城下町のダンデライオン ~平凡次男の非凡な日常~ (翼月)
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プロローグ

 今さらながらにアニメを見てハマってしまったので、勢いで書いてしまいました。
 だいたいの流れはアニメ寄り、原作とオリジナル要素は適宜混ぜていきます。


 パチリと目を覚ます。眠さでまだまだダルイ身体を無理やり動かして、ベッドの近くに置いてある目覚まし時計へと手を伸ばし、目の前に引寄せる。

 時刻は6時半。それだけを確認すると、俺は目覚ましを元あった場所へと置き、欠伸を堪えながら身体を起こす。

 眠い。眠いが起きて支度をしなければ大変なことになってしまう。

 このまま二度寝したい気持ちを必死に抑えベッドから出て、制服に着替えてリビングへと向かう。

 

「おはよう、母さ……ふぁ……」

 

 リビングでは、俺たちの朝食の支度をしてくれている母さん――五月(さつき)と、姉――(あおい)の姿があった。

 二人は俺のそんな様子を見るなり小さく吹き出した。

 

「おはよう、相変わらず眠そうね」

「人は朝の9時前に起きれるようにはできていないんだよ……」

「そんなこと言ってないで、早く顔洗ってらっしゃい」

「……うぃ」

 

 そんな言葉を交わして、トイレを済ますと洗面所へと向かった。そろそろ混みあってきてしまう、そんな時間だ。

 顔を洗うとようやく意識も覚醒し始めてくる。混みあってくると面倒だと、すぐにまたリビングへと向かった。

 リビングに戻ると、ちょうどテーブルに朝食が並べられようとしているところだった。

 

「母さん、手伝うよ」

「ありがとう、それじゃ葵、まだ起きてない子たち、起こしてきてくれる?」

「うん、わかったわ」

 

 葵姉さんと入れ替わりで俺がリビングに入る。と、リビングの外が次第に騒がしくなってきた。

 朝少し早く起きているのは、何も俺が真面目な性格だからではなく、この騒々しいのに遭遇したくないからに他ならない。

 いや、朝くらいゆっくりしたいじゃん? だからと言って早く起きて睡眠時間が少なくなっているのは、本末転倒な気もしないでもないけど。

 テーブルに朝食が全て並び終える丁度いいタイミングで、みんながぞろぞろとリビングへと入ってきた。席に着くと、ようやく朝食が始まる。

 

「今日はママ特製野菜オムレツでーす。みんな、残さず食べるように」

『いただきまーす』

「うへぇ……やっぱりグリンピース入ってる……」

「好き嫌い言ってると身長伸びないわよ」

 

 食べようとして声を上げたのは、五女の(ひかり)

 その隣で言葉を発するのは次女の(かなで)

 

「嫌いなものは嫌いなのー」

「母上、僕は好き嫌いないので、大きくなれますよね」

 

 次に声を上げたのは、四男の(てる)だ。

 輝の言葉に頷く母さんは、隣に座っている末っ子、六女の(しおり)に話しかける。

 

「栞、よく噛んで食べてね」

「うん」

「あ、そういえば、トイレットペーパーのストック、もうなかったけど」

「今週の買い物当番誰だっけ?」

 

 パンを食べながら、三男の(はるか)と、その隣に座る四女の(みさき)。こいつらは双子だ。

 

「修ちゃんでしょ」

「あぁ、俺か……今日帰りにでも買ってくるよ」

「お願いね、修くん」

 

 声をかけられたのは、長男の(しゅう)。ちなみに姉貴(奏)とは双子だ。

 それに微笑みかけるのはさっきも紹介した長女の葵。

 

「どうした?」

「ん? べっつにー?」

 

 隣で嬉しそうに笑っていたのは、三女の(あかね)。俺の双子の姉。

 双子――というか兄弟多いなと思う人も居るだろうが、そんな家族も稀にだがあるだろう。実際、うちがそんなようなものだし。

 ただ、これだけなら普通の大家族なのだが、櫻田家にはもっと特別な、普通とは異なる点がある。

 

「また迎えを待たせちゃうでしょ!」

 

 と、母さんが親父が読んでいた新聞を取り上げたのが横目に入り、チラリとそちらに視線を向けて、俺は思わず顔を引きつらせた。

 

「親父、なんで王冠してんの……?」

「あ、いや、間違って持って帰って来ちゃったから、せっかくなんで」

 

 そういう親父の頭には、煌びやかな装飾がされた王冠が乗っかっていた。

 いやいやいや、間違って持って帰れるもんじゃないでしょそれ。

 

「パパなんか王様みたい!」

「いや、一応本物だから」

 

 普通とは異なる点、それは――父である総一郎(そういちろう)が、この国の国王だということ。

 つまり俺たち大家族は、王族ということになる。

 

 

 これはそんな王家に生まれ落ちた次男――櫻田(あきら)の、賑やかであり騒がしくもある、そんな日常の物語だ。




 導入でした。
 これからも勢いで書いていきますが、どうぞよろしくお願いします。


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第1話

 原作第3巻を買ってきました。やっぱり面白いですね。
 一応原作通り選挙期間は3年としてますがどうなることやら……。


 朝食を済ませると、俺たち兄弟はそれぞれの学校へと向かう。

 末っ子の栞は幼稚園。光と輝は小学校。岬と遥の双子は中学校。残りの俺、茜、兄貴、姉貴、葵姉さんは高校で、今日は一緒に登校をしている。

 

「もう桜も終わりねぇ」

「うん、今週末が花見最後のチャンスかも」

「花見かぁ」

「そういや、今年はまだ行ってなかったよな」

 

 道端の桜を横目に思い出す。

 なんだかんだ毎年行っているはずなのに、今年は未だに行く気配を見せてはいない。まぁ、みんなの都合が丁度良く合わないから仕方がないのだけど。

 そんな話をしていると、向こうから人が歩いてきて、茜が小さく悲鳴を上げると葵姉さんの後ろに隠れた。

 

「おはようございます」

『おはようございます』

 

 通行人が俺たちに向かって挨拶をしてくると、こちらもそれに返す。

 街を歩いている時に通行人からこうやって挨拶されることは、俺たちが王族だからだろうか、珍しくはない。

 そう、珍しくはないのだ。

 

「……おはようございます」

 

 通行人が通り過ぎていくのを確認してから、茜がものすごく小さな声を出す。

 茜のこの反応も珍しいことではない。だからこそ、小さく溜息をつく。

 

「……だから、みんなでお弁当でも持っ」

「みなさま、おはようございます」

 

 そんな俺の気持ちも知らず、茜は葵姉さんの背中に張り付きながら話を進めようとしたが、またも通行人に声をかけられて小さくなっていた。

 茜を除く俺たちはその挨拶に返す。挨拶をしてきた主婦が連れていた園児が「バイバイ」と手を振ってくると、完全に通り過ぎた後、その背中に「バイバイ……」と茜がこれまた小さく手を振り返していた。

 葵姉さんと姉貴が同時に大きな溜息をつく。

 

「相変わらずだね、あんたの人見知り。どうにかならないの?」

「うぅ……」

「奏、そのくらいで、ね?」

 

 人と遭遇してしまったからなのか、それとも姉貴の言葉でなのか、茜は涙目で小さく唸っていた。

 

「そうだよ姉貴。茜の人見知りは筋金入りなんだ。そんな簡単にどうにかなったらそれこそ天変地異が起きるぞ」

「……さりげなく一番酷いよ、あきくん」

 

 双子の姉、茜は極度の人見知りなのだ。先ほどのように国民と道ですれ違うだけでも上がってしまう程の。それは王族としてどうなんだと思わなくはない。

 そもそも王族の俺たちがどうして一般の住宅街に住んでいるかと言うと、当然ながら国王――親父の方針だからである。出来る限り普通の暮らしをさせてあげたいという、心温まる理由かららしい。

 実際、それで俺はほとんど困ることはないのだから別にいいんだけどな。

 

「ひぃっ!?」

 

 そんなこんなで歩いていると、突然茜が悲鳴を上げて脇道に逃げ込んでいた。

 先ほどの茜の視線を追ってみると、そこには電柱。そして取り付けられた監視カメラがあった。

 この監視カメラは、俺たち王族が普通の生活を送れるようにと設置されたものだ。

 

「週末に監視カメラの位置変わったんだよね……せっかく全部覚えたのに……」

「全部ってお前、いくつあると思ってんだよ……」

「2000台以上だよ! しかも町内だけで! うぅ……映りたくないのにぃ……」

「仕方ないだろ、これが俺たちを守るためなんだから」

 

 涙ながらに訴える茜だが、それをバッサリ切ったのは兄貴だ。

 たしかにこの街だけでも2000台以上ってのはやり過ぎな気もしなくはないが、俺たちのことを想ってのことだから納得するほかない。というか、さすがにもう慣れた。

 そして、この監視カメラには実はそれ以外の理由も存在する。完全に後付けなんだろうだけど。

 

「カメラの位置なんてよく覚えたわね。私ならそれを国民のアピールに使うのに」

「アピールって……?」

「だってほら、私たちみんな次期国王選挙の候補者なんだから」

「も~! なんで選挙で決めるのよ!」

 

 俺たちはみんな、国王の子どもである。つまり、その中から次の国王が決まることになる。

 こういうのって普通は長男か長女とかだと思うんだけど、何を思ったのか、親父は俺たち兄弟の中から国民の投票によって決めるという方針に出た。

 当然ながら拒否権なんてものはない。茜ほどではないけど、そこまで国王に興味のない俺も口には出さないものの憂鬱な気分になる。

 投票は約3年後。本当に憂鬱だ。そもそも、俺がみんなと同じように候補者であっていいのかとさえ思ってしまう。

 

「あ、そういえば姉貴、時間やばいんじゃないか?」

 

 そんな憂鬱な思考を切り替えるために姉貴に声をかける。

 確か今日は、生徒会の集まりがあるとか言っていたはずだ。

 

「え? うわ、もうこんな時間……悪いけど先行くわ」

「んじゃ俺も」

 

 携帯で時間を確認すると、姉貴は一気に慌てはじめた。俺たちに一言かけるとすぐに走って行ってしまった。

 その後に兄貴も続いて去って行く。

 

「私たちも行こう、茜?」

「うぅ……だって、カメラが……」

 

 葵姉さんのそんな言葉でも茜は動こうとしない。

 まさか朝からこんなに溜息をつくことになろうとは思わなかった。

 

「葵姉さんは先に行って。こいつは俺が責任を持って連れてくから」

「え、でも……」

「いいから。茜が原因で葵姉さんに遅刻させるわけにはいかないよ」

「わ、私が原因って……」

「事実だろ」

「ぁぅ……」

 

 自覚はあるらしく、反論もせずに唸り始めた。

 とりあえず、まだ悩んでいる葵姉さんの背中を押して先に行くように促すと、「放課後はちゃんと迎えに行くから」と言い残して学校へと向かってくれた。チラチラと振り返りながらだったけど。

 でだ。

 

「ごめんね、あきくん」

「そう思ってるなら、その人見知り直してくれ」

「……………………善処はする」

 

 溜めに溜めたんだから、そこは嘘でも直すと言ってほしかった。

 それはさておき、葵姉さんを先に行かせることには成功したものの、もたもたしていたら俺たちもこのままじゃ遅刻してしまう。

 

「そんじゃ行くぞ」

「ま、待ってよカメラがぁ~」

「じゃ、俺がカメラ引きつけるよ。動きは鈍いし、それで行けるだろ」

「お願いします」

 

