切羽詰ったエイミィがモニターを映る。

 

『いきなりゴメン! ユウ君いる!? ユウ君に直接繋ごうと思ったんだけど、捉まらなくて!』

 

「えっと………ユウは朝から出かけてて………行き先は私達にもさっぱり………でも、昼までには戻ってくるって聞いてますけど」

 

『そんな!? それじゃ間に合わない………ゴメン2人とも! 何とかユウ君探してきて! このままじゃクロノ君たちがやられちゃうよぉっ!!』

 

『ッ!!』

 

 半泣きになりながらエイミィが告げた事実になのはと桜は、ただ事ではない判断すると、即座に立ち上がり、同じように家の中にいた兄である恭也と姉である美由希に向かって桜が叫ぶ。

 

「恭也兄さん! 美由希姉さん!! 大至急ユウを探して来て!! 私となのははクロノ達の応援に行くから!」

 

「分かった! 気をつけて行って来い!!」

 

 桜の叫びに恭也は即座に答え、美由希も黙って頷き外へと駆け出して行く。

 桜はそれを確認するとエイミィに転送を頼み、なのはと共にアースラへと転移していった。

 しかし、桜は知らなかった。向かう先に存在している最凶の者が、桜ともう一人の転生者を絶対に認めないという事を。そして自分達がどれほど恵まれて生まれて来た事を知る事になるとは、神ならぬ桜には全く分からなかった。

 

 

 

 

 

 破壊し尽くされた岩壁。

 その場所には多数の局員が傷付きながら倒れ伏し、同じぐらい傷ついているクロノとクロノに似た男性-クロノの実の父親-クライド・ハラオウンが漆黒の竜人-ブラックによってそれぞれ両手のドラモンキラーの爪先に掲げられていた。

 

「グウッ!! ………ば、化け物か」

 

「つまらん。本気でつまらんぞ。少しは俺を楽しませろ!!」

 

『ガハッ!!』

 

 ブラックは叫ぶと同時に二人を勢いよく地面に叩きつけ、クロノとクライドは苦痛の叫びを上げた。

 しかし、その姿を見てもブラックは喜びの感情など抱かずに苛立ちだけが募っていた。ハッキリ言ってブラックは本気で今の戦いをつまらなく感じていた。

 少しは楽しめるかと思い戦ってみたが、結局ブラックの本能を鎮める所か逆に本能の疼きを上げるだけで、ブラックの苛立ちは募るばかりだった。

 局員やクロノ達が放つ魔法は非殺傷設定の為に、ブラックからすれば避ける必要も無くその身に食らってもダメージを受ける事は無い。だが、逆にその事がブラックの苛立ちを募らせ、手加減する事無く殆ど一瞬で武装局員達を倒し、クロノとクライドにしても逃げ続ける事で二十分ぐらい持たせるのが精一杯だった。

 

「つまらん」

 

 ブラックは地面に倒れたままのクロノとクライドに感情が全く篭っていない言葉を掛けると、そのまま二人に背を向け、その場を去ろうとする。

 そしてそのままブラックは崖の間を通り過ぎようとするが、その瞬間にクロノとクライドは同時に立ち上がり、ブラックの頭上に存在している大岩に向かって砲撃を撃ち出す。

 

『ブレイズキャノン!!!』

 

「ムッ!」

 

 二人が放った砲撃によってブラックの頭上に存在していた大岩が崩れ、油断してたブラックは大岩の下に飲み込まれた。

 それと共に周りの崖も崩れ落ち、大岩の隙間を塞ぎブラックは完全に大岩の下に閉じ込められてしまう。

 一時的にもブラックの脅威から解放されたクロノとクライドは安堵の息を吐きながら地面に膝をついていると、空から二人の少女-バリアジャケットを纏い、それぞれデバイスを手に握った桜となのはがクロノの向かって降りて来る。

 

「クロノーー!!!」

 

「クロノ君!!」

 

「ッ!! 桜!! なのは!! 如何して此処に!?」

 

「エイミィさんに頼まれたの。クロノ達がピンチだから助けて欲しいって。本当はユウの方が良かったんだけど、今日は朝から何処行ったか分からないから、私達が先に応援に来たの」

 

「………そうか、正直助かるが………来ない方が良かったかもしれない」

 

『えッ?』

 

 クロノの苦渋に満ちた声に桜となのはは同時に疑問の声を上げ、クロノと同様にボロボロになりながら膝をついているクライドがブラックが生き埋めになっている大岩の方に顔を向けながら呟く。

 

「ハッキリ言って、この敵は強すぎる。私達の魔法が全く効かないんだ」

 

「エェェェッ!! 魔法が!?」

 

「それでソイツは何処に居るのよ!?」

 

「今はあの大岩の下だが、先ず間違いなく生きている。だが、これも何時まで持つか………せめて1時間………いや、30分持てばいい所…」

 

『ッ!?』

 

 クロノの声を遮るように大岩は粉々に砕け散り、細かい瓦礫も跡形も無く吹き飛んだ。

 その現象に全員が目を見開き、大岩が在った場所に顔を向けてみると、砂煙の中に影が映り出す。

 

「三十秒しか持たなかったか」

 

「………いい加減に限界だ。貴様らは殺す」

 

『なっ!?』

 

 苛立ちに満ちた声と共に砂煙の中から出て来たブラックの姿に、なのはと桜は驚きの声を上げた。

 その見覚えのあるブラックの鎧と両手の鉄鋼に二人は思わずブラックの姿を凝視してしまうが、逆にブラックはなのはと桜の姿に疑問を覚えた。

 

(誰だ? 高町なのはの横に立っている小娘は? この世界では奴には姉妹が居るのか?)

 

「………嘘………ユウ君のバリアジャケットそっくり………」

 

(ユウ? 誰だ? 聞き覚えが無い名前だ? あの小僧に似た男に、高町なのはに似た娘。一体この世界はどうなっている?)

 

 ブラックは自身のいる世界の現状が良く分からずに疑問の覚え、苛立ちも忘れて考えようとするが、その考えは恐れを含んだ桜の呟きに中断する。

 

「な、何で………」

 

(ムッ?)

 

「さ、桜お姉ちゃん?」

 

 恐怖に震えている桜にブラックだけではなくなのはも疑問を覚えるが、桜は答えずにブラックを見つめながら、本来ならば知るはずの無い事を呟いてしまう。

 

「ブ、ブラック………ブラック………ウォー………グレイモン………」

 

(何!?)

 

 自身の名を名乗る前に呟かれた事にブラックは内心で驚愕し、目を細くしながら桜の姿を注意深く見つめ始める。

 

「貴様、何故俺の名を知っている?」

 

「そ、その前に、ちょっと聞かせて………【デジモン】、【ダークタワー】、【ホーリーストーン】、【チンロンモン】………この単語に聞き覚えは?」

 

「………何故貴様がその単語を知っている。それは貴様が知る事は出来ないは………(いや待て………俺はこのような出来事を知っている………まさか、まさか!? あの娘は!?)」

 

 ブラックは桜の呟いた言葉に疑問を覚えるが、すぐにある仮説に思い至り、信じられないと言う瞳で桜の顔を見つめた。

 しかし、今度は桜がブラックの言葉に諦めたように目を伏せながらレイジングソウルの柄を強く握り始める。

 

「………そう………レイジングソウルッ!!」

 

 桜が叫ぶと同時にレイングソウルはブラストモードへと変形し、 突然の桜の行動になのは、クロノ、クライドは驚愕する。

 しかし、桜はその様子に構わずにブラックにレイジングソウルの照準を合わせて躊躇い無くなのは達が更に驚く命令をレイジングソウルに向かって叫ぶ。

 

「非殺傷設定解除!!」

 

「やはり貴様は!?」

 

 ブラックは桜の叫びに桜の正体を確信した。

 初めて見る敵に対する迷いの無い非殺傷設定解除の命令。その事だけでもブラックが桜の正体を確信するには充分だった。

 知っているからこそ出せる命令。ブラックにとってはその様な出来事は充分過ぎるほどに理解している。

 “何故ならば今の桜の行動は、ブラック自身も行った事がある行動なのだから”。

 しかし、桜はブラックの叫びや様子には一切構わずに特大の砲撃をブラックに向かって放つ。

 

「フルパワー! ポジトロンレーザー! バージョンF!!」

 

 桜が放った手加減無用の砲撃は、ブラックの体を飲み込んだだけではなくそのまま背後の崖に激突し、それよって崖にも巨大な亀裂が走り、崖は一瞬の内に崩壊した。

 その様子を目撃したクロノは慌てながら、焦りと恐怖に震えている桜に向かって叫ぶ。

 

「なっ!? 桜!? いきなり何を!? しかも非殺傷を解除するなんて !?」

 

 クロノがそう叫ぶのも当然だろう。

 桜の一撃は非殺傷設定でも充分過ぎるほどの威力が在る上に、それを殺傷設定で放ったのならば並みの者では死んでしまうだろう。だが、桜の行動はブラックに対しては正しい行為だった。最もブラックにはダメージが全く無いのだが。

その事を知らないなのは、クロノ、クライドは桜の行動に質問を繰り返そうとするが、その前に焦りと恐怖に染まった桜が叫ぶ。

 

「逃げるわよ!!」

 

「さ、桜お姉ちゃん!?」

 

「ブラックウォーグレイモンを相手に、まともに戦って勝てるわけないわよ!!」

 

「えっ!?」

 

 桜の叫びになのはは驚いた声を上げるが、桜は構わずになのはの手を掴み取りその場から本当に逃げ出した。

 

「ちょっ! 桜お姉ちゃん!!」

 

 なのはは全速力で逃げようとしている桜を引き止めようとするが、その前にブラックが居る筈の崖の瓦礫の山が吹き飛び、飛び出したブラックが桜の前に立ち塞がる。

 

「………逃げられると思っているのか? この俺の事を知りながら」

 

「クッ!!」

 

 無傷のブラックの姿に桜は悔しそうに声を上げ、なのははブラックの姿に目を見開いた。

 しかし、ブラックは桜となのはの様子には一切構わず、苛立ちが募った視線を桜に向ける。

 

「今の攻撃で確信したぞ。貴様は………いや、そんな事はもう如何でもいい………どうやら貴様は少しは骨がある奴のようだ」

 

「………だったら、如何なのよ? 出来れば、私としてこのまま見逃して貰いたいんだけどね?」

 

「フッ、無理だな。貴様は………殺すッ!!!」

 

『ッ!!』

 

 ブラックが叫ぶと共に凄まじい殺気に桜となのはに叩きつけ、その殺気に桜となのはは本能的な恐怖を心の底から味わった。

 最初からブラックの正体を知っている桜は当然として、なのはにも如何してクロノがこの場に来ない方が良かったと告げたのかハッキリと理解出来た。目の前に存在しているブラックは恐怖の根源そのもの。

 例え自分と桜が一緒に戦ってもブラックの足元にも及ばないと理解出来たが、既になのははブラックが放ち続けている凄まじい殺気から抜け出す事が出来ず、体を恐怖で震わせる事しか出来なかった。

 しかし、ブラックはその様子に一切構わずに恐怖に体を震わせているなのはに向かって、右手のドラモンキラーを突き出す。

 

「先ずは貴様だ!!!」

 

「クッ!!」

 

Flash(フラッシュ) move(ムーブ)

 

 ブラックのドラモンキラーがなのはの体に直撃する直前に、何とかブラックの殺気の影響から抜け出す事が出来た桜は、恐怖に震え続けているなのはの手を高速移動魔法を使用しながら引っ張り、ブラックの攻撃をかわした。

 そしてそのまま高速移動魔法の影響が治まる前になのはの方を振り向き、未だに恐怖から抜け出せていないなのはに活を入れる。

 

「なのは!! 此処で死んだらユウとはもう会えないわよ!!!」

 

「ユウ君ッ!!」

 

 桜の告げた人物の名前になのははハッと我に帰り、自身の手を握りながら引っ張り続けている桜の顔を見ると、桜は真剣な顔をしながら頷く。

 

「そうよ!! だから絶対に生き残るの!! フォーメーション対ブレイズ戦!!」

 

「う、うん!!」

 

 桜の叫びになのはは即座に頷き、レイジングハートを構え直しながら背後を振り向いてみると、先ほどの殺気を撒き散らしながら追って来るブラックを目にする。

 

「逃がさんぞッ!!」

 

「行くわよ!!」

 

「うん!!」

 

Flash(フラッシュ) move(ムーブ)

 

 凄まじいスピードで接近して来たブラックを桜となのははギリギリまで引きつけ、高速移動魔法を使用する事で左右に避けた。

 ブラックはその様子に二人の次に行うであろう行動を経験から完全に予測するが、あえてこの場は二人の思惑通りに動き、そのまま前へと僅かに進む。

 そしてその間にブラックの背後へと回った桜となのはは、バスターモードとブラストモードへと変えたレイジングソウルとレイジン グハートをブラックの背に向けて照準を合わせて同時に砲撃を撃ち出す。

 

「ダブルッ!!」

 

「ポジトロンッ!!」

 

『レーザーーッ!!』

 

「フン……(インペリアルドラモンの技の猿真似か。威力は本物には遠く及ばんな。だが、もう少しだけ付き合ってやろう。もう一人の“敵”が来るまではな)」

 

 桜となのはが同時に放った二つのポジトロンレーザーはブラックの背に装着されている【ブラックシールド】へと直撃し、ブラックはそのまま地上へと叩きつけられた。

 そして魔力爆発によって辺りに煙が渦巻くと、何時の間にか復活して上空に浮かんでいたクロノとクライドがブラックが落下した場所に向かって追い討ちをかけるように数百本の魔力剣を撃ち込む。

 

『スティンガーブレイド! エクスキューションシフトッ!!』

 

 クロノとクライドが同時に放ったスティンガ-ブレイド・エクスキューションシフトはブラックがいるであろう場所に次々と向かい、 再び魔力爆発が地上に起きた。

 

「これぐらいなら少しは……」

 

「淡い期待なんか持たない方が良いわよ。よくて軽く殴られた程度のダメージじゃないかしら?」

 

「……桜?君はアイツを知っているのか?」

 

「……知識としては……だけどね」

 

 クロノの質問に対して桜は油断無くブラックのいるであろう場所を睨みながら答えた。

 その桜の答えになのは、クロノ、クライドは僅かに訝しげな視線を桜に向けるが、その前に煙の中から先ほどのクロノとクライドに勝るとも劣らない数の赤黒いエネルギー剣が煙を吹き散らしながら桜達に向かって突き進んで来る。

 

「ッ!! 皆! 避けて!!……(何!? この攻撃は!?)」

 

 凄まじいスピードで向かって来た無数のエネルギー剣を避けながら、桜は自身の知らない攻撃に疑問を覚えた。

 桜の知識の中には今の攻撃などブラックウォーグレイモンには存在していない。しかし、現実にブラックのいたであろう場所から攻撃が放たれて来た。

 その事実に桜が動揺を覚えていると、次の瞬間に煙の中から無傷のブラックが姿を現し、凄まじいスピードで桜に急接近して来る。

 

「クッ!!」

 

 ブラックの姿を目撃した桜はブラックから距離を取ろうとするが、 ブラックのスピードは凄まじく徐々に距離は縮まって行く。

 桜はその事に悔しそうにしながらも辺りに存在している岩場に近寄り、崖に成っている場所を背にし始める。

 その様子を目撃したブラックは瞬時に桜の狙いに気がつくが、先ほどと同じように桜の策に気がついてないと言うようにスピードを更に上げ、桜に向かって突進する。

 

(今ッ!)

 

Flash(フラッシュ) move(ムーブ)

 

 先ほどと同じように桜はギリギリまでブラックを引きつけながら 高速移動魔法を使用して躱し、ブラックはその勢いのまま崖に激突した。同時に崖全体に一瞬の内に罅が広がり、崩落した。

 その現象に上空で様子を見ていたなのは、クロノ、クライドは、先ほどの桜のポジトロンレーザー以上の崖の崩落に目を見開きながら、呆然と崩落した崖の瓦礫を見つめた。桜の砲撃以上の現象と言う事は、ブラックの攻撃力は魔法を超えていると言う事になる。

 その事実になのは達が驚愕しながら呆然となった瞬間に、桜が慌てた顔をしてなのはに向かって叫ぶ。

 

「バカ! なのは! 危ない!」

 

「はぁあああああっ!!」

 

「ッ!!」

 

 桜が叫ぶと同時に崩落した瓦礫の中からブラックが飛び出し、なのはの目の前に普通の人間ならば視認するのが不可能なレベルで移動した。

 

(なっ!? 何よ今のスピード!? 全然見えなかった! さっきまのスピードを軽く超えているわよ!!)

 

 桜はブラックの在り得ないレベルでのスピードに内心で驚愕の声を上げるが、ブラックは構わずに咄嗟の事態で動きが完全に止まってしまっているなのはに向かって右腕のドラモンキラーを振り上げる。

 

「ムン!!」

 

「なのは!!」

 

Blitz(ブリッツ) Rush(ラッシュ)

 

 桜の悲痛な悲鳴が響いた瞬間に、金色の閃光がなのはの横を通り過ぎ、なのははブラックの攻撃から逃れた。

 突然の事態になのはが慌てて自身の服を掴んでいる相手の顔を見てみると、険しい顔をしたフェイトが存在していた。

 

「なのはッ!! 大丈夫!?」

 

「フェイトちゃん!! 何で此処に!?」

 

「私達も、エイミィに頼まれたんだ。クロノ達を助けて欲しいって。ユウは、姉さんやアリサたちが探してくれてるよ」

 

「そうなんだ……えっ? 私“達”?」

 

「ムッ!」

 

 なのはがフェイトの声に疑問を覚えて聞き返した瞬間に、ブラックは突如として自身の背後を振り返った。

 その事になのはも疑問を覚えた瞬間に、ブラックの頭上から巨大な炎の鳥が舞い降り直撃する。

 

「シャドーウイングッ!!」

 

「ハンマースパーークッ!!」

 

 シャドーウイングの炎に包まれていたブラックに対して、赤い髪の少女-ヴィータが電撃を纏っていた巨大なハンマーを叩きつけ、ブラックは地上へと吹き飛んでいた。

 その様子になのはは嬉しげな笑みを浮かべ、シャドーウイングを放ったシグナムとハンマースパークをブラックに叩きつけたヴィータの姿を見つめていると、更に追い討ちを掛けるようにブラックが落下した地点に向かって上空から三つの白い砲撃が降り注ぐ、

 

「響け! 終焉の笛! ラグナロク!!」

 

「はやてちゃん!!」

 

 ブラックにラグナロクを撃ち込んだ主-リインフォースとユニゾンしているはやての姿に、なのはが更に喜びの声を上げた。

 それと共になのはとフェイトの周りに転送用の魔法陣が出現し、その中からアルフ、シャマル、ザフィーラ、ユーノが姿を現す。

 

「あたし等もいるよ!!」

 

「みんな……」

 

 駆けつけてくれた仲間の姿になのはは感動したように瞳を潤ませ、自身の周りの仲間達の姿を見つめていると、桜が険しい顔をしながらなのはに向かって叫ぶ。

 

「なのは! 感動してる最中悪いけど、ブラックウォーグレイモンがあの位でやられる訳ないから、気を引き締めなさい!」

 

 桜が叫び終えると同時に煙の中から全くダメージを受けた様子を見せていないブラックが姿を現した。

 その姿に全員が気を引き締めなおし、不気味なほどの静かにしているブラックに向かって構えを取りながら向き合うのだった。

 

 

 

 

 

 戦闘場所から数キロ離れた岩山。

 その場所の頂点に突如として光が溢れ、光が収まった後には青と白のロングコードを纏った長い銀髪に青い瞳を持った女性-リイン フォースにソックリな容姿をしたブラックのパートナー事、ルインフォース-愛称ルインが岩山の上に立っていた。

 

「さてと、ブラック様は何処でしょうかね? 出来るだけ早く見つけないと、ブラック様の事ですから無茶をしますし、早く合流しまし ょう」

 

 そうルインは呟きながらブラックの反応を探す為に、探索魔法を発動させようとした瞬間、遠くの方から爆発音が響いて来る。

 

「……はぁ〜、さっそく暴れているんですね。もう!! 目を離すとすぐにこれなんですから!!」

 

 遠くから聞こえて来た爆発音の正体にルインは僅かに不機嫌そうな声を出しながら空へと浮かび上がる。

 ルインには今の爆発の主の正体が分かっていた。自身の主であるブラックがリンディやヴィヴィオと言う抑止力を失えば如何言う行動を取るかなどルインには簡単に分かる。だからこそ、誰よりも早くブラックの後をルインは追って来たのだが、どうやら完全に一足遅かったようだ。

 

「此処は平行世界だから暴れたら不味いのに……ブラック様に言っても仕方ないでしょうね……とにかく様子だけでも見に行きますか」

 

 そうルインは呟き終えると、高速移動魔法を使用しながらブラックが戦っているであろう場所へと向かい出すのだった。



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コラボ2

 海鳴市に存在するとある墓地の丘。

 その場所からこの世界の二人目の転生者-【利村ユウ】こと【ユウ・リムルート】は、猫の使い魔のリニスと坂を降りていた。

 ブラックが平行世界に現れた今日は、ユウにとってこの世界の実の両親の命日で在った為に、ゆっくりと静かに墓参りを行いたかったので、リニスに頼み通信傍受さえも行っていたのだ。

 その為にエイミィの通信はユウには届かず、ブラックが現れた事もユウとリニスは知らなかった。

 そして墓の掃除や墓参りを終えたユウとリニスはバケツを手に提げながら坂を降りて、自分達が住んでいる高町家へと戻ろうとするが、その直前に坂の下の方から慌てながらアリサ、すずか、アリシア、ファリンが駆け上がって来る。

 

「ユウッ!!」

 

「アリシア? アリサにすずかにファリンさんまで……一体如何したんだ?」

 

 突如として駆け上がってくると共に慌てた顔をして叫んで来たアリシアの姿に、ユウは軽く驚きながら質問した。 すると、アリサが僅かに怒ったような顔をしてユウに駆け寄る。

 

「『一体如何したんだ?』じゃ、なーい!! アンタがほっつき歩いてる間に、なのは達が大ピンチになってるんだから!!」

 

『ッ!?』

 

 アリサの突然の大声にユウとリニスだけではなく、アリシア達も思わず耳を押さえてアリサを見つめてしまう。

 

「ほ、ほっつき歩いてたわけじゃないんだが……って、なのは達がピンチってどういう事だよ!?」

 

 アリサの言葉の意味に気がついたユウは慌てた声を上げてアリサ達に質問し、アリサ達はなのは達に起きている現状の説明を行いだすのだった。だが、彼女達は知らなかった。

 ユウがこれから向かう先にいる敵の目的は“ユウと桜”であると言う事。そしてその敵には想像を絶する力が宿っている事を彼女達は全く知らなかった。

 

 

 

 

 

 破壊し尽くされた岩山が多数存在する場所の上空。

 その場所でなのは達と合流したはやて達はブラックと戦い続けていた。はやて達の目的は、自分達の中でも最強の者-ユウが来るまでのブラックの足止めだった。またはSランクに匹敵する実力を持った全員で掛かり、ブラックを倒すと言う作戦だったが、その考えは間違っていたと心の底から思い知らされた。

 何故ならばはやて達の放つ攻撃は、“ブラックに何のダメージも与える事が出来なかったのだ”。

 

「紫電一閃!!」

 

「ラケーテン!! ハンマーーー!!!」

 

「……フン」

 

 シグナムとヴィータが同時に放って来た必殺技の一撃を、ブラックは無造作に両手のドラモンキラーで微動だにする事さえもなく受け止めた。

 その事実にシグナムとヴィータは目を見開きながら傷一つ付いていないブラックのドラモンキラーを見つめるが、ブラックからすれ 当然の事であり、シグナムとヴィータの様子になど構わずに二人を弾き飛ばす。

 

「邪魔だ」

 

『ガハッ!!』

 

 ブラックに弾き飛ばされた二人は、そのまま地上の方へと吹き飛ばされていったが、地上に激突する直前に体勢を整え直し地上に着地する。

 ヴィータはそれと共にブラックを確認しようと上空に目を向けるが、その直前にブラックがヴィータの目の前に姿を現す。

 

「なっ!?」

 

「ヴィータッ!!」

 

 ヴィータの危機にはやては慌てた声を上げ、すぐさま助けに向かおうとするが、その前にブラックが体勢が悪いヴィータに向かって ドラモンキラーを突き出す。

 

「ドラモンキラーー!!!!」

 

「ヴィータッ!!」

 

「ムッ!」

 

 ブラックのドラモンキラーがヴィータに直撃する直前に、突如としてドラモンキラーの前に展開された緑色の三重魔力障壁にドラモンキラーは阻まれた。

 その隙にヴィータはブラックのすぐ傍から離れるが、ブラックはあえて追撃を行わず、障壁を展開したユーノの傍に近寄って行くヴィータを見つめる。

 

(……つまらん……少しは楽しめるかと思って手加減していたが……やはり苛立ちが増すだけだ……そろそろ 終わりにするか。目的の敵も来る気配は無いからな)

 

 ブラックは完全に手加減する気を失い、本気を出そうと力を全身に込め始めるが、その前に上空から三つの砲撃がブラックに降り注ぐ。

 

「ダブルポジトロンレーザーーッ!!」

 

「エクストリームジハードッ!!」

 

「猿真似も……いい加減にしろッ!! ハァッ!!!」

 

『なっ!?』

 

 ブラックは叫ぶと同時に両手のドラモンキラーを鋭く振り抜き、桜色と白銀、そして金色の砲撃を真っ二つに切り裂き、砲撃はブラックに直撃する事無く四散した。

 今までと違うブラックの姿に全員が目を見開くが、ブラックの左右の真横に移動していたアルフとザフィーラはすぐさま驚愕を抑え込み、同時にブラックに向けて拳を突き出す。

 

「獣王拳ッ!!」

 

「覇王拳ッ!!」

 

「また猿真似か。猿真似ならこれぐらいはして見せろ!! ブレイズキャノン!!」

 

『なっ!?』

 

 ブラックは右側から迫って来るアルフの狼の顔している衝撃波-獣王拳と、左側から迫って来ているザフォーラの拳型の衝撃波-覇王拳に向かって左右の両手を突き出すと同時にクロノとクライドが得意としている砲撃を撃ち出した。

 その砲撃に全員が目を見開いている内にブラックの放った砲撃は 獣王拳と覇王拳と衝突するが、一瞬の停滞を見せる事も無く撃ち抜き、勢いも全く衰える事無く、砲撃はアルフとザフィーラに向かって迫る。

 

『クッ!!』

 

 アルフとザフィーラは迫り来る砲撃を横に飛ぶ事で避けたが、その顔は困惑に染まりきり、ゆっくりと両手を下ろし始めているブラックを見つめる。

 それだけではなく周りのメンバーもブラックに困惑を隠せないと言うように見つめ、ブラックの事を最も知っている筈の桜も今のブ ラックの技には困惑を隠せなかった。ブラックが使った砲撃は紛れも無くクロノとクライドが得意としている【ブレイズキャノン】。

 その魔法をブラックはまるで最初から使えたと言うように平然と使った。その事に誰もが驚愕と困惑せざるを得なかったが、ブラックは構わずに周りの者達を睨みつける。

 

「猿真似ばかり行うとは……俺を苛立ったせるのもいい加減にしろ」

 

「猿真似だって? ふざけんじゃないよ!! 私らの魔法は頑張って訓練して覚えた魔法だ!! それを猿真似なんて呼ぶんじゃないよ!!」

 

「フン、貴様らが使っている技は殆どが猿真似だ……いや、そう呼ぶのも苛立つ。本物の威力に比べれば遥かに劣る技だからな……そうだろう! 桜と言う娘!!!」

 

「ッ!! ……」

 

 突然、声を掛けられた桜は目を見開きながらブラックを見つめるが、桜はブラックの言葉に言い返す事が出来なかった。

 桜にもブラックの言葉は正しいと分かっていた。確かになのは達の魔法は努力した果てに覚えた魔法。だが、その技は殆どがデジモンの技を基にしたものであり、本物に比べれば遥かに威力は下回っているのだ。

 

「貴様とその妹が使った砲撃は【インペリアルドラモン】の技。そっちの金髪は【マグナモン】。赤いガキは【ズドモン】。桃色の髪の女は【ガルダモン】。そして犬どもは【レオモン】に【オーガモン】。どれもこれも猿真似としか言えない技ばかりだ」

 

(如何言う事!? 何でブラックウォーグレイモンが【インペリアルドラモン】の事を知っているの!? それに【マグナモン】も!? 他のデジモンはともかく、その二体とブラックウォーグレイモンが会える筈は無いわよ!! 一体このブラックウォーグレイモンは、何時のブラックウォーグレイモンなのよ!?)

 

「特に【インペリアルドラモン】と【マグナモン】の技を猿真似されたのは気に入らん!! 奴らは俺が認めている連中。そいつらを侮辱された気分だ……苛立ちも限界だ。もはや手加減はしない」

 

「なっ!? 今まで手加減していたと言うのか!?」

 

 ブラックが告げた事実にクロノは信じられないと言うように叫び、桜を除いた他のメンバー達も信じられないと言うようにブラックを見つめるが、残念ながら事実だった。

 

「五分は持たせろ。【七大魔王】どもと戦った時と同じぐらいの覚悟で貴様らと戦ってやるのだからな!!」

 

「し、【七大魔王】ですって!!」

 

 桜がブラックの言葉に驚愕すると同時にブラックが全員の視界から消失した。

 その突然の事態に誰もが慌ててブラックを探そうと警戒しながら辺りを見回し始めた瞬間に、ザフィーラの目の前に本気になったブラックが姿を現す。

 

「クッ!! オォォォォォォーーーー!!!」

 

「ハアッ!!」

 

 目の前に現れたブラックの姿にザフィーラは一瞬驚くが、すぐさま冷静に立ち返り、ブラックに向かって右拳を突き出し、ブラックもザフィーラの拳に応じるように右拳を放った。

 

「グッ!! グアァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

『ザフィーラッ!!』

 

 互いの拳が激突した瞬間に、ザフィーラの右腕は在り得ない方向へと曲がり、ザフィーラの右腕は折れた。

 それによってザフィーラは苦痛の叫びを上げ、折れた右腕を左腕で押さえながらブラックの傍から離れようとするが、その前にブラックはザフィーラの左肩に向かって凄まじい力を込めた踵落としを放つ。

 

「終わりだ」

 

「ガアァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

「消えろ」

 

 踵落としによって左肩を砕かれ、苦しんでいたザフィーラに対して、ブラックは一切の容赦なくドラモンキラーの爪先に作り出していた赤いエネルギー球を胴体に撃ち込み、ザフィーラは遠くへと吹き飛んで行った。

 

「十秒経過」

 

 ブラックは呟き終えると共に再び普通の人間では視認する事が不可能なレベルでのスピードで移動し、今度は一番奥で全員のブーストを行っていたシャマルの前に姿を現す。

 

「ヒィッ!!」

 

「煩わしい!!!」

 

「アッ!!!」

 

 ブラックはシャマルの腹に向かって左腕のドラモンキラーを迷わず突き出し、シャマルはザフィーラと同様に吹き飛んで行った。

 傷ついて行く仲間達の姿にヴィータは怒りを覚えて、ギガントフォルムに変形し電撃を纏っているグラーフアイゼンをブラックに向かって全力で振り下ろす。

 

「こ、この野郎ッ!! ハンマーースパーークッ!!」

 

「フン!!」

 

 ヴィータが振り下ろして来たハンマースパークに対してブラックは右腕のドラモンキラーをハンマーの中心部分に撃ち込み、辺りに衝撃波は撒き散らされた。

 しかし、ブラックに対してハンマースパークを振り下ろした筈のヴィータの顔は恐怖に歪み、アイゼンの柄を握っている両手を震わせながらハンマースパークを“右腕”だけで受け止めたブラックを凝視する。

 

「今何かしたのか?」

 

「う、嘘だ……嘘だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」

 

 自身の必殺技が簡単に受け止められた事実が信じられず、ヴィータは恐怖に駆られながらブラックに連続でハンマーを振り下ろす。

 だが、ブラックは全ての攻撃を見切り、先ほどと同じように“右腕 ”だけを使って受け止めて行く。

 その余りにも当然だと言うようなブラックの姿にヴィータは悔し涙を流しながらもアイゼンを振り下ろし続けるが、ブラックはやはり平然とした顔をしながら“右腕”だけで受け止めて続け、遂に攻撃を放っている筈のヴィータのアイゼンの方に罅が入り始める。

 

「なっ!? 何でだ!?」

 

「……やはりつまらん。失せろ!!!」

 

「クッ!! ヴィータ!!」

 

 ブラックがヴィータに向かって攻撃を放とうとしている事に気がついたユーノは、すぐさま先ほどと同じようにヴィータの前に三重魔力障壁を作り上げ、ヴィータが逃げる時間を稼ごうとする。

 しかし、今度は先ほどとは全く違い、ユーノが張った障壁は何の効果も発揮する事無く砕け散り、ブラックのドラモンキラーの刃がヴィータの体に突き刺さる。

 

「ガフッ!!」

 

『ヴィータッ!!!!』

 

「ヴィータちゃん!!!」

 

 ドラモンキラーの刃に突き刺さっているヴィータに、残っている全員が悲鳴のような声を上げ、ユーノが我を忘れたようにブラックに向かって突撃する。

 

「ウオォォォォォーーーーーーーー!!!!」

 

「フン、そんなにコイツが大切か? ならば返してやろう!!」

 

 怒りに我を忘れて突撃して来るユーノに向かって、ブラックは迷う事無くドラモンキラーに突き刺していたヴィータを投げつけた。

 ユーノは猛スピードで飛んで来るヴィータに気がつくと、慌ててスピードを落としヴィータを受け止める。

 

「ヴィー…」

 

「仲良く消えろ」

 

「ウワァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 ヴィータの体を受け止めて容態を伺おうとしていたユーノの目の前にブラックは瞬時に移動すると共に、ユーノとヴィータを全力で蹴り飛ばし、二人は遠くへと吹き飛んで行く。

 それを確認したブラックは次の敵の下に高速移動を行うとするが、その前にブラックの周りに存在していた二つのビットから緑色の光の紐が出現し、ブラックの体に巻き付けるようにビットは動く。

 

「ムッ!」

 

 ユーノが残した置き土産のバインドにブラックは拘束された。

 しかし、ブラックからすればそのバインドは何の意味もなく、力を込めて簡単に引き千切ろうとする。だが、この瞬間だけはブラックに完全に隙が生まれ、事前にユーノから策を念話で聞いていたなのは、桜、フェイトはブラックの頭上で桜、白銀、金の3色が交じり合った巨大な魔力球を作り上げ、全てを込める勢いで眼下に存在しているブラックに向かってデバイスを振り下ろし、巨大な魔力球をブラックに向かって放つ。

 

『メガ……デェェェス!!!』

 

 三人が放ったメガデスはブラックに直撃し、凄まじい爆発が起きた。

 しかし、それを見てもはやて、クロノ、クライド、シグナム、アルフは安心せずに爆発地点に向かってそれぞれが放てる最大の魔法を“殺傷設定”にして撃ち出す。

 

「響け! 終焉の笛!! ラグナロク!!!」

 

「スティンガーブレイド!! ベルセルクシフト!!!」

 

「スティガーブレイド!! エクスキューションシフト!!!」

 

「羽ばたけ! 火の鳥!! シャドーウイング!!!」

 

「獣王拳ッ!!」

 

 はやてが放った三つの砲撃-ラグナロク。

 クロノが放った巨大な剣-スティンガーブレイド・ベルセルクシフト。

 クライドが放った数百の剣-スティンガーブレイド・エクスキューションシフト。

 シグナムが放った炎の鳥-シャドーウイング。

 アルフが放った獣王拳。それぞれの必殺の魔法はブラックがいるであろう地点に同時に直撃し、前の爆発には及ばないがそれでも巨大な爆発が起きた。

 桜達はその様子に僅かに安堵の息を吐きながらも、爆発によって発生した爆煙を油断なく睨みつける。

 

「……これならば、幾ら奴でも……」

 

「……多分、少しぐらいはダメージを受けた筈よ」

 

「……冗談だよね、桜? これだけの魔法を、しかも殺傷設定で放ったんだよ? 幾らなんでも倒せる筈だよ」

 

「……アイツにまともなダメージを与えるなら、核弾頭ぐらいの威力は必要なのよ」

 

『ッ!!!』

 

 桜が告げた事実に全員が驚愕と恐怖に目を見開き、慌てて煙の方に顔を向けた瞬間に、煙がまるで吹き散らされるように消えていき、 “全くダメージを受けていないブラック”が八人の前に姿を見せる。

 

「……つまらん攻撃だ。捨て身の策を使ってもこの程度とは……無駄な時間を与えてしまったようだな」

 

『ッ!!!』

 

 無傷のブラックの姿と言葉に、桜を除いた全員が信じられないと言うような顔をしてブラックの姿を見つめ、桜は悔しげな顔してブラックの顔を見つめる。

 分かっていた事だが、ブラックの力は異常過ぎる。全力で撃ち込 んだ筈の攻撃で全くダメージを与えられていないのだから。

 正直に言えば桜は全員を連れてこの場から逃げ出したいと思っていた。だが、それは既に不可能な事であると言う事も桜は理解していた。視認さえも出来ないスピードで動けるブラックから逃れる事は不可能な上に、転送しようにも陣が発生した瞬間にブラックは攻撃して来るだろう。そう内心で考えていた桜ではあったが、フッと今考えた中にブラ ックから逃れられる方法がある事に気がつき、全員に念話を送る。

 

(皆、このままアイツと戦っていても勝ち目はないわ! ユウが何時来るか分からないし、此処は逃げるわよ!!)

 

(だが、逃げるとしてもどうやって逃げるんだ、桜? 奴のスピードは異常過ぎる。逃げたとしても絶対に追いつかれて、捕まってしまうぞ?)

 

(えぇ、だから転送魔法で逃げるのよ。他のメンバーは既にアイツの眼中に無いから転送させる事は簡単よ。作戦はこうよ。ブラックウォーグレイモンには魔法の知識なんて無いわ。だから転送用の陣と攻撃用の陣の判断は絶対につかない。それを利用して全員で強力な魔法を放つと思わせて、アースラに転送するの)

 

(なるほど、確かに良い策だが、先ほど彼は私とクロノ魔法をつかった。その事を考慮しての考えだね?)

 

(えぇ、正直アレは私も驚きましたけど、使ったのはクロノとクライドさんの魔法だけです。多分見覚えて使ったと思うんで、まだ、使ってはいない転送魔法なら逃げられる筈ですよ)

 

(……よし、桜の策で行こう。このままでは確かにやられてしまう。ユウが来るまでの間逃げ切れる可能性も低いし、逃げるのが正解だ。皆! 行くぞ!!)

 

(了解!!)

 

 クロノの念話に全員が一斉に頷き、それぞれ桜の策を成功させる為に余裕なのか静観していたブラックに向けてそれぞれデバイスを構え出そうとする。

 しかし、その直前にはやてとユニゾンしているリインフォースが違和感を感じる。

 

(ッ!!)

 

(ん? どないしたん、リインフォース?)

 

(……いえ、気のせいみたいです……(今、一瞬感じた魔力は……いえ、在り得ない。〝闇゛は既に居ないのだから))

 

 はやての質問に答えながらもリインフォースは言い知れない不安を感じるが、今は桜の策を成功させる為に全力ではやてのサポートに専念し始める。

 そして黙っていたブラックも作戦が決まったのを感知したのか、組んでいた腕を解いて構える。

 

「もう別れの挨拶は済んだか? そろそろ終わらせるぞ」

 

「あいにくだけど、私達はまだ死ぬ気は無いわよ!! ポジトロンレーザーーーッ!!!!」

 

「エクストリームジハードッ!!」

 

 桜とフェイトは同時にブラックに向かって砲撃を撃ち出し、他のメンバーもそれぞれブラックを撹乱するように動き始める。

 しかし、ブラックは惑わされる事無く、目の前に迫って来ている砲撃に向かってドラモンキラーを振り抜き、砲撃を四散させると共に砲撃を放った桜とフェイトに向かって突撃する。

 

「オォォォォォーーーーー!!!!」

 

『クッ!!』

 

Flash(フラッシュ) move(ムーブ)

 

Blitz(ブリッツ) Rush(ラッシュ)

 

 砲撃を四散させると共に飛び出して来たブラックに、桜とフ ェイトは悔しげな声を出しながらも高速移動魔法を使用してブラックの突撃を避けた。

 しかし、今度は今までとは違い、ブラックは自身の異常なスピードを完全に制御しきり、逃げ出した桜をすぐさま追い始める。

 

「フッ!!」

 

「クッ!! ……(冗談でしょう!? 何でアレだけのスピードを出していて、こうも簡単に追いつかれるのよ!! 違う!! コイツは私が知っているブラックウォーグレイモンじゃない!! だけど、世界に異常を起こすブラックウォーグレイモンなんて、あのブラックウォーグレイモンだけだし……あぁッ!! もう如何なっているのよ!?)」

 

 自身を追って来るブラックウォーグレイモンを見つめながら桜は内心で疑問の叫びを上げるが、それに答える者は誰も存在せず、ブ ラックは更にスピードを上げ、桜の前に回り込む。

 

「終わりだ!!」

 

「ッ!!」

 

 前方に回り込まれた事によって、桜の逃げ道は完全に閉ざされてしまい、慌てて急ブレーキを行うが、ブラックと違い自身の発揮していたスピードを完全に止める事が出来なかった。

 それに対してブラックは嘲りの笑みを口元に浮かべながら両手を徐々に迫って来ている桜に向けて、連続でエネルギー弾を撃ち出そうとする。だが、その前になのは、はやて、フェイトがブラックに対して射撃魔法を撃ち出す。

 

「アクセルシューターー!!!」

 

「ブラッディダガーーー!!!!」

 

「プラズマシューートッ!!!」

 

「チィッ!! 邪魔だ!! ウォーブラスターーー!!!!」

 

 なのは、はやて、フェイトが放って来たそれぞれの射撃魔法に対してブラックは、桜に放つつもりだったウォーブラスターを撃ち出す事で相殺した。

 それによって辺りに煙が満ちるが、ブラックは気配を感じ取る事で居場所をつき止め、すぐさま移動を行おうとする。

 しかし、煙の中から次々と光が満ち溢れ、その光の正体にブラックが気がつく。両手を振るって風を巻き起こし、周りの煙を吹き飛ばすと、ブラックにデバイスを向けながら巨大な魔法陣を足元に発生させている桜達の姿が存在していた。

 ブラックは僅かに感心したように頷きながら、デバイスを向けている桜達を見回す。

 

「ほう、なるほど。中々に面白い策だ。だが、それで一体どうするつもりだ?」

 

「クスッ、決まっているでしょう……逃げるのよ!!!」

 

 桜がブラックの質問に答えると同時に桜達の足元に存在していた魔法陣が光り輝き、桜達はアースラへと転移しようとする。

 だが、次の瞬間、桜達とブラック、そしてブラックによって戦闘不能にされたヴィータ、シャマル、ザフィーラ、ユーノさえも入り込んでしまうほどの巨大な結界が辺りに展開される。

 

『ッ!!!』

 

「て、転送妨害の結界!? 一体誰が!?」

 

 結界が張られると共に消失した魔法陣にクロノは疑問に満ちた驚愕の声を上げた。

 しかし、ブラックは桜やクロノ達の様子には構わずに、桜に嘲りに満ちた視線を向けながら声を掛ける。

 

「クックックックッ、言っただろう? 面白い策だと?」

 

「ッ!! 嘘!? ばれていたの!?」

 

「フン、貴様の考える策など俺は何度も見た事がある。それの対処法など簡単だ……さて、貴様の策は見せて貰った。次は俺の技を見て貰おうか?」

 

「ッ!! 皆! 防御魔法を全開にしつつ、ブラックウォーグレイモンから出来るだけ離れて!!」

 

 ブラックのやろうとしている事に気がついた桜は慌てて仲間達に 向かって叫び、全員が桜の警告に従い防御魔法を使用しながらブラックから離れ始める。

 ブラックはその様子を見ても慌てずに既に溜め終えていた力を一気に解放し、 防御魔法を使用しながら離れようとしている桜達を飲み込んでしまうほどの炎の竜巻を広範囲に発動させる。

 

「吹き飛べッ!!! ブラックストームトルネーード!!!!」

 

『キャアァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!』

 

『ウワアァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』

 

 ブラックが叫ぶと共に発動させたブラックストームトルネードは、防御魔法を発動させていた桜達だけではなく、辺りの岩山さえも吹き飛ばした。

 防御魔法を発動させていた桜達は何とか助かるが、全員が満身創痍と言うようにボロボロになりながら地面や瓦礫に激突して行く。

 

「あうっ! ……つ〜〜〜〜……」

 

 地面へと叩きつけられたはやてはボロボロになったバリアジャケットを纏いながら頭を押さえて立ち上がろうとするが、立ち上がる事は出来ず、地面に伏したままだった。

 しかし、その状態になりながらもはやては諦めずに周りを見回す。周囲には瓦礫となった岩が散乱し、その上にはやて以外の全員が気絶して倒れ伏してた。

 その事実にはやては慌てた顔をして何とか立ち上がろうとするが、 その前にはやてとユニゾンしているリインフォースが慌てながらはやてに向かって叫ぶ。

 

(主ッ!!)

 

「ハッ!?」

 

 リインフォースの叫びを耳にしたはやてが慌てて目の前に見てみると、右腕のドラモンキラーを振り上げているブラックが存在していた。

 

(アカン、私死んだわ)

 

 ドラモンキラーを振り下ろそうとしているブラックにはやては自身の死を確信し、思わず目を瞑ってしまう。  ブラックは何の感慨も浮かばずに、はやての体に向かってドラモンキラーの刃を振り下ろそうとする。だが、 その直前に、辺りに張られていた結界が一部罅割れたように崩壊し、黄金の閃光がブラックとはやての間に入り込むように突撃し、辺りに甲高い金属音が鳴り響く。

 

「えっ!?」

 

 耳に届いて来た金属音にはやては慌てて目を開けてみると、ブラックの黒いドラモンキラーを同じような形をした黄金色のドラモンキラーで受け止めている黄金色の鎧を身に纏い、銀色のフェイスガードを被った【ウォーグレイモン】を思わせるバリアジャケットを装着したユウが存在していた。

 その姿にはやては心の底から嬉しそうな顔をするが、逆にブラックはユウの姿に一気に怒りのメーターが振り切れる。

 

「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

「俺の、俺の大切な奴らに何しているんだ!? ドラモンキラーーー!!!!」

 

 ブラックの怒りの叫びに負けないほどの怒りの声でユウは叫び返すと共に、ブラックの胴体に向かって“殺傷設定の上に手加減無用 の一撃”を叩きこんだ。

 その威力に、怒りに支配されていたブラックは吹き飛ばされ、背後の瓦礫に激突して瓦礫の中に埋まった。

 ユウはそれを確認すると、背後でボロボロになっているはやてに急いで振り返る。

 

「はやて! リインフォース! 大丈夫か!?」

 

「ユ、ユウ君……」

 

「……すまん……俺が遅れたせいで」

 

 ユウはボロボロなはやての姿に申し訳なさそうな様子を見せながら謝り、周りを見回してみると、はやてと同様にボロボロな姿になっているなのは達と、明らかに致命傷に近い傷を負ってしまっているヴィータ達を目撃する。

 その事実にユウは無性に腹が立ち、ブラックが埋まっている瓦礫を怒りに満ちた視線で睨みつける。

 本来のユウならばブラックと戦うとなれば全力で拒否するだろう。彼も桜同様にブラックの力を知っている。だからこそブラックと戦いたいとは全く思わない筈だが、大切な人達を傷つけられたユウはブラックと戦う事を完全に決意し、ブラックがいる瓦礫に向かって足を力強く踏み出す。

 同時にブラックが埋まっている瓦礫が吹き飛び、ユウに負けないほどの怒りのオーラを全身に身に纏ったブラックがユウに向かって瓦礫を砕きながら足を踏み出す。

 

「……貴様、その姿を今すぐ解け」

 

「……ブラックウォーグレイモン」

 

「……やはり貴様も……いや、もうそんな事は本気で如何でもいい。俺の正体を知っているなら分かる筈だ。俺が如何言う存在なのかを?」

 

「あぁ、知っているさ」

 

 ブラックの質問に対してユウは迷い無く答えた。

 その自身の正体を知りながら迷いの無い瞳をしているユウの姿は、本来のブラックなら喜び、思う存分にユウとの戦いを楽しんでいただろう。だが、今のブラックにはもはやユウとの戦いを楽しむ気は全く無かった。桜達の認めているデジモン達の技を模した魔法。そしてブラックが心の底から認め、最高の戦友であり恩人だと思っている【ウォーグレイモン】の姿を模したユウのバリアジャケット。

 それらの事がブラックを心の底から苛立たせていた。しかし、ユウはそのようなブラックの内心には気がつかずにブラックを怒りの視線で睨みつけ、ブラックは何の感情も篭っていない声で質問を再開する。

 

「質問だ。俺の正体を知っている貴様は、俺を如何する?」

 

「知らん」

 

「ほう」

 

 ユウの答えにブラックは怒りを胸に押し込めながら感心した声を上げ、ユウを注意深く見つめる。

 

「お前が世界の安定を崩す存在だろうが、幾つ世界を滅ぼそうが俺は知らん。俺の周りに火の粉が降りかからなけりゃ、誰が何処で何しようが如何でもいい。俺の知らないところの出来事なんて、俺には関係ない。第一、俺にはアンタの存在や行動を否定する権利も無ければする気もない。いや、誰かの存在を否定する権利なんて、何処の誰にも有りはしないか」

 

「……」

 

「けどな! お前はこいつ等を……俺の大切な奴らを傷つけた! 今、俺はその事が無性に腹が立って仕方がない! だから、俺はお前をぶっ飛ばす!!」

 

「なるほど、良い答えだ。何処ぞの“独善者”どもよりも遥かに貴様の方がマシだ。世界などと言う不確定なものを護るなどとほざいている連中よりも、遥かに貴様の考え方の方が俺には面白い」

 

 ドラモンキラーを突き出しながら放ったユウの宣言に、ブラックは感心したような声を出しながら呟いた。

 そのブラックのアッサリとした答えにユウは僅かに自身の知っているブラックウォーグレイモンとの違いに内心で驚くが、それを振り払い、ブラックに自身の考えを突きつける。

 

「俺は自己中心的な人間なんだ。簡単に言えば、どこぞの知らない世界の100や200の命運より、俺は、こいつ等の方が大切なんだよ。まあ、こいつ等はそんな事は望んで無いだろうけど……こいつらが傷つくのは俺が嫌だからな。一言でいえば、俺は自分の為に戦っているんだ!!」

 

「ますますその考え方には共感出来る。世界などと言う不確定なものよりも、自分の信念のままに戦う方が正しい。護るものが明確なほどに力が上がるからな……だからこそ、俺は貴様らが気に入らんのだ。自分達がどれだけ護られているのかを知らない貴様らがな」

 

「何だって? 俺達が護られている?」

 

「……やはり分かっていないか……その身に教えてやろう。貴様らがどれだけ恵まれて生まれて来たのかを!!!」

 

「クッ!!」

 

 瓦礫を吹き飛ばしながら突撃して来たブラックに、ユウも慌てて構えを取り出し、ブラックに対して真正面から挑むのだった。



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コラボ3

 破壊し尽くされた岩山の跡地。

 その場所に存在する岩山の瓦礫の間を黄金の影と漆黒の影は高速で駆け抜けながら、互いにぶつかり合い続け、次々と辺りに衝撃波を撒き散らしていた。

 

「オォォォォーーーー!!!」

 

「ハアァァァァァァァァッ!!」

 

 黄金の影-ユウが突き出して来たドラモンキラーに対して、漆黒の影-ブラックも自身のドラモンキラーを突き出し、二つのドラモンキラーが激突しあった瞬間に、凄まじい衝撃波が爆裂した。

 その衝撃波の威力に耐え切れなかったユウは僅かに体のバランスを崩してしまい、耐え切ったブラックはその隙を逃さずにユウの胴体に向かって渾身の蹴りを撃ち込む。

 

「フンッ!!」

 

「グゥッ!!」

 

 強靭な防御力を誇っている筈のバリアジャケットさえも貫いて来たブラックの蹴りの威力に、ユウは苦痛の声を上げて体が宙に浮かび上がってしまう。

 ブラックは当然その隙も逃さずに身動きが取れないユウの頭部に向かって、両手を合わせながら全力の打撃を打ち下ろす。

 

「ガハッ!!」

 

 頭上からの凄まじく強烈な一撃を食らったユウは、苦痛の声を上げて地面に倒れ伏す。

 ブラックは地面に倒れ伏したユウを見下ろしながら声を出す。

 

「如何した? 俺をぶっ飛ばすとほざいていたくせに、その程度なのか?」

 

「チィッ!!」

 

 ブラックの嘲りに満ちた言葉にユウは苛立ちを覚えながらも即座に立ち上がり、ブラックの傍からすぐさま離れるが、ブラックは逃がさないと言うようにユウの後を追い、二人は再び高速戦闘を再開する。

 

 

 

 

 

 一方ブラックのブラックストームトルネードを食らって気絶していた桜達の下に、ユウの使い魔であるリニスが駆けつけ、気絶していなかったはやてとのユニゾンを解いて自由になったリインフォースと共に全員を一箇所に集め、フィールドタイプの治療魔法を使用して全員の治療を行っていた。

 その中で更にリニスが桜に治療魔法を重ねがけしていると、フッと桜の目が動き始める。

 

「……ウ〜〜ン」

 

「気がつきましたか、桜?」

 

「……リニス?」

 

「えぇ、ユウと一緒に駆けつけました。今、なのは達の方もリイン フォースが治療していますから大丈夫ですよ」

 

「そう、ユウが……ッ!!!」

 

 リニスの言葉の意味に桜は完全に気がつき、慌てて体を起こして激突音が鳴り響き続けている場所を見てみると、黄金と黒の閃光が互いに離れては引き合うようにぶつかり続けていた。

 

「ユウ……」

 

「……凄まじいですね。事前にリンディ提督から情報は聞いていましたが、まさか、ユウと互角に戦える力を持っているとは」

 

「私らが全員で束になっても敵わなかった相手やったのに、流石はユウ君や」

 

 リニスの言葉に同意するように桜の横でリインフォースの治療を受けていたはやてが、ブラックと互角の戦いを行っているユウを見ながら声を出し、リインフォースも流石だと言うように頷きながらブラックとユウの戦いを見つめる。

 しかし、桜には分かっていた。今、目の前で繰り広げられている戦いは決して互角の戦いではないという事を。今のブラックの戦い方は少し前までの自分達と戦っていた時と同じ、“様子見の戦い” であるという事に桜は気がついていた。

 

(あのブラックウォーグレイモンは私とユウが知っているブラックウォーグレイモンじゃないわ。確かに戦闘狂と言う事は変わりないみたいだけど、【七大魔王】とブラックウォーグレイモンが戦う事なんて絶対に無いわ! って言うか、七大魔王なんてチートの中のチートのデジモンと戦ってあのブラックウォーグレイモンは生き残ったんでしょう! 絶対にユウでも一人じゃ勝てないわよ!!)

 

 そう桜は内心で悲鳴のような叫びを上げながらブラックとユウと の戦いを見つめていると、ブラックとユウは同時に右腕を振り被り、やはり同時に相手に向かってドラモンキラーを突き出す。

 

『ドラモンキラーーー!!!!』

 

 ブラックとユウのドラモンキラーが互いに激突し合った瞬間に、 辺りに凄まじい衝撃波が吹き荒れた。

 そのまま二人は拮抗し合う、或いはユウがブラックを弾き飛ばすと戦いを見ていたはやて、リニス、リインフォースは思う。だが、その予測は完全に外れ、ブラックはユウの力などまるで関係無いというように右腕のドラモンキラーを振り抜き、ユウを弾き飛ばす。

 

「ムン!!」

 

「グアッ!!」

 

「そ、そんな馬鹿な!?」

 

「ユ、ユウが力で負けた!?」

 

 ブラックによって弾き飛ばされたユウを目にしたリインフォ ースとリニスは、信じられないと言う声を上げた。

 その様子には、はやても驚きが隠せずに瓦礫の方に弾き飛ばされたユウと、その後を追撃しようとしているブラックを凝視しながら呆然と言葉を呟く。

 

「……ユウ君、まさか、手加減しとるんか?」

 

「そんなわけないわよ。ユウは、ブラックウォーグレイモンの強さをよく分かっている筈だから」

 

「じゃ、じゃあ、何でユウ君が力負けするんや!?」

 

 桜の言葉に慌ててはやては質問し、リニスとリインフォースも桜 の方に慌てて顔を向ける。

 少なくともはやて達にとっては、ユウは無敵に近い存在だった。SSSランクの魔導師と言うだけでなく炎と氷の魔力資質変換と言う希少技能を持っている。その上、【聖王】と言う最強の名を連ねた者の血まで受け継いでいる人間。更に【聖王武具の“オメガ”】まで所有しているのだから、限りなくユウはこの世界では最強に近いだろう。

 だが、それはあくまでこの世界での事でしかない。他の世界にはユウと同等もしくはそれ以上の実力を持っている者も確かにいるのだ。

 そして今ユウが戦っているのは紛れも無くその中に名を連ねている存在だった。

 その事が分かっている桜は歴然たる事実を、はやて達に出来るだけ自身の感じている不安を隠しながら告げる。

 

「そんなの簡単よ。単純に、基本的なポテンシャルが、ユウよりブラックウォーグレイモンの方が上回ってるからよ。最もそれだけじゃなくて、戦いの経験もユウよりも遥かにブラックウォーグレイモンは積んでいるみたいね」

 

『ッ!!!』

 

 眼前に突きつけられた事実にはやて、リニス、リインフォース 愕然としながら再び戦いの方へと目を向けてみると、確かにユウの鎧にはかなりに傷が入っているのにも関わらず、ブラックの方は全くの無傷と言って言いほどに傷が存在していなかった。

 そのユウの姿にはやて達は桜の言葉が真実だと気がつき、不安になりながらユウとブラックの戦いを見つめていると、桜が険しい顔をしながらリニスとリインフォースに声を掛ける。

 

「リニス、リインフォース。今すぐにユウの援護に向かって」

 

「桜!?」

 

「このままじゃ、ユウが死んじゃうわ。私は絶対にそんなの嫌よ。気絶している皆だって同じ気持ちだし、はやてもそうでしょう?」

 

「もちろんや! ユウ君が死ぬなんて考えたくもあらへん……リインフォースお願いや。私はもう戦えへんけど、リインフォースは戦える。だから、ユウ君を援護して!」

 

「主……分かりました」

 

「一応、この場にフィールドタイプの防御魔法と治療魔法を設置させて起きますから……それじゃ、行って来ます!」

 

 そうリインフォースとリニスは桜とはやてに言葉を言い終えると、遠くでブラックと戦い続けているユウの援護を行う為に、ユウを追撃しようとしているブラックに向かって背後から飛び掛かる。

 

「ムッ!!」

 

 背後から近づいて来る気配にブラックはユウへの追撃の手を止め、背後へとすぐさま振り返ってみると、自身に向かって魔力で強化した拳を振り下ろそうとしているリインフォースを目にする。

 

「ハアァァァァァァッ!! シュヴァルツェ・ヴィルクングッ!!」

 

 リインフォースの完全にブラックの不意をついた一撃は、ブラックの顔に突き刺さった。

 しかし、打撃を顔に食らったにも関わらずブラックは揺るぐ事も無くその場に立ち止まり、自身の顔に拳を突きつけたままのリインフォースに怒りに満ちた視線を向ける。

 

「……貴様」

 

「ッ!!」

 

「戦いの邪魔するなッ!!」

 

 ブラックはリインフォースに向かって怒りの叫びを上げると共に、 右腕をリインフォースに向かって突き出そうとする。

 しかし、リインフォースはそのブラックの怒りを込めた一撃を目にしても慌てずに僅かに後方へと体を傾け、ブラックの拳は事前に打ち合わせてしておいたリニスの設置型バインドによって拘束されてしまう。

 

「何だと!?」

 

「今です!! ユウ!! リニスッ!!」

 

「クッ!!」

 

 リインフォースの叫びの意味に気がついたブラックは動かない右腕をそのままにして慌てて背後を振り返ると、全身を高速回転させて黄金の竜巻と化しているユウと、七つの放電を放っている魔力球を作り上げているリニスを目撃する。

 

「ブレイブトルネーーードッ!!!」

 

「グッ!!」

 

 ユウの渾身の力を込めたブレイブトルネードを胴体に食らったブラックは僅かに声を上げた。

 しかし、ユウはその声を聞いても安心すると事無く、逆に更に回転速度を上げて、ブラックの体を貫こうとする。

 

「オオオオオオオオオォォォォォォォォォォォッッッ!!!」

 

「グゥッ!! 舐めるな!!!」

 

 自身の体を貫こうとしているユウに向かってブラックは怒りの叫びを上げると同時に、右腕を拘束していたバインドを破壊し、そのままユウに向かって攻撃を行うとする。

 それを目撃したリインフォースはすぐさま新たにバインドを構成し始め、ブラックの体を雁字搦めにするようにバインドで拘束し続けていく。

 

「貴様ッ!?」

 

「ユウッ!! 決めますよ!!」

 

「応ッ!!」

 

 リニスの叫びにユウはすぐさま応じると、ブレイブトルネードを解除し、次々と体に巻き付いて来るバインドを破壊しているブラックの傍から離れ、七つの魔力球に更に魔力を送り続けているリニスの傍に近寄る。

 同時にユウは自身の両手を頭上に掲げると、魔力を両手の間に集中し、巨大な黄金の魔力球を作り出し、リニスと同時にブラックに向かって放つ。

 

「ガイアフォーーースッ!!!」

 

「セブンズヘブンズッ!!」

 

 ユウのガイアフォースとリニスのセブンズヘブンズはバインドによって動く事が出来なかったブラックに直撃し、大爆発が起きた。

 爆風が治まるとリインフォースは荒い息を吐いているユウの下へと近寄り、リニスと共に心配げにユウを見つめる。

 

「ユウ……大丈夫ですか?」

 

「ハァッ、ハァッ、あぁ、大丈夫だ、リニス……正直二人の援護は助かった。アイシクルに換装する暇なくて焦っていたんだ。流石はブラックウォーグレイモンだ」

 

「ですが、流石にユウのガイアフォースとリニスのセブンズヘブンを同時に食らったんです。幾ら奴でもダメージは受けたでしょう」

 

「だと良いんだけどな」

 

 リインフォースの言葉にユウは素っ気無く答えながら油断無く、未だに煙が舞い上がっている場所を睨みつける。

 その姿にリニスとリインフォースもまだ戦いは終わってはいない事を確信し、ユウと共に煙が発生している場所を見つめていると、 煙は徐々に治まり、その中に黒い影が立っている姿を目にする。

 ユウは険しく眉を顰め、影をジッと見つめながら内心で対策を練り出す。

 

(少しはダメージがあれば良いんだけど、やっぱりブレイズじゃ、ブラックウォーグレイモンは倒せないか。あいつを倒せる可能性があるとしたら、“オメガ”の、【初期化(イニシャライズ)】か【消滅(デリート)】だけだろうな。 難しいけど、皆を護る為にブラックウォーグレイモンを倒すか、止めるかしないとな)

 

 ユウが内心でブラックに対する対策を練っている間に、煙は完全に晴れて、その中から無傷のブラックが姿を現す。

 その姿にユウ、リニス、リインフォースは再びブラックに向かって構えを取ろうとするが、その顔は突如として困惑と驚愕に満ち溢れた。

 無傷のブラックの姿に困惑したのではない。ユウ達が目を見開いた理由は一つ。ブラックの左肩に乗っている長い銀髪に、青と白のロングコートを着ているリインフォースと瓜二つの顔した女性の姿に目を見開いたのだ。

 その様子を目にした女性-ルインは面白そうな笑みを口元に浮かべながら、不機嫌だと言うオーラを放っているブラックに諭すように声を掛ける。

 

「ブラック様。心を落ち着けて下さい。何をそんなに苛立っているのかは分かりませんけど、今のブラック様は冷静さを欠き過ぎています。先ほどの生真面目の行動も、何時ものブラック様なら簡単に対処が出来た筈ですよ」

 

「……」

 

「怒りに支配されながらも冷静でいる事が、ブラック様には出来る筈です。どうか心を落ち着かせて下さい、ブラック様」

 

「……フン、お前の言うとおりだ。如何やら奴の姿や行動に、思っていたよりも冷静さを失っていたようだ……もう大丈夫だ、ルイン」

 

 ブラックはルインに対して素っ気無い声でありながらも感謝を伝え、ルインは嬉しげな笑みを浮かべながらブラックに寄り添い、 困惑と驚愕に満ちた顔しているユウとリニス、そしてまるで幽霊でも見たような顔をして体を恐怖に震わせているリインフォースに顔を向ける。

 

「クスクス、如何しました? まるで幽霊でも見たような顔じゃないですか、管制人格、いえ、今は八神はやてに新たな名前を貰ってリインフォースと名乗っているんでしたっけね、生真面目」

 

「……ば、馬鹿な……如何して……如何して〝お前”が其処にいる!?」

 

「リインフォース?」

 

 何時もの冷静さを失い、感情のままに叫んだリインフォースにリニスは困惑に満ちた声を上げた。

 リインフォースはその様子に気がつきながらもリニスの言葉に答える事無く、ただ恐怖に満ちた顔してルインの姿を見つめ、ユウはその様子に二人の間には何かあると確信する。

 

(如何見てもブラックウォーグレイモンの奴の傍にいるのはリインフォースだよな? だけど、原作でそんな奴はいなかったよな? ……誰なんだよ? ……あの女性は?)

 

 ユウは始めて見るルインの姿に疑問の声を内心で上げた。

 少なくともユウと桜の知る限り、リインフォースにソックリな存在は原作ではリインフォースⅡぐらいである。だが、その存在はまだ生まれてはいない上に姿は幼い少女の姿をしていた。しかし、目の前でブラックに寄り添っているルインは如何見ても大人の女性であり、リインフォースに青い瞳以外は全てソックリときている。

 ルインの存在を完全に知らないユウはリインフォースに詳しい事情を聞こうと声を掛けようとするが、その前にリインフォースはルインの正体を叫ぶ。

 

「お前はユウの力で初期化されて、“改変される前の防御プログラム”に戻った筈だ!!!」

 

「防御プログラム!? まさか!?」

 

「そんな彼女はまさか!? あの!?」

 

 リインフォースの叫びを耳にしたユウとリニスは目を見開きながらルインを見つめ、ルインは肯定するように笑みを深める。

 その笑みにルインの正体を確信したユウとリニスは信じられないと言うようにリインフォースに顔を向けると、リインフォースは険し気に顔を歪めながらも二人の考えを肯定するように頷き、ルインの正体を告げる。

 

「信じられませんが……この魔力は間違いなく、私の半身であり、本来ならばユウの手によって初期化された筈の存在……夜天の魔導書を呪われた闇の書と呼ばせたプログラム……闇の書の闇……【防御プログラム】に間違いありません!!!!」

 

『ッ!!!!』

 

 リインフォースが告げたルインの正体にユウとリニスは嘲りの笑 みを浮かべているルインの姿を凝視した。

 あの夜天の魔導書を闇の書と呼ぶ事になった元凶たる防御プログラムの正体が、目の前に存在しているルインだとは信じられないのだろう。何せこの世界の防御プログラムは完全にユウが初期化して、リインフォースと再び一つに戻したのだ。にも関わらずにその防御プログラムであるルインが目の前に存在している。

 その理由が分からないユウ達は困惑に満ちた視線をルインとそのルインが自身の隣に居るのは当然だと言う顔しているブラックを見つめるが、二人はもはや困惑しているユウ達など構わずにそれぞれ構えを取り出す。

 

「ルイン。他の二人はお前にくれてやるが、あの【ウォーグレイモン】の姿にソックリなバリアジャケットを纏っている奴は俺だけの獲物だ。俺の許可が出るまで、他の二人を相手にしていろ」

 

「了解です、ブラック様……(やはり何時ものブラック様じゃないです。何があっても冷静さを失わない筈なのに失っていましたし、それに全く戦いを楽しんでいません。あの人間ならブラック様も楽しんで戦う筈なのに)」

 

 ルインにはブラックの様子が可笑しい事を、戦いを離れていた所から窺っていた時から分かっていた。

 当初は戦いの邪魔をされて怒っているのかと考えていたが、それは違うとすぐに気がついた。ブラックは確かに戦いの邪魔をされれば怒りが溢れてしまうが、それでも決して冷静さは失ったりはしない。だが、その冷静ささえ

もブラックは失いながらユウと戦い続けていた。しかも、ユウクラスの実力者ならば何時もは楽しみながら戦う筈なのに、今回は全く楽しんでいる様子も無く、ただ自身の中に宿っている苛立ちを晴らすような戦いだった。

 そしてその隙を衝かれ、危うく本来ならばダメージを負う事無く勝てた戦いでダメージを負い掛けた。ブラックのその様な姿をルインは見たくないと思い、怒られるのを覚悟してブラックの戦いに介入したのだ。

 

(例えブラック様とあの少年の間に何かがあるとしても、ブラック様が負ける事は絶対に無いでしょうが……【初期化】ですか……〝見慣れぬデバイス゛を扱っている事と言い、デジモンの技を模倣している事と言い、まさか、あの少年は……警戒だけはしておいたがいいですね)

 

「行くぞッ!!」

 

『クッ!!』

 

 再び視認する事が不可能なレベルでのスピードで移動したブラックに、ユウ達は自身の抱いた疑問を胸の内に即座に押し込め、ブラックの攻撃に対して身構える。

 その間に高速移動魔法を発動させていたルインは、瞬時にリニスとリインフォースの目の前に移動し、二人の首下を両手で掴む。

 

『ッ!!』

 

「貴女達二人の相手は私がして上げますよッ!!!」

 

「リニスッ!! リインフォースッ!!」

 

 ルインに掴まれながら遠くへと移動して行くリニスとリインフォースを目にしたユウは声を上げ、二人の救出に向かおうとする。

 しかし、その直前に姿を消していたブラックがユウの目の前に姿を現し、右手のドラモンキラーとユウに向かって突き出す。

 

「ドラモンキラーーー!!!!」

 

「ッ!? ブレイブシールドッッッ!!!」

 

 ブラックの突き出して来たドラモンキラーに対して、ユウは瞬時に背中に装着している二つの盾-ブレイブシールドを両手に装着し、ドラモンキラーを防御した。

 凄まじい火花がドラモンキラーとブレイブシールドが激突している箇所から散るが、ブラックは構わずに今度は左腕のドラモンキラーを同じ箇所に向かって突き出す。

 

「ムン!!」

 

「クソッ!!」

 

 二度目のブラックのドラモンキラーの一撃によってユウのブレイブシールドに深い罅が走り、ユウは悔しげな声を上げてブラックから離れようとする。

 ブラックは逃がさないと言うように体をユウの動きに合わせて即座に動かし、ユウの腹部に向かって強烈な蹴りを叩き込む。

 

「はぁあああッ!!」

 

「ガハッ!!」

 

 ブラックの一撃にユウは苦痛の叫びを上げて地上の方へと叩きつけられるように落下して行き、地面を100m以上削りながら吹き飛んだ。

 しかし、ブラックはその姿を目撃しても止まる事は無く、更なる追撃を行う為に砂煙の中から感じられるユウの気配に突撃しようとする。だが、突如として砂煙を切り裂くように無数のミサイルがブラックの下に飛来して来た。

 

「グレイクロスフリーザーーッ!!!」

 

「ムッ!!」

 

 砂煙を切り裂いて現れた無数のミサイルにブラックは僅かに目を見開くが、すぐさま避ける為に回避行動を行う。

 だが、ミサイルには追尾性能があるのか全てのミサイルはブラックの後を追尾して来る。

 

「チィッ!! 邪魔だッ!! ウォーブラスターー!!」

 

 ブラックは追って来る無数のミサイルに対して連続でエネルギー弾を撃ち出し、ミサイルを破壊して行く。

 次々と起こる爆発に、後続のミサイルは爆発に巻き込まれた。

 それによって辺りに凄まじい冷気と煙が満ちてブラックの視界は完全に塞がれてしまうが、ブラックは迷う事無く右腕のドラモンキラーを自身の背後に向かって突き出す。

 

「ムン!!」

 

「チィッ!!!」

 

 ブラックの突き出したドラモンキラーは、機械的な青い鎧で身を包み、両肩にミサイルランチャーを装備し、背中に機械的なウイングを備えた【メタルガルルモン】を思わせるようなバリアジャケットに変わったユウが、右手に持っていた機械的な何かによって防がれた。

 先ほどまでの【ウォーグレイモン】を思わせるバリアジャケットと変わったユウの姿に、ブラックは更に苛立ちを募らせるが、ルインの忠告を忘れずに出来るだけ冷静になるように心掛けながらユウに声を掛ける。

 

「今度は【メタルガルルモン】か……さっきの【ウォーグレイモン】の姿といい。余程俺を怒らせたいらしいな?」

 

「……お前、何時のブラックウォーグレイモンだよ?」

 

「フン、少なくとも貴様らが知っているブラックウォーグレイモン と俺は……違うッ!!」

 

「クッ!!」

 

 ブラックは叫ぶと同時にユウが握っていた機械的な何かを上空に弾き飛ばし、そのままユウにドラモンキラーの刃を突き刺そうとするが、その直前に上空に弾かれていた機械的な何か-特大のミサイルランチャーがブラックの頭上で爆発する。

 

「何ッ!?」

 

 突然の爆発にブラックは驚き、思わずユウへの攻撃の手を止めてしまった。

 その隙をユウは逃さずに両手を獣の口のように合わせながらブラックに向かって突き出し、両手から凄まじい冷気を放つ。

 

「コキュートスブレスッ!!」

 

「チィィッ!! おのれッ!!」

 

 ユウが放ったコキュートスブレスを食らったブラックの体は凍りついていく。

 ブラックは苛立ちながらも全身が凍りつく前にユウへと攻撃を行おうとするが、凍りついた体では思うように動く事が出来ずに鈍い動きしか取れなかった。

 隙をユウは逃さずに、両手に先ほどのミサイルランチャーと同じ物を二つ具現化し、動きが鈍っているブラックからすぐさま距離を取り、ミサイルランチャーを発射する。

 

「ガルルトマホーークッ!!!」

 

 ユウが叫ぶと同時に両手に握っていたミサイルランチャーは凍り ついて動きが鈍ってしまっているブラックへと、一直線に発射された。

 それを目撃したブラックは全身が凍りつきながらもミサイルを避けようと体を動かそうとするが、凍りついている体では思うように動く事が出来なかった。ユウはミサイルの直撃を確信するが、その確信はブラックの叫びと同時に発生した空間の歪みによって驚きと困惑と共に砕け散る。

 

「ディストーションシールドッ!!」

 

「なっ!?」

 

 突如としてブラックの周りに発生した空間歪曲にユウが驚きの声を上げた瞬間に、二つのミサイルはブラックの周りに発生していた 空間歪曲に巻き込まれ、あらぬ方向に地面に激突して爆発を起こした。

 煙と冷気が周囲に発生するのを目にしたユウは慌ててその場から飛び去ると、直前までユウが浮かんでいた場所を二つのエネルギー球が通り過ぎた。

 

「クッ!! 今のは!? まさか!?」

 

「そうだ。貴様らが知っている魔法だ。最も俺が使ったのだから、魔法ではなく技だがな」

 

 ユウの疑問の叫びに全身を覆っていた氷を砕きながら、ブラックは答えた。

 その事実にユウは目を見開きながらブラックを見つめると、ブラックは不機嫌そうな顔しながらユウに向かってドラモンキラーを構え出し、慌ててユウも再び『ウォーグレイモン』の姿を模したバリアジャケットに変わる。

 ブラックはその姿に更に不機嫌になりながらも、両手の間に大気中の負の力を集中させ、巨大な赤いエネルギー球を作り出し、ユウも同様に自身の魔力を両手の間に集め、巨大な黄金色の魔力球を再び作り出す。

 その余りにも形は違えど、自身を助けてくれた【ウォーグレイモン】を思い出させるような姿に、ブラックは自身の中にある大切な記憶を汚された思いを感じながら、更に負の力を両手の間に集中させる。

 

「……よく見ておけ。貴様の猿真似などではない、本物の【ガイアフォース】をッ!!!」

 

「くぅッ!!」

 

 叫ぶと同時に赤いエネルギー球を振り被るブラックに、ユウも慌てて自身の黄金の魔力球を振り被り、二人は同時に相手に向かって放つ。

 

『ガイアフォーーースッ!!!』

 

 赤と黄金のガイアフォースはブラックとユウの中心地点で激突し、凄まじい衝撃波を撒き散らしながら互いを撃ち破ろうと鬩ぎ合う。

 その衝撃波は凄まじく、二つのガイアフォースがぶつかり合っている地点の岩や瓦礫は一瞬の内に次々と消滅して行き、かなり離れた所で戦いを見ていた桜達も必死で耐えなければ吹き飛ばされてしまうほどの威力だが、ガイアフォースを放った張本人達の内、ブラ ックだけは平然しながらジッとユウの行動を窺い続ける。

 それを表すように徐々にユウのガイアフォースは、ブラックのガイアフォースによって徐々にユウの方へと押し込まれ始めた。

 完璧にブラックのガイアフォースの威力の方が、ユウのガイアフォースの威力を上回っているのだ。確かにユウのガイアフォースも究極体の必殺技に迫る威力を持っている。だが、本家本元のブラックのガイアフォースの前にでは、模倣の技でしかない。良く出来た模倣が本物に勝てる筈も無く、ユウのガイアフォースがブラックのガイアフォースに敗れるのはある意味では当然の事だった。しかし、当然ながらその事はユウも分かっていて、ブラックのガイアフォースを撃ち破る為に再び両手の間に魔力を集中させ、二発目のガイアフォースを前のガイアフォースの後ろに向かって投げつける。

 

「もう一発だ!!! くらえッ!! ガイアフォーーースッ!!!」

 

 ユウの二発目のガイアフォースは、前のガイアフォースの後押しするように直撃し、二つの黄金のガイアフォースはブラックの赤いガイアフォースを撃ち破ろうと再び鬩ぎ合う。

 ブラックはその光景にユウの実力がどの程度のなのかをハッキリと確信するが、次の瞬間に、ブラックのガイアフォースはユウの二 つのガイアフォースによって撃ち破られ、そのままブラックの方へとユウのガイアフォースは一直線に向かい出す。

 ブラックは迫るガイアフォースを目撃すると瞬時に背中に両手を移動させ、背中に翼のように備えていた【ブラックシールド】を両手に装着し、前方で盾のように構えながら二つのガイアフォースを防御する。

 

「ブラックシールドッ!!!」

 

 ブラックのブラックシールドとユウのガイアフォースが接触しあった瞬間に、ユウのガイアフォースは威力を減衰させながらブラックシールドを撃ち破ろうと鬩ぎ合いを始めた。

 

「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!!!!」

 

「お願いや!!!」

 

「これで決まって!!!」

 

「頼むッ!!」

 

「あいつを倒してッ!!」

 

 桜、はやて、そして意識を取り戻したなのは、シグナム、フェイトはブラックとガイアフォースの鬩ぎ合いを見ながらそれぞれ祈るように叫んだ。

 しかし、それは無情にも打ち砕かれ、ブラックは両手に装着して盾のように構えていたブラックシールドを突如として勢いよく離し、それによって発生した激しい衝撃波でユウのガイアフォースを相殺する。

 

「フン!!」

 

『ッ!!』

 

「そんな……」

 

 ガイアフォースが消滅する姿を目にした桜達は絶望したと言うような表情をし、なのはは悲痛な声を上げながらユウの最大の技を持ってしても傷一つ付ける事が出来なかったブラックを見つめた。

 ユウも僅かに悔しそうな顔をするが、ブラックは構わずに両手に装着していたブラックシールドを背に戻し、ユウへと顔を向ける。

 

「……そろそろ本気を出せ」

 

「なっ!?」

 

「貴様が本気を出していない事は分かっている。このまま本気を出させないまま殺す事は簡単だが、それでは俺の気がすまん。それとも……先ずはあっちの小娘から先に殺すか?」

 

「ッ!! ……そんな事は……絶対にさせない!!! ブレイブ!! アイシクル!! オメガだっ!!!」

 

《Yes.Mastet.!!!》

 

 ユウの叫びに応じるようにユウのデバイスであるブレイブとアイシクルは同時に叫び、その瞬間に虹色の魔力光の柱がユウの体を包むように立ち上る。

 ブラックは憶えの在り過ぎる魔力光の色にユウの血族の正体を確信するが、その事実はますますブラックを苛立ちを上げる逆効果にしかならなかった。

 そしてブラックがジッと虹色の柱を見つめていると、その中から中央の頭から足にかけては、白を基調とした兜と鎧が装備され、左腕にはオレンジを基調としたアーマーが肩に装着され、手には竜の頭のような手甲が装備され、逆の右腕には青を基調としたアーマーが肩に装着され、狼の頭を模した手甲が装備されていた。

 そして背中には外側が白、内側が赤のマントをはためかせた騎士。【ロイヤルナイツ】の一人にして最後の名を冠する【オメガモン】を模したバリアジャケットを装着したユウが姿を現す。

 

「フッ!!」

 

 ユウが左腕を振るうと同時に竜の頭を模していた手甲から大剣ー【グレイソード】が飛び出し、ブラックにグレイソードの剣先を向ける。

 ブラックも応じるように両手のドラモンキラーをユウに向かって構え出し、二人は互いに離れていた所で見ていた桜達が息がつまるほどの睨み合いを行い始めた瞬間に。

 

「うぉおおおおおおっ!!!!」

 

「ハアァァァァァァァァッ!!!!!」

 

 互いに視認する事が出来ないスピードで相手に向かって突進し、ユウはグレイソードを、ブラックはドラモンキラーの刃をぶつけ合い、凄まじい火花を散らしながらグレイソードとドラモンキラーは応酬を繰り返すのだった。



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コラボ4

今回の話ではにじファン時代と違う部分が在ります。
せっかくの平行世界の設定なので、その部分を大きく出してみる事にしました。


 ユウがオメガフォームへと変わる少し前。

 ユウとブラックと戦っている場所から少し離れた地点の上空で、 ルインとリニス、リインフォースは互いに魔法を放ちながら戦っていた。

 

「フォトンランサー……ファイヤッ!!」

 

「直線的な魔法は、私には無意味ですね」

 

 ルインはリニスが放ったフォトンランサーを魔力で強化していた両手を素早く振るい、フォトンランサーを全て受け止めた。

 その常識外れの現象にリニスは目を見開くが、ルインからすれば当然の事であり、不敵な笑みを浮かべながら驚愕に動きが止まってしまっているリニスに投げ返す。

 

「はい、返しますね!」

 

「クッ!?」

 

 一斉にルインはフォトンランサーをリニスに放った。

 すぐさまリニスは回避する。だが、フォトンランサーの中に紛れ込んでいたルインが放った誘導弾に気が付けず、その身に食らってしまう。

 

「ッ!? キャアッ!?」

 

 まともにリニスは誘導弾を食らい、地上に落下し始める。

 すぐさまルインは追撃を駆けようとするが、その直前にルインの背後にリインフォースが姿を現し、そのままルインに向かって魔力で強化した蹴りをルインに向かって放つ。

 

「ハアッ!!」

 

「……気づいてましたよ」

 

 リインフォースの蹴りをルインは振り返る事も無く右手で受け止め、リインフォースは目を見開きながらルインの姿を見つめた。

 

「……ムカつきますけど、私は貴女の半身。しかも、私は誰よりも近くで貴女の戦いを見ていたんです。だから……簡単に動きが読めるんですよ」

 

「クッ!?」

 

 何とかルインの手から逃れようと足をリインフォースは動かすが、ピクリとも足は動かなかった。

 

「……まぁ、今はそんな事はどうでも良いんですよ。それよりも……質問ですが、〝何で貴女達はデジモンの技を魔法で再現しているんです゛?」

 

「……デジモン? 何だソレは?」

 

「…………ハァッ?」

 

 リインフォースの言葉に、ルインは思わず唖然として掴んでいたリインフォースの足を手放してしまう。

 すぐさまリインフォースはルインから離れるが、ルインは追撃する事無く両腕を組んでリインフォースに向き合う。

 

「可笑しな事を言いますね? 貴女達が使っている魔法は、威力や効果の違いは在っても、確かにデジモンの技を模倣した魔法。なら、デジモンの事を知らないと模倣なんて出来る筈が無い。でも、その割にデジモンの事に関して無知すぎる。知っているなら、ブラック様に喧嘩を売るなんて真似をする筈が無いですからね」

 

「……何を言っているのか、分からない。私達の魔法は、ユウと桜が教えてくれた魔法だ。お前の言うデジモンなどの存在は聞いた事も無い」

 

「……可笑しい。可笑し過ぎる。異常ですね」

 

 ルインにはリインフォース達が、デジモンの技を魔法として使っている事が異常だとしか思えなかった。

 デジモンの存在を知っているならば使えても可笑しくは無い。だが、デジモンの存在を知らないのに魔法として再現するなど出来る筈が無い。似ているだけならば、可笑しくは無いが、彼らが放つ時に叫んでいる魔法名は確かにデジモンの技の名称。

 なのにデジモンの存在をリインフォース達は知らない。

 

(変ですね。この生真面目の言葉だと、あのブラック様と戦っている少年と、高町なのはに良く似た少女から教えて貰ったようですが……どうやってデジモンの存在を知ったんですか? もしや彼らはこの世界の〝選ばれし者゛なのでしょうか。……いえ、それならばデジモンが援軍に来ても可笑しくない筈……一体如何なっているんでしょう?)

 

「……今度は此方から質問だ、半身」

 

「……まぁ、疑問に答えてくれたから構いませんよ、生真面目。何でしょうか?」

 

「……お前は確かにユウによって【初期化】された筈だ。なのに、何故存在している。いや、それよりも、〝その姿は一体どう言う事だ゛!? お前にはそんな姿は無い筈だ!」

 

「……あぁ。なるほど、なるほど。やっぱり私の仮説は間違っていなかったんですね」

 

 リインフォースの質問にルインは、納得したかのように何度も頷く。

 以前に行った平行世界の時から、ルインは在る仮説を立てていた。それは向かう先の平行世界では、〝ルインフォースとして夜天の魔導書が改変されていない゛可能性だった。

 同じ人物、同じような世界の流れとは言え、確実に同じ平行世界は存在しない。つまり、この世界では〝ルインフォースとは違う形で、夜天の魔導書は改変された゛という事に成る。

 

(どんな形で改変されたんでしょうね、この世界の私は? まぁ、生真面目の様子から見ても、改変よりも改悪に近いでしょう。しかし、さっきから気になっていますが、【初期化】ですか。どうもあの少年にはまだ切り札が在りそうですね)

 

「答えろ!? 存在しない筈のお前が何故存在し、あの竜人を主と仰いでいる!?」

 

「……決まっているでしょう、この身を唯一支配出来るのがブラック様。あの方こそ、長い間、私が探し求めた主」

 

「在り得ない! お前はただの〝自動防衛運用システム゛だった筈だ、【ナハトヴァール】ッ!?」

 

 リインフォースは、目の前に居るルインに向かって嘗ての名を思わず叫んでしまった。

 【ナハトヴァール】。それこそが、ルインフォースと言う名をブラックに与えられる前に、【夜天の魔導書】として組み込まれていた時のルインの名。忌々しく、ルインにとって思い出したくも無い禁忌の名前。

 その名を知らないとは言え、リインフォースは叫んでしまった。次の瞬間、無表情に近かったルインの顔は、一瞬にして憎悪に満ち溢れた顔に染まる。

 

「……その名を……その忌々しく……思い出すだけで腸が煮えくり返り……煉獄の地獄に居た時の……名を、言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

「ッ!?」

 

 次々とルインの周囲に出現するミッド式とベルカ式の魔法陣に、リインフォースは目を見開く。

 【夜天の魔導書】であるリインフォースには、その魔法陣の意味が理解出来た。同時に在り得ないと心中で叫びたくもなっていた。

 何故ならば魔法陣の中には、リインフォースが使用出来ない魔法までも組み込まれている。正確に言えば、【夜天の魔導書】に記載されているが、資質のせいで使用出来ない魔法が。

 だが、その魔法をルインは憎悪に満ち溢れた顔を使用する。

 

「私の名は【破滅を呼ぶ風(ルインフォース)】ッ!! 嘗ての忌々しい名と共に消え去りなさい! 氷河に囚われ、永久に眠れ!! コキューエンド!!」

 

「不味い!」

 

 詠唱を終えると同時に周囲にブリザードが発生したのを目にしたリインフォースは、慌てて背の翼を羽ばたかせて回避する。

 しかし、ブリザードはルインを中心に意思を持っているかのように吹き荒れ、リインフォースを追い駆ける。

 【コキューエンド】。広域攻撃魔法に分類される魔法で、効果は【エターナルコフィン】に近いが、凍結させた相手を無慈悲に氷雪で傷つけ、非殺傷設定でも確実に後遺症を残すほどの傷を残す魔法。

 その威力を知っているリインフォースは全速力で回避するが、その回避を嘲笑うかのように周囲に赤黒い血を思わせる鋼の短剣が二十五本取り囲むように出現する。

 

「ッ!?」

 

「闇に、沈め、ブラッディダガーー!!」

 

(馬鹿な!?)

 

 背後から迫るブリザードと、一気に周囲から襲い掛かるブラッディダガーをプロテクションや魔力で強化した拳でいなしながらリインフォースは胸中で叫んだ。

 【コキューエンド】は強力な魔法な分、魔力消費が激しい。少ない数の射撃魔法と併用してならリインフォースも使用出来るが、二十五本ものブラッディダガーを制御しながら使用する事は出来ない。一体どういう事なのかとリインフォースが疑問に思いながら、迫るブラッディダガーの一本を右手で弾いた瞬間、ブラッディダガーは形を変えて赤黒い拘束輪へと変貌してリインフォースを捕らえる。

 

「ッ!?」

 

「言い忘れていました。私には〝【夜天の魔導書】に記載されている魔法を、書き換えて使用出来る能力が備わっているんですよ゛」

 

「ッ!? あ、在り得ない!? 資質を無視して魔法を使用する事は出来る筈が!?」

 

「それをやった馬鹿どもが居たんですよ。死になさい、管制人格!」

 

 動きが止まったリインフォースにブリザードが襲い掛かる。

 だが、ブリザードがリインフォースに襲い掛かる直前、空から雷光が降り注ぎブリザードと激突する。

 

「サンダーレイジ!!」

 

「リニス!」

 

 頭上に浮かび、【コキューエンド】を相殺したリニスにリインフォースは喜びの声を上げた。

 リニスは目配せをリインフォースに行ない、リインフォースは頷く。そのままリニスは高速移動魔法を使用してルインに接近して殴りかかる。

 ルインはその拳を平然とした顔をしながらあっさりと受け止める。

 

「クッ!!」

 

「この程度で、私を倒せると思っていたんですか?」

 

「……いいえ、思っていませんよ、テスタメントッ!!!」

 

「ッ!! アアァァァァァァッ!!!」

 

 リニスは叫ぶと同時に全身から電撃が放出され、リニスの右手を握っていたルインは直に電撃を食らった。

 ルインは襲って来る電撃に耐えながら、リニスから離れようと握っていた手を離そうと動かそうとするが、今度は逆にリニスがルインの手を逃がさないと言うようにしっかりと握り締める。

 

「ッ!!」

 

「逃がしませんよ! このチャンスを逃す訳にはいきませんからね!!」

 

「クゥッ!! 離しなさい!!」

 

「グゥッ!!」

 

 ルインの膝蹴りを鳩尾に食らったリニスは苦痛の声を上げるが、握り締めているルインの手は離さずに更に電流の威力を上げる。

 

「クッ!! このッ!!」

 

「絶対に離しませんよ!! 準備が終わるまではね!!」

 

「クゥゥゥゥゥゥゥッ!! ……準備ですって? ……まさか!?」

 

「天神の導きの元……」

 

 リニスの言葉に意味に気がついたルインは、襲って来る電流の威力に声を上げながらも何とか頭上を振り向いてみると、無数の魔力スフィアを発生させているリインフォースが存在していた。

 その姿にルインは僅かに目を見開くが、すぐに冷静に立ち返りリニスの手から逃れようと暴れるが、リニスはその攻撃に耐え続け、更にリインフォースの詠唱は続く。

 

「星よ集え……集いし星よ、月となれ……」

 

「……なるほど、幾つかの魔法を合成した魔法が切り札ですか」

 

「ッ!?」

 

 突然苦痛で苦しんでいた顔から、平然とした顔になったルインにリニスは目を見開く。

 それに対してルインはやはり平然とした顔をしながら、リニスに説明する。

 

「古代ベルカには【雷帝】と呼ばれる王が居ましてね。その王家は雷の資質変化を得意としていました。その王家を打倒する為に研鑽を積んだ騎士達は、雷の資質変化に対抗する魔法を編み出した。ソレが、コレです」

 

 叫ぶと同時にルインの全身に流れていた電撃が、右手の先に出現した古代ベルカ式魔法陣に集束して行く。

 

「……【滅雷】」

 

 低い声と共に至近距離からリニスに向かって、膨大な雷が一気にルインの右手から撃ち出された。

 【滅雷】。古代ベルカ時代に存在していた【雷帝ダールグリュン家】に対抗する為に編み出された魔法。相手が放った雷の資質変化によって変化した魔法を受け止め、その魔法を自身の攻撃魔法や防御魔法、補助魔法にと幅広く応用する事が可能となる魔法。

 編み出す為には長い研究と多くの犠牲を出した。最終的には完成に漕ぎ着けたのだが、当時既に闇の書となってしまった守護騎士に襲われ、奪われてしまった魔法。その魔法をルインは使用し、リニスは声を上げる事も出来ずに膨大な雷に巻き込まれながら吹き飛んだ。

 すぐさまルインはリインフォースが使用する魔法に対抗する為に詠唱を開始する。

 そうはさせないとチャージを終えリインフォースは、三十を超える集束砲をルインに向かって放つ。

 

「終わりだ、半身ッ!! 夜天の煌き(ルナライトブレイカーファランクスシフト)

 

「我が脅威を、弾き返せ!! リフレクトフィールドッ!!!」

 

「ッ!!」

 

 ルインが叫ぶと同時にルインの周りに発生した障壁にリインフォ ースは目を見開き、慌ててその場から逃げようとするが、その前に幾つかの集束砲がルインの張った障壁に直撃し、そのまま放った本人のリインフォースの下へと跳ね返った。

 しかし、急な詠唱で充分に魔力を送れなかったのか、ルインの張っていた障壁も消滅し、二人はほぼ同時に集束砲の中へと飲み込まれ、大音量の爆発音が上空に響く。

 そして少し経つと煙の中から互いに肌が見えるほどにボロボロになったバリアジャケットを着たルインとリインフォースが姿を現し、ルインは忌々しげにリインフォースの姿を睨む。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……随分と、とんでもない魔法を使ってくれましたね……本来資質の影響で拡散型に成る筈のものに、複数の魔法を合わせて集束砲にするなんて」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、それは此方のセリフだ……【リフレクトフィールド】……本来ならば儀式魔法に分類される魔法……それを不完全な形で発動させるばかりか……【滅雷】までも使用出来るなど…………誰がお前をそんな形で復活させたッ!?」

 

 【夜天の魔導書】には記載されていても、所有者が使用出来ない魔法が幾つか存在している。

 【滅雷】と【リフレクトフィールド】は、その魔法に分類されており、リインフォースもまた、完全な形では二つの魔法は使用出来ない。だが、ルインには使用出来る。

 ルインの世界の最初に【夜天の魔導書】の改変を行った主と協力者達の魔法に対する狂気の結晶こそが、ルインフォースなのだ。

 

「……答える義理は無いですね。私は貴女達が大っ嫌いですから」

 

 そうルインはリインフォースに嫌そうな顔をしながら答えると共に魔力を全身に巡らせ、傷ついていたバリアジャケットを修復するばかりでなく、血を流していた傷も瞬時に癒し、万全の状態に戻る。

 リインフォースはその姿に顔を険しくしながらも、ルインと同じようにバリアジャケットを修復するが、傷までは癒す事が出来ずに悔しそうな顔をする。

 

「……無限再生能力までも残っているのか……お前を倒す為には、再生が追い付かないほどの強力な一撃を与えるしかないようだ」

 

「出来ると思っているんですか? アルカンシェル級の一撃でも無い限り、無理ですし……第一そんなモノの発動を感知した時点で逃げますけどね」

 

「クッ!! ……(確かに彼女を倒すのは私一人では不可能。しかし、此処で彼女を押さえておかなければ、彼女はユウと竜人の戦いに介入する! それだけは絶対に阻止しなければ!!)」

 

 そうリインフォースは内心で叫ぶと共にルインに向かって構えを取り始める。

 だが、リインフォースは決定的な勘違いをしていた。ルインにはユウとブラックとの戦いに介入するつもりはない。確かに先ほどはブラックを助ける為に飛び出したが、それはあくまでリインフォースとリニスがいたからに過ぎない。一対一の戦いではルインはブラックの許しがなければ戦いに介入する事は全く無いのだ。

 その事が分かっていないリインフォースは覚悟を決めてルインへ と挑もうとし、ルインも不機嫌ながらもリインフォースと叩きのめすと言う思いを抱きながら戦いを再開するために両手の先に魔法陣を幾重にも展開し、攻撃魔法を放とうとする。

 しかし、その直前に離れた所で戦っていた筈のユウのいる場所から虹色の魔力光の柱が出現する。

 憶えの在り過ぎる魔力光を目撃したルインは、不機嫌そうに空に立ち上る虹色の光の柱に険しい視線を向ける。

 

「……あの魔力光……まさか、あの少年は“聖王の血筋”だと言うんですか……(本気であの少年は、チリも残らず殺されますね。ブラック様の唯一無二親友である【ウォーグレイモン】を模したバリアジャケットに、デジモンの技を模倣した魔法。その他にもブラック様は苛立っていたのに、更にあの子との戦いを思い出させる行動……本気で哀れに思いますね)」

 

「ユウが本気に!? 一体あの竜人はどれほど強いと言うのだ!?」

 

「……馬鹿ですか? ブラック様はまだ全力を出していませんよ? 冷静さを欠いていて実力を発揮出来ていませんでしたが、せいぜい今までの戦いは、六割から七割ぐらいの実力ですね」

 

「ッ!!!」

 

「まぁ、冷静さを取り戻した今、もう本気を出すでしょうね。本気のブラック様の恐怖は今までとは比べものにならないですよ」

 

「ッ!! ユウッ!!!!!」

 

 突如としてリインフォースの叫びを打ち消すほど衝撃波が巻き起こり、ルインとリインフォースが衝撃波の中心地点を見てみると、ユウとブラックが凄まじい応酬を繰り広げていた。

 

 

 

 

 

 沢山の岩山や崖に覆われていた場所。

 だが、その場所は今や二つ の存在-聖なる騎士【オメガモン】を思わせるバリアジャケットを身に纏ったユウと、別の平行世界の人々に恐怖の象徴として恐れられている漆黒の竜人-ブラックウォーグレイモンこと、ブラックとの戦いによって跡形も無いほどに岩山や崖は砕け散っていた。

 そしてその二人のぶつかり合っている地点では、凄まじい衝撃波が撒き散らされていた。

 

「オォォォォォォッ!! ドラモンキラーー!!!」

 

「くぅっ!! グレイソーードッ!!」

 

 ブラックが振り下ろして来た右腕のドラモンキラーを、ユウは左腕から出現させていた大剣-グレイソードで受け止め、激しい火花が辺りに散る。

 ブラックはそのユウの姿に怒りを忘れて戦いを楽しみたいと内心で思った。確かにユウはブラックが認めることがどうしても出来ない人間。だが、それでもブラックの本質が戦闘狂には変わりない。

 ユウの実力は人間でありながらも究極体に近い。ブラックが楽しんで戦える相手だと、本当は認めたくはないが認めざる得ない存在だった。

 しかし、それでもブラックはユウとの戦いでは喜びよりも怒りの方が増さっていた。

 

「(このガキとあの娘だけは絶対に認められん!! 必ず殺してやる !! この胸の内から湧き上がって来る不愉快な気持ちを晴らす為にな!!)……オオォォォォォォォォッ!!」

 

「このッ!! ハアァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 ブラックとユウの戦いは更に激しさを増し、互いにそれぞれの武器を相手に向かって振るい続け、甲高い金属音が辺りに木霊し続ける。

 苛烈なる激闘に大気が悲鳴を上げるが、徐々にでは在るがブラックのドラモンキラーを振り抜くスピードが増しって行き、ユウは防戦一歩に追い込まれ始めて行く。

 

「クソッ!! (まだスピードが上がるのかよ!? こっちはもう限界なんだぞ!! 分かっていた事だけど、本気で化け物だな!?)」

 

「考え事をしている暇など無いぞ!!」

 

「ガフッ!!!」

 

 ユウの隙を衝いたブラックの渾身の蹴りを鳩尾に食らったユウは苦痛の声を上げ、後方へと吹き飛ぶが、事前に自分でも背後に飛んでいたのかダメージは少なく、流れるような動きで回転する事で衝撃を殺し、そのまま右手を振るい、狼の頭部部分から砲身を展開する。

 その動きに対してブラックも瞬時に両手をユウの方へと突き出すと共に、赤いエネルギー弾を連続でユウに発射し、ユウも圧縮魔力弾を砲身からブラックに向かって撃ち出す。

 

「ウォーブラスターー!!!!」

 

「ガルルキャノン!!!!」

 

 ブラックのウォーブラスターとユウのガルルキャノンは激突し合った。

 しかし、ユウのガルルキャノンはブラックが放つ連続のエネルギー弾によって徐々にユウの方へと押しやられ始める。

 

「なっ!? クソッ!! ガルルキャノン!!!」

 

 一発目のガルルキャノンが撃ち破られそうな事に気がついたユウは、瞬時に二発目のガルルキャノンを発射し、ウォーブラスターを押し返していく。

 二発目のガルルキャノンまでは押し返しきれないとブラックは判断し、ウォーブラスターを放つを止めると、両手を先に突き出しながら高速回転を行い始め、漆黒の竜巻に変わりながら威力が減衰しているガルルキャノンに向かって突撃する。

 

「ブラックトルネーードッ!!!」

 

「嘘だろうッ!!!」

 漆黒の竜巻に貫かれて四散するガルルキャノンの姿を目にしたユウは目を見開きながら声を上げるが、漆黒の竜巻は威力が衰える事無くユウに向かって来る。

 ユウはすぐさま驚愕を胸の内に治め、高速で迫って来る漆黒の竜巻に対して見極めるような視線を向けながらグレイソードを構え、漆黒の竜巻に向かって剣先を突き出す。

 

「其処だッ!!」

 

「ほう」

 

 グレイソードが漆黒の竜巻に激突した瞬間に、漆黒の竜巻の回転は完全に止まり、ブラックは僅かに感心した声を上げてユウを見つめる。

 ユウが今行ったのは簡単に言えば、激しい回転を行っている扇風機を止める原理と同じく、高速回転して漆黒の竜巻と化していたブ ラックの回転の中心を正確に剣先で貫き、回転を止めたのだ。

 だが、これは並大抵の者が出来る行いではない。失敗すればその時点で体がズタズタになっていただろう。それを行ったユウに、ブラックは僅かに感心を覚えて動きが止まってしまう。

 ユウはその隙を逃さずに再び右手に砲身を展開し、そのままブラックの方へと突きつけ冷気を纏った圧縮魔力弾を撃ち込む。

 

「ガルルキャノン!!!」

 

「グォッ!!!」

 

 流石に至近距離でガルルキャノンを食らった事にはダメージを受けたのか、僅かに苦痛の声を上げ、ブラックは地面の方へと吹き飛んで行った。

 そのままユウはブラックが吹き飛んで行った地上の方にガルルキャノンの砲身を向け、体勢が整っていないブラックに向かって連続で魔力弾を撃ち込んで行く。

 その様子を離れてた所から見ていた桜達はユウが、勝てる可能性が出て来た事に喜びながら戦いを見つめ、ユウに向かって応援の叫びを上げる。

 

「そのままよ!! ユウ!!!」

 

「頑張ってや!!」

 

「勝てるぞ!!」

 

「ユウ君!! 頑張って!!」

 

「頑張って!!! ユウ!!!」

 

 桜、はやて、シグナム、なのは、フェイトはそれぞれ喜びの声を上げながらブラックに向かって容赦の無い砲撃を放ち続けているユウに向かって応援を送るが、その応援はすぐに途切れた。

 何故ならばユウが連続で砲撃を放っている地点から、突然に赤い巨大なエネルギー球が出現し、そのまま上空にいるユウに向かって高速で放たれたからだ。

 

「ガイアフォーーーースッ!!!」

 

「クッ!! ガルルキャノン!!!」

 

 地上からブラックが放って来たガイアフォースに向かってユウはガルルキャノンを連続で撃ち込むが、ガイアフォースの威力は衰える事無くユウに向かって突き進む。

 その事実にユウは先ほどのブラックが放ったガイアフォースは手加減されていたものだと気がつき、慌ててマントを翻しながらその場を飛び退き、ガイアフォースをギリギリの所で避ける。

 しかし、ユウが避けた先に鎧に罅が入っているブラックが一瞬の内に姿を現し、そのままユウに向かって右腕のドラモンキラーを振り抜き、ユウを吹き飛ばす。

 

「ドラモンキラーーー!!!!」

 

「ガハッ!!!!」

 

『ユウッ!!!』

 

「ユウ君ッ!!」

 

 鎧の破片を撒き散らしながら吹き飛んでいくユウを目撃した 桜達は悲鳴のような声を上げるが、ブラックは構わずにユウの吹き飛んで行く方へと瞬時に移動を行い、そのまま身動きが取れずにいるユウに向かって連続でドラモンキラーを振るい続ける。

 

「オオオォォォォォォォッ!!!!」

 

「ガアァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 ブラックの連続攻撃に対してユウは何も行う事が出来ずに苦痛の 叫びを辺りに響かせた。

 それに対してもブラックは構わずにユウに向かって蹴りまでも加えて攻撃を浴びせ続ける。

 ユウも防御しようとするのだが、防御される前にブラックは連続で叩き付けて行く。本来ならば聖王の血筋であるユウにも【聖王の鎧】と言う防御能力に特化したレアスキルを持っていて、大抵の攻撃ではユウにはダ メージが届かない。だが、ブラックの攻撃は全て並大抵どころの騒ぎではない威力を持っていた。Sランクオーバーに匹敵する完全体デジモンでさえも大ダメージが避けられない威力をブラックの攻撃は全て兼ね備えているのだから、幾ら【聖王の鎧】とバリアジャケ ットを纏っているユウでも防御し切れる筈がない。

 それを示すように徐々にユウの手は下に下がって行き、ブラックはそのままユウにバリアジャケットにドラモンキラーの刃を引っ掛けるようにしながら攻撃を止め、バリアジャケットがボロボロになっているユウに声を掛ける。

 

「……所詮はこの程度か」

 

『ユウッ!!!!』

 

「ユウ君ッ!!!」

 

 ボロボロになったユウの姿を目にした桜達は悲鳴のような声でユウの名を呼ぶが、ユウが動く事はなかった。  その姿に桜達は絶望に染まったような顔をするが、ブラックは構わずにユウを地面に叩きつけ、そのまま勢いよくユウの体を踏みつける。

 

「如何した? 俺をぶっ飛ばすんじゃなかったのか!?」

 

「ガハッ!!!」

 

「ユウゥゥゥゥゥッ!!!」

 

「もう止めて!!!」

 

 踏みつけられて苦痛の声を上げるユウの姿に桜は悲鳴のような声を上げ、なのはは涙ながらにブラックに声を掛けた。

 他のメンバーも同様に目から涙を流すが、ブラックはその様子を見ても何も感じる事は無く、ドラモンキラーの爪先に赤いエネルギー球を作り出す。

 

「そう言えば、もう一人残っていたな……気に入らん奴が!!!」

 

「ッ!! 桜!! 逃げて!?」

 

「遅いッ!!」

 

 ブラックの言葉に意味に気がついたフェイトは横に立っている桜に声を掛けて逃がそうとするが、その前にブラックはエネルギー球を桜に向かって投げつけた。

 

「ヒィッ!!」

 

『桜ッ!!』

 

「桜ちゃん!!」

 

「さ、桜おねえちゃーーーん!!!」

 

 高速で迫る赤いエネルギー球に桜は恐怖の声を上げて逃げようとするが、ダメージの為か動く事が出来ず、その間にリニスとリインフォースが張ったフィールドタイプの防御魔法はエネルギー球に撃ち破られ、桜にエネルギー球は直撃しそうになる。

 なのは達はその事に気がつき、慌てて桜を助けようと動くが、エネルギー球は無慈悲に桜の目の前に迫り、桜は自身の死を確信する。

 

(アッ……これは駄目ね……私……しん……)

 

「ガルルキャノン!!!!」

 

『ッ!!!』

 

「ムッ!!」

 

 桜の目の前に迫っていたエネルギー球は後方から超高速で追って 来た圧縮魔力弾によって消滅した。

 それによって発生した衝撃波によって桜の体は僅かに後方へと吹き飛ばされるが、瞬時にシグナムが桜の体を支え、全員が圧縮魔力弾が放たれた方を見てみると、ブラックに踏みつけられながらも右手の砲身を構えているユウが存在していた。

 ブラックもその事実には僅かに驚くが、すぐさま冷静に立ち返り、ユウに向かってドラモンキラーの刃を振り下ろそうと構える。

 しかし、その前にユウは瞬時に左手から再びグレイソードを出現させ、踏みつけられながらもブラックに向かってグレイソードを斬りつける。

 

「グレイソーードッ!!!」

 

「ガハッ!!」

 

 グレイソードによって胸当てを斬りつけられたブラックは声を上げながらも、瞬時にユウの傍から離れ、傷ついた胸当てを手で押さえる。

 ユウも瞬時に立ち上がり、ブラックから距離を取るが、流石にダメージまで隠せないのか膝を地面についてしまう。だが、それでも戦う意志を失ってはいないのかブラックを睨みつける。

 

「……やはり貴様は気に入らんな……本来ならば俺に傷をつけた奴との戦いは心の底から楽しめる筈なのに、貴様とは戦っても苛立ちを増すだけだ」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、何でそんなに……・俺と桜が気に入らんないんだよぉ? 俺達とアンタが会うのは初めての筈だぜ?」

 

「簡単だ。デジモンの技を猿真似した事だけでも気に入らなかったが、この俺が最も認めている【ウォーグレイモン】を模したバリアジャケットを纏っていた!!! 何も考えずに俺の唯一無二の親友を模したバリアジャケットを纏っていた事が認められるか!?」

 

『ッ!!!』

 

 ブラックの叫びにユウと離れていた所で話を聞いていた桜は目を見開いた。

 ユウと桜はブラックウォーグレイモンの知識を知っている。そして本来のブラックウォーグレイモンの結末もユウ達は知っていた。 ウォーグレイモンとブラックウォーグレイモンは確かに戦い合い、そしてウォーグレイモンはブラックウォーグレイモンを説得出来た。だが、親友とまで呼べるほどの親密さは二体には無かった。

 しかし、それは彼らの知識の中にあるブラックウォーグレイモン に過ぎない。ブラックにとっては、例え勝てないと分かりながらも自分の為に挑んで来てくれた【ウォーグレイモン】は紛れも無く親友だった。

 

「同じ種族のデジモンならば認めてやる。だが、貴様は違う!! 貴様は何も考えずに【ウォーグレイモン】の姿を使っていたのだろう!? 更に他の連中にもデジモンの存在を知らせずに、デジモンの技を教えていただろう? ふざけるな……デジモンとはそんなに簡単な生物ではない! 特に俺は貴様とあの小娘が気に入らんのだ!! 恵まれて生まれて来たお前達には分からんだろうがな!?」

 

「戦いの前にもそんな事を言っていたよな? 俺と桜が恵まれて生まれてき……ッ!! まさか!? お前は!?」

 

「フン、漸く気がついたか? そうだ、俺も貴様とあの小娘と同類の存在だ」

 

『ッ!!!』

 

 ブラックが告げた事実にユウと桜は驚愕に目を見開きながらブラ ックの姿を見つめた。

 “同類の存在”。それが意味する事は一つ、ブラックもまたユウと桜と同じ転生者だと言う事だ。

 しかし、確かに同じように異界の記憶を持って転生して来た存在でありながら、悲しい出来事が在っても多くのものに恵まれていたユウと桜とは違い、ブラックは無理やり戦いに巻き込まれ苦しみ、その果てに心も壊れてし まった存在。三人は同じ転生と言う経緯を辿ったが、その歩みは全く異なっていた。

 だからこそ、ブラックは目の前の二人が赦せなかった。自分達がどれだけ“周りの人間に護られていた”のかを、全く分かっていない二人の姿が赦せなかった。

 

「無駄話をしたな。俺の中の人間として残っている部分が、どうやら貴様らを認められんらしい!! この苛立ちを晴らす為に、貴様らは必ず潰す!!」

 

「……なるほどな……如何して俺達が気に入らなかったのかはよく分かった……だけどな!! 俺もお前が赦せない!! 俺の大切な奴らを傷つけて、殺そうとしたお前だけは絶対に だから、俺はお前をぶっ飛ばす!!」

 

「フッ!! 良い答えだ!! 身勝手な同情などと言う下らんものよりも貴様の答えは数百倍な!! ……本気で惜しいぞ……貴様が俺の気に入らん存在でなければ、思う存分に戦いを楽しんでいただろうな……だからこそ、俺は俺の全てを持って、貴様らの全てを壊してやる!! ルインッ!!!!!!」

 

「はいですッ!! ブラック様!!」

 

「ま、まさか!?」

 

 ブラックの呼び声に離れていた所でリインフォースと共に戦いの様子を観戦していたルインは即座に答え、目の前にいたリインフォースに構わずにブラックの下へと急ぎ向かい出す。

 リインフォースはルインのやろうとしている事に目を見開きながら慌ててルインの後を追うが、ルインとの距離は離れて行き、ルインはブラックの下へと辿り着いてしまう。

 

「ユウッ!!! すぐに彼女を止めて下さい!! 彼女は!! 彼女はユニゾンする気です!! そうなったら!! あの防御プログラムの力が竜人に宿ってしまいます!!」

 

『なっ!?』

 

 リインフォースの叫びを耳にした桜達は声を上げた。

 あの世界を滅ぼしてしまう闇の書の闇と呼ばれた防御プログラムの力が宿る。そうなればただでさえ世界を滅ぼせるだけの力を持っているブラックの力は倍増するどころの騒ぎではない程に上がるだろう。

 その事を理解したユウも慌ててブラックとルインのユニゾンを行わせない為に、右手の砲身を展開し、ブラックとルインに向かって構える。

 

「させるかよ!! ガルルッ!!」

 

「残念ですけど、タイムアップですよ。ユニゾン・イン!!!」

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!! ブラックウォーグレイモン!! X進化!!!」

 

『ッ!!!』

 

 ユウがガルルキャノンを撃ち出す前にルインは光の粒子に変わりながら、ブラックの体へと入り込み、その瞬間にブラックの体から凄まじいエネルギーの奔流と青いデジコードが出現し、デジコードはブラックを覆うように包み込んで行く。

 その現象とブラックの叫びの意味に気がついた桜は心の底から絶望に染まった顔して、膝を地面につきながら呆然と声を出す。

 

「う、嘘でしょう……X進化……ゼヴォリューション……」

 

「さ、桜お姉ちゃん!? 何が起きてるの!?」

 

「桜!! あの竜人は一体如何したの!?」

 

 絶望に染まっている桜に、状況が分かっていないなのはとフェイトは質問するが、桜は答えずに青い繭と化したデジコードを見つめながらユウに向かって悲痛な声で叫ぶ。

 

「……げて……ユウッ!!! 逃げてえぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーッ!!!!」

 

「クソッ!! ガルルキャノン!!! ガルルキャノン!!!」

 

 逃げる事が不可能だと分かっているユウはデジコード内部からブラックが出て来る前に倒そうと、渾身の魔力を込めたガルルキャノンを連射し、ガルルキャノンは高速でデジコードへと向かって行く。

 しかし、ガルルキャノンがデジコードに直撃しようとしたする直前に、デジコードは引き裂かれ、内部から漆黒の閃光が走り、ガルルキャノンは一瞬の抵抗も無く四散する。

 

「ッ!!! ……ハハハハハハハハハッ……マジかよ……嘘だろう」

 

 自身の最大の魔法が簡単に四散された事にユウは目を見開き、ガルルキャノンを四散させた漆黒の閃光に目を向け、その姿を目にする。

 その存在は全身をより機械的に成った鎧で身を包み、背中に二つのバーニアを背負い、両手に装備していたドラモンキラーもより鋭く機械的な要素を備えさせながら、目を赤く光らせてユウを見つめていた。

 ブラックこと、ブラックウォーグレイモンがルインとのユニゾンによって更に進化した姿。

 その姿を知っているユウと桜は体を恐怖に震わせながら、呆然としながらも更なる進化を遂げた漆黒の竜人の名を同時に叫ぶ。

 

『ブラックウォーグレイモンXッ!!!』

 

「ウオォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXが咆哮を上げると共に地面は爆裂したように吹き飛び、ユウは背中に羽織ったマントを使い防御するが、その体は恐怖によって震えていた。

  ただ咆哮を上げただけで地面が爆裂してしまうほど衝撃波が発生したのだ。その点だけでもブラックウォーグレイモンXの力がどれほどのものなのかは、直接戦うユウだけではなく、離れた所で戦いを見守っていた桜達にも充分過ぎるほどに理解した。

 “目の前に立っている存在だけには触れてはいけなかった”。それをハッキリとユウ達は本能で理解するが、もはやブラックウォーグレイモンXは止まる事は無く、恐怖に体を震わせながらもグレイソードを構えているユウに向かって足を一歩進める。

 

「さぁ、始めるぞ。互いの信念を賭けた殺し合いをな!!」

 

「クソォォォォォォォォォーーッ!!」

 

 バーニアを噴かせて突進して来るブラックウォーグレイモンXに向かって、ユウは恐怖を振り払うように叫びながらブラックウォーグレイモンX同様にグレイソードを構えながら突進するのだった。




今回の登場したオリジナル魔法に関して。

名称:【コキューエンド】
分類:【ミッドチルダ式・広域攻撃魔法】
詳細:術者を中心にブリザードを引き起こす魔法。ブリザードに捕らわれた場合、対象は凍結、停止し、更に吹き荒れるブリザードによって対象にダメージを与える。効果的には【エターナルコフィン】に近いが、【エターナルコフィン】が封印系に効果が強いのに対して、【コキューエンド】は殺傷力が強化されている。

名称:【滅雷】
分類:【古代ベルカ式・補助及び攻撃系魔法】
詳細:古代ベルカ時代の王家の一つ、【雷帝ダールグリュン】家に対抗する為に当時の【雷帝ダールグリュン】家に敵対していた魔導師及び騎士達が完成させた雷の資質変化持ちに対抗する為の魔法。雷の資質変化によって発動させた魔法を無効化及び運用する事が可能となる。しかし、【闇の書】の襲撃に寄って奪われ使用される事が無かったロストマジック。ルインは砲撃として放ったが、身体強化にも使用する事も出来る。雷の資質変化を持つ魔導師や騎士にとって天敵の魔法である。だが、専用のデバイスや騎士甲冑の使用が本来は必要であり、当時の野心に燃えていた【闇の書】の主が己の魔法にする為に、開発データなどは一切失われてしまっている。その為に【夜天の魔導書】に記載されながらも、ルインに主と認められない限り使用する事が出来なくなってしまった。

名称:【リフレクトフィールド】
分類:【ミッドチルダ式・広域防御魔法】
詳細:相手が放って来た砲撃を跳ね返すと言う、砲撃魔導師泣かせの魔法であるが、弱点が存在し、砲撃を跳ね返した後は消滅してしまう上に、詠唱時間が長く、莫大な魔力も消費してしまう。覚醒したルインと、ルインとユニゾンしたブラックでなければ戦闘 中で使用する事は不可能に近い。因みにリインフォースとユニゾンしたはやてならば使用は可能だが、 魔力の消費はかなりのものとなってしまう為に、デメリットが高い 魔法である。

今回の話では、平行世界の部分を強く出しました。
簡単に言ってしまえば、ルイン達の世界には【聖王武具】は存在せず、逆にユウ達の世界では【ルインフォース】と言う形では【夜天の魔導書】は改変されませんでした。


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コラボ5

「ハァアアアアアアアアアッ!!」

 

「オオォォォォォォォーーーーーーーーッッッッ!!!!」

 

 互いに同時に高速で突進したブラックウォーグレイモンXとユウはそれぞれ武器を相手に向かって突き出し、ユウは自身に左腕の竜の頭部のような手甲から出現させているグレイソードに炎を纏わせながらブラックウォーグレイモンXに向かって振り抜く。

 

「グレイソーーードッッ!!!」

 

「下らん!!」

 

 ユウが全力で振り抜いて来たグレイソードに対してブラックウォーグレイモンXは無造作に左手のドラモンキラーをグレイソードに叩きつけ、グレイソードの刃は甲高い音をたてながら跡形も無く砕け散った。

 その現象にユウだけではなく桜達も目を見開いた。ユウのグレイソードは今まで一度も砕けた事は無かった。少なくともX進化していないブラックのドラモンキラーとぶつかり合っても罅が入らないほどの頑強を備えていた。

 しかし、今そのグレイソードはブラックウォーグレイモンXが、全く力を込めず無造作に振るった一撃の下に砕け散ってしまった。その事実だけでもユウ達が呆然とするには充分な出来事だったが、ブラックウォーグレイモンXがその隙を逃す筈も無く、ユウに向かって右手のドラモンキラーを振り下ろす。

 

「ドラモンキラーーー!!!!」

 

「ハッ!! クッ!!」

 

 自身に向かって振り下ろされようとしているドラモンキラーに気がついたユウは負担が掛かるのを承知で、地面を全力で蹴りつけ、その勢いを利用して後方へと飛び退き、ドラモンキラーの射程から逃れた。

 しかし、ブラックウォーグレイモンXは全く慌てる事無く右手のドラモンキラーの爪先の照準をユウに向かって構え、そのまま爪を射出する。

 

「ッ!! しまっ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXが射出したドラモンキラーの爪先をユウは避ける事が出来ず、背中に棚引かせていたマントへとドラモンキラーの爪先は突き刺さり、そのままユウはジェット推進で進む爪先の影響で背後へと吹き飛んで行く。

 

「ガハッッ!!!」

 

 射出されたドラモンキラーの爪先によって遥か後方へと吹き飛んだユウは、その先に存在していた瓦礫に背中から激突し、苦痛の声を上げた。

 ユウは背中に走る苦痛を堪えながら何とか顔を上げて前を見てみると、一瞬の内にユウの目の前に移動していたブラックウォーグレイモンXが瓦礫に磔状態になっているユウに向かって右腕を振り抜く。

 

「ハァッ!!!」

 

「ガアァァァァァァァァッ!!!」

 

『ユウッ!!』

 

「ユウ君ッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXに殴り飛ばされ、ユウは瓦礫ごと空へと舞い上がった。

 吹き飛ぶユウを目撃した桜達は悲鳴を上げ、その悲鳴に吹き飛び掛けていた意識を繋ぎ止めたユウは、全身を襲う激痛に堪えながら右手の狼の手甲から展開していた砲身を地上に留まっているブラックウォーグレイモンXに向ける。

 砲身が耐え切れる限界までの魔力を注ぎ込み、ユウは圧縮魔力弾を放つ。

 

「ガルルキャノン!!!!」

 

 今まで以上の魔力が込められたせいか、ユウが放ったガルルキャノンの大きさはブラックウォーグレイモンXが通常状態で放ったガイアフォースを上回る大きさを持って、高速で地上に立っているブラックウォーグレイモンXに迫る。

 しかし、ブラックウォーグレイモンXは迫り来るガルルキャノンを見ても慌てる様子は全く見せずに、左手のドラモンキラーの爪先に黒く輝くエネルギー球を作り上げ、ガルルキャノンに向かって投げつける。

 

「失せろ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXが投げたエネルギー球は目前に迫っていたガルルキャノンに激突し、そのまま巨大な大爆発が起きた。

 その様子を離れてた所で見ていた桜達はもはや言葉を出す事も出来ないのか、誰もが絶望に染まった表情をして、爆発の衝撃波を受けても全く揺るぐ様子を見せずに立っているブラックウォーグレイモンXを見つめる。

 

「ば……馬鹿な……あれだけの巨大さを持つユウの攻撃を……ただの小さなエネルギー弾で相殺しただと?」

 

「……悪魔……違う……化けものだよ……アイツは本当の……」

 

「勝てへん……あんな化けものに……勝てる筈があらへんよ」

 

 シグナム、フェイト、はやてはそれぞれ絶望に満ちた声を出し、なのはと桜もブラックウォーグレイモンXの圧倒的としか言えない力に恐怖を覚えて体を震わせる。

 ブラックォーグレイモンXは桜達の様子など構わずに、 上空に存在している煙の中に隠れているユウに向かって攻撃を開始しようとする。だが、その直前に煙を切り裂きながら左手の竜の手甲に激しい炎を、右手の狼の手甲に凄まじい冷気を発生させているユウが一直線にブラックウォーグレイモンXに向かって飛び出して来た。

 

「オォォォォォォォォォッ!!!!」

 

「ほう」

 

 左手に炎を、右手に冷気を纏っているユウに、ブラックウォーグレイモンXはユウが考えている作戦に瞬時に気がつき、感心した声を上げながらユウを見つめていると、ユウは激しい炎を纏っている左腕を振り被る。

 

「ダブルッ!!」

 

「ムン!!」

 

 ユウが振り下ろして来た左腕の一撃を、ブラックウォーグレイモンXは右腕のドラモンキラーで防御した。

 激しい炎纏うユウの一撃はブラックウォーグレイモンXの右手のドラモンキラーを炎で炙る以外の効果は全く無く、ブラックウォーグレイモンXには何のダメージも無かった。

 その姿にユウは僅かに悔しそうな顔をしながらも、ブラックウォ ーグレイモンXに反撃されまいと連続で左腕を繰り出す。だが、ブラックウォーグレイモンXはやはり右腕だけでユウの攻撃を防いで行く。

 そしてある程度攻撃を繰り出し終えると、ユウは今度は凄まじい冷気を纏っている右手をブラックウォーグレイモンXの右手に向かって振り被る。

 

「トレントォッ!!」

 

「無駄だ!!」

 

 ユウの右手がブラックウォーグレイモンXの右手に激突しようとする直前に、ブラックウォーグレイモンXは瞬時に左腕をユウの右手の前に出し、ユウの一撃を左腕で防御した。

 その事にユウは心の底から悔しそうな顔をしながらも右手を叩きつけた反動を利用して、ブラックウォーグレイモンXから離れようと後方に飛び去る。

 だが、ブラックウォーグレイモンXはユウの動きに対応して、地面を陥没させるながら踏み込み、渾身の蹴りをユウの腹部に叩き込む。

 

「ハッ!!」

 

「ガアァァッ!!」

 

「そ、そんな! ユウ君!!」

 

「イヤァッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXの地面が陥没するほどの威力を持った蹴りを叩き込まれたユウは、鎧の破片を撒き散らしながら苦痛の叫びを上げ、なのはとフェイトは悲鳴を上げた。

 地面に倒れ伏すユウを見ながらブラックウォーグレイモンXは、止めを刺す為に暗黒のエネルギーを両手の先に集中させ、苦痛のせいで立ち上がることも難しいユウに向かって放とうとする。

 だが、その直前に ユニゾンしているルインと戦いが始まってから初めて自身の本能が警告を発する。

 

(ブラック様!! 下がって!!)

