ARIA The NEOFRONTIER (ブラッディ)
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その 不思議な出会いは…

ニコ生一挙で特撮オタがARIAにドハマりしたらこうなる。


 白い壁の建物が並ぶ一帯の隙間の、裏路地染みた通路のほんの先。

 それなりの幅の水路に面する桟にて。

 

『アイちゃん、ネオ・ヴェネツィアはもうすぐ夏。火炎之番人(サラマンダー)さんたちが本格的に頑張ってるみたいです』

 

 桃色の髪を前髪の横だけ伸ばした一種奇妙な髪型の少女が、青い手袋のついた右手を差し出している。

 柔らかな印象の少女だが、桟に寄せた黒い(ゴンドラ)に片足を乗せながらもう片足を桟に踏ん張り、手袋のついていない左手が桟の脇に立った木の棒(パリーナ)をガッチリ握っている様はアンバランスに逞しい。

 

「お手をどうぞ。お足元、お気をつけください」

 

 白地に青を流す爽やかなマーメイドラインの制服を身に纏う少女は、青いリボンを揺らしてふわりと微笑む。

 

『春から渡った季節のバトンを夏が受け継いで、秋が受け継いで、冬が受け継いで。そして前とはきっと違う春が、冬からバトンを受け継ぐ』

 

 手を差し出されるお客はまだ若く活力に溢れ、それなりに整った顔の青年。細身な印象ながらがっちり鍛えられた体に、野球チームのユニフォームを模した私服がよく似合っている。

 

「あ、こりゃ、どうも」

 

 少女の細くしなやかな脚がスリットから覗くのをチラッと見て、慌てて目を逸らしつつ手をとる。

 

『そのなかで、虫も、猫も、潮も、そして人も、営みを継いでいってる』

 

 青年は慣れない様子ながらも、立つ分には意外と狭くて足場が悪い舟にさらりと乗り込み、座席にすっと座った。舟には慣れなくても、狭くて足場が悪いところに乗るの自体は慣れているようだ。

 

『アクアは常に、なにかがなにかを継いでいく星なの』

 

 座席の後ろの所定位置に立ちオールを握った少女は、興味深げに舟の縁をコンと叩いたりする青年に微笑み、

 

「私は、『ARIAカンパニー』の水無(ミズナシ)灯里(・アカリ)と言います。ようこそ、ネオ・ヴェネツィアへ」

 

 若き水の妖精(ウンディーネ)は、光る波と夢の広がる水面を掬い、漕ぎ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 地球西暦2301年。

 

 抜けるような青空と、歴史ある白い町並み。

 そよふく優しい風と、綺麗な空気と、たおやかに澄み渡る水。

 そして水と空気と同じくらい綺麗で澄んだ、そこに暖かく息づく人々。

 水路を行き交う舟は飛沫を上げて、いつものありふれた朝を人にもたらし、今日もゆっくりと進む。

 

 独自の暦が生まれるほどに人間がこの星に根を下ろしてから、地球西暦で150年。

 公転に地球の倍を要するこの星の暦『火星暦』では75年。

 

 A.D.2301. = A.C.0075.

 

 ここは命と水の惑星、AQUA。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは、ネオ・アドリア海の島に旧ヴェネツィアの建築物や町並みを移した街、ネオ・ヴェネツィアです。ご覧の通り古い町並みと歴史を残すこの街では、開拓基地から湧き出した水を水路に流して行き渡らせ、インフラに利用しています。舟にお客様をお乗せして水路を渡り御案内させていただく私たちを水先案内人(ウンディーネ)と呼んでいます」

 

 舟に乗ったお客様は気の抜けた顔で、へー、と言った。

 水先案内人会社ARIAカンパニーに勤める水先案内人見習いの水無灯里は、オールを握る手をきゅっと握った密やかなガッツポーズで日頃の練習の成果を実感していた。白い水先案内人の衣装に陽光が反射し、曇りのない笑顔と合わさってなんとも眩しい。桃色の髪が波とともにさらりと揺れている。

 同乗する青い瞳の白い火星(アクア)猫のアリア・ポコテンも、ぷいぷいにゅー、と灯里にエールを贈る。

 

「その年で立派なもんだなぁ。俺も教習所じゃ若き天才とならしたもんだけど、ちゃんと動かせるようになるまでにはやっぱり随分かかったんだ。ま、水の上を行く槽じゃなくて、空の上を行く飛行機だけどな」

 

 今日の灯里のお客様は引き締まった体躯を締まりのない有り様にして座ってはリラックスしきった顔で間の抜けた感想を漏らす、なんともゆったりした青年だ。

 周囲の町並みや水路を見るともなく見ながら、気持ち良さそうに船に揺られている。

 

「いえ、私はまだまだ、師匠に色々と教えてもらって一人前を目指す『シングル』という見習いなんです。師匠の隣に並べるような一人前と認めてもらえるまで、水先案内人は指導員や師匠の同乗のもとでしかお客様をお乗せしてはいけないんですよ。……本当はアリシアさんも皆も予定が入ってる今日は個人練習のつもりなのに、ぐいぐいどうしてもって言うから……」

 

「通りかかったのが灯里ちゃんだけだったんだからしょうがないじゃん? いやぁ、あとちょっと灯里ちゃんが遅かったら水も滴るいい男になってたところだったぜ」

 

 控えめに文句を言う灯里だが、お客様はゆるーい顔をして平然としたものだ。締まった顔をすれば精悍な青年なのかもしれないが、ジュースを傍らに水路を睨んでいたのを発見した時から、彼はこんな感じだった。

 

「びっくりしましたよ……。ちょっといつもの練習コースから逸れた脇路に入ったら飛び込み体勢バッチリで……」

 

 ……人通りも土地勘もなく音信も不通。歩道も途切れて先にあるのは水路のみ。ヤケを起こして生身で漕ぎ出そうとする気持ちはわかるが、しかしいままさに飛び込まんと桟に屈伸したその姿と目があう初対面の気まずさをなんと形容しよう?

 

「それにしても、()()()()なのに一人(シングル)でやっちゃダメって、変じゃないか?」

 

 しれっと話題を変えた彼に特に、灯里もしれっと追従した。

 

「『シングル』というのは、見習いの水先案内人がつける手袋の数なんです。こうして片方しか手袋をつけていないでしょう? その前、お客様を乗せてはいけない研修生は『ペア』と言って、両手に手袋をつけてるんですよ」

 

 ほー! と青年は腕組みをして面白そうに相槌をうった。リアクションが心なしかわざとらしい。

 なんとも間の抜けた青年であるが、それが同じくらい間の抜けている灯里と一緒にいると弛緩した雰囲気が延々と続く。頑張れよな!と当然のように居直る本来乗せてはいけないお客様が灯里に言えば、はひ、と灯里も当然のように答えて機嫌よくオールを漕ぎだす。

 こういう気ままというか気をおかない態度の青年は、灯里としては出雲(イズモ・)(アカツキ)という知人で慣れたものだ。むしろ灯里の舟をすごくリラックスして楽しんでいる様子は、水先案内人の端くれとして気分がよかった。

 気分はよかったが、もしこれが知り合いの水先案内人に……特に灯里や友人たちに厳しい指導をしてくれる(アキラ)・E・フェラーリにでも見つかったらと思うと、灯里も気が気ではなかった。

 するとお客様は、じゃあこうしようぜ、と言い出した。

 

SUPERGUTS(スーパーガッツ)の俺が、今日は灯里ちゃんの臨時の指導員ってことで」

 

 自然に何気なく言ったつもりでも鼻高々な調子が出てしまっているお客様……臨時指導員に、灯里はぱちくりとまばたき。

 

「お客様は――

 

「アスカでいいよ。俺、アスカ・シン。よろしくな」

 

 ――あ、はひ! じゃあ、アスカさんはSUPERGUTSの方なんですか?」

 

「そう、TPCに聞こえたSUPERGUTSの若きエース、不死身のアスカ様とは俺のことだぜ!」

 

 胸を張って誇り高く、アスカは言った。

 うわー、と灯里は感嘆の声をあげる。

 

 地球平和連合TPCは、惑星開拓(テラフォーミング)期初頭、ネオフロンティアと呼ばれる時代以前から存在していた地球統一組織だ。元々は地球上での紛争の根絶のためにサワイ・ソウイチロウが交渉術により全ての国家をまとめあげた組織だったが、いつしか地球内外からの脅威に立ち向かい、人類の活動圏を拡げる活動を行う組織となった。

 アクアの開拓でも中心として機能し、現在は太陽系全土に拠点をおいて惑星開拓を行っている。

 SUPERGUTSは、元はTPCの治安維持部門だったGUTSを基にネオフロンティア時代に地球と太陽系を襲う脅威への対抗部門として再編された武装組織だ。

 地球がマンホームとなり火星がアクアとなったこの時代では、Neo・SUPERGUTS、SUPERGUTS・Aqua、SUPERGUTS・Luna、SUPERGUTS・Jupter、SUPERGUTS・Cosmoなど主要任務圏で別組織として展開し、定められた管轄を防衛している。任務圏の秘匿のため、所属隊員は単にSUPERGUTSだと名乗るのが慣例となっていた。

 

 というのを灯里は実は半分も理解していないが、とにかくTPCとSUPERGUTSが凄い人達であることだけは理解していたので喜んだ。

 が。

 

「……でも、アスカさんは舟を漕いだことはありませんよね?」

 

「……ガッツマリンなら……」

 

「マリン? もしかして、SUPERGUTSにも舟があるんですか?」

 

「まぁ、同じようもんかな。……潜水艇だけど」

 

「ほへ? すいません、声が小さくて……」

 

「気にせず行こうぜ!」

 

 アスカの先輩隊員がいたらここまででアスカが何回殴られてることやらわからないし、灯里の知人がいたら何度額に手を当てて溜め息をつくかわからない会話だが、灯里は真剣に考え出した。考え出した末に、

 

「どうしましょう、社長~」

 

 と猫のアリア社長に指示を仰ぐ。

 しかし、アリア社長はわかっているのかいないのか、即断で

 

「ぷいにゅー」

 

 と頷いてみせた。

 

「うーん……じゃあ、行きましょうか。目的地はお食事ができるところ、でよろしかったですね?」

 

 猫の指示を当然のように受け入れた灯里は、ほんとに気にせず漕ぎ出してしまったのだった。

 

 

 

 陽光に煌めく水面の上を他の舟とすれ違いながら、灯里の見習い用の黒い舟が進む。

 

 

「さっきから気になってたんだけど、あの丸いのなんだ?」

 

「あれは浮島といって、アクアの気候を操作しているものです。中で火炎之番人(サラマンダー)さんたちが炉から熱を放射してるんですよ。ネオ・ヴェネツィアからだと小さく見えますけど、中には町があるくらい大きいんです」

 

「へぇー、やっぱ、太陽系全部ってなると本物の太陽と人工太陽カンパネラだけじゃ足りないってことか。でも俺は、どうせ空なら自由に高くどこまでも遠くまで飛びたいぜ」

 

「じゃあ、アスカさんは風追配達人(シルフ)さんですね」

 

「シルフ?」

 

「空を飛ぶ乗り物で配達とかをしてる人です。あ、ほらあそこ! ウッディーさぁーん!」

 

「ぷいにゅー!」

 

 

 会話しながらオールを漕ぐ手を緩めつつ、灯里が目指すはお目当てのピザ店だ。

 

 

 

「なんだか猫ばっかじゃないか?」

 

「ネオ・ヴェネツィアは猫の街ですから。どこかに猫の王様が治める、人間の踏み込めない猫の王国があるらしいですよ」

 

「猫の王様って……それ、猫そっくりの宇宙人とかじゃないの?」

 

「うーん……宇宙人、なのかなぁ。確かに、言われてみれば宇宙人っぽいかも……」

 

「ぷいにゅ!? ぷいにゅ! ぷいぷいー!!」

 

「おわっ、どうしたどうした!」

 

「ご、ごめんなさい、アリア社長! 誤解ですからー!」

 

「ぷいぷいにゅー!!」

 

「だぁ、やめ、揺らすな、うわぁ! あっぶねぇなこいつぅ!」

 

 

 

 アスカはワクワクした顔で、水路に行き交う舟や白い街並みをキョロキョロと興味津々に見回す。

 

 

 

(ゴンドラ)、通りまーす!」

 

「ぷいにゅー!」

 

「それにしても、折角火星に建てたのになんか古っちくないか、この街」

 

「ネオ・ヴェネツィアの建物は、水没したヴェネツィアの建物を移築したものが多いんです。名のある建築物から名もない単なるお家まで。古いって言ったらそれまでですけど、歴史とそこに過ごした人たちの想いを感じられると思えば、その古さも愛おしくなるように思いませんか?」

 

「なるほどな。地球から宇宙にそういうのも受け継いでいくのか。カリヤ隊員とかそういうの大好きだぜ、きっと。……そういえば、前にティガについて調べたとき、7年前の古代遺跡隆起のときの波に飲まれたりして沈んだ都市があるって……そのときのを火星に持ってきたのか?」

 

「7年ですか? うーん、もっとずっと前だと思うんですけど……」

 

「え? ベネチアってそんな前になくなったの?」

 

「え?」

 

 

 町並みが徐々に住宅街から商店街へと変わっていき、街に満ちる活気に灯里もうきうきと高揚する。大きな水路に差し掛かった黒い舟は、白い舟を避けて水路の脇に寄せた。

 

 

「あれ? あっちの舟、なんかデカくない?」

 

「これはシングルとペア用なので少し小さいんですが、あちらは『プリマ』、つまり一人前の水先案内人の舟なんです。『プリマ』は素手という意味で、両手に手袋を着けていません」

 

 説明に、アスカは真面目ぶって頷いた。

 

「ウイング・ゼロとイーグルみたいなもんか。あれだけデカいと漕ぐの大変だろうなぁ。手袋ないんじゃ冬は手がかじかみそうだし」

 

「そうですね。一回だけ漕がせてもらったことがあるんですけど、やっぱり感覚が違って。それに観光案内も舟謳(カンツォーネ)もこなさなきゃいけないので、一人前の水先案内人って大変だなぁって」

 

「カンチョー? それなら俺も入隊直前くらいに訓練学校でさぁ」

 

 真面目ぶったままとんでもない話を続けようとするアスカに、灯里は思わず声を張り上げた。

 

「カンツォーネ! 水先案内人の修めるべき技術の一つで、オールさばき、話術と並んで重要なもの! 歌です!!」

 

「あ、あぁ、ごめんごめん。けど、なんで船を漕ぐのに歌えなきゃいけないんだ?」

 

「うーん……ゆったり船に揺られながら歌ったり、逆に綺麗な歌を聞いたりすると気持ちいいじゃないですか。特にネオ・ヴェネツィアの綺麗な景色を見ながら綺麗な歌を聞ければ、とっても素敵でしょう? だからだと思うんです」

 

 アスカはそれを聞くと、周囲を見渡した。

 光に満ちた青い空と、それを写し取った青い水路に挟まれた街だ。

 色とりどりの街にゆったりと行き交う舟と、人々の明るい笑顔。白い舟は日を浴びて眩しく目に映え、鮮やかな街並みにさらなる輝きを増して見える。舟に揺られてちょっとずつ次の景色を見せてくれ、その景色はひとつの例外もなく美しい。

 風にのって漂ってくる潮の匂いと、木の匂い。そしてちょっと美味しそうなコーヒーと、食べ物の匂い。

 灯里の「ね?」といわんばかりの笑みに、アスカもにっこり笑った。

 

「なるほど。言われてみれば、俺も空から絶景を見下ろしたときには歌でも歌いたくなるときがあるよ」

 

「でしょう? でも、オールさばきとお話はともかく、舟謳はあんまり練習する機会も少ないからなかなか上達がなくって」

 

 水先案内人の技術に興味をもったのか振り返ったアスカは、灯里の仕事を上から下までじっと見た。

 

「そもそもそこ立ってるのもバランスとか大変そうなのに、あのデカいのなんてもっとだろ。それ漕いで観光案内もしてって謳って、水先案内人も大変だなぁ」

 

 水先案内人が立って操舵を行う部位は、波間に揺られて行くには不安定感が否めない程度には細い。幅にして灯里の華奢な肩幅の倍程度、奥行きは灯里の一歩分に僅かに満たないといったところだ。舟である以上濡れることはままあり、また障害物にぶつかって衝撃が加わることもある。漕ぐために腕に力を入れているわけだから、いざというとき足の踏ん張りがきかないこともある。滑りにくい専用のブーツを履いているとは言っても、未熟な水先案内人はときどき足を滑らせたりする。

 という事情が、アスカにも察されたらしかった。

 

「えへへ。でもとっても楽しくて、やりがいがあるんですよ。ネオ・ヴェネツィア中を巡る水先案内人だからこその出会いがいっぱいあって。水先案内人だからこそ見付けられる素敵なものもたくさん。だから私、ネオ・ヴェネツィアを一番楽しめて、一番好きになれるのは水先案内人なんだって思います」

 

 決して、大変なだけの仕事じゃないんだと、灯里は伝えられただろうか。

 

「素敵を一番見付けられる仕事、かぁ。じゃ、俺のSUPERGUTSは、素敵を護る仕事だな!」

 

 その熱く輝くような引き締まった顔自体、灯里は素敵だと思った。

 

「はい! ……あ、アテナさんだ!」

 

 素敵な出会いは重なる。そんな実感に嬉しさが抑えられない灯里の視線の先に、アスカも目をやる。

 

 白とオレンジのラインの舟に乗る褐色の肌の女性だ。穏和、というよりはどこかオリエンタルな微笑を浮かべ、オールを漕いでいる。白とオレンジの水先案内人制服が目に明るい。

 その大きめのゴンドラには6人ほどのお客さんが乗っていて、灯里は仕事を邪魔しないように声をかけるのを自粛する。

 

「なになに、有名人?」

 

「アテナ・グローリィさん。業界大手のオレンジぷらねっとの水先案内人で、現在の業界でトップ3の成績を誇る『水の三大妖精』の一人です。人気者だからお客さん一杯ですね~」

 

 周囲の視線が彼女に集まってきたのを見て野次馬根性を出してきたアスカに苦笑するとともに、灯里はアテナの後ろの少し離れたところに黒い舟の少女を見つけた。アテナと同じ制服を着た両手に手袋(ペア・ウンディーネ)の少女アリス・キャロルは、こちらに気付いて軽く緑の髪の頭を軽く下げた。

 とても優秀な後輩であるところの彼女は、今日は師であるアテナを横から見て実地で学んでいるらしい。

 

 お客の女性がアテナに何かをせがむような気配があるのを見て、周囲はにわかに色めきだった。

 

「アスカさんラッキーです! アテナさんの舟謳を聞けるなんて!」

 

「お、マジで? じゃあ、トップ3のお手並み拝見といこうじゃないの!」

 

 偉そうな言い方だが、アスカは実に興奮した様子だった。

 

 

