シン・インフィニットストラトス/GrAE (天津毬)
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プロローグ

えーと、そんなわけでプロローグです。
インパクト持たせようとしたら結果的にこんな始まり方に…。
多分最初は「訳分んねぇ。」だと思いますが次回から本編ですので…。
生暖かい目で見て頂けるとありがたいです。





2016年・東京都

関東大水害発生。

 

––––––その存在を、私は今でも鮮明に覚えている。

何もかも、一切合切全てが溢れ出た濁流によって流されてしまったあの日の事を。

 

––––––例年を遥かに上回る降水量の、肌を打ち付けると痛いくらいに激しい大雨が頭から降り注ぐ。

 

「はっ、はっ、はっ––––––」

 

道は一方に向けて走り抜けようとする人々の群れ––––––私はそれと共に無我夢中で駆けて行く。

 

「はっ、はっ、はっ、あ…」

 

振り向けば背後にあるは高さ2メートルほどの泥で濁った濁流による水の壁。

それは人を呑み込み、車を呑み込み、木々を呑み込み、家を呑み込んで行く。

––––––1人躓いて転倒する。濁流に呑まれる。

––––––3人息を切らして走るペースが落ちる。濁流に呑まれる。

––––––5人走るが濁流が勢いを増す。濁流に呑まれる。

––––––2人放置車両にぶつかる。濁流に呑まれる。

––––––4人電柱に登って回避しようとする。しかし濁流に呑まれる。

 

彼らは濁流に呑まれて消えた––––––それで箒の後ろは誰も居なくなる。

私は濁流とあと2メートル程度しか離れていなかった。

迫り来る水の壁は勢いを増す。

––––––逃げられない。

そう悟った私は無我夢中で走りながらも二酸化炭素をいっぱいいっぱいにまで吐き出し、精一杯酸素を吸い込み、手で鼻を抑えた––––––直後、私は濁流に飲み込まれた。

激しい水流は私を無茶苦茶に振り回す。

その所為で吸い込んだ酸素を吐き出してしまいそうになる。

だから必死で口を、鼻を抑える。

だが、このままではいずれ肺の酸素が全て消費されてしまう。

だから、水面目掛けて水流に抗いながら行こうとする。

––––––もう少し。

しかしそこで背中に鈍く、そして大きな衝撃が走った。

濁流で流されてきた車が箒にぶつかったのだ。

その所為で、思わず口を開けてしまう。

瞬間、二酸化炭素混じりの酸素は水泡となって口から水中に放出されてしまい、代わりに水が体内に入り込んで来る。

––––––苦しい。

水が肺を満たしていく。

脳に酸素が供給されなくなり、判断力と体の各部に送る刺激が途絶えて行く。

––––––まだ、死にたく、ない。

狂いそうになるくらいもがき、必死で手を伸ばす。

そして指が冷たい外気に触れる。

だがしかし、今度はゴミ箱が背中を打ち付けさらに水を飲んでしまい––––––意識が途絶えかける–––––––。

瞬間、暖かい、そして力強い手が箒の伸ばした手を掴んで––––––。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

––––––現在・2021年。

IS学園

 

そして、その手の持ち主は今、あそこに居る。

箒はIS・【紅椿】を纏いながら、其処を見る。

あたりを煌々と燃え上がらせる炎で染めたその中に、全身を覆う漆黒の装甲のその隙間から覗く鮮血色の蛍光色の装甲––––––【G型装甲】を纏う、黒い獣を連想させられるIS––––––【紫龍(しりゅう)】の中に、自分を救ってくれた手の持ち主はいた。

その紫龍は、随分奇妙な姿になってしまっていた。

左腕はまるで獣のように爪型の形状に変形。

近接兵装は右腕と同化。

脚部は自らの自重を支えるべく骨太で強固で堅牢なものに。

腰にあたる部位からは先端にG型装甲の結晶を持つ尻尾らしき機構が生えている。

背部には幾多もの剣山のような背ビレにも砲塔にも見える突起群が覗く。

さらにG型装甲が臨界突破状態にある頭部は何処となく蜥蜴(トカゲ)らしいがキノコ雲の様に見えなくもない形状を持つ。

 

そう、その姿はまるで––––––。

 

「––––––怪獣…。」

 

箒がポツリと呟く。

そして、自責の念に駆られる。

ああなってしまったのは、自分の所為だから。

 

(私がしっかりしていれば…彼奴は…。)

 

俯いて、内心呟く。

––––––だが、嘆いても仕方ない。

自らがしでかしてしまった事は、自分が解決しなくてはならない。

 

「な、なんなのよ…アレ…?」

 

ふと、前方から中国代表候補生の凰鈴音がIS【甲龍】を纏った状態で、震える声音を発しながら言う。

 

「く…【黒坂千尋】という以外…どういうというのだ…!」

 

それにドイツ国家代表候補生のラウラ・ボーデビッヒがIS【シュヴァルツァレーゲン】を纏いながら、焦燥を孕んだ声音で言う。

 

「ッ…化け物め…‼︎」

 

そして世界最強とされる織斑千冬の弟である織斑一夏がIS【白式】を纏った状態で、忌々しげに言う。

 

そのように若干混乱している彼らを余所目に荒魏は振り返り、箒を見る。

そこに在った瞳は虚ろで焦点の合わない、虚無を孕んだモノ––––––だがしかし、箒には確かにそこに「意志」を感じた。

箒がそれに応えるように頷くと、再びソレは織斑達に視線を移す。

 

––––––直後。

 

「箒から離れろ化け物–––––––––ッ‼︎」

 

一夏が白式の左腕にあるユニット、雪羅から荷電粒子砲を穿つ––––––。

箒は躱そうとする––––––だが、ソレは動こうとしない。

そして荷電粒子砲は次々とソレに着弾し、連鎖的に爆発が生じ、空気を焼く––––––。

 

「ッ⁉︎ば、バカ!一夏!そんなに撃ったらすぐエネルギー切れに…」

 

鈴が怒鳴る。

だがしかし、一夏は辞めない。

次々と荷電粒子砲の雨をソレに叩きつける。

爆煙がソレを覆い尽くす––––––。

 

「ッ…はぁ…はぁ…ど、どう、だ––––––?」

 

しかし一瞬後、爆煙が晴れる。

––––––そこには、ほぼ無傷のソレがいた。

ソレは不動のまま。

ソレは無言のまま。

ただ織斑たちを威圧するように見上げているだけ。

 

「馬鹿な…あれだけの荷電粒子砲を食らっていながら…」

 

ラウラが絶句する。

 

「だったら、何発でも––––––」

 

織斑がそう言って荷電粒子砲を穿つ––––––だが、直後。

鮮血色のG型装甲に紫電が走ったかと思うと、G型装甲が鮮血色から江戸紫色に変色して行く––––––。

特に、右腕と同化した兵装・【叢雲(むらくも)】と背部の突起群、そして尻尾型機構がより一層、眩い、妖しくも美しい光を纏う。

それはまるでこの世のモノでは無いような––––––そんな美しさを感じさせてしまう程に。

 

「…千尋、私もいるんだが。」

 

ふと、声をかけられ、ソレは振り返る。

其処には特殊近接兵装【天羽々斬(あめのはばきり)】を手にし、背部に有線型自立稼働システム【柳星張(りゅうせいちょう)】を搭載し、単一能力の影響で瞳を琥珀色に変色させながら紅椿を纏い、ソレを心配そうに見やる箒がいた。

 

「私の所為でお前をそうさせちゃったんだ。…地獄まで付き合うよ。」

 

箒は微笑みながらソレに告げる。

そして、ソレも応えるように口角を吊り上げ、ニヤリと笑う。

 

「なん…で、だよ…?」

 

織斑がそれを見て信じかねるように箒に向けて言い放つ。

 

「なんでお前は俺よりもそんな化け物なんかを選ぶんだよ⁈そんな化け物は殺さなきゃいけないだろ⁉︎」

 

必死に、それでいてまるで子供のように、喚く。

それに対して箒は、醒めた、それでいて冷静で余裕のある雰囲気を纏い、言い放つ。

 

「逆に問おう、何故、友を殺さねばならない?」

 

「決まってるだろ!化け物だからだ‼︎」

 

「…素直に言え。お前はこいつを認めたく無い。自分にとって思い通りにならない邪魔な障害でしか無いから消してしまおう––––––と、そういう事だろう?」

 

「……ッ⁉︎」

 

図星を突かれたのか、織斑は動揺を隠せない顔をする。

それは、鈴とラウラの両名も同じだった。

 

「友すら化け物と分かれば殺そうとする…例えその化け物を誰かが想っていたとしても……そんな貴様を、何故私が選ばなくてはならない?」

 

無情さを孕んだ声音で、箒は織斑に突き放すように告げる。

その瞳には、織斑への嫌悪だけではなく、もうひとつの感情も孕んでいた。

 

「お前…な、何で……?」

 

「貴様に願望があるなら聴いてやっても良かった…だが、何故貴様は他人の意志に耳を傾けない?……まさかとは思うが、世界が貴様の思惑通りに動くとでも思っているのか?」

 

威圧を込めた声音で箒は織斑に言い放つ。

 

「––––––うるさい!お前だって、その化け物を世界中が––––––束さんの軍門に下った奴らが殺そうとしているのは知ってるだろ⁉︎それに巻き込まれて死にたいのかよ⁉︎」

 

織斑が言い放つ。

 

「俺の方に来い!そしたらお前の命は保証してやる‼︎」

 

「––––––そうだな、命は惜しい。だからそれも悪く無い。」

 

「だったら––––––…」

 

織斑は箒を取り込もうと声をかけようとする。

だがしかし、それを遮って。

 

「だが、千尋は殺させない。」

 

その言葉に織斑は目を見開く。

それは、鈴とラウラも同じで––––––。

信じかねるように織斑は箒を見る。

 

「確かにお前の軍門に下り命を保証してもらうのも、悪くは無い––––––だが、お断りだ。」

 

「な、なん、で––––––…」

 

箒は天羽々斬の刀身の切っ先を織斑たちに向ける。

そして、自信と決意に満ちた顔をして。

 

「判らぬか、下郎。そんな物より、私は千尋が欲しいと言ったのだ。」

 

箒は、言い放つ––––––。

それと同時に、紫龍の背部にあった突起群のうちのひとつが変異する。

先の荷電粒子砲の攻撃を立て続けに受けた所為で機体が急激な対応を行おうとしているのだ。

そしてかなり隆起した突起の2つが、まるで骨肉と機械を混ぜたような、異形の翼に変異する––––––。

 

「つ…翼が…生えた?」

 

鈴が漏らすように呟く。

ラウラも信じ難いように驚愕していた。

しかし、織斑は箒を見たまま、言う。

 

「お前も…お前も、俺を否定するのか…⁈」

 

そう言うなり、単一能力である零落白夜を展開する。

狙いは明白。千尋––––––否、【呉爾羅(ゴジラ)】だ。

箒は天羽々斬を構える。

しかし相手は織斑ではない。

先程、呉爾羅が寄越した瞳は織斑と戦う意志を示していた。

なら、箒がやるべきことはただひとつ。

織斑に追随しながら、こちらに接近する2人––––––鈴とラウラ両名の相手––––––。

 

「貴様らの相手は、私がさせてもらう‼︎」

 

天羽々斬を両手で構え、柳星張を展開した箒は、2人に斬りかかる–––––––。

 

「お前さえ居なければ…!否定されるべきはお前の方なのに…‼︎この、バケモノぉぉぉぉぉぉおぉおおッ‼︎」

 

織斑は雄叫びを上げながら零落白夜を展開した雪片弍型を振り下ろす––––––。

 

「グオォオォォォオォオオォオ‼︎」

 

そして呉爾羅は地獄の底から響いて来るような咆哮を上げながら、右腕と同化し、臨界突破状態のG型装甲で発光する叢雲を振り上げ––––––。

両者の刃がぶつかり、凄まじい衝撃波とエネルギーの奔流を生む––––––。

 

 

––––––何故こうなったのか、それは少しばかり(数ヶ月程)遡る。

 

これは虚構《ゴジラ》から産み落とされた少年と、史実とは違う分岐を辿りながらも、かの世界の因果が流れ込んだIS世界の物語––––––。

 

 

 

 




…今回はここまでです。
いやぁ、薄っぺらい。凄く薄っぺらい…。
こんな駄文ですが、コメの数によってはゴジラISと平行して書いていこうと思います。





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EP-01 始まりは伽藍堂

今回から本編です!時系列にはクラス別トーナメント直前あたり。





現在・2021年4月中旬

 

千葉県館山市相模灘沖合。

IS学園・食堂

 

「…ふぅ…。」

 

麗しいとさえ思わされる黒い髪を若草色のリボンを用いて後ろでくくった髪を持つ、 ” 大和撫子 ” という表現するにふさわしい凛とした雰囲気を持つ少女––––––【篠ノ之箒】はそこの一角に座り、溜息を吐いていた。

 

「元気無いわね〜箒。」

 

ふと、妙に爽やかで透かした、それでいて何処か気品さを持つ声音が箒の鼓膜を刺激する––––––と、同時に。

 

「冷たっ⁉︎」

 

冷んやりとした、冷めたいモノが頬を触れる感覚が脳を刺激して思わず箒は反射的に顔を顰めて声を上げてしまう。

一瞬後、コトリ、とその冷えたモノが自分の手前に置かれる。

緑茶のペットボトルだった。

思わず、ばっ、と振り返る。

 

「やっほ〜。」

 

そこには楽しそうな笑みを浮かべながら手をひらひらと振る少女––––––【四十院神楽】がいた。

 

「か、神楽か…驚かすな。心臓が止まるかと思ったぞ。」

 

「あはは、ごめんごめん。でもそれくらいでショック死する程か弱いハートの持ち主じゃないでしょう、貴女。」

 

箒は抗議するが、神楽はやはり楽しそうに、しかし気品を纏った声音で返す。

 

「…で?牙を抜かれた狼みたいに溜息ついてる原因は…アレかしら?」

 

神楽は顎をしゃくりながら言う。

その先にいたのは。

 

「一夏!今日はアタシが酢豚作ってやったんだから食べてよね‼︎」

 

そう叫んだのは1年2組のクラス代表にして中国国家代表候補生の凰鈴音。

 

「何言ってらっしゃるんですか鈴さん!今日はわたくしと一緒にお食事をする約束で––––––」

 

そして鈴に対抗するように声を上げたのはイギリス代表候補生のセシリア・オルコット。

 

「ああもう分かったよ!二人共一緒に食べようぜ‼︎」

 

そして二人が取り合いしているのが女性に動かせないはずの世界最強の兵器、ISを世界で唯一動かした男性、織斑一夏。

 

「「きゃー!織斑くん優しい〜‼︎」」

 

二人としては不本意だが、周りにそう言われては一緒に食べるしか無い。

だから、不本意ではあるが、一緒に座って朝食を食べ始める。

 

「いやはや、幼馴染で転校してしまってからたも織斑くんに憧れて、織斑くんの為に頑張って来たのに中学の時に既に2人目の彼女を作ってて、さらにはタッグトーナメント後に3人目を作っちゃうし、挙句、貴女が憧れて純愛の想いを向けていた織斑くんは貴女を放ったらかしであの2人とつるんでたらそりゃ……貴女も別れたくなるわよね。」

 

神楽は楽しそうに、しかし何処か織斑を醒めて見下すような視線で見て、箒に同情するような声音で言う。

そう、箒は小学校時代から恋慕を向けていた織斑一夏に出会う為にIS学園に入学すべく努力してたった1ヶ月で地方の公立高校を狙うレベルから国公立の高校を狙えるレベルにまで達するほど努力を積み重ねて来た。

そして学園に入ってから、クラス代表を決めるクラス代表決定戦までの間に精一杯、自分にできるなりの事を一夏に向けて、訓練に付き合い、必死で応援したのだ。

だが、タッグトーナメントが終われば刃を交えたセシリアと恋愛関係になり、さらに転校して来た鈴とは中学時代から交際関係があると分かり、自分は一気に蚊帳の外に放り出されてしまった。

––––––何の為にココに来たのか、もう分からなくなる。これ以上一夏を想って何になるのか。

その感情は、箒が一夏に対して別れさせるキッカケとなった。

––––––一夏に別れを申し上げた時の会話が脳内で再生される。

 

『…すまない、勝手だが別れてくれ。一夏。もう私はお前に好意は向けないから…これからは只の幼馴染、只の友人として、よろしく頼む。』

 

『え?最初からそういう関係だろ?俺たち。』

 

––––––最後の、その言葉は箒の胸を貫いた。

一夏は箒を恋人的には見ておらず、只の友人として、只の幼馴染としか、見ていなかった。

それは、箒に一夏との決別をより確固たるものにさせた。

––––––そして、今に至る。

 

「…ま、直ぐにとは言わないけど、新しい恋でも見つけたら如何かしら?」

 

「なっ…⁈」

 

神楽が急にそういうものだから箒は思わず顔を赤らめてしまう。

 

「い、いや…さ、流石に早過ぎだろう…!そ、それに私は……‼︎」

 

「顔赤くしちゃって可愛いわねぇ……ま、早めに見つけた方が良いわよ?この御時世、理想的な男性なんてなかなかいないし…なんなら、良いお方を紹介しようかしら?」

 

神楽は、「良い人」ではなく、「お方」と言った。

神楽がそんな風に呼ぶ男性と言えば––––––一人しかいない。

 

「ちょうど、【宮内庁】勤務の私の母が侍女を勤めさせて頂いている、皇太子殿下とか––––––」

 

「な、ななななな、何を言っているんだお前は⁈」

 

(やはり、とんでも無い人を出して来た––––––。)

 

箒は内心毒付く。

 

「あ、あのだな、私みたいな庶民がそんな…天皇家の方となんてそんな滅相も無いこと……‼︎」

 

酷く焦燥を孕んだ声音で混乱した思考で箒は神楽に返す。

 

「あら、皇族のお方と庶民が婚約したという事例は過去にあるわよ?……ま、流石にこれは冗談が過ぎたけど。とにかく、箒が気になる人とか見つけて、縁を結んでみたら?」

 

「気になる人……か。」

 

ふと、箒の脳裏に浮かぶ。

関東大水害で死にかけた時に、自分を救ってくれた人。

彼に、興味を抱かなかった事は無かった。

むしろ会いたいと思っていた。

あの時の礼を返せていないから。

確かに興味を抱いたし、また会いたい。だが、恋慕を抱く程では––––––。

 

箒が思考の海に浸っていると、神楽はふと思い出したように呟いた。

 

「そーだ。今度、新しく転校してくる子が居るんだって。」

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

神奈川県足柄下郡旧箱根町

新東京箱根市・仙石原区

 

白騎士事件後の大戦で壊滅ないし荒廃した日本で「地方自治体再編計画」および「政府機関分散配置計画」に基づき統合された神奈川県旧箱根町、旧小田原市、旧南足柄市、旧湯河原町、静岡県旧御殿場市から成る新興自治体。

そこにある、新築だが廃墟にしか見えないような昭和の雰囲気を持つマンション…というか、雑居ビル。

辺りとは周りとは違う異質な空気が防衛本能や危機回避本能を刺激して人を寄せ付けない12階建の建築物––––––コンフォート箱根ビル。

––––––そこに、【伽藍の堂(がらんのどう)】という名の事務所は有った。

 

ここに住む少年は朝やるべき自分の日課を熟す。

まずはビルの中の居住スペースと事務スペースを箒で埃やゴミを掃いて袋に詰めてこの地区で決められたゴミ捨場に持って行って捨てる。

次に窓を開けて中の空気と外の空気を入れ換える。

それらのノルマが終われば居住スペースのキッチンへ。

そこには夕飯の残りがテーブルの上にあり、それを電子レンジにかける。

電気や水道、ガスは、ちゃんとこの伽藍の堂の主が区役所や電気・水道会社に申請して流して貰っているから困ることはない。

廃墟みたいなビルでも人は住んでるし事務所を設けてるしちゃんと所有権もあるから問題ない。

むしろ、昔あった内神田の廃ビルと比べれば、幾分かマシである。

––––––しかし、このビル所有者にして伽藍の堂社長の彼女だが、普段は昨日から作業部屋に篭ったまま。

少し気になるから少年は彼女が篭っている作業部屋に向かう。

––––––作業部屋は地下にある。

高圧ナトリウムランプの放つ暖色の光が照らす地下は薄気味悪く、本当に幽霊か何かが出そうな雰囲気を醸し出していた。

だがしかし、6年前から住んでいる少年にはもう慣れた事だ。

迷いもなく平然と地下にアクセスする為の階段を降りて、地下1階の廊下の先にある作業部屋の前まで行く。

そして作業部屋の扉に手をかける。

作業部屋は厚さ30センチもの金属製の気密扉で出来ており、かなり重い。

おまけに少年の腕はお世辞にもしっかりしているようには見えない平均以下の貧弱っぷりであるから中々開いてくれない。

いや、確かに重い金属の唸る音を上げながら開いてくれてはいるのだ。

力を込めて引っ張るたびに3センチ程。

 

(––––––もうちょっと…。)

 

が、しかし。

 

「ふぎゅ‼︎」

 

急に扉の向こう側から力が加わりそのまま少年は扉に叩き付けられる。

ゴォォオォン…という、まるで除夜の鐘が打ち鳴らされた時のような音が地下の廊下に響く。

 

「…あれ、なんだ千尋?」

 

ふと、開け放たれた扉の向こうから世界最強のパワードスーツ《インフィニット・ストラトス》のひとつである日本の純国産第2世代IS【17式打鉄】を部分展開した傷んだ赤色…いや、少し茶色に濁った赤い長髪を後ろでくくった女性––––––【蒼崎橙子】が顔を覗かせる。

先程一気に千尋の方にドアが開いたのは女性が部分展開した打鉄でドアの取っ手を開け放ったからだった。

 

「…橙子、痛い。」

 

それに黒色に何処か赤黒い毛が混じった髪に火傷のような痣を持つ少年––––––【黒坂千尋】が ” 顔をしかめず笑みを孕んだ顔で ” 言う。

 

「悪かった…というかその顔で言うのやめろ。怖いから。」

 

「そうかな?こんなにも…えーと、フレンドリー?な顔なのに。」

 

「お前の場合は ” 何を考えてるか分からない ” から不気味で怖いんだよ…。」

 

何やら作業台の上に置かれたISを弄りながら、呆れるように橙子は言う。

千尋は常日頃からニヤニヤした顔をしている。

その癖心の底からは喜んでいない。

瞳はまるで世界を見ているような醒めた目をしていて。

そもそも心すらあるのか疑問だった。

まぁ、有ったとしても、多分それは––––––。

 

「伽藍堂(がらんどう)ってヤツ?」

 

「ああ。」

 

伽藍堂––––––「からっぽ」、「空虚」などの意味を持つ言葉。

千尋の中身はまさにそれだった。

––––––良く言えば生存本能に忠実。

––––––悪く言えばただ生きてるだけ。

へらへらと笑うのは、「笑うことは人生を効率化する。」と聞いて少し興味があったから。

 

「だが、お前は幸せ者だな。」

 

ふと、橙子はからかうように、笑いながら言う。

 

「……伽藍堂なのに?変なの。」

 

思わず千尋は疑問符を浮かべるかのように首を傾げて言う。

それを見て橙子はさらに笑いながら続ける。

 

「伽藍堂、だからだよ。…伽藍堂…からっぽって事は、そこに詰め込めば色々なものが芽生える事になる。そしてそれは、あらかじめ性格が決まってしまった人間と違い、無限の方向に変異するものだ。良くも悪くも––––––。だから伽藍堂であるお前は普通の子供みたいにもなれるならイエス・キリストみたいなお偉いさんにもなれるしスターリンみたいなクソ野郎にもなれる––––––そういうもんだよ。」

 

「…橙子の話は難しくてよく分からない。」

 

「ははは…まぁ、分からなくてもいいさ。いつか分かるから。…だが、お前は空虚だからいいのかも知れんがな。」

 

橙子が言う––––––が、ふと、手を止める。

 

「そういや千尋、お前何の用で此処に来たんだ?」

 

「…朝御飯。レンジでチンして来たから持って来た。」

 

そう言って、先ほどレンジにかけていた1人前の朝食の乗った皿を橙子の前に差し出す。

 

「ああ、もう朝か。ありがとう。…って、お前は食べないのか?」

 

皿の上に乗っているのは1人前。

千尋の分が無く、橙子の分しか無い。

だがやはり、千尋はニヤニヤした顔をしたまま口を開く。

 

「水と空気があれば充分だから、コーヒーだけもらうね。」

 

「さすが…、霞を食ってる奴は違うな。」

 

千尋のそのデタラメっぷりに呆れ、朝食を口に頬張りながら橙子は再び作業台のISを弄る。

––––––そのISは橙子が先程部分展開した打鉄がベースの機体だった。

しかし機体のボディは黒を基調とし、関節やセンサー部は鮮血色に彩られた全身装甲型。

武装も近接長刀もあるものの、固定主武装として手のクロー機構を備えており、さらに尻尾を連想させる形のワイヤー機構が腰部から生えており、頭部ユニットは何処か東洋の龍に見えなくも無い姿をしている。

 

「…さて、千尋。これが防衛省傘下にある防衛共同組合のIS研究機関、アンノ技研がお前に試験を要請して渡してきた機体––––––試製20式【紫龍(しりゅう)】だ。」

 

「ふ〜ん、そう。」

 

「……いや、こう…もっと他に反応はないのか?」

 

「別に?俺がこの体になるまでに脱ぎ捨てた皮とか肉片を使っただけでしょ?だったら、そんなに気にすることないじゃない。自分の体は自分がよく知ってるし。」

 

コーヒーカップにいれたホットを飲みながら、やはり笑みを孕んだ顔で言う。

相変わらず、何を考えているか腹の中が見えない。

そんな感情を孕んだ中で、千尋は口を開く。

 

「…––––––『私は好きにした。君らも好きにしろ。』」

 

「ん?」

 

橙子は千尋の放ったその意味深な言葉に対して、怪訝な顔をする。

 

「…ある人が言ってた言葉。俺は、それに従って『好きにしている』。【紫龍】に然程興味を示さなかったのも、『好きにした』から。」

 

やはり、千尋は笑みを孕んだ顔のまま、言った。

 

 

 

 




今回はここまでです。
…シン・ゴジラのネタバレに触れないようにしているけど、千尋の元がアレだからどうしてもシン・ゴジラの中身に触れちゃうなぁ…。

さて、箒はすでに一夏と別れちゃってます。
…正味、箒が絡んでもらえたのってタッグトーナメント以降は福音事件までないし…その間に次から次へと彼女を作っていったら、普通は離れるモンだと思うんですよね…。

そして空の境界でお馴染みの橙子さん登場(平行世界の別人です。)。
ただしこちらではアンノ技研所属の技術者です。

シン千尋はゴジラISのミレ千尋とは違うと、多分伝わったとは思うんですが…どうでしょうか?
そしてシン千尋は伽藍堂=「からっぽ」。これは彼という存在を構成するキーワードになります。

あと紫龍ですが、装甲が黒色で関節が鮮血色の3式機龍とIS打鉄を足したようなモンです。外見は。

次回も不定期ですがよろしくお願い致します。





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シンIS設定_Ⅰ(登場人物・設定)

投稿が遅れて申し訳ありません。

今回は取り敢えず登場人物と設定の解説回です。


《登場人物》

 

⚫︎黒坂千尋

今回の主人公。

身長160センチメートル。

普段からヘラヘラと笑みを浮かべているために何を考えているか分からない。

基本的には純粋で良い奴、なのだが純粋過ぎるために様々な影響を受けて様々な方向に進んでしまうため、良くも悪くも可能性の獣。

普段から勤めているのは「笑う練習」とのことだが、それは心の底から笑った事がない為に、そうした際にどんなモノを感じるのかという好奇心や追求心から来ている。

思った事をすぐカタチや言葉にするため、少し空気の読めないところがあったり他人を困らせたりすることがある。

橙子によって一般教養と常識は叩き込まれており、本人もそれを受け入れているがそれは人間社会で生きていく術であると認知し、生存本能がそれを必要と判断した結果。

好物は特になく、本人曰く『水かそのアレンジ(コーヒーや緑茶など)と空気で充分。』なのだが、体がよく冷えるからという理由で夏野菜が好きらしい。

しかしストロー付きジュースは『トラウマがあるからダメ』らしい。

他にも何故か歯医者や電車にもトラウマがあるらしく、転入日当日のIS学園へのアクセスも橙子の愛車であるアストンマーティンによる送迎。

ISの適正ランクは彼の帰属先であるアンノ技研が情報開示を拒んだために不明。

好きな事は泳ぐこと。

これは千尋の起源となったものがかつて深海凄生物だった名残りと思われる。

ゴジラIS世界の篠ノ之千尋と似ている部分があるがかなり差異がある。

その理由としては、篠ノ之千尋の起源が《ミレニアムゴジラ》の破片であり、尚且つ人間の体を介して生まれた存在であるに対し、黒坂千尋の起源は【■■・■■■(■■■■)】そのものだからであるとされる。

しかし腐っても互いの起源のさらに根源にあるものは同じだからか、因果が流れ込む事がしばしばある。

 

⚫︎篠ノ之箒

今作のヒロイン。

身長162センチメートル。

原作の暴力ヒロイン属性を抑えながらもツンデレを保った性格。

ぶっちゃけこっちの方が主人公っぽくなる可能性が微レ存。

過去に関東大水害に被災し、死線を彷徨った上に他人の死を目の当たりにした経験がある為にそれが自らが他人に手を下すストッパーになっているので原作程暴力的ではない。(やったとしても軽くチョップするかポカポカするくらいである。)

上記の時に千尋に救われた為に千尋に対して人以上の感情を持っているがそれはまだ『恩義』止まりであり、『恋慕』に発展するほどのものではない。(もちろん、今後の展開次第で発展する可能性はある。)

好きなものは唐揚げと卵ほうれん草サンド。

嫌いなものはゴキブリとシロアリ、そして篠ノ之束と両親。

というのも、上記にあった最後のふたつを嫌いになった理由はちゃんとあるが、それは本編にて触れる予定。

最近の悩みは『自分に似た誰かが荒廃した世界で【異形の鳥】を纏ってバケモノと殺し合う』という夢を見るという事。

 

⚫︎蒼崎橙子

空の境界に存在する蒼崎橙子とは異世界の別人。

しかし専門としていることや性格は似たり寄ったりである。

こちらでは防衛省・防衛共同組合に属するアンノ技研所属の『IS技師』を務めており、千尋の専用ISである【荒魏】の調整や対ISドローンの研究・開発を行っている。

その他にも医療・ビジネス・建築・カウンセラー・IT関連の他20以上の資格を保持しており、さらにその先々の相手といくつも太いパイプを持っている。

しかしこれらは『やりたいわけではなく社会で優位に立つ為に必要と感じたから取っただけ』とのこと。

公的な場では優秀な面が強調されるが私的な場では1800万円もするイギリス製の外車であるアストンマーティンや1000ccバイク(スズキの隼)を乗り回すスピード狂、1日一箱のペースでタバコを消費するヘビースモーカー、飲んべえ…と、イロモノ的な面々が浮き彫りになる。

彼女の職業上、戦闘向きではないのもあるが、『個人が最強である必要は無く、個人が最強を従えればいい。』という考えから、対ISドローン【ジガバチ】や【ケラマジカ】を用いた戦闘を行う。

また、彼女の学生時代の事情から彼女を『痛んだ赤色』と呼ぶと例外なくブチ殺される。

…正確には、彼女の身内なら一生のトラウマになるような出来事を刻み込まれるで留まり、敵に分類される人間なら惨殺される。

 

⚫︎四十院神楽

原作ISのサブキャラクターの1人。

宮内庁勤務の母とアンノ技研勤務の父を持つ、いわゆるお嬢様。

戦闘能力はさして高くは無いが、日常の象徴とも言えるキャラクター。

最近興味があるのは恋愛。

思春期に突入する前から恋愛自体は気になっていたのだが本気で恋をした事がない為にそれができる相手を求めているという表現の方が相応しい。

 

⚫︎篠ノ之束

本作におけるラスボスポジション。

しかしタグに束アンチと綺麗な束が同時に存在していることから察しの良い方は気付くかもしれないが、原作遵守・アンチ含めて『よくある設定の束』ではない(……と、思う。)

 

⚫︎織斑一夏

原作主人公。

今回の世界線では『自分がモテることを自覚した』一夏。

まぁ、タグからどうなるかはお察し…。

 

⚫︎凰鈴音

中国国家代表候補生。一夏サイドヒロイン。

今回はゴジラISのように悲惨な過去に遭う前に中国共産党の有力者に匿われた為に病んではおらず、むしろ原作に近い。

中国などの共産圏の現実を知ってしまったため、少し現実主義的な性格だが、ゴジラISの鈴同様にこちらの鈴も一夏を心底好きである事に変わりは無い。

 

⚫︎セシリア・オルコット

イギリス代表候補生。一夏サイドのヒロイン。

原作通りチョロインでクラス代表決定戦で一夏にアッサリ陥落したが、一夏が自分を心の底からは見ていない事に気付き始めた最近は一夏に対しての想いは興醒めしつつある。

 

⚫︎西河千尋

黒坂千尋の夢を介して断片的に語られることになる、ゴジラIS世界の存在。

時系列的には2021年以降、すなわち世界崩壊後である2026年ごろの千尋である。

 

⚫︎東雲箒(ゴジラIS)

篠ノ之千尋と同じく、箒の夢を介して断片的に語られる存在であり、2026年ごろの箒。

 

 

《設定》

 

⚫︎関東大水害

2015年に(ゴジラIS世界の束の異界干渉の余波による影響で)発生した度重なる豪雨が関東を襲った事によって河川が氾濫し、溢れた濁流によって都内が浸水、2万人もの人間が犠牲になった事件。

箒と千尋もこれに巻き込まれている。

 

⚫︎アンノ技研

千尋や橙子、アイリが帰属する、正式名称:【日本国防衛省隷下防衛共同組合所属アンノ技術研究所】。

倉持技研と情報交換をしたりして国産ISの研究開発をしている他、対IS制圧ドローンを開発し男性雇用先としてそれのオペレーター業も行っている。

一見普通のIS研究機関に見えるがプロローグにてアンノ技研が手掛けたIS・荒魏がG型装甲を有していたり、第1話で千尋が言っていた「脱ぎ捨てたモノを使った」というセリフから、普通のIS研究機関ではなくG関連に手を出していると考えられる。

 

⚫︎対IS制圧ドローン

アンノ技研やアメリカのグラナン・ボーニング社が手掛けている新兵器。

犯罪利用されたISの制圧が目的であり既存兵器とのデータリンクや弾薬共有、連帯も視野に入れて開発されている。

現在までに橙子の開発した【ジガバチ】、【ケラマジカ】の他にアメリカ製の【ハーディマン】、【オートマトン】が存在する。

 

⚫︎平行世界/2026年の未来

千尋と箒が見る夢の中で広がっている世界(ゴジラIS)のこと。

あまり多くを語ることは出来ないが、少なくとも人類が地球すべてを支配する時代は終わっている。

 

 

 

 

 




今回の解説はこんな感じです。

まだ書き始めて詳しい設定を書こうにも書くべき存在の登場がまだなので内容はスッカスカですがご了承下さい。

次回も不定期ですがよろしくお願い致します。




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EP-02 邂逅の二人

今回も短いです、ゴジラISに比べて内容も薄っぺらいです。すみません。




2015年8月13日

東京・千代田区

内神田1丁目・伽藍の堂

 

––––––そいつに出会ったのは、関東大水害の一か月くらい前だ。

世間では盆を迎えるにあたり、仏教徒の間では先祖を死後の世界から現世にある自分達の家に迎え入れる【迎え火】を焚く日。

時間は深夜。

その晩は雨が降り茂り、辺りは暗く、アスファルトに雨粒が叩きつけられる雨音以外聴こえない闇夜に閉ざされた夜だった。

橙子がふと外を見た時に、それはいた。

入り口のところで薄汚く汚れた黄色いレインコートを羽織って、こちらを見上げている少年らしい人影が。

 

(こんな時間に子供がいるなんて珍しい。)

 

普段ならば気にもかけないが、何故か少年らしい人影に違和感を覚えた橙子は入り口のところまで降りて行って入れようとした。

その違和感が何かは分からなかったが仮にも子供だ、あのまま放置しては風邪をひいてしまう。

––––––とりあえず匿おう、そう思ったのだ。

 

「––––––⁉︎」

 

だが、入り口の玄関にまで来てガラス戸の前まで迫った時、橙子は少年らしい人影に感じた違和感を察した。

––––––黒い。

少年らしい人影の肌が異様に黒いのだ。

アフリカ系人種のような肌の黒さではなく、それは火傷で爛れ落ちたケロイドと言うにふさわしい有様だ。

それだけでなく、手足の形は明らかに人のそれではなく、まるで爬虫類のものに近い。

なにより、顔は––––––目がギョロリと覗き、歪な程に歯並びの悪い口が口角を吊り上げて、不気味に嗤っていた。

––––––常人ならば絶叫して逃げ去る程の、この世のものとは思えない、人ではない、俗に言うバケモノ。

少年らしい人影の正体はソレだった。

しかし、逆に橙子はそのバケモノに好奇心を刺激されて興味が湧いた。

なんせ、今自分の前に見た事もない生き物がいるのだ。

しかもレインコートを羽織っているあたり、多少の知能がある。

どういう生き物なのか。

主食は何か。

排便はどうするのか。

言葉は通じるのか。

知能はどれだけあるのか。

そして何より、可愛い。

自分達のような俗物まみれの人間より、圧倒的に可愛い。

––––––知りたい。

橙子はそう思い、ガラス戸を開け放ち、そのヒトガタのバケモノを招き入れた。

それが後の黒坂千尋になるバケモノとの、ファーストコンタクトだった。

 

 

■■■■■■

 

2021年・4月中旬

IS学園・第2シャフト・地下駐車場

 

イギリス製の外車であるアストンマーティンが1台停めてあり、それの持ち主は隣に停車している陸上自衛隊の73式特大型トラックの車体にもたれかかりながらタブレット端末を操作して、搬入した積荷の状況を確認していた。

 

「––––––久しぶりだな、蒼崎。」

 

ふと、地下駐車場に入ってきた黒スーツを着込んだ、凛とした雰囲気の女がアストンマーティンの持ち主––––––蒼崎橙子に話しかける。

 

「千冬か、お互い久しいね。」

 

橙子は久しぶりに再会した友人––––––世界最強のIS乗りである織斑千冬に対して喜ぶように––––––しかし、何処と無く警戒するような声音で応える。

 

「学生時代以来に会うから、再会を喜び合いたいところだが––––––単刀直入に聴くぞ。––––––なぜ、アンノ技研は新型ISとそのパイロット、そして学園に持ち込んだ対ISドローンについて、情報を開示しない?」

 

威圧を込めた、問い掛け。

学園を管理する立場である以上、学園に訳のわからないモノを持ち込ませるわけにもいかないが故の反応。

 

「簡単な話だ。お前のところのお上が認めたくないような内容ばかりだからだよ。」

 

それを橙子は軽くいなすように返す。

千冬のところのお上––––––すなわちIS委員会が認めたくないような内容だという代物。

そんなモノの情報を開示すれば学園は新型ISも、パイロットも、対ISドローンも受け入れないだろう。

だから、最初から凡人としてパイロットと専用IS送り込んで、そのドサクサに紛れてドローンや他のモノを送り込む––––––アンノ技研が取った方法はそれだった。

 

「それは違反行為だぞ。」

 

千冬は今にも斬りかからんというような声音で橙子に言い放つ。

だが橙子は口角を吊り上げてニヒルな笑みを浮かべながら、返し放った。

 

「––––––ほう、過去数回に渡って違法行為を黙認したIS学園がそれを言うかい?」

 

「…え?」

 

千冬は思わず目を見開く。

今、彼女は、橙子はなんと言った?

過去数回、違法行為を黙認した?

 

「…なんだ、知らなかったのか……なるほど、お前にその情報は知らされてないわけか…。」

 

千冬の反応を見て、橙子は考え込む。

だが、それを切り上げると手元の少し大きい紅色トランクケースを開けて、紙媒体の資料を取り出す。

 

「––––––取り敢えず、対ISドローンの大まかなリストだ。大した内容は書いてないが、大体第2世代ISくらいの技術を使っているから第3世代機の制圧は無理だ…とだけ伝えておく。」

 

紙媒体に記された情報––––––対ISドローンの大まかなな情報を口にしながらその資料を千冬に手渡す。

––––––しかし橙子の告げた言葉が真実とは、限らない。

 

「…ところで、千尋はどうだった?」

 

ふと、橙子は話題を変える。

 

「…私は普通に迎え入れたが…やはり女子たちからは侮蔑の対象にされてしまっている…。」

 

千冬は沈んだ声音で言う。

それを聴いて橙子は予想していたような顔をする。

まぁ、女性にしか扱えない兵器であり世界最強の兵器であるISが普及して以来、女尊男卑の社会であればそれは当たり前の状況だった。

––––––特に、日本における女尊男卑の温床たるIS学園では尚更だった。

 

 

 

 

■■■■■■

 

4月中旬・IS学園

黒坂千尋、IS学園に入学から15分経過––––––。

 

「アレが噂の男子?」

「なんかさぁ…フツメンだね。」

「やっぱり織斑くんの方が良いよね‼︎」

「だよね〜!新しくきた男は無いわ〜。」

「激しく同意!やっぱり男はイケメンに限るよね〜‼︎」

「うんうん、それ以外はハッキリ言ってゴミだしぃ。」

 

転校直後に言われたのはそういった、気持ち悪い言葉の群れ。

今でも廊下を歩く千尋を遠目に、学園の女子たちが口々にしている。

 

(…ふーん、やっぱりフツメンは嫌われるのかぁ…………変なの。)

 

千尋は内心呟く。

橙子からIS学園の大体の事情は聞かされていたから、まぁ察しはついていたが…これは流石に––––––

 

「気持ち、悪いかな。」

 

千尋は思わず口に出して呟いてしまう。

 

普通に考えれば彼女らは酷く気持ち悪い。

少なくとも、『彼』の記憶から得た人間の知識を基に育った千尋から見れば、この学園は––––––キモチワルイ。

それは別の者からすれば千尋の感想は誹謗中傷かも知れない。

だがそう思っているのは、実は千尋だけではないのだ。

女尊男卑主義者は胡散臭い、カルトの宗教団体みたいで気持ち悪い––––––それは、何気無い普通の人間の反応。

だが女尊男卑主義者からすれば普通の人間のその反応は不快の塊でしかなく、自分達を正当化するための抗議や罵詈雑言の対象となる。

それに、普通の人間はさらに言葉に出来ない異物を見るような反応を ” 自然に ” とってしまう。そして同時に理解に達する。

––––––彼女らは、自分達と思考が根本的に違うんだ、と。

 

(こんなトコに3年もいなきゃダメなのかぁ…。)

 

内心呟きながら、早くも体に凝りが溜まる。

ストレスが溜まってきているのだろうか。

こんな所に居続けたら、洗脳されてしまいそうになる。

だが千尋からすればそれは彼女らが『好きにした』結果なんだろう。だから千尋も『好きにする』事で、素直に彼女らを気持ち悪いと反応する。

 

「––––––【こっちの世界】は……気持ち悪いね………………牧。」

 

ふと、そこに居ない誰かであり千尋の起源に存在している『彼』に対して、千尋はポツリと呟く。

その時、後ろの廊下からパタパタと走ってくる音が聞こえて来て、後ろからふと伸びた手が千尋の肩を掴む。

反射的に千尋はその手の主を見る。

––––––黒髪を後ろでくくった、見覚えのある少女だった。

 

「なに?」

 

「あ…えと、その…」

 

千尋は少し興味を沸かされて、その少女を面と向かって見ながら問いかける。

だが少女の方は覚悟が定まっていなかったのか少し挙動不審といえるほどに吃ってしまう。

 

「…ッ、す、すまんが屋上に…つ、ついて来てくれ。」

 

少女は千尋の手を握るなり、屋上の方に引っ張っていく。

手は緊張しているのか汗が溢れており時折震えている。

今は引っ張られている千尋には少女の後頭部しか見えないからどんな表情をしているか分からないが長く揺れている黒髪から覗く耳たぶが赤くなっているあたり、どうやら酷く緊張しているか羞恥心に満ちた顔をしているらしい。

––––––それが何処か、千尋には可愛らしく思えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

IS学園・屋上

 

芝生が張られ、学園と学園を取り囲む東京湾への入り口––––––浦賀水道を一瞥できる、リラックスにうってつけであろう場所。

 

「あ、あの、その……」

 

屋上に連れてこられたものの連れてきた当の本人である少女は羞恥心のあまりに顔を赤らめ視点が定まらず酷くどもってしまっている。

 

「––––––取り敢えず、名前教えてくれない?俺はまだ君の名前を知らないし。」

 

千尋は声をかける。

この状況では名前を知らなければ会話が切り開けない、そう判断したから。

 

「はっ、あ、そ、そうだな。うん。」

 

––––––やはり、羞恥心の所為か顔を赤らめて酷くどもったまま、視線を逸らしながら言う。

 

(女の子ってこんなに恥ずかしがり屋な生き物だっけ…?)

 

普段、橙子のような変わり過ぎている変人や女尊男卑主義の人間しか見ていない千尋は内心疑問に思う。

––––––少女は、声を上げる機会を窺うが中々その機会が見出せず、視線が宙を彷徨う。

そんな少女に対して、千尋は近付く。

 

「え?ちょっ…⁈」

 

驚いている様子の少女を無視して、さらに近付く。

そして、優しく少女の側頭部に触れて、自らの額で少女の額にコツン、と接する。

千尋の虚無感と純粋さを満たした瞳から放たれる視線は少女の瞳にある瞳孔を捕らえて––––––何処と無く笑っているように見える口を開く。

 

「––––––話をする時は相手の眼を、ちゃんと見て。」

 

何てことはない、普通に言い放った言葉。

しかしそれは何処と無く命令に聴こえるような、お願いに聴こえるような、注意に聴こえるような、安心させる為の気遣いに聴こえるような––––––そんな言葉。

それを放つと千尋は少女から一歩離れる。

けれど視線は離さない。

 

「まずは深呼吸して。そしたら落ち着くから。」

 

「あ、うん––––––」

 

未だに千尋の行動に驚いたままの少女は深呼吸をする––––––2、3回ほどしてからだろうか先程にような緊張は消え失せた。

そして、少女は先程のように揺れていたものとは違う、凛とした芯の在る強い姿勢で告げる。

 

「––––––箒。…篠ノ之、箒だ。」

 

「へぇ…それが君の名前なんだ。…何だか可愛らしいね。」

 

相変わらず、何処と無く笑っているような––––––いや、今は無邪気さを孕んだ笑みを浮かべている顔で言う。

 

「俺の名前は黒坂千尋…って、HRで聞いてたから知ってるか。」

 

あはは、と心の底からの放たれたモノではない。しかし楽しそうな笑い声。

その声は箒が会話を切り出し火薬となった。

 

「––––––全く、初対面の女にあんな風に接する男子なぞ初めて見たぞ…。」

 

呆れるような、けれど新鮮さを感じているという声を箒は放つ。

 

「そうかな?相手に言いたい事があるなら、素直に言わなきゃ相手に伝わらないから分からないでしょ?」

 

「それはそうだが…直接的に言えば良いとは限らないぞ。」

 

「ん、そっか。…じゃあ、今度は…オブラート?…に包んで言おうか?」

 

「そうしてくれ。その方が、相手を逆撫でしたり困らせたりすることもないから。」

 

「ん。……そういえば何か用があったんじゃないの?」

 

千尋は本題に入る。

 

「あ、そうだったな……えーと…」

 

箒は一瞬言い淀む。

だが意を決して口にする。

 

「あの…その、御礼が言いたくて……。」

 

「御礼?」

 

「そうだ。あの、関東大水害の時に助けてもらった御礼を…。」

 

––––––それで、千尋は箒に感じた見覚えのある理由を察する。

あの時、関東大水害の時に自分が助けた少女だったのだ。箒は。

 

「あの時は助けられた後は言う暇が無かったから……その、今になるが…良いか?」

 

窺うように、箒は問いかける。

当然、千尋は––––––

 

「うん、良いよ。全然。」

 

「そうか。…では、改めてだが…」

 

箒はゴクリ、と喉笛を鳴らして唾を飲み込む。

そして一拍開けて、言葉を放った。

 

「––––––あの時は、救ってくれて…ありがとう。……6年間、ずっと言いたかった。」

 

「ん。どういたしまして。」

 

「……それで、その…厚かましいかも知れないが…」

 

「…?なに?」

 

再び顔を赤らめ始めた箒を見て、千尋は問いかける。

 

「……その、これから、友人になってくれないだろうか?」

 

箒は、口からそう放った。

 

 

 

 




千尋「今回カットや場面転換しすぎじゃない?」

え〜だってオリ主の転入シーンなんて腐るほどあるじゃん。

千尋「そんないい加減だからみんなからクレーム来るんだよ。」

ゔ……反論できない…。

千尋「あと内容のスッカスカもどうにかしたら?ゴジラISにネタ使い過ぎとはいえ、酷いよ。」

……はい。


今回はここまでになります。

邂逅の二人––––––は実は二重の意味があったりします。
千尋と橙子が出逢ったという意味。
千尋と箒が再開したという意味。
それら2つで今回の話を書きました(まぁ文章の短いこと短いこと…)

橙子と■■■■■■(■■■■)の絡みをもっと書きたかったけどシン・ゴジラのネタバレになるからカットしました。
ちなみに『黄色いレインコート』は空の境界:俯瞰風景の式やFateのセイバーが羽織ってた感じのやつです。


それからですが…シンISはゴジラISでボツったネタを入れて行ったりしていきたいと思います。
シンISは当初からゴジラISの補完小説として書くつもりでしたので。


次回も不定期ですが、よろしくお願い致します。




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EP-03 関係

今回はまぁ…そんな進展はないです。
すみません。





IS学園・2027号室

 

イギリス代表候補生であるセシリア・オルコットの個室であるそこには、セシリア以外に織斑一夏がいた。

セシリアは全裸でベッドに寝転がり、周りには魚臭い匂いを放つ白濁液が入ったゴムがいくつも転がっている。

今はいわゆる、 ” 事後 ” という状況にあった。

ふと、気怠さの余韻に浸っていたセシリアが同じく全裸でベッドに座っていた織斑がベッドから立ち上がって服を着始めたのを見て、覚めた気持ちになりながら、聴く。

 

「…もう、戻られますの?」

 

「……。」

 

織斑は沈黙。

すなわち、それは肯定。

 

「––––––教官室?…織斑先生のところでしょう?」

 

「ああ。」

 

やはり、正解。

それを聴いたセシリアの気持ちは、さらに冷めたモノになって行く。

 

「じゃあ俺行くから、事後処理頼むな。」

 

そう言い残して、織斑は部屋から出て行く。

 

「––––––勝手ですわね。少しだけ、この気怠さの余韻に浸からせてくれてもいいのに……。」

 

だがその考えを、すぐに斬り捨てる。

 

「いえ、私のことなんて考えてくれていないのでしょうね………どうして、あんな人に惹かれたのでしょう…。」

 

幼い頃に両親を亡くし、オルコット家の将来という鎖に縛られて日々徒労に追われて、大人の汚い世界を見せられて精神が蝕まれていく世界に幽閉されてしまったセシリアからすれば、クラス代表決定戦の時の織斑は、昔に読んでいた童話に出てくるような白馬の王子様に見えて、眩しくて––––––。

それでセシリアは一目惚れした。

最初こそ、楽しかった。

––––––だが、現実はこうだ。

結局、セシリアがいくら織斑を想っても、織斑はセシリアを真剣には見てなんてくれない。

見てくれるとすれば、肉体関係の面だけ。

ただ気持ちいい事をしたいだけ。

だからセシリアの気持ちは日に日に覚めて行った––––––。

––––––ふと、セシリアの脳裏にある想いが浮かぶ。

 

「––––––私が貴方だけのモノじゃなくなったら…いったいどんな顔をしてくれるのでしょうね……?」

 

––––––悪女のような、それでいて見下すような目をして、口角を吊り上げながら呟いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

IS学園・廊下

 

一夏が歩いていると、ふと携帯が鳴る。

電話を掛けてきた主は、篠ノ之束。

 

「もしもし束さん?」

 

『やぁやぁいっくん!そっちはどう?ハーレムは上手くいってる?束さんは赤道のアストルジオ環礁のラボにいるよ‼︎』

 

通信方法は映像通信。

携帯の向こうからは陽気で無邪気な声にピンクの髪と不思議の国のアリスを連想するワンピースにウサギのカチューシャをした女性––––––【天災】篠ノ之束と青い海にヤシの木が映っていた。

 

「うん、まぁボチボチに。」

 

『それは良かった––––––ところで頼み事なんだけど。』

 

束さんから頼み事とは珍しい––––––ふと、一夏は思った。

 

『箒ちゃんが今日来ただろう何処の馬の骨とも分からないゴミ男とつるんでるみたいだから、そのゴミ男をどうにかして欲しいんだ。何とかしてくれたら箒ちゃんとラブラブなモノをプレゼントするから‼︎』

 

「分かった。」

 

それを聴いた一夏は即答。

 

『じゃあ、期待してるね‼︎』

 

そう言うと束は電話を切る。

 

「それにしても黒坂のことをゴミ男っていうのは酷いよなぁ…。」

 

一夏は苦笑いを浮かべて呟く。

 

(…それにしても、なんとかったって…どうしようか……?)

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

同・2016室

 

そこが千尋と箒の暮らす事になる部屋だった。

ツインベッド、IHクッキングヒーターと水道完備の流し台、冷蔵庫、シャワーと浴槽を備えた風呂場、水洗便所、それらが整っている。しかもそれらの大半が最上級の品質のモノ。

下手な高級ホテルと良い勝負かも知れない。

だが考えてほしい。

千尋と箒は互いに異性である。

そして、教育機関の寮施設に入って住むというのに、異性同士で同室に––––––しかも思春期の男女を住まわすなど、普通に考えてあり得るだろうか?