 

「ッ!! クッ!!」

 

 ルインの警告と自身の本能の警告に従い、ブラックウォーグレイモンXは集めていたエネルギーを霧散させながら後方へと飛び退くと同時に、一筋の閃光がブラックウォーグレイモンXの立っていた場所に走った。

 それと共にユウはゆっくりと立ち上がり、右手に白い長剣-【オメガブレード】を握りながら自身のバリアジャケットを【オメガモン】を模した姿から、白を基調として所々に金色の装飾が成され、背中に天使の翼を思わせる純白の翼を備えたバリアジャケット-【インペリアルドラモン・パラディンモード】を模した姿へと変わった。

 新たに変化したユウの姿にブラックウォーグレイモンXは目を細めながらも、先ほどの訳の分からない警告の意味をルインと共に確認する。

 

(ルイン。先ほど奴の攻撃は一体なんだ? 避けていなければ危なかったようだが?)

 

(私にも詳しい事は分かりません。ですが、急に膨大な魔力を感じたので思わず警告を発してしまったんです)

 

(いや、お前の判断は間違っていない。俺の本能も警告を発していたからな…………しかし、一体何故だ?)

 

(…………ブラック様。恐らくですが、あの少年の持つデバイスには、私達の知る本物の【オメガブレード】と同じように【対象を初期化する】能力が在るのでは無いでしょうか?)

 

(……何だと?)

 

(この世界の生真面目が言っていました、〝この世界の私はあの少年に初期化させられた゛と……信じ難い事ですが、アレだけは真似ではなく、あの少年が持つデバイスの力なのでは無いでしょうか? 此処は平行世界です。私達の知らないロストロギアが在っても可笑しくは無いと思います)

 

(……なるほど……言われてみればそうだ)

 

 ルインの言葉にブラックウォーグレイモンXは納得したように声を出しながら、膝をついて荒い息を吐いているユウを見つめた。

 “対象を初期化させたりする能力を持ったデバイス ”。 確かにそれならば先ほどのルインの警告も、自身の本能が発した警告の意味が分かる。幾ら絶大な力を持っているブラックウォーグレイモンXでも、問答無用で初期化か消滅されたりすれば死んでしまうだろう。

 しかし、種が割れてしまえば恐れる事は無い。攻撃が当たらないように戦えばいいのだから、ブラックウォーグレイモンXからすれば簡単な事だった。

 

「随分と面白いデバイスだ。アイツが欲しがりそうなデバイスだな」

 

「ッ!! ……悪いが……このデバイス-【オメガ】は、この世界の俺の両親の形見なんだ……手放す気はない!!」

 

 自身のデバイスの能力が気づかれた事に驚きながらも、ユウは【オメガブレード】を両手で握り締めながらブラックウォーグレイモンXに向かって構えた。

 一撃さえ当てられれば【オメガ】の持つ固有能力でブラックウォーグレイモンXを倒す事が出来る。体力的にキツイが、それでもカウンター狙いと言う手段が在る。そう思いながらユウは【オメガブレード】を構えるが、更なる絶望の光景が次の瞬間、目の前に映る。

 

「……パンツァーガイスト」

 

「なっ!?」

 

 黒く輝く光に全身を包んだブラックウォーグレイモンXの姿に、ユウは驚愕した。

 

「この状態の俺をただ進化した姿だと思うな。完全に馴染むのには時間が掛かったが、今では【闇の書】の力を全て扱えるまでになっている」

 

「……嘘だろう」

 

 ブラックウォーグレイモンXの言葉の意味を悟ったユウは絶望感に満ち溢れた。

 ただ破壊にしか扱えない【闇の書】の力を完全に己の物にしている。つまり、【夜天の魔導書】に記載されている魔法も扱える。膨大な数の魔法を自由自在に扱えると言うだけで戦略の幅は無限に等しいほどに広がる。

 同時にユウは悟った。何故今、ブラックウォーグレイモンXがパンツァーガイストを使用したのかを。

 言うなればパンツァーガイストはセンサー替わりなのだ。確かにユウの【オメガブレード】は、本物の【オメガブレード】に近い力を宿している。だが、嘗て一時的にも本物の【オメガブレード】を目にし、そして扱った事が在るブラックウォーグレイモンXは、【オメガブレード】の弱点を見抜いていた。

 【オメガブレード】は全てを【初期化】する。【消滅】ではなく【初期化】。つまり、何かに触れれば【初期化】と言う現象が発生する。そして今、ブラックウォーグレイモンXにはパンツァーガイストと言う膜が張られてしまった。

 例えユウが【オメガブレード】を用いて【初期化】を発動させたとしても、最初に【初期化】されるのはパンツァーガイスト。発動を見極め、瞬時にユウの傍から離れるのは、今のブラックウォーグレイモンXからすれば簡単な事だった。

 この瞬間、ユウは悟った。例えパラディンモードを使って戦ったとしてもブラックウォーグレイモンXを倒せる可能性はゼロだと言う事を。確かに【オメガ】の真の能力-【消滅】や劣化能力である【初期化】ならばブラックウォーグレイモンXを倒せる可能性は存在していた。だが、既にブラックウォーグレイモンXは【オメガ】の能力を見破ったばかりか、あっさりと対処法を実行して見せた。

 【オメガ】の能力が知られた時点で、ユウに残されていた勝てる可能性は完全にゼロとなったのだ。

 その事が分かっているユウは、油断なく警戒しているブラックウォーグレイモンXに【オメガブレード】を構えながら遠く離れた場所で戦いを見ている桜に念話を送る。

 

(桜……俺が時間を稼ぐから皆を連れて逃げろ)

 

(ッ!! 何を言っているのよ!?)

 

(分かっているだろう!! ブラックウォーグレイモンの狙いは俺とお前だ!! だから、他の皆は逃げる事が出来る……俺が此処に残って時間を稼げば、少なくとも皆とお前は助かる……もしかしたら、お前の事を追って来るかもしれないけど、時間が在ればブラックウォーグレイモンに対する対抗策も考える事が出来る……プレシアさんやリンディさんがいるんだ。何か方法を見つけてくれるさ)

 

(馬鹿!! そんな事をして皆が喜ぶと思っているの!? 悲しむだけでしょうが!! もちろん私も!!)

 

「(……そうだよなぁ……皆絶対に悲しむだろうな……辛い思いをさせるな……だけど!! だけどそれでも!!)……それでも俺は!! 皆が死ぬ所なんて見たくないんだよ!!! オォォォォォォォーーーーーーー!!!!!」

 

「フッ、良い覚悟だ。俺も全力で答えてやる!! ハァアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 

 互いに叫び合うと共に相手に向かって突進し、ユウはオメガブレードで、ブラックウォーグレイモンXは両手のドラモンキラーを使って衝撃波を撒き散らしながら凄まじい剣戟を繰り広げる。

 しかし、その剣戟の中で繰り広げられるのはブラックウォーグレイモンXが振り抜くドラモンキラーをユウが【オメガブレード】を使って防御すると言う一方的な展開だった。その上、徐々にユウの握る【オメガブレード】の刃は欠けてゆき、刃毀れだらけの状態に変わって行く。

 ユウは【オメガブレード】と鎧の破片が周囲に散るのを目にしながらも、全力でブラックウォーグレイモンXの攻撃を防御し続け、少しでも時間を稼いで桜達の逃げる時間を稼ぐ為にユウは死力を振り渋りながらブラックウォーグレイモンXの攻撃を防いでいく。

 その様子を離れた所で涙を流しながら見つめていた桜は、事前に送られて来たユウの念話の事を考え続け、突如として涙を手で拭きながら横に落ちていたレイジングソウルの柄を握り締める。

 

「……皆……私とユウがブラックウォーグレイモンXを少しでも押さえるから……皆は傷ついているヴィータ達を連れてアースラに避難しなさい」

 

『桜ッ!?』

 

「桜ちゃん!?」

 

「さ、桜お姉ちゃん!? 何を言っているの!? 逃げるんだったら、桜お姉ちゃんとユウ君も一緒に逃げようよ!?」

 

「……無理よ……例え此処で運が良く逃げられても……アイツは……ブラックォーグレイモンXは何処までも私とユウを追って来るわ……それに皆が此処まで傷ついたのも、もとはと言えば、私とユウがデジモンの技を教えたせいだし……責任を取りに行くだけよ」

 

「ッ!! 嫌だよ!! 行っちゃ嫌だよ、桜お姉ちゃん!!!」

 

 なのはは目から大量の涙を溢しながら桜に抱きついた。

 桜は悲しげな顔をしながらも、ユウと戦う前にブラックウォーグレイモンXが発した言葉の意味が漸く僅かながらも理解出来た。

 

『俺は貴様らが気に入らんのだ。自分達がどれだけ護られているのかを知らない貴様らがな』

 

『その身に教えてやろう。貴様らがどれだけ恵まれて生まれて来たのかを!!!』

 

(……そうね。私とユウは確かに護られていた……私達はこの世界に本当はいない存在……それが当たり前のようにいられたのは、なのは、母さん、父さん、恭也兄さん、美由希姉さん、そして皆が受け入れてくれたから……今頃になって気づくなんて、私も馬鹿よね……確かに恵まれていたわ……だから!)

 

「ッ!!」

 

 突如として突き飛ばされたなのはは目を見開くが、桜は構わずになのは達に向かって寂しげに微笑む。

 

「……皆……さよなら」

 

Accel(アクセル) Fin(フィン)

 

「桜お姉ちゃん!!」

 

「桜ちゃん!! 行ったらあかん!!」

 

「駄目だよ、桜!!」

 

 ユウとブラックウォーグレイモンXが激突しあっている地点に向かって飛び立つ桜の背になのは、はやて、フェイトはそれぞれ叫ぶが、桜は止まるどころか更にスピードを加速させ戦いの場へと向かい出す。

 その間にもユウとブラックウォーグレイモンXの戦いを続けていたが、既にユウの纏っていたバリアジャケットはボロボロな姿に変わり、両手で握っていた【オメガブレード】も刃毀れだらけの姿に変わっていた。

 それでもユウは諦めずに戦い続けていたが、遂にそれも限界が訪れ、完全に無防備な隙が僅かに出来てしまう。当然ながらその隙をブラックウォーグレイモンXが逃す筈が無く、右腕に全力を込めながらユウの胴体に向かって撃ち込む。

 

「ムン!!」

 

「ガッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXの拳をモロに食らったユウは口から血を吐き、空中に体が浮き上がった。

 次で決める為にブラックウォーグレイモンXは、動きが取れなくなっているユウに向かって両手を向け、背中のバーニアを噴かそうとする。

 しかし、その動きは直前で止まり、自身の背後へと即座に振り返り、レイジングソウルをバーストモードに変形させながら突撃して来る桜の姿を目にする。

 

「A.C.S起動!!」

 

「フン」

 

「馬鹿!! 止めろ、桜!!!」

 

「エクセリオンバスターーー!!!! A.C.Sッ!!!」

 

 桜はユウの叫びに耳を貸す事無くブラックウォーグレイモンXに向かって突撃し、ゼロ距離でエクセリオンバスターを撃ち込んだ。

 ブラックウォーグレイモンXにゼロ距離でエクセリオンバスターを撃ち込んだ桜は、凄まじい衝撃に襲われる。だが、ブラックウォーグレイモンXが纏うパンツァーガイストを破る事は出来ず、逆に衝撃によってダメージを受けていた桜を左手で捕まえる。

 

「ッ!!」

 

「捨て身の攻撃か。確かにそれならば俺にもダメージが少しは与えられただろうが、残念だが今の俺は違う」

 

「クッ!!」

 

 捨て身の攻撃を持ってしてもダメージを与えられなかった事に桜は悔しそうな声を上げ、何とか拘束から逃れようとするが、ブラックウォーグレイモンXは桜の行動など気にせずに左腕にエネルギーを集中させ始める。

 その膨大な負のエネルギーに気がついたユウは桜を助けようと動こうとするが、ダメージからか、動く事は出来なかった。その間にもブラックウォーグレイモンXはエネルギーを集め続け、目を細めながら暴れている桜に声を掛ける。

 

「順番は変わったが、貴様も俺が気に入らん奴には違いない。先に、消えろッ!!! 暗黒のッ!!」

 

「さくらーーーーーーッ!!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXが行うとしている事が分かったユウは悲痛な声を上げるが、ブラックウォーグレイモンXは止まらずにゼロ距離からガイアフォースを桜に-放てなかった。

 

「セブンズヘブン!!!」

 

「ムッ!!」

 

 背中に突如として七つの魔力弾-セブンズヘブンを食らったブラックウォーグレイモンXは驚き、背後へと目を向けてみると、ボロボロな姿になりながらも目から光を失っていないリニスが瓦礫の上に立っていた。

 ブラックウォーグレイモンXは僅かに驚いていると、何時の間にか上空に移動していたシグナムがレヴァンティンを桜を掴んでいるブラックウォーグレイモンXの左腕に向かって振り下ろす。

 

紫電一閃(しでんいっせん)ッ!!!」

 

「グッ!! 舐めるな!!」

 

 シグナムの放った紫電一閃を食らったブラックウォーグレイモンXは、僅かに声を上げるが桜を離す事は無く、逆に近づいて来たシグナムに向かって右腕のドラモンキラーを振り下ろそうとする。

 しかし、その直前に何とか体を襲っている激痛から逃れたユウが、ブラックウォーグレイモンXの左腕に当てたままのレヴァンティンの上から【オメガブレード】を振り下ろす。

 

「ハァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

「グゥッ!!」

 

 二度目の同じ箇所の衝撃によってパンツァーガイストが破られ、ブラックウォーグレイモンXは思わず桜を手放してしまう。

 その隙にシグナムは桜とユウの腕を握り締め、ブラックウォーグレイモンXの傍からすぐさま離れる。

 しかし、衝撃は受けてもダメージは無かったブラックウォーグレイモンXはすぐさま桜とユウを連れて離れて行くシグナムの後を追おうと、背中のバーニアを噴かそうとする。

 だが、その直前に空から数え切れないほどの砲撃がブラックウォーグレイモンXに向かって降り注ぐ。

 

「全力全開!! スターライト……」

 

「雷光一閃! プラズマザンバー……」

 

「響け! 終焉の笛! ラグナロク!」

 

「集いし星よ、月となれ……」

 

『ブレイカーーーーーー!!!!!!!』

 

夜天の煌き(ルナライトブレイカーファランクスシフト)ッ!!!!!」

 

 上空から放たれた凄まじい威力を持った集束砲の全ては地上に立っていたブラックウォーグレイモンXへと向かって行き、ブラックウォーグレイモンXを飲み込むと共に凄まじい大爆発が起きた。

 その影響を離れた所の瓦礫の影にリニスが張った防御結界の中に隠れながらシグナムはユウと桜を大切そうに抱え、砲撃の影響が治まるのを待つ。

 そして少しして砲撃の影響が完全に治まるのを確認すると、その場にいる全員が安堵の息を吐き、リニスは傷ついているユウに治療魔法を掛けながら声を掛ける。

 

「ユウッ!! 大丈夫ですか!!」

 

「あぁ、何とかだけど……何で逃げなかったんだ?」

 

「前にも言った筈です!! 私はもう、あなた以外を主とするつもりはありませんよ!! あなたが死ぬぐらいなら私は命を賭けても戦います!!」

 

「同感だ……お前達二人を見捨てて逃げるぐらいならば……この場で奴と戦った方がマシだ。高町、テスタロッサ、主も同意見だ。何とかこの場で奴を倒す!! 全員で掛かればあるいは…」

 

「無理だな」

 

『ッ!!』

 

 シグナムの言葉に覆い被さるように響いた低い声に全員が目を見開いた瞬間に、シグナム達が隠れていた瓦礫を突き破り、ダメージを全く負った様子がないブラックウォーグレイモンXが瓦礫を粉砕しながら姿を現した。

 その姿にシグナムは驚愕するが、すぐさま右手に握っていたレヴァンティンをブラックウォーグレイモンXに振り抜こうとするが、その前にブラックウォーグレイモンXが右腕のドラモンキラーを振り抜き、レヴァンティンの刀身を砕く。

 

「ッ!!」

 

「邪魔だ。失せろ!!」

 

 レヴァンティンが砕かれた事に動きが止まってしまっていたシグナムにブラックウォーグレイモンXは迷う事無くドラモンキラーの爪先に作り出していた黒いエネルギー球を叩きつけ、シグナムは叫ぶ事も出来ずに吹き飛んで行った。

 更にブラックウォーグレイモンXは、その場で呆然としているユウと桜に向かって叩き潰す勢いでドラモンキラーを振り下ろそうとするが、その直前にリニスが魔力で強化した拳をぶつけて来る。

 

「ハアッ!!」

 

「……何かしたか?」

 

「ッ!! クッ!! アアアアアアァァァァァァァァァッッッ!!!」

 

 リニスは叫びながら、次々とブラックウォーグレイモンXに向かって拳や蹴りを撃ち続ける。

 しかし、ブラックウォーグレイモンXには全くダメージが与えられずに、逆にリニスの拳から血が飛び散る。それでも構わずにリニスは殴り続けるが、ブラックウォーグレイモンXは煩わしそうに殴り掛かって来たリニスの右腕を簡単に掴み取る。

 

「ッ!!」

 

「煩わしいッ!!」

 

『リニスッ!!!』

 

 腕が掴み取られると同時にリニスは地面に勢いよく叩きつけられ、ユウと桜は悲痛な声で叫ぶが、リニスは答える事無く気絶したままだった。

 その様子にユウと桜は怒りは振り切れ、全身を襲っている激痛など気にせずにブラックウォーグレイモンXに飛び掛ろうとする。しかし、ブラックウォーグレイモンXはその前に両手の先に巨大な黒いエネルギー球を作り上げユウと桜に向かって連続で放つ。

 

「消えろ。ハデスフォーーース!!!!」

 

『ッ!!!』

 

 ブラックウォーグレイモンXが放ったハデスフォースは、凄まじいスピードでユウと桜に迫り、ユウと桜は驚愕に目を見開きながらも避けようとする。

 だが、数え切れないほどの数で放たれたハデスフォースの範囲から逃れる事は出来ず、悔しそうな顔をして目の前に迫って来ているハデスフォースを見つめる。

 此処で終わりだとユウと桜が諦めを覚えた瞬間、突如としてユウと桜は横から強く押され、ギリギリのところでハデスフォースの影響範囲から逃れる。

 

「ッ!! ……フェ……」

 

「……はや……」

 

 横から押された事にユウと桜は驚きながらも目を横に向けてみると、寂しげながら嬉しげな微笑みをしているフェイトとはやての姿が存在していた。

 その姿にユウと桜は目を見開き、二人が自分達を押したと思われる手にゆっくりとまるで時間が極限に遅くなった感じを受けながら手を伸ばすが、突如として時間は戻り、ユウと桜の目の前でフェイトとはやてはハデスフォースに飲み込まれた。

 

「アッ……アアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 

「フェイト!! ハヤテェェェェェェェェッ!!!!!」

 

 ハデスフォースに飲み込まれ、遥か遠くへと消えて行ったフェイトとはやてを目の前で目撃したユウと桜は悲しみに満ちた叫びを膝をつきながら上げた。

 その姿に上空で様子を見ていたなのはとリインフォースも悲しみに満ちた顔をして涙を目から溢すが、ブラックウォーグレイモンXだけはフェイトとはやてが消えた場所を不機嫌そうに見つめていた。

 ユウや桜は気がつけなかったが、ブラックウォーグレイモンXは捉えていた。

 “ハデスフォースがフェイトやはやてに直撃する瞬間に、急速で接近し、ハデスフォースとフェイト、はやての間に割り込んだ白い影を”

 

「(奴が来ているのか)……邪魔が入ったか。今ので決めるつもりだったがな」

 

「ッ!! ウワアァァァァァァァァァァーーーーー!!!!!」

 

「ッ!! いけない!! 戻って下さい!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXの感情の全く篭っていない言葉を耳にしたなのはは、怒りの叫びを上げながらブラックウォーグレイモンXに突撃し、その余りにも後先考えていない行動にリインフォースは危機感を覚えてなのはを止める為に叫びながら飛び出した。

 しかし、リインフォースが追いつく前になのははブラックウォー グレイモンXに向かってレイジングハートの先端を向け、自身の体の影響など考えずに今出せる最大の威力の砲撃を撃ち出す。

 

「エクセリオンバスターーーーーー!!!!!!!」

 

「消えろッ!!」

 

「ッ!!」

 

 なのはが放った全てを込めたエクセリオンバスターは、ブラックウォーグレイモンXが無造作に振るった右腕の衝撃波によって、一瞬の抵抗も無く四散した。

 その全てを込めた砲撃さえもただの衝撃波によって四散した事実に、なのはの中の何かが完全に圧し折れ、絶望に心が塗り潰されそうになるが、ブラックウォーグレイモンXは構わずになのはの目の前に移動する。

 

「アッ……」

 

「良い攻撃だった」

 

「グフッ!!」

 

『なのはッ!!』

 

 ブラックウォーグレイモンXに殴り飛ばされたなのはを目にした ユウと桜は悲痛な声でなのはの名を呼ぶが、なのはは答える事無く地上へと落下していき、地面に激突する直前にリインフォースがなのはを受け止める。

 

「高町!! 高町!!」

 

「……」

 

 リインフォースは腕の中に抱えているなのはに向かって叫ぶが、なのはは答える事無く絶望に染まった顔だけをしていた。

 その事実にリインフォースは辛そうに顔を俯かせ、急いで近寄って来たユウと桜もなのはの絶望に染まった瞳に悲しげに顔を俯かせ、地面に膝をついてしまう。

 次々と大切な人達が目の前で消えて行く事にユウと桜の心は暗く深い闇に堕ちそうになるが、その前にブラックウォーグレイモンXはゆっくりとユウ達の背後に近寄る。

 

「そろそろこの戦いを終わりにする。貴様らの死をもってな」

 

 ブラックウォーグレイモンXはそうユウ達の背に告げると共に、再び黒い巨大なエネルギー球を両手の間に作り始める。

 その事に気がついたユウは顔をゆっくりと上げ、なのはを抱えたままのリインフォースに覚悟が決まったと言うような顔をしながら声を掛ける。

 

「……リインフォース。力を貸してくれ」

 

「えっ? ユウ? アンタ何を言って?」

 

 ユウの呟いた言葉に桜は疑問を覚えて質問するが、ユウは答えずに真剣な顔をリインフォースに向け続ける。

 そのユウの顔を瞳にリインフォースも覚悟を決めると、抱えていたなのはを桜の腕の中に渡し、ゆっくりとユウへと手を差し出し、ユウもリインフォースに手を伸ばし始め、互いの手が触れ合おうとする。

 その間に5メートルぐらいの大きさを持った黒いエネルギー球-ハデスフォースを作り上げたブラックウォーグレイモンXは、ハデスフォースをユウ達に向かって投げつける。

 

「ハデスッ!! フォーーースッ!!!」

 

『……ユニゾン……イン』

 

 ハデスフォースが直撃する直前にユウとリインフォースは同時に声を出すが、ハデスフォースは止まらずにユウ達を飲み込んで爆発を起こした。

 確実に息の根を止めたと確信したブラックウォーグレイモンXは、もうこの場には用は無いと思い背後へと振り返り歩き出そうとする。だが、その足は突如として止まり、険しい視線を煙が噴き上がっている場所に向けると同時に煙の中から風が吹いてくる。

 

(何だ?)

 

(これは……まさか!? あの生真面目!?)

 

「ンッ?」

 

 煙の中から聞こえて来た足音にブラックウォーグレイモンXは疑問の声を上げながら足音が聞こえて来る場所を見つめていると、煙の中から虹色の魔力光を全身に纏い、機械的な白い鎧と兜を身につけ、左腕には機械的な黄金色輝くアーマーが装着され竜の頭部を模した手甲が備えられ、右腕には蒼く輝くアーマーを装着し、狼の頭部を模した手甲が装備されたバリアジャケットを纏ったユウがゆっくりと歩いて来た。

 その姿はユウがパラディンモードの前に着ていた【オメガモン】を思わせるバリアジャケットながらも、より鋭敏に機械的なバリアジャケットへと変わり、全身から発せられる気配も数段上に上がっていた。

 ブラックウォーグレイモンXは僅からながらも警戒心を上げてユウを見つめていると、ユウは左腕を軽く振るい、新たなグレイソードを出現させ、ブラックウォーグレイモンXに構える。

 

「……俺は確かにアンタの言うとおりだった……自分がどれだけ皆に護られていたのか……こうして皆が傷ついてよ く分かったよ」

 

「ほう、ならば如何する?」

 

「……決まっている。俺は皆を生きて安全な場所に連れ帰る。そしてあいつらの笑顔の為に……ブラックウォーグレイモンX……お前を……この世界から“消滅”させる!!」

 

「……フフフフフフフッ、ハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 良い覚悟だ!! だが、俺は手加減する気は無い!! 俺を消滅させると言うのならば、俺は貴様を殺す!! 此処からが本当の戦いと言う事だ」

 

「……ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 

「オオオオオオオオオオオオォォォォォーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 再びユウとブラックウォーグレイモンXは同時に叫びながら相手に向かって駆け出し、ユウは新たなに文字が刻まれたグレイソード を、ブラックウォーグレイモンXは両手のドラモンキラーを使って凄まじい衝撃波を撒き散らす剣戟を再び始めた。

 戦いは終焉へと近づく。その結末がどうなるのかは、戦っている本人達に分からないのだった。




8月30日の0時に次話を投稿します。


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コラボ6

 凄まじい衝撃波が撒き散らされ、完全に地形が変わり果てた世界。

 しかし、そうなったのにも関わらずに未だに世界を変えた衝撃波は放たれ続け、その中心と呼べる場所で【オメガモンX】を模したバリアジャケットを纏ったユウとブラックウォーグレイモンXは互いに武器を振り抜き続け、凄まじい応酬を繰り広げていた。

 既に出会ってから何度も繰り返されたやり取り。だが、互いにこの攻防の結末で戦いが終わると確信していた。その結末までは分からずとも、ユウとブラックウォーグレイモンXは自身の信念の為に相手を討ち倒そうと凄まじい攻防を繰り広げる。

 

 その様子を離れた所で絶望に染まった瞳をしているなのはを腕の中に抱えながら、桜は祈るような気持ちでユウとブラックウォーグレイモンXの戦いを見ていた。

 

(お願い!! ユウッ!! 勝って!! 皆との何時もの日常に戻る為にも!! お願い!!)

 

 そう桜は内心で祈りながらユウとブラックウォーグレイモンXの戦いを見続ける。

 だが、桜の願いに反して徐々にではあるがユウの方が相手の攻撃を防御する回数が増えて来ていた。

 

「ムン!!」

 

「クッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXが高速で振り抜いたドラモンキラーを、ユウは最小限の動きを持ってグレイソードの刃の端を使い受け流した。

 決してグレイソード全体を使ってブラックウォーグレイモンXのドラモンキラーを防御しようとはユウは思わない。幾らリインフォ ースとユニゾンした事で力が上がっていたとしても、初めてのユニゾンの上に通常の【オメガモン】を模した姿の時でもグレイソードは一瞬の抵抗も無く砕けたのだ。その時点からでもまともにぶつかり合うなど間違っていると言える。だからこそ、ユウはリインフォースの支援を受けながら、グレイソードが砕けないような使い方をして、ブラックウォーグレイモンXの攻撃を防御しているのだ。

 しかし、それはユウの精神力を磨り減らす諸刃の戦法だった。確かにユウの使っている戦法ならば短時間はブラックウォーグレイモンXと戦う事は出来る。だが、あくまでその場凌ぎでしかない。今のユウとリインフォースが行っている戦法では遠からずに限界が訪れて、グレイソードは再び砕け散るだろう。

 その事を理解しているユウとリインフォースは、何とかブラックウォーグレイモンXの隙を探そうと攻撃や防御を行いながら隙を探し続ける。だが、ブラックウォーグレイモンXには全く隙が見当たらずにユウは悔しさを感じる。

 そのユウの様子に気がついた桜は一瞬でもブラックウォーグレイモンXの隙を作ろうと、なのはをソッと横の地面に下ろし、レイジングソウルの先端をユウと攻防を繰り広げているブラックウォーグレイモンXに向かって構える。

 

「一瞬でも良いわ。ユウに絶対にチャンスをつく…」

 

「止めておけ。そんな事をすればブラックは先ずはそなたから殺そうとする。通常状態ならばともかく、X進化しているブラックに行うのは、自殺行為でしかないぞ」

 

「っ!!」

 

 突如として響いた聞き覚えの無い声に桜は慌てて声の聞こえて来た背後へと振り返り、声の主の姿を確かめようとする。だが、声の主の姿を目にした瞬間に、桜は信じられないものを見たと言うように目を見開き、口を大きく開けてしまう。

 桜の背後に立っていた存在-ブラックウォーグレイモンXと同じぐらいの背丈を持ち、背中に赤いマントを棚引かせ、全身を白き鎧で覆った騎士。桜はその存在をブラックウォーグレイモンXと同じように知っていた。

 その騎士がどれほどの力を持っているのかも。そして桜は呆然としながら、その騎士の名を呟いてしまう。

 

「……デュー……クモン?」

 

「何故私の名を知っている?」

 

「アッ!! ……え〜と……それは……」

 

 騎士-デュークモンの質問に桜は自分の迂闊さに気がつき、困ったように目を泳がせる。

 ブラックウォーグレイモンXがそもそも桜の正体に気がついたのは、知らない筈の名を呟いてしまったせいなのだ。その事を思い出 た桜はデュークモンの質問にどう答えれば良いのか悩む。迂闊に答えればブラックウォーグレイモンXの時のように攻撃されてしまう可能性が存在している。

 そう桜は内心で思い、何とかデュークモンの質問に対する答えを考え続けるが、デュークモンはもはや桜には興味がなくなったのか、両手に抱えていたボロボロなバリアジャケットを身につけ気絶しているフェイトとはやてをなのはの横にゆっくりと下ろす。

 

「ッ!! フェイト!! はやて!!」

 

「案ずるな。二人とも命に別状はない。他のそなたの仲間達も既に治療は終わった。少なくとも死ぬ事はない」

 

「よかった……グスッ……本当に良かった」

 

 自分とユウの為に身を投げ出して助けてくれた二人の生きている姿に、桜は目から大粒の涙を流しながら喜んだ。

 その様子をデュークモンは腕を組みながら横目で眺めるが、すぐに視線は衝撃波の中心の方へと目を向けられ、自身と融合しているヴィヴィオと共に溜め息を内心で吐いてしまう。

 

(リンディが言っていた状況に近いな)

 

(そうだねぇ……もうパパは!! 今日はフリートお姉ちゃんの手伝いが終わったら、遊ぶ約束をしていたのに!!)

 

(……そう言う事を言っている状況でもないと思うが、とにかく戦いが終わり次第にブラックを連れて帰る。流石にこれ以上この世界で暴れるのは不味い)

 

(うん! そうだね……だけど、戻ったら絶対にパパと遊ぶんだから!!)

 

(……まぁ、いい)

 

 ヴィヴィオの叫びにデュークモンは戸惑うような声を出すと、静かに戦いを眺め始める。

 デュークモンとヴィヴィオがこの世界にいるのは、簡単に言えばルインだけでは心配になったリンディが二人にブラックウォーグレイモンXを連れ帰るように頼んだからだ。

 本来ならばリンディ自身が赴いてブラックを無理やりにでも連れ帰ろうと考えていたのだが、ブラックウォーグレイモンXがリンディの言う事を聞く可能性など殆どゼロに近い。ならば実力的にも問題なく、尚且つブラックウォーグレイモンXが戦いたくないと思っているヴィヴィオならばと考えて二人を送り込んだのだ。そして二人はすぐに捜索を開始し、ユウと戦い続けているブラックウォーグレイモンXを発見したと言う状況である。

 そんな事を知らない桜は突如として現れたデュークモンを驚きながら見つめていたが、吹き荒れ続ける衝撃波に状況を思い出し、デュークモンの足にしがみ付く。

 

「……何か、私に用でもあるのか?」

 

「お願い!! ブラックウォーグレイモンXを止めて!! 同じ究極体の貴方なら出来るでしょう!?」

 

「……確かに私ならば、あの戦いに介入する事は不可能ではない」

 

「だったら!!」

 

 デュークモンの言葉に桜は喜びの声を上げた。

 究極体であり、ロイヤルナイツの一員であるデュークモンならばブラックウォーグレイモンXと互角に戦う事が出来るのは間違いない。ブラックウォーグレイモンXをデュークモンならば止める事が出来る。

 そう思った桜は漸く戦いが終わると安心するが、デュークモンは全く戦う構えを取らずに、両腕を組みながら静かに戦いを観察し続ける。

 

「……悪いが、私はこの戦いに介入する気はない。例えその結果がどうなろうと私は一切この戦いには手を出す気はない」

 

「ッ!! ど、どうして!?」

 

「少女よ。確かに私が介入すれば戦いは終わる。だが。その結果は必ず両者の心に傷を残す。互いの信念を賭けた戦いだ……部外者の私が手を出すのは侮辱でしかない……(しかし、あの少年は一体何者だ? あの歳で究極体の領域に足を踏み入れているなど、普通は在り得ん)」

 

 人間が究極体の領域に入り込む事は出来る。

 デュークモンが知る限りでも三名の人間が究極体と生身で辿り着いた。【大門卓】や【大門大】、そしてデュークモンの世界の【高町なのは】も究極体の領域に足を踏み入れた。だが、ユウは余りにも年齢的に究極体の領域に入り込むには早過ぎるのだ。

 しかも、それだけではなく、デュークモンとヴィヴィオには見逃せない事もユウには在る。

 

(その上……まさか、あの少年は、よりにもよって“聖王”の血筋とは)」

 

(……)

 

 デュークモンは桜に気づかれないように手を強く握りながら、ブ ラックウォーグレイモンXと戦っているユウを睨みつけ、融合しているヴィヴィオも先ほどとは打って変わり、静かに戦いを見つめる。

 ヴィヴィオとデュークモンが訪れたのは丁度ユウが【メタルガルルモン】を模したバリアジャケットに変わった時だった。その時は二人とも人間の身でブラックウォーグレイモンXと互角に戦っているユウの存在には驚いたが、その驚きはユウが発した虹色の魔力光-【カイゼルファルベ】を目にした瞬間に吹き飛び、介入するタイミングを逸してしまった。

 二人にとって“聖王の血筋”は見逃せず、同時に心を乱してしまう存在なのだ。

 

「……今は戦いの結末を待つのだな。その結果がどうなろうと、それが全てなのだから」

 

「ユウ……」

 

 デュークモンの言葉に桜は両手を祈るように組みながら、ブラッ クウォーグレイモンXと戦い続けているユウの姿を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「ハァアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「クッ!! ウオォォォォォォォォッ!!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXとユウは互いに鋭く相手に向かって武器を振るい続け、凄まじい応酬を繰り広げ続ける。

 しかし、やはりスペックの違いは大きいのか徐々にユウは後方へと押しやられ始めて行く。

 

(クソッ!! やっぱり強い!! リインフォースとユニゾンして力が上がっている筈なのに、全然差が縮まってない!!)

 

(ユウ!! こうなれば遠距離からの攻撃で行きましょう!!)

 

(駄目だ! ガルルキャノンでも決定的なダメージは与えられない!ブラックウォーグレイモンXを倒すには【消滅】しかない……リインフォースとユニゾンしている今なら使え…)

 

「考え事をしている暇はないと言った筈だ!!」

 

「グッ!!」

 

 一瞬の隙を衝かれ、ユウはブラックォーグレイモンXの蹴りによって空中に浮かび上がった。

 そしてそのままブラックウォーグレイモンXは更なる追撃を加えようと、両手のドラモンキラーを鋭く光らせ、衝撃によって思うように動く事が出来ないユウの体に突き刺そうとする。

 だが、その直前にユウは素早く右腕を振るい、狼の手甲から砲身を展開し、至近距離で圧縮魔力弾をブラックウォーグレイモンXに撃ち出す。

 

「ガルルキャノン!!!」

 

「グッ!!」

 

 流石に威力が上がっている上に至近距離でガルルキャノンを食らった為に、ブラックウォーグレイモンXは僅かに苦痛の声を上げて動きが止まってしまう。

 そしてユウもガルルキャノンを至近距離で撃ち出した衝撃によってダメージを受けてしまうが、逆にその衝撃を利用してブラックウォーグレイモンXから距離を取り、その体勢のまま動きが止まってしまっているブラックウォーグレイモンXに向かって冷気を纏わせたガルルキャノンを連射する。

 

「その程度の攻撃が効くと思うな!!」

 

 ユウのガルルキャノンの連射に対して、ブラックウォーグレイモンXも両手のドラモンキラーの先に黒いエネルギー球を作り出し、迫って来ているガルルキャノンに向かって連続で投げつけて相殺する。

 

「フン!!」

 

(見えた!! 右側だ!!)

 

 ブラックウォーグレイモンXがガルルキャノンを相殺する姿を見ていたユウは、ブラックウォーグレイモンXの攻撃が甘い場所を見つけた。

 

(ブラックウォーグレイモンXの右腕のドラモンキラーの爪は戻っていない。攻めるのなら右側からだよな、リインフォース?)

 

(はい……ですが、それは相手も分かっているでしょう。特に私の半身-ルインフォースはその事を一番理解している筈です。 今までの攻防でも右側に見えない障壁が幾つも展開されていました……狙うのならば一撃必殺しかないです。しかも完全に相手の隙をついての攻撃で)

 

(だよなぁ……だけど一体どうやってアイツの隙を作ればいいんだよぉ?)

 

 リインフォースの言葉にユウは納得したような声を出しながらも、その策の難しさを一番理解していた。

 既にブラックウォーグレイモンXとそのパートナーであるルインは、ユウの最大の攻撃を読んでいる。だからこそ、ブラックウォーグレイモンXはユウの武器であるグレイソードを破壊しようと動いている。

 【オメガモンX】を模したバリアジャケットに、その前の【パラディンモード】での攻防でブラックウォーグレイモンXはユウの最大の一撃に必要な物を理解しているのだ。その為に先ほどの凄まじい攻防でもユウには【消滅】を発動させる隙が存在していなかった。

 その事を理解しているユウとリインフォースはどうやってブラックウォーグレイモンXの隙を作ろうかと悩んでいると、ガルルキャノンとエネルギー弾のぶつかり合いによって発生した煙を切り裂きながら、背中のバーニアを吹かしているブラックウォーグレイモンXがユウに向かって飛び出す。

 

「オオォォォォォォォォォォッ!!!」

 

「クゥッ!!」

 

 煙の中から飛び出すと共に突き出されたブラックウォーグレイモンXの左腕のドラモンキラーを、ユウはグレイソードで受け止め、凄まじい火花が辺りに散った。

 だが、此処でユウにとって不幸な事が起きた。ドラモンキラーと激突し合っているグレイソードに罅が入り始めたのだ。

 

「ゲッ!!」

 

「貰った!!」

 

「グゥッ!!」

 

 グレイソードに罅が入った事で動きが止まってしまったユウを、ブラックウォーグレイモンXは左腕を素早く振るう事で弾き飛ばした。

 ユウは苦痛の声を漏らすが、弾き飛ばされた反動を利用して再び距離を取ろうとする。だが、ブラックウォーグレイモンXはユウが距離を取ろうとしている事を逆に利用し、自身の両手の間に負の力を集中させ、巨大な黒いエネルギー球を作り出し、そのままユウに向かって連続で黒い巨大なエネルギー球を撃ち出す。

 

「ハデスフォーース!!」

 

「ッ!! (避けられない!! なら!! リインフォーース!!)」

 

(はい!!)

 

 ユウの叫びにユニゾンしているリインフォースは即座に応じ、二人は魔力をグレイソードに極限まで集中させ、目の前に迫って来ているハデスフォースに向かって、素早くグレイソードを連続で振り抜く。

 

「(オールデリィィィィーーートッ!!!)」

 

 ユウが縦横無尽に振り抜いたグレイソードとハデスフォースが触れ合った瞬間に、ハデスフォースはその凄まじい威力を発揮する事無く、まるで最初から存在していなかったかのように全て消滅した。

 ユウの持つデバイス-“オメガ”の真の力。対象を全て『消滅』させる力が発揮されたのだ。

 本来のユウには劣化の能力【初期化】しか扱う事は出来ない。未熟ゆえにだが、今はリインフォースと言う戦いと魔法に精通した者のサポートも受けている為に【オメガ】の真の力を発揮出来るのだ。

 しかし、【オメガ】の凄まじい能力をその目で見ても、ブラックウォーグレイモンXは慌てる事無くユウに向かって構えを取り始める。

 

「なるほど。今のが貴様のデバイスの真の力か。中々の能力だが、当たらなければ意味のない技だ。それに、後一度が限界のようだな」

 

「クッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXの言葉を肯定するように、更に罅が広がったグレイソードをユウは悔しげに見つめた。

 

(……悔しいですが、奴の言葉は当たっています……それに私とユウの魔力も底をつく寸前です。このまま戦ったとしても、 全力戦闘では五分持てばいいぐらいです……更に『オールデ リート』の使用を考えたら)

 

(分かっているさ……一か八かに賭けるか……“チャンス”にッ!!)

 

 ユウは覚悟を決めると共にグレイソードの剣先をブラックウォーグレイモンXに向けると共に、ガルルキャノンの砲身を後方に構えた。

 その様子にブラックウォーグレイモンXも次の攻防で戦いが終わると確信するが、同時にユウの行動に疑問を覚えていた。ユウの今の構えから考えて、突進してグレイソードを突き刺そうとしているとしか考えられない。だが、そのような策などブラックウォーグレイモンXからすれば、真っ向からでも粉砕出来ると言う事はユウも理解している筈。にも関わらずにユウは構えを変える事無く、全神経を集中させ隙を探し続けている。

 その事がブラックウォーグレイモンXには疑問以外の何ものでもなかったが、考えても仕方がないと思い、自身も次の攻防で決着をつける為に力を集中させ始める。

 

 そしてブラックウォーグレイモンXとユウの気迫が混ざり合い、辺りの空気が凍りつく気配を感じながら桜が祈るような気持ちで戦 いを見つめていると、意識を失っていたなのは、フェイト、はやての手が僅かに動く。

 

「ッ! !なのは! フェイト!! はやて!! 大丈夫!?」

 

「……桜……お姉ちゃん?」

 

「……桜?」

 

「桜ちゃん? ……アレ? 私ら生きとるん?」

 

「馬鹿!! 死んでるなら、こうやって話せないでしょう!!」

 

 はやての言葉に桜は涙を流しながら怒り、そのまま三人を大切そうに抱きしめる。

 三人も桜の様子に申し訳なさそうな顔をするが、すぐにその視線は遠く桜の背後で構えを取りながら睨み合いを続けているブラック ウォーグレイモンXとユウの姿を捉える。

 

『ユウ君!!』

 

「ユウッ!!」

 

 ブラックウォーグレイモンXとユウの姿を目撃したなのは、はやて、フェイトは悲痛な声でユウの名を呼び、すぐにそれぞれデバイスを構えようとするが、その動きを白い槍-グラムが防ぐ。

 

『ッ!!』

 

「それ以上踏み込んではならん。踏み込めば死ぬ事になるぞ」

 

「ど、どう言う事よ!?」

 

「……気が付いて居なかったのか? ブラックは戦いながらも此方に気を配っている。一歩でも足を踏み入れれば、即座に攻撃して来るぞ。今は動くな」

 

 そうデュークモンは桜達に警告を告げると共に右手に出現させていたグラムを何処へとともなく消失させ、再び腕を組みながら戦いを観戦しだす。

 初めて見るデュークモンの姿になのは、フェイト、はやては困惑するが、デュークモンは何も告げる事無く戦いを見つめ、ポツリと呟く。

 

「……動く」

 

 デュークモンが言葉を呟き終えると同時に、睨み合いを行っていたユウが後方へとガルルキャノンを撃ち出し、その反動を凄まじい勢いに変えてブラックウォーグレイモンXに向かって突進する。

 

「ハァアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

「フッ! 正面からとは……望みどおり叩き潰してやるぞ!!」

 

『ユウッ!!』

 

『ユウ君!!』

 

 突撃して来るユウに向かって左腕のドラモンキラーを振り下ろそうとするブラックウォーグレイモンXの姿に、桜達は悲鳴のような声を上げて、ブラックウォーグレイモンXに叩き潰されようとしているユウを見つめた。

 しかし、ブラックウォーグレイモンXのドラモンキラーがユウに向かって振り下ろされる直前に、突如としてユウの進もうとしている前方の左側に障壁が展開される。

 

「させん!!」

 

 突然出現した障壁にブラックウォーグレイモンXはすぐにユウの策を悟り、振り下ろそうとしていた左腕を無理やり動かし障壁を粉砕した。

 その間にユウはブラックウォーグレイモンXの目の前にまで移動していたが、ブラックウォーグレイモンXは慌てる事無く、右腕のドラモンキラーを勢いを完全に殺し切れていないユウに向かって突き出す。

 

「ドラモンキラーー!!」

 

(やっぱりそう来たか!! 此処だ!!)

 

「何ッ!?」

 

 ブラックウォーグレイモンXが突き出したドラモンキラーがユウの体に当たる直前に、ユウはまるで空中に足場があるかのように不自然な動きで“左側”に移動した。

 二人が考えた作戦はシンプルだった。素早く相手に向かって突進し、見えない障壁を利用した急激な方向を転換での隙を衝くと言う単純な作戦。 当初ユウとリインフォースは攻撃の手が甘いブラックウォーグレイ モンXの右側から攻撃し、『消滅』させるつもりだった。だが、当然ながらブラックウォーグレイモンXとその身に融合しているルインも自分達の隙については一番に理解している。だからこそ、ユウとリインフォースはあえて攻撃も防御も完璧な 左側からの攻撃を選択したのだ。

 しかもユウには“聖王”の血の中に存在している高速学習と言う能力も持っていた。その能力のおかげで長時間戦い続けていたブラックウォーグレイモンXが取るであろう行動も先読みし、策を万全な状態にしたのだ。

 その結果、策は成功し、ブラックウォーグレイモンXの動きはほんの一瞬止まってしまい、ユウとリインフォースは自分達の勝利を確信しながら、左腕のグレイソードに残っている全ての魔力を注ぎ込みブラックウォーグレイモンXに振り抜く。

 

「(オーールデリーーートッッッ!!!)」

 

 ユウがグレイソードを振り下ろした瞬間に凄まじい衝撃が発生し、ユウとブラックウォーグレイモンXの動きは止まってしまう。

 その様子に桜達は以前の闇の書の『初期化』の時と同じだと思い、ユウの勝利を確信するが、デュークモンだけは僅かに安堵の息を吐き、静かに桜達にとっての絶望の言葉を呟く。

 

「……勝者は、やはりブラックか」

 

『えっ!?』

 

『ッ!!』

 

 デュークモンの言葉に桜達が疑問の声を上げると同時に、ブラックウォーグレイモンXに斬りかかった筈のユウのバリアジャケットが砕け散り、ユニゾンが解けたリインフォースは地面に倒れ伏してしまった。

 その事実に桜達が慌ててユウとブラックウォーグレイモンXの方を注意深く見つてみると、ユウの鳩尾にブラックウォーグレイモンXの“何も装備されていない左拳”がめり込んでいた。

 

「グフッ!! ……な、何で……ばれて……いたんだよ?」

 

「惜しかったな。確かに今の戦法には驚いたが、貴様の使った戦法は既に経験している」

 

 口から血を吐き出しながら質問して来たユウに、ブラックは冷静に答えた。

 あの瞬間。ユウとリインフォースの【オールデリート】が決まろうとする直前に、ブラックウォーグレイモンXは瞬時にドラモンキラーを装備していた左腕をグレイソードの前に盾にするように翳したのだ。

 当然ながら事前にハデスフォースを消滅させた経緯を覚えていたユウとリインフォースは、盾にされたドラモンキラーごとブラックウォーグレイモンXを【消滅】させるつもりだった。だが、此処でユウとリインフォースにとって完全な予想外の事態が起きた。

 “ブラックウォーグレイモンXはグレイソードとドラモンキラーが激突し合う直前に、左腕からドラモンキラーを外して完全に無手になった左腕をユウの鳩尾に突き刺したのだ”。

 当然ながらグレイソードはブラックウォーグレイモンXのドラモンキラーを消滅させる所で止まり、ユウとリインフォースはグレイソードをブラックウォーグレイモンXには振り抜く事は出来なかった。

 その事実に全身を激痛に襲われながらもユウは悔しそうな顔をするが、ブラックウォーグレイモンXからすれば当然の事だった。

 

「貴様の血筋-“聖王”には散々苦労させられた。俺は自分が戦った相手の事を忘れる事はない。もし奴との戦いの経験が無かったら危なかったがな……貴様の敗因は戦い方でも実力差でもない……自分以上の強い者との戦いの“経験”の無さが貴様の敗因だ」

 

「……お前には……在るのかよ?」

 

「それが……俺の日常だッ!!」

 

「ガハッ!!」

 

「ユウッ!!」

 

 バリアジャケットも無く地面に叩きつけられたユウに桜は悲鳴のような声を上げ、なのは、フェイト、はやては目から大粒の涙を流し始めた。

 しかし、ブラックウォーグレイモンXは桜達の様子になど構わずに、地面の上で苦痛に苦しんでいるユウに向かって右腕の振り被る。

 

「もはや戦いは終わりだ。貴様との戦いは苛立ちだけしかなかったが、それもこれで終わる」

 

「……あぁ、結局駄目だったのかよ」

 

「貴様は確かに力と信念も持っている強い敵だった。だが、俺の中の何かが貴様を赦せん……これで終わりだ!!!」

 

「クソッ!!」

 

 力強いブラックウォーグレイモンXの叫びに、ユウは地面に倒れ伏しながらも悔しげに声を上げるが、ブラックウォーグレイモンXは止まる事は無く、悔しそうにしているユウに向かって拳を-振り下ろせなかった。

 

「ムッ!!」

 

「えっ!?」

 

 ユウにブラックウォーグレイモンXの拳が直撃する直前に、ブラックウォーグレイモンXの右腕に無数の色取りどりのバインドが巻きつき、ブラックウォーグレイモンXの拳は完全に動かなくなってしまう。

 その事にブラックウォーグレイモンXとユウは驚き、慌てて周りを見回してみると、傷つきながらも目から光を失っていない、なのは、フェイト、はやて、リニス、シグナム、リインフォース、シャマル、クライド、クロノに、両手が逆方向に曲がりながらも立っているザフィーラ、ユーノに肩を借りながら傷口を押さえているヴィータ、そして最後に桜がブラックウォーグレイモンXにそれぞれデバイスを構えていた。

 

「ユウ君は死なせない!!」

 

 なのはが。

 

「もうユウを傷つけないで!!」

 

 フェイトが。

 

「お願いや!! 私らにとってはユウ君はとても大切な人なんや!!」

 

 はやてが。

 

「ユウは私の唯一無二の主です!! その主を殺させたりしません! !」

 

 リニスが。

 

「例えこの身に変えても、ユウは死なせん!!」

 

 シグナムが。

 

「彼は私を救ってくれた存在!! 絶対に貴様には殺させん!!」

 

 リインフォースが。

 

「ユウは長き時の中でも稀に見るほどの善人だ! このような戦いでは死なすわけにはいかん!!」

 

 ザフィーラが。

 

「ユウ君にはもう手を出させません!!」

 

 シャマルが。

 

「僕らの親友をこれ以上傷つけさせない!!」

 

 ユーノが。

 

「てめえの好きにはさせねぇぞ!!」

 

 ヴィータが。

 

「……君からすれば僕らの行動が原因だろうが、それでもユウを攻撃するのだけは赦さない!!」

 

 クロノが。

 

「退いてくれ。これ以上の戦いは無意味だ」

 

 クライドがそれぞれ自分達の考えをブラックウォーグレイモンXに向かって叫んだ。

 ブラックウォーグレイモンXはその叫びに無言を貫き、静かに何も叫んでいない桜を見つめると、桜はゆっくりとブラックウォーグレイモンXに近づく。

 

「……貴方が言っていた言葉の意味は分かるわ……私達は確かに貴方に比べれば恵まれ過ぎている……こうやって、死んでしまうかもしれないのに助けてくれる仲間がいるんだから……だけどお願い!! もうこれ以上ユウを、私達の大切な人を傷つけないで!!」

 

 それぞれの言葉にブラックウォーグレイモンXは、黙したまま右拳を構え続ける。

 その様子を見ていたデュークモンは、何時もとは違うブラックウォーグレイモンXに気が付く。本来ならば敵対した相手が命乞いをしようと拳をブラックウォーグレイモンXは振り抜く。

 だが、今は拳を構えたまま何かを迷っているかのように沈黙している。

 

(……デュークちゃん)

 

(あぁ)

 

 内に居るヴィヴィオの言いたい事を悟ったデュークモンは、グラムとイージスを顕現させながら歩き出す。

 桜達の背後にデュークモンは移動し、何処か辛そうにしているブラックォーグレイモンXに声を掛ける。

 

「……もう良かろう……ブラック。これ以上の戦いは……お前にとっても辛いだけだ」

 

「…………そうだな、デュークモン……やはりこの世界は俺を苛立たせるだけか」

 

 ブラックウォーグレイモンXはデュークモンの言葉に同意し、右腕に巻きついていたバインドを一瞬の内に粉砕して、地面に倒れ伏しているユウに背を向ける。

 

「俺は貴様とあの娘を認めるつもりはない。覚えておけ。デジモンの技を使うのならば、そのデジモンに恥じる行為だけは絶対にするな。もしデジモンを侮辱する行為をしたら、その時はッ!! 貴様ら全員をこの世から消滅させてやる!!」

 

『ッ!!!』

 

 叫ぶと共に放たれたブラックウォーグレイモンXの凄まじい殺気に、その場にいた全員の体は竦み上がり恐怖に震えた。

 その様子を横目で確認したブラックウォーグレイモンXはもはや振り返る事無く、静かにその場から去って行く。その余りにも寂しげなブラックウォーグレイモンXの背にユウは言いようのない悲しみを感じるが、ブラックウォーグレイモンXは振り返る事無く歩いていく。

 デュークモンは融合しているヴィヴィオと共にブラックウォーグレイモンXの悲しみを感じ取るが、それを押し隠し地面に倒れ伏しているユウに声を掛ける。

 

「……忠告だ。“聖王”としての力。その力を振るうならば、覚悟を決めて振るう必要が在る。もしも覚悟無きままに振るい続ければ、君だけではなく周囲の者達にまで災いを呼ぶ日が来るだろう」

 

「どういう意味だよ? それは?」

 

「私がするのは忠告だけだ……去らばだ」

 

 デュークモンはユウの質問に答える事無くマントを棚引かせながら、ブラックウォーグレイモンXの後をついて行き、ユウ達は疑問に満ち溢れながらも治療を行う為にアースラへと転移し、後には荒れ果てた世界だけが残されるのだった。




次回のエピローグでコラボ編は完結です。

此処までお付き合い頂けた皆様に感謝いたします。


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コラボ エピローグ

 ブラックとユウの激戦から数日後。

 未だにブラックはユウと戦った世界から元の自分の世界には戻らずに、とある岩山に存在していた洞窟の奥で深い眠りについていた。

 別に元の世界に戻ってから眠っても良かったのだが、戻る前に精神的に暴走してしまう可能性が高かったので、偶然見つけた洞窟の中で精神を安定させる為にブラックは眠りについたのだ。因みに既にブラックの首に何時ものネックレスが装着されている為、管理局がブラックの反応を見つける事は既に出来なくなっている。

 ルイン、ヴィヴィオ、ギルモンは沈黙するブラックを心配そうに見つめるが、ブラックは眠り続ける。

 

「……ルインお姉ちゃん? パパは何時起きるの?」

 

「もうずっと眠っているんだよ? 心配だよ?」

 

「大丈夫ですよ、ヴィヴィオちゃんにギルモンちゃん。ブラック様はもうすぐ目覚めます。今は戦いの疲れが癒えるのを待ちましょう……(最も今回のは戦闘の疲れではなく精神的なものでしょうね。 余程あの少年と女の子が殺せなかった事が気に入らなかったんでしょう……それにしてもあの二人は何があるんでしょうか? ブラック様はどうにもデジモンやウォーグレイモン、そして聖王の事以外でも苛立っていたようですが?)」

 

 ルインにもブラックが本当に苛立っていた理由は分からなかった。

 確かにユウはブラックが怒りを覚える行動を取ってはいたが、それでも戦闘を楽しむ気が失せるほどに苛立つ理由がルインには理解できなかった。

 何よりも。〝選ばれし者゛でもなく、デジモンと関わっても居ないのに何故デジモンの技をユウ達が知っていたのかがルイン達に分かってはいない。

 

(恐らくその全ての源がブラック様が苛立っていた真の理由ですね。 一体彼らには何があるんでしょうか?)

 

 そうルインは内心でブラックとユウ達の関係性に疑問の声を上げるが、答えられるブラックは未だに深い眠りの内に入り込み、答える事はなかった。

 一向に晴れない疑問にルインは困ったように首を傾げ始めると、手を繋ぎながら横に立っていたヴィヴィオが突如としてルインの手を離し、パートナーであるギルモンと共に入り口の方へと歩き出す。

 

「ん? ヴィヴィオちゃん? 何処に行くんですか?」

 

「……あの人達に聞きに行くの。パパが如何してあの人達を嫌っていたのか」

 

「ブラックが答えられないのなら、あの人達に聞いた方が早いよ」

 

「なるほど、確かにその手がありました……とは言ってもですよ? 私達は既に彼らと敵対していますから、絶対に答えてくれるとは思えないんですけど?」

 

 そうルインがヴィヴィオとギルモンに言うのも当然だろう。

 何せヴィヴィオとギルモンはともかく、ブラックとルインはこれ以上に無いと言うほどにユウ達と敵対した。そのルインが赴けば確実にまた戦いが始まるだろう。

 手段を選ばなければルイン一人でもユウ達に勝てるが、その場合一般人が巻き込まれる可能性が出てしまう。それはブラックが最もを赦さない行為なので出来る訳が無い。何よりもこの世界のルインを初期化させたのは間違いなくユウなのだから、迂闊に接触する訳には行かないのだ。

 その事は既にヴィヴィオとギルモンも理解しているが、二人はそれでも向かうつもりだった。

 ヴィヴィオは自分の大切な父親の為に。ギルモンは友であるブラックの為に。

 

「……パパが如何して怒っていたのかを知りたいの……それに……あの人はヴィヴィオと同じ血を引いている人だから」

 

「僕も知りたい。あのユウって子が何者なのかを」

 

「ヴィヴィオちゃん、ギルモンちゃん……分かりました。だけど、私も一緒に行きますよ。まぁ、隠れて聞き出せば大丈夫でしょう」

 

「ありがとう! ルインお姉ちゃん!」

 

 ルインの言葉にヴィヴィオは嬉しそうな声を上げて、ルインに抱きつき、三人は眠りについているブラックに背を向け外へ出て行った。ユウと桜がいるであろうこの世界の地球に向かって。

 

 そしてルイン達が地球に向かってから少し経つと、洞窟の入り口の方から足音が響く。

 その足音は徐々に眠りについているブラックの近寄り始め、ブラックの目の前で足音が止まると共にブラックの目に光が宿る。

 不完全ながらも回復したブラックは自身の目の前に立っている人物-リンディに視線を向けると、リンディは呆れたように溜め息を吐きながらブラックに質問する。

 

「ハァ〜、随分と暴れたみたいね?」

 

「……フン、貴様には関係ない」

 

「そうね、だけど……何をそんなに苛立っているの? 今日の方には何時もとは違って、苛立ちしか感じられないわ」

 

「貴様には関係ないと告げた筈だ……さっさと先に元の世界に戻っていろ……ルイン達が戻ったら俺もすぐに戻るからな」

 

 そうブラックはリンディに苛立ちに満ちた声を出すと、再び目を瞑り深い眠りの内につこうとする。

 しかし、リンディは逆にブラックの様子に不安を覚えた。確かに何時もブラックはリンディに冷たい言葉を言うが、今の言葉からは深い苦悩と悲しみが感じられた。

 その理由までは分からずとも、リンディには今のブラックを放って置くのは危険だと判断し、ブラックの体に寄り添うように体を預ける。

 

「……何のつもりだ?」

 

「別に何でも無いわ……ただ私も少し眠くなったのよ。貴方とルインさん、ヴィヴィオ、ギルモン君の事が心配で眠れなかったんだから・・・・だから少し体を借りるわね」

 

「・・・・・好きにしろ」

 

 ブラックはリンディの言葉に素っ気無く答えると深い眠りに落ちていき、リンディはその様子に僅かに嬉しげな笑みを浮かべながら、ブラックの心を少しでも落ち着かせようと傍に寄り添い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 そしてその頃。リンディが訪れた事を知らないルイン達は地球に到着し、ユウ達を捜索しようと始めに翠屋に向かって見ると、翠屋の入り口には『貸切』と言う看板が掛けられていた。

 それの意味に気がついたルインは注意深くヴィヴィオとフードを被ったギルモンと共に、認識阻害の魔法を使用しながら窓から中を覗いて見ると、高町家、テスタロッサ家、八神家、ハラオウン家、 そして月村家にアリサが、バインドによって椅子に縛られながら座っているユウと桜と囲むように立っていた。

 その様子にルインとヴィヴィオ、ギルモンは首を傾げるが、すぐに彼らも自分達が気になっている事を知る為に行動しているのだと気がついた。特に今のユウは治療が終わっているようだが、魔力を全く感じない。話を聞くには今しかないだろう。

 

(やはり、彼らにとってもあの少年と少女がブラック様の事を知っていたのは疑問だったようですね……しかし、見覚えの無い人が三名いますね。一体どういう事なのでしょう?)

 

 プレシア、アリシア、クライドの三名を見ながら、ルインは首を傾げる。

 色々と疑問をルインが覚えて居ると、私服姿のこの世界のリンディがユウと桜に向かって声を掛ける。

 

「では、これより第二回、翠屋尋問大会を行います」

 

「その前に質問だけど、幾ら治療が終わっているとは言え、何で俺達は縛られているんだ?」

 

「君達は先日の相手について何か知っているようだったからな。多分、君のことだから縛っておかないと逃げると思って」

 

 ユウの質問に対してクロノは簡潔に答え、他のメンバー達も同意 するように一斉に頷いた。

 その様子にユウは僅かに冷や汗を流すが、クロノの言葉は正しいので何も言う事は出来なかった。しかし、別の疑問が浮かび、真剣に自分を見つめてくるクロノに再度質問する。

 

「翠屋でやる理由は?」

 

「君達の場合、無理矢理に聞きだすよりも、君達の家族や知り合いから『お願い』された方が効果的だからだ」

 

 クロノは再び迷い無く簡潔に答えた。

 ユウと桜は諦めたように溜め息を吐いた。此処数日は怪我の治療を優先していたので、質問して来る気配は無かったが、それでもブラックの事は全員が気になっていたのだろう。

 あの世界さえも滅ぼしてしまう圧倒的な力。自分達が最強だと思っていたユウさえも圧倒した存在。

 化け物としか評せないブラックの事が気にならない筈は無い。その事が分かった桜は僅かに顔を俯かせながらクロノに質問する。

 

「……聞きたい事は分かるけど、一応聞くわね? 聞きたい事って?」

 

「言わなくても分かってると思うが、先日戦ったあの相手についてだ。管理局のデータベースでも調べたが、あのような生物と遭遇した記録など一度もない。念の為、この場の全員にも尋ねたが、知っている人は誰もいなかった……だが、何故か君達2人はあの相手の名前を知っていた。特にユウは、ブレイズでのバリアジャケットと魔法が、相手の姿形と使った能力に類似点が多すぎる。更に向こうも君達に関しては苛立っていた。言い逃れは出来ないぞ」

 

 そうクロノが真剣な声でユウ達に告げると、ユウと桜はゆっくりと顔を見合わせ、念話で会話を始める。

 

(如何する?)

 

(……まあ、いいんじゃないの。話しちゃって。別に絶対に黙ってなきゃいけないって事はないんだし。信じてくれるかどうかは知らないけど)

 

(そうだな)

 

 桜の言葉にユウは納得の声を上げると、真剣な瞳で見つめてくるクロノの瞳を見つめながら声を出す。

 

「別に話してもいいけどさ、絶対に信じてくれないと思うぞ?」

 

「それを判断するのは僕達だ」

 

「ハァ〜……簡単に言えば、ブラックウォーグレイモンは、俺達が前世で見てたアニメに出てきたキャラクターだ」

 

『…………ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!????』

 

(ブラック様がアニメキャラクターー!?)

 

(パパがアニメのキャラクター!?)

 

 ユウの告げた事実にクロノ達は呆気に取られたような顔をしながら声を上げ、外で話を聞いていたルインとヴィヴィオも驚愕の声を内心で上げた。

 その様な事実はルインは全くブラックから聞いた事は無いと思い、同じように驚いているヴィヴィオとギルモンと顔を見合わせるが、フッとブラックとリンディと共にデジタルワールドを旅していた時の事を思い出す。

 

(…………そう言えばずっと前にブラック様の本当の故郷について聞いた事がありましたね。確かにあらゆる世界の情報を無作為に集めて、物語として語っている世界-“異界”がブラック様の本当の故郷だと……ッ!? と言う事はあの二人もブラック様と同じ“異界”の人間!?)

 

 ルインはユウと桜の正体に気がつくと、再びヴィヴィオとギルモンと共にユウ達を真剣に見つめる。

 同時に混乱が僅かに治まったのかクロノがユウに質問しだす。

 

「ちょっと待て! 言いたい事は沢山あるが、先ず1つ。前世って どういう事だ!?」

 

「言った通りだ。高町家の人は知ってるけど、俺と桜は前世の記憶……つまり、この世界に生まれてくる前に、違う人間として生きてきた記憶があるんだ」

 

「ちょ、ちょっとなのは! 知っていたって本当なの!?」

 

「う、うん」

 

 質問して来たアリサになのはは僅かに戸惑いながらも頷いた。

 その事実に高町家の人々を除いた全員が呆気に取られた顔をし始めると、ユウと桜が更なる事実を告げる。

 

「因みに俺が死んだ歳は26歳だ」

 

「私は25ね」

 

『…………』

 

 もはや告げられた真実に高町家の面々以外は言葉も出せないのか、全員が困惑したように顔を見合わせた。

 その様子に気がついたリニスは全員の困惑を理解しながらユウと桜の言葉に嘘が無い事を補足するように説明しだす。

 

「2人の言っている事は本当ですよ。少なくとも、ユウは嘘は言っていません」

 

「……確かに、それが本当なら、ユウ君が昔から大人びていた事にも説明がつくし、初めて桜さんと話した時に、同年代と会話してるような錯覚を感じた事も納得出来るわね」

 

「まあいい。仮にその話が本当だったとして、その次の話は……」

 

 リンディの言葉にクロノは全面的には納得出来なくても話を進めようと、ユウと桜にブラックについて更に詳しく聞こうとするが、その前に桜が答える。

 

「それも本当よ。こっちの世界じゃやってないけど、ブラックウォーグレイモンは前世で見てたアニメのキャラクターよ。何でこの世界に現れたのかは知らないけど。あ、そういえばブラックウォーグレイモンって、次元の壁を越える能力があったっけ」

 

(やはり彼女とあの少年は異界の人間ですね。赤の他人でありながらブラック様の真実を此処まで知っている人間だとすれば、確かにブラック様の故郷の異界の人間しかありえません……最も知っているのは上辺だけでしょうが)

 

 ルインは桜の言葉から大よその事を判断した。

 ユウと桜が知っているのはブラックウォーグレイモンがどのような存在なのかだけ。其処に存在していた感情までは知らないのだ。

 その事を今の桜の言葉で確信したルインは更に注意深く話を聞こうと耳を研ぎ澄まし、ユウが告げる言葉を耳にする。

 

「それに、俺のバリアジャケットや魔法がブラックウォーグレイモンとそっくりなのも当然だ。俺の魔法は、その前世で見てたアニメの同シリーズに出てたブラックウォーグレイモンの同種族のウォーグレイモンをモチーフにしたものだからな……因みに最後に現れた白い騎士-デュークモンも話は違うけど同じデジモンと呼ばれる種族だ……あの時は本当に運が良かった」

 

「そうね。もしデュークモンまで動いていたら、私達全員この場にはいなかったわよ」

 

「如何言う意味だ?」

 

「……正直に言うわね。あの最後に現れた騎士-デュークモンの実力は……私達が戦ったブラックウォーグレイモンと同等か、それ以上の実力なのよ」

 

『ッ!!!』

 

 桜が告げた事実にブラックと戦ったメンバー全員が目を見開いた。

 ユウが全力で戦っても勝てなかったブラックと互角かそれ以上の実力を持った存在-デュークモン。

 その事実はブラックと戦った全員からすれば信じられない事実だったが、残念ながら真実だった。

 

「デジモンにはそれぞれ世代ってのが在ってね。その中でも究極体って呼ばれる連中がいるのよ」

 

「究極体だって?」

 

「あぁ、その究極体の連中はどいつもこいつも化け物でな。ブラックウォーグレイモンもその中に名前を連ねていて、更にその究極体の中でも上級に名を連ねているのがデュークモンなんだ……因みに言って置くが、その上級連中はその気になれば世界を滅ぼせる連中だ。世界を幾つも滅ぼした闇の書の闇の防御プログラムもその連中からすれば、雑魚だな」

 

『なっ!?』

 

 ユウが告げた事実にリインフォース、シグナム、ザフィーラ、ヴィータ、シャマル、そして管理局の人間であるリンディ、クロノ、 クライドは驚愕した。

 管理局と言う巨大な組織の力を持ってしても滅ぼせなかった闇の書の闇を雑魚呼ばわりする存在。もし本当にそんな存在がいるとすれば確かに脅威としか言えないだろう。

 因みにユウの雑魚呼ばわりの発言を聞いたルインは、ユウを殴り飛ばそうと窓ガラスを破壊して内部に飛び込もうとしていたが、直前に大人モードに変わったヴィヴィオとギルモンによって背後から押さえ込まれて動く事が出来なかった。

 そんな事が外で起こっている事は知らずにユウは真剣な顔つきのまま話を進める。

 

「……まぁ、それは俺と桜が知っているブラックウォーグレイモンの話なんだけどな」

 

「ん? 如何言う意味だユウ?」

 

「……多分だけど、あのブラックウォーグレイモンは俺と桜と同じで前世が人間だった奴なんだと思う」

 

『ッ!!』

 

「多分じゃないわね。先ず間違いなくあのブラックウォーグレイモンの正体は、私達と同じよ。それだったら幾つかの疑問も分かるわ。ユウのウォーグレイモンの姿を模したバリアジャケットに怒った事や、皆がデジモンの技を使用した事に苛立ったのかが分かるわ」

 

「え〜と? 桜お姉ちゃん? 本当にあの人は、人間だったの?」

 

 そうなのはが桜に質問するのも当然だろう。

 何せブラックは本気でユウと桜だけではなく、なのは達も本気で殺そうとしていた。確かに全員生き残ることは出来たが、それでもザフィーラは折れた両手を包帯で吊るしているし、串刺しにされたヴィータは車椅子に座っている状態である。更に他のメンバーも服の中には未だに包帯が巻かれている状態だ。

 その様な状態にされたなのは達には、ブラックの前世が人間だったとはとても思えなかったが、ユウと桜にはブラックが人間だったと確信していた。

 

「信じれないだろうが、本当だろうな」

 

「…………それが事実だとすれば、尚更に謎だ。言うなれば、君達とあの生物は同類なんだろう? ユウの姿に苛立ちを覚えていたようだが、それだけであそこまで君と桜を殺そうとする筈は無いだろう」

 

(いいえ、ブラック様からすれば充分な理由ですね。ウォーグレイモンは体を張ってブラック様を救ってくれた存在。その存在を侮辱されたように感じたのでしょう……とりあえず、これでブラック様が何故苛立っていたのかは分かりましたし、気づかれる前にさっさとこの場から離れましょうっと)

 

 そうルインはクロノとは逆にブラックの行動の真の意味に気がつき、ヴィヴィオとギルモンと共にソッと翠屋の前から移動しブラックがいる世界に戻って行った。しかし、この時にルイン達が戻ったのは運が良かっただろう。どちらかの運など分かりきった事ではあるが。

 その後もユウと桜の話は続き、なのは達の事もアニメで知っていたり、ユウの前世での女性関係の事や、死んだ理由が神のミスだったりした事は説明したが、最終的には全員が受け入れてくれた。

 その事にユウと桜は感謝しながらも、内心ではブラックの告げた言葉の事がずっと気になり続けていた。

 

『その身に教えてやろう。貴様らがどれだけ恵まれて生まれて来たのかを!!!』

 

(………アイツのあの言葉………何が在ったんだアイツに?)

 

(恵まれてか………一体何があったのよ?)

 

 そうユウと桜は内心で疑問の声を上げ続けるが、答えられるブラックは未だに静かに眠り続けていた。

 そしてある程度時が経ち、全員がユウと桜の正体を受け入れ、それぞれ自分達の家に戻ろうとするが、その前にユウはクロノに質問する。

 

「なぁ、クロノ? ブラックウォーグレイモンの奴の事は管理局に説明するのか?」

 

「………本来ならば此処までやられれば、彼は次元犯罪者に登録すべきなんだが、そもそもの原因は僕の部下の攻撃が原因だから、彼の事は管理局には報告するつもりはない………彼と敵対するのは、本気で命を捨てるようなものだからな」

 

「そうか………まぁ、確かに命を捨てるようなものだな。戦って分かった事だけど、アイツは敵に対しては本気で容赦が無い。多分、管理局の人間じゃ誰もアイツを倒す事は出来ないだろう。それだけアイツは強すぎる」

 

「やはりそうか………とにかく上層部には彼の事は内密にして、怪我は負ったけど彼は倒したように報告して置こう。幸いにも彼らの反応は消失していたから、誤魔化すのは何とかなる」

 

「ありがとな、クロノ」

 

「気にするな。正直僕も彼とはもう戦いたくないと言うのが本音だ………それに……〝復活した闇の書の闇゛の存在を知られるのは不味い」

 

「……やっぱり不味いのか?」

 

「不味いどころの話じゃない。管理局が守護騎士達やリインフォース、そして父さんを危険視していないのは、闇の書を『夜天の魔導書』に修復出来たからだ。なのに、肝心の闇の書の闇が生き残っていて、更に途轍もない力と技術まで得て復活しているなんて知られる訳には行かない」

 

 クロノ達、魔導師にとって危険な存在はブラックよりも、寧ろルインの存在だった。

 資質と素質を無視してあらゆる魔法を扱えるようにするユニゾンデバイス。もしもその存在を知ったら、多くの者が手に入れようとする。実際クロノ達は知らないが、ブラック達の世界ではルインを得ようとした結果、【闇の書】になってしまったのだ。

 どういった経緯で復活したにしても、今のルインの存在を知られてしまえば、それを求めて動く連中が必ず出て来る。そうなれば必然的にルインの主であるブラックに接触してしまう。その結果待っているのは、惨劇と言う言葉が生温く感じるほどの地獄の光景である。

 それだけは絶対に避けなければならないとクロノ達は判断し、ブラックとルインの存在を秘匿する事を決めたのである。

 

「……それじゃぁ、僕は帰る」

 

 クロノはそう告げると共にリンディとクライドと共に翠屋を出て行った。

 それを確認したユウも高町家の面々と共に自分達の住んでいる家へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 そしてその日の深夜近く。

 ユウは猫形態になったリニスを膝の上に乗せながら、高町家の屋根の上で何かを悩むような顔をしながら空を見つめていた。

 

「……ユウ? 何をそんなに悩んでいるんですか?」

 

「……ブラックウォーグレイモンの事が気になってな……」

 

「彼の事ですか……正直に言えば私は彼が好きになれません……何故あそこまでユウと桜を否定していたのか、納得出来ませんから」

 

「否定か……多分それが一番の理由なんだろうな」

 

「如何言う意味ですか?」

 

「……アイツは、ブラックウォーグレイモンは多分否定されたんだ。何もかもに」

 

「えっ?」

 

 ユウの告げた言葉にリニスは驚き、思わずユウの膝の上から立ち上がり、ユウの顔を見つめると、ユウは僅かに苦悩したような顔をして話し始める。

 

「俺が知っているブラックウォーグレイモンは、自分の存在意義に悩んでいたんだ。だけどアイツは最初から全部知っていたはずだ。自分が生まれた理由を」

 

「世界の安定を歪めるですか……確かにそんな存在に生まれたいとは誰も思いませんよね。でも彼はその存在として生まれた」

 

「あぁ、だからアイツは俺達が認められなかったんだ……その上、多分その悩みから救ってくれたのが、本物のウォーグレイモンだったんだ。だから、アイツは俺を赦せなかったんだ。自分を救ってくれた者を汚した俺が」

 

「ですが、それはユウも知らなかった事です。彼がしたのは言い掛かり以外の…」

 

「他人からすればそうなんだろうけど、アイツの気持ちが納得出来なかったんだ……多分今も俺と桜の事をアイツは認めていない」

 

「……何時かまた私達の前に現れるのでしょうか?」

 

「……分からない。最後の様子だと、アイツは会う気は無さそうだったけれど……もしかしたらまた俺達の前に現れるかも知れない

 そうユウはリニスに告げると、服の中から修復が終わったブレイズとアイシクルを取り出し、二つのデバイスを見つめながら一つの決意を固める。

 

「リニス……俺は決めたぞ……もう今回のような無様な戦いはしない……今までは持っていた力で満足したけど。アイツが言っていたように【ウォーグレイモン】や【メタルガルルモン】、そして【オメガモン】の名を侮辱するような戦いは絶対にしない……皆を本当に護る為にもっと強くなるつもりだ」

 

「なら、私も一から自分を鍛え直します。もうユウの足手纏いになるのは嫌ですからね」

 

「ありがとうな、リニス」

 

 そうユウとリニスは互いに決意を新たにすると、隠れて二人の会話を聞いていた桜、なのはもユウの足手纏いにはもう絶対にならないと決意を固めた。

 そして他のブラックと戦ったメンバーも、別々の場所で更に上を目指す事を決意しているのだった。

 

 

 

 

 

 深い眠りの淵で微睡みながら、ブラックは自らの内から押し寄せるユウと桜への苛立ちを治めようとしていた。

 自身でもユウと桜への苛立ちは理不尽だと認識出来る。だが、それでも苛立ちは止まらない。自身と同じように【異界】からやって来た者だと分かりながらも、様々な点でユウと桜はブラックとは違う。

 始まりからして全てが違っているとブラックは桜の正体を知った時から理解していた。悪意に寄って誕生したブラックとは違い、桜は温かい家族から生まれた。

 自身の知る高町家の者達は、ブラックから見ても良い家族だと思えた。別世界とは言え、その家族から生まれた桜は一般的な生活を送っていた。

 どういう経緯で、デジモンの技を魔法として教えたのかはブラックには分からない。

 多くのデジモン達と戦い続けて来たブラックは、デジモンがどれほど大変で素晴らしいモノなのかを理解している。桜とユウはただデジモンの技を魔法で再現させていただけ。だから、赦せなかった。認められなかった。

 もしも桜とユウがデジモンの存在を教えた上で、デジモンの技を魔法で再現させていたのならば認めたくはないが、見逃していた。だが、自身の事をこの世界のなのは達が知らなかった時点で、デジモンの存在を教えずに技だけを再現させていたと悟った。其処からは苛立ちの限界だった。

 戦闘において冷静さを失う事の危険性を理解していながらも、ソレを忘れてしまうほどに我を忘れてしまった。

 ユウのバリアジャケットの姿は更に赦せなかった。偶然にしては余りにも多すぎていた。

 

 例え【異界】からやって来たとしても、偶然にも膨大な魔力を宿し、偶然にもソレを扱えるほどの強靭なデバイスを持ち、更に【ウォーグレイモン】と【メタルガガルモン】の技を再現出来るような魔力変換資質を宿し、あまつさえ【聖王家】の血筋。加えて【初期化】や【消滅】を使用出来るロストロギア級のデバイスまで手にしていた。

 此処まで偶然が揃っていれば、何者かの意思が関わっている事が、ブラックには予想が付いた。元々【異界】自体が何者かの干渉を受けない限り、其処に住む者達が他世界に現れる事は無い。だからこそ、ブラックはユウと桜を殺す事でその意思を叩き潰そうとしていた。善意も悪意も関係ない。

 自分の中に残る僅かな人間としての残り香が、ユウと桜の存在を認められなかった。更に、二人は自分達と言う存在への認識が薄かった事にも腹が立った。【異界】の人間は、一般的な者からすれば異常にしか見えない筈。ソレを受け入れてくれる存在が、どれほど尊いのかブラックは知っている。

 

(……だから当たり前に受け入れられ……その大切を理解し切れていなかった奴らが……苛立った)

 

 そしてユウを殺せる直前にまで持って行けた。

 拳を振り下ろせば全てが終わるところまで持って行けた。だが、振り下ろせなかった。

 最後のユウを護る為に動いたこの世界のなのは達の姿に、ブラックは思い出してしまったのだ。

 

 〝ボロボロな姿になりながらも、決死の思いと覚悟で自分を止めようとした【ウォーグレイモン】を゛。

 

 その光景を思い出してしまった為に、拳が振り下ろせなくなってしまった。

 あのまま振り下ろせば、嘗て自身の暴走を止めてくれたウォーグレイモンに対する侮辱に繋がるとブラックは考えてしまった。だが、ユウと桜の存在は見逃せない。

 デュークモンが止めてくれなければ、あのまま拳を構えたままずっと迷っていたかもしれない。それほどまでに苦悩した。

 

(……もう良い。奴らを認める事は無いが……これ以上奴らと戦ったところで楽しめる事は無い……ただ苛立ちが募る戦いなど興味が湧かん……だから、もう眠れ)

 

 ゆっくりと内で疼いていた何かが治まって行くのを感じる。

 恐らくはもう長くは人間だった時の残滓は持たない。前世との在り方の違いだけではなく、デジモンに関する知識以外の全てを奪われてしまった事も原因の一つだった。

 ブラックは僅かに寂しさを覚えるが、疼きは最後に一瞬だけ強くなったと同時に消え去った。

 

 意識がハッキリするとブラックは目を開け、自身に寄り添っていたリンディに視線を向ける。

 

「起きたの?」

 

「あぁ……漸くな」

 

「……そう」

 

 一度起きた時に感じた苛立ちが、ブラックから薄れている事にリンディは気が付く。

 とは言え、完全に消えた訳ではない。一体何が在ったのかとリンディが改めて疑問に思っていると、洞窟の入り口の方から地球から戻って来たルイン、ギルモン、ヴィヴィオが入って来る。

 

「ッ!? リンディさん! それにブラック様!! お目覚めになったのですね!!」

 

「パパッ!!」

 

 目覚めているブラックの姿にルインとヴィヴィオは喜びの声を上げ、ヴィヴィオはブラックの体に抱きつき、ギルモンとルイン、そしてリンディはその様子を微笑ましげに見つめた。

 ブラックは自身の体に抱きついて来たヴィヴィオに僅かに視線を向けると、無言で立ち上がりながらヴィヴィオを左肩の上に乗せ、ヴィヴィオは嬉しげにブラックに寄り添う。

 その様子に更にリンディは微笑ましげに見つめていると、ルインがリンディに質問をしてくる。

 

「リンディさん? 何時の間に来たんですか?」

 

「そうね……大体五、六時間前よ。その後は彼が目覚めるまでずっと傍にいたわ」

 

(やられましたッ!! クゥゥゥゥーーッ!! あの少年と少女が気になっていたとは言えブラック様の傍を奪われるとは!! チャンスを逃してしまいました!!)