 その女性が水の生気を取り込むかのごとく息を吸い込んだ瞬間、灯里はオールを握りしめた。アクア中が彼女の瞳に捕らわれたような錯覚に陥る、圧倒的な期待感。

 そして彼女が口を開けば、アクア中の音という音が道を譲る。

 舟を漕ぎながら謳われるそれはまさに天上の謳声。ネオ・ヴェネツィア中を響き渡り、暫し時間を忘れさせる。それはまるで時の神さえもこの謳声が終わりに近づくのを拒んでいるかのような。

 眩しい日差しがスポットライトのように彼女だけに降り注ぎ、オペラハウスに迷い混んだような感覚。水面に反射された陽光が全て彼女に――アテナ・グローリィだけに集まり、昼前の明るいネオ・ヴェネツィアのなかにくっきりと照らし出される。

 この星そのものが喜びを発散するような、そんな数分だけの奇跡。

 全身で、全霊で歌う彼女はその名の通り、女神だった。

 

 

 天国のような時間が終わると、皆は洗い立てのシーツにくるまれたような暖かく清浄な気分で万雷の拍手を贈った。灯里とアスカもそうだった。

 

「素敵ですよねぇ、アテナさんの歌……」

 

「は~~、流石、火星の歌の名手は違うなー。マイが聞いたら一発でハマっちゃいそうだ」

 

 灯里、というか周囲の水先案内人も、それどころか見渡す限りほとんどの人が感激に立ち尽くしている。アスカも満足げに腕を組んでうんうん頷いている。

 が、当のアテナは微笑し、そのまま漕ぎ続ける。慣れたものというか、浮世離れしてるというか。

 

「アテナさんは見習いの頃から舟謳の上手さで業界の話題になってたんだそうです。プリマになるまでにもっと研鑽を積んで、今ではこの歌を聞くためだけに何度もネオ・ヴェネツィアに足を運ぶ人も多いんですよ」

 

 アスカは納得した顔だった。

 

「よくわかったよ。こういう歌を聞くと聞かないとじゃ、来た人のネオ・ヴェネツィアの印象が違ってくる。野球するとき、チアや吹奏楽部の応援歌があるとないとじゃテンションが違うもんな。舟謳って重大だ」

 

「アテナさんの舟謳は、『天上の謳声(セイレーン)』の通り名の通り、聞いた人の魂をこの街に縫い付けて夢中にさせてしまう女神様の謳なんですよ。

 ほら、素敵なこと、見付けられるでしょう?」

 

 そのやりとりを聞いてか聞かずか、舟ですれ違うアテナは一瞬、殊更ににっこりと笑ってこちらを見た気がした。

 

 

 

 アテナが通りすぎたあと、その後ろにいた少女が灯里の舟に近付いてきた。

 

「灯里先輩、おはようございます」

 

 業界大手『オレンジぷらねっと』の水先案内人にして、一般ミドルスクールの舟部からスカウトされた若手注目株のアリス・キャロルだ。

 

(パンダのぬいぐるみが転がってる……)

 

 アリスの舟に仰向け大の字で寝転がる小さな白黒のものをちらっと見て心中でもらすアスカをよそに、灯里はアリスに挨拶を返す。

 

「アリスちゃん、おはよう。アテナさんを見て勉強してるんだね」

 

「はい。たまには同じ舟に乗るのでなく、横から追っかけて見るのもいい勉強です。仕事中のアテナ先輩はでっかい別人のようで、安心ですね」

 

 言いながら、見事な操舵でアリスは灯里の舟に並んだ。

 

「勉強中なら、着いていかなくていいのか?」

 

「いいんです。コースは確認済みですし、たまに離れないとお客様が私を気にしてしまいますから。ところであなたは……」

 

 と、普通に会話していた青年を見て、口をポカンと開けた。

 それをシングルなのにお客を乗せていることに対する反応だと思った灯里は、慌てて口を開いた。

 

「あ、アリスちゃん! 違うの、この人はアスカ・シンさんって言ってね!」

 

 アリスは口どころか目までかっ開いた。

 

「SUPERGUTSの方で、今日の臨時指導員としてね!」

 

 アリスはそのままぶるぶると震え出した。

 見ようによっては彼女の先輩のアテナ・グローリィの異様な笑い方にも似るが、アリスのそれは間違いなく動揺による震えだった。

 

「……アリスちゃん?」

 

 流石に意味不明な反応に戸惑う灯里だが、アリスはむしろ「あなたなんで平気なんですか!?」みたいな顔で灯里をガン見している。

 

「あ、聞いての通り、俺、アスカ・シン。今は休暇中だけどSUPERGUTSの隊員だ。よろしくな」

 

 アスカが自己紹介すると、アリスはとうとう、オレンジぷらねっとの火星猫のまぁ社長に噛みつかれたアリア社長の如くすっ飛んだ。――ちなみに、アスカが発見した『パンダのぬいぐるみ』が、件のまぁ社長である。遊びと食事と成長で忙しいこの新社長は目下をもっておやすみ中。

 ともあれ、アリスのあまりにもあまりな反応に、今度はアスカと灯里が目を丸くする。

 

「照れ屋なのか?」

 

「えぇ、まあ……でも、最近はずいぶんマシになってきたはずなんですけど……」

 

 今にもオールをへし折りそうなほど変に力の入った手を見て不安にかられた灯里は、アリスの顔が紅潮していることに気がついた。

 

(まさか一目惚れ!?)

 

 灯里の思考までどこかに飛び退きそうになったとき、遠くから、また歌が聞こえてきた。

 

 先程と同じ天上の謳声。しかしその謳は「元気をだしていこう、気にしないでいこう」という歌。アスカには歌詞はわからないが、曲調で伝わる明るい謳。

 遠く曲がり角に消えていく白とオレンジの舟を見やれば、優しい眼差しが確かに注がれていた。

 

 その眼差しの先――彼女の愛弟子であるアリスは、震えが大分収まり、オールを握る手も柔らかなものになっている。

 まだ頬を紅潮させながらも、おずおずとアリスは口を開いた。

 

「……アリス・キャロルです。でっかいよろしくお願いします……」

 

 灯里とアスカは笑って応えた。アリスはますます赤くなるが、先程のような緊張はない。

 

「よろしく。いやぁ、歌って凄いな」

 

 アスカが言うと、アリスも

 

「……でっかい、凄いです」

 

 と応えた。そしてぎこちな会話が続いていく。

 アテナとアリスの関係はいつもこう。小生意気なことを言いつつ本当は緊張しいで寂しがり屋で肩書きほど強くないアリスを、アテナはぼんやりした素振りながら見守っている。敏感にアリスの機微を察し、ただ歌って、こっそりその小さな背中を支えるのである。

 

「まるで、歌でアテナさんの心をわけてあげているみたいだよね」

 

「恥ずかしい台詞、でっかい禁止です」

 

「えー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして。 

 

「では灯里先輩、ファイトです。……アスカさん、でっかい、でっかいでっかい、()()()()()()()()()()()。そのCD、大事にしてくださいね」

 

 挨拶と共に、見苦しくない流麗さを伴う驚くべきスピードで通りすぎたアリスの舟とすれ違いに、灯里の舟もゆっくりと発進した。

 

 ――なお、アリスの舟に転がっていた『パンダのぬいぐるみ』らしきものが、実は仰向け大の字で寝ていただけの生きた火星(アリア)猫であることに、アスカはついに気が付かなかった。小さなお腹を風船のようにぷーぷー膨らませて、結構大きな寝息だったのにも関わらず。

 ましてやそれが、黒ぶち模様でよく見えなくなっているものの確かに米粒のような青い瞳(アクアマリン)をもつオレンジぷらねっと子猫社長の『まぁ』であることも、当然知らなかった。

 もっといえば、アリア社長がひとたびまぁ社長と顔を会わせればたちまちじゃれつかれ、白いもちもちぽんぽん(お腹)を噛まれて痛い思いをすることも知らず終い。

 そういうわけでアリア社長が二艘の接近からずっと息を潜めて大人しくしていたことや、その甲斐あって寝こけたままアリスとともに去っていったまぁ社長を滝のような大粒の汗(アクアマリン)と安堵の溜め息で見送っていることなど、知る由もなかった。

 

「もらっちゃってよかったのかな?」

 

 アスカの手の中にある一枚のCD。アリスからもらった、アテナの舟謳のCDである。

 

「アリスちゃんがくれるって言ったんですから、いいと思いますよ」

 

 アスカの凄く腑に落ちない顔は察するに余りあった。アテナの舟謳がいつでも聞ける素晴らしいCDを人に譲るなんて普通は考えられない。が、アリスは会社の寮がアテナと同室なので生で聞き放題なのだということを説明すると、アスカはまだちょっと訝し気ながら頷いた。

 

「うーん……あ、そういえばさっきの『水の三大妖精』って、ほかは誰なんだ?」

 

 CDのカバーに映る神々しいばかりのアテナの写真を見て、アスカは聞いた。

 

「先程の、大手『オレンジぷらねっと』の『天上の謳声(セイレーン)』アテナ・グローリィさんのほかには、老舗の『姫屋』の『真紅の薔薇(クリムゾンローズ)』晃・E・フェラーリさんと、私の『ARIAカンパニー』の『白き妖精(スノーホワイト)』アリシア・フローレンスさんです。私たちの尊敬する先輩で、先生で、憧れの的なんですよ!」

 

 捲し立てる灯里を見て、アスカは首をかしげた。

 

クリムゾンドラゴン(ガッツウイング1号・ヨーロッパ支部機)(※聞き間違い)にスノーホワイト(マキシマオーバードライブ試作機)ってまた速そーな……って、最後のアリシアさん以外は商売敵なんじゃないのか? いや、俺はいいと思うけど、そういうのって仲良くしちゃうもんなのかってさ」

 

 灯里はなんとなしにアリア社長を見た。社長。社の象徴。

 

「うーん、そういえばそうなのかもしれませんけど……私はアリシアさんの弟子で、藍華ちゃんが晃さんの弟子で、アリスちゃんがアテナさんの弟子で……私と藍華ちゃんとアリスちゃんは一緒に練習してて、昔はアリシアさんと晃さんとアテナさんも一緒に練習してたんです。練習を三人まとめて晃さんに見てもらったこともあります。だから……」

 

 灯里は顔をあげ、我知らずに微笑む。

 

「それはそれ、これはこれ、なんです。だって藍華ちゃんとアリスちゃんとは友達だから。アリシアさんも晃さんもアテナさんもとってもよくしてくれます。あんな素敵な人たち、嫌いになんてなれませんよ。ずっと、もっと、いつまでも仲良くしたいんです。それにそもそも、」

 

 灯里の目には一点の曇りもない。陰りもない。ただ、水路に映る空の蒼だけを宿して輝いている。

 

「私たちは、同業の商売敵なんかじゃなくて……ネオ・ヴェネツィアの素敵をみんなでお届けする、仲間ですから」

 

 アスカは微笑みで応えた。

 

「なんかいいな、そういうの。ゴンドウ参謀に聞かせたいよ、全く。……けど、よっぽど凄い人たちなんだな、水の三大妖精って人たちは」

 

「はい! アテナさんは普段はドジだけど気が利くし舟謳が凄く綺麗で! 晃さんはちょっと教え方が怖いけどお客様を楽しませるのがとっても上手で! アリシアさんは優しくて料理もオールさばきも凄く上手で、それに包み込まれるみたいに柔らかくて! 三人とも、凄く素敵な人たちなんです!」

 

 頬を紅潮させて一生懸命に話す灯里を、アスカは囃し立てる。

 

「じゃあ、そんな素敵な三大妖精の弟子の灯里ちゃんたちは、次期素敵な三大妖精ってわけだ!」

 

「そ、そうですよね!」

 

「ウンディーネチームのエースと四番とキャプテンをそれぞれ引き継ぐみたいな感じだもんな!」

 

「が、頑張らなきゃです!」

 

「責任重大だぜ!」

 

「はひーっ」

 

「弟子の不始末は師匠の不始末だしな!」

 

「は、はわわわわ!」

 

 それはまだまだ遠い日のことだというのに、既に緊張してフラフラしている灯里。今しがたの一本気な力強さはどこへやら。

 アスカは笑いながら、口を開く。

 

「俺にも経験あるよ。野球部の先輩とか、地球を守ったGUTSの先輩とか、もっと()きくて偉大な先輩とか。それに……光の向こうを見に行った父さんとか。先輩から引き継だり肩を並べたりって、気が張るよな」

 

 どこか遠い空を……あるいはその向こうの星々の光を見つめるアスカ。灯里は、同じく空を見上げる。そこに広がるのは、今この時間の、明るい青空。

 

「……ほんというと、アリシアさんの弟子に相応しい水先案内人になれるのかなって、ときどき思うことはあります。ARIAカンパニーを継いでいけるようになんてなれるのかなって。自分があんなに素敵な人になれるなんて思えなくって……」

 

 心なしか速度が速まったゴンドラでちょっとバランスを崩しながら、アスカは言った。

 

「だからこそ、肩の力を抜いてみるかって、先輩が言ってたよ」

 

 灯里の手がちょっと止まった。

 

「一人じゃ乗り越えられないものもあるけど、だからこそ、皆でやってけばいいんだってことなんだと思う。俺たちは一人で戦ってる訳じゃない。先輩たちも、皆で作って、皆で守ったんだからさ」

 

 実感の込められたアスカの言葉は、まさしく自分で経験して、仲間たちと一緒に乗り越えてきたことの証左に思えた。

 

「灯里ちゃんも、一緒にやれる仲間がいるだろ?」

 

 そう、アリシアと晃とアテナは、三人で練習し、影響しあって成長して、三人で『水の三大妖精』と称えられるようになった。

 今、灯里と藍華とアリスは三人に教えられて、三人で練習を重ねている。だから、三人で成長すればいい。三人の技術を、三人で受け継いで、三人で乗り越えればいい。

 

「そうですよね。()()()先輩たちから受け継ぐんじゃなくて、()()()先輩たちから受け継ぐ……そう考えたら、なんだか、楽になりました。摩訶不思議ですね」

 

 ほんわりと、灯里らしい笑顔を浮かべる。オールを握る手に込めていた力が抜けていった。

 それを見るアスカは、親しみと実感のこもった笑顔だった。

 

 

 

 

「それにしても、アスカさんはアクアのこと、ほんとに知らないんですね。マンホームからいらしたんですか?」

 

 灯里が聞くと、アスカはぽかんという顔をした。

 

「……まんほーむ?」

 

「あ、えーと……――そう、地球のことです」

 

 不意をつく問いかけに思いがけず詰まってしまった灯里だが、言われたアスカはぽかんとしたまま数秒考えて、あぁ、と合点がいったように呟いた。

 

人間(マン)の家(ホーム)ね。ちょっと洒落てるじゃないの! 流っ石火星、いや、アクア!」

 

 一人勝手にテンションが上がっているアスカに、今度は灯里がポカンとする番だった。

 

「地球をマンホームって呼ぶようになったのはもう随分と昔のはずですけど……火星もアクアと呼んで随分と経ちますし……」

 

「え、火星ではそうなの? ……けど、確かに最初の火星入植は5年前だから、随分なのかな?」

 

 自分と同じ日本人のようなのに、なんだか変わった人だな、と灯里は自分を棚にあげて思う。

 

「うん、じゃあ、俺は()()()()()から来た。TPCの火星基地にみんなで来てさ、休暇がもらえたからぶらぶらしてたら、ハネジロー……えー、まあ、猫? を、追いかけて、そしたらここに出たんだ」

 

 猫を追いかけてたら、気がついたら覚えのないところにいた。

 身に覚えのありまくる経緯に、灯里はちょっと勢い込んで言った。

 

「猫さんですか?」

 

「そう、ちょうどこのアリア社長みたいな青い目で黄色い体のやつ。っていってもほんとに猫ってわけじゃなくて、猫っぽいのっていうか妖精っていうか、まぁー、チビの怪獣っていうか?」

 

「怪獣?!」

 

 SUPERGUTSという職業の人物から発された不穏な言葉に、灯里はちょっと青ざめながら聞き返した。100年以上前、入植開始前後の水採掘基地が海底怪獣を堀り当ててたのを最後に平和が続くこのアクアに、怪獣が出てしまったと思うとそら恐ろしい。

 しかし、アスカはアリア社長を抱き上げて、

 

「いや、ほんと、頭もいいしこれより小さいくらいのチビだからさ。いいやつだし大丈夫! なんならこっちの方が怪獣っぽいくらいだぜ?」

 

 うりうり、とアリア社長と戯れるアスカはほんとに気にしていない様子だ。不思議な感覚の鋭さをもつアリア社長もなにも感じた風ではない。専門家のアスカと、信頼する社長の様子に灯里も息を吐き出して安心した。

 

「じゃあ、そのハネジローくんを探さなくていいんですか?」

 

「それはそうなんだけどさ、腹も減ったし、地理も分からないのに歩き回ったってしょうがないじゃん? ハネジローならそう危ない目にもあってないだろうしさ」

 

 要するにまずはお昼御飯を食べてから、らしい。

 それなら言うまい、だ。

 

「TPCのお仕事って大変ですか?」

 

「まぁね。厳しい訓練、怖い隊長、鬼のような先輩、手強い怪獣。けど楽しいことだっていっぱいあるぜ。この力の限り空の彼方まで飛ぶ。その度に新しい発見と出会いがある。俺たちのいたTPC基地の辺りはまだまだ真っ赤な岩と砂がいっぱいでさ。火星のこっち側がこんなに綺麗になってて、地球をマンホーム、火星をアクアって呼ぶのも新しい発見さ。コウダ隊員とかには勉強不足だって怒られそうだけど」

 

「わー、私、アクアってもう全部が水に満ちてると思ってたんですけど、そういうところもあるんですね。知らなかったなー。まだこの星を作る人の手は止まってなくて、アクアはずっと手作りの星なんだぁ」

 

 まだ見ぬ水無き赤い大地に想いを馳せ、ね?と笑いかける灯里に、アスカも笑みを返す。

 

「手作りの星、かぁ。そうかもな。まだまだ水でいっぱいのここみたいなところの方が珍しいくらいだけど、みんなの夢と希望の光で照らし出した道の先にみんなで作り出す星。宇宙、そして未来。それがネオフロンティア時代、ってものなのかもな」

 

 まだ昼には見えない星の光を仰ぐように空を見上げ、感無量と呟くアスカに、え、と灯里は小さく声を漏らす。

 

(ネオフロンティア時代……って、惑星開拓(テラフォーミング)の初め、人間が火星に足を踏み入れて拠点を作って太陽系を切り拓こうとした時代だよね。もう300年近く前の……)

 

 

 歴史のテキストを思い出す。

 

 ――A.D.2017

 

 そこは氷と岩の星、「火星」。

 

 赤く染まった空。凍りつき渇ききった燃えるような紅の大地。何世紀もの間眠り続ける海。

 太陽から僅かに遠かったために豊かになれずおよそ生命の営みのない太陽系第四番惑星を、太陽系第三番惑星で生まれ育った生命たちははるか昔から見詰めてきた。

 

 彼らは谷底から頂を目指した。何人も仲間を失いながら。何人も仲間を作りながら。

 彼らは大地から空を目指す。何回もの失敗を重ねながら。何回もやり直しながら。

 彼らは新天地(ネオフロンティア)を目指していく。何度も道半ばに倒れながら。何度も立ち上がりながら。

 

 「人間」という名のその生命体たちの夢と希望は、果てしなくこの大宇宙へと広がる。未来という名の輝きを求めて――

 

 地球から月へ。火星へ。金星へ。木星へ。冥王星へ。太陽系全体へ。そしてその外へ。

 新たな希望に満ちた人々。新たな脅威と、奇跡の星火星(アクア)に顕れた最初の奇跡(ウルトラマンダイナ)

 

 21世紀に光り輝く宇宙開拓の初頭のその時代を、世は「ネオフロンティア時代」と呼んだのである。

 

 

 ……尤も、灯里はそのもう少し後の時代の歴史の方が好きだったので、ネオフロンティア時代のことは大掴みにしか覚えていないが……。

 

(ネオフロンティアっていう言葉は好きだけど、もう随分前のことで……人工太陽だって、今動いてるのはカンパネラって名前だったっけ? 水で溢れたところの方が珍しいっていうのも……)

 

 思い返せば、灯里はずっと、なにかの認識がアスカと決定的にずれている気がしていた。

 

「ていうか、『社長』って、名前?」

 

 物思いに耽っていた灯里は、アリア社長のもちもちぽんぽん(お腹)をむにむにしながらのアスカの問いに、はひ、と意識を戻した。

 

「昔からアクアマリンは海の女神様として、航海の安全を祈る御守りとして使われていたんです。それが転じてアクアマリンの青い瞳を持つ火星猫を社長にするのが、水先案内店の伝統なんですよ。そして我がARIAカンパニーの社長がこのアリア社長なんです」

 

「へー、神様! 昔って、地球……マンホームからってこと?」

 

「ぷいにゅー」

 

「それはそれは。お見それしました、社長! ……意外と、青い瞳のハネジローも神様だったりしてな?」

 

「ぷいにゅーい!」

 

 

 

 アスカ・シン。マンホームから来たにしてもあまりにもズレている青年。

 

 こうして触れあって思う。灯里の身に覚えのあるこの“ズレ”の感覚は……

 

 ――猫は、過去と未来をつなぐ動物と言われているわ。

 

 ――さようなら、私のアッヴェニーレ(未来)

 

 不意に脳裏に甦るその声。それが答えなのか。

 

(アスカさん、あなたはもしかして、過去から来た人なんですか?)

