レナの兄貴に転生しました【完結】 (でってゆー)
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梨花

俺の名前は竜宮灯火。

生後8ヶ月の赤ちゃんだ。

 

正直意味不明だが俺は転生をしたらしい。

不思議だね。俺死んだ記憶ないんだけど。

 

納得いかないが赤ん坊になっていることから俺になにかあったのは間違いないだろう。

 

心当たりを赤ちゃん用のベッドで転がりながら考えたが、全く思い浮かばない。

 

代わりにわかったことは父と母のことだ。

 

父の名前は竜宮保典

母の名前は竜宮礼子

 

特に異常もない普通の両親だと思う。

 

ただ気になるのは

 

竜宮って苗字、どこかで聞いたことがあるんだよな。

 

でも思い出せない、ここまで出かかってはいるんだが。

まぁ思い出さないってことは大したことではないさ。

 

この4ヶ月後、俺は忘れていたことを思い出し頭を抱えることになった。

 

 

 

 

 

生まれてから1年が経ち、俺は1歳になった。

1歳かぁ、自分で言って笑えてくるな。

 

さて実は2週間前に俺に妹ができた。

 

名前は竜宮礼奈。

現在俺の横に新しく設置されたベッドの上でスヤスヤ眠っている。

 

綺麗な顔をしていて、将来はきっとすごい美人になるに違いない。

というか俺の予想通りなら確実になる。

 

なぜわかるかって?

それは礼奈の将来の姿を知っているからだ。

 

 

礼奈って名前を聞いてもしかしてと思ったんだ

いやでもまさかなって現実逃避してた時に、父と母の会話から聞きたくない単語が耳に入った。

 

『雛見沢』

 

赤ちゃんの俺はその単語を聞いた瞬間、ムンクの叫びのような顔をして泣き叫んだ

 

気持ち的には嘘だぁぁぁぁぁぁ!!って感じに

 

どうやら俺は、あの「ひぐらしのなく頃に」の世界に、しかもあのレナの兄として転生してしまったようだ。

 

そこからもう落ち込みまくって3日間寝込んだ。

いや赤ちゃんだから寝てるのは当たり前なんだが。

 

雰囲気的はズーンっという効果音がつく感じで落ち込んだ。

 

だってひぐらしだよ?登場人物が疑心暗鬼になって人を殺す世界なんだよ?

 

そりゃ、キャラクターはみんな大好きだけどさ。

 

でもその世界に行きたいか?っと言われたら、それはごめんなさいってなるよ。

 

ああ‥‥俺の人生終わった。

 

そんな感じで1歳の俺はベッドの上で落ち込んでいた。

 

その4日後

 

よし!なんとか立ち直ったぞ!

 

4日間落ち込みまくった俺は落ち込みすぎて逆に吹っ切ることに成功した。

 

死亡フラグがなんだ!こうなったら死亡フラグを全部ぶちのめして幸せに暮らしてやる!

 

バブー!! っと間抜けな声を出しながらベッドの上を転がり回る。

 

暴れていたせいで父が慌ててやってきて漏らしたと勘違いしてオムツを取り替えられた。死にたい。

 

とにかく俺はこの死亡フラグだらけのひぐらしの世界で笑って生き抜いていくことを誓った。

 

 

 

 

 

 

あれからあっという間に5年が経って6歳になった。

 

6歳になりだいぶ顔つきもしっかりしてきた。

美人な礼奈の兄なだけあり俺も結構なイケメンに成長している。

たぶん礼奈が男だったらこうなってたんじゃないかってくらい俺と礼奈は似てるし。

 

そんな俺は現在雛見沢村の古手神社に向かって走っている最中だ。

 

ひぐらしの世界で生きていくのはいいけど、今の俺に何が出来るかを考えた。

 

原作ではレナが小学校に入る前に雛見沢を出ることになるみたいだから、あとだいたい2年くらいの猶予がある。

 

その間に俺がすることはひたすら原作キャラに関わっていくことだ。

 

俺はこれからどんな悲劇が起こるかを知っている。その悲劇を防ぐために折れるフラグは片っ端から折っていくつもりだ。

 

「相変わらず、ここの階段は長いな!」

 

階段の長さに愚痴をこぼしながら駆け上がると目的の場所である古手神社が顔をみせる。

 

息を整えて神社に近づき、父からもらった5円玉を賽銭箱に入れる。その時にこっそりと手紙を賽銭箱の中に入れるのも忘れない。

 

この手紙が何かって?

 

簡単に言えばラブレターだ。

 

俺は1年前から古手神社に着くと5円玉と一緒にこの手紙を賽銭箱に入れている。

 

宛先はこの雛見沢村の守神であるオヤシロ様、つまり羽入だ。

 

雛見沢にいる間に会えるキャラにはできるだけ会っていようと考え、羽入にも会いたいと思った。

しかし羽入はオヤシロ様の生まれ変わりと言われている古手梨花にしかその姿を見ることは出来ない。

 

しかし将来訪れる悲劇を防ぐためにも接触はしておきたい。

 

そこで思いついたのは手紙を書くことだった。

俺からは姿が見えなくても羽入からは俺を見ることが出来る。

ならば俺が羽入に向けて手紙を出していることを向こうが知ってくれればいずれ読んでくれるはずだと考えた。

 

内容は初めの頃は自己紹介。

日頃見守ってくれていることのお礼。

今日会った出来事。

オヤシロ様は祟り神なんて言われてるけど本当は優しい人だって知ってるよ!とか愛してる、大好きだぜ!!

 

みたいな内容をこの1年、毎日書いて賽銭箱の中に投入している。

 

最初の頃は、これ効果あるのかな?っと思いながらやっていたが、前に梨花ちゃんのお父さんにいつも手紙を賽銭箱に入れていることを謝ったのだが。

 

『手紙?何のことだい?』

 

っと疑問顔をされた。

お母さんの方にも確認したが知らないとのこと、2人以外に賽銭箱を見れる人はいない。

 

つまりは

 

「やぁ灯火君。おはよう」

 

俺が手を合わせて拝んでいると梨花ちゃんのお父さんが箒を持って現れた。

 

「おはようございます!」

 

笑顔で元気よく挨拶をする、笑顔の挨拶は好かれる近道だ。

 

「今日も来てくれたのかい?いつもありがとうね」

 

梨花ちゃんのお父さんは柔和な笑みを浮かべながらそう言う。

 

「はい、梨花ちゃんに会っていいですか?」

 

「もちろん。家の中にいるから上がっていいよ」

 

梨花ちゃんのお父さんの了承を得たのでさっそく梨花ちゃんのいる古手家に向かった。

 

元気よく挨拶しながらドアを開ける。

玄関でそのまま待っていると

はーいっと返事をしながら梨花ちゃんのお母さんが現れた。

 

「灯火ちゃん。いらっしゃい」

 

梨花ちゃんのお母さんは突然の俺の訪問にも笑顔で歓迎してくれる。

というか毎日この時間に来てるからもはやお決まりだ。

 

「ふふ。そろそろ来ると思ったわ」

 

向こうもわかってるから笑顔で対応してくれる。

 

靴を脱いでお邪魔する。

お母さんによると梨花ちゃんは居間にいるようだ。

 

「梨花ちゃーん!」

 

そう言いながら居間に行くと

 

「トウカ!!」

 

俺の声に反応してこちらを向くと満面の笑みでこちらにトテトテと走ってきた。

 

「おっと」

 

走ってきた梨花ちゃんを怪我をさせないように優しく受け止める。

 

「走ったら危ないぞ?」

 

「えへへ。ごめんなさーいなのです!」

 

俺が注意すると笑顔で謝る梨花ちゃん。

 

梨花ちゃんが可愛いすぎてやばい!

 

何回か本気で『お持ち帰り〜!!』しそうになった。

 

俺は礼奈の兄で間違いないようだ。

 

「トウカ!一緒に遊ぼうなのです!!」

 

俺の手を掴んで上目遣いでそう言ってくる梨花ちゃんは反則だと思う。

 

「いいよ。何して遊ぶ?」

 

「えっとねーおままごと!」

 

そう言って俺の手を引いて居間に座る梨花ちゃん。

こうして梨花ちゃんと遊ぶのはいつもの流れだ。

 

「梨花?あまり灯火ちゃんを困らせたらダメよ?」

 

俺たちが遊んでいると冷たい麦茶の入ったコップを盆に乗せた梨花ちゃんのお母さんが現れた。

 

「困らせてないもん!ねぇトウカ?」

 

「ああ、すごく楽しいよ」

 

「ほらお母さん!!」

 

「もう!わかったわ。灯火ちゃん、梨花をお願いね」

 

「任せてください!じゃあ梨花ちゃん続きしようか」

 

「はいなのです!!」

 

梨花ちゃんのお母さんは俺と梨花ちゃんが遊ぶのを微笑ましく見ていた。

 

 

梨花ちゃんのお母さんが買い物に出かけ、現在梨花ちゃんと2人っきりでおままごとの真っ最中。

 

「そろそろ別の遊びをしようか」

 

おままごとが飽きてきたので別の遊びを提案する。

 

「うん!じゃあ次はえっとねー」

 

梨花ちゃんはどんな遊びにするか悩んでいる。

俺がおとなしく待っていると梨花ちゃんが急に横を向き

 

「もう!羽入うるさい!!今はトウカと遊んでるの!あっちいってて!」

 

何もない空間を怒った顔で睨みながらそう言った。

 

「羽入?」

 

 

 

え?羽入いるの?

 

 

 

「うん!羽入がね!私もトウカと話したいってうるさいの!!」

 

プンプン!といった様子で頬を膨らませながら怒る梨花ちゃん。

 

一瞬、梨花ちゃんの横ですごく焦った顔で手をバタバタさせている羽入を幻視した。

 

「じゃあ羽入も入れて3人で遊ぼうか。」

 

「え?トウカは羽入が見えるのですか?」

 

梨花ちゃんが不思議そうな顔で聞いてくる。

 

「ううん、見えないよ。だから羽入と3人で遊ぶには梨花ちゃんに羽入が何を言ってるのか教えてもらいながらになるけどいい?」

 

「だいじょうぶなのです!」

 

「よし!じゃあ遊ぼうか!」

 

「はいなのです!」

 

こうして俺と梨花ちゃんと羽入の不思議な遊びが始まった。

 

「あ、トウカ」

 

「なに?」

 

「羽入がいつもおてがみありがとうって言ってるのです。にぱー☆」

 

梨花ちゃんが嬉しそうに俺に羽入の言葉を伝えてくれる。

どうやら俺の手紙は、きちんと届いていたようだ。

 

「そっか、じゃあ羽入にお返事を楽しみにしていると伝えてくれるかい?」

 

俺の言葉に梨花ちゃんは笑顔で頷いたのだった。

 



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悟史 沙都子

「やばいやばい!夢中になりすぎた!」

 

梨花ちゃん、羽入と3人で遊ぶのが楽しすぎて時間を忘れていた。

 

古手家をあとにして全力で集合場所に向かって走る。

集合時間までもう時間がない!

 

「・・・・ギリギリセーフ!」

 

「アウト」

 

俺が全力で走った影響で地面を見ながら肩で呼吸をして息を整えていると、前方から聞き慣れた少年の声が聞こえた。

 

「少しぐらいおまけしろよ」

 

「あはは、冗談だよ」

 

そう言って俺に笑いかけてくる少年。黄色の髪に華奢な体、将来美少年確定の憎き男 悟史だ。

いやまぁ、俺もイケメンだし?悔しくなんてないけど!

その後ろではその妹の沙都子がいた。

 

こいつもこいつで礼奈や梨花ちゃんに負けず劣らずの可愛らしい容姿をしている。

性格はまったく可愛くないが。

 

「灯火さん遅いですわよ!」

 

沙都子は俺の方を向いて怒った顔をする。

 

「悪い悪い」

 

俺が苦笑いをしながら謝罪する。

遅刻なんて割としてるから今更だ。

 

「軽い、というか誠意が足りませんわ!」

 

「はいはい、悪かったって」

 

吉澤悟史と吉澤沙都子、2人とは1年前に知り合った。

 

暗い顔をして歩いている悟史を見つけて声をかけたのがきっかけだ。

 

この時点の悟史たちは再婚したばかりで新しい父とうまく馴染めずにかなりのストレスを感じていたようだ。

 

なので暗い顔の悟史を遊びに無理やり連れ出し泥だらけになるまで遊び尽くした。

 

最初は俺に無理やり付き合わされて戸惑っていたけれど、最後の方には本当に楽しそうに笑いながら遊びに付き合ってくれた。

 

それから悟史と遊ぶようになり今ではお互いに冗談を言い合えるくらいに仲良くなれた自信がある。

 

そして沙都子だが、ある時悟史が妹も連れて来たいっと言い出したので喜んで了承すると、次の日に悟史の袖を掴んでこちらを睨みつける沙都子がやってきた。

 

最初はお前は私の敵だと言わんばかりに嫌われてしまっていた。

 

にーにーをとったのはお前か!っと言わんばかりに睨みつけてくるんだもん。

 

だがこの世界で生きていくと覚悟した俺はその程度では止まるつもりない。

 

原作知識によって沙都子が好きそうなことの目星をつけていた俺は沙都子が興味を持つであろう遊びを提案し続けて沙都子と遊びまくった。

 

一緒にトラップを作りそのトラップを近所のおっさんに仕掛けて爆笑したりした。

 

そのあと2人しておっさんに拳骨をもらったのもいい思い出だ。

 

ちなみに沙都子は最初普通の口調だったのだが、原作知識によって違和感を覚えた俺がお嬢様口調を覚えさせた。

 

最初は仲良くなるための遊びの1つとして提案しただけだったのだが、沙都子は気に入ったのか普段からお嬢様口調を使い始めた。

 

このくらい子供だったらお嬢様口調は大人びて?見えるのかもしれない。

俺的にはこっちのほうがしっくりくるから嬉しいのだが。

 

「それで?今日はどうするの?」

 

悟史がそう聞いてきたので考える。

 

「野球はこの前したしな」

 

「だったらトラップですわね!」

 

沙都子が目を輝かせながら言う。

 

「昨日仕掛けておっさんの拳骨を食らったばかりだろ」

 

目を輝かせている沙都子の頭にチョップを入れる。

 

「あう」

 

コツンっという音が沙都子の頭から響き沙都子は涙目で頭を押さえている。

 

「じゃあどうすんですの!?」

 

ガー!と歯をむき出していってくる沙都子をなだめながら考える。

 

「んーとりあえず秘密基地に行こうぜ」

 

「わかった」

 

「賛成ですわ!」

 

2人とも賛成のようなので俺たちは秘密基地がある場所、雛見沢の奥の方にある森を目指して歩き出した。

 

「毎度のことながらなんでこんなとこに作ったんだろう」

 

「灯火が作ったんじゃないか」

 

生い茂る雑草をかき分け森の中を歩くこと20分。ようやく目的の場所に到着した。

 

その場所だけが綺麗に雑草が刈られておりその場所の真ん中に多くのツルが絡み合って作られたドーム状の部屋が存在していた。

ツルは段ボールや木の板などで何重にも補強されており、ある程度の衝撃なら余裕で耐えられるほどの耐久性がある。

 

中にはバットとボール、トラップ製造に使われる小道具、本にお菓子、様々なものが置かれている。

 

「あー疲れた!」

 

そう言って秘密基地の中に入り座り込む。秘密基地の中は意外と広く、高さもあるので子供が3人ぐらいならまだまだ余裕がある。

 

悟史と沙都子も座り込み、各々が自由にしている。

 

この秘密基地ではそれぞれが自由に行動するのがお決まりだ。

 

悟史は持ってきた本を読み、沙都子は小道具を手に持ってトラップ作成、俺はその時その時でバラバラ。

 

「そういえば礼奈はどうしたの?」

 

悟史が本を読みながら聞いてきた。

 

「あー誘ったんだが用事があるからって断られた」

 

そういつもならここに礼奈もいるのだ。

基本的に俺たちはここに礼奈を入れた4人で行動をしている。

 

まぁどうせいつも通りあそこにいるだろう。

礼奈が1人で行くところなんて限られている。

 

「ぷ!妹に断られるなんて兄としての器が知れますわね!」

 

俺の話を聞いて作業をしていた沙都子がこちらを見ながら口に手を当てて笑ってくる。

 

「おい悟史。お前の妹に少し意地悪してもいいか?」

 

「ほどほどにね」

 

悟史が苦笑いしながら了承したので俺はニヤっと効果音が付くような悪い笑みを浮かべて沙都子に近寄る。

 

「と、灯火さん!?顔が怖いですわ!こ、こっちに来ないでくださいまし!」

 

沙都子は怯えて後ろに下がるが残念ながら秘密基地に逃げ場ない。

 

「沙都子、お前にはデコピン10連発の刑だ」

 

「ひっ!にーにー!助けて!」

 

「あはは・・・・」

 

沙都子が悟史に助けを求めるが悟史が苦笑いをするだけで助けるつもりはない。

 

 

秘密基地から少女の悲鳴が響いた。

 

 

「じゃあまた明日な」

 

悟史と沙都子に手を振って別れる。

沙都子が遠くでギャーギャーわめいている声が聞こえるが無視。

 

すでに時間は17時を回っており空が夕暮れに染まりつつあった。

 

「まさか・・・・まだいるなんてことないよな」

 

そう言いながらあいつならありえると思い、夕暮れで染まる道を駈け出す。

 

「はぁ、何回走るんだ今日は」

 

走ること10分、ひぐらしの世界では定番の場所、ごみ捨て場に到着した。

 

「・・・・やっぱいた」

 

顔を片手で押さえながらため息を吐く。

我が妹ながらわかりやすい。

 

「礼奈ー!!」

 

ごみ捨て場に向かって大声で名前を叫ぶ。

 

すると

 

「はう?お兄ちゃん?」

 

ひょっこっとごみ捨て場の奥から礼奈が顔を出した。

 

礼奈は俺を見つけるといろんなゴミで散らかっている地面を器用に下りながらこちらまであっという間にやってきた。

 

「お兄ちゃんなんで礼奈がここにいるってわかったのかな?かな?」

 

礼奈は首を可愛いらしく首を傾げながら聞いてくる。

 

「お兄ちゃんだからな。妹のいるところなんてわかって当然だ」

 

そう言って礼奈の頭を撫でる

 

「えへへ。そっか」

 

俺が頭を撫でると礼奈は嬉しそうに顔をほころばせる。

 

「ほら帰るぞ」

 

「うん!」

 

俺がそう言って踵を返すと礼奈も後ろから付いてきて俺の横まで来ると俺の腕にしがみついてきた。

 

「おい・・・・歩きにくいだろ」

 

「えへへ。ちょっとだけ」

 

そう言って離れる気がない礼奈。

風に乗って礼奈の匂いは届く。

 

いい匂いしてるなー。

 

「お兄ちゃんいい匂いだよー」

 

俺がそう思っていると礼奈も同じことを言ってきた。

 

「ふっ」

 

思わず笑ってしまう。

 

「お兄ちゃん?」

 

礼奈がいきなり吹き出した俺に不思議そうな顔を向ける。

 

「いや・・・・やっぱ兄妹だなって思ってさ」

 

「そんなの当たり前だよ?」

 

「ああ。そうだな」

 

「変なお兄ちゃん」

 

不思議そうな顔をする礼奈を見て俺はまた小さく笑う。

 

家に着くまで腕を組んだままだった。

 




沙都子の口調は現段階だと普通の口調なのですが、誰かわかりにくいのでここでお嬢様口調を使うようにしました。

この時点で悟史と沙都子が雛見沢にいるか不明ですがいる設定。


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5人(6人)集合 ついでにラスボスも集合

雲ひとつない晴天の青空の中、4人の子供が1人の老婆と歩いていた。

 

「おばちゃん。これで全部?」

 

カゴの中に大量に詰め込まれた野菜を家の玄関に置きながら尋ねる。

 

「ええ。それで全部だよ。重たいのにありがとうね」

 

「これぐらい大したことじゃないです」

 

同じく野菜の入ったカゴを持っていた悟史が和やかな笑みを浮かべてながらそう返す。

 

「沙都子は・・・・大丈夫じゃないな」

 

「ぜ、全然平気でしてよ」

 

見栄を張って俺たちと同じ量の野菜を運んでいた沙都子は生まれたての子鹿のように足をガクガクさせていた。

 

「はぅー!震える沙都子ちゃんかぁいいよう!」

 

そう言いながらくねくねしている礼奈。

 

礼奈も俺たちと同じ量を運んでいるが平気そうだった。

 

「4人ともわざわざありがとうねぇ」

 

「あれだけの量を持って帰るのはお婆ちゃんじゃ大変だよ」

 

「困ったときはお互い様ですわ!」

 

お婆ちゃんから感謝の言葉を悟史と沙都子がそれぞれ違った言葉で返す。

よし、これでまた村から見た悟史と沙都子の好感度が上がったな。

 

「お礼にお菓子をだすからゆっくりしていってね」

 

「はぅー!やったー!」

 

「ありがとうございます」

 

「ですわ!」

 

3人ともお菓子という言葉に一気に笑顔を浮かべて靴を脱いで家に上がる。

 

なぜこうなったかというと、いつも通り4人で遊んでいた俺たちは、重そうなカゴを必死で運ぶお婆ちゃんと遭遇した。

そして当然の流れでお婆ちゃんの手伝いをすることになったのだ。

 

こういった手伝いは何もこれが初めてではなくかなり頻繁に行っている。

これもいずれ訪れる最悪の運命に備えての行動のひとつだ。

 

こういった手伝いをすることにより悟史と沙都子の印象を少しでも良くしておく。

 

そうすることによって少しでも悟史たちの迫害を和らげさせることに繋がればいいと思っている。

 

地味なことだが、こういった小さなことが後から効いてくるんだ。

 

それに沙都子は最初の頃は大人が苦手で嫌そうだったが手伝ってお礼を言われていく内に苦手意識はなくなっていたように思う。

 

これは嬉しい誤算だった。

これで両親との不和を解消できたらと思う。

沙都子と両親の不仲は後に起こる両親の転落事故へと繋がる。

 

必ず救うなんて思ってはいないが、救える人は救いたい。

 

「この後どうするの?」

 

畳に座り、お婆ちゃんが用意してくれたお菓子を食べながら悟史が聞いてくる。

 

「ああ、公由さんに今日はお呼ばれしてるからそっちに行こう」

 

「え?いつの間に」

 

「昨日たまたま会ったからその時に約束した」

 

公由さんは、この雛見沢で村長をしているおじいちゃんで優しくて穏やかな良い人だ。

 

「・・・・公由おじちゃんのところですの?」

 

沙都子が口元をヒクヒクさせながら嫌そうな顔をしている。

 

公由さんのところに行くと毎回かぼちゃが出てくるのだ。

かぼちゃが嫌いな沙都子にとってあの家は敵地と言っても過言ではないのだろう。

 

好意で出してくれるから沙都子も断りにくいのだ。

 

「沙都子、もちろんお前も行くよな?」

 

公由さんは雛見沢の御三家の一つである公由家の代表で雛見沢でかなりの発言力を持つ人だ。

公由さんの悟史と沙都子に対する好感度は可能な限り上げておきたい。

 

よって悟史と沙都子は強制参加である。

 

「そ、そういえば今日は用事がございましたわ!」

 

「そうなのか?悟史」

 

「ううん。特にないよ」

 

あっさりと沙都子を見捨てる悟史。

こいつ、俺と会ってから性格悪くなったな。

いや良いことだと思うけどね?

 

「に、にーに!」

 

味方をしてくれると踏んでいた悟史に裏切られ、顔を絶望に染める沙都子。

 

「沙都子。好き嫌いはよくないよ」

 

「・・・・あぅ」

 

悟史に頭を撫でられながらそう言われ、ションとなる沙都子。

 

「はぅはぅー!涙目の沙都子ちゃかぁいいよう!お持ち帰りー!!」

 

そう言いながら沙都子に抱きつく礼奈。

本日二度目のかぁいいモード。

 

この礼奈のかぁいいモードは気が付いたら礼奈に搭載されていた。

いやほんとなにがあった。

 

「じゃあ決定だな。早速行こうぜ」

 

沙都子に抱きついて離れない礼奈にチョップ入れながら立ち上がる。

 

ちょうどお菓子も食べ終えたのでお婆ちゃんにお礼を言って外に出る。

 

「そういえば知ってる?」

 

「ん?何を?」

 

お婆ちゃんの家を出ると悟史が思い出したかのようにそう言ってきた。

 

「もうすぐここに診療所ができるらしいよ」

 

「げっ」

 

悟史の口から予想外の言葉が飛び出し、心臓が大きく跳ねる。

 

診療所・・・・この雛見沢にできる診療所はひとつだけだ。

 

入江診療所。表向きは普通の診療所だが実際はそんなところではない。

 

雛見沢症候群。この雛見沢特有の感染症だ。

確か、こいつを軍事転用か何かに利用するために発足された極秘機関とかだったはず。

 

そして、この世界のおけるラスボスがそこにいる

 

鷹野三四。この物語で梨花ちゃんを殺して村の人たちを皆殺しにする最悪な存在。

 

会いに行くべきだよな?

いやでもめちゃくちゃこえーーー!!

 

あの人も相当暗い過去を持ってる可哀想な人なんだけどさ。

ちょっと危険人物過ぎだよね?

 

生で見て平静でいられるかと言われるとちょっと自信がない。

 

よく考えてから会いに行こう!そうしよう!

 

「診療所ですの?」

 

「そうだよ。雛見沢には病院がないからみんな喜ぶよ」

 

「まぁそれはそうなんだよ、うん」

 

悟史の言葉に同意する。

 

確かに診療所が出来るのは嬉しい。

雛見沢には病院がないから何かあれば隣町の興宮まで行かないといけないからな。

 

「お兄ちゃん?」

 

礼奈が心配そうに俺を覗き込んでくる。

 

「ん?どした?」

 

「・・・・ううん。なんでもない」

 

そう言いながら俺に抱きついてくる礼奈。

 

・・・・心配させたか、本当に礼奈は鋭いな。

 

さすがは俺の妹。洞察力がやばい。

いつか礼奈のこの勘の鋭さに助けられる日が来るかもしれない。

 

「よし!公由さんのところに行こうぜー!」

 

気持ちを切り替えて大きな声でそう言って歩き出す。

そうして再び視線を前に向けると、前方から人影が見えた。

 

って梨花ちゃんじゃん。

 

「あ!トウカ!」

 

「梨花ちゃん?」

 

「トウカがいるのです!」

 

梨花ちゃんは俺を見つけると嬉しそうに目を輝かせてこちらに駆け寄る。

そしてそのまま俺に飛びついてきた。

 

「こら。いつも言ってるだろう?走ったら危ないって」

 

「えへへ。ごめんなさーいなのです」

 

こいつ、反省してないな。

まぁ可愛いから許しちゃうけども。

 

「おおおおおお兄ちゃん!?そそそそのかぁいい子は誰なのかな!?かな!?」

 

やばい。礼奈がかつてないほど興奮してる。

気持ちは痛いほどわかる。

 

けど少し落ち着け。

 

「初めましてなのです。古手梨花なのです。にぱー☆」

 

梨花ちゃんは礼奈の方に顔を向けると俺に抱きついた状態のまま挨拶をする。

 

「はぅ!!!」

 

梨花ちゃんの笑顔に悩殺され地面に倒れる礼奈。

 

「灯火。知り合い?」

 

「ああ。いつも神社に行ってるって話してるだろ?その神社の神主さんの娘さんだ」

 

「なるほど、梨花ちゃんだね。僕は吉澤悟史。こっちは妹の沙都子。よろしくね」

 

「はい!よろしくなのです!!」

 

 

「・・・・」

 

柔和な笑みの悟史とは違い、沙都子は不機嫌そうにしながら口を閉じる。

久しぶりの同年代の女の子だからか警戒しているようだ。

 

まぁでも梨花ちゃんのコミュ力があればすぐに仲良くなるだろう。

 

ちなみに礼奈は放置。誰も起こそうとしないところに友情を感じる。

 

「サトシにサトコ。2人ともトウカの友達なのですか?」

 

「うんそうだよ」

 

「じゃあ、そっちで倒れてるのはだれなのですか?」

 

梨花ちゃんは地面に恍惚の笑みを浮かべながら倒れている礼奈に指をさしながら言う。

 

「恥ずかしながら俺の妹だ。可愛いものに目がなくてな。梨花ちゃんの可愛いさに悩殺されたんだ」

 

「みぃ?のうさつ?」

 

「梨花ちゃんの可愛さにメロメロなのさ」

 

「おほほほほ!私だってそれぐらい出来ましてよ!」

 

「安心しろ。お前には一生縁のない話だから」

 

「むきぃぃぃぃ!」

 

「ばっ!噛むな!」

 

ついつい反射的に沙都子をからかってしまい、狂犬と化した沙都子に襲われる。

 

「僕も襲うのですよーワンワン!」

 

梨花ちゃんも沙都子と一緒になって噛み付いてくる。

 

「ちょ、マジで歯をたてるな!?沙都子お前の歯は八重歯だからいてぇんだよ!」

 

この後、2人によって俺の体中に2人の歯型がついた。

子犬などの甘噛みみたいなものだが、沙都子はけっこう本気で噛んできやがった。

 

痛かったけど、梨花ちゃんと沙都子が仲良くなったみたいなので良しとしよう。

 

 

 

 

「そういえば梨花ちゃん」

 

梨花ちゃんに近づき小声で話しかける。

 

「みぃ?なんですか?」

 

「今は羽入はいるの?」

 

「いるのです!1番後ろにいるのですよ!!」

 

梨花ちゃんは振り返り、最後尾である悟史のさらに後ろを指差しながらそう言う。

 

一瞬、俺達5人を優しい笑顔で見守る羽入の姿が見えた気がした。

 

「いつか、ちゃんと羽入もこの輪の中に入れてやりたいな」

 

俺は6人で笑いながら歩く光景を思い浮かべた。

 

「俺に梨花ちゃん、礼奈に悟史に沙都子。そこに羽入を入れた6人で遊びたいな。山で走り回って、川で水を掛け合って、明日は何をするか想像しながら眠る。そんな毎日を送れたらいいな」

 

「みぃ。そうなったらすごく楽しいと思うのです!」

 

「だな」

 

そしてこれは難しいことじゃない。きっとそう遠くない未来の話に違いない。

 

ここに、まだ出会ってないが魅音に詩音、そして圭一が入ればもう最高だ。

 

「うし!灯火さん頑張るぜ!最高の未来をこの手で掴みとる!」

 

「みぃ。トウカ頑張れなのですよ」

 

「おう!まか「あらあら。可愛い子供たちがいるわね」

 

俺がやる気を出して叫ぼうとした瞬間、見慣れぬ女性が立っていた。

 

「・・・・どちら様?」

 

「あら。ごめんなさいね。私はもうすぐここにできる診療所でナースとして働く」

 

女性はこちらを見下ろしながらなぜか寒気を感じさせる笑みを浮かべる。

そして自身の名を口にした。

 

「鷹野三四って言うの。よろしくね」

 

 

 

帰ってお願いだから。

 

 

 

 

 



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羽入

「・・・ジーザス」

 

神様の馬鹿野郎!空気読め!

あ、羽入のことじゃないからな!

 

「診療所ってまだ建設中なんじゃ?」

 

「ええそうよ。もうすぐここで働くことになるから下見に来たの」

 

「ああ、なるほど」

 

「ここは良いところね。空気は美味しいし、緑もとても綺麗だわ」

 

「えへへ !そうでしょ!礼奈もここが大好きなの!」

 

「私もですわ!」

 

「もちろん僕も」

 

「僕も好きなのです!にぱー☆」

 

鷹野さんの言葉に全員嬉しそうに同意する。

みんなこの雛見沢のことが大好きなのだから褒められて嬉しいのだろう。

 

「みんな雛見沢が大好きなのね」

 

ニコっと笑みを浮かべる鷹野。

その笑み、寒気がするからやめてほしいんだけども。

あと帰って。

 

ちなみに言う度胸はない。

 

「じゃあこういう話は知ってる?」

 

あ、寒気の理由わかったかも。

 

「この雛見沢にはね、鬼ケ淵という底なし沼があるの。その沼には底の向こうが地獄と繋がっているという伝説があるの」

 

「・・・・僕、聞いたことある」

 

悟史は鷹野さんの話に頷く。

俺は初めて聞いた、そんな沼が村にあるのか?

いやあったとしても俺が知らないってことは原作とはそこまで関係ないはず。

 

「ある時にその沼から鬼たちが現れてどんどん人を食べていく」

 

「ひっ!」「はう!」

 

礼奈と沙都子が短い悲鳴をあげて俺と悟史にそれぞれ抱きつく。

子供になんて話をしてるのだこの人。

 

「でもね。村の人たちがもうだめだっと思った時に天からオヤシロ様が降りてきて鬼たちを沈め、村の人たちと共存をさせたの」

 

「礼奈知ってる!いつもおばちゃん達が言ってる神様だよね!」

 

「なるほど、だから村の人たちはオヤシロ様を崇めてるんだね」

 

話を聞いて悟史が納得したように呟く。

確かに村の老人たちのオヤシロ様信仰は凄まじい。

 

毎日お祈りしてるし、綿流しだってオヤシロ様を祭るためのものだ。

 

「そうよ。もうすぐしたら綿流しがあるでしょう?あれはオヤシロ様に感謝する儀式なのよ」

 

俺が思っていたことをみんなに鷹野さんが説明してくれる。

そろそろ帰ってほしいんだけど、ダメ?

でも今のところ別に害のある話ではないな。

 

俺の警戒のしすぎか?

 

「そうなのです。タカノの言う通りなのですよ」

 

梨花ちゃんも鷹野の言うことを肯定する。

梨花ちゃんには羽入が見えてるからな、この中でもっともオヤシロ様に詳しいのは間違いなく梨花ちゃんだ。

 

「オヤシロ様ってすごいな。村の守り神なんだ」

 

俺も梨花ちゃんに合わせてオヤシロ様をよいしょする。

ふ、これでまた羽入の好感度をあげてしまったか。

 

「ふふ。そうね。でもここからが面白いのよ」

 

「・・・・まだ続きがあるんですか」

 

怖いものが苦手な悟史は嫌そうだ。

そしてさらに怖いものが苦手な沙都子が悟史にしがみついている。

 

この似た物兄妹め。

 

「もういいじゃん、難しい話で飽きちゃった」

 

飽きた振りをして鷹野さんに諦めてもらう。

これ以上は嫌な予感しかない。

話を聞くのはここまででいい。

 

「あらそう?でも他の子達は聞きたそうよ?」

 

礼奈達に目を向ければ全員怖い物見たさと言った感じに聞く体制に入ってる。

それを見た鷹野さんは口元を隠して笑いながら話を続ける。

 

「ふふ、人間と鬼は共存をしてやがて人間と鬼の血が混じっていった。鬼の血が混じった人間は時折その血が目覚め、人間たちを生贄に攫っていったの。これを村の人たちは『鬼隠し』といって恐れた」

 

「そ、そんな!オヤシロ様は!?どうして何もしないの!?」

 

「もちろんオヤシロ様が許してたからよ」

 

「っ!?」

 

鷹野の返しで礼奈が絶句する。

オヤシロ様の伝説。

詳しくは知らなかったけど、そんな伝承になってるのかよ。

 

「そして鬼たちは攫った人間を美味しくいただくために綿流しを開いた」

 

「え、それはどういう」

 

「綿っていう言葉には別の言葉があるのよ?『魚のはらわた』なんて聞いたことない」

 

「ま、まさか」

 

想像してしまった悟史が顔を青くさせる。

いやだからこの人は子供なんてこと教えてるの!?

 

「そうよ。今とは違い、昔の綿流しは凄惨な人食いの宴のことだったのよ」

 

「「「「っ!」」」

 

「綿流しは布団を清める儀式なんだけど腸の詰まった布団ってなんなのかしら?」

 

「「「・・・・」」」

 

全員それを想像してしまったのか顔をさらに青くさせる。

沙都子なんてすでに涙目だ。

 

「布団を裂いて中のワタの引きずりだし、そのワタをみんなで千切って川に流す。意味がわかったかしら?」

 

鷹野さんの話を聞いて俺と梨花ちゃんを除く全員が震える。

これで今日礼奈が怖くて眠れなくなったらどうしてくれるんだ!

 

少なくとも俺の布団に潜り込んでくるのは確定。

 

「ふふふ。オヤシロ様もひどいわよね。そんなひどいことをしているのに何もしないのよ?それはなぜか。簡単よ!オヤシロ様は血塗られ、呪われた。残虐な神様だからよ!」

 

 

「「「・・・・」」」

 

鷹野の話を聞いてみんな黙ってしまう。

おいおい。もうすぐ綿流しだぞ?この雰囲気はやばいだろ。

せっかくみんなで行ける初めての綿流しなのに楽しめないとか最悪以外の何物でもない。

 

それに考えすぎかもしれないが、これが原因で雛見沢症候群が発症、もしくはそれのフラグになんてことになるかもしれない。

 

『ひっく、うぅ・・・・違うのです、僕はそんなのじゃないのです』

 

誰かが泣いている声が耳に届いた。

 

誰だ?

 

みんなの方を見るがみんな怖がってはいるが泣いてはいない。

 

じゃあ誰だ?

 

・・・・そんなものは決まってる。

鷹野さんはマジで怖いけど、ここで泣いてる子のために何もしないとかカッコ悪すぎる。

 

「あれ?おかしいな?俺の知ってるオヤシロ様と全然違うんだけど」

 

「・・・・へぇ」

 

「トウカ?」

 

辛そうに何もない場所を見つめていた梨花ちゃんが俺の言葉に反応してこちらを見る。

そこにいるのか羽入、だったらしっかり聞いてろよ。

 

「じゃあ教えてくれる?あなたの知ってるオヤシロ様を」

 

鷹野の言葉に俺は笑みを浮かべる。

 

「俺の知ってるオヤシロ様は泣き虫ですぐにアウアウいって慌てて、辛いものが苦手で、おっちょっこちょいで、この村の誰よりも優しくて、いつも俺たちを見守ってくれている。俺が現在狙っている女だ!」

 

「はい?」

 

ポカーンっと言った表情になる鷹野。

こちらは渾身のどや顔である。

 

「いやー毎日ラブレターを送ってるんだけどなかなか返事をくれないんだよな。そろそろ返事が来てもいい頃なんだけど」

 

「あなた何を言ってるの?オヤシロ様のことをどこかの女の子と勘違いしてるでしょ」

 

「勘違いしてねぇよ。この村の守り神オヤシロ様のことを言ってるんだ」

 

「・・・・頭が痛いわ。つまりオヤシロ様がとてもドジな女の子だって言いたいの?」

 

「そうそう。シュークリームをあげたら喜ぶぞ?」

 

実際俺の言ってることは間違ってないからね?

まぁ俺も羽入の姿は見たことないんだけど!

 

羽入からしたらなんで自分のことを知ってるのこの子!?って感じに今なってるのかな?

 

これで羽入が姿を現してくれたりしないかなぁ。

 

「・・・・はぁ。何だか力が抜けたわ。私は帰るわね。さようなら」

 

「はいはーい。オヤシロ様が俺の女になったら教えるね」

 

本当に力が抜けたようにとぼとぼと帰る鷹野。

そして鷹野さんがいなくなった後、全員がおかしそうに大声で笑う。

 

「ぷ、あははは!灯火、なんだよさっきのは、びっくりしたじゃないか」

 

「オヤシロ様は随分可愛らしいのですわね!これはトラップをくらわせた時の反応が楽しみですわ!」

 

「はうー!オヤシロ様かぁいいよう!お持ち帰りー!!」

 

さっきまでの暗い雰囲気が嘘のように明るい雰囲気が満ちる。

全員俺の言ったことなんて信じてないだろうが、今はそれでいい。

 

とりあえずこれでみんなからオヤシロ様のイメージは変わっただろうし。

 

「みぃ。トウカ」

 

「ん?なに?梨花ちゃん」

 

みんなが笑っている最中に梨花ちゃんが俺の服を掴んで話けてくる。

梨花ちゃんは笑みを浮かべていて、どうやら俺の行動は成功したことを察する。

 

「羽入がありがとうって言ってるのですよ。にぱー☆」

 

「そっか。おい羽入。じゃあお礼に俺のほっぺにチューをしてくれ」

 

うーん見えないのが残念だな。羽入の反応を見てみたかった。

きっと顔を赤くさせて手をバタバター!みたいな感じで慌てるんだろうなぁ。

 

「ま。それはさすがに、っ!!?」

 

俺の頬に一瞬、柔らかい感触が伝わった。

 

「お、おおう。まじでか」

 

まさか本当にしてくれるとは。

あれか?手でやるドッキリか?

それともマジなやつか?

 

「・・・・羽入。今日はキムチ鍋なのですよ。にぱー☆」

 

横を見ると黒い笑みを浮かべた梨花ちゃんが降臨していた。

さっきの鷹野の話の比じゃないくらい怖い。

 

あれ?この梨花ちゃんの様子を見るに、マジでしてくれたやつでは?

 

そして一瞬俺の視界に映った、あうあうあうあうー!っと涙目で叫ぶ羽入を幻視したがはたして幻なのだろうか?

 

「さて随分と長話になったな。公由さんのところに行こうぜ」

 

はーいっとみんなの声が重なり、俺たちは笑顔で手をつなぎながら歩き出した。

 

俺の右手には梨花ちゃん。左手には見えないけど羽入の手の温もりを感じた気がした。

 

 



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魅音 詩音

「・・・・ここどこ?」

 

暇だったので散歩に出てた俺。

現在迷子です。

ちなみに場所は森の中、野獣に注意。

 

「まさかこんなことになるとは」

 

調子に乗って知らない道を進んでたら見事に迷子になった。

携帯とかはないし、あれ?終わったか?

 

「落ち着け。雛見沢はそこまで広くない。しばらく歩いてたら見慣れた場所に出れるさ」

 

行方不明になってガチ鬼隠しになるなんてシャレにならない。

焦る気持ちを抑えつけ歩き出す。

少なくとも夜まではだいぶ時間がある。

 

暗くなる前にせめて人がいる場所に出れればなんとかなる。

 

「しかし、こんなとこがあったなんてな」

 

住み慣れた雛見沢でまだ知らない場所があるのは普通に驚きだ。

この際鷹野さんが言った沼とかを探してみるのも面白いか?

 

いや、そんなことしてたら本当に戻れなくなりそうだ。

夜に電灯すらない暗く知らない場所で一人とか、大人でも普通に心細いわ。

 

「・・・・っ!?向こうから声が!」

 

歩いていると微かだが声が聞こえた。

迷ってから初めての人の気配だ、ここで逃すわけにはいかない!

 

「あっちか!?」

 

声のした方へ全力で走る。ほとんど勘だが、こういう時こそ礼奈の兄である俺の勘の鋭さを発揮する時だ。

 

「いた」

 

俺の視線の先には2人の少女が追いかけっこをしていた。

 

少女たちは同じ顔をしていた。違いがあるとしたら髪型ぐらいだろう。

 

片方はポニーテールで

もう片方は普通に髪を下ろしている。

 

髪の色は緑色。

 

なんというか俺の知っている人物にすごく似ている。

 

「まさか」

 

俺はそう呟いたと同じ時に少女たちも俺に気づき、走るのをやめてこちらも見る。

 

「・・・・だれ?」

 

ポニーテールの方の少女は俺を見てそう言う。

こちらをじっと見つめる二つの視線に俺は焦りながら口を開く。

 

「迷子です」

 

違う!事実だけど今言うのはそうじゃないだろう俺!?

焦りすぎて現状の報告してしまった。

 

「迷子?」

 

「まぁ本当に迷子だったりはする。ごめん、遊びの邪魔しちゃって」

 

「いいよ別に。ところで迷子ってどういうこと?」

 

ポニーテールの方は気にした様子もなく首をかしげながら聞いてくる。

ここで知らない道に調子に乗って進んで案の定迷子になったとは言いにくい。

 

なんとか誤魔化しながら事実を伝えたいところだ。

 

「・・・・森を歩いてたら森のくまさんに出会ってダンスをしてて気が付いたらこんなところに出てた」

 

「お姉ちゃん。この人大丈夫?」

 

「こういう時は適当に話を合わせればいいんだよ」

 

あ。完全にバカにされてる。

 

「冗談は置いといて、結構本気で困ってて助けてほしいんだけど。人が住んでるところまで案内してほしい」

 

「えーどうしようかなー?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かねながらこちらを見るポニーテールの少女。

焦らしてくるじゃないか。こっちは迷子とお前らの登場で二重に焦ってるんだぞ。

 

「ちなみにどこに帰りたいの?」

 

「できれば古手神社あたりまで連れて行ってほしい。そこからなら自力で帰れる」

 

「古手神社か。うん案内できるよ」

 

「じゃあ!」

 

「ただし!」

 

俺が頼むと言おうとした瞬間。ビシっと指を俺に突き出してきた。

要求か、金ならないぞ!こんな迷子の子供から何をむしり取るつもりだ!

 

「今日1日。私たちと遊ぶこと!これが条件よ」

 

「・・・・なんだって?」

 

つまり2人の遊び相手になれってことか?

子供らしい要求で安心した。

 

この要求はこちらとしてもありがたい。

俺の予想通りなら原作のあの二人だ。

 

ここでぜひとも仲良くなっておきたい。

 

「いいよ。むしろ俺も暇だったからありがたいぐらいだ」

 

「決まりだね!私は園崎魅音、よろしくね!」

 

「私は園崎詩音。おねぇのわがままでごめんね」

 

やっぱり魅音と詩音か。

髪の色的にこの2人以外ありえないよな。

 

原作で主役級の登場人物である二人とこんなところで会うことになるとは思わなった。

これで一応、圭一君以外の同年代の登場人物とは会ったことになる。

 

「で?あんたの名前は?」

 

魅音がそう聞いてきたので俺も答える。

 

「竜宮灯火だ。よろしくな。魅音、詩音」

 

 

 

 

「よし」

 

花と花をつなぎ合わせ花の冠を2つ作る。

 

「すごいすごい!」

 

「おーやるね」

 

詩音が興奮気味に花の冠を見て、魅音も感心したように見ている。

田舎の雛見沢だ、やることなんて限られてる。

 

花の冠とかは礼奈たちと作って遊んでいたから完璧だ。

これでも毎日外で遊んでいる風の子だ、二人と暇をつぶすくらいは簡単に出来る。

礼奈や沙都子と一緒にいるからこの年の女の子の好きなこともわかるし。

 

「じゃあはい、二人とも頭下げて」

 

「「え?」」

 

俺の言葉に首を傾げながらも言われた通り頭を下げる二人。

俺はそんな二人の頭に先ほど作った花の冠を乗せる。

 

「うん、似合ってるぞ」

 

緑髪の2人に自然の花は非常に似合う。

前に悟史と二人でそれぞれ妹にしたことを魅音と詩音にもする。

 

礼奈達には非常に好評で、やっぱりこれくらいの年の子はこういった女の子らしいことが好きなのだろう。

 

そのまま礼奈にするのを同じ感覚で二人の頭を撫でる。

なんというか、礼奈や沙都子といるせいで同じ年齢のはずの2人が妹のようにしか見えないな。

 

まぁそのおかげで羞恥とかもなくこういったことができるんだけど。

 

「ちょっ!?何いきなり!?恥ずかしいからやめてよ!」

 

「あはは!おねぇ顔真っ赤!」

 

「う、うっさい詩音!」

 

ふ、初心な奴らめ。

 

・・・・なんか幼気な子を騙すみたいで辛くなったぞ今。

ていうか本当にそっくりだなこの二人。

髪型が同じだったら見分けがつかないぞ。

 

さすが原作で入れ替わっても全員気付かれなかっただけはあるな。

 

・・・・どっかにそれぞれの癖とかないかな?

それさえわかれば二人がどちらかわかるかもしれない。

 

たとえ些細なことでも注意深く見ておこう。

 

しかし魅音と詩音。2人と接触できたのはラッキーだった、たまには迷子になってみるもんだ。

 

出来ればこのまま友達になって礼奈達とも仲良くなってほしい。

・・・・しかし一つだけ気がかりなことがある。

 

「・・・・」

 

「ん?私に何かついてる」

 

無言で見つめる俺に首を傾げる詩音。

 

・・・・果たしてこのまま悟史と合わせていいものか。

 

正直、俺の中で原作での詩音の話はトラウマなのだ。

初めてひぐらしを読んだときは詩音が怖すぎて夜寝れなかったぐらいだ。

 

原作では悟史は雛見沢症候群を発症して叔母を殺し、行方不明になる。

その当時、悟史に惚れていた詩音は気を病んで落ち込む。

 

その後も色々な状況が重なり、詩音が雛見沢症候群を発症して何人もの人を殺してしまう。

 

・・・・今の段階で詩音が悟史に惚れてしまうとどうなるのだろう?

 

さっきから俺の頭の中で『混ぜるな危険』という言葉がちらつくんだよなぁ。

 

まぁ、ここは様子見だな。

 

別に雛見沢症候群さえ発症しなければそんなことにはならないんだ。

悟史を行方不明になんて絶対させないし、それなら詩音が悟史に惚れたとしても問題ない!

 

「そういえば2人って雛見沢に住んでるのか?見たことないけど」

 

「いや、私たちは興宮に住んでるよ。こっちには、ばっちゃに会いにきてるんだ」

 

「興宮か」

 

興宮は雛見沢から1番近い町だ。

魅音は園崎本家がある雛見沢にいると思ってたけど、今はまだ興宮にいるのか。

 

「そっちには行ったことないな」

 

「だったら今度こっちに来なよ!案内するよ」

 

「おお!それはいいな!ぜひ案内してほしい!」

 

魅音の提案に喜んで乗る。

興宮に行ったことがないのは本当だし、これなら次からも魅音と詩音に会うことができる。

 

「お姉ちゃんずるい!私も案内する!」

 

「えぇ、案内だけなら私だけでも」

 

「私も行くの!!」

 

嫌がる魅音に詩音が頬を膨らませて抗議する。

魅音が嫌がる理由がわからんが、とりあえず興宮の件は確定でよさそうだ。

 

さて、次の予定も決まった。

まだ時間もあるし、沙都子直伝の草結びトラップでも見せてやるか。

 

 

 

「あ!もう夕方じゃん!」

 

空を見た魅音が焦りながら立ち上がる。

なんやかんやで三時間以上遊んでいたな。

 

家までどれくらい離れてるかわからないが、さすがにそろそろ限界だ。

 

「・・・・もっと遊びたかった」

 

俯きながら小さな声でそう呟く詩音。

その姿が妹と重なる。

 

「・・・・じゃあ明日も遊ぶか?」

 

「え?」

 

俺の言葉に顔を上げる詩音。

そんな顔で言われたら、そうするしかないじゃないか。

 

内心苦笑いを浮かべながら詩音の言葉を待つ。

 

「明日も遊べるの?」

 

魅音も意外そうな顔で聞いてくる。

別に驚くことでもないと思うんだが、もしかして園崎家では同世代の子と遊ぶのを制限してたりするのだろうか。

 

「ああ、興宮だろ?明日行くよ」

 

明日は礼奈は親と買い物だし、悟史たちとも約束してない。

せっかく仲良くなったんだ、この縁を切りたくない。

 

「だから今日は帰ろうぜ。明日のことを考えながら笑顔でな」

 

詩音の頭を撫でながら微笑む。

うーん詩音も原作では怖かったけど、実際はそんなことないな。

まだ子供だからってのもあるだろうけど、もはや沙都子と同じで友達だけど妹のようにしか見えない。

 

なぜか詩音はボーッとして動かなくなったがしばらくすると急に笑顔になる。

 

「うん!」

 

花が咲いたような満面の笑みを見せた。

 

「いやぁ、灯火ってお兄ちゃんみたいだね。大人っぽいって言われない?」

 

笑顔の詩音を見ながら魅音がそう呟く。

まぁ大人って言えるほどの年齢ではなかったけど、それでも二人からしたら十分大人っぽく見えるのか。

 

「よくわかったな」

 

「え?」

 

キョトンとした顔になる魅音。

 

「俺には1つ下の妹がいるんだ。だからお兄ちゃんで合ってる」

 

そういえば礼奈にはすぐ戻るって言って出て行ったな。

やべぇ、絶対心配してる。

 

「そうなんだ。いやーなんだかその妹さんが羨ましいや」

 

「んん?なんで?」

 

手を頭の後ろで組んだ魅音が笑みを浮かべながらそう言う。

あれか、姉妹だからお兄ちゃんがほしいってやつか。

 

「灯火がお兄ちゃんかー。それは確かに」

 

詩音も俺の腕にしがみつきながら言う。

この数時間で詩音には一気に懐かれたな。

腕にしがみつく行動とか、礼奈と全く同じだな。

 

こういう行動のせいかどうしても礼奈と姿を重ねてしまう。

 

「・・・・じゃあなるか?」

 

「「え?」」

 

俺の言葉に二人の言葉が重なる。

 

「俺の妹に」

 

うん、勢いで言ったけど意外としっくりくる。

なんていうか二人は友達っていうか妹のほうが合ってるな。

友達は悟史みたいな感じ。

 

「「えええええ!!!」」

 

2人して大声で叫ぶ。あまりの息の合いように驚く。

 

「俺の妹になりたいんだろ?だったらしてやるよ。さぁ喜びな!!」

 

「ええーちょっと、ええー」

 

「あぅぅ」

 

顔を真っ赤にして慌てる2人。

 

そ、そんなに恥ずかしい?

いや客観的に見れば何を言ってるんだ俺って感じで恥ずかしいけども。

 

どうしよう、そう考えたらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。

 

「あー、嫌なら別にやめても」

 

「「い、いやじゃないよ!!」」

 

2人の同時に発した言葉が重なる。

 

「お、おう。まぁ妹が1人や2人増えようが問題ないから」

 

2人の勢いに押されてそのまま妹の件は続けられる。

 

「えへへ、灯火がお兄ちゃんかー」

 

顔を赤くして照れる詩音。

嬉しそうに微笑む様子を見て微笑ましくなる。

なんだろう、妹って考えたら急に悟史に渡したくなくなってきた。

 

 

「じゃあそういうことで決まりだな。悪いけど道案内を頼む」

 

あと少しで日が沈み、夜になってしまう。

ここから古手神社がどれくらいあるかわからないが急いだ方がいいだろう。

 

「そうだね。こっちだよ」

 

魅音を先頭にして出発する。

 

そして5分後。

 

「着いたよ」

 

「はや!!」

 

全然遠くないじゃねーか!

この距離で迷子なんて言ってたのか俺は!?恥ずかし!!

 

「魅音!こんなに近いならそう言ってくれれば」

 

「それじゃあつまらないじゃん」

 

「・・・・生意気な妹にはお仕置きだな」

 

「あはは!逃げろー!」

 

「じゃあね!また明日!!」

 

2人はそのまま俺に背を向けて帰るかと思ったら2人は同時に振り返り

 

「「またねお兄ちゃん!」」

 

綺麗な笑みを浮かべた2人の笑顔がそこにあった。

2人はそれだけ言うと今度こそ家に帰っていった。

 

「・・・・これが双子姉妹の破壊力か」

 

思わず固まってしまった。

 

「それにしても今日も疲れた。まさか迷子から魅音と詩音にあって、さらに2人の兄貴になるとは」

 

2人の笑顔を思う出しながら歩いているとあっという間に家に着いた。

 

「ただいま」

 

「あ!お兄ちゃん遅い!!」

 

扉を開けるとすぐに礼奈がやってきた

 

「悪い悪い。ちょっと道に迷ってな」

 

プンプンと怒る礼奈に謝りながら家に入る。

 

「お兄ちゃん!礼奈すごく心配したんだよ!あとちょっとで探しにいくところだったんだよ!」

 

「悪かったって。お詫びに俺のプリンやるから許してくれ」

 

「プリン!?しょ、しょうがないなー今回だけだよ?」

 

ちょろすぎだぜ我が妹。

仕方ないっというかのように腕を組んでいる礼奈に思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「礼奈。1つ聞きたいんだが」

 

「何かな?かな?」

 

「あーその、俺がお兄ちゃんで良かったか?」

 

「ふん?」

 

「いや・・・・俺は悟史と違って適当だからさ。あんまりお兄ちゃんっぽくないかなって。沙都子が羨ましいとか思ってないか?」

 

俺が少し緊張しながらそう聞くと。

 

「もう、何言ってるのお兄ちゃん」

 

礼奈は腰に手を当て頬を膨らませる。

 

「礼奈のお兄ちゃんはお兄ちゃんだけだよ。沙都子ちゃんには悪いけど、悟史君よりお兄ちゃんの方がずっとずっとかっこいいもん!」

 

思わず見惚れてしまうような笑顔をそう口にする礼奈。

 

「・・・・礼奈!」

 

礼奈の言葉に感動して礼奈を抱きしめてしまう。

何この子!可愛すぎるんだけど!

 

「おおおおお兄ちゃん!?」

 

いきなり抱きつかれて慌てる礼奈。

そういえば礼奈から抱きついてくることはあっても俺からは初めてかも。

 

「あ、悪い。つい勢いで」

 

俺が慌てて離れようとすると

 

「だ、大丈夫だよ!もっと強くしても良いんじゃないかな?かな!」

 

礼奈がそういうのでそのまま抱きしめる。

 

「あ、そうだ礼奈」

 

「ん?何かな?かな?」

 

「お前に姉妹ができたぞ」

 

「ふえ??どういう意味?」

 

「んーそのうち教えてやるよ」

 

「ええ!?お兄ちゃんどういう」

 

「ちょっと灯火、礼奈。廊下で何してるの?」

 

廊下で抱き合っているのを母に見られてしまった。

 

「あぅ・・・・」

 

顔を真っ赤にして離れる礼奈。

 

「ご飯出来てるわよ。早くきなさーい」

 

そう言ってリビングに消える母。

俺たちもリビングに向かう。

 

「礼奈」

 

俺はリビングに向かう足を止めて礼奈に向き直り

 

「俺も礼奈が妹で良かったよ。沙都子でも梨花ちゃんでもない。礼奈が妹で本当に嬉しい」

 

俺が笑顔でそう言うと

 

「はう!!!!!」

 

真っ赤になった礼奈の顔からボンッと音をたて、そのまま真後ろに礼奈は倒れた。

 

 

 

今日も1日幸せでした。

 

 

 

 

 

「「聞いて聞いてお母さん!」」

 

遅くに帰ってきたと思ったら、興奮気味にこちらに飛び込んでくる魅音と詩音。

 

「どうしたんだい?そんな嬉しそうな顔をして」

 

ここまで2人の嬉しそうな顔を見るのは久し振りだ。

2人を抱き留めながら続きを促す。

 

「えへへ。実はね」

 

魅音が嬉しそうにニヤけながら、詩音が見たことないような幸せな顔をしながら今日のことを報告してくれる。

 

「「私たちにお兄ちゃんができたの!!」」

 

2人の声が綺麗に重なる。

 

「ほぉ・・・・詳しく聞こうじゃないか」

 

何やら面白いことになってるねぇ。

 

とりあえずうちの娘達を誑かした男の話を聞こうじゃないか。

 



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魅音と詩音の兄

「ここであってるかな?」

 

魅音に言われた集合場所に到着した。

2人はまだ来ていないみたいだ。

 

興宮に行く機会事態は何回もあったけど雛見沢で遊ぶことを優先してたから来るのは初めてだ。

 

「「お兄ちゃーん!!」」

 

「ぐはぁ!?」

 

声に反応して振り返ると同時に腹に衝撃を受ける。

やべぇ、完璧鳩尾に入りやがった。

なんとか衝撃に耐えて腹に突撃した物体を見ると、予想通り魅音と詩音だった。

 

「お前ら、勢い良すぎだろう」

 

「あははごめんごめん。嬉しくてつい」

 

「大丈夫?お腹抑えてるけど、トイレ我慢してるの?」

 

誰のせいだと思ってやがる!

もし事前にトイレに行ってなかったら今頃ここは大惨事だったぞ。

 

「・・・・まぁいいや。それで今日はどうするんだ?」

 

俺は興宮には詳しくないので2人に任せるしかない。

あ、でもエンジェルモートには行ってみたい。

この年でもう出来てるのかな?

 

出来てたらぜひ通いたい。

 

「今日はうちに招待するよ!」

 

「・・・・今なんて?」

 

うちに招待する?

君たちの家ってあれだよね?いわゆるヤクザだよね?

そこに招待するというのか君たちは。

 

「今日は私たちの家で遊ぶんだよ?お兄ちゃん」

 

「どうしてそうなった」

 

あ、もしかして家に人がいない感じ?

だとしたら全然大丈夫。

 

「お母さんが私たちにお兄ちゃんができたって言ったら連れてきなさいって言うもんでさ」

 

「・・・・ジーザス」

 

なんだ、俺の自業自得だったか。

考えるまでもなく当たり前の結果だよね。

 

可愛い娘に知らない男がお兄ちゃんになったなんてことを知ったら普通の親でも気になるに決まってる。

 

それが園崎家ならなおさらだ。

 

あれ?これ俺終わったか?

 

「というわけで行こ!お兄ちゃん」

 

詩音に抱きつかれたまま園崎家に誘導される。

今の俺には詩音は死神に見える。

 

「いやいや!そんな気軽に行っていいのか!?」

 

私服だよ?お土産もないよ?

だから普通に興宮で遊ぼう?お兄ちゃんがエンジェルモートでパフェを奢ってあげよう。

 

「大丈夫大丈夫」

 

反対側から魅音に抱きつかれ、2人で強引に俺を引っ張る。

俺はそのまま園崎家に向かうことになってしまった。

 

 

 

「・・・・でかい」

 

2人にホールドされたまま歩くこと10分。

俺の前には明らかに他の家とは格が違う。馬鹿でかい屋敷があった。

 

すごく豪華な旅館って感じ。

 

「魅音様、詩音様。おかえりなさいませ」

 

家の前にはある大きな扉の前には高そうなスーツにグラサンという明らかにあっち系の人たちが2人立っていて魅音と詩音を見つけると頭を下げた。

 

そして2人に抱きつかれている俺をグラサン越しでもわかるほどやばい目つきで睨んできた。

 

二度目だが、本当にトイレに行っておいてよかった。

子供になんて目で睨みつけてきやがる。

 

俺がそのままの精神年齢だったら泣いてるぞ。

 

「こちらです」

 

スーツの男性に案内されながら廊下を歩く。

豪華な作りの室内に感心する余裕はない、どこに連れてかれるの?

まさか拷問部屋とかじゃないよね?

 

しばらくすると1つの襖の前に立ち止まる。

 

「茜様。お連れしました」

 

「入っていいよ」

 

「灯火様。どうぞ」

 

そう言ってスーツの男性が脇にそれる。

 

え?入れってこと?

しかも茜って確か魅音と詩音の母親の名前じゃなかったか?

 

「し、失礼します」

 

若干震えながら襖を横にずらす。

中には黒い着物をきた女性。魅音と詩音にそっくりな人がいる。

見ただけでわかる、この人が魅音と詩音の母親だ。

 

「ほーお。いい顔してるじゃないか。将来は男前になりそうだね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ははは。そう固くならんでもいいよ。楽にしな」

 

「お兄ちゃん座ろ」

 

詩音にそう言われ用意されていた座布団の上に正座する。

俺の左右には当たり前のように魅音と詩音が座る。

 

どうしてこうなった。ただ何も考えず魅音達と遊ぶつもりで来ただけなのに。

 

「わざわざ来てくれてありがとうね。魅音と詩音の母。園崎茜だよ」

 

「初めまして竜宮灯火です。こんな豪邸にお呼ばれするとはおもわず、土産の1つも持ってきてないです。すいません」

 

使い慣れない敬語で話しながら土下座する勢いで頭を下げる。

すいません、あなたの娘さん達を勝手に妹にした愚か者とは俺のことです。

 

「それぐらい気にしないさ。こっちが急に呼んだんだ。悪かったね」

 

「いえ。魅音と詩音の家に来れてすごく嬉しいです」

 

頬が引きつるのをなんとか抑えて笑みを浮かべる。

ここで嫌々来ましたなんて口が裂けても言えない。

 

「くく、そうかい。それは良かったよ」

 

茜さんは俺の様子を見て小さく笑う。

完全に俺の本音に気付いてるよこの人。

 

「ねぇお母さんもういい?早くお兄ちゃんと遊びたいんだけど!」

 

ここで救いの神が登場する。

詩音は頬を膨らませながら母に早く遊びたいと言ってくれた。

このままここを離れることが出来るかもしれない。

 

「お兄ちゃんね。今日呼んだのはそのことさ」

 

知ってた。

もしかしたら普通に遊べるかもしれないと思っていた俺の一縷の望みは潰えてしまったか。

 

これはあれだな、どこの馬の骨ともしれないガキが何うちの可愛い娘たちを誑かしてるんだい?って流れだね。

 

いやまったくその通りですね。

 

「あんたは魅音と詩音の兄になる。その意味を分かっているのかい?」

 

「・・・・意味ですか?」

 

激怒されてヤクザに囲まれることを想像していた俺は茜さんの予想外の言葉にそのまま言葉を聞き返す。

 

あれ?拷問行方不明コースじゃなかったのか。

 

「うちら園崎家はね、いわゆるヤクザってやつさ。仁義の世界に身を置く人間さね」

 

「・・・・その園崎家の娘の兄になるってことはどうなるかってことですよね」

 

おや?流れが変わってきたな。

 

てっきり兄なんて認めるわけねぇだろって激怒されるものと思っていたけど、どうやら違うらしい。

 

えっと、魅音達の兄になる意味か。

それはつまり、園崎家の次期当主の娘の兄になるってこと。

 

うん、言葉だけでその破壊力がよくわかった。

 

「気づいたかい?魅音と詩音の兄になる。それはつまり。うちの組に入ると同義だよ?」

 

「・・・・おっと」

 

やばい話になってきた。

確かに考えなしの行動だったけど、茜さんも子供の言葉を真に受けてガチ脅しをしてきやがった。

 

「毎日命をかけて駆けずり回り、腸が煮えくり返るような怒りに耐え、人間の闇をこれでもかとみることにだってなる。こいつらの兄になるってのはね。そういうことさ」

 

「・・・・」

 

「わかったかい?この子たちの兄になるという言葉の意味が」

 

「・・・・よくわかりました」

 

「そうかい。これを聞いても魅音と詩音の兄でいたいかい?」

 

「・・・・」

 

茜さんの言葉に黙り込む。

これは茜さんからの忠告だな。

たとえ遊びでも二人の兄を名乗るならそういう覚悟が必要ってことだ。

 

さて、俺の予想以上に重い話になってしまった。

別にここで俺が二人の兄であることを撤回したとしても問題にはならない。

 

というかそうするべきだな。

撤回しても別に沙都子と同じ、妹のような友達って関係は変わらないし。

考えなしの行動をしてしまったことを反省しないといけない。

 

「じゃあ」

 

俺が茜さんに対して言葉を口にしようとした時、横にいた詩音は俺の服の端を掴んでいることに気が付く。

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

詩音は俯きながら弱弱しい力で俺の服の端を掴む詩音。

魅音もこちらを不安そうに見て黙っている。

 

そんな二人を見て、先ほど言おうした言葉が止まる。

代わりに出たのは全く別の言葉だった。

 

「・・・・茜さんは2人の見分けがつきますか?」

 

「・・・・なんだって?」

 

「詩音。少し頼みたいことがある」

 

「なに?」

 

「魅音のふりをしてくれないか?よくやるんだろ?2人で入れ替わり」

 

固まる茜さんを置き去りして隣の詩音にそうお願いする。

あんな顔されたら腹くくるしかないだろ、思春期の男のプライドなめんな!

 

それにあれだ、これで俺が本当に二人の兄として相応しいの確かめられる。

失敗したら茜さんの言う通り二人の兄であることは諦めるさ。

 

「・・・・いいよ!」

 

俺のお願いを聞いた2人は立ち上がって部屋を出ていく。

そしてすぐに戻ってきた、しかしその姿は完璧に瓜二つとなっていた。

 

髪型や服装、しまいには表情なんかも全く一緒だ。

 

「やっほー私が魅音だよ」

 

「なに言ってんの。私が魅音だって」

 

「私!」

 

「私!」

 

その光景はまるで1人の少女が鏡の前で自分と話しているのような光景だ。

上等だ、絶対当ててやる。

 

「茜さん、ここで俺と賭けをしませんか?」

 

「ほぉ、聞こうじゃないか」

 

俺の言葉に茜さんは面白いに笑みを深める、

向こうはこちらが言おうとしてることをだいたい察しているのだろう。

 

「俺がこれからどっちが魅音なのかを当てます。もし当てたら遊びの範疇で結構なので二人の兄と名乗らせてください。もちろんちゃんと覚悟もしますよ」

 

「ふむ、いいよ。もし当てたらお前さんを二人の兄と認めようじゃないか。ただし失敗したら」

 

そう言って茜さんは自身の懐に手を入れて何かを取り出す。

見れば、茜さんに手には短刀が握られていた。

 

「こいつでお前の指を切り落とす。この子らの兄と名乗るんならそれくらいの覚悟はしてるんだろう?」

 

「・・・・ふっ」

 

してるわけないだろ!?

何当然のように短刀だしてるんだよこの人!?

 

こっちはまだ小学生だよ!?お兄ちゃん呼びだって遊びの範疇だって言ってんじゃん!

 

だがここでじゃあやめたなんてカッコ悪すぎる。

そんなのは死んでも嫌だ。

 

かろうじて意味深に笑うことは出来た。

問題ない、要するに当てることが出来ればいいんだ。

 

2人の癖は昨日でなんとなくだがわかってる。

まぁ確信できる様なものではないけども。

 

後は勘だ!

俺はあの勘の鋭い礼奈の兄貴だ、俺だって直観力には自信があるんだよ!

 

「二人も見分けが出来るようなわかりやすい行動をするんじゃないよ。私がそう判断した時点でこの子の負けだ」

 

「「・・・・」」

 

茜さんから魅音達に忠告が入る。

たぶん茜さんは二人の見分けがつくんじゃないか?

その場合、俺が間違えたとしても二人が口裏合わせで正解と言ったとしてもバレる。

 

やっぱり俺が正解を当てるしかない。

確率は二分の一、決して分が悪いわけじゃない。

 

「・・・・こっちが魅音でそっちが詩音だ」

 

俺はそれぞれに指をさせながら告げる。

 

「ほぉ、根拠を聞こうじゃないか」

 

「・・・・昨日遊んだ時に二人の癖が何かないか探してたんです。ちゃんと二人を見分けることが出来るようになるために」

 

理由を求められた俺はその根拠を説明する。

わかりやすい癖だと思ったのは手を握る時の形。

 

詩音は握る時に親指を出す。

魅音は逆に親指を中に入れていた。

 

昨日遊んだくらいでわかることなんて限られてる。

癖なのかすら怪しいし、正直ほぼ直感。

 

この親指の癖が間違ってたら俺の親指がなくなる。

 

「「正解!!」」

 

俺の言葉に魅音と詩音は同時にそう告げる。

よっしゃおらぁ!!見たかこの野郎!!

 

「でも手の握り方なんてよく見てたね、全然意識してなかったよ」

 

魅音は自身の手を握ったり開いたりして確認する。

そして詩音は嬉しそうにこちらに抱き着いてきた。

 

「これで俺は二人の兄貴ってことでいいですよね!」

 

詩音の抱き着いてきた勢いに負けて押し倒されながらも茜さんに確認する。

別に娘を俺にください!とかそういうわけじゃないんだ、別にこれくらい認めてくれてもいいだろ!

 

「ヤクザになる覚悟なんてない。でもこいつらが俺に泣いて助けを求めたら、たとえ弾丸が行き交うやばい場所だろうと余裕で突っ込んでやるよ。それが俺なりのこいつらの兄になるという覚悟だ!」

 

くさいセリフだけど、本音ではある。

こっちは礼奈によって鍛えられた筋金入りのシスコンだ!

ヤクザなんざ怖くねぇぞ!!

 

・・・・嘘ついた、めっちゃ怖い。

でも実際魅音達に助けを求められたらカッコつけて弾丸飛び交う場所にも飛び込む。

心の中で漏らすほどビビってるけど、そこで妹の前でカッコ悪い姿を晒すことは絶対に嫌だ。

 

俺の言葉に茜さんは俯いて黙る。

 

しかしだんだん肩が震えて口から声が漏れる。

 

「あはははははははは!!その年でそれだけの啖呵が切れれば将来安泰だよ!気に入った。あんたを2人の兄に認めてやろうじゃないか!」

 

茜さんは大笑いをし始め、俺を魅音と詩音の兄であると認めてくれた。

 

「「お兄ちゃん!」」

 

「ぎゃふ!?」

 

詩音に押し倒されたところに魅音も俺に乗っかってくる。

気付かないふりしてたけど正座で足が痛い!!

 

「お兄ちゃんすごい!カッコいいよ!」

 

「あはは!だね!ちょっとくさいセリフだったけど」

 

「やめて!?指摘されると死にたくなる!あと降りろ!」

 

「嬉しいからしばらくこのまま!うりうりー!」

 

俺の腹に手を入れて触りまくる魅音。

 

「くすぐったい!やめろばか!」

 

「妹の愛情表現だよ。黙って受け取りなさい」

 

そうやって俺たちがじゃれているのを茜さんは笑いながら見ていた。

 

「今日はご馳走だね!灯火!うちで食べてくだろう?」

 

「お願いします」

 

「よーし今日は良い日さね!期待してな!」

 

そう言って茜さんは廊下を歩いていった。

とりあえずこれで一件落着か。

 

とんでもない一日になってしまった。

 

「・・・・お兄ちゃん。聞いてほしいことがあるの」

 

茜さんがいなくなると2人は急に真剣な表情になり、俺を見る。

 

「どうした?」

 

「うん・・・・実はね」

 

それから2人は話し始めた。

1年前に入れ替わったこと、本当は魅音が『詩音』で詩音が『魅音』であることを。

 

鯛のお刺身を食べたことがなかった『詩音』はどうして私だけこんな目にあうの?と泣いた。

それを可哀想だと思った『魅音』がその日は入れ替わってあげることにした。

 

しかしその日は運悪く、頭首の証である鬼の刺青を入れる日だったことでそのまま『魅音』は詩音に『詩音』は魅音になってしまった。

 

「‥‥‥詩音(みおん)

 

話を聞き終え俺は『魅音』である詩音を抱きしめる。

 

「お、お兄ちゃん?」

 

「辛かったな。誰も自分が魅音ということを信じてもらえない。辛いよな」

 

2人が体験した気持ちなんて俺ごときではわからない。

でも、それでも言ってあげたいことはある。

 

「・・・・」

 

「でも俺が知っている。お前が『魅音』であることを俺は知ってる。俺は絶対にお前を差別したりなんかしないよ」

 

「うぃ、ううううう!辛かったよ!みんな気づいてくれなかった!辛かったよ!お兄ちゃん!!」

 

「ああ」

 

俺は泣き出した詩音を抱きしめる。

 

「そして魅音(しおん)

 

「え?」

 

泣いている詩音を辛そうに見ていた魅音を一緒に抱きしめる。

 

「お前も辛いよな。自分のせいで泣いているお姉ちゃんを見て、自分がいくら言っても誰も信じてくれない。罪悪感だけが溜まっていく。心が痛いよな」

 

「あ・・・・」

 

「魅音はきっと辛いことばかりだろう。辛くなった時は俺に言いな。俺はお前のお兄ちゃんだからさ」

 

「うぅ、うわぁぁぁぁん!!」

 

2人はしばらく泣き続けた。今まで溜めていた涙を使い切るように。

 

俺はその間、俺は泣く2人の背中を優しく撫で続けていた。

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「「うん」」

 

「さて、これからは2人のことを本当の名前で呼んだほうがいいか?」

 

ややこしくなるがそれが本当の姿なのだから。

 

「んにゃ。今までの通りでいいよ。だって今は私が魅音で」

 

「私が詩音なんだから」

 

そう言う2人にはもう暗い部分は無いように見えた。

 

「そっか。2人がいいならそうする」

 

「うん!じゃあ気を取り直して遊ぼ!」

 

「ほら。お兄ちゃん立って」

 

詩音に手を引っ張られ立ち上がる。

 

「よっしゃ!遊ぶか!」

 

「「うん」」

 

3人で仲良く屋敷の探検が始まった。

 

 

 

 

「・・・・食べすぎた」

 

腹をさすりながら家に向かって歩く。

あの後、今まで食べたことがないようなご馳走が用意され。調子に乗って食べすぎてしまった。

 

しかも別れの時に。

 

「あんたをおばばに会わせるのが楽しみだよ」

 

と言われ、即行で勘弁してください!っと頭を下げたけど大丈夫だろうか?

 

「今日は疲れた・・・・帰って寝よう」

 

あくびをしながら歩いていると目の前に見知った顔が現れた。

 

「あれ?悟史に沙都子じゃん」

 

「え?灯火・・・。」

 

「灯火さん」

 

「おいおい元気ないぞ。どうした?」

 

2人はいつもと違って明らかに元気がなく落ち込んでいた。

 

「・・・・実はさっき、両親が離婚したんだ」

 

「・・・・そうか」

 

なるほどな。通りで暗いはずだ。

 

「・・・・母さんは僕らのせいで父さんが出て行ったって言って僕らは追い出されて」

 

「・・・・うぅ」

 

「・・・・公由おじいちゃんのところに行こう。あの人ならいきなり押しかけても泊めてくれる」

 

今の2人を放っておくことなんて出来ない。

2人を落ち着かせるために俺たちは3人で公由おじいちゃんのところに向かった。

 



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お泊り

「公由さん!」

 

悟史から事情を聴いた俺は、話を聞いてくれるであろう人のところ、つまり公由さんのところにやってきた。

 

公由さんは普段から悟史と沙都子のことを可愛がっている。きっと力になってくれるはずだ。

 

「ん?灯火君じゃないか。こんな時間にどうしたんだい?」

 

「・・・・実は」

 

俺は二人の事情を説明する。

話を聞いた公由さんは悟史達を悲しそうな表情を浮かべながら頭を撫でる。

 

「・・・・可哀想に。話はわかった、今日はうちでゆっくりしていきなさい」

 

「・・・・ありがとうございます」

 

「・・・・」

 

お礼をいう悟史の顔は暗く、沙都子は黙ったままだ。

とりあえずこれで二人が野宿する心配はなくなったけど、問題の解決にはなっていない。

 

「俺も泊まる」

 

「え?」

 

「俺も泊まるよ。公由さんいい?」

 

「構わんよ。親にはちゃんと言うんだよ」

 

「わかった。電話借りるね」

 

流石にこんな状態の二人を放っておいて帰れるか。

悟史達の母親も母親だ、まだ子供の二人を追い出すとか親がすることかよ!

今日は一緒に泊まって出来る限り二人の気分を和らげてやりたい。

 

 

 

「あ。礼奈か?」

 

「お兄ちゃん?どうしたの?」

 

「今日だけど、公由さんのところに泊まるから父さんと母さんに伝えてくれ」

 

突然のお泊りでうちの親も反対するかもしれないが、今回ばかりは反対されようとそのまま泊まる。

 

「え?お兄ちゃん1人?」

 

「え?いや、悟史と沙都子も一緒だ」

 

「え!ずるい!だったら礼奈もいく!」

 

電話の先で頬を膨らませている礼奈が目に浮かぶ。

まぁ、俺たちがお泊りするなんて聞いたらそりゃそうなるか。

 

二人も俺だけじゃなくて礼奈がいたほうが嬉しいだろう。

 

「・・・・わかったよ。悟史と沙都子が落ち込んでるから励ましてやってくれ」

 

「どういうこと?」

 

「実はな」

 

俺は先ほど二人から聞いた話を礼奈にする。

あまり話していいことではないが、今日ここにくるなら礼奈も知っておいたほうがいい。

 

「そんな・・・・」

 

「悟史と沙都子はかなり辛い状況だ。それでも来るか?」

 

「当たり前だよ!すぐ行くから待ってて!」

 

そう言ってこちらの返答を待たずに電話を切る礼奈。

これは走ってくるな、寝間着とかを持ってきてもらおうと思ったが無理そうだ。

 

「すいません公由おじいちゃん。もう1人追加です」

 

「はっはっは!構わんよ」

 

マジで公由さんいい人だな。

子供が四人泊まるなんて結構面倒だと思うけど

 

せめて布団とか寝る準備は自分たちでしよう。

公由さんに布団の場所を聞いて自分たちの分を敷いていく。

 

そして寝る準備をしていると公由さんの家の扉が勢いよく開く。

 

「こんばんわー!!」

 

「はや!?」

 

玄関の方を見ると息を切らした礼奈がいた。

どんだけぶっ飛ばしてきたんだ!

 

「悟史君と沙都子ちゃんは!?」

 

「・・・・奥にいるよ」

 

俺がそう言うと礼奈は悟史と沙都子のところに走っていた。

おいおい、いきなり会って何をいうつもりだあいつ。

 

「礼奈ちゃんは相変わらず元気だねぇ」

 

礼奈の行動力を見て苦笑いをする公由さん。

 

「自慢の妹です」

 

公由さんの苦笑いに俺は笑顔で返した。

 

 

 

 

「あれ?礼奈と沙都子は?」

 

「え?礼奈にお風呂に連れて行かれたよ?」

 

「なに!?」

 

礼奈と沙都子がお風呂に!?

あの可愛いものに目がない礼奈が沙都子とお風呂に入ったりなんかしたら。

 

「はうー!沙都子ちゃん!かぁいいよう!お持ち帰りー!!」

 

「ちょ!礼奈さん!?どこ触って」

 

「はう!はう!はうぅ!!」

 

「あ!ちゃ、いや」

 

「「・・・・」」

 

お風呂から漏れた声で黙る俺と悟史。

うちの変態は沙都子に何をやらかしてやがる。

 

今すぐ突撃して止めてやりたいが、男である俺たちにはどうしようもない。

 

「・・・・ごめん。俺の妹が変態で」

 

「いや。気づかなかった僕も悪いよ」

 

とりあえず2人で沙都子に合掌をした。

それからしばらく沙都子の悲鳴が風呂場から聞こえ続けた。

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・死ぬかと思いましたわ」

 

「えへへ。ごめんね沙都子ちゃん」

 

お風呂からぜぇぜぇ言ってる沙都子とさっきより肌がツヤツヤになってる礼奈が出てきた。

次から礼奈が誰かと一緒にお風呂に行くときは事前にそいつに忠告しておこう。

 

「礼奈、やめろとは言わん。でも少し我慢を覚えろ」

 

「その通りですわ!」

 

俺の言葉に沙都子も激しく同意する。

 

「はうー沙都子ちゃんの裸が可愛くてついー」

 

「見境なしだな」

 

将来捕まらないよな?さすがに妹が少女拉致で捕まるなんて嫌だぞ?

でも礼奈のおかげで沙都子が元気になった。

 

悟史もそのことに気づいて苦笑いをしている。

そういう意味ではよくやったと褒めてやるか。

 

「はう?どうしたのお兄ちゃん?」

 

「気にすんな」

 

礼奈の頭を撫でる。

礼奈は不思議そうな顔をしていたが気持ちよさそうに目を細めてされるがままになった。

 

「灯火。僕らもお風呂に入ろうよ」

 

「そうだな」

 

「あ、じゃあ礼奈ももう一回入ろっかな」

 

「お前は沙都子で遊んでろ」

 

「灯火さん?沙都子『と』ではなくて?」

 

沙都子の言葉を無視してお風呂に入る。

今くらいの年齢なら別にみんなで一緒に入っても気にしないだろうが、それでも悟史に妹の肌を見せてやるつもりはない!

 

なお外では沙都子の悲鳴が聞こえたが気にしない。

 

 

 

 

お風呂から出ると準備途中だったはずの布団が敷かれていた。

公由さんが敷いてくれたみたいだ。

 

布団の上では礼奈と沙都子が楽しそうに話している。

お泊まり会でもしている気分なのだろう。

 

「布団は足りてるかい?」

 

俺たちが布団の上で話していると公由さんが現れた。

村の村長の家だけあって部屋がかなり広い、子供四人が寝るには十分すぎる。

 

「足りてます。本当にありがとうございます」

 

「ありがとうございますですわ」

 

悟史と沙都子が公由さんに向かって頭をさげる。

もちろん俺と礼奈もだ。

公由さんと仲良くなっておいて本当に良かった。

 

「構わんよ。わし一人で寂しいからの。むしろ嬉しいよ」

 

公由さんは頭を下げた俺たちに笑って答える。

確かに前に、他の家族とは離れて暮らしてるって言ってたな。

 

こんな広い家に一人だと確かに寂しいだろう。

 

「公由さん・・・・お願いがあります」

 

「ん?なんだい?悟史君」

 

頭を下げていた悟史はそのまま真剣な表情で公由さんに話を持ち出す。

俺はそんな悟史を黙ったまま見つめる。

 

「・・・・僕と沙都子をここにおいてください!」

 

そう言って布団の上に頭がつきそうなほど深く頭を下げる。

そんな悟史の突然の行動に公由さんは固まる。

 

「さ、悟史君!?」

 

「にーにー!?」

 

公由さんを含む全員が悟史の突然の行動に驚いている。

そんな中、俺だけが何も言わず成り行きを見守る。

 

俺は悟史がこうすることを知っていた。

風呂に二人で入った時に、ここに住まわせてもらうように頼んでみると悟史が言い出したのだ。

 

焦る公由さんに悟史は血を吐くかのように言葉を吐き出した。

 

「家に帰っても母さんにとって僕たちは邪魔なだけです!また新しい父さんができても仲良くできる自信はないです!だからここに置いてください!家事は全てやります!手伝えることは全てします。だから、お願いします!」

 

悟史の言葉には強烈な現実味と重みがあった。

この言葉が今、悟史が抱えている気持ちの全てなのだろう。

 

「・・・・悟史君」

 

公由さんは頭を下げ続ける悟史を辛そうに見ながらも肩に手を置いてゆっくりと話し出す。。

 

「親にそんなことを言ってはいけないよ。お母さんも君たちが必要ないなんてことは絶対にないんだからね」

 

「・・・・」

 

悟史は俯いたままゆっくり顔を上げる。

 

「今日はゆっくり眠りなさい。それで明日、わしと一緒にお母さんのところに行こう」

 

「・・・・はい」

 

公由さんの言葉に悟史は俯きながら同意する。

・・・・残念だが、悟史の頼みは失敗した。

 

「辛いことがあったらいつでもうちに来なさい。悟史君と沙都子ちゃんなら大歓迎だ。今日みたいに泊まるぐらいならいくらでも泊まっていいからね」

 

「・・・・ありがとうございます」

 

「・・・・悟史」

 

お前はよくやった。

これは原作に強く影響するはずだ。お前は自分で運命を変えたんだ。

お前は気づいてないかもしれないが、すごいことをお前はしたんだ。

 

「それじゃあ、おやすみ」

 

最後に公由さんは俺たちの頭を撫でて部屋を出て行った。

後に残された俺たちの間に沈黙が続く。

 

「にーにー」

 

沙都子が心配そうに悟史を見る。

 

「・・・・かっこ悪いとこ見せちゃったね」

 

沙都子の心配に苦笑いで返す悟史。

それに対して沙都子は抱き着いて自分の気持ちを兄に伝える。

 

「そんなことはありませんわ!にーにーは世界で一番かっこいいですわ!」

 

「だな」

 

俺も笑顔でそれに同意する。

俯く必要なんてない、もっと自信をもっていい。

 

「最高にかっこよかったぜ悟史」

 

「灯火・・・・ありがとう」

 

頬を赤く染めて照れる悟史。

 

「よっしゃー!今日はオールじゃー!!」

 

「それはダメかな?かな?」

 

「ゲフ!?」

 

礼奈の腹パンで布団に沈められる。

本日二度目の鳩尾だ。

 

なんなの?君ら鳩尾が好きなの?

 

「そうだね。疲れたしもう寝ようか?」

 

「ですわね」

 

どうやらもう寝る雰囲気のようだ。

まぁ俺も園崎家のくだりでだいぶ疲れているので反論はない。

 

「「「「おやすみー」」」」

 

明かりを消して布団に入る。疲れから俺の意識は一瞬で夢の世界に持って行かれた。

 

 

次の日。悟史と沙都子は公由おじいちゃんに連れられて家に帰った。

俺たちも家に帰ったのでどうなったかはわからないが、これが原作どう影響していくのかそれだけが気になる。

 

 

俺たちがここを離れるのはそう遠くない。

それまでできることをしておこう。

 

 



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いつもと違う世界

痛い。

 

身体中から狂いそうなほどの痛みが走る。

 

やめて。

 

いくら心で泣き叫ぼうが痛みは止まない。

 

もう嫌。

 

今回もダメだった。

私は何回繰り返すのだろう?

 

私はあと何回死ぬのだろう。

 

 

誰なの?

 

一体誰?

 

私を殺すのは一体誰なの?

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!?」

 

意識が突然覚醒し目を覚ます。

 

「・・・・ここは」

 

時間は朝早くのようで小鳥の鳴く声が耳に届く。

場所は・・・・昔の私の家のようだ。

 

「・・・・巻き戻ったのね」

 

また私は死んだのか。

 

「・・・・私はまた」

 

殺された時の記憶を思い出そうとするが失敗する。

殺されるときの記憶はノイズだらけで全然思い出せない。

 

「っ!もういや!!」

 

どうして私は死ななきゃいけないの?

 

沙都子に圭一、レナ、魅音、詩音。私はみんなで楽しく過ごしたいだけなのに!

 

「梨花!」

 

涙が溢れそうになった時。私に耳に聞き慣れた声が届いた。

 

「・・・・羽入」

 

声がした方を見ると紫色の髪に頭に2本の角が生えた少女、羽入がいた。

 

羽入は私がこの世に生まれ落ちてから親よりもずっと一緒にいてくれた存在だ。

 

その姿は私にしか見えない。

 

死ぬ度に私は羽入の不思議な力によって前の人生の記憶を受け継いだまま何度も新しい人生をやり直してきた。

 

「・・・・今日は何月何日?」

 

「昭和50年の6月の19日なのです」

 

「そう、今回はかなり前に戻れたのね」

 

しばらく殺される心配がないことに安心する。

でもだからどうしたというのだ。どうせ最後は殺されてしまうのに。

 

死ぬまでの時間が少し伸びただけだ。

私はそう思い、自嘲気味に笑う。

 

「・・・・19日ということは今日は綿流しなのね」

 

「そうなのです!昨日、灯火が一緒に行こうと誘いに来たのですよ!」

 

「・・・・灯火?」

 

誰だそれは?聞いたことのない名前だ。

この時期に私が一緒に綿流しに行く子なんていたかしら?

 

この時期はまだ圭一はもちろん、沙都子やレナ、魅音とだって知り合いになっていないのだから。

 

最初に知り合いになる魅音とだって出会いはまだ先だ。

 

「梨花!この世界は他の世界とは大きく違うのです!この世界なら、灯火のいるこの世界なら!今度こそ生き残れるかもしれないのです!!」

 

「は、羽入?」

 

大きな声でそう叫ぶ羽入に困惑してしまう。

ここまで希望を目に宿す羽入は初めて見た。

 

「梨花。私はこの世界で生き残りたいのです!必ずこの世界で最後にするのです!」

 

あうー!!と叫ぶ羽入。

この子、悪いものでも食べたのかしら。

とりあえずトウガラシでもいっとこうかしらね。

 

「待ちなさい!1人で勝手にやる気を出さないで!まず灯火って誰よ!?聞いたことないわ!」

 

「灯火ですか?灯火はですね、 えへへ!あうあうあうー」

 

なぜか頬を染めてニヤニヤしている羽入。

こいつ、説明する気あるのかしら。

 

「早くしなさい。キムチ食わすわよ」

 

「あうあうあう!キムチはダメなのです!説明するのです」

 

「早くしなさい」

 

「竜宮灯火。レナのお兄ちゃんなのです」

 

「・・・・はい?」

 

羽入の言葉に思わず変な声が出る。

レナのお兄ちゃん?

 

「何を言ってるの!?レナに兄なんていないわ!」

 

今まで数々の世界を生きてきたが、レナに兄がいたなんて一度も聞いたことがない。

そんな私の当然の疑問に対して羽入は真剣な表情で私に告げる。

 

「灯火はこの世界で初めて現れた人なのです」

 

「・・・・嘘でしょ、そんなことがあるわけ」

 

「梨花、これは本当のことなのです。灯火は確かにレナの兄としてこの世界で生きています」

 

「・・・・レナのお兄ちゃん」

 

どんな人なのだろう?

 

レナのように可愛いものが大好きなのだろうか?

会ってみたい。

何せ100年ぶりの新しい登場人物なのだ。

 

「灯火はすごいのです!灯火ならきっと全部なんとかしてくれるのです!」

 

さっきから羽入の盛り上がり方がおかしい。

 

「随分灯火を推すわね。なにかあったの?」

 

「え?えへへ、それはですねーあうあうあうー!」

 

また頬を染めてニヤニヤする羽入。

灯火という人間は羽入に何をしたのかしら。

ここまで変な羽入は初めて見たわ。

 

「梨花ー灯火ちゃんが来たわよ」

 

突然の声に肩が大きく上がる。

あの声は母だ。

 

・・・・母はなんと言った?

 

「あ!灯火が来たのですよ」

 

羽入が母の声で嬉しそうに声を出す。

 

「え!?ちょ!まだ心の準備が!」

 

私が1人で慌てる。

確かに会いたいと言ったけど、今すぐなんて言ってないわよ!?

 

「おーす。梨花ちゃんおはよー」

 

そんな私の声を知ってか知らずか、レナの兄と羽入が言う竜宮灯火が私の前に現れた。

 

 

 

いつものようにお賽銭と手紙を入れて梨花ちゃんのお父さんとお母さんに挨拶をする。

 

今日は待ちに待った綿流しの日だ。

昨日梨花ちゃんに綿流しに一緒に行こうと誘ったら喜んで了承してくれたので今日はどこを回るとかの話をしておきたい。

 

「おーす。梨花ちゃんおはよー」

 

挨拶をして居間に向かう。居間にはいつものように梨花ちゃんがいた。

 

「お、おはようなのです。灯火」

 

「おう。今日は飛びついてこないんだな。珍しい」

 

というか初めてでは?俺が現れると梨花ちゃんが走ってきて俺に飛びつく。

俺と梨花ちゃんのいつもの流れだ。

 

「え!?き、今日はやらないのですよ。にぱー☆」

 

「そっか。そういう日もあるか」

 

別にそうしようって決めていたわけじゃない。

それに最近飛び込まれると高確率で鳩尾に入るからな。

 

「それで祭りだけど、どこか回りたいとことかあるか?行きたいとこを優先して回っていくけど」

 

「うーん、特にないのです」

 

「じゃあ沙都子がりんご飴が食べたいって言ってたし。まずはそこからかな?」

 

「沙都子!?」

 

俺がそう言うといきなり梨花ちゃんが驚いたように声をあげた。

 

「あれ?昨日言ったよな?沙都子に悟史、礼奈も一緒に回るって」

 

「そ、そうだったのです。忘れてたのです」

 

「大丈夫か梨花ちゃん?いつもと様子が違うぞ」

 

「き、気のせいなのですよ!」

 

「そうか?まぁ今日は楽しもうぜ。梨花ちゃんの舞。すごく楽しみにしてる」

 

「はいなのです!」

 

「じゃあ今日はもう帰るから。夕方にまた迎えに来る」

 

「はいなのです!」

 

俺は梨花ちゃんの頭を撫でて、梨花ちゃんの家を後にした。

なんか今日の梨花ちゃん変だったけど・・・・まぁいいか。

 

 

 

「し、心臓に悪いわ」

 

まさかいきなり会うことになるとは予想外だった。

レナの兄なだけあって確かにレナと顔が似てる。

 

レナが髪を圭一くらいにして男っぽくすればああいう感じになりそうだ。

 

予想以上にレナに似てることにも驚いたけど、それよりも聞き捨てられないことを彼は言っていた。

 

「ちょっと羽入!彼は沙都子って言ったわよね!?おまけに悟史!?礼奈はレナのことよね。なんで今の時期に私と知り合いになってるのよ!」

 

この時点では私は沙都子と悟史とは面識はないはずだ。

いえ、別に文句があるわけじゃないけど・・・・びっくりするじゃない!

 

「灯火が悟史と沙都子と友達なのですよ。梨花を入れた五人でよく遊んでいたのですよ」

 

「そ、そうなのね」

 

まさかこの段階で沙都子たちと友達になっているとは。

でもこれは嬉しい情報ね、これでこの時期でも沙都子たちと一緒にいられるんだから。

 

「梨花ーご飯よー」

 

驚いて放心気味になっているのを母の声で目を覚ます。

 

「い、今行くのです」

 

ええい!灯火!あんた何者なのよ!

絶対あとで教えてもらうからね!!

 

・・・・ところで妹のレナってどんな感じなのかしら?

 




羽入はこの世界の記憶があります


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綿流し 前編

 

「梨花ちゃーん!迎えに来たぞー」

 

「はーいなのです」

 

俺が名前を呼ぶと巫女服姿の梨花ちゃんがトテトテとやってきた。

 

「お。可愛いな」

 

「ありがとうなのです。にぱー☆」

 

「礼奈に襲われないようにな」

 

「灯火ちゃん。梨花をお願いね」

 

俺たちが話していると梨花ちゃんのお母さんがやってきた。

 

「任せてください。俺の命にかえても梨花ちゃんを守ります!」

 

主に礼奈から。

確実にかぁいいモードに入るからな。

兄だからなのか、礼奈がかぁいいモードに入っても止めることが出来る。

 

「ふふ、灯火ちゃんがそういうなら安心ね」

 

「はい!梨花ちゃん行こうぜ、下でみんな待ってる」

 

「はいなのです!」

 

 

 

家の外にある階段を降りるとまだ幼い親友たちの姿があった。

・・・・本当に知り合いなのね。

 

「はうー!梨花ちゃんかぁいいよう!お持ち帰りー!」

 

いつものかぁいいモードに入り、私に飛びかかろうとするレナ。

こうなったレナは誰にも止められない。

 

ていうかこの時期からすでにかぁいいモードになるのね。

目の前に迫るレナを見て諦めの境地にいる私は呑気にそんなことに考える。

 

「これから祭りだ。我慢しろ」

 

灯火が礼奈の頭にチョップをして礼奈の暴走を止める。

 

「みぃ!!?」

 

レナのかぁいいモードを止めたですって!?

 

レナのかぁいいモードは無敵で止めれる人なんていないと思っていたのに!?

私は内心で戦慄する。

 

こ、これがレナの兄の力だっていうの!?

 

テンパって変なことを考えている私の現状など知るよしもなく四人は楽しそうに話している。

 

「よしゃ!祭りを荒らしまくるぞー!!」

 

「「「「おー!!」」」」

 

灯火の一声で全員が手を突き上げて応える。

・・・・随分と仲がいいのね。

 

小さな親友たちが笑い合う光景は新鮮でついつい笑みを浮かべてしまう。

みんなのその姿が、大きくなったみんなと重なる。

 

今回はレナに兄である灯火もいるのよね、部活が始まったらすごいことになりそうだわ。

 

私は早くも未来のことを想像してしまい頬を緩める。

 

「梨花?行きますわよ」

 

沙都子に手を引っ張られ我に帰る。

 

「あ、いま行くのです」

 

急いで少し先を歩く仲間たちに合流する。

今回の世界は、少なくとも退屈はしなさそうね。

 

久しぶりの未知なる興奮によって心臓の動きが早くなるのを感じた。

 

 

 

 

 

「おー盛り上がってるな」

 

灯火の言う通り、祭りにはすでに多くの人が集まって確かな賑わいを見せていた。

 

「まずはりんご飴だったよね」

 

「そうですわ!」

 

悟史の声に沙都子が興奮したように言う。

その顔には早く行きたいと書いている。

 

いつもならここで魅音から部活の号令がかかるけど、今はいないものね。

まぁこうした普通の綿流しもいいわね。

 

「じゃあ行くか」

 

灯火の声によってみんな祭りの賑わいの中に入る。

 

そしてすぐに大勢の人に囲まれた。

 

「おう!灯火に悟史じゃねーか!ちょうどいい!手伝え!力仕事だ!!」

 

「げっ!?なんでこんな時に!!」

 

「あはは」

 

ハチマキをした男性たちに灯火と悟史が抱えられるように連れ去られる。

 

「あら礼奈ちゃんに沙都子ちゃんじゃない。こっちにおいで。綿菓子あげるわ」

 

「やったー!」

 

「ありがとうですわ!」

 

綿菓子を作っていたおばちゃんに呼ばれて二人も迷うことなくそちらに行ってしまう。

 

「・・・・ふえ?」

 

一瞬の出来事で呆然としてしまう。

え、え?さっきまで五人だったわね?

 

なんか囲まれたと思ったら一瞬で一人になったのだけれど。

 

そのまま呆然としているとレナと沙都子が戻ってくる。

よかった、このまま戻ってこなかったらどうしようかと思ったわ。

 

「梨花。お待たせですわ」

 

沙都子とレナの手には大きな綿菓子が握られている。

どうやらさっきの人にもらったようね。

 

「はい。梨花の分ですわ」

 

両手に持っていた綿菓子を渡される。

私の分までもらってくれていたのね。

 

「あ、ありがとうなのです」

 

沙都子から綿菓子を受け取る。

な、なんだか今回の綿流しは様子が違うわね。

 

「・・・・おっさん共め、自分の店の材料を俺らに運ばせやがった。貴重な祭りの時間を」

 

「ラムネ貰えたんだからいいじゃないか」

 

綿菓子を食べていると両手にラムネを持った灯火と悟史が帰ってきた。

 

「ほら戦利品だ」

 

両手に持ったラムネを私たちに渡す灯火と悟史。

レナと沙都子も嬉しそうに受け取る。

 

まだお金を使ってないのにどんどん食べ物が増えていくわね。

 

「あれ?礼奈それは?」

 

灯火がレナが持っている綿菓子を指差す。

 

「空おばちゃんにもらったの」

 

「なに!?俺も貰ってくる!おばちゃーん!俺と悟史の分もくれー!」

 

そう叫びながら灯火は祭りの中を走っていく。

そしてすぐに大勢の人にもみくちゃにされて姿が消えて行った。

 

「いっぱいもらったー」

 

両手に綿あめ2つに5人分の焼きそばとイカ焼き、たこ焼き、りんご飴をもった灯火が帰ってきた。

 

嘘でしょ!?さっきのもみくちゃにされた時に何をしたのよ!?

 

「やったー!」

 

「いっぱい貰ってきたね」

 

「大量ですわ!」

 

灯火の両手いっぱいの食料を見て喜ぶ3人。

いや、いくら何でももらいすぎでしょ。

 

「・・・・どういうこと?」

 

私だけがその状況についていけなかった。

 

「四人の日頃の行いのおかげなのです」

 

「羽入?どういうこと?」

 

隣に現れた羽入の言葉に疑問を持つ。

普段から灯火たちは何かしているの?

 

「四人は毎日村の人たちのお手伝いをしているのです」

 

羽入は彼らの姿を微笑ましく見ながら呟く。

 

羽入の話によれば、毎日荷物を運んだり、畑の手伝い、ゴミ拾い、雑草抜きなどをして村の人たちの手伝いをしているようだ。

 

「・・・・それであの人気なわけね」

 

4人は村の人たちに囲まれて楽しそうに話している。

確かにそんなことを毎日していれば好かれるだろう。

 

今日のこの様子はみんなの頑張りの成果ってことね。

 

・・・・これなら悟史と沙都子が村から迫害を受けることはないかもしれない。

 

私は近い未来に起こる悟史と沙都子に待ち受ける過酷な未来を思う。

今の村の人たちに笑顔で囲まれる悟史と沙都子を見ていれば、その未来は変わるのではと、そんな希望が私に宿る。

 

こんなことは今までのどの世界にもなかった。

 

「・・・・どうしてこの世界だけ」

 

「灯火のおかげなのです」

 

羽入が私の独り言に答える。

灯火のおかげ?

 

「灯火が三人を引っ張って積極的に手伝いを行っていたのです」

 

「なるほどね。まったく、私より人気なんじゃないの?」

 

目の前の光景を見て苦笑いを浮かべる。

一応これでもオヤシロ様の生まれ変わりだって村の人たちから敬われてるんだけど。

 

この光景を作り出したのは羽入の言う通り、あなたなのでしょうね。

 

灯火がいなければいつも通りの光景が目の前にあったはずだ。

 

「・・・・不思議な人」

 

灯火を見ながら私は無意識にそう呟いた。

 

そんな私を羽入は優しい瞳で見つめていた。

 

 

 

「いやー食ったな!」

 

「さすがにお腹いっぱいですわ」

 

灯火と沙都子が腹を抑えながら呟く。

焼きそばを二つも食べたのだから当然でしょうね。

 

「まさかこんなに貰えるとは思わなかったよ」

 

「俺たちの日頃の行いだろ?ていうか本気で食い過ぎた。いま腹に衝撃を受けたら大惨事を起こすぞ」

 

「「お兄ちゃーん!」」

 

「ごふっ!?また鳩尾に!?」

 

灯火がそう言った直後、2人の少女が灯火の腹に飛び込んできた。

灯火は苦しそうな顔をしながらもなんとか受け止めていた。

 

よかったわね、大惨事にならなくて。

 

「魅音に詩音!いてーだろうが!あとちょっとで俺の綿流しが終わりを迎えてたぞ!」

 

「いやーお兄ちゃんが見つかったから嬉しくてつい」

 

「妹を受け止めるのは兄の務めでしょ?」

 

「こいつら反省してねぇ」

 

少女たちの言葉に口元をヒクヒクさせる灯火。

 

・・・・んんん?待って?

 

「魅音に詩音!?」

 

まさかこの2人とも知り合いだったの!?

ていうかお兄ちゃんってなに!?

 

あなた!魅音と詩音に何をしたのよ!?

レナは血のつながった兄妹だからわかるけど、あなた達は普通に他人でしょうが!!

 

「魅音に詩音。来てたんだ」

 

「当たり前じゃん!お兄ちゃんめー!どうして私たちを誘わない!」

 

魅音が灯火の頬をつねる。それによって灯火が悲鳴をあげた。

 

悟史も普通に魅音達のことを知ってるようね。

ということはすでに圭一以外のメンバー全員が知り合いになってるってことになるわね。

 

・・・・いや灯火あなた、本当に何をしたのよ。

 

私は思わず彼のことをジト目で睨みつけてしまう。

そんな私の視線に彼は気づくことなく魅音の相手をしている。

 

「悪い悪い、焼きそばやるから許してくれ」

 

「ん。許す」

 

「魅音ちゃん、詩音ちゃん。あっちで輪投げしてるよ!行こ!!」

 

「お!いいねー言っとくけど私はめちゃくちゃ上手いよ?」

 

「あ、おねぇズルい!私もやりたい!」

 

レナの誘いに乗って魅音と詩音は輪投げ屋さんのほうに姿を消した。

そのあとを追うように悟史と沙都子も輪投げへと向かう。

 

「仲の良い姉妹だぜ、でもそこは兄も誘ってほしかった」

 

灯火は輪投げで遊ぶ5人を見ながら呟く。

 

「灯火。姉妹ってどういう」

 

私がそう聞こうとした時

 

「ここにいたのかい。探したよ灯火」

 

黒い着物を着た茜が現れた。

・・・・どうやら茜とも知り合いのようね。

 

「こんばんわ茜さん」

 

「こんばんわ、祭りは楽しんでるかい?」

 

「最高ですね!無料でご飯も食えてうはうはです!!」

 

「そいつは何よりだ。それで灯火」

 

「なんですか?」

 

「おばばがあんたを呼んでるよ」

 

「・・・・嘘ですよね?」

 

「ほんと」

 

「・・・・勘弁してくださいよ。毎回心臓が壊れそうになってるんですから」

 

「あははは!あんたはそんなヤワじゃないさね!ほら向こうのテントにいるから行っといで。年寄りを待たすんじゃないよ」

 

「・・・・行ってきます」

 

灯火は何か諦めた顔でトボトボとテントに向かった。

 

「灯火もおばばに好かれるとは幸運なんだか災難なんだか」

 

やれやれというジェスチャーで首を振る茜。

・・・・ちょっと頭の中を整理するわ。

 

え?お魎とも知り合いなの?

しかもテントに呼ばれるほど気に入られてるの?

 

・・・・お魎は園崎家の頭首。しかも実質雛見沢で一番偉い人なのよ?

 

灯火、あなたは本当に私の記憶がない間に何してたのよ。

 

「あれ?お兄ちゃんは?」

 

そうしているうちに輪投げの景品を持った魅音たちが帰ってきた。

 

「おばばに呼ばれて向こうに行ったよ」

 

テントの方を指差しながらそういう茜。

 

「あちゃぁ、お兄ちゃんも災難だね」

 

「ですね」

 

それを聞いた魅音と詩音が苦笑いを浮かべる。

 

「はう?お兄ちゃんはどこに行ったのかな?かな?」

 

礼奈たちはお魎を知らないらしく疑問顔をしている。

 

「うちのばっちゃに呼ばれたみたい。ばっちゃ、お兄ちゃんのことかなり気に入ってるからね」

 

「そうなの?」

 

「うん。うちのばっちゃ、すごく怖いんだけどさ。お兄ちゃんが初めて会った時にばっちゃの睨みに一切動じることなく逆に睨み返してそこにいた親戚全員をビビらせちゃったんだ。そりゃあ、ばっちゃが気にいるよ」

 

「あれにはびっくりしたね。灯火の雰囲気がいきなり変わるんだから。ふふ、あたしも思わず見入っちまったよ」

 

・・・・いやほんと何やらかしてるのあなた。

いくらあのレナの兄だからって何でもしていいとは限らないのよ?

いえ、やってることは本当にすごいのだけど。

 

「そんなわけでばっちゃに気に入られたお兄ちゃんはよくばっちゃに呼び出されて話し相手をさせられているのさ」

 

「たまに灯火が死にそうな顔をしてたのはそういうことだったんだね」

 

悟史が納得した顔をする。

 

「これはお兄ちゃんはしばらく帰ってこないね。みんなで屋台を回ろっか」

 

「「「「さんせーい!」」」」

 

一瞬で灯火は見捨てられ。みんなは祭りの中に消えた。

誰一人、灯火のことを待とうとはしなかった。

 

・・・・これは流石に哀れね。

 

 



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綿流し 後編

「さーてどこから行く?」

 

魅音を先頭にして人ごみの中を進む。

灯火は結局置き去りしたままだ。

 

きっと今頃お魎と仲良くお茶をしている最中でしょうね。

震えながらお茶してる姿が目に浮かぶわ。

 

でも、この状況は今の私にはちょうどいいわね。

彼がいない間にみんなに彼について聞くことが出来る。

 

「もうお腹いっぱいですわ」

 

私の隣では少し苦しそうにお腹をさする沙都子がいる。

一番最初に聞くにはちょうどいい。

 

「沙都子、少し聞きたいことがあるのですよ」

 

「え?なんでございますの?あ!新作のトラップについてですわね!」

 

「違うのです、灯火についてなのですよ」

 

「灯火さんのことぉ?」

 

あ、あからさまに嫌な顔したわね。

まぁさっき二人が話してるのを見ていると、まるで圭一と沙都子が話しているかのようだった。

 

きっと彼は圭一と同じように沙都子をいじって遊んでいるのだろう。

 

「一言で言うなら・・・・ゴキブリですわね」

 

聞く相手を間違えたかしら。

 

「嫌な男ですわ!かばちゃを私に食べさせてきますしデコピンもしてきますし!どうして礼奈さんや魅音さん達が彼を兄と呼ぶのか謎ですわ!にーにーのほうが百倍かっこいいですもの!」

 

ええ、私も魅音達については謎だわ。

まぁ沙都子の反応については予想通りね、いえゴキブリは予想外だったわ。

 

「ま、まぁでも、あんなのでもにーにーの親友ですし、しょうがないから仲良くしてあげますの・・・・たまにカッコいいですし、極たまにですが!!」

 

そう言って顔をそむける沙都子。

その横顔は真っ赤になっている。

 

・・・・灯火、私の親友を誑かすとか良い度胸ね。

謎の怒りが私の中に生まれる。

 

・・・・まぁいいわ、次に行きましょう。

 

「悟史」

 

「梨花ちゃん?どうしたの?」

 

次の私が話しかけたのは沙都子の兄である悟史。

・・・・悟史と話すのは不思議な感じね。

 

私が前にいたカケラでは悟史は行方不明になっていなかった。

最近はここまで過去に戻れていなかったから悟史と会うのは本当に久しぶりだ。

 

・・・・いえ、たとえ会っていたとしてもあまり話さなかったでしょうね。

どのカケラでも彼は必ず行方不明になっていて、何より日々暗くなっていく彼を見ているのはとても辛くて、私は彼と深く関わらずにいた。

 

でも今の彼に、私の記憶にあるような暗さはない。

むしろ私が見たことがないほど明るい。

・・・・これも彼のおかげなのでしょうね。

 

「灯火について聞きたいのです。悟史は灯火の親友だって沙都子が言っていたのですよ」

 

「あはは、なんだか照れるね。でも灯火についてかぁ、それならむしろ梨花ちゃんが一番詳しいんじゃないかな?灯火が一番最初に出会った子は梨花ちゃんだって言ってたよ?」

 

「・・・・そうなのですか?」

 

悟史の言葉に目を見開く。

彼と一番最初に出会っていたのは私だったのね。

 

・・・・彼は記憶のない私に何かしてないでしょうね。

もう!この世界の記憶があればこんなに苦労しないですんだのに!

 

「梨花!そんなに当時のことが知りたいなら僕が教えてあげるのですよ!この世界の梨花はそれはもう灯火に懐いていて、将来は灯火のお嫁さんになるんだって毎日のようにお母さんに言って」

 

「なんだか次はすごく辛い物が食べたいのですよ」

 

「辛い物か。わかった、魅音に聞いてみるよ」

 

「後生なのです梨花ぁ!!それだけはやめてほしいのですよぉ!!」

 

うるさい!黙って辛さで悶えてなさい!!

くぅぅ!灯火!あなた記憶のない無垢な私に手を出すとは良い度胸してるじゃない!絶対許さないわ!

 

羞恥で顔が熱くなる。

まさかあなた、女の子なら片っ端から口説いてたりしないでしょうね!?

今のところ私を含めて全員が手を出されてるわよ!

 

・・・・もういいわ、諦めて次に行きましょう。

正直魅音と詩音に灯火について聞いてみたいけど、なんというかあそこまで謎だと聞くのが怖いから後回しね。

 

なにがあったら二人がお兄ちゃんって呼ぶようになるのよ。

とりあえず園崎家で何かやらかしたのは確実ね。

 

じゃあここは本命に行きましょう。

 

「レナ、聞きたいことがあるのですよ」

 

「はう?レナ?」

 

しまった、レナじゃ伝わらないわね。

 

「嚙んじゃったのです。礼奈って言いたかったのです」

 

舌を少し出して間違えたことをアピールする。

これから礼奈って呼ばないといけないのね、気を付けないと。

 

「はぅ!舌を出す梨花かぁいいよう!!お持ち帰りー!!」

 

もう!話が前に進まないじゃない!

礼奈に抱き着かれながら心でツッコミを入れる。

 

礼奈の頭にチョップをくらわせるが効果はない。

くっ、やっぱりこれを止めることが出来るのは彼だけなのね。

・・・・それにしてもあのレナが妹ね。

 

なんというか一人っ子のイメージが強いから新鮮ね。

 

「礼奈は灯火のことをどう思ってるのですか?妹から見た灯火について聞いてみたいのですよ」

 

「お兄ちゃんのこと?んーお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだけど」

 

そう言って難しい顔をする礼奈、うまく言語化か出来ないのかしら。

私からしたらレナに兄がいるのは違和感があるんだけど、今の礼奈からするといるのが当たり前。

 

いきなりそれについてどう思うと言われても答えるのは難しいか。

 

「うーんお兄ちゃんはすっごく優しくてカッコいいの!でもね、時々すごく難しい顔をしてる」

 

「・・・・難しい顔をですか?」

 

前半は置いておいて後半の内容が気になる。

何かに悩んでいるのかしら?

でも今の年齢の子供の悩みなんてたかが知れてると思うけれど。

 

「顔に出ているわけじゃないの、ただ礼奈がそう思うだけ。礼奈はお兄ちゃんのことが大好きだから悩んでるお兄ちゃんの力になりたい。でも聞いても教えてくれない」

 

「・・・・」

 

「きっと私が妹だからなんだと思う。お兄ちゃんって私の前だとすごくカッコつけるから。だからお兄ちゃんの悩みを聞けるのは悟史君と、そして梨花ちゃんなんじゃないかな」

 

「・・・・みぃ?僕もなのですか?」

 

悟史はわかるけど私も?

羽入の話を聞く限り、私も彼には妹のように扱われてそうなのだけど。

 

「うん、なんていうか今日の梨花ちゃんは雰囲気が違う気がする。今の梨花ちゃんならお兄ちゃんも話をしてくれるんじゃないかな」

 

「・・・・」

 

内心で冷や汗を流す。

相変わらずレナの勘の鋭さには驚かされる。

 

でもその礼奈が灯火が悩んでいるっていうのだからきっとそうなのでしょうね。

・・・・女の子について悩んでいるだけじゃないでしょうね。

 

「だから出来たらでいいの、お兄ちゃんの力になってあげてほしい。もちろん梨花ちゃんが悩んでたら私が力になるよ!」

 

「・・・・ありがとうなのです礼奈。僕も灯火に聞いてみるのですよ」

 

「うん!あ、みぃちゃんと悟史君がこっちに来たよ」

 

礼奈につられて目を向ければ、確かにこちらに歩いてくる二人が見えた。

悟史が何か持ってるわね。

 

「梨花ちゃん!辛い物探してきたよ」

 

「ふっふっふ!私おすすめの激辛麻婆豆腐だよ!」

 

そう言って悟史の手にある物に目を向ける。

紙皿の上に真っ赤な麻婆が鎮座している。

 

なんてもの祭りで売ってるのよ。

 

「あ、あうあうあうあうあうあう!?ダメなのです!それを梨花に渡してダメなのですよー!!」

 

「みぃ、ありがとうなのです。いただくのですよ」

 

横で泣きながら私を止めようとする羽入を無視して麻婆豆腐を口に入れる。

 

祭りの会場に羽入の叫び声が響き渡った。

 

 

 

「さぁてそろそろ何かゲームでもしたいねぇ」

 

激辛麻婆豆腐を完食したところで魅音はそう呟く。

魅音らしい提案につい頬が緩む。

 

「んー罰ゲームもいるし何にしようか。激辛麻婆豆腐は梨花ちゃんが食べちゃったし・・・・なんともないの?」

 

「みぃ、美味しかったのです」

 

「ま、まだ口の中の感覚がないのです」

 

私の隣で死んだように俯いたまま浮かぶ羽入は無視。

 

「あ、おねぇ。だったら面白いこと考えたよ!」

 

「ん?なになに?」

 

そう言って詩音は笑いながら魅音の耳に小声で何かを伝える。

そして話を聞いた魅音はニヤリと笑った。

 

「いいね、じゃあさっそく用意をしてくるよ!みんなはここで待機ね!すぐに戻ってくるから」

 

「私も用意してくる」

 

そう言って姉妹両方がそれぞれ反対方向へと消えていく。

一体何をするつもりなのかしらあの二人。

 

そしてほどなくして二人は戻ってくる。

魅音は手に何か持っているわね。

でも詩音は何も持っている様子はない。

 

「おまたせ!みんなにはゲームを用意したよ!名付けて!逆ロシアンルーレット!」

 

・・・・またろくでもないのが来たわね。

魅音の手にある物へ目を向ける、そこにはあるのはたこ焼きだ。

 

「ここに七つのたこ焼きがある!このたこ焼きの中の七つの内六つがタバスコ入りの激辛たこ焼きになってる。みんなには一個づつ食べてもらって普通のたこ焼きを食べた人が負け!罰ゲーム決定だよ!!」

 

「それはどっちにしろ罰ゲームではなくて!?」

 

沙都子が全員の声を代弁する。

たこ焼きを注意してみれば、所々赤く変色している。

隠す気ないわね。

 

要するに罰ゲームを回避するために激辛たこ焼きを食べるか、激辛たこ焼きを回避するために罰ゲームを受けるか、そのどっちかってこと。

 

「ふっふっふ!さっきの激辛麻婆豆腐よりさらに強力だからね!さすがの梨花ちゃんでもやばいと思うよ」

 

「みぃ、腕が鳴るのですよ」

 

「鳴らないのです!そんなのを梨花が食べても鳴るのは僕の悲鳴だけなのですよー!!」

 

羽入の魂の叫びは残念ながら誰にも届かない。

恨むならこのゲームを考えたであろう詩音を恨みなさい。

 

「じゃあ全員で一斉にとるよ!みんな串はもったね?」

 

「「「「「・・・・・」」」」」

 

全員が冷や汗を流しながら串を持つ。

そして全員が同時にたこ焼きに串を突き刺した。

 

見れば、全員とったのは激辛たこ焼きだ。

 

罰ゲームが不明なのが怖いわね、だったら目に見える罰ゲームのたこ焼きに手を出したほうがマシ。

 

みんなそんな感じかしら。

 

「あうあう!?早まったらダメなのですよ梨花!!もしかしたら罰ゲームの方がマシなのかもしれないのです!」

 

無視。

 

魅音を含めて全員が汗を流しながらもたこ焼きを口に入れる。

瞬間、全員が口を抑えてもだえる。

 

「み、水!水はどこ!?」

 

「か、辛すぎますわ。小さいたこ焼きな分、辛みが詰め込まれてて」

 

「はう!涙が出てきたよぉ!!」

 

全員があまりの辛さに涙目で感想を口にする。

そして近くのテントに水を求めて駆け込んでいた。

 

羽入は・・・・気絶してるわね。

 

でもこれで余ったのは普通のたこ焼き。

誰も罰ゲームなしになる。

 

こうなってくるとどんな罰ゲームなのか気になってくる。

水を取りに行った魅音から受け取ったたこ焼きを見ながら心の中で残念がる。

 

「ああ、ここにいたのか。探したぞみんな」

 

ああ、ちょうどいいところに生贄が来たわ。

 

声をした方を見ればお魎との話を終えた灯火がこちらへ歩いて来ていた。

私は内心笑いながら灯火にたこ焼きを差し出した。

 

「みぃ、お疲れ様なのです。そしてどうぞなのです灯火」

 

「ん?たこ焼きをくれるのか?ありがとう」

 

私が差し出したたこ焼きを何も疑うことなく口に運ぶ灯火。

うん、うまいと感想を言っている。

 

魅音の言った通り、あのたこ焼きは普通だったようね。

 

「みぃ、これで灯火の負け。罰ゲームなのですよ。にぱー-☆」

 

「は?罰ゲーム?」

 

私の言葉に困惑している。

ふふふ、すぐにわかるわ。

 

「ふ、ふふふ!今私達でゲームをしてたんだよ。そのたこ焼きを食べた人が罰ゲームだったんだけど、お兄ちゃん食べちゃったねぇ」

 

水をもって戻ってきた魅音が悪そうな笑みを浮かべてそう告げる。

それで状況を理解したらしい灯火は顔をしかめる。

 

「・・・・まぁ変に足掻くのもかっこ悪いか。おっし!罰ゲームだな!何でもこいよ!!」

 

素直に罰ゲームを受けることを承諾した灯火。

灯火の言葉を聞いた魅音は笑いながら詩音に声をかける。

 

「じゃあお兄ちゃん、はいこれ」

 

魅音に声をかけられた詩音は笑みを浮かべて何かを灯火に渡す。

 

・・・・服?

 

何かの服を受け取った灯火は首を傾げながら見やすいように服を両手で広げる。

 

「・・・・メイド服じゃん。なぜか羽とかついてて布面積が死んでるけど」

 

灯火は死んだ目で服を見つめる。

あんなもの、どこで仕入れたのよ。

 

「はいじゃあお兄ちゃんはこれ着てね。綿流しは終わるまで脱いじゃダメだよ?」

 

「その場合俺の世間体が終わるんだが?」

 

「これからはお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんって呼ぶね!」

 

笑顔でそう告げる詩音に灯火は頬を引きつらせている。

魅音を見れば、誰かに向かって手を振っていた。

 

そちらに目を向ければ知らないおじさんが魅音に手を振り返していた。

どうやらあの人が詩音に服を渡したらしい。

 

灯火もそれに気付いたようで相手に向かって叫ぶ。

 

「ってあんたかよ!?なんてもの渡しやがる!ていうかなんでこんなもの持ってるんだよ!?」

 

「ふ、娘に着てほしくて買ったんだが着てくれなくてな。しかもまだ怒って口もきいてくれねぇ」

 

「当然の結果ですわ」

 

おじさんの言葉に沙都子が即答する。

このおじさん、入江と気が合いそうね。

 

「この綿流しの日なら誰かが着てくれるんじゃねぇかと持ってきてたんだ。まさか本当に着る奴がいるとはな」

 

「着るのは男の俺だぞおっさん!?今からでも遅くねぇ、返してもらえ。ていうか返す」

 

「そいつはもうお前さんのもんだ。大事に着てやってくれ」

 

「なんでそんな感動風に言ってるの?なんで涙目になってるの?ねぇおっさんバカなんじゃねぇの?」

 

涙を拭きながら笑うおっさんに灯火がツッコミを何度も入れる。

同感だけど面白いから黙ってましょう。

 

「ほらほら罰ゲームを受けるって言ったのお兄ちゃんじゃん。早く着替えてきて」

 

「はうはうはう!お兄ちゃんはやくぅぅぅぅぅ!!」

 

かぁいいモードになった礼奈に強引に連れていかれる。

人気のない場所に連れていかれた灯火の悲鳴が聞こえてきた。

 

 

この日、綿流しに新たな伝説が生まれた。

 

 

 

 



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辛い夜には添い寝を

綿流しから数か月がたったある日。

 

父さんから大事な話があると食事中に切り出された。

父さんも母さんも真剣な表情をしていて、二人が何を話そうとしているのか察してしまった。

 

「突然でびっくりするだろうけど、僕たちは雛見沢から引っ越すことになるんだ」

 

ああ、やっぱり予想通りだったか。

話というのは会社の都合で来月にはこの雛見沢村を出て茨城に引っ越すということだった。

 

・・・・ついにきちまったか。

原作知識によってレナが幼少期に雛見沢を離れていることは知っていた。

だからいずれはと思ってはいたが、今日だったか。

 

ある程度覚悟していた俺とは違い、礼奈は固まってしまい、手から箸を落としていた。

 

父さんは引っ越しの理由を丁寧に教えてくれた。

 

2人は雛見沢で夫婦共にデザイナーの仕事をしているのだが会社の経営状態が悪くなる一方。

そんな時に才能のあった母に独立の話が持ち上がったのだ。

これに乗らないわけがなく俺たちは茨城への移動が決まったのだ。

 

 

そう・・・・これは仕方のないことだ。

子供の俺たちにはどうしようもない状況。

 

両親だって生活がかかっているんだ、二人で話して引っ越しの準備はあらかた終わっているのだろう。

 

ああでも、それでも嫌だ。

 

これからこの雛見沢村にはダム建設の話が立ち上がる。

それによって雛見沢をダムの下に鎮めてしまおうとするんだ。

 

そして住民によるダム建設反対運動、鬼ヶ淵死守同盟が発足されるだろう。

 

最初は合法的な活動だったらしいけど次第にやることは過激になっていき、そこから狂った運命が始まってしまう。

 

・・・・1番気に病むのは悟史と沙都子だ。

 

何も雛見沢住民の全員がダム反対なわけじゃない。

賛成派だっているんだ。

 

悟史達の両親がそのダム賛成派の代表になる。

 

ダム賛同派の両親のせいで2人は村でひどい扱いを受けるようになる。

ただでさえ離婚再婚を繰り返して家庭的ストレスが溜まってるのにここでそれはあんまりだ。

 

それがわかってたから俺たちは必死に雛見沢で手伝いをして悟史達がみんなに好かれるように行動をしていた。

 

だがそれで確実に大丈夫なんてとても言えない。

 

・・・・わかってたが友達が1番辛い時期にそばにいてやれないのか俺は!!

 

悔しさで歯を噛み砕く勢いで力を込める。

 

礼奈たちと離れ、ここに残るというのも考えた。

だが礼奈の方もこれから厄介なことが待っている。

 

母の浮気だ。

 

俺たちの母は茨城に行くと、いつ頃からかはわからないが愛人を作り父を裏切る。

 

原作では礼奈を愛人に懐かせようと何度も愛人と3人で遊びに行くことになる。

その時は礼奈は母が浮気をしているなど思いもせずに母と愛人の男と何度も遊びに行ってしまう。

 

そして礼奈はその事を後から気づき、あの時自分がもっと嫌がっていたらこんなことにはならなかったと自己嫌悪をして病んでしまうのだ。

 

父さんもショックで仕事を辞めて塞ぎ込んでしまい、ある時に八つ当たり気味に礼奈を殴り、それによってさらに礼奈が病んで雛見沢症候群を発症。

学校のガラスをバットで叩き割り、生徒を殴打する事件を起こす。

 

 

想像しただけで胸が張り裂けそうになる。

 

そんなふざけた未来は絶対に起こさせてたまるか!

