邪眼の御子 ~光の御子の親友~ (プロテインチーズ)
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アルスター伝説編
邪眼の御子


息抜きで書いたFate神話改変ものです。矛盾点などがありましたら感想欄にてお願いします。


 古今東西に伝えられているあらゆる神話、伝説には全て英雄と呼ばれる存在がいる。彼らは力の差こそあれど、その全てが人の認識を超えた尋常ならざる力を手にし世の人々を畏怖させ、魅了してきた。ある時は悪逆なる怪物を打倒し、弱りきった国土を救済する。神話や伝説の主人公に相応しい圧倒的な存在と言えよう。だが時には、そんな彼らと相対する、俗にいうライバルとも言うべき存在もまたいる。主人公達と遜色ない力を手にするも、その最期は彼らに打倒されたり、神々によって殺されたり悲劇な末路を遂げる者が多い。

 その関係は同じ血を宿す家族であったり、心を分ち合う友であったりその役割は様々だ。それでもなお、現代に生き続ける人々の記憶に彼らが刻まれているのは、そんな彼らもまた英雄だからであろう。

 例を挙げるならばメソポタミア神話における英雄王ギルガメッシュとエルキドゥ、古代インドの叙事詩マハーバラタのアルジュナとカルナ、日本の伝説的な剣豪として名を馳せる宮本武蔵と佐々木小次郎。

 そしてアイルランドより古代から伝わるアルスター伝説の主人公たるクーフーリンとそれに相対する英雄。かの邪眼バロールの子として太陽神ルーを殺す為に生まれ、その最期はもっとも親しい友に呪いの朱槍で弱点たる瞳を貫かれ死んだ悲劇の英雄。これはそんな「邪眼の御子」と忌み嫌われながらも光の御子と肩を並べたとある英雄の物語である。

 

 

 

 目覚めた時、自分には歓喜という感情は湧かなかった。ただ自分を産んだ、いや作った父が一方的に何かを呟いていたのを感じた。

 

――我が邪眼を受け継げし子よ。我が仇を取れ。あの太陽を撃ち落とせ。かの太陽神に死の呪いあれ――

 

 声を発せない。何も見えない。ただただ自分より圧倒的な存在が語りかけるその言葉は生み出された自分の意識にしっかりと響いた。耳はない。鼻もない。腕も、足も人が持ちうる器官の何もかもが自分にはない。だが眼だけはあった。まだ一度も使っていない眼。

 ゆっくりと恐れるようにソレを見た。映ったのは、辺り一面の――死。

 まだ生きている父の姿をその眼で見てしまった。

 

――それでこそ我が子。その邪眼。まさに我が血族。我が子よ……

 

 自分はその眼で初めて命をアヤめた。父をコロした。感情もない自分では泣く事も怒る事も出来ない。ただこの眼に映る黒い線が忌々しい。こんな脆い物が世界だったのだと理解してしまった。自分はまだ影に過ぎない。死を齎すだけの亡霊。でも死にたくない。自分が思った事はそれだけだった。力が欲しい。父のように殺されたくない。父を撃ち抜いた魔弾をこの身体に取り込んだ。神を殺したこの石は自分の力になると思った。

 

――生きたい――生きる! 

 

 

 生きて父の仇を取る。影だけの亡霊はその想いだけを胸にその場を去っていった。

 

 

 

 世界三大神話に挙げられているケルト神話ではユーラシア大陸西端の位置するアイルランドで数千年前に2つの一族による神々の戦いが繰り広げられていたと伝えられている。

 アイルランドの先住民族で、女神ダムヌを母神とし、死の神バロールを王と崇める異業種のフォモール族と、一度はフォモール族に敗れたネミディア族を祖とする生命の女神ダヌを母神とするダーナ神族である。

 厄病をまき散らすフォモール族はその力で他の一族を次々と滅ぼしていった。彼らを倒す為にダーナ神族は知恵をつけ武を磨きフォモール族に味方するフィル・ボルグ族と戦った。

 ダヌの息子でダーナー神族の王である戦神ヌァダは、フィル・ボルグ族最強の戦士スレンと一騎討ちになる。長き戦いの果てにスレンがヌァダの右腕を切り落とし勝利する。

 しかし、フィル・ボルグ族の王ヨーヒーが給仕に化けた7人のドルイドにより暗殺されてしまい、新王となったスレンがダーナ神族と講和を結ぶ。

 戦いの後、勝利したヌァダが王位を継ぐとなったが、身体を欠損した王族の喪失であるというケルトの掟があった為にフォモール族とダーナ神族のハーフであるブレスが王位を継いだ。しかしブレスはダーナ神族に圧政を敷き他の神々を無理矢理酷使した。

 これを見たヌァダは銀の義手を装着し王位を回復させフォモール族を率いてきたブレスに打ち勝った。これが俗に言うモイトゥラの戦いである。

 敗れたブレスはフォモール族の王バロールに助けを求めた。この後、ケルト神話に伝わる伝説的な戦いが繰り広げられたのである。

 

 ある時、フォモール族の王にして死の神バロールは自分の孫に殺されるという予言を受ける。これを恐れたバロールは娘のエスニウを幽閉するが、ダーナ神族の戦士であるキアンによって助けられ、2人は結ばれる。その子供がルーである。

 バロールは自分が孫に殺されまいとして、その子供を海に放り投げて捨て去った。しかし海神マナーン・マクリルによって拾われ育てられた。やがて成長したルーは万能の神になり復位したヌァダに認められ王位を継ぐ。

 そうしてバロール率いるフォモール族とモイトゥラで二度目の決戦を行った。

 

 マグ・トゥレドの戦いでバロールは万物に死をもたらすという死の魔眼を見開きヌァダを殺した。ルーは投擲用の石を握り、バロールが眼を開いた瞬間その眼を射抜いた。石は頭ごと貫き、その眼は宙に浮き後方にいたフォモール族を瞬く間に殺し尽くしたのだ。その後、太陽に吸収されのだという。

 

 しかし、バロールは死の間際に太陽を呪った。太陽を司るルーを憎悪した。病をまき散らすフォモール族の王の死体は風にさらされ、誰も近寄らなったが、その身体が変形していきやがて人型の影となった。それが後にアイルランドの光の御子と双璧となす「邪眼の御子」と呼ばれた、人ですらないナニカの誕生の瞬間だった。

 

 ケルト神話ではその影がその後どうなったかは伝わっていない。一説によると、地上から姿を消し妖精と姿を変えたダーナ神族に拾われたと言われているが真偽は定かではない。

 はっきりと分かっているのはクニァスタと名付けられ、人としての姿で成長し、父であるバロールの仇を取る為に強さを求めて影の国へ向かったと文献には記されている。そして影の国最強の戦士の弟子となり門番の役目を与えられたという事だ。

 

 

 

 この人間にそっくりな見た目にもだいぶ慣れてきた。母である妖精に拾われたは良いが、母の姿を真似たこの見た目の為に絡んでくる輩が多すぎる。私の華奢で女々しい見た目はケルトでは侮られるらしい。もっとも性的な意味で襲われる事は多々あったが。

 この母が作成した「魔眼殺し」というバイザーは良い。父の死体を加工しているので強力な魔術礼装にもなっている。そういう無粋な輩を追い払うのはちょうど良い。

 それに母の仲間の妖精が鍛えたこの邪剣はまさしく神殺しの剣だ。父を殺した魔弾を改良し、父の死体で造られたこの剣を上回る剣はケルト全土を見回してもそうはあるまい。

 

 私がこの邪剣を携えて向かった先は魑魅魍魎がまこびいる影の国。そこで父の仇を取る為に修行をして力をつけるのだ。私が師と仰ごうと思うのは2人いる。影の国最強の戦士と名高いスカサハとアイフェである。私はまずアイフェの元へ向かった。

 

 アイフェの元へ向かうには道中様々な試練が私を襲った。彼女達2人の弟子になる為に多くの戦士が訪れると聞いた事がある。なるほど、私がもし、脆弱な人間ならば到底不可能なものだっただろう。しかしこの身は邪眼の血を受け継ぎしフォモール族のものである。この程度の生ぬるい試練で私を害せる訳がない。

 

 私が城の門番をしているアイフェの一番弟子という戦士を倒しその門を叩くと、女王自ら私を出迎えに来たのだ。

 他のケルト人の例に漏れず薄い布地をその美しき四肢に張り付かせており、身体の線がくっきりと浮かび上がっていた。きめ細やかな氷のように透き通った白い肌と濃い紫の長髪で彩られた美貌は異性を虜にするのは十分すぎた。この身が人間のものだったならば私も彫刻のような黒き麗人に釘付けになっていただろう。そして注目すべきは見た目だけでない。その立ち振る舞いも一切の隙がなく、これまで影の国で戦ったあらゆる戦士と隔絶した実力の持ち主である事が一目見て理解出来た。

 今の私の実力では彼女を倒す事は出来ないだろう。

 私の内心抱えた考えを見抜いてか、彼女は私に対する賛美を述べながらも、どこか挑発めいた視線を向けていたのだ。それがどうにも私を揺さぶる。影の国最強の戦士と謳われているこの黒き魔女をいずれは絶対に倒すと心に誓った。

 

「ふ、良い眼をしている。女のように線の細い見た目をしているのものだから本当にお前がここまで来たのか一瞬疑ったのだぞ。良かろう。私の教えを受けて見事私に打ち勝って見せよ」

 

「当然だ。それまでは弟子として貴方の力を学ばせてもらう、師匠。それと」

 

「む、何だ?」

 

「女みたいな、は余計だ。貴方も女ではないか」

 

 私のその一言に何故か師匠は怒り、私に鉄槌を下してきた。いきなりの事で私も反撃出来ず吹き飛ばされた。

 理不尽だ。あまりにもそう感じたので反撃に出る事にした。

 その後、私達2人で城が半壊するほどの大惨事じみた大喧嘩が繰り広げられ、兄弟子総員が必死で止めに来た。

 私の見た目が一般のケルトの男からかけ離れているのは理解しているが、あの言い方はないと思う。そういうと師匠は見た目に似合わない豪快な声で笑った。

 

 

 

「今日はここまでだ。今日はもう休め」

 

 師匠の弟子になってから半年が経った。今日は魔術の修行だ。元々妖精である母からの教えで自然干渉の魔術は得意としている。また幼い頃にドルイド僧からルーン魔術を教わっているので、その分野でも師匠より秀でている。その為、今の私の魔術の修行は戦闘で使うような実戦的なものばかりを使用している。何も神秘が宿っていない槍でルーン魔術を使って強化して戦ったり、遠くから火の弾で弾幕を張ったりといささか魔術師らしからぬ修行である。

 

「まだ早くないか? もう少しなら出来るぞ」

 

 師匠の教えは厳しいが、今日はいつもより切り上げるのが早かった。何かあるのだろうか。

 

「相変わらず生真面目な奴だ。ケルトの男らしからぬ堅さよな。まぁ良い。本当ならば明日教えようと思ったのだが、お前だけには教えておこう。明日、隣国のスカサハの元へ攻め入る。今のうちに休めておけ」

 

 師匠がそういうのならば私は従うのみだ。分かったと一言で応じた。

 

「奴は強いぞ。奴が率いる弟子はケルトの中でも強者揃いだ。アルスター随一の豪傑フェルグス・マックロイ。最古参の弟子の1人で頑強な身体を持つフェルディア。そして」

 

 そうだろう。彼らはケルトに名を馳せる英雄達だ。その実力は師匠とも優劣を告げ難い程だろう。しかし私が求めている敵ではない。私は一片的に求めている宿敵。奴の名前は――――

 

「太陽神ルーの息子にしてクランの番犬、クーフーリン」

 

 見ていてくれ、わが父よ。かの太陽神の血を引く英雄をこの手で必ずや。

 

「師匠、奴は私が殺す。他の誰にも邪魔はさせん」

 

「ふ。良いだろう。その代わりスカサハは私が殺す。奴だけはこの手で引導を渡すと決めたのだからな」

 

 そこで会話は途切れた。もはや言葉は不要。敵はスカサハ率いる一騎当千の戦士達。相手にとって不足なし。

 

 

 

 目の前で繰り広げられているのは壮大な戦場。仲間の戦士達が敵の戦士達と雄たけびを挙げながら戦場に突っ込んでいき、殺し殺されていく。ケルトの戦士は死を恐れず例え敵に殺されても恨まない。私は死ぬつもりなどさらさらないが。

 死ぬ気は毛頭ない。お前達は邪魔だ。師匠と私の敵はお前達ではない。眼を覆うバイザーを外し、目の前に敵に死の螺旋を植え付けようという短絡的な思考が一瞬、頭のうちによぎるがすぐに追いやった。この邪眼は太陽神の血を引く者にこそ解放すべき切り札。このような雑兵に断じて使うべきではない。

 敵の中で突出して前に出ている者がいた。昨夜、師匠が挙げたスカサハが率いる英雄達だろう。いやその中でもさらに単騎で仲間の戦士を葬っている者がいた。あれは――

 

「クニァスタ、あれがスカサハだ。話には聞いていたがアイフェ様にそっくりな顔をしているな。やはり姉妹という事か……」

 

 隣に立っている兄弟子がそう呟いた。なるほど、遠目で見ても分かるあの美貌。師匠の姉妹と言われれば誰もが納得する。この兄弟子は師匠が誇る最強の6人の勇士の1人だ。私より師匠との関係が長い彼らには思う所もあるのだろう。

 私は右手に持つ師匠から譲られた朱槍に目を向けた。そして、出陣する直前の師匠との会話を思い出していた。

 

 

 

「この槍をお前に授ける」

 

 それはどこまでも朱い鮮血の如き長槍だった。目立った装飾もなくただただ朱いだけの槍。だがその槍に宿る神秘はそこらの業物とは次元が違った。まさしく英雄の使う宝具ともいうべき代物だった。格だけで言えばスカサハが使用するゲイ・ボルクや師匠の槍と匹敵する。

 

「これは貴方の槍ではないのか」

 

「私のはある。これはお前が持っていたタスラムの一部分とお前の血を私の槍の模造品に取り入れたものだ。私の槍はスカサハの槍を参考に作った物だが、お前のこれは神殺しを成し遂げた魔弾が組み込まれている。見た目こそ槍だが、本質は神殺しの魔弾でお前の意思に応じて武器の形状が変わる。お前の持つ邪剣よりは威力は小さいが使い勝手はこちらの方が良かろう」

 

「良いのか? まだ私は貴方からこんなものを貰う程強くはない」

 

「ふ。別に構わん。どの道お前が私の元を去る時に渡すつもりであった。ここで死なれても困る。大事に使えよ」

 

 普段の仏頂面に似つかわしくない笑みを見せる師匠。ここまで期待されているのだ。元より全力を尽くすのは当たり前だが、一層気合いが入った。

 

「……そうか。感謝する、師匠」

 

 

 

 手に握る血塗られた朱槍は自分でも驚く程に手に馴染んでいる。これがあれば奴を、クランの番犬を間違いなく殺せる。

 

「む、敵がアイフェ様に向かってきたぞ。我らが相手になろうか」

 

「大丈夫か? スカサハは師匠が殺すと言っていたが」

 

「確かに。しかしアイフェ様はスカサハを殺す事に躍起になりすぎている」

 

 あまり師匠の事情に首を突っ込むのは躊躇われるが、弟子としてここに至って知らんぷりもするのも、もどかしく感じた。私の考えを読んでか兄弟子は簡単に教えてくれた。

 

「ふむ。お前もスカサハが死ねない存在となっているのは既に聞き及んでいるな」

 

 あぁ、確か師匠がそんな事を言っていた。神や亡霊を殺しすぎてその域に至ってしまったがそれが返って神に畏れられ、存在しない者として扱われてしまったのだと。

 

「アイフェ様は優れた一流の戦士だ。あの方がそんな強者であるスカサハを見て戦いに挑んだのは当然の理だ。しかし結果は敗れ、スカサハに、お前では自分に勝てないと告げられたらしい」

 

 なるほどと思った。影の国に君臨する2人の最強の女戦士。そのうちの1人スカサハはその強さから死ねない存在となってしまった。そしてもう片割れの戦士である師匠は屈辱とも言える宣告に対して憤り、自分の手で殺す事に拘っているという事か。

 

「ケルトの女は情が深く気が強い。つまりそういう事だ」

 

 私の言葉に何を思ったのか兄弟子はこちらを見てからフッと笑った。

 

「……話が過ぎたな。我らはアイフェ様の元へ向かう。お前はどうする?」

 

「スカサハを狙っているのは師匠だ。人の獲物を横から奪い取る気はない。私の敵は別にいる」

 

 そう。スカサハは師匠に任せておけば良い。その結果死ぬ事になっても生粋のケルトの民である師匠は後悔はしまい。私は死ぬのだけは勘弁願いたいし師匠にも死んで欲しくはない。

 

「そうだったな。ならば我らはアイフェ様に向かう敵の露払いに向かう」

 

「あぁ、分かった。貴方達ならばそう遅れを取る事はないだろうが、油断は禁物だ」

 

「当たり前だ。我らを誰の弟子と心得ている。ではな」

 

 そういって兄弟子達はすぐに去っていった。確かに兄弟子の言う通りだ。

 私も早く自分の標的を見つけなければ。私が獣染みた気配感知で五感を研ぎ澄ます。自然を操り、干渉する事を得意とするフォモール族は普通の人間より圧倒的に広い気配感知を持っている。その血を受け継ぐ私もその例に漏れず索敵範囲を一気に広げる。どこだ、クランの番犬。

 いたぞ……どうやらかなりやっかいな場所にいるな、クランの猛犬め。まさか師匠率いる6人の勇士を倒し、既に師匠の元にいるとは。それほどの強さを持つという事か。奴は師匠と戦う気だろう。そうはさせん。お前の相手は私だ! 

 私はフォモール族の人外離れした身体能力を駆使して、その場を全力疾走で離れた。まだ師匠の気配は濃い。しかし存外に苦戦しているようだ。待っていろ。今助けに行く。

 

 

 

 影の国に辿りつくまでの試練を難なく突破した戦士が現れたという話を弟子達から聞いた。

 そんな強者が久方振りに現れたのかと喜び勇んで、その者と対面した時、私は久しく忘れていたモノを全身で感じた。強い弟子を持てる事に対する歓喜か。戦士として新たな強者が現れたという高揚か。いやどれでもない。これはそんな正の感情でない。これは人間が獣として生きていた時代からの名残。自然で生きる為に必要だった生存本能というべきものが悲鳴を上げているのだ。私は恐怖していた。そして目の前の存在が私をたやすく葬る事が出来る存在であると理解した。一目で人間ではないと分かった。神造兵器ともいうべき禍々しい邪剣と両眼を隠すバイザーは圧倒的な神秘を宿している。

 見た目は麗しい女と言われても無理もない華奢な身体だが、全く隙を見せずこちらを圧倒せしめんとする覇気はまさしくケルトの戦士と呼ぶにふさわしい。私が最も恐ろしいと思ったのはバイザーで覆われたその眼だ。隠れているとはいえ禍々しい何かを発している。バイザーはその何かを隠し、同時に人間ではない何かの気配も隠蔽している。

 私の弟子になる者が人間でなければならない道理はない。この戦士は私以上の戦士の才を秘めている。並みの英雄では歯が立たない圧倒的な強さ。私と同じ血を引くスカサハがクランの番犬と恐れられるクーフーリンを弟子に取ったと聞いた時、言葉にし難い不安が胸をよぎった。奴に対するこの感情は嫉妬、憤怒、憎悪と言ったおよそ人間が持ちうる負の感情全てが凝縮されている。

 私と奴は影の国最強の戦士などと呼ばれているが、単にその下に追い縋る強さの戦士がいなかっただけだ。私と奴の強さは圧倒的な開きがある。奴は私に告げた。お前では私を殺せない、と。

 屈辱だった。何が何でもあの女を殺す、と誓った。その反面、心のどこかで私はその宣告に納得もしていた。戦士として相手の実力を計る冷静な理性が受け入れていたのだ。

 あぁ、その通りだ。私の才では英雄を殺せても、神域に達した奴を殺す事は叶わない。

 だから、クニァスタよ。私の最愛にして最凶の弟子よ。もし、私が奴に負けたならばお前が殺せ。お前ならばそれを成し遂げられるだろう。その神殺しの朱槍で奴を刺せ。

 

 だが事態は私が予想していた斜め上に動いていた。クニァスタが敵視していたクランの番犬がスカサハを追い抜いて私の元までやってきたのだ。私の弟子の6人の勇士をスカサハより譲られたゲイ・ボルグで瞬殺したのだ。噂には聞いていたが、これほどの力を持つのか、クランの番犬は。これほどの戦士を弟子に迎えるとはつくづく運の良い奴だ。だが私も負けられん。スカサハの前哨戦だ。

 

 

 

 気配感知の範囲を狭めて、師匠が戦っている範囲の意識を強くするとスカサハもいた。他人の戦いに横やりをいれるのは好きではないがここは介入させてもらう。

 フォモール族の身体に秘めた莫大な魔力を一気に放出する。師匠より譲られた槍を投擲の構えに握りなおす。元々投擲用の石で作られたタスラムが埋め込まれているこの槍は投げた方がその威力が上がる。息を大きく吸い込み、獣の如き咆哮を上げた。

 この程度でくたばってくれるなよ、クランの番犬。

 

「――――劈き穿つ(ゲイ・ボルク)――――神殺の槍(タスラム)――――ッ!」

 

 この一撃が私の運命を変え、そしてただ敵として殺す予定だったクランの番犬、後に光の御子と呼ばれるクーフーリンとの出会いの始まりだった。




一応、続きはあるので良い反響が多くありましたら投稿します。

9/25追記 会話文など違和感がある部分を訂正しました。大筋は変わっていません。


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2つの朱い呪槍

帰省しており遅れてしまいました。すいません!
反響が良かった?ので続き投稿します。

後書きにお知らせがあります。


 死を予感させる光の爆風が敵味方関係なく襲った。その衝撃で力がない戦士は吹き飛び実力がある者も大地に立つのがやっとである。ただとある戦士達を除いては。

 

「おいおい。随分と気の利いたご挨拶じゃねぇか。でもよぉ。不意打ちとはどういう了見だ。しかも他所の戦いを邪魔するとは。アイフェん所の戦士はそんなみみっちい真似してやがんのか、おい?」

 

 そこには傷一つなく、自身が愉しんでいる決闘を邪魔されて激怒する猛犬がいた。大空のような蒼き髪に、太陽の如き燃えるような紅眼は番犬の名に相応しい爛々とした獰猛さがあった。青い薄着の服に身を包んだ猛犬は今、その怒りの矛先で歪み邪魔をした私に視線だけで殺さんと睨み付けている。

 

「落ち着け、馬鹿弟子が。こやつはアイフェの秘蔵っ子よ。その戦いの才は我らに匹敵すると聞いている」

 

 怒り狂った猛犬を宥めるのはスカサハだ。間近で見ればますます師匠と瓜二つである。口では冷静を装いながらも吹雪のように冷たい視線は確かに私に対して敵意を向けていた。

 

「この程度の攻撃で怒るのか、クランの番犬は。こんなものただの余興だろう。これで死んだとあれば所詮は噂だけが一人歩きした輩であったという事だ。太陽神の血を引きし戦士よ」

 

 見え見えの挑発だがそれでも勘に触るような言い方の私にますます青筋を立てるクランの番犬。まだ若いな。いずれは太陽神そのものを殺すのだから、ここでこの血を引くまだまだ若い半神風情に負けるなどあってはならない。

 

「ほう。言うじゃねぇか。ならその番犬の一撃受けてみるか?」

 

 手に持つ師匠と俺が持つ槍の原型であろう朱槍の矛先を私へと向ける。なるほど。その立ち振る舞いは他の戦士とは格の違いを感じさせた。これがクランの番犬。邪眼抜きにすると私に勝てるかは分からない。

 

「待て。クニァスタ。これは私の獲物だ。お前は周りの敵を蹴散らしていろ。今はお前の出る幕ではない」

 

「そうはいきたいが、あのままでは師匠の敗北が目に見えて分かった。別に師匠の一騎打ちを邪魔したかった訳ではないがな。師匠が負ける姿を弟子の私が黙って見ている訳にもいかない」

 

 弟子に助けられるなど師匠にとって屈辱かもしれないがここは耐えてもらう。一度戦士として戦場に立った以上女子供もない。このクランの番犬ならば敗北した師匠を殺すか、女の身ならば自分の物にするかもしれない。

 

「へぇ、見上げた忠義じゃねぇか。嫌いじゃないぜ。だが俺とそいつの一騎打ちを邪魔立ていた以上貴様は生きて帰さん。師匠もろともな……スカサハ、こいつは俺の獲物だ。手出すんじゃねぇぞ」

 

「はぁ、この馬鹿弟子が……ならば絶対に負けるな。ここで必勝を誓え」

 

「そんなのあったりめーだっつーの。俺を誰の弟子だと思ってやがる。負けしらずの影の国の女王の弟子だぜ」

 

「ふ、分かっているではないか。ならば――」

 

 そこで2人の会話は途切れた。私と師匠の会話に余計な言葉がないのと同じで彼らもまたそれ以上の言葉はいらないだろう。深い師弟関係だ。

 

「ここは私達にとって狭すぎる。場所を移すぞ」

 

「へ。分かってるじゃねぇか。そうこなっくちゃなぁ」

 

 場所は戦場から大分離れた荒地だ。ここに影の国といえど生きとし生ける者は何もいない。ただそうであるからこそ武器を振るうだけで大地が抉れる私達との一騎打ちでは重宝される。

 

「へえ、良い場所じゃねぇか。ここなら誰にも邪魔されねぇな」

 

「あぁ、元の場所で戦ってそれを負けの言い訳にされても困るからな」

 

 

「は、抜かせ。でもまぁ、これで思う存分やれる。だからよぉ。加減なしで――」

 

 言い終える前に猛犬が駆け抜けた。それは風よりも速く、音をも超えた神速。ただその行動だけで蒼き疾風が衝撃破となって周囲の大地を破壊した。

 

「――殺してやるよ」

 

 目前に迫ったのは朱き死突。しかしお前に相対するのは、かの邪眼の血を受け継ぐモノ。すぐに反応し上半身を捻り難なく躱した

 

「殺されるのはお前の方だ、太陽神の半神よ。ここで斃れろ」

 

 その態勢のまま形状こそ似た朱槍を横なぎに払った。神殺しの属性を持つこの呪いの朱槍は半神半人のクーフーリンにとって天敵である。その類まれなる戦士の慧眼でそれを悟ったのか後方へ飛び、手に持つ朱槍でその払いを受け止めた。

 力比べなら私の方が上。フォモール族の身体能力はこの猛犬より高い。ここで押し切る! 敵もそれをすぐに読んでか私の槍を蹴り上げ鋭い突きを連続で雨嵐のように要所要所に放ってくる。それを寸でのところで受け止め、躱していく。これがクランの番犬。

 認めよう。スカサハより直伝されたその武技、私より上だという事を。しかしそれは私の敗北を意味するものではない。

 両脚に力を込めて敵の間合いから一気に遠のく。私の槍も敵に届かなくなるが問題はない。

 

「墜ちろ――■■■■■■――」

 

 それは高速でありながら、無音の詠唱。人間では決して理解出来ない魔術詠唱。地下にひっそりと暮らす妖精やほんの僅かなフォモール族の生き残りにしか聞き取れない音だ。

 クーフーリンはそれの意味は理解出来ていないだろうが、魔術の発動だとは理解出来たらしく慌てて距離を取り身構えた。見るが良い。これが厄災を呼ばれた自然干渉を得意とするフォモール族の魔術だ。

 嵐が来たと錯覚せんばかりの暴風が荒地の中を走り回る。ここがもし木々が生い茂る森ならば一瞬にして刈り取られていただろう。晴れ渡っていた大空が灰色に染め上がりやがて雨を降らした。そしてその雲から一筋の光が大地に向かってほとばしった。天の怒りともいえる強大な雷がクーフリンに向かって落下した。視認するより遅れて耳を劈く。並みの戦士、いや一流の戦士でもこの一撃を受ければ肉は黒く炭になっているはずだが……相手はかのクランの番犬。この程度で死にはしない。とはいえ傷ぐらいは与えただろう。

 落雷の衝撃で黒く染まった大地に描かれた衝撃跡の中心から上がる煙に人影が写った。そして、

 

 煙からこれまでとは段違いの速度で私に迫る蒼い影。何とか躱すが、それを見越してか鋭い蹴りを上半身に放った。とっさの事で反応が出遅れ無理な態勢となってしまいその一撃を受けてしまった。

 身体に響く激痛と衝撃。それに浸る間もなく次なる攻撃に備えすぐに槍を構え直した。が敵は何故か反撃にこなかった。ただその軽薄な笑みをしながらもその目つきは真剣に私を捉えどこか試そうとするものに変わっていた。

 

「どうした。何故来ない。まさかこの程度の魔術で動けなくなった訳じゃないだろう」

 

「は、抜かせ。別に。まさかそこいらのドルイドを歯牙にもかけねぇ程の魔術師に出合って少しばかり面食らっちまったでだけさね。もっとも今の規模の魔術をあの速度で放つような真似を普通の人間が出来るとは思えねぇがな」

 

「……」

 

「だんまりか。別にてめぇが人間であろうがなかろうか、んなもん別にどうだって良い。だが一つだけ聞かせろ」

 

「私が話せる事だけならばな」

 

「単純な事よ。俺とした事がこんな大事な事をまだ聞いていなかったと思ってな……お前の名前はなんだ? お前ほどの使い手が無名のはずがあるまい。アイフェんとこで修行していたとしてもその前にどこかで力をつけていたはずだ」

 

「そういえばまだ名乗っていなかったか。少しばかり遅い気はするが」

 

「別に構わねぇだろ。もっとも今から自分を殺す相手に名乗る気はないって言うんなら話は別だがなぁ?」

 

「ふん。なら名乗ってやろう。クニァスタだ。かの邪眼の半身にして太陽神を墜とす者。お前のその身体に流れる太陽神の血、今ここで散らしてみせよう」

 

「邪眼だぁ? じゃあてめぇ、あれか。バロールの縁者か? ルーの野郎を殺して仇討ちを狙ってるのか。おもしれぇ。俺の名前は……言わずとも知っているな?」

 

 不敵に笑うクーフーリンだが、凄みが今までと変わった。こちらを食らおうとする気迫。ここからが本当の戦いと言う訳だ。

 

「クランの番犬、その槍を放て。私もこの槍を持ってしてお前を殺してみせよう」

 

「よくぞ言った。だがその紛い物の槍で本物に勝てるとでも?」

 

「フン。偽物が本物に勝てない道理はない……来い、クーフーリン!」

 

「よくぞ言った。ならばお前が先に逝け!」

 

 目の前に写るは必殺の構え。それは私も全く同じものである。ならば私も受けて立つ! ミチミチと全身の筋肉が力を入れるあまり張り裂けそうな程に音が鳴る。全力でこの槍を投げるのは初めてだ。これで死んでくれるなよ、クーフーリン!