 

「……ねぇ箒。」

 

「なんだ?」

 

「なんで俺らは同じ部屋なんだろ?」

 

千尋は思わず、その事について口にする。

口調は相変わらず、楽しんでいる様な、傍観しているような––––––そんな口調。

 

「…さぁ……?男子の部屋を確保する余裕が無かったとかじゃないのか…?」

 

箒は少し恥ずかしさがあるのか、たぢたぢしながら言う。

 

「…ふーん。……国公立のエリート校のクセに?」

 

「そ、それとこれとは関係ないだろう…だいいち、ここは元はと言えば女子校だし。」

 

「ああ、それなら納得。」

 

––––––何てことはない、他愛ない会話を交える。

その間の千尋の顔も、やはり何処と無く笑っているようなモノだった。

箒はふと時計を見る。

時刻は16時25分。

普段はISの訓練の為にアリーナかVR訓練機でのIS操縦の訓練か剣道の修練をしているが、今日は乗り気ではない事に加え、千尋がやって来た事で早めに帰って来ていたのだ。

 

「…食堂が開くのは18時からだから……少し部屋でくつろいでいるか。」

 

「ん。そうしよっか。」

 

千尋はそう呟くとベッドの上に腰を下ろして学校で使う予定のモノと思しき肩掛け鞄からふと、色鮮やかな正方形の紙が何枚も積み重なって袋詰めとなっているモノを取り出す。

表面には––––––『楽しい折り紙』と表記されていた。

 

「お、折り紙?」

 

箒はそれを見て思わず呆気に取られたような顔をして、今時折り紙で遊ぶ男女がいるのかと正直に驚いていた。

 

「昔からよく折ってたんだ。」

 

千尋はその中から何枚かを取り出してそれを折り始める。

慣れた、繊細で緻密な指の動きをしてみせる。

––––––この時の顔は先程とは違い本当に楽しんでいるようで、それでいて心の底からは笑っていない顔をしている。

普通なら小学生低学年で飽きるだろう折り紙が、千尋にとってすれば、とても楽しいらしい。

 

「なんか最近の…えーと、デジタルゲーム?とかって面倒くさいでしょ?設定したりとか、ルールだって決まってるし。」

 

「あー…確かに……。」

 

「でも、折り紙は確かに紙の大きさとかの決まりがあるけどじっくり時間をかけて自由に作れるでしょ?だから、コッチの方が俺は好きなんだ。」

 

それを聞いて箒は千尋の性格を若干察する。

多分、千尋はルール……いや、枠に囚われるのが嫌なのだ。

自由気ままに生きて、自由気ままに過ごして、自由気ままにしたい事をする––––––そんなタイプの人間なのだ。

––––––良く言えばマイペース。

––––––悪く言えば自己中心的。

そう、箒は理解する。

––––––ふと、そうこうしている内に千尋はひとつ作り上げてしまう。

 

「はい、彼岸花。」

 

千尋が掌の上に乗せて見せたのは、10センチ角の折り紙を用いて鶴の容量で作り上げた幾何学的なカタチの花。×容量→〇要領

それを見て箒はゴクリ、と息を飲む。

作るのに掛かった時間は5分程度。いやそれ未満かも知れない。

––––––どう見ても、上級者クラスの腕前だ。

彼岸花そのものは死や死にまつわるモノを意味することから決して縁起の良いモノではないが、それは桜色の折り紙と薄黄色の折り紙を使ったからか、何処と無く美しく見えた。

 

「…こ、こんなに難しいものを難なく作れるのか……⁈」

 

思わず箒は声に出してしまう。

自分では––––––いや、多分年相応の者でさえ、こんなに難しいものを短時間で折るのは至難の技のハズだった。

 

「…え?6年間折り続けてたら出来るようになるし、普通でしょ?」

 

千尋の『出来て当たり前だろう?』という感じの返答に箒は軽い目眩を覚えさせられる。

正直、千尋はこの手の道に進んだ方が絶対に成功しそうな気がした。

 

「箒は折れる?」

 

ふと、千尋が聴く。

––––––答えは、無理。

こんなにも難しいものを折った事など無く、仮に折れても箒では数十分はかかるだろう。

––––––だが、このまま引き下がるのも少し、躊躇われる。

だから、

 

「あ、ああ!折れるぞ‼︎」

 

そう、豪語してしまった。

 

 

 

 

––––––数分後。

 

「ほ、ホラ––––––鶴‼︎」

 

箒が折り終わり、千尋に差し出したのは、全体的に見ればそれらし––––––くもなく、細かく見れば酷くくしゃくしゃの折り鶴。

箒は、『やり遂げたぞ、どうだ––––––?』といった顔をしている。

だがしかし、千尋はその折り鶴を見て少し引き攣った顔をして––––––

 

「…箒、無理なら無理って言ってくれれば良かったのに。」

 

苦笑いを浮かべながら、言う。

それに箒は顔を赤くして––––––恥ずかしそうに、思わず反抗した。

 

「ゔ…うるさい!わ、私にだって意地というものが有ってだな…!」

 

そんな箒をキョトン、と見る千尋を見て箒は「ああ、すまん。」と言うと少し申し訳なさそうに返す。

そして何故急に怒鳴ったか、察した千尋は––––––つい、声に出してしまった。

 

「つまりうまく折れなかった事への照れ隠し?」

 

「…⁉︎だからそんなにどストレートに言うな‼︎」

 

箒は増幅された恥ずかしさによってさらに顔を赤くして言う。

––––––図星。

つまりは、そういう事だった。

(…ああ、自分で墓穴を掘った––––––)

思わず箒は内心呟く。

しかし、そんな箒に千尋は追い打ちを掛けた。

 

「でも、照れ隠ししてる箒も可愛いし、そういう相手を意識しながら自分を強調する人って、俺好きだよ?」

 

「⁈〜〜〜〜〜〜ッ‼︎」

 

––––––不純な意思の無い、純粋に屈託の無い無邪気な笑みを浮かべて、千尋は口にする。

そして追い打ちを掛けられた箒は思わず両手で顔を覆って羞恥心を抑える。多分、覆っている手の中は酷く赤くなっているのだろう。

 

「お、お前っな、そ、それは本気か⁈」

 

顔を覆っていた手を退けて––––––未だに羞恥心で赤く染まっている顔で千尋に問いかける。

––––––今までこんな奴は見た事が無かった。あの一夏でさえ、今の千尋とは違っていた。

––––––素直すぎる。

だから箒は動揺を隠せなかった。

 

「うん本気。物事は素直に言わなきゃ他人に自分の意思は伝わらないじゃん。」

 

––––––やはり無邪気な笑み。

千尋はそれを浮かべながら応える。

確かに、千尋の言い分には一理ある。

––––––自分が一夏に見て貰えなかったのも、自分が素直に己の気持ちを言えなかったからかも知れない。

そんな考えが過る。

だが、今となっては––––––一夏と別れた今となっては、どちらでも良い話だが。

それにしても––––––

 

「だが…あのなぁ…素直なのは良いが素直すぎるのもどうかと思うぞ?」

 

「うん、そうだな。だから俺は『この人なら良いや』って思った人にしか素直に言わないよ。…まぁ、たまに口走っちゃうことあるけど。」

 

それを聞いて箒はふと、その言葉に反応して千尋に問う。

 

「え?…つまり、それは––––––?」

 

「箒には、素直に言っても良いや、って思ってる––––––だって、友達なんでしょ?」

 

それに箒は嬉しいような、動揺するような、複雑な感情が生まれた。

普通……普通の人間なら初対面に限りなく近しい状態で出逢って数時間しか経っていない状況では、馴れ馴れしくしようとは思えど、ここまで心を開いたりしないからだ。

誰もが初めは多少は間を置いて距離を取り、じわじわと時間を掛けて心を開いていく––––––親密な人間関係の構築とは、そういうものだ。

だが、目の前の少年––––––千尋はどうか?

そんな過程をすっ飛ばしてしまっている。

そして素直に物事を言う。

––––––良く言えば、素直で正直。

––––––悪く言えば、他人の事情を考えない。

ここもまた、修正しなくてはならない箇所だ。今後社会に出た時もこのままでは世間知らずも良い所だ。

しかし今の箒は、自分が信頼して貰えている事が、嬉しかった。

 

「…そ、そうか。……こんな私で、良いなら…。」

 

やはり恥ずかしさに顔を赤くして、ゴニョゴニョとはぐらかしながら千尋にそう言う。

 

「箒、ハッキリ言わなきゃ聞こえないけど…。」

 

千尋のその言葉が箒の鼓膜を刺激した瞬間、またさらなる羞恥心が箒の脳を支配した。

それは、箒に対して公開処刑の宣告をしたに相応しい––––––。

 

「ッ⁉︎…あ、あああもう‼︎こちらは恥ずかしいのだ!少しは察しろ‼︎」

 

––––––今日出逢って一番の赤く染まった顔で羞恥心に耐えるように怒鳴った。

 

「あはは、ごめん。からかいすぎた。」

 

千尋は箒に悪戯めいた笑いをしながら返す。

箒は頭痛に悩まされるように頭を押さえて、はぁ…、と溜息を吐く。

そんな箒に、千尋は何処と無く笑っているような顔だが、今度こそ真面目は顔で箒に手を差し出す。

そして箒も意図を察して手を出して、千尋の手を掴む。

 

「じゃあ、これからもよろしく。」

 

「あ、ああ。こちらこそ…。」

 

千尋は相変わらず無邪気に笑みを浮かべて、箒は困った顔だが呆れるように笑いながら、お互いに手を交えた––––––。

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

西新宿・アンノ技研所有物件

新宿シティセンタービル

 

東京都庁や西新宿の高層ビル群近くであり、新宿中央公園を見下ろす新宿中央公園西交差点近辺に建てられた高さ218メートルの白を基調とした清潔感溢れる、高層ビル。

その25階。

 

研究開発フロア。

 

薄紅色がかった茶髪の女性が、ぎこちない手つきでISを弄っていた。

弄っていた、というのはタブレット操作ではなくレンチで剥がした装甲の中を機械油にまみれながら作業しているのだ。

––––––チクリ。

ふと、指先に針が刺さったような痛みが走る。

 

「––––––痛。」

 

少し、顔を顰めて女性は立ち上がる。

(––––––まるで、体が麻痺してるみたい…ああ、自分の体じゃないから、当然か。)

女性は内心呟く。

 

「もう作業をしてるのか?」

 

ふと、話しかける声。

振り向くとこの新宿シティセンタービルに伽藍の堂第2事務所を構える蒼崎橙子という女性がいた。

彼女はIS学園に行っていたから、帰ってきたのだろう。

 

「うん。リハビリ。」

 

「あまり無茶をするなよ。…まだ、【殻】の人工神経にお前の【脳】が馴染んでいないだろう?」

 

「…うん、でも、これ以上【天災】に好き勝手させる訳にも行かない。」

 

「––––––全ての元凶となってしまった《天才》として、責任を取るつもりかなんだな。」

 

「うん、そうだよ。とーこちゃん。……それに、」

 

女性の一拍開けて、口を開く。

 

「…これ以上、箒ちゃんに迷惑を掛けたくないから。」

 

女性の子供らしい声音に対して、その言葉を放たせた意思は芯の強いもの––––––それを感じた橙子は呆れるように、応援するように、女性に告げた。

 

「…そうか、目標があるのは良いことだ。…頑張れよ––––––篠ノ之束。」

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。
…しかし……ゴジラISに比べて御都合主義っぽくなってしまってるなぁ……。

千尋「元々これ、マブラヴのエクストラ編に該当する話なんだから、御都合主義っぽくなるのは仕方ないんじゃない?」

うん…まぁ、なぁ……。

千尋「それにみんなリアル路線はゴジラISでお腹いっぱいだと思うよ。シンISまで完全リアルで鬱だったらみんな読む度にストレスを感じるようになっちゃうし。」

そやなぁ…。
じゃあ、ちょっち御都合主義を導入するかぁ…常識込みで。
––––––さて、ついに束が登場。しかし何処か変です。みなさんは違和感を感じられましたか?
あ、【天災】と《天才》、これ、重要な単語です。



■新宿シティセンタービル
アンノ技研が新宿に所有する物件であり橙子の事務所、伽藍の堂第2事務所がある。
外見は新宿オペラシティビルがモチーフ。
なお元ネタはゴジラ2000ミレニアムのミレニアンの円盤が降り立った新宿シティセンタービル。





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EP-04 壊レタ世界ノ人々/感覚共鳴

今回は間接的にゴジラISの世界観を補完するシーンから始まります。

…あと書き終えてみたら前半と後半のギャップェ……。






???・2026年2月1日午前11時05分

中華人民共和国・福建省・閩候県

203省道付近

G15泉履高速道路

 

30メートル近い高さのガジュマロの大木に脇を囲まれて、ガス欠や事故によって生じた渋滞によって放置された車の間を縫うように数え切れぬほどの追い立てられる者達––––––難民が吹雪に身をさらしながら足を進めている。

誰もが皆着の身着のままで、皮と骨だけのようにしか見えなくなるまで痩せ細り、肌は死者のように生気の無いものとなり、埃で黒く汚れた姿をしながら歩き続けている。

負傷者や歩く体力の無くなったものは放置車両の陰に寄り添い、吹雪が止むのを待っていた。

彼らは時折柔らかいものを踏んでしまうが、それは凍死した難民の遺体だった。力尽きた者は凍てついた骸となって野晒しとなってしまっている。

視界は無いに等しく、甲高い風音と遠くから聞こえてくる戦闘音のみが響き渡る。

それでも難民たちは、白い闇を黙々と進んで行く。

ひとり、またひとりと力尽きていくが、誰も慈悲をかけようとする者はいない。

必死で人々は生き残ろうと、国連軍が展開しているらしい福清市沿岸の台湾海峡を目指して、ただただ歩き続けていた。

––––––その中を、13歳になるまで4日を残した少女が歩いていた。

痩せ細り、肌は埃で黒く汚れ、他の難民たち同様死人にしか見えない生気を感じさせない姿––––––しかし、瞳からは生きる意志は失われていなかった。

少女は空腹からくる眠気に耐えるために、今まであった事を思い起こした。

––––––5年前、巨大不明生物と称されるバケモノが北京と上海に出現し、さらに隣国のロリシカからも流れ込みハルビンにまで侵攻。

––––––米軍が国連の名の下に新型爆弾で北京と上海を攻撃して巨大不明生物は殲滅できた––––––が、それがプレートを刺激したらしく黄海沖で地殻変動が起こり、それによる津波で華中華北の沿岸平野部は水没。

––––––さらに悪い知らせで、巨大不明生物は殲滅しきれておらず、再度繁殖。

生まれ故郷の杭州にもバケモノ達が迫り、温州の難民キャンプに避難し、2年前には福州の難民キャンプに避難して来た。

しかしそこにもバケモノの攻勢が差し迫り、今避難している––––––が、人混みの中で両親とはぐれてしまい、今は一人だった。

少女の周りにいるほとんどの人間が福州の難民キャンプにいたものたちで、口にしたのは2日前に軍が配給してくれた白米とトウモロコシのカスで作ったお粥だけだった。

だがそれだけでも食えるだけマシだ。

もっと酷い者はそれすら食えず、餓死してハエやウジがたかっている難民の死体を食べて生きて来たのだから。

雪は口にしていない。

空腹に耐えきれず雪を口にして下痢による脱水症状に陥って死んだ者たちを幾人も見ている。

そもそもこの雪は、ロシア軍がシベリアで大量使用した核兵器の放射性物質を含んだ塵が太陽光を遮ることで気温が下がり、発生しているのだ。

放射性物質が原因かは判らないが、食べる事が宜しくないものであるには変わりない。

––––––決して雪は口にするな。

難民たちの間で決まった、暗黙のルールだった。

ここまで世紀末的な状況に置かれながらも、彼らを突き動かすのは生の欲求だった。

 

(このまま死んじゃうなんて嫌…!ここで死んだら、私…何のために生きてきたのか––––––)

 

––––––瞬間、難民の集団後方で轟音と共に響き渡る倒壊音。

難民達が振り返ると、私達を追い立てたモノ––––––巨大不明生物【ギャオス(陸棲種)】の群勢が、ガジュマロの大木森林を薙ぎ倒しながら泉履高速道路になだれ込んでくる光景が、眼球に焼き付いた––––––。

響き渡る難民の悲鳴と混乱によって難民たちは駆け出した。

たとえ怪我をして動けなくなった難民を押し倒しても、凍てついた難民の凍死体を踏み潰しても、ギャオス陸棲種からいち早く逃れようと駆け出した––––––。

 

(––––––逃げないと!)

 

少女も難民たちに流されるように駆け出す。

 

(––––––でもどこへ⁈)

 

清州––––––しか思い付かない。

しかし人間の平均時速は約5キロ。

対するギャオス陸棲種の平均時速は約30キロ––––––清州にたどり着くまで追い付かれて喰い殺される。

難民たちの悲鳴––––––同時に響く、肉を裂き骨を砕く咀嚼音。

ギャオス陸棲種に、喰われたのだ。

さらなる悲鳴と咀嚼音がまるで悲劇系オペラのように高速道路の放置車両群やガジュマロの森林に木霊する。

絶望を感じた瞬間、甲高い機械の駆動音とキュルキュルという無限軌道の音が響いた。

とっさにそちらを向くと、積雪を掻き分けながら自分達を守るように進軍してくる戦車と、いくつもの青白いジェットを吹かしながら接近してくるヒトガタの影––––––戦術機。

そして戦術機に護衛されながら接近してくるひときわ巨大な、––––––機械の龍。

それらには日の丸、晴天白日、赤い細帯にハ一の金文字、青枠をつけた白細帯の上に青い星––––––日本国自衛隊、中華民国(台湾)国防軍、中華人民共和国人民解放軍、アメリカ軍を意味する国籍識別マーク。

そしてそれら全てに、「UN」のマーク。

 

「こ、国連軍だ!」

 

難民の1人が歓喜を含んだ声音で叫んだ。

 

「国連軍が助けにきてくれたぞ‼︎」

 

(国連軍⁉︎じゃあ私たちは助か––––––)

 

笑顔で声を上げた人々の方に少女も希望に満ちた顔で振り返った瞬間。

彼らがギャオス陸棲種に喰い千切られ、赤い紅い鮮血を撒きながら絶命する光景が眼球を介して脳裏に焼き付けられた––––––。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

同日

午前11時09分

中華人民共和国・福建省

長楽市・螺洲

 

特務自衛隊第1特殊戦闘群【機龍隊】所属の少年––––––【西河千尋】三尉はコックピットに響く機体の主機であるG2機関と跳躍ユニット及びバックユニットのスラスターが発するジェット・ロケット複合エンジンの駆動音––––––それを鼓膜に響かせながら、管制ユニットの戦況ウィンドウに映し出された状況を見て奥歯をギリ、と強く噛む。

 

「––––––くそッ。」

 

逃げ場の無い難民の群衆に巨大不明生物が雪崩れ込んで片っ端から殺して行く景色を見たのは初めてでは無い。

––––––【ユーラシア撤退支援作戦】、あるいはそれに近しい類の作戦に参加した人間ならば幾度と無く、嫌という程に見せ付けられる景色だ。

だが、自分達には難民に犠牲を強いても成し遂げなくてはならない任務がある。

だから難民が虐殺されていても、無視するしかない。

それが自分たちの精神に酷く負担を強いる。

––––––これほど自分たちが無力だと思わされる事ほど、もどかしく罪悪を抱く事はない。

 

『––––––大隊長!このままだと高速の難民が皆殺しにされます‼︎』

 

ふと、機龍隊の直援に当たっている第1戦術機大隊【ケルベロス】所属の茶髪の若い男性自衛官––––––【佐良真斗】二曹が上申する。

歳は千尋よりふたつ年下の19歳で、ボサボサの短髪に程よく日焼けした、野生児染みた顔立ちをしている。

確か、奄美大島出身だっただろうか。

この撤退支援作戦––––––第5次ユーラシア撤退支援作戦に参加するので、ユーラシア撤退支援作戦には2回参加していることになる。

 

『せめて支援砲撃を––––––‼︎』

 

『駄目だ。』

 

新たに投影される大隊長––––––【神宮司まりも】二佐が感情を殺した表情で、真斗の上申を切り伏せる。

 

『難民の撤退支援は台湾国防軍の第12戦術機中隊と中国人民解放軍の第3戦術機小隊および第27空中機械化歩兵中隊が行う。我々が砲撃すれば、かえって味方の阻害や難民への被害を誘発する可能性がある。』

 

まりもの言葉に真斗は辛そうに押し黙る。

 

『––––––それに、我々はそれ以上にやらねばならないことがある。』

 

まりもの言葉と同時に––––––目標物を捕捉。戦況ウィンドウに新たに投影される。

五四路のビル群の中に佇むそれは、ビルの瓦礫や鉄筋、ガジュマロの大木を用いて作られた奇妙な形の、牙城と形容するのに相応しい形のオブジェ––––––ギャオスの巣だった。

ギャオスは単一生殖を可能とする生物で、一匹でもいたら卵を10個以上産んで勝手に増えていくという、滅茶苦茶な生き物だった。

そしてそのギャオスの大規模繁殖によって今、ユーラシア大陸から人類は駆逐されつつある。

今逃げている難民達も、一時は清州で落ち着くだろうが、最終的にはさらに南へ南へ––––––そして最後は大陸の外へ脱出することを余儀無くされるだろう。

その為にギャオスの巣を潰し、僅か数秒でも構わないから彼らが脱出できるまでの時間を稼がなくてはならない。

ギャオスの巣は個体飽和状態となれば下位の個体から巣の外へと追い出され、追い出された個体が新たな巣を作る為に侵攻して来る。

だから巣そのものを潰せば時間は稼げるのだ。

それも嬉しい事に、今回潰す目標の巣は建築途中らしく、蟻で言えば働き蟻に該当する個体群が巣の資材集めに福建省各地に分散している。

その所為で巣そのものを警備する個体の数は少ない––––––。

進路上に表示されているギャオスの個体は大小合わせて役300体––––––洛陽市に居た2000体以上もの個体群より、遥かにマシだ。

 

『––––––ケルベロス01より、大隊総員傾注。まずは進路上の邪魔な個体群を引き剥がす。』

 

「「「「了解‼︎」」」」

 

『––––––今だ、下りるぞ‼︎』

 

まりもの放つ、裂帛の号令––––––。

千尋は、自機の腿部に内蔵されている脚部スラスターの逆噴射機構を解放、急静動をかける。

機体の特性故、他の戦術機とは比べものにならない強烈で殺人的なGが体に掛かり––––––まるで、万力で体が潰されて行くような痛みが全身を痛め付ける。

4万トンもの鋼鉄と生体装甲の塊である機械の龍が化工路のアスファルトを砕き、砂塵を舞い上げながら大地を粉砕するように着地する。

それに続くように千尋の機体である機械の龍を支援する、まりも率いる戦術機【24式不知火】と【A-10Ⅱj凄鉄】の混成戦術機大隊が着地する。

 

「アルファ01よりCP、オクレ––––––」

 

千尋が機龍隊司令部である超重特大型攻撃輸送機【しらさぎ】に無線をかける。

アルファ01とは千尋自身のコールサインであり、CPとはコマンドポスト––––––司令部内で部隊の情報や戦域管制と情報処理を担当する将校のことで、オクレとは無線の最後につける言葉だった。

 

『CP、アルファ01。前方1000にギャオス梯団を確認。可能な限りこれを撃破し梯団を撹乱––––––その隙に巣を破壊せよ––––––オクレ。』

 

「アルファ01、了解。オクレ––––––」

 

千尋がCPと無線を終えた瞬間––––––前方1000のギャオス群がこちらを察知したらしく一斉に迫り来る。

 

「アルファ01よりケルベロス01、上申致します。自分が突撃路を開きますので貴隊はギャオスを撹乱しつつこちらの支援攻撃を願います––––––オクレ。」

 

––––––機龍隊とケルベロス大隊の混成は、急な編成だった為に指揮系統が統合されていない。

その結果広域データリンクや指揮系統などの面で混成部隊特有の弊害が生じてしまっている。

しかも、あくまでこの混成部隊のキモは機龍隊であり、そこから現場にいる千尋がケルベロス大隊のまりもに上申して、まりもが大隊に指示する形で指揮系統を成り立たせていた。

 

『ケルベロス01よりアルファ01。了解した、派手にやれ––––––オクレ。』

 

––––––その指示が来た瞬間、千尋は戦闘態勢に移る。

両腕のアームユニットに搭載された19式120ミリ連装超電磁投射砲計4門を前方に向けて突き出し、バックユニット前方の12式670ミリ対艦誘導弾、上部の95式470ミリ多目的誘導弾および後部側面の98式320ミリ多目的誘導弾を格納しているVLS(垂直発射システム)の安全装置が解除され、カバーも解放される。

ギャオス梯団の最前線まで、距離は800。

おそらく50秒とせずにこちらに接触する。

ならば今は長射程の物よりも––––––短射程の物で対処しつつ突貫するべきだ––––––。

千尋はそう判断すると19式連装超電磁投射砲を前面に突き出し––––––。

 

「アルファ01、フォックス3––––––‼︎」

 

フォックス––––––NATO(北大西洋条約機構)で使われている攻撃時のコード。射程の長い順から1、2…と数字を振っていく仕組み––––––。

叫びながら、しかし冷静に勤めて操縦桿のトリガースイッチに力を込めて、押す。

–––––––瞬間、甲高い爆音が轟く。

超電磁投射砲の砲身から青白い稲妻を纏いながら120ミリAPDS弾が大気を焼き、プラズマ化させながらギャオス梯団に吸い込まれて行く––––––。

それに数秒とかからずに彼方のギャオス陸棲種が超電磁によって加速させられた120ミリAPDS弾によって粉砕され、小型の陸棲種はボロ雑巾のように吹き飛ばされる。

––––––それと同時に、赤黒い体液と内蔵物を撒き散らしながら弾け飛び、体液によって純白の雪に包まれていた福州市に奇怪な色彩のオブジェが林立していく。

そしてそれによってギャオス梯団の足が若干鈍る––––––。

だから千尋はそれを狙って––––––

 

「アルファ01、フォックス2––––––‼︎」

 

叫ぶと共にバックユニットのVLSから噴煙と共に空を切りながら穿たれる多目的誘導弾の群れ––––––。

 

「着弾まで5、4、3……弾着、今ッ‼︎」

 

瞬間、36発の誘導弾が着弾し次々と連鎖する破壊の爆炎と衝撃波がギャオスを焼き、引き裂き、薙ぎ払う––––––。

––––––だが一拍後、ギャオス梯団先鋒の死体を蹴散らしながら、巨体が爆煙の中より躍り出る–––––。

 

『60メートル級…⁉︎』

 

真斗の絶句する声。

爆煙を掻き分けながら現れたるは60メートル級ギャオス。

別段、60メートル級のギャオスが現れるなんて珍しくも何ともない、良くある事だ。

だが問題は、その60メートル級ギャオスが【ギャオス飛翔種】であり8体出現したという事だ。

ギャオス陸棲種はさして脅威では無いが飛翔種は別だ。

飛翔種は最高速度マッハ4で飛行する上に音叉のようになっている後頭部の突起を共振させる事によって生じる超音波を用いたサウンドレーザーを口から放つのだ。

その威力は、航空機を軽く両断できる程の威力––––––。

 

「アルファ01よりケルベロス01‼︎ギャオス飛翔種の相手は自分が引き受けます!貴隊らは陸棲種の排除を頼みます‼︎オクレ––––––」

 

『ケルベロス01、了解––––––オクレ。』

 

千尋はそう怒鳴るとアームユニットに内蔵されていた24式メーサーブレードを展開––––––刀身にメーサーを流す。

ギャオス飛翔種の3体がそれに反応し、千尋に襲い掛かる––––––だが、千尋は臆しない。

この程度では、臆しない。

 

「行くぞ––––––機龍‼︎」

 

千尋は自機に対して、まるで戦友のような、親に対するような声音で猛々しく声を上げ、突貫した––––––。

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

2021年4月21日午前6時23分

IS学園・2016号室

 

––––––がばり。

黒坂千尋はベッドから身を起こした。

 

「…変な夢だったなぁ……」

 

あくび混じりの声音で呟く。

––––––まるで何処かの知らない自分の経験を体験したような……いや、この表現は正しくは無いだろう。

––––––まるで【自分では無い自分と感覚を共有していた】ような夢。

酷く曖昧だがこの表現の方が相応しいし、しっくり来る。

ふと––––––何やら香ばしい匂いが千尋の鼻腔をつく。

匂いの元であるキッチンの方を見れば、テーブルの上には味噌汁の入ったお鍋を中心に千切りにしたキャベツに唐揚げ、沢庵の入ったジップロック、お湯呑みが置かれており、炊飯器のすぐ近くにはまだ空のお茶碗と杓文字がある。

そして肝心の香ばしい匂いの源はキッチンのIHクッキングヒーターを使ってアスパラを豚肉で巻いた肉巻きを作っているフライパンからだった。

––––––そのフライパンを握って焼いているのは、箒だった。

箒の顔を真剣そのもの––––––試しに隣にまで寄ってるが、全く反応すらしない。

どうやら料理は箒の得意分野らしい。

そう、千尋が思った瞬間。

 

「––––––はっ⁈私は何やってるんだ⁉︎」

 

––––––まるで、今まで何かに取り憑かれて、見失っていた自分を取り戻したかのような反応をする。

当然、千尋もビクリ、と硬直してしまう。

 

「……あぁ…しまった…賞味期限寸前だったからといってつい余計に作り過ぎた…。」

 

頭に手を当て、やらかしてしまった自分を嘆くような顔をする。

 

「ひとつの空にふたつの太陽が要らぬように、料理にも限度があるというものを……」

 

「––––––え?じゃあ捨てちゃうの?『もったいないお化け』が出るよ?」

 

思わず、千尋が聞く。

 

「––––––いや食べる。予定には無かったが弁当にして昼食に回せば––––––って、えぇ⁉︎」

 

千尋が声をかけた事でやっと気付いたらしく、箒は驚いて変な声を上げながら千尋を見る。

驚きの余り顔だけでなく耳まで赤くしている。

––––––それが何処と無く、可愛い。

だがそれを口にすればきっと箒は調子を狂わせてしまう。

作業をする中で能率が落ちればそれは怪我や事故に繋がりかねない。

だから––––––

 

「おはよう、箒。」

 

普通に笑みを浮かべながら、朝の挨拶をする。

 

「あ、ああ起きてたのか千尋。……おはよう。」

 

箒もそれに対し、普通に返す。

 

「すぐにお茶碗にご飯を入れて、味噌汁とお茶を入れるから待っててくれ。」

 

「ん。」

 

ふと、立ち去ろうとして––––––流し台の上にあった電気式の金属製ポットの湯沸かし器が沸騰し、甲高い湯気の音が響く。

とっさに千尋がスイッチを止めて取ろうとして––––––

 

––––––ジュッ

 

「…あ。」

 

電気式とはいえ加熱されて熱くなっていた金属製ポットの容器に指先が触れてしまう。

––––––たいした痛みは無い。

ただ少し、痛覚が反応して、針が刺さったような痛みがポットに触れた皮膚を起点に全身に伝わっていくだけ–––––。

ポットに触れた皮膚は、火傷の所為で赤く変色していた。

 

「ちょっ!大丈夫か⁉︎」

 

思わず箒が千尋に声をかける。

だが千尋は何処と無く笑っているような顔をしたまま––––––

 

「ちょっと火傷しただけ。」

 

そう応える。

 

「しただけって…冷やさなきゃダメだろう⁉︎」

 

思わず箒は有無を言わせないまま千尋の手を掴み、火傷して赤く変色してしまっている指を水道の蛇口の真下に持って行き、蛇口をひねる。

直様蛇口から冷水が流れ、火傷していた千尋の指先を冷やす。

––––––そのまま、数秒が経過して、

 

「…あっ……」

 

箒は我に帰る。

一瞬だが、顔には羞恥の表情が露わになっていた。

 

「し、しばらくそうしておいてくれ。朝食の前に湿布貼るから……。」

 

「あ…うん。」

 

千尋も今の箒がとったある意味、大胆な行動に呆気に取られていた。

 

 

 

 

 

––––––約2分後

 

 

千尋と箒はテーブルに座って迎えあいながら朝食を食べていた。

献立は主に唐揚げとキャベツの千切り、薩摩芋の味噌汁、ひややっこ、白米と沢庵という、和テイストのものだ。

 

「…ど、どうだろうか…?」

 

朝食を食べながら、箒が顔を赤くして目を逸らしたまま千尋に向けて問う?

 

「?…美味しいかどうか?」

 

「う、うむ…。」

 

今度は俯いて、返す。

 

「そりゃ、美味しいよ。…というか和食自体、なんだか馴染みがあるから一番舌に合うよ。」

 

千尋はニッコリと笑いながら返す。

 

(––––––多分和食が何処と無く好きなのは……牧の影響かな。)

 

千尋は内心そう思うが、こればかりは声にしない。

声にしてはならない事だ。

だから黙っている。

––––––ふと前を見ると少し嬉しそうな顔をした箒がいた。

 

「よかった……私が他人に誇れるのは剣道か手料理くらいだから、そう言って貰えると…素直に嬉しいな。」

 

––––––純粋に、照れ隠し無しの、喜んでいる笑み。

それは千尋には何処か、綺麗に見えた。

 

「…しかしお前、さっきのは驚いたぞ。」

 

「ん?箒が真剣に料理してる隣に立ってて驚かした事?」

 

「いや、火傷した時のお前の反応だ。」

 

今度は何処と無く、聞き分けの悪い子供に物事を言う時の教師か親のような顔をする。

 

「ああ、あれくらいならほっとけば治るから良いやって思ったから。」

 

「…あ、あのなぁ……」

 

千尋の如何にも適当……としか言えない考えに、思わず頭を抱えてしまう。

 

「箒が指を冷やすのを促してくれた時は、そんな大袈裟な…って思ったけど……ちょっと、嬉しくもあったかな。」

 

それにまた箒は顔を赤くするが、やはり聞き分けの悪い子供を叱る大人のような顔をして、呆れたように言い放つ。

 

「…はぁ……今度から私がお前の事をフォローしてやる。お前だけでは危なっかしくてかなわん。」

 

(––––––とりあえず、こいつは保護者が必要なタイプだというのがよく分かった。)

 

箒は内心そう思わされる。

––––––千尋は純粋過ぎるしその辺は注意すべきだと思っていたが、自分の負った怪我に関する意識というか関心も薄いのだ。一夏とは違う意味で度が過ぎている。

––––––こいつを放置すれば間違いなく問題になる。だから私が指導するしかない。教師染みた事や親みたいな事なんて出来ないが私がやれる範囲でやるしか無い。

 

「––––––そういや箒、今日放課後空いてる?」

 

ふと、千尋の質問。

 

「ん?ああ、空いてるが…ISの訓練でもするのか?」

 

「そそ。」

 

––––––思えば、まだ互いにISの技量については見せ合っていなかった。

それに箒自身も千尋の技能がどれほどのものか少し気になった。

––––––なら。

 

「ああ、分かった。では––––––放課後の5時に予約を入れておこう。丁度訓練用ISを予約する嵐も落ち着いてきたしな。」

 

「ん。じゃあそれで……あ、俺専用機だけど使って大丈夫かな…」

 

ふと、その一言が箒を貫いた。

 

「そっか……専用機、お前も持ってるんだな…。」

 

少し沈んだ声音で箒が言う。

 

 

(––––––ああ、不味い。これ地雷ってやつ踏んだ。)

 

内心察した千尋は慌てて話題を変えようと何か探すが、思い付かない。

そんな千尋を見て、箒も何処か慌てた顔をして口を開く。

 

「あ、あ、別に気にしないでくれ‼︎何処の機関にも属していない身分の私が専用機を持てるわけなど無いから‼︎」

 

––––––無理をして、笑っているような顔をする。

どうやら、専用機を持っていないのが箒のコンプレックスらしい。

だがしかし、どこかの機関や企業に属していない限り専用機の保有は難しい。

 

「いや、箒の気持ちも分からなくは無いよ。…まぁ、俺の専用機だって帰属先の機関の備品だから丁重に扱わなきゃだし使うには申請書書かなきゃいけないから、面倒臭いんだ。」

 

そう、千尋の専用機である紫龍はアンノ技研の備品。

普通の専用ISのように訓練でも好き勝手に使える代物ではなく、実物を使うのはかなりの報告書を書かなくてはならない。

それが千尋からしたら飛びっきり面倒臭いのだ。

 

「め、面倒臭いって……まぁ、専用機持ちも色々大変なんだな。」

 

「そゆこと。ご馳走様、美味しかったよ。」

 

「ん。では食器を洗って、学校に行こうか。」

 

そう言って2人は立ち、食器を下げて行った。

 

 

 

––––––この後、食器を洗っている途中で千尋が皿を割ってしまって箒から軽く怒られたのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。
前半はゴジラISの本編のさらに未来のシーンでした。
後半はシンISの日常シーン。


……『もったいないお化け』がわかる人、何人いるかなぁ…。

それから、この小説のEDについてのアンケートを活動報告で取りますので、宜しければ参加して下さい。

次回も不定期ですがよろしくお願い致します。




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EP-05 昼食のち訓練/壊レタ世界ノ冬

今回は雑かもしれません…ご了承下さい……。

そして久々の一万文字越えです。





2021年4月22日午後1時12分

昼休み・IS学園屋上

 

「あら、出会ってからたった1日で2人はラブラブの中なワケ?」

 

「ブッ……⁉︎」

 

神楽の言い放ったその声の所為で、箒は口に含み、飲み込もうとしていた緑茶を吹いてしまう。

––––––昼休み開始から2分ほど経った今、千尋と箒は神楽に誘われて屋上で弁当を食べているところだった。

千尋は使い捨てプラスチック容器の弁当箱、箒は女の子らしい桃色がかった赤色の弁当箱、神楽は黒い質素な弁当箱。

 

「か、神楽⁈お前何言って……⁉︎」

 

先程の言葉に箒がひどく焦りながら神楽に食ってかかる。

それを神楽は面白おかしそうな、意地悪そうな顔を浮かべてからかうように言う。

 

「あら違うの?私にはそんな風にしか見えなかったけどなぁ〜…」

 

「お前なぁ……どうしたらそう見えるんだ…」

 

「あらぁ…分からない?2人っきりで夜を過ごし、2人っきりで登校し、2人っきりで待ち合わせの屋上にまで来たのに、それを見てラブラブと思わないワケ––––––」

 

「わーわーわー‼︎それ以上言うな‼︎こちらの身にもなれ‼︎……千尋!お前も何か言ってくれ‼︎」

 

「ほへ?」

 

箒は肉巻きを口にくわえながら食べている千尋に対して、この状況を打開すべく救いの手を求めて縋る。

 

「んー…ラブラブ––––––では、無いと思うよ。」

 

「そうそう。ラブラブではない!」

 

千尋の言葉に箒は同調して、うんうんと頷きながら言う。

 

「ただ仲が良いだけだね。」

 

「そうそう。」

 

「昨日だって急に屋上に連れて来て友達になって欲しいって言うし…」

 

「そうそ……っておい!」

 

「今朝だってポットに触れて火傷した時には必死の形相で湿布まで貼ってくれたし。」

 

「お、おぃぃぃぃぃぃ‼︎」

 

「なんていうか、仲が良くて尚且つ面倒見の良い女の子って感じかなぁ…」

 

「も、もうやめてくれ!恥ずかしいから‼︎」

 

素直にペラペラ話し過ぎる千尋の両肩を掴んでガクガクと揺らしながら箒は羞恥に満ちて赤々と変色してしまった必死の形相で千尋に訴える。

 

「へぇ〜…ふーん…単に箒が恥ずかしがり屋なだけかぁ…」

 

「あ、うぅ…」

 

神楽が妖しく、それでいてより一層からかう姿勢で箒を見る。

そんな神楽と素直過ぎる千尋の所為で箒は涙目になる。

 

「––––––そういえばさ、今朝方別のクラスの子が何処か悲しそうな顔をして学園外のモノレール乗り場に行くのを見たんだけど」

 

ふと、千尋が別の話題を出したので、箒は胸をなで下ろす。

 

「ああ、それね。その子のお姉さんが一昨日、勤め先の会社で––––––」

 

神楽はつい先程の雰囲気とは打って変わって、何処か醒めた瞳をしながら、一拍開けて––––––声を放った。

 

「––––––投身自殺したのよ。」

 

––––––ピタリ。

2人の箸を動かす手が凍りつき、止まる。

 

「え…と、投身自殺……?」

 

「そう。…ま、今時女性の自殺なんて珍しくも何とも無いけど。」

 

神楽の言葉に箒が驚愕に満ちた顔をする。

 

「あら、そんなに驚く話?」

 

「あ、当たり前だろう。女尊男卑のこの御時世で何故そんな事が––––––」

 

「こんな御時世だからこそ、よ。」

 

神楽は箒の言葉を遮り、醒めた、現実を突きつける様な声音を放つ。

 

「––––––自殺したその子のお姉さんはガチガチの女尊男卑主義者で自信家だったんだけどね…」

 

この女尊男卑の御時世––––––そういう女性はエリート路線を突っ走れる。

それが箒の認識だった。

 

「でも、会社にそこを突かれたのよ。」

 

「え…」

 

「女は男より優れているなら、男の倍仕事をしても文句は無い。さらに女性優遇制に従って男性より給料は上なんだから給料泥棒されないように給料に見合った働きをさせる–––するとどうなるか––––––もう、分かるわね?」

 

「…過剰労働を……」

 

「そう、労働基準法でさえ男性を酷使するためとかそんな理由で改変されたけど、女性優遇制で仕事を優先させてもらえる女性にだってそれは適用される––––––」

 

まるで生徒に物事を教える教師のように神楽は言う。

 

「結果、その子のお姉さんのような女尊男卑主義者の上に自信家な人はそれの餌食になる。––––––女性は男性より体力が無いのに会社から男性以上の仕事量を押し付けらるのは当たり前。仕事が終わってもまた別の仕事を押し付けらる。別の仕事が終わってもさらに他の仕事を押し付けられ………気が付けば日付けが変わっていたなんて、当たり前だったそうよ。」

 

箒はその事実を聞かされて、やはりまた、凍り付く。

千尋は内に何かを秘めつつも黙っている。

 

「……そんな過剰労働による過労が彼女に対して延々と続く螺旋のように毎日巡って来る……そしてそんな環境が彼女の壊れて行く心身のブレーキを壊して背中を押した瞬間、『世界【ここ】から逃げたい』という強迫観念に駆られて––––––彼女は、身を投げたのよ。………脚色してはいるけど、一連の出来事はこんな感じよ。」

 

神楽は冷めた声音で呟く。

箒と千尋は、やはり沈黙している。

特に箒はショックを受けたらしく、未だに見開いた目が収まろうとしない。

 

「……3万6000人。」

 

「…え……」

 

「3万6000人。厚生労働省が公表している、一年間あたりの過労による女性自殺者数よ。」

 

さらなる衝撃が走る。

箒が社会の授業で習った範囲において記憶している中で確か年間の自殺者数はおよそ18万人。

––––––つまり、その中の6人に1人は確実に女性の割合で自殺しているのだ。

 

「詰まる所、今の世の中は女尊男卑だの女性優遇だの女性解放だのと言ってはいるけど、女性に無理に仕事や役目を無理矢理押し付ける社会になっちゃったって感じかしらね……こんなくらいなら、白騎士事件前の社会の方が断然良いわ。」

 

神楽が言い終わると、ふと暗いムードの2人を見て慌ててしまう。

 

「あ、あ、ごめんごめん!食事中に話す話題じゃ無かったわね…」

 

––––––時計を見ると、昼休み終わりまであと10分を切っていた為に、3人は急いで弁当の残りにがっついた。

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

2021年4月22日午後4時16分

IS学園・第5アリーナ

 

そこでは多くの生徒が修練に参加して––––––いなかった。

何故ならこのアリーナは不調が多く、射撃訓練などは浮遊式ドローンの不備で他のアリーナでやった方が技術が上がるとさえ言われるほどであった。

おまけにアリーナの中で一番小さい為機動訓練にも向いていない。

近接訓練なら可能だが、先日利用した生徒の所持品が紛失したりなど、良からぬ出来事が起きているため、使用する生徒は減少しつつあった。

今日利用している生徒も、千尋・箒と織斑・凰の僅か2ペアのみだった。

 

「さて……まずは射撃でもするか。」

 

鉄色の装甲と両肩付近に浮遊固定ユニットとしてある大袖型の装甲、そして斬馬刀クラスの長さを持つ近接長刀。

まるで武士の甲冑を彷彿とさせられる国産第1世代(国際基準では第2世代)IS【打鉄(うちがね)】を纏った箒が呟く。

 

「でもこのアリーナは射撃訓練には向いてないんじゃ?」

 

思わず紫龍を纏った千尋が箒に問う。

 

「ああ、浮遊式ドローンを用いた訓練はな。」

 

箒が応えた。

それと同時にアリーナの一角––––––千尋と箒の目の前にある強化コンクリートの壁に壁面固定展開型ターゲットユニット––––––的が展開される。

 

「ISの射撃訓練は機動射撃が求められるが基礎は生身の人間が行う射撃訓練のそれと変わらない。基礎射撃訓練を行うのにここはうってつけなんだ。」

 

「ああ、なるほどね。」

 

理解した––––––というような反応を千尋は示しながら拡張領域からAU-Type99突撃小銃を取り出し、右手に保持する。

 

「それにしてもお前のIS…なかなか厳ついな。」

 

訓練用のWS-16C突撃小銃を保持して弾倉を搭載しながら箒が千尋の紫龍を見上げて呟く。

––––––確かに、荒魏は少しばかり厳つさを兼ね備えた見た目の機体だった。

全体的に黒鉄色を基調としたカラーリングで、編隊灯兼精密センサー部は赤い蛍光色に機体各部に突起があり、箒の纏っている打鉄がベースにもかかわらず何処と無く荒々しさを潜めているような見た目だった。

 

「うーん…そうかなぁ……紫龍をデザインしたのは橙子だし、あいつの趣味なのかな。」

 

「…まぁ、あまり詮索はしないから、気にしないでくれ。」

 

そう言いながら突撃小銃を構える。

 

「さて、まずは基礎射撃からかな……実を言うと、私は射撃が下手でな…動かない的になら真ん中にあっさり当てられるのだが…………まぁ、見ていてくれ。」

 

そう言いながら突撃小銃の銃口をターゲットユニットに向ける。

アイアンサイドを覗き込み、打鉄のFCS(火器管制システム)が目標を捉え、ロックオンのサインが箒の網膜に投影され––––––引き金を引く。

瞬間––––––銃弾の火薬が炸裂し、銃口から弾頭が穿たれる。

銃弾は空気を焼きながらターゲットユニットに向けて直進し、的の中央に命中––––––しなかった。

上空で機動戦闘訓練をしている織斑と凰が起こした突風に煽られて弾頭の軌道がそれたからだ。

 

「………」

 

「………」

 

––––––2人の間に流れる、気不味い沈黙。

背景には、今の張本人である織斑が凰との模擬戦を繰り広げる音が響いていた。

 

「…えっと……」

 

沈黙を破ったのは千尋だった。

気不味そうに口を開く。

 

「……ま、まぁ、カール・フォン・クラウゼウィッツが唱えた戦争論のように、自分が思い描いた事が現実では様々な要因によって上手くならないのはよくある事だから……」

 

はにかむように苦笑いを浮かべながら箒も千尋に返す。

 

「…そ、そうだね……カールなんちゃらは知らないけど自分の思った通りにならないのはよくあることだね…。」

 

千尋もまた、苦笑いを浮かべる。

 

「––––––では、気を取り直して…」

 

再び箒は神経を研ぎ澄ます。

その顔は真剣そのもの。

瞳はまるで獲物を仕留めんとする鷹のように鋭い眼光を持ち、呼吸は先程より遥かに静かだ。

上空で機動戦闘訓練を繰り広げる音が聞こえてこないかのように、千尋も箒のその雰囲気に呑まれる。

目を見開き、瞳孔が収束する。

瞬間、鳴り響く銃声。

––––––火薬が炸裂し、銃口からセミオートで穿たれた銃弾が空を焼きながらターゲットユニットに直進。

今度こそ命中––––––しなかった。

何故なら凰の専用IS甲龍が放った衝撃砲の流れ弾によってターゲットユニットが粉砕されてしまったから。

 

「……」

 

「……」

 

再び流れる気不味い沈黙……というかそれすら通り越して箒に至っては苛立ちに変換されてしまっていた。

千尋もモヤモヤした感情を内に生み出している。

 

「……はぁ…」

 

苛立ちに混じりの溜息を箒は吐く。

 

「––––––おい」

 

箒は苛立ちのあまり、空中で機動戦闘訓練を繰り広げている織斑と凰に対して通信を入れる。

 

『なによ?今一夏と訓練してるんだけど?』

 

応じたのは凰。

声音からして酷く鬱陶しそうな様子だ。

 

「訓練をするのは結構だ……が、周りへの配慮も少しばかりして欲しいものだな。」

 

少し上から目線ではあるが、箒のごもっともな言葉。

ふと、次の瞬間、織斑の声が聞こえた。

 

『別にいいだろ?俺が使ってるんだし勝手にしても。俺が使い終わるまでお前らが退いてたら良い話でさ。』

 

「アリーナは私物ではなく公共施設だ。個人が独占していいものではなかろう。」

 

『別に俺らはいいだろ?』

 

「なんだその超自分勝手理論…」

 

––––––思わず、千尋は声に出してしまう。

先に箒が言った通り、このアリーナは学園一不備が多く、利用者数が少ないとはいえ、公共施設だ。

個人が独占私物化して良いものではない。

さらに織斑の言っていることは、他人は駄目で自分は構わない––––––自己中心的なモノだった。

––––––ざわり。

千尋はそこに、生理的な嫌悪を抱く。

他者は駄目で自分は構わない––––––それに対する感情は、牧に影響されて増幅されただけかも知れない。

けれどそれは確かに、かつて自分の住処や家族を奪った者達に向けたモノと同じだった。

さして危害を加えてこない以上は殺意は抱かないし嫌う要因なんて無い。

けれども、どういう訳か苦手ということには変わらなかった。

…いや、変われなかったというべきだろうか。

 

『…一夏、あんたも何タメ張ってんのよ。さっきは悪かったわ。じゃあね篠ノ之、邪魔したわ。』

 

ふと、凰が言うと一夏は何か言いたげだったがすぐに引き下がった。

織斑と凰がピットに戻って行くのを見ながら箒は溜息を吐く。

––––––まだ、苛立ちは覚めない。

だがすぐに切り替える。

確かにモヤモヤや苛立ちは残るがこのままグチグチ言っても訓練の時間が無駄になるだけだ。

 

「…千尋、気分転換に訓練試合しようか。」

 

日本刀型のブレード、14式近接長刀【葵】を持って構えながら言う。

 

「ん、そだね。」

 

千尋も突撃小銃を背部兵装担架にマウントさせると拡張領域からアンノ技研の試作第2次16式特殊近接長刀【玄龍円谷】を展開し両手で持ち、構える。

そして2人はアリーナの中央に移動する。

 

「…ふぅ………」

 

深呼吸。

箒は集中する為に体内の二酸化炭素を吐き出し、新鮮な酸素を取り込む。

––––––同時に先程の苛立ちも霧散する。

千尋も同じ様に息を整える。

玄龍円谷はもはや太刀というより日本刀に近い形をした赤黒い刀身を持つ大剣と言うべきだろうか––––––そんな刀を千尋は構える。

構えた刀の刀身をブレさせてしまう事はなく、一切の不動を維持して、切っ先を箒に向ける。

それは箒も同様だった。箒の使用する葵は大した能力は無いが、量産型特有の安定性と扱い易さを持っている。

だが千尋と箒にとって、スペックなどどうでもいい。

今はただ––––––眼前の敵に集中すればいいのだ。

––––––2人は互いに刀を構え、静止する。

いや、確かに2人は息をしているし生きている。だが微動だにせず、構えたまま立っている様は静止している––––––と言い表すに相応しい。

––––––静止している2人の間を風が吹き、砂塵が僅かに舞う。

5秒後、風が止んだ––––––瞬間、火蓋が切り落とされた。

紫龍を纏いながら玄龍円谷を手に、千尋は箒との間に隔てられた十数メートルもの距離を一息で駆け抜けるかのように地面を蹴り飛ばす。

打鉄を纏いながら葵を手に箒も、迫り来る千尋目掛けて駆け込んで行く。

––––––玄龍円谷と葵の刃がぶつかり合い、衝撃波とガギィン‼︎という甲高い金属音が、空気を震撼させる。

 

「っ––––––」

 

箒は口を思わず歪める。

––––––打鉄の馬力では、紫龍の暴風染みた斬撃に到底敵わないのだ。

だから思考操作で、打鉄の安全装置を外す。

本来ならそんなことはあまりに危険極まる愚行中の愚行。

しかし、箒は気にも止めなかった。

 

「––––––はぁっ‼︎」

 

再度、千尋に箒は打鉄のスラスターを吹かして突撃––––––そして、機体の自重を安定させるためなのか骨太の脚部の膝底部に斬撃を見舞う。

葵の刀身は堅牢な脚部装甲に弾かれて火花を引き起こしながら弾かれる––––––だが、手答えはあった。

 

「––––––ッ」

 

千尋の紫龍は一瞬バランスを崩し掛けるが、すぐ様体勢を立て直す––––––しかし、箒はそれを許さずに、追撃を加える。

 

「––––––ふんッ‼︎」

 

打鉄の機体各部に取り付けられた姿勢補助スラスターを起動し、メインスラスターを吹かしたまま千尋の斬撃を喰らわぬようにすべく再び低空から迫り––––––メインスラスター、サブスラスター、姿勢補助スラスターの全てをランダムに点火。

––––––安全装置を外した所為で機体の反動が身体のあちこちにダメージを与える。

だが、そんなものは無視する。

そしてそのまま箒は葵を握り締めながら、じゃじゃ馬の打鉄のスラスターをランダムに点火したまま突撃。

––––––旋風を纏った葵の刃による豪雨のような斬撃の連撃。

各部のスラスターの出力を調整することで機体にも人体にも負担がかかるが、それで並外れた連撃を叩き込むのだ。

ガガガガガガガガ‼︎、とマシンガンのように響く甲高い金属音。

しかし、一瞬後、箒は今の攻撃は悪手だったと悟り、瞳を見開く。

何故なら、千尋はそれら全てを反射的に腕部の籠手型装甲を盾がわりにして防いだのだ。

 

(素人の割に、やる––––––‼︎)

 

箒は悪態をつくような、それでいて高揚に満ちた感情を自身の内に生み出していた。

訓練の前に千尋は近接戦はからっきしだと聴いていたが、今の箒にはそんな風には感じられなかった。

今の箒に千尋は––––––得難い強者という認識だった。

 

(––––––ああ、またスイッチが入ってしまっている)

 

自覚する。

箒は近接戦で難敵を相手にすると、何処か戦闘狂じみた行動を取るスイッチが入ってしまうのだ。

例えば、今がまさにそうだった。

瞬間、箒を覆うように影が出来る。

千尋が無理な体勢から玄龍円谷を振り下ろそうとしているのだ。

しかし箒は恐れることはなく側面にバックステップの要領で躱しながら跳躍––––––。

玄龍円谷は箒が2秒前に立っていた空間を斬り裂き、地面に刃を突き刺してしまう。

そこに、跳躍した箒が玄龍円谷の峰に降下––––––衝撃で玄龍円谷がさらに深く地面に沈む。

そしてそのまま箒は葵を振りかぶり、千尋に斬撃をかます––––––。

 

「ッ––––––‼︎」

 

だがしかし、千尋は玄龍円谷の柄を手放す。

––––––そして、上半身を弾かれたように背後に倒れるようにのけぞり、葵による斬撃を紙一重で、躱す。

さらに、上半身に千尋は体重を加え––––––倒立の要領で箒目掛けて右足で蹴り上げる。

しかし、箒はそれを躱してしまう。

––––––だがしかし、千尋とてそれは織り込み済みだった。そのままでは、終わらない。

体を支えていた両腕のうち、右手を地面を離し、腕の間を通して堅牢な装甲で固められた右脚部で打ち上げるように蹴り上げ、さらに左手を離した瞬間に同じく堅牢な装甲で固められた左脚部で突き刺すような蹴りを放つ––––––しかし、これも躱されてしまう。

だがそれらの一連の動きで生み出された勢いは殺さぬまま、右足を軸にして体を回転––––––そして今度こそ、箒の腹に左足の蹴りを入れる。

しかしこれで安堵してはならない。気を抜けば、またあの斬撃が来る。

その前に出来るだけシールドエネルギーをすり減らす必要がある。

だから、まだ勢いは殺していない。

今度は付いた左足を軸に回転し––––––堅牢な脚部装甲を持つ右足による蹴りを放つ。

それで箒は吹き飛ばされる。

––––––この間、わずか6秒。

その威力は、生身の人間が鉄筋で殴りつけられたものだった。

だがまだ気は抜かない。

気を抜けば負ける––––––橙子からはそう教わった。

確かに今の状況はまさにそうだ。

つい先程まで自分は箒に押され気味で、今やっと巻き返し始めている。気を抜けば負けるのは間違い無かった。

なら、最後の最後まで叩き潰す。

千尋はそのまま地面を蹴る。

ドンッ、と千尋がアリーナの地面を蹴り飛ばすだけで、箒との距離は一息で縮まる。

 

「––––––ぐ、ぬッ‼︎」

 

しかし姿勢補助スラスターで体勢を立て直した箒が迎撃すべく、葵を投擲––––––千尋はそれを左腕で防ぐが、それで隙が生まれてしまう。

そこに、箒は拡張領域から展開した予備の葵で玄龍円谷と刃を交える。

だが、それは一瞬。

箒は玄龍円谷の刀身を受け流し、それをレールのように走らせながら千尋の首を狙う––––––。

 

(––––––本当に箒は上手い)

 

自身に危機が迫りながらも、千尋は尊敬の念を示していた。

箒の一撃一撃の繊細さと計算された攻撃だ。

千尋はハッキリ言って近接戦は力でごり押しすることくらいしか出来ない。

だが箒は必要な箇所を必要な時に攻めて来る。

無駄のない、洗練されている腕前––––––それには感服せざるを得ない。

でも、今すぐに箒並みの腕前を手に入れるなんて、無理だ。

なら今は––––––力押しでやるしか、ない。

 

「ふッ–––––––‼︎」

 

千尋は玄龍円谷の刃を45度回転させると、肘部に内蔵されていた補助スラスターを点火。

ガギィン‼︎という甲高い金属音を上げて、箒の葵は弾かれる。

そして、追撃。

千尋は玄龍円谷をそのまま返す刀で、力を込める。それと同時に玄龍円谷に赤い紅い鮮血のような色をした神経回路の形をしたエネルギーバイパスらしき蛍光が刀身に浮かび上がり––––––

 

「––––––とどめ‼︎」

 

––––––一閃。

ガンッという、重低音に満ちた金属の発する音とは思えない異様な音を轟き、暴風のような衝撃が箒を吹き飛ばし––––––試合は終わりを告げた。

 

「……ん?あれ?…箒〜?」

 

ふと、吹き飛ばされた箒に声をかけるが、返事が無い。

 

(…あ……やばい…)

 

瞬間、千尋は何故だか分からないが ” やらかしてしまった ” という感覚に襲われ、酷く焦燥に満ちた表情をした。

––––––このあと、かなりテンパった様子の千尋が箒をお姫様抱っこした状態で保健室に駆け込むのを神楽が目撃したそうな……。

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

???・2026年3月2日午後2時47分

––––––国連極東方面軍館山基地

 

湾上には沿岸警備の為に【タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦】と【こんごう型ミサイル護衛艦】、【モンタナ級戦艦】が航行しており、湾港には【アーレイバーク級ミサイル駆逐艦】に【そうりゅう型潜水艦】複数隻と【もがみ型砲撃護衛艦】、【ブッシュ級通常動力型戦術航空母艦】が停泊しており、鋼鉄の牙城群に満たされていた。

その真上を、戦術機カーゴを搭載した【CL1201輸送機】が180基のジェットエンジンと4基のNNリアクターエンジンの爆音を轟かせながら滑走路に向けてランディングして行く–––––。

浦賀水道の入り口にある––––––かつて、【IS学園】と呼ばれていた施設の跡地を流用した極東防衛の要所たる国連軍館山基地は、そこに置かれていた。

 

「寒……」

 

外套(がいとう)––––––いわゆる軍用コートを身に纏いながら、特務自衛隊第1特殊戦闘群【東雲箒】三尉は雪雲が掻き消され始めてはいるものの、やはり暗い空を見上げながらそう呟いた。

春先に入り、毎年恒例の【核の冬】と地形変動による大規模寒冷前線が日本列島から遠去かり、暖かくはなり始めてきているものの、やはり5年前––––––2021年の3月と比べれば今の方が圧倒的に寒い。