 

悟史たちの方も心配だがやはり俺の中では礼奈が1番大事だ。

 

最初は原作キャラだ、俺とは違うなんて思っていたが今では世界で1番愛している最高の妹と断言できる。

 

シスコン?何を当たり前のことを。

 

それに大事な時期にはなんとかして雛見沢に戻るつもりでいる。

 

悟史と沙都子の両親はいろいろ考えたが放置。

そうじゃないと悟史と沙都子を救うことはおそらくできない。

 

決してダム賛成派の二人の考えが間違っているとは思わないけど、俺も雛見沢は好きだしダムに沈むなんて嫌だ。

 

俺がどうしても救いたいのは梨花ちゃんの両親だ。

 

梨花ちゃんの両親もまた原作では死んでいる。

 

もうすぐ出来る入江診療所に犯人はいる。

表は普通に診療所だが、裏ではこの村特有の風土病である雛見沢症候群について研究している組織になる。

 

そこに所属する鷹野さん。

この世界のボスにして梨花ちゃんの両親を殺す元凶。

 

原作では鷹野さん達が女王感染者である梨花ちゃんを雛見沢症候群の治療のためにいろいろ調べていた時、実験の影響で高熱を出した梨花ちゃんを見て梨花ちゃんのお母さんがもう協力しないと宣言する。

 

それを阻止するために鷹野さんが梨花ちゃんの両親を殺害する。

 

鷹野さん、雛見沢症候群の鍵を握る梨花ちゃんの研究を続けるために両親を殺すとかマジで狂ってやがる。

 

・・・・梨花ちゃんの両親にはすごく優しくしてもらったのだ。

 

毎日遊びにくる俺を嫌な顔1つせずに歓迎してくれた。

雨の日なんかは心配だからと傘をさして送ってくれるほどだ。

 

1年間の交流で俺は古手夫婦のことが大好きになっていた。

あんな優しい人たちを殺させてたまるか!

 

2人が殺されるのは今から三年後。

その時だけは意地でも雛見沢に戻って梨花ちゃんの両親を助けてみせる。

 

もちろんもっと早くに戻れるように何とかするつもりだが。

 

俺が思考の整理を終え、礼奈たちを見る。

礼奈がお父さんに泣き出しながら何とかならないかと言っているがお父さんはすまなそうな顔をするだけでどうしようもないみたいだ。

 

・・・・礼奈がここまで泣くところは初めて見たな。

 

礼奈に悟史達と繋がりを持たせたのは失敗だったかもしれない。

 

仲の良い友達と別れるのは本当に辛い。

現在経験している俺だからわかる。

この気持ちを礼奈に与えていると思うと心が潰れそうだ。

 

俺さえいなければ悟史たちとも仲良くなることなく、引っ越しも寂しいかもしれないが大泣きするほどではなかったはずだ。

 

もしもの話をしてもしょうがないがどうしても考えてしまう。

 

しかもそれ以上に嫌なのは。

 

・・・・あいつらに言わないとダメだよな。

 

 

・・・・食欲はもうなかった。

 

 

 

 

俺達は基本的に四人別々の布団で川の字のようにして寝ている。

父さんと母はまだ話をするみたいなので俺は先に寝ることにした。

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

寝巻きに着替えて寝る用意をしているとパジャマ姿に枕を抱きしめた礼奈がきた。

 

「どうした?」

 

眠れないのだろうなっと思いながらなるべく優しい声を意識して礼奈に尋ねる。

 

「・・・・一緒に寝てもいい?」

 

明らかに元気のない礼奈を見ていてノーなんて言えるわけがない。

いや、元気があっても断るわけがないんだが。

 

「ああいいぞ。準備するから待ってな」

 

そう言って2人が寝れるように布団をくっつける。

 

しばらく無言で布団の中で目を瞑って眠くなるのを待つ。

だけど一向に眠気が来ず、時計の秒針の動く音が耳に届く。

 

・・・・寝れねぇ。

 

目を開けて暗闇の中で天井のシミに数を数えることに没頭する。

 

 

「・・・・もう悟史君たちと会えないのかな?かな?」

 

俺が天井のシミを654まで数えたところで礼奈が顔を俺の方に向けて小さな声で呟いた。

 

「・・・・そうだな。毎日会うのは難しくなる」

 

「・・・・そんなのやだよ」

 

礼奈は俺に抱きついて泣き顔を隠すように俺の胸に顔を埋める。

そんな礼奈の頭を撫でながら俺は口を開いた。

 

「・・・・こう考えたらどうだ?」

 

「?」

 

「確かにこれからは会いにくくなる。でもさ、会いたいのをいっぱい我慢した分だけ次に会った時はその分嬉しくなると思うんだ」

 

俺は礼奈の頭を撫でながら優しく語る。

 

「だからこれはさよならじゃない。またねって手を振って次に会う時は今よりも絶対楽しくなる。そう思いながら一緒にその時のことを考えて笑おう」

 

それに、と少し前を置いて言葉を続ける。

 

「悟史たちとは少し離れるけどその分俺が礼奈のそばにいるよ。礼奈に寂しい思いは絶対にさせない」

 

俺がそう言うと俺の胸に顔を埋めていた礼奈はそっと顔を離し、俺をじっと見つめる。

 

「・・・・ほんと?」

 

「ああ」

 

「・・・・ずっと一緒にいてくれる?」

 

「もちろん」

 

「・・・・ずっとだよ?礼奈がおばあちゃんになってもずっとだよ?」

 

「ああ、俺がおじいちゃんになっても一緒にいるよ」

 

「・・・・えへへ、じゃあ礼奈はお兄ちゃんのお嫁さんなのかな?かな?」

 

「・・・・んん?」

 

なんか話が一気に飛んだな。

 

「違うのかな?かな?」

 

礼奈が不安そうな顔で俺を見つめる。

 

「お、おう!もちろんだ!礼奈は俺のお嫁さんだ」

 

礼奈の不安そうな顔に勝てずについついそんなことを言ってしまう。

いやまぁ、今ぐらいの年なら普通普通。

 

もう少し大きくなった時に笑い話になるやつだ。

 

「・・・・はぅ!!」

 

俺の言葉に真っ赤になる礼奈。

・・・・言わせたのお前だよ?

 

「さぁ、そろそろ寝ようぜ」

 

そう言って布団を礼奈と俺の上にかけ直す。

変な方向に話がいってしまったが、そのおかげが暗い雰囲気は消えた。

 

「おやすみ礼奈」

 

布団から2人とも顔をだした状態で微笑む。

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

礼奈は頬を染め、瞳を潤ませながら俺を見つめてくる。

 

「・・・・好き」

 

瞬間、礼奈の顔が近づき俺の唇に柔らかい感触が伝わった。

 

「・・・・はぅ!!」

 

礼奈は顔を真っ赤にした後、布団の中に頭を引っ込めて姿を消した。

 

・・・・おっと。

 

あ、兄妹だから大丈夫か。

うん、一瞬焦ったけど兄妹なら普通普通。

 

きっと悟史と沙都子だって家ではちゅっちゅしてるに違いない。

 

・・・・そんなわけなくね?

どう想像しても二人がキスしてる姿が想像できない。

 

いやまぁ他所は他所、うちはうちだから。

 

俺が冷静になったのは0時を回り、礼奈の規則正しい寝息が聞こえ、父さんと母が来てからだった。

 



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別れ

いつものように家を出発して古手神社に向かう。

今日は俺の知り合いに雛見沢から引っ越すことを伝える。

 

・・・・正直なんて切り出せばいいかわからない。

 

みんながどんな顔をするかも想像できない。

 

いや・・・・したくない。

 

「・・・・はぁ」

 

普段とは比べものにならないくらい遅い足取りで古手神社に向かう。

 

「・・・・このお賽銭と手紙も来月で終わりか」

 

古手神社に到着し、5円玉といつもの手紙を入れる。

 

手紙の内容は雛見沢を引っ越すことと。いつか必ず戻ってくること。

今まで見守ってくれたことへのお礼だ。

 

手を合わせて、目を閉じる。

 

願い事を言えば叶うわけではないが、せめて俺と礼奈がいない雛見沢が平和であることを祈る。

 

目を開けて、いつもこの時間には必ずいる梨花ちゃんのお父さんを探す。

梨花ちゃんのお父さんは神社の裏手で掃き掃除をしていた。

 

「・・・・おはようございます」

 

「ん?ああ灯火君か。おはよう」

 

俺の声に反応して後ろを振り向き、俺だとわかるといつもの柔和な笑みを浮かべてくれる。

 

「そうか。もう灯火君が来る時間か。掃除に集中してて気付かなかったよ」

 

梨花ちゃんのお父さんは笑いながら話す。

 

俺はそれに対して苦笑いで答える。

いつもなら満面の笑みで冗談の1つでも言うのだが、今はとてもじゃないがそんな気分になれない。

 

「どうしたんだい?今日は随分と元気がないね?」

 

やはり毎日会っているだけあり、梨花ちゃんのお父さんはすぐに俺の様子がおかしいことに気がついた。

 

「・・・・実は」

 

そして俺は梨花ちゃんのお父さんに引っ越しの件について話した。

 

「・・・・それか、それはすごく残念だよ」

 

俺の話を聞くと梨花ちゃんのお父さんは目を伏せて悲しそうな表情を作った。

 

「梨花はきっと泣いちゃうだろうね。あの子は灯火君のことが大好きだから」

 

「・・・・あはは、嬉しいような悲しいような」

 

「本当だよ?食事の時なんかは梨花はいつも君の話ばかりなんだから。正直羨ましかったんだ」

 

「・・・・そうですか」

 

おじさーん!ここでそう言うこというのやめてよ!マジで言いづらいじゃん!!

 

「私が梨花に言っておこうか?直接いうのは辛いだろう」

 

梨花ちゃんのお父さんがそう提案してくれるがそういうわけにはいかない。

 

「いえ・・・・これは俺が直接言わないとダメだと思うんです」

 

ここで他の人に頼ってしまうのはダメだと思う。

ここで直接言わずに別れたら寂しすぎる。

 

「そうか・・・・梨花は家にいるよ。しっかり伝えておいで」

 

「・・・・はい」

 

梨花ちゃんのお父さんに見送られ、俺は梨花ちゃんに会いにいくため歩き出した。

 

「・・・・お邪魔しまーす!!」

 

玄関で声を出すといつものように梨花ちゃんのお母さんが出迎えてくれる。

 

「いらっしゃい。灯火ちゃん」

 

「・・・・はい」

 

「どうしたの?元気がないなんて灯火ちゃんらしくもない」

 

そう言って心配そうに俺の顔を見る梨花ちゃんのお母さん。

ああ。この人ともお別れか。

 

そう思うと急に胸が苦しくなる。

 

「灯火ちゃん!?」

 

胸に苦しむと同時に梨花ちゃんのお母さんが駆け寄ってくる。

 

「どうして泣いてるの!?どこか痛いの!?」

 

「え?」

 

言われて初めて自分が泣いてることに気が付く。

・・・・まじか、気付かずに泣くって俺は自分の思ってる以上に悲しんでるのか。

 

「・・・・大丈夫です、ちょっと感情が溢れちゃって」

 

なんとか泣き顔から無理やり笑顔にする。

 

「実はもうすぐここから引っ越すんです」

 

そう言って梨花ちゃんのお母さんに説明をした。

 

「・・・・そうなのね」

 

俺が話終えると梨花ちゃんのお母さんは本当に辛そうな顔をして俺を抱きしめた。

 

「・・・・えっと」

 

「すごく悲しいわ。灯火ちゃんは本当の息子のように思っていたから」

 

「・・・・っ」

 

梨花ちゃんのお母さんの言葉で再び感情が溢れ出す。

 

くそ、どうなってんだ?

止まらない涙に戸惑いながらも理由を探す。

 

やっぱり俺にとって梨花ちゃんのお母さんは特別なんだな。

 

・・・・俺は実の母にいい感情を持っていない。

 

表面上は仲良くしているが、心の中ではお前さえいなければと殺意ほどではないが良くない感情が渦巻いているぐらいだ。

 

そんな俺は無意識のうちに梨花ちゃんのお母さんに母の代わりのような特別な感情を持っていたのかもしれない。

 

そうじゃなきゃ。ここまで自分の感情が制御出来ないはずがない。

 

肉体に精神が引っ張られているのか、感情の制御が曖昧になっているのだと思う。

 

でもこの人に抱きしめてもらって改めて思った。

 

この人だけは絶対に死なせたくない。

 

「落ち着いた?」

 

「はい、すいません。恥ずかしいところを見せました」

 

「ふふ。いいのよ」

 

俺が照れながらそう言うと微笑む梨花ちゃんのお母さん。

落ち着いたら羞恥心が込み上げてきた。

 

でも先ほどの決意は本物だ。

 

「・・・・梨花ちゃんにお別れを言いに来ました」

 

「・・・・わかったわ。梨花は泣いちゃうでしょうけど、慰めるのは私達がするから任せて」

 

それは本当にお願いします。

お母さんのアフターケアーに期待しよう。

 

梨花ちゃんのお母さんの言葉で覚悟を決めて梨花ちゃんのいる居間に向かう。

 

居間に到着すると梨花ちゃんが空中に向かって話している姿があった。

 

 

 

 

 

「大変なのです梨花!」

 

「羽入?」

 

いつものように居間でくつろいでいると今にも泣きそうな顔の羽入が飛び込んできた。

 

「どうしたの?」

 

「灯火が!灯火がいなくなっちゃうのです!」

 

「・・・・どういうこと?」

 

羽入は泣きそうな顔のまま話し始めた。

そして羽入の話を聞いて自分の迂闊さに顔を歪める。

 

「なるほどね。うっかりしてたわ」

 

そうだった。レナは小さい頃に1度、雛見沢を離れているんだった。

レナが離れるということは兄である灯火も離れるということ。

 

「・・・・これからが大変なのに」

 

もうすぐこの雛見沢にダム建設の話が持ち上がり、それを阻止するために村中で反対運動が起こるのだ。

その際、沙都子たちの両親が園崎家に怒鳴り込み、北条家は村中から迫害を受ける。

子供である悟史と沙都子も例外ではない。

 

いつもならこのまま迫害を受けるけど、この世界は違う。

 

悟史と沙都子は村の人たちから好かれている。綿流しの時がその証拠だ。

 

・・・・灯火のおかげ。

 

この世界で初めて現れたレナの兄。

 

竜宮灯火。

 

彼の存在はこの世界に大きな影響を与えている。

悟史と沙都子に関してもそうだし、魅音と詩音に関してもそうだ。

 

・・・・ていうか影響与えすぎよ!

 

その灯火が雛見沢からいなくなるのはかなり困る。

 

灯火が帰ってくるのはレナが雛見沢に帰ってくる日と同じと考えていいだろう。

つまり6年は雛見沢に帰ってこない。

 

「梨花、灯火に全てを話しましょう」

 

「・・・・本気?」

 

「はいなのです!灯火が味方になってくれたらこれほど頼もしいことはないのです!」

 

「・・・・そうね」

 

今の時点でこの影響力だ。さらに大きくなったらどうなるというのだ。

 

ここに赤坂が来てくれれば最強のタッグが出来上がる気がする。

 

「でも・・・・信じてくれるかしら」

 

「それは大丈夫なのです」

 

なぜか断言する羽入。

 

「どうしてよ」

 

「僕のことを信じてくれました」

 

話を聞くとまだ記憶のない私の説明から羽入の話を聞き、信じたらしい。

 

「・・・・灯火ってバカなの?」

 

普通信じる? 僕には神様が見えるなんて言って信じる?

 

「灯火はなぜか最初から僕のことを知ってるような感じだったのです」

 

「どういうこと?」

 

最初から羽入の存在を知っていた?

ありえないわ。羽入は私にしか見えない。

灯火が知りようがないもの。

 

「灯火に真実を話しましょう。そうすればわかるかもしれないのです」

 

「・・・・そうね。わかったわ」

 

ちょうど覚悟を決めたタイミングで玄関の扉が開く音が聞こえた。

そのあとすぐに、今となっては聞き慣れた灯火の挨拶が耳に届く。

 

「私は・・・・今度こそ生き残ってみせる」



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別れ 梨花 羽入

「・・・・おはよう梨花ちゃん」

 

「みぃ。灯火。おはようなのです」

 

いつもように梨花ちゃんは笑顔で俺を迎えてくれるが俺はその笑顔に応えることはできない。

 

これから話す内容を思うとチャックでもされたかのように口を開くことが出来なくなる。

 

「灯火元気ないのです。元気出してほしいのです」

 

「・・・・今日は大事な話があるんだ」

 

「みぃ?大事な話なのですか?」

 

可愛らしく首を傾げる梨花ちゃんに開いた口が閉じそうになる。

しかし、なんとか力を振り絞って言葉を吐き出す。

 

「・・・・俺と礼奈はもうすぐ雛見沢から引っ越す」

 

「・・・・」

 

「・・・・言い訳にしかならないが親の仕事の都合なんだ。急にこんなことを伝えてしまって本当にごめん。せっかく友達になれたのに」

 

梨花ちゃんの顔を見るのが辛くなり頭を落とす。

俺の言葉で涙を浮かべる梨花ちゃんが簡単に想像できてしまう。

 

そしてそれは間違いなく訪れる未来になる。

 

その時、俺には何もできずに梨花ちゃんの両親に任せるしかない。

 

「頭を上げてくださいなのです灯火」

 

梨花ちゃんの言葉に従い顔を上げる。

 

俺の予想とは違い、梨花ちゃんの目には涙はない。

いや涙どころか今まで見たことないほど真剣な表情を浮かべている。

 

「僕も灯火に大事な話があるのです」

 

「大事な話?」

 

「はい。信じられない話かもですけど聞いてほしいのです」

 

いつにもなく真剣な梨花ちゃん。

 

一体梨花ちゃんに何があった?

今の梨花ちゃんからは年相応に笑って泣いていた梨花ちゃんの面影がまるで見えない。

 

まるで一気に精神だけ大人になってしまったかのようだ。

 

「・・・・まさか」

 

「灯火?」

 

そうとしか考えられない。

今の梨花ちゃんの状況を説明できることなんてたったの一つだけだ。

 

「梨花ちゃん。大事な話の前に1つクイズをしていいかな?」

 

「みぃ?クイズですか?」

 

「そうクイズ」

 

「・・・・いいのですよ」

 

頷いた梨花ちゃんに俺はクイズを出すために口を開く。

聞くことは簡単だ、俺の知る梨花ちゃんならこれだけで気付く。

 

「ありがとう。じゃあ問題だ。俺の妹の名前はなんだ?」

 

「・・・・礼奈なのです」

 

「本当に?」

 

「みぃ?どういう意味なのですか?」

 

「レナ」

 

「っ!!?」

 

俺の言葉に梨花ちゃんが目を見開いて硬直する。

その反応を見て、俺の想像が正しいことを確信する。

 

初めて梨花ちゃんに会った時、年のままの子供の梨花ちゃんを見て、もしかしたらこの世界は一回目のまだループが始まっていない最初のカケラなのかと思った。

 

でも違った。梨花ちゃんは今このカケラにやってきたんだ。

 

死の運命を避けられず、ずっと同じ昭和の雛見沢で繰り返した梨花ちゃん、原作における主人公。

 

その梨花ちゃんが今俺の目の前にいる。

 

「こっちのほうがしっくりくるんじゃない?」

 

「・・・・あなた」

 

「俺は礼奈をレナにする気は絶対にない。梨花ちゃんには悪いが慣れてもらうしかないな」

 

「・・・・あなたは一体」

 

「・・・・梨花ちゃん。大事な話をしようか」

 

 

 

 

「・・・・じゃああなたは私が見た全ての記憶を知っているというの?」

 

信じられないというのは本音。

だってそんなことがあり得るの?

 

灯火が私の記憶を持っているなんて。

 

圭一たちが他のカケラの記憶を断片的に思い出すことは稀にだけどあった。

でも断片的どころかはっきりと、そして自分のではなく私の記憶を持っているなんてことが起こりえるの?

 

「全部じゃない。俺が知っているのは梨花ちゃんの記憶のほんの一部だ。でも重要なポイントはしっかり知っている。例えば」

 

灯火はそこで言葉を区切り。

 

「もうすぐ雛見沢にダム建設の話が持ち上がる」

 

「・・・・」

 

「でもそれは重要じゃない。ダム建設は失敗するからな。問題はその後の」

 

「「バラバラ殺人事件」」

 

私と灯火の声が重なる。

 

灯火は自身が私の記憶を持っていることを証明するかのようにこれから起こる未来を語る。

 

「これが悲劇の始まりだ。それから毎年誰かが死ぬ。最初に死ぬのはさっき言った現場監督。次は」

 

「昭和55年 沙都子の両親が突き落とされて殺される」

 

灯火の言葉を私が引き継ぐ。

 

「・・・・昭和56年 梨花ちゃんの両親が殺される」

 

灯火は歯を食いしばりながら嫌そうに口を開く。

灯火は私の両親と関りが深いのかしら。

 

灯火の言葉を引き継ぎながらそんなことを考える。

 

「昭和57 沙都子の意地悪叔母が頭をかち割られて殺される」

 

「そして」

 

「「昭和58 古手梨花が殺される」」

 

そう、私は昭和58年の綿流しの日。あるいはその数日後に必ず殺されている。

 

「灯火は私を殺している相手を知っているの!?」

 

もしかしたらっという望みをかけて灯火に聞く。

もし灯火がその正体を知っているならこの運命の袋小路から抜け出せるかもしれない!

 

しかし、私のそんな望みに対して灯火が首を振る。

 

「・・・・悪い。俺は梨花ちゃんが知り得る情報以上のことは知らない」

 

灯火は申し訳なさそうに頭を下げる。

それに対して私は小さくな声と共に頷くしか出来ない。

 

「・・・・そう」

 

当然のことだ。灯火はなぜかわからないが私の記憶を持っているが、所詮私の記憶だ。私が知らないことを灯火が知るはずもない。

 

でも少しだけ、期待してしまった。

 

この運命から逃れられるかもしれないってそう思ってしまった。

 

「そう落ち込むな梨花ちゃん」

 

灯火は私の頭に手を置き、優しく撫でる。

そして優しい表情で彼は私に言葉を伝える。

 

「ここは今までの梨花ちゃんが知る世界とは違うだろう?」

 

「・・・・そうね、そうよね。この世界は他のカケラとは全然違うわ」

 

灯火に言われて声が漏れる。

そうだった。この世界は他の世界とは大きく違う。

 

沙都子たちとは今の時点で知り合いになってるし、悟史と沙都子は村の人たちから可愛いがられている。

この時点で未来は大きく変わるだろう。

 

そしてその理由は灯火がこの世界にいるから。

 

「最初に言っとく。梨花ちゃんの両親は必ず救う」

 

「え・・・・」

 

灯火の口から予想外の言葉が出る。

なんで、私の両親を救うなんてことは。

 

「梨花ちゃんの両親にはすごく世話になったんだ。あの2人だけは絶対に死なせない」

 

「・・・・無理よ。私の両親の死は強い運命で決定されている」

 

灯火はわかっていない。両親の死はとても強い運命によって決められているのだ。

 

強い運命を変えるのは生半可なことではできない。

私が何回も世界を繰り返してわかったことだ。

 

「それが?」

 

灯火は大したことでもないように肩をすくめる。

その姿は私のあの少年の姿を思い起こさせた。

 

「強い運命?それがどうした!そんなもん俺が軽くぶっ壊してやるよ」

 

灯火の姿が圭一と重なる。

運命を変える力を持つ少年の姿と。

 

「梨花ちゃんの両親だけじゃねぇ!悟史の失踪だって阻止する!」

 

そうだ。悟史は叔母が撲殺されてから行方不明になるのだ。

灯火はそのことも知っているみたいだ。

 

「そしてもちろん」

 

灯火はそこで言葉を区切り私の前に膝をつき、私の目線に合わせる。

 

「梨花ちゃんは俺が守る。絶対に死なせるもんか」

 

「・・・・っ」

 

涙を堪えることなんて出来るはずがなかった。

 

「・・・・その言葉を私がどれだけ求めてきたと思ってるのよ」

 

今までの世界でいくら私が助けを求めてもその声が届くことはなかった。

赤坂にも何回も助けを求めたが彼が戻ってくることはなかった。

もう諦めかけていた。助けなんてないと。

そんな時にこれだ。泣くなと言われても無理だ。

 

「こんな言葉でいいならいくらでも」

 

「・・・・バカ」

 

泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、それを隠すために灯火に抱き着いて顔をうめる。

灯火は私を優しく抱きとめてくれた。

 

「・・・・問題は引っ越しなんだよな」

 

灯火は私を抱きとめ、背中を撫でながら困ったような声を出す。

 

そうだった。灯火とレナは両親の都合で引っ越すことになるんだった。

 

「・・・・まじめに計算すると茨城からここまで車で6時間。週に2回は帰りたいな。園崎家に頼めばいけるか?」

 

灯火は何やらブツブツ呟いている。

園崎家という単語が簡単に出るあたり灯火も大分感覚がマヒしてるわね。

 

「まぁなんにせよ大事な場面には必ず戻る。安心してくれ」

 

灯火は私を安心させるようにより一層強く抱きしめ耳元で囁く。

 

その言葉は私には下手な口説き文句よりも私の心を貫いた。

 

「じゃあそろそろ行くよ。悟史と沙都子にもお別れを言わないと・・・・思い出したら鬱になってきた」

 

言葉の途中からすごい勢いで落ち込んでいく灯火。

 

「大丈夫よ。あの2人ならわかってくれるわ」

 

私たちの絆はこれぐらいで壊れたりなんかしないと確信できた。

 

「・・・・あの2人が終わっても、まだ1番厄介なのが残ってるからな」

 

「・・・・頑張りなさい」

 

灯火の背中に哀愁が漂っているのは気のせいかしら?

 

「じゃあ行くよ。家で礼奈が待ってるんだ」

 

「ええ」

 

灯火が居間を出て行くのを見送る。

その背中はまだまだ小さいけれど私にはとても頼もしく見えた。

 

「これから忙しくなるわね羽入」

 

だけど恐怖はない。未だかつてない充実感が体に満ちていた。

 

「羽入?」

 

いつもなら返事をくれるはずに羽入の声が聞こえないことに不審に思い、辺りを探す。

 

「いない」

 

こんな時にどこいったのよあいつ。

 

 

 

 

梨花ちゃんとの別れは予想外の結末になった。

 

「まさか梨花ちゃんが戻ってるとは」

 

全く気付かなかった。梨花ちゃんの演技には恐れ入りますまったく。

 

梨花ちゃんの記憶が戻った以上、本格的に悲劇回避に動き出すことになるな。

 

もうすぐ暇潰し編が始まる。

 

「赤坂には会っときたいな」

 

あの人がいるだけで戦力が一気に上がる。赤坂の妻をなんとかして救い、恩を売っておきたいな。

大石さんにも友好的に接したいし。その頃には入江診療所もできてる。そっちもなんとかしないと。

悟史と沙都子の状況もしっかり判断して対応していかないとな。

 

「やること多い!!」

 

悟史と沙都子については問題ないはずだ。

大石と入江たちもここで仲良くなる必要はない。

やはり赤坂優先だな。

 

俺がそうやって考えの整理をしていると背中を誰かが引っ張って止めてくるのを感じた。

 

「梨花ちゃん?」

 

まだ用事があったのか?

そう思いながら振り返ると

 

「灯火」

 

巫女服をきた可愛いらしい少女がいた。

 

「羽入」

 

まさかの登場に少しだけ驚く。羽入が俺たちに見えるようにできるのは知っていたがまさかここでくるとは。

 

「灯火。初めましてなのです」

 

羽入は可愛いらしくお辞儀をして俺に挨拶をする。

 

「お、おお。こちらこそ初めまして」

 

慌てて俺もお辞儀で返す。

羽入は慌ててお辞儀をする俺をクスクスと笑いながら見ていた。

 

「灯火。あなたとはずっと話したいと思っていたのですよ」

 

「俺もだ。ずっとラブレターに書いてたんだ。知ってるだろ?」

 

「はいなのです。毎日楽しみにしてたのですよ」

 

「そいつはよかった。それで?どうして急に現れてくれたんだ?」

 

「・・・・だってここで灯火の前に出ないともう会えないかもしれないのですよ!僕だって灯火ともっと仲良くなりたかったのです」

 

「・・・・羽入」

 

俯いてそう答える羽入に俺は何も言うことが出来ない。

俺の様子に気が付いた羽入は慌てて明るい表情で口を開く。

 

「そ、それにしても驚いたのです!まさか灯火が梨花の記憶を少しとはいえ持っているなんて」

 

「あーほんとなんでだろうな?生まれた時からなんだよ」

 

実は黒幕からその先の展開まで全部知ってるなんて言ったら失神してしまいそうだな。

 

梨花ちゃんに鷹野が黒幕であることを教える選択肢もあったがそれは面倒なことになるのでやめた。

 

今教えても何もできないのが大きい。

今の時点では鷹野は梨花ちゃんを殺す気なんてまったくない。むしろ最優先保護対象だろう。

これからその鷹野と何年も顔を合わすことになるのだ。鷹野が自分を殺している相手だとわかればストレスで雛見沢症候群発症一直線だ。

 

だから梨花ちゃんの記憶を少し持ってると嘘をついて誤魔化した。

 

「灯火が梨花の記憶を持ってるなら僕のことを知ってたのも納得がいくのです」

 

「そうだな。キムチ鍋でヒィヒィ言ってるのを知ってるぞ」

 

「あうあうあう!それは知らなくていいのですよ!」

 

俺が少しいじると羽入は顔を真っ赤にしてツッコんできた。

 

面白いな。沙都子とは別の意味でいじりがいがある。

 

「そんなことより!僕も灯火と一緒に頑張っていきたいのです!」

 

「そいつは助かるな。俺だけじゃあカバーできないことも結構あるからな」

 

俺がいない間の状況の変化とかも知りたいし。

 

「任せてくださいなのです!」

 

自信満々に胸を張る羽入。可愛い。

 

「じゃあ俺は行くよ。礼奈も待ちくたびれてるだろうし」

 

「あ、灯火。少しだけ目を瞑ってほしいのです」

 

「目を?いいけど」

 

羽入の言葉にしたがい目を瞑る。

 

「あう・・・・やっぱり恥ずかしいのです。でもここで頑張らないと灯火に忘れられちゃうかもしれないのです」

 

何やら羽入がもじもじしている気配がするが何をするつもりだ。

 

「いくのです!」

 

羽入は近づいてくる気配を感じる。

 

「辛ぁぁぁぁ!!!!」

 

「うお!?」

 

突然の奇声に目を開ける。

目の開けるとそこには口を押さえて地面を転がり回る羽入の姿があった。

 

「・・・・どうした?」

 

あまりの光景になんと言えばいいかわからない。

 

「何をしようとしてたのかしら?羽入」

 

俺が無言で転がり回る羽入を見ていると家の方から梨花ちゃんが現れた。

 

なぜか右手に大量のキムチをもって。

 

「梨花!?これはどういうことなのですか!?」

 

「それはこちらのセリフよ。灯火に何をしようとしたのかしら?」

 

「あう、それはですね」

 

「灯火。私たちは大切な話があるからこれでさよならね」

 

「あうあうあう!ごめんなさいなのです〜!気の迷いだったのです〜!」

 

羽入は梨花ちゃんに家の中に連行されていった。

 

「・・・・仲がいいんだな」

 

俺は勝手に納得して古手家を後にしたのだった。



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別れ 悟史 沙都子

梨花ちゃんと羽入に別れを告げ古手神社を出た俺は一度自宅に帰るために帰路についていた。

 

なぜ一度帰るかと言うと礼奈と合流して悟史と沙都子に引っ越しのことを言うためだ。

 

・・・・気が重い。

梨花ちゃんの時もそうだったが好きな人と別れるのはどうしても堪える。

 

礼奈には1人で行くと言ったのだが、自分で言いたいと真剣な顔で言われたので一緒に行くことになった。

 

「・・・・はぁ」

 

ため息をつきながら歩いているとあっという間に家が見えてきた。

 

近くにつれ家の前に誰かが立っているのが見える。

 

「・・・・礼奈」

 

近くまで行くとそこには礼奈が立っていた。

 

「お兄ちゃん」

 

俺が呼ぶと礼奈はこちらに近づいてくる。

俺の帰りを待っていたようだ。

 

「すまん。待ったか?」

 

「ううん。大丈夫だよ」

 

「・・・・行くか」

 

「・・・・うん」

 

俺がそう言うと礼奈は一瞬暗い顔をしたが、すぐに覚悟を決めた顔になった。

 

俺の妹は本当に強いな。

決意した礼奈の顔はとてもかっこよかった。

 

そんな顔を見てしまったら兄の俺が情けない顔をするわけにはいかなくなる。

 

妹の覚悟を見て俺も覚悟を決める。

 

「行こう礼奈」

 

「うん!」

 

2人で硬く手を握りあって悟史と沙都子が待つ、いつもの集合場所に向かった。

 

 

 

「灯火、礼奈やっと来たね。今日は随分と遅かったね」

 

「お二人とも!遅いですわよ!」

 

集合場所に行くといつものように悟史と沙都子がすでに集合していて沙都子がプンプンっといった様子で怒り、悟史がそれを見て苦笑いをしている。

 

涙が出そうなほどいつもの光景だ。

 

「ごめんねー沙都子ちゃん」

 

礼奈が申し訳なさそうに謝ると沙都子は慌てて礼奈にフォローを入れる。

 

「礼奈さんは悪くありませんわ!全て礼奈さんの横に立っている遅刻魔のせいですの!」

 

ビシ!っと俺には指さしながらそう言う沙都子。

 

「・・・・おいおい俺のせいかよ」

 

「違いますの?」

 

「違わない」

 

「ほら見なさい!灯火さんのせいで礼奈さんまで遅刻しているのですよ!少しは兄らしくしっかりしてくださいまし」

 

「・・・・耳がいてぇー」

 

「あはは、ごめんね沙都子ちゃん」

 

俺が耳を押さえていると横で礼奈が苦笑いをしていた。

 

「はいはい沙都子。あんまり灯火をいじめちゃダメだよ?」

 

「いじめではありませんわ!しつけですの!」

 

「おい」

 

「あはは、それで今日はどうするの?」

 

悟史が苦笑いしながら俺に聞いてくる。

そこで取り繕っていた仮面が剥がれる。

 

言うなら早い方がいいだろう。

 

「・・・・今日は」

 

心臓が締め付けられるような苦しさを感じる。

だが、礼奈に言わすわけにいかない、俺が言うべきだ。

 

「お前らに言わなきゃいけないことがある」

 

「・・・・どうしたの灯火?すごく辛そうだよ」

 

「灯火さん?大丈夫ですの?何か嫌なことでも」

 

悟史と沙都子が俺を心配そうに覗きこむ。

二人の優しさに口が閉じそうになるがそれでも言わなければならない。

 

「・・・・実は」

 

俺は閉じたくなる口をなんとか開き、悟史と沙都子に引っ越しのことを話し始めた。

 

 

 

 

「・・・・そんな」

 

「うそ・・・・ですわよね?」

 

俺の話を聞くと2人とも今にも死んでしまいそうな顔で震えながら俺の顔を見ている。

 

その顔は今すぐにさっきの話は嘘だと言ってくれと言っている。

 

「・・・・ごめん」

 

俺も嘘だと言いたい、でもどうしようもないほどにこれは真実だ。

 

「・・・・っ!!」

 

悟史は顔を悲痛に歪ませる。

 

「そんなのイヤですわ!灯火さんと礼奈さんと会えなくなるなんて、いや、いや!!」

 

沙都子は大粒の涙を流しながら固く目を閉じながら座り込み泣き叫ぶ。

 

まるで真実を受け止めたくなくて目を閉じて真実を受け入れなくしているようだ。

 

俺は2人になんて声をかければいいかわからない。

 

何を言えばいい?

 

梨花ちゃんの時は引っ越しの件がうやむやになったから、ここまで感情が荒れることはなかった。

 

園崎家に頼んでここに帰ってくると言う?

まだ確定でもないことを言って希望を持たせるのか?

 

二人にはこれから辛い未来が待ってるんだぞ。

二人を救うのは月に一回帰ってくる程度でどうにか出来る問題なのか?

 

2人の泣いている姿を見ると自分の中からふつふつと怒りの感情が湧きあがってくる。

 

「・・・・くそ!!」

 

2人の姿を見て叫ぶ。

 

なんで俺たちが別れないとダメなんだよ!

せっかく仲良くなったのに!

これから辛い目に会うかもしれない二人を傍で守りたいのに!!

 

一緒にいてやりたいのに!それすら出来ないのか!!

 

目から自然と涙がこぼれた。その姿を見せないように顔を下に向ける。

 

地面は俺の涙が落ちた箇所で濡れ、次第にその範囲を大きくしていった。

 

雰囲気は重く冷たく。

 

俺たちの嗚咽だけが響く。

 

そんな中、礼奈だけがしっかりと顔を上げていた。

 

「沙都子ちゃん」

 

礼奈は泣いている沙都子に近づき、優しく抱きしめる。

 

「うぅ、ひっく。礼奈、さん」

 

「沙都子ちゃん。これはお別れじゃないよ。だから私はさよならは言わない。だって絶対また会えるから」

 

「・・・・礼奈」

 

俺は沙都子に語りかける礼奈を見守り、俺の横では悟史も同じように礼奈と沙都子の光景を見守っていた。

 

「お兄ちゃんが言ってた。確かにこれからは会いにくくなるけど、会えない分だけ次に会った時、会えなかった分すごく嬉しい気持ちが溢れてくるって。だからその時のことを考えて2人で笑おうって」

 

「・・・・」

 

「だから笑おうよ。またねって涙を笑顔に変えて手を振ろうよ。いつかまた会えるのを楽しみにしながらお兄ちゃんと帰ろうよ」

 

「・・・・礼奈さん」

 

「大丈夫。礼奈も沙都子ちゃんも1人じゃない、私たちにはとっても頼りになってかっこいい大好きなお兄ちゃんがいるんだから!」

 

礼奈は暗い空気を吹き飛ばすような最高な笑顔で最高な言葉を言ってくれた。

 

・・・・本当に、礼奈には敵わないな。

 

思わず見惚れてしまうほど綺麗に笑う礼奈を見て心の底からそう思った。

 

「・・・・にーに」

 

「そうだね。沙都子には僕がついてるよ」

 

沙都子が見上げた先には穏やかな笑顔の悟史がいた。

 

悟史は沙都子の頭を優しく撫でる。

 

「二人で灯火たちが帰ってくるのを待っていよう、次に会う時のことを楽しみに考えながら」

 

そう言って微笑む悟史に沙都子は涙を浮かべながらも頷く。

 

「・・・・わかりましたわ」

 

沙都子は悟史を見上げた後。袖で涙を拭き、真剣な顔になる。

 

「礼奈さん灯火さん。わたくしは待ってますわ!またお二人と会えるのをずっと!」

 

沙都子はしっかりと力のこもった声でそう言った。

 

「沙都子ちゃん!」

 

礼奈は涙ぐみながら再び沙都子に抱きつく。

抱き着かれた沙都子はまた目に涙を浮かべ、そして二人そろって泣き出した。

 

「灯火」

 

「・・・・悟史」

 

悟史が俺の方を向いて名前を呼ぶので俺も悟史に向き直る。

 

「離れていても僕たち・・・・友達だよね?」

 

「当たり前だ」

 

悟史の言葉に俺は即答する。

 

当たり前だ。

お前は俺にとって初めての友達なんだから。

 

「・・・・よかった」

 

安心したように息をはく悟史。

それを見て俺という友達をどれだけ大事に思っているかを感じ嬉しくなる。

 

「悟史、これは渡しておく」

 

俺は持ってきていたバッグからあるものを悟史に渡す。

 

「これは、手紙と切手?」

 

悟史の手には俺が渡した大量の手紙と切手がある。

 

「これなら離れてても連絡ができるだろ?」

 

手紙の中には俺の新しい住所がすでに書かれているから切手を貼って出すだけだ。

 

そう。これから辛い時期に入る悟史のストレスを少しでも軽減できないかと考えたのが文通である。

 

乙女だって?なんとでも言えこのやろう!!

 

「灯火、すごく嬉しいよ。ありがとう!絶対毎日書くよ!」

 

「悟史。この手紙には辛いことがあったら必ず書け。辛いことを一人で抱え込もうとは絶対にするな!辛い時はこの手紙に思ったこと、辛かったことを全部書け!いいな!約束だぞ!」

 

俺が悟史を見つめながらそう言うと悟史は瞳を潤ませながら頷く。

 

「・・・・わかった!辛いことがあったら書かせてもらうよ」

 

「俺も園崎家にお願いしてなるべく帰るようにする」

 

「もう魅音と詩音にはお別れしたの?」

 

「・・・・まだなんだよなぁ」

 

最後にして1番めんどくさいとこが残ってるんだよね。

 

「・・・・頑張れ灯火!」

 

俺の肩に手を置きニコッと笑う悟史。

 

「他人事だと思いやがって」

 

もしかしたら殺られちゃうかもしれないんだよ?

 

「案外力ずくで灯火の引越しをなくしちゃうんじゃない?」

 

「まさか。あるわけないだろ」

 

いくら魅音と詩音が茜さんに頼もうと、無理があるというものだ。

 

「離れたくないからって友達の引越しをなくすなんてあるわけないだろ」

 

 

 



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別れ?させないよ?

「離れたくないからって友達の引越しをなくすなんてあるわけないだろ」

 

あんなことを言った自分を笑いたい。

フラグって本当にあるんだな、これからは気を付けて発言しよう。

 

「で?どうだい?ご両親。悪い話じゃないだろう?」

 

「はぁ、それはまぁ」

 

「でも・・・・ねぇ?」

 

茜さんの言葉に困惑を示す両親。

 

当然だ。

いきなり家に押しかけて来たかと思えば引越しをやめろと言って来たのだから。

 

始まりは十分前に遡る。

 

 

 

 

「準備よし!やる気よし!覚悟よし!」

 

声を出して自分を引き締める。

これから園崎家に行って別れの挨拶に行く。

 

「・・・・生きて帰れるかな」

 

冗談のようなセリフだけど言ってる俺としては大まじめだ。

 

一つの事実として俺は園崎家にかなり気に入られている。

初めて興宮で茜さんと話してから、実は何回も園崎家には足を運んでいる。

 

それこそ雛見沢にある本家にだって何回も行っているんだ。

 

魅音と詩音の兄というのは園崎家ではもはや周知されており、黒スーツの人たちには野太い声で挨拶だってされている。

 

しかもその挨拶の時に。

 

「若!おはようございます!」

 

なんて言われてしまっている。

 

遊びの範囲での兄だって茜さんには言ったのに割と取り返しのつかないレベルに発展しているのは気のせいだろうか?

 

きっと気のせいさ、そうじゃないと俺の精神が持たない。

 

まぁでも俺が園崎家に気に入られてるのは事実。

 

そんな俺が雛見沢を出て行くなんて言ったらどうなる?

 

・・・・ちなみに園崎家の地下には拷問部屋という原作で中々のグロシーンを作り上げた場所が存在したりする。

 

このまま家のベッドに飛び込んで夢の世界に旅立ちたくなった。

 

「ええい!やるしかないんだ!覚悟を決めろ!」

 

自分の頬を叩き気合いを入れる。

靴紐を強く結び、勢いよく立ち上がる。

いざ扉を開けて出て行こうとした時に玄関からチャイムが鳴る

 

「誰だ?タイミング悪いな」

 

ちょうど出ようとする時に来るとは。

目の前にいるので当然俺がドアを開ける。

ドアが開き、外でチャイムを押した人物の姿が映る。

 

「おはよう灯火。元気だったかい?」

 

茜さんがいた。

おかしいな、俺はいつの間に園崎家に来ていたんだ。

 

あれか?俺が知らない間にうちの家の扉がどこでもドアに変わったのか?

 

「・・・・茜さん!?」

 

予想外の人物に一瞬思考迷走状態になる。

なぜあんたがいる!?

 

「「お兄ちゃん!」」

 

茜さんの後ろからひょっこっと顔を出す魅音と詩音。

 

「・・・・お前らも」

 

おいおい。魅音と詩音だけならまだわかるが茜さんまでいるってことは。

 

「聞いたよ。引っ越すんだって?」

 

俺を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべる茜さん。

それを聞いて俺の身体に冷や汗が浮かぶ。

 

「・・・・情報が早いですね」

 

恐るべし雛見沢の情報網。

昨日の今日だぞ、両親が近所の人に伝えてそこから伝わったのか?

 

「水臭いじゃないかい。私たちの仲だろう?教えてくれてもいいだろうに」

 

「これから言いに行くつもりだったんですけどねぇ」

 

まさかそっちから来るとは。

・・・・まさかこのまま拉致られたりしないよな?

 

「お兄ちゃん!引っ越しなんて絶対ダメなんだから!」

 

詩音が俺に抱きつきながら頬を膨らませて言う。

 

「そうだよ!妹たちを置いていくなんてお兄ちゃん失格!」

 

「ぐっ!」

 

魅音の言葉が胸に刺さる。

くそ、効きやがるぜ。

 

だが悟史達にもすでに別れを告げたんだ。

だから魅音達には悪いがこの決定は変えられない。

 

「そうだね、ひどいお兄ちゃんさね」

 

「・・・・すいません」

 

「まぁ、引っ越しなんてさせないけどね」

 

「はい?」

 

茜さん。今なんて言いました?

 

「あの、どういう」

「灯火。久しぶりだねぇ」

 

俺が茜さんに尋ねようとした言葉は別の人の声によって遮られた。

 

「ぶふぉ!!?」

 

声のした方を見て吹き出す。

 

「お魎さん!?」

 

ちょっと聞いてないです。事前に言ってもらわないと心の準備というものが。

ていうか園崎家の頭首様がわざわざうちに?

 

一体何が起きてる!?

 

「お兄ちゃん?どうしたのかな?かな?」

 

俺が玄関前で全身から冷や汗を流しまくっていると家の方から礼奈がやってきた。

 

「あ!礼奈!」

 

礼奈がやってくるのを魅音と詩音が発見して手を振る。

 

「魅音ちゃんに詩音ちゃん?どうしたの?」

 

「お兄ちゃんと礼奈が引っ越すって聞いて慌てて来たんだよ」

 

「あっ・・・・」

 

魅音の言葉を聞いて暗い顔になる礼奈。

そんな礼奈に魅音は真剣な表情で口を開く。

 

「礼奈は雛見沢嫌い?」

 

「そんなわけないよ!」

 

魅音の質問に即答する礼奈。

それを聞いた魅音は頷き、詩音が次の質問をする。

 

「じゃあ私たちのことは?嫌い?」

 

「大好きに決まってるよ!!」

 

詩音の質問にも即答する。

 

「よかった」

 

礼奈の言葉を聞いた二人は安心したようにため息を吐く。

それを見た礼奈は首を傾げる。

 

「どうしてそんなこと聞くのかな?かな?」

 

「礼奈が私たちのことや雛見沢を嫌いだったら止めることは出来ないから」

 

「どういうこと?」

 

再び首を傾げる礼奈だが、俺はなんだが嫌な予感を覚えて頬を引きつらせる。

止めるって、この人達は一体何をやらかすつもりだ。

 

「それはこれから説明するよ。灯火、ご両親はいるかい?」

 

「・・・・いますけど」

 

ここでいませんとは言えない。

 

あと、礼奈には聞いて俺には質問しないの?

 

好きだろうが嫌いだろうが逃がさない。そういうこと?

内心でツッコミを入れたい衝動を抑えながら両親のところに向かう。

 

「・・・・父さん、母さん。ちょっとお客さんが来てるんだけど」

 

「お客さん?誰だろう?」

 

罪悪感がハンパない。

逃げてぇぇぇ!と叫びたい!

 

俺の心の叫びが届くはずもなく両親は玄関のほうに向かっていった。

 

「おたくらが灯火のご両親かい?」

 

「は、はい。えっとどちら様でしょうか?」

 

「おっと、挨拶がまだだったね。あたしは園崎茜。こっちは娘の魅音と詩音」

 

「「よろしくー」」

 

「「そ、園崎!!?」」

 

園崎の名を聞き瞠目する父さんと母さん。

うん、雛見沢に住んでるんだから園崎家のことは当然知ってるよね。

 

しまった、こうなるんだったら両親に俺が園崎家と関りがあることをきちんと言うべきだった。

 

両親に下手に知らせて怖いから関わるなって言われるんじゃないかと思って言わなかったのが仇になった。

 

「それでこちらが園崎家当主。園崎お魎」

 

「「・・・・!!?」」

 

一瞬、茜さんから言われた言葉を理解できず固まる両親。

だが次の瞬間にはそれを理解して大量の汗を流し始めた。

 

「少し話があってねぇ。上がってもいいかい?」

 

茜さんが笑顔で尋ねる。

 

あとで2人に土下座をすることを誓った。

 

「そ、それで私たちに何のようでしょうか」

 

父さんが震えながら茜さんに尋ねる。

 

「あんたたち雛見沢を出て行くらしいねぇ」

 

「は、はい」

 

「ここが嫌いになったのかい?」

 

「そ、そんなことはありません!雛見沢は私たちの生まれ故郷です!ただ仕事の都合で仕方なく」

 

茜さんの言葉に必死に説明する父さん。

そりゃそうだ、ここで雛見沢を侮辱するような発言が出来るわけがない。

 

「茨城で独立開業するんだってねぇ。すごいじゃないかい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

どこからその情報を?

両親がそんな疑問を浮かべているのがよくわかる。

 

「でもそれだったら茨城じゃなくていいだろう?」

 

「はい?どういう意味でしょうか?」

 

「この紙を読んでくれるかい?」

 

茜さんは懐から1枚の紙を取り出し、両親に渡す。

 

・・・・これは状況が変わってきたな。

 

茜さん達が来た目的はこれか?

俺も両親と茜さんの話を真剣に聞く。

 

「独立開業するなら茨城じゃなくてそこにしないかい?」

 

紙には地図が載ってあり、興宮の建物の1つに矢印が示されていた。

 

「そこなら立地はいいし客の目にもつきやすいだろう?茨城のところよりかなり良いはずだよ」

 

「えっと、はい」

 

その通りなのか肯定する母。

 

「もちろんそれだけじゃない。茨城で独立開業するからといって仕事がいきなり回ってくるわけじゃないだろう?」

 

「・・・・はい。その通りです」

 

「ここにすれば園崎家が仕事を回すことを約束するよ。それも高額でね」

 

「ええ!?」

 

「他のことも園崎家ができる限りバックアップをしていこうじゃないかい」

 

にこやかな笑みで両親と話す茜さん。

 

笑顔なのに怖いのはどうしてだろう?

そんな怖い笑顔を浮かべる茜さんに母が若干震えながら質問する。

 

「・・・・聞いてよろしいでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

「どうして私たちにそこまでしてくれるのでしょう?」

 

「・・・・」

 

両親の質問になにを言ってるんだ。という顔をする茜さん。

まずい、これは話の矛先が俺に行く流れだ。

 

「灯火から聞いてないのかい?」

 

「え?灯火ですか?」

 

茜さんの言葉で俺の方をみる両親。

案の定こちらに矛先が来た。

 

「・・・・何のこと?」

 

冷や汗を流しながら顔を逸らす。

まずい、園崎家と関りがあることもそうだが、その園崎家の娘達に兄と呼ばせているなんて両親に知られたらどんな反応をされるかわからない。

 

「うちの娘を手篭めにしといてよく言うね」

 

「「灯火!!?」」

 

「してないよ!!?」

 

茜さんの言葉を慌てて否定する。

酷い誤解を受けるところだったぞ。

 

「・・・・少し仲良くさせてもらってるだけだよ」

 

「へぇ、あれがかい?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべる茜さん。

これ以上なんて言えばいいんだよ!

 

お兄ちゃんって呼ばせてますなんて言えるわけないだろ!

 

「えっと、つまりは」

 

父さんが気まずそうに茜さんに話しかける。

 

「・・・・灯火が園崎さんの娘様たちに気に入られているので引越すのをやめさせる。そういうことでしょうか?」

 

「そうそう。そこにあたしとおばばも加えておいていいよ」

 

「「・・・・っ!?」」

 

再び固まる両親。

そして同じように固まる俺。

 

なにそれ聞いてない。

 

ていうか茜さんはともかくお魎さんもってどういうことだ。

好感度を稼いだ記憶なんて一切ないぞ。

 

「あんたらの息子は面白い男さね。あいつらの兄になるなんて吐かすんだ。笑いもんだよ」

 

「・・・・別にそんな変なことじゃないです」

 

魅音達を嫌な感じに言ったのでつい反論してしまう。

くそ、良い挑発をしてきやがる。

茜さんは俺の特性(シスコン)をよくわかってやがる。

 

・・・・何を言ってるんだ俺は。

 

いやでもあんな可愛い妹たちがいたら誰でもこうなるって。

 

「自覚なしかい。将来はさぞかし女泣かせの色男になるだろうねぇ」

 

「・・・・そりゃどうもです」

 

「くく。まぁいいさね。それで?ご両親。引っ越しはなしにしてくれるのかい?」

 

「えっと、その」

 

「でも・・・・ねぇ?」

 

茜さんの言葉の返事に詰まる両親。

まぁ、そう簡単に今まで考えていた計画を変えられたりはしないだろう。

 

ここは俺からも何か言うべきだな。

 

俺が茜さんの言葉を後押しすべく口を開こうとした時。

 

()()()()()

 

お魎さんの絶対零度のお言葉が炸裂した。

 

「「ひぃ!!?」」

 

いきなり空気が変わったのを理解して悲鳴をあげる両親。

俺も心の中で同じように悲鳴を上げる。

 

「茜の言うことのなぁにが気にくわんね」

 

「いえ!そういうわけでは」

 

「じゃあどしてうんさ言わんね」

 

「え、えええと・・・・」

 

「んぁ?」

 

「「引っ越しは中止にさせていただきます!!」」

 

お魎さんの睨みに涙目で引っ越しの中止を宣言する両親。

あんな風に凄まれたら反論なんて出来るわけがない。

 

とりあえず一言だけ。

 

お魎さんこえぇ!!

 

「灯火」

 

「ひゃはい」

 

いきなりお魎さんに名前を呼ばれ少し変な返事をしてしまう。

 

「あとで家にきいさい。この前言うた、おはぎの作り方を教えちゃるからの」

 

「ありがとうございます」

 

綿流しの時におはぎを一緒に作る約束をしたんだった。

あの時の自分をぶん殴りたい。

 

「じゃあね灯火。また後でだね」

 

「「お兄ちゃんバイバイ!後でね!」」

 

用事が済むとあっという間に居なくなる緑髪の女たち。

すぐにまた会うことになると思うと少し憂鬱になった。

 

「・・・・ふぁぁ」

 

父さんは茜さんたちが居なくなった途端。ヘナヘナと床に倒れこんだ。

母も疲れきった表情で座り込んでいる。

 

今回ばかりは本当に申し訳ないと思ってます。

 

「お兄ちゃん終わったの?」

 

礼奈が魅音と詩音が帰ったのを見てこちらにやってくる。

 

「ああ。終わったぞ」

 

「じゃあ引っ越しは!?どうなったのかな!かな!?」

 

不安そうな表情でそう聞いてくる礼奈に俺が笑顔で告げる。

 

「引っ越しは中止。今まで通りここで暮らすことになった」

 

「じゃ、じゃあ沙都子ちゃんや悟史君とは」

 

「離れなくていい」

 

「・・・・やったーーーー!!!」

 

もう我慢できないとばかりに抱きついてくる礼奈。

それを聞いて俺も嬉しさがこみあげてきて、礼奈を強く抱きしめる。

 

「やった!やった!嬉しいよぅ!!」

 

「そうだね。本当に良かった」

 

いきなりのことでびっくりしたがこれはかなり助かる。

これで物語への干渉が容易になった。

何より梨花ちゃん達とも離れなくていい、それが本当に嬉しい。

 

「俺はこれから園崎家に行くけど礼奈はどうする?」

 

「沙都子ちゃんと悟史君に伝えてくる!」

 

「早く伝えてやらないとな」

 

「うん!じゃあ行ってくるね!」

 

すごい勢いで家を飛び出し悟史と沙都子の家に向かう礼奈。

 

「俺も行くか」

 

怖かったけどお礼も言わないといけないし。

 

KOされたボクサーのように倒れて動かない両親を無視して俺は園崎家に向かうため家を出た。

 

 

「・・・・おはぎでも持って帰るか」

 

両親へのささやかな謝罪として俺は真面目におはぎ作りに取り組むことを決意した。



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別れ?そんなこと言った?

誰かこの小生意気なガキ、じゃなくて沙都子を止めてくれ。

 

「あらあら?そこにいるのは引っ越したはずの灯火さんじゃありませんこと?」

 

「・・・・」

 

耐えろ、今は耐えるしかない。

 

「不思議ですわねーどうして引っ越したはずの灯火さんがこんなところにいるんでしょう?」

 

「・・・・」

 

耐えろ、ニヤニヤを笑う沙都子の頭をチョップを入れたいが我慢だ。

ていうか本当にこいつは意地悪な笑みが様になってやがる。

 

「もしかして偽物さんですの?本物は今頃茨城のはずですものね?」

 

「・・・・本物です」

 

「あら?本物ならどうしてここにいるんですの?私たちとお別れして茨城に行ったはずでは?」

 

「ぐっ・・・・」

 

俺の言葉を聞いてさらに追い込んでくる沙都子。

そんなこと聞かせたくてもわかってんだろ。

 

「ということはここにいるのは偽物ですわね。通りでブサイクで品も何もありはしないと思いましたわ」

 

「ぐぉぉぉ!」

 

ブサイク?美少女である礼奈の兄である俺が?

ちくしょう、ちょっと自分が可愛いからって人様の顔をブサイクというとは良い度胸だ!

 

だが、ここで沙都子をしばくわけにはいかない。

今回の件は全面的に俺が悪いのだから。

 

「あれだけの別れ方をしておいてやっぱり引っ越さないなんて。そんな間抜けなことをする人なんていませんわよね?灯火さん?」

 

「ぐぎぎぎ!」

 

「おーほほほほほ!」

 

「沙都子?それぐらいにしてやりなよ」

 

「はうぅ、お兄ちゃんが泣いちゃうよぉ」

 

ついに見かねて悟史と礼奈が止めに入る。

 

こっちだって恥ずかしいんだぞ!

 

めちゃくちゃ感動的に別れの言葉を済ませたのに、次の日にはやっぱり引っ越しなくなった☆とかギャグ過ぎるだろ。

 

「ふぅ・・・・これぐらいにしといてやりますわ」

 

悟史と礼奈が止めに入ったことにより俺へのいじりは止めになった。

 

「まったく人騒がせにもほどがありますわ」

 

ため息を吐いてジト目でこちらを睨む沙都子に俺も苦笑いを浮かべる。

 

「すまん。俺もこうなるとは思わなくて」

 

「いきなり魅音ちゃんが来た時はびっくりしたよー」

 

「ああ。いきなり家に押しかけて来た時は驚いたぞ」

 

両親に最上級のトラウマを与えてしまった。

でも結果的に茜さん達には感謝してもしきれない。

 

「大変だったね。でもね、やっぱり嬉しいよ」

 

「・・・・悟史」

 

「沙都子もね。あんな風に言ってるけど、礼奈から聞いた時は涙を流して喜んでたよ」

 

礼奈と笑いながら話してる沙都子を見ながら悟史が当時の状況をこっそり教えてくれる。

 

泣くほど喜んでくれたのか、なんとも可愛い奴め。

 

「あのツンデレめ」

 

「あはは」

 

茜さん達には本当に感謝しないとな。

あの人たちのおかげでこうして悟史達と笑いあえてるんだから。

 

「そういえばお兄ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「梨花ちゃんには言ったのかな?かな?」

 

「ああ。朝一番に会いに行ったぞ」

 

 

 

 

 

「というわけで引っ越しはなしになった」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

この男はなにを言ってるんだ?

早朝から顔を出したと思えば第一声がそれだ。

 

というわけだって言えばこっちが全部理解できると思ってんじゃないわよ!

 

過程を説明しなさい過程を!

 

「だから引っ越しはなくなったんだって」

 

「どうやったら引っ越しがなくなるのよ!?お父さんとお母さんを脅しでもしたの!?」

 

「よくわかったな」

 

「・・・・はぁ!?」

 

まさかの肯定に思わず変な声が出る。

昨日の今日で何をやらかしたのよあんた!

 

「・・・・昨日、お魎さんと茜さんが家に訪ねてきたんだ」

 

それだけ聞いてなんとなくどうなったか察した。

灯火は当時を思い出しているのか遠い目をしている。

 

「それで引っ越しをやめるようにうちの両親をおど、お願いしたんだ」

 

「・・・・そう」

 

状況は理解したわ。

まさかそんな強硬手段に出るとは思わなかったけど。

 

「俺も驚いたんだぞ?でも一番の被害はうちの両親だな。お魎さんに脅されて、帰った後は腰が抜けてた」

 

「・・・・それは御愁傷様」

 

村長の公由だってお魎には敵わないんだ。一般人の灯火の両親が反論を言うなんて無理に決まっている。

 

「まぁおかげで引っ越しがキャンセルになったんだ。感謝しなきゃな」

 

「・・・・そうね、これはすごいことだわ」

 

今までの世界ではレナは必ず引っ越していた。それが灯火の存在によってその運命が変わった。

 

彼は早くも定められていた運命を変えてしまった。

 

「・・・・あなたなら本当に運命を変えられるのかもしれないわね」

 

「どうしたんだよ急に?」

 

「ふふ。あなたには期待してるわ」

 

「期待には応えるさ。楽しみにしてな」

 

「そうさせてもらうわ」

 

灯火と話してると自然に笑みを浮かべていることに気付く。

ここまで未来のことを明るく話せるなんて思わなかった。

 

羽入以外で初めて素で話してるし。

 

「そういえば羽入は?いるのか?」

 

「ああ、あの子は」

 

「あうーどうすればー」

 

灯火が聞いたタイミングで居間の奥から羽入の声が聞こえてきた。

 

「羽入?」

 

灯火は声に反応して居間の奥に行ってしまう。

まぁ見た方が早いわね。

 

「灯火が行ってしまうのです、そんなのはいやなのですよ」

 

「どうすれば、こうなったら僕が灯火についていって」

 

「ダメなのです、梨花がいるのです。でも最近梨花はキムチばかり食べて僕を虐めるのです」

 

「少しぐらい離れてもバチは当たらないのです!梨花には僕のありがたみを少しはわかるべきのです!」

 

「そうと決まれば早速準備なのです!」

 

「羽入?」

 

「あう!?」

 

私が声をかけるとビクっと肩を上げる。

 

「り、梨花?いたのですか?」

 

「あ、俺もいるぞ」

 

「灯火!!?」

 

灯火に気づきさらに驚く羽入。

 

「で?なにをしようとしてたのかしら羽入?」

 

「えっと、それは・・・・」

 

「灯火についていくんですって?」

 

「あうあうあう!違うのです梨花。冗談なのですよ」

 

「あらいいわよ?行きたければいけばいいわ」

 

「え?」

 

「その代わり毎日キムチを食べるわ」

 

「僕が梨花から離れるわけがないのです!」

 

「よろしい」

 

「あ。羽入聞いてくれよ」

 

「灯火?なんですか?」

 

「実はな」

 

 

 

「良かったのです!本当に良かったのですよー!!」

 

灯火の話を聞いた羽入はワンワンと泣きながら喜んでいる。

気持ちはわかるけど少し落ち着きなさい。

 

見てるこっちが恥ずかしいじゃない。

 

「ありがとう羽入。これからもよろしくな」

 

灯火は泣いている羽入に微笑みながら頭を撫でる。

 

なぜだが面白くない。

 

「・・・・いい加減離れなさい羽入。みっともないわよ」

 

強引に2人の間に入り引き離す。

 

「ていうか俺、普通に羽入の姿が見えてんだけど」

 

「あ。僕の姿を灯火にも見えるようにしたのです」

 

「そんなことできるのか」

 

「えへへ。灯火は特別なのです」

 

頬を染めながら笑う羽入。

乙女か。

 

「はぁ・・・・やってられないわ」

 

今すぐワインを飲みたくなってきた。

両親がいるから飲めてないのだ。

 

「これで俺も物語に全部関わることができるな、今日はそれを言いに来たんだ」

 

「なにが始まるかわかってる?」

 

「ああ。ダム反対運動。北条家の迫害問題。赤坂の問題。とりあえずこの三つだな」

 

「ええ」

 

「ダム反対運動は園崎家に恩があるから強制参加だな。ついでの悟史たちも巻き込んで親から引き離す。残るは」

 

「赤坂ね」

 

「あうあうあう、大変なのです」

 

羽入が焦ったように騒ぐが気持ちはわかる。

これまで何回も赤坂には警告してきた。妻が転落事故で亡くなるのを阻止するために東京に帰るようにいった。

 

でも。それが運命だというように赤坂の妻は亡くなった。

 

「・・・・変えられるのかしら、この運命を」

 

私は運命に屈してばかり。

何回も抗った。その度に殺され、絶望した。

 

「・・・・私には運命を変える力なんてない」

 

「・・・・梨花」

 

羽入も私と同じなのだ。

同じだけ希望を抱き絶望した。

だから、どうしても自信が持てない。

 

「それは違うぞ梨花ちゃん」

 

「え?」

 

「運命は変えられる」

 

「それは・・・・あなただからよ」

 

灯火は特別だから。

私とは違う、強い人だから。

 

「私はあなたとは違うの!私は・・・・弱い」

 

「弱いのがいけないのか?それで運命が変えられないって?」

 

灯火は笑みを浮かべて私の言葉を一笑する。

 

「俺だって弱いよ。今まで何回泣きそうになったか数えきれない、妹の前じゃなきゃ漏らしてたことだってあった」

 

「・・・・どんな目にあったのよ」

 

「俺から見れば梨花ちゃんの方がよっぽど強いよ。俺だったら耐えれてない。だから自信を持っていい。梨花ちゃんは強いよ」

 

 

灯火は私を目をじっと見つめながらそう告げる。

その言葉に胸の奥が暖かくなるのを感じた。

・・・・あなたって人は。

 

「これから始まる物語に悲劇はない。俺が好きなのはラブコメなんだ」

 

「なによそれ」

 

自然と笑みが生まれた。悲劇のない世界。そんな世界があるならラブコメでも大歓迎だ。

 

でも灯火なら本当にできる気がした。

 

 

竜宮灯火。

今まで現れなかったイレギュラー

彼の存在は悲劇で染められた物語を大きく変える。

 

この世界は私が今まで見たことがない物語。

 

願わくば、とても優しい物語となりますように。

 

 



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赤坂と大石と礼奈

「じゃあなー!明日は一緒にゲームしようぜ!」

 

「うん。またねー!」

 

友達の陸君に手を振りながら別れを告げる。陸君の姿が見えなくなったのを確認して自宅に帰るために歩き出す。

 

「・・・・?」

 

友達と別れ、家に帰る途中の路地の曲がり角に白いワゴン車が止まっているのを見つけた。

 

「なんだろう?危ないなぁ」

 

まるで隠れるように置かれた車に注意しながら角を曲がる。

 

「・・・・鶯、OK。雲雀、OK。前後2ブロック確保した。いいぞ」

 

そのまま車を通り過ぎようとして時に僕の耳に妙な会話が入り込む。

僕はその会話に疑問を思う前よりも早く車から数人の男たちが降りてくるのが見えた。

 

「え・・・・」

 

いきなりの展開に固まって動けない。

 

「・・・・キミ。犬飼寿樹くん?」

 

白い作業服に帽子をかぶった男たちが邪悪な笑みを浮かべて自分の名を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「室長、全員揃いました。赤坂くん、ブラインドをおろしてくれる?」

 

命令に従いブラインドを下す。

しゃーっという小気味よい音を立てながら室内から光を奪っていく。

 

やがて室内は爽やかな朝の空気を完全に失い、無機質な蛍光灯の明かりだけになった。

 

明かりが消えた室内で主任が前に立ち説明を始める。

 

「推定48時間前、建設大臣の孫にあたる、建設省幹部の子息が誘拐された模様です。建設大臣は事態を穏便に済ますために警察に連絡せずに要求に応じると思われます」

 

「なぜ警察に通報せずに要求を鵜呑みに?」

 

「犯人グループは誘拐初期に自分たちが大臣の生活をかなり高度に監視していることを警告し、その証拠を示したようです。大臣が屈服し、警察への通報を思いとどまる何かですね」

 

「・・・・大臣の近辺に内通者がいる可能性があるな」

 

主任の言葉にとなりにいた先輩が言葉を漏らす。

 

「本件は内通者の水準がかなり高いと思われるため、当室のみの極秘捜査とします。また本件は本日より最優先事項となり、これまでの通常業務は一時的に凍結します」

 

主任の落ち着いた。だけどどこか焦ったような声が響く。

 

「川崎と佐伯は大臣宅、息子宅の通話を24時間監視。動きがあるたびに逐一報告せよ。残る職員は担当団体ごとに本件との関連を調査。くれぐれも慎重にな」

 

主任の声を聞きながら思う。

穏便ではない調査は1度か2度経験した。

 

だが、こんなに慌ただしいのは初めてだ。

俺のような新米を抜きにして次々に高度な話が進んでいく。

 

・・・・やはり不安は隠せない。

 

心臓がいつもの何倍の速度で動いているのを感じる。

 

「赤坂くん」

 

「は、はい!」

 

名前を呼ばれてぼやけていた意識が覚醒する。

 

「赤坂くんは陳情していた環境保護団体関連をよく調査すること。特に新聞でも騒ぎになってる雛見沢ダム建設反対の団体をよく調査すること。住民団体の仕業とは到底思えないが、可能性は潰す必要がある」

 

「わかりました」

 

「直接現地に行った方がいいだろう。現地警察で情報を探れ」

 

「はい!」

 

「すまないな、奥さんの大事な時期に」

 

主任がすまなそうな顔で頭を下げてくる。

 

「いえ・・・・家内も理解してくれているので」

 

無論行きたくなんてない。妻の雪絵の出産を控えた状態で出張なんてしたくない。

 

だが、私情でわがままを言える状況ではない。

 

 

この大切な時期にそばにいれないことを帰ったらしっかり謝ろう。雪絵は笑顔で許してくれるだろうが、この埋め合わせは絶対にする。

 

俺は早急に自分に与えられた任務を完遂して妻の元に戻るため、急いで調査の場所、

 

『雛見沢』に向かった。

 

 

 

「ここが輿宮警察署か」

 

当然なのだが東京の警察と比べると、古くて小さいな。

 

「おはようございます。違反金の納付ですか?」

 

「いえ、公安の本田屋さんにアポイントがあります。赤坂と伝えてください」

 

「あ、失礼しました!少々お待ちください!」

 

人の顔を見るなり駐車違反だと思い込んでくれた事務員さんに苦笑いを浮かべながら待ち人が来るのを待つ。

 

少しすると建物の外から一人の男がこちらにやってくるのが見えた。

 

「どうもどうも!赤坂さんですか?遠路はるばるお疲れ様でした!」

 

頭をかけながらこちらに笑顔を向ける中年の男性。

彼が本田屋さんのようだ。

 

「ご多忙中、突然お邪魔して申し訳ありません。警察庁から参りました。赤坂と申します」

 

「公安の本田屋です。よろしくよろしく。県警の暴対の山海部長から協力は惜しむなと脅されてますので。わははははは!」

 

豪快に口を開けて笑いながら聞き捨てならないことを口にする本田屋さん。

 

「暴対?どうして暴力対策本部の方が?」

 

「うちじゃあ、鬼ヶ淵死守の連中は暴力団の延長みたいに思ってますからね。あれを善意の住民の運動だなんてちーと無茶ってもんだぜ!わはははは!」

 

いや・・・暴力団の延長ってどんな村なんだ?

 

どんどん雛見沢に対するイメージが悪くなっていく。

 

まさか本当に誘拐事件と関係があるのか?

 

「何の話をしているかと思えば。んっふっふっふっふ!」

 

本田屋さんと話していると独特の笑い声をした小太りな男性が現れた。

 

「おー蔵ちゃん!ちょうどいい!蔵ちゃんも入ってよ!こちらは遠路はるばる東京からお見えになった赤坂警部」

 

「警部だなんて!まだまだ新米です!」

 

「初々しいですねぇ。採用は今年ですか?んっふっふっふ!」

 

またも独特な笑い方をする男性。

 

「赤坂さんも紹介します。こちらは刑事部の大石さん。赤坂くんが問い合わせのS号の件なら彼が詳しいから」

 

「・・・・S号?」

 

知らない単語に思わず聞き返す。

 

「園崎のS。S号ってのはね、園崎家が関連する件を示す暗号みたいなもんなのさ」

 

「・・・・たしか園崎家は鬼ヶ淵死守同盟の会計だったはず」

 

聞き覚えのある単語を頭の中から探し出す。

そうだ、本部で読んだ資料の中にそう書いてあった。

 

「あんた勉強家だね〜!ひょっとして同盟連中の主要人物も言えちゃいますか?」

 

「ええ、もちろんです」

 

覚えている限りのことを2人に向かって口にする。

 

「惜しいですねぇ。広報部長は園崎忠敬ですよ」

 

「う‥‥」

 

そしてどや顔で間違えた。

 

顔を隠したい衝動を押さえ込み2人と向き合う。

 

「はっはっはっは!馬鹿にしたつもりはないんです。お詫びと言っちゃあなんですが、村を実際にご案内しましょう」

 

土地勘のない自分には助かる。願っても無い申し出だ。

 

「よろしくお願いします」

 

間髪入れずに頷くと、大石さんは満足げに笑って立ち上がった。

 

 

 

 

 

「どこまで話しましたかね。えぇっと」

 

「御三家という旧家が村を支配している。というところまでです」

 

鬼ヶ淵死守同盟とは雛見沢村そのものだ。

つまり同盟の幹部はそのまま村の幹部という図式が出来上がる。

本田屋さんからもそう聞いているから間違いないだろう。

 

村を支配しているのがその御三家なら、同盟を支配しているのもその御三家ということ。

 

「県警の資料には何て書いてありました?死守同盟のリーダー格やそれらについて」

 

「・・・・確か、同盟の会長は現村長の公由喜一郎と書いてました」

 

本来資料については部外秘だが話した方が得になると判断し答える。

 

「そうですか」

 

大石さんは俺の答えを聞くと小さく笑い捨てた。

 

大石さんのこの反応は・・・・もしかしたら実際には違うのか?

 

「その反応、公由さん以外の影の人物がいる。そういうことですね?」

 

「んっふっふ。公由のおじさんなんて、ただのお飾りですよ」

 

「つまり、同盟も村も本当の意味で支配している別の存在がいる。それは先ほど言っていた御三家という存在ですか?」

 

「まぁ、そのあたりについてはこれから説明しましょう、おっと」

 

大石さんが言葉を突然切ったかと思うと、突然車がガクン!と揺れた。

 

舗装された道から砂利道に変わったようだ。

揺れた拍子に周囲に景色が視界に入る。

 

「うわぁ」

 

『雛見沢ダム計画断固撤回』

『恥をしれ傀儡県知事!』

『ダムに沈めるな雛見沢の自然』

『悪辣なるダムから村を守れ』

『怨念!オヤシロ様からの祟り』

 

看板、昇り旗。そういったものが道にひしめいていた。

書きなぐったような筆の文字がそれだけで読むものを威圧する。

 

まさに舗装道路の途切れが国境だったのだ。

 

「まるで中東辺りの内戦の国に迷い込んだような感じがします」

 

「なっはっはっは!うまいこと言いますねぇ。まさにその通り」

 

大石さんはにやぁ!と凄むように笑いながらこちらに顔を向け

 

「ここはね。戦争地帯なんですよ」

 

「‥‥‥」

 

大石さんの言葉で黙る以外の行動が取れなかった。

 

 

 

 

 

 

「御三家と言ってもですね。そりゃあだいぶ大昔のことなんですよ」

 

しばらく車で雛見沢を案内してもらっていると大石さんがそんなことを呟いた。

 

「ということは‥‥今は違うということですか?」

 

そういった直後。車がキィと音を立てて止まった。

止まった車の先には

 

『この先私有地、関係者以外の立入を禁ず』

 

『毒ヘビ注意!危険、引き返せ!』

 

『侵入者には入山料として金百万円の証文に捺印していただきます』

 

そんなことを書かれた看板が立てられ、道路と森を隔てるように有刺鉄線の巻かれた金網が続いている。

 

「私有地なんでここまでです。この先は監視カメラがあってうっかり道に迷いました。なんて論法が通じる相手じゃありませんからねぇ」

 

大石さんの話を聞いて唾を飲み込む。

 

「・・・・この先にはなにがあるんですか?」

 

「園崎家。雛見沢村を影から支配する連中です」

 

「・・・・園崎家ですか」

 

「園崎家の頂点は現当主の園崎お魎っていう婆さんです。園崎天皇なんて言われてる大物ですよ。市長だって最敬礼してお迎えするお方ですからねぇ」

 

「つまり・・・・その人物が鬼ヶ淵死守同盟の事実上のトップということですか」

 

「ええ」

 

大石さんはそう言うと、懐から潰れかけた煙草の箱を取り出した。

 

大臣の孫の誘拐に鬼ヶ淵死守同盟が関係しているのか?

 

「・・・・あんた。東京からわざわざ調べにいらしたんですよねぇ?」

 

「え?はいそうですが?」

 

「じゃああれですか?犬飼大臣への直訴事件の絡みで公安がマークでもしましたか?」

 

「察しが良くて助かります」

 

本当は大臣の孫の誘拐と関係があるかの調査だがこれは誰にも知られてはならない極秘捜査なので話を合わせておく。

 

「嘘でしょ?」

 

「・・・・え?」

 

予想外の言葉に心臓が大きく跳ねるのを感じた。

 

「だから直訴事件でマークについたっていうのは嘘でしょ?」

 

「・・・・なんのことですか?」

 

「んっふっふっふ!あなたって人は隠し事が下手な人ですねぇ。そういう素直で初々しいの嫌いじゃないですよ」

 

「・・・・」

 

大石さんは沈黙した俺を見て口を割るのを待つかの様に新しい煙草に火をつけた。

 

なるほどこれがベテランの吐かせの技術というやつか。

 

「素直に教えてくれればもっと力になれると思いますよ?」

 

「・・・・どう力になれるんですか?」

 

もう隠し事はばれているので開き直って質問をする。

 

「内容によりますが、雛見沢界隈に詳しい情報屋に引き合わせてあげてもいいですよ」

 

「・・・・情報屋ですか」

 

大石さんの提案はかなり魅力的だ。

結果は足で掴めというが、結局人を知るには人に聞く以上の方法など存在しないのだ。

 

「・・・・どうして私の任務に興味を?」

 

「なぁにちょっとした興味本位ですよ」

 

「・・・・」

 

「私はこの雛見沢でずっと働いて来ましたからねぇ。力になれると思いますよ?」

 

大石さんの言葉を聞いて1度深く息を吐く。

 

「わかりました。私の任務は鬼ヶ淵死守同盟がある事件に関与しているかの調査です」

 

「ある事件?」

 

「ええ。大臣の孫の誘拐事件です」

 

そこから大石さんに事件に関する情報を自分の任務について話した。

 

 

 

 

 

「なるほど。その誘拐グループの容疑者としてこの鬼ヶ淵死守同盟がリストに上がったわけですか」

 

「そうです」

 

「大臣の孫を誘拐してダム計画の撤回を求める。なるほどそうですか」

 

「その可能性は大石さんから見てありえますか?」

 

大石さんはしばらく考えていた様だったがやがてゆっくりと口を開こうとした時

 

「〜♪〜〜♫〜」

 

我々のすぐ近くを1人の少女が横切った。

 

「あらら・・・・まさかこんなところで会うとは」

 

近くを歩く少女を見て大石さんが意外そうな声を上げる。

 

可愛い子だなぁ。

 

茶色の髪を肩ぐらいまで伸ばした少女で年齢はまだ小学生になったばかりぐらいかな?

 

「礼奈さんじゃないですか」

 

「はう?」

 

大石さんが声をかけると鼻歌を歌いながら歩いていた少女がこちらを振り向く。

 

「大石さん。こんにちは!」

 

「んっふっふっふ!こんにちは礼奈さん」

 

大石さんを見つけると少女はこちらまでやってきて思わず見惚れてしまいそうなほど綺麗な笑顔で頭を下げてきた。

 

ここにいるということはこの村の子かな?

まだ子供だけど、気になるのはどうしてここにいるかだ。

 

「みぃちゃんたちの家の近くにどうして大石さんがいるのかな?かな?」

 

「んっふっふっふ!ちょっと彼に雛見沢を案内してあげようと思いましてねぇ」

 

大石さんの言葉でこちらをジーと不思議そうな顔で見上げてくる。

 

「あ!ええっと・・・・こんにちは」

 

少女の無垢な視線にどうしたらいいかわからず混乱してしまう。

 

「こんにちは!竜宮礼奈と言います!」

 

ぺこりと丁寧にお辞儀をして挨拶をしてくれる礼奈ちゃん。

なんかもう今すぐに雪絵の元に帰って生まれてくる子供の顔が見たくなってきた。

 

「今日はお兄さんと一緒じゃないんですねぇ」

 

「お兄ちゃんならまだみぃちゃんたちの家にいるよ?遅くなるから礼奈だけ先に帰るように言われたの」

 

「ああ、そうでしたか」

 

2人の地元の話についていくことが出来ずに聞くことしかできない。

 

やがて礼奈ちゃんは自分たちの方に笑顔で手を振りながら民家の方に姿を消していった。

 

「大石さん。彼女は一体」

 

礼奈ちゃんがいなくなったのを確認するとすぐに大石さんに質問する。

 

聞きたいことは1つ。

 

『彼女が園崎家の家がある方から出てきていたこと』

 

ここまで厳重にバリケードされたところから鼻歌を歌いながら出てきたのだ。

どう考えてもおかしい。

 

それとも礼奈ちゃんが特別なのではなく地元の人間ならば園崎家への出入りは簡単なのだろうか?

竜宮という苗字に聞き覚えはないしその考えが妥当だろうか?

 

「礼奈さんはどこにでもいる普通の女の子ですよ」

 

「では・・・・どうして彼女は園崎家の方から?」

 

「んっふっふっふ!彼女は普通でも兄の方が普通ではないですからねぇ」

 

「兄?礼奈ちゃんのですか?」

 

そういえば先ほどの会話で言っていたのを聞いた。

 

「竜宮灯火。先ほど話した園崎家当主、園崎お魎が一目おく少年ですよ」

 

煙草に火をつけてそう告げる大石さん。

 

竜宮灯火。

 

ひぐらしの鳴き声に混じって聞こえたその名は、何故だかひどく不気味に感じた。



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赤坂と梨花と灯火

『宇喜田水道前〜宇喜田水道前〜お降りの方はいらっしゃいませんか〜』

 

指定された停留所をアナウンスする声に従い降車のボタンを押す。

 

誰も降車しないなんて相当へんぴなところなんだな。

 

バスから1人で降りながらそんなことを考える。

 

昨日、大石さんに案内してもらった後ホテルに帰り定時報告を済ませ、明日について考えた。

 

そして、ひとまず観光者に変装して直で雛見沢を観察して事件との関わりがあるかを調べることに考えは落ち着いた。

 

そして現在、その考えを実行して単身で敵地のど真ん中に降り立っている。

 

・・・・大丈夫だよな?

 

昨日大石さんから聞いた、雛見沢では白昼堂々とナイフで襲われても証拠も何も残らないという言葉が蘇る。

 

なぜなら村全員がグルだから。

 

村の人が黙ってさえいれば簡単に完全犯罪が出来上がるのだ。

 

・・・・大丈夫のはずだ。

 

服装はいたってラフ。都会者がノコノコと田舎にやってきたような服装そのものだ。

カメラにナップザック。

完璧な変装のはず。

 

でも・・・・もし自分が県警公安で潜入捜査をしているとバレて、ここで本当に大臣の孫誘拐事件が発生していたら。

 

口封じで俺は・・・・

 

大丈夫!絶対にバレるわけないさ!

 

自らに言い聞かせるように思いこむ。

第一、村の人が拉致事件を起こすなんてあるわけがないのだ。

 

さっさと調べて東京に、雪絵のところに帰ろう。

 

やることを改めて頭に入れて歩き出す。

ふと、発進したバスの方に目を向ける。

 

 

心臓が一瞬止まったように感じた。

 

 

窓際の乗客たちがみんな自分のことを見下ろしていたのだ。

 

自分の自己満足な変装を見透かすかのように。

 

『東京に帰れ。余所者』

 

彼らの目がそう言っているかのような錯覚を受けた。

 

「・・・・」

 

バスが過ぎ去っても放心状態で動けなった。

 

 

 

 

「・・・・」

 

「お兄さん?」

 

「・・・・」

 

「すいません、お兄さーん?」

 

「・・・・」

 

「・・・・気絶してないよな?」

 

「え?」

 

近くで声が聞こえたのに気付き、声のした方を見る。

 

「あ、やっとこっちに反応してくれた」

 

声をした方を見ると自分を呆れたようにジト目で見つめる茶髪の少年がいた。

 

「お兄さん見ない顔ですね。観光か何かですか?」

 

「ああ、そうだよ。ここの自然は貴重っていう話を聞いてね。ぜひ写真にしたくて」

 

先ほどのことで自信は完全に崩壊したが、なんとか気合いを入れ直して少年に問いに答える。

 

「そうなんですね。ここら辺ってけっこう珍しい鳥がいるらしいからそこら辺も狙ってみたらいいですよ」

 

「そうなのかい?それはいいことを聞いた、ぜひ狙わせてもらうよ」

 

「うん・・・・写真1発目はあれにしたらどうです?」

 

「え、どれだい?」

 

少年が指をさした方を見る。

 

そこには雨をしのぐための小さな小屋があった。

 

案内人との待ち合わせ場所でもあるその小屋は壁一面にダム反対のチラシが貼られていて、住民の心の叫びを壁一面に記したかのようだった。

 

この小屋を撮れってことか?どういう意味だ?

 

少年の意図がわからず困惑する。

 

まさか・・・・この少年は自分のことを疑っている?

 

これを撮るか撮らないかの反応をみて俺を試しているんじゃ?

 

先ほどのバスでの視線が蘇る。

 

「・・・・」

 

ごくりと唾を飲み込みカメラを構える。

 

そしてシャッターを切ろうとしたとき。

 

「・・・・なんで小屋なんか撮ろうとしてるですか?」

 

困惑する少年の声が耳に届いた。

見れば俺を不審者のような目で見つめていた。

 

「え?君が言ったんだろう?」

 

確かに少年はこの小屋を指差していた。

少年の指をさした場所には小屋しかない。

 

「俺が言ったのはその小屋の中だよ」

 

「中?」

 

少年の声を聞いて小屋に近づく。

 

 

 

 

小屋には天使がいた。

 

 

 

筆書きでダム計画を罵るように批判した文書や決起文が1面に貼られた緊張感に満ちた小屋でこくりこくりと船を漕いで眠る少女。

 

そのあまりに不釣り合いで幻想的な雰囲気に目を奪われる。

 

その姿は俺たち夫婦の理想の子の姿そのものだった。

 

俺の理想像では髪は短めだけど、これはこれでいいな。

 

俺が少女をみてそんなことを考えていると

 

「シャッターチャンス。早く撮って」

 

悪魔の囁きが耳に届いた。

 

振り返ると悪い笑みを浮かべた少年がいる。

 

「こんなチャンス滅多にないですよ、お兄さんも撮りたいでしょ?」

 

「ああ・・・・確かにそうだね」

 

この光景を写真に収めておきたいと誰もが思うだろう。

それほど目の前にいる少女は可愛らしい。

 

あ、もちろん子供としてね?

俺は雪絵一筋だ。

 

頭の中で恐ろしい笑顔の雪絵が浮かんだので言い訳をしてしまう。

 

「その写真をしかるべきところに売ったら大儲け間違いなしだ」

 

「いや犯罪だから」

 

少年の一言で正気に戻る。

 

危ない。よく考えたら普通に犯罪じゃないか。

 

眠る少女を撮影する謎の男・・・・逮捕は免れない。

俺だったら即現行犯逮捕だ。

 

「富竹さんなら絶対撮ったのに」

 

つまらなそうにこちらを見る少年。

 

こちらとしては変質者として東京に強制送還されずに済んで一安心だ。

それとその富竹って人には注意しておかないとな。

 

「んぅ?・・・・あわぁぁぁぁぁ」

 

少年と会話をしていると大あくびをしながら少女が目を覚ました。

 

しまった。いまの会話で目を覚ましたか。

 

「・・・・みぃ」

 

みぃ?英語のme?そういう挨拶か?

少年!通訳をしてくれ!

 

助けを求めて少年の方を見ると

 

「いない」

 

忽然と少年の姿が消えていた。

ここで放置はあんまりだ。

 

「・・・・みぃー」

 

何かの挨拶だと判断し同じ言葉を返す。

 

「みぃ?」

 

「・・・み、みぃ」

 

少女は可愛いらしいようなそれでいて無機質のような表情の読み取りにくい顔でこっちを凝視した。

 

目が覚めたら目の前に知らない男がいてみぃーといったらみぃーと返してきた。

 

そいつは間違いなく不審者だ。

まぁ俺だけど。

 

「あ、怪しい者じゃないんだ!えっと俺は」

 

なんとか不審者というレッテルから逃れようと必死に頭を働かせる。

 

「・・・・にぱー-☆」

 

「に、にぱ??」

 

「にぱー-☆」

 

無機質な、なんて表現したその表情は、溢れんばかりの笑顔に変わった。

 

天使の笑顔。その言葉は彼女のためにあるんだと思った。

 

・・・・これは俺にも同じものを求めているのか?

 

きっとそうだ。これは子供なりのコミニケーションなのだ。

 

自分がしたのと同じことを目の前の相手が追従してくれることで意思の疎通を確認する初歩的なコミニケーション!

 

「に、にぱぁぁ」

 

「にぱー-☆」

 

俺って何をしてるんだろう?勤務中のはずなんだけど。

 

「にぱー-☆」

 

「に、にぱー-☆」

 

もうどうでもいいや。

 

「にぱー-☆」

 

「にぱー-☆」

 

 

 

「「にぱー-☆」」

 

 

「・・・・ふっ」

 

後ろから息が漏れる音が聞こえた。

 

「みぃ!!?」

 

後ろから声が聞こえた思ったと同時に少女の顔が一瞬でトマトのように真っ赤になるのを目撃した。

 

少女は真っ赤な顔で信じられないように目で俺を、ではなく俺の後ろを見ていた。

 

少女の視線を追うように後ろを見ると先ほど忽然と姿を消した少年がニヤニヤと悪い笑みを見せながらこっちを見下ろしていた。

 

「お兄さん、随分と楽しそうですね」

 

ニヤニヤと笑いながらこちらに声をかけてくる少年。

どう見てもさっきのを見て面白がっている笑みだ。

 

「いきなりいなくなるなんてひどいじゃないか」

 

「あはは、すいません。隠れた方が面白いと思ったから、つい」

 

この少年、絶対性格悪いな。

 

そんなことを思っていると少年と少女はアイコンタクトをするかのようにじっとお互いを顔を見合っているのに気づいた。

 

知り合いだったのか?

 

しばらく2人は見つめ合っていたが急に少年の方が笑顔でこちらに向き直る。

 

「それじゃあ俺はこれで失礼します。お兄さんは観光を楽しんでください」

 

急にそういうとこちらに手を振りながら砂利道を駆け抜けていき、あっという間に姿を消した。

 

「・・・・なんだったんだ?」

 

つかみどころがない不思議な少年だな。

田舎の男の子はもっと元気でわかりやすい感じだと思っていた。

 

そんなことを思っていると一台の車がこちらにやってくるのが目の入った。

 

 

「どうもこんにちわ!遅れて申し訳ない!今朝電話をくれた観光の方ですよね?」

 

「はい」

 

「お待たせしてすいませんねぇ。野良でちょいっと用事があってね。さぁさぁお乗りください!天気も崩れそうだからさっさと案内しないと」

 

「え?天気ですか?」

 

「ここら辺はすぐに天気が崩れるからねぇ。今日も夕立になるかもなぁ。そうなったらあんた撮るどころじゃないでしょ?ほら乗って乗って」

 

「・・・みぃ」

 

振り返ると少女は興味深そうな表情をして自分のすぐ後ろに立っていた。

 

「あんれ、梨花ちゃまじゃねぇかい!」

 

「牧野おはようなのです」

 

「ああ、おはよう梨花ちゃま。今日は灯火たちと一緒じゃないんだねぇ」

 

灯火?確か昨日大石さんが言ってた子供の名前だ。

 

もしかしてこの子は竜宮灯火と知り合いなのか?

 

「・・・・みんな忙しいのです。牧野はお仕事なのですか?」

 

「お仕事ってわけでもないかな。村長に村を観光したい若者がいるから案内してくれって頼まれてねぇ」

 

「俺のことですね」

 

苦笑いを浮かべながら反応する。

 

「牧野。僕も一緒に行きたいのです」

 

「梨花ちゃまが来ても面白いことなんて何もないと思うよ?境内にみんないると思うからそっちに行った方がいい」

 

「・・・・みぃ」

 

少女はあからさまに不満げな表情を見せる。

 

「あの、迷惑にならなければこの子も一緒でお願いします」

 

そう助け舟を出すと少女は嬉しそうに抱きついてきた。

 

「んーしょうがねぇな。走らせてたら礼奈ちゃんたちも見つかるか。じゃあお乗りください。梨花ちゃまも」

 

「やったーなのです!」

 

少女の嬉しそうな顔をみて心が癒される。

 

「えっと梨花ちゃんでいいんだよね?」

 

「そうなのですよ。古手梨花と言いますです。僕はあなたの名前を知らないのです」

 

「ああ、そういえばそうだったね」

 

興味津々といった表情でこちらを見つめる梨花ちゃんに苦笑いしながら

 

「俺は赤坂衛。よろしくね梨花ちゃん」

 

「はいなのです赤坂」

 

最高の笑顔で名前を呼ぶ梨花ちゃん。

 

雛見沢の調査は梨花ちゃんのおかげで緊張せずにできそうだ。



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赤坂と梨花と沙都子

牧野さんが案内してくれる場所はどこも絶景で、観光の目的で訪れているわけではない俺でも唸るような景色が溢れていた。

 

初めは観光客を装うつもりでシャッターを切っていたが途中から純粋な興味で写真を撮るようになっていた。

 

ダム騒動さえなければ雪絵を連れてきてやりたいな。

 

この新鮮な空気を吸わせてやりたいし、この目を洗ってくれるような眩しい緑の景色を見せてやりたかった。

 

「こんなのが面白いのですか?赤坂は変な人なのです」

 

「こういう昔の郵便ポストなんて今はとても貴重だよ。なんていうかうまく表現できないけど、とてもいい」

 

郵便ポストにカメラを構えながら梨花ちゃんの質問に返事をする。

 

こういう昔のものには不思議な魅力を感じるな。

俺は納得のいく写真が撮れるまで夢中で撮り続ける。

 

「・・・・雛見沢は楽しいですか?」

 

「うん?ああ、とても楽しいよ。退院したら是非とも家内を連れてもう一度来たいな。その時には生まれている子供も一緒にね」

 

「・・・・約束なのですよ」

 

「ああ、約束だ」

 

梨花の笑顔にこちらも笑顔で応える。この子の笑顔を見るためだけにもう一度ここに来たいぐらいだ。

 

「んじゃあ、最後に1番景色がいいとこ案内しましょうかねぇ」

 

時間は夕方の少し前、梨花ちゃんとの雛見沢散策も終わりを迎えようとしていた。

 

「一番景色のいいところですか?」

 

「そんりゃ梨花ちゃま、境内からの景色を置いて、他にはありはしませんや!」

それを聞いて、梨花ちゃんが笑顔を一層弾けさせた。

 

「では赤坂をボクの家にご招待なのです」

 

「んん?どういう意味だい?」

 

「梨花ちゃまは神社の神主さんの娘さんなんですよ、そんでその古手神社はいいー景色が見れるんですよ」

 

「・・・・古手神社」

 

梨花。フルネームは古手梨花。

 

 

古手って確か御三家の1つだったよな?園崎家が実質的な実権を握っているとはいえ、村の重鎮と呼ばれる旧家の1つじゃないか。

 

いやそれよりも重要なのは、古手神社って鬼ケ淵死守同盟の事務所があるところじゃないか!?

 

「た、楽しみです。ぜひ、お願いします」

 

「よし!それじゃあ行きますかいねぇ」

 

牧野さんの声を聞いて車に乗り込む。

 

天気も怪しくなってきた。夕立でもきそうな雰囲気だ。

 

セミたちも夕立が来る前に今日の分を全て鳴き終えてしまおうとでも思っているのか、一層激しくないていた。

 

 

 

 

 

古手神社。鬼ケ淵死守同盟の本拠地。

 

自分はひょっとして、もう正体を見破られていて、彼らの事務所に連行されているのではないのだろうか。そんな焦燥感にも駆られ始めた頃、車は神社の駐車場に停まった。

 

「着きましたのですよ。ただいまなのです」

 

梨花ちゃんは俺の膝を乗り越えて車から1番乗りで降りると早く早くと誘ってくる。

梨花の誘導に従い車を降りて神社に向かうと異様な光景が広がっていた。

 

ワゴン車を改造したお手製の街宣車が何台も止められていて、さらにいたるところに攻撃的な文言を記した旗や看板が置いてあった。

 

「神社はダム反対運動の事務所も兼ねてましてね」

 

牧野さんが唖然とした表情で神社を見ている俺に苦笑いをしながらそう答える。

 

「赤坂、こっちなのです」

 

固まっている俺を梨花ちゃんが手を引いて誘導する。

どうやら覚悟を決めていくしかないようだ。

 

階段を上がり神社の境内に入るとそこには町会のテントがいくつも立てられていた。

テントには長机とパイプイスが出してあり、何人かの老人たちがテントの下で雑談に花を咲かせていた。

 

彼らのしているタスキに『ダム計画断固粉砕!!』等の過激な文句が書かれていなければご近所の老人たちが仲良く雑談をしているようにしか見えない。

 

「ん?牧野さん、その人が電話をくれた観光の人かい?」

 

しばらく境内を回っているとテントで話していた老人の1人がやってきた。

 

「そうですよ。こちら、村長さんの公由さん」

 

朗らかに笑い、優しそうな雰囲気のある老人。なんと、鬼ケ淵同盟の会長‥‥公由喜一郎本人だった。

 

「ようこそ雛見沢へ。ここは綺麗なところでしょ」

 

「はい、今日一日、美しい場所をいくつも堪能させていただきました」

 

「それはよかった。緑の美しさはここの自慢ですからね」

 

公由村長の言葉に同意する。長年都会で暮らしてきたせいか自然に囲まれたこの村は新鮮で美しかった。

 

「天気がよければさらに良かったんですがね‥‥ん?梨花ちゃま戻ってたのかい?」

 

曇り空を悩ましげに見ていた公由村長はこちらに視線を戻し、俺の隣にいた梨花ちゃんを発見した。

 

「みぃ、赤坂の案内をしてたのですよ」

 

にぱー☆と満面の笑みを公由村長に向ける梨花ちゃん。それをみた公由村長はそうかそうかと梨花ちゃんの頭を撫でていた。

 

「でも困ったねー。ちょうどついさっき悟史君が梨花ちゃまを探しにいったところなんだよ」

 

「悟史が僕をですか?」

 

「そうだよ。もうすぐ雨が降りそうだからと心配してね」

 

「みぃ、ごめんなさいなのです」

 

「梨花ちゃま、それは悟史君にいってあげなさい」

 

公由村長は梨花ちゃんの頭を撫でながら優しい笑顔で言う。梨花ちゃんもその言葉に同意するように頷いた。

 

どこからどう見ても仲のいいお爺ちゃんと孫娘の姿である。

 

「沙都子ちゃんも心配していたよ?奥にいるからいってあげなさい」

 

公由村長の言葉に頷いて神社の奥を目指す梨花ちゃん。

 

なぜか俺の手を掴んだまま。

 

「あの、梨花ちゃん?」

 

「赤坂に僕の友達を紹介するのですよ」

 

友達のところに行かないの?と口を開こうとしたタイミングで梨花ちゃんに先回りで答えられる。

もう少し公由村長と話して情報を得たかったのだが、梨花ちゃんの誘いを無下にはできずついていく。

 

梨花ちゃんに手を繋がれたままテントに向かい、村の老人たちで賑わうテントの中を歩いていると老人たちの中に梨花ちゃんと同じぐらいの女の子が老人たちの方に飲み物を運んでいるのを発見した。

綺麗な金色の髪を短めに揃えた可愛らしい女の子だ。老人たちと同じようにダム反対のタスキをつけているがブカブカでずり落ちそうになっている。

梨花ちゃんも発見したらしく一生懸命な様子で飲み物を運ぶ女の子の方へと近づく。

 

「沙都子、ただいまなのです」

 

「ん・・・・?」

 

梨花ちゃんに声をかけられ飲み物を運ぶのを中断して梨花ちゃんの方へと顔を向ける女の子。

梨花ちゃんの方を見るとキョトンとした顔で一瞬停止した後、すぐに飲み物を近くにあったテーブルに置いて梨花ちゃんに近寄っていった。

 

「梨花!戻ってきていたのですの!?」

 

「ついさっき戻ってきたのです」

 

「・・・・にーにーと入れ違いですわ」

 

手を顔にあてて落ち込んだ仕草を見せる女の子。さっきの梨花ちゃんを探しにいった男の子のことを言っているのだろう。

 

「みぃ、ごめんなさいなのです沙都子」

 

「いいですわ、無事に戻ってきたんですもの。でも次からはもう少し早く戻ってきてくださいまし」

 

「はいなのです」

 

「それで?こんな時間まで何をしていたんですの?」

 

沙都子と梨花ちゃんに呼ばれていた女の子の質問にドキッとしてしまう。

何を隠そうこんな時間まで梨花ちゃんを連れ回していたのは俺なのだ。

 

「赤坂に雛見沢の案内をしていたのですよ」

 

「赤坂?もしかしてそちらにいるかたのことですの?」

 

梨花ちゃんの言葉に反応してこちらに視線を向ける沙都子ちゃん。

 

「そうだよ。梨花ちゃんにこの村の案内をしてもらっていたんだ。遅くまで連れ回してしまってすまない」

 

「いいんですのよ。梨花が勝手についていっただけでございましょう?」

 

俺の謝罪を簡単に受け入れ、というか梨花ちゃんがついてきたことをあっさりと見抜いてしまった。

それに対し梨花ちゃんが頬を膨らませながら抗議をする。

 

「むー、沙都子は意地悪なのです」

 

「心配した身にもなってくださいまし。赤坂さん、梨花を連れてきてくださってありがとうございましたわ」

 

「いやいや、梨花ちゃんがいてくれてとても助かったから。だからそんな謝らないで」

 

礼儀正しい子だなー、親御さんがしっかりしている証拠だ。俺も見習わなくては。

 

「今まで不自然なくらい私たちのところに来ていたのに急にいなくなるんですもの、心配にもなりますわ」

 

「みぃ?そうなのですか?」

 

「そうなのですかって、毎日のようにこちらに泊まりに来ておいてよく言いますわ。公由さんも苦笑いしていましたわよ」

 

呆れたような顔で梨花ちゃんを見る沙都子ちゃん。梨花ちゃんはそんな沙都子ちゃんをニコニコと見つめる。

 

2人がとても良好な関係を作っているのがよくわかる。

 

 

というか今、沙都子ちゃんは何と言った?

 

 

「公由さん?沙都子ちゃんは公由村長のとこに住んでいるのかい?」

 

もしかして公由村長のお孫さんか?だとしたらなにか有益な情報を知っている可能性が出てくる。

 

「・・・・ちょっとした事情で公由さんの家にお世話になっているんですの」

 

俺の質問に少し間をおいて答える沙都子ちゃん。辛そうな顔からこの質問はしてはいけなかったと後悔した。

 

「赤坂、こっちなのです」

 

謝罪の言葉を口にしようとした時、隣にいたいた梨花ちゃんが俺の手を掴みテントの外へと誘導してきた。

 

「梨花?」

 

「赤坂を僕のお気に入りの場所に連れて行くのですよ。にぱー☆」

 

沙都子ちゃんに笑顔でそう告げ、俺の手を引っ張る梨花ちゃん。

俺は抵抗することなく梨花ちゃんの手に引かれるままついていった。

 

「沙都子たちの両親はダム賛成派の人たちなのです」

 

神社の裏へ回り、階段を上る途中で梨花ちゃんが呟いた。

 

「・・・・ダム賛成派か」

 

この村のすべての人たちがダム反対派というわけでは、もちろんない。

 

この村を出て別のところに住むことを良しとする人たちも当然存在するだろう。

だが・・・あれだけ激しい反対活動をしているのだ、賛成派の人たちの立場は最悪だろう。口喧嘩ぐらいで済めばいいところのはずだ。

 

両親がその賛成派だとするとその娘である沙都子ちゃんも子供とはいえ冷たい対応をされていても不思議ではないはずだが。

 

「沙都子の両親は村の人たちから嫌われて毎日のように村の人たちと怖い顔で言い合いをしているのです。沙都子たちはそれに巻き込まれないように公由のところに避難しているのですよ」

 

俺の思った疑問に梨花ちゃんは答える。

なるほど、公由村長のファインプレーというわけか。

 

もしそのまま両親の元にいたならば沙都子ちゃんにも少なからず被害がいっていたはずだ。

 

両親と離れ離れというのは良くないが状況が良くなるまでは仕方ないだろう。

 

「だから公由村長のところに住んでいるというわけか」

 

「そういうわけなのです」

 

「正しい判断だと思う。そのまま両親のところにいたら沙都子ちゃんもすごく嫌な目にあっていただろうから」

 

「・・・・ええ、ほんとうにその通りだわ」

 

「あ、ああ、そうだね」

 

想像していたよりも重たい声に少し驚く。

 

「・・・・着いたのですよ」

 

梨花ちゃんの声が耳に入ると同時に少し長めの階段が終わりを告げる。

階段の先に目を向けると、そこには雄大な景色が広がっていた。

 

「・・・・すごい」

 

カメラを持っているのにファインダーを覗くことすら忘れてしまう。

しばらくの間、心を奪われて呆然としていた。涼やかな風が火照った体を冷やしてくれて心地よい。

 

「ここが僕のお気に入りの場所なのですよ」

 

にぱー☆と笑顔でそう告げる梨花ちゃん。

その笑顔はすごく儚く見えた。

なぜなら彼女が気に入っているこの景色は‥‥暗緑色のダムの底に沈んでしまうかもしれないのだ。

 

「こんな村がダムの底に沈んでしまうなんて信じられないよ」

 

思わずそう口にしてしまう。そしてすぐに後悔した。なんて残酷な言葉を言ってしまったんだ。だが、梨花ちゃんは俺の言葉に顔を曇らすことなく、むしろ笑顔で微笑み返しながら口を開く。

 

「沈みませんよ。ダム計画なんてもうすぐなくなっちゃいます」

 

少女特有の根拠のない言葉のはず。だが梨花ちゃんの言葉に決定染みた雰囲気を持っていた。

 

「もうすぐ・・・・なくなる?」

 

その根拠を聞きたくて梨花ちゃんを見る。

 

「はいなのです」

 

「どうしてそう言い切れるんだい?」

 

脳裏に今日の楽しい1日で忘れかけていた本当の任務。大臣の孫の誘拐事件が過る。

本当に誘拐事件がここで起こり、大臣との交渉が水面下で成功しダム計画の中止が確約している?

 

そんなわけがない。

この村は誘拐事件とは無関係のはずだ。

 

「・・・・赤坂」

 

不意に梨花ちゃんが俺の名を呼ぶ。

 

「・・・・なんだい?」

 

俺が考えごとをやめて梨花ちゃんの方へ向くと、梨花ちゃんは何かを迷うような表情をしたあと、服の端を掴みながら1度強く目をつぶり開く。

 

そして意を決したように俺を見つめ。

 

 

 

 

 

 

「東京へ帰って」

 




この時期には沙都子と悟史はもう迫害されてたのか知らないのでもし違ってたらすいません


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赤坂と大石と情報屋

 

「‥‥‥え‥?」

 

突然の梨花ちゃんの言葉で心臓が1回大きく跳ねる。

俺はこの村に来てから1度でも東京から来たなんていっただろうか?

 

「赤坂は今すぐ東京に帰るべき、いや‥‥帰らないとダメなの。じゃないと‥‥絶対に後悔することになる」

 

梨花ちゃんは辛そうに‥‥でも俺の目をまっすぐに見たまま言葉を続ける。

 

「どうして‥‥俺が後悔することになるんだ?」

 

「‥‥それは‥」

 

梨花ちゃんは何かを迷うように視線を左右に彷徨わせた後、覚悟を決めたようにこちらにぐっと向き直り、何かを呟こうとした時

 

「やっと見つけた」

 

俺たちの後ろから少年の声が届いた。

 

振り返ると沙都子ちゃんと同じ綺麗な金髪の少年が階段を上ってきている姿があった。

 

「悟史‥‥!このタイミングで来るなんて‥‥」

 

少年の方を見て、大きなミスでもしたかのように悔しそうな表情を見せる梨花ちゃん。

 

「沙都子から聞いたよ。ダメじゃないか、こんな遅くまでうろついてちゃ」

 

「‥‥みぃ‥‥ごめんなさいなのです悟史」

 

「次からは気をつけてね?それと初めまして。あなたが沙都子がいってた赤坂さんですか?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

梨花ちゃんを優しく叱りつけた少年はこちらに向き直りゆっくりと頭を下げてきた。

 

「今日は梨花がお世話になったみたいで、ありがとうございます」

 

「え!?あ、いやこっちも助かったから気にしないでくれ」

 

さっきまでの妙に重い雰囲気から急に元の雰囲気に戻り戸惑ってしまう。

 

「あはは‥‥とりあえず今日はもう暗くなるし雨もきそうなので降りましょう」

 

そう言って階段を降りて神社の方へと戻る少年。梨花ちゃんもそのあとを追うように俺の横を通り過ぎて階段を下る。

 

「っ!梨花ちゃん!」

 

階段を降りる梨花ちゃんの後ろ姿を見て呼び止めてしまう。

聞きたいことが山ほどある。さっきの言葉だって頭から離れない。

君は一体なにを知っているというんだ。

 

「‥‥僕が言えるのはさっきの言葉だけなのです。あとのことは灯火に聞くといいのですよ」

 

梨花ちゃんは一瞬こちらに視線を送った後、小さくそう呟いて階段を降りていった。

 

 

胸に残ったこのもやもやした不安は、ホテルに帰って痛いくらい冷えたビールを飲んで無理やり胸の中を清めるまで、取れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「───以上で報告は終わりです。はい、失礼します」

 

ホテルに取り付けられた受話器を置き、椅子に持たれながら息を吐く。

今日も定時報告を終えて改めて今回のことを振り返る。

 

途中までは順調だった。

任務のことを忘れてしまうほど美しい景色を見て、村長などの重要人物とも接触できた。成果は上々のはずだ。

 

 

最後の出来事さえなければ。

 

「一体なんなんだ‥‥」

 

梨花ちゃんの突然の東京に帰ってという言葉。

なぜ自分が東京から来たかについては、話し方やイメージで想像できるかもしれない。

 

だが、その後の言葉は理解できない。

 

東京に帰らないと後悔するという言葉はあまりにも不吉すぎる。

 

理由を聞こうにもあれから梨花ちゃんが口を開くことはなかった。

 

「‥‥竜宮灯火」

 

梨花ちゃんが去り際に呟いた名前。

 

「またお前なのか‥‥」

 

昨日から何回もこの名前を耳にしている。竜宮灯火という人物なら梨花ちゃんの言葉が何を意味しているのかを知っているというのだろうか?

どっちにしろ園崎家とも大きく関わりがあるというのだから接触する必要はある。

 

「‥‥風呂に入ってすっきりするか」

 

いやな気持ちを払拭しようと椅子から立ち上がり服を脱ごうとした時、先ほど通話を終えたばかりの受話器から呼び出しのベルがなった。

 

「はい」

 

「あ、赤坂さん?どーもどーも大石です。昨日言った情報屋の件について目処が立ちましたよ」

 

どうやら一息つくのはまだ早いみたいだ。

 

 

 

 

「赤坂さん、こっちこっち!ちょっと迷いましたか?北口からの方が遠回りだけどわかりやすかったですね」

 

「いえ、遅れてすいませんでした」

 

集合場所に到着するとすでに大石さんと大石さんと同年代ぐらいの男が待っていた。

 

「夕食はもう食べちゃいましたか?」

 

「ええ、済ませてあります」

 

「んじゃあ、酒の飲めるお店に行きましょうか。洋食、和食、女の子のいる店といない店どっちがいいですかね?むっふっふっふ!」

 

「お構いなく、勤務中は飲みませんので」

 

それを聞き、大石さんの連れの男が仰け反るように大笑いしながら大石さんの肩をバンバン叩く。

 

「ね?初々しい人でしょう?その分、サービスしてあげて下さいよ」

 

大石さんが連れてきた男は見るからに地味な色の服に帽子を目深に被った見るからに怪しい風貌の男だった。

 

この人が大石さんが言っていた情報屋に違いない。

情報屋の男はどうせ偽名だろうが佐藤と名乗り、繁華街の裏道へ裏道へと進んでいく。

あれだけ賑やかだった繁華街からほんの数本道を違えただけでこれだけ寂しい裏通りになるのだから、夜の道というのは分からない。

そのまま歩いていると寂れた営業しているのかさえ分からないような小さな家の前にたどり着いた。

 

「安心してください。怪しい店じゃありませんよ。んっふっふっふ!」

 

「信憑性ゼロです‥‥」

 

扉を開くとそこは標準的な雀荘だった。

警戒していたほどの不審なお店ではなくて安心する。

 

「お!大石さんいらっしゃい!こっち入ります?すぐ空きますよー」

 

「いえいえ、今日はセットだからいいです。さて、お待たせしましたねぇ」

 

麻雀は4人でやるものだ。どうやら面子の1人として先にこの店で待っていたらしい初老の男が腰をあげる。

 

「遅いぞ蔵人。俺ぁもう帰ろうと思ってたんだからなぁ!」

 

「いや〜すいませんねぇー今日は新人の彼を案内していたもので」

 

「ん?誰だい?その兄ちゃんは?」

 

「彼は赤坂さん。東京からはるばる出張されてきた、将来有望の新人さんです」

 

「ふぅん‥‥兄ちゃん、麻雀はできるのか?」

 

「まぁ‥‥学生時代に‥そこそこ」

 

それを聞いて情報屋と初老の男がニヤァと笑みを浮かべる。人をカモにしようという魂胆が見え見えである。

 

「‥‥私は仕事の都合があるので長居はできないのですが」

 

「じゃあ兄ちゃんが勝てばいいじゃねぇか!お前が勝ったらその金でこの雀荘の支払いをして、蔵人に仕事の話でも何でもすればいい」

 

勝っても負けても俺に金を払わす気だこの人たち。

 

 

このまま舐められたままでは仕事に影響がでるな‥‥

 

少し‥‥少しだけ彼らに格の違いというものを見せてやろう。そうすれば彼らもすぐに仕事の話に移ってくれるはずだ。

そう、これは仕事のためなのだ。

 

決してやりたいわけではない‥‥だから雪絵も許してくれるはずだ。

 

 

 

 

 

「‥‥兄ちゃん、たいぶ慣らしとるなぁ」

 

「いえいえ、そんなことは‥‥それです、ロン。トイトイ、ドラ3。俺が親ですから少し高いですよ」

 

「ぐわ!」

 

「んっふっふっふ!赤坂さんやりますねぇ。これは我々も本気を出さないといけませんねぇ!」

 

「‥‥ヌルいですね。マンズの二五八が笑ってませんか?」

 

「‥‥あなた、本当にさっきまでの赤坂さん?何だか素敵な凄みが‥‥」

 

「でた!ロンだ!タンヤオ、ドラ1!」

 

「すいません。頭ッパネです、ロンピンフ」

 

「‥‥まじでか!」

 

「‥‥俺をカモって今晩はいいお酒を飲むおつもりだったんでしょうが。どうやらアテが外れましたね。ロン。タンピン三色赤1ドラ1」

 

「うおぉぉ!張ってやがった!」

 

「おい蔵人!話が違うぞ!初々しいカモがネギ背負ってきたって言ったのは誰だ!」

 

「んっふっふっふ‥‥誰でしょうねぇ‥」

 

雰囲気が激変した彼を見て、今夜大石は彼をここに呼んだことを後悔することになった。

 

 

 

 

「‥‥蔵人!このタコ!お前、どこからこんなヤクザの代打ちみたいの引張ってきたんだ!もうやめやめ!兄ちゃんの勝ち!」

 

「んっふっふっふ!私もびっくりですよ」

 

「なっはっはっは!赤坂さんあんた、打つと性格変わるねぇ」

 

「ありがとうございます」

 

3人の降参を合図に麻雀を終了する。彼らの財布を空にするまでやるつもりだったのに残念だ。

 

「はぁー今日はついてねぇな!明日も早いし帰ってさっさと寝るか」

 

「お仕事は何をされてるんですか?」

 

「んぁ?輿宮で土木をやってるよ」

 

「少し前までは雛見沢ダムの監督さんだったんですがねぇ。んっふっふっふ!」

 

「え!?そうなんですか?」

 

まさかこんなところでダムの関係者と会えるとは、でも‥‥少し前まで?

 

「少し前までということは‥‥やめられたんですか?」

 

「やめたんじゃねぇ。やめさせられたんだ」

 

俺の質問に頭を手でかきながら答える。

 

「灯火の野郎!!今度会ったらあの石頭にたんこぶができるまで拳骨を食らわせてやる!」

 

「っ!!」

 

聞き覚えのある名前に呼吸がとまる。

 

「まぁまぁ。その灯火君のおかげでダムの監督から安全な場所での仕事に移れたんでしょう?」

 

「だとしてもだ!あの野郎、他にも作業してるやつならいっぱいいやがったのに迷うことなくピンポイントで俺を狙ってきやがったぞ!どう考えても嫌がらせだろ!」

 

「んっふっふっふ!あれは見事なフルスイングでしたねぇ」

 

「お前も見てたなら止めろよ!?」

 

「いや〜まさか彼があんな行動に出るとは思わず」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

2人の会話を慌てて止める。灯火という人物についての会話だ。絶対に聞き逃すわけにはいかない。

 

「えっと、その灯火という人物があなたに何かしたんですか?」

 

「おう!聞いてくれ兄ちゃん!雛見沢に灯火っていう悪ガキがいるんだが、ある日ダム現場で作業をしていた俺の前にバットを持ってやってきたかと思えば、いきなり俺の右腕にバットをフルスイングしやがった!それで俺の右腕はボッキリだよ!」

 

「うわぁ‥‥」

 

「ボッキリ折れた次の日にはここで私と麻雀をしてましたがね。現場監督解任祝いだとか言って。ていうかあの時、折れた右腕を普通に使ってませんでした?」

 

一気に同情する気が失せた。

 

 

 

彼はしばらく愚痴を吐き続けるとスッキリしたのか大人しく立ち去っていった。

 

「じゃ、行きましょう。サトさん、後は任せますね」

 

「大石さんは帰るんですか?」

 

「私が一緒でもお邪魔しちゃうだけでしょ?それにサトさんの仕事を買ったのはあなたなんですから、私が聞くわけにはいかないでしょう」

 

大石さんはそう言ってこちらに手を振りながら店を出ていった。

意外と律儀なんだな。大雑把と思っていた大石さんの言葉に、イメージを改める。

 

「じゃあ赤坂くん。行こうか」

 

佐藤さんの言葉に同意して俺たちも外に出る。

すぐ近くに止めてあった車に乗り、狭い路地に入り、何度も左折を繰り返す。左折法と呼ばれる尾行確認だ。

 

「詳しいな。赤坂くんはやっぱり警察関係かい?大石の旦那から何も聞いてないが」

 

「あまり答えたくない質問ですね」

 

「そうか、じゃあ構わないさ。さっさと本題にいこう。旦那から雛見沢については多少は聞いてるだろう?」

 

「聞いています。教えてください、犬飼大臣の孫の誘拐事件に鬼ケ淵死守同盟が関与しているか否かを」

 

俺がそう言うと佐藤さんはもう1度バックミラーを見て、不審車が追ってきていないかを確認してからゆっくりと口を開いた。

 

それから語られたのは昨夜、園崎本家で行われた会議の内容だった。



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親族会議

 

佐藤さんが口にした内容は園崎本家で行われた親族会議についてだった。

 

「普通の親族会議っていったら親族が集まってお茶でも飲むようなものだな。だが園崎本家の親族会議はそんなのんびりしたものとは訳が違う」

 

園崎本家の会議。それはまさしく雛見沢村を支配する支配者たちの会議。

ただの親類の内輪話などなく、反ダムの抵抗運動についてなど、全てを決める。事実上の村の命運を決めているに他ならない。

 

厳かな和室の真ん中に布団に入ったまま上半身だけをおこし、険しい顔をしている老婆こそ、園崎お魎その人である。

 

その脇に座するのが次期当主の園崎魅音。

まだ若く、若いという言葉も相応しくない。幼さを残す少女。

園崎お魎の脇に座し、時折求めに応じて取り次ぎをする程度の役だが、お魎の跡を継ぐことを許された唯一の存在に他ならない。お魎と同じ鷹の目を有し、眼光だけで見るものの心臓を凍らせることができるという将来を期待された当主の孫娘だ。

 

さらに御三家の公由家当主にして雛見沢村の村長である公由喜一郎。古手家当主で古手神社の神主とその妻が座し、その周りを園崎家の親族、縁者がぐるりと取り囲むようにならんでいるのだ。

 

 

 

部屋にいるのは全員が御三家の関係者。ただの村の住民が加わっていいところでは決してない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ1人の例外を除いて

 

 

 

 

 

 

 

その人物は園崎家次期当主園崎魅音と、まるで対等の立場であるかのように園崎お魎の脇に座していた。

 

園崎魅音とその人物2人で園崎お魎の横に並ぶ。

周りの者にその光景に疑問を持つものはおらず当然のようにその光景を受け入れている。

 

 

 

 

 

「‥‥なんですか‥それは‥」

 

言っている意味が理解出来ない。

そんなことが許されるのか?その村の全てを決める、村の中でもっとも力の強い者たちが揃う場に普通の村の者が入るだけでも違和感しかないというのに園崎家次期当主と並ぶようになんて、そんなことがあり得るのか?

 

「旦那から聞いてないのかい?園崎天皇である園崎お魎に気に入られている子供がいるって。さっき散々おっちゃんが愚痴ってただろう」

 

「‥‥‥竜宮灯火」

 

そうだ、少し考えればわかるはずだ。そんな状況に該当することができる人物など1人しかいないのだから。

 

きっと無意識にその名前を連想することを避けていたんだと思う。

俺にとってその名前はもはや恐怖の対象になってしまっている。

 

 

「‥‥続けてください」

 

胸の奥から溢れようとする恐怖を無理やり押さえ込み続きを聞く。

佐藤さんはしばらくの間、沈黙を守った後、静かに語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥マスコミ関係に支払ってる謝礼金の額が大きいんじゃないのかい?」

 

長い沈黙を破り、切り出したのは公由家当主であり、雛見沢村の村長である公由喜一郎だった。

 

鬼ヶ淵死守同盟は会社ではない。雛見沢ダム計画撤回を目指す任意団体にしか過ぎず、決まった収入源などない。活動当初こそ、多額の資金が集まったが闘争の長期化に伴い、その額は年々減少していき、彼らの頭を悩ませていた。

マスコミの力は大きいがそれを繋ぎとめるには莫大な資金が必要なのだ。

だが戦いの長期化に伴い、当初は潤っていた資金も底が見えようとしていた。

 

「去年、機関紙の値上げの理解を得るのも随分と苦労したじゃないか。また今年もという訳にはいかないでしょう。ねぇ古手さん?」

 

古手家の神主とその妻に同意を求める村長が同意を求めると神主は曖昧な顔をして即答を避けたが妻のほうは躊躇せずに答える。

 

「そうですね。機関紙代は特に貧しい家には大きな負担になっています。みんな自分たちの村のためだからと堪えてますが、これ以上の値上げはやめた方がいいですね」

 

機関紙には同盟の活動の紹介や理念、決意などが記されたものだが、非常に粗末な内容であるのは否めない。

この機関紙はその内容の周知など目的になどしていない。村人や関係者、協力企業に購読させて、その代金を吸い上げるのが目的だ。

本来購読は自由意思なのだが、雛見沢では暗黙のうちに購読は義務化されている。

周囲の町でも同盟と事を荒立てないために泣く泣く購読している会社も多いらしい。

 

神主が小声で妻に余計なことは言わない方がいいと囁くが妻は冷たい目線でそれを黙らせた。

古手家の血筋を引くのが妻の方であるため、2人の上下関係は必然的に妻が上だ。

古手家に婿養子に入ることで御三家に入ることになった神主では勝てるはずがないのだ。

 

そんなことなど関係なく妻の尻に敷かれている気がするが。

 

その夫婦の横では娘である古手梨花が静かに座っている。

何時間も会議が続いているせいか偶に眠たげに目をこする姿が見えるが、それでもきちんと目を開けて姿勢を正したままだ。

神主の妻は、娘のその様子を見ては嬉しそうに頬を緩ませていた。

 

 

お魎が魅音に目で合図すると魅音が耳をお魎に近付ける。そして小声で何かを伝えていた。

魅音が尋ね返し、お魎がそれに頷くと魅音は周りを見渡してからお魎の言葉を代弁した。

 

「機関紙の値上げは止むを得ません」

 

その言葉で公由たちは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「だ、だけど魅音ちゃん。君だってわかっていると思うが機関紙の負担は決して軽いものじゃない。あまり負担をかけ過ぎれば内部から崩れることだって」

 

「内部から崩れるのは誰ですか?」

 

「誰って‥‥別にそういう意味じゃ」

 

「最初に崩れるのは誰かと聞いています」

 

まだ幼さの欠片を残す少女に詰問され、公由は言葉を喉の奥に詰まらせ黙り込んでしまう。

彼女が口にした言葉はお魎の言葉を代弁したものだ。だから魅音の口から出ようとその重みはお魎のそれと何も変わらない。

 

「公由さん。機関紙の値上げごときでは誰の決意も崩れませんよ」

 

「‥‥‥‥ああ、そうだね」

 

公由は小さな声で反論がないことを示す。

 

「‥‥‥ところで公由さん。北条家の息子と娘の様子はどうですか?」

 

これで話は終わったと思っていた公由は魅音のその言葉が予想外で反応するのが少し遅れる。

 

「あ、ああ。毎日一生懸命手伝ってくれとるよ。本当にいい子達だよ。子は親を選べないというけど、あの子達を見てるとその言葉の意味がよくわかる」

 

公由は自分の家で休んでいるだろう2人のことを思い浮かべて2人への同情と親への憤怒を同時に浮かべる。

もはや公由にとって2人は息子、娘同然であり北条家に返す気など一切なかった。

 

「‥‥そうですか。引き続き監視を続けてください。特に親の動向には注意を。何か問題が起こればすぐに私に知らせるように」

 

「ああ、わかってるよ」

 

魅音の言葉に苦笑いしながら公由は頷く。

さっきまで魅音に対し畏怖と恐怖を顔に貼り付けていたというのに、今度は一転、可愛い孫を見るような優しい笑みを公由は浮かべていた。

 

「‥‥マスコミ関係への出費は継続します。その出費がさらに圧迫するようなら機関紙の値上げも止むを得ない」

 

先ほどまでの会話を打ち切り、魅音が裁定を下す。一同は深く頭を垂れ、黙ってその言葉に耳を傾けていた。

 

「園崎家当主代行、園崎魅音です。我が名において以上を決定し、決定の効力は即日発効されるものとします。異議はこれを認めず、抵抗ある場合は実力をもって排除します」

 

魅音が懐から大きな鈴を鳴らし、一同はそれに合わせて平服する。

 

 

 

「‥‥大時代的な親族会議ですね」

 

「こういう古い土地には未だに根強く残ってるのさ。あんたみたいな若い者には信じられないかもしれないけどな」

 

大石さんの言う通りだな。御三家と言いながら園崎家の独裁のような状態だ。

 

「会議はそれで終了ですか?」

 

「いや‥‥まだ続く」

 

 

 

 

やがて鈴の音が止むと耳が痛くなるような沈黙が訪れた。その中を1人のスーツの男が魅音のそばまで近付き、小さな声で何かを伝えた。

それを聞き終えた魅音はお魎へと何かを伝える。

 

やがて伝え終えた魅音がお魎から離れると室内にお魎の声を小さな笑い声が伝わる。

 

「そら、難儀なこともあったものよのぉ。くっくっく‥‥!」

 

その言葉を聞いて公由が恐る恐る尋ねる。

 

「ダムの親玉の大臣の孫がさらわれちまって右往左往しとるっちゅう話だ。くっくっく‥‥!」

 

 

 

 

 

 

「バカな!!」

 

そんなことはありえない。大臣の孫が誘拐されたことはどこにも漏れていないはずなのに。

大臣の孫の誘拐は俺たちですら詳細を知りかねているんだぞ!?それなのにどうして東京から遥か遠くにある田舎の旧家が知ることができる!?