 お前の人見知りは土下座するほどなのか……。

 まぁ、言った手前やらないわけにはいかず、俺が先にカメラの前を歩く。それはもう普通に。

 作戦通りカメラの動きは俺を追っている。後はその隙に茜が走って通るだけだったのだが、カメラの動きが唐突に早まり、茜の姿を捉えていた。カメラに気づいた茜は悲鳴を上げて走り去っていく。

 設置場所が変わっただけじゃなくて、性能も良くなっていたらしい。これは誤算だった。って、そんなことを言ってる場合じゃないか。早く茜を追わないと。

 走って行った茜を追うと、茜は公園の端っこの方に座り込んでいた。

 

「せっかくカメラのないルート見つけたばっかりだったのに……」

 

 だからカメラの台数増やされたり配置が頻繁に変わるんじゃないだろうか? という予測は茜に言わない方がいいだろうか。

 

「このままじゃ本当に遅刻するぞ」

 

 俺の言葉に、唸っていた茜が「こうなったら」と立ち上がる。

 まさか、あれを使うつもりだろうか。

 

「いいのか? ズルしてるみたいだからなるべく使いたくないんじゃ」

「だって、あきくんまで遅刻させるわけにはいかないもん」

 

 そう思うなら人見知りまでとは言わないけど、せめてカメラくらいには慣れてほしい。

 ここでそれを言ったらまた凹みそうだから、喉まで上がってきた言葉を必死に呑みこむ。俺もできる限りなら遅刻はしたくないのだ。

 そんなことを思っていると、茜の身体がほんのりピンク色の光を纏い始めていた。手を差し出され、それを握る。すると俺の身体にもその光が纏い始める。と同時に、茜が地面を蹴ると、大きく空へと飛んだ。

 それ以降は落下することなく、俺たちの身体は宙に浮いたまま学校の方へと飛んでいく。

 

 王家の一族はそれぞれ特殊な能力を持っていて、それが王族の証ともなっている。

 茜の能力は、茜と茜が触れたものにかかる重力を操るというものだ。確か名前は『重力制御(グラビティコア)』とか言ったっけか。

 このような能力を、親父を含め兄弟みんなが持っている。

 が、俺はそんな特殊能力を持っていなかった。王族ならば必ず持っていると言われるものをだ。唯一家族では他に母さんが能力を持っていないけど、それは母さんはもとは一般市民から嫁いできたからであって、それは不思議でもなんでもないことだ。

 だけど俺は違う。櫻田家――王族の血を引いて生まれてきたはずなのに、俺だけが能力を持っていない。

 国王選挙に消極的なのも、実際にあまり興味がないと言うのもあるけど、能力を持っていない俺が国王になっていいのだろうかと思ってしまうからだ。何で俺だけが能力を持っていないのか、もしかして俺は本当は王族の血を引いていないのではないか? 気にはしないつもりだけど、直に兄弟の能力を見てしまうと嫌でもそんなことを考えてしまう。

 

「あきくん、どうしたの?」

「え、いや……何でもない」

 

 考え込んでいたら茜が心配そうにこちらを向いていた。

 そう、能力について考えると、みんなに心配そうな表情をさせてしまう。それも俺には苦しいことだった。

 こういう時は話を逸らすのが一番だ。

 

「それよりも茜、もう少しゆっくり飛んだ方が良いんじゃないか?」

「何で? 早くしないと遅刻しちゃうよ?」

「そうなんだけどさ……見えてるから、パンツ……」

「え゛っ!?」

 

 一瞬、茜の能力が途切れて俺たちは元の重力を受けてしまう。それがどういうことを意味するのか。

 答えは簡単。落下である。すぐに茜が気を取り直して能力を使って、俺たちはまた宙に浮かび上がった。

 まぁ、能力がないことに悩む時はあれど、能力があればいいってもんじゃないなと、兄弟の能力の失敗を見るたびに強く思ってしまう。

 この後パンツを見たか見なかったかで茜に問われ命の危険に晒されつつも、なんとか無事に遅刻せずに学校に着くことはできたのだった。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

 俺と茜は学校でも同じクラスである。

 同じ学年に双子――しかも王族が2人も居るんだ。わざわざ分けるよりも、一緒のクラスにした方が管理もしやすいのだろう。小学校の頃から別々のクラスになったことは、確かなかった気がする。兄貴と姉貴も同じクラスだしな。

 

「間に合ったぁ……」

 

 教室に着くなり、茜が机に突っ伏した。

 ちなみに、俺の席は茜の真後ろである。席替えもせずに五十音順でならわかるけど、席替えのくじ引きでさえも必ず茜の後ろの席を引き当ててしまうというのは、もはやこれは仕組まれているのではないだろうか?

 

「お疲れ、茜様、晶様」

「毎日大変だね、茜様、晶様」

「茜はともかく、俺まで様付で呼ぶのはやめてくれないか」

「私だって嫌だよっ!?」

 

 突っ伏した茜に話しかけてきたのは、同じクラスの鮎ヶ瀬花蓮と白銀杏。どちらも茜の親友だ。

 俺たちの言葉に、2人は苦笑を浮かべる。

 

「まぁ、学校と家だけが周りの目から逃げられる場所だもんね」

「俺は別に気にしてないんだけどな」

「主に茜に対して言ってるの」

「ここにはカメラもないからね」

「うん! ホント最高!」

 

 どうしてこいつは学校でこんなにイキイキとした表情ができるのだろうか……町内では確実に見ることのできないような満面の笑みを浮かべている。

 まぁ、それも一時的なことである。なぜなら――、

 

「はぁぁ……終わっちゃった……」

 

 早いもので放課後、茜は再び机に力なく突っ伏していた。鮎ヶ瀬もさすがに呆れ顔である。

 もういっそのこと学校に住み着いてしまえばいいんじゃないか? さすがに家族の誰も許しはしないだろうけど。特に兄貴と姉貴、それに親父は。

 

「あんた以上に学園生活を満喫してる子、居ないと思うわ……」

「だって、ここではみんな私を特別扱いしないでしょ」

「そりゃまあ、友達だし」

 

 鮎ヶ瀬の言葉に、白銀も頷く。

 そんな茜は「花蓮~」と鮎ヶ瀬に抱き着こうとして軽くあしらわれていた。

 

「茜、そろそろ葵姉さん来ると思うぞ」

 

 俺がそう茜に声をかけるのとほとんど同時に、葵姉さんの声が教室に響き渡った。瞬間、入口に居た葵姉さんがクラスメイトたちに取り囲まれていた。

 ホント、あの人の人気はすごいな。茜がチヤホヤされていないのは、単に人気がないだけなのかもしれないと、思いはしても口には出さない。

 

「あきくん、今失礼なこと考えてなかった?」

「エスパーかお前は」

「双子だからね――って、否定してよ!?」

 

 騒ぐ茜を無視して鮎ヶ瀬と白銀に一言かけてから、葵姉さんの所へと向かった。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

「お姉ちゃんすごいよねぇ、どこでも人気者で」

 

 帰宅途中、溜息をつきながら茜がそんなことを口にしていた。

 当の本人は首を傾げて「そうかな?」と言っている。

 実際、葵姉さんの人気はとてつもない。国王選挙のためのアピールなんて何もしていないにも関わらず、老若男女問わず慕われている。才色兼備と言うのはこういう人のことを言うんだろうなと、俺は思う。

 まぁ、実際は若干抜けてるところがあったりするのだが、それはおそらく家族や仲の良い友人しか知らない一面だろう。もっとも、国民に知れ渡っても「むしろそのギャップが良い!」とかでさらに人気が上昇しそうな気もするが。

 

「わからないけど、部活の勧誘とかは多いかも」

「部活? 例えば?」

「うーんと、演劇部とか」

 

 なるほどと頷く。

 確かに演劇は葵姉さんの良さを見せるにはこれ以上ないのかもしれない。演技力は知らないけど。

 

「演劇部! それなら私もやってみたいかも! お姫様の役とか!」

「いや、一応お前本物のお姫様だからな」

「というよりも」

 

 葵姉さんが口を開こうとしたのと同時に、通行人に挨拶をされた。

 俺と葵姉さんはいつも通り普通に返すのだが、茜はいつの間にか俺を壁にして姿を隠していた。

 通行人が去ったところで、葵姉さんが続きを口にする。

 

「人見知りで、無人カメラすら直視できない茜が人前に立てるの?」

「無理です!」

「そんな力強く言わんでも」

 

 まぁ、茜でなくても人前で演技するって言うのは難しいとは思うけど。少なくとも俺も無理だ。

 別に人見知りというわけでもないし、カメラだってもう慣れて気にはしないけど、人前で演技はそれとはわけが違うからな。

 というか、できるならば俺だってあまり目立ちたくはない。

 そんな話をしていると悲鳴のような声が聞こえてきて、後ろから走ってきた人が茜とぶつかった。

 

「ごごごごごめんなさい! 後ろに目が付いていなくて!」

 

 ぶつかってしまった茜は葵姉さんに涙目で抱き着きながらそんなことを言っていた。後頭部に目が付いている人間は、たぶんこの世の中には居ないと思う。

 そんなことはどうでもよくて、ぶつかってきた人は何やらひどく慌てていたみたいで、舌打ちをするとすぐに走って行ってしまった。

 ぶつかっておいて謝りもなしかよ。

 

「ひったくり! 誰か捕まえてー!」

 

 直後、同じ方向から女性が叫びながら走ってくると、涙目だった茜の表情が真剣なものになる。

 

「あきくん、鞄お願いね!」

「お、おう」

 

 鞄を俺に投げて渡すと、茜はクラウチングスタートの体勢をとり、身体にあの赤い光を纏わせる。能力を使ってあのひったくり犯を捕まえようとしているのだろう。

 

「茜、気を付けてね?」

「大丈夫、エレガントに行くよ。正義は……勝ぁーーーつっ!」

 

 突風を巻き上げて茜が走って行く。重力を操れる茜は、自身にかかる重力を弱めることで自分の速度を上げることができる。

 まぁ、エレガントとは程遠いわけだが。あんな激しく動いたらまた見えてしまいそうだ。

 

「姉さん、さすがに心配だから俺も追うよ」

「うん、お願いね」

 

 茜の鞄を抱えながら、俺も小走りで後を追う。さすがにあのスピードの茜には追いつけないな……どこ行った?