 

 この星に潜み、ときどき猫とともに灯里の目前に現れては、歴史と世界の裏側に誘うもの。

 綺麗なもの、暖かいもの、優しいもの、楽しいもの、怖いもの。あらゆるこの世界の素敵を感じさせてくれる“それ”。

 

 灯里は、火星(アクア)に巻き起こる“摩訶不思議”の気配を感じ始めていた。

 

  A.D.2301. encounter A.D.2017.



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その 伝えたいことを…

 桃色の髪の両サイド(ある人に言わせれば「もみあげ」)だけを伸ばした妙な髪型の少女、水無灯里(ミズナシ・アカリ)(ゴンドラ)が桟に寄せた。

 灯里が『ARIAカンパニー』の片手袋水先案内人(シングル・ウンディーネ)であることを示す青い手袋のついた手を差し出すが、それなりに鍛えられた体躯の青年アスカ・シンはその手をとらず、ひょいっとかっこつけて桟に飛び乗った。……そして、着地に失敗しバランスを崩して水面に墜落しかけ、アクアマリンの瞳の白い火星(アクア)猫のアリア・ポコテン社長と灯里に危うく支えられた。

 ややばつが悪いのを誤魔化すようにアスカはポケットに手を突っ込んで、財布を取り出した。

 

「ほえ? まだお店じゃないですよ?」

 

「いやいや、言い訳言っても結局俺もお客だしさ、払わないと」

 

 素で忘れていた灯里は思わず身構えた。『客じゃないから』と勝手に乗り込んでくる人(火炎之番人の出雲暁とか)はほんとに客じゃないということで代金を払わないので、当然、アスカもそうなるものだと灯里は思っていた。

 

「えー! いいですよ、お代もらっちゃったら本当にお客さんになっちゃいますから! 私もアリシアさんに怒られちゃいます!」

 

 代金を貰ってしまうとアスカは商売上のお客様ということになってしまい、シングルなのにお客様を勝手にのせたということで、完全にゴンドラ協会のルール上アウトになってしまう。

 そもそも灯里としては、プリマとして一人立ちしたあと指導員のフォローなしでお客様へ対応するときのため、未熟な舟に乗ってもらって勉強をさせていただいているという認識でもあるので、ここで代金を貰ってはいけないと思う。

 貰ったお代をちょろまかして小遣いにしてしまえば、とか考えない真っ直ぐな子なのである。

 

 と言うと、財布を覗き込むアスカは動きを止めた。

 わかってくれたのだろうか、と灯里が身構えたままでいると、アスカはぎぎぎぎっと顔をあげた。

 

「……ここ、日本円って使える?」

 

「……どうでしたっけ?」

 

「ぷいにゅ?」

 

 段々青ざめてきたアスカに、灯里は言った。

 

「あの、本当にお代は結構ですけど、お料理を食べたいならお代がないとまずいですから、両替して来たらいかがですか?」

 

 灯里が言った途端、アスカの顔色がもとに戻った。現金な男である。

 

「あ、両替できるの?」

 

「はい。あちらに――」

 

 と、そのとき、

 

「おーい! そこの水先案内人さんとお兄さーん!」

 

 子供の声だ。灯里より小さな子供の声。そちらを見ると、ちょっと遠くの石橋に乗り出して声を張り上げる少年二人。

 

「ゴンドラにひっかかってるボール、俺らのなんだー! とってー!」

 

 二人が見ると、確かに紫色のボールがひっかかってぷかぷかやっている。子供用の柔らかく大きなものだ。

 アスカがしゃがみこんでボールを取ろうとするが、舟の陰に入り込んでしまって腕がとどかない。

 

「ぷいにゅー」

 

 それを見ていたアリア社長が鳴き声をあげる。

 灯里が見ると、白猫はオールをぽんぽんと叩いていた。

 

「あ、そうですね」

 

 灯里は舟に戻ると、オールを使って水面を波打たせた。ボールが波に乗って舟の陰から出たところでスナップさせるようにオール面を跳ね上げ、打ち上げるようにボールを水面から弾き飛ばす。

 たまに水路にものが落ちているネオ・ヴェネツィアにおいて、それは水先案内人の覚える当たり前の動作だ。本来は打ち上げて元の持ち主に返すのだが、今回は持ち主が遠いのでちょっと上に打ち上げて持っていってあげようと考えた。

 

「っと、ナイスバッティング! 上手いもんじゃないか」

 

 ボールはアスカの両手にがっちりと受け止められた。

 ちょっとした感嘆符を発する周囲の人々の向こうで、少年二人が手を振っている。

 

「えへへ。じゃあ、あの子たちに返しに行かないとですね」

 

 というと、アスカは何故か体の角度を変え、少年たちの方を鋭く見た。

 

「ぷいにゅー?」

 

 アリア社長が首をかしげる。

 しばしそうしていたアスカは、

 

「じゃ、今度は俺がいくぜ」

 

 言うやアスカは、ピッチャーがマウンドを均すべく足を払う仕草を始めた。

 まさか、と灯里が思う一方、さほど野球が流行っていないアクアの住人たちはぽかんとしている。

 アスカは片足を下げると、右手に持ったボールを左手で押さえながら頭の上に掲げた。次いで足をグッと上げ、ボールを持った手とそれを抑える手、そして胸でもって、折った膝を抱えるような体勢に。

 

「はわわわわ」

 

 妙な懐かしさに感激する灯里の声をバックにその足で地面を踏みしめると、脚、腰、背、と全身を伝導させたパワーを込めて、腕を振り降ろす。

 堂に入った野球投法の動作から繰り出されたボールは、野球に適したサイズのボールでないことも手伝いさほどスピードは出なかったが、十分な高さと球威でもって返球を求めた少年たちの手の中に狙い違わず収まった。いい肩だ、と誰かの呟きが響く。

 

「ありがとぉーう!」

 

「もうボール落とすなよなぁ!」

 

 少年たちに叫び返すと、じっと見つめる周囲の人にアスカは言った。

 

「見たか、俺の超ファインプレー!」

 

 さほどファインプレーでもないのだがなんとなく巻き起こる万雷の拍手。ありがとう、ありがとう、とアスカはにこにこ応え、灯里に向き直った。

 

「投げたらなんか腹減ったな~。早く両替――」

 

 軽やかにそこまで言ったところでアスカは停止した。

 

「どうしたんですか?」

 

 言うとアスカははっとして、灯里の舟に飛び乗った。

 

「あれ、あれを追ってくれ! やっと見つけたぜ、ハネジロー!」

 

 大人が飛び乗ってきたために揺れる舟で気分悪くなりながらアスカが指した方向を見上げると、そこには。

 

青い瞳(アクアマリン)の妖精……って、全然、猫さんじゃないですよ?!」

 

 黄色い体に青い瞳。耳は長く、半ばで折れてアンテナのように左右に広がっている。前足と後ろ足には丸いけれど立派な爪があり、後ろ足の爪が前足の爪より倍は大きな様は、明らかに二足歩行が基本のようだ。口元も猫のそれというよりはネズミに近い。そして一番凄いのは、背中に生えた小さな羽で空を飛んでいることだ。

 それは怪獣でも、まして猫でもなく、いわば黄色い妖精だった。

 

「ぷいにゅー!」

 

 アリア社長も舟の先頭に立って発進を促す。

 と、ハネジローは確かにアスカを見たあと、

 

「パムパム」

 

 と、鳴き声を上げてあっさりと背を向け、どこかへぱたぱたと飛んでいく。

 

「行っけー、灯里ちゃん! ガッツゴンドラ、出動だ!」

 

「は、はひ!」

 

 拳をブンブン振ってからびしっとハネジローの背を指差すアスカ。その勢いに乗せられて、灯里は漕ぎ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灯里ちゃん急げ! 置いてかれてるぞ!」

 

 ネオ・ヴェネツィアの水路の上を進む黒い舟の上で元気に喚き散らすアスカ・シンは、折からの空腹も手伝って怒り心頭だった。

 

「あひ~、お腹空きましたよ~! 待ってー! ハネジローくーん!」

 

 その後ろでオールを漕ぐ灯里。半ば強引に舟に乗られて料金もなしに商店街に案内し、次いで「あれを追ってくれ!」と刑事ドラマのようなことを言われて、お昼がまだでお腹が空いているにも関わらず付き合ってあげるという、一周回って心配になるようないい子である。

 

(最近は大分マシになってきたけど、まだ早く漕ぐなら逆漕ぎの方が……でも、切り返してる間に見失っちゃう……)

 

 舟の漕ぎ方をバーチャル教材で勉強した際、漕ぎ手の背中向きに進むボートの漕ぎ方で覚えてしまった灯里は、実は切り返して後ろ向きに漕いだ方が速くて正確だ。

 だが、灯里たちが追う黄色い小さな妖精はどんどん奥へ飛んでいく。追うほどに奥へ奥へ。暗い方へ暗い方へ。段々水路の細まっていく方へ。この細い道では切り返しもできない。

 

「くっそー、小癪なやつめ! ハネジロー! こら! 待て!!」

 

 狭い水路に響き渡る大きな声。しかし小さな背中は丸でその声が聞こえていないかのような様子でぎゅんぎゅんと先へと進んでいく。

 そのうちに、灯里は奇妙な感覚に陥った。

 

(なんだろう……まるで、どこかに誘われているみたい……)

 

 黄色い背中はこちらを振り返らない。速すぎず遅すぎず、振り切らず捕まらず、一定の距離を保ってふわふわと飛び続ける。アスカの言う通りなら、アスカとハネジローはこのアクアのことをよくは知らないはずだ。それなのにあの黄色い妖精は際どい角度の曲がり角をひらひらと避け、灯里が練習コースとして使っている難易度の高い船道を狙い済ましたように飛んでいく。

 

(ハネジローくんは、私たちをどこかに誘ってる……?)

 

 あっと思って舟の先端に座るアリア社長を見てみれば案の定と言うべきか、海の女神が宿るアクアマリンの瞳がなにか超然と灯里を見つめていた。

 ときどき灯里を連れ立って摩訶不思議なところへ迷い混ませるその眼差しは、ここが既に一種のアンバランスゾーンであるかのように錯覚させる。

 

「おっかしいな、あいつ俺のこと無視するような奴じゃ……あ!」

 

 灯里がアリア社長の瞳からなんとか目を逸らして黄色い妖精に目を向けると、妖精は一度だけこちらを振り返って、右前方6つめの建物の陰に隠れてしまった。

 あの建物のあの辺では、この水路と十字になるように横向きの水路が通っている。ついに彼の目的地についたのだろうか? 灯里は慎重にオールを漕ぐ。

 

 ひとかき、ふたかき、みかき。細い水路を包む背の高い建物の陰になにかが住み着いているような不安を煽られる。周囲には昼間らしからぬ陰気な背の高い建物と、それが水面に写って揺らめく水路。

 

 暗さの先に横あいから差す陽光。十字路だ。

 

 そして、件の建物の影を流れる横道の水路に差し掛かった瞬間。

 

 どんっという衝撃がボートを揺さぶった。

 

「きゃあっ!」

 

「ぎゃーす!!」

 

「ぷいにゅい!」

 

「ふにゃあ!」

 

「ぱむっぱむっ」

 

 ついで、なにか重いものが水のなかに落ちたような音。

 

「すいません! 声かけをすっかり……って、灯里ぃ!? 横道のある水路にさしかかったときには、声かけないとダメでしょう! ……私もだけど!」

 

 左前方から聞き覚えのある声。灯里が聞くだけで嬉しくなる声の一つ。

 

「ご、ごめんなさい、藍華ちゃん……探し物してて……」

 

「探し物ぉ?」

 

 藍華(アイカ)・S・グランチェスタ。青い髪を三つ編みの長いお下げにした快活な少女。白い制服に赤いラインの老舗『姫屋』の見習い水先案内人(シングル・ウンディーネ)。『姫屋』の後取り娘であり、なにより灯里がアクアでできた初めての友達だった。

 藍華の黒い舟には、上品なダークグレーと青い瞳(アクアマリン)の洗練された猫のヒメ・M・グランチェスタ社長がいて……そして今日は見慣れない黄色いのを乗せている。

 その黄色いのは紛れもなく。

 

「あぁー! ハネジローくん!!」

 

 灯里が大声を上げると、ハネジローは愛くるしく首をかしげて

 

「ぱむぅ」

 

 と言った。藍華はそんな様子を呆れたように見ながら声をあげた。

 

「なに、灯里、この子の知り合い? ()()()()()()()()()()()()てさぁ」

 

 それを聞いて刹那に疑問が浮かびながらも、灯里はアスカに喜び勇んで報告した。

 

「アスカさん! ハネジローくんいま……はれ?」

 

 明日香さん!? と飛び上がって姿勢をただす藍華だったが、灯里は藍華の誤解を解くどころではなかった。

 今しがたまで灯里の舟に乗っていたアスカが忽然と姿を消している。そして水面には、なにかが落ちた跡らしき波紋。ぶくぶくと絶え間なく下から湧いてくる気泡は、アスカの行方を雄弁に物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「誠に申し訳ありませんでした! 我が社の若い者がご迷惑をお掛けしまして!」

 

 そこはネオ・ヴェネツィアの中心に位置し、四方をカフェや噴水に彩られた明るいサン・マルコ広場。昼時にコーヒーと日の光を嗜む紳士淑女のなかに似つかわしくないその声は、厳めしく響きながら一際の華を周囲に知らしめる。

 

 イタリア料理店『ウィネバー』に席を囲む四人。

 肩に黄色い迷子珍獣ハネジローを乗せて、しっとりと濡れた黒髪の青年アスカ・シンに、『姫屋』の制服に身を包んだ気の強そうな女性が、その烏の濡れ羽色をした艶やかな髪の頭を下げている。

 『水の三大妖精』の一角である『真紅の薔薇(クリムゾンローズ)(アキラ)・E・フェラーリその人だ。

 その横で一緒に頭を下げるのは、膝にヒメ社長を乗せた藍華・S・グランチェスタ。さらにその横に深々と頭を下げる、膝にアリア社長を乗せた水無灯里。

 四人席に男女比1:3で座るその3が低頭に自身を囲むなんとも奇妙な状況で、アスカは慌てたように言った。

 

「いやそんな、大丈夫っすよ。別にどうってことないし、タダ乗りだし、替えの服まで用意してもらって。そもそもこいつが悪いわけですから」

 

 言って、ハネジローにでこぴんをする。

 調子にのってガッツゴンドラなどと無駄に洒落込んだために、ライドマシンに乗る度に墜落するジンクスが発動したのであろうか。藍華の舟と玉突きになったとき、灯里とアリア社長はこらえたにも拘らずアスカは無様に水路に墜落したのだった。ちなみに新しい服は晃の奢り(後で藍華の給料から天引きされて晃に補填されるのだとか)であり、濡れた服は舟に乗せて乾かしている。黒い練習用舟は輻射熱により高温になるので、ものを乾かすにはもってこいだった。

 それでも晃は食い下がった。

 

「いえ、実際にそうした事態になったのは二人の未熟ゆえです。状況を聞く限り、二人が基本通り声をあげていれば防げていました。二人のミスであり、藍華の指導員かつ灯里を指導したこともある私の不徳でもあります。申し訳ありませんでした」

 

 真摯に頭を下げる晃に、いよいよアスカが慌て出した。

 

「あの、私も注意不足で、本当に申し訳ありませんでした!」

 

「……わ、私もいつもみたいにもっと気をつけてたらこんなことには……折角のお洋服も、その、申し訳ありません!!」

 

 消沈した灯里と、悔いた藍華の俯いた顔。別に晃を詰ったわけでもなんでもないアスカだが、妙に押しの強い陳謝に居心地が悪そうである。

 と、そこで顔をあげた晃は、申し訳なさを滲ませつつの笑顔で言った。

 

「……と、そういう謝意を込めて、お茶と言わずお昼をごちそうさせていただきたいと思いますが、如何でしょうか? ちなみにこちらの店は私のイチオシとなっております」

 

 途端、アスカは顔を輝かせた。

 

「マジっスか!?」

 

「マジですとも。それにて平にご容赦を、と」

 

「いや、許すとか別に……けど、そこまで言うなら、奢って貰っちゃおうかなー!」

 

 おどけたアスカの態度が場を一気に明るくした。太陽みたいな人だなと灯里は思った。安堵と共に目を会わせる愛弟子達に晃が意味ありげに二人にウインクしてみせる。二人はきょとんとした後、その真の意図に気が付いた。