 

「この一撃、手向けとして受け取るが良い――――突き穿つ死翔の槍ゥ(ゲイ・ボルク)!」

 

「迎え討て!――――劈き穿つ神殺の槍ッ(ゲイ・ボルク・タスラム)!」

 

 2つの朱い流星が激突し、太陽のような灼熱と閃光、そして爆発音が荒地を覆った。

 視界が戻った時、まだ目の前にはまだ人影がいた。傷をつけながらも、かのクランの番犬は私の攻撃を耐えたのだ。ふらつく視界には苦笑しながらもどこか楽しげな猛犬。

 

「へ、驚いたぜ。スカサハ直伝のコレで死なねぇ奴がいるとはな。誇って良いぜ。はぁ、帰ったらどやされちまう。あー、やだやだ」

「お前こそ師匠より譲り受けたこの槍の投擲で死ななかったのだ。それで帳消しだろう」

 

 互いに軽口を交わしながらも先程までの剣呑な雰囲気はどこかに消えていた。

 

「あのアイフェよりお前は強い。認めてやるよ。バロールの半身の名に相応しい大した玉だよ、てめぇは」

 

「かのクランの番犬にそう言ってもらえるのはありがたいがな。私はまだ師匠より強くはないつもりだが?」

 

「は、抜かせ。あーあ、お前がスカサハん所にいたらなぁ。毎日戦えるってのにつまんねぇもんだぜ。どうだ今からでも来ないか。てめぇ程の戦士ならスカサハも大歓迎だ」

 

「ふん。ルーの半神のお前と仲良しこよしで修行する気はない。」

 

「お堅いねぇ。気が変わったら言ってくれよ。ま、それはそれとして、だ」

 

 クーフーリンの軽口はそこまでだった。そこからすぐに敵として殺し合った時のすさまじい気迫が全身より放出されていた。これは怒気だ。ただの怒りではない。はらわたが煮え返ったような途轍もない憤怒の感情。激情に駆られたそれをただ私に対し、師匠との一騎打ちを邪魔された時よりも激しく向ける猛犬がいた。

 何を怒っている、クランの番犬。私はお前に対し何か侮辱するような言動をしたか? まさかこの期に及んで槍が通じなかった事に対する悔しさか? いやこの男はそんな小さな事で怒るなどしない筈だ。一体何故?

 その疑問は目の前のクーフーリンがまさしく猛犬の雄叫びと間違えるかのように声を震わせて答えた。

 

「てめぇ、何故本気を出さない――――ッ!」

 

 私が本気を出していない、だと? そんな筈はない。私はフォモール族の身体能力を全力で駆使し、母より教えられた魔術を放ち、師匠より伝授された武芸をこの与えられた朱槍で奴に披露した。奴を殺せるのは私以外ありえない。それら全てが全力ではない、だと? 

 

「俺を嘗めてやがるのか!? その剣と魔眼を放てば勝てただろうがッ!」

 

「……」

 

 

「笑わせんなよ。俺程度は本気を出さなくても勝てるとでもほざくのかッ!?」

 

「私は……」

 

「答えろよ! ルーの血を引く半神の俺を殺すんじゃなかったのかァ!?」

 

 そうだ。私は父の仇を取ろうとした。それは間違いない。私はお前を殺そうとしたのだ。では何故この邪剣と邪眼を使わなかったのか……

 

「あぁ!? ずっとだんまりか? いや、違うなァ。てめぇ自身も分かってねぇのか? ッチ、クソ。なんでこんな奴に俺が勝てないとはな!」

 

 そうだ。何故ここで奴を殺さないのか。このバイザーを外せば、光よりも速く殺せる。この猛犬を殺せるのは私だけだ。あぁ、なのに! 何故私は!

 

「ここでお前を殺す! あぁ、そうだ。それで良い!」

 

 右手でバイザーを取ろうとする。このバロールの邪眼を解き放つ。これで終わりだ。しかし、私はバイザーに手を掛けたまま動きを止めた。何故か力が入らない。私の中で無意識にこの力を使う事を拒否していた。ここで殺す事は私にとって容易くしなければならない事だというのに。自分で自分の行動が理解出来ない。

 

「てめぇ、この期に及んでまだ出し渋るか。いや、使いたくないって感じだな。てめぇがバロールの血を引くものだっていうんならその眼の能力は検討がつく。自分の力ではないその眼は使いたくないってか?」

 

「違う、私はッ!」

 

「いやそうだね。てめぇは自分では意識をしてないかもしれねぇが、間違いなくそうなんだよ。てめぇは俺との戦いにその力を使わなかった。てめぇ自身だけの力で俺に勝とうとした。手加減された事は気に食わねぇがその気概は買ってやるよ」

 

「何故私がそんな事をする必要がある! お前に私の事なんて分かってたまるかッ!」

 

「ハッ! そんな事、俺が知る訳ねぇだろうが。でもな。こうやって戦ってみて分かる事もあるもんだ。てめぇがただ親父のバロールの仇を討とうとしていた。しかしそれはお前の心の内から湧いたものではない。ただバロールに言われたから義務的に、その生き方しか生き方を知らなかっただけだ」

 

「……」

 

「そもそも俺を殺すのが手段ってならわざわざ一騎打ちに持ち込む必要もなかった。背後から不意打ちでもご自慢の魔術で後方から俺とスカサハを撃ち抜いてもよかった。そもそも最初のあの槍の一撃も手加減していたのが見え見えだ。てめぇの実力なら威力を損なわず、俺達だけを狙い撃ちに出来ただろう。誇りやら一騎打ちに拘る性質でもあるまい?」

 

 頭の中で反論が次々と思い浮かぶ。しかしそれを口にする気はなかった。私は奴の言葉を聞いてそれをあぁ、そうかと感情的な面で受け入れていたのだ。理解はしたくないが納得していたのだ。奴の言う通りなのだと。

 

「それなら私はお前を殺したくないとも取れる。しかしそれはない。今でも私はこの手でお前を殺す意思はある」

 

「だから言っただろうが。てめぇが自分の力で殺そうとしてるんだってな。俺からも一つ聞くぞ。お前は俺との戦いで何を思った? ただ義務感だけで俺を殺そうとしたか?」

 

 そんな事はない。私は奴との戦いのさなか間違いなく、その義務感は頭の中から消えていた。邪眼と邪剣があるという事を奴に指摘され初めて気づいたぐらいなのだから。

 ――――そうか。今ようやく気づいた。私は奴との戦いの中で、歓喜していたのだ。フォモール族の私の全力で戦える事の出来る戦士との戦いに。そして愉しんでいたのだ。

 

「はぁ、やれやれようやく気づいたようだな。見た目も中身も女々しい奴だ。実力だけが合ってねぇな、てめぇは」

 

「あぁそうだな。私は知らず知らずのうちに師匠や仲間達の影響を受けていたようだ。お前のお陰で私というあり方に気づけた。感謝する」

 

 頭をごしごしと掻きながら皮肉めいた奴の言葉にそう返す。本当に皮肉だ。敵で殺さなければならない奴に気づかされたとは。私は自分が思っていた以上にケルトの戦士だったという事か。

 

「あぁ、クソ。こんなの俺の柄じゃねぇつーの。こういうのはスカサハの役目だろうに、はぁ」

 

「感謝しているのは本当だ。そうは言ってもコレは別だかな」

 

 そう言って槍を再び構える。眼と剣はなしだ。そんなものなくても私は奴を殺す、この師匠から譲られた朱槍を持ってして!

 

「へ、よくぞ言った。まだその眼と剣は使うつもりはないみてぇだな。ならばそれを使わせざるを得ない状況持っていくだけだ」

 

 奴もそこで朱槍を構えた。気分が高揚しているのが分かる。早く奴と戦いたい。奴がいう状況になった時私は間違いなく勝利する。しかし、それは私にとって敗北同然の勝利に過ぎない。私はただ師匠の、アイフェの弟子としてここに立っている。ならば負けられない。負ける訳にはいかない。

 

「良いツラ構えだ。てめぇが女なら今のほうが好みだぜ。ま、見た目は女だがな」

 

「ふん。言ってろ……お喋りはここまでだ。そろそろ再開しよう。いい加減待ちくたびれた」

 

「そいつぁ悪かった。さっさと始めよう。なら、いざ尋常に――――」

 

「――――勝負!」

 

 そうして再び、朱い流星が激突した。

 

 




活動報告にてアンケートをします。

完結した後の展開についてです。話自体は既にそこまで出来ています。元々短い話なので。

具体的な内容は完結後この作品の主人公で聖杯戦争編をするかどうかです。締め切りはないのでお答えていただければ幸いです。


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赤枝の双槍

少ないかもしれませんがキリが良いので投稿します。

全盛期兄貴をいつか見てみたいもんです。


 まともな生命がいない影の国の中でも、何もない荒地は今、神々の戦いで破壊されてしまったかのようだった。大地震が起きたように大地はひび割れ、隕石が落ちたかのように大穴がそこかしこに開き、それらの破片が奇怪なアーツのようにそこら中に転がっていた。

 しかし、その場所には誰もいない訳ではない。見る影もなくなった荒地に横になる2人の戦士がいた。クーフーリンとクニァスタである。お互い全力を出し切り、それでもまだ槍が折れるまで、身体が動く限り戦ったのだ。魔力も体力も使いきり、今2人が出せる手札を全て晒した。その結果が引き分け。もっともクニァスタはまだ邪剣と邪眼を使用していなかったが。

 

「ハァハァ、。てめぇ、スカサハ直伝のゲイ・ボルクを食らってもまだ生きているとはなぁ。大したタマだよ」

 

「……お前こそ、師匠から譲られたこの槍を全て受けてなおまだ話せる元気があるとは。流石だな」

 

「おいおい。普通の槍ってのは、剣やらスリングに変わったりしねぇ! 断じてな!」

 

 慌てたように言うクーフーリンだが、対峙している身からすれば槍だと思っていた武器がいきなり形を変えて全く別の武器になるのだ。しかもそれぞれ付与される能力が違うときた。芸達者の彼だが流石に度肝を抜かされたようだ。

 

「ならその例外の槍に今日当たってしまったというだけだ。良かったな」

 

「ハッ、言ってろ!」

 

「あぁ、すまないな。自分でも何か高揚しているというか感じた事のない高ぶりがあってな。こうついいらない事を口に出してしまう。何と言うか、な。少し言葉にしずらいな、これは」

 

 激しいというだけでは全く足りない戦いの後で未だ興奮が治まっていないのだろうかとクーフーリンは思ったが何か違うと感じた。

「お前、今どんな気分だ?」

 

「さぁな。分からない。師匠といた時もこんな気持ちになった事はない。戦いの前の興奮とは違う」

 

「そうか? 俺からすればそうは思えねぇけどな。お前今笑っているだろ。 今の戦い楽しかったか?」

 

「は? 何を言っている?」

 

「だーかーらー、今の戦いが楽しかったかって訊いてるんだよ。笑ってるならそうだって事だろうが」

 

「戦いに楽しみも何もないだろう。そんなもの――――」

 

 クーフーリンに反論しながらもクニァスタは自分の顔に触れて、初めて笑っていた事に気づいた。戦いとは自分にとって生きる意味であり、義務でもあった。そこに愉しみを感じた事など一度もなかった。そこにそんな感情を込めている自分に驚いていた。

 

「何だ。結局はお前もケルトの戦士って事じゃねぇか。ここまで派手でやりがいのある戦いは初めてだ。楽しまないなんて損してるぜ。少なくとも俺は楽しかったぜ。お前はどうだ?」

 

「……」

 

「あぁ、まただんまりかよ。お前はどうしてそんな女々しいんだかねぇ。見た目はまんまだが」

 

「それは関係ないだろう」

 

「へいへい。でもこれで分かっただろう。お前はただバロールに命じられたままの人形じゃねぇって事だ。俺が宣言してやる。てめぇはれっきとしたケルトに生きる人間だってな」

 

「……そうか。お前が言うんならそうなんだろうな」

 

 全てを悟ったように呟くクニァスタはそれは穏やかな笑みを浮かべていた。それは今まで笑った事などない由にぎこちなかったが間違いなく本心から来るものだった。

 

「あーあ、殺し合ってたいうのによぁ。もう一歩も動けやしねぇ。決着はお預けだな」

 

「……良いのか? この眼と剣を使わなかったのだぞ」

 

「馬鹿にするなよ。それはただ俺が弱かっただけの話だ。見てろよ。必ずてめぇにソレを使わせて――その上で俺が勝つ!」

 

「あぁ、覚えておこう。いつか私にコレを使わせるまでに強くなってくれ、クーフーリン」

 

 2人は牙を剥き出しにして笑いあった。

 

「……セタンタ」

 

 唐突に出てきた聞き覚えのない名前に首をかしげる。言った本人は倒れたままそっぽを向いていたが。

 

「俺の幼少期の名前だ。誰にも教えた事のない。師匠にもな。俺の事はそう呼んでくれや」

 

「セタンタ……そうか。フフ。何故だかこう胸の内から湧き上がってくるものがあるな」

 

「おいおい。気色の悪い事いうなよ。見てくれはいいんだがなぁ」

 

「だからそれを言うな!」

 

「仕方ねぇだろう。気の強い女なら抱いてるよ」

 

 そう言って快活に笑うクーフーリン。それに膨れるクニァスタ。その様子は間違いなく傍から見ればただ友人同士がはしゃいでるようにしか見えないだろう。互いに憤っていたとは思えない。

 後にケルト神話のアルスター伝説にて語られるこの決闘は実は3日3晩に渡って行われたと言われており、既に業を煮やしたクーフーリンの師匠のスカサハとクニァスタの師匠のアイフェが戦い、アイフェが敗北した事から影の国での両者の争いは終わりを告げていたのだ。

 後に光の御子と呼ばれ、太陽神ルーの血を引きアルスターの王族でもあるクーフーリン。片やルーに殺されたフォモール族の王にして魔神バロールにその仇を取る為に創られ、後に「邪眼の御子」と呼ばれたクニァスタ。決して混じり合う事のない2人だったが、彼らはこの時、互いを認め合い唯一無二の朋友となった。常に傍らに在り続ける関係となったのだ。そうして彼ら2人による英雄譚はこうして幕を上げた。

 

 ――――その結末が悲劇に終わる事になったとしても彼らは互いを恨まないだろう。それが朋友という何物にも代えられない唯一無二の存在なのだから。

 

 

 

 晴れてお互いに生涯の朋友となった2人だが、周囲はそれを認めなかった。元々敵同士の弟子であり、彼らの血族は殺し合っているのだから当然だろう。そこで2人は互いの師匠に戦いを挑み勝利すれば2人の関係を認めるように要求した。

 スカサハは自分を殺すかもしれないクニァスタに期待を寄せて、アイフェは弟子に邪魔されたクーフーリンとの決闘を望んだ。互いに激戦となった。クーフーリンは勝利したが、クニァスタはその背にある邪剣を放ちその力を持ってしてスカサハを破ったのだ。

 クーフーリンは自分の好みだったアイフェを抱き両国の永遠の平和を約束させた。しかしクニァスタもスカサハに両国に永遠の平和を約束させただけで何も手を出さなかった。彼女の弟子であるクーフーリンの事を思ったからだ。スカサハはそれでは釣り合わないと考え、自分を抱くように迫ったがクニァスタはただ黙ってその場を去った。

 そうしてその関係を認められた2人はクーフーリンの兄弟子で親友のフェルディアとともに影の国を発った。コノ―トの騎士でもある彼は自国に2人を誘ったが、アルスターの騎士であるクーフーリンは自国を裏切る事は出来ないと断り、クニァスタもそんな朋友に着いていった。

 

 

 

 そうして2人は行く先々で武勲を重ねる。

 アルスターの豪族で城塞の主のフォルガルの娘であるエメルを狙っていたクーフーリンが彼女を娶ろうとした。それに怒った父親のフォルガルが総軍で戦いを挑んだのだ。2人は影の国で鍛えたその実力をいかんなく発揮し全軍を皆殺しにした。

 

「……全くお前の女好きにも困ったものだ。うちの師匠の次はエメル姫か」

 

 クーフーリンの腕の中で眠るエメルを見て呆れたようにクニァスタが呟いた。この短い間に既に2人の愛人がいるのだからその反応は当然とも言える。生憎このケルトではそうでもないのだが。

 

「何言ってんだよ。惚れた女はその手で抱くのがケルトの戦士ってもんだよ。俺程度でそんな事言ってんならフェルグス叔父貴はどうなるってんだって話だぜ」

 

「それは……」

 

 微妙な目で見つめるクニァスタに苦笑しながらエメルの艶やかな髪を撫でるクーフーリン。

 

「おめぇが堅すぎんだよ。試しに女の1人でも口説いてみな……その見てくれで出来るんならの話だがな!」

 

 この後、2人の間で大ケンカになりゲイ・ボルク風味の石の投げ合いになった。その騒がしさにエメルが起きて彼らを一喝するまでその喧噪は続いた。

 

 

 

 アルスターに帰還した2人だが、やはりその関係が認められる事はなかった。クーフーリンの叔父でアルスター王であるコンホヴォル・マク・ネサは人間ではないクニァスタを追い出すようにクーフーリンと仕える赤枝の騎士団に命令する。主に忠実なクーフーリンは迷うが、クニァスタはただ殺し合うだけでは自分達の友情は何も変わらないとその戦いを良しとした。

 流石のクニァスタもこれには本気を出し、かの邪剣と邪眼を解放した。赤枝の騎士団は自分達が何をされたのか分からぬまま壊滅してしまった。

 これには流石のコンホヴォルも参ってしまい2人の関係を認め、その実力で赤枝の騎士団へ誘う。こうして「赤枝の双槍」と呼ばれた2人の英雄が誕生した。

 

 赤枝の騎士団になったクニァスタはクーフーリンと酒を酌み交わしていたある日の事だ。

 

「セタンタ」

 

 それまで陽気な雰囲気だった2人だったがクニァスタが急に真剣な顔つきになったのだ。朋友以外に教えなかった自分の幼名を呼ぶ声にクーフーリンも酒の手を止めた。

 

「恐らく私は騎士団で、いや国中の者に畏れられているだろうな」

 

 クーフーリンは黙したままその続きを促した。

 

「現にお前は『光の御子』と呼ばれている。それに比べ私は『邪眼の御子』と呼ばれ『厄災』なんて異名も最近ついたぐらいだ。お前がいなければ討伐命令が出されていたかもしれないな」

 

 自嘲気味に笑う朋友の真意が分からず眉を顰めるクーフーリン。まさかその名声の差に嫉妬していると一瞬考えた。しかしこの朋友に限ってそんな事は思わないはずだ。そう自らの馬鹿な考えを追いやった。

 

「別にそれ自体に何か思うとところがある訳などない。寧ろお前の名がアルスター中に広まる事は誇らしい」

 

「何言い出すかと思えばそんなこっぱずかしい事今さら言う為にそんなシケた顔してんのか?」

 

「まさか。本題はまだ入ってない。まぁ何だ。俺の畏怖された負の名声がお前に響くと思うと俺も申し訳なくて――」

 

 その瞬間だった。話を聞いていたクーフーリンが酒の器を床に叩きつけ乱雑に立ちあがった。誰が見ても一目瞭然だ。クランの番犬は怒りに震えていたのだ。その激情は周りにいる騎士達にも伝わり震撼させた。

 

「その先は言うな。いくらてめぇと俺との仲でもな。言っていい事と悪い事があんだよ。てめぇなら並大抵の事は許せる。が、今回ばかりはそうもいかねぇみたいだな」

 

 並みの戦士なら向けられただけで気絶してしまう殺気を向けられても全く表情を変えないクニァスタ。寧ろ怒り心頭の朋友に溜め息すら吐く始末だ。その様子は随分と人間臭さを感じさせた。

 

「落ち着け。周りの騎士達が怯えているぞ。誰もお前の元から去るなどと言ってないだろう。早とちりしすぎだ」

 

「なんだ。そうならそうと早く言え」

 

「言い終える前にお前が勝手にキレただけだ」

 

 見る見るうちに冷めていく猛犬に騎士達もホッと一息つきもう巻き込まれたは叶わぬとその場を去って行った。それを見たクーフーリンは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「何だ何だ。この程度で尻尾舞いて逃げるなんざ。ホントにそれでも赤枝の騎士団かぁ?」

 

「優秀な戦士はみんな私が殺してしまったからな。残っているのはまだ半人前の戦士だろうな。まぁ、それはともかくとしてだ」

 

「ようやく本題か」

 

「そうだ。兼ねてから思っていた事なのだがな。私の邪剣はともかくとしてだ。この邪眼は強力すぎる」

 

 バイザーで隠れたその両目をクーフーリンはジッと見つめた。彼はその場にいたから分かる、赤枝の騎士団が自分の朋友の邪眼に為す術になく殺された様子を目の前で見ていたからだ。

 

「もちろんこの眼でなしではルーを殺す事は出来ない。お前が隣に立っていたとしても叶うかは怪しい」

 

 それはそうだろう。何しろかの太陽神は最凶の魔神バロールをその手で討ったのだから。その血を受けつぐクーフーリンだからこそ認めたくないもののそれは理解していた。

 

「じゃあ何だ。誓約でもするってのか? ルー以外に使いませんってな」

 

「それはそうだ。私とてルー以外に使用するのは勘弁願いたい。でもそれでは駄目だ。ルーのみに使うのでは意味がない。お前もそう思うだろう」

 

「ったりめぇだ。お前の本気に勝利してこそ本当にお前より強いって証なんだからな」

 

「だから私は『ルーの血を引く者以外での戦いに邪眼は使用しない』という誓約を立てようと思う」

 

「クニァスタ……」

 

「まぁ、何だ。そんな訳だからこれからもよろしく頼むぞ」

 

 そうしてクニァスタは自身に禁忌を立てることによって自分を戒めた、その眼を放たないようにと願って。

 しかしケルト神話において誓約とは他者からの悪意によって破られてしまう事がほとんどだ。そしてクニァスタもその例に漏れず、やがてその誓約は自身を破滅の道へと追いやる事になる。




ケルト神話は話の時系列が結構ごちゃまぜで見落としがあるかもしれません。どこか矛盾があったら教えていただければ幸いです。

追記、活動報告でアンケートやってるので良ければ覗いてください。


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クニァスタの冒険

遅れました……終わりまでもう少しですね。




 アルスター伝説におけるクニァスタの活躍は基本的にはその親友とされたクーフーリンとのものがほとんどだが中には単独での逸話も残っている。もっとも有名なものが「クニァスタの婚約」だろう。

 クーフーリンは影の国を出てから戻る事はなかったが、親友のクニァスタは戻ったという記録がある。

 影の国の女王であるスカサハは今まで戦いに負けた事のない自分を初めて圧倒しながらも、何もしなかったクニァスタに屈辱を覚えていた。そこで自分の娘であるウアタハを使いに出してもう一度戦うように伝えた。しかしウアタハはクニァスタの女々しい外見で強大で畏怖している自分の母親が負ける筈がないと決闘を挑んだ。邪眼を隠し邪剣も呪符で覆っているクニァスタは確かにその女性のような容姿からよく他のケルトの戦士に喧嘩を売られ、親友のクーフーリンがその全てを叩き潰したという。

 

 クニァスタはその決闘に勝利する。その際に初めてウアタハはクニァスタが男だと気づき自分の求婚者を追い払うように懇願する。クニァスタはそれに応じてその求婚者と戦う。しかし求婚者の戦士はその自由自在に形状が変わるというアイフェより与えられた呪槍を警戒して素手で戦うようにクニァスタに求めた。それを了承して2人は戦うが求婚者はクニァスタの身体を傷つける事すら出来なかった。そしてフェモール族の絶大な身体能力で捻り潰されたという。

 ウアタハはクニァスタに求婚した。クニァスタは拒否しようとするがしなければ自殺すると脅し2人は夫婦となった。

 

 これを見て面白くないのはスカサハだ。娘が欲しくば影の国に来るように弟子であるコンラを通じてクニァスタに伝えた。律儀で義理堅いクニァスタは2人を連れて影の国に赴いた。

 

「久しいな。アイフェの一番弟子よ。その女々しい面構えで、よくもまぁ我が娘を誑かしてくれたものよな」

 

 自分の娘に目を向けるが、サッと目を逸らされるスカサハ。

 

「私は誑かした覚えなどないが……そっちこそ弟子が私の師匠を抱いて挙句に子供まで作っただろうに」

 

 クニァスタは横にいたコンラへと目線を向けた。スカサハはそれを指摘され顔を顰めた。

 

「フン。癪だがあの馬鹿弟子はアイフェを打ち負かしたからな。敗者は勝者の要求を呑むのは当然であろう。もっとも貴様は私に屈辱しか与えなかったが……」

 

「私はただセタンタとの関係を認めてもらいたかっただけで、別に貴方に恨みがある訳でも、抱きたかった訳でもない」

 

「そんな事を言うと変な勘違いされるぞ……友情だというものは分かってはいるが、嫉妬してしまうな、うちの馬鹿弟子とお前との関係には。だろう、わが娘よ」

 

 今まで表情を変えなかったスカサハが何故か笑みを浮かべていた。クニァスタの背後に控えていたウアタハは急に振られ、ビクっと震えた。その瞬間、ウアタハとコンラの背筋に、寒気よりもひどい何かが通った。

 彼らは知っている。この表情をする彼らの師匠はどうしようもない程、怒っているという事を。

 

「ウアタハよ。一言断っておくが私とセタンタの間にはただ朋友としての関係があるだけだ。そこに邪な感情はない」

 

「ふ。ならば問うぞ。我が娘よ。貴様は奴に抱かれた事があるか?」

 

 その時。ウアタハに電流が走る! 既にコンラはゲイ・ボルクを投げる際の構えになり逃亡態勢が整っていた。

 

「い、いえ私はまだ我が愛しの君には……」

 

「ふ。つまりそやつは真にお前の事など思っていないのだ。そやつの頭にあるのは我が馬鹿弟子の事のみ。なんせいつも引っ付いているぐらいだ。寝室にもな」

 

 流石の暴露にコンラやウアタハも絶句してしまった。これでは本当に愛人の関係だったからだ。

 

「やはりクニァスタ様……クランの猛犬と……」

 

 よからぬ妄想を始めたウアタハは真っ赤になっている。確かにこの時代、同性愛も受け入れられていたがそこまでおおぴっらな訳でもなかったからだ。その関係を公言出来るのはアルスターの豪傑で絶倫と言われているフェルグスぐらいなものだろう。

 

「む。何を言っている。ただあいつと一緒に寝ただけで特に何もしてない。何だその眼は!」

 

「く。やはりフェルグスの馬鹿に育てられた影響がここに……!」

 

「クニァスタ様。やはり男がよろしいのですか! だから私を抱かずに……」

 

「ち、違う。とにかくあいつとは何でもない。ただ唯一無二の朋友というだけでそれ以上でもそれ以下でもない!」

 

 必死で否定するクニァスタにやがてスカサハもた溜め息をついてとりあえずその言葉を受け入れた。信じているかは別のようだが。

「話を戻そう。私は別にお前達の結婚を邪魔したいわけではない」

 

「母上……! でしたら!」

 

 この時クニァスタの胸中には既にウアタハとの婚約が外堀を埋められて決まってしまっている事に戦慄を覚えていた。

 

「しかし、いくらそやつと言えどもそう簡単にはい、そうですかと私も引き下がる訳にもいかぬ。借りもあるのでな。そこでだ。私ともう一度戦い、見事勝利すればウアタハをやろう」

 

「敗北すれば?」

 

「なぁに。簡単な話だ。クニァスタよ。お前が私のモノになれ」

 

「な! 母上!」

 

「元はと言えば、あの時の因縁が始まり。これはその清算といったところか」

 

「あの邪剣には驚かされたが次はもうないぞ」

 

「ああ、受けてたとう。今度こそ決着だ」

 

 そうして2人の戦士の戦いが再び始まった。

 

 

 

「また負けたか……これでも修行に入れる熱を一層増やしたのだが」

 

 倒れ伏しているスカサハ。見つめる先にはこの決闘の勝利者であるクニァスタが立っていた。その手にはアイフェより贈られた呪槍と滅多に使う事がなかった邪剣が禍々しい魔力を放出させながら握られていた。

 