 

 そうルインは嬉しげな笑みをしているリンディの横顔を見ながら内心で悔し気に呻くが、リンディはルインの様子には気がつかずに、ヴィヴィオの相手をしているブラックを見つめる。

 悔しがっても仕方がないと思ったルインは渋々と自分の心を落ち着かせて、ブラックに声を掛ける。

 

「ブラック様。今回ブラック様が戦っていた相手は、ブラック様と同じ【異界】の人間だったのですね?」

 

「ッ!! 何ですって!? この世界に彼と同じ【異界】の人間がいたと言うの!?」

 

 ルインが告げた事実を耳にしたリンディは心の底から驚き、大声でルインに質問した。

 リンディもブラックの本当の故郷-“異界”の異常さは理解している。その世界はブラックの記憶を見たリンディでさえも信じられないと言う想いしか抱けなかった世界。

 その世界の人間が、平行世界とは言え他にもいるとなればリンディからすれば驚く以外の何ものでもなかったが、同時にブラックが何故苛立っていたのかも僅かに理解出来た。同類である存在と出会った事で、ブラックの心が乱れたのだ。

 その事が分かったリンディは険しい視線をルインに向けると、ルインは肯定するように頷く。

 

「えぇ、そうです、リンディさん。今回ブラック様が戦った相手は、ブラック様の本当の故郷である【異界】の人間です。最もそれ以外にも私達からすれば赦せない理由が存在していましたけどね」

 

「……そう、詳しい話は戻ってから聞くわね。この場で聞くと私も赦せなくなりそうだから」

 

「賢明な判断です」

 

 リンディの言葉にルインは険しい顔をしながら同意を示した。

 その様子を横目で見ていたブラックは、静かに抱えていたヴィヴィオから目を外し、ルインに視線を向ける。

 

「……連中に聞いてきたのか?」

 

「いえ、丁度彼らが自分達の正体を他のメンバーに話しているのを隠れて聞いただけです」

 

「そうか……戻るぞ。この世界は俺を苛立たせるだけだ。このままいれば、また奴らと戦う事になるからな」

 

「……宜しいのですか? 今から向かって彼らを殺さなくても?」

 

「フン、確かにそれは簡単だ……だが、少しだけ奴らには興味が湧いた。あの二人が一体どんな道を歩むのかな。このまま大切な奴らを護り切れるのか、それとも己の力のせいで全てを失うのかをな」

 

「なるほど、そう言う事でしたか……確かにあの二人、特にユウと言う少年の未来は気になりますね。絶望に堕ちるのか、それとも全てを護り抜いて幸せになるのか……興味深い対象です」

 

 ルインはブラックの言葉に納得した。

 ユウと桜。特にユウはその身に宿している血と力のせいで戦いに巻き込まれる可能性が高い。

 本人が望むの望まないに関わらず、ユウはその身に戦いを呼んでしまう要素を多分に含んでいるのだ。巨大な力を宿している者は本人の意思などに関わらずに戦いに巻き込まれる。その事を経験しているルイン、ヴィヴィオ、ギルモン、そしてどのような戦いあったのかは分からないが、僅かに状況を推測出来たリンディもブラックの言葉の意味を心から理解し、納得したようにブラックに頷く。

 その様子を確認したブラックはルイン、リンディ、ヴィヴィオ、 ギルモンの顔を見つめながら深く頷く。

 

「そう言う事だ。分かったら戻るぞ」

 

「はい」

 

「仕方が無いわね」

 

「帰ったら遊ぼうね、パパッ!!」

 

「ギルモンも!!」

 

 ブラックの言葉にルイン、リンディ、ヴィヴィオ、ギルモンはそれぞれ答え、ブラック達はこの世界から去って行った。

 この先にユウ達に何が待ち受けているのかはブラック達にも分からない。

 だが、必ず戦いが起きるのだけは確信していた。

 それを乗り越えられるかどうかは、ユウ達の心次第なのだった。




次は本編の方を更新します。

第三章の方も修正点を加えてから投稿予定です。
しかし、魔法戦記リリカルなのはForceは長期休載なってしまったんですね。


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第三章 アルハザード最悪にして最凶の兵器


にじファン時代に投稿していた特別篇第四章のリメイク版です。
以前よりもアンチ要素を少なめにしようかと考えています。

また、本編のネタバレが幾つか在りますのでご注意下さい。


 ミッドチルダとある山岳付近。

 その場所で私服を着て、変装のつもりなのか茶色コートを着込み、伊達めがねを掛けている茶色の髪の女性-八神はやてと綺麗な黒髪を腰の辺りまで伸ばしている女性-レナ・セフィル、そしてはやての肩に乗って同じく茶色のコートを着込んだ銀髪に蒼い目の小人のような少女-リイン-が双眼鏡を構えながら、遠くに見えるリニアレールを眺めていた。

 二人の視線の先に映るのは空中で大量のガジェットⅡ型と戦っているなのはとフェイトの姿。

 しかし、それを見ているはやては顔を険しく歪め、次にリニアレールで繰り広げられている戦いの方に双眼鏡を移動させる。

 目撃して行く光景に刺々しいはやての気配に、リインは怯えてレナの肩へと移動する。

 移動して涙目になっているリインを慰めるように撫でながら、レナがはやてに声を掛けて来る。

 

「……はやて……私は疑問なのだが……アレは本当に高町なのはとフェイト・テスタロッサなのか? 特に高町なのはの方は?」

 

「……私も信じられへんけど……確かにアレはこの世界のなのはちゃんとフェイトちゃんに間違いないわ……だけど、どう見ても魔力リミッター付けてるみたいやね……まぁ、それでもなのはちゃんが普通の魔導師としか思えへんけど……(私らの世界のなのはちゃんが異常過ぎなのかも知れへんけど)」

 

「なるほど……道理で私が知る二人よりも実力が低過ぎる訳だ……だが、動いている者は空に浮かんでいる二人とリニアに居る四人だけなのか?」

 

「レナ。四人だけじゃないですよ。この世界のリインも居ました。でも、シグナムやヴィータの姿が見えませんです」

 

「この世界のリイン姉さんは私達の世界と違って、ただ(・・)のユニゾンデバイスの筈……空中戦を行なっている高町なのはとフェイト・テスタロッサの二人に、リニアに乗り込んだ五人……それだけの人数でリニアレールを護り切れるのか? ……アレだけの機械兵器から?」

 

「……無理に決まっとるわ!! 何考えているんや! この世界の私は!?」

 

 遂に怒りが理性を上回ったのか、はやては持っていた双眼鏡を握り潰し、怒りに染まった相貌を彼方に見える戦いへと向ける。

 そんなはやての姿にレナとリインはこの世界に来る前に感じた嫌な予感が的中したと感じながら、レナは自身の持っていた双眼鏡をはやてに手渡し、自分達がこの世界に来る事になった経緯を思い出す。

 事の起こりは二週間前。アルハザードでフリートがとんでもない兵器を、【平行世界】で見つけた時から始まる。

 

 

 

 

 

 

 アルハザード内部のフリートの研究室。

 その場所の主であるフリートは楽しげに自身の目の前に広がる映像を眺めながら、手を動かして何らかの作業を行なっていた。

 

「フフ~ン♪ もう少しで完成ですよ♪ う~ん、たまには現在の管理世界で造れるレベルで尚且つ普通なら考えないようなテーマを基にデバイスを造るのも面白いですね♪」

 

 そう言いながらフリートは楽しげにデバイスの作製に勤しんで行く。

 余計な行動をせずに静かに研究を続けるフリートの様子は、周囲が平穏を感じるように静かと言える状況だった。だが、その静けさを破るように、突然にモニターの一角からアラート音が鳴り響く。

 

「ん? あっ、確かこれはリンディさんに頼んで許可を貰った平行世界探索用の機器から発せられる警報音ですね。もしかしてアルハザードの技術でも在ったんでしょうか?」

 

 色々とやらかしてしまったせいで、許可なく平行世界に行けなくなったフリートだが、其処はやはり研究狂。

 リンディに頼み込んで平行世界の一つに探索機器を送る許可だけは貰ったのだ。序に『アルハザードの技術』関連だった場合反応するように設定して在った。

 前の時は向かった先のアルハザードの情報抹消に動いたが、流石に今回は無理だろうと思いながら、フリートは探索用の機器に映し出された映像に目を向け、一瞬にしてその顔は恐怖で青褪める。

 

「……んなっ!? な、何ですって!? ま、まさか!? こ、コレは!?」

 

 送られて来た映像を目にした瞬間、フリートは何時もの余裕など完全に消し飛び、モニターに映っている『青色の菱形の宝石』と、その宝石に関するデータを見つめる。

 

「な、何で“コレ”が存在しているんですか!? と言うか管理局が『オークション』の出品予定って!? “コレ”を一般に出品!? 正気ですかって!? って、そう言えばコレはとんでもない隠密能力が在るんでしたァァァァァァーーーー!? ま、不味い!! もしも、コレが起動したら危険過ぎますゥゥゥゥーーーーーーーーー!!!!!」

 

 何時もは何処か余裕が在るフリートだが、今回ばかりは不味いどころの騒ぎでは済まない。

 下手をすれば、情報が送られて来た先の『平行世界』が確実に滅びるほどの危険物なのだ。しかも、ただ滅びるだけでは済まない。

 〝管理局と言う組織が認識している全ての世界が滅びる事態に、発展する危険性を秘めた代物なのだ゛。

 

「どうしましょう!? 如何しましょう!? そ、そうです! 平行世界なんだから、あっちにも私が居る筈! 情報を送って回収して貰いましょう!!」

 

 この場にリンディ達が居れば、死んでも止めるような方法だが、フリートは構わずにコンソールを操作する。

 平行世界に送った探査機器から電波が飛ばされ、あちらのアルハザードと通信を繋ごうとする。

 焦りながらもフリートは通信が届くのを願うが、その願いは届かず、エラー表示だけが空間ディスプレイに表示された。

 

「………ノオォォォォォォォーーーーーーー!!!! つ、通信が届かないと言う事は、あ、あちらの世界には、私が居ないぃぃぃぃっ!! ど、どうしましょう!? 如何しましょうぉぉぉっ!!! ……こ、こうなったら……」

 

 覚悟をフリートは決め、今度はこちらの世界に居る自身が最も苦手な相手へと通信を繋ぐ。

 

「リンディさん! リンディさん!!」

 

 繋がると同時にすぐさまフリートは通信回線を開き、リンディに連絡を取った。

 通信が繋がり、凄まじく不機嫌そうな顔をしたリンディが空間ディスプレイに映る。

 フリートが慌てる時は、大抵禄でもない事に決まっている。しかも、既に事が起きている場合が多い。また、今回もやってくれたのだと思ったリンディは、不機嫌さに満ち溢れた声で質問する。

 

『……今度は何をやったのかしら? 言い訳ぐらいは聞いてあげるわ』

 

「こ、今回は私じゃないです!! ほ、ほら! 前に平行世界の一つに探索機器を送りたいってお願いしましたよね!」

 

『えぇ、確かに在ったわね……まさか、また行きたいなんて言うつもりかしら? 絶対にダメよ! また、禄でもない事が起きるに決まっているんだから!!』

 

 過去の経験から平行世界に向かえば、碌な事にならないとリンディは確信している。

 これ以上、平行世界の問題に関わりたくは無い。故にリンディは絶対に許可しないつもりだったが、フリートが顔を蒼白にして説明する。

 

「ほ、本当に不味過ぎるんですよ!? アレは起動したら最後!! “次元世界全部にとんでもない被害を呼ぶ兵器”なんです!!! 対処なんて向かう先の平行世界の管理局には絶対無理です!! ほぼ間違いなく、起動したら管理局が認識している世界全てが滅びます!! 何せアレは、アルハザードが造り上げてしまった最悪にして最凶の兵器なんですぅぅぅぅーーー!!!」

 

『……な、何ですって?』

 

 フリートが告げた事実にリンディは怒りも思わず忘れて呆然とした声を出したのだった。

 

 

 

 

 

 地球の日本、海鳴市高町家。

 母と父の喫茶店である『翠屋』の手伝いを終えたなのはは、ガブモンと共に家に帰宅し、夕飯の用意をしていた。

 其処に珍しくミッドチルダから八神はやてとユニゾンデバイスであるリインに、はやての秘書であるレナ・セフィルが来訪して来ていた。

 

「休暇が欲しいんよ」

 

「邂逅一番に何を言っているの? はやてちゃん」

 

 自身の目の前に座って言葉を放ったはやてに、なのはは訳が分からないと言うような顔をしながら質問した。

 もしかして仕事が忙し過ぎて遂にノイローゼになったのかと、失礼な事を考えているなのはの隣で紅茶の用意をしていたガブモンも同じなのか、はやてとその隣ですまなさそうに頭を下げているレナとリインを見つめると、はやては暗く顔を俯かせながら、休暇が欲しいと告げた経緯を語り出す。

 

「……なのはちゃんも知っとると思うけど……もう地上はてんてこ舞いな状況なんよ。来る日も来る日も仕事の日々……二十歳の誕生日が迫っている今、私は少しだけ休暇が欲しくなったんや」

 

「(……はやてちゃん。やっぱり、ノイローゼに……此処は優しく声を掛けて上げよう)……でも、そう言う仕事を選んだのは、はやてちゃんでしょう? だったらさぁ…」

 

「……レジアス“大将”は三日休暇貰ってキャロとリュウダモン、フリード、そしてポーンチェスモン(白)とオーリスさんと家族旅行……ゲンヤさんは長期休暇を得て、クイントさんとデート……新しいお子さんが生まれるかもしれない濃厚な数日を過ごしたそうや。休暇が終わった筈なのにやつれとったゲンヤさんと肌がツヤツヤだったクイントさんが印象深かったわ」

 

『……』

 

 はやてが告げた事実になのはとガブモンは言葉が出せなかった。

 つまり、レジアスやゲンヤの幸せとしか言えない休日を知って、仕事の疲れが溜まっていたはやても休日を取りたくなったのだ。だが、ミッドチルダや他の管理世界で有名なはやてが普通な休日を取れる筈もなく、地球でも色々と有名になってしまった為に、はやては歩くだけで人々から見つめられるだろう。

 しかし、どうしても普通な休日を取りたかったはやては自身と同じように休暇が取れたレナとリインを連れて、神頼みではなくなのは頼みでやって来たのである。

 

「お願いや、なのはちゃん!! 一日が数日になるような道具ない!? ほら、私が負った大怪我を治療したり、なのはちゃんのレイジングハートを改造したあの人なら、それぐらい出来そうやろう!」

 

「あのね、はやてちゃん。幾ら、あの人でも今の世界ではやてちゃんが目立たずに休暇を取れるような機械なんて……あるね」

 

「確かにあるけど……アレは……」

 

 はやての要求にピッタリ一致するような機械がなのはとガブモンの脳裏に過ぎった。

 しかし同時に、絶対碌でもない事が起きると確信していた。過去に使用した時の事を思い出しても、なのはは良い思いを最終的にした事がない。巻き込まれてしまったガブモンは尚更に。

 特にあの機械を使用して世界移動し、長時間その世界に留まっていた場合、最終的にその世界の自身に接触してしまう可能性が高いと言う結果が判明したのだ。

 コレに関しては、例の機械を製作した某マッド曰く。

 

『例え歩んだ道筋は違っても、本質は完全な同一人物ですからね。どうやらそれが原因で惹かれるらしいんですよ。いや~、私やブラックとか、特殊な存在は別ですけど、なのはさんとかは使ったら確実に出会うみたいです。間違いなくその世界の自分と』

 

「ッ!? ……ど、どないしたん、な、なのはちゃん?」

 

「こ、怖いです」

 

「アッ、ゴメンね。とっても不愉快な事実を思い出しただけだから」

 

 無意識のうちに魔力を込めてカップを握ってしまったことに気がついたなのはは、皹が入ってしまったカップを横に退かす。

 それを見たはやて、リイン、レナは一体何があったのかと疑問に思い、事情を知っているガブモンは困ったように自身の額に手をやる。わかっていたことだが、やはりあの件以降、なのはは平行世界の自身に対して過剰になっている。

 自らのありえたかもしれない、絶対に認められない自身の姿を二度となのはは見たくないのだ。

 前回の時はソレは酷かった。互いに認められないだけに、常に張り合い、帰る時まで何度も喧嘩し合っていた。仲が良い喧嘩などでは絶対に無く、相手を打ちのめそうとする喧嘩。張り合って大怪我を負いそうになる度にガブモンが止める羽目になっていた。

 それは目の前に居るはやてにも当て嵌まると、ガブモンは直感的に判断し、はやて、リイン、レナに頼まれた件を断ろうとする。

 

「え~と、はやてさんとレナの願いを叶えてくれる機械は、実は全部壊れているんだよ。だから、残念だけど二人の願いは…」

 

「……あろうかと」

 

『ッ!!』

 

 突然聞こえて来た声になのはとガブモンは不穏を感じて目を見開き、はやて、リイン、レナは首を傾げながら声の聞こえて来た方に目を向けてみると、勢いよく扉が開かれ、右手に機械的な銃らしき物を握ったフリートがリビングに足を踏み入れる。

 

「こんなこともあろうかと! 持ってきましたよ、【平行世界にいってらっしゃいガン】!! これさえあれば、時間なんて気にせず好きなだけ休暇が…」

 

「もしもしリンディさんですか? 何だか、いきなりフリートさんがやって来たんで、説明して貰いたいんですけど?」

 

「ヒェェェェェーーーー!! 止めて! 止めて下さい! なのはさん!! ちゃんと説明しますから、どうかリンディさんを呼ぶのだけは許してください!!」

 

 服の中から取り出した通信機を使ってリンディに連絡を取っているなのはに、フリートは慌ててなのはの服を掴んで懇願した。

 訝し気になのははフリートに視線を向ける。一応フリートとなのはは師弟関係に在るのだが、最早なのはの中でフリートに対する師匠の威厳は無い。魔導に関してだけは尊敬しているが、その他では全く尊敬していないのだ。

 

「と言うか、挨拶も無しで家に勝手に入って来たんですか?」

 

「……あの、私が入れたんですけど?」

 

 なのはの声に応えるようにリビングの扉の影から、恐る恐るワンピースを着た銀色の髪の少女-【リリィ・シュトロゼック】が姿を見せた。

 

「あ、あの、何度かインターホンが鳴っていたのに、な、なのはさんが気が付いて無かったんで、それで私が開けたら、リビングから聞こえて来た声を聞いたフリート先生がいきなり飛び出して」

 

「そうだったんだ。ありがとう、リリィちゃん」

 

「……シクシク、何だか弟子が師匠の私に対する態度が最近厳しくなって行きます」

 

 仲良く話し合うなのはとリリィに対して、フリートは部屋の隅でいじける。

 【リリィ・シュトロゼック】。とある事件が起きた時、ブラックがアルハザードに連れ帰った少女である。そのままフリートに治療され、一般的な生活が送れるようになった後は、一般常識を学ぶ為に高町家に居候している。

 翠屋でなのはと並ぶ人気のウェイトレスで、リリィ自身も人と触れ合える職業を楽しみ、充実した日々を過ごしていた。

 落ち込んで部屋の隅で暗くなっているフリートに、はやて達は冷や汗を流し、ガブモンが溜め息を吐きながらフリートに話しかける。

 

「それでフリートさん。今回は一体どうしたんですか?」

 

「ハッ! そうでした! なのはさん、ガブモン! どうか私と一緒に【平行世界】に向かって下さい!!」

 

「嫌です」

 

「即答!?」

 

 打てば響くと言うようになのはは笑顔で答えた。

 実際なのはは【平行世界】に行く気は全く無い。行けば休暇にもならない嫌な目に遭うのは目に見えている上に、フリートと一緒に行く。ガブモンが一緒に居ても、三日で胃に穴が開く自信がなのはにはあった。

 ガブモンも同意なのか、思わずお腹を押さえながら何度も頷く。だが、今回ばかりはフリートも万が一の為に戦力が必要なのだ。

 

「お願いします!! ほ、本当に不味いんですよ!! リンディさんにも説明しましたけれど、不味すぎる兵器が【平行世界】で見つかったんです!! このままだとあっちの世界は確実に滅んじゃうんです!!」

 

「……どういう事ですか?」

 

 本当に珍しいフリートの必死な表情に、なのはは疑問を覚えて質問し、横で静観していたはやて、リイン、レナ、ガブモン、リリィもフリートに疑問に満ちた視線を向けた。

 話を聞いてくれると思ったフリートは、青色に輝く菱形の宝石のような物が映し出された空間ディスプレイを展開して説明を開始する。

 

「戦略型世界破壊兵器【寄生の宝珠】……その昔、私の世界が開発した世界破壊兵器の一つでして、送った先に存在している兵器に寄生して自己進化を開始し、その後に自己判断で動く兵器です。しかもこの自己進化のレベルが半端じゃないんです……例えばスカリエッティが開発したガジェットⅠ型に寄生した場合ですけど……魔力の結合が全く出来ないレベルのAMFは当たり前のように広範囲に展開して、リミッター付きのなのはさんのスターライトブレイカークラスの砲撃なんてバンバン撃ちますね。因みに連射可能で。装甲も多分艦砲射撃ぐらいは耐えられるかもしれません」

 

『ブゥッ!!』

 

 顔色を暗くしながらフリートが告げた【寄生の宝珠】の機能に、なのは達は噴き出した。

 余りにも兵器が強力になり過ぎている。ガジェットⅠ型と言えばスカリエッティが開発した兵器の中では一番弱いはずの兵器。AAランクの魔導師でさえも脅威にはなるが、AMFさえなければ簡単に破壊出来る兵器である。

 だが、フリートが告げた【寄生の宝珠】に寄生された場合、例えSランクオーバーの魔導師でも倒すことが出来なくなる。ガジェットⅠ型でそれなのだ。もしも他の兵器に寄生したら、どんな兵器に進化してしまうのかは、フリートでさえも恐怖を感じるほどだった。

 

「ガジェットⅡ型ならば、常時音速飛行を行ってソニックムーブを引き起こして、通り過ぎた街などは跡形も無く崩壊。ガジェットⅢだったら全長五十メートルクラスの大きさに進化して、周囲のビル群を崩壊させるだけの攻撃力に加え、ミッドチルダが魔法を全く使えない世界になるでしょう……後はスカリエッティが保有しているガジェットのオリジナル。向かう先の世界では何故かⅣ型と呼ばれているモノだったら……いかなる探知機を持っても発見することが出来ないステルス性能を手にいれ、数百メートル以上を一瞬にして切り裂く機能を得るでしょう……因みにですけど、あるんですよ。その世界にはまだ……あの【聖王のゆりかご】が」

 

「う、うそ……フリートさん……もしも【聖王のゆりかご】に、その【寄生の宝珠】が寄生したら……どうなるんですか?」

 

「……多分ですけど。月のエネルギーなんて気にせずに強化された兵器類で……ミッドチルダは一時間とかからずに廃墟になるでしょう……まぁ、これはあくまで私の推察ですけど、あっちの管理局が保有しているデータ次第では、更なる今説明した進化以上の事が起きる可能性は高いです……まさか、【寄生の宝珠】が残っていたなんて予想外でした。何せ【寄生の宝珠】は禁断の兵器の一つとしてデータだけでしか存在していない兵器だったんです……良く思い出してみると、此方の世界でずっと昔のことですけど、そのデータを盗んだ奴がいたんです。何とか作られる前に犯人は発見……そのすぐ後に処断しましたけど……多分アチラの世界では製造されてしまったんですよ」

 

「ちょっと待って下さい? その兵器が開発された世界では、どないなっているんです?」

 

「確認したところ、跡形もなく滅んでましたよ。今は砂漠と荒野だけが広がる無人世界になっていました」

 

『ッ!?』

 

 フリートが告げた事実にはやて達は言葉を失った。

 事前にフリートはリンディに許可を貰った後、向かう先の世界に関する情報を探査機器を駆使して集めた。その結果、【寄生の宝珠】を開発した世界は滅亡。其処に残された唯一の遺跡内部に在った【寄生の宝珠】を管理局が回収した経緯も調べ上げた。

 

「昔、【寄生の宝珠】を盗んだ連中は馬鹿としか言えませんでした。私達の世界でさえも開発を躊躇い、禁忌のデータとして扱っていたのに、強力な兵器欲しさにデータを盗み出した。何せ【寄生の宝珠】には重大な欠陥が在る事がデータから読み取れたからです」

 

『欠陥?』

 

「えぇ、欠陥です。【寄生の宝珠】は、相手側のデータを読み取ると言う過程のせいで、兵器を送った側のデータも調べ上げてしまう。つまり、敵味方の区別が付けられない虐殺兵器にしかならない。使うとすれば、本気で全ての世界を滅ぼす事を望む奴ぐらいでしょう。だけど、盗んだ連中はそれに気が付かずに開発して使用。結果、滅んだみたいですね」

 

「そ、それを知らずに、【平行世界】の管理局は回収してしまったんですね?」

 

「そうです」

 

「……で、でも、かなり昔の兵器なら、既に機能不全に陥っているはずとちゃうんですか?」

 

「甘いですね、八神はやて。一度製造したら一万年は稼動させるが、私の世界の研究者達の誇りでしたからね」

 

「いらへんわ! そんな誇り!!」

 

「同感だが……フリート・アルード。その兵器は何故動いていないんだ? 貴様の世界の全盛期が開発した兵器ならば、管理局の封印魔法程度では抑えきれんと思うのだが?」

 

「そう言えば、そうだよね」

 

 レナの疑問にガブモンも同意するように声を出し、確かにその通りだとなのはとはやても思う。

 幾ら管理局の技術でも、流石にアルハザードの遺産までは封印しきれない。それほどまでにアルハザードの技術は恐ろしく高度なのだ。はやて、リイン、レナは、なのはとフリートが扱っている技術がアルハザード由来の物だとは知らないが、それでも異常過ぎる技術力を持つフリートの世界の産物ならば、管理局で封印出来るとは思えない。

 その疑問に答えるようにフリートは、正座したまま腕を組みながら自身の推測を語りだす。

 

「恐らくですけど、【寄生の宝珠】はその辺の兵器では管理局に関わる全ての世界を滅ぼしきれないと判断したのかもしれません。つまり、運が良いのか悪いのか、【寄生の宝珠】は動きたくても動けない状況に在る訳です。まぁ、それも何時まで持つのか分かりませんけど」

 

『……』

 

 聞かされた面々は顔を蒼褪めさせながら見合わせた。

 核兵器を遥かに超える禁断の兵器が自分達の傍で眠っていると知らされ、平然としていられる者が居る筈が無い。しかも、誰も気が付かずに。

 確実にこのまま行けば、何れ最悪にして最凶の兵器が目覚め、数え切れない人々の命が消え去るだろう

 

「で、でも、そんな危険なロストロギアやったら封印指定に…」

 

「ロストロギアのオークションに出展してお金を手に入れようとしていますね」

 

『…ハッ?』

 

 その場に居る誰もが一瞬フリートの告げた事実の意味が解らず、呆気にとられたように口を大きく開けた。

 フリートはその理由がよく解っているのか、途轍もなく呆れたように溜め息を吐きながら自身が得た情報を話し出す。

 

「『寄生の宝珠』で一番恐ろしい機能は、その隠蔽能力なんですよ。管理局の技術程度ではただの綺麗な宝石程度としか解析出来ない……そして安全だと確認した『寄生の宝珠』を、管理局はオークションに出展しようとしているんです」

 

「……ねぇ? はやてちゃん? ……私、あんまりミッドチルダに行ったことが無いからよく解らないんだけど? ……やってるの?」

 

「……やっとる……確かに管理局はやっとったわ」

 

 なのはの質問にはやては頭を抱えながら、確かに管理局は取引許可を得た【古代遺物(ロストロギア)】の出展を認めている事実を思い出した。

 確かにフリートの言うとおり、管理局は幾つかの検査機構を突破した【古代遺物(ロストロギア)】ならばオークションへの出展を認めているのだ。最もはやて達の世界では、このシステムの危険性を理解したレジアスの手によって二度とロストロギアのオークションは行われないことが決められたのだが、平行世界では平然と行っている。

 そして今回、どんなロストロギアがあるのかフリートが送った探査機器が調べて、見つけたのである。世界を滅ぼしてしまうかもしれない危険なアルハザードの遺産である【寄生の宝珠】を。

 

「でも、行っとった時は、無限書庫でも調べたはずなんやけど?」

 

「そうです。ちゃんと無限書庫で確認されてから出展されていた筈です」

 

 はやてとリインはそう疑問を提示する。

 その疑問にフリートはアッサリと、二人の認識の間違いを告げる。

 

「あの欠陥データーベースで在る無限書庫に、完全に滅んでしまった世界の情報まで詳しく記されているとは思えませんね。特に私の世界は、滅びる前に徹底的に自らの世界の情報の隠蔽に動いてましたから。まぁ、見逃してしまった技術は幾つかありますけど、兵器関係は完全に処理したはずですから【寄生の宝珠】のデータなんてあるわけないです」

 

「……そやった。無限書庫のデータを信じすぎとったわ」

 

 はやてはフリートの説明を理解し、確かにその通りだと頷いた。

 管理局が誇るデータベースである無限書庫が作られたのは、アルハザードが姿を消してから百年ぐらい後。故に【寄生の宝珠】の情報など存在していなかった為に、その世界の管理局は自分達の検査機械を信用しきって【寄生の宝珠】をオークションに出展してしまったのだ。或いは【聖王のゆりかご】の情報を得た【寄生の宝珠】が、情報を操作した可能性も考えられる。

 オークションでロストロギアを手に入れた一般人は、ある程度は安全に管理するだろうが、管理局ほどの管理は行わないだろう。つまり何時何処で【寄生の宝珠】が稼動するのか、全く分からないのだ。

 

「と言う訳で、【寄生の宝珠】は何が何でも回収しないと不味いんです!!」

 

「……事情は分かりましたけれど……フリートさんが態々回収しに行く必要は無いんじゃないですか? 例えばあっちの管理局に情報を送って……はやてちゃん、どうかな?」

 

「……無理やと思うわ、なのはちゃん」

 

 不安になったなのはの質問に、はやては首を横に振った。

 危険なロストロギアの情報ならば、確かに管理局は動くだろうが、問題は内部で既に検査が通ってしまっている事に在る。自分達の技術に自信を持っているだけに、名も知れない相手がいきなり実は危険なロストロギアだと言っても信じてくれるわけがない。

 幹部級の人間が動けば別だろうが、あちらの管理局にコネなどないフリートでは情報を送っても信じられずに検査機器と無限書庫の確認の方が信じられてオークションに出展されるだろう。

 

「一応あちらの世界の私に頼んで回収して貰おうとしましたが」

 

『……えっ?』

 

 なのはとガブモンは思わず顔を見合わせた。

 まさか、そんな手段を取ろうとした居たのかと、一気に二人の顔は蒼白に染まる。

 

「困った事に、どうもあっちの世界には私が居ないみたいなんですよ」

 

『な、なんて平和な世界!?』

 

「……シクシク、リンディさんも同じことを言ってましたよ」

 

 同じようなやり取りにフリートは再びいじけた。

 とは言え、日常的に問題行為やマッド的な事をやっているだけにフリートに対する信頼は全く無い。

 だが、今回ばかりはかなり不味い事になのはとガブモンは気が付く。アルハザードの遺産に対抗出来るのは、アルハザードの技術を全て扱えるフリートのみ。

 そのフリートが【寄生の宝珠】を発見した【平行世界】に居ないとなれば、次元世界の滅亡は先ず間違いない。アルハザードの魔導技術の一端を学んだなのはには、嫌と言うほど理解出来た。

 

「お願いします、なのはさん!! もうなのはさんとガブモン以外に頼る相手が居ないんです! ブラックは話を聞いても、全く興味を示してくれませんでした! 契約が在るにしても、アレはこの世界の私の世界の技術の回収だけですから無理です! ルインさんもブラックが協力しないなら行く気は無いって言われたんです! ヴィヴィオちゃんとあの子はミッドチルダで出来た友達とピクニックの約束が在るんで頼めません! クイントさんは何か知りませんけど、腰を痛めたらしいんで無理! ティアナとクダモンは、あのデジモンと七大魔王デジモンのデジタマの回収で忙しいですし、リンディさんはブラックとルインさんの説得中で、もうなのはさんとガブモンしか居ないんです!! もう最悪私一人で行こうかと思ったら、リンディさんが絶対駄目って言う始末ですし!!」

 

『いや、ソレは当然の事ですよね』

 

「グホッ!!」

 

 異口同音でなのはとガブモンに答えられたフリートは、遂に胸を押さえて崩れ落ちた。

 とは言え、確かに放って置く訳には行かないほどの大事だとなのはとガブモンも理解出来た。

 アルハザードの技術の暴走は現代ではどうする事も出来ない大事なのだ。その事をアルハザードの技術を学び、扱っているなのはは嫌と言うほど理解している。

 平行世界には行きたくはない気持ちは強いが、ソレを上回るほどに放って置けないと言う気持ちが湧いて来た。

 

「……本当に回収するだけなんですよね?」

 

「はい! 一応【寄生の宝珠】に寄って滅びた世界の調査はやりますが、オークションに出される【寄生の宝珠】の回収を終え次第帰還します! リンディさんもその案で許可を頂きました! なのはさんとガブモンに来て貰うのは万が一の事態に対応する為ですから! オークションの時以外は別世界で遊んで居ても構いません! だから、どうかお願いします!!」

 

 完全に師匠の威厳が消えるほどに深々とフリートはなのはとガブモンに土下座した。

 その様子に今回は本気で不味いのだとなのはとガブモンは理解する。何時もは魔導技術関連ならば何処か余裕が在るフリートが、本気で焦っているのだ。

 其処までの危険性が【寄生の宝珠】には秘められている。聞くだけでも起動したら最後、現代の魔導技術全てに対応出来る最悪の兵器。それだけではなく、管理局が保有しているロストロギア全てを解析出来る可能性までも【寄生の宝珠】は秘めている。

 アルハザードは次元世界で過去現在において、最も魔導技術が進んでいる世界なのだから。

 

「………分かりました。ハァ~、会いたくないな」

 

「そうだね。会いたくないね」

 

 暗い溜め息を吐くなのはにガブモンも同意するように頷いた。

 最もガブモンの場合は、出会った時に生まれるであろう被害を思ってなのだが、そんな事を知らないなのはは平行世界に向かう為の準備を行おうとする。

 静かに話を聞いていたはやて、リイン、レナは顔を見合わせると、何かを決意したようになのはにリンディに声を掛ける。

 

「待ってな、なのはちゃん。私、リイン、レナも一緒に行くわ」

 

『えっ?』

 

「いや、此処まで状況知っとって見逃すのは、後味が悪いし。平行世界なら変装さえすれば、自由に動けると思うんよ。だから、リインとレナと一緒に協力するわ」

 

「私も同感だ。それに私とはやて、そしてリイン姉さんも加われば、万が一の事態に陥った時にも対抗しやすいだろう」

 

「そうです! リインも協力します!」

 

「……いや、確かに戦力が在った方が万が一の事態に対抗出来ますけど」

 

 はやてとレナモンの説明にフリートは同意しながらも、困ったように顔を歪めた。

 万が一の事態とは、【寄生の宝珠】が【聖王のゆりかご】に寄生した場合だった。【聖王のゆりかご】は幾つかの欠点はあれど、世界を滅ぼす兵器である。

 【聖王のゆりかご】と【寄生の宝珠】が融合したら、それこそ、その力は確実に究極体の領域に到達する。失敗したらフリートも全力で動き、ブラック達全員が出張らなければならない事態に発展してしまうかもしれない。その点を考えれば、戦力は在った方が良い。

 はやてとレナは、究極体へと進化する事が出来る。そしてリインは。

 

(……ルインさんの問題点を改修して造られたユニゾンデバイスですからね)

 

 はやてがデジモンとの戦いの為にリインフォースと管理局、聖王教会の技術者達と協力して造り上げたユニゾンデバイス。それこそがリインの正体。

 ルインフォースを人間が使う為の問題を全てクリアしてリインは造られた。その為にルインとはやて達の関係は決定的に破局する事になったが、ソレでもはやてはリインを造り上げた。

 デジモンに対抗する為にはやてはその道を選んだのだ。おかげで直接出会えばルインからは視線だけで相手を殺せるレベルの殺気をむけられるようになったが、ソレ(・・)だけで済んでいるとはやては思っている。

 

(元々ルインさんとの敵対関係は確実ですから問題は無いと言えば問題は在りませんが……確かに戦力としては助かります)

 

 悩みどころでは在るが、戦力が多いのはフリートとしては助かる。

 【寄生の宝珠】が覚醒した場合は、フリートは最悪の場合、全力で動くつもりだった。

 向かう先の世界では既にアルハザードが滅んでいるので、何れはアルハザードの存在は完全な御伽噺になるので問題は無い。最もフリートが全力を発揮すれば、アルハザードの存在に気が付く者も出るだろうが、例えアルハザードに辿り着いたとしても、其処は既に滅んだ世界なのだ。

 フリートからすれば問題は全く無く、全力を発揮出来る世界なのである。

 しかし、はやて達が戦力に加わるのはフリートには問題は無くとも、なのはとガブモンにとっては違った。

 

「は、はやてちゃん! 止めておいた方が良いよ! ほ、本当に嫌な思いをするから!」

 

「そうだよ! 絶対に不味い事になるから!」

 

 最初はなのはも別世界の自分とは相性が悪いだけだと思っていた。

 だが、違った。経験の差。環境の違い。その他様々な要因と過程に寄って、過ごした日々の違いによって本質的には同一人物で在りながらも全くの別人。しかし、本質的には同一人物の為にいがみ合ってしまう。

 無論別世界の自身に会ったとしても必ず反目し合う訳ではない。なのは以外に別世界の自分で反目し合わず、仲良くなった者も二人いる。

 その件を考えればはやても必ず別世界の自身と反目し合う関係になるとは限らないが、前回の世界の事を考えれば、先ず間違い無く仲良くなれるとは思えない。だから、何としてもはやて達を思い留まらせようとするが、その前にフリートが答えを出す。

 

「構いませんよ」

 

『フリートさん!?』

 

「まぁ、戦力は多いに超したことはありませんから……ソレに……最悪の可能性も考えられますからね」

 

「さ、最悪の可能性って?」

 

「さぁ! 急いで準備をしましょう! あっちに着いたら色々と準備をしないと行けませんからね! いざ、平行世界へです!!」

 

 フリート、はやて、リイン、レナ、なのは、ガブモンはそれぞれ準備を終えると、平行世界に向かうのだった。

 

 

 

 そして現在、【寄生の宝珠】が売りに出されるオークションの日程が判明し、資金の用意も終えた。

 後は【寄生の宝珠】が発見された世界の調査とオークション当日に【寄生の宝珠】を買い終えるだけで目的は完了する。

 その調査は俄然にやる気になっているフリートがやっているので、はやて達は完全に暇になっていた。

 其処ではやて、リイン、レナは、なのはが何故あそこまで平行世界の自身を嫌うのか、その理由を知る為にフリートが教えてくれた機動六課の任務地に訪れたのである。

 因みに強奪や秘密裏に盗むと言うある意味では手っ取り早い方法を使わないのは、どうせ売りに出されるのならば正攻法で手に入れようと言う珍しくまともなフリートの意見を了承したからだった。

 無用な混乱は起こす訳にはいかないので今回は目立たずに動こうと決めたのだが、目の前で繰り広げられるこの世界の機動六課の動きにはやての苛立ちは募っていた。

 

「何でたったの七人だけしか動いてへんの!? しかも、エリオとキャロが二人だけのコンビって危なすぎるわ!?」

 

「確かにな。私達の世界のキャロならばパートナーデジモンが居るから多少の問題は回避出来たが、この世界ではエリオとキャロの二人だけ……ん? そういえば何故キャロはフリードリッヒを真の姿に戻さないのだ?」

 

「フリードが加われば空中戦力が増えるのに、可笑しいですね?」

 

「そう言えばそうやね。何でやろう?」

 

 レナとリインの疑問にはやても確かにその通りだと頷いた。

 この世界にはキャロのパートナーデジモンが居ないので、自分達の世界よりも戦力としては低いが、キャロにはフリードリッヒとヴォルテールと言う二体の竜が存在している。現状の状況ならば一番戦力が低いキャロとエリオの場所には、真の姿に戻ったフリードリッヒの力が必要なはず。

 しかし、キャロは一向にフリードリッヒを真の姿に戻そうと言う様子はない。AMFが原因だとしても、そもそもAMFの範囲外でフリードリッヒを真の姿に解放していれば済む問題なのだ。

 何故なのかとはやて達が疑問を覚えながら、機動六課の動きを注視していると、キャロの顔に浮かぶ僅かな気持ちをレナが読み取る。

 

「……怯えているのか?」

 

「……まさかと思うんやけど……この世界のキャロ……まだ自分の力を制御出来てへんとちゃう」

 

「何?」

 

「前にオーリスさんから聞いたんやけど、キャロが自分の力と向き合えるようになったんは、ブラックウォーグレイモンとの出会いのおかげなんやて。でも、この世界ではブラックウォーグレイモンはおらへん」

 

「なるほど……そのせいでこの世界のキャロは確りと自身の力に向き合わぬまま、あの状態になったのか……だが、そうだとすれば尚更にエリオと二人で行動させるのは危険であろう。力を制御していないと言うことは、暴走する危険もあるぞ?」

 

「そうや。フリードの暴走が起きたら敵も味方もない。それだけやない。失敗したらリニアが崩壊して大惨事になってしまう……其処まで考量しての配置したんやろうか? この世界のなのはちゃんは?」

 

 はやてはそう疑問に思いながら、ガジェットⅡ型と戦い続けているなのはに双眼鏡を構えた。

 その戦いの様子からは、キャロとエリオを気にしている様子はない。寧ろ目の前の戦いだけで精一杯の様子しか見受けられなかった。

 この様子ではレリックの回収に向かったスバルとティアナも、リインに任せっきりだと確信しながら再びキャロとエリオに双眼鏡を向け、目を見開いた。

 はやての視界の先にはエリオがガジェットⅢ型にリニアレールから放り投げられ、キャロがエリオを助けようと飛び降りる姿が映っていたのだ。

 

「なっ!?」

 

「馬鹿な!? 何を考えているんだ!?」

 

 キャロがリニアから飛び降りるのを目撃したはやてとレナは、揃って驚愕に満ちた叫びを上げた。

 二人は知っている。キャロが飛行魔法を使用することが出来ないことを。フリードリッヒが真の姿に戻らなければ、キャロは空を飛ぶことが出来ずに下に落下するしかないのだ。

 一応エリオは空を短時間は飛ぶ事が出来るが、気絶しているから飛ぶことなど不可能。キャロの行動は只の自殺行為にしか見えず、はやてとレナは慌ててなのはとフェイトに双眼鏡を向ける。

 今からでは距離が離れている自分達は間に合わない。間に合わせることが出来るのはなのはとフェイトだけだと思いながら双眼鏡を構え、はやてとレナは信じられないモノを目撃した。

 

「……でや……なんで」

 

「……何を考えているのだ。この世界の高町なのはは?」

 

「何でそんな嬉しそうな顔が出来るんや!?」

 

 はやてとレナが目にしたのは、嬉しそうな顔でエリオとキャロを見続けるなのはの笑顔だった。

 

 それから数十分後。最終的にキャロは運がよくフリードリッヒの解放に成功し、その後に意識を取り戻したエリオと共にガジェットⅢ型の破壊に成功。レリックの回収も成功して任務は成功を収めた。

 だが、遠くから見ていたはやてとレナは任務の内容に非情に不機嫌なオーラを放っていた。

 

「……質問だが、機動六課部隊長として今回の任務結果はどう思う?」

 

「……最低な結果に決まってるやろう。レリックの回収に成功? 確かに一見成功しているようには見える。せやけど、機動六課が今回の任務で敵側に知られたことは大き過ぎる。多分やけど、今回の敵側の目的は機動六課の情報収集が目的やったはずや。じゃなければⅢ型の機動テストってところやろうね。何が何でも欲しいレリックやったら、援軍をもっと送っとるはずやろうから。それに……リニアも破壊しようとしてへんかったし」

 

 先ほどの戦闘の中で、ガジェット達はリニアレールやリニア本体の破壊を行なってはいなかった。

 もしもソレが行なわれていたらどうなっていたかを考えれば、はやては頭が痛くなる思いだった。

 最悪の場合はレリックが暴走してフォワードメンバーは全滅。運よく暴走が起きなくても、リニアの破壊に巻き込まれてスバルとティアナ、リインが負傷していた可能性が高い。

 この世界の機動六課の部隊メンバーの少なさを考えると、負傷者が出て戦線離脱は大損害になってしまう。

 

「……あかん……今回の件で隊長陣達もリミッターが付けられている事は知られている筈や……不味い。不味過ぎる」

 

「はやてちゃん! 待って下さいです!」

 

「……何やのリイン? 私は自分が部隊長だったらどうやって挽回出来るか考えてるんやけど?」

 

「そうです! 確かに今回の件は挽回が難しいかも知れません! でも、全部ソレがこの世界のはやてちゃんの策略の可能性もあります!」

 

「……私の策?」

 

「どういう事だ? リイン姉さん?」

 

 はやてとレナはゆっくりとリインに疑問に満ちた視線を向ける。

 

「良いですか。前提条件が間違っているんです。先ずこの世界のはやてちゃんはわざと機動六課の戦力を見せたに違いありません。きっと裏では地上本部の人達と協力関係に在るに決まってるです!」

 

「……なるほど。地上本部に援軍を頼まなかったのは、不仲と敵側に思わせていざと言う時に協力する為か。部隊内のメンバーに危険は多いが、後々確かに強力な手札になる……はやてならばやるな」

 

「う~ん? ……確かに私ならソレぐらいはやりそうやね。今回の事件の犯人は広域次元犯罪者のスカリエッティや。管理局の闇とも繋がっている危険人物。その相手の裏をかくなら必要な事やけど……(でも、ソレにしたって)」

 

 リインの考えには確かに一理あるとはやても同意する。

 ワザと不仲だと思わせて後々協力して相手側を一網打尽にする。其処までの過程に部隊への危険は多いが、何も知らない一般人を護る為ならばはやてはやる。リインの説明は確かに納得出来る面も在る。

 だが、はやてには先ほどの任務内容を見て、どうにもリインの考えには強い違和感を感じる。

 

(確かに後々の実入りは大きいんやけど……せめてもうちょっと後方支援のメンバーぐらいは居てもええはず。でも、部隊の魔導師保有制限を考えると……確かにリインの言った策以外に相手の意表をつくのは無理や……う~ん? そもそもこの世界の機動六課ってどないな経緯で設立されたんやろう?)

 

 はやて達の世界では対デジモンにおけるミッドチルダでの対策部隊として機動六課は、地上本部と本局が合同で設立された部隊。

 しかし、この世界にはデジモンは居ない。遺失物対策部隊として設立されたようだが、ハッキリ言って保有ランクを無視して部隊を設立するのは弱過ぎる。余り興味を持つのは良くないが、どうにも別世界とは言え自分が造り上げた部隊だけにはやては気になって仕方が無かった。

 

「……なのはちゃんはあんまりいい顔せえへんかも知れんけど、フリートさんに頼んでこの世界の機動六課のデータ全部集めて貰ってみようか」

 

「……はやて。分かって居ると思うが?」

 

「分かってるわ。私らこの世界にとって異邦人。介入する気はあらへんよ」

 

「なら、構わない」

 

 自分達の目的はあくまで禁断の兵器である【寄生の宝珠】の回収。

 その事をはやては忘れていない。幾ら気に入らなくても介入する気は、はやてには無かった。

 冷静なはやての様子にレナとリインは安堵の息を吐きながら、帰路に着く。

 出来る事ならば二度とこの世界の機動六課には関わりたくないと思いながら、三人はフリート、ガブモン、そしてなのはが居る場所に戻って行く。

 数週間後に自分達が参加する予定のオークションの護衛任務を受ける部隊が何処なのかも知らずに。

 

 

 

 

 

 一方その頃、管理局が【寄生の宝珠】を回収した世界で調査を行なっていたフリート、なのは、ガブモンは地下深くに隠されていた何らかの施設の調査を行なっていた。

 当初は【寄生の宝珠】が発見された遺跡の調査を行なっていたが、管理局を上回る探査機器を駆使した結果、地下深くに隠された施設を発見したのである。最も長い年月放置されていたせいで内部はボロボロ。

 何時土の重みで崩落しても可笑しくない状態だった。安全の為になのはとガブモンは地上から観測を続け、施設内部には転移魔法で移動したフリートのみが潜入していた。

 

『此方フリート。なのはさん、ガブモン。聞こえますか?』

 

「聞こえますよ、フリートさん」

 

「映像も届いて録画中ですから、安心して下さい」

 

 届いて来た通信になのはとガブモンは返事を返しながら、明かりに照られている施設内部の映像を見つめる。

 施設内はやはりボロボロで、所々に風化した人骨らしきものが映像の中に転がっているのが見える。その中でもなのはとガブモンが気になるのは、フリートが持つ明かりに照らされている通路の壁に刻まれた文字の数々だった。

 しかもただの文字ではない。見ているだけで怨念を感じるような雰囲気を放つ文字だった。

 

「……ねぇ、ガブモン君」

 

「うん。何か凄くホラーな感じだよね、なのは」

 

「ちょ、ちょっと怖いよね……フリートさん? 壁の文字は何て書いてあるんですか?」

 

『コレですか? ……アルハザードに対する暴言や罵声に、懇願の数々ですよ』

 

「「えっ?」」

 

『とっても恨んだようですね。『呪ってやる』とか『何て物を考えついたんだ』とか、恥も外聞も無く『助けてくれ』とか、その他様々な文字が書き込まれてますね。中には血文字までありますよ』

 

「凄い怖いんですけど、そ、それって……アルハザードの証明になるんじゃ?」

 

『なるでしょうけど、此処の世界は完全に滅んでいますから、文字なんて解析だけで何十年掛かるか分かりませんね。放っておけば何時か勝手に崩落する施設跡ですから、問題は無いでしょう』

 

 フリートはなのはの不安に答えながら、更に奥へと進んで行く。

 進むと共に人骨の残骸が増えて行くが、フリートは構わずに先へと進んで行く。逆に映像から見えるホラーな光景になのはとガブモンは思わず体を震わせてしまう。

 幾ら強くてもホラー的な光景は本能的に恐怖を覚えてしまう。今にもバケモンではなく、本物の幽霊が出て来そうな雰囲気を払拭しようと、なのはは気になっていた事をフリートに質問する。

 

「……フリートさん。そろそろ教えてくれませんか? 何ではやてちゃん達の同行を許可したんですか? この世界ならフリートさんが本気を出しても、問題は少ないのに?」

 

『……私は最悪の可能性をずっと考慮していました』

 

「最悪の可能性? それって一体?』

 

『デジモンであるガブモンには分からないでしょうが……人は兵器を造る時に先ず間違い無くやる事があります』

 

 【寄生の宝珠】を発見した時から、フリートはずっと最悪の可能性を考えていた。

 兵器を造るならば、先ず間違い無く大体の技術者達が行なう事。もしもソレが実行されて居たらと、フリートはずっと考えていた。

 その可能性が外れている事を願っていた。だが、その不安が的中していると言わんばかりに、施設内部を進むごとに確信は深まって行った。そして一際頑丈に造られ、警告のようなマークが刻まれた扉に辿り着く。

 

『最悪の可能性……ソレは、コレです!』

 

 施設内に影響を与えないように注意を払いながら、フリートは扉を魔法で吹き飛ばした。

 

『ッ!?』

 

 なのはとガブモンは映像に映った扉の先の光景に息を呑んだ。

 内部はやはり年月に寄る経年劣化の影響でボロボロになっていたが、ソレでも判別出来る物が確かに残っていた。

 複数並ぶ何かを収めるためのカプセルらしきもの。そのカプセルの残骸の中で光る青い菱形の宝石のような代物。ソレは間違いなく、なのは達が回収のする為に平行世界にやって来る事になった元凶。

 複数の【寄生の宝珠】が、カプセルの残骸の中で光を当てられて光を反射していたのだった。




本編が旧作に追いついていないので相違点があります。


原作との相違点。

八神はやて。
所属:対デジモン対策部隊機動六課部隊長。
詳細:とある事件とデジモンとの出会いに寄って、理想を求めているが現実的に考えて行動する部隊長になった。事件に対する一般人への安全を優先するが、その分、部隊内の犠牲は容認する思考になっている。目的の為ならば自身のプライドも何もかも(この中には友情も)犠牲にする。尊敬する第一はレジアス。第二位はゲンヤ。第三位にはゼストである。究極進化を習得済みで、原作と違い魔導戦闘も行なえるように鍛えている。

レナ
所属:対デジモン対策部隊機動六課部隊長補佐
詳細:腰まで届く長い黒髪を棚引かせる長身の神秘的な美女。正体は、はやてのパートナーデジモンであるレナモンが人間に変身した姿。はやての現実的な思考に共感し、その思考に寄って傷つくはやての心を支える公私のパートナーでも在る。リインの事は姉と呼んでいるが、他の八神家の面々に対しては名前で呼んでいる。因みにスタイルの方は、はやての理想が反映されている。

リイン
所属:対デジモン対策部隊機動六課部隊長補佐
詳細:はやてが管理局の技術者及び聖王教会の技術者達と共同し、リインフォースの協力に寄ってルインフォースの問題点を改修され造り上げたユニゾンデバイス。ルインフォースと違い、単体では夜天の魔導書に記されている全ての魔法は扱えないが、主とユニゾンする事で大半の魔法を使用する事が出来る。


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 【寄生の宝珠】の手に寄って滅び去った世界。

 その世界の地下深くに隠されていた施設から、多数の【寄生の宝珠】を回収し終えたフリートは地上に戻り、念入りに一つ一つ封印処置を施していた。

 処置の様子を見ているなのはとガブモンは、目的の物が見つかった事に喜べずに居た。何せ本来の目的は数週間後に行なわれるオークションに出展される筈の【寄生の宝珠】の回収だった。なのに、それ以外の【寄生の宝珠】を発見してしまった。しかも、複数と言う数で。

 

「……コレがフリートさんの言っていた最悪の可能性ですか?」

 

「えぇ、そうです……【寄生の宝珠】は兵器です。この世界の目的はもう不明ですが、兵器として使用しようとしたのならば、必ず量産に着手する筈……外れて欲しかった可能性でしたが……当たってしまいました」

 

「でも、こうして回収出来たのは良かったですよ。もしもコレが次元世界に飛散していたら、もう如何する事も出来ませんでした」

 

「うん。その点だけは助かったね」

 

 一つだけでも【寄生の宝珠】は世界を全て滅ぼす可能性を秘めている。

 ソレが複数同時に起動でもしてしまえば、最早どうする事も出来ない。その最悪の可能性を回避出来た事実になのはとガブモンは安堵する。

 だが、その安堵を粉砕するようにフリートは一つの事実を告げる。

 

「……足りないんですよ」

 

「……何がですか?」

 

「ま、まさか?」

 

「……あそこに在ったカプセルの残骸の数と……回収した【寄生の宝珠】の数。そしてオークションに出展される【寄生の宝珠】の数を合わせても……一個足りないんです」

 

『ッ!?』

 

 最悪過ぎる事実になのはとガブモンは息を呑んで、顔色は蒼白になった。

 つまり、次元世界の何処かにもう一つ、未発見の【寄生の宝珠】が存在している可能性が在る。

 ソレが事実だとすれば、悪夢としか言えない。【寄生の宝珠】は一つだけでも次元世界全てを滅ぼせる可能性を秘めているのだから。

 

「すぐに持って来た探査機器を総動員して探し出します! 何としても【寄生の宝珠】が覚醒する前に回収しなければなりません!」

 

 広い次元世界から小さな宝石にしか見えない【寄生の宝珠】を見つけるのは、至難どころか通常ならば不可能に近い事だが、フリートは全力で見つけ出す気だった。

 今回ばかりは遊びなど無い。幾ら他世界とは言え、アルハザードの技術で悲劇を引き起こす訳には行かないのだ。なのはとガブモンもフリートの決意を感じて、改めて【寄生の宝珠】の捜索に対する意欲を燃やす。

 その雰囲気を打ち消すように転移魔法陣が出現し、はやて達が戻って来た。

 

「今戻ったぞ」

 

「ただいまです」

 

「お帰りレナ、はやてさん、リインちゃん」

 

「お帰りなさい……それで、はやてちゃんは如何したの?」

 

 刺々しい気配を発してずっと考え込むように腕を組んで何かを悩んでいるはやての様子に、なのはは質問した。

 レナとリインは顔を見合わせると、一瞬悩むように表情を歪めたが、意を決してはやてが悩んでいる事をなのは達に説明する。

 

「実は……この世界の機動六課の任務内容に関して悩んでいるんだ」

 

 そうレナは告げると、自分達が目にした機動六課の任務での行動に関して説明する。

 聞いて行く内にガブモンとフリートの顔は引き攣っていき、なのはははやて同様に刺々しい気配を発し出した。

 

「……ソレ……マジですか?」

 

「あぁ。少なくとも目にした限りで、私達が受けた印象はその様な感じだ。無論、声までは聞こえなかったから、もしかしたら私達が受けた印象とは違うかも知れないが……可能性は低いと思う」

 

「リインは、この世界のはやてちゃんが早期に事件を解決する為の作戦だと思います。だって、相手はあのスカリエッティですよ」

 

「確かにあのスカリエッティが相手なら、そのぐらいはやらないと行けないと思うけど」

 

 ガブモンもスカリエッティと言う人間を良く知っている。

 油断してはならない相手だと言う事は嫌と言うほどに。スカリエッティの配下だった女性とは長い因縁が在っただけに、その危険性は無視出来ない

 大胆で予想外としか言えない手でも打たない限り、早期に決着を挑めるとは決して思えない相手なのだ。

 

「私もリイン姉さんの策には一理あると思うが……どうにもアレを目にしては素直に頷く事は出来ない。本当に早期解決は可能なのだろうか?」

 

「……スカリエッティですか。そう言えば、【聖王のゆりかご】同様に奴もこの世界では捕まって居ませんでしたね」

 

 ジェイル・スカリエッティ。

 広域次元犯罪者に登録されている違法研究者では在るが、その正体は管理局の闇が産み出した人工生命体。

 しかも産み出されている時に使われた技術に問題が在る。ジェイル・スカリエッティはアルハザードの生命技術に寄って産み出された存在なのだ。

 

(早期に捕まって欲しいですね。まさか、奴の手元に残る【寄生の宝珠】が在ったりしたら、もう終わりですよ)

 

 あって欲しくない可能性を脳裏に浮かべながら、リインの考えた策が正解である事をフリートは願いたくなる。

 だが、前回の世界の事を考えれば楽観視する事は出来ない。そうフリートが思っていると、何かを決意したはやてが話しかけて来る。

 

「フリートさん。お願いがあります」

 

「……お願いの内容は聞くまでも無いですね。この世界の機動六課の情報を集めて欲しいんですよね?」

 

「はい……どうにも違和感が拭い切れません。その違和感を晴らす為にも、お願いします」

 

 深々とはやては頭を下げた。

 余りこの世界に干渉するのは良くない事は、はやても理解している。ソレでも先ほど目にした光景は、はやての中で危険な予感を感じさせる光景だった。取り返しのつかない事態を呼んでしまうような、途轍もない嫌な予感を。

 フリートとしてはさっさと【寄生の宝珠】を回収して帰りたい所だが、先ほど考えた可能性を否定する為にも確かに機動六課への情報収集は必要かもしれないと思う。

 

「……分かりました。早急にこの世界の機動六課に関する情報を集めましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

 了承してくれたフリートに、はやては礼を言いながら頭を下げた。

 なのははその様子に嫌な予感を感じるが、確かに必要な事だと思い静かにはやてを見つめる。出来る事ならばリインの考えが当たっていてくれる事を願いながら。

 その場に居る全員が思っても見なかった。まだ、この世界の機動六課は、ガジェットを操る黒幕の正体を全く掴んで居ない事を。誰も夢にも思って無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、【寄生の宝珠】が出展されるオークション会場の場で在る森林に囲まれた場所にあるホテル・アグスタ。

 数日前からフリート達はアグスタに泊まり込み、オークションが開催される日を待っていた。無論、なのはとはやてはフリートから借りた変身魔法が使用出来る道具を使って容姿を変えていた。

 そして用意したオークションへの参加権を使い、黒いドレスを纏ったフリートとスーツ服を着たレナは、オークションの会場であるアグスタ内部を探索していた。本来ならばこの場には変装したなのはとはやても居る筈だったのだが、今日のオークシュンの護衛任務を受ける部隊が、よりにもよって機動六課だと判明したので、二人はガブモンとリインと共に泊まっている部屋の中に隠れていた。

 平行世界の自身を嫌っているなのはは言うまでもなく、はやてもこの前の機動六課の任務内容と、その後にフリートが集めた情報からこの世界の機動六課には関わりたくないと思い、二人は隠れることにしたのだ。

 

「ハアァ~、何でよりにもよって機動六課がオークションの護衛なんですかね……確か機動六課の殆どのメンバーは広い場所で戦わなかったら、とんでもない被害を出すはずでしたけど?」

 

「確かにその通りだ……剣を使うシグナムと拳を使うザフィーラは別だが、ヴィータでは無駄に器物を破損してしまい、高町なのはに至っては砲撃が主力……メンバーの構成から考えても機動六課がホテルの警備など無理だと思うのだが」

 

「ですよね。しかも周りは森林に囲まれているんですから、戦ったら確実に環境破壊でしょうね。特に此方の八神はやての場合は、広域攻撃しか出来ないんですからね」

 

「あぁ……そのことだが、Aランク程度まで魔力が抑えられたら、はやてはどの程度の実力なのだ? 私達の世界だとはやてはリミッターなど付けていなかったから、何処まで実力が下がるのか分からないのだが?」

 

「そうですね……この世界の八神はやてが使うのは殆ど広域魔法だとしたら……アレ? ……何の役にも立たない気がしますね」

 

「何?」

 

「そもそも広域魔法なんて強力な魔法が使えるのは、膨大な魔力があるからですよ。それがAランクまで魔力が下がったら、広域攻撃なんて出来ませんし、私達の世界の八神はやてはあのデジモンに鍛えられたおかげで何とか出来ますが、この世界の八神はやてだと寧ろこう言う戦いの場に出るのは足手纏いですね」

 

「其処までか。確かに指揮官として現場に出るとしても、ある程度の身の護りは必要だから当然だな」

 

 フリートの説明にレナは言っていることの意味を理解し、深く何度も頷いた。

 戦場に指揮官が出る場合は、常に護ってくれる護衛者か、或いは自身の身を護れるだけの実力が必要。しかし、この世界のはやてはAランク程度にまで魔力が抑えられているために身を護れるだけの力がない。

 もし戦場に出て来るのならば、どう言う配置で動くべきなのかと、レナは自身が考えた布陣を話し出す。

 

「私ならばこの場所が襲われた場合を考えるのならば、高町なのは、はやて、シャマルを屋上に配置し、部隊のメンバーにガジェット達を上空に飛ばさせるように指示を出す。それを砲撃の精密射撃が出来る高町なのはと、同じように精密射撃が可能なティアナ・ランスターと言う少女で攻撃。それから逃れた敵をヴィータとスバル・ナカジマ、エリオ・モンディアルで攻撃。リイン姉さんとキャロは補助に徹して貰い、ザフィーラとシグナム、そしてフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは万が一の事態の時に備えてロストロギアの護衛とホテルの人々の護衛だな」

 

「それがこの世界の機動六課が出来るベストな護衛配置ですね」

 

「本来ならば私達の世界のようにベテランの部隊員達が居れば、彼らをホテルの護衛に当てて早期決着したいのだが……」

 

「主要の戦力メンバーが十人ぐらいですからね。全員で動いて漸くこのホテルを一つをギリギリ護れる程度でしょうね。クラナガンや世界を護るなんてナンセンスもいいところですよ」

 

 フリートはそう呆れたような声で呟き、レナも同意するように頷いた。

 既に全員がこの世界の機動六課が作られた理由を知っている。いずれ起きるカリム・グラシアが予見した管理局の崩壊を防ぐつもりのようだが、フリート達からすれば管理局よりも事件が起きた時の巻き込まれるであろう一般市民の安全の方が気になっていた。

 機動六課では起きた事件を終わらせるのが精一杯。もしも本当にクラナガンの市民を護る気ならば、何よりも地上本部の協力が必要なのだ。だが、既に機動六課は本格的な地上本部の協力を得る事は出来ないとフリート達は確信していた。

 何せ勝手に本局が無理やりに設立した部隊が機動六課なのだ。元々地上本部と本局の関係が悪い中で、本局は地上本部の縄張りに勝手に部隊を増やした。表立っては嫌がらせなどは行わないだろうが、機動六課に進んで協力しようとする部隊は少ないとフリート達は考えていた。

 

「本気でミッドチルダを護る気があるのか、疑うところですね」

 

「まだ、其処まではいかないだろう。一応は事件を解決する為に作られた部隊なのだから、事件が起きる前に解決すれば…」

 

「以前行った平行世界では結局最後まで事件の解決が出来ず、沢山の犠牲者がクラナガンで出る可能性が高い大事件になりました。何となくこの世界もそうなる気がしますね」

 

「……嫌な予感がして来た……本当に大丈夫なのか? この世界の機動六課は?」

 

 フリートが告げた事実にレナは凄まじく嫌な予感に襲われた。

 まさか、別世界で其処まで大惨事を引き起こしていたとはレナは夢にも思ってなかった。世界が違うと其処まで変わるのかとレナは思いながら、そろそろ時間だと思い、フリートと共にチケットを受付に見せて会場入りする為に受付場に向かい、信じられない光景を二人は目撃した。

 

「……なのはさんとはやてさんには絶対に黙っていましょうね」

 

「……あぁ……もしもしの話だが、私の世界のはやてがこの場であのような格好をするなら……信頼を失っていたかもしれない」

 

「それが正解でしょうね……私も呆れて言葉も無いです」

 

 もはや頭が痛いとしか言えないレナの様子に、フリートは同意を示し、再び目の前の光景に目を向ける。

 二人の視界の先には、ピンク色のドレスを身に纏った高町なのは、黒いドレスを身に纏ったフェイト、そして水色のドレスを誇らしげに着ているはやてが受付に身分証明書を提示していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、はやてとなのははアグスタで借りた部屋の一室でピリピリした気配を放っていた。

 ガブモンとリインはその気配に怯えて、揃って部屋の隅に方に移動して嵐が過ぎるのを黙って待っていた。

 昨夜から機動六課の隊員が何名も警護を行なっていた為に、四人は決して部屋から出ようとしなかった。

 隊員達の中にはシグナムとヴィータの姿も在ったので、迂闊になのはとはやてが出てしまえば問題が発生する。一応フリートから借りた変装用の魔法具で容姿は変えているが、ソレでも会いたくない気持ちで二人は一杯だった。

 

「……ハァ~……なのはちゃん。私な……絶対に警護任務なんてこの世界の機動六課は受けへんと思っとたんよ」

 

「同感だね。私もそう思っていたよ。もしも受けるとしたら、他の部隊との連携だと思っていたんだけど……そんな気配は無いよね」

 

「そらそうや……何せこの世界の機動六課は……地上の部隊の大半から嫌われてる」

 

 皮肉げにはやてはこの世界の機動六課の評価を告げた。

 正直リインの考えた作戦が当たっている事をはやては願っていた。だが、フリートが集めた情報に寄ってそんな作戦は存在していない事が明らかになった。

 

「なんやの、あの部隊? どう考えても可笑しすぎるわ。ミッドチルダの部隊なのに、設立は本局しか関わってなくて地上本部は蔑ろ同然……地上の部隊での評判は一部を除いては最悪って……此処まで孤立している部隊に何が出来るんやろう?」

 

「一応レリック関連と本局からの任務には迅速に派遣されるらしいけど……他の地上部隊が関わる任務にはキツイよね?」

 

「キツイどころや無い。地上にも縄張りが在る。ソレを無視して動いたら不満ばかり募って行く。私らの世界は地上のトップのレジアス大将公認の部隊なのと、ゲンヤ副部隊長が協力してくれたからや。じゃないと、私みたいな若輩が部隊長の部隊なんて協力は得られへんよ。それなのに地上本部を敵に回したら、本末転倒やろう……これじゃ、この世界の機動六課が作られた理由が無意味になるわ」

 

 この世界の機動六課の情報に、はやては完全に頭を抱えざるえなかった。

 そもそも機動六課が作られた理由の一つには、管理局の問題点を解消する為の試験運用部隊のはず。だが、それは機動六課だけで解消出来る問題ではないのだ。寧ろ機動六課のような一部隊から考えれば、強力過ぎる戦力を持った部隊が好き勝手に動けば、現場は更に混乱する。

 その混乱を防ぐ為には、その場から近い部隊に協力を申し出て動くのがベスト。しかし、本局が勝手に地上に作り上げられた機動六課は、地上本部や多くの部隊からすれば敵にしか見えない。問題を解消する以前に、この世界の機動六課は周りに敵が多すぎるのだ。

 これではせっかく作り上げても、結局は何も変わっていないとはやては思う。それどころか地上本部の上層部に土下座したい気持ちで一杯だった。

 

「『地上の部隊の動きが遅い』か……ソレは陸だけやないで……この世界の私」

 

 大きな組織ならば往々にして動きが遅くなる。

 陸である地上も、海である本局も結局のところ事件が起きた時に早急に動けない事が多くあるのだ。

 例を挙げるならば、十年前の【PT事件】や【闇の書事件】も本局の部隊が本格的に動けたのは事件発生後なのだ。迅速に事件が解決出来ることは、はやても望んでいる。

 だが、その原因を見誤っては行けないのだ。

 

「ハァ~、前回の任務の時のなのはちゃんの行動。そしてキャロの行動……私がこの世界の機動六課部隊長やったら、即座にこの世界のなのはちゃんを分隊長クビにするわ。キャロも厳重注意して再教育やね」

 

「そうだね。私も同意見かな。せめて、何時でもフォローに入れる位置に居たならともかく、そうじゃなかったんでしょう?」

 

「この世界のなのはちゃんの実力で、リミッターが付い取る状態やと……先ず間違い無く間に合わなかったと思う。もしかしたらなのはちゃんみたいにこっちのなのはちゃんも、飛行魔法を同時(・・)使用出来るなら話は違うけんやけど」

 

「無理だよ、ソレは……私だって何度も練習して五年以上掛かって漸くレイジングハートの補助無しで出来た事なんだから。ソレに普通は考えない事だよ」

 

「せやね。不味いな、このままやと何かが確実に起きる事になると私は思うんよ」

 

 部隊長としてのカンだが、はやては機動六課内で確実に何かが起きると感じていた。

 未熟な部隊長達。ソレを補佐する者が、この世界の機動六課には居ない。今だ致命的な何かは起きていないが、はやての予想では遠からず機動六課内部でぶつかり合いが起きると確信していた。

 

「……さて、この世界の私らは部隊内部で問題が起きた時に、どんな方法で解決するんやろうね」

 

「まさか、力で徹底的に痛めつけて反抗心を奪い取って問題をなくすなんて事はやらないと思いたいけどね」

 

「ハハハハハハハハハッ!! なのはちゃん、幾らなんでも冗談が過ぎるって! ……そんな行動を取る部隊なんて無くなった方がえぇよ」

 

 なのはの予測に笑ったはやてだが、その瞳には機動六課部隊長としての冷徹な光が存在していた。

 自身の仲間ともいえる部隊員を力で従わせるなど、それは支配としか言えない。それは部隊ではなく、ただの自己満足の世界でしかないとはやては思っている。共に戦う者ならば、何かを隠していても話し合って解消すべきなのだ。

 なのはも同感だと思いながら頷く。人は言葉にしなければわかり合えない事が在る。

 言葉にしても分かり合えない事も在るが、力に訴えるのは本当に最終手段なのだ。機動六課内部で起きる問題は、充分に言葉で解決出来る問題。

 何よりもこの世界のなのはは隊長と言う役目を背負っているのだから。自分の部下の把握ぐらいはしなければならない。

 そうなのはが思っていると、フッと窓の外で爆発が発生するのを目にする。

 

「……ガジェットが来たみたいだね」

 

「……そやね。さて、この世界の機動六課のお手並みを改めて見せて貰うとするわ」

 

 はやては空間ディスプレイを展開させ、この世界の機動六課のロングアーチから送られて来る映像をハッキングするのだった。

 

 

 

 

 

 アグスタ内部のオークション会場。

 フリートとレナはその場所の客席に他のお金持ちの人々や大企業の社長などの人物と共に座っていた。

 本来ならばもうオークションが開始される時間の筈だったが、ホテルの外ではガジェットと機動六課の戦いが行われている為に、オークションの開始が遅れることが伝えられていた。

 

「ハムハム……う~ん、オークションが中止になるのは困りますけど、やっぱり機動六課の隊長陣はホテルの中のままですか」

 

「そのようだな……しかし、戦闘が行われているのにドレス姿のまま……FWメンバーを信じているのか、或いは自分達が敗北しないと自惚れているのか……判断に困るところだ」

 

 そうレナは言いながら、戦闘が行われているのに会場内部に居る高町なのはとフェイトに険しい瞳を向けた。

 フリートも右手に持っていたポップコーンの袋に左手を入れながら、高町なのはとフェイトに視線を向け、その顔を不愉快げに歪める。

 

「全く……自分の部下の状態も把握していないのに、良い身分ですね」

 

 フリートとレナは機動六課が居ると分かってから、気づかれないように機動六課の隊員達をそれぞれ観察していた。

 その中に一人。明らかに気負い過ぎている人物をフリートとレナは見つけていた。だが、その事に機動六課の他の面々は気づいている様子は無かった。

 

「不味いですね……機動六課の中で最も必要な人物が焦っているなんて……いえ、あの子の性格を考えると周囲の環境に劣等感を感じていると見ましたけど」

 

「同感だ……前回のキャロとエリオに対する行動と言い……正直私は早く元の世界に戻りたい。それにこのままだと遠からず」

 

「あの二人がキレますね……こんな事になるなら、機動六課のハッキングコードをはやてさんに渡すんじゃ無かったです。まぁ、早めにガジェットの壊滅を終えてオークションが始まり、【寄生の宝珠】を落札したら帰りましょう」

 

「それが一番だろう……(嫌な予感が拭えんが)」

 

 レナはそう内心で自身が感じている嫌な予感について考えながら、機動六課の隊長陣である高町なのはとフェイトの動きに注視するのだった。

 

 

 

 

 

 ガジェットと機動六課の副隊長陣の戦闘を、アグスタ周辺の森の中から見ている二つの影が在った。

 一つはフードを被った大柄な男性。もう一つは紫色の髪の小柄なエリオとキャロと同い年ぐらいの少女。

 二人は激しい戦闘の様子をジッと眺め続ける。その二人の前に空間ディスプレイが展開され、機動六課が負っている次元犯罪者であるジェイル・スカリエッティが映し出された。

 

『ごきげんよう、騎士ゼスト、ルーテシア』

 

「……ごきげんよう、ドクター」

 

「何の用だ?」

 

 平坦な声でルーテシアと呼ばれた少女は答え、ゼストと呼ばれた大柄な男性は嫌悪感を隠さずにスカリエッティに声を掛けた。

 

『冷たいね、相変わらず。近くで状況を見ているんだろう? あのホテルにレリックはなさそうだったが、実験材料として興味深い骨董が二つあるんだよ。少し協力してくれないか?』

 

「断る。“レリック”が絡まない限り、互いに不可侵を守ると決めたはずだ」

 

 スカリエッティの申し出をゼストは即座に冷徹に切り捨てた。

 その答えにスカリエッティは気を悪くしたようすも見せずに、今度はルーテシアに質問する。

 

『ルーテシアはどうだい? 頼まれてはくれないかな?』

 

「……いいよ」

 

(チィッ!!)

 

 何時ものやり取りにゼストは内心で苛立ちに満ちた舌打ちをした。

 スカリエッティの頼みには、ゼストは本当にレリックが関係していないときは断る。そんな時は何時もスカリエッティはルーテシアに頼むのだ。ルーテシアの決定をゼストともう一人の仲間は否定することは出来ない。

 何時もどおり渋々と従うしかないとゼストは苛立ちながら、ルーテシアとスカリエッティのやり取りに目を向ける。

 

『優しいなぁ……ありがとう。今度是非、お茶とお菓子でもおごらせてくれ。キミのデバイス【アスクレピオス】に、私が欲しいもののデータを送っておくよ……そうそう一つは密輸品だが、もう一つは今日のオークションに出展される物だから、手に入れる時は気を付けて行動してくれ。アレは素晴らしい物だからね。価値が分かっていない連中が持つよりも、私が持つ方が役に立つよ』

 

「うん……じゃ、ごきげんよう、ドクター」

 

『ごきげんよう。吉報を待っているよ』

 

 スカリエッティは言葉を告げ終えると同時に通信を切った。

 その様子を腹立たしげにゼストは見ながら、着ていたローブを脱ぎ捨て、黒いゴスロリ衣装を晒しながら手に着けたグローブ型のデバイス-【アスクレピオス】を構えているルーテシアに声を掛ける。

 

「いいのか?」

 

「うん……ゼストやアギトはドクターを嫌うけど、わたしはドクターのこと、そんなに嫌いじゃないから」

 

「そうか」

 

 羽織っていたマントをゼストに渡し、マントの下に隠れていたゴスロリ調の私服姿となったルーテシアは手に着けたアスクレピオスを翳す。

 

「我は請う」

 

 詠唱と共にルーテシアの足元に召喚魔法陣が展開され、粘液のような物が次々と生えて来る。

 

「小さき者、羽ばたく者。言葉(ことのは)に応え、我が命を果たせ! 召喚インゼクト、ツーク」

 

 粘液に保護されるように内部に在った小さな多数の卵。

 すぐにそれらは粘液ごと弾け、昆虫型魔法生物【インゼクト】へと姿を変えた。

 

「ミッション、オブジェクトコントロール。行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

 ルーテシアの命と共にインゼクト達は一斉に飛び立ち、健在のガジェット群へと向かって行く。

 そしてインゼクト達はガジェットに取り付き、一体化する。変化はすぐさま訪れた。

 一瞬前まで機械的な動きをしていたガジェット群が、綺麗なフォーメーションを組み、ホテル・アグスタに向けて進撃を開始した。

 

 

 

 

 

「何ッ?」

 

 前線でガジェットⅢ型と戦いを繰り広げていたシグナムは、自身の斬撃が両方のアームで防がれたことに疑問の声を漏らした。

 ガジェットⅢ型はその隙を逃さず、シグナムに向かってレーザー砲を撃ち込む。

 

「クッ!!」

 

 ガジェットⅢ型の攻撃に気がついたシグナムは、素早く後方に飛び退いてレーザーを避けた。

 しかし、その行動もガジェットⅢ型は見切っていたのか、黄色のカメラアイからレーザーをシグナムに向かって発射する。

 

「おのれ!!」

 

 ガジェットⅢ型が発射してきたレーザーをシグナムは瞬時に障壁を展開し、レーザーと障壁は激突しあって爆発を起こした。

 その爆発の影響から逃れるためにシグナムはガジェットⅢ型が追って来れない上空に飛び上がった。

 他の場所で戦っていたヴィータは持っていた四つの鉄球をグラーフアイゼンを使ってガジェットⅠ型達に向かって弾き飛ばす。

 

「シュワルベフリーゲンッ!!」

 

 ヴィータが放ったシュワルベフリーゲンは、真っ直ぐにガジェットⅠ型達に向かって突き進む。

 その攻撃は本来のガジェットⅠ型ならば避けることが出来ないはずの攻撃。しかし、その攻撃をガジェットⅠ型達は余裕そうに簡単に避けて、ヴィータに向かってレーザーを放つ。

 

「急に動きがよくなりやがった」

 

 ガジェットⅠ型達のレーザーをヴィータは避けながら呟いた

 空中に移動していたシグナムは、ヴィータの傍に近寄り、先ほど全く違うガジェット群の動きを眺める。

 

「自動機械の動きじゃないな?」

 

「あぁ、さっきの魔法の効果はコイツだろうぜ」

 

「ヴィータ、お前は新人達が居るラインまで下がれ。相手が何者であるにしても、キャロの報告で召喚士が居るのは間違いない。新人達の方にもガジェットが現れる可能性は高い」

 

「分かった……だけど、大丈夫か?」

 

「問題ない。ザフィーラもこちらに向かっている」

 

「そうか……気をつけろよ、シグナム」

 

 シグナムの提案にヴィータは心配しながらも頷き、新人達が居るアグスタへと後退して行く。

 

 

 

 

 

『囮だね(やね)』

 

 展開される空間ディスプレイで戦場の様子を見ていたなのはとはやては、揃って敵の狙いを悟った。

 最初の方は自動機械の動きだったのに、急に有人操作に切り替わった。その目的は間違い無く、機動六課の隊員達を戦場に釘付けにする為。

 つまり、敵の狙いはアグスタの中に在る。敵側に優れた召喚士が居るのならば、ホテルに召喚獣を送り込む事など造作も無いに違いない。

 

「不味いね。コレでオークションが中止になったりしたら」

 

「ヴィータとシグナム、ザフィーラは前線に出過ぎてすぐには戻って来れへん。隊長陣は今からじゃ外に出ても間に合わんわ。加えて敵が狙っている物がオークションのロストロギアやったら、中止は確定……動くしかあらへんよ」

 

 なのはとはやては頷き合うと、すぐさま立ち上がり待機状態のデバイスを取り出す。

 

「レイジングハート・エレメンタル。セットアップ!」

 

「シュベルトクロイツ、セットアップ!」

 

 デバイスを起動させて二人はバリアジャケットと騎士甲冑を纏った。

 続いてなのははバリアジャケットのポケットの中に入っているディーアークを取り出し、ガブモンに顔を向ける。

 

「ガブモン君は完全体に進化してホテルの地下に向かって。敵の狙いが密輸品の方だった場合。このホテルで密輸品を隠すとしたら、其処しかないと思うから」

 

「分かった。だけど、なのは」

 

「姿は見せないよ。狙撃で召喚士を倒すから」

 

「それなら良いよ。じゃあ、行って来るよ!」

 

 ガブモンは窓の外に向かって飛び出し、空中へと踊り出した。

 同時になのはの持つディーアークから音声が鳴り響く。

 

《MATRIX-EVOLUTION》

 

「ガブモン進化!!」

 

 ガブモンの体をデジコードが覆って行き、繭を形成した。

 繭は大きさを増して行き、四メートルほどの大きさになった瞬間、弾け飛ぶ。

 弾け飛ぶと共に大柄な影がアグスタの壁を蹴りつけて、一瞬の内に地上に辿り着け、俊足の速さでアグスタの地下駐車場へと走って行った。

 その様子を見ていたなのはとはやては頷き合うと、今度は、はやてが肩に乗っていたリインに声を掛ける。

 

「今度はあたしらの番や。幾でリイン」

 

「はい、はやてちゃん! ユニゾン・イン!」

 

 はやてとリインはユニゾンし、はやての目は青色に染まり、髪も白くなった。

 

「探知は私がするから、なのはちゃんは狙撃をお願いするわ」

 

「了解。オークションは絶対に中止させないよ。探知している間に、フリートさんには連絡しておくから」

 

「分かったわ」

 

 二人は頷き合おうと、すぐさま行動を開始するのだった。




リメイク前と違い、フリートは機動六課には行きません。
代わりに別の人物が行きます。

ある意味StrikerSの見せ場のティアナと高町なのはのぶつかり合いは、大きく変えようと思います。ティアナとスバルに勝たせる方向で。


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 ティアナ・ランスターと言う少女は努力家である。

 彼女の実力はその努力によって築かれたものだった。機動六課のメンバーの中では、彼女には目立った部分は余りない。魔力は平凡並み。キャロのようなレアスキル。エリオのような魔力変換資質。スバルのような潜在能力や可能性の塊ではない。だが、彼女には他のメンバーにはない部隊において必要なスキルが備わっていた。

 それがあるからこそ、彼女は機動六課のFWメンバーの中で最も必要な人材だった。

 しかし、彼女はその事実には気が付いていない。その原因は機動六課のメンバーにこそあった。

 リミッターを付けているとは言え、Sランクオーバーの魔導師がニアも含めれば四人。その他の人材も優秀と呼べる成績を持っている者達。そんな中で確固たる自信だった努力が通じない事実は、ティアナに劣等感を抱かせていた。

 もしそれをティアナの教導官である高町なのはが理解していれば、ティアナとちゃんと話をしていただろう。しかし、高町なのはは、いや、機動六課の隊長陣の誰もがティアナの焦りに気が付いていなかった。

 此処で重要なのはティアナは機動六課のFWメンバーの中で最も必要な人材だったことにある。隊長である高町なのはには、小隊指揮能力はない。副隊長のヴィータにしても、高町なのはばかり気に掛ける部分があるために指揮能力が不足している。必然的にティアナがFWメンバーの指揮を執るしかないのだ。

 しかし、ティアナ自身はその事に気がついていない。いや、正確に言えば気がつける余裕が今の彼女にはなかった。周りのメンバーの豊かな才能に歳が三つぐらいしか変わらないはずなのに、輝かしいばかりの隊長陣の経歴と称号。ティアナは機動六課に来るのが早過ぎたのかもしれない。

 もっと多くの経験を積んでから機動六課に来ていれば、彼女にも余裕が少しはあったはずだ。

 だが、彼女はその機会に恵まれずに機動六課に来てしまった。故にこの時に起きた事件は必然だったのかもしれない。大切なことを忘れてしまった機動六課の隊長陣と彼女の激突は。

 

 

 

 

 

(ソレ、本当ですか?)

 

 なのはから届いて来た念話の内容に、フリートは疑問の返事を思わず返してしまった。

 オークション会場にいるせいで他の客の視線が在る為に、機動六課のロングアーチから映像をハッキング出来ないのでフリートとレナは外の様子が分からずに居た。

 隊長陣が今だにオークション会場内に居るので、外での戦闘が長引いているだけだと思っていたのだが、なのはからの念話に寄って事態はフリート達に取って宜しくない事態になって来ている事が判明した。

 

(本当です。ガジェットが自動操作から有人操作に切り替わって、かなりレベルの高い召喚士も居るみたいです)

 

(……何でソレだけ異常な事態になっているに、隊長陣達は動かないんですか!?)

 

 今まで無人でしか動かなかったガジェットが有人操作に切り替わるなど、異常事態としか言えない。

 ソレだけでこのアグスタ内に何らかの敵が求める物が存在している事に証拠になる。密輸品か、或いは出展されるロストロギアが目的なのか分からないが、非常に状況はフリート達に取って不味過ぎる事態に成って来ていた。

 敵に召喚士が居ると言う事は、アグスタ内にまでガジェットを転送する事も出来る。なのはとはやてが動き出すには十分な理由だ。

 コレでオークションそのモノが中止にでもなってしまえば、【寄生の宝珠】が手に入らなくなる。再び開かれるのならともかく、アグスタその物がガジェットに破壊されてしまえばオークションが開かれる事は二度と無いのだから。

 

(分かりました。ジャミングや映像の改ざんはやりますので、やっちゃって下さい)

 

(はい、それじゃ)

 

 なのはとの念話が途切れ、フリートは深々と溜め息を吐く。

 そのまま隣の席に座っているレナに、秘匿念話で状況を知らせる。

 

(……冗談ではないのか?)

 

(間違い無いでしょうね。本当にまさかの事態ですよ)

 

(確かにまさかだ……なのに、何故隊長陣は動かないのだ!?)

 

 レナは思わず、未だにオークション会場内でドレスを纏ったままの隊長陣達に険しい視線を向けてしまった。

 フリートは当然だと言わんばかり腕を組みながら、何度も頷いて同意を示す。

 

(有人操作に切り替わった時点で敵が何かを狙っているのは間違い無いに、隊長陣は動かないまま……つまり、敵の狙いに気が付いてないと言う事でしょう。その上、人数の少なさが此処に来て響きましたね)

 

(あぁ、もしも護衛任務を他の局員に回せていれば、隊長陣達も表に出られる。だが、この世界の機動六課はソレが出来無い)

 

(……なのはさんとはやてさん、リインちゃん、ガブモンに任せるしか無いですね。私達は外に出られませんし)

 

 フリートは出来る事ならば、何事もなくオークションが開催される事を願った。

 しかし、その願いは叶う事は無かった。フリート達の問題では無く、この世界の機動六課が抱える問題に寄って。

 

 

 

 

 

 アグスタ正面前。その場所で機動六課のFMメンバーであるスバル、ティアナ、キャロ、エリオは来るであろうガジェットの襲撃に備えていた。既に同じ召喚士であるキャロの情報から近くに別の召喚士が居るという情報とシャマルからガジェットが自動操縦から有人操作に切り替わっていると言う情報が彼女達にも届いていた。

 故に全員現れるガジェットに対して考えていると、召喚士であるキャロがいち早く異変に気がつき叫ぶ。

 

「遠隔召喚! 来ます!!」

 

 キャロが叫び終えると同時に複数の召喚陣が出現し、その中から十数機ほどのガジェットⅠ型やガジェットⅢ型が現れた。

 ガジェットの出現の仕方にエリオとスバルは驚きながら、自分達を取り囲むように動き始めたガジェットを見ながら叫ぶ。

 

「今のって……召喚魔法陣!?」

 

「召喚って!? こんなことも出来るの!?」

 

「優れた召喚師は、転送魔法のエキスパートでもあるんです! だから、こんな風にガジェットを転送させることも出来るんです!?」

 

 驚いているエリオとスバルにキャロは現れたガジェットを睨みながら叫んだ。

 それを横で聞いていたティアナは、両手にそれぞれ握っている銃型のデバイス-【クロスミラージュ】-を構えながら叫ぶ。

 

「何でもいいわ!! 迎撃行くわよっ!」

 

 ティアナは叫ぶと共にクロスミラージュを構えながらガジェット達に向かって駆け出し、スバルとエリオはそれを援護するように後に続き、キャロは支援を行うために魔力を集中させる。

 

(今までと同じだ。証明すればいい。自分の能力と勇気を証明して……あたしはそれで、いつだって、やってきた!)

 

 胸中で自分自身に言い聞かせながら、ティアナは足元に魔法陣を展開した。

 迫り来るガジェットに対してティアナは射撃で、スバルとエリオは近づいての打撃などで攻撃を行うが、通常の自動で動いていた時と違って有人操作に切り替わったことで機動性と反応速度が上がっているガジェット達は次々と攻撃を回避していく。

 その動きにティアナ達はついていくことが出来ずに徐々に焦りが募っていく。

 

 その様子をアグスタホテルの一室のベランダに立ちながら、眺めている二人の姿が在った。

 機動六課のFWメンバーのぎこちない動きに、二人の内の一人、なのはは険しい視線を何かを焦るように戦い続けているティアナに向ける。

 

「……焦っているね、ティアナ」

 

「みたいやね。不味い。FWメンバーのまとめ役のあの子が焦ったら、最終防衛ラインを護り切れへんかもしれん」

 

 なのはとはやてはFWメンバーの要が誰なのか、一目見るだけで理解出来た。

 その要が何かに追い込まれているかのように焦っている。このままでは冷静な判断をし切れず、判断を誤るかも知れない。そうなればアグスタは終わってしまう。

 本来ならば隊長陣の誰かが応援に駆け付けなければならない。だが、副隊長陣は前線に出過ぎてすぐには戻って来れない。

 

(何で遠距離攻撃が出来るなのはちゃんが外に出て来ないん? こんな偏った戦力配置じゃ、少し動きが変わっただけで簡単に防衛ラインを抜かれてしまうのは当然やのに。何でこんな偏ったメンバーでの戦力配置をしたんや!?)

 

 シグナム達の戦いぶりは確かに問題ない。

 だが、戦いはそれだけで済む問題ではないとはやては嫌と言うほど味わって来た。ほんの僅かな変化だけで戦場はガラリと様相を変化させる。

 しかし、機動六課の配置は僅かな変化が出るだけで戦闘に乱れが生じるほどに偏りが出過ぎていた。現に副隊長達が前線に出過ぎていて、すぐには戻って来れないと言う事態になっている。

 

「ほんまに何を考えてるんや、この世界の私は……なのはちゃん」

 

「分かってる。行くよ、レイジングハート」

 

《分かりました、マスター。サンダー・エレメント。セットアップ!》

 

 起動音と共になのはのバリアジャケットの白い部分が黄色に染まった。

 なのははレイジングハート・エレメンタルの矛先を、緑の深い森の方へと構える。

 既にロングアーチからの情報とはやての探知魔法によって、召喚士の大まかな位置は把握している。先ほどのガジェットの転送に寄って、その位置は更に絞れた。

 後一度敵の召喚士が魔法を使えば、完全に位置を把握出来る。故になのはは待つ。

 自らのパートナーがその一度を必ず引き起こしてくれると信じ、レイジングハート・エレメンタルの矛先に環状の魔法陣を複数発生ながら、その時を待つ。

 

 

 

 

 

 ホテル・アグスタ地下駐車場。

 その場所に隠されているように置かれていたトラックの後ろ扉が何者かの手に寄って破壊されていた。

 破壊した相手の姿は異様だった。昆虫人間とでも表現するのが一番合っている容姿をした怪人。

 その怪人はトラックの中を漁り、目的の品を小脇に抱えてトラックの外に出る。そのままインゼクトに先導されて別の場所へと向かおうとする。

 

「……ッ!?」

 

 何かに気が付いたように慌てて怪人はその場から飛び去り、切り裂かれるインゼクトを目撃する。

 慌ててインゼクトを切り裂いた相手に怪人は目を向けようとするが、その前に切り裂いた相手が怪人の懐に素早く入り込む。

 怪人は持っていたトランクを放り捨てて後方へと下がる。目の前の相手は荷物を持って戦える相手ではないと、本能が叫んでいた。

 ギリギリのところで襲撃者の一撃を回避し、改めて襲撃者を確認しようとする。だが、怪人の視界に広がったのは相手の姿ではなく、蒼く輝いて燃え盛る炎だった。

 

「ッ!?」

 

 怪人は全身に広がった蒼い炎に焼かれながら苦しみ、床をのたうち回る。

 しかし、突如として怪人の足元に紫色に輝くベルカ式の魔法陣が出現し、怪人は何処かに転移して行く。

 消え去る前に怪人が目にしたのは、蒼い炎の光に照らされる、身長四メールほどの大きさを持つ狼の獣人-ワーガルルモンXの姿だった。

 

「……行ったか……それにしても、どうして【ガリュー】が盗みを?」

 

 ワーガルルモンXは目論見通りに怪人-【ガリュー】-が召喚士の手に寄り送還された事を確認した。

 先ほどの怪人であるガリューをワーガルルモンXは知っていた。自分達の世界では管理局に所属する召喚士の召喚獣。そのガリューが盗みに来た事にワーガルルモンXは驚いていたが、それでも目的を忘れずに相手を殺さずに無力化した。

 全力で暴れるには地下駐車場は狭く、暴れて破壊するのには不味過ぎる。故に奇襲で相手を動揺させ、弱点である炎に寄る攻撃でガリューを送還させると言う作戦を取ったのである。

 誰も来ていない事をワーガルルモンXは確認すると、ガリューが放り投げたトランクケースを拾い上げ、そのまま後部コンテナのドアが破壊されているトラックの中を確認する。

 

「……狙いは密輸品の方だったみたいで良かった……それにしても、この世界のなのは達はこの密輸品に気が付いて居ないのかな?」

 

 ロストロギアのオークションと言う事だけに、密輸品が持ち込まれる可能性はなのは達からワーガルルモンXは聞いていた。

 とは言え、自分達が取り締まる訳にも行かないので放置していたのだが、こうして密輸品を見つけてしまった。

 

「……どうしよう、コレ?」

 

 自分の姿を見せる訳にも行かないが、外は戦闘中なので通報する事も出来ず、ワーガルルモンXは困惑しながら密輸品の山を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「大丈夫、ガリュー?」

 

 強制送還で自身の下に戻って来た全身に火傷を負ったガリューを、黒焦げになった自身のマントを持ったルーテシアは心配そうに見つめた。

 召喚士と召喚獣の繋がりで、ガリューに危機が訪れたのを感じたルーテシアは、急いで送還を行なった。

 其処で見たのは全身を蒼い炎に包まれたガリューの姿だった。すぐさまルーテシアはゼストからマントを奪い取り、ガリューを燃やしていた炎にマントをぶつけて消そうとした。

 幸いと言うべきなのか、ガリューの火傷は全身に在るが余り酷い火傷ではなく、治癒すれば助かるレベルで済んでいた。

 

「戻って休んで」

 

 ルーテシアが告げるとと共に、ガリューの体は漆黒の球体に変わり、【アスクレピオス】の宝玉部分に入って行った。

 心配そうにルーテシアは宝玉を撫でるが、すぐに険しい視線をアグスタに向ける。

 

「……ガリューを傷つけた報い。受けて貰う」

 

 稀薄ながらも怒りの気配を発しながら、ルーテシアはアスクレピオスを構える。

 ゼストはルーテシアが残っているガジェットをアグスタ内に転送させようとしている事を察し、止めようとする。

 流石に一般人にまで被害が及ぶのは今後の行動に支障が出てしまう。故にゼストは止めようとするが、その前にルーテシアは激突音と共に吹き飛び、後方の木に背中からぶつかる。

 

「ッ!? ルーテシア!!」

 

 ゼストは慌てて地面に倒れ伏したルーテシアに駆け寄る。

 だが、駆け寄る前に今度はゼスト自身が背中から強烈な衝撃と痺れが走る。

 

「ガハッ! ……そ、狙撃か?」

 

 自身とルーテシアを襲った攻撃の正体を悟り、ゼストは驚愕しながら攻撃が襲い掛かって来た方向にあるアグスタに振り向く。

 信じれない事だが、敵はアグスタから森の木々の中に隠れているゼストとルーテシアを発見し、その上で狙撃して来た。その事実に驚愕しながらも、ゼストはすぐさま気絶したルーテシアの前に移動し、今度は腹部に強烈な一撃を受ける。

 

「グハッ! (こ、この狙撃手は……冷静に……そして冷酷に俺達を無力化しようとしている)」

 

 最初にルーテシアを無力化したのは、ガジェットの有人操作を止めさせ、転移と言う手段を使用させない為。

 本来ならば二発目でゼストも無力化しようとしていたに違いない。だが、ゼストの頑丈さが相手の予想を超えて無力化には至らなかった。しかし、今の三発目。ゼストがルーテシアを護ると確信して相手は狙撃して来た。

 冷酷と言う言葉が相応しい無慈悲な狙撃。目的の為ならばこの相手は何処までも冷酷になれると、ゼストは三発目の一撃を受けて感じる。

 

(……此処までなのか? 俺は此処で捕まるのか)

 

 次の一撃は堪え切れない。デバイスを起動させる暇も無い。

 此処で終わると言う事実に悔しさを感じながら、ゼストは終わりの四発目の狙撃が来る時を待つ。

 だが、先ほどはすぐさま来た三発目と違い、四発目はすぐには訪れなかった。その事にゼストは疑問を一瞬感じるが、疑問をすぐさま振り払い、気絶しているルーテシアを抱き上げる。

 同時にルーテシアがぶつかった木が何かに抉られたかのように幹が弾け飛ぶ。だが、ゼストは最早振り返られなかった。全身を襲う痛みに構わず、気絶したルーテシアを抱えてその場から離脱して行った。

 

 

 

 

 

 アグスタの泊まっている部屋のベランダから、はやての補佐を受けてゼストとルーテシアを狙撃していたなのはは、申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「……ごめん、はやてちゃん。逃げられた」

 

「……えぇよ。アレは仕方あらへん」

 

 十分に無力化出来る筈だった。

 最初にルーテシアを気絶させ、後はゼストを無力化するだけで終わる筈だった。

 だが、なのはは狙撃中に見てしまった。ティアナが放ったミスショットがスバルに向かって行くのを。

 判断は一瞬だった。ゼストに当てる筈だった四発目の狙撃用魔力弾を、スバルに向かっていたティアナの一発のミスショットに向かって放ち、消滅させた。

 そのすぐ後にゼスト達に再び照準を合わせたが、一発分のタイムラグは大きく、ゼスト達には逃げられてしまった。此処で無力化出来ていれば、後々の機動六課の戦いは楽になっていただろう。

 しかし、ティアナのミスショットもなのはは見逃せなかった。あのミスショットは直撃していたかもしれないスバルだけではなく、ティアナの心にも傷を負ってしまう危険なミスショット。此処でティアナが機動六課から離れるのは、機動六課全体の損失に繋がってしまう。

 その事実を知っているが故に、はやてはなのはを責めなかった。ゆっくりとはやては自身の横に映っている映像ディスプレイに目を向ける。

 ディスプレイには、今更(・・)戻って来たヴィータが、激しくスバルとティアナを責め立てている光景が映っていた。

 

「……ヴィータ……責めるのはえぇけど……自分も反省した方がえぇよ」

 

「……ちょっと出て来るね」

 

「なのはちゃん。機動六課の部隊長としてはなのはちゃんの判断は、間違っていないと思うわ。此処でティアナが脱落するのは、この世界の機動六課にとって大き過ぎる損失やから」

 

「……私は管理局員じゃないよ。喫茶店の店員だからね」

 

 バリアジャケットを解き、レイジングハート・エレメンタルを待機状態になのはは戻した。

 そのまま部屋の机の上に置いてあった変身魔法を発動させる道具を身に着けて起動させる。

 次の瞬間、なのはの髪の色は茶色から黒に染まり、顔も美人ではあるがなのはとは全く違う別人へと変わった。

 

「それじゃ、ちょっと行って来るよ」

 

「気ぃつけて」

 

 部屋から出て行くなのはをはやては手を振りながら送り出した。

 扉が閉まるのを確認すると、はやてもリインとのユニゾンを解き、シュベルトクロイツを待機状態に戻す。

 そのままベットに身を放り投げるように倒れ伏した。目の上に手をはやては移動させて顔を隠す。

 リインは心配そうにはやてを宙に浮かびながら見つめる。

 

「はやてちゃん……大丈夫ですか?」

 

「……正直言ってキツイわ……怒ってえぇのか、悲しんでえぇのか……頭の中がゴチャゴチャになっている気分なんよ」

 

 混乱していると言うのが今のはやての状態には相応しかった。

 もっと確り戦闘配置を考えて居れば。副隊長陣が前線に出過ぎなければ。敵を甘く見なければ。機動六課の隊長陣がティアナの心理状態を知って居れば。考えれば考えるほどに、はやての頭の中は混乱して行く。

 リインは、はやての気持ちを理解するが、如何する事も出来なかった。コレがはやて自身のミスならば叱る事も慰める事も出来る。

 だが、はやてが混乱している原因は別世界の自身の可能性と言う通常ならば考えられない原因。故にどうすれば良いのかとリインが悩んでいると、ワーガルルモンXから通信が届く。

 

『……あの……はやてさん? 今良いですか?』

 

「……何か在ったん?」

 

 自身の横に出現した空間ディスプレイに映し出されたワーガルルモンXに、はやては顔を向けた。

 

『えぇまぁ。なのはよりも管理局員のはやてさんに聞いた方が良いと思って……実は見つけたんです』

 

「……聞きたくないけど……見つけたって……まさか?」

 

『…密輸品です。しかも……どうにもこのホテルの関係者が関わっているみたいで……コレって不味いですよね?』

 

 密輸品を発見してからワーガルルモンXは、その場に隠れるように留まっていた。

 暫く隠れているとホテルの警備員がやって来た。その時はコレで自身が通報する必要は無いと思って安堵したのだが、警備員は六課の隊員には連絡せず、仲間の警備員を呼んだと思ったら、密輸品を隠そうと動き出した。

 すぐさまワーガルルモンXは隠れた場所から飛び出し、密輸品を隠そうとした警備員達を奇襲で気絶させた。だが、問題は其処ではなく、警備員が密輸品を隠そうとした事に在った。

 ホテルの関係者である警備員が密輸品を隠そうとしたという事は、ホテルの上の人物が密輸品に関わっていると言う証拠。つまり、通報して警備員が捕まり、密輸品が押収された場合、今日のオークションが中止になってしまうと言う事態にまで及んでしまうと言うワーガルルモンX達に取って最悪な事態になってしまうのだ。

 状況を聞き終えたはやては言葉を失った。密輸品が在る可能性は充分に考えられた。

 問題はソレにアグスタ関係者が関わっている事に在る。管理局員としては即座に動いてオークションを中止し、密輸品の関係者を摘発するべきである。

 だが、今日此処にはやてが居るのはオークションに出展される【寄生の宝珠】の回収にある。オークションの中止など絶対に出来ない。

 

「……もう……限界や……」

 

「はやてちゃん!!」

 

『は、はやてさん!?』

 

 様々な心労で遂に限界が訪れたのか、はやては気絶し、リインとワーガルルモンXは慌てるのだった。

 

 

 

 

 

 ホテルの裏手。

 ティアナは壁に手を着きながら泣いていた。

 任務中でのミス。危うく自身の相棒であるスバルを傷つけてしまう危険も在った。

 スバルに当たる直前に、何故か(・・・)魔力弾は(・・・・)消え去った(・・・・・)が、ソレでミスが許される筈が無い。

 上司であるヴィータには叱られ、フォローをしてくれたスバル共々前線から離れる事になった。戦闘が終わった後、スバルは慰めてくれたが、ソレが辛かった。

 いっそ罵ってくれた方が良かったとさえティアナは思っていた。だからこそ、思わずスバルに怒鳴ってしまった。

 証明したかった。優れた力を持たない凡人でもやれるという事を。ランスターの弾丸は敵を撃ち抜けるという事を。

 だが、失敗してしまった。その後にヴィータの言葉は、ティアナの心の奥に在るトラウマを思い起こさせてしまった。もしもヴィータがティアナの事情を知って居れば、もう少し言葉を選んでいただろう。しかし、ヴィータはティアナの事情を知らなかった。だからこそ、感情的な言葉で言ってしまった。

 ティアナには分からなかったのだ。何故機動六課の隊長陣が自身をエリート部隊である六課に入隊させたのか。

 それ故に日々の日常で感じていた劣等感とストレスが此処に来て爆発してしまった。その結果が味方への誤射と言う最悪なミスを呼んでしまった。

 故にティアナは泣いていた。自らの不甲斐なさと、自らの相棒であるスバルに怒鳴るような行為でしか返せなかった自身の酷さに。

 そんなティアナに背後から声が掛けられる。

 

「こんな所で泣いているなんて……どうしたの?」

 

(なのはさん!?)

 

 背後から聞こえて来た声に慌てて、ティアナは涙を腕の袖で拭って振り返る。

 

「す、すいません! すぐに警備に戻ります、なの……」

 

 頭を下げながらティアナは振り返り、ゆっくりと顔を上げようとして違和感に気が付く。

 任務の直前に隊長のなのはが着ていたのはピンクのドレスの筈。だが、視界に映って来る服装は私服。

 どう言う事なのかとティアナは顔を上げ、相手が苦笑している姿を見る。声の人物はティアナの上司であるなのはでは無かった。

 髪型はポニーテルにしている黒髪。顔立ちも美人では在るがなのはとは違う。だが、確かに聞こえて来た声は上司である筈のなのはの声。

 その声は再びなのはとは違う別人の相手の口から響く。

 

「誰かと勘違いているみたいだけど、私はタバネ。タバネ・シノだよ。管理局員さん」

 

 声は同じでは在るが上司であるなのはとは違う別人であるタバネ・シノは、ティアナに優し気な笑みを向けたのだった。




なのはの偽名は、中の人の繋がりで決めました。
因みに多分はやての変装は出ないので書きますが、偽名はリンです。


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(……もう何度目でしょうね。私がこんな感想抱くのは)

 

 漸く開始されたオークションの会場の中でフリートは、はやてではなくリインから届いて来た念話に信じられないと言う気持ちを再び抱いた。

 ティアナのミスショットの件はフリートにとっては問題ない。その可能性はティアナを目にした時から考えられた事なのだから。だが、もう一つの報告。アグスタ内に密輸品が存在していると言う報告は不味過ぎる報告だった。

 その報告ではやては遂に心労が限界に達してダウンしたらしい。フリートは無理もないと思った。

 冗談で密輸品の話をしていたら、本当に存在し、しかもアグスタの関係者が関わっている可能性が高い。オークションの中止はフリート達には絶対させられない。しかし、管理局員として密輸品も放置出来ないと言うジレンマ。その他の様々な要因が原因で、はやては倒れ伏してしまったのだ。

 

(なのはさんも同じような事になりそうなので、まだ伝えてませんです)

 

(ソレが良いでしょうね。此処でなのはさんも倒れたら不味いですし……う~ん。じゃあ密輸品はワーガルルモンXに回収させて、森の中にでも隠して置いて下さい。後日機動六課の隊舎前にでも投げ捨ててやれば良いでしょう)

 

(分かりました。じゃぁ、そう伝えておきますです)

 

 現状でオークションを中止させず、尚且つこの世界の機動六課に対する嫌がらせを伝えたフリートは、リインとの念話を切った。

 そのまま同じようにレナに現状を報告する。報告を聞いたレナは険しい視線を会場内に居る高町なのはとフェイトに向ける。八神はやては先ほど会場から出て行った。

 恐らくはロングアーチからの報告を聞いているのであろう。とは言え、やはり今回の機動六課の任務内容はレナにとって不満が多かった。

 

(やはり様々な問題がこの世界の機動六課には多いようだ)

 

(まぁ、若い連中しか居ませんからね。エリートだとしても実戦経験は少ないでしょうし。とは言え、私達には関係ないので放置しましょう。さっさとオークションに出展される【寄生の宝珠】と何処かに在る最後の一つを見つけましょう。ソレが一番はやてさんとなのはさんが暴走しなくて済む事です)

 

(それしか無いな……ムッ。来たぞ!)

 

 白い布に包まれたテーブルの上に乗せた青い宝石-フリート達の目的の品である【寄生の宝珠】-が運ばれてくる。

 フリートとレナはその品に神経を集中していると、解説者である無限書庫の司書長であるユーノ・スクライアが宝石について説明し出す。

 

「こちらの宝石はとある無人の管理外世界の遺跡から発掘された代物で、魔法処置があまり施されていないのにも関わらず最高の状態が保たれたままの代物です。その世界の人々が自分達の技術を駆使して残した代物ではないかと、発掘者の人々は考えたそうです」

 

(で、真実は?)

 

(覚醒した【寄生の宝珠】は、世界を滅ぼした後に擬態を行います。恐らくその遺跡も【寄生の宝珠】が作り上げたものでしょう。どこかの馬鹿が発掘して、他の世界に自身を怪しまれずに運びだすためにね)

 

(なるほど……転送などでは、その別世界に気がつかれて対抗策が取られるかもしれないから、擬態で怪しまれずに自分達で獅子身中の獣を懐に入れさせるわけか。そして擬態しているその間に文明レベルを読み取るのだな?)

 

(えぇ、既に【寄生の宝珠】は管理局の技術を調べ終えているでしょう。覚醒したら最後……アルカンシェルさえも効かない自己進化を行うでしょうね)

 

(危険すぎる代物だな)

 

 そうレナは念話でフリートからの情報に顔を険しく歪めていると、競りが始まり色々な著名人が競りを行っていた。

 

「十五!!」

 

「二十一!!」

 

「三十だ!!!」

 

「(ただの宝石にしか見えませんからね)……五十ッ!!」

 

 余り目立たないように値をフリートは他の参加者に合わせて競り上げた。

 そのまま他の参加者に怪しまれないように競りを続けるが、突然今まで参加していなかった女性が競りに参加し出す。

 

「五百ッ!」

 

『ッ!!』

 

 突然に競りの値段が跳ね上がったことに著名人達は目を見開き、五百と叫んだ人物であるにフリートとレナも思わず視線を向ける。

 紫色の髪をロングヘア―にした女性で、美人では在るが、何処か怜悧な雰囲気を放っている人物だった。フリートとレナはその人物に目を見開いた。何故此処にと言う気持ちは強いが、すぐにフリートは競りに参加する。

 

「五百十ッ!」

 

「……六百」

 

「(何ですって!?)……千です!!」

 

「ッ!?」

 

 いきなり競りの額を跳ね上げたフリートに、今度は女性の方が目を見開いてフリートに顔を向けた。

 その動きでフリートは、最悪の可能性が高まった事を悟る。ただの宝石に対する執着ならば、競りが上がった時点で諦める筈なのだ。だが、女性はフリートに視線を向けて来た。それが意味する事は。

 

(【寄生の宝珠】を知っている!? まさか、最後の一個は奴の下に在るんですか!?)

 

 冗談では済まない。考えられる人物の下にはフリート達が恐れている最悪な代物まであるのだから。

 女性とフリートの視線はぶつかり合い、何かを悟ったのか女性は競りに参加しなかった。

 

「千が出ました!! 他に誰もいませんか!? ……いないのでしたら、こちらの商品は千でそちらの美しい女性に渡りますが?」

 

『……』

 

「では、千でこちらの商品はそちらの女性に落札されました!」

 

 そう司会者は叫ぶが、フリートは険しい視線を女性に向け続けた。

 駆け寄って来たボーイにはレナが持っていたトランクケースの三つを手渡す。

 その後にもオークションは続くが、それどころではないフリートとレナからすれば興味が湧かない代物ばかりだったので話半分に聞き逃していると、遂にオークションは終わりを向ける。

 

「以上で、本日のオークションは終了いたしました」

 

 オークションが終了すると同時に参加者達は次々と出口へと向かって歩いていき、帰路についていく。

 フリートとレナも立ち上がるが、入り口には向かわずに先ほど競り合った女性に近づく。女性の方もフリート達に近づいて来て、周囲の騒めきに紛れるようにしながら会話をする。

 

「アレの価値を知っている者が居るとは思いませんでした」

 

「こっちもですね。アレの価値に気が付く者が居るとは思ってませんでしたよ……いえ、アイツならばその可能性は考えれましたし、使用する事も迷わないでしょう。そうでしょう、〝ウーノ゛さん?」

 

「ッ!? ……何処で私の名を?」

 

「さぁ、教えて上げません……但し貴方の主に伝えておきなさい。アレを使って悪さするなら、私は本気で貴方達を潰すとね」

 

「……伝えておきましょう」

 

 ウーノと呼ばれた女性はフリートの殺気混じりの言葉に僅かに体を震わせながらも、表情は変えずに会場から出て行った。

 

「……追うべきか?」

 

「……いえ、先ずは最後の一個の場所も分かっただけで充分です。それよりも先ずやらないと行けない事が出来ました……確認しますよ」

 

「……それしかないな」

 

 何を確認するか、考えるまでもない。

 最後の【寄生の宝珠】の在処が分かった事は確かに良い。だが、事態は既にフリート達が恐れていた事態に及んで居る可能性が出て来た。もしそうなれば、この世界の者では何の対処も出来ない。

 最早機動六課の事など気にしていられる場合ではない。そんな事よりも不味い事態になって来たのだから。

 

(フリートさん)

 

(なのはさん! 丁度良かった! 実は…)

 

(お願いが在ります。私を機動六課に行かせて下さい!)

 

(……えっ?)