 そもそもアスカが指導員と嘯いて舟に乗った以上、転落してもここまでしっかりと謝る謂れはないのだ。そういう未熟さ込みでの『指導』なのだから。そういうものの道理にはしっかりしている晃がこうまでしっかり謝ること、思えば違和感がある。これでアスカがごねるような厄介な人なら交渉の一環として謝ることはあり得ただろうが、そういうわけでもないのに。

 つまるところ、

 

「……あの人がお腹空いてるって気付いてたのね、晃さん。そのために謝るって形を取って、スムーズに奢れるようにしたわけか」

 

「すごいよねー。アスカさんが太陽みたいな人なら、晃さんはその太陽の明るさをコントロールできる雲みたいだよ」

 

「恥ずかしい台詞禁止!」

 

「え~!」

 

 うきうきとピザを選びながら晃とすっかり打ち解けて話すアスカ。アスカがネオ・ヴェネツィアに来たのが初めてで二人が初対面だなんてこと忘れてしまいそうだ。それもまた磨きあげられた晃の技の賜物。

 小さなことでも、灯里と藍華は改めて目の当たりにする先輩の力に、感服したのだった。

 

「でも、晃さん、初対面のアスカさんに服だけじゃなくて、ご飯も奢ってあげるなんて、優しいですねー」

 

「恩を売って評判あげて、SUPERGUTSの団体のお客様に繋げようとしてるのよ、きっと」

 

「すわっ!」

 

「ぎゃーす!」

 

 いつも通り晃に詰問される藍華に苦笑する灯里。その足元ではこれまたいつも通り、ヒメ社長にアプローチをかけては袖にされて瞳を(アクアマリン)でいっぱいにしたアリア社長がいたのだった。

 

 

 

 

 そして、半時ほど過ぎたあと。

 

「いやぁ、旨かった! ほんとすいません、なんか普通に奢って貰っちゃいまして!」

 

「いえいえ。ほかでもない()()()()喜んでいただけたなら、身に余る光栄です。またネオ・ヴェネツィアにいらした際には是非、『姫屋』の水先案内人をご利用ください。こちら、日本語のネオ・ヴェネツィア観光ガイドブックも、よろしければ」

 

「あぁ、どうもどうも。帰ったら仲間にも奨めておきますよ!」

 

 ほら商売じゃん、と呟く藍華の背中をばしっと叩いて、晃は、

 

「では、基本を忘れた不出来な愛弟子への厳っしい指導がありますので、これで失礼致します」

 

 青ざめて固まった愛弟子を引きずって、颯爽と歩き去っていった。

 

「晃さん、かっこいいなぁ。私も藍華ちゃんもついでに奢って貰っちゃいましたよ」

 

「うんうん。ちょっと雰囲気がリョウに似てるけど、乱暴さ控え目で美人さ増量。交換してほしいくらいだぜ。……あ、今のはリョウには内緒な」

 

「ぱむ? ぱむ、ぱむぱむ!」

 

 満腹になった二人は晃からもらったネオ・ヴェネツィア観光ガイドブックをめくりながら、灯里のゴンドラに戻るのだった。

 

 ちなみにアスカ・シンは晃・E・フェラーリより2つ年上である。

 

 

 

 

(……はぁ……、流石に緊張した……)

 

 舟に座って心中でこっそり息をつく晃に、その舟を漕ぐ藍華が問う。

 

「晃さんはどうして、アスカさんに奢ってあげたんですか? OGの明日香さんと同じ名前だから?」

 

「おいおい、親切に理由が必要か?」

 

 純粋に裏の意図があるものだと信じている藍華に、晃がちょっと呆れて問い返せば、

 

「うーん、アリシアさんならともかく、晃さんはそこまで親切じゃ」

 

 自分が弟子のなかで思ったより血も涙もない人間になってしまっていることに晃は鼻白む。

 

「ほほう、そんなに無限32キロゴンドラマラソン(ヴォガ・ロンガ)がしたいか? 藍華」

 

「いえいえごめんなさい晃さんはとっても素敵で親切な女神様です!」

 

 青筋をたてた提案にぶんぶん首を降って拒否する藍華。

 

「まったく……。そうだな、あえて言うなら……歴史をちゃんと勉強したから、かな。二人とも勉強が足りん」

 

 水平線の向こう、晃が見つめる先は、伝説の光の地。

 

「え?」

 

 勿論、藍華には突然遠い目をしたようにしか見えなかった。そんな藍華に、まだまだ教えてやるべきことは多いなと実感する。

 

「いや……しかし、水先案内人の基本的なルールも忘れるとはな、藍華」

 

 まだまだ教えられるということにほんの少しの安らぎさえ感じながら、晃は舟の淵に置いた手をぐっと持ち上げ、鋭く愛弟子を指差した。

 

「今日はみっちりやるぞ!」

 

「ぬなっ!? あ、あれは灯里も不注意でしょう!?」

 

 友人を巻き込もうとする藍華に、しれっと。

 

「灯里ちゃんは今日は免除。後日、アリシアに任せる。なにしろ今日は特命があるからな」

 

「えぇー!? ずーるーいー!」

 

「すわっ! 問答無用! さしあたっては発声練習! はじめ!」

 

 ぶつぶつ言い出す藍華をじろりと見れば、やけくそに発声を始める。

 その大きな声に紛れて、小さく呟いた。

 

「……藍華といい灯里ちゃんといい、一応アクアの歴史を紹介する立場なら覚えておくことだな。

 

 アスカ・シンの顔と名前……そして彼が何者であるか、くらいは」

 

 

 

 

 

 ――彼に、素敵な時間を過ごしていただくんだぞ。いいな、灯里。

 

(晃さん、どうして知ってたのかな。アスカさんが、普通の人じゃないって……)

 

 灯里はアスカをまた舟に乗せてあげることになった。それは灯里がアスカの持っているお金を見て「なんて古いお金……」と言ったためであり、晃が「これでは両替はできませんね」と言ったためであり、藍華が「お金ないんじゃゴンドラ乗れないわよ」と言ったためであり、それを受けてアスカが「じゃ、臨時指導続けようぜ!」とやけくそ気味に言ったためでもある。

 

(アスカさんはきっと、この時代の人じゃない。今から300年近く前の、ネオフロンティア時代の人。マンホームとアクアと太陽系を守っていた、一番危ない時代のSUPERGUTSの人……)

 

 そう確信を持てたのは晃が言葉に含ませた意味からだが、やはりアスカの言葉は節々にそれを伺えていた。

 そして、アスカ自身がそれに気がついていないことも。

 

「なぁ、オレンジぷらねっとってアテナさんたちの会社だっけ? ガイドブックに載ってる新社長『まぁ』ってこれ、猫じゃなくてパンダじゃないか?」

 

「ぱむぱむ」

 

「ぷいにゅー」

 

「うんうん、だよなぁ」

 

 ガイドブックをぱらぱら捲るアスカの能天気な顔を見て、灯里は苦笑した。

 

(マイペースな人だなぁ)

 

 そこでアリア社長が灯里を見て「ぷいにゅー」と鳴いた意味が「お前が言うな」であったことに、当然ながら本人は気づかなかった。

 アスカは欠伸とともに全身で延びをした。舟の中に足を伸ばして天に掲げるようにガイドブックを持ち上げ、首に悪そうな感じに眺め始める。

 

「しっかし、こうして水路図なんてみてると、ネオ・ヴェネツィアって凄いところだな。火星に人間が拠点を作り始めたのが確か……10年前くらい? だから、TPC基地と並行作業のはずなんだけど……人間ってすげぇぜ」

 

「は、はひ! そうですね!」

 

(不満……じゃないんだよね?)

 

 アスカが()()()()()だと思った途端、彼がネオ・ヴェネツィアを見る視線が怖く思えてくる。

 彼らが力の限り守り繋げてきたアクア。彼らから受け継いできた火星という星。

 

「それでは引き続き、『ARIAカンパニー』の水先案内人をご利用いただきまして、ありがとうございます。ご一緒させていただきますのも、引き続き、水無灯里です」

 

 もし、彼がこの街を見て、幻滅したりしたら? この星を守ってきてくれた彼らの結果として存在しているこの街を、彼が認めてくれなかったら?

 

 この素敵な街を作ってきた礎であるこの人が、この街を素敵だと認めてくれなかったとしたら。それほどに悲しく情けないことがあるだろうか?

 

(この星は、この街は、……アスカさん、あなたたちに胸を張れる街になっていますか?)

 

 もし、否と言われたら……それでも灯里は胸を張って、この街を素敵な町だと言えるだろうか。

 

「なんかちょっと、昼食べる前よりゆっくりじゃないか? 昼下がりモードってこと?」

 

「え、あ、はい、そんな感じ、です……」

 

 灯里には、緊張すると舟の速度が遅くなる癖がある。

 アスカを乗せた灯里の舟は限りなくゆっくりだ。

 かちこちになった灯里を反映したかちこちの舟は、かちこちに進んでいくのだった。

 

「ぷいにゅー……」

 

 ダメかもな、と言いたげなアリア社長の声が、水路に響いた。

 

 

 

(ダメだ……なにを紹介したらいいのか全然わからない……)

 

 無理矢理作った笑顔の頬をひくひくさせながら、灯里は半ば無意識にオールをぐりぐりやっていた。

 

(マンホームの旧ヴェネツィアの伝統を受け継いだネオ・ヴェネツィアの文化を話す?)

 

 職人さんたちの魂と誇りと思いに磨かれた綺麗なネオ・ヴェネツィアン・ガラス。ヴェネツィアから発掘された悲喜こもごもが込められたオペラ。移された建物にまつわる話。

 

(それとも、アクアの行事?)

 

 カーニヴァル。ボッコロの日。レデントーレ。カウントダウン。アクア・アルタ。

 

(アクアの風習とか?)

 

 火炎之番人(サラマンダー)水先案内人(ウンディーネ)地重管理人(ノーム)風追配達人(シルフ)の役割。ほかの色んなお仕事。いっそ、猫の王国の話をしようか?

 

(アクアの歴史……食べ歩きツアー? 単なる名所巡りでもいいのかな。ネオ・ヴェネツィアに伝わる言い伝えとか。でも……)

 

 でも、怖い。

 ネオ・ヴェネツィアをヴェネツィアの二番煎じだと言う人はいる。マンホームから来た人には大して管理されずにのんのんとやってるアクアのなにがいいのかと言う人もいる。心ないことを言う人はどこにも、何にでもいる。でも、それは分からないその人の視野が狭いんだと思えた。よく知りもしないで酷いこと言わないで。あなたがこの街を好きになれるように、私がこの街のことを教えてあげるから、と。

 でも、アスカ・シンの場合は話が別だ。彼もネオ・ヴェネツィアを知らない。アクアを知らない。でも、彼にだけは……この素敵な世界を作ってくれた恩人の一人である彼から同じ事を言われてしまったら、灯里はきっと立ち直れない。

 灯里は、アクアを作り上げた色んな人とその想いに触れてきた。その人たちが積み上げたものの上にその人たちが願ったものを、アクアの人たちは実現してきたと信じてきた。その人たちに恥じないこの素敵な街で、素敵な生き方をできていると思ってきた。

 この星で出会った人たちもそうだ。この星に一緒に過ごしてきた人たち。この星に積み上がった心に、また新しい心を積んでいく人たち。

 だからこそ、怖い。彼がこの世界を否定したその瞬間に、この世界に積み上げられてきた想いを灯里たちが裏切ったことになってしまいそうで。彼と仲間たちが命がけで作ってきた礎に築かれた想いの形作るこの星が、根底から覆ってしまいそうで。そして灯里自身の心のどこかに、そういうものが澱のように残ってしまいそうで。

 

「うーん、ガイドブックだけ読んでてもわからないな。ここはやっぱり、水先案内人さんのお薦めでお願いしようかな!」

 

「ぱむぱむ!」

 

 未来のことを話して、見せて、触れさせる。そうすることで歴史が変わってしまう……実のところ、灯里にはそういう恐れはなかった。灯里が無意識にもつ()()()がその恐れを否定している。

 その胸にあるのは、この水路に流れる血と汗と泪が……300年分の心が否定されてしまうことへの恐怖。

 それ以上に、なによりも。

 

「……あ、えっと、では、」

 

(もし、私のせいでアスカさんが、早く帰りたいとかマンホームがこうじゃなくてよかったとか思っちゃったとしたら……。そうしたら、あの人たちの想いを踏みにじったのは私に……。あの人たちの、そして300年前のアスカさん自身の想いを受け取ったはずなのにちゃんと受け継げなくて、ちゃんと返せない……そんなの……それが……)

 

 それが、怖かった。

 

 堂々巡りの末に蒼白になっている灯里にぎょっとするアスカ。

 

 この純粋で優しそうな顔で、アクアの奇跡が全部余計なものだったって、そう言われて……()()()()しまったら。

 

 堂々巡りする灯里を、アリア社長がじっと見つめていた。

 

(いけないのに……こんなんじゃ、私がこんなじゃそれこそ……)

 

「あ、あの……!」

 

 やぶれかぶれに灯里が口を開いた、そのときだ。

 

 

 

「あらあら、灯里ちゃん? どうしたの?」

 

 

 

 灯里自身の喉からひゅっ、と空気の抜けるような音がした。そして舟の中からはアスカが頭を打つような音も。

 高く、人を無条件に安心させる柔らかな声は、今度ばかりは灯里の全身をさらに引き締める効果をもたらした。

 

 灯里の舟の後ろにつけたのは、

 

「あ、アリシア、さん」

 

「さっきからゴンドラが全然進んでないわよ? アリア社長も教えてあげてくださいな」

 

 灯里の師。『ARIAカンパニー』唯一の正社員にして経営者。そして『白き妖精(スノーホワイト)』の通り名をもつ『水の三大妖精』の一角。

 彼女の名は、アリシア・フローレンス。

 三大妖精の中で最も優れたオールさばきを誇る彼女は、茶色の紙袋が座席に乗ったのみで空席の白い舟をするりと黒い舟の横につけた。

 光そのもののような金髪と白い制服が舟と陽光に反射して眩しいばかりの色彩を放つ様は、妖精というよりは聖母のよう。そんなアリシアの美貌には、労るような微笑みが浮かんだ。

 

「あらあらあら……灯里ちゃん? どうしたの?」

 

 開口一番とほぼ同じ言葉なのに込められた意味の違いがありありと感じ取れる。驚くべき言葉の表現力である。

 そこで初めて呼吸もほとんど詰まっていた自分に気が付いた灯里は、手袋をつけた手で胸を押さえ大きく息を吸った。潮の匂いが熱い胸に心地よい。

 そんな灯里とあわあわしているアスカとを見比べたアリシアは、殊更迫力のある笑顔をアスカに向け――ようとして、

 

「……あらあらあらあら、まぁ!」

 

 目を見開いて驚愕を露にした。

 そんな驚愕の表情に灯里も内心仰天した。いつも悠然としたアリシアがそこまで感情を示したところを見たことはなかったからだ。

 もっとも、短くはない付き合いの灯里や長い付き合いのアリア社長こそそれが驚愕のサインだと気付けたが、初対面のアスカにはアリシアほどの美人が目尻を吊り上げ語気を強める様は無言で詰っているように見え、生きた心地がしないだろう。

 アスカは手元のガイドブックに目線を落とした。『水の三大妖精』特集ページに写っている金髪の美人をちらと見て、目の前にいるまったく同じ顔の女性を見た。そして蒼白になった灯里を見て、目を丸くしたアリシアを再度見た。

 

「……! いや違うんスよ! 俺はなんにもしてないです! ただ観光をですね! いじめたとかそういうことではなくて!」

 

 とドギマギしながら身ぶり手振りで言い訳を始めた。

 アスカからしてみればとんでもない災難であろう。勝手に緊張して真っ青になった灯里とそれを見ておろおろしていたアスカの二人。端から見たら、アスカが灯里をいじめて泣かせて後始末に困っているようにしか見えない。灯里の不甲斐なさのせいでとんでもない誤解を招いてしまった。

 一度のネオ・ヴェネツィア来訪で『水の三大妖精』全員と立ち会えたという折角の幸運が、こんな風になってしまった。こんなに素敵なアリシアに、灯里の招いた誤解のせいでアスカが悪印象を持ってしまったら……。

 そう思った灯里はますますたじろぎ、アリシアもらしくなく戸惑いと困惑の様子を見せた。そのとき。

 

「ぷいにゅー!」

 

 一声鳴いたアリア社長がアリシアの胸に飛び込んだ。

 アスカが顔だけで羨ましいと訴えているのがなんとも場違いだが、アリア社長はアリシアと視線を交わした。あたかも「冷静になれ」と言うように。

 

 アリシアは暫し考えると、アリア社長を抱き上げたまま灯里に向き直った。

 

「灯里ちゃん、おやつにしましょうか」

 

「はひ?」

 

 間の抜けた灯里の返事にふふっと笑みを返すとちょっと屈み、空席になっているゴンドラの座席にアリア社長を下ろす。

 そしてアリシアは灯里のオールをとるや、自身のオールと一つずつ片手で器用に漕ぎ出す。二つの舟はまるで当たり前のようにぴったりとくっついたまま水路を泳ぎ、脇に寄った。 なんでもないように凄いことをやっておいて、灯里側の舟にもまったく不愉快な揺れがない。その手際と技術にアスカはハネジローと一緒に唖然として、華麗な操舵技術、とガイドブックに載っていたアリシアのキャッチコピーを呟く。

 舟を水路の脇に落ち着かせたアリシアは、アリア社長が興味津々に覗いている紙袋を取ると、中から美味しそうなパンを4つ取り出した。

 

「灯里ちゃん、社長、それにアスカさんと、あなた。美味しいくるみパンですよ」

 

 順に、灯里、アリア社長、アスカ、ハネジローに、くるみパンを配っていく。

 その香ばしい香りと好物への欲求に、半ばオーバーヒートしかかっていた灯里の頭は敏感に反応した。とりあえず目先の問題を後回しにして、パンにぱくつく。

 一方、アスカは手を中途半端に伸ばしかけたまま目を丸くしている。

 

「俺、名乗りましたっけ?」

 

()()()()()()()、アスカ・シンさんは」

 

 語尾を跳ねさせるように言ったアリシアからパンを受け取って、アスカはデレデレな様子。ちなみにアスカ・シンはアリシア・フローレンスより2つ年上である。

 

「そ、そうスかね~? いやぁ、参っちゃうなぁ! 小うるさいのもいないし、今日の俺ちょっとラッキーすぎない? あ、じゃあ、遠慮なく、いっただっきまーす!!」

 

 と飛び付いた。調子のいい男である。先程のアリシアとの初対面のことは気にしないことにしてくるみパンを嬉しそうに頬張る姿は、アンニュイな雰囲気が残っている分灯里の方が年上に見えるくらいだ。

 

「あっ! これ超旨いっスよ! ありがとうございます!」

 

「ぷいにゅー!」

 

「ぱむぱむ!」

 

「あらあら」

 

 次々と感想を告げる者たちに微笑んだアリシアは自分も一つ、手で千切って口に運ぶ。

 

「美味しい。これだけ美味しそうに食べてもらえたら、あげた甲斐もあるわね」

 

