赤き弓兵と科学の空 (何故鳴く鴉)
しおりを挟む

ある召喚の話~召喚

男の話をしよう

 

 

 

少年時代、男は一度全てを失った。

 

それまでの喜びも、哀しみも、夢も、笑顔も、両親も、友人も。

なにもかもを一瞬にして焼き払われた。

 

 

 

 

少年には、夢があった。

 

「正義の味方になる」

 

死す運命を変えてくれた養父。

空っぽになった自分に話してくれたその夢を、少年は真っ直ぐに引き継いでしまった。

 

 

 

 

少年には、出会いが会った。

 

姉のように身近にいた黄色、妹のように思っていた桜色、そのどちらともつかない無邪気な銀色、師のように支えてくれた赤。

 

数々の色との出会いの中、何よりも鮮明に覚えていたのは月光を背にした青。

一度きりの短い逢瀬で、共に歩み、戦い、ぶつかり、そして深く愛した色だった。

 

 

 

 

 

そして少年は青年へと姿を変えた。

 

青年は夢を追っていた。

放たれた飛矢のようにひたすらに真っ直ぐに、振るわれた剣の軌跡のように迷いなく。

 

例え己が傷つこうと、誰からも理解されずとも、ただ彼らが笑顔ならばそれで良かった。

 

しかし彼は人の身。

「全てを救う」と願った彼の願いは、現実には叶わないものであった。

どれだけ彼があがこうと、救おうと伸ばしたその手からは、必ずこぼれ落ちるモノがあった。

 

 

 

 

青年の道には幾多の苦難が待ち受けていた。

 

彼は一人でその全てを撃ち抜き、斬り払った。

終わりの見えぬ苦難の中、矢じりは潰れ、刃は欠けていく。

それでもなお、彼は前に進んでいった。

 

 

 

 

青年は一度だけ、死すべき人々を救うことが出来た。

 

一度のみ叶えることのできた悲願。

その代償はあまりにも大きく、彼から死後の平穏すらも奪った。

しかし彼は気にしなかった、死して後も誰かを救えると信じていた。

あるいは心に残るあの美しい青に、少しでも近づけるものだと信じていた。

 

今度こそ全てを救えるのだと。

 

 

 

 

男は絶望した。

 

理想の果てにあったものは、命を刈り取る無慈悲なチカラの化身。

ただひたすら繰り返される“作業”に、男は段々と擦り減っていった。

そうして摩耗されていく中、男はついに自らを否定した。

 

 

 

 

男には転機となる戦いがあった。

 

奇しくも全く同じ時を二度、違う姿で歩むことになる二週間ほどの奇蹟。

 

それは、愛おしい青を見送った黄金の別離。

それは、主人でありかつて師であった赤に見送られた朝焼けの別離。

それは、暴風の如き力に対峙し、赤と青を背で見送り、かつての己に道を示した古城の別離。

 

彼の歩んだ道が、その中のどれだったかはわからない。

あるいはその全てを踏みしめたのか

いかなる帰結となろうとも、この戦いは男にとって何にも代え難いものだった。

 

 

 

 

男には未来が与えられた。

 

戦いを終えた先、偽りの四日間のその先に男は足を踏み入れた。

かつて刃を交えた皆が残るそのセカイで、男も二度目の生を歩んだのだ。

 

 

 

 

そうしてその男は目を閉じる。

 

二度目の終焉は、一度目と同じく心穏やかなものであった

 

 

これがここまでの男の話。

そして男はこの先へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

何かに意識を引き抜かれるイメージ。

幾度となく経験した“呼び出される”感覚だ。

 

 

―またか―――。

 

アーチャーはそう心で呟き、そしてふと違和感を覚えた。

分霊ではなく、核たる本体ごと引き落とされる感覚。

通常ならばありえない感覚に、かの騎士王の現界もこのようなものだったのかと頭の片隅で思った。

 

 

そして、視界に光が灯る。

状況確認をしようと周りを見渡すが、そこに広がるのはひたすらに青い空間

ふと眼下に目をやると、街並みが広がっている。

 

 

つまり、ここは空中。

状況を把握した途端、彼の体は重力に従い落下を始める。

 

「――…………」

 

 

常人ならばパニックになるであろうこの状況で、この男に動揺する様子はまるで見られない。

男は皮肉気に口元を歪め、小さく肩をすくめると……

 

「……なんでさ」

 

その生前の口癖を、気付かぬうちに呟きながら落ちていった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出会いとこれから

 

 

 

「さて……」

 

アーチャーはガレキの上に立ちながら部屋の中を見回す。

 

衝撃で、落下地点にあった建物を突き破っていたのだ。

しかしそこは仮にも英霊、その体にダメージは残っていない。

 

 

「また随分と乱暴な召喚だ、いつぞやを思い出すが……」

 

その光景に懐かしさを感じながら、アーチャーは同時に違和感を覚える。

 

「受肉している……それに外界からのパスが全くない」

 

 

この場所が何処かはわからない、とりあえず何処かの倉庫か格納庫のようだ。

しかしアーチャーは“サーヴァント”としてではなく、ただ個人としてこの場に放り込まれたのだ。

ステータスは変わらず、魔術回路も健全なままだ。

 

「とりあえず、ここは日本であっているようだな」

 

とりあえず周辺にある物や書かれた文字から、ここは自分の知る世界とそう違いは無いことがわかった。

それと同時に自分の良く知る世界ではないというのも、経験から感じていた。

 

そうしてふと、壁際に並んでいるソレに目がいく。

腕と脚、人型に近いカタチのそれは、今まで見たことが無いものだった。

 

「フム……自律式ではないか」

 

奥に何体も並ぶその機械は、人が身につけて動かすものだというのはわかる。

気付けば初めて目にするその物体に、彼は自然と手を伸ばしていた。

 

「――同調(トレース)、開始(オン)」

 

普段なら口にする必要もない詠唱だが、今回は未知の機械故に慎重になっていた。

そうしていつものように骨子を解明しようとして、それは唐突に起動を開始した。

 

「む―――」

 

しまった、と眉間に皺を寄せるアーチャー。

どうやら気が付かぬうちに起動のスイッチを押してしまったらしく、目の前の機会は明らかに眠りから目覚めていた。

とりあえずスイッチを探すためにも構造把握で設計図を読み込もうとしたアーチャーだが、眉を僅かに動かすと機械からそっと手を放した。

 

「この施設の関係者かね? 」

 

そう、背後に声をかけながら振り返る。

そこにはスーツ姿で黒髪の女性が、殺意一歩手前の目でこちらを睨んでいた。

 

「……結果としては不法侵入になってしまったな。あぁ、安心したまえ、天井ならば私がどうにかしよう」

「………それは助かるが、聞きたいことは他にある」

「織斑先生!! 」

 

黒髪の女性の後ろから、並んであった機械を纏った女性が現れた。

緑髪のその女の両手には、それぞれ銃火器が握られている。どうやらアーチャーの予想通り、あれは人が身に着ける武装のようだ。

 

「織斑先生、ここは私が――」

「いや、いい。おい、貴様はここで何をして――――そのIS、起動しているのか!? 」

「ん?、あぁ。どうやら先ほどスイッチに触れてしまったようでな」

 

織斑と呼ばれたその女性の驚く声に、アーチャーはこともなげにそう答える。

 

 

「貴様、何者だ」

「その辺の話は長くなるんだがね。少なくとも今現在、君たちの敵ではないと言っておこう。それにこの、アイエスと言ったかね?。意図していなかったとはいえ、起動させてしまったことは謝罪する。止め方を教えてくれれば、今すぐでも停止させよう」

「……お前、ISが何かわかっていないのか? 」

「…やはりか。すまない、君たちと私では持っている情報に違いがあるようだ。それを正すためにも、ここは話し合いの場を持ちたいのだが」

「……いいだろう。場所を変える、ついて来い」

「織斑先生!! 」

 

 

 

驚くほどあっさりと了承した千冬に、真耶が噛みつくように声を荒げる。

 

「いいんですか!?、あんな訳のわからない人を」

「あぁ。あの男は言ったことを反故にはしないだろう」

「でも、どこにそんな根拠が――」

「纏う空気、だろうか。それに目を見ればわかる」

 

そう言う千冬は、口元を微かに緩めた。

 

 

 

 

 

 

「さて、ではまず聞きたいのだが、お前は一体何者だ? 」

「答えるのは構わないが、先にそちらのこと聞いておきたい。こちらも上手く説明するには材料が不足しているのでね」

 

席に座るなり口を開いた千冬に、アーチャーはそう返した。

 

「いいだろう。で、何が聞きたい? 」

「主には、そうだな……君たちがアイエスと言っていた、あの機械に関してだ」

 

こうして一先ず千冬たちがISについて、それに関連する内容も含めて説明することになった。

アーチャーはその内容を黙って聞くとしばし思案し、ゆっくりと口を開いた。

 

「説明感謝する。では私の方だが……正直に言うと、私はこの世界の者ではない」

「……」

「はいっ!? 」

「突拍子のない話なのは重々承知だがね。元々私の知る世界でISなどというもの聞いたことはないし、少なくとも一般には知られていない。当然、女尊男卑の社会にもなっていない」

「そんな……」

「更に言えば、私は人ですらない」

 

そう言うと、眼前の二人は呆気にとられたように沈黙した。

 

「信じてもらえないのも当然だろう、では順を追って説明しよう」

 

こうしてアーチャーは魔術や魔法といった神秘、サーヴァントについての説明をかいつまんで行った。

知らない者からすればおとぎ話のような内容だが、彼が手に投影した剣を見ると、2人も信じざるを得なかったようだ。

 

 

「つまりだ。私の知る世界と君たちのいる世界は違ったもので、私はこちらに放り出されたという訳だ」

「……随分と落ち着いているな。普通なら慌てるところじゃないのか? 」

「幸か不幸か、こういった経験はそれなりに多くてね」

「お前はこのような経験は何度もしていると? 」

「あぁ。簡単に言えば、海を渡って違う島に行くようなものだな」

「ほう」

「どちらも方法は大きく3つ。一つは自ら泳いで向かう、二つ目は渡し守の船に乗る、そして3つめが―――」

「漂流か」

 

千冬の返答に真顔で頷く。

 

「訳も分からずいきなり海に放り出され、見知らぬ地に流れ着く。神隠し、という言葉はこちらでもあるかね?、あれもそういった類のものだ。私は自分で渡る力など無くてね。人に連れられて数度、あとは巻き込まれて流された経験がそれなりにある」

 

諸悪の根源は生涯の主であり天敵、その二つ名をあかいあくま。

まだ現界していた際、呼び出しに応じ実験を手伝っていると気がつけば一人見知らぬ地。ここ一番で狙いを外した彼女の攻撃が彼に当たり、気がつけば一人見知らぬ地、なんて状況は一度や二度ではなかった。

 

 

「その時は二週間ほどで帰ることが出来たがね。今回はその時とは状況がまるで違う」

「それでは、どうするつもりだ? 」

「どうもせんよ。パスが無いとはいえ私は以前として英霊のままだ、死ねばこの身は座に還るだろう。かと言って、自ら自害してまで戻ろうとは思わないのでね。この身が自然に朽ちるまでは、この世界に留まるつもりだよ」

「そうか……」

「それでは、貴方は今後どうするつもりですか? 」

「おや、あんな話を信じるのかね? 」

 

心配そうにアーチャーに問う真耶にアーチャーは皮肉気に笑ってみせたが、真耶の真剣な目を見ると「そうだな」と呟きながら顎に手をやる。

 

「受肉した今は普通に生活しなければいけないしな。とりあえず何処か働けるところ……と言いたいが、私はこの世界にいない人間だ。まずは戸籍をどうにかしないと」

「……なら、うちの学園で働かないか? 」

「織斑先生!?」

 

突然の千冬の提案に、真耶はただただ驚いた。

 

 

「先ほど話した通り、それは本来男性では扱えないもの。今度の新入生に一人男子がいるが、お前はそれに続く2例目だ、得られるデータにも興味がある」

「フム……」

「それにISはその出自からして、裏で色々と動く者たちがあってな。生徒の危険から遠ざける為にも、協力してはくれないだろうか」

「おかしなことを言うな、君たちは。私が生徒たちへの脅威となる、とは考えないのか? 」

「これでも多少は人を見る眼はあるつもりだ。目を見ればわかるさ、お前の力量も、お前という人の中身もな。真耶も、それをわかっているんだろう」

「……買いかぶり過ぎだよ」

「そうは思わないがな」

「………」

「給料も出る、住居は教員寮の一室を使えばいい、学内には食堂もある。この学園にいる限りは衣・食・住には事足りるぞ? 」

「……………」

「……………」

「……わかった。私で出来る範囲であれば協力しよう」

 

暫しの問答の末、アーチャーは肩をすくめると、「降参だ」と言わんばかりに両手を挙げた。

その様子を見て、千冬は僅かに微笑む。

 

「協力感謝する。戸籍等は任せてくれ、学園側でなんとかしよう」

「あぁ、わかった」

「では、今日のところはホテルに泊まってもらう。明日以降の詳しい予定は案内しながら話すが、この場で何か質問があるか? 」

「いや―――ふむ、そうだな。では一つ」

「なんだ?」

「君たちの名を――――私はエミヤ。呼ばれ慣れた名はアーチャーだが、君たちは好きに呼ぶと良い。それで、君たちの名は?、君たちのことは何と呼べばいい?」

 

予想のつかなかったアーチャーの問いに、二人は一瞬呆けてしまう。

 

「む……。確かに道中でも話せた内容だと思うが、こういうのはなるべく早い方がいいだろう? 私たちはもう協力関係なのだから、いつまでも君呼ばわりは失礼かと思ってね」

「え、えっと……」

「君たちがお互いを呼んでいた名なら聞いている。だが、私に教えてくれたわけではあるまい?。自ら名を明かしていないのに、そう呼ばれるのは不愉快かと思ったのだが……」

 

むむむ、とアーチャーは眉間に皺を寄せる。

その様子をみた千冬は、思わずクスクスと笑いだしてしまった。

 

「むっ、何かね? 」

「いやなに、今ので確信しただけさ。エミヤ、お前は本当にいいやつだな」

 

千冬から言われた一言に、エミヤはキョトンとした表情を作ると、拗ねたように目を逸らす。

それが先程と違い随分と子供っぽい仕草だったために千冬は勿論、真耶までも笑い出してしまった。

 

「………それで、君たちは名乗る気はあるのかね? 」

「ククッ、すまないな。私は織斑千冬、好きに呼ぶといい。よろしく、エミヤ」

「私は山田麻耶です、エミヤさん、どうぞよろしくお願いします。そういえばエミヤさん、下の名前は何ていうんですか? 」

「それだが、伏せさせてくれるとありがたい。そうだな、アーチャーが名だと思ってくれればいい。すまないな」

「わかりました。気になさらないで下さい」

「誰しも事情はある、お前ならば尚更だろう」

「深い理由はないんだ、ただ個人的なものでね。それでは千冬、真耶、これからよろしく頼む」

 

 

 

こうして、エミヤは違う世界での道を歩むことになった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

SHR ~ショート・ホームルーム~

授業開始まで


そうして現在、エミヤはIS学園の教員の一人として在籍している。

ISの知識・経験はまるでないが、そこは千冬と真耶の補佐をしつつ、生徒たちと共に学んでいくことになるだろう。

住居も教員寮の一室をあてがわれ、ここにいる限りは生活に困る必要もない。

そうして職員として数日を過ごした後、いよいよ新入生の入学式を迎えることとなった。

 

 

「行くぞ、エミヤ先生」

「あぁ」

 

会議が終わり、席を立つ千冬の後に続き、教室へと向かう。

 

「しかし、ここの教員は順応性が高すぎないかね? 」

 

元よりそれほど積極的に他人と関わることはない上、黙っていればその鋭い双眸は相手に威圧感を与えるだろう。

だが、初めこそ突然の新職員の紹介に驚かれはしたものの、すぐにエミヤは教員の輪の中に入ることが出来た。

 

「生徒ならともかく、少数ではあるが職員にも男性はいるからな。それにお前自身の徳もあるだろう。聞いているぞ、用務がお前を重宝しているとな」

「なに、機械類の修理は得意でね。手が空いている時に手伝っているだけさ」

 

元々設備は一級品ばかりのIS学園だが、機械は機械、壊れたり調子が悪くなることもある。

そんな中でエミヤは、学生時代にブラウニーと渾名されたその腕前を存分に振るっていた。

 

「手伝うのはいいが、もう少し自分の時間も持ったらどうだ? 」

「もう少しこの学園に慣れたらそれもいいだろう。そもそもこの学園の機材は最新のものばかりだ、そうそう壊れることもあるまいよ」

 

 

簡単な会話を交わしながら、二人は1組の教室の前に到着した。

 

「ここが私たち担当の教室だ。お前は私が呼ぶまでここで待機していてくれ」

「了解した」

 

アーチャーの返事を確認すると、千冬は教室の扉を開ける。

開いた扉からは男子生徒が一人立っているのが見えた。

千冬が入ったことにも気づかぬくらいに、教室内の視線はそのただ一人集中している。

 

(なるほど、彼が織斑一夏……)

 

記憶にある生徒名簿の顔写真と照合する必要もない。

この学園において、男子生徒は彼以外に一人もいないからだ。

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

「………えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

そう挨拶する少年。

教室内は沈黙が続き、教室の視線はすべて一点に注がれている。

“織斑一夏”

現在唯一ISを扱える男がする自己紹介の内容に、誰しもが耳を澄ませ―――。

 

「以上です」

 

そう続いたまさかの一言に、椅子からずり落ちる者さえいたのも仕方がないかもしれない。

その状況にアタフタと見回していた一夏に、千冬は容赦ない一撃を与える。

 

「いっ―――」

 

頭を押さえながら、一夏は教卓の方へと振り返る。

 

「げえっ、関羽!? 」

 

そう口走った一夏に再びの一撃。

パアン、と教室に響くほどの音であったそれだが、生徒の関心は既に他に向けられていた。

 

「誰が三国志の英雄だ、馬鹿者」

 

千冬はそう涙目の一夏に言葉をかける。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?。それと彼は―――」

「あいつなら外に待たせてある。それよりすまなかったな、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてしまった」

「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」

 

声をかけた真耶にそう答えると、千冬は真耶と変わるように教卓に立つ。

生徒たちの熱のこもった眼差し、一夏の信じられないといった目をよそに、千冬は凛とした表情で生徒たちを一瞥する。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者にするのが仕事だ。私のいう事は良く聞き、良く理解しろ。出来ない者は出来るまで指導してやる。私の仕事は若干一五才を一六才までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私のいう事は聞け。いいな」

 

淀みなく紡がれた言葉を聞きながらも、一夏は未だ状況を理解しきれていないようだ。

だが混乱する一夏をよそに、多くの生徒たちはその口上に歓声でもって答えた。

 

「キャアーーーーーー!。千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「私、千冬様に憧れてこの学園に来たんです! 」

「あの千冬様にご指導して頂けるなんて…あぁ、私ったら涙が…… 」

 

そんな少女たちの声を一身に受けながら、千冬はうんざりした顔で口を開く。

その表情から、こうした経験は初めてのことではないことが窺える。

 

「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか? 」

 

「きゃあああああっ!、そんな、お姉さまに叱っていただけるなんて!! 」

「もっと叱って、罵って下さいお姉様!! 」

「でも時には優しくして!」

「そして付け上がらないように躾……いえ、調教してください!! 」

 

再び上がる黄色い声に千冬は大きく溜め息を返すと、未だに呆然としている一夏に目をやった。

 

「で? 挨拶も満足に出来んのか、お前は」

「いや、千冬姉、俺は―――」

 

慌てながらも口を開いた一夏だが、それを聞き入れる前に三度目の破裂音が教室に響いた。

 

「織斑先生と呼べ」

「……はい、織斑先生」

 

「え……? 織斑くんって、あの千冬様の弟……? 」

「あぁ~、いいなぁっ。代わってほしいなぁっ」

「代われるなら私、なんだってしてみせるわ……」

 

二人のやり取りを聞いていた生徒たちの間で、そんな話が交わされる。

 

「席につけ、馬鹿者が。それとお前たち、もう少し静かにしろ」

 

千冬の一声で教室は静まり返り、一夏はただ黙って席についた。

 

「ではこれでSHRは終わり……と言いたいが、諸君にはもう一人紹介しなければならない者がいる。………入れ」

 

えっ、と困惑する教室内。

そうして教室内に入ってきた人物を、皆ただ黙って目で追っていた。

 

180……いや190cm近いだろうその偉丈夫の肌は浅黒く、雪原のように真っ白な髪は、同色の眉から生来のものだとわかる。

グレーのシャツに黒のスーツとネクタイを身につけたその姿は、見事なまでにモノトーンで構成されていた。

 

「……何を笑っている? 」

「いやなに、入学初日から随分と慕われているようだと感心したまでだ。教師冥利に尽きるのではないかね? 」

「馬鹿者どもが勝手に騒いでいるだけだ。さて……」

 

精悍な顔立ち。

僅かに弧を描いている口から流れ出る低い声には、相手をからかうような響きが含まれていた。

千冬はやや疲れたような顔でそれに答えると、生徒たちの方へ向き直る。

 

「エミヤ先生だ。先生は先日IS作動させた、世界で二例目の男性になる。よって急遽ではあるが、この学園で働いてもらうことになった」

「エミヤだ。突然だが織斑先生、山田先生と共にこのクラスを担当することになった。君たちを鍛えるべく日々奔走する二人を補佐することが当面の仕事だ。ISの操縦に関しては、君たちと共に学んでいくことになるだろう」

 

教室を沈黙が包む。

自分が唯一の男性IS操縦者だと聞かされていた織斑一夏は、今聞いた内容に驚愕して固まっている。

それに対し女子生徒の大部分は、聞いた内容よりもその容姿の方に関心が向いていた。

まじまじとその顔立ちや体つきを何度も何度も見比べる。

そして彼女らの口が歓声の為に開かれた瞬間、千冬が遮るように口を開いた。

 

「では今度こそSHRを終わりにする。諸君らはこれからISの基礎知識を半月で理解してもらう。その後実習となるが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろ。良くなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」

 

「「「「「「「「「  は い ! ! ! 」」」」」」」」」

 

 

千冬の言葉にほぼ反射的に返事をする生徒たち。

 

 

 

「ふむ、改めてこの士気の高さには驚かされる。君さえその気になれば、この学園を統べることさえ容易に出来るのではないかね? 」

「1クラスでさえ頭痛がするんだ、学園中の馬鹿者どもの相手など身がもたん」

 

 

感心するように呟くエミヤに、千冬は呆れたようにそう返した。

 




こんな感じで続くかと…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初日の授業 ~そして決闘へ~

文才が……書きたい描写がかけないよぉ……
さて、どうしたものか


 

「あー……」

 

一限目終了後の教室で、一夏は一人頭を抱えていた。

先生たちが教室を離れると、教室の内のあちこちには女子数人がグループを作り、何やら小声で話をしている。

 

「織斑君、千冬様の弟だったのね」

「名字でもしかしたらって思ってたけど……ひょっとしてISに乗れたのもそのせい?」

「あ~。お姉様の弟で、しかも男性操縦者だなんて」

「でもさ、男性操縦者で言ったらあの……」

「エミヤ先生でしょ? もう何あれ、すっごいカッコいいんだけど」

「いかにも大人って感じよねぇ」

「千冬様でしょ、それに織斑君とエミヤ先生かぁ。私たちってすっごくついてるかも」

「言えてる!! 1組に入れてよかったぁ」

 

「………………」

 

微かに会話が聞こえるのが更にキツい。

話の最中にチラチラと一夏の方を向いては、キャーなどと声を上げまた話に花が咲く。

教室の外には二年三年の先輩たちまでが詰めかけていた。

こちらも一夏を見てはヒソヒソと小声で話をし、一夏が顔を向ければ慌てて逸らす。

その反応に溜息を吐く一夏だが、彼女たちの気持ちもわかっていた。

 

10年前突如として現れたIS<インフィニット・ストラトス>。

“女性にしか扱えない”という特異な性質を持つが、その能力の前には現行の兵器群さえ鉄クズに等しく、それまで各国が心血を注いできた軍事計画、戦略、戦術、兵站といった全てを白紙にしてしまった。

現在ISの軍事利用こそ禁止されているが、有事の際にはISがなければ話にならない。

よって各国競って進められたのが女性を優遇する社会制度であり、その帰結が現在の女尊男卑社会なのだ。

IS学園とは当然そのISの操縦者を育てるための機関であり、本来完全なる女子校だ。

ここに男子生徒がいる時点でおかしく、生徒たちが興味を持つのも当然だろう。

だが現実に一夏はISを起動させ、朝の時点で二人目の男性操縦者が現れた。

 

(案外、調べればゴロゴロいるんじゃないのか……? )

 

一瞬そう思ったが、この10年の間に調査機関が調べなかったわけがない。

小さく溜め息をついた一夏は、再度教室を見回してみる。

相変わらず目が合うと顔を逸らすが、その表情からは一夏からの話しかけられることを期待しているようにも思えた。

女子たちは小声で「アンタ話しかけなさいよ」「ヤダ恥かしいアンタが行って」「なら私が失礼して」「抜け駆けダメ、絶対」という謎の合戦を繰り広げている。

しばらくはこの状態が続くのか、と考えるだけでも気が重い。

 

(弾、代われるものなら変わってやる。誰かこの状況をどうにかしてくれ……)

 

「……ちょっといいか」

「え? 」

 

突然かけられた声に振り向く。

 

「箒? 」

「……………」

 

最後に会った時からかなりの時間は立っているが、目の前にいるのは間違いなく幼馴染の篠ノ之箒だ。

 

「廊下でいいか? 」

「お、おう」

 

続けてかけられた言葉に、再会の喜びになど浸る間もなく席を立った。

 

生徒達は箒の行動に驚いているが、二人はそれ以上言葉を交わすこともなく教室の外へと向かう。

廊下に押し寄せていた先輩たちはまさかやってくるとは思わなかったのだろう、少し慌てたように二人から距離をとった。

しかし会話の内容は気になるようで、二人の周りを取り囲むようにして様子を窺っている。

連れ出した箒は視線を合わせぬまま一向に話し出す気配もなく、沈黙に息苦しさを感じた一夏の方から話を切り出した。

 

「あー……久しぶりだな、箒。六年ぶりだけど、すぐにわかったぞ」

「え……」

「髪型、あの頃と一緒だろ」

 

一夏が自分の頭を指差しながら答えると、箒は顔を僅かに赤らめて髪の毛をいじりだす。

 

「よ、よく覚えているな」

「そりゃあ覚えてるさ、幼馴染なんだから」

「……………」

 

目を合わせぬままの箒だったが、帰ってきた答えに一夏を冷たく睨む。

その理由がわからず困惑した一夏だったが、気を取り直して話かけた。

 

「いや、でも箒がいてくれて本当に助かった」

「……そうなのか? 」

「あぁ。わかってはいたけど周りは女子だらけだし、本当どうしようかと思ってたんだ。でも箒が同じクラスなら心強いぜ、久しぶりに会えたのも嬉しかったしな」

「そ、そうか……」

 

睨んでいた筈の箒がワタワタと目を逸らす。

 

「し、しかしだな。男の操縦者ならもう一人いただろう」

「あー、エミヤ先生な」

 

答えながら一夏はその姿を思い浮かべる。

授業中は教室の後ろで真耶の話を聞いていたエミヤだったが、その様子が気になる女生徒がチラチラと後ろを窺っていた。

当然千冬がそれを許すはずもなく、数人が哀れにも出席簿の餌食となっている。

 

「うーん。確かに嬉しくはあるけど、あの人は先生だしなー」

「そろそろ授業が始まるぞ」

「あ、エミヤ先生」

「「「「「「「えっ!? 」」」」」」」

 

声の方へ振り向くとエミヤが向かってきていた。

授業終了後にすぐ教室から出ていったので上級生はこれが初対面になるだろう。

 

「織斑先生に叩かれたくなければ、早めに席に戻った方がいいぞ。それと、君たちは上級生かね?」

「「「「「「「 ひゃ、ひゃい! 」」」」」」

「ここは一年の教室だが、次の授業には間に合うのか? 」

「「「「「「「 へ……、あっ!!? 」」」」」」

 

突如話しかけられて真っ赤になった先輩たちだが、エミヤの指摘にハッとすると慌てて自分たちの教室へと戻っていった。

 

「一夏、私たちも戻ろう」

「あぁ」

 

箒と共に教室へと歩き出した一夏だが、ふと足を止めると、後ろにいるエミヤへと振り返る。

 

「何かね? 」

「先生もIS使えるんですよね? 」

「ん? あぁ、先程織斑先生が説明した通りだ。といっても私でも良くわからないまま起動させてしまったのでね。立場は教師でも、ISに関しては君たちと同じか、それ以下だよ」

「そうなんですか。え、えーと………」

 

一夏は改めて目の前の男を見る。

その容姿から一見すると怖い印象さえ感じるが、纏う雰囲気はどこか穏やかだ。

だが自分より一回りは年上のエミヤにこれ以上何を話せばいいのかわからず、刻々と時間が過ぎていく。

 

キーンコーンカーンコーン

始業の鐘が鳴り響く。

 

「ふむ、始業の鐘だな」

「あ、しまった! 早くしないと千冬姉に―――」

 

パァン、ともはや聞き慣れた音と衝撃が一夏の頭部を襲う。

 

「織斑先生だと何度言えばわかるんだ馬鹿者」

「……………」

「本来なら席についていない時点でもう一発だが、エミヤ先生と話していたようなのでそれは考慮する。わかったらとっとと席に着け織斑」

 

後ろにいるのが誰なのか確かめる必要もなく、一夏はエミヤの苦笑に見送られながらトボトボと席に着いた。

 

 

 

******

 

 

 

「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、――」

 

こうして始まった二限目だが、一夏は以前頭を抱えている。

 

(………なんだこの授業は、言ってることが全くわからん)

 

先程から教科書をめくってはその内容の意味不明さに顔を顰める。

教科書が違っているかもと思い隣の机をチラリと見るが、そこには自分のと同じ教科書が広げられていた。

他の机にも目を向けるがその光景は同じで、生徒の方もノートをとりながら真耶の説明に頷いて見せたりする。

 

(おかしい、おかしいぞ。皆はなんで理解できてるんだ? )

「織斑君、どこかわからないところはありますか? 」

 

一夏の様子に気づいた真耶が、気遣うように声をかける。

 

「あ、えっと……」

「わからないところがあれば聞いてください。なにせ私は先生ですから」

 

少々誇らしげに真耶が言う。

一夏は俯いて少々考えた後、意を決したように顔を上げた。

 

「先生! 」

「はい。なんでしょう織斑君! 」

「ほとんど全部わかりません」

「え……」

 

真耶もこれは予期していたかったのだろう。

先程のまでの勢いは失せ、困った顔で一夏に聞き返す。

 

「ぜ、全部、ですか……」

「はい」

「そ、そうですか……織斑君以外で、今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」

 

そう生徒たちに挙手を促す真耶だが、誰一人として反応がない。

 

「織斑、入学前の参考書は読んだか? 」

「え? あの分厚いやつですか」

「そうだ」

 

教室の端で授業を見ていた千冬が問う。

 

「その、古い電話帳と間違えて捨てました」

 

パアン。

今日何度目になるだろうか、千冬の持つ出席簿が一夏の頭部に襲い掛かる。

 

「後で再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」

「いや、一週間であの分厚さはちょっと……」

「やれと言っている」

 

千冬の言葉に思わずそう返した一夏だが、睨む千冬を前にそれ以上食い下がる気はしなかった。

 

「……はい、やります」

「いや、再発行は必要ないだろう」

「えっ……」

 

沈んでいた一夏が背後を見ると、教室の後ろにいた筈のエミヤが立っていた。

 

「私ので良ければ君に渡そう。状態は悪くないと思うが」

「エミヤ、お前の分はどうするんだ? 」

「教科書と共に内容は全て把握、理解している。頭に入っていれば問題あるまい? 」

「お前に渡したのは5日前のはずだが」

「そうだが、それがどうかしたかね? 」

「……まぁいい。織斑、エミヤ先生に感謝しろ」

「は、はい。ありがとうございます」

「なに、礼には及ばんよ」

 

一夏の礼にエミヤは笑顔で答える。

その様子を黙って見ていた生徒たちだが、一人が覚悟を決めた顔でエミヤへと顔を向ける。

 

「せ、先生! 私も教科書無くしちゃって、その……」

「あ、私もです! 」

「あ、ズルっ! 私―――」

 

パパパァン!