 

「待ちなさいって、言ってるでしょー!」

「あっちか」

 

 声の聞こえた方に向かうと、ちょうど茜の膝がひったくり犯の顔面に突き刺さるところだった。これで無事事件も解決――、

 

「って何やってんだ!?」

「パンツ見られたぁ~!」

「お前が見せたのは走馬灯だよっ!?」

 

 そんなことを言っている場合じゃない。とりあえず、ひったくり犯の様子を窺って見ると……よかった、気絶してるだけっぽい。もしかしたら、茜が無意識に手加減をしたからなのかもしれないけど、それを確認する術はない。

 まぁ、ひったくりした挙句に王女のパンツ見れたんだから、膝蹴りくらいチャラみたいなもんだろう。考え方を変えれば、女子高生の膝に触れたんだ、嬉しかろう。

 ……俺は絶対にそうは思いたくないが。

 

「まったく、張り切るのはいいけど気をつけろよな」

「ご、ごめんなさい……」

「今に始まったことじゃないからいいんだけどさ。それより、人集まってきたみたいだけどどうすんだ?」

「え?」

 

 いつの間にか、周りには人だかりができてしまっていた。王族がひったくり犯を撃退(?)したのだから、注目されるのも必然だろう。

 やがて警察が到着すると、ひったくり犯は警官によって連行されていった。途中、「パンツなんかじゃ割にあわねーぞ!」と叫んでいたらしいが、どうやら茜のパンツでは満足できなかったようだ。

 

「茜様! 犯人逮捕の経緯を詳しくお願いします!」

「茜様、何か犯人に対しておっしゃりたいことは?」

 

 で、その茜は今、テレビ局やら新聞記者やら、とにかく大勢の報道陣と警官に囲まれていた。

 事件解決に貢献した人物の話を聞きたいんだろうけど、ブレザーを頭に被っている茜はむしろ容疑者のようにしか見えなかった。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

『ご覧いただいたのは、茜様がひったくり犯を捕まえるたニュースでした』

『こんな貴重なVTRが見られるのも、サクラダファミリーニュースならではですね』

 

 その日の夜、ソファに座ってテレビを見ていると、茜がひったくり犯を捕まえたというニュースがVTR付きで放送されていた。

 この国ではなんと、毎週決まった日に俺たち王家の日常を特集するテレビ番組が組まれている。内容はまぁ様々。映像は街に設置されている監視カメラが撮っているから、今のように茜の勇姿も洩れなく記録されている。

 

『特に茜様の映像は大変貴重ですしね』

 

 もはや見世物のようである。

 

「はぁ……やっぱり恥ずかしいよ、テレビで放送されるなんて……」

 

 夕飯の支度を手伝っていた茜が溜息をつく。

 そう思うなら目立つ行動を少しは控えればいいのに。

 

「茜、頑張ったんだからいいじゃない」

「そうそう、国民にみんなのことを知ってもらうのも大切な仕事よ」

「うぅ……」

 

 母さんも葵姉さんも励ますけど、茜の涙は止まらなかった。

 

「3年後には選挙もあるしな」

「いいなぁ、茜ちゃんテレビに映って!」

「全然よくないよっ!」

「光、そろそろ支持率出るぞー」

「あっ! 見る見る~!」

 

 光が名の通り光りの早さでソファに座る。

 支持率というのは言葉どおりの意味。俺たち次期国王候補が、今誰が注目を浴び国民に支持されているのかというものだ。

 ニュースの結果では、やはり上位は葵姉さん、それに次いで姉貴(奏)と出ている。年長組が有利かと言われるとそんなことはなく、長男である兄貴は最下位だ。茜は中間くらいだったと思うけど、今回のひったくり犯逮捕で支持率は上昇するだろう。

 俺たちの中から次期国王が決まる。それは散々言われていることなのだが――、

 

『末っ子の栞様が国王になったら楽しそうですよね!』

 

 国のトップを決めるというのに、なんか軽すぎやしないだろうか……いやまぁ、栞にも国王の権利はあるからそれはいいんだけど。

 

「むぅ~、全っ然支持率上がってないし」

「そんな急激に上がることはないだろ」

「茜ちゃんは上がってるみたいだけど」

 

 テレビでは、ちょうど茜がひったくり犯に膝蹴りをしている場面が映し出されており、これから支持率は上がっていくだろうと評価していた。同時に、後ろから茜の断末魔も聞こえてくる。

 

「ま、まぁ、選挙まであと3年もあるんだ。焦って背伸びせずに、自分が今できることをやって確実に支持率を伸ばしていった方が良いと思うぞ。光は光の思うように頑張ればいい」

「晶くん……」

 

 奇を衒おうとして外してしまったら元も子もないし。

 良いことを言って、ちょっとカッコつけすぎてしまったか。

 

「ただいまー」

「あっ、パパだ! おかえりなさい!」

 

 そう思っていたら親父が帰ってきて、光がそちらに行ってしまった。

 スルーかよ!? ちょっとカッコつけちゃったかなとか思ってしまった気持ちを返してほしい。

 というか親父、今日はいつもよりもかなり早いな。夕飯前に帰ってくるなんて早々ないってのに。

 

「お前たち、週末は何か予定あるか?」

 

 帰ってくるなり、おもむろに親父がそう切り出した。

 

「別に何もないけど」

「もしかしてどこか連れてってくれるの? お花見?」

 

 首を傾げる茜と、対照的に期待の眼差しで問いかける光。

 なぜだろうか、何か嫌な予感がする。俺の直感がそう告げている。

 

「ごめん、俺は予定ある」

「晶、予定ってなんだ?」

「ほら、この前新しくラーメン屋できただろ。食べに行きたい」

「よし、みんな暇だな」

 

 なぜだ、立派な予定だというのにスルーされたぞ。街の食べ物屋を回るというのが、俺の唯一の趣味だというのに……。

 心の中で涙している俺を気にもせず、コホンと咳払いした親父が続ける。

 

「急な話だが、お前たちのテレビ出演が決まってな」

「……え?」

 

 理解が追いついていないのか茜が首を傾げ、理解した後、茜の悲鳴が響き渡った。

 嫌な予感が的中してしまった。茜ほどではないけど、俺も溜息をつかずにはいられなかった。




 アクセス、お気に入り、ありがとうございました! 励みになります!

 能力がないとは言っていますが、それでシリアス目な展開にしたりはたぶんないと思います。たぶん。


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第2話

 原作とアニメとオリジナルを混ぜようと思っているのにそんな器用なことはできませんでした…。


『視聴者の皆様、こんにちは!』

『なんと、今週のサクラダファミリーニュースは、王家御兄弟全員に来ていただいております!』

 

 週末、茜の抵抗虚しく、俺たち兄弟は親父が言ったようにテレビに出演していた。

 本来ならば今頃はラーメンを啜っているというのに……何が悲しくてテレビに映ってまで茜の壁になっているのだろうか。

 俺たちが居るのは高くそびえたつビルの目の前だ。取り付けられたモニターに、司会の姿が映っている。

 

『御存じの通り、王族の方々には特殊能力が備わっています』

『本日はあるゲームに挑戦し、その力を披露して頂こうと思っています』

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 モニターに映っている司会の言葉に、俺は思わず絶叫していた。すぐに口を抑えたけど、視線がこちらに集まっていたので、国民に対し笑みを浮かべる。今の俺、上手く笑えているかな……。

 いやいやいやいや、何考えてんだよ親父? 俺能力何て持ってないよ? 何も披露すべきものないよ?

 

「あきくん、大丈夫?」

「ダイジョバナイ」

 

 茜にまで心配されてしまう始末。こればっかりは仕方がないが、本当にどうすればいいんだ。

 他の兄弟を見てみると、案外みんなやる気に見えなくもない。いや、気のせいだった。やる気に見えてるのは光と輝と姉貴くらいだった。

 まぁ待て、落ち着け。まだ慌てる時じゃない。もしかしたら、能力を使わなくても済むようなゲームかもしれない。

 

『そのゲームとは、危機一髪! ダンディ君を救え!』

 

 司会の言葉と共に、モニターの映像が変わる。これは……このビルの屋上か。そこに乱雑にダンディ君というゆるキャラ(?)のぬいぐるみが置かれていた。なるほど、屋上のダンディ君ぬいぐるみを、地上にある籠の中に入れて、その数を競うと……。

 能力のない俺、圧倒的に不利じゃないですかねお父様!? さっそく逃げ出したい気持ちでいっぱいなんだけど。

 

『国王からも、激励の言葉をいただいております』

 

 パッと映像が変わると、そこに映し出されているのは我らが親父。そして、この国の国王だった。

 

『皆、惜しみなく力を発揮し、国民の皆さんに自分たちを良く知ってもらうように頑張ってほしい。一番成績の悪かったものには、城のトイレ掃除をしてもらう』

「えぇー!」

「お城のトイレ掃除ぃ!?」

 

 親父いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!

 光と岬が何か言ってるみたいだけど、これは本格的にどうにかしなければならなくなった。城のトイレ掃除なんてやってられるか!

 

『制限時間は60分。それではスタートです!』

 

 頭を抱えて何か打開策を考えていると、無慈悲にもゲームの開始が宣言されてしまった。

 

「僕はこのビル、登ります!」

 

 まず先に動き出したのは、四男の輝。ビルに近寄ると橙色の光を身体に纏う。

 

『四男、輝様の能力は「怪力超人(リミットオーバー)」。ものすごい力を発揮し、ビルを登っております!』

 

 輝の能力は読んで字の如く、自身の力を超強化するというものだ。これは並の強化ではなく、簡単に大人の力をも超える程である。

 能力を発揮した輝は、見る見るうちにビルを登って行く――が、幼くてまだ能力の制御ができていないせいなのか、途中でビルの一部を壊してしまい落下してしまった。途中でなんとか立て直したけど、見てるこっちがハラハラする。

 

「私だって!」

「あんまり無理しないでね」

「わかってるわかってるって」

 

 次に動いたのは光。近くの木に駆け寄って行った。

 まったく安心できない返答だなおい。

 

「じゃ、始めちゃおっかな!」

 

 木に登ってそう言った光の身体に黄色い光が纏わり、次に木に触れると、その木は急成長を始めどんどん大きくなっていった。

 

『五女、光様の能力は「生命操作(ゴッドハンド)」。生命の成長を操ることができます』

『考えましたね。樹木の生長を操り、屋上へ一番乗りです』

 

 あっという間に木はビルと同じ高さまで成長し――それでもなお止まらずに成長を続けてビルを追い越してしまった。

 頭上から「伸びすぎたぁ~!」と言う光の叫び声が微かに聞こえた。

 

「あれじゃビルに飛び移るのも無理そうだな……」

 

 光の能力は24時間続く。その間、能力を使った対象にもう一度能力を使うことはできない。兄貴か茜が助けに行かない限り、光は実質脱落したも同然だろう。

 もっとも、上手くいったとしても一方通行、しかも一度きりしか使えない方法だったんだが。あいつ、戻ること考えてなさそうだし。

 そんな光を見上げつつ、姉貴が溜息をついていた。どうやら姉貴も動くらしい。

 

「よく考えたら、自分が登るなんて効率悪いですねぇ」

 

 姉貴の身体に緑色の光が纏わると、次の瞬間、中には数機のドローンが現れた。って、セコすぎるだろ!?