 パンを持つだけの手つきから千切る指先、口に運ぶ動き、口に含む仕草、嬉しそうな笑み、感想を述べる声に至るまで、全てがたおやかに美しく洗練されている。アリシア・フローレンスはそういうエレガントな女性だった。

 

 高かった日はちょっと傾きを増し、ちょうどおやつ時に差し掛かっていた。

 忙しない日常業務が一段落ついたネオ・ヴェネツィアにまったりとした雰囲気が漂っている。尤も、ネオ・ヴェネツィアは平素からしてそれなりにまったりとした街ではあるのだが。

 アリシアは水筒からお客様用のカップにアイスティーを注ぎだして、アスカ、ハネジロー、灯里に配った。自身のカップとアリア社長用の大口カップにも注いで微笑めば、流石のアスカも顔を赤らめ、照れ隠しにガイドブックをがばっと取り上げる。その拍子にハネジローをひっ叩いてしまい喧嘩になる。

 ちょっとだけある水の流れに乗って実にゆっくりと動きながらの、くるみパンとアイスティーのティータイム。アスカとハネジローの小突き合いもちょうどいい賑やかしだ。

 そんな舟でも物思いに耽って無言でくるみパンにかじりついている灯里に、タイミングを見計らってアリシアは問うた。

 

「ね、灯里ちゃん。くるみパン、美味しい?」

 

 灯里は頷いた。

 

「はい、とっても」

 

 首肯すると、今度は、アスカに。

 

「じゃあ、アスカさんは、いかがでした?」

 

 アスカは、親指だけを立てた拳を突き出す例のポーズとともに答えた。

 

「ばっちりですよ!」

 

 アリシアは、にっこりと灯里に向き直った。

 

「ね?」

 

「あ……」

 

 どうしてこの人は、私の考えていたこと、悩んでいることを、こんなにも正確にわかるのだろう。そう灯里は思った。

 

(私のいいと思った水先案内人の仕事も、アテナさんの舟謳(カンツォーネ)も、くるみパンも、アスカさんはいいと言ってくれた……)

 

 怖がらなくてもいい。アスカは、灯里の『素敵』を分かってくれる。例えアスカが一つか二つわかってくれなくても、アスカがわかってくれたものもあるのなら。

 灯里の凝り固まった心身をゆっくりとほぐすように、アリシアは言葉を繋いだ。

 

「ねぇ、灯里ちゃん。このくるみパンね、そこの通りで会った方にいただいたの。此間、買い物袋の底が破れてしまったときに灯里ちゃんのゴンドラに乗せてもらったお礼に、ですって」

 

 灯里の鈍くなった頭は、それを思い出すのに少しの時間を要した。大きな買い物袋を抱えたおじさんが目の前で袋の底を抜かしてしまって途方にくれていたので、荷物を全部とおじさん本人を乗せて家まで送ってあげたことがあった。

 

「ちょっとした出会いとちょっとした親切が、こうやってちゃんと返ってくる。それ自体、ちょっとした素敵だって思わない?」

 

「……」

 

「そういうちょっとした素敵を、灯里ちゃんは沢山、知っているでしょう? それを教えてさしあげたらどうかしら」

 

 わずかに目を開いた愛弟子の手にオールを戻しながら、アリシアは諭す。

 

「この星はそういうことが起こる素敵な所だって、素直に胸を張って言えばいい。灯里ちゃんが素敵だって思ったこと、知ってほしいと思えたところへご案内すればそれでいいじゃない」

 

「アリシア、さん……」

 

「私、灯里ちゃんの水先案内が好きよ。色んなお客様にそうやって素敵を分けて差し上げてきた、そうでしょう? お客様がアスカさんだったら、それは変わってしまうの?」

 

 大事なのはそれだけのこと。

 究極のところ、先人だとかこの時代のよさを証明するだとか、最終的には関係ないのだ。灯里がやるべきことも、できることも信じるものも、変わらないのだから。

 

「灯里ちゃんは、どうしたい?」

 

 アリシアの言葉は、狙いたがわず、灯里の真っ芯のところを呼び起こした。

 

「私……お客様に、この素敵な街をご案内して、知ってもらいたい。私が、私たちが見つけたいろんな素敵を、いっぱい、いっぱい知って帰ってもらいたいです! 私のご案内で、素敵なところだって、言ってもらいたいです!」

 

 思い直してみればなにも変わらない。

 灯里が素敵だと思った、水先案内人というもの。夢。目標。水先案内人としてできること。水無灯里としてしたいこと。人として挑戦し続けること。

 そこにアスカが何者であるかは関係ないのだ。アスカと他のお客様との間に、結局、どんな違いがあるものか。そこに線を引く必要などない。

 お客様が誰であろうと、その誰もにいいと思ってもらえるよう、水先案内人としてやるべきことをやるのだ。

 

 どこかクリアになった視界のなかにアリシアが殊更に微笑むのが見える。息を吐くアリア社長が見える。揺らめく水路が見える。煌めくこの星が見える。

 その視界にアスカを捉えたとき、彼との会話がよみがえった。

 

 ――だからこそ、肩の力を抜いてみるかって、先輩が言ってたよ

 

 それはアスカとアスカの先輩との間、灯里と灯里の先輩との間だけの理屈じゃない。アスカが先人であるなら当然、灯里とアスカの間にも通る教えであるはずだ。

 それ自体が先人からの大事な教えだった。

 アリシアと、くるみパンをくれたおじさんの二人と一緒に、この街の素敵を見せたられた今のように。

 それでいいのだ、と力を抜く。するとおのずと見えてくる。なにを見せれば、このお客様にご満足いただけるか。灯里がこのお客様にこそご案内したいものとはなにか。

 

 ――一人じゃ乗り越えられないものもあるけど、だからこそ、皆でやってけばいいんだ、ってことなんだと思う。俺たちは一人で戦ってる訳じゃない。先輩たちも、皆で作って、皆で守ったんだからさ。

 

 灯里がこの街を好きなのは……灯里がこの街を素敵だと思うのは、この街に()()人たちが、この星に()()人たちが、みんな素敵だから。

 思えばこの街にいる人たちはみんな等しく、アスカの後輩なのだ。ならば皆で見せたい。皆を見せたい。

 

 いつのまにか灯里は、灯里らしい、いつものワクワクとした姿を取り戻していた。

 

 それを見てとったアリシアは、もういいだろうと言いたげに目を伏せるアリア社長を抱えあげ、今にもオールを握って漕ぎ出してしまいそうな灯里に手渡した。

 

「行ってらっしゃい、灯里ちゃん」

 

 あまりにも多くのものを、アリア社長を通して灯里に託したようにも思えた。

 

 社の威信を。

 アクアの誇りを。

 火星の未来を。その証明を。

 アリシアの願いを、

 

 灯里の舟に降り立ったアリア社長は海の女神(アクアマリン)の瞳で灯里をじっと見つめた。もういいね? そんな声が灯里には聞こえた気がした。

 

「じゃ、行こうぜ」

 

 見届けたアスカが灯里を促す。彼はそのリレーにおける自分の立ち位置が正確はわからない。しかし、自分が立ち会ったそれが、一種の継承なのだということは、理解していたようだった。

 

「行ってきます、アリシアさん」

 

 師弟がとびきりの笑顔を交わし。

 灯里の黒い舟は、ゆっくりと漕ぎ出した。

 

 アリシアの白い舟は、しばらく黒い舟を見守っていた。ゆるく手を振って灯里を見送るその姿には信頼と誇りが感じられる。

 アリシアの微笑みに背を包まれて、灯里は今度こそ行くべき方向へ漕ぎ出すのだ。

 灯里の脇の向こうに小さくなるアリシアへ、アリア社長が鳴き声とともに手を振り返した。

 

「いい人だな、灯里ちゃんの師匠。一瞬、ヒビキ隊長の三倍は怖かったけど、同じくらい凄え人だと思う」

 

 座席に背をそらせて灯里を見上げたアスカが感無量と言った風情で言った。

 にっこりと頷いて応えた灯里は、まだ見守っているアリシアの耳に届くように切り出した。

 

「さて、お騒がせしました。改めまして、ネオ・ヴェネツィアへようこそ」

 

 灯里はこれから、なにをアスカに見せてあげられるだろう?

 

 未来への希望を持って帰ってもらえるだろうか?

 

「『ARIAカンパニー』の水先案内人、水無灯里が引き続きご案内させていただきます」

 

 この未来に、彼が命を懸けられる価値を証明できるだろうか?

 

「素敵な時間を、ご一緒しましょう!」

 

 そうして最後に、この大好きなアクアは、あなたたちのおかげで大好きになれる星になりましたと、胸を張って言えるだろうか?

 

 ――さあ、伝えよう、この星のトキメキ。時を越えて、あなたのもとへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛弟子の力強い声を聞き、アリシア・フローレンスはほっとため息をついた。

 

(ちょっとだけ羨ましいわ。灯里ちゃん)

 

 本当のことを言えば、自分こそが彼を案内したいと思う部分がないではない。勿論、ミーハーな思いはひとつもなく。

 歴史をきちんと学び、覚えていて、彼の正体に見当がついたとしたら、そう思わない水先案内人は一人もいないはずだ。それが真に一人前の水先案内人であるなら。

 

(ほんとうは、私がこの星をあの人に案内して回りたい。私の手で、あの人にここを『素敵な所だ』って言わせたい。そして、お礼を言いたい。この星を遺してくださって、守ってくださって、ありがとうって。でも……)

 

 ただ、アリシアは知っていた。

 アクアで起こることには、往々にして意味がある。大いなる意思がある。なにかが中心となって回っている。

 

(今、この星の輪の中心は、きっと灯里ちゃん。どこかで皆……そして私もそう思ってる。そこに彼が現れたのなら、そこにはアクアの意思があるの、きっと。

 

 灯里ちゃん、あなたはまだ気づいていない……ひょっとしたら覚えてさえいないのかもしれないけれど)

 

 そう、彼こそは。 300年も前、この宇宙のために戦ったSUPERGUTSの隊員であり、闇の彼方へ消えていった巨いなる英雄なのだから。

 

「……アスカ・シン。その、またの名を――」

 

 




こういう葛藤は灯里のキャラではないかもしれませんが、『ARIA』では、彼女が先人の時代に行くことはあっても(まあそれも原作ではありませんが)、先人が彼女の時代のネオ・ヴェネツィアに来ることはなかったわけで。
自分が「受け継ぐ存在だ」と意識した上でのそういう特異な状況を想像したら、こうなりました。
別段、来たのがアスカ・シンでなくても、例えば明子やアレンであっても、灯里は多かれ少なかれ、ネオ・ヴェネツィアへの誇りと愛、アクアの先人への憧れと敬意を、その先人自身に揺るがされるかもしれない、先人たる彼らが作り上げてきたものを、自分の未熟がゆえに彼ら自身に説明できず、その価値を貶めてしまうかもしれない、という種類の緊張をしそうだと、私には感じられました。

ちなみに『ネオ・ヴェネツィアはもうすぐ夏』なので晃の誕生日のちょい前くらいとして

アスカ・シン(22)

アリシア・フローレンス(20)
晃・E・フェラーリ(20)
アテナ・グローリィ(21)

と考えます。
火星(アクア)の公転周期とか裏誕生日とか劇中の日付とか経過時間とか誕生日や年齢の設定は地球の日付に換算されたものだとか月刊ウンディーネの年齢表記とか色々あってどう考えたものかわけわからんのですが、一応、灯里がアクアに来てから一回りした夏で、アリシアは初登場からひとつ上、晃とアテナは初登場時のまま、ということに。
細かい訂正歓迎。


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その 受け継がれるものに…

 地球西暦2012年。「火星」に旅立つ、ある光の青年は言った。

 

 

 「頑張れよ、後輩」

 

 

 それから300年。地球西暦2301年――

 

 

 

 

 

 

 

 二人と二匹の(ゴンドラ)は、ネオ・ヴェネツィアをS字に横断する大運河(カナル・グランデ)に乗っていた。

 

 白猫のアリア・ポコテンと黄色い小怪獣ハネジローがアクアマリンの瞳同士で見つめ合っているのを視界の端でちらちら捉えながら、アスカ・シンはきょろきょろと周囲を見渡し、たまにあれはなんだ?と聞いたりする。

 それに対し、舟を漕ぐ水先案内人(ウンディーネ)水無灯里(ミズナシ・アカリ)は朗らかに解説する。

 

 水路の両側に展開する露店や広場など、見所のあるものがいっぱいだ。

 

 かつて世界で最も美しい街と呼ばれたヴェネツィアの町並みを可能な限り保存しながら移築してきたこのネオ・ヴェネツィアは、その景観を眺めているだけでも大いに心揺さぶられる。水路に陽光が反射して不規則に煌めく町並みは一瞬ごとに違う姿をし、たまに悪戯な波が光を弾いて目を眩ませてはまた澄まし顔で人々を迎えるのである。

 

 熱を反射するコンクリートの代わりに光を反射する水面。自動車の代わりに行き交う大小様々な船。排気ガスの代わりに鼻腔を擽る潮の薫り。車どころか自転車ひとつ走っていないし、モーターつきの早い舟なんかもない。そんなこの街を見てると、亜光速飛行(ネオマキシマオーバードライブ)とかも良し悪しに思えるなとアスカは灯里に話す。

 

 アスカは旧ヴェネツィアを見たことはないが、時に「あれ映画でみたことある!」などと言っては灯里からの解説を聞いた。灯里側からも目立つ観光資源を見とめてはなにくれとなく解説し、アスカはうんうんと頷く。

 

 たまになんでもない横道に逸れてみて小さな発見をしたり、アリア社長の好きな漫画の話をして「いいや、にゃんにゃんぷうよりウルトラマンダイナの方が強いね!」「ぷいにゅー!ぷいにゅぷいにゅ、ぷいにゅー!」と喧嘩になったりと、そんな道中。

 

 運河を渡る速度はお世辞にも早いとは言いがたかった。

 とはいえ、それは灯里の未熟さ故ではない。

 灯里が町行く人に「あれなんだろう」「あ、あの人は、」と言っては船脚を緩めて声をかけ。

 あるいは道行く人々から「おや水先案内人さん」「お、灯里ちゃん」「おい、もみ子」などと声をかけられてはまた船脚を緩め。

 そんなようなことが、アスカの建物に対する「あれはなんだ?」と同じくらいに起こるのである。

 

 大道芸を披露するピエロに扮した人を見たり。

 お店の窓口から新商品の試作をもらって食べたり。

 洗濯物をかかえたおばちゃんに声をかけられたり。

 擦れ違う郵便屋のおじいさんと世間話をしたり。

 路端で演奏をしているストリートオーケストラみたいな人たちに楽器を貸してもらったり。

 熱心に写真を撮る男性に撮られたり。

 

 会話するネオ・ヴェネツィアの人々は灯里の中継で自然にアスカとも会話し、不思議なことになんらの疑問もなくアスカと親しげに挨拶を交わしては別れていく。

 

 なぜか老婆に握手を求められたり、路端楽団にリクエストした曲を弾いてもらったり、白紙の便箋と封筒をもらったり。

 なぜかサインを求められたり、得体の知れない箱に手を突っ込まされたり、ハネジローが子どもに誘拐されかかったり。

 なぜか一緒に写真を撮っていいかと言われたり、ピエロにジャグリングに挑戦しないかとボールを渡されたのにジェスチャーが伝わらず豪速球で投げ返したり、それがネオ・ヴェネツィア唯一の子ども草野球チームに見られてコーチ就任を懇願されたり。

 なぜか熱心に似顔絵を描かせてくれと頼まれたり、サン・マルコ修道院の模型の水面に写ったような味のある感じに歪んだ失敗作をもらったり、落丁のあった月刊ウンディーネ最新号を一部もらってしまったり。

 

 アスカは遠慮も疎外感もなくネオ・ヴェネツィアの人々と触れあうことができた。

 それは決して不愉快ではない、心温まる脚の遅さだった。

 

 

「灯里ちゃんって人気者なんだなぁ。パンのおじさんに、広場の大道芸の人に、露店の店主に、誰も彼もみんな知り合いなんじゃん?」

 

 じゃがバターをほふほふふはふはしながら、アスカが感想を漏らした。

 ちなみにネオ・ヴェネツィア名産のじゃがバターは、じゃがいもに入れた切り込みへバターを埋め込んで蒸す至極単純なものだ。単純だが、故に美味しさに誤魔化しがきかない。

 この味だけはネオ・ヴェネツィアに来た人に味わっていってほしいと思い、灯里の観光案内には積極的にコースに取り入れられている。

 

「そんなことないですよ。私なんかよりアリスちゃんとかの方が人気です。私はネオ・ヴェネツィアで出会った素敵な人とちょっとお話するだけですし、みなさんが素敵な人だから私に声をかけてくださるんですよ」

 

 アリア社長にもじゃがバターをあげつつ自分もはふはふ答える灯里に、アスカは大袈裟に言った。

 

「それ自体が凄いじゃんか。なかなかいないぜ、ちょっとお話するだけで顔が広がるなんてさ。いい人と出会えるのは、出会う灯里ちゃんが特別いい人だからかもな」

 

 言いながら照れ臭くなってそっぽを向くアスカ。

 頬を緩めた灯里は、空になったカップをアリア社長に託してオールを握り、前に座るアスカの後頭部を見る。ネオ・ヴェネツィアをとても楽しんでくれているようだ。

 

(この旅は、ネオ・ヴェネツィアのみんなで贈る、アスカさんへのおもてなし)

 

 なぜかそんな確信が、灯里にはあった。心なしか、アクア自体も今日は一段と煌めいていて。町の人たちも一様に優しいというか、気前がいいというか。

 

(きっと、懐かしい人との再会にアクア自体が喜んでるから)

 

 潮の薫りが一際強くなってきた。大運河がネオ・アドリア海の大海原へ近づいてきたことがわかる匂いを、灯里は無意識に胸一杯に吸い込んだ。

 

 視線の先の水面の色着きで、灯里は日が傾いてきていることに気がついた。もう少しというほど近くもなく、けれどそう遠くもないうちに、この星は綺麗な茜色に染まるのだろう。

 ネオフロンティア時代、アスカたちが見ていたこの星と同じ色に。

 

 アスカがこの時代にいられる時間が終わりに近づいているような不思議な実感が、灯里の胸に去来した。

 

「アスカさん。差し支えなければあとふたつだけ予定している行先がありますが、ほかにどこか行っておきたいところはありますか?」

 

 できれば予定した両方ともにアスカをつれていきたい。しかし当然、お客様の希望が優先である。

 アスカはじゃがバターの器をアリア社長に手渡し、アリア社長はそれを自分の食べた器とともにゴミ袋に捨てる。毎度のことながら器用な猫である。

 

「特になし」

 

 読めないと打ち遣っていた月刊ウンディーネの表紙をぼんやりと見つめるアスカへ。

 灯里は気持ちだけ厳かに、次の目的地を告げた。

 