一瞬にして三人の頭から星が飛んだ。

 

「お前たちが机に広げているのは何だ? 小娘ども。くだらんことをする前に授業に集中しろ」

「「「……はい 」」」

「むっ、私の行動に問題があったのかね? 」

 

そして再び授業が始まるが、安堵した様子の一夏を後ろから睨む者がいたことに、一夏は全く気付いていたかった。

 

 

 

******

 

 

 

「ちょっとよろしくて? 」

「へ? 」

 

2限目をなんとか乗り切った安堵にひたる余裕もなく、一夏に声をかける者がいた。

白人特有のブルーの瞳、地毛であろう煌びやかな金髪はわずかにロールがかっていて、いかにも高貴そうなオーラを放っている。

 

「ちょっと、何をボーっとしてらっしゃるのかしら。このセシリア・オルコットに話しかけられたという感動に浸っていらっしゃったのかしら」

「セシリアっていうのか、名前」

「……あなた、まさか知らなかったんですの? このセシリア・オルコットを? イギリス代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを? 」

「代表……候補生? 」

 

今初めて聞いた単語を聞き返すと、セシリアの表情が変わっていく。

 

「あなた……わたくしはおろか、代表候補生のことすら知らないんですの!?」

「おう、知らん」

「信じられない、信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら……」

「で、代表候補生ってなんなんだ? 」

 

ブツブツと呟くセシリアを遮るように一夏が尋ねる。

 

「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ。……あなた、単語から想像したらわかるでしょう」

「お、そう言われればそうだな」

 

一夏がそう反応すると、セシリアは目をつり上げながら話を続ける。

 

「大体あなた、ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入って来れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていたのですが……。エミヤ先生はともかく、あなたは期待外れですわね」

「俺に何かを期待されても困るんだが」

「ふん。まあでも? わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しく接してあげますわ」

 

キーンコーンカーンコーン、本日3度目となる始業の鐘が鳴る。

 

「時間ですわね。それでは授業頑張って下さいな。ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げても良くってよ」

 

そう言い残し、セシリアは席へと戻っていった。

 

 

 

*******

 

 

 

「全員いるな? では授業を、と言いたいところだが。その前に、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなければいけないな」

 

千冬の声を聞きながら、教室の後ろに立つエミヤはクラス内を一瞥した。

クラス代表者。

今回のような対抗戦は勿論、各種会議や委員会への出席などもこなす、いわば各クラスの顔となる者だ。

学級委員、というのが普通の学校で一番近い表現だろう。

 

「はいっ。織斑君を推薦します! 」

「私もそれがいいと思います! 」

 

生徒たちの数人が一夏を推薦する。

その様子を見ながら、アーチャーは僅かに眉を顰めていた。

 

実力推移を見る目的がある以上、ある種イレギュラーな存在である一夏よりも、他クラスと同じ女子生徒が代表をした方が良いのでは、というのがエミヤの考えだ。

だが学園全体で見れば、今までいなかった男性操縦者を積極的に学内のことに関わらせるというのも、生徒や教員達が男子生徒の存在に慣れるには非常に有効な手段であるだろう。

つまり結局のところ、どちらであろうと構わないのだ。

今ここでエミヤが問題にしているのは、推薦している本人たちがそこまで深く考えていないということだ。

そのまま件の生徒に問うことも考えたが、千冬や真耶が黙っているのを見て静観することにした。

 

「では候補者は織斑一夏………他にいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

「………お、俺!? 」

 

ぼんやりと経緯を見ていた一夏だが、自分が指名されたと知り戸惑いの声を上げている。

思わず立ち上がった一夏に、ほとんどの者が期待を込めた眼差しを返していた。

 

「席に着け織斑。自薦他薦は問わないと事前に伝えた筈だ、選ばれた以上は覚悟をしろ」

「い、いやでも―――」

「待ってください! 納得がいきませんわ! 」

 

両手で机を叩きながら立ち上がったのはセシリア・オルコットだ。

当然だろう。

他者を推薦する以上、そこには選ぶだけの理由が無ければいけない。

そして生徒の中でエミヤのようにちゃんと考えている者など、一人もいないと言っていいだろう。

 

(セシリア・オルコット……英国の代表候補生だったか)

 

国を背負う可能性のあるエリートだ。

それに選ばれるからには相応の実力を持っていて、彼女にとってクラス代表はその実力を示すのに丁度いい肩書だろう。

それを「男である」といった理由でだけで奪われては、彼女の怒りも当然と思える。

 

「クラス代表は実力トップがなるべき、このクラスで代表になるべきはわたくしです。それを物珍しいからという理由で極東の雄猿にするなんて、いい恥さらしですわ。わたくしはわざわざこんな島国までISの修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございません! 」

 

捲し立てるセシリア。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らすことでさえ、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

「……ちょっと待て、イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」

「なっ……あっ、あなた、わたくしの祖国を侮辱しますの!? 」

 

我慢できなくなった一夏が思わず反論すれば、あとは売り言葉に買い言葉、どんどんと口論はヒートアップしていく。

 

「決闘ですわ! 」

「おう、良いぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

「そこまでにしろ、授業もあるんだ。では勝負は一週間後、放課後に第三アリーナで行う。織斑とオルコットはそれぞれ準備しておくように、それでいいな? 」

 

それ以上熱くならないよう、千冬がさっさとまとめてしまった。

 

「わかりましたわ」

「俺も、それでいいです」

「精々、逃げずにいらっしゃることね。まぁ、ドゲザ、でしたわね? されたら多少手加減してあげなくもないですわ」

「手加減なんかいらねぇよ、全力で来い」

「……そうでしたね、代表候補生という言葉すら知らなかったんですもの。では代表候補生と戦うというのがどういう意味か、その身をもって味わうといいですわ」

 

そう言うとセシリアは席に着き、一夏もそれに続いて着席した。

生徒達が小声で囁きあっている中、千冬の「静かにしろ」の声で再び教室の雰囲気が戻っていく。

 

エミヤ自身、ISでの戦闘及び二人の力量には興味がある。

エリートたる国家代表候補の実力とは、そしてイレギュラーである男子操縦者の実力とは……。

 

(しかし、入学早々先が思いやられるな。これでは二人の負担も相当なものだろう)

 

ようやく始まった授業を聞きながら、エミヤは小さく溜め息を吐いた。

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
全然かけねぇ……どうしたもんか。

こんなところでなんですが、お話の中の弓兵さんの設定をば。




エミヤシロウ。
Fateルート、もしくはそれに近い聖杯戦争を経験した衛宮士郎が英霊となった姿。
現在のステータスは凛マスターの時と同じ。

黄金の別離を経て、高校卒業後に凛と共にロンドンに渡り魔術を習い、数年後に袂を分かつ。
その後は各地を転々としながら本編の通りの生涯を送り、英霊として聖杯戦争へと呼ばれる。

Hollow以降も全サーヴァント及びマスターが現界しており、サーヴァントは憑代としていたマスターが死亡するまで二度目の生を送っていた。
今回は核である本体が現界している為、分霊が経験したStay night、Hollw、Extra(外伝含む)の記憶が残っている。


とりあえずこんなところです。
もっと量が増えたりしたら設定ページも作ろうとおもいますが、今回は字が少ないのでこんなもんです。
二度目の人生で何してたかは、今後触れると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猶予期間 ~その実力の片鱗~

やべえ……

認めます。これは酷い駄文だ。
会話文も地の文も酷い、というか全体通して書きにくかった。
後半のグダグダなんかもう……

たぶんちょいちょい修正します


 

「はぁ~~~」

 

学園の寮内を歩きながら、一夏は大きく溜め息をつく。

その手には、今日からの住まいとなる部屋の鍵が握られていた。

 

(あと一週間か……)

 

自分も了承したとはいえ、突如決まった決闘。

更に生徒達からの相変わらずの視線の嵐に、心身ともに疲労困憊していた。

 

「食堂にまで付いてくるんだもんなぁ……と、ここか。1025室だな」

 

部屋番号と鍵につけられたタグの番号を見比べると、鍵を差し込む。

そのまま回そうとして、ドアのロックが開いていることに気が付いた。

不思議に思いつつそのまま部屋に入ると、そこにあったのは二つのベットと、部屋の隅に置かれた荷物。

 

「そうか、相部屋だって言ってたな」

 

突然のことに一瞬驚いたが、すぐに謎は解ける。

おそらくエミヤ先生だ。

ただでさえ用務等に数人いる程度の男性職員、普通の教員ではおそらくエミヤだけだろう。

同じ操縦者同士、同室というのも分からなくはない。

 

「しかしそうなると、部屋でも気が抜けなさそうだなぁ」

 

そんなこと考えていると、浴室の扉が開く。

一夏は挨拶しようとそちらへと顔を向けた。

 

「あ、どうも―――――えっ? 」

「ああ、同室になった者か。私は篠ノ之――――」

 

そこから出てきたのは、予想に反して再会したばかりの幼馴染。

その格好はバスタオル一枚だ。

 

「…………」

「…………」

 

長い沈黙が部屋を支配する。

どれほど時間が経っただろうか、時計の針が刻む音がやたらと大きく聞こえる。 

 

「い、い、いちか……?」

「お、おう………」

 

ようやく口から出た声は、お互い機械音声かと思うほどに硬かった。

 

「う、う、う、………」

「 鵜? 」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!! 」

 

何処から取り出したのだろうか、何時の間にか握られていた木刀を構え斬りかかる箒。

 

「うわっ!?。おい、なにすんだよ!? 」

「うるさい! こっちを見るな!! 」

 

混乱のあまり暴れまわる箒から、間一髪部屋の外へと逃げ出せた一夏。

慌てて扉を閉めると、安堵の脱力からそのまま扉に背を預け、ズルズルとへたり込む。

――――ズトンッ!!!―――

 

……安心するには早かったらしい。

驚いた一夏がそのままの姿勢で顔を横に向けると、鼻が当たりそうなほど近くから木刀が突き出ている。

 

「って、本気で殺す気か!? 」

「うるさい! いいか一夏、私がいいと言うまで絶対に部屋に入るな!! 」

「………これなら先生と同室の方がマシだった」

 

 

これからの生活を想像して、一夏はガックリと項垂れた。

 

 

 

 

 

 

「なぁ………」

「………………」

「おーい、もう昼だぞ。何時まで怒ってるんだよ」

「……怒ってなどいない」

「顔が不機嫌そうじゃん」

「生まれつきだ、悪かったな」

 

相変わらずの箒の対応に、一夏は大きなため息を吐く。

あの後、慌てて千冬に連絡をとった二人だが、部屋の変更はものの見事に却下された。

正確には千冬が箒に何事かを話した後、「し、仕方ない」と箒がいきなり折れたのだ。

こうして二人同室となったのだが、その後も箒がギクシャクとしていて、そのまま現在に至っている。

 

「無理してるんなら、今からでも変更―――」

「駄目だ! 」

「!? 」

「あ、いや。もう部屋割りは決まっているんだ、今から変更などしたら先生方に迷惑だろう」

「いや、だけど……」

「構わないと言ってるんだろ! 」

「……まぁ、箒がいいならいいけどさ」

 

部屋の変更を凄まじい剣幕で拒否する箒に、一夏はそれ以上何も言えなくなってしまう。

 

「……そういやさ」

「何だ? 」

「ISのこと教えてくれないか? このままじゃ来週の勝負まで何もせずに終わりそうだ」

「くだらん挑発に乗るからだ。馬鹿め」

「……………」

「そこをなんとか! 」

「……………」

「なあ頼む、こんなこと箒にしか頼めないんだ」

「………わ、わたしにだけ、か? 」

「ん? あぁ、当たり前だろ」

「そ、そうか……そうか…」

 

「出会って日が浅い他の人にはなかなか気軽に頼めない」 というのが言葉の後ろに入るのだが、それを知らない箒の機嫌は途端に良くなっていく。

嬉しそうに顔を綻ばせる箒の反応に一夏はやや首を傾げつつも、機嫌が良いに越したことはないと、さほど気にはしなかった。

 

「きょ、今日の放課後……」

「ん?」

「だから、今日の放課後に剣道場に来い。一度、お前の腕が鈍っていないか見てやる」

「いや、俺はISのことを―――」

「見てやる」

「……わかったよ」

 

ジロリと睨まれれば一夏に反論する気は起こらず、ただただ黙って頷くしかなかった。

 

 

 

*************

 

 

「早くしろ一夏」

「待てって」

「全く、教室を出るのにどれだけ時間がかかったと思っているのだ」

「いや、それは俺に言われてもなぁ」

 

そう言いながら一夏は歩きながら顔だけを後ろに向ける。

そこには上級生含め生徒達が続々と続いていた。

教室から出る時も、この人の波に阻まれて時間を費やしてしまった。

 

「なんでこんなとこまで付いてくるんだ? 」

「し、知らん! ほら、着いたぞ。さっさと――」

 

中へ入ろうとした二人だが、剣道場の片隅に人影を捕え、ふと足を止めた。

後ろにいた大量の生徒達も、何だ何だと後ろから様子を窺っている。

 

「あれは……」

「エミヤ先生だな」

 

そこには、目を閉じて立っているエミヤの姿。

SHRにはいたので、終わった後その足でここまで来たようだ。

皆挨拶をしようとしたが、口から出かけた言葉はすぐに引っ込んだ。

 

「……………」

 

ただ立っている、それだけの姿は洗練されていて、古代からある彫像のような重厚さすら感じる。

そのまま見ていれば、目の前で動かぬ石像へとなってしまいそうだ。

そしてその纏う雰囲気、容姿は共に剣道場には異質なはずなのに、エミヤは不思議なほどその風景の中に溶け込んでいた。

 

 

「……君たちはそこで何を。いや、私のせいか。すまなかったな」

「あ、いや……」

 

気がつけばエミヤは目を開けて二人へと顔を向けており、ようやく止まっていた時は動き出す。

 

「先生は、何を……? 」

「少し瞑想を」

 

少し微笑みながら、それだけを答えるエミヤ。

 

「それで、君たちは鍛錬にでもしに来たのかね? 」

「は、はい! 箒が手合わせしてくれるみたいで」

「そうか……では、見せてもらってもいいかな? 」

「大丈夫ですよ、他にもあんなにいるし……」

 

一夏が視線を向ける先には、ギャラリーと化した沢山の生徒達。

 

「一夏、何をしている! 」

「おう、悪い。先生、それじゃあ! 」

 

声のする方にはすでに竹刀を持った箒の姿がある。

一夏はエミヤにそう言うと、試合へと意識を切り替えつつ箒への元へと駆け寄っていった。

 

 

 

**********

 

 

 

「どういうことだ? 」

「いや、どういうことだと言われても」

「どうしてここまで弱くなっている!? 」

 

あれから10分、一夏は沢山のギャラリーの前で箒に怒られていた。

手合わせの結果は箒の勝ち、面具を外した箒の目尻は、話しながらもどんどんと吊り上っていく。

 

「中学では何部に所属していた? 」

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

「……………」

 

一夏の返答に、箒はプルプルと震えだす。

 

「――なおす」

「はい? 」

「鍛え直す! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後三時間、私が稽古をつけてやる」

「え、それはちょっと長いような―――ていうかISのことをだな」

「それ以前の問題だと言っているだろう!! 」

 

箒の剣幕に一夏は従うしかない。

 

「情けない。ISならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくはないのか、一夏! 」

「そりゃ格好悪いとは思うけど……」

「……格好など気にすることが出来るとは、随分と余裕なのだな。良いだろう、なら早速稽古だ。はやく構えろ一夏」

「ちょっと待て! 流石に少し休ませてくれって」

「……情けない。では休憩の後に稽古再開だからな」

「助かるよ、ありがとう」

「……ふん」

 

そっぽをむいた箒を目の端に捕えつつ、一夏は壁際へと歩いていき、その場に座った。

 

「織斑君ってさぁ」

「結構弱い? 」

「ISほんとに動かせるのかなぁー」

 

ヒソヒソと聞こえるギャラリーの声が一夏の心に突き刺さる。

 

「トレーニング、再開するか……」

 

己の弱さを痛感したところで、そう決意する一夏。

箒は一人素振りをしていたが、ふと動きを止めるとエミヤの方へ顔を向けた。

 

「何かね? 」

「……手合わせしてはいただけないだろうか? 」

「おい、箒!? 」

「手合わせ中、先生は漫然と試合を見るのではなく私の動きや一夏の足運びや反応を見ていた。あれは武道の経験があるからこその目だ」

「……手合わせ中にそんな余裕あったんだな」

 

箒の発言に若干へこむ一夏。

エミヤは少し考えるようにしていたが、やがて一夏の方へと顔を向ける。

 

「織斑君、竹刀を貸してもらえるかな? 」

「あ、はい! 」

 

一夏が答えるとエミヤは彼の方へと歩み寄り、竹刀を受け取る。

そしてギャラリーのざわめきなど気にせずに、そのまま箒の元へと歩いて行った。

 

「先生、防具は? 」

「いや、必要ない。さて、先程の質問だがね篠ノ之君。私は特段、君の言う武道などと言えるようなことはやっていない……それでもいいと言うのならば、僭越ながら相手になろう」

 

そう言うとエミヤは手にした竹刀をゆっくりと構える。

 

(正眼……いや、違う。なんだあの構えは? )

 

エミヤの構えは正眼に似ていたが、体の重心や足の運びが微妙に違う。

箒が訝しげな顔をしているのを見て、エミヤは小さく笑った。

 

「だから言っただろう、私は剣道などはわからん。それに私本来の剣術はこれとは違う。これは師の剣の劣化した模倣に過ぎんし、私の師に流派は無いよ」

「そうですか……ならば、いざっ! 」

 

 

 

 

エミヤの言葉を聞き届けた箒は、自らも構えを取り斬りかかった。

 

 

 

**********

 

 

 

「…………くっ」

「成る程、その歳でここまでの腕とは」

「嘘……あの箒さんが? 」

 

あれからどれほど経っただろうか。

剣道場の中央には息を荒げている箒と、涼しい顔をしたエミヤがいた。

その結果に、ギャラリーもあちこちから話し声が聞こえる。

面具を外した箒の顔には大量の汗が流れているが、エミヤの方にはそれすらもない。

ようやく呼吸を整えた箒が、エミヤの顔をまっすぐに見る。

 

「……私の負けです」

「君も素晴らしい腕前だ、今回は私に一日の長があったがね。鍛えれば、私などすぐに追い越せるだろう」

「ありがとうございます」

「やっぱり先生も剣道やってたんですね! 」

 

何時の間にか二人の元へとやってきた一夏が言う。

エミヤはそれに、自嘲するような苦笑を返した。

 

「言っただろう織斑君、私は武道など修めていない」

「えっ、けど……」

「剣、弓、槍、徒手……他にも様々やっていた。剣は中でも長く鍛えたが、どれもただ技術を磨くだけのものだ。心身共に鍛える武道の心得とはまるで違う。そういう意味で、私は武道などやっていないと言ったのだ」

「なるほど。それにしても剣に弓に……って、そんなにやっていたんですか!? 」

「そのどれもが大した腕ではない。そもそも私に才能など欠片も無くてね、ならばせめて、己が持ちうる全ての技能を限界まで伸ばそうとしたのだよ」

 

本来、彼が出来たのはただ一つのことだけ。

しかしその能力(チカラ)をより上手く扱う為に、仮にそれが使えぬ時の為にと様々な技を身に着けた。

 

「はぁ……器用貧乏ってことですか? 」

 

やや失礼な物言いであることを承知で、一夏が問う。

エミヤはそれを気にも留めず、自嘲の色を更に濃くしながら答えた。

 

「私のはそれ以下だ。良いかね?、器用貧乏とは大抵の事はすぐ人並みかそれ以上に出来てしまうが故のこと。私はそれぞれを全力で鍛え上げた結果、ようやく人並みかそれ以下だ。仮に結果が同じだったとしても、それは全く違うものだろう? 」

「は、はぁ……」

 

少し困惑気味に、それでもなんとなく納得したように一夏がうなづいた。

その傍らで箒は何やら考え込んでいたが、やがてエミヤへと顔を向ける。

 

「……先生は何が一番得意だったんですか? 」

「弓はまだ得意なほうだったな。アーチャーと呼ばれたこともあったが、その名を汚さぬ程度には扱える」

「ゆ、弓……」

 

エミヤの返答を聞き、箒はガックリと項垂れた。

 

「どうしたんだよ箒? 負けたのが悔しいとかか? 」

「そうではない……いや、半分正解か」

「 ? 」

「負けたのが悔しいのは事実だが、それは私の鍛え方がエミヤ先生のそれに及ばなかっただけの話。聞けば先生は並々ならぬ研鑽を積んだようだ、まだ若く、経験の少ない私が勝てないのも頷ける。ただ……」

「ただ? 」

「私だって私なりに剣の腕を磨いてきたつもりだったし、先生には全力で挑んだ。それを一番得意な分野でないはずなのに、汗一つかかずに対処されると……」

 

流石に、と箒はシュンとしたように項垂れる。

それ聞いたエミヤは僅かに目を見開くと、今度は小さく笑い出した。

その様子を見た箒は、バツが悪そうに先生を睨む。

 

「なんですか先生」

「ククク、いやすまない。少しばかり昔を思い出してね」

「昔? 」

 

キョトンとした箒の視線を受けて、エミヤは遠くを見るように目を細める。

 

「私が師と初めて手合わせした時、私も君と同じくらいの歳だったんだが、二時間ひたすらに打ち合って相手は汗一つかかなかった。あの時の私は、悔しさを通り越して清々しさすら感じていたよ」

「そうだったんですか!? 」

「あぁ、才能は無かったと言っただろう? 初めの一時間は初撃で失神、意識を取り戻し、起き上がったら一撃で失神の繰り返しだった。なんとか初撃を受け止めても後が続かない。防具なしの状況だったとはいえ、あれは手合わせと言えたかどうか……それに比べれば、私も少しは成長したということかな」

「……今の先生から聞いても信じられません」

「今だったら先生の師匠にも勝てるんじゃないですか? 」

「それはない。私がいくら鍛錬を積もうと、純粋な剣技では彼女の足元にも及ばんよ」

「へぇ~……っていうか先生、いま彼女って言いました? 」

「そうだが、それがどうかしたかね?」

「じゃあ先生の師匠って女の人だったんですか? 」

「あぁ」

 

その一言に、箒が目を見開く。

隣にいた一夏も、周りにいたギャラリーたちも同様の反応だった。

 

「何を驚くのかね。私が知る最も優れた剣技を持つ人間の一人はその女性だよ」

「本当ですか!? 」

 

 

彼の知る中で、剣において最上級の腕前を持つのは二人。

一人は刀、一人は剣と、それぞれの武器でそれに相応しい剣技を振るった。

 

「もっとも、私は彼女から剣の型を習った訳ではないがね」

「え、でも師匠って」

「私が習ったのは戦い方のみ、それも二週間ほど手合わせをしただけだよ。それに彼女と再会する頃には、私なりの剣術は既に出来上がっていた」

「………………」

「縁あって再会した後も幾度となく手合わせを重ねたが、やはりあの剣には適わなかった。今の試合も事前に言った通り、記憶にある彼女の剣を不完全に模倣しただけだ。今の試合を見て私を強いと言うのなら、それは私ではなく彼女が強いのだろうよ」

 

何か眩しいものを見つめるような、それでいて穏やかな顔で、思い出を紐解くように回想をするエミヤ。

しかし周りが色々と聞きたそうにしているのを目にとめて、彼は苦笑しつつ口を開いだ。

 

「……さて、思ったよりも時間が過ぎてしまったな。では私はこれで失礼させてもらおう」

「あっ、はい 」

 

エミヤから竹刀を渡されるがままに受け取る一夏。

箒やギャラリーの生徒達から発せられるまだ聞きたそうな視線を受けながらも、エミヤは淀みない足取りで剣道場から出ていった。

 

「なんていうか、本当に何者なんだあの先生は」

「若い頃から、よほど鍛錬を兼ねていたんだろう。それに先生にそれだけ思わせる程、師匠の腕も素晴らしいものだったんだろうな。私も更に腕を鍛えて、是非また先生と再戦したいものだ」

「箒もやる気だな。これじゃあ俺も負けてられない」

「……良く言った一夏。では早速鍛えてやる」

「え?……お、おい箒!? 」

「エミヤ先生の鍛錬を聞いたろう? あれは今のお前にこそ必要だ。私に先生の師ほどの腕は無いが、これから月曜まで全力で相手をしてやる!! 」

 