東北地方や北海道などでは毎年のように起こる冷害による影響で農作物には甚大な被害を被っている。

近年はある程度マシになりつつあるものの、やはり被害そのものは出てしまうらしく、未だに市場における天然農作物は高騰化して、今や安価に手に入れられる食材はバクテリアを合成して生産される合成食糧と輸入食糧のみとなっていた。

これが美味いなら未だしも不味い。

栄養になる事にはなるがとにかく不味い。

––––––調理や味付け次第では美味くなるのだが、普通に食べると我慢できなくはないが不味い。

それでも、この状況––––––ユーラシア大陸は次々と陥落し、日本列島各地にも巨大不明生物が襲来し局地的に被害を引き起こしているという現状では、合成食糧の味の問題なぞ我慢しなくてはならない。

––––––閑話休題。

そもそも国連軍指揮下とはいえ特務自衛隊の箒が何故ここにいるかと言うと––––––

 

「あ、箒!来たんだ‼︎」

 

陽気な声音。

声の源を見ると、そこにはウサギを連想してしまいそうな可愛らしさを持つ金髪の女性––––––国連軍特殊作戦群M-03中隊所属の元フランス人にして現在は日本人である【シャルロット・デュノア】少尉がいた。

 

「どうしてまた?」

 

「いやなに、次の作戦はお前の部隊と共同だろう?だから挨拶に来たんだ。」

 

「へぇ…わざわざ八広駐屯地から?」

 

「ああ…だが、それはついでだな。本題はこいつだ。」

 

ふと、箒はカバンから封筒を取り出してシャルに渡す。

封筒には『開封厳禁』と日本語の明朝体と英語で書かれていた。

 

「それをここの司令に渡してくれ。お前たちの役に立つモノだ。」

 

「ああ、ありがとう。…ところでさ」

 

「ん?」

 

––––––ふと、シャルが意地悪めいた顔をしながら箒を見て、口を開いた。

 

「最近、千尋とはどうなの?相変わらずラブラブ?」

 

––––––瞬間、箒の顔が真っ赤になり、頭から湯気を立てて羞恥に歪んだ顔をする。

 

「んな…な……」

 

「あはは、照れてる照れてる。まるで茹でダコみたい。」

 

「⁈う、うるっさい‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

そんな箒をからかうようにシャルは言って、それに対して照れ隠しとして箒は怒鳴った––––––しかしその声は、滑走路から離陸したP-3哨戒機のジェット音に掻き消された––––––。

 

「……太平洋における海棲巨大不明生物の掃討作戦………かぁ…今までだったら対潜駆逐艦や対潜潜水艦、空母の役割だったのにね…」

 

「…それだけの戦力では抑えきれなくなったんだろう……つまるところ、私たち人類はそれ程にまで追い詰められているんだ。」

 

箒の憂いを孕んだその声にシャルも頷き、飛び立つP–3哨戒機の先––––––遥か果てまで続く太平洋の水平線を眺めながら、2人は呟いた。

 

 

 

 




今回はここまでです。

前半は弁当タイム&シンIS世界の女尊男卑に関しての状況でした。
…てか、現実世界で女尊男卑やったらこんな感じになるんだよなぁ……。

訓練時の一夏の自己中心的な思考の元ネタは「誠氏ね」なアイツもですが、他にもいます。それも現実世界に。
…なお、今回の千尋を見て分かるかもですが、千尋は牧教授による影響と核廃棄物投棄を行なった自分勝手な考えの人間を嫌悪する傾向にあります。
………ただコレ、盛大なブーメランなんだよなぁ…。
訓練試合のシーンは…書くのすっごい疲れました…。

そして平行世界の2026年の未来における日本……の、旧IS学園跡地に作られた国連軍館山基地。
次なる作戦に赴く箒とシャル……こちらの箒もシンISの箒みたく可愛げはありますが…色々なモノを失い過ぎたんですよね…。

次回も不定期ですがよろしくお願い致します。




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EP-06 壊レタ世界ノ彼女/傷の在処

今回はいきなり並行世界の方から始まります。






???・2026年3月2日午後3時04分

国連日本方面軍館山基地・PX(食堂)

 

長テーブルにパイプ椅子が多数並べられた、簡易的な食堂。

しかしそれでいて部屋の広さは異常なまでに広く、何より壁や天井も清潔感と暖かみに満ちた明るい白を基調としており、床も灰色ではあるが白寄りで、天井のLED照明が白とオレンジの照明であるために床にも暖かさを感じる色となっていた。

 

「––––––なぁ、書類を渡したら私は帰って報告書を書かなくてはならないんだが。」

 

「いいじゃない。最近、缶詰状態だって聞いたから、たまには息抜きしたら?」

 

酷く生真面目な顔の箒に対してシャルは無邪気に微笑みかけながら言う。

 

「––––––はぁ…」

 

少し頭を抱えながらも、少しそれに甘えることにした。

––––––確かに最近は諸事情で戦場に赴けない代わりに報告書や書類整理などの雑務、そして東京都内の復興作業現場の警備担当……など、様々な仕事を抱えることになっている為に箒の顔には見て取れるほど疲労の色が浮かんでいた。

注文した紅茶に砂糖を入れて、それをスプーンで混ぜて口に運び一口、含む。

 

「…暖かい……」

 

少し、頰を赤らめながら呟く。

それもそうだ。

ついさっきまで春先とはいえ、気温9度––––––5年前の基準なら真冬並みの寒さの中に居たのだから。

 

「東京の方はどう?」

 

「…相変わらずだな。瓦礫の山と化した千代田区や中央区などの復興は5割ほど進んでいるが……」

 

シャルの質問に対し、箒は少し曇った顔で言う。

 

「––––––立川防災予備施設から東京都庁…いや、今は臨時国会議事堂か。かつて副都心と言われていた場所に政府機関が置かれて、それが定着しつつある今、永田町に政府機関を戻す意味があるかどうか……という議論になっているらしいから、千代田区が復興しても再び国の中心地になるか否かと言われれば……な。」

 

東京防衛戦に於いて、首相官邸をはじめとする政府機関が省庁を放棄して立川防災予備施設に移転せざるを得ない状況に追い込まれ、一時は立川市が日本の暫定首都となった。

そして東京23区が落ち着き始めてから再度政府機関を都心部に移転。

しかし永田町付近は壊滅状態にあり、即座に政府機関を機能させる事は難しいために都心部で被害が皆無と言うに相応しかった新宿区に国会と官邸の機能を移転し、新たな政治の中心地は東京都の経済の中心地でもあった新宿区・西新宿となり––––––現在に至る。

将来的には永田町に政府機関を戻す予定だが、ただでさえ各地の巨大不明生物災害による被害に対する復興予算、ユーラシア大陸から受け入れた難民への補助金制度の制定、未だに避難生活を余儀なくされている都心避難民への支援、巨大不明生物対策法の強化に巨大不明生物対策装備の開発と早期警戒システム確立の為の防衛予算に国連軍への維持予算の負担など、政治的・国防的にやることは山積みで、今となっては永田町に政府機関を戻す戻さないどころでは無くなっていた。

それだけでなく、壊滅状態に陥った千代田区の機能を新宿区が代替しており、企業の本社や東京防衛戦時に関西に避難していた各国大使館も新宿区や隣接する渋谷区に集中移転している中、永田町に再度政府機関を移転すれば政治的にも経済的にも混乱を招くことは明らかだった。

 

「…じゃあ、千代田区の復興は…」

 

「復興はやり遂げるだろう。あそこには皇居もある。……忘れられがちだがこの国の首都は天皇陛下の居られる場所で決まるからな。それに新幹線を再度開通することで遠距離交通機関が回復し、各地への移動がより円滑になり、同時に東京の財政も安定する……だがそれだけだ。多分千代田区に政府機関が戻ることは無い。」

 

シャルに対し、やはり箒はそう告げる。

 

「まぁ…そうだよね。新宿副都心から、新宿新都心になった今から移転しても…」

 

「…ああ……何より現政権は国民に負担や不安を与えることを嫌っているから、移転する可能性は限りなくゼロだろうな。」

 

紅茶をぐい、と飲み干して箒は言う。

そして、ふと思いついたように話題を変える。

 

「……そういえば、お前の部隊にはフランス人がいたな。」

 

「あ、そうそう。デュノア社から派遣された技術士官の人はいるよ。」

 

フランスにおいてIS関連では国内3位のシェアを誇っていたがイグニッションプランから外され、経営不振となった為に白式のデータを奪おうとしてシャルを派遣し、シャルを日本に亡命させるまで追い詰めた、元凶––––––それがデュノア社だった。

 

「…その人は社長––––––つまり僕の父さんに信用されて、関係が深かった人でね…色々聞いたよ––––––どうして、僕を派遣したのか…とか。」

 

シャルが少し重いトーンの声音で口を開く。

 

「父さんはね、自分の欲の為に僕を派遣した訳では無かったんだ。会社を守る為というのもまぁ、正解と言えば正解だった。でも本当の理由は––––––『社員と僕を守る』為だったんだって。」

 

それに少し箒は驚きながらも、黙って聞いてやる。

 

「父さんは、社員の人達が食うのに困らないよう、家財を売り払って会社の足しにしたりしてたみたい––––––『人を率いる以上、その立場にある者は自分の身を削ってでも率いている者を生かす責務を果たさなくてはならない』––––––そう言って、色々やってたみたい。」

 

シャルは少し泣きそうになっている。

しかし、シャルは続けて言おうとする。

 

「それで––––––僕にスパイをやらせたのも、父さんが知り合いの駐日フランス大使に頭を下げてお願いして、そのフランス大使経由で楯無さんに合法的に亡命をさせて貰うためだったんだって––––––そして全部の責任は、父さんが受けるつもりだったみたい。」

 

「…………」

 

「本当…バカみたい……僕は愛人の子だから放っといてくれたら良かったのに…。なのに、会社も社員も僕も守ろうとして自己犠牲に走るなんて………本当…バカ、だよ…」

 

ついに目頭から涙が流れ落ちる。

––––––シャルが亡命した後にデュノア社の社長は逮捕され極刑に処され、持病によって獄死したらしい。

だが彼が犠牲になった事でシャルは日本人に帰化する形で今この瞬間を迎えることが出来て、デュノア社もフランス政府によって国営化される形となったが社員らは働くことが出来て尚且つ欧州連合における重要な兵器開発・生産の役割を担っている。

––––––彼のやったことを犯罪だ、裏切りだ、偽善だ、という輩は居るだろう。それは事実だ。

––––––だが、箒は純粋に、

 

「そうか…お前は……親に恵まれたな。」

 

少し、憧憬を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

2021年4月22日午後5時02分

IS学園・保健医務室

 

「––––––ッ⁉︎」

 

箒は、がばり、と身を起こした。

それと同時に痛みが全身を駆け巡る。

一瞬顔をしかめたが、手を額に当てて、先程まで脳裏に浮かんでいた景色を思い返す。

––––––金髪の少女と話していた景色を。

 

「…私、は………今のは、夢…?」

 

けれども、それは夢などよりも酷く鮮明で現実じみた景色と感覚で、まるで【自分ではない自分と感覚を共有していた】ような––––––そんな、奇妙な感じだった。

 

「…あ、起きた。」

 

ふと、左耳の鼓膜を刺激する、ほんの1日しか経っていないのに、よく聞き慣れた声。

––––––見ると、相変わらず何処か笑っているような顔をしていて、けれども今は心配そうな瞳をしている千尋がいた。

 

「ごめんね。ちょっと訓練試合でやり過ぎた。」

 

「…あ、ああ。そっか…私は気絶したのか……」

 

頭を抱えて、少し溜息を吐く。

千尋は耳を垂らした仔犬のように落ち込んだ雰囲気を醸し出している。

そんな千尋を見て、箒は微笑む。

 

「そんなに落ち込まなくて良い。何より、私は改めて自分を知れたからな。」

 

ふふ、と笑いながら箒は口にする。

 

「––––––そう、色恋沙汰に溺れる資格すらない半端な未熟者だと、改めて認識した。」

 

「––––––はい?」

 

千尋は思わず虚を突かれたような顔をする。

色恋沙汰がどうのこうの〜というのは千尋からしたらまだ遠い出来事のような気がするから別にいい。

ただ、何故技量が半端な未熟者だからといって色恋沙汰をする資格が無い––––––に結びつくのかが、よく分からなかったのだ。

だからつい、疑問符を浮かべてしまう。

 

「あのさ…そこはちょっとズレてない?」

 

「何を言うか!己を守る事すらままならぬ私が色恋沙汰に溺れてさらに怠けてしまってはならんだろう‼︎」

 

少しワガママな感情を少し含んだ声音。

けれども、何故か真剣さを孕んでいた。

 

「––––––今のご時世、ISパイロットというだけで【亡国機業】のようなテロ組織に狙われるのだ。…特に、『【天災】篠ノ之束の妹』というレッテルを貼られている私には、いつ何が降りかかって来るか分からない。––––––我が身に降りかかって来る火の粉を払い除けることすら出来ない人間は、色恋沙汰をするよりも己を精錬すべき––––––そう思ったから、この結論に至ったのだ。」

 

––––––それが箒の答え。

確かに、篠ノ之束を相手に交渉したりするなら箒は格好の材料になる。

そしてIS学園が安全地帯ということを差し引いても、それを実行しない輩がいないはずが無い。

いくら対空迎撃能力の優れた装備を学園が有していても、その元となるレーダーサイトや発電機を潰されればただの鉄屑同然––––––。

さらに如何に優れた技量の教師がいようとも必ずヘマをしないわけでない。

––––––最悪の場合は、自らの手で自分を守らなくてはならない立場に自分はいると、自身の置かれた位置を理解した上でそう判断したから箒はそう言ったのだ。

––––––だが、また、疑問が千尋の脳裏に芽生えた。

 

「箒…聞いてもいいかな。」

 

「なんだ?」

 

「––––––あのさ、強くなるって…具体的にはどうするつもりなの?」

 

「決まっているだろう。日々鍛錬を積み、日々欠かさず自らの手で己を鍛えて、日々の暮らしから成る円環を崩さぬよう––––––」

 

自分は自分で鍛えるものだ––––––

箒は、それがさも当たり前のように言う。

箒の言葉はまだ終わっていない。

普通なら最後まで人の話とは聴くものだ。––––––だが千尋は反射的に聴いてしまった。

 

「––––––そこに、他人……例えば、大人を頼るという選択肢は、ないの?」

 

箒の考えの中で欠落していた箇所を、千尋はつつく。

––––––箒の考えは確かに素晴らしい。

自分から自分を進んで鍛えようとするのは確かに素晴らしい。

だが、少なくともIS学園(ここ)の教師––––––すなわち大人は自分達より腕は上のハズだ。

本当に強くなりたいなら、大人を頼るのが、当たり前なのに––––––箒はそれを口にしなかった。

––––––単なる、些細な疑問。

––––––本当に気になったから口にした言葉。

 

「––––––っ……」

 

しかし、その言葉は、箒の持つ意志に或る綻びを刺し貫いた。

––––––箒の顔色が打って変わる。

先程まで歌うように口にしていた言葉が、詰まる。

––––––保健室に流れる沈黙。

その有様を見た千尋は、思わず声を出す–––––––しかし、それよりも一瞬速く、箒が声を放った。

 

「––––––大人は、嫌いなんだ…‼︎」

 

––––––努めて冷静に、しかし瞳には明らかな憎悪と軽蔑の色を浮かべ、怒気を孕んだ声を静かに口から放つ。

付き合いは昨日と今日だけ。––––––しかし今数瞬前まで浮かべていた箒の表情とはまるで別人のような表情。

––––––地雷を踏んでしまった。と、千尋は理解する。

 

「大人はすぐ嘘を吐くし、すぐに自分たちの都合で子供を振り回して、自分達が満足したら子供なんてどうでもいい––––––そう考えてる連中なんだ…‼︎」

 

––––––千尋を無視して、箒は苛立ちを収めるためか、呪詛を吐きますように言葉を続ける。

 

「…––––––姉さんを壊して、私を都合のいい玩具にして、満足したらゴミのよう放ったらかして––––––それでも足りなかったら今度はそれ以上のことを強要して、挙句勝手に肉の塊になって––––––‼︎」

 

千尋の付け入る隙を作らせない、怨嗟に満ちた言葉の数々。それは山脈のように連なっていく。

同時に、箒の目頭から悔し涙とでも言うべきか、塩味の雫が、ひとつ、ふたつ、と零れ落ちていく。

 

「大っ嫌い……大っ嫌いだ。大人なんて、親なんて、大っ嫌い……少なくとも、私はあんな奴らの子供になんて、産まれたくはなかった……‼︎」

 

––––––論点は、あまりにズレていた。

何故、大人がダメなのか––––––という話だったのに、いつの間にか、箒の両親の話になっている。

––––––ふと、箒がISスーツから保健室の教師に着替えさせられた浴衣型の寝間着が箒が激しく動いた所為ではだけて––––––隙間から素肌が覗く。

 

「––––––。」

 

千尋は口にしない。

––––––いや、口に出来ない。

千尋は顔を動かさない。

––––––いや、顔を動かせない。

––––––そこには、《篠ノ之箒》という【肉体(からだ)】の見え難い箇所に刻まれた無数の傷が有ったから。

傷は大小様々な大きさで、確認できるだけでも小さい傷は1ミリ程度だが、大きい傷は5センチ以上にも及ぶ跡が残されていた。

そんな傷が10以上––––––いやもしかしたら前面のみならず背中にも同じ数だけあるかも知れないし、服に隠れている箇所にさらに刻まれているかも知れない。

––––––そうなれば、下手をすれば20以上もの傷が刻まれている事になる。

––––––異常だ。

千尋は無知なりに頭を働かせて結論を産む。異常だ、という結論を。

牧から与えられた基礎知識だが、ヒトは全体的に見れば殺し合いをする可哀想な生き物だが、部分的には殺し合い以外の方法で接しているから傷はそんなに体には刻み付けられない––––––それが千尋にとっての当たり前だった。

––––––では、今眼前にいる少女の【傷跡(さんじょう)】は一体なんなのか。

––––––わからない。

今の千尋には、理解出来ない。箒の傷跡が何故出来たのか、理解に達しない。

それは、千尋にとって未知の領域だったから。

 

「––––––なんだよ、これ––––––…」

 

無意識の内に千尋は今の心情を声にしてしまう。

 

「––––––あまり、思い出したくないから、追求はしないで欲しい…でも、人間は––––––特に、純粋から卒業してしまった大人の中には、こんなことをする奴もいるんだ…。」

 

–––––––沈んだ声。

その一声で、千尋は全体を理解する事は出来なかったが、部分的に、察した。

箒が幼い頃に、親とトラブルがあって、それによって【肉体(からだ)】に傷を刻み込まれ、【精神(こころ)】には【心傷(トラウマ)】を刻み込まれた。

––––––そしてそれが、今の【人格(ほうき)】を産み出してしまったのだ。

親––––––すなわち大人に憎悪感情を抱く、箒を。

外れているかも知れないが、今の話からするとそう思えた。それが、無知なりに頭を働かせた結果出た千尋の【仮定(こたえ)】だった。

 

「––––––ごめん…嫌なこと、思い出させた……」

 

千尋は謝罪する。

それに箒は少し、穏やかに戻り始めた顔をしながら応じた。

 

「…いや、別に構わない。…私も少し暴走してしまった……八つ当たり染みた事をしてしまい、すまない……」

 

箒まで謝罪する。

––––––再び、沈黙が保健室を支配する。

しばらくの間、2人はその場にいた。

––––––静けさが支配するその空間に、穢れを知らない虚構と穢され尽くされた少女だけが、残された––––––。

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

東京都新宿区西新宿

アンノ技研新宿シティセンタービル

 

––––––薄暗い、しかしそれでいて翡翠色の蛍光灯が照らす部屋。

ステンレス製で、外から伸びてきているケーブルと繋がっている無機質な椅子に腰掛けて虚ろな瞳を浮かべている《天才》篠ノ之束がいた。

 

「––––––ああ、分かっている。」

 

ふと、虚ろな瞳の束は1人でに口を開く。

 

「これ以上白式を放っておけば、最悪の結末になりかねない。……織斑一夏の生命与奪も検討しなくてはならない。」

 

普段の束のような、陽気で天真爛漫な子供らしい口調とは程遠い、冷たく理知的で機械的な、大人びた声音。

 

「––––––あんたバカァ?」

 

ふと、今度は違う声音。

今少し前の大人びた声音とは打って変わり、強気な子供––––––という印象の声音へと変わる。

しかし、これも束の本来の声ではない。

 

「織斑一夏なんて、所詮は【天災】が利用しているモルモットに過ぎないじゃない。そんなのを殺したってどうにもならない––––––殺るなら、大元の天災をやるべきでしょうが。」

 

「––––––ですが、あの天災がボロを出さない限り、手出しは出来ません。下手をすれば日本国の国際的立場を悪化させる恐れも––––––」

 

また、違う声。

今度は丁寧口調で生真面目な感じの声。

 

「でも、かといって後回しには出来ない––––––」

 

そして、また違う声。

––––––しかし、それは篠ノ之束本人の、本当の声だった。

 

「だから、今は出来る限りの事をするしかない––––––違う?」

 

答えは、帰ってこない。

代わりに沈黙––––––すなわち肯定。

今まで束と違う声の主たちは納得したらしい。

 

「––––––じゃあ、これで会議はお終い。集まってくれてありがとう。…◼︎◼︎たち––––––」

 

そういうと、弾かれたように束は顔を上げる。

瞳には光が宿り、生気を孕んでいる。

しかし、部屋には束以外に誰もいない。

––––––先程まで、肉体のない似て非なる自分たちと言葉を交わしていたのだから。

––––––ガチャリ。

ふと、部屋の扉が開く。

入って来たのは––––––橙子だ。

 

「どうだ?久々に◼︎◼︎たちと言葉を交わした感想は。」

 

「––––––最悪。頭がガンガンしてる…もうちょっと、補助バイパスを増設して欲しいかなぁ……」

 

橙子の質問に、束は苦笑いを浮かべながら言葉を返す。

そして、ふと自嘲するように皮肉めいた声を口にした。

 

「……なんだかさ…私ってガリバー旅行記に出て来た王様みたい。お医者さんに手術して貰ったヤツ。」

 

「バルニバービの医者だな––––––空飛ぶ島ラピュータに2人の王がいて、どちらも自分が支配する方が相応しいと主張していた。そこでバルニバービの医者は2人の王の脳を半分ずつに分けて、ふたつの脳をひとつに再接合した。こうする事で、思考は人の倍以上可能…具体的には、より円滑で柔軟な思考が可能となる––––––『自分が世界を支配する為に生まれて来たと自惚れている者には、相応しい末路だろう』––––––そう、ガリバー旅行記の作者であるスウィフトは書いていたな。」

 

「そうそう…束さんの作ったISコアもそれに似てるんだ。だから私もその王様みたいだなぁ……って思って。」

 

「––––––ふむ、確かに似ているな。支配者は別だが。」

 

そう言いながら、橙子はゼリー状食糧の詰まったパックをグイ、と飲み干す。

 

「さて––––––明日は、クラス代表別トーナメントか…」

 

部屋に掛けられたカレンダーを見ながら、橙子は独り言ちた。

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。

並行世界の首都東京の状態、そしてゴジラISでシャルにスパイをやらせた社長の真意……あの世界では、色々な形で大勢の人々が犠牲になることでより大勢の人々が生かされている––––––という形になっています。

さて、シンIS世界は…千尋のみならず箒まで感覚が共鳴してしまいました。
……実はこれが感想でも指摘されていた【千尋も箒も練度高過ぎない?】という点に関連して来ますし、後々重大なフラグになります。


––––––箒が設定で両親の事が嫌いな理由…まぁ、察した方もいらっしゃると思いますが、虐待です。
そしてこの時に、束は一度壊れました。
––––––この時の文章ですが、【Fate】や【空の境界】などを手掛けた《那須きのこ先生》の言い回しを真似てみました。……だってアレカッコイイねんもん…。

束のシーンは…もうちょっとお待ち下さい。
コレバラしたらISコアの設定が早々に露呈しちゃう……。
さて、次回はクラス代表別トーナメントです‼︎
まぁ、原作通り、ゴーレムがちゃぁぁんと来ます(一夏と千尋の噛ませ犬として)。

次回も不定期ですがよろしくお願い致します。




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EP-07 壊レタ世界ノ政殿/因果流入

何ヶ月も更新放ったらかして申し訳ありません。

ゴジラISばっかり書いておりましたので…。
今回は対ゴーレム戦の直前となります。
あと政治的な話がてんこ盛りだったり……(´ω`)




◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

 

クラス別トーナメント当日・IS学園

 

クラス別トーナメントが開催されてる学園は来賓者は大いに賑わっている。

生徒たちも織斑が出場するということで熱狂さえしている––––––。

そんな学園の喧騒から蚊帳の外にいる2人が、中庭にいた。

 

「––––––そういや箒、クラス別トーナメントの応援には行かないの?」

 

ベンチに座っていた千尋が不意に箒に尋ねた。

 

「……喧嘩したばかりの奴を応援しにいく必要なんてなかろう。クラス別トーナメントの応援は義務ではなく有志だからな…。」

 

箒は不機嫌そうに応える。

どうやら、織斑と凰の件を未だに根に持っているようだ。

––––––けれど、それは当たり前だろう。どんな生き物だって身に迫る危険に会敵するよりも前に対処すべく、可能な限り接触を回避する。

それはどのような種であろうと、生命共通のモノだからだ。

 

「それに––––––私は、お前といた方が楽しいというか、その…まぁ…なんだ…えっと………と…」

 

ふと箒はどこか恥ずかしそうに赤面し、頭頂から湯気を放ちながら、ごにょごにょ…と口にする。

それを、千尋は面白そうなモノを見る目で見つめる。

 

「う”っ…」

 

箒はその千尋の視線に気不味さを覚える。

––––––なにより、どことなく笑っているように見える真顔の不気味さも相まって、本能的に何かを口にしなくてはいけないと思わされてしまう。

 

「と……」

 

箒は考えた末に口にする言葉を思いつく。

しかし羞恥心が勝り、続かずに途絶えてしまう。

 

「と?」

 

それに千尋は首をコテンと傾げる。

…不覚にも、どことなくその小動物らしい仕草を箒は可愛らしいと思わされた。

それが箒の限界で––––––つい、口にしてしまった。

 

「と、とりあえず私は一夏を応援する気なんかない!…そ、それにお前は放っておくと何をやらかすか分からないから保護しておくだけだ‼︎」

 

必死で思考を巡らせ、縫い合わせた建て前。

確かにそれは理に適っているが、千尋はすぐにそれが本心ではないと悟る。

––––––だから、問いを投げかけた。

 

「本音は?」

 

「んなっ…だ、だから…それが本音だと言っているだろう‼︎」

(だいたい、本当は千尋と一緒に居たいから…なんて言える訳ないだろう‼︎)

 

相変わらずゆでダコのように耳から頰を経由して鼻先まで顔を真っ赤にしながら、頭から湯気を放ちながら、箒は照れ隠しに怒鳴る。

本心は胸の内に秘めながら。

––––––その姿の箒が少し、可愛らしいと千尋は思った。

 

「とにかく!私はクラス別トーナメントの応援には行かないからな。」

 

少し、むくれた顔をして言う。

それに千尋は、あははと相変わらずどことなく常に笑っている顔で空笑いしながら「ごめんごめん」と謝罪する。

––––––そこへ、

 

「あら、今日もお熱いわねぇ…おふたりさん?」

 

ニヤニヤと揶揄うような顔をした神楽がやって来る。

 

「か、神楽…!あのだな、昨日も言ったように私と千尋は––––––」

 

「はいはい、友達以上恋人未満で同居人止まりなんでしょう?」

 

箒は弁解しようとするが、神楽はからかいながら歌うように軽くいなす。

 

「そ、そうだ。…まぁ、本当はそれ以上の関係に進みたい…と、思って、いないわけ、でも……」

 

箒はそれに応じるも、本心を吐露出来る相手だからか、本心を口にする。

しかし千尋が近くにいるからか口が進むごとに声がごにょごにょと小さくなって行く。

やはり羞恥心が邪魔しているのと、箒の内心に秘めた恋心を抱くべきではないという決心が本心を阻害する。

それを見た神楽は呆れて、口にする。

 

「はぁ…箒、そんなんだからね––––––『ツンデレヘタレ』って私に言われるのよ。」

 

「んなっ…!だ、誰がツンデレヘタレだッ!!」

 

思わず箒は叫んでしまう。

––––––ちなみに【ツンデレヘタレ】とは、普段はツンデレなのに恋愛などで此処ぞという時にヘタレになってしまう箒に対してつけた神楽のアダ名である。

 

「…?…箒、ツンデレヘタレってなぁに?」

 

「お前は知らなくていいから!!」

 

しかしツンデレやヘタレという言葉を知らない千尋からしたらその言葉は疑問の塊でしかなく、思わず聴くが、箒はそれをバッサリと斬って捨てる。

そしてそれを、神楽はおもしろ可笑しく笑う。

 

「––––––さて、本題に戻りますか。」

 

ふと、神楽は口を開く。

それを箒は訝しげな表情をして、問う。

 

「本題?」

 

「そそ、ちょっと貴女を呼んでくるように頼まれてねー…千尋の保護者さんに。」

 

それを聞いて、千尋も口を開く。

 

「––––––橙子が?」

 

「そ。なんでも箒に渡したいものがあるんだとか––––––まぁ、付いて来なさいな。」

 

そんな風に神楽は言うと、2人は彼女の後に続くように立ち上がった。

––––––箒の意識に何かが流れ込んで来たのは、その時だった。

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

???・2022年9月15日

東京都墨田区・特務自衛隊八広駐屯地

 

––––––今日も仕事だ。

箒は内心不満気に思いながらも脚を運ばせる。

向かう先は駐屯地の外にある東京副都心と新都心を結ぶ自衛隊臨時専用バスの乗り場だ。

整備された駐屯地から一歩足を踏み出せば、眼に映るのは立ち並ぶ廃墟と化したビル群と、瓦礫の撤去作業を行っている建機車両やシグクライミングクレーンの群れ。

––––––特に、第一展望台のすぐ上からへし折れた旧東京スカイツリーは印象的だ。

半年程前の東京防衛戦にて巨大不明生物の照射した放射線流の被害のひとつである、かつて650億もの税金で作り上げられた世界最大の電波塔。

その残骸はまるで、人類の栄華の終わりを告げるような象徴だった。

––––––否。実際に人類が支配する世界は既に崩壊している。

だからあの塔は、人類の時代は終わったのだと改めて知らしめる存在––––––という方が正しいだろう。

 

––––––ふと、八広駐屯地の正門から軽装甲機動車が出て来る。

そしてそれは、歩道を歩いていた箒の隣に止まると––––––

 

「乗れ。送って行こう。」

 

窓を開けて、光が言う。

一瞬呆気に取られるが、はっと現実に意識を引きずり戻すと、

 

「…では、お言葉に甘えて。」

 

箒はそういうなり、軽装甲機動車の助手席に座り込んだ。

 

「光さ…片桐将補も仕事ですか?」

 

「ああ。…次期装備の件で、西新宿行政府まで。」

 

箒の質問に対して、光はハンドルを切りながら応える。

現在日本政府は東京防衛戦後、都内で唯一被害が皆無だった新宿区に立川防災予備施設から政府機能を移管しており、東京都庁には臨時国会議事堂が開設されていた。

最も、すべての政府機能を移管することは出来ず、また先の東京防衛戦の被害からいくつかの省庁は意図的に西新宿行政府に移管せず立川に残留、もしくは霞ヶ関の奇跡的に被害が出なかった国土交通省、警視庁、警察庁などの合同庁舎に一部を開設することになっていた。

 

「今回私は第2次東京防衛戦の第2段階…アメノミハシラ作戦の指揮官を務めた経験から次期装備に関しての質疑が交わされる…のだそうだ。」

 

––––––普通、臨時国会議事堂とはいえわざわざ次期装備に関して現役自衛官を呼ぶことなんてまずそうそうない。

それに前述の他の省庁が占めている庁舎に別の省庁の施設を開設することも、まず普通ない。

つまりこれは––––––

 

「そうですか––––––やはり、人手不足…なんでしょうか?」

 

「ああ。…東京防衛戦時に閣僚7名を含む衆議院・参議院両国会議員の3分の2が死亡し、どこに行っても人手不足ばかりだ。

…普通なら解散総選挙を開くべきだが、衛星が回復しておらず、詳細が不透明なユーラシアからいつ来るか分からない怪獣を鑑みれば悠長に選挙などやっていられない。

おまけに今まで中国やロシア、朝鮮半島など––––––日本の仮想敵国とパイプの有った政治家は南半球やアフリカ各国に亡命しているからな…選挙をしたとしても、果たして政治家が足りるか……。

それを鑑みれば、しばらく暫定政権を維持するしかあるまい。」

 

「難しい話…ですね。」

 

先に光の述べたように閣僚を含む国会議員は東京防衛戦時、巨大不明生物の広範囲攻撃により––––––【火の8分間】の中でその命を落としている。

…否、国会議員だけではなく、【火の8分間】の中で最も命を落としたのは一般市民だろう。

その犠牲者数––––––およそ1000万人。

過去にも万単位で犠牲者を出した事象は戦争天災を問わずに存在するが、あまりに桁が違いすぎる。

過去最多とされていた広島・長崎原爆投下でさえ、およそ20万人程度なのだ。

––––––その50倍の被害が、 ” たった8分間の間 ” に ” たった一体の怪獣によって ” 引き起こされたのだ。

八広駐屯地を出た時に見えた、スカイツリーの残骸や廃ビル群はその時の爪痕だ。

否、そこだけではない。千代田区、中央区、江東区、港区、品川区、豊島区などに未だに爪痕は残されているのだ。

––––––そんな中で、人々は必死に生きているのだ。

しかし問題がないハズが無い。むしろ問題しか無い。

そのひとつが、今光の述べた人手不足だ。

【火の8分間】の中で犠牲になった人間が多過ぎるのも確かにひとつの要因だ。

だが、先程光が言ったように中国やロシア、朝鮮半島とパイプを持っていた議員らが南半球やアフリカに亡命した事もある。

なぜ亡命したかといえば––––––それら日本の仮想敵国である国家に対して、国内の情報を提供していたからだろう。

例にあげるなら、「日本に核ミサイルを撃つなら原発を狙うべき。」と朝鮮半島北部の某独裁国家に情報提供したことが発覚して袋叩きにあった女尊男卑主義者の議員などだろう。

そして何故それが罷り通ってしまったか…理由は簡単だ。

––––––日本には、【スパイ防止法】など、国家への反逆行為にあたる情報漏洩や工作を罰する法律が存在しないからだ。

過去何度か施行の機会はあったものの、『憲法で定められている表現の自由を侵害する』という指摘から実行されずにいた。

日本は異常なまでに法律で国を固めており、それらを持ってして国民は生かされている。

それはアメリカや欧州よりもかなり国民は法律に甘やかされている程だ。

だが、悪い点があるとすれば法律を改正せずに新たな法律を導入してしまう点だ。

過去に導入した法律と新たに導入する法律が必ずしも噛み合うとは言えない。

必ずしも法律同士が掲げる内容で矛盾という名のバグが発生し、社会問題を引き起こす。

そしてその社会問題を解決しようとしてさらに新たな法律を導入して、また別の社会問題を引き起こす。

それの繰り返し––––––亡命した議員らが情報を漏洩させていたのも、法律と法律が噛み合わずに引き起こすバグを突いて行動してのことだった。

––––––話を戻そう。ではなぜ彼らは国民を見捨てて真っ先に亡命したか。

巨大不明生物による侵攻––––––それもある。

だが実際は情報を漏洩させ、蜜を与えて貰うパイプの繋がっていた先、すなわち仮想敵国の革命による急速な民主化や国土の全土失陥、国家そのものの滅亡など––––––それらによって見捨てられた事が大きい。

––––––そして近年ただでさえ国内に彼らを支持する国民はおらず、さらに巨大不明生物による侵攻を受け、今後さらに日本へ巨大不明生物が侵攻する怖れがある日本に彼らが残る理由などカケラもない––––––それだけ要素が揃えば亡命しようともするだろう。

––––––彼らは、自国民のため、日本国のために、人類のために動こうとする気はさらさら無かったのだから。

 

––––––閑話休題。

 

とにかくこれらの要因により人手不足という問題が蔓延り、日本に山積みにされた問題をより深刻化させている。

それによって人手不足問題を少しでも緩和すべく、前線から遠い後方の自衛官も政治に関わらねばならないという、もはや純粋な議会制民主主義国家ではなく半ば軍政体制にある…というのが現実だった。

そして政治に関わらねばならない自衛官の中には、当然箒や光も含まれている。

 

「だが問題がそれだけではないのがな…––––––自衛隊の次期装備に関しては、海外の最新装備を導入する––––––という話だったという話は知ってるか?」

 

「はい。市ヶ谷に届けた書類で目にしましたから––––––一応は。」

 

「そうか…。」

 

生真面目に回答した箒に若干の嬉しさと、僅かな寂しさを浮かべたような口調で反応する。

しかし数拍開けて、呆れた口調で言葉を放つ。

 

「––––––だがここに来て、野党がゴネだした。」

 

「野党––––––日本維新党ですか?」

 

箒は若干の驚きを示しながらも、勤めて冷静に問いかける。

旧野党連合––––––前述の亡命者達の国外逃亡以降、現政府の最大野党は国粋主義の日本維新党となっていた。

同党はいわゆる右翼であり『一身独立して一国独立す』をフレーズに、対米協調路線を進める与党保守第一党とは政治的に対立している。

 

「『いくら最新鋭の装備を提供すると言おうが、東京防衛戦時に実際に東京に向けて6発の核ミサイルを事前の通告より1時間も早く発射したアメリカは信用に置けない』––––––と。」

 

「それは––––––でも、だからって今そんな事を言っている場合では…」

 

箒は苦虫を噛み潰したような顔をしながら言う。

実際、アメリカは事前に通告した核攻撃のタイムリミットよりも早くSLBM(潜水艦搭載型核弾道弾)を小笠原諸島近海に展開していたオハイオ級原子力潜水艦2隻から計6発を発射し、展開中の自衛隊や独断で日本に踏み止まり作戦に参加した在日米軍、本国との連絡が付かず、有志によって参加した欧州連合極東派遣軍残存部隊、さらに完全には避難が完了していなかった避難民らを巻き添えにしかねない事態を招いた。

それを見越して展開していた空自のペトリオットや即座に対地攻撃から対空迎撃に切り替えた米第7艦隊駆逐艦2隻、仙台へ避難民を移送した後急行してきた護衛艦「こんごう」、「あしがら」の迎撃によってどうにか核ミサイルの撃墜には成功したものの––––––結果的には日本国内に対米不信を抱かせる原因となってしまった。

この出来事から政府のみならず国民にまでアメリカに対する不信を抱き、日本単独で防衛を可能となるように改革を目指す【国粋派】と、あれだけされていながらもアメリカに頼らざるを得ないという現実を受け入れて対米協調路線を唱える【協調派】に別れてしまっている。

そして前者からの支持を得ているのが野党日本維新党、後者から支持を得ているのが与党保守第一党––––––という二党対立状態にあるのが国会の現状だった。

–––––––救いなのは、日本維新党も保守第一党も日本を破滅させてしまわぬよう––––––互いに妥協し、対巨大不明生物戦では協調できるところだろう。

 

「––––––さて箒、問題だ。」

 

ふと、学校の先生のように光が言う。

 

「今回の野党のゴネだが…貴様はどうなる思う?」

 

「どうって……––––––多分、保守第一党に傾くと思います。」

 

「ほう、それはなぜ?」

 

「…––––––それは日本維新党も現在の自衛隊の装備では日本単独での本土防衛は不可能であると理解している––––––と思うからです。」

 

––––––理性的に考えれば箒の言う通りである。

破滅前まで自衛隊はごく僅かな防衛予算のせいで装備の近代化更新がままならず、2010年代以降も1960年代に開発された装備…すなわち冷戦装備を未だに使用していたのだ。

そしてそれは破滅後の今も変わらず、結果として全ての部隊に新型装備と運用ノウハウが完全には行き届いていない––––––そんな現実がある中で、アメリカ無しに日本単独での防衛など夢のまた夢の話だからだ。

 

「––––––うむ、まぁ正解だな。」

 

光が少し楽しそうに言う。

 

「今のところ保守第一党、日本維新党共に『海外の最新鋭装備の運用ノウハウを取得する』という点で同意している。

––––––日本維新党がゴネたのは『アメリカの最新鋭装備』を導入することに関してだろう。あちらさんはいつ自国の都合で延期、あるいは中止するか分からないからな…。

日本維新党としてはまだ信用できる欧州連合のモノを貰いたかったんだろう。

だが––––––依然アメリカの援護が必要な日本は『彼の国の属国』を気取り、アメリカの機嫌を取らなくてはならない––––––これもまた、政治だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

 

IS学園・地下格納庫

 

「––––––ッッ⁈」

 

箒ははっと意識を取り戻す。

––––––欠けた、誰かの記憶を観ていたような、あるいは夢でも見ていたのか。

 

「…あ、やっと起きた?」

 

格納庫に停められた73式中型トラックに背を預けていた、メガネをかけた赤髪の女性が柔らかい笑みを浮かべながら話しかけてくる。

––––––初めて、見る人だ。

 

(…それより、これはどういう状況だ?)

 

思わずそう思う。

––––––少し前までの記憶がない。

ふと、自分の隣から。

 

「立ったまま、しかも気絶しても歩き続けてたのよ、貴女。」

 

呆れるように神楽が言う。

––––––しかし、理解が追いつかない。

立ったまま?

気絶していた?

しかもそのまま歩いていた?

 

「え、ちょっと待て、どういう––––––…」

 

「…その様子だと、本当に記憶にないのね……」

 

はぁ、と神楽は溜息を吐く。

 

「千尋の保護者さんに呼ばれてたから貴女を連れて来たの––––––忘れた?」

 

「––––––あっ‼︎」

 

神楽のその言葉でやっと思い出す。なぜ、忘れていたんだろう。

確か神楽に付いて行こうと足を踏み出して、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––それから八広駐屯地の正門を抜けて、新都心と副都心を結ぶ臨時自衛官専用バスの乗り場へ––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…まて、今のは何だ?)

不意にさも当然の様に繋がっている夢の中で出ていた自分に瓜二つの誰かの記憶に唖然とする。

 

「それにしても貴女が千尋と同じ芸当をやってのけるなんてね…ふふっ。」

 

ふと、そんな箒の疑問と疑念を劈くように目の前の女性は笑う。

 

「はぁ…?千尋と同じ…?」

 

ちらりと箒は右を向く。

そこには、目を開けて、普通に立っている千尋の姿が––––––

 

「それ、寝てるのよ。」

 

「…は?」

 

「寝てるの。」

 

「––––––はァ?!」

 

思わず箒は驚く。

––––––先ほど抱いた疑念など何処へやら。

今は目を開けて、立ったまま寝ている千尋にただひたすら驚かされる。

そんな箒を見て女性はクスクスと笑う。

 

「え、あの、え?」

 

「––––––ぷふっ、ごめんなさい。貴女の反応が面白くって。

––––––私は蒼崎橙子。貴女を呼んだ張本人よ。」

 

そう言って、傷んだような色をした赤髪を持つ、メガネをかけた女性は柔らかい笑みを浮かべながら箒に語りかける。

––––––その表情は母性を孕んだ、いかにも女性らしいものだ。

 

「は、はぁ…。」

 

思わず、違った意味で気圧されてしまう。

––––––雰囲気からして、姉と同じ技術屋なんだろうと箒は察する。

 

「まぁ、渡したいものはコレなんだけどね…。」

 

ふと、自分が背を預けていた73式中型トラックの隣に鎮座する金属製の直方体型の物体に視線を向ける。

––––––貨物保管用のコンテナだ。

 

「ちょっと待ってね…これ物理ロック型だから……ふんっ、ぬ…‼︎」

 

そう言って、ギギギという軋むような重低音を鳴らしながら橙子はコンテナのロックを手動で解除していく。

神楽は、立ったまま寝ている千尋に興味深々だ。

(––––––なんだ、この変な雰囲気は…?)

思わず箒は思う。

自分以外ここにいるのはある意味変人だらけだ。

つまりなんというか、とてもやり辛い。

––––––なんて思っていると、ロックを解除した橙子はコンテナを開け放っていた。

 

「…ふぅ。お待たせ。これが渡したかったモノ。」

 

コンテナの中には、僅かに改造の手を施したと思しき朱色と純白のカラーリングとなったIS・打鉄が鎮座していた。

 

「試製20式機動装甲殻【朱雀】––––––打鉄の汎用拡張型モデル。

…つまり、貴女の専用機ね。」

 

「……専用機⁉︎」

 

思わず箒は驚いた顔をする。

どんなに求めても届くはずがない場所にいた存在が、自分の目の前に現れて、尚且つ自分の機体だと言われたのだから。

 

「私の…専用機…」

 

とても驚いて、けれども嬉しくて、声を喪う。

ただ純粋に喜ぼうとして––––––疑問がよぎった。

 

「でも…どうして、私なんですか?」

 

「え?ああ、それは貴女が剣道の全国一位だもの。それだけの実力があるのにテストパイロットに選ばない手は無いわ。」

 

橙子は箒の問いに対して柔らかい笑みを浮かべながら応える。

けれど、箒はそれだけでは無いと、【自分の意思に関係なく】そう察して、再び問う。

 

「…いえ、そんな都合の良いはずがありません。」

 

「あら、どうして?」

 

橙子の問い。

それに箒はやはり、【反射的に】応える。

 

「…『20式』、『試製』と名前についていることから、おそらくそのISは自衛隊機ですよね?そしておそらく、これは試験機かなにか。

––––––なら、テストパイロットは民間人の私ではなく自衛官で行うべきかと思いますが。」

 

–––––––その言葉に、立ったまま寝ている千尋に夢中だった神楽はハッと箒を向く。

今までの箒なら、そちら方面のことに詳しくなどなく、むしろどうでも良いように考えていたのだ。

–––––––だから、【急に箒の人が変わったような】物言いに驚かされたのだ。

 

「………」

 

先程の箒が放った言葉に対し、橙子は沈黙。

––––––ただし、顔に浮かべられた柔らかい笑みは消えていない。

 

「…確かにIS乗りは貴重で、各企業や組織の間で1人のIS乗りを狙った争奪戦に発展するのは珍しくは無い話です。だからIS学園は中立の立場としてIS乗りの安全を確保するための機関としての側面もある––––––そしてその学生達に一組織が試験機をチラつかせて専用機を貸与、帰属先に取り込むことだって珍しくない。」

 

そんな橙子を無視して、箒は続ける。

どうやら相手は聴いたところで答えるつもりはないらしい。

ならば答えるまで踏み込んでみることにしよう––––––と思ったから。

 

「––––––ですが、それはあくまで民間組織の話。20式の寄贈先である自衛隊ではアラスカ条約の『ISによる侵略行為、軍用型の配備を禁止する』––––––という規制に対し、『自衛隊は軍隊ではない』事、ISを邀撃戦闘機やイージス護衛艦、主力戦車と同じように『本土防衛のための実力として運用』する事を理由にISの配備とIS操縦士の確保を行なっていますから、テストパイロット選抜には苦労しないハズです。」

 

箒は言う。

そして、言葉は止まらない。

けれども橙子は微笑んだまま沈黙している。

––––––材料は揃えた。

––––––考え得る要素は纏めた。

 

「それとも––––––」

 

だから–––––––

 

「––––––何か、政治的な問題でもあるのでしょうか?」

 

––––––核心に、踏み込んだ。

 

「ふふ。今時の学生の割には、頭が回るのね––––––」

 

橙子は相変わらず柔らかい笑みを浮かべたまま、そう言う。

そうして眼鏡のフレームに手をかけて、眼鏡を外して、もう一度口を開いた。

 

「––––––正直感心したよ。」

 

橙子の言葉に箒は息を飲む。

そこに居たのは先程まで柔らかい笑みを浮かべていた人間では無かった。

鋭い眼つき。

加虐に満ちた笑み。

そこには慈愛も道徳も感じられない。

ガラリと人の変わった––––––まるで人格が切り替わったかのような。

橙子は口角を吊り上げながら口を開く。

 

「確かに、政治的な事情はある。」

 

ポケットから愛用しているらしいタバコを取り出し、火をつけながら言って、それを続ける。

 

「君に渡す機体は対IS制圧用IS––––––の、試作型だ。」

 

「……⁈対IS…制圧用…⁉︎」

 

橙子がさらりと言った内容に、箒は絶句する。

そんな箒を無視して橙子は続ける。

 

「そうだ。近年そういった対IS制圧兵器の開発が求められていてね––––––何しろIS拡散後に発生した世界規模の紛争で各国は疲弊しているにも関わらず、亡国機業などISを用いたテロに見舞われているからな。」

 

––––––橙子の言う通り、IS台頭後から今日に至るまで、世界中で紛争やテロが相次いでいる。

ついこの間も、大阪にある日本最大の地下街である梅田地下街で化学兵器を用いた無差別テロが引き起こされ、百単位の負傷者と十単位の犠牲者が出たばかりだった。

だが海外ではISを用いたテロまで起きているのだ。

しかもそれらの結末が良い事に傾いた試しなどない。いや、あったかも知れないがそれはごく僅かだ。

––––––つまり。

 

「––––––理論上・技術的に通常兵器で制圧出来ない事もないが、実際の制圧が物理的にも政治的にも困難なISに各国は手を焼いている…と?」

 

箒はそう考え、問いかける。

それに橙子は目を細めながら、物分かりの良い生徒を褒める教師のような顔する。

神楽はやっと普段の状態に戻りつつあるが、やはり箒の人の変わり様には驚いたまま。

そして千尋は––––––立って眠ったまま。

 

「そうだ。現にこの間起きた米国ボストンと蘭国アムステルダムでのISテロでは100人前後の犠牲者を出していながら、ISパイロットの制圧・確保どころか軍の出動にすら至っていない。

何しろISは腐っても世界最強の兵器であり制圧が困難な事と、ISの陳腐化による権力の喪失を避けたい女尊男卑主義者によって軍の出動に政治的な妨害があったからな。」

 

橙子は楽しそうに言う。

––––––その内容に箒は酷い不快感と侮蔑感を抱く。

けれど今は、私情を抑圧する。

今は––––––彼女、蒼崎橙子がこのISをどうしたいのか、ということを明白にする必要がある。

そして––––––今橙子が言い放った言葉から、次に言うべき内容を構成する。

 

「…だから対IS用発展型ISなどという代物を開発し、運用試験を開始しようものなら如何な政治的妨害があるか分からない。

––––––だから自衛隊ではなく永世中立であり独立自治権のあるIS学園で運用試験を行う…と?」

 

「––––––ふむ。まぁ、50点だな。」

 

「え…?」

 

箒の言葉に対して橙子は言う。

つまりそれは、半分しか合っていないということになる。

 

「確かにお前の言う事の半分は当たっている。

だがそれだけでは––––––篠ノ之箒、君に託す理由にはならない。」

 

「あ––––––…」

 

箒はISをどうするつもりなのかを明白にしたいことと、政治的問題を考えるあまり、なぜ自分なのか––––––という疑念を失念していた。

––––––考えてみれば分かる話だ。

今箒が言った内容であれば、アンノ技研のテストパイロットを呼べば良い。

それをせずに箒に託すなど、情報漏洩の危険性があり非効率の極みだ。

 

「君に託す理由––––––それは、『篠ノ之束の妹である君が対IS用発展型ISに乗る』事自体が、政治的アピールに繋がるからだ。」

 

橙子は言う。

 

「それに永世中立のIS学園で運用試験を行うにも、他に理由がある。

何しろ、国連では未だに日本は【敵国条項】の烙印を押されているからな––––––万一対IS用発展型ISなんてパワーバランスを破壊するような兵器を開発しようものなら、敵国条項を口実に経済制裁や武力制裁を食らってもなんら不思議では無い。

––––––現に、IS台頭後の混乱を引き起こした責任として日本はISの養育を全負担することを強制されている。

これ以上日本が負担を背負わないようにするにはIS学園を利用する他ない。」

 

––––––敵国条項。

太平洋戦争での敗戦以降、国際社会から日本に押された烙印だ。

現在は各国と様々な信頼を築いているからこそ、有耶無耶にされているが、もし日本が世界に混乱を起こそうものなら全世界から武力攻撃を受けてもおかしくない––––––。

そしてそれは仕方のない事だ。

––––––日本が敗戦国なのだから。

解決したければ、今後よりいっそう国連のイヌとなり自国民にさらなる負担を背負わせてでも国際社会に媚びを売るか、第3次世界大戦でも起こして戦勝国になるか––––––の、どちらかだ。

 

だからこそ、その敵国条項を口実にされないように橙子は永世中立であり独立自治権を持つIS学園を運用試験場に選んだ。

そして箒自身、束の撒き散らしたISの台頭によって世界が歪んでいると認知していること––––––そしてそんな世界に嫌悪感を抱いている。

要人保護プログラムによって家族から引き裂かれ––––––子供らしい日々を送れないだろう、可哀想に––––––そんな目で見る大人を腐る程見ていた箒からすれば、自分にこうして専用機を差し出そうとするなんてことは容易に想像できる。

もちろん、利用出来るという意味で。

––––––姉がばら撒いたISの所為で歪んだ世界に対し、実の妹が反旗を翻す。

これ以上のプロパガンダ(政治的宣伝)があるにしても下手なものより効果はあるだろう。

 

「…大体貴女が言いたい事は分かりました。

要は私に対IS用の専用機を与えて、あの女の支配下にあるものに対するプロパガンダにしたい––––––そういうことですか?」

 

「ザックリと言うとな。

––––––ところで君、どこでそれらの知識を?」

 

「それは––––––」

 

応えようとして、声が詰まる。

––––––どうして、さっきみたいな発言が出来た?

––––––どうして、こんな知識はないのにスラスラと口に出来た?

––––––どうして、こんな風な知識が、いつの間に頭の中にある?