 

心のどこかで今回の事件とこの村は無関係だと願っていたちっぽけな願望が呆気なく壊れる。

 

 

「‥‥とりあえず話は終わりだ。あとは兄さんの仕事だな。何の仕事やってんのか知らねぇが園崎家を相手するなら相当の覚悟をしておけよ」

 

佐藤さんの話では大石さんも園崎家に関わってから何回も襲われているらしい。

 

「忠告ありがとうございます。気を付けます」

 

「‥‥兄さんってさ。東京の人だったりする?」

 

「え?‥‥‥‥それが何か?」

 

「兄さんの仕事ってさ。警察庁の公安の人ってことある?」

 

「‥‥‥」

 

ここで言葉を詰まらせたらダメだ。

 

「‥え?まさか、はははは」

 

「こっからは旦那からもらった金の範囲には入らないんだが、兄さんとは卓を囲んだ仲間だからな。サービスで話してやる‥‥お魎から誘拐の話が出た後、もう1つ話題が出た」

 

 

 

 

 

 

 

お魎は建設大臣の孫の誘拐を小気味よく笑うと、表情を元の険しいものに戻し、再び口を開く。

 

「‥‥それでな。それを調べるために東京からはるばる公安の捜査官が来るっちゅう話だ」

 

「公安の捜査官?」

 

「大臣の孫の誘拐、迂闊にゃ大事にできゃんってことで警察庁の公安部が独自で調べるっちゅう話だ。大仰なこったのぉ」

 

「‥‥どうしますか?御母さん」

 

魅音の父が問いかける。その無骨な表情は命令さえあればいつでも捻り潰してみせると言っているように見えた。

 

 

その問いにお魎が答えを返そうとした時

 

 

「その公安の人なんですけど、俺に任せてくれませんか?」

 

今の今まで口を開くことなく静かに会議を静観していた少年がここで口を開く。

 

「お兄ちゃん?」

 

ここで少年が口を開いたことに魅音が小さく驚きの声を出す。

 

「‥‥ほぉ‥灯火、東京から来るっちゅう公安のもんに興味があんのかい?」

 

隣に座る少年ーーー竜宮灯火にお魎は薄く笑みを浮かべながら問う。

 

「はい。個人的興味が1つと‥‥まぁいろいろ役に立つと思うので」

 

「くっくっく‥‥ええよ。あんたの好きにしたらええ。あんまりいじめちゃらんようにしいよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

灯火はお魎に笑みを返しながら頭を下げた。

 

 

 

 

「なんて話があったみたいだ。まさかあんた、その公安の新米じゃないよな?」

 

「‥‥ま、まさか?あ、あはははは‥‥」

 

背すじを‥‥‥ぞわぞわした冷たい、毛むくじゃらなのものが這い上がってくる感覚。心臓が未だかつて経験したことがないほど高速に動く。

 

 

 

東京から公安部の捜査官がここに来た?

 

その捜査官は誰だ?

 

その公安部の捜査官は誰に狙われている?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜宮灯火

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥っ!‥‥?!‥!」

 

全身のあらゆるところから冷や汗が溢れ出る。

なんだそれは?竜宮灯火が俺を狙ってる?

親族会議が行われたのは昨夜、つまり昨日だ。

 

じゃあ今日俺が雛見沢に観光客を装って向かった時に、すでに俺の身元は割れていた?

 

瞬間的に梨花ちゃんの言葉が頭をフラッシュバックする。

 

 

 

 

東京へ帰って

 

 

 

 

梨花ちゃんは俺にこのことを伝えたかったのか?いや‥‥だったらなぜ灯火と会わせようとする?

じゃあ梨花ちゃんは灯火とグル?ならば東京へ帰れという言葉と矛盾してしまう。

 

くそ!わけがわからない!

 

「‥‥もういいかい?よければ好きなとこまで送るよ?」

 

「‥‥いえ、大丈夫です」

 

街灯すらまばらな、田舎の街道。何も見えない。何者かが潜んでこちらを窺っているかもしれない。

 

 

東京へ帰れ

 

彼女の声がいつまでも頭に残っていた。



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灯火と赤坂はようやく出会う(ただしタイミングは最悪)

おっす!オラ灯火!

 

こうして話すのも随分久しぶりだぜ。

暇潰し編が始まって結構経つけど忙しすぎてもう鬱になりそうだ。

 

毎日のように園崎家に呼び出されるしさ‥‥

 

最初の頃が特にやばかった。

 

いきなり親族会議に参加しろと言われ仕方なく行ってみればお、魎さんの隣に座れという頭のおかしい言葉。

 

茜さんと魅音に必死に『無理無理!死んじゃう!』と抗議するも

 

『あんたなら大丈夫さね』『お兄ちゃん私の隣が嫌なの?』

 

という言葉をいただき泣く泣くお魎さんの隣に。

周りの驚愕の視線に必死にポーカーフェイスを貫き、耐え抜いた。

 

会議だというのにだらけまくる梨花ちゃんの頭を引っ叩き真面目にさせたりもした。

 

梨花ちゃんのお母さんに『灯火ちゃんは梨花のお兄ちゃんね』と言われたので喜んで肯定。

その後、梨花ちゃんの拒否の言葉で傷ついた。

 

そして特に面倒だったのが悟史と沙都子だ。

 

悟史と沙都子の両親がダム推進派になったと聞き急いで行動を開始。肩身の狭い思いをしている悟史と沙都子をとりあえず我が家で保護。

 

その後、悟史と沙都子はダム推進派ではないことを伝えて回るもあまり良い感触がもらえず、ついに悟史たちの両親がお魎さんに喧嘩を吹っ掛けてしまう。

 

それによって完全に北条家は雛見沢の敵に。

 

その息子、娘である悟史と沙都子にも被害が出ようとしていた。

やばいと思った時に立ち上がったのは公由おじさんだった。

 

周りの大人たちに大気を震わすような大声で今までの悟史君と沙都子ちゃんの行いを思い出してみろと一喝。

 

それによって黙り込む村の人たち。

 

悟史君と沙都子ちゃんは自分が預かると言って悟史と沙都子を自分の家に連れていった。

驚いたのがその後だ。

 

みんなを一喝した後、悟史と沙都子を家に残して何処かに出かける準備を始める公由おじさん。

君たちはここにいなさいと言った後に外に出かける公由おじさん。

気になったのでこっそり公由おじさんの後を追う俺たち。

 

どこに行くかと思いきや、現れたのは見慣れた豪邸、園崎家。

 

もしやと思って見守っていると

 

「悟史君と沙都子ちゃんを許して下され!!この通り!!」

 

血が出るんじゃないかという勢いで地面に頭を打ち付け土下座をする公由おじさん。

 

いきなりの行動で呆然とする園崎家の一同。

あのお魎さんですらポカンとした表情を浮かべていた。

 

顔を上げた公由さんの頭から血が滲み頬を伝うも、そんなこと知ったことかと説得を始める公由おじさん。

 

そのあまりの剣幕にたじろぐ園崎家の面々。

だが園崎家の頂点だけは別だった。

 

驚いた顔を見せたのは一瞬で、すぐにいつもの厳格な態度に戻る。

公由おじさんの言葉をバッサリと切り捨てる。

 

それでも諦めずに説得を続ける公由おじさん。

俺も援護に行こうと足に力を込めようとした時。

 

「「公由おじさん(さま)!!!」」

 

俺の隣で同じく公由おじさんを見ていた2人が飛び出した。

 

2人の登場で驚きながら2人の名を呼ぶ公由おじさん。

 

2人は泣きながら公由おじさんの元に行き、お礼を言って、公由おじさんのように園崎家に向かって土下座を決める。

 

子供とは思えない見事な謝罪の態度に静かに息を飲む園崎家の一同。

畳み掛けるように公由おじさんの説得が再開。

 

それでもお魎さんは2人を許さない。

2人の謝罪を聞いてもダメだと切り捨てる。

 

ここで援護に向かうべく行動開始。

 

「お魎さん!!俺からも頼みます!!」

 

「「灯火(さん)!!」」

 

俺の登場で絶望の表情をしていた2人が喜びの表情を浮かべる。

 

ここで俺だけではなく魅音と詩音、そしてどこから聞きつけたのか、礼奈と梨花ちゃんまでやってきて説得を開始。

 

説得までもう少しというところで茜さんからの『敵にするより味方にしたほうがよくないかい?』という援護射撃が炸裂。

 

俺を見て貸し一つだよとウインクをする茜さんに笑顔でそれを了承。

 

いけるかと思ったが園崎家のツンデレはそう簡単には落ちなかった。

 

「ダメだ」

 

その一言で周りを絶望に叩き込む。

 

ここでついに俺の中で何かが切れた。

 

自分でもドン引きのテンションでお魎さんに食ってかかる俺。

何も考えずにとんでもない発言を連発する。

 

 

 

 

 

ああ、死んだな。

 

 

 

 

 

 

その20分後、悟史と沙都子はダム推進派の味方をしないように公由おじさんのところで監視されることを条件にお魎さんから一応の許しの言葉をもらった。

 

ツンデレなのですごく回りくどかったがこれはお魎さんが許したといっても過言ではないだろう。

 

許したとは言ってはいないので園崎家である魅音と詩音は会い辛くなったがそれでも結果は上々だろう。

 

 

 

 

 

どうしてこうなった?

 

もしかしてお魎さんってMなのかな?

心の中で生まれた疑問はすぐに泡のように弾けて消えた。

 

 

そこからは簡単だった。

進んでダム反対派の活動を手伝う悟史と沙都子を見て村の人たちの態度はどんどん軟化。

泣きながら悟史と沙都子に謝ってくれる人たちも大勢いた。

 

個人的に面倒だったのが魅音と詩音が園崎家という立場上、悟史たちに会い辛くなったことだ。

 

魅音と詩音の、悟史と沙都子に会えないことへの不満や心配を毎日聞いて、そのことを礼奈を経由して(俺も園崎家の関係者扱いになっているので会い辛い)悟史たち本人に伝えた。

さらに礼奈から聞いた2人のお礼の言葉を2人に伝える。

 

会いたいなら会えば良いのに!連絡係は疲れるよぅという礼奈に必死にお願いをする。

 

お願いの代償として数少ないストレス解消方法であるおやつを献上した。

毎日、笑顔で2人分のおやつを頬張る礼奈を見て悔しいと思いつつも、幸せそうな礼奈の笑顔を見ると結局満足してしまうから余計に悔しい。

 

 

そんなこんなで梨花ちゃんと今後の展開について話しつつ行動を続け、ついに赤坂がやってきた。

 

バス停で呆然としている赤坂さんに話しかけるも無視される。

諦めずに話しかけてようやくこちらに気付く赤坂さん。

 

とりあえず赤坂を待つ間に寝てしまった梨花ちゃんのところに赤坂さんを誘導。

寝ている少女を撮影する変態に仕立て上げようとするも失敗に終わる。

 

梨花ちゃんから『いるならいるって言いなさいよ!』というアイコンタクトを受け取るがスルーして『とりあえず予定通りに』というアイコンタクトを送り、梨花ちゃんがそれにぐぬぬといった表情で頷く。

 

梨花ちゃんにはとりあえずいつものように赤坂さんに警告をしてもらう。

ここで成功すれば1番だがうまくはいかないだろう。

 

そこで俺の出番だ。

 

赤坂さんを東京に返すにはどうしたらいい?

 

赤坂さんは大臣の孫誘拐とこの村が関係しているかを調査するためにここにきた。

ならば目的である大臣の孫を先に救出して警察に届けたらどうだろう?

 

園崎家が誘拐したと思っている赤坂さんも、園崎家が救出することによって疑いは晴れる。

大臣の孫が救出されたことによりとりあえず東京に帰るであろう赤坂さん。

それにより赤坂さんの妻も病院の屋上に上がることはなくなり転落事故は起きない。

大臣の孫を救出した恩により赤坂さんにお願いをする。

 

はっはっはっは!完璧だ!!これで絶対うまくいくぜ!

 

このことを梨花ちゃんに言うと無理に決まってるでしょ!?と言われた。

自分でも穴だらけだとわかっていたが代案が浮かばなかったのでこの作戦に決定。

 

 

うん‥‥まぁ大丈夫さ。失敗しても保険はあるし、ていうかそっちが本命だし大丈夫さ。はっはっはっは‥‥

 

やらかしたかな?という言葉が頭に浮かんだが頭から一瞬で消し飛ばす。

 

今日は暑いな。冷や汗が止まらないぜ‥‥

 

 

 

「葛西さん。状況はどうですか?」

 

「‥‥若。自分に敬語は不要です」

 

「じゃあ葛西。状況は?」

 

「‥‥変わらず動きなしです」

 

「‥‥そっか」

 

現在俺と葛西さんの2人は森の中に潜伏し、とある小屋を監視している。

 

双眼鏡に映る小屋の中には誘拐されて行方不明中の大臣の孫がいる。

 

大臣の孫が捕らえられている場所を見つけるのは簡単だった。

もともと原作知識で誘拐されるのは知っていたのだ。

 

隠れるにうってつけな場所をあらかじめ調べておいて監視できる場所も作成。

後は敵が来るのを待つだけである。

 

そして‥‥敵は予想通り現れた。

 

でもすぐに助けるわけには行かない。

 

この誘拐にはダム計画を中止にするという大きな役割があるのだ。

可哀想だが助けるのは水面下で動いているダム計画中止の時期を見極めてからでなくてはならない。

 

そう言い聞かせ、観察をし続けた。

 

 

「‥‥突入しますか?」

 

葛西さんが淡々とした様子で俺に問いかける。サングラスで見えないがきっとその目には一切の恐怖も写っていないのだろう。

 

本来詩音のボディーガードである葛西さんであるが、何の因果か、現在は俺のボディーガードをしてくれている。

 

今回ここまでスムーズに敵を見つけることが出来たのは全てこの人のおかげである。

敵が潜伏してそうなところをピックアップしてくれたり、監視できる場所を作ってくれたりと、本当にお世話になりました。

俺の言うことに何一つ疑問を持たずに従ってくれるし。頼もしすぎるよ葛西さん。

 

「‥‥あんまり時間もないしね。そろそろ強引にいこうか」

 

このまま放っておくと赤坂さんたちと鉢合わせになるかもだし、それはやばい。

それにいい加減我慢も限界である。

そろそろダム計画も潰れた頃だろう。じゃあこっちも潰さないと。

 

「‥‥わかりました」

 

隣でどこからか黒光りした硬くて危ないものを準備する葛西さん。

俺の隣に置いてあるバットが可愛く見える。

頼もしすぎるよ葛西さん。

 

 

 

 

 

 

「‥‥財布ですか?」

 

朝早く、ホテルで休んでいた俺は突然の大石さんの呼び出しにより叩き起こされた。

大事な要件があるということなので急いで大石さんのもとに駆けつけ、合流。現在に至る。

 

「中には小銭が少し、お札はなし。スリにあって中身を抜いて捨ててあったんだと思ったんですけどねぇ」

 

「違うんですか?」

 

雨に濡れてボロボロになっている財布を見る。事件に関係しているとは思えないのだが。

 

「これを見てください」

 

大石さんは俺に見えるように財布を持つとそれを裏返して見せた。

そこにはTOSHIKI●Iというイニシャルが

 

「これは‥‥大臣のお孫さんと同じ名前!?」

 

「でしょう?」

 

俺の反応をニヤッと笑みを浮かべる大石さん。

いや‥‥まだ同じイニシャルというだけということもあり得る。

 

改めて財布の中身を確認すると歯科カードが入っているのを見つけた。

そこには「犬飼寿樹」という名前が。

 

歯科の住所も東京都‥‥この雛見沢に東京都の住所の歯科カードがあるのは明らかにおかしい。考えられるには

 

「この財布はいつ頃のものですか!?」

 

「拾ったのは村人です。昨日のことだそうです」

 

「じゃなくてこの財布はいつ頃落ちてたんですか!」

 

「ここいらで雨があったのはちょうど先週ですねぇつまりに7日前と考えるのがいいでしょうねぇ」

 

「‥‥電話を借りていいですか?」

 

「どうぞどうぞ」

 

大石さんに電話を借りて急いで本庁に連絡を入れる。

忙しくなりそうだな。

 

 

 

「‥‥ありがとうございました」

 

「どうでした?」

 

「本庁から増援が出発するそうです。俺は現地調査を命じられました。財布の落ちていた場所はどこですか?」

 

「高津戸のあたりですねぇ。あそこらは民家なんてありませんよ。昔の廃村です。無人の家屋が点在する寂しい場所ですよ」

 

「‥‥大石さん。高津戸に案内をしてもらえませんか?」

 

「ええ、構いませんよ。赤坂さんお一人では自由に雛見沢を出入りできないでしょうからね」

 

「では早速出してもらえますか?」

 

大臣の孫は高津戸のどこかに監禁されている可能性が最も高い。急いで救出に向かいたい。

だが大石さんは出かけるにもかかわらず上着を脱ぎだした。

 

「何をしているんですか?」

 

「まぁ用心ですよ。あなたも着ます?」

 

大石さんが取り出したのは防刃ベストだった。

 

 

 

 

 

 

犬飼寿樹は自分の置かれている状況を正確に把握していた。

大臣である祖父を脅迫するための人質。それで間違いないだろう。

 

祖父の立場は理解しているし、多くの人を救っている代わりに祖父のことを良く思っていない人も大勢いると両親から聞いていた。

 

だからこそ、身の回りには気をつけろと耳にタコができるほど言われてきたというのにこのザマだ。自分で自分が情けない。

 

祖父のことは尊敬している。自分の祖父が日本で上から十何番目かには偉いと心から信じている。

 

だからこそ、尊敬する祖父を脅迫する人間たちが信じられなかったし、何よりも自分の身を脅迫のタネに使っているのが許せなかった。

 

初めは恐怖で涙を流しながら震えていたが怒りの感情が心に満たされていくうちに反比例するように恐怖は薄れていき、体の震えもいつの間にか止まっていた。

 

彼が1番最初に考えたのは少年なら誰でも思いつく妄想。この縛りを解き放ち、憎き犯人たちを警察に突き出すという勇猛なものだった。

 

彼は考える視界がふさがれ手足も縛られて動けない状態でも必死に考える。

 

どうしたら今まで自分が見てきた主人公たちのように憎い敵をやっつけることができるのか。

 

だが現実と妄想は別であり、そんなことは不可能だと気付く。

ならばもっと現実的な手段でなんとかしようと考えた時。

 

 

「おらぁぁぁぁぁ!!!!大人しくせんかい!!」

 

突如耳に、人生で一度も聞いたことがないほどの怒声が届いた。

その声に続くように発せれる轟音。

 

その音はアニメなどでよく聞く銃声のように聞こえた。

 

銃声と怒号に紛れて自分を誘拐した犯人たちの慌てる声も聞こえる。

しばらく鼓膜が破れるのではと心配になるほどの轟音と衝撃が続いた。

 

やがて耳を震わせた轟音も腹に響くような衝撃もなくなり静かになった。

何が起こったんだ‥‥?

 

轟音と衝撃で麻痺した頭で必死に状況を把握しようと耳をすます。

静かにしているとこちらに向かって歩いてくる足音が耳に届く。

 

その音はどんどん大きくなり自分の目の前で止まると、腰を下ろすことによって聞こえる服の擦れる音が耳に入る。

 

その後に自分を拘束している縄が解かれる感触。

次第に縄が緩んでいき、腕、足と順に解放されていった。

 

そして目の前に誰かの手が迫る気配を感じた。

次の瞬間、闇が巣食っていた視界は一気に光を取り戻す。

 

光の先に映る人物は

 

「君が犬飼寿樹君?」

 

同じぐらいの年の男の子がそこにいた。

彼の後ろの壊れた扉から漏れる光が彼を照らし神秘的な雰囲気を作り出す。

 

自分が今まで妄想してきた主人公が目の前にいた。

 

「‥‥っ!うん、そうだよ」

 

しばらく呆然と見つめてしまい、ハッと我に帰る。

 

目の前の男の子は安心したように微笑む。

 

「‥‥助けるのが遅くなってごめん」

 

いきなり頭をさげる男の子に慌ててしまう。

なぜ謝られるのかわからない。

ふと後ろを見るとグラサンをかけたおじさんがいて思わず悲鳴をあげてしまう。

 

自分の悲鳴に目の前の男の子が苦笑いを浮かべた時。

 

「‥‥なんだ‥‥これは?」

 

「おやおや‥‥これはすごいことになってますねぇ」

 

小屋の外からそんな声が耳に届いた。

目の前の男の子にも聞こえたらしく顔を引き攣らせながら壊れたロボットのようにギギギと首を動かして振り返る。

 

目の前の男の子につられるように視線を前に向けると太ったおじさんと大人のお兄さんがいた。

 

「‥‥ジーザス」

 

先ほどの神秘的な雰囲気から一変して哀愁を漂わせ始めた男の子から言葉が漏れる。

 

その言葉の意味は分からなかったけどあまり嬉しい言葉ではないことはわかった。



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疑心暗鬼の結果

なんとか無事に大臣の孫である寿樹君を誘拐犯から救出することが出来た。

 

怪我の有無を確認するが、多少の擦り傷はあるが大きな怪我はなさそうだ、受け答えもしっかりできることから精神状態も悪くはないように思う。

 

俺や葛西が怪我一つなく無傷で誘拐犯2人を制圧することが出来たのは、かなりの幸運だろう。

なぜなら、室内にいた誘拐犯はこのひぐらしの世界での死神と言っても過言ではないやつらだからだ。

 

殺しの訓練を受けており、相手が子供だろうと躊躇なく殺す男たち。

 

原作ではこいつらに梨花ちゃんはまったくの抵抗をする間もなく殺されてしまっている。

 

そんなやつらを一方的に制圧できたのは葛西のおかげなのは当然だが、やはり運がよかったのも大きな要因だ。

 

まさか羽入のかけてくれたおまじないが本当に効くとは思わなかったな。

 

これから大臣の孫を救出しにいく前に何か良いこと起こるおまじないとかない?と聞いたところ、

 

「不幸よ飛んでいけなのですー!なのですー!あうあう!!」

 

なんていいながら俺の周りをクルクル回りだし、これで灯火の運はばっちり上がりました!っと得意げに言った時は、無言で頭をなでてその場を去ってしまったが、この結果を見るにガチで効果があったのでないだろうか。

 

お礼にシュークリームを買って帰るか。

 

まぁこれで暇潰し編終了!悲劇の運命?おいおい回避楽勝じゃん!

 

なんて考えていたのだが

 

「‥‥なんだ‥‥これは?」

 

「おやおや‥‥これはすごいことになってますねぇ」

 

俺の背後から若い男性の声と年季の入ったおっさんの声が聞こえてしまった。

 

「・・・・ジーザス」

 

ゆっくりと後ろを振り向くと予想通り、見覚えのある二人組、大石さんと赤坂さんがそこにいた。

 

羽入へのシュークリームは酢昆布に変更だ!

 

「これはどういう状況か・・・・教えてくれますかねぇ?灯火さん?」

 

うわぁ・・・・呼ばれてしまった。

 

「・・・・こんなところで奇遇ですね大石さん」

 

自分でも暗い声になっているのがわかる、きっと目のほうもどんよりと濁ってしまっているに違いない。

この2人にだけは会いたくなかった。警察である2人にだけは。

 

「んっふっふっふ、本当に奇遇ですねぇ、まさかこんな場所であなたと会うことになるとは思いませんでしたよ」

 

そう笑いながら口にする大石さん。だけど目は全然笑ってない。

 

よりにもよって救出直後に遭遇してしまうとは。

 

これ絶対俺らが誘拐犯だって疑われてる。だって園崎だもん、ダム建造阻止のためなら大臣の孫くらい拉致るだろって思われててもまったく不思議ではない。

 

「いやぁ、今日はなんか暇だったから葛西と一緒に散歩をしてたんですけど、そしたらこの小屋から子供の泣き声が聞こえてきたもんだから、ちょっと様子を見に来たんですよ」

 

我ながら自分を殴り倒したくなるレベルの言い訳だ。残念ながら俺には圭一のような口先で話を誤魔化したりする才能はないようだ。

 

「あなたの『様子を見に行く』は、銃を片手に扉を粉砕することを言うんですねぇ。さすがは園崎家の人は違いますねぇ、んっふっふっふ!」

 

俺、園崎家じゃないねぇし!あと扉をヤクザキックで壊したのも、銃を片手に乱入したのも葛西だから!

 

「・・・・物騒な雰囲気だったから仕方なくね。中を覗いてみたら悪い顔をした大人と縄で縛られた子供がいたら、そりゃ強引にでも助けるでしょ」

 

「んっふっふっふ、ここの小屋に室内を覗く窓なんてありませんよ?」

 

もう俺、黙ってたほうがいいな、うん。

 

「後ろの男の子が捕まってた子供ですよね?そして後ろで倒れてる人達が中にいた大人たちですか?」

 

 

大石さんの視線が俺の後ろに隠れている子供とさらに後ろで倒れている男達にいく。

 

 

「あってるよ、葛西のことは大石さん知ってるでしょ?」

 

ここで葛西が誘拐犯に疑われないように発言する。

まぁダム建造妨害する時はよく葛西と一緒にいたから知ってると思うけど。

 

「ええ、よぉく知ってますよ。んっふっふっふ!」

 

「・・・・・・・・・・」

 

俺の言葉を聞いて大石さんは意味深に笑い、葛西は無言で大石を睨んでいる。

勘弁してください。

 

・・・・俺、なんでこんなことしてるんだろ。

 

俺まだ小学4年生だよ?いや、元の世界を合わせると違うけど、それでも元の世界でも中学3年生だ。

 

青春のせの字も味わっていないというのに、どうして先にこんなバイオレンスな世界を味わわなければならないのだろうか。

 

なんかもう悲しみが一周してなんか笑えてきた・・・・。

 

「・・・・まぁ、細かい話は署のほうで聞くとしましょうか」

 

俺が現実逃避で死んだ目のまま笑みを浮かべていると、そんな俺の様子を不憫にでも思ったのか、大石さんはこの場での追及はせずに、続きは署のほうで聞くと言ってきた。

 

おお!これは助かるかも!落ち着いた場での話なら寿樹君の証言や犯人の証言で俺たちの無実が証明できるはずだ!もしもの時は園崎家パワーを使えばなんとかなるだろうし、なにより赤坂さんを早く家族の元に帰らせないといけない!

 

「んっふっふっふ、ではまずそちらの少年の保護をさせてもらいますよ、赤坂さんは後ろで倒れている2人の捕縛をお願いします」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・赤坂さん?」

 

大石さんの声に赤坂さんが反応しない。

 

というかずっと黙ってたから気にしなかったけど、赤坂さんの顔色が見てはっきりわかるくらい悪い。

なぜか、青ざめた顔で俺をじっと見つめた状態で固まってしまっている。

 

・・・・そういえば赤坂さんとはバスから降りた時に少し話して以来だな。

少ししか話していないとはいえ、顔見知りの少年がこんな物騒なところにいたらびっくりして当然だ。

 

「・・・・き、きみが・・竜宮灯火だったのか・・・・」

 

赤坂さんが震えた声でようやく口を開く。

 

え?なんでフルネーム?しかも俺のこと知ってたの?

 

ん・・・・まぁ考えたら園崎家とかかわってるせいで村でも有名になってしまったし、知っててもおかしくないか。

 

きっと大石さんから竜宮灯火という園崎家に関わっているガキがいると教えられたのだろう。

 

赤坂さんとはこれから良好な関係を築かなければいけないというのに大石さんめ、勘弁してくださいマジで。

 

「うん、バス停で会って以来だよね。顔色悪いけど大丈夫?」

 

「あ、ああ・・・・・大丈夫だよ」

 

真っ青な顔でそう言われても説得力ないよ赤坂さん。

 

一体どうしたのだろうか?原作では赤坂さんが体調不良になるなんてあっただろうか?

 

記憶を掘り起こしてみるが思い出せない。

まぁ赤坂さんも原作のキャラクターなんかじゃなく、ここに生きている1人の人間だ。

 

それならば原作通りの体調じゃないことだって当然あるか。

 

そんなことを考えながら、ふとポケットに手を入れると手に何かが当たる感触があった。

 

そういうばポケットにチョコレートがあったな!

甘い物でも食べれば赤坂さんの体調も少しはマシになるかもしれない。

 

赤坂さんへの俺の印象アップも出来て一石二鳥である。

 

「ふっふっふ、赤坂さんに良い物をあげるよ」

 

得意げな顔でポケットに手を入れながら赤坂さんに近づく。

 

このチョコはただのチョコでない!なんと礼奈の手作りチョコなのだよ!

礼奈の料理の腕は小学生にしてすでにかなりの腕前だ。

 

さすがにまだ包丁や危険な道具は使えないが子供用の料理器具で毎日一生懸命に料理を頑張っている。

 

なんでも良いお嫁さんになるために頑張っているらしい。

 

近い将来に、きっと礼奈が恋するであろう圭一がうらやましいぜ。

 

「ほら、このチョコでもたべ「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!????」

 

俺がポケットからチョコを取り出し、赤坂さんに差し出した瞬間、叫び声とともにチョコを持っていた俺の腕が払われる。

 

え!?腕を払われた!?どんだけチョコ嫌いなんだよこの人!!

 

「若!!!?胴体に風穴空けたろかわれぇぇぇぇ!!」

 

葛西が俺の腕を払われたのを見た瞬間、震えあがりそうな怒声と共に銃口を赤坂さんに向ける。

 

「葛西まって!!赤坂さんも悪気があったわけじゃないって!!」

 

慌てて今にも鬼の形相で引き金を引こうとしている葛西を止める。

 

この人の場合、止めないと相手が誰であろうと引き金を引くから洒落にならない。

俺が葛西を止めた後、大石さんが赤坂の肩をしっかり掴んで落ちつくように言っていた。

 

もし今ので礼奈の作ってくれたチョコが割れでもしてたら許さないからな!

ずっと根に持つから覚悟しとけよ!

心の中でチョコが割れてないように祈りながらチョコが落ちた場所に向かう。

 

よかった!チョコは無事みたいだ。

 

俺の腕に赤坂さんの手が当たったためチョコ自体は無傷だったようだ。

これで俺も赤坂さんに恨み言をぶつけなくてよさそうだ。

そんなのんきなことを考えていた時。

 

「っっ!!??」

 

突如、首を何かに掴まれた。

 

「バカが、油断したな」

 

俺の目の前に、倒して捕縛したはずの誘拐犯の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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疑心暗鬼結果 解

誘拐され、行方不明になっていた寿樹君の財布が落ちていたという場所に到着した俺は大石さんの案内に従って怪しい箇所がないかを捜索していた。

 

大石さんの土地勘や長年培ってきた経験によるものなのか、驚くほどの短時間で誘拐犯が隠れるにはうってつけの小屋を発見するに至った。

 

「んん?なんか様子がおかしいですねぇ」

 

誘拐犯に気づかれないように慎重に歩を進めていた時、隣で同じように歩を進めていた大石さんが口を開く。

 

大石さんの声に従って小屋を注視する。

最初は距離があり、よく見ることができなかったが、だいぶ近づいてきたため小屋の様子をはっきりととらえることが出来た。

 

「・・・・ずいぶんと荒らされている様子ですね」

 

距離が近くなったことにより小屋の様子を確認することが出来たが、その状態は予想とは違うものだった。

 

まず小屋に扉が存在しなかった。

いや、正確には扉だった残骸があるのだが、まるで強引に引っぺがされたかのように痛々しい状態だ。

 

この時点でこの小屋はハズレかに思えたが、さらに近づくにつれ、小屋の中に人の気配があることがはっきりとわかった。

 

「・・・・」

 

俺と大石さんが空いたままの扉の左右に位置取り、同時に突入のタイミングを視線にて計る。

そして大石さんが大きく頷いた瞬間、僕たちは同時に小屋の中へと突入を開始した。

 

「‥‥なんだ‥‥これは?」

 

「おやおや‥‥これはすごいことになってますねぇ」

 

小屋に突入した俺たちは想像すらしなかった室内の状態に呆然とその歩を止めてしまう。

小屋の室内はひどく荒らされていた。

 

目の前には強引に吹き飛ばれたであろう小屋の扉が床に落ちており、壁には中を小さなものが貫通した跡、そして飛び散った血痕があった。

 

血痕の先には2名の男が縛られた状態で倒されている、息遣いと体の動きからして、生きてはいるようだ。

 

そして室内の中央には2人の少年が座っており、その横にはおそらくこの現状を作り上げたであろう黒スーツを着た男がこちらを無言で睨み付けていた。

 

これはどういう状況なんだろうか。

 

少年の内1人は背中を向けているため確認できないが、もう1人については写真で確認していることからよく知っている。

 

彼は俺たちが捜索していた大臣の孫である犬飼寿樹君で間違いない。

財布の発見でほとんどわかってはいたが、本当にこの町に誘拐されてしまっていたとは。

 

このまま彼を救出して帰りたいところだが、現状の把握をすることが出来ない。

 

床に倒れて縛られているあの男たちは誰だ?

 

目の前で俺たちを睨みつけている男は何者だ?誘拐犯なのか?

犬飼寿樹君以外のもう1人の少年がどうしてこんなところにいるんだ?

 

数々の疑問が頭の中を走り回り、状況の整理がめちゃくちゃになっていく。

 

「これはどういう状況か・・・・教えてくれますかねぇ?」

 

同じように状況が整理できていないのか大石さんからこの状況に対する説明を求める声があがる。

 

この状況を理解するには目の前の男に聞くのが一番早いだろう。

もっとも素直に答えてくれるとはまったく思えないが。

 

「灯火さん」

 

大石さんから放たれた名前が耳に届いた言葉を、俺はすぐに理解することが出来なかった。

 

とうかさん?大石さんは何を言っているんだ?

 

どうしてこの状況下でその言葉が出てくるんだ?

 

今は目の前の男に現状の説明を求めている場面だろう、それなのにどうして大石さんはその名前を口にするんだ?

 

どうして大石さんは目の前の男ではなく

 

 

もう1人の少年を見ながら聞いているんだ?

 

 

大石さんに声に反応して、顔の見えなかった少年がゆっくりと俺たちの方へと顔を向ける。

 

それは時間にしてほんわずかなものだったはずだ。

 

しかし俺の目にはまるで世界がスローモーションにでもなってしまったかのようにゆっくりと進み、その間俺はまるで金縛りにでもあったかのように身体が動かず、呆然とその姿を見ることしかできなかった。

 

その少年の顔を完全に捉えた瞬間、バス停で出会った梨花ちゃんと一緒にいた少年の顔が浮かび上がった。

 

「・・・・こんなところで奇遇ですね大石さん」

 

完全に俺たちの方に向きなおった少年が口を開く。

 

その目と声はバス停で出会った時とはまるで別物だ。

まるで生気を感じさせない目に、冷たさを感じさせる静かな声。

 

ああ、間違いない。彼があの竜宮灯火だ。

 

ゾッとするような寒気が身体を走るのを感じた。

 

彼が竜宮灯火なのだとしたら、バス停で会ったのは偶然でもなんでもない。

俺が誘拐事件の手がかりを得るために町に訪れ、あのバス停で降りることもすべて把握されていたんだ。

 

そして無害な少年を演じて俺に接触した。

 

俺に向けていた笑顔の裏で俺をどうするべきかを考えていたんだ。

 

そしてずっと泳がされていた。いつでもどうとでもできると判断されて。

もしかして園崎家の親族会議の情報もわざと俺に流したのではないか?

 

俺の存在に自分たちが気づいていることを知らせるために。

 

負の方向に走り出してしまった思考を止めることが出来ない。

 

今までの俺の行動全てが竜宮灯火の思い通りだったとしか考えられなくなっていく。

 

俺たちは村の住民が見つけた犬飼寿樹君の財布を手掛かりにここまでやってきた。

 

財布が見つかった時は運がよかったなんてのんきに考えていたが、あれも偶然ではないとしたら?

 

俺たちをここに呼び寄せるためにわざと財布を落とした。

 

村中がグルなのだとしたら財布を交番に届けて口裏を合わせてここに誘導するくらい簡単にできる。

 

一度そう考えだすと、それが全ての真相であるかのように頭の中に反映されていく。

 

「・・・・赤坂さん?」

 

近くにいるはずの大石さんの声が遠く聞こえる。

俺の名前を呼んでいるような気がするが、それに応える余裕がない。

 

「・・・・き、きみが・・竜宮灯火だったのか・・・・」

 

震える口を懸命に動かしてなんとか言葉を発する。

 

落ち着くんだ、相手は自分の背丈の半分もない幼い少年なんだ。

 

年端もいかない少年に大人の俺が恐怖するなんてありえるわけがない。

 

「うん、バス停で会って以来だよね。顔色悪いけど大丈夫?」

 

「あ、ああ・・・・・大丈夫だよ」

 

友好的な笑みを浮かべる彼になんとか言葉を返す。

先ほどの冷たい雰囲気ではない、以前バス停で出会った少し変わったところがある少年になっている。

 

今までの彼の話は誰かが適当に作り上げた嘘話に違いない。

 

園崎家でもない少年が園崎家の跡継ぎと同等の位置にいるなんてありえるわけがない。

 

今だってきっと、この少年はなんらかのトラブルによってこの現場に巻き込まれてしまったに違いない。

 

そうじゃなければ、誘拐犯のいる小屋にいるはずがないのだから。

 

・・・・もしもトラブルに巻き込まれたわけでもなく、自分の意思でここにいるのだとしたら・・・・・それはきっと。

 

「赤坂さんに良い物をあげるよ」

 

爽やかな笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。

 

右手を上着のポケットに入れて何かを取り出そうとしているのが見えた。

 

待て・・・・どうして俺の名前を知っているんだ?

 

バス停の時、梨花ちゃんに対して名を名乗ったが彼には名を名乗ってなんかいない。

 

なのにどうして当たり前のように俺の名を口にした?

 

先ほど思い浮かんだ言葉が再び浮かび上がる。

 

もしもトラブルに巻き込まれたわけでもなく、自分の意思でここにいるのだとしたら、それはきっと。

 

 

 

俺を殺すためだ。

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!????」

 

その答えを頭が出した瞬間、叫び声をあげながら彼がこちらに突き出した腕を払っていた。

俺に腕を払われたことで彼が持っていた何かが手から離れて飛んでいくのが目に入る。

 

「赤坂さん!!落ち着いてください!」

 

パニックになった俺に大石さんがすぐに肩を抑えるようにして叫ぶ。

 

その後ろでは黙ってこちらを睨んでいた黒スーツの男が叫んでおり、それを彼が必死に抑えているのが見えた。

 

落ち着くように俺に呼びかける大石さんを横目に、彼が持っていた物が落ちた場所に目を向ける。

 

落ちていたのは・・・・可愛らしくラッピングされたチョコレートだった。

 

俺を殺すための凶器だと思って弾き飛ばしたものがただのチョコレートだった。

 

可愛らしいラッピングを見るにおそらく手作りであろうもの。

 

それを見て緊張していた身体が楽になるのを実感する。

 

彼は体調の悪そうな俺を気遣って、チョコレートを俺にくれようとしていたのか。

それを理解した瞬間、彼の好意を踏みにじった罪悪感と彼の行いを勘違いした羞恥が俺を襲う。

 

謝らなくてはと彼に目を向けた時、彼の近くに倒れていた男の1人が急に動き出すのが見えた。

 

「バカが、油断したな」

 

気づいた時にはもう遅かった。

俺が動き出すよりも早く、倒れていた男が彼の首を掴み、自身に引き寄せる。

 

「若!!??いますぐその手を放せや!!ぶっ殺されてぇのか!!!」

 

彼の関係者、おそらくは園崎家の人間であろう男が銃口を構えながら吠える。

しかし彼をとらえた男はまったくこたえた様子もなく笑みを受かべるだけだ。

 

「騒ぐんじゃねぇよ、てめぇに撃たれた傷に響くだろうが」

 

口元に血を覗かせながら荒い息を吐く男。

横腹辺りからは血が滲んでおり、服から滴った血が床を濡らしている。

 

「くそ、縄で縛ってたはずなのに!」

 

男に首を掴まれ苦しそうに顔を歪めながらそう口にする灯火。

 

「残念だったな、関節を外せば縄なんて簡単に抜けれるんだよ!おら、さっさと銃をこっちに向かって捨てろ!こいつの首をへし折るくらい今の俺でも簡単にできるぞ!」

 

「・・・・」

 

首を掴まれ苦しそうに息を吐く彼を見て相手を睨みつけながら銃を地面へと捨てる黒スーツの男。

 

彼を掴んでいる男は黒スーツが手放した銃を掴み、銃口を黒スーツの男へと向け、一瞬のためらいもなく引き金を引いた。

 

「葛西!!!」

 

「ぐっ!?若・・・・なんとお詫びをしたらいいか」

 

脇腹に弾をもらった男はくぐもった声を上げて地面へと倒れる。

それを見た彼は必死に脱出しようと暴れるが、銃を撃った男はそれを無視して油断なく俺と大石さんを視線で牽制している。

 

「ひっ!!」

 

目の前で人が銃で撃たれたのを見て、状況がわからず黙っていた寿樹君から悲鳴が漏れる。

 

一瞬にして状況が最悪へと変わった。

俺のせいで彼は男に捕まり、彼を守っていた黒スーツの男も銃で撃たれて倒れてしまった。

加えて大臣の孫である犬飼寿樹君も完全に保護出来ていない。

 

「くそ、離せ!!葛西!しっかりしろ!葛西!!」

 

男の腕から逃れようと必死に暴れているが幼い彼の力程度では振りほどくことは出来そうにない。

 

「暴れんじゃねぇ!!うざってぇんだよ!!」

 

そう言って暴れる彼の頭を銃で殴りつけた。

 

容赦なく殴られた彼の頭からは血が流れ、そのまま意識を失ってしまったのか力抜けた状態で動かなくなってしまった。

 

「子供を無遠慮に殴るとは・・・・覚悟は出来てるんでしょうねぇ、あんた」

 

いつも飄々とした笑みを浮かべていた大石さんから初めて笑みが消える。

 

「けっ、こんな得体のしれない野郎をガキとは思わねぇよ」

 

男に捕まれたまま血を流しながら気絶している少年を見て吐き捨てるようにつぶやく男。

得体のしれない・・・・確かにその通りだ。

 

俺は彼、竜宮灯火についてほとんど知らない。

 

人は正体のわからない存在を不気味に思う。当たり前の感情だ。

今だってこれまでの出来事を思い出せば背筋にうすら寒いものが走る感覚が襲ってくる。

 

だが、警察官として、いや、1人の子を持つことになる親として、目の前で子供が傷つけられてなんとも思わないわけがない!

 

竜宮灯火の正体、この小屋で起きた真相、誘拐事件、園崎家、そんなものは全て後回しだ。

 

今はただ、目の前の傷ついた子供、灯火君を助けて、目の前の男をおもいっきりぶん殴ってやる!

 

「さて、そこで泣きべそかいてやがるガキにはまだ用があるかならな。ガキを残して小屋から出ろ」

 

「断る!彼を解放しろ、お前のその傷だって軽くはないだろう!」

 

男の脇腹からは今も赤い血が滴り、服の色が赤色に染め広がっている。

 

「余計なお世話だ、さっさと外に出ろ!このガキの頭が吹っ飛ぶとこを見たいんだったら別だがな」

 

そう言って銃口を彼の頭に当たる。

 

どうすればいい・・・・どうすれば彼を救出することが出来る。

 

この現状を作り出してしまったのは俺だ。ならそのむくいは全て俺が受けるべきであって、決して彼が受けていいものなんかではないんだ!

 

「・・・・・」

 

必死にこの現状を打破するための策を考えている時、気絶していたと思っていた少年、灯火君の目がかすかに開いたのをとらえる。

 

灯火君は男に気づかれないようにゆっくり口を開き、自身を捕まえている男の腕に全力で噛み付いた。

 

「ぐぁ!?このガキ!!気絶してなかったのか!!」

 

腕を噛み千切るほどの気迫で噛みつかれた痛みによって男の意識がこちらから灯火君に移る。

 

男の意識がこちらから灯火君に移った瞬間、全身のばねを使い、男の懐へと飛び込む。

 

銃口は未だ灯火君を向いたままだが、その引き金が引かれるよりも俺のこぶしが男を打つほうが早い!

 

「なっ!?」

 

男がこちらに気づいた時、俺のこぶしは男の顔の目の前まで迫っていた。

 

「うおおおおおおお!!!!」

 

渾身の一撃で男の顔にこぶしを打ち込む。

 

その衝撃によって男が吹き飛ぶ瞬間、男の腕から灯火君を救出する。

 

俺のこぶしをくらった男は勢いよく壁へと激突し、その壁を突き破って小屋の外へと消えていった。

 

「うわぁ、すんごい威力ですねぇ」

 

後ろから大石さんの呆然とした声が聞こえる。

俺の全力のこぶしを受けたのだ、小屋の薄壁一枚突き破って当然だ。

 

「へへ・・・・さすが赤坂さん!ほんと頼りになるよ!!」

 

腕に抱えていた灯火君から明るい声が漏れる。

 

彼だけは俺の力に対して驚いていなかった。

 

驚くのではなく喜んでいた、ずっと見たかったものを見たかのように無邪気な声で。

 

なぜ彼が俺のことを知っていて、この小屋にいたのか、落ち着いたらじっくりと聞かなくてはな。

 

「そう・・だ・・はやく葛西を病院に・・・」

 

その言葉を、彼は最後まで言い切ることが出来ずに意識を失ってしまった。

 

精神、身体と共に限界がきたのだろう。

倒れている男はもちろん、灯火君も急いで病院へ連れていかなくては危ない。

 

「あの・・・・その子は大丈夫なの・・・?」

 

気絶してしまった灯火君を心配そうに見る寿樹君。

 

血は出ているが大量に出ているわけではない、命にかかわることはないだろう。

そういうと安心したように息を吐く寿樹君。

 

とにかくこれで誘拐事件ついては解決だ。

 

事件の詳細については後からやってくる仲間がやってくれるだろう。

俺は彼らを病院へ送った後、東京に戻ることになるはずだ。

 

ああ・・・・はやく妻に会いたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにですが赤坂は雛見沢症候群にはかかっていません。
今まで積み重なった勘違いによって不安定になっていただけです。

一撃で薄壁とはいえ貫通させる赤坂のこうぶ。
原作ではあの山犬相手に無双していたので、現時点でもこれくらいは出来そうだと思いました。

戦闘能力はあるけど、場数を踏んでいないので精神のほうは、まだまだ未熟といった感じ。


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暇潰し編 結

お疲れ様です。

久しぶりの投稿だというのに暖かく迎えて下さってありがとうございます。
これから頑張っていくので宜しくお願い致します。
また誤字脱字を指摘下さった皆様、ありがとうございます。
自分で思いますが、誤字脱字がひどいですね。
一応見直しはしているのですが、まったく気づきませんでした。
暇を見つけて訂正していきますのでご容赦を。

また、これにて暇つぶし編は終了になります。

次話は明日の19時に投稿予定です。




目が覚めて一番最初に飛び込んできた景色は、病室のライトではなく、妹たちの泣き顔だった。

 

「お兄ちゃん!!?お兄ちゃんが起きた!起きたよ!!うえぇぇん!!!」

 

大粒の涙を流しながら俺に抱きついてくる礼奈。

うぐぁぁ!!怪我した頭の傷に響くぅぅぅ!!!

 

「もう・・・・本当に心配したんだからね!!」

「本当によかった、もしかしたらもうお兄ちゃんの目が覚めないんじゃないかって」

 

礼奈と同じように涙を溢れさせて俺に抱き着いてくる魅音と詩音。

待って!心配してくれるのはすごく嬉しいんだけど、頭に響くから揺らさないでぇぇぇぇ!!

 

「灯火・・・・気が付いて本当によかったのです」

 

「梨花ちゃんも来てくれたのか、心配かけて悪かったな」

 

「本当にそうよ・・・あなたがいなくなったら私は・・私は・・・」

 

涙声で溢れる涙をぬぐっている梨花ちゃんの頭をそっとなでる。

この中で梨花ちゃんがもっとも俺がやってきたことを理解している。

だからこそ、もっとも心配してくれていたのだろう。

 

「あうあうあう!!灯火の目が覚めたのです!!よかったのですよー!!」

 

その声に反応して上を見上げれば、空中で大泣きしながらフワフワと浮いている羽入が目に入った。

 

みんなが来てくれてたのは嬉しいんだが、あれからどうなったのか確認がしたい。

 

小屋で誘拐犯の一人に人質として捕らわれてしまったけれど、赤坂さんが一瞬の隙をついて誘拐犯をぶっ飛ばし、俺を助けてくれたのまでは覚えてる。

 

その後、気絶してしまったのか記憶はそこで途切れてしまっている。

 

「そうだ!!葛西は!魅音詩音!!葛西の容態は!?」

 

「大丈夫だよ、撃たれた弾も綺麗に貫通してたみたいで命に別状はないってさ」

 

「葛西は丈夫なので心配無用だよ、それよりお兄ちゃんは自分のことを心配して!」

 

「そっか・・・・よかった」

 

俺のせいで命を落としたなんてことになればどう詫びればいいかわからなかった。

葛西の方はこれで大丈夫、残る問題は。

 

「灯火君!よかった、気が付いたようだね!」

 

「んっふっふっふ、ご無事なようで何よりですよ灯火さん」

 

これからのことに考えをめぐらせていると、大石さんと赤坂さんが俺の病室の扉を開けて入ってきた。

2人の様子を見れば特に怪我をしている様子はなく、こちらを見て安心したように息を吐いている。

 

「・・・・警察、今お兄ちゃんは怪我して休んでるんだから邪魔しないで」

 

2人の登場に魅音は冷たい目と声で応える。

 

詩音も同じで無言のまま2人を強い怒りを宿した目で睨み付けている。

2人はある程度、俺が今まで何をしていたのかを知っているのだろう。

 

だからやってきた警察を2人は歓迎することはない。

 

それ以前に今までダム建造阻止運動の時に警察に何回もお世話になっているのだ。好きになれるわけがない。

 

特に大石さんと魅音、詩音の仲は最悪だ。

 

「魅音、詩音・・・・俺は大丈夫だ、ありがとうな」

 

俺を守るように2人を睨みつける姉妹の頭をなでる。

俺の声に姉妹は納得していないが、ひとまず2人への絶対零度の視線をやめてくれる。

 

「みんな、俺とこの二人の三人だけで話したい、悪いけど席を外してくれ」

 

「・・・・うん、わかった。みんな、行こう」

 

俺の視線で大事な用だと察してくれた魅音がみんなを連れて病室を出る。

 

礼奈と梨花ちゃんは俺を心配そうに見ながらもおとなしく従ってくれる。

 

魅音と詩音も、大石さんと赤坂さんに殺しそうなほどの鋭い視線を浴びせながら退出していく。

 

今はしょうがないけど、いずれ魅音と詩音の警察嫌いをなんとかしないとな。

 

「気を使っていただいてありがとうございます、私は魅音さんと詩音さんに嫌われてしまってますからねぇ」

 

苦笑いを浮かべながらこちらにお礼を言う大石さん。

あの二人の睨みに苦笑いで終われるこの人の度胸も相当なもんだ。

 

「いえ、俺も三人でゆっくりと話したかったので」

 

まぁ正確には四人だけどな!俺の上空でフワフワと浮いてる羽入の姿を2人は見ることは出来ない。

 

だからいても問題はないのだが、これは梨花ちゃんの指示か?あとで羽入から話した内容を聞くつもりなのだろう。

 

「灯火君・・・・まずは君に謝罪を。僕のせいで君に大怪我をさせてしまった、本当に申し訳ない!」

 

そう言って本当に申し訳なさそうに俺に頭を下げる赤坂さん。

 

・・・・あの時の赤坂さんはどう見ても冷静じゃなかったように見えた。

 

疑心暗鬼による冷静さの欠如はひぐらしの世界では十八番だが、あのタイミングで赤坂さんがああなると思わなかった。これが運命の強制力というやつか、運命め、やってくれる。

 

「気にしないでください、それよりもあの後どうなったのか教えてもらってもいいですか?」

 

赤坂さんの謝罪を簡単に受け、俺が気絶してしまった後の話を聞く。

 

大臣の孫である寿樹君はあの後やってきた警察の仲間に保護され、安全な場所にいるようだ。

 

赤坂さんが吹き飛ばした誘拐犯は捕まることなく逃走し、今も捕まっていないらしい。

 

もう1人に関しては重症で意識はないが、命に別状はないらしく警察の監視の元、病室のベッドの上にいるようだ。

 

確保した男が目を覚まし、事情聴取を行えば今回の事件の詳細がわかるだろうと赤坂さんが語る。

 

病院で寝ている男はこの世界において梨花ちゃんを殺す死神の一人だ。

 

その男が目を覚まし、素直に真実を吐くとは思えないが、今回の件で警察を完全に敵に回したのだ。

 

これで彼らも多少は動きづらくなるだろう、小さくても未来への戦いへの布石になればそれでいい。

 

赤坂さんの話が終わった後は、こちらが質問をされる番だった。

 

どうしてあの場所にいたのか、今回の事件についてどこまで知っているのか、自分のことをなぜ知っていたのかとどんどん遠慮のない質問が飛んでくる。

 

赤坂さんの怒涛の質問に頬をひくつかせながら回答を誤魔化しながら対応する。

 

ていうか赤坂さんの話を聞いていると俺の認識との食い違いがひどい。

 

赤坂さんは俺のことを完全に悪の親玉かなにかと勘違いしている。

 

俺の回答にも完全に納得はしていないようだし、どうしてこうなってしまったのかさっぱりわからない。

 

とりあえず、今回の事件に関しては園崎家は関係なく、俺や葛西については巻き込まれた被害者ということになりそうだという話をもらった。

 

まぁ銃を持っていたとか、いろいろ問題はあるけれどそこらへんは園崎家が警察とうまくかけあってくれるだろう。

 

「・・・・赤坂さんはこれからどうするの?」

 

話が一段落したところで、この事件の本命とも言える話題を切り出す。

 

俺が危険を冒してまで大臣の孫の救出に向かったのも、すべては赤坂さんの妻の死という運命を回避するために行った行動だ。

そのためには赤坂さんにはすぐにでも東京に帰ってもらわなければならない。

 

「ああ、事件の詳細を調べて報告しないといけないからね、もう少しの間はこっちにいるよ」

 

「・・・・早く東京に帰った方がいいと思うよ」

 

赤坂さんの発言を聞いて思わずそう口にする。

 

原作とは違い、赤坂さんに怪我がないためか東京に帰らずにここにとどまることになってしまったようだ。

 

「・・・・・どうして東京に帰ったほうがいいか教えてくれ。その言葉、梨花ちゃんにも言われたんだ」

 

俺の言葉を聞いて神妙な顔でそう口にする赤坂さん。

 

梨花ちゃんからは事前に説得に失敗したという話は聞いている。

赤坂さんには一刻も早く東京に帰ってもらわなければならないのだ。

 

「・・・・さっきなんで俺が赤坂さんについて知ってるのか疑問に思ってたよね、それは園崎の人たちが話しているのを聞いたからなんだ。聞いた感じ、けっこうな詳細まで把握されてたよ」

 

回ってくれ俺の口先!圭一のようにうまく出来ないなんて言ってられない。

 

今この瞬間だけは、うまく言葉を繋げなくてはならない。

そうでなければ全部が水の泡だ。

 

「たぶん、警察の中か、その関係者に知り合いがいるんじゃないかな?赤坂さんの名前はもちろん、経歴や出身地までわかってたよ・・・・奥さんが妊婦だってこともね」

 

「っ!?雪絵のことまで知られていたのか!?」

 

もちろん嘘だ、俺はそんなこと聞いていないし、園崎家の人たちだってそこまでの詳細は知らないはずだ。

 

「園崎家の会議の時にその話が出てさ、物騒な雰囲気でどうするかなんて話をしてたから慌てて止めたんだよ」

 

「そ、そうか・・・・あの時の話はそういうことだったのか、ありがとう灯火君」

 

「まだお礼は早いよ。それで終わればよかったけど、今回の事件で俺が怪我したのがまずかったね。ないとは思いたいけど、逃げた犯人への八つ当たりで赤坂さん・・・・もしかしたら奥さんにまで被害がいく可能性がないとは限らない」

 

赤坂さんはどういう経緯でそうなったのか、園崎家(俺含む)に過剰なまでの恐怖を覚えているようだ。

 

ならばそれを利用して東京に帰らせてしまえばいい。

園崎のみんなには悪いけど、俺は実際やっても全然おかしくないと思ってるからな!

 

「っ!?ごめん、少し席を外させてもらうよ!」

 

俺の話を聞いて、青ざめた顔になった赤坂さんが病室から飛び出るように出ていく。

きっと電話で奥さんの様子を確認しにいったのだろう。

 

・・・・これで赤坂さんは東京に帰るはずだ。

 

奥さんは今も無事であるかは赤坂さんの電話でわかる。

 

俺が施した保険がうまくいっているのなら大丈夫なはずだ。

 

だが、それも完璧とは到底言えない、運命という強い強制力がどこまで強いものなのかわからないのだ。

 

「んっふっふっふ、灯火さん、あんなこと言って大丈夫なんですか?あなた、園崎家側の人間でしょうに」

 

俺が結末を見届けるためにベッドから起き上がっていると、横から大石さんの声が届く。

 

「赤坂さんには助けてもらいましたからね、そのお礼ですよ」

 

「・・・・そうですか、では私からもお礼を。事件の報告の際には可能な限りあなた方に迷惑をおかけしないように頑張りますよ」

 

 

あ、それはマジで頼みます。

 

大石さんからの頼もしい言葉に喜びながら病室の扉を開く。

運命の瞬間は、もう目の前だ。

 

 

 

三人の話が終わるのを廊下で待っていた時、勢いよく病室の扉が開いたと思えば、青ざめた様子の赤坂が廊下へと飛び出していくのが見えた。

 

廊下に出た赤坂は一瞬、こちらを見て顔を歪め、そのまま階段を下りていく。

 

あのただならぬ様子の赤坂、きっと灯火が赤坂に何かを言ったのだろう。

 

「羽入!中で何があったのか教えなさい!」

 

病室の扉をすり抜けて私の前に現れた羽入に中で起こったことを問いただす。

 

「灯火が赤坂に園崎家を脅しに、奥さんに危険が迫っていると伝えたのです!それを聞いた赤坂が飛び出していったのですよ!!」

 

「っ!?そういうことね!急いで追うわよ羽入!」

 

「はいなのです!」

 

階段を下りて行った赤坂を追いかける。

この後訪れるであろう運命に泣きそうになるのを必死に抑えながら。

 

 

 

「梨花!赤坂がいたのですよ!!」

 

「っ!?」

 

羽入の指さしたほうを見れば病院の電話の前に立ち、受話器に耳に当てている姿だった。

 

「くっ・・・・なかなか繋がらない!」

 

焦った様子で受話器を耳に当てる赤坂に近づく。

 

ああ・・・・このまま電話が繋がらないでほしい。

 

灯火は頑張ってくれたが、赤坂が東京に帰るべきタイミングはもう過ぎてしまっている。

 

誘拐された大臣の孫を救出し、すぐに帰っていればよかったのだが、灯火たちを病院へと送り、その後も事件の詳細を仲間に報告しなければならなかったせいで東京へ帰れるタイミングを失ってしまったのだ。

 

ゆえに赤坂の妻は赤坂の無事を願うため、日課である祈りを屋上でするために階段を上がり、階段の整備不足が原因で足を滑らせて亡くなってしまう。

 

赤坂がここにいる時点でもう運命は決まってしまっているのだ。

 

「くそ、はやく繋がってくれ・・・・っ!よかった、繋がった!」

 

「っ!?」

 

もうダメだ。

これから赤坂が知ることになる運命に思わず目を背けてしまう。

 

「すいません、赤坂と申します!そちらの病院に妻の赤坂雪絵という女性がいるかと思いますが、すぐに彼女に繋いでください!お願いします!」

 

必死な様子で奥さんへの通話をお願いする赤坂。

 

以前までの私は赤坂に奥さんが亡くなったという事実を知らせたくなくて、少しでも知るのを遅くさせようと病院はもちろん、町にある公衆電話の電線を全て切って回った。

 

それでも結局は、大石からその事実を伝えられてしまい、彼は絶望してしまう。

 

いやだ、もう絶望する彼を見たくない!

 

何度も見て、目に焼き付いてしまった絶望する彼の姿が脳裏に浮かび、無意識にぎゅっと目を閉じる。

そして固く目を閉じた私の耳に。

 

「雪絵!!はぁ、よかった。繋がった!そっちは大丈夫か!?何も変なこととか起きてないか!?」

 

赤坂の安心した声が聞こえる・・・・え、電話が繋がった・・・・?

 

「う、うそ・・・・生きてる・・・・どうして?」

 

赤坂さんの声が耳に入ってくる。相手は赤坂の奥さん、今の時間には死んでいるか、手術の最中であるはずの女性。そんな彼女が何事もないかのように赤坂と会話をしている。

 

「よかった・・・・うまくいったみたいだな」

 

私の後ろから安心したように息を吐きながらそんな声が漏れる。

慌てて後ろを振り向くと、予想通り、この状況を作り上げたであろう男、灯火の姿があった。

 

「灯火!一体どういう手品を使ったのよ!説明しなさい!」

 

「別に手品なんて使ってないさ、赤坂さんの奥さんが死ぬ原因は屋上の階段からの転落死だろ?だったら原因である屋上へ行かせなければいい話だ」

 

私の質問に得意げな表情でそう答える灯火。

続く彼の説明は、私を放心状態にさせるには十分な内容だった。

 

灯火は園崎家の関係者が東京にいることは知っていた。

 

そしてその人に産婦人科のある全ての病院の電話番号を教えてもらったようだ。

 

その後はその電話番号に電話して赤坂さんの奥さんがいる病院に当たるまでかけまくったらしい。

 

「赤坂さんの奥さんの名前は梨花ちゃんに教えてもらってたし、この時代は個人情報に対してそこまで厳しくないから聞けばすぐ教えてもらえてな。俺が子供だからってのもあるだろうけど」

 

まぁもちろん全部の病院で教えてもらえたわけじゃないし、同姓同名の人だって何人かいたけどなと説明を付け加える灯火。

 

「あとは名前があった病院と教えてくれなかった病院に、屋上への階段を通行禁止にするように呼び掛けただけさ。階段にガタがきてて危ないとか適当に理由をつけてな!これに関しては子供の俺が言っただけじゃあ弱いと思ったからさ、葛西に凄んでもらいながらお願いした!いや~その時の葛西の凄みが迫力あってさ!電話口の人が涙目で言う通りにしてたのが簡単に想像できたぜ!」

 

「なっ!?私の知らないところでそんなことしてたの!?」

 

灯火の説明を聞いて口を荒げる。そのことを教えてくれていれば、もっと落ち着いた思いでいられたというのに!

 

「いや~ごめん!びっくりさせたくてついもったいぶってたら言うタイミングがなくなっててさ」

 

はっはっはと笑う灯火の足に蹴りをいれる。あとで覚えときなさいよ!

 

「まぁ・・・・そうは言ったけど、実際に通行禁止にしてくれるかはわからなかったし、電話した病院の中に赤坂さんの奥さんがいる病院が本当にあったかも確証はなかった。見た限り上手くいったみたいだけど、正直運がよかったとしか言えないな」

 

私の蹴りを受けながら真面目な表情で語る言葉を聞き、確かにと納得する。

灯火の言った可能性も大いにあったと思う。だからこそ灯火はこれを保険にして、確実に事故を防ぐことが出来る赤坂の東京への帰還を優先して行っていたのだろう。

 

 

「ああ、わかった。俺もすぐにそっちに帰るから安心してくれ。俺が戻るまで出来る限り病室から出ないようにしてくれ・・・・ああ、気を付けて帰るよ、じゃあまたあとで」

 

灯火からの説明を聞き終えた時、タイミングよく赤坂のほうも話し終わったようで、通話を終えて受話器を元の場所に戻している姿が見えた。

 

「あ、梨花ちゃんに灯火君。ちょうどよかったよ。改めてお礼を言わせてくれ。梨花ちゃんの警告の意味は灯火君に教えてもらった。ありがとう。このことを僕に伝えることは君たちにとっても危険なはずなのに・・・・」

 

通話を終えた赤坂が申し訳なさそうに私たちにお礼を言う。

羽入から聞いた園崎家を脅しに使ったと言っていた件だろう。どういう伝え方をしたのかは後でみっちり聞きだすとしよう。

 

「気にしないでよ、それより早く奥さんのところに行ったほうがいい。俺の方でもなんとかするけど、用心に越したことはないからね」

 

「ああ、そうさせてもらうよ。大石さんには悪いけれど後のことは頼もう。梨花ちゃんに灯火君、君たちには落ち着いたら改めてお礼を言いに来るよ!」

 

「・・・・約束なのですよ」

 

「ああ、約束だ」

 

赤坂が膝を折って私と視線を合わせながらそう口にする。

 

またここに来てくれると赤坂が言ってくれた。

 

いくら助けを求めても、二度と雛見沢に来てくれることがなかった彼が、もう一度来てくれると言ってくれた。

 

ただの口約束だけれど、心が温まるのを感じた。

 

「灯火君もありがとう。僕は君を勘違いしてしまっていた、そしてそのせいで君に怪我を負わせてしまった・・・・この償いは必ずするよ、今度会う時に必ず」

 

「うん、期待してる」

 

「ああ、期待をしていてくれ。じゃあ僕は大石さんのところに向かうよ。灯火君もはやく病室に戻ったほうがいい」

 

そう言いながら大石さんの元へと向かう赤坂。

きっと大石さんに後は頼んですぐにでも東京に帰るつもりなのだろう。

 

「また来るか・・・・いつになるんでしょうね」

 

無事子供の出産が終わったとしても、赤坂には仕事があるのだ。

 

仕事の合間にこんな遠くの田舎にくるのは難しいはずだ。

ダム反対運動だってまだ続いている、少なくともこれが落ち着くまでは難しいだろう。

 

「まぁ、気長に待とう、それより梨花ちゃん」

 

「なに?」

 

「ハイタッチ」

 

灯火は笑みを浮かべながら私に掌を見せる。

私はそれを見て同じように笑みを見せて彼の手に自分の手を重ねる。

 

私達の手から鳴った気持ちの良い音が、室内に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




園崎家はどうやって大臣の孫が誘拐された情報と赤坂がくるって情報を知ったのだろう?

私が描写シーンを知らないだけで鷹野達がわざと情報を園崎に流していたのかもしれませんが、本作では園崎家の関係者が警察の重役にいるということで!

園崎には有名な弁護士になってる人もいるんだから、警察へのパイプを作るために潜り込んでても不思議ではないはず!

赤坂の移動は灯火が園崎家にお願いしました。
灯火に怪我を負わした関係で怒る園崎の面々を灯火がうまく誘導しました。

赤坂は雛見沢の近くの警察署に移動しますが、大石と同じところではありません。
赤坂の部署は特殊なため、大石の警察署ではなく、もう少し離れた場所にある大きな警察署へ移動することになります。

少し距離はありますが、東京と比べたら全然近いです。

また明日読んでいただければ幸いです。



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事件後の病院での出来事

大臣の孫誘拐事件が解決した次の日。

赤坂さんは俺たちが警告したその日の内に雛見沢を離れ、病院の奥さんの元へと向かった。

今頃病院で奥さんと再会して安心している頃だろう。

 

これで今回の大臣の孫誘拐事件・・・・いや、暇潰し編も完全に終了と言ってもいいだろう。

赤坂さんの奥さんが死んでしまう運命は無事に回避されたし、これからダム建造計画も中止の方向へ向かっていくことだろう。

この後で一番近い出来事は来年の綿流しの日に起こるバラバラ殺人事件だが、その時に殺されてしまう現場監督についても俺の華麗なる頭脳プレイによって現場監督を解任している。

もちろんこれだけでは完全に事件を防ぐことが出来ないことはわかってる。

だが、これで少なくとも大石さんの大切な友人である監督が死ぬようなことにはならないだろう。

かといって代わりの着任した現場監督やそのほかの人が死ぬようなことは避けたい。

誰かの代わりに別の誰かが死ぬような運命なんて嫌に決まっている。

 

まぁ、それも一年の猶予があるのだから、ゆっくり考えていけばいいさ。

 

それよりも今この瞬間に直面している問題を解決する方がよほど重要だ。

 

「・・・・なぁ、暑いからいい加減離れてほしいんだけど」

 

「「「いや!!」」」

 

俺の言葉に三人の少女の声が重なる。

病院のベッドに寝ている俺の身体は現在、三人の妹たちによって拘束されていた。

身体の正面を礼奈に抱き着かれ、左右の腕に魅音と詩音が絡みつくようにくっついて離れない。

いやまぁ、いきなり頭から血を流しながら病院に運ばれたのだから心配するのは当然だろう。

逆の立場なら俺だってすぐに駆け付けるさ。

 

だから彼女たちが俺の心配をしてそばにいてくれるのは嬉しく思うし、くっついてくるのだって微笑ましい気持ちになるさ。

だが、世の中には限度というものがあると思う。

 

彼女たちは朝一番にお見舞いに来てくれた。

心配そうな顔をしながらくっついてきた彼女たちを拒む選択肢なんてあるわけがない。

 

そして現在、時刻は18時 お空は夕暮れである。

 

長いわ!!スキンシップにだって限度あるわ!もう9時間以上引っ付いたままなんだぞ!!

食事の時だって引っ付いたままだったし、検査や他の人の面会の時は空気を読んで離れてくれたが、終わった途端、磁石の引力みたいに再びくっついてくるのを見た時は乾いた笑みしか浮かばなかった。

 

ちなみにその様子を検査してくれた入江先生がうらやましそうに見ていたのは少し引いた。

ロリとメイドをこよなく愛する入江先生にとって、今の時代こそが黄金の時代と言っても過言ではないのかもしれない。

初めて会った時に礼奈たちを犯罪者のような目で見ていたのにはドン引きしてしまった。

基本的に誠実な人なので決して嫌いではないけれども。

 

 

ちなみに俺が入院したという噂は昨日の内に広まってしまったようで今日は朝から多くの人たちが見舞いにやってきてくれた。

 

今まで会うことが出来ずにいた悟史と沙都子も二人を保護してくれている村長の公由さんと一緒に朝一番にやってきてくれた。

 

心配そうな顔で入ってきた二人だったが、俺の身体に装備された状態の三人を見た途端、呆れたようにため息を吐いていた。

 

その後、悟史が心配したんだよと優しく言葉をかけてくれたのに対し、沙都子は威嚇する犬のようにキャンキャンと俺に注意をしてきたのだが、俺を心配しての注意なので甘んじてそれを受け入れた。

二人とも俺の怪我の原因については知らないが、ダムの関係によって負った怪我だと予想していたのだろう。

俺の頭に巻かれた包帯を見て心配そうな顔を覗かせていた。

 

その後にやってきたのはなんと、俺よりも重傷で寝込んでいたはずの葛西だった。

見るからに顔色が悪い状態だというのに俺の病室にやってきたかと思えば、血が出るんじゃないかという勢いで頭を地面へとぶつけながら俺に謝罪したのだ。

自分が不甲斐ないばかりに怪我を負わせてしまったと言い出し、責任取って指詰めますと言いながら目の前で自分の指を切り落とそうとするもんだから、ベッドから転がり落ちそうになりながら慌てて止めることになった。

いくら俺が葛西のせいではないと言っても聞かないので、あきらめて今度は必ず俺を守ってくれるようにと言うと、命に代えてもとガチの声で返されてしまった。

俺の知らないところで葛西にケジメだとか言って拷問でもしないように園崎家に泣いてでもやめるように言っておかないと。

 

今更だけど魅音や詩音みたいな園崎家の人にならともかく、まったく関係のない俺に対してここまでの忠誠心を見せられてしまうと、申し訳ないっていうか・・・・普通に怖い。

もちろん葛西のことは大好きだし信用しているのだが、それとこれとは話が別である。

 

 

葛西を自分の病室に帰した後、たたみかけるように魅音と詩音の母である園崎茜と、現当主である園崎お魎がやってきた。

来るかなー?来てほしくないなー、ていうか来ないで!と昨日の夜に何十回も念じていたのだが、そんな俺の思いは届かなかったようだ。

俺の中の『現雛見沢で怖い人ランキング』TOP5に入る2人が同時に来たことで冷汗が止まらなくなる。

ほっといた方が都合がいい事件に自分から首を突っ込んで怪我をし、園崎家の大事な部下である葛西に大怪我を負わせてしまったのだ。どんな目に遭わされるのか想像したくもない。

 

この二人が来たというのに全く離れるつもりがない礼奈たちが、この時だけは頼もしい。

魅音と詩音なんか、俺の腕にくっついた状態で2人に笑いかけてるし。

 

そんな俺の状態を見てクスリと笑う茜さん。

頭に巻いた包帯を見ながら派手にやったとか、男は怪我してなんぼだよと事件について気にした様子もないように言葉を口にする。

その様子を見て、お?これで何もなしで笑い話で終わるのではと期待しだした時。

 

まぁ、それはともかくと言い、話を区切るように一度口を閉ざした後。

 

「あんたをこんな目に遭わした野郎には絶対にけじめをつけさせるけどね」

 

先ほどの明るい雰囲気から一変、絶対零度の視線を虚空へ向ける茜さん。

 

「うちの灯火に怪我負わせたんだ、草の根を分けてでも引きずりだして、殺してやるよ」

 

あの茜さん・・・・怖いです。安心させてからのふいうちは、ホントにちびりそうになるからやめて下さい。

 

「・・・・母さん、見つけたら私たちにも教えてよね。お兄ちゃんを傷つけたやつに私もけじめつけさせるから」

 

「・・・・生爪全部剥いで、出来る限り苦しめてから殺してやる」

 

茜さんの言葉に魅音と詩音が反応する。

両腕にしがみついている2人に視線を向けると、もうありったけの憎悪を顔に塗りたくったような顔で歯を食いしばっていた。

特に詩音の迫力はやばく、はっきり言って茜さんより怖かった。

 

ちなみに俺の現雛見沢で怖い人ランキングTOP5に詩音はばっちり入っております。

 

 

殺気立つ園崎家のみんなをなんとか宥め終えた頃には俺の精神はすでにノックアウト寸前だった。

なんで療養するための病院でこんなに疲れなければならないんだ。

こんなことなら無理やりにでも退院して家で寝てればよかったと考えてるほどだ。

 

 

しかし一番怖かった園崎家襲来を乗り切ったのだ。ならばもう消化試合みたいなものだろう。

 

 

そう楽観視している最中、今日の最後の見舞い人である、古手一家がやってきた。

 

梨花ちゃんに梨花ちゃんのお母さんとお父さん、その後ろには羽入の姿が見える。

わざわざ俺のために家族全員で来てくれたようだ。

 

見舞いのお礼を言おうと口を開いたが、梨花ちゃんのお母さんの表情を見て固まってしまった。

梨花ちゃんのお母さんは俺を睨みつけるような厳しい表情でこちらを見ていた。

その雰囲気に梨花ちゃんとお父さんは我関せずとばかりに視線を下に向けてしまっている。

あ、これ本気で怒ってるやつだ。

それを理解した瞬間、全身から冷汗があふれ出る。

あれだけ言っても離れなかった礼奈たちも静かに俺から離れてしまっていた。

 

険しい表情のまま梨花ちゃんのお母さんが無言で俺の前までやってくる。

そして------そのまま俺を抱きしめた。

 

「灯火ちゃん、あなたが病院に運ばれたと聞いた時、私がどれくらい取り乱したかわかる?どれくらい心配したかわかる?あなたの親でもない私が言うのは違うのかもしれないけれど、言わせてもらうわ・・・・もう危ない真似はしないで。あなたに何かあれば家族の人はもちろん、梨花も私もお父さんも、とても冷静ではいられないの」

 

俺を抱きしめながら静かにそう口にする梨花ちゃんのお母さんに何も言えずうつむいてしまう。

今日の見舞いの中で一番辛いのは今だ、間違いない。

園崎家の時だって怖くはあったがこんな気持ちにはならなかった。

昨日来た実の両親にも当然強く怒られたが、ここまで辛くはなかった。

やはり俺の中では梨花ちゃんのお母さんは特別なのだろう。

実の母より母らしいこの人に、俺は勝てそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

窓から入り込む夜風が心地良い。

夕暮れ時も終わり、完全に暗くなった夜空を見ながら今日を振り返る。

今日はたくさんの人が見舞いに来てくれた。

来てくれた人の対応はそれぞれだったけれど、みんな俺を心配してくれていたのは間違いない。

みんなの心配そうな表情を思い出し、胸が締め付けられるような痛みが走る。

今回の事件、この程度の怪我で済んだのは運がよかったからだ。

葛西がいてくれたとはいえ、銃を持った大人相手になんの力もない子供が出来ることなんて殆どない。

相手が最初から殺す気で来ていたら、俺は何も出来ずに殺されていた。

今後、今回と似たような状況になった時、殺されない保証なんてどこにもない。

 

今回の件はしっかりと反省し次に活かせるようにしなければならない。

力がないのなら知恵と策で相手を翻弄しなければならない。

俺の安易な行動で失うかもしれない命は俺の命とは限らないのだから。

 

改めて決意を固めていると、病院の退出時間を過ぎ、誰も来ないはずの扉がゆっくり開くのが見えた。

 

 

「こんばんは灯火君、夜風が気持ちいいわね」

 

 

明かり1つない暗がりの廊下から薄い笑みを浮かべながら一人の女性がこちらにやってくる。

この病院のナースにして、俺が入院するきっかけになった死神たちの主。

鷹野三四がそこにいた。

その笑みは暗く、静寂な病室の雰囲気も合わさって、ひどく不気味に感じた。

 

 

 

 



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事件後の病院での出来事 続

「・・・・こんばんは鷹野さん、本当に夜風が気持ちいいですね」

 

身体に冷汗が流れるのを感じながらなんとか冷静に言葉を返す。

 

「今日、すごい大勢の人がお見舞いに来てたわね。それも園崎家に古手家、村長の公由さんまで来るなんて、ふふふ・・・・村の偉い方と仲が良いのね」

 

「・・・・そうですね、仲良くさせてもらってます。別に狙ったわけじゃないですけどね」

 

「ふふふ、ごめんなさいね。別に嫌味で言ったわけじゃないのよ?」

 

そう言ってクスクスと笑う鷹野さん。

うん・・・・小さく笑う姿は美人だなって思うけど、やっぱり怖いな。

だって俺を見る目・・・・完全にモルモットを見る目なんだもん。

園崎家と関わりだしてから俺はいろんな視線を浴びてきた。

怒りや恐怖、そして畏怖。

色んな目を見てきたからわかるのだ。この人は俺のことを、ただの雛見沢症候群を解明するためのモルモットとしか見ていない。

子供に向けていい視線じゃないぞ!いや、もちろん大人にだって向けちゃダメなんだけどさ。

 

「・・・・こんな時間にどうしたんですか?ナースコールを使った覚えもないんですけど」

 

「ふふふ、そんなに警戒しないでちょうだい。あなたが悪い誘拐犯を見事撃退したって話を聞いたから、ちょっと話を聞いてみたくなっただけよ」

 

いやいや、絶対撃退された本人から話聞いてるでしょ。

噛み千切るぐらいの気持ちで噛み付いたからな、きっと今も痛みに苦しんでるに違いない。

 

あれ?・・・・・そう考えたら今の状況ってやばくね。

 

だってここって言わば敵の本拠地でしょ?

しかも目の前にいる人って、死神たちの親玉でしょ?

 

何も見えないくらい暗い夜。

静まり返った室内。

俺のせいでイライラしているであろう誘拐犯の男。

不気味に笑う鷹野さん。

 

いや落ち着け!クールになるんだ竜宮灯火。

いきなり俺の中の雛見沢の怖い人ランキングTOP5の第1位に輝く人が現れてビビったが、今の鷹野さんは梨花ちゃんを殺そうと考えてはいないし、研究がバレるリスクを背負ってまで俺に危害を加える理由だってないはずだ。

腹が膨れたライオンが目の前を歩く草食動物を見逃すように、今の鷹野さんは今の現状に満足しているはずなのだから。

 

ん?・・・・よく考えたらまだこの時って梨花ちゃんが雛見沢症候群の女王感染者だって気づいてないんじゃね?

梨花ちゃんからも病院で検査をしているって話は聞いてないし。

しかも今ってまだ雛見沢症候群の病原体が見つかってないはずだから、けっこうイライラしてるんじゃね?

イラついている鷹野さん。

そこにのこのこと現れた雛見沢出身で雛見沢症候群を宿しているであろう俺。

さらに俺は誘拐犯の山狗の姿を目撃している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?・・・・まずくね?

 

 

 

 

「い、いやいや!俺なんて何もしてないですよ!見事撃退したのは、この前こっちに来てた赤坂さんですから!俺はちょっと相手の腕に噛みついただけで、ちょっと、そう甘噛みって言ってもいいくらい優しく噛みついたくらいですよ!相手さんも今頃きっと笑って許してくれてるに違いないです!」

 

体中から滝のように冷汗を流しながら早口で言葉を口にする。

 

「さぁ、どうかしらねぇ?年端のいかない子供に文字通り歯向かわれてイライラしてるかもしれないわよ・・・・もしかしたら仕返しにくるんじゃないかしら?」

 

そういいながら空いたままの病室の扉のほうへと目を向ける鷹野さん。

つられて扉に目を向けるが、そこには暗い廊下しか見えない。

薄暗い廊下を見ていると闇がこちらのほうへと這いずってくるような錯覚を覚える。

俺がゴクリと唾を飲む姿を見て、鷹野さんはクスクス笑いながら口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかしたら・・・・もうあの廊下まで来てるかもしれないわよ?」

 

 

 

 

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!

脳内であらん限りの叫び声をあげる。

実際に起こる可能性があるという事実がより強烈な恐怖をこちらに与えてくる。

え?いないよね?あの廊下の先からひょこって出てきたりしないよね?

ちょっと子供に噛まれたくらいで仕返しに来たりしないよね?

 

「あら、びっくりしないのね。怖がる顔が見たかったのに残念だわ」

 

こちらの様子を見てつまらなそうにため息を吐く鷹野さん。

いや、めちゃくちゃビビってます。

ある一定のラインを超えると表情が固まって動かなくなってしまうだけなんです。

 

「その話で思い出したんですけど、もう1人の誘拐犯はどうなったんですか?警察の監視の下、病院で治療を受けていると聞いているんですけど」

 

この話の流れのまま気になっていたことについて尋ねる。

捕まった男から何かしら証言を手に入れることが出来れば、警察に山狗という特殊部隊がいることを伝えられるかもしれない。

 

山狗というのは諜報、殺し、工作、なんでもござれの特殊部隊だ。雛見沢症候群を解明するために派遣された死神たちで、彼らは鷹野の命令1つでどんなことでも、殺しだろうとまったくためらいを覚えずに実行する。

 

 

「ああ、それなら昨夜目を覚まして取り調べをしてたみたいよ。どうも上手くいってはいないみたいだけど」

 

 

「・・・・そうですか、教えてくださってありがとうございます」

 

俺の言葉に対して動揺もなくあっさりと答えてくれる鷹野さん。

まったく焦りを感じてない、山狗の正体を暴くにはこれくらいでは足りないってことか。

なかなかしっぽが掴めない敵に心の中で舌打ちをする。

 

 

「・・・・そろそろ戻ったほうがいいんじゃないですか?誘拐事件の件だってさっき言った通り、俺はほとんど何もしてないんで、いやホントマジで」

 

山狗に目を付けられるのは勘弁願いたいので割と切実に自分の役立たず具合を強調する。

 

「あら、つれないわね。もっと事件について教えてほしいのに」

 

そういいながら口を尖らせる鷹野さん。

いや、そろそろ本当に帰ってもらわないと困る。

 

「いいじゃない、今はあなたと私の2人っきりなんだから・・・・誰も私たちの話を聞いてなんかいないわ」

 

そう言ってこちらに近づいてくる鷹野さん。

こちらに合わせて姿勢を低くして近づいてきたため、鷹野さんの胸元が強調されて、うん、非常にエロい。

 

「・・・・今、鷹野さん・・・・2人っきりって言いましたよね」

 

「?ええ言ったわよ?ふふ、灯火君には私たち以外にここにいる誰かが見えるのかしら」

 

それならぜひ私にも教えてもらいたいわねと笑いながらさらに近づいてくる鷹野さんに俺も笑みで返す。

 

「・・・・鷹野さんが知りたいのなら教えてあげますよ」

 

鷹野さんが俺の寝ているベッドにまで来たタイミングでそう告げる。

顔を俯かせ、意識して暗い声を出す。

暗く静まり返った病室に合うように不気味な雰囲気を身体に纏わせる。

 

鷹野さん、あんた勘違いしてるよ。

ずっと2人っきりとあんたは思ってたかもしれないが、そうじゃない。

 

 

「鷹野さん・・・・実はあなたがここに来た時から・・・・ずっと2人っきりなんかじゃなかったんですよ」

 

「っ!?」

 

俺の言葉に表情を硬直させる鷹野さん。

おら、起きてるの知ってるんだぞ! 布団から出て正体を現せ!

俺の布団の中に潜む者たちに合図を送った瞬間、俺の被っていた布団が突如として盛り上がり、中から正体不明の化け物------ではなく、今日の朝からずっと俺から離れない呪いの装備と化していた礼奈、魅音、詩音が飛び出した。

 

「「「ばぁぁぁぁぁ!!!!」」」

 

「きゃっ!?って、礼奈ちゃんに魅音ちゃんに詩音ちゃんじゃない!!」

 

少し前まで布団の中でぐっすりと眠っていた三人だが、鷹野さんと話している途中で三人が起きたことに気づいたのだ。

ふははは!ざまぁみやがれってんだ!相手を怖がらせるのはそっちだけじゃないんだよ!

 

「鷹野さん!お兄ちゃんを誘惑しちゃ、めっ!なんだよ!めっ!」

 

「お兄ちゃん、さっき鷹野さんの胸を見てにやけてたよね?ちょっと正座しよ?お説教するから」

 

「・・・・(親の仇のように鷹野さんの胸を睨みつける詩音)」

 

鷹野さんはいきなり布団から現れた三人に一瞬驚いたが、すぐに三人の正体がわかると、驚かされたことに気づいて頭に怒りマークを付けていた。

 

「あなたたち、とっくの昔に見舞い客の退出時間を過ぎてることは知ってるわよね?」

 

頭に怒りマークをつけたまま、にこやかに告げる鷹野さん。

鷹野さんの怒りを感じたのか、三人とも息がつまったように、うっっと声をあげる。

自分がからかわれたことに相当ご立腹のようだ。

 

「「「「・・・・・ごめんなさい!!!」」」」

 

予想以上にご立腹な鷹野さんに対し、四人で声を合わせて謝罪をする。

やべぇ、調子に乗って怒らせすぎた。

 

「はぁ・・・・もう遅いし、今日は特別よ?明日の朝にはちゃんと家に帰ること。いいわね?」

 

俺たちの謝罪を受けた鷹野さんはため息を吐きながら、そう告げて病室から出ていく。

さっきまでのシリアスな雰囲気から、どんよりした暗い、疲れた雰囲気を背中に乗せながら出ていく姿に勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

ふ、俺にかかればシリアスなんてこのざまよ!

 

勝ち誇った笑みで鷹野さんを見送った後、寝るために再び布団へと潜り込む準備を始める。

今日はいい夢を見れそうだ。

 

「・・・・何いい笑顔で寝ようとしてるのかな?かな?」

 

「お兄ちゃん、お説教するって言ったよね?早く正座して」

 

「・・・・(無言で自分の胸を見ながら悔しそうな顔をしている詩音)」

 

 

俺への説教は騒ぎを聞きつけて再びやってきた鷹野さんに怒られるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




捕まった山犬の一人について書きましたが、山犬は警察に強いコネクションがあり、さらに大臣の孫の誘拐事件は裏取引によってなかったことになりました。捕まった犯人も山犬の部隊の一員なので自身の素性は完璧に隠蔽しているでしょう。
鷹野の組織のバックが強すぎるので、これくらいではしっぽを掴むことは出来ないと思います。
少し甘いかもしれませんがご容赦を。




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事件後のお話 梨花

お疲れ様です。
今回から数話ほど各キャラをメインにしたお話を書こうと思います。
まずは梨花ちゃんからです。




俺は今、かつてないほどの自由を実感していた。

誘拐事件から一ヵ月が経った。

俺の頭の傷が完治したことで病院を退院することができ、ダム建造計画についても誘拐事件の裏で取り決められたであろう大臣との取引の影響によるものなのか、動きが鈍くなっている。

 

それによって村の人たちの殺気立った様子も少しは落ち着きを見せ、俺の心に確かな平穏を作り上げていた。

 

ああ、お茶が上手い。

 

「梨花ちゃん、そこのお菓子とってくれるか?」

 

「・・・・」

 

俺の言葉に対して無言のまま鋭い視線を送る梨花ちゃん。

梨花ちゃんの横に置いてあるお菓子を取ってくれる気配はない。

仕方ないので自分で取るために手を伸ばすが、お菓子を握る直前にバシンと叩かれてしまった。

 

「い、痛いぞ梨花ちゃん!」

 

「・・・・」

 

叩かれた腕をさすりながら文句を言うが、梨花ちゃんの無言の圧力に屈してしまう。

ダム戦争が少し落ち着いた中俺は、せっかくの休みを有効活用するために梨花ちゃんの家に遊びに来ていたのだ。

いきなり遊びにきた俺に、梨花ちゃんのお母さんとお父さんは笑顔で歓迎してくれたのだが、肝心の梨花ちゃんはさっきからずっとこのように黙ってこちらを睨んだまま動かない。

 

「まだ俺が黙って誘拐事件の現場に行ったことを怒ってるのか?無事だったんだからいいだろ」

 

あの誘拐事件の件について、俺は梨花ちゃんに園崎家の力を使って大臣の孫を救出すると言っていた。

まさか俺自身が誘拐現場に何度も訪れていて、しかも現場に突入するとは思ってもみなかったのだろう。

 

「・・・・無事なんかじゃない!頭を何針も縫うような大怪我したくせに、よくそんなことが言えたわね!」

 

「・・・・」

 

梨花ちゃんの言葉に思わず自分の頭に手を触れる。

前髪で隠れて見えないが、俺の額にははっきりと誘拐事件の時に負った傷がある。

参ったな、入院中はいつも誰かがいて梨花ちゃんと2人っきりで話せなかった、そのせいで俺への文句が積もりに積もっていたのだろう。

 

「悪かったよ、正直調子に乗ってた。園崎の人たちにおだてられて舞い上がってた。本当にごめん、この通りだ」

 

泣きそうな目でこちらを睨みつける梨花ちゃんに慌てて頭を下げる。

まずった、まさか梨花ちゃんがここまで溜め込んでいたとは思わなかった。

 

「・・・・私は今までずっと絶望と諦めの中にいたわ。何をやっても殺されて、誰かに助けを求めても、誰一人として私の話を信じてはくれなかった」

 

梨花ちゃんはうつむいたまま、今まで溜め込んでいた言葉を吐き出していく。

うつむいた状態では梨花ちゃんの表情を見ることは出来ないが、地面に落ちる小さな水滴を見て、察してしまう。

 

「・・・・もうあきらめていたのよ、死の運命には勝てないんだって絶望してた・・・・そんな時、あなたが私の前に現れてくれた!絶望の中にいた私をあなたは救い出してくれた!私に希望を与えてくれた!」

 

そう言って俯いていた顔を上げて俺を見つめる。

涙を目に溜めながら、ありったけの思いを俺にぶつけてくる。

 

「そんなあなたが大怪我して病院に運ばれたって知った時の私の絶望がわかる!?目の前が真っ暗になって足元が急に崩れていくようにさえ思えたわ!自分の死が近づいてきた時だってここまでじゃなかった!!もうこんな思いはしたくない!!・・・・もう・・・もう絶対に!」

 

「・・・・ごめん梨花ちゃん、俺が軽率だった。本当に反省してるよ、二度と大怪我なんてしないと誓う。だから泣き止んでくれ、お願いだ」

 

涙を腕で拭いながら嗚咽を漏らす梨花ちゃんを抱きしめながら言葉を続ける。

俺という存在は梨花ちゃんにとって羽入以外で初めてできた明確な味方なのだ。

梨花ちゃんが俺のことをどれくらい大切に思ってくれていたのかは、今も彼女から零れる涙が伝えてくれる。

これからもきっと危険な行動をしなければならない時はあるだろう。

そんな時、俺のことを心配してくれる存在が大勢いることを絶対に忘れないようにしよう。

しよう。

 

 

 

 

「ぐすっ・・・・わかればいいのよ・・・・赤坂に起こるはずだった、妻の死という運命を変えてくれたのは本当に感謝してるわ・・・・ありがとう」

 

ずっと言いたかったことを言えた私は、改めて今回の件についてお礼を言う。

今までたったの一度も変えることが出来なかった運命を灯火は見事打ち砕いてみせたのだ。

その事実が、私の中に少なくない歓喜と希望を与えてくれる。

 

「気にすんなよ、それに俺一人の力でやったわけじゃない。みんなの、特に梨花ちゃんの協力があったからこそ、あの決まりきった運命を覆すことが出来たんだ」

 

確かに彼一人の力では運命を変えることは出来なかっただろう。

悲劇が起こる場所はここではなく東京なのだから、子供一人の力でどうこうできる範疇ではない。

だから彼は色んな人に頼った。

園崎家の人たちに協力を求め、自分の考えた策を実行し、見事赤坂の妻を救ってみせたのだ。

 

こんなこと、彼以外に誰が出来ようか。

 

「これから俺たちの前に立ちはだかる運命を越えるためにも、もっと仲間を増やさないといけないな」

 

「仲間ってこれ以上、誰がいるっていうのよ。沙都子に礼奈、魅音、詩音、悟史、赤坂、あと園崎家もそうね、これだけでも十分じゃないの?」

 

「いや、全然足りない!入江さんに富竹さん、大石さんとももっと良い関係を築いていかないとダメだ!鷹野さんはまぁ、うん・・・・頑張るわ」

 

「私たちはともかく、灯火は十分仲いいじゃない」

 

私は入江や富竹はともかく、大石と鷹野のことは好きになれない。大石はどの世界でも今までの怪事件を園崎家のせいであると信じ込み、圭一や詩音の疑心暗鬼を加速させ、同じように鷹野もレナの暴走を駆り立てた。

この二人がいなければ、私の大切な友人たちは凶行に及ばなかったはずなのに!

 

「・・・・梨花ちゃん、顔が怖いぞ。まぁ、徐々にでいいから仲良くしてくれよ。きっとそれが将来の力になるはずだからさ」

 

「はぁ・・・・わかったわよ。頑張ってみるわ」

 

確かにあの二人が味方になってくれるのは心強い。それによって運命が変わるというのなら彼らごとき簡単に翻弄してやるわ。

 

「そういえば、梨花ちゃんって雛見沢症候群の検査のためにもう入江診療所に通っているのか?」

 

「いいえ、まだ私が雛見沢症候群の女王感染者だということには気づいてないはずよ。検査が始まるのはいつも来年からだもの」

 

「そ、そうだったのか・・・・あぶねぇ、じゃあやっぱりあの時はガチのピンチだったのか」

 

質問への回答を聞いて何やらぼそぼそと灯火が呟いているが小さくて聞こえない。

たぶん記憶の整理でもしているのだろう。

 

 

「あうあうあう~!ただいまなのですよ~!」

 

散歩から帰ってきた羽入の声が耳に入る。

ふふ、灯火がここにいると知ったらびっくりするでしょうね。

羽入が慌てふためく様子を想像して、私は小さく笑顔を浮かべたのだった。

 

 

 



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日常 礼奈


今回は礼奈メインのお話です。





「お兄ちゃん遅いよー!早く早く!」

 

夏の日差しが地面をこがし、めまいを覚えそうな熱い空気が充満する中、それを吹き飛ばすかのような元気な声が俺を呼ぶ。

 

「礼奈が速いんだよ!!こんな暑いのに、なんでそんなに元気なんだよ」

 

額に汗を浮かべながらも楽しそうに笑う礼奈を見ていると、自然と暑さも気にならなくなってくる。

久しぶりに二人っきりで遊ぶのがそんなに嬉しいのだろうか。

もしそうなら俺も嬉しい。

今まで忙しくてゆっくり二人で遊ぶことが出来ていなかったのだ、その分今日一日は礼奈が満足するまで付き合おう。

 

 

「着いたー!あっ!見て見てお兄ちゃん!また新しいお宝の山が出来てるよ!かぁいいのあるかな?かな?」

 

「・・・・そうだなぁ、かぁいいのがあるといいな。お兄ちゃんにはゴミ山にしか見えないけど」

 

俺たちの背丈の何倍もの高さでそびえ立つゴミ山を見て、遠い目をしながらそう呟く。

昨夜、礼奈に久しぶりに二人だけで遊ばないかと誘った俺に対し、礼奈は眼を輝かせながら大喜びで頷いてくれた。

そしてどこで遊ぶかを質問したところ、迷う素振りすらなく、このゴミ捨て場に行きたいと言ったのだ。

久しぶりに遊ぶ場所がゴミ捨て場というのはどうかと思ったのだが、嬉しそうにそう告げる礼奈に否とは言えなかった。

 

「にしても・・・・すごい量だな。これだけあれば掘り出し物の一つくらいはありそうだな」

 

ゴミ山への登山をしながら、周りを見渡す。大半がゴミ袋と捨てられた雑誌だが。よく見て見れば人形やクッション、中には布団なんて捨ててあったりもしている。

 

さらに足元を見て見れば、片目を失った女の子の人形があるのを見つけてしまう。

片目がないまま無表情で顔を固定させている人形に思わず頬が引きつる。

こんなものを持って帰ってしまえば呪われてしまいそうだ。

 

「お兄ちゃん?何か良い物でもあったのかな?かな?」

 

「いや?何もないぞ?面白そうな雑誌があったから気になっただけだ」

 

足元の人形を横にあった雑誌で隠す。もし礼奈があの人形を見てかぁいいなんて言い出して持って帰ってしまい、それが原因でひぐらしとは別のホラーが始まるなんて笑い話にもならない。

羽入という半透明少女がいるのだから、呪いの人形があっても不思議ではない。

 

「へぇーどんな雑誌?」

 

「どんな?えっと・・・・みんなが選んだ美少女のヌーd、おっと足が滑ったぁぁぁ!!!」

 

タイトルを読み上げるのを無理やり中止して雑誌を遠くへと蹴り上げる。

あぶねぇ!普通にエロ本だった!礼奈の遊び場になんて物を置いてんだ馬鹿野郎!

本を捨てた相手に心の中で罵声を浴びせる。それと同時に今度悟史と一緒にここに来ることを心の中で決める。

蹴ってごめんよ!今度必ず拾ってあげるから!

 

「えっ!?気になってたんじゃなかったのかな?かな?」

 

「いや、よく見たらそうでもなかったわ」

 

いきなり雑誌を蹴り上げた俺に礼奈は驚くが、さらっと流して話を終わらせる。

礼奈にああいう雑誌はまだ早い。

 

「そうなの?あ!お兄ちゃんの足元のお人形さんとってもかぁいいよう!」

 

雑誌を蹴り上げたことで下に隠してあった人形を礼奈が見つけてしまった。

 

「・・・・これはやめとかないか?ボロボロだし、ほら、片目もないし怖いだろ?」

 

「ううん、怖くないよ。むしろとってもかぁいいもん!」

 

足元の人形を拾い上げて見せるが、礼奈は右目がないことを気にした様子もなく、俺から人形を受け取って抱きしめる。

相変わらず礼奈のかぁいいの基準がわからない、というかかぁいいの範囲が広すぎる。

それとも俺が男だからか?今度魅音や詩音に聞いてみよう。

 

「でも右目がないのはかわいそう・・・お兄ちゃんなんとか出来ないかな?かな?」

 

「なんとかか・・・・なくなった目がどこにあるかわからないしな。代わりのものを入れてあげればいいんじゃないか?少し大きめのビー玉とかちょうどいい物を探してさ」

 

おもちゃ屋さんで少し探せばそれらしいものがあるはずだ。

今はダム戦争の影響で開店が不定期なのでいつ手に入るかはわからないが。

 

「とりあえずなくなった目が落ちてないか探してみるよ!この子も代わりの物より自分の目があったほうがいいに決まってるもん!」

 

そう言って人形を抱えながらゴミ山を駆け上がっていく礼奈。

この大量のごみの中から人形の目のような小さな物を見つける可能性は・・・・残念だがほぼないだろうな。

心の中の諦めの感情を否定できないまま、俺も礼奈の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

「これは・・・・ゴミか。これは・・・・ゴミか。これは・・・・エロ本か(そっと脇に置く)」

 

人形の目を探し始めてから、だいたい一時間が過ぎた。

俺も礼奈もこの一時間の間、休まずに探し続けているが、見つかる気配はまるでない。

見つからないのは当然だ。目の前に広がる大量のゴミを前にして思わず心の中でため息を吐く。

こんなもの・・・・砂漠の中で一本の針を探すようなものだ。

大量の汗を拭いながら荒い息を吐きだす。

蒸し暑い中、動き回ったので体力もなくなってきた。

 

「・・・・ありがとうお兄ちゃん。後は礼奈一人でやるから大丈夫だよ!お兄ちゃんは休んでて!」

 

俺の疲れた姿を見て気を使って俺に休むように言ってくれる。

礼奈も同じように動き回っているのだ、汗だって大量にかいていて息も荒い。

水筒は持って来てはいるが、この調子では熱中症になってしまう恐れだってある。

 

「礼奈、もう諦めて代わりの物を探そう。このままじゃ倒れちまうぞ」

 

代わりの物を手に入れる手段はいくらでもあるのだ。

おもちゃ屋は行けば簡単に手に入るし、なんなら魅音や悟史に頼んで家にないか探してもらってもいい。

 

「・・・・ごめんお兄ちゃん。今ならまだ見つけられるかもしれないの。新しいゴミが来てしまったらもう本当に見つけられなくなっちゃうから。その前に出来る限り探してあげたいの」

 

だから私はもう少し頑張るよ!お兄ちゃんは日陰で休んでて!っとそう言い残してゴミ山へと姿を消す礼奈。

 

 

礼奈がゴミ山へと姿が消した後、俺の中にやってきたのは、どうしようもないほどの情けなさだった。

 

 

今の俺はなんだ、妹の願いを早々に諦めて、俺を頼ってくれた妹に気を遣わせるなんて情けないにもほどがある。

 

梨花ちゃんに運命を変えると得意げに言っておきながら、なんだこのざまは。

妹のために人形の落とし物一つ見つけられないやつが人の運命を変えるなんてよく言ったものだ。

 

確かにこのゴミの中から小さな人形の目を探すのは不可能に近い。

あの人形の目が元に戻らないのは・・・・運命に決定されたことなのかもしれない。

そう言ってもいいくらい低い可能性なのだ。

 

でも俺は知っている。

この世界には、信じる力が運命を変える力があることを俺は知っている。

 

「絶対見つけてやるから、待ってろよ」

 

運命を変える決意をその胸に刻み、俺はゴミ山から目的の場所へ走った。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、見つからない・・・・」

 

辺りに散らばるゴミをかき分けながら目的の物を探し回る。

汗によって身体に引っ付いた服が私に不快感を与えてくる。

夏の日差しが肌を焦がし、残り少ない体力がさらに奪われる。

汗も荒い息も止まらない、それでも懸命に手と足を動かして目的の物を探す。

この大量のゴミの山から人形の目のような小さな物を見つけることが不可能に近いことは、子供の私でさえわかる。

それがわかっていて探すのをやめないのは、悲しみの感情がこの人形から伝わってくるような気がするからだ。

気のせいかもしれない。それでも一度そう考えてしまえば、私は彼女の目を探すのを諦めることは出来なかった。

 

「絶対見つけてあげるから、待っててね」

 

近くに置いてある人形へ笑いかける。

さぁ、まだまだこれからだ!

 

「礼奈!!どこにいるんだ!ぶっ倒れてないだろうな!!」

 

次の場所へと向かうために立ち上がった私の元にお兄ちゃんの声が届く。

お兄ちゃんと別れてから30分以上は経っただろうか?

また諦めるように言われるかもしれない。

お兄ちゃんが私を心配して言ってくれているのはわかる。それはとても嬉しいし、そんな優しいお兄ちゃんが私は好きだ。

でも・・・・今回だけは諦めたくない。

 

お兄ちゃんの気遣いを無下にしなくてはいけない申し訳なさに気分を沈めながら、声の方へと向かう。

 

 

 

そこには

 

 

 

「うわぁ・・・・これはまたすごい量のゴミだね。探すのは骨が折れそう」

 

「じゃあ、おねぇは休んでてもいいよ?私が見つけてお兄ちゃんに褒めてもらうから」

 

「なっ!?上等じゃない詩音!どっちが先に見つけるか勝負よ!」

 

「二人ともくだらないことで喧嘩しないでくださいまし!これは礼奈さんのためであって、あの愚兄のためではございませんでしてよ!」

 

「沙都子、灯火は礼奈のために一生懸命走って僕たちを集めたんだ。それなのに愚兄はあんまりだと思うな」

 

「うっ・・・・ちょっとした冗談ですわ。必死な顔で私たちに頭を下げた灯火さんを見て、本気で馬鹿になんてしませんわ」

 

「みぃ、沙都子は素直じゃないのですよ。にぱー☆」

 

「り、梨花!からかわないでくださいまし!」

 

 

そこには、みぃちゃんにしぃちゃん、沙都子ちゃん、悟史君、梨花ちゃんの姿があった。

 

「み、みんな・・・・どうしてここに?」

 

みんながここに来た理由がわからず固まってしまう。

ここが私のお気に入りの場所だということは知っているはずだけど、今日私がここにいるなんて言っていないのだ。

 

「俺が呼んだんだよ。ホラー人形を元の可愛らしい人形に戻す手伝いをしてくれって言ってな」

 

私がいるゴミ山を登りながらお兄ちゃんがみんながここ来た理由を教えてくれる。

 

「そうだったんだ・・・・でも私のわがままをみんなに手伝ってもらうのは悪いよ」

 

お兄ちゃんが私のためにみんなを集めてくれたのは素直に嬉しい。

でもみんなを集めたくらいでは、このゴミの中から人形の目を見つけるのは難しいだろう。

見つからない可能性が高いのに、この暑さの中探してもらうのはあまりにも申し訳がない。

 

「自分のわがままでみんなに苦労をかけるのが申し訳ないって顔してるな?いいんだよ苦労かけて!みんな、礼奈が困ってるって言ったら用事なんか放り投げてすぐに駆けつけてくれたんだ!大切な仲間である礼奈のために」

 

お兄ちゃんの言葉を聞き、みんなを見る。

みんな、お兄ちゃんの言葉に同意するように大きく頷いていた。

 

「ぐすっ・・・・み、みんな、ありがとう」

 

みんなの気持ちを受け取って胸が熱くなっていき、涙が溢れてくる。

 

「私、この子を元に戻したい!みんなお願い!私を手伝って!!」

 

 

「「「「「「もちろん!!!!」」」」」」

 

 

私の願いに、全員が笑顔でそう答えてくれた。

それを聞き、不思議とこの人形の落し物が見つかるような気がした。

 

 

灯火side

 

あのホラー人形を元に戻すために俺が行ったのは一つだけ、仲間に頼るということだった。

運命を変える奇跡を起こすには俺と礼奈だけでは足りない。

ゆえに仲間を集めるために村中を走り回った。

過去最高に走り回ったため、おそらく足が棒のようだが悔いはない。

 

「詩音はあっち、悟史君はあっちの山を。梨花ちゃんと沙都子は高さのないあっちの付近を探して」

 

魅音の指示に従って言われた場所へと散っていく。

こういう時、魅音は本当に頼りになる。

きっとこれから待ち受ける運命にも彼女の鋭い指揮には多く助けてもらうことになるだろう。

自分なんかよりもはるかに頼りになる妹の姿に苦笑いを浮かべながら俺も指示されたゴミ山へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・くそ、ここにもないか」

 

付近に散乱するゴミをかき分けて探すが、目的の物は見当たらない。

みんなで協力して探し始めて二時間は経っただろうか。

みんな体力の続く限り真剣に探してくれてるのだが、結果は芳しくない。

 

「・・・・やばいな、そろそろみんな限界だぞ」

 

この暑さの中、ひたすら日光にさらされながらの作業だ。

いくら田舎育ちで体力があるとはいえ、そろそろ本当に危険だ。

熱中症をなめてはいけない。下手すれば死ぬことだってあるのだから。

俺含めてまだまだ身体が出来上がっていない子供なのだ。

特に礼奈は俺がいない間も探し続いていたに違いない。

もう体力の限界のはずだ。

 

「・・・・梨花ちゃん、ちょっといいか?」

 

「・・・・何?」

 

「・・・・羽入は今どこにいるんだ?正直一番頼りにしてたのは羽入なんだが」

 

羽入ならば夏の暑さも関係ないし、半透明の身体を使えば、俺たちが見ることが出来ない場所だって楽々と入っていける。今回のような探し物を見つけるのに羽入ほど適した人間はいないだろう。

 

「・・・・どうせ祭具殿の中にでもいるんでしょう。あそこはあの子のお気に入りの場所だから」

 

祭具殿って確か・・・・雛見沢の昔の道具が保管されている場所か。

雛見沢の歴史が詰まっている場所とも言っていいところだが、中には数々の拷問器具があり、あまり見たい場所ではない。

それにあそこは神聖な場所として古手家以外の立ち入りを固く禁じられている。

 

「・・・・みんなもそろそろ限界だ。みんなを休ませてる間に羽入を呼んでくる」

 

羽入さえ来てくれれば一気に作業の効率が上がる。

そう思い、羽入のところへ向かうためにみんなに休憩を告げようとしたとき。

 

「あうあうあう~!やっと見つけたのですよ~!」

 

思わず気が抜けてしまいそうになるような、この場の疲れ切った雰囲気とは場違いな声がゴミ捨て場に響く。

正確に言えば、俺と梨花ちゃんにだけその声が響いている。

声が聞こえた方へ顔を向けると、俺と梨花ちゃんにしか見えない少女、羽入が俺たちを見て頬を膨らませながら飛んできている姿があった。

 

「あっ!灯火や梨花だけじゃない!礼奈に魅音に詩音に悟史に沙都子!みんないるのです~!梨花!どうして呼んでくれなかったんですか!仲間外れは嫌なのですよ~!!」

 

俺たちの目の前に着地して羽入がぷんぷんと音が付きそうな雰囲気で怒りを口にする。

それを見た梨花ちゃんの方から、ぶちっっと堪忍袋の緒が切れる音が、俺の耳に確かに聞こえた。

 

「・・・・これから一週間、辛い物しか口に入れないから覚悟しときなさい」

 

「え?えええええええええ!!?な、なんでなのですか!一週間辛い物だけなんて、僕が死んじゃうのですよー!あうあうあう!!!?」

 

「ま、まぁ落ち着け梨花ちゃん、これから羽入には頑張ってもらわないとダメなんだ。許してやってくれ」

 

目的の物が見つからない焦りと暑さのせいで溜まっていた苛立ちが羽入の一言で爆発したようだ。

静かにブチ切れている梨花ちゃんをなんとか落ち着かせる。

 

「羽入、ちょうど頼みたいことがあったんだ。力を貸してくれ」

 

「え?わ、わかったのです!灯火の頼みなら喜んで聞くのですよ!!」

 

そう言ってくれる羽入にありがとうと告げた後に、簡単に状況の説明をする。

 

俺の話を聞き終えた羽入は、礼奈の持つ人形を見て、驚愕で目を大きく見開いた。

 

「れ、礼奈の持つ人形から思念を感じるのですよ!あれはただの人形ではないのですよ!あうあうあうあ!!」

 

「はっ!?あの人形から思念を感じる!?」

 

羽入の突然の発言に大声で叫びそうになる衝動を必死に抑える。

え?・・・・じゃあなに?今現在、俺の妹が大事そうに抱えているあの人形は、ただの人形なんかじゃなくマジの呪いの人形だったってこと?

 

「ちょっ!?梨花ちゃん、早く礼奈にお祓いを!いや、先にあの人形にお札か何か貼り付けないと!」

 

 

「・・・・落ち着きなさい灯火。羽入、あれに思念が宿っているのはわかったわ。それで、その思念はどういったものなのかしら?」

 

梨花ちゃんが慌てる俺を冷静に抑える。

さすが神職の娘だけあって、幽霊やそういう類のものへの理解が早い。

 

「・・・・邪気は感じないのです。あの人形の思念からは悲しみと寂しさを多く感じるのです」

 

「・・・・悲しみと寂しさね。きっと持ち主に捨てられて悲しんでるんでしょうね」

 

羽入の言葉を聞いた梨花ちゃんが、礼奈の持つ人形に憐みの目を向ける。

あの人形は呪いの人形なんかではなく、持ち主に捨てられて悲しみ、一人で寂しがってる可哀そうな人形ってことか。

 

「・・・・羽入、あの人形の目を探すのを手伝ってくれるか?せめて綺麗な状態に戻してあげたい」

 

いくら人形とはいえ、それを知ってしまえば、もう無視なんてできない。

もしかしたら礼奈は、あの人形の思念をなんとなく感じていて、それで一生懸命探していたのかもしれない。

 

「ちょっと待ってくださいなのです・・・・見つけました!!かすかにですが、あっちにあの人形と繋がっている思念を感じられるのです!!」

 

目を閉じて何かを感じるように集中していた羽入が一気に目を見開いてある場所へと指を指す。

 

「お手柄だ羽入!案内してくれ!」

 

さすがは神様というべきか、あっさりと落ちた目の場所を発見してしまう羽入。

羽入の案内に従って目的の場所へと進む。

 

「・・・・ここなのです!ここから思念を感じるのですよ!」

 

「わかった!梨花ちゃん、しんどいだろうけど一緒に探してくれ」

 

「ええ、もちろんよ」

 

羽入の示す場所のゴミを慎重にかき分けながら探す。

目的の物は小さい目なのだ、見逃さないように入念に辺りを探る。

 

そしてついに

 

「・・・・あった、あったぞ!!!」

 

ずっと探していた人形の落し物をついに発見し、大声をあげる。

 

 

「お兄ちゃん見つけたってほんと!?」

 

「ああ、これで合ってるか?」

 

俺の声に反応してやってきた礼奈に見つけた目を渡す。

受け取った礼奈が人形の失っていた目へと入れると、不思議なくらい綺麗に入り、そのまま外れなくなった。

それを見てこの人形がただの人形ではないことを実感する。

みんなも声に反応して集まり、見つかったことに喜びの声を上げる。

 

「ありがとうお兄ちゃん!やっぱりお兄ちゃんはすごい!!」

 

「あ、いや、俺のおかげじゃないんだ」

 

みんなからの感心の声に曖昧な返事で返すことしかできない。

見つけたのは俺ではなく羽入なのだが、みんなにそれを説明しても意味がわからないだろう。

羽入を見れば、微笑ましそうにこちらを見ていた。

 

「・・・・きっと礼奈やみんなの思いにオヤシロ様が応えてくれたんだ。俺が見つけたのはきっと偶々オヤシロ様が見つける役を俺に選んでくれただけだよ」

 

なんとかそれらしい言葉で羽入のおかげであることを伝える。

みんなもそれを聞いて、オヤシロ様ありがとうと目をつぶって拝みながら感謝を伝えてくれる。

羽入は照れくさそうに頬を赤らめ、それを見た梨花ちゃんがニヤニヤと笑っていた。

俺もあとで羽入にシュークリームを献上するとしよう。

 

「えへへ、落とした目が元に戻ってよかったね」

 

欠けた目が戻り、元の姿を取り戻した人形の頭を撫でながら微笑む礼奈。

気のせいかもしれないが、礼奈に撫でられた人形が喜んでいるように感じた。

 

 

その後、目的の物を見つけ、しかももうそろそろいい時間なのでそのまま解散となった。

礼奈と共に集まってくれた仲間にお礼を言いながら見送る。

みんなには今度会う時に改めてお礼を言うことを心に誓う。

 

「・・・・ところで礼奈、やっぱりその人形、家に持って帰るのか?」

 

「?うんもちろん。こんなにかぁいいんだもん!お持ち帰りするに決まってるのかな!かな!」

 

やっぱそうだよなー!羽入は邪気がないって言ってたし、捨てられて寂しい思いをしてたって聞いて同情もあるんだけどさ、やっぱり怖いもんは怖いんだよ!

羽入みたいに可愛らしくて意思疎通が出来るのなら別だが、人形にそんなこと期待できないし、出来たら出来たで怖い気がするし、もうとにかく怖いのだ。

 

「まぁそれは置いといて、あっという間に遊ぶ時間がなくなってしまったな。久しぶりにゆっくり出来る時間だったのに残念だったな」

 

今まで園崎家への招集やらダム戦争の活動やらで慌ただしく動いていたため、ゆっくり遊ぶなんてことは出来なったのだ。

だからせっかくの久しぶりの休日がほとんど探し物で時間を使ってしまったのは残念に思ってしまう。

 

「そんなことないよ、確かにゆっくりお話しみたいにはならなかったけど、久しぶりに全員で集まれたんだもん。みんな忙しくて全員で集まることが出来なかったからすごく嬉しかったよ!」

 

「そっか、それならよかったよ」

 

「えへへ!もちろん一番嬉しかったのはお兄ちゃんといっぱい一緒にいれたことかな!かな!」

 

そう言いながら人形を抱えた反対の腕で俺へと腕を組んでくる礼奈。

 

「おい‥‥歩きにくいだろ」

 

「えへへ。ちょっとだけ」

 

そう言って離れる気がない礼奈。

風に乗って礼奈のいい匂いが届く。

汗をいっぱいかいたはずのなのにまったく不快感を感じさせない。

 

「お兄ちゃんいい匂いだよー」

 

俺がそう思っていると礼奈も同じことを言ってきた。

はは、前にも同じことしたな。

以前もこうやってゴミ捨て場から帰ったのを思い出す。

 

結局今回も、最後まで腕を組んだままだった。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに礼奈の持って帰った人形は、最近それぞれの一人部屋をもらった礼奈の部屋に置かれている。

大事そうにベッドの傍に置かれており、大事に扱っているようだ。

それだけならよかったのだが、たまに置いた覚えは一切ないというのにあの人形が俺の部屋に鎮座していることがあるのだ。

 

その度に俺の恐怖ゲージがマッハで突破し、俺の恐怖耐性を鍛えるのに多大なる協力をしてくれる。

礼奈の部屋に戻したとしても、ふと夜に目を覚ますと、当たり前のように目の前にいたりするので質が悪い。

 

羽入が言うには俺にも遊んでほしくてこっちに来るらしいのだが、こっちは怖くてしょうがない。

梨花ちゃんにお祓いをお願いしても新しい妹が出来て良かったじゃないと意地の悪い笑みで言われるだけで何もしてくれなかった。

 

 

 

俺の眠れぬ夜はその後しばらく続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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日常 魅音 

お疲れ様です。
今回は魅音のメインのお話です。
次話からは本編へと戻ります。




礼奈たちと協力して人形を元に戻したあの日から3日が過ぎた今日この日。

俺は今・・・・何もできない無力な自分に泣きそうになっていた。

目の前には俺の無力さを味わわせている元凶が静かにこちらを見据えている。

 

「くそっ!!うおぉぉぉぉ!!!!」

 

腹の底から声を出しながら地面を蹴って目標へと駆ける。

狙いは敵の服を掴んで体勢を崩すことだ。

体勢を崩して地面へと転がし、マウントをとることが出来れば勝敗は決したも当然だ。

頭の中で次の動きのシミュレーションをしながら相手へと迫る。

頭の中でシミュレーションした通りに相手の体勢を崩そうと相手の服へ手を伸ばす。

俺の手が相手の服を掴もうとした瞬間、相手の姿が俺の視界から消失する。

目標を失った俺の手は空を掴む。俺の動きは相手に完全に見切られていたようだ。

消えた相手を探す間もなく背中に衝撃が走り、地面へと組み伏せられる。

背中に重みを感じて払い除けようと動こうとして、身体が自由に動かないことに気づく。

完全に俺の重心を抑えて身動きをとれなくされてしまったようだ。

 

「・・・・参った、降参だ」

 

あっさりと俺の考えの上を行かれたことに悔しさを噛み締めながら降参を告げる。

降参を告げた瞬間、俺の背中から重みが消えて身体に自由が戻るのを感じる。

俺は相手が離れたのを確認して起き上がるのではなく、そのまま反転して仰向けになって地面へと寝転んだ。

 

「・・・・手も足も出なかった、本当に強いな」

 

自分の情けなさと相手への純粋な尊敬を込めてそう口に出す。

 

「あはは!昨日から武道を習い始めたお兄ちゃんに負けるわけにはいかないよ!」

 

俺の言葉に、先ほどまで手合わせをしていた魅音が笑いながらそう答えた。

場所は園崎家の敷地内にある道場のように広い空き家。

ここには地面に倒れる俺とそれを見て笑う魅音、そして暇そうにしてたので見学に誘った礼奈と梨花ちゃんがいる。

礼奈と梨花ちゃんは魅音の洗練された動きにおー!と目を輝かせながら拍手を送っている。

小学生の女の子に手も足も出ずに負けた・・・・

いくら魅音が武道を習っているとはいえ、日頃から兄貴風を吹かしていてこのざまは情けなさすぎる。

 

「それにしてもいきなり空手でもプロレスでも何でもいいから戦い方を教えてほしいと言ってお兄ちゃんがうちに来た時はびっくりしたよ」

 

「・・・・魅音が園崎家のみんなから色々しごかれてるって聞いたからな。男なら武道とか興味持って当然だろ」

 

本当の理由を隠すために言い訳を口にするが、三割くらいは本音だったりする。

魅音が園崎家次期当主として素手の戦い方はもちろん、銃器の使い方まで習っているらしい。

そんなことを聞けば男として気になるに決まってる。

まぁそれはあくまでついでのようなものだ。

残る七割はもちろん来たる運命に対抗するのに必要な力を付けるために決まっている。

この前の誘拐事件で頭に傷を負ってしまっただけでなく、俺のせいで葛西に大怪我を負わせてしまった。

あの時の光景を思い出すだけで胸を締め付けられるような痛みが走る。

もう非力な自分のせいで誰かが傷つくなんてことは絶対にごめんだ。

そのためなら素手での戦い方、銃の撃ち方、役に立つならどんなことだって覚えてやるさ。

園崎家に気に入られているとはいえ、素手での戦い方はともかく銃の使い方まで教えてくれるか不安だったのだが、真剣な顔で頭を下げる俺に、拍子抜けするくらいの気軽さで許可が下りた。

というよりはダム戦争が落ち着いたら言われずとも俺に全て教え込むつもりだったようだ。

自分から言うとは嬉しいねぇと笑顔を浮かべる茜さんに引きつった笑顔を浮かべてしまったのはしょうがないと思う。

 

というか頼みにいったその日に銃の使い方を叩き込まれると誰が思うだろうか?

もちろん真剣に覚えようと頑張ったが、小学生に何を教えてるんだこの人はと何度も頭の中でツッコミをいれてしまったのはしょうがないことだろう。

興が乗った茜さんが車両の操縦までさせようとした時は白目を剥いて気絶するかと思った。

ハンドルとアクセル、ブレーキに手と足が届かないということで断念されたが、いくら広大な私有地を持っているとはいえど、小学生に運転をさせようとするのはバカすぎではないだろうか?

いやまぁ、アクセルを踏もうと届かない足を必死に伸ばす俺を見て茜さんは爆笑していたので、冗談で運転させようとしていただけなのかもしれないが。

 

「みぃちゃん本当に強いんだね!お兄ちゃんが何度も掴みかかったのに全部かわしちゃうんだもん。テレビで見た空手のプロの人みたいだったよ!」

 

「みぃ、女の子に負けた灯火はかわいそかわいそなのですよ!にぱ~☆」

 

そう言いながら俺の頭を撫でる梨花ちゃん、きっと心の中で惨敗した俺を鼻で笑っていることだろう。

先ほどの立ち合いを思い出しながらこの世界のレベルの高さを思い出してため息がでる。

物語によっては後半になると、割とハードな戦闘が発生することがある。

一歩間違えば死にかねない戦闘を俺の仲間たちは次々と類まれなる戦闘センスによって突破していくのだ。

魅音の動きを見て驚いていた礼奈だって、全力を出して戦えば魅音といい勝負をすると俺は確信している。

最後の最後でみんなの足手まといにならないためにも今から戦闘訓練をしておくことに越したことはない。

 

「ふぅ、やっと来れた。あっちゃーおねぇとお兄ちゃんのバトル見逃しちゃった」

 

魅音の強さもわかったし、体術の練習法を魅音に習おうと思っていると、扉の方から息を切らせた詩音が入ってくるのが見えた。

 

「少し遅かったな。俺としては情けないところを見られずによかったがな」

 

すでに礼奈と梨花ちゃんに見られてしまっているのでよかったも何もないのだが、これ以上傷口に塩を塗り込むのは避けたい。

 

「あ、やっぱりお兄ちゃん負けちゃったんだ。おねぇはめちゃくちゃ強かったでしょ」

 

「ああ、手も足も出なかったよ。もしかして詩音も強かったりするのか?」

 

魅音と瓜二つの詩音なのだ、戦闘センスがあることは間違いないだろう。

なんならダム戦争の時、誰よりもやんちゃしていたのが詩音だったりするのだ。

毎回毎回やんちゃして警察署で怒られている詩音を迎えに行ってたので間違いない。

普通こういうのって大人の仕事のはずだよね、警察の方もさっさと追い返したいのかも知れないが適当すぎる。

 

 

「お母さんから言われた部屋の掃除はちゃんと終わったの?してないのがバレたら後が怖いよ~」

 

「ちゃんと終わりました~おねぇこそ押入れに詰め込んで片づけた気になってると後で痛い目みるよ」

 

「うっ!そ、それでも詩音みたいに散らかってないし!お母さんにも注意されたことないもん!」

 

どうやら詩音がここに来れなかった理由は部屋の片付けが出来てなくて茜さんに怒られたからのようだ。

茜さんにそういうのを気にするイメージがなかったため、少し意外だ。

それともよっぽど詩音の部屋が散らかっていたのだろうか?

 

「そういえば魅音と詩音の部屋って入ったことないな」

 

ここに来るときは大広間か客室で話しているので行く機会がなかったのだ。

 

「私はみぃちゃんとしぃちゃんの部屋行ったことあるよ!お兄ちゃんが大人の人たちとお話してる時はしぃちゃんの部屋にいたから」

 

「たまにおねぇの部屋でも遊んでたんだよね~おねぇの部屋っていっぱいゲームを置いてるから飽きないし」

 

「みぃ~僕も会議に飽きた時によく抜け出して二人と遊んでいたのですよ。にぱー☆」

 

なるほど、俺が親族会議でストレスで吐きそうになっていた時に詩音と礼奈と梨花ちゃんは3人で楽しく遊んでいたというわけか。

なにそれずるい!!

ていうか梨花ちゃん!たまにいなくなっててどこに行ったかと思えば二人のとこに行ってたのか!