言いながらも迫ってくる竹刀を見て、一夏はこれから続く特訓に背筋が凍ったとか。

 

 

 

 

そうして時は過ぎて月曜日。

セシリアとの勝負の日を迎え、クラス内も勝負の行方をあれこれと話し、いつも以上に賑やかだ。

そんな中で、連日の箒の特訓に耐え抜いた一夏はふと思った。

 

 

「……あれ、ISの特訓は? 」

 

 

 

 

そして、勝負の時はやって来る。

 




お読みいただき感謝感謝です。


剣戟では強かったエミヤさんですが、IS戦では他を瞬殺するような強さじゃないです。
今後そこを上手く書けたらなあ……。

因みにエミヤさんの言う「人並み」の基準は英雄達ですので、一般人なら十分達人の域に達してます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激突と和解  ~そして再び決闘へ~

投稿遅れてすみません……。

あぁ~、筆が進まない。



「……なぁ、箒」

「なんだ? 」

 

決戦日当日。

ピットの搬入口前には、一夏と箒が並んで佇んでいる。

 

「どういうことだ?。俺はISの事を教えてもらうはずだったんだが……この一週間、ISに乗るどころか基礎的な話すらしていない」

「……IS以前の問題だと、言ってあったはずだが? 」

「にしても程度があるだろ! 」

「うるさい! 大体、お前のISも無かったのだから仕方ないだろう」

「だからって、知識とか基本的なこととか、もっとやれることがあっただろう。訓練機借りるとか」

「……………」

「そ こ で 目 を そ ら す な ! 」

 

そのまま言い合いを続ける二人。

幸いにもピット内には人は殆どいないので、二人の喧嘩が衆目に晒されることはない。

数少ない観衆である千冬はそんな二人を遠巻きに見ながら大きく溜め息をつき、傍らのエミヤはそれに苦笑を返した。

 

「全くあいつらは」

「緊張で体が動かなくては戦いになどなるまい。平時と同じようにいられる、というのもある種の強みだと思うがね」

「それにしても程度があるだろう」

「違いない」

 

そのままクックッと笑うエミヤを目だけを向けて睨む千冬。

そうこうしていると、真耶が一夏たちの方へ駆け寄るのが見え、二人もそこへ向かった。

 

「織斑君、とうとう織斑君専用ISが届きましたよぉ~」

「え、来たんですか? 」

「織斑、急いで準備をしろ」

「え、あ、千冬ね――――あぃた!! 」

「織斑先生だ。いい加減学習しろ馬鹿者」

 

真耶の方に意識が向いていた為、背後からかけられた千冬の言葉に驚く一夏。

思わず発した言葉に、いつも通りの応酬が繰り広げられる。

涙目の一夏が頭をさすっていると、丁度ピットの搬入口が開いていく。

 

「これが……」

「はい、織斑君専用IS 『白式』です 」

 

開かれた扉の向こうで、純白のそれは待っていた。

一夏の目が僅かに見開かれ、誘われるようにその白へと手をのばし、触れる。

 

「すぐに装着しろ、時間が無い。背中を預けるようにいい―――そうだ。後はシステムが最適化をする。フォーマット及びフィッティングは実戦でやれ」

 

一夏は言われたままに体を動かし、開いてる装甲の中に納まるように身を任せると、途端に装甲が閉じていく。

傍から見ていればそれだけだが、一夏はそれより遥かに多くの情報を得ているのだろう。

 

「ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。一夏、気分は悪くないか? 」

「……大丈夫だ千冬姉。いける」

 

暫し全身の感覚を確認するかのように目を瞑り、一夏はゆっくりと開けながらそう答えた。

 

「そうか。なら、とっとと行って来い」

「わかった……箒」

「な、なんだ? 」

「行ってくる」

「あ……ああ。勝ってこい」

 

箒の言葉に首肯を返し、一夏はアリーナへと飛び出して行った。

その様子を見届けた千冬と真耶はリアルタイムモニターが設置してある一角へ向かい、その後にエミヤも続いた。

デスクに座る真耶の後ろ、千冬の隣に立つと、並んでいるモニターの一つに目を移す。

そこには既にISを纏ったセシリアの姿が映し出されていた。

 

「なるほど、あれがオルコット君の機体か」

「そうだ。ブルー・ティアーズ、第三世代型だ。詳しい武装やスペックは、戦闘中に見れるだろう………始まるぞ」

「あぁ」

 

 

なにやら言い合いを続けていた二人だが、セシリアのライフル射撃によって戦いの幕は開けた。

一夏は慣れないISの感覚に戸惑いながらも、降り注ぐレーザーを必死に躱していく。

攻撃をギリギリのところで躱しつつ一夏も武器を取り出すが、その手に現れたのは一振りの刀だ。

 

「なるほど、オルコット君の機体は遠距離から射撃戦に特化しているのか」

「あぁ、ブルーティアーズは中距離射撃型の機体。銃の腕も見ての通りだ。それに対して一夏の白式に武装はあれだけ、至近距離での格闘戦しか能がない」

「この攻撃を掻い潜り、いかに相手の懐に入るかが鍵となるか……しかし、アレの能力はそれだけではないのだろう? 」

「まぁな、それは見ていればいずれわかる……それまでに負けなければ、だが」

 

画面では、セシリアのブルー・ティアーズが早くもその能力を見せつけていた。

肩部ユニットより切り離されたビット、それが放つレーザーの雨に、一夏はますます翻弄されている。

 

「あれがオルコットの機体の特殊装備、ブルーティアーズだ。あいつの機体名もあの装備から取られている」

「ふむ、単機でありながら複数個所からの同時狙撃を可能にしているのか」

「その通りです。それにしても流石は代表候補生ですね。織斑君、大丈夫でしょうか」

「戦いの結果など終わってみなければわかるまい。幸い、彼には武道の心得があるようだ。早々に決着がつくこともなかろう」

「そうでしょうか? 」

「どんな形にせよ、“戦闘”を知っているのなら体は勝手に反応する。逆にどれほど搭乗経験があろうと、戦闘の空気を知らなければ普段の力の一欠片も出せないだろう。その点、篠ノ之君との稽古は、生半可な訓練よりも遥かに役に立ったと思うがね」

 

それは彼がまだ少年と言える年齢あった時の記憶。

“彼女”を召喚するまで光の御子に対抗できたのは、単純に日々の鍛練と、養父との手合わせで“戦闘”の空気を知っていたからだ。

 

「さらに言えば、今のオルコット君は大いに慢心している。試合をするまでも無く雌雄は決しているものだと確信し、織斑君を格下だと断定した。ああなった者は危機を感じるまでまず相手に本気を出さない。そこに、彼の付け入る隙がある」

「成る程、良くご存知ですね」

「知り合いに史上類を見ない程の慢心の持ち主がいてね。何かと顔を突き合わせていれば、嫌でもわかるというものだ。事実、アレはそうして何度も足を掬われていたからな」

「……一体、どんな人なんですか? 」

 

怪訝な顔をした真耶に、エミヤは苦々しく笑って見せただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……27分。よく持った方ですわね、褒めて差し上げますわ」

「そりゃどうも……」

 

肩で大きく息をする一夏を、セシリアは涼しげな表情で見つめた。

試合の運びはここまでセシリアが一方的な優位を保っている。

一夏のシールドエネルギー残量は少なく、機体自体も見ていれば満身創痍と言う言葉が自然と浮かんでくるほどにアチコチが損傷している。

 

「このブルーティアーズを相手に、所見でここまで耐えたのは貴方が初めてですわ………ですが、流石にもう飽きてしまいました、そろそろ閉幕といたしましょう」

 

セシリアの声と共に二機のビットが本体から離脱し、それぞれが一夏を狙う。

ビットから放たれるレーザーを白式の機動力に任せてギリギリ避けていく一夏だが、回避機動によってその体勢はは大きく崩れてしまった。

 

「ぐっ……」

「左足、いただきますわ」

 

セシリアが狙うのはこの無防備な瞬間だ。

銃口の向く先は宣言通り左足、そこは先の攻撃によって装甲が損傷している。

今再びそこに攻撃を受ければISの絶対防御が発動し、その瞬間に一夏の負けが確定するだろう。

 

(くそっ、こうなったら―――)

 

このまま避けていても敗北は不可避。

ならばリスクが大きかろうと、一か八かの賭けに出るのが得策だ。

 

「ぜあああああああっ!!!」

「なっ……!?」

 

 

瞬間、出来る限りの加速で突込み、セシリアのライフルに体当たりをすることで辛くも銃口を逸らすことが出来た。

 

「……無茶苦茶しますわね。ですが、所詮それも無駄な足掻き!!! 」

 

距離を取ったセシリアがそう言うと、待機していたビットが再び一夏を狙う。

その瞬間、何かに気付いたような表情を浮かべた一夏は、放たれるレーザーを掻い潜ってビットへと迫り、手に握られた刀を一閃する。

剣の軌跡がビットと交わると、ビットは真っ二つに切断され、その数瞬後に爆散した。

 

「なんですって!? 」

 

想定外の事態に驚愕するセシリアへ、一夏は刀を構え直し斬り込んでいく。

再び距離を取ったセシリアは、今度こそとビットを繰り出す。

 

「わかったぞ……この兵器はお前が指示を送らないと動かない! しかも――」

 

ビットの軌道を先読みした一夏がビットに斬りかかり、再びビットを破壊した。

 

「その時、お前はそれ以外の攻撃をすることが出来ない。制御に意識を集中させているからだ。そうだろ?」

「………」

 

引きつったセシリアの目尻を見て、一夏は小さく笑みを浮かべた。

この数分の間に、試合の流れは大きく変わっている。

セシリアの武装の弱点がわかった、軌道も読める、そして実際にブルーティアーズを2機撃墜した。

残る武装はブルーティアーズ2機とライフル、近接武器があるかはわからないが、機体のコンセプトからして至近距離での戦闘に重点は置かれていないだろう。

何よりセシリアの表情に余裕が一切なくなっている。

 

(いける―――!)

 

ようやく見え始めた勝機に、一夏の胸は僅かに高揚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ……。すごいですねぇ、織斑君」

 

リアルタイムモニターを見た真耶が、ため息とともにそう呟く。

初めての試合、しかも代表候補生を相手に粘りを見せ、ついに反撃の糸口すら見出してしまった。

しかし真耶の後ろにいる二人は、画面を見つめながら揃って渋い顔をしている。

 

「む、いかんな」

「わかるかエミヤ」

「えっ、なんのことです? 」

「あの馬鹿者、浮かれている」

「えぇ? 私には全然……どうしてわかるんですか? 」

「さっきから左手を閉じたり開いたりしているだろう。あれは、あいつの昔からの癖だ。あれが出るときは、大抵簡単なミスをする」

「へぇぇぇ………。流石はご姉弟ですねー。そんな細かいところまでわかるなんて」

「いや、まぁ、なんだ。あんな奴でも一応は弟だからな……しかし、お前は何で気づいたんだ?」

「今の彼の目を見ればわかるさ。あの目をした者は、肝心なところで凡ミスをする。私の良く知る人間に常日頃あの目をする者がいてね。アレのここ一番での失敗は、もはや遺伝子に刻まれた呪いの類だった」

「……エミヤ先生の知り合いって、どんな人たちだったんですか? 」

「……察してくれ」

 

 

 

見れば一夏は3機目のビットを斬り、そのまま最後のビットへと駆ける。

しかし、一夏は気づいていなかった。

最後のビットが先程から動かず、攻撃する気配すら見せなかったのだ。

そのまま剣を振り上げようとした一夏だが、一瞬悪寒が走り、セシリアの方を見る。

そこには、満面の笑みでライフルを構えるセシリアの姿があった。

 

「しまった――!!」

「気づいたところで遅いですわ!!」

 

ピットの機動を見切られたセシリアは、今度は逆にピットを動かさずに一夏がピットに迫る瞬間を狙っていたのだ。

慌てて回避起動に移ろうとした一夏だが、その肩部ユニットにセシリアのライフルが命中する。

 

「ぐあああああっ!! 」

 

大きく吹き飛ばされ、落下していく一夏。

 

(くそっ――)

 

己の失態を悔やんでいたその時だ。

 

 

――――フォーマットと及びフィッティングが終了しました。

 

突然現れたそのウィンドウに一夏は戸惑いながらも“確認”のボタンを押す。

途端に一夏のISは光に覆われる。

その光が収まった時には、彼の機体は生まれ変わっていた。

 

「ま、まさか……一次移行!? あなた、今まで初期設定だけの機体で闘っていましたの!? 」

 

セシリアの驚愕をよそに、一夏は生まれ変わった白式の姿を確認する。

その手に握られていた刀も、その姿を変えていた。

 

「これは……雪片? 」

 

表示されている刀の銘は、かつて姉が振るっていたものと同じ。

その暫し見つめ、力強く握りしめた一夏は、ふと小さく笑顔をこぼした。

 

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

決意を新たに、眼前の敵を見る一夏。

 

「俺も、俺の家族を守る」

「は? あなた、何を言って―――あぁ、もう面倒ですわ!」

 

今度こそ最後のレーザービットが一夏に狙いを定めるが、先程よりも機敏な動きで、迷いなくビットを追う。

 

―ギィン!!―――

 

一瞬のすれ違いざまの横一閃。

両断されたビットは、慣性に任されるがまま一夏の横を通り過ぎ、爆ぜた。

その爆風を背中で感じながら、一夏はいよいよセシリアへと迫る。

 

「おおおおおっ! 」

 

手の中の雪片に光が集まり、その刀身が光を帯びる。

そのまま一夏は呆気にとられたセシリアの懐へと入り、構えた雪片を大きく振るった。

――が、その刀身に手ごたえを感じる前に、試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

「え……あ、あれ?」

「へ?」

 

アナウンスを聞いた一夏はポカンとした表情を浮かべ、同じ表情をしていたセシリアと顔を見合わせる。

アリーナに詰めかけていたギャラリーたちも、何が起こったのか全く把握出来ていなかった。

 

 

 

 

「………」

「……全く、馬鹿者が」

 

試合結果を聞いた真耶は、生徒達と同じ顔で画面をぼんやりと見つめている。

その後ろに立つ千冬はやれやれといった表情を浮かべ、その隣のエミヤはクツクツと喉で笑っている。

 

「ふむ、この終わりは予想外だったな」

「………エミヤ」

「おや失礼。しかし君は彼にとって、よほど誇らしい存在だったのだな」

「そうですよね。あの時の織斑君、とってもかっこよかったです」

「……………」

「織斑先生? 」

「ん?、あぁ、すまない。そうだな……」

 

そう答えた千冬の顔は、ほんの僅かに自嘲するような表情を浮かべていた。

 

 

「……あいつが帰ってくるな。さて、何と言ってやるか……」

 

ピットに向かってくる一夏の姿を捉えた千冬は、もういつもの表情に戻っており、エミヤ達もそれ以上の事を気にするのは止めた。

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりで良い感じですね! 」

「……は? 」

 

朝のSHR、教壇に立つ真耶は嬉々とした様子で話を続け、生徒達もアチコチで話に花を咲かせている。

その中で、一夏だけが、現在の状況を全く理解できず困惑している。

 

「あー……先生、質問です」

「はい、織斑くん」

「俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんですか? 」

「それは―――」

「それはわたくしが辞退したからですわ」

 

がたんと椅子が動く音に一夏が目を向けると、そこには腰に手を当てているセシリアの姿。

その様子を見て、一夏はますます困惑する。

なにしろセシリアが一夏に噛みついた理由は、クラス代表に彼女ではなく一夏が選ばれたからだ。

そのセシリアが、今度はクラス代表を辞退したというのだ。

 

「まぁ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ」

「ぐっ……」

 

いつもと変わらぬ調子で話すセシリアの言葉を、一夏は黙って受け止める。

いや、言い返せればそうしたいところなのだが、事実として負けた彼は反論できない。

 

「それで、まぁ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして」

 

と、ここでセシリアの雰囲気が若干変わるが、それに気づかぬ一夏は無言で先を促す。

 

「”一夏さん”にクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの。えーと……そ、それでですわね」

 

何か恥ずかしいのか照れているのか、コホンと咳払いを一つして顎に手を当てる。

 

「わたくしが一夏さんにIS操縦を教えて差し上げますわ。何せわたくしは代表候補生、このわたくしの手にかかれば、一夏さんもみるみるうちに成長を遂げ―――」

 

と、セシリアがここまで言ったところでバンッ! と言う音が教室に響いた。

それまでセシリアに注目していた生徒たちは、ここで音のする方へと顔を向ける。

そこには凄まじい剣幕を見せる箒が、ゆらりと立ち上がったところだった。

どうやら先ほどの音は彼女が机を叩いたものらしい。

 

「あいにくだが、一夏の教官は既に足りている。 私が 、直々に頼まれたからな」

 

……眼で殺す、という言葉がある。

元は女性がその色目でもって男性を悩殺することの例えだが、今の箒の視線は、物理的に相手を殺しかねないほどの鋭さを帯びている。

しかしそんな箒の視線にも臆せずに、涼しい顔で笑って見せた。

 

「あらあら?、あなたはランクCの篠ノ之さんではありませんか。ランクAであるわたくしに何か御用でも? 」

「ら、ランクなど関係ない! 頼まれたのは私だ。そもそも、い、一夏がどうしてもと懇願するからだな……」

「座れ、馬鹿ども」

 

セシリア、箒、ついでに一夏の頭に出席簿が落ちる。

代表候補生、剣道全国一位がまるで反応出来ないその素早さに、元日本代表としての技量の高さが窺える。

 

「お前たちのランクなどゴミだ。私からすれば誰であろうと平等にひよっこだ。まだ殻も破れていない段階で優劣などつけようとするな」

 

その圧倒的な剣幕に、流石のセシリアも言葉を詰まらせる。

 

「オルコット、たとえ代表候補生でも一から勉強してもらうと前に言っただろう。下らん揉め事は十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ、自重しろ」

「手厳しいな」

「私は事実を言っているだけだ」

 

それまで後ろで聞いていたエミヤがそう言うと、千冬はそちらに顔も向けずに答える。

 

「エミヤ先生は、昨日の試合をどう思っていまして? 」

「思いのほか接戦だったというところか。代表候補生のオルコット君の技量の高さは当然のことだとして、織斑君の機動もIS初心者とは思えないものだった。連日篠ノ之君と手合わせした成果が出たのだろう」

「フン、ISに乗ったこともない人間がよく言えるな」

「そこを突かれると痛いが……まぁ、初めて手にした武器をどの程度扱えるかというところに通ずる、と思ってくれ。それに戦闘ならばいくらか心得があるのでね」

 

千冬の言に苦笑を返すエミヤ。

しかしそれは聞いていた一夏はポカンとした表情でエミヤの方を見る。

 

「あれ、先生はISに乗ったことないんですか? 」

「あぁ」

「でも、ISを動かしたって――――」

「私はISを”起動させた”だけだ、それも事故のような形でね。その後も色々と慌ただしかったのもあって、君たちの入試のように実際ISを動かすということもなかった」

「はぁ~」

「織斑君には以前言った通り、ISの経験など微塵もない。搭乗さえしてないのだから当然――オルコット君? どうかしたかね? 」

 

エミヤの言葉に生徒たちがセシリアの方を見ると、そこにはプルプルと震えるセシリアの姿がある。

 

「なぁセシリア、どうしたんだ?」

「………すわ…」

「ん? 」

「決闘ですわ!!! 」

 

突如声を荒げたセシリアは、凄まじい顔でエミヤを指差す。

 

「突然ISを動かしてしまったからとはいえ、搭乗さえしたことのない人間がこのわたくしの教師などと……断じて認められません!! 」

「……君たちと共にIS操縦を学んでいく旨は、初日に言ってあったはずだが? 」

「そ、それはそうですが……とにかく! わたくしと戦いなさい! それで教師に足る技量であれば文句はありませんわ。そうでないのなら生徒として入り直してくださいな」

「しかしだね……」

「いいじゃないかエミヤ、遅かれ早かれISには乗るんだ。相手は代表候補生、不足はないだろう? 」

「君は――」

「では明日の放課後、エミヤ先生とオルコットとの試合を行う。いいな? 」

「……異論はない」

「わたくしもそれで構いませんわ。破壊されたブルーティアーズも予備に換装しましたので」

「よし、では授業を始める。とっとと席につけ」

 

 

 

 

 

こうして、予想外の流れではあるが、エミヤにとって初のIS戦が行われることになった。

 

 

 

 

「そうだエミヤ」

「何かな? 」

「心配するな。お前の腕なら用務員としても十分すぎるほどやっていける」

「………そうならないことを祈るよ」

 

 




読んでいただきありがとうございます。


今後も更新が不定期になるかもしれませんが、どうぞよろしくおねがいします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エミヤ対セシリア ~その実力は~

更新ほんとに遅れて申し訳ないです!!

時間と文才が無いもので、ようやくようやく書けました。


少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


さてエミヤとセシリアの決闘の日。

千冬とエミヤの二人はピットへとやってきていた。

エミヤは既にISスーツを纏っており、見た目はウェットスーツを纏ったダイバーのようだ。

因みに、真耶は一夏や他の生徒と共にアリーナの席に座っている。

 

「これが今回お前に使ってもらう機体、打鉄だ。初めてお前が起動させたのもこれだな」

「ふむ」

「何分急だったのでな、一夏のように専用機は用意できなかった」

「構わんよ。訓練機に使われるくらいだ、性能もまとまっているのだろう? 」

「あぁ、安定性と防御力には定評があるし、燃費もいい」

「十分すぎる、試作機を渡されるよりも遥かにマシだ」

「悪いが一夏と同じで時間が無い。幸いこれにはファーストシフトもない、すぐに装着してくれ」

「了解した」

 

そのままエミヤはISに乗り込む。

乗り込んだ瞬間に流れ込む情報に少し驚いたが、すぐにそれも無くなった。

 

「大丈夫か」

「……異常という意味でなら、特に問題はなさそうだ。多少慣れない感覚なのは確かだが」

「お前はこれが初の装着だからな。何、一夏でも出来たんだ、実戦中に慣れるだろう」

「そうだな……時にこのハイパーセンサー、一部の機能を切ることは可能だろうか? 」

「可能だが、どうするつもりだ? 」

 

答える前にエミヤはそれを行動に移した。

千冬が持っていたタブレット端末にその情報が送られる。

 

「視覚補正、射撃補佐、視覚情報処理補佐の解除、しかもPICはマニュアル設定だと? 」

 

ISに搭載されているハイパーセンサーには、戦闘を補佐する様々な機能が備わっている。

その中でも機体制御機能である”パッシブ・イナーシャル・キャンセラー”<PIC>は、ISの機動性と安定性の要とも言える機能だ。

マニュアルならばより細かい姿勢制御も可能だが、逆に射撃時の反動制御等も意識しなければいけない。

それ故、初心者はまずオート設定で闘うのが常識だ。

 

「元より目は良い方なのでね、全方位視野接続以外は必要ない。射撃管制も私には必要ないので切らせてもらった。それにPICはいずれマニュアル制御にしなくてはいけない。ならば初めからこちらに慣れてしまう方が良いだろう」

「しかしだな……」

「これでも私なりに最善の選択をしたつもりだよ。教師生命がかかってしまったのでね」

 

薄く笑ったエミヤには焦りの色は無く、自棄になった訳ではなさそうだ。

 

「……作業服かツナギか、希望を聞いておいた方がいいか? 」

「どちらも御免被る……さて、本当にそうならぬよう、そろそろ行かねばな」

「あぁ、行って来い。私もアリーナ席の方へ行っている」

「了解した」

 

千冬の返事に頷くと、エミヤは僅かに体を傾ける。

それだけで機体は滑るように動きだし、ピットからステージへと飛び出して行った。

 

 

 

 

 

「さて、覚悟はよろしくてエミヤ先生?」

 

アリーナで出迎えたのは勿論、ISを纏ったセシリアだ。

一夏との試合と同じように、高所からエミヤを見下ろしている。

 

「全く、とんだ初戦になったものだよ」

「初戦というのに随分と余裕ですわね。その余裕もどこまで持つか……楽しみですわ!!」 

 

言うが早いか、手に実体化させたライフル”スターライトmkⅢ”を構え、放つセシリア。

だがエミヤはまるで動かず、放たれたレーザーはエミヤのすぐ近くへと着弾した。

 

「……どうして、避けませんの? 」

 

そう言ったセシリアの表情が強張っていたことに、観客の何人が気づけただろうか。

 

「今の射撃のことかね? 射線からして威嚇の類だと判断したまでだ……当たらぬモノを避ける道理はなかろう? 」

「 っ!!? 」

 

セシリアの表情が今度こそ強張る。

確かに今の一射はエミヤへの威嚇を含んだものだったが、それでも着弾地点はエミヤのすぐそばだ。

射線に入っているか外れているか、こんな僅かな差は遠方からの狙撃ではわからないと言っていい。

 

何よりだ。

銃口を向けられた時点で常人ならば体は勝手に回避行動へと移っているはずである。

いくら絶対防御があろうとも、そのまま実戦で通用する兵器を向けられて恐くないはずがないし、本能的に危険を回避するのが生物として正解だ。

それをこの男は銃口を向けられようと眉一つ動かさず射線を見切り、ギリギリ当たらないからと回避すらしなかったのだ。

 

セシリアが驚きのあまり硬直していると、相手の機体の解析結果が画面に表示される。

 

(機体は第二世代 ”打鉄” ………なんですの、この設定は!? )

 

ただでさえ何の変哲もない訓練機、しかも一部の機能を切っている。

 

(視覚補正ですらカット……まさかさっきの、肉眼で!? )

 

優に100mはあった最初の狙撃を肉眼だけで見切って見せたと知り、セシリアは正面にいる男に戦慄する。

 

 

 

 

そもそもセシリア自身も、この決闘は流石に短慮に過ぎたと後ほど反省していた。

つい勢いで口から出てしまったものをどう収めるか考えた末。

 

 

エミヤをコテンパンにして大勝利。

落ち込むエミヤを慰め、教師としての存続を認める(ここで女性としての大らかさアピール)

一夏「やっぱセシリアって優しいし強いんだな!。なぁ頼む、セシリアにISや他のこと色々教わりたいんだ!! 」

一夏に色々と手取り足取り教える

なんか良い雰囲気

 

 

 

 

という、双方大円満の妙案を思いついたのだ。

そうして臨んだ今回の試合だが、もはやそのような妄想は捨て去らねばならない。

 

「……失礼しましたわ。これからは、わたくしも全力で行かせていただきます」

「そうでなくては張り合いがない、遠慮はいらんさ」

「そのようですわね……ではっ!!! 」

 

既に慢心は捨てた、眼前にいるのは未知なる敵。

ライフルを構えたセシリアの眼に、余裕は一切なくなっていた。

 

 

 

 

 

 

「………あれ? 」

 

試合が始まって暫くした後、アリーナで観戦していた一夏はふとそんな言葉を漏らした。

セシリアの強さは身を持って知っているし、エミヤ先生とて剣戟の技量は相当なものだ。

そんな二人が戦う今回、始まる前にはどんな試合になるかとワクワクしていたのだが……。

 

「なんか、地味じゃないか? 」

 

そう、それが試合を見ての率直な感想だった。

さぞや攻防入り乱れた戦いになるのかと思いきや、現在の試合は高所に陣取ったセシリアがブルーティアーズで一方的に攻撃、エミヤはそれをひたすら低空で避けているだけだ。

試合の運びなら一夏の時と同じ、更にエミヤはスピードもそれほど出しておらず、機体に不備があるのかと疑うほどだ。

姉の試合を隠れて見ていた程度の一夏には、このままセシリアのワンサイドゲームになるのではとさえ思える。

 

しかし不可解なのは周りの反応だ。

1年の多くは一夏と同じように試合運びに困惑しているが、上級生たちは食い入るように眺め、さらに「すごい」と言った声も時折り上がっている。

アリーナへ来ていた真耶も、手元のタブレット端末をしきりに操作しながら試合に釘付けになっていた。

ふと傍らの箒を見ると、こちらも困惑した表情を浮かべつつ試合に見入っている。

 

「なにがそんなにすごいんだ? 」

「そんなこともわからんのか、馬鹿者」

「えっ? 」

 

返事に驚いて振り向くと、そこにはビットにいた筈の千冬が立っている。

その場の生徒も振り向くと、千冬は一夏へと声をかける。

 