––––––どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして––––––。

脳が、混乱する。

おかしい、と脳が訴える。

それもそうだ。

––––––本来の箒なら先程の問答で橙子に投げかけた言葉を一問一句全て口にすることは出来ない程、政治的知識は無かったのだから。

だから、自分の異常に固まってしまう。

 

––––––ふと。

 

「––––––ん。」

 

今までずっと立ったまま寝ていた千尋が目を覚ます。

––––––そして相変わらず何処と無く笑っているような顔をして。

 

「––––––来た。」

 

呟く。

 

––––––瞬間、轟音と振動が地下格納庫を揺さぶった––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何ヶ月も更新放ったらかしてすみません…。

今回はここまでになります。
次回から対ゴーレム戦に突入します。


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EP-08 学園襲撃

何ヶ月も遅れて申し訳ございません。
今回から数回に分けてゴーレム戦をやりたいと思います。






IS学園地下格納庫

 

轟音。

震動。

そして––––––けたたましく響く警報。

 

「ぐっ…な、何…?」

 

思わず箒は呟く。

地震––––––ではない。

今のは爆風や衝撃波で揺らされた時と同じ、瞬間的かつ一過性の震動だからだ。

 

「ふむ––––––天才(アイツ)の言う通り、妨害が入ったか…」

 

煙草にライターで火を付けながら、橙子は一人、他人事のように呟く。

直後––––––橙子の携帯端末が鳴る。

電話相手は千冬。

それをツーコールで通話ボタンと、スピーカーフォンのボタンを押して通信に出る。

––––––状況を把握するには千尋や箒にも情報を並列化する必要がある。

しかし並列化するのが通話終了後では無駄な手間になり過ぎる。

故に、通話しながら行う必要がある––––––そのためにスピーカーフォンのボタンを押したのだ。

 

「もしもし?」

 

『橙子か、今どこにいる⁈』

 

携帯のスピーカーから若干焦り気味な千冬の声が聞こえて来る。

 

「第2地下格納庫だ。––––––その様子だと、襲撃でも受けたようだな?」

 

そんな千冬とは対象的な、愉快そうな––––––まるで悩み事を投げかけて来た友人を揶揄うかのような声で橙子は応じる。

 

『…ああ。第2アリーナと中庭に所属不明のISが侵入して来た。』

 

「第2アリーナ⁉︎」

 

––––––思わず箒が声を上げてしまう。

そこは現在、クラス対抗戦が繰り広げられている場所だからだ。

 

「––––––で?」

 

しかし橙子は冷めた声音で促す言葉を口にする。

 

「侵入者がいるなら生徒を退かせ、教師部隊を使って取り抑えれば良いだろう。」

 

確かに橙子の言うとおりだ。

元々教師部隊とはその為の組織であり、このような非常時に対応するマニュアルもある。

だが––––––マニュアル通りに事態が運ぶことは極めて稀だ。

それを裏付けるように、

 

『…それが無理なんだ。アリーナの各システムはハッキングされ、我々の制御を離れている。おまけに生徒の避難すらできん。おそらくは侵入してきたISの仕業だろうが––––––』

 

千冬が告げる。

––––––だが直後、橙子は呆れ返るを通り越した顔をして、

 

「––––––はァ⁈」

 

残念な美人、と評するに相応しい声音を放つ。

––––––そして頭痛を堪えるようにして頭に手を当てながら、珍しく困惑しながら問いかける。

 

「いや…まさかお前…この学園…無線ネットワークによる管理体制だったのか?」

 

『えっ?あ、ああ。そうだが––––––』

 

ちなみにIS学園のアリーナはイベント時に学園外に試合の推移や結果などの情報を広告すべく、オンライン環境にアクセスすることが多々ある。

情報の伝達先はツイ●ターやL●NE、フェ●スブックなどの大手SNSも含まれており、そこから察するに多方面に電波を発していることになる。

––––––その上で、学園のセキュリティは全て無線ネットワーク管理体制と来た。

無線ということは情報のやり取りを行う為に電波を送信するモノである。

電波を送信するということは情報の通り道がある。

そこに目を付けられ、発信された情報にウイルスを紛れ込ませ、ファイアウォールを突破されれば––––––アリーナのみならず学園の機能を乗っ取れるだろう。

––––––特に、イベント情報広告のために四方八方に電波を飛ばしまくっている今なら尚更だ。

…無茶でSFめいた話に聴こえるかもしれないが、我々が日常的に使用している携帯やパソコンのWifiの無線交信型に対してもハッキングおよびクラッキングが可能な違法ツールが実際に存在するのだ。

なら、別にそんな大掛かりなハッキングを可能とするツールもしくはコンピュータウイルスがあってもおかしくはない。

––––––故に政府機関は外部からのハッキング防止のためにハッキング困難な有線形式もしくはWifiそのものを導入しないといった対策を取るのがセオリーだ。

もっとも、それで外部からのハッキングは防げてもそれらは内部からのハッキング––––––ウイルスを仕込んだUSBメモリを内部端末に繋がれてしまっては意味を成さない。

実際にその手口でイランの原子力核施設は制御不能に陥れられ、あわや核爆発寸前にまで至った過去がある。

だがどうしたものか––––––仮にも国公立…つまり日本国政府のものであり、国連の管理下にあるとはいえ政府機関並みに重要な設備であるIS学園では前述の外部からのハッキングを防ぐセオリーすら実施されていなかったという。

…うーん、この…抜けているというか慢心というか…とにかくガバガバセキュリティ…。

––––––橙子は溜息を吐くと、

 

「…お前の御上はネットワークの危険性を高校…いや中学からやり直させるべきではないか?情報学くらい、今なら中学生でも習うぞ。」

 

思わず苛立ちを込めた愚痴を呟いてしまう。

––––––普段趣味に走りがちな橙子でさえ、自分を危険に晒すような真似はしない。

それは他人との関係と印象に不信を刻み、未来永劫、犯罪歴のように残り続けるものなのだから。

だから––––––情報統制でどうにかするのだろうが––––––自分から不信をバラまく学園上層部は本気でバカだとしか橙子には思えなかった。

 

「––––––まぁいい。愚痴を言っても仕方ないからな…––––––ところでシールドバリアのセキュリティは?」

 

『それまでネットワーク管理はされていない。シールドバリアは人命に関わるが故に、有線型であり、専用非常発電機を有する、アリーナの中では独立した存在だ。』

 

「––––––他も人命に関わるだろう…‼︎」

 

思わず箒がポツリと呟く。

––––––そこには僅かな嫌悪感を孕ませて。

そんな箒を一瞬橙子は一瞥する。

だがすぐに通話に戻ると、酷く楽しそうな笑みを浮かべて、

 

「なるほど、いざ学園が停電してもシールドバリアだけは稼働し続けられるワケだ。」

 

加虐的な声音を口にする。

 

『あ、ああ…0.7秒程シールドバリアが無力化されるがすぐに非常電源に切り替わりシールドバリアが再展開されるが…何をする気だ?』

 

千冬は思わず困惑した声音を放つ。

 

「…橙子?」

 

思わず千尋も橙子に顔を向ける。

––––––だがその表情は、相変わらず何処と無く笑っているように見える。

 

「そりゃお前、電源設備を破壊するに決まってるだろう。」

 

あっけらかんと、しかしてとんでもない言葉を放つ。

 

『な––––––⁈何を言って…⁉︎』

 

思わず、千冬は裏返った声音で半ば絶叫に近い驚愕。

その他の面子––––––神楽や箒は橙子の正気を疑うような顔を浮かべる。

––––––だが箒は一瞬後、その合理性を理解して、

 

「織斑先生、確かに彼女の言い分は一理あるかと存じます。」

 

口を、開く。

––––––それに続いて、

 

「外部から電気を得ているなら、源を絶ってしまえば機械は止まるしね––––––生き物が食物や水を摂らずに過ごせば餓死するように。」

 

千尋が、後を紡ぐ。

 

『篠ノ之に黒坂⁈…そうかこれはスピーカーフォンか…‼︎』

 

「そんな事はどうでもいい。それで、お前は電源を叩くことを躊躇っているが、他に策はあるのか?」

 

話をややこしくするな、本題に集中していろ––––––とでも言いたいように、動揺する千冬を、橙子は冷ややかな声で言い伏せる。

 

『––––––現在、上級生と一部教師がクラッキングを仕掛けているが…』

 

「––––––解決には程遠い?」

 

『………アリーナ内に閉じ込められた生徒を救出するために尽力してはいるが––––––』

 

「私が聴きたいのは解決出来るか否かだ。で?どうなんだ。」

 

––––––返事はイエスかノーで。有無を言わせない声で橙子は告げる。

 

『…正直言って、無理だ……』

 

「そうか––––––なら、どうするべきか分かるな?」

 

千冬としては生徒が役立たずという烙印を押されることが、教師として許せなかった、だから抵抗したのだろう。

だがそんな事––––––赤の他人に対する同情など、こちらの人格の橙子にとってすれば別段どうでもいい話だし、何より事態がそれを許さない。

千冬は昔からひとつのことに拘り過ぎるが故に折れさせるにはこうした現実を突き付けるのが一番だ。

 

『––––––解った。橙子、そして篠ノ之、黒坂に電源設備の破壊を命ずる。

国の持ち物であるからと遠慮はするな––––––責任は、私が取る。』

 

「「了解」」

 

何処か思うことがあるのか、若干の曇りを纏った声音の箒と、いつもと変わらない何処と無く笑っているような顔のまま、遠足に行く前の子供のような声音を放つ千尋の応答が重なる。

その隣で橙子は、最初からこうしてくれたら良かったんだがな––––––と思う。

––––––だが折れた後の千冬の行動と決断の速さは評価すべき要素だろう。

本当はどうするべきか理解している辺り、彼女はマトモな人間なのだから。

––––––同時にふと、橙子はある事を思い出す。

 

「千冬、そういえば中庭のISは––––––」

 

橙子が言いかけた直後––––––

 

「––––––来るよ。」

 

本能で察した千尋が告げる––––––それと同時に、直上から轟音が響く––––––爆発。

 

「な––––––っ⁈」

 

思わず声を上げて、箒は見上げる。

––––––そこには天井を叩き割り、鉄筋コンクリートの瓦礫と共に堕ちて来るISが視界に映り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––––––––––––暗転。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◾️◾️◾️◾️◾️◾️

 

 

南太平洋・カロリン諸島北20キロの海域

 

––––––広い。

雲ひとつない空。

荒波ひとつない海。

それらを染める、澄んだ青。

空と海が融け合っているように見えて、果てなく分け隔たれた水平線。

” 天才 ” 、篠ノ之束は甲板上に立ちながら、それを観ていた。

 

「…綺麗……これで豪華なお船だったら、極上なんだけどなぁ…」

 

なんてぼやきながら、後ろを向く。

––––––視界に入ってくるのは、無骨な灰色一色の艦橋構造物(アイランド)と、3つの…束の立っている場所も合わせれば4つもの全通甲板。

そしてそこにこれでもかと言わんばかりに並べられているF-35ライトニングⅡ戦闘機やF/A-27C戦闘機にMF-6ハウンドEOSなどの艦載機群。

––––––アメリカ海軍第7艦隊アレクサンドリア級三胴航空母艦【アレクサンドリア】。

それが束の乗艦している艦(フネ)だった。

 

「…ああ、でもこれはこれで豪華かもね。」

 

束は微笑みながら言う。

それもそのはずだ。

アレクサンドリア級は艦橋構造物の置かれた艦体を、流用したジェラル・フォード級空母2隻の艦体で挟む形の三胴構造航空母艦であり、艦載機数はニミッツ級空母の3倍…と、現在のところ世界最大の航空母艦であった。

アレクサンドリアはその、【アレクサンドリア級】1番艦であり自衛隊を介してアンノ技研に何度も協力してくれた艦でもある。

今回は海上自衛隊のいずも型護衛艦『いずも』との艦載機共同訓練をしている中に束は ” 邪魔しないように誠意を払って ” 乗艦させて貰ったのだ。

––––––もっとも、最初から部外者の束を突っ撥ねる気など、アレクサンドリアのクルーにはサラサラ無い。

というか、護衛艦いずもとの艦載機共同訓練と同じくらい重要な事なのだから。

 

「––––––Ms.シノノノ。」

 

ふと、アレクサンドリアのクルーである男性が声をかけて来る。

顔色は不快感を隠した笑顔––––––などではなく、真性の笑みを浮かべていた。

 

「アンノ技研からのギフト––––––対IS無人機と対絶対防御弾道、しかと受領しました。いやぁ…毎度毎度すみません。」

 

「いえいえ、あなた方は私達のお得意様ですし––––––何より、世界の秩序を維持する【正義の味方】ですから。」

 

束も真性の笑みを浮かべながら、応える。

嫌味などではなく、本気でそう言っているのだ。

何せアメリカはIS台頭後、ミリタリーバランス崩壊による世界中の混乱を鎮圧した、世界の警察という名の秩序維持者––––––すなわち【正義の味方で】あり、世界を破綻させかねない要因を殲滅する【抑止力】なのだから。

 

「いやぁ、そんな…買い被りですよ。自分らは職業軍人ですから。命令に従っているだけです。」

 

「あら、それは失礼致しました。」

 

両者は真性の笑みで会話を交える。

––––––何故、束が彼らと関わるかと言えば、世界に対する抑止力を強化する事が目的だからだ。

いや、もっと言えば『 ” 天災 ” に対する』というべきだろうか。

宇宙開発を目的にISを開発したのだが、この10年間を見て、束はこう結論づけたのだ。

––––––人が宇宙に上がるには、まだ早過ぎる。

ただでさえ天災が弄った所為でISは女性しか乗れなくなり、女尊男卑が蔓延る事態となり、さらに未だに資本主義勢力と社会主義勢力が対立する米ソ冷戦構造の延長線上にいるというこの世界情勢では、宇宙開発に至れても、どうせ宇宙で資源を巡って戦争をするはめになる。

…それは束の望んだビジョンである、『夢のフロンティア』––––––とはかけ離れた、『果てのない地獄』になってしまう事を意味していた。

ISコアを再調整して女性にしか乗れない欠陥を修正することは出来なくもないが、今の自分は、ISコアにアクセスする権限を持たない為に、修正することは出来ない。

––––––故に、束は方針を変えた。

宇宙開発の為に人類を宇宙に上げるのではなく、まずは人類代表国家のもとに世界の統一を目指すことにした。

その過程として、まずは女尊男卑や社会主義勢力に対する強大な抑止力が必要だった。

それらはいずれは衰退し、崩壊するものではあるが、この先10年は健在だろう。

別にそれくらい待っても良かったのだが––––––そうさせてくれなかったのが、【天災・篠ノ之束】である。

彼女は何のためかは分からないが、女尊男卑主義者に対して資金や技術提供をして、この世界を維持しようとしているのだ。

しかしそれは、先程言っていた正義の味方たるアメリカ軍のような物とは違う。

––––––アメリカ軍と天災束。

確かに両者共に世界を維持しようとしている点は共通している。

しかし、維持しようとする要素は全く違っていた。

アメリカ軍は世界平和という秩序を。

束は女尊男卑という混沌を。

その時点で、もう無視できない障害となった。

分かり合えば––––––と言われそうだが、そもそもそれも無理だ。

束は宇宙進出を果たす為に世界を変えようとしているが、天災束は今現在の歪な世界の維持を望んでいる。

ISの存在意義が歪曲され、混沌とした世界の存続を望んでいる。

それは、これ以上世界を堕落させかねない。

故に、束には抑止力が必要だった。

そのために今行っているような、信頼できる国家や組織へのアンノ技研を介した技術提供を行い、抑止力となりうる因子を生み出し、強化していくという地道な作業––––––それをこなしていた。

その一端としての、空母アレクサンドリアへの兵器提供……いや、そもそもその表現自体正しくない。

そもそもこの空母アレクサンドリアを含むエイブラハム・リンカーン級空母は現在協力してくれている蒼崎橙子と数名が設計し、アメリカ海軍に譲渡したモノだ。

故に、 ” アレクサンドリア級と新型兵器を丸ごと ” 提供している––––––とした方が正しい。

 

 

抑止力は現時点で7つ。

空母アレクサンドリア。

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◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎。

––––––天災の暴走を止める為、そして出来る限り宇宙開発に集中することで人類の統一を願った束の切り札の ” 一部 ” であり––––––天災の腹わたを喰い千切る劔。

それをばら撒くことで、天災を動かす––––––本当ならもっと後になると思われていたが、よもやこんな簡単に事が運ぼうとは。

 

(これは他人を信じることを疑わず、自分の願いが必ず叶うと自惚れていた私が引き起こしてしまった罪科に対する償い––––––ううん、言葉を飾り過ぎたね…)

 

束は内心呟く。

––––––一拍開けて。

 

「これは、私が振り撒いた災厄の火消しを行なっているだけだよね…。」

 

––––––少し寂しそうに、そう呟いた。

 

 

 

 




更新が何ヶ月も遅れて申し訳ございません。
今回はここまでです。

神楽「私…今回空気じゃない?」

君はゴジラISでセリフあるでしょ。

神楽「いやそれ並行世界のわたs…」

次回は対ゴーレム戦を一夏&凛、千尋&箒目線で書きたいと思います。
…え?電源設備?
御安心を、ちゃんと書きます。
次回も不定期ですがよろしくお願い致します。

神楽「聴きなさぁぁぁいッ‼︎」




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EP-09 対峙Ⅰ(ゴーレム)/壊レタ世界ノ箒と柳星張

2ヶ月も放ったらかして申し訳ありません!!

今回はゴーレム戦前編と…箒とイリスの絡みになります。




2021年4月24日

IS学園地下格納庫

 

––––––耳鳴りがする。

––––––全身が軋む。

––––––視界が混濁する。

 

「か、は––––––」

 

背中を強打したらしく、上手く呼吸が出来ない。

 

「ぁ、うぁ––––––」

 

––––––まともに機能しない頭で状況を整理する。

先程、無人ISが侵入してきたのを、一瞬とはいえ篠ノ之箒(わたし)の視界は捉えた。

そしてISが突入してきた際のコンクリート片が落ちて来て––––––…そうだ、千尋は?

思わず箒は辺りを見回す。

––––––まるで焦点の合っていないカメラのレンズを覗いているように、視界はぼやけている。

 

「ああ、くそ。しっかりしろ。」

 

それに苛立ち、思わず掌底をこめかみに三度打ち付けて、脳を揺さぶる。

そうして少し思考と視界をクリアにして、顔を上げると––––––

 

「あ、起きた?」

 

紫龍を纏った千尋が、朝に会う時と何ら変わらない口調で––––––敵ISの腕を掴んで取っ組み合いをしながら箒に話しかける。

 

「––––––な」

 

思わず箒は呆気に取られる。

それは自分が眠っていた布団の隣に包丁を持った殺人鬼が座っていたのと同じくらいの衝撃だ。

 

「起きるの遅いよ…大変だったんだよ?気絶してる箒を守り続けるの。」

 

やはり何処と無く笑っているような、余裕しか感じられない口調で言う。

 

「でも……ちょっと、手伝ってくれたら嬉しいかな。そろそろキツい。」

 

しかし顔には若干の汗が流れている。

––––––それで箒は事実なのだと理解する。

 

「ぐっ…‼︎」

 

故に、駆け出した。

––––––走る先は朱雀のコンテナ。

抗う力を与えられたのならそれを使役しない道理などない。

それに何より––––––いい加減、千尋に借りた貸しを返さないと、篠ノ之箒(わたし)の気が済まない。

––––––手を、伸ばす。

か細い少女のものでありながら、力強い意思を示すように、腕を突き出しながら駆け抜けて––––––装甲に、触れる。

 

『––––––生体認証。篠ノ之箒、確認。

朱雀––––––拘束解除。』

 

ふと、指向性音声が箒の鼓膜を震わせて。

バキバキと装甲を砕きながら、舞い散る桜の花弁のように量子変換された朱雀が箒を包ま込み––––––、

 

『偽装解除完了。装着確認。

––––––朱雀、起動––––––』

 

その機体の胎動を、指向性音声が告げた。

 

 

 

 

 

 

––––––箒のISが起動した。

それを告げるように、ハイパーセンサーに新たな光点(グリップ)が表示され、千尋の知覚範囲に新たな反応が生まれる。

 

「…もういいかな。」

 

ふと、呟く。

ISを纏えば多分大丈夫だろう。

すぐに壊れてしまう身体を補強する鎧を身に纏うワケだから、少なくとも即死ないし致命傷は回避できるハズだ。

––––––だから、千尋は紫龍のマニピュレーターで取っ組み合いをしていた無人ISの手を一瞬離す。

––––––即座に、敵ISは殴りつけようとその巨大な腕を振るう。

それを––––––

 

「よっこら、」

 

躱さずに、雰囲気に合わない間抜けな…あるいは陽気な声音の掛け声と共に、突き出された腕を掴む。

そして、右肩を支点に背負いこむようにして––––––

 

「––––––せェ‼︎」

 

––––––投げ飛ばす。

時速175キロで投擲された敵ISはそのまま壁に叩きつけられ、埃を撒き散らす。

––––––なれど健在。

まるで痛覚がなく、戦闘を継続するという思考に揺らぎを見られないまでに平然と立ち上がる。

それを見た千尋は分かりきっていたように、

 

「うん、まぁあの程度じゃ壊れないよね。」

 

などと口にする。

もとよりアレは全身装甲(フルスキン)型である。

ならば、通常の機体よりアレが頑丈であるのは当然の道理。

 

「千尋!」

 

ふと、そこに朱色に純白の2色を宿したカラーリングの朱雀を纏った箒が駆け付ける。

––––––だが合流を阻止せんと、敵ISはレーザーを箒に、千尋に目掛けて乱射する。

 

「くっ、この…ッ!?」

 

その、閃光の雨を掻い潜ろうとして。

––––––眼前に左腕らしき部位を後ろに引いた状態で迫る、敵ISが。

 

「あ––––––」

 

––––––思わず、箒は間抜けな声を上げるしまう。

直後––––––ずん。と、その拳が腹に叩きつけられる。

そしてそのまま。

1秒も経たぬ内に、箒は吹き飛ばされ–––––––コンクリートに叩きつけらた。

 

「が–––––––ッ!!」

 

衝撃が全身を襲う。

腹はもちろん背に頭にも、常人の多くが一生涯で経験しないであろう衝撃と激痛が身体に刺さり、狂い犯す––––––。

 

「か、ふっ…げふッ!!」

 

––––––箒は吐血する。

壁に直径1メートル、奥行き40センチメートルのクレーターを形成してしまうだけの力で殴られたのだ。

内臓や骨格を損傷してもおかしくない。

––––––そんな箒に、敵ISは迫ろうとして。

 

「––––––おい。」

 

低い、声––––––同時に、突如として振るわれた黒い旋風によって敵ISは吹き飛ばされる。

言うまでもなく、それは千尋の玄龍円谷による斬撃。

それで敵ISの腹部フレームは歪に変形する。

 

「–––!–––––––!!」

 

すぐさま敵ISは攻撃対象を千尋に移す。

しかし遅い。

––––––千尋は玄龍円谷を握るその手に力を込めて。

 

「––––––ふんッ!!」

 

––––––豪速球のような速さで振るわれる、千尋の大剣。

バギィン‼︎と。

敵ISの腹部フレームを粉砕する––––––!!

 

「⁈–––!–––––––!!」

 

そのまま––––––敵ISは50メートル程飛翔し、コンクリートの壁に激突。崩壊させる。

 

「な……」

 

箒は呆気に取られる。

千尋と敵ISの打ち合いは、あまりに現実離れし過ぎている異景であったから。

 

「––––––無事?」

 

箒に背を向けたまま、千尋は問う。

 

「無事…では、あるみたいだな。……それよりなんだアレは…。」

 

箒の視線の先––––––あれ程の打撃を受けてもなお、起き上がる敵ISが映る。

 

「さぁ。アレを作ったのは橙子じゃないし、俺はそもそもあんなの作れないから知らない。」

 

––––––息切れも焦りもなく、やはり何処と無く笑っているような顔で言う。

そしてふと、「うーん」と考えて千尋は思い至った事を口にする。

 

「ねぇ箒。アレ、まるで生きてるように見えないんだけど。」

 

玄龍円谷を構えながら、千尋は言う。

その言葉に箒はニヒルな笑みを浮かべながら、口を開く。

 

「…奇遇だな。私もフォーマットとフィッティングをやりながら見ていたが、アレを人が操作している気配は感じられない。」

 

––––––人間特有の、無駄な動きや思考の迷いが感じ取れなかったからな。と、付け足して箒はそう告げる。

人間が動かしている気配がなく、そのくせ無駄がない、加えて全身装甲。

––––––それらの因子から推測されるモノは。

 

「さしずめ––––––自動機械人形(オートマトン)、と言ったところか。全く面妖な代物だ。」

 

試製20式長刀を背部兵装担架より抜刀しながら箒は呟く。

そして––––––ちらり、と千尋を見やる。

 

「––––––…あは。」

 

––––––それは笑いだったのだろうか。

––––––あるいは怒りの余波だったのか。

千尋は相変わらず何処と無く笑っているのは変わりない。

故に彼の心は分からない。

––––––しかして今はどうか。

相変わらず感情は分からない、だが明らかにその瞳には––––––敵意を、示していて。

 

「…ち、ひろ?」

 

––––––ゾクリと、箒の背筋に悪寒が走る。

今、隣にいるのは少年ではない。

コレは獣の類だ。

眼前に映る、明確な敵対者を殺し尽くすまで止まらない殺戮機械。

––––––少年は虚構の獣(ゴジラ第5形態)の成れの果て。

故に虚無であり伽藍堂である。

今に至るまでその意思に感情は無く、空虚な容れ物が動いているに等しい存在。

故に感情など知らず、意思の扱い方も知らず、興味さえ抱かず。

無気力なのではなく、それらを知らずに生きている。

それは無知と片付けるには余りにも無理と問題があるモノだった。

––––––それが、初めて感情を昂らせ、意思を見せたとすれば、ソレ(感情)の制御が出来ぬのは当然の道理である。

––––––それを証明するように。

 

 

 

 

 

 

「––––––じゃあ、殺すね。」

 

 

 

 

 

 

怪物(しょうねん)は笑うように、破壊(処刑)宣告を告げる––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

 

????・2025年11月5日

 

これは夢。

––––––赤い。

視界に映る景色は赤く、世界そのものが充血しているよう。

––––––緩い。

肌に纏わりつく空気は生暖かく、身体にへばり付くように。

––––––まるで、人間の胎内にでもいる錯覚を生み出す。

その中央に座り込む少女のカタチをした、怪物が一人。

近寄るべきではない存在だと、脳は警鐘を鳴らす。

…だが、まぁ、アレとの付き合いは長い。

それこそ、生まれ落ちてから数年後には体内にいた。

2021年には身体を取り込まれもした。

しかし私はここにいる。

だから、もう一人の少女––––––東雲箒は脚を踏み出す。

 

「イリス。」

 

箒が口を開く。

それに気付いた怪物は腰を上げ、くるりと振り返ると、

 

《ああ、会いに来てくれたんだ、箒。》

 

若干の笑みを浮かべながら––––––イリスは口を開く。

 

「––––––千尋がユーラシアに出張中だからな。ヒマ潰しを兼ねて来てやった。」

 

対する箒は冷めた瞳を浮かべながら、努めて冷静に言葉を発する。

––––––それに対してイリスはクスリと笑って言う。

 

《ヒマ潰し?それは嘘でしょ。箒の立場的にヒマなんてないじゃない。》

 

そう言ってから、ふと思い付いたように、共生先(ほうき)に対して笑いかけながら言う。

 

《ああそっか、コレ接触実験なのね。》

 

「…ああ。原理としてはISコアネットワークと同じだ。私の体内(なか)にあるお前の核はISコアに酷似していたから…いや、逆か。」

 

《うん、逆だよ。正確には貴女のお姉さん(天災)が私の核を真似て作ったシロモノ。

まぁ、私の核そのものに近しいモノでISコアを作った…という意味では天才なんじゃない?》

 

––––––あ、でも無から事象を生成しても所詮はパクリだから、天才じゃなくて泥棒猫(コピーキャット)かしら?この場合著作権ってどうなるの?––––––なんてイリスは付け加えながら言う。

 

「著作権は大元が生まれてから50年が経過すれば違反しても許される事になっている。

お前は多分、何千年も昔に造られた存在だから当然…」

 

そこまで箒が口にして、

 

「うー…せっかく訴訟しようと思ったのにダメじゃない…。」

 

––––––酷くガッカリした様子でイリスは残念無念…と口にする。

それを見た箒は呆れ、失笑を浮かべながら口を開く。

 

「国が認めないぞ、そんなの。ISはISコアの原典であるイリス(おまえ)がブラックボックス完全解除を行ったことで兵器として使えるようになったからな。

…だいたい死人相手に訴訟してどうする。あの女(篠ノ之束)は四年前の東京防衛戦時に死亡した。」

 

そう、2025年現在ではISコアの原典であるイリスがコアネットワークを介してブラックボックスを全て解除したために、マトモに運用可能な存在となっていた。

実際には通常兵器と同じ扱いではあるが、既存の強化外骨格よりも機動性と多機能性、運輸性に長けていたために前線で重宝されていた。

…さらにいえば、『女性にしか扱えない』という欠点を改善し、『男性でも使用可能となった』事が大きいだろう。

なにしろ、ISに国防を依存していた中国やインド、ロシア、ギリシャ、イタリア、北欧諸国はユーラシア陥落の際に女性人口の4割が死亡するという惨事に見舞われており、将来子孫を残す人材が不足している…という有様だ。

女性利権団体はISに男性が乗る事に発狂していたが、国家の将来を考えれば、政府はそれを無視するのは必然といえる。

––––––そうでなくても、前述の国家群は既に地上には存在しない(滅亡してしまった)のだ。

そしてISをばら撒いた篠ノ之束は…まぁ、死んだし別に語ることはないだろう。

遺体は見つかっていないが、それも当然である。

––––––なにしろ、放射線流で蒸発(・・)したのだから。

 

《あら、肉親の話なのにちょっと他人事過ぎない?》

 

「腹違いの女だ。私にとっての肉親といえば、…雪子叔母さん(・・・・)くらいだ。」

 

少し、歯痒さを表しながら言葉にする。

––––––雪子叔母さん。実の母であり、会いたいと言えば酷く会いたい唯一の肉親。

…だがそれは叶わない。

篠ノ之箒は死亡ないし消息不明という事になっているが故に、私は篠ノ之雪子となんの接点も無い東雲箒として生きていかねばならないから。

そんな箒を弄るように、意地悪な声音でイリスは話しかける。

 

《あら、会いたいの?寂しいの?》

 

「––––––お前を身体から引き千切ったら会いに行けるんだがな。」

 

《え〜それじゃ貴女半身不随になっちゃうわよ〜?》

 

「…知っていたか?イリス、今では脊髄移植や人工神経回路による半身不随を克服出来る再生治療が出来るんだぞ?」

 

《なん…だと……⁉︎》

 

––––––なんて、箒の問いにイリスは少し時代の古い返しを放つ。

だが箒の言ったことは虚偽ではなく事実である。

ユーラシアが半年で陥落してしまった際、多くの傷痍軍人を生み出してしまった。

手足を喪ったのはもちろん、脊髄を損傷して半身不随となった兵士も少なくなく、また不足する兵力を前に、そうした傷痍軍人を再生した兵士を前線に投入する必要を迫られ、その過程で産まれたのが前述の技術である。

その他にもナノマシンによる臓器や筋繊維の強化手術、興奮剤・鎮静剤などの薬物投与による精神操作、遺伝子治療など…キレイゴトではない代物が蔓延ったのも事実であり––––––箒もその手術を受けていた。

もっとも、これは軍用であり、民間には解放されていないモノだったりする。

––––––そんなボケからイリスは立ち直ると、再び口を開く。

 

《凄いわねぇ…もう文明科学で武装した貴女達なんて怪獣(わたしたち)と変わらないじゃない。》

 

その言葉に箒はムッとなるが、自覚がないわけでは無い。

事実、四年前まで人類は文明科学で武装して地上を街で侵食し、海から化石燃料を吸引し、空を航空機で蹂躙して、この地球(ほし)を支配していたのだから。

––––––今となっては怪獣…正確には巨大不明生物や激変した地球環境によって支配者から被支配者へと引き摺り降ろされたが、今の世界が巨大不明生物という怪獣(・・・・・・・・・・・)に支配されているというなら、かつての世界は人類という怪獣(・・・・・・・)に支配されていたと言っても過言ではない。

––––––さらに付け加えるなら、その巨大不明生物という怪獣の大半をユーラシアに押し留めようと、常に背水の陣とはいえ互角に対峙できるだけの文明科学を未だに有している人類は、怪獣とどう違おうか。

––––––しかし努めて箒は冷静に言い放つ。

 

「仮に私達(にんげん)が怪獣と同位であっても、下位の汎級巨大不明生物くらいだ。お前と同位の巨大不明生物には、人間の力では勝てないよ。」

 

《んー謙遜的ねぇ……まぁ、四年前にゴジラにコテンパンにされたしね。》

 

「ああ。アレに対抗できないから、どこも静観を決め込んでるよ––––––誰だって、8分間に12億人以上もの人間を殺した(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ヤツの相手なんて、ゴメンだろうからな。」

 

––––––ふと、ゴジラ戦を思い出し、箒の背筋に悪寒が走る。

––––––アレは死だ。死そのものだ。

8分間に12億人以上を殺しただけではない、二次、三次災害などの間接的なモノも含めれば先の数字に30億人以上が加算され––––––42億人近くを殺戮している事になる。

かつての世界人口は80億人。

ゴジラ以外の巨大不明生物に殺戮されたのは26億人。

ゴジラはその倍以上であり、人類の過半数を殺戮しているのだ。

そんなバケモノを、手に負える国があるワケが無い。

…そもそも、現時点で生き残っている人類総人口11億7800万人が束になったところで、アレに勝てるのかさえ分からない。

––––––確実な事は、手を出せば人類は確実に死に絶えるくらいだろうか。

そうでなくても世界最大の火山・イエローストーンの噴火や核の冬による地球環境激変と新型伝染病ウイルスの蔓延、他の巨大不明生物侵攻、食糧不足––––––数多の問題によって人類は確実に死滅しつつある。

…宇宙にコロニーを作って地球を脱出する…なんて計画もあったが、衛星軌道上に地球外生物…つまるところ【地球外来種の巨大不明生物(ドゴラとスペースゴジラ)】が現れるようになってからは、それも不可能となった。

––––––人類に残された選択肢は、このまま安全な場所など何処にも存在しないこの地球(ほし)で巨大不明生物と戦い続ける生存競争を永続するという道だけしか、無くなっていた。

 

––––––ふと、そろそろ接触実験の制限時間が差し迫っている事に気付き、箒はイリスとの会話を切り上げようとする。

だがしかし、イリスは最後の問いを放つ。

 

「もしもだけどさ…こんな世界じゃなくて、平和な世界に生きてたら箒はどうしてる?」

 

––––––ぐさり、と。その問いは箒の身体を貫く。

思わず、箒は塩を入れたコーヒーを飲んでしまったような顔をする。

そして少し、思案して、

 

「…そうだな、少しは…千尋を支えてやりたいかな…。」

 

そう、呟いた。

そして箒との接触が閉じられると––––––

 

《…だってさ、こっちの箒。》

 

何も無い空間に視線を向けながら、イリスは呟く。

––––––否。そこから先にあるのは、今いる世界のコアネットワークのひとつである。

 

《あっちの箒の願いは叶えられないけど…こっちの箒で叶えてあげようかしらね––––––私も、しばらくヒマだしね。》

 

ヒマを持て余すように、それでいて憐れむように、共生者(イリス)は呟いた。

 

 

 

 

 

 




次回はアリーナの電源設備破壊とゴーレム戦後編になります。

次回も不定期ですが…よろしくお願い致します。




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シンIS設定_Ⅱ「世界観(並行世界含む)」

長らく放置してすみません。
そして明けましておめでとうございます。

…今回は本編ではなく設定回になります。

本編を楽しみにされていた方には申し訳ありません。
本編はまた後ほど投稿致します。
(今回の内容にゴジラIS世界の本編後の世界情勢も半数を占めています)





●シンIS世界

 

◆人口

約34億人

 

 

◆白騎士事件

2011年3月11日に起きた日本への2467発ものミサイルを原初のISたる白騎士が撃墜した時に。

しかしこれは白騎士の性能を試すために束が仕組んだ自作自演であり、事実上の人災・テロ行為である。

 

◆第3次世界大戦

世界規模の大戦争。白騎士事件による日本への核ミサイル発射が確認され、日米安保に基づきアメリカが発射した報復核攻撃によって始まり、また印パ国境の難民同士の衝突を契機に核が飛び交う中、地域紛争までもが世界各地で発生し、戦争による被害は甚大なものとなった。

それに巻き込まれたことによって当時東日本大震災と福島原子力発電所事故で混乱していた日本の東京、福岡、富山が核ミサイルによって蒸発した(東京は直撃・蒸発こそしなかったものの、東京湾で核ミサイルが爆発し、沿岸部が壊滅した)。

…最終的に、東西両陣営の首脳部の大多数が死亡することで「勝者も敗者もいない有耶無耶の状態」に至り大戦は終結した。

 

◆白騎士事件後

当時、ISを維持するシステムの一部に成り下がっていた《天才》の束はシステム内から介入し、白騎士事件時の裏工作と経過、そして首謀者の存在を暴露。

そしてそのデータの大半を世界中に流出させ、戦争の歯止めに一役買うが、その時点でアフロ・ユーラシア大陸の大半が焦土と化し、地球人口は70億から34億にまで激減し、特にユーラシア大陸・北アメリカ大陸は核攻撃による熱線と放射能でほぼ全滅している。

しかし世界中にISが拡散した結果、世界中でISを用いた紛争が発生してしまう(国連加盟国やアラスカ条約を結んだ国家間同士ならともかく、テロリスト相手には国際条約も核抑止力も意味をなさない)。

結果的に《天才》の束は橙子とアメリカ軍と共にISに対する抑止力を生み出し、世界を巻き込んで【天災】と対峙することになる。

 

◆サンフランシスコ休戦臨時条約

第3次世界大戦による混乱は白騎士事件の4年後まで続き、米英仏・中露の核の撃ち合いや東京・福岡・富山への核攻撃、ロシア帝国復興独立戦争、第3次非核欧州大戦、中国自由解放戦争など世界規模の紛争が相次ぎ、2014年7月25日にそれらの終息を目的として調印された条約。

 

◆第3次非核欧州大戦

核の撃ち合いが沈静化した翌年である2012年1月29日に発生した戦争。

ウクライナおよびポーランドに侵攻したロシア=ベラルーシ連合と両国の防衛に出動したNATO(北大西洋条約機構)軍およびEU(欧州連合)軍の武力衝突とバルカン諸国の紛争拡大によって欧州全土に戦火が拡大。

東西両陣営共、これ以上の全面核戦争は避けようと核兵器による決定的一撃を放つ事を躊躇した為に戦争は長期化。

サンフランシスコ休戦臨時条約により、終戦に落ち着いた。

 

◆中国自由解放戦争

2013年12月30日より中華人民共和国にて始まった、上海と香港の独立戦争とそれを支援する中華民国(台湾)と中国との軍事衝突によって発生した戦争。

 

◆アフリカ民族闘争

2014年から始まったアフリカ諸国同士の民族紛争の総称。

サンフランシスコ休戦臨時条約が締結されてもなおも終戦の気配はなく、民族浄化や無差別虐殺などが発生し、悪化の一途を辿っている。

 

◆ロシア内戦

ロシア本国と連邦内の民族共和国連合が起こした独立運動に伴う武力衝突によって発生した戦争。

これによりロシア本国は虫食い状態となり、さらに第3次世界大戦によるヨーロッパ・ロシア地域壊滅による産業・経済基盤崩壊と第3次非核欧州大戦、ロシア帝国復古独立戦争によって泥沼の内戦状態に突入した。

2014年のサンフランシスコ休戦臨時条約により幾分か沈静化したが、未だに全土の戦闘は集結していない。

 

 

◆国際連合平和維持軍

2011年に起こった第3次世界大戦の後、アボッツフォード国際平和条約に基づき、国際復興協調路線を掲げた国連の下に組織された軍隊。

各国の軍隊から抽出された戦力を指揮下に置く。また同条約に基づき、こと軍事行動には国連軍による指示が最優先化される為、第3次世界大戦以前の国連軍とは比較にならない程に権限と兵力は絶大である。

日本の陸海空自衛隊も一部が国連派遣部隊として編入されている。

 

 

◾️IS

ISは世界中に拡散したが、その大半はアメリカや欧州各国、西側極東諸国が握っている。

東側は核攻撃による国土荒廃に伴い、白騎士事件から10年経過した2021年現在でも第1世代機しか開発出来ておらず、第2世代機はラファール・リヴァイヴのライセンス生産のみが行われている。

 

 

◾️IS学園

IS育成の国立教育機関。

IS関連企業の実験・研究施設でもある他、女尊男卑の温床でもある。

中立の立場と自治権を持っているが、実質的にはIS委員会の傀儡と化している。

 

 

◾️IS委員会

国際インフィニット・ストラトス連盟とも思う。

だが実態はISの齎した社会の存続と権力の維持だけに直走る女尊男卑主義者の集まりであり、腐敗が加速している。

当初は壊滅したニューヨークに代わり、新たに国連本部の置かれたアボッツフォード(米国・カナダ国境沿いの都市)に本拠地を構えていたが、運営のずさんさを糾弾され、現在は比較的女尊男卑主義者が多いオーストリアに本拠地を、日本に支部を置いている。

だが、世論が女尊男卑思想が社会基盤の崩壊に繋がると知るや煙たがれる存在となった為、衰退傾向にある。

完全な形骸化(事実上・日本支部は半ば空き家と化している)を阻止しようと、亡国機業や天災束と手を組んだという噂もあるが……?

 

 

◾️ヴァルゲ機関

国連軍管轄下の組織。

第3次世界大戦後の混乱後の2016年に設立された国連軍の治安維持支援およびIS関連のオーバーテクノロジーを管理・研究する為の組織として臨時結成された米国国防総省特務機関・ディグニファイド12とドイツ連邦国防省特務機関・ハーメルン機関、日本国防衛省特務機関・第弐後藤機関を前身としている。

現時点では本部が新生ヨーロッパ国家連合ドイツ領ラインベルク、第1支部がアメリカ合衆国ネリス空軍基地管理区域、第2支部が大イギリス連邦カナダ領プリンスジョージ、第3支部が日本国領新東京箱根市(旧箱根町)、第4支部がロシア帝国領アナディリ、第5支部が大イギリス連邦オーストラリア領カーペンタリアに存在している。

しかしドイツとロシア連邦の関係悪化に伴う地域紛争が悪化した事、第3支部の推奨でアンノ技研を取り込んだ事から本部機能をラインベルクから第1支部・第3支部に分割移転。後に第1支部をアメリカ臨時本部、第3支部を日本臨時本部に改称。

新規で第1支部をアメリカ領ノーフォーク、第3支部を新規でドイツ領デュッセルドルフに建造するなど、大規模な組織再編が成された。

ヴァルゲはドイツ語で天秤を意味しており、パワーバランスの崩壊したこの世界で、「平穏と均衡の再建」を図る存在であり、近年確認され始めたL.L.F.(無機物生命体)への対抗にも回っている。

故に「天災」の束やIS委員会とは対立関係にある。

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––––––もう分かってる人は分かってると思われるが一応言うと元ネタは新世紀(新劇場版)エヴァンゲリオンの特務機関NERV(庵野監督繋がり)。

 

 

◾️「零泉」型統合要塞戦機

対IS制圧用に開発・建造された一種の歩行および飛行型陸上艦艇。

「零泉」の愛称で呼ばれることが多い。

戦略自衛隊の装備であり、EOSをベースにAISの輸送母艦として設計されたが、単騎でも攻撃能力・本土防衛能力を持たせるべく、様々な(イロモノ)装備が搭載されている。

特に17式超長距離超電磁砲(射程的に大陸間弾道レールガン)は「長距離戦略攻撃システム」と「戦術ミサイル迎撃システム」という矛盾が共生している装備となっている。

他にも近接迎撃用の30mmガトリング砲および脚部パイルバンカー、腕部油圧式カーボンクロー、中距離用のSM-2対艦ミサイル発射基および120mm滑腔砲、長距離用の自由電子レーザー照射器が装備されている。

2本の主脚と艦のバランスを支える2本の補助脚からなる4脚で、6基の背部および尻尾型機構のジェット・ロケット複合エンジンから成る跳躍ユニットにより地上滑走、ハイドロジェットにより水上滑走・水中行動が可能。艦体を支える大型の主脚は、滑走時には折り畳まれる。

2021年時点で零泉型1〜4号機が建造されており、その過剰能力からヴァルゲ機関はもちろん、日米安全保障条約・欧州アジア協栄条約に基づき、国連・戦略自衛隊・アメリカ合衆国軍・ベルリン条約機構軍等の複数機関の共同管理下にある。

(この内政干渉にも等しい内容は、天災束によるテロを防げなかった日本への不信から生じたもの)

 

 

 

 

◾️日本国

白騎士事件直後に発生した全面核戦争に伴い、東側からの核攻撃で福岡市と富山市が消滅した上に放射能汚染により深刻な被害が生じた。

さらに当時の政権が女尊男卑系組織の始祖とも言える政党が握っていたために被害はさらに拡大した(と同時に女尊男卑が浸透した)。

10年後の2021年では保守第一党が政権を奪還しており、女尊男卑には綻びが出て来ている。

防衛面に関してはアメリカ軍との連携強化や天才束の裏工作、天災束が前政権と反日勢力に関与していた事実が明るみになり、内部侵略を受けていた事実が明るみになるや迅速な強化が行われたため史実より強大化している。

…もっとも、西側の中でも白騎士事件の元凶となった人間である天災束の国であることも相まって、同盟国であるアメリカや欧州、豪州諸国から相互監視体制を敷かれている他、国連軍が在日米軍基地や自衛隊基地に駐留し直接的監視に当たっている。

内政干渉に当たる行為だが、「日本国の潔白」が証明されなければ今度は日本が再び世界によって焦土と化す未来に直結してしまうため、自衛隊・アンノ技研・米軍親日派・天才束は天災束が尻尾を出す機会を伺いながら【抑止力】の開発を行っていた。

RAU(太平洋アジア連合)加盟国でもあり、台湾やフィリピンと共同してIS開発を行なっている。

 

⚫︎首都特別区東京都

俗に言う東京23区。

日本の首都機能が置かれている。

しかし第3次世界大戦の核攻撃の余波により沿岸部や海抜0メートル地帯は軒並み壊滅している。

 

⚫︎新東京箱根市

白騎士事件後の大戦で壊滅ないし荒廃した日本で「地方自治体再編計画」および「政府機関分散配置計画」に基づき統合された神奈川県旧箱根町、旧小田原市、旧南足柄市、旧湯河原町、静岡県旧御殿場市から成る新興自治体。

旧箱根町仙石原を中心に高層ビル群が立ち並び6車線道路が碁盤目に走る、行政区や大都市が広がっており、旧小田原方面には小田原国際港が置かれているほか芦ノ湖と繋がる地下搬送リフトが存在している。地下には天然の要衝たる箱根大深度地下大空洞が広がっており、そこには内閣災害対策予備施設(箱根駐屯地)が置かれている。

都市の電力供給は大半が芦ノ湖北岸の太陽光集光増幅発電システム群や箱根外輪山の風力発電システム群、強羅・大涌谷の地熱発電プラントによって賄われているが、安定性を重視して一部は外部からの供給に頼っている。

芦ノ湖北岸仙石原郡に位置する、都心部が置かれた地区。

箱根ミレニアムタワー、海上自衛隊湖尻基地、芦ノ湖太陽光発電所、防衛省仙石原分庁舎、大涌谷・強羅地熱発電プラント、陸上自衛隊湯本駐屯地、陸上自衛隊御殿場駐屯地などの施設が都市内に存在する。

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––––––もう分かってる人は分かってると思われるが一応言うと元ネタは新世紀(新劇場版)エヴァンゲリオンの第3新東京市(庵野監督繋がり)。

 

⚫︎新東京八王子市

東京沿岸部が核攻撃で壊滅した教訓から「政府機関分散配置計画」に基づき吉備高原に一部政府機能が遷都された分散首都。

2017年に建造開始。2019年ごろから分散首都としての機能を果たすようになった。所在地は東京都八王子市。

 

⚫︎新東京松本市

東京沿岸部が核攻撃で壊滅した教訓から「政府機関分散配置計画」に基づき一部政府機関が遷都された分散首都。

所在地は長野県松本市。

 

⚫︎福岡市早良区

福岡市都心は白騎士事件後の第3次世界大戦と核攻撃により蒸発・荒廃。

地盤そのものが崩壊した為に深刻な地盤沈下と浸食による液状化現象が多発し日本政府はその再建を放棄した。

早良区内陸部は旧福岡市内で唯一人が住める環境であり、山田先生の実家がある。

 

⚫︎第28放置區域「旧博多」

水没したのち干拓された旧福岡市博多区の名称。日本重化学工業共同体および倉持技研の実験場となっており、IS学園の実地研修地でもある。

 

⚫︎神奈川県新横須賀市

国連海軍および在日米軍、海上自衛隊の基地があり、艦隊が停泊している港街。

かつての横須賀市は東京核攻撃の余波に伴う地殻変動で一部が水没したため、一部水没した地区を改称整備し、再建したもの。

 

⚫︎海洋生物保護研究所

国際環境機関法人日本海洋生態系保存研究機構の下にある施設。新横須賀の沖合いに建設され、第3次世界大戦によって絶滅が危惧された海洋生物の保護している施設。

第3次世界大戦以前の海の環境が人工的とはいえ復元されており、内部では魚やクラゲ、ペンギン、ジンベエザメなど第3次世界大戦で半ば絶滅状態に陥った生物の姿を見ることができる。

内部環境を保全するために滅菌設備は厳重を極め、入場時には何重もの滅菌が必要であった。

 

⚫︎戦略自衛隊

第3次世界大戦とサンフランシスコ休戦臨時条約を経た後に発生した台湾と中国の軍事衝突と朝鮮半島の戦火拡大、ISによるパワーバランス崩壊と、殆どの陸海空自衛隊を国連軍として海外派遣に引き抜かれた状況から警戒心を覚えた日本政府により新たに陸海空自衛隊の空白を埋めて本土防衛を成す事を目的に設立された。

防衛省隷下外局国防庁直属であり、指揮系統としては陸海空自衛隊同様防衛省にある。

限定的な能力を持つ特殊部隊のような組織ではあるが、国連軍に引き抜かれた陸海空自衛隊の空白を埋めるべく、主力戦車からメーサー車、制空戦闘機に護衛艦、果ては大陸間弾道レールガンを装備する【零弐拾壱型重歩行駆逐戦機】まで複数機保有している、あらゆる状況に対応できるよう整備された【実力】である。

司令部を新東京箱根市ジオフロント・防衛省箱根分庁舎においている。

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––––––もう分かってる人は分かってると思われるが一応言うと元ネタは新世紀(新劇場版)エヴァンゲリオンの戦略自衛隊(庵野監督繋がり)。

 

 

◾️アメリカ

全面核戦争に伴い東海岸や中西部に核ミサイルが弾着し、ロッキー山脈以東に多大な被害を出したものの、大国としての機能を維持している数少ない国家のひとつ。

IS台頭後は世界秩序維持のために各国に米軍を国連軍として派遣し、NATO(北大西洋条約機構)軍の長を務めながらEU独自の防衛機関である EU(欧州連合)軍、RAU(太平洋アジア連合)軍を率いて各国の紛争に介入し鎮圧行動を取った。

一方で国連を実質的な傀儡としている為不信感を持たれる事も多い。

以降も世界の警察としての機能を果たしている。

しかしロッキー山脈以東の穀倉地帯や工業地帯がほとんど壊滅した為に、国力は低下している他、首都ワシントンD.C.とニューヨークが壊滅したために政治的混乱と世界規模の経済的混乱が発生した。

⚫︎シアトル

壊滅したワシントンD.C.に代わって政治機能を再編・遷都した新首都。

 

 

◾️欧州連合

欧州各国から成る国家群集合体であり、白騎士事件以前まではイギリス、フランス、ドイツが最も力を有しており、白騎士事件後の全面核戦争と第3次非核欧州大戦で多大な被害を出してしまったが、前述の3ヶ国とアメリカの支援によって国体を維持している。

全面核戦争と第2次大戦を凌駕する通常兵器による大規模戦闘により混乱の只中にあった欧州大陸で2014年にEUは崩壊。

2021年現在欧州は

ドイツ主体の|新欧州国家連合、

スペイン主体の西ヨーロッパ共同体、

北欧のスカンジナヴィア連合王国、

EUを脱退したイギリス率いる大英連邦、

に分裂している。

アメリカとの同盟が白紙となったわけではなく、防衛機構には各国が有する軍の他にアメリカとの連携を前提としたNATO(北大西洋条約機構)が存在しているが、他にもドイツがルーマニアやハンガリー、バルト三国などの東欧諸国とベネルクス三国やイタリア、北欧のフィンランドとデンマークを取りまとめた欧州独自の戦力であるベルリン条約機構軍も存在する。

これら連合機構による軍隊が2つも存在している理由は、衰退したとはいえ依然として核武装と大規模な戦力を有するロシアやその影響下にある旧ユーゴスラビア、ベラルーシ、クリミア共和国を牽制するためである。

しかしこれらの在り方を巡りヨーロッパ連合は表面上穏やかとはいえNATO(北大西洋条約機構)派と BTO(ベルリン条約機構)派に分裂・対立している。

◉ドイツ連邦共和国

欧州随一の人口を誇り、事実上欧州最大の国力を有する中欧最強の列強国にして欧州最強の陸軍国である。

白騎士事件後の核攻撃により旧東ドイツ地域に存在する首都ベルリン、工業都市マクデブルクと港湾都市ロストックが壊滅・汚染されてしまうが、「ニュークリア・アーキア」によって除染。復興を遂げる。

現在は対露牽制を目的に東欧諸国や一部中欧・北欧諸国を取りまとめたBTO(ベルリン条約機構)軍の主力が置かれている。

ベルギー主導の第3世代機開発計画であるイグニッション・プランに参加しているほか、対IS兵器開発計画であるECAIS計画を主導し欧州の地域的価値を向上させたいベルギーやイタリア、ロシアに対抗する抑止力を得たい東欧・北欧諸国と共同して遂行している。

同計画に対して懐疑的なNATO(北大西洋条約機構)派のフランス他西欧諸国とは水面下とはいえドイツがBTO(ベルリン条約機構)派であることもあり政治的に対立関係にある。

 

⚫︎ノイエス=ベルリン

全面核戦争と第3次非核欧州大戦によって壊滅したベルリンを復興・再建した都市。

一時は放棄することも考えられたが、第2次大戦で廃墟から蘇り、東西分断から統一に至ったこの都市はドイツ人にとって象徴的な存在であった為、有志による復興から始まり、政府の復興事業参入により急速に復興、さらには発展した。

現在は再建された伝統ある街並みやベルリンテレビ塔が新たに築かれた近未来的な高層ビル群と共生する街並みとなっている。

 

⚫︎ポツダム

ベルリンに隣接する郊外都市。

冷戦時代に築かれた東ドイツ軍司令部を流用したドイツ連邦軍司令部がゲルトウ地区にある。

 

⚫︎ボン

冷戦時代に西ドイツ政府の置かれた文教都市。

現在でも教育学術省や環境省、食糧農林省、経済協力省、国防省、保健省などの政府機関が残留し、首都ベルリンと並んで国家中枢を担う分散第2首都である。

また、ベルリン条約機構軍司令部もここに置かれている。

 

⚫︎ヴィルヘルムス・ハーフェン

北海に面した港湾都市。

ベルリン条約機構軍水上部隊の司令部が置かれている。

 

⚫︎独国暫定保護領南フランス共和国

全面核戦争と第3次非核欧州大戦に伴い、内戦で国家基盤が崩壊。政府機能不全となったフランスを北部がイギリスおよび一部ベルギー、中央・南部をドイツおよび一部イタリア・スペインが暫定的に統治することとなった。

あくまでも治安維持の為に各国が一時的に駐留しているだけであり、内政自治権は今まで通りフランス政府にある。

 

⚫︎ベルリン条約機構軍

第3次世界大戦(全面核戦争)と第3次非核欧州大戦によって混乱に陥り崩壊したEUを新欧州国家連合としてほぼ完全に再建した後に組織された、欧州独自の国家間連合軍。

核を保有する対ロシア戦および、未だヨーロッパ各地で発生している紛争に介入、欧州の安定化を図ることを主目的としている。

加盟国は以下の通り。

⚫︎ドイツ連邦共和国

⚫︎南フランス共和国

⚫︎ベルギー

⚫︎オランダ

⚫︎ルクセンブルク

⚫︎オーストリア

⚫︎ハンガリー王国

⚫︎イタリア

⚫︎ポーランド

⚫︎ウクライナ

⚫︎ルーマニア

⚫︎ブルガリア

⚫︎リトアニア

⚫︎エストニア

⚫︎ラトビア

⚫︎デンマーク

⚫︎フィンランド

現時点で東欧の「カリーニングラード戦争」や南フランスの「オクシタニー動乱」、「バルカン紛争」、「ギリシャ・トルコ戦争」などの旧ユーロ圏の他に「エジプト・スーダン戦争」や「第6次中東戦争」、「ニューギニア紛争」にNATOと共に国連平和維持軍として介入しており、練度はかなり高い。

また装備の質も良い為『ISで武装した国家でさえ善戦出来るか怪しい』・『条件次第でアメリカとも拮抗出来る』とさえ言わしめるほどである。

なお、AISを12機試験運用(稼働機は8機でありその他4機は予備機)している。

…ちなみに何名かIS学園に交流・研修目的で人員を派遣するらしい。

 

 

 

◉フランス共和国

欧州においてドイツに次いで強大な国力を有していた西欧最強の列強国。

全面核戦争と第3次非核欧州大戦によって政府共和派・国粋派・移民派の3勢力が武力衝突を起こし、国家基盤が崩壊する程の泥沼の内戦状態と化した。

2014年の「サンフランシスコ休戦臨時条約」により内戦は終息するも、国家基盤は崩壊し無政府状態と化した為に暫定的に新欧州国家連合、西ヨーロッパ共同体、大イギリス連邦帝国、アメリカ合衆国による治安維持を目的とする事実上の占領と、アメリカとイギリス・カナダによる政府再建とする事実上の傀儡化などという形で崩壊した国家基盤を回復しつつある。

現在ではパリ一帯の修復が完了し、そこに政府機関や大企業が集結している。

また、デュノア社が傑作と言われる第2世代ISラファール・リヴァイヴとISコンデンサーなどを開発し、輸出する事で特需景気状態にある。

しかし未だ国家基盤が修復し終えたわけではなく、パリ郊外では散発的な戦闘が発生している他、新欧州国家連合主導のイグニッションプランに参加出来なかった事と対IS兵器開発計画の始動に伴い、返り咲きつつある「大国」としての立場を揺るがされている。

 

⚫︎行政特区パリ

4大陣営による事実上の占領下にある中で唯一、「フランスの中のフランス」と呼ばれる場所。

国家基盤の一部再建が完了した為に首都パリには政府機関や大企業が一極集中しており、これのおかげでフランスは経済面では大国に返り咲きつつある。

だが同時に、これが周辺地域の人口流出や国家基盤再建を遅らせている原因でもある。

事実、パリを中心にフランスの国際的立場を高める事を優先する余り、パリ周辺は廃墟のままであり、さらには反政府組織まで生み出す事態を招いている。

 

⚫︎デュノア社

行政特区パリに本社を構えるIS関連企業。

傑作にしてISの基礎と謳われるラファール・リヴァイヴとISコア無しでも稼働可能とするコンデンサーの開発に成功した為一躍世界的企業となった。

だがフランスの国力の限界も相まって第3世代開発が遅れに遅れ、イグニッション・プランからは除籍。さらに株が下落しつつあり、買収の話も囁かれている。

世界で2人目の男性ISパイロットが帰属しているらしいが…?