 

 届いて来た念話の内容に、フリートは思わず呆然としてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、ホテルの裏手。

 その場所でタバネとティアナは壁に寄り掛かりながら話していた。

 

「……そっか。焦り過ぎちゃったんだね」

 

「……はい」

 

 ティアナは戸惑いながらも、タバネの言葉に頷いた。

 何故ティアナも自身が初対面である筈のタバネに、任務の失敗の件を語ってしまったのか分からない。声だけはなのはに瓜二つだが、身に纏っている雰囲気が全く違う印象を与える。有体に言えば、何時の間にか語ってしまったと言うのが近かった。

 コレはタバネがティアナの思いを正確に感じ取り、巧みにティアナの本音の部分に辿り着いたからだった。だから、何時の間にかティアナは自身の失敗の件をタバネに語ってしまったのである。

 

「……私はランスターさんが感じてる劣等感とか、本人じゃ無いから分からないけど……ランスターさんは一番大事な事を忘れているんじゃないかな?」

 

「大事な事ですか?」

 

「そう……此処に貴女は何をしに来たの?」

 

「何をしに? ……ッ!?」

 

 タバネの指摘にティアナはハッと気が付いたように目を見開いた。

 そう、ティアナは、機動六課がホテル・アグスタに来たのはホテルの護衛任務。決して、ティアナの劣等感を払拭する為に来たのでは無い。

 

「周りが優秀だから焦る気持ちは分かるよ。だけど、焦り過ぎて本質を見失っちゃ駄目。もしも見失ったりしたら、その時は自分だけじゃなくて周りの人も巻き込んじゃう。そうなったら、悔やんでも取り戻せない。分かるよね?」

 

「……はい」

 

 言われて自身の今日の行動が局員として有るまじき行為だったと理解出来た。

 証明する以前に、局員として絶対にしてはならない行為。感情や焦りに振り回されて動けば、何処かで失敗してしまう。その事をタバネに指摘された事に寄って、ティアナは理解出来た。

 

「本質が見えなくなると、そのままになっちゃって、何時の間にか何も見えなくなるんだよ。だから、気を付けてね」

 

「はい! あの……話を聞いてくれてありがとうございました!」

 

「私が聞き出したようなものだから、こっちこそゴメンね……涙の後、拭いた方が良いよ」

 

「あっ! す、すいません!」

 

 手渡されたハンカチを借りて、ティアナは顔を拭いた。

 吹いた後にタバネのハンカチをどうしたものかと気が付いて、顔を上げてタバネを見つめる。

 タバネは、ティアナが自身を見つめる意味を察して苦笑を浮かべながら告げる。

 

「ハンカチは良いよ。ランスターさんの悩みを聞き出しちゃった謝罪だから」

 

「いえ、そう言う訳には」

 

 経緯はどうあれ、自身の悩みの相談に乗ってくれただけに好意に甘える訳には行かなかった。

 どうしたものかと悩んでいると、ティアナにスバルから連絡が届く。

 

『あっ、ティア? なのはさんが皆に集まって欲しいんだって』

 

「分かった……すぐに行く……スバル、今日色々ゴメンね」

 

『うんうん。良いよ。じゃぁ、待っているからね』

 

 スバルとの通信は切れ、ティアナは改めてタバネに顔を向ける。

 なのはが呼んでいるという事は、目の前に居るタバネは本当に声だけがなのはに似ている別人だと言う事になる。もしかしたら変身魔法を使用して別人になのはが成りすましている可能性は在ったが、今の通信でそれは無くなった。

 そして当のタバネは聞こえて来た通信からティアナが呼ばれている事を察して、ティアナの肩に手をやる。

 

「上司からの呼び出しだから、すぐに行かないと駄目だよ」

 

「……はい。あの、住所とか教えて貰えませんか? 休暇が貰えたら、このハンカチを洗って返しますから」

 

「良いよ、別に。それよりも早く行かないと怒られるよ。私もホテルの中に戻るから。じゃあね」

 

「あっ!」

 

 ティアナは呼び止めようとするが、タバネは構わずに裏手に在るホテルの入り口の方に向かって歩いて行ってしまった。

 困ったようにティアナは残されたハンカチを見つめるが、招集も掛かっているのでホテルの表の方に走って行った。

 そしてティアナから離れたタバネはホテルの裏口には戻らず、裏手に在る林の方に歩いて行く。周囲にガジェットの残骸が無い事を確認し、タバネは口を開く。

 

「裏の方面からは全然来ていないと言う事は、やっぱりガジェットは囮で本命は別に在ったんでしょう?」

 

「うん。そうだよ」

 

 タバネの疑問に答えるように木々の間から、進化を解いて成長期に戻ったガブモンが姿を見せた。

 

「敵の狙いは密輸品だったよ、なのは」

 

 ガブモンの言葉と共にタバネの体が輝き、光が消えた後になのはが現れた。

 変身を解いたなのははガブモンの報告に眉を顰める。密輸品が在る可能性は充分に考えられたが、この世界の機動六課は密輸品の存在に気が付いて居ない可能性が高い。

 もしも知っているならば、ティアナをホテルの表側に呼ばず、裏側に留まらせていただろう。

 

「それじゃ、ガブモン君が見つけた密輸品は如何したの?」

 

「え~と、実は……その密輸品はどうにもアグスタの関係者が黒幕みたいで、バレたら不味いから、今のところは隠して後で機動六課に届けようって事になったんだ」

 

「……そうだね。ソレが良いと思うよ……はやてちゃんはソレを聞いてどうだった?」

 

「気絶して、今はリインが介抱してるよ」

 

「やっぱり」

 

 なのはと違い、はやては管理局員だけに心労はなのはよりも上。

 特に部隊長と言う役職についているだけに、どうやれば良いのかとはやては悩んでしまう。

 元々も仕事上のストレスで休暇が欲しいと言って来ただけに、更なる心労で限界に達しても可笑しくは無いのだ。

 

「こっちもちょっとティアナと話してみたんだけど……かなりストレスが溜まっていたよ。私に声が似ているだけで悩みを打ち明けるぐらいだから」

 

「ソレにこの世界のなのは達は気が付いていないの?」

 

「……そうだと思う。もしも気がついていたら、もっと前にケアーがされている筈だから。されていたら、あんなミスショットはしないよ」

 

「其処まで……でも、今回のミスショットの件でこの世界のなのは達も気が付く筈だよ。ちゃんと話さえすれば、ティアナの悩みは晴れるだろうし」

 

「……そうだね……でも、ちょっと覗いて見ようか」

 

 これまでの機動六課の動きに不安を覚えたなのはは、フリート製のサーチャーをホテルの表の方に動かす。

 覗きと言うのは余り良い事では無いが、先ほどのティアナの様子だけになのはは空間ディスプレイに映像を展開させる。

 ガブモンの予想通り、この世界のなのははティアナを呼び寄せて話し合う様子を見せていた。

 その様子にガブモンは安堵の息を吐く。コレでティアナの悩みもちゃんと晴れるとガブモンは確信する。

 だが、その確信を裏切るように、空間ディスプレイからこの世界のなのはの言葉が響く。

 

『ヴィータ副隊長に叱られて、もうちゃんと反省していると思うから、改めて叱ったりしないけど』

 

「……えっ?」

 

 思わずガブモンは声を漏らし、横に立つなのはの目が細くなった。

 

『ティアナは時々少し一生懸命すぎんだよね。それでちょっとやんちゃしちゃうんだ。でもね、ティアナは一人で戦っているんじゃないよ。集団戦での、私やティアナのポジションは前後左右、全部が味方なんだから。その意味と、今回のミスの理由。ちゃんと考えて、同じことを二度と繰り返さないって約束出来る?』

 

『……はい』

 

「……アレ? えっ? まさか?」

 

 何となく話が終わりそうな雰囲気に思わずガブモンは狼狽える。

 

『ん。なら、私からはソレだけ。約束したからね』

 

『……はい』

 

 ガブモンの願いは虚しくも届く事は無く、この世界のなのはとティアナの会話は終わった。

 その事実にガブモンは思わず呆然としてしまうが、突如として轟音が隣から響く。

 慌ててガブモンが目を向けてみると同時に一本の木が音を立てながらへし折れ、無言のなのはが右手を左手で擦っていた。

 魔力で強化した一撃で木を殴り折ったのをガブモンは悟るが、なのはは無言のまま立ち続ける。

 

「……な……なのは?」

 

「……ねぇ、ガブモン君。ティアナね。凄く悩んでいたんだよ。誰にも相談出来なくて、日に日に募って行くストレスを堪えて……それなのにさ……あんなに簡単に話を終わらせたりしたら駄目だよね」

 

「き、気持ちは分かるけど、落ち着こう! ほら、ヴィータが叱ったらしいし」

 

「……叱ってないよ、ヴィータちゃん」

 

「えっ?」

 

「たださ、怒鳴っただけだよ、ヴィータちゃんは」 

 

 ティアナがミスショットした時の映像をなのはは見ている。

 ヴィータはティアナのミスショットを責めたり、怒鳴ったりしたが、肝心の叱ると言う意味での言葉を発してはいない。

 なのに、高町なのははヴィータに叱られたから大丈夫だと言っていた。その事実になのはの気配は刺々しくなって行く。折角僅かながらもティアナの悩みが落ち着いた筈なのに、アレでは再発してしまう。

 生真面目なティアナの事だから、同じようなミスショットを繰り返さない為に自主鍛錬を重ねるのは間違い無い。無理な訓練を必ず。

 

「……ガブモン君。私、決めたよ」

 

「何を? まさか、この世界のなのはを倒すとかじゃ無いよね?」

 

 一番在り得そうな可能性をガブモンは思わず口にしてしまった。

 このまま前回の世界の二の舞を引き起こすのかと戦々恐々とするが、振り返ったなのはは首を横に振るう。

 

「違うよ。そんな簡単に出来る事をやっても意味ないよ。私が決めたのはね、機動六課に私が行くって事だよ」

 

「……えっ? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!!!!」

 

 なのはの発言にガブモンは思わず叫んでしまったのだった。

 

 

 

 

 

 アグスタ内のフリート達が泊まっている部屋。

 その部屋の中には頭に濡れたタオルを載せたはやてがベットの上で横になり、レナとリインが心配そうにはやてを観ていた。

 そして改めて事情をなのはとガブモンから聞き終えたフリートは、頭を抱えたい気持ちで目の前に座るなのはとガブモンを見つめる。

 

「ハァ~……本気で疲れて来ました。この世界のなのはさんって教導官でしたよね? ソレで何で教え子の悩みが気が付けないんですか? いや、本当に」

 

「この世界の私の経歴だと、長期的な教導をやった事が無いみたいです。短期が殆どみたいで、機動六課が長期での初めてだって調べたら出て来ました」

 

「……まさか」

 

 凄まじく嫌な予感を感じたフリートは、すぐさま機動六課のコンピュータをハッキングしてあるデータを探す。

 探すデータは機動六課のFWメンバーの訓練データ。それぞれのFWメンバーの訓練データやメニューを瞬時にフリートは読んで行く。

 読み進めて行く内にフリートの気配は険しくなって行く。

 

「……コレ? 実働部隊の訓練内容ですか? 訓練校の訓練内容な気がするんですけど」

 

 高町なのはの教導内容は基礎を中心としている。

 その事に問題は無い。基礎は何よりも重要な要素。基礎を疎かにすれば、必ず痛い目に合う。

 だが、高町なのはの教導内容は基礎が多過ぎるのだ。まるで新たな下地を造ろうとしていると言わんばかりに、基礎が多い。

 エリオやキャロは問題ない。二人はまだ幼いので基礎を中心とした底上げで充分に強くなれる。

 スバルも同じく格闘主体の戦闘なので、基礎を続ければ実力は上がって行く。

 問題はティアナだった。戦闘スタイルが高町なのはと似ているせいなのか、どうにも訓練メニューの内容が高町なのはに合わせた内容に近くなっている。

 

(ティアナさんって、なのはさん並みの防御力は持っていませんし、機動力も飛行出来ないので移動は地上限定……なのに、足を止める? いえ、すぐさま動ける止まり方なら問題は無いんですけど)

 

 高町なのはとティアナの魔導師としての素質は良く似ているが、根本的な部分で違っている。

 膨大な魔力を運用して戦う高町なのは。技術はともかく魔導師としては一般的な魔力しかないティアナ。

 この差は大きく、高町なのはの戦いをティアナに施して行けば必ず何処かで限界が訪れる。ティアナには膨大な魔力も、堅牢な防御力も無いのだから。

 なのはの言いたい事もフリートには分かって来たが、事態は最早機動六課に関わっていられる状況では無くなって来ていた。

 

「……正直に言います。もうこの世界には余裕が無い可能性が出て来ました」

 

「最後の【寄生の宝珠】が、スカリエッティ達の手元に在る可能性が出て来た。今日のオークションに奴の秘書であるナンバーズ1のウーノが来ていたのだ」

 

「そんな!?」

 

 【寄生の宝珠】はただの宝石にしか見えない代物。

 ソレを態々、しかも片腕と言って良いウーノが落札にやって来ていた。その時点でスカリエッティ側は【寄生の宝珠】の真実を知っている事になる。無限書庫にさえ存在していない【寄生の宝珠】の存在を知る方法は一つだけ。

 行方が分からずにいる最後の【寄生の宝珠】が、スカリエッティ側に在る可能性が高いと言う証拠だった。そしてスカリエッティ達には【聖王のゆりかご】も存在している。

 事前に聞いていた最悪の可能性が現実味を帯びて来た事実に、なのはとガブモンの顔は険しくなる。

 

「情報を少しでも得る為に、あの世界を崩壊に導いた【寄生の宝珠】から情報を抽出します」

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

 オークションで落札した【寄生の宝珠】を取り出したフリートに、ガブモンは心配になって質問した。

 

「大丈夫です。コイツ自体は既に強力な封印魔法を掛けてありますし、専用機器も造って調べますから。まぁ、二日ほどでデータの抽出は終わるでしょう。その間に【聖王のゆりかご】の確認をします。望みは薄いですけど、まだ【寄生の宝珠】が取り付いていなければ、即座に跡形もなく破壊します。だから、機動六課に関わっている余裕なんて在りません! と言う訳で諦めて下さい」

 

「其処をお願いします! フリートさんの言う事も分かりますけど、ティアナの事も放って置けないんです!」

 

 悩みを聞いただけになのははティアナを放って置く事が出来なかった。

 自分達の世界のティアナも仲間だっただけに、此方の世界のティアナの事も話した事で尚更に放って置けなかった。

 

「……なのはさん。私はドラ〇もんじゃないですよ。幾ら私でも管理局内の組織である機動六課に、しかも色々無茶して造り上げられてもう一杯一杯のあの部隊に、なのはさんをどうやって入り込ませろって言うんですか!?」

 

 万能に見えるフリートにも限界は在る。

 機動六課のコンピュータにハッキングして情報を盗んだり改ざんしたりは出来るが、なのはクラスの魔導師を入り込ませるのは不可能だった。変身魔法を使って容姿を変え、魔力も抑える道具を使って低ランクの魔導師にしたとしても、保有制限ギリギリの機動六課に入り込ませるのは無理なのだ。

 本局から送られて来た魔導師だと言ったとしても、機動六課の後見人の人物達と部隊長の八神はやてが連絡を取り合っているので流石に虚偽だとバレてしまう。

 もしやるとしたら途方も無い労力を使う事になるので、【寄生の宝珠】の捜索に支障が出てしまう。

 

「今回ばっかりは流石に無理ですよ! あの部隊になのはさんを潜入させるなんて、私でもむ……」

 

「なのはちゃんを機動六課に行かせる方法は在るわ」

 

「はやてちゃん?」

 

 聞こえて来た声になのはが振り向いて見ると、はやてが体をベットから起こしていた。

 

「確かに普通ならこの世界の機動六課に入れるのはキツイ……でも、今なら出来る。機動六課のミスを利用さえすれば」

 

 ゆっくりと、はやては自身が考えたなのはを機動六課に潜入させる策を語った。

 聞き終えた全員が、確かにはやての策ならば機動六課の隊長陣はなのはを機動六課に入れるしか無い事に納得する。

 今回の任務で機動六課の隊長陣が見逃してしまった途轍もないミスを利用した恐ろしい策。無論フリートの協力は必要だが、協力してさえくれれば充分に可能な策だった。

 

「……ハァ~、確かに今の策ならばなのはさんが機動六課に潜入する事は出来ますが……潜入してどうするんです? ハッキリ言って機動六課に潜入して得られるメリットが無いんですけど?」

 

「……前回の世界同様にスカリエッティは機動六課を狙って来ると思います。だって、あそこにはプロジェクトFの成功例のフェイトちゃんにエリオ。ソレに戦闘機人のスバルが居ます。この世界のスカリエッティが狙うには十分な理由だと思います」

 

 デジモンが居ないこの世界では、スカリエッティの研究目的は【生命操作技術の完成】。

 その素材になる可能性が高い人物が三名機動六課には居る。確かに機動六課を狙う理由は充分に在る。

 

「最悪の可能性がもう当たっているなら、機動六課は必ず狙われます。ソレに何時かはあの子が機動六課に来ます」

 

「……【寄生の宝珠】が取り付いて進化した【聖王のゆりかご】を見つけるのは、私でも大変ですからね……分かりました。なのはさんの機動六課行きを認めましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

「但し! 囮で機動六課を使うのなら、絶対に潰しては駄目ですよ! 入る時もBランクぐらいまで魔力は落としますし、隊長陣を直接叩きのめすのも駄目です! 凄いストレスが溜まるかもしれませんけど、コレが条件ですからね!」

 

 フリートはそう告げると、すぐさまなのはを潜入させる為の準備を行ない出すのだった。

 

 

 

 

 

 スカリエッティの秘書であるウーノは、現在の自分達のアジトへと帰還し、今日のオークションに関する報告を主であるスカリエッティに行なっていた。

 

「申し訳ありません、ドクター。二つ目のアレの回収に失敗しました」

 

「……やはり、そうなったみたいだね」

 

「やはりとは?」

 

「実は偶然ルーテシア達もあのオークション会場の近くにいてね。興味深い密輸品の骨董品の奪取の序にアレの奪取も頼んでみたのだが、失敗に終わってね。その上、危うくルーテシア達が捕まりかけたのだよ」

 

「ルーテシアお嬢様達が!?」

 

 ウーノはスカリエッティ達が語った事実に驚いた。

 召喚士であるルーテシアと騎士であるゼストの実力をウーノは良く知っている。そのルーテシア達が危うく捕まりかけたとなれば、由々しき事態。

 

「機動六課にそれほどの魔導師が居たのですか!?」

 

 前回のリニアレールの件で、スカリエッティ達は機動六課の戦力は把握出来ていた

 例え八神はやての個人戦力に近い守護騎士達が加わったとしても、自分達の勝利は間違い無いとウーノは確信していた。だが、ルーテシア達が捕まりかけたとなれば、戦力把握を見直さなければならなくなる。

 そう進言しようとウーノはしようとするが、その前にスカリエッティが口を開く。

 

「ソレが分からないのだよ。情報収集用(・・・・・)のガジェットから送られて来た映像を解析してみたが、幾ら調べてもあの場に居た機動六課の面々の誰も、ルーテシア達を攻撃した様子が無かった」

 

「……では、あのホテルに泊まっていた何者かがルーテシアお嬢様達を攻撃したのでしょうか?」

 

「それも不明さ。だが、手掛かりが一つだけ在る」

 

 スカリエッティは空間ディスプレイを操作し、映像を映し出す。

 ソレは、ティアナの放った魔力弾がスバルに当たる直前に、何かに消される瞬間の映像だった。

 

「運よく破壊されるのを免れたガジェットから送られて来た映像だよ。恐らくこの時の魔力弾を掻き消した主がルーテシア達を攻撃した人物だろう。そして解析を行なった結果、興味深い結果が出たんだよ」

 

 操作を行なうと共に映像がスローモーションになって行く。

 しかし、そのスローモーションの速度が問題だった。ウーノが見る限り、周囲の光景は最早止まっているに近い光景。だが、その中で通常時の魔力弾を超える速さで進む桜色の魔力弾が映し出され、ティアナの放った魔力弾を打ち消す光景が見えた。

 ウーノは信じられないと言う気持ちを抱いた。何せ最大レベルのスローモーションで漸く攻撃の正体が判明し、尚も攻撃の速度は異常としか言えない速度。人間が視認出来ないレベルの出来事が起きていたのだと判明したのだから。

 

「……ドクター。この魔力弾を放った主は一体?」

 

「分からないね。魔力光から考えれば、機動六課の部隊長の高町なのはなのだが」

 

「ソレは在り得ません。私はオークション会場内に高町なのはの姿を確認しました。彼女は戦闘中はオークション会場から一歩も外には出て居ません」

 

「そうかい。最有力候補が外れとなれば、一体何者だろうね? ……とは言え、何もにしても警戒対象が出て来た事には違いない。二つ目のアレを落札した人物も危険には違いないからね」

 

「はい。間違い無くアレの正体を彼女は知っていました」

 

「驚きとしか思えないよ。アレの正体は管理局の検査機器でさえ見破れなかったと言うのに、私以外にあの隠蔽を見破れる者が居たとはね……その人物は使うと思うかい?」

 

「いえ、ソレは無いと思います。確信は出来ませんが、悪用するならば許さないと脅して来ました。余程追い込まれでもしない限りは、使用は考えないと思います」

 

「……なるほど。となれば、戦闘用(・・・)のガジェットの派遣は暫く見合わせた方が良いようだね。追い込んで二つ目のアレを使用されるのは困るからね」

 

 そう言うとスカリエッティは再び空間ディスプレイを操作し、別の映像を映し出す。

 映し出された映像には、次元空間に浮かぶ巨大な戦艦の姿が在った。そしてその周囲には、数え切れないほどの機械の軍勢が存在していたのだった。



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 ホテル・アグスタの護衛任務から一日後の深夜に近い時間帯。

 機動六課のライトニング分隊隊長であるフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、愛車に乗って機動六課の隊舎に帰還しようとしていた。

 広域次元犯罪者であるジェイル・スカリエッティの捜査などで外に出ていたので、戻る時間帯が遅くなってしまっていた。

 

(すっかり遅くなっちゃた。早く機動六課に戻らないと)

 

 そう、フェイトは思いながらハンドルを操作する。

 しかし、フッと横道に目を向けた瞬間、急ブレーキを踏み、車を止めて運転席から外に降りた。

 迷う事無くフェイトは目にした光景の方へと待機状態のバルディッシュを取り出して、走り出すのだった。

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 荒い息を吐きながら黒髪をポニーテルにした女性が、何かに追われるように人通りの無い道を必死に走っていた。

 本来ならば人の多い明るい道を女性は向かいたかったが、追手がそうはさせてくれず、人通りの無い路地裏にまんまんと追い込まれてしまった。それでも女性は必死に走る。

 だが、必死に走り続けた女性の前には道が無かった。

 

「い、行き止まり!?」

 

「……此処までだな」

 

「ッ!?」

 

 背後から聞こえて来た声に女性が振り向いた瞬間、四枚の札のような物が女性に向かって飛んで来た。

 四枚の札は女性の四肢にそれぞれ張り付き、札を放った主が右手を印のように組むと共に札が輝く。

 

「縛ッ!」

 

「キャアッ!?」

 

 札が輝くと共に女性の両手は勝手に頭上で合わさり、両足も同様に合わさった。

 そのまま僅かに女性の体が宙に浮かび上がり、札を放った主がゆっくりと姿を現す。

 現れた者は地球の大昔の日本の陰陽師が着ていたような服を纏い、両手を長い袖の下に隠し、腰の辺りから狐のような尻尾を生やした生物が、白磁の目の部分しか穴が開いてないのっぺりした面を被っていた。

 ゆっくりと陰陽師らしき何者かは札で動けなくなった女性に面に隠した顔を向ける。

 

「タバネ・シノ。貴様は見てはならないものを見た。故に消えて貰う」

 

「わ、私は何も!?」

 

「疑わしき者には消えて貰うのが、我らのやり方。さらば」

 

 陰陽師は、今度は両手を合わせて素早く印を組んで行く。

 女性-タバネ・シノの顔は恐怖で歪み、陰陽師は止めの一撃を放とうとする。

 だが、突如として陰陽師は飛び上がり、背後から高速で接近し、ハーケンフォーム状態のバルディッシュを振り抜いたフェイトの一撃を避けた。

 

「クッ!」

 

 奇襲を避けられたフェイトは悔し気な声を漏らしながらも、そのままタバネを拘束している札に攻撃を加えて拘束を解いた。

 フェイトはタバネの腰を抱いて、陰陽師の姿をした何者かから離れ、バルディッシュを突き付ける。

 

「時空管理局機動六課所属フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。民間人への殺傷行為の罪により、逮捕する!」

 

「……機動六課……やはり」

 

「やはり?」

 

 聞こえて来た声にフェイトは訝しむが、陰陽師はフェイトに構わずにタバネに面を向ける。

 

「コレでハッキリした……貴様はやはり見たな」

 

「わ、私は本当に何も見てないです!」

 

「えっ!?」

 

 タバネの声を聞いたフェイトは驚いてタバネに顔を向けた。

 今、タバネの口から聞こえて来た声は、機動六課に居る筈の高町なのはと同じ声。

 一体どういう事なのかと、フェイトが疑問を覚えるが、疑問の答えを出す前に、タバネに向かって黒い細長い何かが飛んで来る。

 

「クッ!?」

 

 状況が分からないながらも、フェイトはバルディッシュを振るい、タバネに向かって放たれた棒手裏剣を弾く。

 すぐさま自身の周りに四つ環状の魔法陣を発生させ、棒手裏剣を投げた陰陽師に向かって撃ち出す。

 

「プラズマランサーー! ファイヤ!」

 

 フェイトが撃ち出したプラズマランサーは、陰陽師は慌てる事無く、袖の下から数枚の札を放ち、素早く印を組む。

 

「散ッ!」

 

 陰陽師の掛け声と共に札が輝き、向かって来ていたプラズマランサーは札が散ると共に消え去った。

 

「AMF!?」

 

 魔法が効果を発揮する事無く消え去った現象に、フェイトは叫んだ。

 しかし、フェイトの予想が間違っていると言うように、バルディッシュから報告が届く。

 

《AMFは感知出来ませんでした》

 

「AMFじゃない? じゃぁ、今のは?」

 

「悪いが、此処までにさせて貰おう」

 

「ま、待ちなさい!」

 

 逃げようとする陰陽師の姿に、フェイトはタバネを地面に下ろして素早く陰陽師に近づく。

 

Haken(ハーケン) Slash(スラッシュ)

 

「ハァァッ!!」

 

 フェイトが振り抜いた一撃は、陰陽師の体を切り裂いた。

 その事実にフェイトは目を見開く。フェイトは非殺傷設定を使って攻撃したのだ。なのに陰陽師の体はまるで紙のように切り裂けた。

 思いがけない事態にフェイトが固まった瞬間、切り裂いた陰陽師の体が崩れ、大量の札に変化した。

 変化した札は上空に舞い上がり、その先に浮かんでいた陰陽師の両袖の中に入って行く。

 月を背に浮かぶ陰陽師の姿を、フェイトは呆然と見上げる。

 

「我が名はタオ」

 

「……タオ?」

 

「タバネ・シノ。貴様の命は今暫く奪わずに置こう」

 

「だから、私は本当に何も見てません!」

 

「とぼけても無駄だ。機動六課の人間が貴様を護ったのが何よりの証拠。アグスタで我らがした事は、既に語っているのであろう?」

 

「アグスタ?」

 

 フェイトはタオの言葉の意味が分からなかった。

 アグスタと言えば、昨日機動六課が護衛任務を行なったホテルの名称。一体どういう事なのかと、フェイトはタバネとタオを見回す。

 しかし、タオは最早この場には用は無いと言うように、今度は自身を札に変化させて夜の空へと散って行った。

 見た事も聞いた事もない魔法にフェイトは呆然とするが、すぐに我に返って地面に顔を向けているタバネに駆け寄る。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……どうして……私……本当に何も見てないのに……こんな事に」

 

(やっぱり、この声はなのはの声? どう言う事なの?)

 

 聞き間違える筈のない声。にも関わらず、その声を発しているのは全くの別人。

 一体どういう事なのかと疑問に思いながらも、フェイトはタバネの肩を支えて歩き出す。

 俯いたままのタバネの口元が、笑みで歪んでいる事に気がつかずに。

 

 

 

 

 

 フェイトとタオが戦った場所から、ある程度離れた場所に在るビルの屋上。

 その場所ではやては自身の黄色のディーアークに浮かぶ空間映像から、先ほどの戦いの様子を見ていた。

 

「……作戦は成功やね、タオモン」

 

「そうだな、はやて」

 

 はやての呼び声に応えるように、背後に夜空に散った筈の札が急速に集まり人型を形成した。

 札が散ると共に先ほどまでフェイトと戦っていたタオと名乗った陰陽師が現れ、ゆっくりと付けていた面を外した。

 面に隠していた風貌は、人間の顔ではなく狐の顔。その正体は、はやてのパートナーデジモンであるレナが完全体へと進化した【タオモン】だった。

 

タオモン、世代/完全体、属性/データ種、種族/魔人型、必殺技/狐封札(こふうさつ)梵筆閃(ぼんひつせん)

陰陽道に精通し、あらゆる技を駆使して戦う完全体の魔人型デジモン。特に呪術の能力が高く、霊符や呪文の攻撃を得意としている。また暗器の達人でもあり、様々な武器を袖の下に隠し持っている。非常に寡黙で多くは語ることはなく闇に潜み闇に生きる存在である。必殺技は、袖の下から霊符を取り出し、敵の体に巻きつけて爆発させる『狐封札(こふうさつ)』と、巨大な筆で呪文を唱えながら梵字を空中に描き敵に飛ばして大爆発を引き起こす『梵筆閃(ぼんひつせん)』だ。

 

「タオモンは当然やけど、なのはちゃんも演技旨かったわ。完璧にフェイトちゃん、騙せとったし」

 

「必要な事とは言え、余り良い気分では無かったがな。だが、ガブモンには出来ない事だから私がやるしかあるまい」

 

 事は計画通りに進んだと言って良かった。

 後は事前の打ち合わせ通りにタバネ事なのはが旨くやれば、機動六課への潜入は完了する。

 とは言え、はやては気が重かった。自身も耐え切れずに気絶しただけに、なのはが機動六課内部でキレない事を願うしか無い。

 今、愛機である【レイジングハート・エレメンタル】をなのはは所持していない。【デバイス】ではなく【デジバイス】である【レイジングハート・エレメンタル】を機動六課に持ち込むのは、流石にフリートが赦さなかった。

 囮である機動六課が無くなるのは不味い。潰すのがスカリエッティ達ではなく、なのはに成るのは流石に笑えないので、【レイジングハート・エレメンタル】は没収したのである。代わりになのはにはフリートがこの世界に来る前に作製したデバイスを明日、機動六課に呼ばれる事になるであろう人間に化けたタオモンが届ける予定になっている。

 因みにデバイス関連の話の時に、【レイジングハート・エレメンタル】が強固に反対意見を述べたが、なのは本人の説得で何とか説得は成功した。

 

「この仮面のおかげで、私の声も変わっていた。問題なく潜入出来る筈だ」

 

「せやけど、大丈夫やろうか、なのはちゃん?」

 

「コレばかりは信じるしかあるまい」

 

「せやな……それでタオモン……どうやった?」

 

「……聞く必要は無い筈だ。ディーアークを通して見ていたのだからな」

 

「……出来れば否定して欲しかったわ」

 

 リニアレールの事件の時から分かっていた事だった。

 あの場でフェイトとタオモンが戦い続ければ、確実にタオモンが勝っていた。緊急事態と言う事でフェイトが飛行出来たとしても、リミッターを付けて魔力とデバイスに制限が掛けられている状況で本領を発揮出来る訳が無い。

 機動六課の隊長陣はリミッターを付けた状態で格上の相手と戦った時に、経験と技術で補うしか方法が無いのだ。だが、格上の相手がリミッターを付けた機動六課の隊長陣達よりも経験と技術が劣っている事など在り得ない。

 タオモン一体でも充分に現状の機動六課に甚大なダメージが与えられる事が、先ほどの戦闘に寄って判明したのである。

 

「……FWメンバーもその事実には気づいてないみたいやし……やっぱり、一度ぐらい攻めた方がえぇやろうか?」

 

「その判断はなのはに任せるべきだぞ、はやて。必要ならば連絡が来る筈だ」

 

「分かっとるよ。さて、あっちの方はどうなったか」

 

 この場には居ないフリート達は、【聖王のゆりかご】の調査に向かっていた。

 【聖王のゆりかご】さえ【寄生の宝珠】に寄生されていなければ、まだ最悪の事態は免れる事が出来る。最もその可能性は低い事をはやてとタオモンは知っている。

 ビルの屋上からはやてはタオモンと共にクラナガンの街並みを見下ろす。何も知らない、クラナガンの人々は知る事も出来なかった。自分達の平穏な日常が薄氷の状態になっていると言う事を。

 その事実を知っているはやてとタオモンがクラナガンの街を見下ろしていると、横に空間ディスプレイが展開され、神妙な顔をしたフリートが映し出された。

 

『……最悪の可能性は当たっていました。既に【聖王のゆりかご】は消失していました。影も形も存在せず、大空洞だけが残されていました』

 

「……先ずは機動六課が設立される事になったカリムの予言の内容の確認……それと地上本部への渡りを付ける手段の構築……カリムの方は頼むわ、タオモン」

 

「分かった」

 

『私はルーテシア・アルピーノの捜索ですかね。序にガジェットを捕獲して解体して内部を調べて見ましょう。地上本部に、正確に言えばレジアス・ゲイズに渡りをつけるなら、手土産は必要ですからね』

 

「お願いしますわ」

 

 最悪の事態になったのならば、最善をもって最悪の事態を回避する。

 クラナガンの街並みから踵を返したはやての顔は、休暇を楽しむ顔でも、この世界の自身に対して悩む顔でもなく、冷徹な機動六課の部隊長の顔になっていたのだった。

 

 

 

 

 

 機動六課医務室。

 襲われたタバネを連れて帰還したフェイトは、そのまま医務室に運び、医務官であるシャマルに検査を行なって貰っていた。

 

「それでシャマル。容体の方は?」

 

「軽い打ち身程度ね。安静にしていれば大丈夫よ」

 

「……ありがとうございます」

 

「……ほ、本当にソックリな声ね、なのはちゃんに」

 

「ハハハハハッ、何だかその言葉、昨日もアグスタで会った局員さんに言われました」

 

「アグスタ? それに昨日って? 貴女、もしかしてあのホテルに?」

 

「はい、泊まっていました」

 

「凄い偶然ね。私達も任務で昨日行っていたの」

 

「……それで聞かせて貰って良いですか? どうして襲われていたのか?」

 

 フェイトは椅子を用意してタバネの対面に座り、シャマルも真剣な顔をしてタバネを見つめる。

 相手が何者かは分からないが、フェイトが駆け付けなければ命を失っていたかもしれない。何よりもタオと名乗った何者かは、機動六課とアグスタの事を口にしていた。

 どちらも自分達に関係しているだけに他人事では無い。フェイトとシャマルは真剣な顔をして、暗い顔をするタバネを見つめる。

 

「……私にもよく分からないんです。いきなり街を歩いていたら襲われて」

 

「結構遅い時間だったけど、どうして外に?」

 

「友達から連絡が在って、急用が出来たから来てくれって頼まれて……その途中でいきなり、あの人に襲われたんです……私が……密輸品(・・・)を盗み出すところを見たって言って来て」

 

『密輸品!?』

 

 告げられた事実にフェイトとシャマルは顔を見合わせた。

 昨日の調査では密輸品の報告など無かった。ガジェットの襲撃からアグスタは無事に護り切れ、オークションも無事に開催された。昨日の任務は確りと終えた筈なのだ。

 だが、もしも密輸品が在ったとなれば話は変わる。機動六課のアグスタでの任務内容の中には、密輸品の取り締まりも含まれていたのだから。

 

「た、確かなの?」

 

「……分かりません。あの人が言っていただけなので……でも、覚えみたいな事が在るんです」

 

「覚えって?」

 

「はい。あの何だか昨日のアグスタで機械のような物の襲撃が在りましたよね?」

 

「えぇ……名称はガジェットドローン。私達機動六課がアグスタの襲撃から護った機動兵器よ」

 

 シャマルはタバネにガジェットの説明を行ない、タバネは顔を下に俯ける。

 

「……実は私……戦闘が終わった後に、裏口から外に出たんです」

 

「裏口から外に? ちょっと待って、裏口には警備員が居た筈だけど?」

 

「……居ませんでしたよ、警備員なんて」

 

 タバネの発言にフェイトとシャマルは顔を見合わせた。

 可笑しいのだ。ホテルの出入り口にはアグスタの警備員が護衛を行なっていた筈。なのに、タバネが出たと言う裏口には警備員が居なかった。

 実際、タバネがティアナに会いに行く時に裏口には警備員は居なかった。その原因はワーガルルモンXが見つけた密輸品を隠す為に、呼び出されたからだった。言うまでも無くワーガルルモンXに気絶させられたので、裏口の警備に戻れる筈が無い。

 

「ソレで、外に出ても良いのかなと思って外に出たら、ホテルの裏側の警備をしていた局員さんに会ったんです」

 

「それって、もしかして……その局員の名前はティアナ・ランスターじゃないかしら?」

 

「はい、そうです」

 

(フェイトちゃん。彼女の話に矛盾は無いわ。確かに戦闘後ティアナちゃんは、ホテルの裏側の警備を行なっていたから)

 

(じゃぁ、裏口に警備員が居なかった話も?)

 

(本当だと思うわ……でもそうだとしたら)

 

(うん。彼女が言っていた密輸品の話に、アグスタの関係者が関わっている可能性が出て来る)

 

 フェイトとシャマルは念話でやり取りして確かめ合った。

 だとすれば密輸品を見つけられなかった事にも納得出来る。

 味方だと思っていた場所が、実は密輸品の売買を取り扱っていたのだから。とは言え、まだ本当がどうかは分からない。あくまでタバネを襲ったタオと言う人物が告げた事なのだから。

 

「その後、ランスターさんが上司に呼ばれた後、私もホテルの中に戻ろうとしました。でも、その時に、変な音が裏口にある駐車場の入り口から音が聞こえたんです?」

 

「どんな音ですか?」

 

「え~と、シャッターを開けるような音が……何だろうと思って駐車場に向かおうとしたんですけど、私を探しに来た友達に呼ばれて……それで駐車場には行かなかったです」

 

「……つまり、貴女は密輸品が在ったのは見てないんですね?」

 

「……はい。だけど、あの……タオって人は、私が見たって言って襲い掛かって来たんです。見てないって言っても、『疑わしき者には消えて貰うのが、我らのやり方』って言って」

 

「まさか……疑わしいと言うだけで貴女の命を奪おうとしたの!? そのタオって人は!?」

 

 信じれないと言う気持ちでシャマルは叫び、タバネは命を狙われた恐怖を思い出したのか、自身の体を抱き締めた。

 フェイトはそんなタバネの肩に手をやり、安心させるように声を掛ける。

 

「安心して下さい。此処は安全ですから」

 

「でも!? 外に出たらまた命を狙われる! だって、だって!? 私はアグスタを護衛していた機動六課の局員の貴女に助けられたんですよ!?」

 

「ッ!?」

 

 タバネの発言にフェイトは目を見開いた。

 経緯はどうあれアグスタを護衛していた機動六課に所属しているフェイトに、タバネは襲って来たタオから助けられた。密輸品の話が本当かどうかは分からない。だが、真実であれば密輸品を強奪したところを見たと思っているタオは、タバネを殺そうとするだろう。

 密輸品が強奪された場合、強奪した犯人を捕らえるのは難しい。何せ強奪した密輸品そのものが違法な代物なのだ。密輸品を取り扱っている側が、管理局の人間に報告する筈が無い。

 密輸品は何者かに秘密裏に強奪された時点で、迷宮入りしてしまう可能性が最も高い案件なのだ。

 

(だから、あのタオはこの人を殺そうとした。唯一の証人になる可能性が在るこの人を)

 

 フェイトが命を狙われた恐怖に脅えるタバネの姿に、嘘は見えない。

 因みにこの時のタバネの頭の中には、殺意全開本気のブラックに襲い掛かられると言う恐怖としか思えない光景が広がっているので、怯えているのは本当である。

 だが、タバネはハッとして申し訳なさそうにフェイトに顔を向ける。

 

「す、すいません……助けて貰ったのに」

 

「……いえ、此方こそ……もし、本当に密輸品の話が本当だったら、私達にも責任が在ります」

 

「今日はもう休んで……さぁ、こっちのベットに」

 

 シャマルは安心させるように笑みを浮かべながらタバネを、医務室のベットに案内する。

 案内されたタバネは、ベットに横になり目を閉じた。それを確認したシャマルはカーテンを引き、タバネの視界を遮ると、真剣な顔をフェイトに向ける。

 

「フェイトちゃん」

 

「分かってる。すぐにはやてに伝えて、アグスタの方を調べて見る。もう一日経過しているから、証拠が残っているか分からないけれど……それとシャマル」

 

「分かってるわ。あのタバネって人となのはちゃんの声紋チェックね」

 

「うん。ただ似ているだけかも知れないけれど……私にはなのはの声にしか聞こえなかったから……もしかしてあのタバネって人は」

 

「考え過ぎだと思うわ、フェイトちゃん。何よりも容姿が違い過ぎるもの」

 

(因みに声紋チェックも無駄だよ、フェイトちゃん)

 

 眠ったフリをして聞き耳を立てていたタバネは、布団に顔を隠して口元を笑みで歪めた。

 既に機動六課のシステムはフリートが送ったウィルスに浸食されている。幾ら調べようとタバネに関する事は虚偽の情報しか示さない。また、昨日の内にアグスタの方にも手は打っておいたので、密輸品に関する確証までは得る事が出来ない中途半端な僅かな証拠が残っている。

 機動六課はタバネを保護しなければならない状況に追い込まれる事になる証拠が。

 

(密輸品を見つけられなかったのは機動六課の失態。その失態で危うく民間人が死に掛ける。運よく保護出来たけど、機動六課が保護した事に寄って犯人は民間人を殺さないと行けない立場に追い込まれた。そして機動六課も迂闊に私を外に離せない。離して死なれでもしたら、大失態だから)

 

 普通ならば他の部隊に預けると言う手段が在る。

 だが、地上で唯一機動六課だけはソレが出来ない。密輸品に関する事。ソレに付属しての殺人未遂。

 これ等は全て機動六課がアグスタで密輸品を取り締まれなかった事から始まっている。

 地上で敵が多い機動六課の大失態を、地上の部隊が見逃すが筈が無い。つまり、機動六課はどうやってもタバネを保護して、尚且つ密輸品を強奪したと思われるタオを捕まえなければ行けない状況に追い込まれるのだ。

 

(明日が楽しみだね。さて、どうやって、ティアナ達に接触しようかな)

 

 アグスタでの思い悩みから考えて、ティアナがやっている事をタバネは予測出来ていた。

 

(……無茶しているだろうから、早めに何とかしたいけれど……出来るのは明日の夜からになりそうだね。デバイスが来るのも明日だし、とにかく明日からだね……お願いだから、私を怒らせないでね、機動六課)

 

 そうタバネは思いながら目を閉じて、本格的な眠りに着くのだった。

 

 

 

 

 

 朝日に照らされる機動六課の隊舎の傍の森の中。

 ティアナ・ランスターとスバル・ナカジマは、その場所で自主練を行なっていた。

 前回のアグスタでの護衛任務での失敗を繰り返さない為に、ティアナはアグスタの任務を終えた日から、スバルは昨日の早朝から二人はずっと訓練を行なっていた。昼間の隊長陣との正規訓練の後に、僅かに休憩をした後に即座に自主練を行なっていた。

 そして朝早くに起きて早朝訓練が始まる前にも自主練を二人は行なっている。明らかに二人の鍛錬はオーバーワークで在るのだが、ソレでも二人は止めなかった。二度と過ちを繰り返さない為に、足手纏いにならない為にと、二人は自主練を続けている。

 その二人の様子を森の木々の影から見ていた人物は、予想通りの光景に溜め息を吐くと、熱中してスバルとの連携に集中しているティアナの背後に音も無く忍び寄り、ティアナの肩に手を置く。

 

「こんなに早い時間に何してるのかな?」

 

「ッ!?」

 

 いきなり肩に手を置かれて、毎日聞いている声に思わずティアナはビクッとした。

 すぐさま背後を振り返り、頭を下げて謝罪する。

 

「すいません、なのはさん! 自主練に熱中していて!」

 

「えっ!? なのはさん!?」

 

 ティアナの声に頭上に張り巡らせていたウイングロードからスバルは慌てて飛び降り、ティアナの横に降り立つと同じく頭を下げた。

 

「なのはさん! ごめんなさい!」

 

「……ハァ~、私の声って、そんなに高町なのはさんって人と似ているのかな?」

 

『……えっ?』

 

 スバルとティアナは頭を下げながら顔を見わせ、恐る恐る顔を上げてみると、困ったように額に手を当てている黒髪をポニーテールにしている女性が立っていた。

 その人物に見覚えが在るティアナは目を見開いて、思わず叫んでしまう。

 

「シ、シノさん!? 何で機動六課に!?」

 

「シノさんって? こ、この人がなのはさんに似ている声の人なの!?」

 

 アグスタでなのはの声に良く似た人物に出会った事は、ティアナからスバルは聞いていた。

 しかし、その人物がどうして機動六課に居るのかと二人が困惑していると、タバネは悩むように腕を組む。

 

「う~ん……言っちゃって良いのかな?」

 

「ワァッ! 本当になのはさんと同じ声だ!?」

 

「……会う人、皆にソレ言われるね。でも、私は高町なのはさんじゃくて、タバネ・シノだよ。宜しくね」

 

「は、はい! 初めまして、スバル・ナカジマです! え~と、アグスタでティアがお世話になったそうで」

 

「お世話なんてしてないよ、勝手に私がお節介を焼いただけだから」

 

「それで……どうしてシノさんが機動六課に居るんですか?」

 

 タバネは局員ではなく民間人だった筈。

 それなのに機動六課にタバネが居る。会った事が在るティアナも、そしてスバルも訝し気な視線をタバネに向ける。

 困った顔をタバネは浮かべるが、観念したのか、ティアナとスバルに説明する。

 

「実は……昨日の夜に暴漢に襲われて、此処の部隊長さんに助けて貰って保護して貰ったの」

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!!!』

 

 告げられた事実にティアナとスバルは思わず叫んでしまった。

 因みにアグスタの密輸品関係の話をしないのは、タバネの配慮である。密輸品関連の責任は内部を護っていた隊長陣の方が重いが、ティアナもホテルの裏側を警備していた経緯が在る。

 ただでさえストレスが溜まっているティアナに、これ以上の心労は悪影響を与えるとタバネは判断し、密輸品の話を隠す事にしたのだ。決して隊長陣の心証が悪くなるからと言う配慮ではない。

 

「それでこの機動六課の医務室に泊まったんだけど……慣れない場所で寝たせいで早起きしちゃって……医務官の八神シャマルさんに許可を貰って機動六課の敷地内散歩していたんだけど……此処って凄い広いんだね」

 

「……あのもしかして?」

 

「シノさんが寮近くまで居る理由って、まさか?」

 

「……迷子になっちゃった」

 

 ズルッとティアナとスバルは肩から力が抜け、タバネは困ったように笑みを浮かべながら両手を二人に向かって合わせる。

 

「お願い! そろそろ約束の時間なの!? 医務室まで案内してくれないかな?」

 

「……ハァ~、仕方が無いか。スバル、今日の訓練は止めましょう」

 

「うん。困っているみたいだしね」

 

「ありがとう、二人とも!!」

 

 嬉しそうにタバネはティアナとスバルに礼を言い、言われた二人は僅かに困惑するように顔を見合わせた。

 タバネの声は高町なのはと似ている声なので、まるで高町なのはに礼を言われているようなむず痒い感覚を感じたのだ。

 しかし、当人であるタバネはニコニコと笑みを浮かべて二人を見つめる。

 

(やっぱり、オーバーワークで訓練していたね。何とかしないと、体が持たないよ。早急に何とかしないと行けないね)

 

 そう内心でタバネが考えてるとも知らずに、ティアナとスバルは医務室へとタバネを案内するのだった。




因みに言うまでも在りませんが、リミッター付きのフェイトがタオモンと戦った場合、タオモンが勝ちます。
ディーアークも所持していないのでタオモンのデータも調べられず、技も分からない。
タオモンとの相性も悪いので、リミッターを付けたフェイトがタオモンに勝てる可能性は皆無です。

最初はそれなりに戦う予定でしたが、戦ったら大怪我を負わせると判断して即座に退きました。

次は久々の本編です。


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今回の話には重要な本編のネタバレが出ています。
ソレが嫌だと言う方はプラウザバックでお願いします。


 機動六課の敷地内をティアナとスバルは、タバネを案内しながら互いの事を話していた。

 

「へぇ~、じゃあシノさんは嘱託魔導師だったんですね」

 

「元だけどね。今は喫茶店の店員なんだよ」

 

「どうして嘱託魔導師を辞めたんですか?」

 

「……昔、ちょっと大怪我してね。それでもう魔導師としてはやっていけないって、判断されて資格を取り消されたんだ」

 

「あっ……すいません」

 

 聞いては行けない事を聞いてしまったと思い、スバルはタバネに謝罪した。

 横で聞いていたティアナも罰悪そうな顔をするが、タバネは全く気にした様子は見せずに微笑む。

 

「気にしないで。色々と在ったけど、喫茶店で働くのは楽しいから」

 

 本当に楽しそうにタバネは笑顔を浮かべ、ティアナとスバルはタバネが嘱託魔導師を辞めた事を悔いていないと理解した。

 今の仕事に心の底から充実している事は、タバネの雰囲気から察する事が出来る。

 

「でも、まだまだでね。一緒に働いている皆や喫茶店を経営しているお父さんやお母さんには迷惑かけ通しなんだよ」

 

「親子で喫茶店を?」

 

「うん。でも、本当にまだまだでね」

 

「……ちょっと意外です。シノさん確りしてそうですから」

 

「私まだ十九歳なんだよ? 私よりも長く喫茶店をやっているお母さん達に比べたらまだまだに決まっているでしょう」

 

『えっ? 十九?』

 

 思わずティアナとスバルは同時に呟いてしまい、マジマジとタバネを見てしまった。

 タバネの発する雰囲気は下手な大人よりも大人びているので、てっきりもっと年上かと二人は思っていたのだ。

 それを察したタバネは落ち込みながら、ティアナとスバルに尋ねる。

 

「……もしかして二人とも? 私の事、もっと年上だと思ってた?」

 

「い、いえ」

 

「お、思って無いですよ」

 

「……そういう事にしておくね。あんまり深く突っ込むと、私の方がダメージ大きくなりそうだから」

 

 自分でも精神年齢が実年齢よりも上がっている自覚はあったが、こうして他人に指摘されると何気にショックだった。

 だが、ある意味では仕方が無いだろう。タバネがコレまで戦って来た相手は、冗談抜きで神や魔王の称号が相応しい相手ばかりで、魔導の師匠も超越的な存在なのだ。コレだけとんでもない存在を相手にしていて、精神年齢が実年齢よりも下と言う事は在り得ない。

 何気に自分が常識から外れた人生を送って来たのだと改めて理解したタバネは、思わず遠い目をしてしまう。

 ティアナとスバルはその様子に指摘しては行けない事をしてしまった事に気がつき、どうすれば良いのかと顔を見合わせる。

 すると、横を歩いていたタバネの足が突然に止まった。一体どうしたのかとティアナとスバルが前を見てみると、隊舎の入り口から教導隊の制服を着た高町なのはが出て来た。

 

「あっ! なのはさん!」

 

「スバル、それにティアナ。早いね。まだ、早朝訓練の始まりの時間じゃないのに」

 

「いえ、ちょっと」

 

「ん? それでそっちの人は誰かな? 六課の人じゃないみたいだけど」

 

「え~と、此方は」

 

 ティアナはタバネを紹介しようするが、その前にタバネがなのはに近寄り笑みを浮かべながら挨拶する。

 

「初めまして、タバネ・シノです」

 

「えっ?」

 

 タバネの口から聞こえて来た声に、思わず高町なのはは驚いた。

 今、タバネの口から聞こえて来た声は、毎日聞いている声。自分の声だった。

 

「貴女が高町なのはさんですね。昨日フェイト・テスタロッサ・ハラオウンさんや八神シャマルさんが言っていました。私と似た声の人だって」

 

「……もしかして貴女が昨日の夜にフェイトちゃんに保護された人ですか?」

 

「はい。そうですよ、機動六課分隊長さん」

 

(ねぇ、ティア? シノさんの雰囲気がちょっと変わったような気がするんだけど、気のせいかな?)

 

(そんなの分かんないわよ。でも、やっぱりシノさんとなのはさんは別人だったわね)

 

 念話でスバルとティアナはやり取りし合った。

 もう分かり切っていた事だが、こうしてタバネとなのはの二人が出会ったのだから、二人はやはり別人と言う何よりの証拠。しかし、こうして二人の声を聞いて見ると、やはり同一の声にしか聞こえない。

 世の中には似た人が何人かいると言うが、声だけが似た人もいるのだとティアナとスバルは思わず感心してしまった。

 

「シャマルさんから聞いていると思いますけど、後で部隊長から昨晩の事情を改めて聞かれる事になると思います」

 

「はい。それじゃ、ランスターさん、ナカジマさん。此処まで案内してくれてありがとう。訓練、頑張ってね」

 

「あっ、医務室まで案内しなくて大丈夫ですか?」

 

「此処から先は大丈夫だから……訓練で無理はしないでね」

 

 タバネは心配そうにするティアナの肩に手を置きながら、高町なのはに聞こえるぐらいの声で呟いた。

 その言葉にティアナはハッとした顔をし、スバルも思わずタバネに目を向けてしまった。二人には訓練の激励をしていると思っている高町なのはとは違い、タバネの言葉の本当の意味を察する事が出来た。

 つまり、タバネが自身が迷子になっていると告げたのは、ティアナとスバルの訓練を止めさせる口実だったのだ。タバネの目から見て、二人の訓練は機動六課で行なわれている正規の訓練に疲れを残してしまうレベルでの訓練だった。

 疲れが残らないレベルでの自主練ならば止めるつもりは無かったが、明らかに疲れを残すレベルでの訓練だった為に、迷子と言う口実を使って訓練を中断させたのである。

 

(昨日もやっていただろうから、オーバーワークになっていた筈……それなのに昨日の時点で気がつかなかった)

 

 思わずタバネは左手を強く握ってしまう。

 会いたくは無かった。会えば確実にストレスが溜まると、コレまでの経緯から分かり切っていた。

 だが、ティアナも事情が在る程度分かってしまったので放置は出来なかった。

 同時にタバネは理解してしまった。機動六課隊長陣が、今だにティアナがミスショットをした原因に気がついていない事を。

 

(……もしかして!?)

 

 フッとタバネは一つの可能性が在る事に気がついた。

 機動六課隊長陣はティアナのミスショットの原因に気がついていないのではなく、別の事が原因でミスショットを引き起こしてしまったと勘違いしている可能性に。

 無意識に表情が変わらないように意識しながら、タバネは笑みを浮かべてティアナとスバルに告げる。

 

「訓練を頑張ってね。それじゃ」

 

 タバネはそう告げると共にティアナ、スバル、高町なのはに背を向けて機動六課隊舎内へと入って行くのだった。

 

 

 

 

 

 ミッドチルダの首都クラナガンの街中にあるそれなりの大きさを持ったアパートの一室。

 そのアパートの一室の中でフリートは、はやてと共に現在の状況を平行世界にいるリンディに報告していた。

 報告を聞いたリンディはフリートが予測していた最悪の事態に事が及んでしまっている現状に、頭が痛いと言う気持ちで一杯だった。

 

『……最悪ね。よりにもよって、フリートさんが予測していた最悪の事態に既になっていたなんて』

 

「えぇ、正直言葉も無い状況です。とは言え、本当にもう打てる手が少なくなって来ました」

 

 実際、フリート達が打てる手は少ない。

 幾ら個人の実力が高くても、【寄生の宝珠】によって未知の進化を遂げているであろう【聖王のゆりかご】に対処し切れる可能性は低い。何せ時空管理局と言う巨大な組織と、その組織が関係している世界全てを滅ぼす為の進化だ。

 ほぼ間違いなく大軍勢で攻めて来るに違いない。幾ら究極進化を会得しているなのはとはやてでも、ミッドチルダ全土に同時に攻められでもしたら、護り切れる訳が無いのだ。

 因みにフリートが本気の全力を発揮すれば、取りあえずミッドチルダだけで被害は治まるが、結局数え切れない人々に犠牲者が出るのは間違い無かった。

 

「一応方針としては、地上本部と手を結ぶつもりですが……何処まで持ち堪えられるかのレベルです」

 

「だから、リンディさん……増援を頼めませんでしょうか?」

 

 フリートとはやてがリンディに連絡を取った理由は一つ。

 新たな戦力の補充だった。事が起きた時に、少しでも犠牲者を減らす為にも、自分達の世界から増援を頼むしかない。

 リンディも充分に納得出来る事情なのだが、残念ながら増援をすぐに送れると言う保証は出来なかった。

 

『事情は分かったわ……確かに増援が必要なのも……だけど、ごめんなさい。ちょっとすぐには無理なのよ』

 

「あぁ、やっぱり、ブラックは無理でしたか」

 

『えぇ。事情を説明したんだけど……『意思の無い奴らと戦ってもつまらん。自分達で勝手に危険物を放置したのだから、自分達で処理すれば良い』って言って……聞く耳も持ってくれなかったわ』

 

 分かりきっていた事だが、やはりブラックの援護は無理だった。

 戦闘狂のブラックでは在るが、求めている相手は強い意志や信念が宿っている相手。【寄生の宝珠】は確かに絶大な力を持っているが、それはあくまで覚醒した場合であり、またブラックが求めている様な敵ではない。

 無論改めて現状を説明すれば、ブラックも興味を覚えるだろうが、確実な援護は期待出来ない。何よりも今回の件には管理局の不備の部分も存在している。他人の尻拭いどころか、自分達で災厄を放置しているような状況なのだから、ブラックが確実に動く保証は何処にもない。

 フリートが動いているのもあくまで【寄生の宝珠】がアルハザードに関係する物だからであり、はやて達にしても無関係な一般人に犠牲を出さない為でしかない。

 それにブラックが来ても、既に覚醒して動き出している【寄生の宝珠】の脅威を止め切れる保証が無いのだ。

 最終的には【寄生の宝珠】を止められるだろう。だが、その過程でどれほどの犠牲者が出るか分からない。

 最早強力な個では解決し切れない事態になってしまっている。必要なのは強力な個ではなく、軍の戦力。

 ソレに該当する存在が、フリート達の世界には存在している。

 

『……その上、事態が其処までになっているなら、やっぱり』

 

「えぇ……好転させるのには、あの子とそのパートナーデジモンの力が必要です。個の究極体じゃなくて、群の究極体」

 

『……【冥府の炎王】イクスヴェリアさんとそのパートナーデジモンであるクラモンの力が必要になってしまったのね』

 

 【冥府の炎王】イクスヴェリア。

 古代ベルカの王の一人であり、現代で目覚めた。様々な経緯に寄ってクラモンと言うパートナーデジモンを得て、究極進化も会得している。

 しかし、七大魔王デジモンとの決戦の後、イクスヴェリアとクラモンは自らの究極進化を封印した。その理由はイクスヴェリアとクラモンが会得した究極進化の個体が、個の究極ではなく、群の究極だったからだった。

 究極体のデジモンはそれぞれ個を極めていると言って良い。だが、その究極体の中で群と言う究極を極めたデジモンが存在している。イクスヴェリアとクラモンはそのデジモンへと進化出来るのだ。

 故にイクスヴェリアとクラモンは究極進化を【デジタルワールド】の守護デジモン達に頼み封印したのである。

 群の究極体デジモンは恐ろしい脅威を何れ人々に抱かせてしまう。その事を古代ベルカ時代の戦争を経験したイクスヴェリアは悟り、クラモンとの絆の象徴でありながらも封印を決意したのだ。

 

『……事情を説明すればイクスヴェリアさんとクラモンは協力してくれるでしょうけど……問題は』

 

「守護デジモンの方々にどう説明すれば良いのかですよね」

 

「平行世界に干渉するなって、言われるのが目に見えてますわ」

 

 フリート達が現状やっている事は、幾ら理由が在ったとしても本来ならばやってはならない平行世界への干渉である。守護デジモン達が封印を解除してくれるとは思えない。

 

『……一つだけ、方法が在るには在るんだけど……恐らくブラックが事情を聞けば喜んで協力してくれるわ』

 

「……あぁ、確かにソレしか無いですね」

 

「ブラックウォーグレイモンにしか出来ない手段ですわ」

 

 話し合いで納得出来なかった時に使う最後の手段。

 つまり、守護デジモン達と戦い、許可を得ると言う手段。ブラックならば喜んで手伝ってくれるに違いないが、時間の問題が在る。

 前回の世界のスカリエッティの行動を考えるならば、先ず間違い無く本格的に動き出すのは、地上本部で行われる【公開意見陳述会】の時しかない。時空管理局の名誉を潰し、尚且つ次元世界を震撼させるには打って付けの時。

 【寄生の宝珠】に寄って次元世界を滅ぼす為に進化した【聖王のゆりかご】は、その時に一気に動き出す可能性が高い。【寄生の宝珠】はただ無計画で世界を滅ぼす訳ではない。効率的に世界を滅ぼす為の最悪のアルハザードの兵器なのだ。時間の流れが違うとは言え、【公開意見陳述会】が行なわれる時までに四つの【デジタルワールド】に赴き、守護デジモン達から封印の解除許可を得なければならない。間に合うかどうかは残念ながら分からないとしか言えなかった。

 

『すぐにブラックに提案して動いて貰うわ……絶対に喜んで協力してくれるから、この件は安心して頂戴』

 

「分かりました。後イクスヴェリアちゃんとクラモンには謝っておいて下さい。せっかくのヴィヴィオちゃんと友達とのピクニックを邪魔する訳ですから」

 

「後日必ず埋め合わせはさせて貰います」

 

『分かったわ……で、話は変わるけど、なのはさんが其方の世界の機動六課に行ったそうね?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「皮肉な事に、機動六課はこの世界のスカリエッティに狙われる理由が在り過ぎる部隊ですんで」

 

 最終的なスカリエッティの目的は、【生命操作技術の完成】。

 機動六課には【プロジェクトF】で生み出されたフェイトにエリオ。そして【戦闘機人】のスバルが居る。【生命体操作技術の完成】を目指し、世に認めさせようとしているスカリエッティが狙うのは充分な理由だった。

 だが、現在の世界でソレが認められる訳が無い。例え革命と言う形でも結局は認めない者達との争いになる。

 もしもスカリエッティが望む世界を創るとしたら、それこそ一度世界を滅ぼして新たに創り直すしかない。

 

「アイツにだけは【寄生の宝珠】が渡ったら不味かったんです。何せ【寄生の宝珠】はどんな使い方をしても、結局世界を滅ぼす以外に使い道はありません。普通ならば絶対に使う筈が無い筈なんですけど、スカリエッティだけは別なんです。奴と【寄生の宝珠】の相性は良過ぎます」

 

 世界を滅ぼす【寄生の宝珠】と、新しい世界を創ろうとしているスカリエッティ。

 普通ならば誰も使おうとさえ思わない【寄生の宝珠】だが、スカリエッティだけは使用しても、被害は最小で済む。いや、寧ろスカリエッティが知らない情報さえも、【寄生の宝珠】は解析してしまうのだから、メリットの方が多い可能性さえも在る。

 

『……とにかく、なのはさんが機動六課に居るなら最悪の事態だけは防げそうだけど……問題は堪えられるかどうかね』

 

「一応【レイジングハート・エレメンタル】は、持って行かせませんでしたよ。アレは調べられたらロストロギア認定を受ける代物ですから。代わりにレナモンが、私が造った現代で造れる範疇のデバイスを届けに向かってます」

 

「さっき機動六課から連絡が来ましたんで、今頃はもう届いていると思います」

 

『…………ねぇ、フリートさん?』

 

「ん? どうしました、リンディさん?」

 

 長い沈黙の後に声を掛けて来たリンディに、フリートは訝しんだ。

 今回は何の問題も無い筈。行動は慎重に行なっている上に、機動六課行きの申し出はなのはから出たもの。それになのはに届く予定のデバイスも、現代の技術で充分に造れるデバイス。

 確かにちょっと普通のデバイスマスターでは考えないし、考えても実行するだけ無駄にしかならないと言うコンセプトで造られたデバイスなのだ。完全に趣味の範囲にしか思えないデバイスなので、問題が無い筈なのだ。

 そうフリートは考えていた。だが、リンディは違った。

 

『……普通にデバイスが届いたら、どうすると思うの?』

 

「まぁ、少し検査ぐらいは受けると思いますけど、別に今回は問題が無い筈ですよ。だって、本当に現代の技術でも充分に造れるデバイスですから。私の世界の技術は一切使っていませんし、デジゾイドも一切使っていません。あくまで、本当に現代のデバイスに使われている金属類しか使ってませんから」

 

『そうね。確かに一見すれば、問題は無いでしょうね。でもね、重大な事を貴女は忘れているんじゃないかしら?』

 

「えっ?」

 

『貴女が造ったデバイスと言うだけで問題なのよ!? 忘れたの!? クイントさんから頼まれて現代の技術で造れる範囲のデバイスを、スバルさんとギンガさんに送った時の出来事を!?』

 

「……あっ」

 

 言われてフリートは思い出し、ポンと手を叩いた。

 事情が分からないはやては首を傾げる。しかし、スバルとギンガのデバイスと言う単語で徐々に理解して行き、驚いた顔をしてフリートに振り向く。

 

「あの二人のデバイスを造ったのは、フリートさんやったんですか!?」

 

『そうよ。クイントさんに頼まれてフリートさんが造ったのよ。最初は私も問題が無いと思ったんだけど、送って見たら地上本部にゲンヤさんが持ち込んで解析して、その結果』

 

「……地上本部の所属のデバイスマスターが、何故かあの二つのデバイスを至高の芸術品だとか叫んでしまい、同じ物を造り上げる為にマッド化が進んでしまったんですよね」

 

 そもそもフリートの技術力は、現代でロストロギアと呼ばれる物を解析して同じ物を造れるレベルである。

 つまり、現代レベルに技術力を抑えても、現代で最高峰の代物が出来てしまうのだ。本人が劣悪な物を造ろうとすれば別だが、ソレは技術者としての誇りが赦さないので無理。

 

「いや~、でも今回は問題ないですよ。だって、この世界の機動六課は、地上で仲の良い部隊なんてほんの僅かなんですよ。しかも、機動六課でデバイスの調整を扱っているのは一人だけですから」

 

『その一人に凄い影響が出ると思うのは、私の気のせいかしら?』

 

「別に良いんじゃないですか? ハッキリ言ってデバイスマスターとして三流ですから」

 

『……随分と棘が在るわね。貴女にしては珍しいわ』

 

 基本的にフリートは自身よりも技術が劣るとは言え、その技術者を貶めたりはしない。

 それぞれの技術者の独自性さえも、フリートに取っては研究対象なのだから。だが、例外が在る。

 技術者として最低限のルールすら護らない者に対しては、フリートは何処までも辛辣になるのだ。

 嘗てなのはが使っていた初期段階の【レイジングハート・エクセリオン】など、フリートに取っては赦せる代物では無い。

 そして機動六課はそのフリートの琴線に触れてしまう事をやってしまっていたのだ。リニアレールの事件の時に。

 

「リンディさん……私は自分の造る物を誰かに渡す時は、入念にチェックして渡します。今回なのはさんに渡す予定のデバイスも調整しましたし、私達の世界のクイントさんの娘さん達にデバイスを送る時も、ゲンヤ・ナカジマに注意事項の紙の束を送り付けました。ですけど、機動六課のデバイスマスターはやってしまったんですよ。微調整が完全に済んでないデバイスをFWメンバーに渡して、任務に参加させると言う事をね」

 

『……ハァ~、貴女が怒るには確かに充分な理由ね』

 

 技術者として到底見過ごせない事なのだ。

 いきなり渡された物を即座に扱い切れる者は先ずいないと言って良い。例え扱う者のデータを基にして造った物だとしても、性能の差と言う問題が在る。幸いと言って良いのかは分からないが、リニアレールの時に問題は起きずに済んだ。

 だが、ソレで済ませられる事態では無い。例えばキャロの竜召喚だが、リニアレールの時が本当に初めての成功だった事も、フリート達は既に調べ上げている。微調整が完全に済んでいないデバイスで、竜召喚が成功したのは本当に運が良かったと言って良い。そのぐらい竜召喚とは扱いが難しく、危険な魔法なのだ。

 でなければ、とっくの昔にこの世界のキャロは竜召喚を成功させていただろう。

 

「私も知った時は、胃が痛くなりましたわ。いや、ほんまにこの世界の私は何してるんやて思いました」

 

『……耳が少し痛いわね』

 

 昔、なのはにぶっつけ本番で尚且つ当時は研究段階だったカートリッジシステム搭載のインテリジェントデバイスを渡した過去が在るリンディにとっては、少しばかり耳が痛かった。

 

「と言う訳で、影響が出ても今回は私責任取りません。寧ろ影響を受けて良い方向に転ぶんじゃないですかね」

 

『其処まで言うなんて……ハァ~、なのはさんがキレない事を本当に願うしかないのね』

 

「正直キツイと思いましたから、リンディさん愛用の胃薬を渡して置きました」

 

『私愛用と言う時点で、凄く不安になったわ。とにかくこっちも急いで動くから、其方も出来る事を全部やって頂戴。今回ばっかりは、フリートさんも全力でね』

 

「言われなくてもそのつもりですよ。既に手は打っています」

 

「なのはちゃんにデバイスを届けたら、レナにはそのまま聖王教会への潜入を頼んでます。リインとガブモンにはガジェットの捕獲を頼みましたわ」

 

「どうにも可笑しいんですよ。【寄生の宝珠】がスカリエッティ達側に在るなら、あの程度の機動兵器で済む筈が無い筈なんです」

 

 【寄生の宝珠】がスカリエッティ側に在るならば、ガジェットの性能が余りにも低過ぎるのだ。

 本来ならばフリートが予測していたレベルのガジェットが、ミッドチルダ中に飛び回っていても可笑しくない。だが、管理局が確認しているレベルのガジェットは【寄生の宝珠】が関わっているとは思えないぐらい低レベル。

 だからこそ、フリートはウーノがオークションに現れるまでスカリエッティ側に【寄生の宝珠】が存在しているとは思って無かった。

 

『……確かにそうね。幾ら【寄生の宝珠】とスカリエッティとの相性が良いとは言え、フリートさんの話だと本来は【寄生の宝珠】は制御出来ない代物の筈だから……その辺りはどう考えられるのかしら?』

 

「う~ん……もしかしてですが、スカリエッティの奴。使い方を間違ったのかも知れません」

 

「間違った? どう言う意味ですか? ソレは?」

 

 思考が機動六課の部隊長に戻っているはやては、少しでも情報を得ようとフリートに質問した。

 

「【寄生の宝珠】は説明した通り、先ず相手側の情報を収集する事から始まります。最後の【寄生の宝珠】がスカリエッティの所に在る前は、何処に在ったのかは不明のままですが、もしもオークションに出展された【寄生の宝珠】と違い、録に情報も集められない状況に在って、情報が不十分な状態で起動した場合、【寄生の宝珠】は情報取集を最優先にします。因みにこの場合の起動には問題が在りまして、情報を集め終えた後の起動と違って、直接データ取集が行なわれてないので、長い間、世界を滅ぼす為の最適化が出来ず、最適化前に破壊する事が可能なんですよ」

 

「せやったら、まだ、間に合うんじゃないですか!?」

 

「……無理でしょう。ガジェットが姿を現して、もう何年も経っているんですよ。既に充分な最適化状態になっている可能性が高いです。探知機器を総動員しても、【聖王のゆりかご】を見つけられずにいるのが何よりの証拠です」

 

『楽観視は出来ないわね。それじゃ、そっちも出来る事は全部やって頂戴ね』

 

 そう告げると共に、リンディとの通信が途切れ、フリートとはやては即座に今後の行動に関して念入りに話し合いを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 機動六課隊舎内の食堂。

 昼食の時間と言う事で隊員達で賑わい、それぞれ思い思いに食事を取っていた。

 その中にはFWメンバー四人の姿も在り、四人は仲良く昼食を取っていた。

 

「へぇ~、そのタバネさんって人。そんなになのはさんに声が似ているんですか?」

 

「うん! もうソックリ! ティアから聞いていたけど、私も聞いてなのはさんと勘違いしちゃったんだよ」

 

 四人の話題は、やはり高町なのはの声と瓜二つのタバネの事だった。

 容姿は全く違うが、声だけはソックリなので姿を見ずにタバネの声だけで判断すれば、高町なのはと間違ってしまうほどなのだ。

 

「でも、どうして機動六課に居たんですか? その人、局員じゃないんですよね?」

 

「何でも暴漢に襲われたそうよ。ソレを分隊長に助けられたって言っていたわよ」

 

「ソレ、多分フェイトさんの事ですよ。昨日も帰りが遅かったみたいですから」

 

「フェイトさんなら、やっぱり犯人は捕まえたんですよね」

 

「残念だけど、まだ捕まってないよ」

 

『ッ!?』

 

 突然聞こえて来た声に四人が振り向いて見ると、両手で昼食が載ったトレーを持っているタバネの姿が在った。

 

「相席良いかな? どのテーブルも局員さん達が座っていて」

 

「あっ、どうぞ」

 

「ありがとう、ランスターさん」

 

 相席を了承してくれた事に礼を言いながら、タバネは席に座った。

 そのままタバネの声に驚いていると、エリオとキャロに顔を向ける。

 

「ゴメンね。仲良く話していたのに、お邪魔しちゃって。自己紹介をするね。私はタバネ・シノ」

 

「いえ、構いませんよ。僕はエリオ・モンディアルです」

 

「キャロ・ル・ルシエです……でも、本当に」

 

「ね。なのはさんの声にそっくりだよね」

 

「馬鹿!」

 

 ティアナはタバネが高町なのはの声に似ている事を気にしていた事を思い出し、スバルを注意した。

 スバルもティアナの注意で思い出し、申し訳なさそうにタバネに頭を下げる。

 

「すいません、シノさん」

 

「ううん。別に良いよ。私も高町なのはさんの声を聞いた時は驚いたから」

 

「アレ? そうだったんですか? 何だかあんまり驚いてなかったみたいですけど」

 

「その前から何度も言われてたからね。会う人と皆から似てるって言われてたら、凄くは驚けないよ」

 

「ハハハハハハハッ、そ、そうですよね」

 

「……それで、シノさん? さっき暴漢は捕まっていないって言ってましたけど、本当なんですか?」

 

「うん。本当だよ……残念だけどね」

 

 僅かに顔を暗くしながらタバネが告げた事実に、ティアナ達は思わず顔を見合わせてしまった。

 彼女達に取って隊長陣達は、任務を必ず熟せるエキスパートの管理局員と言う認識だった。リニアレールの時も空戦型のガジェットの軍勢を僅か二名で破壊し、アグスタでも戦闘の始まりの頃は三名だけで戦況を支えていた。

 その隊長陣の一人であるフェイトが犯人を取り逃がしたと言う事実は、ティアナ達に取っては驚きだった。特にフェイトと親しいエリオとキャロは、まさかと言うように驚いている。

 タバネはその四人の姿に危機感を覚える。

 

(やっぱり不味いね。無意識の内に隊長陣が居るから大丈夫だと思ってる。早めに認識を直さないと、大事な場面で危なくなるかも知れない)

 

 隊長陣達は管理局内でエリートで高ランクの魔導師だが、結局のところは一人の人間でしかない。

 一人では出来る事に必ず限界が在る。だが、隊長陣の高い実力と実績のせいでFWメンバーはその事実を認識し切れていなかった。

 

(これは思ったよりも厄介な事になりそう。この世界の私は、自分の失敗とか語って無いのかな?)

 

 何も技術を鍛えるだけが教導ではない。

 自分が失敗した事や経験した事を語り、過ちを犯さないようにする事も重要なのだ。

 因みにタバネの師匠であるフリートはその点は確りして教えていたが、本人が凄まじいウッカリ屋なので、反面教師と言う形でタバネは学んだ。

 冗談抜きでフリートがやらかした数々の事態に弟子であるタバネは何度も酷い目に在ったりしている。おかげと言うべきなのか、魔法に関して以外本気でタバネはフリートを尊敬していなかった。フリート本人がタバネの考えを聞けば、また部屋の隅でいじけるだろう。

 

「(フォローしたくは無いけど、此処は仕方が無いか)……まぁ、仕方が無いよ。その時には私を護りながらだったし、襲撃犯が他にも居る可能性が在ったからね」

 

「……確かにそうですね」

 

 タバネの説明にティアナは納得したように頷いた。

 説明された状況から考えても、戦闘場所は人通りが少なくても街中。加えて言えば突発的に起きた出来事だったので、満足な支援も受けられなかった状況。その状況下では流石にフェイトも犯人を捕らえきれるとは思えない。

 無論そう言う状況下になるようにタバネ達が仕組んだ事なのだが。

 他の面々も徐々に納得出来て来たのか頷き、スバルが改めてタバネに目を向けてみると、今朝には無かった緑色の宝石のような物が付いたネックレスが掛かっていた。

 

「アレ? タバネさん? それって?」

 

「コレはさっき友達が届けてくれたデバイスだよ」

 

「えっ? でも」

 

「スバル。タバネさんは嘱託魔導師を辞めたけど、魔導師までは辞めてないって事でしょう」

 

「うん。大怪我を負って魔力が少なくなったから嘱託の資格は無くなったけど、魔導師は辞めてないよ。運が悪い事に、丁度メンテナンスにデバイスを出していたせいで昨日は何も出来なかったけどね」

 

「そう言う事もタバネさんの襲撃者は調べていたんでしょうか?」

 

「……其処までは、ちょっと分からないかな」

 

 困ったようにタバネは告げた。

 ティアナはその様子に隊長陣から口止めされている事を察した。そもそもタバネが今だに機動六課に居ることこそが可笑しいのだ。昨日は夜遅かった為に事情を詳しく出来なかったのだろうが、既に昼の時間帯。

 午前中だけで事情を詳しく聞くのには充分なのに、タバネは機動六課に残っている。

 

(ただの暴漢じゃないのかも知れないわね。タバネさんを襲った犯人は)

 

 そうは思いながらも、ティアナには推測する事しか出来ない。

 タバネから聞こうにも、どうやら隊長陣から口止めされているらしく、事情を詳しく聞く事は出来ない。

 何れ隊長陣から説明が在るだろうと思いながらタバネに目を向けてみると、タバネはスバル、エリオ、キャロと仲良く話していた。

 ティアナもその話の中に加わり、それなりに楽しい昼食を五人は過ごしたのだった。




次回はまた本編の更新です。
今回の話で出た人物は本編の方でも近い内に出ます。


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本編の更新予定でしたが、先に此方を投稿させて頂きます。


 機動六課会議室。

 昼食時でありながら、フェイトを除いた隊長陣に加え、副部隊長のグリフィス・ロウラン、そして医務官のシャマルが集まっていた。

 議題は言うまでも無く、昨晩保護したタバネに関する案件だった。

 

「ソレで、グリフィス君。フェイト隊長からの報告は?」

 

「はい。アグスタに捜査に向かったフェイト隊長の報告では、ホテルの裏口を警備していた警備員が数名怪我を負って休んでいるそうです。どういう経緯で怪我を負ったのかは説明を濁されているそうです。また、搬入用のトラックが一台破棄されている事も判明しました。目下継続して調査中との事です」

 

「ありがとう、グリフィス君……聞いたとおりや、皆……残念やけど、アグスタで密輸が行なわれとった可能性が高い事が判明した」

 

 悔しそうに八神はやてはそう告げ、他の面々も苦い表情を浮かべる。

 アグスタでの任務は成功していた筈だった。襲い掛かって来たガジェットからホテルを護り抜き、オークションも無事に開催された。

 だが、密輸が行なわれていた可能性が判明し、尚且つその密輸品が何者かに強奪されたとなれば機動六課の失態。更に密輸品強奪の目撃者と勘違いされているタバネが殺害されでもすれば、大失態になる。

 運よくタバネの身柄は機動六課が得る事が出来たが、他の部隊だったら、確実に機動六課の責任問題が発生していただろう。

 

「でもよ、まだ判明しているのは状況証拠だけなんだろう? だったら、本当に密輸品が在ったかどうか分からねぇだろう?」

 

「だが、ヴィータ。少なくともそれなりの状況証拠が揃っている。確実に密輸品が無かったとも言えまい」

 

「そうだけどよぉ」

 

 悔し気にヴィータはシグナムに答えた。

 他のアグスタに訪れた隊員達と違って、ヴィータとシグナムの二人はオークションの前日から張り込んでいた。

 それなりにアグスタの警備員とは面識もあったが、まさかその面々が密輸に関わっているとは夢にも思って無かったのだ。

 

「ヴィータ。悔しいのは分かるけど、今は最悪な方を考えないとあかん。とにかくフェイト隊長が何らかの手掛かりを掴んで来てくれる事を願うしかない」

 

「……分かった。んで、昨日をその密輸品関連の件で保護したタバネ・シノって奴は何者なんだ? 何かなのはの声に似てるって話だけどよ」

 

「それについて説明しますです」

 

 リインフォースⅡがヴィータの疑問に答えるように、それぞれの隊長の前に空間ディスプレイを展開した。

 展開された空間ディスプレイにはタバネに関する情報が映し出されていた。

 

「本名タバネ・シノさん。年齢19歳。元管理局嘱託魔導師で、現在は管理世界の一つで喫茶店で働いているそうです。今回アグスタにやって来たのはミッドに在住している友達との旅行の為だったそうです。コレに関しては午前中にその友人の方に来て貰って裏が取れました」

 

「元嘱託か? 何故辞めたのだ?」

 

「え~と、本局のデーターベースで確認したところ、とある遺跡調査任務に訪れた時に、次元犯罪者と遭遇。交戦となったそうなんですけど、犯人には逃げられ、タバネさんは負傷を負ってしまい、その時の怪我が原因で魔力が減退してしまい、嘱託資格を剥奪されたそうです」

 

「その次元犯罪者に関しては?」

 

「まだ、捕まって無いそうです。シノさんが所持していたデバイスが破壊されてしまったそうで、詳しい戦闘記録も無いらしく、当時の話では本当に次元犯罪者が居たのかも怪しいと言われたそうですよ」

 

 因みにこれ等の記録は言うまでも無く、フリート達が造ったタバネのカバーストーリーである。

 タバネ本人が経験した出来事が元になっているので、怪しまれずに答える事も出来るように事実を造ったのである。

 その事を知らない機動六課の面々はタバネの経歴に僅かに同情を覚えるが、すぐに真剣な顔をして話を進める。

 

「それで、シャマル? シノさんって人の検査結果は?」

 

「声紋の方は本当によく似ているレベルで、一致はしなかったわ。血液検査の方もなのはちゃんとの一致はしなかったし、本当に声だけが似ているだけの別人と見て間違い無いでしょうね」

 

 シャマルの報告に会議室に居る全員が安堵の息を吐いた。

 【人造魔導師】と言う存在を知っているだけに、タバネが実は高町なのはの人造魔導師の可能性も考えられた。普通ならば声が似ているだけだと判断されるだろうが、高町なのはと親しいフェイトが怪しんだので一応調べたのである。

 検査の結果は声が似ているだけの他人と診断された。実際のところは別世界の本人なのであるが、フリートが六課に送ったウィルスに寄ってタバネの正体がバレる事は無かった。

 

「とにかく、シノさんは暫く六課で保護する事にする。皆もえぇね?」

 

 八神はやての言葉に会議室に全員が頷いた。

 タバネを六課の外に出す訳には行かない。何せ実際に襲撃されて命を狙われたのである。しかも犯人はアグスタでタバネが密輸品を強奪するところを見たと思い込んでいる。

 六課は密輸品強奪犯からタバネを護らなければならない。でなければ責任問題に発展するのだから。

 

(カリムの予言の為にも六課が無くなるのは絶対に塞がないとあかん)

 

「それで、主はやて? そのタバネ・シノを襲った犯人の映像は在るのですか?」

 

「……それなんやけど、リイン」

 

「はいです」

 

 はやての命じられてリインは空間ディスプレイを操作し、映像を展開する。

 しかし、展開された映像は乱れに乱れて、まともに判別するのが不可能なほどだった。

 

「何だこりゃ?」

 

「コレがフェイトちゃんのバルディッシュが記録していた犯人の映像なんよ」

 

「何とか頑張って映像を見えるようにしようとしたんですけど、無理でした」

 

「六課の設備はかなりのものなのに、それでもジャミングを解けなかったって事は」

 

「うん……この密輸犯。かなり大きな組織が関わっているのかも知れへん」

 

 会議室に居る全員の顔に真剣みが増した。

 ジャミングの件だけでも充分に密輸犯がただ者ではない事が分かる。実際フェイトが偶然(・・)タバネの襲撃に関わっていなければ今もアグスタで密輸品が強奪された事を六課は知る事が出来なかった。

 

「もしかしてこの件にもスカリエッティが関わっているんじゃ?」

 

「可能性としては考えられるな。丁度密輸品の強奪が行なわれていた時は、ガジェットの襲撃が在った時だ。加えて言えば、あの時の襲撃は今までのガジェットの襲撃と違い、ガジェットを有人操作する事が出来る召喚士が出て来た」

 

「シグナムの言う通りだ。あの襲撃は囮で本命は密輸品の強奪だったんだろうぜ。まんまとあたしらはやられたって事か」

 

「ヴィータ。あくまで今のところはスカリエッティも関わっているかもの話や。確かにその可能性は高いと思うんやけど……」

 

「はやてちゃん?」

 

 状況から見てスカリエッティが犯人の可能性が高いと言うのに、歯切れの悪いはやての様子になのはは疑問を覚えた。

 

「……バルディッシュから映像が取れへんかったら、せめて少しでも情報を得ようとフェイトちゃんが覚えて居る限りの犯人の特徴を絵で書いてみたんよ。ソレがコレや」

 

 はやての言葉と共に空間ディスプレイに映像が展開された。

 

「えっ?」

 

 空間ディスプレイを目にしたなのはは思わず声を上げてしまった。

 その様子にはやてを除いた全員の目が集まるが、なのはは構わず空間ディスプレイを見つめて恐る恐る口を開く。

 

「……コレって? はやてちゃん?」

 

「なのはちゃんも気づいたみたいやね。フェイトちゃんが見た犯人が着ている服って……どう見ても陰陽師の服装や」

 

 黒い長帽子に神社の神主が着るような白い和装の服に、長い袖と、地球の平安時代にいたとされる陰陽師の服装。ソレがタバネを襲った犯人が着ている服装だった。

 

「因みにや、犯人はご丁寧に札を使ってフェイトちゃんの魔法を防いで、腰から狐の尻尾を出し取ったらしいわ」

 

「狐の尻尾? では、主。その襲撃犯は守護獣でしょうか?」

 

「その可能性も在る。ただもしかしたら捜査攪乱する為に幻影魔法を使った可能性もあるんよ。フェイトちゃんが言うには、札を自分に化けさせたり、札に変化したりと幻影魔法の使い手みたいな事をやったそうや。後な、この陰陽師風な相手は自分の事をタオと名乗ったそうや」

 

「タオ……本名なのか分かりませんが、厄介な相手かも知れませんね」

 

 直接的な攻撃よりも撹乱を得意とする相手は在る意味厄介である。

 経験からその辺りを理解しているシグナムとヴィータは顔を険しくした。何せ、直接的ならば迎撃すれば済むが、相手が撹乱の場合は警護に集中しなければならない。何時どこで襲撃が在るのか分からないのだから。

 六課にも幻影を使うティアナが居るが、ティアナはまだ未熟故に本格的に幻術を主にして戦闘する相手よりは劣る。

 

「因みにさっき来たシノさんの友人から聞いたんけど、昨夜にシノさんに連絡を取ってないって話や。犯人は友人に成り済ましてシノさんを外に出したんやと思う」

 

「……六課からますます出せないね」

 

「うん。この事はシノさんにも説明して、六課が保護するのは納得してくれたわ。流石に六課にまで襲撃を掛けて来るとは思えんけど。万が一の可能性もあるさかい。とにかく皆も充分に注意してな」

 

 その言葉に会議室に居る全員が頷き、会議は終わった。

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダに在るベルカ自治領。

 その自治区内にある聖王教会の本部。本部と言うだけにかなりの大きさを持った建物で在り、歴史的な雰囲気を放っていた。

 教会内部を行き交う人々はシスター服や法衣を纏って居たり、礼拝に訪れた人々の姿も見える。

 その教会内部を法衣を纏った金髪の女性が歩き、迷う事無く教会の奥の方へと歩みを進めていた。

 そして迷う事無く一つの部屋と辿り着き、ゆっくりと扉を開けて内部へと入る。

 入ると共に部屋の中に居た司祭服の男性が顔を上げて、女性に顔を向ける。

 

「こ、これは騎士カリム!」

 

「こんにちは」

 

 金髪の女性-【カリム・グラシア】-は、男性に向かって微笑みながら部屋の奥へと進んで行く。

 

「どうして此方に?」

 

「例の予言の解読状況を聞きたいと思いまして」

 

「ソレですか」

 

 カリムの言葉に司祭服の男性は納得したように頷き、ゆっくりと自身が座っていた大量の解読本が置かれていた。

 此処はカリムの持つ古代ベルカのレアスキルである【預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】に寄って齎された古代ベルカ文字で書かれた予言を解読する為に教会の施設。カリムの目の前にいる司祭服姿の男性は、古代ベルカ文字の解読を仕事にしている人物である。

 【預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】は未来に起こる出来事を予言として詩文形式で書き出すスキル。最短で半年、最長で数年先の未来に起こる出来事を予言するレアスキルなのだが、預言の中身は古代ベルカ語で、しかも解釈によって意味が変わることもある難解な文章に加え、世界に起こる事件をランダムに書き出すだけで、解釈ミスも含めれば的中率や実用性は割とよく当たる占い程度でしかない。しかし、大規模な事件や災害に関する事は的中率が高いので本局や教会からの信頼は高い。

 機動六課が設立された背景には、カリムの予言が関わっていた。

 

「やはり難解です。しかし、例の予言に関わる新たな予言なだけに、必ず解読して見せます」

 

「お願いします。はやて達への負担を少しでも軽くする為にも、解読は必要な事ですから」

 

「えぇ、分かっています。とりあえず、今解読出来ている範囲だけでも見てみますか?」

 

「そうですね。それじゃ、見せて貰います」

 

 カリムは頷くと共に男性が座っていた席に近づいて行く。

 そして机に載っていたカリムが書いた詩文形式の内容と、解読途中の文章に目を通す。

 一、二分ほど眺めた後、カリムは机から離れて司祭服の男性に向き直る。

 

「ありがとうございました。まだ、はやて達に伝えられる内容ではないようですけど、どうか数週間以内に解読をお願いします」

 

「あぁ、例のハラオウン提督が訪れる予定の事ですね。分かりました。それまでには何とか解読してみせます」

 

「頼りにしています。ソレでは邪魔をしてすいませんでした」

 

「いえ、騎士カリムもお忙しいでしょうに」

 

「それじゃ、失礼します」

 

 カリムはそう告げると共に丁寧に司祭服の男性にお辞儀をして部屋を出た。

 そして周囲の人々が行き交う中、誰にも聞こえないように小声で呟く。

 

「……はやて。取れた?」

 

(バッチリや)

 

 カリムの脳裏に、はやての声が響いた。

 予定通りに事が進んだ事にカリムは内心で笑みを浮かべながらも、怪しまれないように毅然とした姿で歩き続ける。

 

(今、フリートさんが解読中やから、すぐに結果は出ると思う)

 

「聖王教会や管理局本局の予言の研究チームが知ったら、嘆くでしょうね。必死に解読を急いでるのに、僅かな時間で解読されてしまうのだから」

 

 自身が所属している組織で在りながらも、カリムはまるで他人事のように小声で呟いた。

 周囲のシスターや司祭がカリムの姿を目にすると一礼し、カリムも一礼しながら自身の執務室へと辿り着き、執務室の扉の鍵を開けて内部に入る。

 入ると共に再び鍵を閉めて、執務机の方に顔を向ける。其処には執務机に寄り掛かるようにして眠る金髪の女性-【カリム・グラシア】-の姿が在った。

 

「本当に良く効くわね」

 

 部屋に入って来たカリムは、ゆっくりと眠る〝カリム゛の傍に近寄り、確かに眠っているを確認すると、執務室の鍵を〝カリム゛のポケットに戻す。

 戻し終えると共にカリムの姿が変化し、両手に大極図の紋章を付けた防具を身に付け、長身で黄色の毛皮のキツネの様な顔を持った生物へと変化した。その正体こそがはやてのパートナーデジモンであるレナの正体。レナモンだった。

 

レナモン、世代/成長期、属性/データ種、種族/獣人型、必殺技/狐葉楔(こようせつ)

スピードで相手を翻弄する狐の姿をした獣人型デジモン。どんな状況下でも冷静な判断が出来る。また、テイマーとの関係がその特徴によく反映されるといわれ、幼年期の育て方によっては、他の種族と比べても高い知能を持つようになる。そして成長期の中でも珍しく、変装したり相手の姿をコピーする特殊能力を持っている。優れた格闘能力も持っていて、必殺技は、鋭い木の葉を敵に投げつけ、相手を切り裂く【狐葉楔(こようせつ)】だ。

 

「コレで目的は果たしたな」

 

 はやての指示で聖王教会本部に潜入したレナモンは、先ず教会内部に入る為に教会の関係者に姿を変化させてカリムの執務室へと近づいた。

 その後はカリムの部屋の中にフリートから渡された無臭の睡眠ガスを少しずつ流し込み、カリムを眠らせた。

 眠ったのを確認するとレナモンは入り込み、カリムの執務机にあるディスプレイを操作して目的だった機動六課設立に関わっている予言を手に入れた。だが、どうやら今年の【預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】に寄って新たな予言が齎されたらしく、レナモンはカリムに変身してその予言も手に入れるために動いたのである。

 レナモンの視界をはやてはディーアークを使ってみる事が出来る。ソレを利用して予言の内容をディーアークが映し出した光景を撮って、新たな予言も手に入れたのである。

 

(やはりレナ以外への姿の変身は疲れるな)

 

 自らの技である他人の姿をコピーする技である【狐変虚(こへんきょ)】。

 変身魔法と違って魔力反応などで魔導師などに正体をバレなくすると言う利点がある。更に言えばレナモンは、はやて達との訓練で演技力も向上しているのでそう簡単にバレる事は無い。特にカリムの事は自分達の世界で出会っているので、演技に問題は無かった。

 しかし、はやて達と考えたレナの姿はともかく他人に変身して、しかも深く知っている人物の場合、その人物に成り切ってしまう。カリムへの変身中に口調が変わっていたのもそのせいである。

 序に言えば【狐変虚(こへんきょ)】にも弱点が在る。背丈が違い過ぎる相手には変化出来ず、また変化出来るのは容姿だけで変身相手が持っている能力までコピー出来ないのだ。

 

「しかし、やはりこの世界の機動六課では荷が重すぎる予言だったな」

 

 カリムの方には既に解読された予言がデータ上に残っていた。

 

『無限の欲望と神代の悪夢が交わりし時。

 魔の時代の終焉の時が、刻み出す。

 法の地に古の結晶が現れし時に、創生の時が刻まれ出す。

 神代の悪夢の宿し翼に寄り空と地、そして世界より魔は消え去り。

 死者は生者に、生者は死者へと変わり果てる。

 かくして法と魔の世は終わり、無限の欲望に寄って新たな世が創生されん』

 

「……現在の世界の終焉と新たな世界の創生の予言。コレをこの世界の機動六課だけで防ぐのは不可能だ」

 

 嫌な予感を感じていたが案の定、途轍もなく恐ろしい予言だった。

 【寄生の宝珠】と言う存在を知っているだけに、間違い無くこのままでは予言は成就してしまう。

 

(ソレだけは何としても防がなければ……しかし、新たな予言か……恐らくは私達がこの世界に来た事に寄って発生した予言だろう……内容に寄っては本格的に機動六課と事を構える事に在るかも知れない)

 

 そうレナモンは思いながら、フリートに借りた転送装置を使ってカリムの執務室から転移した。

 それから数分後にカリムは目を覚まし、眠っていた事に気がついて慌てて部屋の中を確認するが、荒らされた形跡も無く、また後の調べで部屋の中には変な様子は発見出来ず、その件は連日の疲れに寄って眠ってしまったものだと判断されたのだった。

 

 

 

 

 

 

(普通に襲撃を掛けられるんだけど、八神さん)

 

 六課の隊舎寮の管理人であるアイナ・トライトンに案内された部屋の一室の中で、今日機動六課を案内されて得た感想にタバネは頭を抱えたくなっていた。

 予定通りに事は進んでいたが、潜入してみて分かった事は、機動六課の隊舎が他の地上の部隊の隊舎よりも護りが低いと言う事だった。部隊の実働部隊の人数の少ないせいで、主要メンバーが出撃していればその隙を衝くのは簡単としか言えなかった。

 無論主要メンバーが離れて居る時に別働部隊が護衛についていれば別だろうが、機動六課は残念ながらソレが出来ない。何せ地上から嫌われている上に、本局からも援軍は望めないのだから。

 無理やり地上に造った部隊ゆえに、これ以上本局が介入すれば本格的に地上と本局が対立してしまう。そうなれば、最早終わりとしか言えなかった。

 

(……やっぱり一度襲撃を掛けて危機感を持たせた方が良いかも知れない)

 

 そうタバネは思いながら、部屋の中に用意された家具などにレナが持って来てくれた荷物を片付けて行く。

 片づけが終わる頃には日が暮れて辺りが暗くなっていた。荷物を片付け終えたタバネは立ち上がると、本日のFWメンバーの訓練が終わっているのをベランダから確認すると、部屋から出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 夜も遅い時間帯。

 正規の訓練を終えた後、僅かに休憩を挟んでティアナとスバルは再び自主練を行っていた。

 本来ならば二人とも今日の正規の訓練で体力の底をついている状態なのだが、気合いでそれをカバーし自主練を行い続けていた。

 息を整えるために二人は顔を俯けて、少し休憩を取る。その二人にゆっくりと一つの影が近づき、背後から二人に持っていた物を差し出す。

 

「はい、お疲れ様」

 

 突然差し出された二つのスポーツドリンクが入ったペットボトルと聞こえて来た声に振り向いて見ると、タバネがスポーツドリンクを差し出していた。

 

「シ、シノさん!?」

 

「自主練お疲れ様。だけど、水分はちゃんと取っておいた方が良いよ」

 

 そう告げながらタバネは二人にスポーツドリンクを渡して行く。

 渡された二人はタバネを見つめるが、タバネは飲むように二人に示し、スバルとティアナはゆっくりとドリンクを飲んで行く。

 飲み終えたティアナはタバネに顔を向けて、今朝の事を思い出して質問する。

 

「……また、今朝みたいに止めに来たんですか?」

 

「気がついていた?」

 

「……あの状況と言葉で分かりました」

 

「まぁ、分かるよね。ソレで、どうしてランスターさんとナカジマさんは自主練してるのかな? 日中にもかなり厳しい訓練をしてるのに? しかも、この自主練……上司の人達には内緒だよね?」

 

(其処まで分かってるなんて)

 

(この人やっぱり鋭い)

 

 スバルとティアナはタバネの言葉に内心で驚いた。

 実際、二人の自主練は機動六課の上司達には知られないようにやっている。何せに昼間の内に厳しい高町なのはの教導をやっている上での自主練である。その上、今二人がやっているのは高町なのはの教導とは相反している訓練なのだ。

 基礎を中心としている高町なのはの教導に対して、スバルとティアナが今やっている自主練は個人の技術を磨き上げると言う訓練。短期間で現状戦力をアップさせると言う訓練を二人は昨日からやっていた。

 

「自主練の様子を見ていたけど、かなりキツイ内容でやっているよね。どうして其処までやってるの?」

 

「……放っておいて下さい。民間人の貴女に其処まで話す理由は無いですから」

 

「ティ、ティア! ちょっと言い過ぎだよ! す、すいません!」

 

 スバルはそう言いながら、タバネに頭を下げるが、当のタバネは気にしていないと言うように笑みを浮かべて、ティアナに顔を向ける。

 

「じゃあ、ランスターさん。勝負しない?」

 

「勝負ですか?」

 

「そう。互いに十個のスフィアを出現させて、合図と共にソレを撃ち抜く。ナカジマさんにその時間を計測して貰って、スフィアを早く撃ち抜いた方が勝者。ランスターさんが勝ったら私は二度と二人の訓練の前に現れないし、貴女達の上司にも話さない。私に負けた場合はどうして自主練をしているのか、その理由を教えてくれるだけで構わないよ」

 

 言われたティアナはタバネの提案を考える。

 とは言え受けるしかない。何せスバルとティアナがやっている訓練は、上司である高町なのはに秘密にして行なっている訓練。知られれば確実に叱られる。

 しかし、ソレが分かっていてもティアナは訓練を止める気は無かった。二度とアグスタでやった時のようなミスをしない為にも、何よりも強くなる為に自主練を止める気は無かった。

 タバネが提案して来た勝負を受けないと言う選択肢も在るが、そうなれば高町なのはに報告されてしまうかも知れない。

 

「……分かりました」

 

「それじゃ、ナカジマさん。準備をお願いして良いかな?」

 

「は、はい」

 

 スバルは頷くとすぐさま自身のデバイスであるマッハキャリバーに指示を出す。

 その間にタバネは勝負の詳しい説明を改めてティアナに告げ、ティアナは頷くと共にクロスミラージュを構え出す。

 タバネはティアナの準備が整ったのを確認すると、自身の首元に掛かっているデバイスを起動させる。

 

「【千変(せんぺん)】。セット・アップ」

 

stand(スタン) by(バイ) ready(レディ).set(セット) up(アップ).》

 

 起動音と共に白い(・・)魔力光が発生し、白衣の形状をしたバリアジャケットをタバネは纏った。

 同時にタバネの右手に次々とデバイスのパーツが出現して行き、蒼い色合いの杖型のデバイスに合体する。

 デバイスを起動させてバリアジャケットを纏ったタバネは、調子を確かめるように杖の形態になっている千変を確かめるように振り回し、演武を披露する。

 見事なタバネの動きにティアナとスバルは思わず見入ってしまう。杖を振るうタバネの動きには、一切の無駄は無く、体捌きも杖の振り方も熟練した者だけが出来る動きだった。

 準備運動を終えたタバネはティアナとスバルに改めて向き直る。

 

「始めようか」

 

『は、はい!』

 

 見惚れてしまっていたのと、まるで高町なのはから教導を受ける時のような雰囲気を発するタバネに、ティアナとスバルは返事した。

 返事を受けると共にタバネは白いスフィアを十個発生させ、二十メートル先の方に移動させて準備を終える。

 

「ナカジマさんの合図で射撃を開始。使う魔法は直射型だけ。どっちが早く相手が発生させたスフィアを十個全部撃ち落とせるかの勝負。内容に問題は無いよね?」

 

「はい」

 

 ティアナは頷くと共にタバネが示した位置に移動し、両手にクロスミラージュを構える。

 

(この勝負で一番重要なのはスフィアを正確に撃ち落とせる精密射撃。そして連射性!)

 

「開始!」

 

「ハアァァァァッ!!」

 

 スバルの合図と共にティアナはクロスミラージュから魔力弾を撃ち出した。

 両手に握るクロスミラージュから合わせて十発の魔力弾が撃ち出され、スフィアを次々と破壊して行く。

 最後の十個目のスフィアも破壊し終えると共にティアナは構えを解き、タバネに顔を向ける。

 

「……良い腕だね。止まっているスフィアだったけど、正確に狙いを付けていたし、どの順番から撃ち落とせば効率良く撃ち落とせて行けるのかも判断出来ていたみたいだね」

 

「ありがとうございます」

 

「次は私だね。千変、お願い」

 

Gun(ガン) Mode(モード)

 

 タバネの意思に従い、千変は杖の形態から片手銃型の形態に変形した。

 変形を終えた銃型の千変の調子を確かめるようにタバネは腕を動かし、驚いているスバルとティアナに顔を向ける。

 二人ともタバネは杖型のデバイスを扱うタイプの魔導師だと思っていたのだ。何よりも杖の形態から銃の形態へと大幅に形状を変えるデバイスを、二人は見た事が無かった。

 

「あ、あのタバネさん? そのデバイスは?」

 

「名称は千変って言ってね。私の知り合いのデバイスマスターが造った物なんだよ。本当の私のデバイスの方は調整に時間が掛かるから、代わりにコレが護身用で渡されたの。さて、始めるからランスターさんお願いね」

 

「分かりました」

 

 ティアナは頷くと共にオレンジ色のスフィアを出現させて、タバネが配置した位置と同じ場所にスフィアを配置する。

 配置の確認を終えたタバネはティアナが立っていた場所に立ち、右手に銃形態の千変を構える。

 

「開始!」

 

 スバルが合図を発し、ティアナはタバネがどんな形でスフィアを破壊するのか気になった。

 自身と同じように銃タイプのデバイスを使うとは思っていなかったが、タバネとティアナでは明確な差が在る。

 両手のクロスミラージュを使ってスフィアを破壊したティアナと違い、タバネは右手にしか千変を持っていない。二丁と一丁ではその時点で差が出てしまう。

 開始の合図と共に発生させた魔力弾でしかスフィアを破壊しないと言うルールが決められているので、事前準備は出来ない。シンプルな魔力弾が一番スフィアを早く破壊出来るのだ。

 故に片手にしか千変を持っていないタバネが不利にしかティアナとスバルは思えなかった。だが、次の瞬間、二人は信じられない光景を目にする。

 

「レール……ショット」

 

 小さな声と共にタバネが呟いた瞬間、タバネが千変を向けていたスフィアが消滅した。

 

『ッ!?』

 

 本当に一瞬としか言えない光景。

 だが、その光景はタバネが千変をスフィアに向け、引き金を引くと共に広がって行く。

 最終的にティアナがスフィアを破壊した時間よりも短く、全てのスフィアを破壊し終えたタバネは、千変を下に下げる。

 

「……ナカジマさん。勝負の結果は?」

 

「……シ、シノさんの勝ちです」

 

 マッハキャリバーが示した時間を改めて見たスバルは、驚きながらも勝負の結果を告げた。

 

「私の勝ちだね。ランスターさん」

 

「……い、今、な、何をしたんですか?」

 

「撃っただけだよ。魔力弾を……こうしてね」

 

 千変を近くの木に向けて構え、タバネは引き金を引いた。

 ドンっと言う音が木から鳴り響き、何かに抉られたかのように木の幹が吹き飛んだ。

 その光景にティアナとスバルは言葉が出せなかった。今の光景を見ればタバネが魔力弾を撃った事が分かる。

 問題はその魔力弾の速度だった。視認出来ないのだ。どんなに速い魔力弾でも、魔力光のおかげで視認する事が出来る。だが、タバネの魔力弾は全く視認出来ないのだ。

 引き金を引いた瞬間には、既に狙った対象に届いていると言う恐ろしく速い魔力弾だった。

 

「この魔法はね。私の友人が使っている魔法なんだ。『何ものも撃ち抜く』為の魔法。相手に防御も回避も絶対にさせない為に考えられた魔法なんだよ」

 

「防御も」

 

「回避も」

 

 タバネの説明にスバルとティアナは思わず呟いてしまった。

 実際に今、タバネが使った魔法を自分達に使われた時に対処出来るかどうか分からなかった。何せ引き金を引かれた次の瞬間には、狙われた対象に届いていると言う魔法なのだ。

 視認も出来ず、音も無く相手に届く。恐ろしい魔法としか言えない魔法だった。

 

「(欠点も結構在る魔法なんだけどね)……さて、もう遅いし、私が泊まる事になった部屋で改めて聞かせて貰えるかな? どうして教導官に内緒で自主練をしているのかを」

 

「……はい」

 

 結果に落ち込みながらもティアナは返事を返し、スバルと共にタバネが泊まる事になった部屋へと向かうのだった。




オリジナルデバイスとオリジナル魔法に関する説明。

名称:【千変(せんぺん)
詳細:万能型特殊デバイスとして造り出されたデバイス。
デバイスのパーツ収納機能を特化させ、無数のパーツを内に所持し、状況に応じて形態変化を行なわせるデバイス。万能型の極限を目指したデバイスだが、現代の魔導師は基本的にスタイルを決めてそれを中心に進むために現代の魔導師では扱いきれない面が在る。しかし、完璧に操り切れれば恐ろしい力を発揮する万能型の最強デバイスを目指して開発されている。本来は万能型であるフリートが扱う為に造られたデバイスでは在るが、現在はなのはが使用している。だが、なのはでは完全に扱い切れず、杖の形態と銃の形態しか扱う事が出来ない。

名称:【レールショット】
分類:射撃魔法
詳細:視認さえ出来ないほどの速さで撃ち出す超高速の射撃魔法。但しアクセルシューターやクロスファイヤーショットのような誘導性は全く無く、放てばただ真っ直ぐに直進するしかなく、使用者の射撃の腕が何よりも重要視される。つまり、射撃の腕が全くない人物は使用しても旨く扱う事は出来ない。
なのはが相手に確実に当てられるのは、狙撃だけで動きながらでは良くて三割ぐらいの命中率しかない。しかし、本来の使い手である人物は動きながらでも八割と言う脅威の命中率を記録している。因みにこの魔法の開発経緯は訓練でなのはの砲撃やデジモンの必殺技を使われる前に、相手の動きを邪魔する為に考えられた魔法である。


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長らくお待たせしました。
漸くリアルが落ち着いたので更新を再開します。


 機動六課の隊舎内に用意されたタバネの部屋。

 急遽機動六課に保護される事になったタバネが与えられた部屋は、外部から泊まりに来る局員の為に用意された客室だった。

 ティアナとスバルが使っている寮部屋と同じぐらいの広さで、タバネは室内に在ったテーブルの上に紅茶を用意して行く。

 

「ティーバックでごめんね。この時間にコーヒーは眠れなくなるかも知れないし。明日も朝早くから訓練が在るんでしょう」

 

「いえ、お構いなく!」

 

「……頂きます」

 

 手渡された紅茶をスバルとティアナは受け取って飲んで行く。

 タバネも自分用に用意した紅茶に口を付けて、カップをテーブルに戻す。

 

「……ソレで、ランスターさんとナカジマさんはどうして上司の人達に内緒で自主練していたの? 自主練をするのは構わないと思うけど、あんなに疲れるまでの訓練を上司に内緒にしてやるなんて不味いと思うんだけど?」

 

「……なりたいんです」

 

「ん?」

 

「強くなりたいんです!!」

 

 顔を上げると共にティアナは涙を浮かべながら思わず叫んだ。

 

「あたしは! もう誰も、傷つけたくないから! 失くしたくないからっ! だから、強くなりたいんです!!」

 

 ティアナの心の底から想いをタバネは黙って聞く。

 

「……分かってるんです……自分が無茶な訓練をやっている事は……だけど、そうしないと耐えられないんです! 分からないんですよ……この部隊にどうして私が居るのかが……周りは皆優秀で……歴戦の勇士ばかり……そんな部隊にどうして私なんかが居るのか分からないんですよ……毎日訓練をやっていても、全然強くなっている実感も沸かなくて……その上、あんなミスまでやって……だから、少しでも強くなる為に」

 

「……ティア……あの、タバネさん! お願いです! 私達の自主練の事、なのはさん達は内緒にして貰えませんか!?」

 

「うん、良いよ」

 

「ちゃんと休むようにしま……えっ?」

 

「えっ?」

 

 あっさりと了承したタバネに思わずスバルとティアナは疑問の声を上げてしまった。

 てっきり自分達の自主練の事を報告されると二人は思っていたが、タバネは最初からそのつもりは無かった。

 

「だから、内緒にしておくよ。第一ね。何時私が勝負に勝ったら、上司の人達に報告するって言ったの?」

 

「そ、そう言えば」

 

「……い、言ってませんでしたね」

 

 言われてスバルとティアナは、タバネが一言も自分が勝負に勝ったら上司に報告すると言っていない事に気がついた。

 

「私はただ、どうしてランスターさんとナカジマさんがあんな自主練をしていたのか知りたかっただけだよ。別に自主練が悪い事だなんて私は思ってないもの」

 

 実際、タバネもフリートに内緒で自主練をやっていた事が在る。

 ただフリートの場合、自主練をやっていた事を簡単に悟り、ソレに合わせて訓練メニューを変えたりしている。

 自主練をやる事をフリートは否定しない。寧ろ自主練をやっていて気になった事が在ったら、自分に質問して来いと言うぐらいである。

 

「自主練をやる事は間違っていないよ。ちゃんと訓練でやっていた事を改めて知る為にも、自分で考えるのは悪くないんだから。だけど、ランスターさんとナカジマさんがやっていた自主練は、そういう類じゃ無いよね? 何だか新しい技を覚えようとしている感じだったけど」

 

「……はい。私とスバルがやっていたのは、『短期間で、現状戦力をアップさせる方法』の模索です。私のメインはシャープシュート……精密射撃ですけど……でも、ソレだけしか出来ないから駄目だと思ったんです。だから、技数を増やして対応力を上げようと思って訓練してました」

 

「……う~ん。悪くないと思うんだけど……この部隊だとちょっとキツイかな、ソレを自主練でやるのは」

 

 隠してもしょうがないと考えたのか、自分達の訓練の内容を告げたティアナに、タバネは苦笑しながら意見を告げた。

 どう言う事かとティアナとスバルが疑問に思いながらタバネを見つめると、タバネは二人に説明する。

 

「良い? 先ずランスターさんが言っていた訓練の内容は間違っていないよ。技数を増やして行動の選択肢を増やそうとするのは。だけど、ソレは通常の部隊ならの話。この機動六課だと、何時どんな時に出動が掛かるのか分からない。二人とも覚えは無いかな?」

 

『……あっ』

 

 タバネの指摘にスバルとティアナは顔を見合わせて思い出した。

 一番最初の任務がまさにソレだった。新しいデバイスを渡された直後に出動が掛かり、ぶっつけ本番で新デバイスを使って任務に出る羽目になったのだ。

 その後の任務は事前に伝えられた任務だったが、確かに初出動のような急な呼び出しが掛かる可能性は今後も充分に考えられる。

 

「そんな時に覚えたばかりで、しかも自主練だけで覚えた技や魔法じゃ付け焼刃にしかならないよ。自主練の時間も結局は正規の訓練の時間よりも短い。だから、どうやっても付け焼刃以上にはならないと私は思うの。正規の訓練で覚えた事を自主練で、磨き上げるとかなら問題ないと思うんだけど……それじゃ、納得出来ないんだよね?」

 

「……その、なのはさんの訓練は基礎ばかりで」

 

 詳しくティアナは自分達が受けている訓練の内容をタバネに説明して行く。

 聞き終えたタバネは頬が引き攣るのを抑えるので必死になってしまう。

 

(……この前有人操作のガジェットにやられた筈だよね? 何で有人操作でのガジェットとの模擬戦訓練を加えてないの?)