 

『次女、奏様の能力は「物質生成(ヘブンズゲート)」。あらゆる物質を生成することができます』

 

 万能のような能力に聞こえるが、実際のところはそうではない。いや、万能であることには変わりはないのだが、生成したものに等しい金額が能力者――つまり姉貴の口座から自動的に引き落とされるのだ。口座の残高よりも大きいものを生成した場合にどうなるのかは知らないけど、逆に言えば、残高以内でなら何でも生成することができる。

 やっぱりとんでもない能力だよな、あれ……。

 上に行ったドローンはすぐにダンディ君ぬいぐるみを地上の籠へと入れていた。続いて輝も戻っていたらしく、籠の中にぬいぐるみを入れていく。

 

「私も頑張らなくっちゃ」

 

 そう言って次に能力を発動したのは岬だ。ピンク色の光を纏うと、岬が8人に分裂する。

 

『四女、岬様の能力は「感情分裂(オールフォーワン)」。最大で7人の分身を生み出すことができます』

「頼んだわよ、みんな!」

 

 7人の分身はそれぞれが岬でありつつも、個別に得意分野が違う。そしてこのゲームにおいて、自分が増えるという戦力の増加が行われている。

 1人が自身を含め8人に増えるんだ。単純に、日常生活でも便利な能力だよな。なかなか騒がしいけど。

 そして岬たち8人がビルに入って行くのを見てそこで気づく。

 例え能力を使ったとしても、岬は瞬時に屋上へたどり着くことはない。ちゃんと中のエレベーターや階段を使って登るのだ。そしてそれは、能力を持たない俺も同じ。

 確かに能力を使って8人になれば、1回の往復で運べるぬいぐるみの数は岬の方が多いだろう。だが、俺は別に1位を狙っているわけじゃない。最下位から逃れられればいいだけ。

 つまり、地道にぬいぐるみを運搬すればいいわけだ。

 他にも能力を使っても同じ条件下にある兄弟は居る。少し頑張れば最下位は逃れられるはずだ。

 

「えっ、そうなの? ごめんなさい、ちょっとわからない……」

 

 そうしている中、いつの間にか栞も動き始めていたようで、消火栓に向かって話しかけていた。

 普通なら正気を疑うところではあるが、それが栞の能力なのだ。

 1人困惑している栞に、葵姉さんが近寄る。

 

「栞、何を話しているの?」

「あのね、せっかく消火栓さんが近道を教えてくれたんだけど、よくわからなくて……」

「何て言ってたの?」

「B2、荷物用エレベーター、27階で乗り換え……」

「あぁ、あのルートね」

 

 いったい何のことを言っているのかわからなかったが、葵姉さんにはわかったようだ。

 

「お姉ちゃん、わかるの?」

「前に一度、見学に来たことがあるから」

 

 よく覚えてられるなとも思うが、それが葵姉さんの能力だ。

 

『六女、栞様の能力は「物体会話(ソウルメイト)」。生物だけでなく、無機物とも会話することができます。長女、葵様の能力は「完全学習(インビジブルワーク)」。一度覚えたことは決して忘れません』

 

 栞と葵姉さんもビルの中へと入って行く。あの2人なら最下位は逃れるだろう。さすがに栞にトイレ掃除とかさせるわけにはいかないからな。

 

「さて、俺も動くか」

「え?」

「ずっと映りっぱなしってのもな」

「忘れてたーっ!?」

 

 ついに兄貴も動き出す。青白い光を身体に纏ったかと思うと、その直後には兄貴の姿はどこにも見当たらなかった。

 

『長男、修様の能力は「瞬間移動(トランスポーター)」。ご自身とご自身が触れたものを、一瞬で移動させることができます』

 

 これも読んで字の如くだ。このゲームというか、日常生活でもこの能力があって困る時は少ないだろう。ぶっちゃけ羨ましい。

 それはさておき、そろそろ俺も動かないと本当に最下位になってしまう。トイレ掃除とか絶対にやりたくないぞ、俺は。

 

『おぉっと! ここで遥様にも動きが!』

 

 そんなことを考えていると、どうやら遥も動き出すようだ。まぁそうだよな。遥もほとんど俺と同じ条件下のようなもんだし。

 

『三男、遥様の能力は「確率予知(ロッツオブネクスト)」。あらゆる可能性の確率を知ることができます』

 

 確率――例えば、明日の天気で晴れの確率が何%とか、そういうものをより正確に予知することができる。この場合で言えば、『最下位になる確率』でも予知したのだろう。

 予知した結果が良かったのか、口元を緩めると遥はこちらに近づいてきた。

 

「茜姉さん」

 

 俺たち――と言うよりも、遥は俺の背中に張り付いている茜に話しかけていた。

 なあ、俺は?

 

「どどっどうしたの遥!?」

「とりあえず落ち着いて。このまま茜姉さんが何もしないと、ビリになる確率は87%。同じく僕も74%。でも、2人で協力すればその確率は25%まで下げられるって、僕の予知では出てる」

「なぁ、遥、俺は?」

「晶兄さんがビリになる確率は45%だったよ」

 

 あれ、意外と低い。能力が何もないからてっきり90%くらいは出てるもんだと思ってたのに。

 

「別に……ビリだっていいよ。これ以上目立ちたくないし。トイレ掃除くらいならまぁ」

「茜、城のトイレがいくつあるか知ってるのか?」

「へ?」

 

 曲がりなりにもこの国の城である。当然ながらかなり広い。正確に数えたことはないからわからないけど、少なくとも2桁では済まないだろう。

 

「それに、お城に行けばいろんな人に会うことになるけど、それでも――」

「やるわ、私! 絶対9位になってみせる!」

 

 ついに茜がやる気になったけど志のなんとも低いことで。俺もあんまり変わらないから人のことは言えないんだが。

 

「じゃ、頑張ろうか」

「うん! あ、あきくんも行く?」

 

 遥が茜の肩に手を置くと、茜が俺にそう聞いてきた。これから茜の能力で一気に屋上まで行くつもりなのだろう。

 

「いや、俺は遠慮しておく」

「いいの? あきくんがビリになっちゃうよ~?」

「いいよ、俺は負けん」

 

 それに、頻繁にこいつの能力の餌食になっている身としては、できることなら能力回避したいし。なにより、茜のこの能力に付いて行くと、必ずとは言わないけど、高確率で面倒なことになるからな。経験と俺の直感がそう言っている。

 

『次男、晶様も動き出しました! どうやら、単独でビルを攻略していくようです』

 

 そんなわけで、俺も遅ればせながらビルの中に入る。俺に能力がないのは国民周知の事実なわけだから、特に説明らしい説明もなかった。すぐに後ろから茜の能力の説明が聞こえてきたから、きっと茜が能力を発動して屋上まで向かったのだろう。

 冗談抜きで、早くしないと俺の最下位が決定してしまう。

 走ってエレベーターに乗って道に迷ったりなんだりしていたらえらく時間がかかってしまったが、ようやく屋上に到達した。まぁ、本当は途中で見つけた岬の分身の後を追っただけなんだが。

 

「大変そうだな」

「兄貴は良いよな、一瞬で往復できるんだから」

「あぁ、楽だぞ。なんなら下まで送って行ってやろうか?」

「遠慮しとくよ」

 

 嫌味かと言いたくなる気持ちを抑える。

 とりあえず両手に抱えられるだけ持って、また同じ道を戻る。時間は一応まだあるけど、早いことに越したことはないだろう。

 外に出て籠にぬいぐるみを入れる。これで一応最下位は逃れられたと思う。

 と、突然観客が沸き始めた。何だろうと観客の方を見て、その視線の先にあるモニターに視線を移し、思わず頭を抱えた。

 モニターに大きく映し出されていたのはパンツだった。しかも茜の。映されたのはほとんど一瞬で、すぐに映像が変わった。直後、スタッフが来てゲームの終了を告げられた。

 良かった……ぬいぐるみ入れられて。

 

「制限時間前ではありますが、ここでゲームを終了させていただきます」

 

 その後スタジオにみんなで向かうと番組が再開される。

 ゲームが終了(茜のパンツが放送されてしまった)時の得点がそのまま最終得点となっていた。

 1位は兄貴。2位は姉貴。3位は意外にも輝。4位は岬。5位は葵姉さんと栞。7位は俺。8位はちゃっかり遥。最下位は魂の飛んでいる茜と光だ。

 

「頑張ったのにー!」

「光、木の上に居ただけじゃん」

 

 光はあのままずっと木の上で涙していたらしい。まぁ、兄貴が助けに行くまでずっとあの状態だったからな。高所恐怖症にならなかっただけ良かっただろう。

 

「それではここで、国王選挙、現時点での順位を発表したいと思います!」

 

 司会のその言葉で、みんなに緊張が走った。

 モニターに10位から4位までの順位が表示される。

 下から、兄貴、俺、輝、遥、岬、光、栞の順だ。まだ選挙が始まったばかりだからか票数に開きはないが、俺の順位はほぼほぼ予想通りだ。

 

「えぇ……私5位……」

「うぅ……栞に負けるとは……」

 

 光と輝はこの順位に不満のようだけど、さっきも言った通りまだ始まったばかりだ。今後どうなるかはわからない。

 チラリと横に座っている茜に視線を向けてみると、まだ順位が出ていない茜は顔を青くしていた。

 

「第3位は奏様です!」

「えぇ!?」

 

 3位が発表されると、茜が声を出していた。自分の名前が出てこなかったからだろうけど、それで姉貴に睨まれてしまっていた。

 

「ご、ごめんなさい……」

「何で謝るの」

 

 ……声が冷たすぎやしませんか奏姉さん。

 何はともあれ、これで1位争いは葵姉さんと茜の2人となったわけだ。どっちにしても茜にとっては最悪か。

 

「全然よくないじゃん!」

 

 そんなことを考えていたら、いつの間にか順位が発表されていた。

 1位は葵姉さんで、2位は茜。

 頭を抱える茜の悲鳴が全国のお茶の間に響いてしまった。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

「明日からトイレ掃除……おまけにぱっぱぱぱ……それに2位……うぅぅ……」

 

 サクラダファミリーニュース特別版も終わり、家族みんなで家で夕飯中、茜は泣きながら椅子に体育座りしていた。

 まぁ、ここ最近だけでもいろいろあったからな。主にパンツ関連で。こんな短期間で何度もお茶の間にパンツをお送りする王族なんてそうそう居ないだろう。話題性としてはバッチリだろう。

 

「食べないの、茜。あなたの大好きなハンバーグよ?」

 

 母さんの言葉にも茜の表情は優れなかった。

 ショックはわからんでもないけど、重傷だなぁ……。

 

「王家に生まれたせいで、お前たちは必要以上に注目を浴びてしまう。そのことで、傷つくこともあるだろう」

 

 確かに、いくら親父の方針で一般的な生活を送っているとはいえ、何をどうしようが俺たちが王族と言うのは変わらないし、これから一生、変わることはないだろう。

 普通の一般家庭と同じように過ごしていて普通なら起こらないような問題も、当然出てくる。

 「だが」と親父が続ける。

 

「王族として最低限の義務や責任が生じる。お前たちは国の象徴――そして、希望だ。誰が私の跡を継ぐかはわからないが、皆その資格を果たすための覚悟だけは持っていてほしい」

 

 どうあっても王族は王族。否が応でも、それが俺たちには求められる。わかっちゃいることなんだがな……というか、

 

「パパったら、また被って来ちゃったの?」

 

 良いことを語る親父の頭の上には、またもや王冠が輝いていた。

 

「いや、城には連絡済みですから……」

「そういう問題じゃなくないか?」

 

 さっきまで格好つけていた親父が苦笑いを浮かべる。

 なんというか……締まらねぇなぁ……。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

 その日の夜。ベッドに寝転がった俺は、夕飯の時の親父の言葉を思い出していた。

 

「王族、か……」

 

 思うのは、俺だけが能力を使えないということ。これまでに何度も検査を受けてきたけど、結果が変わったことは一度だってない。

 王族の血を引いていないかもしれないのに、王族としての義務や責任を問われるなんておかしくはないだろうか。まぁ、引いていようがいまいが、今の『俺』は変わることはないとは思うけど。

 それでも、やっぱりそんな奴が次期国王候補と言うのは違っている気がする。少なくとも、こんな考えを持っている奴がなっていいものじゃない。

 

「なんだ、まだ起きてたのか?」

 

 深く溜息をつくと、兄貴の声が聞こえてきた。俺と兄貴は同じ部屋で過ごしていて、部屋を真ん中で二分して、カーテンで仕切っている。

 

「兄貴こそ、起きてたのか」

「お前の溜息が大きくて寝られないんだ」

「え、そんなに出てた?」

「あぁ、うるさいくらいにはな」

 

 自分のことながらまったく気づいてなかった。兄貴にはちょっと悪いことしたな。

 

「何考えてるかは知らんが、お前は紛れもなく『櫻田家次男の櫻田晶』だ。俺たちの家族だ。俺たちが王族と言うのが変わらないのと同じで、それも変わることはない」

 

 知らんがって、全部お見通しかよ。普段無気力でやる気ない風に見せてるくせして、意外とみんなの事を見ているんだよな、兄貴は。

 

「わかったらさっさと寝ろ」

「わかりましたよ、お兄様」

「おう、敬え敬え」

 

 嫌味っぽく言ったのに簡単に躱されてしまった。それきり兄貴は静かになった。

 結局、俺はそう言われたいだけなのかもしれないな。みんなの家族だと。そう、言ってもらいたいんだ。唯一みんなと違うから。自分が安心したいがために。

 

 

 今はこれでいいのだろう。

 『櫻田家次男の櫻田晶』で。それが紛れもない、俺なのだから。




 アクセス、お気に入り、ありがとうございます! 一気に増えてたので嬉しい限りです!