 

⚫︎ISコンデンサー

デュノア社の開発した、ISコアの代替部品。ISコアのエネルギーを貯蔵した一種の貯蔵タンク。

早い話、携帯電話の持ち歩き式充電器みたいなモノ。

 

 

 

 

◆大英連合帝国

正式名称は帝政グレートブリテン・北部アイルランドおよびカナダ・インドオセアニア連合王国。

ナショナリズムの復刻からEUを脱退したイギリスを宗主国とする、カナダ・南アフリカ・インド・オーストラリア・ニュージーランドから成る国家連合。

EUから脱退した為、当然ながらイグニッションプランには参加していないが、軍事面ではアメリカに頼らねばならない現実があり、アメリカ率いるNATO(北大西洋条約機構)には加盟している。

そこでEU加盟の欧州各国と顔合わせをする事でアメリカから技術提供を受けると共に情報の共有化を測っている。

しかしながら伝統を重んじる面が強く、特に王室関係では対立関係にあるベルリン条約機構派のオランダやスウェーデン、オーストリアなどの王室との交流をイギリス王室が測っていることや、イギリスの行政を支配するイングランドに対してスコットランドがベルリン条約機構派であり、いざとなればイギリスから独立する事を仄めかしており、これは国内で唯一核兵器が配備されている地域(スコットランド)が独立する事でイギリスが手元の核兵器を喪失する事を意味するためベルリン条約機構派ともコンタクトを取っている。

 

 

 

 

◾️ロシア地域

核戦争後、ロシアはロシア連邦と新生ロシア帝国、民族共和国連合の3勢力に分裂している。

◉ロシア連邦

現在のロシアは独立した極東連邦管区の一部を除き、支配領域はあまり変わりはない。

だが、人口過密地帯であったヨーロッパロシアの大半が壊滅し核攻撃による放射能汚染などで居住可能地域が激減・農作地の壊滅。北極圏のみとなった事に加えてシベリア地域の壊滅、民族独立紛争などにより国力はかなり衰退している。

首都は核攻撃によって消滅したモスクワに代わりチェリャビンスクに遷都されている。

 

◉新生ロシア帝国

正式名称、カムチャッカおよびアムール・ウクライナ=チュクチ連合帝国。

カナダに逃れていたロマノフ朝の生き残りと称される白系ロシア人が統治する専制統治国家。

ロシア帝国、アムール・ウクライナ大公国(極東ウクライナ共和国)、チュクチ公国から成る連邦制で、現在のカムチャッカ州、チュコト自治区、マガダン州、北サハリン(樺太)、ハバロフスク州アムール川流域の一部を領土としている。人口は6280万人で首都はペトロパブログラード・カムチャツキー(旧ペトロパブロフスク・カムチャツキー)。

豊富な天然地下資源採掘と地熱発電、不凍港を利用した交易により高緯度の国家にして新興国家としてはかなりの国力を持つ。

隣接するアメリカや日本とは交流が多く、特に日本とは樺太を共同統治している他、主力空中機械化歩兵装甲(IS)の開発を共同で行なっている。

更識楯無が国家代表帰属先としている国家でもある。

 

◉民族共和国連合

サハ共和国とコミ=ヤマリア諸国連合、カレリア共和国から成る民族連合軍。

ロシアから独立するという利害目的の一致から連合軍を結成し、ロシア政府に対して戦闘を展開している。

2014年のサンフランシスコ休戦臨時条約によりカレリア共和国はスカンジナヴィア連合と同盟を結ぶことで、チュクチ自治区は新生ロシア帝国の公国となる形でロシア連邦から独立した為に本連合から離脱している。

 

 

 

 

 

 

シンIS世界のおおまかな設定は以上になります。

…もとより、シン・ゴジラ第5形態を原作世界に放り込んで、ゆるふわ日常系(天津毬基準)をするつもりだったので、あまりガチガチの設定はないんですよね…()

 

…ここから下は、今は夢の中で見るに留まっているが、後にシン千尋と箒が物理的に交錯する可能性のあるゴジラIS世界(破滅後)の設定です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 未来の外宇宙(破滅後のゴジラIS世界)

◼︎ユーラシア大陸
近傍諸島や中欧以西の欧州大陸とクラ海峡以南のマレー半島、カムチャッカ半島を除く地域は怪獣によって全滅しており、国連主導のもと、日本国、アメリカ、ロシア、ロリシカ、欧州連合、中華連邦、大東亜連合、中東・アフリカ連盟、豪州諸国連合など世界各国の軍が大陸包囲網を形成しており、常に背水の陣という熾烈な防衛戦を展開している。
特に陸続きの欧州大陸とスエズ運河沿岸、カムチャッカ半島、ユーラシアに近い日本列島や台湾島、冬季と夏季で変動する海氷の範囲と極地磁気嵐の通信障害によって人類と巨大不明生物の勢力図が大きく書き換わる北極海戦域は激戦地となっており、国連軍も同地域へ重点的に展開している。

◼︎北米大陸
北米はイエローストーン国立公園の大規模噴火により大西洋沿岸平野中央部以南、内陸平野、カナダ楯状地南部が壊滅。
さらにゴジラの◼︎◼︎◼︎◼︎が引き起こした波高200メートルにもおよぶ巨大津波が東海岸を襲い、1億2900万人もの犠牲者を出す。
また破滅直前に巨大不明生物の侵攻を受け、最終的に奪還はしたが北米全体のおよそ8割が壊滅してしまう。
破滅後は避退欧州諸国の支援により復興が進められた結果生産力を回復させつつあり、瀕死には変わりないが国力を取り戻しつつある。
現在は西海岸、五大湖沿岸地域に人口が集中している。

◾︎南米大陸
南米はアマゾンなどが貴重な酸素供給源となっているが、大規模な環境変化と地球外起源巨大不明生物の強襲によって無数の死者・行方不明者と餓死者を出し、人類の大半は物資が潤沢かつ防衛に適したブラジル高原以東やギアナ高地、アンデス山脈以西に集結している。
同時に内陸部はほとんどの人類が離れた結果、動物の楽園と化しているが、人類の代わりに地球外起源巨大不明生物に食い荒らされ、人類が支配していた時代より遥かに速い速度で環境・生態系破壊が進行している。

◼︎アフリカ大陸
巨大不明生物の死骸が齎らした新型伝染病の爆発的感染と◾︎◾︎◾︎◾︎の影響で変異した致死性変異菌による感染死やイエローストーン噴火の火山灰降下による寒冷化・大飢饉の影響で億単位の犠牲者を出している。
さらに内陸部での巨大不明生物発生や地球外起源巨大不明生物の強襲によって紅海・インド洋沿岸と南部地域、北部地域を除いてほぼ人類が死に絶え、ユーラシアに次いで退廃した大地となっている。
同時に人類が駆逐された結果、南米内陸部と同じく動物達の楽園となっている。


◆人口
⚫︎北米大陸
1億4500万人
⚫︎中南米大陸
3600万人
⚫︎欧州大陸
1億4900万人
⚫︎極東諸国
2億1300万人
⚫︎東南アジア諸島
2億4000万人
⚫︎中東諸国
520万人
⚫︎豪州諸国
820万人
⚫︎アフリカ大陸
4080万人
ー人類総人口ー
8億3720万人(難民除く)


●日本国
⚫︎日本列島本土
⚫︎スラウェシ租借地(インドネシア)
⚫︎ジブチ租借地(ジブチ)
狭い国土に1億2800万人もの国民を抱えるユーラシア有数の人口過密国家であり、ユーラシア失陥後は実質的な大国となっている島国。
2021年6月のゴジラによる南房総半島、同年年11月7日にシン・ゴジラに東京を壊滅させられ、さらに同年11月30日に朝鮮半島から対馬・北九州へのギャオスの再上陸を許し、上記の3つの戦いで2000万人の国民を喪ってしまう。
同年12月25日に日米主導で発動された日本・在日アメリカ軍・台中連合軍・ロリシカ・欧州連合極東派遣軍の参加したゴジラ凍結を目的とする【ヤシオリ作戦】と予備作戦として血液凝固によって弱体化したゴジラを鎮静化する【ヤシオリ作戦フェイズ4】の成功により日本は破滅を生き延びる。
破滅後は朝鮮半島と中国大陸からの侵攻を受けかねない九州、ロシア沿海地方からの侵攻を受ける可能性がある佐渡島、東シベリアに近い北海道に戦線を構築し、3正面防衛を強いられている。
その為、東京壊滅後に首都を京都あるいは松代へ遷都する予定だったが、最も各戦線から遠く、尚且つ予算を防衛費に回さざるを得ない事を鑑みた結果、首都は東京に留められている。
また3正面防衛体制が影響した結果、戦力の拡充は必至であり、破滅前に10万人程度だった自衛官の定数は2023年時点では25万人にまで増加し、予備自衛官も8万人から15万人に増加している。
破滅前であれば野党や女尊男卑主義者、マスメディアの横槍により達成できずにいたが、破滅後、日本が最前線国家となったことからそれらの障害となる存在のほとんどが日本国外へ亡命し、円滑な法律整備と憲法改正、防衛体制強化を成し遂げた。
また経済もユーラシア戦線の特需によって回復しつつある。
人口増加を促すべく若年層、育児への支援制度の確立により人口増加に拍車はかかっているものの、人的資源不足という問題解決には至っておらず、またその問題が本土防衛や国内の治安維持でも発生しており、それらを補う為に国連軍を受け入れている。
また人的資源不足は防衛・治安維持のみならず報道の場でも発生しており、各放送局では破滅前なら有り得ないような放送局を統合・国営化することを望む声まで上がる事態にまで発展している。
そして生産拠点や経済基盤は日本海沿岸地域と九州北部および西部が危険地域に指定されたことから太平洋沿岸地域の都市部や大規模再開発を行なっている沖縄諸島や小笠原諸島などの島嶼部あるいは日本近海に配置したメガフロート、東南アジア諸国に移転されている。
またその過程で沖ノ鳥島近海にて大規模なレアメタルの鉱床が見つかっており、日本では防衛事業と食糧生産事業、メタンハイドレート採掘事業、メガフロート開発事業の他にレアメタル採掘事業が活発化している。
⚫︎政治体系
多党制・議会制民主主義(半軍政体制)
⚫︎現在の国会政党
保守第一党(中道右派系与党)
日本維新党(正道右派系野党)
⚫︎防衛組織
陸上自衛隊
海上自衛隊
航空自衛隊
特務自衛隊
海上保安庁
在日アメリカ軍
在日国連統合軍
⚫︎報道機関
KNH(国営日本放送)
TTK(帝都テレビ局)
BSデジタルQ
産政新聞

●アメリカ合衆国
⚫︎アメリカ本土
⚫︎マリアナ諸島
2021年9月11日にゴジラが日本近海の海底火山からマントルを通過しイエローストーン国立公園の火山から出現した際の衝撃で大規模な火山噴火を発生させ、アメリカ内陸平野全域と西海岸南部、大西洋沿岸地域中央部以南、カナダ楯状地南部、メキシコの北半分が火山灰によって壊滅。
さらに大西洋を越えた火山灰は西欧諸国や北アフリカ西部にも降り注ぎ、壊滅的な打撃を与えてしまう。
これにより将来的に重要となる食糧生産の重要拠点が全滅し、アメリカは人類の食糧生産の重要拠点となるオーストラリアや南米からの輸入と僅かな自国生産、合成食糧に頼らねばならなくなる。
さらに◼︎◼︎されたゴジラの放射線流の直撃や余波による大津波によりボストンを除く東海岸が壊滅してしまい、政治機能、経済機能が停止してしまった上に1億人近い犠牲者が出てしまう。
だが、ミシガン州に租借地を貸与したミシガン=ドイツの合成食糧や経済力、アラスカ州北部に租借地を貸与したアラスカ=ロシアの防衛負担と租借金によって急速に回復が進みつつある。
壊滅したワシントンD.C.の首都機能は西海岸ワシントン州シアトルに、国連本部はとカナダ領バンクーバーに移転されている。
また壊滅した東海岸を復興する負担軽減に欧州・アフリカ諸国に租借地候補となる土地を提供している。
⚫︎防衛戦力
合衆国陸軍
合衆国海軍
合衆国空軍
合衆国海兵隊
合衆国戦略軍
合衆国沿岸警備隊
合衆国州軍

●ロリシカ共和国
チュクチ・カムチャッカ防衛線崩壊により、ロリシカ共和国はチュクチ自治区を放棄しカムチャッカ半島に退避。
その後アンギラスが核爆弾に匹敵するエネルギーの雷雲群を待ってカムチャッカ半島の付け根にあるベンジナ・オリョトルカ地区以北のユーラシア大陸からカムチャッカ半島を切り離した為、生存圏の確保に成功する。
これに日米双方と国連からの支援を受けながらカムチャッカ半島の防衛とオリョトルカ地区沿岸部やマガダン地方、コリャーク山脈沿い地域への定期的な派兵、そしてカムチャッカ半島に残されていた手付かずの地下資源の採掘と輸出を行うことで破滅後も生き残り続けている。
⚫︎カムチャッカ半島
北部総軍(カラギンスキー)
西部総軍(チギリ・ミリコヴォ)
東部総軍(アレウト・ウスチ=カムチャツク)
中央総軍(エリゾヴォ)
南部総軍(サハリン・ウスチ=ボリシェツク)
オリョトルカ沿岸派遣軍
マガダン沿岸派遣軍


◉欧州連合
EUとも言う。
2021年以降はドイツおよびフランス以西、ブリテン島、地中海島嶼部、北アフリカを起点に反抗を繰り広げている。
疲弊したNATO(北大西洋条約機構)軍に代わり、ドイツやオランダ、チェコおよびルーマニア等旧東欧諸国、旧北欧諸国、スイスおよびオーストリア等永世中立国を主軸とするEU軍と在欧州米軍、国連軍が陸上での前線維持に当たり、海上ではイギリス軍とスペイン軍、イタリア軍、フランス軍、ノルウェー軍が防衛に当たっている。
またドイツ軍とイギリス軍、トルコ軍の一部はスエズ運河維持の為にエジプト軍と共にスエズ沿岸に戦線を展開している。
2026年の時点で欧州連合本部は、ベルギー首都ブリュッセルから北アイルランド・ベルファストに移転され国連や米国協力の下、難民支援活動なども行っている。
各国は国土の大半を喪いながらも、生活基盤と工業生産拠点の移転によって国力を維持しており、ドーバー基地群やマンセル大要塞、ドイツ北西部およびベネルクス三国から成るノイエス=ジークフリート要塞線をはじめとして、コタンタン半島およびブルターニュ半島から成るブルターニュ=ノルマンディー線、チャネル諸島のモン・サン・ミシェル要塞、バレアレス諸島やクレタ島、シチリア島、キプロス島などに戦力を集結させ、反攻作戦の準備を進めつつ、防衛にあたっている。
◾︎ドイツ
巨大不明生物の侵攻に伴い欧州各国は相次いで政治中枢を海外に移転した。
ドイツもその例外ではなく、アメリカ・ミシガン州およびメリーランド州・ノイエス=ベルリンに一部政府機関を、生産拠点の大半をイギリス・サセックス州、北アイルランドの租借地に居を構えている。
ドイツは欧州連合の中ではフランスを抜いてイギリスと並ぶ有力国家であり、数多く存在する海外製造拠点の生産力とエルベ川流域、ヴェーザー川流域、ライン川流域からなる3大防衛線による国土維持、さらに旧東欧諸国や旧北欧諸国を傘下に編入し、約6900万人の人口などを背景に、英仏を抜いて多くの戦力を欧州連合軍に拠出している。
装備の優秀さだけでなく、個々の部隊の戦闘能力も高い水準を維持している事から、欧州連合の最精鋭としてドイツ軍を挙げる識者も多い。
そのため欧州大陸防衛やスエズ運河防衛は基本的にドイツが受け持っている。
◾︎フランス
ドイツやイギリスと同様に国土の大半を巨大不明生物に蹂躙されたフランスはブルターニュ半島およびコタンタン半島を残し、本土を失陥。生産拠点と一部政府機関をカナダ・ケベック州のケベック、アルジェリア沿岸部に移転した。
破滅後の現在はドイツに勝るとも劣らない規模の国力を維持している。
陸軍力はその殆どを喪失した為に再編途上であり、地中海・北海方面では海軍の展開による防衛網を構築し、陸軍は少数でも事足りるアルジェリアやスエズ運河防衛ラインの警備を担当していた。
◾︎イギリス
欧州諸国の中で完全な形で国土を残す最後の大国であり、生産拠点を南アフリカ領ケープタウン、カナダ領ニューファンドランド島に移転することで欧州連合の盟主として連合内で最大の国力を維持している。
大英帝国防衛戦にてスコットランド全域とイングランド北部、イングランド中央部沿岸地域を壊滅に追い込まれるも、国土の防衛に成功している。以後、大陸沿岸部の間引き作戦や北海沿岸地域や海峡を越えて上陸してきた巨大不明生物に対する迎撃などを繰り返しつつ、欧州大陸への反攻作戦に向けて戦力の拡充に努めている。また、米国に次ぐ第2位の海軍戦力を保有しているが、その海軍は英国本土防衛戦での反省から沿岸防衛に重点を置くようになり、間引き作戦における砲撃支援を主任務としている。
◾︎スペイン
異常気象や伝染病、地中海を長駆侵攻してきた巨大不明生物により国土の大半を放棄せざるを得なくなったスペインは政治機能をカナリア諸島に移転。
現在は隣国ポルトガルと共闘しながらシエラ・ネバダ山脈やセントラル山系、カンタブリア山脈など地形を盾にしつつ、欧州連合海軍の支援を受けつつイベリア半島を南北から席巻する形で防衛戦を展開している。
◾︎イタリア
巨大不明生物による陸路からアルプスポケットへの侵攻と、アドリア海からの長駆侵攻により多重飽和攻撃を受けたイタリアは、一時はアペニン山脈を防衛線として抗戦するも損耗が激しく、長大な防衛線を維持する能力を喪い敗走。
現在は政府機関および生産拠点をアルジェリア領ベジャイアの租借地と自国のサルディーナ島に置き、アメリカ軍およびドイツ海外派遣師団の支援を受けながらシチリア島とサルディーニャ島に軍を集結させ、シチリア海峡を挟んで苛烈な防衛戦を展開している。
生産拠点や政府機関はパンテレリア島3.75キロ西の沖合やランペドサ島3.5キロ南の沖合、サルディーニャ島アルボレーア5キロ西の沖合に建造された日米資本のメガフロートに移管されている。
首都はサルディーニャ島沖のメガフロート、テラ・イル・グリジオに置かれている。
◾︎ポルトガル
異常気象とスペインから侵攻してきた巨大不明生物によって国土を蹂躙され、北メセタ(台地)など北部山脈地域を盾にして防戦を継続することを余儀なくされた為に、政治機能をアゾレス諸島に、生産拠点をモロッコに移転した。




●中華統一共同体
⚫︎台湾
⚫︎中国福建省沿岸部
⚫︎サバ租借地(マレーシア)
⚫︎カガヤン・バレー租借地(フィリピン)
クーデターによって民主化した中華人民共和国と中華民国(台湾)の間に締結された軍事的同盟。
中国の暫定首都はサバ租借地・サンダカンに置かれ、台湾の首都は台北と花蓮に分散されており、生産拠点はフィリピン領カガヤン・バレーに移転されている。
国土を喪失した中国は台湾と同国の影響下にあるフィリピンの経済力で軍事力を維持出来ているが、前政権時代に東南アジア諸国へ振りまいた不信からチャイナブロック政策による租借地運営の制限によって貧困に喘ぐ生活を強いられている。
反擊大陸!發布祖國‼︎(反攻大陸!解放祖国‼︎)」をスローガンに掲げている。
⚫︎防衛戦力
台湾国防陸軍
台湾国防海軍
台湾国防空軍
中国人民解放陸軍
中国人民解放海軍
中国人民解放空軍
統合司令戦略群集団

●インド連邦
⚫︎アンダマン=ニコバル諸島
⚫︎西オーストラリア租借地
破滅後、衛星データリンク途絶による交信不可の状況で巨大不明生物の電撃的侵攻を受けインド半島本土を失陥。
一時はアンダマン=ニコバル諸島・ポートブレアに首都が置かれ、オーストラリアとの交渉の末に西オーストラリア租借地に国家機能を移転した。

●タイ王国
国土の大半を喪失したものの、N2爆弾によって爆破掘削されたラノーン県とチュムポーン県を跨ぐクラ海峡を最終防衛線とし、インド軍やインドネシア軍、シンガポール軍の援護をもって、防衛線を維持している。
首都は陥落したバンコクから南東部のソンクラー県ムアンソンクラー群に移転されている。

●モルディブ共和国
インド半島の南にある諸島群で構成されている島国。
軍用・難民キャンプのメガフロートが多数展開している。

●ロシア連邦
⚫︎アラスカ租借連邦管区
⚫︎極東連邦管区
ノヴォシビルスク諸島
ウランゲル島
サハリン(樺太)
チュコト半島仮設橋頭堡
ゴジラによる衛星データリンク途絶による交信不能の状況下で巨大不明生物による電撃的侵攻により国土を喪失。
現在は西部開拓時代に自国領であったアメリカ領アラスカ州北西部と不法占拠していた日本領北方領土に対して正式に租借地提供としての申請を行い国家機能を移転した。
だがソヴィエト時代に積み重なった不信などが災いし、各国からは非協力的な態度を取られがちであることや食糧危機による餓死者が無数に出ている中、租借地を維持する為に全国民軍属化制度(国家総動員法)の無理な徴兵とユーラシア派兵による戦死などで数多の犠牲者を生み出している。

◆豪州
◉オーストラリア
南半球における大国のひとつ。
破滅前に東海岸を強襲され、不足していた陸軍戦力で抑え込むことは出来ず苦肉の策として質量弾軌道爆撃による殲滅戦を展開したが、シドニー、キャンベラ、メルボルン等主要都市が壊滅。
さらに◼︎◼︎線流による津波が東海岸に直撃し同地が更地となったため、首都機能をタスマニア州ホバートに移転している。
破滅後でも東半分は質量弾軌道爆撃と津波被害により荒廃しているが、西半分はインド政府と独立チベット政府の租借地がある他、大規模な農業地帯と化している。

◉ニュージーランド
世界で唯一、巨大不明生物による被害が極めて微少な国家。
その為、世界各地の大手企業や大富豪が多く避退しており、首都オークランドは破滅後における世界有数の経済特区と化している。
寒冷化による被害を除けば巨大不明生物とは無縁で経済的にも非常に豊かであり、ハワイと並んで「地獄の中の楽園」とも呼ばれている。


●イスラエル
⚫︎ヨハネスブルグ租借地
⚫︎クワズールナタール租借地
中東において最後に陥落した国家にして、中東諸国の中で生き残り、 " 国家 " として機能している唯一の国である。
国土を全て喪ってしまうが、それまでに多くの国民を国外に退避させる事に成功する。
のちに、冷戦時代からの友好国である南アフリカ共和国領ヨハネスブルグの大使館に政府機能、ユダヤ人街に租借地として居留地、同国領クワズールナタール州の一部に租借地として生産拠点と居留地を設置し、国家そのものを南アフリカに移転した。
同じくアフリカに国土を移転したものの、 " 組織 " としか機能させられていないアラブ諸国とは歴史問題や政治的関係で対立している現実があるが、在ジブチ米軍および欧州連合軍・自衛隊らと共闘し紅海・スエズ運河防衛に勤め、人類戦力の一翼を担っている事に変わりはない。

●中東・アフリカ連盟
その名の通り中東より脱したものの国家機能を喪失したアラブ諸国と破滅後も国として機能している一握りのアフリカ諸国との間に結ばれた軍事同盟機構。
これによりアフリカは避退アラブ諸国が持ち込んだ兵力を指揮下に取り込むことに成功し、避退アラブ諸国も安息の地を得ることに成功した。
しかし唯一国家として生き残ったイスラエルとそれを匿った南アフリカとは政治的に対立関係にあり、それらとのまともな連携は成立していない。
現在はマダガスカル島に本拠地を構え、スエズ運河や紅海沿岸部、ソコトラ島近海の防衛とアフリカ大陸内陸部の警戒に当たっている。







 各地の戦域

◆極東戦域
日本海、東シナ海、台湾海峡、間宮海峡、カムチャッカ半島を主戦場とする戦域。
巨大不明生物の跋扈するユーラシア大陸からは海で隔てられており、洋上で艦艇による迎撃と上陸地点の早期特定および水際での戦術機甲部隊による迎撃が可能であるなど、人類にとっていくつか有利な条件が揃った戦域でもある。
主戦力は自衛隊、中華統一共同軍、ロリシカ国防軍、アメリカ軍太平洋方面群が担っている。
海上戦力の即時展開を可能とする為に、駐屯および中継基地として数多のメガフロートが展開しており、ユーラシア包囲網の一端を担っている。

◆東南アジア戦域
マレー半島タイ領クラ海峡を最前線とする戦域。
こちらも極東戦域と同じように水上での迎撃が可能となっており、さらにイギリスなどの旧宗主国やアメリカ・オーストラリアなどの列強諸国からの支援を受けており、上手く立ち回れてはいる。

◆スエズ・紅海戦域
エジプト領スエズ運河からインド洋に繋がる紅海に至るまでの戦域。
欧州とアジア地域を繋ぐ人類にとって重要な通行路である為に、同地域は欧州連合と中東・アフリカ連盟、在アフリカ米軍によって死守されている。
しかしスエズ運河の防衛に固執するあまりに欧州からの支援や租借地提供などを行った国以外は大飢饉や新型伝染病によって大量の死者を出してしまい、それらの地域は不毛の大地と化している。

◆欧州戦域
北海からオーデル川・ナイセ川流域、アルプス山脈、シチリア島を経てクレタ島に至るまでの長大な戦線が引かれた地域を指す。
かつての列強各国を率いるドイツ、フランス、イギリスの3ヶ国を主とした分担防衛(ドイツが中央、フランスが南部、イギリスが北部を担当)によって戦線を維持している。
しかし決して苦難なき状況ではなく、特に陸続き(平野)の土地で激戦を強いられているドイツやチェコ、オーストリアの他に国土を喪った旧東欧諸国や国土の大半を喪失し事実上本土を喪ったイタリアなどは膨大な犠牲を出している。

◆北極海戦域
旧北極海航路を最前線とする有史以来地球上で最も広大な戦域。
北極海戦域は夏季と冬季に変動する海氷の範囲によって双方の勢力図が大きく書き換わる(夏季は海だが冬季になればユーラシアからアメリカ大陸やグリーンランドにかけて海氷で陸続きとなる)最も不安定な戦域でもある。
戦域が広大過ぎるものであり兵站維持の為に旧北極海航路沿いの島嶼部に大量の物資を保管可能とする国連軍基地や洋上プラットフォーム基地群が建設されている他、4個空母打撃群が展開している。
また冬季には航路維持のため定期的にNN爆雷やS11爆雷を用いた海氷の間引き作戦が行われている。

◆モルニヤ軌道戦域
初めて異星起源巨大不明生物ドゴラの襲撃を受けたリオデジャネイロの教訓から構築された唯一宇宙空間に存在する戦域。
主に国連航空宇宙総軍が主力であり、N2航空爆雷投射プラットフォーム衛星群と監視衛星、MFSシリーズ・メカゴジラ型およびモゲラ型などが防衛の中核を担っている。
だが同時にこれは、地球以外に逃げ場がないということを決定付ける存在でもある。



◼️大型対獣機動兵器群
正式名称は多目的戦闘システム(MFS)。
現時点で通常兵器や特殊兵器の枠を超えた超兵器に位置付けられる存在。
通常兵器を凌駕する火力を有している事はもちろん、対獣戦線において瀕死の人類陣営を支える大黒柱的存在でもある。
だが保有している国家はわずか8ヶ国、稼働機数も(2024年時点で)10機程度のみと極めて少ないのが現状である。
国によって多少形状と運用思想は異なるが、基本的には後述の3種類に分類される。

●メカゴジラ型
対獣戦において、近接格闘戦を想定しているタイプのMFS。
ほとんどは一定距離を保ちつつ火力投射を行う近接砲撃戦・機動砲撃戦を想定したものが多く、近接戦用の主腕はあくまで自衛用としているのが主なメカゴジラ型である。
しかし日本の3式機龍やその派生機であるドイツのEMFS-1ファヴニール、イギリスのEMFS/SMG-1ドライグのように超至近でのゼロ距離高機動近接格闘戦を想定した機体も存在している。
それらの場合は搭載する砲火器や誘導弾・メーサー照射器の他に主腕に限らず主脚や尾、さらには頭部さえ近接格闘戦の武器としており、本来のメカゴジラ型とは一線を画すものであるため、関係者からは『機龍型』という俗称で呼ばれている。
メカゴジラ型は主に迎撃・撃退・逆侵攻を想定したドクトリンを持つ国家が運用している。
⚫︎主な原典機
・MFS-3_三式機龍(機龍型)
・SMG-Xプロトメカゴジラ(メカゴジラ型)
⚫︎派生型
・SMG-1メカゴジラ(メカゴジラ型)
・SMG-Ⅱnd_A2メカゴジラⅡ(メカゴジラ型)
・EMFS-1ファヴニール(機龍型)
・EMFS/SMG-1ドライグ(機龍型・メカゴジラ型)
・31式紫龍(機龍型・???型・計画中)

●モゲラ型
対獣戦において、火力投射戦を想定しているタイプのMFS。
巨大不明生物が隠避し、戦車で走破出来ない峻険な地形からの攻撃を前提とし、さらに平野部では機動力にモノを言わせた機動砲撃戦を展開可能とする。
だが同時に近距離戦にはめっぽう弱いために遠距離からの防衛・迎撃戦に長けており、峻険な地形や海・河川を防衛線に使用している国家が運用している。
⚫︎主な原典機
・MGR-1モゲラ
⚫︎主な派生型
・MGR-1E2モゲラ・カスタム
・MGR-ⅡndA3ランドタイプモゲラ
・MGR-ⅡndA3ランドタイプモゲラ(極点寒冷地仕様)

●???型
日本が保管している、身体の8割以上が天然タンパク質やカルシウムなどの生体組織で構築されているほか、全長2キロにおよぶ4対の触手機構を持つMFS。
試製21式【柳星張】と呼ばれる単一(ワンオフ)機で、3式機龍以上の密集近接格闘戦を想定している事になっているが、現時点では封印扱いとなっている。
⚫︎主な原典機
・不明
⚫︎主な派生型
・31式紫龍(機龍型・???型・計画中)

…………………………………………
◼️一覧

◆日本国
⚫︎3式機龍(MFS-3)/稼働
⚫︎試製21式柳星張/凍結
⚫︎MGR-1Jモゲラ/修復中・国連軍へ貸与

◆アメリカ
⚫︎SMG-1メカゴジラ/稼働・国連軍へ貸与
⚫︎SMG-Ⅱnd_A2メカゴジラⅡ/稼働
⚫︎SMG-Xプロトメカゴジラ/稼働
⚫︎MGR-1モゲラ/稼働
⚫︎MGR-ⅡndA3モゲラⅡ/稼働・国連軍へ貸与

◆ドイツ
⚫︎EMFS-1ファヴニール(機龍)/稼働
⚫︎MGR-ⅡndA3GモゲラⅡ/稼働

◆フランス
⚫︎MGR-1Fガルグイユ(モゲラ)/稼働

◆イギリス
⚫︎EMFS/SMG-1ドライグ(機龍・メカゴジラ)/稼働
⚫︎MGR-Ⅱnd_A3EモゲラⅡ/稼働・国連軍へ貸与

◆中華統一共同体
⚫︎MGR-Ⅱnd_A3C白虎(モゲラ)/建造中

◆インド連邦
⚫︎SMG-Ⅱnd_A2Eシヴァ(メカゴジラ)/建造中

◆イスラエル
⚫︎SMG-Ⅱnd_IAIヤハウェ(メカゴジラ)/建造中

◆オーストリア
⚫︎MGR-Ⅱnd_A3AモゲラⅡ/建造中

◆カナダ連邦
⚫︎MGR-1モゲラ/建造中












⬛️巨大不明生物(怪獣)一覧
…………………………………………
⚫︎汎級巨大不明生物=通常兵器(メーサー兵器を含む)でも殲滅可能。
⚫︎特級巨大不明生物=通常兵器では殲滅困難であり特殊兵器(ファイヤーミラーや荷電粒子砲など)を持ってして倒せる存在。
⚫︎準極級巨大不明生物=通常兵器のみでの殲滅は不可能であり、さらに特殊兵器でも辛うじて殲滅できるかどうか怪しく、超兵器(メカゴジラ、モゲラなど)を持って撃破可能。
⚫︎極級巨大不明生物=もはや人の手に負えず、人間の兵器のみでの殲滅は不可能。
だが怪獣、あるいは半ば怪獣を宿した兵器(機龍やイリスなど)であれば……?
◇◇◇◇◇◇
◼️汎級巨大不明生物
●ギャオス飛翔種
●ギャオス陸棲種
●ジラ
●ゴロザウルス
●ムーバ
●モンドナ・シースナーク(大ウミヘビ)
●メガニューラ
●メガヌロン
●バラゴン
●クモンガ
●カマキラス
●エビラ
●バルゴン人工種
●スカルグローラー亜種
●カメーバ
●ゲゾラ
●ガニメ
●グローツラング
●レッチニア・コンドル(大コンドル)
●ショッキラス
●クラブラス
●シベリアシロライコウチョウ
●スケル・バッファロー
●バンブー・スパイダー
●リバー・デビル
●スポア・マンティス
●サイコ・バルチャー
●ゾルゲニア・マンティス(大カマキリ)
●ガバラ
●オオダコ(大ダコ)
●フライング・ピラーナ
●ファロスイグアニア(大トカゲ)
◼️特級巨大不明生物
●マンダ
●パニーム
●キングゲイン(鯨王)
●スピット・エビラ
●大型メガニューラ
●ドゴラ
●ギャオスハイパー
●チタノザウルス
●MUTO
●シノムラ
●バラン
●バルガロン
●シーガン
●ニーズヘッグ
●ピュープリア(海魔大ダコ)
●ベヒモス
●ジズ
●レヴィアタン
◼️準極級巨大不明生物
●アンギラス
●ラドン
●キングシーサー
●トーガス
●オルガ
●ヘドラ
●アルビノギャオス
●バルゴン・オリジン
●スペースゴジラ(不完全劣等種)
●ヤーベサジェンニ
●ディオクース(植物と魚類)
●デスギドラ
●ダガーラ
◼️極級巨大不明生物
●ゴジラ(シン化型第4、第7〜8形態)
●ゴジラ(ミレニアム・第8形態相当)
●イリス
●モスラ
●バトラ
●キングギドラ
●バガン
●スペースゴジラ
●シン・アンギラス
●ファイヤーラドン
●ビオランテ




◼️巨大不明生物支配領域
◆結生樹界領域【新疆】
新疆ウイグル自治区・喀什(カシュガル)を中心に半径750km、直径1500kmにも及ぶゴジラ細胞に覆いつくされ結晶化した領域の事を指す。
結晶化というのも便宜上の単語であり、実際に結晶があるわけでは無く、その大半は未知の動植物(おそらくは身体から零れ落ちた細胞片が変異した存在)が繁殖している。
観測の方法が静止軌道衛星からの超遠距離光学望遠(低軌道衛星は新疆上空通過時に撃墜される為不可能)による監視しかないため詳しいことは不明であるが、【伝播(レピーター)】と称されるエネルギーを無尽蔵に生成する余波で電波撹乱を引き起こす結晶とゴジラの背ビレに酷似した【(レンジ)】と呼ばれる表層温度100℃にもおよぶ結晶が乱立している。
少なくとも人類が踏み入れて生還出来る事はまずないとされる。

◆暗黒大陸【アフリカ】
古代種の群体甲殻類型巨大不明生物や地球外起源巨大不明生物が侵攻・支配する領域。
一時は動物達の楽園となったが、今では巨大不明生物により人類世界より遥かに高速で環境破壊が進行している。

◆赤焔火山島【西ノ島】
カメルーンから出現したファイヤーラドンと阿蘇山より出現したラドンが住み着いた小笠原諸島の火山島。

◆雷鉱雪原【カムチャートカ】
シン・アンギラスの縄張りである領域。
大地には避雷針と同等の効果を持つ大量の鉱石が隆起しており、落雷を生体電気に変換するアンギラスにとって格好の戦場と化している。
それと同時にアンギラスと共生関係にあるシベリアシロライコウチョウの数少ない生存可能領域でもある。

◆極氷巨吼【ミールヌイ】
ロシア連邦サハ共和国領、ミールヌイ市に存在する直径1250メートル、深さ525メートルにも及ぶダイヤモンド採掘場跡を利用する形で生まれたバルゴン・オリジンの巣。

◆有毒汚染海域【西シベリア湾】
ゴジラの曲射熱線によって消滅する形で生まれた西シベリア海内部に住み着いたダガーラの生み出した小型生物ベーレムによって汚染され尽くされた海域。
水面はベーレムで満たされており、上空から見ると西シベリア湾のみ赤い海となっている。

◆公害侵蝕大地【上海】
都市の残骸であるビル群を残してヘドラのヘドロによって覆い尽くされ、侵蝕され果てた領域。
その強力過ぎる酸によって人類はおろか他の生物も生存が困難となっている。

◆焦熱砂海【ジャジーラ・アルアラブ】
砂の粒子を細かくされ、もはや砂の海としか形容の効かない状態となった領域。

◆巨蟲深林魔境【キューバ】・【ニューギニア】
巨大昆虫が跋扈し、人類には有毒とされる高濃度の酸素に満たされた領域。
人類にとって脅威である巨大不明生物の住処であるが、同時に減少したシベリアやアマゾン、中国の森林地域に代わり人類に酸素を供給する重要地域ともなっている皮肉な現実を孕んでいる。

◆貪食群巣【アマゾン】
地球外起源巨大不明生物が支配する領域。
ドゴラが捕食対象である炭素=樹木を食い尽くしつつあり、人類世界より遥かに高速で環境破壊が進行している。

◆幻想妖蛾絶界【インファント島】
インドネシア諸島に存在する、巨蛾モスラの生息する絶海の孤島。
常に霧虹という大気光学現象が島を囲むように発生している他、数百メートルにも及ぶ樹木が乱立し、太古の大地をそのまま残している。
またモスラの鱗粉が大気の酸素原子や窒素原子と接触して化学反応を起こすことによってオーロラに酷似した発光現象と電磁波の嵐を引き起こす。
それらがレーダーや通信網を阻害する事などの理由から人が立ち寄ることはない。





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EP-10 壊レタ世界ノ罪悪/決着の狼煙

投稿が遅れて申し訳ありません‼︎

…今回でゴーレム戦決着直前の話です。

…その前にちょっと並行世界…。





???・2026年4月28日

マレーシア領ボルネオ島サバ州

中華人民共和国サバ租借地・首都サンダカン市

 

––––––そこはボルネオ島最北端にして、現在は中華連邦機構・中華人民共和国の租借地がおかれている場所。

もともとサバ州の州都はサバ州東側のサンダカン市とは正反対の西側にあるコナキタバル市だったのだが、そこに置かれることは無かった。

何故ならばサバ州の全てが租借地ではなく、厳密に言えばサバ州を東西に二分するクロッカー山脈を境界にその東側のみを与えられたからだ。

その中で首都機能を置けそうだったのがサンダカン市であったから、というだけ。

もっともサバ州東側とはいえ、そこだけでもサバ州の7〜8割近くある。

国土を失い、物乞いとなった身の者に租借地を分け与えてくれるだけでも有難いのに、これ以上寄越せ––––––というのは、傲慢だった。

 

「––––––あっつ…」

 

ふと、中華統一共同機構人民解放陸軍所属の凰鈴音(フォン・リィイン)はジリジリと肌を焼く紫外線と赤道付近の気温に参っていた。

 

「…ここにきて5年になるけど、やっぱりこの暑さは堪えるわね……。」

 

なんて、肌を伝う汗を拭いながらボヤく。

––––––現在は兵舎からサンダカン基地に向かう道中を歩きで向かっている。

周りに映る景色。

現在新たな住宅地区を造成するために開墾中の山。

低密度建築物にトタンや木材のバラック小屋。

サバ州2番目の港町だということを象徴する貿易港。

打ち捨てられた高層マンションの廃墟を再利用した企業のオフィス。

––––––街並みに僅かながら活気は見られる。

だがしかしそれは、首都にしては物悲しいレベル。

そも、都という表現すら危うい貧困具合であった。

 

(…まぁ、仕方ないわね。そこは我慢しなきゃ––––––あたし達に東南アジア各国が租借地を分け与えて貰えるなんて、それだけでも奇跡なんだから。)

 

街並みに踵を返し、歩みを進めながら思う。

前政権時代–––––––中国共産党政権時代、領海内の資源や海産物を食い尽くした中国は外洋に進出し他国の領海に侵犯や人工島を作り出し、新たな領有権を主張するなど––––––横暴、としかいえない行為を日本や東南アジア各国に強いていた。

根が御人好し且つ中核派メディアが浸透していた日本は大した制裁措置を取れなかったものの、東南アジア各国はそれに堪え兼ね【チャイナブロック政策】を実施。

中国企業の進出規制や中国船舶の通行禁止など…その内容は多岐に渡る。

そしてそれらは破滅前の話、というわけではなく––––––問題はその政策が破滅後を迎えてもなお健在であることだった。

東南アジア各国は自国領内にある豊かな漁場や開発の余地がある天然資源などを中国に侵されることを嫌い、居留地と独立自治権は許容しても漁業権や資源開発権、企業の進出拒否、必要最低限の軍需設備設置、工業汚染を起こさないために工業まで許されていない。

さらに、破滅前の中国は偽札防止の為に電子マネーによるスマホ決済を年間6兆円にまで登る規模で行なっていた事や電子マネーを管理していた企業の一部が脱出出来なかった、あるいは元の暴落などにより経済的に衰弱している。

––––––故に生産拠点や経済的基盤は軍事同盟を締結した台湾と華僑経済の進出したフィリピンかサバ租借地から5000キロ離れたアフリカ・モザンビークの租借地に構えるしかない有様だった。

革命によって樹立した新政権にも、前政権時代に失った信用と根付いてしまった不信感などの負の遺産は重くのしかかっている––––––それが現実だった。

もちろん、そんな状況に対して国民が不満を起こさないハズがない。

不平不満(フラストレーション)は確実に爆発し、暴動という形で具現化する。

だからこそ、暴動が起きる事を抑制すべく、95-B式突撃小銃を装備した憲兵隊が市街のあちこちに配置されている。

とてもじゃないが、マトモな状況ではない。

––––––例えるなら、衝撃で爆発するモノ(ニトログリセリン)の入った瓶を手に持ちながらバランスボールに乗っているようなもの。

それほどに情勢は不安定で、いつ爆発してもおかしくない。

 

(はぁ…頭が痛い……)

 

ふと––––––気がつけば、すでにサンダカン基地司令部施設。

サンダカン空港を改装したこの基地が、今や中国の行政府であり軍司令部であった。

––––––施設内部は冷房が効いており、蒸し暑い外とは正反対の空間が広がっている。

 

「はぁ…やっぱクーラーは人類の叡智の結晶ねぇ…。」

 

だる〜ん、とソファに寝転び脱力しながら鈴は言う。

多少大袈裟ではあるが、現在兵舎のクーラーは故障しており、毎夜毎夜赤道付近の蒸し暑さにうなされている鈴からすれば冷房の効いた世界に対するその反応は当たり前というか、仕方ない反応だった。

––––––ちなみに司令部のクーラーは安心と安全第一の日本製である。高いけど。

というか、今時アジア地域に出回る電化製品は日本製か台湾製にフィリピン製、あるいは米国製のみだ。

––––––なにしろ、中国の企業は大陸失陥の際に大半が活動基盤を喪失。

その後の経済は台湾––––––否。中華民国と同国が齎らした華僑経済で発展したフィリピンによる支配が大きく、生き残った中国企業はほぼ全て台湾企業に吸収合併されている。

唯一活動基盤を維持出来た軍需公社も西側装備への転換を迫られ、フィリピン領カガヤン・バレーに置かれた台湾の租借地にて研修中…というのが現状であった。

…このような悲惨な状況でも、比較的マシだ。

もし共産主義体制のままならば国家として残っていたかさえ疑わしい。

彼女––––––孫華輦臨時国家主席兼外相の働きのおかげで、少なくとも問題解決には向かっている。

…まぁ、その問題自体が無数にあるから、結局イタチごっこなのだけれど。

––––––閑話休題。

とはいえ冷房は良い文明だ––––––そう、鈴は思わされる。

 

「お、ソファの上に猫饅頭はっけ〜ん。」

 

––––––ふと、陽気な声が鼓膜を震わせる。

 

「んぁ…?––––––あ、なんだ国峰(グオフォン)か。」

 

「え、ひっでぇ。『なんだ』は無いじゃん。」

 

そんな鈴の反応に抗議する男性が一人。

歳は鈴と変わらない––––––21歳。

––––––名を、劉国峰(リウ・グオフォン)

人民解放軍の兵士であり、鈴の同期でもある男性であった。

 

「出所早々二度寝とは良い御身分だねー…」

 

ケラケラと陽気に笑いながら、全く悪意の無い笑顔を浮かべて口を開く。

対して鈴は、アンニュイにソファーへ沈めていた身体を引き起こす。

そして呆れた口調で声を放つ。

 

「アンタは朝っぱらからヘラッヘラヘラッヘラ軽いわねぇ…」

 

「それだけが取り柄だからなぁ…眠気があるならコーヒー淹れてやろうか?」

 

「いや、良い。アンタの淹れたヤツ甘過ぎるし、飲んだら虫歯になりそ––––––って、ちょっと⁈」

 

なんて事のない会話を交わしながら自分のコーヒーを淹れる国峰を見て、思わず鈴は絶句する。

コーヒーに注ごうとしているスプーンには大さじでは済まない量の砂糖。

エベレスト(地球最高峰の山)どころかオリンポス(火星最高峰の山)級の特上超山盛り。

しかもそれが一杯だけではなく既に三杯目。

" ––––––そりゃ、彼奴が淹れるコーヒー甘過ぎるワケだわ。 "

…以前、国峰が淹れたコーヒーをあまりの甘さに吐き出してしまった記憶が蘇り、頭痛が走る。

––––––頭痛がすると言えば、近い将来中国は台湾に併合され、台湾政府(中国国民党)指揮下のもとで真に「ひとつの中国」になろうとしている話があるそうだ。

勿論私は歓迎だし、少なくとも国峰も「資本民主主義万歳!」なんて騒いでいる。

だが––––––そうなれば中国には軍事力以外何も残らない。

今こそ政府があるから私達はゆっくりしていられるが、もし中国政府が消滅すれば間違いなく中国軍は「台湾の傭兵」へと成り下がる。

指揮系統の混乱を避けるためには仕方ないのだが––––––勿論反発する輩がいない筈がない。

例えるなら、『アメリカが日本から独立主権を取り上げて合衆国51番目の州として併合します』––––––というのと同じだ。

そしてそれらの反発する輩に先導されて市民が暴動を起こすと考えると––––––胃が、キリキリする。

…同時に、中国(私たち)はもうこんなに衰退したのかと実感させられる。

 

…ふと思い出して––––––

 

「––––––ねぇ、またアレ増えてるわよね?」

 

身体を起こしながら、窓の外に視線を見やりながら呟く。

視線が向けられたのは基地を仕切るフェンス––––––基地と市街地の境界線上に横たわる広場であった。

 

「…ああ、一層と増えてるな。」

 

国峰は躊躇いがちに目を向けると––––––案の定、見たく無かった光景が視界に映る。

そこあったのはかつて公園だったらしい、難民キャンプ場であった。

度重なる難民収容により、収容人数が数十万人にまで増大した今では公園の面影など無いに等しく、所狭しとトタンやベニア板で作られたバラック小屋に市販やブルーシートで作られたテントで埋め尽くされている。

––––––それすら叶わず入れなかった者はキャンプの端々に絨毯やシートを敷いて、その上で干枯らびている。

暑さと飢えで逃げ出す気力も暴動を起こす体力も奪われ、殺人的な密度で犇めき合う光景は中国の歴史の教科書にあった旧日本軍の収容所のよう––––––否、彼方の方がまだ良心的だろう。

ここは食糧と医薬品の供給不足と難民の収容過多にはじまり様々な問題を抱えている。

現在、新たにライフライン設備の整った外国資本のマンモス団地型難民収容施設を建設中だが、完成までにどれだけの難民が生き残っているか––––––。

…確実なのは、" まだ " 難民の数は増えるということだ。

 

「…救出した残留難民、せめて台湾やフィリピンで一時引き取りとか出来ないもんかしらねぇ…。」

 

鈴が難民キャンプを見つめて呟く。

 

「…無理だな。台湾はすでに受け入れられる人数が定数越えしてるし––––––フィリピンは破滅前の前政権が横暴しまくってたから…関係は改善しつつあるけど、依然として距離を置かれてる。」

 

「…じゃあ、ボルネオ島のインドネシア領は?あそこは元々人口が少なかったし土地にも余裕があるんじゃ…」

 

鈴が再び問う。

––––––だが、国峰は首を横に振る。

 

「…あそこはもう東トルキスタンが租借地を構えてる。漢人の難民キャンプはボルネオ島マレーシア領かモザンビーク、フィジー島にしかない。」

 

「…オーストラリアは?」

 

「無理だ。主要都市が全滅してもタスマニア島に政府機能を再建したから交渉出来なくはないが、そもそもオーストラリアはインド贔屓だし、インド人と一緒に避難した独立チベット亡命政府が租借地を構えてる。

…ていうか、彼方さんからも嫌われてるから門前払いされるがオチさ。」

 

「…ホントに、東南アジアどころかオーストラリアからも嫌われてたのね…あたし達。」

 

「…分からんでもないがな。俺は母親がウイグル人だって理由で虐められてたし、母親からウイグルの惨状をよく聞かされてたし。」

 

––––––そう、国峰の母親はウイグル人である。

漢民族にとってウイグルやチベットの人間とは弾圧の対象––––––いや、綺麗事を取っ払って言えば単なる暴力の捌け口だ。

その地に生まれたから悪い––––––。

その地の者の血を引くから悪い––––––。

この国との闘争に敗れたから悪い––––––。

単なる弾圧ではない––––––それはもう、民族浄化に至るまでのレベルに発展していた。

…現政権になってからはそのような事態は減りつつある。

…というか、ほとんど無い。

––––––ウイグル人は大陸脱出作戦でインドを経由してインドネシア領へ辿り着き、東トルキスタン共和国を再興。

––––––チベット人はインドが保護していたチベット亡命政府と共にオーストラリアに辿り着き、独立チベット政府を組織していた。

…すなわち、中国は新疆ウイグル自治区とチベット自治区の事実上の独立を許すこととなっていた。

そう言った意味では、「この時代」が有ったからこそ「前の時代」で味わった地獄から救われたのだろう。

だが「この時代」が有るからこそ、中国は地獄に叩き堕とされた。

…ある意味では因果応報、自業自得なのかもしれない。

革命で共産主義から民主主義にシフトしたとはいえ、それで「前の時代」に犯した罪悪が帳消しになるわけではない。

––––––だからこれは、贖罪か矯正なのだろう。

鈴のその感情を感じ取ったのか、国峰は口を開く。

 

「いくら政権が変わって民主化しましたー…って言っても、そう簡単に関係は変わらない。––––––信頼ってのは簡単には壊せるが、治すのには気が遠くなるような時間を要する。

今はコツコツと、ゼロ…いやマイナスから少しずつやって行くしかないさ。」

 

そう呟くと、再び難民キャンプを直視する。

…ふと、視界の端から1人の女性が歩いて来て––––––2人の視線に気付き、怪訝そうな顔を浮かべて振り向く。

 

「…何?なんか私の顔に付いてるワケ?」

 

––––––投げかけられる、えらく喧嘩腰な声。

 

「あー、いやいや。ただボケーとしてただけだって。」

 

射殺すような視線を緩和しようと、国峰がたはは、と笑いながら応じる。

 

「…そう。」

 

「その様子だと見回りか?」

 

「…ええ、滑走路をね。アンタたちも見て来たら?数千人を超える負傷者や死体が野晒しにされてるわよ。」

 

「数千人…⁈」

 

思わず鈴が声を上げる。

 

「…福建省で5年も孤立していた中、難民と一緒に包囲網突破してきたみたいだしね。…そりゃ、重傷者や死体が出てもおかしくない。

…部隊番号からして私と同じ––––––黒孩子(ヘイハイズ)の寄せ集め部隊だったらしいわ。」

 

黒孩子(ヘイハイズ)––––––一人っ子政策に生まれて来た子供たちのことであり、戸籍を持たず人権も保証されていない、存在していない事になっている人間のことである。

––––––破滅前の中国ではそうした黒孩子が数1000万から数億人は存在していたらしく、かつての中国の人口は13億とされていたが、黒孩子を含めれば20億人は下らない…と言われていた。

…半年で人類の敗北に終わった【第1次巨獣人類戦争】初期には黒孩子が大量に徴兵され、肉壁としてゴミ同然に扱われていたという話も有名だ。

…戸籍を持たず人権も保証されない彼らは人間ではなく、使い捨ての消耗品にはうってつけであったから。

そんな彼女––––––林清明(リン・シャオミン)もまた、第1次巨獣人類戦争初期(2021年6月頃の共産党時代)から生き残って来た黒孩子である。

 

「黒孩子部隊…まだ生き残ってたなんてな…。」

 

ふと国峰は驚きを示すように口を開く。

それにムッとした顔で清明は振り向くなり口を開き、苛立ちを孕んだ声を穿つ。

 

「そりゃ私ら黒孩子だってSFのロボットなんかと違って、人間だもの。誰だって生きたいと思って足掻いて抗うわよ。」

 

言い終わるとふと、難民キャンプと基地施設を区切るフェンスから木の枝がのびている事に気づく。

…否。それは木の枝などではない。

 

木の枝と勘違いしたそれは––––––人間の、腕。

 

––––––痩せ細り、骨と皮だけになった、子供の腕。

 

痩せ細り、容易く折れてしまいそうなその腕を、こちらに向けて伸ばしている。

…その意図は、聴かなくても分かる。

だからその子供の元に清明が歩み寄り––––––

 

「…ちょっと、食料は…」

 

––––––その清明に、釘を刺す鈴の声。

 

––––––原則として、配給以外の食料を難民に与える事は禁止されていた。

食料を与えれば難民の幾らかは腹を満たせるだろうが、それを行えば食料を求める難民の数は次第に肥大化し、大規模な暴動行為に発展しかねない。

…それだけでなく、食料を与えた難民から食料を奪い取ろうと他の難民に襲われて嬲り殺されるかも知れない。

––––––秩序と基地機能そして難民の生命を考慮した結果が、難民に配給以外の食料を与えずに俯瞰するというモノだった。

 

「…分かってる。」

 

だが、その対応でキャンプ内で餓死する難民も増えている。

…所詮、先の対応も混乱の回避と難民に最低限の生命維持環境を与えることしか出来ないのだ。

そこには「彼らを救ってやれる」という選択肢も、要素も存在しない。

––––––どちらに転んでも、死か破滅が待ち構えている。

そしてそれを、自分達はまるで飼育ケースで死ぬ昆虫を見ているような立場に立たされている。

それが虫ならどんなに良いか。

実際に死ぬのは人間だ。私達と同じ人間で、しかも同じ国民で、まだ未来があるかも知れない子供で––––––。

…こんな環境に立たされて、良心が痛まない筈が無い。

だが、自分達にしてやれるモノは何も無い。

ただ俯瞰する事しか出来ない––––––なんて非道。

…この立場に立たされて末に重度のストレスで精神的に弱ってしまう兵士も少なくない。

だが、それ以前に彼らは明日を迎えられるかさえ分からない程に衰弱している。

––––––だから、せめてその意識に対する贖罪のつもりで、清明は子供の手を優しく包み込む。

 

「…ごめんね。食べる物、何も持っていないの…。」

 

悲哀に満ちて泣き出しそうな瞳を浮かべながら、清明は口を開く。

––––––この言葉はどれだけ残酷だろう。

––––––この言葉を言う自分はどんなに非道だろう。

そんな自問自答をしながら、清明はただ一つ出来る事だけを、許しを請う罪人のように。赤子をあやす母親のような声音で口にした。

 

「だから、せめて…私達が、守ってあげるから………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

2021年

IS学園第2アリーナ

 

「うおおー‼︎」

 

織斑が白式の雪片弐型の単一能力・零落白夜で敵IS–––無人型と発覚–––を切断する。

そしてアリーナに響く織斑を賞賛する女子たちの歓声。

––––––それで鈴は現実に引き戻される。

 

(…何、今の…白昼夢でも見てたっていうの?)