「実戦を経験して少しは分かったかと思っていたが、まだまだのようだな、織斑」

「あっ、織斑先生 」

「ここを任せて済まなかったな、山田先生」

「い、いえ……あっ! すいません、私ったら、すっかり見入っちゃって」

「気にするな、こんな試合を見せられれば当然だ」

「先生……この試合の何処が凄いんですか? 」

「そうだな……織斑」

「えっ?、あ、はい」

「お前がオルコットと戦った時はどうだった? 」

「いや、どうだったって聞かれても……初めは機体の反応について行けなくて精一杯だったというか……」

「成る程。つまりお前は初め、機体に振り回されていたという訳だ」

「うっ」

「機体の制御が出来ない状態では、どうあっても機動も単純なものにしかならない。攻撃する隙などいくらでもある」

 

千冬の冷静な意見に、ぐうの音も出ない一夏。

実際、一夏が反撃の糸口をつかむまでは散々セシリアにやられたからだ。

 

「話を戻すが、今エミヤ先生はお前と全く逆の事をやっている」

「えっ?、それってどういう―――」

「先生は今、自分が制御できる速度域での機動を徹底し、緩急を付けた不規則な動きでオルコットの弾幕を凌いでる。実際、エミヤ先生のシールドエネルギーはそこまで減っていない」

 

そう言うと千冬は、タブレットに表示されていたデータをいじり、空中投影ディスプレイを起動させる。

そこに表示されていたシールドエネルギーの表示には、確かにまだ4割程しか削られていたかった。

千冬の言葉を聞いて試合を見ると、確かに弾は当たっているものの今は装甲を掠めているだけだ。

初めの頃には命中弾もあったはずだが、時間が経つにつれて被弾する割合が大きく減少していたのだ。

言われてみれば確かに、エミヤはアリーナ中を動きながら攻撃を躱していて、それも円を描いたり急に切り返したり、急加速急減速まで織り込まれている。

アリーナ内をとにかく最高速でジグザグに動きまくっていた一夏とは、何もかもが大きく違っていた。

 

「派手さに欠けるのは奴の動きに無駄が無いから、先生が攻撃をしていないのは回避機動の中でISに体を慣らすことに集中しているからだ……見ろ」

 

初めの頃はぎこちなさも見えたエミヤの挙動は段々と速く、鋭く、滑らかになっていく。

ブルーティアーズが掠りもしなくなると、セシリアはとうとうブルーティアーズを格納し、ライフルでの射撃に専念し始めた。

 

「オルコットは一発ごとの精度をとったな。ブルーティアーズもまだ試作兵器、当然と言えば当然か。さて―――」

 

試合を見ていた千冬が生徒達の方へ目を向けると、もう彼女の言葉など聞こえていないかのように全員が試合に釘付けになっている。

その様子に千冬は小さく笑うと、再びアリーナの方へと意識を集中させた。

 

 

 

 

 

( やはり、そう上手くはいかんか )

 

敵の動きに意識を向けつつ、エミヤはそんな事を思っていた。

平時と異なる感覚や動き、不利な状態での戦闘も幾度となく切り抜けてきたが、今回は彼が初めて体験する種類のものだ。

慣れぬ感覚の中、地面スレスレを滑るようにして攻撃を回避していく。

 

(あるいは彼らなら……)

 

セイバーやランサーならばすぐ手足のように扱えただろうが、あいにく自身はそこまで器用ではない。

どこまでいっても元は一般人のエミヤはそれ故に、指先や足先、重心、それこそ一挙一投足に神経を集中させた。

どんな些細な動きにも細心の注意を払って攻撃を躱していくと、動きにも慣れ、挙動かぎこちなさがなくなっていく。

 

 

冷たい筈の金属装甲に血が巡っていく感覚。

中の回路が神経や血管へと変わる感覚。

違和感は消え、身に纏ったISそれ自体が体の一部となっていく感覚。

 

 

ようやく感覚が馴染んでくると、エミヤは薄く笑いを浮かべながら上空のセシリアへと目をやった。

 

相変わらず容赦のない精密な狙撃は、精密であるが故に射線さえ見切れれば回避は難しくない。

上空から降り注ぐレーザーライフルの攻撃は、観客からすれば降り注ぐ雨のようにも見えるだろう。

しかしエミヤがそれを見て想像したのは全く別のモノだった。

 

 

 

槍の 刺突

 

 

(ブルーティアーズによる攻撃は、寺の魔女のソレに近いがな。しかし、奇しくも色まであの槍兵と同じとは……)

 

脳裏に浮かんだのは犬猿の仲の槍兵だ。

戦争が終わった後でも、お互いに何かとくだらない理由を作っては手合わせを重ねた経験がある。

あの槍すら防ぎきって見せたのだ、この程度の攻撃を往なせずして何が英霊か。

 

「さて、ではそろそろ反撃と行こうか」

 

 

 

 

 

 

(なんですの、なんですのなんですのなんですの!!!? )

 

エミヤへと狙いを定めながら、セシリアは焦っていた。

 

初めこそセシリアが優勢を保っていた。

一夏の時とは違い初めから本気で挑んだ戦い、そうなって当然のはずだったのだ。

しかし今はどうだろう。

初めこそ回避するしかなかったエミヤは、今では逆にセシリアを翻弄している。

 

「くっ―――!!! 」 

 

照準内にエミヤを捉える。

だが引き金を引く一瞬前に、その姿はスコープの外へと外れてしまうのだ。

結果として放ったレーザーは紙一重のところで外れてしまう。

 

「あぁ、もう――!! 」

 

先程からこのやり取りの繰り返しだ。

躍起になったセシリアは狙撃に集中していき、自身の機動がおろそかになっていく。

試合直後は反撃対策で行っていた回避機動も、相手からの反撃が無いのをいいことに途中から行わなくなっていた。

と、ここでエミヤ動きが急に緩やかになる。

 

( !!、今ですわ―――!! )

 

これなら確実に当たると確信し、セシリアは狙いを定める。

 

―――ガィィインッ!!――

 

「 キャッ!! 」

 

しかし引き金を引くその瞬間、弾かれるような感覚と共にライフルが”勝手に”大きく逸れた。

なんとか取り落とさずには済んだが、右手はまだジンジンと痺れている。

 

「一体何が――!? 」

 

暴発を疑い手元の銃を確認するが、一見すれば何の変哲もない。

だがよく見ると、銃の側面に何か擦れたような痕が見えた。

 

(まさか――)

 

浮かんだ可能性を確かめるため、眼下のエミヤへと目を向ける。

そこには、アサルトライフルを構えたエミヤの姿が会った。

 

(そ、そんなこと……)

 

あり得るはずがない、あの距離から肉眼での狙撃など常人ならばありえるはずがない、

セシリアは再び大きくライフルを構える。

 

「キャアッ――-!!!」

 

が、再びライフルが弾かれる。

先程よりも大きな衝撃にセシリアは大きくのけぞった。

その隙を見逃さず、体勢を崩したセシリアへ銃口が向かう。

 

「キャアアアアアアアアアアッ!! 」

 

一息の元に放たれた弾丸はまるで決められていたかのようにセシリアへと命中する。

慌てて距離をとったセシリアが被害を確認すると、大幅にシールドエネルギーが削られていた。

 

「まさか、なんで……」

 

着弾数はそこまで多くは無い、アサルトライフルがただ当たっただけならここまで削れるわけは無かった。

その原因は、着弾箇所の表示を見て理解した。

 

心臓、両肩口、肝臓、腎臓、膀胱……。

 

弾丸は全て急所と言われている個所に的確に当たり、攻撃から操縦者を守るために通常よりも多くのシールドエネルギーを消耗していたのだ。

 

「ぐぅっ」

 

一瞬のうちに起きたことが理解できたところで、腕が痺れていることにようやく気が付いた。

肩口に強い衝撃が走ったことで、腕の感覚がマヒして動かなくなっていたのだ。

ライフルを取り落とさなかっただけマシだが、これでは正確な射撃どころか、ちゃんと構えることすら怪しい。

焦る表情で相手を見れば、エミヤは機体を停止させ、表情一つ変えずにセシリアの方を見ている。

エミヤが畳み掛けなかったのは体勢を立て直したのか、相手の反応を窺う程度の余裕があるのだろうか。

 

「……っ、行きなさいブルーティアーズ!! 」

 

腕の痺れが取れるまで時間を稼ぐことが、現在のセシリアの最優先事項だ。

声を張り上げたのは自らの士気を上げるためか、一息のうちに急所を的確に撃ち抜いた相手への、底知れぬ恐怖をごまかすためだったのか。

 

4機のビットはエミヤを取り囲むような機動をとるが、狙われているエミヤは動こうとすらしない。

セシリアがそれを訝しんだ瞬間、エミヤは両手にアサルトライフルを具現化させ、そのまま4機のビットを“薙いだ”。

2丁のアサルトライフルはそれぞれの砲火が空中に線を引き、その線がビットと重なった瞬間に爆発が走る。

 

「なっ…」

 

一瞬のうちに4機のビットが破壊されると、エミヤはセシリアへ接近する。

腕の痺れは未だ抜けない、ここが好機と見てのエミヤの的確な判断にしかし、セシリアは薄く笑って見せた。

 

「かかりましたわね!! ブルーティアーズは6機ありましてよ!!」

 

言いながら2つの砲口がエミヤへと狙いを定める。

一夏との試合でも見せていなかった兵装、エミヤは全く想定していない。

更にこのブルーティアーズはミサイルである、避けたところで相手を狙い続ける。

 

(勝った……)

 

向かってくるエミヤから驚きの表情を見た瞬間、ふとそんなことを思ってしまった。

しかしそれは、直後の目の前で起きた爆発にかき消された。

 

「キャッ!!」

 

爆炎によって周囲の状況がつかめないセシリアは、回避よりも爆発の衝撃から身を守ることを選択した。

しかし、その直後全身を襲う衝撃に、セシリアは更に硬直してしまう。

動けないセシリアへ、エミヤがアサルトライフルで畳み掛けたのだ。

 

「キャアアアアアアアアアアアア!!! 」

 

 

『試合終了。 勝者、エミヤ』

 

 

 

「……ハァ、なんとかなったな。オルコット君、怪我はないかね? 」

 

地面に降り立ったエミヤは、涼しい顔をしてセシリアへ話しかける。

 

「……いえ。問題ありませんわ」

「それは良かった。いや、流石に少々やりすぎたのではと」

「最後、一体何が起きましたの? 」

 

呆然としたセシリアが問うと、エミヤはキョトンとした表情を浮かべる。

 

「何がと言われても、迎撃させてもらっただけだが」

「迎撃!? 」

「まだ奥の手を持っていたことには意表を突かれたがね。しかしミサイルは発射直後ではあまり速度も出ない。そこを撃ち落とさせてもらった」

「そんな……」

 

あの瞬間、レーザー兵器の警戒をしたエミヤは射線から外れるように機動をとり、発射されたものがミサイルだと確認した後に撃ち落としたのだ。

セシリアは至近距離で爆風を食らいシールドエネルギーを消耗、更に衝撃で硬直している隙にエミヤから駄目押しのアサルトライフルを受けて負けたのだった。

 

「さて、どうにか面目は保てたか。では私はこれで失礼させてもらおう」

「えっ、は、はい」

 

セシリアの空返事に小さく笑顔を返すと、そのままエミヤはピットへと戻っていった。

アリーナは先ほどから静まり返り、生徒たちはみんな言葉を出せないでいる。

 

 

 

 

 

「あの方、一体何者ですの? 」

 

ポツリと呟いたセシリアの言葉が、やけに大きく響いた気がした。

 

 




ごめんなさい、お待たせしてすみませんでした。

戦闘シーンの描写全然ですね……。


エミヤは暫く打鉄を使います。
専用機も専用武器も考えてありますが、まだ暫く後になりそうです。
専用武器に関しては、他作品の武器を使ってもらうことになりそうです。


今後も不定期グダグダ更新になりそうですが、なるべく早く上げようと思うので、どうかよろしくお願いします。。。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

歓迎会 ~その翌朝と~

お久しぶりです。


はい、なんかもう申し訳ありません。
言い訳させていただくと、放置してた訳じゃないんです。
ただ、上手くまとまらなくてそのままズルズルと……。

結局まとまらないまま良くわからん内容になってしまいましたが、どうか生暖かい目でお願いします。


 

「歓迎会? 」

「はい! 」

 

セシリアとの一戦が終わって暫く経った頃、放課後の職員室に聞こえたのはそんな一言だった。

 

「エミヤ先生が来られてから色々と慌ただしくて出来てなかったので、この後やろうと思うんです」

「気持ちはありがたいが、私は遠慮させてもらおう。皆で楽しんで―――」

「駄目ですよ!、誰の歓迎会だと思ってるんですか!! 」

「そもそも、私は歓迎会など聞いていないが……」

「当然です、サプライズですから 」

 

えっへんと胸を張る真耶に、アーチャーは溜息をつく。

 

「そもそも、食堂なら夕方から生徒たちが使うのだろう?。何処で行うというのかね? 」

 

確か夕食後から生徒達がなにやらパーティーをするようなのだ。

おそらく、織斑一夏がクラス代表になったお祝いなのだろう。

となれば、教師陣が歓迎会を行うスペースなどは何処にも……。

 

「大会議室です、もう準備だって出来てるんですよ」

 

言われることを想定していたように真耶が答えた。

なるほど、確かに大会議室ほどの広さなら簡単なパーティーくらい行えるだろう。

むぅ、とエミヤは眉を寄せる。

 

「しかしだな……」

「駄目ですか………? 」

「む……」

 

目に涙を溜めてこちらを見る真耶に、エミヤは思わずたじろぐ。

だがエミヤとてそう簡単に折れるわけにはいかない、まっすぐに真耶の目を見返した。

 

「……」

「……」

「………」

「………」

「……………」

「……………」

 

無言のにらみ合い(片方は涙目だが)が続く中、その様子を見ていた千冬が溜息と共に口を開いた。

 

「そこまでにしておけエミヤ、せっかくの好意だ。それに人付き合いは重要だぞ」

「……君も、こういった類のことは苦手だと思っていたんだが? 」

「まあな、だがそこまで頑なに拒むほどではない」

「本音は? 」

「酒が飲める機会を潰すな、馬鹿者が」

「…だろうと思ったさ……」

 

キッパリと言い切った千冬に、エミヤはガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なるほど、嫌がる訳だな」

 

そうして始まった歓迎会で、千冬は部屋の隅からその様子を眺めながら一人呟いた。

 

「エミヤ先生の好きな食べ物って何ですか? 」

「あ、私料理よそってきますね」

「ここへ来る以前はどんなお仕事されてたんですか? 」

「先日の試合見てましたよ! 」

 

教師陣が固まっているその中心には、少し困ったように対応に追われるエミヤの姿があった。

元より女性ばかりの空間に男一人ともなればこうなるのはある意味当然と言える。

酒の肴にとグラスを傾けながら眺めていると、その中に群れの中に事情を知っているはずの真耶の姿を捉えてしまい、思わず苦笑が漏れた。

 

「全く、真耶の奴は……」

 

困っているように見えるエミヤも卒なく応対し、聞かれたくないことを上手くはぐらかしている様子はこうした状況に慣れているようにも思える。

 

(ああしていれば普通の男だな……)

 

苦笑したり呆れたりからかってきたり、かと思えば時折子供の用に拗ねて見せたり、短い期間に色々な表情を見た気がする。

しかし………

 

 

 

彼は、人間ではない。

 

 

 

彼自らがそう言った、自身はヒトならざる身なのだと。

そうして見せられた、魔術と呼ばれるその力。

本来ならば出自は勿論、初めて会った時の状況からして警戒しなければならない人物のはずだ。

しかし千冬は彼が危険だとは思えず、あろうことか彼をこの学園に斡旋してしまったのだ。

理由はと聞かれても、具体的なことは言えない。

ただ真耶に言ったように、本当に纏う空気やその目から感じたのだ。

 

 

 

「やれやれ」

 

と、声に気づいて思考から意識を浮上させると、若干疲れたようなエミヤがこちらへと歩いてきていた。

 

「あいつらはどうした? 」

「なんとか隙を見て逃げてきた。彼女たちには悪いが、こういうのは苦手でね」

「随分と慣れた様子に見えたが? 」

「以前の仕事柄、こういう機会自体はよく経験したものだよ。だが、好きかどうかはまた別の話だ」

「疲れているようだな?、男にとっては天国のような状況だろう? 」

「……全ての男性がそうだと思わないことだ。まぁ、そういう者たちがいるのは否定せんがね。私の知人なら、マグ・メルにいるような気分を味わっていただろう」

 

千冬のからかいの言葉に、エミヤは些かげんなりとしながら答えた。

 

「マグ・メル……喜びの島のことか?。たしかケルト神話での死者の国だな、いわゆる天国のようなものだったと記憶しているが」

「それであっている。一応、彼の地に縁のある人物だったのでね、例えてみたまでだ」

 

最も、アレは日本の地に馴染み過ぎていたが、とエミヤは笑う。

懐かしい記憶に触れたのだろう、その目は穏やかに遠くを見ていた。

 

「友人だったのか? 」

「アレの異名を考えれば、犬猿の仲の方がしっくり来るのだろうがな。まぁ、腐れ縁と言ったやつだ」

「そうか」

「そうだ」

 

そこから交わす言葉はなく、2人並んで立ちながらゆっくりとグラスの中の液体を減らしていく。

 

 

「あ~、エミヤ先生ったらあんなところに」

「でも、あそこには織斑先生が」

「て、手が出せないわ……」

 

2人が並ぶ部屋の一角を、悔しそうに眺める視線には気が付かなかったようだ。

 

 

 

 

(………)

 

少し経って、千冬はグラスに残った酒を見つめていた。

エミヤとは長い付き合いではない。

そんな奴と二人、気まずい空気が漂ってもおかしくない状況である。

千冬は元よりあまり気にする性質ではないが、今はこの沈黙すら穏やかで心地が良かった。

 

(これも、奴だからなんだろうか……)

 

そう思うと、千冬はエミヤの体を下からぼんやりと眺める。

日本人の平均身長からすれば千冬は十分に長身と言える部類だが、それでも隣に立つこの男の顔見るには首が痛くなるほど上に向けなければいけない。

 

(……ほう)

 

四肢は長く、その体が良く鍛えられているのは服の上からでさえよくわかる。

中央の賑わいを穏やかに眺める顔は、よく他の教師たちが話題にしている、テレビに出るような美男子ではないものの、よく整っていた。

 

(なるほど、こうしていれば”いい男”……なのか)

 

特段男性に強い興味を持たない千冬でさえそのような判断が下せる程だ、生徒や教師陣がこぞって向かうのも無理はないだろう。

そのままボンヤリと眺めていたが、暫くしてエミヤがその視線に気づき、顔を合わせる。

 

「………ん?、どうかしたかね? 」

「あ……あぁ、いや、なんでもない」

「?、そうか……」

 

視線が合った千冬は慌てて顔を逸らした。

普段の千冬なら「なんでもない」と普通に流せたはずなのに、不思議と狼狽している。

 

「そ、そう言えばだな。前回の試合でお前が使った打鉄、あれを正式にお前の専用機にする」

「むっ」

 

思わず明日言う予定の連絡事項を口走ってしまった。

何故自分がこうまで慌ててしまっているのかを分析しながらエミヤを見れば、彼は不思議と難しい顔をして考え込んでいた。

 

「どうかしたか? 」

「学園が保有するISの機体数は限られているのだろう?、ならば私の専用機などにせず、より多くの生徒が使用できるようにした方が良いのではないか? 」

「だめだ。脅威がいつどこで来るかなどわからない、それこそ学園の外でお前の力が必要になる可能性もある。その度に格納庫まで行くと言うのか? 」

「むぅ………」

 

エミヤの能力の具体的な程度は知らないが、戦闘の技量を見るにISに対してもある程度以上渡り合えることは容易に想像できる。

しかし、そんなデタラメな能力をホイホイと使っては相手からも怪しまれるだろう。

それ故、たとえエミヤであろうとISへの対応はISでするのが妥当であり、聡いエミヤならばそのことは十分にわかっているはずだ。

 

「……了解した」

「良い返事だ。機体は5番格納庫に保管されている。次にある飛行操縦の授業までに、フォーマットとフィッティング、武装の選択は済ませておけ。それと、整備室の使用も許可させた。あの打鉄はお前のものだ、好きに手を加えて構わない。うちの学園には、既存の機体を元にしてオリジナルの専用機を組み上げた生徒もいるからな」

「わかった……と言っても、今の私にはあのスペックで十分すぎる。暫く出向く機会はなさそうだな」

 

答えるエミヤの表情には、諦めの混ざった笑いが浮かんでいた。

 

「なんだ?、打鉄であっても専用機を与えられるんだぞ?、もう少し嬉しそうな顔をしろ」

「そうは言われても、専用機に憧れる生徒は大勢いる。それだと言うのにこうも容易く専用機を貰うというのは申し訳が立たなくてね」

「別に飾りや玩具という訳じゃない。そう思うなら、とっとと専用機持ちに見合った操縦技術を身につけて見せろ」

「…ああ、元よりそのつもりだよ」

 

からかい交じりに言ってやれば、存外に真面目な声色で返ってくる返事に、千冬は苦笑を漏らす。

この男はいつも人のことを煙に巻くような接し方をするくせに、ふと垣間見せる一面は何処までも誠実でお人よしだった。

そしてそのことがわかる程度には、この短い期間の中でエミヤとの交流があったことに気づき、少しばかり驚いた。

 

「ISと言えば、先日の織斑君の試合には驚いた。零落白夜、と言ったかな?。まさかあの機体にあんな能力が隠されているとはね」

「あぁ、あれがワンオフアビリティーだ」

「あれがか……基本的に二次移行を迎えた、それもごく一部の機体にのみ現れる能力だとあったが? 」

「あぁ、あの機体は武装も含めて少々特殊でな……」

「なるほど……」

「……………どうした?、聞きたいことがあったのではないのか? 」

 

答えたまま黙ったエミヤに、訝しんだ千冬は尋ねる。

 

「いや、平気だ」

「なんだ、言ってみろ」

「……織斑君の試合直後について」

 

そう口を開いたエミヤの声に千冬は先ほどとは違った理由で固まった。

 

「……答え辛い内容をそう深く聞くつもりもないさ」

「流石に気づいたか」

「まあ、あの反応ではな」

 

特段深く追求する様子も、変に気遣う様子もないさっぱりとした言い方は、千冬には逆に好感が持てた。

そのせいなのか酒のせいなのか、あるいは聞き手のせいかは分からないが、気がつけば千冬はゆっくりと話し出していた。

 

「……常々、私にあいつの姉である資格があるのかと思ってな」

「ほう?」

「いくつか理由はあるんだが……最近のことで言えばあいつの入学だ」

 

ポソリポソリと話すその声がいつもより弱々しく聞こえるのは、気のせいではないだろう。

 

「あいつがここに入学した今でこそ毎日のように顔を合わせているが、以前はそうもいかなかった。ここでの仕事はやりがいもあるが忙しくてな、どうやっても家に帰れるのは月に一度か二度が限界だ。あいつがこの学園に来るなんてことが無ければ、今もその状況は続いていたはず」

「ふむ……」

「あいつは唯一人の私の家族なんだ、だから絶対に守って見せると思っていた。それが結局、自分の手でろくに顔も合わせてやれない状況を作ってしまったんだ。こんな私が、あいつに姉と呼ばれていいものか、とな」

 

そう言うと千冬は自嘲めいた苦笑を浮かべる。

エミヤはその様子を黙ったまま見つめていたが、やがて小さく、クツクツと笑い始めた。

 

「なんだお前は」

「いやなに、普段の弟君に対する尊大な態度の裏には、そんな悩みがあったのかと思うとね」

「貴様…!! 」

「ふむ、彼は今でもよく君を普段の呼称で呼ぶな」

「あ、あぁ。全く、授業中は織斑先生だと何度言わせればいいのか……」

 

急な話の転換に、千冬は不機嫌そうに返事を返す。

 

「家族であるのに資格が必要かは私は知らん。だが彼は今でも君のことを一人の教師としてより、姉として慕っている、その事に関しては信用すべきじゃないかね? 」

「!! 」

「君が自身をどう思っていようと、織斑一夏は君の事を家族であると、最高の姉であると自ら言ったのだ。家族であるならばそれを、その気持ちを否定するようなことはしてはいけないのでは? 」

「……………」

 

目を丸くする千冬に向かって、エミヤは優しく微笑む。

その微笑みに、少し悲しみの色が混じっているような気がした。

そのままボンヤリと見つめていると、エミヤは苦笑しながら千冬のグラスに酒を注ぎ足す。

 

「そら、飲みたまえ」

「なっ」

「酒の飲める、折角の機会なのだろう? 」

「……そうだったな」

 

並々と継がれたグラスを見て、思わずフッと笑ってしまった。

 

「人に注いだからには、お前も付き合え」

「それは構わんが、程々にな。明日も仕事が――」

「お前に言われるまでもない」

 

そう言って互いに笑った後、二人は小さくグラスを打ち合わせた。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「………いや、なんとなくこうなる気はしていたんだがね」

「どうしましょう……」

 

さて明日もあるしここら辺でとお開きモードになった会場で、エミヤと真耶は途方に暮れていた。

その原因は……。

 

「………くぅ………すぅ………」

 

そこらにあったテーブルに突っ伏して寝息を立てる、千冬であった。

 

「すまない、私が見ていながら」

「いえいえ、そんなこと!。でも、織斑先生も珍しいですね。お酒強いですし、いつもはしっかりしている内に自分で止めるんですけど……どうしましょうか」

「なんにせよ、このままではいかんな」

「とにかくお部屋に――――。エミヤ先生、お願いできますか? 」

 

真耶の発言に少々驚いたが、確かに部屋までそれなりに距離がある中、真耶や他の女性教師では運ぶのに苦労するだろう。

その点、体格差があり男手であるエミヤならば、部屋まで運ぶのに苦労することはない。

 

「……承知した。こうなってしまったのは私の責任でもあるしな」

「ありがとうございます!。ではこれを、織斑先生のお部屋の鍵です」

「助かる。さて、では―――」

 

真耶が千冬の懐から探りあてた鍵を受け取ると、エミヤは千冬を一瞥する。

みんな仕事後そのままの格好で来ていたため、千冬も普段通りのスカートスーツだ。

この状態で一番効率よく運ぶには、とエミヤは千冬を横抱きする。

 

「よっ、と」

「んんぅ……」

「きゃああああ!! 」

「素敵!!! 」

 

抱きかかえられた千冬は一瞬顔を顰めたものの、また穏やかな表情に戻る。

周りで騒いだり、写真を撮ってる教師陣に内心首を傾げつつ、エミヤは大会議室を発った。

 

「さて、確かこの先に……」

「んっ……」

 

廊下を歩いている途中で千冬が身じろぎしたため、暫しその足を止めた。

 

「いちかぁ……」

「………姉、か」

 

千冬の言葉に暫し目を丸くしていたエミヤは、懐かしそうに笑うと再び歩き出した。

 

「全く、何処も変わらんものだな」

 

その脳裏に浮かんだのは一体誰だったろうか。

 

家族として共にいた人か。

師として主として共にいた人か。

幼き頃に共に弓の腕を高めた、快活な友人だった人か。

彼の周りにいた彼女らもまた、なんだかんだと言いながら妹ないし弟のことを気にかけていた。

そして腕の中の彼女もまた、そのご多分にもれなかったという訳だ。

 

「もう少し、素直になってもいいと思うのだがね」

 

そうは言ってみたものの、それでこそ彼女なのだろう。

彼女たちが彼女たちであったように。

 

「さて、ここか」

 

懐かしい思い出に触れている内に、目的とした部屋に着いたようだ。

後は部屋に入り、布団にでも寝かせておけば良い。

 

 

 

……部屋の扉を開けるまで、エミヤはそう気楽に考えていた。

 

 

 

 

「なんだ……これは………」

 

 

扉を開いたエミヤを出迎えたのは異様な光景であった。

間取りや基本的な家具の配置はエミヤの部屋と同じであるはずなのに、そうと感じさせない閉塞感。

床の上に不自然な凹凸を作っているのは、脱ぎ散らかした衣類とおそらく缶が詰まったゴミ袋の山だ。

他にも言いたいことは多々あるが、簡潔にこの部屋の状況を説明するならとてつもなく散らかっている。

 

「……姉というのは、こうまで皆似るものなのか? 」

 