くそ。俺と礼奈、同じ兄妹なのにどこで間違えてしまったのだ。

俺も詩音と礼奈と梨花ちゃんと一緒に遊びたかったよ。

 

「あ、なんなら今からおねぇの部屋でゲームしようよ!知らないゲームもいっぱいあるから楽しいよ!」

 

「ちょっ詩音勝手に決めないでよ!いやまぁいいんだけどさ」

 

「私もいいよ!かぁいいゲームはあるかな?かな?」

 

「みぃーどんなゲームがあるか楽しみなのですよ」

 

完全に雰囲気は魅音の部屋で遊ぶ感じになっており、もうなんでここにいるのか忘れてしまっているようだ。

一応俺の鍛錬のためにこの部屋を借りたのにもう出番終了ってのはさすがにちょっと。

今日は鍛錬を頑張るぞと来たというのに、これはあんまりではないだろうか。

 

「ちょっと待った。今日は鍛錬をしに来たんだからな!時間はたっぷりあるんだから少しはやらせろ!」

 

強くなるのは割と死活問題なんだ。来たる決戦の時のために、そして今後の兄の威厳のためにも最低限の努力はしておきたい。

 

「私は別にそれでもいいけど、みんなが退屈だろうから・・・・あ、じゃあ今日はみんなに護身術を一つ教えてあげるよ!」

 

「「「「護身術?」」」」

 

俺と詩音と礼奈と梨花ちゃんの声が重なる。

みんなもいるということで誰でも使える簡単な技を教えてくれるのかもしれない。

 

「見せた方がわかりやすいね。お兄ちゃん、ちょっとそこに立っててよ」

 

「え?お、おう。優しく頼むぞ」

 

俺を使って実演をしてくれるようだ。どんな技を見せてくれるのかは楽しみだが自分が体感するとなるとさすがに少し怖い。

 

「人間の肘の骨ってさ、かなり硬く尖っているんだよね。だから拳みたいに鍛錬する必要もないし、怪我することだって少ない部位なんだよ。特に女の肘は細く鋭いからね。こうやって肘を曲げてから相手の顎を下から突き上げれば!」

 

「へ?ぶふぁっ!!?」

 

説明を聞いて油断していたところに下から魅音の肘が顎に入る。

綺麗に顎を突き上げられた俺は何も抵抗をすることも出来ずに背中から地面へと倒れてしまった。

手加減はしてくれたようで痛みはないが、顎を突き上げられた時、一瞬頭が真っ白になって気が付いたら地面に倒れる寸前だった。

 

「届かない時は肋骨に打撃を与えるのもいいね。骨と骨の隙間を狙う感じでやれば相手に相当のダメージを与えられるよ」

 

「「「おー!!!」」」

 

魅音の実演を見て感心したように揃って声を上げる礼奈たち。

確かにすごいのだが、そのおかげでまた情けない姿を見せてしまった。

なにが、ぶふぁっ!?っだ!やられるにしてももう少しかっこよくやられたかった。

俺の見事なやられ具合に興味を失ったのか、倒れる俺に見向きもせずに魅音の周りに集まる礼奈たち。

みんなのためにやられ役をしたのだから、少しくらい労ってほしいと思うのは欲張りではないはずだ。

次はこいつらを習う技のやられ役にしてやろうと心に決めて俺も魅音に教わるためにみんなの輪の中に入った。

 

 

 

 

 

 

「よし!じゃあ少し休憩!外に水飲み場があるから喉が渇いてる人はそっちで飲んでね!」

 

魅音の一声によって習った護身術の練習をしていた礼奈たちが地面へとへたりこむ。

練習を始めて一時間程は経っただろうか。全員が予想以上に練習に熱中してしまい、夏の暑さも合わさって汗だくになってしまっている。

 

「護身術の練習楽しいね!こんなことならお兄ちゃんみたいに動きやすい服で来ればよかった」

 

「さすがにその恰好じゃあ、動きにくいよな」

 

現在の礼奈は涼しげなワンピースを着ており、とても似合っているのは間違いないのだが、運動に向いているかと言われれば向いていないだろう。

 

「汗もかいちゃったし、ちょっと家に帰って着替えてくるね!」

「あ、僕も汗が気持ち悪いので一度家に戻るのです」

 

幼いとはいえ少女である二人は汗をかいた状態は避けたいのだろう。

大急ぎで家へと帰る支度をして部屋から走っていってしまった。

ちなみに詩音は暫く俺たちの練習を見ていたのだが、すぐに飽きて途中でお風呂に行くと言って出ていってしまった。

 

「お兄ちゃんお疲れ様、はいタオルとお水」

 

「ありがとう魅音、汗が鬱陶しかったから助かるわ」

 

タオルと水をもってきてくれた魅音にお礼を言って受け取る。

すぐに水を飲んで、動き回って不足していた水分を補給する。

 

「にしても、みんなセンスがいいな。教えてもらったその日に完璧にできるなんて驚きだ」

 

礼奈が動けることは知っていたが、まさか梨花ちゃんまであんなに動けるとは思わなかった。

彼女にもらった肘鉄の味に俺の身体がぶるりと震えた。

 

それに比べて俺の運動センスのなさには涙が出そうだ。

魅音に何度も丁寧に教えてもらったにも関わらず、未だに上手く動くことが出来ない。

 

「・・・・ごめんな魅音。せっかく教えてくれてるのにうまく出来なくて」

 

「いや、あれは礼奈と梨花ちゃんの運動神経が良すぎるだけだから。お兄ちゃんの物覚えが悪いわけじゃないから安心して」

 

「・・・・そう言ってもらえると助かる」

 

わかってはいたつもりだが、やはり俺はどこにでもいる凡人のようだ。

あの礼奈の兄だから凄い潜在能力があるのではと期待していたが、どうやらそんなものはないらしい。

地道に努力を重ねながらやっていくしかないだろう。

 

「それに・・・・謝らなくちゃいけないのは私の方だよ」

 

「魅音が?もしかして自分の教え方が下手くそだからとか言うなよ」

 

魅音は俺が理解しやすいように文字通り手取り足取りと一生懸命に教えてくれていた。

それを下手くそなんて魅音自身にだって言わせない。

 

「・・・・お兄ちゃんの頭の傷って誘拐事件に巻き込まれたからなんでしょ?」

 

突然話を前の誘拐事件に負った傷へと変える魅音。

なぜその話を今するのか疑問に思いながらも魅音の問いに答える。

 

「・・・・まぁな。でもこれは俺のドジの結果によるものだよ。誰かのせいにする気はない」

 

「・・・・でも、元をたどれば園崎家の私たちと関わったからだよ。お兄ちゃんが私たちと関わっていなかったら、そもそもそんな怪我しなかったはずだし」

 

ああ・・・・魅音が俺に謝ってきた理由がわかった。

魅音は俺の怪我を自分たちと関わったせいだと思ってしまっているのか。

 

「・・・・今回の怪我だけじゃないよ!私たちのせいで関係ないお兄ちゃんまで村のみんなに怖がられちゃってるし、これから先私たちに関わることでたくさん酷い目に遭うかもしれない!それこそ命に係わることだって!私のせいでお兄ちゃんが傷つくとこなんてそんなの絶対に見たくない!!」

 

「・・・・魅音」

 

「お兄ちゃんと初めて会った日、私たちを妹って呼んでくれて本当に嬉しかった、でも・・・・そのせいでお兄ちゃんが今回みたいに傷つくんだったら私は!私は・・・・・」

 

その言葉は最後まで続くことはなかった。

叫ぶように言っていた言葉は次第に小さくなっていき、最後にはすすり泣く声へと変わる。

魅音が言えなかった言葉の続きは想像がつく。

 

「魅音、顔あげろ」

 

「え?・・・・あうっ!」

 

泣きながらも俺の声に反応してゆっくりと顔をあげた魅音の額にデコピンを放つ。

 

 

「魅音、園崎家と関わらなかったら怪我もしてなかったし村のみんなからも怖がられなかったって言ったが、そいつは俺をなめすぎだ。もし魅音たちと関わっていなかったとしても俺は事件に自分から飛び込んだし、村で差別されてた悟史と沙都子のために村のやつら全員に嫌われようと全力で行動していたと確信できる!!つまり魅音たちが妹でもそうじゃないとしても結果なんざ大して変わらないってことだ!!」

 

これは本当にそう思う。

たとえ葛西の手助けがなかったとしても俺は寿樹君を助けようと現場に向かっただろうし、悟史と沙都子のためなら村中の人たちから嫌われようと二人の味方であり続けたと断言できる。

この世界に生まれてから全力で運命を変えると決めている俺なら必ずそうするはずだ。

 

「そ、そんなことわからないじゃん!私たちと関わらなければ誘拐事件なんて知ることも出来なかったはずだし、悟史たちのことだってお兄ちゃんなら誰にも嫌われずに出来たに決まってるもん!」

 

「事件に関しては大石さんたちから聞き出したかもしれないだろ、あと誰にも嫌われずってのは俺を過大評価しすぎだ」

 

「でも・・・・でも!」

 

「あーもう!でもじゃねぇ!」

 

俺の言葉を聞いてもなお食い下がる魅音に連続でデコピンを与える。

こうなったら納得するまで永遠にデコピンをし続けてやる。

 

「お前らを妹にしてるってことは!俺が自信をもって誇れることの1つなんだよ!だからお前はそのままでいいの!わからないんだったら煙が出るまでデコピン続けるぞこのやろう!」

 

恥ずかしいことを言ったと自覚しながらも言葉を続ける。

きっと今の俺の顔は真っ赤になっていることだろう。

 

「そっか、私たちが妹だってことがお兄ちゃんの誇れることの1つなんだ・・・・だったらしょうがないね!なーんだ!ずっと悩んでいた私がバカみたい!あはははは!!!」

 

俺の言葉を聞いて今までの悩みを吹き飛ばすように笑い続ける魅音を見て俺もつられるように笑う。

 

「よし!!いっぱい笑って元気でた!!お兄ちゃん練習の続きしよ!!次はプロレスの技を教えてあげるね!」

 

「プロレスか・・・・お手柔らかにお願いします」

 

はやくはやくと手を引っ張る魅音に苦笑いを受けながら練習を再開する。

 

 

その後、魅音の元気な声とプロレス技の餌食となった俺の叫び声が部屋に響き渡った。

妹にプロレス技をかけられて泣き叫ぶ俺が兄でいいのかと疑問に思ったのは秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




灯火の日課に鍛錬が加わりました。
どこまで強くなれるかはお楽しみです。


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オヤシロ様の祟り 1 バラバラ殺人事件 





「それでは第一回!惨劇の運命なんか変えてしまえ!の作戦会議を始めます!!どんどん!パフパフ!いえーい!!」

 

「どんどん!あうあう~!!いえーいなのですよ~!」

 

「・・・・そこの二人、今すぐ黙りなさい」

 

目の前で騒ぐ二人を冷めた目で見つめる。

これから大事な話し合いをするというのにこの二人は緊張感というものを知らないのだろうか。

 

「いや、これから物騒な話をするんだから最初くらい明るく始めたほうがいいと思って、あ、ごめんなさい、そんなゴミを見るような目で見るのは勘弁してください」

 

意味のわからない言い訳を口にする灯火を睨んで大人しくさせる。

羽入は私の機嫌が悪くなっていることに気づいて口元を手で抑えながら震えていた。

 

「・・・・みんなの協力もあって赤坂の奥さんは無事救われた。だけど本当に大変なのはこれからだ、来年の綿流しの日に起こるバラバラ殺人事件、そしてそれから始まる惨劇の連鎖が俺らを待っている。最後なんて梨花ちゃんが殺されるというふざけた結末だ」

 

 

「・・・・」

 

 

「・・・・梨花」

 

灯火の話を聞いて俯いてしまった私を羽入が心配そうに見つめてくる。

 

「・・・・大丈夫よ、今までの記憶が蘇って少し嫌な気持ちになっただけ」

 

一度目を閉じて気持ちを切り替える。もう私は運命に屈したりなんかしない。

 

「もちろん、そんな結末には絶対にさせない。みんなで力を合わせれば変えられない運命なんてないってことはもうわかってるだろ?」

 

私が落ち着くのを静かに待っていた灯火がにやりと笑いながらそう口にする。

それを聞き、私と羽入もつられるように笑みを浮かべる。

 

 

「・・・・そうね、もう二度と殺されてなんかやるものですか」

 

「もうこれで最後にするのです!絶対にみんなで生きて昭和58年を越えるのです!」

 

改めて気合を入れなおし、私たちは運命を倒すための作戦会議を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・さっきも言ったが惨劇の連鎖をなくすために、一番最初に起こるバラバラ殺人事件を止める必要がある。こいつは数々の疑心暗鬼を引き起こすきっかけになる最悪の事件だ。何としてでも止めるぞ。まずは改めて事件の内容を確認する」

 

そう言って灯火はこれから起こる内容の説明を始める。

私も灯火の説明を聞いて自分の記憶と差異がないことを確認していく。

 

昭和54年6月の綿流しの日、ダム建設の現場監督の男が殺される。

 

四肢をバラバラにされた状態で発見され、右腕は見つかっていない。

 

犯人は同じダム建設の作業員たちで、現場監督と口論の末、全員でリンチをして殺してしまう。

殺された男は四肢をバラバラにされた状態で発見され、右腕は見つかっていない。

 

犯人は一人を除き警察に捕まったが、主犯格と思われる男は未だ捕まっておらず、そのまま行方不明に。

 

1人が殺され、もう1人が行方不明になる。それが雛見沢の古い伝承に似ていることからオヤシロ様の祟りと言われ始める。

 

これがオヤシロ様の祟りと言われる連続怪死事件の一番初めの事件の内容だ。

 

「この事件を止めるためには殺人を犯す作業員たちを事前に把握して逐一監視をし、作業員たちが犯行を行う瞬間に取り押さえる必要がある・・・・自分で言ってなんだが難しすぎるな」

 

「そうね・・・・まず現場監督を殺す作業員たちを把握することが出来ないわ」

 

「作業員は大勢いるのです、その中から何の手がかりもなしで犯人を見つけるなんて無理なのですよ・・・・」

 

羽入の言うとおりだ、村の人間であるならまだしも、大勢いるダム建設の作業員の中から怪しい人間を見つけることは不可能に近い。

 

「いや・・・・手がかりがまったくないとは限らないぞ」

 

「え?手がかりがあるって、なにがあるのよ?」

 

「・・・・この作業員たちは事故当時、雛見沢症候群を発症していた可能性がある。それも末期状態でだ」

 

「作業員が雛見沢症候群に・・・・ありうる話ね」

 

ダム反対運動は過激さを落とすことなく今も続いている。

そんな騒動に巻き込まれながら作業をしているのだ、ストレスは相当なものになるはずだ。

それこそ雛見沢症候群を発症してもおかしくないほどに。

 

「・・・・この事件が雛見沢症候群の発症により起こったものなのだとしたら犯行の瞬間を狙って取り押さえる必要もない。怪しいやつを入江さんに報告すればいい、末期状態じゃないのなら治すこともできるかもしれないしな。それで治るのならこの事件はそもそも起きることはない」

 

「おおおお!!確かにその通りなのです!それなら挙動不審な人たちを見つけて入江たちに報告するだけで全部解決なのですよ!!よく気づいたのです!すごいのですよ灯火!」

 

「・・・・まぁその見つける作業が大変なんだけどな。ずっと監視なんてできない以上、見つけるのが難しいことには変わりない」

 

「確かに難しいことには変わりないけど見つけられる可能性は高くなったわ。時間はいっぱいあるんだし、きっと見つかるはずよ」

 

だからお手柄よ灯火、と告げた私に灯火は曖昧な笑みを浮かべる。

 

彼のことだからもっと調子に乗って自信満々な笑みを受かべると思っていただけに意外だった。

 

自分の考えに自信がないのだろうか?

 

確かに絶対そうだとは限らないが、作業員が雛見沢症候群を発症していると考えるなら今までの話に筋がきちんと通るのだ。

 

行方不明の原因はわかってはいないが、そもそも事件を起こさなければ行方不明にだってならないはずだ。

 

「灯火?なんか元気がないのですよ、大丈夫ですか?」

 

羽入も私と思じように感じたのだろう。心配そうに灯火を見つめている。

 

「いや・・・・現場監督のおっさんは俺が無理やり解任させたからな。そのせいでこの事件がどうなるかわからなくなっちまった。事件が起きない可能性もあるが、現場監督の代わりに他の人が死んでしまった場合、それは間違いなく俺のせいだ。やった時はそんなこと考えもしなかったけど、もっとうまい方法があったかもしれないのに、俺の安易な行動でそれをなくしてしまった」

 

「・・・・それが元気のない理由ってわけね」

 

なるほど・・・・自分の行動によって死ぬ運命になかった人が死んでしまうのを恐れているのだ。

確かに、灯火の行動によって先の未来を知っているというアドバンテージを完全には活かすことが出来なくなった。

 

「もっとうまい方法があったかなんて結果を見なければ誰にもわからないわ。灯火は大石の恩人である彼を確実に救うために現場監督を解任させたのでしょう?だったらそれは間違ってなんかいないわ。あなたの行動で間違いなく一人の人間が救われるのだから。それによって誰かが傷つくのだったらその誰かも救ってしまえばいい話よ」

 

私たちならきっとそれが出来ると不思議と確信できた。

 

正直、この事件で私の知らない誰かが死んだとしても私は深く悲しむことはないだろう。

今まで多くの人の死を見てきたのだ。

大切な仲間ならともかく赤の他人がどうなろうと悲しみの感情を持てない。

 

でも灯火は違う。赤の他人でも彼は悲しむだろうし、自分のせいだと責任を感じてしまうだろう。

 

 

 

そんな彼を優しい人だと微笑ましいと思い、少しだけ羨ましいと思った。

 

 

「そうだな、みんな救っちまえばそれが最良の選択だったってことだもんな!!ありがとう梨花ちゃん!おかげで吹っ切れたよ!絶対みんな救ってやる!誰一人だって死なすもんか!」

 

「その意気なのですよ灯火!私たちも全力でお手伝いするのです!あうー!!!」

 

「まったく・・・・調子がいいのだから」

 

二人を見ながらつい呆れた目でそう口にする。

不満げな表情をしていたつもりだった私は、羽入に言われるまで自分が笑みを浮かべていることに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

梨花ちゃん達と作戦会議をした日から多くの月日が過ぎた。

 

夏が過ぎ、冬を越え、春を迎えた。

 

ダム反対運動への参加を積極的に行いながら情報を集め続けているが結果は芳しくない。

 

礼奈たちに加えて、村の人たちにも声をかけて挙動不審な作業員がいたら教えてくれと言ってはいるのだが未だ見つかっていない。

 

もしかしたら現場監督が変わったことで雛見沢症候群が発症していないのではという楽観的な思いも生まれるが頭を振ってその思考を追い出す。

もしそうならそれが一番だ。

だが、まだ発見できていないだけの場合は惨劇の運命はきっと俺たちに牙をむく。

今年の綿流しを越え、ダム建設が完全に終了するまでは気を抜かないほうが得策だろう。

 

しかし、もうすぐ春も終わり夏になってしまう。

この前の園崎家での会議で、今年の綿流しはどうするかという話だって出た。

もう時間がない。

惨劇の運命の牙をへし折るために、次の一手が必要だ。

 

「というわけでおっさん!!作業員の中で変な奴がいると思うから教えて!!」

 

「誰がおっさんだ!」

 

「ぐぇ!?」

 

俺の言葉にイラついた声と共に拳骨が振り下ろされる。

痛みに涙目のなるのをなんとか抑えながら、いきなり拳骨を振り下ろしてきた男を睨みつける。

 

この男こそ、この事件の鍵を握る人物。

 

元ダム建設の監督にして大石さんの恩人とも言える男。

 

そして、俺によってこの事件の舞台から無理やり引きずり降ろされた男でもある。

 

 

 

俺の目の前にいる男こそ、バラバラ殺人事件で殺されるはずだった人物その人だ。

 

 

この人こそがこの事件を止めるために必要な鍵であると俺は確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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オヤシロ様の祟り 1 バラバラ殺人事件 ②

「誰がおっさんだ!!」

 

「ぐぇ!?」

 

俺の真剣な頼みに対しておっさんは拳骨が答えだと言わんばかりに勢いよく俺の頭に拳を振り下ろしてくる。

 

「休みの日にいきなり来たかと思えば、わけわかんないこと言いやがって。ここはガキのお前が来ていい場所じゃねぇ!さっさと帰りやがれ!」

 

「教えてくれるまで帰らないから。それにここってただの麻雀店じゃん。おっさんの溜まり場ってだけでガキが来ちゃいけない理由にはならないと思うな!」

 

「うるせぇ!おい店長!今すぐこのクソガキをつまみ出せ!」

 

「まぁまぁ落ち着けって、ガキに大人げねぇぞ。坊主、オレンジジュース飲むか?」

 

「ありがとう!ちょうど喉が渇いてたから嬉しいよ!店長さんすごく優しいね!!」

 

「なんだよ、礼儀正しい良い子じゃねぇか!おい、ガキの質問くらいすぐに答えてやれよ」

 

「この猫かぶり野郎が!いい子ちゃんぶってんじゃねぇ!」

 

店長からオレンジジュースを受け取りながら大人げなく騒ぐおっさんを見る。

どうしてここまで嫌われてしまっているんだ。こっちはおっさんの命の恩人だというのに。

 

本来であればこのおっさんは綿流しの日に同じ作業員たちと口論の末に殺されてしまう。

被害者である本人であれば、自分に暴行を加えそうな男たちに心当たりがあると思い、ここに来たのだ。

 

しかし素直に教えてくれるとは思っていなかったが、これは予想以上に難航しそうである。

 

「てめぇに話すことなんざ何もねぇ!麻雀の邪魔だからあっち行ってろ!」

 

しっしと鬱陶しいと言わんばかりに手で俺を追い払おうとするおっさん。

麻雀もなにも今おっさん一人しかいないじゃねぇか!

こっちはわずかな望みをかけておっさんを探し出して来たというに、話すらまともに聞いてくれないとは。

 

こうなったら多少脅してでも強引に聞き出してやる。

 

「ふーん・・・・そんなこと言うんだ。おっさんは俺に貸しが一つあること忘れてない?」

 

「あ?てめぇに貸しなんざ作った覚えはないぞ」

 

俺の言葉に対して身に覚えがないと答えるおっさん。

そうか、覚えていないのか。だったら教えてやろうじゃないか。

 

「おっさんさ、俺のせいで腕を折られて現場監督を解任されたなんて言いふらしてたみたいだけど、本当は腕なんて折れてなかったよね?」

 

「っ!?」

 

「大した威力もなかった俺のバットに当たって、それはもう大げさに苦しんじゃってさ。そして次の日には腕を折られたなんて嘘吹いて現場監督やめちゃうし。本当はちょっと赤くなったくらいのくせに、ていうかあの後ここで平気な顔で麻雀してたのも知ってんだからなおっさん」

 

「ちっ!誰がこいつに教えやがったんだ!まさか大石のやろうか!?後で問い詰めてやる!」

 

「そんなことよりおっさん、俺のせいにしてやめたかった現場監督を文句を言われずにやめれたんでしょ?そのお礼に俺の知りたいことに答えてくれたって罰は当たらないと思うな」

 

俺がそういうと舌打ちをしながら麻雀卓の近くにおいてあったタバコを乱暴に掴んで火をつける。

静かになったところを見るに少しは話を聞いてくれるようになったようだ。

 

「たくっ!それでなんつった?作業員の中に変なやつがいるか教えろだぁ?意味がわからねぇぞ」

 

「変なやつっていうか、挙動不審なやつ。明らかに体調が悪そうだったり、いつも上の空だったり、幻聴や幻覚が見えるし聞こえるとか言ってるやつを探してるんだ」

 

「・・・・仮にそんなやつがいたとして。なんで俺が雛見沢に住んでるてめぇに教えなきゃならねぇんだ?俺とお前は言っちまえば敵同士だろうが」

 

俺の言葉に対して訝しげにこちらを睨みつけながらそう答えるおっさん。

それはそうだ。理由もなしに、はいそうですかっと教えてくれるほど適当な人ではないことくらい知ってる。

 

「もちろん理由がある。最近雛見沢の住民から挙動不審な作業員にスコップで殴られそうになったって報告があった。だから大事になる前にその人たちを見つけて、みんなに注意をしておきたいんだよ。その人たちに近づかないようにってね。素手で殴るくらいならここまで騒ぐことないけど、殺人なんて出た日には洒落ではすまされなくなるよ」

 

これは嘘だ。そんな情報を俺は受け取っていない。

でももし雛見沢症候群を発症している人間がいたのなら、おっさんの耳に似たような騒ぎの情報が入っててもおかしくない。

 

「・・・・灯火、てめぇ俺の仲間たちが人殺しをするって本気でそう言ってんのか?だとしたら俺はてめぇをぜってぇ許さねぇぞ」

 

おっさんがさっきまでとは明らかに雰囲気が変わっていく。

本気で怒っているのが肌でわかった。

仕事仲間の中で人殺しをするかもしれないやつがいるなんて言われたら誰だって怒るに決まってる。

でも、こっちだって引くことはできない。

 

「思ってないよ。でもこっちだって大事な仲間が傷つく可能性があることを放っておくことは絶対にできないんだよ」

 

「・・・・・」

 

「・・・・別のところの現場監督とはいえ、おっさんだったら少しは知ってるんでしょ?もうすぐダム建設は終わるよ、園崎家にその情報が入ってきてる。この騒動だってもうすぐなくなるよ。いろいろあったけどさ、大怪我とか大事になるようなことはなかったんだ。最後の最後で大事が起こるなんて全員嫌に決まってるよ。だからお願いだよおっさん」

 

精一杯の言葉と共に頭を下げる。

頼む!この事件を回避するためにはどうしてもおっさんの力が必要なんだ。

 

「・・・・はぁ、てめぇほんとに小学生か?言ってることが全然かわいくねぇぞ」

 

俺の言葉を聞いて頭を手でかきながらそう答えるおっさん。

そしてタバコを咥え、目を細めながらゆっくりと口を開いた。

 

「・・・・俺の代わりに監督やってる男から様子がおかしい奴が4人いるって話を少し前に聞いてる。なんでも物静かだったやつらが性格が変わったみたいに周囲の人間に怒鳴り散らすようになったってんで困ってるって話だ。村の連中が言ってたのは多分そいつらのことだろうな」

 

「っ!?その人たちの特徴わかる!?どこの仕事を担当してるとかも詳しく教えて!!」

 

いた!いてしまった!間違いない、そいつらが綿流しの日におっさんを殺してしまう男達だ!

発症者なんていなくて、全部俺の杞憂だったらという願いはおっさんの言葉によって消え失せてしまった。

 

でも、今ならまだ間に合うかもしれない。

 

末期症状になっていないのなら、今すぐ入江さんにその四人のことを報告することで助けることが出来るはずだ。

 

そのためにもおっさんからその男たちの特徴を聞き出したいのだが、説明が下手でいまいち人物像が把握できない。

 

「おっさん説明下手すぎ!もうその人らのところに直接連れてってよ!!」

 

「うるせぇ!人が親切に教えてやってんのにその態度はなんだ!」

 

「ハゲとウザい金髪とのっぽとブサイクってなんだ!のっぽ以外ただの悪口だろうが!さっきまで仲間とか言ってたくせにもう少しマシな言い方はないのかよ!」

 

他にも息が臭いとか仕事が遅いとかの参考にならないものばかりで参考になりそうなのは少ししかない。

せっかく掴んだ情報だというのにこれでは見つけることが出来ない。

せめてもう少し細かい特徴を知らないことには人物を絞り込むことは出来ても断定が難しいだろう。

 

「これ以上ないくらいの特徴だろうが!」

 

「ハゲと金髪とのっぽとブサイクなんて珍しくもないわ!ていうか金髪とのっぽはともかく他はヘルメット被ってて判別しづらいんだから、もっとわかりやすい特徴を教えてよ!」

 

 

「うるせぇ!いちいち人の特徴なんて覚えてねぇよ!それだけわかれば充分だろうが!」

 

怒鳴りながらそう言ったおっさんはこれで話は終わりだと言わんばかりに席を立って店の奥に消えてしまった。

くそう、せっかくもう少しのところまで来たのにもう一歩の情報が手に入らなかった。

他の作業員にも聞いてみるか?いや、俺は悪い意味で有名だからな、警戒して教えてくれないか。

だったら大石さんは?おっさんと仲の良いあの人なら詳しく知っているかもしれない。

ただし、大石さんは警察だ、人の情報を簡単に教えてくれるとは思えないし、下手したら大事になる恐れもある。

新聞沙汰になるようことにはなんとかして避けたい。

俺たちはこの事件をなかったことにしたいのだ。

殺人事件にはならなくても新聞沙汰クラスになれば、いつの日か疑心暗鬼の種になってしまうかもしれない。

最終的にそれらが梨花ちゃんの死に繋がってしまう以上、大事には可能な限りしたくはない。

 

 

「・・・・とりあえず梨花ちゃんと羽入に相談してみるか」

 

自分だけで考えていてもしょうがないと判断して梨花ちゃんの家へと向かうために店長にお礼を言って店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・なるほどね。確かにもう少し情報がほしいところだけど、これだけでも絞り込みには充分だわ」

 

「・・・・あうあうあう!お手柄なのですよ灯火!」

 

俺の報告を受けた梨花ちゃんと羽入から喜びの声が漏れる。

しかし喜びの声の前に少しの間があったのはきっと、雛見沢症候群の感染者がいたと確信してしまったからだろう。

俺と同じで事件も何事もなく終わるのではないかと小さな望みを願っていたのだろう。

しかしそんな願いは俺の報告によってあっけなく消えてしまった。

 

「・・・・一応さっきの特徴に一致する作業員を何人かは知ってる。だが、注意して見てたはずなんだけど特に違和感みたいなのはなかった」

 

彼女たちの望みを潰してしまったことに小さく罪悪感を覚えながらおっさんから教えられたいくつかの特徴を思い出しながら自分の記憶の中を探る。

長い間作業員たちを観察してきたため、すぐに記憶の中から該当する人間たちが現れた。

 

しかし、覚えている限りに彼らには問題なさそうに作業をしていて、雛見沢症候群が発症しているとは思えない。

彼らじゃないのか?それとも俺が見ていた時はまだ発症してなかったのか?

頭の中で考えが巡るが答えにはたどり着けない。

 

「・・・・私の記憶にも怪しい人はいないわね。でも、灯火の話を聞く限りその人たちはだいぶ末期に近いレベルまで発症しているわ。だったらさっきの特徴以外にもう一つ判別のための特徴があるはずよ」

 

・・・・判別のできる特徴?そんなものがあっただろうか?

梨花ちゃんの言葉を聞いて考える。

雛見沢症候群発症者の特徴・・・・ああ、確かにあった。

末期に近くならないと出ない特徴だけど、わかりやすい特徴が一つあった。

 

「・・・・雛見沢症候群の発症者は末期になると首にかゆみを覚えるのです。そのかゆみは傷が出来るほどかいても止まらず、やがて自分で喉の動脈を傷つけてしまうまでかきむしり、自殺をしてしまう。それが雛見沢症候群の特徴の1つなのです」

 

「羽入の言う通りよ。圭一に礼奈、詩音、彼らが発症した時も首にかゆみを覚え・・・・圭一に至っては自身で喉をかき切って死亡したわ」

 

過去の記憶を思い出したのだろう、辛そうな表情をする梨花ちゃんを羽入が慰める。

普段なら嫌悪するべき症状だが、今回ばかりは違う。

 

「さっきまでの特徴に加えて、首にかきむしったような傷がある男、それが綿流しの日にバラバラ殺人事件を起こす犯人たちってことだな?」

 

「ええ、末期に近いレベルまできているなら必ずあるはずよ」

 

「あとはその人たちを見つけて入江に報告して治してもらうだけなのです!あうあうあう!!」

 

「・・・・そうだな!さっさと見つけて事件なんてなかったことにしてしまおう!」

 

羽入の元気な声に合わせて俺も元気よく声を合わせる。

感染者を見つけてたとしても入江に報告して、はいそうですかと調べてくれるとは限らないが、まずは見つけないことには先へ進めないのだ。

 

だが・・・・感染者を見つけることが出来たとして、その人たちが末期症状だった場合は・・・・

 

俺の頭に浮かんだその考えは、いくら振り払おうとも頭から離れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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オヤシロ様の祟り 1 バラバラ殺人事件 ③

「灯火、いましたか?」

 

「・・・・いや、それらしい人はまだ見つからない」

 

物陰から作業現場の様子を眺めながら、傍にやってきた羽入へと返事をする。

現在この現場にいる作業員の数はだいたい40人くらいだが、全員がバラバラに作業をしているため、すぐに目的の人物たちを見つけることは難しい。

 

「僕がもっと近くで見てくるのです!」

 

「わかった、見つかったらすぐに俺と梨花ちゃんに教えてくれ」

 

わかったのです!っと言いながら作業現場の方に飛んでいく羽入を見送りながら捜索を続ける。

 

梨花ちゃんたちと情報を共有して話し合った翌日の昼過ぎ。

俺たちはバラバラ殺人事件を犯す作業員たちを見つけるためにおっさんから教えてもらっていた作業区域の場所へと来ていた。

 

「・・・・灯火、あそこにいる2人組のやつらを見て」

 

近くで同じように物陰に隠れながら捜索をしていた梨花ちゃんがある場所に指を指しながらそう告げる。

言われた方へと注意して視線を向けて見れば、梨花ちゃんの言うとおり二人の作業員が共同で作業をしているのが目に入った。

 

「・・・・二人ともなんか様子が変だな。やたら立ったり座ったりと落ち着きがないし、しかも片方はおっさんが言ってた特徴の一つである金髪だ」

 

「・・・・もっとわかりやすい特徴があるわ。さっきから彼らを注意して見てたけど、よく首をかいてる姿が見えるわ」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて、しばらく二人の様子をうかがう。

すると梨花ちゃんの言う通り、かなりの頻度で首をかいている姿が目に入った。

それも見るからに加減を間違えている勢いでかいている、あれでは確実に首が傷ついてしまっているだろう。

 

「・・・・怪しいな。あの二人は雛見沢症候群の発症者の可能性がかなり高い」

 

おっさんの言っていた特徴にも一致しているのだ、彼らがおっさんを殺す犯人のうちの二人でほぼほぼ間違いだろう。

 

「となると残りは後二人ね。見た限り他に怪しい人は見当たらないし、もし遠くで作業しているのなら私たちで確認できないわ」

 

「それに関しては羽入が探してくれている。俺たちは見える範囲のところを探し続けよう。もしかしたら病気の進行が進んでいなくて症状が出てないのかもしれない」

 

もしそうなら見つけることは難しくなってくるが、こればかりは時間をかけて探していくしかない。

とはいえ、この暑さの中ずっと捜索を続けることは避けたい。

いくら日陰にいるとはいえ長時間の捜索はまだ子供の俺たちには危険だし、何より見つかるリスクも増える。

ダム反対運動でみんな苛立っているのだ、いくら俺たちが子供でも危害を加えられないとは限らない。

訓練をしているとはいえ、まだまだ大人の力に勝てるとは到底思えない。

 

「灯火、羽入が戻ってきてるわ。ひとまず羽入の結果を聞いてみましょう」

 

梨花ちゃんの指さす方向を見れば、遠くの作業員を確認しに行っていた羽入が飛んで帰ってきているのが見えた。

焦ったような表情をしていることから何かしらの情報を入手出来たのかもしれない。

 

「あうあうあう!梨花、灯火!雛見沢症候群の感染者のような人たちを見つけたのですよ!」

 

「少し落ち着きなさい、まだ時間は充分にあるわ」

 

慌てる羽入に対して梨花ちゃんが冷静な声でそう告げる。

それを聞いた羽入は深呼吸をして自身を落ち着かせる。

俺と梨花ちゃんは羽入が落ち着くのを待ってから彼女の話を聞いた。

羽入の話を聞くに、どうやら雛見沢症候群の発症者と思われる男を2人見つけたらしい。

それぞれ首に皮膚がえぐれるほどひっかいた傷があり、見るからに調子が悪そうだという。

 

「・・・・羽入の話を聞いた限り、その人たちで間違いなさそうね」

 

「そうだな、他に怪しい人もいなさそうだし。おっさんが言っていた人はこれで全員だ」

 

もしまだ雛見沢症候群の発症者がいる場合、見つけることは難しい。

さっき見つけた作業員たちだけであることを祈るしかない。

 

「では早く入江たちのところに行って報告を!彼らを入江たちに治してもらえれば全部解決なのです!」

 

「そうね、さっさと終わらせてしまいましょう」

 

「・・・・二人とも待って。そんな簡単に入江たちに報告は出来ないし、それで解決とはいかないぞ」

 

雛見沢症候群の発症者の四人を救うために入江さんたちのいる入江診療所へと向かおうとする二人を止める。

はやくこの事件を終わらせたい気持ちはよくわかるが、何も考えずに行けば、あとあとめんどうなことになりかねない。

 

「二人は診療所に行って作業員たちのことを見てもらうつもりなんだろうけど、どういう風に報告するつもりなんだ?」

 

「・・・・どうって雛見沢症候群の発症の疑いがある人がいるって言えばいいだけじゃない。私がそう言えば、とりあえず話は聞いてくれるはずよ」

 

「梨花ちゃん、大事なことを忘れてるぞ。梨花ちゃんは入江さんたちから雛見沢症候群について説明を受けていないだろう?」

 

入江さんたちはまだ雛見沢症候群のことを梨花ちゃんに伝えていない。

つまり俺たちが雛見沢症候群のことを知っていてはおかしいのだ。

それなのに梨花ちゃんが誰にも伝えていないはずの病気について、その症状まで詳しく知っていることを鷹野さんたちに言えば・・・・・どうなるのか想像もしたくない。

 

「・・・・迂闊だったわ。今の私はまだ雛見沢症候群のことを知ってるはずがないもの。焦って頭からそのことが抜けていたわ」

 

「あと、雛見沢症候群のことを伏せて作業員たちの症状を伝えたとしても対応してくれるとも限らない。本人たちが来たのならともかく、関係のない子供の俺たちがそう言って、じゃあ彼らを治療するために迎えに行こうとはならないだろう」

 

 

もし雛見沢症候群を発症していると確信して作業員たちのところへ入江たちが行ってくれたとしても、結局は本人たちが行くと言わなければ意味がない。

いきなり見ず知らずの医者から病気だから病院に行こうなんて言われて、はいそうですかと言ってくれる人なんていない。怪しいところに連れていかれないか疑うに決まってる。

 

もっとも、鷹野さんなら山狗を使って強引に拉致してしまうだろうけど。

 

そして病原体を見つけるために彼らを解剖してしまうかもしれない。

末期症状でないならしないと信じたいが、確信は出来そうにない。

 

 

「・・・・彼らを助けるためには彼らが自らの意思で入江たちの診療所に行ってもらうしかないってことね」

 

「あうあうあう!それは難しいのです!せっかく見つけたのに、これでは意味がないのですよー!」

 

「灯火が彼らをボコボコにすればいいんじゃない?怪我を負わせれば診療所に強制的に送りつけれるわ」

 

梨花ちゃんが拳を作業員たちのいる方向へ向けながら物騒なことを口にする。

 

「・・・・それは本当に最後の手段だな。それをすれば間違いなく症状が悪化する。最悪末期レベルまで移行してしまいかねない」

 

末期状態になってしまえば救うことはもう出来ない。入江たちの研究だって今は停滞してしまっているはずなのだ。

 

 

彼らは本来の物語では人殺しをしてしまったけれど、それも雛見沢症候群によるもので彼らの本当の意思ではない。そして彼らにも大事な家族や恋人がいるはずだ。

彼らが殺人を犯すことで悲しむ人がいる以上、彼らを救うために下手なショックは与えたくない。

 

「・・・・とりあえず作業員の人たちと直接話して、病院に誘導してみるか」

 

疑心暗鬼になってしまっている彼らも子供の話になら耳を傾けてくれるかもしれない。

刺激しないように言葉を選びながら、うまいこと病院へ行かせるように誘導するしか道はない。

 

「・・・・梨花ちゃんはここにいてくれ。俺が作業員の人たちと話して病院に行くように誘導してみる」

 

向こうは疑心暗鬼になっているのだ、暴行を加えてくるくらい普通にあり得る。

そんなところに梨花ちゃんを連れていくわけにはいかない。

 

「いいえ灯火、ここにいるのはあなたよ、私が彼らのところへ行くわ」

 

「っな!?なにいってるんだよ梨花ちゃん!」

 

俺を止めた梨花ちゃんから予想外の言葉が漏れる。

俺がここに残って、梨花ちゃんが向こうに行く?おいおいなんの冗談だ。

 

「灯火、あなたは自分の悪評をよく知ってるでしょ。いくら子供でもあなたの悪評を彼らが知っていたら警戒されてまともに話なんて聞いてくれるわけがないわ」

 

「うっ、まぁ確かにその通りだが・・・・」

 

痛いところをつかれてしまい、うまく言葉が出てこない。

魅音、詩音と一緒にダム反対運動で悪さをしていたことが、ここで足を引っ張ってくるとは思わなかった。

 

情けないことに自業自得という言葉しか出てこない。

 

「私はあなたと違って何も悪いことしてないもの。彼らも警戒なんてしないわ。ましてや女の子である私に暴行なんて加えるとは思えない」

 

万が一何かあっても羽入の力でなんとかなるわと羽入の方へと視線を向ける梨花ちゃん。

それを聞いて羽入は任せて下さいと自信満々に頷いていた。

 

「理解できたかしら?これに関してはあなたは完全に足手まといよ。だから大人しくここで待ってなさい」

 

「うぐぐっ、でも年下の女の子を一人で行かせるわけには」

 

「・・・・言っておくけど、生きた年数で言えば私の方がはるかに年上なのよ。あなたは私を礼奈たちと同じように妹扱いするけれど、むしろ逆よ。私の方が年上なんだから姉として頼りなさい」

 

完全に論破されても食い下がる俺に対してピシャリとそう告げる梨花ちゃん。

確かに何度も同じ時を生きてきた梨花ちゃんの方が俺より年上だ。

情けないことに俺が足手まといだということも理解できる。

 

ここまで言われてまだ認めないのはさすがに見苦しい。

 

「はぁ、わかったよ。俺に言われたくないかもしれないが、無茶はしないでくれよ。羽入、梨花ちゃんをよろしく頼む」

 

「あうあうあう!梨花を守るためならともかく、何もしていない人に力は使えないのですよー!」

 

「一応言っておくけど、力を使うのはなにかあった時だけよ。出会い頭に相手をぶっ飛ばしたりするんじゃ・・・・そうね、羽入の力で彼らを病院送りにするのもありね。よし、羽入やってきなさい」

 

「あうあうあう!?梨花を守るためならともかく、何もしていない人に力は使えないのですよー!」

 

梨花ちゃんの無慈悲な言葉を慌てて拒否をする羽入。

まぁ羽入がたとえ事故に見せかけて彼らに傷を負わせたとしても雛見沢症候群の症状を悪化させてしまう恐れがある以上、そういった強引な手段は最後の手段としてとっておいたほうがいいだろう。

 

「冗談よ。じゃあ行ってくるわ。あなたは余計なことせずにそこで大人しくしておくのよ、いいわね!」

 

「すぐ戻ってくるのですよ~!」

 

物陰から出て作業員たちの元へと向かう梨花ちゃんを見送る。

確かにこの件については俺なんかより梨花ちゃんの方がはるかに適任なのは間違いない。

梨花ちゃんたちの言う通り、俺が余計なことをして彼女たちに危険が及ぶ可能性がある以上、ここで大人しくしておくのが賢い選択か。

梨花ちゃんたちが頑張っているのに俺は何もせずにじっと待っているだけっていうのはかなり情けない気持ちになってくるが。

 

「・・・・とりあえず、他に怪しいやつがいないか警戒だけはしておこう。おっさんの情報なら四人だけだけど、他にもいないとは限らないからな」

 

自分の今できることを確認して捜索を再開して周囲を見回す。

すると、工事現場入口のほうに、見覚えのある人物がやってきている姿が見えた。

その人物は

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・まずは一番近くにいる2人組から接触するわよ」

 

不自然にならないように辺りを不思議そうに見回しながら、迷ってここにたどり着いたように装いつつ目標の作業員たちの元へと近づく。

意識を徐々に幼い少女である古手梨花のものへと切り替えていく。

村を散歩していていた古手梨花は偶然この工事現場へとたどり着き、帰り方を尋ねるために作業員へと近づいている。私が今ここにいるのはそう言った理由であると自身を思い込ませるようにして古手梨花を演じる。

 

「ん?なんでこんなところに子供がいるんだ?あぶねぇからあっち行ってろ!」

 

彼らの目の前までやってきたところで私の存在に気付いた作業員の一人が私を怒鳴りつける。

ここは工事現場で危険な作業しているのだから怒るのは当然だろう。

彼の姿を近くでよく見てみると、首には深く爪でひっかいたような傷がいくつも出来ているのが見えた

表情は暗く、全体的に焦りのような雰囲気を纏っているように感じた。

間違いない、彼は雛見沢症候群を発症してしまっている。

 

「みぃ・・・・ここはどこなのですか?お散歩をしていたら迷子になってしまったのです」

 

作業員の怒鳴り声に怯えた振りをしながら涙目でそう尋ねる。

それを見た作業員の男はバツが悪そうに私から目を背けた。

 

「あ、いきなり怒鳴って悪かったな。迷子になっちまったのか」

 

私の目線に合わせて申し訳なそうに謝ってくれる作業員の男。

予想よりもずっと冷静な対応に内心で驚く。

雛見沢症候群の末期レベルまで発症していると思っていたのでいきなり問答無用で殴りつけてきてもおかしくはないと思っていたのだが。

 

「出口はあっちだ、あそこから下っていけば町の方へ行ける。わかったか?」

 

「わかりましたのです!ありがとうなのですお兄ちゃん!にぱ~☆」

 

出口の場所を指で示してくれる作業員に満面の笑みで応える。

私の笑顔を見て、ずっと張りつめていた男の表情が少し緩んだのを感じた。

私はその隙を逃すことなく本題へと移行する。

 

「みぃ、なんだか元気がないのですよ。どこか痛いところでもあるのですか?」

 

「あ、ああ・・・・どうも最近調子が悪くてな」

 

「・・・・お医者さんに診てもらったほうがいいと思うのですよ、入江ならきっと治してくれるのです」

 

「入江?ああ、村の診断所の人がそんな名前だったな。確か、すごく優秀だって話を聞いた気が・・・・」

 

よし、話に食いついた!

心の中でガッツポーズをしながら病院への話に誘導していく。

 

「はいなのです!入江はとっても頭がいいのですよ!あっちの人も元気がなさそうですけど大丈夫なのですか?みんなで入江のところへ行った方がいいと思うのです」

 

本当に心配していると言った表情を作りながら声も表情に合わせて落としていく。

ふん、私にかかればちょろいもんよ。

得意げな笑みを心の中で浮かべながらもう1人の作業員の方へと視線を向けた時、私の表情は凍り付いた。

私の目の前にいる作業員の男が表情を緩めているの対し、もう1人の男はこちらを睨みつけていた。

それも、明確な敵意を持って。

 

「・・・・お前、うちの監督から俺たちを監視するように言われてきたんだろ」

 

「・・・・え?」

 

私を睨みつけていた男が突然口を開いたかと思えば、意味の分からない言葉を私に投げかけてきた。

突然の意味のわからない質問につい素の声が漏れてしまう。

 

「こんな場所に子供が迷い込むわけがないだろう。現場前には関係者以外立ち入り禁止の看板だってあるし、ちゃんとロープで入ってこれないようにだってしてたはずだ。それなのにわざわざ俺たちのところに来た理由なんか、俺らのことが嫌いな監督が俺たちがさぼってないか確認するためにこいつをここによこしたに決まってる!子供が相手なら俺たちが油断すると思ってな!!」

 

「ち、違うのです!僕はそんなこと知らないのです!本当に迷ってここに来てしまっただけなのです!!」

 

作業員の言葉に怒気を感じ、慌てて否定する。

いきなりなんだっていうのよ!私が監督の命令であなたたちを監視していた?そんなわけないでしょ!

 

「なっ!?そういうことかよ!あのくそ野郎!俺たちにこんなハズレ作業を押し付けただけじゃなく、監視までするってのか!!」

 

「お、落ち着いてくださいなのです!僕はあなたたちの監視なんてしてない!信じてほしいのです!!」

 

激高している男に感化されて、大人しかったもう1人の男まで怒気を身体に宿していく。

今にも私に殴り掛かりそうな雰囲気だ。

これでは彼らを病院へ誘導など出来そうにない。

 

「梨花!ここは一度灯火のところへ戻りましょう!作戦を練り直すのです!!」

 

彼らの様子を見て、傍に控えていた羽入の焦った声が飛んでくる。

く、やむを得ないわね。これ以上ここにいたら本当に殴り掛かってくるわ。

羽入の言葉に従って彼らから距離を取るために足を後方へと下げる。

 

「おい、どこに行く気だ?俺らを監視しといて逃げれるわけがねぇだろうが!」

 

「監督のところに連れて行って文句言ってやらなきゃ納得がいかないぜ」

 

そう言いながら私を殴るために手を握り締めながら、こちらへと腕を振りかぶってくる。

子供相手に本気で殴りかかるつもりだ。怒りで半分我を忘れてしまっているようだ。

 

失敗した、雛見沢症候群の発症者の疑心暗鬼を甘く見ていた。

圭一たちを見て、十分知っていたはずなのに。

 

こうなったら羽入に頼んで彼らを気絶させて病院送りにさせるしかないわね。

症状が悪化してしまうかもしれないけれど、このままではどっちにしろ悪化してしまう。

そう判断して羽入に彼らを気絶させようにお願いをしようとした瞬間、私たちのすぐ横から誰かが現れたのが見えた。

 

「てめぇら!こんなガキに手を上げようとするなんざぁ、ふざけたことしてんじゃねぇぞこらぁぁぁぁ!!!」

 

私の横を通り過ぎた男は、耳に響くような怒声と共に私に手を伸ばそうとしていた作業員たちの胸倉をつかむ。

私は目の前の男に見覚えがない。てっきり灯火が駆けつけてきてくれたのかと思ったけど違ったようだ。

 

「うっそだろ!?おっさんに俺の出番取られたぁぁぁ!!普通あそこは俺が華麗に登場して梨花ちゃんを助けるところだろうがよー!!」

 

私がそう思ったすぐ後、私の背後から灯火の間抜けな声が耳に届く。

振り返れば予想通り、間抜けな顔をしながら地面に手をついて叫んでいる灯火の姿があった。

 

「はいはい間抜けたこと言ってないで説明して、彼は誰なの?見たところ作業員みたいだけど」

 

作業員たちと口論を続けている男の服装は彼らと同じものだ。

さっきまでの監視の時に見かけなかったから、きっと別の場所で作業をしていた者なのだろう。

 

「梨花ちゃんは会ったことなかったのか・・・・あの人は元ダム建設の監督だよ」

 

「っ!?じゃあ彼がバラバラ殺人事件で死ぬはずだった男なの!?」

 

灯火から聞いた予想外の答えに思わず声を荒げてします。

でも彼は確か、灯火の働きによって別の部署へと移動したはず、ダム建設の場所にいるのはどういったことだろう。

 

「なんでも昨日俺が聞いてきたことが気になって様子を見に来てたらしい。さっき見かけて声をかけたら教えてくれた。なんでお前がここにいるんだ!って拳骨も一緒にもらったけど」

 

痛そうな表情で頭を摩る灯火の話を聞いて改めて助けてくれた男へと目を向ける。

三人とも大声で話しているため、話の内容はよく聞こえた。

彼らから話を聞いて、そんなわけがないだろうと拳骨を彼らの頭に落としているのが見える。

突然の騒ぎに付近で作業していた多くの者たちも手を止めてこちらへと集まってくる。

 

「お前ら・・・・前から話は聞いていたが、明らかに様子がおかしいぞ。前までのお前らなら子供に手を上げるようなことは絶対しなかっただろうが。それに首の傷もひどいぞ、治療もせずにほっといたら菌が入って大変なことになるぞ!」

 

「うるせぇ!てめぇはもう俺たちとは関係ねぇだろうが!首の傷だって大したことねぇ!!」

 

「関係ねぇだと?そんなわけねぇだろうが!同じ服きて同じ会社で汗水たらしながら働いてんだ、だったら俺らは仲間に決まってるだろうが!さっさと病院にいくぞ!!首の治療だけじゃねぇ。うつ病か何かしれないが、頭のほうも見てもらえ」

 

男の怒声にひるんだのか、作業員の二人は大人しく話を聞いている。

他の作業員たちも心配していろいろと声をかけていた。

どうやら彼の登場によって結果的にうまくいったようだ。

残る問題は、雛見沢症候群の発症者はまだあと二人いるということだ。

なんとかして残りの二人も彼らと一緒に病院に連れて行くように誘導しなくては。

 

そう私が考えていると、灯火も同じように考えているのか、多くの作業員たちが集まっている中に紛れるようにして彼らの元へと進んでいる姿が見えた。

 

「監督!あっちにいる2人も様子が変でした!二人を連れていくならあいつらもお願いします!!」

 

「あ?そうなのか?あっちにいるってあの二人か?」

 

その声を聞いて離れた場所で作業をしている2人の作業員へと指を指す元現場監督の男性。

他の作業員たちもその声に同意するように彼らの様子がおかしかったと男に伝えていた。

 

・・・・ていうかさっきの声、頑張って渋い声に変えてたけど、間違いなく灯火の声よね。

どうやら大勢の作業員たちが集まっているところに紛れながら作業員の声を装ってうまく男を誘導したらしい。

なんていうか、抜け目がないと言えばいいのかしら?こういうのは。

 

灯火の声を聞いた監督の男は残りの二人の作業員の元に行き、そのまま事情を話して病院へ一緒に行くように説得していた。

説得というか半分拉致みたいに思えたけれど、大丈夫かしら?症状が悪化してないといいんだけれど。

 

「おっさん!興宮の病院より入江診療所の方が近いよ、むこうと違って混んでないし、医者の入江さんは精神関係の病気にも詳しいって聞いたことある」

 

病院へと向かおうとする監督の男に灯火が声をかけた。

そうか、何も言わなければ雛見沢の住民ではない彼らは入江たちのところへは行かずに町中にある興宮の病院に向かってしまう。

もちろん向こうの病院の方が大きいし、設備もいいのだから当然そちらを選択するに決まってる。

だけど彼らの病気は普通の病院では治療どころか診断も出来ない。

雛見沢症候群の症状をおさえるには、それを専門的に研究している入江診療所に行くしかない。

 

「あ?灯火、まだいやがったのか。雛見沢の住民じゃない俺らが村の中にある病院に行けるわけないだろうが」

 

「それは入江さんに言って裏から入れば大丈夫だよ。事情を言えばそれくらいしてくれるし、それに興宮の病院じゃあ精神関係の病気は診断できないよ?診断のための専門知識を持つ人もいないし検査のための機械もないらしいし」

 

「その入江診療所にはあんのか?その知識を待ってる医者も機械も」

 

「いるよ、だから早く行こうよ!案内だったら俺たちがするから一緒に乗せて」

 

「・・・・ちっ!しょうがねぇな!狭いんだから大人しくしとけよ!!」

 

灯火の言葉に舌打ちをしながらも従ってくれる。

その光景を見て、身体から喜びの感情が沸き上がるのを感じた。

 

やった!これで彼らを入江たちの元へ連れていくことが出来る!

入江たちならきっと彼らの症状をおさえてくれるはず。

末期近くになった雛見沢症候群は治すことはできないけれど、それ以上悪化させないことは出来るのだから。

 

胸の中にバラバラ事件を阻止できた確かな実感を抱きながら、診療所へと向かうために灯火と共に車へと乗りこむ。

 

 

 

ああ・・・・今年の綿流しは惨劇なんてない、みんなで笑い合える楽しい祭りになる。

ダム反対運動の影響でテントの下で騒ぐだけの小さなものだけれど、それでもみんなと一緒にいれば楽しいものになるに違いない。

想像するだけで口元に笑みが浮かぶのをおさえることが出来なかった。

 

 

 

はやく、みんなと共に綿流しを迎えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを呑気に考えていた私は、すぐそばで険しい顔をしていた灯火に最後まで気付くことはなかった。

 

 

 



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オヤシロ様の祟り1 バラバラ殺人事件  ④

ここまではなんとかうまくいった。

 

雛見沢の舗装されていない田舎道を進むさなか、今までのことを振り返りながらこれからのことについて思考を進める。

あの時おっさんが介入してくれなければ彼らを病院へ連れていくことはかなり難しくなっていただろう。

 

俺らの行動とおっさんの行動がうまく噛み合ったことで奇跡ともいえるこの状況は生まれた。

雛見沢症候群の発症者の四人を見つけ、治療手段のある入江診療所に連れていくことも出来ている。

残るは彼らの病気を治して家族の元に帰らせるだけだ。

 

しかし・・・・最後の山場がこの先にはあることを俺は知っている。

梨花ちゃんと羽入は気付いていない、いや気付けるわけがない。

彼らを入江診療所に連れていくことが、彼らを救うことができる唯一無二の手段であることは間違いない。

 

 

今、入江さんたちが雛見沢症候群に対してどこまでの治療が出来るのかはわからないが、少なくともこれ以上の悪化を防ぐくらいは今の段階でも出来るはずだ。

つまり、入江さんたちの元に到着して診察を受けた時点で今回の件についてはほぼ完了と言ってもいいはずなのに、胸の中の不安は診療所に近づくにつれて大きくなっていく。

 

原因は・・・・鷹野さんたちが彼らを救わない可能性があるということだ。

救えないのではなく、救わない。

 

雛見沢症候群の末期レベル近くまで発症しているであろう彼らを見て、あの鷹野さんが大人しくしているとはどうしても思えない。

梨花ちゃんと羽入がこの可能性に気付くことはない。

なぜなら、彼女たちはおっさんを殺した作業員の男の一人が行方不明になった原因が、鷹野さんたちにあることを知らないのだから。

 

けれど俺は知っている、末期状態の雛見沢症候群を発症しておっさんを殺した男を確保し、研究のために生きたまま脳を解剖したことを。

 

それを知っている以上、入江診療所に行くということは彼らを救える可能性と同じくらい、救わない可能性があることをどうしても否定することは出来ない。

 

一応、今の彼らが本来の世界とは明確に違う点が一つある。

今、田舎道に苦戦しながら車を運転しているおっさん、彼を殺していないことだ。

解剖を行った入江さんは、本来の世界ではおっさんを殺害した殺人者だという理由によって解剖に踏み切った。

だが、この世界の彼らは何の罪も犯していない一般人であり、末期レベルの患者でもない。

これによって少なくとも入江さんは彼らに対して解剖するなんてマネはせず、精一杯治療を行ってくれるはず。

 

問題は、入江さんを抜きにして鷹野さんが彼らの解剖に乗り出しても何ら不思議ではないということ。

たとえ殺してしまったとしても、彼女の持つ力なら死んでしまったとか、脱走して行方不明になったとか、適当な理由をつけて真相を闇の中に隠すことが出来てしまう。

 

赤子の手をひねるくらい簡単に、鷹野さんは彼らの命を奪ってしまえる。

それも、罪悪感をかけらも持つことなく。

 

・・・・もし彼らが死んでしまったのなら、それはここへ誘導した俺の責任だ。

それはつまり俺が彼らを殺したのと同じこと。

 

・・・・想像しただけで吐き気がこみ上げてくる。

 

背負いきれない十字架を背負って潰されるなんてごめんだ。

いざとなったら手術室に突撃してでも止めてやる。

そしてそのためには鷹野さんたちが不審な動きをしないように監視をする必要がある。

それも鷹野さんはもちろん、山狗にも気付かれることなくだ。

・・・・そんなことが出来るやつは一人しかいない。

 

「・・・・梨花ちゃん、羽入。診察が終わった後で大事な話がある」

 

「・・・・大事な話?わかったわ、診察が終わったあとね」

 

「わかりました・・・・灯火、なんだか辛そうな顔しているのですよ、大丈夫なのですか?」

 

羽入が心配そうにこちらを覗き込んでくる。

自分でも緊張しているのは自覚している、この後も診断結果はもちろんだが、俺はこの後二人にずっと秘密にしてきたことを打ち明けるつもりでいる。

 

誰にもバレずに鷹野さんたちを監視することが出来るのは羽入をおいてほかにいない。

彼女の協力を得るためには、作業員の人たちが鷹野さんたちに殺される可能性があることを伝える必要がある。

今まで起きていたバラバラ殺人事件の真相も一緒に。

 

そしてそれは、今までの怪死事件の犯人が鷹野さんと山狗の仕業であると言っているのと同じことだ。

どうして知っているのかもうまく説明しなければならないし、今まで数々の世界で梨花ちゃんを殺していた犯人が鷹野さんであるという事実に梨花ちゃんがどう思うのか想像が出来ない。

怒りで鷹野さんを殺そうとするだろうか、それとも強大すぎる敵に絶望してしまうだろうか。

どっちの姿も容易に想像が出来る。

どうやらこの後の話は今までで一番大変なことになりそうだ。

話す順番を入念に考えながら、頭の中で深いため息を吐くのを止めることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・まさか入院までするくらい酷いとはな。ほっといたらどうなっていたのか想像もしたくないぜ」

 

裏口の駐車場に停めていた車へと戻るために歩きながら、ここまで作業員たちを連れてきた元現場監督の男がため息と共にそう口にする。

私は診断結果を聞く前から入院は確実にするだろうと予想していたので驚きはない。

沙都子が雛見沢症候群を発症した時も長い間入院生活を送ったのだ、そう考えて当然だ。

診断結果は重度の精神疾患で治療のためにはしばらく安静にしなければならないと入江は言っていたが、入江が作業員たちの症状を見る時に険しい顔をしていたのを私は見逃さなかった。

雛見沢症候群について私たちに説明することはなかったが、きっと今頃鷹野たちと共に彼らの症状について話し合っているだろう。

それを見越して羽入には入江のところに残ってもらい、彼らの症状がどこまでひどいのかを確認してもらっている。

 

「現場監督のほうにはあいつらが入院するってこと言っとかないとな。灯火、あと梨花ちゃんだったか。案内ありがとよ、どうやら俺が想像してた以上にやばい状況だったみたいだ」

 

「みぃ、お気になさらずなのですよ。にぱ~☆」

 

お礼の言葉に対して満面の笑みで応える。

お礼を言いたいのはむしろこちらのほうだ、この人のおかげで作業員の人たちをここに連れてくることが出来たのだから。

彼は私の笑みを見ると乱暴に私の頭を撫でて車へと乗りこんでいった。

 

もう彼や今の現場監督が運命に殺されることはない。

なぜなら彼を害したであろう作業員たちは診療所に入院して出ていくことは出来ないのだから。

 

残る唯一の心配は彼らを狂わす原因である雛見沢症候群がどのレベルまで進行しているかだ。

もし末期症状にまで悪化しているのなら、入江たちでも救うことは難しいだろう。

車の中での様子を見る限り末期レベルまで陥ってはいないと思うが、完全に不安を消すことは出来ない。

こればかりは羽入が持ち帰ってくる情報を待つしかない。

 

 

「あうあうあう!ただいま戻りましたのですー!」

 

声を聞き診療所の方へと視線を向ければ、ちょうどいいタイミングで羽入がこちらに戻ってきている姿が見えた。

 

「・・・・早かったわね、入江たちはなんて言ったの?」

 

「どうやら末期症状ではないようです、ただし油断できる状態ではないらしくて、入江がいろんな人たちに難しい言葉で指示をしていたのです!」

 

「・・・・そう、ひとまず末期症状ではないようね」

 

指示の細かい内容はわからないが、彼らが末期症状ではないというのなら安心だ。

きっと入江たちなら彼らを治療してくれるだろう。

 

「・・・・羽入、鷹野さんは何か言ってたか?」

 

診療所に入ってからずっと静かだった灯火がここで初めて口を開く。

鷹野?確かに彼女も雛見沢症候群に精通しているが、入江だけの言葉では不安だったのだろうか。

 

「鷹野はずっと入江のそばでニヤニヤと笑っているだけでした。僕が鷹野を嫌いだからそう見えたのかもしれないのですが、はっきり言ってゾッとするような嫌な笑みでした」

 

「・・・・そうか、ありがとう羽入。それから二人とも、車の中で大事な話があるって言ったよな。その話をしたいんだが大丈夫か?」

 

羽入の報告を聞いた灯火は、一度何かに耐えるように目を閉じた後、車の中で彼が言っていた大事な話についてきりだした。

 

「ええ、構わないわ」

 

「僕も大丈夫なのです」

 

私たちが了承すると、場所を変えて話したいと言いながら診療所の外へと歩き出す。

誰かに聞かれたらまずい内容ということね。

無言で歩く灯火についていき、やがて彼が立ち止まったのは人気のない神社だった。

神社の中に入った灯火は明らかに人気がないというのに羽入にここらに人がいないことを再度確認させた。

ここまで慎重な灯火は初めてみる。

私の家で今後の話をする時でさえ、ここまで誰かに聞かれないように徹底はしていなかった。

 

つまり、これからする話は今まででもっとも重要な話ということになる。

 

「・・・・もったいぶるのはあんたらしいといえばらしいけど、もうそろそろ話してくれないかしら?いい加減気になってしょうがないわ」

 

ここまで我慢したがそろそろ限界だ。

彼が何を話そうとしているのか想像すらできないが、どんな内容でも聞く覚悟は先ほどの道中で十分済ませている。

 

「もったいぶって悪かった、診療所の前では絶対に話せない内容だったからな」

 

「診療所の前では?じゃあ話す内容は入江たち関係のお話ということですか?」

 

灯火の話を聞いて羽入が疑問を口にする。

私も同じ意見だ、先ほど送り届けた作業員たちについての話だろうか。

 

灯火は羽入の質問に対しそうだと答え、さらに続けてとんでもないことを口にした。

 

「単刀直入に言うぞ、このままでは作業員の人たちが鷹野さんたちによって殺される可能性がある」

 

「っ!?な、なにを言ってるの!?彼女たちがそんなことするはずがないじゃない!」

 

「り、梨花の言う通りなのです!鷹野たちが彼らを殺す理由なんてないのですよ!」

 

灯火の言葉を理解した瞬間、ほとんど反射的に否定の言葉を叫ぶ。

鷹野や入江が作業員の人たちを殺す?そんなことをして彼らになんのメリットがあるというのだ。

 

「正確にいうなら死んだことにするんだ。そしてメリットならあるさ、診療所から脱走して行方不明になったことにしてしまえば思う存分することが出来るからな。雛見沢症候群を発症した彼らに非人道的な実験と研究をな」

 

「なっ!?いくら鷹野たちでもそんなことするわけがないわ!」

 

入江や鷹野が雛見沢症候群に並々ならぬ努力をしているのは知っている。

しかし、そんな外道なことを彼らがするとはとても思えない。

 

「・・・・梨花ちゃん、羽入。俺は二人に嘘をついていたことがある、本当のことを言えば梨花ちゃんに多くの不安を与えてしまうかもしれないと思ってずっと言えなかったことだ」

 

「なにを言ってるの!?今はそれよりもどうしてあなたは鷹野たちが彼らを殺すのかっていう話をして「俺は梨花ちゃんを殺す犯人を知っている」

 

 

 

 

私は最後まで言葉を発することは出来なかった。

私の言葉にかぶせるように言った灯火の言葉が私の耳に入る。

犯人?なんの?梨花ちゃん?私?

 

私を殺す犯人を知っている?

 

「・・・・え、灯火・・・・今、なんて言ったのですか・・・・?」

 

震えながら羽入が何かを呟いている。

しかし私は羽入の言葉が耳に入らなかった、ずっと頭の中で先ほどの灯火の言葉が鳴り響いている。

 

「もう一度言うぞ、俺は梨花ちゃんを殺す犯人を知っている。そしてその犯人はバラバラ殺人を含め、これから起こる全ての怪死事件に関わっている」

 

「・・・・だれ・・・・教えて灯火、わたしを・・・・今までずっと私を殺してきた犯人は一体誰!!?」

 

なぜ灯火が犯人を知っているという疑問よりも早く私の心は真相への答えを求めていた。

答えを聞き出すべく灯火へ詰め寄る。

余裕のない私を見て灯火は辛そうな表情を見せながらゆっくりと犯人の名を口に出した。

 

「鷹野さんだ。今まで数々の世界で梨花ちゃんを殺してきた人間は、全て鷹野さんだ」

 

「た、鷹野が私を!?それはありえないわ!だって鷹野はどの世界でも必ず昭和58年の綿流しの後に富竹と一緒に殺されてるのよ!!」

 

鷹野のわけがない、彼女が私を殺すなんて不可能だわ!

いえでも、灯火が大事な話と私たちに前置きして言うような話が嘘だなんて思えない。

・・・・わからない、いきなり許容できる量を越えた情報が飛んできて頭がどうにかなってしまいそうだ。

頭に鋭い痛みを覚えて思わず顔をしかめながら頭を押さえる。

それを見た灯火は私の肩に手をおきながらまっすぐ私の目を見つめてくる。

 

「混乱するのは当然だ。だが俺が言ってることは全て真実なんだ、ゆっくり説明するから落ち着いて聞いてくれ」

 

灯火の落ち着いた声を聞いて、混乱していた思考が少しずつ冷静に戻るのを感じる。

 

「・・・・わかったわ」

 

私が冷静になったのを確認した灯火はゆっくりと語り始めた。

私と羽入が知らない惨劇の真実を。

 

 

 

 

 

「・・・・以上が俺が知っている裏で行われた全ての出来事だ」

 

そう言っておよそ30分に及ぶ灯火の説明が終わった。

ゆっくりと丁寧に語られた真実に私と羽入は口を挟むことも出来ずに灯火の話を聞き終えた。

 

「・・・・」

 

「梨花・・・・」

 

羽入の心配そうな声が耳に届くが応える余裕は今の私にはない。

今の私の心を支配するのはどうしようもないほどの怒りだ。

鷹野の祖父の論文を世界に認めさせるために私は殺されていた?

私だけじゃない、村の住民全てを毒ガスで殺していたですって?

 

論文を認めさせる、そんな下らない理由で私たちの人生をめちゃくちゃにした。

 

・・・・ふざけるな!!!

 

お前に何の権利があって私たちの人生を弄ぶんだ!!神様にでもなったつもりなのか!!

強く噛みすぎたせいで唇から血が垂れる、手からも爪が皮膚に食い込んだことで出血していた。

しかしそんなことは気にならない、今すぐ鷹野を殺してやらないと気が済まない。

 

「・・・・怒るのは当然だ。落ち着けなんて言わないさ。存分に怒ればいい、梨花ちゃんにはその権利がある」

 

怒りで身体を震わす私に灯火が語りかけてくる。

その声は真っ赤になった私の心に染み込むように入り込んでくる。

 

「このまま梨花ちゃんが鷹野さんに今までの復讐をしにいくっていうなら俺は止めない。むしろ全力で協力するぜ、園崎家も警察も全部巻き込んでめちゃくちゃにしてやるよ、たとえ多くの犠牲が出ようと鷹野さんにけじめをつけさせてやる」

 

「・・・・」

 

「だが梨花ちゃん、もう少しだけ我慢できるなら俺が鷹野さんから完全勝利をとってやる。誰も犠牲になんかならない、笑っちまうくらい幸せな世界を俺が梨花ちゃんに見せてやる!」

 

「・・・・っ」

 

「もし俺を信じてくれるのなら、今はその怒りを涙に変えてくれ。絶対に後悔はさせない!」

 

「・・・・っ、う・・うあぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ!!!!!」

 

灯火の言葉をきっかけに溺れてしまいそうなほどの涙が瞳から溢れる。

灯火に抱き着いて心を全て吐き出すように叫ぶ。

灯火はそんな私を無言で抱きしめてくれた、涙で服が濡れるのも気にせずに。

 

「ありがとう梨花ちゃん、絶対に無駄にはしないから」

 

耳元から灯火の声が聞こえる。

ええ、当然よ。勝たなきゃ許さないわ。

 

私はもちろん、羽入、沙都子、礼奈、魅音、詩音、悟史、圭一、そしてあなた自身、みんなが笑い合える未来を必ず勝ち取りなさい!!

 

あなたがその未来を勝ち取ってくれるなら私は全力であなたに協力するわ。

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「ええ、だいぶ落ち着いたわ、ありがとう。その、ごめんなさい、私のせいで服がめちゃくちゃに」

 

「気にすんな、むしろ誇らしいくらいだ」

 

「なによそれ」

 

私の涙でめちゃくちゃになってしまった服を気にした様子もなく屈託ない笑顔をこちらに向ける灯火を見て、自然とこちらも笑顔になってしまう。

 

「羽入もいきなり取り乱しちゃって悪かったわね」

 

「いえ!元気になってよかったのです!」

 

羽入も同じくらい衝撃を受けていたはずなのに気丈にふるまってくれている。

 

「あーそれとどうして俺が梨花ちゃん達のことの知らない情報を知っているかなんだが」

 

そこで灯火は言いにくそうに口を止める。

確かにどうして灯火が私の知らない情報を知っているかは気になる。

 

「・・・・言いたくないなら別に言わなくていいわ」

 

「え?」

 

私の言葉に灯火は意外そうな表情を浮かべる。

私だって出来るなら知りたいわ。でも灯火は言いたくないようだし、それを無理してまで聞こうとは思わない。

 

私はそうやって知られたくない秘密を聞こうとして疑心暗鬼に陥ってしまった子を知っているから。

 

それに灯火が特別な存在だってことはわかってる。

このカケラで初めて出会った存在、そして私のことを、そして未来のことを知っている。

 

これらだけあれば嫌でも彼が何か特別な存在なんだと気づく。

 

でもいい、特別でも何でも私の傍にいてくれてるんだ。

 

それだけで十分すぎるほど助かってるんだから。

 

「話を戻すけれど、鷹野が入院している作業員たちを殺す可能性があるんだったわね」

 

「あ、ああ。だから羽入にはしばらくの間、鷹野さんたちが彼らに危険なことをしていないか監視してもらいたい。梨花ちゃん、沙都子が以前に雛見沢症候群を発症した時はどれくらい入院していたんだ?」

 

「・・・・だいたい2か月ってところね」

 

「だとしたら入院期間はだいたい綿流しの日くらいまでだな。それを過ぎれば症状だって落ち着いて退院できる」

 

「それまでの間、僕が鷹野たちが怪しい動きをしていないか見張ればいいのですね!任せてくださいなのです!」

 

 

「そうだ、羽入の負担が大きくなるけどよろしく頼む。あとこれは俺の予想だけど、もし鷹野さんたちが動くとしたら綿流しの日だと思う。村のみんなの意識が祭りに集中する絶好の機会だしな」

 

「・・・・確かにそうね」

 

灯火の予想に同意する。

綿流しの日であれば彼らが診療所を脱走してどこかに行ってしまい、それを誰にも見られていないという理由付けに使える。

そう考えれば鷹野たちが実行に移すとしたら、綿流しの日しか考えれない。

 

「それを防ぐために入江さんと鷹野さんには何としてでも祭りに参加してもらう必要があるな。あの2人がいなければ当日に何かするってことは出来ない。それでも彼らを拘束してどこかに収容して別の日に実行する可能性がある、祭り当日だけ葛西に頼んで遠くから監視してもらおう。葛西なら山狗にも遅れはとらないと信じられる」

 

俺を撃った犯人がここに現れるかもしれないという情報を手に入れたと言えば、葛西なら全力で手を貸してくれる、勢い余って殺してしまいそうだけど、と若干頬を引きつらせながらそう告げる灯火。

以前に聞いた病院での葛西のけじめ事件の出来事を思い出しているのだろう。

 

「問題はどうやって入江と鷹野を祭りに留まらせるかよ。誘えば今後の付き合いを考えて顔くらいは出してくれるでしょうけど今の綿流しのお祭りは、はっきり言ってテント下で大人たちが飲んで騒ぐだけの祭りともいえない小さな催しでしかないわ」

 

ダム反対運動の影響で去年から屋台を出したりなどに使う費用がないのだ。

来年になれば例年通りの賑わいを見せるだろうが、今年はそれを期待することは出来ない。

 

「確かにな、そんなんじゃあ公由さんや梨花ちゃんの両親、園崎家のみんなに挨拶だけして帰ってしまうだろうな。うーん、入江さんと鷹野さんの興味を引く何かがいるな」

 

「あう、難しいのです・・・・何かいい策が思いつけばいいのですが」

 

3人で頭を悩ませるが中々いい策が思い浮かばない。

気分転換にふと空を見上げればもう夕暮れだった。

どうやら随分と長い間話し込んでいたらしい。

 

「一度家に戻りましょう。喉が渇いたわ、家で落ち着いて考えればいい案が浮かぶかもしれない」

 

ここで考えてもしょうがないと何気なく提案したのだが、それを聞いた灯火は、じっと私のことを見つめながら何かを考えだし、そしていきなり私の両肩に勢いよく手をおいて口を開いた。

 

「それだ!!梨花ちゃんのおかげで面白、じゃなくて良い案を思いついたぜ!!」

 

満面の笑みで私の肩を掴む灯火を見て、私は嫌な予感を覚えざるをえなかった。

 

 



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綿流し またの名を酒乱の宴

「わー!すごい賑やかだねお兄ちゃん!」

 

「だな、みんな楽しそうに笑ってる」

 

古手神社の境内の中に入ると、そこには多くの人で確かな賑わいを見せている。

設置されたテントの下では大人たちが豪華とはいかないまでも、手製の真心が込められた食事と多くのお酒に舌鼓を打っている。

今までダム反対運動で溜めてきた鬱憤を全て晴らそうかとするかのような騒ぎ様だ。

 

「前の時みたいに屋台がいっぱいあったりはしないけど、みんな楽しそう!」

 

みんなの幸せそうな顔を見て、俺も礼奈も表情が自然と緩む。

 

「お、来たね!お兄ちゃんに礼奈!こっちこっち!」

 

2人で場の雰囲気に浸っていると、聞きなれた少女の声が耳に届いた。

 

「あ、みぃちゃん!もう来てたんだね!」

 

声の主である魅音がこちらへとやってくる。

その後ろには詩音に悟史もやってくるのが見えた。

 

「向こうに私たち用のテントを確保してるからさ。あっちでご飯でも食べながら話そ!」

 

「うん!もうお腹ペコペコ!」

 

魅音の言葉を聞いた礼奈はお腹を摩りながら早く早くと魅音の手を握って先を急がせる。

そんな礼奈に魅音は苦笑いを浮かべながらもテントへと誘導していった。

 

「あはは、礼奈はいつも通り元気だね」

 

礼奈の後ろを見ながら魅音と同じように苦笑いを浮かべる悟史。

 

「今日は祭りで豪華なものが食べれるって聞いてお昼も食べずに我慢していたからな」

 

「あーそういうこと。もしかしてお兄ちゃんも食べてないの?」

 

「ああ、俺も礼奈に合わせてお昼食べてないからお腹すいたよ」

 

詩音の言葉に応えるように俺のお腹から音がなる。

それを見て詩音と悟史がクスリと笑う。

 

「じゃあ早くお腹に何かいれないとね。すきっ腹で飲むと後がひどいよ~。今日は作戦通り、いっぱい飲むんでしょ?」

 

詩音が意味ありげな言葉とともに悪だくみをするような笑みを浮かべる。

それを見て俺は同じように悪い笑みを浮かべ、悟志はいつものように苦笑いを浮かべる。

 

「ああ、今日はよろしく頼むぞ2人とも」

 

「「任せて!!」」

 

俺の言葉に同時に頼もしい言葉で応えてくれる2人。

俺の急な頼みに嫌な顔一つみせることなく手伝ってくれる仲間たちには本当に頭が上がらない。

 

「さぁ、はやくテントに行こ!梨花ちゃんと沙都子も待ってるよ!」

 

「わかった。早いとこ飯にしないとな、もういつ来てもおかしくない」

 

詩音の手に引かれてテントへと向かう。

彼女たちがいたテントは境内の一番端にあり、大人たちとは1つ離れた場所に設置されていた。

大人たちのテントからは物置で死角が出来ていてテント内の様子は見えないようになっている。

これから俺たちが何をしていても近づいてこない限りわからないだろう。

 

「あ、やっと来ましたわね!まったくご飯が冷めてしまいますわ!」

 

「みぃ、沙都子、それはもともと冷めてるので大丈夫なのですよ」

 

「え?ちょ、ちょっとした勘違いですわ!灯火さん笑わないで下さいまし!」

 

テントの下では梨花ちゃんと沙都子が仲良く座っている。

沙都子の憎まれ口はいつも通りだ、今日はその口であの二人をうまく誘導してくれることを期待するぞ。

 

「俺の分の弁当はあるか?昼飯食べてないからな、正直そろそろ限界だ」

 

「魅音さんと礼奈さんから聞いていますわ、灯火さんの分はこれですわ」

 

梨花ちゃんと沙都子の隣に腰を下ろして弁当を受け取る。

村の女性たちが握ってくれたたくさんのおにぎりが弁当の中に敷き詰められていた。

おかずは・・・・やけにカボチャが多いな。

 

「おい沙都子、俺の弁当の約半分がカボチャで埋め尽くされてるんだが、何か言うことはあるか」

 

「あらあら、ずいぶん素敵なお弁当ですわね。羨ましいですわ」

 

「これ絶対お前の分の弁当だろ!俺のと交換しやがったな!」

 

「うっ、だって村の皆さんが私のお弁当に自分のカボチャを入れてくるんですもの!これが沙都子ちゃんの好物なんじゃろ?って悪気なしに渡してくるんですのよ!意味がわかりませんわ!!」

 

俺が問い詰めると涙目になりながらそう口にする沙都子。

どうやらこの大量のカボチャは大人の人たちからプレゼントされたものらしい。

 

「どうしてカボチャが私の好物になってるんですの!むしろ逆なのに!野菜が大好物なんて偉いねーなんてみんなが褒めてくるものですから申し訳なくてまともに否定すらできなかったんですのよ!」

 

こちらに噛みつくような勢いで言葉を吐き出す沙都子。

ちなみに沙都子がカボチャが好きという情報を流したのは村長の公由さんと悟史である。

沙都子の好き嫌いをなくすためとはいえ、なかなかえぐいことをする。

 

「まぁいい、それより今日は頼むぜ。特に沙都子、お前には最高の働きを期待している」

 

「おっほっほっほ!任せなさいですわ!」

 

俺の言葉に対して高笑いと共に自信満々に応える沙都子。

 

「みぃ、僕も頑張るのですよ!にぱ~☆」

 

「ああ、一緒にあの二人をぶっ倒そうぜ」

 

梨花ちゃんとハイタッチをしながらお互い歯を見せてニヤリと笑う。

 

さぁ来るならいつでも来い。

今日は寝かせないぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「梨花、灯火!二人が来たのですよ!」

 

境内の向こうから今日までずっと診療所を監視してくれていた羽入が飛んでくる。

これまでずっと監視してくれていた羽入の話では鷹野さんたちは作業員たちに非人道的な検査や実験は行っていないらしい。

羽入がわからないだけで彼らの検査をして雛見沢症候群について研究は行っていたのかもしれないが、少なくとも身体には害がないものなのだろう。

つまり、鷹野さんたちが何か行動を起こすのなら今夜である可能性が高い。

診療所は葛西が監視してくれている、そして俺たちは今夜鷹野さんをここに足止めする。

今日さえ越えれば作業員たちは退院し、鷹野さんもそれ以上何もできないはずだ。

 

「みんな、入江さんと鷹野さんが来たぜ!予定通り頼む!」

 

「「「「りょうかい!!」」」

 

みんなには本当の事情を伏せてここから帰らせないようにしたいということだけ伝えている。

大した理由も説明していないが、みんな深く聞かずに協力をしてくれた。

本当にありがたい。

 

「魅音、例の酒の準備は?」

 

「ここにあるよ!お母さんのお気に入りの物だからね。やばい度数してるよ」

 

「いや、確実に二人をしとめるためにはそれくらいのものは必要だ」

 

魅音からラベル入りの瓶を受け取る。

ラベルのタイトルは鬼殺し。

何というか・・・・俺たちには非常に相性の悪そうな名前だ。

 

「まぁお酒のラベルってこういうタイトルの多いし、気にすることないか」

 

度数さえ高ければどんなものでも構わない。

こいつをあの二人にたくさん飲ませて今日明日は二日酔いでまともに動けないようにしてやるぜ。

 

「灯火さん、入江さんと鷹野さんがこちらに来ましたよ」

 

沙都子の声を聞いて振り向くと、こちらのテントへとやってくる入江さんと鷹野さんの姿があった。

 

「みんな、ここにいたんですね。大人たちのところにいなかったからどこにいたのかと思いました」

 

「こんばんは、みんなお酒を飲んで盛り上がってるわね」

 

「あはは、みんなダム反対運動で鬱憤が溜まってたからね!入江さんも鷹野さんも今日は思いっきり飲んでってよ!!」

 

「ありがとうございます魅音さん、しかし私はお酒があまり得意ではないので」

 

魅音の誘いに申し訳なさそうに断る入江さん。

残念だけど入江さん、あんたがそういうだろうと思ってたぜ。

すでにあんたを攻略する手は打ってある!

 

「入江さん?私のついだお酒が飲めませんの?」

 

「みぃ、僕のついだお酒も飲んでほしいのですよ」

 

いつの間にか接近していた沙都子と梨花ちゃんが入江の両腕をとってテントへと招く。

 

「さ、沙都子さんに梨花さん!こ、これは大変萌える状況なのですが、お酒はちょっと」

 

「え~入江さん、私たちのお酒を飲んでくれないんですか?」

 

「はう~私のついだお酒を入江さんは飲んでくれないのかな?かな?」

 

沙都子ちゃんと梨花ちゃんの攻撃にうろたえる入江さんに詩音と礼奈が追撃を加える。

 

「「「「さぁ入江さん、私たちのお酒を飲んでください」」」」

 

沙都子、梨花ちゃん、詩音、礼奈の四人の手が入江さんの目の前に差し出される。

もちろん全員の手にはお酒がコップ一杯に入った状態の物が握られている。

 

「い、いただかせていただきます!」

 

彼女たちの勢いに押されて梨花ちゃんからコップを受け取った入江さんが観念にしたようにお酒を口に入れる。

 

「いい飲みっぷりですわ!ささ、次は私のを飲んでくださいませ」

 

勢いよく飲み干した入江さんに休む間を与えることなく追撃を行う沙都子。

沙都子の表情はかつてないほど生き生きとした笑みを浮かべている。

ああ、入江さんをいじめるのが楽しんだろうな。

 

「私のも飲んでほしいかな、かな」

 

「あら、私のも忘れないでね入江さん」

 

「僕も新しいのをついで来たのですよ、にぱー☆」

 

沙都子に続くように入江さんへとすり寄っていく三人。

なんというか、ああ見てると入江さんがいけないお店に迷い込んでしまったかのようだ。

 

「あ、おかわりの瓶はいっぱいあるから、安心してね入江さん」

 

魅音の両手に握られた瓶を見て絶望の表情を浮かべる入江さん。

どうやら入江さんについては彼女たちに任せて大丈夫そうだ。

 

となれば、残るは俺と悟史で鷹野さんを酔いつぶしてしまうだけだ。

 

「あらあら、入江先生ったらすごい人気ね」

 

頬に手を当てながら悲鳴を上げている入江さんを見てクスクスと邪悪な笑みを浮かべる鷹野さん。

へ、余裕な笑みを浮かべられるのも今のうちだぜ!

 

「鷹野さんもどうぞテントへ!鷹野さんにもいつもお世話になっていますから!今日は俺と悟史で全力で接待させていただきます!」

 

「あら、これはかわいいホストさん達だこと。じゃあ接待をお願いしちゃおうかしら」

 

俺と悟史の手で鷹野さんをテントの下へ案内する。

ホストか、隣の入江さんの状況と同じような雰囲気にするのならばホストがちょうどいい。

あんたを倒せるならホストだってなんだってやってやるよ。

 

「どうぞ鷹野さん」

 

「ありがとう悟史君」

 

悟史がついだお酒のコップを受け取って一息で飲み干す鷹野さん。

かなり高い度数のお酒だというのに顔色一つ変えずに飲み干すとは。

予想はしていたが、鷹野さんはかなりお酒が強いようだ。

 

「私だけで飲んでるだけだとつまらないわね。灯火君に悟史君、接待だというのなら当然私のお酒に付き合うのよね?」

 

俺の目の前になみなみに注がれたコップを差し出してくる鷹野さん。

小学生に平然と飲酒を勧めてきやがったぞこのナース。

 

「ありがとうございます、いただきます」

 

不敵な笑みを浮かべながら鷹野さんからコップを受け取る。

鷹野さんも俺が本当に受け取るとは思わなかったようで意外そうな顔をしている。

ふっふっふ!そういうことを言ってくることくらい想定してるぜ!

俺は前々から園崎家の食事会でお酒を飲んでいて、さらに自分がそこそこ酒に強いこともわかっている。

だからあんたがぶっ倒れるまで酒に付き合ってやる、覚悟しな鷹野さん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっふ、頭がくらくらしてきた・・・・」

 

飲み始めてから2時間が過ぎただろうか。

この間、何本もの瓶が空になったかわからないくらい飲んだ。

それも結構なペースで、時にはこっそり別のお酒と混ぜて度数をさらに上げたりもした。

 

「ごめん・・・・灯火、ぼ・・・く・もう・・・・限界」

 

消え入りそうな声と共に今まで俺と一緒に戦ってくれていた悟史がぶっ倒れる。

悟史・・・・お酒なんて今回が初めてだったはずなのに、よくこれまで戦ってくれた。

 

「あらあら、もう限界なの?こっちはまだまだ飲み足りないわ」

 

 

ぶっ倒れた悟史を見てそう呟く鷹野さんは未だに余裕の笑みを保ったままだ。

バカな、俺らよりも倍に近いペースで飲んでたんだぞこの人、なのに顔色一つ変えやがらねぇ!

 

「灯火君もフラフラね。うふふ、私の相手をするには10年ほど早かったようね」

 

邪悪な笑みを浮かべながらこちらを見下ろす鷹野さん。

言い返したい、なのに口が動かない。

 

いやそれよりも、このままでは鷹野さんがここから帰ってしまう。

 

鷹野さんが余裕がある状態で帰らせるわけにはいかないのだ。

気力を振り絞って酒の入った自分のコップを口へと運ぶ。

 

しかし、口に入る前に俺の嗅覚が酒のアルコール臭を認識した瞬間、喉元から強烈な吐き気がせり上がってくるのを感じた。

 

「っ!?うぷっ」

 

慌てて飲むのを中断して手で口元をおさえる。

しばらく吐き気に耐え、なんとか危機を脱する。

 

「あまり無理はしないほうがいいわよ、その歳でそれだけ飲めれば十分よ。もうゆっくり休みなさい」

 

俺の頭を撫でて立ち上ろうとする鷹野さん。

ああ、くそ、鷹野さんがテントの外に出てしまう。

立ち上がりを阻止しようと手を伸ばそうとするが、身体がうまく言うことを聞いてくれない。

 

 

ここまでなのか・・・・

俺たちの力では、鷹野さんに勝てないのか。

この運命を変えることは出来ないのか。

 

「灯火、よくやったわ。後は任せなさい」

 

強大すぎる敵に絶望しそうになる俺を包み込むかのような優しい声が届いた。

その声を聞いて振り返ると、不敵な笑みを浮かべて俺を見つめる梨花ちゃんの姿があった。

 

梨花ちゃんの右手に持っている新しい酒の瓶がきらりと光る。

そうか、俺たちにはまだ彼女がいた!

この梨花ちゃんなら、もしかしたらあの鷹野さんを倒すことが出来るかもしれない!

 

 

ドンッ!!

 

勢いよく鷹野さんのいる机に持っていた瓶をたたきつけるように置く梨花ちゃん。

その小さな姿が俺には非常に大きく、頼もしく見えた。

 

「鷹野、僕と飲み比べの勝負をしようなのです」

 

満面の笑みを浮かべながら鷹野さんに勝負を待ちかける梨花ちゃん。

その笑顔と内容に、さすがの鷹野さんも冷汗を流しながら頬を引きつらせる。

 

「り、梨花ちゃん?えっと、灯火君や悟史君ならともかく、彼らより幼い梨花ちゃんにお酒を飲ませるわけにはいかないわ」

 

というか梨花ちゃんの背中から般若が見えるわ!私何かした!?

鷹野さんが小声でそう呟くのを俺は聞き逃さなかった。

 

うん、俺にも見える。

あの笑顔の仮面の裏からとんでもない殺気が漏れてるのを感じる。

間違いない、梨花ちゃんは殺る気だ。

 

「みぃ、鷹野は僕との飲みが嫌なのですか?」

 

「そ、そういうわけじゃないのよ?ただ梨花ちゃんにはお酒はまだ早いんじゃないかしら。もう少し大人になってからにしましょ、ね?」

 

「・・・・あんたのせいで私はずっと大人になれてないのよ」

 

「え?何か言った?ごめんなさい、よく聞こえなかったわ」

 

「みぃ、なんでもないのですよ。にぱー☆」

 

鷹野さんの言葉で一瞬だけ素の梨花ちゃんが顔を見せたがすぐに取り繕う梨花ちゃん。

しかし鷹野さんの意見は正論だ。

男の俺たちならともかく、まだまだ幼い女の子にお酒を飲ませるのに抵抗を覚えるのは常識ある大人なら当たり前だ。

 

「・・・・僕に勝ったら、こっそり祭具殿の中へ案内してあげるのですよ」

 

「やりましょう」

 

訂正、鷹野さんは常識ある大人ではなかった。

いや、だがうまいぞ梨花ちゃん!鷹野さんが祭具殿の中身に興味があることを使うとは思ってもみなかった。

 

「僕に勝ったらのお話なのですよ?にぱー☆」

 

「うふふふふふ!お酒をなめてると痛い目を見るわよ梨花ちゃん。すぐにギブアップさせてあげるわ」

 

「にぱー☆・・・・・痛い目を見るのはあんたのほうよ」

 

二人の視線がぶつかり合って火花が散っているかのような錯覚を覚える。

二人の間に置かれている酒のラベルには、神殺しと記されていた。

度数は・・・・鬼殺しよりもさらに高い。

 

「と、灯火!後生なのです!梨花を止めてほしいのですー!!」

 

俺が神殺しの度数の高さに戦慄していると、青ざめた表情の羽入がこちらへと飛んでくる。

 

「あんなものを飲んだら僕が死んじゃうのですよ!いつも梨花が飲んでるやつでもヘロヘロになるのに、あんなのを梨花が飲んだらどうなるか。あうあうあうあう!?」

 

俺が見ていた酒を見つめながらガタガタと震える羽入。

そうか、味覚などを羽入と梨花ちゃんは共有しているから酔いも同じく共有してしまうのか。

 

「灯火、梨花を止めてほしいのです!僕が言っても梨花は無視するのです!梨花を止められるのは灯火だけなのです!!」

 

瞳に涙を浮かべながら俺に必死に頼みを伝える羽入。

 

「羽入・・・・」

 

「灯火・・・・」

 

優しく微笑む俺に羽入は徐々に顔を喜色に染めていく。

そんな彼女を見て俺は。

 

「ごめん・・・・!!」

 

逃げ出すように梨花ちゃんと鷹野さんのいるテーブルから距離をとる。

ごめん羽入!俺には梨花ちゃんを止めるなんてことは出来ない!

悪いが戦いに犠牲はつきものなんだ!!

 

「と、灯火ぁぁぁぁぁ!?逃げるなんてあんまりなのですぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

羽入の魂の叫びが耳に届くが応えることは出来ない。

今度シュークリームを買ってあげるから許してくれ!!

 

 

 

 

 

「・・・・うう、本当に頭が痛くなってきた。誰か、水を」

 

梨花ちゃんと鷹野さんの席を離れて水を飲むために彷徨うように移動する。

彼女たちの戦いを見届けるためにも早く体調を元に戻さなくては。

 

「はい、お水だよお兄ちゃん」

 

「おお、助かったぞ礼奈」

 

水を探す俺にちょうどいいタイミングで礼奈が俺に水を渡してくれる。

さすが礼奈だ、気が利いているぜ。

 

「これで少しはマシに、ぶはっ!!?」

 

礼奈から渡された水を一気に喉に流し込み、そして盛大にむせた。

 

「こ、これ酒じゃないか!?れ、礼奈!今はいたずらに応えれる状態じゃないんだよ!」

 

「ええー?さっきのはお水だよ、だってこんなにおいしいんだもん」

 

「れ、礼奈?」

 

なんだか様子がおかしい礼奈に怪訝な表情を浮かべる。

よく見たら礼奈の目はトロンとしており、頬は紅潮し、息も荒い。

 

「お前、まさか酔ってるのか!?」

 

「酔ってないよー。あれ?お兄ちゃんが三人いる?どうしてなのかな?かな?」

 

酔ってんじゃねぇか!!

なんということだ、入江さんに酒を飲ませる間に間違えて飲んでしまったのか。

礼奈がこの状態になってるってことは、まさか他のみんなも。

 

「はうー!!三人ともお持ち帰りー!!」

 

「ちょっ!?」

 

いきなりこちらに抱き着いてきた礼奈を受け止めることが出来ずに倒れる。

嫌な予感がする。早く礼奈をのけて入江さんたちの様子を見なくては!

 

「あー!お兄ちゃんこんなところにいた!」

 

「探したよ!私たちと一緒に飲もうよ!」

 

礼奈の拘束からもがく俺に追撃をするように魅音と詩音がやってくる。

二人とも頬が紅潮してうつろな目をしている。

お前らも酔ってんのかよ!!

 

「れ、礼奈!早く俺を離すんだ!俺は入江さんのところに行かなきゃいけない!」

 

「え?ナス?ナスなら私も食べる!」

 

意味わかんねぇよ!!

ダメだ、もうまともに言葉が通じないくらい礼奈は酔ってるようだ。

 

「ねぇお兄ちゃん、私たち頑張ったんだよ!入江さんにお酒をいっぱい飲ませたんだよ!」

 

「そうそう、もう無理って入江さんは言ってたけど、それでもお兄ちゃんのためにいっぱい飲ませたんだからね!」

 

入江さん死んでたりしないよね?お酒の飲ませすぎで死んだなんて洒落になってないぞ。

 

「・・・・ちなみに入江さんはどこ行ったんだ?」

 

「あっちにいるよ」

 

魅音の指さす方に視線を向ければ、曇った眼鏡をかけたまま何かを呟いている入江さんの姿があった。

 

「ここがメイドの国ですか?ずいぶんと殺風景なところですねぇ。メイドの妖精さん、本当にここがメイドの国なのですか?え、字が違う?メイドではなく冥途?あはは、面白い冗談ですね!」

 

何もない空間を見ながらそう呟く入江さん。やばい、予想以上に魅音たちが飲ませてしまったようだ。

ぶつぶつと何かを言っている入江さんの近くでは沙都子が身体を丸めるようにして眠っている。

 

「「さぁ、私のついだお酒を飲んでお兄ちゃん」」

 

目の前に差し出される二つのコップに頬を引きつらせる。

勘弁してくれ、これ以上飲んだら入江さんと同じ場所に逝っちまう。

くそう!静かに眠っている沙都子が唯一の癒しだ。

 

「あう~!目が回るのです~!!!」

 

声に反応して夜空を見上げれば、真っ赤な顔の羽入が空をすごい勢いで飛び回っていた。

どうやら向こうの戦いは今も続いているようだ。

 

「お兄ちゃん?どこ見てるの?こっち見てよ」

 

「っへぶ!?」

 

顔を掴まれて無理やり魅音のほうへと向けられる。

右手には溢れそうなほどいっぱいに注がれたコップが握られている。

 

「詩音、礼奈。お兄ちゃんを拘束して」

 

「「りょうかい」」

 

魅音の指示に反応して2人が背中から俺を掴んで拘束をしてくる。

なんとか拘束を解こうと足掻くが酔いが身体に回っているせいか力が上手く入らない。

 

待て待て待て!これ以上飲んだら本当にまずい!

 

「さぁお兄ちゃん、観念して飲んで?」

 

徐々にコップを口元へと近づけてくる魅音。

コップが近づいてくる毎に血の気が引いてくるのを感じた。

そして目の前にコップがやってきて、そして。

 

「はい、あーん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここはどこだ?」

 

焼け野原って言えばいいのか?随分と殺風景な場所だ。

こんなところ雛見沢にあっただろうか?

 

「灯火君、よく来ましたね」

 

見覚えのない場所に困惑していると、すぐ近くで入江さんの声が聞こえる。

声をした方へと視線を向ければ、予想通り入江さんの姿がそこにあった。

 

なぜかメイド服を着て。

 

「・・・・・」

 

「驚くのも当然でしょう。ここは雛見沢ではありません、信じられないかもしれませんが、ここは冥途といわれる場所なのです」

 

「いや、俺が驚いているのはそっちじゃないです」

 

無言の俺を見て勘違いした入江さんがここの場所について教えてくれる。

違う、俺が言いたいのはそっちじゃない。

 

「ふっふっふ!私もここへやってきた時は驚きましたがここにいる死神たちと交渉をしましてね。この地にメイド服ならぬ、冥途服を布教することに成功したのですよ!!」

 

眼鏡を光らせながらニヤリと笑み浮かべる入江さん。

なるほど、さっぱりわからない。

 

「さぁ灯火さんも早くこれに着替えて下さい!二人でこの世界にメイド文化を広めていこうではありませんか!」

 

いつの間にか用意されていた冥途服をこちらに差し出してくる入江さん。

いや、礼奈たちが着るのなら大喜びで協力するけど、俺が着るのは違うと思うのだけど。

 

嫌な予感がして入江さんから徐々に距離をとったが、完全に離れる前に気付かれて一気に距離を詰められる。

 

それを見て慌てて走って逃げようとするが、いつの間にか現れた入江さんと同じ服を着た人たちが現れて俺を拘束していた。

 

「ひぃ!?入江さん落ち着いてください!正気に戻ってください!」

 

必死に呼びかけるが入江さんは笑みを浮かべるだけで何も答えない。

そして

 

「さぁ!早く!さぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ひぃ!?ひぃぃぃぃぃぃ!!?」

 

 

 

 

この後、遅れてやってきた羽入を加えた三人でこの世界にメイド文化を広めていくことになるのだが、今の俺にはそれを知る由もなかった。

 

 



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綿流しの日の後

これは夢だ。

 

目に映る光景を理解した瞬間、僕はこれが夢であることを確信した。

それも良い夢なんかじゃない、とびっきりの悪夢だ。

 

・・・・なんでこんな夢を見てしまってるんだ僕は。

 

きっと現実の僕は酷くうなされている。

いや・・・・もしかしたら幸せそうに頬を緩めているのかもしれない。

目の前の光景を眺めていると、僕の胸の中でさまざまな感情が入り乱れて自分でもわけがわからなくなる。

 

目の前に光景は僕の求めている理想だ。

今となっては到底叶うことのない酷く非現実的な理想。

 

ありえるはずがないんだ。

 

「こら沙都子!カボチャを残したらダメでしょ!ちゃんと残さず食べなさい!」

 

「ううっ、嫌!だいたいなんで毎日カボチャを出すの!私は嫌だっていつもいつも言ってるのに!」

 

「お隣さんからたくさんいただいたのよ!好き嫌いしてたら大きくなれないわよ!」

 

「まぁまぁ、沙都子もまだ子供なんだから多少の好き嫌いはしょうがないだろう」

 

「あなたは沙都子を甘やかしすぎよ!ダメなものはダメと叱らないとダメよ!」

 

「ようやく沙都子と仲良く話せるようなれたのに、ここで叱って嫌われたらどうするんだ!」

 

「大きくなったらどうせお父さんは娘に嫌われるんだから早いか遅いかの違いよ!」

 

「ううっ、にーに。私のカボチャ食べて」

 

小さなちゃぶ台を囲うように僕と沙都子、そして父と母が座っている。

場所はまだ家族と一緒にいたところに住んでいた家だ。

母がカボチャを食べない沙都子を叱り、沙都子は涙目でそれに反抗する。

それを見ながら父は苦笑い浮かべている。

 

ああ、どうして僕にこんな光景を見せるんだ。

見せるならせめて、夢だと気付かせてほしくなんてなかった。

目が覚めるまで、この悪夢に侵されていたかった。

 

 

「にーに?どうしたの?どこか痛いの?」

 

ずっと無言だった僕を沙都子が心配そうに声をかけてくる。

それを聞いた父と母も同じように心配そうな表情で僕を見つめてくる。

 

あり得ない光景だ、本当に悪夢のような光景とはこのようなことを言うのだろう。

現実世界の僕よ、早く目を覚ますんだ。

 

早くしてくれ。

手遅れになる前に。

 

僕がこの夢から覚めたくなくなる前に。

 

 

 

 

酒は飲んでも呑まれるな。

その言葉の意味を身体で理解することとなった綿流しの日から1週間が経過した。

 

祭りの終盤まで続いた梨花ちゃんと鷹野さんの飲み比べは俺たちの中で未来永劫語り継がれることだろう。

 

酒によって酷く曖昧になった視界の中、地に伏せた鷹野さんと酒瓶を片手に口元を拭う梨花ちゃんを見つけた時は、尊敬と畏怖をもって思わず梨花ちゃんを拝んでしまった。

 

あの時は勇者(梨花)聖剣()を使い、見事宿敵である魔王(鷹野さん)を討ち取った瞬間に立ち会ったような感動を覚えた。

 

その後は全員もれなくダウンし、大人たちに背負われながら各々の家へと帰ることとなった。

後から確認したが、入江さんと鷹野さんも自分で立つことすらできない状態だったらしく、梨花ちゃんの家に泊めてもらったようだ。

その後も二日酔いでしばらく寝込んでいたらしく、それを見た梨花ちゃんがいい気味ねっと寝込む2人を見下ろしながら笑っていたらしい。

 

ちなみに梨花ちゃんも二日酔いで布団の中で苦しんでいたのだが、鷹野さんを笑うためだけにわざわざ布団から這い出ていったようだ。

 

これによって俺たちの目的であった綿流しの日に鷹野さんと入江さんを行動不能にすることが出来た。

そしてあの日から1週間が経過した今現在、病院の偵察に行ってくれていた羽入から報告を聞いていた。

 

「梨花、灯火!先ほど診療所から入院していた作業員の方達が退院したのですよ!」

 

梨花ちゃんの家で待機していた俺と梨花ちゃんの元に偵察に行ってくれていた羽入が戻ってくるなり嬉しそうに報告をしてくれる。

 

「ほんとう!?彼らの様子はどうだったの!?末期症状ではないけど油断はできない状況だったはずよ」

 

「随分と落ち着いた様子だったのですよ。入江にお礼を言っていましたし、迎えに来ていた仲間の方達とも笑顔でお話しされていました」

 

「そう・・・・ならひとまず安心ね。ダム建設も近いうちに凍結するでしょうし、これ以上の被害は生まれないはずだわ」

 

羽入の報告を聞いて梨花ちゃんが安堵の笑みを浮かべる。

俺も同じように安堵しながら2人に向けて口を開く。

 

「とりあえず、これで一息つけそうだな」

 

バラバラ殺人事件、そして雛見沢症候群を発症した作業員の治療と鷹野さんが彼らを殺すことの阻止。

終わった後に落ち着いて考えてみると、おそらく鷹野さんは今回、作業員達を解剖する気はなかったのだろう。

羽入の張り込み調査でもそのような話しはなかったようだし、もしその気なら俺たちが綿流しに誘った時も何か理由をつけて断っていたはずだ。

まぁたとえ断られたとしても強引に連れ出すつもりだったのだが。

 

人体に害の出ない調査で満足のいく成果が出たのか、末期症状ではないために検査を見送ったのかはわからないが理想的な結果なのは間違いない。

 

今回の結果の明暗を分けたのは雛見沢症候群を発症している作業員達の早期発見だった。

もし末期症状が出るまで見つけることが出来なかったのなら、原作通り鷹野さんは解剖調査を行っていた可能性が高い。

その場合は今とは違った結果になっていた可能性が高い。

現場監督のおっさんには感謝しなくては。

あの人の協力なしではこの結果を手繰り寄せることなんて出来なかったのだから。

 

 

「うぅっ!よかった!本当によかったのですよぉぉ!」

 

思考の整理が終わると同じタイミングで目に涙を浮かべた羽入の泣き声が耳に届く。

 

「いつも今年からの綿流しの日に誰かの命が消えていました。僕を祭る日に誰かの命がなくなっていました。でも!今回は違うのです!みんなが笑顔でした!その裏側で誰かの命が失われてなんていない!こんなに嬉しいことなんてないのです!」

 

「・・・・羽入」

 

堰を切ったかのように泣き続ける羽入の頭を梨花ちゃんが優しく撫でる。

綿流し、オヤシロ様である羽入を祭る日であり、後にオヤシロ様の祟りという名で綿流しの日に1人が死に1人が行方不明になる連続怪死事件が起きる日となってしまう。

自分の名の下に大事な人たちが殺されていく。

俺にはその時の羽入の気持ちを想像することすら出来ない。

きっと羽入の今の気持ちを真に理解できるのは、彼女と共に歩み続けている梨花ちゃんだけだろう。

 

梨花ちゃんは羽入が泣き止むまでそっと彼女の頭を撫で続けた。

 

 

 

「落ち着いたかしら?」

 

「はいなのです、恥ずかしい姿を見せてしまったのですよ」

 

梨花ちゃんの言葉に頬を赤らめながら返事をする羽入。

 

「これから先の話の前にこの1年間の話を終わらせようか。この1年、ダム反対運動や雛見沢症候群の発症者の捜索で大忙しだったけど、頑張ったかいもあって最高の結果を得られた!特に梨花ちゃん!綿流しの日の鷹野さんとの飲み比べには痺れたぞ!!」

 

「あうあうあう~!鷹野を倒すばかりか、そのままお持ち帰りまでするなんて、すごいのですよ梨花!酔い潰れてクタクタになった鷹野をお持ち帰りしたことを礼奈が知れば、絶対悔しがるに違いないのです!」

 

「人聞きの悪いことを言ってんじゃないわよ!それにあれはうちの両親がやっただけで私がやったわけじゃないわ!」

 

 

梨花ちゃんの荒ぶる声を聞きながら羽入の言葉に内心で同意する。

 

酔って眠ってしまった礼奈は父さんに背負われながら家に帰ったが、意識さえあればなんとかしてお持ち帰りをしようとしただろう。

 

きっとその時は酔い潰れた全員がお持ち帰り対象になっていただろうが。

 

個人的には酔って頬を赤くした鷹野さんは可愛いというよりは非常に色っぽ、じゃなくてエロかtじゃなくて綺麗の部類に入ると思うが。

 

「・・・・なんかあんたの顔を見てたらイラついたわ。殴っていいかしら?」

 

俺が余計なことを考えていたことを察したのか、梨花ちゃんからいきなり俺への暴行許可を求められた。

当然却下する。

 

だいたい俺以外に村の親父共も鷹野さんを見て鼻の下を伸ばしていたのだ。

まぁ、その後にそれぞれの奥さんに殴られていたけど。

 

ちなみに俺も殴られた、それも魅音と詩音の2人から。

酔っ払って痛覚が麻痺していなければ、彼女たちの腰の入った右ストレートの痛みには耐えられなかっただろう。

 

「話を進めるぞ!今回のバラバラ殺人事件は未然に防ぐことが出来た。正直これはかなり大きいと思う」

 

バラバラ殺人事件、連続怪死事件の始まりの事件であり、後々にみんなを疑心暗鬼へと貶める1つの大きな要因の事件でもある。

 

「そうね、圭一はこの事件を知ったことがキッカケで雛見沢症候群の進行が進み、疑心暗鬼へと陥ったわ」

 

「バラバラ殺人事件がなくなったことで圭一が疑心暗鬼になる可能性がグッと減ったということですね!あうあうあう!それはとてもいいことなのですよ!」

 

彼女達の大切な友人である圭一が疑心暗鬼になる要因が1つなくなった事実に喜びの表情を浮かべる。

 

「加えて今回の事件で工事現場監督のおっさんを守ることが出来た。これで圭一たちの疑心暗鬼を進める要因の1つである大石さんの登場も随分と減るだろうな」

 

バラバラ殺人事件で殺された現場監督のおっさんと親友だった大石さんはこの事件を起こしたのは園崎家だと勘違いし、証拠を掴むために圭一たちに事情聴取をしたりして彼らの周りを嗅ぎまわるのだ。

そしてそれがみんなの疑心暗鬼を進める要因の1つになってしまう。

今回の事件を防げたことで大石さんは今の気のいいおっさんのまま変わらず過ごしてくれる。

きっと今も仕事を程々に抜きながら現場監督のおっさん達と麻雀でもしていることだろう。

 

「この事件を防げたことで、未来で起こる可能性がある惨劇、特に圭一の疑心暗鬼を進める要因が一気になくなったということね」

 

「あうあうあう!未来は明るいのですよ!早く圭一に会いたいのです!」

 

「・・・・そうね。私も早く会いたいわ」

 

羽入の言葉に梨花ちゃんも同意する。

彼女たちと圭一の付き合いは俺なんかよりも遥かに長い。

圭一が不幸になる可能性が減ったことで安心し、彼に会いたい感情が一気に増えたのだろう。

 

「圭一か・・・・俺も早く会ってみたいな」

 

梨花や羽入から何度も圭一の話を聞いた。

今まであった部活での出来事や様々な催しの際の出来事。

原作によって圭一についてはある程度知ってはいるが、彼女たちが彼を語る時の楽しそうな表情を見れば、俺の想像以上に良いやつに違いない。

 

「灯火と圭一は絶対すぐに仲良くなれるのですよ!僕が保証するのです!」

 

「そうね、あなたとはお調子者同士、気が合うんじゃないかしら」

 

俺の独り言を聞いた2人がすぐに言葉を返してくれる。

そして俺と圭一が揃ったらどうなるかとか、礼奈たちがどうなるかなどを楽しそうに想像して話し出す。

2人の頭の中では未来で俺を加えたいつものメンバーが楽しそうに遊ぶ姿を簡単に想像できているのだろう。

 

こんなに楽しそうに話し合う2人は初めて見た。

正直、圭一と仲良くなれるのか少し不安だったのだが、2人を見ていたらその思いも吹っ飛んでしまった。

 

「よし!じゃあ最高の状態で圭一と会えるようにこれからの話をしよう」

 

俺の言葉を聞いて2人も話しをやめて真剣な顔でこちらを見つめる。

こちらも表情を引き締めて、これからのことについて口を開く。

 

「バラバラ殺人事件から始まった連続怪死事件。今まで通りなら次に起こるのは悟史と沙都子の両親、2人の転落事故だ」

 

「そうね・・・・()()()()()()()

 

 

俺の言葉をなぞるように梨花ちゃんが同じことを口にする。

その言葉の意味をきちんと理解してくれているようだ。

 

「そうだ、今まで通りならその事件が起きる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

悟史と沙都子の両親の転落事故。

これについてははっきりとした原因がわからない。

赤坂さんの奥さんのような不幸が重なって起きた事故なのか。

それとも事故ではなく、殺害に該当するものなのか。

 

展望台で景色を見ていた2人。

その2人のいたところの手すりが老朽で壊れ、それによって不運にも転落してしまったのか。

それとも誰か(沙都子)が明確な敵意をもって2人を突き落とし、手すりの老朽が重なってそのまま転落してしまったのか。

 

「・・・・正直なところ、このまま何事もなくいくのならこの事件は起こることはないと思う」

 

この事件の要因の1つである沙都子の雛見沢症候群の発症。

沙都子が発症した原因は両親との不仲と村からの迫害にある。

新しい父と不仲な状況下でダム賛成派に両親が属したことで村中から迫害されていた。

外、家どちらにも強いストレスを感じ、安心できる場所は悟史の傍だけ。

そんな状況下でずっと過ごしていたら、雛見沢症候群を発症しても何もおかしくはない。

 

しかし、この世界は違うのだ。

村の人達から迫害されておらず、両親からは離れて過ごしている。

村の人からは迫害どころか可愛がられており、沙都子の両親は村長の公由さんを筆頭に村の人達によって監視されており、沙都子と悟史に近づくことすら出来ないでいる。

加えて梨花を筆頭に心許せる友達がいるのも大きい。

つまり極度のストレスによって沙都子が雛見沢症候群を発症するようなことは現在の状況下ではありえないと断言できる。

そして展望台に向かった理由はたしか、沙都子と仲良くなろうとした両親が沙都子を連れて外に出かけた際に展望台にやってきたということだったはず。

 

つまり沙都子が雛見沢症候群を発症せずに両親とも距離をとって暮らしている限り、来年に起こる展望台からの転落事故は起こりえないのだ。

 

しかし・・・・

 

「・・・・来年転落事件が起こらない可能性が高いのに随分と浮かない顔をしてるわね」

 

 

梨花ちゃんからの言葉で無意識に眉間に力が入っていたことに気づく。

 

「まず今の状況が変わらないことが前提だからな。ダム建造が凍結してからは状況が大きく変わる可能性が高い。それに・・・・転落事故ではなく、別の事故が起こる可能性も否定できない」

 

自分の知る原作知識はもはや当てには出来ない。

ゆえに転落事故の代わりに不幸な事故が起こったとしても何も不思議ではない。

 

「・・・・沙都子と両親の不仲の解消、そして沙都子の両親と村との間にある問題の解消。この2つをなんとかしない限り完全に来年の事故を防ぐ手はないということね」

 

「それは・・・・」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて羽入が辛そうに表情をゆがめる。

その2つの問題の解決がどれほど難しいことなのか理解してしまったのだろう。

 

村の人達による悟史と沙都子への迫害。

これの解決にだって相当苦労したのだ。

それにあれは村長である公由さんの協力があったからこそ解決できたことだ。

そして今回の件に関して公由さんの協力を得られるとは到底思えない。

 

正直言って・・・・解決策がまったく思い浮かばない。

 

「灯火、あなたは言えないでしょうから私が言うわ。私は沙都子と悟史の両親を切り捨てるのも選択肢の1つだと思うわ」

 

「・・・・」

 

「はっきり言って沙都子と悟史の両親は自業自得よ。彼らは自分の意志で雛見沢の住民、そして園崎家と敵対した。それによって2人がどんな目に遭うのか考えもせずに!そんな彼らを救おうと私たちが下手に介入して、悟史と沙都子に余計な被害が出るかもしれない以上、私は彼らを積極的に助けようとは思わないわ」

 

 

「梨花!言い過ぎなのですよ!」

 

「別に彼らが死ぬと決まったわけではないわ。彼らが死ぬはずだった事件が起こる可能性はもう低くなっているのだから。沙都子たちはこのまま公由のところで暮らし、両親は雛見沢から離れる、これで全部解決するわ。両親が沙都子たちを返せなんて言ってきても公由を筆頭に沙都子たちを可愛がっている人たちがなんとかするでしょう。何より沙都子が彼らの下に戻るはずがないわ」

 

「・・・・」

 

悟史と沙都子は公由さんのところで暮らし、両親は雛見沢から出ていく。

確かに落としどころとしては妥当だ。

もう彼らが雛見沢で暮らしていくことは不可能に近い。

彼らは園崎当主であるお魎さんを罵倒し、雛見沢全体に喧嘩を売ってしまった。

梨花ちゃんの言う通り、村八分にされて悟史や沙都子にもあそこまでの被害がでるとは思っていなかったのかもしれない。

 

でもそれで彼らが愚かなのかを聞かれれば、それは違う。

彼らも彼らで自分たちと子供たちが一番幸せになる方法を考えたんだ。

ダム建設がなれば自分たちに多額のお金が入ってくる。そのお金を使って豊かな街に移り住み、そこでゆっくりと家族の絆を深めていく。

それが彼らが描いた未来だった。

彼らの考えは愚かでも間違ってもいない。

極めて常識的な考えだろう。

むしろダム建設反対のために散々過激なことをしてきた俺たちのほうが非常識なくらいだ。

 

「・・・・一度悟史と沙都子の意見を聞いてみないとダメだな」

 

俺としては悟史と沙都子の両親との不和をなんとかしてやりたい。

家族を嫌うということは心に軽くない負荷を強いるんだ。

 

でもそれは余計なお世話であるかもれない。

2人が望んでもいないことを良かれと思ってしたとしても誰も幸せにはなれない。

 

「わかったわ。2人の望みを聞いて、それから私たちがどう動くべきなのかを決めましょう」

 

「そういえば明後日に公由の家で沙都子とお泊り会をするんでした!ちょうどよかったのですよ!」

 

「そうね、その時に悟史も一緒に呼んでしまいましょう」

 

「ああ、ありがとう2人とも」

 

俺の意見を尊重してくれる2人に頭を下げる。

明後日に2人の望みを聞いて、できる限りその望みが叶うように協力しよう。

これから先どんな状況になるのかわからないが、それでもみんなが幸せになるようにできる限りのことはしたい。

 

「・・・・またしんどい1年になりそうだな」

 

これから先のことを考え、つい出てしまった一言に2人も苦笑を浮かべながら同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お泊り会

お疲れ様です。
新話投稿しました。

また前話にて感想、誤字脱字報告ありがとうございました。

誤字脱字に関しては減るように頑張ります!




「それでは第6回!お泊り会恒例行事、枕投げを始めるよー!」

 

「いや、やらないから」

 

両腕いっぱいに枕を抱えた魅音から自分の枕を奪還する。

俺たちの枕を全部自分が抱えている状態で枕投げをしようとは手癖が悪いにも程があるだろう。

 

「あー!お兄ちゃんなにすんのさー!」

 

「6人も部屋にいて狭いんだから大人しくしてろ」

 

「魅音さん!私の分も返してくださいまし!枕投げをするのは構いませんが、武器がないことには始まりませんわ!」

 

魅音の暴挙に沙都子がジト目で文句を言う。

そもそも第6回ってなんだ。枕投げなんて1回もやってないし。

まさか俺がいない時にやってたりしてるのか?だとしたら少し寂しいぞ。

 

「はうー!枕をいっぱい抱えてフラフラしてるみぃちゃん、とってもかぁいいよう!お持ち帰りー!!」

 

「ちょっ!?礼奈!?ぶわぁっ!?」

 

かぁいいモードへとなった礼奈に抱き着かれてバランスを崩す魅音。

そのまま2人とも床に敷かれていた布団へと枕を空中に手放しながら倒れていった。

 

「おねぇったら久しぶりにみんなとお泊りだからって騒ぎすぎー。あ、お兄ちゃん今夜は一緒に寝ようね!」

 

腕に抱き着いてきた詩音の頭を撫でながらどうしてこうなったのかと内心頭を抱える。

今回に限っては冗談抜きの真面目な話を梨花ちゃんと共に悟史と沙都子にするつもりだったのだ。

 

だというのに、こいつらは一体どこから湧いてでてきたんだ!

 

最初は予定通り悟史と沙都子だけだった。

だというのにその後すぐに、当たり前のようにこいつらが家に上がり込んできやがった。

それもお泊り用の着替えや道具一式まで全部持って。

 

「詩音、俺はここに泊まることは悟史にしか言っていないんだが、誰から今日のお泊りのことを聞いたんだ?」

 

「え?礼奈が教えてくれたよ?」

 

俺の質問にキョトンとした顔で答えてくれる詩音。

礼奈だと!?バカな、俺は礼奈にも今日のことは言っていないはずなのに!

詩音の話を聞いて礼奈に視線を向ける。

俺の視線に気づいた礼奈は、倒れた魅音の上に乗っかりながら顔を伏せ、こちらからは表情を隠したまま静かに口を開く。

 

「お兄ちゃん。私ね、お兄ちゃんが悟史君と電話している時、ずっとお兄ちゃんの後ろにいたんだよ?」

 

「っ!!??」

 

礼奈からの告白に心臓が跳ねる。嘘だろ。あの時、俺の後ろにはずっと礼奈がいたっていうのか!

 

「私の部屋に置いてあったお人形がなくなってたから、またお兄ちゃんのところかなって思って部屋に行った時、お兄ちゃんの話し声が聞こえてきたの」

 

あいつのせいかー!!あのかまってちゃんの呪いの人形(笑)のせいかー!!

確かに今日の朝から置いた記憶もないのにベッドの上にいやがったよ!

しょうがないから髪をくしで整えてやったのに、もうしてやらねぇぞ!

 

「こっそり聞いてみれば、梨花ちゃんの家にお泊りしようって話を悟史君と話してた」

 

「うっ・・・・」

 

礼奈の指摘に言葉を詰まらせる。

俯いて表情が見えないが、これは怒ってるよな?

 

「その話を聞いて、私もすぐにお兄ちゃんから誘われると思ってたのに!お泊り道具も準備して、みぃちゃん達にも声をかけて準備万端で待ってたのに!」

 

いや先走りすぎだろ!家の中でやけにニコニコとした表情でこっち見てるなと思ったらそういうことかだったのか!

 

「わ、悪かったよ。今回は悟史と沙都子に用があってだな。お泊り会はそのついでみたいなものだったんだ」

 

「嘘だ!!」

 

「いや嘘じゃねぇよ!!」

 

こんなところで奇跡的に原作再現するんじゃねぇよ!

 

「礼奈は知ってるんだよ!お兄ちゃんと悟史君が梨花ちゃんと沙都子ちゃんにあーんなことや、こーんなことをするつもりだったことを!電話で話してるのをちゃんと聞いたんだよ!」

 

「言ってねぇ!お前実はほとんど会話聞こえてなかっただろ!それは全部お前の願望だ!」

 

あの時の俺は緊張してかなり真面目なトーンで話していたはずだ。

間違ってもそんな冗談を言うような余裕なんてなかったわ!

 

「へーお兄ちゃん。私たちを除け者にして悟史君達とだけでお泊りを楽しむつもりだったんだー」

 

礼奈の話を聞いた詩音が拗ねた表情でこちらを見上げながらそう口にする。

うぅ、藪蛇だった!大人しく今の状況を受け入れていればよかった!

 

「不潔ですわ!常日頃から灯火さんから下種な視線を感じてはいましたが、私と梨花に不埒な真似をするつもりだったのですね!!」

 

礼奈と詩音への対応に難儀していると、追撃をするように沙都子がこちらへと噛みついてくる。

よく見たら魅音も礼奈の下で落ち込んだ表情をしてしまってるし。

うがぁ!こんな状況、どこから対処したらいいんだよ!