 

思わず、先程まで感じて、観ていた景色を思い返しながら内心呟く。

 

「鈴‼︎」

 

––––––それを遮る、一夏の声。

それにハッとして、同時に、先程までの思考を捨てる。

 

(そうだ、忘れよう。今は戦闘中だし何より––––––どうせ夢なのだから。)

 

 

 

 

 

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

IS学園・アリーナ直下電源室間非常用連絡通路

 

ずん。ずん。と響き伝わって来る震動。

アリーナ直下・電源室へ通ずる非常用連絡通路は薄暗く、ナトリウムイオンランプの電灯が灯すオレンジ色の世界がコンクリート製の狭苦しい廊下に広がっている。

上は戦場。

先の場所も戦場。

震動が伝わるたびに長年放置された証拠である埃がパラパラと通路に舞い落ちる。

––––––そこを歩く人影が二つ。

何故か嬉々とした表情を浮かべながら電源設備の破壊に赴く蒼崎橙子と。

先の土壇場から遠ざかるように、と彼女に連れてこられた四十院神楽が。

 

(…まるで戦争映画に出て来る地下壕を歩いてるみたい。)

 

ふと、神楽は思う。

 

––––––これが戦争ならば情報伝達の伝令や増援部隊が忙しく駆け回り、端には目を背けたくなる負傷者が山積みになっているのだろう。

それがないという事が、この騒ぎは戦争ではなく単なるテロである事を証明していた。

––––––戦争とは、何千何万もの無関係の人間も巻き込むが故に、戦争と言うのである。

それがなく、ただ武器を用いた衝突––––––しかも一般生徒は安全な鳥籠で守られている今この現状は戦争などではなく、単なるテロ行為に過ぎない代物だった。

…もっとも、平和という幻想の中にある日本では単なるテロ行為でさえ致命傷になるのだが。

 

「…千尋達、大丈夫なんでしょうか…?」

 

ふと、神楽は思い出したように橙子に対して問いかける。

 

「ん〜大丈夫なんじゃない?上手く連携出来れば倒せない敵ではないし。」

 

橙子は、そんな風に気楽そうに応える。

––––––今の彼女は眼鏡をかけており、性格は温厚で女性的だ。

彼女はこんな職業柄であるが故に、眼鏡の有無で性格を意図的にスイッチしているのだそうだ。

…これは別に二重人格というわけではなく、眼鏡というアイテムの有無でそんな性格を演じている––––––本人曰く、演劇で劇団員がキャラクターを演じるようなモノ。…なのだとか。

 

「…ま、今頃アリーナ外の教師部隊も急行しているだろうし、多分大丈夫でしょ。」

 

そんな会話を交わしているうちに––––––電源室に到着する。

電源室はそこそこの広さの、4基の発電機が置かれているだけの広場。

先程の通路とは違い、部屋は日焼けマシンの中にあるような青白い電灯によって照らされている。

部屋自体は二階層構造となっており、二階までは吹き抜けになっている。

二階には、管制室らしきブースがひとつ。

壁は暗くてよく分からないが、汚れたクリーム色だろうか。

床はリノリウム製のモノが張り巡らされている。

 

「んー…車は確かこの下に停めたんだったな、うん。」

 

ふと、橙子はリノリウム製の床をぺたぺたと、まるで化石を発掘する古生物学者のような仕草で触る。

それに神楽は怪訝な顔をして、橙子に問う。

 

「あの、何してるんですか…それ。」

 

「ん?ふふ、準備だよ準備。」

 

––––––なんて、答えになっていない回答(こたえ)を口にする。

ふと、橙子はスマートフォンを取り出すと指を弾きながら番号を打ち込んで行く。

––––––あれ、なんかこういうのって映画のワンシーンで見た事があるような…。

そう神楽が思った時には、既に番号を打ち込み終えていて。

 

「それじゃあ––––––ポチッとね。」

 

CALL(呼び出し)ボタンを押した。

––––––直後。

爆音が下方から轟き、振動が部屋を震わせて––––––発電機が置かれた床が陥没し、発電機は下層階へと落下した。

––––––つまりこれは、

 

「ああ、やっぱり…IED(即席爆発装置)……。」

 

IED(即席爆発装置)とは、あり合せの爆発物と起爆装置から作られた、規格化されて製造されているものではない簡易手製爆弾の総称であり、テロの常套手段とされる代物だ。

…有名な例として、今橙子が使ったような電話爆弾や圧力鍋爆弾が挙げられる。

そしておそらく、今の発電機破壊の方法は––––––下層階に駐車した車そのものを爆薬にこのフロアを支えていたメガ柱を爆砕。そして発電機そのものの重みで崩落、自壊させるという方法。

…というか、発電機なんて重いものの下に空間なんてあるのだろうか。

これが非常時に於ける敵性勢力への対抗措置だから良かったものの、本当にテロで起きてたらどうなっていたのか…。

ていうか、コレ自体テロ行為じゃ…。

––––––まぁ、何はともあれ…これで、アリーナはシールドバリアを除いて全ての機能が停止した。

あとはそう––––––あの2人が、無人ISを仕留めれば、それでお終い。

––––––決着の狼煙が、上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 




尺の都合で今回はここまでです…。
すみません、ほとんど並行世界に尺を使ってしまって…。

次回こそ並行世界要素無しに片付けて決着をつけさせますので…。
次回も不定期ですがよろしくお願い申し上げます。




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EP-11 決着と◾︎◾︎◾︎◾︎ノ銀龍

長らく投稿が遅れて申し訳ございません!
今回はゴーレム戦決着回です!



…ゴーレム戦はね…(ボソッ)。




『…ねぇ、とーこちゃん』

 

「お前か、どうした?」

 

『…今更だけどさ…あのG型装甲って、一体どこから持って来たの?』

 

「…ん?話の意図が見えないが。」

 

『…じゃあ、質問を変えるけど…

タンパク質で出来ている上にダイヤモンドより硬くて自立思考して変化する装甲なんて、どうやって作ったの?どうみてもこんなの人間の技術じゃ作れないよ。』

 

「ああ、大した話じゃない。アレは◼️◼️の皮膚が増殖して結晶化しただけだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

IS学園地下格納庫

 

––––––数刻前から繰り広げられていた千尋と箒、無人ISの対峙は、今なお継続していた。

 

「はぁ––––––ッ‼︎」

 

痛みからか濁りの混じった箒の声。

直後––––––火花を散らしながら響き渡る試製20式近接長刀の斬撃。

それは無人ISの右マニピュレーターを粉砕する。

だが、同時に箒の顔が苦悶に歪み、熱を孕んだ息が漏れ出してしまう。

それもそのはず。

なにしろ内臓損傷という、今すぐ入院し安静にするべき状態でこんなにも強い負荷がかかる動きをしているのだ。

…まともに立ち回ることすら叶わない。

 

「––––‼︎––––––⁈」

 

––––––直後、無人ISに衝撃が疾る。

腹部に相当する部位。

そこに叩きつけらる、機械越しの拳––––––。

言うまでもなく、それは千尋の紫龍が放った一撃。

 

「––––––ぶっとべ…‼︎」

 

いつになく激しく吊り上がり、どうしようもなく歪んだ笑みを浮かべて––––––千尋は10トンを超える鉄塊を吹き飛ばす…‼︎

吹き飛ばされた鉄塊(無人IS)はそのまま天井に激突する。

千尋はそれに目掛けて飛び掛かる。

 

「っ、お、おい!あんまり前に––––––‼︎」

 

前に出過ぎるな––––––と言おうとする。

だがそれを遮るように無人ISが近接打撃による邀撃を千尋に放つ。

無人ISの拳が千尋の顔面を叩き打つ。

––––––顎に亀裂が入る。

––––––頭蓋骨と脳が揺れる。

––––––口と鼻から血が溢れ出す。

だが、千尋は気にしない。

それどころか重傷を負ってるにもかかわらず、玄龍円谷を振るい。

お返しと言わんばかりに頭突きを喰らわせる。

…もう作戦も戦術も戦略もへったくれもない。

否––––––それは戦闘でもなんでもない。それはチンピラの喧嘩のソレである。

––––––箒は。

…そんな稚拙な戦い方で突っ込むバカがあるか!たださえ重傷だろうが!下がれ‼︎

……と、内心叫びながら。

––––––千尋は。

…ああ、なんだか分からないけど、すっごく殴りたい!近接苦手だけどすっごく殴りたい!どれだけ止められても、もう我慢出来ない‼︎

……狂気を宿したような笑みと、千尋なりに下手で稚拙でどうしようもないくらい必死な格闘を振るいながら、「訳の分からない痛み」の為に––––––殺しにかかる。

––––––それに箒は怒りと呆れと、満更でも無いような感情を綯い交ぜにしたような意思を孕む。

…理性を維持するべき状況化で、箒は僅かとはいえ、どうしようもなく愉しんでいた。

箒は慌ててそれを抑えながら、同時に、

 

『しょうがないし、まぁ…このバカに付き合うのも悪くない––––––』

 

千尋の元へと跳躍しながら––––––。

 

「––––––––––––はぁッ‼︎」

 

––––––込めた力を爆発させて、半月を描きながら下段から上段へ刀を振り上げた––––––‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

第2アリーナ

 

当のアリーナは電源装置が橙子に爆破・破壊されたことで機能が喪失。

扉のロックが解除された事により、一部生徒たちが自主的かつ自力での避難を開始した空間(観客席)と隔てられた闘技場。

 

「うおおおおーー‼︎」

 

単一能力(ワンオフアビリティ)、零落白夜を纏った雪片弐型が敵ISの左肩部を両断する。

––––––断面より舞い散る、鮮血とも廃油ともとれる赤黒い液体。

 

「一夏!もう一丁‼︎」

 

鈴が叫ぶ。

もちろん、言うまでもなく振るおうとする。

––––––だが、直後。

 

「っ⁈⁉︎」

 

轟音と共に大地を突き破り、世界に撃ち放たれる機影––––––。

そして、それを追うように世界に舞い上がる双極の機影––––––。

打ち上げられた鉄塊は言うまでもなく、今現在2人が対峙している無人ISと同型機。

舞い上がる双極の機影は言うまでもなく、千尋の纏う紫龍と箒の朱雀。

そして朱雀はロケットモーターの噴射により、打ち上げられた無人ISより上に飛び上がり––––––。

 

「––––––はァッ!!」

 

試製20式近接長刀をもって––––––右肩から横腹にかけて、縦一文字に薙ぎ払う暴風の一撃を撃ち放つ…‼︎

だが、そこで終わらない。

 

「千尋––––––‼︎」

 

「––––––ふッ‼︎」

 

––––––ロケットモーターの噴射。

紫龍は強引に回転––––––玄龍円谷を敵影の左脇下に叩き付ける。

––––––暴力そのものたる峰打ち。

そして鉄塊は火薬をもって撃ち出された銃弾の如き速さで加速して––––––力任せに、大地へ再び堕とす…‼︎

 

「な––––––?」

 

叩き落ちる鉄塊。

巻き上がる土塊。

舞い上がる砂塵。

舞い降りる二人。

唖然とする一夏。

啞然とする鈴。

––––––二人の視線に気付きさえせず、千尋の変容に困惑する箒と。

 

「はは––––––…」

 

––––––嗤いながら、殺意と憤怒に満ちた、殺戮の微笑みを浮かべる、千尋(かいぶつ)が一体。

そして、それら4名を前にして。

 

「ーーー!ーー !!」

「・・・!・・!!」

 

断面から相互融合を開始する––––––左半身を喪った無人ISと、右半身を喪った無人IS。

––––––仮称・ゴーレムα・β融合型。

 

「『ー・ー・・・ーーー‼︎‼︎』」

 

機械的な咆哮が走る。

…それは零落白夜で切り裂いた一夏への賞賛か。

…それは単なる一撃で斬り裂かれた千尋への怒りか。

 

「んな…合体した⁈」

 

当の一夏は倒さなくてはならないという使命感と困惑が入り混じる。

当の千尋は純粋に、笑ったまま怒りと殺意に満たされている。

 

––––––ああ、面倒くさい。

––––––なんでこんな面倒くさい事を考えてるんだろう。

––––––いつも通り受け流せば良いのに。

––––––というか『考える』ってなんだっけ?

 

千尋は思考する。

今感じるのは怪我もしてないのに傷む原因不明の痛み。

叫ぼうとすると痛みの度合いが分からないから掠れた呼吸になる。

この感覚はなんだろう?

血も流れてないし、神経が断裂したわけでもない。皮膚が燃えたわけでもない。

なのにどうして、胸がきゅうって締め付けられるような痛みが走るんだろう。

 

「千尋…。」

 

ふと、傍らに飛び降りて来た箒が声を掛ける。

 

「あまり先走るな…こんなザマだが、援護くらいは出来る。」

 

千尋は勿論、それに視線を向ける。

––––––そこには、口角から流れ落ち、黒く乾いた血と。額から流れ出る紅い鮮血の滴り。

––––––傷付いた箒がいる。

…散らばった雨がひとつの流れになるように。

それで千尋の思考は本能と混じり合い––––––正体不明の痛みの正体を知覚する。

 

––––––…ああ、これが悲しいってコト。

––––––これが怒ってるってコトなんだ。

 

…つまりはそういうコトだ。

千尋は、箒が先程吐血する程の打撃を喰らい痛めつけられた事に対し、大切なモノが滅茶苦茶にされた悲しみと、滅茶苦茶にしたモノに対する怒りを滾らせている。

ただそれが––––––今まで空っぽであった心という容れ物に、自然発生したモノだというコト。

それも剰え感情である。

最初は心が空っぽの幼子が感情を得れば、それは性格を豊かにする。

だが制御の難しい齢や精神の持ち主が一度感情を爆発させれば、それは暴力という形で顕現し、周囲に災厄を撒き散らす––––––。

それは核兵器を持て余す人間と似たようなモノだ。

さらに、感情を持たないまま時を重ねた者で、感情を知ったばかりの者であればある程、その被害は強大化する。

––––––今の千尋のように。

 

––––––まぁ、いいや。面倒くさいし。

 

千尋はただその一言で思考を抹殺すると。

箒に微笑みかけてから––––––融合型ISに向き直り。

ふと、脳裏に過ぎる彼の言葉。

 

––––––私は好きにした、君らも好きにしろ。

 

「うん––––––じゃあ、とりあえず全部殺すコトにする。」

 

––––––地面を、蹴る。

迎撃するように大気を焼き払うレーザー。

––––––それを横目に躱しながら、嗤う。

それはさながら殺人鬼の如き狂気の笑み。

しかし、そんな思考は彼には存在しない。

何しろ––––––ただ、「怒り」という感情しか、今は知らないのだから。

––––––再び迎撃に放たれるレーザー。

––––––その迎撃網を疾り抜ける千尋。

––––––再度穿たれるレーザー。

だがそれは、箒が投擲した葵が楯となり、代わりにそれを蒸発させる。

––––––走るプラズマ爆発。

––––––舞い上がる煙幕。

一瞬両者を隔絶した爆煙は、駆け抜ける2体の獣が粉砕する。

玄龍円谷を振るう千尋。

レーザーを溶断の要領で振るう敵IS。

その二対は互いに爆煙という壁を薙ぎ払うように交錯し––––––

 

「ーーーーーー!」

 

––––––響鳴する重低音。

互いに軋む音を立てる骨格/躯体と肉体/装甲。

千尋は敵ISのレーザー照射器に刃を叩きつけ、敵ISは千尋の斬撃をレーザー照射器と一体化した近接防御ブレードで受け止めて。

玄龍円谷(対レーザー複合装甲)の刃が砲口より放たれるレーザーを弾き散らす…!

 

「––––––––––––!」

 

弾き散るレーザーは豪雨の如く不規則に千尋を滅多打つ。

––––––じゅっ、と肉の焼ける音とタンパク質の焦げる匂いが五感を燻らせる。

皮膚は爛れ落ちる。

真皮は焼け落ちる。

神経は断ち裂ける。

骨格は裂け割れる。

––––––だから、どうした。

千尋の顔が魔王の如く歪む。

笑う。

嗤う。

破顔う。

微笑う。

わらう。

ワラウ。

笑みを浮かべたまま、千尋はさらに玄龍円谷を押し込む––––––!

敵ISに感情があるならば、単純な力量差で押し負けることに困惑していただろう。

何しろ、アクチュエータの出力は遥かに敵ISの方が上なのだ。

それは第3世代ISであろうと軽くいなす怪力を秘めている。

…だというのに、第2.5世代機相当の機体に押し負けている。

理解不能。

理解不能。

理解不能。

理解不能。

理解不能。

理解不能。

アクチュエータの出力では遥かにこちらが上だというのに。

…それは実に容易い話。

アクチュエータの出力が足りないのであれば操縦者自身の馬力がアクチュエータの出力を補完出来るだけあるというだけの話。

…その結論に敵IS(きかい)は至らない。

だが、このままでは危険であると理解できる。

このままレーザー照射器の砲口を塞がれれば、照射器内部をエネルギーの渦が暴れ回り、照射器が自壊する。

そうなれば攻撃手段を喪失する。

だから––––––それを遮ろうともう片方の腕を動かす。

それは釘を打ち付ける金槌のように振り上げられる。

––––––千尋は視界にさえ入れない。

––––––そも、興味がない。

なぜなら––––––振り上げられた右腕。

その関節目掛けて––––––秒速2kmという弾道ミサイルめいた速さで突貫する『(あか)』が一人。

––––––それは紛れもなく、篠ノ之箒であった。

 

「ふぅッ––––––––––––!!」

 

––––––(ザン)、という刃音と共に、右腕は両断される。

しかしそれで終わらない。

斬り抜けた後に急制動––––––そのまま試製20式近接長刀を地面に突き立て。

 

––––––同時に炸裂する脚部。

それは、鈴の龍砲であった。

…当然、圧縮空気の塊たる龍砲では致命傷たり得ない。

せいぜいが足止め程度。

…しかしそれで充分。

 

「せぇ、の––––––!」

 

長刀(それ)を軸に方向転換し––––––敵ISの右腕、その付け根目掛けて突貫する…!

––––––々斬(ザザン)、という刃音と共に、根元から斬り飛ばされた右腕は宙を舞う。

 

「––––––千尋!いち…織斑(・・)!!」

 

––––––叫ぶ。

その声に一夏はピシリと固まる。

対照的に、千尋は応えるように地を踏みしめながら。

 

「––––––はぁ゛ッ!!」

 

––––––ホームランをカッ飛ばすような勢いで、照射器諸共左腕を斬り裂く……!

もって、攻撃手段を敵ISは喪失する。

そこに––––––

 

「うおおー‼︎」

 

「いっけー‼︎一夏––––––‼︎」

 

織斑が白式の雪片弐型の単一能力・零落白夜で敵ISの首に当たる部位を切断する。

 

「やった––––––」

 

それで、一夏は歓喜する。

だが––––––まだ、動く。

それを見て、鈴はハッとしたように叫ぶ。

 

「…ッ、まだ…⁈ISコアをやらないと…!!」

 

それに箒が即応する。

––––––瞬間。それを遮るように、千尋が箒を押し倒した。

 

「な––––––っ⁈」

 

何を、と叫ぼうとする。

だが直後––––––倒れ行く視界の向こう。

敵ISを直上から貫く––––––蒼条の光が。

––––––そのまま、箒は千尋の押し倒される。

視界に映る千尋の顔。

…その、遥か向こう––––––アリーナ上空に。

 

「Å––––––––––––…」

 

各所が傷付いている機体。

トカゲめいた形状の頭。

金属音のような呻き声。

両腕に取り付けた二連装チェーンソー。

逆関節の脚としなる尾。

人型でなく西洋の(ドラゴン)に見える外見。

赤い紅い、双眼。

黒鉄の、銀龍が映る––––––。

 

「––––––なんだ…アレは……?」

 

思わず箒は絶句する。

一夏と鈴も絶句する。

その隣で、千尋は箒から退いて。

それで我に返った箒は思考を張り巡らせる。

 

––––––アレはISか?だが、あんな機体…見た事がない。

––––––特になんだ、あの逆関節に尻尾は…人間が乗る事を想定しているのか?

それに––––––先程、敵ISを倒したのはレーザー兵器…?イギリスが開発して間もないモノを、どうして…?

いやそもそも––––––アレは、この世界(・・・・)の存在か?

 

 

 

 

 

「––––––ねぇ、どちら様?」

 

固まったままの三人を置き去りにして、一人––––––黒坂千尋が口を開く。

やはり何処と無く笑ったような顔を浮かべながら––––––千尋は、眼前の銀龍(アンノウン)に問いかける。

 

「Å⍲⍲––––––––––––!」

 

––––––直後、響く無機質な咆哮(おうとう)

それはヒトの言葉にあらず。

そも獣の鳴き声にもあらず。

箒や織斑に鈴達ニンゲンも、怪物である千尋

さえ––––––初めて耳にする声だった。

…ただ、何処と無く––––––否。確かなことがあるとすれば、それは確かな殺意を孕んでいるということ。

故に、一夏がどうすれば良いのかたじろぐ隣で、本能的に眼前の存在を『敵である』と認識した箒も鈴も身構える。

––––––ただ一人(いっぴき)、身構えるどころか。

 

「…むう、困った。何言ってるかサッパリ。これじゃ話にならないや。」

 

うーむ、と首を傾げながら笑ったまま困った顔をする千尋––––––その顔を目掛けて、機竜は爪を振るう。

 

「千尋!」

 

––––––箒が叫び、スラスターを吹かす。

 

「ⅅᎰ∈––––––––––––!」

 

「む、––––––『Die(死ね)って言う方が死ね』だよ‼︎」

 

––––––直感的に、「死ね」と言われたような気がしたので千尋は応える。

「バカって言う方がバカだ」みたいなノリで。

空気を読まずに軽口を叩きながら、敵ISの残骸を銀龍(アンノウン)目掛けて蹴り上げる。

それを銀龍(アンノウン)は唸り声を上げる二連装チェーンソーでいとも容易く細切れに斬り刻む。

それに再度箒は絶句。

第3世代ISでさえ移動エネルギーによる加速打撃無しに切断が不可能だった装甲を細切れになる切り刻んだ。

––––––それは、アクチュエータの出力が先の無人敵ISより数次元上である事を告げていた。

そしてその解体現場の真下にいた千尋は。

 

「ぶっ––––––」

 

返り血を浴びるように、赤黒い機械油が降り注ぐ。

 

「Å゛⍲゛⍲゛––––––––––––!」

 

それに、無数の鎖鋸(クサリノコ)回転させながら(まわしながら)、銀龍は千尋に襲い掛かる。

 

「あは。すごーい、スプラッター映画みたい。」

 

思った事を言いながら、千尋は玄龍円谷を振るい––––––迎撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。

…ちなみに専門の業界では「チェーンソー」ではなく「チェンソー」の表記が正しいらしいですが、こちらでは「チェーンソー」とさせて頂きます。

次回も不定期ですが、極力早く投稿致しますので、次回もよろしくお願い致します。




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EP-12 銀龍迎撃戦(ボウソウ・ストライク)

今回は前回の最後に登場するや否やゴーレムを破壊した所属不明機との戦闘になります。

あ、それと物語に絡んで来る新規設定がいくつか追加してあるので、宜しければ元旦に投稿していた

【シンIS設定_Ⅱ「世界観(並行世界含む)」】

もご覧になって下さい。




IS学園第2アリーナ。

 

 

「Å⍲⍲––––––––––––!」

 

機械的な咆哮が木霊する。

––––––突如乱入し、唐突に敵意を露わにした銀龍(アンノウン)が千尋と箒、そして一夏と鈴と対峙する。

(くう)に刃が(はし)る。

ひとつは千尋の玄龍円谷(げんりゅうつぶらや)

もうひとつは銀龍(アンノウン)二連装鎖鋸(デュアル・ソー)

二連装鎖鋸(デュアル・ソー)は千尋の首を刈り取るように。

玄龍円谷はそれを遮断するように振るわれて。

 

––––––刃と刃が交錯する。

 

––––––玄龍円谷と二連装鎖鋸(デュアル・ソー)がぶつかり合い、衝撃波と甲高い金属音が空気を震撼させる。

荒々しくも剛直の大太刀。

小刃を回転させる二連装鎖鋸。

両者が激突し、宙に焔の花が咲く…‼︎

…確かな拮抗。

––––––しかしそれは。

 

「––––––––––––っ?!」

 

千尋は後ろに吹き飛ばされる。

––––––拮抗は一瞬と持たずに瓦解した。

––––––単純に、二連装鎖鋸…否、銀龍(アンノウン)に力負けしたのだ。

それは操縦者の手腕では賄い切れぬモノであり、機体性能を持ってしても覆し様の無い程のアクチュエータの高出力。

…下手をしなくとも、明らかに先のゴーレムよりも強い––––––空中を吹き飛ばされながら、千尋は冷静に思考する。

焦燥は無い。ただ焦りという感情を知らないだけの彼は、やはり笑っているような表情を崩さない。

そして––––––体勢を立て直し、銀龍に再び顔を向けて。

 

「––––––あ」

 

目が、合った。

 

「Å––––––––––––!」

 

そこには二連装鎖鋸を振り被り、突撃しようと跳躍ユニットを蒸す銀龍が。

––––––それに、

 

「はあぁぁぁぁ––––––––––––ッ!!」

 

雄叫びを上げて––––––箒が突貫する。

銀龍もそれに反応し、迎撃に移る––––––だが突き進むは秒速4メートルという巡航ミサイルめいた速度にまで加速しながら斬りかかる(あか)

––––––がぎゃんっ、と音を立てて箒の近接長刀と銀龍の二連装鎖鋸が交差する。

…確かな拮抗。

だがこのままでは千尋の二の舞いに至る。

––––––それを理解しているからこそ。

 

「––––––凰!織斑!!」

 

叫ぶ––––––それに応えるように。

 

「はいはい!龍砲、最大出力!!」

 

「うおぉぉぉぉぉ––––––!」

 

一夏が雪片弐型を二連装鎖鋸––––––その、起点部分に叩きつける。

雪片弐型は零落白夜を発動しなければ、所詮は斬れ味の良い鈍器でしか無い。

だが敵武装––––––特に、複雑かつ脆弱な箇所を潰すだけに限ればどうという事は無い…!

––––––そも、チェーンソーとは鎖鋸と呼ばれる小さな刃を刀身のレールに走らせ、回転させる事で切断力を得る道具。

故に、そのレール、もしくは鎖鋸を回転させる機構を叩き割れば、それだけで致命的打撃に至る––––––!

それに気付いたのか、銀龍は虫を払うように2人を吹き飛ばす。

…だが遅い。

…直後、穿たれる最大出力の龍砲––––––圧縮空気の砲弾。

それは違える事なく、一夏の叩き割った部位たる––––––右腕の二連装鎖鋸を破壊する…!

 

「Å゛⍲゛⍲゛––––––––––––!」

 

––––––飛び散る鎖鋸。

––––––爆煙を上げる武装。

––––––機械的な呻き声を上げる銀龍。

…そこに。

 

「「2組代表、どいて/凰、左に躱せ!」」

 

––––––武装を破壊した余韻に浸る鈴へ静かに響く千尋の声と、有無を言わせない命令として言い放つ箒の声。

…直後に響く、レーザー照射警報。

 

「––––––ッ⁈」

 

それに鈴は反射的に飛ぶ。

直後––––––大気を焼き払うプラズマが奔る。

…狙いは胸部中央、ISコアがあると思われる部位。

…狙いは必中、威力は絶対防御を貫く光の矢。

…数十メートルの距離から光速で迫るソレを躱す道理は不能。

故に––––––陽電子の光矢が、銀龍(アンノウン)を貫き穿つ…!!

 

「やっ––––––」

 

––––––やったか、と箒が口にしようとして。

 

「やってない!」

 

––––––遮るように千尋が言う。

…それを証明するように、陽電子の光矢は直撃する直前––––––六角形(ハニカム)型のシールドがそれを弾き散らされ相殺された。

 

「Å––––––––––––!」

 

––––––故に銀龍は健在。

無機質な咆哮が千尋達を嘲笑うようにアリーナに反響する。

 

「あれだけやって––––––片腕の武装しか破壊できんとは…。」

 

思わず箒は声を震わせる。

 

「…むぅ、試作携行式陽電子砲(ポジトロンライフル)もダメかぁ…。」

 

––––––試作携行式陽電子砲(ポジトロンライフル)

陽電子(ポジトロン)が物質中の電子(エレクトロン)に衝突すると対消滅する事を利用した兵装––––––別名「反物質砲」。

…つまるところ、同じく対消滅エネルギーを扱う零落白夜のビーム版である。

未だ改良が必要であるとはいえ、威力は零落白夜に勝らずとも劣らない。

そして、零落白夜は絶対防御の貫通を可能とする。

…つまり、通常のISであれば––––––この一丁のみで十二分に撃墜可能なのだ。

…だというのに、銀龍はそれを弾いてみせた。

ということは––––––あのISは、馬力のみならず絶対防御の出力さえ数次元上であると言える。

 

「アレを弾くという事は…零落白夜も…」

 

箒が思わず漏らす。

確かに単体威力は零落白夜が上である。

絶対防御を超えることは叶うだろう。

しかし敵は––––––銀龍は先の無人ISと同じ、全身装甲(フルスキン)型である。

ここまで来て装甲だけは生易しいモノであるとは到底思えない。

…仮に主力戦車と同じ装甲であれ、近年の戦車も侮れない。

何しろ冷戦時代の時点で突っ込んできたAPFSDS弾をセラミックの硬さにより弾を貫通させつつ磨耗させて完全な貫通を防ぐ複合セラミック装甲をアメリカ軍が採用しており、20年前の自衛隊でさえ堅牢に固めた装甲ユニットで逆に弾を破壊し、普通のセラミック装甲では着弾時の衝撃でヒビが入ったり割れて防御力ががた落ちしてしまうところを、着弾時の衝撃と熱でセラミックが再焼結され亀裂が再び埋まるというわけのわからない現象を引き起こす複合セラミック装甲を90式戦車に採用している。

仮にあの銀龍の装甲が90式戦車やM1エイブラムス戦車と同じ複合セラミック装甲という既存兵器の装甲(・・・・・・・)を流用しているモノであったとしても、90式とエイブラムスの防御性能から推測できる銀龍の防御力は対APFSDSでRHA換算最低600mm以上、対HEATでRHA換算最低1000mm以上。

 

––––––つまりすっっっっっごく堅い!!

 

…どれくらいかと言うと、理論上は戦艦大和の46cm対地艦砲射撃による直撃弾を受けても貫通させない程の強度である。

––––––それが銀龍には全身に使われており、さらにはPICによる慣性操作と衝撃緩和機能(ショックアブソーバー)が働いているとすれば、機体防御力のみならず操縦者の保護性能も極めて高い事になる。

さらに先の無人ISからの連戦であり、ただでさえ燃費の悪い零落白夜を一夏は1〜2度使用している。

––––––例え零落白夜で絶対防御を貫こうにも、通常のISより高出力のモノである以上貫けるか怪しい。

––––––仮に貫けたとして、機体を維持するシールドエネルギーが残っているのか。

––––––もし残っていたとして、貫き硬直した瞬間に放たれるだろう迎撃を受け止められるのか。

––––––仮に受け止められたとして白式が持つか。

––––––ではシールドエネルギーを再充填した場合はどうか?確かにエネルギー切れの問題は大幅に改善される。

––––––だが、白式に蓄積されたダメージによる不具合の発生があり得る。

––––––それに硬直時間中に迎撃を受け止められるかという問題は解決しない。

––––––私達全員が束になれば…可能性はある。

––––––だが…倒せるのか?

––––––いや、それ以前に織斑自身の体が持つのか?

…それらの要素を思考し取りまとめた上で、箒は「否」という答えを出した。

零落白夜を持ってしても、事態の解決には到達しない––––––と。

 

その隣で、思考などしてはいない––––––だが、本能的に無理であると感じ取ったのか。

 

「うん、そうだね。多分ムリ。」

 

やはり、何処と無く笑っているような顔で千尋は箒と同じ答えを提示した。

 

「なっ––––––や、やってみなくちゃ分からないだろ!?」

 

––––––それに織斑は驚き、若干歯を噛み締めながら2人に食って掛かる。

…直後、織斑が視界から消える。

––––––代わりにそこに立っているのは。

 

「Å––––––––––––……!」

 

––––––零落白夜と同じ(・・・・・・・)現象を放つ剣を振り上げる、銀龍が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2アリーナ直下・電源室連絡通路

 

「……こいつは、マズイな。」

 

神楽を退避させたのち。

手に握るタブレット––––––に映し出された第2アリーナのLIVE映像へ視線を落としながら、橙子は思わず漏らす。

…これが単なる敵であれば問題は無かった。

だが––––––紫龍と同じ、G型装甲を有しているのだ。

さらに言えば、アレは無人ISを遥かに圧倒するだけの性能を有している。

––––––そしてアレだけの機体を【天災】や《天才》も含めて現行人類には造れない(・・・・・・・・・・)

…機体形状から察するに対人戦を想定していない。否、対人類戦も可能ではあるがそれはあくまで副次的だろう。

…何しろ、アクチュエータの出力が対ISにしては無駄に強力過ぎる。

例えるならば、アリを殺す為に足で踏み潰す程度で充分なのに、バズーカを使って殺すようなモノだ。

あまりに出力や馬力が無駄過ぎる。対人類戦では持て余すのは間違いない。

…つまり、アレは人類より高次の存在(・・・・・・・・・)と戦う事を前提に開発されたのだろう。

––––––だが、何と?

自問し、自分の記憶にある限りの存在をもって『何』かを思考する。

しかし––––––思いつく限りでは何も無い。

あんな馬鹿げた出力、怪獣とでも戦う世界でも無い限り––––––––––––…今、なにを考えた?

––––––思わず、橙子は自らの思考の隅で呟いた言葉に目を見開く。

…怪獣、という概念は古来より台風や地震などの天災や戦災の具現として人に試練を課す存在である。

––––––なるほど、もしも怪獣が居ればあんな馬鹿げた出力の機体がいてもおかしくは無いだろう。

だがこの世界に怪獣はいない。

いるかも知れないが––––––それなら、もうとっくに現れているはずだ。

…白騎士事件後の全面核戦争。

…核爆発による地殻変動と環境汚染。

…核戦争の果てに頻発した地域戦争。

…核の冬による地球規模の寒冷化。

…カテゴリー5級台風の連続発生。

…寒冷化の反動による温暖化。

…南極の大規模溶解による海面上昇。

…高潮と津波による沿岸部の浸食。

…気候の激変と生物種の大量絶滅。

––––––これだけ人類が罰せられても不思議では無い大惨事が過去10年間で起きても尚、怪獣なんて物は現れていない。

…そう考えるとこの世界に怪獣はいないのだろう。

––––––だからアレはつまり。

 

「––––––この世界の存在ではない(・・・・・・・・・・・)…?」

 

––––––蒼崎橙子は、その結論に至った。

…まぁ、並行世界の研究をしてるあの学者曰く、2015年以降並行世界のバランスが崩壊してるとか何とか…。

私の専門ではないが、アレが並行世界から到達して来た可能性も考慮するべきか。

…まぁ、どちらにせよ対処が先だ。

内心思うなり、橙子は予備のスマートフォンを取り出して通話ボタンを押した。

 

「––––––もしもし、神宮司将補?」

 

 

 

 

 

 

…電話はものの3分で終わった。

内容はただ借りを作っただけ。

––––––まずはあの絶対防御モドキ(・・・・・・・)を取っ払う必要がある。

––––––そうした上で機体を強制停止させる武装があれば、事は解決に向かい得る。

そしてそれを可能とする装備として。

 

「…EMP(電磁パルス)ライフルはまだ箱根から持ち出しが完了していないから、いま手元にあるのは––––––––––––千尋の、玄龍円谷か。」

 

そう呟くと、橙子は管制室に電話をかける。

 

「––––––ああ、千冬。…今忙しい?そんな事は知ってる。オルコットとかいう英国代表候補生の子がいただろう?その子に繋げ。あと、ピットに置いておいた【兵装コンテナ】を射出しておいてくれ。あと、在日国連軍横浜基地に救援要請––––––何?もうした?…うむ。追い詰められると有能だな。お前。」

 

 

 

 

 

 

 

 

◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

 

 

 

第2アリーナ

 

 

「Å––––––––––––……!」

 

機械の咆哮を轟かせながら、振るわれる零落白夜。

それは、突如––––––振り下ろすのではなく横薙ぎに振り払われた。

直後––––––ががんっ、と。金属の弾ける音が鳴る。

 

「Å…………。」

 

銀龍の見つめる先、そこには。

 

「…全く。(わたくし)を差し置いて楽しんでらっしゃいますわね。」

 

––––––アリーナ観客席を覆う傘のような天井。

そこに、2丁の15式火薬超電磁両用小銃(パレットライフル)––––––紫龍および朱雀の武装––––––を両手に持つ、コマンドーな紺碧の英国淑女が1人。

 

「オルコット……!」

 

箒は驚いたように目を剥き––––––そしてハッとする。

そもそもアリーナが不調に陥っていたのは先の無人ISによるハッキングが原因である。

その無人ISを倒したのだから、アリーナにセシリアが乱入して来る事はおかしくなど無い。

––––––むしろ、新手に襲撃されているのだから乱入して来ない方がおかしい。

––––––だが、何故私達の装備を持っている……⁈

 

「少しお借り致しましたわ。ああ、ちゃんと開発者の方の許可は得ましたので。」

 

 

 

「てぇいッ!!」

 

その横で、銀龍に鈴が双天牙月を振るう。

しかし––––––

 

「Å––––––––––––!」

 

それは軽く去なされる。

 

「ッ、まだ––––––––––––!」

 

再び斬りかかる。

…今の私には、単騎で、もしくは一夏と共に倒したという実績が求められる…だけど一夏は––––––。

 

 

 

「––––––あら、織斑さんはイッてしまったのですね。」

 

「…ああ。まぁ、死んではいない。」

 

セシリアの視線の先。

そこには銀龍に吹き飛ばされたらしく、8の字で地面に突っ伏す織斑がいた。

 

「そう––––––まぁどうでも良いですわ。」

 

ふと––––––箒はセシリアのその発言に違和感を覚える。

" …セシリアはクラス代表決定戦以降、一夏にべったりだったハズだ。だというのに––––––この興味のなさはなんだ? "

思わず、箒は内心呟く。

 

「それよりも箒さん、黒坂さん。」

 

「「うん?/何だ?」」

 

––––––セシリアの呼びかけに2人は声がハモる。

いつもならここで箒は赤面してしまうが、状況が状況だ。

その2人にセシリアは。

 

作戦です(ミッション)––––––––––––。」

 

––––––そう告げると共に、2人に作戦情報が送信される。

同時に––––––カタパルトより、2つの兵装コンテナが射出された。

 

 

 

 

 

「Å––––––––––––……!」

 

銀龍と甲龍の衝突は、40秒で完了した。

銀龍は近接戦を仕掛けてくる甲龍を鬱陶しく思ったのか、そのまま突撃––––––機体を用いた甲龍をアリーナの壁に叩きつけ、沈黙させた。

甲龍を仕留めた銀龍は––––––セシリア目掛けて飛ぶ。

セシリアはそれを紙一重で躱し––––––

 

「はッ––––––!」

 

15式火薬超電磁両用小銃(パレットライフル)の引き金を引く。

––––––炸裂する火薬の爆裂音。

––––––銃身で超電磁加速する弾丸。

マズルフラッシュと共に––––––弾丸は、銃口より獲物目掛けて飛翔する…!

 

「Å––––––––––––……!」

 

…銀龍を叩き伏せる、スコールのように撃ち付ける銃弾。

しかし、この程度で銀龍は止まらない。

鬱陶しい蝿を放つ根源を潰そうとセシリア目掛けて跳躍する––––––!

 

「––––––まぁ、はしたない。レディをそんな強引に攻めるだなんて…」

 

それに対し、セシリアは冷静にミサイルビットを射出する。

しかし止まらない––––––ミサイルはそのまま、吸い込まれるように疾走する銀龍に呑み込まれ、爆発を起こす。

––––––一瞬、銀龍の視界を遮断した爆煙。されど銀龍はセシリアへの疾走をやめず、爆煙を突き抜け、

 

「––––––イケない人。母親にレディ(オンナ)の抱き方を教わってらっしゃい。」

 

声と共に––––––パレットライフルによる脚部への集中砲火。

数十発もの35mm弾の連鎖着弾により、銀龍は自らのバランスを崩す。

––––––塵も積もれば山となる、とはこの事か。

…セシリアは口を開き、

 

指定展開(Set)、」

 

口頭で告げられる直接思考操作。

同時に––––––定められた座標。

銀龍を取り囲むよう、拡張領域から投影され、3次元に銀龍を包囲するビット。

 

「––––––斉射(Fire)!」

 

––––––少女の一声で穿たれる蒼条の光(レーザー)

その振る舞いはまるでおとぎ話の魔法使いのような優雅で––––––銀龍を貫き穿つ…‼︎

 

––––––しかし。

 

銀龍は、蒼条の光(レーザー)の直撃を受けてなお無傷。

否––––––蒼条の光(レーザー)を弾いていたのだ。

 

「––––––対レーザー蒸散装甲(ビーム・コーティング)…⁈」

 

セシリアはその光景を見て、事象の原理を理解する。

––––––なるほど、確かにこれは難敵だ。

絶対防御の出力は通常のISより遥かに上。

装甲強度も高いだろうと思ってはいたが…まさか対レーザー蒸散装甲まで付いているなんて。

だが、レーザーの奔流によって動きを抑制される事までは覆せない。

だから––––––––––––

 

「––––––––––––そこ!」

 

箒の声。

それと同時に––––––銀龍の脇腹にライフル…否、銃剣付き小銃が突き立てられる。

––––––指向性放電射槍(サンダースピア)

それこそが今箒の手にしている武装。

突き立てると共に––––––迷いなく、箒はサンダースピアのスイッチを入れる。

…直後。銃剣(バレル)より放たれる、100万ボルトの高電圧。

例え絶対防御に阻まれ物理的攻撃が通らないものであれ、大気を疾駆する放電を防ぎ切れる道理は無い。

故にそれは––––––銀龍の回路を断線(ショート)させる……!!

 

「Å、Å、⍲⍲––––––––––––!」

 

それは電流に喘ぐ声か。

銀龍は機械的な咆哮を上げる。

––––––だが、まだ。まだ足りない。

銀龍の絶対防御––––––否、超電導装甲を超えるには、まだ足りない。

––––––故に、新たなカードを切った。

セシリアがラファールの装備と思しきグレネードランチャーより、上空に信号弾を投射する。

…直後、甲高い飛翔音と共に––––––陽光の下。

流星じみた何条もの鉄塊が銀龍をつるべ打ちにした––––––!

 

 

「なっ––––––艦砲、射撃…⁈」

 

箒は驚愕する。

セシリアに渡された作戦概要。

それは掻い摘んで言うとアリーナの一角に銀龍を貼り付けにするというモノ。

何か秘策があるのだろうと思ってはいたが––––––まさか、こんな派手なものとは。

 

「篠ノ之さん––––––!」

 

「え––––––?」

 

ふと、響く呼び声に箒は反応する。

それは––––––副担任の山田先生のモノだった。

彼女はボゥっとしていた箒を掴むと。

––––––アレ?ボゥっとして?

意識が眩む。

…無人ISの直接打撃。

…アレで、頭を打ちつけて。

あ––––––––––––それで、軽い、脳震盪……。

 

「貴女頭打ってるんでしょう⁈下がりなさい!」

 

––––––ダメだ。

私が下がったら、千尋が。

 

「 ––––––まだ戦えます…!千尋一人を残すわけには…! 」

 

––––––視線の先。アリーナに残された千尋を見つめながら、箒は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

 

 

 

 

 

––––––54秒前。

IS学園南方3km沖

相模トラフ東京海底谷直上

 

 

霞んだ戦闘音が連鎖的に木霊するIS学園沖合いの海域。

今そこに––––––海を切り裂きながら前進する鋼鉄の牙城が6つ。

 

海上自衛隊横須賀基地所属

連合艦隊総旗艦

DDB-108護衛艦「やまと」

DDB-109護衛艦「あまぎ」

国際連合平和維持軍太平洋艦隊所属

旗艦

CH-141巡洋艦「はるな」

DDG-54駆逐艦「カーティス・ウィルバー」

ロシア帝国海軍第1太平洋艦隊所属

BB-36戦艦「ガングート」

DD-103駆逐艦「チャロヂェーイカ」

 

––––––から成る、国連・日本・ロシア帝国連合艦隊である。

 

 

 

 

 

護衛艦やまと・艦橋CIC(中央戦闘指揮所)

 

多彩な機材が奏でる無数の機械音響。

通信士(オペレーター)の通信と報告。

モニターのブルーライトのみを光源とする暗黒と––––––青で満たされた世界。

それこそが現代の軍艦における戦闘情報中枢。

レーダーやソナー、通信などや、自艦の状態に関する情報が集約され、情報処理と情報統合、火器管制などの艦として重要な機能も集中している部署––––––指揮・発令の源泉にして現代艦の頭脳にして四肢。

––––––あるいは、心臓部。

その司令座席に、神宮司八郎海将補は座していた。

 

「––––––全く、橙子嬢も無茶をする。」

 

額を左手の人差し指で掻きながら、しわがれた、しかし芯のある声で神宮司は呟く。

––––––通常のISを上回る所属不明の敵機体の出現。

その絶対防御を貫くためにどうしても戦艦による艦砲射撃が必要だと言ったのだ。

そしてこの時間帯、この場所で、国連・日・露帝合同演習の準備を行っていた本艦とその他の艦艇に目をつけた。

橙子個人の要請で動く訳が無いが、橙子からの連絡があった数十秒後にIS学園から国連軍への正式な応援要請が出され、おまけに

『信号弾の射出を合図に、指定された座標––––––衛星写真では第2アリーナの観客席––––––に艦砲・ミサイル問わず集中砲火をしてくれ』

と具体的な注文までしてくると来た。

…そこまで来れば断る訳には行かないし、何より断ろうとも上層部から『行け』と命じられる。

だが、まぁ––––––今回は、気にする必要は無さそうだ。相手がIS、という事で全員が燻っている。

––––––まるで、良い女を目前にした若い童貞のようだ。

 

「…いよいよ、ですね。神宮司海将。」

 

【やまと】艦長の加来貞継一佐が楽しそうに言う。

 

「ああ…楽しそうだな、加来艦長。」

 

神宮司がそれに対して苦笑いをしながら、言う。

 

「はい。彼奴らめにこの【やまと】の砲を食らわせてやりたくて、うずうずしております。」

 

加来がひどく楽しそうな顔で笑いながら言い、神宮司もそれを見て、ひどく楽しそうに笑いながら、言う。

 

「まぁ、気持ちは分からなくもない。」

 

「装填準備、完了しました‼︎」

 

砲雷長が、報告する。

 

「全艦レーダー連動射撃用意‼︎」

 

加来が命じる。

同時に、【やまと】の前部甲板に搭載された3連装46センチ砲が2基と3連装15.5センチ副砲1基、オートメラーラ速射砲群とVLSミサイル発射機構も解放される。

重く、鉄の軋む音を立てながら––––––巨人が手にした大剣を振り上げるように、老艦に懐かしい躍動が蘇る。

レーダー照準による仰角調整––––––久しく喪われていた老艦の巨砲に力が籠る。

 

「さて、艦長。」

 

神宮司が口を開く。

 

「––––––始めようか。」

 

強く芯のある声と共に、神宮司が言う。

それに安部は、強く頷き––––––

 

「トラックナンバー36、38、撃ち方始めッ‼︎」

 

––––––始まりを告げる号令を言い放つ。

 

瞬間、火薬が炸裂する爆音と熱と共に46センチの鉄の巨筒から大気を震わせながら穿たれる––––––76年ぶりの砲声。

––––––老艦は忘れていた牙を剥き出しに、鉄火の咆哮を上げた…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

 

 

 

 

 

IS学園第2アリーナ

 

絶え間なく降り注ぐ砲弾。

銀龍を叩き潰さんと––––––鋼鉄の雨が降り注ぐ。

…銀龍の絶対防御モドキ––––––後日の橙子曰く超電導装甲と仮称––––––は、詰まる所二重のバリアであった。

…そも、超伝導状態を人工的に作り、マイスナー効果という外部からの電気・磁気の遮断現象を生み出すもの。

レーザーや電磁波のような外部からの干渉は無効化出来る、だがそれだけ。

それだけであれば鉄の砲弾で容易に突破する事が出来る。

…つまり、電磁や電力を利用した攻撃は防げても、物理的攻撃は防げない。

––––––だからこそ、もう一層の防壁が存在する。

…それは、PICの慣性制御を応用した重力場偏向操作による簡易防壁の形成。

––––––突拍子も無いが、こうでも言わなければ説明がつかない。

…確かに、それであれば機械的・力学的攻撃の双方によるダメージを軽減あるいは相殺可能だろう。

超電導装甲と言われていながら、その実正体は超電導と重力場偏向の二重シールド。

––––––それに加えて、主力戦車の正面装甲に匹敵する上にレーザー蒸散塗膜の施された堅牢な装甲。

 

––––––電気を取り扱う兵器であるサンダースピアが通用した事は、チタニウム製の銃剣を直接対象に突き立てた上で放電したからこそ通用しただけであり、遠距離から放電していれば間違いなく無力化されていただろう。

…しかし、重力場偏向シールドに関しては、箒の唐突な奇襲に対応が遅れ展開が間に合わなかったか、あるいは正面からパレットライフルと再装填されたミサイルビットの弾幕に晒されていたからこそ、重力場偏向シールドの展開範囲が分散し––––––強度の低下を招いたか。

装甲そのものに関しては、装甲の隙間たる関節部分を刺し貫いた。

––––––これらの好条件が揃ったからこそ、箒のサンダースピアはダメージを与えるに至った。

 

…どちらにせよ、まず攻撃を通すにはあの超電導装甲を無力化する必要がある。

––––––超電導状態とは、大質量の物体による物理的衝撃を与えられると通常伝導状態…即ち対ビーム防壁として機能しなくなる。

––––––ただそれが、直径46cm・重量1トンという戦艦の主砲クラスの砲弾ほどの質量でなければ意味がなかっただけで。

そして同時に、戦艦の主砲弾は超電導装甲を無力化しただけではなく––––––銀龍の重力偏向防壁や装甲へのダメージも十二分に与えた。

 

「––––––すぅ。」

 

––––––深呼吸。

武器はただひと振りのみ、千尋は玄龍円谷を構え直す。

…やはり、笑ったような顔を浮かべたまま。

 

セシリアは––––––『(わたくし)はイッちゃった鈴と織斑(お二人がた)を運びに行きますので……後はセルフサービスで、よろしくお願い致しますわ〜♪』と言って、1人トンズラしていた。

箒は––––––先の無人IS戦で頭を強く打って、尚且つ連戦していたために山田先生に強制的に連行されて。

 

" ––––––まだ戦えます…!千尋一人を残すわけには…! "

 

山田先生に連れて行かれる中、箒が千尋を見ながら叫んでいた声が蘇る。

––––––胸がきゅうっ、となる。

…何故かわからない。

箒が帰っちゃったピットに顔を向けながら横目で鉄の雨が降るアリーナの一角を見る。

爆炎と。

爆煙と。

衝撃の中––––––銀龍の影が映る。

460mmの対艦徹甲弾合計24発の直撃を受け、原型を留めぬどころかクレーターと化したアリーナの一角。

––––––それと対照的に、銀龍は殆ど原型を留めたままの姿。

…なれど、その全身は損壊している。

当然といえば当然––––––だが驚愕すべきは、未だ尚動くという事だ。

…通常のISなど、一撃喰らっただけで肉と骨と機械の塊(グロテスクなナニカ)に成り下がるというのに、なんという防御力だろう。

 

" …まぁ、いい加減鬱陶しいし、それに。 "

 

ふと、頭に箒が過ぎる。

そこにあるは無人ISに殴られた時に出来た傷から未だ流れる血。

早く見せないと危ないかもしれない。

––––––女は骨格の構造的に強度が低く、重度の損傷をしやすい––––––と橙子は言っていた。

…それがどんな意味かは分からないけれど。多分ダメな事なんだろうな、と本能で察する。

––––––何しろその為に箒はピットから後退していた。

…だから今、アリーナにいるのは千尋一人だけ。

…まぁ仕方ない。

だって箒はケガをした。

放っておけばケガは勝手に治るが、傷が深いと治り難い。

多分箒は後者なんだろう。

だから救援に来てくれるなんて考えは以ての外で、むしろ早いトコ片付けて箒の具合を見に行きたい。

だって生き物はすぐ壊れてしまう。

多分––––––箒だって一緒。

だから壊れて欲しく無いし、壊れるなら壊れるで構わないけれど、別れ(さよなら)の挨拶もしてないのに壊れられたら嫌だ。

それに––––––とにかく無性に、もう一度箒の顔が見たい。

何故かわからないけれど、思考の端に箒が過ぎると心臓を握り潰されるようにキュッとなる。

 

" だからまぁとにかく–––––– "

 

伽藍堂(空っぽな自分)の中、誕生した感情が再び活性化する。

––––––それは脈打つ胎児の様に。

 

" ––––––オマエが、邪魔だ…! "

 

––––––吼える。

溜に溜めた両脚は地面を踏み砕き、千尋は宙を滑空する。

 

「Å⍲⍲––––––––––––!」

 

––––––迎え撃つ。

銀龍の手は槍の様に長く、そして鉈のように分厚く変形する。

…刃は無い。

代わりに展開されるは対消滅エネルギーのブレード––––––零落白夜。

高速で放たれた万象を切り裂く凶器が振るわれる。

それを躱す事なく、千尋は突っ切る。

頰をかする、小さく鋭利な痛み。

礼儀知らずの蛮行に、僅かに血が零れ出る。

––––––(終結)が、内側を侵蝕したような気がした。

 

「–––––– はは 。」

 

笑った。

千尋は笑う。

体内の血流が変質する。

赤血球が別のモノに切り替わる。

秒速1メートルで身体を巡る血液が架空の元素に変換される。

血管は補強され、1万ダースの未知の粒子が秒速1500kmで巡らせるパイプに変質する。

心臓は肉体を稼働させるだけの臓器から全く別の内燃機関(エンジン)に成り果てて、無尽蔵に湧き出す未現元素(生命の火)を燃やす生体機械として身体に組み込まれる。

不可視の領域で起こる変質と点火。

ヒトが到達し得るのに数千数万年と掛かるだけの火––––––橙子は、ソレを「G元素」と呼んだ。

 

「––––––接続」

 

視界に映る、零落白夜を振るった直後の銀龍を見ながら、まるで詠唱のように呟く。

瞬間。指先の硬い皮膚––––––爪を突き破り、紫のラインが玄龍円谷の柄に刺さる。

 

––––––どっ…くん。

 

心臓の鼓動めいた音が鳴る。

その音源は––––––玄龍円谷。

玄龍円谷に、ラインが侵蝕するように脈が走り––––––赤が紫に変性する。

黒の狭間に赤く緋い光を宿していた大剣は、眩い紫光を宿す大剣に変形した。

…それはまるで、忘れられて枯れた血管に鮮血が流れるように。

––––––腕を振りかぶる。

––––––剣が鼓動する。

両者は意思の体現。

今ここで、銀龍を倒す為に設計されたチカラに火をくべる。

体内の血管(パイプ)を駆け抜ける1万ダースの粒子を、火に変換して剣に供給する。

有線だろうと無線だろうとさっさと流してしまえばソレで(しま)い。

だろう、こう––––––––––––!

 

「––––––ふッ…!!」

 

躱した体勢から、零落白夜を放つ槍だか鉈だかわからない凶器に変形した銀龍の右腕を叩き落す––––––!

…叩き伏せられた凶器は、機体の推進と共に地上を深く深く抉る。

 

「⍲––––––––––––!」

 

銀龍は速やかに、右腕を引き抜く。

だがそこにあるのは僅かな硬直時間。故に攻撃する隙である以外何モノでも無い。

だから千尋は勢いよく両断しようとして。

 

––––––視界に入る、新たに零落白夜を纏った左腕(凶器)

 

銀龍とて、硬直時間が出来る事は織り込み済み。

だからこそ、左腕に残されていた二連装鎖鋸をパージし、零落白夜を展開する凶器に変形させた。

さらに言えば、地面にめり込んだ右腕を素早く引き抜こうとすれば身体の重心は右に傾く。

だから左腕に刃を展開すればそれは––––––容易く、眼前敵の胴体を薙ぎ払う…!

––––––千尋は一連の事象を観て、笑いながら死を直感する。

迫る。迫る。迫る。

今度こそ躱せない。躱しようが無い。

コッチは斬りふせる溜めの体勢で、相手は凶器を引き抜くついでに(・・・・)に斬り伏せるという。

仮に受け止めたとして、待ち受けるのは右腕の凶器に首を切り落とされる未来。

機械の龍が呪うように唸る。

 

 

ⅅᎰ∈(死ネ)

₮ℍ⁅_⁅ℕ∉₥ℽ'⑀_₣Ꭴℇ(戦友の仇)

ⅅᎤ℟₱_₮ℍÅ₮_ℕ∉₡₭(その首を落とし)

ℍᎤ└ⅅ ℍℕ₲_₮ℍ⁅_ℍℇÅ℟₮(心臓を抉り出して)

 

 

「––––––ⅅ∈Å₮ℍ_₮Ꭴ_ℽᎤ∐(オマエニ、死ヲ)。」

 

 

––––––がぎゃん、という割り込む不快音。

 

「…あれ?」

 

瞬間、千尋はキョトンとした。

自分の首を刎ねるハズだった左腕の凶器は、有り得ない存在に阻まれた。

 

「簡単に死ねとか言うな、お前。」

 

––––––彼女は鬼気迫る顔で、ピットから飛び出して、左腕を叩き割っていた。

怒っている顔が本当に似合わない。

手にしているのは近接長刀【孫六_対消滅剣(マゴロク・E・ソード)】だった。

箒の顔を見るに、後先考えずに武器を選び突っ込んで来たのだろう。

だけど––––––その武器の選択は良い。

それは所謂––––––擬似・零落白夜。

分子レベルで物体を切断する、科学技術で作り上げられた魔剣。

きっと、橙子がいつも言っていた「女の勘」というヤツでコレを選んで。

………いや、それよりも。

どうして箒は突っ込んで来たんだろう。

見れば傷口を覆うように顔には包帯が巻かれている。

だが口の中が裂けていたのか口角からは血がまだ流れていて。頭も打って怪我をしているのにどうして?

 

「っ、箒––––––!」

 

ハッとして、思わず叫ぶ。

箒は孫六を手に、いとも容易く左腕の凶器を左腕の構造物ごとぶった斬り。

 

「くっ––––––」

 

足をふらつかせ、そのまま地面に堕ちる。

だが直後。

 

「私に構うな!––––––早く決めろ!!」

 

箒の声に、千尋は供給と反応が数秒ずれた現状を覆そうと動く。

––––––既に右腕の凶器は抜け出しており、頭上に振り上げられていた。

…コンマ数秒後に、死が舞い降りる。

––––––だから。

 

「…臨界––––––解除。」

 

––––––無茶をする事にした。

血管というパイプを流れていた1万ダースのG元素は飛んで10万ダースに増大。

心臓の元素燃焼変換量のギアを1から10に繰り上げる。

過程など無視して結果だけに至るべく、全身を爆発寸前の暴走原子炉になるまで負荷をかける。

…無茶は承知。

…全てはこの一撃のため。

…出し惜しみなんかしない。

千尋はあくまで笑みを崩さない顔のまま、双眸に決意を込める。

 

" ––––––直流、被造物に直結…! "

 

鋼鉄の大剣に神経回路めいたラインが走る。

…同時に、燻っていた炎が燃え上がるように。

大剣はその表面を覆う空間軸を捻じ曲げて、紫色の光を纏う。

 

" ––––––連結、完了。 "

 

考える余裕とか迷ってる余裕もない。

ひたすら全身から廻るG元素を大剣に集結させる。

––––––アリーナの中、対峙する者が剣を振るう。

一方は千尋の玄龍円谷。

もう一方は零落白夜を生やした銀龍の右腕。

両者は絶対の出力を込めて––––––刃を激突させる…!