「お次は、火星開拓史博物館へご案内します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネオ・ヴェネツィアらしいと形容するのがぴったりなモダンな様相の博物館に、灯里とアスカは脚を踏み入れていた。

 二階建ての博物館は移築されたものではないが、景観を損ねないように配慮された門構えを見せている。

 

 構内のコンセプトとしては、入場口付近から館をぐるりと一周するまでの間に流れるように時代を繰り上げていく展示様式である。入場口付近にはネオフロンティア時代までの簡素な年表があり、開拓基地建造以降の歴史を主に取り扱っている。二階にはお土産や最新のトレンド、近年の偉大な功労者を紹介している。

 現在の二階には、最長勤続年数と最年長引退年齢の記録をもち業界全体からグランドマザーと称され尊敬される『伝説の大妖精』天地秋乃(アマチ・アキノ)と、現在の『水の三大妖精』の特集が組まれているようだ。後者は勿論、前者も『ARIAカンパニー』創設者であり、個人としても大恩ある大好きなグランマの特集に灯里は大いに興味を惹かれた。今度、藍華とアリスを連れてもう一度来ようと決意する。

 

「ここは、火星がアクアと呼ばれるようになってからの歴史をまとめた博物館なんです」

 

 アスカは興味深そうに、しかしどこか不審げに博物館をうろうろと歩きまわっている。まるでなにかに気付きかけているような様子だ。

 二人分の入館料は灯里が払った。アスカはついに自分の甲斐性のなさに打ちのめされてしまったが、連れてきたのは灯里である。その厚意を受け入れた。

 

「ネオフロンティア時代のことに詳しい博物館もありますけど――」

 

 展示物などを傷めないよう閉じられた空間では、灯里のさほど大きくない声も反響させる。

 薄暗い空間に多くの展示物が照らし出され、そこに刻まれた記憶を読み取ってほしいと待ち構えていた。

 

「それは帰ってからご自分で確かめてください。私がお見せしたいのはその次。アスカさんがきっと見れない時代のことです」

 

 アスカが足を止めて、しげしげと見つめる写真。

 武骨な施設をバックに肩を組んで、白い歯を見せる青年やおじさんの写真。ネオ・ヴェネツィアでの一般公用語と、文化の流入でよく使われるようになった日本語の注釈が載っていた。

 

『第7開拓基地にて。この三年後、第7開拓基地は開拓史上初の水没基地となり、写真の人々は皆、帰らぬ人となった。』

 

 その隣に掲示される写真の、荒涼とした崖のような島に無数の棒が突き立つ光景は灯里にも見覚えがあった。

 時を超えたメッセージを灯里自らが届けた、あの基地の墓標。背景の細部が異なるので同じ基地のものではないのだろう。逆に言えば、あのようなことがいくつもあったというなによりの証左でもある。

 アクアに起こる奇跡の一つに支えられて、灯里は開拓基地のアレン・ホンダさんが受け取れなかったメッセージを届けられた。けれど、届かないままのメッセージだって、数えきれないほどあるのだろう。

 

(でも……この人たちが諦めなかったから、今がある。誰一人投げ出さずにいてくれたからこの町があって、たくさんの逃げ出さなかった勇気に支えられて、私たちがここにいる。

 この人たちが、水の星・アクアの始まり)

 

 そのコーナーと並立するように、ある映像がモニターに映っていた。

 30分間隔でループしているその映像の下の解説には、茜色の夕日に煌く浅い水路をバックに撮影した老若男女の写真とともに、こうある。

 

『長年の火星開拓の苦闘はついに報われ、ネオ・ヴェネツィアの水路に初めて水が流されることとなった。土壌と空気から隔たること100年。我々はこの瞬間、初めてこの星に生きることを許されたのだ。今ではあふれんばかりの水を湛える水路だが、初めは水深わずか三十センチにとどまり、ここからさらに数十年かけて満たされていくこととなる。

 映像の撮影は当時の入植民間の学校教師・星野明子(ホシノ・アキコ)女史による。実に数十にもわたる落胆の映像とともに遺されたこの映像は、後に続く開拓使たちの目標、希望となった。』

 

「明子さん。あなたも、この星に奇跡を起こす人たちの一人だったんですね」

 

 この星に導かれて、灯里はその光景を見ることができた。ちょうど今のアスカと逆。灯里自身が過去へ行き、水路に水がくるのを信じて待つ人々や、歓声を上げる人々を目の当たりにした。その映像を撮ったカメラを見て、その持ち主とお茶さえした。

 

 そう、誰もが戦っていた。

 

(いっぱいいっぱいの体力、終わりの見えない土や岩、数えきれない失敗、それに水没の恐ろしさ。その全部と戦った、開拓基地の人たち)

 

 その危険性を知っていたはずなのに、それでも愛する人々が愛するこの星で生きられるようにと、笑顔であり続ける何枚もの写真。水没者を出した基地を点描したアクアの地図。

 

(その人たちを信じて、この星を信じて、自分たちの未来を信じて。苦しい生活のなかでやるべきことをやり続けながら待ち続けた人たち)

 

 当時の生活様式を記した手記。開拓基地へ向けた手紙。灯里の脳裏に浮かぶ、アクアマリンの瞳とダークグレーの毛並み。寂しさと不安を押し隠した微笑み。

 

(そして――)

 

 ハネジローの声が聞こえた。

 

 ふたつほど展示物をまたいだ奥においてあるガラスケースの張られた台にハネジローが張り付き、食い入るようにある写真を見つめていた。

 数機の空中船に囲まれて海上に鎮座する黒い四本足の大きな機械の写真。その右には黒い四本足のどこかの股のあたりにとめた船の上で撮った集合写真。その機械は背景となってなお底知れぬ勇ましさを醸し出していた。

 灯里が解説文に目を移そうとしたとき、アスカが遅れてやってきた。

 ハネジローが飛びつき、ぱむぱむと興奮して鳴く。

 

 ハネジローに促されて展示物を一目見るや、アスカは叫んだ。

 

 

()()()()()N()F()3()0()0()0()!!」

 

 

 台が沈み込みそうなほどの力で上半身を投げ出すようにガラスケースを叩きつけて、必死にのぞき込むアスカ。

 その脇から覗き見るように読んだ注釈文はこうだ。

 

『第30開拓基地、奇跡の生還劇の直後の写真。

 ネオフロンティア時代のSUPERGUTSの宇宙母艦クラーコフNF3000は旧式化のため、新天地開墾の象徴として基地のモニュメントとなっていた。第30開拓基地水没時、クラーコフは作業員たちの緊急避難先としてその生命を守ったばかりか、技術作業員たちによる水力を使った決死のエネルギーチャージ作戦に応え、実に110年ぶりに再起動。当時時点で八世代前のネオマキシマオーバードライブにより海上に浮上し、奇跡の全員生還を実現させた。

 水没基地の作業員生還例はいくつかあるが、全員生還はこの例のみ。』

 

「『基地隊長は“我々の諦めない気合とこの水にも冷まされない熱い根性に、艦とSUPERGUTSの英霊たちが応えてくれたに違いない”とコメントした。』……これって……それじゃ……」

 

 アスカは、その写真になにを見たのだろう。

 自らが昨日今日乗って、人々を守るために宇宙を掛けた艦。それがドロップアウトした後、アスカたちとは違う人々を乗せてまたしても人々を救った。

 その記述がアスカに示すものは。

 

「アスカさん」

 

 アスカはガラスケースに手を突いたまま、灯里をまじまじと見つめた。

 何度か唾を呑み込むと、咀嚼するように問い質す。

 

「ここは……未来、なのか? それも、ネオフロンティア時代からずっと後の……」

 

 灯里は頷いた。

 

「あなたたちが守ってくれた、未来です」

 

(――そう、あなたたち。

 未来への妨害を退けて、夢見る人と明日に続く仲間たちのために命の限り戦った、アスカさんたち)

 

 この星に光が降り立ったこと。

 

 この星に作物が、命が宿ったこと。

 

 この星の大気が人間に適応できるものになったこと。

 

 この星の重力を人間に任せてくれたこと。

 

 この星に隠していた水を貸してくれたこと。

 

 そのすべてが、奇跡であり必然。

 

 そして『アクア』になる前。

 ()()を守って戦った彼らもまた、この星に手を添えてきた奇跡の担い手。

 

「この星は、数えきれない人たちの手と汗と願いが作り上げた奇跡の星。それが積み重なるための最初の奇跡そのものが、あなたたちなんです」

 

 この星が。

 素敵な出会いをくれた。

 大きな夢をくれた。

 光り輝く憧れをくれた。

 未来へつながる全てをくれた。

 

(この星があるのは、誰もが夢を諦めなかったから。そんな人たちだったからこの星は応えてくれた。そうしてこの星が起こしたいくつもの奇跡の先に……私がいる)

 

 灯里が自分の胸に置いた手から感じる心臓の鼓動。

 アクアの上に打ち鳴らされるこの拍動一つが、どれだけの人が求めた夢の一拍なのか。灯里は改めてそれを感じていた。

 

「今……その未来が、私と、このネオ・ヴェネツィアを生きるみんなのなかに……。

 

 だから、そんな奇跡の一つが呼んでくれたあなたに伝えたかったんです。私たちの今が、どんなに光にあふれているか」

 

 アスカは噛み締めるように目をつぶった。そして、今度こそはっきりと灯里を見た。

 

「君が……この町が、俺たちの未来……そうか、これが……今ここが、俺たちの目指した光なのか……」

 

 アスカには、灯里の瞳の中にアスカ自身の未来が見えているのかもしれない。

 なぜなら灯里には、アスカの瞳の中に、彼の時代から積み重なり受け継がれていく全ての人の夢が見えたような気がしたからだ。

 

 アスカは再度、クラーコフの写真に目をやった。

 自分の生きている時代の150年後に起こる奇跡が、自分の息をしているこの時の150年前に起きていた。それはどんな感覚だろう。

 

「……っへへ、みんな、これも見てたのかな。俺、ちょっとだけズルして、この目で見に来たんだぜ」

 

 この時代にはすでに老衰で他界しているであろう、ともに空を駆けた戦友たちに語り掛けるアスカ。

 感慨深げにガラスケースをなぞると振り向き、アスカは目元を緩める。

 

「……あんまり、驚かないんですね?」

 

 灯里が問いかけると、アスカは徐にポケットから丸めた月刊ウンディーネを取り出した。

 

「月刊ウンディーネに刊行日付書いてあったのだけ読めたからさ。それまでも色々怪しいと思ってたし……」

 

 意外にも落ち着いた顔で言ったあと、壁の時代解説の文章を読みあげる。

 

「『誰もが踏ん張った。“いつだって諦めないし、絶対に逃げもしない” この星で最初の奇跡を起こした、偉大な先人の言葉を信じて。』」

 

 アスカが読み上げたのは、メイン解説文の最期の一節。

 いい言葉ですねと続けようとした灯里が見上げたアスカは――一筋、涙を流した。

 一瞬の間があって、

 

「まさか……! じゃあ、これ……!?」

 

 灯里ははじかれたように口元を抑えると、アスカに体ごと向いた。

 手でその一文をなぞりながら、彼の視線はなんども灯里と展示物を往復した。

 未来そのものを網膜に刻み込む仕草が、雄弁に答えを物語っていた。

 

「誰かがこの言葉を伝えてくれたんだ……俺の信念、座右の銘を」

 

 アスカ自身の言葉が、300年後の時代に伝わっている。

 その言葉が、あるいはアクアを支えたのかもしれない。それが実った瞬間を、灯里はこの目で見た。

 その人とこの結果の時代に隣に立ち、アクアを見ている。ネオ・ヴェネツィアを案内した。

 

 それはなんという、摩訶不思議だろう。

 

 アクアの最初と今が灯里の隣に重なったよう奇跡そのものの巡り合わせが、アクアでの日々を灯里の中に去来させる。心臓の拍動とともにワンシーンずつ蘇るような刹那の旅。

 

「俺たちが戦い抜いたこの新天地(ネオフロンティア)に、俺たちが守ってきた誰かがあとに続いて……みんなが夢を信じて、諦めも逃げもしないで、光を、未来を掴んだ」

 

 アスカが胸に――そこに収められた()()()()に手をやって、叫ぶように、呟いた。

 

「……勇気がある限り、諦めない限り、夢は傍にある……必ず叶う……」

 

 アリア社長のアクアマリンの瞳が、二人を見つめていた。

 

「――世界は、終わらないんだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネオ・ヴェネツィアの空がわずかに赤みを帯びてきた。まるでウルトラマンティガがスカイタイプからパワータイプになろうとする一瞬の様だ。……と、ドキュメント映像で見た情報からアスカが例えた意味を、灯里は全くわからなかったが。

 

「じゃあ、アスカさんの頃にも過去から来た人がいたんですか?」

 

「7年前、怪獣ゴルドラスの仕業で大正時代からタイムスリップしてきた女学生がいたらしいって、ナカジマ隊員に聞いたことがある。詳しい説明はなかったけど、怪獣を倒したら元の時代に戻ったって記録されてるんだってさ」

 

 灯里とアスカとアリア社長とハネジローは火星開拓史博物館を出たあと、再び舟に乗っていた。目指すは『アスカさん未来をお見せしようコース』の終着点。

 舟を動かす間、二人はそれぞれのタイムスリップの所見を話す。

 

「えぇ!? タイムスリップしたことあるの!?」

 

「はひ。アリア社長に連れて行ってもらって。その時会った人は、猫は過去と未来をつなぐ動物だと言ってました」

 

 アスカは、アリア社長の一見間抜けな顔を穴が開くほど見つめた。眠ってしまったハネジローの頭をもちもちぽんぽんに乗せているので動けない社長は、珠のような汗をかいている。

 尻尾で助けをもとめるアリア社長に灯里は苦笑した。

 

「だから、アスカさんもきっと帰れますよ」

 

 え、とアスカは間抜け面。

 

「アスカさん、最初にハネジローくんを猫って例えたでしょう? それならハネジローくんは、アクアではきっと猫さんなんです。だから、ハネジローくんがアスカさんを連れて帰ってくれますよ」

 

 アスカは腕を組んで、眠りこけるハネジローを見つめた。

 

「ほんとかなぁ?」

 

「ほんとです」

 

 どうにも今一つ信用できないという様子でアスカが唸った。

 

「その経験があるから、灯里ちゃんは俺が過去の人だとわかっても帰れるかどうかは心配しなかったんだ?」

 

 オールが掻く波の光が白からピンクへ変わっていく。

 日が落ちてきた。時間的には灯里の予定ぴったりだ。

 

「そうですね……それも、ありますけど」

 

 アスカにはもしかしたら灯里の頬もこの波間と同じ色に見えたかもしれない。

 けれどそれはきっと落日の色だけではなくて。

 

「アクアに起こることは、起こった理由と終わり方がはっきりしてるように思うんです。来たのなら帰る。出会えたら別れて、ご縁があればまた会える。それがアクアなんですよ、多分」

 

 アスカは、ふーんと言うと舟に身を伸ばした。

 だらしない体勢の呟いきを聞いていたのは、波音に負けないアリア社長のお耳だけ。

 

「……なら、俺がここに来た理由……()()()()ここに来た理由は、なんだ……?」

 

 その水路は、舟三槽分程度の太さが長く続いていた。

 水路の両脇には緑が続く。日が高い内にみた街の景色とは異なるのどかな景観だ。アスカは場違いにも農村にたつ高速道路を思い浮かべた。

 横合いから差し込む光が弱まっていく様子がわかる。

 

 やがて舟は巨大な緑の金属の壁に差し掛かった。

 

「行き止まり? 到着?」

 

 なんでやねんとばかり、アリア社長が丸めた月刊ウンディーネをぽかっとアスカの頭に叩きつけた。実に器用な猫だ。

 一見行き止まりのようなその場所の脇、レンガ造りの家に背を向けて座るおじさんが一人。

 灯里はもはや顔馴染みの彼に声をかけた。

 

「おじさん、よろしくお願いします!」

 

 おじさんは、

 

「おうよ!」

 

 と威勢よく答えると、建物のなかに姿を消した。

 一拍おいて、緑の壁が口を開くようにゆっくりと持ち上がる。

 アスカはまたもぽかんとしている。

 

「カタパルトゲートみたいだな……」

 

 戦闘機乗り特有の感想は、壁の開く低い機械音に紛れて灯里には聞こえなかった。

 灯里は舟を緑の壁の奥に現れた水路に進め、舟が縦に三槽入れる程度でまた行き止まりになるその空間のちょうど中央に静止させる。

 アスカが首を傾げたところで灯里の背後の緑の壁がその身を下ろし、前後左右を壁で囲まれるようになった。まるで水路というよりは井戸である。

 

 灯里は「失礼します」とゴンドラの操舵席を辞し、アスカの正面に座った。

 なんでとアスカが聞くよりも早く、事態が起こる。

 

 アスカの前方の壁のはるか上方の切れ間から、漏れてくるように水が伝ってきたのだ。

 慌ててアスカは上を見て、顔をしかめた。

 舟三槽分の幅のある壁を全幅を濡らして下りてくる水は尋常な量ではない。

 いよいよ焦ったアスカは立ち上がってその場をぐるぐる回りだすが、四方を壁に囲まれて八方塞がりではなんともならない。

 そして灯里を見下ろしたアスカの口を先どって、灯里は言った。

 

「水攻めだ!」

 

「みずぜ、……あ、あれ?」

 

 言おうとしたことと一字一句同じことを言われたアスカが灯里を見ると、彼女はふるふると震えていた。……笑っている。

 漸くアスカは、これが危険でもなんでもないギミックなのだと気付いたようで、

 

「灯里ちゃぁん! 菩薩のアスカ様でも怒るぞ!!」

 

 と恥ずかし紛れに怒鳴った。閉じられた壁の中で声がガンガン反響する。

 

「わーひ、ひっかかったひっかかったー!」

 

「灯里ちゃん!!」

 

 気の抜けた顔で大成功!と主張する灯里にアスカは再度怒鳴るが、マイペース灯里にはなんのその。まあまあ、と座席を示す灯里にアスカはしぶしぶ従って席についた。

 灯里はお茶を手渡しながら説明した

 

「これは舟用の水上エレベーターなんです。密閉された中に注水して水面を上昇させ、舟ごと上の階に運ぶんですよ」

 

 アスカは悔しそうに口を尖らせた。

 

「紛らわしいんだよこれぇ!」

 

「そうですよね~。私も最初に来たときは水攻めだって慌てちゃって……アリシアさんにも笑われたな~」

 

 アスカと灯里は向かい合って茶を啜った。アリア社長はアスカの傍に、ハネジローが灯里の傍にいるのがなんだか対照的だ。

 コップ一杯をのみ終わったアスカは、辺りを見渡した。

 

「……遅くない?」

 

「30分かかりますからね~」

 

「長ぇ!!」

 

 

 

 その30分はのんびりと、しかし意外に早く流れていった。

 

 タイムスリップに類する灯里の体験した摩訶不思議な出来事や、それに関係あるんだかないんだかなアスカの思い出を、二人は時間を忘れて語り合っていた。

 