 

「あはは、みんな落ち着いて。灯火は僕たちに用事があったからお泊りに誘っただけで、みんなを蔑ろにしてたわけじゃないと思うよ」

 

「みぃ、悟史の言う通りなのです。灯火は悪くないのですよ」

 

半分説得を諦めていたところ、タイミングを見計らったかのように悟史と梨花ちゃんが寝室にやってきた。

 

「3人とも、確かに誘わなかったのは悪かった。お詫びは今度するから今回は許してくれ」

 

2人の言葉で少し落ち着いた様子の礼奈たちに謝罪する。

確かに仲の良い友達が遊んでいるのに自分たちが除け者というのは寂しいよな。

こっちにも事情があったとはいえ、一言声をかけるべきだった。

 

「えへへもういいよ!お兄ちゃんにも何か事情があったみたいだし」

 

「しょうがないねぇ!お兄ちゃんからのお詫び楽しみにしてるね!」

 

「だね、この借りは大きいよお兄ちゃん!」

 

俺が頭を下げると笑顔で許してくれる3人。

お詫びは怖いが、それで許してくれるなら甘んじて受け入れよう。

 

「うん解決したようだし、女の子たちはお風呂が沸いたから行ってきたらいいよ。僕と灯火は後で入るから」

 

「みぃ、礼奈と魅音と詩音が先に入るといいのですよ。僕と沙都子は後から入るのです」

 

どうやら悟史と梨花ちゃんはお風呂が沸いたことを知らせに来てくれたようだ。

そして梨花ちゃんがうまく機転を利かせてくれる。

礼奈たちがお風呂に行っている間に悟史と沙都子に話を聞いてしまうつもりなのだろう。

 

「じゃあ先に入るね!行こみぃちゃん、しぃちゃん!」

 

「うん、詩音とはよく一緒に入るけど礼奈とは久しぶりだね!」

 

「お兄ちゃん、覗いたらダメだよ?」

 

「覗かないから早く行ってこい」

 

小学生のましてや妹たちのお風呂を覗いて何が楽しいんだ。

詩音の言葉に呆れながら3人を風呂へと送り出す。

 

 

「・・・・これで僕たちだけになったね。灯火、それに梨花ちゃん。僕たちに話があるって言ってたけど何かあったの?」

 

3人が寝室から出ていくのを見届けた悟史がこちらへ顔を向けながら口を開く。

どうやら気を利かせてくれたようだ。

 

「ああ、悪いな。気を使わせて」

 

「ううん気にしないで。電話で話した時、灯火の声がずいぶんと真剣だったからね。きっと大事な話があるんじゃないかと思ったんだ」

 

「そ、そうなのですか灯火さん?」

 

悟史の言葉を聞いて不安そうな表情の沙都子がこちらを見つめる。

 

「悟史の言う通り、大事な話があるんだ。それも2人にとってはあまり気分の良い話ではないと思う」

 

「・・・・その話は僕1人が聞くだけじゃダメなの?」

 

俺の話を聞いてどういう話をこれからするのかを察したのか、沙都子を話の輪から外そうとする。

悟史には悪いが、これは2人に確認しないといけないことだ。

 

「・・・・みぃ、これは沙都子にも聞かないといけないことなのですよ」

 

「うぅ、なんだかお二人とも怖いですわよ。一体私たちに何の話があるんですの?」

不安からか悟史の手を握りながら口を開く沙都子。

ここで躊躇って礼奈たちが戻ってきたら意味がない、話を進めよう。

 

「話があるのは悟史、沙都子。お前ら2人の両親についてだ」

 

「「・・・・」」

 

俺の言葉を聞いて沙都子の顔にはあからさまに嫌悪が生まれたことがわかった。

やはり沙都子と両親の溝は深いようだ。

悟史は、複雑な表情で浮かべながら口を閉ざしたまま話の続きを待っている。

 

「これは秘密だが、ダム建設計画はすぐに凍結する。数週間もしないうちに正式な通知があるはずだ。そうなったら今までの状況が一変する。お前らの両親は確実に居場所をなくす」

 

今まではダム賛成派としてダム反対派のみんなと戦っていた。

しかしダム計画が凍結した以上、もう戦うことは出来ず、かといって戻る居場所もない。

 

「そしてこれは予想だけど、お前ら2人をめぐって公由さんを筆頭とした雛見沢の人達とお前らの両親で争奪戦が起こると思う。彼らが雛見沢を出ていくことになるとしても、お前らも一緒に連れていきたいはずだ」

 

これは確実に起こるだろう。

なぜなら悟史と沙都子には知らされていないが、2人の両親は何度も2人を取り返そうと公由さん達と激しい口論をしている。

この話は園崎家での親族会議にも何度も報告がされていた。

 

暴力沙汰にはなっておらず、彼らも悟史たちの安全のために身を引いてはいたが、ここを出ていくとなると話は別だ。

今まで以上の騒ぎに発展するにきまってる。

 

 

「これから先は嫌でもお前らを中心に騒ぎが起こる。どういう終わりを迎えるのか俺にもわからない。だから今のうちに2人の願いを聞いておきたい、2人の親友として俺たちはそれが叶えられるように協力したい」

 

公由さんのところに残るのか、両親についていくのか、それとももっと別の道を選ぶのか。

何を選んでも出来る限り協力するつもりだ。

 

来年の綿流しの日に2人の両親の死を防ぐためにも、2人の願いに従って動くことが最善だと信じる。

 

「「・・・・」」

 

俺が話し終えてから2人は俯いたまま黙ってしまい、沈黙が場を支配する。

いきなりの話だ、戸惑うのは当然だ。

何も今すぐに答えが出るとは思ってない。

今この瞬間に思ったことを教えてくれるだけで十分だ。

 

2人が黙ってから数分が経過した時。

悟史が顔を上げてゆっくりと口を開こうとした時。

 

「・・・・僕は「私はあんな人たちとは会いたくもありませんわ!」

 

悟史がゆっくりと話し始めようとした瞬間、それに覆いかぶさるように沙都子の口を開く。

 

「私とにーにーはこのまま公由さんのところで暮らしますわ!あの人達はどこへでも行ったらいいのですわ!もう私たちとは会わないずっと遠くに!」

 

そう叫んで沙都子は寝室から逃げるように出ていってしまった。

 

「っ沙都子!灯火、僕は沙都子のところに行くのです」

 

出ていった沙都子を追いかけて梨花ちゃんも寝室から消える。

残ったのは俺と悟史だけだが、さっきまでと同じように沈黙が続く。

沙都子がそう言うだろうとは思ってはいた。

だから沙都子とはこれからも根気よく話をしていき、しっかりと両親について考えてもらってから最終的に判断してもらえばいいと思ってる。

 

「悟史、お前の意見はどうなんだ?教えてくれ」

 

悟史は両親についてどう思っているのだろうか。

以前に公由さんに家族から離れるために家に泊めてくれとお願いしていたのを覚えているが、やはり沙都子と同じ気持ちなのだろうか。

もし悟史も沙都子と同じ気持ちなら、残念だが俺たちもそういう風に動くべきなのかもしれない。

 

「・・・・僕は、沙都子の意見に従うよ。もう僕たちと両親にはどうしようもない程深い溝が出来てしまっているんだ。公由さんは良くしてくれてるし、沙都子も公由さんに懐いてる。このまま両親と離れて暮らすほうが良いに決まってる」

 

「・・・・そうか。いきなり嫌な質問してごめんな。でも2人の意見が聞けてよかった。これで俺たちも2人のためにどう動くべきかわかったよ」

 

「・・・・嫌な質問だなんて、こっちこそこれから僕たちのことで迷惑をかけるかもしれないのに。本当にごめん」

 

「友達だろ、そんなこと気にすんなよ!」

 

申し訳なさそうに謝る悟史に笑顔で答える。それを見た悟史も同じように笑顔を浮かべた。

辛くて泣きそうな表情を隠して無理やり笑ってた。

 

悟史のバカ野郎、それはお前の意見じゃないだろうが。

沙都子の気持ちを尊重しただけで、お前の気持ちは全然言えてないだろ。

今回は深く聞かないが、落ち着いたら沙都子同様、お前の本当の考えをしっかり聞かせてもらうからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「・・・・」」」

 

寝室から聞こえてきたお兄ちゃんと悟史君のやり取りを聞き終え、お兄ちゃん達に見つからないようにそっと寝室から距離を取る。

その間、私もみぃちゃんもしぃちゃんも無言だった。

頭の中でお兄ちゃんの言葉が繰り返される。

このままだと悟史君と沙都子ちゃんの両親は村から追い出されて、もしかしたら2度と2人とは会えなくなるかもしれない。

そんな悲しいことはしてほしくない。でも、どうすればいいのかまったくわからない。

 

「・・・・おねぇ、さっきのお兄ちゃんの話って本当なの?」

 

寝室から離れた場所に移動してからしぃちゃんが先ほどの話についてみぃちゃんに確認する。

お兄ちゃんと同じく大人たちの話し合いの時に一緒にいるみぃちゃんならさっきの話について詳しく知っているのかもしれない。

 

「・・・・正直可能性は高いよ。ここだけの話、悟史と沙都子の両親は何度も2人を取り返そうと公由さん達と口論をしてるんだよ。だからダム建設が凍結した後、今度こそ2人を取り返そうと今までよりもさらに激しい喧嘩になるだろうね」

 

「「・・・・」」

 

みぃちゃんからの言葉で私もしぃちゃんも無言で顔を伏せる。

寝室に忘れ物をしたことに気付いて取りに戻ろうした時、たまたまお兄ちゃん達の会話を聞いてしまった。

最初はお兄ちゃんが言っていた悟史君たちへの用事の話だと興味津々で聞いていたけど、今となっては聞くべきじゃなかったと後悔してる。

 

2人が両親と離れて暮らしてることはわかってた。でも、2人はそれを気にする様子もなく楽しそうにしていたから気にもしてなかった。

同じ村に住んでいるのに、親と子供が別々の場所で暮らしていることが、普通なわけがない。

 

「どうにかできないのかな?かな?私は家族と一緒に雛見沢で仲良く暮らしてほしいよ」

 

自分が悟史君達の立場ならきっと今の状況に耐えられない。

私はお母さんもお父さんも大好きだし、離れて暮らすなんてきっと寂しくて耐えられないだろう。

でも、悟史君達はそうは思ってはいなかった。

先ほど2人から親と離れるという意思を確かに聞いてしまった。

2人は、特に沙都子ちゃんは、その言葉がどれだけ悲しいことなのかわかってはいないと思う。

私が当たり前のように感じてる幸せを、2人は知らないのだ。

だからそれがどれほど悲しくて、寂しいことなのかすらわからない。

 

 

今家族と離れてしまったら、きっと2人は後悔する。

そんな思いが私の胸を駆け巡る。

 

「礼奈、家族と一緒に暮らすことで悟史たちが幸せになるとは限らないよ」

 

私の言葉をみぃちゃんは迷うことなく切り捨てる。

 

「私は悟史と沙都子の意見に賛成だね。今の状態が一番2人にとって幸せだよ。たとえ親と会えなくなることになったとしても」

 

「・・・・おねぇ」

 

みぃちゃんの断言するような言葉にしぃちゃんも口をつぐむ。

今まで悟史君や沙都子ちゃんはもちろん、2人の両親のことも見てきたみぃちゃんだから断言ができるのだろう。

 

それでも私は・・・・2人には両親が必要なのだと考えてしまう。

お兄ちゃん・・・・私はどうすればいいのかな?

心の中でそう問いかけるが、答えが返ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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IF 覗くもの  (うみねこのなく頃に要素あり版)

お疲れ様です。
新話投稿します。
また前話での感想、誤字脱字の指摘ありがとうございます。

これから今まで投稿した話を読みやすくするために少し訂正を加えていきます。
ストーリーは変わらないのでご了承ください。




悟史と沙都子、親友である2人に俺が出来ることは何だろうか?

今回のお泊り会でそれがわかればと思っていたが、何が最善なのかは結局わからない。

沙都子は両親と共に暮らすことを拒絶し、悟史は沙都子の意見に従った。

なら俺は2人がこれまで通り公由さんの家で暮らせるように動くべきだ。

公由さんも魅音も喜んで協力してくれるだろう。

村のみんなも悟史と沙都子のことを可愛がっているし、ダム建造が完全に凍結すればすぐにでも2人の両親を追い出そうと動き出すだろう。

 

行動の決断まで時間はそう残されていない。

残された時間で少なくとも悟史の本当の意志だけは聞き出さなくてはならない。

思考の海に沈んでいた意識と共に項垂れていた頭を上げる。

 

 

 

と同時に俺の頭は強制的に床へと打ち付けられた。

 

 

「へぶっ!!?」

 

床に顔が接触した痛みと衝撃で間抜けな声が漏れる。

 

「誰が顔を上げてもいいといいましたの?」

 

俺の頭上から凍えそうな程冷え切った声が耳に届く。

 

「さ、沙都子。悪かったって言ってるだろ!何回も謝ったじゃねぇか!」

 

だからいい加減俺の頭から足をどけやがれ!

 

「いいえ!まだまだ足りませんわ!床に頭がめり込むくらい謝ってくださいまし!」

 

俺の謝罪の言葉を聞いて足を退けるどころかさらに力を入れてくる。

うごご、床に顔がふさがって息がうまく出来ない。

俺はお前のために必死に頭を働かせてるのに、この仕打ちはあんまりじゃないのか!

 

「くそ!!俺が何をしたっていうんだ!?」

 

「私と梨花のお風呂を覗きましたでしょう!この変態!!」

 

うん、まぁそうなんだよね。

 

「あれは不幸な事故だったんだ。お前らが入ってると思ってもみなくて」

 

悟史と沙都子の話を聞いた後、ずっとこれからのことについて考えてしまい、誰かが入ってるのを確認せずに浴室の扉を開けてしまったのだ。

2人のために必死に考え事して浴室の確認を怠ってしまった俺を誰が責められようか。

 

「犯人はみんなそう言いますわ!」

 

うん、責めるのは当然沙都子だよね。

くっ、梨花ちゃん!この状況をなんとかできるのは梨花ちゃんだけだ!

今回の件について事情を把握している梨花ちゃんなら、俺がどうして浴室に入ってしまったのか察してくれるはずだ!

 

「り、梨花ちゃんからも沙都子に言ってくれ!あれは避けようのない事故だったんだってことを!」

 

「沙都子」

 

俺の言葉に反応して梨花ちゃんが沙都子に声をかける。

さすがは梨花ちゃんだ、うまいこと言って沙都子の怒りを鎮めてくれ!

 

「沙都子、もっと足に力を入れるのですよ」

 

「梨花ちゃん!?」

 

沙都子にフォローを入れてくれるどころか、さらに追撃の指示を沙都子へと加える梨花ちゃん。

なぜだ梨花ちゃん!梨花ちゃんなら俺がわざと覗いたなんて考えてないだろうに!

 

「みぃ、反省の色が見えないのですよ灯火。僕の裸を見ておいて、簡単に許されるとは思わないことです」

 

あ、これマジ切れしてるやつだ。

俺を見つめる梨花ちゃんの絶対零度の視線が頭部に突き刺さる。

たぶん今の梨花ちゃんの目はひぐらしでお馴染みの鬼の目になっていることだろう。

 

「お兄ちゃん!やっぱり梨花ちゃんと沙都子ちゃんにあーんなことやこーんなことをするつもりだったんだね!」

 

沙都子と梨花ちゃんの続いて礼奈からも怒りの言葉を受ける。

不本意だが、礼奈の言葉に反論できない。

結果的に礼奈の言葉通りの行動を俺はしてしまってるのだから。

 

「どうして礼奈も誘ってくれなかったのかな!!かな!!」

 

「礼奈さん!?怒るところが違いましてよ!?」

 

礼奈の的外れな言葉に沙都子のツッコミが入る。

 

「ていうか別に礼奈は覗く必要ないよね。一緒に入ればいいんだしさ」

 

そして魅音からごもっともなツッコミが入る。

 

「ちっちっち、みぃちゃんはわかってないなー」

 

得意げな声を出しながら魅音へ返答する礼奈。

あ、預言するわ。

これから間違いなく礼奈は変態的発言をします。

 

「確かに私は梨花ちゃんと沙都子ちゃんと一緒に入るのは簡単だよ。今までだってそうしてきたし」

 

「・・・・その度に私の身体の至る所を触ってきましたわ」

 

「・・・・みぃ、礼奈とは一緒に入りたくないのです」

 

礼奈の発言にげんなりとした表情を浮かべる2人。

礼奈、お前は2人に何をしてきたんだ。

 

「う、うん。だったら覗く必要はないよね?」

 

礼奈の発言に少し引きながらもやんわりとツッコミを入れる魅音。

魅音、優しくする必要はないぞ。この変態には教育が必要だ。

 

「それだとお兄ちゃんに裸を覗かれて恥ずかしがる2人を見れないじゃない!!」

 

「「・・・・みぃあ!?」」

 

礼奈の魂の叫びを聞いて羞恥の声を上げる梨花ちゃんと沙都子。

 

「はうー!お兄ちゃんに裸を見られて恥ずかしがる梨花ちゃんと沙都子ちゃん。それを想像しただけで礼奈は礼奈は!はうはうはうー!!お持ち帰りー!!」

 

2人の恥ずかしがる姿を想像してトリップする礼奈。

今日もうちの妹は元気いっぱいだ。

 

「うぅ、どうして私がこのような辱めを受けなければなりませんの!元をたどれば原因はこの変態が私たちの覗きをするからですわ!!」

 

そう叫びながら俺の頭への足蹴を再開する沙都子。

やめろ、これ以上バカになったらどうするんだ。

 

くそう、こんなことならもっと強引に悟史もお風呂に誘うべきだった。

そうすれば共犯の罪で痛みを悟史と分けることが出来たのに!

食事の準備があるから先に入っていいよという言葉にすぐにうなずいてしまった自分が憎い。

 

しかも、その悟史は一瞬だけこちらに顔を出し、瞬時に俺がやらかしたことを察したのか、同情した表情を浮かべたままお風呂場へと消えていった。

そう、俺はすでに悟史に見捨てられた後だったりするのだ。

 

いや、逆の立場なら俺もそうしていたかもしれないから責めることはできないけどさ。

はぁ、悟史が風呂から出て沙都子にやめるように言ってくれるまで待つしかないのか。

 

「まぁまぁ2人とも落ち着きなよ、お兄ちゃんだってわざと覗いたわけじゃないんだしさ。沙都子も本当はわかってるんでしょ?」

 

 

俺が長期戦の覚悟を決めていると、いい加減俺の怒られる姿を見かねた魅音がフォローを入れてくれる。

 

「まぁ・・・・そうですわね」

 

魅音の言葉を聞いて沙都子も少し落ち着いてくれたようだ。

助かった、後で魅音にお礼を言っておこないと。

 

「そうそう、おねぇの言う通りよ」

 

お、魅音だけでなく詩音もフォローしてくれるようだ。

これで覗きの件はなんとかなりそうだ。

やはり持つべきは一般的な常識を持った妹である。

 

「梨花ちゃんと沙都子の裸なんかお兄ちゃんが興味あるわけがないのに」

 

あははっと笑いながらそう言う詩音の言葉で沙都子と梨花ちゃんが固まる。

いやまぁ、間違ってはいないけどさ、そういうのは言ってはいけないと思う。

さすがは詩音だ、俺の言えないことを平然と言いやがる。

詩音は固まっている2人を気にすることなく言葉を続ける。

 

「もう!お兄ちゃんもどうせ覗くなら私のほうを覗いたらよかったのに!お兄ちゃんは梨花ちゃんや沙都子より私の裸のほうに興味あるもんね!」

 

「よーし詩音!それまでだ!それ以上は誰も幸せにならないぞ!」

 

床に顔をこすりつけているから見えないが、梨花ちゃんと沙都子のプレッシャーがどんどん強くなっていくのを感じる。

沙都子が足をどけているから今なら顔を上げられるが、怖くて床から顔が上がらない。

 

くそう!お前ら全員まだ小学生だろうが!色気づくには早すぎるぞ!

だいたい鷹野さんのような大人の女性ならともかく、梨花ちゃんや沙都子はもちろん、詩音にだって興味があってたまるか!

せめて中学生になってから出直してこい!

貴様らの貧相な身体に興味などないわ!

 

 

と心の中でツッコミを入れる。

もちろん思うだけで口には出さない。

言葉にしたら最後、俺は生きてここから帰ることは出来ないだろうからな。

 

「・・・・なぜか急に灯火さんを殴らなければいけないような気がしてきましたわ」

 

「奇遇なのです。僕もなぜか灯火を殴らないと気がすまないのですよ」

 

「・・・・お兄ちゃん、今失礼なこと考えたでしょ」

 

俺は何も言ってはいないはずなのに、なぜか急に殺意を宿らせ始める三人。

その熱量は覗きの時の比じゃないほどだ。

 

「・・・・女の勘ってズルいよな」

 

どうやら声にしてもしなくても結果は変わらなかったようだ。

俺はそれだけを口にし、自分に訪れる運命を静かに受け入れた。

 

ちなみに悟史は長時間の長風呂で若干のぼせて帰ってきた。

こいつ、ギリギリまで風呂に居やがったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・眠れねぇ」

 

 

3人に容赦なく殴られた身体をさすりながら冷え切った夜道を当てもなく歩く。

口に出したのならともかく、なんか殴らないといけない気がしたってだけで殴られるのは理不尽だと思う。

まぁ、失礼なことを考えていたのは事実なので甘んじて彼女たちの拳を受け入れたが。

だがそのせいでなかなか寝付くことが出来なくなったのは予想外だ。

目が覚めてしまった以上、布団の中でじっとしている気にもなれず、こうして人気のない夜道を寂しく歩くことになった。

 

 

「・・・・」

 

無言で歩きながら今日のことを改めて振り返る。

礼奈たちの乱入がありはしたが、目的である悟史と沙都子の意見を聞くことはできた。

その結果、2人、いや正確には沙都子は家族と一緒にいることを拒絶した。

前回の梨花ちゃん達との話し合いの時に2人の意見を聞いてから俺たちがどうするかを決めるという結論に落ち着いた。

梨花ちゃん達とはこのお泊り会の後に改めて話し合うつもりだが、羽入はわからないが、梨花ちゃんは2人の意見に従って両親と離れて暮らすように動くべきだと言うだろう。

俺もそれが一番確実だと思う。

でも、それが2人にとって一番良い結末なのかと言われれば、俺にはわからない。

俺はどうしても2人には家族と笑って暮らしてほしいと思ってしまう。

それが2人にとって余計なお世話なのだとしても。

 

「・・・・まぁ、俺がそんなことを言う権利なんてないんだけどな」

 

2人には家族と一緒に暮らしてほしい。

そう思いながらも沙都子の家族と一緒に暮らしたくないという気持ちも痛い程理解出来てしまう。

 

なぜなら・・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺は母親のことがどうしても好きになれない。

浮気をして父さんを裏切り、礼奈を()()にする原因になった母のことをどうしても好きにはなれない。

頭では理解している、母は浮気なんてしていない、それはあくまで原作の知識であり、目の前にいる母とは関係ないということを。

 

頭では理解しているんだ、それでもいつか俺たちを裏切るんじゃないかという思いが離れてくれない。

 

「はぁ・・・・俺が親と離れたいのに2人には一緒に暮らしてほしいって都合が良すぎるにもほどがあるよな」

 

どうして2人には両親と暮らしてほしいと思うのか。

それはきっと、俺の元の世界の時の記憶のせいだろう。

元の世界で両親と仲良く暮らしていたからこそ、2人もそうなってほしいと思った。

 

そう、この世界に来る前の俺は、父と母と、そして妹と仲良く暮らしていて・・・・・

 

 

「・・・・あれ?」

 

俺は元の世界で中学生で、俺と妹と両親の4人暮らしだった・・・・?

その、はずだ。いい歳していちゃいちゃしまくる両親とわがままな妹に手を焼かされていた・・・・はずなんだ。

 

「・・・・なん、で思い出せないんだ」

 

頭ではそういう家族だったと知っている。

 

なのに、肝心の記憶が靄がかかったかのように思い出すことが出来ない。

 

両親の顔も、妹の顔も思い出せない。

両親がどんな風にイチャイチャしていたのか、妹がどんな風に俺にわがままを言ってきていたのか。

家族の姿も名前もすべて思い出せない。

 

それどころか

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「・・・・どうして今まで気付かなかったんだ」

 

この世界に来てもう10年以上経つというのに。

その間、俺は元の世界のことについて全くというほど意識が向いていなかった。

この世界に来たばかりの時でさえ深くは考えていなかった気がする。

元の世界のことで思い出すのは原作知識のことだけで、家族や元の世界のことなど気にもしていなかった。

それがどれだけ不自然なことなのか考えもせずに。

 

 

「っ!?なんなんだ、俺は、どうなってんだよ!?」

 

もはや悟史と沙都子のことは頭から消し飛び、今気づいた事実が頭の中をグルグルと回り始める。

全身から冷や汗が出て身体を冷やしていく、それとは裏腹に頭が異常に熱くなっていく。

 

熱と共に鈍い痛みが頭を襲い、思考が鈍化していく。

この世界に来る前、俺は何をしていた?

家族は無事なのか?

元の世界で俺はどうなっているんだ?

どうして俺はこの世界に来た?

 

 

鈍っていく頭の中で次々と疑問が浮上しては思考の渦へと雪崩れ込んでいく。

そしてその疑問の全てが解決されることなく頭の中で回り続け、俺に痛みを与えていく。

 

 

その痛みに耐えられなくなり、絶叫の声を口から出そうとした時

 

「お兄ちゃん?」

 

聞き慣れた少女の声が俺の耳に届いた。

 

その瞬間

 

『お兄ちゃん!』

 

先ほど聞こえた声よりもさらに聞き慣れた、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あ・・・・」

 

その声に応えるべく少女の、妹の名前を口にしようとするが、俺の口から言葉が出ることはない。

 

「お兄ちゃん!部屋にいないと思ったらこんなところにいた!」

 

 

「・・・・礼奈」

 

暗がりの夜道から現れた礼奈を視界に納めながら彼女の名前を口にする。

 

「こんな時間に何をしてるのかな?かな?お兄ちゃんの布団に入ろうしたらお兄ちゃんがいなくてびっくりしちゃったんだからね!」

 

「いや、沙都子たちから殴られた衝撃がまだ残ってて眠れなくてな。暇つぶしに歩いてたんだよ」

 

「あはは!それはお兄ちゃんの自業自得かな、かな!」

 

「俺は何も言ってなかったんだけどなー」

 

俺の言葉を聞いて笑う礼奈の頭を撫でる。

 

平静を装え、笑顔を浮かべろ。

礼奈に余計な心配をさせるな。

頭の中で回り続ける疑問の全てに蓋をしろ。

 

元の世界の記憶を思い出せない理由、元の世界の家族の安否、俺がこの世界に来た理由。

知りたいことで一杯だが、わからないことを考え続けてもドツボに嵌る。

この世界で疑心暗鬼になるなんて死ぬのと一緒だ。

一度、梨花ちゃんと羽入に相談しよう。

俺の話を信じてくれるかはわからないが、一人で抱え込んで疑心暗鬼になるわけにはいかない。

それに羽入なら何か解決策を知っているかもしれない。

 

そう思え。

そして今は何も考えるな。

思いに蓋をしろ。

 

 

・・・・そうしなければ狂ってしまいそうだ。

 

 

「礼奈に見つかったことだし家に戻るか。だいぶ眠気がやってきた」

 

「うん!」

 

俺の言葉に笑顔で頷きながら俺の腕を握る礼奈。

嬉しそうに笑みを受かべながら横を歩いている礼奈を視界に納めた瞬間。

 

昔に同じようなことをしたようなデジャブに襲われる。

隣を歩いているのは礼奈ではない、不機嫌そうにそっぽを向きながらも俺の手を放そうとしない少女。

その少女の、妹の顔と名前を思い出そうとするが失敗する。

 

「・・・・」

 

「・・・・お兄ちゃん?どうしたのかな?かな?」

 

険しい表情を浮かべていた俺を見て心配そうに声を出す礼奈。

 

「・・・・なんでもない、早く帰ろう」

 

礼奈を安心させるために意識的に笑みを浮かべながら来た道を引き返す。

頭の中に残り続ける疑問の数々を考えないようにしながら。

 

 

 

 

 

公由家の部屋の1つである寝室に複数の人物の寝息が漏れる。

広々とした和室では灯火たちが雑魚寝で並ぶようにして眠っている。

寝相が悪い者は布団を蹴り飛ばしたり、別の者の布団の中へと侵入し抱き着いており、抱き着かれている者は寝苦しそうに顔を歪めている。

それでも起きる気配はなく、部屋には時計の秒針が進む音と子供たちの寝息しか聞こえない。

 

はずだった。

 

「・・・・」

 

突如として寝室の一部の空間が歪んだかと思うと、そこには先ほどまでいなかったはずの少女が彼らを見下ろすように立っていた。

 

少女は静かに寝息を立てている少年の1人、灯火の前までやってくると無言のまま彼の頭へと手を置いた。

 

「・・・・記憶のプロテクトが少し緩んでしまっていたわね」

 

そう彼女が呟くと同時に彼の頭を覆うように()()()()()()()()()()()()()()が少女の手から現れる。

その模様は灯火の頭を一瞬だけ覆ったあと、そのまま何事もなかったかのように消えてしまった。

 

 

「記憶の開放はまだ先よ、今は目の前の問題に集中することね」

 

灯火の頭から手を放しながらそう呟く少女。

その瞳は闇で覆われているのではと疑うほどに光のない暗い色をしている。

その暗い瞳で彼を見つめていた少女は、一度離した手を再び彼の顔へ向けようとした時

 

「・・・・んん、もう朝ですの?」

 

灯火の布団から離れた位置にいる少女、沙都子が目を擦りながら起き上がる。

いつの間にか自分の布団へと侵入して自分に抱き着いていた少女、魅音を退かしながら声をしたほうへと顔を向ける。

 

そこには

 

()()?灯火さんの布団の上で何をしているのですの?」

 

沙都子の視界の先で静かに寝息を立てる灯火の顔に手を伸ばす少女を確認し、その少女の名前を告げる。

 

「・・・・にぱーーー☆気持ちよさそうに寝ている灯火にいたずらをしようとしていたのですよ」

 

「そうなんですのぉ?ふわぁ、それならよかったですわぁ」

 

寝ぼけていた沙都子はその言葉を聞いて納得し、深く考えることなく布団へと戻る。

布団へと戻った彼女はすぐに規則正しい寝息を立て始めた。

 

 

「ふふふ、にぱーですって。この言葉も随分久しぶりに使ったわね」

 

寝息を立て始めた沙都子を確認した少女は小さく笑みを浮かべる。

 

「それに梨花ですって、あはは、バカな沙都子。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

沙都子の隣で眠る少女、梨花を見つめながらそう口にする。

静かに寝息を立てる梨花を確認した彼女は再び灯火へと視線を戻す。

きっと今、梨花が目を覚まし彼女を見ていたら、こう口にしていたことだろう。

 

なんでここに鏡があるのよ。

 

それくらい梨花と少女の顔は瓜二つだった。

 

「順調に物語を進めているようね」

 

寝入っている灯火へ話しかけるように言葉を口にする少女。

 

「この調子で頑張りなさい、もっとも辛いのはこれからなのだけど」

 

少女は腰を下ろし、灯火の髪を優しく撫でる。

彼の頭を撫でながら少女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これは私とあなたが始めたゲーム」

 

彼から手を放し、立ち上がりながら少女は呟く。

 

「あなたが勝てば、()()()()()()()()()()()()()望みを叶えてあげる。でも負けた時は」

 

そこで少女は口を閉じ、そして狂気を宿らせた深い笑みを口元に作る。

 

 

「あなたは未来永劫、私の奴隷よ」

 

 

狂気を宿らせた笑みを浮かべる少女は興奮したように頬を上気させながら彼を見下ろす。

 

「私を退屈させないでね、私の燈火(とうか)

 

そう呟いた後、まるで最初から誰もいなかったかのように少女は寝室から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後に書いている内容、感想を見て気付いたのですが
うみねこのなく頃にを知らない人だと、なにこれ?ってなりますよね。
純粋にひぐらしの世界を楽しみたいという人もいると思いますし。

なのでこの話の最後の部分が必要かをアンケートにしました。

もし必要がない場合はこの話を修正します。



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覗くもの

お疲れ様です。
前話ではアンケートに答えていただいてありがとうございました。
そしてアンケートを確認すると、どっちにも同じくらい票がありました。
というか今確認したら232票と232票でまったく同じでした。

なのでもう両方の話を作ろうと思います!

うみねこの要素がある前話をIFの話として続きを投稿していきます。
なので基本は純粋な「ひぐらしのなく頃に」のお話で進んでいきます。

今回は前話の訂正版になります。
最初から中盤までは前話と一緒です。
内容が変わるところに☆をつけてますので確認してください。

主人公が記憶のせいでおかしくなっていなかったら、この展開になっていました。


IFの話ですが、「うみねこのなく頃に」の要素はほとんどありません。
登場するのは前話で出た少女だけですし、この少女も一応うみねこの登場人物なのですが、半分オリキャラだと思っておいてください(私も彼女の設定にすごく詳しいわけではないので設定に矛盾が出る可能性があるためです)

「うみねこ要素」はほとんどないので知らない人でも問題なく読めると思います。
また作中でどういう人物なのか等はいずれ説明していきます。

最後に、本編とIFの話が本格的に分岐していくのはまだ先です(前話で主人公は再び記憶を封じられ、今回の夜の出来事の記憶も同じく封じられています」

なので少なくともこの悟史と沙都子の問題の解決までは「うみねこ要素」はほとんど出ないです。

というわけでしばらくは純粋な「ひぐらしのなく頃に」のお話を投稿していきます。



悟史と沙都子、親友である2人に俺が出来ることは何だろうか?

今回のお泊り会でそれがわかればと思っていたが、何が最善なのかは結局わからない。

沙都子は両親と共に暮らすことを拒絶し、悟史は沙都子の意見に従った。

なら俺は2人がこれまで通り公由さんの家で暮らせるように動くべきだ。

公由さんも魅音も喜んで協力してくれるだろう。

村のみんなも悟史と沙都子のことを可愛がっているし、ダム建造が完全に凍結すればすぐにでも2人の両親を追い出そうと動き出すだろう。

 

行動の決断まで時間はそう残されていない。

残された時間で少なくとも悟史の本当の意志だけは聞き出さなくてはならない。

思考の海に沈んでいた意識と共に項垂れていた頭を上げる。

 

 

 

と同時に俺の頭は強制的に床へと打ち付けられた。

 

 

「へぶっ!!?」

 

床に顔が接触した痛みと衝撃で間抜けな声が漏れる。

 

「誰が顔を上げてもいいといいましたの?」

 

俺の頭上から凍えそうな程冷え切った声が耳に届く。

 

「さ、沙都子。悪かったって言ってるだろ!何回も謝ったじゃねぇか!」

 

だからいい加減俺の頭から足をどけやがれ!

 

「いいえ!まだまだ足りませんわ!床に頭がめり込むくらい謝ってくださいまし!」

 

俺の謝罪の言葉を聞いて足を退けるどころかさらに力を入れてくる。

うごご、床に顔がふさがって息がうまく出来ない。

俺はお前のために必死に頭を働かせてるのに、この仕打ちはあんまりじゃないのか!

 

「くそ!!俺が何をしたっていうんだ!?」

 

「私と梨花のお風呂を覗きましたでしょう!この変態!!」

 

うん、まぁそうなんだよね。

 

「あれは不幸な事故だったんだ。お前らが入ってると思ってもみなくて」

 

悟史と沙都子の話を聞いた後、ずっとこれからのことについて考えてしまい、誰かが入ってるのを確認せずに浴室の扉を開けてしまったのだ。

2人のために必死に考え事して浴室の確認を怠ってしまった俺を誰が責められようか。

 

「犯人はみんなそう言いますわ!」

 

うん、責めるのは当然沙都子だよね。

くっ、梨花ちゃん!この状況をなんとかできるのは梨花ちゃんだけだ!

今回の件について事情を把握している梨花ちゃんなら、俺がどうして浴室に入ってしまったのか察してくれるはずだ!

 

「り、梨花ちゃんからも沙都子に言ってくれ!あれは避けようのない事故だったんだってことを!」

 

「沙都子」

 

俺の言葉に反応して梨花ちゃんが沙都子に声をかける。

さすがは梨花ちゃんだ、うまいこと言って沙都子の怒りを鎮めてくれ!

 

「沙都子、もっと足に力を入れるのですよ」

 

「梨花ちゃん!?」

 

沙都子にファローを入れてくれるどころか、さらに追撃の指示を沙都子へと加える梨花ちゃん。

なぜだ梨花ちゃん!梨花ちゃんなら俺がわざと覗いたなんて考えてないだろうに!

 

「みぃ、反省の色が見えないのですよ灯火。僕の裸を見ておいて、簡単に許されるとは思わないことです」

 

あ、これマジ切れしてるやつだ。

俺を見つめる梨花ちゃんの絶対零度の視線が頭部に突き刺さる。

たぶん今の梨花ちゃんの目はひぐらしでお馴染みの鬼の目になっていることだろう。

 

「お兄ちゃん!やっぱり梨花ちゃんと沙都子ちゃんにあーんなことやこーんなことをするつもりだったんだね!」

 

沙都子と梨花ちゃんの続いて礼奈からも怒りの言葉を受ける。

不本意だが、礼奈の言葉に反論できない。

結果的に礼奈の言葉通りの行動を俺はしてしまってるのだから。

 

「どうして礼奈も誘ってくれなかったのかな!!かな!!」

 

「礼奈さん!?怒るところが違いましてよ!?」

 

礼奈の的外れな言葉に沙都子のツッコミが入る。

 

「ていうか別に礼奈は覗く必要ないよね。一緒に入ればいいんだしさ」

 

そして魅音からごもっともなツッコミが入る。

 

「ちっちっち、みぃちゃんはわかってないなー」

 

得意げな声を出しながら魅音へ返答する礼奈。

あ、預言するわ。

これから間違いなく礼奈は変態的発言をします。

 

「確かに私は梨花ちゃんと沙都子ちゃんと一緒に入るのは簡単だよ。今までだってそうしてきたし」

 

「・・・・その度に私の身体の至る所を触ってきましたわ」

 

「・・・・みぃ、礼奈とは一緒に入りたくないのです」

 

礼奈の発言にげんまりとした表情を浮かべる2人。

礼奈、お前は2人に何をしてきたんだ。

 

「う、うん。だったら覗く必要はないよね?」

 

礼奈の発言に少し引きながらもやんわりとツッコミを入れる魅音。

魅音、優しくする必要はないぞ。この変態には教育が必要だ。

 

「それだとお兄ちゃんに裸を覗かれて恥ずかしがる2人を見れないじゃない!!」

 

「「・・・・みぃあ!?」」

 

礼奈の魂の叫びを聞いて羞恥の声を上げる梨花ちゃんと沙都子。

 

「はうー!お兄ちゃんに裸を見られて恥ずかしがる梨花ちゃんと沙都子ちゃん。それを想像しただけで礼奈は礼奈は!はうはうはうー!!お持ち帰りー!!」

 

2人の恥ずかしがる姿を想像してトリップする礼奈。

今日もうちの妹は元気いっぱいだ。

 

「うぅ、どうして私がこのような辱めを受けなければなりませんの!元をたどれば原因はこの変態が私たちの覗きをするからですわ!!」

 

そう叫びながら俺の頭への足蹴を再開する沙都子。

やめろ、これ以上バカになったらどうするんだ。

 

くそう、こんなことならもっと強引に悟史もお風呂に誘うべきだった。

そうすれば共犯の罪で痛みを悟史と分けることが出来たのに!

食事の準備があるから先に入っていいよという言葉にすぐにうなずいてしまった自分が憎い。

 

しかも、その悟史は一瞬だけこちらに顔を出し、瞬時に俺がやらかしたことを察したのか、同情した表情を浮かべたままお風呂場へと消えていった。

そう、俺はすでに悟史に見捨てられた後だったりするのだ。

 

いや、逆の立場なら俺もそうしていたかもしれないから迫ることはできないけどさ。

はぁ、悟史が風呂から出て沙都子にやめるように言ってくれるまで待つしかないのか。

 

「まぁまぁ2人とも落ち着きなよ、お兄ちゃんだってわざと覗いたわけじゃないんだしさ。沙都子も本当はわかってるんでしょ?」

 

 

俺が長期戦の覚悟を決めていると、いい加減俺の怒られる姿を見かねた魅音がフォローを入れてくれる。

 

「まぁ・・・・そうですわね」

 

魅音の言葉を聞いて沙都子も少し落ち着いてくれたようだ。

助かった、後で魅音でお礼を言っておこないと。

 

「そうそう、おねぇの言う通りよ」

 

お、魅音だけでなく詩音もフォローしてくれるようだ。

これで覗きの件はなんとかなりそうだ。

やはり持つべきは一般的な常識を持った妹である。

 

「梨花ちゃんと沙都子の裸なんかお兄ちゃんが興味あるわけがないのに」

 

あははっと笑いながらそう言う詩音の言葉で沙都子と梨花ちゃんが固まる。

いやまぁ、間違ってはいないけどさ、そういうのは言ってはいけないと思う。

さすがは詩音だ、俺の言えないことを平然と言いやがる。

詩音は固まっている2人を気にすることなく言葉を続ける。

 

「もう!お兄ちゃんもどうせ覗くなら私のほうを覗いたらよかったのに!お兄ちゃんは梨花ちゃんや沙都子より私の裸のほうに興味あるもんね!」

 

「よーし詩音!それまでだ!それ以上は誰も幸せにならないぞ!」

 

床に顔をこすりつけているから見えないが、梨花ちゃんと沙都子のプレッシャーがどんどん強くなっていくのを感じる。

沙都子が足をどけているから今なら顔を上げられるが、怖くて床から顔が上がらない。

 

くそう!お前ら全員まだ小学生だろうが!色気づくには早すぎるぞ!

だいたい鷹野さんのような大人な女性ならともかく、梨花ちゃんや沙都子はもちろん、詩音にだって興味があってたまるか!

せめて中学生になって出直してこい!

貴様らの貧相な身体に興味はないわ!

 

 

っと心の中でツッコミを入れる。

もちろん思うだけで口には出さない。

言葉にしたら最後、俺は生きてここから帰ることは出来ないだろうからな。

 

「・・・・なぜか急に灯火さんを殴らなけれないけないような気がしてきましたわ」

 

「奇遇なのです。僕もなぜか灯火を殴らないと気がすまないのですよ」

 

「・・・・お兄ちゃん、今失礼なこと考えたでしょ」

 

俺は何も言ってはいないはずなのに、なぜか急に殺意を宿らせ始める三人。

その熱量は覗きの時の比じゃないほどだ。

 

「・・・・女の勘ってズルいよな」

 

どうやら声にしてもしなくても結果は変わらなかったようだ。

俺はそれだけを口にし、自分に訪れる運命を静かに受け入れた。

 

ちなみに悟史は長時間の長風呂で若干のぼせて帰ってきた。

こいつ、ギリギリまで風呂に居やがったな。

 

「・・・・眠れねぇ」

 

 

3人に容赦なく殴られた身体をさすりながら冷え切った夜道を当てもなく歩く。

口に出したのならともかく、なんか殴らないといけない気がしたってだけで殴られるのは理不尽だと思う。

まぁ、失礼なことを考えていたのは事実なので甘んじて彼女たちの拳を受け入れたが。

だがそのせいでなかなか寝付くことが出来なくなったのは予想外だ。

目が覚めてしまった以上、布団の中でじっとしている気にもなれず、こうして人気のない夜道を寂しく歩くことになった。

 

 

「・・・・」

 

無言で歩きながら今日のことを改めて振り返る。

礼奈たちの乱入がありはしたが、目的である悟史と沙都子の意見を聞くことにはできた。

その結果、2人、いや正確には沙都子は家族と一緒にいることを拒絶した。

前回の梨花ちゃん達との話し合いの時に2人の意見を聞いてから俺たちがどうするかを決めるという結論に落ち着いた。

梨花ちゃん達とはこのお泊り会の後に改めて話し合うつもりだが、羽入はわからないが、梨花ちゃんは2人の意見に従って両親と離れて暮らすように動くべきだと言うだろう。

俺もそれが一番確実だと思う。

でも、それが2人にとって一番良い結末なのかと言われれば、俺にはわからない。

俺はどうしても2人には家族と笑って暮らしてほしいと思ってしまう。

それが2人にとって余計なお世話なのだとしても。

 

「・・・・まぁ、俺がそんなことを言う権利なんてないんだけどな」

 

2人には家族と一緒に暮らしてほしい。

そう思いながらも沙都子の家族と一緒に暮らしたくないという気持ちも痛い程理解出来てしまう。

 

なぜなら・・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺は母親のことがどうしても好きになれない。

浮気をして父さんを裏切り、礼奈を()()にする原因になった母のことをどうしても好きにはなれない。

頭では理解している、母は浮気なんてしていない、それはあくまで原作の知識であり、目の前にいる母とは関係ないということを。

 

頭では理解しているんだ、それでもいつか俺たちを裏切るんじゃないかという思いが離れてくれない。

 

「はぁ・・・・俺が親と離れたいのに2人には一緒に暮らしてほしいって都合が良すぎるにもほどがあるよな」

 

どうして2人には両親と暮らしてほしいと思うのか。

それはきっと、俺の元の世界の時の記憶のせいだろう。

元の世界で両親と仲良く暮らしていたからこそ、2人もそうなってほしいと思った。

 

 

 

 

 

「・・・・ほんと世の中上手くいかないな」

 

そもそも小学生が考える問題じゃねぇよこんなもの。

憂鬱とした気持ちをため息と共に吐き出していく。

 

「お兄ちゃん?」

 

暗い夜道に聞き慣れた少女の声が俺の耳に届いた。

 

「礼奈?」

 

暗闇の中で聞こえた妹の名前を口にする。

声をしたほうへ目を凝らすと徐々に礼奈がこちらへと向かってくるのが見えた。

 

「お兄ちゃん!部屋にいないと思ったらこんなところにいた!」

 

俺の目の前までやってきた礼奈は少し息を乱しながら不満そうに頬を膨らませる。

 

「ああ、もしかして部屋を出ていく時に起こしちゃったか?」

 

礼奈がここにやってきた理由を察した俺は礼奈に申し訳ない気持ちを抱く。

こんな遅い時間に俺が1人で出ていったら気にもなるだろう。

 

「ううん。さっきたまたま起きたから、お兄ちゃんと一緒に寝ようとお兄ちゃんの布団の中に潜り込んだの。そしたらお兄ちゃんがいないからびっくりしちゃった!こんな時間に何をやってるのかな?かな?」

 

「うん、俺も同じ質問をお前にしたい。何をやっているのかな?」

 

なに当たり前のように俺の布団に潜り込もうとしているんだこいつは。

家ならともかく、みんながいる時にそういうことするんじゃねぇよ!

 

「えへへ!」

 

「こいつ、笑って誤魔化しやがった。まぁいいや、それで俺がここにいる理由だが、単純に眠れないから散歩してたんだよ。その原因は沙都子たちによる制裁だが」

 

「あはは!それはお兄ちゃんの自業自得かな、かな!」

 

「俺は何も言ってなかったんだけどなー」

 

俺の言葉を聞いて笑う礼奈の頭を撫でる。

うん、やっぱり礼奈は変態だが俺の可愛い妹だ。

詩音たちから制裁を受けた後だと余計そう思うわ。

 

「さてと、じゃあ礼奈に見つかったことだし帰るか」

 

良いタイミングなので家に帰るように提案する。

もう時間も遅いし、そろそろ寝ないと朝起きれなくなる。

 

「あ・・・・お兄ちゃん」

 

俺が来た道を引き返そうとすると、礼奈に手を掴まれて歩みを止められる。

 

「ん?どうかしたのか?」

 

夜道が怖いのかと礼奈の表情を伺うが、その顔は恐怖や不安でなく、何か思い詰めたような複雑な表情をしていた。

 

「ごめんなさい・・・・実は今日の夜にお兄ちゃんと梨花ちゃんが悟史君達にお話してた時、礼奈たちも聞いちゃってたんだ」

 

「っ!?」

 

礼奈の話を聞いて顔を歪めてしまう。

礼奈たちってことは魅音も詩音も聞いてたのか。

魅音はともかく礼奈と詩音には聞かせたくはなかった。

これは悟史達のプライベートの話になる、友達に家族の暗い部分なんて知られたくないだろう。

事情を知っている俺や魅音はともかく、礼奈たちには悟史たちの事情を知らずに変わらず2人に接してほしかった。

 

「・・・・ごめんなさい」

 

目元に涙を溜めながら頭を下げる礼奈に何も言えなくなる。

はぁっとため息をついて再び礼奈の頭を撫でる。

 

「俺はよく礼奈に内緒話を聞かれるなぁ。礼奈は俺の話を聞いてどう思った?」

 

苦笑いと共に礼奈に質問をする。

この際だ、礼奈の意見も聞いてしまおう。

 

「・・・・私は悟史君達には家族と一緒に暮らしてほしいと思った。私が同じ立場だったらきっと寂しくて耐えられないだろうから」

 

でもっと礼奈は一旦言葉を切った後に再び口を開く。

 

「同じように話を聞いてたみぃちゃんはこのまま公由さんのところにいるべきだって言ってたの。それが一番2人にとって幸せだからって」

 

「・・・・そうか、魅音はそう言ってたか」

 

魅音らしい冷静な考えだと思う。

いつもは頼りになるその考えも、今は憂鬱とした気持ちにしかならない。

 

「・・・・お兄ちゃんはどう思ってるのかな?かな?」

 

不安そうな表情で問いかけてくる礼奈に俺も自分の考えてを口にする。

 

「俺は礼奈と同じ考えだ。悟史たちには家族と仲良く暮らしてほしい」

 

「ほんと!?「でも」」

 

自分と同じ考えだと答えた俺に嬉しそうな表情をする礼奈。

しかしその喜びの声に被せるように言葉を続ける。

 

「正直それは難しい。それにこの考えも俺の身勝手な願いで2人には余計なお世話でしかないのかもしれない」

 

「あ・・・・」

 

目を伏せながら答える俺を見て表情を曇らせる礼奈。

 

「少なくとも沙都子にとっては間違いなく余計なお世話だろうな。あいつは母親はともかく父親のことは本気で嫌っていると思う」

 

再婚で現れた見知らぬ男がいきなり父と名乗りだすのだ。

沙都子くらいの年の子が簡単に受け入れられるわけがない。

子供で人見知りする子は心が開くまでどうしても時間がかかる。

沙都子はそれが特に顕著だ。

 

「悟史はどう思っているのか俺にはまだ判断が出来ない。ただ、沙都子がいる以上、あいつが本音を言ってくれるのは難しいかもな」

 

今日の会話で悟史は沙都子の意見に従うと言った。

自分の意見を言わず、沙都子の意見を尊重したのだ。

兄として妹の気持ちを何より優先する、それが悟史という人間だ。

 

「・・・・本当に妹思いなやつだよ」

 

尊敬と憂鬱な気持ちが混じってため息として漏れる。

 

「・・・・悟史君が沙都子ちゃんのお兄ちゃんをしてる内は悟史君は本当の気持ちを教えてくれないってことなのかな?かな?」

 

「まぁ、そうだな。可愛い妹の願いは叶えてやりたいもんだよ、兄としてはな」

 

毎回沙都子のわがままを聞いている悟史を俺は尊敬している。

俺なら途中でめんどくさくなって反抗してる。

でも今回はそれのせいで難航している。

悟史の本音を聞き出さないことには俺が2人のために本当にするべきことを決まられないのだから。

 

「・・・・わかったよ!悟史君には私から聞いてみる!」

 

「え?礼奈が悟史にか?」

 

思ってもみない提案を礼奈からされて間抜けな声が口から洩れる。

俺としては礼奈と詩音にはこのことを知らなかったことにしてほしいと考えていたのだが。

悟史達も事情を知らないと思っている礼奈たちの存在は気を遣わずに済む貴重な存在なはずだ。

 

「お願いお兄ちゃん!私も2人の助けになりたいの!!」

 

「・・・・」

 

必死に頭を下げる礼奈を見て考える。

礼奈は勘が鋭くて、よく核心をつく言葉を言う。

俺が話しても悟史が本音を話してくれるのかわからないし、礼奈ならもしかしたら悟史が本音を出すキッカケの言葉を見つけられるかもしれない。

 

「わかった!じゃあ悟史の本音を聞き出すのは礼奈に任せる。あいつが何を思っているのか。わかったら教えてくれ」

 

「うん任せて!それでね、お兄ちゃんには沙都子ちゃんのことをお願いしたいかな!かな!」

 

「は?沙都子をか?」

 

悟史の件を笑顔で引き受けた礼奈は続いて沙都子のことを俺に任せると口にする。

沙都子のことってあいつはあいつで悟史と同じくらい厄介だぞ。

 

「沙都子ちゃんが家族のことをあまり好きじゃないのはわかってるよ。でも、それは両親のことをよく知らないからなんじゃないのかな」

 

礼奈はお母さんとお父さんのことをよく知ってるよっと笑顔で答える。

お母さんは朝が弱くて早朝は元気がないってこと。

お父さんは可愛い服が好きで礼奈たちの服をいっぱい作ってくれること。

お母さんもお父さんも甘いものが好き。逆に2人とも辛いのは苦手。

母は犬が好きで父は幽霊が怖い。

 

そして

 

「お母さんもお父さんも、礼奈たちのことが大好きだってことを礼奈は知ってるんだよ!だから礼奈も2人のことが大好きなの!!」

 

本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべる礼奈。

その顔を見れば、きっと誰もが礼奈が両親のことを大好きだと伝わるだろう。

 

「なんていうか、さすがだな。俺なんかより礼奈が沙都子に言ったほうが伝わるんじゃないか?」

 

先ほどの話を聞けば、沙都子も家族に対しての考えが変わるのでは思った。

沙都子と同じように母に思うところがある俺でさえ感じるものがあったのだから。

 

「ううん、礼奈だと沙都子ちゃんの心に響かない思う。きっとこれはお兄ちゃんしか出来ないと思う」

 

礼奈は俺の言葉に首を振って応える。

 

「・・・・なんで俺なんだ?言っちゃなんだが俺は沙都子にあまり好かれていないと思うんだが」

 

我ながら沙都子に対する扱いは適当である。

そのせいで毎回沙都子に噛みつかれてるし。

なんなら今日頭を思いっきり踏まれたし。

嫌われているとは思っていないが、友好度で言えば礼奈たちのほうがずっと上だろう。

 

「あはは!そんなことないよ、むしろ沙都子ちゃんが一番心を許してるのはお兄ちゃんだよ!」

 

「はぁ?俺?いやいや梨花ちゃんの間違いだろう」

 

確かに沙都子の交友関係で一番付き合いが長いのは俺だろう。

しかし、一番沙都子と仲の良いと言ったら梨花ちゃんだと俺は思う。

 

「もちろん梨花ちゃんと沙都子ちゃんはとっても仲良しだよ。でも見てて思うの、沙都子ちゃんが一番気を許してるのはお兄ちゃんだって。だってお兄ちゃんとおしゃべりする時の沙都子ちゃんは、とっても楽しそうに笑ってるんだから」

 

笑顔で確信するかのようにそう告げる礼奈。

人一倍観察眼が優れている礼奈が俺が適任だと言っている。

 

「・・・・わかった!沙都子のことは俺に任せろ!」

 

礼奈からの言葉を聞いた俺は、沙都子のことを引き受けることを決める。

俺なら沙都子の気持ちを変えられるなんてことは自信はない。

でも、礼奈が俺ならできると信じてくれたんだ。だったら俺がそれを信じないでどうする!

 

「大丈夫!お兄ちゃんならきっと出来るよ!」

 

「ああ!竜宮家の兄妹の力をあの引っ込み思案な兄とわがままな妹に見せつけてやろう!!」

 

「うん!!」

 

礼奈と手を重ねるように空中でハイタッチをしながら声を張り上げる。

静かな夜道に俺と礼奈の手が重なる音が響く。

 

「じゃあそろそろ家に戻って寝よう。いい加減寝ないと明日に響く」

 

「そうだね!あ、一緒に寝てもいいよねお兄ちゃん!」

 

「ダメだ。朝起きたらみんなにからかわれるだろう」

 

「礼奈は気にしないよ?」

 

「俺が気にするんだよ!」

 

礼奈と会話を続けながら公由さんの家へと戻る。

不思議とこの先のことへの不安を今は感じることはなく、なんとかなるという気持ちが湧いてきていた。

礼奈たちと力を合わせれば悟史達をこの重すぎる家族の問題から助けることが出来るように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう、苦しいですわぁ・・・・」

 

「うぅ、苦しい・・・・」

 

「「・・・・・」」

 

 

寝室に戻ると、そこには魅音に強引に抱き着かれて寝苦しそうにしている沙都子と同じく魅音の足に顔を蹴られて苦しんでいる悟史の姿があった。

 

「・・・・まずは魅音から2人を助けないとな」

 

「そうだね・・・・」

 

先ほど必ず助けると決意した2人を、俺たちはなんとも言えない表情で助けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足として本編とIFでは主人公の家族構成や過去がまったく違っているのでご了承ください。
本編では主人公の過去や家族等には触れていかないつもりです。


本編とIFは、似ているけど別の世界の話と思ってくれたらと思います。


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お泊り会後

「本日雛見沢ダム建設の凍結が正式に決定したと連絡がありました」

 

園崎家親族会議、そこに集まった村の重鎮たちは魅音からのその言葉を聞いて喜びの感情を浮かべる。

ほとんど決まっていたことを知っていたとはいえ、正式にダム建設が凍結されたのだ、今までの苦労を思えば喜ぶのは当然だ。

みんな、園崎家の前だから頬を緩めたり、拳を握ったりで喜びを嚙みしめているが、本当は大声で喜びを叫びたいに違いない。

 

 

「・・・・しかしあくまでこれは凍結です。再び再開する恐れがある以上、しばらくの間は気を抜かずにおくべきでしょう。鬼ヶ淵死守同盟は数か月の間は継続していきます」

 

魅音の一言で弛緩していた空気が再び張り詰める。

まだ油断するなと園崎家から命令を受け取ったのだ。

 

俺としては一刻も早くこの会議の度に感じるプレッシャーから解放されたいのだが。

魅音たちに合わせて数時間以上も真面目な表情を維持するのが地味に辛い。

 

「これで園崎からの連絡は以上です。他に報告がないようならこれで閉会とします」

 

「ああ、閉会は待ってくれ魅音ちゃん、わしからも連絡が1つある」

 

閉会の言葉を告げようと魅音を公由さんが止める。

公由さんの表情を見れば、険しい表情で眉間にしわを寄せている。

これは良い話ではなさそうだ。

 

魅音もそれを察したのか声のトーンを一段落として公由さんに続きを促す。

 

「北条家の奴らの件じゃ。あの2人、今日も悟史君と沙都子ちゃんを返せとわしのところに来ておったわ。あんな奴らに悟史君と沙都子ちゃんを渡せるものか!!ダム建設の凍結も決まったんじゃ、いい加減あいつらを村から追い出してやるわ!」

 

魅音に発言の許可を得た公由さんが忌々しそうに声を荒げながらそう口にする。

内容は予想通り悟史と沙都子の両親の件だったか。

公由さんの言葉を聞いて他の人達も公由さんと同じように顔を歪めながら暴言を口にする。

園崎家ですら北条家の話となると無表情から嫌悪の表情が少し顔に出す。

無言で周囲を伺っているのは梨花ちゃんとその両親たちだ。

梨花ちゃんを見れば目を閉じたまま周囲の声に無言で耳を傾けていた。

 

「静粛に」

 

魅音の短い一言で騒ぎになりかけていた大人たちの声がピタリと止まる。

 

「確かに北条家の対応はしなくてはいけません。公由はどう考えますか?」

 

「そんなものは決まっとる!奴らを村から叩き出し、悟史君と沙都子ちゃんはこのままわしが面倒をみる!やつらに2人を渡してたまるものか!」

 

魅音の言葉で静まった部屋が、公由さんの言葉で再度熱を帯びだす。

他の人達も公由さんの言葉に同意するように声を上げる。

 

「彼らには親権があります。渡さないと口で言うのは簡単ですが、法律の関係上そう簡単にはいきません」

 

「やつらがそう言いだしたら悟史君と沙都子ちゃんに親に暴力を振るわれたと児童相談所に言ってもらえばいい。そして村にいる奴らの弟の家族に親権を移動させれば、わしのところでそのまま暮らせるわい」

 

魅音の冷静な言葉に公由さんは間を置かずにそう答える。

魅音の質問にすぐに答えられたところをみるに、すでに公由さんの頭の中では2人を自分が保護する計画を練っているのだろう。

 

「・・・・」

 

公由さんの言葉を聞いて魅音は考え込むように無言になる。

その魅音の耳に母である茜さんが静かに耳打ちする。

 

「あなたの意見はわかりました。そう簡単にいくとは思えませんが、園崎家でそちらのほうは詳しく調べておきます」

 

「申し訳ない、わしも法律には疎くてね。助かるよ」

 

茜さんの言葉を代行した魅音に公由さんが頭を下げる。

 

「この件は次回まで持ち越しとします。ではこれで今回の親族会議は閉廷とします」

 

 

魅音が懐から取り出した大きな鈴を鳴らし、一同はそれに合わせて平服する。

会議の終了を知らせる合図だ。

 

「・・・・」

 

鈴の美しい音を耳に入れながら頭を巡らせる。

みんな、悟史と沙都子を守ろうと行動してくれている。

2人の頑張りが、村の人達の心を掴んでいるんだ。

村の人達が2人のことを愛してくれている。

それはすごく喜ばしいことなのだけれど、北条家への対応は相変わらずだ。

 

村の人達と北条家の不仲。

 

この問題を解決することがどれだけ難しいことなのか、俺は改めて思い知らされることになった。

 

 

 

 

「お兄ちゃん」

 

親族会議が終わり、自身の家に帰ろうと園崎家を後にしようとした時に魅音に呼び止められる。

 

 

「・・・・今日の公由さんが言っていた悟史君達の両親の件なんだけどお兄ちゃんはどう思った?」

 

こちらの様子を伺いながら不安そうな表情でそう問いかける魅音。

 

「・・・・ごめんお兄ちゃん。実はこの前のお泊りの時、お兄ちゃんと梨花ちゃんが悟史君達に今回の件を話してるのを聞いちゃってたんだ」

 

「ああ、あの日の夜に礼奈から聞いた」

 

 

「・・・・ごめん」

 

申し訳なさそうに頭を下げる魅音。

礼奈にも言ったが聞いてしまったものは仕方がない、ひとまず頭を下げる魅音へ言葉を伝える。

 

「気にするな。それで今回の件をどう思ったかだったか。俺は正直まだ決めかねてる、公由さんの意見もわかるけど、それが本当に2人のためになるのかわからない」

 

俺の中での最適解は2人と両親が和解し、さらに2人の両親と村の住民が和解してこの村で住み続けること。

それが俺の中での理想だ。

両親が悟史と沙都子に害を与えているのなら、すぐにでも公由さんの意見に賛同していたが、そうじゃないんだ。

少なくとも俺が知る限りは両親は悟史たちと良好な関係を築こうと努力をしていた。

2人の両親は決して悪人ではない、ただ息子と娘と仲良く暮らしたいだけの一般人だ。

全てのタイミングが悪すぎたんだ。

再婚してから十分な時間があればいずれ沙都子と両親の関係は改善されていたのかもしれない。

俺たちだって協力が出来たし、村の人達も可愛がっている2人のためにできることをしてくれただろう。

 

しかし、沙都子と両親の中の改善の時間は、雛見沢のダム計画によって奪われてしまった。

ダム計画は全ての人達から余裕を奪い、両親と悟史達の関係改善を阻害した。

そして2人の両親と村の人達の意見は分かれ、それが村の住民と関係だけでなく、悟史達との関係に致命的なまでの溝を作らせてしまった。

 

悟史たちは村がダムに沈むのを嫌った、しかし両親は村をダムに沈め、それで発生したお金で新たな土地に向かう選択をした。

そして両親は村の代表であるお魎に直接暴言を吐いてしまった。

早期解決が出来たとはいえ、一時期はそれによって悟史たちは村の住民から迫害を受けた。

自分たちは違うのに、両親がダム賛成派だったからという理由で。

 

それが2人と両親に大きな溝を作ってしまった。

 

ダム建設さえなければ悟史たちは幸せな家庭を築けていたのかもしれないんだ。

そしてそれはまだ遅くないのかもしれない。

俺はまだその希望を捨てたくはなかった。

あの日、礼奈との会話を思い出す。

礼奈は悟史の本音を聞き出し、俺は沙都子に家族のことをもう一度考えてくれるように説得する。

まずはそれからだ。

 

「・・・・私は公由さんの意見に賛成。2人はこのまま公由さんのところにいるべきだと思う。法律関係はまだわからないけど、2人がこのまま公由さんのところで暮らせるようにできる限りのことはするつもりだよ」

 

俺の言葉を聞いた魅音は少し残念そうに眼を伏せた後、真っすぐに俺を見つめて自分の意見を口にした。

あの日、礼奈から魅音の意見は聞いていたが、やはり心変わりはしていなかったか。

 

「何よりこの前のお泊りで2人はこのまま公由さんの家にいたいって言っていたんだ。私が2人の望みを叶えるのに躊躇う理由なんてどこにもないよ」

 

じゃあまたねと自分の意見を口にしこの場を去っていた。

俺はその魅音の後ろ姿を何も言えずに見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

「・・・・そう、魅音は公由の意見に賛同すると言ったのね」

 

俺の報告を聞いた梨花ちゃんは考え込むように無言で目を閉じる。

考えの整理を終えた梨花ちゃんは目を開けると共に静かに口を開く。

 

「前にも言ったけど、私は2人はこのまま公由のところで過ごすべきだと思っているわ。つまり魅音の意見に賛成ね。この前のお泊り会で2人の意見を聞いたんだし、私たちも2人の意見を尊重するべきだわ」

 

「・・・・」

 

梨花ちゃんの言葉を無言で受け止める。

やはり梨花ちゃんは魅音と同じ意見か。

 

「沙都子はともかく、悟史に関してはまだ本心を話していないと俺は思う」

 

「どういうこと?待って、確かにあの時悟史は沙都子の意見を尊重すると言って、自分の意見を言ってはいなかったわね」

 

俺の言葉に一瞬だけ怪訝な表情を浮かべた後、すぐに思い至ったのか納得の言葉を告げる。

 

「俺はまだ結論を出すには時期尚早だと思う。悟史の本当の意見を聞いて、2人に両親についてしっかりと考えてもらってからでも遅くはないと思う」

 

お泊り会の日の礼奈との話の内容を梨花ちゃんに説明する。

もちろん時間がないのはわかっている。

それでもギリギリまで結論は待ちたい。

 

「・・・・油断してたわ。あの話を礼奈たちが聞いていたなんてね。ちょっと羽入、あんたがしっかり見張りをしていないからよ」

 

「あうあうあう!?僕のせいなのですか!?」

 

梨花ちゃんに突然責任を押し付けられて慌てる羽入。

そういえば羽入はあの日何をしていたんだ?

途中までは居たことを知っているが、気が付いたらいなくなっていた。

 

「村の見回りをしていたのですよ。僕はこの村の守り神なのですから!」

 

えっへんと胸を張りながらそう告げる羽入。

 

「肝心な時にいなくてどうすんのよ。本当にまぬけなんだから」

 

「あう・・・・ごめんなさいなのです」

 

梨花ちゃんがジト目で言った言葉で落ち込んだように項垂れる羽入。

まぁ礼奈たちに聞かれたのは失敗だったが、結果的によかった。

そのおかげで礼奈と二人について話し合うことが出来たのだから。

 

 

「結果オーライだから気にしないでくれ羽入。ああでも、梨花ちゃん達が風呂に入っている時に羽入がいてくれたらな・・・・そうしたらあんな目に遭わずに済んだのに」

 

羽入があの場にいてくれたら風呂に行こうとする俺を止めてくれていたはずだ。

もちろん悪いのは俺で、羽入はまったく関係ないのだが、そんなもしもの話をつい口にしてしまう。

 

「ちょっと、私の裸を見ておいて、あんな目に遭わずに済んだですって?普通そこは泣いて喜ぶべきでしょう!」

 

俺の発言に文句と共に拳を握りこむ梨花ちゃん。

その拳をこちらに向けて振りかぶろうとした時

 

「梨花、ちょっといいかしら」

 

タイミングよく梨花ちゃんのお母さんが部屋へとやってきた。

 

「・・・・ちっ。みぃ?どうかしたのですか?」

 

こちらに向けて小さく舌打ちをした後に猫をかぶって母の言葉に対応する梨花ちゃん。

おい、舌打ちはやめなさい。一瞬梨花ちゃんのお母さんが怪訝な顔をしてただろうが。

 

「診療所の入江さんからお電話があってね。なんでも梨花のことで大切なお話があるみたいでこちらに向かっているそうなの。だから灯火ちゃんには悪いのだけれど梨花を少しお借りするわね」

 

梨花ちゃんのお母さんから説明と共に申し訳なさそうにこちらに謝罪をしてくれる。

俺はそれに問題ないことを丁寧に伝えながら考える。

 

入江さんが梨花ちゃんに用事?

おいおいそれってまさか。

 

「(おそらく雛見沢症候群のことね。どうやら私が女王感染者だということが判明したようね)」

 

俺の推測を肯定するように梨花ちゃんが小声で知らせてくれる。

やっぱりか、そろそろだとは思ってはいたけれど、今回はバラバラ殺人事件が起こっていないことから、もしかしたら発見が遅れるのではと思っていたのだ。

どうやらその考えは杞憂だったようだ。

 

「(梨花ちゃん、俺も入江さんの話を聞いときたい。お母さんに俺も同席できるように頼んでくれ)」

 

普通は家庭の話に他所の子を同席はさせてくれないが、古手家とは園崎家に次いで仲が良いし、梨花ちゃんが頼み込めばなんとか同席させてくれるはずだ。

 

 

「お母さん、灯火も一緒に話を聞いてほしいのですよ」

 

俺の願いを聞いてくれた梨花ちゃんが母に頼み込んでくれる。

それを聞いた梨花ちゃんのお母さんは最初は難色を見せていたが、俺からも問題ないことを伝えると、最終的には同席を許可してくれた。

家族の話に入って申し訳ないが、この話は俺も参加しておきたい。

 

 

 

「本日は急に訪問してしまい申し訳ありません」

 

古出家にやってきた入江さんが申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしながら頭を下げる。

そして入江さんと一緒にやってきた鷹野さんも同じように無言で頭を下げている。

 

やっぱり鷹野さんも一緒だったか。

内心で入江さんだけがよかったなと呟く。

 

入江さんの謝罪の言葉に梨花ちゃんのお父さんが慌てたように口を開く。

 

「いえいえそんな!入江さんにはいつも診療所でお世話になっているんです。むしろこちらが頭を下げなければならないくらいです」

 

梨花ちゃんのお父さんの言葉に恐縮ですと口にしながら笑みを浮かべる。

 

「梨花ちゃんもお久しぶりですね。お会いするのは綿流しのお祭り以来になりますね」

 

「私もそうね。うふふ、あの時は楽しかったわぁ」

 

当時の祭りの様子を思い出しながらそう呟く入江さんと鷹野さん。

 

「みぃ、あの時は2人ともフラフラになってしまってかわいそ、かわいそだったのですよ」

 

「そ、そうね。あの時は酷い目にあったわ」

 

梨花ちゃんの言葉に頬を引きつらせる鷹野さん。

鷹野さんの様子を見た梨花ちゃんが暗い笑みを内心で浮かべているのを感じる。

 

「あうあうあう!僕にはわかるのです。今梨花は心の中で鷹野を見て笑っているのですよ」

 

俺と同じ考えに至った羽入が隣で梨花を見て顔を青くさせている。

きっと当時の記憶を思い出して震えているのだろう。

俺もあれ以来、酒を見ると当時のことを思い出して少し怖くなるもん。

 

梨花ちゃんと話を終えた2人は俺へと視線を移した。

 

「今回は古手の皆さんにお話があってきたのですが、えーと、どうして灯火君がいるんでしょう?」

 

俺を見て苦笑いを浮かべる入江さん。

まぁ、どう考えても部外者だもんね俺。

 

「みぃ、灯火にも聞いてほしいと僕からお願いしたのですよ」

 

「そ、そうだったんですね。しかしこれからするお話は非常に大事なお話になります。なのでご家族以外の方に聞かせるわけにはいきません。なので灯火君、申し訳ありませんが話が終わるまで席を外してくれますか?」

 

入江さんは梨花ちゃんの言葉を聞いた後に俺に席を外すようにお願いをしてくる。

話の内容は十中八九雛見沢症候群についてだ。

俺らの中に寄生虫がいるなんて話を部外者の俺に話すわけにはいかないのだろう。

この話を知れば村の人たちが知れば恐怖で混乱し、集団発症なんて事態にも繋がりかねない。

だから知る人は最小限にしないといけないのはわかる。

梨花ちゃんは雛見沢症候群の女王感染者であり、村の人達の発症を抑える役割があるとわかったからこそ、入江さん達は梨花ちゃんとその家族だけに話をするのだ。

 

 

しかし、今後のことを考えればこの話に参加はしておきたい。

ここで話を聞いていれば自然な形で雛見沢症候群に関して鷹野さんに接触することが出来るのだから。

 

「(だから梨花ちゃん、うまいこと言って俺の同席を認めさせてくれ!)」

 

俺が同席の許可をいくら求めようが意味はない。

話の中心である梨花ちゃんが俺の同席を求めることでしか俺の同席の許可は下りない。

 

「みぃ、僕のことで大切なお話があると聞いて少し怖くなってしまったのです。でも灯火がいれば怖くなくなるのです」

 

「しかし・・・・」

 

「灯火が一緒に聞いてくれないなら話は聞きたくないのです」

 

頬を膨らませながら顔を横に向ける梨花ちゃん。

それを聞いて入江さんは困ったように頬をかく。

さすが梨花ちゃんだ。子供のわがままをうまく使って俺の参加を認めさせようとしてくれる。

 

「ご家族以外の方にお話をするわけには・・・・」

 

「梨花!わがまま言わないの!すいません入江さん。灯火ちゃん悪いんだけどやっぱり席を外してくれる?」

 

入江さんの困った様子を見た梨花ちゃんのお母さんが梨花ちゃんを叱りつける。

そして申し訳なさそうな表情を浮かべながら俺への退席を口にする。

 

母に叱られた梨花ちゃんはうっと表情を硬くして言葉の勢いを落としてしまう。

まずい、一度認めてくれたから何も言ってこないと油断していた!

このままでは俺は退席する流れになって話に参加することができない!

俺から何か言おうにも、プライベートの話と言われてしまえば参加したいとは言えない。

 

 

「灯火!僕に案があるのですよ!」

 

「(羽入!助かるぜ、この状況をなんとか打開してくれ!)」

 

「任せるのです!!」

 

我に妙案ありと自信満々の表情を浮かべる羽入に希望を託す。

俺の言葉を聞いた羽入は梨花ちゃんの耳元に近寄って何やら話し出す。

 

「(梨花、今から僕が言うことをそのまま口に出してほしいのです)」

 

「(?ええ、わかったわ)」

 

 

「(家族以外にお話するわけにはいかないと入江は言いましたか?)」

 

「家族以外にお話するわけにはいかないと入江は言いましたか?」

 

羽入が耳元で呟いた言葉をそのまま口にする梨花ちゃん。

なるほど、羽入が考えた言葉を梨花ちゃんに言わせるつもりなのか。

ていうか別に羽入の声は俺ら以外には聞こえないのだから、わざわざ梨花ちゃんの耳元で小声で話す必要はないと思う。

 

「ええ、確かにそう言いました。プライベートの問題を他の方にお話するわけにはいきませんから」

 

「(なら問題ないのです)」

 

「なら問題ないのです」

 

「えっと、問題ないとは?」

 

梨花ちゃんの言葉に意味がわからないと首を傾げる入江さん。

あ、これ羽入がとんでもないこと言うやつだ。

 

「(だって灯火は僕のお婿さんなのです!だから何も問題ないのですよ!にぱー☆)」

 

「だって灯火は僕のお婿さんなのです!だから何も問題ないのですよ!にぱー☆」

 

 

「「「「「・・・・」」」」」

 

 

 

 

 

空気が、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




羽入「言ってやったのですよ!」(`・∀・´)エッヘン!!

梨花 「・・・・・」

次回 羽入死す! デュエルスタンバイ!



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やらかした結果

前話の内容


羽入「言ってやったのですよ!」(`・∀・´)エッヘン!!

梨花 「・・・・・」

以上!


少々キャラ崩壊が起こりますが、ご了承ください。



「灯火さん!礼奈さん達を妹にしただけでは飽き足らず、梨花ちゃんをお嫁さんにするつもりですか!ずるい!私と代わってください、今すぐに!」

 

梨花ちゃんの発言から真っ先に回復した(壊れた)入江さん(ロリコン)が俺に迫ってくる。

先ほどまで落ち着いて優しいお医者さんだった入江さんは一瞬でいつもの変態にジョブチェンジしてしまった。

相変わらずこの人は反応がやばすぎる。

 

ていうか礼奈を妹にしたってなんだ!

魅音や詩音はともかく礼奈は元から俺の妹だ!

入江さんの頭の中で俺と礼奈の関係がどうなっているのか非常に気になる。

 

俺が心の中でそうツッコミを入れると入江さんの声で我に返ったみんなが次々と口を開いて声を発する。

 

なぜか俺に向かって。

 

「灯火君!梨花とそんな関係になっていたなんて聞いていないよ!どうして教えてくれなかったんだい!?」

 

うん、そんな関係になってないから聞いてないのは当然だね。

梨花ちゃんのお父さんの言葉に冷静にツッコミを心の中で入れる。

 

「まさか、もううちの梨花とあんなことや、そんなことまでしているなんて。灯火君、同じ男として気持ちはわかるけど、物事には順序というものがあってね」

 

言ってない。

 

「灯火さん!一人で梨花ちゃんにメイド服を着せて楽しんでいたなんて聞いてませんよ!どうして私を呼んでくれなかったんですか!私たちは綿流しの日に共に地獄を巡った仲じゃないですか!」

 

言ってない。

 

「あらあらあら!灯火ちゃんが梨花のことを嫁にするほど大好きだなんて、もう!早く教えてくれなきゃダメじゃない!これからは私のことをお義母さんって呼んでね灯火ちゃん」

 

 

言ってなぁぁぁぁぁぁい!!!!

 

 

次々にマシンガンのように連続で打ち込まれる言葉の数々についに限界を超えて心の中で叫ぶ。

バカかあんたらは!小学生の言葉を真に受けてんじゃねぇよ!

こんなの娘がお父さんに、私、将来お父さんのお嫁さんになる!って言ってるのと同じだろうが!

それを真に受けて妄想を爆発させてんじゃねぇよ!!

 

「うふふふふ、灯火ちゃんと梨花ちゃんがそんな関係だったなんて知らなかったわぁ。このことは礼奈ちゃん達は知っているの?知らないなら私のほうから教えておくわねぇ」

 

それはやめてくださいお願いします!

礼奈や魅音たちに知られたら間違いなく殺される。

面白そうに悪い笑みを浮かべる鷹野さんを見て冷や汗をかく。

 

今すぐに誤解を解きたい!

でも、ここで誤解を解いたら今度こそ俺はこの場から追い出されてしまう。

俺が内心で現状の打開策を必死に考えていると、満面の笑みの羽入がこちらへと飛んできた。

 

「ふっふっふ!どうですか灯火!僕の狙い通りなのです!さぁ、一気にたたみかけるのですよ!!」

 

この状況を見て自分の狙い通りだと自信満々に告げる羽入。

顔を見れば、もう絵に描いたようなドヤ顔を浮かべている。

 

・・・・無言でさっきから沈黙している梨花ちゃんに視線を移す。

 

梨花ちゃんはこちらから見てもはっきりとわかるほど顔を真っ赤に染め、その真っ赤になった顔を俯かせて小さく何かを呟いていた。

 

「・・・・羽入殺す羽入殺す羽入殺す羽入殺す羽入殺す羽入殺す羽入殺す羽入殺す羽入殺す羽入殺す」

 

「・・・・」

 

「あう?灯火、僕の顔をじっと見てどうかしたのですか?」

 

梨花ちゃんから視線を切って羽入へと戻す。

羽入は梨花ちゃんの声が聞こえていないようで、キョトンとした表情で首を傾げている。

 

「灯火ちゃん!梨花と結婚の約束はいつしていたの?早くお義母さんに教えてちょうだい!」

 

無言の俺に痺れを切らした梨花ちゃんのお母さんが俺の肩を掴みながらそう問いかけてくる。

・・・・羽入が命を賭してまで実行してくれたこの作戦、俺が終わらせるわけにはいかない!

 

「・・・・ふ、ご想像にお任せしますよ」

 

余裕たっぷりの表情を浮かべながらそう口にする。

 

その時に梨花ちゃんに視線を送るのを忘れない。

いかにも梨花ちゃんと何か特別な関係であるかのように装う。

ここでミスって俺が追い出されては散っていった羽入が報われない。

俺は決死の覚悟を内に秘めながら自分がここにいるために再度口を開いた。

 

 

 

 

 

 

結果だけを見れば羽入の考えた作戦のおかげで俺は話に参加することが出来た。

 

 

俺が知る中でかつてないほど上機嫌になった梨花ちゃんのお母さんが入江さんにゴリ押しで俺の同席を認めさせたのだ。

 

もちろん梨花ちゃんのお父さんからも俺の同席を認める言葉があり、梨花ちゃん本人のお願いもあって、入江さんは諦めたように俺の同席を許可してくれた。

 

入江さんの説明の時も梨花ちゃんの発言を聞いたおかげなのかスムーズに進み、最終的な説明と協力の相談は診療所で改めてという形になった。

もちろん診療所で説明がある時も一緒についていくつもりだ。

 

 

 

そして今回のMVPである羽入なのだが

 

「・・・・」

 

床に突っ伏してピクリとも動かない。

 

「は、羽入。大丈夫か?」

 

心配になって声をかけるが返事は返ってこない。

ピクリとも動かない羽入を心配そうに見つめていると俺の隣に梨花ちゃんがやってきて、自身の口の中に何かを放り込んだ。

 

「・・・・もぐ」

 

「あう!?」

 

梨花ちゃんが口の中に入れた何かを噛んだ瞬間、先ほどまで微動だにしなかった羽入の体がビクンと跳ねる。

 

その後も梨花ちゃんが何かを噛むごとに羽入は海面に打ち上げられた魚のように跳ね続ける。

 

「・・・・梨花ちゃん、何を食べてるんだ?」

 

羽入のあんまりな姿に目を背けながら梨花ちゃんに問いかける。

羽入と梨花ちゃんは味覚を共有している。

だから梨花ちゃんが羽入の嫌いな辛いものか何かを口に入れているのは確かだ。

しかし、この反応はキムチとかのレベルではない気がする。

 

「・・・・」

 

俺の言葉を聞いた梨花ちゃんは俺と視線を合わせないまま無言で俺の手の上に何かを置く。

手に視線を下げて梨花ちゃんから渡されたものを確認する。

 

・・・・生のトウガラシがそこにはあった。

 

梨花ちゃんの手を確認すれば、手からはみ出る程の大量のトウガラシの姿が見えた。

一体今までの間に何個食べたんだ梨花ちゃんは。

 

試しに自分も一口食べてみる。

 

口の中でトウガラシを嚙んだ瞬間、舌が痺れる程の辛みが口の中を襲う。

 

「っ!?」

 

慌てて近くにあったコップで水を汲んで飲む。

うん、これは羽入では耐えられないわ。

無言でトウガラシを食べ続ける梨花ちゃんに恐怖を覚える。

きっとトウガラシ以上のものが家の中にあれば梨花ちゃんはそれを躊躇うことなく自身の口の中へと入れていたことだろう。

そもそも、なんで古手家にはこんな大量のトウガラシがあるのだろうか。

 

「梨花ちゃん、そろそろ羽入を許してやってくれ。羽入のおかげで俺は話に参加できたんだ」

 

これ以上は羽入が現実世界に戻ってこれなくなると判断した俺は梨花ちゃんへの説得を試みる。

 

「それといい加減俺から顔を背けるのはやめてくれ。地味に傷つくぞ」

 

あの話以降、梨花ちゃんは俺と話どころか視線すら合わせようとしない。

 

「・・・・」

 

俺の言葉を聞いた梨花ちゃんはプイっと効果音が付きそうな程見事に俺から顔を背ける。

これはしばらく機嫌は直りそうにないなと嘆息していると、苦しそうにうめき声をあげる羽入の姿が目に入った。

 

「あう・・・・ここは?僕はさっきまで久しぶりに会った地獄のみんなと楽しくお話をしていたはずなのですが」

 

さっきまで痙攣を繰り返していた羽入が息を吹き返す。

そしてボーっとした表情で辺りを見回し、梨花ちゃんへと視線を向ける。

 

「んん?あ、赤鬼さんがいるのですよ!ふふ、相変わらずお顔が真っ赤なのです!お元気だったですか?」

 

焦点の合っていない目で梨花ちゃんを見つけたかと思えば、とんでもないことを口にする羽入。

 

「・・・・誰が赤鬼ですって?」

 

羽入の発言を聞いた梨花ちゃんは髪の毛が逆立っている姿を幻視するほどの怒気を身に纏わせながら羽入に向かって口を開く。

 

「あう?・・・・よく見たら赤鬼さんじゃなくて梨花だったのです!?あうあうあう!違うのですよ梨花!今の人違いで、決して真っ赤な顔をした梨花を見てバカにしたわけでは」

 

「今すぐ黙って死になさい!!」

 

「ストップだ梨花ちゃん!これ以上は本当に羽入が死んでしまう!」

 

羽入を黙らせようと自身の口に再びトウガラシを入れようとする梨花ちゃんを背後から手を掴んで拘束する。

さっきまで臨死体験をしていた羽入がこれ以上辛みを摂取してしまうと、本当にどうなるかわからない。

 

梨花ちゃんと俺の位置的に背後から抱き着くようにしてしか梨花ちゃんの両腕を掴むことは出来なかった。急いで梨花ちゃんを止めるためだったとはいえ、完全なセクハラである。

前回の風呂場での経験から梨花ちゃんと沙都子はこういうセクハラを許さないことは身体で理解している。

裸を見た時と同様に引っ張り倒されて足蹴りを受けることを覚悟する。

 

しかし、梨花ちゃんは俺が腕を掴んでから無言で硬直してしまっている。

 

「~~~~~~~っ!!?」

 

後ろから拘束をしているため梨花の顔を見ることは出来ないが、小刻みに身体が震えていることからお怒りなのは間違いないだろう。

 

「はわ、はわわわわわわ!?灯火が梨花を、灯火が梨花を!?」

 

羽入が梨花ちゃんの顔を正面から見てしまったようで顔を真っ赤にさせて震えている。

え、そんなにやばいの?

先ほどまでの羽入の姿をこれから起こる自分の姿に重ねて青ざめる。

 

「梨花ちゃん落ち着くんだ。これは不可抗力なんだ、このままだと羽入も梨花ちゃんもトウガラシに味覚を破壊されてしまう、小学生の舌は敏感なんだからあまり刺激するのはよくない。だから今の状況は決して梨花ちゃんにセクハラをしたかったわけじゃなくて結果的にこうなってしまっただけなんだ」

 

これから自分に起こる事態を想像し、なんとか危機を脱しようと早口で言い訳を口にし続ける。

トウガラシは嫌だトウガラシは嫌だトウガラシは嫌だ!!

グリフィンドール!!(錯乱)

 

「わ、わかったから離れてちょうだい!もう羽入には何もしないわ」

 

「待て、羽入にはってことは俺には何かするつもりだな。トウガラシは嫌だ!絶対に離してたまるか!」

 

「勝手に疑心暗鬼になってるんじゃないわよ!あんたにも何もしないから離しなさい!」

 

梨花ちゃんの言葉を信じて手を放して梨花ちゃんから離れる。

梨花ちゃんは宣言通り何もすることなく呆れたようにため息を吐きながらこちらへと向き直る。

 

「はぁ、今日はなんだか疲れたわ。でもとりあえず今回の話にあなたが参加できてよかったわ。非常に癪だけど羽入の作戦が功を奏したわね」

 

「えっへんなのです!」

 

「どうやらトウガラシがまだ足りていないようね」

 

「あうあうあう!?もう一度トウガラシを食べてしまったら僕は今度こそ三途の川を渡ってしまうのですよ!」

 

梨花ちゃんの言葉で胸を張った羽入だったが、梨花ちゃんの次の言葉で顔を青ざめながら身体を震わせる。

梨花ちゃんの言葉で次々と顔色を変える羽入に憐みの表情で見つめる。

 

「次は診療所でと入江は言っていたわね。その時にはあなたに声をかけるから準備をしておいてね」

 

「ああ、次が本番だからな。ちゃんと準備しておくよ」

 

いよいよ雛見沢症候群について本格的に関わっていくことが出来るんだ。

今後のためにも行くかないという選択肢なんてない。

 

「ええ、それで今日はこれからどうするの?うちでご飯を食べていくのかしら?」

 

「いや、家に戻るよ。礼奈と一緒に公由さんのところに行って悟史たちと話をするつもりだ」

 

 

梨花ちゃんからの昼ごはんの誘いを断ってしまったのは申し訳ないが、これから悟史達に会いにいく予定だ。残り時間も少ない、行動するなら早いほうがいい。

 

「・・・・そう、わかったわ。2人のことをお願いね」

 

「ああ、2人に両親についての話をしてくる」

 

どういう結果になるかわからないが、2人に両親について聞くのはこれで最後にするつもりだ。

これから俺は今日聞いた2人の意志に従って行動する。

2人が両親と離れたいと願うなら魅音や公由さんと協力するつもりだ。

 

「じゃあな、梨花ちゃんのお母さんとお父さんにさっきの婿の発言で何か言われたら何とか誤魔化しておいてくれ、雛見沢症候群の話が終わるまでは誤魔化さないといけないからな」

 

「わかってるわ。はぁ、なんでこんなことに」

 

頭を抱えながらそう呟く梨花ちゃんを見て苦笑いを浮かべてしまう。

・・・・とりあえず鷹野さんにはどうにかして黙ってもらわないと。

内心で鷹野さんが気に入りそうな賄賂を考えてながら俺は帰路へとついた。

 

 

 

「あ、お兄ちゃん!やっと帰ってきた!」

 

「悪い、少し用事で遅れた」

 

家の近くまで戻ると家の外で礼奈がソワソワと落ち着きのない様子で立っている姿が目に入った。

今日、悟史達に会いにいくことを伝えていたため俺の帰りを待っていたようだ。

礼奈に謝罪の言葉を口にしながら家へと入る。

 

・・・・結局あれから考え続けてはいるが、今の沙都子の両親に対する考えを変えれるような都合の良い話は思いついていない。

沙都子は原作では家族の問題で雛見沢症候群を発症するくらい追い詰められた。

原作とこの世界では沙都子の環境は全くと言えるほど違ってはいるが、それでも家族の問題があることは変わりない。

俺が下手なことを言って沙都子を追い詰めてしまい、その結果雛見沢症候群を発症してしまったら元も子もない。

 

「お兄ちゃん、お顔が怖いよ。これから悟史君達に会いにいくのに、お兄ちゃんがそんな顔をしてたら心配させちゃう」

 

最悪のことを考えて眉間に皺を寄せてしまった俺を礼奈が注意してくれる。

礼奈の注意を聞いて深呼吸をしながら悪い思考を頭から追い払う。

 

「ありがとな礼奈」

 

「ううん、気にしないで!あ、お兄ちゃんこの卵焼きは礼奈が作ったの!どうかな?かな?」

 

「めちゃくちゃうまい!・・・・母さんに教えてもらったのか?」

 

「うん!お母さんもうまく出来たねって褒めてくれたの!」

 

「・・・・そっか、よかったな!」

 

嬉しそうに報告をしてくれる礼奈の頭を撫でる。

一瞬母のことを考えて言葉を返すのが遅れてしまった。

これから悟史達に家族の仲を取り戻すために話に行くっていうのに俺がこんなことでどうする。

余計な考えてを頭から追い出して食事に集中する。

 

「・・・・」

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「礼奈、もうすぐ公由さんの家に着くがその前に改めて確認するぞ」

 

「うん!」

 

あれから食事を終えてすぐに家を出て悟史達がいる公由さんの家を目指して歩きだした。

公由さんの家は俺たちの家から少し距離があるとはいえ、雛見沢内を歩くだけなので数十分歩けば家にたどり着く。

公由さんの家の近くまでやってきた俺たちは今回のことについて最終打ち合わせをする。

 

「今回俺は沙都子、礼奈は悟史に家族の話を聞くことになる。どう話すかは礼奈に任せるが、いけそうか?」

 

「うん、不安がないと言えば嘘になるけど、2人のためだもん!頑張る!」

 

気合十分といった表情で俺の言葉に返答する礼奈。

礼奈の表情を見て、俺も改めて覚悟を決める。

 

「それぞれ一対一で話せるようにしないといけないな。礼奈、俺が2人を誘導するから話をあわせて」

「・・・・待ってお兄ちゃん、何か聞こえるよ」

 

俺が今回の段取りについて話そうとしていると、礼奈が俺の言葉を遮るように言葉を口にする。

礼奈の言葉を聞いて耳を傾けてみると、確かに誰かの話し声が耳に届く。

 

「・・・・これ、公由さんの家のほうだよね。聞こえてくる声も、すごく怖い感じの声」

 

「・・・・みたいだな、急いで公由さんの家に行こう」

 

礼奈の言う通り、聞こえてくる声は複数人の人間が言い争いをしているように荒っぽい声ばかりだ。

公由さんの家のほうから聞こえてくる時点で声の主たちが誰なのか当たりはついている。

どうやら俺たちは嫌なタイミングで訪ねてきてしまったのかもしれない。

 

「・・・・やっぱりか」

 

公由さんの家にたどり着いて声の主を確認した俺は、自分の予想通りの光景に思わず言葉が漏れてしまう。

 

「・・・・お兄ちゃん、あそこで公由さんと言い争いをしている人達って悟史君達のお父さんとお母さんだよね?」

 

「・・・・ああ、俺らは嫌なタイミングで来ちまったみたいだ」

 

礼奈の言葉を肯定しながら目の前の光景を隠れながら観察する。

今まで公由さんから話は聞いていたが、直接見てみると自分が思っていた以上に激しい口論がされている。

 

「何度来ても無駄じゃ!貴様らに2人は絶対に渡さん!!」

 

「ふざけるな!あの子たちは俺達の子供だ!!」

 

「この村を裏切った貴様らなど、あの子たちの親と名乗らせてたまるものか!さっさとこの村から出ていけ!!」

 

「うるさいわね!!あの子たちを取り返したら言われなくてもすぐに出ていくわよ!!」

 

公由さんと悟史達の両親の口論は終わることなく次第に熱を帯びていき、ここからでもはっきりと聞こえるまでになってきた。

俺たちは三人の口論に口を挟むことが出来ず、黙って成り行きを見守り続ける。

今の状況を何とかしたいが、俺がここで出ていけば状況が悪化しかねない。

やるせない気持ちを胸に抱えてたまま状況を見ていると、突然勢いよく公由さんの家の扉が開く。

 

「いい加減にして!!」

 

3人の声をかき消すような大声が上がる。

声をしたほうへと目を向ければ

 

「・・・・沙都子」

 

声の先には公由さんの玄関から現れた沙都子の姿があった。

沙都子は声を張り上げた後、自身の両親へと視線を向ける。

その視線は決して親に向けるようなものではなく、ただただ敵を見るかのように睨みつけていた。

 

「さ、沙都子・・・・」

 

沙都子の登場によって先ほどまでの口論は終わり、両親は戸惑ったような表情で沙都子を見つめている。

 

「もううんざりですわ!いつもいつも私たちのところに来て騒いで、もう私たちと関わらないで!!」

 

「沙都子、俺たちは君たちとまた一緒に暮らして、やり直したいだけで」

 

「知らない知らない知らない!!もう私たちの前に現れないで!!お母さんもその人と一緒にどっかに行けばいいじゃない!どうせ私のことなんていらないって思ってるくせに!!」

 

「さ、沙都子!私はそんなこと思ってないわ!お願いよ!私たちのところに帰ってきて!」

 

「うるさい!そんなこと言っても信じられない!!」

 

沙都子の暴言と呼ぶべき言葉を受けてなお、両親は必死に沙都子へと言葉を送る。

しかし、沙都子は聞く耳などないと示すかのように耳を手で塞ぎながら言葉を吐き続ける。

俺たちは沙都子の暴走を止めるために公由さんの家に向かおうとした時、沙都子の後ろから悟史が現れるのが見えた。

 

「沙都子!大声が聞こえてきてみれば、何をしているんだ!?」

 

玄関を開けたことで部屋にまで声が届いたのか、慌てた様子で沙都子へと駆け寄る悟史。

そして現状を理解したのか、両親を視界に捉え、固まってしまった。

 

「あっ・・・・」

 

悟史は2人を見て固まった後、すぐに目を伏せて沙都子を連れながら家へと戻ろうとする。

 

「悟史君!話を聞いてくれ!」

 

「悟史!お願い待って!!」

 

家へと戻る悟史達を見て、慌てたように制止の声を両親は出すが、悟史は悲しげに目を伏せながら無言で扉を閉めてしまった。

 

「「・・・・」」

 

悟史達が公由さんの家へと戻ってしまったのを見た2人は無言のまま顔を伏せてしまい、公由さんの出ていけという言葉に抵抗する様子もなく帰ってしまった。

 

「・・・・」

 

俺と礼奈も黙って両親が去っていくのを見続ける。

項垂れたまま去っていく2人の背中にかける言葉が見つからない。

それに、先ほどの沙都子の様子を見て現状を再認識してしまった。

これは、今すぐに悟史達に声をかけるべきなのだろうか。

両親の口論を目撃した直後で、沙都子に至っては2人に気持ちの整理も出来ないままに暴言を口にしてしまっている。

今の家族に対する悪感情が強い中、俺たちの期待する言葉を聞けるとは思えない。

ここは一度出直すべきか?

 

「・・・・お兄ちゃん、2人のところに行こ」

 

同じように先ほどの光景を見てから黙ってしまっていた礼奈が俺の手を引っ張りながら公由さんのところへと向かおうとする。

 

「礼奈、今の光景を見ても2人に会いにいけるのか」

 

公由さんから話を聞いていた俺でされ直接現場を見て固まってしまったのだ。

事前情報さえ詳しく知らなかった礼奈の衝撃はそれ以上のはずだ。

 

「・・・・沙都子ちゃんの言葉を聞いて、私が思ってる以上にひどい状況なのがわかったよ。みぃちゃんの言う通り、このままここで暮らすのが2人にとって一番なのかもしれないって思ったりもしたよ。もしかしたら今2人は私たちに会いたくないのかもしれない」

 

でも、と言葉を区切りながら再び口を開く。

 

「2人のあんな、今にも泣きそうな顔を見ちゃったら、じっとなんて出来ない!傍にいてあげたい!それに今行かなくちゃ、2人の本当の気持ちを分かってあげられないと思うの!!」

 

真剣な表情で俺を見つめてくる礼奈。

2人のところに行くべきか、行かないべきか。

先ほどまでの自分の考えと礼奈の言葉の両方を天秤にかけて選択する。

 

「わかった、2人のところに行こう」

 

辛い思いをしている友達の傍にいてやりたいという礼奈の気持ちは正しい。

それに、礼奈の言葉を聞いて考えたが、感情が荒立っているからこそ聞けることもある。

 

覚悟を決めて礼奈と共に公由さんの家の扉へ手をかける。

どんな結果になろうとも後悔だけはしないために、そして2人にとって最高の未来を掴み取るために。

 

礼奈と同時に玄関の扉を開く。

今日でこの問題解決への糸口を必ず見つけてみせる。

 

 

 

 

 

 

 




次話は悟史と沙都子の視点からのお話になると思います。

また、この後から真面目な話が少し続くことになると思いますが、次も読んでくださると嬉しいです。



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話し合い

皆さん
あけましておめでとうございます。
今年もこの小説を読んでいただければ幸いです。


どうしてこうなってしまったんだろう。

今日も僕たちを取り返しに公由さんの家に両親がやってきていた。

一体これで何度目になるのだろう。

公由さんと口論をし、最終的に追い返される両親を何度見送ったことか。

もうやめてくれ、もう二人だけでこの村から出て行って、遠いところで幸せになってくれていいんだ。

僕たちのことなんて忘れてくれていいんだ。

 

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「・・・・どうしてこうなったんだろう」

 

この言葉を、何度口に出したことだろうか。

どうしてこうなった?

そんなことは自分自身がわかっているというのに。

 

なぜなら今のこの状況を作ることになった原因は、元を辿れば僕にあるのだから。

2年前、まだダム建設の話が出てすらいない時。

僕は沙都子と新しくやってきた父との仲が良好ではなかったことをずっと気に病んでいた。

沙都子は新たな父が仲良くしようとする行動を全て無視し、父は最初はどうしてたらいいかわからずに困っている様子だったが、次第に沙都子を叱りつけるようになった。

母さんもそれを見て疲れたように項垂れてしまっていた。

 

それを見て両親にとって僕たちは邪魔な存在だと思った。

 

だから二年前のあの日、僕は公由さんに家に住まわせてもらうように必死に頼み込んだ。

僕たちが消えれば両親は2人だけで仲良く暮らせるし、僕たちも公由さんの下で静かに暮らせると思っていたのだ。

結果は公由さんに優しく叱られて家に送り帰されるだけになったけど。

 

けど、あの日は僕たち家族にとって重要な分岐点だった。

 

公由さんに手を引かれながら家に帰ってきた時、公由さんは僕たちの両親に僕たちが自分の家にやってきたこと、僕が家に住まわせてくれと頼んだことを説明した。

ひとしきり説明が終えると、公由さんは僕たちの両親を厳しく叱りつけたのだ。

両親は公由さんの言葉に黙って耳を傾け、最後には僕たちに頭を下げながら謝ってきた。

 

 

公由さんから説教を受けた日から父は僕たちとの仲をより深めようと積極的に行動してくれた。

僕たちが好きなものを知り、僕たちが楽しめるような話題を語りかけてくれた。

沙都子はそれでも素っ気ない態度を続けていたけど、それでも諦めずに父は沙都子と向き合ってくれた。

僕たちのことを心配して尋ねてきてくれた公由さんにも両親と仲良くなれたと笑顔でお礼を言えた。

それを聞いた公由さんは安心したように笑って帰っていった。

公由さんに言ったことは真実ではなく、半分以上僕の願望だったけど、遠くない内に実現できると信じていた。

 

僕たちも普通の家族になれるのでは期待したんだ。

 

でも、僕のそんな期待は村にダム建造の話が来た時に粉々に砕けた。

繋がりかけていた僕たち家族の絆は、もう修復不能な程断ち切れてしまったのだ。

 

今でもたまに考えてしまう。

 

もし雛見沢にダム建造の話がなければ。

両親がダム賛成派にならなければ。

あるいは、あまり考えたくはないが、この村がダム中に沈んでしまっていたら。

 

僕と沙都子は、両親と幸せに暮らすことが出来ていたのだろうかと。

 

「・・・・はぁ、これ以上考えてもしょうがない。沙都子を追いかけないと」

 

ため息を吐きながら嫌な考えに陥っていた思考を終了させる。

沙都子は僕以上に今の現状にストレスを抱えているはずだ。

こっちにやってきていた両親に叫んでいたのがいい証拠だ。

沙都子は両親に叫んでいった後、自分の部屋へと閉じこもってしまった。

 

「悟史君」

 

沙都子と話すために沙都子の部屋に向かおうとした時、背後から聞き慣れた友人の声が届く。

今いるはずのない少女の声に反応して慌てて声のほうへと振り返る。

 

「れ、礼奈!?どうしてここにいるの!?」

 

振り返ると予想通り礼奈がそこにいた。

慌てて礼奈がここにくる理由があったかを思い出そうとするが記憶には見当たらない。

 

「礼奈、来てもらって悪いんだけど沙都子と大事な話があるんだ。だから悪いんだけど少し待っていてくれないかな?」

 

礼奈がどうしてここに来たのかわからないけど、ひとまず沙都子と話すことを最優先に考える。

 

「沙都子ちゃんなら大丈夫だよ、お兄ちゃんが沙都子ちゃんを追いかけて行ったから」

 

「え!?灯火も来てるの!?それに沙都子を追いかけて行ったって」

 

礼奈が来ているなら兄である灯火も一緒に来ていても不思議ではない。

でも灯火が沙都子を追いかけて行ったってことは、さっきまでの公由さんと両親の会話を2人に聞かれていたってことで。

 

それを理解した瞬間、さぁっと顔から血の気が引くのを感じた。

礼奈には僕たち家族のことについて何も話していないのだ。

先ほどの光景は何も知らない礼奈にはひどいショックを受けてもおかしくない光景だったはず。

咄嗟に礼奈に謝ろうと口を開くが、それよりも早く礼奈が言葉を発する。

 

「いきなり家に来ちゃってごめんなさい!それに、さっき悟史君のお父さんとお母さんが公由さんとお話にしているのも聞いちゃったの!聞かれたくないことなのに、本当にごめんなさい!」

 

頭を下げながら謝る礼奈に何も言えなくなってしまいそうになる。

当然の事態に頭が混乱しそうになるが、なんとか整理して言葉を絞り出す。

 

「頭を上げてよ礼奈、家族のことを黙っていたのは僕だし、それより灯火が沙都子を追いかけて行ったってどういうこと?」

 

出来れば礼奈には僕たちの家族のことを知ってほしくはなかった。

礼奈は優しいから僕たちのことを心配して悩んでしまうだろうから。

でも灯火はもともと僕たちの家族のことを知っている。

その灯火が沙都子を追いかけてどうするつもりなんだろう。

今の沙都子はとても不安定だ、いくら灯火でも、いや灯火にだからこそ感情のままに強く当たってしまうかもしれない。

 

僕が自分の心配を礼奈に語ると、礼奈はこちらの心配を払拭するかのように自信を持った笑顔でこう言った。

 

「お兄ちゃんなら大丈夫だよ。きっと、沙都子ちゃんに本当の気持ちを気付かせてあげられるよ」

 

それにこれは沙都子ちゃんだけじゃないよっと礼奈は僕を見つめながらそう口を開く。

 

「私も悟史君とお話をしに来たの。家族について悟史君の本当の気持ちを聞くために」

 

「え・・・・」

 

礼奈の言葉を聞いて目を見開く僕を、礼奈は今までにない真剣な表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・」

 

あの人達へ感情のままに叫んだ私は、家の中に入ると同時に公由さんが用意してくれた自分の部屋へと逃げるように駆け込んだ。

そして止まることなく自分の部屋のベッドに倒れこむ。

枕に顔を埋めながら、手で布団を掴んで皺が出来る程握り締める。

頭の中をミキサーでかけられたかのように感情がぐちゃぐちゃになっていた。

 

なんなんだあの2人は。

いつもいつも私とにーにーを返せと言ってきて!

本当は私たちのことになんていらないと思ってるくせに!!

それで公由さんに迷惑をかけて、この前にはお泊り会の時には灯火さんと梨花にまで私たちのことで心配をかけていることがわかった。

 

「あんな2人、いっそのこと死んでしまえばいいんだ!!」

 

「物騒なこと言ってんじゃねぇよ」

 

私が感情のままに叫んだ瞬間、それに返すように聞き慣れた男の声が耳に届く。

 

「っ!!?」

 

慌てて枕から顔を上げて声のしたほうへ顔を向ける。

 

「お邪魔してるぞ」

 

そこには片手を上げながら意地の悪そうな笑みを浮かべる灯火さんの姿があった。

 

「と、灯火さん!?どうしてここにいるんですの!?というか乙女の部屋にノックもなしで入るとはどういう了見でしての!」

 

慌てて部屋に下着などの乙女的に見られたくないものがないことを確認する。

しかし私が部屋の確認を終える前に彼は私の言葉に対して鼻で笑うことで返事をした。

 

「お前が乙女?・・・・ふっ」

 

「死にたいようですわね」

 

灯火さんの馬鹿にしたような笑みを見て拳を握り締める。

そのままこのムカつく男の横っ面を殴ろうとして、現状の状況を思い出して振りかぶった拳を止める。

 

「って違いますわ!どうして灯火さんが私の部屋にやってきているんですの!?にーにーと公由さんは何をしているんですの!?」

 

仮に灯火さんが遊びに来ていたとしても直接私の部屋に呼ぶのはどう考えてもおかしい。

 

「悟史は礼奈が足止めしてる。公由さんは沙都子の部屋に入っていいか聞いたら笑顔で許可してくれたぞ」

 

「・・・・」

 

公由さん、仮にも乙女の部屋に男を許可なく上げるのはどうかと思いますわ。

というか礼奈さんも来ているんですわね。

一体どうして・・・・

 

「・・・・さっきの話の時、灯火さん達もいらっしゃいましたの?」

 

「ああ、お前がいつものお嬢様口調をなくして両親に叫んでいたのも聞いてた」

 

「っ!?」

 

予想していたとはいえ、実際にそう言われると思わず顔を歪めてしまう。

そして、灯火さんの登場で忘れていたあの人達への怒りが再び自分の胸の中から沸きだしてくるのを感じた。

 

「・・・・そう、聞いていましたのね。なら灯火さんもあの二人がどれだけ自分勝手なのかわかりましたでしょう」

 

あの二人は私たちを自分の子供だから取り返そうとしているんじゃない、私たちが自分たちの所有物だから取り返そうとしているんだ。

そうじゃなければ好きでもない私を取り返そうと考えるわけがない。

 

私は愚痴をこぼすように自身の過去を語る。

 

私は本当の父をよく覚えていない。

私が物心も付かない内にお母さんと離婚していたからだ。

私が幼稚園に通っている時から母親は何度も再婚を繰り返していて、その度に新しいお父さんだと名乗る男がやってきてニコニコと私に話しかけてきた。

再婚したばかりの男は私を実の娘のように可愛がってきて、私に自分のことは本当のお父さんだと思っていいと言ってきていた。

 

やってきた男たちは毎回私にそう言うけれど、彼らが私の本当のお父さんなわけがない。

だって私は本当のお父さんの顔だってよく知らないのだから。

それなのにやってきた男たちは私にお父さんと言わせようとしてくる。

それが私にはとても気持ち悪く感じて、彼らを家から追い出そうと行動した。

 

最後にはどの男も私をイライラしたように見つめ、私のことを嫌う。

物を投げつけられたり、ベランダに追い出されて鍵を閉められたことだってあった。

 

そして最終的にお母さんは離婚をして、その度に私を罵った。

 

お前なんて生まなければよかった。

 

お母さんが泣きながら私に吐き出したことを聞いて

 

私はお母さんにとって自分がいらない子だということを自覚した。

 

 

「・・・・これでわかりましたでしょう、あの二人は本当は私なんて必要ありませんの。なのに私たちを連れ戻そうとする。きっとここに残していったら私が自分たちの邪魔をするから監視をするために連れ戻そうとしているに決まっていますわ!!灯火さんもそう思いますわよね!」

 

声を荒げながら灯火さんに向けて自分の考えを口にする。

私の言葉を聞いた灯火さんはゆっくりと口を開き

 

「思うわけないだろ、このバカ」

 

呆れたような顔でこちらを見下ろしながらそう言った。

 

「っ!!?」

 

「あー礼奈が俺が適任だって言った意味がようやくわかった。確かにこれは俺が一番向いてるな」

 

彼はため息を吐きながら、彼の予想外の返事で固まる私の傍へとやってくる。

 

「優しく話していこうって思ってたが、さっきの話を聞いたらそんな気も失せた」

 

ベッドに座る私に傍までやってきて、私と目線を同じところまで下げた彼は再度口を開く。

 

「沙都子、喧嘩の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・そうだったんだ。前の泊りの時に礼奈たちも聞いてしまっていたんだね」

 

「うん、黙っていて本当にごめんね」

 

「ううん、気にしなくていいよ」

 

先ほどの件もあって本当に申し訳なそうに謝る礼奈に苦笑いを浮かべる。

礼奈の言葉には驚いたが、礼奈が先ほどの件を見ても落ち着いていた理由がわかった。

そして、礼奈がさっき言った家族に対する僕の本当の気持ちを聞きにきたという言葉にも納得がいった。

礼奈は優しいから僕たちの話を聞いたら僕たちを助けようとここに来たとしても不思議じゃない。

灯火もお節介なところがあるから礼奈と一緒にここに来たのだろう。

ということは灯火は今頃、礼奈が僕に話しているように沙都子に話しかけに行ったということだろう。

 

「・・・・それで、さっき礼奈が言ったことってどういうことかな?」

 

先ほどの礼奈が言ったこと話へ自分から戻す。

礼奈が僕たちのことを心配してくれるのは嬉しい。

でも・・・・少し余計だ。

 

今更僕たちが何かしたとしても結果は変わらないんだから。

 

「言葉のままだよ。私は今日、悟史君の本当の気持ちを聞きにきたの」

 

 

「・・・・」

 

礼奈は僕の言葉に即答する。

僕の目を真っすぐ見つめがら真剣な表情で。

僕は礼奈の言葉に何と返したらいいか思いつかず黙ってしまう。

 

「私ね、お泊り会の時にお兄ちゃんの話を聞いた時に2人には家族と一緒にいてほしいって思ったの。でも、その後すぐにみぃちゃんに否定されちゃった。2人は家族と離れて公由さんの家で暮らすほうが幸せだからって」

 

そう言いながら礼奈は悲しそうに俯く。

あの時の灯火の話を聞いて事情を知っている魅音は僕たちは公由さんの家で暮らすべきだと判断したようだ。

園崎家の人間である魅音がそういう結論を出すのは当然だろうと思う。

礼奈の言葉を聞いた僕は、自分が無意識に拳を握り締めていることに気付いた。

どうしてだろうと考える前に礼奈は顔を上げて再び口を開く。

 

「でも!みぃちゃんの言葉を聞いても私はそれが本当に2人の幸せになるとは思わなかった。だから今日、悟史君に会いにきたの、悟史君の本当の気持ちを聞くために」

 

「・・・・僕は」

 

礼奈の言葉を聞いて頭の中がグルグルを回り始める。

思い出すのは以前に見た夢だ。

僕と沙都子が家族と仲良く暮らす夢。

家族で笑顔で食事をしていて、カボチャが嫌いな沙都子を母さんが注意して、父が苦笑いをしていた。

それを見て、僕は。

 

「っ!」

 

不意に思い出してしまった夢の影響か、無意識に口が開きかけていたことに気付いて慌てて口を閉じる。

 

「僕は、このまま公由さんの家で暮らすべきだと思う。沙都子もそれを望んでいるし、両親も僕たちを忘れて村の外で暮らせる。これでみんなにとって一番幸せだよ」

 

そうだ、それがみんなが幸せになる一番正しい選択なんだ。

このまま両親が村に留まり続ける限り、2人への村からの迫害は続く。

仮に両親が僕たちを無理やり村から連れ出したとしても沙都子は父と仲良くは絶対に出来ない。

もう僕たちと両親が夢のように仲良くなんて絶対に出来ない。

家を抜けだして雛見沢に戻るに決まっている。

僕だって灯火達と離れるなんて嫌だ。

 

 

だからこれが一番正しい、みんなが幸せになるにはこれしかないんだ。

これが僕の願いなんだ。

 

 

「嘘だ!!」

 

 

「っ!?」

 

僕の話を聞いた礼奈は短く、けど力強く断言した。

 

僕の思いが嘘であると。

 

「悟史君、礼奈が聞きたいのは悟史君の気持ちなんだよ」

 

「そ、そうだよ。さっきのが僕の気持ちだよ!」

 

「嘘だよ、さっきのは悟史君の気持ちなんかじゃない。沙都子ちゃんや両親のことばかり考えて自分のことを全然言えていないよ」

 

「っ!?」

 

礼奈の言葉で息が詰まったように口が固まってしまう。

礼奈はそんな僕を知ってか知らずか畳みかけるように口を開く。

 

「さっき悟史君はそれがみんなの幸せだって言ったけど、その中に悟史君は入ってるの?悟史君にとってそれが本当に一番幸せなことなの?」

 

「・・・・」

 

 

礼奈の言葉を聞いて完全に口を閉じてしまう。

礼奈の言う通りだ。

確かに僕は沙都子や両親の幸せを言い訳にして自分の気持ちに蓋をしている。

だけど、僕の気持ちを言ったからどうなるというのだ。

すでに現状はどうにもならないほど進んでしまっていて、僕が本当の気持ちを告げても困らせてしまうだけだ。

 

 

「あのね、悟史君は沙都子ちゃんのお兄ちゃんだから自分の気持ちより沙都子ちゃんの気持ちを優先してるよね。それはとっても優しくて、悟史君らしいと思うよ」

 

礼奈は黙ってしまった僕の近くにまでやってきて優しく語りかけるように口を開く。

僕は黙ったまま礼奈の言葉に耳を傾ける。

 

「それに悟史君は私たちの中で一番優しいから、みんなのことを考えて自分の気持ちに蓋をしちゃってる。特に今回はみぃちゃんやしぃちゃん、それにみぃちゃん達の家族と仲の良いお兄ちゃんにまで迷惑がかかっちゃうもんね」

 

礼奈は僕の気持ちを見透かしているかのように僕の考えを言い当てる。

礼奈は勘が鋭いと思う時は今まで何回かあったけど、今回は特に鋭い。

 

「だからお兄ちゃん達には本当の気持ちを言えなかった。そして沙都子ちゃんの前でも言えなかった、悟史君は沙都子ちゃんのお兄ちゃんだから」

 

兄は妹の願いを叶えてやりたいものだってお兄ちゃんが言ったから。

その後お兄ちゃんは

まぁ、ただカッコつけたいだけなんだけどっと笑いながら言っていたけど。

 

悟史君は沙都子ちゃんの願いを叶えるために自分の気持ちを押し殺してしまった。

 

 

でも

 

「私は悟史君の妹じゃないよ。だからね、私の前ではカッコつけたりなんてしなくていいんだよ。自分の気持ちに正直になっていいんだよ」

 

たとえ悟史君の願いがみんなの迷惑になるんだとしても。

沙都子ちゃんの願いが叶わなくなるんだとしても。

実現がほとんど不可能だとしても。

 

「礼奈は絶対に悟史君の味方だよ」

 

そう言って礼奈は僕の手を取りながら微笑む。

まるで母親のように、泣きたくなるほど優しい笑みを浮かべていた。

そんな礼奈の笑顔を見た瞬間、僕は今までの封じていた気持ちの蓋が壊れるのを自覚した。

 

「っ!!僕は!家族と一緒に暮らしたい!この雛見沢でみんなで幸せな家庭を築いていきたい!沙都子も父さんと仲良くしてて、母さんもニコニコ笑っている。そんな家族を礼奈たちに紹介したい!僕の家族だって胸を張って言いたいんだ!!」

 

握られた礼奈の両手を自分の額へ押し当てながら自分の本当の想いを口から出し続ける。

礼奈はそんな僕の言葉を黙って聞いてくれていた。

そしてひとしきり思いを口にした僕を見て、礼奈は優しい笑みを浮かべたまま口を開く。

 

 

「悟史君ありがとう。礼奈に本当の気持ちを教えてくれて、悟史君を含めたみんなが幸せになる方法を一緒に考えよ!」

 

「うん、ありがとう礼奈。ってごめん!手をずっと握ってて!」

 

礼奈の言葉の礼奈の手を握り続けていたことに気付いて慌てて手を放す。

うう、手汗はすごい。礼奈には気付かれたかな?

礼奈を見れば慌てる僕を見て不思議そうに首を傾げている。

そんな礼奈の姿がなぜか非常に可愛らしく感じ、自分の顔が少し熱くなるのを感じた。

 

「悟史君、顔が少し赤いよ?大丈夫なのかな?かな?」

 

「へぁ!?だ、大丈夫だよ!」

 

僕の顔を見て礼奈が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。

それによって礼奈の顔がさらに近づき、さらに自分の顔が真っ赤になっていく。

それを見た礼奈がさらに心配そうに近づいてきて、僕の顔が真っ赤になって。

 

「ほ、本当に大丈夫だから気にしないで!」

 

し、心臓がバクバクうるさい。

なんで急に、自分で自分の感情が理解できない。

どうしてか礼奈の顔をまともに見ることが出来ないし。

 

「悟史君?」

 

礼奈は慌てて顔を背ける僕を不思議そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ううーん、今回の話は書くのが難しい。
もしかしたら後ほど文章を修正追加するかもしれません。

悟史が自分の気持ちをあっけなく打ち明けたと思いますが、
悟史も無意識に誰かに自分の気持ちを打ち明けたいと思っていたと思うんですよね。
でも園崎家の魅音や詩音、古手家の梨花ちゃん、そのどちらとも関りが深い灯火、彼らには自分の気持ちは困らせるだけなので打ち明けられない。

なので悟史の気持ちを聞くことが出来るのは礼奈だけだったと思います。
まぁ、礼奈の嘘だ!の前にはどんな嘘もつくことは出来ないんですよ。


そして礼奈に惚れてしまった悟史。
個人的には圭一と悟史で礼奈の取り合いをさせたい。


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話し合い 2

「沙都子、喧嘩の時間だ」

 

俺の言葉に戸惑う沙都子を見ながら考える。

さっきの沙都子の話。

両親が自分を連れ戻そうとする理由は自分の監視をするためと言っていたが、俺はそんなことは考えてはいないと思う。

 

先ほどの公由さんとの口論を聞いていたら、2人がどれだけ必死に悟史と沙都子を連れ戻そうとしているのかがわかる。

なにより沙都子に拒絶されて、無言で肩を落としながら公由さんの家を後にする姿を見て、2人を思っていないとは考えたくない。

 

沙都子は勘違いをしている。

沙都子の中では両親は自分のことを愛してなんかいないと思い込んでしまっている。

 

2人が自分のことを愛しているわけがない。

だから連れ戻そうするには何か理由があるはずだ。

 

そう考えてしまい、今の考えが生まれている。

 

ならば沙都子の愛されていないという意識を取り除くことが出来れば両親との不和の解消に繋がるかもしれない。

 

ただ、沙都子の勘違いを正すことは簡単ではない。

こいつは一度そう思い込んだらそう簡単には自分の意志を曲げないのだ。

 

原作でも悟史がいなくなったのは自分が悟史に甘えすぎてしまったせいだと思い込み、叔父の鉄平に虐待を受けても抵抗せずに状況を受け入れてしまった。

 

自分が誰にも甘えずに耐え続けていれば、悟史が帰ってくると信じて。

 

そんな意志の強い沙都子にそれは違うとただ言っただけでは話にならない。

 

沙都子の意見を変えるには、嫌われるくらいの覚悟でお互いの意見をぶつけ合い、最終的にこちらの意見を認めさせるしかない。

 

悟史は沙都子に優しすぎる、どれだけ言っても最終的に悟史のほうが折れてしまうだろう。

なら梨花ちゃんや礼奈ならどうだろうか。

もしかしたら梨花ちゃんや礼奈が本気で沙都子を説得したら、沙都子は説得に応じるのかもしれない。

だがそれは、梨花ちゃん達に嫌われたくないから従っただけで内心では両親を決して受け入れてはいないだろう。

 

それではダメだ。

水面下で溜まり続けたストレスは雛見沢症候群という形でいずれ爆発する。

沙都子の本心を聞き、そのうえで本当に両親と一緒にいてもいいと思わせるしか道はない。

 

そして礼奈が沙都子と話すのが一番の親友である梨花ちゃんではなく俺が適任だと言った理由。

 

沙都子が本心をさらけ出し、遠慮なく意見をぶつけるとしたら俺が一番適任だと礼奈は思ったんだ。

確かに沙都子が一番遠慮なく接しているのは俺だと思う。

一番付き合い長く、喧嘩だって何度もしてる。悪友とも言ってもいい。

 

もしこの場に圭一がいれば、彼が一番の適任だっただろう。

俺にはこの案しか思いつかないが、彼なら口先だけでもっとスムーズに沙都子の意志を変えることが出来るのかもしれない。

だがこの場に彼はいない、彼がここにくるのはまだ何年も先だ。

だから自分のやり方で沙都子の意志を変えるしかない。

 

「沙都子、お前のその考えは全部ただの勘違いだ。両親はお前のことを必要ないなんて思ってない」

 

「・・・・」

 

俺の言葉に先ほどまで戸惑っていた沙都子の表情が変化する。

人を殺しそうなほど鋭い目でこちらを睨みつけてくる。

 

「ちゃんと今までの話を聞いていましたの!?お母さんは私なんか生まなければよかったと私に言いましたわ!新しくやってきた男も何度も私を怒鳴ってきました!これだけであの二人が私をどう思っているかなんてわかりきっているでしょう!」

 

「いいや違うね!確かにお前の母親はそう言っただろう。はっきり言って母親失格だ。だがお前の母親はそう言ったきりずっとお前を邪魔者扱いしてたのか?」

 

沙都子の母親が沙都子に言った言葉は最低だ。

いくら感情的になっていたとしても言っていいことと悪いことがある。

 

だが、当事者ではない第三者の立場だからこそ気付ける視点がある。

さっき会った時の様子を見れば、少なくとも沙都子のことを邪魔者と思っているとは思えない。

ちゃんと沙都子が好きな母親らしい一面だってあるはずだ。

 

「お前の母さんは感情的になって言ってはいけないことを言ってしまったんだと思う。だがそれ以外の時ならお前にそんなことは言わないんじゃないのか?」

 

沙都子と遊んでいる時にたまに家族の話をする時があった。

その時の沙都子は父親のことを嫌悪を出しながら語っていたが、母親のことは何も言っていなかった。

父親と違って実の母親なんだ。沙都子も悪感情だけとは思えない。

 

「確かにお母さんは私に優しくしてくれましたわ、生まれてきてくれてありがとうって抱きしめてくれた時だってありました・・・・」

 

沙都子は顔を俯かせながら消え入るような声でそう呟く。

 

 

「でも!それはにーにーと私と三人だけで暮らしていた時だけですわ!!新しい男がやってきてからは私とその男を無理やり仲良くさせようとばかりしてきて、私のことなんてまったく考えてなんてくれなかった!!」

 

顔を上げると同時に溜まっていた鬱憤を吐き出すかのように叫ぶ。

 

 

「私が思い通りに動かないとため息を吐くようになっていきました!そして、最後には・・・・」

 

沙都子は殴りつけるかのように言葉をぶつけた後、次第に声が小さくなっていった。

目には涙が溜まり、今にも零れ落ちようとしている。

 

「・・・・沙都子」

 

目に溜まった涙が落ちて沙都子の頬に流れていく。

その光景を見て思わず言葉を失う。

 

両親への怒りや憎しみを俺にぶつけてくると思っていたが、今まで我慢してきた母からの言葉への悲しみまで表に出してくるとは思わなかった。

 

それだけこちらに心を開いてくれているんだと信じる。

 

「結局お母さんは新しくやってきた男が一番大事なんですわ!それならもう私たちなんか捨ててどこへでも行ったらいいのに!なのに!!」

 

「しつこくお前たちを取り戻そうとしている。なぜなら置いていったらお前たちが2人の幸せを邪魔すると思っているからか?」

 

「っそうですわ!!」

 

沙都子の言いたい言葉を先に口にする。

沙都子の話を聞いて内心で考える。

沙都子の本心では母親のことは憎んでなんていない。

むしろ今でも心の底では好きだが、新しくやってきた父親に母親が取られたと思っている。

好きだった母親を見知らぬ男に取られ、母親を取り返そうとすれば取り返そうとした母親から辛辣な言葉を向けられる。

それは今よりさらに幼かった当時の沙都子の心をどれだけ傷つけたのだろうか。

そう思えば今の両親の行動が自分を大切に思っているからだと考えられないのも当然だろう。

だが

 

「何度でも言うぞ、それはお前の勘違いだ!」

 

今のままでは沙都子も両親も悲しすぎる。

どちらのためにもここはこちらの意志を譲るわけにはいかない。

 

「前に悟史から聞いたことがあるぞ、悟史が公由さんに家においてくれと頼んだ次の日に公由さんがお前の両親を叱ったらしいな。その後からお前らへの両親の対応が変わったって、自分たちと仲良くするために頑張ってくれているって嬉しそうに悟史が言っていたぞ!」

 

「それが何だって言うんですの!本当の父親でもない男が父親面して近寄ってきても気持ち悪いだけですわ!公由さんに叱られて少し大人しくなっただけ!すぐにイライラして私を追い出そうしたに決まってますわ!」

 

「勝手に決めつけてんじゃねぇよ!公由さんにあれだけ怒鳴られてもお前らを取り返そうとする両親を見ろ!あれだけ必死になってるのは、お前らのことが大切だからに決まってるだろうが!相手のことを知ろうとしないで勝手に失望してんじゃねぇよ!」

 

「そっちこそ私たちの今までの暮らしを詳しく知らないくせに勝手に決めつけないで!!」

 

俺の言葉に対して沙都子はこちらを殴りつけるかのように怒りをのせながら言葉を返してくる。

そして俺も殴り返すように沙都子に自分の意見を沙都子にぶつけ続ける。

 

その後も何十回と言い合いを続けていく。

沙都子が荒い息を吐きながら苛立ったように歯を噛み締めた後に口を開く。

 

「あんたに私の気持ちなんて絶対にわからない!!両親と仲の良いあんたなんかには絶対にわかるもんか!!」

 

叫ぶように放たれた沙都子の言葉に強制的に口を閉ざされる。

不意打ちでくらったその言葉に顔が歪むのを自覚する。

 

「・・・・俺が両親と仲が良いって言ったか?」

 

今まで沙都子の言葉に対して即答していた口が重たくなる。

沙都子はそんな俺を見て攻め所を見つけたと言わんばかりにすぐに口を開く。

 

「そうですわ!私と違って素直で可愛い礼奈さんと優しい両親と暮らせてさぞ幸せなんでしょうね!」

 

「・・・・」

 

「なんか言ったらどうですの!!」

 

黙り込む俺を見て不審に思ったのか眉をひそめながら言葉を発する沙都子。

沙都子の言葉で俺も重たくなった口をようやく開ける。

 

「・・・・俺が両親と仲が良い?そいつはお前の勘違いだ」

 

「はぁ?何を言っていますの?」

 

俺の言葉に意味がわからないと眉をひそめる。

そんな沙都子を見ながら俺は誰にも言ったことのない自分の本当の感情を沙都子に話すことを決めた。

言うべきではない、自分は母親のことが嫌いなのに沙都子には好きになれと言っているなんてバレたら聞く耳なんてもってはくれない。

 

だが、ここで嘘をついたまま沙都子と両親の不和の解消が出来るとはどうしても思えなかった。

 

「俺は母親を嫌悪している。きっとお前が父親に感じている嫌悪に負けないくらいにな」

 

「っ!? 嘘ですわ!!礼奈さんからあなたの家の出来事をたまに聞きますが、灯火さんが母親を嫌っているなんて話は聞いたことがありませんわ!」

 

「当たり前だ、頭の中で思っているだけで行動になんか出してない。張本人の母親だって俺から嫌われてるなんて思ってもないさ。もちろん礼奈も父親も知らない」

 

信じられないとばかりに固まる沙都子を見ながらため息を吐く。

 

「はぁ、お前より俺のほうがよっぽど質が悪いよな。お前は再婚の父親だが、俺は生みの親だ。笑ってもいいし、殴ってもいいぜ、さっきまで偉そうに説教してたくせにお前のほうがひどいじゃねぇかってな」

 

「・・・・どうしてお母さんのことが嫌いなのですか?」

 

俺の言葉を聞いて怒りが冷めたのか、小さな声で俺に問いかけてくる。

 

「俺の頭が、いつか母さんが父さんと礼奈を裏切るんじゃないかって疑っているんだ」

 

沙都子の問いに対して俺は自嘲気味に笑いながら答える。

 

「もちろん全部俺がそう思い込んでいるだけで、母さんは父さんを裏切って浮気をしてるわけじゃないし、家族仲良く暮らしてる。そう、わかっているのに。どうしても俺の頭からその考えがこびりついて離れない」

 

家族仲良く話せていて安心していても、たまに母さんが父さんに少し素っ気ない態度を取っただけで俺は母さんはもう父さんのことを愛していないのではと疑ってしまう。

実際は仕事で疲れているから素っ気ない態度を取ってしまっただけなんだろう。

頭ではそうわかっていても頭からその考えが離れてくれない。

 

「沙都子、お前は俺と一緒なんだよ、今までの父親と重ねてしまって相手にとって自分は邪魔な存在だと思い込んでいるんだ。でも実際は違う、両親はお前と悟史と笑顔で一緒に暮らしたいだけなんだ」

 

「・・・・」

 

沙都子は俺の言葉を口を閉じたまま聞いている。

俺はそんな沙都子の様子を見て口を開く。

 

「納得できないか?」

 

「・・・・ええ、納得できませんわ。私が両親に必要だと思われているなんて考えられませんわ」

 

「・・・・そうか。俺もそうだし気持ちはわかるよ。だったらもう、無理に説得するのはやめる」

 

難しそうに顔を歪めながら返答された言葉に納得する。

こいつは俺と一緒でそう思いたくてももう出来ないんだ。

沙都子の中の勘違いさえ正せればなんとかなると思っていたが、今のままだと仮に勘違いを正せても結局は疑いが残る。

 

「ただ、これだけは頼む。今度両親がお前らに会いに来た時に少しでいいから今日俺が話したことを思い出してくれないか?」

 

沙都子はまだ俺と違って救うことが出来る。

俺の場合は原作知識、言ってしまえば未来の知識を知ってるからこそ完全に疑いを消すことは出来ない。

沙都子は長年の刷り込みによってそう思い込んでしまっているだけだ。

だったら何かきっかけさえあればその思い込みを解消できるかもしれない。

 

「・・・・今日のことを思い出すだけでいいんですの?」

 

「ああ、今日のことを頭に入れたうえで両親の話を聞いてくれ。その時にどう思ったのかを後で俺に教えてくれ」

 

両親は自分のことを邪魔だと思っていない。

それを頭の片隅にでも置いてくれたなら、沙都子の思い込みを解くことが出来るきっかけになるかもしれない。

 

「・・・・わかりましたわ」

 

しばらく考え込むように黙っていた沙都子がゆっくりと頷きながら口にする。

 

「ありがとう」

 

自分の願いを聞いてくれた沙都子に礼を言いながら頭を下げる。

沙都子はそんな俺を見ながら静かに口を開く。

 

「・・・・灯火さんが母親のことを嫌いだと言った時、最初は信じられませんでしたわ。でも、その後の灯火さんの顔を見て本当なんだと気付いた時、自分でも気づかない内になんとかして灯火さんとお母さんが仲良くなれないのかと考えていました」

 

私は灯火さんの願いを聞かないくせに、灯火さんとお母さんには仲良くしてほしいって無意識のうちに考えていましたのと沙都子は自嘲気味に笑う。

 

「それで、灯火さんも同じように私と両親のことを思ってくれているんだと気付けました。だから・・・・その、ありがとうございます。私たちのためにこんなに一生懸命言葉を伝えてくれて」

 

そう言って照れ臭そうに頬を染めながら頭を下げてくる。

それを見た俺も恥ずかしくなって言葉を濁してしまう。

 

「あ、いや、大切な友達のためなら当然だろ。お前に素直にお礼を言われると調子が狂うからやめてくれ!」

 

慌てて沙都子に頭を上げるように言う。

沙都子に礼を言わせるためにここまで言ったわけではないんだ。

俺の言葉を聞いた沙都子は頭を上げ、その後言いづらそうに顔を少し歪めながら口を開く。

 

「・・・・もし、本当にもしもですけど、私が両親と仲良くなれたとしたら」

 

そこで言葉を区切った後、沙都子は真っすぐ俺を見つめながら口を開く。

 

「今度は私が灯火さんとお母さんを仲良くさせてみせますわ。だから、決してお母さんとの関係を諦めないでくださいまし」

 

「・・・・沙都子」

 

沙都子の言葉が自身の胸を温めてくれるのを感じる。

今まで胸の内に秘めていた思い。

似た思いをもつ沙都子からの言葉だからこそ俺の心に真っすぐに伝わった。

 

「ありがとう、その時は頼むよ」

 

「ふふ、任せておいてくださいまし!私にかかれば灯火さんの問題なんて一瞬で解決ですわ!」

 

俺の礼に対して得意げに胸を張る沙都子。

そんな沙都子を見て笑みを浮かべながら口を開く。

 

「ただ、このことは誰にも言わないでくれよ。沙都子だからこそ打ち明けたんだ。当分の間は俺と沙都子だけの秘密で頼む。特に礼奈にだけは知られたくない」

 

このことを礼奈が知ればあの暖かな笑顔を曇らせてしまう。

それだけは絶対にしたくない。

 

「・・・・私と灯火さんだけの秘密」

 

「おい、意味深に呟くな。本当に言うなよ、フリじゃないからな」

 

「わ、わかってますわ!」

 

意味深に呟く沙都子を見て冷や汗を流す。

こんなところで悪ノリをされたらたまったものではない。

 

 

さて、沙都子のことはこれでいい。

説得は無理だったが、両親について少しは聞く耳を持ってくれるようになってくれた。

ここから沙都子の思い込みを解き、両親との不和をなくすためにはまだまだしなければならないことがある。

 

ひとまず礼奈と悟史がどうなったのかを確認しよう。

礼奈と悟史が決めた答えを聞いてから今後の行動に移ろう。

 

今後の行動についてはまず2人の両親に接触する必要がある。

両親は沙都子達を連れてここから離れようとしている。

それをここに残ったまま沙都子達と暮らしてもらうように説得しなければならない。

今現在の沙都子たちの心情を伝え、村との関係改善についても考えてもらわなければならない。

もしそれらが全部うまくいったとしても、最後には一番の難敵である雛見沢の住民全てを説得しなければならない。

特に園崎家の説得なんて考えただけで気が沈む。

 

 

まだまだ先は長いなと沙都子にバレないように小さくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「・・・・」」

 

 

 

 



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話し合い3

「「・・・・」」

 

部屋から聞こえた灯火の言葉で頭が真っ白になる。

沙都子の大声が聞こえて様子を見に来てみれば、耳に届いた言葉は予想すらしていないものだった。

 

灯火が自分のお母さんを嫌っている?