 

「––––––ははっ」

 

「Å゛⍲゛⍲゛––––––––––––!」

 

––––––限界を超えて2人は鍔迫り合う。

許容量を超えた過剰供給に体内で血管(パイプ)が破裂する。

10万ダースもの未知の粒子が体内を飛び、犯し尽くし、高熱がタンパク質をぐずぐずに溶かして肉体が悲鳴を上げる。

…否。歓喜を上げる。

肉体(武器)千尋(使用者)の意識に関係無く、忘れていた自らの血(・・・・)の味を思い出して、 " もっと寄越せ " とせがむ。

体内時間の膨張。

自我の融解。

肉体の崩落。

––––––すなわち臨死体験。

肉体の変質。

構造の変形。

虚構への回帰。

––––––すなわち真我(ゴジラ)の限定顕現。

それらの要素が黒坂千尋というニンゲンを侵蝕する。

 

「––––––はっ、」

 

零れた笑みはその、自らの肉片に乗っ取られようとしている自分か。

あるいは乗っ取ろうとしている自らの肉片への嘲笑か。

それとも、無様に鍔迫り合いながら、内心激痛にのたうち回る自分の愚図に対してか。

––––––そんなモノ、どうでもいい。

知ったこっちゃない。

 

"…痛み(それ)が–––––– "

 

血管(パイプ)の循環と供給を更に加速させる。

銀龍が笑う。

嗤う。

咲う。

破顔う。

ワラウ。

このまま零落白夜は単なるブレードではなく触れる一切合切の万象を対消滅エネルギーをもって断ち切るもの。

今ここでほんの少しでもを押し込めば、何を必死になっているのか分からない虚構の怪物を真っ二つに薙ぎ払う対消滅(いちげき)で、殺してやろうと嗤っている。

––––––そう、今のまま鍔迫り合う大剣では勝てない。

零落白夜の性質上、こちらは突破される。

…ならば、こちらは零落白夜の対消滅許容量以上の火力でブッ飛ばせば良いだけの話…!

決意と自信は、それこそ奔る電荷のように。

このままぶった斬られても良いけど箒の前でなんて願い下げ。

どうせ負けるなら自滅がいい。銀龍(オマエ)も道連れならば尚のこと良い、と千尋は笑った。

 

" どうした––––––––––––‼︎ "

 

こうなったら、灰になるまで燃え尽きてやる––––––!

––––––それに応えるように。

玄龍円谷は大剣から形状(カタチ)を変形させる。

骨太のブ厚い刃は厚く鋭利な刃へと。

鈍器めいて短い刀身は伸びて長く長く倍近く。

3メートル60センチの大剣は、6メートル18センチの斬馬刀に。

激流する体内粒子。

黒く瘡蓋(ケロイド)のような表面は剥がれ落ちる。

物理現象として成立せず、カタチを失った刀身は。

––––––紫電を纏い、荒れ狂う線流の塊へと変質する。

さあ––––––行くぞ、人の造りしモノ。

あれなるは世界と世界を跨いだ怪物の成れの果て。

これより先、この世界で数多の技術、あらゆる観念を台無しにする怖れ知らずの地球生命。

 

「いい加減ここで終わり。お望みどおり、ノシを付けてやる……!」

 

虚構より生まれし、伽藍堂の完全生命体––––––!

 

「Å––––––––––––!」

 

常識外の出力が零落白夜を蒸発させる。

刀身は焼き切れない。

その火力の量と流れは神がかっていた。

最大10万キロ、赤道の2周半に相当する血管(パイプ)は貪欲に元素を放出し、倍の速さで全長30メートルにまで肥大化した線流の刃をブン回す––––––!

 

否。

否。

否。

否!

 

機械の銀龍に本来あるはずのない死相が浮かぶ。

アリーナに響く、恐怖あるいは憤怒の絶叫。

理由はどうあれ絶対であったハズの法則が崩壊する現実はかくもおぞましく眼を焦がす。

逃げようと、スラスターを蒸そうとして。

 

–––––– ハハ 。

その悪足掻きに、千尋は笑う。

逃がさない、と微笑う。

 

「…いいから––––––」

 

破滅を叫ぶ機械の龍。

崩壊する唯一の剣。

断末魔は潮騒のようにアリーナに響き渡り––––––

 

「一気に、ブッた斬れぇーーーーーーーーーえ!!!!!」

 

––––––終末の光は、アリーナごと銀龍を斬り砕いた……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––ああ、イヤだ。

アイツが目の前にいるのに。

アイツにもう少しで届いたのに。

また私は死ぬ?

仲間を殺されて、仇すら打ってないのに?

いやだ––––––まだ、死ねない…!

アイツを…【ゴジラ】を殺すまで、まだ––––––!

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––次に目覚めた場所は、見知らぬ天井。

…テニアン基地の医務室…ではない。

というか、全体的にジメっとして…湿度が高い。

…湿気の割に少し肌寒い。

…ここは……温帯気候だろうか?

…つい数十分前––––––マリアナ海溝より再度活動を再開したシン・ゴジラ迎撃に出現する前までは、北マリアナ諸島のテニアン島・国連太平洋方面第6軍テニアン基地にいたのに…。

顔を横に向ければ––––––酷く、私にソックリな顔立ちの(でも髪の色とか瞳の色が私と違って全部黒)女と目が合う。

…女は驚いたように。

 

「––––––ラウラ…?」

 

…誰の事か分からない名前を口にする。

思わず、怪訝な顔をして。

 

「––––––誰の名前だ?ソレは(Whose name is it? Sole is.)。」

 

窓から吹き込む風に白銀の髪を揺らし、赤い紅い瞳で女を睨みながら。

私––––––マドカ・オリムラ=アハト国連統合軍准尉は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。
…所属不明機…ちょっと強くし過ぎたかも知れません…()
まぁ、仕様が対人戦想定してないからしゃあない(開き直り)。
ちなみに所属不明機こと銀龍の外見はアニゴジのヴァルチャーを少しメカゴジラチックにした感じのイメージです。

…あと、前書きにも書きましたが、新規設定がいくつか追加されており、今回だけだと、

⚫︎箱根にはジオフロントとアンノ技研の工廠がある。
⚫︎ロシア帝国が復興している。
⚫︎国連平和維持軍が常設されている。
⚫︎ゴジラIS世界同様、予備役とはいえ「やまと型護衛艦(大和型戦艦)」が現存している。
⚫︎ゴジラIS世界同様、アメリカやドイツ、ロシア帝国など各国にも戦艦が何隻か現存している。

という内容があります。





次回も不定期ですが、極力早く投稿致しますのでよろしくお願い致します!









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EP-13 事後:楯無、帰還。(皇女、来日。)

今回は前回の銀龍戦後です。

千尋「…ここに来て、日常を書きたかった事を思い出しギャグにひた走る作者であった。」

たまには日常的なシーン書きたかったんや…(´・ω・`)
あ、それと今回は楯無さんが登場します。
しかし彼女の帰属先は原作通りロシアはロシアでも…?








「––––––ラウラ…?」

 

…私にソックリの少女。

しかし––––––髪の色、瞳の色は。

かつて私がドイツで教え子として技術を与え、私にひどく懐いていた少女と瓜二つ。

––––––だから不意に、教え子(ラウラ)の名前が口より出てしまった。

しかしそれを否定するように––––––

 

「––––––誰の名前だ?ソレは(Whose name is it? Sole is.)。」

 

窓から吹き込む風に白銀の髪を揺らし、赤い紅い瞳で女を睨みながら。

ベッドから上半身を起こした少女は、全身のあちこちに包帯を巻き、右腕と左脚にはギプスを嵌めて––––––彼女は口を開く。

その回答は半ば分かっていたように、私の認識を修正させる。

…そうだ。

世の中には顔の似た者が5人いるという。きっとソレなんだろう。

そうだ、ラウラがここに来るハズが無い。

…一瞬の落胆。

…とはいえ、彼女はアリーナを強襲した銀龍から引きずり出してきたパイロットだ。

だからともかく情報を聞き出す必要がある。

だがすぐに顔を上げて。

 

「あ、ああ––––––教え子の名前だ(It is the name of a student.)

その…よく似ていたから…つい(That ... It looked like a lot, so it just caught my eye.)。」

 

ああ…それと(ah I see. ... and,)––––––日本語で構わない。」

 

…ごく自然なまでに流れていた英語を用いた会話のキャッチボールを、ここに来て少女は中断した。

…どうやら、若干の訛りがあるとはいえ日本語も話せるようだ。

 

「そうか…では聴くが––––––お前は何者だ?」

 

閑話休題。

ここに来て、話の核心を叩きつける。

…少女は、冷めた瞳のまま。

私/千冬を品定めするように見つめた後。

 

「––––––国連統合軍(・・・・・)太平洋方面第6軍第117航空機兵中隊所属、マドカ=アハト准尉。」

 

ツラツラと少女は所属と姓名を告げる。

––––––だが、千冬は違和感を覚えた。

彼女はこう言ったのだ––––––国連統合軍(・・・・・)、と。

…国連軍自体は珍しくない。

国連軍は第3次世界大戦後の、

––––––EUが崩壊した第3次非核ヨーロッパ大戦。

––––––オーストリア=ハンガリーの始めたバルカン安定戦争。

––––––ニューギニア島の所有権を巡る尼巴紛争。

––––––ロシア帝国が復古したロシア帝国復興独立戦争。

––––––飲み水の奪い合いから始まった南米水戦争。

––––––上海と香港が独立した中国大陸自由解放戦争。

––––––民族衝突激化によって悪化したアフリカ民族紛争。

それらの地域戦争が頻発する混乱期を経て、ヴァチカンで結ばれたクリスマス休戦臨時条約によって戦後復興を目的に設立された常設の軍事組織だ。

基本的に国連軍は地域紛争が続くロシア地域や中東、アフリカ、南米などの各地に展開し、紛争の抑止と難民救援に回っている。

だが、統合軍(・・・)ではなく平和維持軍(・・・・・)

…名称が違う。

公職の軍人が間違えてるとは思えない。

否––––––それ以前に、彼女自身が軍人であるにはあまりに若過ぎる。

教え子である少女(ラウラ)と似たようなその姿に、千冬は僅かに顔が歪む。

 

「––––––で、貴女の名は?」

 

それを断ち切るように、マドカは口を開く。

問いかけたその顔は、まるで人形のようで。

 

「…私は織斑千冬。ここ、IS学園の教師をしている。」

 

「––––––オリムラ?––––––IS学園…?」

 

ふと初めて、少女のその人形めいた顔が疑問に歪んだ。

内心混乱しているのか、目をあちらこちらに泳がせながら頭の中を整理して。

 

「––––––そう…貴女が私の義母にあたるワケか。」

 

––––––とんでもない爆弾発言を口にした。

 

「––––––は?」

 

思わず、思考が停止した。

それは仕方ない。

何しろ––––––身内にマドカ、なんて名前の者はいない。

" 血縁に連なる者が何処かで作った娘か? "

––––––なんて、千冬が頭を抱えていると。

 

「––––––なんだ、苦労してるみたいね。」

 

––––––ふと、温和な声がした。

マドカも千冬も声の音源を視覚した。

…そこには、白いシャツに黒スーツのズボンとラフな格好をした橙子がいた。

 

「橙子––––––」

 

「皆まで言わなくて良いわ、千冬。さて、いくつか聴きたいのだけど––––––」

 

マドカの話に顔をしかめる千冬をねぎらうように微笑みかけ。

メガネを外しながら口を開き。

 

「––––––あの機体。我々に銀龍と仮称しているが…アレは量産機か?」

 

「––––––な、…⁈」

 

––––––冷酷な口調にスイッチを入れ、マドカに問いかける。

息を飲むように絶句したのは千冬。

第3世代機に相当していたあの無人ISをいとも容易く殲滅し––––––ともすれば、モンド・グロッソ(第2回国際IS大会)で機体の性能及び技巧で私と競い合った準優勝者(ヴァルキリー)さえも上回る能力。

さらには––––––零落白夜まで実装している。

…単騎でさえ鎮圧が困難であろうあの機体がただの量産機(・・・・・・)だという。

––––––まだ、決まったわけでは無い。

だがIS技師の橙子が聴くということはつまり。

 

「––––––そうだ。昨年から配備が始まった。」

 

マドカの解答。

" ––––––やはり、そうか。"

橙子の問いと千冬の懸念は具現化した。

千冬は本日何度目か分からない、頭痛に眉間を抑え。

橙子は口を開く。

 

「銀龍にはB型とあったが…意味は?」

 

「B型は地上配備の戦闘攻撃型仕様の機体…主に防空や直接戦闘に回される。」

 

「…他にも型はあるのか?」

 

「––––––現在はB型に統一・廃止されたが先行量産された300機が稼働中の攻撃型のA型、艦載機仕様のC型、海兵隊仕様のM型がある。」

 

––––––少女の話に千冬も橙子も僅かに戦慄する。

…B型に統合・廃止されたが、先行量産され稼働中のA型が300機。

––––––航空自衛隊の戦闘機配備数に匹敵する数がある。

…廃止された先行量産機でこれなのだ。

マドカが乗っていたB型の他にC型、M型も考慮すれば…優に、1200機以上の機体がいてもおかしくはない。

––––––ISコアの個数の3倍以上の数。

数年前ならば不可能だと一蹴されていたが…今ではそうもいかない。

デュノア社が開発した、シールドエネルギーを貯蔵・搭載する事で運用可能とするISコアの代替品––––––ISコンデンサーが普及した今ならば、推定1200機以上の銀龍の量産配備も不可能ではない。

…だが、ここで矛盾が生じる。

アラスカ条約で、一国のIS保有可能数は600機まで––––––と制限されている。

その倍近い数を保有することは、即ち条約違反。

国連からの制裁対象となる。

如何に彼女が国連軍とはいえ、国連軍はアメリカを主とする各国から抽出した戦力の寄せ集めに過ぎず、使用している兵器もほぼアメリカ軍のもの。

––––––であれば彼女の使用している銀龍もアメリカ製であり、アメリカは条約に違反している事になる。

仮にアメリカが600機、他の傀儡国にあたる国が合わせて600機を持っている…にしても無理がある。

––––––何より、北には大イギリス連邦王国領カナダが存在する。

第3次世界大戦後に衰退した米中露の穴を埋めるようにEU崩壊後の欧州が台頭。

––––––特に、イギリスはブリテン島を起点にカナダ、フォークランド、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、スリランカから成るイギリス連邦を拡大。

––––––大イギリス連邦王国に改称。相変わらず世界第2位ではあるが、アメリカ軍との軍事力の差を埋めつつある。

…そんな大イギリス連邦王国が、アメリカの大量配備を見逃すはずが無い。

 

「––––––それと、あの機体には…銀龍でなく、JMS-20(ヴァルチャー)という名がある。調べていたのなら知っているだろう?」

 

「ああ、だが千冬に情報を共有する前で君の目が覚めたらしくてな––––––便宜上そう呼ばせてもらった。」

 

––––––思案する千冬の隣では、相変わらずマドカと橙子が会話を継続している。

…橙子としては…趣味半分、情報収集半分であるが、その聞き出した情報を基に、千冬は判断材料の確保に至る。

––––––自然と、2人は面会(尋問)におけるポジションを確立していた。

 

「そうか––––––機体の詳細を調べたければウィ◯ペディアでも調べてくれ。ただの通常兵器なんだから、すぐ出るだろう?」

 

「––––––ああ、そうするよ。」

 

––––––だが、そんな情報はどこにも乗っていない。

橙子の後ろでスマートフォンをもって調べながら、千冬は怪訝に顔を歪める。

彼女は本気で一般情報サイト(ウィ◯ペディア)にも普通に掲載されていると言ったが、やはり無い。

 

" ––––––彼女がウソをついているようには、見えないが…。"

 

千冬が思いながら、マドカに視線を向ける。

内に秘めているのは疑念。

…マドカに対する不信はもちろん。

…アメリカに対する疑惑と。

…彼女と自分達の常識にさえ。

––––––それを裏付けるように。

 

「それとだが銀龍…否––––––JMS-20(ヴァルチャー)は何と戦うことを前提としていた?」

 

橙子の問い。

それにマドカは––––––ポカン、とする。

まるで、常識知らずの田舎者を見たような顔をして。

…あるいは––––––『お前は何を言っているんだ?』と頭のおかしい人間を見るような顔をして。

 

「そんなもの––––––決まっているだろう?」

 

マドカの試すような問い。

…これに答えられないなら、お前は余程の世間知らずか頭の可哀想な奴だ、とでも言うように。

 

「決まっている…とは?」

 

それに、橙子は問い返す。

マドカの言っている事は理解出来ない。

だが––––––マドカに対して、銀龍…JMS-20(ヴァルチャー)に対する仮説が現実になろうとしているからだ。

 

 

「––––––巨大不明生物以外に、何がいる?」

 

 

––––––湾港に着岸する戦艦ガングートの警笛と共に、この世界に存在しない(・・・・・・・・・・)モノの存在が、2人の鼓膜を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻・IS学園西区画第2埠頭

ロシア帝国海軍戦艦ガングート

 

「…いや〜、鼓膜破れるかと思った……」

 

桟橋に接舷・停泊したガングートにかけられたタラップを踏みながら、未だに耳鳴りする耳朶を擦りながら––––––学園生徒会長にしてロシアIS国家代表の更識楯無は口を漏らすように言う。

唐突な艦砲射撃の発令に心の準備も耳を塞ぐ暇もなく、至近距離からの砲撃の爆音で耳がイカれたのだ。

…しかし周りのロシア帝国将兵は普通に耳を塞いでいた。

––––––私が少し鈍っただけなのだろうか?

…まぁ、簪ちゃんに見られてないとサボリ魔な側面が出ちゃうから、その辺が悪さしたのかもしれない。

––––––それにしても。

 

「…【産廃の兵器】たる戦艦が間接的とはいえISを打ち負かすなんて。」

 

思わず口に出る。

事実、制空権を統べる者が戦場を支配する存在となる現代で戦艦は無用の長物だった。

…それは氷河期を乗り越えられず、哺乳類に世界の支配権を明け渡してしまった恐竜のように––––––鋼鉄の化石と化していた。

…それが、現代兵器を凌駕する超兵器であるはずのISを結果的に打ち負かす要因になるなんて。

現実に見た事とはいえ、にわかには信じがたく、そして皮肉な話だった。

––––––と。

 

「––––––第3次世界大戦とその後の混乱期にシーレーン確保に努めた猛者を産廃呼ばわりとは、よく言うわね…タテナシ。」

 

冷水のような声。

それは凍てつくように冷たい氷気を纏いながら、芯には暖かい熱が篭った声。

 

「げっ––––––…!?」

 

" そうだった!よりによってこの人までいるんだった––––––!! "

 

思わず楯無は飛び上がりながら振り返る。

そこには、灰色に近い銀髪の––––––海軍のセーラー服に身を包んだ少女が一人。

…あまりに軍服が似合わないその少女は、どちらかといえば王族や貴族の着るドレスなんかの方が似合うような、そんな少女。

––––––その背後に、体長3メートルのヒグマ(・・・・・・・・・)をペット感覚で連れて行ている事を除けば、彼女だってドレスが似合うだろうさ…ってちょっと待って!

 

「なんでミーシャが居るんですか⁈いくら皇女だからって軍艦にペット持ち込むのは…!」

 

––––––まず普通に考えて無理である。

だが、…ああ、そんなこと?と少女は意外そうな顔をしてから。

 

「ミーシャは海軍二等兵––––––つまり一兵卒の軍人だもの。」

 

ニコリ、と微笑みながら。

––––––その証拠に、ミーシャと呼ばれた体長3メートルのヒグマは、海軍のベレー帽を被り、首輪に二等兵の階級章をぶら下げて重さ1トンにも及ぶ––––––46cm砲弾を3発背負って運搬していた。

 

「…そ、」

 

" そう来たか––––––––––––! "

 

思わず楯無は頭を抱えた。

確かに、一匹の動物が一兵卒の軍人として扱われた例は過去(第2次大戦)にポーランド陸軍第22輸送中隊の兵隊クマ(ヴォイテク伍長)など、前例が存在する。

…しかしまさかソレと同じ様な事をやってしまうとは誰が考えよう。

––––––ていうか貴方、皇室でソファー役にされてたんじゃなかったの?!

 

「––––––あら、失敬ね。ミーシャは私とずっと一緒に居たわ。

…それこそ、まだ陸戦隊の頃はペトロパブロフスク上陸作戦時に赤ロシア人を2人で撃ち殺しながら千切っては投げ、千切っては投げと血祭りに上げ、戦艦勤務となってからはあの凍てつく地獄のオホーツク海海戦だって荒波と冷気の中を2人で砲弾を抱えて給弾に走り回ったりしたのだから。」

 

––––––何その話、凄く気になる。

ていうか何このスーパー皇女とスーパーヒグマ。

…思わず、目が点になる。

そんな楯無を見て。

 

「––––––さて、タテナシ。さっきはガングートを産廃と言って居たかしら?」

 

––––––天使のように。

––––––謳うように。

––––––白い悪魔が微笑う。

––––––背後にスーパーヒグマ(じゃあくなるもの)を引き連れて。

少女は楯無に問いかける。

…ヒヤリ、と汗が零れ落ちる。

その汗さえ氷結しそうなほど––––––威圧に満ちた冷風が私だけを凍て付かせる。

 

「––––––ちょうど良いわ。

…私とミーシャとガングート、私達がどんな戦歴を経て来たか、貴女の納得が行くまでミッチリ話してあげるわ。」

 

「ぇ?いや、は、はは––––––遠慮しま…」

 

––––––後ずさる。

ヤバイ。

絶対コレ1日以上かかるヤツ。

…そう本能で理解したからこそ、楯無は逃げようとして。

 

「ミーシャ。」

 

––––––しかしそれは叶わず。

…眼前に、3メートルを超える壁––––––否、熊が二足で立ち上がり、襲いかかる。

そこには。

––––––人間の頭蓋を叩き砕く爪。

––––––人間の頭蓋を噛み砕ける顎門。

––––––人間を全身粉砕骨折至らしめる体重。

それらを持った怪物が。

…その余りの迫力に、脚が竦む。

…その余りの威容に、ISを展開することさえ思考から弾き出される。

それはそのまま––––––楯無を押し倒す…!

 

「…って、わぎゃ––––––は、離して!離して頂戴ちょっと!ねぇってば!」

 

「では––––––そうね、私の借りた部屋で詳細に綿密に具体的に昔話をするとしましょう。」

 

「ちょ、離して!許して下さいってば、この戦艦脳––––––––––––!!」

 

––––––なんて、情け無い悲鳴が木霊した。

…そして、淡々と作業をこなしながらも、自分達の艦を産廃呼ばわりされた事にはイラっと来ていたのか。

 

(((––––––グッジョブ(отличная работа)…!!)))

 

––––––と、その場に居合わせた全員が思ったそうな。

 

––––––ああ、なんでこうなったんだろ…?

ミーシャと少女に連行されながら、楯無は思わず呟いた。

…それはしばし遡る。

 

 

 

 

––––––48時間前。

 

新生ロシア帝国領カムチャッカ地方

首都ペトロパブログラード・カムチャツキー

キルピチナヤ行政区・ノヴィアゴーニ宮殿

 

––––––肌を刺す、冷気に満たされた世界。

摂氏マイナス10℃の世界に佇む、ゴシック様式の巨大建造物。

…それこそが、この「帝国」を統べる皇帝の住まい––––––「新しい炎」の名を冠する宮殿であった。

 

 

 

––––––その一室。

 

 

 

「…そう、帰ってしまうのね。」

 

粉雪のように、しかし絶対零度のような声音が部屋に鳴る。

声の主は如何にも高級感漂うソファに座しながら、眼前に移る蒼髪の少女––––––更識楯無を見つめながら口を開く。

 

「また宮殿も寂しくなるわ。父様は戦場に赴いてばかり。母様はアレクセイの世話で忙しい––––––せっかく貴女というお友達が出来たのに。」

 

––––––この裏切り者、と約束をすっぽかした友人を睨みつけるような目で言外に告げる。

視線を向けられた相手は。

 

「いや〜、だって貴女にはミーシャとユスポフさんがいるじゃないですか〜。」

 

––––––にゃはは、と。なんてことも無いように笑いながら部屋の主人に言い放つ。

––––––その主人の後ろには、ソファーと一瞬見間違える異形がいる。

––––––3メートルの、ヒグマが。

主人はそのヒグマに子熊(ミーシャ)と名付けて可愛がっていた。

 

「…ミーシャは居てくれると嬉しい。けれど言葉が通じないから分からない。カルヴィンはフランス人だもの。きっと何処かで女を作っている。」

 

––––––少し物悲しく、しかして酷い偏見の混じった言葉を部屋の主人は言う。

…後者は間違いなくフランス人への当てつけ&風評被害だろう。

…楯無は、それで困ったように苦笑いを浮かべる。

––––––それを見て、部屋の主人はほんのり笑う。

 

「…冗談よ。ミーシャはともかく、カルヴィンに女は作らせない。彼を拠り所にしたのは私が先だもの。」

 

––––––浮気したら去勢ものね。と付け加えながら、部屋の主人は相変わらず冷水と湯水が共生しているような声音で言う。

去勢––––––という単語に対談している楯無は「ヒェッ…」とワザとらしく身を縮めるようにして反応する。

…こちらも部屋の主人がどんな反応をするか試しているのだ。

––––––つまり二人共、今見せている表情は嘘という事になる。

片や––––––日本政府内閣府直属情報庁【暗部1課】の長、楯無こと更識刀奈。

すなわち日本の諜報員にしてその長官。

片や––––––新生ロシア帝国皇室第3皇女、オリヴィエ・ミハイル=ロマノヴァ大公女。

すなわち新生ロシア帝国の皇族に連なる少女。

楯無は1人の日本人にして1人の諜報員に過ぎず、対してオリヴィエは新生ロシア帝国臣民––––––4000万人以上の白系ロシア人と800万人以上の緑ウクライナ人、1500万人以上の亡命ロシア人からなる6300万人––––––の上に君臨するであろう指導者の一人。

––––––否。それ以前に彼女は1人の兵士でもある。

…皇族の者が兵役に就くのは当然の話。

そして彼女は核ミサイルが飛び交う中、カムチャッカ半島と樺太にて展開された新生ロシア帝国(白系ロシア国家)独立(祖国奪還)戦争に参加。

––––––戦艦ガングートのクルーとしてオホーツク海海戦などを経て生還している。

 

「ところで軍隊、大変でしょう?」

 

「いいえ。」

 

楯無の気を遣った問い––––––それを両断するように即答する。

 

「この100年間、散り散りとなった白系ロシアの民に比べれば、私の苦労などたかが知れているわ。」

 

––––––白系ロシア人。

1914年のロシア革命に伴う、ロマノフ王朝の崩壊とロシアの社会主義化。

それを嫌い、ロシア国外に亡命する事を選んだ非ソヴィエト系旧ロシア帝国国民。

…難民、と言ってしまえば身も蓋もないが、その実態は旧ロシア帝国で革命後に反革命的であるとのレッテルを貼られるなどし、切迫した危険を感じたことなどにより亡命を余儀なくされた無辜の人々である。

––––––こんな馬鹿げた話があってたまるか、と思うだろう。

だがこれは、1910年代半ばから後半にかけて現実に起きた話なのだ。

もし国内に残留しようものなら思想キャンプに更迭されるか粛清か。

貴族であれば、問答無用で処刑されるか末裔に至るまで延々と差別の対象となる。

…亡命すれば、野垂れ死ぬ可能性はあるが人並みに生きていける。

––––––ソヴィエトでは人並みに生きることさえ許されない。

そしてそのソヴィエトに取り残された者も数多多くいた。

逃れた者達も、欧米や日本などに逃れるしかなく、事実上ロシア帝国は消滅してしまった。

––––––だが、第2次世界大戦終戦後の1961年に至ってから、ロシア帝国は唐突に復刻した。

純血のロシア帝国人はもはや居らず、カナダ系やフランス系に北欧系など混血の者が大半––––––だが、自らの国が欲しい熱意は本物。

それらに加えてウクライナ人にポーランド人、グルジア人も加わり、非ソヴィエト系旧ロシア帝国地域民族連盟をカナダ・ユーコン準州にて構築し、オールドランパードに白系ロシアおよび諸民族自治区が開設された事が新生ロシア帝国の始まりだ。

東西冷戦。

ソヴィエト崩壊。

20世紀の終わり。

白騎士事件。

第3次世界大戦。

––––––混迷の時代の果てに、白系ロシア人はカムチャッカ地方を中心に新生ロシア帝国…正式名称:《カムチャツカ・ロシア=極東ウクライナおよび東方イスラエル・北樺太(サハリン)連合帝国》

 

 

 

 

 

 

––––––––––––

 

その地は、かの世界では【ロリシカ共和国】と呼ばれていた。

 

––––––––––––

 

 

 

 

 

 

の形成にまで至っている。

…新生ロシア帝国の置かれているカムチャッカ半島というと、火山と熊に大自然以外何も無いように見えるがその実、石油に鉄鉱脈、石炭など––––––手付かずの地下資源が大量に埋蔵されている。

おまけにこの地域は地熱発電には持って来いの立地な上に高緯度地域では貴重な不凍港も存在する。

––––––かつて技術の少なかった100年前ならいざ知らず、相応の技術が発達した現在において、アメリカの支援が有ったからとはいえ国家基盤を築くのに1年とかかる事もなく、極東地域の新興有力国家としてのし上がった。

…問題が有るとすれば、食料は日本やアメリカ・カナダからの輸入に依存している点と、未だロシア連邦(旧ソヴィエト)と国境紛争が起きている点だろうか。

 

「––––––未だに茶々を入れてくるピョートル・グラード(ウラジオストク周辺地域)が鬱陶しい事けれど……まぁ、仕方ないでしょうね。彼らも太平洋側の利権を失いたく無いだろうもの。」

 

覚めた瞳でオリヴィエは言う。

––––––ピョートル・グラードは中国と北朝鮮に国境を接する沿海地方南部に位置し、ピョートル大帝湾に面する不凍港ウラジオストクを中心としたロシア極東連邦管区の飛び地であった。

2015年12月25日のクリスマス臨時休戦協定とチューリッヒ条約に基づき新生ロシア帝国が独立した際、太平洋利権を手元に残したいロシア連邦は沿海地方南部・ウラジオストク一帯の領有権を頑なに固辞した。

ロシア沿岸地域はそのほとんどが冬季に氷結する為、不凍港の存在はその地域一帯のみならず国家の生命線でもあった。

アジア方面沿岸部から手を引けば、自らの勢力圏が大幅に後退する。

それをどうにかしたいが故のゴリ押しであった。

新生ロシア帝国としても、それには抗議したいのは山々だったが、何しろ国力は腐っても大国であるロシア連邦の方が上。

善戦の末に条件付き降伏に至らしめるのが限界であった。

––––––故に、休戦と事実上の国境設定が完了して5年が経過した現在でも、ピョートル・グラードはロシア連邦・ロシア帝国双方にとっての火種であった。

故に、ロシア帝国は日本と連携してタタール海峡から宗谷海峡、津軽海峡にまで伸びるロシア連邦封鎖網––––––事実上の海洋封鎖を実施し、ピョートル・グラードに圧力をかける政策を実施していた。

これに日本は何の利益もない––––––という事はなく、第3次世界大戦を経てもなおロシアが実効支配する北方領土とピョートル・グラードを分断する事が出来る。

そしてその状況を維持し、時間が経てば…北方領土奪還に至る可能性もゼロではない。

––––––対ロシア連邦政策ではロシア帝国と日本は利害が一致しているからこそ、実現可能な話だった。

––––––閑話休題––––––

 

「ところで私も日本に行くわ。」

 

「ぶっ……⁈」

 

オリヴィエの唐突な発言に楯無は思わず吹き出してしまう。

––––––まぁはしたない、行儀がなっていないわ。…とオリヴィエは呟きながら。

 

「…何を驚いているの?私の乗艦であるガングートが日本に演習に行くのだから、私が日本に行くのは当然でしょう?」

 

––––––ミーシャの頭を撫でながらオリヴィエはにべもなく言う。

…こうして私––––––更識楯無はヤベェ女と共に日本に帰ってくる事になったのだ。

…国家代表志望先…間違えたかなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

 

 

IS学園保険衛生棟2階・第205病室

 

…瞼は開いたまま、千尋は眠っていた。

––––––瞼がないわけではない。

ただ、以前は瞼のない肉体だった為に「目を閉じる」という動作を知らないだけ。

…ふと、ぴくんと身体が脈打つ。

意識が表層化––––––つまり、眠りから目を覚ました。

しかし視界はブラックアウト。

視神経が脳から切断されていたから当然といえば当然。

なので、目を覚ましたことで––––––視神経が脳に接続する。

––––––ブラックアウトしていた視界に光が差し込む。

…急速な光度の変化に対し、眼球が自立対応することで視界の焦点がクリアになる。

 

「––––––知らない天井だ。」

 

思った事を口にする。

眼前に広がるのは、清潔感のある白い天井。

その下にあるベッドの上に、自分は寝かされていて。

––––––なんでこうなったんだろう?

…銀龍を切り裂いて、その後––––––血管(パイプ)から漏れ出したG元素が連鎖的に体内を焼いて、脳内の血管も破裂して。

––––––そこまでしか記憶がない。

…寝落ち…?でもしてたのかなぁ––––––まぁ、疲れたし。

きっとブレーカーが落ちたみたいに寝ちゃったんだろう––––––と千尋は思う。

無論その通りであるが…実際は––––––立ったまま、おまけに目を開けたまま気絶していたのである。

––––––後に山田先生はアレは軽くホラーだったと語っていた。

 

「ちょ、離して!許して下さいってば、この戦艦脳––––––––––––!!」

 

窓の外から、知らない女の叫び声が木霊する。

––––––誰だろう、なんだか楽しそう。

ベッドから起き上がり、窓枠に頬杖をつきながら、声の主を見下ろす。

寒そうなのに、炎を宿したような女の人とヒグマにドナドナされる、蒼髪に赤目の少女が1人。

…このまま見ていても面白そうだけど。

 

「それより箒…。」

 

ふと、箒の病室を探して足を動かした。

––––––瞬間。

 

「こンの––––––変態がァ!!」

 

ばきゃあっ、と。

『ああ、良いところに入ったな』という音と共に、隣のベッドを仕切るカーテンから、人影がひとつぶっ飛んでくる。

 

「––––––?」

 

反応が遅れる。

そしてそのまま––––––顔面に人影が直撃する。

 

「ふぎゅっ⁈」

 

「………………。」

 

…ごぉん、という除夜の鐘めいた音が鳴ったような幻聴を聴く。

千尋は直立不動のまま。

一方の人影はコンクリートの壁と正面衝突でもしたかのように伸びている。

伸びているのは、金髪の縦髮ロール…セシリア・オルコットであった。

…視線を先に戻すと。

––––––そこには、あの痛ましい肌を晒しながらも。

セシリアに脱がされたらしいシャツで、膨よかな胸の谷間を恥じらうように隠そうとしている、年相応の少女らしい––––––箒の姿が。

…今の蹴り/もしくはパンチを放ったのは箒らしく、肩を上下させながら息を荒げていた。

––––––ふと。

 

「「……あ」」

 

目と目が合う。

––––––そして、互いに思考と肉体の動きが凍結/停止する。

…千尋は、顔を赤面させながら恥じらう箒を前にして––––––全存在が、異形的な歓喜に押し揺るがされた。

血液は奔騰し、器官は興奮の色を讃える。

恥じ入る箒の姿は、張り裂けるばかりに内側から沸々と燃え上がる黒い衝動にガソリンを投げ打ち、今までになく激しく自分の脳を侵蝕する暗く輝かしいものが身体と精神を犯そうと昇って来る。

その、千尋にはよく分からない未知の感覚が全身で滾り狂う。

––––––それは、人間でいう欲情であった。

…箒は、千尋に見られている事に気付くや否や––––––心臓を起点に、混沌が全身に波及した。

血液は沸騰し、内臓は萎縮しながらも、膣は奇妙な燻りを覚える。

熱が迸る器官は憤怒の色を讃えながらも、底無しに溢れくる黒い欲望と純潔を守りたい白い欲望が混じり合い、灰色のなんとも言えない感情が宿る。

…眼前で平静を装いながらも凝視する千尋に対して、怖れと同時に、その純粋さに愛らしさを観る。

––––––しかしそれは。

 

「…かわいい––––––」

 

千尋のその一言で、恥らいと興奮の均衡は崩壊し。

 

「ちょっ…⁈み、見るな––––––––––––!!」

 

羞恥心が興奮を押し殺し、茹でダコのように顔を赤一色に染めた箒は。

––––––千尋の顔面目掛けて、手にした枕を時速150kmという豪速で投げつけた…!

 

「へぶ––––––––––––⁈」

 

…それで、千尋の中で疼いた黒い衝動は霧散する。

 

「あ、あんまり人の裸体をジロジロ見るな!

この––––––…」

 

枕を投げつけた千尋目掛けて、いそいそとシャツのボタンを付け直しながら戒めの言葉を吐く。

…だが、最後になんと締めれば良いのか、言葉が見つからずに喉が詰まる。

––––––数秒、思考して。

 

「––––––この、スケベ…。」

 

頰を赤く緋く紅く染め上げ、湯気さえも出しているかのような錯覚を覚える程に、羞恥心に満ちた顔を伏せながら––––––箒は言う。

…そこには羞恥心以外に、枕を投げつけた事に対する罪悪感も宿しているかのように。

––––––そんな箒の手を、千尋は掴んで。

 

「うん。ごめん。」

 

––––––屈託の無い笑みを浮かべて、箒に言う。

…それに、箒は目を見開く。

どうして謝る?と言外に問うように。

 

「だって悪い事したら『ごめんなさい』するのが掟だって教わったから。」

 

––––––それにやはり、屈託の無い笑みを浮かべて応える。

…箒はその、本能剥き出しのクセにあまりにも純粋過ぎる千尋が眩しく見えて。

 

「––––––うるさい、ばか…。」

 

顔を背けながら––––––口を開く。

 

「––––––それと…枕投げて、すまない。」

 

「うん、いいよ。」

 

屈託なく応えるその少年が、箒には可愛らしくて、何処か恐ろしくて––––––愛おしくて。

––––––だからこれからも、こいつの為に一緒に居てやろうと思わされた。

 

 

 

 

 

 

「…そういえばセシリア伸びてるけど、何があったの?」

 

––––––ふと、良い感じだった雰囲気を台無しにする問い。

…このまま無視していれば丸く収まったのだかま、確かに気になるのも事実。

箒は少し羞恥心が復古してくる自身に鞭を打ち––––––。

 

「その––––––あのあと、胸を強く打ったらしくて…痛くてな…。」

 

「うん。」

 

「だからその…ベッドのシーツで擦ったりしながら和らげようとしていたんだがな…。」

 

「うん。」

 

「––––––オルコットが、来て…。」

 

「うん。」

 

「ユーカリエキスの痛み止めに良い塗り薬があるから…っ、と……。」

 

「…うん。」

 

––––––実際のところ。ユーカリ自体には殺菌・解毒・鎮痛作用がある為、痛み止めに用いることは何ら不思議ではない。

不思議ではないのだけど…嫌な予感がするのは何故だろうか?

 

「…当初は、ありがたく貰おうと思ったんだ……思っていたんだ………。」

 

「……うん。」

 

「……そしたらあろう事か塗ってあげると言って……私のシャツを脱がして、チューブから指に塗り薬をだして………私の胸に…押し付けて、来たんだ………。」

 

「………うん…。」

 

「…突然の事に、抵抗することさえ忘れて……終いには、胸の谷間まで、その……指を、入れられて––––––…乳房、にまで…指を這わせて、来る、し……。」

 

「……………………。」

 

「し、終いには––––––『気持ちいいですか?』なんて、愉しんでる、顔で聴いて来て…だから、ワザとやってると思ったから、蹴っ、飛ば、した––––––––––––。」

 

「…………………………。」

 

––––––羞恥心に抗うように、千尋に言う。

…それはもはや公開処刑。

だが––––––千尋は、理解能力の許容量を超過したのか、表情は普段のままに。

目を丸くして、背景が宇宙になっていた。

 

––––––ふと。

ガタッと音がして。

 

「あ––––––…」

 

––––––振り向くとそこには、退散しようとしていたオルコットが。

 

「あ、あはは…では(わたくし)はこれで––––––」

 

「待って、オルコット。」

 

退散退散––––––と逃げようとするセシリアを、千尋が止める。

 

「…はい?」

 

ギ、ギ、ギ––––––とブリキのような錆びた動きで、恐る恐る振り返る。

––––––そこには、紫色(しいろ)の炎を燃やした虚構の怪物が、一匹。

 

「オレ、オマエ、コロス。」

 

憎悪と嫉妬滾る––––––処刑宣告を告げる。

…それを。

 

「ちょっと待て千尋––––––!!」

 

ベッドから飛び上がり、千尋にのしかかる形で箒が拘束する。

––––––前言撤回。

" 『こいつの為に居てやろうと思わされた』ではダメだ!絶対一緒に居ないとダメだ!!こいつにはやはり保護者が必要だ!!! "

––––––と、箒は改めて思い知ったそうな。

 

 

 




今回はここまでです。
…補足ですが、マドカが巨大不明生物と戦うと言ったことに千冬と橙子が驚いていたのは––––––
「そんな物がいるのか⁈」
という内容ではなく、
「そんな物がいると本気で思っているのか⁈」
という反応です。
…つまり、シンIS世界は【怪獣が存在しない】。
なのにそれに対抗する為、さらには巨大不明生物の存在が常識であるかのようにマドカは言っている。

––––––(以下、略)––––––。

…久しぶりに日常っぽい内容書いてみましたが…案外、良いものですね…(ゴジラISも早く日常回に戻れるようにしないと)。

次回も不定期ですが極力早く投稿致しますのでよろしくお願い致します。




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EP-14 授業:ヒトの軌跡

今回は授業回です。
(やっと学校らしい回だ…)

千尋「そして戦闘回がないから退屈とも言う。」

や、やめて…()







––––––襲撃から1日後。

IS学園1年1組・教室

 

襲撃の翌日。

普段通りに授業は再開されていた。

あんな事態が起きたというのに、翌日から日常が再開されていた事に千尋は驚きを覚えた。

 

––––––『日本人は災厄から立ち直ることに長けている。』

––––––『それは災厄と共に生きるしかなかったからこそ、共生する選択をした結果だ。』

––––––『それが廃墟から復活し、摩天楼を築けるだけの活力になる。』

––––––『だが先を急ぎ過ぎるからこそ、私達(日本人)は喪ったモノの尊さを容易く忘れてしまう。』

 

(まき)が水槽越しの自分に言っていた言葉を思い出す。

放射能関連の事故によって妻を亡くした牧のその言葉は、何処か草臥(くたび)れたように、いつも口にしていた。

…今なら––––––それが分かるような気がする。

牧の妻が死に至る原因となった放射能関連の事故も、昨日の襲撃事件も。

時間が経てばあらゆる事象によって埋没し、いつか人に見られなくなって…忘れられてしまうから。

『自分と関係ない人』からすれば、それでも構わないだろう。

…だけど、巻き込まれた当事者達からすればそれは死活問題であり––––––一生かけても消えない/消せないモノ。

あの時水槽越しに、草臥れたように独りごちていたあの姿は。

––––––誰一人として災厄の記憶を聴いてもらえない牧が見つけた、縋るべき対象であり。無意味だと分かっていても、誰かに向けて口にしなければならない程どうしようもないまでの苦悩の象徴だったのだろう。

…彼の最期を形作っていたモノは憎悪だけではなく、忘れられないで欲しい––––––という、願いもあったように感じる。

…今になって、牧の事が分かって来たような気がするのは、きっとこの生活(ヒトの世界)を送っているからだろうか。

––––––ふと。

スパ––––––––––––ン‼︎っと、乾いた音が響く。

 

「––––––?…???」

 

…一瞬、状況が理解出来なかった。

何が起きたのか。

いや、多分この流れは––––––、

 

「アリーナを半壊させて授業で惚けるとは良い度胸だなァ…黒坂。」

 

––––––いつも以上に、イライラしている様子の織斑千冬。

今の破裂音は出席簿による頭部への直接打撃であった。

…言うほど、というか全く痛くはない。だって頭蓋骨が砕けたりしてないから。

…まぁ、それはともかく。

昨日の被害。

それは半分くらいは「何処ぞの誰かさん」のせいだが、もう半分くらいは千尋のせいであったりもする。

…クラス別トーナメントの中断。

…第2地下格納庫全損。

…第2アリーナ半壊。

昨日の総合被害は、だいたいそのような状況。

文字にすれば単純であるが––––––これでも、最低600億円程の金額が吹き飛んでいる。

…おそらく、第2アリーナの再稼働までは2ヶ月はかかるだろう。

そうなると…単純な話、タッグトーナメントまで使用出来ないという事になる。

 

" ––––––あの時咄嗟に撃ったの、マズかったかなぁ…… "

 

不可抗力とはいえ、銀龍に放った一撃でアリーナを半壊させてしまったのは千尋だ。

––––––損害費はおよそ380億円。

如何に致し方ない犠牲(コラテラル・ダメージ)とはいえ、限度もある。

そんな千尋は本来謹慎ものだが、敵ISを鎮圧するという結果を残した事と第2波である銀龍が『ああでもしなければ鎮圧不可能だった』事が理解された為、始末書の提出だけで片付けられていた。

––––––実際のところ。そもそも学園側の予防がしっかりしていればこのような事態は防げたとする国連からの注意勧告を学園が受けたという事もある。

 

「襲撃機体を鎮圧した事は褒めてやるが授業はしっかり聴け。」

 

そう言うと、彼女はサッサと教室の後ろに戻って行く。

いつもならばここで返答を求めるのだが…それもせずに戻ったという事は、相当疲れているのだろう。

千尋は心労を察し、前を向く。

教卓には、副担任にして現在の授業––––––IS史––––––担当の山田真耶先生。

 

「じ、じゃあ、授業再開しますね〜。」

 

緑髪にメガネをかけた彼女は、おっとりした口調で告げる。

 

「では––––––オルコットさん。39ページ、1行目から4段落目まで読んで下さい。」

 

「はい。えー…『【白騎士事件後の世界情勢】』––––––。」

 

山田に指名されたオルコットが起立し、教科書の内容を読み始める。

––––––それは、白騎士事件の齎したその後の世界情勢についてであった。

––––––ちなみに【白騎士事件】とは、2011年3月11日。東日本大震災による混乱の只中に起きた、日本への2467発ものミサイルを原初のISたる白騎士が撃墜し、また領空侵犯に基づき邀撃に出撃した護衛艦1隻と航空機5機を撃墜した事件。

…これがISによる初の実戦であり、ISが世界に広まった歴史的事件であると言われているが––––––実際は少し違う。

結果は変わらない。

…だが過程は女尊男卑主義者が思い描くプロパガンダや、ISを生み出した篠ノ之束が思い浮かべていたであろう未来よりも遥かに重く、過酷な現実だった。

 

「––––––『白騎士事件による日本への核ミサイル発射が確認された後、日米安全保障条約に基づき、アメリカが歴史上始めての報復核攻撃を実行。米中露の3ヶ国による全面核戦争【第3次世界大戦】が始まった。

またインド・パキスタン国境の難民同士の衝突を契機に地域紛争までもが世界各地で発生し、戦争による被害は甚大なものとなった。

それに巻き込まれたことによって当時東日本大震災と福島原子力発電所事故で混乱していた日本の東京、福岡、富山が核ミサイルによって蒸発(東京は直撃・蒸発こそしなかったものの、東京湾で核ミサイルが爆発し、沿岸部が壊滅)した。

…最終的に、2011年12月4日に東西両陣営の首脳部の大多数が死亡することで「勝者も敗者もいない有耶無耶の状態」に至り大戦は終結したが、その後も各地で泥沼の地域紛争が継続された。』」

 

––––––そう、白騎士事件からたった数時間でこうなったのだ。

全面核戦争という、核兵器の撃ち合いによる殺し合い。

…白騎士事件時に発射されたミサイルの中に、ロシア製および中国製の核ミサイルなどが無ければ、こんな事にはならなかっただろう。

死ぬ必要の無かった人が死ぬ事だって、無かっただろう。

教科書文章説明欄の隣には、全面核戦争後の世界地図が掲載されている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

––––––それに目をやると。

…36発近い核攻撃を受け、入り組んだ湾型の海と化したアメリカ東海岸。

…59発の核攻撃を受け、虫食いとなったヨーロッパ・ロシア。

…43発の核攻撃を受け巨大なクレーターと化した中国華北平原跡地。

…21発の核攻撃で国境がぐちゃぐちゃになったインド・パキスタン。

…11発の核攻撃によって海岸線の原型を失ったイラン。

…9発の核攻撃によって政府機能を喪い無政府化した朝鮮半島両国。

…7発の水爆を含む核攻撃により国家基盤が崩壊したフランス。

––––––ざっと地図を見ながら、説明に目を通しただけでも、それほどまでに膨大で厭な内容が視界に映る。

 

「はい、ありがとうございます。では次––––––篠ノ之さん、そこから7段落分続きを読んで下さい。」

 

「はい––––––『ISの情報および機体拡散の時点でアフロ・ユーラシア大陸の大半が焦土と化し、地球人口は70億から34億にまで激減してしまっていたが、何の規定も無いまま世界中にISが拡散した結果、世界中でISを用いた紛争やテロが発生。

また、核の撃ち合いが沈静化した翌年である2012年1月29日にはウクライナおよびポーランドに侵攻したロシア=ベラルーシ連合と両国の防衛に出動したNATO(北大西洋条約機構)軍の武力衝突とバルカン諸国の紛争拡大によって【第3次非核欧州大戦】が勃発し欧州全土に戦火が拡大した。

この年にヨーロッパ連合は崩壊し、EUは【新欧州国家連合】と【西ヨーロッパ・北アフリカ共同体】、【大イギリス連邦王国】に分裂。

さらにアメリカや中国、ロシアという東西両陣営の大黒柱とも言える国家が衰退した事により、各国のパワーバランスは崩壊。

【中国自由解放戦争】や【アフリカ民族戦争】、【新生ロシア帝国復古独立戦争】などの戦争が頻発する中で東西両陣営共にこれ以上の核戦争は避けようと核兵器による決定的一撃を放つ事を躊躇した為に戦争は長期化。

更なる泥濘化と悲劇を生むこととなった。

第3次世界大戦による混乱と世界規模の紛争は白騎士事件の4年後まで続き、2014年7月25日にそれらの終息を目的として【サンフランシスコ休戦臨時条約】が調印され、同年12月29日にISの運用を規定する【アラスカ条約】と戦後復興に尽力する【アボッツフォード国際平和条約】が締結された。

白騎士事件以後の4年間で亡くなった人口は40億人近くに登った。』––––––。」

 

「––––––はい、ありがとうございます。」

––––––篠ノ之さんの読んで頂いた内容は、皆さんが基礎知識として学んで来た内容も含まれています。」

 

山田が口を開く。

 

「––––––ですが、今日に至るまで…ISがようやく運用できる代物きなるまで…膨大な犠牲が築かれました。

…ISを扱うという事は、白騎士事件後の戦災で亡くなった方々の犠牲の上を歩いて行く事と同じ……その事をどうか、理解して下さい。」

 

––––––山田の言葉と教科書の内容に生徒たちは息を呑む。

…別に知らなかったわけではない。

ただ、いざ具体的に知らされると––––––息を呑む他なかったというだけ。

 

「第3次世界大戦については次週の校外学習と7月の臨海合宿で九州に行く際に詳しく学びますので割愛しますね……でも、それだと中途半端に時間が余るので––––––第3次世界大戦後の欧州情勢に触れていきましょう。」

 

山田が言う。

 

「––––––まず、説明文にもありましたが、欧州は全面核戦争後にEU自体が形骸化してしまいました。」

 

それは恐らくEU本部の置かれていたベルギーの首都・ブリュッセルが戦術核攻撃によって壊滅したからだろう。

ブリュッセルには、ヨーロッパ全域にまたがる国際機関の本部、およびEU本部が多く置かれていた。

アメリカと欧州の軍事同盟である北大西洋条約機構 (NATO) 軍の本部もここにあり、加えて欧州原子力共同体の本部や欧州経済共同体の多くの施設なども置かれており、欧州連合諸機関との連携がとりやすいことから、欧州議会の活動の4分の3がストラスブールではなくブリュッセルで開かれるようになっていた。

…それほどまでにブリュッセルという都市はEU、引いてはヨーロッパ諸国にとって重要かつ中枢と言える存在であった。

––––––人間に例えるのなら、それは脳に相当する程の存在。

…それが突然喪われればどうなるか。

––––––人間に例えるのならば、それは脳死。即ち形骸化。

ではもしも体内の内臓同士の仲が非常に悪く、脳を喪った途端喧嘩を起こすような存在だったとしたら––––––?