「この邪剣を使わせた時点で貴方の勝利だ。影の国の女王よ。もしこれがなければ私は負けていた」

 

「また前と同じ事を言っているぞ。謙遜も過ぎると不快に感じるというものだ。どうせ私を殺さないのだろう、クニァスタ」

 

 初めてその名を呼ぶスカサハはどこか満足気だった。もう自分では手の届かない領域に自分を二度も打ち負かしたこの戦士が辿り着いてるからだろうか。そしてその身体に違和感を感じた。今まで半ば亡霊と化していた身体が人の身に戻ったような……

 

「ふふふ……どうやら私という存在は影の国から放たれようだ。この若造に負けたからか私という存在を神々が受け入れたのか。いやそれとも……」

 

「何がおかしい?」

 

「いやこれからの事を思うとな。どうやら私を縛る鎖がなくなったと思うと笑いが止まらなくなってな。許せ」

 

「まぁ良い。これでウアタハとの……その、なんだ。婚約を認めてもらうぞ」

 

「あぁ、約束だからな。後それともう1つ頼みがある」

 

「何だ?」

 

「この身をお前に捧げよう。『邪眼の御子』よ」

 

 ――この私を影の国から解いたのだ。責任は取ってもらうぞ――

 

 

 

「いやぁ、まさかお前があの2人を娶るとはなぁ。お前もケルトの戦士って事かねぇ」

 

 影の国から戻るとセタンタはクニァスタに付き従う自分の師匠とその娘を見て驚いていた。ケルトではそう珍しい事でもないが、堅物そのものといえる親友にまさか自分の師匠とその娘を受け入れる度胸があるとは思わなかったのだ。

 

「娶ってなどいない。ウアタハならまだしも、スカサハに至っては勝手に着いてきただけだ……責任など言われてもどうしようもないだろう」

 

「いやいや、てめぇは女っ気がなさすぎんだよ。見た目がそんなんだからかもしんねぇがな。せっかく俺とタメ張れる強さを持ってんだ。もっと口説かなきゃ損ってもんだ」

 

「そもそも私の身体に性別などない。自由自在に変化できるからな。私に2人の女を抱く器量はない。ウアタハだけで十分だ」

 

「ひゅう。お熱いねぇ。でも師匠だって良い女じゃねぇか。というか、てめぇウアタハですらまだ抱いてもいねぇだろうがよ」

 

「……」

 

「そんな堅く考える事かねぇ。あいつらはてめぇに負けたんだ。その時点でてめぇのもんなんだよ。だったら抱くのは当然の権利だろうが」

 

 クニァスタは人間ではなく今はもうほとんど滅びた人外の怪物フォモール族である。しかもその王であるバロールの身体から生まれているので、純正の血が流れている。彼らは本来、人を食い厄病をばら撒く不吉の象徴とされていた。その生まれも単に男と女が混じりあうものでなく神秘性の強いこの時代の魔力から自然発生しているものがほとんどだ。中にはダーナ神族や人と混じりあった者もいるがそれは例外である。

 クニァスタもそんなフォモール族の本能が残っているのかウアタハやスカサハを抱こうと思わなかったのだ。

 

「まぁ何だ。特にうちの師匠は自分を殺せる戦士って事でお前にえらくご執心だ」

 

「お前では駄目なのか。それぐらいの強さをお前は持っているだろう」

 

 するとクーフーリンは痛い所を突かれたといった表情で頭を掻いた。

 

「あー、俺じゃあダメなのよ。スカサハ曰く俺は若死にするらしくな」

 

「おい!」

 

 自分の死を人事のように軽く言う親友に、滅多に感情を出さないクニァスタも声を荒げた。ケルトの死生観では死とは終わりではなく、生まれ変わりへの始まりともされておりそう恐怖を抱く事ではない。しかし死という概念がその眼によって理解出来てしまうクニァスタにとって恐ろしいものでしかなかった。

 

「何カリカリしてんだ。死ぬなんて精一杯足掻いて生きた結果なら特別、後悔なんてないだろうが。俺もそうだしな。他の連中だってそうだ。そんな特別な事じゃあるめぇよ」

 

「セタンタ……それでも私はお前に死んで欲しくない」

 

 親友のその男らしくない弱弱しい呟きに腕を掴まれて、クーフーリンはカカと快活な声を上げた。

 

 クニァスタはスカサハとは結ばれる事はなかった。しかし愛するのは既に婚約していたウアタハのみとした。その為『妻以外の女を抱かない』という誓約を立てた。そしてクニァスタはウアタハだけを抱いた。自由自在に身体を変形できるフェモール族の身体を生かして男の身体となってウアタハと結ばれたのだ。

 クニァスタは何よりクーフーリンとともにある事を望んだ。唯一無二の親友を死なせたくないという理由でいつも隣にいる事に選んだ。そんな自分がウアタハのみならずスカサハを抱くとなると、彼女らをないがしろにして悲しませるだけだと思ったのだ。それを告げるとウアタハもスカサハも悲しそうに笑った。

 しかし、それ以後もスカサハは何回もクニァスタに迫っている。

 

 

 

 クニァスタ単独の逸話で有名なものはもう1つある。それは「コンラとの決闘」と言われているものだ。コンラはクーフーリンが影の国にいた頃に、師匠であるスカサハの宿敵アイフェとの間に生まれた子である。父親と同じようにスカサハを師事しており、並みのケルトの戦士を遥かに上回るその実力は、クーフーリンの血を確かに受け継いでいた。

 コンラは船に乗ってアイルランドまでやって来て、巨大な海鳥を次々と投石で落としていった。これに恐れを抱いたアルスター王はアルスターの戦士を次々と送りこむが、コンラはそれら全てを名を名乗らずに討ち倒した。

 王はアルスター最強の戦士であるクーフーリンに倒すように命令するが、親友であるクニァスタが自ら志願した。話を聞いてコンラと面識のあるクニァスタはすぐにその正体に思い至ったからだ。師であるスカサハが一緒に行こうとするが、師を奪ったのは自分だとクニァスタは同行を拒否した。

 

 コンラはその身に光の御子の血を引く優秀な戦士だ。しかしその大英雄と同等とされるクニァスタが相手では、まだまだ幼いコンラでは勝てなかった。

 クニァスタは親友の息子を殺す事は忍びないと見逃して自分の弟子にした。コンラは唯一の弟子とされており、後にクニァスタが持つ朱槍を譲り受けている。

 

「で、どうよ。コンラの奴は? 元気にしてるかい?」

 

 クーフーリンは自分の息子を弟子にしたクニァスタの事を話で聞いて大笑いしていた。何がそんなに可笑しいのかクニァスタは分からなかったがウアタハもスカサハも声には出さなかったが笑っていた。

 

「あれは良い戦士だ。たまにスカサハとも戦っているが、成長したらお前や私以上の戦士になるぞ」

 

「それは楽しみだ……ま、なんせ俺の息子なんだ。それぐらいやってもらわねぇとな」

 

「父親なんだからたまにはお前も会いに行ったらどうだ。師匠は距離があるからまだしもお前はすぐに会えるだろう」

 

 クーフーリンは未だに息子と会っていない。どちらも嫌っている訳ではないが積極的に会いに行こうとしていないのだ。

 

「戦士となったからには子も親も関係あるめぇよ。いつかあいつが俺達に匹敵するぐらい強くなったらそん時は相手になってやる」

 

 ケルトの戦士らしい言葉にやれやれと首を振るクニァスタだが、クーフーリンは何がおかしいのか分からず首をかしげるばかりだった。




アンケートを活動報告でやっているので、もし良ければ覗いてやって下さい。
内容は今作完結後にする話についてです。

9/27 追記 感想欄にて主人公の行動が不義理だとの指摘を受けたので少し内容を変えました。結んだ誓約は『女を抱かない』から『妻以外の女を抱かない』というものです。それに伴って台詞を少し変更しています。
大筋には影響ありません。


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天地焼却するは我が太陽

今回は短いですがキリが良いので投稿します。


 アルスター伝説の大英雄クーフーリンとクニァスタの2人でもっとも有名な逸話が「太陽神ルーとの決闘」だ。ケルト神話の主神で太陽を司る神ルーに挑む。

 

 2人はお互いの事を心から信じあえる親友である。そして愉しみも苦しみも2人は分ちあっていた。しかし本来。クニァスタが作られた意義とは太陽神ルーを殺す事であり、父バロールの仇を取る事である。クニァスタは親友と時間を過ごす事を心から楽しんだが、それと同時に自分の使命を果たせねばならないとも思っていた。確かにこの身はもはやバロールの傀儡ではないがそれでも自分を生んだ父親である。与えられた使命を果たせねばならないと思っていたのだ。その悩みをクーフーリンに打ち明けると笑い飛ばされたのだ。

 

「そんなちっちえ事で悩んでんのか。ホントにお前はケルトの男らしくない堅ささね。そこがお前の良い点なんだが」

 

「笑い事じゃない。真剣に悩んでいるんだ」

 

 一見険悪な雰囲気に見えるが、さっぱりとした気質で軽い調子のクーフーリンが感情を表に出さずひたすら実直なクニァスタをからかって拗ねられるという事は多々あった。

 

「いやいやそこは簡単な話じゃねぇか。ルーの野郎をお前が討ち倒せば良い」

 

「それはそうだが……」

 

 表情を変えずに淡々というクーフーリンにクニァスタは眉を顰めた。ルーとはクーフーリンにとって実の父親にあたる神である。つまり平然と自分の父親を殺す事を薦めているのだ。ケルトでは家族間で殺し合いをする事は多々あり、そこに葛藤など言ったものを入れる余地はない。戦場に立った以上は一人の戦士だからだ。ケルトのそういった死生観をあまり受け入れていないクニァスタからすれば聞き心地の良い言葉ではなかった。

 

「どうせお前の事だから俺の親父を殺すのは駄目だとか思ってんだろう? お前が気にする事じゃねぇよ」

 

「しかし、奴はお前の実の父親で……」

 

「俺は別にルーの事を父親とか思ってねぇよ。お袋を孕ませたのが、ただルーの野郎だっただけだ。義理もクソもねぇよ」

 

 クーフーリンの母デヒテラは妖精の丘に行ってある夫婦の家に妖精に招かれた。その夫婦には子供が生まれデヒテラは可愛がるが、その子供は病気で死んでしまう。悲しみに暮れたデヒテラは夢の中でルーに出会いその死んだ子供が腹の中に宿ったと告げられる。その子供がルーの血を引き、後のクランの番犬と言われるセタンタなのである。

 セタンタは自分を生んだルーに感謝こそするが、自分の親友の宿敵ならば槍を向ける事に躊躇いはない。もしルーを殺す事を望むならばそれを手伝ってやるというのが親友というものだ。

 

「それにだ。俺は会った事もねぇ神様の父親なんぞよりもお前の悩みの方がよっぽど重要ってもんだ」

 

 裏表のないその表情にすっかり毒気が抜けたクニァスタはフッと笑った。

 

「俺は本当にお前に与えられてばかりだな」

 

「何を今さら。俺とお前の仲で水臭ぇ事言ってんじゃねぇ。だから礼は言うな」

 

「そうだな……俺も決心がついた」

 

 こうして2人は太陽神ルーに挑む事になる。相手はアルスター伝説のおける最強の神。かの『光の御子』と『邪眼の御子』と組んだとしても勝てるか、いや生き残れるかどうか分からない。何しろクニァスタの持つ邪眼のオリジナルのバロールを討った程の強さを持つ万能神である。

 あらゆる攻撃を防ぐフォモール族の身体能力を持つクニァスタの弱点。それは奇しくも父のバロールと同じ邪眼そのものである。そこを狙われたら一溜まりもないだろう。クニァスタは隣に立つ親友を信じ、クーフーリンもまた親友を信じた。

 

 

 

 

 神であるルーや妖精となったダーナ神族はアイルランドの外側からやって来たマイリ―ジャ族に追いやられ地上から姿を消した。中には人間として生まれ変わったりしている者もいるが、大半はひっそりと山奥や地下奥に隠れている。そして神であるルーは世界の裏側にいるだろう。

 その道のりは命がけで困難であった。様々な幻想種が2人を襲った。時には人間に化け背後から襲われる事もあった。しかし影の国でもっと凶悪な魔物をしっている2人にとって倒すのはたやすい。これならば己の師匠達の方がよっぽどスパルタだと笑い会った。

 そしてついに2人は、妖精にその道中を案内されてルーの元へ辿りついた。

 ルーは初めに自らの息子に問うた。

 何故ここに来たのか、と。クーフーリンはただ一言。

 

 ――我が親友の為に――

 

 ルーは何も答えない。ただその光り輝く瞳で見つめ返した。並みの戦士ならただそれだけで気絶してしまうであろう神気。ケルト神話の最高神が2人を試していた。自分と戦うのに相応しい戦士かどうかを。クーフーリンはこれまで戦ってきた戦士の中でもこの神は文字通り格が違った。神と人間の差。自分の師匠は神を殺しているが、この太陽神はそこらの神とは違う最高神である。さしもクーフーリンも冷や汗をかくほどだ。

 ただそんな事を相手に悟らせる訳にはいかない。ただ不敵に笑って見せた。その程度なのか、と挑発したのだ。

 そこで満足そうに頷くルー。自分の息子の成長を確かめたのだ。

 そしてクニァスタの方を向いた。圧倒的な敵意を込めて。

 

――我が宿敵たるバロールの眼を持つ……フォモールがまだこうもそちら側で生きているとは。しぶとさだけは我らが一族を優に勝る――

 

「私を見逃したのがお前の過ちだ。その過ちはここでお前を殺す遠因となる。我が父の仇だ。墜ちろ。太陽の化身よ」

 

 もはや両者に言葉は不要。光り輝く太陽の化身に『光の御子』と『邪眼の御子』は朱き愛槍を向けた。ルーも自分が操る最強の槍「ブリューナク」を構える。その槍はダーナ神族の王ヌァザより譲られた魔槍で稲妻のごとき神速と熱量を持ってして敵を焼き尽くすと言われている。

 2人は自分の槍を投擲する態勢へと移った。ルーは様子見と言わんばかりに黙って眺めていた。初手は譲られた。2人はその事が剛腹でもあったがその勇ましさに感服もした。ならばこの一撃でルーの目を覚ませてやろう。

 

 ――――突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)ィ!

 

 ――――劈き穿つ神殺の槍(ゲイ・ボルク・タスラム)ッ!

 

 2つの朱い流星がルーを襲った。大地を抉り、周囲の地形を木っ端微塵にしてもはや何も残っていなかった。砂埃に映る一つの人影を除いては。

 

「かすり傷一つねぇのかよ。クニァスタの槍は神さんには効く筈なんだがなぁ?」

 

 クニァスタのゲイ・ボルク・タスラムはバロールを殺した魔弾であるタスラムの欠片を埋め込んでいる。神であるルーにも訊かない訳ではないが……

 

「いや、間違いなく効いている。その証拠に――――奴が立っていた場所から一歩下がっている」

 

 言われてセタンタも目を凝らすとルーの右足が一歩分下がっていた。その事実に、から笑いしか出てこなかった。しかし寧ろクーフーリンの心中に火がついた。これで良い。自分達の2人がタッグを組んで戦うのだ。それぐらいはやってもらわねば困る。あぁ、これほどまで闘志が燃え滾ったのはクニァスタとの決闘以来だ。

 ルーは表情全く変えず淡々と2人を讃えた。最高神である自分の身体を一歩とは言え下がらせたのだから。

 

――よくぞ。我が身を退けた。これは褒美だ。我が一撃を受け取るが良い――

 

――――廃塵に帰せ。これこそが天より下される我が裁き――――

 

――――天地焼却するは我が太陽(ブリューナク)――――

 

 その瞬間、五つの流星が天より降り注いだ。圧倒的な熱量と光があらゆるものを覆いつくし焼き尽くした。世界が焼却すると錯覚せんばかりに。

 

「迎え討てェ! 抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)ゥゥウ!」

 

 そしてクランの番犬はただ眺めているだけではない。親友を守る形で前に飛び出し再び愛槍を投げた。それはクーフーリンのの肉体を崩壊させる勢いで限界を無視した投擲が大地に降り注ぐ五つの流星のうち一つを迎え討った。苦痛に顔を歪めるクーフーリンだがルーン魔術により自壊するまでには至っていない。もし後、数秒遅れれば2人は間違いなくこの流星に焼き尽くされていただろう。

 周りの大地はあまりの熱に溶岩化しておりルーと2人が立っている場所以外は灼熱地獄と言わんばかりの光景だった。すぐに2人はルーン魔術で自身を守った。

 

 ――ほう、これを耐えるか。我が子と邪眼の忌み子よ――

 

「はん。この程度どうって事ねぇよ。親父殿?」

 

「……だが流石にこのままではまずい。セタンタ、私の邪剣を解放する」

 

 背中の鞘に収まったままのそれは呪符で覆われており一見、ただの長剣にしか見えない。しかしそれはバロールを殺したタスラムのバロールの死体を加工して作られた魔剣を上回る邪剣である。

 

「……ま、そらそうだわな。アレ相手に突っ込むなんざごめん願いたいね」

 

「こいつを最大解放すれば奴を倒せるかもしれない。しかしそれをすると大きな隙が出来る」

 

 まだクーフーリンもクニァスタも邪剣で本気で解放した時の威力を見た事がない。ただその規模を50パーセントに抑えただけでクニァスタと敵対した赤枝の騎士団の戦士を殲滅した。つまり100パーセントの威力ではクニァスタ本人ですら想像がつかない。しかし。

 

「この邪剣が震えている。目の前にいる奴を切らせろと叫んでいる。おそらく奴を殺せる威力は出る筈だ。我が父の怨念がこもった本気の一撃だ。いくら奴とはいえただで済むはずがない」

 

「俺にその時間稼ぎをしろって事だな」

 

「あぁ、あいつもさっきの一撃をもう一度放つには時間がかかるはずだ。頼めるか……?」

 

 するとその問いにクーフーリンはニィといつも調子で笑った。

 

「俺を誰だと思ってやがる。お前の準備が出来るぐらいまでが耐えてやるさ。見てろよ」

 

「あぁ、任せた!」

 

「応ッ!」

 

 




活動報告でアンケートやっているので良ければ覗いてやってください。

ちなみに今一番多いのはFGO編ですね。

追記 地の文が少し薄かったので追加しています。大筋は変わりません。


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太陽墜とす呪いの邪剣

ルーとの決闘はこれで終わりです。
次回から牛捕り編ですね。

それにしてもUA数やお気に入り数が凄い増えていたのでびっくりしました。
これからもよろしくお願いします。


 クーフーリンは万全の態勢で挑むために己の息を整え、自身の身体の中央を意識する。ルーと一対一で戦うのだ。時間稼ぎとはいえ真正面から馬鹿正直に突っ込むのは無謀だ。ルーが振り回すブリューナクに耐えきれる身体と技量が必要だろう。そしてその為の策はある。背後の親友が全力の一撃を放つまでくらいは耐えてやる、と誓った。

 

――我が子よ。我に一人で挑むか。勇敢だが無謀である――

 

「うっせ。俺はまだまだ本気をアンタに見せてねぇよ。クニァスタ、さっきの発言は撤回だ。時間を稼ぐのは良いけどな――――別にアレを倒してしまっても構わねぇよな」

 

「セタンタ……あぁ、もちろんだ!」

 

 その瞬間、クーフーリンが持つ呪槍ゲイ・ボルクが黒く変色しそれがクーフーリンの身体を侵食していった。そしてそれはやがてクーフーリンの軽装な見た目を禍々しく毒気のある鎧へと姿を変えた。

 それはクニァスタも初めて見る親友の姿だった。その姿はゲイ・ボルクの素材の元となった紅の海獣クリードの姿である。

 

「この鎧を使うのは初めてだ。が、アンタが相手にはちょうど良いシロモンだぜ」

 

――なるほど。かの海獣の骨を使用した鎧か。それならば我と打ち合う事は出来よう。だが我が子よ。その苦痛に耐える事ができるか?――

 

 かつてアイルランドから遥か遠き中東の紅海で住んでいた二大海獣クリードとその宿敵のコインヘンの姿を模したその鎧は膨張してクーフーリンの身体を内部から骨という形で蝕む。身体の内側から狂いそうになるほどの激痛を受けながらルーン魔術で無理矢理身体を回復していくその姿は異様であり、『光の御子』の異名には程遠いものであったが親友の為ならば毛ほどの辛さもなかった。

 

「全種解放……加減はなしだ! 絶望に挑みやがれッ! ――噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘル)ッ!」

 

 その身体から無数の生えた棘、その一本一本がゲイ・ボルクといえる。その針が突き出た腕を振るいルーに迫る。かの太陽神といえど単純ながらその凶悪な攻撃を何度も受ければ致命傷なりうる。しかしルーもブリューナクでその全てを捌き切り、圧倒的技量で逆にクーフーリンを追い詰める。

 身体の性能を陵駕した運動に内部から崩壊が始まる。その度にルーン魔術で回復する。ここまでいって初めて太陽神と戦える土俵に立っていた。しかしここで追い込めなければ確実に負ける。クーフーリンはとどめと言わんばかりに短剣を取り出した。それは『堅き堅頭(クルージーン)』と言われるクーフーリンが戦場にてもっとも多く愛用した短剣。それを口に加えて、何と間合いの外で振り回したのだ。

 

「まだまだぁ! これならどうだ! 水を写すは堅き堅頭(クルージーン・カサド・ヒャン)ッ!」

 

 刀身から水が噴き出し刃が鞭のようにしなった。その短剣は所有者の意思に応じて刀身の長さを自由自在に変える魔剣である。氷のように透き通った刃はルーの首にあらゆる方向から襲い掛かる。

 

 全身のあらゆる部位を使ってルーを殺そうとしている。例え地べたを這いずり回っても全力で戦うその意思をルーは評価した。それでこそ我が息子だと。

 とはいえさしものクーフーリンもこのままではジリ貧だという事は分かっている。ルーがもう一度『天地焼却するは我が太陽(ブリューナク)』を使用すれば背後のクニァスタもろとも焼かれて敗北する。時間を稼ぎすぎて相手にブリューナクの魔力を貯める時間を与えてしまった挙句に真名解放されてしまう事こそが最悪の展開と言えた。

 つまりこの戦いは2人にとっては、クニァスタがどれだけ邪剣に魔力を貯める時間を短くして、敵より先に宝具を解放出来るかに掛かっているのだ。クーフーリンはその間の時間稼ぎと、ルーに真名解放の隙を与えないように攻撃をし続ける事こそが、今勝利に貢献出来る最大の役割だった。

 そして、ついにその時が来た。ルーは片手から光り輝く太陽のごとき球体を具現化させたのだ。そしてそれは短剣の形へと姿を変えた。

 

――そろそろ終わらせるとしよう、わが子よ。これは我が頼みにするもう一つの武具――

 

――――斬り放つ太陽の剣(フラガラッハ)――――

 

 その瞬間、クーフーリンの禍々しくもどんな剣でも破る事は出来ないはずであろう鎧に切れ目が入ったのだ。そして鮮血が付着したクルージンを口から落とした。すぐにルーン魔術で回復しようもそれを上回る呪いがクーフーリンの傷に付与されていたのだ。

 

 ルーが使用したのは後の時代にフラガラックとも呼ばれる魔剣。保有している能力は5つあるが、これはそのうちの1つで『因果抹消』の呪いである。その内容は「対象を斬る」という結果以外の未来を抹消し残った「斬る」という結果だけを残すという凶悪な呪いである。

 海神マナーン・マクリルより与えられた神造兵器であるこの魔剣はかのゲイ・ボルクの呪いよりも強力で、素材となった『噛み砕く死牙の獣の鎧(クリード・コインヘル)』をも突破したのだ。そしてその致命的な隙は既に魔力を貯め込んだルーにとって、もう一度全力のブリューナクを放つのには充分すぎた。

 

――最愛の親友とともに散れ。死んで生まれ変われば、我らダーナの民として迎え入れてやろう。安心するが良い、我が子よ――

 

「んなもん嬉しくもなんともねぇよ。生まれ変わったらもう一度クニァスタと会ってお前を殺すだけだァ!」

 

 気丈に振る舞う息子に微笑むルー。その生き様は讃えよう。自分は忘れはしない。神である自分に果敢に挑んだ2人の戦士を。そしてこの一撃は自分が放つ事の出来る正真正銘の最大威力である。

 

――降り注げ。天地焼却するは我が太陽(ブリューナク)――――

 

 再び大地が炎の地獄か、それ以上に破壊されるとクーフーリンは思った。そしてその直後だった。

 

「セタンタ! そこをどけ!」

 

 クーフーリンは親友のその叫びで全身を襲う呪いと傷を無視して全力でクニァスタの背後に回った。

 クニァスタは見た目だけは何の変哲もない黒い長剣を上空にかざしていた。まだ一度しか使用した事がない邪剣。それも半分程度の威力だ。これは正真正銘、全力の一撃である。

 

――――これこそは我が魔神なる父の憎悪の象徴! 太陽墜とす呪いの邪剣(フォモール・マラハック)!――――

 

 天より落ちる流星に向かうは、怨念ともいうべき黒く染まった魔力の斬撃。その全ては邪眼バロールが死ぬ間際に自身を殺したルーへの憎悪。奴を殺せと言われ祝福されて生まれたクニァスタが持つ最凶の邪剣。ブリューナクのような周囲を殲滅する圧倒的な破壊がある訳ではない。刀身より波動されるのはバロールが念じた死の呪いである。神であろうと人であろうと、獣や植物であろうと生きとし生ける者すべてに死の呪いを付与した膨大な魔力を広範囲に放出し、撒き散らすのだ。付与された生物は痛みもなくただ緩やかに死を迎えるまさしく最上位の呪いである。

 クーフーリンがかつて目にしたソレとは全く比べ物にならないその威力は神をも殺し得る。ましてや相手がバロールを殺し、その呪いの対象のルーならばその威力はもはや規格外ともいうべきものだ。5つの流星もろとも飲み干し、ルーに向かって押し寄せる魔力の波はルーの意識を一瞬で刈り取った。

 

――これは、バロールの……! まだ我は死ねん。こんなフォモールの生き残りに我は……!