 

 前回のアグスタでの任務で、ガジェットが有人操作が可能だと言う事が明らかになった。

 その情報を下に訓練内容を変えているとタバネは思っていた。だが、高町なのはは訓練内容を変えていなかった。

 

(……我慢だよ私。此処で怒ったら二人に不審に思われるんだから)

 

 何とか自身の感情を抑えたタバネは、真剣な顔をしながら二人に自身の考えを告げる。

 

「基礎か。それじゃ、尚更に新しい技や魔法を覚えるのは難しいかな」

 

 基礎は確かに重要なのだが、結局のところは土台作りでしかないと言う面も在る。

 故にティアナがやろうとして自主練と高町なのはの訓練が合わないとなれば、その分の負担は確実に蓄積してしまう。

 

「となると……その基礎に反しない形で自主練をやった方が良いかも」

 

「どういう事ですか?」

 

「つまりね。新しい技や魔法を覚えるよりも、今持っている技や魔法を使って応用出来る幅を広げた方が良いと思うんだ。例えば、こんな風にね」

 

 タバネが呟くと共にテーブルの上に置かれていた中身が無くなったコップに、白い魔力光の羽が広がった。

 魔力の羽を得たコップは宙に浮かび上がり、部屋の中を高速で移動して行く。

 その動きは浮遊魔法などでは絶対に出来ない動き。ティアナとスバルはタバネがやっている事を理解する。

 飛行魔法をタバネはコップに発動させて、操作しているのだという事を。

 部屋の中を二周ほどしてコップはテーブルの上に戻った。

 

「って形で、自分が覚えている魔法を改めて理解して応用範囲を広げる。つまり、新しく覚えるじゃなくて、今の力を進化させるだね。私は怪我をして魔力が減る前までは飛行型の魔導師だった……だけど、魔力が減って飛べなくなった。何とか出来ないかなって考えて、今の魔法を思いついたんだ。飛行魔法を使った投擲魔法をね」

 

「……す、凄い」

 

「……えぇ」

 

 スバルとティアナには今のタバネが使った魔法に感嘆しか抱けなかった。

 飛行魔法の事は知っているが、ソレを投擲に利用している魔導師と二人は見た事が無い。

 勝負の時に使った魔法と言い、タバネが使う魔法は誰もが知っている筈なのに、その使い方が異常としか言えない水準のレベルで使われていた。

 先ほどの勝負からずっと悩んでいたティアナは、決意を決めたかのようにタバネに向かって頭を下げる。

 

「……シノさん! お願いです! さっきの勝負で貴女が使った魔法を教えて下さい!」

 

「……あの魔法を?」

 

「は、はい! 難しい魔法だってのは分かっています! でも、あの魔法が在ればこれからの任務で助かると思うんです! だから!」

 

「あの魔法をか……まぁ、ランスターさんなら私以上に使い熟せるかもね」

 

『……えっ?』

 

 一瞬タバネが言った発言の意味を、ティアナだけではなくスバルも理解出来なかった。

 その意味をタバネは二人に説明する。

 

「実はね。あの魔法を私が狙った場所や相手に当てられるのは、撃つ場所で止まっている時だけなんだよ。それ以外、例えば動いたりしながら撃つ場合は、良くて三割から五割。相手が更に対処したりしたら三割以下ぐらいになっちゃうんだ。狙撃ぐらいでしか私はあの魔法を使い熟せないね」

 

「そ、そんなに命中率が下がるんですか?」

 

「うん。でも、私にあの魔法を教えた相手は移動しながらも撃てて、しかも命中率が八割以上って言うレベルで……何度落とされたか分からないね」

 

 苦い表情をタバネは浮かべながら二人に説明した。

 タバネが言う相手は、自身の世界のティアナ・ランスターの事である。とある事情でタバネ同様にフリートから教えを受けたティアナ・ランスターは、自らの精密射撃に磨きを掛けた。

 しかも、タバネにとって苦い記憶が嫌と言うほどに在ると同時に味わった幻術も混ざって、二人が対戦した場合の戦歴は五分五分と言う互角だった。砲撃を撃とうとすれば、タバネが使った魔法で狙撃されて邪魔をされる。

 しかも幻術で撹乱までされるのだ。ティアナ・ランスターとの試合は、タバネにとっても一瞬でも気を抜けない試合だった。

 

(あっ、そう言えばこの前の模擬戦は私が負けたから勝率四割に下がったんだっけ……帰ったらティアナと勝負して五割に戻さないと)

 

 この時、平行世界に居るティアナ・ランスターの背中に悪寒が走ったりしていた。

 タバネに取ってティアナは平行世界での自身の妹弟子であり、同時にライバルでもあるのだ。

 故にこの世界のティアナが苦しんでいるのを放って置く事は出来ないのだ。

 

「ランスターさんが覚えたいなら教えて上げるけど、条件が在るよ」

 

「な、何ですか?」

 

「二人の自主練に私も参加させて貰えるかな?」

 

『えっ?』

 

「不安なんだよね。今、私が使っているデバイスは護身用に急遽用意して貰ったデバイスで、自分が本当に使っているデバイスじゃないから……何時また私を襲ったあのタオって人に襲われるかと思うとね」

 

「で、でも! 此処って管理局の、機動六課の隊舎ですよ! 幾ら何でも其処に保護されているタバネさんを狙われるなんて!」

 

「……何かしていないと不安な気持ちになっちゃうんだ。私が嘱託魔導師を辞める事になった原因になった相手……その相手がタオって人と同じ幻術を使う相手だったんだよ」

 

 タバネは不安そうな面持ちで、自身が嘱託魔導師を辞める事になった事件に関して大まかに語って行く。

 任務の最中に次元犯罪者の幻術に引っかかり、後遺症が残るほどの大怪我を負ってしまった事を。

 

「だから、幻術の恐ろしさを私は知っている。もしかしたら潜入して来るかもしれないって、不安でね。だから、このデバイスに慣れる為に練習したいんだ。それに二人よりも三人の方が訓練になると思うんだよ」

 

 言われてスバルとティアナは顔を見合わせる。

 確かに二人よりも三人の方が訓練は捗る。加えて言えば、タバネは魔法の応用に関して詳しい。

 もしかしたら教導官である高町なのはよりも詳しいかも知れないのだ。自分達では気づけない魔法の可能性に気がつくかもしれない。

 

「……スバル、アンタは良い?」

 

「うん。良いよ、シノさん。魔法に詳しいから、きっと助かるよ」

 

「そう……なら、シノさん。明日から宜しくお願いします」

 

「お願いします」

 

「此方こそ、お願いね」

 

 三人はそう言い合うと、明日からの自主練に関して詳しく話し合うのだった。

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ。廃棄区間都市。

 廃棄された都市区間の一角に在るビルの地下。

 其処に在った地下室の中で、フリートはガブモンとリインが鹵獲して来たガジェットⅠ型、ガジェットⅡ型、そしてガジェットⅢ型を分解して調べ上げていた。

 此処までならば問題は無かった。だが、色々とストレスがフリートも溜まっていたのか、三機のガジェットを分解し終えた後、フリートは改造を開始し出したのである。

 自身ならばこうする、ああすると、ガジェットの三機の部品を使って新たな機械を造り上げて行く。

 余りの素早さに止められる機械をはやて達は見つける事が出来なかったのだ。この場にリンディが居れば、分解を終えた直後にフリートを殴ってでも止めていただろう。

 壁際に立って眺めているはやて、レナ、リイン、ガブモンは組み上がって行く新たな機械を冷や汗を流しながら見つめる。

 既にガジェット三機の原型は無い。だが、フリートが造り上げて行くモノが、とんでもない機械兵器だと言う事は察する事は出来る。

 これ以上見て居たら精神衛生に悪いとはやて達は判断し、揃って部屋から出て行く。

 

「……本当に恐ろしい人やね」

 

「あぁ、間違い無くマッドだ」

 

「あの人が造った物を見て、他の人もマッドになってしまうんですね」

 

「……何だかすいません」

 

 時々楽し気に笑い声を漏らしているフリートを見て汗を流すはやて達に、ガブモンは思わず謝ってしまった。

 あまり見ていて影響を受ける訳には行かないと思ったはやて達は、地下室から出て行き、廊下に出ると顔を見合わせる。

 

「それではやてさん。聖王教会から手に入れた予言の内容は、どうだったんです?」

 

「……先ず、最初にこの世界の機動六課の設立の原因になった予言なんやけど、【世界の終焉と創生】なんて、とんでもない予言やったんよ」

 

「……はやてちゃん。リイン、耳が悪くなったみたいです」

 

 告げられた事実にリインは、思わず両耳に手を当ててしまう。

 しかし、逆にガブモンは納得だと言わんばかりに何度も頷いていた。

 アルハザードが関わっていて、フリートが焦るほどの兵器なのだ。当然ソレぐらいの事が起こっても全く可笑しくは無い。

 

「私も信じたくない予言やと思うけど……問題はそんなとんでもない予言なのに、機動六課しか対策に動いて無い事やね」

 

「コレほどの予言だ。地上本部と何としても協力すべきなのだが……言うまでも無く本局と地上本部は合同では動いていない」

 

「……レジアス中将がレアスキル嫌いなのは知っとるけど……それ以上にカリムの立場の方に問題がある」

 

 カリム・グラシアは名目上本局にも席を置いているが、聖王教会にも所属している人物である。

 ミッドチルダから離れている本局からすれば心強い人物かも知れないが、地上からすれば他組織に所属していると言う人物でしか無い。

 レジアスは確かに高ランクの魔導師に良い感情を持っていないが、ソレは若過ぎる年齢で重要な役職についてしまうと言う問題点から来ている。ただ高ランクの魔導師が嫌いと言うだけならば、高ランクの魔導師であるゼストが友人である筈が無い。

 話は戻すが、カリムがただの局員で在るならばレジアスも進言を素直にとは言えないかもしれないが、進言に対して聞く余地は在った。しかし、聖王教会に所属している為に素直に進言を聞くに聞けない立場にレジアスは在るのだ。

 迂闊に進言を聞けば今後も聖王教会の意見を聞かねばならなくなる。ソレだけならば何とかレジアスが他の幹部を説得すると言う形で纏まりを得られただろう。

 しかし、カリムは一つの重大な問題を起こしていた。ソレは予言を地上本部ではなく、本局経由で地上に知らせると言うミスだった。

 この事が最大の問題だった。地上で起こる事なのに、地上本部よりも本局の方が先に知って地上に進言して来た。そもそも幾らレジアスが地上のトップだからと言って、本局の要求を全て否定できる訳が無いのだ。

 レジアス以外にも当然ながら他にも高官が居る。そう言う人物達がレジアスに意見を言う事は出来るのだから、充分に本局と地上が合同で動く事は出来る。だが、ソレが現状で出来ていないという事は。

 

「……他の地上の高官の方々も怒っとるとみて間違い無いわ」

 

 冗談抜きではやては頭が痛かった。

 何とか地上と交渉しようと材料集めに専念しようとしたら、地上の殆どの高官が本局に激怒していて、ちょっとやそっとの材料では交渉の糸口も得られないと言う状況になっていたのだ。

 最初はレジアスとの交渉の為に、元ゼスト隊に所属していたメガーヌの娘であるルーテシアを捕らえて交渉の糸口にしようと思っていたのだが、他の高官まで怒っていると言う状況ならばそれだけでは足りないのだ。

 

「だから、ガジェットの分析データぐらいは必要なんですよ。同じ物を地上本部でも造れるぐらいの詳細な分析データが」

 

 そう言いながら満足げな顔をしたフリートが、作業を行なっていた部屋から出て来た。

 

「で、調べた結果ですけど……やっぱり、あのガジェットは情報収集用でした」

 

「……AAランクの魔導師でも相手にするのが難しいあの兵器が情報収集用……せやったら当然」

 

「戦闘用のガジェットが間違い無く存在しているでしょうね。しかもちょっとやそっとの解析だと情報収集用だとバレないように巧妙に細工が施されていました」

 

 そう言いながらフリートは、素早く纏めたガジェットに関する詳細なデータが記された空間ディスプレイをはやてに向ける。

 見せられたはやては専門用語も記されているので詳細な内容は分からない部分も在ったが、重要な部分だけは理解出来た。コレまで管理局が戦闘して来たガジェットは破壊されたり鹵獲されたりした場合、内部データを瞬時に書き換えて詳細なデータを得られないようにされていたのだ。

 元々ガジェット自体が管理局の技術では詳細に解析できない点も在ったので、その事実を知る事が出来なかった。加えて言えば、まさかAAランククラスの魔導師でも相手が難しいレベルの機動兵器が単なる情報収集用だと思う人間は先ずいないだろう。

 はやて自身、もしも【寄生の宝珠】の存在を知らなければ気がつけたかどうかは分からないぐらいなのだから。

 

「因みにⅢ型のガジェットの内部に、在る物が組み込まれていました。なのはさんが知ったら、確実にブチ切れるようなとんでもない物がね」

 

「な、何ですか、ソレは?」

 

「コレです」

 

 ガブモンの質問にフリートはポケットの中から蒼い宝石を取り出した。

 

「ソレは?」

 

「【ジュエルシード】です。正確に言えばその劣化品ですけど、十年ぐらい前のなのはさんが魔法に関わる事になった切っ掛けになった筈の……【ロストロギア】ですよ」

 

『ブゥッ!!』

 

 聞かされた事実に思わずはやて達は吹き出した。

 同時になのはが機動六課に行った事を、心の底から良かったと思った。

 【ジュエルシード事件】に関しては、はやても聞いた事が在る。フェイトと出会った事件で在り、なのはが魔法関連に足を踏み入れる事になった事件だ。

 その時になのはが回収して管理局に渡したロストロギアこそが、ジュエルシードである。

 ジュエルシードは次元干渉型エネルギー結晶体であり、何万分の一の威力が発揮されるだけで小規模な次元震を引き起こしてしまうと言う極めて危険な代物である。何より重要な事は、ジュエルシードは一度管理局が回収したと言う点である。

 

「気になって調べて見たら、案の定地方の研究機関に貸し出して盗まれた何てとんでもない情報が出て来ましたよ」

 

「な、な、な、何考えてるんや!! その貸し出した局員は!? そないな場所に危険なロストロギアを貸し出すなんて……ま、まさか?」

 

 ある事実に気がついたはやては、恐る恐るフリートに顔を向け、フリートは頷く。

 

「先ず間違い無く、貸し出した高官はスカリエッティと繋がっているでしょう。どう考えても盗んでくれと言っているような状況ですから……問題は、この劣化ジュエルシードは次元震を引き起こすほどのエネルギーは無いので良かったですけど……本物のジュエルシードが組み込まれたガジェットが相手だった場合、最悪破壊した瞬間に次元震が起こる可能性が高いです」

 

 はやて達の顔は一気に青褪めた。

 ジュエルシードと言う次元干渉型のロストロギアの場合、封印用の魔法か、或いは封印術式を組み込んだ魔法を使用しなければ最悪な事態になる可能性が高い。

 だが、Ⅲ型などの機械に覆われた機動兵器にまさかジュエルシードのようなロストロギアが組み込まれていると思う者は先ずいないと言って良い。現に機動六課がジュエルシードがガジェットに組み込まれていると知ったのは、捕獲して解析した後だったのだから。

 そのガジェットに組み込まれていたのも、本物に比べれば圧倒的に性能が劣る劣化品だったおかげで助かったが、もしも本物が組み込まれていた場合、リニアレールの時に次元震が起こっていただろう。

 その事実に気がついたはやては、フラッと倒れそうになり、慌ててレナモンが支える。

 

「は、はやて! 確りするんだ!」

 

「……もうほんまに嫌になって来るわ。あの時に、世界の危機が起こりかけてたなんて……ほんまにキツイわ」

 

「まぁ、劣化品ですから次元震が起こる事は先ずないでしょうけど、恐らく戦闘用のガジェットには本物と同レベルのジュエルシードの模倣品が組み込まれている可能性が高いですね。この情報が得られて良かったです。もしも知らずに普通に戦っていたら、破壊する度に次元震が起きてミッドチルダだけじゃなくて多くの世界が滅んでいたでしょうから」

 

 想像するだけで恐ろしいとしか言えない光景。

 事前に知れてよかったと心の底からはやて、レナモン、リイン、ガブモンは心の底から思った。

 迂闊に倒せば世界崩壊など冗談では済まないのだから。

 

「やはり今後の方針としては何としても地上本部と手を結べるようにしたいですね。その為には暫らく情報を集める方針で行きましょう」

 

「……具体的に私らが動く時は何時にします?」

 

「何れ戦闘用のガジェットが出て来る筈です。その時に私達は本格的に動きます」

 

「……戦闘用のガジェットが出て来る根拠は在るのか? ギリギリまで隠し通して来る可能性が高いと私は思うが?」

 

「その可能性も在りますが、確実とは言えませんが一度だけ出て来る可能性が在ります。寧ろ私達も動いて、スカリエッティが戦闘用のガジェットを出さざる得ない状況を造り上げます。まぁ、その時にちょっとこの世界の機動六課の面々が酷い目に遭うでしょうけど、問題は無いでしょう」

 

「……まぁ、現実を理解させる為にも必要な事やと思いますけど」

 

「ちゃんと周囲に被害が出ないようにもしますから。と言う訳で、ちょっとデバイスを貸して貰って良いですか、はやてさん。AMF対策用に調整しますので」

 

「分かりましたわ」

 

 言われてはやては待機状態のシュベルトクロイツをフリートに渡した。

 受け取ったフリートは大切そうに預かり、次にリインに視線を向ける。

 

「リインちゃんも後で調整しますので準備はしておいて下さいね」

 

「分かりましたです」

 

「……ソレでフリートさん……何時なのはにジュエルシードの件を伝えるんですか」

 

 ガブモンがそう恐る恐るしながら質問し、フリート達は冷や汗を流す。

 なのはにとってジュエルシードの件はかなり響くに違いない。何せ必死になって集めて管理局に渡した物なのだから。

 この世界の高町なのは達は余り問題視していないようだが、なのはが知れば確実に怒るに違いない。そうなった時に沸き上がった怒りは、言うまでも無く余りジュエルシードの件を問題視していない機動六課にも向くに違いない。

 知らせないと言う手段も在るが、ソレは悪手でしかない。何せ何れ機動六課の隊舎に戦闘用のガジェットが襲い掛かって来る可能性が高いのだ。そうなればなのはは戦うしかない。その時に事前にジュエルシードの情報を知っているのと知っていないのでは大きく違うのだから。

 

「……ガブモン。次の定期連絡の時に報告をお願い出来ますか?」

 

「……分かりました。何とかなのはを説得出来るように頑張ります」

 

 コレで更になのはのストレスが溜まる事が決まった瞬間だった。

 穏便に連絡を済ませる事が出来る事をガブモンは心の底から願う。

 

「ソレで……コレが解読した新たな予言の内容です」

 

 ゆっくりとフリートは、自身が解読した【預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】の内容を空間ディスプレイに映し出す。

 

『魔の時代の終焉が近し時、交わる事なき地より神代の賢者が現れる。

 神代の悪夢の存在を知りし、神代の賢者は夜天の狐と不屈の狼と共に終焉を止めんとする。

 されど、彼の者達でも終焉を阻み切れず、法の地は戦火の地へと成り果てる。

 悪夢の翼と軍勢が戦火の地に現れし時、冥府の王は動き出す。

 戦火の地は悪魔の軍勢で埋め尽くされん』

 

「と言うのが新たな内容ですよ」

 

 聞き終えた予言の内容にはやて達は難しい顔をする。

 予言の内容が変わったのは、先ず間違い無く平行世界の存在である自分達が動き出したからに違いない。

 しかし、最初の予言と違い、結末が全く分からなくなっている。コレが良い事なのか分からないが、少なくとも新たな世界の創生だけは防げる可能性が上がったとは言える。

 ただ問題は。

 

「失敗すると管理局側、予言の内容を勘違いしそうなんですよね」

 

 途中までは問題は無い。

 予言に記されている【夜天】と【不屈】の文を、管理局側はこの世界の八神はやてと高町なのはと勘違いする可能性が在るからだ。狐と狼と言うところは疑問に思うかも知れないが、【夜天】と【不屈】は二人を現す単語なのだから。

 問題は後半の部分。【冥府の王】の行の文こそが問題なのだ。

 

(あの欠陥情報収集施設の【無限書庫】には、ベルカ時代のイクスちゃんの情報が在る筈。そうなれば、あのイクスちゃんを治した時にオミットした機能も知られるでしょう)

 

 今はフリートの手に寄って完全に失われたイクスヴェリアの能力。

 その能力の詳細を知れば、間違い無く管理局は、正確に言えば機動六課はイクスヴェリアの止めようとする。

 それほどまでに現代では忌避される能力なのだから。無論フリート達は悪魔の正体を知っているので、邪魔をする気は無い。寧ろ悪魔こそが唯一【寄生の宝珠】に対抗出来る存在なのだから。

 

「……フリートさん? この前の予言には結末まで書かれていたんですよね? でも、こっちの予言には結末が書かれてないようですけど?」

 

「そう言えば、そうやね。ガブモンの言う通り、カリムの予言は結末の辺りまで書かれる筈なんやけど」

 

「あぁ、ソレなんですけど……非常に興味深い現象が起きているんですよ、コレがね」

 

 そう言いながらフリートは、写真で撮ったカリムの予言の詩文をはやて達に見せる。

 

「良いですか……さぁ、今すぐ元の世界に戻りましょう!!」

 

『ハァッ?』

 

 一瞬言われた意味が分からず、はやて達が呆けた瞬間、写真に写っているカリムの予言の内容がブレ出す。

 

『えっ?』

 

「あぁ、やっぱり、帰るの止めましょうか」

 

 改めてフリートが発言を直した瞬間、再び予言の内容がブレて元の内容に戻った。

 信じがたい現象にはやて達は目を見開き、フリートが説明する。

 

「この予言は間違い無く私達がこの世界に来た事に寄って出現した予言です。ですが、そもそも私達の存在こそがイレギュラーなのです」

 

 フリート達はこの世界と全く無関係の存在。

 偶然平行世界に渡る術を持っていて、【寄生の宝珠】を見つけたから動いているに過ぎない。つまり、何時でもフリート達はこの世界を見捨てて元の世界に戻る事が出来るのだ。

 存在している故に【預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)】は、ソレに合わせて予言を示したが、いなくなれば当然ながら元の終焉と創生の予言に戻るのである。

 変わってしまう曖昧な予言ゆえに、結末まで書かれていないのだとフリートは、はやて達に説明した。

 

「なるほど……つまりこの予言は私達の行動次第で変わってしまう不確かな予言と言う事か?」

 

「……あてにせえ方が良さそうやね」

 

 説明を聞いたはやては瞬時に手に入れた予言を行動の参考にするのを止めた。

 曖昧な予言など参考にして行動する訳には行かない。やはり自分達で考えて行動すべきだと判断する。

 

「とにかく、方針としては、この予言に書かれた戦火を止める方向で私らは動くべきだと思います」

 

「まぁ、そうですね……一応これまで集めた情報で、戦火を最小限に抑える手段は在るには在るのですが、凄まじく個人的に使いたくない手段なんですね」

 

「その手段って何ですか?」

 

「……ソレについては後ほどで」

 

 何かを悩むようなフリートの様子に、はやて、リイン、レナモンは首を傾げる。

 しかし、ガブモンは何かを察したのかフリートを見つめる。協力してくれているはやて達にも秘密にしている事。

 フリートが次元世界で伝説の地として語られている【アルハザード】の存在である事を。ある程度は、はやて達は察しているが、その事実には触れないようにしている。デジモンの存在だけでも大きな混乱が発生したのだ。

 【アルハザード】など更なる混乱を生む存在でしかないのだ。

 フリートが言う手段が【アルハザード】に関わる事だと察したガブモンは、話を変えようと口を開く。

 

「そう言えば、話は変わりますけど。なのはがこの世界のスバルさんやティアナを鍛えるらしいんですけど、フリートさんは何かアドバイスしたんですか?」

 

 幾ら実力があろうと、なのははこの世界の高町なのはと違って誰かに何かを教えた事は無い。

 故にフリートがこの世界のティアナとスバルの訓練の方針をなのはに伝えているとガブモンは思った。

 だが。

 

「何もアドバイスしていませんよ」

 

『……えっ?』

 

 あっさりとフリートは何もなのはにアドバイスはしていないと告げた。

 

「私はこの世界のティアナやスバル・ナカジマを遠目で見ましたけど、直接は会っていません。それで訓練の方針を決めるのは流石に無理です」

 

「……この世界のなのはちゃんの教導データだけじゃ足らなかったんですか?」

 

「データで見ただけで必要な事が何かなんて分かる訳がないですよ。私が直接行けば、高町なのはの教導に合わせて訓練の内容を決めてケアも出来ますが、状況的に無理ですし、なのはさんが私レベルのケアを施せる訳がないんですから」

 

 他人の教導に合わせて訓練を施すと言うのは、途轍もなく難しい事なのだ。

 本来の訓練に支障が出ないレベルでやらなければ、体を壊す可能性も高く、任務にも影響が出かねない。

 幾らフリートでもなのはから届く連絡だけで、最適なサポートを行なうのは不可能。故にフリートは、なのはには何のアドバイスもしなかった。

 

「コレもなのはさんの訓練ですよ。『弟子は師が育て、師は弟子に育てられる』と言う言葉が在ります。今回はなのはさんに頑張って貰いましょう。まぁ、あの二人は素材が良いですからね。実戦的な事をやっていれば、すぐに物にしていくと思いますよ。後はなのはさん次第ですかね」

 

 そう告げると、フリートは先ほどの部屋の中に戻って行った。

 残されたはやて、レナモン、リイン、ガブモンは顔を見合わせるのだった。




次回は本編の方を更新します。
お待たせしました皆様、申し訳ありません。大体七割ぐらい完成していますので、近日中に投稿します。


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 早朝機動六課裏庭。

 スバルとティアナが朝も早い時間帯に自主練を行っていることを知っているエリオとキャロは、差し入れでもと思って飲み物やタオルを抱えながら隊舎の裏庭を歩いていた。

 

「……アレ? この辺りのはずだよね?」

 

「うん。多分そうだと…」

 

「……で、行こうか?」

 

 エリオとキャロがスバルとティアナを探していると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

「……今のって?」

 

「うん。なのはさんの声だよね?」

 

 何故高町なのはに秘密で訓練している筈なのに、声が聞こえたのかとエリオとキャロは訝しみながら、声の聞こえて来た方に顔を向けてみる。

 木々の間から顔を覗かせてみると、白衣型のバリアジャケットを纏い杖型のデバイスを構えているタバネと訓練着を着てリボルバーナックルを構えているスバルが向かい合っていた。

 

「えっ? あの人?」

 

「……タバネさんだよね?」

 

 機動六課で保護されている筈のタバネとスバルが何故向かい合っているのかと、エリオとキャロは疑問を覚えた。

 その答えを示すかのように、スバルはリボルバーナックルを構え、マッハキャリバーを全速力にしてタバネに向かって突撃する。

 

「ハアァァァァァァァァッ!!!」

 

「スバルさん!? 本気だ!?」

 

 気迫の籠もったスバルの叫びに、エリオは本気でタバネに殴り掛かる気なのだと悟り、キャロも思わず目を見開いて二人を見つめる。

 自身に向かって高速で向かって来るスバルの様子を見つめながら、タバネは杖型に変形している千変を構え直してスバルの右拳を受け流す。

 

「クッ!」

 

 拳が流されて体勢が崩れそうになるのを、スバルは感じると瞬時に体に力を込めて態勢を直そうとする。

 だが、その一瞬の隙をタバネは見逃さず、千変を巧みに操って柄の部分をスバルの胴体に叩き込む。

 

「ガハッ!」

 

「まだ駄目だね。何度も言うけど、受け流された場合は逆らうよりも流されるに任せた方が良い事もあるんだよ」

 

 冷静にタバネは指摘しながら、再び千変を構え直してスバルに向かって振るって行く。

 突きや払いなど、その動きは達人と表せるレベルの域。スバルも両手やプロテクションを使って防ごうとするが、タバネから見れば隙だらけなのか、次々と千変がスバルに当たって行く。

 二人の戦いの様子を見ていたエリオとキャロは、タバネの実力に驚いていた。だが、同時にタバネの戦い方に違和感を覚えた。

 タバネの戦い方は一般的な魔導師と違うのだ。魔導師は基本的に魔法を主にして戦う。

 しかし、タバネの戦い方は千変を使った杖術が基本で、魔法は補助としてか使っていない。主にプロテクションをスバルが張った時に使用するバリアブレイクや自らの身体強化の二種類しかタバネは魔法を使っていないのだ。

 

(でも、それならスバルさんは接近戦が得意だけど射撃魔法も使える筈。どうして使わないんだろう?)

 

 もしかして訓練の内容が接近戦に関する事だけなのかと思っていると、苛烈なまでに攻撃を加えていたタバネの手が止まり、スバルは膝を地面に着いてしまう。

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

「うん。初日に比べれば大分動きが良くなったね」

 

(えっ?)

 

(動きが良くなったって……スバルさん、一方的にやられていたんじゃ)

 

 タバネの言葉に思わずエリオとキャロは疑問を抱く。

 その間にタバネは息が絶え絶えなスバルに肩を貸して近くの木に背を預けさせて休まさせると、再び最初に立っていた位置に戻る。

 一体今度は何をするのだろうと疑問に思っていると、木々の間からオレンジ色の魔力弾が高速でタバネに向かって行く。

 しかし、タバネは慌てた様子も見せずに千変を高速で回転させながら魔力弾に向かって振るい、魔力弾を空に弾き飛ばした。

 

「……失敗か」

 

(今なんて!?)

 

 完璧に魔力弾を弾いたにも関わらず、苦い表情を浮かべたタバネにエリオは内心で叫んだ

 少なくともエリオは、タバネと同じ事をやれと言われれば無理だとしか言えなかった。

 魔法を使わずに射撃魔法を弾く事は、大変難しい事なのだから。

 しかし、驚くエリオに構わずに、タバネの四方の森から十数発のオレンジ色の魔力弾が高速で襲い掛かった。

 

「うん。良い攻撃だね」

 

 嬉しそうな声を上げながらタバネは、次々と襲い掛かって来る射撃魔法を回避して行く。

 オレンジ色の魔力弾はただ放たれただけではなく、僅かに放つタイミングがズレていて簡単な回避では当たってしまうと言う高度な発射をされていた。

 しかも、タバネに襲い掛かって来ている射撃魔法の中には数発だけ誘導弾が含まれていて、僅かな回避しただけでは次の瞬間に方向を変えてタバネに襲い掛かって来る。

 初日に比べて良く考えられていると本心から嬉しく思いながら、タバネは射撃魔法を回避して行く。

 その動きも凄いとしか見ていたエリオとキャロには思えなかった。

 タバネの回避は全て次に繋がるように旨く立ち回っていた。瞬時に自身に向かって迫って来る射撃魔法を見切り、射撃魔法の時間差までも見抜いてソレに合わせて回避して行く。

 誘導弾に対しては僅かな動きの違いから悟り、その攻撃に対しては先ほど同様に千変を回転させて弾いて他の魔力弾にぶつけている。タバネの動きは熟練の戦闘者としか評せなかった。

 エリオとキャロはタバネの動きに見惚れてしまう。

 その二人の間から、スゥっとクロスミラージュを握ったティアナの腕が突き出される。

 

『ッ!?』

 

 突然自分達の間から突き出されたティアナの腕にエリオとキャロが驚くと同時に、ティアナはクロスミラージュの引鉄を引いた。

 引鉄を引くと同時に、オレンジ色の魔力弾が銃口から飛び出した。その速さはエリオとキャロが知る限り、なのはとの訓練でティアナが放ったどの魔力弾よりも速い魔力弾だった。

 だが、放った当人であるティアナは苦い表情を浮かべてしまう。同時にティアナが放った魔力弾はタバネが振るった千変に激突して消滅する。

 その動きには一切の乱れは無く、ティアナが隠れていた場所が分かっていた事は明らかだった。

 

「……惜しかったね」

 

「……ハァ~」

 

 疲れた溜め息と共にティアナは地面に座り込んでしまった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「あぁ、大丈夫よ。張り詰めていた神経が切れただけだから」

 

 心配そうに声を掛けて来るキャロにティアナは返事を返した。

 その間に休んでいて回復したスバルを伴ったタバネが近づいて来て、ティアナに声を掛ける。

 

「モンディアル君とルシエちゃんの気配に紛れようとしたのは良かったけど、二人の動揺が強まったから其処に居るって逆に分かっちゃったよ」

 

「と言うか、タバネさん。普通にエリオとキャロがいるって分かってたんですね」

 

 全くエリオとキャロがいた事に気づいていなかったスバルは、何度目か分からないほどにタバネに対して驚いた。

 此処数日タバネと早朝と夕方に共に訓練を行なっていたが、その度にタバネに対しては畏怖を抱くしかなかった。タバネ自身の魔力自体は少ないので砲撃魔法や射撃魔法などの魔法は使わなかったが、その分体捌きや杖術などや身体強化魔法のレベルが違った。

 

(この人……本当に引退した魔導師なの?)

 

 もしもタバネに高町なのは並みの魔力が在ったら、どれほどの魔導師になっていたのか。

 もしかしたら高町なのはを超える魔導師になっていたかも知れないと、ティアナとスバルは此処数日訓練を共にしてそう思っていた。

 だが、タバネ本人はその考えを否定している。自身が今の実力を身に付けられたのは、魔導師としての師に出会えたからこそ。その出会いが無ければ、今の戦い方は絶対に身に付けられなかったとタバネは断言していた。

 

「ランスターさんももう少しだね。さっきの事前に気がつけてなかったら対処が間に合わなかったよ。ナカジマさんも旨く防御出来るようになって来ているから、二人とも伸びが早いね」

 

(そう言われても)

 

(実感は確かに得られているけど)

 

 ティアナはクロスミラージュに、スバルは痣だらけになっている自身の両腕を見つめながら内心で呟いた。

 実際、ティアナの射撃魔法の扱いは初日に比べて格段にレベルアップし、スバルも魔力を使わない防御のやり方が旨くなっていた。

 初日は散々な訓練だった。高町なのはの訓練に従ってタバネに二人は挑んだのだが、足を止めて撃つ癖がついていたティアナは足を止めた瞬間にタバネが投擲して来た千変が顔の横に通り過ぎて冷や汗を流し、ヴィータとの訓練で防御に必要以上に力を込めてしまう癖がついていたスバルは、タバネのフェイントに満々と引っ掛かってしまい腹部に千変の一撃を受けて悶絶する羽目になったのだ。

 そのおかげと言うべきなのか、訓練の方針は決まり、早朝はティアナはスバルが訓練を受けている間に森の中に潜み、事前に時間差で発動する魔法を仕込んだり、幻術を使ってタバネを撹乱する訓練を。

 スバルはひたすらタバネと模擬戦。但し防御魔法の使用は最小限に抑え、出来るだけ両腕を使って防御するように厳命されていた。防御魔法は確かに強力だが、発動させて効果を消す時に僅かにタイムラグが出てしまう。

 熟練の敵ならば、その隙を見逃す事は先ずない。その時の為に両腕を使っての防御のやり方をスバルに教えたのだ。

 エリオとキャロは一方的にスバルがタバネの攻撃を受けていたように思っていたが、実際のところはスバルはちゃんと防御していたのだ。

 その事をエリオとキャロにタバネは説明し、二人はティアナとスバルの実力が確かに上がっていると感じていたので納得したように頷いていた。

 

「僕達もそう思いました」

 

「ティアさんとスバルさんは確かに強くなっていますよ」

 

「……ありがとう、二人とも」

 

「へへっ、コレで明日のなのはさんとの模擬戦も勝てるかな、ティア?」

 

「……やれるだけの事はやって見せるわ」

 

 真剣な眼差しでティアナはクロスミラージュを見つめた。

 タバネとの訓練のおかげで実力は確かに上がったかも知れない。だが、ソレだけで高町なのはに勝てるとはティアナは思っていない。スバルと、そして相談に乗ってくれたタバネの意見のおかげでコレならばと言える作戦は立てたが、その作戦の最後の一手がまだ未完成なのだ。

 

(今日の夕方の訓練で何としても完成させて見せる!)

 

 夕方の訓練はタバネを仮想高町なのはに見立てての模擬戦。

 そしてティアナが今覚えようとしている超高速の射撃魔法である【レールショット】を完成させる為の訓練。

 

(完成度は八割ぐらい。あともう少しなのよ……でも、この魔法? 何だかしっくり来るのよね)

 

 覚える為に訓練を重ねる度にティアナは【レールショット】に疑問を覚えていた。

 余りにも自身のスタイルにしっくりし過ぎる魔法だと感じていたのだ。覚えるのにももっと時間が掛かると思っていたが、実際教えて貰ったら早い段階で形だけは出来るようになったのだ。

 早く覚えられる事には助かるが、言い表す事が出来ない違和感をティアナは感じていた。

 まるで、【レールショット】と言う魔法は自分(・・)の為に存在しているかのような違和感を。

 

(……まぁ、気のせいよね。タバネさんが言うには、この魔法の本来の使い手は私と同じ戦闘スタイルらしいから、私と相性が良かっただけでしょう)

 

「さて、そろそろ私は隊舎の方に戻るね」

 

「あぁ、アイナさんの手伝いですね」

 

 機動六課に保護されているタバネだが、日中部屋でジッとしているのは逆に気が滅入ってしまう。

 故に気を紛らわせる意味もあって、寮長であるアイナの手伝いをタバネはしていた。コレがタバネには助かった。

 機動六課に来てから何かとストレスが溜まる日々を送り、その上先日、ガブモンから届いた定期連絡でこの世界のスカリエッティがジュエルシードを悪用していると言う話を聞いた。

 キレなかった自身を褒めたいとタバネは何度も思っていた。ジュエルシードはタバネに取って魔法に触れる切っ掛けになったロストロギアだが、同時に忘れたくても忘れらない苦い思い出を抱く事になった物でもあるのだ。

 その時の悲劇を繰り返さない為に必死に集めたと言うのに、寄りにも寄って次元犯罪者の道具として扱われていたのだ。思わず機動六課から抜け出して、貸し出しを許可した高官を砲撃したくなってしまったぐらいである。

 ガブモンの必死の説得で何とか思い留まったが、其処から更なるストレスの日々だった。

 何せ機動六課の隊長陣はジュエルシードの件を余り問題視していないのだ。普通に考えれば回収したロストロギアが次元犯罪者に奪われるなど、大失態と言うレベルの問題では無い。

 個人的な感情としてもタバネは赦す事が出来ない。

 

「(今は我慢だけどね。その内、報いは必ず受けて貰うけど)……それじゃ、また夕方にね」

 

「はい、タバネさんも気を付けて」

 

「ありがとうございました!」

 

 ティアナとスバルはタバネに礼を言い、タバネは手を振りながら隊舎の方へと歩いて行く。

 四人の姿が見えなくなるのをタバネは後ろ目で確認し、ゆっくりと近くの木の方に顔を向ける。

 

「……見ているんだったら、少しぐらいアドバイスぐらいは上げたらどうですか?」

 

「アンタが見てるんだ。俺が教える事なんて無いだろう」

 

 タバネが見ていた木の後ろ側から、ヴァイス・グランセニックが出て来た。

 

「そうでもないですよ。狙撃のやり方は私が教えるよりもグランセニックさんが教えた方が伸びると思いますけど」

 

「……良く俺が狙撃手だって分かったな」

 

「気配の消し方や息の潜め方。それにその手で分かりました」

 

「……何者だアンタ?」

 

 油断なくヴァイスはタバネを睨んだ。

 確かにヴァイスは元武装局員で狙撃を主にしていた。とある事件で武装局員の資格は返上している。

 だが、その事を知るのは機動六課では知り合いだけの筈なのだ、赤の他人であるタバネが知っている筈はない。

 此処数日、ヴァイスは隠れながらティアナ達の訓練の様子を見ていた。と言うのも、ヴァイスはティアナの訓練の事は初日から知っていたのだ。

 故にタバネの実力の高さは理解している。

 

「正直アンタの実力はかなりのもんだ。暴漢に襲われて保護されたらしいが、アンタほどの実力が在れば何とか出来たんじゃないのか?」

 

「……グランセニックさん。魔導師にとって絶対に必要な物が無かったら、どうする事も出来ませんよ」

 

 ゆっくりとタバネは待機状態の千変をヴァイスに見せるように手に持った。

 

「デバイスが無ければ魔導師は魔法をまともに扱えない。どんなに実力があっても、変える事が出来ない弱点。相手が魔導師ならば尚更にですから」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 魔導師としての弱点。そう言われてしまえば、ヴァイスはタバネの言葉に納得するしかなかった。

 

「……だが、一つだけ教えてくれ。アンタ、どうして実力をなのはさん達に隠してるんだ?」

 

 タバネが自らの実力を見せるのはティアナ達の前だけ。

 それ以外の時は本当に一般人にしか見えないのだ。実力があるのに隠している理由が分からず、ヴァイスは油断なくタバネを見つめる。

 

「……もう、管理局の為に魔導師として戦いたくないんですよ」

 

「……何だって?」

 

「私は、昔あるロストロギアを回収して管理局に渡しました。そのロストロギアを回収する時に、被害も出てしまいました」

 

 ロストロギア関連の事件では良くある出来事。

 その被害を少なくする為に、管理局はロストロギア回収に力をいれている。

 

「だけど、私はある事件で知ったんです。私が必死になって回収したロストロギアが、次元犯罪者に奪われて利用されて沢山の人達に被害が出た事を」

 

「ソイツは!?」

 

「分かりますか? 本当に必死になって回収したのに、その想いが踏み躙られた私の気持ちが……だから、私は管理局の為に二度と魔導師としての力を使わないと決めたんです」

 

 強い意志が籠もった顔をしながら、タバネはヴァイスの横を通り過ぎる。

 

「私の実力を報告したかったらしても構いません。でも、私は絶対に管理局の為に魔導師として戦いません」

 

 最後にタバネはヴァイスにそう告げると、もうこの場には用は無いと言うように隊舎の方へと戻って行った。

 

「……コイツは思ったよりも根が深かったか」

 

 去って行くタバネの背を見つめながらヴァイスは深々と溜め息を吐いた。

 ある程度予想はしていたが、やはりタバネは余り管理局には良い印象を抱いていなかった。今回の保護の経緯もそうだが、どうやら過去にも管理局とタバネの間には何かが在った事が容易にヴァイスには想像出来た。

 

「……報告はしない方が良いだろうな」

 

 タバネの実力を隊長陣に報告するのは簡単だが、ソレで軋轢を生む可能性が高い。

 元々ヴァイスがタバネに接触したのはティアナ達の自主練の面倒を見ていたからだ。タバネには気づかれていたが、ヴァイスは初日からティアナの無茶な自主練を見ていた。

 止めても聞かなくて困り果てていたが、タバネは旨くティアナ達の自主練をコントロールして疲れを最小に抑えるようにしていたのだ。ただ言って、ティアナ達は自主練を止める訳が無いので、課題を与えてその課題を時間内でクリア出来たら終わりと言うようにして。

 コレはタバネ自身がフリートから受けた訓練内容だった。学校も在ったタバネの環境を考えて、フリートはタバネの両親と相談して出来るだけ無茶をさせない訓練を施していた。無論その分密度が濃く、タバネは無茶も出来なかった。

 そういう経験があったので、タバネは自身と似た性格をしているティアナが納得出来るように訓練を施せたのだ。おかげでティアナとスバルの負担は全くではないが、ある程度軽減する事が出来ていた。

 その事にはヴァイスも感謝しているが、尚更にタバネの正体が気になった。

 

(興味本位で手を出したら、かなり不味い事になりそうだ。ただでさえあの人の事はなのはさん達も慎重に扱ってるし、此処はもう暫く様子見だな)

 

 そう考えたヴァイスは、自身の仕事場へと戻って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜の十時近く、本日の自主練を早めに切り上げたティアナ、スバル、タバネはティアナとスバルの自室で休んでいた。

 

「悪いわね、クロスミラージュ。あんたのことも、結構酷使しちゃって……」

 

《You don't worry》

 

 連日の自主練で酷使していたクロスミラージュをティアナはメンテナンスしていた。

 

「明日の模擬戦が終わったら、シャーリーさんに頼んで、フルメンテしてもらうから」

 

「あ、じゃあ、私もマッハキャリバーをフルメンテして貰おうかな。かなり酷使したし」

 

 自身の相棒であるマッハキャリバーに油を差しながら、スバルもティアナの考えに同意した。

 やっている事がやっている事だけに自身の相棒であるデバイスのメンテナンスは自分達でやるしかなかった。ソレだけに二人のデバイスにはかなりの負担が掛かっていた。

 コレばかりはデバイスのメンテナンスに関して門外漢のタバネにはどうする事も出来ない。自らの相棒ならば簡単なメンテナンスのやり方をフリートから教えて貰ったが、他人のデバイスに関しては出来ないのだ。

 

「タバネさんもどうですか? 結構タバネさんのデバイスも負担が掛かっていますし、私達からシャーリーさんに頼みますけど?」

 

「嬉しい申し出だけど、ゴメンね。この千変は特別なデバイスでね。フルメンテすると凄く時間が掛かるから、専門家じゃないとちょっと無理なんだよ」

 

 タバネが扱っている千変は、特殊型デバイス。

 杖と銃の二形態しかタバネは使っていないが、その他にも様々な形態が存在している。ソレをフルメンテするとなれば、造った本人であるフリートはともかく、一般的なデバイスマスターならば何日もメンテナンスに掛かってしまう。

 

「……前から気になっていましたけど、そのデバイスを造った人ってどんな人なんですか?」

 

「もしかしてタバネさんの魔法の師匠とかですか?」

 

「まぁ、そうなんだけどね……どんな人かって聞かれると……すっごい傍迷惑な人かな」

 

『……えっ?』

 

「凄い人なんだけど、同じくらいウッカリやでね。凄い人なのは確かだよ。でも、やることなす事がとんでもなくて、気がついたら手遅れだったりして……どれだけ後始末が大変だったか……凄い人なんだけどね。実際さ、この千変を確認したフィニーノさんから紹介して欲しいって言われた時には、あぁ、またかって思っちゃったよ。あの人はもう本当に……」

 

 遠い目をして語るタバネの姿に、ティアナとスバルは聞いては行けない事を聞いてしまった事を悟る。

 何とか話題を変えようとティアナとスバルは目で語り合い、話題を逸らす。

 

「あ、あのタバネさん! 明日の模擬戦、私達は何処まで行けますか?」

 

「……ん~、相手にも寄るけど、多分模擬戦の相手は高町なのはさんかな」

 

 明日ティアナとスバルが模擬戦で戦う相手は決まっていないが、高確率で高町なのはになるとタバネは確信していた。

 その理由としてはもう一人の隊長であるフェイトがアグスタでの密輸捜査やスカリエッティ捜査で忙しいから。次点としてヴィータも在り得るが、自分の部下である為に高町なのはが相手をするに違いない。

 模擬戦の相手が高町なのはならば、ティアナとスバルにとっては助かる。何せタバネの訓練は、仮想の敵を高町なのはに合わせて訓練させていたのだから。

 

「もしも相手が高町なのはさんなら、何とかビルの高さが届くまで落とせるかが鍵だね……(と言うか、その辺りの制限も付けるべきだと思うんだけど)」

 

 空戦魔導師と陸戦型の魔導師の差は大きい。

 スバルのウイングロードのおかげで限定的に空戦は出来るが、ソレだって本業の空戦魔導師と比べれば差が大きいのだ。

 確かに何れ必要になる事だが、タバネからすれば基礎以外の訓練が始まってからにすべきだと思う。沢山の制限を付けて模擬戦をしてくれていたフリートを知っているだけに。

 

「その役目の鍵はナカジマさん。そして決められるかどうかは、ランスターさんの頑張り次第だね」

 

『はいっ!』

 

「良い返事だね。私はもうこれ以上何も出来ないけど、二人の事は応援してるから」

 

 そうタバネは告げ、ティアナとスバルは力強く頷くのだった。

 

 

 

 

 

「さーて、じゃあ、午前中のまとめ。2on1で模擬戦やるよ!」

 

 機動六課の訓練スペースで日もだいぶ昇り、そろそろお昼時というところで、なのははスバル達にそう告げた。

 

「まずはスターズからやろうか。バリアジャケット、準備して」

 

『はい!』

 

「エリオとキャロはあたしと見学だ」

 

『はい』

 

 エリオとキャロは返事を返し、ヴィータと共に近くのビルの屋上へと向かって行った。

 

「やるわよ、スバル」

 

「うん!」

 

 ティアナとスバルは瞬時にバリアジャケットを纏い、なのはの前に並び立つ。

 

「…あっ! もう模擬戦始まっちゃってる?」

 

『フェイトさん!!』

 

 一方、屋上へと移動した三人の前に現れたフェイトの姿にエリオとキャロは喜びの声を上げ、フェイトは二人に笑みを浮かべながら模擬戦を見ているヴィータの傍による。

 

「私も手伝おうと思ったんだけど」

 

「今はスターズの番だ」

 

「そう……ほんとはスターズの分も私が引き受けようと思ってたんだけど」

 

「あぁ……なのはも、ここんところずっと訓練密度濃いからな……少し休ませねぇと」

 

「なのは……部屋に戻ってからもずっとモニターに向かいっぱなしなんだよ。訓練メニューを作ったり、ビデオで皆の陣形をチェックしたり」

 

「なのはさん、訓練中も、いつもボク達のことを見ててくれるんですよね」

 

「ホントに、ずっと……」

 

 フェイトの言葉に同意するようにエリオとキャロは付け加えた。

 だが、もしもこの場にタバネがいたのならばこう告げていただろう。

 

『訓練中だけしか見てないよ』

 

 

 

 

 

「クロスファイヤーーシューート!!!」

 

 ティアナが咆哮をあげながら叫ぶと同時に、ティアナの周りに存在していた大量のクロスファイヤーが嵐のように上空にいる高町なのはに迫る。

 しかし、その動きは何時ものティアナのクロスファイヤーよりも鋭さがなく、なのはは防御よりも回避を選択して避ける。

 それこそがティアナとスバルの狙いだった。あえて回避できる攻撃を行って相手を狙い通りの位置に運ぶ。

 狙い通りに高町なのはは、事前にティアナとスバルが打ち合わせていた方向へと進み、その先に回り込むように展開されていたウイングロードの上を走っていたスバルが高町なのはに迫る。

 だが、高町なのははそのスバルをティアナのフェイクシルエットで作り上げた幻影だと断定する。自身の教えで『余力がある相手に真っ向から向かうのはカウンターを受ける』と教え込んだ。だからこそ、迫るスバルは幻影だと“完全に思い込んでしまった”。

 

「ッ!! フェイクじゃない!? 本物!?」

 

「ウリャアァァァァァァァァァァーーーーー!!!!!」

 

 漸く迫るスバルが幻影などではなく本物だと高町なのはは理解し、高町なのはは慌ててディバインシューターをスバルに向かって撃ちだした。

 しかし、スバルはプロテクションを左手から出現させて迫るディバインシューターを防御しながら高町なのはに向かって飛び掛り、右腕のリボルバーナックルを高町なのはに向かって振り被る。

 それを目撃した高町なのはは即座にラウンドシールドを展開して、スバルの攻撃を防ごうとする。だが、防ぐ直前にスバルは右腕のリボルバーナックルではなく、何時の間にか硬質のフィールドで覆った左拳を高町なのはに向かって振り抜く。

 

「ナックルバンカーーー!!!」

 

「ッ!! クッ!!」

 

 てっきりリボルバーナックルを装備した右腕で来ると思い込んでいた高町なのはは、スバルの行動に目を見開いて驚愕するが、慌てて右側に発生させていたラウンドシールドを左側に移してスバルの一撃を防いだ。

 その動きが分かっていたかのようにスバルは、瞬時にラウンドシールドと激突している左腕を戻し、今度こそ無理な体勢で攻撃を防いでしまっている高町なのはに向かって右腕のリボルバーナックルを振り抜く。

 

「ハアァァァァァァァァッ!!」

 

「グゥッ!! この!!」

 

《Barrier Burst》

 

「ぅわぁっ!?」

 

 二度目のスバルの攻撃で亀裂が走ったラウンドシールドを目撃した高町なのはは、僅か二撃で亀裂が走ったラウンドシールドを信じられないと言うように見つめながらも、慌てて爆発させてスバルを吹き飛ばす。

 その威力にスバルは吹き飛ばされ、そのまま近場のビルの窓ガラスを破りながら内部へと入って行った。

 

「スバル!! 駄目だよ!! そんな危ない機動!!」

 

「……す、すいません! でも、ちゃんと受け身は取りましたから!」

 

「……うん、ティアナは?」

 

 何時の間にか姿を消したもう一人の相手であるティアナを探そうとすると、高町なのはの頬に赤い光が当たる。

 

(クロスミラージュのレーザーポインターーッ!!)

 

 頬に当たった光の正体に気がついた高町なのはは、慌ててそちらに目を向けてみると、右手に握っているクロスミラージュの魔力チャージを行っているティアナがビルの屋上に立っていた。

 

(砲撃魔法!? ティアナが!?)

 

(スバル、準備OKよ! 特訓の成果! 行くわよ! クロスシフトC改!)

 

「応ッ!! ハアァァァァァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

 目を見開いている高町なのはの様子に、自身の策に掛かったことを確信したティアナはスバルに念話を送り、スバルは応じると共に高町なのはに新たなウイングロードを発生させ、咆哮しながら突進した。

 その動きに高町なのはは慌ててカウンターの要領でスバルに向かってシューターを撃ち込むが、迫るシューターに対してスバルはマッハキャリバーをカートリッジロードさせて急加速を行い包囲網が完成する前にシューターの間を切り抜けて、高町なのはに肉薄する。

 

「いっけえぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

「クゥッ!!」

 

 肉薄された高町なのははラウンドシールドを展開して、スバルの猛攻を防いだ。

 今度は先ほどのようにラウンドシールドを炸裂させることは出来ない。ラウンドシールドを炸裂させれば少なからず、高町なのは自身にも影響が及ぶ。砲撃の体勢を行っているティアナがいる状況でそれを行うのは自殺行為でしかない。

 確実にティアナとスバルが考えた戦術は、高町なのはの動きを封殺していた。このままでは砲撃を食らってしまうと高町なのはは思いながら、砲撃の準備を行っているティアナに目を向けた瞬間、ビルの屋上に立っていたティアナが消失した。

 

「アレは幻影!!」

 

「ティア!!」

 

 なのはの後ろを見つめながら、スバルが叫んだ。

 その声になのはが後ろを脇目で見てみると、自身の背後のウイングロードを駆けるティアナの姿があった。

 ウイングロードを賭けるティアナは、右手のクロスミラージュの先から魔力刃を発生させ、そのままなのはの頭上にまで移動すると共に飛び掛かった。

 

「ウオォォォォォーーー!!!」

 

 同時にスバルが咆哮を上げて、なのはのラウンドシールドとリボルバーナックルが激しくぶつかり合う。

 

「……レイジングハート……モードリリース」

 

《All right》

 

 なのはの発言と共にレイジングハートは待機状態へと戻った。

 ソレと同時に頭上からティアナの魔力刃が届き、なのはは掴み取ろうとして魔力刃がなのはの手をすり抜けた。

 

「えっ!?」

 

 すり抜けた魔力刃になのはは目を見開く。

 同時に頭上から落下して来ていた筈のティアナの姿が、消え去った。

 予想外の出来事に高町なのはは固まり、その隙をスバルは逃さず、更にマッハキャリバーを加速させてなのはのラウンドシールドを突き破る。

 

「ウオォォォォーーー!!」

 

「なっ!?」

 

 シールドを突き破ったスバルは更なる攻撃を加えず、なのはの胴体を両手で掴むと、そのままウイングロードから飛び出し、地上へと落下し出した。

 

「す、スバル!? 一体何を!?」

 

「コレが作戦なんですよ!?」

 

 いきなりの事に驚くなのはにスバルは叫びながら、横目でビルの窓ガラスの高さまで落下出来た事を確認する。

 

「よし! マッハキャリバーー!!」

 

《Wing Road!!》

 

 目的の高さまで落下出来た事を確認したスバルは、なのはから手を離した。

 同時にマッハキャリバーの足元からウイングロードが発生し、スバルはなのはから離れて行く。

 一体何をとなのはが思った瞬間、周囲のビルの窓ガラスが次々に割れ、オレンジ色の魔力弾がなのはに向かって殺到した。

 

『なっ!?』

 

 突然の周囲からの奇襲攻撃に放たれたなのはだけではなく、ビルの屋上から見ていたヴィータとフェイトも驚愕した。

 慌ててなのははレイジングハートを構え直そうとするが、待機状態に戻してしまった事に気がつく。

 

「(まさか、さっきまでの行動はこの為に!? 迎撃は間に合わない。なら!)……レイジングハート!!」

 

《Wide Area Protection》

 

 全方位からの攻撃に対して、なのはも全方位での防御で対応した。

 次々と魔力弾がワイドエリアプロテクションに激突し、周囲に煙が巻き上がる。

 

「クッ!」

 

 プロテクションを突き抜けて襲い掛かる衝撃に苦し気な声を漏らしながら、なのははレイジングハートを戻そうとする。

 だが、その前に煙を突き破りながら右手を振り被ったスバルがなのはに肉薄する。

 

「ぶっ壊れろぉぉぉぉぉ!!!」

 

 スバルが振り抜いた拳となのはのワイドエリアプロテクションに激突し、ワイドエリアプロテクションは粉砕された。

 そのままスバルは追撃をかけようとするが、僅かに舞い上がる事でスバルの攻撃をなのはは回避する。

 

(あ、危なかった! だけど、コレで!)

 

 何とか回避出来たなのはは、手に戻ったレイジングハートを背を向けているスバルに向ける。

 先ずはスバルから撃墜しようと射撃魔法を放とうとする。だが、その前に一つのビルの部屋からクロスミラージュをなのはに向かって構えているティアナに気がつく。

 

(ティアナ!? ソレにあの場所は!?)

 

 ティアナがいた場所を目にしたなのはは目を見開いて驚く。

 その場所は最初にスバルがなのはに吹き飛ばされて、窓ガラスを割りながら入り込んだ一室。

 現在の状況で最も狙撃するに相応しい場所にティアナは立っていた。

 

(ま、不味い!?)

 

 このままでは危険だと判断したなのはは、両足のアクセルフィンを加速させようとする。

 ティアナの魔力弾の速度ならば、アクセルフィンを加速させれば回避出来る。そうなのはは確信していた。

 だが、その確信は。

 

「……レール……ショット!!」

 

 ティアナがクロスミラージュの引き金を引いた瞬間、なのはの胸に走った衝撃に寄って粉砕されたのだった。




次回は本編を更新します。
出来るだけ早く更新出来るように頑張ります。


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待っていて下さった方々。
お待たせしました。更新です。


 高町なのはにクロスミラージュから撃ち出したレールショットが直撃する光景を目にしたティアナは、会心の笑みを思わず浮かべた。

 何をやっても届かないと思っていた相手である高町なのはに、確かに自身の弾丸は届いたのだ。その事実にティアナはクロスミラージュを下げてしまいそうになるが、慌てて構え直した。

 まだ、模擬戦の終了宣言は出ていない。確実にクリーンヒットの一撃を加える事が出来た筈だが、宣言が出ていないのならば模擬戦が続くかも知れないのだ。

 その事をタバネから教えられていたティアナとスバルは、空中に浮かんでジッとしている高町なのはに自らのデバイスを構える。

 

「……レイジングハート。今のは?」

 

《バリアジャケットを超えてマスターはダメージを受けました。Mission completeです》

 

「……そっか」

 

 レイジングハートの報告に高町なのはは、ゆっくりと身構えているティアナとスバルに顔を向けた。

 模擬戦の結果としてはティアナとスバルの作戦勝ちだった。そもそもリミッターを付けているとは言え、高町なのはとスバル、ティアナの間には実力差が存在している。

 その差をティアナとスバルは作戦で埋め、高町なのはにダメージを与えたのだ。

 この模擬戦の結果は、一目瞭然だった。

 

「これで、スターズの模擬戦は終了」

 

「えっ?」

 

「それじゃあ……」

 

「うん」

 

 笑みを浮かべて、なのはは二人に告げる。

 

「私が撃墜されて終了……二人の勝ちだよ」

 

『……や、やったあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!』

 

 高町なのはからの勝利の報告に、ティアナとスバルは思わず両手を上げて喜んだ。

 確かに自分達は高町なのはを模擬戦で倒す事が出来たのだ。その事実にティアナとスバルは思わず抱き合ってしまう。

 その間にフェイト達が観戦しているビルの屋上に高町なのはは降り立つ。

 

「痛ッ!」

 

「なのは! 大丈夫?」

 

 降り立つと共に胸元を押さえた高町なのはに、フェイトは慌てて駆け寄った。

 

「う、うん。ちょっと痛みが走っただけだから」

 

「そう……でも、後でシャマルに見て貰った方が良いよ」

 

「分かってるよ」

 

「しっかし、まさかあの二人がお前を墜とすとはな」

 

 今だに喜び合っているティアナとスバルを見ながら、ヴィータが呟いた。

 正直良い線は行けたとしても、高町なのはを墜とせるとはヴィータは思って無かったのだ。

 ソレはフェイトも同じなのか、ティアナとスバルを、特に最後の一撃を加えたティアナを見つめてしまう。

 

「でも、何時の間にあんな魔法を覚えたんだろうね?」

 

「うん。正直最後のティアナの一撃は本当に驚いたよ。躱せると思っていたんだけど」

 

 最後のティアナが使ったレールショットは、今までティアナが使っていた魔法とはレベルが違っていた。

 強度が高い筈の高町なのはのバリアジャケットを貫きダメージを負わせた事も驚きだが、それ以上に魔力弾の速度が異常だった。

 全く見えなかったのだ。魔力弾が走った軌跡さえも見えず、ティアナが引き金を引いた瞬間には、高町なのはに届いていた。ソレだけが事実だった。

 

「後で詳しく聞いて見るね」

 

「うん。それじゃエリオ、キャロ。次は私と二人で模擬戦をやろうか」

 

『はい!!』

 

 フェイトの言葉にエリオとキャロは頷いた。

 ティアナとスバルが屋上に来ると共に、ライトニング分隊の模擬戦が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 機動六課隊舎の屋上。

 アイナに頼まれて洗濯物を干していたタバネは、海側に在る機動六課の訓練スペースの方を見ていた。

 普通ならば、いや、一般的な魔導師ならば見える距離では無いが、タバネは一部始終ティアナ、スバル、高町なのはの模擬戦を見ていた。

 

「まぁ、流石に負けを認めるよね」

 

 模擬戦の結果はどう足掻いてもティアナとスバルの勝利。

 本格的な戦闘ならば戦いは続いていただろうが、あくまで模擬戦。もしも納得出来ずに継続でもしていれば、流石にタバネも我慢の限界だったが、ソレは杞憂で済んだ。

 だが、それ以外でもタバネが見た限り、模擬戦の内容には問題が多い部分が多かった。

 

「……やっぱり、油断し過ぎだね」

 

「ですよね」

 

 タバネの言葉に何時の間にか横に立っていたシャリオ・フィニーノが同意した。

 ほんの一瞬前まで居なかった筈のシャリオが突然現れた事にも動揺せずに、タバネは話を続ける。

 

「ランスターさんとナカジマさんが勝ってくれたのは嬉しいけど」

 

「充分に対処出来るチャンスはありました。だけど、そのチャンスをなのはさんは自らの油断から不意にしてしまいましたよね」

 

 終始模擬戦はティアナとスバルの思惑通りに進んでいた。

 だが、所々で危ない場面も確かに在ったのだ。その危ない場面を乗り切れたのは、二人の頑張りよりも、高町なのはの油断が大きかったから。

 もしも最初から高町なのはがスバルよりもティアナの方に気を付けていたら、模擬戦の内容は変わっていただろう。

 

「……やっぱり必要でしょうか?」

 

「うん。出来る事なら必要無しで済んで欲しかったけど、コレじゃあね」

 

「……調査の結果、スカリエッティ達も動こうとしています。情報収集用のガジェットⅡ型が東部の海上付近に集結しようとしているようですよ。狙いは恐らく」

 

「機動六課じゃないね。目的はフリートさんか、私かな」

 

 前回のアグスタの時にタバネがルーテシア達を追い込み、ティアナのミスショットから救う為に放った【レールショット】。

 アレは確実にスカリエッティに興味を抱かせた。恐らく調査もしたのだろうが、フリートは姿を隠し、タバネもガジェットの破壊を行なっていない。脅威と見ているかは分からないが、少しでも情報を得ようとスカリエッティ達は動き出したのだ。

 勿論、フリートもタバネも見え見えの誘いに乗るつもりは無い。寧ろ、この状況はタバネ達にとって好都合だった。

 

「ガジェットが動けば機動六課は動きます」

 

「主戦力として隊長陣が」

 

「襲撃にはチャンスですよね。タバネさん」

 

 自らが所属する部隊だと言うのに、まるで他人事のようにシャリオはタバネに告げた。

 しかし、タバネは疑問に思う様子は無く、ゆっくりとシャリオに顔を向ける。

 

「準備の方はどうなの?」

 

「此処数日の間に全部終わってますよ。出撃した方の隊長陣の足止め役は用意してありますから、すぐには戻って……いえ、もしかしたら無事には戻って来れないかも知れませんね」

 

「……あぁ、そう言えば暴走したんだった。また、とんでもない物を造ったんだろうなぁ」

 

 思わずタバネは遠い目をしてしまう。

 何を造ったのか分からないが、ほんの少し、本当に数ミリ程度だけ、戦う事になるであろう隊長陣に同情した。

 

「……それじゃ、今夜お願いするね」

 

「分かりました」

 

 シャリオは頷くと共に手を差し出し、タバネは首に掛かっていた待機状態の千変を渡した。

 

「此処数日でフィニーノさんが千変を貸してくれって言っていたのは、機動六課じゃ殆どが知っている事だから」

 

「根負けして渡したって言えば、問題無しですね」

 

「うん。それじゃ」

 

「また、後でなのは(・・・)さん」

 

 笑みを浮かべながらシャリオは千変を持って、屋上から出て行った。

 

「……本当に演技が旨いよね。気配も本人にソックリだったし、どれだけはやてちゃん達は仕込んだんだろう」

 

 事前に知っていなければ、自身も気が付けなかったと思いながら、タバネは足元に置いてある洗濯籠に手を伸ばす。

 

「……あの子達の頑張り次第だけど、失敗したら今日でタバネ・シノは死ぬかも知れないね」

 

 ゆっくりとタバネは洗濯物を入れていた籠を持ち上げて、屋上の入り口の方へと歩いて行き、隊舎内へと戻って行った。

 

 それから機動六課での仕事を終えたタバネは、夕方何時もの訓練場所にしている森に居た。

 背を木に預けながら待っていると、ティアナとスバルが嬉しそうな顔をして駆けて来る。

 

「タバネさん!」

 

「私達、模擬戦に勝てました!」

 

 二人は模擬戦の結果を本当に嬉しそうに語り、タバネは笑みを浮かべながら聞く。

 

「良かったね、二人とも」

 

「タバネさんのおかげです。タバネさんが私達を鍛えてくれたから」

 

「ソレは違うよ。確かに私は二人の訓練に手を貸したけど、二人の頑張りが在ったから模擬戦に勝てたんだよ」

 

 そうタバネは告げると、ゆっくりとティアナとスバルの肩に手をやる。

 

「だけどね。今回勝てたからって次も勝てるなんて考えちゃ駄目だよ。次も勝つ為にも頑張らないとね」

 

『はいっ!』

 

「うん、良い返事。それじゃ今日の自主練は休もうか」

 

『……えっ?』

 

 タバネの言葉にティアナとスバルは思わず疑問の声を上げてしまった。

 二人の様子にタバネは苦笑を浮かべながら告げる。

 

「目的だった高町なのはさんに模擬戦で勝てたんだし、今日ぐらいは休もうよ。それに今日は二人の訓練にはちょっと付き合えないんだ」

 

「如何したんですか?」

 

「……アレ? タバネさん、デバイスは?」

 

 スバルは何時もタバネが首に掛けていた千変が無い事に気がついた。

 ティアナも遅れて気がつく。タバネが千変を手にしてから、何時も身に着けていた事を知っているので、二人が首を傾げると、タバネは苦笑を浮かべながら説明する。

 

「あはははっ、実は根負けしちゃったんだよ。フィーニノさんが熱心にお願いして来るからね」

 

「あっ、そう言う事ですか」

 

「シャーリーさん、タバネさんに会うと頼んでいたからね」

 

 最初に千変を検査した時から、シャリオはもっと詳しく調べたいとティアナとスバルにも語った時が在った。

 同時にタバネに会う度に何とか調べさせて貰えないかと頼んでいるのを、目撃した事も在る。

 

「本当は渡したくは無かったんだけど、これ以上人前で頼まれるのも困るし、今日なんてアイナさんに頼まれて洗濯物を干してる時に来られたから、流石に根負けしちゃったんだよ」

 

(そう言えば、今日はシャーリーさんの姿が見えなかったけど、タバネさんから千変を借りられたからだったのね)

 

 ティアナはタバネの説明に確かにシャリオを見ていない事に気がつき、その理由も納得出来た。

 千変に関しては門外漢な部分もあるので良く分からないが、本職のデバイスマスターからすれば絶対に調べてみたいと思えるような代物なのだろう。

 

「だから、今日の自主練はお休みにしよう」

 

「……そうですね。スバルも良い?」

 

「うん。私は別に構わないよ」

 

「ゴメンね」

 

 タバネは両手を合わせて二人に謝罪し、今日の夕方の自主練は中止になって三人は隊舎へと戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 夜九時近く、高町なのはは機動六課の訓練スペースで今日の模擬戦のデータを見ていた。

 模擬戦の結果は、高町なのはの撃墜でティアナとスバルの勝利。言い訳も出来ない程に、高町なのははティアナとスバルの作戦に負けた。

 ソレでも注意すべきところは注意したが、負けた事は事実。

 ゆっくりと撃墜の判定を受ける事になった一撃を食らった胸元に高町なのはは手を当てる。

 

「……あの魔力弾は一体……」

 

 ティアナの魔力弾の速度を高町なのはは知っていた。知っていた筈だった。

 だが、撃墜判定を受けたティアナの魔力弾の速度は異常としか言えなかった。何せ反応するどころの騒ぎでは無い。見る事さえも出来ないほどの速さだったのだ。

 観戦していたヴィータとフェイトも、ティアナが放った魔力弾の速度には言葉を失っていた。高速戦闘を得意としているフェイトでさえも、あの魔法を回避出来るか分からないぐらいだった。

 

「……何時の間にあんな魔法を」

 

「なのは」

 

「……フェイトちゃん」

 

 真剣に考え込んでいるなのはの背後から、フェイトが呼びかけた。

 振り向いたなのはは空間ディスプレイを消して、二人は並んで隊舎へと戻って行く。

 

「……今日の模擬戦」

 

「うん……今も見ていたけど、私の負けだよ」

 

 最初から最後までティアナとスバルの思惑通りだった。

 先ず最初にティアナが放った射撃は高町なのはに回避行動させる為の布石。

 次のスバルのなのはの教えに反するような行動は、高町なのはから冷静さを奪う為。そして其処に追撃を加えるようにティアナが幻術を使って、高町なのはが苛立つ行動を続けた。

 砲撃をしようとしたティアナも、その後魔力刃で突撃をしようとしたティアナも幻影。本物のティアナは高町なのはがスバルに気を取られている隙に、周囲のビルの中を移動して射撃魔法を仕掛けていた。無論、ティアナの姿が無い事に高町なのはは疑問に思うのは間違い無いので、幻影を使っていた。

 後はスバルが何とかしてティアナが張り巡らせた罠の中に高町なのはを運ぶだけ。スバルが運び終えた後は、ティアナが張り巡らせた射撃を一斉発射。しかも僅かに発射タイミングをずらして回避し難いように仕込み、防御したら弱まった事をスバルが粉砕する。ソレでも決められない時は、ティアナの【レールショット】での狙撃と、二重三重に考えれた作戦で二人は挑んだのだ。

 

「……正直嬉しいって気持ちもあるけど……悔しいって気持ちも大きいんだ」

 

「うん」

 

「ソレにティアナのあの魔法。何時の間に覚えたんだろう」

 

 模擬戦で高町なのはが最も疑問に思ったのは、ティアナの【レールショット】だ。

 あの魔法だけは他のティアナの魔法と比べられないぐらい強力な魔法だった。何せ視認出来ない程に、速度が異常過ぎるのだ。発射されたら事前に知っていなければ回避も防御も許されない。

 それほどまでに強力な魔法だと受けた高町なのはは感じていた。

 

「……私もそう感じたよ。あの魔法だけは、今までのティアナの魔法じゃない」

 

「本当に……何時覚えたんだろうね」

 

 フェイトと高町なのはは疑問を抱きながら、機動六課隊舎内へと足を踏み入れる。

 同時に機動六課全体に警報音が鳴り響き、フェイトと高町なのははハッとして指令室へと走り出した。

 

 

 

 

 

「……さて、コレで出て来てくれるかね」

 

 ミッドチルダの東部の海上に情報収集用のガジェットⅡ型を派遣したスカリエッティは、モニター上に映る光景を注視していた。

 その目的はアグスタでウーノが接触した人物であるフリートがどう行動するか見極める為だった。此処最近、情報収集用のガジェットが次から次へと破壊される事が起きていた。しかも、その犯人は不明の上に、ミッドチルダから近い世界に派遣したガジェットが破壊されている。

 情報収集用に造られたガジェットが原因も分からずに破壊される事は異常としか言えない。

 故に今回は特別に情報収集能力を更に強化したガジェットⅡ型を派遣したのだ。

 

「……一体何者なのだろうね、ウーノが接触した人物は」

 

『ドクター』

 

「おや、コレは珍しい」

 

 出現したモニターに映ったルーテシアの姿に、スカリエッティは目を向けた。

 

「ゼストとアギトはどうしたんだい?」

 

『今は別行動。それよりもドクターの玩具が遠くの空に飛んでいるみたいだけど?』

 

「あぁ、ちょっと気になる事が在ってね。その為に派遣したのだよ」

 

『それって、レリック?』

 

 僅かに執着心を見せながらルーテシアは質問した。

 それに対してスカリエッティは首を横に振るう。

 

「それだったら真っ先に君に伝えているよ。ただ君にとっても無関係とは言えないかも知れないね」

 

『……もしかして銀色の狼?』

 

 無表情だったルーテシアの顔に、怒りの感情が浮かんだ。

 アグスタでガリューに大火傷を負わせたワーガルルモンに対して、ルーテシアは怒りを覚えていた。アグスタでは結局怒りを晴らせず、逃げる事になってしまったが、ソレで怒りを忘れる訳が無い。

 今度出会ったら、必ず報いを与えると内心では誓っているのだ。

 

「ソレも出て来る可能性が在るだろうね」

 

『なら、出て来たら教えて』

 

「分かった。その時には君に連絡をさせて貰うよ」

 

『それじゃあね』

 

 ルーテシアがそう告げると共に出現していたモニターが消失した。

 スカリエッティはゆっくりと、モニターに映るガジェットⅡ型の軍勢に目を向ける。

 

「……とは言っても望み薄だろうね。こんな見え見えの手に乗るような相手だとは思えない。せめて少しぐらいは有益な情報が得られれば良いのだが。更なる進化の為にもね」

 

 スカリエッティはそう呟きながら、モニターに映るガジェットⅡ型の軍勢を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

「見え見え過ぎて逆に引っ掛かりたくなるような動きですね、アレ」

 

 東海上にガジェットⅡ型が現れる事を事前に知っていたフリートは、遠くに見えるガジェットⅡ型の横にいるバリアジャケットを纏ったはやてと共に眺めていた。

 

「引っ掛かって有利になるなら、確かに引っ掛かっても悪くないんやけど」

 

「前までのガジェットⅡ型よりも情報収集能力は強化されているでしょうし」

 

「手は出さへん方がえぇでしょうね」

 

 自分達の存在は出来るだけ隠す方針は変わっていない。

 故に今回は手を出さない。スカリエッティ達側には。

 

「そろそろ機動六課側も来るでしょうね」

 

「リミッターが付い取るから、この世界の私が長距離から攻撃する事はあらへん筈ですから」

 

「今までと同じ戦法で出来るだけ情報を隠す為に、空戦が出来る隊長陣が出て来るでしょうね」

 

「もう隠す情報なんて無いも同然なんやけど」

 

 最早機動六課の情報は殆どスカリエッティ達に奪われてしまっている。

 最初の任務で隊長陣二人とFWメンバーの情報が。アグスタの任務で副隊長陣とザフィーラ、シャマルの情報が。

 この世界の機動六課で唯一戦闘情報が得られていないのは、八神はやて一人だけなのだ。後はリミッター解除時の戦闘データやリインフォースⅡとのユニゾンデータぐらい。

 真面目にはやては機動六課は詰みの段階に入ってしまっていると感じていた。

 

「ほんまに頭が痛いわ。此処から逆転するなんて七大魔王に単独で挑むぐらいの難易度なんやけど」

 

「いや~、ソレは無理でしょう。と言うか無謀ですよ、それって」

 

 自分ならば先ずやりたくない例にフリートは首を横に振るった。

 言った本人であるはやても、絶対に挑みたくない例に考えを振り払うように首を振った。

 

「さて、レナの方も準備が終わったみたいやし、ガブモンとリインもバックアップ準備は完了」

 

「こっちの準備も終わりましたから、後は機動六課があのガジェットⅡ型の軍勢を倒し終えたと同時にコレを動かせば良いでしょう」

 

 そうフリートが呟くと共に、二人の背後に何かが転移して来た。

 

「……コレ、この世界のなのはちゃん達が勝てる機動兵器とは思えないんですけど」

 

「そうでもないですよ。装甲は元々のガジェットの物ですし、追加した機能にも弱点はありますから。ソレが分かれば何とかなりますよ……勝率二割ぐらいは一応ありますね」

 

(……八割も負ける可能性がある時点で、終わりやと思うわ……まぁ、こっちは入念に準備してるから当然なんやけど……使わずに済んでくれたら良いと思ってたのに、そうも言ってられへん程に機動六課の危機意識は低過ぎる)

 

 今回の襲撃はどうやっても必要な事なのだ。

 本局のエリート部隊である機動六課と互角以上に戦える存在。地上本部に自分達が入り込む為の材料の一つとして必要なのだ。

 

(……この世界の私。悪いけど、機動六課は利用させて貰うわ)

 

 そう内心ではやては呟きながら、遠くに見える機動六課の隊長陣が乗ったヘリに顔を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 機動六課司令部。

 部隊長である八神はやてはモニターに映る高町なのは、フェイト、ヴィータとのガジェットⅡ型の軍勢との戦いを見ていた。

 戦況は終始機動六課隊長陣が優勢だった。多少ガジェットⅡ型の性能が上がっているからと言って、高町なのは達が負ける事は無い。

 

「スターズ2。二十四機目のガジェットを破壊」

 

「増援はありません」

 

「うん」

 

「付近の海上部隊に連絡して残骸の回収を」

 

「了解」

 

 副部隊長であるグリフィス・ロウランの指示に従い、アルトは連絡を取り出した。

 

「待機する必要も無さそうやから、三人は戻って貰ってもえぇかな」

 

「はい、ロビーで待機しているFWメンバーも解散で……」

 

「いえ、まだ終わって無いですよ」

 

「えっ? シャーリー?」

 

 突然グリフィスの発言に割り込んだシャリオに、リインフォースⅡは顔を向けた。

 他の面々もシャリオに顔を向ける。ゆっくりとシャリオは自らが座っていた椅子から立ち上がり、八神はやてに笑みを浮かべながら振り返る。

 

「寧ろ、此処から本番ですよ、八神部隊長」

 

「何言う取るんシャーリー?」

 

「フフッ、本当に笑えますよね。だって誰も気がつかないんですもの。長い付き合いのフェイトさんも私に疑問を抱きませんでした。本当に……笑ってしまうぐらいに、油断が多い部隊だ」

 

「ッ!? リイン! そのシャーリーを拘束!」

 

「は、はいです!!」

 

 口調が突然変わったシャリオにリインフォースⅡは、捕縛魔法を慌てて使用しようとする。

 だが、リインフォースⅡの魔法が発動する前に、シャリオは瞬時に自らの両手で印を組み上げる。

 

「爆ッ!!」

 

 ドゴンッとシャリオの印が組み上がると同時に、機動六課隊舎の各所から爆発が発生し、隊舎全体が激しく揺れ動いた。

 

『キャアァァァァァァーーーー!!!』

 

「ウワァァァァァァーーー!!!」

 

 揺れは司令部にまで及び、八神はやて達は立っている事も出来ずに床に倒れ伏してしまう。

 

「は、はやてちゃん!!」

 

 唯一空中に浮かんでいたリインフォースⅡだけは揺れの被害から免れる事が出来たが、自らの主である八神はやてに慌てて顔を向けてしまう。

 その隙をシャリオに扮している者は見逃さず、両手に札を出現させると四人に向かって投げつける。

 

「縛ッ!!」

 

『キャアッ!?』

 

「うわっ!!」

 

 札が四人の体に張り付くと共に力場が発生し、四人を拘束した。

 ソレを確認したシャリオに扮する者は、ゆっくりと通路側とは別方向の壁に向かって歩いて行く。

 

「司令部の無力化完了。思ったよりも容易い仕事だったな」

 

「あ、アンタは一体!?」

 

「さて、何者だろうな?」

 

 シャリオに扮した者はそう言いながら、通信機器に向かって札を投げつける。

 札は意思を持つかのように通信機器に張り付き、一瞬青白く発光したかと思われた次の瞬間、通信機器は機能を停止した。コレで海上に向かった隊長陣に連絡を取る事が出来なくなった

 最もあっちはあっちで連絡を取る暇は無いだろうと思いながら、最後に一瞬だけ八神はやてに顔を向ける。

 

(悪いとは思うが、手加減はしない)

 

 そう内心で呟き終えると共に、シャリオは司令部の壁を全力で蹴り付けて人が一人通れるぐらいの穴を開けた。

 八神はやて達はその光景に目を見開く。最早分かり切っている事だが、目の前にシャリオは偽物。何時本物のシャリオと入れ替わったのか分からないが、尋常ではない実力を秘めている事は明らかだった。

 この場には用は無いと言うようにシャリオは壁の向こう側へと飛び出し、何処かへと向かって行った。

 

「ま、不味い! リイン!!」

 

「だ、駄目です! 全然破壊出来ないですよぉ!」

 

 自らを拘束している札をバインド破壊の要領で破壊しようとしていたリインフォースⅡだったが、札を破壊する事が出来なかった。

 ソレは当然の事だった。リインフォースⅡは魔法に寄る拘束だと思っている。だが、シャリオに扮する者が使ったのは魔法では無い。その事を知らないはやて達は、助けが来るまで破壊出来ない札に悪戦苦闘する事になったのだった。

 

 

 

 

 

 一方、ロビーの方で出撃待機していたFWメンバーとシグナム、シャマルは、突然機動六課隊舎各所で起きた爆発に寄る火災の鎮静化に奔走していた。

 爆発は複数個所で起きている。原因は不明だが、襲撃の可能性も在るとしてティアナとスバルにはシャマルが付き、エリオとキャロにはシグナムが付いて、別々に爆発が起きた場所に調査に向かい出した。

 そしてシャマルを先頭にティアナとスバルは、爆発が起きた場所で一番近かったデバイスルームに辿り着いていた。

 

「二人とも気を付けて……中に一人の反応があるわ」

 

『はい』

 

 クラールヴィトンでの内部の探索結果をシャマルは告げ、スバルとティアナは自らのデバイスを構える。

 ゆっくりとシャマルがデバイスルームの扉を開け、ティアナがクロスミラージュを構えながら内部に入り込む。

 

「動かないで!」

 

「んっ! ん~~~!!」

 

「えっ!? シャーリーさん!?」

 

 ロープで縛られ、猿轡をされて床に倒れているシャリオに、ティアナは目を見開いた。

 シャマルとスバルもティアナの報告に驚きながら、慌ててシャリオに巻き付いている縄を解き、猿轡を外す。

 

「ケホ、ケホッ」

 

「ど、どうして此処に!? 司令部に居る筈じゃ!?」

 

「わ、分かりません。今日の朝、点検用の機器の検査をしていたら、いきなり背後から殴られて……え~と、今何時?」

 

「今は夜の十時近くですけど……ちょっと待って下さい、今日の朝って?」

 

「それじゃ、指令室に居る筈のシャーリーさんは!?」

 

 シャリオの説明にティアナとスバルは目を見開き、シャマルは慌てて指令室に連絡を取り出す。

 

「ロングアーチ! ロングアーチ! 応答して!?」

 

 幾らシャマルが連絡を取ろうとしても、ロングアーチとの連絡が取れなかった。

 

「ロングアーチで何かが在ったみたいだわ! 私は急いで向かうから、二人はシャーリーの事をお願い!」

 

『は、はい!』

 

 只ならぬ事態になっていると感じたティアナとスバルは返事をし、シャマルは指令室に向かって駆け出した。

 ティアナはとりあえず、シャーリーを介抱しようとし、スバルは爆発が起きたであろう箇所に目を向ける。すると、爆発が起きた場所の近くの床に転がる緑色の宝石-待機状態の千変-に気がつく。

 

「ッ!? ティ、ティア!? こ、コレって!?」

 

「タバネさんのデバイス!? な、何で此処に!? 夜には返されている筈じゃ」

 

 スバルが拾い上げて見せた千変に、ティアナは目を見開く。

 夕方聞いた時には、確かに夜には返されるとタバネが言っていたのだ。

 だが、その千変がまだデバイスルームに残っている。その意味にティアナはハッとした顔をして、慌ててシャリオに質問する。

 

「シャーリーさん!? 今日タバネさんからデバイスを受け取りましたか!?」

 

「し、知らないよ! 確かにそのデバイスはジックリと調べてみたいって思ってたけど、渡された覚えなんてないよ。それに今まで私気絶していたし」

 

「……まさか!?」

 

「ティア!」

 

 何かに気がついたかのようにティアナはデバイスルームから飛び出し、スバルは慌てて追いかける。

 

「ど、どうしたのティア!?」

 

「タバネさんが危ないかも知れないのよ!」

 

「えぇぇぇぇっ!!!」

 

 スバルはティアナの言葉に驚きながら、後を追いかける。

 そのまま二人は隊舎内の廊下を急いで走り、大きな窓ガラスがある場所まで辿り着く。

 

「スバル! アンタは道を造りなさい!!」

 

「ちょっと! ティア! ま、まさか!?」

 

「緊急事態よ! 始末書は後で書くわ!!」

 

 そう叫びながらティアナはクロスミラージュを発砲し、窓ガラスを破壊した。

 スバルは慌てながらもティアナの指示に従って破壊した窓ガラスから飛び出してウイングロードを発生させ、タバネがいる筈の隊舎寮へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

「ロングアーチ! ロングアーチ! 応答して!?」

 

 海上での戦闘終了後、その報告をしようとしていた高町なのはは、ロングアーチとの連絡が取れなくなっている事に気がついた。

 一緒に行動していたフェイトとヴィータも、異変を感じてロングアーチと連絡を取ろうとしたが、結果は同じ。

 ロングアーチとは完全に連絡が途絶していた。

 

「……ロングアーチの方で何かあったのかも知れない」

 

「あぁ、急いで戻ろうぜ!」

 

「うん!」

 

 三人は急いで機動六課に戻ろうとする。

 本来ならばヴァイスが操縦するヘリに乗るべきだろうが、戻るならば直接飛んで行った方が早いと思い、機動六課へと急ごうとする。

 だが、戻ろうとするヴィータの背後に突然影が差す。

 

「ッ!?」

 

 自身の背後に何かがいると悟ったヴィータは慌てて振り向こうとするが、その前に影が巨大な自らの右アームを叩きつける。

 

「ガァッ!!」

 

『ヴィータ(ちゃん)!!』

 

 殴り飛ばされて海へと吹き飛んで行ったヴィータの姿に、フェイトと高町なのはは叫んだ。

 そしてヴィータを殴り飛ばした影は、ゆっくりとフェイトとなのはにカメラアイを向ける。

 大きさは全長四メートル以上。両手はガジェットⅢ型のアームがより太くなり、先には三本のアームが飛び出していて、まるで手を思わせる形状をしていた。

 その両手は球体状の胴体から伸びて、両足もアームで構成されていた。背の部分はガジェットⅡ型の翼に加え、ロケットブースターが二つ備わっている。

 そして体格に見合った大きさで縦長の頭部には無機質なカメラアイが一つだけ存在し、フェイトと高町なのはを見ていた。

 

「……なにこれ?」

 

「新型の人型ガジェット?」

 

 今まで戦って来た空戦型のガジェットⅡ型でも、縦長のⅠ型でも、そして球状のガジェットⅢ型でもない人型と思われるガジェットにフェイトとなのはは困惑する。

 今までのガジェットはどれも兵器だと思える部分が存在していた。だが、この人型ガジェットには武装らしい武装が存在しないのだ。Ⅱ型のようなミサイルやバルカンは存在せず、レーザーの発射口らしき物も頭部のカメラアイだけ。

 それ以外はⅢ型のアーム部分しか攻撃出来る武装が見えなかった。

 

「……とにかく、敵だよね」

 

「だろうね。フェイトちゃん。此処は私に任せて、六課に急いで」

 

「うん。気を付けて」

 

 人型ガジェットに向かってレイジングハートを高町なのはは構え、フェイトは六課へと急ごうとする。

 だが、フェイトが人型ガジェットに背を向けた瞬間、人型ガジェットは高町なのはの視界から消え去った。

 

「ッ!? フェイトちゃん!?」

 

「えっ?」

 

 高町なのはの警告にフェイトが背後を振り向いた瞬間、人型ガジェットはフェイトの背後に転移した。

 

(短距離瞬間移動!? ガジェットが!?)

 

『ガッ!!』

 

 転移を終えると共に人型ガジェットは左アームの先を拳状に握り込み、フェイトに向かって振り下ろした。

 フェイトは慌ててバルディッシュを掲げて、アームの一撃を防ぐ。

 

(ッ!? お、重い!?)

 

 防いだ時の衝撃とバルディッシュから伝わって来る力に、フェイトは目を見開く。

 しかもその圧力は徐々に増して行き、バルディッシュにびきッと罅が入る。

 

「ッ!?」

 

「アクセルシューターー!!」

 

 フェイトの危機を察した高町なのはは、アクセルシューターを人型ガジェットに向かって放った。

 それに対して人型ガジェットは振り返る事もせず、関節が無い左手のアームを向ける。

 

『…キャンセル』

 

 無機質な音声が鳴り響くと共に、アームの先から振動破のようなものがアクセルシューターに向かって発生し、アクセルシューターが消え去った。

 

『AMF!?』

 

 今までと違うAMFの使い方にフェイトとなのはは驚愕する。

 その驚愕を隙と捉えたのか、人型ガジェットは更に右手のアームに力を入れようとする。

 バルディッシュを圧し折ろうと人型ガジェットは動き出すが、その前に海面から水柱が上がり、グラーフアイゼンを振り被ったヴィータが飛び出して来た。

 

「ラケーテン!!」

 

 ヴィータは背を向けている人型ガジェットに振り下ろそうとする。

 だが、グラーフアイゼンが届く直前に人型ガジェットは消え去り、ヴィータの一撃は外れた。

 

「なっ!?」

 

「ヴィータ! 気を付けて。さっきの奴、短距離瞬間移動が使えるみたい!」

 

「ま、マジかよ!?」

 

 フェイトからの報告にヴィータが驚いた瞬間、再び人型ガジェットが三人の前に出現した。

 無機質なカメラアイで三人をそれぞれ移し終えると同時に、電子音声が鳴り響く。

 

『動作テスト終了……コレヨリ……殲滅モードニ移行』

 

 この後、高町なのは達は知る事になる。

 自分達の信じていたものが全て届かないと言う恐怖を。

 

 

 

 

 

 機動六課隊舎寮の屋上。

 本館から急いで移動して来たティアナとスバルは、目の前に広がる光景に言葉を失っていた。

 力無く垂れ下がっている両手。厳し眼差しや優し気な笑みを浮かべていた顔は蒼白に染まり、意識を失っているのか目は閉じていた。その首には機動六課の制服を着た女性の手が添えられていて、何時でも首の骨が折れると言いたげだった。

 自分達に色々と教えてくれたタバネの変わり果てた姿に固まるティアナとスバルに、ゆっくりとタバネを戦闘不能にした人物が顔を向ける。

 

「あら? 目的が分からないように何ヵ所も爆発させたんだけど……もしかして本物の()を見つけたのかな、ティアナにスバル?」

 

 そう告げながらタバネの命を奪おうとしている人物。

 先ほど確かにデバイスルームにいた筈のシャリオ・フィニーノが、ティアナとスバルに顔を向けたのだった。




次回高町なのは達が戦う事になる機動兵器は、ギズモンXTに飛行機の翼が備わっている形状です。
詳細は次回で説明します。


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明けましておめでとうございます!
遅ればせながら、ご挨拶させて頂きました。

本編の方をお待ちの方はもう暫くお待ち下さい。


 困惑しながらティアナとスバルは、気絶しているタバネの首に手を掛けているシャリオを見つめた。

 目の前にいるシャリオが発している気配は、何時も会っているシャリオと同じもの。姿形、そして発している雰囲気が全く同じなのだ。

 だが、二人は知っている。デバイスルームに居たもう一人のシャリオを。

 そして何よりも。

 

「どうしたの、二人とも? そんなに怖い顔をして」

 

「動かないで!! 少しでも動いたら撃つわよ!」

 

 首を傾げるシャリオに、ティアナはクロスミラージュを構えた。

 スバルも拳を構えて、シャリオを睨みつける。

 

「タバネさんを離せ! この偽物!!」

 

「フフッ、やっぱり本物の()は見つかっていたんだ。目標以外を殺すのを控えるのが仇になっちゃったなぁ」

 

「目標?」

 

「うん、このタバネ・シノさんを殺すのが目的。その為に何日も時間を掛けたんだから」

 

「何日も? まさか!?」

 

「あっ、気がついた? うん、そう……何日も前からだよ、ティアナ」

 

『ッ!?』

 

 一瞬の内にシャリオだった者の姿が変わり、執務官服を着たフェイトになった。

 

「驚いた? そう、何日も前から私は機動六課に潜入していたんだよ……こんな風に姿を変えてな」

 

 再び姿が変わり、今度はフェイトから機動六課の制服を着たシグナムに変わった。

 

「多少だが、この姿は楽だ。私本来の口調に近いおかげかも知れんな」

 

「……何者なの、アンタ?」

 

「答える義務は無い。悪いがタバネ・シノは此処で死んで貰う」

 

「そんな事をさせるか!」

 

 タバネの首を絞めている手に力が籠もるのを目にしたスバルは、シグナムの姿をしている何者かに向かって飛び出した。

 だが、今からでは間に合わない。フェイトのように瞬間移動染みた速さを持っているならともかく、スバルには其処までの速さは無い。

 スバルが間に合う前にタバネの首を折る方が早い。その事を知っているシグナムに扮する者は、スバルとティアナが狙っている事を瞬時に悟る。

 

(私となのはの背後に二つの気配。ソレに上空に潜むのが二つか……なるほど、無鉄砲にやって来た訳では無いようだな)

 

 ティアナ達の狙いを悟るが、あえて対処はせずに相手の動きを待つ。

 次の瞬間、足元から鎖が飛び出し、タバネの首を絞めている手に巻き付いた。

 

「何ッ!?」

 

「ストラーダ!!」

 

 足元から出現した鎖に右手を拘束されたと同時に、シグナムに扮する者の背後からストラーダを構えたエリオが突然姿を現して飛び出して来た。

 そのまま高速でシグナムに扮する者の手の中から、タバネを救い出し、スバルと入れ替わるように通り過ぎた。

 

「ハアァァァァッ!!」

 

 人質がいなくなった事で手加減する必要がなくなったスバルは、シグナムに扮する者に向かって殴り掛かる。

 

(決まる!)

 

 タバネをティアナの下へと運んだエリオは、スバルの拳が当たると確信した。

 ティアナが予め使っていた幻影魔法によって姿を消していたキャロの無機物召喚により召喚された鎖で、相手は右手を拘束されているため思うように動く事は出来ない。

 しかも、突然現れて人質だったタバネも救出されて動揺している。

 この状況ならば確実にスバルの拳は決まるとエリオは確信していた。

 だが、その確信は。

 

「フン!」

 

『ッ!?』

 

 スバルの拳が届く距離になる直前、シグナムに扮する者は右足を振り抜き、足元から出現していた鎖の根元部分を破壊した。

 金属製の、しかもキャロの補助魔法で強化されていた鎖を簡単に破壊した事実に、スバル達は目を見開く。

 その動揺を見逃さず、シグナムに扮する者は勢いよく右手に巻き付いたままの鎖をスバルに向かって振り抜く。

 

「ハァッ!」

 

「ウワッ!」

 

 慌ててスバルは自身に向かって振り下ろされた鎖を、両手を使って防御した。

 

(ッ!? お、重い!?)

 

 防御したと同時に感じた鎖から伝わる異常な重さにスバルは驚き、後方に下がった。

 スバルが下がった事で鎖はそのまま屋上の床に当たり、次の瞬間、鎖が当たった場所の床に亀裂が走った。

 

『なっ!?』

 

 亀裂が走った床にスバル達は驚きの声を上げてしまった。

 そしてスバル達が声を上げると共に、シグナムに扮する者の背後からも動揺の声が聞こえた。

 

「其処か!」

 

 シグナムに扮する者は後方に振り返ると同時に、右手に巻き付いていた鎖を投げ放った。

 破壊された事に寄ってキャロの制御下に無い筈なのに、鎖はまるで意思を持っているかのように何もない筈の空間に巻き付いた。

 

「キュルゥッ!?」

 

「フ、フリード!!」

 

 驚く声が響くと共に姿を消していたキャロと、鎖に巻き付かれて地面に落下したフリードリヒが現れた。

 

「凍てつけ、氷天!」

 

「キュィッ!! ……」

 

「そ、そんな!? フリード!?」

 

 シグナムに扮する者が何らかの印を組みながら術を唱えると同時に、何時の間にか鎖に張り付いていた札が輝き、次の瞬間、フリードは凍り付いた。

 キャロはその事実に動揺し、慌ててフリードを助けようとする。だが、そうはさせないと言うようにシグナムに扮する者は何処からともなく、右手に五枚の札を出現させた。

 

「あ、危ない!」

 

「クッ!」

 

 キャロを襲うつもりだと判断したティアナは、急いで射撃を行なおうとする。

 だが、クロスミラージュの引き金を引く直前、ティアナは見た。シグナムに扮する者が札を構える右手とは別に、隠すように左手を高速で動かしているのを。

 

(アレはフリードを凍らせていた時にもやっていた……あの動作がアイツの魔法の発動条件だとしたら、どんな魔法を……待って!? もしもコイツが最初からエリオとキャロに気がついていたとしたら、何でタバネさんを簡単に助けられたの!? ま、まさか!?)

 

 ティアナは慌ててエリオが抱えている気絶しているタバネに顔を向けた。

 そして、タバネの着ている上着の背の部分が不自然に発光している事に気がつく。

 

「ッ!? エリオ! タバネさんの上着を破り捨てて!!」

 

「えっ!?」

 

「早く!!」

 

「チッ!」

 

 ティアナの叫びを耳にしたシグナムに扮する者は舌打ちしながら、ティアナ達に振り向いた。

 術が発動するまで邪魔はさせないと言うように右手に持っていた札を投げつける。だが、札が届く前に空から何者かが降り立ち、ティアナ達を護るように防御魔法を発動させた。

 

「させんぞ!!」

 

 ティアナ達を護るかのように降り立った蒼い狼-ザフィーラが発動させた防御魔法と札は激突し、爆発を起こした。

 だが、爆発したにも関わらずザフィーラの防御魔法は揺るぐことなく張られ続ける。

 シグナムに扮する者は僅かに動揺したように動きを鈍らせる。同時に空から声が響く。

 

「その姿は不愉快だ!!」

 

「ッ!?」

 

 聞こえて来た声に空を仰ぐと共に、騎士甲冑を纏いレヴァンティンを構えた本物のシグナムが落下して来た。

 

「ハァァァァァァッ!!!」

 

 迷う事無くシグナムはレヴァンティンを振り抜き 屋上に衝撃が走った。

 同時にエリオはタバネの上着をティアナの指示通りに破り捨て、上着は衝撃に巻き込まれ空高くへと舞い上がり、爆発した。

 

「ウワッ!」

 

「……やっぱり、仕掛けてた」

 

 爆発に驚くエリオに対し、分かっていたティアナは苦い声を上げた。

 あっさりとタバネを救出出来たと思っていたが、ソレが罠だった。もしも罠だと気が付けなければ、タバネは死亡し、自分達も負傷を負っていた。

 その事が分かったティアナは顔を険しくしながら、バリアジャケットのポケットに入れていた待機状態の千変をタバネの手に乗せる。

 同時に千変が輝いたと思ったら、自動的にバリアジャケットが展開され、タバネの服装は私服から白衣型のバリアジャケットに変わる。

 

(……この相手…間違い無く、タバネさんと同じように相手の気配を察せられる。今までの流れも殆ど相手の思惑通りだとしたら、シグナム副隊長達の事にも気がついている筈!)

 

 自分の想像通りだとしたらまだ戦いは終わらないとティアナは直感し、衝撃が発生した場所に顔を向ける。

 其処にはシグナムが振り抜いたレヴァンティンと、白色の無貌の仮面を付けて陰陽師服を纏い、腰の辺りから黄色い毛皮に覆われた尻尾を出した者が長い巨大な筆で競り合いを行なっていた。

 

「クッ!」

 

「やれやれ。この姿を見せず、お前達機動六課の誰かに扮して任務を遂行する筈だったのだがな!」

 

 陰陽師の姿をした何者かは力を込めて巨大な筆を振るい、シグナムを弾き飛ばした。

 

「そ、そんな!?」

 

「シグナム副隊長が力負けした!?」

 

「ヌゥッ!」

 

 弾き飛ばされたシグナムの姿に、他の者達は動揺する。

 屋上の床に着地し、レヴァンティンを構え直すシグナムを仮面越しで見つめながら、陰陽師の姿をした者は巨大な筆の柄本の部分を屋上の床に着ける。

 

「さて、こうして姿を見せたのだ。お前達の隊長には一度名乗ったが改めて名乗ろう。我が名はタオ」

 

「……タオ。そうか。テスタロッサが言っていた者は、貴様か」

 

「そうだ。宣言通りタバネ・シノの命を貰いに来た」

 

「させると思うか!」

 

 シグナムは叫ぶと共に飛び出し、タオと名乗った者に斬りかかった。

 それに対してタオは右手に持つ巨大な筆を重さを感じさせないように素早く動かし、シグナムが振り抜いたレヴァンティンを防ぐ。

 

「ハァッ!!」

 

「フッ!!」

 

 シグナムとタオは自らが手に持つ武器を幾度もぶつけ合い、周囲に衝撃が巻き起こる。

 

(クッ! 一撃一撃が重い!)

 

 タオが振るう巨大な筆を防ぎながら、シグナムは一撃の重さに顔を険しくする。

 自らが攻めていた筈なのに、何時の間にか状況はシグナムの方が防戦に回っていた。

 その様子を見ていたティアナ達は、シグナムを援護しようと自身のデバイスをそれぞれ構えようとする。だが、ティアナ達が援護する前にタオが口を開く。

 

「気がつかないのか?」

 

「何がだ!?」

 

「私が振るっている物が何かをだ!」

 

「ッ!?」

 

 言われてシグナムは改めてタオが振るっている巨大な筆に視線を向けた。

 地球に住んでいた時に主である八神はやても使っていた事が在る物。その用途は。

 

「まさか!?」

 

「遅い!! 梵・筆・閃ッ!!」

 

 一瞬の隙を衝き、タオはシグナムとぶつかり合いながらも空中に少しずつ書いていた梵字を書き終えた。

 書き終わった梵字は空中を飛び、シグナムにではなく、空へと高く舞い上がると共に大爆発する。

 

『グゥゥゥゥッ!!』

 

 身を低くする事で、大爆発の衝撃から逃れようとする。

 その隙を逃さず、タオは懐から本のページのような紙を四枚取り出し、シグナムから離れる為に後方に飛び去る。

 

「面白いモノを見せてやろう。特に其処の守護騎士(・・・・)二人にとってはな」

 

「何!?」

 

 タオの発言にシグナムは目を見開き、ザフィーラも動揺した。

 機動六課の者ではなく、守護騎士とタオは発言した。それが意味する事は、タオはシグナム達の正体を知っている。

 その事実にシグナムとザフィーラは驚愕するが、次の瞬間、更に言葉を失う光景が広がる。

 

「魔力を込められしページよ。刻まれし記述を用いて、我を護る守護者へと姿を変えよ!」

 

 何らかの詠唱をタオが唱え終えると共に、四枚のページが光り輝いた。

 四枚のページは勝手にタオの手から離れて空中に浮かび上がり、タオを護るかのように目の前に移動する。

 そして一際輝いた瞬間、ページを覆っていた魔力が人型に変わって行き、人型はそれぞれスバル、ティアナ、エリオ、キャロに成った。

 

『なっ!?』

 

「コレこそがロストロギア。【複製の書】の力だ」

 

 何でも無いようにタオは驚愕するシグナム達に伝えながら、ゆっくりと袖に隠していた自らの手を出す。

 その手を見たシグナム達は更に目を見開く。タオの袖から出された手は、人間の手では無く三本の白い毛皮に覆われた動物のような手だった。

 更にその手の先には、一冊の書物のような物が握られていた。その書物から感じる膨大な魔力に、シグナム達は目を見開く。何故タオが出すまで感知出来なかったと思えるほどに、書物からは膨大な魔力が発せられていた。

 

「特別に教えてやろう。この書には疑似的な魔導生命体を造り出す力が備わっている。書のページに詳細な情報を刻む事により、限りなく本物に近い魔導生命体を造り出す事が可能なのだ」

 

「詳細な情報だと? ……まさか!? お前の目的は!?」

 

「今頃気がついたか。そうだ。私にとってタバネ・シノの命を奪う機会は幾度もこの何日かで在った。だが、それ以外にも任務……『機動六課内の詳細な局員達の情報入手及び、可能ならば機動六課を崩壊』。ソレこそが私の今回の任務だ」

 

『ッ!?』

 

 明かされたタオの任務内容に、シグナム達は絶句した。

 機動六課を崩壊させる。高ランクの魔導師が複数居る機動六課を崩壊させる事など、普通ならば出来る筈が無い。だが、今の状況ならば出来る。

 その為のお膳立ては既に整っているのだから。

 

「お前達機動六課はまんまと私の手の中で踊ってくれた。唯一の予想外は、まさか、タバネ・シノが本当にアグスタで目撃していなかった事ぐらいだ」

 

「……まさか……テスタロッサが貴様の犯行を目撃出来たのは?」

 

「あぁ、ソレも私の手だ。あの執務官の行動を監視して、機動六課に戻るタイミングを見計らい、目撃者だと思ったタバネ・シノを保護させるように動かせた。設立された時から機動六課には注目していたのでな。お前達の行動パターンは殆ど把握出来ていた。特にあの執務官は、外回りにどれだけ時間が掛かっても必ず機動六課に戻って来る。策に盛り込むのに簡単な人物だったぞ」

 

 最早シグナム達は言葉を発する事は出来なかった。

 機動六課はまんまとタオの術中に嵌まっていたのだ。タバネを保護した時から、機動六課はタオの手の中で踊っていたに過ぎない。

 そう思わされようとしている事に気がつかず。

 

(やれやれ……私らしくない行動も疲れる)

 

 仮面で表情を隠せていて良かったとタオは思った。

 確かに機動六課が自分達の策通りに動いていたのは事実だが、タオ達は今のところ機動六課を潰す気は無い。

 今シグナム達に語ったのは、今回の襲撃が終わった後でタバネの扱いが悪くならないようにする為と、FWメンバーを鍛える為だ。

 襲撃する事を決めた時、タバネが頼んで来たのだ。隊長陣はともかく、FWメンバーは出来るだけ鍛えられるような形で襲えないかと。無論、其処まで器用な事はタオには出来ない。寧ろ手加減しながら戦い、更には複数を一人で戦うのだ。

 流石に無理だと告げたのだが、其処で某マッドが一冊の本を渡して来た。

 ソレこそが【複製の書】である。詳細なデータを入れさえすれば、戦闘力だけは限りなく本物に近い疑似魔導生命体を造れる。現代から見れば確実にロストロギア指定を間違い無く受ける代物。

 最も造った本人であるマッドからすれば、簡単に造れるのは良いけど、疑似魔導生命体は自力では魔力回復も出来ず、刻まれたデータ以外の行動は出来ない不良品だと告げていたのだが。

 

(コレで不良品か……やはりフリート・アルードの正体は……いや、ソレは良いか)

 

 脳裏に浮かんだ答えを振り払いながら、タオは【複製の書】を袖にしまう。

 

「無駄話は終わりだ。我々の目的の為に、機動六課は此処で終わらせる。行け。複製達よ!!」

 

 タオが指示を発すると同時に、ティアナ達に扮する疑似魔導生命達はシグナム達に襲い掛かったのだった。

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ東海上。

 その場所では激しい戦闘が行われていた。

 戦闘が始まってから空には金色と赤色、そして桜色の光が幾度も空を駆け抜けた。だが、その光は全て突如として消え去って行く。まるで最初からそんなものなど存在していなかったと言わんばかりに、消え去って行く。

 

「この!!」

 

「くそっ!!」

 

 高町なのはが放った渾身のディバインバスターを打ち消した全身を蒼色に輝かせている人型ガジェットに、フェイトとヴィータは悔し気な声を漏らした。

 戦闘が始まってからまだ一度もフェイト達の魔法は人型ガジェットには効果が出ていない。その原因は人型ガジェットが纏っている蒼色の輝きが原因だった。

 

『アンチ・マジックアーマー解除』

 

 機械音声と共に人型のガジェットが纏っていた蒼色の輝きが消えた。

 ソレが意味する事をコレまでの戦闘で察しているヴィータとフェイト、そして高町なのははすぐさま自分達が留まっていた場所から移動し、次の瞬間、フェイトが直前まで居た場所に短距離転移で瞬間移動した人型ガジェットが拳を振り抜いた。

 

「またっ!!」

 

 ギリギリのところで拳をフェイトは避けた。

 しかし、避けられる事が分かっていたとばかりに人型ガジェットは別の腕を回避した直後のフェイトに向ける。

 

『キャンセル』

 

 音声が発せられると同時にフェイトに向けられた腕の手のひらから振動のようなモノが発生し、フェイトが使っていた飛行魔法が解除された。

 

「ッ!?」

 

「フェイトちゃん!!」

 

 飛行魔法が解除されたフェイトは、当然飛ぶ力が失い海に向かって落下して行く。

 その光景を見た高町なのはは人型ガジェットに追撃させない為に、レイジングハート・エクセリオンを構える。

 

「アクセルシューター! シュート!!」

 

『……アンチ・マジックアーマー展開』

 

 自身に高速で迫って来るアクセルシューターを認識した人型ガジェットは、再び全身に蒼い輝きを纏うと、両腕を左右に伸ばし高速回転し出した。

 アクセルシューターは高速回転する人型ガジェットに構わず殺到するが、やはり蒼い輝きに触れた瞬間に消失して行く。

 行く手を阻む攻撃が消え去ったのを感知した人型ガジェットは、高速回転を続けながら高町なのはに向かって行く。

 

「させるかっ!!」

 

 高町なのはを護るようにヴィータが立ち塞がり、グラーフアイゼンを振り被る。

 

「オラァァァァァァ!!」

 

 独楽のように回転する人型ガジェットにヴィータは、グラーフアイゼンを振り抜いた。

 蒼い輝きは確かに魔法に寄る攻撃を無効化するが、AMF同様に物理的な攻撃には弱いとヴィータは考えたのだ。

 実際にその考えは合っていた。人型ガジェットが纏っている蒼い輝きはフィールドでは無く、バリアタイプに変更したAMF。フィールドとして広範囲に展開するのではなく、自らのボディに纏うように凝縮する事で魔法を無効化させているのだ。

 故に物理的な攻撃が得意なベルカ式魔導師ならば、人型ガジェットにダメージを与える事は、確かに可能なのである。だが、そのヴィータの考えは、高速回転しながらも伸ばしていたアームでグラーフアイゼンを人型ガジェットが受け止めた事に寄って否定される。

 

「なっ!? ウワァァァァァァァァーーーーーー!!!!!」

 

「ヴィ、ヴィータちゃん!?」

 

 グラーフアイゼンを掴み取りながらも人型ガジェットは高速回転を止める事は無く、そのまま回転を続けてグラーフアイゼンを握っているヴィータを振り回す。

 高町なのははヴィータを助けようとするが、蒼い輝きを纏っている人型ガジェットには魔法は通じず、更に今はヴィータも巻き込んで高速回転している。下手に魔法を放てばヴィータも巻き込んでしまう。

 どうすれば良いのかと高町なのはの動きが一瞬だけ止まった瞬間、人型ガジェットは高速回転を突如として止めてヴィータを投げつける。

 

「ッ!? ホ、ホールディングネット!!」

 

 あの勢いのまま海にぶつかるのは危険だと判断した高町なのはは、慌てて桜色の網を発生させてヴィータを受け止めた。

 だが、投げつけられたヴィータの勢いは高町なのはの予想を超える勢いで、ホールディングネットが引き延ばされる。

 その隙を人型ガジェットは逃さず、右アームを引き絞るように力を込め出す。

 

『……無限拳!!』

 

 電子音声と共に人型ガジェットの蒼い輝きが一際強まった瞬間、人型ガジェットの右アームが凄まじい勢いで伸びた(・・・)

 

「嘘ッ!?」

 

 右アームを伸ばし続ける人型ガジェットの姿に、高町なのはは叫んだ。

 しかし、すぐに驚いている場合ではないと思い、ヴィータを捕えていたホールディングネットを解除した。

 高速回転させられていたせいで気絶していたヴィータは、海へと落下して行くが、人型ガジェットの右アームの攻撃を食らうのを避ける事は出来た。

 コレでヴィータが致命傷を受ける事は無いと高町なのはが思った瞬間、外れた筈の人型ガジェットの右アームが関節など無いと言わんばかりに直角に曲がり、ヴィータへと向かい出した。

 

「そ、そんな!?」

 

 予想外の出来事に高町なのはは驚き、慌ててヴィータの救援に向かおうとする。

 だが、人型ガジェットが右アームを伸ばすスピードの方が速く、ヴィータの腹部めがけて突き進んで行く。

 

「ヴィータちゃん!?」

 

 次に広がるであろう光景に高町なのはは叫んだ。

 人型ガジェットはそんな声など気にせず、ヴィータを葬ろうとする。

 しかし、右アームがヴィータに突き刺さる直前、金色の閃光が走り、右アームはヴィータから外れた。

 

「フェイトちゃん!」

 

 気絶しているヴィータを抱えたフェイトの姿に、高町なのはは喜びの声を上げた。

 しかし、飛行魔法を再び発動させて復帰したフェイトは、高町なのはの返事を返す事も出来ず、気絶しているヴィータを抱えながら、背後から追って来る拳から逃れようとする。

 機動六課で随一の速さを持っているフェイトをもってしても、人型ガジェットが伸ばしている右アームの拳から逃げ切る事が出来なかった。

 突如としてフェイトが方向転換したり、直角に曲がったり、上昇や下降をしても瞬時に右アームは対応して追い縋って行く。

 空にはフェイトが駆け抜けた後が描かれるように、右アームが伸び続けた。

 そして更にフェイトはスピードを上げて上昇し、人型ガジェットが右アームを伸ばそうとした瞬間、伸び続けるアームが桜色の閃光に呑み込まれた。

 

「ディバインバスターーー!!」

 

『ピピッ!?』

 

 高町なのはが放ったディバインバスターに右アームを破壊された人型ガジェットは、悲鳴のように電子音声を響かせた。

 当たれば確かに一撃必殺に近い威力を誇る人型ガジェットの【無限拳】だが、伸ばせば伸ばすほどに引き戻しに時間が掛かってしまう弱点が在る。

 フェイトはその弱点を見抜き、ギリギリのラインで逃げ回り続けていた。更に言えば右アームを伸ばせば伸ばすほどにAMFを張る部分が増えると言う狙いもあった。

 だが、攻撃した高町なのはは今の攻撃で気がついた。

 

(フェイトちゃん! 今あのガジェットはAMFを張ってないよ!)

 

(ッ!? なら、あの光は偽装!)

 

(うん! AMFを張っていると私達に思わせようとしていたんだよ!)

 

 瞬時に高町なのはは念話で人型ガジェットの弱点をフェイトに報告した。

 高町なのはの念話を聞いたフェイトは、すぐさま自身の周りに複数のスフィアを発生させて撃ち出す。

 

「プラズマランサーー!! ファイヤ!!」

 

『ア、アンチ・マジックアーマー展かッ!?』

 

 ボンッっと言う音と言う共に、人型ガジェットの破壊された右アーム部分から爆発が起きた。

 内部動力として使っている物が発揮する出力に、人型ガジェットの装甲が耐え切れなかったのだ。

 高町なのはとフェイトは知らない事だが、人型ガジェットは絶妙なバランスでその機体を支えられていた。それでも一定レベルでの破損には耐えられるように設計されていたが、右アームの完全破損は限界を超えていたのだ。

 故に人型ガジェットに備わっていた特殊機能は全て使用不能になっていた。

 短距離瞬間移動も、左アームからの魔法キャンセルも使用不可能になった人型ガジェットは次々とプラズマランサーにその身を撃ち抜かれて行く。

 その隙に高町なのははフェイトの傍に近寄り、気絶しているヴィータを宙に浮かせる。

 流れるようにフェイトと高町なのはは、自らのデバイスを左アームと右足も失い、各所から火花を上げている人型ガジェットに向かって構える。

 

「決めるよ、フェイトちゃん!」

 

「うん!! コイツは絶対に破壊する!!」

 

 二人は人型ガジェットの危険性を理解していた。

 今回は運よく追い込めたが、もしもこの人型ガジェットが量産でもされてしまえば、全ての魔導師にとって脅威となる。

 ネジ一本も残させはしないと決意を固めた二人は、リミッターを付けた現在の状態で放てる最大の魔法を放つ。

 

「全力全開」

 

「疾風迅雷」

 

『ブラストシュートッ!!』

 

 二人が放った協力魔法であるブラストカラミティは、人型ガジェットを飲み込み、一瞬の内に消滅させた。

 完全に破壊出来たと確信しながらもブラストカラミティの影響が治まるのを二人が待っていると、人型ガジェットがいた場所に輝く蒼い光を捉える。

 

「……アレって?」

 

「うん……ジュエルシードだよね」

 

 宙に浮かぶ蒼い宝石型のロストロギアである【ジュエルシード】に、フェイトと高町なのはは複雑そうな顔をする。

 管理局が回収し、今はスカリエッティに奪われてしまった物。しかも、今二人の前に浮かんでいる【ジュエルシード】は、Ⅲ型に組み込まれていた劣化品では無く本物の【ジュエルシード】。

 だからこそ、人型ガジェットは異常としか言えないレベルの機能が使えていたのだ。

 

「とにかく、封印して回収しよう」

 

「そうだね。それから機動六課に急いで戻らないと」

 

(いや~、ソレは無理ですよ)

 

『ッ!?』

 

 突然高町なのはとフェイトに、聞き覚えの無い女性の声で念話が送られて来た。

 誰かいるのかと周囲を二人が警戒した瞬間、宙に浮かぶ【ジュエルシード】の頭上に黒い穴のような物が発生し、穴の内部から女性の手が伸びて来た。

 

「ッ!? させない!!」

 

 何者かが【ジュエルシード】を回収しようとしていると悟ったフェイトは、瞬時に飛び出した。

 再び【ジュエルシード】を悪用させる訳には行かないと、バルディッシュを構えて魔法を【ジュエルシード】を掴んだ手に放とうとする。

 だが、フェイトが魔法を放つ直前、【ジュエルシード】を掴んでいた手が突然掴んでいた【ジュエルシード】を離し、フェイトに見えるように【ジュエルシード】に刻まれている刻印のナンバーを見えるように動かした。

 

「……えっ?」

 

 【ジュエルシード】に刻まれていた刻印ナンバーを目にしたフェイトは、魔法を放つのも忘れて呆然としてしまった。

 在ってはならない筈の物を目にしたかのようにフェイトが固まってしまう。ソレを背後から目にした高町なのはは、一体どうしたのかと疑問を抱くが、このままでは不味いと自身も飛び出そうとする。

 その瞬間。フェイトと高町なのはの脳裏から防御と言う考えが消えた瞬間、二人を中心に黒い球体が広がり、気絶しているヴィータを含めて三人は飲み込まれたのだった。




登場したオリジナルの物に関する設定。

名称:【複製の書】
詳細:フリートが造り上げた簡易型の魔導生命体製造機。
形状は本の形をして、情報収集機能も備わり、魔導生命体として造り出す対象の情報を記録し精製する。しかし、使い魔や守護騎士と違い、自我が目覚める事は無く、またページ一枚ずつに宿っている魔力が切れると消滅してしまう。更に言えば詳細な情報が記録出来なければ、行動も単調になってしまう上に、複製する本人が出来ない事を記録しても他の記録と矛盾してしまえば、ちぐはぐな行動で自滅してしまう。
造った本人であるフリートも実戦では役には立たない代物だと考えていて、なのはの模擬戦相手を出現させる以外に使った事が無い。
話の中で出たスバル、ティアナ、エリオ、キャロは、高町なのはが記録していた訓練データから精製されている。

名称:人型ガジェット(正式名称パチェット)
世代/なし、属性/なし、必殺技/無限拳
詳細:フリートが捕獲した偵察用のガジェットⅠ型、Ⅱ型、Ⅲ型を分解して新たに造り上げた機動兵器。形状は魔導師の天敵という事と、そう言えば人型のガジェットは無かったなと言う思い付きでギズモン:XTをモチーフにしている。短距離瞬間移動、両手からの魔法キャンセル波、高濃度AMFによる鎧精製など、魔導師にとって天敵としか言えない機能が備わっている。ソレを支える出力として【ジュエルシード】が組み込まれている。
しかし、機能を同時に使用する事は出来ず、一つの機能を使用した場合、別の機能を使用する為には三十秒のインターバルが必要になっている。必殺技は【ジュエルシード】の【願いを叶える】と言う特性を利用した本当に無限に伸びるパンチ。但し伸ばし過ぎると即座に戻せないと言う弱点がある。


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本編じゃなくて申し訳ありません。
本編の方は必ず近い内に更新出来るように頑張ります。


 ミッドチルダ東海上。

 送り込んだ人型ガジェットと機動六課の隊長陣である三人の戦いを見ていたはやては、発動させたデアボリック・エミッションに高町なのは、フェイト、ヴィータが呑み込まれる光景を見ていた。

 その横に居るフリートは、回収し終えた【ジュエルシード】を白衣の中に仕舞いながら先ほどの戦闘を思い出す。

 

「……ハァ~、分かっていた事ですけどつまらない戦闘でしたね」

 

 予想通り過ぎる結果にフリートは本気でつまらないと言う感想しか抱けなかった。

 確かに高町なのは達は人型ガジェットを破壊出来た。だが、余りにも時間が掛かり過ぎていた。

 しかも、倒せたのは人型ガジェットが弱点を晒したせいに過ぎず、ソレが無ければ戦闘は人型ガジェットが勝っていたかも知れなかった。

 

「あの私が造ったガジェット。確かに特殊な機能が備わっていますけど……一度に一つの機能しか使えない弱点にも気がついてませんでしたね」

 

 短距離瞬間移動。

 両手からの遠距離魔法無効キャンセル波。

 鎧のように纏う高濃度のAMF。これ等は確かに魔導師にとって、どれか一つでも最悪過ぎる機能。

 だが、人型ガジェットはこの機能を同時に使用する事は出来ないのだ。更に言えばどれか一つの機能を使った後、別の機能を発動させる為に三十秒ほどタイムラグが存在していたのだ。

 ソレを悟らせない為に、特殊機能を使用した後には即座に移動を行なうように設定していたが、注意深く観察すれば弱点に気が付ける。

 

「……はやてさんだったら、最後の攻防でどうしてました?」

 

「……私やったら、ヴィータを救出するよりも人型ガジェットへの攻撃を優先します」

 

 最後に人型ガジェットが使った右アームを伸ばして攻撃する手段。

 確かに強力な攻撃だが、同時にあの攻撃は人型ガジェット最大の弱点でも在ったのだ。

 フリートが気づかれないように仕込んでいたが、過酷な戦いを超えて来たはやてには一目見て分かった。

 最後に人型ガジェットが発生させた蒼い輝きが、AMFでは無いと言う事実に。

 

(まぁ、事前にあのガジェットのスペックは聞いてたけど、知らんかったら私も騙されてたかも知れへん。この世界のなのはちゃん達もあの蒼い輝きそのものが罠やったとは気が付けたのは、ダメージを与えられたからやし)

 

 そもそもAMF自体には光を発する特性は無い。

 魔法を使う事や機器による感知で察する事が出来るのだ。

 しかし、フリートは態々人型ガジェットがAMFによる防御を行なう時に蒼く輝くようにしていた。

 最大の必殺技でありながらも、無防備になってしまう【無限拳】を使用出来るようにする為に。

 もしもフェイトがヴィータの救出では無く、人型ガジェットへの攻撃を優先していれば、その時点で勝負は決まっていた。

 出力と組み込まれているAIが桁違いのおかげで誤魔化せていたが、人型ガジェットの装甲自体はスカリエッティが使用している偵察用のガジェット並みでしか無いのだから。

 

「ん~、まさか本当に終わってしまいましたかね?」

 

 デアボリック・エミッションに呑み込まれた高町なのは達が反応を示さない様子に、勝負が決まってしまったのかと首を傾げる。

 事前にはやてに頼んでデアボリック・エミッションの爆発するのを遅らせるようにしていた。

 とは言え、魔力で出来た球体に呑み込まれたのだから、ダメージは大きい。ソレに加えて爆発は流石に止めになってしまうので、態々爆発するのを遅らせているのだ。フリートが(・・・・・)

 

(出来るって言われた時は信じられへんかったけど、ほんまに爆発が起きないなんて……やっぱり、この人は)

 

 フリートの正体はもうはやては分かっている。

 だからと言って、その正体を口に出す気は無い。この世界ではともかく、自分達の世界でソレを口にしたらどうなるかなど分かり切っているのだから。

 

「……おっ!」

 

 僅かに声を上げたフリートに釣られて、はやてもデアボリック・エミッションに視線を戻す。

 次の瞬間、デアボリック・エミッションの内側から桜色の砲撃が飛び出し、デアボリック・エミッションを破壊した。

 同時に内部から気絶したヴィータとフェイトを抱え、所々バリアジャケットが破損した高町なのはが出て来た。

 

「異世界とは言えなのはさんですね。アレぐらいは流石に出来るようですけど……うん?」

 

 デアボリック・エミッションから出た高町なのははフローターフィールドを発生させ、フェイトとヴィータを乗せると、レイジングハート・エクセリオンを掲げた。

 

「広域サーチや! 私らを見つける気みたいやけど」

 

 事前にサーチされないように妨害はしてある。

 故に自分達の居場所がバレる事は無いとはやては思うが、高町なのはは何かを見つけたのか、迷う事無くレイジングハート・エクセリオンの矛先をはやて達が居る方向に向けた。

 

「ッ!?」

 

「あぁ、そう言えばあのなのはさんも【ジュエルシード】を回収した事が在ったんでしたよね」

 

 驚くはやてと違い、フリートはどうやって高町なのはが自分達の居所を察したのか瞬時に理解した。

 自分達は確かにジャミングを張っているが、たった今回収した【ジュエルシード】にはまだジャミングを張っていない。

 加えて言えば、嘗て高町なのはは【ジュエルシード】を回収した事が在るのだ。その頃のデータがレイジングハート・エクセリオンに残っていたのだろう。

 冷静にフリートが推察していると、高町なのはが構えたレイジングハート・エクセリオンの矛先から桜色の砲撃が放たれた。

 

「風の護……」

 

「必要ないですよ」

 

 防御しようとするはやてをフリートは止めた。

 ゆっくりとフリートは、はやての前に移動すると、両の掌を勢いよく合わせて打ち鳴らす。

 

「はい、拍手」

 

 パァンっと言う音が鳴り響くと共に、迫って来ていた桜色の砲撃が一瞬の内に消失した。

 

『ッ!?』

 

 砲撃を放った高町なのはだけではなく、フリートの背後に居たはやても目を見開いて驚愕した。

 

「もう一つおまけに拍手」

 

 パァンっと、再びフリートが両の掌を合わせて音を鳴らした瞬間、高町なのはが発動させていたアクセルフィン、フローターフィールドが消え去った。

 何が何だか分からないと言うように顔をしながら、高町なのは達は海へと落下して行く。

 飛行魔法を再び発動させようとするが、何故か飛行魔法の光は発せられることは無く、高町なのは達は海に落ちて行った。

 

「私達を見つけたご褒美でバリアジャケットだけは残しておきました。気絶している二人も落下の衝撃で目覚めるでしょうから大丈夫ですよ、はやてさん」

 

「……そ、そうですか……(あかん。体の震えが抑えられへん)」

 

 魔導師ならば今、フリートがやって見せた事の異常性を嫌でも理解出来てしまう。

 本人は何でもないと言わんばかりの態度だが、はやてにはフリートがやった事を出来るとは思えない。

 それほどまでに異常な事をフリートは簡単にやってのけて見せたのだから。

 

「それにしても……この世界のなのはさん……厄介な傷を残してますね」

 

「傷?」

 

「えぇ、傷です。本人も周囲も気づいていないようですけどね」

 

 コレまで直接高町なのはの戦闘を見る機会がなかったので気づけなかったが、今の戦闘でフリートは気がついた。

 高町なのはには厄介な、しかも深刻に近い傷が出来てしまっている事に。

 

「……もしかしてこの世界のなのはちゃんは落とされた時の後遺症が残って……」

 

「ソレも在りますけど、もっと厄介な傷です。多分なのはさんも戦ったりすれば気づくでしょう。この世界のなのはさんが抱えてしまっている厄介で、深刻な傷に……ちょっと治すには荒療治が必要になりそうですね。一応薬代わりもやりましたけど、果たして本人や周りが気がつくかどうか」

 

(一体あのなのはちゃんに在る傷って何やろう? この世界のなのはちゃんの経歴は確か……まさか、いやいやありえへんやろう流石に)

 

 一つの可能性がはやての脳裏に過ったが、すぐにその可能性は無いと判断した。

 何故ならばその可能性は、職務に復帰するならば当然治療されているべき事柄だった。

 もしもソレが成されていないとすれば。

 

(もしも当たっとったら、この世界の管理局は超ブラック企業って事になるから、流石にないわな)

 

 そう考えながらはやてはフリートと共に、転移でこの場を去ったのだった。

 

 

 

 

 

 機動六課隊舎の屋上。

 屋上では幾重にも魔力光が走り、激突し合っては衝撃を放っていた。

 しかし、屋上は破壊される事は無く、屋上の四方の隅から発生している光の壁に寄って護られていた。

 だが、光の壁が護っているのは屋上の壁だけ。その内部で戦っている者達を護る事は無く、機動六課の屋上は光の壁に囲まれる牢獄になっていた。

 

「感謝して貰いたいな! お前達の隊舎が無事に済んでいる事を!!」

 

「感謝などせん!!」

 

 戦闘の中で空中で最も激しい衝撃を撒き散らしているタオとシグナムは、自らの得物をぶつけ合いながら叫び合った。

 実際、感謝など出来る訳が無い。四方を囲む光の壁に寄って機動六課の隊舎は確かに護られている。

 だが、同時にシグナム達が逃げる場所も失われてしまった。

 

(事前に此処まで仕込んでいたとは!? 一体コイツはどれ程前から機動六課に入り込んでいたというのだ!?)