思わずそうぼやく。

思い返せば、彼の周りにいた姉集団は皆何処かガサツな一面を持ち合わせていた。

特に虎とあかいあくまは、身近にいた分その強烈さも身に染みて理解している。

虎の縄張りとなった土蔵、あくまの城となった遠坂邸の地下倉庫がどうなってしまうのかも……。

 

「……………」

 

エミヤは無言のまま千冬をベットにおろし、起こさないように気を付けながらジャケットとネクタイを外す。

寝苦しそうにしている千冬のシャツのボタンを2つ外し、穏やかな寝息が聞こえたところで部屋の惨状を見直した。

 

「とりあえずは洗濯物とゴミ…ゴミ袋の中身は全て酒の缶か……」

 

他にもやることは沢山ある、しかも千冬の仕事のサイクルからして遅くとも朝5時には起きているはずだ。

今の時刻は日付が変わろうかという時間。

寝ている部屋の主を起こさぬよう、静かに作業を進めなければならない。

 

……本来ならば、それなりに常識を弁えているエミヤが許可もなく作業に当たることはない。

だがしかし、根源に刻み込まれたと言っても過言ではないエミヤの奉仕体質が、この惨状を放置することを許さなかった。

 

 

「この程度、片づけるなど造作もない……私を屈服させたければ、この3倍は持って来たまえ!! 」

 

千冬を起こさぬように小声で言い放ちながら、投影した赤いエプロンを素早く身に纏った。

 

 

 

 

 

ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ……

 

 

「…ん……」

 

いつも通り鳴る目覚ましに沈んでいた意識がゆっくりと浮上していく。

 

(朝か。確か私は…………)

「起きたかね? 」

 

「!!? 」

 

ボンヤリと浮き沈みを繰り返していた意識が急激に浮上する。

聞こえてきた声に思わず体を起こせば、飾り気のない赤いエプロンを身につけたエミヤがそこにいた。

 

「ふむ、思ったより早かったな」

「どうしてお前がここ―――――」

 

そこまで言いかけたところで千冬は部屋の様子に目が行った。

その様子に目を丸くすると二度三度と部屋を見回し、やがて戸惑いがちに口を開いた。

 

「ここは、どこだ? 」

「何処と言われても、君の部屋だろう。全く、頭は大丈夫かね? 」

 

呆れたようなエミヤの言葉を受けて、千冬が凍りついたように固まる。

 

「ここが……私の部屋……だと……? 」

「そう言っているだろう」

 

エミヤから返答を受け、千冬はまた確認するかのように部屋をゆっくり見回した。

 

「勝手に手を付けてしまったのは申し訳ないが―――」

「……いや、いい。むしろこちらが礼を言わなければいけないだろう」

 

とりあえず着替える、と言えばエミヤはコンロの方へ向かったので、その間に脱衣所で着替えを済ませた。

 

(全く、一体何なんだ……)

 

昨日の記憶を辿るに、自分はあの場で酔い潰れてしまったのだろう。

それをエミヤに担がれ部屋まで運んでもらい、ひどい有様だった部屋を一晩かけて掃除までしてくれたと言ったところだろうか。

無いとは思いながらも一応確認したが、やはりおかしな事をされた形跡はなかった。

 

(あいつが率先して運ぶとは思えんな。真耶にでも頼まれたか)

 

日頃の行動から察するに、エミヤならば会議室の掃除を率先し皆を早く帰らせ、部屋に戻るついでにと千冬のことを誰かに頼むはずだ。

 

(まぁ、こうなってはしょうがないか)

 

元はと言えば日頃の自分の生活態度に端を発することだ。

この際不満は水に流し、掃除してもらった好意をありがたく受け取ることにした。

自分の中で一区切りをつけて脱衣所を出ると座っていたまえと言われ、とりあえず言われるがまま今度はテーブルの席についた。

そのまますることもない千冬は、またぼんやりと部屋を見回した。

部屋を散らかしていた様々なものは全て片づけられ、すっきりとしている。

何処に目を凝らしても埃一つなく、まるで専門の業者が入ったかのような徹底ぶりだ。

 

「……………」

 

しかしそうではないと思わせてくれるのは、未だ部屋に残る温もりだ。

滅菌するかのごとく全ての痕跡を消すのではなく、今まで暮らしてきて部屋に馴染んだ温もりとも言えるものが、この部屋にはちゃんと残っていたのだ。

それだけで、この男の技量がうかがい知れる。

 

「そら」

 

とん、と目の前に置かれたプレートに乗っていた焼き鮭や卵焼きなど、純和風の朝食だ

そこで思考から覚めた千冬は、部屋中に漂う良い香りにようやく気付いた。

 

「お前、自分でこれを作ったのか……」

「あぁ、こんなもので悪いがな」

 

そうエミヤは言うが、目の前には朝食には十分すぎるほどの品々が並んでいた。

 

「そんな……ここまでしなくても良かったんだぞ? 」

「かつての知り合いの格言が「やるからには徹底的に」でね。この程度ことはついでに過ぎんよ」

「……すまんな」

「そう思うなら頂いてくれ。……嫌いなものは入ってないだろうか? 」

「いや、大丈夫だ」

 

エミヤにそう返し、千冬はいただきますと手を合わせる。

そうしてまずはと味噌汁を一口すすったところで、その目は大きく見開かれた。

 

「味はどうかな? 」

「お前、分かってて言っているだろう? 」

「生憎、私は読心術など持ち合わせてはいなくてね。それに味の好みなど人によりけりだ、ちゃんと言って貰わねば」

 

そう答えるエミヤだが、その口元はニヤニヤと弧を描いている。

それに少しムッとしながらも、千冬は渋々口を開いた。

 

「……美味い。正直これほどとは思ってもみなかった」

「そうかね、それは何よりだ」

 

渋々そう答えれば満足そう微笑むエミヤを見て、どこかイラついていた千冬は毒気を抜かれてしまった。

 

「しかし、本当にすまんな。こんな立派な朝食まで……」

「気にするなと言ったはずだが? 」

「しかし……」

「そう思うのなら食事を楽しんでくれたまえ。調理した者にとって、それが最高の報酬だ」

「そうか。だがお前の分は無いのか? 」

「私はもう頂いたよ、気にしないでくれ」

 

それならば、と千冬は改めて目の前の料理舌鼓を打つ。

 

 

「しかし驚いたな。一夏を軽く超えている」

「おや、彼も料理が得意なのかね? 」

「あぁ、家事全般はあいつの十八番だ。というより見ての通り私がからきしでな、学生で私より早く家に帰るからと、あいつが一手に引き受けてくれたんだ」

「なるほど」

「あいつも中々の腕だと思っていたんだが、この部屋と料理をみてしまうとな」

「私と比べることはないだろう」

「しかし、お前はいつもこれほどの料理を? 」

「何を言う。こんなもの、自分では作らんよ」

「?、どういうことだ? 」

「料理は誰かに振る舞ってこそだ。自分一人なら、必要な栄養素を摂取できればそれで構わんよ」

「そうなのか」

「といっても結局のところ、新しく試したり腕が落ちないよう手順の確認のために作ったりと、結構な頻度で作っているのだがね。少なくとも、純粋に自分で食べるための料理はしない」

「なるほどな」

 

話しつつも千冬の箸は止まらず、多い位に思っていた朝食をあっという間に食べ終えてしまった。

 

「ご馳走様。美味かった」

「あぁ、気に入ってもらえたようで何よりだよ」

 

せめて食器くらいはと思った千冬だったが、エミヤに阻止されて結局そのまま席へと戻った。

見計らったように出された緑茶もとても美味しく、淹れ方だけでこうも変わるのかと千冬を驚かせた。

 

「さて、では私も自分の支度をするか」

「重ねてだが、何から何まで助かった。礼を言う」

「なに、あれくらいのことで良いのなら何時でも」

 

そう小さく笑ったエミヤに千冬も思わず笑い返し、背を向ける後ろ姿を感謝の気持ちと共に見つめる。

 

(本当に、昨日から世話になりっぱなしだ)

 

昨夜からの様々な失態を思い返す。

酒に潰れた自分を部屋まで運び、散らかった部屋を掃除し、朝食まで作ってくれた。

感謝してもし足りない。

 

(しかし何だ?。どこか引っかかることが……)

 

 

ふと気になった千冬は今一度部屋を見た。

 

うん、完璧に掃除されている。

ゴミ袋は勿論、埃すらない。

あれほど脱ぎ散らかされた衣服も……。

 

「………待てエミヤ」

「ん?、どうかしたか? 」

 

ドアノブに手をかけようとしていたエミヤを止める声は、とても固いものだった。

 

「お前、散らかっていた服はどうした?」

「まとめて洗濯機で洗い、乾燥機にかけた後に畳んで仕舞ったが? 」

「そうか………それはつまり………」

「ん? 」

 

 

「下着…も、ということか? 」

 

そう尋ねる声の低さを、この時のエミヤは全く気にしていなかった。

 

「下着……?。あぁ、安心したまえ」

「そ、そうか。流石に下着は」

 

 

 

 

「下着類ならちゃんと全て手洗いだ、他の手洗い物と一緒にな」

 

 

 

そうこともなげに答えた瞬間、部屋の空気が凍りついた。

 

 

 

 

「女性の肌着は形状的にも材質的にも繊細だからな。今の洗濯機はどれも中々進化しているが、やはり肌着の類は未だ手洗いが一番だ。私は以前とある少女の面倒を見ていたんだが、それがまた色々とうるさくてね。あぁそうだ、一番下の棚の奥にあった下着は全て、シルク系のものと一緒に2段目の棚の左側に移しておいだぞ。棚の一番下など、あんな取り出しにくいところに仕舞っては、まるで隠しているよう――――――」

 

 

 

 

残念なことにその言葉を続けることも出来ず、エミヤの意識は一時刈り取られることとなる。

意識を失うその一瞬前にエミヤ見たものは、自分の眼前に超速で迫りくる拳と、焼けた鉄ほどに顔を赤くした千冬の顔だったという。

 

 

 

 

因みに、職員室に入った千冬が、自分がエミヤに姫抱きにされている写メを同僚たちから見せられるのはその少し後の話である。

 




いかがでしたでしょうか。

個人的に、アーチャーのオカン度(執事度)は女性であろうとこれくらい余裕でこなしちゃうレベルです。

次の更新は何時になるか………。
相も変わらずご都合主義満載で行きますので、期待せずに待っていただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある日のこと ~転入生と黄金色の記憶~

……みなさま、大変お久しぶりです。


長らく更新が出来ていませんで、大変申し訳ございませんでした。








 

 

 

IS学園、朝―――

 

「よっ、と!」

 

始業前の校門で、大きなボストンバッグを足元に下ろす影があった。

屈んだ上体を起こすと、二つに結われた長髪がそれに続いてふわりと揺れる。

勝気な瞳は、まっすぐに校舎を見据えていた。

 

「ここがIS学園ね!」

 

その目に見合った快活な声が、鳥のさえずりと共に響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では。これより飛行訓練の実践を行う。織斑、オルコット、エミヤの三名は前に出ろ」

「「はい」」 

「あぁ」

 

歓迎会から暫く経ち、ISの授業も実技が始まりだした。

千冬の一言で、一夏は並んでいた列から前へと歩き出し。

 

「……って、先生も一緒にやるんですか!?」

 

そう言いながらエミヤの方へと勢いよく顔を向けた。

 

「そのようだな」

「でも、先生の機体は……って」

 

そこで一夏はようやくISスーツのエミヤが腕時計をしたままのこと、その時計は最近になってつけ始めたものであることも思い出した。

 

「先生、その時計」

「あぁ、これが私のISだ。と言っても……」

「何をしている織斑。まずはISの展開だ、早くしろ」

「は、はい!」

 

千冬の言葉に意識を切り替えつつ、一夏は自身の右腕を見て思わず首を傾げた。

パーソナライズにされたISは普段、何かしらの形態をとって使用者が肌身離さず携帯出来るようになる。

セシリアのブルーティアーズがイヤーカフス、先ほどの話からしてエミヤはおそらく腕時計だろう。

対して一夏のそれはどう見てもガントレットだった。

 

「なんで俺だけこんな形なんだ?」

「早くしろ織斑。熟練した操縦者なら、展開に1秒とかからないぞ」

 

千冬の声に雑念を振り切り、ガントレットを左手で掴みながら意識を集中する。

 

(来い、白式)

 

念じた刹那、一夏の体はガントレットから溢れだした光に包まれた。

前進を覆う光の粒子は各所で結集し、機体を構成していく。

体が軽くなる感覚を覚えた時には、一夏はISを装備して地上から僅かに浮かんでいた。

ISに接続し解像度の上がった視界に僅かな戸惑いを憶えていると、その隣でセシリアも展開を終えた。

経験の差なのか、展開はセシリアの方がはるかにスムーズだ。

 

「セシリアはやっぱり早いな」

「ふふっ、慣れればこれくらいは当然ですわ」

「よし、次はお前だエミヤ。早くしろ」

「あぁ」

 

千冬の言葉を受けてエミヤも一夏たちの傍へと歩いて行くと、その腕時計が光り輝き、一瞬後にはISの展開が完了する。

 

「織斑君、私の機体は見ての通りただの打鉄だ。君たちのような特殊な専用機という訳ではない」

 

そう答えるエミヤ。

搭乗経験は一夏とそう変わらないはずなのに、信じられない程あっさりに展開を終えてしまった。

 

「……及第点ではあるな。だがもう少しスムーズに展開できるはずだ」

「了解した」

「凄いな先生は。セシリアから見て、先生の展開はどうなんだ?」

「…………」

「セシリア、どうかしたのか?」

 

返事が返ってこないセシリアの方を見ると、彼女は驚いたような表情でエミヤをじっと見ていた。

 

「えっ……あ、いえ。……そうですわね、確かにIS初心者とは思えませんわ」

「へ~、セシリアから見てもそう感じるのか」

「何を話している。全員展開は済ませたな。よし、飛べ!」

 

千冬の声が鋭く響くとセシリア、エミヤの二人が上昇を始めた。

一夏も一拍遅れて後に続くが、2人の速度には及ばない。

 

「何をやっている、スペック上の出力はお前の白式が一番上だぞ。ブルーティアーズはともかく、打鉄にすら追いつけないとはどういうことだ」

「そう言われても」

 

通信回線を通した千冬の声を聞きながら、一夏は前方を進む二機を見つめる。

先頭はセシリア、遅れてエミヤが進んでいた。

機体自体の出力と搭乗経験を考えれば、エミヤがセシリアに追いつけているのが不思議でたまらない。

 

「エミヤ、やや機体が不安定になっている。前にいるオルコットを参考にして機体を安定させろ」

「了解だ」

「良かった、先生も完璧って訳じゃないんだな」

 

全体通信に千冬とエミヤの会話が聞こえてきて、一夏は安心したようにつまっていた息を吐いた。

 

「聞こえているぞ織斑、お前はさっさと速度を上げろ」

「は、はい! 確か、自分の前方に角錐を展開させるイメージ……だったよな」

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

思考が口から零れていたようだ。

前方のセシリアが速度を落とし、一夏の傍らに寄り添うように並び、ほほ笑みかける。

わかっていたとはいえ自在にISを操るその姿に少しばかり驚きつつ、未だなれない感覚に頭をひねった。

 

「空を飛ぶ感覚自体があやふやなのに、やりやすい方法とか言われてもなぁ。そう言えば、先生はどういう感じで飛んでるんですか?」

 

眉を寄せていたのが一辺、何か助言をとエミヤの方へと顔を向ける。

 

「私かね? いたって教科書通りだよ」

「本当に?」

「本当だとも、ただ前方に展開する角錐をイメージしているだけさ」

 

エミヤの返事を聞き、一夏は眉を寄せる。

 

「同じイメージなのに、こうも違うのか」

「ですから、同じ方法でも人によって合う、合わないはありますわ。一夏さんも練習を積めばおのずと掴めてきます。一夏さんさえよろしければ、放課後に私が指導してさしあげますわ。そう、ゆっくりと、2人きりで―――」

「一夏! いつまでそこにいるんだ! 早く降りて来い!!」

 

セシリアの言葉を遮るように突然聞こえた箒の声に眼下を見れば、地表では箒が真耶から奪ったヘッドセットに顔を近づけている。

いた千冬はその様子にため息を一つ、続いて肩をすくめながら口を開いた

 

「よし、では三人とも急降下急停止を行え。目標は地表から10cmだ」

「はい。それでは一夏さん、後ほど地上で」

 

千冬の声に素早く返事を返したセシリアは、勢いよく地上に向けて突っ込んでいったが、地上に激突するというギリギリで制動をかけ、言われた通りに地上へと降り立った。

 

「おぉ、凄いなセシリア。よし、俺もやってやる」

 

その様子を見ていた一夏も呼吸を整えると、勢い良く眼下へと降下する。

 

「おわっ!?」

 

とは言っても、セシリアと一夏の操縦経験は比べるべくもない。

一夏の機体は大きくブレ、制御もままならないまま地面が迫る。

 

 

「うわああああぁぁぁぁああああ!!!」

 

 

必死で立て直そうとするもどうにもならず、情けない叫び声を上げながら地面へと墜落した。

 

 

 

 

 

 

 

「何をやってるか馬鹿者」

「す、すいません」

 

地面に大穴を穿った一夏に、千冬は冷たい目を向けた。

 

 

「大丈夫ですか、一夏さん!」

「全く、練習が足りないからそうなるのだ」

 

先に降下していたセシリアが心配そうにしている横で、箒は冷ややかな視線を送る。

そしてその視線はセシリアへも向けられた。

 

「お前も心配し過ぎだ。そもそもISを装着していれば怪我などしないだろう? 専用機を持っていながら、そんなことも分からないのか?」

「あら、万が一にも怪我をするような状況なら、心配するのは学友として当然のことではありませんの? 聞けば幼馴染という話でしたのに、随分と薄情な方ですこと」

「ぬぅ……」

「む……」

「そこまでにしろ小娘ども。織斑、何時までそこで伸びている。怪我が無いのは分かっている。そこでいくら寝ていても誰も助けんぞ」

 

 

にらみ合う二人に呆れた千冬が、墜落地点の中心にいる一夏へと声をかける。

 

 

「やれやれ、思い切りが良いのは長所だが、その使い処は考えた方が良いぞ」

 

頭上から響く声。

そう言うエミヤは、地上から2mほどの高さで静止していた。

 

「エミヤ、私は地上10cmと言ったはずだが」

「すまないが、今の私の技量ではこれが限界だ。校庭に二つ目の穴を穿っても良いというなら、挑戦してみるのもやぶさかではないがね」

「……まぁ確かに、そこに転がっていた馬鹿者よりはマシだな」

「うっ」

 

千冬からの言葉に、穴から這い上がった一夏は再び地面に突っ伏した。

一夏が項垂れている間にエミヤは静止状態からゆっくりと降下し、地上へと降り立つ。

その様子を一瞥した千冬は、小さく溜め息を吐くと、毅然とした表情で一夏を睨みつけた。

 

「織斑!武装の展開をしてみせろ。それくらいなら、流石にお前も出来るだろう」

「はっ、はい!」

 

反射的に起き上がった一夏は、大きく深呼吸をすると右手をまっすぐ前に伸ばした。

 

(来い……白式)

 

脳内に思い浮かべるのは鋭利な刃のイメージ。

そのイメージに沿うように、手に集まる光がその形を成していく。

手の中に手ごたえを感じた時には、光は雪片弐型として実体化していた。

 

「よし」

「遅い、0.5秒で出せるようになれ」

「ぐっ」

 

会心の手ごたえだったにも関わらず、千冬から帰ってきたのは厳しい一言だった。

ガックリと肩を落とす一夏に構わず、千冬はセシリアへと顔を向ける。

 

「次はオルコット、お前だ」

「はい」

 

自信ありげに答えるセシリアは右手を体の横へ突き出すように伸ばした。

一瞬その掌が強く煌めくと、セシリア愛用の狙撃銃《スターライトmkⅢ》が握られていた。

しかも即時射撃可能な状態で、展開には一秒とかかっていない。

 

「す、すげぇ!」

「……成る程、代表候補生というのは肩書きだけではないようだな。だがそのポーズはなんだ?」

「これは、私のイメージをまとめるのに必要で――」

「横に銃口を展開してどうする、直せ」

「ですが」

「直せ」

「しかし」

「直せ、いいな?」

「はい……ですわ」

 

少々不服気味に返事を返すと、千冬はよしと一つ頷いて言葉を続ける。

 

「では、次に近接武器を出してみろ」

「えっ。き、近接武器ですか?」

「どうした、早くしろ」

「は、はい!」

 

慌てたように返事をしながら、セシリアはライフルを光の粒子へと変える。

解けた粒子が再び像を結ぼうとするが、今度は光が何となく棒状の形になるばかりで、中々実体化しない。

 

「くっ、この・・・・・・」

「一体いつまで待っていればいいんだ?」

「も、もうすぐです。――あぁ、もう!《インターセプター》!」

 

待ちくたびれたと言わんばかりの千冬の声に、セシリアはとうとうヤケクソ気味に武器名を叫ぶ。

武器名を声に出すという初心者用の手段によって、ようやく光はしっかりとした像を結び、一振りの小型ナイフがセシリアの手に収まっていた。

 

「何秒かかっている。そんなことで実戦はどうするつもりだ?」

「じ、実戦では、近接の間合いに入らせません!」

「ほう、では織斑との試合はなんだったんだ? わざと懐に誘い込んだとでも言うつもりか?」

「うっ」

「実戦など、毎度毎度自身の思う通りにいくものか。それで負けたら「その状況は想定していませんでした」とでも報告するのか、お前は?」

「うぅ・・・・・・」

 

千冬の言葉が続くほどに、どんどんセシリアが小さくなっていくようにすら感じる。

実際、初めこそ反論していたセシリアは今やすっかり言われるままになっていた。

 

「お前の機体は特に戦術のコンセプト、得意とする交戦距離がはっきりしている。ならばなおさら不測の事態に対応できるよう精進しろ、いいな?」

「・・・・・・はい」

 

千冬の声に、セシリアは小さくなって返事を返す。

その返事に厳しげな千冬の顔がほんのわずかばかり優しげなものへとなったが、そんな些細な変化に気づく生徒はいなかった。

 

「では、次に――」

「私だろう」

 

言われるより先にエミヤが一歩前に出る。

 

「そうだ。流れはオルコットでわかっているな? 銃器の展開、それから近接兵装の順だ。やってみろ」

「了解した」

 

返事と共にエミヤは力の入っていなかった手を開く。

それだけの動作で一瞬にして光が集結し、その光の塊を握った時には手の中にアサルトライフルの銃把が収まっていた。

 

「え」

 

その光景を見て、一夏の口から出たのはそれだけだ。

手を開いて握る。

それだけの動作、時間にしても一瞬のうちに武器の展開を終えてしまった。

周りで見ていた生徒たちも、己の目が信じられないとばかりに驚いている。

ふと視線を教師陣に向けると、真耶はおろか千冬ですら目を丸くしていた。

 

「では次だな」

 

そう言うとエミヤは握っていたライフルを手放すように手を開く。

瞬く間にライフルは光の粒子へと還り、再び握り込まれた手の中にあったのは分厚い刀身の大型ナイフだった。

 

「こんなものか。織斑先生、これでいいかな?」

「・・・・・・あぁ、合格だ。その調子で精進しろ」

「すげぇ! 先生、一体どうやったんですか?」

 

興奮した口調で一夏が問う。

 

「特別なことは何も。いたって教科書通りだよ」

 

特別気負う素振りも見せず、エミヤはあっけらかんと答える。

 

「そうなんですか!?」

「そうだとも。しいて言えば、昔とった杵柄というやつでね。イメージするという行為に関しては一家言ある」

「へぇ~~」

 

肩をすくめるエミヤに、一夏は関心するように頷く。

 

「代表候補生から見るとどうなんだ、セシリア?」

 

純粋に、経験者からの評価が聞きたかったのだろう。

一夏がセシリアへと顔を向ける。

 

「セシリア?」

「……………」

 

セシリアの顔は驚愕のまま固まっていた。

 

「なぁ、セシリアってば」

「ひゃっ! い、一夏さん。一体なんですの?」

「何って、呼んでも返事がなかったからさ。あっ! セシリアも驚いたのか、先生の武器展開」

「……えぇ、そうですわ」

「すっげえよなぁ、俺なんかまだちふ……織斑先生に怒られてばかりだからなぁ」

「よし、では今日の授業はここまで。各自、次の授業に遅れないように」

 

チラリと時間を確認した千冬が、生徒たちに終了を告げた。

生徒から返事が返って来たところで、今度は一夏を一瞥する。

 

「それと織斑、その穴を埋めておくように」

「げえ!!」

 

なんとなく嫌な予感はしていた一夏だが、わかっていても気持ちが声に出てしまう。

 

「自分で穿った穴だぞ、自分で埋めるのは不満か?」

「……いえ、やります。じゃあ後でな、セシリア」

「えぇ」

 

一夏は肩を落とし、トボトボと穴へ歩いていく。

セシリアはそれに気のない返事を返したが、視線の先は先ほどから一点を見つめていた。

 

「エミヤ、すまないが着替えたら頼みたいことがある。職員室へ来てくれ」

「了解した……時にグラウンドの修復は、彼一人で大丈夫かね?」

「ISを使えば造作もないだろう。今の奴には丁度いい鍛錬だ」

「成る程、これも立派なISの訓練ということか。考えているな」

「用意などしていなかったのだがな。全く、我が愚弟ながら」

 

見つめていたのはエミヤだった。

千冬と何やら談笑しているようだが、そんなことは耳に入っていない。

先ほど彼が見せた光景が、脳内で何度も再生されている。

 

 

(あの武器の展開スピード……どういうことですの?)