 

 ルーは全身に死の呪いを与えられながらも踏みとどまり、まだ大地に立っていた。その呪いは神であろうと抗う事すら難しいというのに、だ。後、もう一撃何かいる。しかし、全ての魔力を使い果たしたクニァスタはもう限界だ。

 

「終わりだ! セタンタ、後は頼む!」

 

 親友のその言葉だけで意図を理解した。クーフーリンは『噛み砕く死牙の獣(クリード・コインヘル)』を半ば強制的に解除した。そして取り出したのは自らの相棒というべき朱い長槍。

 

「やっぱお前は最高だぜ、クニァスタァ! ――穿て――『刺し穿つ死棘の槍』!」

 

 その槍先にルーの心臓が突き刺さった。一度、放てば敵の心臓に必中する『因果逆転』の呪いを持つ朱槍。これでケルト神話の最高神にして太陽神は倒れる事なく生命活動を止めた。それは2人の勝利を意味していた。

 

「あ~あ、まさかバロールの邪眼なしで俺達が勝ってしまうとはな」

 

「この眼は最終手段だった。一度、父を殺した奴はその弱点も知っているはずだからな」

 

「弱点のソレを見せるとルーの野郎間違いなくタスラムを撃ってきやがるからなぁ」

 

 クニァスタはこの眼を使わなかった安心していた。死を強制的に視認するこの魔眼はクニァスタにとって吐き気を催すものだからだ。もちろんいざとなれば使用を躊躇わないつもりで『太陽墜とす呪いの邪剣』が効かなかった場合は、解放するつもりだったのだ。しかし、バロールの身体とタスラムで作りだしたこの剣にルーへのあまりの怨念が強すぎる呪いとして纏わりついていた為に、結果として邪眼を使わずにすんだという訳だ。

 誓約を結んでまで使用を制限したというのに結局使わなかったという事実におかしくなかったが、勝利したのだから問題はない。

その事実に2人はしばらく焼け野原となったその場所でしばらく笑いあっていた。 

 こうしてアルスター伝説史上未来永劫語り継がれる事となる『神殺し』の偉業を2人の御子は成し遂げた。しかしこの話には続きがある。

 

 

 ルーとの決闘の後、クニァスタは邪剣を手放す事になる。それはケルト神話に登場する神々がクニァスタに対し危機感を募らせたからだ。ケルトの神々はそのほとんどがダーナ神族で、かつてその王であったルーが滅ぼしたフォモール族のクニァスタはいずれ自分達にもその剣先を向けるのではないかと考えたのだ。ルーを殺す事しか考えていなかったクニァスタは否定したが、神々は信じなかった。 何とかクニァスタの手から邪剣を奪えないかと考えた神々は、クニァスタがかつて影の国の女王をしていたスカサハをその運命から解き放った事を利用してその責任を取るように告げた。神々はクニァスタに生きている間は邪剣を神々に預けて、死後その魂を影の国に縛り付けて、邪剣を返し王として君臨するように告げた。

 クニァスタはその要求を呑んだ。スカサハの人生を変えた自分がその責任を取らねばならないと言って邪剣を神々に預けた。代わりにダーナ神族の母神であるダヌからルーが使用していたブリューナクを授かった。使い手がルーでないのでその威力は下がるが、クニァスタは喜んで受け取った。

 

 これがクニァスタにとって親友と過ごした輝かしい栄光の日々の終わりの始まりであり、これ以後2人の人生は暗い影が付きまとうようになる。




活動報告でアンケートやっているので良ければ覗いてやってください。

やはり今の所FGOが一番です。
ガウェインが強くて第6章詰んでいる作者ですが頑張ります。


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クーリーの牛争い

何か月振りです。忘れていた訳ではないです。もろもろの事情です、はい。
完結までプロットっぽいのは出来てます。エタリはさせません、絶対に。


 アルスターの隣国には四つの州が存在しておた。そのうちの一つ、コノートには夫婦で国を治める二人の王がいた。アリル王と女王メイヴである。あらゆる男を虜にする美貌と肢体を持つメイヴは夫のアリルを上回る権力、名誉、兵力を持っていたが唯一、自分が持っていない優れた財を夫は持っていた。それはフィンヴェナハという巨大な牛である。その大きさはすぐ側に作られた影で百人の戦士を休ませる事が出来る程で、またその母乳で数十人の人々を養う事ができた。

 見た目こそ美しいが、その内面は嫉妬深いメイヴは、アルスターにいる褐色の牛ドン・クアルンゲを友誼を理由にアルスターから借り受けようとするが、断られてしまう。これに激怒したメイヴはアルスターに自らが産んだ屈強な戦士達を率いてアルスターに攻め入った。この中にはかのクーフーリンの叔父であり元赤枝の騎士団にいたフェルグス・マックロイもいた。

 彼はアルスター伝説一の悲劇のヒロインといわれるディアドラを巡って、コンホヴァル王と対立する。

 フェルグスは彼女の恋人のノイシュと友人であった。しかしコンホヴァル王は美しい容姿のディアドラ欲しさに、彼女とノイシュを逃がしたフェルグスの息子達やノイシュを含む兄弟達を謀殺した。これに激怒したフェルグスは同じ思いだったアルスター王子コルマクや赤枝の参謀ウシュタハら数百人の戦士を連れてコノートへ亡命したのだ。(後にディアドラはコンホヴァル王に捕まり屈辱を与えられ自殺してしまう。

 

 

 そうして七年間に渡ってアルスターとコノートの間で繰り広げられたのが「クーリーの牛争い」である。

 この時、アルスターではコンホヴァル王が犯した過ちにより戦女神ヴァハからアルスター生まれの戦士が呪いを受けて衰弱状態にあった。唯一、赤枝の騎士団で戦えたのはアルスター生まれではないクーフーリンとその息子のコンラ、そして人間ではないクニァスタだけであった。コンラはまだ戦に出るべきでないと師のクニァスタに止められて、妻のウアタハに任せた。

 コノート女王メイヴの身体はあらゆる男を虜にさせる。そして自分が欲しいと思った屈強な男達と体を重ねて遺伝情報を取り込み、人差し指から流れる血から名もなき戦士を無限に産み出すのだ。そして彼女自身も戦車を操り産み出した戦士達を率いた。無限に近い大量の戦士達にアルスターはたちまち蹂躙されてしまう。しかし、コンホヴォル王はクーフーリンとクニァスタにメイヴ率いるコノート軍を倒すように命じた。

 二人は道中様々な罠にあいながらも戦女神モリグーの祝福を受けて、その神殺しを成し遂げた実力でコノート軍を撃破していった。

 

 

「何よ……あれ……」

 

 コノートを治める女王に相応しい豪華絢爛な装飾をした戦車に載るのは、誰であろうメイヴである。桃色の髪にあどけなさが残る顔をしており。一見は清楚な乙女を思わせるが、その本性は自分の欲望の為に他国を侵略し気に入った男と財を力づく奪う暴君である。ある意味では幼さから純粋さと残虐性があるとも言える。しかしそんなメイヴだが、自分が引き起こした戦いの光景を呆然と眺めていた。視線の先には自分が産み出した名もなき戦士を一掃する二人の戦士が槍を振り回していた。

 一人は野生の獣を感じさせる荒々しい蒼い長髪に紅眼に整った美形のまだ成人したばかり程度の戦士。紅い槍を振り回し並みいる敵をなぎ倒すその姿は敵ながら見ていて清々しさも感じる程だ。彼こそが噂に聞くアルスターの「光の御子」であろう。メイヴは戦場を疾走する「光の御子」に目を奪われていた。コノートにいるかの戦士の知り合いから話は聞いていたが、その強さ、容貌ともにメイヴの想像以上の男であった。

――アレは欲しい。何としても――

 

 しかしメイヴの期待とは裏腹にコノート軍は圧倒的な力を持つ二人の戦士に敗れ、メイヴといえど戦いを続ける事が困難となっていた。このままではクーフーリンを奪うどころかそのまま敗北してしまうかもしれない。

 クーフーリンに使者を送り休戦を申し入れたのだ。一方、流石の「赤枝の双槍」といえど次から次へとくる無尽蔵な戦士に、このままでは埒があかないとして二人もそれに応じた。

 

 メイヴは二人の戦士、特にクーフーリンが現れたのを見て歓喜した。コノートにはコンホヴォル王に愛想を尽かしたクーフーリンの知り合いが何人もおり、クーフーリンの親友のフェルディアもいる。いくら血のつながった叔父とはいえ狂乱したコンホヴォルより自分の方がクーフーリンを何倍も良い待遇で迎える準備が出来ていた。いっその事自分のこの身体を捧げてもいい。メイヴはクーフーリンが自分の物に出来るという歓喜に打ち震えていた。

 

「貴方がかの『光の御子』ね?」

 

 メイヴは誰もが見とれるであろう微笑みをクーフーリンに向けた。対してクーフーリンは何の感慨もなく呟いた。

 

「そうだ。この身は確かに太陽神の血を引いている。そういうアンタはコノートの女王メイヴだな」

 

「えぇ。そうよ。貴方の戦い凄かったわ。私が産んだ戦士が紙屑みたいに吹き飛んだのよ。コノート中を見渡しても貴方程、荒々しくて、強くて、素敵な戦士はいないわ」

 

「そいつはどうも」

 

「つれないわねぇ。ますます気に入っちゃった」

 

 男ならば誰もが見とれるであろう挑発的な笑みをみせ、淫らに、それでいて不快さを感じさせない声色で呟く。しかし、クーフーリンは情緒溢れるその態度にも興味を示さない。さっさと帰りたいと言わんばかりだ。

 

「まどろっこしのも面倒だ。さっさと本題に入ろうぜ。その為に俺達はアンタんところまで来たんだ」

 

「もう。せっかちなんだから。そんなところも素敵だけど」

 

「生憎と私達はお前の戯れに付き合うつもりはない。ここで殺しても良いのだぞ。コノートの女王よ」

 

 そこで初めてクーフーリンの隣にいたもう一人の戦士が口を挟んだ。視界の片隅程度にしか気にしていなかったその戦士をメイヴは初めて意識した。そしてジロジロと観察したかと思うと、すぐに目線を逸らした。クーフーリンのようなケルトの戦士らしい荒々しさとは別方面の恐ろしい程、整った中世的な容姿。自分の美貌に圧倒的自身を持つメイヴですら、バイザーで隠しているとはいえその美しさは認める程だ。もし女であったらどんな手段を以ってしても、彼女が気にいった光の御子から遠ざけたであろう。

 

「ふぅん。貴方は?」

 

「アルスター『赤枝の騎士団』クニァスタ」

 

「貴方があの……」

 

 メイヴは好みでない男などすぐ忘れてしまう。しかし、怪物のフォモール族の生き残りでかの「邪眼の御子」が相手ならば例外であった。その異名は「光の御子」に並ぶほどなのだから。

 とはいえ彼女が心を動かしたのはただ一人クーフーリンだけである。メイヴからすればせっかくのクーフーリンとの逢引きを邪魔されるようなものであった。不躾な視線を受けたクニァスタは不愉快そうにしていた。

 

「私がお気に召さなかったようだな、コノートの女王」

 

「人間を真似た怪物風情が見た目によらず意気が良いのね。思わず殺したくなっちゃう」

 

 二人の間に流れる空気がきな臭くなる。メイヴは自分の思い人を意のままにする為の最大の障害がこの「邪眼の御子」であると確信したのだ。そしてクニァスタも、メイヴはいずれ自分達二人にとって猛毒である、と考えた。

 ――今ここでアルスターの騎士にとって恥ずべきだまし討ちをする事も厭わない。今が絶好の好機――

 

「そこまでだクニァスタ。俺達は戦いに来た訳じゃねぇ。休戦する為の話をつけに来たんだろうが」

 

「流石はクーフーリン。そこの怪物と違って話が分かるのね。私、貴方が欲しいわ。貴方がコノートに来てくれればあんな牛いらない。私なら貴方の望みをなんだって叶えてあげれるわ。富も名誉も女だってあげる。あんな狂った王に用意できないほどね。なんだったら私の娘だって、ね」

 

「叔父貴やウシュタハ、コルマクの次は俺と来たか。誘いは嬉しいがな。うちんとこの王様はあんなんでも、俺にとって血のつながった叔父上なんだ。そして俺をここまで育ててくれた大恩がある。つー訳でそんなホイホイと裏切る訳にはいかねぇな」

 

 しかしクーフーリンにとってメイヴが告げたそれらは何ら価値がないものだった。富もコンホヴァル王に貰っているだけで充分。名誉も神殺しを成した身で、もう必要はない。女も愛する妻や恋人がいる。そしてクーフーリンは隣にいるクニァスタを見た。

 

「悪いがそんなもんで俺が主を鞍替えする理由にはならねぇなぁ。俺にとってそんなものより価値のあるものがこの手にある。コノートの女王よ。俺達はそんな話をする為にここに来た訳じゃない。さっさと講和の条件を話せ。俺は今、親友を侮辱されて気が立っている。思わずこの槍がてめぇをぶち抜いてしまうくらいにはな」

 

 神をも殺したその殺気を向けられ、震えあがるメイヴ。結局、クーフーリンの引き抜きは成功せず、ただ事務的に両国の休戦が決められた。それはサッパリとしたケルト人らしい取り決めで、これ以後の戦いは一騎打ちで戦う事が決められた。

 しかし、メイヴはこの取り決めを利用して自分が産んだ戦士達にクニァスタに休息を取る暇も与えず、連続して一騎打ちを仕掛けるように命じた。あらゆる男を意のままに自分の物のした彼女にとってクーフーリンの拒絶はこの上のない屈辱だったのだ。誘いを断ったクーフーリンを跪せて、必ずや自分のものにすると誓った。その為に、まずクニァスタを排除しようとした。

 

 

 

 

 取り決めにより一騎打ちとなった両国の戦いだが、メイヴはこれを破り、二人が一騎打ちしている間、少しずつ進軍していたのだ。約束を違えたメイヴに二人は怒り、クーフーリンがクニァスタの分の敵を引き受け、クニァスタは一人でコノート軍に立ち向かった。一騎当千の強さを誇る二人は次々とメイヴの戦士を倒していったのだ。

 これをみたメイヴはコノート最強の戦士であるフェルディアに二人を倒すように命じた。フェルディアは影の国でクーフーリンとともにスカサハに教えを受けた同門の兄弟子で最古参にあたる。かのゲイ・ボルクの継承を掛けてクーフーリンと争い敗れたとはいえその実力はほぼ互角だったという。特にその精鍛な身体はあらゆる物理的、魔術的な攻撃を弾き返す程である。

 フェルディアはライバルであり親友のクーフーリンを倒せというメイヴの命令に反対した。しかしメイヴは当時の吟遊詩人が歌った詩は実現するという吹聴を利用して、吟遊詩人にフェルディアを馬鹿にする歌を作ると脅したのだ。

 フェルディアも生粋のケルトの戦士。主の命令には逆らえず二人の元へ向かったのだった。

 

 二人の前に現れたフェルディアは戦うのではなく、説得を試みた。二人にコノートに来るよう誘ったのだ。クーフーリンはやはりそれを拒絶し、槍を構えた。

 

「フェルディアよ。俺達が影の国を出る時に言ったはずだ。俺がお前にアルスターへ来るように言った時、お前も同じ事を言った。その時、引き抜きは駄目だと言ったはずだ。自分達の主に仕える事を良しとしたはずだ。それを今さら破るのか?」

 

 フェルディアは悲嘆に叫んだ。兄弟子であり親友の俺と殺し合うのか、と。しかしクーフーリンは、敵として立ちはだかるならば親友だろうと家族であろうと戦い殺すだけだ、と述べた。

 生粋のケルトの戦士であるクーフーリンに迷いはなかった。ただただ親友を殺すという行為に痛ましい表情をしていた。

 

「槍を構えろ、フェルディア。安心しな。一応は俺達の戦いは一騎打ちって事になっている。クニァスタは参加させねぇよ。お前んとこの女王様はそれを破ったがな」

 

 フェルディアももはや覚悟は決めた。彼もケルトの戦士だ。主の命令には必ず従わなければならない。お互いに槍を構えた。しかし、その時クーフーリンの肩を掴む者がいた。

 

「セタンタ、お前は先に往け」

 

 それは今まで成り行きを見守っていたクニァスタだった。

 

「あぁ? 何言ってんだ。フェルディアの相手は俺がする。お前こそすっこんでろ」

 

「いくらお前でも同門の兄弟子と戦うなんてやりにくいだけだろう。ここは私が出る」

 

 一騎打ちに水を差され、親友であろうと邪魔する者は容赦しないというクーフーリンの意思にも全く気にも止めない。

 

「俺がフェルディア相手に手加減するとでも?」

 

 これに不愉快だったのはフェルディアも同様だった。しかしフェルディアも主であるメイヴからクニァスタの排除も命じられておりクーフーリンを捕らえた後に戦うつもりだったのだ。

 

「別にお前が戦わなければならない決まりはない。確かにフェルディアと戦う事は避けられない。しかしわざわざ好き好んで、顔なじみと戦う必要はないだろう。それが同門で親友が相手ならば尚更だ」

 

 クーフーリンは舌を打つと槍を肩にかけた。確かにクーフーリンからすれば、相手がフェルディアならば好き好んで殺し合いたい相手ではない。避けれるならそれに越した事はなかった。

 

「フェルディアよ。セタンタが欲しくばまずは私を倒せ。メイヴは私を狙っているのだろう。お前からすれば私と戦う事は遅いか早いかだけの違いだ。もっともここで、私がお前を殺すがな」

 

 その挑発にフェルディアは黙って応じた。並みの戦士ならば気絶するであろう殺気をクニァスタに向けながら。

 クーフーリンは自分の親友同士が殺し合うという状況に歯がゆい思いに捕らわれながら、その場を去った。最早この場に自分の居場所はないからだ。

 

「……戦場で待ってるぞ」

 

 その言葉はどちらに向けられたものかはわからない。ただフェルディアはそれを痛ましい表情で見送り、クニァスタはその方向に目線も送らなかった

 

「お前の事は知らない相手ではない。スカサハの最古参だ。話は聞いている。その腕前はセタンタとほぼ互角だった、とな。その実力見せてもらうぞ」

 

 フェルディアは思う。敵国同士となり殺し合う事になってしまった俺達の気持ちなど人間に成りすました怪物風情に分かるはずはない、と

 二人は槍を構える。今から行うのは一騎打ちではない。人間に化けた怪物退治だ。自分の弟弟子に取り入った『邪眼の御子』をここで殺すのだ。

 



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相対する2体の怪物

 少し短いですが、キリが良いので投稿しちゃいます。後から付け加えるかもしれないです。


 クーフーリンがメイヴの軍勢を一人で相手にするようになってから三日が経った。親友同士の一騎打ちに決着が着きその勝者がクーフーリンの元へと追いついた。

 

「待たせた。セタンタ」

 

「……おう。待ちくたびれたぜ」

 

 戦いながら軽口を交わすクーフーリンだが、短い時間とはいえ目を瞑り兄弟子の死を悼んでいた。

 

「奴がお前に『すまない』と」

 

 クニァスタはその様子に気づいていたが、その心情を察してかそれ以上何も言わなかった。ただ自分が繰り広げた一騎打ちの最期を思い出していた。

 

 

「私の勝ちだ、フェルディアよ」

 

 クニァスタが呪いの朱槍を向けているのは、ケルト随一と言われるその頑丈な身体が、一騎打ちによりボロボロになっているフェルディアだった。誇り高い決闘の結果ならば文句はない。死は怖くない。これも親友に牙を向いた結果ならば受け入れようとフェルディアは思った。しかし、最後にこの眼を隠した戦士に一つだけ問いたい事があった。

 

「お前に一つだけ訊きたい事がある」

 

「何だ。答えられるものなら、な」

 

「お前がもし止むを得ない事情でクーフーリンと戦う事になってしまったならばどうする?」

 

 クーフーリンの隣を歩く事がただ妬ましかったのだろう。だからあんなに嫌悪したのだ。その心は嫉妬という思いがあったから。

 同じ男を親友と仰ぐこの戦士がもし自分と同じ立場ならばどうしただろうと、ふと思ったのだ。悲嘆するだろうか、心を殺して機械的に戦うだろうか、親友に泣いて謝るのだろうか。

 しかしクニァスタの答えは予想もしない返事だった。

 

「別にどうもしない。ただただ敵となったならば殺すだけだ」

 

「そこに後悔や苦悩はないのか? 殺し合いになってどちらかしか生き残らないとしてもか?」

 

「あぁ。何もない。俺はセタンタと例え殺し合う事になったとしてもその程度で親友であるという一点には変わりはない。その結果、死ぬ事になっても、セタンタならば受け入れられる。ならばどうして後悔する必要がある?」

 

 これは勝てないなとフェルディアは思った。その眼が嘘ではない事を物語っていた。こうまで言われるのであれば負けるのは道理だ。最初から勝負は決まっていた。

 フェルディアは自分の邪悪な主が弟弟子にどんな牙を向けるか危惧していたが、隣にこのような親友がいればどうとでもなると安心した。最後に弟弟子に伝言を頼み、コノ―ト最強の戦士フェルディアは息絶えた。

 

「フェルディアは強かったか?」

 

「お前の兄弟子だ。それはお前が一番わかっているはずだが?」

 

「……そうだな。ありがとよ、クニァスタ」

 

 二人の会話はそこで途切れ、戦場へと走っていった。

 アルスターの戦士が戦女神ヴァハの呪いから立ち直ると、コノ―ト軍と熾烈な戦いを繰り広げた。特に『赤枝の双槍』は敵の戦車諸共破壊しつくし、車輪しか残っていないほどだった。その勢いにコノ―ト軍は押され始め、やがて敗走してしまう。

 大将であったメイヴは戦車の陰に隠れていたところをクーフーリンに見つかり捕まってしまう。クニァスタは彼女の邪悪な心を見抜きその場で殺そうと言うが、捕まえた当人であるクーフーリンが女である事を理由に逃がしてしまう。

 屈辱に身を焦がすメイヴはクーフーリンをへの復讐を考える。自分の配下の中でも最凶と言えるカラディン族最強の二十八の怪物を何重もの誓約により強化し、クーフーリンへは誓約を利用して罠へ嵌めようとしたのだ。

 

 

 

 時はアルスターとコノ―トの戦いから数日、自国の勝利に浮足立つアルスターの戦士達だが、クニァスタは言いようのない不安に包まれていた。敵国の女王であるメイヴを逃がしてからずっとそれはあった。クニァスタは自身の本質が人間ではなく、怪物であるフォモール族であると理解してる。彼らは悪なる心を持ち無辜なる人々に災いをもたらす。そしてメイヴも見た目は人間とはいえ、その内面は自分と同じ邪悪な心を持っていると見抜いていたのだ。彼女はこのアルスター、そして自分の朋友に災いをもたらす。その確信があった。

 再び、両国で戦いが起きるとカラディン族の魔術師がクーフーリンに幻影を掛けようとしたが、警戒していたクニァスタに殺されてしまう。これに激怒したクーフーリンはコノ―トに攻め入ろうとするが、メイヴの罠がある事を警戒したクニァスタが自身が作った眠り薬をクーフーリンの食事に入れて眠らせて、自身が魔術でクーフーリンの姿へと変えて戦いに出たのだ。

 

「悪い。セタンタ。俺はお前を死なせたくない。あんな女にお前が殺されてたまるか」

 

 メイヴが仕掛けたものはクーフーリンの誓約を破らせる罠で、当然クニァスタには全く効き目がなく次々とコノ―ト軍を蹴散らしていった。

 戦場で相対したメイヴとクニァスタ。クーフーリンの叔父であるコンホヴォルですら欺いた変装で、誰にも気づかれる事はなかった。例外は愛する妻であったウアタハとその母、スカサハだけだった。しかし彼女は違ったのだ。

 

「貴方、クーちゃんじゃないわね……その下手くそな変装止めなさい。見ていて不快だわ」

 

「バレていたか。これでも自信はあったのだが……まぁいい。変装はバレてしまったが、お前の醜悪な罠などもう通用しない。お前の企みは終わりだ」

 

 その姿はクーフーリンからクニァスタへと変わった。それを見てメイヴは不機嫌そうだった。

 

「なるほど。どうりでクーちゃんの誓約が破る事が出来なかった訳ね、『邪眼の御子』。まぁいいわ。どうせ貴方も殺すつもりだったし? 手間が省けていいわ」

 

 メイヴはそう言うと吟遊詩人を呼び出した。そして当時の吟遊詩人が語った詩は現実になるという風聞を利用してクニァスタを馬鹿にする詩を作るぞ、と脅したのだ。されたくなければ槍を放せと。

 しかしクニァスタはそれに応じなかった。自分の名誉など頓着しなかったのだ。するとメイヴは朋友であるクーフーリンを馬鹿にする詩を作ると言ったのだ。流石のクニァスタもこれには応じざるをえず、師より譲られた槍と太陽神の槍を手放した。

 そしてメイヴは用意した誓約により雁字搦めとなり、極悪な強化を施した二十八の怪物(クラン・カラディン)を素手のクニァスタと戦わせたのだ。

 二十八対、合計五十六の腕を持つその怪物はその全てに毒が仕込んである槍が握られており、通常時ですらクニァスタは苦戦するというのに、何重もの誓約による露骨な強化はクニァスタが素手で戦うには無謀とも言えた。多すぎる腕で周りの戦士もろともクニァスタに襲い掛かり、アルスター勢で生き残っているのはクニァスタのみであった。

 

「これで終わりよ。怪物には怪物をぶつけるのが一番。惨めに死なさい。『邪眼の御子』」

 

 無数の毒槍がクニァスタに襲い掛かる。それが人間としてのクニァスタの最期であった。

 

 

 

 コノ―ト、アルスター両軍は二十八の怪物(クラン・カラディン)とクニァスタの戦闘の余波で壊滅していた。二十八の怪物(クラン・カラディン)の攻撃は敵味方問わず生き残っていた戦士達にさえ被害を与えていたのだ。生き残りは御者から戦闘を見守っていたメイヴと勝者である二十八の怪物(クラン・カラディン)、そして瀕死状態のクニァスタだけであった。そのクニァスタも、致命傷を負いもはや意識はない。神殺しを成し遂げたクニァスタを追い詰めた二十八の怪物。彼らはメイヴにより、感情や意思、その命をも誓約により縛り、クニァスタとクーフーリンを殺す為だけに生まれた殺戮人形と化していたのだ。その寿命は三日も持たないだろう。それほど凶悪な誓約だったのだ。

 

「まだ息があるのね。流石にしぶといわね……なら最期の余興としてその隠している素顔を見せなさい。二十八の怪物(クラン・カラディン)、そいつのそれ取っちゃいなさい」

 

 女は最期に過ちを犯した。それがどんな結果をもたらすか知らずに。

 

 

 

 クーフーリンが目が覚めた時、その怒りは止まるところを知らなかったという。クーフーリンが自分を罠に嵌めたのはクニァスタだとすぐに理解した。いつも側にいる朋友がいなかったからだ。叔父であるコンホヴォルに訊くとコノ―トと戦いにいっていたのだ。初めて朋友に対する怒り。それはクーフーリンにとって初めての経験だったのだ。それは異性を虜にする美しい青年のクーフーリンが異形の見た目となり、怒りを鎮める為に師であるスカサハと息子のコンラ、愛人のアイフェが総出で抑えた程だった。

 クーフーリンが師に力ずくで抑えられ説教されるとすぐに戦場に向かった。スカサハとクニァスタの師であるアイフェと妻のウアタハ、弟子であるコンラもついていった。

 戦場と呼ぶには生気がなさすぎる光景だった。大地は黒い泥で侵食され、大気は澱んだ魔力で汚染されていたのだ。スカサハはこれを、まるで影の国にいるかのような瘴気の濃さだといった。普通の人間が触れると一瞬にして身体が弱り、病魔に蝕まれてしまうだろう。以前の自然あふれるケルトの風土はそこになかった。

 

「コノ―トの色狂いめ。我が想い人に何をやらかしてくれた?」

 

 スカサハがこれを産みだしたのがメイヴだと決めつけていたが、黙って見ていたクーフーリンは何となく勘付いていたのだ。これを産みだした元凶の正体。そしてその存在との激突は避けられない、と。

 

 アイフェは愛弟子の行く末を案じ、ウアタハは愛する夫の再会をただただ願った。コンラは自分の師がコノ―ト程度に敗れる訳ない、と根拠のない強がりを言っていた。

 

「これだけ私達を心配させたのだ。奴に一言言ってやらねばな」

 

 それは誰の言葉だったか。それを聞いたクーフーリンは初めて声を出して「そうだな」と呟いた。

 そしてもっとも魔力が澱んでいた最前線に向かった一行が目にしたのは――――

 

 

 

 

 

―――――――『死』―――――――






 運命は既に終結へと廻り始めた。ここに英雄と怪物の戦いが幕を開ける。それはとある英雄譚の終わり。その行く末は神々ですら見通せない。





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決戦

遅れました……本当にすいません。
もう完結まで一気にいきます!