「猫の王国に猫のカフェか。そのキャットCってのはよっぽど灯里ちゃんのことが好きなんだな」

 

「ケットシーです。ネオ・ヴェネツィアの守護神、猫の王様。アスカさんにも会わせてあげたいですよ」

 

「俺の知ってる王様なんてロクなもんじゃなかったぜ。イシリスとかさ」

 

 四方を壁に囲まれて見るものもなく、ひたすら話すだけの退屈にもなりそうな30分を簡単に乗り切れることは、水先案内人としての水無灯里の稀有な話術を証明するかのようだった。

 ふと話の節に、アスカは問うた。

 

「灯里ちゃんは、ウルトラマンダイナって知ってるか?」

 

「はひ。私はそんなに詳しくは知らないんですが、全然知らない人なんていませんよ。この宇宙を守り抜いて戦った、無敵のヒーローだって、教科書に載っています」

 

「……そっか。ダイナのこと、詳しく知らないのか。それでも、俺に親切に……」

 

 なにか安心したようなアスカの言葉に、灯里がほへ?と首をかしげたとき。

 水が溢れ出る切れ間に水位が合流したところで水位の上昇が止まった。

 

 灯里は落ち着いて立ち上がると、舟の操舵席に戻ってオールを握りしめた。

 

「……この時代から見たら、もしかしたらダイナは無敵のヒーローなのかもしれない。俺たちの時代から見たウルトラマンティガがそうだったように。けどダイナだって、一人だけで無敵だったんじゃないんだ」

 

 アスカの言葉が扉を開いていくかのように、目の前壁が上に上がっていく。

 

「SUPERGUTSや、光になれるたくさんの仲間たち。皆がいて初めて、無敵だったのさ」

 

 開いた扉の向こうから溢れる光に、一瞬目が眩む。

 そして灯里とアスカは、茜色に染まった一本の水路を見つめていた。その茜色はまさしく。

 

「火星の色。俺たちが守って、みんなに託す。そしてみんなが少しずつ変えていく。俺たちの始まりの色だ」

 

 灯里はこくりと、喉をならして漕ぎ出した。

 これがきっと最後のご案内。これが終われば、愛しい仲間たちの胸のなかへとアスカは帰っていくのだろう。この温かく、アクア色になる前の、懐かしい火星色の光に包まれながら。

 

 

 

「この水路は、水先案内人業界では両手袋(ペア)から片手袋(シングル)への昇格試験に使われています。この通り狭い水路で水先案内人のオールさばきを見るのですが、試験のときには上手くオールをさばかないとすり抜けられないような大型船(ヴァポレット)とすれ違う時間帯を狙って来るんです」

 

 30分もエレベーターで登っただけあって、その水路はかなりの高度にあった。

 左手には絶壁と下方に森。右手には草原と森。

 シンプルなその光景は、灯里がオールを一漕ぎするごとに刻々と姿を変えていく。右手の森はやがて失せ、なだらかな芝生へ。左手の森はベールを脱ぐように頂点の高度を下げ、空の彩に始まり徐々に絶景を顕していく。

 その全てが夕日の照らす火星色に染まった光景を、アスカは食い入るように見つめていた。

 

「ヴァポレットを上手くすり抜けて辿り着くここで、私たちは試験官に、手袋を片方、外してもらうんです」

 

 やがて灯里の舟は立ち止まった。

 右手には芝生と何台も立ち並ぶ風車。

 左手には――

 

 

 

「手袋のなくなって少し夢に近づいたその手と指の間から、大好きなネオ・ヴェネツィアを一望できる場所。この丘を私たち水先案内人は、

 

 『希望の丘』と、呼んでいます」

 

 

 

「希望の……丘」

 

 アスカは思わず腰を浮かせて呟いた。TPC火星基地から見下ろした景色と同等に感じられる高さと傾斜。見慣れた茜色に染まっているからこそ、その光景はかえって雄弁にこの星のあり方を物語っていた。

 

 かつてアスカの時代の火星には、岩と土と砂と、人間が無理矢理持ち込んだ機械しかなかった。植物栽培と大気改造が少し軌道に乗り始めただけの世界。赤く照らされて毒々しいほどだったあの無機質な星。行くたびに怪獣が出て、空を飛んで、命を落としかけて。それでも夢と希望とロマンを乗せて、また飛んだ。

 その赤い星にはまだ、みんなで共有するたった一つの剥き出しの夢しか乗っていなかった。それが、ネオフロンティア。

 

「同じ色に照らしても、こんなに違うんだな」

 

 照らし出された眼下の景観には海がある。水面に夕日を写してキラキラ輝くネオ・アドリア海。たくさんの島に、たくさんの町や植物が、なにに脅かされるわけでもなく平和に暮らしている。無理矢理機械で保全した基地施設ではなく、有機物にあふれた家に人が住み、皆が当たり前に家族を、友を、愛しい人をもっている。

 この赤く照らされる青い星には、この星の上で実現させるべき、一人一人違う数多の夢が当たり前のように育まれている。それが、ネオ・ヴェネツィア。

 

 それが未来()火星(アクア)

 

 アクア色に染まる優しい世界は、火星色に染まったネオフロンティアスピリッツの先に目指した、輝ける希望そのもの。

 

 それを臨むこの丘は、アスカにとっても、まさに“希望の丘”であった。

 

 

 

 

 灯里とアスカは舟を降り、右手側の風車を背にした芝生に腰を落ち着けていた。

 片膝を立てて座るアスカと、膝を抱えるように隣に座る灯里。

 

「もしかしたらって、思ってたことがあったんだ。俺たちは、ただの堂々巡りをしてるだけなんじゃないかって」

 

 鮮やかに照らされるネオ・ヴェネツィアを眺めて言うアスカを、灯里は見つめている。

 

「人間が宇宙に挑む試合(ゲーム)はまだ一回の表、始まったばかり。グラウンドにいる守備は俺たちSUPERGUTS。

 けど、俺がマウンドでどれだけいいピッチングをして、みんながどんなにスーパーセーブを続けても、夢を奪って町を壊す奴らにはアウト何回かなんて関係ないんじゃないか。俺たちにはチェンジなんかないんじゃないか。

 ……人間に()なんて来ないんじゃないかって」

 

 そこでアスカは酸素ボンベのものではない、自然に漂う空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 頬を撫でる優しい風。300年という時を運ぶ風には、潮と草の匂い。

 

「でも違った。いつかは攻守交替がくるんだ」

 

 上体を反らせて空を見上げる。夕焼けの空だけ見れば、アクアも火星と変わらない。この先の宇宙にも、300年前と変わらない星空があるんだろう。

 そう思ったアスカの視界の空を、V字編隊を組んだ鳥たちが飛び去って行く。

 まるで、アクアそのものが笑って「空だって変わったよ」と教えているような光景に、アスカは微笑んだ。

 もうこの空にも、数えきれないほどの命があるのだ。

 

「俺たちが均したグラウンドで、数えきれない人たちが打順を繋げて。空振りやフライやゴロを、数えきれないほど繰り返して。たまには、スリーアウトだってあったかもしれない。それでも少しずつヒットやホームランを重ねて」

 

 言いながら上体を戻し、ありもしないバットを座ったまま握る手。

 腕だけで素振りをしては、またありもしないボールを目で追って灯里や背後や空に首をひねる。

 

「そうして積み重ねた得点が、今のこの星なんだ」

 

 まだ見ぬ後続打者たちを仰いでバットを振っていた青年は、やがて少女にその空気のバットを突き出し、ほいっと投げ渡す仕草。

 アスカの言葉に深く耳を傾けていた灯里は虚を突かれ、思わずそれを受けとる仕草をした――

 

「と、打順は今も続いてる。今、打席にいるのは……」

 

 アクアの夕焼けに染まった顔をあげた。

 視線の先に、火星色の満足げな微笑みがあった。

 

 この星という打席でバットを振ってきた人々。打順。そして、次の打者は。

 

 灯里が何の気なく受け取った透明の()()

 実際にはそこにはなにもない。重さも感触もないただの空。

 なのに()()には、今は心地よい重みとほのかな温かさが、確かに感じられた。

 

 アスカは芝生に寝転がって気持ちよさそうに目を閉じる。

 灯里も目を閉じた。胸と手と瞼の裏に、抱きしめた()()からじんわりと膨らむ暖かさを感じる。

 

 後輩水先案内人が先輩水先案内人にひとつ認められる場所。

 後輩が先輩にひとつ近付く場所。

 夢の未来にひとつ近づく場所。

 

 アスカたちから受け継がれてきた大切なこの星で。先輩水先案内人たちが立ち継いできたこの場所で。

 現代を生きるみんな(後輩)が、今まさにこの星の受け継ぎ手として、アスカ(先輩)から認められたのだ。

 

 灯里は()()を握りしめた手を見つめた。

 

「グランマ、アリシアさん、そして私。……素敵な、好打順ですね」

 

 見つめながら、少しずつ、顔全体から喜びが染み出すように、笑顔に変わっていく。

 

「アスカさん。私の大好きなアクアは、あなたたちのおかげで、大好きになれる星になりました」

 

 夕陽の影に強調されたその笑顔は、アスカが思わず顔をそらすほどの美しさ。

 

「ありがとう、ございました」

 

 まるで、光そのもののようだった。

 

 

 

 

 

 アスカはしばしそのままでいたが……やがて脚を振り上げて、振り子の要領で跳ね起きた。

 

「折角だからさ、聞かせてくれよ。灯里ちゃんの舟謳(カンツォーネ)

 

「えー?!」

 

 突然せがまれて灯里は仰天した。

 いつも一緒に練習している二人とアリシア、アリア社長以外に舟謳を披露したことはない水無灯里。正直、こればかりは上達をあまり実感しないので恥ずかしいのだが……。

 

「でも、オールさばきとかお話と違ってあんまり上手くなった感じがしないので……」

 

「いいじゃんいいじゃん。なにごとも練習練習! 俺は臨時指導員だから、そういうのも指導するぜ!」

 

 既に期待顔のアスカに、灯里は頬を火星色に染める。

 

 プリマになれば必ず機会が巡ってくることだ。一応、アスカは臨時指導員ということになっているし、日頃の練習の成果を見せるとき……なのか?

 ……やがて灯里は立ち上がった。芝生を回り込み、アスカの正面にたつ。

 

「なにごとも練習、ですよね! 水無灯里、歌います! よろしくご審査のほど、お願い致します!」

 

「ラジャー!」

 

 親指を立てた拳を突き出す、任せろのサイン。

 

「……その、ラジャーってなんですか?」

 

「SUPERGUTSの『了解』っていう合図さ。では歌っていただきましょう、ミズナシ・アカリさんで! ……えー、どうぞ!!」

 

 灯里はつとめて気を落ち着かせ、大きく深呼吸。

 この大好きな星と街と、この場所に積み重なってきた先輩たちの夢と汗と努力、そして希望のエネルギーをもらう。

 

 集めたエネルギーを、体内に充実させる瞬間。

 灯里のなかに渦巻き輝き、心の中にあふれる大切な想いが口を突いて出るのに任せて。

 

 灯里は口ずさむように謳った。

 

 この星で見つけた時間と季節の、雨と虹の歌。

 この街のあたたかな優しさを込めた、秘密のメロディーに乗せて。

 

 愛するアクアを、ネオ・ヴェネツィアをアスカがもっと好きになるように。素敵なこの星をもっと素敵に思えるように。灯里が思うのと同じくらい、この街を想えるように。

 アスカの未来への想いが少しでも長く、強く前向きになるように。この平和な星を胸のなかに刻み込めるように。

 そして、愛するみんなにも届かせるように。

 

 それは、歌としてはアテナ・グローリィの圧倒的なものとはとても並べない。アリシア・フローレンスや晃・E・フェラーリのそれにも遠く及ばない。それどころかアリス・キャロルにさえ水を空けられているだろう。

 

 それでもアスカはこの歌を、この光景を忘れない。

 

 夕陽と夕闇の狭間……流れる時の区切りの色のネオ・ヴェネツィアを背負い、アスカに想いを届けるその妖精は、この世界に迎える新時代(ネオフロンティア)

 

 火星色の――アクアという星に瞬く黄昏色の光を全身から放つように謳う愛し子は、この世界に現れた新しい光そのものだった。

 

 

(この星は俺たちの守備を超えた星。俺たちの夢を超えた、()()()()()()か)

 

 

 このウルトラの(超えていく)星を、自分が生きる時代で確かに信じられたとき。そのとき初めて、本当の平和がこの世界に訪れると心から信じられる。

 

 鮮やかな確信が胸の中心に青く刻まれるのをアスカは感じていた。

 

 その、遥かなる蒼い(アクアマリンの)旋律のなかで。

 

 

 

 

 

「ぱむぱむっ。ぱむぱむっ」

 

 灯里の謳の余韻が疾風(かぜ)になったとき、ハネジローが目を覚ました。

 飛翔する小さな背中を挟んで、灯里とアスカは視線を交わした。

 

 ()()()()が来た。

 

 一瞬、名残惜しげな色をアスカの瞳にみた気がしたが……やがてアスカは、宙を舞うハネジローと地を進むアリア社長について歩き出した。

 

 丸一日、ネオ・ヴェネツィアの水路を渡った旅の最後が陸路というのは奇妙な気分だった。アリア社長に誘われるように歩くこの道行きこそが、ネオ・ヴェネツィアがアスカに告げる別れの挨拶のようで……なぜか、切ない気持ち。

 

 子猫のように肩をすくめて、黄昏の夕陽のなかをただ歩く。

 アクアの色と火星の色を混ぜ合わせた海の色が、二つの時間の混ざる時を教えているような。

 

 やがて旅路は終わりを迎えた。

 

 アリア社長とハネジローが、一際小高いところに立つ風車の前で待っていた。

 風車の中に入るための扉が少しだけ開いている。

 

 その先に何があるのか、灯里はわかった。

 

「……ほんとにお前が連れて来て、お前が連れて帰ってくれるんだな。ハネジロー」

 

「ぱぁむぅ」

 

 アスカを先導するように、ハネジローは扉の中に滑り込んでいく。

 アスカは灯里に振り返った。

 

「これ、持って帰っていいと思うか?」

 

 その手には紙袋。

 今日、灯里と過ごした証があった。

 

 アリスからもらったアテナのCD。

 舟から落っこちて、灯里の舟で乾かしてもまだ湿っぽい、アスカの私服。

 晃からもらったネオ・ヴェネツィア観光ガイドブック。

 郵便屋のおじさんからもらった便箋と封筒。

 ネオ・ヴェネツィアの模型を作っているおじさんからもらった失敗作の歪んだ模型。

 本屋のおばさんからもらった落丁のある月刊ウンディーネ。

 

 今アスカが着ている服も、藍華に奢ってもらった(給料から天引きなので結果的にそういうことになる)ものだ。

 

 それはアスカにとって、未来の証明となるもの。

 それを見て読んで聞くだけで、アスカは思い出せるだろう。

 灯里とともに見た、キラキラ輝いて眩しいばかりの未来を。

 はるかに続いていく明日を愛しく思える、胸一杯ではおさまりきらないかけがえのないものを。

 

 だがそれはタイムパラドックスを招くかもしれない。アスカがこれを持っていったがために、この輝く未来が消えてしまうかもしれない。

 

 そう危惧するアスカに、灯里はなんでもないように言った。

 

「ダメなら、彼がそう言うと思います。彼に聞いてみてください」

 

 彼?とアスカが聞き返したとき。

 

 ぎぎぎ、と扉が開き――

 

 ――黄金色に光輝く大理石の小回廊と階段。

 

 ――見渡す限りの猫、猫、猫。そのアクアマリンの瞳。

 

 ――そして灯里の身の丈の倍はあろうかという、二足歩行でチョッキとタイと紳士帽を身に着けた巨大猫。

 

 あんぐりと口を開けるアスカとその後ろの灯里に、巨大猫は紳士の礼をとった。

 灯里は嬉しげに、

 

猫妖精(ケット・シー)さん、こんばんは。……きっと今日は、会えると思ってました」

 

 と、頭を下げる。

 

 彼が現れると分かりきっていたような、というか慣れ親しんだ灯里の様子に、アスカはますます顎を落とした。

 

「……猫の王様……っていうかどう見ても中型怪じゅ」

 

 失礼千万を呟きかけたアスカに、ケットシーの背後から飛び出してきたハネジローが頭突きをかます。

 

 ケットシーは道を空けると、扉の中に誘う仕種をする。

 と同時にアリア社長が灯里とアスカの間に入り、灯里に背を向けた。

 

「やっぱり、私はダメなんですね」

 

 アリア社長の背中とケットシーに寂しげに呟いたあと、灯里はアスカに向き直った。

 

「アスカさん、私がご一緒できるのはここまでみたいです。一日、お疲れさまでした。

 

 ――ネオ・ヴェネツィアを、満喫していただけましたか?」

 

 灯里の真剣な眼差しがアスカに注がれる。

 一瞬目を丸くしたアスカは、わざとらしく腰に手をやり宙を仰ぐ。

 

「そうだなぁ。臨時指導員から言わせると……」

 

 灯里の顔に緊張が走り、ぎゅっと制服を握る。

 

「話しは面白かったし、観光案内も丁寧だったし、舟謳も響いた。操縦は安定してたけど、途中遅くなったり他の舟にぶつかって俺を落っことしたりしたよな」

 

 指折り数えて、アスカは。

 

「……でも。

 

 凄く、楽しかった」

 

 アスカは、太陽のように笑った。

 

「最高の休暇だったぜ! きっと灯里ちゃんはいいプリマになれる。なにせ、このアスカ様を満足させたからな!」

 

 灯里もいつものように、花が開くように笑った。

 どうやら灯里は果たせたのだ。水先案内人として、そしてアクアに住むものとして。アスカに、ネオフロンティアの人に示すべきものを示せたのだと思った。

 そんな灯里に、アスカは言った。

 

「だから必ず飛ばせよ、最高のホームラン。開拓基地から回ってきた打順なんだ。君の夢っていうバットの芯で捉えて、場外までかっとばしてやれ! ……応援、してるぜ」

 

 そしてアスカは光を放つ風車に向かった。

 その扉の先にあるのは、()()踏み込んではいけない世界。

 だから

 

「そのために俺たちは、守ってみせるさ……!」

 

 アスカは胸に手をやると、茶色く透き通った鉱石のようなものを取り出し、握りしめた。

 そして。

 

 

 

「ダイナァァ―――――ッ!!」

 

 

 

 握り込んだ腕を空へ掲げると、その鉱石――『リーフラッシャー』が夕闇を稲妻のように貫く光を放つ。

 あまりの眩さにとっさに手をかざして目を庇う灯里。一方、猫ながら単なる猫目にはならない火星猫アリア社長とケットシーは、そのアクアマリンの瞳のなかに全てを捉えていた。

 

 吹き出すような白い光に包まれたアスカの体が、光のなかへ溶けるように消えていく。やがて渦巻く光の中心から、雄々しく片手をあげて立ち上がるように新たな人型が現れる。

 

 強烈な輝きが収まり、灯里が目を開いたときそこにいたのは。

 