 

 敵がタオ一人だけだったのならば、シグナムとザフィーラが相手をしてFWメンバーが安全な場所にタバネを運ぶと言う作戦が取れた。

 だが、タオはFWメンバーの複製を操り、加えて逃げられないように屋上を結界で封じた。シグナム達はまんまとタオが仕掛けた鳥籠の中に飛び込んでしまったのだ。

 その上。

 

「雷符ッ!!」

 

 隙をついてタオは符から雷や炎、或いは尖った氷などを放ち、気絶して屋上に倒れ伏しているタバネに向かって攻撃を仕掛けて来るのだ。

 

「させん!!」

 

 そのタバネの前にはザフィーラが立ち塞がり、障壁で雷を防ぐ。

 タオは冷静に防がれた事を確認すると、再びシグナムに向かって巨大な筆を振るって行く。

 

「クゥッ!」

 

 防ぎながらシグナムは悔し気な声を漏らした。

 巨大な筆の一撃に込められている威力もそうだが、タオに他に気を回されていると言う事実がシグナムのプライドを刺激していた。

 ベルカの騎士は一対一ならば負けないと言う誇りを持っている。生粋の騎士であるシグナムならば尚更に。

 だが、タオはシグナムだけに意識を向けていない。寧ろ符に寄る遠距離攻撃がタバネにだけ向けられているのだから、其方の方に重点が置かれているとさえ思える。

 

「貴様!!」

 

「フン!!」

 

 力を込めて振り抜かれたレヴァンティンを、タオは冷静に防いで行く。

 本来ならば此処まで有利にタオはシグナムと戦えない。本来の世界でのシグナムとタオの実力は互角ぐらい。

 多彩な技を使うタオと一撃の威力ではタオを上回るシグナム。しかも、シグナムには炎熱変化の魔力資質が在るので、符を撒き散らす攻撃が使えないのだ。

 だが、この世界では違う。何故ならば今のシグナムは全力を発揮出来ないのだから。

 

「リミッターは重いようだな、烈火の将!! お得意の蛇腹剣に寄る攻撃も出来まい!!」

 

「ッ!?」

 

 そう、現在のシグナムは魔力リミッターに加えてデバイスにまでリミッターが組み込まれているので中距離攻撃用にレヴァンティンを変形させる事が出来ない。

 リミッター解除の許可には、部隊長の八神はやてよりも上司の許可が必要。そんな事が現状で出来る訳が無い。

 加えて言えば、事前にタオが通信設備を機能停止にしているので尚更リミッター解除は不可能なのだ。

 

(このままでは不味いか!)

 

 形勢が不利だと判断したシグナムは背後へと飛び去り、レヴァンティンを構え直す。

 

「レヴァンティン!! 叩き切るぞ!!」

 

Explosion(エクスプロズィオーン)!》

 

 レヴァンティンからカートリッジが排出され、刀身が炎に寄って燃え上がった。

 ソレに対してタオは瞬時に自らが持つ筆に符を何枚か張り付けて、シグナム同様に構える。

 互いの気迫が最大に高まった瞬間、シグナムがタオに向かって飛び掛かる。

 

「紫電一閃!!」

 

「ハァッ!!」

 

 シグナムの最大の一撃と、タオが振るった筆がぶつかり合い、周囲に衝撃波が撒き散らされた。

 

「……炎が……消えるだと?」

 

 刀身を包み込むように燃え上がっていた炎は、タオの筆から発生した水に寄って打ち消された。

 その事実に呆然としているシグナムを、タオは仮面越しで睨みながら平坦な声で告げる。

 

「五行相克。炎は水に寄って打ち消される。貴様が今発生させた炎では、私の符が発生させる水を破る事は出来ない。何よりも」

 

 タオの言葉と共に、ビキビキっと破砕音が鳴り響き、レヴァンティンの刀身が砕け散った。

 

「なッ!?」

 

「リミッターを付けて本来の力を発揮出来ない貴様の一撃では、私には届かん!」

 

「ガハッッ!!」

 

 突然タオが叫び、先ほどまでとは比べものに無いほどに力を込められて筆が振るわれた。

 筆はシグナムの胴体に直撃し、息を吐き出しながら体が宙に浮かんだ。

 

「主君を護る騎士が自らの力を封じるだと!? 戦いを舐めるな!!」

 

 苛立ちが混じった叫びと共に、タオの両袖から分銅が付いた鎖が飛び出す。

 飛び出した鎖は意思を持つかのように動き、シグナムに巻き付いて身動きを封じる。

 

「雷符ッ!!」

 

「ガアァァァァァァァァァッ!!」

 

「シグナム!?」

 

 鎖を伝って流れた電撃に苦しむシグナムに、ザフィーラは叫んだ。

 しかし、タオはザフィーラの叫びなど構わず、苦しむシグナムに接近し、胸に符を張り付ける。

 

「縛ッ!!」

 

「ッ!?」

 

 張り付いた符だから発せられた力場に、シグナムは封じられてしまう。

 そのままタオは体を勢いよく一回転させ、シグナムの脳天に全力で踵落としを叩き込む。

 

「……ませ」

 

(何を?)

 

 僅かに聞こえた言葉の意味が分からず、シグナムは疑問に思うが、脳天から走った衝撃に寄って意識を刈り取られ屋上に激突した。

 

「シグナム!?」

 

『シグナム副隊長!?』

 

 ザフィーラだけではなく、それぞれ自分の複製体と戦っていたFWメンバーも叫んだ。

 ゆっくりとシグナムを倒したタオは屋上に降り立ち、ザフィーラに向かって筆先を向ける。

 

「次は貴様だ、盾の守護獣。貴様らの将は期待外れだったぞ。お前は如何かな?」

 

「貴様ァッ!!」

 

 自分達の将を侮辱する発言に、ザフィーラは怒りの咆哮を上げると、狼の形態から人型の形態に変化してタオに襲い掛かった。

 

「オォォォォォォッ!!」

 

「ほう、お前にはリミッターが無いのか。なら少しは厄介そうだ」

 

「舐めるな!!」

 

 冷静にザフィーラが繰り出す拳や蹴りの嵐をタオは避けて行く。

 その様子を見ていたティアナは、自分達が追い込まれて来ている事に険しい顔をしながら、自身の複製体を睨む。

 

「クロスファイヤーシュート!!」

 

「この!!」

 

 自らに向かって放たれた自身の魔法を、ティアナはクロスミラージュから魔力弾を撃つ事で対処していく。

 

(コイツら!? 本当に私達のデータを基にしているみたいね!!)

 

 コレまでの戦いで、複製体が使って来るのは、確かにティアナ達自身が扱っている魔法ばかり。

 それは、他の面々も同じだった。

 

『ハァァァァァァァッ!!』

 

 互いに叫び合いながらスバルと複製体は拳をぶつけ合う。

 

『オォォォォォッ!!』

 

 エリオと複製体は高速で屋上を駆け回り、ストラーダを扱って剣戟を繰り広げている。

 

『我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を』

 

 キャロとその複製体は、エリオとその複製体に補助魔法を使って戦いの援護を。

 まるで鏡写しのような戦い。同じ戦い方と魔法。決着が着かないとさえ思えるような戦いだが。

 

「ウワッ!!」

 

「エリオ君!?」

 

 拮抗し合っていた戦いの中で、徐々にでは在るが複製体達がFWメンバーを押し始めていた。

 先ずは高速戦闘を繰り広げていたエリオが、最初だった。

 高速戦闘は意識を集中させる戦闘なだけに、神経を使う。人間で、しかもまだ幼いエリオでは、休息無しでの長時間の高速戦闘は持続出来ない。

 だが、複製体は違う。意思無き人形で、命令に忠実な彼らは戦闘にしか意識が無い。故に人間と違って、常に集中出来て体の事など気にしない彼らは、戦い続ける事が出来る。

 その差が出始めたのだ。

 

「我が乞うは、城砦の守り。若き槍騎士に、清銀の盾をッ!!」

 

Enchant(エンチャント) Defence(ディフェンス) Gain(ゲイン)

 

 防戦に回り始めたエリオに気がついたキャロは、防御を固める事を選択した。

 それに対して複製体が、即座に対抗魔法を使用する。

 

「猛きその身に、力を与える祈りの光を」

 

Boost(ブースト) Up(アップ) Strike(ストライク) Power(パワー)

 

「あぁっ!?」

 

 エリオの複製体に掛けられた魔法に気がついたキャロは、自身の失敗に気がついた。

 防御力が高いのならば、攻撃力を上げるのは当然の事。先ほどエリオに掛けるべきだったのは、負担を少しでも軽減出来る回復魔法の類にすべきだったのだ。

 今更その事実に気がつくが、既に遅く、攻撃力と速度が強化されたエリオの複製体は、更にエリオに攻撃を加えて行く。

 キャロは慌てて回復魔法を唱えようとするが、その前にエリオからの念話が届く。

 

(キャロ! 僕に構わずにフリードを本当の姿にするんだ!)

 

(フリードを!?)

 

(うん! 確かにこいつらは僕らのコピーみたいだけど、フリードだけはコピーされていない!)

 

 届いた念話にキャロは、自身の横の床に置かれている鎖で巻かれて凍り付いているフリードに目を向けた。

 エリオの念話通り、確かにフリードの複製体は存在していない。故に、キャロの複製体はキャロの切り札である【竜魂召喚】を使用する事は出来ない。

 フリードが本来の姿に戻って戦いに参戦すれば、戦況は自分達の有利になる。

 

(キャロ!)

 

「……うん! 蒼穹(そうきゅう)を走る白き閃光。我が翼となり、天を駆けよ」

 

「ッ!?」

 

 聞こえて来たキャロの呪文の詠唱を聞いたティアナは、自身に向かって放たれる誘導弾を回避しながらキャロに顔を向ける。

 

「馬鹿! キャロ!! 止めなさい!!」

 

 戦況を有利にしようとキャロが動いた事を、ティアナは悟りながらも強い声で叫んだ。

 確かにフリードが【竜魂召喚】に寄って真の姿に戻れさえすれば、戦況は自分達の有利に変わる。

 だが、そんな簡単な事をタオをが気がつかない筈が無い。

 

()よ、我が竜フリードリヒ。竜魂召喚!」

 

 キャロの詠唱が終わると共に巨大な魔法陣がフリードを中心に広がり、環状魔法陣も発生した。

 だが、フリードの体が浮かび上がろうとした瞬間、鎖に張り付いていた符だが輝き、魔法陣は霧散する。

 

「……そ、そんな……」

 

「やっぱり、アレはただ凍り付かせたんじゃなくて、封印!!」

 

 フリードを本来の姿へと召喚する事が出来なかったキャロが呆然とする中、ティアナはフリードに使われていたのが封印だと悟った。

 しかし、そうだと分からないキャロは肝心な時に失敗してしまったのかと呆然としてしまい、複製体が操る鎖に雁字搦めに縛られてしまう。

 

「錬鉄召喚。アルケミックチェーン」

 

「キャアッ!!」

 

「キャロ! ウワアッ!」

 

 フリード同様に鎖に囚われたキャロを目にしたエリオが動揺した瞬間、複製体の強力な一撃が決まり、エリオは背中から屋上のフェンスに激突した。

 

「エリオ!」

 

「スバル! 撹乱行くわよ!! フェイクシルエット!!」

 

 相棒の返事もまたず、ティアナは幻影魔法を使用して自身とスバルの幻影を複数発生させた。

 複製体達は僅かに動揺したように、幻影達を見回す。

 

(今の内にアンタはエリオとキャロを救出して! 私はタバネさんを!)

 

(うん! 任せて!)

 

 ティアナの指示に従い、スバルは即座に屋上を駆け出した。

 続いてティアナもタバネの安全を確保しようとするが、その前に自身の幻影がタバネに銃口を向けているのを目にする。

 

「ッ!?」

 

 複製体達はティアナ達のデータを基に造られている。

 故に現在の状況で最もティアナがやりそうな事を悟り、先んじて動いたのだ。

 使用されようとしている魔法は、【ヴァリアブルシュート】。タバネが纏っているバリアジャケットを貫いて、確実に殺傷しようとする為に複製体は構える。

 その光景を目にしたティアナは、キレた。

 

「……ふざけるなぁぁぁぁぁッ!!」

 

 咆哮と共にティアナはクロスミラージュの引き金を引き、ティアナの複製体は吹き飛んだ。

 無意識の内にティアナは【レールショット】を使用した。コレまでは使用する為には集中しなければならなかったのに、初めてティアナは集中せずに【レールショット】を撃ったのだ。

 だが、ティアナは構わずにタバネを護るように立ち塞がり、両手にクロスミラージュを構えて複製体達を睨みつける。

 

「……さっきからふざけてくれるわよね、アンタら。複製だが、何だか知らないけれど……私達の努力を侮辱するんじゃないわよ!!」

 

 自分達が日々鍛えているのは、決して誰かを理不尽に傷つける為ではない。

 誰かを護る管理局員として、そして自身の兄が誇りにしていた魔法は、理不尽に傷つけられる人々を護る為に。

 

「掛かって来なさい! タバネさんには傷一つ付けさせはしない!」

 

 ティアナの宣言と共にエリオとスバルの複製体が襲い掛かり、キャロの複製体が補助魔法を使って援護する。

 しかし、ティアナは慌てる事無くカートリッジを一発使用し、右手に持つクロスミラージュをキャロの複製体に向ける。

 

「レールショット!!」

 

 ドンッと言う音と共にキャロの複製体が吹き飛んだ。

 本来のティアナ達ならばキャロを心配する。だが、複製体達には仲間を心配する気持ちなど存在しない。

 吹き飛んだキャロの複製体になど構わずに、スバルとエリオの複製体はティアナに襲い掛かる。

 

「でしょうね! なら、クロスファイヤー…」

 

 慌てる事無くティアナは、クロスミラージュを前に向かって構えて誘導弾を撃ち出す。

 

「シュート!!」

 

 放たれた誘導弾は、真っ直ぐにスバルの複製体に向かって行く。

 スバルの複製体はプロテクションを張り、誘導弾の威力に負けないように足を止めて踏ん張る。

 ティアナの狙い通りに。

 

(そう、スバルならそうしてしまう。威力がありそうな攻撃には、思わず全力防御をしてしまう癖! でもね!)

 

「ハアァァァァァァッ!!」

 

 クロスファイヤーシュートが全弾直撃したと同時に、エリオとキャロの救出を終えて幻影の中に紛れていたスバルが飛び出した。

 

「その癖はもう本人も自覚して、克服しているのよ!」

 

「リボルバーキャノンッ!」

 

 ナックルスピナーを高速回転させながら、スバルはリボルバーナックルを自身の複製体に叩き込んだ。

 強力な一撃にスバルの複製体は吹き飛んで行く。だが、残ったエリオの複製体だけはスバルの横を高速で通り過ぎ、ティアナとその背後に居るタバネに迫る。

 本来ならば高速で移動する相手に対して、ティアナが取れる対処は少ない。ましてや今は気絶しているタバネが背後に居る。移動する事は出来ない。だが。

 

(今です! ティアナさん!!)

 

「了解よ!!」

 

 届いて来た念話に従い、ティアナはクロスミラージュを連射した。

 放たれた複数の魔力弾は直進し、高速移動していたエリオの複製体に直撃した。

 

(タバネさんが言っていた。基本的な行動は良いけど、そのパターンが分かっていたら対処は容易いって!)

 

 ましてや、その動きを毎日訓練しているエリオが居る。

 目が良いエリオからの念話で合図を貰い、ティアナは発砲したのだ。

 

(エリオ。今度からは少しぐらいアレンジを加えた方が良いわよ)

 

(は、はい!)

 

 ティアナの念話に返事を返しながら、エリオは立ち上がり、ティアナの横に並ぶ。

 スバルも追撃は行なわず、ティアナ達の方に移動して護りを固める。

 その様子を上空でザフィーラの拳や蹴りを躱しながら見ていたタオは、感心したように呟く。

 

「隊長陣は期待外れだったが、FWの方は中々のようだ」

 

「クゥッ!! オォォォォォォッ!!」

 

 幾ら拳や蹴りを振るっても当たらないどころか、他に余裕さえ見せるタオに、ザフィーラは咆哮を上げて攻撃速度を上げる。

 だが、タオはザフィーラの攻撃を見切っているのか、一発も当たらないどころか、防御さえする事は無かった。

 

(馬鹿な! 一体どうなっている!? シグナムだけではなく、俺の動きも見切られている! この者は一体!?)

 

「……私はこの機動六課に潜入していた時、一番警戒している者が居た」

 

「何を!?」

 

「ソレは、貴様だ! 盾の守護獣!!」

 

 叫ぶと共にタオは符も筆も使わず、右拳をザフィーラの顔面に叩き込んだ。

 

「ガハッ!!」

 

「この機動六課で唯一リミッターを付けず、全力を発揮出来る貴様は危険だと思っていた」

 

「グアッ!」

 

 タオの膝蹴りを受けてザフィーラは息を吐き出す。

 しかし、タオはザフィーラのダメージなど構わずに、ザフィーラの腹部に手を押し当てる。

 

「だが、貴様は変身した私が近くに居ても何も気がつかなかった。拍子抜けだったぞ……藤八拳ッ!」

 

「ガハッ!」

 

 体を貫く衝撃に息をザフィーラは吐き出した。

 タオは苦痛に苦しむザフィーラを仮面越しに睨みながら、右袖を振るい、数珠つなぎのようになった霊符を巻き付ける。

 

「こ、コレは!?」

 

「貴様も眠れ。狐封殺!!」

 

 霊符が光り輝くと同時に大爆発を起こした。

 同時に爆発をまともに受けて気絶したザフィーラは、シグナム同様に屋上に激突する。

 

「……今のお前は狼でも、盾でもない。少なくとも……(私が知る盾の守護獣ではない)」

 

 ゆっくりと倒れ伏すザフィーラの前に降り立ちながらタオは呟いた。

 タオにとって、本当にザフィーラは警戒すべき相手だった。機動六課で唯一リミッターを付けず、更には管理局に所属している訳でも無い。つまり、侵入していたタオを怪しんで、独自の判断で攻撃する事も出来た。

 無論確証も無く攻撃する事は犯罪行為になるが、ソレが侵入していたタオだった場合は、寧ろザフィーラの手柄になる。故にタオはこの世界のザフィーラを警戒していた。だが、ザフィーラはタオの存在に気が付けなかった。

 演技には自信が在るが、ソレでも一片の疑いも持てなかった機動六課の者達には、失望と言う感情しかタオは持てなかった。

 

「……さて、コレで残りは貴様ら四人……いや、三人か」

 

 今だ立ち上がれずにいる呆然としているキャロをタオは確認した。

 

(やはり、予想通りだったか)

 

 タオ達の世界のキャロと違って、この世界のキャロは自身の力を完全に受け入れてない。

 本当の意味で受け入れている事が出来ているのなら、フリードを本来の姿で召喚する事が出来るのだから。

 

(……頃合いか)

 

 複製体達と必死に戦っているティアナ達を確認し、タオは空へと舞い上がり、両手で印を組み出す。

 同時に複製体達は自らが攻撃を食らうのも構わず、スバル、ティアナ、エリオにしがみ付く。

 

「なっ!?」

 

「急に動きが!」

 

「クッ! この!」

 

 しがみ付いて来る複製体達を引き離そうと、ティアナ達は暴れる。

 だが、そうはさせないと言うようにキャロの複製体が再び鎖を召喚して複製達ごと縛り付ける。

 

「錬鉄召喚! アルケミックチェーン!!」

 

「ま、不味い!」

 

 明らかに自分達を身動き出来ないようにさせようとしている事に、ティアナは焦る。

 しかし、焦るティアナなどに構わずに印を組み終えたタオが宣言する。

 

「終わりにさせて貰う……解ッ!!」

 

 力強い気迫がこもった声が響いた瞬間、屋上を囲っていた光の壁が消失した。

 ソレだけではなく、ティアナ達の足元も一瞬光り輝き、次の瞬間には屋上の床全体に数え切れないほどの符が張り付いている光景が広がった。

 

「……こ、コレって……まさか」

 

「……全部、アイツの」

 

「そう。私の仕掛けた爆符だ」

 

『ッ!?』

 

 数え切れないほどの爆符の数に、ティアナ達は絶句した。

 自分達が爆符の上で戦っていた事も驚きだが、何よりも爆符の枚数。屋上の床全体に張られているのだからが、その枚数は百枚では足りない。

 その爆符が全て爆発すればどうなるのかなど分かり切っている事だ。

 

「さらばだ、機動六課……爆ッ!!」

 

『ッ!?』

 

 別れの言葉を告げながら、タオは呪を唱えた。

 ティアナ達は目を見開き、次の瞬間に起きるであろう爆発に思わず目を瞑ってしまう。

 しかし、幾ら待っても起きる筈の爆発が起きず、タオは動揺したように体を震わせる。

 

「何ッ!? どう言う事だ! 爆ッ! 爆ッ!」

 

『……えっ!?』

 

 明らかに困惑して呪を何度も唱えるタオに、ティアナ達は目を開けて見つめる。

 そのティアナ達の耳に、苦し気な声が届く。

 

「……ハァ、ゴホ、ゴホ……ジャミング……せ、成功だね」

 

「ッ!? タバネ・シノ!?」

 

『タバネさん!?』

 

 聞こえて来た声にティアナ達とタオが顔を向けてみると、屋上の縁に何時の間にか移動して指輪型に変形させた千変を輝かせているタバネの姿が在った。

 

「……ゴホ……貴方の見た事も無い魔法の正体は……分からないけれど……ハァ、ハァ……念話みたいに思念を……お、送っているんでしょう?」

 

「お、おのれ!!」

 

 自らの力の正体を悟られて怒ったのか、タオは符を何枚か取り出して雷撃や炎をタバネに向かって放つ。

 

「死ね!!」

 

「千変! 指輪形態は維持して盾を展開!」

 

《OK! shield(シールド)!》

 

 タバネの指示に千変は了承の音声を発し、盾がタバネの前に展開された。

 展開された盾からカートリッジが排出され、プロテクションが発生する。

 

Protection(プロテクション)!!》

 

 張られたプロテクションとタオが放った雷撃と炎がぶつかり合い、タバネに衝撃が襲い掛かる。

 

「クゥゥゥゥゥ!!」

 

「タバネさん!! この離せ!!」

 

 辛そうなタバネの声にスバルは鎖と自らの複製体を引き離そうと暴れる。

 ティアナとエリオも暴れるが、複製体達は絶対に行かせないと言わんばかりに更に力を込める。

 次々とタオは符を取り出しては雷撃や炎を放ち、タバネのプロテクションを破ろうとする。

 プロテクションを貫いて襲い掛かる衝撃に苦しそうな顔をタバネはするが、自らの辛さなどに構わずにキャロに向かって叫ぶ。

 

「ルシエちゃん!! 呼ぶだけじゃダメなんだよ!!」

 

「……えっ?」

 

「そう。呼ぶだけじゃダメ! 知り合いの召喚士が教えてくれたの! 召喚魔法の本当の神髄は、呼ぶだけじゃないの! 呼ぶ相手の声を聞くんだよ!!」

 

「貴様!!」

 

 タバネの発言に何故か急にタオは焦ったように叫び、符での攻撃を止めて筆を取り出した。

 ソレが意味する事にティアナ達は目を見開く。戦いの最初の頃にタオが使った筆に寄る攻撃を思い出したのだ。

 だが、身動きが出来ないのかタバネは構わずにキャロに告げる。

 

「召喚する相手にだって、心が在る! その心の声を聞ければ、どんなに邪魔をされていても……パートナーの声は……届くんだよ」

 

「……声は……届く」

 

 ゆっくりとキャロは、自身の横で鎖に巻かれて凍り付いているフリードに目を向ける。

 タバネが言っている召喚魔法は制御ではない。召喚する相手と真に心を合わせる事を言っている。

 出来ると思っていた召喚が失敗した事は予想以上に心に衝撃を受けた。二度と失敗はしないと思っていた。

 だが、召喚出来なかった。もしかしたら二度とフリードの意識が戻らないのではないのかと考えてしまった。だから、立ち上がれなかった。しかし、立ち上がれないままで居れば、もっとフリードに会えない。

 意識がハッキリしたキャロは、両手のグローブ型のデバイスであるケリュケイオンを構える。

 

「……ゴメンね。フリード。そうだよね。フリードの声も聞かないと。竜魂召喚!!」

 

「もう遅い!! 梵・筆……」

 

「させるかぁぁぁっ!! レールショット!」

 

 何とか右手だけ自由になったティアナが叫びながら、クロスミラージュの引き金を引いた。

 超高速で撃ち出された魔力弾は真っ直ぐ進み、タオが振るっていた筆に直撃したことで宙に書かれていた文字にいらない横線が走った。

 

「しまった!」

 

 必要ない横線が走ると同時に、宙に書かれていた文字が消失した。

 【梵筆閃】は梵字を書く事で成立する技。故に書き損じれば技として成立はせず、不発になってしまう。

 其処までティアナには分からなかった。せめて少しでも邪魔をする為に筆を撃ったのだ。

 ソレが正解だった。キャロが召喚魔法を詠唱する時間は確かに稼げたのだから。

 

「(お願いフリード!!)……蒼穹(そうきゅう)を走る白き閃光。我が翼となり、天を駆けよ!」

 

(……キュクルーーー!!!!)

 

 全身全霊を持って召喚魔法を唱えるキャロに、フリードの声が頭の中で響く。

 

「(そうだよね。フリードも悔しいよね。だからお願い! 力を貸して!)……()よ、我が竜フリードリヒ。竜魂召喚!」

 

 キャロが詠唱を唱え終えると共に、フリードを巨大な桃色の魔法陣が包み込んだ。

 フリードに巻かれている鎖と符は妨害しようと光り輝くが、その光を呑み込むように桃色の光が包み込み、符は燃え上がり鎖は砕け散った。

 同時にフリードの体は巨大化し、白銀の竜へと変貌してタオを睨みつける。

 

「グオォォォォォォッ!!」

 

「……私の封印術を破るとは」

 

 怒りに満ちた咆哮を上げるフリードを見下ろしながら、タオは呟いた。

 

「だが、今更遅い!! 今度は当てさせて貰うぞ!」

 

「フリード!!」

 

「グオォォッ!!」

 

 筆を構えるタオに対して、フリードは口の前に火炎球を発生させる。

 だが、撃たせはしないと言うようにタオは凄まじい速さで筆を振るう。

 

「梵・筆……」

 

 最後の線を書こうと筆をタオは振るう。

 だが、文字を書き切る前にタオの両腕を白いに輝くバインドが捕らえる。

 

「ッ!? バ、バインドだと!?」

 

「……ハハハハッ……私の事も忘れちゃ……こ、困るよ」

 

 辛そうに顔を歪めながら、タバネはタオに笑みを浮かべながら告げた。

 

「タ、タバネ・シノォォォォォォッ!!」

 

「ブラストレイ!! ファイヤッ!!」

 

 怒りに満ちた声を上げるタオに向かって、フリードのブラストレイが放たれた。

 

「グアァァァァァァァァァァーーーー!!」

 

 ブラストレイの炎に包まれたタオは苦痛の声を上げながら屋上に落下した。

 同時に【複製の書】にもダメージが及んだのか、ティアナ達を押さえていた複製体達と支援していたキャロの複製体が消失し、元のページに戻った。

 自由になったティアナ達は即座に立ち上がり、炎に包まれているタオに向かってデバイスを構える。

 

「キャロ! アンタはタバネさんの回復を急いで!」

 

「は、はい!」

 

 ティアナの指示に従い、キャロはタバネの下に走る。

 ソレを確認したティアナ、スバル、エリオが改めてタオに顔を向けてみると、タオを包んでいた炎が水に寄って打ち消され、所々服が黒く焦げ、仮面の右目の部分に罅が入りながらタオが立ち上がる。

 

「グゥゥゥッ……ゆ、油断したか。だが、まだ終わらん!」

 

「いや、終わりや!」

 

『ッ!?』

 

 突然響いた声にその場に居る全員が目を見開いた瞬間、タオの体を緑色に輝くワイヤーが巻き付いて拘束する。

 

「……コレは……」

 

「戒めの鎖よ。もう好き勝手にさせないわ!」

 

「シャマル先生!」

 

 【戒めの鎖】の使い手であるシャマルが屋上に姿を降り立った。

 ソレと共に髪が白く染まり、瞳を蒼く輝かせ、バリアジャケットを纏った八神はやてがシャマルの横に降り立つ。

 

「八神部隊長! 無事だったんですね!」

 

「皆、よう頑張ったわ……さて」

 

 怒りに満ちた視線をタオに八神はやては向ける。

 シグナムとザフィーラが気絶して倒れ伏しているのも視界で捉えるが、今は胸の内に押し込んでタオに向かって口を開く。

 

「もう逃げられへんよ。大人しくして貰おうか?」

 

「……タバネ・シノを警戒していなかったのが、失敗だったな。次は気を付けるとしよう」

 

「……次なんてあらへん! アンタには色々と聞かせて貰う!」

 

「良い事を教えてやろう、八神はやて。確かに私は切り札までは見せたが……奥の手(・・・)は見せていないぞ!」

 

「ッ!? シャマル!」

 

 何かをタオがやろうとしていると思った八神はやては、即座に指示を発してタオを気絶させようとする。

 だが、シャマルが何かをする前に何かの力強い足音と破砕音が響き、次の瞬間、屋上の端から何かが駆け上がって来た。

 

『ッ!?』

 

 破砕音が響いた方に屋上に居る全員が顔を向けると、黒いローブで全身を包んだ体長三メートルほどの何かが屋上に降り立った。

 

「何や!?」

 

「やれ!!」

 

 降り立った者に驚愕する八神はやて達に構わず、タオは叫んだ。

 その声に黒いローブは頷き、金属製の小手を装着している両手を出して振り上げる。

 

「カイザーーーー!!!!」

 

「ッ!? アレはまさか!! 皆、逃げるか、防御して!!」

 

 突然キャロの治療を受けていたタバネが叫んだ。

 その声にスバルとティアナは即座に反応し、スバルはザフィーラを抱え、ティアナも必死になってシグナムを抱えて黒いローブの前から移動しようとする。

 フリードは本能からか、エリオの襟首を口に加えて空に飛び立ち、八神はやてとシャマルも何かの気配を感じたのか防御魔法を発動させようとする。

 黒いローブは視界でソレを確認すると、迷う事無く両手を振り下ろした。

 

「ネイルッ!!」

 

 次の瞬間、十の閃光と衝撃が走り、機動六課隊舎の屋上は吹き飛んだのだった。




因みに次回で明らかになりますが、話の中のタバネ事なのはは、肋骨に罅がマジで入ってます。


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ⅩⅢ

お待たせして申し訳ありませんでした。


 機動六課に襲い掛かった悪夢のような襲撃から一夜明けた翌日。

 瓦礫が其処かしこに転がっている隊舎の屋上を、ティアナは眺めていた。

 屋上は最早跡形も無く、何かで削られたとしか思えない傷跡が深々と十も残され、その余波で吹き飛んだ床面の瓦礫が転がっていた。フェンスなども全て破壊し尽くされ、屋上にあったベンチなどは床に転がっている残骸と区別する事が出来なかった。

 

「……」

 

「あっ! ティア!」

 

 屋上から下へと繋がる階段を上がって来たスバルが、ティアナに声を掛けた。

 ゆっくりとティアナは振り返ると、スバルが駆け寄って来る。

 

「なのはさん達は大丈夫だって。今日の昼ぐらいから復帰出来るそうだよ」

 

「……そう……シグナム副隊長とザフィーラは?」

 

「シグナム副隊長とザフィーラは病院に搬送されるみたい。まだ、目を覚まさないし、やっぱりかなりのダメージを受けてるようだよ……それでタバネさんだけど」

 

「どうだったの?」

 

「……肋骨に罅が入っているみたいで、全身に打撲痕があったらしいよ」

 

「逃げられないようにする為でしょうね。それとデバイスを持って戦わせないようにも」

 

「うん」

 

 思わずスバルは両手を強く握って、顔を俯かせてしまう。

 

「悔しいよ。こんなに悔しいって気持ちを抱いたの初めてだよ」

 

「私もよ。だから、スバル。次は絶対、アイツに、タオに目にもの見せてやるわよ!」

 

「うん! ティア!」

 

 誓いを新たにしてティアナとスバルは決意する。

 再び戦う事になるであろうタオに対して。だからこそ、二人は治療が終わってから屋上にやって来た。

 少しでも相手に関する情報を集める為に。

 

「でも、どうしてタオは退いたのかな? 後から現れたローブの奴と一緒に戦う事も出来たのに?」

 

 タバネの警告を受けて、ザフィーラを抱えて屋上の手摺りの傍に移動したスバルだったが、ソレでも屋上を走った衝撃でダメージを少なからず受けた。

 あのまま戦闘を続行されていたら、間違い無く負けていたとスバルは思う。

 

「……多分だけど、あの衝撃でタオもダメージを受けたのかも知れないわ」

 

 屋上の端に移動していたティアナ達もダメージを受けたのだ。

 バインドで縛られて動けなくなっていたタオも、確実にダメージを受けた筈だ。現に受けた衝撃に呻く中、ティアナはタオがローブで姿を隠した何者かに担がれて、屋上から去って行くのを目にしている。

 

「それに元々タオが潜入していた目的は、機動六課の情報を手に入れる事だった筈。ソレを記録していたのが、あの【複製の書】とか言うロストロギアだったら」

 

 自分達の複製は使って来たが、隊長陣の複製をタオは使って来なかった。

 あの抜け目の無いタオが、自分達の情報だけを集めている筈が無いとティアナは思う。

 しかし、その情報を記録していたと思われる【複製の書】は、フリードのブラストフレアでダメージを受けている。せっかく集めた情報を失う訳には行かないと、退いた可能性が高いとティアナは考える。

 その考えをスバルに告げると、スバルは納得したように頷いた。

 

「でも……この傷跡、凄いよね」

 

「えぇ」

 

 屋上に刻まれた十の傷跡。その傷跡が走った後には、深々と傷が刻まれ、ソレが走った周囲の屋上の床は粉々砕け散り、瓦礫が転がっていた。

 もしもこの破壊を行なわれた攻撃が、隊舎そのものに振り下ろされていれば、隊舎は崩壊していたとさえ思えるほどの一撃。

 隊長陣でもこの攻撃を確実に防げるとは、ティアナとスバルは確信する事が出来なかった。

 

「ティアナさん! スバルさん!!」

 

「エリオの声?」

 

 屋上の端から聞こえて来た声に、ティアナとスバルは振り返り、声の聞こえた方に歩いて行く。

 丁度その場所はローブを着た何者かが屋上に現れた方向で、二人は落ちないようにしながら下の方を覗いてみる。

 其処にはエリオとキャロが地上に立っていて、二人は手を振っていた。

 

「こっちに来て下さい!!」

 

「此処から見えるものが在るんです!」

 

「見えるもの?」

 

「行ってみよう、ティア」

 

 疑問を覚えながらティアナとスバルは、エリオとキャロがいる場所に向かう。

 二人が自分達が居る場所に来たのを確認したエリオとキャロは、先ず地面を指さす。

 

「先ず此処です!」

 

「……コレって?」

 

「……大きな足跡?」

 

 エリオが指差した地面には、何者かの足跡が刻まれていた。

 だが、その大きさが問題だった。人間サイズの足の大きさではなく、それ以上の大きさから見て、相手の大きさは体長四メートルほど在ると思われる足跡が、深く地面に刻まれていた。

 

「ソレで、あそこにも同じモノが在るんです」

 

 キャロが指差す方にティアナとスバルが顔を向けてみると、隊舎の壁に同じように深く刻まれた足跡が残されていた。

 丁度足跡が在る場所は地上から屋上までの中間の辺り。ソレが意味する事を察したティアナとスバルは顔を険しくする。

 

「……スバル。アンタ出来る?」

 

「……無理だよ。ウイングロードを使えば別だけど」

 

「私もアンカーを撃ち込めばあそこまで移動出来るけど、其処までが限界ね。その後、屋上に向かうなんて無理」

 

 状況から推察すると、ティアナ達の前に現れたローブの何者かは、地上から飛び上がり、隊舎の壁から更にジャンプして屋上に到達した事になる。

 ローブの何者かが屋上に現れる直前に聞こえた破砕音も納得出来る。だが、問題はソレをやった相手の実力だった。何らかの魔法を使ったのならば問題は無いが、もしも身体能力だけでやっていた場合、相手はとんでもない身体能力を持っている事になる。

 FWメンバーの中で一番身体能力が優れているスバルにも出来ない事を、敵はやってのけたのだ。

 少なくとも身体能力と言う一点においては、あのローブの何者かはFWメンバーを上回っているのは明らかだった。

 今後の事も考えれば、敵に関する情報を少しでも集めなければならない。

 

(……そう言えばあの時)

 

『アレはまさか!?』

 

 ティアナの脳裏に過ったのは、ローブの何者かが技を放つ直前に叫んだタバネの言葉。

 あの言葉とその後に続いた慌てたタバネの指示のおかげで、ティアナ達は敵の攻撃を回避する事に成功したのだ。

 もしも忠告を聞いていなければ、ティアナ達は回避し切れずに大怪我。八神はやて達も防御魔法を発動せず、直撃を食らって、運が悪ければ死んでいた可能性も在る。

 タバネが忠告してくれたからこそ、ティアナ達は軽傷で済んで、八神はやて達も大怪我を負わずに済んだのである。

 だが、何故タバネが見た事も無い相手の攻撃を知っているのかと言う謎が残る。

 

(もしかしてタバネさんは、あの相手の事を知っているの?)

 

 ティアナはタバネに聞く事が出来たと思う。

 次に出会った時の為に、少しでも相手の事を知ろうと動き出したのだった。

 

 

 

 

 

 部隊長室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 自らの机に着く八神はやては、昨夜の一件を後見人であるクロノ提督と、聖王教会のカリムに報告していた。

 

『……まんまとそのタオと名乗る何者かにやられたと言う訳か』

 

「……言い訳はしません。機動六課はタオの術中に踊らされてました」

 

『最低でも相手の実力はSランクオーバー。加えて未知の魔法に、複製体を造るロストロギアを所持し、完全に別人に成り済ます変身能力。その上、隊舎の屋上を破壊した黒いローブで姿を隠した何者かか』

 

『クロノ提督。ソレだけではなく、海上で隊長陣が戦ったと言う人型のガジェットの方も危険です。報告を聞くだけでも、魔導師にとって危険過ぎる機能が多過ぎます……もしもソレが量産されでもしたら』

 

「高町隊長の報告では、完全に破壊したそうですけど……動力に使われていた【ジュエルシード】は敵に回収されてしまったそうです」

 

『本物の【ジュエルシード】か。となるとやはり犯人は』

 

 現在管理局が確認している【ジュエルシード】の保持者は、一人だけ。

 地方に貸し出した時に強奪したジェイル・スカリエッティ。その人物こそが人型ガジェットの製作者だとクロノは思っていた。

 だが、その考えは八神はやてが告げた報告に寄って吹き飛ばされてしまう。

 

「それが……フェイト隊長の報告なんですけど……その人型ガジェットに使われていた【ジュエルシード】のナンバーは……シリアルⅩⅣだったそうです」

 

『ッ!? 馬鹿な、在り得ない!! そのシリアルナンバーの【ジュエルシード】が存在している筈が無い!!』

 

 クロノが驚愕して否定するのは当然だった。

 何故ならばシリアルナンバーⅩⅣの【ジュエルシード】は存在している筈が無いのだ。十年前に虚数空間に消え去ったのだから。

 もしも、本当に存在していると言うのなら、虚数空間から出て来た者が居るという事になる。絶対にそんな事は在り得ない。

 虚数空間に呑み込まれたものは、絶対に戻って来れないと言うのが管理世界の認識なのだから。

 

『……フェイトの見間違いだろう。或いはスカリエッティが此方を混乱させるように、ⅩⅣに見えるようにしていたのかもしれない』

 

「私もそうやと思います」

 

『【ジュエルシード】の方も問題ですけど、それ以上に六課を襲ったタオの方も、人型ガジェットの方も問題ですね……クロノ提督。今回の件を上層部に報告して、隊長陣のリミッターの緩和を頼むべきだと思います』

 

『……六課の失態を報告する事になりますが、事が事だけにソレしか無いでしょう』

 

 敵は自分達が考えている以上に強大だった。

 本来ならば隊長陣のリミッターの解除の緩和は出来る筈が無い。機動六課は色々と無理をして造った部隊なのだから。だが、今回得られた敵側の情報を使えば、リミッターの緩和を許される可能性がある。

 それだけ魔導師にとって脅威の兵器が出て来たのだから。本局側は何とかなるかも知れない。

 しかし、問題は。

 

『……地上側がどうなるかですね』

 

 カリムの言葉にクロノとはやては沈黙するしかなかった。

 機動六課と地上本部の仲は最悪と言って良いほどに悪かった。それも実績さえ上げれば問題は無いと思っていたが、此処に来て不味い事になった。

 事情を説明する場合、タバネの事も当然説明しなければならなくなる。タバネの事も説明するなら、アグスタの密輸の件も。密輸の方は余り調査が進んでいない。

 既にオークションは終わっている上に、証拠となる密輸品はタオ達が持ち去っているので、証拠となる物が状況証拠しか見つからないのだ。その件も問題だが、保護していたタバネが機動六課隊舎内で危うく殺されかけたなど報告しようものなら、機動六課を地上本部が攻撃する材料になってしまう。

 実績を上げて地上本部に文句を言わせないつもりだったが、状況はソレを赦してくれない。

 

『先ずは僕らの方で何とかして見せる……はやて。分かっていると思うが』

 

「はい……タバネ・シノさんの方は何とかしてみせます」

 

 機動六課内で発生した最大の問題。

 保護していた民間人に重傷を負わせてしまった問題。その件は早急に何とかしなければならないと、はやては顔を暗くするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふえぇぇぇぇん!! 大丈夫ですか! レナ!」

 

「落ち着いてくれ、リイン姉さん。私は大丈夫だ」

 

 涙を流して包帯を巻いて来るリインを、レナモンは落ち着かせるように声を掛ける。

 昨晩の戦いでフリードのブラストフレアを食らって、レナモンは負傷した。事前のタバネ事なのはの行動で、フリードの攻撃が来ると分かっていたので、服の中に水属性の防御符を発動させてダメージは最小に抑えたが、ソレでも負傷を負ったのには違いなく、こうしてリインが過保護にレナモンを治療を行なっているのだ。

 

「第一、私以上になのはの方が酷い傷を負っている」

 

「そうだよね。なのは、大丈夫かな」

 

 傍で話を聞いていたガブモンも、レナモンに同意するように頷く。

 あの状況でタバネが何の負傷も負っていないのは怪しまれると考え、タオモンに進化したレナモンが手加減して一発なのはを殴ったのだ。

 手加減して殴ったとは言え完全体の一撃。確実に肋骨に罅が入っている。

 

(そんな状態で魔法の行使に加え、大声も出せるのだから……やはり並みの精神力では無いな)

 

 普通なら動く事は愚か、口を開くだけで激痛が走る筈なのだ。

 本来ならば其処まで傷を負わせるつもりはレナモンには無かった。だが、なのは本人が怪しまれないようにする為にやってくれと頼んだのだ。

 ソレだけやれば、タオモンとタバネが仲間だと思う者は居ない。更に一見すれば容赦の無い攻撃をタオモンは、タバネに加えていたのだ。肋骨への罅に、全身への打撲、更に気絶したタバネへの苛烈な攻撃。

 此処までやって疑う者は少ない。

 

「コレでなのはは機動六課に残る事が出来る。目的通りだ。後は」

 

「地上本部との交渉の結果だね」

 

「そっちは今、はやてちゃんとフリートさんがやってるですよ」

 

「……大変だろうね」

 

「交渉は旨く行くだろう。あの二人ならば」

 

(いや、僕が言いたいのは……あのフリートさんを相手にする地上本部の人達の方なんだけど)

 

 レナモンの呟きに、ガブモンはそう内心で呟く。

 リンディが居ない今、フリートを止められる者は居ないのだ。交渉は旨く行くだろうが、地上側にはそれなりの被害が出るのは間違いない。

 ガブモンは出来るだけ被害が少なくて済むように祈る。すると、レナモンの治療を終えたのか、リインがガブモンの頭の上に乗っかって、小声で話しかけて来る。

 

「……ガブモン。地上本部の方も大事ですけど……あっちは、何とかなりませんか?」

 

 言われてガブモンは出来るだけ視界に入れないようにしていた方に顔を向ける。

 其処には白いテーブルが置かれていて、フリートがこれでもかと言わんばかりに封印魔法を重ね掛けし、更に物理的にも動けないようにする為にデジゾイド製で造り上げた小箱が置かれていた。

 此処までされれば、何も出来ないと普通は思うが、封印されている小箱がガタガタと震えている。つまり、封印を破ろうと中に入っている物が暴れているのだ。

 

「あそこまでされて、アレは暴れるのか?」

 

「いや……まぁね……レイジングハートにとっては、我慢出来なかったんだよ」

 

 小箱の中に封印されているのは、なのはのデジバイスであるレイジングハート・エレメンタル。

 実を言えばレイジングハート・エレメンタルは、なのはと離れた当日の内に脱走しようとしていた。昔と違い、完全にプロテクトが外されたレイジングハート・エレメンタルは自己判断で魔法を使う事が出来る。

 幻術を使って機動六課内でなのはの護衛をしようとしていたのだ。

 だが、アルハザード技術の結晶であるレイジングハート・エレメンタルに勝手な事をされる訳には行かない。

 そして過去にレイジングハート・エレメンタルに散々煮え湯を飲まされたフリートが、その事を忘れている訳もなく、隙を見て封印したのだ。

 その後は何とか封印を破ろうと、レイジングハート・エレメンタルは暴れ続けていた。

 落ち着かせようとガブモンは封印越しに説得を続けているが、ソレで止まるレイジングハート・エレメンタルではない。

 

「……なのはが負傷した事は伝えない方が良いよ」

 

「…そうだな」

 

「レナの安全の為にも、秘密にします」

 

 なのはを負傷させたのが誰なのかを話せばどうなるのか即座に理解出来た三人は、固く誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 地上本部のトップであるレジアス・ゲイズ中将の秘書であるオーリス・ゲイズは、困惑したように執務室にやって来た二人の人物を見つめていた。

 昨夜の機動六課の海上の戦闘は、実は秘密裏に情報が流されていたのだ。当然、最初は地上本部にいる幹部の誰もが訝しんでいた。だが、その情報と同時に送られて来たガジェットに関する情報が、地上本部の幹部全員に危機感を抱かせた。

 そしてその情報を送って来たと思われる人物達が、厳重な警備システムが張られている筈の地上本部に侵入して来たのだ。しかも、一番警備が厚い筈のレジアスの執務室に。

 ソレだけならば、即座に警備員を呼び出すと言う処置を取れば良いのだが、現れた二人の人物の内の一人にオーリスは困惑していた。

 その人物は現れたと同時にレジアスとオーリスに向かって、土下座をいきなり行なったのだ。

 

「本当にオリジナルの私がすいませんでした!!」

 

「あぁ、此方私が保護している子です……八神はやての人造魔導師ですよ」

 

「ッ!?」

 

 土下座をしている人物の隣に立つ白衣を纏った女性-フリートの言葉に、オーリスは息を呑んだ。

 対して執務机に座るレジアスは、僅かに眉を動かし、フリートとはやてを睨むように見つめる。

 

「……ソレで何の用だ。分かっていると思うが、お前達には局員の殺害未遂容疑がある」

 

「まぁ、そうですね。確かに私達がした事は、管理局の法だと犯罪ですから……でも、その法が完全に消滅するかも知れないって言ったらどうします?」

 

「……どう言う事だ?」

 

「そのまま意味ですよ。私が送ったガジェットのデータは、もう技術部で確認済みですよね」

 

 その言葉にオーリスは内心で頷くしか無かった。

 コレまで管理世界で確認されていたガジェットは、地上本部の魔導師達も破壊して技術部が解析を行なっていた。残念ながら本局と同じで完全に解析する事は出来なかったが、フリートが送った情報に寄って完璧に解析する事が出来ただけではなく、本局が掴んでいない情報を得てしまった。

 即ち、今管理世界で確認されているガジェットが情報収集用でしかないと言う事実を。

 オーリスは報告を受けた時、まさかと言う気持ちしか持てなかった。解析を行なった技術者達の面々は尚更に信じられなかっただろう。だが、現実は変わらなかった。

 

「ガジェットを操っているジェイル・スカリエッティ。アイツはあるロストロギアを得てしまったんですよ……そう、最悪にして最凶のロストロギアを」

 

「ほう……詳しく教えて貰いたい話だな」

 

 レジアスが告げると同時に、執務室の扉が開き、デバイスを構えた武装局員が十名ほど入って来てフリートとはやてを取り囲んだ。

 しかし、二人は慌てる様子も見せず、逆にフリートは笑みを深めながら口を開く。

 

「えぇ、教えますよ。ただ、その前に……私の名前を教えますね。私の名は」

 

 ゆっくりとフリートが自身の名を告げようとしながら、右手をゆっくりと掲げる。

 何かをするつもりなどと武装局員達は警戒心を強める。

 彼らは中将付きの武装局員達なので、地上本部の局員の中でも有数の手練れだった。だが、そんな彼らでもフリートの前では無意味だった。

 

「……アルハザード」

 

『……ッ!?』

 

 告げられた名の意味を全員が理解し、驚愕する。

 同時にフリートは掲げていた右手をグッと握り締める。

 その動きに室内にいる武装局員達の警戒心が強まるが、そんなものは無意味だった。

 何故ならば、次の瞬間、取り囲んでいた武装局員達の全員のバリアジャケットが締め付けられたのだ。

 

「な、何だ!?」

 

「バ、バリアジャケットが!?」

 

「痛い! や、止めろ!?」

 

「折れる!? 腕が!?」

 

 自らを護る筈のバリアジャケットが、自身を苦しめる武器になってしまった事実に、武装局員達は混乱する。

 

「な、何が!?」

 

 苦しむ武装局員達の姿に、フリートとはやてを捕まえられると考えていたオーリスは驚愕し、レジアスも目を見開く。

 しかし、フリートは何でもないと言うように、握っていた手をパッと開く。

 すると、バリアジャケットの締め付けが無くなり、武装局員達は拘束から解放される。

 

「私の名は……アルハザード。フリート・アルハザードです」

 

 使用者を護る筈のバリアジャケットに苦しめられ、武装局員達が床に倒れ伏す中、フリートは冷酷な笑みを浮かべながら自身の名を告げたのだった。

 

 

 

 

 

 フリート達の方の世界にある無人世界カルナージ。

 その世界にイクスヴェリアとそのパートナーデジモンであるクラモンは、ヴィヴィオとギルモン、更にミッドチルダで出来た友達と共に遊びに来ていた。

 一年を通して温暖で豊かな自然は、キャンプ場として有名な世界で在り、デジモンにとっても過ごし易い環境の世界。イクスヴェリアはその世界でキャンプを満喫していたのだが。

 来る筈が無かったリンディが訪れた事に寄って、気分は最悪に近くなっていた。

 

「……アルハザードの最悪の兵器ですか」

 

「クラ~」

 

「えぇ……そうなのよ」

 

 球体状の体に目が一つだけ在る【クラモン】を抱えながら状況を聞き終えたイクスヴェリアに、リンディは真剣な顔をして頷いた。

 

クラモン、世代/幼年期Ⅰ、属性/解析不可、種族/分類不可、必殺技/グレアーアイ

コンピューターのバグによって突如出現した謎のデジモン。幼年期でありながら高いネット侵入能力を持っている。他のデジモンとは違い、進化ルートはひとつしかないが自分自身をコピーし、病原菌のように無数に増殖が出来ると言う恐ろしい力を持っている。人間の破壊本能が詰まったデジタマから誕生したとされている最悪の幼年期デジモン。必殺技は、巨大な目の部分からアワのようなモノを出す『グレアーアイ』だ。イクスヴェリアのパートナーデジモン。

 

 【アルハザード】がどれほど恐ろしい世界なのかを、イクスヴェリアは身をもって知っている。

 まさか、その世界が完成させるのを恐れる兵器のデータを盗み出し、完成させたばかりか量産し、その上に【聖王のゆりかご】が乗っ取られて、想像を絶する兵器へと変化している可能性が高い。

 加えて兵器の使用者はジェイル・スカリエッティ。イクスヴェリアは悪夢としか言えない状況に、頭を抱えざるえなかった。

 今でこそフリートとは何とか付き合えているが、初めの頃はトラウマで常にビクビク怯えていたのだから。

 

「……このまま行けば確実にその平行世界は」

 

「えぇ、滅んでしまう可能性は高いわ。フリートさんが全力を出せば、被害は最小限に抑えられるかも知れないけれど」

 

「そうなれば、どのみちミッドチルダは終わるでしょう。【アルハザード】の魔導師が本気を出すという事は、恐ろしい結果しか現代では生み出せません」

 

「出来ればそうなる前に事を終わらせたいの。何よりもフリートさんが全力を出す前に」

 

 確かにフリートが全力を出せば、ミッドチルダだけで犠牲は済むかもしれない。

 だが、そうなった後に起きる問題が大き過ぎるのだ。【アルハザード】の存在の立証だけではない。

 管理局と言う組織の発祥の地が滅びれば、管理世界全体の治安の不安定化。ソレに類する管理外世界での次元犯罪者の横行。あちらの世界の本局の幹部は、あまり気にしていない者も多いようだが、ミッドチルダで大事件が起きるだけで治安が悪くなってしまうのだ。

 滅んだりしたら尚更に。加えて言えば、事の件は全て管理局から始まっている。ジェイル・スカリエッティの真実が明らかになれば、各管理世界の政治家達は一気に動き出すだろう。

 管理局の管理体制に不満を持つ者達は、それこそ数えられない程いるのだから。

 

「其処で私とクラモンの力ですか……ですが、知っている筈です。私とクラモンの究極体への進化は封じられています」

 

「クラッ!」

 

「えぇ、知っているわ。だから、今、ブラックが許可を貰いに行っているのよ。それで既にセラフィモンさんとドゥフトモンさんからの許可を得る事は出来たわ」

 

「……まさか」

 

「いえ、その二体とは残念ながら戦えなかったそうよ」

 

 リンディの提案を聞いたブラックは、ルインを連れて嬉々として動き出していた。

 だが、当初の予想に反してセラフィモンとドゥフトモンはあっさり許可を出したのだ。理由に関しては、セラフィモンは、平行世界とは言え、管理世界が管理している宙域の世界の中には地球が在る。その地球の裏側には【デジタルワールド】が、当然存在している。

 そして地球側が滅びれば、あちら側の【デジタルワールド】にも影響が出る。その影響を見過ごせないと判断したセラフィモンは、イクスヴェリアと進化許可を与えたばかりか、他のデジタルワールドの守護デジモンの説得にまで動いてくれたのだ。

 セラフィモンの説明を聞いたドゥフトモンは、そう言う事情ならばと許可を出してくれた。決してブラックと戦うのを嫌がった訳では無い。

 問題は最後の封印を担っているデジモン。四聖獣デジモンの南を司る【スーツェーモン】だった。

 

「スーツェーモンさんにも事情を説明したんだけど、此方側が動く前にあちら側に全部説明して自分達で責任を取らせろって、言われたのよ」

 

「ソレは難しいとしか言えません。平行世界の事は説明しなくても、その他の事を説明するだけで混乱は起きます」

 

「えぇ……ただスーツェーモンさんも事情が事情なだけに、貴女達の封印解除の許可を出さないとは言って無いのよ。許可を得たいのなら、其方の意思を見せろって言っているわ」

 

「つまり」

 

「……今、戦っているわ……ブラックが」

 

 四聖獣達が治める【デジタルワールド】で起きている戦いを思い浮かべながら、リンディは告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 息を吸えば、肺が焼け付くと思えるほどに高い温度。

 燃え盛る炎は周囲の岩をドロドロに溶けさせ、マグマに変わっていた。そのマグマの中に立つ岩に立ちながら、ルインとユニゾンしたブラックはブラックウォーグレイモンXへと進化し、心の底から楽し気に上空に飛んでいる巨大な紅い羽毛で覆った翼と四つ目と十二個の電脳核を纏った鳥の様なデジモン-【スーツェーモン】を見つめていた。

 

スーツェーモン、世代/究極体、属性/ウィルス種、種族/聖鳥型、必殺技/紅焔(こうえん)

デジタルワールドを守護する四聖獣の一体で、南方を守護し灼熱の火焔を操る紅い聖鳥型のデジモン。その強さはデジモンの中でも最高峰であり、もはや神そのものである。必殺技の【紅焔(こうえん)】は、太陽が爆発するような音とともに灼熱の渦で敵を包み込み焼き尽くす技だ。その威力は太陽が発するプロミネンスに匹敵する。

 

「ハハハハハハハッ!! 久々だぞ! 此処まで楽しい戦いは!!」

 

「クゥッ!! うっとおしいわ!!」

 

 心の底から歓喜するブラックウォーグレイモンXと違い、スーツェーモンは煩わしそうに口から燃え盛る炎を吐いた。

 瞬時にブラックウォーグレイモンXは背中の二つのバーニアを吹かし、超高速で移動して燃え広がる炎の範囲から逃れた。

 直前までブラックウォーグレイモンXが立っていた場所の岩場が一瞬にして溶解してドロドロに溶けた。例えブラックウォーグレイモンXでも、まともに食らえば確実に大ダメージを受けるのは間違いなかった。

 しかも、今の攻撃はスーツェーモンにとってただ炎を吐いただけの攻撃でしかないのだ。

 本気の一撃ならば、岩は溶けるどころか蒸発してしていただろう。

 だが、その事実を理解していてもブラックウォーグレイモンXにとっては歓喜が沸き上がっていた。

 

「コレだ! 俺が望む戦いは! さぁ、もっと楽しませろ!!」

 

 今のブラックウォーグレイモンXには、クラモンの封印の事など頭には無い。

 スーツェーモンとの戦いを心の底から楽しむ事だけしかない。

 

「行くぞ、スーツェーモン!!」

 

 叫ぶと共に背中のバーニアを吹かし、ブラックウォーグレイモンXは突撃するのだった。



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番外集(一発ネタ作品に近いです)
竜人とマッド、そして電子の弟子は赤龍帝(転生者アンチ注意)


この話は別サイトに掲載している『竜人とマッドの弟子は赤龍帝』の別バージョンです。彼方とは違い、原作からかなりかけ離れ、オリキャラありの話でしたので掲載を取りやめた作品です。
一発ネタに近いので連載は在りませんが、データ修正中に見つけたのでせっかくなので投稿する事にしました。


「では、君の要望は全て叶えよう」

 

「よっしゃあぁぁぁぁ!!」

 

 神聖な空気が満ち溢れる場所で二十歳前後の少年は歓喜の雄たけびを上げた。

 心の底から嬉しそうに喜ぶ少年の姿を、巨大な光の影は優し気に見つめる。

 

「では、これより転生を開始する。どうか君の望むままの人生を送ってくれたまえ」

 

「言われなくてもそうするさ。あんなエロ主人公よりも活躍して、ヒロイン達を全員俺のハーレムにしてやる」

 

「そうかね。君の頑張りを期待しているよ」

 

 巨大な影が腕を一振りすると、少年は消失した。

 そして巨大な影の傍に小さな黒い影が出現し、心の底から楽し気に語り出す。

 

「旨く行きましたな」

 

「旨く行って貰わなければ困る。何せ我々の力を殆ど使って実行した計画だ。もしも失敗すれば大損どころか、此方の身の破滅だ」

 

「……確かに……しかし、此処までする必要が在ったのでしょうか? 元々あの世界は内輪もめで力を落としているのですよ」

 

「その通りだが、お前も見た筈だ。あの世界を侵攻しようとした時に我らを阻んだ巨大な赤き龍を」

 

「そ、それは……」

 

 巨大な影の指摘に小さな影は僅かに恐怖に滲んだ声を出した。

 彼らが世界侵攻を実行しようとした時、世界の周りを守護していたと思われる巨大な赤い龍が彼らの侵攻を阻んだ。戦いは一進一退の攻防を極めたが、最終的に彼らは撤退を余儀なくされるほどのダメージを受けた。

 巨大な赤い龍もダメージを受けたが、彼らが受けたダメージの方が大きい。外からの世界の侵攻ではリスクが大きいと悟った彼らは、内からの侵攻に作戦を切り替えた。

 

「【異界】に干渉し、其処に居る欲望に肥大した魂を手に入れ、あの世界の未来における重要人物を消滅させ、内輪もめを加速させるこの策であの世界を荒廃に導き、その後で我々が得る。【異界】への干渉には多大な犠牲も払いましたが、あの世界を得られれば問題は無い」

 

「はい。あの巨大な龍も、我々が世界に干渉した事は知っても何も出来ないでしょう。奴が巨大な力を振るえるのは世界の外側のみ。アレだけの力を世界の内側で振るえば、世界から敵対されるでしょうからな」

 

「加えて言えば、奴には仲間がいない。内の問題に干渉する術は無い。時を待てば我らの勝利は確実だ。フフフフ、ハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

 世界の外側で邪悪に満ち溢れた哄笑が響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 次元の狭間と世界が呼ぶ場所で、全身に傷を負った山のように巨大な赤い龍が体を休めていた。

 今も傷口からは血を流しているが、それでも強い意志が宿っている瞳には衰えが無い。だが、突如として瞳が見開き、自らが護っている世界に顔を向けた。

 

(や、奴らめ!? まさか、あの世界に干渉したのか!? ま、不味いぞ!? 奴らが選んだような者だ、世界を崩壊に導きかねん!?)

 

 世界の危機的状況を誰よりも赤い龍は認識した。

 だが、如何する事も出来ない。世界の外側を護る事に力を注いで居た為に、世界の内側に干渉する術を龍は持っていなかった。かと言って自身が世界の内側に出現するのは危険過ぎる。

 今も戦った敵勢力は虎視眈々と龍の命と世界を狙っている。迂闊に世界の外側から離れれば、その隙をつかれるのは目に見えている。どうすれば良いのかと龍が考え込んでいると、何処からともなく声が響く。

 

「ほう。フリートの奴が巨大な力の衝突を感知したと言っていたが、コイツか」

 

『ッ!?』

 

 龍は声の聞こえて来た方に目を向け、目にする。

 漆黒の鎧に身を包み、両手に鋭い三本の爪を備えた籠手を装着した竜人を。竜人は楽し気に龍を見つめるが、傷を負っているのを目にすると残念そうに舌打ちする。

 

「チィッ! 貴様が万全ならば戦うところだが、負傷した貴様ではつまらん。しかし、コイツほどの存在を傷つける相手も気になるな。久々に楽しめるか」

 

『……貴様……抑えているが世界に悪影響を及ぼす体に……【異界】の魂まで宿すとは……もしや貴様が!?』

 

「……俺の正体に気づいただけではなく、【異界】の存在まで知っているという事は、どうやら貴様は世界を担う重要な存在らしいな。そんな相手と戦えんとは、残念だ」

 

『っ!? ど、何処に行く!?』

 

「貴様と戦った相手を探しにだ。傷が癒えた頃にまた来るぞ」

 

 背を向けて一方的に言い捨てて竜人は去ろうとする。

 赤い龍は一瞬茫然としてしまうが、すぐさま我に返って竜人に向かって叫ぶ。

 

『ま、待て!? 貴様は奴らが送り込んだ【異界】の者では無いのか!?』

 

「……何だと? どう言う意味だ?」

 

『……先ほど、我が守護する世界の内側に、【異界】の者が送り込まれたのだ……どうやらお前では無いようだが』

 

「……その話、詳しく聞かせろ。場合によっては貴様に力を貸してやっても構わんぞ」

 

 不機嫌さに満ち溢れた声音で竜人は、龍に問いかけた。

 そして龍は語り出す。自身が戦った敵の正体と、自らの世界に送り込まれてしまった【異界】の者の存在を。

 

 

 

 

 

 夕暮れの日に照らされる公園。

 本来ならば公園で遊ぶ子供達が家に帰る時間帯にも関わらず、憩いの場である公園で一方的な暴力が振るわれていた。振るっている少年は左手に赤い籠手のような物を装着し、その拳で七歳ぐらいの少年を殴り続けている。

 既に少年の顔は血みどろな上に右手は奇妙な方向に曲がっていて折れているのは間違いない。その上、逃げられないようにする為なのか、両足は膝を破壊されてしまっている。例えこの場から生き延びる事が出来ても、現代医療では少年の両足を元に戻す事は出来ないだろう。声も出す事も出来ず、全身を襲う激痛と暴力に少年は苦しみ続ける。

 そして遂に飽きたのか、一方的に暴力を振るっていた少年は手を止めて、侮蔑さに満ちた視線を地に伏している少年に向ける。

 

「ハッ! 所詮主人公補正がなけりゃただの変質者だよな! 弱すぎて話にならねぇぜ!」

 

「………」

 

「お前には苛ついてたんだ。何がおっぱいだ! お前なんて主人公じゃ無けりゃただの犯罪者なんだよ! だが、安心しろよ。お前が出会うヒロイン達は全員俺の物のしてやるからよ! この【赤龍帝の籠手】のようにな! 今日から俺が【兵藤一誠】だ!」

 

 自らを兵藤一誠だと名乗った赤く輝く籠手を掲げながら叫んだ。

 そのまま地に伏している少年に向かって左手を向ける。赤い光が籠手の前に集約し、少年は叫ぶ。

 

「お前が使う筈だった技で殺してやるぜ! ドラゴンショット!!」

 

 叫ぶと共に赤い閃光が地を抉りながら放たれ、地に伏していた少年に直撃し爆発を起こした。

 爆発の衝撃で発生した煙を両手で防ぎながらも、少年は笑みを浮かべる。

 

「……コレで原作主人公は死んだな。今日からは俺が主人公の物語だ……やべ! 今ので結界が吹っ飛んじまった! 急いで離れないと!」

 

 自らが張って居た結界が破られた事に気が付いた少年は、慌てて破壊し尽くされた公園から逃げ出した。

 公園内には爆発の煙は消えることなく残っている。だが、爆発の中心で僅かに動く者の姿が在った。

 それは少年が殺したと思い込んた少年だった。普通ならば先ほどの一撃で跡形もなく消滅していただろう。だが、無事とは言えないながらも確かに生きていた。その理由は、少年の全身を覆う〝赤く輝く鎧゛の存在おかげだった。

 

『まさか、目覚めて早々に代価を払って禁手を使う羽目になるとはな……だが、奴は何者だ? 何故【赤龍帝の籠手】と俺に似た力を宿している?』

 

 少年の左手の宝玉から威厳を感じさせる深い声音が響いた。

 

『……小僧。聞こえるか?』

 

 宝玉から響く声が少年に問いかけるが、少年は気絶しているのか、何も答えなかった。

 

『駄目か。幾ら禁手とは言え、負った傷は癒せない。奴の事は気になるが今回は此処までか………すまんな、小僧。俺にはお前を助ける事は……ん!?』

 

 突然空が曇り初め、雷雲が空を覆い始める。

 同時に空の一部が歪み、漆黒の何かが公園の地面に激突するように着地する。

 

『な、何だ!?』

 

「……どうやら来るのが遅かったようだな」

 

『……お、お前は?』

 

 ゆっくりと顔を上げた漆黒の竜人は、破壊し尽くされた公園と地に伏している赤い鎧に身を包んだ少年の姿に舌打ちしながら近づく。

 竜人は少年が気絶しているのを確かめ、どれだけ重傷を負っているのかも確認し終えると、少年を抱き上げる。

 

「おい、宿っている奴? コイツは襲われたのか?」

 

『そうだ……俺も目覚めたばかりで良く分からんが、この小僧と瓜二つの小僧が一方的に暴力を振るっていたんだ。しかもどういう訳か、【赤龍帝の籠手】を持ってな』

 

「チッ! あの龍が言っていた通りか……急ぐか」

 

『何処に行く?』

 

「この小僧を治療出来る場所だ。幸いにもこの鎧のおかげか、治癒力が高まっているようだ。何とか持つかもしれん」

 

『ほう。無意識に俺の力と禁手を使用して治癒力を高めているとは、今回の宿主は中々の逸材かも知れんな』

 

「貴様にも後で詳しく話を聞かせて貰うぞ、この世界についてもな」

 

 竜人は飛び上がり、空へと舞い上がる。

 その先の空間が突如として歪み、空間に穴のようなものが出現すると、竜人と少年の姿は消え去った。

 後に残されたのは、晴れて行く雷雲から覗く夕日に照らされる破壊し尽くされた公園だけだった。

 

 

 

 

 

 十年後の【デジタルワールド】のとある高山。

 その頂上にある広場のような場所で、五メートルほどの身長を持った全身を白い鎧で纏い、金色に輝く剣を構えた竜型のデジモン-【スレイヤードラモン】と、小型のドラゴンを思わせる赤い鎧を纏い、背に龍翼を広げた十七歳ぐらいの青年が赤く両刃の刀身を両手で構えて立っていた。

 

スレイヤードラモン、世代/究極体、属性/ワクチン種、種族/竜人型、必殺技/天竜斬破(てんりゅうざんは)昇竜斬波(しょうりゅうざんぱ)咬竜斬刃(こうりゅうざんば)

クロンデジゾイドの鎧鱗(がいりん)で身を包んだ竜人型デジモン。竜型デジモンだけが挑戦できる“四大竜の試練”と呼ばれる修行を修了した者だけがたどり着ける究極体といわれている。伸縮自在の大剣『フラガラッハ』を帯びており、スレイヤードラモン独自の究極剣法『竜斬剣』を極めている。必殺技は、『竜斬剣』の壱の型:回転体術によって加速させた剣を相手の脳天から打ち込み一刀両断する『天竜斬破(てんりゅうざんは)』に、『竜斬剣』の弐の型:剣で練った竜波動を下方から上方に放ち、剣圧だけで相手を破壊する『昇竜斬波(しょうりゅうざんぱ)』。そして『竜斬剣』の参の型:至近距離まで踏み込み、『フラガラッハ』を相手に巻きつけ、縛りつけた刀身で相手の全身を削り取る『咬竜斬刃(こうりゅうざんば)』だ。

 

「行くぞ、異界の龍よ!」

 

「はい、先生!!」

 

 スレイヤードラモンと青年は叫ぶと同時にダッシュし、互いに持つ武器と激突させ周囲に衝撃波と甲高い金属音を響かせた。

 

「ハアァァァァァァァッ!!!」

 

「ウオォォォォォォーーーーーー!!!」

 

 スレイヤードラモンは白きオーラを、青年は赤いオーラを全身に纏い激突を繰り返す。

 しかし、体格差によって青年は、一瞬の隙をついたスレイヤードラモンが横薙ぎに振るった『フラガラッハ』によって弾き飛ばされてしまう。

 

「ハァッ!!」

 

「グッ!! ドライグ!」

 

『分かって居る!』

 

 青年の叫びに鎧に備わっている翡翠の宝玉からドライグの声が響き、背の翼が勝手に姿勢制御をしてくれた。

 そのまま突撃しようとするが、その前にスレイヤードラモンが竜波動を纏った『フラガラッハ』を下方から上方に向かって振り抜く。

 

昇竜斬波(しょうりゅうざんぱ)ッ!!」

 

 咆哮と共に鋭く研ぎ澄まされた剣圧が、青年に向かって放たれた。

 対して青年も両刃の剣を下方に構え、全身に纏っていたオーラを剣に宿して行く。

 

「なら、こっちもだ!!」

 

《Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!》

 

 宝玉から音声が響くと共に、剣が纏っていたオーラが増幅されるかのように圧力が増していく。

 地を削りながら迫る剣圧を目にしながらも、迷う事無く青年は剣を上方に向かって振り抜く。

 

昇竜斬波(しょうりゅうざんぱ)ッ!!!」

 

 青年の赤い昇竜斬波(しょうりゅうざんぱ)とスレイヤードラモンの昇竜斬波(しょうりゅうざんぱ)は、互いに鬩ぎ合う。

 周囲に衝撃波が撒き散らされ、そのまま互いに消滅する。同時に飛び出していたスレイヤードラモンと青年は、自らの武器を振り抜く。

 

「ムゥゥン!!」

 

「ハァァッ!!」

 

 スレイヤードラモンと青年は交差し合い、同時に背を向ける形で地面に降り立つ。

 

「グゥッ!!」

 

 胸部の鎧に亀裂が走ったスレイヤードラモンは、苦痛の声を漏らして膝をついてしまう。

 同時に青年の持っていた両刃の剣に罅が走り、徐々に罅は広がって遂に跡形もなく砕け散る。

 

「……見事だ、イッセーよ。我が剣技、『竜斬剣』を良くぞ体得した」

 

「スレイヤードラモン先生」

 

 滅多に褒めない師の言葉に、青年-『一誠』-は感激したように言葉を漏らした。

 しかし、スレイヤードラモンは立ち上がると共に、僅かに怒りのオーラを発しながら振り返る。

 

「……最も、自らの剣を砕くとは何事だ!?」

 

「す、すいませんでした!!」

 

「貴様の剣はまだ貴様のオーラに馴染んでいないと、フリート殿が言っていただろうが!? にも拘わらず、全力でオーラを込めるなど」

 

『いや、スレイヤードラモンよ。貴様。本気で技を放っていただろう? 相棒がオーラを全力で込めて居なければ、今頃相棒は死んでいたぞ』

 

「そうですよ! ドライグの言う通り、俺の方がヤバかったじゃないですか!?」

 

「ムゥ」

 

 自身でも流石に不味かったと思っていた事を指摘されたスレイヤードラモンは、罰悪そうに顔を横に向けた。

 八年前にブラックが突然鍛えてくれと言って来てから、スレイヤードラモンは一誠の剣の師匠となった。当初は渋々だったが、一誠が中々に鍛えがいの在る者だったので今では一誠を鍛えるのが楽しくて仕方が無くなっていた。

 今も鍛錬でありながらも、羽目を外してしまうほどに一誠との模擬戦に没頭してしまった。

 

「まぁ、ソレはそれとしてだ、イッセーよ。やはり、帰るのか?」

 

「……はい。先生や、この【デジタルワールド】で出会った皆には感謝していますけれど……やっぱり、俺は元の世界に戻ろうと思います」

 

「……フリート殿やブラック殿にお前が居なくなった後の事を聞いたが、お前を一方的に痛めつけた【異界】の存在は、我が物顔でお前に成り代わって居るそうだな。お前の両親も精神を操作されているのか、【異界】の存在をお前だと思い込んでいるそうではないか? それでも戻るのか?」

 

「はい!」

 

「そうか」

 

 僅かに寂しさが滲んだような声を漏らしながら、スレイヤードラモンは地面に座り込む。

 正直言えば、スレイヤードラモンとしては一誠を鍛え続けたいと思っている。自らの剣技を『フラガラッハ』を用いなければ使えない技を除き、全て体得した一誠はデジモンと言う種族にとって難しい自らの技を受け継ぐ弟子。

 出来る事ならばその行く末を見守りたいとスレイヤードラモンは思っているが、【デジタルワールド】から究極体である自らが一誠の世界に赴く事は出来ない。

 

「(こういう時、ブラック殿達が羨ましく感じるな)……イッセー、困った時にはすぐに連絡を寄越せ。最悪の時には力を貸すぞ」

 

「ありがとうございます、スレイヤードラモン先生! 俺、先生に出会えて良かったです!」

 

『俺も感謝するぞ。相棒が此処まで竜の力を極められたのはお前のおかげだ』

 

「此方も楽しい日々を送れた。また、何時か会おう、イッセー、ドライグ」

 

 スレイヤードラモンと一誠、ドライグは別れの挨拶を交し合うのだった。

 

 

 

 

 

「このおバカァァァァァァァーーーーー!!!」

 

「グホォッ!!!」

 

 砕け散った両刃の剣を目にしたフリートは、問答無用で一誠の顔面を殴りつけた。

 スレイヤードラモンと別れた後、一誠は火の街に居るフリートの下に訪れ、砕けたレッドデジゾイドの剣を見せたのだが、当然作成者であるフリートは怒った。

 通常ならば自らの造った物を壊されても怒らないフリートだが、一誠の場合は既に何百回も同じ物を壊されているだけに、流石にキレたのである。

 

「な、な、何度言ったら分かるんですか!? 剣が一誠君のオーラに馴染むまでは、全力のオーラを宿したら駄目って言いましたよね!? 聞いてますか、一誠君!?」

 

「す、すいません! スレイヤードラモン先生との鍛錬に熱中してしまって!」

 

「あぁん! また、スレイヤードラモンですか! 後でキッチリ話を付けに言ってやりますよ!」

 

(ヤバっ! 今回本気でキレてる!? このままだとスレイヤードラモン先生が危ない!)

 

 何時になく怒っているフリートに、一誠は危機感を覚えた。

 流石に何百回も同じ事をやらされているだけに、大抵の事には笑って済ますフリートも遂に我慢の限界を迎えたのだ。このままだと尊敬している師の一人であるスレイヤードラモンの身が危ないと一誠が危機感を覚えた瞬間、部屋の扉が開き、銀髪を三つ編みにして一本に纏めたメイド服を着た美女が入室して来た。

 

「失礼します、フリート様」

 

「何ですか、グレイフィアさん? 今私はこの馬鹿弟子にどんなお仕置きをしてやろうかと考えているんです! 具体的に言えば、私にリンディさんがやるようなお仕置きを!」

 

「それ、俺死にますよ!!」

 

「体の殆どがドラゴン化している一誠君なら多分軽めのお仕置きなら大丈夫です!!」

 

「多分って言っている時点で、死ぬかも知れないって事じゃないですか!? ほ、本当にすいませんでした!!」

 

 一誠は恥も外聞も無く、フリートに向かって土下座した。

 軽めでもリンディがフリートに対して行なっているお仕置きは生死に関わる。流石にソレを受けたくない一誠は、何度も土下座を繰り返すが、フリートの機嫌は直らなかった。

 銀髪の美女-『グレイフィア』-は、自らが忠誠を誓った主の姿に僅かに息を溢しながらも、用意していた布包みを取り出してフリートに差し出す。

 

「フリート様。コレを」

 

「何ですか? 今回は流石に何を渡しても止まりま……コ、コレは!?」

 

「七本に別れたエクスカリバーの内、教会が保管していない最後の一本、【支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)】です」

 

 布包みの中から現れた何処か神々しい雰囲気を放つ剣の姿に、フリートは驚愕した。

 一誠の世界には嘗て天使、悪魔、堕天使の三竦み戦争が在った。有名な聖剣であるエクスカリバーはその戦いの中で砕け散り、現代では砕けた破片からそれぞれ錬金術を打ち直され、全部で七本に別れてしまった。

 その内、六本は天使が関係する組織である教会に保管され、最後の一本である【支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)】だけが行方不明になっていた。

 

「……良く見つけて来ましたね?」

 

「フリート様があちらの世界に敷いた情報網によって、アーサー王の血筋が所持している事が判明しましたので、少し襲げ……失礼しました。【禍の団(カオス・ブリゲード)】に所属している事が判明しましたので、戦力低下の為に回収して参りました」

 

「……凄く不穏な単語が聞こえましたけれど……まぁ、良いでしょう。コレが在ればあちらの世界の剣の鋳造に関する研究も進むでしょうから……一誠君! 今回はこの剣に免じてお仕置きは勘弁しますが、次は本気で無いですからね!」

 

「はい、分かりました!」

 

「全く……明日にはグレイフィアさんと一緒にあちらの世界に帰るんですから、すぐに行く準備をして来なさい!」

 

「分かりました!」

 

 一誠は返事を返すと共にすぐさま部屋から飛び出した。

 グレイフィアはフリートに一礼をすると共に部屋から出て行き、部屋の外で安堵していた一誠に顔を向ける。

 

「一誠様。流石に今回は不味かったと思われます。あの剣は一誠様が私どもの世界に戻る記念としてフリート様が造られた剣でした。それを熱中してしまったとは言え、砕いてしまったのはフリート様でなくても怒ります」

 

「あぁ……俺も本気で不味かったと思っているよ。後でもう一度謝らないとな」

 

「それが宜しいと思います」

 

 グレイフィアは微笑を浮かべ、一誠は僅かに頬を赤くする。

 二人の出会いは七年ほど前になる。一度自分が居なくなった後の両親の現状とか知りたくなった一誠は、自身を【デジタルワールド】に連れて来たブラックに頼み込んで元の世界に戻った。

 その時、悪魔勢力の大王派の悪魔達に襲われていたグレイフィアと出会い、一誠に惹かれたグレイフィアは共に【デジタルワールド】にやって来た。その後は、一誠のメイドをやりながらブラック達の彼方の世界における活動の手伝いをしている。

 それ以外にも殆ど肉体がドラゴン化している一誠の体からドラゴンのオーラを消して、人間の姿の維持も行っている。一誠の体は十年前の禁手の副作用で、体の殆どがドラゴン化しているのだ。グレイフィアと出会うまでは、フリートが作った幻術魔法を発動させる道具を使用して人間のフリをするか、小型の二足歩行のドラゴンのような姿で過ごすしか無かった。

 幾らフリートでも完全に未知の世界の術式体系を理解出来る訳が無かった。最も十年経った今では、ある程度一誠達の世界技術を理解してしまって、リンディが頭を抱える事態にもなったりしているのだが。

 

「……今日が【デジタルワールド】で過ごす最後の日か」

 

 道行くデジモン達と挨拶を交わしながら、僅かに一誠は寂しさを覚えて居た。

 十年間過ごした地。本来の自らが居るべき世界よりも長く過ごしただけに、離れる事に寂しさを覚えるのは当然の事だった。

 しかし、一誠は寂しさを振り払って自らの世界に戻るつもりだった。スレイヤードラモンを含め、多くのデジモン達が一誠には【デジタルワールド】に残って欲しいと願っているが、本当の意味で自分が先に進む為には十年前の決着を付けなければならないと思ったのだ。

 一誠の背後に付き従って歩くグレイフィアは、自身よりも年下の一誠の背を見ながら、僅かに滲みだしているオーラに感動を覚えて居た。

 

(一誠様は姉さん(・・・)が選んだサーゼクス様に劣らないほどの可能性を秘めている。私はその可能性に惹かれてしまった)

 

 ただ助けられただけならば、グレイフィアは感謝は覚えても自らの今後を捧げたりはしなかった。

 十年前に全てを奪われた一誠は、世に絶望せず、挑む事を決意した。普通ならば全てに絶望しても可笑しくないのに、一誠は立ち上がった。それがどれほど凄い事なのか一誠本人は理解していないだろう。

 殆どドラゴン化しているとは言え、人間だった一誠に仕えるグレイフィアを他の悪魔が目にすれば、悪魔の恥さらしだと言う者達も居るだろう。だが、グレイフィアには後悔は無い。もしも悪魔の恥さらしだと言われたのなら、悪魔としての自身を捨て去る覚悟は出来ている上に、普段は隠している悪魔の翼を斬り落としても構わないと本気でグレイフィアは思っている。

 対して一誠もグレイフィアが宿している覚悟を感じている。その覚悟に報いるだけの自身になりたいと一誠もまた思っているのだ。

 二人は共に火の街を歩き、住居として使用していた家に辿り着く。

 フリートは旅立ちの準備を終えておけと言っていたが、前日の内に一誠とグレイフィアは終えている。

 

「……此処で過ごすのも終わりか」

 

「そうはならないと思われます。フリート様の話では、後の管理はデジモン達がしてくれるそうです。別荘のような形で過ごす事は可能なままです」

 

「……皆に感謝しないとな」

 

 一誠は一瞬泣きたくなったが、何とかそれを堪えた。

 もう決めたのだ。十年前の借りを必ず返し、精神を操作されてる両親を解放する。再び一緒に暮らせるかは分からない。それでも自身を傷つけた相手の思惑通りに事を進める気は一誠には無い。

 

「……ブラックさんの話だと、アイツは悪魔に転生したんだよな」

 

「そのようですが……やはり妙だとブラック様は言っていました。ルイン様が調査したところ、魔力は先代の四大魔王の一角に匹敵し、あの偽神器もある程度扱えているにも関わらず、幾ら八個も使ったとはいえ、普通の【悪魔の駒(イーヴィル・ピース)】を使用しただけで転生出来る筈が無いとフリート様は言っていました」

 

 【悪魔の駒(イーヴィル・ピース)】。嘗ての大戦で種の存続すら危うくなるほどの数を減らした悪魔と言う種族の存続の為に、チェスの駒を模して造られた物。

 他の種族を悪魔に転生させる為の道具であり、現在の悪魔業界で行われている有名なゲーム、【レーティングゲーム】に必要な道具である。上級悪魔である物が所持しており、主の力量に寄って転生出来るかどうかは決まる。

 件の一誠をボコボコにした相手は【兵士(ポーン)】を八つを使って悪魔に転生したらしいのだが、その経緯も不自然としか言えなかった。偽とは言え神器を使って一誠を半死半生に追い込んだのにも関わらず、中級堕天使に殺され、偶然にも所持していた悪魔のチラシを使って悪魔を呼び出して、悪魔に転生した。

 何も知らない一般人なら納得出来るが、裏事情を知っていて魔術もある程度使いこなせている相手が悪魔になるには可笑し過ぎる敬意なのだ。加えて言えば、グレイフィアはその【異界】の者を転生させた相手を少なからず知っている。

 確かに若手悪魔の中でも才能溢れる悪魔だったが、幾らなんでも不可能なのだ。調査の結果、偽神器とは言え禁手に至っている相手を【兵士】八個使用したとしても悪魔に転生出来る筈が無い。なのに転生出来たという事は、真の敵(・・・)が何か仕掛けを施したのだろう。

 

(私達の知らなかった世界の秘密。【真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)グレートレッド】が世界の外側に存在していた真実。そして迫る本当の脅威。最早猶予は残り少ない)

 

 これまで動いてなかった【異界】の者が本格的に動き出したとなれば、【異界】の知識が役立つ時が来たと言う事に違いない。

 ブラック達が動けば【異界】の者を屠る事は簡単だが、そうなれば真の敵が何をするか分からなくなる。最悪の場合、【異界】の存在を大量に送り込んで世を混迷に追い込む可能性まである。どう言う手段で【異界】に真の敵が干渉したのか分かるまでは、迂闊な事は出来なかった。だが、グレートレッドも回復して来た今こそ動く時が来たのだ。

 しかし、動く時が来てしまったからこそグレイフィアは一誠が心配だった。

 

「一誠様」

 

「言わなくていい、グレイフィア。もう俺は決めたんだ。絶対アイツの思惑通りにも、その後ろに居る連中の思い通りにしないって……それに【赤龍帝】は俺だ」

 

『そうだ。相棒こそ、歴代最高の赤龍帝だ。奴らに魅せてやろう、本当の赤龍帝の恐ろしさをな』

 

「あぁ、見せてやろうぜ、ドライグ!」

 

 自らの内に居るドライグに一誠は同意し、明日の為に早く寝ようとする。

 その為にグレイフィアに声を掛けようとするが、一瞬の隙をつかれて左手を掴まれてしまう。

 

「……あのグレイフィア?」

 

「一誠様。外に出る為にも溜まり始めているドラゴンのオーラを霧散させなければいけません」

 

「い、いや、そ、それは流石に」

 

 グレイフィアの提案に一誠は焦る。

 実を言えば一誠は内に途轍もない言葉で表現する事が出来ない程の性欲を抱えている。【デジタルワールド】で恐れられている【七大魔王】の一角である【色欲】のデジモンの称号が渡されても可笑しくないほどの性欲だと言えば、その異常性が分かるだろう。

 元々異常過ぎる膨大な性欲を持っていたのだろうが、それがドラゴン化に寄って更に高まってしまったのだろうとフリートは推測した。しかし、リンディ、桃子と言った人物達のおかげで一誠は性欲を抑える事に成功した。だが、その反動で月に一度性欲が暴走する日が出来てしまった。その日は本気で凄まじく、ある意味最強のマリエンエンジェモンが翌日は寝たきりになるぐらいに疲弊する羽目に幾度と無くなった。

 グレイフィアが一誠を真の主と認めた時から問題は無くなったが、人間よりも強靭である筈の悪魔のグレイフィアをもってしても一週間腰が痛くて仕事にならなくなる事になる。因みに避妊してなければ四人は確実に子供が出来ていただろうと、フリートは断言するぐらいに激しい夜なので、二人がする時は防音結界と遮断結界を張り巡らせる羽目になっていたりする。

 

「あ、明日旅立ちなんだから不味いんじゃ」

 

「ご安心下さい。ドラゴンのオーラを散らすマッサージだけで済ませますので」

 

「いや、絶対にそれだけじゃ済まないだろう!」

 

「例の日でもありませんし……どちらにしても必要な事です。それに……イッセーを独占出来る日は今日までなんだから」

 

「そ、それ反則……んむっ!」

 

 クールな雰囲気から乙女のような雰囲気に変わったグレイフィアに唇を自らの唇に一誠は押し付けられた。

 そのまま二人の体は重なり、一つになったのだった。

 

 

 

 

 

「昨晩はお楽しみでしたね」

 

「いきなりそれですか!?」

 

「一度言ってみたかったんです」

 

 早朝の火の街の駅ホームでフリートと合流した一誠は、定番のようなセリフに思わず叫んだ。

 一誠の背後には何時もと変わらずメイド服に身を包んだグレイフィアが控えているが、僅かな動きの鈍さをフリートは見抜いていた。それが腰から来ている事も悟り、フリートはトレイルモンに乗り込みながら一誠に告げる。

 

「避妊はちゃんとしましょうね。一誠君の場合、ドラゴン化した影響なのか、相手を妊娠させ易い体質になっているんですから」

 

「わ、分かってますよ」

 

「……まぁ、気を付けて下さいね……ソレとッ!」

 

 トレイルモンの座席に座ったフリートは、右手に持っていた長いタイプのトランクケースを一誠に放り投げた。

 一誠は慌ててトランクケースを受け取り、フリートに顔を向けるが、とうのフリートはソッポを向いて窓の外を眺めていた。一体何なのかと一誠がトランクケースを開けてみると、両刃の西洋剣の形状した赤く輝く刀身を持った大剣が入っていた。

 

「こ、コレは!?」

 

「昨日の内に調べ終えた【支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)】を材料にして、レッドデジゾイドを使って作った新たな剣です。あっちの世界では【聖剣因子】とか言うのが無いと【聖剣】は使えないらしいですけど、特殊術式まで組み込んで造ったので一誠君も【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】に吸収すれば使えるでしょう……もうそれが本当に最後ですからね! 馬鹿弟子!!」

 

「……フリートさん……本当にありがとうございました!!!」

 

 一誠にはフリートの頑張りが理解出来た。

 マッドで研究狂ではあるが、それでもフリートは一誠の師の一人。昨日別れてからすぐさま新しい剣の作製に取り掛かってくれたのは間違いない。

 その事に一誠が感謝していると、窓の外を見ていたグレイフィアが目を見開き、慌てて一誠に声を掛ける。

 

「一誠様! アレを!?」

 

「えっ?」

 

 一誠もグレイフィアが見ていた方に目を向ける。

 其処には草原に立つ数え切れないほどのデジモン達と、良く見えるように掲げられた巨大な『イッセー、頑張れ!!』と書かれた旗が在った。

 

「イッセー!! 何時かまた来いよ!!」

 

「何かあれば、僕達も駆けつけるから!!」

 

『頑張れ!! イッセーー!!!!!』

 

「み、皆……」

 

 スレイヤードラモンを初め、【デジタルワールド】で一誠と交流を持ったデジモン達が全員草原に集まって集合していた。

 その光景に一誠は両目から涙を流し、窓を開けて右手を良く見えるように全力で振るう。

 

「必ずまた来る! 皆! ありがとう!!!」

 

 トレイルモンの車窓から一誠は腕を振り続け、自らの世界に戻る為に【デジタルワールド】から去って行った。

 この日から後の歴史において、【史上最高にして最強の赤龍帝】と呼ばれる兵藤一誠の冒険が本当の意味で始まったのだった。

 

 

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人物紹介

 

兵藤一誠

年齢:17歳

神器:【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)

容姿:人間の姿は原作よりも引き締まった体をして、戦う為の体になっている。しかし、本来の姿は二足歩行の赤いドラゴン。兵藤家の遺伝子以外は殆ど体がドラゴン化している。

詳細:本来は『ハイスクールD×D世界』の未来を担う事になる重大な人物だったが、原作よりも遥かに早く異世界侵攻が起きてしまい、その先兵だった【異界】の存在に本来の居場所を奪われてしまった。【異界】の存在に半死半生に追い込まれたが、ギリギリのところで【赤龍帝の籠手】に宿るドライグが覚醒し、体の殆どをドラゴン化すると言う代償を支払う事で不完全な禁手に至って難を逃れた。

その後はグレートレッドに事情を聞いて駆け付けたブラックに保護され、以後何時か戻る為に【デジタルワールド】で自らを鍛え続けた。ドラゴン化の影響で原作よりも性欲が強くなってしまったが、リンディと桃子の教育のおかげで好意を持つ相手にしか向けないようになった。ただ性欲を向けられた相手と一度始めると、凄い事になる。特に月に一度に性欲が暴走する日は酷く、ある意味最強のマリンエンジェモンが次の日に寝たきりになるほど疲弊する羽目になり、グレイフィアが来るまではかなり大変だった。

実力は既に禁手にカウント無しでなる事が可能であり、更にその上も体得している。剣においてもスレイヤードラモンから『竜斬剣』免許皆伝の太鼓判を押されているので、デジモンで言えば究極体の中の下ぐらいである。因みに非童貞。

 

 

グレイフィア・ルキフグス

年齢:不明

容姿:原作と同じだが、子持ちではないので乙女のような雰囲気を発する時がある。

詳細:原作と違い、双子の姉が存在し、姉の方がサーゼクスと結ばれた。表立っては三大勢力後に起きた改革派と旧魔王派との戦いで旧魔王派を裏切った姉との戦いで死んだ事になっているが、実は生きていて密かに改革派内部の貴族主義である大王派の動向を探っていた。しかし、生存を知られ、大王派のとある不正を握っていた事で命を本格的に狙われて死にかけた。その時に冥界を調べていたブラックと一誠と出会い、一方的に甚振られていたグレイフィアを目撃した一誠が助けた事によって恩を抱き暫く共にしている間に、生涯の忠誠を誓った。

世界の外側から迫っている脅威の存在も知っており、秘密裏にサーゼクスと姉に報告している。そのおかげで原作よりも三大勢力の和平への動きが進んでいる。実力は原作よりも上。因みに一誠の初めての相手で、最近は更に高まって来ている一誠の性欲に頭を悩ませ、他にも一誠を思っている相手が出来たら加えるべきか悩み中。

 

 

ドライグ

詳細:一誠が持つ【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】に聖書の神によって封印された二天龍の一角。【異界】の存在に寄って一誠が命の危機に瀕した事によって、原作よりも早く覚醒。覚醒と同時に一誠が生き延びるために代償を支払って不完全な禁手を発動させた。そのおかげで一誠は生き延び、ブラックと出会った。世界の外側の存在や其処に居る強者達の存在に軽いカルチャーショックを受け、アルビオンとの戦いよりも異世界の強者や一誠の成長に目を向けるようになった。フリートの怪しい実験と他世界の強者の加護などによって様々な成果を上げ、既に【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】は神器の枠組みから外れてしまった。因みにそのせいで天界の神器管理システムに大きな影響を及ぼしてしまったりしたが、当のやった本人達は全く気が付いて居ない。

一誠の性欲はドラゴンの性欲みたいなものだと考えているのであまり悩んでいない。原作のようなおっぱいのせいで精神が病む事はないと思われる。

 

 

真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)グレートレッド

年齢:不明

詳細:『ハイスクールD×D世界』の世界の外側からの脅威から護る夢幻龍。【異界】の存在も知っており、原作よりも早くに起きた異世界侵攻を孤軍奮闘で護り抜いた。しかし、自身も深手を負ってしまった隙をつかれ『ハイスクールD×D世界』の世界に【異界】の存在を送られてしまった。敵の考えから危険人物で在ろう事は分かっているが、世界の内側に干渉する術が無かったのでどうすれば良いのか頭を悩ませていた。そんな時に巨大な力の衝突を感じてやって来たブラックとの邂逅。その後【異界】の存在嫌いのブラックが協力する事を決めて、世界の内側にブラックを送った。しかし、既に遅く、一誠が襲われてしまった。その後はブラック達に世界の内側の件を任せ、自らは体を休めて【異界】の存在を送り込んだ存在達との決戦を待っている。一誠には自らの加護を与えた。

 

 

ブラックことブラックウォーグレイモン

年齢:不明

詳細:管理世界におけるデジモン関連の事件解決後、強者を求めて世界を巡っていた時にフリートから緊急通信を受けて『ハイスクールD×D世界』を発見。其処でグレートレッドと出会い、【異界】の存在を悪用する者達の存在を知り、グレートレッドと協力関係になった。一誠回収後は【デジタルワールド】で一誠をトコトンまで鍛え、自らは『ハイスクールD×D世界』の強者と戦い続けている。おかげで各勢力からは危険存在と目されるようになったが、別段何時もの事なので当人は全く気にしてない。最終目的は完全復活したグレートレッドと【異界】の存在を送り込んだ勢力と戦う事であり、その日を楽しみにしている。一誠の戦闘の師。最近、自らの考えに近い邪龍と邂逅し、意気投合して殺し合いを行ない再戦を誓い合った。

 

 

フリート。

年齢:不明

詳細:マッドにして究極の研究狂。全く未知の技術体系を持ち、神話の存在が存在している『ハイスクールD×D世界』を発見した時は狂喜乱舞した。おかげでリンディの頭痛薬と胃薬消費量は倍増する羽目になっている。ブラックが表立って暴れている隙に、ルイン、リンディと共に密かに動き、各勢力の不穏分子を調べ上げている。同時に【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】から神器についてや技術を調べ上げている。一誠の魔法の師。

 

 

スレイヤードラモン

年齢:不明

詳細:一誠の剣の師匠。八年前にいきなりブラックが一誠と共に訪れた事から鍛え始めた。当初は渋々だったが、ドラゴンのオーラを扱っている一誠の姿に、自らのデジモンの技を教えられる可能性に気が付き、本格的に鍛えるようになった。一誠の良き師として鍛え続けた。何かあれば守護デジモン達の静止があろうと動く覚悟を持っている。

 

 

【異界】の存在

詳細:自称【兵藤一誠】。つい先日、原作通りにリアス・グレモリーの歩兵八個使って転生悪魔になった。

十年前に本物の一誠を半死半生に追い込み、以後は【兵藤一誠】を名乗って本物の兵藤一誠の両親と共に過ごしている。通っている駒王学園では清廉潔白で通っているが、裏ではかなりの数の女性が被害にあっている。

良くある転生物みたいな死に方をしたところに、実際に神を名乗る存在にあって有頂天になってしまった。しかも向かう世界が『ハイスクールD×D世界』に良く似た世界だと知らされ、自身が本物の兵藤一誠の代わりなると決め、転生特典として先代の四大魔王に匹敵する魔力とヴァーリ並みの才能に【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】を頼んだ。実際のところ魔力と才能はともかく、別世界の存在が『ハイスクールD×D世界』の神器システムに干渉出来る訳が無いので、与えられた【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】は【異界】の存在の知識から造られた偽物。ドライグのオーラに良く似たオーラを放っているが、ライバルであるアルビオンが目にすれば偽物だとあっさり見破る代物でしかない。一応原作知識を元に他世界の力ある存在が造ったので、覇龍に似た力は扱えるが、その他の原作一誠のような異常亜種発現は不可能。あくまで模倣品にしか過ぎない。

本人は原作一誠のようにドライグと仲良くする気も無く、歴代赤龍帝と同じように扱うつもり。実際宿っている意思も、ドライグのフリをしているが、『ハイスクールD×D世界』に対する侵略者の意思だったりする。

原作一誠のようなハーレムを目指しているが、現状旨く行っているのは【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】の紛い物に宿っている侵略者の意思が周囲を精神操作しているおかげに過ぎない。時が来た時は用済みとして処分される運命が決まっている。

 

 

謎の侵略者勢力

詳細:原作よりも早く『ハイスクールD×D世界』に良く似た世界を襲撃して来た未知の勢力。『ハイスクールD×D世界』を護っていたグレートレッドに阻まれ、かなりのダメージを受けて撤退した。しかし、『ハイスクールD×D世界』世界に来る前から多くの世界を滅ぼしていたので力だけは凄まじい。だが、夢幻と言う特性を持っていたグレートレッドの存在は予想外だった為に不覚を取ってしまった。一度侵略すると決めた世界は必ず侵略すると言う迷惑過ぎる誇りを持っている。

世界の外側からの侵攻が難しいと判断すると、それまで溜め込んでいた力を大幅に使って【異界】に干渉。自分達にとって助かるような欲望に満ちた魂を【異界】から抜き取って、『ハイスクールD×D世界』に送り込んだ。すぐさま【異界】の存在の精神を操って、知識から未来における重要人物である一誠の抹殺に動く気だったが、操作する前に【異界】の存在が勝手に一誠の抹殺に乗り出してくれたので、送った相手は当たりだったと思っている。

『ハイスクールD×D世界』の未来は破滅へと向かっていると確信しており、消費した力も取り戻せると思っていてのんびりしている




と言う形の話でした。
因みに話は其処まで進みませんでしたが、各勢力のトップはリンディ達によって異世界侵攻の脅威を早期に認識しているので和平への道を進めていますが、やっぱり内部の不穏分子が厄介で中々進まないのが現状です。特に三大勢力の悪魔と天使が一番進んでいません。
まぁ、其処が特にブラック被害が酷いという事になるのですが。因みに別段リアス達アンチは在りません。リアスも兵藤一誠(偽)の実力を不信に思っていますし、その背後に居るサーゼクスは特に睨んでいます。
グレイフィア経由で正体を知っているだけに、状況が揃ったら妹を利用しやがった報いを与えてやりたいので、直々に滅ぼしてやりたいと内心で考えています


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竜人とマッド、そして電子の弟子は赤龍帝2

とりあえず筆を進めてみたら原作一巻までの話が出来てしまったので、投稿する事にしました。
ですが、この話の主人公はあくまで一誠なので、ブラック達は裏方でしか活躍しません。


 冥界に存在する居城で魔王サーゼクス・ルシファーは、自身の妻であり【女王(クイーン)】である女性からの報告を聞いていた。

 

「……そうか……遂に【赤龍帝】が動くのだね」

 

 豪華な椅子に腰掛けた赤い長髪の男性は、真剣な眼差しを目の前に立って見ていた長い銀色の髪をポニーテールにして纏めているメイド服を着た美女-グレイフィアの実姉である【フィレア・ルキフグス】-に向ける。

 

「はい。グレイフィアから連絡が届きました」

 

「グレイフィアからか……彼女が無事で居てくれていた事は本当に良かったと思っているよ」

 

 サーゼクスにとってグレイフィアは義理の妹であり、同時にフィレアと結ばせてくれた恩人でも在った。

 嘗て冥界で起きた旧魔王派と改革派との内戦の中で、サーゼクスとフィレアは敵同士として出会い、互いに思いあった。だが、二人の立場が許さず、二人は思い合いながらも戦うしかなかった。

 その状況にグレイフィアが一石を投じた。ルキフグス家の恥として姉であるフィレアを追いやり、内通者として断罪しようとまでした。だが、ソレは姉を改革派に入れる為の策だった。

 断罪の場を事前に秘密裏にサーゼクスに情報を流し、フィレアを救い出させて自身はルキフグス家の役目の為に旧魔王派に残った。そして内戦の最後の戦いで、姉であるフィレアに討たれる演技を行ない、表舞台からは姿を消した。

 その後は、改革派の中の大王派の派閥の闇の調査を行なっていたのだが、大王派に生存を知られ命を狙われる立場になった。

 サーゼクスとフィレアはグレイフィアを助ける事は出来なかった。秘密裏に連絡は取り合っていたが、グレイフィアは内戦で改革派に甚大な被害を及ぼした旧魔王派の女性悪魔。立場故に救う事は出来なかった。

 そして大王派からグレイフィアの死が確定したと知らされた時には、二人は内心では悲嘆にくれた。だがある日、その報告は誤りだったとグレイフィア本人からの連絡に寄って判明したのだ。同時に世界に迫る脅威に関しても報告された。

 

「はい。【赤龍帝】の少年と彼らには感謝してもしたりません」

 

「あぁ、しかし、同時に私達は知ってしまった。異世界侵攻と言う恐るべき脅威をね」

 

 最初は何を馬鹿なと報告を聞いたサーゼクス達は思った。

 しかし、その後サーゼクスと同じ魔王の立場にあるアジュカ・ベルゼブブから、【次元の狭間】に存在するグレートレッドが全身に傷を負って動かずにいると知らされ、異世界侵攻は事実だと判明した。

 世界最強に位置するグレードレッドを動けない状態にまで追い込む存在が居ると言うだけで、サーゼクス達は深刻な状況にあると理解出来た。例え悪魔勢力が全てを賭けてグレートレッドに挑んでも勝つ事など出来ないのだから。

 その後、グレイフィアと共に行動している者達から異世界が存在している事の証拠の数々を見せられた。

 その証拠の一つがグレイフィアが主と仰ぐ一誠と、駒王町に居る【異界の存在】だった。

 

「グレイフィアからの報告を聞いて監視用の使い魔を放ってみたら、人の身で前魔王級の魔力を持ち、一つしかない筈の【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】がもう一つ存在していると知った時には、驚くしか無かったよ。今代の【赤龍帝】は二人居るのかと思わず思ってしまったね」

 

「サーゼクス様。あの者を【赤龍帝】と表するのは間違っています。グレイフィアが知れば、例えサーゼクス様であろうと怒りで睨みつけるでしょうから」

 

「……分かった。二度と言わないよ」

 

 濃密な恐ろしいオーラを纏ったグレイフィアを思い浮かべたのか、サーゼクスは全身を思わず震わせる。

 フィレアも恐ろしいが、その妹であるグレイフィアも怒らせると怖い。特に本物の【赤龍帝】を愛しているグレイフィアが、件の人物を【赤龍帝】とサーゼクスが表した事を知れば、間違いなく怒る。

 魔王であるサーゼクスに直接手は出さないだろうが、サーゼクスがフィレアに知られたくない事を教える可能性がある。何せあっちには隠し事をアッサリ見破る恐ろしい人物達がついて居るのだから。触らぬ神に祟りなしだと思いながら、話を逸らす意味も込めてフィレアに話しかける。

 

「それで、グレイフィアが生涯を捧げた【赤龍帝】君は既にあの街に?」

 

「はい、入ったようです。暫くは件の人物を観察する予定らしいです」

 

「困ったものだね。さっさと消し去りたいと言うのに、状況がソレを許さないとは……幾ら迂闊に動けないとは言え、せめて私の可愛い妹であるリアスからさっさと引き離したいのだがね」

 

 秘密裏に監視していたが故に、駒王町の管理者であるリアスに【異界の存在】に関しては秘密にしていた。

 もしも知って、迂闊な行動をして相手に警戒心を刺激しないようにする為だったが、まさか、妹の眷属に転生するとはサーゼクスは夢にも思ってなかった。

 妹の実力は知っている。故に悪魔に転生出来る筈が無いのに、リアスは【異界の存在】を悪魔に転生させてしまった。恐らくは何らかの特殊な手段を相手側が使用したのだろうサーゼクスは思っている。

 何せ、直前まで〝自身の組織に勧誘しようとしていた堕天使が、急に錯乱したように殺害行動を実行したのだから゛。その後、堕天使は錯乱しながら空に飛んで行ってしまったのである。

 映像越しで詳細は分からないが、何かが起きた事は間違いないとサーゼクスは思っている。

 

「……お気持ちは察しますが、今暫くは我慢を。幸いにもお嬢様達には、アジュカ様が施してくれた精神防壁が在ります。あの堕天使のように精神異常を起こす事は無いと思われます。万が一、精神防壁に異常な反応が出た時には、私が転移するように術式が施されています」

 

「分かって居るさ……とは言え、楽観視は出来ない。最悪の場合を考えてフリート君にはアレを渡して在るが、警戒だけはしておいてくれ」

 

「畏まりました」

 

 頭を下げたフィレアを見ると、サーゼクスはゆっくりと椅子から立ち上がり、フィレアを伴って部屋から出て行くのだった。

 

 

 

 

 

 駒王町の一角に建てられた一軒家。

 サーゼクス・ルシファーとの契約やら対価やらで手に入れた家に、一誠とグレイフィア、フリートは住んでいた。他にも好き勝手に動いているブラックを除いたリンディ、ルインも使っては居るのだが、今日は生憎留守だった。

 早朝の時間帯。一誠はそれなりの広さがある庭先で、フリートが新たに与えてくれた両刃の大剣を使って日課の素振りを行なっていた。

 

「ふん! ふっ! はあっ!」

 

『……精が出るな、相棒』

 

 気合いを入れて素振りを行なっている一誠に、ドライグが話しかけて来た。

 

「あぁ、何でか知らないけど、この剣! 今までの剣よりも凄くオーラが馴染み易いんだよ!」

 

『それは恐らく破片とは言えエクスカリバーが混じっているからだろう。俺とエクスカリバーは縁があるからな』

 

「そう言えば、ドライグはブリテンの守護龍だったんだよな」

 

『昔の話だ。とにかくエクスカリバーは嘗て俺のオーラを浴びた事がある。破片だろうと、ソレを組み込めば相棒のオーラに馴染み易い筈だ。だから、フリートは何とかエクスカリバーの破片を手に入れたいとぼやいていたのだろうさ』

 

「……本当にフリートさんには感謝しないとな」

 

「……感謝しているんだったら、少しは自重して欲しいんですけどね」

 

 一誠の背後から不満に満ち溢れたオーラを纏ったフリートが現れ、一誠は冷や汗を流す。

 今までフリートがやっていた事を知っているだけに、背後を振り向く事が出来ずに震える。

 

「一誠君。幾ら例の日だったからとは言え、私が何でグレイフィアさんと貴方の情事の後のケアをやらないと行けないんですかね?」

 

「い、いや、部屋の片づけはやって……おきましたよ」

 

「肝心のグレイフィアさんがノックダウンで! 私がマッサージを毎回やらないといけないですし! しかも避妊の確認をやらされるこっちの気まずい身を考えて下さい!!」

 

「す、すいません!!」

 

 例の日。一誠の抑えつけられている性欲が暴走する日の翌日は、何時もフリートが苦労する羽目になっている。

 リンディとルインはフリートよりも女性的感情があるので、他人の情事の後始末など行なうのは精神的にきつい。結果的に色々と生物学に詳しいフリートがやる羽目になってしまい、何故か何時も他人に苦労を与えてしまうフリートが苦労すると言う真逆の状況が出来てしまったのである。

 しかも、日に日に一誠の性欲は強くなって来ている影響なのか、例の日はフリートが注意していないと妊娠確率が異常に高くなると言う危険日でもある。

 

「ハァ~、リンディさんとルインさんは全然この件に関して協力してくれませんし。もうさっさと二人目でも三人目でも探して来て下さい。その相手にマッサージを徹底的に教えて、私は自由の研究に羽ばたきたいんです!!」

 

「無茶を言わないで下さい! 第一俺の事情を知って来てくれる相手なんて、グレイフィア以外に居る訳ないでしょうが!? って言うか、貴女が羽ばたいたらリンディさんが倒れますよ! ただでさえ胃薬と頭痛薬の飲む量が増えてるのに!!」

 

(あの操り人形の【異界】の存在がハーレムとかほざいていましたから、居そうな気がするんですけどね?)