一行が目にしたのは見た事もない醜く巨大な怪物だった。汚染された大地の中心部に巨人のごとき身体と、泥のような醜い色をした黒と青が入り混じった肌、そしてその四肢は長い年月をかけ育てられた大樹に似ていた。

 成人男性を丸ごと飲み込める大きさをした大口は魔獣のように鋭い牙で、バラバラになっていた無数の手足を持つ怪物を咀嚼していた。

 

「馬鹿弟子め。誓約を破り人の姿を捨てたか……」

 

 アイフェにとって、かつて人だった愛弟子の、ダーナ神族を滅亡まで追い込んだ怪物、フォモール族としての姿だった。それは人として、神々と結んだ誓約『ルーの血を引く者以外での戦いに邪眼は使用しない』を破った代償。ここに、かの神殺しの片割れは真の意味での『邪眼の御子』として地上に君臨した。

 父より受けついだ邪眼は閉じられているが、ダーナ神族を圧倒したその身体能力は受け継がれている。

 ウアタハは愛する夫の醜い姿を直視出来なかった。しかし同じ男を愛した、母スカサハが臨戦態勢として槍を構えると覚悟を決め槍を手にした。

 

「ウアタハ。お主はコンラを連れてここから去れ」

 

 それは母の言葉だった。しかし、そんな忠告など到底聞ける訳がない。激情に駆られ反発する。愛しき男が怪物となったこの現状で下がる事などありえない。それはコンラも同じだった。軽薄な父より尊敬している師を置いて逃げるなど弟子として出来る訳がない。

 

「普段なら別に止めはしない。しかし今のお前に無茶は出来まい。それともなんだ。その腹には新たな命が宿っている。それをむざむざ捨てるのか?」

 

 そう。スカサハの言う通り、ウアタハの中には新たな命が宿っていた。それはクニァスタとの愛の結晶。どれだけスカサハが迫ろうとも決してその身を抱かなかった男との子。スカサハとしてもその命を失わせる訳にはいかなかった。

 

「最早、アレは我々の知っているクニァスタではない。本当の意味の『邪眼の御子』なのだ。戦えばその子だけでなく、身重なお前の命すら保障出来ない。私と馬鹿弟子と愚妹がいてもお前とコンラを守り抜けるか怪しい」

 

 影の国最強の戦士の二人とアルスターの『光の御子』という錚々たる勇士でも生き残れるか怪しい。スカサハはそう言っていたのだ。

 

「フン。確かにアレはもはや怪物となってしまったが、それでも弟子な事は違いない。間違った道に走った弟子を正しく導くのも師の役目だ」

 

「安心しな。あの野郎は俺が一発きついのお見舞いしてるやるからよ。お前らは待ってるだけでいいさ」

 

 そう言ってコンラの頭を乱暴に撫でた。コンラは複雑そうに父を見上げた。クーフーリンが必勝を誓って負けた事は一度もない。すなわち怪物となった師を取り戻すという誓いだった。

 

「そういう訳だ。出来の悪い愚妹と馬鹿弟子がここまで言っている。私も想い人があんなモノとなっているのは見るに堪えん。畜生どもの王なんぞにさせてたまるか」

 

 ウアタハは彼らを信じた。己の腕では届かない領域にいる英雄達。彼らがいれば愛する男は必ず自分の元に戻ってくる。ウアタハとコンラは今度こそ彼らを見送った。

 

 

 

 ケルトが誇る最強の3人の戦士。彼らは形状こそそっくりな呪いの朱槍を構える。そして、クーフーリンはその異名に似合わない赤黒い鎧を召喚した。

 

「来い! 噛み砕く死牙の鎧(クリード・コインヘン)!」

 

 それはクーフーリンが神殺しを成し遂げた後に、クニァスタの知り合いの妖精が、かの海獣の鎧を加工したものだ。本来の機能より攻撃性を減らした代わりに耐久性を上げて、びっしりとルーン文字が彫られている。それにより身体に掛かる負担が格段に減って汎用性が増えたのだ。

 3人は高い敏捷性を活かし、その巨大さ故に、動きが愚鈍な『邪眼の御子』を翻弄している。しかしその頑強な身体は一度放てば心臓を穿つという槍の一撃を受けてもなんともない。因果逆転の呪いすら弾くのだ。

 

「流石に堅いな。親父殿はよくこんなの勝てたもんだ」

 

「この槍をそう何発を受ければ神ですら呪いの重さに耐えきれんのだがな」

 

「いや姉上。あれは『厄災』のフォモールの王の身体だ。言ってしまえば凝縮された悪意の塊。呪いなどの負の属性の攻撃には強い耐性があるのだろう。我が弟子ながら忌々しい限りだ」

 

「なるほど。じゃあ師匠お手製の槍は相性が悪すぎるって訳だ」

 

 クーフーリンは取り出したのは堅き堅頭であった。ルーの神殺しにも使用されたそれは、使用者の意思に応じた変幻自在の刃となる。

 

「喰らいな! 水を写すは堅き堅頭(クルージン・カサド・ヒャン)ッ!」

 

 水の如き美しい刃は『邪眼の御子』に襲い掛かった。しかし威力が絶望的に足りなかった。表面的には傷がついたように見えても致命的ではない。虫に刺されたようなものである。

 『邪眼の御子』は鬱陶しい小蠅を追い払うかのごとくその剛腕を振り回し、クーフーリンを押しつぶそうとした。もちろんその愚鈍な動きに捕らわれるクーフーリンではない。すぐに回避し後方へと下がった。

 

「牽制にもならねぇか……とんでもねぇ化けもんだな、こりゃあ。フェルディアの鎧も流石にここまで堅くはなかったぞ」

 

「馬鹿弟子が。そんな攻撃ではやっても無駄だ。これを破るのは並大抵の事では出来まい。厄介な事にそんなに時間はかけられん」

 

 そういうとスカサハは周りの景色を指した。その人外染みた視力で遠くを見ると、徐々に『邪眼の御子』の足元から溢れた泥が大地を侵食していたのだ。

 

「アレはそこにいるだけで体内で生成された泥で大地を侵し、その瘴気は風に運ばれ無辜の民に病をもたらすぞ」

 

「つくづく馬鹿弟子には苦労をかけさせる。全て終わったらただでは済まさんぞ……本当にな」

 

 溜め息を吐いたアイフェは姿が変わった愛弟子を見上げた。普段はケルトの男らしからぬ利口さを見せるというのに、時々クーフーリンを超える馬鹿をやらかすのだ。どれだけ時が経ち、怪物となってもクニァスタは馬鹿弟子だった。

 

「これが片付いたらその礼として、今度こそ私の身を捧げるとしよう。どうせ誓約を破ったのだからな。嫌とは言わせん」

 

 この状況にどこか嬉しそうなスカサハ。弟子であるクーフーリンはげんなりとしてジト目で見つめた。

 

「師匠が言ったら洒落になんねぇからな。まぁ、これが終わればアイツに何か一言言ってやんねぇとやってらんねぇのは同じだけどよ」

 

 朋友として自分を騙した事は怒りはある。しかしそれよりも一人で何もかも解決しようとした事の方がやるせなかった。何も言わず抱え込んできたツケが廻ってきたのだ。

 

「しかしどうする、姉上。あの堅固な身体に我々の攻撃は効かんぞ」

 

 ふむと黙って考え込むスカサハだが、正解には弟子のクーフーリンが辿り着いた。

 

「ルーの野郎の真似をするってはどうよ?」

 

「かの邪眼を射抜くのか?」

 

「ふむ。アレの父はバロールは太陽神に石弾に射抜かれて死んだのだったな。ならば弱点は同じとみるか……」

 

「姉上の言う通り、アレの弱点はそうだろう。しかし問題は危険が大きすぎる。その弱点こそかの邪眼なのだぞ。それを開かせるという事は……」

 

 アイフェはそこで言葉を止めた。かの邪眼の凶悪さはここにいる全員が知っている。特にクーフーリンはいつもクニァスタに聞かされていたからだ。かの戦神ヌァダですら成すすべなく邪眼で死んだ。それは弱点でありながら最凶最悪の必殺技というより一種の矛盾を孕んでいた。

 つまりこれは誰かが囮になるしかないという事だ。それも確実に死ぬしかない一方通行の旅路。神をも殺す邪眼に真正面から挑むのだから。

 

「まぁここは俺だろう」

 

 名乗りを上げたのはクーフーリンだった。この3人のうちで最速に動け、ルーの血を引くクーフーリンならば『邪眼の御子』の意識を引き付けるのには最適だろう。事実、最も狙われていたのはクーフーリンである。

 スカサハもアイフェもそれに頷く。感情的には自ら名乗りたい衝動もあったが、ぐっと堪えた。合理的にそれが一番正しいと理解していたからだ。

 

「俺が持つ最強の攻撃を使う。これでならアイツに傷くらいは入るだろうよ。邪眼を放たせる事は可能だ。ただタメが必要になる。師匠とアイフェはその時間を稼いでくれ」

 

 クーフーリンはルーンを身体に刻み込む。何重にもかけた身体強化は元の数倍も機能を上げる。

 その間にスカサハとアイフェはそれぞれが持つ必殺の一撃を放つ。

 

貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!」

 

突き穿つ模倣の槍(ゲイ・ボルク・オマージュ)!」

 

 対軍宝具並みの威力を持つ槍の投擲には『邪眼の御子』も引かざるを得ない。呪いなど関係ない純粋な破壊に、傷は付かずとも激痛は発生するからだ。

「良いぜ! 師匠。アイフェ」

 

 ルーン魔術により先程より何倍も強化されたクーフーリンは音速を超えて『邪眼の御子』へと迫る。

 その両手に握られた朱槍を頭の横へと持っていく。ミチミチと音がなり膨れ上がった筋肉が伸びる。それは必殺の構え。かの太陽神ですら後退せざるを得なかった一撃である。

 

「その瞳貰い受ける! 刳り穿つ神殺の槍(ゲイ・ボルク)! 」

 

 ルーの最期を決定づけたその槍は神殺しの属性を帯びている。

 異形の身であれど神である『邪眼の御子』は理性ではなく、本能でその一撃の恐ろしさを悟った。しかし、その巨大な身体では避ける事は叶わない。何より、かつて人の身であった事ならば師より譲られた槍と太陽神の槍で迎え撃ったであろう。しかし理性を失くし怪物となった今、それらの武器はとうに手放している。

 『邪眼の御子』が唯一取るべき方法。それは概念すらも殺しうる邪眼。それは宝具の一撃すら例外ではない死の視線。

 音速を超える一撃が消え去っていく。しかしそれはスカサハとアイフェにとって十分すぎる隙。スカサハは無数の槍群を召喚に『邪眼の御子』の瞳に向かって射出していく。そしてそれらはアイフェの手にもあり次々と音速を超えて投擲していた。

 三次元的にあらゆる角度から放たれた。まだクーフーリンの投擲による一撃は完全に消え去っていない。それは死角から放たれる攻撃が避けられない。そしてその瞳こそが『邪眼の御子』の唯一の弱点である。これで終わる……はずだった。




――そして、怪物は本当の■となる。







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『死』という現象

今回は短いです。続きはすぐに投稿します。


 『邪眼の御子』に人間らしい知性は残っていない。かつてクーフーリンと肩を並べ、女性と見間違えるかのような容貌の面影は全く残っていない。

しかし魔神である父より譲り受けたその身体は唯一、弱点といえるその邪眼を狙われる事は敗北を意味する。

もはや怪物といえど『邪眼の御子』に勝ち目はない。特にこの『光の御子』に為す術はない。太陽神に父バロールが破れ、子である自分が敗北する。その運命は受け入れよう。しかし太陽神の血族だけは殺す。それこそ我が父より生まれ出でた意味。

 『死』が瞳から広がり、巨大な身体が崩壊していく。

 

「いかん! 馬鹿弟子、下がれ!」

 

その『死』は巨大な渦となり徐々に身体から外側へと広がっていった。それは怪物ではなく、『死』という現象とかしたソレがクーフーリンの元へと迫っていったのだ。

 

「何だ!? 身体が壊れてんのか?」

 

「馬鹿者! これは『死』そのものとなったのだ。怪物という括りを超えた。アレに飲み込まれたら神だろうと宝具だろうとたちまち消えて行くぞ」

 

 その指示に慌ててクーフーリンは下がる。

 

「姉上、アレはなんなのだ?」

 

「もはや怪物、魔神という器すら収まらぬ。魂すら無へと帰す『死』よ」

 

 影の国の女王であったスカサハは他の二人よりも死に近かかった。それ故に理性ではなく本能が理解したのだ。

 

「生まれ変わりすら許さねぇ『死』か。ケルトの全ての戦士を敵に回しやがる」

 

 嫌悪感を露わにするクーフーリン。死後の生まれ変わりを強く信仰するケルトの死生観を否定する『死』。それはいずれ広がり世界すらも飲み込んでいくだろう。強力なルーン魔術で攻撃するも全て消滅していった。

 

「自然破壊の後は世界の『死』かよ。もう許さねぇぞ、クニァスタの奴、帰ってきたらどうしてやるかね」

 

 絶望的な状況の中、クーフーリンはそれでも諦めない。その原動力は、朋友を助け出す事。それだけである。

 

「しかしな。現象などどうしたら良い? 怪物や神は私も殺してきたが、流石の私も現象などは相手にした事がないぞ」

 

 アイフェが厳しい目でソレを見る。あらゆる魔獣や幻獣の枠外にあるソレは影の国を治めていた姉妹2人にとっても想像の埒外にあった。

 

「悲観するのは早いぞ、愚妹。アレを見よ」

 

スカサハが槍で示した先はまだ現象と化していない怪物の部分である。

 

「まだアレに怪物としての残滓が残っているならば時間はある。そしていくら現象となっていても弱点が変わった訳ではない」

 

「また瞳を狙うのか? 隙も何も、少しでも近づいたらあっという間に攻撃ごと飲み込まれてしまうぞ」

 

「それはアレの外側の渦の部分のみの話だ。それを除きさえすれば、残るは瞳と怪物だけになる。この方法はあまり使いたくはなかったが四の五の言ってられん。私が渦を消し飛ばしたらすぐに攻撃をしろ」

 

 スカサハは二人の返事を聞く前に既に行動を開始していた。莫大な魔力を消費するその魔術はもはや魔法の域にあった。

 

「影の国へ連れて行こう。死溢るる魔境への門!」

 

 巨大な魔法陣が展開され、そしてその上には「門」が召喚される。

 それは影の国の女王であったスカサハが使用出来る大魔術。世界から拒絶された影の国。そこはスカサハ認めた者しか入れない幽世。現象としての部分を『門』により強制的に引きずり込ませるという力技であった。もちろん、現象であるソレを送還する事は出来ない。その為にそこにあった地形ごと飛ばしたのだった。

 その渦を全て影の国へ飛ばした瞬間、クーフーリンとアイフェが動いた。渦が消えて、まだ怪物となっていた部分の中心。つまり瞳を槍で射抜いた。

 

「さっさとくたばれ!」

 

「これで終わりだ!」

 

2度も瞳を射抜かれて、唯一、残っていた怪物の部分が崩れていく。異形の身体から現れたのは人の形をした何か。

 

「クニァスタ……」

 

瞳は閉じられているが、バイザーが外れたその容姿はこの中の誰よりも勝る美貌。人外じみた作られた美しさを持つ青年であった。間違いなくそれはかつて人間であった頃の姿だった。

 

「……まだ息はある。ここで殺さねばならないのだ」

 

槍を手をかけるアイフェ。それをクーフーリンが必死に止めた。

 

「アイフェ! ここでクニァスタを殺すってのか!? これをやったのはメイヴの奴じゃねぇか!」

 

「たしかにな。しかしこいつがそれを望むか? 誓約を破り、同胞を手にかけケルトの地を荒らし怪物となった自分自身を」

 

アイフェの言葉にクーフーリンは黙る。理解はしている。フォモール族と同等の『厄災』となったクニァスタはここで殺さなければならないという事を。

スカサハもそれは分かっているのか、反論はなかった。クーフーリンを見て首を横に振って、クニァスタを見つめているだけだった。

 

「姉上とお前がやらないのならば私がやるのみだ。弟子の不始末は師の仕事よ」

 

クーフーリンもそれで覚悟を決めた。弟子を殺さなければならないアイフェの気持ちを汲み取ったのだ。

アイフェはその槍でクニァスタに近づいた。

そこで気づく。閉じられていた筈のクニァスタの瞳が開き、その口が邪悪に歪んでいたのだ。

 

「ようやく表に出る事が出来た。感謝するぞ。影の国の戦士達よ」

 

 その瞳は間違いなくアイフェの死を射抜いていた。身体が横に倒れる。自分に何が起きたのか分からないまま息を引き取った。

 

「我の名は魔神バロール。厄災を齎すモノ。貴様らに死を与えるもの。フォモール族の王なり」

 

 時を超えて再び厄災が顕現する。クニァスタという殻を被った真の『魔神』である。バロールはその美貌を醜悪なものへと変えていた。

 




 




 次々回で終わりです


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魔神の復活

お久しぶりです。前の投稿から気づいたら数年……
元号も変わっているし、自分の今の現状も色々変わっています……


 眼を閉じたまま横たわるアイフェの身体。それを眺めながらクーフーリンとスカサハは、その光景を見て一瞬呆然とする。

 

「感謝するぞ。忌々しい太陽神の息子。そして影の国の女戦士達よ。もっともそこに倒れている女戦士は、我が瞳、『死』に魅入られて死んだようだがな」

 

 青く輝く瞳を撫でながらクニァスタの美貌で、薄く笑う魔神。怪物でもなく、現象でもない魔神バロールの意思が時を超えて、今ここに蘇ったのだ。魔神の声にすぐにハッとする二人。油断すればアイフェの後を追う事になる。二人は魔神からすぐに距離を取り再び戦闘態勢に入った。

 

「おいおい。曾祖父殿は親父に殺されたんじゃなかったのかよ」

 

 ぼやきつつもクーフーリンは、己が持つ最大限の速力でバロールの背後へ回っていった。バロールの視界に入ればたった今、アイフェに向けられた死の邪眼の視線から逃れた。

 

「元々クニァスタの身体はこの我から創造されたのだ。大方、その時、妖精どもがクニァスタの身体に何かしらの細工をし、我の意識を封印していたのであろう」

 

 クーフーリンは己が相対している敵の姿を見る。見た目こそはクニァスタそのものだが、その本質は魔神バロールだ。元々、その身体はバロールの身体から生まれた人形であるのだ。もはやバロールそのものといっていいだろう。

 この自身を呑み込もうとする禍々しい神気。禍々しさはなくとも、それはかつて自らの父、ルーと殺しあった時と同質のものであった。しかもその時とは違い、今は肩を並べて闘った親友はいない。

 

「いかにも。本来ならばもっと早くに目覚めるつもりであった。アレはな。我によって創られた分際で、我が意思に抗い、刃向かったのだ。フォモール族ではなく人間としての自我が芽生えてしまったのだ。ただ忌々しいダーナの太陽神を殺した事だけは評価してやろう。我が残した遺言通りに従ったのだからな。それもその血を引く『光の御子』とともにというのは少々気に食わんが。まぁいい。

コノ―トの女王には感謝せねば。奴が《誓約》を無理矢理破らせたお陰で人としてのアレの意思が弱くなったのだからな。その後、まさかアレの怪物としての意思が目覚めるとは思わなんだが」

 

「敵を目の前にしてペラペラお喋りとは余裕じゃねぇか。俺の親父に殺された分際でよぉ」

 

「余裕? 当たり前であろう。貴様らが我に勝てるとでも? 貴様らは勘違いしている。あの太陽神めは、我がヌァダを殺している間、卑劣な不意打ちで偶然、死角から、我が瞳を打ち抜いて勝てただけに過ぎん。しかしそんな真似はもうさせんぞ。そして何より太陽神にも劣る貴様ら、有象無象の戦士の力量では我には勝てん」

 

「ほうよくぞ言ったな、魔神よ。神殺しなど私にとっては慣れたもの。貴様こそ縛りから解かれたとはいえ影の国を治める女王の実力を嘗めてもらっては困る」

 

 邪眼の視界に入らないギリギリの場所でスカサハは自分の周りに無数の槍群を召喚する。

 

「いや待て、師匠。ここは俺に任しちゃあくれねぇか?」

 

「……何を言い出すかと思えば馬鹿弟子め。いくらお前でもそれは無謀だ。アイフェの最期を見なかったのか? あの眼がいつでも構えているのだぞ。大人しく二人でアレを倒すぞ」

 

 スカサハはもう目をもう開ける事のないアイフェに目をやる。一応は血の繋がった姉妹として情はあったのだろう。やりきれない表情をしていた。

 

「そこの女戦士の言う通りよ。気でも違ったか、『光の御子』よ。それとも太陽神に一度殺された我など相手にもならんと申すか?」

 

「は、ちげぇよ。単にクニァスタの身体を勝手に弄ぶてめぇが気に食わねぇってだけだ。師匠にはアイフェをここから連れ出してやってほしい。こんな辛気臭い場所で放置されているのは嫌だろうからな。それにだ。早く誰かが戻らねぇとウアタハとコンラが待ちくたびれて先走ってしまうからな」

 

「あの馬鹿どもならならしかねんな」

 

 厄災と呼ばれた敵を相手にしてもクーフーリンは軽口を叩く。そんな弟子に触発されてかスカサハもフッと苦笑をもらした。

 

「あいつらも情が深いケルトの戦士だ。心配してもうこっちに向かってるかもしれねぇ。だからあいつらに言って欲しいんだ。お前達の愛する男と、師匠はすぐ戻るってな」

 

 クーフーリンは笑った。そこにはただ朋友が再び戻ってくる事への確信があった。スカサハも、自らの弟子がこうなったらもう止まらない事を知っている。溜め息をついて、説得は不可能だと悟った。

 

「馬鹿弟子が……一つ言っておく。絶対に生きて戻ってこい」

 

「ハン。んなの端っからそのつもりだよ」

 

 そう言い残し、影の国の女王は妹の亡骸を抱えて去っていった。残ったのは『光の御子』と『邪眼の御子』の姿をした魔神。

 

「おいおい。別に馬鹿正直に待たなくて良かったんだぜ。その眼でこっちを向けばそれで終わってたってのによぉ」

 

「ふん。邪眼を放てば貴様らのどちらかが槍を投げたであろう? へらず口を動かしながら全く隙がなかったぞ。貴様こそ本当に良かったのか? 二人ならばほんの僅かとはいえ我を殺せた可能性はあったというのに、自らその僅かな可能性を潰すとはな」

 

「どっちみち誰かが、この現状を城に伝える必要があるしな。残るなら、てめぇを一度ぶっ殺した親父、太陽神ルーの血が流れている俺だろうよ」

 

「無謀極まりない選択だな。ダーナの血を引く戦士は貴様のように蛮勇を勇気とはき違えて、我に戦いを挑んでは、倒れていったものだ……まぁ、いい。この邪眼の前には、あらゆる武具、万物に死をもたらす事を教えてやる」

 

 こうしてクーフーリンが成した偉業の中でも最大の『魔神殺し』の幕が開けた。

 

 

 

 

 クーフーリンと魔神は互いに朱槍を振り回して、魔術で牽制している。なるほど、確かにその技量はクニァスタに勝る。しかしクーフーリンは考えていたよりも状況は拮抗していたのだ。中身が魔神になったとはいえその身体能力はクニァスタと同じ性能だ。もしかしたら、いずれは魔神のものへ作り変えられるのかもしれない。しかし、少なくとも今はクニァスタとほぼ同じ性能である。そして一方の魔神は本来の自分より劣った身体に慣れず、苛立ちを感じていた。そしてクーフーリンは長年戦ってきた朋友の身体能力を完全に把握している。つまるところ彼にとって今の魔神は戦いやすい相手と言えたのだ。

 

「やるな。流石は『光の御子』。この我と互角に渡り合うとは。しかしこうチマチマと戦うのは我の性に合わぬな」

 

 すると、魔神は一旦距離を取るとクーフーリンの耳では全く聞き取れない高速詠唱を始めたのだ。元々『厄災』と呼ばれるほどの自然干渉の魔術を得意としているフォモール族である。魔術の腕ならばクニァスタとは比べ物にならないのだ。彼らは神代の奇跡さえ行使が出来る。

 天変地異でも起きたとかとクーフーリンは錯覚した。汚染された大地が震動し地割れを起こす。曇っていた空が夜かと思う程、暗くなて、やがて大雨を降らした。

 

「おいおい。これは洒落になんねぇぞ!」

 

 地割れを除けた先には、クーフーリンよりも速い稲妻が凄まじい音を立てて目の前に落ちるのだ。持ち前の人外離れした反射神経で避けるもののその先もまた稲妻が落ち、大地が割れていったのだ。

 

「これがフォモールの王の力よ! 息子のとは比べ物にならんぞ! 踊れ踊れ! 虫けらが!」

 

 逃げる先がフォモールの視界に入ってはならない。クーフーリンは走りながらもルーン魔術を放つが、魔神の魔術の前では塵屑当然であった。

 

「は。派手なこった。でもその強大な魔術がお前の命取りだ」

 

 クーフーリンは魔神の強大な魔術に絶望などしない。ただ頭にあるのはどうすればこの槍を魔神の眼に放てるかという事。そして、魔神の大魔術を紙一重で躱していると、ある物がクーフーリンの目に入った。

 

「……あいつがこれで、邪眼を使ってくれれば勝機はあるか……」

 



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別れ

 魔神による大魔術はこの辺り一帯の汚染した大地もろともを破壊しつくしその威力は地形を変える程であった。しかしクーフーリンの姿はそこにはなかった。余りの威力に遺体が残らなかったという事だろうか。

 

「いや、奴はいる……! どこにいる!」

 

 フォモール族特有の獣を超えた気配感知はクーフーリンの気配を捉えていた。魔人のいう通り、クーフーリンは死んでいない。大魔術の隙に、ルーン魔術で限界まで強化された脚力で遥か上空、高高度まで飛び上がっていたのだ。魔神が気づいた時、既にその位置から魔神に向かって必殺の一撃を放とうとしていた。

 

刳り穿つ神殺の槍(ゲイ・ボルグ)!」

 

 その槍には噛み砕く死牙の獣の鎧(クリード・コインヘル)に付与されていた呪いを植え付け、威力を凶悪に増したものだった。さらにその速度も音速など優に超えて、神速を呼ぶべき域にあった。今のクーフーリンが放てる最強の一撃だった。

 赤き流星が魔神に降り注ぐ。魔神はその一撃は自らに致命傷を与えると直感で理解していた。解放したその邪眼は頭上の流星へと向けられていた。

『死』を付与する邪眼は神をも殺す流星すら呑み込んだ。すぐに地上へと降り立とうとするクーフーリンにも邪眼を向けた。

 

「太陽神を思わせる一撃だ。だがその手は二度も食わん。死角からの攻撃は前と同じ……!」

 

 クーフーリンは空中で身を捩り、バロールの視界から逃れる。その手には朱槍がもう一つ握られていた。

 

「まだだ! これはアイフェからの手向けだ! 受け取りな! 突き穿つ模倣の槍(ゲイ・ボルグ・オマージュ)!」

 

 それは既に亡きアイフェの槍だ。クーフーリンはアイフェが手放した槍を見つけて、二段構えの一撃としたのだ。クーフーリンの最初の一撃を消し飛ばした魔神だが、その輝きに目を奪われて死角から放たれたもう一つの一撃に気づけなかったのだ。魔神唯一の弱点である瞳に朱槍が吸い込まれていく。人間とは思えないまさしく怪物のごときおどろおどろしい悲鳴を上げながら魔神は、自らの瞳に突き刺さった朱槍を引き抜いた。

 

「おのれ……! 何故この我があの程度の攻撃に気づけなかったのだ……死角からの攻撃には最大限、気配を研ぎ澄ませていた筈だ……またもダーナの血族に対して我は……!」

 

 鮮血で染められた瞳を抑えながら身体はクニァスタのものとはいえ、気配感知能力は他の追随を許さないフォモール族がクーフーリンの二段構えの殺気に気づけない訳がなかったのだ。自らが察知できなかった事を悔やみながら、かつて、まだ本当の『魔神』であった頃、太陽神ルーに瞳を射抜かれた記憶が魔神の脳裏に蘇った。またもやダーナ神族の血を引くものに殺されたフォモール族の王、魔神バロール。ダーナ神族に対して怨嗟の声を上げながらも、その意思は薄くなっていった。

 

「おのれ、そうか貴様が……我を……!」

 

 ある悟りを得て、二度目の生を受けた魔神は無へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔神とクーフーリンの戦いが終わった後、残されたのは瞳が射抜かれたクニァスタの身体だけだった。バイザーで隠されていたその美貌は瞳より溢れ出た血で赤色に濡れていた。それを黙って見つめるクーフーリン。かすかにその指先が動いた。

 

「クニァスタ!」

 

 慌てて駆け寄るクーフーリン。クニァスタは自らの顔に触れて状況を理解したようだった。

 

「あぁ、目が見えないんだ。この気配はセタンタか。これはセタンタがやったのか?」

 

「……あぁ、止めを刺したのは俺の槍じゃなくてアイフェの槍だけどな」

 

 クニァスタはスカサハとアイフェはもうこの場にいない事は分かっていた。自分が自らの師匠に対して何をしたかは朧気ながら理解していた。

 

「皆には迷惑をかけた。すまない」

 

「何を言ってやがる。普段は全く俺達を頼りにしねぇからな、お前は。寧ろ、俺の方がお前に世話になってる。今回で帳消しだ」

 

「そうか……そうだな」

 

 クニァスタの謝罪をクーフーリンは笑って流した。今回のそもそもの原因はメイヴであり、悪いのはクニァスタではない。そう伝えたかった。しかしそう言ってもこの親友には効かないだろう。それを知っているから、それ以上は何も言わなかった。

 ただクニァスタはクーフーリンの言葉を聞いて満足そうに力なく笑った。クーフーリンもそれにつられて笑った。

 

「セタンタ、私はもう長くはない。最期に頼みが2つある」

 

「何だ? 俺に出来る事なら言ってみろ」

 

「一つはウアタハとその身に宿る子を頼む……そしてスカサハも……」

 

 クニァスタの数少ない身内の名前を挙げられてクーフーリンは「もちろんだ」と頷いた。親友の形見だ。何を置いても守る事を誓った。

 

「もう一つは……私をその師匠の槍で殺してくれ」

 

「クニァスタ、お前……! そんな事、俺がする訳……!」

 

「いや、もう私は助からない。それにまた私の意思が奪われて怪物化するかもしれない。まだ私が私であるうちに……人であるうちにその槍で殺して私の遺体を跡形もなく焼いてくれ。頼む」

 

 クーフーリンは悩んだ。今ならスカサハや叔父のコンホヴォル王に頼んで何とか助かるかもしれないという希望が考えにあったからだ。しかし理性ではここで殺さないとまた、アルスターの脅威になるかもしれない事は分かっていたのだ。

 

「早く! 時間がないんだ。また師匠のように私の大切な人達を私はまた殺したくない……お前やウアタハ達を殺したくない。どうせ討たれるのならば、まだ人であるうちに親友のお前が良い。師匠の槍で殺されるならば本望だ」

 

 クーフーリンは迷った。自分の親友をその親友の師匠の槍で殺すという行為が果たして今、本当に一番の答えなのだろうか。

 

「早くしてくれ! 私がまだ私であるうちに!」

 

 クーフーリンはその必死の嘆願に悲しみに暮れながら、朱槍を放った。雄たけびを上げながらクニァスタの心臓に向かって突き刺した。

 

「師匠、ウアタハ、コンラ、すまない。俺は助けられなかった」

 

 親友を助けられない自分の無力さを悔やみながら涙を流した。最期にクニァスタの口が微かに動いた。

 

「すまない……ありがとう。お前と過ごした日々は私の宝物だった。この邪眼をお前に使う事がなくて本当に良かった。人としてお前の顔を見ながら死ねるなんて俺は……」

 

 そこで言葉は途切れた。生気が失っているのがクーフーリンから見ても分かった。初めて素顔で笑ったクニァスタの顔は晴れやかだった。クーフーリンは遺言通りに、ルーン魔術でその遺体を焼いた。見る見る内にクニァスタとしての姿が崩れていった。やがて全てが灰になった親友を見ながら、クーフーリンは、親友の最期の言葉が脳裏に繰り返されていた。

 

「くそ! くそ! これが結末か! 邪眼を解放して本気となったお前といつか戦うと約束しただろうが! なのにお前がこんな最期であってたまるか! なんでこうなっちまったんだ!」

 

 風に乗って消えていく灰を見つめながら叫ぶクーフーリン。後悔と悲しみ、そして憤怒が入り混じったその声はダーナの神々にすら届いたであろうが、その問いに答える者は誰もいなかった。




あともう少し続きます……


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一つの神話の終わり

後日談みたいな感じです。
誤字報告いつもありがとうございます。


 アルスター伝説における「邪眼の御子」クニァスタは、親友であるクーフーリンに討たれてその生涯を終える。しかし主人公たるクーフーリンの物語はまだ終わっていない。

 魔神討伐の功績としてクーフーリンはアルスター中の人々から讃えられた。またそれはかつて敵対していたダーナ神族も同様だった。ダーナの神々は、かつて太陽神ルーが所持しており、クニァスタが受け継いだ天地焼却するは我が太陽(ブリューナク)を与えた。クーフーリンは師匠から与えられた槍を魔神討伐で失っていた為に新しい武具が欲しかったのだ。ルーの血を引くクーフーリンはクニァスタ以上に天地焼却するは我が太陽(ブリューナク)を使いこなした。