 ヒロイン登場はもうしばらくお待ちください。


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第3話

 城下町のダンデライオンの舞台がありましたね。
 …………行きた…………かったなぁ。


 ゴールデンウィーク――それは5月にある大型連休であり、年ごとに差はあれど、最低でも3連休が約束されている素晴らしい期間である。

 それに合わせて見合った課題も出されたりするのだが、それは問題なく配られたその日に全部終わらせたので、ゴールデンウィークを満喫することができた。

 まぁ、満喫したと言っても、家でゴロゴロしたり、外に出て新たな美味しいものを探す旅に出たりするくらいだったんだけど。

 ちなみに、先月のゲームでの罰ゲームを受けることとなった茜と光は、ゴールデンウィークをほぼ返上で城のトイレ掃除をやらされていた。可哀想だと思わなくはないが、これも親父が決めたことだ。仕方ないだろう。

 で、今日はそんな大型連休の最終日。俺たち家族は毎年行われる音楽会に参加するため、城に来ていた。もちろん私服ではなく正装でだ。

 毎年強制だからこそ思ってしまうわけだが、音楽会の参加は面倒だな。

 

「音楽会が面倒だって、顔に出てるわよ?」

「実際、面倒なんだから仕方ないだろ」

 

 俺の表情を読んだらしく、姉貴が嫌味ったらしくそう言ってきた。

 音楽を聴くことは別にいいんだけど、わざわざホールで聴くのはなと思ってしまう。

 

「輝と栞を見てご覧なさい? あんなに楽しみにしてるじゃない」

 

 言われて見てみると、輝は楽しみにしているのかなんなのか、ずっとソワソワしていた。栞はいつも通りな気もするけど、心なしか口元が緩んでいる気がする。瞳も輝きを増している。可愛い。

 

「いや、栞はともかく輝は寝るよ? 断言してもいい」

「あら強気ね? 何なら賭ける?」

「可愛い弟を賭けの対象にすんなよ」

「賭け事? 僕も混ぜてよ」

 

 姉貴と話していると、何故か遥も混ざってきた。だから、可愛い四男を巻き込んでやるなよ。というか、お前が入ってきたら賭けにならないだろ。

 姉貴も同じことを思っていたようだけど、そんな俺たちを見て、遥は小さく笑う。

 

「安心してよ、さすがに僕が入ったら勝負にならない。だから、僕が能力を使って出た結果を言って、それを材料にして賭けてもらうのさ」

「なるほどね」

 

 それでも遥の能力で出た結果はかなりの確率で当たる。勝負にならない気もするけど、とりあえずその条件で乗ることにした。

 さっそく遥が能力を使うと、顔を引きつらせた。

 

「どうしたの? 早く言いなさいな」

「あー、いや……これは勝負にならないと思うよ……うん」

 

 遥のその言葉に、俺と姉貴はすべてを察した。

 

「こら、弟で遊ばないの」

『はーい』

 

 そんな話をしていたら葵姉さんに怒られてしまい、結局賭けは流れてしまった。

 そんなこんなで音楽会。王族である俺たちはステージが良く見える特等席である。

 流れてくる音楽はすべてが超一流である。が、そんなに耳が肥えていない俺には、すごいなという簡単かつ面白みにも欠けるような感想しか出てこない。

 欠伸が出そうになるが必死に堪える。ここもカメラに映されているから、迂闊な行動はとれないのだ。兄貴辺りは上手くやり過ごしてそうだけど。

 奏者には悪いけど、早く終わってほしい……そう思いながらも、俺は奏でられる綺麗な音色に耳を傾けるのだった。

 

 ちなみに、輝は俺の予想と遥の予知通り寝てしまっていたらしい。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

 ゴールデンウィークと言う夢のような期間が終わってしまうと、当たり前だがいつも通りの日々が始まる。

 しかし、今日はいつもよりもさらに早く起床して登校の準備を整えていた。

 リビングに向かうと、姉貴とバッタリ鉢合わせた。もう既に朝食を食べ始めていた。

 

「おはよ……奏姉さん……」

「うん、おはよう。早く顔洗ってきなさい」

「うぃ」

 

 言われて洗面所に向かい顔を洗い終えると、ようやく頭がスッキリして意識が覚醒する。

 なぜ早く起きたのかというと、姉貴が副会長を務める生徒会の仕事を手伝うためだ。

 まぁ、別に姉貴が副会長だから手伝うというわけではない。なんというか、昔から雑用みたいなのが好きだったし、なによりそれで人の役に立てるのだから良いだろう。

 これを人に言うと変わり者とか言われるのはちょっと解せないが。

 再びリビングへ行くと、朝食を食べ終えた姉貴がちょうどリビングから出るところだった。

 

「晶、茜は?」

「たぶんまだ寝てるんじゃないか? 起こして来ようか」

「はぁ……まったくあの子は……いいわ、晶は先に食べてなさい。私が後で起こすから」

「はいよ」

 

 茜は生徒会の役員ではなく俺と違って手伝いでもないが、今回はクラス委員である茜もその集まりに参加することになっている。

 あの人見知りで有名な茜がクラス委員と言うのは驚かれるのだが、一応それなりの理由はある。

 まぁ、それは置いておいて俺は朝食をパパッと食べることにした。

 朝食を食べ終えて食器を片していると、リビングに慌てた茜が入ってきた。

 

「おはよう、茜」

「おおはおうあきくん!」

 

 大方姉貴に寝坊を怒られたのだろう、めちゃくちゃ慌てていた。

 そんな茜を尻目に、俺は自分の準備を済ませて玄関に向かうと、既に姉貴が家を出ようとしていた。そこに、手にトーストを持った茜がすべり込んでくる。

 

「カナちゃん、あきくん、待ってー!」

「玄関で大声出さないで」

「何でこんなに早く出るのー、まだ時間あるよ?」

 

 今日はいつもよりもかなり余裕を持っている。いくら生徒会の集まりがあるからと言っても、こんなに早く出る必要はないのだ。

 ……『普通』なら、の話だが。

 

「あんたと登校したくないらかよ、一緒に行くと時間かかるし」

「ガーン!?」

 

 姉貴の言葉に、茜はひどくショックを受けていた。まぁ、事実だからフォローのしようもない。

 「だってカメラがぁー」と言っている茜を無視して、姉貴はドアを開けて外へと出てしまった。

 

「わわっ! 待ってよー!」

「待っててやるから、少なくともそのトーストだけは食ってけよ……」

 

 普段食べ歩きをしている俺が言うのもなんだけど、王族が歩きながらトーストとか、体裁的に問題あるだろ、絶対。玄関で無理やりトーストを押し込んでるのも、国民の皆様にはお見せできない姿だけど。

 

「よし食べた! 行こっ、あきくん!」

「はいはい」

 

 ドアを開けて外に出ると、家の前で通行人と話をしていたらしく、姉貴が人前で見せる笑顔を浮かべていた。が、そんな笑顔も、茜を見た途端に一瞬だけジト目と溜息が向けられた。

 それから3人で学校へ向かう。いつも通り、茜は俺を壁にしてだ。

 

「いい加減慣れなさいよ」

「無理! 私が王様になったらなくすもん!」

「「なる気あったんだ」」

「2人ともひどくない!?」

 

 いやいやいや、いつも外は誰かを壁にしないと歩けない、無人カメラにも真正面に立てない。そんな極度の人見知りの茜が王様になる気があったとは、俺も姉貴もそりゃ声を揃えて驚くよ。

 そんな俺たちに反論するかのように、茜がドヤ顔を向けてくる。

 

「なったらカメラ、廃止できるでしょ。なんて言ったって王様なんだから」

「それはなくせるだろうけどさ……肝心なこと忘れてないか?」

 

 ドヤ顔の茜が首を傾げた。

 こいつ……なんでこういうところは気づかないんだろうか。

 

「王様になったらもっと注目浴びるでしょ。カメラに映りたくないから廃止するために王様になったら、それって本末転倒じゃない?」

「盲点だったぁぁぁーっ!?」

 

 いやホント、なぜ気づかない。王様、国の象徴だぞ。

 

「まぁ、王になるのは私だけど」

「じ、じゃあカナちゃん、王様になったら監視カメラ廃止してくれる?」

 

 どこまでも気楽そうな茜の言葉に、姉貴は深い溜息をついた。

 

「姉貴、体裁を気にしてたら茜は撒けないぞ」

「なっ……べべ、別にそんなこと考えてないわよ!」

 

 辺りのカメラチェックしてたくせに何を言うのか。人の目(カメラ)がなかったら絶対に全力で走っていたくせに。

 

「えっ、ひどいよカナちゃん!」

「おだまり!」

 

 そんな話をしていると向かいから人が歩いてきて、毎度のことながら挨拶をされた。

 茜に対して怒鳴っていた姉貴は、一瞬にして笑顔を作りだし挨拶を返していた。早業すぎる。ちなみに俺も普通に返していたが、茜は一瞬で俺の背中に隠れていた。

 

「あんた、よくそんな人見知りでクラス委員なんかやれるわね」

「学校のみんなは知り合いだもん」

「知り合いってだけでこうも変わるか……」

 

 まぁ、見ず知らずの人と、多少ではあるけど知っている人だったら、当然後者の方が話しやすいとは思うけど。茜の場合はその溝が深いんだろうな。

 

「なら、国民みんなと知り合いになれば、あんたも楽になるんじゃない?」

「あっはは、カナちゃん何言ってんのー、国民が何人居ると思ってるのよ」

「こいつ……」

「お、落ち着け姉貴……」

 

 皮肉を言ったつもりなのだろうが、姉貴のそんな言葉は茜に届きすらせず、逆に顔を引きつらせていた。

 茜は人の――というか姉貴の――神経を逆撫でするのが上手いなぁ……俺はそこには触れたくないよ、怖いから。

 

「そもそも、どうしてクラス委員やってんのよ」

 

 深呼吸をして、ひとまず怒りを落ち着けた姉貴は、今度はそんなことを問いかけていた。

 

「どうしてって、クラスにはまとめ役が必要でしょ? でもみんなやりたがらないし、それにクラス委員をやってれば全員に目が行き届くし、みんなが困っていて、それで私を頼ってくれるなら、私はそれに応えたいよ」

 

 そう、人見知りの茜がクラス委員をやる理由はこれなのだ。なんだかんだ、茜もしっかり王族としての自覚はあるのだ。本人は無自覚なんだろうが。

 

「で、姉貴はそこでなぜ俺を見る」

「いやぁ、双子でも似ないものねってしみじみ」

「それ姉貴と兄貴にも言えることだからな」

 

 人の前に立ってまとめていくとか、俺には向いてない。ちまちまと雑用をやっていた方が面倒もなく楽でいいのだ。

 「あきくんと私、結構似てると思うんだけどなー?」と首を傾げているが、そう言うことを言っているんじゃないと思う。

 と、ここで茜が「そうだ」と手を叩いた。

 

「カナちゃんの能力でリムジンとか生成してよ! それで学校行こう!」

「は?」

「あのね茜、あんたは今、姉にリムジン買ってってゆすってんの。わかる?」

「あはは……冗談だって」

 

 姉貴の能力『物質生成(ヘブンズゲート)』であれば、確かにリムジンを作るのは難ではないだろう。が、生成すればそれに等しい金額が姉貴の口座から引き落とされる。

 姉貴の口座がいったいいくらあるかは知らないけど、リムジン生成はさすがに無理だろう。いくらするんだ、あれ?