 

それが彼女の驚愕の原因だった。

 

(訓練を重ねた代表候補生でも、あんな速さで武装展開する方はごく一部……)

 

それを、ISに搭乗して間もない彼は、こともなげにやって見せたのだ。

 

(いえ、それだけではありませんわ)

 

IS自体の展開もそうだ。

自惚れではなく、待機状態のISを展開するのは難しい。

そもそも、どちらも“実体化させる”という行為の感覚が、ISを使用しないとわからないものだからだ。

それを……あの男は。

 

(操縦の技量に対して、練度がまるで合いませんわ……)

 

ISそれ自体の操縦技術は、セシリアとは比較にならない。

しかしことISや武装の展開に限れば、彼より上の者はほんのわずかしかいないだろう。

少なくとも、今この場ではっきりと名前を口に出せる者はいない。

さらに言えば、彼は決して高いとは言えないISの操縦技術を十全に発揮することで、セシリアとの試合に勝利したのだ。

おそろしくちぐはぐな技量のバランスは、決して才能や適性で片付けられるレベルではない。

考えれば考えるほど混乱していく。

まっとうに訓練を重ねた代表候補生にとって、彼が垣間見せる技はそれほどまでに考えられないものなのだ。

 

 

 

「セシリアさーーん、何してるのーー?」

 

遠くから自分を呼ぶ声にふと我に返る。

周囲には、グラウンドの修復に勤しむ一夏以外に人影は見えなかった。

 

「今行きますわ」

 

返事と共に歩き出す。

声だけは明るく振る舞いながら、彼女の眉は顰められたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~~、疲れた……」

 

自分の肩をもみながら、一夏は重い足取りで教室へと入っていく。

まだ次の授業には時間があり、他の生徒は授業の準備をしつつあちこちで談笑をしている。

 

「あっ、織斑君お疲れ様。大丈夫だった?」

「あぁ、まぁなんとか」

「ねぇねぇ織斑君聞いた?クラス対抗戦の話」

「それに、転入生も来たんだって」

「ん?」

 

出迎えられた女子生徒から、そんな話が切り出される。

 

「こんな時期に転入生なんて珍しいな。それにクラス対抗戦かぁ、もうそんな時期なんだな」

「随分と余裕だな、一夏」

 

ぼんやりと呟く一夏に、箒は鋭い視線を投げかける。

 

「そのクラス対抗戦で戦うのがお前だぞ。わかっているのか全く」

「……そうだった」

「今の技量のお前をクラスの力量と見られるわけにはいかない。これはより一層の特訓が必要———「その必要はありませんわ」———何?」

 

箒の話に割って入ったセシリアは、そのまま一夏へと詰め寄る。

 

「一夏さんの特訓の相手は、イギリス代表候補生であるわたくし、セシリア・コルコットが務めさせていただきますわ」

「その必要はない!大体、お前の武装は銃器だろう。近接武器しかない一夏に何を教えるというのだ」

「あら?銃火器を使う対戦相手は沢山いますわ。わたくしなら、遠距離武器相手の立ち回りを―――」

「まぁまぁ二人とも」

 

長引きそうな予感に、同級生が仲裁に入る。

 

「でもあれだよね。一年生の専用機持ちって一組と四組だけみたいだから、きっと一夏君なら余裕だよ」

 

なんの根拠もないが力強いエール(?)に、周りの生徒もうんうんと頷いた。

 

 

 

 

「その情報、ちょっと古いわよ」

「えっ?」

 

その声は話の輪の外、教室の入り口辺りから投げかけられた。

一同が声の方へ目を向けると、一人の少女が入り口にもたれている。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

言いながら、声の主は一夏たちの方へと顔を向ける。

声から想像できる通りの、勝気な瞳と口元。

二つに結われた長い髪が、動きに合わせるようにふわりと揺れた。

 

「鈴……?お前、鈴か!?」

 

一夏は即座にそう返す。

久しぶりの幼馴染の姿に、その声色には驚きと、嬉しさがにじんでいた。

 

「久しぶりじゃない一夏。そうよ、私は中国代表候補生、凰 鈴音。今日は挨拶がてら、宣戦布告に来たってわけ!」

 

一夏の驚きの声を当然のように受け止め、鈴はビシリと一夏を指さす。

しかしその好戦的な笑顔の上には、即座に自分とわかってもらえた嬉しさが隠し切れずにのっていた。

 

「鈴……お前……」

 

一夏はそんな彼女の視線をまっすぐ受け止め。

 

「お前……なんでかっこつけてるんだ?」

 

そんな一言を口にした。

 

 

「んなっ!?」

「すっげぇ似合わないから、何かと思ったぞ」

「あっ、アンタねぇ!!なんてこと言うのよ!」

 

あんまりな一夏の言葉に、思わず格好を崩して反論する鈴。

そして残念なことに、調子を崩された彼女には、背後から近づく気配に気づくことが出来なかった。

 

「おい」

「なによ」

 

背後からかけられた言葉に、にべもない返事を返す。

そうして振り返った彼女を出迎えたのは、脳天へ響く固い出席簿の衝撃だった。

 

「痛っ―――!!」

「入口を塞いでおきながら、教師に向かってその返事はないだろう」

「ち、千冬さん!」

「ここでは織斑先生だ、凰。そこをあけろ」

「すみません」

 

頭を押さえた鈴がすごすごと入り口から離れると、教師陣が続いて入る。

鈴はその様子を眺めていたが、その中の一人、この学園では異質な存在を捉えていた。

 

「………」

「凰、もうすぐ次の授業が始まる。さっさと自分の教室に戻れ」

「あっ、はい!!」

 

千冬からの言葉に、鈴は慌てて去っていく。

視線を感じていたエミヤは、去っていった入り口を一瞥すると、千冬へと顔を向けた。

 

「次の授業にはまだ若干時間があると思うが」

「あぁ、だがあのままにしていたら収拾がつかなくなるところだった」

「というと?」

 

エミヤからの素朴な疑問に、千冬は騒ぎの火種へと向かうことで答えを示した。

 

「いっ、一夏!!」

「一夏さん!!」

 

その火種である一夏の机では、箒とセシリアが一夏へと詰め寄っていた。

 

「今のは一体誰だ!?、随分と親しそうだったが――」

「今の方は一体誰ですの!?、どういう関係で―――」

「騒がしいぞ」

 

バシンバシンバシン!

詰め寄る二人と詰め寄られた当人に出席簿が落ちる。

その光景に、同じく一夏へ詰め寄ろうと腰を浮かしかけていた他の生徒も、慌てて座りなおした。

 

「こういうことだ」

「成る程、よくわかっているな」

「教師をやっているとな、この年頃の小娘の考えることなどある程度は把握できる」

 

感心したようなエミヤの言葉に、千冬はため息をともに返事を返した。

 

「ふむ、たしか2組の転校生だったな。確か名前は――」

「凰 鈴音です。俺は鈴って呼んでますけど」

 

エミヤのつぶやきに一夏がそう答えると、周囲一帯から「何故知っているんだ」と追及したげな視線が刺さる。

思わず首をすくめる一夏に対し、エミヤは一夏の言葉に目を丸くすると、「成る程……リン、リンか……」とかみしめるように口にした。

その様子に、周りの視線が一斉にエミヤへと向けられる。

 

「先生?どうしたんです?」

「いや失礼、その名前の響きを持つ少女には縁があってね。記憶にある彼女とあの少女で共通点があったもので、少々感慨に耽ってしまった」

「そうだったんですか!」

 

一夏の問いに、エミヤは僅かに笑いながら答えた。

返事と共に向けた男の視線は、ここじゃないどこか遠いところへと向けられている。

そしてその表情を、周囲の少女たちは食い入るように見つめていた。

 

「ん?」

 

一変して空気の変わった教室に、一夏は周囲をキョロキョロと見回す。

そうして、一人の少女が好奇心と乙女心に突き動かされ、おずおずと口を開いた。

 

「……先生」

「何かな?」

「先生は、その人のことが好きだったんですか!?」

「む?」

 

疑問形であるようで、確信しているような口調。

見れば周りの少女たちも、真剣な面持ちで視線を注いでいる。

 

そう、彼女たちは本能的に、経験的に知っている。

異性についてあのような表情をするときには、多くの場合“そういった感情”が含まれていると。

 

この年頃の少女の存在意義として、そのことに気づいて追及しないわけにはいかないのだった。

(一夏関係以外では)まだ自制心のある部類の箒でさえも、チラチラとエミヤの様子を伺っている。

 

問われたエミヤは目を丸くする。

そうして暫し考え込むような様子に、少女たちは固唾を飲んでその口が開かれるのを待っていた。

見れば傍らの真耶でさえ、両こぶしを握り込んでその様子をうかがっている。

 

「全くお前たちは」

 

呆れた様子の千冬は、こうなってはどうしようもないと場を収めることを諦めた。

彼女自身にその経験はなかったが、自身が同じ年頃の時の同級生たちの様子から、これが手の出しようのない事態なのは重々承知している。

もっとも……。

 

「……………」

 

いつもの彼女なら、無駄だと知りつつも声を上げただろう。

あるいは出席簿によって、強制的に場を鎮めることも可能である。

それを黙って見ている時点で、彼女も少なからず興味があることを否定できなかった。

 

 

 

「残念ながら、彼女とはそういった関係ではなかったよ」

 

少女たちの期待に反し、エミヤはからかうような笑いと共に口を開いた。

 

「えぇーーー!!」

「本当ですかぁ?」

「本当だとも、君たちの期待に沿えずに申し訳ないがね」

 

あからさまな落胆の様子に、エミヤは薄く笑いを返す。

 

「縁深い間ではあったが、彼女はなかなかのお転婆でね。アレの相手など、私の手に余る」

「そうなんですか」

 

少女の問いにも、何事もなく返す。

 

ともかく、話は終わった。

千冬は知らず肩に力が入っていたことに気づかないふりをしながら、今度こそ場を諫めるために口を―――。

 

「じゃあ、先生が私たちくらいの時って、好きな人とかいたんですか?」

「おい」

「先生って若い頃からモテてたんですか?」

「お前たち」

 

こういったことは、一度スイッチが入ると中々下りないものだ。

興奮冷めやらぬ少女たちから、続けてそんな問いが投げかけられる。

千冬が呆れたように視線を投げるそばで、エミヤは苦笑を返した。

 

「申し訳ないが、昔から私はそういったものとは縁がなくてね」

「えー」

 

そんなわけないと、はぐらかされたと思った女生徒から不満げな声が上がる。

その様子をとらえてエミヤは笑いながら口を開く。

 

 

 

「そうだとも、大体私は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間

 

 

夜風が、脳裏を吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――—————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が止まり、巻き戻る。

 

在りし日の、彼にとっての運命の夜に還っていく。

 

 

 

 

 

 

 

月光に、金砂の髪が濡れていた。

夜空の群青を背にして、なお鮮やかな蒼銀。

 

朧気ながら鮮明な、その光景が流れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あぁ、いや」

 

 

 

あるいは、彼女たちの熱気にあてられたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだな。—————焦がれたというのなら、一度だけ」

 

 

 

 

自然と、噛み締めるように言葉が出た。

そっと浮かべた微笑みは優しく柔らかく、ともすると哀しげにも見える。

 

 

 

 

 

「えっ……」

「丁度、キミたちくらいの時分かな。私は、一人の女性と出逢ったのだよ」

 

 

 

 

その返答に、皆が驚愕する。

その表情に、誰もが引き込まれていた。

賑やかだった教室は、その興奮はそのままに静まり返る。

 

「す、好きだったんですか?」

 

生徒の一人が、おずおずと口にする。

 

「……どうだったかな」

「せ、先生!」

 

問われればそう首をかしげるエミヤに、生徒から情けない声があがる。

からかわれていると思ったらしい。

エミヤはそれに笑みを返した。

 

「いやすまない、しかし本当によくわからないのだよ」

「……どういうことですか?」

「恋慕、憧憬、感謝……色々な感情があったはずだが、今となってはよくわからなくなってしまってね」

「…………」

「ほんの一時だよ。出逢い、ぶつかり、互いに想いを伝え、別れた」

「えっ」

 

こともなげに言うエミヤに、聴衆から驚愕の声があがる。

 

「すぐに、別れちゃったんですか?」

「そもそも私は、たまたま用向きで来ていた彼女と出逢ってね。そしてそれが済み、彼女は帰っていった。ただそれだけの話だよ」

 

 

誰ともなく呟かれたその言葉を、彼女たちは一心に追っていた。

思わず言葉の代わりに視線で、話の続きを促す。

しかしエミヤはそこで教室全体を一瞥すると、何かに気づいたように目を閉じ、俯いてフゥと大きく息を吐く。

と、再び顔が挙げられた時には、いつもと変わらない表情に戻っていた。

 

 

「すまないが、この話はこれで終了だ。じき次の授業の時間になる」

 

フッと肩を竦める。

教室に張りつめていた空気は、それだけで戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええぇー!!」

「もっと! もっと詳しく聞きたいです!!」

「ここで終わりなんてひどいですよー!!」

 

 

 

当然、ここで話を切られた少女たちはたまったものではない。

口々に続きの催促を口にするが、エミヤは飄々とそれを躱していく。

 

「そもそも話すつもりなどなかったのだ。つい郷愁に駆られて口を滑らせてしまったがね」

「ここまで来たら全部話しましょうよ!!」

「そうですよ! 絶対人には言いませんから」

「いくら私でも、その手の言葉は信用に値しないということくらいは知っているよ」

「そんなー!!」

 

「お前たち……」

 

再び勢いづいた教室の様子に千冬は大きくため息をついた。

話の間、どうにも息が詰まっていたことに気づく。

自身の反応に思わず舌打ちしそうになりながら、それを振り払うがごとく口を開いた。

 

「時間だ、お前たちいい加減に――――」

「せめて、どんな人だったのか教えてください!!」

 

千冬の言葉は、ひと際大きなその一言でかき消された。

懇願するかのようなその口調。

何かしら答えないと教室の平穏は取り戻せないと悟ったエミヤは、その言葉にため息をつくと、ふと何か思いついたようにそっと口を開いた。

 

「とても、美しいヒトだったよ」

 

優しい笑みにのせて紡がれたのは飾り気のない、そんな言葉。

 

しかし聴衆たる彼女たちにとってその言葉は、宝石をちりばめたかのように輝いていた。

それを聞いてキラキラと瞳を輝かせる彼女たちに向かい、エミヤはその優しい笑みに僅かばかり揶揄いを合わせて、ゆっくりと言葉を続けた。

 

 

 

 

「キミたちと同じくらいに、と言えばわかりやすいかな?」

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

 

ぐるりと教室全体を、真耶や千冬の方まで顔を向けながらしれっと言い放った。

エミヤからすればなんの気はない、彼なりに話題の終了と照れ隠しを兼ねた言葉だ。

だがその一言で、沸き立っていた教室は一瞬にして静まり返る。

あれほど瞳を輝かせていた少女たちが、今はその殆どが俯いてしまっていた。

 

 

 

 

「む?」

「エミヤ」

 

 

一変した教室の空気に疑問符が沸いたところで、千冬がエミヤへ声をかける。

片手を顔に押し当てて発せられたそれは、明確に呆れを含んでいた。

 

「格納庫の鍵を閉め忘れたかもしれん。すまないが、行って確認してきてくれないか?」

「構わないが、珍しいな。次の授業のことでも考えていたのかね?」

「まぁ、そんなところだ……。丁度授業が始まった頃だろう、他のクラスの迷惑にならないようにな」

「了解した」

 

静かに教室を出ていくエミヤを横目で見ると、千冬は大きくため息を吐く。

 

 

 

 

「……さて小娘ども、本来なら授業を始めるところだが、奴が戻るまで約5分間ある。それまでに頭を冷やしておけ」

「………」

「迂闊に藪をつついて出てきた蛇に噛まれるとは、目も当てられんな。これに懲りたら、次からはもう少し考えて発言しろ」

 

返事の代わりに、俯いたままの頭がコクコクと動いた。

チラリと髪から覗く耳や頬は、皆真っ赤に染まっている。

見れば、生徒に合わせて真耶までが顔を真っ赤に染めていた。

 

 

 

エミヤにしてみればなんの気ない一言だったが、言われた彼女たちはたまったものではない。

 

あるいはあの話を聞かなければ、別の反応が出来たはずだ。

しかし脳裏には、過去の美しい記憶を辿るエミヤの顔がありありと浮かんでいる。

そして、彼をそんな表情にさせるような人物と、同じくらい綺麗だと言われてしまったのだ。

 

 

恋に恋する年頃の彼女たちにとって、その一言は程度の差こそあれ一定以上の破壊力をもたらすものだった。

 

 

 

 

 

「ん?みんなどうしたんだ?」

 

唯一先ほどから蚊帳の外だった一夏は、不思議そうにあたりを見回す。

 

「頭を冷やせって、そんなに暑いか? ここ」

「……一夏、お前はわからなくていい」

「そうですわね、一夏さんは気にしなくて大丈夫ですわ」

「……二人の意見が合うなんて、珍しいな」

 

キョトンとした一夏に箒がぶっきらぼうに言葉を投げ、セシリアもそれに続く。

すでに気になる相手がいる彼女たちはもっとも軽症な部類だったが、やはりその頬はうっすらと淡く染まっている。

 

 

「確かにみんなちょっと暑そうだな、千冬ねぇもいつもより顔あか―――へぶっ!!—————」

「………織斑先生だ、馬鹿者が」

 

 

 

よくわからないまま辺りを見渡していた一夏に、出席簿の制裁が下る。

不用意な発言に誅を下した千冬の顔は、なるほど確かに朱が差していたのだった。

 

 

 





重ねて、本当に申し訳ありませんでした。



忙しさから中々PCに向かえず、こんなに時が経ってしまいました。
今更ノコノコ戻っても……と、長らく思っておりましたが、こんな駄文の続きを待ってくださっていた皆様にせめてものお礼をと思い投下しました。



今後も継続できるよう努力いたしますので、よろしくお願いいたします。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転校生と一夜の波乱 ~そして三度の決闘へ~


お久しぶりです。

性懲りもなくまたあげさせていただきます。




「それじゃ、今日はここまで」

「ありがとうございました」

 

授業が終わった1年2組。

教室から出ていく教師を見送ると、生徒たちの肩から力が抜ける。

 

「あぁ、お腹すいたー」

「昼休みは次の授業の後だぞー、頑張れー」

「ふぇー。あ、でも次の授業って確か……」

「……そうだった!」

「大変!早く準備しなくちゃ!!」

 

生徒たちは賑やかに、各々授業の準備を進めている。

その中で、鈴こと凰 鈴音は机に座ったままボンヤリとその様子を眺めていた。

 

(つまんない……)

 

目は口ほどに、と言うが、今の彼女は全身でそれを表現している。

授業は退屈というほどではないし、クラスの皆も突然の転校生である自分を歓迎してくれた。

だというのに、今の鈴の気分を押し下げている理由はただ一つ。

 

(なんでクラスが違うのよ)

 

そう、結局のところ原因はその一点につきる。

その姿を思い出せばなんだかひどく頭にきて、自然と眉が寄ってしまった。

 

(なによ、こっちが勇気出して行ってみれば)

 

話されていた会話にこれ幸いと乗ってみたものの、一夏から返って来たのはあんまりな一言。

確かにガラではなかったとは思うが、久々に会った相手にアレはないだろうと思う。

 

 

(でも、まっ、いっか)

 

寄っていた眉が一変、だらしなく緩む。

自分自身の心変わりにおかしくなって、机に突っ伏してクスクスと笑ってしまった。

 

 

そう、一夏の姿を見かけたとき、ほんの僅かだが声をかけようか迷ったのだ。

一年ぶりの再会。

自分の容姿はさほど変化してないはずだが、もし一夏にわかってもらえなかったら、忘れられてしまったらと不安だった。

思うたびに持ち前のポジティブ思考で乗り切ってはいたが、その不安は杞憂だったのだと、他ならぬ一夏が証明してくれたのだ。

 

驚いた表情。

そこから発せられた声には確かに喜色が混じっていて、長旅や手続きばかりだったここ暫くの疲れなど、それを聞いた瞬間に跡形もなく吹き飛んでしまったのだった。

 

(この学園で会えるなんて、思ってもみなかったけど)

 

急遽ここへ転入した理由である、数か月前のニュースを思い出す。

「日本人男性、ISを起動」などという見出しが世界中に掲げられなければ、自分たちの再会はもっと先になっていたはずだった。

 

(まぁ、二人目がいた訳だけどね)

 

先ほど教室で見た、もうひとりの男性。

好奇心のまま視線を移してしまったが、さすがにあの短時間ではどのような人物かなどわかるはずがなかった。

 

(よくわかんなかったわね……。そうだ、一夏に聞けばいっか! これ終われば昼休みだし!!)

 

自らの案に、隠すことなく笑みが零れる。

そのまま上機嫌に次の授業の準備を始めたところで、辺りの様子にようやく気が付いた。

 

 

「ねぇ」

「? どうしたの凰さん?」

「みんな、何してるわけ?」

「えっ! あ、こっ、これは……」

 

 

質問の答えなど、周りの光景を見ればわかる。

皆、身だしなみをチェックしているのだ。

服装や髪型を、周囲の友人からチェックまでもらって直している。

見れば皆どこか少し浮ついた様相で、先ほどからコロコロと様子が変わっていた鈴のことも気づいていなかったようだ。

 

「次の授業って英語でしょ? 何でそんなに気にしてるのよ?」

「こ、これは……ね……」

「あっ、次の授業の先生ってかなり厳しいとか?なら早く言って―――」

 

「来たわ!!!」

 

質問に答えが返ることはなかった。

入り口付近で様子を伺っていた生徒からの一言で、皆ビシリと席に座る。

浮ついた様子はそのままに、真剣な眼差しで教室の入り口を見つめていた。

 

「な、何よ一体」

 

思わずたじろぐ鈴。

そしてガラガラと教室を開けるその姿に。

 

 

「へ?」

 

 

思わず、そんな言葉が口から出てしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――昼休み――――

 

 

 

 

「あー、腹減ったー」

「…………」

「…………」

「どうしたんだ二人とも? 頭、まだ痛むのか?」

 

食堂へ向かう道中、一夏が発した気遣いに。

 

「誰のせいだと……」

「思っていますの……?」

 

箒とセシリアの二人は、冷たい声で答えを返した。

 

「ど、どうしたんだよ……」

「……」

「……」

 

理由を聞いても、二人はジロリと一夏を見るばかり。

どうしようもないこの状況に、一夏は肩を落として歩みを進めた。

 

そもそも、授業中から様子がおかしかった。

箒とセシリアはソワソワと一夏を見ては、千冬の出席簿の餌食となっていた。

もっとも、様子がおかしかったのは二人だけでなく、多くの生徒がボーっとした様子で、授業のことなど頭に入っていないようだった。

熱に浮かされたようなその状態では真耶からの質問に答えられるはずもなく、もれなくその頭上に出席簿が落ちたのだった。

 

 

「一体どうしたんだよ、皆なんかおかしかったぞ?」

「……わからなくていいといったはずだが」

「へいへい」

 

一夏の問いに箒が冷たく返す。

こうなってはどうしようもないことは、短い学園生活の中で重々わかっている。

わかっているので、一夏はそっけない箒に小さくため息をついた。

 

「ほら、もう食堂だぞ。飯でも食べて機嫌直せよ」

「機嫌など悪くないぞ」

「そうだな、でも腹減っただろ? ほら……って」

 

そう言ったところで、食堂入り口に立つ一人の少女が目に入った。

 

「待ってたわよ一夏!」

「鈴!」

 

思わず一夏が声をあげると、その少女は嬉しそうに一夏へと駆け寄ってきた。

 

「アンタもこれからお昼でしょ? 一緒に食べましょうよ!」

「わかった、わかったから食券買わせてくれ!」

 

グイグイと一夏の腕を引きながら話を進める鈴。

いかにも親しげなその様子に、一夏の後ろにいた二人の眉はどんどん吊り上がっていく。

 

「ほら、二人も食券買っちゃおうぜ」

「あら、その二人と来てたわけ? ていうか誰?」

 

二人の方を向く一夏に、鈴もキョトンとした表情で続く。

一緒に来たにも関わらず今まで眼中になかったと言わんばかりのその態度に、二人のこめかみからピシリと音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

結局、4人は同じ机を囲むことになった。

 

「鈴は相変わらずラーメンか」

「何よ悪い? 別に迷惑かけてる訳でもないでしょ?」

「そこまで言ってないだろ。しかしびっくりしたぜ、鈴転校生って鈴のことだったのか。連絡くらいしてくれりゃいいのに」

「それじゃサプライズにならないでしょ。ふふーん、見ものだったわねー、びっくりした一夏の顔!」

「こっちは本当に驚いたんだからな!」

 

久しぶりだという二人の会話は弾む一方、それを眺めながら食事をとる二人はだんまりを決め込んでいた。

授業中に二人の気を逸らさせた原因である転校生が目の前で、一夏と楽しそうに話しているこの状況。

問いただしたいのは山々だが、今は敵情視察に努めようとグッと堪えているのだ。

 

「で、アンタたちはいったい誰なの?」

「あぁ、鈴は初めてだったな」

 

と、ここでようやく二人へ顔を向けた鈴に、一夏も鈴が二人とほぼ初対面だったことに気づく。

 

「二人はクラスメイトの篠ノ之 箒とセシリア オルコット。箒、セシリア。こっちは転校生の―――」

「凰 鈴音よ」

「……篠ノ之 箒だ」

「……セシリア・オルコットと申しますわ」

「箒の話は昔しただろ? 俺の幼馴染で、通ってた剣術道場の娘。あぁ、鈴が来たのは箒が引っ越してすぐだから、丁度入れ違いだったのか」

「ふうん、そうなんだ」

「で、鈴とは中学二年で国に帰るまで一緒だったんだよ」

「ほう、成る程な」

 

一夏の話に、二人はまっすぐにお互いを見つめた。

互いの力量を把握するようなその様子に、一夏は首を傾げる。

 

「……よろしく頼む」

「……こっちこそ、よろしく」

「お待ちになって!!」

 

二人の様子を見て、突如セシリアが声を張り上げた。

 

「あなた、わたくしの名前を聞いても何とも思いませんの!?」

「はぁ?」

「セシリア・オルコット! イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ!! あなた、代表候補生でしたらわたくしの名前くらい―――」

「あーゴメン。あたし他の国とか興味ないから覚えてないのよ」

「な、な、なっ……!!」

 

あっけらかんとした鈴の返答に、セシリアは言葉につまりながら顔を真っ赤に染めていく。

それが怒りによるものであることは、誰の目から見ても明白だった。

 

「いいですわ。ならわたくしの強さをもって、嫌でも忘れられないようにして差し上げます!!」

 

なんとか調子を取り戻したセシリアは、ビシリと鈴を指さしながら声を張り上げる。

 

「あら、そ。でも戦ったら私が勝つよ。悪いけど強いから、私」

「……言ってくれますわね」

 

セシリアの言葉に、鈴はどこか確信めいた口調で返事を返す。

それを聞いて怒り心頭のセシリアをよそに、鈴はクルリと一夏へ顔を向けた。

 

「そういえばアンタ、クラス代表なのよね?」

「ん? あぁ、成り行きでそうなった」

「ふーん、そっか……」

 

思案するような口調。

 

「そ、それなら、さ」

 

先ほどまでの勝気な様子はどこへやら、鈴は恥ずかし気に一夏から視線を逸らしながら――。

 

「ISの操縦、見てあげてもいいわよ?」

 

そう、ぽそりと口にした。

 

 

 

―――――――ダンッ!!!――――――――――――

 

 

間髪入れずに聞こえた衝撃音。

爆心地である己の真向かいでは、一瞬のうちに箒とセシリアの二人がテーブルに手をついて立ち上がっていた。

 

 

「一夏に教えるのは私の役目だ。どうしても、と頼まれているからな」

「大体、あなたは2組でしょう!? 敵の施しを受けるなんて―――」

「うっさいわねー。あたしは一夏に聞いてるの」

「ど、どうしたんだ三人とも」

 

にらみ合う三人。

なぜそうなったかまるでわからない一夏だが、わからないなりに食堂の平穏を守ろうと話題を変えることにした。

 

「そ、そういえば、鈴は今日来たばっかりだろ?授業はどうだったんだ?」

「…………」

「鈴?」

「思い出した……」

 

半場苦し紛れだった一夏の言葉に、鈴はきょとんとした表情になると、そのまま難しい顔をして考え込む。

箒とセシリアですらその様子に疑問を覚えると、鈴は神妙な顔つきで口を開いた。

 

「アンタたちのところにさ、男の教師がいたじゃない?」

「あぁ、エミヤ先生か。それがどうかしたのか?」

「あの人……」

 

一夏の疑問の声に、鈴は混乱したような表情で言葉を続けた。

 

「なんか、英語の授業教えてたんだけど」

 

 

 

 

 

『失礼する。今日は斎藤先生が不在のため、私が代理で授業を行うことになった』

『はぁーーい!!』

『一応先生から前回までの授業内容は聞いているが、君たちの方からも習熟度合を確認させてほしい』

『はいはい!先生!私のノート見せたげますよ!』

『私のも!』

『私の方が近いから!ねっ、先生』

『気持ちはありがたいが、一人見せてもらえれば十分だよ』

(なに……これ……)

 

教室に入って来た浅黒い男。

彼が発した一言に、生徒たちは黄色い声で応えていた。

形式上教師という立場をとっているだけとばかり思っていた鈴は、まさか本当に授業を行うとは思っておらず、ひたすら目を白黒させていたのだった。

 

「あぁ、鈴は今日が初めてだったな。担当の先生がいないときの授業は、エミヤ先生が代わりにやることになったみたいなんだ」

「そ、そうだったのね……」

 

この学園では当たり前になった風景らしく、答える一夏も、周りの箒たちも平然としている。

 

「ISの授業以外は時間があるからって、エミヤ先生から言ったみたいだな。ちゃんと担当教員の試験を合格して、《学園内のみで、さらに正規の担当不在時のみ》ってことでOKが出たらしいぞ」

「以前は自習も決して少なくなかったというから、それを考慮しての提案だったのだろう。ここの先生方は委員会などの他に、外部での授業も多いと聞いているからな」

「IS学園は各国から代表候補生、ひいては未来の代表が集う場所。教養面でも高い水準を要求され、それに適うだけの教員が揃っていますものね。外部から依頼が来るのも納得ですわ」

 

三人はさも当然とのごとく答えていく。

 

「鈴は英語の授業受けたのか。あの人、イギリスに住んでたことあるらしいから英語ペラペラなんだよなぁ。セシリアも褒めてたよな?」

「イギリスに滞在されていたのは数年らしいですが、文法はともかく語彙と発音は及第点ですわね。特に、嫌らしいアメリカ訛りが無い点は評価せざるを得ないですわ」

 

一夏が意見を聞くと、セシリアはうんうんと頷く。

最初の授業では怪訝そうな表情を浮かべていたセシリアだが、試験とばかりに英語で話し始めると、その表情は驚きとともに満足げなものになっていった。

本場の人間が認める中で他の生徒から異論が出るはずもなく、実際彼の授業は「出来ない人が躓くポイントをわかってくれる」「最初に日本人っぽい発音をしてくれて、そこからだんだんネイティブらしい発音に変換してくれるからわかりやすい」「かっこいい」「自然とチョークを持つ指先を追ってしまい、気づくと書かれてる内容が頭に入ってる」「実際に使うことを重視してくれるから、、他国の生徒とも英語で話してみたくなる」「なんか目に優しい、というか目の保養」と好評を得ていた。