 

そんなこと、今まで一度だって考えたことはなかった。

たまに礼奈の口から語られる家族の話では、灯火は仲良さそうに両親と過ごしていると聞いていた。

家族のことを嬉しそうに語る礼奈を見て、まさか灯火が母親を嫌悪していたなんて思いつくはずがない。

 

「・・・・礼奈」

 

同じく2人の会話を聞いてしまった礼奈に視線を移す。

大好きな兄が同じく大好きな母を嫌っていた。

今の礼奈がどれほどのショックを受けてしまったのか想像も出来ない。

そんな礼奈になんと声をかければいいかわからず、彼女の名前を言ったきり口を閉じてしまう。

 

「悟史君、お兄ちゃんと沙都子ちゃんの話も落ち着いたみたい。だから2人が部屋を出る前にここから離れよ」

 

 

「え、う、うん。わかったよ」

 

僕の予想と裏腹に冷静な声でこの場から離れようとする礼奈に従って沙都子の部屋から距離をとる。

 

部屋から十分離れたのを確認すると、礼奈はなにを言えばいいかわからず黙ってしまっている僕を真っすぐに見つめながら口を開く。

 

「悟史君、さっきのお兄ちゃんが話してたことなんだけど、お兄ちゃんには私たちが聞いてたことを秘密にしてほしいの」

 

「え?それはもちろんいいけど・・・・礼奈はその、大丈夫なの?」

 

礼奈からさっきの会話を聞いていたことを秘密にしてほしいとお願いされる。

それについては僕ももともと言う気はなかった。

でも、僕が心配しているのはそこじゃない、礼奈自身のことを心配しているんだ。

冷静そうに見える礼奈だけど、内心ではどう思っているのかが不安になる。

 

「・・・・実はね、お兄ちゃんがお母さんのことをあまり好きじゃないってわかってたの」

 

「っ!?」

 

悲しそうに顔を少し俯かせながら語られる礼奈の言葉に固まってしまう。

それと同時にどうして礼奈がこんなに冷静なのかを理解した。

 

「・・・・気付いたのはけっこう最近なんだ。悟史君達の家族の話をお兄ちゃんとするようになって、何か悟史君達の助ける考えが出ないかなってお母さん達のことをよく見てたの。その時にお兄ちゃんの様子に違和感を覚えて」

 

「そう、だったんだね」

 

灯火はさっき沙都子に秘密にしてくれと言っていた。

つまり灯火は礼奈が気付いていることを知らないんだ。

そして礼奈はそのことを黙っていようとしている。

何とかできないのかな。

礼奈達は僕たちのことを助けようとしてくれているんだ。

だったら同じように僕も2人の力になりたい。

僕はそう礼奈に伝えると彼女が悲しそうな表情のまま薄く微笑んだ。

 

「・・・・ありがとう、正直に言うとお兄ちゃんがお母さんのことを嫌いって知ってすごく悲しいんだ。でも、さっきお兄ちゃんの話を聞いてたらお兄ちゃん自身もなんとかしようって頑張ってるんだってわかった」

 

だから私は待ってる。

っと悲しい笑みを浮かべたまま語る礼奈。

灯火がこのことを知れば、きっと悲しみ、何とかしようと自分を追い詰めてしまうだろうから。

だから自分は何も知らないことにして、灯火が自分で克服するのを待つ。

そう、礼奈は語った。

 

「きっと悟史君達の家族の問題を解決することは、お兄ちゃんにとって自分の抱えている問題を解決するために必要なことなんだと思う。だから悟史君、さっきのことは忘れて自分達のことを考えて。それが結果的にお兄ちゃんの助けになるはずだから」

 

「そうだね、僕たちの問題を解決することで灯火の助けにもなるんだったら僕は全力で家族と幸せに暮らせるように頑張るよ!」

 

礼奈の言葉を聞いて気を引き締める。

僕たちの家族の幸せが灯火の助けになるんだとしたら、これほど嬉しいことはない。

僕たちの問題も、灯火の問題もどっちも解決してみせる。

そして全部が片付いたら、思いっきり灯火を怒ってやろう。

そう簡単には許してやるもんか。

僕が心の中で決意していると、話が終わったのか、沙都子の部屋の扉が開かれる音が耳に入る。

礼奈と視線を合わせて合流するために2人のところに向かう。

廊下を歩くとすぐに灯火と沙都子が視界に入る。

灯火の横を歩く沙都子は先ほどまでの両親へ怒鳴った時にくらべ落ち着いており、このところずっと張り詰めていた表情も緩くなっている。

2人の話はほとんど聞いてはいないけど、礼奈が僕にしてくれたように、灯火が沙都子と家族の件で話し合ってくれたんだろう。

 

「2人の話はもう終わってるみたいだな」

 

「うん!ばっちりだよ!」

 

僕らに気付いた灯火が礼奈に話しかける。

それを聞いた礼奈は笑顔で灯火に答えていた。

先ほどまでの悲しい表情はもう見えない。

そのまま灯火は僕たちが2人の話を聞いていたことに気付かずに礼奈と話し始めた。

僕も灯火に察せられないように先ほどのことを心の底に隠しながら僕が家族の件で決心したことを話すために灯火と礼奈の話に加わる。

 

 

 

 

「そっか、やっぱり悟史はそう思ってたんだな」

 

僕の話を聞いた灯火は笑顔で僕の答えを肯定してくれた。

僕たち家族のために礼奈と共に全力で協力すると言ってくれる。

灯火の笑顔を見て、僕の心が温まるのを感じる。

礼奈といい灯火といい、本当に2人には助けられてばかりだ。

 

「・・・・にーに」

 

灯火と話し終えると近くまでやってきていた沙都子に名前を呼ばれる。

沙都子は僕の手を握りながら申し訳なそうな表情を浮かべながら口を開く。

 

「にーに、ごめんなさい。私、にーにがそんな風に思っていたなんて考えてすらいませんでしたわ。私のためにずっと我慢してくれていて、私はずっとわがままを」

 

「沙都子、気にしないでいいんだよ。伝えなかったのは僕だし、それに礼奈に言われるまで自分自身でも自分の願いを否定していたくらいなんだから」

 

謝罪を口にする沙都子の頭を優しく撫でながら口を開く。

 

「・・・・正直に言うと、まだ両親と一緒に暮らすのに抵抗がありますわ」

 

沙都子は不安な思いをのせながら僕に語る。

今まで沙都子は両親のことを強く憎んでいたくらいなんだ、いきなり僕の考えを受け入れるなんてことは難しいことはわかってる。

ここで強く反対しないだけで灯火が沙都子とうまく話し合ってくれたことが察せられる。

 

「わかってるよ、僕の願いのために沙都子が我慢してくれなんて言うつもりはないんだ」

 

僕が我慢をやめた分沙都子に我慢を強いらせるなんて本末転倒にも程がある。

礼奈が僕に教えてくれたように、僕も沙都子もみんなが幸せにならないと意味なんてないんだから。

 

「にーにー・・・・私も灯火さんと話して、少しだけ両親について考えを変えることが出来ましたわ。少しだけ2人と向き合ってみようと思えるようになりましたの」

 

僕の話を聞いた後に沙都子は自身の心の変化を打ち明けてくれる。

今はまだ無理だけど、変わろうとしてくれているんだ。

新しくやってきた父さんを拒絶し、そのせいで母さんからは暴言を吐かれて心を擦り減らしてしまっていた沙都子がだ。

本当に灯火は、沙都子にどのような魔法を使ったんだろう。

沙都子の兄として少し嫉妬してしまうけれど、それ以上に感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

「さて、お互いの気持ちも確認できたことだし、これからのことについて考えていこう」

 

僕と沙都子、それぞれの気持ちを聞いた灯火が今後のことについて話し始める。

僕たちの最終的なゴールは雛見沢で仲良く家族で暮らすことだ。

そのために僕たちがすべきことを灯火が説明してくれる。

 

「目標達成のために俺たちがやらないといけないことはこの3つだ」

 

灯火が自身の指を三本立てながら説明を続ける。

灯火が語ったのは以下の2つだ。

 

1つ目は僕たちと両親との意思疎通

両親は僕たちを連れて雛見沢の外で暮らしたいと思っている。

けれど僕たちは一緒に暮らすことは同じだけど、このまま雛見沢で暮らしたいと思っているんだ。

それを両親に説明し、ここに残るように動いてもらわなければならない。

 

 

2つ目は両親と村の人達との不和の解消。

ここで暮らすためには両親と村の人達が喧嘩したままではダメだ。

しかし、これがどれだけ難しいことなのかはわかってる。

僕はこれが無理だと思っていたからこそ自分の願いを封じていたのだから。

ダム反対運動の時、僕の両親は賛成派として行動し、魅音たちの両親に暴言を吐いてしまった。

それによってもともと深かった溝がもうどうしようもない程の深いものになってしまっている。

 

でも、これをなんとかしない限り僕たちがここで両親と幸せになる未来は来ないんだ。

 

「2人の両親と村の人達の仲直り、これは俺達だけじゃあ絶対に無理だ。これからもここで暮らしていく以上、2人の両親には園崎家はもちろん、村の人達全員に頭を下げてもらわないとダメだ」

 

「・・・・そのためにまず、悟史君たちの両親に会わないとダメだね。悟史君達が一緒にここで暮らしたいってことを伝えて村の人達と仲直りしてもらうように言わないと」

 

灯火の言葉を礼奈が引き継ぐ。

礼奈の言う通り、僕たちが次にやらなくてはいけないことは両親に会い、僕たちの意思をしっかりと伝えることだ。

ダム建設によって公由さんの家に住まわせてもらえるようになってから、僕たちは両親とまともに話していない。

だからこそ、今回しっかりと会話をして両親に村の人達との不和をなんとかしてくれるように説得しなければならない。

 

「ありがとう2人とも。すぐに両親のところへ行ってみるよ!」

 

時間をかければかけるほど両親と村の関係は悪化していく。

僕がしなければいけないこともわかったんだ、今すぐに動き出したい。

 

「・・・・私は」

 

「沙都子も一緒に来てほしいんだ。何も言わなくていい、ただ僕の話と両親が僕たちのことをどう思っているのかしっかり聞いてほしい」

 

俯いて行くことを躊躇っていた沙都子の手を握りながらお願いする。

ここで沙都子が一緒に来ることは、沙都子のためにもなると思うから。

 

「・・・・わかりましたわ、私もにーにーと一緒に行きますわ」

 

「ありがとう、沙都子」

 

「もちろん礼奈たちもついていくよ!」

 

「ああ、礼奈の言う通り俺達も協力するぞ」

 

沙都子から僕と一緒に来てくれるようという言葉を受け取ると同時に礼奈と灯火も一緒に来てくれることを伝えてくれる。

 

「ありがとう2人とも、2人が来てくれたらすごく頼もしいよ」

 

今回の両親の説得には2人の手を借りるつもりはない、1から10まで2人に頼りきりになりたくないから。

それはこれは僕たち家族の問題、僕たち家族で解決しなければいけないことだ。

でも背中を見てくれているだけで心が随分と軽くなるのを感じる。

 

「悟史君、沙都子ちゃん!頑張って!2人なら絶対お母さんとお父さんを説得できるよ!」

 

「ありがとう礼奈、2人のためにも絶対に仲直りしてみせるから」

 

「・・・・うん、ありがとう悟史君」

 

僕の本当の意味を理解して寂しそうに笑う礼奈。

彼女の本当の笑顔を取り戻すためにもしっかりしなくてはいけない。

 

「じゃあさっそく「待ちなさい」

 

気合を入れ直して早速両親の元へと向かおうとした時、僕の言葉に被せるように声が届いた。

 

「公由さん!?」

 

声をほうへ振り替えれば険しい表情をした公由さんの姿があった。

その顔を見れば、今までの話を聞かれてしまっていたことがわかる。

 

「・・・・すまないね、悟史君と礼奈ちゃんの声が聞こえてからこっそり話を聞いてしまっていたんだよ」

 

険しい表情を浮かべたまま謝罪の言葉を口にする公由さん。

初めから僕たちの話を聞いていたのか。

僕が迂闊だった、公由さんに聞かれるかもしれないということを考えていなかった。

いや、遅かれ早かれ公由さんには僕の意思を伝えなければならなかったんだ。

むしろ説明する手間が省けてよかったと考えよう。

 

「・・・・悟史君は両親と一緒に暮らしたいのかい?」

 

「・・・・はい」

 

公由さんの言葉に肯定で返す。

僕の言葉を聞いた公由さんはさらに難しい顔になり、僕に向けて口を開く。

 

「悟史君、考え直すんじゃ。彼らの元に行ったとしても2人は幸せにはなれん」

 

僕の言葉を聞いた公由さんが僕に優しく語りかけてくれる。

公由さんが僕たちのことを本当に大切にしてくれているのが伝わってくる。

でも、それでも僕の意思は変わらない。

 

「公由さんには本当に感謝してます。村で迫害されていた僕たちを助けてくれて、今もこうして僕たちをここに住まわせてくれています。僕たちもこの家で暮らすのはとても安らぎます」

 

「だったら「でも!」

 

「僕は両親を見捨てたくありません!叶うのなら、家族で仲良く暮らしたいんです!!公由さんのことは大好きです!ここでの暮らしに不満なんてありません!それでも!ここで両親と別れたら僕は一生後悔します!」

 

公由さんの言葉を遮る勢いで自分の本音を公由さんにぶつける。

公由さんからの恩を僕は仇で返してしまっていることは分かっている。

それでもここだけは譲るわけにはいかない。

 

「ごめんなさい、僕はこれから両親のところへ行ってきます。そして両親を説得して村の人達と仲直りしてもらうように説得します!そしてその後、魅音たちの家に行って土下座でもなんでもして両親のことを許してもらえるように頼みます!!」

 

「・・・・にーにー」

 

横で話を聞いていた沙都子が心配そうに僕を見つめる。

僕はそれを横目に公由さんに向かって頭を下げる。

 

「・・・・頭を上げてくれ悟史君」

 

公由さんからの言葉を聞いてゆっくりと頭を上げる。

頭を上げた先では悩まし気な表情をした公由さんがまっすぐ僕を見つめていた。

 

「悟史君の気持ちはわかったよ。本音を言えばこのままここで暮らしてほしい。しかし、礼奈ちゃんとの話を聞いて思うところがないとは言えん」

 

「じゃあ!」

 

「両親のところへ行ってくるといい、ただしワシも一緒に行く。君たちの話を聞いて改めて彼らと話し合いをしようと思う」

 

「はい!ありがとうございます公由さん!」

 

僕が両親のところへ行くことを認めてくれた公由さんに頭を下げる。

公由さんは僕が下げた頭を優しく撫でてくれた。

 

「わしは悟史君と沙都子ちゃんのことを実の孫のように思うとる。可愛い孫が必死に頼んでるんじゃ可能な限り叶えてあげたい」

 

「っ!!ありがとうございます」

 

頭の上に置かれた手のひらから公由さんの優しさが伝わってくるかのようだった。

公由さんには村長としての立場があるというのに、村と険悪な関係にある僕たちの両親と会う許可をくれただけでなく2人と改めて話し合うと言ってくれたのだ。

本当に公由さんには頭の下がる思いだ。

 

公由さんの許可も下りたことで改めて沙都子達へ向き直る。

みんなにも公由さんと同じように頭を下げたいけど、それをするのは全部が解決した時にする。

沙都子に握られた手を握り返しながら両親のところへ向かうために足を進めた。

以前に夢に見たあの光景を現実のものとするために。

 

 

 

 

 

 

 




今回はあまり話が進まなくてすいません。

さて、両親との話についてのですが省略してしまおうと考えてます。
あまり真面目すぎる話が続くのは個人的にちょっと疲れるので。
なので次回は時間が進んで両親との話し合い後、一気に園崎家との話し合いまで飛ぶと思います。

両親との会話でどのようになったのかは、次話で触れていきます。




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話し合い4

未だかつてないほどの張り詰めた空気が部屋を満たしていた。

 

「・・・・」

 

魅音の横に座りながら辺りを見回す。

今回集まった村の重鎮達のほとんどが険しい表情を浮かべている。

隣に座っている魅音もいつも会議の時は無表情を保っているが今回ばかりは若干崩れて眉間に皺を寄せている。

唯一の例外は梨花ちゃんのお父さんと公由さんくらいだろう。

彼だけは困ったような表情だが、隣に座る梨花ちゃんのお母さんに睨まれて表情を固くさせている。

そのさらに横では梨花ちゃんが今回来ている2人の姿を値踏みするかのように眺めていた。

そして公由さんは何も言わずに2人を見つめている。

自分は一切手助けをしないと姿勢で示しているように思えた。

 

「「「「・・・・」」」」

 

部屋の中の全ての視線がここにやってきた4人へと向かう。

明らかに敵意が含まれている視線を受け、今回親族会議にやってきていた悟史と沙都子、そしてその両親である2人は何も言えずに冷や汗を流している。

 

 

あの日、俺達はすぐに悟史達の両親の元へ行き、悟史が2人へ本当の気持ちを伝えた。

悟史の話を聞いて悩まし気な表情を浮かべていた母親だったが、意外なことに父親のほうは悟史の願いであるこの村に残って家族で一緒に暮らすことにすぐに賛同してくれた。

その夫によって説得される形で母親も折れ、雛見沢で一緒に暮らす道を選んでくれた。

 

だが、その道を選んだということは雛見沢の全ての住民と仲直りしていかなければならないということで、それを考えて絶望的な表情を浮かべる両親だったが、2人を救ったのはなんと公由さんだった。

 

自分が園崎家や他の者に連絡して話の場を用意すると言ってたのだ。

あくまで悟史達のためだと釘を刺しながら告げる公由さんに、悟史が必死にお礼を言っていたのが印象に残っている。

 

 

こうして公由さんの呼びかけのもと、すぐに親族会議が行わることになり今に至るのだが。

 

これはさすがに空気重すぎだろ。

 

全員が今にも殺しを行いかねないほど悟史達の両親を睨んでるし、園崎家に至ってはお魎さんの周りだけプレッシャーで空間が歪んでいるのでは錯覚してしまうほどだ。

これらすべてを受けている彼らはたまったものではないだろう。

さすがに今回謝りに来たこということもあって公由さんと激しく口論していた時のようにはいかず、悟史の両親は緊張した表情で固まってしまっている。

 

「・・・・用件は村長から聞いてるよ。だが、あえてあんた達の口から聞こうじゃないか。今日は私達のところへ何をしにきたんだい?」

 

張り詰めた空気の中、茜さんが静かに問いかける。

茜さんの言葉を聞いて悟史達の父が汗を流しながらも茜さんから目を逸らすことなく見つめて口を開く。

 

「今までのことを、私達がダム建設時に皆さんに行った数々の無礼を謝罪しに参りました」

 

そう言って両親が頭を下げようとした時、今まで我慢していた村の重鎮たちが一斉に口を開いた。

 

「どの口が言うか!!」

「今まで散々わしらの邪魔をしてきたのに虫が良いにも程があるわい!」

「さっさとこの村から出ていけ!」

「二度とこの村に来るな!」

「この裏切り者どもが!」

 

示し合わせたかのように次々と暴言を口にし続ける。

悟史達の両親は数々の暴言を頭を下げたまま無言で受け止め続ける。

悟史は村からの言葉を受けて辛そうに目を伏せ、沙都子は目に涙を溜めて悟史の服を掴みながら震えていた。

 

それを見て、いつまでも言い続ける暴言をいい加減黙らせようと口を開きかけた時。

 

「静粛に」

 

冷たい声が多くの暴言が飛び交う中で響く。

決して大きな声ではないというのにその声が全員の耳に届いた。

魅音たちの母である茜さんの言葉によって全員が一斉に口を閉ざす。

 

「ガキの喧嘩じゃないんだ、いちいち騒ぐんじゃないよ」

 

茜さんの冷たい視線が先ほどまで騒いでいた人達へと向けられる。

その視線を浴びた人たちは怯えるように顔を俯かせる。

 

「北条家のお二人さん」

 

周囲が静まったのを確認した茜さんが2人へとゆっくりと視線を向けて問いかける。

 

「・・・・はい」

 

「私らが一番問題視してるのはなんだと思う?」

 

「・・・・私達が園崎家に暴言を口にしたこと」

 

茜さんの問いかけに悟史の父が重たくなった口を開けて答える。

それを聞いた茜さんはゆっくり頷く。

 

「そう、いわゆる面子ってやつさ。うちらの世界じゃあそれが何よりも大切だ、相手になめられたらそこでしまいさね」

 

茜さんは答え合わせをするように両親に向かって口を開く。

 

「そしてあんたらはあの日、ダム反対運動をする私達へ罵詈雑言を吐き捨てた。わかるかい?あんたらはあの日、私らの面子に泥を塗ったのさ」

 

そして解を言い終えると、一気に目が細めて相手を刺し殺すかのような鋭い口調を両親へとぶつける。

 

「・・・・」

 

さらに冷たくなった茜さんの雰囲気に悟史達の両親だけでなく他の村の大人達まで震え上がる。

大人たちまで震え上がらせる茜さんの雰囲気に悟史達は大人達よりもさらに顔を青くさせている。

 

「さっきも言ったけどガキの喧嘩じゃないんだ。悪いことをしたから謝って、はい仲直りなんて出来るとは思ってないだろうね」

 

言葉に冷たさをのせたまま茜さんが再び問いかける。

 

「・・・・はい、私達は村を売り、そして園崎家に罵詈雑言を口にしました。簡単に許されないことをしたと理解しています」

 

周りが震える中、悟史達の父が茜さんの言葉に対して返答する。

恐怖を押さえつけ、真っすぐ茜さんを見つめながら。

 

「言うじゃないか。だったら一番手っ取り早い仲直りの仕方を教えてやるよ」

 

そう言って茜さんは懐から何かを取り出して悟史達の両親の前へと放り投げる。

茜さんの投げた物は畳の上を転がっていき、悟史達の父の前で綺麗に静止した。

 

「・・・・っ!!?」

 

床に転がった物に視線を向けた全員が息を飲む。

 

床には()()()()()が転がっていた。

 

「今ここで()()()()()()()()()()()。2人とも指一本ずつだ。それで今までのことへのケジメにしてやるよ」

 

床に転がった短刀を見つめながら茜さんが冷たくそう口にする。

それを聞いた2人はびくりと身体を大きく震わせる。

大粒のような汗を顔に浮かべながら短刀を見つめ続ける2人。

その短刀は丁寧に研磨されているのか、部屋の明かりが反射して刀身から光沢が放たれている。

それを見て、触って確かめなくても指なんて簡単に切り落としてしまう切れ味があるだろうということが容易に想像できた。

 

「なっ!?」

 

ケジメをつけると言ってもいくらなんでもやりすぎだろ!

やめさせるために茜さんに向かって口を開こうとした時

 

()()()()()()

 

身体に伝わった命令に発しようとした言葉が止まる。

耳にそう届いたわけでないはずなのに身体がそう言われたと理解した。

 

強烈な悪寒を感じた箇所で視線を向ければ園崎家当主であるお魎さんがこちらを無言で見ていた。

語らずとも伝えられたお魎さんからの言葉に何も言えなくなる。

 

周りを見てみれば村の住民たちが自分が受けるわけではないのに顔を青くさせて身体を震わせてるのが見える。

そして茜さんから指を切り落とせと言われた2人は短刀を見つめながら身体を震わせて動けずにいた。

 

「どうしたんだい、私らに許してもらいたいんだろう?だったら指の一本や二本黙って差し出しな」

 

短刀を見つめたまま動かない2人を冷めた目で見ながら茜さんが口を開く。

茜さんの冷めた目を見ればこれが冗談ではなく本気で言っていることを理解させられる。

この場にいる園崎家以外のものが場の雰囲気に呑まれて身体を震わせている。

悟史達の父は震える手を短刀へと伸ばし、ゆっくりと掴む。

 

「・・・・わかりました。それで今までのことを許してもらえるなら、しかし、やるのは俺だけでお願いします。俺が彼女の分の指も切り落とします」

 

「っ!!あなた・・・・」

 

自分の分まですると言ったのを聞いて顔を歪ませる悟史達の母。

彼女の口は何かを言おうと形を変えるが、声になることはなかった。

涙を流しながら短刀を掴む夫を見て涙を流す。

その様子から自分もと言おうとしたが恐怖で言えなかったのだと察した。

 

「・・・・いいだろう、女にやらせるのはさすがに酷だからね。あんたから代わりに指を二本もらうことでケジメにしてやるよ」

 

その様子を見た茜さんが父からの提案を認める。

茜さんから認められた悟史達の父は短く礼を言いながら刀身を自身の指へとゆっくりと向けていく。

 

「・・・・っ!」

 

悟史達の父は自身の恐怖を押し殺すかのように息を止めながら指へと短刀を導いていく。

 

「・・・・はぁっ!はぁっ!はぁっ!!」

 

刀身が指に近づくにつれ、荒い息を吐き、大量の汗を流れ始めるのが見えた。

それでもゆっくりと止めることなく刀身を進めていく。

 

「・・・・くっ」

 

悟史達の父は刀身が指に触れる寸前まで来たところで小さく声を漏らして動きが止め、そのまま頭を俯かせる。

 

「・・・・どうしたんだい?」

 

動きを止めた悟史達の父を見つめながら冷静に問いかける茜さん。

その目は出来ないことを確信していたかのように冷たい色が宿っている。

 

「・・・・っ」

 

茜さんの言葉に顔を歪めながら腕を動かそうしているが、自身の意志に反して身体が動かないようだった。

当然だ、一般人が自らの意志で自分の指を切り落とすなんて狂ったことを出来るわけない。

 

「・・・・所詮裏切り者のあんたの覚悟なんてそんなもんさね」

 

「っ!!!う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

冷静に、そして冷たく吐き捨てられたその言葉を聞いて悟史達の父が叫びながら刀身を高く振り上げる。

 

「っ!?ま、待ってください!!」

 

顔を歪ませ恐怖を誤魔化しながら刀身を指へ振り下ろそうとする父を見て、悟史が我慢の限界を超えてたのか慌てて口を開く。

 

「罰が必要だと言うのなら僕も一緒に受けます!なのでどうか、どうか指を切り落とすのはやめてください!お願いします!お願いします!!」

 

悟史は両親よりも前に出て茜さんに土下座しながら頼み込む。

 

「悟史君!?」

「悟史!!」

 

自分達のために土下座して頼み込む悟史を見て、やめさせようと両親が慌てて駆け寄る。

しかし悟史は両親が身体を掴んで必死に土下座をやめさせようとするが、それでも土下座の姿勢を保ったま再度口を開いた。

 

「今回両親が謝ることになった理由は全て僕のわがままなんです!僕がここで、雛見沢でもう一度家族で暮らしたいと願ったから、父と母は僕の願いを叶えるために、みなさんに許してもらおうとここにやってきたんです!!だから、罰を受けるなら僕も一緒にお願いします!そしてどうか、僕達をもう一度村の一員として認めてください!!」

 

悟史が涙を流しながら発した言葉が部屋に響く。

悟史の言葉を聞いた村の人達が気まずそうに、そして同情したような表情で悟史を見つめる。

悟史の様子を見た公由さんは辛そうに表情を歪めていた。

 

「・・・・悟史君」

 

悟史が両親のために土下座をする姿を見て今まで黙っていた魅音から小さく声が漏れる。

梨花ちゃんも同じように辛そうに顔を歪めながら悟史の姿を見つめていた。

 

「悟史君、気持ちは嬉しいが危ない真似はしないでくれ」

 

「でもっ僕のわがままのせいで指を切り落とすなんて、そんなこと・・・・」

 

「わがままなもんか!ずっと悟史君達はもう俺達と暮らしたくないのかもしれないと思っていたんだ。なのにもう一度一緒になりたいと言ってくれた。君達からしたらよそ者でしかない俺と一緒に暮らしたいと言ってくれた。それで俺がどれだけ救われたことかっ!」

 

土下座して願い続ける悟史を起き上がらせながら父は自身の思いを語る。

 

「悟史君は何一つ悪くない。悪いのは愚かな選択をしてしまった俺達だ。ダム建設の話を聞いた時に俺達には一から家族としての関係を築いていくために新しい場所が必要だと思ったんだ。でも、その時点で俺達は考えを間違えてしまっていた」

 

悟史達の父は過去を悔やむように項垂れながら言葉を続ける。

悟史はそんな父の言葉を黙ったまま聞いていた。

 

「悟史君達が雛見沢のことを、そして友達のことをどれほど大切に思っていたかを考えもしなかった。なのに俺達が良かれと思ってした行動が2人からそれらを引き離そうとしてしまった。俺達は村のみんなと共に戦うべきだったんだ、自分達の村を、悟史達が大好きな雛見沢を守るために戦うべきだったんだ。それなのに逆に邪魔をして・・・・本当にすまない!!」

 

「・・・・お父さん」

 

父の後悔を聞いて何を言えばいいかわからないのか、悟史は言うべき言葉をさまよわせる。

 

「悟史君危ないから離れていてくれ」

 

何も言えずにいる悟史を母へと押し付けてから立ち上がり、再び短刀を握り締め始める。

その顔には今までとは明らかに違う覚悟が浮かんでいた。

 

「俺は!!家族の幸せのためならどんなことだってやる!村全員を敵に回すし園崎家にだって喧嘩を売る!!それは全部間違っていたが、これでまた一緒に暮らせるのなら!俺は!!!」

 

宣言するかのような力強い言葉が耳に届く。

そして短刀を掴んだ手がもう片方への指へ今度こそ振り下ろされそうになった時。

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

今までずっと黙っていた沙都子が母と悟史を横切って短刀を振り下ろそうとする父へと飛び込んだ。

 

「っ!!?」

 

沙都子に気付いて慌てて振り下ろそうとした腕を止めていたが、その直後に体当たりするかのように飛び込んできた沙都子にぶつかって床へと倒れこむ2人。

 

「っ!?どうしていきなり飛び込んできたんだ!刀身が当たったら痛いではすまないんだぞ!!」

 

短刀を振り下ろそうとした時に飛び込んできたことを叱りつけられる沙都子。

それに沙都子は嗚咽を漏らすだけで返事はしない。

少しの間、嗚咽だけを発していた沙都子だったが、やがて途切れ途切れに言葉を言い始める。

 

「やめ、て、やめて、良い子になるからもうやめて。お父さんのこともう嫌いなんかじゃないから、もう私が2人に必要ないなんて思わないから、もうやめてよぉ・・・・」

 

嗚咽と共に涙声で言葉を口にする沙都子にこの場にいる全員が黙り込む。

静まり返った室内に沙都子の嗚咽だけが響く。

 

「・・・・」

 

それを見た村の人達は辛そうに顔を歪める。

魅音や梨花ちゃんも例外でなく倒れる2人の姿を辛そうに見つめていた。

 

もはや誰も2人を糾弾しようなんて考えてはしていないと思えた。

しかし、お魎と茜さんだけが未だ厳しい表情で倒れる2人を見つめていた。

 

嘘だろ、この人達はこれを見てもまだ許すつもりがないのか。

2人の様子に気付いて内心で愕然とする。

 

もういいだろ、もう充分2人は誠意を見せただろ。

 

これ以上やるっていうのなら、俺は村中を敵に回してでも北条家の味方に回るぞ。

俺の視線に気づいた2人がこちらへと視線を向けてくる。

先ほどと同じように鋭い視線で無言のまま余計なことをするなと警告してくるが、今回は絶対に譲るつもりはない。

そのまま2人と視線を逸らすことなく睨み合いを続けていると

 

「・・・・提案があるんじゃが」

 

今までずっと沈黙を守っていた公由さんが口を開く。

今まで話していなかった公由さんが話し始めたことで一気に注目が集まる。

公由さんは全員の視線が集まったことを確認すると続きを話始める。

 

「半年間彼らに雛見沢のために無償で働かせるというのはどうだろうか。雛見沢の邪魔をしたのなら雛見沢のために働く、そして半年間彼らが雛見沢に尽くしているかを監視し、十分だと判断したのならそれをケジメとするっというのは」

 

「「「・・・・」」」

 

公由さんの言葉を聞いて村の住民が話し始める。

そして公由さんの話に最初に賛同したのは梨花ちゃんのお父さんだった。

 

「私は公由さんの意見に賛成です。彼らの誠意は先ほど充分見れましたし、半年間雛見沢のために働いてくださるのならそれで充分です」

 

ねぇっと同意を求めるかのように妻へと視線を送る梨花ちゃんのお父さん。

 

「・・・・まぁ神社の掃除も雛見沢のために働くに含まれるのなら、私としては文句ありません」

 

同意を求められた梨花ちゃんのお母さんも小言を言いながらも公由さんの意見に賛同する。

 

「・・・・僕も公由の意見に賛成なのですよ!!にぱーーー☆」

 

そして最後に梨花ちゃんが元気いっぱいに賛同を口にする。

梨花ちゃんは賛同を口にした後に沙都子とお父さんの姿を申し訳なそうな顔で見つめていた。

梨花ちゃんの言葉を皮切りにはっきりとは言わないが賛同寄りの声が次々を現れる。

 

「俺ももちろん公由さんの意見に賛成!!」

 

俺も便乗するようにお魎と茜さんを横目に発言する。

それを見た茜さんがため息を吐きながらお魎へ視線を送る。

茜さんからの視線を受けたお魎さんは何も言わずにゆっくりと目を閉じた。

それを見た茜さんは再び小さくため息を吐いて口を開く。

 

「・・・・一年だ」

 

茜さんが全員の言葉を聞き終えた後に静かに言葉を発する。

 

「半年ではなく一年、村のために働きな。一年働いて私らが満足できる結果を出したのなら、あんたらをもう一度村の一員として認めてやるよ」

 

「「っ!?」」

 

茜さんの言葉に驚いた表情を浮かべる悟史達の両親。

それは2人だけでなく、部屋にいる全員が驚いていた。

なぜならこれは、あの園崎家が北条家を許すと口にしたようなものなのだから。

 

「勘違いしないように言うが、この一年間は私達はあんたら仲間とは認めない。子供二人は変わらず公由家で預からせるし、私たちもあんたらの監視を続ける。ああ、もし嫌になったらいつでも出ていきな。ただしその時は子供達は絶対に渡さないし、この村にも二度と立ち寄らせない」

 

茜さんが脅すように口にした言葉に2人は黙って頷く。

 

「灯火、あんたもその間は余計なことをするんじゃないよ。黙って2人を見守りな。今回の件、あんたが裏でこそこそ動いてたことはわかってんだからね」

 

「・・・・わかりました」

 

2人が頷くのを確認した茜さんがついでとばかりに俺へと釘を刺してくる。

・・・・やっぱりバレてたのか。

 

「・・・・これで今回の話は終了だね。北条のお二人さん、これからのあんたらの働きをしっかり見とくからね」

 

茜さんは自身の言葉に2人が頷くのを見届けると、終了の合図の鐘を鳴らしてお魎と魅音と共に退出する。

2人が退席した後は他の住民達も悟史達を気まずそうに見た後に次々と退席していく。

公由さんも何も言わずに退席をしようとしたところ、悟史達の両親から必死に頭を下げながらお礼を口にされていた。

 

「・・・・あくまで悟史君と沙都子ちゃんのためじゃ。勘違いするなよ」

 

っと2人に言いながら退席をしていく。

そして去り際に悟史達に後からゆっくり家に帰ってきなさいっと言っていた。

 

これから一年間は両親は悟史達と一緒に過ごすことは出来ない。

だからきっと気を利かせて四人で話をさせてあげようと考えたのだろう。

それに気付いた両親は黙って公由さんに頭を下げていた。

 

俺も四人の邪魔をしないためにバレないようにこっそりと部屋を後にする。

 

退出する寸前に四人の姿を確認する。

 

涙で目を赤くしながらも嬉しそうに笑う悟史。

夫の心配して泣きながら怒鳴っている母。

それを受けて困ったように固まる父。

頬を染めながら照れ臭そうに両親に近寄る沙都子。

 

どこにでもありふれた仲の良い家族の光景が広がっていた。

 

その光景が自分には眩しく、すぐに目を逸らして部屋を退出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日から随分と時が経った。

悟史達の両親はあの日に言われた通り村のために精一杯貢献している。

公共設備の掃除に修理、村の住民の手伝いなどを暇があれば行い続けていた。

彼らにも仕事があるというに村のために尽くしている。

 

前に梨花ちゃんのお母さんが神社の掃除を手伝ってくれる2人と楽しそうに話しているのを見かけた。

村の住民達も最初は邪険にしていたが、時が経つにつれ少しずつ態度が軟化していくのがわかった。

 

悟史達は両親を心配そうに見守り続けている。

 

俺も茜さんに忠告された通り、あれ以来2人には接触していない。

 

しかし、あることを懸念してこっそりと2人の監視は行っている。

 

俺の懸念、それはもちろん2人が雛見沢症候群を発症しているかもしれないということだ。

一年間という長期にわたる雛見沢への無償の奉仕。

そして軟化してきたとはいえ、村の住民の態度は未だ友好的とは言えない。

ストレスは必ず蓄積しているはずなんだ。

 

だから2人に雛見沢症候群の症状が出ていないかを注意深く観察を続けた。

事情を知っている入江さんにも2人のことを説明して気にかけてくれるようにお願いした。

 

そして今まで観察を続けているが、2人から雛見沢症候群らしき症状は確認出来ていない。

 

 

このまま、このまま何事もなく終わってくれ。

このまま一年を終えて悟史達と幸せに暮らしてくれ。

 

そう願いながら日々が過ぎ去っていく。

 

 

 

 

 

 

そして、今年の綿流しの日がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回灯火、何もしてない!
さて描写はしてないのですが、補足でここに記載します。
園崎家ですが、本当は北条家にケジメとして指を切らせようとしてませんでした。
渡された短刀は刃引き?っていうのですかね、切れないように細工してましたし、本当にやりそうな時は止めるために葛西が背後でスタンバイしてました。

また実は事前に公由さんと今回の落としどころについて話し合っていました。
公由さんが提案して茜さんが承諾したのは打ち合わせ通りだったりします。

公由さんが会議の前に園崎家に説明して必死に許してもらえるように頼んでいました。そして彼らが自分達へ覚悟を見せるようなら許すことも考えるとなり、北条父は見事覚悟を見せたということになります。
村の人達を納得させるためにも過激なことは必要でしたし。

今回、公由さんが裏でめちゃくちゃ頑張っていた!というわけです。
ちなみに灯火がコソコソやっていたのがバレたのは会議前に公由さんが灯火のことを言ったからです。

そして次回は綿流し
あと二話くらいで北条家の話は終わるかなっと思います。


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綿流し

時計の時針が19時を指して今が夜だと示す。

電灯のような闇を照らすものが少ない雛見沢では真っ暗で慣れてないと散歩することも難しい時間帯。

 

いつもなら誰も外には出ずに風が草木を揺らす音と虫の鳴く声だけが雛見沢の夜に鳴り響いているのだが、今日ばかりは違う。

 

暗い夜道を照らすかのように様々なテントから明かりが漏れ、木々や虫の鳴き声を掻き消すかのように雛見沢の住民達の楽しそうな話し声が響き渡る。

今日は雛見沢の住民の全てが待ち望んでいた綿流し。

昨年の綿流しはダム建造騒動によって本来の形では出来なかった。

去年はただテントの下で酒を飲んで騒いで鬱憤を晴らしていただけだった。

親父たちはそれでよかったかもしれないが、酒を飲めない子供やお酒を飲まない方達は不満だったに違いない。

 

去年のその日に親父達よりも酒を飲んで騒ぎを起こした未成年の人達がいたような気がするが、気にしてはいけない。

 

「お兄ちゃん早く早く!」

 

久しぶりの綿流しの祭りを見て目を輝かせながら俺の手を引いて先へと急ぐ礼奈。

俺もだが、礼奈も年に一度のお祭りを心待ちにしていたようだ。

 

「礼奈、灯火。あんまり走ると危ないよ」

 

はしゃぐ礼奈の様子を見て注意の声が届く。

声を聞いた礼奈は足を止めて声のほうへと振り返る。

 

「お父さんも早く早く!急がないと祭りが終わっちゃうよ!」

 

「あはは、祭りはまだ始まったばかりだから大丈夫だよ」

 

俺の手を引いて早く祭りへと行こうとする礼奈に苦笑いを浮かべる父さん。

 

「お母さんも早く早く!」

 

礼奈は父さんの後ろからゆっくりと歩いてきている母さんにも声をかける。

 

「はいはい、そんなに焦らくても祭りは逃げたりしないんだから」

 

礼奈の声を聞いた母さんは呆れながら進む足を速めていた。

そんな両親を見ながら祭りの前に礼奈から提案された内容を思い出す。

 

一週間前、毎年のように梨花ちゃんに悟史達と魅音達を誘って祭りを回ろうと計画していると、礼奈が俺にある提案をしてきた。

 

今回はみんなで回るのでなく、みんなそれぞれの家族と一緒に回りたいらしい。

悟史達が両親と仲良くなれた。

なので今回の綿流しは家族水入らずで過ごしてほしいと考えたようだ。

それを聞いた俺はすぐに公由さんに相談をした。

 

まだ茜さんがケジメとして命令した一年間の雛見沢への貢献が終わっていない。

なので両親は悟史達と一緒にいることは本来なら難しいのだが、綿流しの日くらいは一緒に過ごせないかダメ元でお願いをした。

 

それから少し時間が経った後、俺達のところに嬉しそうな表情をした悟史が綿流しの日は両親と過ごすことが出来るようになったと報告をしてきた。

どうやら公由さんが動いてくれたようだ。

 

悟史達が両親と綿流しを過ごすことが決まったことで、せっかくなので今回は俺達も家族と祭りに向かう流れになり、梨花ちゃんも魅音と詩音もそれぞれの両親と共に綿流しを楽しむことになった。

 

今までの綿流しはみんなと過ごしてきたので、今回家族と過ごす綿流しは新鮮に感じる。

 

「本当に人がいっぱいね、屋台にも人が並んでて物を買うのも一苦労しそうだわ」

 

「そうだね、これはまず二手に分かれて買いに行ったほうが良さそうだ」

 

予想以上の祭りの混み具合を見て驚きながらそう提案する両親。

今回夕食は祭りで済ますつもりだったので俺達は何も食べていない。

 

なので腹を満たすために食べ物と飲み物を手に入れなければならないのだが、確かに母さんの言う通りこの混み具合では入手するのに時間がかかりそうだ。

それぞれのテントに並ぶ長蛇の列を見てため息が口から洩れ、腹からも不満の声が漏れる。

父さんの言う通り二手に分かれるのがベストだろう。

 

「!じゃあ礼奈はお父さんと一緒に焼きそばを買ってくるね!お兄ちゃんはお母さんと一緒に飲み物をお願い!ほら行こ、お父さん」

 

「お、おい礼奈!走ったら危ないって!そんなに強く手を引っ張らなくても」

 

父さんの言葉を聞いた礼奈が父さんを連れて焼きそばを売っている屋台へと向かう。

焦るかのように父さんを引っ張って人混みへと消えた礼奈を見て少し困惑を覚える。

 

礼奈、そこまでお腹が空いていたのか?

 

「礼奈、すごい勢いで行っちゃったわね。そんなにお腹空いてたのかしら?」

 

俺と同じ結論に達した母さんが呆れた様子で礼奈と父さんが消えた方へと視線を向ける。

そんな母さんを横目で見ながら嫌な考えが脳裏に過る。

まさか、礼奈は俺と母さんを一緒にいさせようとしてる?

強引に父の手を掴んでいった礼奈、もし礼奈が俺が母さんのことを良く思っていないことに気付いていて、仲良くさせようと二人っきりにしたとか。

 

・・・・いや、まさかな。偶然に決まってる。

嫌な思考を頭を振って追い出す。

 

「さぁ礼奈の言う通り私達は飲み物を買いに行きましょう。灯火は何が飲みたい?」

 

「・・・・せっかくの祭りだし、定番のラムネかな」

 

「わかったわ、じゃあ行きましょ」

 

俺の言葉を聞いた母さんが飲み物が売っているテントを探しながら歩き始める。

それを見て俺は内心で緊張しながらゆっくりと口を開いた。

 

「・・・・ねぇ、はぐれたら危ないからさ。手、繋ごうよ」

 

緊張と羞恥で顔が熱くなるのを実感しながら母さんへと手を伸ばす。

これが礼奈の狙いではなかろうと、せっかく母さんと二人になったのだ、俺も歩み寄る努力をしなければならない。

あの沙都子が父と和解したんだ、俺も原作知識がとか下らない言い訳をしているわけにはいかない。

母への疑念が消えたわけでは決してないけど、だからといってこのままにはしたくない。

 

「ふふ、今日の灯火は素直ね。はい、手を繋ぎましょ」

 

羞恥で目を逸らしながら手を出す俺を微笑ましく見ながら俺の手を握る母さん。

握られた手は、先ほどまで握っていた礼奈の手より大きく、温かい。

それを感じて、どうしてか少し心が温まるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・えへへ」

 

「礼奈、いきなり戻ってどうしたんだい?」

 

「ううん、なんでもないの!行こお父さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食べ物と飲み物を買った俺達は道の脇に設置されていた長椅子に四人で並んで座って食事を行う。

 

「はうーお腹いっぱい!」

 

焼きそばを完食した礼奈は満足そうに口を開く。

そうは言っても甘いものが売っているテントを見つけたら食べに並ぶに決まってる。

まぁ俺も食べ足りないのでそれでいいんだけど。

 

「お兄ちゃん、お母さん!実は礼奈ね、食べ物以外にこれも買ってきてたの!」

 

食べ物を食べ終えた礼奈が後ろに置いていた袋から何かを取り出す。

やけに大きな袋を持っているなと思っていたら、食べ物以外も入っていたのか。

 

「これは、動物のお面かしら?」

 

礼奈から手渡されたものを見た母さんがそう呟く。

それを聞いた俺も見てみれば確かに可愛らしい顔をした猫のお面だった。

母さんのも同じく猫のお面だが、俺のとは猫の顔が違っている。

 

「えへへ!そのお面はね!お兄ちゃんと母さんみたいだなって思った動物の顔を買ったの」

 

嬉しそうに語る礼奈の話を聞いて改めてお面を見る。

母さんの猫の仮面はクールな印象を与える綺麗な顔の大人猫だった。

そして俺は、仏頂面のデブな子猫である。

 

「おい礼奈、俺と母さんの面の差がすごいことになってるんだが、これを選んだ理由を聞こう」

 

「え?お兄ちゃんそっくりだよ?」

 

「嘘だ!!」

 

俺の質問に純粋な表情で答える礼奈に思わず叫ぶ。

嘘だろ、礼奈から俺はこんな風に見られてるのか。

俺がショックのあまり呆然としている横で礼奈は自分の分と父さんの分のお面を取り出す。

 

見れば礼奈も父さんも猫の面で、礼奈は可愛らしく口を開けて満面の笑みを浮かべている子猫で、父さんのほうは落ち着いた印象の大人猫だった。

 

どう考えても俺の面だけ差別を感じる。

いやいや、これは礼奈のセンスが悪いだけで、決して俺とこいつが似ているわけでないはずだ。

 

「あらそのお面、本当に灯火にそっくりね」

「灯火を猫にしたらこんな感じだね。さすが礼奈だ、よく見つけたね」

 

「・・・・」

 

俺の仮面を見た両親が揃って俺のお面への感想を口にする。

そんなわけがない、俺は信じないぞ!これはたまたま俺以外の竜宮家のセンスが致命的なだけなんだ。

俺は心の中で葛藤しながら受け取ったお面を頭の横に付ける。

礼奈達も同じように頭にお面を付け、それを見た礼奈は嬉しそうに笑う。

 

「えへへ!お揃いだよ!」

 

そう言って笑う礼奈の表情は、頭に付けている子猫の面とそっくりだった。

礼奈の可愛らしい表情を見てほっこりとした気持ちになる。

この顔を見れるならお面くらいいくらでも付けるに決まってる。

 

あれ?礼奈と頭につけている子猫は確かにそっくりと言えるほど似ている。

ってことは礼奈のセンスはおかしくない?

てことは俺とこのデブ猫もそっくりということで・・・・

 

 

それに気付いた俺はそれ以上深く考えない事にした。

 

 

「あ、灯火に礼奈なのです」

 

俺が自分のお面と睨み合いをしていると通りかかった梨花ちゃんが声をかけてくる。

梨花ちゃんのほうへと顔を向ければ梨花ちゃんだけでなく、羽入はもちろんだが、両親の姿もあった。

話した通り梨花ちゃんのところも家族で綿流しを過ごすことにしたようだ。

 

「こんばんは梨花ちゃん!梨花ちゃんも家族と一緒になんだね」

 

「こんばんはなのです!はい、今日は両親と一緒なのでお金を気にすることなく買い放題なのですよ。にぱーー☆」

 

「だからって買いすぎよ」

 

礼奈の言葉に笑顔で答える梨花ちゃん。

梨花ちゃんの言葉を聞いた梨花ちゃんのお母さんが呆れたようにため息を吐いている。

一体どれほど買ったんだ梨花ちゃんは。

 

「みぃ、礼奈たちがとっても可愛い猫さんのお面を付けているのですよ」

 

「えへへ!みんなでお揃いなの!」

 

梨花ちゃんが俺達が付けているお面に気付いて感想を述べる。

それを聞いた礼奈は梨花ちゃんに嬉しそうに説明をしていた。

 

「あうあうあう!すごいのです!灯火の付けている猫さんのお面と灯火がそっくりなのですよ!」

 

近くで俺とお面を交互に見ていた羽入が感心したような声を漏らす。

それを聞いていた梨花ちゃんが俺と仮面を見つめる。

 

「ほんと、そっくりね。灯火を猫にしたらこんな感じなんじゃないかしら」

 

梨花ちゃんも羽入の言葉に同意するように答える。

2人の意見を聞いてどんどん心が死んでいくのを感じる。

嘘だろ、俺ってまじでこんな顔なのか。

今まで自分の顔を客観視できていなかった事実に落ち込む。

俺って悟史には負けるけどそれなりにカッコいいと思ってたよ。

 

「僕たちも家族でお揃いなのですよ」

 

俺が落ち込んでいる横で梨花ちゃんは自身が着ている巫女装束を礼奈に見せながらクルリと回る。

それを見た礼奈はあまりの可愛さに「はうっ!」っと声を漏らして手で口を押さえる。

今は家族のいる手前、暴走を抑えているようだ。

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて梨花ちゃんの両親を見てみれば、確かに2人とも梨花ちゃんと色違いの同じ服を着ている。

いつも神社で着ているものとは装飾が違っていて、綿流しの儀に使うためのものなのだろうか。

 

「えへへ!礼奈たちと一緒で家族でお揃いなんだね」

 

「はいなのです!()()()()()()お揃いなのですよ!にぱーー☆」

 

礼奈の言葉に笑顔で答えながらちらりと羽入へと視線を向ける梨花ちゃん。

 

「梨花っ!」

 

いつも巫女装束に身を包んでいる羽入は梨花ちゃんの言葉の意味に気付いて感激で目に涙を溜める。

悟史達の一件で梨花ちゃんも家族に対して思うところがあったようだ。

微笑ましい気持ちで笑みを浮かべながら嬉しそうに泣く羽入と照れて顔を背けている梨花ちゃんを見つめた。

 

 

「はうはうはうー!今日の梨花はとっても優しいのですよ!わたあめもリンゴあめも食べれてもう最高なのです!」

 

テントで売っている甘いものを味わうことが出来た羽入は頬を緩ませながら俺の近くを浮遊する。

 

「羽入、悟史達が今どこにいるかわかるか?」

 

「え?悟史達なのですか?ちょっと待っててくださいなのです」

 

俺の言葉を聞いて上空へと昇っていく羽入。

少しの間上空で辺りを見回していた羽入はゆっくりとこちらへと戻ってくる。

 

「いました。僕たちとは少し離れていますが、家族全員で楽しそうにご飯を食べているのですよ」

 

「・・・・そっか、ありがとう羽入」

 

万が一を心配していたけど、その様子なら大丈夫そうだ。

2人は雛見沢症候群を発症していない。

そう結論を出して安心して息を吐く。

後は悟史達が綿流しを楽しんでくれることを願うばかりだ。

 

 

「お兄ちゃん!あっちで面白そうなものがあるよ!」

 

離れた場所で礼奈がこちらへと手を振るのが見える。

両親と梨花ちゃん達も一緒にいるようだ。

 

「行きましょうなのです灯火」

 

「ああ」

 

羽入の言葉に従って俺を待つみんなのところへ向かう。

俺達も悟史達に負けないくらい綿流しを楽しませてもらおう。

 

 

 

 

「お兄ちゃん!これって前にお兄ちゃんが着たメイド服だよね!だよね!」

 

「・・・・」

 

礼奈が俺の服を掴みながら興奮したように口を開く。

確かに礼奈の言う通り、テントの中には見覚えのある服が凄まじい存在感を放ちながら鎮座していた。

 

「よう灯火、元気そうで何よりだ!今年もこの服を持ってきてやったぜ!」

 

いつかの綿流しで見たおっさんが歯を光らせながら俺へ見せつけるように服を掲げる。

天使の輪っかに露出の激しいメイド服。

以前の綿流しの日に俺が強制的に着ることになった『堕天使エロメイド』とかいう名の服だ。

 

「どうしてそれがここにあるんだ!それは前の綿流しで俺が綿と一緒に川に流して葬ったはず!」

 

二度と帰ってくるなと川に放り投げたことを今も俺は鮮明に覚えているぞ!

 

「そんなもん俺が後で回収したからに決まってるだろ。苦労したんだぜぇ、危うく滝つぼに落ちるところだった」

 

そのまま落ちればよかったのに。

店主の謎の熱意に項垂れるように顔を下げる。

 

「灯火、今年も着てやってくれ。こいつもお前に着られたがってる」

 

真剣な表情で俺に服を手渡そうとする店主。

もちろん、全力で拒否する。

こんなもんもう一度着た日には村の笑い者だ。

 

「えー!着てあげようよお兄ちゃん!礼奈またお兄ちゃんのメイド姿を見たいかな!かな!!」

 

「みぃ、こんなこともあろうかとカメラを持ってきているのですよ。これに灯火のメイド姿をばっちり撮影できるのです。にぽーーー☆」

 

興奮して息の荒い礼奈と暗い笑みを浮かべる梨花ちゃんが俺へ詰め寄ってくる。

うちの両親と梨花ちゃんの両親に助けを求めるが、全員興味津々に俺を見つめるばかりで何も言ってこない。

 

「嫌に決まってるだろ!俺はもう二度とそれを着ないと誓ったんだ!」

 

詰め寄ってくる礼奈と梨花ちゃんに距離をとりながら叫ぶ。

そういうのは将来やってくる圭一にやってくれよ!俺は女装なんて絶対にしたくない!

 

「礼奈、それに梨花ちゃんだったかな。灯火が嫌がってるのに無理に着せるのはよくないよ」

 

諦めずに再び俺に近寄る礼奈と梨花ちゃんに、うちの父さんが優しく説得する。

父さんから言われるとは思ってもいなかった礼奈たちは動きを止める。

 

なんということだ、まさか父さんが俺の味方をしてくれるなんて。

やはり大切な息子に女装なんてさせるわけがないんだ。父さん、ありがとう!

 

「灯火にはそんなものより、僕が手掛けたこの大精霊チラメイド服のほうがよく似合うに決まっている!!」

 

いつの間にか背後に回っていた父さんが俺を拘束しながら高らかにそう宣言する。

 

は?

 

俺の横にいつの間にか出現していた別の服を見て思考が止まる。

さっきの服と変わらないくらいに露出の激しいメイド服になぜか白い羽が付いている。

 

「父さん・・・・?」

 

震えながら俺の背後に陣取る父さんを見つめる。

父さんはいつもの優しい笑みを浮かべながら俺に向かってゆっくりと口を開いた。

 

「灯火、僕が苦労して作ったこの服。灯火なら着てくれるよね」

 

「絶対着ない」

 

父さんの言葉に即答する。

いやあんたデザイナーだろ!!なんてものデザインしてやがる!

まさかあんた、こんな感じの服を作りまくったせいで母さんから呆れられたんじゃないだろうな!

だとしたら俺の今までの気持ちの恨みは計り知れないぞ!

 

「灯火」

 

「っ!母さん!」

 

この際だ、母さんから父さんに言ってやってくれ!

同じデザイナーの母さんに叱られれば、父さんも目を覚ますだろう。

 

「あなたなら必ず似合うわ、だって母さんに似て綺麗な顔をしているもの。完璧な女装をすることが出来るはずよ」

 

さっきまでこのお面のデブ猫にそっくりって言われたんだけど俺。

俺が心の中で母さんにツッコミを入れている間に父さんと店主が口論を開始していた。

 

「けっ!そんなダサい服を灯火が着るかよ。灯火はこの堕天使エロメイドを着たがってるんだ」

 

着たがってない。

 

「そちらこそ僕の息子の趣味を勝手に決めつけないでください。灯火は僕の作った大精霊チラメイドが好きなんです」

 

好きじゃない。勝手に俺の趣味を決めつけてるのは父さんだ。

 

「じゃあ間をとって両方着るのはどうかな?かな?」

 

「「まぁ、それなら・・・・」」

 

着るわけないだろうがぁぁぁぁぁぁぁ!!

何それで妥協するかみたいな顔をしてやがる!

なんで俺がそれらを着ることを前提になってるんだよ!!

 

「あはは!お兄ちゃん達が面白いことやってる!」

 

俺が魂の叫びを伝えるために口を開こうとしたタイミングで聞き覚えのある声が耳に届く。

嫌な予感を覚えながら振り返ると、そこには予想通り悪い笑みを浮かべた魅音の姿があった。

 

「え、なになに?お兄ちゃんがこの服を両方着るの?」

 

いつの間にか俺にくっついていた詩音が父さんと店長の持つ服を見て面白そうな表情を浮かべる。

最悪だ、最悪のタイミングでこいつらが来やがった!

魅音の後ろには茜さんと茜さんの夫の姿が見える。

どうやら魅音達も家族で綿流しを楽しんでいたようだ。

それは非常に喜ばしいのだが、できればそのまま家族だけで楽しんでほしかった!

 

「話は聞かせてもらいましたよ!」

 

「・・・・」

 

もう声だけで誰かわかる。

死んだ目で声のしたほうを見れば、そこにはメガネを光らせて笑う入江さんがそこにいた。

 

「メイドの匂いにつられて着てみれば、まさかこんな素晴らしいメイド服に出会えるとは思ってもみませんでした!灯火さん!これらを着ないなんて、共に魂となって地獄を巡ったソウルブラザーである私が許しませんよ!」

 

荒い息を吐きながらこちらへ詰め寄る入江さん。

ソウルブラザーはやめろ!その呼び名は後でフラグになりかねない!

 

「ねぇねぇお兄ちゃん」

 

俺が入江さんにその呼び名をやめさせようとしていると、礼奈が俺に声をかける。

 

「お兄ちゃんはこの服を着るのが恥ずかしいんだよね?だよね?」

 

「・・・・まぁ、そうだな」

 

恥ずかしいとかの以前に着たくないだけなんだが、似たようなものなので否定してない。

それを聞いた礼奈は恥ずかしそうに頬を染めながら呟く。

 

「だったら私も一緒に着るよ。それならお兄ちゃんも恥ずかしくないよね。どうかな?かな?」

 

礼奈の発言を聞いていた周りの男どもが一斉にざわつく。

馬鹿な、礼奈がこのふざけた服を俺と一緒に着るだと。

たぶん店主や入江さん達は女の子はこの服を着てくれないと諦めていて、代わりに俺に着せようとしていただけにすぎない。

可愛らしい女の子が着てくれるなら当然そちらのほうが良いに決まってる。

小学生の礼奈にこの服を着こなせるとは思えないが、そのアンバランスが逆に興味を刺激する。

 

「「「灯火(さん)!!!」」」

 

俺と同じ結論に至った父さんと入江さんと店主が俺の名前を呼ぶ。

俺はそれに答えるかわりに父さんが持つ大精霊チラメイドを奪い取る。

服を肩に下げながら着替えるために店主のテントへと向かう。

 

俺がキモイ姿を晒そうと、礼奈の可愛らしい姿を見れるなら安いものだ。

三人から敬礼を受けながら俺は着替えスペースで着替えを開始した。

 

 

 

 

「ごめんなさいお兄ちゃん。店主さんにもらったこの服なんだけど、小さくて着れなかった」

 

着替えから戻った俺に礼奈が申し訳なさそうに出迎える。

当然メイド服には着替えておらず、私服のままだ。

 

「まぁ、二年以上前に灯火が着たやつだからなぁ。さすがに礼奈ちゃんでも着れなかったか」

 

「クッ、礼奈さんのメイド服が見れないとは非常に残念です。しかし、灯火さんのもすばらしいです!さすがソウルブラザー!同じメイド魂を持つ灯火さんなだけあります!」

 

「やっぱり僕が作った服は灯火に似合うと思ってたんだ!来年も作るから期待してて」

 

男どもは礼奈のメイドを見れないことを悔しがりながらも俺の姿を見て感心したように声をだす。

魅音達は必死に笑いこらえており、梨花ちゃんは持参したカメラを持って何度も俺に向かってシャッターを切っている。

 

「・・・・」

 

悟史達、祭り楽しんでるかなぁ。

 

 

 

 

 

 




1話にまとめるつもりが少し長くなったのでニ話に分けました。
次回は悟史目線で始めます。


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綿流し2

「にーにー!こっちですわ!」

 

沙都子が綿流しの祭りに集まった多くの人達の間を縫うように移動しながらこちらへと呼びかける。

僕は沙都子のように人混みの中をうまく通ることは出来ないので、苦労しながら人混みを通り抜けて沙都子のとこへと追いつく。

 

「もう!はやく行かないとりんご飴が売り切れてしまいますわ!」

 

「まだ始まったばかりなんだから大丈夫だよ」

 

早く行かないとりんご飴が売り切れてしまうと思っている沙都子が焦りながら先を急ぐ。

僕はどんどん先へと行こうとする沙都子の手を掴んで止める。

 

「慌てなくてもりんご飴は買えるよ。それに僕たちはお金を持ってないから行っても買えないんだから」

 

このまま沙都子が先へ先へと行ってはぐれてしまったら目も当てられない。

僕は沙都子を捕まえながら後ろからゆっくり歩いて来ている両親へと目を向ける。

 

「もう!お母さんもお父さんも遅いですわ!りんご飴が私を待っていましてよ!」

 

こちらへ追いつくのに手間取っている両親へ沙都子がはやくはやくと叫ぶ。

僕はそんな沙都子を苦笑いで見つめた。

沙都子がごく普通に両親を呼んでいることの幸せを噛み締めながら。

 

「沙都子、あんまり先へ行かないで。私達とはぐれたら大変でしょ!」

 

僕達へ追いついた母さんが沙都子を叱る。

母さんからの言葉を受けた沙都子はバツが悪そうな顔をしながら僕の後ろへと隠れる。

 

「まぁまぁ、ちゃんと待っていてくれたんだからいいだろ」

 

僕の後ろに隠れる沙都子をさらに叱ろうとする母さんと父さんが苦笑いを浮かべながら宥める。

 

「でも沙都子、母さんの言う通り迷子になったら大変だからゆっくり行こう。慌てなくてもりんご飴はちゃんと買えるから」

 

「・・・・うん」

 

優しく語りかける父さんに沙都子は申し訳なそうに俯きながら頷く。

父さんは俯く沙都子を見ながら沙都子の手を握る。

 

「はぐれると危ないからな、俺と手を繋いでいこう。待たせてしまったお詫びにりんご飴は二つ買ってあげよう」

 

それを聞いた沙都子は俯いていた顔を上げて嬉しそうに笑う。

 

「あ、ありがとう・・・・お父さん」

 

握られた手を見つめ、頬を染めながら父さんへとお礼を口にする沙都子。

それを見た父さんは感動したように沙都子の名を口にしながら固まっていた。

 

「うちの沙都子が可愛すぎる」

 

硬直から動き出したと思えば、母さんに真顔でそう口にする父さん。

それを聞いた母さんは無表情で口を開く。

 

「はいはいそうね。というかお金は私が持ってるんだからあなたは買えないでしょう」

 

「三つ買ってやってくれ。悟史君と沙都子にそれぞれ三つずつだ」

 

「食べきれるわけないでしょ。はぁ・・・・」

 

真顔で要求し続ける父さんを見て疲れたように手で顔を抑える母さん。

まぁ、今まで沙都子から拒絶され続け、ようやく自分に歩み寄ってくれたんだ。

父さんがこうなる理由も納得は出来る。

 

でも、強面な父さんがデレデレしているのは・・・・ちょっと、いやすごい違和感がある。

 

それを見ていた沙都子が悪い笑みを浮かべる。

 

「お父さん。私、りんご飴だけじゃなくてわたあめもチョコバナナもたこ焼きも焼きそばも食べたい」

 

「ええ、さすがにそれは食べきれないだろう」

 

沙都子が次々と要求する食べ物の数々にさすがに苦笑いを浮かべる父さん。

それを受けて沙都子は両手で父さんの手を握りながら目を潤ませる。

 

「・・・・ダメ?」

 

「買おう。母さん、財布を俺に渡してくれ」

 

沙都子の上目遣いのお願いに一瞬で撃沈する父さん。

いつの間にか沙都子が梨花ちゃんのような悩殺テクニックを覚えていた。

 

「・・・・まったく、この調子だとこれから一緒に暮らす時に大変だわ」

 

父さんの様子を見てため息を吐きながらそう言う母さん。

これから一緒に暮らす。

何気なく母さんは言ったけど、それは僕たち全員が望んでいることなのだろう。

 

園崎の人達にケジメとして村の手伝いをするように言われてからもう半年以上が過ぎている。

今も村の人達の態度は決して良好とは言えないけれど、それでもこうして祭りに来ても嫌な顔をされずに過ごすことが出来るところまで関係は改善されている。

この半年間、父さんと母さんが村のため、住民のために頑張ってきた結果なんだ。

 

もう半年頑張れば、両親は許されて村の一員になることが出来る。

そうすれば家族で一緒に住んで、今度こそ本当の家族になるんだ。

 

少し前までは到底出来るわけがないと諦めていた夢がほとんど現実になろうとしている。

公由さんに灯火、そして礼奈。

僕達のために協力してくれた人たちには必ず恩返しをすることを誓う。

 

「にーにー!早く行きますわよ!」

 

父さんと手を繋いで先へと向かっている沙都子が僕を呼ぶ。

僕はその声に応えながら先へと急いだ。

 

 

 

 

 

「うぅ、食べすぎましたわ」

 

「そりゃあ、あれだけ食べればそうなるよ」

 

椅子に座ってうずくまる沙都子の背中をさすりながら口を開く。

沙都子の策略によって財布のひもが緩くなった父さんが沙都子がほしいものを次から次へと買っていたのだ。

それで調子に乗った沙都子が食べ過ぎた結果、このざまだ。

その様子を見た母さんが呆れながら沙都子を叱る。

 

父さんは沙都子のために追加でまだまだお菓子を買いに行ってしまったけど、僕も沙都子ももうお腹いっぱいだ。

それらは灯火達を見つけて食べてもらうしかないだろう。

 

「そういえば、まだ灯火さんと会っていませんわね。今日の綿流しは来るとおっしゃっていましたのに」

 

腹痛の峠を越えて楽になった沙都子が周りを探しながら口を開く。

それを聞いて僕は薄く笑みを浮かべる。

灯火達じゃなくて灯火ね。これは重症かもしれないな。

 

「ねぇ、沙都子」

 

「なんですの?」

 

ラムネを飲みながら返答する沙都子に問いかける。

 

「灯火のことが好きなの?」

 

「ぶふぁ!!?」

 

僕の問いかけに沙都子はラムネを口から盛大に吐き出すことで答える。

沙都子は一瞬で顔を真っ赤にしながら僕を睨みつけてくる。

 

「な、なんでそうなりますの!?私はただ今日はまだ灯火さん達に会えていないからそう言っただけですわ!」

 

「うんうんそうだね」

 

「そんな適当な返事をしないでくださいまし!私は灯火さんのことは好きでもなんでもありませんわ!」

 

顔を真っ赤にしながら否定されても残念ながら説得力は皆無だ。

でもそうか、これで僕と沙都子は兄妹揃ってあの兄と妹に惚れてしまったようだ。

僕はもう自分の思いをしっかりと自覚している。

あの日礼奈が僕に素直になっていいと言ってくれた日。

僕はあの子に恋をしてしまったんだ。

おそらく沙都子もそうなんだろう。いや、もしかしたらもっと前からなのかもしれない。

 

僕達はもしかしたら一生あの2人には敵わないのかもしれないね。

 

「ほんと、あの兄妹には敵わないなぁ」

 

僕は叫び続ける沙都子を宥めながら小さく呟いた。

礼奈には一生敵わなくていいけど、灯火には勝たないとなぁ。

お兄ちゃん大好きな礼奈に惚れてもらうには僕が灯火を超えるしかない。

日頃の礼奈と灯火の様子を思い出し、心の中で大変そうだとため息を吐いた。

 

「あらあら、今日はご家族で一緒なのねぇ」

 

僕と沙都子が話をしている最中に聞き覚えのある女性の声が耳に届く。

 

「あ、鷹野さんですの」

 

沙都子が女性の正体を口にする。

振り返れば沙都子の言う通り、診療所でナースをしている鷹野さんがいた。

その隣には入江さんと毎年雛見沢に来ているカメラマンの富竹さんも一緒だ。

 

「悟史君に沙都子さんこんばんは。祭りは楽しんでいますか?」

 

「はいもちろん、入江さん達は富竹さんとお知り合いだったんですね」

 

入江さんの言葉に頷きながら意外な組み合わせに少し驚く。

雛見沢の住民ではない富竹さんが診療所の2人とは仲が良かったなんて知らなかった。

 

「そういえば言ってなかったかな。鷹野さん達とは以前に知り合う機会があったね。それ以来ここに来るときは仲良くさせてもらっているんだ」

 

僕の言葉を聞いて富竹さんが事情を教えてくれる。

 

「へー知りませんでしたわ。あ、わかりましたわ!富竹さんは鷹野さんを狙ってたんですわね!」

 

「ええ!?」

 

富竹さんの話を聞いた沙都子が富竹さんにそう指摘する。

先ほどまで恋愛話?をしていたからか沙都子の推理は恋愛寄りになっている。

 

「い、いやまさか、はははは!」

 

頭をかきながら誤魔化すように笑う富竹さん。

一瞬だけ鷹野さんのほうを見て、彼女が僕たちの母さんと話をしていて、こちらの話を聞いてないことを確認して胸をなで下ろしていた。

あれ?意外と沙都子の推理は的を射ているのでは?

 

「あらあら、誤魔化すのが下手ですわね!もう告白はしたんですの?鷹野さんは美人ですから急がないと誰かに取られてしまいますわよ」

 

僕と同じ考えに至った沙都子が面白そうに富竹さんを追及する。

 

「い、いや本当に違うよ!入江先生からも2人に違うと言ってあげてください!」

 

困った富竹さんが入江さんに助けを求めるが、先ほどまでここにいたはずの入江さんがいつの間にか姿を消してしまっていた。

 

「入江さんなら誰かが私を呼んでいるとか何とか変なことを言ってどこかに行ってしまいましたわ」

 

いつの間にかいなくなっていた入江さんを見ていた沙都子が富竹さんにそう説明する。

呼んでいる気がするって一体だれが入江さんを呼んでいるんだろうか。

 

直感だけど、灯火達が関係している気がした。

こういう変なことには、ほとんど灯火が関わっているからだ。

綿流しという大きなお祭りの場で灯火達が何もしないとは思えないし。

 

「富竹さん、2人と楽しそうに話しているわね。何を話していたのかしら?」

 

再び沙都子が追及しようとしていると、いつの間にか母さんと話を終えていた鷹野さんが僕たちのところへとやってきていた。

 

「い、いやなんでもないよ!入江先生がどこへ行ってしまったみたいだから探しに行こう!」

 

鷹野さんの登場で慌てながら話を誤魔化す富竹さん。

鷹野さんは富竹さんの気持ちに気付いているのか、いないのか、小さく笑みを浮かべながら富竹さんの言葉に頷く。

 

「じゃあね悟史君に沙都子ちゃん。お祭りを楽しんでね。他の子達にも会えたらよろしく言っておいて」

 

そう言って鷹野さんは富竹さんと共に人混みの中へと消えていく。

そして鷹野さんと入れ替わるように両手に食べ物を持った父さんが帰ってくる。

 

うん、どう考えても僕達だけでは食べきれない。

父さんの両手にある袋の量を見て自分たちで完食することを即座に諦める。

 

どこかで灯火達を見つけて合流しないといけない。

笑顔でこちらへとやってくる父さんにすごく申し訳ない気持ちを抱きながら灯火達を見つけるために椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・灯火」

 

「・・・・何も言うな。悟史が言いたいことはわかってる。でも何も言わないでくれ」

 

見るも無残な姿になってしまった灯火の言葉を聞いて何も言えなくなる。

灯火達を探して回った結果、祭りの終盤である川への綿流しになってようやく僕達は灯火達と合流することが出来た。

 

しかし、そんな僕達を待っていたのはすごく個性的な衣装に身を包んだ灯火だった。

明らかに女性が着る服で胸元が大きく開け、背中にはなぜか羽が付いている。

 

僕の記憶が確かなら、以前の綿流しの日に灯火が着ていた服とは違っている。

こちらも以前の服に引けを取らないほどすごいものだけど。

 

「今回も負けて罰ゲームをさせられたの?」

 

以前の記憶から灯火がみんなとゲームをして負けた結果、この服を着ることになったのではと推測する。

 

「・・・・まぁな」

 

少し間があったけど、僕の推測を肯定する灯火。

後でどうしてこうなったのか礼奈達にこっそり聞いてみよう。

 

「・・・・それで、そっちは楽しめたか?」

 

「すごく楽しかったよ。沙都子も食べ過ぎて苦しくなるくらい父さんにたくさん買ってもらってたし」

 

僕は今日の出来事を灯火へと話す。

 

沙都子が梨花ちゃんみたいな甘え方で父さんにたくさん買わせたこと。

父さんが沙都子を可愛がり過ぎて少し引いたこと。

入江さん達がやってきたこと。

富竹さんが鷹野さんを好きなんじゃないかってこと。

 

灯火は僕の話を笑いながら楽しそうに聞いてくれた。

灯火も自分達のほうであった出来事を話してくれる。

 

猫のお面の話に、メイド服事件。

入江さんが消えた理由も灯火の話を聞いてわかった。

 

「次はさ、悟史達も一緒に祭りを回ろう。両親も一緒にみんなで」

 

話を終えた灯火が締めくくるようにそう口にする。

来年の出来事を想像しているのか、口元には笑みが浮かんでいる。

 

「そうだね。あ、でも今度は個別で回るのも面白いかもしれないよ。例えば僕と礼奈が一緒に回って灯火と沙都子が一緒に回るとかさ」

 

「ペアを組んで一緒に回るってことか?確かにそれも面白そうだ」

 

僕の提案に灯火は楽しそうに賛同してくれる。

それから僕たちは来年の綿流しはこうしたら面白そうだとか楽しそうなどを話し合った。

僕達の話は綿流しを終えたみんながこちらへやってくるまで続いた。

 

「2人で楽しんでいるところ悪いんだけど、お兄ちゃん自分の着てる服のこと忘れてない?2人が並んでるとお兄ちゃんの悪目立ちがすごいよ?」

 

「・・・・」

 

魅音からの無慈悲な言葉に先ほどまで楽しそうに笑っていた灯火の表情が無表情へと変わる。

灯火はそのまま無言で立ち上がり、僕たちを置き去りに川のほうへと走っていこうとする。

 

「お兄ちゃんダメだよ!川に飛び込んでも逆に服が引っ付いてすごいことになるだけだよ!」

 

「離せ魅音!だったらたとえ半裸になろうと俺はこいつを脱いで川に叩きつけるだけだ!」

 

川へ向かおうとする灯火を魅音が抑える。

今まで必死に気にしないようにしていた羞恥心が魅音の言葉で爆発したようだ。

 

必死に拘束から逃れようと暴れるが、魅音の巧妙な拘束技術の前に抜け出せずにいる灯火。

というか暴れることでただでさえ際どい服がはだけてすごい煽情的な感じになってしまっている。

男の灯火だからいいけど、女の子がしたら確実にアウトな姿だ。

男の灯火がしている時点で別の意味でアウトだけど。

 

「はうはうはう!いいよ!いいよみぃちゃん!そのままお兄ちゃんをヤっちゃって!」

 

「おねぇ頑張って!もう少し!もう少しですごい格好のお兄ちゃんが見れるよ!」

 

「みぃ、こんなこともあろうかと富竹を呼んでおいてよかったのですよ。間違いなく今日のベストショットなのです」

 

灯火と魅音の様子を見て興奮したように叫んでいる礼奈と詩音。

その横では梨花ちゃんと富竹さんがすごい勢いでカメラのシャッターきっている。

 

「うわぁ、すごいことになってますわね」

 

僕の隣にやってきた沙都子が灯火達を見ながら感想を漏らす。

そう言いながらも2人を見る沙都子の表情は楽しげだ。

 

やっぱり最後までみんなと一緒に過ごすのが一番いい。

いつか礼奈と二人っきりで回ってみたいけれど、結局最後はみんなで過ごすんだろうなぁ。

僕は確信したように未来を想像しながら苦笑いを浮かべる。

 

早く次の綿流しを過ごしてみたいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、母さん。今日は本当にありがとう。すごく楽しかったよ」

 

綿流しを終え、後は帰路につくだけとなった僕は両親と別れの挨拶をつげる。

このまま2人と一緒に帰ることは出来ない。

父さん達が一年間の謝罪を終えるまで僕たちはこのまま公由さんの家で過ごす約束だから。

 

「いや、俺達のほうこそすごく楽しかったよ。もう暗いから気を付けて帰るんだぞ」

 

父さんが僕たちの頭を撫でながら優しくそう口を開く。

父さんの大きな手が僕の頭を撫でて少しくすぐったい。

 

「綿流しの時、2人が友達たちと楽しそうに過ごすのを見ていたよ。本当に仲が良いんだな」

 

「うん、みんな僕たちの大切な友達だよ」

 

父さんからの言葉にみんなを自慢するように答える。

父さん達には灯火達のことをもっと知ってほしい、そしていつか灯火達と両親もみんな一緒に過ごしてみたいと願う。

園崎家である魅音達が両親のことをどう思っているかわからないけど、僕たちが頑張れば魅音達もきっと両親のことをわかってくれるはずだ。

 

「・・・・お父さん」

 

沙都子が父さんに頭を撫でられながら名残惜しそうに声を上げる。

沙都子の声を聞きながら父さんも名残惜しそうに僕達の頭から手を離す。

 

「・・・・次ちゃんと会うときは俺達が許されて村の一員に戻れた時だ。その時はまた俺達と一緒に暮らしてくれるかい?」

 

「「うん!」」

 

沙都子と一緒に父さんの言葉に即答する。

それを聞いた父さんは嬉しそうに頬を緩めていた。

 

「さて、そろそろ戻らないと村長も心配してるだろう。なぁ、お前からも沙都子達に何か言わなくていいのか?」

 

さっきから黙ってしまっている母さんに父さんが問いかける。

母さんは父さんからの言葉を受けてゆっくりと僕達へ歩み寄り、そして抱き締めてくれた。

母さんの腕が僕たちを包み、心まで温まるを感じる。

 

 

母さんは僕たちの抱き締めた後、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「あなた達は騙されているわ」

 

 

 

 

「・・・・え?」

 

予想もしていなかった母さんの言葉に思考が止まる。

母さんは固まる僕たちを見ながら再び口を開く。

 

「一年村のために頑張れば許すなんて全部嘘よ。利用するだけ利用して、終われば私達を殺すつもりなんだわ。園崎も村長も村の人達もみんなそれを知ってる!今日だって村の人たちが全員が私達のことを見ながら笑っていたのが良い証拠よ!!」

 

「か、母さん?何を言ってるの?村のみんなが僕達を殺そうだなんて考えてるわけないじゃないか」

 

声を震わせながら母さんの言葉を否定する。

思考がぐちゃぐちゃになってうまく言葉が出てこない。

母さんは僕がそう言うと僕たちを掴む力をさらに強めながら荒々しく口を開く。

 

「だからそれが騙されてるの!!さっきあなた達が会っていた子供たちを使って信用させて、私達にバレないようしているんだわ!園崎家の子供があなた達と仲良くできるはずがないもの!」

 

「っ!!?お母さんやめて!魅音さん達は私達のことを騙そうとなんて絶対にしない!!村の人達だって殺そうとなんて考えてない!!」

 

母さんの言葉の意味がわからず混乱する僕の横で沙都子が叫ぶ。

父さんも母さんの様子がおかしいのを見て僕達から引き離すように動く。

 

「ダメだわ・・・・悟史も沙都子も洗脳されてしまってる」

 

「おい!さっきから何を言ってるんだ。少し落ち着け!沙都子達が怖がってるだろうが!!」

 

父さんに僕達から引き離されながら母さんは父さんの言葉に反応せずにぶつぶつと口を動かし続ける。

 

「殺されてなんてやるもんですか。せっかく掴んだ幸せなのよ、逃げるのが無理なら私が先に殺してやる」

 

父さんから離れた母さんは項垂れながら懐に手を入れて何を取り出す。

母さんから取り出したのは、抜身の包丁だった。

 

「っ!!?おい!!ふざけるのもいい加減にしろ!!そんなもん冗談でも沙都子達の前で見せるな!!」

 

母さんが包丁を取り出したのを見て激高する父さん。

しかし母さんはそれに一切動じることなく包丁を握り締めたまま離す気配がない。

 

「ひっ!!?」

 

沙都子が母さんの握る包丁を見て顔を青ざめながら悲鳴を上げる。

沙都子の声を聞いた父さんは僕たちの前に移動して庇いながら母さんへと口を開く。

 

「落ち着いてくれ、沙都子が怖がってる。お前がそんなに追い詰められていたことを気付けなくて本当にすまない。一度落ち着いて話し合おう。だから包丁から手を離してくれ」

 

「ダメよ!今のあなた達は洗脳されているの、話し合いなんてしても意味がないの!!このままだとみんな殺されるわ!私達が助かるには殺すしかないの!元凶の園崎家と村長を殺さればみんな混乱するわ!その隙にみんなを殺していくの!!」

 

母さんは父さんの説得を真っ向から切り捨てて血走った目で叫ぶ。

なんで、どうしてこうなったんだ。

さっきまで2人と綿流しを過ごして、寂しい気持ちを感じながらもお別れを言おうとしていたのに。

現実逃避をするかのように目が母さんから離れて周囲を向けられる。

 

そんな僕の視界に、公由さんがこちらへとやってくるのが見えた。

 

「悟史君、沙都子ちゃん。もう遅い、そろそろ家に帰っておいで」

 

帰りの遅い僕達を心配して向かいにきてくれたのか、公由さんがこちらへやってくる。

公由さんからは母さんが背中を向けているから様子がおかしいことに気付いていない。

僕が気付いて声を出すよりも先に母さんが公由さんへと振り返る。

 

「っ!?さっそく私達を殺しにきたようね!!一人で来るなんて、舐めるんじゃないわよ!!」

 

「なっ!!?」

 

明らかに様子のおかしい母さんに気付いた公由さんは身体を硬直させる。

公由さんが硬直している間に母さんは包丁を握りめて公由さんへと駆け出す。

 

「あんた達の思い通りになんかさせるもんですか!あんたを殺して私達は必ず幸せになってやる!!」

 

包丁を構えながら公由さんへと突進する母さんに驚いて立ち尽くしてしまう公由さん。

 

ダメだ、ダメだダメだダメだダメだダメだ!!!!

目の前の光景を止めようと加速する思考とは裏腹に身体が言うことを聞いてくれない。

このままだと母さんが公由さんを殺してしまう。

 

「まっ「やめるんだ!!!」

 

僕の声をかき消すように叫んだ父さんが母さんへ向かって走る。

駆け出した父さんは包丁を構えて突進する母さんと公由さんの間へと入り込み、そして

 

 

「・・・・・っ!!」

 

母さんの手にあった包丁が公由さんを庇った父さんのお腹へと突き刺さった。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

その光景を見て沙都子が喉を張り裂けるような大きな悲鳴を上げる。

僕は包丁が刺さった父さんの着ている服がどんどん赤く染まっているのを放心状態で眺めていた。

 

「あ、ああ、そんなどうしてっ!?」

 

刺した本人である母さんも父さんを刺してしまって震えながら後ずさり、そのまま腰が抜けたように地面へと座り込んだ。

 

「お、おい!大丈夫か!?な、なにがどうなってるんだ!?」

 

包丁が刺さった腹部を抑えながら顔を歪める父さんに慌てて駆け寄る公由さん。

混乱しながらも倒れそうになる父さんを支えていた。

 

「っそ、村長。驚かせてすみません。なに、ちょっと嫁が勘違いしてしてしまったいたようで。俺は何ともありませんので公由さんは沙都子達を連れて家に帰ってください」

 

「そ、そんなわけにはいくか!早く病院へ行こう!腹から血が出てるんだぞ!」

 

「いえ、本当に大したことではないので。どうかこのことはご内密に。こんなことで沙都子達と暮らせなくなるなん・・・て、いや・・ですから」

 

そう言った後、父さんは意識を失って地面へと倒れてしまう。

公由さんは父さんに必死に声をかけ、母さんはそれを呆然としながら眺めている。

 

「お、お父さん・・・・?」

 

沙都子が倒れる父さんを見つめがら小さく呟く。

そして倒れる父さんから流れる血を見て、精神が待たなくなってしまったのか不意に意識をなくして僕のほうへと倒れてくる。

 

僕へと倒れてきた沙都子を支えながら僕は未だに状況を受け入れられずにいた。

 

放心する僕をあざ笑うかのようにひぐらしの鳴く声が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すいません、もしかしたら皆さんが求める展開ではないかもしれませんが、とりあえずこのまま進めさせていただきます。


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綿流し後1

「お父さん....?」

 

地面へと伏したまま動かない父を呆然と見つめる。

父の身体から血が流れ、地面を赤く染めていく。

 

公由さんが懸命に父に声をかけているが返事は返ってこない。

 

その光景を僕と父を刺した母は呆然と見つめ続ける。

 

頭の中に映るのは先ほどまでこちらに笑いかけてくれていた父の笑顔。

不慣れながらも不器用に沙都子の頭を撫でて笑う父の姿。

 

そんな記憶の中の父の姿が視界の上から血が流れてくるかのようにゆっくりと赤く染めっていく。

 

「悟史君しっかりするんじゃ!君の父親を救うために早く人を呼んできてくれ!!」

 

「っ!?え、あ....」

 

公由さんの声で現実へと急速に引き戻される。

その反動か思考がぐちゃぐちゃになり声がうまく出ない。

地に伏せる父と未だに呆然としたままの母へと視線を向ける。

 

今、ここを離れて母がまた錯乱してしまったら。

最悪の状況を想像してしてしまい動こうとした足が止める。

 

それを見た公由さんはさらに大きな声で僕に叫ぶ。

 

「早く!君のお父さんを失っていいのか!!儂は出来る限りの応急処置をする!」

 

「っは、はい!!」

 

公由さんの言葉を受けて今は父を病院へつれていくことだけを考える。

泣くのも後悔するのも今は全部後回しにするしかない。

 

そう無理やり心を封じて気絶した沙都子を床に寝かした後に人を見つけるために走る。

なんでこんな時に限って近くに誰もいないんだ!

 

まるで()()()()()()()()人気のなさに顔を歪める。

 

今この瞬間にも父の命が消えていっているのもしれないのに!

焦燥を覚えながら祭り会場へと足を進める。

もう祭りは終わっているけど今ならまだ大勢の人がいるはずだ!

 

「監視対象の発症を確認....これより捕縛に入る」

 

「雀1了解」

「雀2了解」

 

感情のない無機質な声が僕の耳に届く。

僕以外の声がしたことで慌てて足を止めて声のほうへと顔を向ける。

 

声の先には三人の男性が茂みの中から現れ、こちらへと歩いてくる姿が見えた。

全員が同じ服装していて、顔は帽子を深くかぶっているせいで良く見えない。

 

村の人達じゃない?

いや、今はそんなことを言ってる場合じゃない!!

 

「あの!むこうで父が血を流して倒れてしまって重症なんです!!病院へ連絡か、父を病院まで車で運んでいただけないでしょうか!?」

 

「「・・・・・」」

 

「あ、あの....?」

 

僕の声に全員が無反応を示す。

緊急事態にも関わらず無反応な態度を示す彼らに恐怖を覚えて後ずされる。

 

「監視対象以外はどうする?」

 

「現場に居合わせた他の者達は錯乱した監視対象に殺された....そういう筋書きだ」

 

「了解」

 

「な、なにを言っているんですか!?そんなことよりも早く病院へ!父が本当に死にそうなんです!!」

 

僕の言葉には反応せずに三人でわけのわからないことを言っている彼らに向かって叫ぶ。

しかし彼らは僕の叫びを全く反応することなく歩き始める。

 

彼はどうしてか、父のいる方向ではなく僕のほうへと近づいてくる。

 

「な、なんで僕のほうへと近づいてくるんですか!」

 

「「「・・・・」」」

 

僕のほうへと近づいてくる彼らから後ずさりながら叫ぶ。

しかし先ほどと同じように僕の声に彼らは答えることなく無言のままこちらへと近づいてくる。

 

「あ....うっ.....」

 

「運が悪かったな」

 

3人の内の1人が小さく呟く。

なんで、どうしてこうなるんだ!

早く父さんを助けないとダメなのに、どうしてこんな状況になってしまうんだ!!

 

心の中で叫び声をあげるが現実の僕の口は痺れてしまったかのようにきちんと動いてくれない。

そして何も出来ずに固まってしまった僕へ彼らがゆっくりと手を伸ばそうとした時。

 

 

 

 

 

「人の子達よ....彼にそれ以上近寄るのは許しません」

 

 

 

 

「え....?」

 

聞いたことのない少女の声が耳に届く。

そして瞬きの間に僕と彼らの間に立つように()()()()()()()()()が現れていた。

な、なんで?さっきまで僕たち以外誰もいなかったはずなのに。

 

「「なっ!!?」」

「い、いつの間に!?」

 

驚いていたのは僕だけじゃなく、先ほど無機質な反応ばかりだった三人から初めて言葉に動揺の感情が乗せられる。

 

「今すぐこの場から去りなさい....綿流しを汚す貴様たちを私は決して許さない」

 

「「「っ!!」」」

 

彼女から放たれた言葉には膝を折ってしまいそうな程の重さが込められていた。

僕に言われた言葉ではないはずなのに僕の頬に冷や汗が伝う。

 

彼らは少女の発言を警戒しながら後ずさる。

そして懐から何かを取り出そうとした時。

 

「愚かな人の子達よ、私に二度言わせるつもりですか?」

 

冷たい少女の声が耳に届いた瞬間、僕の視界から彼女の姿が消えた。

 

「「「ひっ!!?」」」」

 

少女の姿が消えた後、男達から小さな悲鳴が発せられる。

彼らに目を向ければ、そこには視界から消えた少女が彼らの目の前に現れていた。

さっきまで彼女は僕の近くにいて、彼らとは距離があったはずなのに。

 

まるで瞬間移動したかのように移動した少女に冷や汗を流す。

 

「愚かな人の子達よ....私の大切な子を傷つけた貴様たちを私は決して許しはしない。今すぐ私達の前から消え失せなさい。さもなくば....オヤシロ様が貴様たちを祟り殺すぞ!!!」

 

少女が出した声とは思えないほど冷え切った声が空気を凍らせる。

彼女の言葉を受けた男達は彼女の異様な雰囲気に完全に飲み込まれていた。

 

男達が震えながら後ずさろうとした時。

 

 

「悟史!どこだ!!いたら返事をしてくれ!!」

 

 

遠くから灯火が僕の名前を呼ぶ声が響いた。

それを聞いた男達は小さく舌打ちをした後に逃げるように暗い夜道へと消えていった。

 

彼らが消えた後、入れ替わるように灯火がこちらへ走ってくるのが見えた。

 

「と、灯火!!会えてよかった、本当によかった!」

 

灯火の顔がはっきり見えたところで目に涙が浮かぶ。

さっきまでの緊張の連続で壊れそうになっていた心が温まるのを感じる。

あ、そういえばさっきの女の子は。

 

「いなくなってる....」

 

周囲を見回して探すが彼女の姿がどこにも見当たらない。

まるで最初から少女など、ここには存在していなかったかのようだ。

いや、今はそんな場合じゃない!早く灯火に父さんのことを説明しないと!

 

「悟史!よかった、無事だったんだな」

 

「え、無事?い、いや僕は大丈夫だけど父さんが大変なんだ!!か、母さんが突然錯乱して公由さんを包丁で刺そうとして....そ、それを庇った父さんが、お腹から血を....!」

 

しどろもどろになりながら灯火に先ほどの状況を説明する。

灯火に説明する内に父さんの状況を思い出して焦燥感が湧き上がる。

父さんのことを思い出し、荒い息を吐く僕の肩を力強く灯火が握る。

 

「悟史、大丈夫だ。お前の父さんは必ず助かる。今梨花ちゃんが入江さんを呼んでこっちへ向かってる。すぐに診療所に運んで治療してくれるさ」

 

「そ、そうなんだ。よかった....ありがとう灯火。でもどうして僕達の状況がわかったの?」

 

「あ.....い、いや遠くから沙都子の悲鳴が聞こえた気がしてな!気のせいだとも思ったんだけど念のため入江さんを呼んで俺はこっちに走ってきたんだ!」

 

「そうだったんだ...とても楽しい綿流しのお祭りの日だったのに、どうしてこんなことに」

 

最高の一日になるはずだった。

なのに、なんでこんなことになるんだ。

神様はきっと僕のことが嫌いなんだ。

今まで辛いことばかりで楽しい記憶なんて灯火達と遊ぶ時くらいだ。

 

なんで、なんで僕達がこんな目に遭わないといけないんだ。

 

「悟史.....」

 

「ごめん....早く父さんのところへ戻ろう!あ、入江さんはここの場所を知らないから案内しないと」

 

「いや、場所の案内は羽にゅ、じゃなくて梨花ちゃんがしてくれる。だから俺達はお前の父さんのところへ行こう。俺も園崎家で応急処置は習ってるし、お前の母さんのことも気になる」

 

「わかったよ!じゃあ早く戻ろう!」

 

「ああ....あまり大騒ぎにはしたくないしな。悟史の両親が頑張ってきたこれまで無駄にしてたまるか」

 

父さん達の下へ戻りながら灯火の言葉に頷く。

そうだ、このことが広まれば両親はもうこの村にいることが出来ないかもしれない。

この半年間、両親は僕達のために村の一員に戻るために頑張ってきていたんだ。

その努力をこんなことで台無しになるなんて絶対に嫌だ!!

 

両親の安否と今後のこと、いろいろ不安が僕の心を不安にさせようとするが、それらを何とか振り払って僕達は両親の元へ走った。

 

 

 

 

 

最悪だ....一番恐れていた事態になってしまった。

 

悟史と一緒に両親の下へ向かい、倒れていた悟史の父さんへの応急処置と錯乱して暴れ始めた母をなんとか大人しくさせた。

その後すぐに入江さんがやってきて悟史達の両親は診療所へ緊急搬送された。

 

今は悟史と目を覚ました沙都子と一緒に手術室へ運ばれた2人の父の安否を診療所で待ち続けている。

なんで、なんでこんなことになったんだ!

 

錯乱した2人の母は自分達が村の人達に殺されると叫んでいた。

目には狂気が宿り、どう見ても正気ではなかった。

そして極めつけは自身の手の爪で首に食い込むほど強く搔きむしり始めたことだ。

 

あの姿を見てしまったら、もう考えられる病気は一つしかない。

 

「「・・・・」」

 

 

焦燥する悟史と沙都子になんて言えばいいかわからない。

一緒にやってきていた公由さんに梨花ちゃんも俺と同じように2人に何も言うことが出来ずに辛そうな目で2人を見つめている。

 

そうして全員が重い空気の中何も言わず待ち続けること数時間。

手術室の扉がゆっくりと開き、中から入江さんが姿を現した。

 

「っ!?入江さん!!父さんは!?父さんは無事なんですか!!?」

 

「大丈夫です。命に別状はありません、今は病室で眠っています」

 

入江さんの姿を確認した悟史が慌てて父の容態を確認し、入江さんは落ち着いた様子で悟史と沙都子に父の様子を説明し始める。

 

どうやら刺さった包丁はあまり臓器を傷つけはおらず、命には関わることはないようだ。

入江さんの話を聞いた2人は安堵で涙を浮かべる。

梨花ちゃんも公由さんも安心したようにため息を吐いていた。

 

「本来であれば興宮にある病院へ搬送すべきなのですが....そうした場合このことが公になり悟史君達の母親が....」

 

「「・・・・」」

 

入江さんの言葉で二人とも黙り込む。

もし他の病院へ搬送してこの件が広まれば公由さんを包丁で刺そうとした2人の母親は警察に捕まってしまう。

錯乱していたとはいえ、夫を刺してしまっているのだからバレれば警察が動くのは間違いない。

そのなった場合、悟史達の両親が雛見沢で暮らすという夢が途絶えてしまう。

今までやってきた二人の努力がなくなってしまうのだ。

 

「この件については私に任せてください、絶対にお二人のご両親を助けます」

 

黙り込む2人に入江さんが力強く答える。

入江さん達が警察に強いコネクションがあることを俺は知っている。

きっとそれを利用してこの件をうやむやにするつもりなのだろう。

この件については入江さん達に任せるしかない。

 

「ありがとうございます入江さん。それで、母さんの様子は....」

 

「・・・・はっきり言ってお二人の母親のほうが重体です」

 

「「っ!!?」」

 

深刻そうな表情で語る入江さんの様子を見て顔を強張らせる悟史と沙都子。

俺と梨花ちゃんは2人の母親の状態を予想出来ているため入江さんの言葉を聞いて黙って目を細める。

 

「今は眠っています....睡眠薬を投与したのでしばらく眠ったままでしょう。詳しい話は検査した後にお話します。今日はもう休んでください、お二人が倒れてしまってはご両親も心配します」

 

入江さんは泣きそうな悟史と沙都子をなんとか落ち着かせながら説明を続ける。

入江さんの説明を受けた2人は父の様子を見守るため、彼が運ばれた病室へと向かっていた。

公由さんも辛そうに表情を歪めながら2人へ付き添う。

 

そして診療所の廊下に残ったのは俺と梨花ちゃんと入江さんの三人だけになった。

 

「入江さん....悟史達のお母さんは....この前詳しく説明してもらった」

 

「詳しいことはまだ検査中ですが、おそらくはそうでしょう....詳しい話は私の診察室でお話します」

 

「「・・・・」」

 

辛そうに顔を伏せる入江さんの案内したがって入江さんの部屋へと向かう。

そして部屋に到着するなり、入江さんはこちらへ深く頭を下げてきた。

 

「すいません....灯火さんから散々悟史君達のご両親に注意してくれと言ってもらっていただきながら、このようなことになってしまって」

 

本当に申し訳なそうに頭を下げる入江さんにすぐに頭を上げてくれるように答える。

入江さんが2人を注意して見てくれていたのは知っている。

俺も気付けなかったのに入江さんを強く責めるなんて出来ない。

 

「入江さんのせいじゃないよ....でも前にこっそり検査した時には問題ないって言ってたけど、その時は症状とかは本当に何もなかったの?」

 

「ええ....確認したのは今から一月ほど前ですが、その時の診断結果では雛見沢症候群の発症は確認出来ませんでした」

 

「・・・・その診断結果って入江さんが出して確認したの?」

 

嫌な予感を感じて入江さんに確認する。

俺の言葉を聞いた入江さんは疑問顔で俺の質問に答えてくれた。

 

「いえ、診断結果は鷹野さんに出していただきました。私はそれを聞いただけです。しかし、鷹野さんは私以上に雛見沢症候群に詳しい女性ですので診断結果に間違いはなかったはずです」

 

「そう....ですか」

 

ああ、やっぱりか。

俺の予想通りの答えに爪が食い込むほど拳を強く握りこむ。

やっぱりこの件の黒幕はあんたなのか、鷹野さん。

 

悟史達の母親の発症。

これには間違いなく鷹野さんが絡んでいるはずだ。

今の俺が想像しているパターンは二つ。

 

一つは雛見沢症候群を発症させる薬を使って雛見沢症候群を無理やり発症させた。

でも現時点で雛見沢症候群を発症させる薬の開発が出来ているとは思えないからこれは違うだろう。

 

ならば二つ目。

もともと雛見沢症候群の症状が現れていて、それに気付いた鷹野さんは入江さんに報告をせずに彼女が発症をするのを待った。

いや、発症を促進させるために彼女に何か言って疑心暗鬼を加速させた可能性だってある。

 

そしてもし仮に鷹野さんが全く関係なかったとしても、この状況を鷹野さんが見逃すとはとても思えない。

 

「失礼します入江所長」

 

頭の中で状況を整理している最中にタイミング良く今もっとも会いたかった女性の声が耳に届く。

殺意を隠しながらゆっくりと声のほうへと振り返る。

 

「あら....梨花ちゃんに灯火君もいたのね」

 

「ええ....2人もこの件には無関係ではありませんから。それで....結果はどうでしたか」

 

こちらへ視線を向けてきた鷹野さんに入江さんが説明を入れる。

それを聞いた鷹野さんは俺達を少し気にしながらも入江さんの言葉に応えた。

 

「診断の結果、やはり雛見沢症候群を発症していることがわかりました」

 

「・・・・やはりそうですか、見る限り症状もかなり進行しているようですし、入院が必要ですね。ストレスのない環境下で過ごせば症状も和らぐでしょう」

 

「そうですね。ですがあまり意味はないと思います」

 

「え....どういうことですか?」

 

入江さんの判断を鷹野さんは一言で切り捨てる。

そして鷹野さんは冷たい表情のまま淡々と報告を続けた。

 

「彼女はすでに末期症状です。治療はもう不可能かと」

 

「ま、末期症状!?そんなことはありえない!も、もし彼女が末期症状なら今までの検査で症状が出ているはずです!!」

 

「末期患者の発症の仕方には差異があります。攻撃衝動をすぐに表に出すタイプもいれば、外見は落ち着いているのに、その内側では疑心暗鬼に陥っているタイプもいる」

 

彼女は後者のようですねっと淡々と語る鷹野さん。

それを聞いた入江さんは絶望した表情のまま固まってしまう。

 

そして鷹野さんは顔に大量の汗を浮かべながら対応を考える入江さんを見つめがら狂気的な笑みをその顔に浮かべる。

その表情を見た瞬間、考えるよりも先に口が動いた。

 

 

 

「ねぇ鷹野さん....悟史達の母親を解剖して雛見沢症候群を研究しようなんて考えてないよね?」

 

 

俺の発した言葉によって全員が固まる。

こんなことで悟史達の両親の努力を台無しにされていい加減怒りで頭がどうにかなりそうだ。

 

「末期症状って言うんだっけ?雛見沢症候群でもっとも重症な状態の患者さんを解剖して検査すればたくさんの情報が手に入るんじゃない?」

 

「と、灯火さん!確かに灯火さんの言うことは間違ってはいませんが、鷹野さんも私も医者として雛見沢症候群の研究のために彼女を犠牲にしようなんて考えていません!!」

 

「・・・・って入江さんは言ってるけど、どうなの鷹野さん?」

 

俺の言葉を聞いて入江さんが慌てて口を開く。

それを聞いた俺は再度鷹野さんに問いかける。

 

「・・・・ええ、入江さんの言う通りよ。研究のために悟史達のお母さんを犠牲にしようなんて考えていないわ」

 

鷹野さんは俺を冷酷な目で見つめながらそう口にする。

口ではそう言っているが、鷹野さんは俺のことを不快そうな目で見ていることがよくわかった。

 

「もしこれで悟史達のお母さんが急に行方不明になったりしたら、俺はそういう風に思うから。そしたら大石さん達に相談して捜査を」

 

「灯火!!もうやめて!!!」

 

頭に血が上って怒りのまま鷹野さんに向かって口を開いていた俺を梨花ちゃんが止める。

梨花ちゃんの顔を見れば目に涙が浮かべていた。

 

梨花ちゃんは俺が黙るのを見た後に入江さん達の頭を下げる。

 

「ごめんなさいなのです、灯火は悟史達の両親がこんなことになってしまって混乱しているのですよ」

 

「いえ、混乱するのも当然でしょう。そもそも原因は私の検査不足にあります。灯火さん、私達は決して悟史達もご両親も見捨てはしません。それだけは信じてください」

 

「・・・・わかりました」

 

入江さんの真摯な言葉を受けて俺も頭を下げる。

そして梨花ちゃんに引っ張られながら部屋を後にすることになった。

 

部屋を後にする瞬間、引っ張る梨花ちゃんを押しとどめて鷹野さんに再度口を開く。

 

「・・・・オヤシロ様はいつもあんたを見てるから」

 

 

「・・・・それはぜひとも会いたいわねぇ。私、オヤシロ様が大好きなんだもの」

 

俺の言葉を受けて、鷹野さんを口元を歪めながら笑って答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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綿流し後2

「どうしてあんなことを言ったの!!」

 

入江さんの診察室を出た後、梨花ちゃんが俺へ掴みかかりながら叫ぶ。

俺はなんとか梨花ちゃんを宥めるために口を開く。

 

「わ、悪かった....頭に血が上って考えもせずに口走った」

 

鷹野さん相手に考えもなしに悟史達の母のことを警告したのは確かに不味かったかもしれない。

でも、あそこで言わないと鷹野さんは間違いなく悟史達の母を雛見沢症候群の研究のために利用していたはずだ。

俺の脅しで鷹野さんを止めることが出来たとは思えないが、それでもあそこで言ったのは間違いではなかったはずだ。

 

俺がそう言うと梨花ちゃんは俺を強く睨みつけながら口を開く。

 

「いいえ!あなたはもっとも愚かなことをやったわ!!わかってるの!?さっきの発言で確実に鷹野はあなたに目をつけたわ!!」

 

「そうだな....でも、それで悟史達の母さんが助けられる可能性が増えるなら別に構わない」

 

「その代わりにあなたが殺されるかもしれないって言ってるのよ!!!」

 

梨花ちゃんは俺の服を握り締めながら涙交じりに話す。

俺はその言葉に何も言うことは出来なかった。

 

「あなたのやったことはただただ自分の命を投げ出しただけ!最悪あなたと沙都子達のお母さんの両方が殺される可能性だってあるわ!これで自分がどれだけバカなことをしたのかわかったでしょう!!」

 

「・・・・悪かった」

 

梨花ちゃんの言葉に静かに謝罪の言葉を述べる。

それを聞いた梨花ちゃんは俺の服を握り締めたまま呟く。

 

「怖い....本当に怖いの....もしあなたが殺された後、私が次の世界に飛ばされた時、あなたはその世界に存在していなかったらと思うと。もう二度とあなたと会えないかもしれない....そう想像しただけで私はもう立ち上がれそうにない」

 

「・・・・」

 

「私はもうあなたがいない世界に耐えられない....もし仮にあなたがいない世界で惨劇を乗り越えて昭和58年の6月を迎えたとしても何も嬉しくない、あなたがいない世界なんて何の意味もない」

 

梨花ちゃんは光をなくした目でこちらを見つめながら口を開く。

俺はその梨花ちゃんの迫力に何も言うことが出来ずに黙って唾を飲み込んだ。

 

「・・・・もう二度とあんな真似しないで、もし次やったら絶対に許さないわ」

 

「わ、わかった。もう鷹野さんを挑発するようなことはしないから許してくれ。本当に悪かったよ」

 

俺が必死に梨花ちゃんに頭を下げる続けていると、ようやく梨花ちゃんの様子が落ち着く。

涙を流していたせいで目は赤いが、ずっと俺の服を掴んでいた手を離してくれた。

 

確かに梨花ちゃんの言う通りだ。

もし俺がこの世界で死んだ場合、俺は次の世界に行くことは出来るのだろうか。

おそらく....それはない。

 

きっと俺はこの世界にのみ存在を許された存在なんだと思う。

もし俺が死んだら元の世界に戻るのか、それともただ死ぬだけなのかはわからないが、どっちにしろ俺だって死ぬ気なんてさらさらない。

 

悟史達の両親を救い、俺も殺されないために出来ることをこれから考えていかなくてはならない。

俺がこれからのことに頭を悩ませていると、診療所の廊下の奥からこちらへと歩いてくる公由さんの姿が見えた。

 

公由さんも俺達に気付いて疲れたような笑みを浮かべている。

 

「灯火君に梨花ちゃんか....大変なことになってしまったね」

 

公由さんの言葉に俺も梨花ちゃんも黙ったまま同意する。

そして梨花ちゃんは一人でやってきた公由さんに悟史達の様子を確認する。

 

「・・・・2人とも疲れ切っておるよ....やっと仲良くなれた両親があんなことになれば無理もなかろう。はぁ....どうして北条の嫁はあんなことを....信じておった儂がバカだったというのか」

 

「それは違う!!」

 

公由さんの言葉を即座に否定する。

この悲劇の原因は全て雛見沢症候群だ、悟史達の母が望んでやったことでは決してない。

 

そう言いたいけれど、雛見沢症候群のことは村の人達には秘密になっている。

もし言って自分の脳に寄生虫がいるなんてことがわかればパニックにだってなる可能性がある。

そして俺がこのことを言えば鷹野さんは俺を殺そうと動く可能性が上がる。

 

公由さんに違うと言いたいのに、それを伝えることが出来ない。

あまりの悔しさで涙さえ浮かんで来た。

 

「・・・・先ほど儂のところに園崎家から連絡があった。今回の件で詳しい話を聞きたいそうじゃ」

 

「っ!?耳が早すぎなんだよクソが!!」

 

まだ祭りが終わって日付が変わったばかりだぞ!!

改めて雛見沢が狭い村であることを実感する。

ここでは誰か1人でも村の人間にバレれば情報なんてすぐに回ってしまうのだ。

 

「・・・・園崎家は今すぐ親族会議を始めてるつもりらしい。村の重鎮達にはすでに声をかけとるようじゃ」

 

「・・・・逃げ場はないってことか。公由さん、今回のことを園崎家にどこまで話しましたか?」

 

「・・・・向こうはすでにどういうわけか正確な情報を握っておった。私がされたのはただの事実確認じゃ」

 

「っ!くそ!」

 

園崎家の打つ手の早さに歯を食いしばる。

つまりもう悟史達の母親が凶行に及んだということを誤魔化せないってことか!

しかし、いくらなんでも情報を掴むが早すぎる。

鷹野さんが村の人達に情報を流したのかもな。

悟史達の両親が今回の件で雛見沢から追い出されれば失踪しても村の人達は誰にも気にしないから楽に診療所で雛見沢症候群の研究が出来るからな。

 

だがこれはチャンスでもある。

今ならまだこの事件が村に広まりきる前に園崎家や村の重鎮達を説得できるかもしれない。

 

この事件は北条家が村を裏切るためにやったわけではないことを説明できさえすれば、村の中ではただの噂話で終わらせることも出来るかもしれない。

 

 

問題はその説明をどうやってするかだが....くそ!!問題が多すぎて頭が全然回らねぇ!!

 

「・・・・呼ばれとるのは儂と灯火君だけじゃない。悟史君と沙都子ちゃんも会議に呼ばれとる」

 

「っ!?そんなの無茶なのです!!悟史も沙都子もこんなことになって疲れ果てるのですよ!!」

 

「儂だって反対した!しかし、来なければ北条家は裏切り者とすると言われてしまえば....」

 

「っ!?そんな....」

 

公由さんの言葉を聞いて辛そうに口を閉ざす梨花ちゃん。

もう....雛見沢で北条家の味方は事情を知っている俺と梨花ちゃんと入江さんしかいない。

 

絶望と怒りで頭が真っ白になりそうになるのを必死に抑えながらこれからどうするべきかを考える。

まず状況を整理するんだ。

 

悟史達の母親が公由さんを殺そうとしたのは事実。

しかしそれは雛見沢症候群によって疑心暗鬼に陥ってしまったのが原因だ。

雛見沢症候群のことを村の人達に話すことは出来ない。

ならば....別の病気ということにするのはどうだろうか。

 

雛見沢症候群ほどじゃなくても精神を病んで結果的に凶行を行ってしまう病はあるはずだ。

入江さんに一緒に同行してもらってそう説明すれば凶行の理由になる。

そうすれば悪意を持った犯行ではない、決して村を裏切るためではなかったと説明できる。

 

でも、その場合は鷹野さんを診療所に1人残すことになる。

入江さんが診療所にいてくれれば、もし鷹野さんが悟史達のお母さんを解剖しようとしても何とかして止めてくれるはずだ。

そう考えれば最悪の場合に備えて入江さんは診療所に残しておきたい。

いや....鷹野さんも研究の資金を提供している外の機関の許可が下りないとやれないのか?

ダメだ、それでもし鷹野さんが許可を待たずにやった場合に後悔することになる。

 

頭の中でこれからどうするのが正しいのかがグルグルを回り続ける。

 

入江さんを親族会議のために攻撃の手札にするか、鷹野さんから悟史達の両親を守るための手札にするか。

 

後悔しない選択。

今年は俺はそれを心掛けて行動していた。

もしこの選択を間違えた場合、俺は後悔していないと言えるのだろうか。

 

いや....今まで俺が行ってきた行動の結果がこれだとすれば....。

 

「しっかりして、まだ終わってなんかいないわ」

 

沈みかけた俺を梨花ちゃんが力強く引っ張り上げてくれる。

 

「一緒に考えましょう。これが彼らの運命だと言うのだとしたら、私達の手でそれを変えてしまえばいいだけのことよ」

 

「・・・・だな、ありがとう梨花ちゃん」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて再びを心を奮い立たせる。

まだ後悔するには早い。

最後まで全力で抗ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望という言葉はきっと今のようなことを言うのだろう。

ついさっきまで僕の心は暖かな希望で包まれていたのに、それらは突然絶望へと姿を変えた。

 

まるで神様が僕達家族は幸せになることは許されないのだと言わんばかり。

 

目の前で僕達を睨みつけてくる村の大人達を眺めながら死んだような目でそんなことを考える。

 

「村長....今夜北条家が起こした問題について改めて確認するよ。今日の綿流しが終わった後、そこの北条家の息子と娘を向かいに行ったあんたは当然包丁を持った北条の嫁に刺されそうになった。これで合ってるね?」

 

「・・・・そうじゃな」

 

「・・・・でもそれは未遂だ。悟史達の父さんが身を挺して庇ったんだからな」

 

この今回の事件の内容を肯定した公由さんの後に僕の隣にいてくれている灯火が口を開く。

しかしそれを聞いた魅音達のお母さんは灯火に冷たい目を向ける。

 

「北条が庇ったかどうかは問題じゃないんだよ。北条の嫁がうちの村長を殺そうとした。重要なのはそこさね」

 

「違う!重要なのはそんなことじゃない!そもそもこんなとこで北条の息子と娘を呼びつけて寄ってたかって批判してるのがおかしいんだよ!!」

 

「灯火さん....」

 

灯火の言葉に何も言わず死んだような目で項垂れていた沙都子が顔を上げる。

しかし灯火の言葉は村の人達には届かない。

 

「こっちは面子潰されてたんだ....そもそもあいつらがあんなことをして村を裏切らなければ、こんな会議なんかせずにすんだんだ」

 

「そもそも2人の母さんは裏切ってなんかいない!あれは病気で精神が病んで錯乱してしまっただけで」

 

必死に園崎家を説得しようと試みる灯火を魅音達にお母さんがため息を吐きながら見つめる。

 

「いい加減あきらめな、病気だろうと何だろうと北条の嫁が村長を殺そうとしたのは事実以外の何ものでもない」

 

その通りだ....僕はあの時母さんの口から公由さんを殺そうとする発言や行動をはっきりと見ている。

それがすでに伝わっている以上、灯火が何を言っても無意味だ。

 

ああ....今まで僕達がやっていたことは何だったんだろう。

こんなことになるのなら勇気なんて出すんじゃなかった。

 

前に父さんと母さん、そして僕と沙都子の家族四人で仲良く暮らす夢を見たことがあった。

あの時僕はその夢を悪夢と言ったけど、本当にその通りだ。

 

もう少しで夢の通りになるはずだった。

なのに寸前で絶望が僕達を襲い、夢は悪夢へと姿を変えた。

 

僕があの夢を見て家族で暮らしたいと思わなければ。

礼奈の説得に応じて両親と暮らすために動かないければ。

両親を説得して園崎家に許してもらおうとしなければ。

 

 

こんなことにはならなかった。

両親は雛見沢の外で二人仲良く暮らせていたし。

僕達も今のまま公由さんの家で仲良く暮らせていたんだ。

 

両親と暮らせないのは寂しいけれど、灯火や礼奈、魅音達という大切な友人たちがいる、家族のいない寂しさなんてすぐに消えたかもしれない。

 

なのに....僕がわがままを言ったばかりにこんなことになってしまった。

母は狂って凶行を行い、父は母の凶行から公由さんを庇って倒れた。

公由さん、そして灯火や梨花ちゃんにもこんなに迷惑をかけてしまった。

 

「灯火、もういいんだ....もうどうしようもないんだから」

 

僕が現実逃避をしている間に諦めずに園崎家と言い合いを続けている灯火の服を掴んで彼が話すのを止めさせる。

 

「・・・・もういいってどういうことだよ」

 

灯火は僕の言葉を聞いて村の人達と話すのやめて僕を睨みつけてくる。

僕は怖い顔の灯火に怯みそうになるのを抑えて灯火を説得する。

 

「このままだと灯火にまで迷惑をかけることになるんだ。母さんが公由さんを殺そうしたのを僕はちゃんと見た。また目を覚ました母さんが村に迷惑をかけないとも限らない、だから僕達家族はもうここにいちゃいけないんだ」

 

「・・・・っ、にーにー」

 

僕の言葉を聞いて沙都子が目に涙を浮かべながら僕のことを呼ぶ。

しかし僕はそれに何も答えることは出来ない。

 

ごめん沙都子....僕のわがままで傷つけてしまった。

今日沙都子が父さんに見せた笑顔が頭に蘇る。

 

それと同時に僕の目から涙が溢れる。

沙都子の笑顔を奪ったのは僕だ。

 

今すぐここで僕は死んでしまうべきだとすら思えてくる。

 

「悟史!!」

 

灯火は僕の服を襟を掴んで項垂れる僕と無理やり顔を合わせさせる。

死んだ目で涙を流す僕を灯火は睨みつける。

 

「お前が両親を助けるのを諦めてどうすんだよ!!まだ何も終わってなんかねぇ!お前はここで家族と一緒に暮らすんだろうが!この程度の逆境に屈してんじゃねぇよ!!」

 

「・・・・」

 

灯火から目線を逸らしたまま黙り込む。

灯火の言うことはわかる....けど、僕程度が何かしたとしてももう....。

 

「悟史」

 

灯火に言われても項垂れ続ける僕へ梨花ちゃんが話しかけてくる。

僕は彼女に口を開くことなく視線をだけをゆっくりと向ける。

 

「辛い現実を前に諦めたくなる気持ちはわかるのです....私もそうだったから、今のあなたの気持ちは本当によくわかる」

 

「梨花ちゃん....」

 

何かを思い出すかのように目を伏せる梨花ちゃんを見て思わず彼女の名前を呟く。

梨花ちゃんは少しの間目を伏せた後、顔を上げて真っすぐ僕を見つめた。

 

「でも、ある人が私にどんなに辛い現実だって幸せに変えられるんだってことを見せてくれたの。みんなで諦めずに協力して頑張ればどんな運命だって変えられることを私は知った」

 

「・・・・」

 

「だから両親のことを諦めないで。たとえ運命があなた達家族を切り裂こうとしていたとしても、私達なら大丈夫、信じる心が運命を切り開く奇跡を起こすのだから。あなたは必ず家族と一緒にここで暮らせるわ」

 

梨花ちゃんの言葉が僕の胸へ届くのがわかった。

周りを見れば梨花ちゃんと灯火が僕を見つめている。

二人の目には未だに力強い光が宿っていて、未だに現状を打破しようとしていることがわかる。

先ほどまで僕と同じように死んだ目をしていた沙都子も目に光が戻っているのがわかった。

 

灯火も梨花ちゃんも、そして妹の沙都子もまだ諦めてない。

だというのに、僕はもう諦めるの?

 

「・・・・話は終わったかい?子供同士の友情を確かめ合うのは悪いけど後にしてほしいね。あとその友情にはちゃんとうちの娘達もいれておくれよ?」

 

「・・・・っ」

 

その言葉にずっと黙って話を聞いていた魅音が強張る。

魅音は向こう側の人間だけど、それでも僕達を心配そうに見てくれていることがわかった。

 

「僕達だけで話をしてすいません....それから僕のほうから今回の件で言いたいことがあります」

 

「・・・・ほう」

 

僕の言葉に魅音達の母親が目を細める。

身が震えそうになるのをなんとか抑えて口を開く。

 

「は、母はあの時、村の人達が自分達を殺そうとしていると言っていたんです。そして僕達を守るためにあんなことをしました。そ、そして」

 

「ワシらが北条を殺そうとしていたと言いたいのか!」

「ワシらを殺そうとしてしていたくせに何様だ!!」

 

僕の言葉に会議に参加していた老人たちが騒ぎ出す。

僕は彼らの声を上回る声量で再び口を開く。

 

「もちろん村の人達がそんなことをしていないことは知っています!!!しかし、母がそう勘違いした、いえ....そう勘違いするように仕向けた人達がいるんです!!」

 

僕の話を聞いて周りの老人たちが鼻で笑う。

しかし園崎家だけは笑うことなく僕の話を聞いてくれていた。

 

「・・・・続けな」

 

「は、はい。僕はその人達に会いました。僕が倒れた父を助けるために人と呼ぼうとした時、村の人ではない怪しい男達が三人、僕の目の前に現れました。彼らはずっと僕達を観察したような口ぶりをした後に僕を殺そうとしてきました」

 

僕はあの時の光景を思い出しながら説明を続ける。

それと同時に僕を助けてくれた不思議な少女のことも思い出すが、それを話すとややこしくなので言わない。

 

「幸い灯火がやってくるのに気付いた男達は騒ぎになることを嫌ったのか逃げていきました。きっと母は彼らを知っていて、それが今回の勘違いの原因になったんだと思います!」

 

僕の考えをなんとかまとめて園崎家に説明する。

それを聞いた魅音達の母親は考え込むように黙る。

 

「茜さん....ここで黙るってことはその人達に心当たりがあるんじゃないの?他の人達もだ、帽子を目深に被った作業服を着こんだ男達だよ。狭い村なんだ、外の人間がいればわかるだろ」

 

「「・・・・」」

 

灯火が僕の説明を聞いて周りの人達に問いかける。

あれ....灯火に怪しい人達のことは話したけど服装まで言ったかな?

 

僕が記憶を探る前に黙って考え込んでいた魅音達の母親が口を開く。

 

「確かにそういう連中を見たという報告はあがってるよ。つまりあんたは、そいつらがあんたの母を勘違いさせて私らと北条家の仲直りを阻止しようとしたってことかい?」

 

「はい!」

 

「悪いけれど、それは全部あんた一人の妄想の域を出ないね。そいつらを見たのも聞いたのもあんた1人だけじゃあね」

 

「っ!!僕の両親は村を裏切るつもりなんてありません!!皆さんも以前に両親の覚悟をちゃんと見たはずです!!それにあれ以来、僕の両親は毎日この村のために貢献していました!!それなのに僕達の母が本当にあなた達をただ殺そうとしたとでも思うんですか!!」

 

「「「・・・・」」」

 

僕の言葉に村の人達は気まずそうに目を伏せる。

しかし園崎家だけは冷めた目で僕を見つめていた。

 

「確かにお前の父親はあの時覚悟を見せた。だが裏を返せばあの時、お前の母親は何もせずに見てただけだ。お前の父は確かに村長を庇ったんだ、裏切ってはいなかったんだろうね。だが母は違ったんじゃないのかい?内心ずっと村の連中のことを殺したいって思ってたんじゃないのかい?」

 

「っ!?そんな....」

 

魅音達の母の言葉を聞いて、他の村の人達も同意の声を上げる。

雛見沢に貢献している時も母親のほうは嫌々そうにしていたとか、道で会った時に睨みつけてきたなどを次々口にし、最終的には今すぐ殺すべきだという声さえあがった。

 

なんで、なんでそんな酷いことを言うの?