 

「言ってみただけだよ……あ、それじゃあドラゴンとか、魔法の絨毯とかは?」

「魔法の絨毯はともかく、ドラゴンって作れんのか?」

「『物質生成』なんだから作れるんじゃないの?」

「あんたたち、人の能力なんだと思ってんのよ。魔法の絨毯だって作れるわけないでしょ」

 

 さすがに冗談である。ドラゴンとか魔法の絨毯とか、そんなファンタジーなものが作れるとは思ってない。

 ……仮に作れた場合、いったいいくらかかるのかはちょっと興味あるが。

 溜息をつく姉貴は、携帯を取り出すと何かの操作を始めた。

 

「何やってんの?」

「株価チェック」

「そんな四六時中気にしてまでお金貯めなくてもいいのに」

「うるさいわね、あるに越したことはないでしょ」

 

 能力の使い勝手的にも、確かにあって困ることはないだろう。むしろない方が困る。この前だって、簡単に1機数百万もするドローンを数機生成してたわけだしな。

 

「姉貴、貯金いくらくらいあるんだ?」

「わかんないけど、国家予算くらい?」

「ワンマンアーミー!?」

「……なによそれ」

 

 茜はともかく、国家予算くらいってそれ……どんだけあるんだよ……リムジンで痛いと思ってたけど全然軽そうだな……。

 そんな話をしながら歩いていると、次第に人通りが多くなってくる。当然人の目も多く注目もされるわけで、そうなってくると、茜は必死に見られないような行動をとろうとする。それが逆に目立つことになっていると気づかずに。

 俺を壁にしていたかと思えば、茜はいつの間にか姉貴にぴったりと抱き着いていた。おかげで通行人の方々には、仲がいいだの言われて、茜はさらに顔を赤くしていた。いや、姉貴もちょっと赤くなってるな。変わらずにこやかな外面は崩してないけど。

 

「カナちゃん、人前だといっつも良い顔してるよね。選挙に熱心なのはわかるけど、そこまで世間体気にしなくてもいいと思うよ?」

「なんて大きなブーメランを投げるんだお前は」

「何の話?」

 

 むしろお前はもう少し人の目を気にしろよ……。

 今ので我慢の限界が来たのか、姉貴の笑顔に凄みが増した。なんというか、目が笑っていないというのはこういうことを言うんだろうな……。

 

「茜、この手だけでも放してくれないかしら? 歩きにくいんだけど」

「……走って逃げる気でしょ」

「逃げないわよ」

「……本当?」

「ホントよ、人前でいきなり全力疾走だなんて、余計恥ずかしいわ」

 

 いや、姉貴は絶対に逃げるね。断言してもいい。俺の直感は当たるんだ。

 しかし、茜はそんな姉貴の言葉を信じたのか、抱きしめていた手を離した――瞬間、姉貴は全力疾走。呆気にとられた茜だったが、すぐさまその後を追いかけて行った。

 そして俺は、

 

「朝から元気だなぁ」

 

 そのまま歩いていた。いや、走って追いかけるのはさすがに面倒じゃないか。

 久々にゆっくり静かな登校を楽しもう。

 

 などと一瞬でも思った時期が俺にもありました。

 学校に向かっていると、目の前を1匹の猫が通り過ぎていき、道路に飛び出していた。向かいからはトラックが迫ってきている。そしてその直後、その猫を追っていたのか能力を使った茜が道路に飛び出していた。

 

「――茜っ!?」

 

 反射的に身体が動く。茜は猫を抱えたまま動けずにいた、俺は茜と、その抱えられた猫を庇うようにして抱きしめる。道路から逃げる余裕なんて俺にはなかった。最悪これで茜と猫にかかる衝撃は少しは軽くなるだろう。そう思って目を強く閉じて衝撃を待つ。が、いくら経っても衝撃は来ない。死ぬ直前はスローモーションに感じるとか聞くけど、そんなに遅くなるものなのだろうか?

 そんなことを考えていたら、背後で大きな衝突音が聞こた。俺にぶつかったわけではない。目を開けると、目の前には手を突き出し、息を荒くした姉貴がいた。身体を纏う緑色の光が薄れていっているから、姉貴が能力を使って何かを生成して俺たちを助けてくれたのだろう。

 ホッとして抱きしめていた茜たちから離れて尻餅をつくと、背中に何かが当たった。見ると、そこにあったのは大きな壁のようなものだった。

 ……何、これ?

 惚けている茜の腕から猫が去り、姉貴が茜を抱きしめる。

 

「無茶しないで……身体は普通の女の子なんだから」

「カナ、ちゃん……」

「晶も怪我はない?」

「え? あぁ、うん。俺は平気」

 

 そう答えると、姉貴は「そう、良かった」と小さく呟く。茜と同じように抱擁はしてくれないらしい。期待していたわけではないから別にいいんだけど。

 

「おい! あぶねぇだろ!」

 

 そうしていると、運転手が怒鳴りながらこちらへ来た。危うく人を轢きかけたのだから、運転手も気が気じゃないだろう。

 

「申し訳ございません、いきなり飛び出してしまいご迷惑をおかけしました」

「さ、櫻田家の次女と三女、それに次男!? い、いやぁ、車も無事だったので……」

 

 相手が王族だと知ると、途端に遜り始めた。

 いや、正確には姉貴の威圧感に圧されているんだろうけど。

 

「あなたも制限速度を超えていたように窺えました。この子たちにもしものことがあったらタダじゃおかないので、以後お気を付け下さい」

「ハ、ハイ……スミマセンデシタ……」

 

 有無を言わさない雰囲気というか、またしても目が笑っていない。

 運転手は何度も頭を下げると、トラックに乗って去って行った。

 

「えっと、それでこれどうすんの?」

 

 残されたのは俺たちと、姉貴が生成した謎の物質だ。本当になにこれ。

 

「どこかの空き地にでも置いてくるしかないわね」

「じゃあ私行ってくる。パッと行ってパッと帰ってくるね!」

「お、おう」

 

 言うな否や、能力を発動させると茜は謎の物質を持って行ってしまった。

 

「1人じゃ心配だな、俺もついて……」

「晶」

「何――」

 

 呼ばれて姉貴の方を向くと、急に抱きしめられた。いきなりのことで頭が真っ白になる。

 

「な、なにをいきなり!?」

「無茶しないで……あんたは……あんたには、能力、ないんだから……一歩間違えたら死んじゃうかもしれなかったのよ?」

「あ……奏、姉さん……」

 

 能力がない。姉貴に――家族にそれを言われると、ちょっと苦しい。

 けど、

 

「家族を助けたいって思うのは普通のことだろ」

「それであんたが危険な目に遭ったら元も子もないじゃない」

「ま、まぁ、その時はその時。今回は無事だったし」

「本当に、あんたって子は……」

 

 呆れたように姉貴が溜息をつく。

 別に自己犠牲がしたいってわけじゃない。ただ、大切な人が危険な目に遭っていたのを見て、黙って見ていることなんてできなかった。

 無意識、何も考えていなかったしな。姉貴が一歩遅ければと考えると、今さらながらに怖くなってきた。

 

「ごめん奏姉さん。あー、それと、さ……めっちゃ見られてるから、そろそろ離れた方が……」

「っ!?」

 

 野次馬ができていたわけではないけど、もともと人通りがそこそこ多い道だ。そんな道の真ん中で抱き合っていれば当然目立つ。

 さすがに俺も恥ずかしい。いや、心配されて嬉しいは嬉しいんだけど。

 慌てて離れた姉貴は、俺に背を向けて「とにかく!」と、少し怒った様子で言う。

 

「無茶はしないように! いいわね!」

「はいはい、わかったよ」

「はいは1回!」

「了解しました」

 

 姉貴が俺から離れてすぐに、茜が帰ってきた。

 

「たたたただみま……って、どうしたの?」

「いや、何も。お前こそ大丈夫だったか?」

「だっだだだいじょばだったよ」

 

 大丈夫じゃなかったらしい。

 

「はぁ……やっぱりあんたたちと一緒に登校すると時間かかったじゃない。早く行くわよ。晶、ニヤニヤしない」

 

 顔がまだほんのり赤い姉貴を見ていたらそんなことを言われてしまった。別ににやけていたわけじゃないんだけどな。

 何はともあれ、俺たちは再び学校へと向かって歩き出した。

 

「そう言えばカナちゃん。さっきのあれ、何だったの?」

「強力な衝撃吸収材でできた塊よ。発明されるのは、ざっと20年後ってところかしら」

 

 そんな未来のものを咄嗟に生成できるとは。というか、よくそんなもん思いついたな。

 

「でもあれ大きすぎじゃない? いつものカナちゃんならもっと要領よく生成できるのに」

「う、うるさいわね、学校着いたわよ」

 

 咄嗟だったからこそ、あの大きさになったんだろうな。姉貴の能力は欲しいという意思から生成され、途中でキャンセルはできないらしいし。

 まぁ、あの大きさくらいには想われているってことなんだろうな。

 

「何よ?」

「いやなんでも」

 

 またも睨まれてしまった。

 

「そうだ、お金使わせちゃったし払うよ。あれいくらしたの?」

「別にいいわよ。どうせあんた貯金とかないだろうし」

「私はまぁそこそこだけど、晶ならあるよ」

「俺任せかよ」

 

 俺もそんなに貯金とかないぞ。そんなにっていうかまったくないぞ。

 

「どちらにしても、気にしなくていいわよ」

「ううん、たとえ足りなくてもバイトして貯めるから!」

「いや、お前がバイトとか無理――」

「あんたもするの!」

 

 なぜ俺まで。いや、助けられたから俺も払うってのはわかるんだけどさ……。

 頑なな茜に、姉貴が溜息をつく。

 

「あれ、4000万」

「よ、よんせ…………? え……?」

 

 20年後の超物質高すぎねえか?

 予想以上の金額に、茜は真っ白に固まってしまった。俺も顔を引きつらせる。

 王族でも金銭感覚は一般人のそれと同じなのである。

 

「い、一生かけて払うからっ……晶が……」

「俺かよ」

「だからいいってば」

 

 さすがに高校生が4000万も払えるわけがなく、姉貴が気にするなの一点張りだったために、支払う話は流れた。

 とはいえさすがに何もしないというのも申し訳がなかったので、俺と茜、それぞれ1回ずつ俺たちに可能な範囲で何でも言うことを聞く、ということでことなきを得た。

 その時の姉貴のなんとも嬉しそうな(邪悪な)笑みを、俺は今後忘れることはないだろう。




 アクセス、お気に入りありがとうございます!!!