 

「あの人の授業、どれも評判いいんだよなぁ」

「へぇ……って。ちょっと待って、どれもって何教科やってるのよ!!」

「まだそんな機会はないけど、基本の教科は全部担当出来るみたいだぞ。なんでも昔一通り叩き込まれたから、ある程度なら見れるって。実際試験も合格してるしな」

 

因みに、「師匠が優秀だったのでね。……些かならず厳しかったが」と答えるエミヤは、あまり思い出したくないような、遠い目をしていたという。

 

 

「ふーん、まぁいいわ。それより一夏、今日の放課後って空いてる?」

「えっ?」

「積る話もあるし、どこか行ってゆっくり話しましょうよ!“二人”で!!」

 

とりあえず疑問が解消されたのか、鈴は話題を切ると一夏の方へと身を乗り出しながら、楽し気な表情で口を開く。

 

「えっと、放課後は」

「放課後は私とISの特訓がある。悪かったな」

 

すると一夏が答えるよりも早く、半目の箒が言葉を返していた。

 

「あら、別にアンタに聞いてないけど?」

「一夏が断り辛かろうと思って助け船を出したまでだ。久方ぶりに“友人”と再会して嬉しい気持ちは察するが、先約は先約だからな」

「うぅ……」

「あら、言うじゃない。流石は“クラスメイト”ね」

「間違ってはいないが、しいて言うなら“幼馴染”の方が適切だろう」

「ううぅ………」

 

なんとか凌いだと思った剣呑な雰囲気が戻ってくるのを感じ、一夏は頬を引きつらせる。

彼女らが何故か会話の一部分を強調しているように聞こえるのを不思議に思いながらも、再びこの場を鎮めるために口を開いた。

 

「あー、すまん鈴。箒の言う通り今日は特訓があるんだ。クラス対抗戦もあるし、恥ずかしい恰好は見せられないからな」

「そ、そっか……」

「今はちょっと忙しいけど、時間があるときにゆっくり話そうぜ。この学園に来たってことは、卒業まで一緒なんだろ?」

「そ、そうね!!これからは毎日顔を合わせるんだし!!放課後くらいは貸してあげるわ!それじゃあたしは行くわね!!」

 

言うが早いか、鈴は丼のスープをグイっと飲み干し、トレイを手に席を離れる。

どうやら機嫌を損ねずに済んだらしく、「ごちそうさまー!」という元気な声を食堂に残していった。

 

「全く……貸してあげるって、俺に人権はないのか」

 

苦笑いしながらも鈴の様子にほっと胸をなでおろし、一夏はその後ろ姿を見送った。

 

「一夏」

「一夏さん」

「うおおおぉ!!」

 

しかしそれも束の間、ひどく冷たい声に一夏は慌てて向き直る。

 

「随分と仲が」

「よろしそうでしたわね」

 

ジトーっとした目で一夏をみる箒とセシリアの二人に、背中を嫌な汗が伝うのを感じた。

 

「まぁいい、私との特訓を優先したのは評価しよう」

「えぇ、そうですわね。しかし箒さん、一夏さんと特訓をするのは貴女ではなく、わたくしでしてよ?」

(頼む……早く夜になってくれ……)

 

二人の様子に、一夏はこれからの時分の身を案じることしかできなかった。

 

 

 

そして、その日の夜

 

 

 

(な、なんで……)

 

一夏は現在進行形で途方に暮れていた。

理由は明白、眼前に広がる光景のせいだった。

 

「…………」

「…………」

 

目の前には両腕を組んだ箒と、それに対峙する鈴の姿がある。

涼し気な様子の鈴の足元には、ボストンバッグが一つ転がっていた。

 

(なんで、こんなことになったんだ……)

 

放課後、一夏は約束通りセシリアとの特訓を行った。

そこで箒が訓練機の使用許可を貰って打鉄で参戦するというサプライズがあったが、そこはまだ良かった。

練習の後、ピットにいたところに鈴がやってきて、飲み物を貰って少し話をしていたのも特に問題はなかったはずだ。

 

(いや……あの時は箒の様子が少し変だったか。でも特に何もなく終わって……)

 

そして現在。

 

「今、なんと言ったんだ?」

「だから、「部屋を変わって」って言ったのよ。いいでしょ、私だって幼馴染なんだし」

 

そう、部屋に戻ったとたん、一息つく間もなくこの状況に陥ったのだ。

 

「幼馴染と……それが何かの理由になるというのか?」

「さぁどうかしら。あたしは篠ノ之さんが男性と同室って聞いたから、嫌じゃないのかな~って。あら、それとも一夏と一緒の方が良かったの?」

「ぐっ。そ、それは………」

 

二人の言い争いはなおも続いている。

そして、その渦中にいるはずの一夏は話題から完全に取り残されていた。

 

「まぁ、とにかくあたしはここで暮らすから。それより一夏」

「へっ?」

「おい、話はまだ―――」

 

突きつけるように箒へ言い放つと、鈴はトコトコと一夏の方へと歩み寄る。

 

「あのさ。約束、覚えてる?」

「へ?や、約束?」」

「話は終わってないと言ってるだろう!」

 

先ほどまでの様子は一変し、どこか恥ずかし気に、伺うように鈴は尋ねる。

箒のことなど一切介さないその態度に、箒の堪忍袋の緒はプッツリと切れた。

 

「いい加減に―――!!」

「おい箒!!」

 

いつの間にか握られていた竹刀が振るわれる。

相当頭に来ていたのだろう箒の一撃は、一夏も咄嗟に反応することができないものだった。

 

(しまっ―――!!)

 

驚いたのは箒自身もだった。

気づいた時には既に竹刀を振ってしまっていた。

 

 

しかし。

 

バシィンッ!

 

「なっ!?」

「はっ!?」

 

驚きは箒と一夏のもの。

箒が振るった竹刀は、鈴が部分的に展開したISの装甲によって防がれていた。

咄嗟のことだったというのに、鈴は眉一つ動いていない。

 

「り、鈴!大丈夫か!?」

「あったりまえでしょ。あたしは代表候補生なんだから」

 

慌てる一夏へ気遣うように声をかける一方、己がした行為に狼狽えている箒へは、半ば睨むような視線を投げた。

 

「ていうか、今の本気で危なかったよ?」

「……すまない」

「まぁ、あたしは何ともなかったからいいけどね」

 

言うだけ言って満足したのか、鈴は再び一夏へと向き直る。

 

「それより一夏、約束!」

「あ?……あ、あぁ、思い出した!確か毎日酢豚を―――」

「そう、それ!!」

「おごってくれるって話だよな!」

 

期待いっぱいの鈴へ、一夏はそう高らかに答えた。

昔の約束をキチンと覚えていたことへの自負からか、一夏の表情は晴れ晴れとしている。

しかしそれとは裏腹に、輝かんばかりの笑顔だった鈴の顔は強張り、そのまま俯いてしまった

「……………」

「おい、鈴?」

「………一夏、それ本気で言ってる?」

「えっ、本気も何も、鈴が言ったんだろ。ほれ、俺もちゃんと覚えて――」

 

言葉を続けることはできなかった。

俯いたままの鈴から繰り出された平手は、見事なまでに一夏へと命中した。

 

「痛っ、おい鈴、一体何―――」

 

訳が分からない一夏は、若干語気を荒げて鈴へ詰め寄る。

しかし、一夏が見たのは―――。

 

「最っっ低!!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて!犬に噛まれて死ね!!」

 

噛みつかんとばかりに怒りに染まった表情。

その小さな肩は怒りで小刻みに震えているが、一夏にはそれが雨に打たれた子猫のような、言いようのない寂しさにも感じられた。

 

「あっ、おい鈴!!」

 

一夏の静止も聞かず、鈴は力任せにバックを拾うと、飛び出すように部屋から出て行ってしまった。

 

「……怒らせちまったみたいだな」

 

その後ろ姿を見送るしかなかった一夏が、そうボソリと漏らす。

 

「一夏」

「なっ、なんだよ」

 

かけられた言葉に振りかえれば、そこには冷たい目でこちらを見る箒がいた。

 

「お前が言った約束とやら、本当にそんなことだと思っていたのか?」

「箒までなんだよ。確かに思い出すのにちょっと時間はかかったけど、今は言われた時の光景だって覚えてるぞ」

「……馬に蹴られて死ね」

「ぐぅ!?」

 

僅かな時間で二度も言葉の刃が刺さり、一夏はただ呻くしかなかった、

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――それから数日―――――

 

 

 

 

 

 

「むぅ」

 

一夏は歩きながら頭を捻っていた。

あれから数日、鈴と会う機会は幾度があったが、声をかける間もなく去って行ってしまった。

元々カラッとした気風の鈴がこの様子であるということは、相当頭にきていることを意味している。

そして運が良いのか悪いのか。

 

「一回戦から鈴と当たるのか」

 

そう、あの騒動があった翌日に張り出されたクラス対抗戦の日程表。

そこには、一夏と鈴の字がデカデカと横並びになっていたのだ。

 

「一夏、何を考え込んでいる」

「あ、あぁ、すまん」

 

箒の声に、一夏は思考を中断する。

今日も今日とて、箒とセシリアとの特訓だ。

日程表が張り出されてから、校内中が徐々に対抗戦の準備へ動いている。

その中でも群を抜いてIS初心者である一夏は、他の生徒より二歩、三歩早く本格的な特訓を開始していたのだ。

 

「先日から特訓の難度が上がったが、ここでだれるようなら勝てんぞ一夏」

「あぁわかってる。すまん箒、ちょっと考え事してたんだ」

「ふん。まぁ特訓の甲斐あって、ISの操縦自体は様になってきたがな」

「そこは“セシリア・オルコットとの特訓の甲斐あって”と言ってほしいですわね」

「あはは……」

 

いつも通りの騒がしさで、三人はピットへの扉を開ける。

 

と。

 

「待ってたわよ一夏!!」

 

そこでは、腕組みをした鈴が一行を出迎えた。

まさかの対戦相手本人の登場に、三人とも驚きの声をあげる。

 

「り、鈴!?」

「何よ?」

「なっ、何故貴様がここにいる!?」

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!?」

「あら、なら何も問題ないじゃない。私、一夏の関係者だし」

 

驚く一夏、問い詰めるような箒とセシリアへ、鈴は平然と答えていく。

 

「ほう。そうか、成る程な」

「一夏さんと貴女がそれほど親しい間柄だとは、知りませんでしたわ」

 

首からギギギギ、と音が鳴りそうなほどゆっくりと、二人の顔が一夏の方を向く。

 

「それで、何の用だよ」

「私は一夏の様子を見に来たのよ。ちゃんと反省してるのかどうか」

「へ?」

「だーかーら!アンタが反省してるのかどうか見に来たのよ!あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなー、とか。思わなかったの!?」

「いやそう言われても、鈴の方が避けてたんじゃないか」

「じゃあ何?アンタは女の子が放っておいてって言ったら、放っておくわけ?」

「そりゃ、そう言ってるのに無理強いしたら悪いだろ。何か変か?」

「何かって……ああもう!」

「……ハァ」

「……ハァ」

 

一夏との掛け合いの中、鈴のまなじりはどんどん吊り上がっていく。

箒とセシリアからもため息をつかれ、一夏は周りを包囲されたような気分でいた。

 

「とにかく謝りなさいよ!」

「なんでだよ!こっちはちゃんと約束覚えてたろ!」

「約束の意味が違うのよ、意味が!」

 

両者の言い合いは平行線のままなおも続く。

 

「もういいわ!じゃあこうしましょ。今度のクラス対抗戦で、買った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられる。それでいいわね?」

「おう、いいぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな」

「えっ!?せ、説明は、その……」

 

鈴の提案に大きく頷く一夏。

だが一夏が勝利時の要求を口にすると、鈴は顔を真っ赤にしてしまった。

 

「なんだ?やめるならやめてもいいんだぞ?」

「誰がやめるのよ!アンタこそ、私に謝る練習しときなさいよ。この馬鹿!朴念仁!」

「ぐっ」

「間抜け!鈍感!唐変木!」

「うるさい、貧乳」

 

一夏なりに気を使ったつもりだったが、返って来たのは悪口の嵐。

これには一夏も耐えかねて、ついボソリと禁句を口にしてしまった。

 

「あっ、しまっ―――」

「……言ったわね」

 

ふと我に返った一夏が己の失策に気づくも、その隙に鈴は一夏へと大きく踏み込む。

 

「言ってはならないことを――」

「いや、すまん鈴。今のは悪かっ――」

「言ったわね!!」

 

鈴が右腕を大きく振りかぶった。

身の危険を感じた一夏が大きく後ろへ飛びのく。

 

 

 

――――――ドガアアァァァアアンッ!!―――――

 

 

響き渡る轟音。

直前に一夏がいた場所の一歩ほど前で、ISをまとった鈴の腕が振り下ろされている。

当てる気は無かったのだろうそれはしかし、着弾地点の床に30cmほどの凹みを作るほどの威力だった。

 

「……あぁそう。ちょっとは手加減してあげようと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね」

 

睨みつける鈴の視線。

今まで見たことのない怒り様に、思わず一夏は身を竦める。

 

「いいわよ、そっちがご所望なら、希望通りに――」

 

と、ここで扉が開き、大きな影が部屋へ入って来た。

 

「失礼。今の音について聞きたいことがある」

「エミヤ先生!」

 

ともすればそのまま戦闘開始してもおかしくないほど空気の中、平然とした表情で入って来たのはエミヤだった。

彼は部屋にいる人間一人一人と鈴の腕を覆うIS、そして床の凹みを一瞥する。

 

「まずは怪我がないようでなによりだ。それで?誰かこの状況を説明してくれる者はいるかな?」

「アンタには関係ないでしょ。これは生徒同士の問題よ」

「それがそうもいかん。正直、君たちの間で何があったのかなど詮索する気はないのだがね。あれだけ大きな音を出され、何より校舎を壊されたとあっては、放っておくわけにはいかないだろう?」

「うるっさいわね!教師っていってもIS適性があるからなってるだけでしょ。素人が口出ししないでよ」

「おいっ、鈴!」

 

以前頭に血が上ったままの鈴は、突然の乱入者に苛立ちを隠す様子もない。

 

「教師面するのはいいけど、そういうのはISが使えてから言って頂戴」

「ふむ、そこを突かれると中々痛いな」

「おい、鈴やめろって」

 

喧嘩腰の鈴に、一夏は場を収めようと慌てて声をかける。

 

「言ったろ、先生は俺たちの授業内容くらいなら教えられるほど凄いんだって!それに千冬姉や他の先生だって認めてるぞ」

「だからって―――」

「それにISだって、先生は俺よりずっと凄いんだぜ。セシリアにだって勝ったんだからな」

「いっ、一夏さん!それを言うのは………」

「……ふぅん」

 

一夏の言葉に、セシリアは顔を赤く染める。

一方、鈴は先ほどまでの喧嘩腰から、値踏みするようにエミヤを見つめた。

そうして頭から足先まで視線を移すと、鈴はそのままセシリアの方へと顔を向けた。

 

「なに、アンタ負けたんだ?」

「……確かに、一度敗北したことは確かですわ、しかし今は――」

「そう。なら、次はあたしと戦いなさいよ」

「む?」

「ちょっと、聞いてますの!?」

 

鈴の顔にはネコ科の獣を思わせる、好戦的な表情が浮かんでいる。

それを涼やかに受け止めたエミヤは、不思議そうに片眉をあげてみせた。

 

「別段、君と戦う理由はないと思うのだが」

「あたしが納得いかないの。そこの代表候補生は負けたっていうけど、あたしが見た訳じゃないし。あたしと戦って納得のいく腕だったら、これ以上は何も言わないわ」

「………」

 

真っすぐに見つめる視線。

暫く黙って受け止めていたエミヤだが、やがて大きなため息を一つ吐いた。

 

「言い出した以上、実際に戦うまで納得しなさそうだな、君は」

「あら、よくわかってるじゃない」

「生憎と、君のような女性とは縁があってね」

 

エミヤの返答に、鈴は満足そうに頷くと、部屋の出口へと歩を進めた。

 

「対抗戦の準備もあるし、早い方がいいわね。それじゃ明日の放課後ってことで」

「わかった。なんとか織斑先生に話をつけよう」

「決まりね。それじゃあね一夏」

「あっ、おい鈴!」

「言っておくけど、先生との試合を見てから降伏ってのは無しよ。……その時になって謝っても、手加減なんかしないんだから」

 

話しながらもそのまま歩き、出口のところにいるエミヤの前で歩を止める。

と、エミヤはすっと一歩横へ動き、鈴へ道を譲った。

 

「失礼」

「あらどうも」

 

道が空いたことで鈴は再び歩き出しだが、ふと、エミヤの隣で立ち止まる。

 

「……ねぇ、一つ聞くけど」

「何かな?」

「アンタは怒らないの?あたし、さっきからタメ口だけど」

 

先ほどとはうって変わって素朴に、気になることを訪ねる口調。

それを受けて、エミヤは口元に小さく弧を描いた。

 

「私自身、今の立場は分不相応だと痛感しているからな。君の持つ不満は当然のものだ。立場上教師としてここに立っているからには、それを疑問視する君がそのような態度で接してくることも納得できる」

「ふうん……」

「君が誰に対してもそのような態度でいるなら私も考えるが、そうではないのだろう?ならば現状、それを咎めようとは思わんよ」

 

返された言葉に鈴は目をパチクリとさせると、小さく呟いた。

 

「成る程……アンタは、少し違うみたいね」

「何か言ったかな?」

「独り言よ。それじゃあね、アンタも明日になって降参ってのはやめてよね」

「その心配には及ばんよ。それより、アリーナの使用許可が降りる方を心配しておいてくれ」

 

エミヤの返答に小さく笑った鈴は、今度こそ去っていった。

すると、今度は呆然とやり取りを見ていた一夏達が詰め寄る。

 

「先生、大丈夫なんですか!?」

「話の流れとは言え、急に試合などと!」

「相手はわたくしと同じ、代表候補生ですわよ!?」

「いや全く、大丈夫ではないよ」

 

各々の問いにエミヤは苦笑すると。

 

「明日急遽アリーナを使わせてくれなど、織斑先生に何を言われるかわかったものではないからな」

 

そう、小さく笑ったのだった。

 





どうにか投稿できました。



前話投稿時に感想・評価して下さった皆様、本当にありがとうございます。
こんな分際で返事を書けてもいないのですが、大きな力を頂いております。
待っててくださっている方のためにも、今後も投稿させていただきます。



……あぁ、次はもう少し早く投稿できるようにしたいです。。。。

私は頭に映像が浮かんで、それを文章にするような作り方でして
シーンとシーンの間をつなぐのがとてつもなく下手くそなのです。
頭では文化祭くらいまでシーンが浮かんでるのに、全然書けてない……。


こんな有様ですが、今後ともよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

前哨戦 エミヤ対凰 鈴音   ~そして一夏の決戦へ~

どうもです。


今日も今日とて挙げさせていただきます。

……ただでさえ文才ないのに、戦闘描写とか超難しい。


「“明日アリーナで試合をするから許可をくれ”とはな。しかも相手は凰ときた」

「急な話で悪かったとは思っている」

「なに、かかった手間など精々が私の残業程度だ。これくらいなんてことはない」

「……すまなかった」

 

通路を歩く二人。

千冬の皮肉交じりの軽口に、エミヤは少々居心地悪そうに眉をひそめた。

 

あの一件から一夜明けた放課後。

つまり、これから鈴との試合がある。

 

「それで、奴に勝つ算段はあるのか?」

「それが全くと言っていいほど何もない。そもそも、私は彼女の機体名すら知らないからな」

「……ハァ」

 

わざとらしく聞こえるため息に、エミヤは少し拗ねたようにそっぽを向く。

普段見ることがないどこか子供じみた仕草に、千冬は小さく笑った。

 

「まぁ、半ば成り行きとはいえ、理由はあったのだろう?なら私からはこれ以上は何も言うことはない。それに申請も面倒なことはなかったぞ。もう少し時期が遅ければ対抗戦の練習で使用申請も多かったろうがな」

 

と、話していたところで、ピットとアリーナとの分岐へと差し掛かり、二人は足を止めた。

 

「さて、私は真耶と別室でモニターしている。お前から言い出したんだ、無様に負けてくれるなよ?」

「私とて負けるつもりは無いがね。……重ねてだが、本当にすまなかった。この礼は必ず」

「フフッ。存外義理堅いな、お前は。だがまぁ、そう言うのなら今度酒の一杯でも奢ってくれ」

 

からかうように言ってみせた千冬だが、対するエミヤは少し驚いたように目を見開いてみせた。

 

「なんだ?」

「いや、そんなことでいいのか、とね」

「ほう、この程度は何てことはないと?豪勢なことだ」

「そういう訳ではないが」

 

そこまで言うと、口元に笑みを浮かべ。

 

 

 

「君のような女性と酒を酌み交わすことが出来るなど、礼をするはずが褒美を受けるようなものだな、と。そう思ったまでだよ」

「なっ!?」

 

一瞬にして千冬の顔に熱が集まる。

頬を赤らめたままエミヤを睨みつけたが、彼はそれを涼しい顔で受け流した。

 

「お前……からかっているな」

「すまない、少しばかり意趣返しをしたくてね。しかし普通にあしらわれると思ったのだが意外だな、このような言葉など言われ慣れているのでは?」

「馬鹿を言え、そんなことを言う奇特な奴はお前ぐらいのものだ」

「む?というと?」

「言わせて楽しいのか、お前は。……こんな可愛げのない女、誰が相手にするものか」

 

思わず目を逸らしてボソリと漏らす。

実際、千冬は男性に言い寄られた経験は多くない。

学生時代にはIS学園という環境上ほとんど異性と関わったことがなく、彼女の容姿目当てで近寄った者たちは悉くその鋭い眼光の前に逃げ去ってしまった。

千冬自身さして恋愛に興味がなかったこともあり、そのまま現在に至っていた。

今まで気にも留めていなかったそれが、彼に指摘されたとなると恥ずかしいと思えてしまう。

 

「………」

 

エミヤからまたからかいの言葉が投げられると思ったが、返ってくるのは沈黙のみ。

バツが悪くなって目を向ければ、エミヤはひたすら不思議そうな表情のまま首をひねっていた。

 

「……どうやら君の周りの男性は皆節穴だったようだな。いや、単に君に釣り合うような者がいなかっただけの話か」

「なっ」

「まぁ君のような麗人を前にして、尻込みしたくなる気持ちも大いに分かるがね。そこで気概を見せれば多少は―――」

「エミヤ」

「む?」

 

誰に話すわけでもなく独り言のように発せられた言葉は、ただ本当に思ったことを口にしただけと言わんばかりの響きがこもっていて。

たまらず、千冬はエミヤの言葉を遮った。

 

「そろそろ時間だ、さっさと行け」

「おっと、すまない。ではな」

「あぁ」

 

声をかければエミヤは平然とピットへと歩いていき――。

 

「……一番高い酒を飲んでやる」

 

残された千冬は一人、火照る頬を冷まそうと息を整えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「♪~~♪♪」

 

同時刻、反対側のピットへ向かう通路を、鈴は鼻歌交じりに歩いていた。

 

(まずは前哨戦ってとこかしら。これに勝てば、一夏も事の重要性を再認識するわね)

 

足取りはすこぶる上機嫌。

その様子から、今日の試合の勝利は揺るがないという自負が見て取れる。

 

(………アイツ)

 

と、ここでその足取りが僅かに鈍くなる。

思い出すのは昨日、成り行きのまま宣戦布告をした教師。

 

(なんか、変な感じだったわね)

 

僅かな時間話しただけだが、その印象は今まで鈴が感じたことのないものだ。

そもそもで言えば、鈴は“大人”が嫌いだ。

正確に言うなら、“年を取っているだけで偉そうな態度をとってくる大人”が嫌いなのだ。

今回対戦する教師は男性でありながらIS適性を持つ稀有な人物の一人。

加えて教師の立場にいれば、さぞやそれを鼻にかけてくるのだろうと色眼鏡で見ていたのだ。

流石に普段からそれを出すほど子供ではなかったが、昨夜は頭に血が上った勢いのまま、言いたいことを言ってしまった。

 

(あたしもすこしは反省しなきゃね。それにしても……)

 

実際は違った。

彼は自らの立場に偉ぶることはなく、鈴が思ったままぶちまけた言葉も平然と受け止めてみせた。

“子供に言われてムキになっている様を見せたくない”と意地を張ったのではなく、ただその主張を当然のことだと笑って見せたのだ。

 

(アイツは……あの人は、まぁ、ちょっとは違うのかもね。だからと言って容赦する気はないけど)

 

もう少しでピットの入り口だ。

試合に備えて思考を中断したところで、鈴は人影を認めてその足を止めた。

 

「……何の用?」

「少し、貴女にお話がありますわ」

 

待っていたのはセシリア・オルコット。

神妙な顔つきの彼女に、鈴は片眉をあげてみせた。

 

「一応聞くけど、何?」

「あの方をあまり甘く見ない方がよいですわ」

「なに、アンタが負けたから、あたしにアドバイスってわけ?」

「…………」

 

軽くあしらうような鈴の態度にも、セシリアは真剣な眼差しを返す。

そのまま両者はにらみ合うように視線を合わせ。

 

「……あぁもう、わかったわよ。油断はしない、最初から全力でいくわ」

「えぇ、それが賢明ですわね」

 

ハァ、と大きなため息をつくと鈴は気のない口調で返事を返す。

そんな態度を前にしても、セシリアの表情が崩れることはなかった。

 

「言いたかったのはそれだけ?それじゃ行くわね」

「……えぇ、健闘をお祈りしますわ」

「ありがと」

 

セシリアの声を背に受け、ヒラヒラと手を振りながらピットへと消えていく。

その様子を、セシリアは黙って見つめていた。

 

 

 

 

 

 

――――アリーナ――――

 

 

 

そして、その時はやって来た。

 

「さて、それじゃ準備はいい?」

「あぁ、こちらは何時でも構わない」

 

両者はISを纏って対峙していた。

アリーナの席は、噂を聞きつけた生徒たちで満員だ。

 

「でも驚いたわ、まさか打鉄使ってるなんて。まさか前の試合もそれで勝ったの?」

「辛くも、だがね。しかしその評価はいただけないな。高い防御性能と癖の無い挙動を持つうえ、装備の換装で幅広い状況に対応できる。私のような初心者には現状これ以上ない機体だよ」

「ふーん、機体の特徴も把握してるんだ」

 

言いながら、鈴は目の前の相手を少し見直した。

自分が扱う機体の特徴をキチンと理解し、自らの技量の程度も認めている。

 

「まぁいいわ。アンタに負けたら、機体の評価も訂正するわよ」

「それは、なおのこと負けられないな」

 

 

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 

 

軽口の応酬の後、試合開始が告げられた。

 

「行くわよ!!」

「………」

 

鈴はエミヤから距離を取り、彼を中心に大きく周囲を旋回し始める。

その様子を冷静に目で追うエミヤは右手にアサルトライフルを展開し、そのまま流れるように射撃体勢に入った。

 

(早い!!)

 

鈴も即座に反応し、旋回したまま回避行動に移る。

緩急織り交ぜた不規則な軌道を目にしてなお、エミヤの双眸は鋭く相手を認めている。

 

「………」

 

引き金を三度、続けざまに引く。

放たれた銃弾は迅速に標的へ向かい、その甲高い着弾音で戦果を誇って見せた。

 

「くうっ!!」

 

鈴から漏れる声。

挙動を乱したその攻撃に、アリーナからも歓声が上がった。

攻撃を受けて、鈴は旋回半径を段々と広げながらも依然としてエミヤを中心に回り続ける。

その様子を冷静に見ていたエミヤは再度射撃を開始する。

再び機体が着弾の衝撃に襲われている中、鈴は小さく笑っていた。

 

(わかっていたけど、やっぱり恐ろしいほどの腕前ね)

 

そう、鈴は昨夜、セシリアとエミヤの対戦映像を見ていた。

同室だった生徒がたまたま録画していたそれを“まぁ見といて損はないでしょ”と片手間に見始めたが、そこでエミヤへの認識は大きく改められたのだった。

 

(試合開始時から終わりの間にどんだけ上達しているのよ。しかも、今はあの時よりさらに上手い!)