 一方、魔神復活の遠因となったコノ―トに対して、アルスター王コンホヴァルは、甥のクーフーリンとその息子のコンラとともに戦いを挑んだ。

 クーフーリンは天地焼却するは我が太陽(ブリューナク)で瞬く間にコノ―ト中を蹂躙した。叔父のフェルグスや従兄のコルマクともコノ―ト側につき敵対したが、師のスカサハと、子のコンラの助けにより勝利した。コノ―トの女王メイヴはコノ―ト軍を一騎当千で討ち倒したクーフーリンの前に現われ、助けを乞うた。しかしクーフーリンはその願いを切り捨て、槍でメイヴの身体を貫いたのだ。これがケルト中を混乱に導いた欲深い女王の呆気ない最期だった。

 

 敵の首魁であるメイヴを討ってもまだ戦いは終わらなかった。そもそもの原因はアルスターの勇士らをアルスター王コンホヴァルが失望させたのが始まりだったのだ。またコンホヴァルの凶行に国中が振り回されては適わないとしてスカサハとウアタハ、コンラらがコンホヴァルに反感を持つ勇士を率いて退位を迫り、クーフーリンを王位に就けようとしたのだ。

クーフーリンは自分を育ててくれた叔父と、師との間で迷うが、子のコンラと、クニァスタの娘であるマーハに説得されて自らがアルスター王となる事を誓い、コンホヴァルを無理矢理、隠居させた。さしものコンホヴァルもケルト最強のクーフーリンに脅されては、抵抗は無駄だと悟ったのか、あっさりと王位を譲った。クーフーリンも自分をここまで育ててくれた叔父に対して、義理を果そうとそれまでの生活と何一つ変わらない待遇を与えた。 

 アルスターの王は王位に就くと代々、リア・ファルと呼ばれる戴冠石を被らなければならず、その石は正当な王が立てば叫び声を上げ予言をするという。しかしイエス・キリスト誕生以降、効力を失ったとされていた。しかしクーフーリンが王位に就くと、再び叫び声を上げた。そして「未来は覆された」と一言呟いた。

 クーフーリンは4つの州に別れていたアイルランドを統一し、大陸から渡って来たローマの侵略にも、自ら戦士を率いて撃退した。後に「戦士王」と呼ばれ、イエス・キリストが磔刑にされた時には、ローマ帝国に対して激怒して、自ら単身で乗り込もうとしたが、妻やスカサハに止められてしまう。その日から若年期の荒々しさがなくなり、穏やかに国を治めるようになる。

 死後はダーナ神族として神々の列席に迎えられる。時が流れた現在でもアイルランドを世界の裏側から見守っているという。彼の死を期にアイルランドの神代の終わりが始まる。神々の一員となりながらも人の世には干渉せず、人々が自立出来る道を選んだ。

 クーフーリンが残したケルトの文化は、キリスト教の信仰の余波を受けても、現在でも継承されている。伝説、神話上の世界三大英雄の名前に真っ先に上がるのが、ギリシャのヘラクレス、ケルトのクーフーリンである。(三人目はギリシャのアキレウス、北欧のシグルド、アーサー王伝説のアーサー王など諸説存在する)

 クーフーリンが所持していたアルスター4つの神器を除いた武具はこの世界のどこかに隠された。アイルランドのあちこちで彼の遺体が眠っているという逸話がある墓があり、そのうちのどこかに残された武具が眠っている。現在でも最上級の聖遺物として魔術師達が探しているが、未だに発見には至っていない。

 

 

 

 

 

 彼は親友と過ごした日々を思い返していた。ケルトの地を駆け回り、様々な冒険をした事は彼にとって何物にも代えられない宝物だった。彼がいるこの場所は、世界の表側からも裏側からも閉ざされた影の国である。 瘴気に満ちたこの世界で彼は人間でもなく、怪物でもなく、英霊でもないあやふやな存在となっていた。彼がこの世界を治める王となるまでは自らの力量を試しに訪れた者も数多くいたが、時が経ち、神秘が薄れた現在の世界にはたどり着ける強者はほとんどいないだろう。彼は死なない。未来永劫、この影の国に一人取り残されながら、さ迷っている亡霊を刈りながら過ごしている。そこに後悔も絶望もない。あの時、彼女をその楔から解き放つ事が出来たのだから。時折、生前の思い出に浸りながら、彼は世界の表側を覗いていた。それを見て彼は自分の選択が間違っていなかったと強く感じた。

 親友の死により、神代の終わりが始まっても、彼はケルトの人々の営みを眺め続けた。彼が親友と敵対したように、そこには怒りや悲しみ、憎しみもあった。それでも彼は悲嘆に暮れる事はなかった。そこは彼が愛した親友や師、家族と過ごした故郷なのだから。

 らしくもない感傷はここで終わりだ。彼は立ち上がり、修行を再開した。死後とはいえ、怠けていると師匠から叱責が飛んできそうとだと感じたのだ。生気がないこの地に一筋の風が吹いた。不意にケルトの詩を彼は呟いた。

 

 

夜の風が髪を乱す

木々もなく、水もなく、空もなく

この地に暗闇しかなくとも

聴こえるのは望郷の音

 

 

 

 




アイルランド語辞典はあったんですけど、ケルト語辞典はなかったんです……すみません。私の史料の捜索不足です……

クニァスタのステータス載せときます。セイバーの場合です。
【CLASS】セイバー
【マスター】
【真名】クニァスタ
【性別】男性
【身長・体重】176cm・68kg
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力A 耐久A 敏捷C 魔力B+ 幸運D 宝具EX
【クラス別スキル】
対魔力:A
神の血を浴びて得た対魔力がさらに強化された。A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。

騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【固有スキル】
魔眼:EX
無機・有機を問わず、対象の『死』を読み取る魔眼。魔眼の中でも最上級のものとされる。『モノの死』を形ある視覚情報として視て、捉える事が出来る。視るための目と、認識するための脳がセット。それ故にどちらかといえば、超能力に類する異能。セイバーはルーを殺す存在としてバロールの力を両眼に受け継いだ。普段は最高レベルの魔眼殺しで抑えている。

魔術:B
ドルイド僧と妖精に育てられたセイバーは自然干渉の魔術を得意としている。その腕はキャスター適正もある程。またルーン魔術にも精通しており原初のルーンにも明るい。半魔半霊のセイバーは人間が使える18文字以外の6文字すら習得している。

気配感知:A
遠く離れた場所の水源やサーヴァントの気配を感じ取ることが可能で、同ランク以下の『気配遮断』スキルをも無効化出来る。

神性:‐
神霊適正を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。魔神バロールの直系であるセイバーは神の血は濃いはずだがバロールは怪物として死んだ為に失われている。

神殺し:A
神霊特攻。神霊、亡霊、神性スキルを有するサーヴァントへの攻撃にプラス補正がかかる。最高神ルーを殺した偉業と死後、影の国の王として数多の、さ迷う神霊を殺してきた生き様の証

『神殺す死の呪い(タスラム)』
ランク:C~B+ 種別:対人宝具 レンジ: 最大捕捉:1人
古代ケルトで使用された敵の脳漿と石灰を混ぜて作られた投擲用の弾丸。それ自体が呪詛を帯びており、着弾と同時に周囲に破壊を撒き散らす。太陽神ルーがバロールを打倒した一撃。バロールの死体から生まれたその弾丸を師匠のアイフェがゲイボルグを模した槍に埋め込んだ。状況に応じて形状が変化する。どれも、また神殺しの逸話から神性適正が高い程、追加ダメージと当たり判定が上昇する。

セイバーの場合は敵を切り裂くという結果が確定以外がなくなる因果消滅の宝具。
アーチャーの場合は本来の投擲用の弾丸になり、速度はマッハ5。炸裂弾のように一撃で一軍を吹き飛ばす対軍宝具。
ランサーの場合はゲイボルグを模した槍に変わる。
アサシンの場合は相手の右眼に必ず命中させ、死の呪いを植え付けるという投擲用の短剣。

『太陽墜ちる呪いの邪剣(フォモール・マラッハック)』
ランク:A++ 種別:対神宝具 レンジ: 最大捕捉:1000人
バロールを殺したタスラムの剣に込められたルーに対する呪いを解放すると、所有者の魔力を呪いにより一時的に上げて、セイバー周辺の生物に、死をまき散らす。恐ろしいのは魔力を持った存在や人間に致命的な一撃を与えるが、非生物、魔力を持たない物質には影響を及ぼさない。また神殺しの逸話から神性適正が高い程、追加ダメージが上昇する。最高レベルの邪剣にしてあらゆる邪剣の原点。

『自己封印・破壊邪眼(ブレイカー・バロール)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
『直死の魔眼』を封じるための宝具。所謂、魔眼殺し。普段のセイバーはバイザーとして使用している。元々は精霊により作られたもので精霊の加護がある。
セイバーから放出されるあらゆる気配、魔力を遮断させ存在そのものを薄くする。簡単に言うとランクB相当の気配遮断を習得させる。
また、セイバーに対するランクB以下の総ての攻撃の総数値を半分ほど減らし外部からの物理攻撃、魔術攻撃を緩和させる。常時発動型の宝具でセイバーが攻撃に態勢に移ると気配遮断は解かれ、『直死の渦(バロール)』を発動すると『自己封印・屠殺眼力(ブレイカー・バロール)』は強制的に失われる。

『直死の渦(バロール)』
ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1~999 最大捕捉:1000人
現代の『直死の魔眼』が『劣化』と評される程の、比べ物にならない程の異能が宝具と化したもの。神代の時代に生きた魔神の身体能力を引き継ぐセイバーだからこそ使用できる最悪の邪眼。
死の線や点などの綻びから見た対象の『死』を認識し、そのまま死に至らしめる。ただし、視線のみで殺せるのは生物のみであり、無生物を殺す為には線や点に触れなければならない。
また、この宝具は、自らの体に散らばる全ての死の線や点を、片方の瞳に集合させ、死の渦とする事が出来る。両眼に死の概念を集中させたセイバーの身体は、死の概念がなくなり実質、不死身となる。

《人物》
豪快な性格が多いケルトの戦士にしては珍しく寡黙。ただその性格は真面目にして実直。クーフーリンからも肩肘抜けと言われていた。適正はセイバー以外にキャスター、ランサー、アーチャー、アサシン、バーサーカーがある。
ランサーだとフォモール・マラッハックの代わりにブリューナクを持ってこれる。
バーサーカーの場合、怪物としての側面で召喚され、誓約がないので魔眼使い放題になる。
アサシンの場合は、気配遮断と気配感知がA+のアサシンになる。

強さはバーサーカー>セイバー=ランサー>アーチャー>アサシン>キャスター

願いはクーフーリンと会って、魔眼を使った本当の一騎打ちをする事。






数年前のアンケートを持ち出すのも筋が通らないんですけど、続き書きます。今でも読んでる人がいるならですけど……

集計したらFGO1部5章が人気みたいですね。どういう話を書こうかは決めているので頑張って書いていきます。第4次は既にある程度書けているので多分、期間そこまで空けずに投稿します。(前科あり)


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第四次聖杯戦争編
英霊召喚


お久しぶりです。目途が立ちましたので投稿です。


 吹雪によって閉ざされ、その存在を世間には秘匿されている古城が北欧の森にはあった。その城には一千年もの間、ある奇跡を夢見た一族が住んでいる。その名はアインツベルン。今宵、この古城でアインツベルンによる、千年間の祈りに決着をつけるべく、とある魔術闘争の為の儀式が行われる。その魔術闘争の名は「聖杯戦争」。およそあらゆる奇跡が叶うという願望機「聖杯」を懸けて7人の魔術師、「マスター」が時空を超えて召喚する英霊を使い魔、「サーヴァント」として争わせる殺し合いの儀式である。アインツベルンは錬金術の大家であったが、戦闘用の魔術には長けていない。それゆえに、これまで3度行われてきた聖杯戦争に全て大敗を喫してきた。此度は4度目の開催である。過去の教訓から戦闘を苦手とする一族内ではなく、戦闘に長けた外部の魔術師を招き入れた。

 

 千年もの間、純血を保ってきたアインツベルンが血族に部外者の血を組み込むという決断にどれほどの屈辱と葛藤があったかは常人には理解できないであろう。しかし、永きに渡り、聖杯を求め続けて当初の祈りは最早盲執へと成り果てている。手段など選んでいられなかった。アインツベルンが招き入れたその魔術師の名は衛宮切嗣という。近年、特に魔術師の界隈を騒がしている「魔術師殺し」の異名を持つフリーランスの魔術師である。対マスター戦の鬼札としてアインツベルンの主、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンが考え出した最高の人選であった。そしてそのサーヴァントに選ばれるのはかつてアイルランドで「戦士王」「光の御子」と呼ばれたケルト神話最強の英霊であった。

 

 

 

「それで、大師父殿はお目当ての英霊を召喚する為の触媒を見つけ出せたのかい?」

 

「いいえ、まだよ。お爺様曰く、戦士王を召喚するには彼が隠した聖遺物を使うしかないらしいのよ。でもアインツベルンの総力をもってしてもまだそれは見つかっていないわ。既に第二候補の英霊を召喚する為の触媒を今探しているところよ」

 

 古城の一室で会話をしているのは2人の男女。1人はアインツベルンにより招かれた魔術師、衛宮切嗣だ。煤けた黒いコートを羽織っており剣呑として雰囲気は異名通りの佇まいといえる。彼の右手の甲には、聖杯戦争に参加するマスターの証である令呪と呼ばれる赤い魔術刻印が刻まれている。

 彼と話している女性の名はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。雪を思わせる銀髪と、燃えるような赤眼の人間離れした美貌を持つ気品ある淑女で切嗣の妻でもある。

 

「この局面で大師父殿もお目当ての触媒が見つからないとなると召喚する英霊自体を変えてきたか。御三家の一角、アインツベルンがサーヴァントを召喚する前に脱落なんて笑い話にもならない」

 

 もっとも切嗣は仮にアインツベルンが触媒を用意できずとも自力でサーヴァントを召喚する腹積もりだった。しかし切嗣の雇い主、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン、通称アハト翁の命令により召喚するサーヴァントは既に決められていたのだ。

 

「確か召喚する英霊の第二候補自体は決まったと聞いたわ。問題はそれが間に合うかどうかだけど……」

 

「大師父殿が触媒を見つけて来なかろうが、僕には、僕達には関係ない。聖杯戦争で勝つには英霊の質ではないって事を証明すればいいだけの話さ……例えサーヴァントがいなくとも僕は必ずこの戦いに勝つ」

 

「えぇ、聖杯の担い手にふさわしいのは貴方しかいないわ、キリツグ。例えサーヴァントが召喚されずとも貴方の思い描く理想は必ず叶えられる」

 

 アイリスフィールは戦場に赴く夫の手を握りしめ、切嗣もまた妻の想いに応えるように握り返した。

 

 

 

 それから数日後、アハト翁から、第二候補のサーヴァントの召喚に必要な触媒が届いたと切嗣に伝えられ、アイリスフィールとともに大広間に呼び出されていた。

 

「今朝、此度の聖杯戦争において我らアインツベルンが召喚する英霊の触媒が届いた。本来の予定されていた英霊ではないが、英霊としての実力と格はかの『戦士王』に匹敵するであろう……衛宮切嗣、貴様が此度召喚する英霊は、ケルトにおける最強の片割れ『邪眼の御子』である。これこそがアインツベルンが貴様に出来る最大の援助と知れ」

 

「……! 大師父の多大なるご援助、感謝いたします」

 

 切嗣達はアハト翁が告げた英霊を聞き、アハト翁の前で流石に大きな反応を見せる事はなかったが、内心では驚きに満ちていた。何しろその英霊は本来第二候補などでは収まらない破格の英霊であるからだ。切嗣は、この聖杯戦争が開催する直前によく見つけてきたものだと目の前の老人に関心を通り越して呆れすら覚えていた。

 

「『邪眼の御子』クニァスタ。かの英霊を従え、他の6組の陣営を確殺し、必ずや我らアインツベルンの悲願『天の杯(ヘブンズフィール)』を成就せよ」

 

 頭を垂れながら切嗣は盲執に満ちたアハト翁の表情を見る事なく「御意」とただ呟いた。頭の中で敵を殺す為の策を練りながら。

 

 

 

 今、父として娘に残せるものは何か、アイルランドの魔術師の名門であるフラガ家の当主、アリイル・フラガ・マクレミッツは娘のバゼットに魔術を教え始め彼女に魔術師として圧倒的な才能を目にしたときから、その事を考えるようになった。神代から伝わるルーン魔術を現代まで伝え続けたフラガ家の中でもバゼットの才能は歴代随一だろう。しかし保守的な一族の期待に反してバゼットは、一族やフラガ家の魔術のあり方に対して冷めた視線を送っていた。権威はあっても世俗的な権力を持たず、外部との関わりを絶ってきたフラガ家はやがて衰退すると考えていた。バゼットは魔術を極める為に魔術を扱うのではなく、魔術をどのように扱うかという事を重視していたのだ。このままいけばバゼットが実力をつけ当主を継いだ時に、一族に見切りをつけて家を出弄するかもしれない。

 

 バゼットの魔術師としての実力はそう遠くないうちにアリイルを抜くであろう、特に実戦面においては。しかし生真面目で融通が利かない性格のバゼットでは出弄をしても、うまく周りとの折り合いをつけず孤立していくのは予想に難くない。既に一族内では浮いてしまっている。

 

 バゼットは魔術の師という存在でしかアリイルを見ていなかった。アリイルも魔術師という関係でしか娘と接しておらず魔術以外での事柄の会話もなかった。無論、アリイルも憎からず親子としての情はあったが今更、娘を心配する父親面など出来る筈もない。お前の事が心配だから外部に出るな、などと言えるはずもなかった。

 

「……父上、大丈夫ですか?」

 

「ん、すまない。どこまで話したかな」

 

 考え事をしていたからか、バゼットとの魔術の指導の最中だというのに上の空だった。指導をしているバゼットに心配される始末だ。

 

「『atgiz(アトゴウラ)』一騎打ちの陣を敷くルーンがある、と。かの『戦士王』率いる赤枝の騎士達が好んで使っていたと」

 

「そうか。そこからだったな。『atgiz(アトゴウラ)』は実戦的なルーンだ。その陣の中にいた者達一騎打ちを強制させる。そして退却を許さず、どちらかが倒れるまで戦い続けるのだ。起点を潰されれば解除はされてしまうが……応用的に簡易的な結界にも使えたりもする便利なルーンだ」

 バゼットは成長するにつれて儀礼的な魔術より実用的で応用の効く魔術を教えるようにアリイルにせがんだ。フラガ家の魔術師は森に棲む獣や魔獣といった相手にしか実戦経験がなく、ルーンぐらいしか実戦的な魔術がないのが実状である。その中でもアリイルは比較的、実用的なルーンを中心に教えていた。

 

「『戦士王』もこのルーンを使っていたのでしょうか」

 

「神話の中で『戦士王』はこのルーンを使うと同時に確殺も誓っていたらしい。ここぞという時にしか使わなかったそうだ。その逸話から今では敵に対して必殺の一撃を与えたりする際にその威力を向上させるといった応用の使い方もされているようだ」

 

「『戦士王』も使っていたルーン……」

 

感慨深くアリイルの書いたルーンを見つめるバゼット。機械的で感情を表に出す事がない彼女だが、ケルト神話の特にアルスター伝説の話題になると年相応の表情をする事がある。フラガ家が赤枝の末裔とも言われている事とも無関係ではないだろう。フラガの一族は皆、アルスターの英雄に対して敬意を払っているがバゼットは特にそれが顕著だ。憧憬のような感情も抱いている。

 

「もし、彼らが今の我々の現状を見たらどう思うのでしょうか……」

 

その問いにアリイルは答える事が出来なかった。

 

 

 

「父上、聖杯戦争と呼ばれる儀式をご存じでしょうか?」

 

ある日の事であった。いつものようにバゼットに魔術の指導をしているとそんな事を尋ねられたのだ。

 

「聖杯戦争? 聞いた事ぐらいはあるが……極東の魔術儀式だったかな?」

 

「えぇ、そうです。万能の願望機である『聖杯』を巡って過去の英霊を使い魔として召喚し殺し合う魔術儀式。その儀式が、日本の冬木という地で、もうすぐ開催されるそうです」

 

「……それがどうかしたか? 我々にとっては関係のない話だ」

 

 バゼットの突然の話題に嫌な予感がしたアリイルはすぐにこの話を終わらせようとする。実際、極東の一魔術儀式など世俗と関わりのないフラガ家には縁もゆかりもない。アリイル自身は何度か魔術協会の魔術師と関わった事があり、協会との伝手が極わずかだがあったりするのだ。その為、聖杯戦争の話も聞いた事ぐらいはあった。

 

「私はその儀式への参加を考えています」

 

「……駄目だ。そもそも我々には参加する意味がない。既に我々は聖杯に匹敵する聖遺物を神代から伝え続けている。聖杯など欲したところで何の意味があるというのだ?」

 

 そうフラガ家はとある2つの聖遺物を神代より代々、『伝承保菌者』として受け継いでいる。聖杯という規格外の聖遺物だとしても喉から手が出るほど欲しいものではないのだ。

 

「意味ならあります。一つは、もし聖杯戦争に勝利をして聖杯を手にしたならばそれは一族にとって代えがたい物になる。もう一つはこちらの意味の方が大きいのですが、既に失われた『原初のルーン』を持つ英霊を召喚する事が出来れば、フラガ家にとって利になる。例えば、『戦士王』や『影の国の女王』といったケルトの大英雄を呼び出せれば……」

 

「ならん。そんな不確実なものの為に生死を懸けなければならない魔術儀式に参加してお前が命を落とす方がフラガ家にとって痛手だ。どこで仕入れた情報か知らんが、聖杯戦争の事など忘れよ。これは命令だ」

 

 なおも反論しようとしたバゼットだが、父親の意思が固いと分かると身を引いた。まだ次期当主でしかない自分では当主の命令には逆らえなかった。これは彼女の生真面目な性格もあるといえよう。

 

「分かりました」

 

 

 

 アリイルは先ほどのバゼットの会話の件で悩んでいた。バゼットが一族の未来を憂いて聖杯戦争の話をしていたのは分かっている。それでもバゼットという歴代最高かもしれない才能を失うというリスクを犯してまでのリターンはないと考えている。仮にバゼットが既に当主となっているのであれば反対はしただろうが、命令までは出せなかっただろう。

 

「しかしいずれはバゼットも当主になる。その時にはもうここを出ているか……」

 

 一族の未来、愛する娘の願い、聖杯戦争、娘の魔術の才能、今のアリイルを悩ます事柄がぐるぐると脳内を駆け巡る。溜め息をついてどの選択がもっとも最善であるか考えを巡らす。

 

「もし、バゼットに外に出る必要がないと思わせれば出弄などしないでくれるだろうか」

 

 アリイルは一つの決断を下した。

 

 

 

翌日、アリイルは自らの工房にバゼットを呼び出した。

 

「お呼びでしょうか、父上」

 

「呼んだのは他でもない。昨日の件だ」

 

「……! しかしあれは父上が反対されたのでは?」

 

 まさか反対をしていたアリイルからその話題に触れるとは思わず、バゼットが珍しく表情を崩した。

 

「……そうだ。お前が参加する事については確かに反対した。フラガにはお前は必要だ。しかしいつかお前はこの家を出ようとしているのだろう? その際にお前の身に何かあれば結局は同じ事だと思ったのだ」

 

「どうしてそれを?」

 

「お前の事だ。フラガの未来を案じての考えという事は理解している。私とてこの家に籠りきりだった訳ではないのでな。今のままではフラガの未来がそう遠くないうちに潰えるのは私とて分かっている」

 

 フラガ家はまるっきりアインツベルンのようにアイルランドの寒村に籠っている訳ではない。必要であれば外部にも出る。ただ魔術関係で他との接触がなかっただけだ。

「なればこそ、聖杯戦争の参加を認めて下さっても!」

 

「お前が参戦しなければ良いと言っている。この意味はわかるな?」

 

 必死で食ってかかるバゼットに対しての意味深な問い。その答えにはすぐにたどり着いた。

「……まさか父上が。しかし父上は当主の身。何かあれば」

 

「未来のあるお前より私が死ぬ方がフラガにとってはまだましだ。どうせもうすぐ隠居する身。お前が戦うより、私が行った方が良い。それにかの『原初のルーン』私も興味がないと言えば嘘になる。もしそれを持ち帰る事が出来ればお前も出弄などしないでくれるだろう?」

 

「……それはそうですが、失礼ながら父上は魔術師相手との実戦経験がほとんどないのでは? 相手は魔術師、知恵がない魔獣や獣とは違います」

 

「ふ、お前は私の何を知っている? 確かに実戦的な魔術ではお前の方が上かもしれないが、私とて何もしていなかった訳ではない。魔術師戦とて多少の心得はある。それに、既に召喚するサーヴァントは決めてある」

 

「それは一体……?」

 

「『影の国の女王』スカサハ。かの『戦士王』の師を呼び寄せる」

 

 

 

 切嗣はアインツベルンの工房でアハト翁より譲られた聖遺物、かつてケルト神話において、魔神を殺したと言われている石弾の破片を、床に描かれた魔法陣にセットした。これを触媒として召喚される英霊は、間違いなく「邪眼の御子」だろう。冬木の聖杯戦争ではそのシステムの特性上、神霊を召喚する事が出来ないからだ。

 

「これがかつて魔神を殺した石……」

 

「あぁ、これ自体がもはや神殺しの宝具といってもいい。加工して魔術礼装にすれば、神性スキルをもったサーヴァント相手には十分に通用するだろうね」

 

 実際に英霊を現世に繋ぎ止めるのは聖杯だ。召喚者たるマスターはその為の道標を示し、実体化させる為の魔力の供給のみをすれば良い。

 アイリスフィールが固唾を飲んで見守る中、召喚の儀式が行われようとしていた。しかしこの瞬間、何の因果か聖杯戦争の参戦する7つの陣営のうち、5つの陣営が同時に英霊召喚の儀式を行っていた。しかもそのうちの3騎のサーヴァントが同じ神話出身の英霊だったのだ。

 

 

 

 聖杯戦争の御三家の一角遠坂家の当主、遠坂時臣は一族の悲願、根源への到達の為に、万全の準備をしてこの戦いに臨む。親交があった言峰離正、綺礼親子とともに、人類最古の英雄の召喚の儀式が行われようとしていた。この召喚が成功すれば遠坂に敗北はありえないだろう。それほどまでに、かの英雄王は数多の英雄とは文字通り格が違うのだから。

 

「――――素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 アリイルはフラガ家より代々伝わる「影の国の女王」が残したルーンの守り石を触媒とした。バゼットが珍しく緊張した様子で見守っている。さしもの彼女も神話の中でしか語られていない英霊が現世に蘇るというのは感情を抑えきれないのだろう。ましてや彼女が憧れたケルトの英雄ならば尚更だ。アリイルが既に令呪が宿った右手を前に突き出し呪文を紡ぎ出すと魔法陣が青く輝き始め、魔力が工房の中に満ちていく。

 

「――――閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに四度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 魔術協会の一大派閥時計塔出身の魔術師ウェイバー・ベルベットは自身の存在を、今まで見下していた連中に見せつけてやる為に聖杯戦争に挑む。その為に自らの師の聖遺物、「征服王」の着ていたマントの破片を盗んでまで召喚の儀式を行ったのだから。

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 間桐雁夜は自らが背負うべき魔術の宿命から逃げ出したために、かつて愛した女性の子がその犠牲となっている事に耐えられなかった。その子を間桐の魔術の呪縛から解き放つために聖杯戦争に挑む。例えその結果自らが命を落とす事になったとしても後悔はない。

 

「――――誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

 

 切嗣は自らが望む理想の為に、今宵、人類最期の戦いに挑む。「邪眼の御子」と呼ばれた災厄の英雄がサーヴァントだろうと構いはしない。他の6つの陣営を殺しさえすれば切嗣の理想は叶うのだから。

 

「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ。天秤の守り手よ―――!」

 

 各陣営のマスターが呪文を紡ぐと、莫大なエーテルの奔流と、閃光が魔法陣より溢れ出る。あまりの勢いに、目を開ける事が出来ない。立っていられるのがやっとだ。やがてエーテルの奔流が穏やかになると、魔法陣の中央には、時空を超え、現世の理より外れた英霊という圧倒的な存在が現れていた。

 

 切嗣の目の前には、黒い長髪をくくったバイザーで目を隠した性別の判断がつかない軽装の戦士が、アリイルの目の前には長く、深い紫色の髪をして、肢体がはっきりと分かるほどの薄い布地を纏っている美しい女性が現れていた。

 

「問おう。貴方が私のマスターか」

 



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魔術師殺しと邪眼の御子

慌てていたのでいつもより誤字脱字多いかもしれません。また読み直して訂正します。


 切嗣の目の前に現れたその存在は、神話に伝わっている「邪眼の御子」クニァスタに違わなかった。背中まである艶のある長髪に、形の良い鼻立ちに乙女のように透き通った肌、無骨なバイザーで目を隠していてもわかる程、恐ろしい程整い過ぎた顔立ち。美しい妖精の姿を真似たという伝承通りの姿をしていた。切嗣は妻が人外のホムンクルスであり、人間離れした美しさは見慣れていた事もあって、そういった容姿の美醜に関しては多少の耐性はあった。しかしもし切嗣以外の人間が、この英霊の姿を一目見たならば、その美貌に見惚れて呆けてしまう者が性別問わず続出しただろう。実際、アイリスフィールは召喚の際の衝撃もあって、硬直から立ち直るのに時間が掛かりそうだ。

 

「それで? どちらが私のマスターなんだ? ここで呆けていても何も始まらん」

 