 もうそろそろヒロインを出してみたいですね……。


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第4話

勢いで書いてるからか矛盾してるところがあったりなかったりします…。

肝心の話数を間違っていました…4話です…。


 櫻田家は12人の大家族である。

 そして、そんな櫻田家は王族としての一面を持つが、基本的には一般家庭となんら変わりない生活を送っている。使用人とかも自宅には居ないから、当然ながら家事も自分たちで行わなければならない。

 だいたいは母さんがやってくれていたりしたのだが、12人分の食事、12人分の洗濯、その他諸々、さらにそれに加えて日々の公務もあるのだから、母さん1人にかかる負担は計り知れない。

 そこで、櫻田家には1週間という周期でくじ引きで家事の当番を決めるというシステムがある。くじの内容は掃除、洗濯、買い物、料理。引くのは、高校生組と中学生組。小学生以下は各々自主的にお手伝いをする。ということになっている。ちなみにくじを引いてそれらに該当しなかった――いわゆる休みを引いた人も、小学生以下と同じような扱いだ。

 

「毎週くじを引くのも面倒だな」

「母さんの負担を減らそうってのに、何てことを言うんだ兄貴は」

「毎週引くのが面倒ってだけだ」

「それなら、修ちゃんがずっと買い物やって! それ以外なら私、掃除洗濯料理、全部やるから!」

 

 手製のくじ引き箱からくじを引く兄貴に、茜は涙目になりながらもそんなことを訴えかけていた。

 お前はそこまでして外に出たくないのか……。

 

「茜姉さん、なにもそこまで言わなくても」

「だって外出たくないんだもん……」

 

 人見知りの激しい茜にとっては、買い物というものすら難易度が跳ね上がるらしい。

 

「お前、そんなこと言ってたら一生外出れないぞ」

「うっ……それはそれで嫌だな……学校行けないし」

 

 外に出るのは嫌がるのに、どうして学校には行きたがるんだろうか。いくらカメラがないからって言っても謎すぎる。

 

「まぁまぁ、あか姉の意思も固いんだし、やってもらうってのはどうかな?」

 

 茜の言葉をいいことにサボろうとする岬。葵姉さんがジト目を向ける。

 

「ダメよ、みんなで手伝うって決めたでしょ」

「そうだぞ。茜1人に任せるにしろ負担はかなりかかるんだ。ちゃんと分担しないと大変だろ」

「あき兄、発案者の言葉は違うねぇ」

 

 岬が大げさに溜息をついた。

 そう、何を隠そうこの分担くじ引きの発案は俺なのだ。

 子どもの頃から母さんの負担が大きいと思っていた俺は、中学に上がった年に思い切って兄弟たちに家事の分担を提案したのだ。もちろん、俺たちに可能な範囲内でだ。当時中学3年生だった葵姉さんも、2年生だった姉貴も、俺と同じく入ったばかりの茜も賛同してくれた。まぁ、もともとみんな自主的に手伝っていたりしたからってのもあるんだろうが。

 そんなこんなでくじ引きの再開である。

 

「俺、掃除」

「私は……洗濯ね」

「えぇー料理ぃー?」

 

 順に、兄貴、葵姉さん、岬がそれぞれ役割のある札を引いていた。くじは7枚中4枚が役割のある札だ。つまり、現時点で既に残りはあと1枚である。しかも残るのは茜の嫌う『お買い物』の札。

 札が引かれる度に、茜はごくりと喉を鳴らしていた。

 

「あっ、ラッキー」

「ごめん、茜姉さん」

「え、えっ……」

 

 姉貴と遥が引くと、その札には『休み』と書かれていた。

 残るはあと2枚。

 

「あきくん、わかってるよね?」

「いやぁ、こればっかりは運だからなぁ」

 

 俺が箱に手を伸ばすと、「ちょおっと待って!」と箱を振り回し始めた。おそらくシャッフルしているつもりなのだろう。無駄な足掻きを。

 振り終わった箱に手を入れてくじを引く。ごくりと、再び茜の喉が鳴る。

 

「あ、休みだ」

「………………と、いうことは?」

 

 手を震わせながら最後の1枚を引くと、そこに書かれていたのは、

 

「うわぁぁぁぁぁ、買い物ぉぉぉぉぉ!?」

「引くまでもないわね」

 

 見事買い物を引き当ててしまった茜は、フラフラとテーブルまで歩いていくと、そのまま倒れるようにしてテーブルに突っ伏した。

 

「でかけたくないぃ……」

「そうは言うがな茜、冷蔵庫空っぽらしいぞ」

「なぁんでぇ~……」

 

 ピクリとも動かなくなってしまった。

 そこへ光がやってきた。

 

「はいはーい! 茜ちゃん、私カレーが食べたいな!」

「……カレー?」

「なんなら一緒に付いて行ってあげるから」

「だから、出かけたくないんだってば……」

「茜ちゃん! そんなにカレーが嫌いなの!?」

「カメラが嫌いなの!」

 

 茜を外に連れ出すのは至難の技だ。たぶん引きずっても外に出ようとしないもんな、こいつ。

 何か餌でも持って連れ出す……には、餌が思いつかんな?

 

「あきくん、今失礼なこと考えてたよね?」

「何でわかるんだ」

「双子だからね――ってだから否定してよ!?」

 

 双子だからって、俺はお前の考えてることわからないぞ。今は外に出たくない、買い物嫌だって思ってるだろうけど、それはもうみんなわかることだろうし。

 

「茜ちゃん、カメラいやー! っていつも言ってるけど、この前バッチリ映ってバッチリ目立ってたじゃん。ウラヤマシー」

「そんなつもりじゃなかったの、これ以上世間に恥を晒したくないのよぉ……」

 

 先月のことを思い出したのか、茜は頭を抱え始めた。

 それに追い打ちをかけるように光が続ける。

 

「全国ネットでパンツ見られたんだし、今さら気にすることないのに」

「それをいわないでぇえぇぇ……!?」

 

 またもテーブルに突っ伏した。

 まぁ、先月だけで何度もお茶の間にパンツをお送りしてしまったわけだからな。茜でなくてもショックだろうとは思う。

 完全に心が折れたのか、死んだような目で「おそとでたくなぁいぃ……」と念仏のように言っている。これが双子の姉の姿か……哀れだ……。

 一応だが姉は姉だ。そんな姉のこんな姿を見ているのはちょっと嫌だ。だから仕方なく買い物を引き受けてやろうと思ったら、兄貴が一歩早く「仕方ない」と声をかけた。

 

「俺の掃除当番と代わってやろう」

「マジですか!?」

「立ち直りはえーな」

 

 少しでも心配した俺の気持ちを返してほしい。

 

「ただし、明日から1か月、ツインテールの位置を高くするならな」

 

 なんだそれ条件か? と思ったのは俺だけのようで、茜は嫌そうな顔をしていた。嫌なのか、外に出るのと天秤にかける程には。

 

「割に合わないよ、当番は1週間で変わるし。それだけのために、そんな子どもみたいな髪型……そん、な……の……」

 

 数秒の沈黙、そして、茜が指を3本立てた。

 

「…………どうか、3週間で」

「いいだろう」

「やるんかい」

 

 それにしても、どうして当番交代の条件が髪型の変更だったのだろうか。

 まぁ、別に気にすることでもないか。

 

 

 と、そんなことがあったのが数日前。

 そして、兄貴のその条件に関係するかはわからないが、そうだろうと確証が得られる出来事に遭遇したのは、案外早いものだった。

 その日、珍しく俺は寝坊をしてしまっていた。

 

「嘘だろ……なんで目覚ましならなかったんだよ……」

 

 毎日寝る前にちゃんとセットしているか確認して、昨夜もちゃんとセットされていたはずなのに、目覚ましが鳴った記憶がない。

 それもそのはず、目覚まし時計を確認すると、針が4時を指してずっと動いていなかった。

 

「電池切れ……だと……」

 

 さすがにそれは予想外だよ。というか、姉さんたちも起こしてくれればいいのに。

 ずっと目覚まし時計を眺めているわけにもいかず、気を取り直して登校の支度を済ませると洗面所に向かった。

 

「あれ、兄貴も寝坊?」

「そんなところだ」

 

 洗面所には兄貴が居た。ってか、兄貴も寝坊なら起きた時に起こしてくれればいいのに。

 とにかくさっさと顔を洗って、リビングへ向かうと朝食を食べる。時間もないので食パンにジャムを塗ったくるだけの簡単なものだ。

 そうして俺が急いでいるというのに、兄貴はのんびりと朝食を食べていた。

 普段からマイペースだとは思ってたけど、なんでこんなに落ち着いてるんだ。あれか、もう間に合わないと思って逆にゆっくりにしているのか?

 

「兄貴、そんなんじゃ遅刻するよ?」

「お前は兄の能力を忘れたか?」

「能力って……はっ!?」

 

 そうだ、兄貴の能力は『瞬間移動』! 読んで字の如く、瞬時に目的の場所へと移動することができる能力だ。

 だからこんなに落ち着いてたのか……能力を使えば一瞬で教室まで行けるからな。ギリギリになっても問題はないだろう。

 

「あ、兄貴、俺も一緒に連れて行ってくれない?」

「仕方ないな」

 

 さすが兄貴だ、話がわかる。

 ――と思ったのもつかの間、「ただし条件がある」と言われた。

 なんだろう、とても嫌な予感がする。そしてどこか既視感。

 

「1週間、俺のことは『お兄様』と呼べ」

「なん……だと……」

 

 何て条件をだしてくるんだこの兄は……お兄様と呼べ、だと……。

 くそ……嫌な予感が当たってしまった、何で俺の嫌な予感はいつも当たってしまうんだ……。だけど、これを呑まないと俺は遅刻……。

 

「くっ……わかったよ……お、おに……い、さま……」

「そんなに嫌か!?」

 

 とりあえず、兄貴の能力を使って遅刻は免れることはできた。

 瞬間移動というのは、茜の重力を操作する能力と違ってあまり経験がない。だから家の玄関から、視界が光ったかと思うと一瞬で学校の教室に移動した時は、ちょっと不思議な感じがした。

 

「助かったよ――」

 

 兄貴、と続けようとしたら、なぜか兄貴は飲んでいた牛乳を吹き出していた。それはもう盛大に。しかもその吹き出された牛乳は、兄貴の前の席に座っていたツインテールの女生徒に浴びせられていた。牛乳にまみれてしまった先輩は、目をぱちくりとさせていた。

 あれ、この先輩どこかで……と思ったら、佐藤先輩か。兄貴の前の席だったんだな。

 俺と佐藤先輩が知り合ったのはほとんど偶然だった。なんせ出会いは、本屋で料理の本を探している時に手にかけた本が偶然同じだったというものなのだから。

 まぁ、それで運命を感じたとかそういうのは互いになく、先輩の方は俺が王族だからと畏まったり、俺は俺でそんな畏まる先輩を宥めるのに必死だった。その過程で先輩が口を滑らせたのか、何故か兄貴の好物を聞いてきたのがきっかけで、先輩が兄貴に好意を寄せているというのを知ったのだった。

 兄貴のことを好きになるなんて物好きだなぁ、と思わないでもないけど、俺は佐藤先輩を応援しているのである。

 

「す、すまん佐藤、大丈夫か?」

「えっ、は、はい! 牛乳、好きですから!」

 

 真っ白になった先輩は、笑顔でそんなことを言っていた。

 いやいやいや、そういう問題じゃないでしょ。

 

「先輩、兄がすみません。これ使ってください」

「あっ、晶くん。ううん、全然いいよ、気にしないで。むしろ嬉しい」

 

 先輩的には全然いいのか……というか嬉しいのか……。

 ティッシュを渡しながら微妙な気分になった。この人も結構変わってるよな……。さすがうちの兄貴を好きになるだけはある。

 

「お前、佐藤と知り合いだったのか?」

「前にちょっと話す機会があってな」

 

 俺が先輩と話したのが意外らしく、兄貴がそう耳打ちをしてきた。俺が答えると、「そうか」と言ってそれ以上は聞いてこなかった。

 

「修! なにうちの花に白いのぶっかけてんのよ!」

「言葉を選んでくれないか!?」

 

 いつの間にか他の先輩も牛乳まみれの佐藤先輩に気づいて、兄貴に微妙な視線を向けていた。まぁ、牛乳ぶっかけたらそうもなるよ。先輩の発言もどうかと思うけども。

 とりあえず、このまま2年の教室に居るとそれはそれで遅刻扱いになりそうなので、兄貴に一言声をかけてから教室から離脱する。

 