 

試合のほとんどをISの操作練習に費やしたような試合。

しかしそれだけの間に凄まじいほどの上達ぶりを見せ、挙句に僅かな隙から代表候補生を下してしまったのだ。

生半可な相手ではないという確信。

試合前のセシリアとの会話も気のない素振りをしたが、実際のところ言われるまでもなく本気で挑むつもりだった。

当然、彼が使用する機体などとっくに知っていた。

 

(気を抜いたらやられる―――。でも、それは普通の射撃戦だったらの話)

 

相手の強さを再認識しながら、相手を見据える瞳は依然として自信に満ちている。

タイミングを計り、旋回する軌道から外れ一直線に中心にいるエミヤへ向かう。

段々と円が大きくなるように旋回していたこともあり、加速には十分な距離がとられている。

 

{シールドエネルギーを削られる前に懐に入って、一気に畳みかける―――!}

 

両手には愛機、甲龍が誇る近接武装“双天牙月”を握り、最大加速でエミヤへと突っ込む。

 

「!」

 

意図に気づいたエミヤは、なおも銃撃を継続する。

しかし鈴は双天牙月を盾にしてそのほとんどを防いだ。

気づけば彼我の距離は10m、エミヤは動く気配もない。

 

 

(近接武器に替えないってことは、やっぱり射撃以外は苦手のようね。それに咄嗟に回避行動に移ってないってことは、操縦自体はまだ初心者――!)

 

相手に到達するその僅かな間すら、鈴は敵の状況から分析を行う。

 

(取った!)

 

両手の青龍刀を振りかぶる。

鈴渾身の一撃は、相手を両断せんばかりの勢いで叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 

「ウソ……」

 

すれ違いざまの攻撃。

会心の一撃を与え、鈴から零れたのはそんな一言。

期待した手応えは無く、代わりに彼女に与えられたのは、つんざくような金属音だった。

 

「どういうこと!?」

 

急いで振り返るとそこで見たのは……。

 

「最初の旋回は様子見かと思ったが、まさか助走の距離を確保したうえで接近戦に持ち込んで来るとは。流石は代表候補生だな、凰君」

 

両手に大型ナイフを手にして不敵に笑う、エミヤの姿だった。

 

「……ありがと。ところで、それって防がれたあたしへの嫌味?」

(近接武器も使えたのね!でも一体、いつの間に展開したの!?)

 

不機嫌そうにエミヤへと軽口を返しながら、鈴の頭はこの状況の処理に追われていた。

 

(斬りかかる寸前までアイツは銃を持ったままだった……。まさか、あの一瞬の間に武器を切り替えて防がれたってわけ!?)

 

「とんでもない。距離をとったからには撃ち合いになると踏んでいたのでね、不意を突かれたよ。それに今の一合で、戦闘における君の技量の高さも十分すぎるほど伝わった。中途半端に回避に移れば防ぎきれないとは思っていたが、当たっていたらと思うとぞっとするな」

 

エミヤは肩を竦めるとそんなことを口にする。

その表情に、不意を突かれた焦りなど微塵も浮かんでいない。

 

「……だから、防がれたアンタに言われたら嫌味にしかならないっての」

(動かなかったのもアイツの計算だったってこと!?あいつはこっちの戦い方なんか知らないはずなのに、あんなにあっさりといなされるなんて――!!)

 

湧き出した焦りは、そのまま鈴の胸中にじっとりと染み込んでいく。

状況の整理がつけばつくほど、この男の脅威がはっきりする。

 

(セシリア、だったっけ。もうちょっと真面目に返事しておけば良かったわ)

 

実際に対峙したセシリアは、これをわかっていたのだろう。

鈴とて決して甘く見ていた訳ではないが、これほどとは考えていなかった。

頭が混乱しかかるが、鈴はそこでかぶりを振ると、大きく深呼吸する。

 

(落ち着くのよ凰 鈴音。相手が思ったより強いってだけ。不意打ちが失敗したなら、今度は真っ向勝負で勝てばいいのよ)

 

思考を切り替え、相手を見据える。

エミヤが構えているのは大型ナイフ。

長めの八斬刀を連想させるそれは、双天牙月と比べれば半分もない程度だ。

 

 

(大丈夫、あたしの双天牙月ならリーチでも破壊力でも勝ってる。近接戦闘なら負けないはず!)

 

そこまで考えて青龍刀を握りなおす。

力強い手ごたえのそれとは、今まで多くの訓練を共にしてきた

積み上げた多くの研鑽が、彼女に再び自信を与える。

 

「一応聞くけど、その二刀流はあたしの真似ってわけじゃないんでしょ?」

「ただの猿真似と思われるのは心外だな。確かに私より遥かに腕の立つ者など嫌というほど見てきたが、それらを相手にギリギリとはいえ凌いできたのだぞ」

「ふーん、まぁいいわ。そこら辺はあたしの目で確かめるから――!!」

 

再び剣を構えて突撃する。

絶え間ない剣戟の音が、アリーナ中に響きはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

一方、満員御礼のアリーナの一画では、一夏をはじめ一組の生徒たちが真剣な眼差しで観戦していた。

 

「はぁ。近接戦になってしまうと、なんだかよくわかりませんわね」

 

セシリアはそう呟くと自然と伸びていた背筋の力を抜き、背もたれに身を預けた。

彼女がするには少々行儀が悪かったかもしれないが、幸い、周りは試合に没頭して気づく様子もなかった。

箒と一夏など、先ほどから微動だにせず剣戟を見つめている。

 

(箒さんは当然ながら、一夏さんも接近戦タイプ、それに剣術の心得もありましたわね。それにしても……)

 

客観的にエミヤの試合を見るのは初めてだったが、こうして見ればあの教師の技量を改めて実感する。

 

(でも相手は先生の射撃にも動じなかった。……あの方、わたくしとの試合の映像を見ましたわね)

 

突撃するまでの間、正確な射撃に晒されながらほとんど動揺していなかったのも、事前に敵の情報を手に入れていたからだろう。

試合前の会話は相手を軽んじているようにすら感じられたが、その胸中ではそれなり以上に警戒していたという訳だ。

 

(それで、接近戦に持ち込んだ、と)

 

武装を見ても、鈴の機体“甲龍”は中~近距離戦を想定している。

だからこそ鈴は、相手にペースを崩される前に自分の土俵へと引きずり込もうとしたのだろう。

 

(ですが、そこから先は想定外だったようですわね)

 

一息に肉薄しての近接攻撃。

鈴の中では渾身のものだったろうそれが防がれた時の表情は、いつかの試合でセシリア自身が浮かべていたものと同じであろうことは容易に想像できる。

そこから動揺が広がっていく様子などは、思わず鈴に同情してしまい苦笑が漏れた。

 

(しかし現状を見ている限りは、エミヤ先生が不利のように見えますが)

 

二人が扱う武器はサイズからして大きく違う。

鈴が使う双天牙月の一撃はその巨大さに見合った重いもので、エミヤはそれを受けるたびに姿勢を崩されている。

傍目には、鈴の攻撃をエミヤがなんとか凌いでいるように見える。

 

(ですが、あの方があのまま終わるなど到底考えられません)

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁああああああっ!!」

 

鈴は絶え間なく剣を振るい続け、エミヤは一心にそれを防ぎ続ける。

 

(嘘でしょ!なんでこんなに強いのよ!?)

 

斬り合いの中で、鈴の顔は苦々しくゆがんでいる。

予想通り、武器の性能でいえば鈴に分があった。

その巨大な青龍刀の一撃を受ける度、エミヤは防御を崩されている。

しかしそれだけだった。

そのまま押しつぶそうと攻撃の手を緩めることはなかったが、未だその刃はエミヤに届いていない。

理由は単純、次の手が来る前に立て直されているのだ。

結果として、エミヤは防戦一方であるものの鈴も攻めあぐねているという膠着状態に陥ってしまった。

 

「くぅっ!!」

 

悔し気に唸った鈴は、エミヤを押し飛ばすように剣を叩きつけ、その反動で彼から距離をとった。

そのまま再び、エミヤの周囲を旋回し始める。

 

「……」

 

鈴の出方を伺っているのか、エミヤは構えを解きながらも目を離さない。

こちらを見つめるその目は、試合前と変わらず冷静なままだ。

 

(あいつ!!)

 

余裕のない自身に比べ、平然としているその態度に思わず舌打ちする。

武器の性能で勝りながら攻めきれないということはつまり………。

 

(あいつの方が上手いってこと!?)

 

技量で劣っている。

一瞬浮かんだその事実をかき消すように、鈴は再び突撃する。

 

「はぁっ!!」

「!」

 

速度を乗せて斬りかかる。

破城鎚のような一撃を真正面から受け止めたエミヤは、その勢いを殺しきれず後退する。

 

(ここっ!!)

 

すかさず鈴も加速して突っ込み、大きく双天牙月を振るう。

 

 

 

否、振るおうとした。

 

 

 

 

「えっ」

 

 

 

加速を始めたばかりの刃へ、エミヤのナイフが叩きつけられる。

 

「っ!このっ―――」

 

驚きながらも反対の青龍刀を振り上げるが、それもまたすぐに阻まれた。

 

 

「なっ!?」

 

二度続いたことで、今度こそ驚愕が表情に現れる。

エミヤの目は、その顔を冷静に射抜いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一転攻勢、ですわね」

 

試合を見ながらセシリアは一人呟く。

流れが変わったかのように今はエミヤがひたすらに剣を振り、鈴は焦りながらそれらを必死に防いでいる。

この試合展開には驚きつつも、どこか「やっぱりか」と思ってしまっている自分にクスリと笑った。

 

「その表現は正確ではないぞ、セシリア」

 

そんな思考を遮ったのは、その呟きを聞いていた箒だ。

試合から目を逸らさず発した言葉にセシリアは首を傾げると。

 

「どういうことですの、一夏さん?」

「えっ」

「貴様っ!!」

 

当然のように一夏へ質問を返した。

 

「いや。俺に聞かれてもな……」

 

突然話を振られた一夏は困ったように頭を掻きながら。

 

「でもそうだな、確かに先生が攻めているっていうのは違う感じがする。むしろ守ってるというか……」

「どういうことですの?どう見ても防戦なのは鈴さんではなくて?」

「うーん、俺もどう言っていいかわからないんだよなぁ」

 

一夏は困ったように言うと、助けを求めるように箒へ顔を向ける。

ジト目で二人のやりとりを見ていた箒は、そのままむすっとした顔で口を開いた。

 

「一夏の言う通り。先生の意図としては依然鈴の攻撃を警戒し、防いでいるのだろう」

「ですから、そう思う理由を――」

「ええい、今から話すのだ!……彼女の扱う青龍刀はあの巨大さから察するに、かなりの重量だろう。十分な勢いで振るわれれば、破壊力は相当のものだ。事実、先ほどまで先生は防ぐ度に体勢を崩されていた。ああもすぐ立て直されては隙もほとんどないのだがな」

 

そこで一旦切った箒へ、二人は無言で続きを促す。

気づけば、周りの生徒たちも箒の説明に耳を傾けていた。

 

 

「だが重量があるなら、その分加速に時間がかかる。武器の最大威力で負けるなら、相手の攻撃の出先に自分の最大威力をぶつけてばいい」

「つ、つまり?」

「簡単に言えば、先生は先ほどから鈴の出鼻を挫き続けているのだ。攻撃の予兆を見逃さず、相手の初速に自分の最大威力をぶつけている」

「なるほど~」

 

 

おぉ~、と一組一同から声が漏れる。

誰もが納得した中、セシリアは顔を強張らせながら口を開いた。

 

「箒さん。今起こっている状況はわかりましたがそれって―――」

「私程度の技量ではまず無理だな。いや、むしろそれが出来る程の達人が何人いるかという話だ」

 

セシリアの問いに箒は、平然と頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「くうっ!」

「………」

 

鈴から悔し気に 漏れる声を聴きながら、エミヤは冷静に相手を見る。

彼我の姿勢や相手の目線、息遣い、表情。

ここまでの斬り合いで、相手の剣筋も掴めた。

それら一切を整理し、紡ぐことで一つの答えを見つけ出す。

 

「ぐぅっ!またっ!」

 

それは、より多くに手を差し伸べるために鍛えられた鉄の心。

ただひたすらの、血の滲む様な修練と多くの失敗の末に築き上げたその鷹の目は、あらゆるものを見逃さず忘れない。

 

 

 

「……わかったわよ」

 

 

 

だから、それは例えるなら予感に近かった。

 

 

「認めるわ。アンタは強い。思ってたよりずっとね」

「おや、決着は到底早いと思うが?」

「そうね。戦いはこれからだもの。……対抗戦があるからここで手の内晒したくなかったけど、そんなこと言ってたら負けるわね」

 

斬り合いの最中、エミヤの剣を受けながら鈴は覚悟を決めたように口にする。

それに軽口で応じながら、エミヤは自身が感じたモノの答えを見つけようと頭を回転させていた。

彼は直感や未來視など持っていない。

にもかかわらず感じたのならば、過去に経験した何かと同じものを嗅ぎ取ったからだ。

斬り合いの途中で鈴の肩部ユニットが変形していたのは認めていたが、特に何か起きることなく注視するにとどめていた。

しかし今になってそれが引っかかるのは何故か。

両者の距離か、彼我の体勢か、あるいはこの場の空気なのか。

 

 

「これで――!!」

 

何かまではわからず、しかし彼の経験は瞬時に次の行動(せいかい)を見つけ出した。

地上に向かい最大加速で下がりながら、両手の剣を盾とする。

 

「はぁっ!?」

「くっ!」

 

途端、エミヤの全身を衝撃が襲う。

盾にした剣と全速後退で多少威力を殺せたのか、エミヤはゆっくりと減速しながら地上付近で静止した。

 

 

「成る程、不可視の砲撃か」

「……なんで防いでるの、アンタ」

「いやなに、こうした攻撃を受けるのは初めてではなくてね」

「なに、言ってるのよ……」

 

平然と受け止めてみせたエミヤは、上空にいる鈴を泰然と見つめている。

鈴の胸中は防がれた驚愕と、エミヤのその態度による苛立ちで覆われていった。

 

「不可視の剣、不可視の拳の次は砲撃か。まさかこのようなことが出来るとはな」

「だから――」

「いやはや、地上から神秘が失われるのも道理か」

「何を言ってるのよアンタは―――!!!」

 

 

鈴の叫び声とともにエミヤは弾かれたように地上スレスレを滑る。

すると一瞬前にいた地面からは突如大きな土埃が上がり、クレータが出来上がっていた。

 

「また躱された!」

 

鈴が怒りの声をあげると、アリーナの地面のアチコチが凹み、土埃が舞い始める。

エミヤはそれらを間を縫うように移動し、悉く躱した。

 

「なんで当たんないのよ!!」

 

鈴の怒号が響く。

鈴が撃っている甲龍の遠距離兵装“龍咆”は空間自体を圧縮することで砲身とし、その衝撃を砲弾とする不可視の兵装だ。

砲弾は勿論砲身すら見えないのだから、相手は何処を狙っているか、何時撃つのかわからない。

それこそが、この武器の特徴であり最大の強み。

それが当たらないとあって、鈴の動揺は半ば怒りに置き換えられている。

 

(なんで!?なんでなのよ!?)

 

撃つ手を緩めず、鈴の思考はもはや平静など保てていない。

 

「このっ!このぉ!」

「………」

 

 

 

一方で躱すエミヤにとって、不可視であることはさして大きな障害にはなっていなかった。

そも、彼は初めから砲身など見ていない。

先ほどから、彼が見ているのは鈴自身だった。

 

狙いをつけて、引き金を引く。

 

彼がこの状況の突破口にしているのは射撃の動作そのものだ。

砲身は見えなくとも彼女の視線と自分の体勢で着弾地点を割り出し、放たれる瞬間を見切ることで回避する。

 

実際に引き金を引いていなくても構わない。

重要なのは攻撃を決定する意思である。

アサシンですら攻撃に転じれば気配遮断のランクが大きく下がるのだ、彼女たちなら造作もなくその瞬間が見て取れる。

セシリアとの試合も、撃つ瞬間を読むことで射線から身をかわしていたのだった。

 

「フッ――」

「あぁ!!もうっ!!」

 

タイミングを合わせ、急減速する。

自分の目の前に衝撃砲が着弾し、苛立ちの声が頭上で響いた。

 

(さて、ここからどうするか……)

 

 

 

 

 

(なんなのよアイツ!!)

 

砲撃を全て躱され、鈴の苛立ちはどんどん大きくなる。

より正確に狙いをつけるため、視覚補正を最大倍率、高感度モードに設定し、なおもエミヤを追い続ける。

と、それまで地上付近を駆けていたエミヤが急上昇する。

 

(逃がすか――――!!)

 

鈴もその姿を追う。

エミヤは鈴を追い抜き、尚も上昇を続けている。

 

(上を取る気ね!やらせは――)

 

そうして見上げたに鈴は、エミヤが太陽に向かって上昇していることに気づいたのだった。

 

「眩し!!――」

 

高感度・高倍率にしていたことが仇となり、鈴の視界を強い光が差し込む。

人体保護のため即座に遮断・モード変更がされたが。

 

(しまった――!!)

 

機体情報等のデータは正常に画面に表示されてるが、全体がチカチカとしてよく見えない。

強い光を受けたことで、センサーが一時的に焼き付いているのだ。

 

(これじゃ何も見え――)

 

焦るところに、エミヤがアサルトライフルを叩きこむ。

 

「きゃあああああっ」

 

何処から受けたかもわからない銃撃に、鈴はひたすら翻弄される。

相手を見ようを首をアチコチに向けるが、未だ視界はぼやけて見えないままだ。

 

「凰君、何かあったか?」

「!!」

 

被弾時の様子に違和感を覚えたエミヤが、鈴へと声をかける。

彼としては太陽を背にして一瞬目をくらませ、その隙に回り込むだけのつもりだったのだ。

 

「何かあったのなら言いたまえ。場合によっては一時中断も――」

「っ―――――!!」

 

余裕など一切ない鈴に対して、エミヤは戦いの最中にも関わらず、こちらを気遣っている。

その事実に、鈴の中で何かがプツンと切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんんのおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

吠えるような鈴の声と共にエミヤが飛びのくと、アリーナのそこかしこで土煙があがる。

その様子に、席にいた観客はたちはどよめいた。

 

「おい、一体どうしたんだ!?」

「私にもわからない。直前の鈴の様子が変だったが」

「衝撃砲をあたりかまわずに撃っているのですわ。直前のはおそらく、高感度モードで太陽を見たことで、一時的にハイパーセンサーの調子が悪くなっているのでしょう」

 

困惑する一夏と箒へ、今度はセシリアが解説を入れた。

 

「いかにISが高性能とはいえ、瞬間的には対応できません。通常でしたら問題なく遮光機能が働きますが、射撃精度をあげるために高感度モードにしていたのために遮光機能の作動が遅れたのでしょう。わたくしも訓練で体験しましたわ」

「そ、そうなのか」

「勿論人体に影響はありませんし、センサーの機能もしばらくすれば回復します。おそらく、それまでの間一方的にやられないように弾幕を張っているのでしょう」

 

セシリアの説明に二人は成る程と頷く。

 

「でも、先生は鈴の衝撃砲なんかほとんど当たってなかったじゃないか。闇雲に撃って当たるのか?」

「ですから時間稼ぎなのでしょう。少なくとも、これでゆっくりと狙いを定めることは出来な―――」

 

そう言っていた矢先、回避機動をしていたエミヤの機体が大きく揺さぶられる。

 

「当たった!?」

「くっ」

 

エミヤは機体を立て直して、上昇するが、突如その頭上から叩きつけられるように衝撃砲が着弾し、再び機体を立て直しながら地表スレスレを滑った。

 

「なんで当たったんだ?」

「私に聞くな」

「わたくしにもわかりません」

 

呆然と見る中、エミヤの機体に再び衝撃砲が着弾する。

 

その様子を見守りながら、三人はひたすら首をひねっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(やはりこうなるか)

 

一方、エミヤは揺さぶられる機体を立て直しつつ、この状況を冷静に受け止めていた。

 

そもそも、エミヤがそれまで衝撃砲を躱せていたのは、鈴の様子からその狙いと攻撃のタイミングを計っていたからだ。

故に、今は何も読み取れない。

他ならぬ鈴自身が何処を狙っているかわかっていないのだから当然だ。

しかしそれでも、通常なら銃口の向きから射線を見切ることが出来たはず。

そう、ここにきてその不可視の砲身と砲弾が猛威を振るっていたのだ。

 

(全く、我が事ながら―!)

 

相手はひたすら四方へ弾をばらまいているだけ、しかし不可視の弾は着弾時までどこに当たるかわからない。

当たるかどうかは完全に運次第といったところ。

そして。

 

「ぐっ!」

 

そうした完全な運頼りの場面において、エミヤはとことん引きが悪いのだった。

 

(このままではジリ貧だな。むっ――?)

 

思わず苦笑したエミヤの目は、その僅かな仕草を見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(よし、段々見えてきた!!)

 

衝撃砲を辺りにまき散らしながら、鈴は僅かに安堵していた。

視界良好とは到底いかないが、曇りガラスを通したような映像で、アリーナを駆けるエミヤの機影がボンヤリと見える。

 

(この様子ならいける!!)

 

機体の詳細は分からずとも、位置が分かれば対処できる。

解析で入った機体データを見れば、相手のシールドエネルギーも大分削れていた。

僅かに見えてきた勝機をつかむため鈴が策を練っていると、エミヤが自分の真正面、同高度まで上昇する。

 

「!!」

 

彼我の距離はおよそ30m。

射撃を警戒して双天牙月を盾にするが、エミヤはそこから加速し、真っすぐ鈴へと突撃する。

ぼやけた視界でもわかる反射光は、間違いなく刃のそれだ。

 

「っ!上等じゃない!!」

 

盾とした双天牙月を構え直しながら、両肩の衝撃砲をチャージする。

 

(真正面から受ければ、あいつだって少しは硬直するはず。双天牙月で体勢を崩して、その隙に最大出力の衝撃砲を叩きこむ!!)

 

エミヤが迫る。

まだ薄くぼやけた視界では構えなどはわからないが、鈴は鈍くきらめく反射光に全神経を集中する。

猛スピードで迫るそれとは、訓練で何回も対峙している。

その光が見える位置から相手の構えと剣の軌跡を予測し、その空間へと右手の刃を振るった。

 

(ここ――!)

 

段々とクリアになっていく視界の中、鈴は自分の剣が相手の刃へ吸い込まれるのを見た。

 

(ドンピシャ!!)

 

しかし。

 

 

 

 

 

 

カツーン....

 

 

 

「えつ」

 

空虚な響きを残しながら弾き飛ばされていくナイフ。

あっけにとられたまま振りぬいた右手は、徒手になったエミヤの左手に掴まれる。

鈴が反射的に掴まれた腕を振りほどこうとした時には、鈴の左肩部“龍咆”の砲口にショットガンの銃口が押し付けられていた。

 

「しまっ」

 

響く銃声。

フルオートと見まごう勢いで放たれたスラッグ弾が、エネルギーの溜まった衝撃砲へ叩き込まれる。

 

「くぅうううううっ!!」

 

凄まじい勢いで削られるシールドエネルギー。

組みついていたエミヤは鈴を押し飛ばすようにして距離をとると、止めとばかりに再度スラッグ弾を撃ち込む。

その一発で限界を迎えた左の衝撃砲は爆発し、それによって右肩部も誘爆。

それらの爆風は当然のように鈴を巻き込み、そのシールドエネルギーを削り切った。

 

 

 

「きゃあああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了。勝者、エミヤ先生』

 

 

無機質なアナウンスが聞こえると、アリーナから歓声が漏れる。

 

地上でISを待機形態に変えながら、鈴はそれをボンヤリと聞いていた。

 

「負けちゃった……」

「凰君!」

 

ぼそりと呟く鈴へ、エミヤが若干慌てたように駆け寄る。

 

「怪我はないかね?それに試合中に少し様子がおかしかったが、目に何か問題が?」

「……特に怪我もないし、大丈夫よ。それに試合中のは高感度モードで太陽見ちゃって、センサーの調子がおかしかっただけだから」

「そうか。ならいいが」

 

ホッと息をつくエミヤにムッとする。

結局、蓋を開ければ完敗だった。

 

「ねぇ、一つ聞いていい?」

「あぁ、何かな?」

「最後のアレ、どこまで読んでたの?」

 

問うた内容は止めとなった攻撃。

 

「あぁ、あれか。君には悪いと思ったが、あの状況ではあれが一番の策だと思ってな。目の状態が良くなった兆しが見えたので、迎撃するであろう君を逆手に取らせてもらった」

「それだけど。あたしが他の対応するって考えなかったの?後ろに下がって衝撃砲撃つとか」

 

振り返れば、それはあまりにも流れるような動作だった。

いかに相手が先読みの化け物とはいえ、あそこまで即座に対応するにはヤマを張っておいたか、予知レベルで確信していたかのどちらかだ。

 

「……それは想定していなかったな。君は、あの手しか取らないと踏んでいた」

「へぇ、なんでよ」

 

己の思考の単純さをからかわれたように思い、不機嫌そうに鈴が問う。

エミヤはそれに笑顔を向け。

 

 

 

「喧嘩を売られたら受けて立つ。真正面から、堂々と。それが君の流儀だろう?」

 

 

そう、優しく口にした。

 

 

「!!!」

「やはりな。私の知人にもそうした気風の女性がいたのだよ。手の付けられなさは君より遥かに格上だが、そういった点に関して言えばよく似ている」

 

鈴の胸を驚きが満たしていく。

相手が自分の性格すら作戦の中に入れていた。

そして、人によっては短所として指摘するであろうそれを懐かしむように、誇っていいのだと言わんばかりに口にした。。

 

 

 

「……完敗ね」

 

 

 

肩から力が抜ける。

 

この並外れた強さを持つ教師は何者なのか、疑問は尽きない。

だがとりあえず鈴の嫌いな大人の類ではなさそうだし、何より鈴は全力でぶつかりそして負けた。

根がさっぱりとした彼女にとって、とりあえずはそれで十分だった。

 

 

 

 

「あー、なんていうか……色々すみませんでした、“エミヤ先生”」

「むっ、どうかしたのかね?」

「だーかーらー。アン……先生が強いのはわかったし、私はぼろ負けだし。という訳で、これからはちゃんと一教師として対応するわ」

 

そう言うと、鈴はエミヤに背を向け、ピットへと歩きだす。

すると、一夏、箒、セシリアの三人がピットから鈴たちの方へと駆け出しているところだった。

 

 

「おい鈴!大丈夫か!?」

「一夏!!」

「うおっ!?なっ、なんだ!?」

「いい?今回は負けたけど、アンタとの試合はこうはいかないんだから。覚悟しときなさいよ!!」

「え、あ、あぁ。受けて立つぜ!!」

 

一夏の返事に満足したのか、鈴は一夏達とすれ違うとそのままピットへと消えていった。

振り返ってそれを見送った三人は、エミヤの方へと駆け寄る。

 

「お疲れ様です先生」

「あぁ、全く疲れたよ」

 

一夏の言葉に苦笑を返す。

 

「今回見た二刀流が、先生本来の剣術なのですか?」

「あぁ、あの程度のものだが、私には一番馴染んでいてね」

「銃器から剣術まで何でも出来るなんて、本当に、一体何者なんですの?」

「そうだな、前職はまぁ、しがない掃除屋……とでも言っておこうか」

「まぁ、冗談がお上手ですこと」

 

箒、セシリアの問いにも言葉を返すと、エミヤはふと肩を竦めた。

 

 

「疲れたので私も戻るとしよう。……あの青龍刀と衝撃砲、特に衝撃砲は中々に厄介だぞ、織斑君」

 

歩き出しながら、エミヤは一夏へからかうように声をかける。

 

「うっ」

「私はこれで憂いなく、君の試合を楽しむことが出来るわけだ」

「ぐぅ、そうだった……」

 

 

 

 

エミヤの言葉に、困ったように頭を抱える一夏だった。

 




読んでいただきありがとうございます。




今回は遥か昔に脳内で出来上がってたものに加筆すればよかったので、早く書けました。

もう皆さまを裏切らないようにしたいです、ハイ。。。




ところで今話の冒頭で、というか前々から分かっていたかと思いますが、このお話のヒロインの一人は千冬さんです。
思いつくまま書いているので書ききれるかわかりませんが、時たま出るヒロイン千冬さんをお楽しみください。


それでは、今後も頑張りますのでよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。