僕の必死の説明は彼らの心には届かなかった。

僕の両親の罵詈雑言を並び立てる村の人達を見て、知らず知らずのうちに涙が流れる。

梨花ちゃんはそんな村の人達を殺しそうなほど睨みつけ、沙都子はただただ悲しそうに顔を歪ませている。

 

そして灯火へ視線を向けた時。

 

 

「全員今すぐ黙れ」

 

 

今まで灯火から聞いたことがないような冷たい声が耳に届いた。

 

「「「・・・・・っ!!?」」」

 

騒がしい室内だというのに、灯火の声が不思議と全員の耳に届いた。

灯火の声を聞いた全員が冷や汗を流しながら黙り込む。

そして先ほどまで騒がしかった室内が一気に静まり返る。

 

「・・・・前々からお前ら全員に言いたかったことがある」

 

あまりに冷たい雰囲気を纏う灯火に全員は何も言うことが出来ずに黙って耳を傾ける。

 

「ダム運動の時からそうだ、この村の連中は自分達が被害者で他の考えの連中が自分達を排除する加害者だと思ってやがる。そもそも俺は悟史達の両親が村を売ろうとしたことは何も間違ってないと思ってる」

 

「っな!!?おい何をいってる!?」

「私達のダム反対運動を侮辱するのか!!」

 

灯火の言葉に黙ることしか出来なかった人たちも慌てて口を開く。

しかし灯火の雰囲気に気圧されてすぐに口を閉じる。

 

「俺はこの村が大好きだ。だからダム反対運動にも参加したし警察に捕まることだってやったさ。でも一度だって自分が正しいことをしているとは思ってなかった。俺らの行動のせいで不幸になった人も、傷ついた人もたくさんいたんだ。それに普通の人は悟史達の両親のような考えをするもんなんだよ。それなのに今でも大人げない態度ばかりとりやがって。俺達は正義でも被害者でもなんでもないってことをちゃんとわかってんのか?」

 

灯火は僕と沙都子のほうを横目で見ながら話を続ける。

園崎家も目を細めながらも灯火の話を聞き続ける。

 

「村を売るやつは全員敵だとガキみたいに騒ぎやがって、もう一度みんなと仲直りするために頑張ってた2人に冷たい態度ばかり取りやがる。そりゃあ精神の一つや二つ病むに決まってるだろうが」

 

「灯火....」

 

梨花ちゃんが心配そうに灯火の名前を呟く。

僕と沙都子も同じような表情を受けべながら灯火を見守る。

 

「わかってんのか?彼女にあんなことをさせたのは俺達なんだよ、それなのに殺される前に殺すべきだぁ?いい加減にしやがれ!!!!」

 

「「「っ!!?」」」

 

静かな雰囲気から一転、灯火が鬼のような表情で叫ぶ。

いきなり様子の変わった灯火に全員が震え上がる。

 

「この村の伝承では俺らの中には半分鬼の血が流れてるみたいだな?だったらこんな酷いことができるのも納得だ。一人の女性が心を病むまで追い詰めたってのに、さらに追い詰めて殺そうとしてるんだからなぁ。もうこれは鬼の血を引く俺達全員この場で死んだほうがいいんじゃねぇのか?」

 

そう言いながら村の人達を見下ろす灯火。

灯火は先ほど自分で言ったような鬼を思わせるような冷たい瞳をしており、その目で見られた村の人達は悲鳴を上げて後ずさる。

 

今の灯火には本当にやりかねない雰囲気を纏っていた。

部屋の隅に控えていた黒服の男達がいつでも灯火を止めれるように構えているのが見えた。

 

「このままじゃ俺はこの村のことが嫌いになっちまうよ!なぁ、俺達は涙も情もある人間なんだろ?もし俺達の中に鬼がいたとしても、その鬼に飲み込まれてるんじゃねぇよ!!もしお前らが鬼になったんだったら俺も鬼になって全員道連れにするぞ!!」

 

灯火が息を切らしながら全力で言葉を叫び続ける。

その言葉を全員が黙って聞き続け、そしてその言葉を全て聞き届けた魅音達の母親はゆっくりと口を開いた。

 

「・・・・言いたいことは言ったかい?ここに集まっている連中は一応村の重鎮どもだ。その前でここまで言ったんだ。ちゃんとケジメをつける覚悟は出来てるんだろうね」

 

その言葉と同時に部屋の隅にいた黒服の男達が灯火へと近づき拘束する。

そして灯火を別のところへ拘束したまま連れていこうとする。

 

「っ!!?お兄ちゃん!!」

「灯火!!」

 

その様子を見ていた魅音と梨花ちゃんが青ざめた表情で叫ぶ。

二人の声を聞いた灯火は二人にも何もするなと目で伝えたのが何となくわかった。

部屋を後にする瞬間、灯火がぼそりと呟く。

 

「今のこの村は悪意でいっぱいだ....何とかしないといずれ自分達の鬼の血で死ぬことになるぞ」

 

「「「・・・・」」」

 

そう言い残して灯火は部屋から姿を消す。

残った僕達は灯火の残した言葉によってしばらく全員黙ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、誤字報告ありがとうございます。
お返事が出来ず申し訳ありません。
大切に読ませてもらってます。

北条家の話は次話で終わると思います。
やっと終わらせられる....長かった。

あと軽く新章の予告

礼奈
梨花
羽入
魅音
詩音

この中の誰かがヤンデレになります。


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綿流し後3

「・・・・北条さんが雛見沢症候群というのは本当なんですか?」

 

重い空気が漂う入江の診療室の中に私と両親の3人が集まっていた。

集まった理由は今回のことの真相を入江の口から両親へ説明してもらうためだ。

 

重い沈黙が流れる中、母が代表して尋ねる。

両親には診療所に来る前に私から今回の本当に原因について説明している。

私の説明を聞いて最初は半信半疑な様子だったけど、私が入江から聞いたことを含めて真剣に話したことで最終的には二人とも信じてくれた。

 

母の言葉を受けた入江は辛そうに目を伏せながら肯定する。

 

「・・・・はい。申し訳ありません、全ては私の責任です」

 

そう言いながら入江は私達へ頭を下げる。

入江はこの件のことを本当に自分のせいだと思っているんでしょうね。

あなたのすぐ近くに今回の件の黒幕がいるとも知らずに。

 

頭を下げる入江に父が若干顔を青くさせて質問をする。

 

「・・・・以前に説明していただいた時に雛見沢症候群の症状について教えてもらいましたが、つまり今回北条さんが起こした事件の原因は雛見沢症候群だということですか?」

 

「・・・・その通りです。北条さんに何があったかはわかりませんが、彼女は雛見沢症候群を発症させ疑心暗鬼に陥り錯乱、結果としてこのようなことになってしまいました」

 

「「・・・・」」

 

入江の説明を聞いて2人とも黙り込んでいしまう。

半信半疑だった雛見沢症候群という病気の患者、それも知り合いがなってしまったことで二人に何とも言えない表情を浮かべる。

 

二人の様子を見ていた私はさらに補足を加える。

 

「・・・・みぃ、それも末期症状なのですよね?」

 

「・・・・ええ、以前にも説明しましたが我々は雛見沢症候群をレベル1から5までで分類しています。レベル3から症状は現れ、レベルが上がるにつれて幻覚や幻聴そして疑心暗鬼を発症していきます。そしてレベル5になると極度の疑心暗鬼によって錯乱状態になり、最後は」

 

「「・・・・」」

 

入江は最後まで言葉を言うことが出来ずに黙り込んだ。

この説明は以前に私達全員が聞いている。

だから入江が言わずとも全員最後の言葉の続きはわかった。

 

・・・・このままでは悟史達の母は首を掻ききって死んでしまうのだ。

 

「な、なんとか治療することは出来るんですよね?」

 

「・・・・」

 

黙り込んでしまった入江に父が声を震わせながら問いかける。

しかし・・・・その問いかけに入江は答えることは出来ない。

 

私は入江が答えることが出来ない理由を知っている。

なぜなら・・・・末期症状まで発症した人はもう治らないのだから。

 

「・・・・今の私達の研究段階では、レベル5まで進行してしまった者の治療をすることは出来ません」

 

入江は懺悔するかのように父の言葉に答える。

その言葉を聞いた父は辛そうに顔を歪める。

 

半年前の悟史達の両親達の謝罪以来、私の両親は彼らとよく話すようになった。

彼らが雛見沢への貢献のために古手神社の掃除を手伝いにやってくる度に世間話に花を咲かせていたのを何回も見た。

 

もともと彼らの息子と娘である私達が仲が良いのだから、その親である彼らも私達の話を中心に話題が尽きることもなく楽しそうに話しているようだった。

 

そんなせっかく仲良くなれた人達がこんなことになってしまった。

それも雛見沢症候群という私達にしか知られていない病気によって。

 

絶望した表情を浮かべる三人を見ながら私は口を開く。

確かに現状では末期症状にまで陥った人を治すことは出来ない。

でも、治すことは出来なくても症状を和らげることは出来る。

 

雛見沢症候群の女王感染者である私の頭を入江に調べてもらう。

女王感染者である私には雛見沢症候群を抑える特別な何かがあるらしい。

 

そのデータを入手することが出来れば末期症状から脱することが出来るかもしれない。

今までの世界では母親ではなく、沙都子が雛見沢症候群の末期症状を発症していた。

 

そしてその時に入江に私を調べさせて末期症状を脱する治療楽を作ってもらっていた。

だから今回も私を入江に調べさせれば末期症状を脱することが出来るかもしれない。

 

「入江、今の研究段階では治療は出来ないで合っていますですか?」

 

「・・・・ええ、治療薬の開発を進めていますが、今の段階ではデータが不足していて、とても使用することは出来ません」

 

「・・・・だったら「データが集まればいいのね」みぃ!?僕のセリフを取られたのです!?」

 

私が言おうとした言葉が母によって奪われる。

ちょっと!ここは私がクールに決めてみんなから驚かれるところでしょう!

 

少し恨めしそうに目を向ければ、そこには覚悟を決めた表情を受かべている母の姿があった。

 

「私を使って研究データをとってください。私は元女王感染者というものなんですよね?だったら治療薬を作るためのデータを集めるのにお役に立てるはずです」

 

「そ、それはすごくありがたい申し出ですが、よろしいのですか?」

 

「はい、北条さんは私達の大切な友人なんです。彼女が死ぬとわかっているのに何もしないなんてことは出来ません」

 

「あ、ありがとうございます!必ず治療楽を作り北条さんを救ってみせます!!」

 

「・・・・みぃ、お母さんより僕の脳を調べたほうがもっとデータをとれると思うのです」

 

少し口を尖らせながら小さな声で呟く。

それを聞いた母さんは鋭い目を私へ向ける。

 

「梨花。気持ちはわかるけどあなたは幼すぎるわ、あなたの母として危険な検査をさせることは出来ません。入江さん、梨花にはこれまで通りの検査でお願いします。その代わり私が梨花の分までお手伝いをさせていただきますので」

 

「・・・・2人のようにお役に立てるかわかりませんが、私も出来る限りのお手伝いをさせてください」

 

私の言葉を聞いた母は即座に私の脳を調べさせるのをダメだと言う。

その代わり自分が頑張ると言い、父も出来る限りのことをすると入江さんに言っていた。

 

はぁ・・・・この様子では私を調べてもらうことの許可を得ることは難しそうだ。

いつものように事後承諾のような形で無理やりやっておけばよかったかしら。

 

「・・・・本当にありがとうございます」

 

両親の言葉を聞いた入江は目を潤ませながら深く頭を下げる。

それを両親は慌てて頭を上げるように言っていた。

 

「入江先生、頭を上げてください。北条さんがあんなことになってしまったのは私達、村の者達のせいです。こんなことで罪滅ぼしになるとは思いませんけど、出来る限りのことはしたいんです」

 

「そ、そんなことは!私が北条さんの症状にいち早く気づいてさえいればこんなことにはならなかったんです!」

 

父の言葉を聞いた入江は慌ててそれを否定する。

しかし両親はゆっくりと首を振る。

 

「・・・・いえ、今日行われた会議で私達は自分達が犯した罪を知りました。大人である私達が子供に気付かさられるなんて、本当に恥ずかしい限りです」

 

母は俯きながら恥じるように語る。

その様子を入江は怪訝そうな表情で見つながら口を開く。

 

「・・・・気になってはいたんですが、灯火さんはどうしたのでしょう?彼も無関係ではありませんので北条さんのことを説明したいのですが」

 

「「「・・・・」」」

 

入江さんの言葉を聞いた瞬間、診療室内の空気が凍り付く。

 

・・・・ずっと考えないようにしてたのに。

目を細めながら場の空気の変貌に固まる入江を睨みつける。

 

あの会議で灯火が部屋の外に連れていかれた後。

彼がいなくなったことで話は進まなくなり、その後すぐに解散となった。

去り際に茜が北条の問題は今日の会議の内容を聞いて園崎家で判断し、後日判断を伝えると言っていた。

 

会議が終わった後、私はすぐに灯火のことを確認したけれど茜は答えてくれなかった。

ああ・・・・彼は無事なんだろうか?

彼のことを気に入っている園崎家が何かするとは思えないが、それでも不安なものは不安なのだ。

 

彼のことが心配で会議が終わってからも私はろくに眠れていない。

もし彼の身に何かあったら・・・・ダメだ、ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!!!

 

大丈夫、灯火は無事に決まってるわ!どうせ今頃家に帰って疲れて眠ってしまっているだけに決まっている。

早く彼の家に行って叩き起こさないといけないわね、私があなたのせいで眠れていないというのに、何を呑気に寝ているんだってね。

 

もし・・・・彼が家にいなかったら。

いえ、みんなの目がない時に鷹野に捕まっていたとしたら。

 

「あ、やっと見つけた!梨花ちゃんに梨花のお母さんとお父さん!入江さんのところにいたんだな」

 

私の頭の中で最悪な想像が完成しかけた時、待ち望んでいた声が耳に届く。

急いで声のほうへ振り向けば、私がずっと心配していた男が扉の前に立っているのが見えた。

 

「灯火ちゃん!よかった、無事だったのね。あなたが園崎家に連れていかれた時は本当に心配で」

 

「あらら、それは心配させてしまってごめんなさい!でも少し叱られただけでこの通り何ともないです!ちょっと眠いですけど」

 

心配そうに近寄ってくる母に灯火が笑顔で答える。

そして眠たそうに大きく口を開けて欠伸を浮かべる。

それを見ていた両親は安心したようにため息を吐いて灯火に笑いかける。

 

私はそんな光景に一切興味を持つことなく、ただただ彼の状態を観察する。

そして、彼の右手の指二つに包帯が巻かれていることに気が付いた。

 

「灯火」

 

「ん?ああ梨花ちゃんも心配かけて悪かったな。とりあえず今どうなってるのか教えてくれると助かるんだが」

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

申し訳なそうな表情で近づいて来た灯火に問いかける。

その時に私達に見えないように後ろに回していた手を掴んで包帯が巻かれた指を全員に見せつける。

 

「・・・・いやこれはちょっと指の皮を切っただけだよ」

 

「へぇ、だったらこの包帯を解いても別にいいわよね?ちょうど入江がいるんだし綺麗な包帯に替えてもらえばいいわ」

 

「い、いや大したことないから包帯は変えなくていいよ!本当に大したことないから!」

 

「・・・・」

 

私の言葉を聞いた灯火は私から目を逸らしながら適当な嘘を口にする。

・・・・自分でも怖いほどの怒りが身体を満たしていく。

しかしそれとは裏腹に心が冷たくなっていく。

 

危ないことはしないって言ったのに、灯火は嘘をついた。

私がどれだけあなたのことを心配していると思っているの?

それなのにあなたは何事もなかったかのように周囲に振舞っている。

 

彼はきっと私がどれだけ心配していたか気付いていないんでしょうね。

私がこの数時間どれだけ心が狂いそうだったか、彼は気付いていないんでしょうね。

 

昨日あれだけ必死に危険なことはしないでって言ったのに。

・・・・本当にしょうがない子。

どうやらこの子には二度と危ない真似をしないように色々と教えてあげないといけないようね。

 

「あ、あの梨花さん?なんか瞳の中にあるはずの光が見当たらないんだけど。あ、あと手を離してくれないか?地味に痛いんだが」

 

私の怒りを察したのか、灯火は冷や汗を流しながら後ずさる。

しかし私が彼の手を強く握っているからこれ以上離れることは出来ない。

 

さらに私が彼に近づこうとした時、診療室に入江を呼ぶ声が届いた。

それは悟史達の父が目を覚ましたという知らせだった。

 

「入江所長、北条さんが目を覚ましたそうです」

 

「わ、わかりました!すぐに向かいます」

 

「よろしくお願いします。すでに息子さんと娘さんは病室にいらっしゃいますので」

 

私達のことを気にしながらも悟史達の父の元へ向かう入江。

その後に私の両親も続く。

私の手から逃れた灯火もどさくさに紛れてみんなの後に続いていた。

 

・・・・まぁいいわ、今は悟史達のことを優先しましょう。

 

 

 

でも、次はないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北条さん、目が覚めたんですね!本当に安心しました」

 

「・・・・入江先生、ありがとうございます。事情は息子達から聞きました」

 

病室にやってくるとベッドで起き上がっている悟史達の父とそれを心配そうに見つめている悟史と沙都子の姿があった。

どうやらすでに今の状況を2人から説明をうけていたようだ。

事情を聞いた彼は顔を歪めながら入江に問いかける。

 

「・・・・嫁の容態は」

 

「・・・・残念なら芳しくはありません。彼女は今、錯乱状態になってしまっています。今は睡眠薬を投与して眠ってもらっています」

 

「・・・・」

 

入江の話を聞いた悟史達の父は悔やむように無言で顔を伏せる。

それを見た入江はすぐに口を開く。

 

「あなたの妻は必ず私達が助けます。だから今はご自身のことを気遣ってください」

 

「・・・・ありがとうございます」

 

「北条さん・・・・」

 

「っ!古手さん、来てくださっていたんですね。あの、今回のことは・・・・」

 

「・・・・すでに聞き及んでいます。私達は北条さんが村を裏切ったなんて思っていません。ですが、その他の人達は」

 

「そんな・・・・」

 

「・・・・今回の件はほとんどの村の人達は知りません。園崎家によってすぐに口止めがされましたので、最終的に今回のことは園崎家が判断するみたいです」

 

「だったら俺が今すぐ園崎家に行って説明を、ぐっ!!?」

 

「北条さん!!無理をしてはいけません!まだ傷は全く完治していないんです!」

 

慌ててベッドから出ようとして痛みで顔を歪めている。

それを見た入江は慌てて彼を止めていた。

 

「止めないでくれ!!このままじゃ俺達はこの村にいられなくなる!もう少しで悟史君達と本当の家族になれるんだ。こんなことで村を追い出されたら、それこそ妻が悲しむ!!」

 

「落ち着いてください!傷口が開いたらいけない!あなたに何かあったら、それこそ奥さんは悲しみます!!」

 

「それは、しかし・・・・」

 

「そうそう、怪我人は大人しくしてなきゃいけないよ」

 

焦る悟史達の父を入江さんが止めている。

そして、病室の扉のほうから女性の声が届いた。

 

振り向けば、そこには今の話の中心になっている人物。

園崎家、魅音達の母である茜の姿があった。

 

「っ!!?園崎さん!今回のことは決して俺達が村を裏切ろうとしたわけでは」

 

「はいはい大きな声で叫ぶんじゃないよ。傷口が開いたらどうすんだい」

 

大声で叫ぶ彼を茜が止める。

そしてゆっくりと彼に近づきながら口を開く。

 

「いや、本当に災難だったね。通り魔に襲われたんだって?よく無事だったもんさね」

 

「・・・・え」

 

茜の言葉にその場にいた全員が困惑する。

それを見た茜は口元に笑みを浮かべながら続けて口を開いた。

 

「奥さんもあんたが刺されたのを見て気を失ったらしいね。昨日の会議であんたの息子に教えてもらった時はびっくりしたよ。ねぇ?」

 

「え!?あ、は、はい!」

 

いきなり話を振られた悟史はびっくりしながらも茜の話に頷く。

なるほどね・・・・話が読めてきたわ。

どうやら園崎家は今回のことをなかったことにするつもりのようだ。

 

「この状態じゃあ雛見沢への貢献はしばらく無理そうだね。ゆっくり休んで退院したらまた始めるといい。村の連中にも()()()()()()私達から説明しておくよ」

 

「っ!!ありがとうございます!!退院したらすぐにまた雛見沢のために頑張ります!!」

 

「期待してるよ。じゃあ私はこれでさよならだ、もう息子達を泣かすんじゃないよ」

 

目に涙を溜めながら頭を下げる悟史達の父を見た後に茜は病室を後にする。

悟史と沙都子も同じように必死に頭を下げていた。

・・・・とりあえず何とかなったということでいいのかしら。

 

茜の言葉を聞いた胸をなで下ろしていると、茜の出ていった後にバレないように部屋を出る灯火の姿を見た。

それに気付いた私もみんなにバレないように後に続いた。

 

 

 

 

 

「茜さん」

 

「なんだい灯火、ついて来たのかい?」

 

廊下を歩いていた茜さんに声をかける。

茜さんは俺が来るのをわかっていたかのように笑みを浮かべながら振り返った。

 

「・・・・今回の件のことありがとうございます」

 

「・・・・あんたがちゃんとケジメをつけた。私達も同じようにケジメをつけただけさね」

 

茜さんは俺と同じように包帯を巻いた二本の指を見せる。

・・・・俺は悟史達の父と母を庇った罪で二つ。

しかし、茜さんは一体何の罪を犯したというんだ。

 

「・・・・両親はともかく息子達は村の一員、御三家である私達が守るべき対象だ。それをどこの馬の骨とも知らない連中に危険な目に遭わされたんだ。これはそのケジメだよ」

 

「・・・・」

 

「北条の息子が言っていた連中のことは前々から気にはなっていたんだ。何をしているかは知らないが、村の連中を傷つけたんだ。責任は必ず取らせるさ」

 

茜さんは目を細めながらそう呟く。

園崎家が鷹野さん達のことをどこまで掴んでいるかわからないが、茜さんが本気で言っていることがわかる。

悟史が言っていた時は信じていないようなことを言ったけど、内心では違っていたということなのか。

 

「・・・・灯火、あんたの言っていたことは正しいよ。私らはダム戦争の時に鬼になったんだ。村を守るためには全員が鬼になるしかなかったからね」

 

茜さんは目を伏せながらゆっくりと語る。

俺は茜さんの言葉に黙って耳を傾けた、

 

「でももうダム戦争は終わった。もう鬼でいる必要なんてないんだ。それを私達はいつまでも鬼のまま、このままじゃ私達は人間に戻れなくなる。どこかで変わる必要があるのさ」

 

「・・・・俺もそう思います」

 

「ふ、あの会議であれだけのことを言ったあんた達がいるならこの村も安泰だね。これで新たにやってくる人たちが良い風を吹かせてくれたらいいんだけどね」

 

「・・・・新たな連中?」

 

茜さんの言葉に眉を顰める。

茜さんはそんな俺を見て小さく笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「まだ内緒だけどね、今朝、園崎家の土地の一つを売りに出そうって話が出てきたんだ。余所者嫌いな御婆がそう呟いた時には心臓が飛び出るかと思ったよ」

 

「っ!!?それって!」

 

俺のほうこそ心臓が飛び出そうだ。

そうだ、圭一がここにやってくるためには園崎家が土地を1つ売りに出さないといけなかったんだ。

家を建てられる土地がなければ圭一達はここにやってきてはくれないのだから。

 

やべぇ、今の今まですっかり忘れていた。

茜さんが言ってくれなかったら、いつまで経っても圭一が来なくてヤバいことになってたぞ。

 

茜さんは口を開けたまま呆ける俺を見て可笑しそうに笑う。

 

「それとまた別の話も話題に上がったよ。それもあんたのことさね」

 

「え、もしかして俺に対してお魎さんがお怒りだったりとか」

 

最悪の想像して顔を青ざめる。

やべぇ、これ以上は本当に泣き叫びそうなんだけど。

 

「あっはっは!逆だよ逆!今回のことで完全にあんたのことを気に入ったみたいだよ!」

 

「そ、そうですか。それならよかったです?」

 

俺の言葉を聞いて笑う茜さんを見て胸をなで下ろす。

あれ?これはよかったのか?いまいち判断が出来ない。

 

「そんなあんたに良い話があるだけどね・・・・あんたには魅音と夫婦になってもらいたいんだよ」

 

「・・・・んん?」

 

茜さんの言葉に冷や汗が流れる。

話がいきなりぶっ飛んだ気がするんだけど。

 

「まぁ元々口には出さなかっただけで園崎家では暗黙の了解でわかってたことだったんだけどね。今回の件でいよいよって感じだね」

 

「・・・・いや、俺まだ小学生なんだけど」

 

身体中から汗を噴き出しながら口を開く。

待って、待って待って待って!

いきなり話が重いんだけど!

 

魅音は確かに可愛いが、俺の中ではあくまで妹なんだよ!

礼奈も詩音も沙都子も梨花ちゃんも全員そうだ!未だに好きな子すらいないのに、いきなり結婚なんて理解できるか!

 

「あっはっは!まぁいきなり言われても混乱するだろうね。でも私達はもうあんたを手放す気はないよ。そのことをしっかりと自覚しておきな」

 

茜さんは笑いながらそう言って診療所を後にする。

残された俺は呆けたままそれを見送るしかできない。

 

これから先、一体どうなっていくんだろうか。

明るい未来を想像して乾いた笑みを浮かべる。

 

・・・・これって誰に相談すればいいんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「・・・・」」

 

 

 

 

 

 

 




灯火が連れていた後の描写も書いてはいたんですが、少し残酷な描写になりそうだったので止めました。

すいません、この問題の解決に関しては少し雑かもしれません。
とりあえず新章優先でいかせてください。


次話から新章突入です。

そしてヤンデレ達が本格始動。
それとIFのストーリもこの章から本格的に動き出します。
こちらのほうも読んでくださると幸いです。



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詩音

園崎本家の古いしきたりに『跡継ぎ』に双子が生まれたならば産湯につける前に絞め殺せというものがあるらしい。

そんなしきたりが残り続ける本家にある日、双子の姉妹が生まれた。

 

姉の名前は『魅音』

鬼を継ぐ者で魅音。

 

妹の名前は『詩音』

出家させ、寺に閉じ込めるという意味で詩音。

 

それぞれの名を与えられた姉妹は、いずれそれぞれの名前通りの道を歩むことになる。

 

『魅音』は跡継ぎの修行のために頭首である祖母と同居を始める。

『詩音』は寺の代わりに全寮制の学園に閉じ込められる。

 

『詩音』である私は今よりも幼い頃からそうなることを決められ、私も嫌だったけど諦めて自分の運命を受け入れていた。

 

・・・・お兄ちゃんと出会うまでは。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・お兄ちゃんがおねぇと夫婦になる?」

 

お母さんがお兄ちゃんに言った言葉の意味が理解できない。

夫婦になる?つまり結婚するってこと?

 

誰が?

 

お兄ちゃんとおねぇが?

 

「っ!!?」

 

言葉の意味に頭が追いついた時、私の中に焦りと嫉妬の感情が生まれたのを感じた。

嫌だ!お兄ちゃんが結婚するなんて嫌!!

 

私はお兄ちゃんが好きなんだ!兄としてではなく一人の男の子として竜宮灯火のことが大好きだ!!

いずれお兄ちゃんとそういう風になることを夢に見たことだって一度や二度なんかじゃない。

 

なのに、お兄ちゃんが私以外の人と結婚してしまうかもしれない。

そんなの認められるわけがない!!

 

お母さんが出かけるのを見た時、なぜか酷い胸騒ぎを感じた。

 

もともと悟史君達の件で私だけ仲間外れを受けていたこともあって、私はお母さんが悟史君達の件で出かけるのではと予想したのだ。そして私もみんなの仲間に入る良い機会だと思った。

 

だから葛西に頼んでコッソリと後をついていってもらったけど、そこでまさかこんな話を聞くことになるなんて思ってもみなかった。

 

「・・・・葛西!すぐに家に戻って!おねぇと話があるの!」

 

お母さんが帰った後の確認してから急いで葛西が隠していた車に乗り込む。

 

親が言ったからなんだ。

そんなもので勝手に結婚を決められてたまるもんか!

おねぇに事情を話してなかったことにしてもらう。

 

おねぇだってこんな形でお兄ちゃんと結婚するなんて望んでないはず!

 

私は焦る気持ちを必死に抑えながら家への到着を今か今かと待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

「おねぇ!!」

 

「ふえ!!?し、詩音?いきなりどうしたの?」

 

家に到着するなり魅音の部屋をへとノックもせずに突入する。

扉を強引に開けて部屋へ入れば、おねぇが寝ようとしていたのか布団の中に入ろうとしていた。

それと私が来たことに気付いた時、慌てて枕の下に視線を向けるのが見えた。

 

「・・・・枕の下に何かあるの?」

 

「べ、別に!何も隠してないし!」

 

わざとらしく私から顔を逸らしながら枕をお尻で蓋するおねぇ。

まぁ、何かはだいたいわかるけど。

 

「まぁいいけど。ていうか今から二度寝?もう朝だよ?」

 

「うぐっ!朝方までずっと会議をしてたせいで寝れてないの。いい加減眠気が酷いから仮眠しようと思って」

 

「ふーん。あ、ところでおねぇ。枕の下に好きな人の写真を置いて寝るとその人の夢を見れるって知ってた?」

 

「あーそれ迷信だよ。だって私見れなかったもん。昨日だってこうやって枕の下にお兄ちゃんの写真を・・・・」

 

私の言葉に答えながら途中で自分が言っていることに気付いて真っ赤になるおねぇ。

やっぱりお兄ちゃんの写真だったか。

私も同じことをしてたからすぐにピンときたよ。

 

ってそんなことを言ってる場合じゃない!

 

「おねぇはもうお母さんから聞いてるの!?」

 

「お母さんから?私は何も聞いてないけど?何かあったの?」

 

私の質問に首を傾けるおねぇ。

この様子ではまだお母さんから話をされていなさそうだ。

 

私はさっきお母さんとお兄ちゃんが話をしていた内容をおねぇへと話した。

 

おねぇは私の話を聞くにつれて、もともと赤かった顔をさらに蒸気が出る勢いで真っ赤に染める。

 

「わ。私とお兄ちゃんが夫婦に!?え、えええええええ!!?お母さん何を言ってるの!?」

 

私の話を聞き終えたおねぇは目を回しながら驚きの声をあげる。

私はそんなおねぇの様子に少しイラつきを覚えながらもなんとか冷静に口を開く。

 

「おねぇ落ち着いて」

 

「あ、ご、ごめん!私としたことが慌てちゃった」

 

「・・・・それで、おねぇはどうするつもりなの?まさかこのままお兄ちゃんと夫婦になるつもりじゃないよね?」

 

「・・・・」

 

私の言葉を聞いたおねぇは頬を染めながらも何かを考えているのか口を閉じる。

 

「・・・・もともとお兄ちゃんが園崎家に入ることは暗黙の了解で決まってたことだったんだよね。詩音だってお兄ちゃんが家の人達に若なんて言われているのを聞いたことあるでしょ?」

 

「それは知ってるよ!でも、それでもいきなり夫婦なんて話が飛びすぎじゃないの!?」

 

「・・・・話はそう単純じゃないんだよ。詩音は知らないかもしれないけど、ダム戦争の時からお兄ちゃんは親族会議に参加してる。それも私の隣に座ってね。今のお兄ちゃんの立場を周りにはっきりと見せるためにも正式な立場があったほうがいいんだよ」

 

「・・・・お兄ちゃんに立場が必要ね。でもそういうことなら『魅音』じゃなくて『詩音』でもいいじゃない!」

 

お兄ちゃんは村の重鎮の息子や外の重役の息子なんていうわけじゃない、ただの村の一員に過ぎない。

だったら別にお兄ちゃんが私と結婚しようが関係ないはずだ。

 

「・・・・今回の件もあってお兄ちゃんは村では既に次の世代の代表のような形になってる。『詩音』と結婚の場合は余計な派閥争いが起こるかもしれない。それにこれは現当主である園崎お魎が私とお兄ちゃんを結婚させるって言ってるんだよ、当主の言葉が絶対だよ」

 

「・・・・なにそれ」

 

おねぇの言葉に頭に血が上るを感じる。

おねぇがさっきから言ってることはただの体の良い言い訳だ。

周りのためにも『魅音』とお兄ちゃんが結婚するのが一番良い。

そう自分に都合の良い考えをしているだけ。

 

「・・・・お兄ちゃんが『魅音』と夫婦になったほうが良い理由はよくわかったよ」

 

「詩音!それじゃあ!!」

 

「じゃあ・・・・私と『魅音』を代わってよ」

 

「・・・・え?」

 

私の言葉に表情を固まらせるおねぇ。

『詩音』ではなく『魅音』がお兄ちゃんと夫婦になったほうが園崎家としては都合が良いということはひとまず納得した。

 

でも私はお兄ちゃんが私以外の人と結婚することも納得なんてしていない。

というより誰であろうと納得なんて出来るわけがない!

 

だったら話は簡単だ。

私が『魅音』になればいい。

おねぇにはこれから『詩音』になってもらって、私が園崎家を継いでお兄ちゃんと結婚する。

園崎家当主になんてなりたくないけど、それでお兄ちゃんと夫婦になれるというのなら喜んでなろう。

 

「別にいいでしょ?『魅音』がお兄ちゃんと夫婦になりさえすればいいんだから。私が『魅音』になってお兄ちゃんと結婚する」

 

「・・・・『魅音』は私だよ。私の背中には園崎家次期当主の証である刺青が刻まれてる。次期当主の仕事だって今までやってこなかったあんたには無理だね」

 

「背中の刺繍なんてどうにでも誤魔化せるよ。それに次期当主の仕事だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

私達は瓜二つ姉妹なんだ。

おねぇに出来たことなら私も出来るという確信がある。

 

「これで問題ないよね?じゃあ今日から私が『魅音』であんたが『詩音』でよろしく。中学になれば『詩音』は興宮のお嬢様学校に幽閉されちゃうから気を付けてね」

 

そう言って強引に話を締めくくる。

おねぇは私の言葉を聞いた途端、私を睨みつけながら口を開いた。

 

「嫌だね!私は絶対に『魅音』を代わらないよ!私がお兄ちゃんと夫婦になるんだ。誰にも渡しはしないよ!!」

 

「・・・・なによ。『魅音』がお兄ちゃんと夫婦になれば、あんたはそれでいいんじゃないの?」

 

「確かに園崎家としては私だろうとあんただろうと『魅音』がお兄ちゃんと結婚すればそれでいいかもね。でも私は違う!私は私自身がお兄ちゃんと結婚出来ないと嫌なの!!」

 

私とおねぇはお互い視線を逸らすことなく睨み合う。

おねぇが譲らないことは予想してた。

 

私達姉妹はそっくりだ。

おねぇが出来ることは私だって出来るし、私が出来ることはおねぇだって出来るだろう。

そして私が好きなものは、おねぇもきっと好きになる。

 

それが好きな人なら尚更だ。

 

「・・・・私はこれまでずっと『詩音』として耐えてきた。園崎家から差別されてずっと日陰の中を生きてきた。そんな中、初めて出来た好きな人なの!!あんたはこれまで『魅音』として散々良い思いをしてきたじゃない!だったら好きな人くらい私に譲ってよ!!」

 

別に『魅音』の名なんてどうでもいい。

お兄ちゃんさえいてくれるなら私は一生『詩音』のまま差別を受けたって構わない。

これからの私の人生はきっと大して面白くもない人生に違いない。

だったらせめて、好きな人と一緒にそんな面白くもない人生を送りたい。

 

お兄ちゃんと一緒に居られる人生なら、どんな地獄でだって笑って生きていけるんだから。

 

「・・・・あんたのことは正直申し訳ないって思ってるよ。私だけ良い思いを受けている引け目だって感じてる。でもごめん、私もお兄ちゃんだけは渡したくない!」

 

おねぇは私の言葉に申し訳なさそうに俯きながらも、お兄ちゃんだけは渡したくないと私に告げる。

それを聞いて私の頭の中が怒りで染まる。

その感情を言葉にしようとした時、おねぇの部屋の扉がノックされて、外から葛西の声が届く。

 

「・・・・詩音さん、茜さんが戻られました。そろそろ興宮へ戻りましょう」

 

「・・・・わかった」

 

葛西の言葉でギリギリ冷静さを取り戻した私は発しかけた言葉を飲み込んでおねぇの部屋を後にする。

 

「・・・・学校の件は私からも言っておくよ。詩音だけ中学で別なんて寂しいし」

 

「・・・・」

 

小さな声で呟いたおねぇの言葉に応えることなく部屋を出ていく。

 

今私の頭の中にあるのはたった一つだけ、怒りしかない。

 

 

ズルい・・・・ズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルい、ズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルい、ズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルい、ズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルい!!!

 

いつもそうだ!

『魅音』ばかり良いことがあって、『詩音』には何も与えられない。

 

『魅音』はこれから本格的に雛見沢で暮らし始め、お兄ちゃんと毎日顔を合わせることが出来る。

学校だってこのまま雛見沢にある興宮分校に通い続ける。

そこで毎日お兄ちゃんは勿論、礼奈に悟史君に梨花ちゃんに沙都子達と一緒に毎日笑顔で過ごすんだ!

そしてゆくゆくはお兄ちゃんと結婚して、園崎を継ぐ。

 

それに比べて『詩音』はどうだ。

 

行きたくもないお嬢様学校に閉じ込められ、その後は雛見沢からは離されて、向こうの決められた男と結婚する。

寮に入れられたらもうお兄ちゃんと会うことすら出来なくなる。

 

そんなの絶対に嫌だ!

 

 

なにより、元々『魅音』は私のものだったんだ!

それを今よりもっと幼いころに入れ替わった時に『詩音』だったおねぇに次期当主の証である鬼の刺青が背中に刻まれてしまった。

 

それによって魅音だった私は『詩音』に、詩音だったおねぇは『魅音』になった。

 

入れ替わった当時は混乱して泣いたりもしていたけど、お兄ちゃんと出会ってから『詩音』であることを受け入れたつもりだった。

 

でも・・・・つもりになってただけだった。

今の私は自分が『詩音』であることを到底受け入れることが出来ない。

 

このままじゃ『魅音』であるおねぇがお兄ちゃんと結婚する。

そんなの絶対に認めるもんか!

最後まで足掻いてやる!私のほうがお兄ちゃんのことを好きに決まってるんだから!

 

おねぇよりも!梨花ちゃんよりも!沙都子よりも!そして礼奈よりも私が一番お兄ちゃんのことが好きなんだ!

 

初めて会った日にこんな私を妹にしてくれた。

 

そして『魅音』から『詩音』になり、誰もそのことを信じてくれない中でお兄ちゃんだけは私の言葉を信じて優しく私を抱きしめてくれた。

 

誰も信じてくれず『詩音』として差別されてきた私に、あの時のお兄ちゃんの言葉がどれだけ私の心を癒してくれたことか。

 

私はお兄ちゃんのことが大好きだ。これから先の人生で他の人を好きになるなんてありえない。

 

お兄ちゃんだって私のことを。

 

私のことを・・・・。

 

 

心の中で呟いた言葉が途中で消えてしまう。

 

 

お兄ちゃんは私のことを好きなのかな?

私のことを好きだって信じたい。

でも、今までのことがそれに疑問を抱かせる。

 

ダム戦争から始まって、悟史君達の家族の問題に至るまで。

私はそれらに関われていない。

 

ダム戦争中に毎日のように行われた親族会議。

そこには村の重鎮達とおねぇを含む園崎家、そしてお兄ちゃんが参加していた。

 

これに『詩音』である私が参加出来ないのはしょうがないと我慢していた。

 

でも、悟史君達の問題は違う。

 

これには私と同じく蚊帳の外のはずの礼奈だって参加している。

梨花ちゃんに礼奈、そしておねぇとお兄ちゃんが関係はどうであれ、悟史君達の家族問題のために行動していた。

 

私も以前のお泊りの時に悟史君達の家族の問題については知ってはいたけれど、お兄ちゃん達がそんなことをしていたことを知ったのは随分と後からだった。

 

そして最後には今日の会議だ。

綿流しの晩に何か事件があったらしく、おねぇやお兄ちゃん達が遅くまでずっと会議をしていたらしい。

そしてそれに私が関わることはなかった。

 

中学の進学の問題でただでさえ辛かったのに、私だけ仲間外れにされたような最近の出来事は私に小さくない苦しみを与えた。

 

もしかしてお兄ちゃんは私のことが好きじゃないのかな?

だから私だけを仲間外れにしていたの?

 

 

っ!!くそ、弱気になるな私!

お兄ちゃんはそんな酷いことをするような人じゃない!

 

負の感情へ流されそうになるのをなんとか抑え込む。

それにもし仮にお兄ちゃんが私のことを好きじゃないとしても、それならこれから私のことを好きになってもらえばいいだけのことの話だ。

 

胸だって最近随分と成長してきた!今ならお兄ちゃんを誘惑する鷹野さんにだってそう簡単には負けるつもりはないんだから!

お兄ちゃんは結構スケベだから、少し誘惑すれば案外すぐに落とせそうな気がするし。

 

そうと決まれば早く作戦を考えないと。

 

私が『魅音』になってお兄ちゃんを手に入れるのか。

『詩音』のままお兄ちゃんを手に入れるのか。

 

どちらのほうが確実にお兄ちゃんを手に入れることが出来るかをよく考えよう。

 

最悪・・・・〇してでもお兄ちゃんを手に入れる。

 

それくらいの覚悟が私にはある。

 

「・・・・詩音さん、こちらです」

 

「ありがとう葛西」

 

園崎家を出て車の扉を開けてくれる葛西に礼を言う。

早く興宮に帰ってこれからの作戦をじっくりと考えよう。

 

そう思いながら車に乗り込むために歩みを止めて立ち止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・あれ?今さっき足音が1つ余計に聞こえたような。

 

 

 

 




最初のヤンデレ発症者は詩音です。
次の発症者は・・・・

次の綿流しまでのこの章に題名をつけるなら。
『恋狂い編』とかですかね。

次話はIFのほうの話になります。
IFのほうも読んでいただければ幸いです。


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IF 覗くもの 鬼隠し1 

今回からIFの話も進んでいきます。
一応以前に『うみねこの鳴く頃に』要素ありっと書いていますが、あまり関係ないので気にせず読んでくれると幸いです。


「今年もなんとか乗り越えたようね」

 

目の前のカケラから映し出される光景を見てひとり呟く。

 

「あなたの物語は見ていて楽しいわね。なんだか今年はより一層楽しくなりそうな気もするし」

 

カケラに映る暗い瞳を携えた少女たちを見て、少女は口元を歪める。

 

「さて・・・・そろそろ私もこの物語に参加させてもらおうかしら。私があなたの物語をもっと面白くしてあげるわ」

 

世界とは隔絶された闇の空間の中で少女は笑う。

そして次の瞬間には、その空間に少女の姿はどこにも見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへ!見て見てお兄ちゃん!」

 

お父さんが作ってくれた新しい服をお兄ちゃんに見せる。

お兄ちゃんはそんな私を見て苦笑いを浮かべていた。

 

「はいはい可愛い可愛い」

 

「もうお兄ちゃん!ちゃんと答えてよ!」

 

「もうこの会話で何回目だよ。何度も見てたらさすがに見慣れるって」

 

確かにお兄ちゃんの言う通りで私はもう何回も家族に新しい服を見せびらかしている。

でもこの服とってもかぁいいんだもん!!

 

紫色のリボンのついた白いワンピースと同じ色で作られた帽子。

最高傑作だと言って私にこの服を渡してきたお父さんをお母さんは呆れた目で見ていたけど、実際に私が着るとお母さんも可愛いって言ってくれた。

 

お兄ちゃんだけは何とも言えないような表情をしていたけど。

 

「むぅ・・・・この服、礼奈には似合ってないのかな?かな?」

 

いまいち反応が悪いお兄ちゃんを見て、お兄ちゃんにはこの服はあまり気に入らなかったのではと不安になる。

私の言葉を聞いたお兄ちゃんは帽子の上から乱暴に私の頭を撫でる。

 

「これ以上ないってくらい似合ってるから安心しろ。ちょっと兄としては股の際どい部分が気になるけど」

 

「股の際どい部分?よくわからないけどよかった!」

 

お兄ちゃんの言葉を聞いて安心する。

やっぱり大好きな人に似合ってるって言ってもらえるのが一番嬉しい!!

 

「みぃちゃん達にも見せてくる!」

 

「ああ、気を付けてな。一応入江さんには気を付けろよ。礼奈はまだあの人の射程圏内に入ってる」

 

「あはは!うん気を付けるね!」

 

お兄ちゃんに玄関まで見送ってもらいながら外へと出る。

最初はみぃちゃんの家に行ってみようかな。

 

みぃちゃんもしぃちゃんも可愛い服が好きだから楽しい話がきっと出来ると思う。

いっそのことお父さんにみんなの分も作ってもらうのもいいかもしれない。

 

みんながこの服を着た姿を想像してあまりの可愛さに身を悶えさせる。

その時にはお兄ちゃんと悟史君にも着てもらいたいな。

 

そしてかぁいいみんなをお持ち帰りしなくちゃ!

 

あ、でも最初はお兄ちゃんと私だけにしようかな。

えへへ、お兄ちゃんとお揃いの服。

 

私は口元が緩むのを抑えることが出来ずについついだらしない笑みを浮かべてしまう。

 

お兄ちゃんはどっちかと言えばお母さんの作るカッコいい感じの服が好きみたいだけど、私は可愛い服に身を包んだお兄ちゃんを見てみたい。

 

「あ、礼奈なのです!」

 

私が妄想を頭の中で描きながら歩いていると、私の名前を呼ぶ声が耳に届いた。

振り返れば予想通り梨花ちゃんがこちらへとやってきているのが見えた。

 

梨花ちゃんは私が振り返ると嬉しそうに小走りでこちらへとやってくる。

 

「おはようなのですよ礼奈」

 

「おはよう梨花ちゃん。どこかに行く途中なのかな?かな?」

 

「ただのお散歩なのですよ。礼奈はどこかへ向かっている途中なのですか?」

 

「うん!お父さんにかぁいい服をもらったからみぃちゃん達に見せにいくの」

 

梨花ちゃんに見せるようにその場でクルリと回る。

それを見た梨花ちゃんのいつもの眩しい笑顔を浮かべながら口を開く。

 

「とっても似合ってますですよ!」

 

「えへへ、ありがとう!お兄ちゃんも気に入ってくれたんだよ!」

 

梨花ちゃんの笑顔につられて私も同じように笑みを浮かべながら口を開く。

しかし、私の言葉を聞いた梨花ちゃんは先ほどまで浮かべていた笑顔を曇らせる。

 

「・・・・()()が気に入ったのですか?それは意外なのです」

 

「え?」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて言葉を詰まらせる。

お兄ちゃんが気に入ったのが意外?どういうことだろう。

私がそれを質問する前に梨花ちゃんが口を開いて答えを口にする。

 

「みぃ、燈火は巫女服が大好きだったのですよ。いつも僕の巫女服を見て気持ちわr、良い笑顔を浮かべていましたのですよ」

 

「ええ!?お兄ちゃん巫女服が好きだったの!?そ、そんなの礼奈は知らないよ!」

 

まさかのお兄ちゃんの好みを知ってしまい驚きの声を上げてしまう。

だから一番最初にお兄ちゃんに見せた時に反応が悪かったのかな。

どうしよう・・・・お父さんに頼んだら巫女服も作ってくれないかな。

 

「そっかぁ・・・・じゃあこの服はお兄ちゃんの好みじゃないのかな」

 

「・・・・世の中には知らないほうが幸せなことがいっぱいあるのですよ。にぱーー☆」

 

私が梨花ちゃんが教えてくれた真実にしょんぼりしている横で満面の笑みを浮かべる梨花ちゃん。

それがなんだか可笑して思わず笑ってしまう。

 

「あはは!知らなくていいことを教えたのは梨花ちゃんだよ。それに礼奈はお兄ちゃんのことならどんなことでも知りたいかな!かな!」

 

「・・・・礼奈はお兄ちゃんのことが大好きなのですね」

 

「え?うんもちろんだよ!世界で一番大好きなんだから!!」

 

突然の梨花ちゃんの言葉に少し驚きながらも自信を持って答える。

世界で一番誰が好きだと聞かれれば、私はお兄ちゃんと即答できる。

 

えへへ、早くお兄ちゃんのお嫁さんになりたいな。

お父さんから雛見沢から引っ越すという話が出た夜。

悲しくてなく私をお兄ちゃんが優しく慰めてくれた。

 

その時にお兄ちゃんは私とずっと一緒にいてくれると言ってくれた。

礼奈をお嫁さんにしてくれるって。

その言葉がすごく嬉しくて。れ、礼奈はお兄ちゃんにキ、キスしちゃ、はう!!

 

当時のことを思い出して頬が熱くなるのを感じる。

梨花ちゃんはそんな私を見つめながらゆっくりと口を開く。

 

「・・・・本来のあなたは一人っ子で兄なんていないことを知ったらあなたはどうするのかしらね」

 

「え?ごめん梨花ちゃん。小さくて聞こえなかったよ」

 

「・・・・ふふ」

 

私はもう一度梨花ちゃんの話を聞くために近づく。

そこで私は見た。

 

梨花ちゃんが私が今まで見たことのないような歪な笑みを浮かべているのを。

 

「・・・・梨花ちゃん?」

 

その笑顔を見てしまった私は冷や汗を流しながら後ずさろうとする。

しかし、私が後ずさる前に梨花ちゃんが私に近寄って私の顔に向かって手をかざす。

 

「世の中には知らないほうが幸せなことがいっぱいある。それは本当。でも私はイジワルだから、あなたに知らなくていいことをいっぱい教えてあげる」

 

そう言って梨花ちゃんは三日月のように裂けた口元に笑みを描く。

その後、目の前に強烈な光が放たれ、私の世界は真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?ここはどこだろう?

 

突然視界を覆った光が晴れると、私の目の前に全く違う場所の景色が広がっていた。

え、ええ?どういうことなのかな?かな?

なんだかいつもよりも少し視線が高くなってる?

 

目の前の景色には見覚えがあるから、ここが雛見沢だとはわかるけど。

 

突然瞬間移動してしまったかのように変わった景色に頭が混乱する。

り、梨花ちゃん!これはどういうことなのかな!?かな!?

 

混乱したまま事情を知っていそうな梨花ちゃんへ問いかけようとするが、その言葉が口から出ない。

 

そもそも話すどころか身体がまったく言うことを聞いてくれない。

心の中で思うことが出来るだけで手も足も目線すらも自由に動かすことが出来なくなっていた。

 

な、なんなのこれ・・・・怖い!怖い!!助けてお兄ちゃん!!!

 

理解不能な状況に私の頭が理解を超えて泣き叫ぶ。

しかし心の中でいくら泣き叫ぼうと私の身体は反応を示すことはなかった。

 

そんな混乱を極める最中、現実?世界から男の声が聞こえてくる。

 

「おーいレナ!悪い遅れちまった!!」

 

聞き覚えのないその声に私の身体が勝手に動き出す。

な、なんで!?私の身体が勝手に!!?

必死に止めようとするけど身体は言うことを聞かずに声のほうへと振り返った。

 

「圭一君!おはよう!!慌てて来たのかな?かな?」

 

私の口から知らない人の声が漏れる。

 

え・・・・?

 

いつも聞いている自分の声が聞こえるものと思っていた私は思考が真っ白になる。

声は私の声と似てはいるけど、私がいつも話している声ではないことがわかる。

 

驚愕で固まる私を置き去りにして私の身体は再び勝手に動き始める。

そして目の映る男の人と話始めた。

 

場所は私の知ってる雛見沢。

でも私はこの男の人を見たことがない。

私達よりも年上の男の人が雛見沢にいたら忘れたりしないと思う。

 

それに・・・・この身体は本当に私のなのだろうか?

 

いつもよりも高い目線。

いつもと違う声。

勝手に動き出す身体。

 

そしてこの男の子がさっきから言っている名前。

今も彼は私?に笑いかけながらその名前を口にする。

 

「レナ」

 

レナ、そう呼びながら彼は私に話しける。

礼奈とレナ。

似てるけど違う、私は竜宮礼奈なんだから。

ということはやっぱり私とは違う人?

もしかしてこれは夢で、私は別の誰かになってるってことなのかな?

そう考えれば今の状況にも納得がいく。

 

でも、私はさっきまでみぃちゃん達に会いに行く途中で、そこで梨花ちゃんと会って。もしかしてそれも夢だったのかな?

 

考えれば考えるほど混乱してしまいそうになる私を置き去りに私?と彼は見慣れた村の道をどんどん歩いていく。

 

そしてしばらく進んだ先で別の女の子がやってきた。

 

「おはよーお二人さん!おやおや圭ちゃんは何年ぶりだっけ?」

 

「2日ぶりだよ!親戚の葬式に行ってただけなんだからな!」

 

新たなやってきた女の子は仲良さそう話しながら私たちのところまでやってくる。

 

わぁ!この女の子、みぃちゃんにそっくりだよ!!

近づいてきた女の子を見た瞬間、私はすぐに親友のみぃちゃんの姿が目の前の女の子と重なる。

みぃちゃんが大きくなったらきっとこんな感じになるんだろうな。

 

そう私が考えていると、圭一君と私?に呼ばれていた男の子がみぃちゃんそっくりの女の子の名前を口にする。

 

「魅音!いつも俺をからかいやがって、少しレナを見習ってお淑やかになりやがれ!!」

 

「あはは!私がお淑やかになれるはずがないじゃん!」

 

彼女は彼の言葉に笑いながらそう答える。

その後も三人は楽しそうに笑顔を浮かべながら道を歩き続ける。

え?魅音?

彼は確かに彼女ことをそう言った。

そして私?の口からも私が呼んでいるのと同じように彼女のことをみぃちゃんと呼んでいる。

 

え、ええ!?やっぱりこの女の子はみぃちゃんなの!?

うわぁ、みぃちゃんすごく可愛くなってるよ!!

 

目の前の女の子がみぃちゃんだと気付いた私は興奮しながら改めて女の子を見つめる。

もしかしてこの夢はみんなが大きくなった将来の出来事を私が想像してるのかな?かな?

 

身体は自由に動かせないけど、そう考えればワクワクしてくる。

でも、もしそうなら目の前の男の子と自分自身は一体誰なんだろう?

 

夢だからしょうがないけど、自分の夢ながら意味がわからないよ。

私は彼らの話を聞きながらそんなことを考えていると、視界に私達が通っている学校が現れる。

彼女達は手慣れた様子で学校の中へと入って廊下を進んでいく。

 

そして扉を開ける手前にみんなの手がピタリと止まる。

視界に映るドアノブには画鋲がテープで貼られているのが見えた。

 

あはは、これは沙都子ちゃんのトラップかな。

夢の中でもいつも通りの沙都子ちゃんに心の中で苦笑いを浮かべる。

 

私の横の男の子もトラップに気付いたみたいで笑いながら扉を開けて進む。

そして見事に沙都子ちゃんの仕掛けたトラップに引っかかってしまった。

 

うわぁ、墨汁はちょっと嫌だなぁ。

お気に入りの服を着ている時にくらってしまったら泣いちゃうかもしれない。

 

沙都子ちゃんの仕掛けたトラップを見て内心で冷や汗を流す。

 

視界に映る教室には見覚えのある少年少女がいて、その中には梨花ちゃんと沙都子ちゃんの姿があった。

梨花ちゃんも沙都子ちゃんも少しだけ大きくなってる!

興奮のままに2人へ抱き着きに行こうとするけれど身体は動いてはくれない。

 

むぅ、この夢はすごく不便なんだよ!!

目の前で繰り広げられるかぁいい光景に飛びつきたいのに身体が動かない。

こんなの生殺しだよ!

 

私が悔しさのあまり心の中で叫んでいると、私の願いが通じたのか身体が動き出して梨花ちゃんと沙都子ちゃんに飛びつく。

そして二人を抱えてお持ち帰りしようと教室内を暴れまわり始めた。

 

このレナって女の子、私とすごく話が合いそうなんだよ!

もし私が自由に動くことが出来たらとる行動を全く同じ動きをしている。

 

一体このレナと呼ばれている女の子はどんな姿をしてるのかな?かな?

今の私はこの子の中に意識だけが入っているみたいな状態なのかもしれない。

 

私は実際に自分で見ているように周りの景色を見ているけど、見るだけで動かすことは出来ない。

そして鞄を持っている重みや音や匂い、外の暑さも伝わってくる。

 

うーん例えば、私が幽霊でこの子に取り憑いているみたいな感じなのかな?

以前にお兄ちゃんと一緒に見たホラー番組で似たようなことがあったのを思い出す。

 

そう考えたら今の状況って夢なんだけど結構怖いかも・・・・。

 

 

 

 

・・・・あれ?夢って匂いとか重さって感じるんだっけ?

 

 

 

 

 

 



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IF 覗くもの 鬼隠し2

「さて今日は会則にのっとり、部員の諸君に是非を問いたい!前原圭一くんを新たな部員として我らの部活動に加えたいのだがいかがだろうか!」

 

成長したみぃちゃんが圭一くんと呼ばれている男の子と肩を組みながら元気に声を上げる。

それに同じく成長した梨花ちゃんや沙都子ちゃんは笑顔で賛同していた。

 

視界の先ではみぃちゃんが部長で色々なゲームをして遊ぶ部活をしている。

負けた男の人は罰ゲームでみんなから顔に落書きをされていた。

 

そして1時間以上経って一段落ついたみんなは部活動を終えて楽しそうに話しながら帰途につく。

その間ずっと私は目の前の光景をすごくリアルなテレビでも見るのかのようにボーと見続ける。

 

これは本当に夢の中?

目の前の光景があまりに現実で見てきた光景を違いなさ過ぎて、本当にここは夢の世界なのかわからなくなってくる。

 

身体が動く感触も、肌に感じる暑さも、みんなの笑い声も全て感じることが出来る。

それがこの世界が現実なのか夢なのかの境界線が曖昧になる。

不思議なのがこの世界は時が経つのがすごく早い。

さっき教室に入ったばかりなのに、もう放課後でみんなだけが教室に残って遊んでいる。

まるで時が飛んでしまったかのように気が付いたら場面が変わっている。

でもそれに不思議と違和感が生まれない。

 

今も見た気が付いたら教室を出て外を歩いていたはずなのに、いつの間にか私がいつも行っているごみ山へやってきていた。

そしてそこで先ほどの男の子と楽しそうに話始める。

 

勝手に動く口はとっても楽しそうに声を出して笑顔を浮かべている。

夢とは思えないほどの現実感が私を襲う。

 

でも、もしこれが夢ではないとしたら私はこの状況を何一つ理解することが出来なくなる。

 

知らない人の中に精神だけ入ってしまった今の状況。

見慣れた雛見沢の景色に知らない男の子と成長した友達。

 

こんなの夢以外の答えを私は出すことが出来ない。

もしこれが夢でないのなら・・・・そう考えただけでとてつもない不安が私を襲う。

もし一生のこのままだったらどうしよう。

ずっと自由に動かない身体の中で私の知らない雛見沢の光景を見続けなくていけないのかもしれない。

 

そんなの嫌!!

 

押し寄せてきた不安に押しつぶされそうになる。

お兄ちゃんに会いたい。

もしかしたらお兄ちゃんなら今の私の状況にも気づいてくれるかもしれない!

この夢の世界には知らない人もいるけど、成長したみぃちゃん達も存在している。

だったら同じように成長しているお兄ちゃんがいたって不思議じゃない!!

 

そうこうしている内に場面はどんどん変わっていく。

授業光景に部活動の様子、外でみんなで楽しそうに話しながらお弁当を食べている時もあった。

そしてやがて私達がつい最近したばかりの綿流しのお祭りも始める。

 

たくさんの屋台が並ぶ道をみんなが笑顔で通り抜けていく。

 

食べ物の早食いに金魚すくい、射的。

とってもかぁいい大きなクマさんのぬいぐるみを取るために富竹さんと協力する男の子。

そして見事落としてそれを日頃のお礼と共に私にあげていた。

まるで私自身に言われたように感じて少し恥ずかしかった

 

でも・・・・ここでもお兄ちゃんに会えなかった。

いつまでも終わらない夢に焦りを募らせる。

綿流しの最中に外の私が話した新たな知り合いは富竹さんと鷹野さんだけだ。

 

お兄ちゃんどころか、しぃちゃんや悟史君にも会えていない。

どうして会えないの?

お兄ちゃんに会いたくてたまらない。

 

もしかしてこの世界にお兄ちゃんはいない?

ここは私の知っている雛見沢ではなくて、この世界にはしぃちゃんや悟史君、そしてお兄ちゃんが存在してない?

思えばみぃちゃん達の口からお兄ちゃんや悟史君の話が全く出ていない。

 

『本来のあなたは・・・・兄なんていないことを知ったら・・・・どうするのかしらね』

 

微かに聞こえた梨花ちゃんの言葉がよみがえる。

 

 

違う、そんなはずない!お兄ちゃんはいるもん!!

そして私を見つけてこのわけのわからない状況から助けてくれるはずなんだから!!

 

みんなが楽しそうに綿流しを過ごす光景を眺めながら心を強く保つ。

しかし、そんな私に追い打ちをかけるように何も抵抗できずに見せられる光景はだんだんと暗雲を帯びてくる。

 

「レナ・・・・富竹のおじさんが死体で発見されたって連絡がさっきあった」

 

え・・・・。

綿流しの後、視界が切り替わった先でみぃちゃんから語られた内容。

それは私を凍り付かせるには十分すぎる内容だった。

 

富竹さんが殺された・・・・?

その言葉で凍り付く私にたたみかけるようにみぃちゃんが別の情報を教えてくれる。

 

「・・・・鷹野さんも綿流しの夜から行方不明で見つかってないみたい。っ!つい昨日まで2人とも一緒に笑ってたのに」

 

みぃちゃんが辛そうに顔を伏せながらそう口にする。

外の私が何か言ってるけど頭に入ってこない。

 

なんで?なんで富竹さんが死んじゃって鷹野さんが行方不明になるの?

死という聞き慣れない言葉に私の思考は永遠にグルグルと回り続ける。

 

そして混乱したままの私の景色はまた一瞬で別の光景へと変化する。

 

大石さんと一緒に警察車へと乗りこんでいく圭一君。

何か話しているようだけど、何を話しているのかはわからない。

 

でも、それから変わっていく景色の先に映る彼の様子は目に見えて不安定になっていった。

声に元気がなく、眠れていないのか目に力がなくなっている。

 

そしてみぃちゃん達の部活動には参加しなくなり、外で何か不安を振り払うように必死にバットを振り続けいた。

 

きっと彼も富竹さん達のことを聞いたんだ。

それで不安定になってしまっているんだろう。

今の私と同じ状態の彼の気持ちが手に取るようにわかった。

 

外の私も心配しているのかみぃちゃんと一緒に彼に心配そうに話しかけていた。

でも、みぃちゃん達を彼は冷たく突き放した。

 

雲行きはどんどん怪しくなっていく。

彼を心配した私が彼を追いかけると、彼はバットを握り締めながらこちらへ怒鳴ってくる。

私はそんな彼に怯えながらも懸命に彼の不安を取り除こうと頑張っていた。

しかし、その努力は報われない。

 

それどころか彼はバットを使って私を追い返す。

そんな彼を見て、外の私はある言葉を呟いた。

 

「・・・・悟史君はね。転校しちゃったの」

 

え・・・・?

私の口から語られた言葉にまた思考が止まる。

悟史君が転校?雛見沢から出ていったの?

 

だから悟史君と会えなかったんだ。でもどうして転校なんか。

え、ということはもしかしたらお兄ちゃんとしぃちゃんも同じように。

 

っ!!違う!この考えはダメだ私!!

この雛見沢は私のいる雛見沢とは違うんだ!私のいる世界では悟史君は転校なんてしないしお兄ちゃんもしぃちゃんもいる!!

 

夢なら早く覚めろ!!こんな夢を見ても何も楽しくなんてないよ!!

必死に覚めろ覚めろ覚めろ!と言い続けるけど一向に目は覚めてくれない。

 

それどころかこの世界はさらなる絶望を私に与えてきた。

 

景色が変わった先で、私は前原と書かれた表札がある家に前にやってきていた。

辺りは暗くてなっていて手にはずっしりと重みを感じる。

視界が下を向いた時に見れば、重箱に包まれたお弁当を箱を手に持っていた。

 

家のチャイムを鳴らすと扉から圭一君が顔を覗かせる。

彼との話を聞く限り、どうやら今の私は彼に作ったお弁当を渡しにきたみたいだ。

 

少し開いた扉越しに離す内容を聞いてそう理解する。

私はチェーンのかかった扉を開けて部屋に入れてほしいと言っているけど、彼は気まずそうに言葉を濁して開ける様子はない。

 

どうやら彼は私を部屋に上げたくないようだ。

それでも私は彼を元気づけるために彼と一緒にご飯を食べたいのか、優しい声で何度も彼に伝え続ける。

 

そして何度目かの会話の最中にそれは起きた。

 

「か、帰れって言ってるだろ!!」

 

彼は怒鳴るようにそう言った後、勢いよく家の扉を閉めた。

まだ扉の隙間に私の指があるというに。

 

い、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!!!

 

 

外の身体が挟まれた指の痛みが私へと伝わってくる。

痛みで叫びたいのに叫べない。

扉から指を離したいのに身体が動かない!!

 

何も出来ない私に痛みだけは容赦なく襲い掛かってくる。

なんで、なんで礼奈がこんな目に遭わないといけないの!!?

もうわけがわからないよ!!?

 

何一つ理解できない光景。

言うことを聞いてくれない身体。

何も抵抗できないのに痛みだけは感じる。

 

理不尽な状況についに私の心が限界を迎えだす。

これは夢なのに、どうして痛いの!!?

 

わからない、もうなにもかも意味がわからないよ!もうやだよ!!早く元の世界に帰りたいよ!!

助けてお兄ちゃん!!

 

涙すら流すことが出来ない私。

それ代わりだと言わんばかりに外の世界では大量の雨が降り注ぎまじめる。

外の私は雨に打たれながら無言で彼の家を眺め続けていた。

 

そしてまた、景色は移動する。

 

目の前に現れたのは知らない誰かの部屋。

隣にはみぃちゃんがいて、そして先ほど強引に扉を閉めて私の指挟ませた彼の姿もあった。

それによって痛みを意識するが、指の痛みも先ほどよりは遥かにマシになっていた。

 

「圭ちゃん罰ゲームだよ」

 

「ば、罰ゲームってなんだよ!?」

 

みぃちゃんは手にマジックペンを持ちながら彼へと詰め寄る。

私はそんな彼を後ろから拘束していた。

 

「圭ちゃんには富竹さんと同じ目に合ってもらう」

 

いたずらをするような笑みを浮かべてみぃちゃんがマジックペンを見せながらそう言って笑う。

それを見た私はこの世界での綿流しの日に彼女達が富竹さんに罰ゲームで服に寄せ書きをしていたことを思い出した。

 

みぃちゃんと私はきっと元気のない彼のために富竹さんと同じように彼の服に元気が出る文字を書くつもりなんだろう。

 

「早く元気になぁれ」

 

優しい笑みを浮かべながら彼の服にそう文字を書こうとするみぃちゃん。

 

 

 

そんな彼女の頭を唐突に彼はバットで殴りつけた。

 

 

 

・・・・みぃちゃん?

え?待って、なんでみぃちゃんがバットで殴られて。

彼にバットで殴られたみぃちゃんはそのままピクリとも動かくなる。

 

彼女の頭からは赤い液体が漏れて床を赤く染めている。

 

み、みぃちゃん!?みぃちゃん!!

いや!!動いてよみぃちゃん!!!

 

必死にみぃちゃんに向かって必死に叫ぶが私の叫びは届かない。

なんで!?なんでこんな酷いことするの!!?

みぃちゃんとあなたは友達じゃなかったの!!?

必死に彼に叫ぶが私の声がこの世界には届かない。

 

みぃちゃんをバットで殴り殺した男は狂気を宿した目を今度が私へと向ける。

外の私は迫る男を視界に捉えながらも未だ倒れたままのみぃちゃんを呆然と見つめていた。

 

動かない視界の先で私は倒れるみぃちゃんでも、迫る男でもない別のところへ注意がいく。

それは、この部屋に立てかけられた鏡だった。

 

鏡を通して外の私の姿が映し出される。

 

え・・・・?私?

鏡に映った先には今より少し成長した私自身の姿があった。

顔も、髪の色も何もかも同じ。

 

服だって、私が今日お父さんからもらったお気に入りのものを着ている。

 

え、え・・・・じゃあ今まで私が見てきたものは全部私自身がやってきたことだったの?

今まで他人のことだと思っていた光景が頭の中で高速で巻き戻される。

 

そして最後に私の中であの時の梨花ちゃんの言葉が響く。

 

『・・・・本来のあなたは一人っ子で兄なんていないことを知ったらあなたはどうするのかしらね』

 

その言葉が私の中で響き渡った瞬間、彼は一切の躊躇いなく私へとバットを振り落とした。

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

彼からバットが振り下ろされる直前。

私の口から絶叫が漏れた。

 

「っ!!?あ、あれ!?」

 

視界に先に映る景色には私に向かってバットを振り下ろそうとした彼はいない。

それどころか私がいる場所はついさっきまで私がいた雛見沢の田舎道だ。

 

目も口も身体も今は自由に動く。

 

「戻ってきた?い、今までのなんだったの?」

 

まるで長い夢を見ていたかのように先ほどまで見ていた景色の痕跡は何も見られない。

目の前に広がるのはのどかな雛見沢の景色だけだ。

見慣れたその景色を見て、今まで見てきた光景が不思議と幻のように記憶から薄くなる。

 

「あ!?り、梨花ちゃんは!?梨花ちゃんはさっきまでのことを何か知ってるの!?」

 

先ほどの見た光景に関係しているであろう梨花ちゃんに聞こうと彼女を探す。

しかし、梨花ちゃんの姿はいつの間にか消えてしまっていた。

 

「なんだったんだろう・・・・?」

 

何とも言えない後味の悪さが胸に残る。

さっきまでのは夢?それとも・・・・

 

「・・・・みぃちゃんのところに行こ!!」

 

私はそれ以上考えることをやめてみぃちゃんの家へ走る。

未だ胸に残り続ける不安を振り払うように。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ふふふ、種は蒔けたわね。今はまだ意味をなさない種だけど、いずれこれは発芽して物語へ深く根を張る」

 

雛見沢の森の中で走り去っていく礼奈を見つめながら冷たい笑みを浮かべる。

そして礼奈が走り去った後、森の闇へと消えようとした彼女に迫る人影があった。

 

「待つのです!!」

 

「・・・・あら」

 

声を聞いた彼女は森の奥へと向けていた足を止めて振り返る。

そこにはこの雛見沢の守り神である羽入が表情を険しくさせながら立っていた。

 

「羽入じゃない。そんな険しい顔をしてどうしたのよ?私はこれから家に帰るところなんだけど」

 

「梨花の振りは僕には通じません!!あなたは一体誰なのですか!!?それに礼奈に一体何をしたの!!?」

 

梨花の振りをした彼女を羽入は一目で違うと看破する。

それを聞いた彼女は裂けたように口に三日月を作りながら笑う。

 

「ふふふふふふ!!やっぱりあなたには通じないようね。さて、私が誰かね。そうね・・・・色々呼ばれているけどあなたにはこう答えましょう」

 

彼女は闇を纏った瞳で羽入を見つめがら口を開く。

 

「私は奇跡の魔女。世界で一番残酷な魔女と呼ばれている女よ」

 

「ま、魔女!?そんな存在聞いたことない!!」

 

「あら、あなたも似たような者じゃない。それにあんたが信じなくてもどうでもいいわ。だって私あなたのことが大嫌いだもの」

 

彼女は不快そうに顔を歪めながら羽入からの言葉を切り捨てる。

羽入は彼女から感じる底知れぬ力を恐れながらも立ち向かう。

 

「話はまだ終わってないのですよ!!あなたは礼奈に何をしたのですか!!?もし彼女に危害を加えたのなら私はあなたを帰す気はない!!」

 

羽入は衰えてしまった自身の力を振り絞りながら彼女を睨む。

 

「別に危害なんで加えてないわ。ただ少し別のカケラの記憶を見せてあげただけ。ふふふ、少し刺激が強かったかもしれないけど」

 

「っ!!?絶対に許さないのです!!」

 

可笑しそうにそう呟いた彼女に羽入は自身の力を振るう。

停止した時間。そこでは羽入以外のものは全員動くことは出来ない。

 

しかし、彼女はその停止した時間の中で何事もないかのように動き続ける。

 

「無駄よ。あなた程度の力では私には絶対に勝てない。それにこれは私と彼の始めたゲーム。彼の駒を簡単に壊したりなんかしないわ。それじゃあつまらないでしょう?」

 

「・・・・彼?」

 

自分の力が全く通用していないことに絶望を感じながらも意志を折れないように必死に支える。

羽入の言葉に彼女はさらに歪んだ笑みで答えた。

 

「そう、この世界では竜宮灯火と呼ばれている彼よ。これは私と彼のゲーム。駒のあなたはこれに関わる権利はない」

 

「灯火とあなたのゲーム!?一体何を言ってるのですか!!?」

 

「だからあなたは知る必要はないことよ。そんなに気になるなら彼に聞いてみたら?まぁ答えてくれないでしょうけど」

 

羽入の言葉にそう言い残して彼女は闇の中へと溶け込むように消える。

そして暗い森の中には羽入1人だけが残された。

 

「・・・・灯火。あなたは一体何者なのですか?」

 

羽入は目に不安と心配の色を作りながら1人呟く。

その言葉に応えてくれるものは誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




思ってた倍以上に書きにくい。
原作描写があんまり多すぎてもしょうがないし。

礼奈が見た世界は原作の鬼隠し編のレナの視点になります。
かなりざっくりと書いてしまっているので意味がわからなかったら本当にすいません。
後々読みやすいように修正します。
しかし今はさっさと話を進めたい。

とりあえずこれでIFは一旦終わります。
次から本編に戻ります。



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修羅場

場所は園崎家の宴会場。

かなりの大人数が入ることができる広い宴会場だが、現在その部屋は席が埋まってなお収まらないほどの大勢の人たちがいた。

 

中にいる全員の前に豪華な食事と酒が用意されており、全員が酒で顔を赤くさせながら楽しそうに騒いでいる。

これまでの苦労を思えば当然だろう。

みんな嬉しいのだ。

今日で完全に雛見沢でのダム戦争が終わりを告げたのだから。

 

ダム戦争が終わって半年以上が経った今日。

園崎家当主である園崎お魎の名の下にダム反対運動のために結成された鬼ヶ淵死守同盟の解散が宣言された。

今現在、村の大勢の人が園崎家で行われているこのどんちゃん騒ぎに参加している。

 

酒飲みなおっさん達は当然として、お酒を余り飲んでいない女性や子供も楽しそうに近くの席の人達と話していた。

 

悟史と沙都子は公由さんの近くに座って周りの人達と楽しそうに話している。

礼奈も魅音も詩音も梨花ちゃんもそれぞれの席で目の前の食事に頬を緩めていた。

 

俺もさっきまでみんなと楽しく話していたのだが、今はとても楽しめそうにない。

なぜなら

 

「灯火、どうしたんだい?酒が止まってるじゃないかい」

 

突如現れて俺を自分席へと連れ去った魅音達の母である茜さんが笑いながら俺のコップに零れる寸前までお酒を注いでくれる。

ちなみにこれで7杯目なんですけど。

しかも茜さんが好きな度数が高めのやつだ。

 

「灯火、この前は親族会議ではカッコよかったよ。私も痺れちまった」

 

「ど、どうも。でもあの時は俺もキレてて自分でも何を言ってるのかよくわからなくて」

 

「ふふふ、あの時のあんたはまさに鬼だったよ。魅音でもあんなことは出来ない、あそこにいた連中みんな腰抜かしてたよ」

 

茜さんは妖艶に笑いながらこちらへと距離を詰めてくる。

すでに相当飲んでいたのか頬は赤い。

茜さんは至近距離まで近づいた後に俺の耳に息を吹きかけるように呟く。

 

「例の話は考えてくれたかい?」

 

「れ、例の話とは?」

 

至近距離で感じる茜さんの色気に必死に目を逸らしながらとぼける。

そんな俺に茜さんはクスクスと笑いながら再度口を開く。

 

「魅音との結婚の話だよ。魅音はいいよ、素直だし尽くすタイプさね。身体ももう少しで出来上がるだろう。その時はその身体をあんたの好きなように」

 

やめて!妹でそんなこと妄想させようとしないで!!

確かに最近魅音も詩音も原作並みに成長してきて胸とか大変けしからんことになってるけども!!

それでもあいつらに兄貴と言っている以上、邪な目で見て幻滅されたくないんだ!!

 

俺が茜さんの誘惑から必死に抗っていると、隣でずっと沈黙を守っていたあの人がついに口を開く。

 

「園崎さん!小学生に何を言ってるんですか!灯火ちゃんの教育に悪いから今すぐやめてください!!」

 

黙って成り行きを見守ってくれていた梨花ちゃんのお母さんがついに茜さんにくってかかる。

その言葉を聞いた茜さんは俺から離れて彼女と向き直る。

 

「灯火はもう立派な男だよ。いちいち細かいことを気にしてるんじゃないよ」

 

「気にします!だいたいなに当たり前のようにお酒を飲ませてるんですか!何回でも言いますけど灯火ちゃんはまだ小学生ですからね!?」

 

「はいはいわかってるよ。この村でお酒を飲んでも警察に捕まらないんだから気にしなくてもいいだろうに」

 

「灯火ちゃんの健康に悪いから言ってるんです!!」

 

梨花ちゃんのお母さんの言葉に茜さんは面倒くさそうに顔を歪める。

よく見れば梨花ちゃんのお母さんの頬も茜さんと同じように赤くなっている。

もしかして梨花ちゃんのお母さんも結構酔ってる?

 

「あーもう!あんたは灯火の母親かい!?部外者のあんたがいちいち口出すんじゃないよ!」

 

梨花ちゃんのお母さんに休むことなく言葉を浴びせられた茜さんがついにキレる。

茜さんの言い分もわからなくはないけど、それはブーメランだよ茜さん。

 

茜さんの言葉を聞いた梨花ちゃんのお母さんは一瞬黙った後、得意げな笑みを浮かべ始める。

 

「部外者ではありません!私は立派な関係者です!!」

 

「ほぉ。じゃあ、あんたと灯火はどういう関係だっていうんだい?」

 

梨花ちゃんのお母さんの言葉を聞いて茜さんが興味深そうに尋ねる。

 

っ!!?やばい!!

 

梨花ちゃんのお母さんが言うとしていることを察する。

しかし俺が止めるよりも早く梨花ちゃんのお母さんが爆弾を投下した。

 

「私の娘の梨花と灯火ちゃんは結婚の約束をしてるの!!だから私は灯火ちゃんの義母!立派な関係者です!!」

 

自信満々に言われた梨花ちゃんのお母さんの言葉に俺は思わず頬を引きつらせる。

入江さん達の雛見沢症候群についての話に無理やり加わるためについた嘘。

あの時は致し方なかったとはいえ、まさかこんなことになるなんて誰が予想するだろうか!?

 

はいわかってるよ!茜さんから魅音との結婚の話が来た時点で気が付かない俺が間抜けだったですよね!

 

「・・・・へぇ、それは初耳さね。灯火、それは本当かい?」

 

「んん?まぁ?どうでしょうねぇ?はっはっは!」

 

顔から大量の汗を流しながらこちらへ目を向ける茜さんから顔を逸らす。

いや、もう雛見沢症候群の話には関われてるから嘘でしたと言ってもいいんだけど、今言ったら梨花ちゃんのお母さんから何を言われるかわからない。

 

ここは誤魔化して後から梨花ちゃんにやんわりと嘘だと伝えてもらおう。

嘘だと言った場合のことを想像して迷うことなく逃げの一手を打つ。

 

それにこれはこれでいいのかもしれない!

俺が梨花ちゃんと結婚の約束をしていることにすれば魅音の結婚の話はなくなる。

魅音との話がなくなって落ち着いてから梨花ちゃんのお母さんに誤解だったと伝えればいいのだ。

 

これだ!これしかない!今の状況を打破するにはこれしかない!!

俺が考えを終えると同時に黙ってこちらを見ていた茜さんが口を開く。

 

「まぁ灯火が梨花ちゃまとそんな約束をしていようとどうでもいいんだけどね。灯火が誰かのものだっていうんなら奪えばいいだけさね」

 

なんでもないようにそう口にする茜さんに梨花ちゃんのお母さんは絶句する。

 

「これは私の持論だけどね、好きな人はどんな手段でも手に入れるべきだ。奪ってなにが悪いってんだい?奪われるほうが悪いんだよ。奪われたんならその女に魅力がなかったってことだろう」

 

「そ、そんなことしていいわけがないでしょう!それに私の梨花は十分魅力的です!!」

 

「まぁそれは否定しないよ。でも男を誘惑するにはちょっと身体が物足りないんじゃないかい?それに比べてうちの魅音は私に似て良い体をしてるよ。梨花ちゃまも可哀想に、遺伝ってのは自分じゃあどうしようもないからねぇ」

 

茜さんは梨花ちゃんのお母さんの言葉に頷きながら必殺のカウンターをぶち込む。

そして梨花ちゃんのお母さんの胸を憐みの目で見つめた。

 

「・・・・」

 

その視線をうけた梨花ちゃんのお母さんは無言で茜さんと自分の胸を見つめる。

視線を受けた茜さんは笑みを浮かべながら自身の着ている着物をわざと開けさせる。

乱れた着物から露出した肩。

そして服の隙間から覗かせる胸。

 

・・・・ほほう。

突然の茜さんの行動に俺も吸い込まれるように茜さんの胸に視線がいく。

確かに魅音達の母親だけあって立派なものをお持ちである。

 

同じように見ていた梨花ちゃんのお母さんは自身の胸へと視線を下す。

残念ながら、その胸はさすが梨花ちゃんのお母さんだと言わざるを得なかった。

 

「・・・・その喧嘩買ったわ!!」

 

そう言ってテーブルに置かれていた一升瓶を掴む。

そして茜さんと自身のコップ一杯にお酒を注いだ。

 

「ほぉ・・・・この私と飲み比べようってのかい?」

 

「これでも結構飲めるのよ私は。私が勝ったら灯火ちゃんのことは諦めなさい!!」

 

「いいよ、ただしそれはあんたもだよ。私が勝ったら灯火は園崎がもらうからね!!」

 

二人は俺を無視して勢いよくグラスのお酒を飲み干す。

そして休むことなく二杯目へと手を伸ばし始めた。

これはどうすればいいのだろうか?

 

いきなり始まった母親達の飲み比べを遠い目をしながら見つめる。

そんな俺の肩を誰かが叩く。

 

「お兄ちゃん大丈夫?酔ってない?」

 

「・・・・詩音か、ありがとう大丈夫だ」

 

心配そうに表情で水を渡してくれる詩音に礼を言いながら水を受け取る。

そして俺の横で母親達の飲み比べを眺め始めた。

 

「すごいことになってるね。何があったの?」

 

「・・・・ただ酔っ払ってるだけだよ」

 

俺の結婚の問題で揉めているとはとても言えない。

俺の言葉を聞いた詩音はそこまで興味がなかったのか適当な相槌を返す。

 

「・・・・ねぇ、もう少し静かなところ行こうよ。私けっこう酔っちゃったみたいで外の空気浴びたいの」

 

「わかった。俺も気分転換したいしちょうどよかった」

 

詩音の提案に従って席を立つ。

戻って来たらこの喧嘩が終わっていることを願うばかりだ。

 

「ふー外の空気が気持ち良いね!」

 

「そうだな。ずっと大人数の場にいたら息が詰まる」

 

宴会場を抜けてそのまま屋敷内の庭へと出る。

宴会場の熱気とは打って変わって外は冷たい空気と夜ならではの静寂がそこにはあった。

詩音は夜風に気持ちよさそうに目を細めた後に俺へと向き直る。

 

「実は私、さっきの話聞いちゃってたんだ」

 

「うげまじか!?あー詩音あれらは色々な勘違いとかあってだな」

 

詩音の言葉を聞いて慌てて弁明の言葉を考える。

慌てる俺を詩音はじっと見つめている。

 

「・・・・お兄ちゃんは梨花ちゃんやおねぇのことをどう思ってるの?」

 

「そりゃあ可愛い妹みたいに思ってるよ。梨花ちゃんには前にそれ言ったら怒られたけど」

 

今までずっとそういう風に思ってきたんだ、今更それ以外に思い直すことは難しい。

詩音は俺の答えを聞いて俺への距離を詰める。

 

「じゃあその妹と結婚したい?お兄ちゃんはおねぇとなら結婚してもいいって思ってるの?」

 

「え、うーん結婚云々は正直まだよくわからないな。少なくとも魅音だから結婚するとかしないっていう話じゃない。俺は俺が好きになった人と結婚したい」

 

「・・・・そうなんだ。ねぇお兄ちゃん」

 

俺の言葉を聞いた詩音は近かった俺と距離をさらに詰める。

すでに十分すぎるほど近かったというのに、もはや詩音は俺に寄りかかるくらいまでの距離にいる。

 

「私じゃダメかな?私じゃお兄ちゃんのお嫁さんになれないかな」

 

「・・・・いきなりどうした」

 

当然の詩音の言葉に困惑する。

詩音はそんな俺にお構いなしに言葉を続ける。

 

「私はお兄ちゃんのことが好きだよ。お兄ちゃんとしてではなく一人の男の子として竜宮灯火が好き。だから私はお兄ちゃんと結婚したい。あなたと幸せになりたいの」

 

「・・・・」

 

「お兄ちゃんは私のことをおねぇと同じように妹としか見ていないのかもしれない。でも教えてくれたらお兄ちゃんの好みの女の子にちゃんとなるから。お兄ちゃんが望むことはなんでもする。ううん、したいの!」

 

詩音は黙り込む俺へ抱き着くように身体を重ねる。

詩音はハイライトを消した瞳でじっと俺を見つけ続ける。

 

「ねぇお兄ちゃん。今から私の部屋行こ?今日は二人でもっと仲良くなりたいの」

 

詩音は俺に抱き着きながら耳に息を吹きかけるようにそう呟く。

男を誘惑するかのような、いや実際にしてるんだろうな。

なんていうかやっぱり詩音は茜さんと似てると改めて思う、

俺は離れようと詩音の肩に手を置いた時、背中から急激な寒気を感じた。

 

「・・・・なにやってんのよ詩音」

 

少女が発したとは思えないほどの冷たく、しかし確実に怒気を含んだ声。

同じ声の詩音がここにいる以上、この声は魅音が出したものだ。

 

「・・・・なに?いいところなんだから邪魔しないでよ」

 

「うるさい!!お兄ちゃんから離れろ!!」

 

後ろから魅音の声が聞こえたと思えば強引に俺と詩音が離される。

見れば魅音が真っ赤な顔で俺と詩音との間に割り込んできていた。

 

「いつの間にか姿が見えないと思って探してみれば、お兄ちゃんに何する気だったのさ!」

 

「別に?ちょっとスキンシップしてただけ。だいたい私がお兄ちゃんに何をしてたとしてもおねぇには関係ない」

 

「あるもん!!お兄ちゃんは私と結婚するんだから勝手に詩音が変なことしないで!!」

 

詩音を突き飛ばすように離した魅音が先ほどの詩音のように俺へと抱き着く。

それを見た詩音は目を細めて歯を食いしばるのが見えた。

 

「お前ら一旦落ち着け!!俺達は気分転換に外の空気を吸ってただけだ。それに魅音、悪いが俺は今のところお前と結婚するつもりはない」

 

「・・・・え?」

 

俺がそういうと魅音は大きく目を見開いたまま固まる。

それを見た俺は自分の失言に気付く。

 

しまった、言い方が悪かった。誰とも結婚するつもりがないと言うべきだった。

 

「すまん、今のは言い間違「なんで!?なんでなんで!!?お兄ちゃんは私との結婚が嫌なの!?」

 

俺が訂正するよりも早く魅音が口を開く。

目からは大粒の涙が零れ、必死な様子で俺へ縋りつく。

それを見て強烈な罪悪感が胸を襲う。

 

「私じゃダメなの!?じゃあ詩音ならいいの!!?なんで!?私が女の子っぽくないから!?」

 

「お、落ち着け魅音!悪かった!さっきの言い間違えただけだ!だから一旦落ち着け!」

 

「・・・・そうなの?」

 

必死に俺が言葉を伝えると魅音はなんとか落ち着きを取り戻す。

それを見た俺が胸を撫で下ろしながら言葉を訂正するために口を開く。

 

「そうなのですよ。灯火の言い方が悪いのです。みぃと結婚するつもりがないではなく、誰とも結婚するつもりがないが正しいのですよ」

 

「おわっ!!?梨花ちゃんいつの間にいたんだ!!」

 

俺の言葉を取るようにいつの間に近くにいた梨花ちゃんの笑顔で説明する。

まぁ、言いたいことが合ってるから別にいいのだが。

 

「そういうわけだ、言い方が悪かった。本当にごめんな」

 

「う、ううん!私も勘違いしちゃってごめん!」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いた魅音が涙を拭きながら俺を頭を下げる。

それをニコニコと見ていた梨花ちゃんは再び口を開く。

 

「だって灯火は僕のお婿さんなのですよ!だから誰とも結婚出来ないのですよ・・・・・僕以外とは。にぱーー☆」

 

「梨花ちゃん!!?」

 

満面の笑みで放たれた爆弾発言に思わず叫ぶ。

そしてそのまま何も言えず固まる俺へ梨花ちゃんは笑顔で追撃を加える。

 

「すでに僕の両親と話はついてるのですよ。僕と灯火はずっと前からそういう関係なのです!ですよね?灯火?」

 

「まてまてまて!もしかして梨花ちゃん酔ってるのか!?一旦水を飲んで落ち着くんだ!」

 

「僕は酔っていないのですよ?今日はお酒を一滴も飲んでないのです」

 

俺の言葉を梨花ちゃんはすぐに否定する。

ここは梨花ちゃんにさっきのは冗談だって言ってもらわないとやばいんだよ!

魅音も詩音もどう考えても今やばい精神状態なのは明らか。

そんな状況であんなことを言うなんて、火に油を注ぐようなものだ。

 

「いやいやいや!酔ってるって!だって酒臭いもん!明らかに飲んでる証拠だ!」

 

「酒臭いのは灯火なのです」

 

そんなことはわかってんだよ!

どうした梨花ちゃん!?今まで多くの運命を乗り越えてきた仲だろ俺達は!

だったら俺が今どういう状況なのかわかってくれてもいいだろうに!

 

ていうかよく見たら梨花ちゃんは笑っているけど目は全く笑っていない。

さっきまでの詩音と同じように目の中の光がどこを探しても見当たらない状況だ。

 

「・・・・お兄ちゃん?さっきの梨花ちゃんの話ってどういうこと?」

 

梨花ちゃんの話を聞いた魅音がゆっくりとこちらを覗き込んでくる。

さっきまでのように泣いてはいない。

しかしその代わりに他の二人のように目から光が消え失せている。

 

くそ!理由はわからないが梨花ちゃんは俺を陥れようとしているようだ!

 

ていうかなんでこうなる!?

梨花ちゃんのお婿発言は元を辿れば羽入がやらかしたのが原因だし、魅音の件は茜さんが言ってるだけで俺はまだ了承していない!

 

半分は自業自得だとしてもなんでこんな修羅場になるんだよ!?

 

俺が半分やけになって口を開こうとした時、救いの声が俺の耳に届く。

 

「みんな落ち着いて!多分みんな誤解してるんじゃないかな!かな!」

 

俺へと詰め寄る三人の間に救世主が現れる。

 

「礼奈!どうしてここに!?いやだが助かったぞ!」

 

「えへへ!実は酔っちゃって気分が悪かったからずっと外にいたの!酔ってて話には入れなかったけど内容はバッチリだよ!」

 

「俺的に全然バッチリじゃないけどとりあえずよし!!魅音詩音梨花ちゃん!一旦話し合おう!落ち着いて状況を整理するんだ!」

 

妹に自分の結婚話?を聞かれたのはショックだが、今はそんなことを言ってられない!

礼奈の登場で変わったこの空気!ここで一気にたたみかけるしかない!

 

「まず梨花ちゃんの話は事実なようで事実じゃない!ゆっくり説明するから落ち着いて聞けよ」

 

「はう?何言ってるのお兄ちゃん?」

 

「え?なにってみんなの誤解を解くために説明をしようとしてるんだが?」

 

「それは後だよ。一番最初に大事なことを言わないとダメじゃないかな?かな?」

 

「・・・・一番大事なこと?」

 

なんとなく嫌な予感を覚えながら礼奈に聞き返す。

俺の言葉を礼奈は満面の笑みで言い放った。

 

「みんなには悪いけどお兄ちゃんは礼奈と結婚するんだよ。小さい時にお兄ちゃんが言ってくれたもんね。礼奈をお嫁さんにしてずっと一緒にいてくれるって」

 

「「「・・・・」」」

 

礼奈の発言に三人が示し合わせたかのように無言で目を細める。

 

「そうだよね?お兄ちゃん?」

 

「ええ!?いやまぁ確かに言ったが。でもあれは子供時代のお約束的なあれでだな」

 

「・・・・お兄ちゃん?」

 

「ひぃ!!?」

 

誰だ!礼奈を救世主って言ったやつは!?

修羅場が酷くなっただけじゃねぇか!!

 

しかも礼奈に至っては確かに自分で言ったけども!それでもここでそれを持ち出すの違うんじゃないかな!?かな!?

 

「お兄ちゃんは礼奈に言ったよね?約束を破るの?私との約束を破ってみぃちゃんや梨花ちゃんと結婚するの?」

 

「うっ・・・・・いや、そういうわけでは」

 

おかしい!俺の想像では礼奈は魅音みたいに泣くとばかり思ってたのに!

だから礼奈にはこの話は聞かれたくないなと思ってたのに!

 

実際はどうだ!泣いてない!その代わりまたまた目から光が消えちゃったよ!

漏れなく全員の目からハイライトが消えている。最近流行ってるのかな?

 

 

ど、どうすればいいんだ!?

何て言えばこの状況を切り抜けられる!!

 

俺は全員と結婚するつもりないと言って今のこいつらは納得するのか!?

全然納得する気がしないんだが!?

 

いや、この場をそれで切り抜けたとしても俺がいなくなった後に何かやらかしそうで非常に怖い。

 

梨花ちゃんはよくわからんが礼奈と魅音と詩音はブラコンが悪化して今みたいな状況になってるに違いない!好かれるのは兄としては嬉しいが修羅場に発展させろとは言ってない!

 

兄と彼氏は別物だってことをちゃんと説明すれば何とかなるか?

いやでも詩音は一人の男として好きって言ってたしこれじゃあ納得しないか。

 

くそ!考えれば考えるほどドツボにはまりそうだ!

 

「灯火!?大丈夫なのですか!しっかりするのですよ!」

 

っ!?羽入か!!?

俺が内心で頭を抱えていると俺すぐ横に羽入の姿が現れる。

羽入は内緒話をするように俺の耳に小声で話しかけてくる。

 

「状況は把握しています!僕に良い案があるのですよ!」

 

(本当か!?この状況を切り抜けられる案があるのか羽入!?)

 

みんなバレないように小声で羽入とやりとりをする。

俺の言葉に羽入は自信満々に胸を張った。

 

「任せてくださいなのです!今から僕の言うことを口に出して復唱してください」

 

(わかった!お前を信じるぞ羽入!)

 

羽入の言葉を信じてみんなへと向き直る。

どうせ今より状況が悪くなったりはしないんだ!だったら羽入の案に従うのは全然ありだ!

 

(みんなの気持ちはわかった。こんな可愛い女の子達に好かれて俺も嬉しいよ)

「みんなの気持ちはわかった。こんな可愛い女の子達に好かれて俺も嬉しいよ」

 

(でもごめんな)

「でもごめんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺にはもうお前ら以外に好きな人がいるんだ。だからお前らとは結婚出来ない。あきらめてくれ)

「俺にはもうお前ら以外に好きな人がいるんだ。だからお前らとは結婚出来ない。あきらめてくれ。ぶは!!?」

 

 

 




羽入
「またまた言ってやったのですよ!」(`・∀・´)エッヘン!!

礼魅詩梨「・・・・」


灯火 (´゚д゚`)

ちなみにまだ詩音以外はヤンデレを発症してないです。
ただ目のハイライトが消えただけです。


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修羅場2

「「「「・・・・」」」」

 

俺の言った言葉で全員が無言のままこちらをじっと見つめる。

ただでさえおっかない空気が今の言葉でちびりそうな程のやばい空気へと変貌した。

 

今より状況が悪くなることがない?

バカ野郎!余裕でさらに悪化したわ!!

 

(羽入さん!?どうするんですかこの空気!?)

 

「大丈夫なのです!僕に任せてください!」

 

震えながら羽入へと目線を向ければ羽入は自信満々に胸を張って応える。

 

(いや任せてくださいって!俺が好きな人って誰だよ!?適当に言ったら最悪人死にが出るぞ!!?)

 

今の彼女達からは周りの空間が歪んでるんじゃないかと錯覚するほどの強烈なプレッシャーが放たれている。

 

あれを見れば何が起きても不思議ではない。

 

「安心してくださいなのです!誰もその女の子に手出しをすることは出来ません!!」

 

(なんだって!?それは一体誰なんだ羽入!?)

 

まさかあれか?架空の女性を言うとかか?

確かにそれなら手出しは出来ないが、この狭い雛見沢で架空の人物をでっちあげるのは中々に難しいぞ。

 

「むー本当にわからないのですか?僕としては灯火自身の口から言ってほしいのですよ」

 

俺の口から?

羽入は俺の言葉を聞いて不満そうに頬を膨らませている。

いたか?俺が好きで今の状況を切り抜けられるような都合の良い女が。

 

「むー!むー!ほらよく考えてください!灯火は子供の頃からその女の子に熱烈なアプローチをしていたのですよ!」

 

俺が幼少期から熱烈なアプローチを?

羽入の言葉を聞いて幼少期からの記憶を順番に遡っていく。

 

「ほ、ほら!子供の頃の灯火は毎日その子にラ、ラブレターを渡していたのですよ!!それに一度灯火の口からその子のことを狙っているって言っているのです!!」

 

(っ!!?なるほどそういうことか!!)

 

羽入の言葉に該当する女の子が思い浮かぶ。

なるほど、確かに俺は幼少期から目の前の女の子に熱烈なアプローチをしていたな!

 

目の前の女の子!つまり羽入!!

確かに彼女なら俺が言っても彼女達は危害を加えることは出来ない。

それに架空の人物でもない!最悪の場合は羽入にみんなの前に一時的にでも姿を現してもらえばいいのだから!

 

「「「・・・・・お兄ちゃん?ねぇ?さっきから何黙ってるの?ねぇ、お兄ちゃんの好きな人って誰??」」」

 

っ!!?

瞳から光を消した礼奈と魅音と詩音がこちらへとゆっくり近づいてくる。

なんで綺麗に言葉が揃うんだよ!?本当に怖いからやめてくれ!!

 

ギリギリな状況だがここは羽入の名前を出して切り抜ける。

 

(すまねぇ羽入!お前の名前を使わせてもらうぜ!!)

 

「ノープログレムなのです!!えへへ!あうあうあう!!」

 

頬を赤らめながら頷く羽入に礼を言いながら彼女の名前を言うために口を開く。

しかし、俺が彼女の名前を言うよりも早く別の誰かが口を開いた。

 

「あう?な、なんだか急に口に痛みが、か、から!!?か、かあうあうああああうあうあう◇☆▽×〇§!!?」

 

「っ!!??」

 

突如として叫び始めた羽入を見て言いかけた言葉が止まる。

なんだ!?いきなり羽入がおかしくなりやがった!!?

 

口を両手で抑えながら狂ったかのように空中を跳ね回り始める羽入。

その姿は海面から地面に放り出されて暴れる魚を思い起こさせた。

 

今一瞬だけど羽入の口から辛いという言葉が聞こえた。

ってことはまさか!!?

 

慌てて羽入がおかしくなった元凶へと目を向ける。

目線の先には空中をのたうち回る羽入の姿を冷めた目で見つめる梨花ちゃんの姿だ。

視線を少し下げて梨花ちゃんの手へと向ける。

 

・・・・梨花ちゃんの手には案の定真っ赤な色をしたトウガラシが握られていた。

 

いやなんでだ!?

今日の宴会でトウガラシなんて絶対に出てなかったぞ!?

まさか梨花ちゃん!お前はいつもトウガラシを常備してるとでも言うのか!?

 

くそ!どうやら梨花ちゃんは前回の入江さん達との話し合いの時に羽入がやらかしたことを未だに根に持っていたようだ!

だからと言ってトウガラシを携帯してるのはどうかしてやがる!

 

「「「・・・・お兄ちゃん?」」」

 

「ヒィ!!?」

 

少し意識が梨花ちゃんと羽入に逸れている間に礼奈たちがもう目の鼻の先まで近づいて来ていた。

光を失った六つの目が俺を至近距離で見上げてくる。

 

くそ!梨花ちゃんのこれは警告だ!

俺が羽入の名前をこの場で口にすれば梨花ちゃんはもっとトウガラシを食べて羽入を地獄へと叩き落すことだろう。

 

なんでだ梨花ちゃん!?羽入の名前を使われるのがそんな嫌なのか!?

今すぐ彼女にそう問い詰めたいが今の状況では難しい。

 

どうする!?

無敵に思われた羽入が梨花ちゃんによって完封されてしまった以上、俺は早急に別の女の子の名前を上げなければならない。

 

それもこの場にいるみんなが納得し、諦めるしかないと思えるほどの女の子だ。

いねぇよ!そんな女子!

今この場にいる全員が下手な男よりよっぽど強いからな!?

しかも全員もれなく超が付くほどの美人。

今だって密かに学校の低学年男子諸君は沙都子を含めてこいつらの内の誰かに萌えている。

 

っ!?そうだ沙都子はどうだ!?

沙都子ならこの場にいる女子に負けず劣らずの美人さんだ。

みんなと仲の良い沙都子なら俺が惚れていると言っても何もされることはないかもしれない。

 

それに沙都子なら俺が仮に告白したとしても『気持ち悪いですわ!!』とか言いながら振るに違いない!

 

これだ!これしかない!!

今は沙都子の名前を言って誤魔化してみんなが俺への熱が冷めて別の好きな子が出たタイミングで俺も沙都子に振られて全部スッキリさせてしまえばいい!

 

沙都子!てめぇには悪いが利用させてもらうぜ!!

 

「俺の好きな人はだな!そう!!さ」

 

「・・・・そういえばこの前悟史君が沙都子ちゃんもお兄ちゃんのことを好きって教えてくれたんだよね。それなら沙都子ちゃんもこの場に呼んだほうがいいかな?かな?」

 

「悟史だ!!!」

 

礼奈の言葉を聞いて強引に名前を変える。

おいふざけんな悟史!!お前なに礼奈にとんでもないこと吹き込んでんだ!

これが終わったら覚えとけよ!

お前が礼奈に惚れてるって俺は気づいてるんだからな!!

 

どうせ礼奈のことで何か企んでるんだろうが、そう簡単に俺の妹と不純異性交遊が出来ると思うなよ!!

 

「「「・・・・さ、悟史君!?」」」

 

だが、今の状況に利用したことは本当にすまないと思ってる!

この話に協力するなら許してやらないこともない!

これは怪我の功名ってやつか!みんな予想外の名前が出て困惑して一時的に狂気が薄まっている気がする。

 

ここはこのまま混乱させて落ち着かせ、そこからゆっくりと誤解を解いていく!

 

「・・・・そうだ。みんなには恥ずかしいから黙ってたけど、実はずっと前から悟史のことが好きだったんだ」

 

うぐ!自分で言ってて気持ち悪くなってきた!

だがここはやり通すしかない!

 

「さ、悟史君って!えっと男の子だよ!お兄ちゃんも男の子で一緒なんだよ!?」

 

「恋愛において性別の壁なんて些細なものさ」

 

真っ赤な顔をした礼奈に悟ったような笑みを浮かべながら語る。

 

「ダメ!絶対ダメ!!お兄ちゃんが他の女ならともかく男と付き合いなんて絶対に認めないからね!」

 

「魅音、悪いが俺の意志は固い。たとえ茨の道だろうと俺と悟史は歩き続ける」

 

魅音への答えともにさらっと悟史も巻き込む。

悟史!!礼奈との交際を認めてほしかったら後で話を合わせやがれ!!

 

「・・・・どうやったら男になれるんだろう。急いで調べないと」

 

「詩音早まるな。俺は妹が弟になるなんて絶対に嫌だ」

 

虚ろな目でそう呟いた詩音を慌てて止める。

 

これはいい展開だ!

普段ならこんな嘘簡単にダウトされてしまうだろうが、今の彼女達はとても冷静な状態ではない。

だから深く考えずに俺の話を信じてしまう。

 

いける!あとはこの場を解散した後に悟史を拉致って話を合わせさせれば完璧だ!!

 

「みぃ、灯火が悟史のことを好きだったなんてびっくりなのですよ」

 

俺が心の中で勝利を確信したところで梨花ちゃんが笑顔を浮かべながら話しかけてくる。

 

「ああ、梨花ちゃんにも黙っててごめんな。恥ずかしくて言えなかったんだ」

 

「気にしなくていいのですよ。誰だって言いたくないことはあるのです」

 

「そう言ってくれると助かるよ」

 

なんだ?すごい違和感を感じるぞ?

梨花ちゃんと笑顔で話しながら内心で眉を顰める。

今の梨花ちゃんなら俺への妨害に動くと思ったんだが何もしてこないのか?

 

「みぃ、じゃあ灯火は女の子じゃなくて男の子が好きということなのですね」

 

「うっ!?まぁそういうことになるな」

 

言いたくないからぼかして言ってたのにはっきりと言ってくるな。

だが悟史を好きと言ってしまった以上、ここは腹を括るしかない。

 

仮にじゃあ今まで女ん子に興味があったのはなんだったの!?と言われてもその後に悟史に惚れて女に興味がなくなったと言えばいい。

好きな人の存在がその人の好みを変える。よくある話だ。

 

「なるほどなのです!よくわかったのですよ!!」

 

「そうか!よくわかってくれたか!」

 

「はいなのです!ところでさっき茜と話してる時に着物を脱いだ茜の身体を見て鼻を伸ばしていましたが、あれはなんだったのですか?」

 

「「「・・・・はぁ?」」」

 

ぶっこまれたー!!?

まじかよ!!?あの現場を梨花ちゃんに見られてたのか!?

え!?じゃあ梨花ちゃんが怒ってる理由って胸の話でバカにされてたからなの!?

 

さ、最悪だ!最悪のタイミングを梨花ちゃんに見られてしまっていた!

 

「ちょっとお兄ちゃんどういうこと!?お母さんをエッチな目で見てたってホントなの!?」

 

「さっき悟史君に惚れてるから女の子に興味ないって言ってたよね!!」

 

梨花ちゃんの話を聞いた魅音と詩音が当然俺へと迫ってくる。

まぁ自分の母親をエロい目で見てたとか普通に幻滅だよね。

でも一人の男として言うが!目の前であんな美人が着物を乱して肌を見せたらそれは見ちゃうでしょ!あんなの見ない人はいないって!!

 

「じゅ、十分前に悟史惚れたんだ。だから茜さんの時はまだ女に興味があってだな」

 

「「「嘘だ!!!」」」

 

「はい嘘です!すいませんでした!!」

 

三人同時に叫ばれて高速で頭を下げる。

もうこれ終わっただろ。この後は妹たちに嘘つき変態クソ野郎って罵られながらボコられて地面に倒れて夜を明かす流れだろ。

 

「・・・・お兄ちゃん、誤魔化さずに正直に答えて。私はもうお兄ちゃんの好きな人に見当がついてるんだから」

 

「私も!」

「礼奈も!!」

 

「っ!!?なんだって!?」

 

俺がみんなならボコられることを想像して歯を食いしばっている間に予想外の発言が詩音達から放たれる。

俺が好きな人に見当がついてる?いや誰だよ!?今のところ俺に好きな人なんていないぞ!

 

「お兄ちゃんの好きな人!それは」

 

 

 

「「「鷹野さん!!」」」

 

 

「いやないから」

 

三人が口を揃えて言った名前を即座に否定する。

よりにもよってなんで鷹野さんなんだよ!

全ての元凶と言っても過言では女性だぞあの人は!?

 

「礼奈は知ってるんだよ!お兄ちゃんが鷹野さんに会うたびにエッチな目で見てることを!」

 

「そうそう!前の綿流しの日に酔った鷹野さんを見て鼻を伸ばしてたのをばっちり見てるんだからね!」

 

「お母さんといい鷹野さんといい、お兄ちゃんの好みって年上でグラマーな人だよね!だから私のことを妹としか見てくれないんでしょ!!」

 

「いや確かに鷹野さんのことを邪な目で見てたことは何回もあるけど、それとこれとは話が別だ!!」

 

俺の言葉の後に証拠だと言わんばかりに俺が今まで鷹野さんを邪な目で見てた現場を言われていく。

やめて!こっそり見てたつもりが妹たちに完全にバレてたとか死にたくなるからやめて!!

 

ていうかこの調子じゃあ鷹野さん本人にも余裕でバレてんじゃん!

 

前回シリアスな感じで別れたのに台無しじゃねぇか!!

 

「むー!鷹野さんじゃないならお兄ちゃんの好きな人は一体誰なのかな!かな!?」

 

「「「・・・・」」」

 

礼奈が言った言葉に魅音も詩音も梨花ちゃんも静かになる。

四人から視線を受けた俺は頭をかきながら自身の本音を話すことを決めた。

 

「正直言うと好きな人はいない。そしてお前ら全員のことは妹ととしか見れてない。だから結婚云々の話をされても返事なんて出来ない。これから先お前らの内の誰かを好きになるかもしれないし、ならないかもしれない」

 

「「「「・・・・」」」」

 

俺の話を全員が黙って聞いてくれる。

それを見た俺は続けて口を開く。

 

「みんなももう一度よく考えてくれ。その気持ちは本当なのか。兄を思う気持ちと勘違いしていないか。これから先いろんな男と出会って考えてみてくれ。まだ俺達は子供だ。結婚とかの話は一旦全部後回しにしても遅くはないさ」

 

雛見沢は狭い。

だからこそ好きになる人は限られている。

だが興宮を含めた外の世界にはいろんな人がいる。

 

悟史もこれからどんどん格好よくなるだろうし。

近い将来、この村に圭一だってやってくる。

 

恋愛なんてその頃から初めても遅くない。

 

「灯火?それにみんなもそんなところで何やってるのさ」

 

「ああ!私達を除け者にしてお話をしてましたわね!皆さんだけズルいですわ!私達も仲間に入れて下さいまし!」

 

俺が話し終えたところでタイミングよく悟史と沙都子が現れる。

きっといつまでも戻らない俺達を心配して探してに来てくれたんだろう。

 

「悪い悟史に沙都子。今戻るから」

 

探しに来てくれた2人に謝りながら庭を出て2人のところへと移動する。

庭から出る際に羽入を探してみれば、庭の周りをゾンビのような呻き声を上げながら歩いていた。

 

残念ながら羽入には自力で回復してもらうとしよう。

 

「魅音達のお母さんと梨花ちゃんのお母さんが酔って倒れて大変なんだ。灯火も介抱を手伝ってね」

 

「あの人ら倒れるまで飲んだのか。わかった手伝うよ」

 

ぶっ倒れた2人を想像して頬を引きつらせる。

俺と悟史が宴会場に戻る中、沙都子が未だに庭にいるみんなへと声をかける。

 

「あら?皆さんはまだ戻られないんですの?」

 

「私らはもう少し夜風に当たってからいくよ。沙都子は先に戻ってて」

 

「はぁ、わかりましたわ。なるべく早く戻ってきてくださいまし」

 

魅音の言葉に沙都子は頷いて俺達へと追いつく。

魅音達に目を向ければ全員俯いたまま黙ってしまっている。

 

・・・・これ以上俺に言えることはないか。

最後の言葉は間違いなく今の俺の本音。

 

後はみんなそれぞれで落ち着いて気持ちの整理をしてほしい。

 

「とりあえず悟史。お前あとでお仕置きだから」

 

「ええ!?なんで!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・お兄ちゃん達は行ったみたいだね。じゃあさっきまでの話を続けようか」

 

「「「・・・・」」」

 

おねぇの言葉にお兄ちゃん達がいなくなるまで顔を伏せていたみんなが一斉に顔を上げる。

見れば全員の目には未だに強固な意志が感じ取れる。

 

つまり全員まだお兄ちゃんのことを諦めていない。

 

「さっきお兄ちゃんがもう一度自分の気持ちを考えろって言ったけど。ちゃんと考えた?」

 

おねぇがそれぞれの目を見ながら確認をとっていく。

おねぇの言葉を聞いた全員がゆっくりと頷く。

それを見たおねぇは一度目を閉じてからゆっくりと口を開いた。

 

「じゃあ聞くよ。お兄ちゃんのお嫁さんになるのを諦めるつもりは?」

 

「「「ない」」」

 

「だよね。まぁわかってたけど」

 

おねぇの質問に全員が即答する。

当たり前だ。たとえお兄ちゃんが私のことを妹としか見ていなくても諦めるつもりなんてない。

 

兄を思う気持ちと勘違いしていないか?

もちろんそういう意味でも大好きだ。

でもそれ以上に1人の男としてお兄ちゃんのことが大好きなんだ!!

 

「なら今日からこの場にいる全員が恋のライバルってことだね」

 

全員の回答を聞いた後におねぇは面白そうに笑みを浮かべる。

 

「・・・・沙都子ちゃんはどうするのかな?かな?」

 

「知ったことじゃないよ。恋愛は争奪戦。出遅れた沙都子が悪いんだから」

 

礼奈の言葉に私は即答する。

これ以上ライバルを増やしてたまるものか。

 

「私はどんな手段を使ってでもお兄ちゃんを手に入れる!あんた達を蹴落としででも!」

 

「「「・・・・」」」

 

私の宣言に全員を黙り込む。

それぐらいの覚悟もないのにお兄ちゃんを横取りしようなんて絶対に許さない。

目を見ればわかる。

こいつらは一見絶対にお兄ちゃんを譲らないという目をしているけど。

心の底では私達の関係が壊れるのを恐れて一歩踏み込めないでいる。

私はそんなことで躊躇わない。

お兄ちゃんを手に入れるためなら友情なんて躊躇いなく捨てられる。

愛情と友情でどちらが大切かなんて言うまでもない。

 

今だけ見れば有利なのはおねぇと梨花ちゃんだろう。

何しろ親公認の状況なんだから。

実質2人の後ろには園崎家と古手家がいるのと同じだ。

 

礼奈も礼奈で油断できない。

礼奈とお兄ちゃんは血のつながった兄妹。

普通は結婚なんてありえない。

 

でも礼奈ならそれを理由にお兄ちゃんとの恋愛を躊躇うなんてことはないだろう。

ならば日常的にお兄ちゃんと一緒にいられる礼奈こそが一番厄介な存在だと思える。

 

そして一番不利な立場なのは私だ。

 

園崎家としての立場もない。

女としての魅力には自信はあるけれどそれは他の奴らも同じだ。

 

そして何より私は中学に進学する時に興宮のお嬢様学校に行かされることになる。

寮住まいの学校に幽閉されてしまえば、もう気軽にお兄ちゃんと会うことは出来ない。

 

上等だ!運命が牙をむくというのなら私はそれらを全て乗り越えてお兄ちゃんと結ばれてみせる!

勝つのは私だ!

 

私とみんなとじゃあお兄ちゃんへの思いの強さが違うんだ!!

 

「じゃあそういうことで。私はお兄ちゃんのところに行くから」

 

「あ!詩音ズルい!私も行く!!」

 

「礼奈も!」

 

話が終わり、ここにいる意味もなくなったので全員でお兄ちゃんのところへと戻る。

庭を出る瞬間、屋敷への廊下へと踏み入れるために立ち止まった時。

 

 

ひた・・・・ひた。

 

っ!?まただ!また足音が聞こえた!?

全員とは明らかに違う足音!

慌てて振り向くがそこにはいきなり振り向いた私を変な目で見つめる梨花ちゃんがいるだけ。

 

「・・・・食べすぎたかしら?」

 

「はう?もしかして食べ過ぎてお腹痛いの?大丈夫?」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて礼奈が心配そうに話しかけている。

私は二人の会話をそっちのけで慌てて廊下へと戻る。

 

不気味な足音はその後も続いた。

 

 

 




この後ゾンビのように歩いている羽入の足音を聞いて詩音はビビりまくります。

次回は宴会後の梨花の視点から始めると思います。


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梨花

「うう・・・・すごく頭が痛いわ」

 

「そりゃ、あれだけ飲んだら当然だよ」

 

辛そうに呻き声を上げる母を父が苦笑いを浮かべながら背中を摩る。

話を聞いた限りでは魅音達の母と相当飲んでいたようだ。

 

普段家ではお酒を飲まない母が二日酔いで苦しんでいる姿はなんだか新鮮だ。

 

「みぃ、お母さん大丈夫なのですか?」

 

「ありがとう梨花。ちょっと無理をしちゃったわ」

 

私が声をかけると母は顔を青くさせながらも優しく私の頭を撫でる。

そしてその後申し訳なさそうに私に頭を下げた。

 

「梨花ごめんなさい。私がもう少し頑張っていれば園崎さんに勝つことが出来たのに。こんなことなら普段からもう少し飲んでおくんだったわ」

 

悔しそうに唇を噛む母に私は何とも言えない表情で答える。

もしその場で勝っていても灯火自身が頷かないだろうからあまり意味はなかっただろう。

床に倒れている母と魅音達の母を見て、さすがの灯火も少し引いていたみたいだし。

 

まぁ宴会の時に聞こえてきた話には若干イラついたけど。

まったく、胸は関係ないでしょ!確かに母はぺったんこかもしれないけど、私は違うわ!

昭和58年の6月を乗り越えて大人になりさえすれば魅音達よりも胸だって成長するに決まってるわ!!

 

「君がこんなに酔うなんて珍しいこともあったもんだ。園崎さんに何を言われたんだい?灯火君の話は聞いたけど、それ以外にも何かあったんじゃないのかい?」

 

父は母の背中を摩りながら心配そうに口を開く。

その言葉に母は若干気まずそうに口を開いた。

 

「・・・・まぁ正直私情が7割くらいだったわね。園崎さんが胸の話で挑発してきたからつい。なんなのよ、ちょっと胸があるからって言っていいことと悪いことがあるわ!」

 

「・・・・そうだね」

 

昨日のことを思い出したのか目に怒りを宿す母を父は何とも言えない顔で同意する。

 

「えーと、気にすることなんてないと思うよ?身体なんて人それぞれ違った魅力があるんだし」

 

「男のあなたにこの屈辱はわからないわ!」

 

「・・・・梨花、後は頼んでいいかい?お父さんでは今のお母さんを宥められる自信がない」

 

慰めの言葉を一蹴された父は困った様子で私へとバトンを渡す。

正直私に振られても困るのだけど。

 

「お母さんは十分綺麗なのですよ。胸なんて気にすることないのです」

 

「梨花・・・・」

 

私の言葉を聞いて母は目を潤ませながら私を抱き締める。

もしかしてまだお酒の影響が残ってるのかしら?

いつもとは違いすぎる母の態度に少し困惑してしまう。

 

「みぃ?お母さんどうしたのですか?」

 

「・・・・梨花、私はあなたに謝らないといけないの」

 

「・・・・どうしてお母さんが僕に謝らないといけないのですか?」

 

なに?一体母は何を言おうとしているの?

母からの言葉に内心で眉を顰める。

記憶を掘り起こして心当たりを探すけど何も見つからない。

母の深刻そうな声からただ事ではないのだろう。

 

古手家に関わることかしら?今までのループでは聞いたことないわね。

しかもどうしてこのタイミングで?

 

「・・・・これは古出家の女に代々伝わる呪いなの。私も、私の母もその呪いからは逃れることが出来なかった」

 

「・・・・古手家の呪い、なのですか?」

 

私の予想通り、母の口から飛び出したのは古手家に関する内容だった。

今までのループでは聞いたことがない内容。

灯火の影響で今まで黙っていた秘密を言う気になったってこと?

それとも単に酔っ払ってるから口が軽くなったとかかしら?

 

私がそう推測していると、母が若干躊躇いながらもゆっくりと口を開いていく。

 

そして母から古手家の呪いについて語られる。

 

 

「・・・・古手家の女は代々貧乳なの!!私も私の母も、それに祖母もみんな貧乳だったわ!!だからごめんなさい!きっと梨花も!」

 

「・・・・みぃ?????」

 

母の口から語られた古手家の呪いに脳内の動きが全て止まる。

は?何を言ってるのかしら?

言っている意味がよくわからないわ。

 

「これは古手家の呪い、私達は生まれた時から貧乳になる運命なのよ!!ごめんなさい!あなたにこんな辛い運命を背負わせてしまって、本当にごめんなさい!!」

 

ふざけんじゃないわよ!!

 

なに深刻そうな表情でとんでもないこと口走ってんのよ!

古手家の呪いっていうか、それただの遺伝じゃないの!!

 

それで私も母のようにこのまま胸が成長しないっていうわけ!?

 

昭和58年6月を越えれば私のこの止まった身体もどんどん成長する!

なのに胸だけ成長しないってどういう了見よ!!

 

こんな運命、私は絶対に認めない!

これまで散々運命に屈してきた私だけど、こればかりは絶対に屈しないわ!!

かかってきなさいよ運命!返り討ちにしてやる!!

信じる力はどんな運命だって変える力を持つ!

だから信じて行動し続ければきっと応えてくれるんだから!!

 

「・・・・今あなたにこれを伝えたのは灯火ちゃんが原因なの。これさえなければ私はずっと自身の胸の内にしまっていたでしょうね」

 

「・・・・灯火がどうかしたのですか?」

 

素の感情が出そうになるのを必死に抑えながら母へと尋ねる。

静まるのよ私の心!

この程度の揺さぶり、今まで耐えてきた惨劇に比べたら大したことない!

頬を引きつらせながらも表情を子供のまま保つ。

かかってきなさい!どんなことを言われようが私は屈しないわ!

 

「灯火ちゃんは裏切り者(巨乳派)よ!園崎さんの胸を見て鼻の下を伸ばしていたから間違いないわ!!」

 

そんなことは最初からわかってるわよ!!

 

私が何回あの男が鷹野の胸を邪な目で見てたのを目撃したと思ってんのよ!!

鷹野だけじゃない、学校の先生の知恵にだってたまに胸に目線を向けてるし、何回殺してやろうかと思ったことか!!

 

「2人とも落ち着くんだ。顔がすごいことになってるから」

 

母の言葉で感情を表に出てしまった私と母を見た父が慌てて私達を宥めるようと動く。

父の言葉で少しだけ冷静さを取り戻す。

落ち着くのよ私、灯火が最低なことは最初からわかってることよ。

今度会った時にこの怒りをぶつけてやればいいわ。

 

「お母さんは二日酔いと寝不足でおかしくなってしまってるみたいだね。お母さんは僕が介抱するから梨花は悪いけどゆっくりしててくれ」

 

父はそう言いながら母を別の部屋へと連れて行った。

母は気持ち悪そうに口を抑えながら抵抗なく連れていかれる。

 

「はぁ・・・・ほんとなんだってのよ」

 

両親が完全にいなくなった私はため息を吐く。

私がため息を吐くと同時に羽入が姿を現す。

 

「あはは、なんだか梨花のお母さんが賑やかだったのですよ」

 

「あんなお母さんは100年生きて初めて見たわよ」

 

これも灯火の影響?

いえ、きっともともと母にはああいう一面があったのかもしれない。

私がそれを見ようとしていなかっただけ。

 

「・・・・梨花、わかっていますか?来年の綿流しで今まで亡くなっていたのは」

 

「・・・・わかってるわ」

 

来年の綿流しの日。

亡くなるのは私の両親だ。

 

「させないわ。私の両親を殺すなんてことは絶対にさせない。私は両親と一緒にこれからの未来を生きてみせる」

 

胸の宿した決意を口に出す。

今までは灯火に頼りっぱなしだったけど、これからは違うわ。

自分の両親くらい、私自身の力で救ってみせる。

 

「・・・・あまり喜ぶべきではないのだけど、沙都子達の母が雛見沢症候群を発症したことで私の両親は積極的に入江たちに協力する姿勢を見せているわ」

 

この前の綿流しの日に雛見沢症候群の末期症状を発症した沙都子達の母。

彼女と仲の良かった私の両親は彼女を救うために積極的に入江たちの協力を始めた。

この前だって母は自身の脳を入江たちに協力するために検査させたのだ。

 

本来私がやるべきことなのだけど、今回はそれを母が行ってる。

私の脳を検査するほどの成果は出ていないだろうけど、それでも治療薬の研究は飛躍的に進んでいるらしい。

この調子なら沙都子達の母が末期症状を脱する日もそう遠くはないかもしれない。

沙都子達の母は今も入江診療所の特別治療室で眠っていて、退院した父と沙都子と悟史は毎日のように顔を見に行っているようだ。

 

「このまま私と母が入江たちに協力していれば来年の綿流しは何も起こらないわ・・・・何か不測の事態でも起きない限り」

 

「・・・・不測の事態ですか」

 

私の言葉を聞いた羽入は考え込むように黙り込む。

きっと私と同じことを考えているのでしょうね。

 

「あなたが悩んでいることを当ててあげましょうか。詩音のことでしょう」

 

「・・・・はい。今の詩音はなんだかとても怖いのですよ。それこそ悟史がいなくなってしまった時のような」

 

「・・・・」

 

羽入の言いたいことはよくわかる。

今の詩音はとても危うく感じる。

灯火と茜が魅音との結婚について話をしていた時、詩音もあの場にいた。

そして彼女の後を羽入へ付けさせて魅音と詩音が言い合いをしているのを知った。

 

そして昨晩の出来事だ。

正直あのまま灯火を詩音と二人っきりにさせていたらどうなっていたことか。

 

魅音と詩音の仲も険悪になっていってたし、あの時は無理やりにでも私が介入して場をさらに混沌とさせることで誰も迂闊に灯火に手を出せないようにするしかなかった。

 

うん、そう。だから私が彼女達の邪魔をしたのはあくまでも灯火を、そしてみんなの仲を守るためだったの。決して私情で動いていたわけではないわ。

 

「・・・・あの時に灯火が僕の名前を言おうとしたのを邪魔したのもみんなを守るためだったって言いたいのですか?」

 

「ええ、とても辛かったけど仕方がなかったわ。みんなを守るためだったんだから」

 

「嘘なのです!梨花は灯火が好きな人を僕だって言うのが嫌だっただけなのです!!」

 

私の言葉を聞いた羽入は顔を真っ赤にさせて騒ぎ始める。

まったくうるさいわね。昨晩のことは後でちゃんと謝ったじゃないの。

 

「とにかくあんたは詩音が灯火に何かしていないか監視をしてなさい。いいわね」

 

「わかってますよ。昨晩のお詫びのシュークリーム!はやくしてくださいなのですよ!!」

 

羽入は私にそう言った後に部屋から姿を消す。

心配しなくても今日のおやつにちゃんと用意してるわよ。

 

「・・・・はぁ、鷹野といい詩音といい、あんたは厄介な女に目を付けられるわね」

 

「梨花、その厄介な女に自分が入ってるって気付いてますか?」

 

「うっさいわね!はやく行きなさい!トウガラシ食うわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・今日はわざわざ集まっていただいてありがとうございます」

 

場所は興宮にある、ありふれた喫茶店。

そこに俺と俺が呼んだ三人がテーブルを囲んで座っている。

 

「いえいえ構いませんよ。ちょうど診療所から出て気分転換をしたかったところです」

 

「ありがとうございます入江さん」

 

俺の言葉に人の良さそうな笑みで応えてくれる入江さんに頭を下げる。

それに続くかのように入江さんの横に座っていた人も口を開く。

 

「僕もちょうど雛見沢で一通り撮りたい写真は撮れたからね。時間は全く問題ないよ」

 

「富竹さん、ありがとうございます」

 

入江さんの隣でコーヒーを飲む富竹さんに今度は頭を下げる。

そして俺が呼んだ最後の1人が笑みを浮かべながら口を開く。

 

「んっふっふっふ!灯火さんが私に相談とは珍しいですねぇ。また何か悪いことでも考えているんですか?」

 

最後の1人、大石さんが面白気に俺を見ながら笑う。

俺は大石さんにも頭を下げて、この場に集まってもらった理由を説明する。

 

「今日この場に集まってもらったのは、大人な三人の意見を聞きたかったからなんです」

 

「「「ほほう?」」」

 

俺の言葉に三人が同時に興味深そうな表情で口を揃える。

三人の視線が俺に集中したのを確認した俺は本題へと移る。

 

「相談というのは、まぁ簡単には言えば恋愛相談みたいなものです。昨晩園崎家の魅音と詩音と古手家の梨花ちゃん、そして妹の礼奈からその、色々言い寄られてですね」

 

俺は昨晩のことを三人へと説明し始める。

その時に魅音や梨花ちゃんとの婚約紛いのことも適当に説明する。

あまり言わないほうがいいかもしれないが、相談するならもう全部説明してしまったほうがいいだろうと判断したのだ。

 

「恋愛において酸いも甘いも知っているであろう三人に聞きます!俺はこれからどうすればいいんでしょうか!?」

 

「「「・・・・」」」

 

説明を終えた俺は改めて三人へと向き直る。

みんなが納得する方法、それを今回で見つけたい。

いや、見つけられなくもせめて今後のヒントになるようなものがわかれば十分だ。

 

俺の説明聞いた三人は俯いたまま黙ったまま動かない。

 

「・・・・あの、どうかしましたか?」

 

俺が不思議に思い三人へ声をかけた瞬間。

 

「ぶべらっ!!?」

 

横に座っていた大石さんに思いっきり首に回された腕で首を絞められる。

 

「ふん!!」

 

そしてテーブルを超えて伸びてきた富竹さんの手が俺の両頬をアイアンクロウをするように掴み、入江さんの足がテーブル下の俺の足を絡めて関節を決めてくる。

 

「にゃ、にゃにをしゅるんですか!?」

 

富竹さんで手でおちょぼ口になりながらもなんとか口を開く。

そんな俺を三人は怒りを宿した目で見つめる。

 

「何をするかって?そんなの制裁に決まってるじゃないか!」

 

「ええそうです!恋愛相談だと言われて聞いていれば、内容はただの惚気!いえ、ただの自慢話!」

 

「いくら大人の私達でもですねぇ、そんな羨ましいことを聞かされて、黙っているわけにはいきませんねぇ!」

 

三人の嫉妬に燃えた目と言葉にようやく自分の失策に気付く。

言われてみれば今俺が言ったのって第三者から見たら、『いやー俺めっちゃくちゃ女の子に言い寄られて困ってるんですよねー。どうすればいいっすか?』って言ってるようなものじゃん!!?