 

 後半部分の訴えを聞き流しながら、フリートは一誠を見つめる。

 一誠は【デジタルワールド】で究極体を含め数え切れない程のデジモン達と絆を結んでいる。そんな彼がモテないなんてフリート達は思っていない。リンディ達はグレイフィアだけにしておきなさいと言っているが、フリートとしては、さっさとグレイフィア以外にも相手を見つけて欲しいのだ。

 主に自身が自由に研究出来る環境に戻る為にも、一誠には自らの相手を更に見つけて欲しいのがフリートの本音である。

 

(クゥ~!! 恨みますよ、リンディさんとルインさん!! 流石にそろそろ我慢の限界です!! もうこうなったらあの策を実行してやります!! 例え一誠君に新しい相手が出来たとしても、今までの研究の遅れの恨みは必ず晴らしてやりますからね!! ……とは言っても、リンディさんは怖いですし……どうしましょう?)

 

 本能的にリンディを恐れているフリートは、内心で頭を抱えながら自身の研究の為の策を考えるのだった。

 だが、フリートは重大な事を忘れている。例え一誠が更に相手を見つけたとしても、例の日の後のケアを教える相手がそれを覚えるまでは、結局フリートが苦労する羽目になる事を。

 その事をウッカリ忘れているフリートは、グレイフィアのマッサージの続きをしに行く為に家に戻ろうとするが、ポケットから電子音が聞こえて来る。

 

「ん? おや、アザゼルからですか」

 

(なぁ、ドライグ? アザゼルって確か?)

 

(堕天使の総督を務めている男だ。あっちは神器の研究家だがな)

 

(何だよ、ソレ? フリートさんと合わせたら混ぜるな危険になるんじゃないのか?)

 

 携帯を片手に何かを話しているフリートを見ながら、一誠とドライグは会話をする。

 

「……本当ですか、ソレは? ……分かりました、すぐに向かいます」

 

 話を終えたフリートは携帯をポケットに戻しながら一誠に振り返る。

 

「一誠君。急用が出来ましたんで、数日は留守になります。一応マッサージで在る程度、体力は回復しましたが、グレイフィアさんには余り無理をさせられないので、食事の方は食べさせて上げて下さいね。序に戻って来るまでの間のマッサージは一誠君がやっておいて下さい! それじゃ、さらばです!」

 

「はや!?」

 

 一瞬で家から大量の荷物を背負って飛び出して行ったフリートの背を一誠は茫然と見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 【異界の存在】-以後は兵藤-は、僅かに困惑を覚えてオカルト部の部室に居る面々を見つめていた。

 十年前に本物の兵藤一誠を抹殺してから成り代わった彼は、兵藤家で過ごしていた。本来ならば一誠の幼馴染である紫藤イリナを堕としたいと思っていたが、残念ながらイリナは既に外国に出て行て堕とすのは無理だった。

 最も何れ会うことが出来るので、その時に改めて堕とせば良いと思っていた。十年の間に、転生特典で与えられた力を使いこなし、時には気に入った女性に手を出すと言う行為を行っていた。そしてつい先日遂に彼の知識通りに堕天使が現れ、物語の始まりである転生悪魔になる事が出来た。

 駒王学園の【二大お姉様】と呼ばれ、悪魔でも名家出身の【リアス・グレモリー】の眷属悪魔になった。

 問題はその後から始まった。先ず悪魔についての説明を終えた後に在る筈だった堕天使の襲撃が無く、普通に家に帰れた。其処までなら多少の変化だと納得出来ただろうが、次の日の他の眷属紹介で兵藤は更に困惑する事になった。何故ならば。

 

「行くよ! ギャスパー君!」

 

「お願いします! 祐斗先輩!」

 

 木々に囲まれた場所にある旧校舎の庭で、リアス・グレモリーの【騎士(ナイト)】木場祐斗は、木々の間を駆け抜けながら女子の制服を着た女の子に見えるような容姿をした男子である【僧侶(ビショップ)】ギャスパー・ヴラディと訓練を行っていた。

 

(何でギャスパーがもう表に出てるんだよ!? アイツが外に出られるようになるのは、リアス達がコカビエル戦を超えてからだろう!?)

 

「あらあら、二人の訓練に驚いてますのね」

 

 自身の知る現状との違いに困惑している兵藤に、リアスと同様に駒王学園で【二大お姉様】と呼ばれている【女王(クイーン)】の長い黒髪をポニーテルにしている姫島朱乃が声を掛けた。

 

「……あ、あの……姫島先輩……二人は何時もこんな訓練をしているんですか?」

 

「えぇ。ギャスパー君は最初は部室に引き篭もっていたんですけど、ある日突然部屋の結界を破壊して部長に土下座して『僕を鍛えて下さい』って、頼み込みましたの」

 

「本当はギャスパーの神器が強力過ぎるせいで再封印も上から言われそうだったんだけど、お兄様に相談したら神器研究の過程で造られた封印用の眼鏡を日常で掛ける事を義務付ける事で許可を貰えたのよ」

 

「ぶ、部長」

 

 朱乃の説明を補足するように紅髪の美少女-リアス・グレモリーが説明した。

 

「ひ、引き篭もっていたのに、どうして出る気になったんですか?」

 

「ギャスパー君はパソコンを介して悪魔の契約を取っていたんですけど、ある日そのパソコンに外部から画像が届いたそうなんです」

 

「私達は見れなかったけど、ギャスパーが言うには幼馴染が縄で縛られて、自分に助けを求めるような映像だったそうなのよ」

 

(ギャスパーの幼馴染って、ヴァレリーの事だよな!? 何でソイツの映像が今ギャスパーに届くんだよ!? どうなってるんだよ!?)

 

 自身の知る知識との違いに兵藤が困惑している間に、木場との訓練が終わったのか、今度は小柄な銀色の髪の少女-塔城小猫が用意していた沢山のボールをギャスパーに向かって振り被る。

 

「……行くよ、ギャー君」

 

「うん! 小猫ちゃん!」

 

 小猫が投げるボールをギャスパーが見つめると、ボールが宙に停止する。

 ギャスパーの神器【停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)】の力。視界に映るモノを停止させる能力。強力過ぎる力故にギャスパーは眷属悪魔になった後も暴走する危険性から封印処置されていた。しかし、今はギャスパーのやる気とサーゼクスが渡した神器封印眼鏡で制禦出来るようになっていた。

 全ては自分が見た映像で苦しんでいたヴァレリーを救う為に。

 

(待っていてヴァレリー! 絶対に助けに行くから!)

 

 ギャスパー・ヴラディは自らの大切な人の為に頑張るのだった。

 

 

 

 

 

 別世界の地球である日本の海鳴市市内にある喫茶店『翠屋』。

 美味しいコーヒーやスイーツが有名な喫茶店で、ウェイトレスも可愛い女子が多くて海鳴市では有名である。

 最近更に外国からやって来た金髪の美女が加わり、更に繁盛していた。

 

「ヴァレリーちゃん! 三番テーブルにシュークリームとコーヒーをお願い!」

 

「はい!」

 

 渡された物をウェイトレス服を着たヴァレリーが指示通りに手早く笑顔で片づけて行く。

 その様子を見ていた店長である桃子は夫である士郎と頑張っているヴァレリー・ツェペシュを見つめる。

 

「本当にリンディさんの紹介で来る子は頑張り屋で助かるわ」

 

「そうだな。しかも、幼馴染の子と一緒に暮らす時に迷惑をかけたくないと言っているし、彼女に想われている子は幸せだろうね」

 

「そうね」

 

 桃子と士郎は頷き合うと、仕事に戻って行く。

 その間に休憩時間になったヴァレリーは休み、桃子の娘であるなのはが声を掛けて来る。

 

「頑張ってるね、ヴァレリーちゃん」

 

「はい。ギャスパーと再会した時に世間知らずで迷惑をかけたくないから」

 

「ギャスパー君って子は幸せ者だね。そう言えば、前にフリートさんに頼んで動画を送ったそうだけど、どんな風に送ったの?」

 

「え~と、何でもギャスパーが引き篭もっていたそうなんで、フリートさんに相談して元気が出るようにしたらどうしたら良いのかって聞いて」

 

「うん。何か凄く相談したら不味い人に相談しているけど……それで?」

 

「はい。前に着ていたドレスを着て目隠しして腕と体を鎖で縛って、『ギャスパ~』って言えば絶対に元気になるって教えられて送りました」

 

「ありがとう、ヴァレリーちゃん。お母さん! 私ちょっとフリートさんの研究室に行って来るから!」

 

「あんまり派手にやっちゃ駄目よ、なのは」

 

「分かってる。フリートさんがリンディさんに隠している秘密を沢山教えて来るだけだから! それじゃ行って来ます!」

 

 なのはは『翠屋』を出て行き、残されたヴァレリーは首を傾げるのだった。

 因みにこの後、事情を聞いたリンディがフリートに説教したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 宵闇に染まった駒王町の街中を、買い物を袋を両手に持った一誠が歩いていた。

 

「ハァ~、まさか、夕食の食材を買い忘れていたなんてな」

 

『フリートの奴も急に呼ばれたようだから仕方が無いだろう』

 

「一体何があったんだろうな?」

 

『分からん。だが、基本的に秘密裏にしか接触しない筈のフリートを呼び出すほどの事態だ。急を要する事態には違いあるまい』

 

「だよな……んで、何時まで隠れてるんだよ」

 

 嫌な気配を感じて通り掛かった廃屋に一誠は目を向ける。

 同時廃屋の扉が吹き飛び、中から上半身が裸の美女で下半身が太い四本足の合成獣のような生物が一誠の前に現れた。

 

「……はぐれ悪魔か」

 

『そのようだ。しかもかなり醜悪なタイプだ』

 

 険しい視線をはぐれ悪魔に向けながら、一誠は両手に持っていた買い物袋地面に下ろす。

 『はぐれ悪魔』。爵位持ちの悪魔に下僕となった者が、反旗を翻して主を裏切り、もしくは主を殺して逃亡した悪魔の総称である。与えられた力に溺れ、好き勝手に暴れる者が大半で在り、各勢力にとって見つけたら即座に抹殺対象に指定されている。

 例外的に事情があって主を裏切る転生悪魔も居るが、そう言う類の悪魔は体に変化が起きる事は無い。

 だが、目の前にいる異様な悪魔は間違いなく力に溺れたタイプのはぐれ悪魔に違いなかった。

 

「キヒヒヒッ! 変わった匂いがするぞ? 旨いのかな? 不味いのかな?」

 

「いや、俺なんて食っても体悪くするだけだぞ」

 

『確かにな。寧ろ相棒は喰らう側だ。最も貴様のような雑魚では獲物にもならんな』

 

「……そうか。貴様神器持ちか!?」

 

 ドライグの声から一誠が神器所持者だと察したはぐれ悪魔は、上半身の両腕に槍を出現させて構える。

 

「ヒヒヒッ!! 神器所持者は食えば旨いからな! 貴様も食らってやるぞ!」

 

「……悪いんだけど、もう終わってるんだよ」

 

「……ハァ?」

 

 一瞬言われた事が分からず、はぐれ悪魔は茫然と一誠を見つめる。

 そして気が付く。何時の間にか一誠の右手に両刃の赤い大剣が握られている事に。更に気が付く、何時の間にか自身の視界が二つにずれている事にも。

 

「俺の事をただの食い物と認識している時点で、アンタは世界を舐め過ぎていたんだよ」

 

『そういう事だ。次はどんな相手でも最初から警戒するようにした方が良いぞ。最も、お前に次は無いがな』

 

 一誠とドライグが言い終えると同時に、はぐれ悪魔の体は中心から真っ二つに崩れ落ち、消滅して行く。

 消滅後に地面に残されたはぐれ悪魔が握っていた二本の槍と、破壊された【悪魔の駒(イーヴィル・ピース)】を一誠は確認し、何かを確かめるように両刃の大剣を見つめる。

 

「……かなり馴染んで来たな」

 

『あぁ、その証拠に聖剣の波動も出て来ている。コレは面白い事になりそうだぞ、相棒。旨くすれば相棒が望む剣になるかも知れん』

 

「俺が望む剣か……そんなの一振りだけだ」

 

 尊敬する剣の師が扱っている剣を思い出しながら、一誠は両刃の大剣を【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】に収納する。

 そのまま立ち去ろうとするが、フッと地面に落ちている【悪魔の駒(イーヴィル・ピース)】が目に入り、拾い上げる。

 

「……そう言えば、フリートさんが【悪魔の駒(イーヴィル・ピース)】を欲しがっていたよな」

 

『壊れて力を失っているが、何かの役には立つかも知れんな。回収して置けばいいだろう』

 

「だな。さてと、さっさと帰って夕食の準備をしないと」

 

『グレイフィアも待っている。急ぐぞ、相棒』

 

「あいよ、ドライグ」

 

 地面に置いておいた買い物袋を拾い上げ、急いで我が家に帰るのだった。

 

 十数分後。一誠とはぐれ悪魔との一方的な戦いとすら呼べない出来事在った場所に、紅い魔法陣が出現した。

 魔法陣が消えた後には、リアス・グレモリーとその眷属達が転移して来た。

 

「……これは、どういう事なの?」

 

 破壊された廃屋の扉と、その扉のすぐ傍に落ちている二本の巨大な槍をリアスは茫然と見つめた。

 他の眷属達も同様であり、中でも兵藤は更なる自身の知識と違う出来事に困惑していた。

 

(ど、どういう事だよ!? 今日は、はぐれ悪魔バイサーと戦って、部長が俺に【悪魔の駒(イーヴィル・ピース)】について教えてくれる日の筈だぞ!? なのに、何でバイザーがもう死んでるんだよ!?)

 

「戦闘らしい戦闘を行なった形跡はありませんわね」

 

「えぇ……つまり、この相手はバイサーと出会って、一瞬で倒せるだけの実力を持った何者かと言う事になるわね。そんな相手がこの街に居るなんて」

 

「どうします、部長?」

 

「……警戒するしかないわね。何せこの相手、何の痕跡も残していないのだから」

 

 祐斗の質問にリアスは厳しい視線をバイサーの槍に向けながら一瞬考えるが、すぐにどうする事も出来ない事に気が付く。

 痕跡が残って居れば何かしらの情報を得る事が出来るのだが、痕跡が残っていないとなればどうする事も出来ないのが現実である。

 

(一体何者なのかしら? ……まさか、アレがこの街に来ているの!?)

 

 脳裏に浮かんだ一つの可能性にリアスは蒼白になる。

 数年前から各勢力に現れては、実力の在る者、才在ると言われている者を次から次へと襲いかかる【暴虐の竜人】と表される存在。悪魔勢力も襲われ、レーティングゲームの上位ランカーが数十名眷属を含めて再起不能にされている。

 リアスの婚約者も襲われた事もあるだけに、他人事では済まない。

 

(アレはどう言う訳なのか、獲物と判断した相手をあっさりと見つけて襲い掛かって来る存在。まだ、お兄様にしか伝えていないけど、一誠が【赤龍帝】だと言う情報を知ってこの街に来ているんじゃ!?)

 

 自らが新たに加えた兵藤が【赤龍帝】だと知った時、リアスが感じたのは喜びではなく恐怖だった。

 【歩兵(ポーン)】を八個使わないと転生出来なかった兵藤を知った時、リアスはその才能を信じて眷属に加えた。だが、よりにもよって【赤龍帝】だと知った時は、目の前が真っ黒になるほどの焦りと恐怖を感じた。

 眷属を不安にさせないようにする為に取り繕っていたが、部活が終わった後、すぐさま兄であるサーゼクスに相談したぐらいである。

 

(まさか、こんなに早く来るなんて!? ど、どうしたら良いの!?)

 

「部長」

 

「ッ!? あ、朱乃?」

 

「大丈夫ですわ。このはぐれ悪魔を倒した相手はきっと部長が考えている相手ではありませんわ。だって、もしも部長が考えている相手だったら、もう私達の前に現れているでしょうから」

 

「そ、そうよね。ありがとう、朱乃」

 

 自身の補佐である朱乃の言葉にリアスは、冷静さを取り戻して改めて周囲を見回す。

 言われてみれば、【暴虐の竜人】が暴れた後は必ず大きな破壊の痕跡が残って居る筈なのに、破壊されたと思われる物は、バイサーが出て来たと思われる破壊された廃屋の扉だけ。

 その事実にリアスは安堵の息を溢しながら、改めて自身の眷属に加わった兵藤に目を向ける。

 正直に言えば、リアスは兵藤に不信感を抱いていた。【赤龍帝】が自らの眷属に加わった事は本来ならば喜ぶべき事なのだろうが、【暴虐の竜人】の存在に加え、あまりにも兵藤は世界の裏側を知ったにしては驚きが薄い。まるで知っている事を改めて確認しているような不自然さをリアスは感じていた。

 

(眷属を疑うのは主としては失格かも知れないけれど、どうにも一誠には不自然さを感じるのよね)

 

 暫くは警戒を止める事が出来ないと感じながら、リアスは改めて周囲を見回しながら眷属達に告げる。

 

「とにかく、皆。暫くは注意して行動するように。何が起きるのか分からないんだから」

 

『はい、部長!』

 

 リアスの言葉に眷属達は返事を返すが、その中で兵藤だけは何かを考え込むような表情し、リアスは更に不信感を抱くのだった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

人物紹介

 

サーゼクス・ルシファー

詳細:冥界の悪魔勢力の頂点に在る四大魔王の一人。嘗て起きた悪魔の内戦の際に改革派のエースとして活躍。内戦後は魔王ルシファーの座に就き、フィレア・ルキフグスと結婚して息子を得た。内戦の時に陰ながらフィレアと結ばれるように動いてくれたグレイフィアに感謝し、内戦後も悪魔社会の未来の為に裏で動いてくれたことに対しても感謝し切れないほどの恩を感じている。それ故にグレイフィアの生存が古い悪魔達にバレてしまい、処罰された事を知った時には深く苦悩した。現在は生存が判明したグレイフィアからの情報によって異世界侵攻の危機を知り、各勢力との協調と悪魔勢力内の改革に尽力を尽くしてる。因みにプライベートではフリートと非常に懇意にしていて、何かをやっていたりする。

 

 

フィレア・ルキフグス

容姿:グレイフィアと瓜二つだが、髪形はポニーテールにしている。

詳細:サーゼクスの【女王(クイーン)】であり后。内戦の時代にサーゼクスと出会い、互いに思い合ったが立場上敵対していた。旧魔王派では悪魔の未来は滅亡しか無いと分かって居たが、ルキフグス家の役割の為に改革派に入ることが出来ず苦悩しながら内戦に参加していた。だが、サーゼクスへの想いを妹のグレイフィアに見抜かれ、グレイフィアが糾弾して処刑される立場になってしまった。しかし、ソレはグレイフィアの策略で、事前にサーゼクスに情報を送り、フィレアを救い出させて改革派に入る事になった。妹の真意は見抜いていたが、ルキフグス家の役割を全うしようとするグレイフィアを解放する為に内戦の最後に激闘を繰り広げたが、グレイフィアは表舞台から姿を消す結果になってしまい、妹に全てを背負わせてしまった事を後悔した。その後も何とかグレイフィアを表舞台に戻そうと説得を続けていたが、頑なにグレイフィアは裏に残り続け、最終的に大王派に処罰されたと知らされた時は深い悲しみにくれた。

グレイフィアをルキフグス家の役割から解放してくれた一誠には深く感謝しているが、同時にグレイフィアを悲しませたら絶対に赦さないと思っているシスコン的な面がある。最近四大魔王全員と仲良くしているフリートに、非常に嫌な予感を感じている。因みにリンディとはとても仲が良い。

 

 

リアス・グレモリー

年齢:18歳

詳細:原作と変わらず駒王町の管理者。正し【暴虐の竜人】ことブラックの存在に危機感を覚えて居て、町の監視に力を入れていた。その結果兵藤の存在を早期に知り、眷属にしようか悩んでいた。だが、どうにも嫌な予感を感じていたので監視だけに留めていたのだが、堕天使の襲撃事件で死亡した兵藤に眷属化を試したところ、【歩兵】を八個使用しないと転生出来ない事が判明し、眷属入りに踏み切った。しかし、悪魔になった兵藤が裏の事情を知っても驚きが薄いところから不信感を感じている。兄であるサーゼクスには兵藤に関して相談している。

 

 

ギャスパー・ヴラディ

年齢:16歳

詳細:原作と同じように旧校舎の一室に引き篭もっていたが、某マッドがハッキングして送り込んだヴァレリーのドレス姿で目隠しされて縄で縛られている姿と、助けを求める声によって引き篭もりを止めて自らの神器を使いこなす訓練を主であるリアスに願い出た。現在はサーゼクスから送られた神器封印用の伊達眼鏡を付けて学園に通い、何時か酷い目にあっているであろうヴァレリーの救出を考えている。原作登場時よりも成長しているが、【赤龍帝】の血を飲んでいないので覚醒はしていない。

 

 

ヴァレリー・ツェペシュ

詳細:吸血鬼と人間のハーフヴァンヴァイア。デイウォーカーで日光も平気。吸血鬼と言う存在に興味を覚えたブラックが襲撃し、研究の為に動き出したフリートがヴァレリーを実験動物扱いしようとしていた一派から救出した。その身には神滅具【幽世の聖杯(セフィロト・グラール)】を宿している。救出した時点ではかなり精神が不安定になっていたが、三大天使デジモン達の加護に寄って持ち直し、現在は高町家在住。ギャスパーと暮らす事を夢見て社会勉強中である。因みに吸血鬼のツェペシュ一派はブラックに徹底的に叩きのめされ、ヴァレリーに二度と手を出さないと心の底から誓って土下座された後に更にボコボコにされて消滅した。




因みに他の部員は原作通りです。
朱乃の悲劇には関われませんでしたし、子猫に関しても無理。
ただ黒歌が主を殺した原因は判明していますが、証拠が無く、本人も話し合いに応じないので一応殺害命令ではなく捕縛命令にされています。

祐斗は言うまでもなく極秘実験でしたので、知った時には時既に遅く助けられませんでした。トスカに関しては情報を得ているのですが、教会が厳重に護っているので救出は無理。ブラックがその気になれば話は別ですが、余りにも教会の腐敗面が多すぎて動くと完全に潰すまで止まりそうにないので、熾天使達から止めてくれと懇願されているのでやりません。


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竜人とマッド、そして電子の弟子は赤龍帝3

 駒王町に在る廃教会。

 十年以上前には使われていた教会であったが、今は寂れて来る者がいない場所になっていた。

 だが、今、その教会は駒王町に潜入した堕天使達の根城になっていた。内部の座席には胸元が大きく開いたスーツを着用しミニスカートを履いた青い髪のロングヘアの女性と、ゴスロリ衣装を纏った金髪のツインテールに青い瞳の少女が座っている。

 二人とも堕天使であり、不安そうに教会の入り口を見つめていると、教会の扉が開き、スーツを着た男性が入って来る。

 

「ドーナシークッ! レイナーレ様どうなったんスッか!?」

 

「……非常に危険な状態らしい。無事に復帰出来る可能性は低いそうだ」

 

「そんな!?」

 

「クソッ! あの人間め! レイナーレ様に何を!?」

 

 ドーナシークの報告にゴスロリ服の少女-ミッテルトは悲痛な声を上げ、スーツ服の女性-カラワーナは悔し気に声を漏らした。

 三人の上司であるレイナーレは、先日新たに発見した神器所持者を勧誘する為に出て行った。だが、戻って来たレイナーレは精神が錯乱状態で半狂乱になっていた。三人は慌てて所属している組織である【神の子を見張る者(グリゴリ)】の上司に連絡し、レイナーレは即座に緊急搬送された。

 その後、ドーナシークはレイナーレの付き添いに、ミッテルトとカラワーナはレイナーレが勧誘しようとしていた人間を調べたのだが、その結果、信じられない事実が判明した。

 

「どうなっていると言うのだ!? レイナーレ様が勧誘しようとしていた人間を殺すなど、在り得る筈が無いと言うのに!?」

 

 数年前から【神の子を見張る者(グリゴリ)】に所属する堕天使には、トップであるアザゼルから一つの厳命が下されていた。

 『神器保持者を発見した場合、勧誘或いは保護を重要視するように』と言う命令で、抹殺などは絶対にしてはならないと厳命されている。無論命令された当初は破る者も多かったが、そう言う相手はすぐに何故かアザゼルにバレて処罰されている。

 更に付け加えれば、数年前から暴れている【暴虐の竜人】の存在に寄って、【神の子を見張る者(グリゴリ)】と言う組織自体にダメージが及んで居る。厳命を破って処罰されるか、或いは組織から逃げ出すかのどちらかしない現状となれば、素直に命令を聞く者は増えて行った。

 レイナーレ達はアザゼルの命令を素直に聞く側に下り、功績を上げていたので覚えも良かった。そのおかげでアザゼルから密命を受けて駒王町で、とある重要神器保持者の保護任務まで請け負っていた。重要任務に気合いを入れていたところで、レイナーレが強力な神器保持者らしき者を発見し、勧誘に乗り出したのだ。

 だが、勧誘は失敗どころか、神器保持者を殺してしまうと言う結果を作り、更に実行犯である筈のレイナーレが狂って帰還すると言う異常事態にドーナシーク達は見舞われてしまった。

 

「やっぱり何かあの人間がしたんすよ! とっちめてレイナーレ様にした事を吐かせるんす!」

 

「……駄目だ、ミッテルト。奴は既に悪魔に転生し、更には現魔王の妹であるグレモリーの眷属だ。迂闊な事をして戦争に発展でもしたら不味いぞ」

 

「アザゼル様からは例の人物と合流次第にすぐに帰還しろと命令された。腹立たしいが此処は任務を優先だ。明日には合流出来る。目的は果たしきれないが、此処はがま……」

 

『ソレハ……コマルナ』

 

『ッ!?』

 

 聞こえて来た聞くだけで不快感しか感じさせない声に、ミッテルト、カラワーナ、ドーナシークは、即座に振り返って光の矢を教会の入り口に向かって放った。

 声の主は危険過ぎる存在なのだと、本能が感じ取ったのだ。複数の光の矢に扉は粉砕され、静寂が教会内に満ち溢れる。油断なく三人が教会の入り口から人影が歩いて来て、ミッテルト、カラワーナは目を見開く。

 

「アンタは!?」

 

「レイナーレ様が勧誘しようとしていた!?」

 

 虚ろな瞳して左手に禍々しい気配を漂わせている赤い籠手を装着した兵藤の姿に、ミッテルト、カラワーナは警戒心を強める。

 ドーナシークも何時でも攻撃出来るように構えを取ると、赤い籠手に備わっている翡翠の宝玉から先ほどの不快感しか感じさせない声が響く。

 

『コマルゾ……コノ、オロカモノノ……チシキ通りに……ススマナケレバ……ヤツラノ信頼と信用は……エラレナクナル……タダデサエ……ケイカイサレテイルノダ……セッカクノ……イベントヲ……ノガスワケニハ……イカナイカラナ』

 

「貴様は一体何だ!?」

 

『フフフッ……キサマラニハ、我の人形ニナッテモラウ……フリード!』

 

「あいよ、ボス!!」

 

「お前はフリード・セルゼン!? 生きていたのか!」

 

 教会の扉の外側から光の剣と銃を持った少年神父-フリード・セルゼンの姿に、カラワーナは叫んだ。

 

「【神の子を見張る者(グリゴリ)】の方針転換に付いて行けず、逃げ出した筈なのに?」

 

「そりゃ当然しょ!? 好き勝手やる為に入ったのに、また規律を押し付けられるわ。クソ悪魔や手を組むクソ人間に手を出すなっ何て、そんな終わった組織に居られる訳が無いっすよ! で、今ではこっちのボスに仕えっているって訳! もう最高っすよこのボス。なんせ……」

 

『ヨケイナ事をイウナ』

 

「おっとお喋りが過ぎった! さて、アンタらクソ堕天使にはボスの人形になって貰いましょっか!」

 

「舐めるな! 貴様ら如きに負ける私達だと思うな!」

 

「レイナーレ様にした事を全部話して貰うすよ!」

 

「覚悟しろ!」

 

 ドーナシーク達は光の槍を構えて、怪しい笑みを浮かべている兵藤とフリードに飛び掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 早朝の時間帯。幻術魔法で別人になりすました一誠は、日課のランニングを行なっていた。

 十年の間に変わった駒王町を回るのは、時の流れを一誠に感じさせる。ただ、兵藤家の周囲だけは一誠は近づかなかった。もしも近づいて両親に出会ったら我慢出来る自信が一誠には無かったからだ。

 ランニングで街中を走り続けていると、十年前に自身の運命が変わった公園に辿り着く。

 

「……やっぱり修理されたんだな」

 

 十年も経てば修理されているのは当たり前だが、それでも感慨深い思いを抱かざる得ない。

 

(この場所で俺の運命は変わった……もしアイツと出会わずにいたらどんな事になって居たんだろうな?)

 

 変わってしまったと言う自身の運命について、一誠は分からない。

 師の一人で【異界】の出身者でもあるブラックは、残念ながらこの世界についての事を知らなかったのでどんな流れだったのか分からない。だが、どちらにしても一誠は敵の思惑通りに事を進める気は無い。

 必ずやり遂げて見せると誓いを一誠が新たにしていると。

 

「はわう!」

 

「ん?」

 

 悲鳴のような声と空からシスターが被るようなヴェールが飛んで来た。

 一誠はヴェールを掴み取り、声の聞こえた方を振り向いて見ると、其処にはシスター服を着た金髪の美少女がスパークリングホワイトのパンツが丸出しな状態で転んでいた。

 

「ブウッ!! 落ち着け俺! 落ち着け俺!」

 

 美少女のパンツ姿と言うラッキースケベ的な場面に出会った一誠は、思わず胸を押さえた。

 例の日を通り過ぎたので暴走する事は無いが、性欲が高まってしまったのを感じて焦る。グレイフィアがまともに動けない状況で性欲が高まるのは色んな意味で不味いので、一誠は地面に倒れているシスター服の美少女に手を差し出す。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「あうぅ。どうして、何もないところで転んでしまうんでしょうか? ……ああ、すいません。ありがとうございますぅ」

 

 差し出された手を握った美少女が顔を上げた瞬間、一誠は見惚れてしまった。

 多数の美女や美少女と交流を持ち、グレイフィアと言う絶世の美女と一緒に生活しているだけに、美女には慣れている一誠だったが、それでも見惚れてしまった。

 金色のサラサラなストレートヘアに、引き込まれてしまいそうなほどに澄んだグリーン色の双眸。それらによって構成された顔立ち。何よりも内面から滲みだしている美しさに、一誠は息を呑んでしまう。

 

(相棒ッ!)

 

「ハッ!」

 

 内から聞こえて来たドライグの声に、一誠は我に返った。

 そしてすぐさま冷静に立ち返り、手に持っていたヴェールを少女に手渡す。

 

「これ、君のかな?」

 

「あ、はい。ありがとうございますぅ」

 

 一誠が手渡したヴェールを大切そうに少女は抱き締めた。

 見るからに純真そうな少女に、一誠の胸は高鳴る。

 

(ま、不味い! 何でグレイフィアの時のような高鳴りを感じてるんだよ、俺は? とにかく話をして気を紛らわせないと)

 

 胸の高鳴りを誤魔化す為に、一誠は何か話題は無いかと周囲を見回して旅行鞄に気が付く。

 

「えっと、その旅行鞄を持ってる事から察して、もしかして旅行でこの町に来たのかい?」

 

「いえ、違うんです。実はこの町の教会に赴任する事になってやって来たんです。この町の方ですか?」

 

「い、いや俺は……実は少し前に引っ越して来たんだ。それで町に慣れる為にランニングしていたんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ、まぁ……(俺何でこんな事を喋ってるんだ?)」

 

 自身の行動に疑問に思いながらも、シスターとの少女と一誠は話を続けて行く。

 何となく会話を止めたくないと感じていると、少女は困ったように一誠に話しかける。

 

「……あの実は私、道に迷っていまして……教会の場所とか知っていますか?」

 

「教会? ……あぁ、知ってるけど、案内しようか?」

 

「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございますぅ! これも主のお導きのおかげですね!」

 

「いや、其処まで事じゃないよ。じゃあ行こうか」

 

「はい!」

 

 一誠と少女は共に歩き出し、教会が在る場所へと歩き出す。

 

「私はアーシア・アルジェントと言います。アーシアと呼んでください」

 

「俺は………」

 

「どうされました?」

 

 急に言葉を止めた一誠にアーシアは疑問の声を上げるが、一誠は何かを苦悩するかのように顔を顰める。

 兵藤一誠と名乗る事は出来る。だが、果たしてその名を教えて良いのか一誠には分からなかった。何故ならば今、駒王町には兵藤一誠を名乗る存在が居る。幻術魔法で顔を変えているとは言え、同姓同名の人物が同じ町に居る事は不自然なのだ。

 アーシアから兵藤に伝わる事は無いかもしれないが、それでも危険性は少なくした方が良いに違いない。

 だが、僅かに寂しさを感じさせる表情をアーシアがした瞬間、一誠の口は勝手に動いていた。

 

「俺は……一誠だ。イッセーって呼んでくれ」

 

「イッセーさん。私、イッセーさんに会えて良かったです。この町に来てから困ってたんです。道に迷っただけじゃなくてけど、言葉が通じなくて……やっと、言葉が通じるイッセーさんが見つかって助かりました」

 

「はは、まぁ、外国の言葉を話せる人は中々居ないからな」

 

 苦笑を一誠は浮かべながら、アーシアに話しかけた。

 因みに一誠がアーシアと平然と話せるのは、グレイフィアが施してくれた翻訳魔法のおかげである。一応フリート達の勉強のおかげで英会話ぐらいは問題ないが、流石に各勢力のそれぞれの地域の言葉を覚える余裕は無かったので、グレイフィアが翻訳魔法を使ったのである。

 二人が他愛無い話をしていると、何処からか子供の泣き声が聞こえて来てアーシアが駆け出す。

 

「あっ、アーシア」

 

 一誠も慌てて追いかけると、転んで擦り剥いたのか子供の膝に手を当てているアーシアを目にする。

 

「大丈夫? 男の子ならこのくらいで泣いてはダメですよ」

 

 優しさに満ち溢れた表情をしながらアーシアが子供の頭を撫でると共に、膝に当てていた手の方から淡い緑色の光が発せられ、光に照らされた膝の傷があっという間に消えた。

 

(今のは、もしかして)

 

(あぁ、神器だ。しかもアレは【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】だな。俺も長い間神器に宿っているが、目にしたことが少ないほどレアな神器だ。確か堕天使や悪魔でさえも癒せる力を持っている神器だった筈だぞ)

 

 ドライグが一誠にアーシアの神器について説明した。

 アーシアの持つ【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】は数ある神器の中でも非常に珍しい部類にある。何せ【聖書の神】が造ったのにも関わらず、本来ならば敵対する存在である悪魔や堕天使さえも傷を癒せてしまう。それがどれだけ貴重な物なのかは言うまでもない。

 まさか、アーシアが宿していたのがその神器だったのかと一誠が驚いていると、アーシアは治療を終えた子供を立たせる。

 

「気を付けてね」

 

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 

 子供は礼を言い終えると共に元気に走っていた。

 言葉の意味が分からずにキョトンとしているアーシアに、一誠は話しかける。

 

「ありがとうだってさ」

 

 その言葉にアーシアは嬉しそうに微笑んだ。

 見惚れてしまうほどに美しい微笑みに一誠の胸は再び高鳴るが、何とかそれを抑え込む。

 

「……さっきのって?」

 

「はい。治癒の力です。神様からいただいた素敵なものなんですよ」

 

 そう言うアーシアの顔には何処か寂しさを宿していた。

 その表情に一誠はアーシアもまた、神器によって何らかの不幸に見舞われた事を察するが、何も言えなかった。

 寂しさについて問いただしたいと思う気持ちはある。だが、踏み込んで良いのか一誠には分からなかった。

 一誠にも事情が在り、アーシアにも事情がある。特に自身の事情にアーシアを巻き込む訳には行かないと言う気持ちが、一誠には強かった。だからせめて。

 

「そっか……優しい力なんだな」

 

 一誠が告げるとアーシアは微笑んだ。

 だが、やはり、その顔は何処か寂しげで、一誠は先ほどは違う胸の痛みを覚えるのだった。

 そうしている間に目的地である教会が見えて来て、一誠は教会を指さす。

 

「ほら、あそこが目的地だよ」

 

「ありがとうございました! あのお礼をしたいんで、一緒に教会に行きませんか?」

 

「……ゴメン。そろそろ帰らないと一緒に暮らしている相手が心配しそうだから」

 

「……そうですか」

 

 寂しげにアーシアは呟くが、一誠は目を逸らして我慢する。

 このままアーシアと共に居るのは不味いと一誠は判断したのだ。認めたくは無いが、認めるしかない。一誠の内に居る欲がアーシアを欲している事を。グレイフィア以外で初めて一誠の欲が反応してしまった。

 

〝この純真な少女を己のモノにしたい゛

 

(駄目に決まっているだろうが! 出てくんじゃねぇよ!)

 

 自らの欲を一誠は理性で抑えつける。

 例え欲していたとしても、一誠は身勝手な欲望で相手を穢したくはない。更に言えば自身の事情に彼女を巻き込みたくないと言う意思もある。

 急いで家に帰ろうと一誠はアーシアに背を向け、別れの挨拶を交わす。

 

「それじゃ、アーシア。さよなら」

 

「はい! イッセーさん、また会いましょう!」

 

 頭をペコリと下げるアーシアに、一誠は曖昧な笑みを浮かべて去って行った。

 もう二度とアーシアと会わない事を願いながら。

 

 

 

 

 

「……一誠。貴方は暫く契約取りは禁止よ!」

 

「部長! そ、そんな!?」

 

 夕暮れのオカルト部の部室で、リアスは怒り心頭な顔をして兵藤に向かって怒鳴った。

 悪魔の仕事である対価を得て契約を取ると言う仕事。新人悪魔はまず最初にチラシ配りから始まり、見合った依頼主の元に転移で移動して対価を得て願いを叶える。兵藤もチラシ配りを終えて契約取りが始まったのだが、その結果内容にリアスは怒り心頭になった。

 

「子猫のお得先だった契約者を怒らせて、その次の相手も怒らせ、また更に怒らせて契約失敗どころか、二度と悪魔なんて呼ばないなんてアンケート結果が貴方には沢山届いているのよ!」

 

 リアスはテーブルの上に兵藤が行なった契約後のアンケート結果が書かれた紙を沢山広げた。

 内容は全て批判で、罵詈荘厳が書かれていた。これ以上兵藤に契約取りをやらせるのは、他の眷属達の契約取りにも悪影響が出るとリアスは判断し、兵藤は暫くチラシ配りに戻させる事にしたのである。

 

(クソッ! 何でだよ! 原作の一誠だって契約取りに失敗していたのに、何で俺が暴言を書かれないと行けないんだよ!?)

 

 兵藤が契約取りに失敗するのはある意味当然の事だった。

 彼の知識の中にある兵藤一誠も契約取りには失敗続きだったが、アンケート結果の方は好評だった。これは知識の中の一誠が例えどんな契約内容だろうと真摯に向き合い、相手に悪い印象を与えず仲良くなったからだ。

 だが、兵藤は違う。相手の事を全く考えず、自身が世界の中心に居ると思い込んでいるせいで無意識に相手を見下してしまっているのだ。その印象を相手は悟り、話していても相手に不快感しか与えないと言う現状を作り出してしまった。序に言えば契約取りの事も内心では馬鹿にしていて、後々の戦いで功績を上げれば上級悪魔になれると思っているのでおざなりになっている。

 契約取りを兵藤が失敗するのは、当然の結果だった。

 

(寝坊してアーシアにも出会えなかったし、部室では部長に怒られるし、最悪の日だぜ!)

 

「それじゃ、部長。行って来ます」

 

「えぇ、気を付けてね、子猫」

 

 内心で不満に満ちている兵藤と話している間に、リアスと子猫は今日の契約について話していた。

 その会話を聞いた兵藤は、今日がフリードに寄って契約者を殺された日だった事を思い出すが、言える訳もなく黙って考え込む。

 

(どうすっかな? 俺が行けないんじゃ、子猫ちゃんが襲われるんだろうけど……待てよ! 此処は会えて子猫ちゃんをフリードに襲わせて、颯爽をリアスや朱乃と共に現れて俺が助ける! 原作だとアーシアは悪魔だと知っても助けていたし、子猫ちゃんも助けるよな……よし、それで行こう!)

 

 リアス達に見えないように兵藤は下卑た笑みを浮かべ、自身がリアス達の信頼を得る未来を夢想するのだった。

 

 

 

 

 

「んっ……イッセー」

 

 自らの胸の中に居る抱き締める一誠を見つめながら、グレイフィアは甘い声を上げた。

 二人の服はベットの外に散らばっていて、ベットの上でグレイフィアの豊満な胸に顔を埋めながら、一誠は柔らかな感触を堪能する。早朝家に戻って来た一誠は、未だベットの上から起き上がれないグレイフィアに抱き着いた。

 何時もは例の日が過ぎた後は、相手の体を思って求めない一誠が求めて来た事に驚きながらも、グレイフィアは一誠との一時を堪能した。そうして治まった一誠にグレイフィアは質問する。

 

「……何かあったの、イッセー?」

 

「……ゴメン、グレイフィア……俺、グレイフィア以外にも反応したんだ」

 

「ッ!? ……そう」

 

 一誠の言葉にグレイフィアは目を見開くが、すぐさま表情を戻して一誠を強く抱き締める。

 この日が何時か来るであろう事はグレイフィアも覚悟していた。体の殆どがドラゴン化しているだけに、一誠の本能は人間よりもドラゴン寄りになっている。ドラゴンのオスが複数のメスを侍らせるのは珍しくはない。

 無論グレイフィアとしては自身だけを見て欲しい気持ちはある。だが、同時に一誠が反応してしまった女性に抱いた苦悩も理解している。一誠には恐怖がある。どれだけ強くなっても拭えない恐怖。

 それは得たモノを失い、奪われるかも知れないと言う恐怖だった。十年前に全てを奪われた一誠は、精神の根元で親しくなった者を奪われるかも知れないと言う恐怖心がある。グレイフィアと結ばれる前も、グレイフィアを欲していながらも心の何処かで愛した相手を奪われるかも知れないと言う恐怖があって、一歩踏み出すのを恐れていた。もしもグレイフィアから踏み出していなければ、一誠と結ばれる事は無かっただろう。

 

「本当にゴメン……俺ってやっぱり駄目だよな……こんなにグレイフィアに愛されて大切にされているのに……別の相手を欲しくなるなんて……最低だよ」

 

「イッセー……貴方がどんなに自分を卑下しても、私だけは絶対に卑下しないわ。確かに私以外を貴方は欲したかもしれない。でも、私への想いを無くした訳じゃないでしょう?」

 

「当然だ! 俺は絶対にグレイフィアを手放さない! グレイフィア……愛してる」

 

「私もよ、イッセー」

 

 二人は見つめ合い、何方ともなく顔を近づけ深々と口づけを交し合う。

 そのまま続きが始まりそうになるが、ベットの横にある机の上に置かれていた携帯が鳴り響く。

 一誠とグレイフィアは顔を見合わせるが、残念そうな顔をした一誠が携帯を取り、電話に出る。

 

「はい。此方一誠です」

 

『……不機嫌そうね、一誠君』

 

「リ、リンディさん!?」

 

『その様子だとグレイフィアさんとお楽しみだったようね。でも、悪いけれど、すぐに駒王町を見回って欲しいのよ』

 

「……何かあったんですか?」

 

『えぇ、実はその町に潜入していた【神の子を見張る者(グリゴリ)】に所属している三名の堕天使と連絡が途絶えたとアザゼルから緊急連絡が届いたわ』

 

「途絶えたって……まさか!?」

 

『情報に寄れば、その三人の他にリーダー役だった一名の堕天使が精神異常を起こしたそうなの……例の人物と接触した結果でね』

 

「ッ!?」

 

『フリートさんが何とか出来ないか呼ばれて治療しているみたいだけど、もしかしたら三名の堕天使にも同様の事が起こった可能性があるわ。だから、見回って欲しいの』

 

「分かりました。それじゃすぐに見回りに行きます」

 

 電話を切ると共に一誠は手早く着替えを済ませ、外で本格的に活動する時ように用意されていた衣装を着込む。

 無謀の赤色で染めた仮面を付け、同じく赤色に染まったローブを着込む。二つともフリートの作品で認識阻害効果が存在し、更には装着者の持つ魔力に寄って防御力が上がる力を宿している。

 これに寄って一誠だと気が付く者は居ないだろうが、更に一誠は左手に【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】を具現化させ、用意されていた腕輪を装着する。同時に【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】の色や形が変わり、ドラゴン系の神器で知られる【龍の籠手(トワイス・クリティカル)】の形に変わった。

 

『相棒。分かって居ると思うが、この状態では一段階しか倍加出来ない。気を付けて行動しろよ』

 

「分かってるさ」

 

 ドライグの言葉に一誠は頷き、ベットの上に居る僅かに心配さを伺わせているグレイフィアに顔を向ける。

 

「……行って来るよ、グレイフィア」

 

「行ってらっしゃい、イッセー。貴方の帰りを待っているわ」

 

 グレイフィアは見惚れるような笑みを浮かべながら送りの言葉を告げ、一誠は口づけを交わして夜の駒王町に飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 駒王町の一角に在る普通の一軒家。

 何の変哲もない一軒家でありながら、内部では戦闘が行われている事を証明する騒音が鳴り響いていた。

 

「中々粘りますなぁ悪魔のおチビちゃぁん! エクソシスト特製の祓魔弾(ふつまだん)を足に食らってんだから、今度はこの光の剣でバラバラに全身切り刻まれろぉ! ひゃはははははははははっ!!」

 

「くっ! このっ!!」

 

 右足から走る激痛に苦しみながら、リアス・グレモリーの眷属の【戦車】である小柄な銀髪の美少女-塔城子猫は、銀髪の少年神父が振るう光の剣を躱し続ける。

 依頼の仕事の為に転移して来た子猫が目にしたのは、全身を切り刻まれて罪人のように上下逆さまで壁に磔にされた無残な依頼主の姿だった。突然の事態に戸惑った隙をつかれ、子猫はフリードが放った祓魔弾(ふつまだん)に右足を射抜かれてしまった。

 【悪魔の駒】にはそれぞれ特性が存在し、【戦車】の特性は馬鹿げた攻撃力と防御力。並大抵の攻撃は子猫には通じない。だが、フリードが銃から放った祓魔弾(ふつまだん)には悪魔の弱点である光の力を宿している。

 その攻撃をまともに受けた子猫は未だに走る激痛に苦しみながら、何か違和感のようなものを感じていた。

 

(何か変です……この神父の光の力……堕天使とも天使とも違う……もっと禍々しい気配を感じます)

 

 子猫が感じる違和感がフリードが纏っている力だった。

 言いようのない違和感。いや、まるでこの世界には存在しないような異質感を子猫は感じ、我知らずに怯えてしまう。

 

「……貴方は何ですか?」

 

「おやおや? 気が付いたみたいですね! 俺様の力に! でも教えてあげませぇん!! ばっきゅぅんっ!」

 

 フリードは再び銃から祓魔弾(ふつまだん)を撃ち出し、子猫の左足の太腿は射抜かれてしまう。

 両足を弱点の力で負傷した子猫は、地面にうつ伏せに倒れ伏してしまう。

 

「ううぅぅ……」

 

「あははははははっ!! 芋虫悪魔チビさん!? 自分の足をご覧なさいな!」

 

 言われて子猫は激痛に苦しみながらも両足に目を向け、目を見開く。

 子猫が負傷を負った箇所は、何かどす黒い気配を発する禍々しい黒に染まっていた。

 

「こ、これは!?」

 

「もうその足は終わりでぇぇぇす! 呪いの光を受けたんですからね!! んじゃ、ボスが来るまで俺様の快楽の為に切り刻ませてもらいまぁす!」

 

「……部長……すいません……」

 

 光の剣を構えて近づいて来るフリードの姿に、子猫は無念そうに言葉を漏らした。

 しかし、子猫とフリードの間に突然人影が飛び出し、フリードの凶行を止めようとする。

 

「もうお止め下さい、フリード神父! いくらなんでもやり過ぎです!」

 

「……アレ?」

 

「えっ?」

 

 飛び出して来た人影-シスター服を着た金髪の美少女アーシア・アルジェントの姿に、フリードと子猫は状況を忘れて目が点になった。

 聖職者と悪魔は相容れない存在。にも拘わらずアーシアは悪魔である筈の子猫を庇った。ある意味天地がひっくり返るような事態にフリードと子猫は戸惑う。

 

「あのさぁ、助手のアーシアちゃん。一体何のマネかな? 何でそこのクソ悪魔を庇うのかな?」

 

 アーシアはフリードの助手としてこの民家に結界を張る役を担ってやって来ていた。

 無論、アーシアには子猫の依頼主を殺す気などなかった。悪魔との契約を止めさせる為の説得の為と言われて手伝いに来たのだ。だが、フリードには最初から依頼主を説得する気など無かった。

 己の快楽の為に依頼主を無残な姿に変え、召喚された子猫を一方的に嬲る気しかフリードには無かったのだ。

 最初その光景を目にしたアーシアは足が竦んで動けなくなっていたが、子猫が殺されそうになった瞬間、足が動き割って入った。

 

「ソイツは俺達教会の宿敵だよ? そこんところ分かってる?」

 

「分かってます……けど、いくら悪魔に魅入られたからって、人をあんな酷い姿にして殺したり、相手が悪魔だからって酷い事をするのは間違ってます!」

 

「はぁぁぁぁああああああっ!? 何バカこいてんだよ、このクソアマ! 悪魔はクソな生き物だって、教会で習っただろうがぁ! おまえ、マジで頭にウジ湧いてんじゃねぇのか!? クソアマ!!」

 

「キャッ!!」

 

 聞くに堪えないと言うようにフリードは銃を持った手でアーシアを横薙ぎに叩いた。

 強烈な一撃にアーシアは悲鳴を上げ、床に転んでしまう。頬に痣が出来ているアーシアの姿を子猫は目にし、フリードを嫌悪の視線で睨む。

 

「ったくよぉ。ボスからキミを殺さないように念を押されているけど、なぁ!」

 

「キャアァッ!!」

 

 光の剣でフリードはアーシアのシスター服を下着ごと切り裂き、上半身の裸をアーシアは晒してしまう。

 そのままアーシアの両腕を上げて残っていた裾にフリードは光の剣を突き刺し、アーシアを壁に磔にする。

 

「流石にムカつきマックスになっちまったぁ。まぁ殺さなきゃ良いみたいだし、ちょっとばかしレ○プ紛いな事していいですかねぇ? それ位しないと俺の傷心は癒えそうにないんでやんすよ」

 

 言いながらフリードは、露になったアーシアの両手に収まるような大きさをした美乳に両手を這わせる。

 

「フフフッ、穢れなきシスターが穢れた神父に穢されるってさぁ、ちょっと良くねぇ?」

 

「いやあぁぁぁっ!!」

 

「……最低です!」

 

 女として見るに堪えない光景に、子猫は汚物を見るような視線をフリードに向けた。

 言われたフリードは思い出したかのように片手でアーシアの胸を揉みながら、もう片方の手で銃を子猫に構える。

 

「おっと、アーシアちゃんを犯す前にチビ悪魔を殺さないとダメですよねぇ。ボスが煩いかもしれねぇけど、ちょっと我慢は無理そうなんで、あばよぉクソ悪魔」

 

 フリードがそう告げると共に引き金が引かれ、銃から祓魔弾(ふつまだん)が撃ち出された。

 無念さと悔しさに塗れた子猫の表情に、フリードは歪んだサディスティックな笑みを浮かべ、アーシアは悲痛さに満ちた顔をする。

 だが、祓魔弾(ふつまだん)が子猫に届く直前、家の天井を突き破って赤い両刃の大剣が子猫の前に床に突き刺さり、祓魔弾(ふつまだん)を弾き飛ばす。

 

「な、何ですとぉ!?」

 

「えっ?」

 

「コレは!?」

 

 いきなり天井をぶち破って現れた大剣にそれぞれ目を見開く。

 次の瞬間、更に天井が破壊されフリードの目の前に無謀の赤い仮面をつけて、赤いローブを纏った男が降り立つと同時にフリードの顔面は殴り飛ばされる。

 

『フレルナッ!』

 

「ガバァッ!?」

 

 機械音声のような声と共に殴り飛ばされたフリードは、そのまま背後の壁を突き破って吹き飛んだ。

 男性はすぐさまアーシアを磔にしていた光の剣を握ると同時に破壊し、アーシアを自由にする。

 

「……あ、貴方は?」

 

『……』

 

 男性は何も答えずにアーシアに顔を向けるが、すぐさま顔を逸らして慌てて周囲を見回す。

 両手で胸を隠しているが、アーシアは上半身が裸になっている。流石に着ているローブは渡す事が出来ないので何かないかと男性は探していると、家の者が使っていたと思われる毛布らしき物を一つの部屋から見つけ出す。

 一瞬の内に男性は移動し、毛布を掴み取るとアーシアに羽織らせて裸体を隠す。子猫とアーシアにはいきなり男性の姿がブレて、いきなり毛布が羽織られたようにしか見えなかった。

 しかし、行なった男性は安堵の息を漏らすと、次にうつ伏せになっている子猫に近づき、両足の怪我を目にすると、籠手に覆われている左手を子猫の足に乗せる。

 

「何を!?」

 

 いきなり足に手を乗せられた子猫は思わず叫ぶが、男性は構わずに手を乗せ続ける。

 

Transfer(トランスファー)!》

 

 音声と共に赤い光が発生し、子猫は両足から痛みが和らいで行くのを感じる。

 

『……チユリョクヲ……タカメタ……アトデショチスレバ……ナオルハズダ』

 

 告げながら男性は子猫の前に突き立っていた大剣を引き抜き、呆然としているアーシアの前に立ち、二人を護るように大剣を構える。

 同時に子猫は男性が持つ大剣から悪寒のような気配を感じ取った。自らの天敵に出会ったような異様な感覚に肌が泡立っていると、壁の向こう側から祓魔弾《ふつまだん》が複数飛んで来た。

 しかし、男性は慌てることなく狭い場所にも関わらず大剣を軽やかに振るい、祓魔弾《ふつまだん》を全て斬り落とした。

 

「ま、マジッすか!?」

 

 壁の向こう側から見ていたフリードは、余りにも見事な剣捌きに目を見開いて叫んだ。

 

『……オマエ……ソノチカラ……ドコデテニイレタ!!』

 

「ッ!?」

 

『ヒッ!?』

 

 圧力さえ放つ怒声にフリードは目を見開き、子猫とアーシアは思わず恐怖から声を漏らしてしまう。

 だが、フリードの驚愕は怒声ではなく、その内容の意味の方だった。

 

(コ、コイツ? まさか、ボスの存在を知っているのか!? 不味い!! ボスの存在を他のクソどもに知られるのは!?)

 

 何とかこの場から逃げる手段は無いかとフリードが頭を悩ませていると、突然屋敷内に真紅の魔法陣が出現する。

 一瞬誰もがその真紅の魔法陣に目を向けた瞬間、フリードは笑みを浮かべて懐から閃光弾を取り出して床に叩きつけながら、祓魔弾(ふつまだん)を子猫とアーシアに向かって撃ち出す。

 

「はい! さよならよっと!!」

 

『チィッ!』

 

 男性は閃光に紛れて逃走するフリードを追わずに、子猫とアーシアに迫る祓魔弾(ふつまだん)を再び大剣を使って薙ぎ払う。

 閃光が治まった後には、やはりフリードの姿は存在せず、悔し気に男性は舌打ちしながら真紅の魔法陣に目を向ける。其処には子猫の危機に駆け付けたであろうリアス・グレモリー、姫島朱乃、木場祐斗、ギャスパー・ヴラディ、そして自分から全てを奪った男、兵藤が険しい視線を向けながら立っていた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

人物紹介

 

ミッテルト、カラワーナ、ドーナシーク

詳細:原作と違いアザゼルの密命を受けるほどに立場が向上し、【神の子を見張る者(グリゴリ)】の下級幹部ぐらいの立場になれる筈だった。

 

レイナーレ

詳細:登場はしていないが、原作と違い兵藤を殺す気は全く無く、本心から【神の子を見張る者(グリゴリ)】に勧誘する気だった。だが、レイナーレが兵藤を殺す気が無いと悟った兵藤の内に潜む者が出現し、知識通りに事を進める為に精神操作して兵藤を殺させた。結果、精神操作と敬愛するアザゼルの厳命を破ってしまった事に錯乱してしまい、現在は【神の子を見張る者(グリゴリ)】で治療中。

 

フリード・セルゼン

詳細:原作と違い、方針転換した【神の子を見張る者(グリゴリ)】からも抜け、路頭に迷っていたところを異世界侵攻勢力に勧誘された。その結果、原作よりも強化され、原作第三巻時の時よりも強い。禍々しい呪いの光を操り、食らった相手は治癒力を阻害され、長時間放置すると大変危険な状態になってしまう。因みに異世界の光なので悪魔特攻効果は無い。

 

アーシア・アルジェント

年齢:16歳

詳細:原作通りに教会から追放されたところを【神の子を見張る者(グリゴリ)】が、勧誘して駒王町で落ち合う予定だった。しかし、落ち合う筈だったミッテルト達とは出会えず、フリードに騙されてしまった。




アーシア登場。
原作一巻のヒロイン的な立場なので、この話でもグレイフィアに続くヒロイン候補の一人です。

エピローグを含めて全八話で今回の話は構成していますので、とりあえずそれ以上書く気になったら別作品にします。


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竜人とマッド、そして電子の弟子は赤龍帝4

「子猫ッ!!」

 

「小猫ちゃん!! 大丈夫ですか!?」

 

 転移を終えたリアスと朱乃は即座に床にうつ伏せになったままの子猫に駆け寄る。

 残された兵藤と祐斗、そしてギャスパーは警戒するように、仮面とローブを纏って正体を隠している男性-一誠を警戒するように睨む。特に祐斗は一誠が握る大剣から発せられる気配に目を細め、何時でも飛び掛かれるように腰に差している剣に手を伸ばしている。

 そして兵藤も苛立ちと嫌悪に満ちた視線を一誠に向けていた。

 

(コイツか! イレギュラーは!? 畜生、あの変質者をせっかく消したのにこんなイレギュラーが出て来やがるなんて、おかげで計画がおジャンだぜ!)

 

 自らの計画-ピンチの子猫を颯爽と助けてリアス達の好感度を上げてアーシアも救うと言う計画-を阻まれた兵藤は、親の敵と言わんばかりに一誠を睨んでいた。

 逆に仮面で隠しているが、一誠は戸惑いどうするべきなのか考えていた。この場で兵藤を抹殺する事は出来る。だが、それを行なえばリアス達が敵意を持って襲い掛かって来るのは目に見えている。事情を知っているサーゼクスならともかく、眷属悪魔を大切に思っているリアスが眷属を殺されれば泥沼の戦いになってしまう。

 抹殺したいが抹殺出来ない現状に大剣を握る一誠の右手は震えるが、ソレを何とか抑え込んでいると、子猫の容態を確認したリアスが険しい視線を一誠に向ける。

 

「何者かしら、貴方は!?」

 

『……トオリスガリダ……グウゼンフシゼンナ……ケッカイヲカンチシテ……ヤッテキタ』

 

「そう言われてはいそうですかと、頷くと思う?」

 

『ムリダトオモウガ……シンジテホシイ……ソチラトタタカウキハナイ』

 

「部長……その人が言っている事は本当だと思います」

 

「子猫?」

 

 朱乃に治療を受けていた子猫の言葉に、リアスは顔を向ける。

 

「私の事を助けてくれたのは本当です。だから……」

 

「そう……分かったわ。先ずは私の眷属を助けてくれた事には感謝するわね、ありがとう」

 

『………』

 

 頭を下げたリアスの言葉に一誠は無言で頷いた。

 しかし、リアスはすぐさま顔を上げて一誠に問いただすような視線を向ける。

 

「だけど、一つだけ答えて貰うわ。つい先日この町にやって来たはぐれ悪魔を討伐したのは、貴方かしら?」

 

『……アァ、ソウダ。イキナリオソワレタカラ……オレガ……トウバツシタ』

 

「そうなの……良かったわ」

 

 リアスは心の底から安堵の息を漏らした。

 想像通りに【暴虐の竜人】だったらどうしたら良いのか夜も余り眠れずに不安だったので、違うと判明したリアスは喜ぶ。

 一誠は自身の行動が何かリアスに不安を覚えさせてしまったのかと申し訳ない気持ちを僅かに抱きながら、すぐさま振り払ってリアスからアーシアを護るように立つ。

 

『オレハモウサル……デキレバ……コンカイノコトハミノガシテホシイ』

 

「……分かったわ」

 

『部長!?』

 

 不審者を見逃す事に同意したリアスに子猫を除いた朱乃達は叫ぶが、リアスは構わずに一誠に視線を向け続ける。

 

「私は余り借りを作りたく無いの。貴方は確かに怪しいけれど今日のところは子猫を助けられたし、ソレを対価に見逃して上げるわ」

 

『……カンシャスル』

 

 リアスに頭を一誠は下げると、突然の事態に茫然となって座り込んでいたアーシアの手を握り立たせる。

 

『イコウ……キョウカイニオクル』

 

「は、はい」

 

 優し気に差し出された手をアーシアは握り返そうとする。

 だが、その手をアーシアが握り返す前に、突然一誠はアーシアを突き飛ばした。

 次の瞬間、一誠はその身に赤いエネルギー破を食らってしまう。

 

『ガアァァァァァッ!?』

 

『なっ!?』

 

 突然の攻撃をモロに食らった一誠は苦痛の叫びを上げて壁を突き破って、家の外へと吹き飛んで行った。

 リアス達は、慌てて攻撃を放った張本人である兵藤に顔を向ける。

 

「一誠!? 貴方何を!?」

 

「騙されたら行けませんよ、部長。其処に居るシスターも! ソイツは何か悪い事を企んでいるんですよ!?」

 

「何を根拠に言ってるの!?」

 

(根拠なら在るんだよ、リアス! コイツはアーシアを教会に送るって言っていた! きっとレイナーレどもの一味の一人なんだ!?)

 

 知識からアーシアに起きる未来の出来事を知っている兵藤は、一誠が漏らした教会と言う言葉からレイナーレの一味と判断したのだ。

 

「すぐに俺が化けの皮を剝いでやるぜ! 【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】ッ!!」

 

《Boost!》

 

 兵藤は叫ぶと共に一誠が吹き飛ばされた壁の向こう側に向かって飛び出して行った。

 

「ま、待ちなさい! 祐斗! ギャスパー! 一誠を止めなさい!!」

 

『はい!!』

 

 リアスの指示に慌てて祐斗とギャスパーは兵藤の後を追い駆ける。

 突き飛ばされたアーシアもハッとしたように立ち上がり、外に向かって駆け出した。

 残されたリアスと朱乃は兵藤の行動に苛立ちながらも、未だに思うように立ち上がる事が出来ない子猫の治療を急ぐのだった。

 

「グゥッ! ……(油断した! アイツの考え無しの行動を見抜くのが遅れた!)」

 

(あぁ、まさか、主の方針を無視して行動するとは思ってなかったぞ。十年経てば少しは成長していると思ったが、どうやら全く変わって居なかったようだな)

 

 纏っているローブのおかげで致命傷だけは避けられたが、ダメージは深く大剣を杖代わりにして一誠は立ち上がる。

 同時に家から兵藤が飛び出して来て、一誠に向かって左手から再び赤い閃光を撃ち出す。

 

Explosion(エクスプロージョン)!》

 

「死ね! ドラゴンショット!!」

 

『チィッ!?』

 

 向かって来た赤い閃光を一誠は大剣を使って薙ぎ払った。

 アッサリと自らの技を霧散された兵藤は目を見開くが、すぐさまその身から膨大な魔力を発して一誠に殴りかかる。

 

「オラアァァァァァッ!!!」

 

『クゥッ!!』

 

 膨大な魔力で強化された兵藤の拳を、一誠は大剣を使って防御し続ける。

 しかし、その防御の中で一誠は徐々に苛立ちが募っていた。確かに兵藤の力は凄いと一誠は感じるが、余りにも技術の方が稚拙としか言えなかった。膨大な魔力と偽物とは言え、【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】と同様の力があるとしても、力を振り回しているだけとしか一誠には感じられなかった。

 工夫も何も無い。身に宿る力に溺れている者の戦い方としか、一誠には感じられなかった。

 

(こんな奴に! こんな奴に俺は全部奪われたのかよ!!)

 

「貰った!!」

 

 一瞬防御が甘くなったと感じたのか、兵藤は一誠の胴体に向かって左腕を振り抜く。

 しかし、当たる直前で一誠は体を回転させ、兵藤の拳を軽やかに受け流す。一誠が収める剣技【竜斬剣】には回転体術が組み込まれている。大剣を握ったまま、回転体術を使って隙だらけの兵藤に向かって連撃を叩き込む。

 

「グバアッ!!」

 

 次々と吸い込まれるように一誠の回転体術は兵藤に当たって行き、兵藤は苦痛の声を漏らすが、もう一誠は止まらなかった。

 後の事など関係ない。この場で全てを終わらせると怒りに支配された一誠は、回転体術で体を回転させながら次々と拳を叩き込まれて意識が朦朧となっている兵藤に向かって、回転に寄って加速した大剣を脳天に向かって振り下ろす。

 

『シネッ!! テンリュウザンハッ!!』

 

「させないよ!!」

 

 兵藤に『天竜斬破(てんりゅうざんは)』が決まる直前、横合いから剣を構えた祐斗が飛び出し、更に回転で加速していた一誠の体の勢いが不自然に弱まり、『天竜斬破(てんりゅうざんは)』を祐斗に受け止められてしまう。

 しかし、威力が弱まっても尚、凄まじい威力だったのか周囲に衝撃波が撒き散らされ、祐斗の剣は砕け散り、兵藤と共に吹き飛ばされてしまう。様子を見ていたギャスパーは祐斗に向かって叫ぶ。

 

「ゆ、祐斗先輩!?」

 

「グッ! だ、大丈夫だ、ギャスパー君!」

 

 苦痛の声を漏らしながらも祐斗は立ち上がり、新たな魔剣を出現させて両手で握り締め、一誠を、正確に言えば一誠が握る大剣を親の仇と言わんばかりに睨みつける。

 

「先ず最初に謝っておくよ。仲間が悪い事をしたね」

 

『ナラミノガスッテ……メジャナイヨナ?』

 

「兵藤君が君にした事は気に入らないけれど、個人的に君には聞きたい事があってね……その剣は『聖剣』。しかもエクスカリバーと見たけど如何だい?」

 

『……』

 

「沈黙は肯定と取らせて貰うよ」

 

 無言となった一誠に祐斗の迫力が増す。

 木場祐斗にとって聖剣、その中でもエクスカリバーは重要な代物。必ず七本全てを破壊すると祐斗は心に誓っている。

 

「コレでもエクスカリバーについてそれなりに知っているつもりだったけれど、そんな形のエクスカリバーは知らない。だけど放っているオーラはエクスカリバーのオーラ。つまり、君の持つエクスカリバーは行方不明の七本目のエクスカリバーと見たけれど?」

 

『……コタエルコトハ、デキナイ』

 

「なら、力づくで話して貰おうかい」

 

 祐斗の覇気が増し、一誠も大剣を構え直す。

 だが、内心で一誠はジクジクと痛む体に焦りを覚えて居た。

 

(不味いよな)

 

(あぁ、不味いぞ、相棒。さっきのダメージが残っている状態で『天竜斬破(てんりゅうざんは)』を使ったのが致命的だった。本来ならばあの技は禁手状態でしか使えない技だ。それを感情に任せて使ってしまったせいで、相棒の体にもダメージが来ている。力を抑えた状態で使ったおかげでダメージは深くは無いが、その前の一撃でのダメージを合わせるとかなり不味い状態だぞ)

 

(あぁ、本当に俺は馬鹿だぜ。スレイヤードラモン先生が知ったら怒られるよな)

 

(怒るに決まってるさ。それでどうする、相棒? 奴が気絶している今、使うか?)

 

 先ほどの衝撃波で兵藤は意識を失っている。

 今ならば【赤龍帝】として動けるかもしれないが、一誠は祐斗以外にもう一人、祐斗の背後に立つギャスパーを警戒していた。先ほど一瞬だけ自身の動きが鈍くなったのを一誠は覚えて居る。

 恐らくその原因はギャスパーに在ると一誠は見抜いていた。同時に何か悪寒のようなモノを一誠はギャスパーから感じていた。油断しては行けない相手だと、一誠は直感する。

 何か打開策は無いかと一誠が考えていると、祐斗と一誠の間にアーシアが飛び込んで来る。

 

「もう止めて下さい!! この人は私達を助けてくれたんです!!」

 

「君は!?」

 

(今だ!!)

 

 飛び込んで来たアーシアに祐斗の気が一瞬逸れたのを感じた一誠は、全力で大剣を地面に叩きつける。

 

「キャアッ!!」

 

「しまった!?」

 

 衝撃波と共に巻き起こった土煙によって一誠とアーシアの姿は消え去る。

 そして土煙が落ち着いた後には、一誠とアーシアの姿は何処にも存在せず、祐斗は悔し気に顔を歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 駒王町の一誠とアーシアが出会った公園。

 その場所にアーシアを抱えた一誠が飛び込んで来て、アーシアをゆっくりと地面に下ろすと、一誠は荒い息を吐きながら膝をつく。

 

『ハァ、ハァ、ハァ』

 

「だ、大丈夫ですか!? すぐに治療を行ないます!」

 

『ア、アリガトウ……アーシア』

 

「えっ?」

 

 治療の為に胸に手を当てられた一誠は、思わず失言を漏らしてしまう。

 何かに気が付いたかのようにアーシアは目を見開き、治療しながら恐る恐る一誠に質問する。

 

「……もしかして……イッセーさんなんですか?」

 

『……』

 

「イッセーさんなんですね?」

 

 沈黙する一誠にアーシアは確信したように質問を繰り返した。

 その質問に一誠は申し訳なさそうな動きでゆっくりと仮面を取り、本当の顔をアーシアに晒す。

 

「……先に謝っておく。君に最初に会った時も姿を幻術で変えて居たんだ。コレが俺の本当の素顔だ」

 

「そ、その顔は!?」

 

 アーシアは一誠の顔に目を見開いた。

 一誠の顔は、先ほど一誠がボコボコにした相手である兵藤と瓜二つの顔をしていた。

 

 

 

 

 

 パアンッと乾いた音がオカルト部の部室内に木霊した。

 叩かれた兵藤は床に尻持ちをつきながら、自身の頬を叩いた主であるリアスを茫然と見つめる。逆にリアスは怒り心頭の顔で兵藤を見下ろしていた。

 

「一誠。貴方はとんでもない事をしてくれたわね」

 

「ぶ、部長?」

 

「旨く場を治める事が出来ていたのに、私の命令を無視して勝手に判断して相手に攻撃行為。相手がもしも他勢力の重要人物だったら、どうなると思っているの貴方は!?」

 

 リアスは本気で兵藤の行いに怒っていた。

 今現在三勢力は冷戦に近い状態にある。何時戦争に発展するかもしれない危機的状況にあるのだ。

 その中で祐斗の報告から先ほどの人物が聖剣を、しかも有名過ぎる聖剣エクスカリバーを所持している可能性が在る事が報告されている。子猫を襲った相手がはぐれ神父と言うはぐれ悪魔と同じように危険視される類の相手だった事を考えれば、もしかしたらはぐれ神父を追って来た正規の教会関係者だった可能性もあるのだ。

 そんな相手に何の証拠もなく、思い込みとしか思えない行動だけで攻撃した事は不味過ぎるどころの騒ぎではない。失敗すれば戦争に発展するかもしれない危険行為なのだ。

 

「部長……残念ですが、相手の痕跡は見つけられませんでしたわ」

 

「そう」

 

 転移して来た朱乃の報告に、リアスは表情を険しくする。

 相手だって馬鹿ではない。攻撃された相手の追跡を考えて、痕跡を残さないように逃走するのは当然の事だった。だが、今のリアス達にとっては不味過ぎる。相手側に正式に謝罪する為にも居所を見つけないと行けない。

 

「……不味いわね。何とか謝罪をしないといけないのに」

 

「ぶ、部長!」

 

「……何かしら、一誠?」

 

 怒りに満ちた視線を兵藤にリアスは向けながら質問した。

 底冷えするような視線に戸惑いながらも、少しでも自身の評価を戻す為に兵藤は告げる。

 

「お、俺! あのシスターに見覚えがあります! 確かこの町の教会にやって来たシスターなんですよ!」

 

「教会? あぁ、あの廃棄された教会の事ね」

 

 自らが管理する領地故に、廃棄された教会の事もリアスは知っている。

 廃棄されたとは言え、教会は悪魔が近づく訳には行かないので放置していたのだが、その教会にシスターが赴任して来たとなれば確かに怪しい。

 

「ほら変だと思いませんか? 廃棄された教会なのにシスターがやって来るなんて変ですし、その教会に連れて行こうとしたアイツも変ですよ! きっと良からぬ事を考えているんですよ!」

 

「……確かに廃棄された教会は堕天使やはぐれ神父達の根城にされている事はありますけれど」

 

「……もしかしたら、一誠を殺した堕天使は、其処に居るかも知れないわね」

 

 教えられた情報に朱乃とリアスは難しい顔をしながら考え込む。

 その様子に矛先が変わった事を兵藤は安堵し、次に沸き上がったのは怒りと屈辱だった。

 

(クソ! 油断したぜ! イレギュラーなんだからそれなりの実力が在ると思うべきだった! 美味しい場面で禁手を使うべきだと思っていたが、次は最初から使ってあのイレギュラーを葬ってやる!)

 

 兵藤はそう考えながら、明日には起こるであろう戦いでリアス達の好感度を取り戻す事を誓うのだった。

 

 

 

 

 

 深夜に近い時間帯。

 一誠は公園のベンチに横になりながら、渡された赤いローブを羽織ったアーシアの治療を受けていた。

 アーシアの治療のおかげでダメージが回復して行き、一誠は気持ちよさに安らかな息を漏らす。

 

「ハァ~、アーシア。ありがとう。何だか気持ち良いよ」

 

「いえ、これぐらいは……イッセーさんはまた私を助けてくれましたし……あのイッセーさん?」

 

「……聞きたい事はアイツと俺の関係かな?」

 

「は、はい……失礼ですけど、ご兄弟なのですか?」

 

「違う……アイツは俺から何もかも奪ったんだ。家族も名前も……そして人間としての俺も」

 

「……そ、それはどう言う事ですか?」

 

 一誠の言葉の意味が分からず、恐る恐るアーシアが質問すると、ゆっくりと一誠は右手を掲げる。

 一見すれば人間にしか見えない腕。アーシアがその右手に目を向けた瞬間、一誠の右手は変化し、赤い鱗に覆われた異形の手に変わった。

 

「そ、その手は!?」

 

「……ドラゴンの手だよ。俺も実はアーシアと同じように力を持っているんだ。まぁ、アーシアと違って優しい力じゃないけど」

 

 ゆっくりと一誠は体を起こしてベンチに座り直し、アーシアも何となくその横に座る。

 

「……十年前ぐらい、俺はこの町で暮らしていた。毎日にやんちゃで馬鹿をやったりしていたよ。だけど、ある日の夕方にアイツが現れた」

 

「さっきの一誠さんにそっくりな人ですか?」

 

「あぁ……最初は驚いたよ。いきなり自分のソックリさんが現れたんだからな。そしてアイツは俺をボロボロにしやがった」

 

「ボロボロって? ……まさか!?」

 

「想像通り、半死半生にされたよ。アイツは『俺が兵藤一誠』だって言って、さっき見たような赤い閃光の攻撃を放った。その時に目覚めたんだ。俺の中で眠っていたドラゴン、【赤龍帝】ドライグが」

 

 そう告げながら一誠は左手の籠手に嵌めていた腕輪を外し、【龍の籠手《トウワイス・クリティカル》】に変化していた籠手は【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】に戻った。

 

『初めましてだな、アーシア・アルジェント』

 

「籠手から声が!? も、もしかして貴方が!?」

 

『ウェルシュ・ドラゴン。【赤龍帝】ドライグだ。話の続きだが、目覚めた俺は相棒を危機から護る為に相棒に代価を求めて神器の禁じ手である不完全な禁手を発動させた。そのせいで相棒の体は殆どドラゴン化しているのさ。今一緒に同居している女の存在が無ければ、相棒は幻術魔法を使い続けなければ最早一般的な生活は無理だな』

 

「じょ、女性の方と暮らしてるんですか!?」

 

「ドライグ!? 何余計な事を言ってるんだよ!?」

 

『ククククッ、先に話しておいた方が良さそうだったからな』

 

 何処か意地悪そうにドライグは笑いながら、僅かにショックを受けているアーシアと狼狽えている一誠に告げた。

 

「たくっ! まぁ、その後は今の俺の師匠の一人に命を助けられて、この町からずっと離れていたんだ」

 

「……ご家族の方は気づかれなかったんですか?」

 

「……見たいだ。別の俺の師匠の話だと精神操作の疑いがあるんだ。だから、十年前に俺は全部奪われたのさ」

 

「……」

 

 一誠に起きた悲劇にアーシアは何も言えなくなった。

 普通に生きていただけにも関わらず、一誠はある日突然全てを奪われた。その時に一誠が感じた絶望をアーシアは想像する事は出来ない。だが、自身の事情を話してくれた一誠に答えようと、アーシアは口を開く。

 

「私、生まれてすぐ親に捨てられたんです」

 

 其処から語られたのは救いのない【聖女】と崇められた少女の物語だった。

 ヨーロッパの片田舎の教会に一人の女の子の赤ん坊が捨てられていた事から話は始まった。

 孤児院を兼ねた教会で捨てられた赤ん坊の女の子は育てられた。その子の転機が訪れたのは、八つの時、迷い込んで来た怪我をした子犬の傷を治癒してしまった時だった。偶然それを目撃したカトリック関係者に寄って、大きな教会本部に連れていかれた。

 それからは来る日も来る日も、世界中から訪ねてくる信者の病や怪我を治す日々だった。【聖女】として祭り上げられた。少女は寂しさを覚えて居たが、それでも嬉しかった。神から与えられた力で苦しんでいる人々を助けられる事が嬉しかった。

 だが、そんな少女に呆気ないほどの破滅と絶望は簡単に訪れた。ある日、大怪我をして倒れている男性を少女は目にし、すぐさま治療した。治療を終え、男性を助ける事は出来た。しかし、それが破滅の要因だった。

 少女は気が付いて居なかったが、男性の正体は人間ではなく悪魔だったのだ。そして悪魔を治療したところを教会関係者に目撃され、【聖女】と祭り上げられていた少女は悪魔を癒してしまったことで【魔女】の烙印を押されて教会を追放された。

 

 それから少女は各地を放浪する日々になり、ある日堕天使の組織に勧誘されてこの町に訪れる事になった。

 

 全てを聞き終えた一誠が感じたのは怒りだった。

 勝手に【聖女】と祭り上げながらも、都合が悪くなれば【魔女】として追放した教会。

 そして辛い日々を過ごしていても、頑張っていたアーシアに、人殺しの片棒を担がせたフリード・セルゼン。

 それらに対して怒りが込み上げて来て、どうにかなりそうだった。だが、そんな一誠にアーシアは更に話を続ける。

 

「きっとこれは、主の試練なんです。この試練を乗り越えれば、いつか主が私の夢を叶えてくださる。そう信じてるんです」

 

「……夢?」

 

「はい……たくさんお友達ができて、お友達と一緒にお花を買ったり、本を買ったり、お喋りしたり……そんな夢です」

 

 【聖女】と呼ばれた者が余りにも小さな願い。それこそ簡単に叶えられそうな願いに思えるが、それがどれだけ難しく険しい願いなのかを一誠は理解出来る。

 

(……やっぱ、駄目だよな)

 

 一誠はアーシアの願いを聞いた瞬間、未練が吹っ切れた。

 自身が歩む事になる道は、最早日常と言えるものを送る事が出来ない道。その道に純真で優しい願いを持つアーシアを巻き込めないと一誠は思い、ゆっくりと外していた仮面を身に着ける。

 

「イッセーさん?」

 

『オクルヨ、アーシア……オレニデキルノハ……モウ……ソレグライシカナイカラ』

 

「……はい」

 

 アーシアは一誠の言葉に寂しげな顔をしてベンチから立ち上がり、一誠は無言のままアーシアを教会に連れて行こうとする。

 だが、突然複数の殺気を一誠は感じ取り、アーシアを護るように一誠は大剣を出現させて構える。

 

『イルノハ……ワカッテイル。デテコイ』

 

『……ホウ、サスガハイレギュラー……イヤ、アノドラゴンノシトダナ』

 

「ッ!?」

 

 夜の闇から聞こえて来た異質過ぎる声に、アーシアは怯え思わず一誠に抱きついてしまう。

 安心させるように一誠は大剣を握って居ない片手でアーシアの頭を撫でて、夜の闇の間から出て来た三人の堕天使を睨みつける。

 

「ドーナシークさん!? ミッテルトさん!? カラワーナさん!?」

 

『イヤ、チガウッ!』

 

 この町で会う筈だった三人の堕天使の姿にアーシアは叫ぶが、一誠は否定した。

 最早三人の堕天使は別の存在になっていると一誠は直感した。何せ三人の体からはこの世界と合わない異質な気配が満ち溢れている。

 仮面越しに一誠は三人の堕天使を睨むが、三人の堕天使は歪んだ、見ているだけで嫌悪感と異質感を感じさせる不気味な笑みを浮かべる。

 

『ショウジキ……予想外ダ……アノドラゴンガ……マサカ、世界の内にカンショウする術をモッテイタトハ……重要人物をケシテ安堵してイタガ……ヤハリ……アマク見るベキデハナカッタカモナ……クククククッ』

 

 三人の堕天使はそれぞれの声で同じ言葉を呟き、嘲りに満ちた笑い声を上げた。

 その様子にアーシアは恐怖を感じる。ドーナシーク、ミッテルト、カラワーナから感じる気配は、決して相容れる事が出来ない存在なのだと本能から悟れた。

 対して一誠は真の敵が動き出したと感じ取り、大剣を握る右手を震わせ、仮面越しから睨みつける。

 

『ヨウヤクアエタナ!』

 

「えっ?」

 

 一誠の言葉にアーシアは、ドーナシーク達を操っている相手を知っていると悟り目を向ける。

 しかし、一誠はアーシアの視線に構わずにドーナシーク達を睨み続ける。それに対して三人の堕天使は笑みを深めるが、戦う気は無いと言うようにまるで出来の悪い人形劇のように同時に両手を広げる。

 

『マァ、待て……キョウハ戦いに来たのではナイ。ソコニイルカトウ生物をワタシてクレルだけで……ヒコウ』

 

『フザケルナ!! ソレニ! アーシアヲ、ブジョクスルナ!!』

 

『イヤ、ヒクノハ本当だ……アノ迂闊者ハ……オモッタヨリモ愚かでナ……セッカク……悪魔勢力ニ……ハイリコメタノニ……失敗続きデ……キリステラレソウナノダ……迂闊に精神汚染モ……デキナイので……人形二出来ない。ワレらと……この世界のソンザイノ、セイシンコウゾウのチガイガゲンインなのだろうが……精神汚染をツカエバ、この人形ドモのような形でしか制御……デキナイノダ』

 

『オマエ!!』

 

 相手の言葉に一誠は怒りの声を上げ、全身からドラゴンのオーラが発せられる。

 圧力を伴うようなオーラにアーシアは驚くが、不思議と恐怖は感じず、寧ろ安心感を感じていた。逆に三人の堕天使は一誠のオーラに危機感を僅かに覚えて、口元から笑みが消える。

 

『……サスガハあのドラゴンのシト……スバラシイ力だ……ダガ、既にオソイ……ワタシガ訪れて十年間……ナニモしていないとオモッテイタノカ?』

 

『ナンダッテ?』

 

『ワタシハ、ヤツノ知識をリヨウする為に……ミズカラノ分化をオコナイ……各勢力ニ……ワタシヲ潜り込ませた』

 

『なっ!?』

 

 告げられた事実に一誠は驚愕した。

 目の前の堕天使三人に宿っている意思の源だと思われる者が宿っていると考えられる兵藤は、一誠の師であるフリート達が監視していた。女性を兵藤が時たま襲っている以外に怪しい行動はしていないと思われていたが、実はフリート達の監視を逃れて、目の前の存在も動いていたのだ。

 

『既に……ワタシノ一部は教会とイウ組織ニモハイリコンデいる。このイミがワカルトオモウガ?』

 

『マサカ!?』

 

『ソウ……ソコニイルカトウセイブツが、出身シタトイワレルコジイントヤラ焼くぐらい……造作もナイノダ』

 

「そ、そんな!?」

 

『テメエッ!?」

 

 非道な行ないを平然と言う相手にアーシアは悲痛な声を上げ、一誠が怒りに満ちた声を上げた。

 だが、迂闊に怒りに任せて飛び掛かる事は出来ない。飛び出せば、その後に待っているのはアーシアが育った孤児院が最悪の運命を辿ってしまう。

 

『サァ、下等生物……一緒ニキテモラウゾ……キサマハ……貴重な贄ナノダカラ!』

 

『ザケンナ!! ソンナコトヲイワレテ! ダマッテイラレルカヨ!!』

 

「……分かりました」

 

『アーシア!?』

 

 自身の背後から出たアーシアに、一誠は叫びながら手を伸ばす。

 それに対してアーシアは振り返ると、満面の笑みを浮かべる。

 

「助けて貰ってありがとうございました。お話出来て嬉しかったです」

 

 アーシアは一誠の名を呼ばなかった。

 事情があって正体を隠しているのだと、短い間でアーシアは悟っている。最後に仲良くなった相手の名を呼べない事に寂しさを感じるが、ソレを悟られないように一誠に笑みを向け続ける。

 

「さようなら」

 

 その言葉と共に堕天使達の羽が舞い散り、アーシアと共に消え去った。

 一誠はゆっくりと右手から大剣を地面に落とし、膝をついてしまう。

 

『……チクショオ……チクショオォォォォォォォッ!!!!』

 

 力を得ても尚味わった敗北に、一誠は夜空に向かって悔し気な咆哮を上げるのだった。




一誠の敗北でした。
実力は在ったのですが、一番重要なものが足りなかった故に敗北。

次回は再起と【赤龍帝】が遂に動きます。


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竜人とマッド、そして電子の弟子は赤龍帝5

 翌日の早朝。

 仮面を外した一誠は、家に帰る事もせずに呆然と公園のベンチに座り続けていた。

 思い出すのは昨晩連れて行かれたアーシアの満面の笑みながらも、寂しさと悲しさしか感じられなかった笑み。

 強くなったと自分では思っていた。今度こそ失わずに済むだけの力を得られたと思っていた。だが、現実は違っていた。運命に翻弄された悲し過ぎる少女を救う事さえ一誠には出来なかった。

 悔しさしか感じられずに一誠は顔を俯かせて震えていると、一誠の体を人影が多い、一誠はゆっくり顔を上げる。

 

「全く……何してるんですか、一誠君?」

 

「……イッセー」

 

「フリートさん……それにグレイフィア」

 

 何時もの白衣姿のフリートと、メイド服を着たグレイフィアが心配そうに一誠を見ていた。

 

「その様子だと何かあったようですね?」

 

「……フリートさん……俺、俺」

 

 一誠はゆっくりと悔し気な声で昨晩起きた事を語り出す。

 聞き終えたフリートは不機嫌さに満ちた顔をし、グレイフィアは一誠が味わった敗北の悔しさを思って強く一誠を抱き締める。

 

(まさか、私達の監視網を破って各勢力の分体を送り込んでいるなんて……油断しましたね)

 

 完全にフリート達も油断していたとか言えなかった。

 実際ミッテルト達に何かをやった映像は捉えていたので、早期に一誠を動かす事が出来たし、急いで戻って来る事も出来たのだ。しかし、実際は各勢力に分体を送り込むと言う行為まで行なっていた。

 これまでの監視している映像からは怪しい動きが見れなかったが、相手は未知の世界からの侵略者。

 フリートでさえも見逃すような手段を使った可能性は充分に考えられる。

 

(しかし、一体どうやって? 魔力の確認もしていまいましたし、あの偽物の被害者だった女性達も入念に検査した筈……ん?)

 

 フッとフリートの脳裏に違和感のようなものが過り、兵藤のこれまでの監視していた映像を覚えて居るだけ念入りに思い出す。

 

(女性を襲う? 行為の記憶消去はされていた。精神異常も確認出来なかった。これ等は私以外も確認したので間違いないです……記憶消去!? まさか!?)

 

 脳裏に浮かんだ一つの推測をフリートは入念に吟味する。

 兵藤が影で行っていた女性を襲う姿は監視映像から確認出来ていた。だが、事情が事情だけに行為が終わった後に記憶を消されて彷徨っている時に、フリート達は保護して検査や治療を行なっていた。

 その結果、何の問題も無かったので見逃していたが、他者の記憶を消去出来ると言う異常を見逃していた。

 別世界の魔導文明の極致を継承しているフリートをもってしても、他者の記憶の完全消去技術はこの世界に来るまで得る事は出来なかった。記憶とは人格を構成する上に重要な部分を占めている。

 昨夜兵藤と戦った一誠からの証言では、兵藤の戦闘技術は稚拙で得た力を振り回しているだけ。だが、もしも自分の欲望を叶える技術だけは入念に訓練していたとすれば、当然実験体にされた相手が居る筈。

 すぐさまフリートは手元に空間ディスプレイを展開し、自分達がこの世界に最初に訪れる前に何か無かったかと確認する。

 

「……ありました。コレですね」

 

 表示された情報にフリートは険しい声で呟いた。

 十年前、フリート達が兵藤の監視に乗り出す前に、数名の子供が精神異常を起こして入院する事件が駒王町で起きていた。

 その子供達は今でも精神病院に入院しているが、この子供達に精神体を入り込ませ、その後に次々と別の人間に憑依する。或いは取り込んで他勢力に入り込む事は出来る。この世界では表では知られないようになっているが、裏では悪魔や天使、堕天使、そして神話勢力の存在はそれなりに知られているのだから。

 

「やってくれました。私達が来る前に既に動いていたんですね。しかし、これまで動かなかったと言う事は、まだ私達の存在に気が付いてはいないようですね」

 

 ならば、対抗手段はすぐに行う事が出来る。その為に別の地に居るリンディに連絡を取ろうとするが、その前に今だ落ち込んだままの一誠に顔を向ける。

 

「……ハァ~、それで何時まで落ち込んだままでいるんですか?」

 

「……何も出来なかったんです……俺は……アイツに連れて行かれたら、アーシアがどうなるのか分かるのに俺は……アーシアを止める事も出来なかったんですよ!!」

 

「イッセー、それは!?」

 

「強くなったと思っていたんだ!? なのに女の子一人護れなかった!!」

 

「……それは当然の結果でしょう」

 

「ッ!?」

 

 平然と言い放ったフリートを一誠は顔を上げて睨むが、フリートは構わずに一誠を睨み返す。

 

「一誠君。貴方には覚悟が無かったんですよ。そのアーシアって子を護り抜く覚悟がね」

 

「お、俺は……」

 

「貴方の事情? グレイフィアさんが居る? そんな事は言い訳ですよ。兵藤一誠。貴方にはどんな手を使ってもアーシア・アルジェントを護り抜く覚悟が無かった。ただそれだけです」

 

「……覚悟」

 

 言われて一誠は気が付く。

 そう一誠には覚悟が無かった。アーシアをどんな手を使っても護り抜くと言う覚悟が。

 遠く離れた地で起きる出来事を防げない。だったら誰かに頼れば良い。

 敵の能力に自分だけでは対処出来ない。なら誰かに相談して対処法を考えれば良い。

 一人で全てを行なえる者など居ない。自身の師の一人である圧倒的な力を持つブラックでも出来ない事が在る。

 それに気が付いた一誠の手をグレイフィアは強く握りしめる。

 

「私は何が在っても貴方と共にある。貴方は大切な人で在り、私が生涯の忠誠を誓った主。命じて下さい、一誠様」

 

「……グレイフィア。俺はアーシアを助けたい! 力を貸してくれ!」

 

「畏まりました」

 

 グレイフィアは胸に手を当てながら膝をついて返答した。

 フリートは漸く覚悟を決めた一誠に笑みを向けると、すぐさまポケットから携帯を取り出してリンディと連絡を取る。

 

「もしもし! リンディさん! 実はですね」

 

 一連の経緯をフリートはリンディに説明し、すぐさま対策を練り、リンディが動き出す。

 それを確認したフリートは携帯を切り、一誠とグレイフィアに笑みを向けながら告げる。

 

「さて! コレで舐めた手段を使おうとしている奴への対策は終わりました。一誠君、グレイフィアさん。後は任せましたよ!」

 

「フリートさん……本当にありがとうございました!!」

 

 本来ならばフリートも動くべきなのだろうが、敵側に他の世界まで動いている事をまだ知られる訳には行かない。

 動けるのは一誠とグレイフィアの二人だけ。だが、フリートには不安は無い。覚悟を決めたこの主従に敗北など在り得ない。敵側は知る事になる。龍の逆鱗に触れてしまった事の恐ろしさと、その龍に付き従う女性悪魔最強に名を連ねても可笑しくない銀髪の悪魔の恐ろしさを。

 

 

 

 

 

 夕暮れに染まった廃教会。

 その廃教会にリアス・グレモリーは、今だ負傷から回復していない子猫を除いた眷属を連れてやって来ていた。

 

「此処が例の教会なのね? 一誠」

 

「はい。あのシスターは確かに此処で見ました」

 

 リアスの質問に兵藤は自信満々に返事を返した。

 その姿にリアスは頭が痛そうに額を押さえるが、何とか頭痛を堪えて廃教会を見据える。

 此処に来た目的は、昨夜兵藤が攻撃してしまった仮面の人物を見つけて謝罪する為だった。何せ相手は伝説の聖剣エクスカリバーの一本を所持しているかもしれない人物。今更遅いかもしれないが、戦争を回避する為にも出来るだけの事をしなければならない。

 最悪の場合を考えて兄で在り魔王であるサーゼクスには、一連の件に関して昨夜の内に報告してある。

 

(お兄様も何処か焦ったようにしていらしたから、やっぱり他勢力の重要人物の可能性が高いわね。何としても戦争だけは回避出来るようにしないと)

 

 覚悟を決めたリアスは、眷属達と共に廃教会内に足を踏み入れる。

 その先に待っていたのは。

 

「やぁやぁやぁ! 待っていましたよ、クソ悪魔さん一行の方々!!」

 

 パチパチと拍手しながら銀髪の少年神父-フリード・セルゼンが柱の影から姿を現した。

 

「貴方は?」

 

「おやおや? 紅髪のクソ悪魔さんは、あのチビクソ悪魔から俺様の事聞いてませぇん? アレだけ痛めつけて上げましたのに!」

 

「……そう貴方が子猫を傷つけたはぐれ神父ね!」

 

 フリードの言葉から大切な眷属である子猫を傷つけた犯人だとリアスは察し、全身から魔力を発する。

 朱乃も笑みを浮かべながら電撃を発し、祐斗は魔剣をフリードに向かって構え、ギャスパーは赤く輝く瞳で睨みつける。兵藤も遅れて【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】を構えるが、現状が自分の知識と違い過ぎて内心では戸惑っていた。

 

(ど、どうする!? 本当ならリアスや朱乃は、別行動する筈なのに、俺とアーシアが出会ってないせいで一緒に来やがった! クソッ!! コレじゃ好感度アップのイベントが起きないだろうが!? フリードなんて雑魚キャラじゃ、子猫を除いたグレモリー眷属全員を相手に勝てる訳がねぇだろう!!)