 赤と青と銀の体に金のライン。雄々しく尖った頭頂と、額に輝くクリスタル。白く輝く瞳と、青く煌めく胸の宝玉(アクアマリン)

 

 新たな挑戦の(ネオフロンティア)時代に迎えた新たな脅威に立ち向かう、新たなる光。

 

 生きようとする人々に降り注ぐ、火星に起きた最初の奇跡。

 

 情熱の爆発(ダイナマイト)

 

 夢への積極性(ダイナミック)

 

 未来への力を産むもの(ダイナモ)

 

 その名は、

 

 

 

「ウルトラマン……ダイナ……」

 

 

 

 300年前に人々を守り、去っていった英雄が、灯里の目の前にいたのだった。

 

「アスカ……さん……?」

 

 等身大サイズのダイナがその声に応え肩越しに振り返ったことで、灯里は確信した。

 

 ダイナは、灯里に悠然と頷いてみせた。

 

 そして光を放つ扉へと向き直り、猫の世界――過去と未来を結ぶ世界へ歩んでいく。人では踏み込めない世界へ踏み込む、人を超えた者(ウルトラマン)

 ケットシーははっきりとダイナに最敬礼をとり、道を空けた。

 

 アスカは帰っていく。

 

 灯里の胸にかけがえないものを残して。

 

 はるかに続いていく明日へ。この夕闇を越えた夜の先へ。抱き締めるような、新しい日溜まりの朝へ。

 

 そのとき頬をこぼれ落ちた一粒の涙が、灯里の叫びに変わったのかもしれない。

 

「アスカさん!!」

 

 ダイナはぴくりと足を止めた。

 

「また、いらしてください! そしてぜひ、またネオ・ヴェネツィアを観てください! 今度は姫屋でも、オレンジぷらねっとでも!」

 

 ダイナはゆっくりと振り返り、星を散りばめたような光の眼差しで灯里を捉えた。

 

「そのときご案内するのは、アリシアさんや晃さんやアテナさんかもしれませんし、プリマになった私やアリスちゃんや藍華ちゃんかもしれません。もしかしたら私の次のバッター……弟子の水先案内人しれません。けれど、」

 

 ダイナの顔は、いつも変わらない。アスカの表情が、わからない。

 

「あなたたちの夢を受け継ぐ私たちが、ネオ・ヴェネツィアを、アクアを、もっともっとご案内します! だから!」

 

 だからこそ灯里は精一杯の笑顔で言った。

 

「また、素敵な時間を、ご一緒しましょう!」

 

 夕闇深まるなかでダイナの瞳と胸の宝玉の煌めきと、その背後の光あふれる空間が灯里を照らし出す。

 なぜこんなに自分の胸がいっぱいなのかわからなかった。会うべきでなかったものが会い、会わざるべき本来のかたちに帰っていくだけなのに。

 あるいはダイナの顔が硬質だからかもしれない。アスカが二度と会えないところへ行こうとしていることと、表情豊かだったアスカの顔がダイナの顔のかたちに固まってしまったこととが合わさって、灯里の心を揺るがしているのかも知れない。

 

 しばし、ダイナと灯里は見つめあっていた。

 

 やがて、

 

『ラジャー!』

 

 脳裏に響いた声は、思い出したものか、ダイナのテレパシーか。

 ダイナは――アスカは、サムズアップをしていた。

 

 親指を立てた拳を突き出す、任せろのサイン。

 

 灯里は感極まるあまり今にも倒れそうな体を、水先案内人の矜持にかけて堪え、頭を深々と下げた。

 

「ありがとう、ございました!」

 

 一日、一緒に過ごしてくれて。

 

 『ARIAカンパニー』を御利用いただいて。

 

 ネオ・ヴェネツィアを認めてくれて。

 

 アクアを、守ってくれて。

 

 

 

 下へ向いた視界のなかで、足元を照らす光が徐々に大きくなる。

 然る後、逆再生のように小さくなってしまう。

 

 そう、帰るべき場所へと光が消えていく。

 灯里はまるで見ているかのように、この宇宙から再び去っていくダイナの背中を感じている。

 

 

 やがて扉が閉じる音とともに、あたりは夜の闇に包まれた。

 水路の脇に立っていた外灯の灯りはこの奥まった場所には頼りなく、むしろ不気味さを後押しするようだ。

 

 でも。

 

 灯里は顔をあげた。

 

 なにも怖くはない。光は消えたりしない。

 後ろからすこしだけ照らされるものこそ、先人たちの灯してきた光なのだから。

 悠久を受け継がれてきた光がそこに。そして今、灯里たちの中に。それは、遠く続く未来へと向かうもの。

 

 だから、受け継いだものに、今あるものを継ぎ足して。

 灯里たち自身が照らす光で、その未来を創り出していこう。

 

 

 アリア社長が、ぷいにゅうと鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その夜、もう寝ようとしてた頃に()()()()()()()()()()()きました。

 実はお昼に私たちが追いかけてたハネジローくんと、藍華ちゃんの舟に朝からずっと乗ってたハネジローくんは別の子で、私たちが追いかけてた方のハネジローくんはアスカさんのハネジローくんの子孫だったみたいです』

 

 ARIAカンパニーの三階の見習い用宿泊部屋に下宿している灯里は、ベッドで寝入っていた。

 

「パムゥ……パム……」

 

「ぷぅいにゅ……ぷぅいちゅ」

 

 灯里のベッドではアリア社長と、ハネジローそっくりの彼の子孫が寝ている。

 

『ハネジローくんの子孫は固い箱を持っていました。その箱のSUPERGUTSのエンブレムを押したら、中からたくさんの手紙とSUPERGUTSのみなさんのサインボールが。』

 

 ベッドサイドの机には金属の箱と、小山のようになった手紙が開いて散らばっている。

 箱の中には、ところ狭しとサインの書き込まれた硬式野球ボールが月明かりに照らされて見える。

 ひっくり返して全体を確認すれば、漢字仮名書体や流れ字続け字など様々に書かれたサインが、

 

 アスカ・シン

 ヒビキ・ゴウスケ

 コウダ・トシユキ

 カリヤ・コウヘイ

 ナカジマ・ツトム

 ユミムラ・リョウ

 ミドリカワ・マイ

 フカミ・コウキ

 ミヤタ・セイジ

 シイナ・サエコ

 ゴンドウ・キハチ

 

 と読めるはずだ。

 勿論、その名前のなかの4つはSUPERGUTSのメンバーではないなんて灯里は知らないけれど。

 

『その中の一つは今日、郵便屋のおじさんがアスカさんにあげた封筒と便箋……アスカさんからの手紙でした。そこにはお代の代わりにこのサインボールを使ってくれって書いてあって。勿論、そんなことしません。大切に飾っておきます。』

 

 開かれたなかで一番しわしわな手紙には、一番読みにくいけれど元気な字で、こう書かれている。

 

【よっ、灯里ちゃん。アスカです。

 これを君が読んでるのなら、俺たちの夢は、やっぱりちゃんと君に届くってことなんだな。

 

 ネオ・ヴェネツィア観光、改めて楽しかったよ。今でもあの水路や希望の丘を夢にみるくらいだ。本当にありがとう。思い出すだけでじゃがバターやくるみパンやピザが食べたくなってきて参るぜ。

 時々、俺がアクアに行った理由ってやつを考えることがある。最初は未来を見たり聞いたりして戦う理由をもっとはっきりさせるため、とか難しいことを考えてた。けど、最近は、単に火星が俺にいい休暇をくれただけなんじゃないかって思ったりするんだ。それくらい、ストレートに楽しかった。

 

 仲間たちには最初は内緒にしときたかったんだけど、あっさりバレちまった。

 帰ったあと、俺は定時連絡を一日無視して失踪してたことになってて、隊長にどやされてたんだ。その間に勝手にマイがアテナさんのCDを聞いてて、あれよあれよという間に、ネオ・ヴェネツィアでもらった服の繊維の遺伝情報がこの時代には存在しないこととか、俺が休暇の一日、太陽系にいなかったこととかがバレちまった。GUTSの先輩が作ったアカシックレコードっていう検索システムはヤバイぜ。

 宇宙人の化けた偽者かもとか疑われたから仕方なく説明したら、却ってこってりしぼられて、俺しか知らないことを色々と聞かれて、やっと信じてもらえたと思ったら今度はSUPERGUTSの隊員が年下の女の子にタダ乗りさせてもらった上に散々奢ってもらうとは何事だ!ってまたどやされた。トホホ。

 

 それでお代だけでもなんとかタイムカプセルにして払えないかってなったんだけど、物価とか相場とかがわからないから、フカミ総監の提案で俺たち全員のサインボールを送ることにした。これなら300年後には高い価値が出るらしい。

 火星にタイムカプセルを埋める方法を色々考えたけど、結局水に沈むんじゃどうしようもないから、俺の子孫に渡していくことにした。人間の夢っていうバットと一緒にこのボールを受け継いでいけば、最後には君に届くと思う。そう信じて、この手紙を書いてる。

 

 多分、子孫越しになるけど、また会おうぜ!

 

     SUPERGUTS隊員(エース) アスカ・シン】

 

『アスカさん……ウルトラマンダイナは遠くの宇宙に去っていったって勉強したけど、本当はブラックホールに飲み込まれてしまったらしいです。それから15年後に、SUPERGUTS隊員のみなさんが無事を確認したそうだけど、本当は私、どうしたらよかったのかな……』

 

 アスカ・シンの手紙の横に開かれていたのは、和紙に墨で書かれた、やたらと厳つい手紙である。

 

【前略。

 

 お初にお目にかかります。私はTPC総監、ヒビキ・ゴウスケと申します。

 この手紙は、ミズナシ・アカリさんが読んでいると思い、書いています。

 その節は、部下のアスカ・シンが大変、お世話になりました。何分無鉄砲で考えなしですから、ご迷惑をお掛けしたことでしょう。ことに、タダ乗りなんぞもってのほかとよく灸を据えておきました。

 また、未来に関する明るい情報を、あなたが緊張と使命感に負けず、しっかりとアスカに与えてくれたことは、感謝の念に堪えません。おかげさまで私どもは、より一層高い意識のもと、職務に邁進できます。

 アスカはあれ以来、以前にも増して元気になっており、端から見てもそれはそれはいい休暇だったのだと分かりました。あなたは如何お過ごしでしょうか。奴との出会いがあなたにとってよい経験となり、あなたの夢に花を添えていることを願います。

 

 さて、我々がきちんと記録を残し、後世の歴史家がそれをしっかりと読み取ってくれていれば、アスカ・シンがウルトラマンダイナだと、あなたには伝わっているはずです。もし、アスカがもっと遠くの宇宙に迷子になった先行したことまで伝わっていれば、それは事実だと申し上げておきます。先日、その無事を確認いたしましたが、子孫を作って手紙とボールを託す前にアスカがこの宇宙にいなくなってしまったこともまた、事実であります。

 このサインボールと手紙は、彼の私室から私が発見したものです。あえてTPCの保管庫ではなく、人の手を介することを選んだ彼の意思を汲み、私が娘に託すことにしました。

 必ずや、私のこの血が責任をもって、あなたの手元に届かせてみせましょう。お任せください!

 

 それでは、あなたの健康とますますのご活躍を祈って。

 

 敬具

 

 西暦2035年7月6日

   TPC総監・元SUPERGUTS隊長 ヒビキ・ゴウスケ】

 

 その手紙を守っていた包み紙には、やはり力強い墨の筆致で宛名の代わりにこう書かれている。

 

  未来のすべての後輩たちへ

 

     夢を信じられる限り、光はそこにある

 

『ヒビキさんのあとは、娘さん、お孫さんまで続いたあと、その従兄さん、その息子さん、その上司さん、そのあともずっと続いて。最後の“友人”からのメッセージは、お手紙じゃなくてハネジローくんの子孫のおでこからホログラムで再生されてびっくりしました。』

 

 寝ぼけたアリア社長がハネジローの子孫の額を小突くと、デスクに散らばる手紙の山の上に半透明な映像が投影され、異星人の姿が浮かび上がった。

 青年の声が聞こえ、灯里は跳ね起きて、ぼんやりとそれを見つめた。

 

【私は、ファビラス星人。名はアルマンだ。

 このメッセージは人間・ミズナシ・アカリに伝わっているだろうか? 我々の先祖が君たちの先祖と友情を誓い、平和の守護神ムーキットの導きにより新たな希望を獲得した記念すべきあの年より280年以上が経った。

 数年前、私個人の友に託された約束の時がやってきた。アスカ・シンから受け継がれてきたこの箱を、ついに届けるべき人へ届ける時が来たようだ。そこで私は地球人とファビラス星人を結んだ初代ムーキット・ハネジローに験を担ぎ、その直系の13代目ハネジローにこれを託すこととした。

 この箱には少し私が手を加え、13代目ハネジローが君とアスカ・シンを見止めるとロックが解除され、その上でSUPERGUTSの紋様を押し込むことで開く構造にした。君がこのメッセージを受け取り、ここに積み重なった夢と歴史を正しく受け止めてくれることを切に願う。

 

 この箱に名を連ねた者たちのなかで、歴史に名を残し、顔と名前が後生にまで伝わっているのはアスカ・シンとヒビキ・ゴウスケくらいだろう。だからこそ、顔も知らない先人から顔も知らない君へと繋げるこの打順が、誰一人の例外さえもなく続けてこられたことに胸を打たれる。そして私に最も重要な役割が、つまり君へバッターボックスを空け渡す役割が託されたことが、この上もなく誇らしい。

 ありがとう、ミズナシ・アカリ。きっと、このボールにメッセージを添えてきた私たちは皆、君という未来とアスカ・シンという過去に結ばれた絆の光の中に立ち、満たされ、支えられてきた。健やかな日にもいつか迷う日にも、この輝きが道を、夢を照らし出してくれていた。さながらこの箱は、時を超えた心の光の遺産なのだ。

 そしてどうか君もまた、誰かに光の打順を託す者であってほしいと私も願っている。

 

 さて、その箱が開くと光波が発信される。我々がそれをキャッチし13代目ハネジローを迎えにいく手はずとなっているが、それには恐らく一週間はかかる。その間あなたに彼を預かっておいてほしい。好き嫌いと人見知りは激しいが、いい子だ――】

 

 そこで13代目ハネジローが寝返りをうって額がベッドに隠れてしまい、メッセージの再生が止まってしまった。

 灯里は目を擦ると、月を見上げた。

 

『そうやって、私にこのサインボールと手紙が届きました。

 

 ねえ、アイちゃん? 想いは、時を越えるって話をしたでしょう? でもそれは、ただ越えるだけじゃないんだよ。

 

 それは数えきれないほどの人の手に受け継がれて、ゆっくりと時を越えていくの。

 火星がアクアに受け継がれるように。

 アクアの季節が受け継がれるように。

 私がアガサさんの手紙を受け継いで、届けたように。

 ARIAカンパニーが、グランマからアリシアさんに受け継がれるように。

 そしていつか、私が受け継ぐように。

 

 私たちはみんな、人の想いっていう光を継ぐ者なんだ』

 

 

 

 再び枕に伏した灯里を、『ARIAカンパニー』を、月明かりが照らされている。

 

 水面に写る白く丸い月の像は、まるで光の巨人の輝く瞳。ウルトラの光に似て。

 

 あたかも、ネオフロンティアから世代を越えて人々の心に宿り、その未来を見守り支える夢への熱い心(ネオフロンティア・スピリッツ)そのもののように。

 

 

 

『わぁ、灯里さん、そのサインボール、素敵。

 

 夢や想いや希望がぐるぐる回って時代を越えるのは、みんなが順々に受け継いで次に進めていくからなんだね。

 

 私、なんだかウルトラマンダイナはもう一回アクアに来てくれるような気がするよ。

 灯里さんが教えてくれる素敵は全部、もう一回見てみたい、聞いてみたいって思っちゃうもの。

 

 そのときアスカさんにネオ・ヴェネツィアを案内するのは、灯里さんの次のバッターさんかもしれないね。

 どんな人なのかなぁ』

 

 

 

 光は、アクアを照らし続けている。

 

 

 

  A.D.2301. inherited A.D.2017.

 




♪ エンディングテーマ『夏待ち』 ~

























以上を余韻といたしまして、ウルトラマンダイナとARIAのキワモノクロスオーバーをお送りいたしました。

なおエンディングテーマは『Rainbow』か『SHININ' ON LOVE』でも可。

さて、火星開拓、夢、継ぐ者、"ア"スカ・シン、だけで発想したものですが、いかがでしたでしょうか。

正直、ウルトラマン以外ではBlu-rayほしいと思ったのは初めてってくらいハマったARIA。
時系列的にはThe NATURALの藍華断髪前くらいを想定してますが、どうでしょうね。もうちょっと灯里が未熟な頃の方がいいかな?
一話前書きはアニメのアバントークのつもりだったのですが、今見るとちょっと寒いので下げました。一番下に載せておきます。

あらすじの通り、両作は継承の物語(のはず)。
灯里はアクアを舞台に様々な想いを繋ぎ、アリシアのオールとゴンドラをも継いで、アイに継がせていく。
アスカは火星を舞台に光を継ぐ者となり、父の挑戦を継ぎ、最後には自身が人の目指す明日の光となる。
両作を直列に並べれば、そういう継承のストーリーとして響き合っているように思えました。

ちなみに、アクアを守るヒーローになる!とか言ってた時代の暁はSUPERGUTS・Aquaに入るのが夢だったとか、サン・ミケーレの黒い噂の君の正体はキリエルの神に生け贄を捧げるキリエロイドIIIだったとか、そういうネタも考えてましたがお蔵入りに。
あとヒビキ隊長は名前が"あ"じゃないのに手紙まで出てきましたけど、異名が「TPCの荒鷲("ア"ラワシ)」なのでセーフということで(いや別にARIAだって必ず例外なく"あ"じゃないといけないってわけでもないですけども)。

では、またどこかで。




↓アニメ冒頭のアバントークのつもりだったもの↓

藍華 「水先案内人たる者、アクアの歴史には詳しくないとね!」
灯里 「私、歴史、好きだよ。それを勉強すると、大昔の人とも時間を越えて出会えるような気がして」
藍華 「はぁい早速、恥ずかしい台詞、禁止ー」
灯里 「えー」
アリス「でも、灯里先輩は、この星がアクアって呼ばれるようになってからのことばかり勉強してる気がします。例えばネオフロンティア時代とか、知ってますか?」
灯里 「ほへ?」
藍華 「その頃はこの星を火星って呼んでたのよね」
アリス「水の星の前が火の星だなんて、でっかい不思議です」
灯里 「きっと、新天地を目指して宇宙に飛び出した人たちの熱い情熱が、火みたいにこの星を覆ってたんだよ」
藍華 「またまた恥ずかしい台詞、禁止ー!」
灯里 「えーー!」

???「ちゃんと勉強してれば、俺のこともすぐ分かるはずだぜ!」

三人 「「「……どなた!?」」」


オープニングテーマ『ユーフォリア』


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