「って、玄関から直接ここに来たから靴も履き替えないとなのか……」

 

 仕方がなく、一度昇降口まで行って靴を履きかえてから自分の教室へ向かった。

 自分の席に着くとようやく一息をつけた。なんやかんやあったけど、とりあえず遅刻しないでよかったな。

 ホッとしていると、鮎ヶ瀬がこちらに近づいてきた。

 

「あれ、茜は一緒じゃないんだ?」

「は? まだ来てないのか?」

 

 そう言えば、俺の目の前の席には誰も座っていない。

 そんな話をしていると、「間に合った―!」と勢いよく茜が教室に入ってくる。

 いつもと違ってツインテールの位置が高いのは、まだ兄貴の言った条件を守っているからだろう。

 

「あ、あれ? あきくん何で教室に居るの?」

「寝坊したから兄貴に送ってもらったんだよ。ってか、何で寝坊した俺よりも遅いんだよ。そもそも、そんなこと言うなら起こせ」

「ごめん、忘れてた」

 

 忘れてたって……なんかちょっと悲しい。

 その後も、何故か鮎ヶ瀬に遅刻のことをいじられ続け、授業が始まる前から俺の体力は底をついてしまったのだった。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

 学校に居る間は、流れる時間が加速でもしているのかと思うくらいには早く、もう放課後になっていた。

 イキイキとしていた茜は今にも倒れそうに――というか、机に突っ伏している。

 

「あきくん、帰ろ」

「悪い、ちょっと図書室に寄らないといけないんだ」

「んじゃ待つよ」

「どれくらいかかるかわかんないし、先帰ってろよ」

 

 この日はタイミング悪く、図書委員の仕事を手伝うことになっていた。

 10分やそれくらいで終わるならともかく、いつ終わるかわからないのに茜を付き合わせるのは申し訳ない。

 

「今日はお姉ちゃんもカナちゃんも一緒に帰れないんだもん」

「兄貴が居るだろ」

「…………」

 

 あからさまに嫌な顔をする。そんなに兄貴と帰るのが嫌か。と思いながらも、そんなことは無視して兄貴にメールを送る。内容は、今日は茜が一緒に帰ってほしいと言っているということだ。

 途中で気づかれたがもう遅い。メールは兄貴に送信してしまった。

 

「これで兄貴と一緒に帰れるな、良かったな」

「はぁ……仕方ないか」

 

 全然納得のいかない表情をしていたが、とりあえずは折れてくれたようでなにより。

 茜と教室で別れると、俺は予定通りに図書室へと向かった。

 

「失礼します」

 

 中に入ると、図書委員だろう生徒が数人机を囲んでいた。机の上には真新しい本が数冊置かれている。

 特に忙しそうな空気ではないのは誰が見ても明らかだった。

 

「えっと、人手が足りないって聞いてきたんだけど」

 

 とりあえず同じクラスの図書委員の生徒にそう言うと、その生徒は申し訳なさそうな表情をした。

 

「ごめん櫻田君。新しく入荷した本の整理に人手が足りなさそうだから頼もうと思ってたんだけど、実際にはそんなに冊数がなかったんだよね」

 

 机の上に置かれているのが、今回新しく入荷した本らしい。簡単に数えて20冊ほどだろうか。決して少なくない冊数だと思うが、今この図書室に居る図書委員の人数は5人。十分人では足りているようだった。

 

「だからごめん、手伝いはいいよ」

「人手が足りてるなら仕方ないな。また何かあった時に言ってくれ」

「うん、助かるよ」

 

 そう言葉を交わして、俺は図書室を出た。

 ……茜にあんなことを言ったけど、一瞬で終わってしまった。

 

「まぁいいか、帰ろう」

 

 嘘は言っていない。いつ終わるかわからないって言っただけだし、早めに終わる時だってあるさ。

 昇降口に向かい靴を履き替え校舎を出ると、校門付近に見知った後姿――佐藤先輩だ――を見つけた。それもなぜかこそこそしている。

 この時、俺は追いついて声をかけることもできた。だが、俺の直感が佐藤先輩の跡を付けろと告げていた。なにやら面白そうなことが起きる気がする。確信はないが、そんな気がした。

 だから後ろを気づかれずに追い始めたわけだが、そんな佐藤先輩がなぜこそこそとしているのか、理由はすぐにわかった。

 佐藤先輩の視線の先、そこには兄貴と茜の姿があった。それだけならおそらく先輩も後を追おうとは思わなかったろうけど、今の茜はいつもの低い位置のツインテールではなく、高い位置にツインテールをしている。後姿だけだったら、もしかしたら茜とは気づかないかもしれない。そして、佐藤先輩は茜とは気づかずに、仲睦まじく兄貴の横を歩く知らない女生徒に見えているのだろう。もしかしたら兄貴の彼女と思っているのかもしれん。

 そこで、茜と先輩の後姿を同時に見て気づく。

 兄貴が茜にツインテールを高い位置にしろっていう条件。あれってまさか、佐藤先輩を意識して言ってたのか? 2人の後姿が見えているからか比較は容易い。若干似ている気もしなくはないし、やっぱり兄貴、先輩を意識して言ったんじゃなかろうか。だとしたら先輩、これはもしかしたらもしかしますよ!

 先輩と兄貴たちを観察しながら考えていたら、突然兄貴たちが路地に入った。佐藤先輩もそれを慌てて追いかける。あの動き、兄貴たちはたぶん、佐藤先輩の尾行に気づいたからあんな行動に出たんだろう。

 俺も後を追い、見つからないように路地を覗き込む。そこでは、茜と兄貴に挟まれて佐藤先輩がしどろもどろになっていた。

 

「ちゃんと理由を言ってくれ。でないと、俺たちの立場上クラスメイトとはいえ……」

「……き、だから……」

 

 兄貴が責めるように言うと、先輩は震えながら声を絞り出そうとしていた。ちょっと距離があるから聞きづらいけど。

 

「わ、私……櫻田くんのことが、好きだから……っ!」

「へっ!?」

「おぉ……」

 

 窮地に立たされた佐藤先輩の口から出てきたのは、まさかの告白だった。予想もしていなかったのだろう、兄貴の動きが止まっている。そして、奥の方で茜が顔を赤くして視線を逸らしていた。

 俺も思わず声を出してしまったけど、佐藤先輩、まさかここで告白するとはな……。

 さて、兄貴はどう答えるんだ?

 

「すまん、佐藤。佐藤の気持ちは本当に嬉しいできることなら、俺も……」

「それじゃあっ……」

「だ、だが! 今は選挙に専念したいんだ」

 

 兄貴の方も好印象――かと思いきや、そんなことを言っていた。

 いやいやいや、兄貴あんた王になる気ないだろ。選挙に積極的なところまったく見たことないぞ。

 

「奏を王様にしないためにも、妨害工作で忙しいんだ!」

 

 何だよその理由はーっ!? と、叫びそうになるのを必死でこらえる。

 今ここで雰囲気をぶち壊してはいけない。そんな気がする。

 

「なら、待っていてもいいですか……」

「え?」

「選挙が終わるまで、待っていてもいいですかっ……」

 

 顔の赤い先輩の口から発せられたのは、そんな言葉だった。

 ほとんど断られたに近いことを言われたのに、先輩は選挙が終わるまで待つのだという。先輩、本気で兄貴のことが好きなんだな……。

 

「終わるまでって、少なくとも後2年は先のことだぞ」

「良いんです。私は全然平気です!」

 

 その言葉に、兄貴は片手で口元を覆った。

 これは兄貴も予想外だろう。あんなこと、並大抵じゃ言えない。すごいな、佐藤先輩。これで兄貴が答えなかったら、その時は殴ってやろう。

 いや、別に羨ましさからくるものではないぞ、断じて。

 

「わかった、約束しよう。必ず佐藤の想いには応える」

「……!! は、はい……! ありがとうございましゅ……」

 

 良く言った兄貴! この一瞬だけは尊敬しそうになった。

 佐藤先輩もその言葉に、顔を覆って涙を流していた。

 

「きょ、今日のところは送ってあげなよ修ちゃん。私は1人でも大丈夫だから」

 

 と、そこに茜がそんなことを言って割って入った。今まで顔を赤くしているだけだったが、ナイスフォローだ茜。

 俺も助け舟を出してやるか! 兄貴と先輩の恋のためにも!

 

「あれ、兄貴たちこんなところで――」

「あきくんいいところに! それじゃあ私はあきくんと帰るからー!」

「なにしてぇぇぇぇ――」

 

 助け舟どころか、言葉を言い切る前に茜に引っ張られてその場から去ることになってしまった。あまりにも一瞬のことすぎて振り払うこともできなかった。というか、わざわざ能力を使ってまで俺を浮かせて走っていた。

 ま、まぁ……これで兄貴も先輩を送るしかなくなったわけだから、それで結果オーライなのかもしれない。

 しばらく成すがままに茜に掴まれていると、いきなり浮遊感がなくなり地面に落ちてしまった。

 

「いってぇ……」

「ご、ごめんあきくん」

「いやまぁ、別にいいけど」

 

 辺りを見回してみると、もう家の付近だった。

 カメラもいくつかあったと思うんだけど、それ以上に慌てていたからなのか、茜がカメラに怖がっている様子はなかった。

 まぁ、後で悶絶するんだろうけど。

 

「それにしてもあきくん、タイミング良かったよね。まさか、見てたとか?」

「よくわかったな」

 

 「まさかね~」と言う茜に被せるようにそう答えると、しばらくの間真顔を向けられた。

 な、何だこの反応……?

 

「み、見てたっていつから!」

「学校出るところから」

「がっ……ほとんど最初からじゃん! 何で止めてくれなかったの!」

「え、止めるって何を?」

「それは、ほら……えっと……」

 

 止めるっていうのは、佐藤先輩が尾行するのをだろうか。それとも告白の部分だろうか。どちらにしても同じ事か。

 考えていると茜が頬を膨らませていた。

 

「な、なによー、その顔」

「いや、なんだかんだお前もお兄ちゃん子なんだなと」

「は、はぁ!?」

 

 指摘した瞬間、茜の顔が真っ赤に染まった。

 

「だって佐藤先輩に兄貴が取られるって思ったんだろ?」

「そそ、そんなわけないしぃ~! 何言ってんのもうあきくんってば!」

 

 顔をさらに赤く染めて俺の背中をバシバシと叩いてきた。力の加減をまったく考えていないのか結構痛い。それにしても、茜もわかりやすいやつだな。

 それから、茜は驚くことにカメラを気にすることなく帰宅ができた。その代わり、ずっと俺の背中を叩き続けていた。……痣になってたりしないよな?

 

 

 

 その夜、風呂から上がって部屋に戻ろうとすると、部屋の扉に耳をピッタリくっ付けた姉貴と茜が居た。何をしているのかと聞くと、兄貴が先輩と通話しているとかなんとか。

 もしかして、これから先兄貴と先輩の通話を聞かされることになるのだろうか。2人がくっつくのはいいんだけど、そんな甘ったるい空気に俺は堪えることができるのだろうか? 俺も俺で頭を抱える要因ができてしまっていた。

 ちなみに後日、俺が宙に浮かされて走りまわされていたり、ずっと背中を叩かれていたその一部始終は、『サクラダファミリーニュース』で放送されることとなり、同時にずっとカメラに映りっぱなしの茜は、予想通り悶絶していた。




アクセス、お気に入りありがとうございます!!

次回、ちょっとだけ、出ます、たぶん。


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