 少し低いテノールといったところか。流石に声質は性差の判別がつく程度の低さはあった。しかしそれでも英雄らしい、男の野太さといった要素は感じられない。

 

「あ、あぁ、僕が君のマスター、衛宮切嗣だ。こっちは妻のアイリスフィールだ。君は『邪眼の御子』クニァスタかい? まずはそこを確かめたい」

 

「アイリスフィール・フォン・アインツベルンよ。貴方のマスター、エミヤキリツグの妻よ」

 

 切嗣にとってサーヴァントとは自身の戦略にとって必要な駒だ。切嗣にとってこの目の前の英霊がどれだけ使える駒であるか、その能力を十全に把握しておく必要はある。ただし必要以上の干渉は不要。英霊とはいえ所詮、駒であり兵器。そんなものに一々気を使う必要などない。

 まずは最低限のコミュニケーションを取ってお互いの立ち位置を明確にしておく必要がある。

 

「ふむ。確かに貴方から魔力のパスが感じられる。エミヤキリツグ、貴方を私のマスターと認めよう。私はかつて『邪眼の御子』と呼ばれていた身だ。我が真名はクニァスタ。此度の聖杯戦争においてセイバーのクラスで召喚された」

 

 「セイバーのクラス……これは当たりだな」

 

 7つのあるサーヴァントのクラスのうち、全体的に高い抗水準の性能力値を持つ事から最優と謳われるセイバーのクラス。切嗣は、神話における英霊クニァスタの万能さから該当するクラスが多く、クラスによるステータスの上下を気にしていたのだが、その不安はたった今解消された。マスターはサーヴァントの性能を能力値として見る事が出来るが、セイバーは5つの基本ステータスのうち2つが最高ランクのA、そして魔力はB+で、保持スキルも実用的かつ強力なものばかりだったからだ。

 

「お褒めの言葉を頂いて光栄だな。ちなみに宝具も教えておこう。私が使えるのは主に3つだ。魔神である父から譲れられた邪剣に、師匠のアイフェの魔槍、それにこの『魔眼殺し』だ」

 

「宝具が3つですって!? なんて無茶苦茶な」

 

 アイリスフィールはが驚きの余りに声を上げてしまう。セイバーの性能は聖杯戦争に関して熟知している御三家の魔術師をして際立って強力な能力のようだ。

 

「英霊の宝具は一つであるなどという決まりはない。そんな先入観に囚われていると敵サーヴァントも複数の宝具を使ってきた時に足元を救われるぞ。そもそも戦いにおいて武器が一つしかないというのが危険すぎる。剣がなければ槍で、槍がなければ石で、それがなければ手足で、戦う為の手段とはいくつもあっても無駄ではない」

 

 セイバーの意見には切嗣も内心、賛同していた。切嗣も戦場において主武装というのはあるが、それがなくなって終わりではすぐに殺されてしまう。主武器がなくなってもいつでも戦えるように第二、第三の副武装を用意している。意外にもこの英霊との相性は悪くないのかもしれないと思い始めていた。

 

 

 

「アイリスフィール、マスターもご息女と戯れる時はあんな表情をするのだな」

 

 セイバーは銀白の雪景色の中を、マスターであるキリツグが娘のイリヤスフィールと遊んでいるのをアインツベルン城の一室から眺めていた。

 

「あら、意外だったかしら。キリツグはもっと冷たい人かと思った?」

 

「いや、マスターがどんな人物か、という事はこの数日で少しずつ分かってはきている。ただあんな感情的になっている表情は見た事なくてね。マスターとしての顔と父親としての顔は全く別物らしい」

 

バイザーに隠れて目元こそ見えないが、セイバーの口元は緩んでいた。いつもは剣呑とした雰囲気の切嗣も家族との団欒では平凡な一人の父親になるらしい。その変化がセイバーは微笑ましく見えるのだろう。

「……ねぇ、セイバー。貴方から見てキリツグはどんな風に見える? 貴方の印象で良いから教えてくれないかしら?」

 

「……まだ短いこの数日間で抱いた感想になるがいいか?」

 

「えぇ、それで構わないわ」

 

 セイバーは、切嗣がイリヤスフィールを肩車して森の中へ歩いていくのを眺めながら、最初に召喚された時の事を思い出していた。

 

「最初は掴み切れなかったな。マスターがずっと戦場で生きてきたのは、あの雰囲気でわかった。しかし、貴女やご息女とのやり取りで、それにしては温かみを持った人間だとも思った。世界に希望を見出していたがゆえに裏切られた。冷酷になる必要があったんだろう。非情さと人間味の両方を持った、極めて繊細な人間なのかもしれないな」

 

 まさにセイバーの言う通りだったからだ。まさか切嗣と聖杯戦争の為の戦略上、最低限必要な会話しか交わしていないのにそこまで見抜けるものかとセイバーの人を見る眼にアイリスフィールは感心していた。

 

「驚いたわ。キリツグはあまり第一印象が良くないから避けられる事が多いのに、セイバーには分かるのね」

 

 アイリスフィールの表情から言わんとしている事が伝わったのかセイバーは軽く肩をすくめた。

 

「私の隣に立っていた友人が王族だったものでな。こう見えて人と接する機会は少なくなかった。ある程度、人を見る眼はあるつもりだ。もっとも『邪眼』持ちの私が言っても説得力はないな」

 

 セイバーの語る王族の友人と言えば、一人しかいない。ケルトの大英雄、クーフーリンである。確かに彼はまぎれもなく王族の身で、セイバーの死後、王位にも就いている。そんなクーフーリンとともにいたのであれば確かに人と触れ合う機会は多くなるだろう。もっともセイバー自身はその出自のせいで畏れられていたが。

 セイバーの軽い冗談にクスッと笑うアイリスフィール。召喚当初はもっと生真面目な印象を受けたが、どうやらこちらが素の性格のようだ。

 

「今は貴方がキリツグのサーヴァントで良かったと思っているわ」

 

 当初は今話題に上った英霊を召喚する予定だった事を思い出す。しかし今となっては夫の内面を理解してくれているセイバーで良かったと心の底から感じていた。

 

「それはサーヴァント冥利に尽きる。しかし、先程はああは言ったが、マスターは我々英霊に対して、思うところがあるらしい。それが節々に態度に出ている。マスターと上手くやるのは中々に骨が折れそうだ」

 

「キリツグは少し強情なところがあるのよ。悪く思わないで、っていうのは難しいかもしれないけれど……それでもキリツグは私達が願った理想の為にこの戦いに挑む。セイバーならこの戦いに勝ち残れると、私は信じているわ」

 

「もちろんだ。この身はその為に召喚されたのだから。マスターの為、貴女の為、ご息女の為、必ずやマスターに勝利を捧げると誓おう」

 

 

 

 切嗣が遊びで疲れ果て寝てしまったイリヤスフィールを抱えて、自室へ戻った時、何故かセイバーが実体化していた。

 

「ご息女との戯れは中々に微笑ましい光景だったぞ」

 

「何故ここにいる。そもそも実体化は必要な時以外はするなと言った筈だ」

 

「その必要性の判断は私がすると言っていたはずだ。ならば問題はない」

 

切嗣はイリヤスフィールを起さないようにベッドで寝かせると、厳しい表情でセイバーを睨んだ。確かに元々切嗣はセイバーと別行動をする予定で、サーヴァント戦の如何はセイバー自身に任せるという手筈であった。実体化の件もそれに含まれていると言いたいのだろう。

 

「屁理屈だが……まぁいい。用がないなら早く出て行け」

 

「用ならばあるさ。少しマスターと話がしたくてね」

 

「……なんだ。つまらない内容ならば、すぐに追い出すぞ」

 

「何、少し腹を割って話そうというだけだ。短い間とは言え、我々は命を預け合う仲なんだ。少しは親睦を深める機会があっても良いだろう?」

 

 切嗣にとってサーヴァントとは兵器だ。意思があろうともその認識は変わらない。そんなものと腹を割って話そうなどと言う気にはなれなかった。

 

「マスターがサーヴァントをどう思っているかなど、貴方のその態度から大体分かる。しかし貴方が私を値踏みしたように、私がサーヴァントとして貴方に仕えるに値するのかどうか、確かめるのは当然だろう? 私も含めてサーヴァントは皆、聖杯に願いを託すためにこうやって召喚に応じたのだから」

 

 セイバーの言い分も切嗣にとって分からないでもなかった。マスターがサーヴァントを選ぶように、サーヴァントもまたマスターを見極める必要があるというのだ。切嗣も別に開戦前から自らのサーヴァントと不仲にはなりたいわけではない。それにセイバーは王族の周囲にいた事もあって、切嗣のような他人と距離を置きがちな人物との関わりも少なからずあり、距離の測り方も上手にこなせるのだ。

 切嗣も英雄という存在に忌避観をもっているだけでセイバー個人的に思うところはない。その為、この英雄が、切嗣の聖杯に託す願いを知った時、どんな反応をするのか気になった。

 

「いいだろう。そこまで言うならばセイバーに話しておこう。僕が聖杯に託す願いをね」

 

「お、そっちの話か。そこが一番気にはなっていた部分だからな。愛する家族のいる貴方がどうして聖杯戦争なんぞに参加するのかを」

 

「……僕は聖杯戦争の為にアインツベルンに招かれた。アイリと出会いイリヤが生れたのはその後だ」

「ならばどうして、聖杯を求める? 愛する妻と娘を差し置いてまで叶えない願い、それを聞かせてもらおうか」

 

「いいだろう。セイバー、君は今のこの世界をどう思う?」

 

「私はまだ召喚されてからずっとこの城にいたので、あまり現代の世間の状況は分からないが、聖杯からの知識だと、私の時代よりも人々の寿命が延び、科学という学問分野が発達して人々の生活が豊かになっているな。しかし一方で、どれだけ時代が下ろうと、人の歴史から争いはなくならかった。無意味な争いによる無辜の民の犠牲も減る事はない……実に嘆かわしい事にな」

 

セイバーはあどけない表情で寝ているイリヤスフィールの絹のように柔らかい髪を優しく触れた。セイバーの言う通りだ。

 このイリヤスフィールのように理不尽で過酷な人生を歩まされている者もこの世界には数多いる。

 

「そうだ。人類は愚かにも未だに争いを続けている。それでいて効率的に人を殺す術は発展し続けているがその本質は石器時代から何も変わっちゃいない。僕が聖杯に願うのは全人類の救済だ。今回の聖杯戦争を以って人類史上最期の戦争とさせる事だ」

 

 それは人が願うにはあまりにも子どもっぽくて、絵空事でしかない願い。そんな切嗣の願いをこの英霊をどう感じたのだろうか。馬鹿げていると笑うだろうか。愚かだと諭すだろうか。

 セイバーは切嗣の語った願いを、自分なりに上手く咀嚼するのに少し時間を要したらしく、少しただならぬ沈黙が流れた。イリヤの寝息以外何も聞えなかった。

 

「全人類の救済か。人と人が傷つけあわない世界、誰もが幸せになる世界。個人が願うにはあまりにも欲深く大きすぎる願いだ。しかし私はそういった身の丈を超えた願いを追いかける輩が嫌になれないんだ」

 

 セイバーの脳裏には、かつて一つの神話の頂点である太陽神を倒すという大それた野望を語った親友の顔が思い浮かんだ。個人が成し遂げるにはあまりにも遠く無謀な願い。しかし彼はその野望を果たした。

 

―――私は人の縁にはつくづく恵まれているらしいな、セタンタ。

 

「君は否定しないのか、僕の願いを」

 

「否定などする誰がするものか。マスター、貴方のその願いは決して間違いではない。聖杯にふさわしいのは他の誰もない。貴方だ、エミヤキリツグ。貴方を必ずや勝利に導こう、この誓約(ゲッシュ)に誓って」

 

 ケルトの戦士が誓約(ゲッシュ)を持ち出すという事は命をかけるよりも重い誓いを意味する。

切嗣はその意味を理解して何も思わない程、情がない訳ではない。アイリスフィール以外に自分の胸の内を明かす事はなかった。これまで抱えてきたものが軽くなったようなそんな気がした。切嗣の剣呑な表情が今までよりも少し柔らかくなっていた。

 

「セイバー。この戦い必ず勝つぞ」

 



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開戦前夜

何とか間に合いました。もう少し余裕をもって投稿したいですね。


「ところでセイバー、貴方はどんな願いを聖杯に望むの? 差しさわりがないなら教えてくれないかしら? セイバーが召喚されてから結構経つのに貴方の事、何も知らないのよ」

 

 セイバー陣営の戦略等の打ち合わせが終わると、ふとアイリスフィールがそんなことを尋ねた。切嗣も気になるのか今回の聖杯戦争の参加者のリストが書かれた書類をめくる手を止めた。

 

「ふむ。確かに、私はマスターの聖杯への望みを知っているのに私の聖杯への望みは隠したままというのはおかしな話だ……この際、私の望みも話しておこう。恥ずかしながらマスターの望みほど立派なものではない。もう一度、どうして会いたい人物がいる。その人物との再会が私の望みだ。それ以外は何も望まない」

 

「その会いたい人というのは大切な人だったの?」

 

「無論だ。こうして死後も聖杯に願う程、未練として残っている」

 

 セイバーが死後も願うほど再会を願う人物。切嗣とアイリスフィールが思い浮かんだのは一人しかいない。

 

「セイバー、僕が、いや僕達が君の願いも叶えてみせる。安心してくれ。この戦い、僕達は必ず勝つ」

 

 

 

「マスター、少しいいか?」

 

「なんだ?」

 

 日本へ発つ前日、最後のアインツベルン城での打ち合わせをしていた切嗣は、あまり自分から口を開く事がないセイバーが話しかけてきた。

 

「冬木では主に私とアイリスフィールが行動を供にして、マスターは単独で行動するのだったな」

「そうだ。既に現地入りしている協力者もいるが……それがどうかしたか?」

 

「最初は別にそれでも構わなかったのだがな。今はあまりその作戦に賛同できない」

 

「何故だ? 当初はお前もそれで良いと言っていた筈だ」

 

 切嗣のセイバーを見る目つきが一気に険しくなった。まさかセイバーから当初の戦略を覆す発言が飛び出るとは思わず口調がきつくなる。切嗣とて自らが立てた戦略をこの土壇場で覆されてはたまったものではない。

 

「少し事情が変わってな。アイリスフィール、正直に話して欲しい……今の身体はいつまで持つ?」

 

「なっ!? どうしてそれを!」

 

セイバーの質問にアイリスフィールが驚きの声をあげる。アイリスフィールの正体はセイバーには言っていなかった筈だ。まさか城の者がそんな重大な事を噂話のようにぺらぺら話す訳がない。

 

「こう見えて魔術の分野に関してはそこらのドルイドよりは腕に覚えがある。キャスター相手でも負けないと自負しているさ。アイリスフィールが普通の人間と違う事はすぐにわかった。そしてこの城にいるホムンクルスともまた違う事もな。それが少し気になって私なりの手段で少し調べさせてもらった。……黙って事を勝手な真似をした事は謝罪しよう」

 

「……君はアイリスフィールがこの先どうなるのかも分かっているのか?」

 

 アイリスフィールはアインツベルンが総力をあげて造り出された人型の聖杯である。かつて第三次聖杯戦争の最中、聖杯が壊れてしまったという前例からアハト翁が考えた自衛手段を持つ聖杯、それこそがアイリスフィールであった。

 

「これは私の推測だが、願望機としての聖杯の役割が強くなるならば、人としての機能は失われていくと見ている……当たって欲しくはなかったが、貴方達のその反応を見るに私の推測は当たっていたようだがな」

 

 聖杯が願望機としての役割を果たす際に使われる魔力は英霊の魂である。ならば願望機として完成するまでに、その魔力を貯めておく必要がある。その貯蔵庫がまさにアイリスフィールなのだ。しかしアイリスフィールはその事実に悲観はしていなかった。元々、その為に自分は生まれてきたのだから。愛する人の悲願が叶う為ならば、むしろ本望でもあった。そして切嗣もその死は覚悟している。寧ろその事が分かっていながら、切嗣は、本来聖杯としての役割でしかないアイリスフィールを愛したのだから。

 

「お前の言う通りだ。アイリは今回の聖杯戦争の為に、人型の聖杯として造られ、やがて無機物の聖杯に置換されていく。そうだ。僕は悲願の為にアイリを犠牲にする……」

 

 一度は何かもを放り投げて、妻と娘と一緒に逃げようと考えた事もあった。何度も悩み考え抜いて、しかし結局のところ、切嗣は自らの理想から逃げられなかったのだ。セイバーはこの選択に何を思うのか。英雄らしくアイリスフィールの犠牲に怒りを抱くのだろうか。しかしセイバーは淡々とそれまでと変わらない態度で言葉を紡いだ。

 

「それがマスターとアイリスフィールの決断ならば私からは言う事はない。だがアイリスフィールの正体が他の陣営に知られたら切嗣の戦略はリスクが大きいと思っている」

 

 セイバーのその考えは感傷的になっていた切嗣の頭を冷ますには充分だった。

 

「何、どういう事だ?」

 

「アイリスフィールの存在が聖杯戦争の盤面を左右する事が他の陣営に知られれば、サーヴァントを使ってでもアイリスフィールの身柄を確保しようとするだろう。しかもアイリスフィールの正体はキャスターのサーヴァントでなくとも、多少魔術に精通した者ならすぐに分かる。御三家の魔術師ならば一目見ただけで、正体に辿り着く可能性があるかもしれない」

 

 実際にセイバーはアイリスフィールの正体を看破している。説得力は充分にあった。特に間桐家の当主、間桐臓硯は、聖杯戦争が初めて開催された時から未だに存命しているのだ。

 

「……確かにその通りだ。アイリを無理に前線に出す必要はないのか?」

 

「でもそれなら余計に私はセイバーの側にいるべきじゃないのかしら? サーヴァントが私を狙ってくるならそれこそセイバーしか太刀打ちできないもの」

 

「そうだ。だから私は、そもそもアイリスフィールの存在を他陣営に秘匿しておく必要があると考えている。幸いにして私は気配を消すルーン魔術の心得がある。それを使ってアイリスフィールが雲隠れして、徹底的に他陣営から存在を隠す」

 

「確かにその戦略だとアイリは狙われにくくなるだろうが、もし万が一狙われれば誰も助けに行けないぞ。アイリは令呪も持っていないからな」

 

「その点は安心しろ。私は気配感知スキルを持っている。ある程度離れた場所、そうだな、大体、数キロ単位で離れていてもアイリスフィールの位置は把握できるだろう。もしそれでも心配ならば、護衛をアイリスフィールに付ければいい。確か現地に一人協力者がいるのだろう?」

 

 セイバーの語った内容は確かに理にかなっている。切嗣はこういった戦略を重視した殺し合いを得意としているが、自身が立案した戦略にこだわっていない。もしもそれより正しいと感じた戦略が他にあるのならばそちらを選ぶだろう。まさか過去に生きた誇り高き英霊に提示されるとは思わなかったが。

 

「いいだろう。もとより僕は最善とする行動を取るだけだ。お前の言う事が正しいならばそちらを選ぶだけさ。アイリ、すまないがここに来て戦略を大幅に見直す事になった。君にも少なくない負担がかかるかもしれないが……」

 

「私は全然構わないわ。むしろキリツグの方こそ無理しないでね。セイバー、キリツグの事お願いね」

 

「無論だ。前にも言ったはずだ。この身はその為にあるのだと」

 

 そうしてセイバー陣営はその夜遅くまで戦略についての話し合いが行われたのだった。

 

 

 

 翌日、切嗣はアイリスフィールとは別々のルートで、霊体化したセイバーと一緒に冬木に現地入りした。元々セイバーとアイリスフィールが一緒に来る予定だったのだが昨夜の話し合いから、戦略を大幅に見直す必要に迫られ、急遽変更になった。一方アイリスフィールはセイバーが持たせたルーンが刻まれた礼装を持って、現地の協力者である久宇舞弥とともに用意していた隠れ家に向かっている。

 久宇舞弥は切嗣がかつて戦場で拾った戦災孤児の娘だ。自身の助手として切嗣の作戦のサポートを担っている。彼女にもセイバーのルーンを持たせて、存在の秘匿を徹底させている。切嗣自身もある程度、闇に潜んで動き回る予定だが、二人には当面、隠れ家から出る事すら禁じてある。その隠れ家自体も住宅街の中心にあり、和風のおよそ魔術師の工房らしくない筒抜けの和風建築の長屋である。しかもその立地は、他の御三家からほんのわずかの距離である。アインツベルンは郊外の森に聖杯戦争の拠点たる屋敷を所有しているが、拠点の割れた場所は危険だと切嗣は考え、敢えて利用しなかったのだ。

舞弥とはここ最近になって普及しだした携帯電話でいつでも連絡を取れるようにしてあるが、次に実際に二人に会うのは、他のサーヴァントを殺し、ある程度、大大的に動き回れるようになった時だ。その頃にアイリスフィールが人の機能を保っていたならばの話だが。

 

(それで、切嗣。私はいつ頃仕掛ければいい?)

 

 先に現地に来て下調べをしていた舞弥によって狙撃ポイントが書き込まれた冬木の見取り図と実際の街並みを比較する為に切嗣は冬木の町を歩き回っていた。セイバーも戦場となる地形を把握しておきたいとの事で一緒になって確認している。

 この街に入った瞬間からいつ戦いが始まるか分かったものではない。既にサーヴァントが昨夜、一騎が脱落している。

 だからこそ戦略外の不必要な会話はしない。この日の高い時間帯の暴れる輩はいないであろうが、既に戦地に入ったのだ。気を引き締めておく必要がある。

 

「既に舞弥から昨夜、遠坂邸で戦闘があったとの報告があった。僕も映像を確認したが、脱落したのはアサシン。倒したのは遠坂のアーチャーらしい。もしそれが本当ならマスターの天敵になりうるアサシンが死んだ事で、穴熊を決め込んでいた各陣営が一斉に動き出すだろう。こちらから無理に仕掛ける必要はないが、誘われたら積極的に戦っていい。お前の実力を見せてもらう」

 

(了解した。そういう事ならば私の実力、存分にマスターにお見せしよう)

 

 もっとも切嗣は昨夜の戦いがどうにもきな臭いものを感じていた。何しろ、気配遮断のスキルを持つアサシンの奇襲を事前に知っていたかのようにアーチャーのクラスが待ち構えており、そのまま無尽蔵の武具で一方的に殺したのだ。その後、脱落したアサシンのマスター、言峰綺礼は聖杯戦争の監督をしている冬木教会へ逃げ込んだ。正確に言えば、自分の父親、言峰離正が監督役を務めている教会へ、だ。

 

「言峰綺礼……面倒な事にならなければいいが」

 

 此度の聖杯戦争で切嗣が最も警戒している敵が怪しい動きをしているという事実に、この戦いが一筋縄ではいかない予感を感じとった。

 

 

 




数年前に行ったアンケートの件なんですけど、FGOがやはり人気ですので、Zero編が落ち着いたら書いてみます。でも多分話は大きく変わるのでその辺りはご容赦下さい……


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開戦

 最近投稿頻度があがった理由の1つに、更新していない作品が、ふとした日に更新をしている時ほど、読者にとって嬉しいものはないと自分自身が感じたからです。
 読者の皆様のお陰で執筆のモチベが下がる事なく、投稿が続けられています。いつも、閲覧、感想、誤字報告など本当にありがとうございます。


 マスターの天敵と称される一応、アサシンのサーヴァントが脱落した事により、闇討ちを警戒していた陣営が、夜になって一斉に動き出した。セイバーは気配感知にスキルを持っている事からかなり遠方の範囲まで敵の居場所を把握できる。マスターならばともかく尋常ならぬ気配を醸し出すサーヴァントならばすぐに気づける。

 その為、切嗣は戦場を見渡せるポイントの一つに陣取っており、出方を伺っていた。

 

「マスター、どうやらアサシンが生きているようだ。しかも複数体、その気配が感じられる。幸い、アイリスフィールの居場所は補足されていないようだが、マスターの後ろに一体、付いているようだ」

 

「やはり昨日の戦いは八百長だったか。という事は監督役もグルか……」

 

 セイバーは、明らかに敵を誘っているサーヴァントの気配を霊体化状態で追っていると、他のサーヴァントより格が一段落ちた気配を複数感じて居ていた。挑発しているサーヴァントの気配に誘われて集まって来た他の陣営の後ろにもぴったりと張り付いている。

 

「私の他に五体のサーヴァントがこの場所に近付いてきている、マスターらしき気配は四人だな……こそこそと嗅ぎ回られるのは叶わん。マスターに付いているアサシンは排除した方が良い」

 

「良いだろう。もし、アサシンが本気でマスターを狙いにいっていたならこれほど恐ろしい事はなかったが……なるべく、素手で瞬殺してくれ。他のサーヴァントが近くにいる状況で余り手の内を晒したくないからね」

 

「了解した。隠れる事しか出来ないアサシンなど敵ではない」

 

 そういうや否や、霊体化を解いて、姿を現すと、ルーン文字を発動させた。身体強化の効果がある。

 そして切嗣の背後に潜んでいたアサシンに向って、弾丸の如き速度で突っ込んでいった。

 

「なっ!?」

 

アサシンは、既に死んだと思われている自らの気配が悟られていたとは思わず、セイバーの突進していく姿に驚愕する。しかしそれはサーヴァント相手には致命的すぎる隙であった。

セイバーはアサシンの頭部を鷲掴みにして、コンクリートの地面に全力で叩きつけたのだ。地面が陥没する程の衝撃でアサシンの姿が見るも無残な形となっていき、やがて魔力の粒子となって霧散していった。

 

「アサシンのマスターに言っておく。アサシンをまた我々に放っても無駄だ。我々にはそれが分かる。イタチごっこが続くだけで、そちらが消耗するだけで無意味なだけだ」

 

 セイバーは虚空に向かって、今もこの状況を監視しているアサシンとそのマスターに告げる。セイバーとしても何度もアサシンを倒すのは面倒だったが故の警告。こちらの感知能力は知られてしまうが、それがどのような手段なのかは悟られていない。セイバーの感知網で、切嗣からアサシンの気配が遠くなっているのが分かる。 

 すぐに霊体化状態に戻り、セイバーの人外の能力に今だ少し放心している切嗣の方へ戻っていた。

今回の件で他の陣営にもアサシンの生存が知られてしまうが、それならそれで、他陣営がアサシン陣営、ひいては、同盟相手のアーチャー陣営を一緒になって叩ける構図にも繋がる可能性がある。

 

「とりあえず厄介な追跡者は追い払えたな……戦局がまた硬直するかもしれないが、あの挑発しているサーヴァントはどうする、マスター?」

 

「あ、あぁ、そうだね。セイバーが戦っている間は、そっちに掛かりきりになる以上、アサシンの監視はつくだろうから、今は様子見に徹する。他のサーヴァントがあまりにも出て来なければ、こちらから仕掛けるぞ」

 

「了解した。む、どうやら先程の私のアレを見て触発されたのか、また別のサーヴァントの気配が近づいてくる。もしかしたら先程から気配を振りまいているアレとぶつかるかもしれん」

 

 聖杯戦争の初の本格的な戦いの火蓋が今、切って落とされようとしていた

 

 

 

 そのサーヴァントは魔術師のクラスで此度の聖杯戦争で限界した。元々、ルーン魔術に長けた魔女としても名を知られていた、その英霊はキャスターと呼ばれていた。

 赤枝の末裔でフラガ家の当主、アリイルは、かの「戦士王」の師でもあるキャスターにも多大な尊敬の念を抱いており、本来の実力に一番近いランサーのクラスではなくとも、魔術師として規格外の能力を持っている事に、何ら疑問を抱いていない。そもそも現代の魔術師であるアリイルは勿論の事、戦闘用の魔術に長けているバゼットですら、正面からの戦闘で、キャスターに全くかなわないのだから。

 バゼットは幼い事からの憧れであったケルトの英雄が目の前に存在している事に感無量であった。いつもキャスターの後ろをついており、魔術や戦闘の指南をせがんでいた。そして過去の英霊であるキャスターから見てもバゼットの、魔術と戦いの才は優れているらしく、付きっ切りで指導を受けていた。(もっともフラガ家の人間も当初は受けていたが余りの過酷さに脱落する者が続出し、今ではアリイルとバゼットしか受けておらず

アリイルすら本格的には教わっていない)

 

「うむ。やはり、バゼットは良い才を持っている。私や馬鹿弟子のような武具ではなく、素手が一番得手とするのは意外だったが、あの年齢ならば充分及第点だ。過去に戻って勇士として本格的に私の弟子にしたいくらいだ」

 

 バゼットとの指導を切り上げ、工房で聖杯戦争の準備をしていたアリイルの元へキャスターがやって来ていた。キャスターは霊体化でいる事を好まない。生身の身体で動いているのが性に合っているらしく必要のない時でも実体化していた。バセットとの指導でも汗一つかいていないその姿を見てアリイルは、やはり英霊とは自分達とは違う存在なのだなと改めて思い知らされていた。ちなみにバゼットはキャスターの鬼指導で疲れ果て倒れていた。

 

「神代に生きていた貴女がそういわれるとはバゼットもさぞかし鼻が高いだろうな。願わくば貴女にはこのままフラガ家にいてもらいたいものだ」

 

「それが出来れば良いだろうが、生憎私にも叶えたい願いがあって此度の聖杯戦争に参加している。この戦いに生き残れば、それも考えないではないが……」

 

「叶えたい願い……貴方ほどの英雄で、規格外の魔術師が叶えたい願いなど私には想像もできん。もっとも詮索するつもりはないがね」

 