 

 兵藤の知識の中にあるフリード・セルゼンの実力は、初期のリアス達にも及ばない雑魚。

 原作では運よく逃げ延びる事が出来たが、子猫を傷つけられて怒り心頭のリアス達が逃がす訳が無い。

 確かに兵藤の知るフリードでは、リアス達には勝てない。だが、兵藤はまだ理解していなかった。自身と言う存在が現れた事に寄って、世界が大きく変化してしまっている事を。

 

「来てくれた皆ぁさまには、大勢で歓迎いたしやしょう!!」

 

 フリードが大仰な動きで指をパチンと鳴らすと共に、周囲の座席から三つの影が教会内に飛び上がった。

 リアス達が飛び上がった影に目を向けてみると、虚ろな瞳をしたドーナシーク、ミッテルト、カラワーナが宙に黒翼を広げて浮かんでいた。

 

「堕天使!?」

 

「ですが、部長! 何か様子が変ですわ!」

 

「正解ぃでぇす! こいつらはもう俺っちの人形なんすよ!」

 

「人間が堕天使を支配したっていうの!?」

 

 フリードの言葉に意味に気が付いたリアスは目を見開き、他の面々も驚愕しながら三人の堕天使を見つめる。

 

「さぁ、パーティーの始まりだぁぁぁぁっ!!」

 

 咆哮が上がると共に三人の堕天使はリアス達に向かって突進して来る。

 それに対してリアスは瞬時に指示を自らの眷属達に向かって告げる。

 

「ギャスパー!!」

 

「は、はい、リアス部長!!」

 

 リアスの指示の意味を察したギャスパーは、即座に神器封印効果を持った伊達眼鏡を外し、【停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)】を発動させて三人の堕天使を睨む。

 【停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)】は、使い手次第では在るが全ての時間を否応なく停止させる反則級の力を宿している。何よりもギャスパーは才能に溢れ、日夜努力も積み重ねている。上級の堕天使ならばともかく、下級堕天使ならばギャスパーの力で三人の堕天使の時が止まるとリアス達は確信していた。

 だが、リアス達の確信を裏切るように三人の堕天使は停止せずに突進して来る。

 

「と、止まりません!!」

 

「そんな!?」

 

「部長! ハァッ!!」

 

 ギャスパーの力が通じなかった事に驚愕して動きが止まってしまったリアスを護るように、魔剣を持った祐斗が飛び出し、腕を振るって来たミッテルトの一撃を防ぐ。

 

「グッ! ウワァッ!!」

 

「祐斗!?」

 

 異常なほどに重い一撃に耐え切れず、祐斗は壁へと吹き飛ばされてしまった。

 リアスは信じられないと言う気持ちでミッテルトに目を向けて目を見開く。祐斗を殴ったミッテルトの手は半ばまで祐斗が握っていた魔剣が深々とめり込んでいるのに、当のミッテルトは痛みを感じていないのか虚ろな瞳をリアスに向けていた。

 異常過ぎる光景にリアス、朱乃、ギャスパーは一瞬茫然とするが、ミッテルトに続き、ドーナシーク、カラワーナが殴りかかって来た。

 

「クッ! 食らいなさい!!」

 

「雷よ!!」

 

 迫って来るドーナシークにリアスが滅びの魔力を、カラワーナに朱乃が雷を撃ち放った。

 二体の堕天使にリアスと朱乃の攻撃はまともに食らうが、やはり自身の身に酷い傷を負っても尚、攻撃の勢いは全く止まる事無くリアスと朱乃に襲い掛かる。

 

『ガァァァァァァァッ!!』

 

「な、何なのコレは!?」

 

 体の一部が消滅したり焼け焦げたりしても止まらないドーナシークとカラワーナに僅かに恐怖を感じながらも、リアスと朱乃は悪魔の翼を広げて宙に浮かぶ。

 ドーナシークとカラワーナは無茶な軌道をして背の翼が折れる音を響かせながらも、リアスと朱乃を追い駆ける。

 

「あんな事をしたら体が!?」

 

「えぇ、持つ筈がありませんわ! 部長ッ!! 此処は相手の消耗を待ちましょう!」

 

「そうね!」

 

「ご相談してますが、ざぁぁぁんねぇぇん!!」

 

『ッ!?』

 

 フリードの嘲りに満ちた声が響くと共に、ミッテルト、ドーナシーク、カラワーナの体が淡い光に包まれ、負った傷が癒えて行く。

 

「コレは!?」

 

「クソ悪魔さん達が来る事を知っていて何も仕掛けてないとおもいやした? 今この教会内には特殊な仕掛けが施してあるんすよ! 人形どもは痛みを感じませんし、まさに不死ってねぇ!! あっ、因みにこの方々は操られているだけで、殺したりしたら大問題になりまぁす!」

 

「なら、操り手の君を倒せば良い筈だ!!」

 

 壁に吹き飛ばされていた祐斗が凄まじい速さで新たな魔剣を握りながら、フリードに飛び掛かった。

 

「ハアァァァァッ!!」

 

「おっと!!」

 

 祐斗が振るって来た魔剣を、フリードは瞬時に懐から取り出した柄から発生させた光の剣で受け止めた。

 そのまま二人は剣戟を開始し、凄まじい速さで応酬を繰り返す。

 

「やりやすねぇ。クソ悪魔の分際で!!」

 

「君もね! だけど、此処は勝たせて貰うよ! ハァッ!!」

 

 全力を込めて祐斗は魔剣を振り下ろし、フリードも光の剣を振り抜き甲高い音が響く。

 拮抗し合い、鍔迫り合いが続くが祐斗が笑みを浮かべると共にフリードの光の剣が祐斗の魔剣に吸い込まれていく。

 

「コレはぁ!?」

 

光喰剣(ホーリー・イレイザー)。光を食らう魔剣! 君の光を消させて貰うよ!!」

 

「そ、そんなぁ!? ……事が在ると思ってんすか、クソ悪魔さん!!」

 

『ッ!?』

 

 フリードの言葉と共にビキッと祐斗の魔剣から音が鳴り、次の瞬間祐斗の魔剣は粉々に砕け散った。

 

光喰剣(ホーリー・イレイザー)が!?」

 

「俺っちの光が、クソ悪魔の剣なんかで消せるかよ! バッキュウン!!」

 

「ガアッ!!」

 

 驚愕で動きが止まってしまった祐斗に、瞬時に懐からフリードは銃を引き抜いて祓魔弾を放った。

 直前の出来事で無防備になっていた祐斗の腹部に祓魔弾は直撃し、床に倒れ伏してしまう。

 

「祐斗!」

 

「祐斗君!?」

 

「祐斗先輩!?」

 

「グッ、こ、コレは!?」

 

 リアス達の声に祐斗は立ち上がろうとするが、腹部から走る痛みに目を向けてみると、光で撃ち抜かれた筈なのに禍々しい黒が傷口を覆い、負傷を更に深めていた。

 

「ぶ、部長!? こ、このはぐれ神父の光を受けては行けません! こ、これは僕らの知る光とはちが……」

 

「黙ってろよぉ!」

 

 祐斗の言葉を遮るようにフリードは祐斗の頭を思いっきり踏みつけた。

 その一撃で祐斗は気絶してしまう。フリードは歪んだサディスティックな笑みを浮かべて、祐斗の頭に銃を向ける。

 

「さいなら、クソ悪魔!」

 

 そう告げながらフリードは銃の引き金を引こうとするが、その直前無数の蝙蝠がフリードの手に襲い掛かる。

 

『キキキキキッ!!』

 

「こ、コイツは!? 蝙蝠!? こ、この!?」

 

 襲い掛かって来た数え切れない数の蝙蝠に、フリードは光の剣を振るって払う。

 その隙に朱乃が気絶している祐斗を拾い上げて、フリードから引き離す。

 

「良くやったわ! ギャスパー、朱乃! 今よ一誠!!」

 

「はい!!」

 

 リアスの叫びに兵藤は笑みを浮かべながら返事を返し、溜めていた力を赤い魔力球に変えて左手の【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】を構える。

 

「食らえ!!」

 

「ッ!? 駄目よ、一誠!? 溜めすぎ……」

 

 伝えていたよりも力が溜まり過ぎている事に気が付いたリアスは慌てて止めようとする。

 しかし、漸く巡って来た活躍の機会と名誉挽回の機会に兵藤は歪んだ笑みを浮かべて魔力球を解き放つ

 

「ドラゴンショット!!」

 

 放たれた魔力球は凄まじい勢いで突き進む。

 だが、フリードは素早く周囲に舞っていた蝙蝠から抜け出し、逆に事前に聞いていたよりも速過ぎる攻撃にギャスパーは回避し切れずに魔力球に飲み込まれてしまう。

 

「ウワァァァァァァァァーーー!!」

 

「ギャスパーーー!!」

 

 ギャスパーの悲鳴にリアスが叫ぶと共に残されていた蝙蝠たちが集まり、制服がボロボロに変わり果て、傷だらけになったギャスパーが床に倒れ伏す。

 

「アハハハハハハハッ!! 自滅してやんの!! 流石はクソ悪魔どもっすね!」

 

「し、しまった」

 

 自身がしてしまった事に気が付いた兵藤は茫然となった。

 兵藤は重要な事を忘れていた。彼の中の知識にある一誠でさえ、僅かな魔力を倍加するだけで凄まじい威力に変わった。それなのに、四大魔王級の魔力を宿している兵藤が魔力を倍加で使えば威力調整が寄り難しくなる。

 確かに才能と魔力、そしてある程度の魔術知識を兵藤は持っている。だが、実戦でソレを使いこなせるようになるのには、長い訓練と経験によってなのだ。

 本来の歴史の一誠は最初は確かに弱かった。だが、弱い事が悪い事に繋がる訳ではない。弱いという事は学べる機会を得られると言う事にも繋がるのだから。最初から強者だった場合、学ぶのが難しくなるのだ。

 それを兵藤は理解していなかった。故に今のミスは必然だった。もしもリアスの指示通りに動いて居れば、フリードには逃げられても、ギャスパーも逃げる事は出来ていた。最悪の結果だけは回避出来たかも知れないのに、兵藤は自らの考えでミスを引き起こしてしまったのだ。

 

「く、クソッ!! この野郎!!」

 

「駄目って言っているでしょう! 一誠!」

 

 また勝手に動こうとしている一誠にリアスは怒鳴る。

 その為に動きが止まってしまい、リアスの背にミッテルトの飛び蹴りを叩き込まれてしまう。

 

「キャアァッ!!」

 

 途轍もない威力の蹴りにリアスは教会の床に激突してしまう。

 ミッテルトは更に禍々しい光と呼ぶには異質過ぎる光を槍の形に変え、ドーナシーク、カラワーナも光の槍を出現させて起き上がろうとしているリアスに放つ。

 

「部長!?」

 

 リアスに光の槍が届く直前に、朱乃が防御魔法陣を発しながら割り込む。

 だが、朱乃の全力の防御魔法陣は容易く光の槍に突き破られ、朱乃の腹部に深々と突き刺さってしまう。

 

「あ、朱乃ォォォォッ!!」

 

 目の前で親友が刺し貫かれたリアスは、慌てて倒れ伏した朱乃を抱え、腹部に突き刺さる光の槍を自らの手が焼けるのも関わらず引き抜く。

 

「朱乃! 朱乃! 確りして!!」

 

 リアスは必死に朱乃に呼びかけるが、朱乃の腹部も先ほどの祐斗同様に禍々しい黒に染まり、負傷を深めて行く。

 最早リアスには何が起きているのか分からなかった。異質な光。下級堕天使の筈なのに上級堕天使以上の力を発揮する人形のような堕天使達。そしてそれを操っていると思われるはぐれ神父。何もかもがリアスの知る常識を超える異常事態だった。

 

「おやおや、悪魔が涙を流してますよぉ。クソ気分が悪くなりやがりますねぇ!!」

 

「クソはそっちだろうが!!」

 

「あらぁ、仲間を巻き込んだクソ悪魔さんが何か言ってやがりますねぇ? 俺っちに勝てるとぉ? 人形さん達も居るのにぃ!?」

 

 フリードが笑みを浮かべながら言うと共に、三体の堕天使達は兵藤を取り囲む。

 しかし、先ほどまで狼狽えていた筈の兵藤は不敵な笑みを浮かべて、【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】を構える。

 

「あぁ、こっから逆転劇を見せてやるぜ!!」

 

「一誠? 何を?」

 

 何故絶望的な状況で笑えるのかと朱乃を抱えていたリアスは疑問に思う。

 それに対して兵藤の【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】は強く光り輝き、兵藤は力強い声で叫ぶ。

 

「行くぜ、【禁手化(バランス・ブレイク)】ッ!!」

 

Welsh(ウェルシュ) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!!!》

 

「何ですって!?」

 

 赤い閃光とオーラが【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】から発せられ、兵藤の体を赤い鎧が覆って行く。

 赤い鎧は頭部の兜と共にドラゴンの姿を模した全身鎧。左手だけではなく、右手にも【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】が現れ、背には龍の翼と尻尾が備わっていた。

 神器が力を高め、ある領域に至った者が発揮する力の形。【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】の禁手。【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】を兵藤は発現させた。

 

「……ありえない……早過ぎるわ」

 

 【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】を纏った兵藤を目にしたリアスは、信じられないと言うように言葉を漏らした。

 在り得ないのだ。つい先日まで一般人だった筈の兵藤が神器を使うだけならともかく、神器の最終段階をあっさり発動させる事が出来る筈が無いのだ。もしも発動出来るとなれば、眷属に向かい入れる事が出来る筈が無い。リアスは気が付く。

 全ての異常事態の始まりは、自らが兵藤を眷属にした時から始まっていたのだと。

 しかし、兵藤はその事に気が付かずに、先ほどまでと打って変わって余裕そうにフリードに話しかける。

 

「随分と好き勝手にやってくれたな! 此処からは、俺の反撃だ!!」

 

「いやぁ~、凄い力っすねぇ。でも、不死身のこいつらに勝てるんですかねぇ!!」

 

 フリードが腕を振ると共にミッテルト、ドーナシーク、カラワーナが兵藤に襲い掛かる。

 兵藤は慌てることなく拳を構えるが、見ていたリアスは不味い事になると察して目を見開く。兵藤が【禁手化(バランス・ブレイク)】を発動させて圧倒的な力で相手を粉砕しようとしている事は分かる。確かに回復し切れないほどのダメージを負わせれば、相手は二度と立ち上がれないだろう。だが、周囲への被害が甚大になる。

 今、リアスを除いた祐斗、ギャスパー、朱乃の三人は気絶して無防備な状態。そんな状況で【禁手化(バランス・ブレイク)】の力を浴びれば、どうなるかは目に見えている。

 

「一誠!! 止めて!!」

 

「大丈夫ですよ、部長! こんな奴ら軽く捻ってやりますから!!」

 

「止めなさい! 一誠!!」

 

 命令を無視して飛び出す兵藤に、リアスは悲痛な声で叫ぶ。

 だが、やはり兵藤は止まる事無く高まった力が込められた拳をドーナシーク達に叩き込もうとする。

 

「オラァァァァッ!!」

 

『……チィッ!!』

 

「なっ!?」

 

「……えっ?」

 

 兵藤が纏う【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】に備わっている宝玉から舌打ちが鳴り響いた瞬間、兵藤の動きが固まった。

 更にドーナシーク達も動きが止まり、リアスはいきなりの出来事に茫然となってしまう。

 

「な、何だよ、コレ!? か、体が動かない!?」

 

『……全く、此処までお膳立てをさせておきながら、結果を出せんとは……欲望に関しては当たりだったが、その他に関しては貴様は外れだったな』

 

「鎧から声が!?」

 

「テ、テメエ!? ドライグ!? 邪魔すんなよ!?」

 

 兵藤は声が【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】から聞こえて来る事から、これまで会話も碌にした事が無い【赤龍帝ドライグ】だと判断して叫んだ。

 だが、返って来たのは肯定の言葉ではなく、嘲りに満ちた声が【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】の宝玉から響く。

 

『……ドライグ? フハハハハハハハハハッ!! そうか! 貴様はまだ我を知識通りに下等なドラゴン風情だと思っているのか!? クハハハハハハハハッ!! 傑作だ!!」

 

「なっ!? なら、お前は何だよ!? 【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】に宿っているのは、【赤龍帝ドライグ】だろうが!?」

 

『貴様如き駒が知る必要はない。安心しろ、今はまだ利用価値が在るから切り捨てはしないさ。暫く眠れ。目覚めた時には貴様が望む光景を与えてやろう』

 

「何に言ってっ!? ガアァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

「一誠!?」

 

 突然頭を両手で押さえて苦しみ出した兵藤の姿にリアスは叫ぶが、兵藤は答えることなく苦しみの叫びを上げる続ける。

 しかし、フッと急に苦しみに満ちた叫びは止まり、ゆっくりとリアスに振り向く。目を向けられたリアスは、全身に悪寒が走った。異質な何かに見つめられたような強烈すぎる違和感。

 ドーナシーク達が纏う気配を遥かに超えた異質さが、今の兵藤から放たれ、我知らずに朱乃を抱き締めたままリアスは後退ってしまう。

 

『初めましてリアス・グレモリー』

 

「あ、貴方は……だ、誰?」

 

「俺のボスだよ、クソ悪魔さぁぁぁん!」

 

 リアスの疑問にこれ以上に無いほどに楽しさに満ち溢れた笑みを浮かべたフリードが答えた。

 その事実にまさかとリアスが目を見開くと、兵藤の体を借りた何者かはゆっくりとリアスに良く見えるように右手を握り、開いた時には兵藤を転生させる為に使用した筈の【兵士(ポーン)】が八個全て乗っていた。

 そのまま床に手を向け、【兵士(ポーン)】八個は軽い音を立てながら床に転がり落ちる。

 

『こんな物で我を宿していた駒を悪魔に転生出来ると思っていたのか?』

 

「そ、そんな!? ……在り得ないわ、確かに一誠は悪魔に転生した筈!?」

 

『クククッ、違うな。我がそう言う風に誤認させたのだ。悪魔としての気配も我が誤認させていた。この八個の駒で、この愚か者を悪魔に転生させたと喜んでいた貴様は愚かし過ぎて笑えたぞ!!」

 

「アハハハハハハハッ!! そりゃ笑えますね、ボス!!」

 

「このっ!!」

 

 馬鹿にされたリアスは全力で魔力を込めて、魔力弾を撃ち出した。

 だが、魔力弾が迫って来るにも関わらずに兵藤もフリードも慌てた様子も見せず、兵藤が何気なく腕を横に振るうと魔力弾はアッサリと霧散する。

 

「ッ!?」

 

『無駄だ。貴様、いや、貴様らごとき下等生物どもが何人集まろうと我には傷一つ付けられん』

 

「そうっすよね。なんせボスの正体は……神なんですからねぇ!!」

 

「……か、神ですって? ……そ、そんなまさか!?」

 

『フリード。余計な事を……まぁ、構わんか。此奴らもコレから我の手駒になるのだからな……この愚か者のように』

 

 パチンと兵藤が指を鳴らすと共に教会が揺れ動き、祭壇の場所の床が崩れ落ちた。

 崩れ落ちた場所から何かが上がって来る。リアスが其方に目を向けてみると、禍々しい光に覆われ苦痛に満ち溢れた顔をしたアーシアが、白い下着姿で十字架に磔にされていた。

 

「アッ……アッ……アァァァァァァァーーーーーー!!!」

 

「ア、アレは!?」

 

『あの道具には面白い物が宿っていた。確か【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】だったか? あらゆる傷を癒す力。今その力を我の力で無理やり吐き出させて、人形どもの治癒に使っているのだ』

 

「そ、それで傷が!?」

 

 リアスは戦っていたドーナシーク達の異常な治癒力の正体を悟った。

 アーシアの持つ【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】を兵藤に宿っている神は悪用したのだ。本来ならば取り出す事も出来たが、【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】が力を発揮する原動力はアーシアの優しい想い。その想いさえも悪用したのである。

 

『素晴らしい想いだ。心の底から癒したいと言う気持ちを持っていなければ、此処まで力は発揮出来ないだろう。全くもって……素晴らしい道具だな! ハハハハハハハハハハハッ!!』

 

「でもでも、アーシアちゃんも嬉しいのよね! 何故って? アレだけ切望していた神様の役に立ってんだからさぁ!!」

 

「ち、違い……ます……貴方……何て…アアァ……主じゃ……ありません!!」

 

 アーシアは兵藤に宿っている神を名乗る者を睨んだ。

 こんな非道を行なう者が、信じていた神の訳が無い。アーシアは全身を襲う苦痛に苦しみながらも、強い意志を宿した瞳で睨み続ける。

 だが、そんなアーシアの姿に興が乗ったのか、嘲りに満ちた笑い声を漏らしながら、アーシアに体を向ける。

 

『クククッ……そうか。そう言えば貴様らまだ知らないのだったな。この世界の真実を』

 

「真実? ……何を言っているの?」

 

『教えてやろう。アーシア・アルジェント。貴様が信じている【聖書の神】は……当の昔に死んでいるのだ!!!』

 

『ッ!?』

 

 告げられた驚愕の事実に、アーシアとリアスは目を見開いて驚愕した。

 【聖書の神】が死んでいる。そんな事が在るはずないとリアスとアーシアは思うが、兵藤に宿っている神は更に話を続ける。

 

『天使、悪魔、堕天使と言う三大勢力は愚かし過ぎて笑える。自らが世界の均衡を担う存在で在りながらも、不毛な戦争を行ない続け、結果、聖と魔と言う二つのバランスを司る存在を失い、バランスを崩壊へと導いてしまった。今は残された者達で辛うじてバランスを保っている過ぎない。何時二つのバランスが完全なる崩壊に向かうか分からんのが現状だ』

 

「そ、そんな話聞いた事が無いわ!」

 

『言ったではないか? 辛うじてバランスを保っているに過ぎないと。僅かな事でバランスは崩壊するのだ。貴様ら如き下々の者に知られる事さえバランスの崩壊を呼びかねない。だから、隠されているのだ』

 

「……主が居ない? そんな……そんな筈が……」

 

『貴様こそが証拠の一つだ。貴様の力は【聖書の神】が与えた神器に寄るもの。なのに、何故教会から追放されたと思う? 決まっている。バランスが崩れた事に寄って、【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】は更なるバランス崩壊を呼びかねない危険物だからだ』

 

「可哀そうなアーシアたん! 神を信じていたのに、その神様が居なくて、くそッタレな教会に散々利用されて捨てられた上に……今まで信じていたモノ全部が偽りでした何て! もうさいっこうに笑えますよね!!」

 

『そう言うな、フリードよ……この愚かな世界だからこそ、我がやって来れたのだからな」

 

「……やって来れたですって?」

 

『そうだ。我はやって来た。この世界の外側から、この世界を手に入れる為に!!』

 

 リアスの疑問に答えるように、兵藤に宿っている神は右手を握り締めながら宣言した。

 

『我は、いや、我らはこの世界を手に入れる!! その為にこの駒を送り込み、十年前に本物の兵藤一誠を抹殺したのだ!!』

 

「……本物の兵藤一誠? それじゃ私が眷属にしようとしたのは!?」

 

『我らの駒。偽物だ。本物の兵藤一誠……彼の者はこの世界の命運を握る存在になる者だった。この駒が欲望に満ちて殺した事は、この駒の唯一の良い行動だった……さて、話が長くなった。リアス・グレモリー。貴様とその眷属達は我の人形になって貰う。世界の崩壊の為にな』

 

 ゆっくりと兵藤はリアスに足を進めて行く。

 リアスは動く事が出来なかった。次々と知らされる事実に、精神が追い付いていかないのだ。

 そしてアーシアも、心がバラバラになりそうな気持ちだった。人生を捧げて信じていた【聖書の神】の死。

 今まで信じて来たものは何だったのかと、アーシアは壊れそうだった。だが、フッとアーシアは心の中に残っているものが在った。

 出会ったのは僅か二回。話したのもほんの少しの間だけ。だけど、真摯に話を聞いてくれた。

 困っていた自分を助けてくれた。互いの事情を話し合った。護ってくれようとした。

 しかし、別れてしまった人物。優しくて強く、話していて安心感を感じさせてくれた人物。

 無意識の内にアーシアの口は動く。

 

「……て……けて……〝イッセーさん゛」

 

『ッ!? 道具!? 貴様! 誰の名を呼ん……』

 

 アーシアが呟いた名前を聞いた兵藤に宿る神は慌てて振り返って叫んだ。

 だが、その叫びを遮るように教会の天井が轟音と共に砕け飛び、天井から影が飛び出して来た。

 

『オォォォォォォッ!!!』

 

『き、貴様は!?』

 

 煙の中から飛び出して来た赤い仮面を付けてローブを羽織った男が、両刃の大剣を振り下ろして来た。

 兵藤に宿っている神は右手の籠手で剣を防ぐが、込められている威力のせいで後方に弾かれてしまう。

 

『ば、馬鹿な!? フリード!!』

 

「はいな! ボス!!」

 

 自らの主の指示にフリードは即座にドーナシーク達を操って、仮面の男に突撃させる。

 しかし、ドーナシーク達が仮面の男に届く前に、銀色の髪を三つ編みにして一つに纏めてメイド服を着たグレイフィアが天井から降り立つと共に立ち塞がり、一瞬にしてドーナシーク達を地に伏させる。

 

「我が主に無礼な手で触れさせません」

 

「……マジっすか?」

 

 余りに一瞬の事で何が起きたのか理解出来なかったフリードは呆然としてしまう。

 その隙に教会の床を素早く小柄な影が駆け抜け、フリードの目の前で立ち止まる。

 

「……ぶっ飛べ」

 

「グボォッ!!」

 

「子猫!?」

 

 フリードの腹部に強烈な拳を叩き込んだ子猫の姿に、リアスは驚愕した。

 昨夜フリードに負わされた傷が完治していなかった子猫は、オカルト部の部室に残して来た筈なのだ。だが、今の子猫は傷を負っているとは思えない動きで、フリードを吹っ飛ばした。

 呼ばれた子猫はすぐさまリアスの傍に移動する。

 

「部長。遅れてすいません」

 

「あ、貴女、傷は!?」

 

「治りました。あの人達のおかげで」

 

「搭城様の傷の解析に時間が掛かってしまい、遅れて申し訳ありません、リアス・グレモリー様」

 

 子猫の言葉に続くようにドーナシーク達を拘束魔法で封じ終えたグレイフィアが、丁寧にお辞儀をしながら挨拶した。

 余りにも見覚えが在り過ぎるその顔に、リアスは思わず叫んでしまう。

 

「フィレア!? 貴女がどうして!?」

 

「……それは姉の名前です。私の名前はグレイフィア・ルキフグス。フィレア・ルキフグスの双子の妹です」

 

「グレイフィアって? た、確か大戦で死んだって、フィレアが言って……」

 

「詳しい話は後でいたします。今は貴女様の眷属の治療を。塔城様。申し訳ありませんが、他の眷属の方々を此方に」

 

「分かりました」

 

 グレイフィアの指示に子猫は頷くと、別の場所で気絶しているギャスパーと祐斗の回収に向かう。

 その間に仮面の男と、兵藤に宿った神は互いに向き合いにらみ合い続けていた。

 

『き、貴様! 昨夜言った事を忘れたのか!?』

 

『ワスレルカヨ……ダケドナ……イイカゲンニ、ガマンノゲンカイナンダヨ!! テメエヲ、ブットバサセテモラウゼ!!』

 

『フン! 笑わせてくれる! 例えあのドラゴンの使徒だとしても、我には勝てんぞ!』

 

『……モウ……キメテキタ』

 

『何?」

 

 仮面の男の言葉の意味が分からず、兵藤に宿っている神は疑問の声を上げる。

 それに対して仮面の男は付けていた赤い仮面を外し、床に投げ捨てる。仮面の下から出て来た顔に、リアスと子猫は目を見開き、兵藤に宿っている神は狼狽えたように後退る。

 

『い……生きて……生きていたのか!?』

 

「行くぜ!! ドライグ!!」

 

『応ッ!! 魅せてやるぞ、相棒!!』

 

『『真の赤龍帝をッ!!』』

 

Welsh(ウェルシュ) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!!!》

 

 一誠とドライグの声と共に、本物の【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】が咆哮を上げながら真紅のオーラが教会内で吹き荒れる。

 

(……何なのコレは? さっき私があの一誠から感じたオーラと違う。荒々しい筈なのに感じているだけ、安心感が沸き上がって来る)

 

 それを受けたリアスは、兵藤が【禁手化(バランス・ブレイク)】を使用した時とは違う印象を感じた。兵藤の時に感じたオーラには一切の優しさは感じられず、ただ全てを破壊すると言わんばかりの危険さだけを感じた。

 対して一誠のオーラには危険さは感じられず、荒々しくも凄まじい赤いオーラは感じるだけで安心感を抱かせるような不思議なオーラだった。

 そしてオーラが治まり、真紅の光が消えた後にソレは立っていた。

 ドラゴンを思わせるような赤い全身鎧。背に一対の龍翼と尻尾が揺れ動き、右手にはオーラを纏った両刃の大剣が握られている。兵藤が纏っている【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】と同じ形状で在りながらも、与える印象が全く違う【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】を纏った一誠は、右手に握る大剣の切っ先を敵に向ける。

 

「アーシアを返して貰うぞ!! 異世界の神!!」

 

 全ての覚悟を決めて来た真の【赤龍帝】兵藤一誠は、救われなかった少女を救う為に異世界の神に宣戦布告したのだった。

 

 

 

 

 

「クソッ!! どうなっているんだ!?」

 

 教会の外側で一人の身なりに良い衣服を着た優男風の悪魔が、教会内の戦いに苛立っていた。

 悪魔の正体はディオドラ・アスタロト。リアスと同じ七十二柱の悪魔家系の出で、次期当主だった。しかし、性格には多大な問題が在り、外面は良いのだが、その本性は教会の有名な聖女達を悪辣な手法で追放に追い込み、絶望に落とした所を心身と共に犯すと言う下種だった。

 アーシアが治療した悪魔の正体もディオドラで在り、目的は言うまでもなくアーシアを手に入れる為。その為に【神の子を見張る者(グリゴリ)】に情報を流したり、グレモリーが治める駒王町に入り込む隙を作ったりしていたのである。

 そして目的通り、アーシアは堕天使達に捕らわれ、後は自分が助け出す段階にまでは事が運んだ。だが、入り込もうとしたところで突然教会を中心に駒王町全域を覆うほどの高度な結界を張られ、しかも教会には更に強力な結界が張られて入り込む事が出来なくなってしまった。

 

「此処まで準備したのに、一体何処の誰だ!? 僕の邪魔をする奴は! このままじゃアーシアが手に入らないじゃないか!!」

 

「ウワ~、噂には聞いていましたけれど、性根が本気で腐ってますね、貴方」

 

「誰だ!?」

 

 背後から聞こえて来た女性の声に、ディオドラは慌てながら背後を振り返る。

 すると、ディオドラの顔面を女性の手が掴み、そのまま細い腕からは考えられないほどの力強さでディオドラを地面に叩きつける。

 

「ガァッ!!」

 

「邪魔をしたら行けませんよ。もしかしたら一誠君に新しい相手が出来るかもしれないんですからね」

 

 女性-フリートはそう言いながら、後頭部から地面に叩きつけられて痛みで悶えているディオドラをゴミを見るような見下ろす。

 

「つまんない相手ですね。悪魔の血の違いぐらいしか興味を全く覚えませんよ」

 

「こ、この!」

 

 侮蔑しか感じられない声に、ディオドラは力を込めて立ち上がろうとする。

 だが、幾ら力を込めても立ち上がる事が出来ず、フリートは更に侮蔑に満ちた視線でディオドラを見下ろす。

 

「え~と、まさか、この程度なんですか? 冗談ですよね。仮にもアスタロト家の次期当主で、あのアジュカと同じ血を引いているんでしょう? ほら、何かやって下さいよ」

 

「馬鹿にするな!!」

 

 ディオドラは魔力弾を至近距離でフリートに向かって撃ち込もうとする。

 しかし、ディオドラが魔力弾を作り出した瞬間、魔力弾はディオドラの意思に反して勝手に細い閃光にように変化し、ディオドラ自身の手を撃ち抜いた。

 

「ギャアァァァァァァァーーーーーー!!!」

 

「はぁ」

 

 呆れたように溜め息を吐いてフリートはディオドラの顔から手を離した。

 顔から手が離されて自由を得たディオドラは、自身の魔力で撃ち抜かれて血塗れになっている手を別の手で押さえながら地面をのた打ち回る。

 

「痛い! 痛い! 痛いよぉ!!」

 

「……所詮はお坊ちゃんですか」

 

「よ、良くも、ぼ、僕の手を! 僕は上級悪魔! 現魔王ベルゼブブの血筋でアスタロト家の次期当主だぞ!」

 

「だから?」

 

「気高き血を引く僕に手を出した事を後悔しろ!!」

 

 叫ぶと共にディオドラの周囲に複数の魔力弾が発生した。

 

「死ね!」

 

 複数の魔力弾はフリートに向かって直進する。

 しかし、直撃する瞬間、魔力弾は全てディオドラの意思を無視して停止した。そのままフリートがディオドラには全く理解できない魔法陣を右手の先に出現させた瞬間、魔力弾は勝手に槍の形状に変化し、ディオドラの周りの地面に突き刺さる。

 同時に再びディオドラには全く理解出来ない魔法陣が地面に浮かび上がり、ディオドラに雷撃が地面から放たれる。

 

「ギャアァァァァァァァァァーーーーーー!!!!!」

 

 全身を襲う雷撃に苦しみながら、何とか逃れようとディオドラは暴れる。

 だが、その動きを封じるように更に魔法陣から魔力で出来た鎖が出現し、全身を雁字搦めに拘束する。

 そのまま逃げる事も出来ずにディオドラは電撃を食らい続け、もう良いとフリートは判断すると、指をパチンと鳴らす。同時に魔法陣は消え去り、全身から黒い煙を上げながらディオドラは地面に倒れ伏す。

 

「ガァ……アァ……ァァ」

 

 全身に電撃を受けて体が満足に動かないディオドラは痙攣を続ける。

 フリートはゆっくりと近づき、ディオドラの股間部分を汚らわしそうに見ながら、迷う事無く勢いをつけて足を踏み下ろし、グシャっと言う何かが潰れた音が周囲に響いた。

 

「ッ!? ヒギャアァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーー!!!」

 

「あぁ、詰まんない。アジュカとは楽しめましたけれど、貴方は本当に詰まんないですね。まぁ、ちょっとした実験に付き合って貰いましょうか。【フェニックスの涙】がどんな状態まで癒せるのかの実験をね」

 

 そう言いながらフリートは白衣の中から数本の【フェニックスの涙】を取り出した。

 股間部分を押さえながらディオドラは涙を流して怯えきった眼差しを侮蔑に満ちた冷たい瞳で見下ろすフリートに向け、次の瞬間、苦痛に満ち溢れた断末魔の叫びが教会の周囲に響いたのだった。




原作よりも早くにリアスとアーシアは重大事項を知ってしまいました。
因みに他の面々は気絶しているので、聞かずに済みました。

ディオドラは死んでは居ません。
寧ろ此処で死んでいた方が良かったと思う結末を、フリートは用意しています。


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竜人とマッド、そして電子の弟子は赤龍帝6

 【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】を纏い、赤い圧倒的なドラゴンのオーラを発している一誠の姿に、異世界の神は我知らずに後退る。

 リアス達が感じている安心感と違い、異世界の神が感じるのは恐怖だった。一誠が発する膨大なオーラ全てが異世界の神に、そして宿している兵藤に殺意を向けていた。

 

『ば、馬鹿な……貴様は確かあの時に、この愚か者の手に寄って死んだはず』

 

「あぁ、死にかけたさ。運よくドライグが目覚めて、師匠に助けられてなけりゃな!」

 

『遊び過ぎたのさ。貴様の宿主は。アレだけボロボロにされれば、相棒の危機に俺が目覚めないと思っていたのか? 神器の覚醒は大概宿主の死の危機によって起きるのだぞ。迂闊だったな』

 

『グゥッ!?』

 

 告げられた事実に異世界の神は呻き声を漏らした。

 まさか、そのような事にあの後なっていたとは神でも夢に思っていなかった。そんな奇跡的な偶然が起きる筈が無いのに起こった。

 

『(や、やはりコイツはこの世界の運命を担う存在!? 我らの最大の障害になる者!!)……貴様は此処で今度こそ死んで貰うぞ!!』

 

《BoostBoostBoostBoostBoostBoostッ!!!》

 

 模倣した【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】の力を発動させ、力を一気に何段階も倍増させた異世界の神は一誠に向かって飛び掛かった。

 

『死ねっ!!』

 

 一誠の力が上がる前に決めると言うように、全力で拳を異世界の神は振るった。

 対して一誠は大剣を床に突き刺して無手になって構えを取った。同時に発していた膨大なオーラを全て身の内に納めて流れるような動きで回転を行ない、異世界の神の拳を受け流す。

 

『何ッ!? ガハッ!!』

 

 受け流すと同時に膝蹴りを腹部に異世界の神は叩き込まれた。

 カウンターを決められた異世界の神の【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】は腹部の装甲は砕け散り、体勢が崩れてしまう。

 その隙を逃さず、一誠はやはり自然体としか思えない流れでオーラを右手に集約させて異世界の神の顔面を殴り飛ばす。

 

「フン!!」

 

『グバアァァァッ!!』

 

 余りに強烈な一撃に異世界の神は苦痛の叫びを上げて、壁に激突した。

 圧倒的過ぎる一誠の戦いぶりに、リアスと子猫は呆然と一誠を見つめる。兵藤よりも遥かに膨大なオーラを発していながらも、力任せに戦っていた兵藤と違い、一誠の戦い方は美しさを感じさせるような流れを魅せていた。

 

「……凄い格闘技術です」

 

「……アレだけのオーラを全て制御していると言うの?」

 

「いえ、まだ一誠様は本気を出しておりません、リアス様」

 

 ギャスパー、朱乃、祐斗の治療終えたグレイフィアの言葉にリアスと子猫は驚愕し、グレイフィアに目を向ける。

 

「お忘れですか? 【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】の能力は宿主の力の倍加。ですが、まだ一誠様はその力を発動させていません」

 

「……何なの彼は?」

 

「十年間。一誠様はずっと自らを鍛え続けました。血反吐を吐き、何百回、いえ何千回と死に掛け、それでも立ち上がって得た力。紛い物風情が届く事は無い力です」

 

 誇らしげにグレイフィアは語りながらも、その言葉の中には苛立ちと嫌悪感に混じっていた。

 その感情の源が向けられているのは、異世界の神が纏う【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】。一誠を唯一無二の主としているグレイフィアにとって、紛い物の【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】など存在しているだけで許し難い。

 出来ればこの手で滅したいと思いながらも、主の戦いの影響がリアス達に及ばないように防御陣をグレイフィアは発生させて守りを固める。

 その間に全身を淡い光に包まれて回復を終えた異世界の神は立ち上がり、忌々し気に大剣を床から引き抜いている一誠を睨みつける。

 

『お、己!? 神を殴るなど何と不敬な!?』

 

「ずっと殴り飛ばしたかったんだよ、テメエの顔を! 迂闊に動けなかったから我慢していた! だけど、もう我慢の限界だ! 俺だけじゃなくて、アーシアまでテメエは傷つけやがった!! 絶対に赦さねぇ!!」

 

『笑わせてくれる! 貴様が動くこと事態があの道具を悲しませる結果に……』

 

「アーシアを道具呼ばわりしてんじゃねぇよ!!」

 

 異世界の神の発言を聞いた一誠が叫ぶと同時に、背中の背部の噴射口からオーラが噴出されて爆発的に加速した。

 その勢いのまま異世界の神に殴りかかる。だが、一誠の拳は今度は異世界の神に届かず、その前に発生した禍々しい光に遮られる。

 

「なっ!?」

 

『紛い物の力で戦おうとしたのが間違いだった! 今度は我の力で相手してやろう!!』

 

 叫ぶと共に異世界の神が纏っていた【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】に備わっていた龍翼が消し飛び、新たな禍々しい光の翼が現出した。

 

『気を付けろ、相棒! 曲がりなりにも異世界侵攻の先兵だ! それなりの実力を持っているぞ!』

 

「あぁ、ならこっちも本領発揮だ!!」

 

《BoostBoostBoostBoostBoostBoostッ!!!》

 

 咆哮と共に一誠のオーラ量は何段階も跳ね上がり、激闘が開始される。

 

「オォォォォォォォーーー!!!」

 

『ハアァァァァァァァッ!!』

 

 一誠と異世界の神は咆哮を上げながら激突する。

 オーラを纏った両刃の大剣を一誠は振るえば、異世界の神は禍々しい光の剣を創り上げて振るう。

 拳や蹴りを一誠が放てば、異世界の神は全身に禍々しい光を纏って防御する。異世界の神が光の矢や槍を放てば、一誠はオーラを撃ち出して相殺する。

 甲高い音と激突音が周囲に響き渡り、廃教会は瓦礫へと変貌していく。

 リアス達はグレイフィアに護られ、アーシアは異世界の神が回復役として必要だと思っているのか禍々しい光に寄って護られていた。

 自分達の常識を超えた戦いを繰り広げるリアスと子猫は、見ている事しか出来ずにいると、気絶していた朱乃、祐斗、ギャスパーが目を覚ます。

 

「ウッ、ぶ、部長」

 

「……こ、コレは」

 

「ふえっ! な、何が起きているんですか!?」

 

「朱乃! 祐斗! ギャスパー! 良かった! 本当に!」

 

「……良かったです」

 

 目覚めた眷属達の姿にリアスは喜びの声を上げ、子猫も嬉しそうに笑みを浮かべる。

 その間にも激闘は繰り広げられ、一誠の拳が禍々しい光を破って異世界の神の腹部に決まる。

 

「オラァッ!!」

 

『ガハッ!! こ、コレほどは!?』

 

 本領を発揮しても尚、届かない一誠との実力差に異世界の神は苦痛に呻く。

 予想を遥かに超えるほどに一誠の実力は高い。【異界】の知識で、兵藤一誠は一年と言う短い期間の間に凄まじい成長を行なった。

 その一誠を超える十年もの修業期間があった目の前の一誠の実力が高いのは当然の結果だった。

 

(知識に在る異常な神器変化は起きていないようだが、その分自力とドラゴンのオーラの制御力が上がり過ぎている!! このままでは不味い! だが、アレを使う為には愚か者が唱えなければならん! どうすれば!?)

 

 このままでは回復しているとは言え、敗北に追い込まれると確信した異世界の神は、何か手は無いかと周囲を見回す。

 リアス達を使っての攻撃は無理。どういう訳か、【異界】の知識では、サーゼクス・ルシファーの妻である筈のグレイフィア・ルキフグスが一誠を主を仰いで護っている。

 昨夜言ったアーシアの故郷を使っての脅しも念話で実行しようとしたが、どういう訳か教会に潜ませていた分体と扇動しようとした者達の連絡が取れないので実行は不可能。

 どうすれば良いのかと悩み続けていたが、フッと項垂れているアーシアが目に入り、異世界の神は禍々しい光の波動を放つ。

 

『食らえ!!』

 

「ッ!? させるか!!」

 

 異世界の神の狙いを悟った一誠は、両手を交差させて十字架に磔にされているアーシアを光の波動から立ち塞がって防ぐ。

 しかし、次から次へとアーシアを狙うように異世界の神は攻撃を放ち続け、一誠はソレを体を張って護り続ける。

 

「グゥッ!!」

 

『ハハハハハッ!! やはり、貴様の弱点はソレだな!! 知識の中でもそうだ!! 貴様は親しくなった者を護らずには居られない!! 失う恐怖を知っているが故に!!』

 

「この野郎!!」

 

『壊れかけの道具にしては役に立ってくれる!!』

 

「壊れかけ!? テメエ!! アーシアに何をしやがった!?」

 

 異世界の神の言葉と、激しい攻撃が近くで降り注いでいても顔を上げずに項垂れ続けるアーシアに、一誠は叫んだ。

 

『知らせてやったのだ! この世界の真実をな!?』

 

「世界の真実!? ……まさか!?」

 

『アレを教会の信者に知らせたのか!?』

 

 世界の真実と言う言葉に、一誠とドライグはアーシアが何を知ってしまったのか悟る。

 教会信者にとって絶望しか与えない真実。敬虔な信者なほどダメージは深く、心に傷を負ってしまう事実。

 一誠は悟る。何故アーシアが項垂れ続けているのかを。

 

『ほう、どう言う訳か貴様らも知っているようだな! そうだ! あの事実を我は道具に知らせた!! しかし、知っても尚、回復力は変わらん。今の状況と言い、全く役に立つ道具だ!!』

 

「テメエ!! またアーシアを道具呼ばわりしやがったな!! ぜってぇ赦さねぇ!!」

 

《BoostBoostBoostBoostBoostBoostッ!!!》

 

 怒りに鼓音するように一誠のオーラは更に高まり、異世界の神の攻撃はオーラに弾かれ出す。

 上限知らずに高まり続ける一誠の力に、異世界の神は恐怖を覚える。このままでは不味いと感じ、更なる精神の揺さぶりを掛けるために叫び出す。

 

『わ、笑わせるな!! 貴様は昨夜我の下にくればどうなるか分かって居たのにも関わらず、貴様はその道具を手放した!! その時点で貴様に最早その娘を護る資格など……』

 

「あぁ、お前の言う通りだ!! 資格なんてもう無いかもしれない! だけど、俺は決めて来たんだよ!!」

 

《BoostBoostBoostBoostBoostBoostッ!!!》

 

「もう手放さない!! 俺の全身全霊を賭けて、アーシアを護り抜くってな!! 何が来ようとこの子の願いを叶えてやる!! この子の願いを踏み躙るような奴は全員俺がぶっ飛ばしてやる!!」

 

《BoostBoostBoostBoostBoostBoostッ!!!》

 

『……こ、こんな……馬鹿な!?』

 

 絶大な赤いオーラを纏い、一切の攻撃が届かなくなった一誠の姿に、異世界の神は狼狽える。

 オーラの形状は徐々に変化し、赤いドラゴンを模したオーラに変化し、両刃の大剣に集約して行く。

 

「俺はこの子の信じている神の代わりになんてなれない!! だけど、支えになる事は出来る!! 俺はアーシアの友達だぁぁぁぁぁ!!」

 

「……イッセーさん……」

 

 一誠の咆哮に項垂れていたアーシアはゆっくりと、泣き腫らした顔をしながらも顔を上げた。

 ゆっくりと一誠は振り向き、アーシアの頬に流れている涙を拭って告げる。

 

「昨日言えなかったけど、今なら言える……アーシア。俺の友達になってくれるか?」

 

「…は……はい!!」

 

《BoostBoostBoostBoostBoostBoostッ!!!》

 

 嬉し気なアーシアの言葉と共に最早過剰と言えるほどにオーラが増大し、両刃の大剣が震えだし、次の瞬間、柄から刀身に至るまで罅が広がって行く。

 異世界の神は一誠の持つ剣の様子に気が付き、笑い声を上げ出す。

 

『ク、クハハハハハハハハハッ!!! どうやら貴様のオーラに武器が堪えられなかったようだな!! そのまま砕け散るが良い!!』

 

『……違うな、異世界の神よ。漸く馴染んだのだ』

 

『……何? 今何を言った?』

 

 嬉し気な笑い声を抑えるかのようなドライグの言葉に、異世界の神は一誠の持つ罅だらけの大剣に目を向ける。

 そして気が付く。罅割れた箇所の内側から、何かが脈動するかのようにオーラが輝いているのを。

 

『長かったぞ。何百もの剣を失い、その度に新たに改良され造られ続けて来た相棒の剣。相棒と俺の力に馴染む剣は世界中探しても見つからないだろう。だが、今、ソレが完成するのだ!! さぁ、相棒! 俺達の剣の名を叫べ!!』

 

 一誠はドライグの声に応じるように大剣を掲げた。

 同時に大剣の内側からオーラが強く光り輝き、赤い閃光と共に周囲に大剣の破片が撒き散らされる。

 目の前の光景を見逃す前と目に力を込めていたグレイフィアを除き、他の面々は赤い閃光に思わず目を瞑ってしまう。

 そして光が消えた後に、一誠の剣には両刃の大剣とはまるで違う独特の形状をした剣が握られていた。

 柄の下部分には龍の爪のような物が備わり、刃は赤く染まり、刀身は片刃が竜の顎を思わせるように鋭い刃が幾重にも並び、更に蛇腹剣を思わせるように刀身には幾つかの隙間が空きそうな箇所が存在していた。

 その剣こそフリートが【支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)】を材料に作製した剣を下地に、【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】に取り込ませ、一誠のオーラが完全に馴染んだ事に寄って進化した一誠の為の剣。その名も。

 

「ウェルシュ・フラガラッハ!!」

 

『な、何だソレは!? そんなモノの知識の中には存在しない!? き、貴様は一体、この十年の間、何をしていた!?』

 

 【異界】の知識にも存在しない【ウェルシュ・フラガラッハ】の存在に、異世界の神は叫んだ。

 一誠は答えずに【ウェルシュ・フラガラッハ】を下段に構え、膨大過ぎるオーラを研ぎ澄ませて行く。

 

「【竜斬剣】弐の型ッ!!」

 

『や、止めろおぉぉぉぉぉぉーーーー!!!』

 

 異世界の神はコレから放たれる攻撃は不味いと判断したのか、コレまでで最大の禍々しい光を放った。

 

(しょう)(りゅう)(ざん)()ッ!!!」

 

 迫る禍々しい光に対して、一誠は下段から上方に向かって振り抜き、練りに練り上げたドラゴンのオーラが一瞬にして禍々しい光を切り裂いた。

 【昇竜斬波(しょうりゅうざんぱ)】は禍々しい光を切り裂いても尚、威力が衰えず、その先に居た異世界の神の体を右脇腹から左肩に走るように切り裂き、異世界の神の体は二つに別れた。

 

『ガアァァァァァァァァァァァーーーーーーーーー!!!!』

 

 二つに分断された体を分断された異世界の神は悲鳴を上げる。

 更に追撃で【昇竜斬波(しょうりゅうざんぱ)】が走り抜けた後に襲い掛かった衝撃波によって、教会の天井は吹き飛んだ。

 まるで巨大な竜が天に昇るかのような衝撃に、異世界の神は偽りの【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】の破片を撒き散らしながら上空に吹き飛ばされ、一定の距離まで飛んだ瞬間に落下を初め、そのまま凄まじい勢いで地面に激突した。

 最早【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】の力を以てしても癒えない確実な致命傷を負わせたと確信した一誠は、【ウェルシュ・フラガラッハ】を左腕に籠手に納め、アーシアに向き直る。

 

「すぐに解放する。それにアーシアの故郷の方も安心してくれ。俺の師匠が護ってくれたそうだから」

 

「……は、はい! あ、ありがとうございます!」

 

「友達から当然だろう」

 

 一誠はそう言いながら、アーシアを拘束している鎖に手を伸ばす。

 グレイフィアは何処か不満そうにしながらも安堵の息を吐いて、異世界の神を宿していた兵藤に目を向ける。

 

「一誠様!!」

 

「……いってぇよ……何だよコレェェェ!?」

 

「チィッ!! まだ、動け……」

 

 聞こえて来た兵藤の声に一誠は振り返り、一瞬言葉を失った。

 ソレはリアス達も、アーシアも同じだった。二つに体が分断され、立ち上がる事など出来る筈が無いに、兵藤は立ち上がった。

 立ち上がった兵藤の姿は、異様としか言えなかった。二つに別れた体を無理やり繋げるかのようにドロドロした黒い泥のような液体が傷口から毀れ、一誠と同じ顔もひび割れたように傷が広がり、隙間から見える肉体は皮膚がどす黒く染まって、この世界の生物とは違う生物の姿に変貌していた。

 

『やはり、フリートの奴が言っていた通りだったか。赤ん坊として生まれたならばともかく、不自然に現れた存在ゆえに、あの【異界】の者の肉体は何処か可笑しいと言っていた。奴に与えられた肉体こそ、何かを模倣する人形そのものだったようだ』

 

「……チクショオ!? チクショォォ!! 話が違うぞ神様よぉ!! コレは俺の主人公の物語の筈だぞ!! 何でソイツが、ソイツが生きてんだよぉぉ!!」

 

『愚かな。貴様は所詮知識としてしかこの世界を知らない愚か者。【異界】の知識は、確かに得た者に恩恵を与える。だが、それ故に発生するリスクを貴様は考えていなかったようだな。例え相棒が現れず、【異界】の知識のままに動いたところで、貴様は【兵藤一誠】ではない。だから、旨く行く筈が在るまい』

 

「何だってえぇぇぇぇっ!? ……ちくしょう……だったら、良いや……俺が主人公になれない世界なんて……消えちまえぇぇぇぇぇ!! 【我、目覚めるはーー】」

 

『まさか!? 相棒! 奴を止めろ!!』

 

「あぁっ!!」

 

 ドライグの警告に一誠は瞬時に兜を纏い直し、兵藤に向かって飛び掛かる。

 しかし、一誠が兵藤に近づいた瞬間、コレまで異常に強力な禍々しい光の障壁が張り巡らされて一誠の突撃を妨げる。

 

「なんだコレ!? 何であんな状態でこんなさっきよりも強力な障壁が!?」

 

【覇の理を神より奪いし二天龍なり】

 

『まさか、【|覇龍《ジャガーノート・ドライブ】までも模倣して……いや、違う!?』

 

 幾ら一誠が強化した拳を振るっても砕けない障壁に、ドライグは異変の意味を悟る。

 

【無限を笑い、夢幻を憂う】

 

『相棒! コレは、コレだけは【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】の模倣ではない!! 本来の【|覇龍《ジャガーノート・ドライブ】を超えるもっと禍々しい何かだ!?』

 

「グレイフィア! 防御陣の強化を!!」

 

「はい!!」

 

 一誠の指示にグレイフィアは再び防御陣を張り巡らせて、リアス達を護る。

 リアス達もグレイフィアを手伝うと言うように防御陣を強化していく。一誠は今だ磔にされたままのアーシアを護るように抱き締める。

 

【我、赤き龍の覇王に成りて】

 

 詠唱が進むに連れて、夜空が真っ暗に染まって行く。

 兵藤を中心にするかのように雲は回り始め、偽りの【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】が変貌して行く。徐々に体の体積が増していき、砕けた箇所の鎧部分が禍々しい光と共に修復され、両手両足は図太くなって行くだけではなく鋭く触れるだけで切り裂くような刃のような爪が生えて来た。

 更に首の部分から新たな首が生え、二つの龍のような頭部が天に向かって咆哮し、全長二十五メートル以上の大きさに至った瞬間、背に禍々しい光の龍翼が生えた。

 

【汝を常闇の煉獄に沈めよう】

 

Juggernaut(ジャガーノート) Drive(ドライブ)!!!!》

 

「な、何だありゃ!? アレがアイツの【|覇龍《ジャガーノート・ドライブ】なのか!?」

 

 最早怪獣としか表現出来ない化け物になり果てた兵藤の姿に、一誠はアーシアの拘束を破壊しながら叫んだ。

 

『アレは【|覇龍《ジャガーノート・ドライブ】なのではない! 本来【|覇龍《ジャガーノート・ドライブ】とは、詠唱を行なう事で無理やり俺の力を解放させる禁じ手だ! だが、奴は内からだけではない、外部からも大量の力を送り込まれて来ている!!』

 

「外部からって……まさか!?」

 

 一誠は慌てて兵藤から空へと視線を向けてみると、真っ黒な雲海の中心にどす黒い穴が雷撃を迸らせていた。

 グレイフィアと共に防御陣を張っていたリアスは、見ているだけで異質さを感じさせるような穴に思わず叫ぶ。

 

「何なのアレは!?」

 

「ムウ、コレは不味いですね!」

 

『ッ!?』

 

 突然聞こえて来た聞き覚えのない声にリアス達は慌てて背後を振り向いてみると、何らかの計器を持ったフリートがちゃっかり防御陣の中に入り込んでいた。

 

「あ、貴女は!?」

 

「あっ、どうも失礼してます。私魔王サーゼクスの頼みでやって来ました、外部協力者のフリート・アルードです。序に一誠君の師匠やってます」

 

 リアスの質問に【さーぜくすのつかい】とひらがなで書かれたプラカードを取り出しながら、フリートは答えた。

 

「お、お兄様の使い!?」

 

「はい。今回の案件、緊急事態になると判断してまして、私がもしもの時にはと頼まれていたんです。そしてもしもが起きてしまったようです」

 

「具体的に何が起きているんですか、フリート様?」

 

 動かないと言っていたフリートが動かねばならないほどの緊急事態。

 その内容を早急に知りたいグレイフィアは、フリートに質問した。

 

「まぁ、手っ取り早く言いますが、アレ……【次元トンネル】です」

 

「【次元トンネル】? それは一体?」

 

「そのままの意味です。【次元の狭間】と言う空間に、道を創り上げているんです。強固な別世界への道をね」

 

「まさか、あの穴の先は異世界に通じていると言うの!?」

 

「正解です。しかも厄介な事に直接繋がっているので、【次元の狭間】内から【次元トンネル】を破壊出来ません。破壊しようものなら、【次元の狭間】と【次元トンネル】の空間作用で……最悪、【次元断層】が発生する恐れがあります」

 

「そ、それは!?」

 

 フリートの言葉の意味を察したグレイフィアは目を見開いて振り返る。

 【次元の狭間】側から【次元トンネル】を破壊出来ない。つまり、次元の守護龍である【真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)】グレートレッドでさえ破壊する事が出来ない事を意味する。

 

「やってくれますね。最初からあの偽物の役割は、【次元トンネル】を創り上げる事だったんですよ。思惑通りに世界の混迷を深められなくても、自分達が通れる道さえ出来れば何とかなると思っていたんでしょうね」

 

「防ぐ手段は?」

 

「あの偽物を完全消滅させる事です。アレこそが世界と世界を繋げている【次元トンネル】の発生源。ただ世界同士が繋がっている影響か、奴には向こう側から膨大なエネルギーが送り込まれています。さっきよりも遥かに手強いですよ」

 

「なら、俺が行きます!!」

 

 アーシアを抱きかかえた一誠が返事を返した。

 グレイフィアは防御陣を操作して一誠を招き入れ、フリートは手早くアーシアを診察し出す。

 朱乃、ギャスパー、祐斗、子猫、そしてリアスは複雑そうに一誠を見つめる。事情は聞いたが、少し前で兵藤の事を本物の兵藤一誠だと思っていただけに、一誠に対しては複雑な感情を抱く。

 一誠も自身に向けられている視線に気が付くが、今は詳しく話している暇は無く、フリートにアーシアの容体を訪ねる。

 

「フリートさん。アーシアは大丈夫ですか?」

 

「大丈夫なのは大丈夫なのですが……不味いですね。まだちょっとアイツとリンクが繋がったままです。先ほどまでの回復は在りませんが、それでもまだ回復される可能性は高いです」

 

「そんな!?」

 

「あ、あの!? 何とかリンクは切れませんか!?」

 

 このままでは一誠の足手纏いになりかねないと判断したアーシアは、何とかしてほしいと願う。

 だが、フリートは首を横に振るってアーシアと一誠に告げる。

 

「この術式は私にも完全に理解し切れません。無理やり解除したらどうなるかは分かりませんから、お勧め出来ないですね。と言う訳で、一誠君! さっさとアイツを倒して来るんです!!」

 

『グオオォォォォォォォォォーーーーーーーーーーー!!!!!』

 

 完全に変貌を遂げた異形の龍をフリートは指差した。

 咆哮を轟かせながら異形龍は空へと飛び立ち、【次元トンネル】を守護するように飛び回る。

 それだけではなく、【次元トンネル】から異形の影が次々と現れだし、瞬時にフリートは白衣の中から双眼鏡を取り出して確認する。

 

「不味い!! あの龍が【次元トンネル】の周りを回ると、安定化が進んでしまうようです! あぁ、もう隠している場合じゃないですね!!」

 

 ドンッと音が響くほどの勢いでフリートは地面を踏みつけた。

 次の瞬間、フリートの足元を中心に直径二十メートルほどの魔法陣が発生した。

 

「何? この魔法陣は?」

 

「見た事も在りませんわ」

 

 自分達が知る形式と全く違う魔法陣にリアスと朱乃は戸惑いながら、魔法陣を発生させたフリートを見つめる。

 そのフリートは素早く白衣の中から青白い宝石のようなものを取り出し、呪文の詠唱を行ない出す。

 

「我は望むは次元の乱れと安定。安定を乱し、新たな安定を世界に広げよ!!」

 

 詠唱と同時に魔法陣が光り輝き、巨大な魔力で出来た鎖が二本飛び出し、【次元トンネル】に向かって直進する。

 地上から伸びて来る鎖に気が付いた異形龍は、鎖を破壊しようと禍々しい光の閃光を放つが、鎖の周りに幾重にも防御陣が出現し、閃光を防いだ。そのまま鎖は【次元トンネル】に突き刺さるように伸び切り、【次元トンネル】が歪む。

 

『グオオォォォォォォォォォーーーーーーーーーーー!!!!!』

 

 鎖の正体が【次元トンネル】を破壊するものだと悟った異形龍は、怒りの咆哮を上げた。

 そのまま【次元トンネル】の周りを回り出して安定化をはかりながら、異形達と共に鎖を破壊する為に攻撃を開始した。

 

「急いで行きなさい!! この鎖が【次元トンネル】を完全に破壊する為には時間が掛かります! 私はそれの維持と防御魔法の継続! 後、町に張っている封鎖領域の維持で手一杯です! 何としても異形龍を倒すんです! アイツが居る限り、【次元トンネル】の完全破壊は無理ですからね!」

 

「は、はい!!」

 

「私も参ります。この場の護りは……」

 

「そっちもやっておきますから! 早くして下さい! ちょっと今回は冗談抜きで、私もキツイですから!」

 

「分かりました! 行くぞ、グレイフィア!」

 

「了解しました!」

 

 飛び立つ一誠に続くようにグレイフィアも防御陣の継続をフリートに任せ、一誠の援護に向かった。

 残されたリアス達は無力そうに悔し気な顔をし、アーシアは祈るように両手を組みながら一誠の背を見つめ、フリートは汗を流しながらも白衣の中に手を入れて何かをゴソゴソと探し始めるのだった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

設定紹介

 

名称:【ウェルシュ・フラガラッハ】

詳細:フリートが【竜斬剣】を扱う一誠の為に造り上げた剣が、完全に一誠のドラゴンのオーラに馴染んだ事によって進化を果たした剣。レッドデジゾイドと【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】の一部に、更に【支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)】を粉々に砕いて混ぜ合わせた。コレによってデジゾイドの特性と神器の特性、更に聖剣の属性まで得た。形状は柄の下部分には龍の爪のような物が備わり、刃は赤く染まり、刀身は片刃が竜の顎を思わせるように鋭い刃が幾重にも並び、更に蛇腹剣を思わせるように刀身には幾つかの隙間が空きそうな箇所が存在している。刀身同士を繋いでいるのは通常の紐で繋がっている蛇腹剣と違い、オーラによって繋がっているので刀身と刀身が離れている隙を狙っての破壊は不可能。

一誠とドライグの力を十全に扱う為だけの剣なので、【支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)】の【支配】能力は失われているが、ドライグが本来持つ()全てを扱っても壊れる事は無い。

 

名称:兵藤の体

詳細:何かを模倣する肉体で在り、本来は黒い人型のような姿。兵藤本人は知らなかったが、ハイスクールDxDの世界に最初にやって来た時に目にした一誠の肉体を模倣していただけ。形状が保てなくなるまでは普通の人間と変わらないが、形状が保てないほどのダメージを受けた場合、血は黒い泥のようなものに変化し、全身が罅割れて本来の黒い人形の姿が現れる。因みに生殖能力は模倣した者に応じるが、子孫を残す力は全く無い。

 

名称:異形龍化

詳細:偽りの【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】の【|覇龍《ジャガーノート・ドライブ】を発動する事で変化する形態。全長二十五メートルの背に禍々しい光の翼を生やした二本首の龍に変化する。本来の役割は【異世界】へと繋がる【次元トンネル】を造り上げ、異世界侵攻を引き起こす。宿っている異世界の神が本当の意味で全力を発揮出来るだけではなく、【次元トンネル】から送られる力も加わっているの発動する前の十数倍力が引き上がる。正し【次元トンネル】を造ると言う役割を重要視するので、異世界の神自身の意識は失われてしまう。詠唱は、本来の【|覇龍《ジャガーノート・ドライブ】と同じ詠唱だが、最後の一節だけは【汝を常闇の煉獄に沈めよう】に変化している。

本来ならば原作第六巻の時期に発動させる予定だった。




【ウェルシュ・フラガラッハ】の蛇腹剣形態を繋いでいるのは、ブリーチの【狒々王蛇尾丸】を思い浮かべてくれれば分かりやすいと思います。因みに完全に進化を果たしてしまったので、【支配の聖剣】は完全に失われました。コレでこの作品のエクスカリバーは六本だけです。まぁ、レプリカのエクスカリバーに頑張って貰うしか無いですね。

【次元トンネル】が原作第六巻で発動していた場合、各陣営のトップは大打撃確定してました。グレートレッドが現れでもしたら、その後に【次元の狭間】からやりたいほどになるので異世界侵攻は成功していた可能性があります。


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竜人とマッド、そして電子の弟子は赤龍帝7

お待たせしました。
次回のエピローグでこの話は終わりです。


 駒王町の上空に突如として出現した【次元トンネル】。

 まるで深淵に繋がっているとさえ思えるような深い穴から、異世界の異形達は【次元トンネル】を造り上げた異形龍に導かれてやって来た。

 本来ならばまだ〝その時゛では無かった。異形達が【次元トンネル】を通って、この世界にやって来るのは【異界】の知識に記される各勢力が一斉に集う時だった。だが、殺したと思っていた【赤龍帝】兵藤一誠が信じられないほどに実力を上げ、異世界の先兵は追い込まれてしまった。

 才能や力を与えた【異界】の存在は、精神が未熟過ぎる故に戦闘では役に立たず、精神的にも成熟を迎えつつある一誠には及ばない。その上、先兵とは言え幾つもの世界を支配下に置いてきた故に実力はこの世界の上位陣に匹敵する。なのに今の一誠には及ばなかった。

 最大の切り札である異形龍化ならば、一誠を倒せる。だが、異形龍化には欠点が存在していた。本来異形龍化は、異世界侵攻を完遂させる為の【次元トンネル】に莫大な力を異世界から受け取る最大の切り札。

 何よりも優先するのは【次元トンネル】の完成。それ故に完成するまでは異世界の神の意思も、【異界】の存在の意思も失われてしまう。本来ならば莫大な力に寄り、【次元トンネル】はすぐにでも完成する。

 しかし。

 

『グルルルッ!!』

 

 忌々し気に異形龍は【次元トンネル】に突き刺さっている二本の鎖を睨みつけた。

 二本の鎖は【次元トンネル】を破壊しようとしている事を異形龍は、本能から理解していた。

 この鎖が【次元トンネル】を破壊出来る代物だと言う事を。もしも異世界の神の意志が表に出て居れば、鎖がこの世界の産物で無いと悟れただろう。

 其処までは異形龍には分からないが、自身の役割を阻む二本の鎖を忌々し気に見つめると、すぐさま二本の首の口から閃光を撃ち出し、鎖に攻撃を加え出す。

 やって来た異形達も、異形龍と共に【次元トンネル】を破壊する為に地上から伸びて来る鎖を破壊しようとする。

 地上からやって来た一誠とグレイフィアは、先ずは鎖を破壊しようとする異形達に攻撃を開始していた。

 

《BoostBoostBoostBoostBoostBoostッ!!!》

 

「オラアアァァァァァァーーーーーー!!!!」

 

 フリートが【次元トンネル】を破壊する為に放った鎖に群がる複数の異形を、一誠は【ウェルシュ・フラガラッハ】を蛇腹剣形態に変えて切り裂いた。更に一誠は【ウェルシュ・フラガラッハ】を振り回し、鎖の周囲に集まって来ていた異形を全て一撃の下に消滅させて行く。

 しかし、鎖で不安定に追い込まれながらも異形は次々と【次元トンネル】から吐き出され、鎖に対して更なる攻撃を加え出す。

 

「何て数だよ!」

 

『前代未聞の異世界侵攻だ。そう簡単には阻めないと言う事か』

 

 状況が好転しない現状に一誠とドライグは苦々しげな声を漏らす。

 その一誠の背後から細長い蛇のような異形が襲い掛かる。

 

『シャアッ!!』

 

「ハァッ!!」

 

 一誠に異形の牙が届く直前、横合いあいからグレイフィアが魔力弾を放ち異形を消滅させた。

 そのまま二人は背中に合わせになり、自分達を包囲するように動き出した無数の異形を睨みつける。

 

「お気を付けを一誠様。敵の中には気配を消失させて来る、隠密のタイプの異形まで出て来ました」

 

『かなり不味いぞ。奴ら鎖が【次元トンネル】を破壊する前に、自分達の戦力を送り込むつもりだ! もしもあの異形龍クラスがもう一体やって来たら、流石にフリートも攻撃を防ぎ切れん。このままでは鎖が破壊されかねんぞ!』

 

「しかし、異形龍を倒そうにも鎖に群がる異形達を相手にしながらでは、手が足りません。こんな事態になるなら、一人でも援軍を送って貰うべきでした」

 

『いない奴らの話をしても無意味だ。あいつらも今頃はイギリスで、あの異形龍の分体と戦っているだろうからな』

 

「その上、流石に今回はフリートさんも余裕が無いだろうしな」

 

 一誠の言葉にグレイフィアは同意するに頷く。

 【次元トンネル】と言う世界と世界を繋ぐと言う空間異常が起きている現状で、駒王町に影響が出ないように空間作用を引き起こす封鎖領域を展開している。一歩間違えば、【次元トンネル】が引き起こしている空間異常で封鎖領域は消滅し、駒王町にまで被害が及んでしまう。その上、【次元トンネル】を破壊する為に更に空間作用を引き起こす魔法を使っているのだ。

 幾ら恐ろしい災厄級の実力を持つフリートでも、今回は限界ギリギリだった。

 一誠とグレイフィアは苦々しい思いを抱きながら、鎖を破壊しようとする異形達を消滅させて行く。

 そんな中、異形龍は更に邪魔がやって来た事に気が付き、唸り声を上げて一誠に目を向ける。

 【次元トンネル】完成の役割を担うだけの自身が、何故か一誠には怒りが込み上げて来る。元になった【異界】の存在の意思が影響しているのだ。壊れかけの状態で異形龍になった影響で、僅かに異形龍の意識は一誠に向けられ。

 

『グアガァァァァァァァァッ!!!』

 

《BoostBoostBoostBoostBoostBoostッ!!!》

 

『チィッ!! 相棒! 奴はあの姿になっても模倣した俺の力を使えるようだ!』

 

「だけど、俺の方に来るなら好都合だ! グレイフィアは鎖を護ってくれ!」

 

「……分かりました。どうかお気をつけて」

 

「ああっ!」

 

 一誠は返事を返すと、すぐさま背の翼を広げて自身に向かって来る異形龍と戦いを開始した。

 

 

 

 

 

 そして地上でも戦況が思わしくない現状に、リアス達は悔しい思いを抱いていた。

 空に次々と赤い閃光や魔力の爆発が起きているが、ソレを上回るほどに異形は次々と鎖が突き刺さっている【次元トンネル】から溢れて来る。

 このままでは不味いと【次元トンネル】を破壊する為の鎖や封鎖領域、序に自分達を護る防御陣の維持に集中していたフリートは悟った。

 

「本気で不味いぃぃぃぃっ!! あぁ、こんな事になるならルインさんだけでも来て貰うんでした!」

 

 もう一人の事を選択肢の中から外し、フリートは白衣の中から次々と取り出して周囲に投げて行く。

 手術器具から始まり、何からの小型の探査機器や検査機器。或いは何らかの資料本、禍々しい魔力を発する悪魔像、駒王学園の生徒会長とリアスの写真のアルバムまで白衣の中から出て来る。

 遂には神々しい気配を発している刀まで出て来るが、探し求めている物が見つからずフリートは慌てる。

 

「本当に何処に仕舞いましたかね! 此処でもない! 此処でもない! リンディさんに知られたら不味いと思って、白衣の中に無造作に放り込んだのは失敗でした!!」

 

「一体何を探しているの!?」

 

 先ほどから慌てたように白衣の中を探し回っているフリートに、思わずリアスは叫んだ。

 その叫びに答える前に白衣の中をゴソゴソと動いていたフリートの手が止まり、口元に笑みを浮かべてソレを取り出す。

 

「これです! 『悪魔のチラシ』!!」

 

『ハァッ!?』

 

 フリートが取り出したアーシアを除くリアス達にとって見慣れ過ぎた物に、思わず叫んでしまった。

 『悪魔のチラシ』。現代の悪魔が使う物で、契約者となる人物にチラシ配りを行ない、召喚された時に訪れる為の悪魔の一般的な道具。此処にリアス達悪魔が居るのに、何故そんな物を取り出したのかリアスは質問しようとする。

 しかし、フリートはリアスに質問される前に悪魔のチラシに自分の名前を書き込み、すぐさま祈りを捧げるようにチラシを掲げる。

 

「困った時は、悪魔頼みです!! 来て下さい!! サタンレッド!!!!」

 

『なっ!?』

 

 叫ばれた名前にリアス達は驚愕するが、チラシは効果を発揮したのか輝き、赤い魔法陣が発生する。

 発生した魔法陣は光り輝き、其処から何処かの特捜戦隊のような衣装を着た赤い姿の男が飛び出した。

 

「トォッ!! サタンレッド推参!!」

 

「お、お兄様!? 一体何をしているんですか!?」

 

 地面に着地すると共にポージングを決めたサタンレッドに、リアスは思わず叫んだ。

 特撮ヒーローのような衣装を着ているが、紛れもなく其処に居るのは自分の実の兄、サーゼクス・ルシファー。

 しかし、サタンレッドはリアスに向かって首を横に振るって否定する。

 

「フッ、違うさ、お嬢さん。私は魔王戦隊サタンレンジャーのリーダー、サタンレッドだ! リーアたんが愛してくれているお兄様ではないのだよ!」

 

「そうですよ!! 此処に魔王が来る訳ないじゃないですか!! 彼は私が契約したサタンレッドです!!」

 

 サタンレッドとフリートは、息が合った動きでリアスの言葉を否定した。

 緊急事態なのにふざけて居るとしか思えない二人に、リアスの米神がピクピクと動き魔力が迸り出す。

 不味いとサタンレッドとフリートは思うが、リアスが何かする前にサーゼクスとフリートの頭にハリセンが叩き込まれる。

 

『いたっ!?』

 

「おふざけしてないで、ちゃんと説明すれば良いんです」

 

「フィレア!?」

 

 二人にハリセンを叩き込んだメイド服を着た銀色の髪をポニーテールにしたグレイフィアと瓜二つの美女-フィレア・ルキフグスの姿に、リアスは叫んだ。

 フィレアは手に持っていたハリセンを何処かに仕舞うと、リアスに向き直り説明する。

 

「お嬢様。サーゼクス様が此処に居られるは大変不味いのです。幾ら理由が在ろうと、コレほどの異常事態が悪魔の領内で起きたとなれば、邪推する者は必ず出て来ます。其処に更に魔王であるサーゼクス様が居れば悪魔の陰謀だと思う者も居るでしょう」

 

「そういう事だ、リアス。故に私は偶然にも異常事態に巻き込まれた者が、異常事態解決の為に召喚したサタンレッドなのだよ」

 

「……その格好をする意味があるとは思えませんが?」

 

「ハハハハハハハハッ!」

 

 フィレアのジト目混じりの言葉に、サタンレッドは笑い声を上げて誤魔化した。

 しかし、すぐさま笑いを治めて上空で無数の異形と戦っている一誠とグレイフィアに視線を向ける。

 

「……どうやら状況は最悪な方に進んでしまったか。打開策は?」

 

「鎖の力が浸透して【次元トンネル】を破壊するか! 異形龍を完全に消滅させる事です! とにかく、鎖に攻撃を加える異形の殲滅を優先して下さい! 今から鎖の力を強めて【次元トンネル】を更に不安定にして、異形の援軍が来れないようにします! 但しコレをやると十五分間しか鎖が保てなくて、その間に安定化を急いでいる異形龍を倒せなければアウトです!」

 

「分かった。フィレア!」

 

「お任せを。久々に妹との共演を御見せ致しましょう」

 

 丁寧にフィレアはお辞儀をすると共に、すぐさま防御陣を抜けて戦場に飛び出した。

 続いてサタンレッドも戦場に向かおうとするが、その前にリアスが声を掛ける。

 

「待って下さい、お兄様……いえ、サーゼクス・ルシファー様」

 

「何かね、リアス?」

 

「私達も戦場に出る許可を下さい」

 

 リアスは真剣な眼差しでサタンレッドを見つめ、朱乃、祐斗、子猫、ギャスパーもサタンレッドに視線を向ける。

 

「例え騙されていたとしても、この件を引き起こしたのは私が眷属として迎え入れた者です。ならば、私は主として責任を取らなければなりません」

 

「……リアス。最早君が介入出来るレベルの事態を超えている。コレはこの世界と別世界と言う歴史上初めての異世界戦争の序曲だ。君達の実力が若手悪魔の中では高いレベルに位置しているとしても、相手は無数の同レベルかそれ以上の実力を持つ敵だ……命を落とすかも知れないのだよ?」

 

「分かって居ます……それでもどうかお願いします。私が王として進む為にも、このまま傍観している訳には行かないのです」

 

「……困ったものだね。こんな形で妹の成長を見る事になるとは……フリート君」

 

「はいはい! もう急いでいる時に!」

 

 呼ばれたフリートは、今度は素早く白衣の中から五つの赤い光が内部で揺らめいている小瓶を取り出した。

 ソレをリアス達に向かって放り投げ、リアス達が慌てて小瓶を受け取ると小瓶の効果を説明する。

 

「その瓶の中に入って居るは、一誠君の倍加の力です。【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】には自分だけではなく、他者も強化する力があります。その瓶を開ければ封じられている力が解放され、一時的にパワーアップ出来ます!」

 

「そんなのが在るんだったら最初から渡してくれれば!?」

 

「いえ、無理です。一応サーゼクスの使いとして来ていますけど、若手悪魔を戦場に出す権限なんて私に在りませんから」

 

「そういう事だよ。さて、これ以上は時間を掛けて居られない! 行くぞ、リアスとその眷属達!」

 

『はい!!』

 

 サタンレッドの呼びかけに、リアス達はすぐさま小瓶を開けて中の赤い光を飲み込む。

 

『ッ!? アァァァァァァァァァーーーーー!!!』

 

「こ、コレは!?」

 

「……す、凄いです!」

 

「ち、力が沸き上がって来ます!」

 

 急激に引き上がった力にリアスと朱乃は歓喜の声を上げ、祐斗、子猫、ギャスパーは体の内から沸き上がって来る力に戸惑う。

 その様子を一瞬の内に白衣から取り出したビデオカメラでリアスを重点的に撮っていたフリートは、サタンレッドにサムズアップし、サタンレッドもサムズアップで返した。

 

(後で送ってくれたまえ)

 

(対価の一部ですよ)

 

(分かった)

 

 アイコンタクトで会話をサタンレッドとフリートは行ない、そのままサタンレッドと共にリアス達も背に悪魔の翼を広げて戦場へと飛び出して行った。

 残されたフリートは護る者が少なくなった事で余裕が出来たので防御陣を縮め、言った通り鎖に魔力を込めようとする。

 しかし、その前にアーシアがフリートに話しかけて来る。

 

「あ、あの私にも出来る事は在りませんか!? このまま見ているだけなんて嫌です!!」

 

「……そう言われましても、持って来ていた一誠君の力を込めた小瓶はもうありませんし……せめて回復効果が一誠君達に及ぶように成れば……」

 

「なら、コイツを使え」

 

 突然男性の声が聞こえて来たと同時に、アーシアの前に腕輪のような物が落ちる。

 フリートとアーシアは声の聞こえた方に目を向け、何時の間にか金髪と黒髪が混じった短髪のスーツ服を着た二十代ぐらいの男性と、戦場を好戦的な眼差しで見つめている銀髪に青い瞳の少年が立っていた。

 

「よう、フリート」

 

「アザゼル」

 

「えっ!? アザゼルって確か!?」

 

 アザゼルの名前を聞いたアーシアは目を見開き、呼ばれた金髪と黒髪が混じった短髪のスーツ服を着た二十代ぐらいの男性は頷く。

 

「堕天使どもの頭をやっているアザゼルだ。内の部下を迎えに来たんだが」

 

 ゆっくりとアザゼルは防御陣内で拘束されているミッテルト、ドーナシーク、カラワーナに目を向ける。

 

「……チッ! レイナーレと同じ状態か。俺の部下に舐めた事をしてくれやがって」

 

 忌々し気にアザゼルは呟きながら、空を飛び回っている異形龍を睨みつける。

 同時に空に強烈な赤い閃光が走り、異形龍に直撃して大爆発が起こった。【次元トンネル】が一瞬揺らめくが、異形龍が爆炎の中から姿を現すと共に、【次元トンネル】は元に戻った。

 

「おいおい、あの一撃でも倒し切れないのかよ」

 

「……アザゼル」

 

「あぁ、分かってるさ。好きにしろ……ヴァーリ」

 

 アザゼルが許可を出すと同時に、ヴァーリと呼ばれた少年は好戦的な笑みを浮かべると同時に背に光り輝く白き翼-【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】と対を成す神器【白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)】が展開された。

 

「……禁手化」

 

Vanishing(バニシング) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)ッ!!!!》

 

 音声と同時にヴァーリに真っ白なオーラが覆って行く。

 白き全身鎧が体を覆い、最後に龍を模したマスクがヴァーリの顔を覆う。

 【白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)】の禁手化である【白龍皇(ディバイン・ディバイディング)(・スケイルメイル)】を発現させ、背の八枚の光翼を広げて戦場へと飛び立って行った。

 

「やる気満々だな、ヴァーリの奴。ライバルの奴に触発されたか? 確かにヴァーリに匹敵する強さだからな」

 

「ムハハハハハッ!! 一誠君を舐めては行けませんよ!! 確かに凄そうですけど、一誠君には勝てません!!」

 

「そりゃどうかな。アイツは過去現在未来に於いて最強の白龍皇なんだぜ」

 

「一誠君は歴代最高の赤龍帝ですよ」

 

「いやいや、ヴァーリには」

 

「一誠君には」

 

「ヴァーリ」

 

「一誠君」

 

『グヌヌヌヌヌヌッ!!』

 

 何時の間にか互いに近づき、アザゼルとフリートは睨み合いを行なっていた。

 どちらも意見を変えないと言うように睨み合いを続けるが、恐る恐るアーシアが声を掛けて来る。

 

「あの~、それでこの腕輪はどう使えば良いのでしょうか?」

 

『ハッ!?』

 

 下らない事をやっていたと気が付いたフリートとアザゼルは離れ、空気を変えるためにアザゼルが説明する。

 

「ソイツは神器制御する為の腕輪でな。見たところお前の神器は未成熟な状態にある。ソイツを使えば制御力が上がるだけじゃなくて、一時的に禁手を発動させる事も可能だ」

 

「つまり、無理やり禁手を発現させて彼女の回復力をアップですか?」

 

「序にあの異世界の神が使っていた離れた相手への回復も行なえる筈だ。無理やりやらされた事でも、体は覚えて居るもんだからな」

 

「……コレを使えばイッセーさん達の助けになるんですね」

 

「お前さん次第だがな。神器は所持者の想いに答える。その腕輪は切っ掛けを作るだけだ」

 

 アーシアは手に持つ腕輪を強く握り、祈るように両手を組む。

 同時にアーシアの両手の中指に指輪型の神器である【聖母の微笑】が出現し、淡い緑色の光が溢れ出す。

 

(イッセーさん!! 皆さん!! 如何か無事に帰って来て下さい!!)

 

 次の瞬間、アザゼルが渡した腕輪と【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】が強く緑色に輝き、戦場に広がって行った。

 

 

 

 

 

 異形龍に自分だけで撃てる最大レベルでのオーラ砲撃を両手を合わせて放った一誠は、余りダメージを受けていない異形龍に焦りを覚えて居た。

 

「今のでも駄目かよ!?」

 

『厄介だな。フリートが言っていた通り、アーシア・アルジェントの力は弱まっているが、ソレを奴は自分の力で強化しているようだ』

 

「何処までもアーシアの力を利用しやがって!!」

 

 一誠は苛立ちながら、自分を無視して【次元トンネル】の完成を優先する異形龍を睨みつける。

 異形龍になる前の出来事を考えれば、一誠に対して報復を行なって来ると思っていたが、異形龍は一誠に対しては何もして来ない。自分の役目は【次元トンネル】の完成こそにあると考えているのである。

 そしてソレこそが一誠に対する最大の復讐になる事も。【次元トンネル】が完成してしまえば、もう一誠には如何する事も出来ない。異世界戦争が起きてしまえば、一誠にはどうする事も出来ないのだから。

 

『グルアッ!!』

 

『避けろ!!』

 

「クゥッ!!」

 

 ドライグの指示に従い、異形龍が口から放った閃光を一誠は避けた。

 しかし、避けた閃光は真っ直ぐに鎖へと向かい、出現した防御陣と鬩ぎ合う。

 

「しまった!?」

 

 まんまと罠に嵌まってしまったと一誠が叫んだ次の瞬間、模倣された倍加の力で威力が増していた閃光は、遂に防御陣を貫き、鎖の一本に直撃した。

 激しい衝撃と閃光が周囲に散り、【次元トンネル】に突き刺さっていた鎖の一本が光を撒き散らしながら消滅した。

 同時にもう一本の鎖に異形達は襲い掛かり、【次元トンネル】を完成させようと動き出す。

 

「不味い!! このままだと!」

 

(一誠君!!)

 

「フ、フリートさん!?」

 

 脳裏に響いたフリートの声に、一誠は思わず地上に目を向けようとするが、構わずにフリートは要件を念話で告げる。

 

(今から残りの鎖の力を強めて【次元トンネル】から異形の援軍が来れないようにします! 但し、コレをやったら十五分以内に安定化を図る異形龍を倒せなかった場合、もう終わりです! だから、〝使いなさい゛!!)

 

「ッ!? ……良いんですか?」

 

(もうこうなったら形振り構って居られません! 今から少ないですけど援軍も行きますし、時間は稼げる筈です! だから、やりなさい!!)

 

「……やるしかないか」

 

『……あぁ」

 

 一誠とドライグは覚悟を決めた。

 【デジタルワールド】で体得した自分達の最大の切り札。本来ならば世界への影響を考えて、フリートから検証が済むまで使う事を禁じられている切り札。

 【デジタルワールド】で使用するには問題が無かった。例え影響が起きても、その世界の守護者達が影響を抑えてくれたからだ。だが、この世界ではどうなるか分からない。最悪の事態を考えて使用厳禁を言い渡されていたが、使うしかないと一誠とドライグは悟った。

 

「グレイフィア!! 使うぞ!!」

 

「ッ!? ……了解しました。その為の時間稼ぎはお任せを。ハァッ!!」

 

 指示を聞いたグレイフィアは一瞬目を見開くが、すぐさま冷静に立ち返り、動きが止まった一誠の周囲に集まって来る異形集団を魔術で殲滅して行く。

 煩わしそうに異形龍はグレイフィアを睨むが、何故か動きが止まった一誠に向けて二つの口を開け、倍加された閃光を撃ち出す。

 

『グルアァァッ!!』

 

 真っ直ぐに閃光は一誠へと向かうが、構わずに一誠は呪文を唱える。

 

「我解くは、蒼天を漂う白き龍に与えられし加護成り」

 

Dispel(ディスペル)

 

 一誠の詠唱と共に【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】の右手の籠手に備わっている宝玉から、音声が響いた。

 次の瞬間、右手の【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】の籠手が無機質から、何処か有機質を感じさせる籠手に変貌し、一誠の力が増大すると同時に、空から蒼い稲妻が一誠の周囲に降り注ぐ。

 稲妻はまるで意思を持っているかのように向かって来た閃光を消し去ったばかりか、一誠の周囲に集まって来ていた異形を次々と焼き尽くして行く。

 

『ガアッ!?』

 

 蒼い稲妻に閃光が搔き消されるのを目にした異形龍は目を見開いた。

 稲妻は縦横無尽に一誠の周囲に巡り、最後に東洋の龍のような姿を象ると同時に消え去った。

 同時に異形龍は本能から一誠がしようとしている事を止めなければらないと悟り、今度は背の光り輝く翼を広げ、無数の光の槍を一誠に向かって撃ち出す。

 対して一誠は、更に呪文を唱える。

 

『我解き放つは、異世界の空の王者たる聖なる神龍が与えし加護成り』

 

Dispel(ディスペル)

 

 次にドライグの詠唱が行なうと、今度は左足側の鎧が無機質から有機質に変わり、三本爪だった具足が五本爪の形状に変わった。

 同時に一誠の全身から神々しいまでの光の閃光が発せられ、一誠に向かって来た禍々しい光の槍を全て消し去る。

 

『ガアァァァッ!!』

 

 光の槍を打ち消したばかりか、閃光は異形龍の体を焼き、苦痛に満ちた咆哮を上げた。

 苦痛から逃れようと、異形龍は一誠から離れ、全身に負った傷を癒し出す。

 何かが不味いと増大した一誠の力に危機感を覚えた異形龍は咆哮を轟かせ、残された異形達に鎖の破壊を優先する事を指示する。

 異形達は指示に従い、グレイフィアが護る鎖に攻撃を加え出す。対してグレイフィアは防御魔法陣や攻撃魔法を放って異形達を殲滅して行く。詠唱が終わるまでは、絶対に護り抜くと言う意思を持ってグレイフィアは一人で鎖を護り続ける。

 異形龍は苛立ちを覚えると、すぐさま模倣した倍加の力を使い出す。

 

《BoostBoostBoostBoostBoostBoostッ!!!》

 

Transfer(トランスファー)!》

 

「……『譲渡』までも」

 

 赤い光に覆われた異形達の姿に、グレイフィアは模倣していたのが『倍加』だけでは無かった事を悟り憎々し気に呟いた。

 力が引き上がった異形達は先にグレイフィアを倒すと決めたのか、群がって来る。このままでは守り切れないとグレイフィアの中で僅かに焦りが浮かんだ瞬間、横合いから強烈な魔力砲が放たれ、異形達を消滅させた。

 覚えのある魔力にグレイフィアが目を向けてみると、自身と同じようにメイド服を着たフィレアが空に浮かんでいた。

 

「衰えましたか、グレイフィア? この程度の数、嘗ての戦争で経験している筈ですが?」

 

「……其方こそ、今の不意打ちで全てを殲滅出来ていないようですが、フィレア姉様。幸せな家庭生活で腕が鈍りましたか?」

 

 フィレアとグレイフィアは互いに睨み合いながら会話をし合う。

 火花が飛び散るばかりの睨み合い。そのまま二人は無言のまま同時に右手を相手に向け、魔力弾を放って互いの背後に居た隠密タイプの異形を消滅させた。

 

「久々に舞いましょうか、グレイフィア!」

 

「遅れるのは赦しませんよ、フィレア姉様! 私の主の守護が掛かっているのですから!」

 

 叫び合うと共にフィレアとグレイフィアは息の合ったコンビネーションで、異形を殲滅して行く。

 その速度はグレイフィア一人だった時よりも上がって居るだけではなく、的確に力が上がっているにも関わらず異形の殲滅速度が速度が増していた。

 

「……久々に見たけど、あの二人が揃って戦うのは末恐ろしいね」

 

 目の前で異形が泣き叫びながら消えて行く光景をサタンレッドは目にしながら、内心で冷や汗を流す。

 嘗て冥界で起きた悪魔の未来を決める旧魔王派と改革派との内戦の中で、改革派が恐れたのは事の中にはグレイフィアとフィレアが同時に戦場に出て来る事も含まれていた。

 二人はプライベートでは仲睦まじい姉妹だったが、仕事や戦いに関しては互いにライバル意識が強かった。【超越者】であるサーゼクスを以てしても、一進一退の攻防を余儀なくされた事もある。

 二人が一緒に戦う時は戦果が倍では済まないのだ。

 

「お兄様、私達は?」

 

「サタンレッドだよ、リアス……【赤龍帝】の援護だ。今の彼は何かをやろうとしている」

 

 悪魔として、いや、【超越者】としての直感からサタンレッドは一誠から底知れない何かを感じていた。

 今は空中に止まり、グレイフィアに護りを任せて無防備な状態になっているが、詠唱が進むごとに一誠の力は増大している。今後の(・・・)事を考えれば、一誠の切り札を知っておいた方が良いとサタンレッドは判断した。

 

「行くぞ、リアス! そしてグレモリー眷属よ!!」

 

『はい!』

 

 サタンレッドの指示にリアス達は返事を返し、背の翼を広げて一誠と鎖の守護に回る。

 

「雷よ!!」

 

 フリートから渡された【赤龍帝】の力が籠もった小瓶を呑んだ朱乃が放った雷は、通常時よりも遥かに大きく、鎖に群がっていた異形達を飲み込んで感電させて行く。

 

「えいッ!!」

 

 感電した異形達を子猫が殴ったり蹴ったりして粉砕して行く。

 朱乃と子猫の連携に寄って、防御力に特化した異形達が次々と消えて行く。

 その中で周囲の者を犠牲にしてグレイフィアとフィレアの殲滅圏内から抜け出した速さに特化した異形が、一誠に迫る。

 

「ハァッ!!」

 

 しかし、一誠に攻撃が届く前に閃光が幾重にも走り、異形達は八つ裂きにされた。

 

「悪いけれど、彼には聞きたい事もあるから、触れさせはしないよ!」

 

 両手に魔剣を握った祐斗は、素早い動きで異形達を次々と切り裂いて行く。

 

「ギャスパーー!!」

 

「はい!! 止まれえぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 吸血鬼の能力で無数の蝙蝠に分裂したギャスパーの瞳が、異形を捉えた瞬間、異形達の時は停止した。

 その隙にリアスとサタンレッドは滅びの魔力を練り上げ、同時に時が停止した異形達に放つ。

 

『ハアッ!!』

 

 放たれた滅びの魔力は異形達を飲み込み、完全消滅させた。

 しかし、リアスは悔し気に顔を歪める。自身が放った滅びの魔力よりも、サタンレッドが放った滅びの魔力の方が圧倒的に上だと理解したからだ。

 

「リアス。滅びの魔力を意識してもっと煉るのだ。ただ滅びの魔力を放つだけでは、魔力に頼っている過ぎない。本当に滅びの魔力を扱うという事は、こういう事だよ。滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクステイント)!!」

 

 サタンレッドは手のひらから小さな無数の魔力球を放った。

 小さな無数の魔力球は縦横無尽に動き回り、異形達に触れると削り取るように消滅させて行く。

 自分とは違うサタンレッドの【滅びの魔力】に、リアスは真剣な眼差しで見つめる。

 

「【滅びの魔力】は強力過ぎるが故に、扱いは難しい。しかし、使いこなせれば格段に強くなれる。この戦いを今後の参考にしたまえ」

 

「はい、お兄様!」

 

 無力感と悔しい気持ちはある。だが、今はソレを無視する。

 この戦場に出て来たのは、主としての責務を果たす為。迷惑を掛けてしまった眷属達の為にも、異世界侵攻だけは防いでみせるとリアスは誓いながら、ギャスパーのフォローも加えてサタンレッドと共に異形を消滅させて行く。

 

「我解放するは、金色なりし神聖なる神龍の加護成り」

 

Dispel(ディスペル)

 

 左側と同様に右足側の鎧も無機質から有機質に変わり、三本爪だった具足が五本爪の形状に変化した。

 同時に一誠の全身から莫大な赤いオーラが立ち昇り始め、まるで内に納めていたモノが出て来ようとしているかの様にオーラは揺らめく。

 

「後一つだ!」

 

『最後のは厄介だぞ、相棒。油断して吞まれるなよ!』

 

「分かってるさ!」

 

 ドライグの言葉に頷きながら、最後の封印の解除を行ない出す。

 だが、その封印は他よりも強力に封印されている加護。今までの三つよりも時間が掛かってしまう。

 何時の間にかリアス達だけではなく、グレイフィアとソックリなメイド服を着た美女と、何故か戦隊モノの衣装を着た謎の人物が居るが、一誠は意識の底に追いやり、深い内の底に落ちて行く。

 

『ガアァァァァァッ!!!』

 

 更に高まろうとしているドラゴンのオーラに、傷が癒えた異形龍は咆哮を上げ、一誠に向かって両方の口を開く。

 【次元トンネル】の作製に使っていた力も、倍加で引き上がった全ての力も使って、最大の一撃を放つ、つもりだった。だが、ブレスを撃ち出す直前、下方から白い閃光が走り、ブレスを撃ち出そうとして異形龍の顎に激突する。

 

『グボアァァァァァッ!!』

 

 口内でブレスが爆発した異形龍は苦痛の咆哮を上げ、もう一つの首もブレスを撃つのを止め、襲撃者に目を向けて驚愕する。

 

「悪いが、俺のライバルの切り札を見ておきたいんだ。邪魔はさせないぞ」

 

 【白龍皇】ヴァーリは光り輝く翼を夜空に広げながら異形龍を見ながら告げると共に、右手を向ける。

 

Divide(ディバイド)!!》

 

『グルゥッ!!』

 

 【白龍皇(ディバイン・ディバイディング)(・スケイルメイル)】から音声が響くと共に、異形龍の体を覆っていた淡い緑色の光が【半減】した。

 異形龍は別世界と言え、神であるが故に【白龍皇】の力は効き難い。だが、後付けで得たアーシアの力は別。

 ソレを瞬時に見抜いたヴァーリは、異形龍から回復の力を奪って行く。

 

《DivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivide!!》

 

「コレだけ弱まれば、最早回復には意味が無いな」

 

『ガアァァァァァァーーーー!!!』

 

 自らの護りの要の一つを奪われた異形龍は怒りの咆哮を上げ、ヴァーリを睨みつける。

 凄まじい殺気をヴァーリは浴びせられるが、本人は兜の中で好戦的な笑みを深め、両手を異形龍に向けると、強烈な魔力弾が幾重にも放たれる。

 

「神クラスと戦える機会は滅多に無いからな。楽しませて貰うぞ!!」

 

『グルルルルツ!!』

 

 向かって来る無数の魔力弾を、禍々しい光の障壁を展開して防ぎながら、異形龍はヴァーリに攻撃を開始する。 復活したもう一本の首から禍々しい光のブレスを異形龍は撃ち出し、ヴァーリは光速で回避しながら魔力砲や魔力弾を撃ち込んで行く。

 異形龍が無数の光の槍を出現させ、ヴァーリに放てば、ヴァーリは持ち前の強大な魔力を使って防御陣を張って防ぐか、或いは【|白龍皇の鎧《ディバイン・ディバイディング・スケイルメイル》】の力を使って威力を弱める。

 互角に戦うヴァーリの存在に、異形龍は焦りを覚えだす。【次元トンネル】から自身の仲間である異形は次々と現れているが、一誠とグレイフィアの二人の時よりも掃討のスピードは増している。しかも作製を中断した影響で、【次元トンネル】の安定が崩れて何時鎖に破壊されても可笑しくない状況に追い込まれる。

 このままでは目的を遂げられないと直感した異形龍は、ヴァーリへの攻撃を中断して全身に力を込め始める。

 

『ッ!? 離れろ! ヴァーリ!!』

 

 異形龍がやろうとしている事を悟った【白龍皇】アルビオンの声が、【|白龍皇の鎧《ディバイン・ディバイディング・スケイルメイル》】の宝玉から響いた瞬間、周囲に仲間の筈の異形の存在にも構わずに禍々しい光の閃光が全方位に異形龍から放たれた。

 

『グオォォォォォッ!!!』

 

 仲間の異形達を犠牲にしてまで放った攻撃に、コレで【次元トンネル】の完成に集中出来ると異形龍は歓喜の咆哮を上げる。

 だが、歓喜の咆哮を上げる異形龍に周囲から次々と攻撃が放たれる。

 

「ハアッ!!」

 

「雷よ!!」

 

滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクステイント)ッ!!」

 

『ッ!? ガアァァァァァッ!!』

 

 右前脚にリアス、朱乃、サタンレッドの攻撃が直撃し、右前脚から走った激痛に異形龍は苦痛の叫びを上げた。

 一体何故と異形龍が疑問に思いながら一本の首を周囲に巡らせようとした瞬間、その頭部に上空から落下して来た子猫の踵落としが決まる。

 

「えぃッ!!」

 

『ガハッ!!』

 

「目を貰うよ!!」

 

 子猫に続くように祐斗が落下して来て、異形龍の首の一つの両目に、魔剣を深々と突き刺した。

 

『ヒガアァァァァァッ!!!』

 

 四つある内の二つの視界を奪われた異形龍は首を回し、子猫と祐斗を弾き飛ばす。

 これで二人は戦線を離脱したと思いながら、異形龍はもう片方の首の目を向け、驚愕に目を見開く。

 ダメージを負った筈の祐斗と子猫は平然とした顔をしながら、宙に浮かび、異形龍を睨んでいた。

 同時に異形龍は悟った。何故先ほどの全方位を攻撃を、敵が堪え切れたのかを。祐斗、子猫を含めた全員が、淡い光ながらも力強さを感じさせる緑色に光に包まれていた。

 その力の正体を異形龍は知っている。先ほどまで己が利用していた力が、今度は自分に牙を剝いたのだと悟り、異形龍は慌てる。

 その異形龍の耳に、力強く強い意志が籠った声が届く。

 

『『我らは最後に解く。黙示録を呼ぶ邪悪竜の加護を!!』』

 

Dispel(ディスペル)

 

『ガアッ!?』

 

 耳に届いた一誠とドライグの声に、異形龍は慌てて顔を向ける。

 其処にはグレイフィアとフィレアに護られた一誠の姿が在った。

 最後の加護の封印を解くと同時に、【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】の左籠手が無機質から有機質に変化し、一誠の全身から立ち昇っていた膨大なオーラが、背中に二体四対の翼を広げた赤いドラゴンの形状を象った。

 

「……アルビオン? アレは?」

 

『分からん。あのような変化は見た事が無い。ドライグの奴。一体宿主と何をした? ……しかも、あのオーラは……何故〝奴゛のオーラを感じる? いや、奴以外にも私の知らないドラゴンの気配がする。しかも』

 

「……あぁ、どのドラゴンの気配も途轍もない強者の気配だ」

 

 異常と呼べる現象に長い歴史の中で神器となっても幾度と無くぶつかって来た【赤龍帝】と【白龍皇】の歴史の中でも、今目の前で起きている現象は一度も無かった。

 それ故にアルビオンも戸惑いながら、膨大なオーラを纏う今代の【赤龍帝】を見つめる。

 一誠はグレイフィアとフィレアに下がるように頼むと、すぐさま異形龍に目を向ける。

 

「待たせて悪かった」

 

『ハハハッ! 白いのも何時の間にか来ていたか! 良いぞ、相棒!! 奴らにも魅せてやるぞ!! 最高の【赤龍帝】を!!』

 

「あぁっ!!」

 

 一誠とドライグの声に応じるようにドラゴンの形状を象っていたオーラが、咆哮を上げるように仕草を行ない呪文が空に響く。

 

【我ら、覇を超え、新たな歩みを踏み出す、赤き天龍なり!!】

 

《時が来たのか》 《行くのね》

 

『何ッ!?』

 

「……歴代の所有者の思念が」

 

 一誠とドライグが唱える呪文のに応じるように宝玉から響いた男女の声に、アルビオンとヴァーリは驚愕と疑念を覚えた。

 本来ならば【赤龍帝の籠手】と【白龍皇の光翼】が【覇龍】を使用する時のみに神器の深淵から表面化して来て、怨念に満ち溢れた言葉を発する歴代の所有者達の残留思念。だが、今【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】から響く声には全く怨念を感じられない。

 怨念とは真逆の希望に満ち溢れた声。行く末を見守ろうとする師や親のような声音だった。

 

【四大の竜の加護を宿し、無限に広がる道を進み、夢幻を踏破する!!】

 

《ならば》 《その道を》

 

【我、赤き夢幻を抱きし龍の帝王成りて!】

 

《我らも共に歩もう! 兵藤一誠!!》

 

【汝らに魅せよう! 赤き龍帝が歩む新たな行く末の先を!!】

 

Digital(デジタル) Apocalypse(アポカリプス) Dragon(ドラゴン) Drive(ドライブ)!!!!》

 

 【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】から音声が響くと同時に、ドラゴンを象っていたオーラは一誠に集約し、膨大なオーラが宿ると同時に鎧は遂に最後の変化を行なった。

 背部の龍の翼は二対四枚に数を増やし、後ろ腰辺りから鎧に覆われた尻尾が生え、両肩のショルダーアーマーからはそれぞれ赤いマントが背中側に棚引き、無機質な鎧では無く有機的な鎧へと完全に変貌を遂げた。何より変化したのは、最早神を超えたとさえ思われるほどに一誠の全身から立ち昇るドラゴンのオーラ。

 異形龍はそのオーラに見覚えが在った。忘れもしない。自分達が最初に異世界侵攻を行なった時に、世界の外側で僅か一体だけで異世界侵攻を阻んだ巨大な赤き龍。

 【真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)】グレートレッドのオーラが、一誠から【赤龍帝】ドライグのオーラと共に放たれていた。

 今の姿こそ、一誠とドライグが【デジタルワールド】で体得した【覇龍】とは違う新たな【赤龍帝】の形態。

 【夢幻天龍化】。グレートレッドから与えられた加護を強く発現させ、【デジタルワールド】で得た四大竜の加護に寄ってドラゴン化している身を護り、二天龍の一角ドライグの本来の力を全て発揮出来ると言う極限の形態。

 この状態の一誠とドライグの意思は混じり合った状態になっている。

 

【怖いか】

 

『ッ!?』

 

 一誠とドライグの混じった声に、異形龍は全身をビクッと震わせた。

 

【そうだろうな。この力は、お前達を阻んだ力だ。それが目の前に再び立ち塞がったんだ。怖いよな!!】

 

Dragonic(ドラゴニック) Boost(ブースト) start(スタート)!!》

 

《DDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDD!!!!》

 

 凄まじいまでの音声が宝玉から鳴り響き、一誠は一瞬にして消え去った。

 全員の視界から消え去った一誠に周囲を異形龍を含めた全員が周囲を見回そうとした瞬間、異形龍の腹部から打撃音が響き渡った。

 

『ガッ!?』

 

 余りにも一瞬の出来事に異形龍は苦痛が全身に行き渡る前に、息を吐き出した。

 だが、それでは終わらないと言うように次々と異形龍の全身から打撃音が鳴り響き、周囲に鱗の破片が舞い散って行く。

 泣き叫ぶ事も出来ずに異形龍は、神速の領域で回転体術を叩き込んで行く一誠に一方的に打ちのめされて行く。

 このままでは不味いと全身に走る衝撃と苦痛を無視して、全身に走る激痛に構わずに倍加の力を使って異形龍は禍々しい光の防壁を全身に張り巡らせて状況を少しでも好転させようとする。

 しかし、その異形龍の耳に、現在では在り得る筈が無い音声が響く。

 

Penetrate(ベネトレイト)!!》

 

『グハッ!?』

 

 障壁を無視して一誠の拳は異形龍の胴体に突き刺さった。

 【赤龍帝】ドライグが生前使っていた力の一つ【透過】。神器に封印された事に寄って、【聖書の神】が失わせた筈の力を一誠は使ったのである。異形龍の内に居る異世界の神ならば【異界】の知識から、未来において兵藤一誠が復活させる事は知っている。

 だが、それはまだ先の話の筈。しかも、【白龍皇】と【赤龍帝】の和解と言う行為が必要なのだ。それを成し遂げずに一誠は使用している。

 異世界の神は知らない事だが、既に【赤龍帝の籠手】は神器システムの枠組みから外れてしまった規格外の存在に変貌している。それ故に【聖書の神】が施していた封印も意味を無くしてしまったのである。主に調子に乗ったどこぞのマッドのせいで。

 

【そろそろ終わりにするぞ】

 

『ッ!?』

 

 連続攻撃が止むと共に聞こえて来た一誠の声に、異形龍は全身に走る痛みも構わずに声の聞こえて来た方に目を向けた瞬間に気が付く。

 何時の間にか蛇腹剣状態の【ウェルシュ・フラガラッハ】の刃が全身に巻き付いている事に。

 慌てて逃れようとした瞬間、【ウェルシュ・フラガラッハ】の柄を一誠は全力で引っ張る。

 

【【竜斬剣】参の型:咬竜斬刃(こうりゅうざんば)ッ!!!】

 

『ギャガァァァァァァァァァァーーーーー!!!!』

 

 武器の形のせいで使用出来なかった師であるスレイヤードラモンが正確に伝える事が出来なかった唯一の技【咬竜斬刃(こうりゅうざんば)】。

 しかし、【ウェルシュ・フラガラッハ】を得た事に寄って一誠はその技が使用可能となり、ドラゴンのオーラを纏わせた刃が勢い良く引く事で、異形龍の全身はズタズタに削り取られた。

 同時に最早異形龍形態を維持出来なくなったのか、異形龍の体は光り輝き、偽りの【赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)】を纏った兵藤に戻った。

 同時に【次元トンネル】に突き刺さっていた鎖が光り輝き、地上から膨大な魔力が送り込まれた瞬間、【次元トンネル】は一気に縮まり、完全に消滅した。

 ソレを確認した一誠は、蛇腹剣状態だった【ウェルシュ・フラガラッハ】を大剣状態に戻して構える。

 

【貴様は跡形も残さんぞ! 俺だけじゃなく、アーシアまで傷つけたお前達は完全に消滅させる!!】

 

《DDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDragonic(ドラゴニック)!!!!》

 

 再び音声が響くと同時に、膨大なオーラが【ウェルシュ・フラガラッハ】に宿って行く。

 そのまま体を回転させ始めた一誠に、兵藤の内に居る異世界の神は恐怖に満ちた声を思わず漏らす。

 

『き、貴様は!? ……い、一体……一体何者だあぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

【俺は……俺は……俺は!? 兵藤一誠だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!】

 

 心の底から言いたくても名乗れなかった名前。

 アーシアに名乗る時に躊躇いを覚えてしまった自身の名前。

 しかし、今、全ての枷から外れた一誠は、高らかに自身の名前を叫んだ。

 

【【赤龍帝】の逆鱗に触れた恐怖をその身に刻みながら消えされぇぇぇぇぇぇ!!!】

 

 一誠の咆哮に応じるように、【ウェルシュ・フラガラッハ】全体が炎に寄って燃え上がった。

 その炎こそ、【赤龍帝】ドライグが唯一名を付けた必殺技。あらゆるものを燃やし尽くす究極の炎。

 一度でも食らえば、神さえも消す事が出来ない炎。【燚焱(いつえき)炎火(えんか)】。

 全てを焼き尽くす炎を纏いながらも【ウェルシュ・フラガラッハ】は、燃え尽きる事は無い。【赤龍帝】兵藤一誠の為だけに生まれた剣。【支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)】としての能力だった【支配】の力。

 本来ならば他に使える筈だった能力は、全て一誠の力を【支配】する為だけに【ウェルシュ・フラガラッハ】は使っている。

 そして今、学んだスレイヤードラモンの必殺技と【赤龍帝】の力が一つになる。

 

【炎天・【竜斬剣】壱の型ッ!!】

 

 燃え盛る旋風となった一誠は、瞬時に異世界の神の目の前に移動し、回転に寄って巻き起こるオーラが混じった豪風に異世界の神は身の動きを封じる。

 そのまま一誠は回転に寄って加速した【ウェルシュ・フラガラッハ】を、垂直に異世界の神の脳天から打ち下ろす。

 

天竜斬破(てんりゅうざんは)ッ!!】

 

 一誠が振り下ろした天竜斬破は、異世界の神を脳天から一刀両断した。

 更に追撃を加えるように【ウェルシュ・フラガラッハ】から【燚焱(いつえき)炎火(えんか)】が燃え上がり、異世界の神の体を焼き尽くして行く。

 

『ガアァァァァァァァァァーーーーーーーーー!!! お、おのれえぇぇぇぇぇぇーーーー!!! わ、忘れるな! わ、我の分体は数多く今だこの世界に残っている!? 例え本体である我が消えても、あの分体(・・・・)が、か、必ずやこの世界は……わ、我らのものに……』

 

 異世界の神は苦痛に満ちた叫びと断末魔の言葉を残して、跡形もなく消し炭さえも残す事なく焼き尽くされた。

 同時に【次元トンネル】も消え去り、一誠は【ウェルシュ・フラガラッハ】が纏っていた【燚焱(いつえき)炎火(えんか)】を振り払う事で消し去り、左手の籠手に収納しながら呟く。

 

【なら、お前達の言う悪意や企みも全部を叩き潰してやるよ。それが俺のお前達への復讐だ】

 

 そう呟きながら一誠は地上に降りようと下を向くが、その直前に白い閃光が一誠に襲い掛かる。

 だが、閃光が届く前にグレイフィアが割り込み、一瞬にして構築した防御陣で一誠を護った。

 

「チッ!!」

 

「主にそう簡単には触れさせませんよ、【白龍皇】」

 

 冷徹な視線を向けるグレイフィアを目にしながら、襲撃を掛けたヴァーリは悔し気に距離を取る。

 自らの主に攻撃を仕掛けたヴァーリに、グレイフィアは濃密な殺気に満ち溢れたオーラを全身から立ち昇らせる。だが、グレイフィアが攻撃を仕掛ける前に、一誠がその肩に手を置く。

 

「一誠様!?」

 

【構わない、グレイフィア……久しぶりだな、アルビオン】

 

『あぁ、久しぶりだ。ドライグと呼ぶべきなのか?』

 

 一誠の声に応じるように【白龍皇(ディバイン・ディバイディング)(・スケイルメイル)】からアルビオンの声が響いた。

 

【あぁ、そうだ。この状態の俺は兵藤一誠と【赤龍帝】ドライグが混じり合った状態だからな……それで今代の【白龍皇】。俺達とやり合うか?】

 

「無論だ。俺は今、心の底から嬉しいよ! 今代の【赤龍帝】は俺の予想を超えるほどの強者だった!! こんなに嬉しい事は無い!!」

 

【戦闘狂か……悪いが、今日のところはお前とアルビオンとやり合う気は無い。いや、正確に言えば、今のアルビオンとやり合う気はもう俺には無い】

 

『……どういう意味だ、ドライグ?』

 

【アルビオン。俺達は確かに神器になっても争い続けて来た。互いに宿主を変えながら憎しみ合い、宿主同士で殺し合いを続けて来た。だがな、最初はそうだったか?】

 

『………』

 

【俺……いや、俺達は忘れていた。最初は憎しみ合ってなど居なかった。ただ純粋に戦って勝ちたいと言う想いだけだった筈だ。その事を思い出した俺には、今のお前とは戦う気にはなれない。お前と、いや、お前達と戦う時には互いに嘗ての時のように本当の意味でライバルとして戦いたい。それが俺の願いだ】

 

『……ヴァーリ』

 

「……分かった。今日のところは退くとしよう。だが、必ず君とは戦う。何せ君に勝てば、俺の夢を叶える為に一歩進む事が出来るんだから」

 

【そうか。その時を楽しみにしているぞ、今代の【白龍皇】。俺の名は兵藤一誠だ】

 

「俺の名はヴァーリ。君を倒す者の名前だ」

 

 ドライグの言いたい事を悟ったアルビオンとヴァーリは、一誠に背を向けて光の翼を広げる。

 そのまま、【白龍皇】は振り返る事無く光速で飛び去って行った。

 もうやるべき事は終わった一誠はグレイフィアを伴い、地上へと降り立つ。

 その先には不完全ながらも禁手化を発動させた事に寄って疲労しているアーシアを支えたフリートの姿が在った。

 ゆっくりと一誠が一歩踏み出すと同時に禁手化が解除された。その下から現れたのは人間としての一誠の姿は出なく、全身が赤い鱗で覆われ、両手足は鋭い爪が伸びているドラゴンの手足に変化していた。

 顔もドラゴンのような顔立ちで、背中には龍の翼が生えている。

 今の一誠の姿こそ、十年前の不完全な禁手の代償の結果。本来の一誠の姿だった。

 その姿を晒しながら一誠は、アーシアの傍に近寄る。

 

「……行こうか、アーシア」

 

「……はい、イッセーさん」

 

 ドラゴン化した一誠を見てもアーシアは怯える事無く、一誠が差し出した手を握った。

 その事に一誠は嬉しさを感じながら、まともに歩けないアーシアを背に乗せてグレイフィアを伴って歩き出した。

 去って行く三人の背にフリートは手を振り終えると、背後に降り立ったサタンレッド達に向き直る。

 

「さて、色々とやらないと行けませんね」

 

「そうだね……しかし、良かったのかい?」

 

「……ハァ~、私らしく無いですけど、まぁ、こんな気まぐれが在ってもたまには良いでしょうからね」

 

「……分かった。では、リアス達への説明もある。一緒に来て貰うよ」

 

「分かってますよ」

 

 そう告げると、フリートはサタンレッド達と共にリアス達への事情説明も含めて駒王学園に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 ヨーロッパの小さな田舎町。

 その田舎町にはアーシアが育った孤児院が在った。其処に異世界の神の分体に先導されて、孤児院を破壊しようとした教会関係者達が居た。

 アーシアを【聖女】として利用して利益を貪っていたその者達は、【魔女】となって異端となったアーシアの排除しようとした。だが、ソレは別の教会関係者に阻まれ、彼らは【魔女】を【聖女】と偽っていた咎に寄って閑職に追いやられていた。

 その不満を異世界の神は利用し、アーシアを脅す材料とした。そして本体とのリンクが途切れた分体は、何かが在ったと悟り、狂信者達を先導してアーシアの育った孤児院の襲撃を実行した。だが、ソレは阻まれた。

 黒き鎧を身に纏った【漆黒の竜人】の手に寄って。

 

『がぁ……あぁ』

 

「分体と聞いていたから少しは楽しめると思っていたが、つまらな過ぎる。やはり『クロウ』並みの奴は少ないか。残念だ」

 

 分体が宿っている神父服の男性を漆黒の竜人-ブラックは右手で首を掴み上げて掲げていた。

 周囲には血塗れで四肢が全て破壊された分体に先導された教会関係者が、傷から走る激痛に呻いている。絶妙なほどに加減で、気絶させないようにブラックは叩きのめしたのだ。

 そしてブラックは左手に赤いエネルギー球を作り上げる。

 

「貴様が他の分体に連絡を取れるなら、今すぐ全員に伝えろ。貴様らは必ず消し去るとな!!」

 

『ッ!?』

 

「死ね」

 

 冷徹な言葉と共に分体の腹部にエネルギー球をブラックは叩き付け、分体は跡形も無く消滅した。

 それを確認したブラックは、最早この場には用は無いと言うように背を向けるが、フッと何かに気が付いたのか地に伏している教会関係者に顔だけ振り返る。

 

「最後に良い事を教えてやる。『聖書の神は死んでいる』」

 

『なっ!?』

 

「これから来る教会上層部に確かめて見るんだな。最も待っているのは、貴様らが利用した小娘と同じように【異端】の烙印だけだろうがな」

 

 全身に走る痛みも忘れて驚愕している教会関係者達にブラックは言い捨てると、そのまま飛び去って行った。

 十数分後。熾天使を含めた教会の戦士達が訪れ、全員が捕縛され、ブラックが言った通り、彼らは全員【異端】の烙印を押されて教会から治療も満足を受ける事が出来ずに放逐されたのだった。

 

 空を真っ直ぐブラックは飛び続けていたが、急に空中で停止する。

 同時に幻術魔法で姿を隠していたルインとリンディが姿を見せる。

 

「あちらの方も終わったそうよ」

 

「……そうか。一誠の奴は果たしたか」

 

「しかし、ブラック様。珍しいですね。アレだけこの世界を狙っている異世界の敵と戦えるのを楽しみにしていたのに、こんな遠く離れた場所で分体と戦うなんて」

 

 ルインやリンディにとってソレがブラックの行動の中で最大の疑問だった。

 アレだけ異世界侵攻を行なおうとしている敵側とブラックは戦いたがっていたのに、その本体を一誠にブラックは譲った。珍しいとしか言えないブラックの行動にリンディとルインは疑問の視線を送る。

 

「アレは一誠の因縁だ。ならば、奴に片づけさせてやっただけだ……ソレに、コレで一誠とドライグと戦えるからな!」

 

 ブラックにとって異世界の神達は戦い相手だが、それ以上に強者に成長した一誠もまた本気で戦いと思っている。

 だが、その為には十年前の因縁に一誠がケリをつけなければならない。だからこそ、今回ブラックは一誠が因縁にケリをつける為に動ける準備を行なった。全ては一誠とドライグと本気で戦う為に。

 ルインとリンディは、考えたくなかった可能性が当たっていた事に、一誠とドライグに深く内心で同情する。十年前の因縁が終わったと思ったら、今度は戦闘狂のブラックに狙われるのだ。何の罰ゲームだとブラックを知る者達全員が思うだろう。

 

「……そう言えば、フリートさんが暫く悪魔勢力に協力するらしいわ」

 

「緊急事態で魔王を呼んだから対価の為だって言っていましたけれど……絶対に此処最近アレの後始末を押し付け過ぎた嫌がらせも少しは混じっているでしょうね」

 

 フリートを良く知るリンディとルインには、どう考えても何らかの思惑が在るとしか思えなかった。

 例え【魔王】だろうと、老獪な悪魔だろうとアッサリと謀って自分に有利な条件を突き付けて契約を交わせるのがフリートなのだ。或いは契約の穴を衝いて、契約を不履行に追い込むぐらいフリートならやりかねない。

 なのに素直に契約を果たそうとしているのだから、必ずフリートにとって利益が在る契約だったのだろう。

 

「例えば私が怒る行動だとしても、契約を盾に逃げそうね」

 

「流石にやり過ぎないと思いますけど、フリートはウッカリ屋ですからね。どんなウッカリをやらかすか」

 

「……頭が痛くなって来たわ。ルインさん」

 

「はい」

 

 流れる動作で水筒と頭痛薬をリンディにルインは手渡し、リンディは薬を飲む。

 とは言え、このままにはしておけない。幾ら一誠とグレイフィアがすぐ傍にいるとは言え、二人ではフリートを止めきれるとは思えない。最悪の可能性を考えるならば、グレイフィアに出来たりしたら一誠一人になるので尚更無理だろう。

 どうしたものかとルインとリンディが頭を悩ませていると、楽し気な笑い声が聞こえて来る。

 

「クククククッ、たまには悪くないかも知れんな。奴とも一度本気で戦ってみたかったからな」

 

「……あの~、ブラック様? まさか、フリートと敵対する気なんじゃ?」

 

「それは流石に不味いわよ。私達がこうして多くの勢力に対して動けるのはフリートさんの支援があってこそよ」

 

 性格はアレだが、支援を受ける相手としてフリート以上の存在は居ない。

 そのフリートと戦う気になっているブラックに、リンディとルインは冷や汗を流すが、とうのブラックは平然と告げる。

 

「問題無いな。そうだろう?」

 

「そう……我が居る」

 

『ッ!?』

 

 誰かに問いかけるように呟いたブラックの言葉に応じるように、ブラックの左肩に乗るように現れた存在にリンディとルインは目を見開くのだった。

 

 

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設定紹介

 

名称:【夢幻天龍化】

詳細:一誠とドライグが【デジタルワールド】で修練を重ね、歴代の所持者の思念を浄化し、【四大竜の試練】を超えた結果会得した【赤龍帝の籠手】の禁手の先の形態。形状は通常の無機質の鎧から有機質の鎧に変化し、背には二体四対の龍の翼と龍尾を備え、両足部分は五本爪になっている。この形態は一誠が【真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)】グレートレッドから与えられた加護を最大限に発揮している状態で、【赤龍帝】ドライグの生前の力を完全に発揮できる上に、【夢幻】の属性を得ている。この状態の一誠とドライグの精神は一体化状態になっている。【四大竜】の加護は一誠の体をグレートレッドの加護の影響から護る為に存在している。しかし、加護の内、三つの加護は一誠を認めているが、最後の一つだけは一誠の秘めた在る感情に惹かれている為に発動させるのは常に覚悟を決めなければ暴走の危険性を秘めている。一誠が護るべき者を失った時に、【夢幻天龍化】は全く違う恐ろしい【黙示録】に変貌する。

現状では原作で発現していた無限の力を宿した【龍神化】には及ばない。




因みに本体よりも厄介な分体が世界には残っています。
後、この作品の一誠がオーフィスと友達になるのは原作よりも遥かに難易度が高く、ルナティック通り越してヘルです。

グレートレッドの気配と匂いを撒き散らしているに一誠は近いので、出会ったら問答無用で殴り掛かって来ます。
【夢幻天龍化】と言う切り札を体得してしまった代償です。


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