 

「その後、3ヶ月程は難民の救援などに尽くしていたのですが––––––難民同士の武力衝突や武装難民と政府の衝突。ヨーロッパの火薬庫と言われていたバルカン半島の諸民族同士の武力衝突。その混乱した事態を突く形で発生したロシア軍の侵攻––––––それら様々な要因が重なり発生したのが【第3次非核欧州大戦】です。」

 

––––––長い内容だが、第3次非核欧州大戦を掻い摘んで言えばこうなる。

実際はもっと細かい話の羅列があるらしいのだが––––––道が逸れる為に割愛したのだろう。

…余談だが、第1次・第2次欧州大戦は第1次・第2次世界大戦の別名である。

どちらもヨーロッパ大陸が主戦場となった事が名前の由来とされている。

米中露3ヶ国の核の撃ち合いであった第3次世界大戦はヨーロッパが主戦場となっておらず、また核戦争は文明崩壊に陥らせる事なく鎮静化に向かった事から、第3次欧州大戦はない––––––そう考えていたのだろう。

実際、橙子も第3次欧州大戦はあり得ないと思っていたらしい––––––の、だが。

 

「この第3次非核欧州大戦は想定外であったこと、そして––––––決定的一撃を与える核攻撃を米露どちらも隠避した為、一度も核が使われず、第1次・第2次世界大戦と同じ…泥濘の戦闘が展開されました。」

 

結局––––––第3次欧州大戦は複数の要因が噛み合わさり、起きてしまった。

それは先の大戦と同じ、【非核】体制で。

結果として、それ以上の人類文明崩壊規模の環境破壊は起きなかった。

…その反面、第1次・第2次世界大戦を上回る屍の山が築かれ、血が流される事になったという。

 

「しかし、核兵器を使わなかったからこそ、それ以上の環境破壊は無かったという意見もあります。」

 

山田先生と同じ様に、『それは英断だろう』と橙子も評していた––––––『仮に勝ったとして、生存不可能な世界だけが残されても意味がない』と。

…まともに宇宙開発が出来ているわけでもないのにこれ以上の環境破壊は自分の首を締め上げるのと変わらない––––––とも。

––––––そんなものなんだろうか?ヒトはそんなに弱いのか、とその時初めて思ったのが正直な話。

––––––次に飛んできたのは、『自分が出来たから他人も出来るものだと思い込むな。』という叱責だったような気がする。

…まぁ、とにかく、第3次世界大戦と違い、第3次非核欧州大戦で核兵器が使われる事はなかった。

だから環境破壊は停止し––––––欧州各国の国家基盤崩壊によって、EUは崩壊した。

 

「ですが、非核(それ)が欧州諸国の国家基盤崩壊と、それに伴うEUの崩壊を招いたというのも事実です。

––––––こればかりは本当に難しい話なんですよね…これ以上人類が生きられなくなる世界にしてそこで死に絶えるか。あるいは故国を喪い難民となって貧困に喘ぎ続ける暗い未来を生き続けるか……難しくて、大変だったんです…本当に。」

 

心底、苦悩したであろう当時の当事者の心境を察して、山田先生は沈んだ声で言う。

それは––––––『少し違えば、日本も同じ様になっていたかも知れません。』と言外に告げていた。

 

「んんっ…山田先生––––––。」

 

––––––『感傷的になり過ぎて授業から逸れてます…。』と言外に告げる口払いを織斑先生がする。

 

 

「––––––え?あ、あ!ご、ごめんなさい、つい––––––あ、で、では授業を再開しますね!」

 

織斑先生に言われ、酷く挙動不審地味て焦り山田先生が揺れる。

 

「えっと、先のEU崩壊後の欧州情勢ですが––––––大きく分けて4つの陣営が存在します。」

 

そう言って、山田先生はプロジェクターを起動させる。

––––––スクリーン代わりの黒板に投影されるのは北アフリカとヨーロッパ・ロシアを含む欧州地図。

––––––そこに投影される、緑、水色、ピンク、赤の4色。

山田先生は投影された順に説明を開始した。

 

「ドイツやイタリア、トルコ、ベネルクス三国、デンマーク、オーストリア=ハンガリーなどを主体に中欧諸国や東欧諸国、スカンジナヴィア=カレリア連合国などの北欧および旧ロシア領、同盟関係にあるエジプト、パプアニューギニアから成る––––––【新欧州国家連合】。

スペインやポルトガル、ギリシャ、アルメニア等の南欧諸国とフランスの避退租借地があるアルジェリア、モロッコから成る––––––【西ヨーロッパ・北アフリカ共同体】。

イギリスを主体にアイルランド、ノルウェー、アイスランド…の他にもカナダやオーストリア、インドなど欧州圏外の国からも成る––––––【大イギリス連邦王国】。

国家基盤をカザフスタン国境沿いに移したとはいえベラルーシと連合関係にある––––––【ロシア連邦】。

…今欧州に展開する陣営は、これらになります。」

 

––––––もっとも、ロシア連邦はともかく、その他3大陣営は戦争関係にあったりせず、かつてのEU同様に欧州の安定化の為に行動して居ますので、特に対立関係にあるとかではありません…と、付け加えて山田先生が言う。

––––––ふと。各陣営の支配圏を見て女子生徒が何人かざわめく。

 

「––––––山田先生。」

 

それを代弁するように、神楽が手を挙げて、山田先生に声をかける。

 

「なんでしょう?」

 

「––––––フランスが3分割されているのは…なぜでしょうか?」

 

…見ると。フランスはイルドフランス––––––首都パリの所在する地域––––––を除いて。

北東部および南東部を新欧州国家連合。

北西部を大イギリス連邦王国。

南西部を西ヨーロッパ・北アフリカ共同体が支配している。

 

「これはですね…フランスは全面核戦争時による核攻撃と武装難民の蜂起などによって国家基盤が崩壊––––––つまり無政府状態となってしまった為に、各陣営が国家基盤再建の為に統治しているというわけです。

…第2次世界大戦後の東西ドイツや日本みたいなものですね。

ちなみにフランスの国家基盤の完全再建が完了した場合には即座に3大陣営は撤退することを表明しています。」

 

––––––山田先生が言う。

 

「分かりました、ありがとうございます。」

 

神楽もその答えに納得する。

––––––ちなみにグリーンランドは新欧州国家連合の領域だが、それはデンマークが新欧州国家連合加盟国だからである。

…というのも、そもそもグリーンランドは国ではない。

デンマークの領土なのである。

––––––日本で例えるならば、沖ノ鳥島とかそれくらいのド辺境かつ距離が離れている。

だからこそ、忘れられがちなのだが、グリーンランドはデンマーク領なのだ。

 

 

 

「では––––––次は日本について触れましょう。教科書40ページの部分を––––––織斑くん、読んで下さい。」

 

山田先生がそう言う。

––––––ふと、言われた織斑は嫌な汗をたらたらと流している。

 

「お、織斑くん––––––?」

 

その様子に、思わず山田先生も心配気に聴く。

 

「あの––––––山田先生、その…教科書、なんですが…。」

 

「––––––はい…」

 

「…間違えて廃品処理に出しちゃいましt」

 

「参考書に続き教本まで捨てるとは何事だこの愚弟が––––––!」

 

ばしーん!と響く織斑先生の出席簿アタック。

…イライラしている分、いつもより威力は高いのだろうか––––––織斑はその一撃で机に伏した。

…下手をせずとも彼、今ので死ぬのでは…?とか思ってはいけないのだろう、多分。

 

「全く––––––…山田先生、続けて下さい。」

 

「は、はい––––––。」

 

若干泣きそうな表情を浮かべながらも、山田先生は教科書を手に授業を再開する。

 

「えっと…まず、日本は東日本大震災直後の混乱下にて白騎士事件が発生した後、日米安保に基づくアメリカの報復核攻撃に対する報復核攻撃を受け––––––福岡市及び富山市が蒸発・壊滅。さらに東京への核攻撃…これは自衛隊の電磁波撹乱によって東京湾に落下させることに成功しましたが、湾内での核爆発により…第2次関東大震災を誘発。

––––––結果的に地盤沈下が発生し、広範囲が水没した…ということは、みなさん覚えていると思います。」

 

山田先生の解説と共に関東の地図が投影される。

 

––––––東京湾沿岸は。

東京都心江東区から千葉県船橋市に至るまでの海岸線が水没。

そのまま埼玉県川越市、埼玉県久喜市という内陸部の広範囲に至るまでの地域が突出・半島化したさいたま市を挟むように新たな東京湾海岸線となっている。

…他にも、神奈川県横浜市・川崎市や千葉県沿岸部も水没していることが確認できる。

––––––太平洋沿岸は。

いずみ市から旭市に至るまでの九十九里浜が水没。

そして利根川流域も水没し、霞ヶ浦湖や新東京湾と接続されており、利根川は利根海峡へと変貌を遂げている。

またそれによって、千葉県房総半島は房総大島へと変貌。

––––––このIS学園も、水没した千葉県館山市旧市街の上に建造されている。

…そしてこれだけ広範囲が水没したというのなら––––––膨大な犠牲者が発生した事は想像に難くない。

 

「犠牲者は関東圏だけで1000万人に登り––––––福岡市と富山市の犠牲者も合わせれば、1200万人。

さらに半年後に起きた日本・ロシアによる《新潟強襲上陸攻防戦》と松島・石巻沖地震、北九州大震災によって発生した犠牲者も含めると––––––犠牲者は1600万人に登ります。」

 

––––––1600万人。

第3次世界大戦の犠牲者に比べれば大したことはないだろう。

だが、どちらにしても途方も無い数である事は変わらない。

…その事実を叩きつけられ、少女達は戦慄する。

––––––ふと。

 

「そういえば、夜竹ちゃん、富山市の生まれだった…よね?」

 

そんな会話が聞こえる。

そちらに顔を向ければ、黒髪にショートヘアの【夜竹さゆか】という少女に問いかけるクラスの女子が一人。

 

「今は従兄弟の男しか家族いないんでしょ?大変だよね、男なんかと––––––」

 

そして話しかけている女子は女尊男卑主義らしく、マイペースに夜竹に話しかける。

––––––しかし。

 

「––––––やめて…!!」

 

ばんっ、と机を叩く音と。

がたんっ、と椅子を突き飛ばすように立ち上がる音を響かせながら。

ギロリと、話しかけてきた女子を睨みつける。

––––––夜竹は、富山核攻撃時の記憶を思い出したく無いが故の行動。

––––––女子は、それを従兄弟を馬鹿にされて怒ったと誤解して。

 

「––––––授業中に私語を話すな。」

 

頭痛を堪えるように、呆れたように声を放つ。

そして、夜竹に話しかけた女子を見ながら。

 

「…それと––––––他人には思い出したく無い事があるぐらい察しろ馬鹿者。––––––山田先生。」

 

––––––女子に釘を刺しながら、山田先生に授業の再会を促す。

 

「––––––はい。」

 

今度は焦燥で取り乱すわけでもなく、泣きそうな顔で応じるわけでもなく。

––––––夜竹の事情を察したのか、半ば同情的な感情を浮かべながら。

 

「…では、次––––––40ページの次の章を…四十院さん、読んでください。」

 

「はい––––––『第3次世界大戦による混乱は白騎士事件の3年後まで続き、米英仏・中露の核の撃ち合いや東京・福岡・富山への核攻撃で津波と地盤沈下に伴う沿岸都市の水没。ロシア帝国復興独立戦争、第3次非核欧州大戦、中国自由解放戦争など世界規模の紛争が相次ぎ2014年7月25日にそれらの終息を目的として【サンフランシスコ休戦臨時条約】・ISによるこれ以上の被害を無くすべく【アラスカ条約】・各国の軍事行動監視と国際復興協調路線を図る【アボッツフォード国際平和条約】が締結された(戦後3大平和条約)。

しかしサンフランシスコ臨時休戦条約を経た後でも各地で紛争が相次いだ他、ISによる各国の更なるパワーバランス崩壊を招いた為、日本政府は陸海空自衛隊の空白を補完し、本土防衛を成す為に新たに【戦略自衛隊】を設立した。』」

 

––––––サンフランシスコ休戦臨時条約。

白騎士事件の3年後まで続いた第3次世界大戦による混乱…米英仏・中露の核の撃ち合いに始まり東京・福岡・富山への核攻撃、ロシア帝国復興独立戦争、第3次非核欧州大戦、中国自由解放戦争など相次いだ世界規模の紛争終息を目的として2014年5月16日に調印された条約。

––––––アラスカ条約。

世界大戦やテロ、ISの過剰保有による各国のパワーバランス崩壊を抑制・尚且つISによる戦火の発生を阻止することを目的に2014年7月25日に調印された条約。

––––––アボッツフォード国際平和条約。

国際連合本部を壊滅したニューヨークからアメリカ・カナダ国境のアボッツフォード市に移転する内容と。

各国の軍事行動監視と国際復興協調路線を確立すべく、各国の軍隊から抽出された戦力を指揮下に置く、国際連合平和維持軍を常設の軍隊として編成する条約。

…それらが【戦後3大平和条約】と呼ばれものだった。

だが、戦後3大平和条約が完全に機能しているかと言われれば、そうでもない。

現に、第3次世界大戦と戦後3大平和条約調印を経た後に台湾と中国の軍事衝突と朝鮮半島の戦火が拡大した。

ついでに言えば、大戦で既に荒廃していた各国のパワーバランスは、ISによって更なるパワーバランス崩壊を招いた。

そして陸海空自衛隊を国連軍として海外派遣に引き抜かれた状況から警戒心を覚えた日本政府は陸海空自衛隊の空白を補完し、本土防衛を成す事を目的に新たに【戦略自衛隊】を設立した。

…ある程度は抑止力として機能しているだろうが、完全に効果を発揮していない…というのが現実であった。

 

「––––––はい、ありがとうございます…。」

 

神楽の説明が終わるや否や––––––終業のチャイムが鳴る。

 

「あ、まだ途中なんですが––––––まぁ、良いか。では今日の授業はここまでです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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神奈川県旧箱根町

首都東京都直轄自治体「新東京箱根市」

同市直下・地下大空洞(ジオフロント)

 

白騎士事件後の大戦で壊滅ないし荒廃した日本で「地方自治体再編計画」および「政府機関分散配置計画」に基づき統合された神奈川県旧箱根町、旧小田原市、旧南足柄市、旧湯河原町、静岡県旧御殿場市から成る新興自治体。

旧箱根町仙石原を中心に高層ビル群が立ち並び6車線道路が碁盤目に走る、その真下。

地下には直系6km、高さ0.9kmもの箱根大深度地下大空洞が広がっている。

環境省の調査によると、過去の火山活動によって形成されたもので、さらに空洞天井部は水爆級核兵器の直撃にも耐え得ることが確認され––––––そこに、東京から分割移転された行政府を置くことが決定された。

芦ノ湖北岸の集光ビル(巨大反射鏡)から反射・増幅された光はこの地下にも人工の太陽光を照らし、人造の緑地が広がる地下世界に円柱状の複合ビルが一棟。

政府合同庁舎––––––防衛省箱根分庁舎・戦略自衛隊本部および国連・WERC(世界均衡再建委員会)直属特務機関VARGE(ヴァルゲ)日本臨時本部が置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

政府合同庁舎ビル・防衛省箱根分庁舎

戦略自衛隊司令部/VARGE日本臨時本部

––––––第1食堂

 

人工の空から作り物の陽光が降り注ぐ、空港のロビーめいた広い空間。

木製の床とその上には白く清潔感に満ちた、無機質な椅子とテーブルが整然と並ぶ。

吊り合わないように見えるその光景は、しかして奇妙なまでに落ち着いた雰囲気を展開していた。

昼下がりのその場所は閑散としており、デスクワークに勤しむ職員がポツポツと座しているだけである。

––––––その中に一人。

包帯を両腕に巻き、医療用の眼帯を左目に巻いた––––––少年とも老人とも言える奇妙な雰囲気を放つ男性が座していた。

…ふと、その対面する椅子に座した男性が。

 

「––––––夜竹、IS学園を強襲した機体の話、知ってるか?」

 

少年とも老人とも言える奇妙な雰囲気を放つ男性––––––【夜竹(やたけ)アキラ】三尉に問いかける。

…それに、アキラは反応して。

 

「––––––ええ。仮称・ゴーレムとヴァルチャーでしたっけ?

ヴァルチャーの方は篠ノ之博士が嬉々として解析してましたよ。そんで、滅茶苦茶殺意を込めて解体検査(バラ)してました。

––––––気持ちはすごく分かりますけど。」

 

務めて平静に、しかし今すぐにでも殴りたい衝動を孕んだ瞳で––––––アキラは応じる。

両者の反応はある意味当然と言える。

…束的には、天災と何処の馬の骨かも分からない輩が引き起こした事態に家族である()が巻き込まれた事に対する憤り。

…アキラ的には、その感情に対する共感。

彼自身も天災と何処の馬の骨かも分からない輩のイザコザに自分の唯一生き残った肉親(・・・・・・・・・)たる【義妹(さゆか)】が巻き込まれた身であるが故に、憤りを浮かべている。

––––––それを前にして。

アキラの眼前に座する中年男性––––––しかし年齢を感じさせない鍛えられた肉体がBDU(戦闘服)の下に在る––––––は苦笑する。

 

「だよなぁ…広域情報通信班の相川さんもそんな反応だったぞ。

それはそれはエラい剣幕を浮かべて、IS学園に苦情入れてたからなぁ––––––国連名義で。」

 

中年男性––––––坂城秀秋(さかき・ひであき)三佐は白髪混じりの髪を指で掻きながら、しわがれた声で笑う。

 

「国連名義––––––なるほどやりますね。彼女。」

 

相川さん––––––相川早苗は、VARGE日本臨時本部の広域情報通信班…すなわちオペレーターで、一人娘がIS学園に通う事になってが故に学園へ預けている身でもある。

そしてVARGEは国連直属組織。

––––––母親として娘の身を脅かす事態を招いた学園に苦情を入れると同時に、国連直属組織としての正式な抗議も入れたのだろう。

…VARGEと同じく国連直属の機関であるIS学園にとって、他の国連直属組織に茶々を入れられる事態は屈辱であると同時に危機でもある。

––––––それは自らの支持基盤を日本国内で失墜させるだけでなく、国連内でも失墜させる可能性があるからだ。

…そうなれば何が起こるかは容易に想像できる。

––––––まずは学園の独立自治権の破棄。

––––––国連・日本政府による保護の破棄。

––––––最後に国連に指揮権の移譲。

––––––これを断るようならば実力行使による制圧…も、有り得ない話ではない。

…無い話であって欲しいが。

何しろ、そこには––––––家族(さゆか)がいる。

こちらからすれば、学園に人質を取られているに等しいもの。

武装中立国家(・・・・・・)たるスイスに習った(・・・・・・・)憲法・法律改正に伴う16歳から18歳の未婚男女への2年間の兵役義務––––––事実上の徴兵制復活に際して、家族(さゆか)も徴兵対象となった。

…富山核攻撃や北陸攻防戦という戦争の隣にいたさゆかが兵役を課せられるというのは…安定しない国勢を見れば仕方ない。

だが––––––家族を全員核攻撃で喪い、銃弾や砲弾が飛び交い爆弾が降り注ぐ新潟の戦場で肉親が自分だけになった時(俺の家族が空爆で爆殺された瞬間)を目の当たりにしたあの子に。

––––––戦災孤児として廃墟を転々とする生活の果て。飢餓や脱水症状に苦しむ地獄を過ごし、眼前の男・坂城三佐に拾われて、平和な日々の中でようやく人らしく戻れたあの子に。

…もう一度、戦場の空気に触れろという。

––––––それは余りに酷な話だ。

確かに1人でも多くの人材が必要なのは理解している。

それは国内情勢のみならず国際情勢の観点から見ても、だ。

––––––もちろん、駄々を言ってはならないと理解していながらも、さゆかはソレを拒んでいた。

だから彼女を少しでもこう言った戦場に近しい場所から縁遠い進路に行かせられないか…という考えから。

同時にIS適正が発覚した事から––––––進路をIS学園に彼女は選んだ。

……ところが蓋を開けてみればどうだ。

一生徒として安全を確保して貰えるどころか人権のじの字すら拝めるか怪しい環境ではないか。

…兵役と半ば人権無視。

––––––これではどちらも大差ない。

…こんな時代だから満足など言えないし、俺の考えは傲慢かつワガママなんだろうが……どうしたものか。

 

「おう、【相川清香】だったかそんな名前の娘がいるらしいからなぁ––––––母は強しって奴だ。」

 

––––––なんて、自分の心労も考えずに坂城三佐はからからと笑う。

…まぁ、戦自にいる間は国体を維持することで平和を与えてやる事しか––––––さゆかには出来ない。

だから今は自分に出来るだけの事をやる。

そのつもりでキツい戦地に赴いたりエグい部隊に行ったりもしたし––––––まぁ、今回のは完全に想定外だったが。

 

「––––––ま、話を戻すが……閃龍はどうだ?」

 

––––––坂城三佐の問いに、自分/アキラは思わず頭を抱える。

…閃龍というのは、対IS・対無機物擬似生命体を想定して開発された重歩行駆逐戦機。

––––––歩く戦闘砲台だといえば伝わりやすいだろうか。

…まぁ、勿論そんな特異な装備が並みの人間が考えるような代物なワケがなく––––––。

 

「––––––正直、扱いに難があります。」

 

言葉を選んで、アキラは言う。

…その口調は濁しながらもハッキリと否定的な声音で。

––––––急な挙動や過剰出力。

––––––操縦者が追随出来ない反射速度。

––––––操縦者にかかる大量のGによる過負荷。

––––––操縦者への生体保護面と燃費から継戦能力は15分が限界。

…正直、どれを取っても欠陥兵器…ゲフンゲフン––––––欠陥「装備」である。

…閃龍を運用する第3技術実験団としても、これ以上は勘弁して欲しい…というのが本音である。

動かす度に負傷するような装備ではマトモに長期戦すら出来やしない。

––––––実際、今現状のアキラの傷も閃龍の機動実験時の負傷である。

…腕の骨が折れた程度だったのは幸いだが、次もこうであってくれる保証はないというのが辛いところだ。

––––––それらの欠陥点に目を瞑れば、良い機体なのだが。

こう––––––痒いところに手が届かず、代わりになるモノを探しても見つかっていないような状況にあるというだけで。

––––––ふと。

 

「––––––ここ、よろしいですか?」

 

缶コーヒーを3本持ち、2人を見下ろす女性––––––天才・篠ノ之束が一人。

 

「「どうぞ、篠ノ之博士」」

 

思わず2人は同じタイミングで応答してしまう。

––––––では。と三人分のコーヒーと、閃龍に関する書類をテーブルに置き。

 

「––––––閃龍の改良修正プラン、完成しました。」

 

束が言い放つ。

その言葉に2人は書類に目を落とし––––––。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

◆「閃龍」改良修正プラン

●要点

⚫︎IS学園にて試験中の「紫龍」および「朱雀」の運用データの反映。

⚫︎鹵獲・解析した不明IS「ヴァルチャー」より回収・再現した《超電磁装甲体》実装による操縦者保護能力向上。

⚫︎同じくヴァルチャーより回収・再現した《重力偏向能力》実装による耐G性能および積載量の向上。

⚫︎主機システムを大容量バッテリーからNNリアクターに換装。

⚫︎仮称:クロサカ・チヒロより抽出・生成した【ロンギヌスの槍】実装。

同時に本装備を武装としてのみならず補機システムとして使用。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

––––––前回より問題が解決しつつあることを喜びと共に、所属不明機(ヴァルチャー)の技術を使うのか…という不信が芽生える。

 

「…お2人の言いたいことはよく分かります。

––––––ただ、それを言い始めたらキリがありません。」

 

––––––何しろIS自体、不信の塊ですから。

…申し訳なさそうに、しかし確かに––––––仮にもIS開発者である天才・篠ノ之束はそう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 




––––––【予告】
●橙子(眼鏡on)
「襲撃から2日、学園に不信を抱きつつも生活をする箒と全く空気を読まない千尋」
●アキラ
「一方、新東京箱根市(どう見ても第3新東京市です本当にry)では改良された閃龍の起動実験と共に何処からともなく無機物擬似生命体(イマージュ・オリシス)が飛来する」
●橙子(眼鏡off)
「学園、天災、国連、戦自に加えて亡国機業すら動き出した中、さらなる劇薬がフランスより学園に投下される」
●神楽
「次回、シン・インフィニットストラトス、『貴公子、転入/異形、迎撃』。」
●箒
「さ、さてこ、この次も––––––サービス、サービス⁈」

千尋「…なぁにコレ。」

茶番です。

千尋「見れば分かるよ。」


––––––さて、今回はここまでとなります。

序盤はシン・ゴジラの牧教授の自分なりの解釈だったり…()

…話の流れは基本ギャグっぽくしたい所存ですが……世界観だけ無駄に暗くしちゃったんだよなぁ…()
そして最後に登場した【夜竹アキラ】ですが…原作でサブキャラ(モブキャラ?)だった【夜竹さゆか】の義理のお兄ちゃんになります。

––––––次回も不定期ですが、極力早く投稿致しますので、次回もよろしくお願い致します。






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EP-15 貴公子、転入/異形迎撃

やっちまった…今回エヴァ成分が強過ぎる…(なんでこうなった)。

とりあえず第15話ドウゾ…。







同日・午後6時30分・生徒寮2016号室

 

千尋と箒の暮らす部屋––––––そこは今、混沌と化していた。

女子五人と男子一人がテーブルを囲み、テーブルの上には、プリントや教科書が散乱していた。

…つまり何をしているかというと。

––––––中間テスト対策の試験勉強大会である。

いざISの訓練に追われる日々を過ごしていたのだが––––––学生の敵たる定期試験がやって来た為に、赤点を回避しようと1ヶ月前から足掻いているのだ。

…早過ぎるだと?

こうでもしなければ余裕をもって頭に入れられんのだ馬鹿者!

…思わず箒は、頭に叩き込むべき内容を前に頭痛を覚え––––––幻聴を聞いたのか、内心独言る。

 

「箒、箒––––––。」

 

––––––ふと、隣から千尋の声がして。

 

「なんだ⁈」

 

––––––分からない場所でもあるのか!?と振り向いて。

…折り紙が視界に映る。

 

「千羽鶴〜〜〜。」

 

丁度千匹目の鶴を繋ぎ終えたんだ〜と、のほほんとした雰囲気を纏いながら。

何処と無く笑っているような顔で、少し自慢気に言ってくる。

だがそれに箒は––––––

 

「––––––は?」

 

思わず思考が凍結する。

そして一瞬後、感情が沸点に到達し。

凍結された思考は融解するどころか、もはや蒸発する。

…こんなにも死に物狂いで暗記をしている最中だと言うのに。

…隣に座る千尋は勉強用に持って来たメモ紙で折り鶴を作る始末。

いや、見事だ。

千羽鶴の出来は見事なのだが––––––直後、箒の怒りは臨界を超過して。

 

「千尋––––––––––––…!」

 

低い。

震える声が大気に揺れる。

––––––直後、

 

「真面目に––––––」

 

右手に力が篭る。

それは指による刃を形成し––––––

 

「勉強を––––––」

 

右腕が振り上げられる。

それは、釘を打ち付ける金槌のように––––––

 

「せんかァ––––––––––––ッ!!」

 

––––––流星の如く振り下ろされた手刀が、千尋の脳天を直撃した…‼︎

…そして、一瞬後のそこには。

プシューという煙を脳天の直撃箇所より上げる千尋と––––––

 

「––––––!…ッ、〜〜〜〜〜〜!!」

 

想定以上の硬度だった千尋の石頭に叩き下ろした手刀への反動。

痛み(それ)に対して悶え転がる箒だけが、そこにあった––––––。

 

「箒、大丈夫?」

 

「う、ぐぐ––––––これが…大丈夫に、見えるか…?」

 

「ううん、全然。」

 

––––––凄く痛そう。と付け加えながら千尋は相変わらず、何処と無く笑っているような顔で即答する。

 

「だろうな!気がおかしくなるくらい痛かったから!!」

 

未だに痛む手を摩りながら、箒は怒鳴る。

その手を––––––

 

「––––––ん。」

 

千尋は両手で包み込む。

––––––それは、少し適当感に満ちていて。

––––––しかし、優しさを溢れさせていて。

そして––––––泣き噦る赤児を宥める母親のような声で、

 

「痛いの痛いの––––––飛んでけっ…‼︎」

 

––––––幼い子供を泣き止まさせる儀式を行う。

 

「––––––え、は…?」

 

––––––だが流石に齢16にもなる箒は絶句する。

そも、同い年の男子にそんなことをされるなんて全く想定外でというか今時の思春期を過ぎて穢れを知った筈の年頃の子がこんな純粋めいた幼児らしい無垢な対応をするなんてこれまた完全に想定外でというかこんな事を相手にして恥ずかしくならないのかという疑問まで沸々と湧いて来ていや私も恥ずかしいよお前は何をやって––––––ああ、もう…‼︎

 

思わず顔を赤らめながら、顔を隠すように手を出して、

 

「お前、なんて…恥ずかしい事、してるんだ…高校生にも、なって……。」

 

羞恥心に揺れる声音の中。

せめてもの抵抗に––––––声を放つ。

 

「えへへ…でも、痛いのは和らいだでしょ?」

 

千尋はそれで––––––心の底から笑っているような表情を浮かべて、応える。

…確かに。

羞恥心が遥かに増幅されたおかげで、痛みに対する意識はだいぶ削がれたし、削がれていた間に痛みも引いたらしい。

…計算して、あの行動をとったのだろうか。

だとしたら、それはそれで大物だ。

だけど多分––––––

 

" ––––––いや、それだけは絶対に無い。コイツは純粋無垢に考え無しなままやっただけだ。"

 

––––––そう、本能が訴える。

そして–––––– " ああ、コイツはこんな奴だったな。" と思わされる。

…その、あまりにも馬鹿馬鹿しいソイツを久しぶりに見たような錯覚を覚えて。

 

「––––––うるさい、ばか…。」

 

絶対照れてなんか見せてやるものか、とそっぽをむいてあしらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––直後。

ふと、校内放送が入る。

 

『緊急連絡、緊急連絡。現在日本政府より非常事態宣言が発令されました、各生徒は速やかに自室へ待機して下さい––––––繰り返します。』

 

「…また無機物擬似生命体(イマージュ・オシリス)か?」

 

放送に対して、箒が口を開く。

 

––––––無機物擬似生命体。

 

絶対天敵(イマージュ・オリシス)、なんて大層な名前を持ち、通常兵器を無力化する虚空結界を展開する。

そしてそれに有効な打撃を与えられる手段はISしかないとされる––––––地球外生命体…らしい。

らしい––––––というのは、これもまた橙子の意見であるが、つまりは疑念だ。

国連––––––特にIS委員会は『世界災厄と定義すべき事態』と言っているが妙に興奮気味に言っている。

これは当初戦後処理によって全世界を掌握する勢いになるハズだったISが妙に落ち目になってしまったことを挽回する機会だと捉えているということ。

 

『まぁあんな器の知れた連中なんかどうでもいい。』

 

なんて、橙子は言っていたけど本当にそうなんだろう。

だってその在り方は、死体に群がる雑魚そのものだ。

––––––またIS無しに撃破に成功した無機物擬似生命体も存在すること。

––––––天敵である筈のISがある場所を、さながら自殺でもするかのように、何故か目指している事。

––––––そして無機物擬似生命体の遺伝子構造が地球上に生息する各種生物と完全に一致したこと。

…まぁ、地球生命のご先祖様––––––と考えればロマンのある話だ。

だが、橙子曰く遺伝子の繋ぎ目が粗雑過ぎるのだとか。

––––––故に、『地球外生命体として見るのは疑え』と言っていた。

…まぁ正直そんなのどうでも良いのだけど。

でも––––––最近は、その無機物擬似生命体が変質しているような気がして。

 

「ふーん…でも、多分––––––」

 

何処と無く笑うように、けれども醒めた目をして、

 

「狙いはIS学園でも東京でもなくて、箱根じゃないかなぁ……」

 

" ––––––あそこには、(身体)があるから。" と内心付け足し、千尋は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––同時刻。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

 

 

 

神奈川県旧箱根町

日本政府直轄第3首都・新東京箱根市

 

深緑の山々に囲まれた台地。

そこに聳え立つ人造の大地と白灰色の高層ビル群。

箱根山外輪山(カルデラ)一帯と御殿場・小田原・南足柄・熱海市一帯を収める巨大都市。

ここには今––––––国家非常事態宣言が発令されていた。

––––––鳴り響くサイレン。

––––––特に慌てる様子も無く指定の避難施設へと急ぐ一般市民達。

––––––訓練通りに避難誘導に当たる警察官や自衛隊隊員。

概ね順調。予定通り無事、と評するに相応しい結果を残し、地表より人が消える。

残るは静寂と。

それを破るかのように、遠方より轟く爆発音。

そして––––––人影のない街に、再びサイレンが鳴り響く。

同時に、市内放送のアナウンスが流れ出し、

 

『新東京箱根市よりお知らせします––––––都市防備条例に基づく、甲種可動式建造物群の収容を開始します繰り返します。都市防備条例に基づく……』

 

 

『仙石原中央区、収容開始。続いて各区、順次収容開始––––––新東京箱根市、戦時形態に移行します。』

 

 

解除される閂式施錠型第2安全装置。

開錠されるストラクチャー基礎梁固定用熱間圧延異形棒鋼式大型ロックボルト。

同時に、各区画懸垂式高層建築物群が稼働を開始––––––。

––––––立ち並ぶ摩天楼(高層ビル群)が、地底めがけて沈降を開始した……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同・直下

箱根大深度地下空間(ジオフロント)

戦略自衛隊箱根駐屯地

日本政府・国連共同庁舎、第1作戦発令所

 

 

情報の群れが次々と主モニターに投影されていく。

 

 

【第1-第8ミサイル垂直発射装置ビル群(Mk.41垂直発射システム及びOPS-24艦載用アクティブ・フェーズドアレイレーダー流用型)】

––––––起動完了(ACTIVE)

【第1-第17四連装大口径自動砲塔プラットフォーム構造物群】

––––––起動完了(ACTIVE)

【第1-第10三十二連装高射砲塔C型(OTOメラーラ127ミリ速射砲流用)】

––––––起動完了(ACTIVE)

【第1-第9射撃支援用垂直回転式駐車場構造物(PAC-3ミサイル流用)】

––––––起動完了(ACTIVE)

【第1-第3大型共同住宅擬装型砲撃システム構造物(46センチ艦載砲転用)】

––––––起動完了(ACTIVE)

––––––全種兵装システムビル稼働確認。

––––––要塞システム稼働率7.02%。

––––––別命あるまで待機。

 

 

無数に流れ来る情報を睨みつけながら––––––束が口を開く。

 

「––––––避難の具合はどう?」

 

「新東京箱根市は平時形態から戦時形態に移行完了、市民の方も––––––全員避難先で点呼完了・安否確認済みとの報告が上がっています。」

 

「了解––––––オラティオとアラトラムの動向次第で状況変わるかもだから、現場各スタッフにはそう伝えといて。」

 

––––––監視対象オラティオ。

––––––監視対象アラトラム。

衛星軌道上に展開している1.5km〜3kmクラスの物体だ。

原理不明の推進機構で標的上空へ移動し、質量投下の容量で無機物擬似生命体を地表に降下させる、リンゴの芯を中間で真っ二つにしたような形状をしているモノ。

無機物擬似生命体の母船であるという説が有力だが、詳細は不明。

調べようにも全面核戦争の戦後処理によって今後30年以上は人類は宇宙に進出するだけの力が無い上に既存の衛星は対地観測に全て使っている為に、調査に回す予備が無い。

故に調査は出来ていない。

…閑話休題。

それらが後続を出すか否かで、今後場合によっては箱根山一帯を無期限全面封鎖をする事になる。

––––––もちろん、後続が出たとしてもそれほど長期間戦闘が続くわけではない。

…今出撃している国連軍IS部隊と戦自IS部隊による迎撃戦が予定通り降下直後を殲滅し、仙石原区が戦場にならず、更なる後続が確認出来ないのであれば––––––非常事態宣言はすぐにでも解除。

その後12時間の警戒勧告を経ても何も無いならば戦時形態を解除––––––平時形態へ戻すことになる。

…だがそれは仙石原が戦場にならなかった場合の話。

仙石原が戦場にとなれば、高確率で無機物擬似生命体の残骸が残留する。

無機物擬似生命体の残骸が残留している以上、残骸から有毒物質が発生する可能性がある。

残骸回収と有毒物質の有無確認、場合によってはその除染––––––それを考慮した上で非常事態宣言発令継続による箱根山一帯の無期限全面封鎖を想定しているのだ。

 

「了解––––––」

 

ふと、遅れて発令所に入って来る人影が一人。

 

「…遅いですよ。」

 

「すまん。言い訳はしない––––––状況は?」

 

元陸自統合幕僚運用第1課・現戦略自衛隊国際共同師団作戦戦術第1課課長こと袖原泰司1佐が問う。

––––––それに相川が応える。

 

「軌道上、監視対象オラティオからのL.L.M.(無機物擬似生命体)軌道投下です。

第1波は駿河湾に着水––––––現在国道1号線沿いに新東京箱根市へ侵攻中…!」

 

「IS部隊の展開は?」

 

「国連厚木基地所属の第11空中機械化歩兵中隊と在日米軍キャンプ座間から第31空中機械化歩兵中隊が函南町に展開。

他にも陸上・戦略自衛隊滝ヶ原駐屯地および富士駐屯地から第14空中機械化歩兵と第5統合騎兵小隊が裾野市に展開しました。」

 

「…《あかしま》も出てるのか。」

 

––––––4式統合機兵「あかしま」。

現在IS学園で試験中のAIS同様対ISを想定した、EOSを基礎とする機体。

陸戦と空戦を熟す汎用機でもあり、陸上では二足歩行戦車形態による主力戦車としての機能。

空中では空中砲艦形態による攻撃機としての機能を持つなど、既存兵器の中でISに追いついた一例と言える。

耐G関連の問題から空戦がそう得意ではない事を除けば、火力・出力・防御力・継戦能力など汎用性の面はISを凌駕している。

だが––––––空戦が得意ではないという弱点の克服こそが求められる要素である為、100機程度の配備と同時に本機の代替機が求められた。

…その運用データを基にAISや要塞戦機が開発されたのだが、それはまた別の話。

––––––空戦こそISに劣るが、火力の低いISの支援機としてならば、《あかしま》程ベストな機体はない。

 

「はい––––––引き続き、陸上自衛隊立川駐屯地や戦略自衛隊上砂駐屯地、航空自衛隊入間基地、在日米軍横田基地、相模原補給基地、国連・海上自衛隊横須賀基地にも増援を要請する方針です。

それと––––––【閃龍】の出撃する可能性があります。」

 

束が言うなり––––––思わず袖原は渋い顔を浮かべる。

 

「––––––この間の高機動試験で夜竹を殺しかけたのにか?」

 

「…アパッチ並みには、使えるようにしてあります。」

 

…その反応は最もだ。と、ある程度予測していた束は口を開く。

 

「––––––だといいが。

…どちらにせよ、要塞戦機出撃が必要となる事態となると箱根山外輪山(カルデラ)内に侵入を許した場合だから被害が甚大化した後だ。––––––出撃しない方が良いに越したことは無い。」

 

「––––––違いないです。アキラ君を危険に晒すのもですけれど…被害が拡大すると財務省が口煩いですし。」

 

––––––ふと。

その会話をぶつ切りにするように、オペレーターの報告が入る。

 

「––––––無機物擬似生命体、箱根峠防衛ライン突破!カルデラ内に侵入します‼︎」

「––––––元箱根児童公園・第3大型共同住宅擬装型砲撃システム構造物、火綱第16四連装大口径自動砲塔プラットフォーム構造物群、迎撃開始。」

 

思わずその事態に袖原は舌打ちし、口を開く。

それにオペレーターが応える。

 

「噂をすれば影––––––か。展開していたIS部隊は?」

 

「第11空中機械化歩兵中隊、第31空中機械化歩兵中隊共に全機撃墜––––––第14空中機械化歩兵および第5統合騎兵小隊は防衛拠点であった裾野駐屯地より追撃開始。

…ですが間に合うか––––––。」

 

「––––––都市防衛設備の稼働率は7%程度…足止めすらできない現状、これは出すしかないな…。」

 

––––––苦渋を舐めたように渋りながらも、袖原は呟く。

 

「直接戦闘はさせません––––––予定通りにアレを使うだけです。」

 

––––––ふと、立体型投影モニターに映した物体に顎をしゃくりながら束は告げる。

 

「––––––正規16式形象崩壊槍(ロンギヌス・ランス)か…だがその槍はアレ(・・)の背ビレだろう、人間に使えるのか?」

 

「使えなくはありません––––––多少のリスクは伴いますが。」

 

––––––ですが迅速に事態を収束させるには、これしか有りません。

…そう口にして。

 

「––––––了解だ。」

 

ジオフロントや都市の地下鉄などには避難民が多くいる。

なんにせよ、ここに来るならば––––––

 

「都市到達前に迎え討つ––––––閃龍起動!湖尻水門への配備いそげ‼︎」

 

––––––袖原が発破をかける。

それを合図に、機械仕掛けの巨獣(・・・・・・・・)を支える全ての部署が開く。

最後のワンコマンドで待ち受けていたアキラが閃龍を即座に立ち上げた。

––––––その右手には、赤い紅い朱い。

––––––螺旋の槍を人造の手で握りしめながら。

 

 

 

 

警報が発令所に鳴り響く中、情報局二課の霧嶋二尉が外線を切り、振り返りながら報告する。

 

「横浜の在日国連軍司令部が協力を打診して来ました!既に入間・厚木基地から戦略爆撃機が発進準備中とのことです‼︎」

 

「––––––それ、逆さに読むと " ざまぁみろ " なんだろ。」

 

その報告に、袖原が明らかな嫌悪感を孕んだ声音で言い放つ。

続くように束が口を開く。

 

「連中はその気になれば、NN兵器やS11兵器で第3分散首都ごとL.L.M.(無機物擬似生命体)を吹き飛ばすつもりよ。

【連合国仲良しクラブ】に介入される(茶々を入れられる)前にサッサと片付けましょう。」

 

––––––辛辣かつ過激に尽きる言葉。

だがそれは、的を得ていると言える。

未だに日本が敵国条項に登録されている以上、日本国は国連から見れば仮想敵国も同然。

ヘマをするようであれば本格的に介入。

そして手を抜く必要もなく、同時に本格的駐留という名目での事実上の侵攻と独立主権の剥奪も最悪有り得るだろう。

日米安全保障条約によって同盟関係にあるアメリカと。

第2次日英同盟によって同盟関係に至った大イギリス連邦はともかく。

国家基盤の崩壊によって力を失ったフランス。

未だ日本を仮想敵国と睨み続ける中国・ロシア。

––––––多種多様な思惑を抱いた、第2次世界大戦の勝者が支配する組織。

それが国際連合の実態でもある。

そして曲がりなりにも国連直属でありながら指揮権を仮想敵国であるはずの日本が握っているヴァルゲ機関は、彼らからすれば忌むべき存在なのだろう。

––––––主に東側は。

だからこそ今回の殲滅戦が失敗すれば、本格的にロシア・中国あたりが国連の名の下に乗り込んでくる可能性がある。

今は外務省同士による外交が行われるが、肝心の外務省があまり効果的に機能したと言える事例は少なく、ロシア・中国の介入を許す可能性が非常に高い。

 

「––––––まだマシです。今はまだ、在日米軍がどうにか足止めしてくれてますから。」

 

ですがそれも10分程度が限界です––––––霧嶋がそう付け加えながら告げる。

 

「––––––だそうだ。聞こえたな、夜竹。」

 

主モニターに映る––––––銀䋝の巨獣を睨みながら、袖原が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

––––––芦ノ湖北岸・湖尻水門

 

平川と芦ノ湖を繋ぐ水門が開かれる。

…同時に、水門の先に見えた地下坑道(トンネル)の果てより、12000枚の耐熱耐弾耐核装甲体によって身を包んだ巨獣がリニアカタパルトごと打ち出され––––––

 

「ッ……‼︎」

 

––––––(ごう)ッ、と何十メートルにも及ぶ水柱を巻き上げる。

衝撃のあまりにアキラは声を漏らす。

それはまるで、遊園地の急流すべりがコースの果てに、水面へ叩き付けられたように。

ジオフロントより地上へと––––––閃龍は顕現した。

…機体を起こし––––––事態を直視する。

眼前にて侵攻中の無機物擬似生命体が1体。

それを囲むように迎撃を展開している戦自のIS部隊と統合機兵部隊。

そして、

––––––その右手には、赤い紅い朱い。

––––––螺旋の槍を人造の手で握りしめながら。

…それだけならば良い。

無機物擬似生命体を前にして、思わず操縦桿を握るアキラの手に力が篭る。

 

" ––––––、––––––––––––! "

 

頭に響く。

咆哮めいた声。

言語化なんて出来ない音。

音の主は言うまでもなく、このロンギヌス・ランスである。

 

「––––––気持ち悪…ッ!!」

 

思わず、アキラは愚痴る。

この槍––––––便宜上、誰もがロンギヌス・ランスと読んでいる槍状の物体は。

…その実、武器ではない。

––––––否、武器として機能はするがそれは二の次三の次。

所詮は副産物に過ぎない。

これは––––––無数の極限環境微生物が集合して形成された、槍状のコロニー。

言ってしまえばバクテリアの塊である。

 

…はっきり言って、異常だ。

閃龍を形成する技術も、ISを形成する技術も、恐らくは科学によって構成・累積されてきた文明の結晶。

––––––だがこれはどうか。

まるっきりヒトの理解を度外視した存在だ。

…そもそも作った奴が理解しているかさえ怪しい程に。

 

『ですがそれも10分程度が限界です––––––』

 

ふと、発令所と繋がっていた無線の先。

霧嶋がそう告げる。

 

『––––––だそうだ。聞こえたな、夜竹。』

 

無線越しに袖原が口を開く。

 

「––––––はい。」

 

––––––応答。

同時に視界に映る、空飛ぶオウムガイめいた形状の無機物擬似生命体。

それが今回の敵。

ふと––––––ソレが口を開いたかと思うと、そこより蛇のように蠢き畝る、触手を放つ。

触手の群れは各々が槍のように、針のように芦ノ湖の湖面を突き破り湖底の泥を巻き上げる。

––––––巻き荒れる湖面の荒波。

幾多にも捲き上る水壁。

それを貫くように乱舞する触手。

高速で放たれた凶器は閃龍の装甲表層部を攫っていく。

それをアキラは閃龍の脚部スラスターを吹かしながら躱しながら––––––攻撃態勢に移行する。

 

機体の動力ラインが変質する。

NNリアクターという科学の象徴が別のモノと連結する。

秒速10メートルで機体巡るエネルギーが架空の元素と混じり合う。

装甲は補強され、1万ダースの未知の粒子が秒速1500kmで表面に巡らせる原理不明のシールドが形成される。

リアクターは機体を稼働させるだけのシステムから全く別の異物を機体に馴染ませる矯正器具に変わり果て、無尽蔵に湧き出す未現元素を燃やす機械として身体に組み込まれる。

不可視の領域で起こる変質と点火。

ヒトが到達し得るのに数千数万年と掛かるだけの火––––––蒼崎博士は、ソレを「G元素」と呼んだ。

 

「––––––接続(セット)

 

機体をくねらせるように触手を躱し––––––視界に収めた敵目掛けて、右手に保持した槍を振りかぶる。

槍は自らの意思の代行。

即ち必殺の意思の表れ。

 

機体に行わせるイメージを脳内で形成する。

ただちょっと、不確定要素があるとしたらそれは––––––正規16式形象崩壊槍(ロンギヌス・ランス)は、どのような効果をもたらすか全くもって不明というコト。

…どんな風に敵を倒すのかが分からないのではない。

…空間にどのような影響を与えるかが分からないのだ。

下手をすれば無機物擬似生命体より厄介な事を引き起こすかも知れない。

何しろこれが初めて槍を使う事態なのだ。

だが、これ以上進行を許せば市街地に被害が出る。

おまけに閃竜はまだ高機動戦に耐えられる改修が施されていない。

だからこの手しかない。

…これは博打(バクチ)だ。

だがそれでも––––––

 

" やるかやらないかなら––––––やる以外無いだろ…! "

 

自らの内に発破をかける。

迫り来る触手を、鉈のごとく振るわれた赤い二重螺旋の刃が潰して。

そして––––––槍に込められたラインに、閃龍を接続し。

 

「––––––––––––行くぞ。」

 

アキラが吠える。

両者の距離は200メートル。

機竜の体躯が沈む。

赤い槍を突き放つと思われたそれは、あろうことか––––––そのまま大きく跳躍した。

 

宙に舞う体躯。

大きく振りかぶるように機体を拗らせた腕には、二重螺旋の異形。

 

––––––ぎしん、と空間が軋みを上げた。

 

そして、螺旋が収束する。

双頭の槍は混じり合い、ひとつの刃へと変形する。

…刃の先に、ラインを介してG元素が集結する。

つまり、これは。

 

「––––––––––––行、」

 

漏れる声。

それに呼応するように、槍は一瞬にして臨界に到達した。

機械の体躯はそのまま引き金を引く拳銃のように上体を反らし、

 

「けぇ––––––––––––!!!」

 

怒号と共に、その一撃を振り下ろす––––––。

移動エネルギー、質量エネルギー、投擲の加速で加えられたそれら要因を取り込み。

––––––赤い螺旋が空を駆ける…!!

 

『 " ・・・!!!" 』

 

ようやく事態を察したのか、無機物擬似生命体が吠える。

それを黙らせんと赤い螺旋が食らい付き––––––それを、防いで見せた。

 

––––––虚空結界。

無機物擬似生命体が持つ防御能力。

通常兵器では貫けない絶対の壁。

がぉん、と鈍い音を立て、赤い螺旋はそれに阻まれる。

––––––だが、

 

" ––––––––––––!!!!"

 

槍が吠える。

自らを捉えるその結界を睨むかのように奇声を轟かせ––––––柄が、せり上がる。

まるで魚のエラを連想させるような形状のソレは。

 

––––––息をするように、G元素を噴射した…!

正にジェット噴射。

ただでさえ人ではあり得ぬ力で投擲された槍に、さらなる加速がかかる。

それは眼前に在る障害を食い破ろうと言うのか。

螺旋が膨れて光る。

仮初めの命を与えられたモノを終わらせんと奔る。

槍は文字通り世界を震わせながら、今一度奇声を轟かせ––––––

 

" ––––––––––––!!! "

 

 

 

––––––赤い螺旋が虚空結界ごと、無機物擬似生命体を穿ち、粉砕した…!!!

 

 

 

「…よし……!」

 

アキラが呟く。

––––––僅か3秒間で繰り広げられた一撃は、無機物擬似生命体を死に至らせていた。

 

『 " ・・・!!!" 』

 

無機物生命体が断末魔を上げ、黒い血を撒き散らす。

––––––直後。

螺旋が弾け飛ぶ。

 

「な––––––⁈」

 

思わずアキラは驚愕する。

内側より爆ぜた槍は一瞬にして数1000億ものパーツに分裂し、空中を舞うイナゴの大群のように。

無機物擬似生命体を取り込むかのように群れで回転し––––––球体(スフィア)を形成する。

…無機物擬似生命体は吹き出した黒い血もろとも、球体(スフィア)の中で分解されていく。

 

––––––アキラにはまるでそれが、獲物に喰らいく獣の食事に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––この光景に驚愕していたのは、発令所のメンバーも同様であった。

…主モニターに映る球体(スフィア)

見るだけならば、ただ単に圧倒されるだけの光景。

だが一人––––––この事態を正確に把握し、真に驚愕していた者が。

 

「…何、コレ––––––?」

 

湖尻観測ビルから送られて来るデータを見て、束が思わず絶句する。

それは今発生している球体(スフィア)の座標で発生しているエネルギー反応に、吸い寄せられるように大気が流れ込んでいることを示す内容であった。

 

「…つまり何?あのスフィアは強力な重力場を持つ––––––ミクロサイズのブラックホールか何かなワケ?」

 

思わず呟く。

だが––––––そう言って、すぐに否定する。

芦ノ湖湖上と同様のエネルギーがこの施設の中––––––ターミナル・アルターと呼ばれる区画に発生しているのだ。

 

「…まさか、アレってただの食事だっていうの……?」

 

流れる冷や汗。

…そう呟いている内にも、スフィアは暴力的なエネルギーを吸い込みながら、収束を開始して––––––真空となって、スフィアは爆ぜた。

…残ったものは、赤い二又の螺旋槍。

そして、滞空していたそれは。

––––––複雑怪奇な軌道を描きながら閃竜の元へ帰還する。

 

…それを発令所の主モニターが写し。

 

「––––––目標、沈黙…。」

 

相川が告げる。

それに袖原が頷きながら、

 

「了解––––––状況終了。国家非常事態宣言の解除を発令、ただし汚染等を警戒し外出禁止令を仙石原区全域に発令。閃竜の回収、急がせろ。」

 

そう告げる。

それを相川は復唱し、各部署が各々の対応に動き出す。

…その中で固まっていた束を見て、袖原は声をかける。

 

「…篠ノ之博士。」

 

「…ええ、これは流石に……もう、無闇には使えないですね…」

 

次々と警報が解除されていく発令所の中で頭を抱えて––––––束は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

 

 

 

 

翌日・午前8時32分

IS学園1年1組教室

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「え?そうかなぁ?デザインだけって感じがして機能性がなくて不安なんだけど」

「そのデザインがいいんじゃない!」

「私は機能性重視のミューレイのがいいなぁ。特にスムーズモデル」

「あれ高いじゃない。高校生の私には手が届かないわ」

 

翌日の朝。

授業が始まる前なのでワイワイと机に雑誌を広げガールズトークをしている女生徒がクラス中にいる。

––––––昨日、非常事態宣言出たのに平和だなぁ…。

 

「––––––ISスーツは肌表面からの微妙な動き、電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。ただし衝撃はきえないのでご注意ください」

 

自分の後ろで解説を行う山田先生。

誰も頼んでいないような気がするけれど。

 

あともう一つ説明するとISは個人を理解しその個人に合わせた変化を促す。十人十色で速いうちから自分のスタイルを確立させるということもあるらしい。

ただし全員が全員専用機を持てるわけがない。

まぁ、普段着として使っている女性もいるらしくそういったメーカーが花柄のISスーツや水玉模様のISスーツを作り売りに出している。

そっちのほうは機能的に劣ってしまうがそれでも人気は人気だ。

 

「山ちゃん詳しい!」

「先生ですからね。知ってて当然です……って、山ちゃんですか?」

「山ピー見直した!」

「山ピー……?」

 

山田先生にはもう8つ以上の愛称がついている。

しかし、山田先生は背中かゆいらしく頬を少し赤らしめ恥ずかしがっている。

 

「あの、先生なんですからあだ名で呼ぶのはちょっと……」

 

「いいじゃないですか。山田やま先生。慕われている証拠で」

 

「黒坂君、山田真耶です」

 

「すいません。山田まやま先生」

 

「今度は多いです。あとそれはやめてください」

 

「山田やっあま先生! 失礼噛みました」

 

少し噛んだ。なんか難しいぞこの人のフルネーム。

 

「とっ、とにかくですね。先生の名前はちゃんと言ってください。わかりましたか?」

 

「はーい」

 

––––––その返事には承諾したというよりは相槌を打ったように適当であった。

––––––きっと授業中も言われることだろう。

 

そうした間に予鈴がなり、生徒が次々と席についていく。俺も自分の席に戻った時に織斑先生が教室に入ってくる。

 

「諸君、おはよう」

 

「おはようございます」

 

––––––それまでの教室の空気が紐を張ったように真直ぐ正される。

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用するため各人、気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使う。まぁ、個人のを使っても構わんが授業中はできるだけ統一するため学校指定のものを使うようにしてくれ。忘れた者は代わりに学校指定の水着で代用してもらう。」

 

なぜか、このIS学園絶滅危惧種のスクール水着である。

––––––そのあたりだけ、時間が昭和で止まっているみたい。

 

「では、山田先生。ホームルームを」

 

「はい」

 

もう何も告げることはないという風に切り上げる。

––––––最後の方に「それもない奴は下着でやってもらう」と言っていたような気がする。

…なんなら全裸でも良いんだけどなぁ…この身体不便だし。

 

「今日はなんと転校生を紹介します!さぁ、入ってきてください!」

 

そして、教室の扉があき二人のクラスメイトが入ってくる。

今日からクラスメイトになる人物なのだが。

––––––第1印象はヘンテコであった。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

 

笑顔を浮かべてしこ紹介をする転校生(デュノア)

視線が集まっている中、緊張もせず言えるのはすごいことだと思う。

視線いっぱいだと威嚇してしまうし。

––––––金髪の長い髪を丁寧に後ろでくくってある髪型。

中性的な顔で黄金比の様に整っている美形だがどこか場違いな印象を受ける。

––––––おそらくそれが、自分や織斑と同じ男子制服だからなのだろう。

IS学園は基本女子だけなので3人目の男性IS操縦者となるが、背は自分より少し低いくらいか同じくらいで男性としては小柄な方。

可愛らしく、生まれたての稚魚を思い浮かべさせるが何か背景が何時もと違うのか、金髪のせいなのかは知らないが後光でもあるか。

…なんだろう、いつか見た、《蛾とも蝶とも言えない大きな生き物》のように輝いている。

笑顔が輝かしいとか歯が光るという領域を超えているみたいで––––––歯ってそんなに珊瑚みたいなものなの?

 

「お、男?」

 

––––––疑問が誰からの口からかぽつりと呟かられる。

 

「はい、こちらに僕と同じ境遇の方がいらっしゃると聞いて本国より転入を––––––」

 

「––––––き、」

 

「はい––––––?」

 

デュノアが説明している途中で誰かが遮り、

 

「きゃぁあああああ––––––!」

「きたぁあああああ––––––!」

 

巻き起こる女子の歓声。

 

「新しい男子!」

「しかも美形! かわいい系で守ってあげたくなるような!」

「織斑君との妄想で飯3杯はいけるわ!」

「織斑×モブ男子よりも売れそうな予感!今すぐネーム書かなきゃ!」

 

女子の妄想、歓喜に歯止めが効かなくなってきている。

––––––ふと、ある疑問が浮かび。

 

「––––––ねぇ箒。」

 

「なんだ?」

 

「織斑×モブ男子ってなに?」

 

「ぶっ––––––––––––⁈」

 

思わず箒が吹き出す。

箒は–––––– " お前、今それを聴くか? " という顔。

千尋は–––––– " ん?なんかヘンな事言った? " という顔。

…それに箒は頭を痛める。

人前で言うにはあまりに恥ずかし過ぎる。

だが千尋が無知なままでも良くない。

…今は女子の歓喜があるからある程度隠せる。

––––––故に箒は、羞恥に赤面しつつも意を決して口を開く。

 

「あの…その…男同士で…その……交配を…。」

 

––––––たどたどしく口を開く箒。

…それと対になるように。

 

「コーハイ?––––––ああ、交尾のこと?」

 

––––––バッサリとストレートに口を開く千尋。

 

「こ、交尾って…いや、まぁ、良いか、うん。」

 

千尋の言った言葉がどうも引っかかるが、まぁよしとしようと箒は思う。

" ––––––ストレートにセ◯クスとか言われたらどうしようかと思った… "

…ふと、箒は内心独言る。

だが、何だかんだ言って安堵して––––––

 

「でも、オス同士で交尾なんてヘンなの…クマノミじゃあるまいし。ひょっとして男同士でも子供って生まれるの?」

 

––––––お前は何を言ってるんだ。

 

…信じがたいモノを見たような、箒は振り返りながら千尋を見る。

千尋は相変わらず、何処と無く笑っているような表情のまま––––––コテン、と首を傾げて。

 

––––––いや、たしかにクマノミはオスのメス化現象があるってこの間テレビ特集でやってたけどなんで人間も同じ事が出来ると思った!?というかお前中学の保健体育で何を習って来たんだ!?それともアレか、習ったりはしたけど形を習っただけで子供を作るにはオスの精子とメスの卵子が必須だとちゃんと理解してないのか!?高校に上がるまでセッ◯スしないと子供が生まれてこないと理解しておらずキスしたら子供が出来ると思ってた私みたいに!!!

 

…思わず、絶句したまま内心発叫する。

 

––––––とりあえず、早くこの話題を切り上げないといけない。

そして千尋にちゃんと保健体育を教えなくては…!

 

「ち、千尋!この話はまた後でしてやるから––––––」

 

話題を切り切ろうと––––––思わず声が大きくなってしまう。

––––––そこに、

 

「ホームルーム中に喋るとは良い度胸だな、篠ノ之––––––。」

 

「––––––え?」

 

––––––スパーーーーーンッ!!と。脳天に大地を裂くかの如き一撃が落ちる。

 

「いっ––––––!?」

 

反射的に、痛ぁ⁉︎と叫ぼうとして、

 

「ぐ、むぉおぉあぁぁ………ッ!!」

 

––––––箒は悶える声を放ちながら、机に轟沈する。

––––––一方で千冬はホームルームを続ける為にそそくさと立ち去る。

––––––千尋は悶え沈む箒を見おろしながら。

 

「––––––箒、大丈夫?」

 

「––––––うるさい…お前のせいだ……。」

 

––––––この天然無知純粋者!とでも言うかの目で恨めしく見つめる箒に語りかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでとなります。

…エヴァっぽくてすみません…薄めにしたハズなんですが…次からは自粛します…。

次回も不定期ですがよろしくお願い致します。






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