「そう対したものではない。少し生前の心残りを果そうというだけだ。それにまだ聖杯戦争は始まってもいない。まだ勝者が決まった訳でもあるまいて」

 

 キャスターほどの英霊が生前に残した未練。それが全く気にならないと言えば嘘になるが、良くも悪くも魔術師らしいアリイルにとって、個人的な事情に踏み込んでまでは知りたいものではなかった。少し話題を変えた方がよさそうだとアリイルは感じた。

 

「それにしても惜しいものだ。原初のルーンを操る貴女が私のサーヴァントとなるのは心強いが、かの魔槍がお目にかかれないというのは少し残念だ」

 

キャスターは、もっとも全力を発揮できるクラスは、自らが作りあげたと言われる魔槍の宝具を持つランサーであるからだ。

 

「なんだ、私がキャスターとして召喚された事が不服か?」

 

「まさか、しかし私とてフラガ家の人間だ。アルスター伝説に伝わるかの魔槍について期待していなかったと言えば嘘になる。スカサハといえばかの『ゲイ・ボルク』を持っているのだとばかり思っていたからな」

 

「ふむ。私とてクラスのこだわりなど全くなかったが、確かにそこまで言われるとそなたに、槍兵としての私を見せたくなるもの。少し待っていろ」

 

 言われた意味が分からず、「は?」と呆けるアリイル。キャスターが意味深な微笑を向けると自らの身体にルーン魔術をかけ始めたのだ。すると輝かんばかりの光がキャスターに纏わりついたのだ。やがてアリイルが目を開けていられない程の輝きが工房の中に満ち始めた。

 

「改めて名乗ろう。サーヴァントキャスター改め、ランサー、我が真名はスカサハ。何、少しばかり身体が動きやすくなったのと、この槍があるかないかの違いだ」

 

 そうしてかつて影の国最強の戦士と呼ばれた美しき槍使いが、自らの魔槍を携えて再び、顕現した。

 

 

 

 冬木に降り立ったアリイルは、かつて第三次聖杯戦争の際にとある魔術師の一族が使用していた双子館と呼ばれる館を拠点としていた。そして昼間から実体化したキャスターとともに冬木の町を堂々と昼間から散策していた。アサシンが脱落する前から、アサシンの奇襲など全く怖くなかったキャスターは拠点に籠る事を嫌がったのだ。

 

「アリイルよ。闘志を剥き出しにしたあの英霊、なかなかの強者の気配がする。私好みだ」

 

現代の街並みを楽しむキャスターだったが、アーチャーによってアサシンが脱落した事により、敵の気配がムンムンと強くなっていた事には当然気づいている。それにアリイルの使い魔から、何と死んだ筈のアサシンが生きており、どこぞのサーヴァントが討ち倒したという情報を得ていた。このせいでアーチャー対アサシンの戦いは茶番である事が露呈していた。もっともアリイルとキャスターは奇襲を得手とするアサシンなど眼中にはなかったが。

 

「いいだろう。かの『戦士王』の師の実力を私に見せてくれ」

 

「フン。実力を見せるだけでいいのか? なんだったらここで勝ち星を上げていいのだぞ」

 

 不敵な笑みを浮かべると敵が待ち構えている海辺の広場へと向かっていった。

 

 

 

「よもや、ここまで練り歩いて、現れたのは一人だけとは……此度の戦い、俺の誘いに乗らぬ腰抜けばかりかと思っていたが、私の期待通り、勇敢な猛者もいたようだ」

 

「何、流石の私もここまで強く誘われては断るのは野暮というもの。戦士たるもの、戦場こそが己が居場所よ」

 

新都のとある海辺の公園。この場所は、普段は休日のデートスポットなどで人気があるが、深夜のましてやこれから戦場となる場所に人の気配など全くない。

この場所に現われたのは一組の男女。一人は右目の下に泣き黒子が特徴的な、清廉な気配を纏う軽装の美男子だ。もう一人は、美しい肢体がはっきりと分かるほど薄い布地を纏っただけの格好をしている美女、キャスターである。

 どちらとも並々ならぬ気配を宿して、闘志をぶつけ合っている。並の人間が向かえばそれだけ失心するほど、濃密な闘志が周囲に満ちていく。

 

「よくぞ言った。俺は此度の聖杯戦争でランサーのクラスで招かれた。名乗りは出来ない無礼は許されよ。そなたのその闘志並みのサーヴァントではないであろう。三騎士の……セイバーとお見受けするかいかに?」

 

「ふ、我が名はキャスターよ。見た目で判断するのはいいがな。曇り切ったその眼で私を殺せると思うてくれるな。でないと……」

 

 告げられたクラス名に驚きを隠せていないランサー。しかし次の言葉を告げる前に、キャスターは二本の朱槍を出現させた。そして、

 

「死ぬぞ、槍兵」

 

 目にもとまらぬ速さでランサーに向って朱の殺気が襲い掛かっていた。

 

 

 

 キャスターの神速の一撃を紙一重で躱すランサー。なるほど、先ほどの言葉通りキャスターというクラスで一瞬実力を見誤った事は自分の失敗だ。しかしそんな隙で首を取れると思ってくれるな、この身はランサー、こと速さに関しては分があるのだ。

 

「甘く見るな、キャスター!」

 

 すぐに体制を整え反撃に出る。奇しくも相手は自分と同じく双槍使い。まさか自分以外にも二本の槍をこれほどまでに、達者に扱える者が存在するとは思っていなかったのだ。技の切れとパワーならば自身よりも上か。しかし速さならば上回っている。手数の多さで、技術とパワーをフォローしてキャスターに決定的な一撃をも貰わないように立ちまわっている。

 

「ほう。中々どうして。どうやら目が曇っていたのは私の方らしい。まさかここまでやるとは。その堂々な気配からしてお主、ケルトの者だろう?

ここまで出来るのは、私の周りでもそうそうおらなんだ」

 

「お前ほどの実力者から賛辞、素直に受けとろう。どうやら、お前は同郷らしい。これほどの実力者と打ち合えるなど生前でもめったになかった」

 

「どうやら私が生きた時代の戦士ではないようだ。私が生きたケルトの戦士はお前ほど紳士的ではなかった。本質は変わってないようだが……馬鹿弟子にも見習わせたいものだ。おっと口が滑ったか」

 

 生前の情報を少しとはいえ口に出すキャスター。断片的な情報で本来なら大した情報でもないが……。

 

「馬鹿弟子、そして朱槍、何よりこれほどの使い手の女戦士。まさか御身の正体は……」

 

 少ない情報でキャスターの真名にたどり着いたランサー。どうやらかの影の国の女王の名は後のケルトの人々にも伝承されていたらしい。薄々勘付いて事がキャスターの漏らしに確信がいったという事だろう。

 

「私とした事が喋り過ぎたようだ。有名すぎるというのも考え物だ。馬鹿弟子、それと私の想い人しか知れ渡っていないものとばかり思っていた」

 

「貴女達の伝承は俺達戦士にとって憧れだった。まさか死後になってその憧れと対峙できるとは。これほどの喜びは他にない。手向けとして俺の全力を受け取って欲しい、影の国の女王よ」

 

「無論だ。お主の真名は知らぬが、お主ほどの実力者と巡り合うなどそうそうない。受けて立とうぞ」

 

 戦いはいよいよ佳境に入ろうとしていた。

 




 霊基変更は実際にFGOで、スカサハがランサーからアサシン(水着)になる時にやっていたので取り入れました。スカサハはやっぱりランサーだろうという事で。


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戦士の本能

誤字報告、感想、お気に入り登録などありがとうございます。


「マスター、厄介な事になった。あのキャスターは私の知り合いだ」

 

 切嗣はランサーとキャスターの戦いを良く見える場所に陣取り、高性能のワルサー製のスナイパーライフルを構えている。既に対岸にあるクレーンには、アサシンがいる事は確認済みである。

 

「なに? それは君の生前という事か? どんな英霊だ?」

 

「奴はかの『戦士王』のクーフーリンの師、スカサハだ。キャスターと名乗っていたが、一番力を発揮できるランサーとして戦っている。奴ならば自分の霊基をいじくってクラスを変える事ぐらい造作もないだろう」

 

 切嗣は本来、自分が召喚するべきだった『戦士王』が主役として登場するアルスター伝説の内容を調べていたので、師であるスカサハの伝承もある程度把握していた。

 

「クラスの変更だと? めちゃくちゃだな。能力も現状だと正規のランサーよりも強い……厄介な相手だ」

 

 しかもセイバーの感知で把握している限り、強力なサーヴァントであるアーチャーは、マスターである遠坂時臣が上手く手綱を握れていない。何しろ昼間から実体化をして冬木の町をぶらぶらと歩いており、夜になっても戦う気がないのだから。

あの手の気性のサーヴァントはまだ付け入れる隙がある。しかしキャスターは正面からの戦闘も正規の三騎士クラスのであるランサーよりも強く、魔術師として搦め手も上手く使えるだろう。セイバーも魔術に関してはキャスターに負けてはいないだろうが、ステータスだけを見ればさほど差はない。

 

「奴の宝具は恐らく、自らが作りあげた朱槍だ。私や『戦士王』と違い、作成者だけあって、無限に槍を召喚し弾丸のように無限に発射できる。キャスターのマスターも近くにいるな。恐らくマスターが調べさせた資料にあったフラガ家とかいう赤枝の末裔の魔術師だろう。ランサーのマスターもいる。後は……これはライダーのサーヴァントとマスターは橋の方にいるな? 高見の見物といったところか」

 

 フラガ家はアインツベルンと同じように外部との接触がほとんどない為に、神代の宝具を今でも伝えている『伝承保菌者』であるという事とルーン魔術を得意としている事、それと当主のアリイル・フラガ・マクレミッツの簡単な経歴ぐらいの情報しか切嗣でも手に入らなかった。切嗣が切り札とする『起源弾』はルーン魔術と相性が悪い。起源弾は魔術回路を通して発動するタイプの魔術には鬼札となりうるが、ルーン魔術は使い切りの魔術であるからだ。

 

「なるほど、実質的な初戦というだけあって注目の的という事か。一応、確認しておくが、キャスターも君の容貌は把握しているな?」

 

「そうだな。奴とは面識があるどころか、一緒に背中を預けて戦った仲だ。奴が私の事をどう思っていたかは知らんが、少々因縁めいたものもある。

私が出ればすぐにバレる。それにランサーも何やらケルトに縁のある英霊だ。私の姿を見ただけで真名に思い至るだろう」

 

 切嗣はここでセイバーを戦わせた場合と、そうでない場合のリスクを考える。セイバーが今介入して、ランサーかキャスターのどちらを倒す、出来れば厄介なキャスターを、ランサーと共闘して叩く形が理想だ。しかしそれは三つ巴の状況になればどの陣営も考える行為だ。下手をすればセイバーがその標的になれば状況が厳しくなる。それにセイバーの真名が露呈するリスクもある。

セイバーが介入しなかった場合はこのままキャスターがランサーを押し切り、追い詰められたランサーが宝具を切る、またはそのまま脱落か。その場合はキャスターの手札を最低限一枚切らせたいところだ。セイバーを隠した以上、敵の情報を可能限り仕入れてアドバンテージを得たい。

 

「セイバー、まだ様子見だ。ランサーが追い詰められて宝具を使用した時か、ランサーが脱落しそうになれば介入しろ。厄介なキャスターを叩け。知り合いだからと手加減はするなよ」

 

「フン。甘く見るな。私とて奴がスカサハだからといって手を抜くと思われる方が心外だ」

 

 

 

 ランサーは胸中で焦りを覚えていた。伝承に伝わる「影の国の女王」の実力。それを直に体験して、戦慄していた。

 

「どうした、ランサー。さっさと宝具なりなんなりでお主の全力を見せてみよ。さすればその槍、この身に届くやもしれんぞ」

 

 スカサハは妖艶に笑いながらも、攻撃の手を緩めない。今すぐにも殺されるつもりなど全くないが、防戦一方なこの現状に焦りを覚えていた。

 

「『影の国の女王』よ。あまたの戦士達を育て上げたその実力、敬服するしかない。ならばこちらもその期待に応えよう! こちらも手を抜いては失礼というものだ。我が主よ。宝具の開帳を許して頂きたい!」

 

 ランサーは自らが用いる切り札を切らねばこのキャスターは打ち取れまいと確信していた。そしての使用の許可を願い出た。しかし、

 

「――――――」

 

 ランサーのマスターからの返答は沈黙。即ちランサーの要求を退けたのだ。宝具を使わずともキャスターに勝てという事だ。

 

「フン。臆病なのは結構だがな。ランサーのマスターよ。貴様のサーヴァントは宝具を封じたままでは真っ先に敗北するぞ。良いのか?」

 

 ランサーは歯がゆかった。今のまま全力を出せないまま戦う事も否ではないが、それでやすやすと倒せるほどこのキャスターは甘くない。キャスターの安い挑発を買う事になるがなりふりかり構わず自身の持てる全力でこのキャスターを討ち倒したかったのだ。

 

「言うではないか。キャスターよ。ランサーよ、貴様の実力はその程度か?ここまでコケにされてみすみす奴の挑発に乗せられるなど器が知れよう。私に勝利と聖杯を捧げると言ったのは嘘か?」

 

「そのような事はありません! 我が主よ!」

 

「ならば証明せよ、貴様の実力を。宝具を使わずともサーヴァント一騎程度倒せるとな」

 

 自身の居場所が悟られないように幻惑の魔術をかけられたその言葉はランサーを苦渋の表情にさせた。

 

「その判断は命取りになるぞ、ランサーのマスター。私にはまるで関係のない話だがな!」

 

「我が主への忠義の為ならば宝具がなくとも貴様を討つ、舐めるなよ、

キャスター!」

 キャスターはランサー陣営の主従関係の不和などお構いなしに苛烈に攻め続ける。しかしランサーとてただ自らの首を与える訳などいかない。キャスターの一撃をいなし、躱しながら、自らの主からの期待に応えるべく、獣のごとき咆哮を上げながら、自らを槍として変化させながらあらゆる戦士が持つ闘争本能へ自らの意思を委ねる。そしてまたキャスターも目の前にいる一人の戦士の闘志に応えようと今まで抑えていた戦いへの渇望を解き放とうとしていた。そんな戦士としての本能にお互いが委ねすぎたが故か、二体に迫る凶刃に気づくのは不運であったとしか言いようがなかった。

 

 先に気づいたのはキャスターであった。闇夜に紛れるアサシンの如く自らに迫る殺気がすぐ近く迫っていたのだから。キャスターはその一撃を槍で何とか受け止める。しかしその力は素のステータスが高いキャスターであっても受けとめきれず、足もとのアスファルトが陥没してしまっている。

 そしてその相手を視認した時、キャスターは危機感よりも喜びの感情が溢れ出ていたのだ。

 

「ハハハハハハハ。私相手に不意打ちをかますなど、どこの命知らずかと思ったがまさかお主だとはな、我が愛しき人よ!」

 

 喜悦の笑みを浮かべながらキャスターは背後から朱槍をその相手、セイバーに向って放った。しかしセイバーはそれを難なく剣で弾き飛ばし背後へ下がろうとしたキャスターに耐性を整えさせまいと手を緩める事なく苛烈な連撃を与え続ける。

 いきなりの乱入者の登場にランサーはどちらに介入すればよいか打つ手を決めかねている。獲物は剣。既に姿が割れているアーチャー、アサシン、キャスターを覗けばセイバー、バーサーカー、ライダーの三体に絞られるが……

 

「我らの一騎打ちを邪魔してくれるとはな、セイバー。お前はそういった騎士の吟時を重んじてくれると思っていたが……」

 

「厄介な相手から倒すのは戦場の常だ。お前がそんな無様な醜態をさらしていなければ私が不意打ちなどという真似をして介入する必要はなかった」

「……言ってくれるな。お前ほどの実力があればそんな卑怯な真似をせずとも……待て。その妖精の如き美しい容貌、そしてその眼帯、『影の国の女王』との面識がある、まさか御身は……」

 

「いかにも、お前の想像通りの名前で間違いない、ランサーよ。お前は同郷の英霊で、お前の言いたい事は私にも分からんでもない。しかし今は聖杯戦争。互いに使える新しい主がいて、叶えたい願いがある。誇りや矜持に拘って全てを掬い取ろうとすると何かをこぼれ落とすぞ」

 

それは同郷の戦士としての忠告。それはランサーをしてハッとさせられてしまう。騎士としての矜持に拘るあまり、主に対して、自分の騎士としてのあり方を認めてもらう事ばかり求めていたが、それは押しつけではないか。騎士たるもの、まずは主からの信頼と信用を勝ち取る事こそ今の自分に出来る主への忠義ではないか。

 

「此度の聖杯戦争。貴方達のようなかつて憧れた戦士と戦う事が出来、存外、俺も幸運に恵まれているらしい。貴方からの忠告、感謝する。『邪眼の御子』よ」

 

「対した事ではない。どの道、お前達はここで斃れる。それならば少しぐらいは先人として言い残しておこうと思ってな」

 

 それは勝利宣言。セイバーはキャスターとランサーを倒すと告げており、自分にはそれを成し遂げる力があると自負としていた。

 

「言ってくれる、セイバー!」

 

「大きな口を叩いたな、愛しき人よ! まさかお主が召喚されているとあな! 私もこの数奇な巡り合わせの機会があった事に、我がマスターに感謝しているくらいだ!」

 

 ランサーもセイバーの挑発に乗ってそれまでキャスターを先に倒そうとしたが、そんな消極的な戦いではなく、この偉大な英雄達にどうにか一撃を与えようと三竦みになる事を覚悟の上でセイバーとキャスターにも向かっていく。 

 同じ神話の英雄が三体もそろって戦いあうという歴代の聖杯戦争でも類を見ない戦いが繰り広げられようとしていた。

 キャスターは朱双槍をセイバ―に向かって振り回しながら、ランサーへは新たな槍を召喚する事で対応し、セイバーは得意とするルーン魔術と自然干渉の大魔術を高速で放ち牽制しながら立ちまわっている。ランサーも速さと地形を活かして、正面からではなく死角に回りこんだり、他の二体が攻撃しあっている瞬間を狙ったりと自らがこの状況で取れる最善の行動を取っていた。

 夜明けまで続くかと思う程三体の英霊は拮抗して戦っている。しかしその戦いにまた新たな乱入者が現れたのだ。

 

「各々、武器を収めよ! 王の御前である!」

 

 宝具とも思しき、すさまじい速度と轟音、稲妻を放ちながら神牛に率いられた一台の戦車が戦場に乱入した。

 

「我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争においてライダーのクラスにて現界した!」

 

 かつて世界の半分以上をその手中に収めた偉大な王が混沌として戦場に現われた

 

 

 



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征服王イスカンダル

年が明けてまたリモートワークになるとは……
皆さんも手洗いうがい、部屋の換気等はしっかりして、体調にはお気を付けてお過ごしください。


 ウェイバー・ベルベットは聖杯戦争の存在を知ってから、自らの師が召喚する英霊の触媒を盗んで英霊召喚の儀式を行うまでは至福の時間であった。自らが書き上げた論文を一瞥しただけで破り捨てた師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの鼻を明かしてやったのだ。

召喚する英霊もかの征服王イスカンダル。時計塔の歴史に名を残すであろう自分にふさわしい大英雄だ。

 しかし、ウェイバーの至福はそこまであった。ライダークラスとして召喚されたかの征服王は、凡百の魔術師でしかないウェイバーではとても手綱を握る事など出来なかったのだ。しかも抗議の声を挙げれば、デコピン一発で。黙らされるのだ。

頭脳労働しか出来ないウェイバーでは、サーヴァント相手に身体能力で敵うはずもなくライダーの暴虐には、腹に据えかねていた。しかし聖杯戦争に華々しく勝利し、その栄華を持って時計塔に凱旋するという自身の偉大なる目標の為には、この屈辱も甘んじて受け入れる覚悟であった。

 しかし、このライダーというサーヴァント、一度だけウェイバーに宝具を見せてからというのも動く気配が全くない。他のサーヴァント相手の索敵や情報収取も全てウェイバーが使い魔を通して行っている。ありていに言えばライダーに出番がなかった。ならば来るべき戦闘に備えて少しでも魔力の消費を抑えるべきなのだが、あろうことかライダーは霊体化をせず、魔力の消費が激しい実体化をして、ウェイバーの部屋に居座ってただ時間を浪費しているだけだったのだ。

 そうやっている間にも、聖杯戦争の状況は動いていた。始まりの御三家の一角、遠坂家のサーヴァントがアサシンのサーヴァントを倒していたのだ。だというのにライダーはそれを聞いても動じる事はなかった。ウェイバーが発破をかけて、ようやく重い腰を上げて夜の冬木の街に向かう程だった。

 向かった場所は冬木大橋、しかも鉄橋の上。器の大きさは小市民であるウェイバーにとってそんな超高度な場所で酒盛りをしているライダーの気が狂ったのかと思った。しかも出現したサーヴァント全てを相手にするというのだ。現にセイバー達、三騎の戦闘に殴り込みをかけようとしていた。

 

 「勝利してなお滅ぼさぬ。制覇してなお辱めぬ。それこそが真の征服である!」

 

 ライダーは自らの戦車にウェイバーを乗せて戦場へと飛び出していった。

 

 

「各々、武器を収めよ! 王の御前である! 我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した!」

 

「何を考えていやがりますかぁ! このバカは!」

 

 三騎のサーヴァントの戦いに、戦車に乗って乱入したかと思えば自らの真名を明かしたライダー。流石の御車台に乗るウェイバーが抗議の声を上げるが、デコピンですぐに黙らせられる。

 

「うぬらとは聖杯を求めて相争う巡り合わせだが……矛を交えるより先に、まずは問うておくことがある。

ここはひとつ、我が軍門に降り、聖杯を余に譲る気はないか? さすれば余は貴様らを朋友として遇し、世界を征する愉悦を共に分かち合う所存でおる」

 

 ライダーは聖杯戦争において原則、秘匿するべきサーヴァントの真名を自ら明かすだけでなく、なんと自分の軍門に下って聖杯を譲るように3騎のサーヴァントに迫ったのだ。

 

「その提案には承諾しかねる。俺が聖杯を捧げるのは、今生にて誓いを交わした新たな君主、ただ一人のみ。断じて貴様ではない、ライダー」

 

「ふん。征服王イスカンダル。逸話に違わぬ派手な男よな。ただ貴様の戯れ言は置いといてだ。私と愛しき人との時間を邪魔立てするとはよほど死に急ぎたいらしい」

 

「高みの見物を決め込んでいるだけだと思ったが、いきなりこんな派手に登場するとはな、ライダー。ただお前の提案に意味がない。何故なら私がお前を含めた他の6騎のサーヴァントを全て倒せばお前の軍門に下る必要などないからだ」

 

 三者三様、ライダーの荒唐無稽な提案を切り捨てる。ライダーはなおも食い下がろうとしたが三騎とも「くどい!」と一蹴した。

 

「それにケルトの戦士は戦わずして敵の軍門に下る事はない。ここにいる三人は生粋のケルトの戦士。勧誘など諦めろ。せめてその戦車で私達をねじ伏せてからにするんだな」

 

「惜しいなぁ。誠に惜しい……貴様らのような強者が我が軍門に下ればさぞ心強いんだが……」

 

「当たり前だろ! このお間抜けサーヴァント!」

 

ウェイバーはただただ自分のサーヴァントの破天荒さに途方に暮れるしかなかった。

 

 

 

 

「全く……世界は一度、あんな馬鹿に征服されかけたのか。どう思う、セイバー? 君の目から見てライダーは」

 

 キリツグがライフルのスコープ越しに戦場を観察していると、乱心したとしか思えないライダーの言動に呆れていた。念話越しにセイバーに話しかける。

 

「ふむ。決めつけるには早計だ、マスター。一見、何も考えていないように見えるが、腹の内が見えん。征服王イスカンダルといえば、前線の司令官として戦場では負け知らず。また王として清濁伏せ飲む優れた判断力もあるはずだ。

ここで真名を明かした事はライダーにとっては、弱点足りえないという事。あの挑発に乗って名乗りを上げるサーヴァントが現れれば……といったところか。

あの戦車以外に手札があると見ていいだろう。あの提案自体も、あながち馬鹿には出来ん。例えばマスターと不仲なサーヴァントにとっては、渡りに船といったところか。提案するだけならばライダーにとってリスクはない。もっともここにいるサーヴァントには何ら意味のないものだったがな」

 

セイバーの答えに確かに自身の判断が軽率だったかと考え直す。敵は人類史に刻まれし大英霊。現代に生きるキリツグの常識では測る事が出来るはずがない。固定観念に囚われると足元をすくわれる恐れがある。

 

「最も単なる大馬鹿野郎という事も大いにありえるがな」

 

 

 

「ほう。まさか君だったとは、ウェイバー・ベルベット君。一体、何を考えて私の触媒を盗んだかと思えば、まさかその凡百の魔術の才しかない君が聖杯戦争に参加するとはねぇ……よかろう。君にはこの私が特別に課外授業をしてあげようじゃないか。魔術師同士の殺し合いというやつをね」

 

その声はランサーのマスターだ。そしてウェイバーにはその声に聞き覚えがある。自らの講師だったケイネス・エルメロイ・アーチボルト。幻惑の魔術がかかっており自らの場所を悟られないようにしている。

 ウェイバーはその冷たい声に震え上がった。時計塔の名門エルメロイが、サーヴァントの召喚に必要な触媒が盗まれたところで触媒の一つや二つ、用意出来ないはずがない。どうしてそんな簡単な考えに至らなかったのか。戦車の御者台に蹲りながら後悔が脳裏によぎる。

 しかし、そんなウェイバーの背中に安心させるようにライダーの大きな手がそっと置かれた。それはウェイバーの身体の震えを止めるには充分だった。

 

「おう、魔術師よ! さっするに余のマスターは本来、この坊主ではなく貴様だったらしいな。ならば片腹痛いわぁ! 余のマスターは余と肩を並べて、戦場を駆ける勇者でなければならん! 姿をさらす度胸もない臆病者では役者不足も甚だしいわ」

 

 ケイネスの殺気が込められた言葉を鼻で笑い飛ばすライダー。そして辺りを見回し始めた。

 

「おい! 他にもおるだろうが! 闇夜に紛れて覗き見している輩は! セイバー、キャスター、それにランサーよ! 此度の戦い、誠に見事であった! あれ程の戦いに惹かれた英霊は余一人ではあるまいて!

 聖杯に招かれし英霊は今、ここに集うがいい! なおも顔見せに怖気づくような臆病者はこの征服王イスカンダルの侮蔑を避けられぬと知れ!」

 

(こいつ、ただの馬鹿じゃない。他のサーヴァントを挑発しておびき出す気か! 近くで見ているのは恐らく遠坂の……アーチャーと、アサシン。遠くに別のサーヴァントの気配もするが……アーチャーは間違いなく来る!)

 

「我を差し置いて王を称する不埒者が湧くとはな」

 

 ライダーの挑発に現われたのは遠坂邸にて、アサシンを倒した黄金のサーヴァントだった。その場にいる他のサーヴァントと比べるもない圧倒的な英雄としての存在感。電灯の上に立ち、腕を組みながら戦場を見下ろすその姿は、数多のケルトの英雄達を見てきたセイバーやキャスターをして、かの戦士王以上の英雄だと、一目で理解出来た。

 

「難癖つけられたところでイスカンダルたる余は征服王で他ならぬのだがな」

 

「たわけ、雑種。真の王は天上天下唯一人、この我のみ。後は有象無象の雑種にすぎぬ」

 

「そこまで言うのならば、貴様も名乗ってみたらどうだ? 王ならば自らの名を告げる事に憚りはすまい。貴様もどこぞの国の王なのだろう?」

 

「問いを投げるか? 雑種風情が、王たるこの我に向けて? 我が拝謁の栄に浴してなお、この面貌を見知らぬと申すなら、そんな蒙昧は生かしておく価値すら無い……が貴様だけは別だ……セイバー、いや『邪眼の御子』。

その隠れている死の魔眼。その眼だけは流石の我も見た事はない。眼をくりぬき我に差し出せ。片目だけで許してやる。この我の宝物庫に貴様の瞳が納められるのだ。その栄誉に跪け。さすればこの場は貴様だけは逃がしてやろう」

 

アーチャーは舐めるような視線をセイバーのバイザーに向けながら、背後の空間に黄金の波紋を引き起こし、無数の武具を呼び出していた。

 

「宝物庫と言ったか、アーチャー? お主の真名、大方想像ついたが……いくらかの英雄王といえど、私の想い人の片目が失われるのを黙って見ている訳にはいかん」

 

「なるほどなぁ。あの金ぴか、あの英雄王か。ならは、まことに征服しがいがある相手よな。このイスカンダルがその宝物庫の中、全て蹂躙してくれようぞ!」

 

「かの英雄王が相手……! 相手にとって不足なし! 来るぞ!」

 

「私も片目を奪われて喜ぶ趣味はないのでな。抵抗させてもらう、アーチャー」

 

 各々のサーヴァントが臨戦態勢をする。アーチャーもその光景を口の端をゆがめて見せた。

 

「良かろう! 時臣めに任せるだけでは、いささか退屈だったのでな! 我、自らここで真の英雄を選別してくれよう! セイバー、貴様は神によって作られた人形の身から、神殺しを成し遂げた者。我が朋友に匹敵する偉業を成し遂げたのだ。我の期待を裏切ってくれるなよ!」

 

 アーチャーが指を鳴らし背後にある無数の武具を射出しようとした時だった。

 

「バーサーカー、あいつをやれ! 時臣のアーチャーを殺せぇ!」

 



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