 

そりゃ死ねってなるわ!!俺でも余裕でなるもん!!

 

「す、すいません!調子に乗ってました!土下座するので制裁は勘弁してください!!」

 

「「「言い訳無用!!」」」

 

俺の言葉を一言で切り捨てて三人は各々の制裁を始める。

いや、やっぱり小学生の恋愛に嫉妬して制裁ってさすがに大人げないと思う。

 

 

 

「・・・・とりあえずさっきの話は迂闊に他の男には言わないほうがいいことがわかりました」

 

鈍く痛む身体を摩りながら三人からの貴重な意見の結果を口にする。

実際あの時はモテモテとかそんな羨ましい状況ではなかった気がするけど。

 

「・・・・そういえば富竹さんは鷹野さんと今どうなんですか?」

 

一旦俺から話題を逸らそうと富竹さんへと話を振る。

 

富竹さんと鷹野さんの関係は正直のところ俺達にとって非常に大事なことだったりする。

ラスボス的位置にいる鷹野さんを何とかできるのは富竹さんしかないと俺は思っているからだ。

 

「え、ええ!?どうして灯火君がそんなことを知ってるんだい!?」

 

「この前悟史から聞きました。綿流しの日に富竹さんが鷹野さんを狙ってるのかもって」

 

「おやおや?あの富竹さんはあの鷹野さんにお熱なんですか?それは気になりますねぇ。んっふっふっふ!」

 

俺の話で大石さん入江さんが興味深そうに富竹さんへ視線を向ける。

それに気付いた富竹さんが慌てながら口を開く。

 

「いや!鷹野さんと僕は全然そんな関係じゃ!たまに一緒に野鳥の撮影に行くくらいで!鷹野さんは僕のことを友達としか見てないでしょうし!!」

 

ふむ、どうやらまだ鷹野さんとは付き合っていないみたいだ。

ていうかそもそも富竹さんと鷹野さんって付き合うんだっけ?

大人な関係だったっていうのは何となくわかってるけど。

 

「ほほう!じゃあ、いつ告白するんですか!?ていうか鷹野さんのどこが好きなんですか!?」

 

「んっふっふっふ!そりゃ鷹野さんはお綺麗ですからねぇ、早くしないと誰かに取られちゃうかもしれませんよ?ちょうどあなたの隣に同僚さんもいらっしゃいますしねぇ」

 

「私ですか?いやいや私は鷹野さんに女性としての興味はありません。私は沙都子ちゃんのような愛らしいメイド服が似合う子をお嫁さんにするのですから!!」

 

トリップした入江さんは置いて俺と大石さんで富竹さんに質問をぶつけまくる。

富竹さんと鷹野さんを早いうちにくっつければ、もしかしたら鷹野さんが凶行に走るのを未然に防ぐことが出来るかもしれない!

 

そうとわかれば富竹さんを全力支援だ!!

 

俺の話から富竹さんの話へと移行して話を続ける。

やはりおっさんが集まるとエロの話になることが多く、鷹野さんのどこがいいとかを存分に語り合う結果になる。

気が付いたら数時間以上が経過していた。

 

ほとんどエロ談議で終わったが、それでも一応の成果として富竹さんも鷹野さんの攻略のモチベーションが上がったようで頑張ると言っていた。

これは今後も定期的のこのメンバーで集まって話し合ったほうがいいかもしれない。

 

「あ、そういえば大石さん」

 

「なんですか?」

 

話が一段落して飲み物を口にしている大石さんに質問する。

機会があれば聞いておこうと思ったことだ。

 

「ふと気になったんですが、赤坂さんと連絡とってたりするんですか?あの人が今どうしてるのか気になって」

 

赤坂さん。

ダム戦争時に起きた大臣の孫の誘拐事件を調査するために派遣された警察官。

とても強く、優しい人で物語では非常に頼りになる存在だった。

出来ることなら彼には雛見沢に居てほしいのだが、今はどうしているのだろうか?

 

「ごく偶にですが連絡を取っていますよ。元気に仕事をしているようです」

 

大石さんは煙草に火を付けながら少し懐かしむようにそう口にする。

そしてこちらを見て意味深に笑いながら口を開く。

 

「なんでも来年から私のいる警察署に異動になるらしいですよ?んっふっふっふ、不思議なこともあるものですねぇ、ねぇ?灯火さん?」

 

「ですね、不思議な巡り合わせがありますね」

 

赤坂さんの異動にこちらが関わっているのかを探りにくる大石さんに笑みで返す。

実際俺が園崎家に頼んで異動してもらったのは事実だ。

 

「んっふっふっふ!まぁ私としてはなんであれ大歓迎ですけどねぇ!また彼と麻雀卓を囲むのが今から楽しみです」

 

本当に嬉しそうに笑う大石さんを見て俺もつられて笑う。

どうやら赤坂さんはこちらへとやってくるようだ。

 

次の布石も戦力確保も着々と進んでいる。

 

物語の終わりまであと二年半。

だんだんと終わりが近づく。

 

今は言うならば準備期間だ。

次の運命を乗り越えるために考え、協力し、準備しておく期間。

今の内にどんな小さなことでも出来ることはやっておきたい。

 

秋が終わり冬を越え、春を迎え、そして夏、再びやってくるひぐらしのなく頃に。

 

物語はまた大きく進むのだから。

 

 

 

 

 




今回は平和回ですね。
詩音が出ないとすごく平和を感じます。

そして次話は詩音視点から始めると思います。


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部活動1

投稿が遅れて申し訳ありません。
これからちょくちょく再開したいと思います。

また読んでくだされば嬉しいです。


桜の花びらが舞う通路を礼奈と二人で歩く。

昭和56年4月。

運命の年である58年まで残り2年。

今年から俺は小学生から中学生へと変わり、両親からもらった学生服に身を包んでの登校となる。

ちなみに両親の手作りらしい。

いや、それもうただのコスプレじゃねぇか!っと思いはしたが両親の嬉しそうな笑みを見て、着ないとはとても言えず、無言で受け取ることになった。

 

「えへへ!いつもと同じ道なのに、着てる服が違うだけですごく新鮮だね!」

 

俺の横を歩いていた礼奈がくるくるとその場で回転しながら嬉しそうに話す。

礼奈も今まで通りの私服ではなく、俺とお揃いのデザインが施されたセーラー服に身を包んでいる。

礼奈は俺の一つ下なので本来はまだ小学6年生なのだが、礼奈の強い要望によって両親が用意してくれたのだ。

 

俺としても礼奈の可愛い姿が見れるので最高である。

ちなみに俺たちと同じデザインの服を着た人達がまだ他にもいる。

 

「あ!2人とも遅いよー!」

 

噂をすれば何とやら、声のしたほうへと目を向ける。

目を向けた先にはこちらへと大きく手を振る2人の少女の姿が見えた。

 

「みぃちゃん!しぃちゃん!」

 

俺と同じく声がしたほうへと目を向けていた礼奈が彼女たちの名前を呼びながら駆け出していく。

 

「はうぅ!セーラー服を着たみぃちゃんとしぃちゃんとってもかぁいいよう!お持ち帰りぃ!!」

 

「あはは!言うと思ったよ!おはよ礼奈!」

 

興奮したように飛びかかってきた礼奈を受け止めながら笑う魅音。

魅音も礼奈と同じデザインのセーラー服を着ている。

違うのはスカートの長さ。

平均的な長さのスカートの礼奈と違い、魅音は丈の長いものを好んで使っている。

礼奈と話す魅音のセーラー服姿は非常に似合っていて可愛らしい。

俺が存在している影響からか、今の魅音は俺の知ってる原作の魅音よりも女の子らしい振る舞いが多く感じる。

この変化が魅音の未来にどう影響するかはわからないが、俺は今の魅音のほうが好ましく思う。

 

「おはよお兄ちゃん。どう?けっこう似合ってるでしょ!」

 

礼奈との話を終えた魅音がそう問いかけてくるので勿論と答える。

それを聞いた魅音は少し照れくさそうに頬を染めて笑う。

 

「・・・・」

 

「お前もよく似合ってるぞ詩音」

 

先ほどから黙っている詩音に声をかける。

詩音も俺たちと同じく両親が作った制服に身を包んでいる。

母が独立した店は園崎が関わっている関係からか、気が付いたら彼女達の制服を両親が作ることになっていた。

ここまできたらと悟史の分も一緒に作ってもらった。

ちなみに詩音のスカートは魅音とは逆で短い。

普通なら確実に校則違反だろう。

ていうかパンツが見えそうなので兄貴分としてはやめてほしいのだが。

 

「・・・・ありがとうお兄ちゃん」

 

詩音を薄く微笑みながらそう答える。

本来詩音は今年から雛見沢から離れて聖ルチアーノ学園だったか、寮生のお嬢様学校に行く予定だった。

しかし本人の強い希望と魅音の協力によって中学生の間のみだが、ここに通うことが許された。

 

これで詩音は少なくても3年間はみんなと一緒にいることができる。

高校の話は言わば原作終了後の話になる。

あとあと詩音の問題はなんとかしないといけないが、今は原作を乗り越えることに集中するべきだ。

 

今年は原作通りでいけば梨花ちゃんの両親が殺される。

綿流しの日、つまり今から2か月半後。

雛見沢症候群の女王感染者である梨花ちゃんの研究協力を中止させると鷹野さんに宣言した両親は、それを阻止するためにオヤシロ様の祟りとして鷹野さん達に殺された。

 

原作通りならば今頃のタイミングでそう言った話が出ているだろう。

しかし、この世界ではそうはならない。

喜ぶべきことではないが、悟史達の母親が雛見沢症候群の末期症状を発症したことで運命は大きく変わっている。

彼女を助けるために梨花ちゃんの両親は雛見沢症候群の研究に進んで協力をしているからだ。

原作では末期症状を発症したのは沙都子で、沙都子を救うために梨花ちゃんが入江さんに頭を解剖してもらってワクチンを作り上げる。

それで沙都子は末期症状を脱することはできたが、その後に梨花ちゃんはそれが原因かはわからないが体調を崩してしまう。

それが梨花ちゃんの母親の限界を超える最後のきっかけになった。

 

だが、この世界では梨花ちゃんは頭の解剖を行っていない。

それを行ったのは梨花ちゃんの母親で、今も梨花ちゃんとともに雛見沢症候群の研究に協力をしている。

そのおかげでもあって悟史達の母親は順調に末期症状から脱しつつある。

退院する日もそう遠くはないだろう。

 

これによって鷹野さんが梨花ちゃんの両親を殺す理由はない。

いや、むしろ最優先で守るべき対象とすら考えているはずだ。

雛見沢症候群の研究に大いに貢献できるのが彼女達以外に現状いないのだから。

しかし、似たような考えをして去年痛い目にあっていることも事実。

 

警戒はしなくてはいけない。

雛見沢症候群の末期症状の発症の恐れがある人物がいないか。

現状確実に怪しい人物はいない。

 

しいて言うなら今目の前にいる彼女達だが、これは雛見沢症候群とかそういう問題なのか?

あの園崎家での宴以降、俺に対する態度が全員明らかに変わっている。

今までも懐いてくれているとは十分感じてはいたが、最近はそれが激しい。

 

詩音に至っては明らかに狙って俺を誘惑してきてる。

胸をわざと当てたり、人気のないところへ連れ込もうとしたり。

俺は彼女のことを妹として見ているから何とか耐えているが、他の女の子にされたらコロッと落ちる自信がある。

 

魅音も礼奈も今までとは態度が違うと感じる場面が多々ある。

俺としては今の関係が一番心地いいと感じている。

彼女達の兄であることが誇らしく、嬉しいから。

 

でも、彼女たちはそうじゃないのだとしたら。

あの時、俺のことを兄として好きな感情と恋愛感情を勘違いしていると思い、よく考えてくれと言った。

俺の言葉を聞いて考えた結果、それでも俺のことを一人の異性として好きなのだとしたら。

 

「・・・・」

 

「お兄ちゃん顔が暗いよ?どうしたのかな?かな?」

 

礼奈が俺の様子に気付いてこちらを覗き込んでくる。

礼奈に心配させないように笑みを浮かべて通学路を進む。

 

・・・・やっぱりは俺は彼女達のことを恋愛対象として見れていない。

礼奈は血のつながった妹だし、魅音も詩音も同じく何年も妹として接している。

それのせいで彼女達と付き合う自分がまったく想像できない。

 

・・・・やっぱり一度はっきりと彼女達に自分の気持ちを伝えないとダメか。

俺はみんなのことを妹としか見れない、付き合うことはできないと。

 

園崎家や古手家の問題もあるけれど、やはり最初は彼女達に伝えなくてはいけないだろう。

もちろんこれから先ずっと彼女達のこと好きにならない保証はないし、この選択に俺が後悔する日が訪れるかもしれない。

 

それでも大事な彼女達のためにも中途半端な気持ちで誰かを選んで付き合うなんてことはやりたくない。

今回の綿流しの日に彼女達に今の俺の気持ちをしっかりと伝えよう。

 

俺はそう心に決めてみんなと一緒に学校へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!みんなまだ帰らないで!」

 

春休み明けの授業ということもあり通常よりも短い時間で終わった学校。

学校から帰ろうとしている悟史達を魅音が呼び止める。

 

「みんなこのあと暇?」

 

「特に用事はございませんが、何かされるのですか?」

 

魅音の言葉に沙都子が首を傾げながら答える。

俺は事前に魅音から聞いていたので話の内容は知っている。

そもそもこの件は俺が魅音に提案したようなものだった。

 

「私と詩音にお兄ちゃんに悟史君は今年から晴れて中学生になった!」

 

「ええそうですわね。まぁだからといって何が変わるわけではないと思いますが」

 

「そう!私が言いたいのがそういうことだよ!!」

 

沙都子の言葉に魅音は彼女に指をさしながら大きな声で返答する。

魅音はそう言った後に自身の手を机の上にたたきつける。

彼女の机の上に広げられたノートには大きな文字でこう書かれていた。

 

『部活開催!!血沸き肉躍る狂乱の宴に相応しい強者よ来たれ!』

 

『会則!』

 

1. 狙うのは1位のみ。

2. そのためにはあらゆる努力することが義務付けられる。

3. ゲームは絶対に楽しく参加しなければならない。

4. 罰ゲームの内容に逆らわない。

 

「・・・・なんですのこれは?」

 

みんなが思ったことを代表して沙都子は答える。

これを見て笑みを浮かべているのはこれを書いた魅音、そして俺と梨花ちゃん。

梨花ちゃんもノートを見て察したようで楽しそうに笑みを浮かべている。

 

「まぁ書いてる通り部活だね。前にお兄ちゃんと一応中学生になったし何かしたいって相談した時に部活動をしてたらいいって話になってさ!うちにはボードゲームとか色々あるし、それらを使って放課後みんなで遊べないかなって思ったわけ!」

 

魅音は部活設立の経緯を楽しそうに話す。

魅音の相談を受けた時、俺の頭にすぐに部活という単語が浮かんだのだ。

原作ではこの部活は叔母に虐待を受けていた悟史達の安らぎの場になればと魅音が作ったものだった。

しかしこの世界では悟史達の虐待はない。

ゆえに魅音が部活を作る理由もないのだが、原作を知っている者としてはみんなが楽しく遊んでいる部活は作りたい。

だから魅音の提案は俺にとってちょうどいいタイミングだった。

 

「みぃ、僕は賛成なのですよ!とっても楽しみなのです!」

 

魅音の説明を聞いた梨花ちゃんが嬉しそうに笑みを浮かべながら賛同する。

梨花ちゃんの言葉を聞いたみんな全員が部活への参加を口にした。

全員入ってくれると確信してはいたが、こうしてみんなで一緒に部活ができると思うと不思議と心が弾むのがわかった。

 

「よし!じゃあここに雛見沢分校最強の部活設立をここに宣言するよ!みんな会則はちゃんと読んでおいてよね!この会則は絶対だから!」

 

魅音は全員が参加することを伝えた後にまたもや大きな声でそう宣言する。

魅音の言葉を聞いたみんながノートに書かれてる内容を確認して顔をしかめる。

 

全員が罰ゲームという言葉に嫌な予感を覚えたのだろう。

そんなみんなをニヤニヤと笑みを浮かべながら魅音はポケットから何かを取り出す。

 

「みんなちゃんと読んだね!じゃあ記念すべき最初のゲームを発表するよ!」

 

そう言ってポケットから取り出したものをみんなが見えるように机の上に置く。

確認すれば、よく見るカードゲームであるトランプだった。

 

「少し古いけど、遊ぶ分には問題ないでしょ」

 

カードケースから取り出してみてみれば、確かにカードの数か所に傷があったり、折れていたしている。

何気なく魅音は言ったが、原作ではカードそれぞれの傷を覚えてどのカードか全員わかった状態でやってたんだよな。

 

もしこのカードが原作で使われていた物だった場合はカードの中身がわかる魅音と梨花ちゃんが無双することになるわけで。

 

確認のために無言で梨花ちゃんへと視線を向ける。

俺の視線に気づいた梨花ちゃんは同じように無言のままこちらを見つめ。

 

「・・・・にぱーーーー☆」

 

満面の笑みを浮かべていた。

それを見て俺はこのゲームで魅音と梨花ちゃんが勝つことが決定していることを悟った。

しまったな、俺も事前に魅音にトランプを貸してもらって覚えておけばよかった。

 

まぁ種を知っているだけ有利には違いない。

ゲームをこなしながら覚えていけばいい話だ。

カードの傷を増やして魅音と梨花ちゃんを混乱させてもいいわけだし。

 

「んじゃあ最初はじじ抜きから始めようか!あ!その前に罰ゲームを考えなくちゃね!」

 

そういいながら魅音は白紙の小さな紙を俺たちに数枚手渡していく。

俺たちに渡し終えた後に彼女はこれに自分が考えた罰ゲームを書くように指示を出した。

 

「みんなが書いた罰ゲームをこの箱の中に入れて最下位の人が箱から紙を出して書かれていた内容を実行すること!そして書いている罰ゲームには絶対に逆らわないこと!いいね!」

 

魅音はどこからか取り出した箱を指さしながらそう告げる。

さて罰ゲームか。

原作では教室でスクール水着に着替えるやメイド口調で話す、校長の禿げ頭をなでるとか割とえげつないのがあったな。

それなら俺もそれらに負けず劣らずのドギツイ罰ゲームを用意するべきところだが、今回は初日だ。

いきなりそんなぶっ飛んだ罰ゲームをするのか?最初はやっぱり軽い罰ゲームにしたほうがいい気がする。

 

『隣の人からデコピンを十回うける』

『恥ずかしかった思い出を話す』

 

適当に思いついた似たような軽めのものを別々の紙に書き込んでいく。

初めだし、これくらいのほうがいいだろう。

書き終わった物を箱の中に入れる。

それから少しして全員の紙が箱の中に入った時点でゲームの開始となった。

 

 

 

そして勝負の結果。

 

 

「わ、私の負けですわ・・・・」

 

ビリになった沙都子が無念そうに顔を俯かせる。

ちなみにトップは魅音、次点で梨花ちゃん、そして俺である。

何回かやらないと確定は出来ないが、やはり魅音と梨花ちゃんはどれがどのカードかわかっていた。

何回かわざと間違えてた風に演じていたが、俺の目はそう簡単には誤魔化せんぞ!

 

「記念すべき最初の犠牲者は沙都子だ!さぁさぁ!箱から罰ゲームが書かれて紙を引いて読み上げて!」

 

「うぅ、いやですわ。まさか自分が一番最初に罰ゲームを受けることになるなんて・・・・自分で書いたのだけは引かないようにしませんと」

 

おい、今最後にボソッとなんていいやがった。

 

どうやら沙都子が早速やらかしてるようだな。

これでこの箱は可愛い罰ゲームが書かれた箱からパンドラの箱へと豹変してしまった。

これは少なくとも沙都子の罰ゲームの内容がわかるまでは負けるわけにはいかなくなった。

 

「・・・・これですわ!」

 

箱の中に手を突っ込んでいた沙都子が勢いよく手を箱から引き抜く。

そして恐る恐るといったようで紙を開いて中身を確認する。

 

「えーと妹なら兄にキス、兄なら妹にキスする・・・・なんですのこれはーーーー!!?」

 

紙の内容を理解した沙都子の絶叫が教室に響き渡る。

どうやら沙都子の他にもぶっ飛んでいるやつがこの中にいるようだ。

 

ていうか罰ゲームの内容がピンポイントすぎるだろ。

梨花ちゃんが引いたらどうするつもりだったんだ。

 

沙都子が紙を持った手を震わせながら兄である悟史へと顔を向ける。

悟史は困ったように苦笑いを浮かべていた。

 

「こんなハレンチなことを書いたのは誰ですの!?私は絶対にやりませんわよ!」

 

「「「・・・・」」」

 

沙都子の言葉に魅音、詩音、礼奈の3人が無言で目をそらす。

おいまさか、3人とも同じことを書いたんじゃないだろうな。

だとしたらこの中に同じ罰ゲームが書かれた紙が後二枚あるということになるぞ。

 

「みぃ、罰ゲームは絶対なのですよ沙都子」

 

「梨花!?」

 

まさかの梨花ちゃんの裏切りに焦りの表情を受かべる沙都子。

それに魅音は笑みを浮かべながら続く。

 

「会則4条!罰ゲームの内容に逆らわない!さぁ沙都子!覚悟を決めてるんだね!」

 

「・・・・ちっ私が引いてれば」

 

魅音の横で小さく舌打ちをする詩音。

残り2つも沙都子と悟史に引いてもらうとしよう。

嫌じゃないが、今の状況で妹とキスするのはいろいろヤバい。

そもそも単純に恥ずかしすぎる。

 

「うぅ!うぅぅぅぅ!!」

 

沙都子なんて目に涙を溜めながら顔を真っ赤にしてるし。

そんな沙都子を助けるためか悟史が口を開く。

 

「・・・・これって別に誰の兄とか妹とか書いてないよね?だったら別に僕じゃなくて灯火にキスしてもいいってことだよね」

 

「おいまて悟史」

 

助け船どころかさらなる混沌を作り出そうする悟史に思わず待ったをかける。

俺の言葉を聞いた悟史は不思議そうな顔で俺に応える。

 

「え?だって灯火も礼奈の兄なんだからこの罰ゲームの条件に当てはまるよね?だったら問題ないよ」

 

「問題ありまくりだから!!悟史と沙都子は兄妹なんだからまだセーフかもだが、俺と沙都子がキスしたら普通にアウトだろ!」

 

「と、灯火さんと私がキス・・・・」

 

悟史の言葉でただでさえ赤かった顔をさらに赤らめる沙都子。

これで沙都子とキスしたら気まずいなんてもんじゃねぇぞ!

 

「「「「・・・・」」」」

 

それとさっきから無言の4人が怖くてたまらない。

ていうか悟史!お前さてはここで前例を作らせて似たような罰ゲームが来た時に礼奈を狙うつもりだな!

俺の目が黒いうちはそう簡単に礼奈と付き合えると思うなよ!!

 

いやだが!ここで前例を作れば上手いこと悟史を犠牲にして罰ゲームを躱すことができるかもしれない。

悟史はなんやかんやで奥手で紳士だからな。直接礼奈にどうこうするなんてことはできないはず。

 

だったら俺のやることは一つ!

 

「・・・・沙都子、目を閉じろ」

 

「え、ええ!?と、灯火さん!?それはどういう意味でございますの!?」

 

「いいから黙って目を閉じろ」

 

沙都子に近づきながら目を閉じるように促す。

俺の言葉に沙都子は目を回しながらしどろもどろに口を開く。

 

「えっと、そのあの、は、はい・・・・・」

 

目を回しながら最終的に言われた通り目を閉じる沙都子。

てっきり抵抗されると思ってたから意外だ。

一瞬、以前に礼奈から聞いた沙都子が俺の好意があるという言葉が蘇ったがすぐに頭から追い出す。

そしてどんどん圧力が増していく詩音達のことも冷や汗を流しながらも無視する。

 

そして目を閉じる沙都子の唇に指を二本立てて押し当てた。

 

「っ!!!???」

 

俺が指を唇に当てた瞬間、沙都子がびくりと大きく体を震わせる。

俺が指を離した後、沙都子は震えながら目を開けた。

 

「・・・・ふにゅーーーー」

 

そしてそのまま真っ赤な顔のまま目を回して勢いよく地面にぶっ倒れた。

 

「・・・・」

 

「「「「・・・・」」」」

 

背後にいる詩音たちの視線が背中に突き刺さる。

・・・・どうやら初めの部活は原作よりもはるかに過激なものになってしまいそうだ。

 

 

 

 

 

 



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部活動2

「よし!気を取り直して次にいこうか!」

 

目を回した沙都子を起き上がらせてからみんなに笑顔を向ける。

机の上に広がったトランプをまとめてシャッフルをしてみんなの手元に配る。

 

「「「「・・・・」」」」

 

笑顔でカードを配る俺を悟史を除く全員が無言で見つめ続ける。

いや何か言えよ!身体に穴が開くくらい見つめてるくせに無言が怖いわ!

 

「灯火、なんかごめん。あと沙都子が起きないんだけど」

 

「・・・・とりあえず沙都子抜きでやるか。そのうち起きるだろう」

 

起きたら起きたで先ほどの件でめんどうなことになりそうだが、今はおいておく。

今はこの状況をどう切り抜けるかだけ考えなくては。

せっかく始まった部活動なんだ、こんなところで終わりたくはない。

 

一応俺が書いた罰ゲームという安全ゾーンもあるわけだし、何とかヤバいやつを躱し続けて遊ぶしかない。

 

「じゃあもう一回じじ抜きだ!あと数回したら別のゲームをしよう」

 

「お、おー!」

 

「「「「・・・・」」」」

 

悟史が気を使って俺の言葉に応えてくれるが、他の女子達は無言のまま手にトランプを持って構える。

気のせいだったらいいのだが、いつぞやの様に目からハイライトさんが消えかかっている気がする。

いやなんで!?俺が沙都子にやらかしたことがトリガーでこうなったのか!?

彼女達の今の心理状態がわからずに内心で冷や汗をかく。

 

一回目はみんな楽しそうにワイワイ騒ぎながらしていたというのに、なんということでしょう。

今はまるで高度な心理戦でもしているかのように目をぎらつかせて無言のままカードを取り合っている。

 

俺と悟史は彼女達のプレッシャーに気圧され、思考停止でカードとることになった。

 

「あちゃー私の負けだね!私としたことがミスっちゃったよ」

 

魅音は苦笑い浮かべながら最後の残った一枚を机の上におく。

それを魅音と最下位争いをしていた梨花ちゃんが無言で見つめる。

 

いやなんでお前らが最後なんだよ!

一位で上がった俺は内心で渾身のツッコミを入れる。

 

お前が最後はありえないだろ!一回目で一位と二位だったやつが今度は逆ってどういうことだ!

まさかわざと負けたのか。自分から罰ゲームを受けてさっきのと似たようなものを引き当てるために。

 

「さて、罰ゲームは何かな?」

 

そう言って手を箱に突っ込んで紙を探る。

他の人たちはそれを冷めた目で見つめていた。

 

おかしいな、部活ってこんなんだっけ?

俺のイメージと随分と違う光景におもわず遠い目をしてしまう。

 

そんなことを考えている間に魅音が箱から紙を引き抜く。

 

「えっとなになに?隣の人からデコピンを十回うける・・・・ちっ」

 

おい、今舌打ちしたな。

魅音は残念そうだが、あれは俺が書いた罰ゲーム。

つまりは箱の中にある安全な罰ゲームが一つ消えてしまったことを意味する。

まぁ、魅音がさっきのと似たような罰ゲームを引くよりかはいいが。

 

「隣の人ってことは詩音か。デコピン十回だってさ」

 

魅音は端の席に座っていて隣には詩音しかいない。

魅音は座っている椅子をずらして詩音へと向き直る。

 

「・・・・」

 

目を閉じてデコピンを待つ魅音に詩音は右手を向けてデコピンの準備に入る。

・・・・なんかやけに溜が長いな。

たっぷり数秒の溜めによって力が入った詩音の中指が魅音の額に吸い込まれる。

 

「っ!!?いったぁぁぁ!?」

 

予想とあまりに違った衝撃にたまらず額を抑えてうずくまる魅音。

詩音はうずくまる魅音を見下ろしながら告げる。

 

「おねぇ、あと9回あるよ?このくらいの痛みなんか園崎家次期当主として耐えないとね」

 

「・・・・上等じゃない!さっさと残り9回やりな!」

 

詩音に煽られた魅音が再び目を閉じる。

そして彼女の額に9回衝撃が走った。

 

「ううぅ、詩音!覚えてなさいよ!お兄ちゃん、私の額から血とか出てないよね」

 

「出てない出てない。少し赤くなってるだけだ」

 

涙目の魅音に苦笑いを浮かべながら答える。

そうそう罰ゲームってこういうものだよ!

けっして飲み会の席で王様ゲームで命令をしましたみたいなノリじゃないんだ。

 

「・・・・うぅ、気を取り直して次にいくよ!!」

 

「「・・・・」」

 

再びカードを配り始める魅音に礼奈と詩音は無言のまま目を細めている。

これは気づき始めたか?

観察能力が高い礼奈に頭の回転が速い詩音。

2人なら魅音が自分が用意したゲームで勝つための必勝法を企んできていると考えてるだろう。

全員小さい頃から一緒の仲だ、付き合いが長い彼女達なら傷跡でカードを判断していると気付いても不思議ではない。

 

女性陣が不穏な雰囲気を残したまま第三回戦が始まった。

 

 

「・・・・ちょっと詩音、手でカードが隠れて取りにくいんだけど」

 

「私、この持ち方が集中できるの。どれか声で教えてよ。それを渡すから」

 

「・・・・いや、普通に渡したらいいでしょ」

 

「別にゲームに支障がないしいいんじゃないかな?かな?それともみぃちゃんには何か不都合があるの?たとえば・・・・カードの傷でどのカードかわかってたりするとか」

 

「・・・・右から二番目」

 

開始早々に詩音と礼奈が動き始めた。

手にカードの大部分を隠して魅音から傷で判断できないようにしたのだ。

おお、うまいな。これなら魅音とついでに梨花ちゃんも反則技が使えない。

これは勝負の行方がわからなくなってきたぞ。

 

この後は勝負は全員がフェアになったのもあって勝負は混戦へと移行する。

そして最終的に。

 

「いや、俺が負けるのかよ」

 

最後一枚になったカードを見つめながらため息を吐く。

まぁ今回は反則があったわけではないから純粋な運の結果だ。

諦めて罰を受けるとしよう。

 

「・・・・兄、妹系は勘弁してくれよ」

 

小さくそう呟きながら箱の中へと手を入れる。

もしそういう罰ゲームを引いてしまった場合、俺は礼奈、魅音、詩音の三人から誰か一人を選ばないといけないわけで。

そんなの後が怖くて選ぶことなんてできるわけがない。

 

ここは自分で選んだ罰ゲームをなんとか引き当てるしかない。

もしくは悟史の書いた罰ゲームだ。

悟史なら俺と同じように簡単な罰ゲームを書いているはずだ。

 

・・・・これだ!

箱の中から一つの紙を掴んで引き上げる。

 

「えっと?今月オープンする興宮のファミレスのウエイトレスに応募する・・・・誰だこんなことを書きやがったバカは!?」

 

今月オープンするファミレスってお前、『エンジェルモート』のことだろ!?

あのいかがわしいお店なんじゃないかと疑うほどきわどい恰好をしたウエイトレス達が働くあのお店だろう!?

 

そんなところに男の俺が応募なんてできるわけがないだろうが!

 

「魅音!詩音!犯人はてめぇらか!正直に言いやがれ!」

 

エンジェルモートは園崎家が関係している店だったはず。

だったらこいつが悪ふざけで書いても不思議じゃない。

 

「ええ!?いや私じゃないよ!お店のことは知ってるけど書いてなんかないよ」

 

「私でもないよ。そもそもそんなお店があるなんて初めて知ったもん」

 

「お前らじゃないなら一体だれが・・・・」

 

魅音と詩音の否定の言葉を聞いて改めて全員の顔を確認する。

そして一人だけあからさまに俺から顔を背けている奴を発見した。

 

「・・・・悟史」

 

「・・・・なに?」

 

「これ、書いたのはお前か?」

 

罰ゲームが書かれた紙を見せながら悟史をジト目で見つめ続ける。

悟史はその俺の視線を受けて冷や汗を流しながら口を開く。

 

「・・・・ボクジャナイヨ」

 

お前じゃねぇか!!

いきなり不自然な片言で話し始めやがって!

お前あれか!礼奈にこの罰ゲーム引かせて礼奈のウエイトレス姿が見たかったのか!

中学生になってからむっつり野郎になりやがって!

 

「はいはいお兄ちゃんそこまで!これを誰が書いたかを探るなんてマナー違反だよ!」

 

「うっ!まぁ確かに」

 

魅音に痛いところを突かれて思わず同意する。

確かにこういうのは書いたのは聞かないのがマナー。

言ってしまえば負けた俺が悪いのだから。

 

「だが待て!このウエイトレスの応募は女性限定だったはずだ!だから俺が受けるなんてそもそも不可能だぞ」

 

妙案を思いついたと言わんばかりに自信満々に告げる。

受けれないのはしょうがない。実行不可能な罰ゲームを書いた奴が悪いのだ。

 

「え?女装すればいいじゃん」

 

「いやそんな当たり前のように言われても」

 

俺の言葉に間髪入れずに答える魅音に驚愕する。

なんでそんな言葉が一瞬の間もおかずに出てくるんだよ。

 

「あ!思い出した!興宮のファミレスってこの前お兄ちゃんと買い物に行ってた時にお兄ちゃんが食い入るように眺めてたところだ!」

 

礼奈め余計な事を。

 

確かに見てたけど!でもしょうがないだろ!年頃の男子がエロい恰好をしたウエイトレスさんを堂々と眺められるなんて知ったらそれは楽しみになるだろう!

 

ましてや原作を知ってる身としては期待してしまうのはしょうがないだろう!

 

「・・・・ふーん。まぁ罰ゲームは絶対だからね!お兄ちゃんにはエンジェルモートの面接を受けてもらうよ!店長さんにはよろしく言っておくから安心してね!」

 

全然安心できない。

おいまさか魅音の告げ口で採用したりしないだろうな!?

開店したら初日に行こうと心に決めていた場所に何が悲しくて店員として、しかも女装をして行かなければいけないんだ!

 

最悪だ、これなら兄妹系の罰ゲームを引いたほうがよかったのではと思えてきた。

 

「はうー!女装したお兄ちゃん!!はぁ!はぁ!お、お持ち帰りしてもいい?」

 

「礼奈落ち着け。お持ち帰りしたって帰る家が一緒なんだから意味ないだろ。あとなんで疑問形?」

 

俺の女装姿を想像でもしたのか、呼吸を荒くする礼奈にツッコミを入れる。

 

「つまり私はお兄ちゃんを常にお持ち帰りできるってこと!?はうはうはうー!!」

 

「よし次だ」

 

壊れた礼奈を置いてカードを配る。

罰ゲームのことは後から考えよう。

女装して面接に行くのは屈辱だが、さすがに採用なんかされないと思うし。

向こうも経営者だ、オープン初日に女装した野郎なんか出したらどうなるかなんて簡単に想像できるはずだ。

 

「とりあえず次でいったん最後な。この後は色々部活について話し合おうぜ」

 

本当はまだできるが、これ以上続けるのは危険と判断して告げる。

ていうか優しい罰ゲームを書いたのは俺だけだったりしないよな?

だとしたら最後までやった日にはどれだけの犠牲者が出るかわかったもんじゃないぞ。

あと沙都子が眠って起きないからこれが終わったら起こさないと。

 

全員が承諾したのを確認して再度カードを配る。

先ほどのゲームで魅音と梨花ちゃんが反則技が使えないことがわかった。

問題はこいつら、わざと負けようとしてやがる。

罰ゲームもおそらく自分が負けることもしっかりと想定して書いてるな。

 

会則の狙うは一位のみという言葉はどこにいったのやら。

それとも今の彼女達の頭の中では最下位=1位ということになってるとでもいうのか。

だったら彼女達に最下位を渡すのは危険だ。

だから悟史には悪いが、今回はお前を最下位に落とすように動かさせてもらうとしよう。

 

「悟史、お前が今持っているのはスペードの7だな?」

 

「ええ!?ど、どうかな?」

 

俺の言葉に動揺を顔を浮かべる悟史に笑みを浮かべる。

俺も少しだけだがカードの種類を傷で判断できるようになった。

なので今悟史が欲しいカードがだいたいわかる。

 

「俺はちょうどお前のほしい七をもってる。これだ」

 

悟史に手持ちの内のカードの一枚を見せつけるように突き出す。

ちなみに嘘だ、俺の手持ちにあるのは本当だが、このカードではない。

じじ抜きで反則なしにできることなんか限られている。

取られたカードの流れを把握すること、こうして心理戦を仕掛けることくらいだ。

悪いが悟史、お前にはここで負けてもらう!

 

「むぅ・・・・どうしようかな」

 

悩みながらも俺の差し出したカードを取ろうとする悟史。

これで違うカードとわかった悟史は俺の言うことを信用しないだろう。

だから次は本当のカードを差し出す。

ふははは!疑心暗鬼になりやがれ!!ただしなりすぎるなよマジで!!

 

「悟史君、お兄ちゃんの差し出してるカードはスペードの七じゃないよ。右から三番目が本物」

 

「これ?あ、ほんとだ!ありがとう魅音」

 

「魅音さん!!?」

 

予想外の魅音からの助言にさん付けで魅音の名前を呼んでしまう。

魅音の助言を聞いた悟史は俺の手元から目的のカードをとっていった。

しまった、悟史に勘づかれないようにわざとカードを見せていたのがあだになった。

 

ていうか魅音!まさか自分が最下位になるのではなく、俺を最下位にしようとしてやがるのか!

 

「・・・・ていうかおねぇ。やっぱりどのカードかわかってたんだ。傷跡を見て判断してるんでしょ?」

 

「まぁね!勝つためにはあらゆる努力することが義務付けられる!それがうちの部活だよ!!」

 

反則の正体を詩音に指摘された魅音は堂々とそう告げる。

だからと言ってせっかく心理戦を仕掛けてたのにばらすのはあんまりだろ!

内心で歯嚙みしながら次の策を考える。

しかし、魅音の言葉によってまだ傷跡を覚えていない悟史達はカードを隠してしまう。

だったらこっちも手段は選ばないぞ!

 

「・・・・」

 

怪しまれないように机の下で紙に文字を書いていく。

内容は簡単、悟史にわざと負けろと書くだけ。

そしてその下に報酬は礼奈にエンジェルモートに面接に参加させるというもの。

まぁ、小学生の礼奈はさすがにバイトは無理だと思うが、嘘はついていない。

 

ていうかよくよく考えたら中学生の俺もバイト無理だろ。

まぁ園崎家関係の店ならできてしまうのだろうが。

 

だが、礼奈にエンジェルモートの衣装を着てもらいたい悟史はその欲望によって現実的な問題に気づいていない。

ならばこの交渉は有効なはずだ。

悟史が納得しないのなら魅音に交渉してエンジェルモートの衣装だけ入手して礼奈に着てもらったらいいだけの話だ。

 

「っ!!?」

 

俺の送った紙を見た悟史は静かに目を見開く。

そして俺の目を見つめ、静かに首を縦に振った。

 

ふ、策は成功だ。

後は俺と悟史で勝負を遅延させ、他のみんなが上がるのを待つだけでいい。

 

「・・・・」

 

再び手札を広げるようになった悟史のカードを確認する。

そして悟史が持っていないカードを一枚選んで渡す。

 

悟史はそれを取って手札へとしまう。

当然そのカードでペアができるはずもないので捨てることはできない。

よしよしとりあえず成功だ。

あとは俺自身が上がらないように気を付けないとな。

 

そうして悟史と協力してゲームを進めていく。

しかし途中で違和感に気付く。

あれ・・・・?このカードが何かわからなくなった。

 

悟史の持つカード、そして隣の礼奈の持つカードが何かわからない。

目印にしていた傷が全く別の傷になっている。

 

わざと新しい傷をつけてカードの判別を妨害してきやがった!

しかも丁寧に他のカードだと誤認識するように似せた傷をつけてるカードもありやがる!

い、いや落ち着け!まだ俺と悟史の手元には無事なペアのカードがある!

これらをキープすれば俺たちが上がることない!

 

改めて礼奈たちのカードの枚数を確認する。

・・・・なんか思ったより減ってないな。

もしかして俺と悟史がみんなが上がるまで待とうとしているように、彼女達も協力して上がらないようにしてたりする?

俺の考えが正解だと言わんばかりに、カードが見えないように隠していた全員がいつの間にか堂々と手札を相手が見やすいように持ち替えている。

 

そのことに気付いた瞬間、冷や汗が流れる。

他のみんなは新たな傷の情報を共有している、つまり俺たちのカードが何かよくわかるわけで。

・・・・あれ、やばくね?

 

得意げにゲームをしていた自分が彼女達の掌の上で踊っていただけの事実に気付いて愕然とする。

まてまて!まだ勝負はわからないはずだ!この短時間で詩音と礼奈が全てのカードの傷を覚えたとは考えにくい。

俺もまた一から覚えなおせばいいだけの話だ!

 

最後のゲームに勝つのは俺だ!

 

 

 

「ふふ、私の負けだね」

 

負けたにもかかわらず嬉しそうに笑う詩音。

まぁ今回に至っては負け=勝ちだったから当然だろう。

結局最下位になったのは詩音だった。

 

魅音達は俺を最下位にするつもりだったようだが、詩音はあくまで自分が最下位になるつもりだった。

その考えが最後の最後で勝負の明暗を分けた。

 

「さて、何が出るかな」

 

真剣な表情で箱の中に手を入れる詩音。

そしてお目当てのものを探すかのように箱の中で手を動かし始める。

しかし中々これというものが決まらないのか、箱から手を出そうとしない。

 

「遅いよ詩音。はやく決めなって」

 

「はいはいわかってるよ、っ!これだ!」

 

魅音の言葉の後に勢いよく紙を引き抜く詩音。

そしてそのまますぐに閉じた紙を開く。

 

「えーとなになに、最下位の人はお兄ちゃんとデートをすること!!あちゃー負けちゃったからしょうがないかー。そういうわけだからよろしくねお兄ちゃん!!」

 

紙に書かれた罰ゲームを読み上げた詩音が満面の笑みで俺にそう告げる。

まぁキスとかじゃないし、デートくらいは別にいいか。

 

嬉しそうな詩音を横目に魅音が先ほどの罰ゲームが書かれた紙を手に取って確認する。

 

「・・・・紙が端っこが千切れてる。あんたこの紙の判別がつけれるようにわざと端をちぎって目印にしたわね」

 

「なんのことかわからない。偶然千切れただけだよ」

 

ああ、なるほど。

だから時間をかけて箱の中を探ってたのか。

魅音の言葉を聞いて納得する。

 

俺もそうすればよかったな。

罰ゲームを書いてる時はまさかこんなことになるとは思ってなかったから、そんなこと考えてすらいなかった。

 

まぁとりあえずこれでゲームは終了だ。

カードを片付けて箱から他の罰ゲームの紙を取り出す。

 

・・・・ちなみに他にはどんな罰ゲームがあったんだ?

箱の中から数枚の紙を取り出して確認する。

 

『引いた人は自分の兄か妹と彼氏彼女になる』

 

これはゲームの間ってことだよな?

どっちにしろ、これ引いたら終わってたな。

 

『引いた人は自分の兄か妹の唇にキスをする』

 

しっかり唇の部分をでかく書いて強調してやがる。

一番最初の罰ゲームでこっちを引いてたら終わってたな。

 

『引いた兄は妹を抱きしめて愛の告白をする。その後に妹の顎を指で持ち上げて妹が目を閉じたらゆっくりと近づいてキスをして幸せになる』

 

長いわ!!

恋愛ドラマでも見てたのかこいつは!しかもピンポイントに兄って書いてるし。

 

『引いた人は生のトウガラシを5個食べる』

 

あ、これは梨花ちゃんだな。

 

 

・・・・まともな罰ゲームがねぇ。

 

 




次はデート回


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デート

感想、誤字報告ありがとうございます。
いつも励みにさせていただおります。

今回はデート回。



「ふふ、今日は良い天気ね」

 

雲一つない晴天の空を見上げてそう呟く。

今の私の心はこの空のように晴れやかだ。

 

なにせ今日は待ちに待ったお兄ちゃんとのデート日なんだから!!

今日のために服も新調した。

それにただ楽しむだけじゃダメ。

今回でお兄ちゃんを落とすくらいの気持ちでいかないと今日のデートの成功とはいえない。

 

そのために色々計画は練ってきた。

今日でお兄ちゃんの中で私を妹ではなく、一人の女として意識させてみせる。

 

気合を入れて集合場所の興宮駅と向かう。

そして駅が見えてきた時、すでにお兄ちゃんがやってきていることに気が付いた。

 

「あ、お兄ちゃんおはよう!ごめんね、待った?」

 

まさかもうお兄ちゃんが集合場所に来ているとは思わず、慌てて駆け寄る。

近寄ってきた私にお兄ちゃんは笑いながら気にしてないと言ってくれた。

 

「まだ30分前だから全然気にすることないだろ。雛見沢から興宮まで距離があるから念のため早く来てたんだ」

 

「そうだったんだ!私も早く来たつもりだったからびっくりしちゃった!じゃあ早速いこ!今日のデートは私に任せて!」

 

「ああ、悪いなデートの計画を任せちゃって。男の俺がやるべきなのに」

 

申し訳なそうにするお兄ちゃんに私は首を振る。

デートの計画をしたいと言い出したのは私のほうなんだから気にしなくていいのに。

 

「気にしないで!それよりデートを始めよ!今日は忙しいんだから!」

 

計画はしっかりと練ってある。

開始30分前に着いた分、余裕をもって始められそうだ。

 

「今日は楽しもうね!お兄ちゃん!ううん、灯火!!」

 

彼の腕に抱きつながらお兄ちゃんではなく、灯火と彼の名前を告げる。

彼は私が名前を呼んだことに硬直して驚いていた。

 

「今日はデートなんだから兄妹は関係ないよ。灯火も私を妹としてじゃなくて一人の女の子として見てほしいな」

 

今日の目的であるお兄ちゃんの中での私の立ち位置を妹ではなく恋愛対象として意識させるため、この名前の呼び方は大事になってくる。

お兄ちゃんと呼んでいてはいつまで経っても私は彼の中で妹のままだ。

 

だから今日から彼のことは名前で呼ぶ。

それが彼攻略のための最初の一歩目だ。

 

「・・・・」

 

灯火は私の言葉に困ったように無言のまま黙り込む。

まだ抵抗があるみたいだけど、今日のデートが終わる頃にはその抵抗をなくしてみせる。

 

 

 

 

 

「「「・・・・」」」

 

 

 

 

 

 

「ねぇ灯火!どう?似合ってる?」

 

興宮で一番大きな服屋。

私がデート先で一番最初に選んだ場所はそこだった。

 

灯火の両親は服のデザイナー。

だから灯火も服には興味があるんじゃないかと思ったんだけど、どうかな?

 

「ああ、よく似合ってるぞ。前から思ってたが詩音は服のセンスがいいな」

 

「えへへ!ありがとう!!」

 

「こっちも似合うんじゃないか?」

 

灯火は私の服を観察した後に褒めてくれる。

私が今回意識して選んだのは男の子が好きそうな女の子らしく、そしてエロいコーデ。

胸を少し強調するためのニット素材の服に少し短めのスカート。

自分のスタイルの良さを自覚しているからこそ着る、灯火を悩殺するための服装。

 

しかし灯火は私が想像していたような私を見て鼻を伸ばすことをせず、あくまで真剣に私の服を評価していた。

そして灯火は私のためにいくつか服を探してくれる。

 

渡されたのは清潔感があり、しかし少し肌が見える服。

時折ちらりと肌が見えるフレアスカートに清潔感のある白のシャツ。

他にもかわいいワンピースも選んでくれた。

 

灯火が私のために服を選んでくれた!

絶対に買う!お気に入りの服決定だ!!

ああ、これだけでも今日デートした甲斐があった!

 

その後も灯火は店内の服を興味深そうに眺めている。

 

「灯火はやっぱり服とかに興味あるんだね」

 

男女関係なく服を見て回る灯火を見てそう呟く。

私に服を渡す時もけっこう服に詳しそうだったし。

 

灯火は私の言葉を聞いて苦笑いを浮かべながら答える。

 

「まぁ一応両親がファッションデザイナーだから。家の中にはファッション雑誌がたくさんあるし、両親もそういう話をよくしてるから自然と興味を覚えたな」

 

灯火はその後も服を見ながら家での出来事を話してくれる。

話を聞いてると、灯火はファッションデザイナーに多少の興味があるみたいだ。

 

「そうなんだ。じゃあやっぱり将来はファッションデザイナーになるの?」

 

灯火の話を聞いてそう問いかける。

私の言葉を聞いた灯火は一瞬固まった後に、考え込むように黙り込んだ。

 

「え、あの、お兄ちゃん?」

 

「・・・・」

 

黙り込んでしまったお兄ちゃんに不安になり声をかける。

もしかして私の発言にお兄ちゃんを不機嫌させてしまった?

不安になりながら待っていると、ゆっくりとお兄ちゃんが口を開く。

 

「・・・・悪い、そういえば将来のことってあんまり考えてなかったと思ってさ」

 

お兄ちゃんはそう言いながら謝る。

私の言葉に不機嫌になったわけではないことに安心する。

 

「そうなんだ。まぁ私の将来のことはあんまり考えてないし」

 

私の場合は考えていないというより、考えないようにしてるだけだけど。

お兄ちゃんさえ一緒にいてくれたのなら、私の将来はずっと明るい。

 

「でもそうかぁ。確かに将来のことについて考えないとな。ファッションデザイナーか・・・・確か母さんが近くにそういう学校があるって言ってたな」

 

「・・・・そうなんだ」

 

「あ、もちろん詩音の高校のこともちゃんと考えてるからな!園崎家にはこれからも詩音が好きな高校に通えるように言うつもりだ」

 

お兄ちゃんは慌てて私にそう伝える。

もしかしてお兄ちゃんは高校はファッションデザイナーになるために専門学校にいくつもりなのかな?

 

・・・・もし行けるのなら私も一緒に行きたい。

別に服が大好きってわけでもないけど嫌いでもないし。

好みの服を自分で作れるようになるのも面白いかもしれない。

 

でも、それはきっと無理だ。

お兄ちゃんは園崎家に私が自由に高校に通えるように言ってくれるけど、私は今雛見沢の興宮分校に通えることすら奇跡だと思ってる。

 

これ以上、園崎家は私を自由にさせてくれるとは到底思えない。

 

・・・・だから私は中学の間にお兄ちゃんを手に入れる。

それしか私に残された道はない。

 

「とりあえず会計してくるね!灯火が選んでくれたものは全部買うから!」

 

「あ、じゃあ俺がお金出すぞ」

 

「全部で3万以上するけど払える?」

 

「・・・・無理です」

 

灯火が払ってくれるように言ってくれるけど苦笑いで断る。

お金に関してはお母さんからもらっているから問題ない。

まぁ、使いすぎたら後で怒られるけど。

 

「服を買ったら別のところに行こうね!まだまだ寄りたいところいっぱいあるんだから!」

 

「ああ、今日は詩音の行きたいところにどこでも行くぞ。荷物持ちでも何でも任せろ」

 

「うん!よろしくね!」

 

灯火の言葉に笑顔で頷く。

そしてそのまま会計を終えて、外へ出る。

まだまだデートは始まったばかりだ、灯火と一緒に行きたいところはたくさんある。

 

「じゃあ次行こ!可愛い小物がおいてるお店を知ってるの!」

 

灯火の手を引いて早足で店を出る。

一秒でもデートの時間を無駄にはしないために。

 

 

 

 

 

 

 

「詩音・・・・あんなにお兄ちゃんにくっついて!服も選んでもらってるし!うぅ、いいなぁ」

 

「へぇー!興宮にはこんなお店があるんだね!あ、この服とってもかぁいい!」

 

「みぃ、礼奈。値札にとんでもない値段が書いていますのですよ。僕たちでは買えないのです」

 

 

 

 

 

 

「ここは私のお気に入りの場所なの」

 

雑貨屋、本屋と興宮で私のお気に入りの場所に案内した後、お昼にするために私たちは近くの公園にやってきていた。

 

「桜がきれいだな」

 

灯火は周りに舞う桜の花びらを見ながらそう呟く。

ここは子供のころから家族で花見をするときに使っていた場所だ。

周りには桜の木がたくさんあり、私たちと同じように花見をしている人も多くいた。

 

「ここでご飯にしよ!お弁当作ってきたの!」

 

敷物を敷いた後にバッグからお弁当を取り出して広げる。

 

この時のために料理の勉強をしてきたと言ってもいい。

灯火から礼奈は料理が得意と聞いて以来、負けないように私も料理の勉強をする必要があったのだ。

 

「おお、美味いな」

 

私の用意したお弁当を食べた灯火が思わずといった様子でそう呟く。

その後、箸を止めることなくどんどん食べてくれた。

 

「えへへ!よかったぁ!いっぱい作ったからどんどん食べてね!!」

 

美味しそうに食べてくれる灯火に私も嬉しくなる。

わざわざ早起きした甲斐があったというものだ。

 

午前中に行った服屋に雑貨屋、本屋。

どれも私のお気に入りの場所だ。

 

わざわざそこに行ったのは私の好きな場所をお兄ちゃんにも好きになってほしかったから。

好きな人には自分の好きなことを好きになってほしい。

それは私だけじゃない、恋をしている人なら誰しも思うこと。

 

まだまだ私の好きなところはたくさんある。

灯火には私の好きなことを全部知ってほしい。

そしてできれば灯火も同じように好きになってほしい。

 

そして今度はあなたの好きなことを私に教えてほしい。

あなたの好きなことを私も好きになりたい。

 

でも、あなたに一番好きになってほしいのは服屋でも雑貨屋でも本屋でもない。

 

私を好きになってほしい。

私があなたのことを好きなように。

あなたも私を好きになってほしい。

 

もしあなたが私以外の人を好きなのだとしたら。

 

私はきっと・・・・。

 

「詩音?食べないのか?さすがに一人でこれ全部は食いきれないぞ」

 

「えっ!?あ、ごめん!ボーっとしてた!」

 

灯火の声を聴いて我に返る。

私はせっかくの灯火とのデートの最中に何を考えているんだ。

最悪の想像なんてするな!

 

大事なのは今この瞬間をどう使うかなんだから。

 

「ほらこれも食べて食べて!この卵焼きなんてすごい自信作なんだから!」

 

先ほどまで頭に浮かんでいた暗い考えを消して笑顔を浮かべる。

灯火は私の箸で掴んだ卵焼きをそのまま食べてくれる。

そして温かな笑顔を浮かべながら美味しいと言ってくれた。

 

その笑顔を見るだけで私の胸も温かくなる。

今この場にいるのは私と灯火だけ。

他の誰でもない私だけを灯火は見てくれている。

 

それを実感し、どうしようもないほどの歓喜と優越感が自分を支配する。

この人は誰にも渡さない。

未来永劫この人の隣は私の物だ。

 

・・・・もし、他の誰かに取られるくらいなら、いっそのこと。

 

「っ!?」

 

何を考えているんだ私は!

いったん落ち着くんだ私!

さっきからせっかくの灯火とのデートなのに考えごとばかりしてどうするんだ!

 

こんな考えて浮かぶのは私が焦っている証拠だ。

大丈夫、彼争奪戦で一番リードしているのは私のはず。

 

これまで誰よりもアピールをしてきたし。

今日だってこうしてデートをしてる。

 

大丈夫だ、彼はちゃんと私を選んでくれるはず。

そうじゃなきゃ私は・・・・!

 

「詩音?」

 

「え、あ、なにお兄ちゃん?」

 

彼の声に慌てて答える。

声に反応して彼に顔を向ければ、私を心配そうに見つめてくれていることに気付いた。

 

「具合でも悪いのか?だったら今日は無理せず帰ったほうが」

 

「だ、大丈夫だよ!ちょっと早起きしたから眠かっただけ!」

 

灯火の言葉に慌ててそう答える。

くそ!何をやってるんだ私は!

待ちに待ったデートの日なのに彼に気を使わせてしまった。

 

今日は最高の日にしようと誓っていたのに、こんなことで終わりになんて絶対にしたくない!

 

「よし!ご飯も食べてたし次に行こ!」

 

「ああ、わかった。でも無理はするなよ」

 

「本当に大丈夫!!ほら早く早く!!」

 

弁当を片づけた後に彼の手をとって立ち上がる。

そして握った手を離すことなく繋いだまま公園を後にする。

 

「えっと次はすっごい美味しいデザートがあるお店があるんだ!食後のデザートにはちょうどいいよね!」

 

「確かにそれは良い提案だが、慌て過ぎだって!そんな早足で歩いたら転ぶぞ!」

 

灯火の手を引きながら早歩きで公園を後にしようとする私に灯火が慌てた様子で声をかけてくる。

 

「子供じゃないんだからこのくらいで転んだりなんてしないよ」

 

灯火の言葉にそう答えながらそのままの勢いで公園の出口へと向かう。

出口に近づけば、そこには何台もののバイクが止まっていて出口を防いでいるのがわかった。

 

「・・・・っ!邪魔!」

 

急いでるところをバイクで邪魔されて怒りでそう叫ぶ。

そしてイラつきながらも早足で何台もバイクが並ぶ隙間を通り抜けようとした時。

 

「・・・・あっ」

 

隙間を通り抜けられずにバイクと接触する。

私と接触したバイクはゆっくりと車体を横に倒していき、近くに止めていた他のバイクを巻き込みながら地面へと大きな音を立てながら倒れた。

 

「あっちゃー」

 

横で一緒に見ていた灯火がそう呟く。

彼が倒れたバイクを立て直そうとした時、公園のほうから何人もの怒声が響き渡った。

 

「「「そこのガキどもぉ!!俺らのバイクに何してくれてんだぁぁぁ!!」」」

 

こちらにそう叫びながら三人の男がこちらへ近寄ってくる。

見れば随分とガラの悪そうな高校生達だった。

 

「すいません。俺らの不注意でした、すぐに立て直します」

 

こちらを睨みつながら、こちらをやってきた男たちに灯火は頭を下げる。

しかし男たちは灯火の言葉に額に血管を受けべながら怒号を上げる。

 

「謝って終わりの話じゃねぇんだよ!!」

 

そう言って一番手前のいた男が灯火の胸倉を掴んで引き寄せる。

それを見た私は慌ててそれを止めるために口を開こうとしたところで灯火と目が合った。

 

彼は胸ぐらを掴まれながらも慌てる様子もなく私に目を向けて何もするなと伝えてきた。

彼の意思に気付いた私が動きを止めた後、灯火はゆっくりと男達へと向き直る。

 

「・・・・はぁ、公園の出口にこんなに止めていたら他の人らの邪魔だろうが。止めるのなら横の駐車場に止め直せ」

 

胸ぐらを掴まれていることなど全く気にすることなく彼はため息と共にそう呟く。

 

「はぁ!?こいつ!!ふざけんじゃねぇぞ!!!」

 

灯火の言葉を聞いた男は我慢の限界が超えたかのように腕を振り上げる。

そして灯火の顔面に拳が叩きこもうと振り下ろす。

 

「っ!!お兄ちゃん!!」

 

襲われるお兄ちゃんを見て我慢できずに叫び声をあげる。

しかし彼は私の最悪の想像とは裏腹に首を少しずらしただけであっさりと男の振り下ろした拳を躱してしまう。

 

そして拳が躱されたことでお兄ちゃんの身体へも覆い被さるようになった男の腹へ彼の膝が突き刺さった。

 

「ぐぁっ!!?」

 

お兄ちゃんの膝を受けた男は彼から離れたうめき声を上げながら地面へとうずくまる。

残った二人の男たちが倒れた男の傍に駆け寄った後に灯火を睨みつける。

 

「てめぇ!よくもやりやがった!!」

「ぶっ殺す!!」

 

残った二人は目を血走せながら彼へと襲い掛かる。

しかし、どちらの拳も灯火にあっさりと避けられ、そのままカウンターの拳を無防備な腹へと叩き込まれる。

 

たった数秒で地面に芋虫のように蹲る男たちが完成した。

 

「うわぁ、お兄ちゃん強すぎ」

 

地面に蹲る男たちを眺めながら思わずそう呟く。

私の言葉に彼はつまらなそうにつぶやく。

 

「いや、こいつらが弱いだけだから。こんな格闘技のかの字も知らない奴らにやられたら茜さんに後で死ぬほどしごかれるわ」

 

「ふふっ。お母さんにしごかれるんだ」

 

顔をしかめながらそう答えるお兄ちゃんに思わず笑ってしまう。

灯火が何年も前から園崎家で格闘の訓練をしているんだった。

最近だとおねぇにも勝ってるみたいだし、よく考えなくてもこんな奴らにお兄ちゃんが負けるはずもないか。

 

「・・・・ていうかこれって原作で悟史が詩音を助ける展開のやつに似てるな。あれ?これやったか俺」

 

「お兄ちゃん?どうかしたの?」

 

倒れる男達を見ながら小さく何かを呟くお兄ちゃんに話しける。

私の言葉にお兄ちゃんは苦笑いを浮かべながらに何でもないと呟いた。

 

「とりあえず、助けてくれてありがとう!すっごくカッコよかったよ!!」

 

そう言ってお兄ちゃんへと抱き着く。

ああ、やっぱりお兄ちゃんはすごい。

こんなかっこいい人、他にはいないよ。

 

そのままお兄ちゃんに抱き着いていると、聞きなれた声が耳に届いた。

 

「お兄ちゃん、詩音!大丈夫!?」

 

「んん?魅音に礼奈、それに梨花ちゃんも」

 

お兄ちゃんの声に反応して目を向ければ、息を切らしながらこちらへとやってくるおねぇ達の姿があった。

 

「お兄ちゃん達が絡まれてるのを見て慌てて来たけど・・・・」

 

「あらら、もう終わってるねこりゃ。しまったな。これじゃあ私たちの尾行がバレただけだ」

 

礼奈とおねぇが蹲る男達を見ながら困ったようにそう呟く。

まぁ、いるかもしれないとは思ってたけど、まさか本当にいるとは。

 

「みぃ、灯火とっても強いのです。まるで赤坂のようなのですよ」

 

「いや、赤坂さんと比べるのは勘弁して。瞬殺されるから、マジで」

 

お兄ちゃんは私を離しながら梨花ちゃんの言葉に苦笑いを浮かべる。

そしてそのままお兄ちゃんはおねぇや礼奈たちと楽しそうに話し始める。

 

私はみんなが話しているのをボーっと眺めながら思う。

 

 

ああ、本当に好きだなぁ。

 

どうしようもないほどの彼に惚れてしまってる。

お兄ちゃんとしての灯火。

一人の男性としての灯火。

 

どっちの灯火も大好き。

誰にも渡したくない。

 

「ちょっとちょっと!今日は私と灯火のデートなんだけど!お邪魔虫達はどっか行ってよね!」

 

「ちょっとくらいいいでしょ!ていうか詩音!あんたさっきお兄ちゃんのこと灯火って」

 

「なんでもいいでしょ。ふふ、じゃあデートの続きをしよっか。ねぇ灯火」

 

三人に見せびらかすように彼の腕をとる。

私を見て悔しそうな顔をする三人に舌を出して答える。

 

「じゃあね三人とも!尾行してもいいけど邪魔したら許さないからー!」

 

騒ぐ三人を置き去りにしながら彼の手を引く。

 

誰にも渡してなんかやるもんか。

この人は私だけのものなんだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・そう、どんな手を使ってでも灯火を手に入れる」

 

鏡の前で自分の姿を確認しながら一人呟く。

無事デートが終わった後、私は彼と別れて事前に用意をしていた服装へと着替える。

 

「よし、どっからどう見ても魅音だ」

 

髪型を魅音と同じポニーテールにし、服装も魅音が使っているものを着る。

これで誰も私のことは詩音ではなく魅音だと思う。

 

「・・・・ふふ」

 

もう一度鏡で自分の姿を確認して暗い笑みを浮かべる。

そして先ほど別れたお兄ちゃんの下へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

ゆっくりと歩きながら家へと帰っていたお兄ちゃんへと話しける。

私の声に反応した彼はゆっくろと私へと振り返り、そして私を見つめる。

 

「・・・・魅音」

 

「うん、あはは!今日はデートの邪魔しちゃってごめんね!どうしても気になっちゃてさ!」

 

魅音のふりをしてお兄ちゃんへと笑いかける。

私の言葉に灯火は少し間を置きながらも苦笑いで答える。

 

「・・・・気にするな。それでどうしたんだ?そんな慌てて、何か俺に用事か?」

 

「うん、実はね」

 

彼の質問に私は内心で笑みを浮かべがら口を開く。

 

私は彼がどうしてもほしい。

彼以外ほかのすべてを捨てでも。

 

彼を手に入れるためなら私は何でもする。

 

「今日のデートを見て、私思ったんだ・・・・私は兄を想う気持ちと好きな人を想う気持ちを取り違えてたんだって」

 

「・・・・」

 

おねぇ、あんたには悪いけどお兄ちゃんは渡さない。

園崎家はおねぇの好きにすればいい、ただしお兄ちゃんだけは私がもらっていく。

 

「私はお兄ちゃんのことを兄として好き。だから、私はお兄ちゃんと詩音の仲を応援するよ」

 

恋は戦争。

出遅れた奴が悪いんだ。

 

私は偽りの表情を浮かべながらそう自分に言い聞かせる。

そんな私に彼は。

 

 

 

「・・・・何言ってんだ、()()

 

言葉に明らかな怒気を宿らせながら()()()を呼ばれる。

 

彼の瞳を見た瞬間、私の身体中の血液が凍り付いてしまったかのような強烈な悪寒が私に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話も終わりが近づいてきました。


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デート後 ※削除予定

「・・・・え、ええ?何を言ってるのお兄ちゃん?」

 

おねぇの振りをしていた私に彼ははっきりと私の名前を呼んだ。

それを聞いて顔を引きつるのをなんとか抑えながら魅音の振りを続ける。

 

バレた?なんで?

 

一瞬で私が詩音だと看破されたことで頭の中が真っ白になる。

私とおねぇの見分けなんて、両親すら出来ないのに。

 

真っ白になった頭の中で昔の記憶が蘇っていく。

まだ幼かった頃、私とおねぇが灯火と初めて会い、次の日に家に招待した時の記憶。

 

灯火は私とおねぇの見分けをできるかと母に問いかけ、押し黙る母を横目に彼は一瞬で私達の見分けをしてみせた。

 

あの時はてっきり偶然だと思ってたのに、もしかして灯火は本当に私たちの判別ができるっていうの?

 

「やだなぁ、私は詩音じゃないよお兄ちゃん。私と詩音を間違えるなんて、もう!私たちのお兄ちゃん失格だよ!!」

 

冷や汗を流しながら魅音の演技を続ける。

内容が内容だ。

彼が私が詩音なのか確かめるためにわざと言ったブラフである可能性だってある。

そうだとしたら、ここで不自然な行動を見せるわけにはいかない。

 

「・・・・詩音、魅音の振りはやめろ」

 

「いや、だから私は詩音じゃ」

 

「お前が詩音だってことはわかってんだよ!!」

 

「っ!!?」

 

突然の灯火の叫びに思わず硬直する。

あくまで魅音の振りを続ける私に彼は睨めつけながら口を開く。

 

「何年お前の兄貴をしてると思ってんだ。お前らの見分けくらい完璧にできるようになってるに決まってるだろうが!」

 

「・・・・っ」

 

「ずっとお前らのことを見てきた。最初は雰囲気みたいな漠然としたものだったけど、今じゃお前らそれぞれの仕草や声、そして癖を全部完璧に覚えてる。今更お前らを見間違うなんてことはないんだよ」

 

「・・・・」

 

灯火の言葉に無言のまま俯く。

彼は私が詩音だと確信してしまっている。

本当におねぇと私の区別ができるのだ。

 

そしてそれはつまり、それだけ私達のことを見ていてくれたということ。

 

両親でもわからない私達を見分けることのために、彼は何年も私達のことを見て、それぞれの声や仕草、そして癖を覚えてくれたのだろう。

 

 

本来であれば涙が出るほど嬉しいことのはずなのに、今はとてもそんな気持ちになれない。

今の私の中にあるのは歓喜ではなく、強い後悔だけだ。

 

 

私は選択を間違えた。

魅音の振りをして彼に嘘をついたらダメだったんだ。

 

昔のことをただの偶然だと気にも留めずに魅音の振りし、彼にバレた。

そしてその結果、私は彼を怒らせてしまった。

 

「詩音。さっき言ったのは魅音が言ってくれと頼まれたのか?嘘はつくなよ、魅音にもちゃんと確認するからな」

 

「・・・・」

 

彼の言葉に私は何も言えないまま俯き続ける。

 

「黙ってるのは詩音が勝手に言ったと判断するぞ・・・・あんまり言いたくはないが、自分が最低なことをしたって自覚してるか?」

 

「・・・・うん」

 

灯火の言葉に真っ白になった頭でゆっくりと頷く。

灯火の顔を見れば、悲しそうな表情をしていた。

それが私の中でさらなる後悔を募らせる。

 

「俺は魅音の気持ちはわからない。詩音が言ったことが真実かもしれない。でも、それは魅音が言うべきことであって詩音が言うべきことじゃない」

 

ましてや自分のために悪意を持って言うなんて最悪だ。

灯火は怒りと悲しみの両方を含ませながらそう私に告げる。

 

私が自分に嘘の魅音の気持ちを伝え、魅音を蹴落とそうとしたことに気付いているのだ。

そしてそれを行った私に悲しみと怒りを覚えている。

 

きっと灯火は私に失望をしているだろう。

もう恋人にどころじゃない、私のことを妹とすら思ってくれてないかもしれない。

 

出会ってから初めて目にする灯火の表情に心臓が凍り付く。

 

やめて、そんな目で見ないで。

そんな悲しそうな目で私を見ないで!!

 

「詩音」

 

「っ!!」

 

彼が私の名を呼ぶが、それに答えずに来た道を走って戻る。

これ以上彼から何か言われるのが怖い。

後ろから私の名前を叫ぶ彼の声が聞こえるが、私は耳を塞ぎながら来ないでと叫ぶ。

 

これ以上彼に嫌われたくない!嫌われたくない!!

 

目から大粒の涙を流しながら走り続ける。

そのまま全力で走り続けるうちに人通りが多い道が視界に入る。

 

彼の視界から消えるために人通りの中へと飛び込む。

そして隙間を縫うようにしてがむしゃらに走る。

人とぶつかった衝撃で魅音の振りをするために結んでいた髪が解ける。

しかしそれを気にすることなく体力が続く限り走り続けた。

 

やがて息が切れて足を止める頃には、彼の姿は見えなくなっていた。

 

「・・・・どうしてこんなことに」

 

荒い息を吐きだしながらそう呟く。

 

私の目からこぼれた涙が落ちて地面を濡らす。

人ごみを避け、建物の端に移動してその場に座り込む。

 

座り込む私を周りの人が時折ちらりと見てくるが、そんなことなど気にする余裕はない。

頭にあるには彼の悲しそうな表情だけ。

 

私の頭が現実逃避をしようと今日のデートの出来事を思い出そうとするが、すぐに彼の悲しげな表情が蘇り、その他を塗りつぶす。

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

座り込んだまま自身の膝に顔を埋めて小さく呟く。

そんな私の声に誰の声が応える。

 

「あれ?詩音?」

 

「・・・・え?」

 

お兄ちゃん!?

私の名前を呼ぶ声に膝に埋めていた顔を慌てて上げる。

しかし、そこにいたのはお兄ちゃんではなかった。

「・・・・悟史君?」

 

「ああ、やっぱり詩音だよね。魅音みたいな服を着てるから混乱しちゃったよ。こんなところに座ってどうしたの?それに泣いてるみたいだし、何があったの?」

 

道の端で座り込んでいた私を悟史君が心配そうな表情で話しかけてくる。

私は彼の視線から目を逸らしながらなんとか口を開く。

 

「・・・・なんでもないよ。ちょっと歩き疲れて休んでただけなの」

 

今は誰とも話したくない。

憂鬱な気持ちでいっぱいの私は悟史君の言葉をそう言って誤魔化す。

しかし、悟史君はそんな私の言葉に反応して私に質問する。

 

「・・・・詩音は今日、灯火とのデートだったよね。なのに灯火はいないし詩音は泣きながらこんなところに座り込んでる。友達として心配するにきまってるよ」

 

「・・・・っ」

 

悟史君の言葉に黙り込む。

そうだった、学校で自慢するようにみんなに言ったんだった。

 

「・・・・何でもない、お兄ちゃんとのデートは終わったの。もう私も帰るから気にしないで」

 

立ち上がって早足でこの場を去ろうと動き出す。

しかしその前に悟史君が私の手を掴んで止める。

 

「待って、まだ話は終わってないよ」

 

「っ!離して!あんたには関係ないでしょ!!」

 

悟史君に掴まれた腕を振って強引に振り払う。

そんな私に悟史君は気を悪くして様子もなく、先ほどの心配そうな表情とは打って変わって人のよさそうな笑みを浮かべながら口を開く。

 

「うん、僕も詩音と灯火のデートの話を聞くつもりはないよ、僕には言いたくないこともあるだろうし。話っていうのはそれとは別」

 

「・・・・別の話?」

 

悟史君からの予想外の返答に眉を顰める。

そんな私の反応に彼は笑みを受けべたまま口を開く。

 

「灯火とのデートがもう終わったんだよね?だったら次は僕と付き合ってよ」

 

「・・・・は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ!詩音のやつ、どこまで走っていったんだよ」

 

荒い息を吐きだしながら周囲を見渡すが、詩音の姿は見当たらない。

走り去った詩音を慌てて追いかけたが、詩音は人ごみに紛れてしまい完全に見失ってしまった。

 

魅音の振りをして偽りの言葉を俺に伝えようとした彼女を俺は叱った。

しかし、それが予想以上に詩音に効いてしまった。

 

「・・・・はぁ、どうすればよかったんだよ」

 

詩音を探しながらため息を吐く。

俺は彼女を傷つけてしまったのだろう、もしかしたら俺は嫌われてしまったのかもしれない。

しかしそれでも、彼女のやったことを褒めるなんてしたらいけない。

 

「・・・・今頃泣いてんのかなぁ」

 

泣いてる詩音を想像して再びため息を吐く。

しかし、彼女が泣いてるのなら、なおさらすぐに彼女を見つけなければいけない。

 

「あれ?お兄ちゃん?」

 

「っ!?」

 

背後からの聞きなれた声に慌てて振り返る。

そこには驚いた表情の魅音と礼奈、梨花ちゃんの姿があった。

 

「もうデートは終わったのかな?かな?だったら次は私たちとデートしようよ!!」

 

こちらを見つけた礼奈が嬉しそう抱き着いてくる。

 

俺は礼奈を受け止めながら詩音の行方をみんなに尋ねる。

 

「え?見てないよ。公園からはお兄ちゃん達の監視をやめちゃったから、もう家に帰ったんじゃないの?」

 

俺の質問に魅音は不思議そうに答える。

魅音の様子を見るに、先ほどの魅音の振りに関してはやはり詩音の独断のようだ。

 

「いや、まだ用事があるんだ。でも少し前にはぐれちまった、みんなも詩音がいたら教えてくれ!」

 

先ほどの出来事をみんなに説明するわけにはいかない。

だからこの場は濁して詩音の捜索だけを依頼する。

 

「じゃあ頼んだぞ!」

「待ってください灯火」

 

三人に頭を下げてこの場を去ろうとした時、梨花ちゃんが俺を呼び止める。

そして俺のほうを見ずに俺たちがいる道とは反対の道にある店を指さしていた。

 

「・・・・んん?」

 

梨花ちゃんの指さす店へ目を向ける。

そこには俺が探していた詩音の姿があった。

 

それはいい、気になるのはもう一人だ。

なぜ悟史がいるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね詩音。いきなり付き合ってもらっちゃって」

 

「・・・・ううん、気にしなくていいよ」

 

申し訳なさそうな表情を受けべる悟史君に苦笑いを受けべる。

灯火の件で現実逃避がしたかった私的には今の状況はありがたいくらいだ。

 

悟史君から呼び止められた時は灯火とのことを詳しく聞かれるのかと警戒したけど、蓋を開けてみれば本当に買い物に付き合わされてただけだった。

 

私に落ち込んでいる私に気を使って、今日の出来事についてはこれ以上聞かず、こうしてただ気分転換のために買い物に誘ってくれたのだろうか。

 

「・・・・悟史君のお母さんってかなり長い間入院してたよね」

 

「そうだね、ほとんど一年近くになるかな。三か月以上前からほとんど治ってたみたいだけど、精密検査が必要とかでずっと入院してたんだ」

 

私の質問に悟史君は少し目を伏せながら答える。

悟史君が私に付き合ってほしいといった理由。

 

それはもうすぐ退院する母へのプレゼントを買うためだった。

 

「やっぱりこういうのは女の子に選んでもらうのが一番だね。特に詩音はセンスがいいからありがたいや、僕一人じゃいつまで経っても決まらなかったと思うし。」

 

悟史君は手に持った花束と香水を掲げながら嬉しそうにそう口を開く。

確かに最初に悟史君が選ぼうとしていたものを考えれば、私が付き合う必要があったと思える。

 

全く、なんで躊躇うことなくマフラーを買おうとするのよ!

季節外れにも程があるでしょう!

 

彼の行動を見てしまい、思わず口出しをしてしまった自分の負けだ。

 

「女の子に選んでもらったほうがいいってわかってるなら、最初から誰か誘ってればよかったじゃない」

 

ため息を吐きながら悟史君にそう告げる。

それに対して彼は困ったように頬をかきながら答えた。

 

「いやぁ、最初は礼奈を誘おうとしたんだけど、今日は魅音や梨花ちゃんと用事があるみたいだから誘うのは遠慮したんだ」

 

「じゃあ沙都子と一緒に選べばよかったじゃない」

 

「沙都子は沙都子で別のプレゼントを用意するみたい。僕は一緒に選びたかったんだけど、沙都子は全員を驚かすたために1人で選びたいんだってさ」

 

「・・・・ふーん」

 

悟史君の言葉に短くそう返答する。

私としては奥手な彼に対して思うところがあった。

 

「私なら絶対強引にでも誘うけどね。せっかく一緒に買い物ができる大義名分があるんだからさ」

 

「・・・・えっと、誘うって誰の事を言ってるの?」

 

「礼奈のことに決まってるじゃない。あの子のことが好きならもっとアピールしないと伝わらないよ?」

 

「なっ!!?」

 

私の言葉に悟史君は一気に顔を真っ赤にさせる。

そして信じらないような目でこちらを見つめてくる。

 

「え!?もしかしてバレてるの!?」

 

「悟史君が礼奈のことを好きってこと?うん、そんなこととっくの昔に全員気付いてるわよ」

 

「うわぁ・・・・」

 

私の言葉に悟史君は本当にショックを受けたのか頭を抱えて動かなくなる。

あんな露骨なほど礼奈に視線を向けていれば、察しの良いみんなは気づくに決まってるじゃない。

 

「礼奈は気づいてないみたいだから安心して。あの子そういうことに関しては極端に鈍いから」

 

落ち込む悟史君に呆れながらもフォローを入れる。

逆に今までバレないと思っていたことのほうが驚きだ。

 

「そっかぁ、みんなには僕の気持ちがバレてたんだね。あはは、なんかすごく恥ずかしいや」

 

私の話を聞いた悟史君は赤く染めった頬を指でかきながら笑う。

しかしそれで吹っ切れたのか笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

「うん、だったらもう隠すことなく積極的に行こうかな。みんなにはバレてるのに礼奈自身には気づかれていないっていうのもショックと言えばショックだし」

 

「・・・・悟史君って本当に変わったよね」

 

彼の言葉を聞いて本心から言葉が漏れる。

私の中での昔の彼の印象はドジで引っ込み思案だった。

 

それが今では引っ込み思案どころかすごく明るくて気遣いもできる青少年になっている。

 

前に灯火が彼のことを女子から見て理想の彼氏だと言っていたのを思い出した。

イケメンで優しくて気遣いもできる、確かにと内心で納得した。

 

まぁ今でもドジっていうか天然なところは変わらないけど。

 

私がそういうと、彼は照れながらも自分が変わったことの理由を教えてくれた。

 

「確かに昔の僕はすごく臆病だったね。今でもそれは治りきっていないと思う。でも、少しだけでもその臆病をなくすことが出来たのは、やっぱり灯火がいてくれたからなんだ」

 

そう言って悟史君は灯火との今までの出来事を私に教えてくれる。

 

再婚による沙都子と両親の不仲。

ダム戦争中の村中からの迫害。

ダム戦争後の私達の家と両親の関係。

 

これらは全て灯火が自分に立ち向かう勇気を教えてくれたから乗り越えることが出来たんだと。

彼に勇気をもらい、自分の意志を持って立ち向かうことを覚えたからこそ、今の自分がある。

 

彼は嬉しそうにそういった。

 

「今日詩音が灯火と何があったのかは聞かないよ。でも、灯火と詩音の間に何かがあったんじゃないかと想像してる」

 

「・・・・」

 

悟史君は自分の過去の出来事を話し終えた後に私と灯火のことについて話し始める。

私は彼の言葉に無言のまま耳を傾けた。

 

「これは想像なんだけど、きっと今の詩音は灯火に嫌われたって思って不安になってるんじゃないかな?あくまでさっきの詩音の泣きそうな表情を見て思ったことだけどね」

 

「・・・・」

 

正解っと心の中で彼の質問を肯定する。

私はそんなにわかりやすい表情をしていただろうか。

これじゃあ悟史君のことを笑えないじゃないか。

 

「それで、さっきの想像が正しいとして、勝手に意見を言わしてもらうよ。灯火が詩音を嫌いになることは絶対にない。命を賭けてもいい」

 

「っ!?どうして断言なんてできるのよ!!」

 

彼の言葉にたまらずそう言い返す。

悟史君が彼の話をするだけで心がつ潰れてしまいそうなほど不安になるというのに、どうしてそんなことが簡単に言えるんだ!!

 

「自慢じゃないけど灯火と一番仲がいいのは僕だ。こればっかりは詩音、そして礼奈達にだって譲らない」

 

「・・・・そうね」

 

少しの沈黙の後に彼の話を肯定する。

私は女、灯火と悟史君は男。こればかりはどうしようもない。

 

それに以前に彼が悟史君が一番初めにできた友達だって嬉しそうに話してるのを聞いたことがある。

灯火と悟史君の関係は私達とは違う。

2人の間に入ることは私達ではできない。

 

「まぁ、親友と同時に超えないといけないライバルでもあるんだけどね。あの妹脳は筋金入りだから、絶対に僕と礼奈が付き合うのなんて認めないだろうね」

 

「あはは!それは言えてる」

 

悟史君のなんとも言えない表情につい笑ってしまう。

確かに灯火は悟史君と礼奈が付き合うとなれば、必ず最後まで抵抗をするだろう。

 

「さて、そんな妹大好きな灯火が本当に詩音を嫌いになると思う?親友として断言するよ、それはない」

 

「っ!!」

 

悟史君の言葉に目を見開いて驚く。

そんな私を見て小さく笑みを作りながら悟史君は口を開く。

 

「まぁ全部僕の想像だけどさ、一度失敗したからって絶望するのは早すぎるよ。まぁこれで詩音が諦めてるのなら、僕としては沙都子のこともあるから、それでもいいけど」

 

「灯火は譲らないよ。でも、ありがと。おかげで少し落ち着けたと思う。もう一度ゆっくり考えてみる」

 

「ならよかった。じゃあ僕は行くね。今日はありがとう、おかげで助かったよ」

 

「私のほうこそありがと。礼奈のことで助けがいるなら言って、喜んで協力するから」

 

「あはは。じゃあ、その時は頼もうかな」

 

笑顔で私の言葉に応える悟史君を私も笑顔で見送る。

 

先ほどのまでの不安がなくなったわけではないが、彼のおかげで少し和らいだ。

一度家に帰って明日、落ち着いてからきちんと謝ろう。

あとおねぇにもお詫びに何か買って帰らないと。

 

 

焦らずもっと慎重に動くべきだったんだ。

灯火が私たちのことを判別できることをちゃんと考えておくべきだった。

 

次こそは失敗しない。

今度こそ彼の心を手に入れてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悟史君行っちゃったね」

 

「・・・・そうだな」

 

礼奈の言葉に短くそう答える。

梨花ちゃんが二人を見つけてから俺たちはずっと彼女達の様子を観察していた。

離れているから会話の内容はわからないが、詩音の表情は落ち着いていることに安心する。

 

「はうはうはう!これってやっぱりあれなのかな!?悟史君はしぃちゃんのことが好きで、今一生懸命アピールをしてるってことなのかな!?かな!?」

 

一緒に眺めている礼奈が興奮したように目を輝かせながらそう告げる。

それを聞いた梨花ちゃんと魅音が苦笑いを浮かべる。

 

いや、悟史君が惚れてるのはお前だぞ礼奈。

 

わざわざ奴のために訂正してやる義理はないから言わないがな。

このまま勘違いされて苦労するがいいわ!!

 

そう簡単にうちの礼奈と付き合えると思うなよ!!

 

「で、どうするのお兄ちゃん?詩音を探してたんじゃないの?ていうか詩音のやつ!なんで私の服を着てるのさ!さっきまで自分の服を着てたよね!」

 

「・・・・いや、もう必要ない。魅音、家に帰ったら詩音に伝言を頼む。落ち着いたら連絡をしてくれって。あと服の件は詩音が悪ふざけでしただけだ」

 

「え、そうだったの!?詩音め!あとでとっちめてやる!あとお兄ちゃんのことも詩音にちゃんと伝えとくね!」

 

俺の願いに魅音は頷く。

すぐに会ってもいいが、詩音にも落ち着いて考える時間がいるだろう。

今の詩音の表情を見る限り、焦って何かトラブルを起こすなんてことにはならないだろうし。

 

「じゃあ俺も帰る。お前らも遅くならないうちに帰れよ」

 

三人に手を振りながら帰路につく。

今日は疲れた、さっさと家に帰ったら落ち着きたい。

 

横目で遠くの詩音を見るが、彼女も帰路についている最中だ。

それを確認して彼女から視線を逸らす。

 

そしてそのまま彼女に目を向けることなくゆっくりと家への帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はこの時の選択を後悔することになる。

もう少し注意深く見て入れば、詩音のほうへとやってくる彼女を止めることが出来たはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、こんなところで奇遇ね。詩音ちゃん」

 

「・・・・鷹野さん?」

 

 

偶然か必然か。

詩音の前に鷹野さんが現れる。

 

ここで俺がそれに気付いていれば、あんなことにならずに済んだはずなのに。

 

 

 

 




感想にも書いてくださってましたが、
姉妹の判別法等については『五等分の花嫁』を参考にさせていただいております。

ちなみに彼女達の判別ができるのは灯火だけです。
両親、そして観察眼の鋭い礼奈ですら判別できません。

兄として絶対に彼女達の判別ができるようになるという執念によって灯火は彼女達の細かな違いを理解してました。

そして詩音ですが
彼女は灯火に使った魅音の振りをするという手段に対して後悔と反省はしていますが、振りをした魅音に対して後悔や反省はしていません。

あくまで詩音のスタンスはやられるほうが悪いです。


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デート後 修正版

お久しぶりです。
今日から投稿を再開します。

ちょっとしたお知らせとかは活動報告に書いてますのでここでは簡潔に。

この作品はすでに完結まで書いております。

なのでもう失踪はない!

毎日朝7時に投稿しますので読んでくれると嬉しいです。


「・・・・え、ええ?何を言ってるのお兄ちゃん?」

 

おねぇの振りをしていた私にお兄ちゃんははっきりと私の名前を呼んだ。

 

それを聞いて顔を引きつるのをなんとか抑えながら魅音の振りを続ける。

 

バレた?なんで?

 

一瞬で私が詩音だと看破されたことで頭の中が真っ白になる。

私とおねぇの変装がバレたことなんて両親にすらないのに。

 

真っ白になった頭の中で昔の記憶が蘇っていく。

まだ幼かった頃、私とおねぇが灯火と初めて会い、次の日に家に招待した時の記憶。

 

灯火は私とおねぇの見分けをできるかと母に問いかけ、押し黙る母を横目に彼は一瞬で私達の見分けをしてみせた。

 

お兄ちゃんは私達の癖を見て判断したって言ったけど、あの時はてっきり偶然だと思ってたのに、もしかして灯火は本当に私たちの判別ができるっていうの?

 

「やだなぁ、私は詩音じゃないよお兄ちゃん。私と詩音を間違えるなんて、もう!私たちのお兄ちゃん失格だよ!!」

 

冷や汗を流しながら魅音の演技を続ける。

 

内容が内容だ。

 

彼が私が詩音なのか確かめるためにわざと言ったブラフである可能性だってある。

そうだとしたら、ここで不自然な行動を見せるわけにはいかない。

 

「魅音の振りはやめろ」

 

「いや、だから私は詩音じゃ」

 

「お前が詩音だってことはわかってんだよ!」

 

「っ!!?」

 

突然のお兄ちゃんの大声に思わず硬直する。

 

あくまで魅音の振りを続ける私にお兄ちゃんは睨めつけながら口を開く。

 

「・・・・なめんなよ詩音、お前らの見分けくらい完璧にできるようになってるに決まってるだろうが」

 

「・・・・っ」

 

「ずっとお前らのことを見てきた。最初は雰囲気みたいな漠然としたものだったけど、今じゃお前らそれぞれの仕草や声、そして癖を全部完璧に覚えてる。今更お前らを見間違うなんてことはないんだよ」

 

「・・・・」

 

灯火の言葉に無言のまま俯く。

 

彼は私が詩音だと確信してしまっている。

本当におねぇと私の区別ができるのだ。

 

そしてそれはつまり、それだけ私達のことを見ていてくれたということ。

 

両親でもわからない私達を見分けることのために、彼は何年も私達のことを見て、それぞれの声や仕草、そして癖を覚えてくれたのだろう。

 

 

本来であれば涙が出るほど嬉しいことのはずなのに、今はとてもそんな気持ちになれない。

今の私の中にあるのは歓喜ではなく、強い後悔だけだ。

 

 

私は選択を間違えた。

魅音の振りをして彼に嘘をついたらダメだったんだ。

 

昔のことをただの偶然だと気にも留めずに魅音の振りし、彼にバレた。

 

そしてその結果、私はお兄ちゃんを怒らせてしまった。

 

「詩音。さっき言ったのは魅音に言ってくれと頼まれたのか?嘘はつくなよ、魅音にもちゃんと確認するからな」

 

「・・・・」

 

彼の言葉に私は何も言えないまま俯き続ける。

 

「黙ってるのは詩音が勝手に言ったと判断するぞ・・・・あんまり言いたくはないが、自分が最低なことをしたって自覚してるか?」

 

「・・・・うん」

 

灯火の言葉に真っ白になった頭でゆっくりと頷く。

灯火の顔を見れば、悲しそうな表情をしていた。

 

それが私の中でさらなる後悔を募らせる。

 

「俺は魅音の気持ちはわからない。詩音が言ったことが真実かもしれない。でも、それは魅音が言うべきことであって詩音が言うべきことじゃない」

 

ましてや自分のために悪意を持って言うなんて最悪だ。

 

灯火は怒りと悲しみの両方を含ませながらそう私に告げる。

 

私が自分に嘘の魅音の気持ちを伝え、魅音を蹴落とそうとしたことに気付いているのだ。

そしてそれを行った私に悲しみと怒りを覚えている。

 

きっとお兄ちゃんは私に失望をしているだろう。

 

もう恋人にどころじゃない、私のことを妹とすら思ってくれてないかもしれない。

 

出会ってから初めて目にするお兄ちゃんの表情に心臓が凍り付く。

 

やめて、そんな目で見ないで。

 

そんな悲しそうな目で私を見ないで!!

 

「詩音」

 

「っ!!」

 

お兄ちゃんが私の名を呼ぶが、それに答えずに来た道を走って戻る。

 

これ以上彼から何か言われるのが怖い。

 

後ろから私の名前を叫ぶ彼の声が聞こえるが、私は耳を塞ぎながら来ないでと叫ぶ。

 

これ以上彼に嫌われたくない!嫌われたくない!!

 

目から大粒の涙を流しながら走り続ける。

そのまま全力で走り続けるうちに人通りが多い道が視界に入る。

 

彼の視界から消えるために人通りの中へと飛び込む。

そして隙間を縫うようにしてがむしゃらに走る。

 

人とぶつかった衝撃でおねぇの振りをするために結んでいた髪が解ける。

しかしそれを気にすることなく体力が続く限り走り続けた。

 

やがて息が切れて足を止める頃には、彼の姿は見えなくなっていた。

 

「・・・・どうしてこんなことに」

 

荒い息を吐きだしながらそう呟く。

 

私の目から涙が落ちて地面を濡らす。

人ごみを避け、建物の端に移動してその場に座り込む。

 

座り込む私を周りの人が時折ちらりと見てくるが、そんなことなど気にする余裕はない。

頭にあるには彼の悲しそうな表情だけ。

 

私の頭が現実逃避をしようと今日のデートの出来事を思い出そうとするが、すぐに彼の悲しげな表情が蘇り、その他を塗りつぶす。

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

座り込んだまま自身の膝に顔を埋めて小さく呟く。

そんな私の声に誰の声が応える。

 

「あら、そこにいるのは詩音ちゃんかしら?」

 

「・・・・え?」

 

聞き覚えのある女性の声に顔をあげる。

顔を上げた先には予想通りの人物が私を見下ろしていた。

 

「魅音ちゃんじゃなくて詩音ちゃんよね?こんなところでどうしたかしら?」

 

「・・・・鷹野さん」

 

今日は診療所を休んでいるのかいつもにナース服ではない私服の姿だ。

鷹野さんは笑みを浮かべながら私に手を差し出す。

 

「立てる?こんなところに座り込んでたら他の人の邪魔になるわ」

 

「・・・・はい」

 

差し出された手に捕まりながら立ち上がる。

身体に力が入らず気を抜けばまた座り込んでしまいそうだ。

 

「泣いていたの?かわいい顔が台無しよ」

 

そういって鷹野さんはバッグからハンカチを取り出して私の顔へ当てて涙を拭う。

私は抵抗する気も起きずされるがまま動かずにいた。

 

「これでいいわね。詩音ちゃんこの後時間はある?よかったらカフェにでも行かない?静かな場所を知ってるの」

 

「・・・・行きます」

 

鷹野さんはハンカチをバッグに戻しながら私の手を取りそう提案してくる。

私はその提案に深く考えずに頷いた。

 

そこにいけばお兄ちゃんとは会わずにすむだろう。

とにかく今は他の人と会いたくなかった。

 

「じゃあ行きましょう、こっちよ」

 

提案に頷いた私を見て鷹野さんは笑みを浮かべて私の手を引いて案内してくれる。

私はその手に抵抗せずに引かれるまま無言でついていった。

 

 

 

 

 

 

「そう、彼とのデートで失敗しちゃったのね」

 

「・・・・」

 

私の話を聞いた鷹野さんは頼んでいたコーヒーに口をつけたそう言葉を漏らす。

私はその鷹野さんの言葉に黙ったまま目を伏せる。

 

落ち着いたカフェの雰囲気に私も落ち着くことが出来たのか、気が付けば私は今日のことを鷹野さんに話してしまっていた。

 

この人が聞き上手なのか、私が誰かに話したかったのか、あるいはその両方か。

鷹野さんは私の話に相槌を打ちながら最後まで聞いてくれた。

 

「残念だったわね。彼とのデート楽しかったんでしょう?」

 

「・・・・はい、とっても」

 

今回のデート、お兄ちゃんに私のことを好きになってもらうために一生懸命計画を立てて実行したものだった。

そして計画通り、いやそれ以上に楽しかったし、お兄ちゃんも楽しんでくれていたと思う。

 

私の計画では最後も上手くいくと確信してた。

実の両親でさえ変装した私達を見破ることが出来たことはなかったんだから。

 

 

なのにお兄ちゃんはおねぇに変装した私に気が付いた。

そしてバレた結果がこれだ。

 

もう、私はお兄ちゃんに嫌われてしまった。

 

「・・・・・っ」

 

先ほどのことを思い出してまた涙が目からこぼれる。

もう私にはこの世界で生きていける気力がない。

 

手元にナイフでもあれば今すぐにでも自分の心臓に突き刺してしまいたい。

 

「大丈夫よ、落ち着いて」

 

俯いて涙を流す私の手を鷹野さんはそっと握りしめてくる。

不安定な状態の私に対して鷹野さんは落ち着いた声を私に届ける。

 

その声が少し私を落ち着かせてくれた。

 

「別に詩音ちゃんが落ち込むことはないわ。だってあなたは悪いことなんてしていないもの」

 

「・・・・どういう意味ですか?」

 

鷹野さんの言葉に思わずそう聞き返す。

その言葉に対し鷹野さんは目を細めて口に笑みを浮かべながら答える。

 

「言葉通りの意味よ?だって詩音ちゃん、悪いことをしたなんて思ってないでしょう?」

 

「・・・・」

 

「彼に対して間違った選択をした、それによって彼を怒らせてしまった。それに対する後悔はあっても魅音ちゃんに悪いことをしたなんてことは思っていないでしょう?」

 

「・・・・それがどうしたんですか?それは落ち込むことと関係ないです」

 

鷹野さんの言葉に私は思わず睨みつけながらそう返す。

確かに私はおねぇに変装してお兄ちゃんを騙そうしたことを後悔しているけど、おねぇに悪いと思ってはいない。

 

おねぇだってしたかったら私に変装して同じことをすればいいんだ。

これぐらい躊躇う気持ち程度でお兄ちゃんを手に入れようなんて甘いにも程がある。

 

でも、そう思ってもこの手段はとってはいけなかった。

今更後悔しても遅いけど。

 

「さっきも言ったけど泣くほど落ち込む必要はないわ。その姿を見れば彼も詩音ちゃんが反省していることがわかるでしょうし、私からもちゃんと彼に説明してあげるわ」

 

「・・・・でも、今日のことでお兄ちゃんは私を少なからず幻滅した」

 

確かにお兄ちゃんなら私が謝れば許してくれるんじゃないかと思う。

でも、許してくれたとしても確実に私の印象は悪くなかった。

 

その印象の悪化によってもうお兄ちゃんは私を異性として好きになってくれないかもしれない。

 

そう思うと、どうしようもなく不安になってくる。

 

「そうねぇ、だったら良い方法があるわ」

 

「・・・・良い方法ですか?」。

 

「ようするに彼を誰かに奪われたくないのよね?だったら簡単よ」

 

鷹野さんは優し気に目を細め、そして口を歪めながら言葉を口にした。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうすれば誰にも彼は奪えない、ずっとあなたのものよ?」

 

 

可笑しそうに、そして何でもないように鷹野さんはそう口にした。

 



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悲劇の種

「なにを、言ってるんですか?」

 

鷹野さんからの予想外の言葉に私は震えながらそう返す。

お兄ちゃんを殺す?私が?

 

言ってる意味がわからない。

どうして私がお兄ちゃんを殺さないといけないの?

 

いつもの私ならその言葉を聞いた瞬間に殴りかかるくらいはするだろうけど、今の私は歪んだ笑みを浮かべる鷹野さんに震えながらそう返すことしかできなかった。

 

「だって殺してしまえばもう彼は誰のものにもならないでしょう?魅音ちゃん、梨花ちゃん、礼奈ちゃん、沙都子ちゃん、誰も彼を手に入れることなんて出来ないわ」

 

「だからってお兄ちゃんを殺すなんて!」

 

「でもそうしないと彼はいずれあなた以外の誰かのものになるわよ?」

 

「っ!?」

 

鷹野さんの言葉に熱くなった私は一瞬で凍り付く。

固まった私を見た鷹野さんは笑みを絶やすことなく言葉を続ける。

 

「礼奈ちゃんはいつも笑顔で可愛いわよね。とっても素直だし守ってあげたくなるわ。梨花ちゃんは自分の武器をよくわかってるわ、あの笑顔で甘えられたら誰だって好きになっちゃうでしょうね」

 

鷹野さんの言葉を聞いて礼奈と梨花ちゃんの姿が頭に浮かぶ。

二人とも私から見ても魅力的な女の子だ、鷹野さんの言葉に納得してしまう。

 

「沙都子ちゃんも明るくていたずら好きな子、ああいう子が好きな男の子は多いでしょうね、そして最後はあなたのお姉さん。彼女の魅力はあなたが一番わかってるんじゃないかしら?」

 

今度は沙都子について話し、そして最後のおねぇについて短く私にそう告げただけで終わった。

確かに、おねぇの良いところは私が一番知ってる。だって姉妹なんだから。

 

おねぇを含めてその全員の誰もがお兄ちゃんが惚れたとしても不思議じゃないほど魅力がある。

そんなことは最初からわかってる。

 

だから私は彼女達に負けないようにこれまで必死に頑張ってきたんだから。

 

「今日の出来事の差で、彼女達が彼を手に入れるかもしれないわよ?」

 

「っ!!」

 

鷹野さんが私の不安に追い打ちをかけるように言葉を続ける。

 

「ねぇ?だから言ってるでしょ?彼を殺せば彼女達は絶対に彼を手に入れることは出来ない」

 

「っ!そんなことでお兄ちゃんを殺すなんてするわけが!」

 

鷹野さんの言葉に狂いそうになる私は大声に抵抗する。

人殺し、それもお兄ちゃんを殺すなんてことをしていいはずがない。

 

「ふふ、誰も彼を手に入れられない・・・・殺したあなた以外はね」

 

「・・・・え?」

 

その言葉で私の思考は一度停止する。

今度こそ本当に鷹野さんの言葉の意味が理解できなかった。

 

「想像してみて?眠りにつく彼。彼が最後に見るのは誰?彼が最後に思うのは誰?眠りにつく彼の最後を見届けるのは誰?彼を殺したのは誰?」

 

鷹野さんの言葉が固まる私の頭の中に入り込んでくる。

血が流れ、目を閉じようとしているお兄ちゃん。

 

その瞳に映るのは。

頭の中で想うのは。

最後を見届けるのは?

 

彼を殺したのは。

 

 

頭の中でお兄ちゃんが現れる。

血が口からこぼれ、服は赤く染まっている。

 

そんな彼を私が抱きしめていた。

大事そうに、今にも壊れそうな物を傷つけないように優しく包み込むようにその子はお兄ちゃんを抱きしめている。

 

 

そして今にも目を閉じようとするお兄ちゃんの口から言葉が洩れる。

 

「・・・・詩音」

 

最後に彼がそう言って目を閉じる。

 

その瞳の最後まで私だけを映しながら。

意識のある最後の瞬間まで私を想いながら。

 

私だけが彼の最後を見届ける。

 

目を閉じて動かくなった彼を見て、私は・・・・

 

「ね?彼はあなたのものになったでしょう?」

 

「っ!?」

 

想像の中で響いた鷹野さん(悪魔)の声に我に返る。

 

っ!?私はなんてことを想像して。

 

してはいけない想像をしてしまい血の気が引いていくのを感じる。

ダメだ、これ以上こんなことを考えたらおかしくなる。

 

「ふふふ!冗談が効きすぎちゃったようね。ごめんなさい」

 

顔を青くさせた私を見て鷹野さんが先ほどの怪しい雰囲気から一変して明かる気なものに雰囲気を変える。

 

「今日読んだ本にそういった人物が登場したからつい言ってしまったの、ごめんなさい」

 

「・・・・言っていい冗談と悪い冗談とありますよ」

 

明るく笑う鷹野さんに私はつい睨みつけながらそう返す。

それを見た鷹野さんは反省したように頭を下げてきた。

 

私は先ほどの考えと気持ちを忘れようとため息を吐く。

そして痒みを覚えて首筋を爪でかく。

 

「ふふ、首が痒いの?」

 

「・・・・まぁ少し、それより私はもう帰りますから」

 

鷹野さんのおかげとは正直言いたくないけど、気持ちは落ち着いた。

あのまま帰ってたら衝動のまま自殺してたかもしれないし、まぁ話せてよかったかもしれない。

 

「あらあら怒っちゃったかしら。もう少し話さない?まだ良い方法があるのよ」

 

「・・・・次こそ真面目にですか?」

 

「ええ」

 

「・・・・」

 

鷹野さんの言葉を信じて帰らずに席に残る。

このまま帰っても良くてお兄ちゃんに謝って終わり。

 

状況の改善にはならない。

それなら藁にも縋る思いで鷹野さんの話を聞いてみるのもありか。

 

「詩音ちゃんはこの雛見沢の昔話を知ってるかしら?」

 

「えっと、おやしろ様の話ですか?聞いたことはありますけど詳しくは覚えてないです」

 

以前に教えられた気がするけど雛見沢の歴史になんか興味のなかった私は適当に聞き流したと思う。

 

ていうかどうしてここで雛見沢の話が出てくるの?

確かに前に礼奈達から鷹野さんは雛見沢の昔話をするのが好きだって聞いたことあるけど、もしかして縁結びの伝承でもあったりするのだろうか。

 

「昔、雛見沢には鬼が住んでいた。村の人は鬼を鎮めるために年に一度生贄を鬼に差し出していたの。その鬼は生贄の腸を食べていたらしいわ。そしてこれが雛見沢の祭りの綿流しの由来ね」

 

「・・・・それがどうしたんですか?私、そういう怖いのは葛西で慣れてるので怖がりませんよ」

 

子供の時に葛西からそう言った話は聞いている。

おかげでトラウマになってるものもあるけど、これくらいでは怖がったりしない。

 

「ふふ、それは残念ね。続きだけど、鬼に食われて消えた人を鬼隠しにあったと村の人は言ったそうよ?今でも村の人たちはそれを信じてるみたい」

 

「・・・・さっきから何が言いたいんですか?」

 

伝承の説明ばかりで話が見えてこない。

その話がこの状況の打開と何が関係あるというのだろうか?

 

「この伝承を利用するのよ。綿流しの日に彼と一緒に雛見沢を逃げるの。愛の逃避行ね」

 

「はい?」

 

またしても予想外の鷹野さんの言葉に思わず変な声が洩れる。

 

「みんなに奪われるのが心配なら奪われないところまで逃げちゃうのはどうかしら?綿流しの日に逃げれば信仰深い村の大人たちは鬼隠しにあったって思うかもしれないわよ」

 

「・・・・それはないと思いますけど」

 

確かに雛見沢の大人たちはそういった信仰に対して異常な反応を見せる時がある。

だとしても私達が逃げてそう判断したりはしないだろう。

 

確かに逃げれさえすれば園崎も何も関係ない。邪魔者もいないし、お兄ちゃんとずっと二人っきりで最高だ。

お互い中学1年だけど、バイトとかで何とか生活することだってできるはずだ。

テレビで見るものでそういった話も珍しくない。

 

でもそれは物語の中だからできることだ。

現実ではそんな簡単じゃない。

 

特に私の場合は園崎が逃がしてくれるわけがないし、何より今のお兄ちゃんが私についてきてくれると楽観的に考えることは出来そうにない。

 

「あらそうかしら?良い案だと思ったんだけど、それに彼が拒否しても無理やり連れて行ってしまえばいいのよ。連れて行ってしまえば後は女の武器で」

 

「・・・・それも本で読んだんですか?」

 

私は思わず鷹野さんをジト目で見つめながらそう確認する。

 

「もしかして鷹野さんって恋愛経験があんまりないんですか?」

 

「・・・・そんなことないわよ?」

 

私の言葉に間をおいて目を逸らしながらそう答える鷹野さん。

美人だけど性格が捻くれてるから、きっとそのせいで。

 

私は思わず同情的な目で鷹野さんを見つめる。

 

「こ、告白ならいっぱいされたのよ!?ただ勉強や交友関係を優先しただけで、決して恋愛経験ゼロなわけじゃ!」

 

鷹野さんが聞いてもない言い訳を勝手に話し始める。

 

どうやら私は相談する相手を間違えたようだ。

まぁ、そんなことは最初からわかってたけど。

 

「・・・・ありがとうございました」

 

「ちょっと待ちなさい!私は決して恋愛経験がないわけじゃないだからね!いい歳して誰とも付き合ったことがないとかまさかそんなことないんだからね!」

 

私は未だに早口で言い訳を続けている鷹野さんに頭を下げて席を立つ。

今度、富竹のおじさんに会った時に今日のことを教えてあげよう。

 

 

 

・・・・ああ、首が痒い。

 

 

 

 

 

 

「詩音!あいつ、本当にどこ行ったんだ!!」

 

詩音が走っていった方向へ走り、周囲を見渡すが彼女の姿は見えない。

もう探し始めて30分以上が経つ。

 

これだけ探して見つからないとなると、すでにここらあたりにはいないのか?

素直に家に帰っていればいいが、どこか危険な場所に行ってたりしたら笑い話にならない。

 

すでに礼奈たちにも探してもらってる。

詳しい事情は説明してないが、何かあったことは察してくれたようで何も聞かずに協力してくれた。

 

「・・・・なんて言えばよかったのかなぁ」

 

自分の言ったことを振り返って思わず項垂れる。

詩音の両親が叱るならともかく、俺があんな風に叱るのは正しいかったのか?

 

精神年齢で言えば上になるけど、俺と詩音は同い年だぞ。

もっと正論を正面から言うんじゃなくて、同い年で兄ならではの言い方だってあったんじゃないか?

 

詩音の行動で魅音が傷つくかもしれないと思って言ったけど、詩音には反省がしてほしかったけど傷ついてほしかったわけじゃない。

 

「あら?ちょうどいいところに」

 

「・・・・鷹野さん?」

 

項垂れるのをやめて詩音を探し出そうと顔を上げたタイミングで視界に女性の姿が目に映る。

視界の先にはこちらを面白うに見つめる鷹野さんの姿があった。

 

「もしかして詩音ちゃんを探してるのかしら?」

 

「っ!?詩音に会ったんですか!?」

 

鷹野さんの口から出た彼女の名前に思わず詰め寄って答えを聞く。

よりによって鷹野さんに見つかってたのか。

 

「ええ、さっきまで近くのカフェで話してたの。事情は彼女から聞いたわ、あなたも大変だったわね」

 

「・・・・そうですか、それで詩音はどこに?」

 

「家に帰ったわよ。落ち込んでたけど恋愛経験豊富な私の話を聞いて落ち着いたみたい」

 

鷹野さんがカフェで詩音に話したことを説明してくれる。

 

話の際にやけに自分が恋愛経験豊富だと強調してくる。

まぁ鷹野さんほど美人ならそりゃモテるだろうけど。

 

話を聞いて詩音が反省していることと落ち着ていることはわかった。

話を聞く限り感情のまま危険なことをすることはなさそうだ。

 

あとで魅音に詩音が家に帰ったことを確認してもらおう。

 

「ご迷惑をおかけしてすいませんでした、そして話を聞いてくれてありがとうございました」

 

「ふふ、いいのよ。私も話を聞けて楽しかったから」

 

楽しかったって、まぁ他人の失敗談を聞くようなものだからか。

鷹野さんが言ったら嫌な考えしか浮かばない。

 

「彼女も反省してるようだし許してあげてね。あなたに嫌われたら彼女死んじゃうかもしれないわよ?」

 

「・・・・嫌いになんてならないですよ」

 

「ならよかったわ、だったら機嫌取りにまた二人でデートでもしてあげたらどう?それこそ綿流しだって近いでしょう?」

 

「・・・・まだ一か月以上先ですよ」

 

鷹野さんから出た綿流しという言葉に警戒が強まる。

まさか、詩音に何か吹き込んだか?

 

今年は原作では梨花ちゃんの両親がこの人に殺されている。

それは必ず阻止するし、他の人だって殺させるつもりはない。

 

詩音が狙われてるのなら、綿流しの日はずっと一緒にいるべきか?

当日は梨花ちゃんの両親にくっついているつもりだったけど、予定を変更するか。

 

「考えてあげてね?私、彼女のことを応援してるもの」

 

鷹野さんは俺の言葉にそう言って微笑む。

そして俺と別れ、人混みの中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 



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狂気の種

「あーわからん。もうすぐ綿流しなのに」

 

鷹野さんが消えた後に項垂れる。

正直、梨花ちゃんの両親の殺される可能性は低いと思う。

 

原作と違い、梨花ちゃんの両親は雛見沢症候群の研究に協力的だ。

それゆえに鷹野さんが二人を殺す理由なんてない。

むしろ守るべき対象なくらいだ。

 

逆に村の中で一番殺される可能性があるのは誰か。

うん、考えるまでもなく俺だな。

 

悟史達の両親の件でやらかしてるし、ダム戦争の時も邪魔してるからね!間違いなく鷹野さんには目をつけられてる。

 

とりあえず、さっき話した感じでは何か俺に言ってくる様子はなかった。

だからこそ何をしようとしてるのか判断が難しいんだが。

 

あの人のことだ、詩音に何か余計なことを吹き込んだりしてるかもな。

 

「とりあえず礼奈達と合流するか」

 

みんな今も詩音を探して走り回ってくれている。

鷹野さんの話によると詩音は家に帰っているらしいから魅音に確認してもらえばすむ。

 

「あれ?灯火?」

 

みんなを探しに再び走りだそうとしたタイミングで背後から声がかかる。

振り返れば買い物袋を持った悟史の姿があった。

 

「一人?今日は詩音とデートなんじゃなかったの?」

 

「デートって、いやまぁそうだけど。詩音はもう帰ったよ、悟史はどうしてここに?」

 

詩音のことについては適当に誤魔化してこちらからも尋ねる。

こいつが一人でいるって何気に珍しい気がする、いつも沙都子と一緒だし。

 

「ほら、もうすぐ母さんが退院するでしょ?だからお祝いにプレゼントを買おうって沙都子が」

 

「ああ、それで興宮に来てたのか、じゃあ沙都子も一緒か?」

 

「いや、沙都子は一人で選びたいらしいから別行動だよ」

 

こちらの質問に答えながら手に持った袋から何かを取り出す。

今の説明を聞く限り、あの袋には母へのプレゼントがあるんだと思うが。

 

「ほら、暖かそうなマフラーでしょ?」

 

「うん、もうすぐ6月だぞ?」

 

自信満々な表情で見せてきたプレゼントに思わずそう返してしまう。

相変わらずの天然さだ。

 

これでクラスの女子の大半がこいつに惚れているのだからバカにできねぇ。

年下の女子から見れば悟史は憧れの王子様にでもなってるんだろうな。

 

「それで詩音とのデートはどうだったの?」

 

「・・・・」

 

俺のツッコミをスルーして今日のことを聞いてくる。

悟史になら話してもいいか。

俺も誰かに相談したかったし。

 

「今日はまぁ、いろいろあった」

 

俺は悟史に今日の詩音との出来事を説明する。

悟史は俺の話を黙って聞いてくれる。

 

「俺の言葉を聞いた後、詩音は泣きながら走っていってしまった。鷹野さんの話だと、もう落ち着いて家にいるみたいだけど」

 

「・・・・」

 

「どうすればよかったんだろうな。他の言い方あっただろって今になって後悔してる」

 

自分で話しながらまた気分が落ち込んでいく。

詩音と会った時にどうすればいいか案が出ない。

 

「うーん」

 

俺の話を聞いた悟史は腕を組んで声を上げる。

悟史は俺の話を聞いてどう思ったのだろうか。

 

悟史ならどうするのか意見を聞いてみたい。

 

「うん、やっぱり灯火はモテモテだね」

 

「いやどうしてそうなった」

 

悟史のずれた答えに思わずツッコミを入れる。

この話を聞いて惚気に聞こえたんだったら楽観的すぎるだろ。

 

「詩音はきっと焦ってたんだと思うよ。このままじゃ灯火が誰かに取られるってさ」

 

悟史はゆっくりと自分の意見を口にする。

 

「好きな人から自分のことを恋愛対象には見てくれていない。そして周りにはライバルがいっぱい、だから焦って強引にでも話を進めようとしたんじゃないかな」

 

「・・・・悟史、いつから恋愛マスターになりやがった」

 

まるで詩音の気持ちがわかると言いたげに言葉を口にする悟史。

悟史の話を聞いてもいまいち納得は出来ないが、悟史はそう確信しているようだった。

 

「僕もまぁ、詩音の焦る気持ちはわかるから」

 

納得いかない表情をしていた俺に悟史は自分の心境を少し明かす。

 

まぁ確かに、俺から見ても礼奈は悟史のことをそういう対象と見ていない。

完全に男友達って感じ、礼奈は悟史が自分に惚れていることに気付いてすらいない。

 

学校の子供たちの間で妙な同盟でも出来てるのか、礼奈や詩音たちは未だに告白とかされてないし。

 

ちなみに俺もない。

そして悟史は二回ある、それも興宮の学校の子。

 

なんだこの差は。

そもそもどこで知り合いになりやがった。

 

「きっと詩音は今落ち込んでると思うなぁ。うん、僕だったらしばらく立ち直れないね」

 

「おい」

 

無責任にそう告げる悟史をジト目でにらみつける。

俺が知りたいのはそこからどうやって立ち直るかなんだよ。

 

「え?付き合えばいいと思うけど」

 

「いやお前、魅音とか梨花ちゃんはどうするんだよ。あっちは親にまで話がいってるんだぞ」

 

これしかないだろと言いたげにそう口にする悟史。

 

そりゃ、詩音はそれで解決するかもしれないが、その場合その他の反応が怖い。

 

お前はあいつらの光のない目を見たことないからそう言えるんだ。

 

雛見沢症候群を発症してるんじゃないかと本気で思ったくらいだぞ!

 

「それも簡単だよ。全員と付き合ったらいいんだ」

 

「・・・・本気で言ってる?」

 

まさかのハーレム発言。

礼奈を除外して全員雛見沢の御三家の娘ってわかってるんのかこいつ。

 

「詩音も魅音も梨花ちゃんも沙都子と全員付き合ったらそれで解決でしょ?」

 

「解決でしょ?って簡単に言うなよ!?あとサラッと自分の妹を売るな」

 

まさかこいつ、将来沙都子が嫁に行き遅れになると思って俺に売るつもりか。

しかもきっちり礼奈はハーレムから除外してやがる。

 

「ていうか全員と付き合うなんて本人達が納得しないだろ」

 

漫画じゃないんだ、ハーレムなんて簡単にできるわけがない。

少なくとも俺だったら逆ハーレムの一員になろうとは思えない。

 

「そこは灯火の腕の見せ所だよ。あ、噂をしたら」

 

 

「「お兄ちゃん!!」」「灯火!」

 

 

悟史のそういった直後、こちらに魅音達が走り込んでくる。

全員息が上がっていて、今まで必死に詩音を探してくれていたことがわかる。

 

「お兄ちゃん、詩音ちゃんは見つかった!?」

 

「ああ、どうやら家に帰ったらしい。魅音、悪いけど確認を頼む」

 

「わかった!」

 

俺の言葉を聞いて近くの公衆電話に走り込む魅音。

これで帰ってくれていればとりあえず安心できる。

 

「はう、しぃちゃん大丈夫かな?かな?」

 

心配そうな表情で公衆電話へ向かった魅音を見つめる礼奈。

そして礼奈の横にいた梨花ちゃんが俺を見ながら口を開く

 

「何があったか、詳しくは聞かないほうがいいですか?灯火」

 

「・・・・ああ、それで頼む梨花ちゃん」

 

「・・・・はいなのです」

 

悟史はともかく、梨花ちゃん達には言えない。

このことで彼女達の友情が壊れるなんてことにはしたくない。

 

「今、家に電話してきた。とりあえず詩音は家に帰ってるみたいだよ」

 

「そうか!ありがとう魅音、これでとりあえず大丈夫だ」

 

電話を終えた魅音からの報告に安心して息を吐く。

とりあえず詩音もゆっくり考える時間がいるだろうから今日のことはまた今度にするか。

 

「悟史君も一緒だったんだね」

 

「うん、母さんの退院祝いのプレゼントを買いに来てたんだ」

 

「・・・・みぃ、可愛らしいマフラーなのです」

 

とりあえず詩音が家に帰ったことを確認したみんなからも落ち着いて話し始める。

みんなには今度何か奢らないと。

 

「よし!あたしは一応詩音の様子を見てから帰るよ!みんなはどうする?」

 

「みぃ、今日はクタクタなのです」

 

「僕も遅くなると沙都子が心配するから帰ろうかな」

 

魅音は一度両親のいる興宮の家に顔を出そうようだ。

一応、魅音には悪いが今回のことは深く聞かないでくれと頼む。

 

「うん、詳しくは聞かないよ。あとで詩音の様子がどうだったかお兄ちゃんに教えるね」

 

「ああ、頼む」

 

俺の言葉に頷いた後に走って人混みの中に消えていく魅音。

すでに時間は夕方だ。

 

俺たちも暗くなる前に雛見沢に帰らないといけない。

 

 

「・・・・」

 

「礼奈?俺たちも帰るぞ」

 

魅音が消えた方向をじっと見つめ続ける礼奈に呼びかける。

あれだけ探し回ったんだ、礼奈も詩音を心配してくれているのだろう。

 

「・・・・悪いな礼奈。あまり詳しいことを話せなくて」

 

「ううん、それは大丈夫。ただ」

 

「ただ?」

 

てっきり詩音のことを気にしてると思っていたが違ったのか?

礼奈は消えた魅音の方向を見つめながら小さく呟く。

 

 

 

「さっきのみぃちゃん、すごく怖い顔をしてた気がしたから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「詩音」

 

「・・・・おねぇ」

 

私が自分の部屋のベッドで横になっている時、ノックもなくいきなり扉が開く。

扉の方に目を向ければ、私の姉がこちらを見下ろしながら立っていた。

 

「ノックくらいしてよ。ていうかこっちに来るなんて珍しいじゃん」

 

ここに来た理由は想像できる。

雛見沢に帰らずにわざわざ私のところに来るんだ、どう考えても今日のことだろう。

 

「あんた、あたしに化けてお兄ちゃんに何を言ったの」

 

「・・・・」

 

こちらの言葉を無視して私に聞いてくるおねぇ。

どうやら私がおねぇの姿でお兄ちゃんを騙そうとしたことはバレてるようだ。

 

内容はバレてないっぽいけど、私が変装してるのを見られてたか。

 

「別に?ちょっとお兄ちゃんをからかっただけだよ。それにすぐにバレたし」

 

「ちょっとからかっただけで、お兄ちゃんがあんなに必死にあんたを探すわけないでしょ!!」

 

「・・・・」

 

私の言葉におねぇが声を荒げる。

私が鷹野さんと話をしている間、お兄ちゃんは私を必死に探してくれていたらしい。

 

それを聞いてお兄ちゃんに申し訳ない気持ちを抱く。

謝らないといけないよね、でもなんて言えば。

 

そもそもお兄ちゃん的には自分にというか、おねぇに謝ってほしいみたいだし。

 

「・・・・ごめんなさい、おねぇを利用してお兄ちゃんと恋仲になろうとした。おねぇには悪いと思ってるよ」

 

声を荒げるおねぇに対して深く頭を下げる。

どうせ失敗したことだ、隠してたってあまり意味はない。

 

「お兄ちゃんは私が変装がバレて気が動転して逃げちゃったから探してくれてたんだと思う。あとでちゃんと謝るよ」

 

「・・・・」

 

「反省してる、二度とこんなことはしない」

 

私は頭を下げ続けたまま謝罪の言葉を口にする。

そんな私の言葉を聞いた後、おねぇはそっとため息を吐いた。

 

「嘘ばかりだね。悪いとも思ってないし、反省なんてしてないでしょ」

 

私の謝罪に対しておねぇはため息と共にそう告げる。

 

まぁバレるよね。

私だって無理があると思うし。

 

「あんた、こんなことしてたら一人ぼっちになるよ」

 

おねぇは冷たい表情で私に告げる。

しかしその言葉は私に対して脅しにはならない。

 

友情より恋を優先して何が悪いんだ。

 

「・・・・これはゲームじゃないんだ、私はみんなで正々堂々とお兄ちゃんを手に入れる勝負がしたかったよ。それでもし負けても泣きながら勝った子を祝福するつもりだった」

 

「・・・・」

 

おねぇは悲しそうな表情を私を見ながらそう告げる。

うるさい!それはあんたの考えでしょ!

 

おねぇの言葉を聞いて苛立ちと共に身体の痒みが増す。

私は苛立ちの表情を抑えられず、おねぇを睨みつけながら首を掻く。

 

「だったらなに!?私の気持ちなんて今のあんたにはわからないでしょ!園崎家次期当主のあんたにはね!」

 

「・・・・」

 

「もしあの時、私達の名前が入れ替わらなかったから!私が魅音であんたが詩音だったなら!あんたは私と同じことしてなかったって断言できるの!?ねぇ、答えなよ魅音(しおん)!」

 

「っ!?」

 

私の言葉に魅音は目を見開く。

園崎家も友達もそして好きな人だってあんたは簡単に手に入る。

 

自由だって私と比べれば雲泥の差だ。

 

本当はそれは私の物だったはずなのに!

本来は私のだったものをあんたにあげるんだ、好きな人くらい私がもらったっていいでしょ!!

 

「私はお兄ちゃんを手に入れる!あんたは立場や友達や自由とかで満足してればいいじゃない!」

 

私は気持ちのままに魅音に言葉をぶつけて睨みつける。

そんな私に魅音は黙っていた口を開ける。

 

「あんたの考えはよくわかったよ。でもだからって譲るつもりはない、私だってお兄ちゃんのことは好きなんだ。その気持ちで負けるつもりはないから」

 

「・・・・」

 

「そっちがその気ならあたしも本気でいくよ。じゃあね()()

 

魅音は睨みつける私を見下ろしながら部屋を後にする。

私は苛立ちのまま閉まった扉に向けてベッドの枕を投げつけた。

 

怒りと痒みで頭がどうにかなりそうだ。

 

「絶対にお兄ちゃんは渡さない」

 

お兄ちゃんは私のものだ。

 

先ほどの鷹野さんとの会話が蘇る。

 

もし魅音にとられるようなことになったら、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 



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綿流しまでの作戦会議

「それで、これからどうする気?」

 

梨花ちゃんがこちらにそう問いかけてくる。

場所は梨花ちゃんの家。

 

そして俺と梨花ちゃんと羽入によるいつもの作戦会議の時間。

 

「正直、梨花ちゃんの両親が狙われる理由はないかなって思う」

 

「ええ、それは同意見」

 

俺の言葉に梨花ちゃんは頷く。

去年、悟史と沙都子の母親が雛見沢症候群を発症して以来、梨花ちゃんの両親は鷹野さんに協力的なままだ。

原作では二人が女王感染者である梨花ちゃんの協力を止めさせようとしたため鷹野さんに殺された。

つまり、今の鷹野さんは二人を殺す理由なんてない。

 

「・・・・一応気を付けるべきなのは沙都子の母親がもうすぐ退院するってことね。私の母は彼女を救うために協力してたから」

 

「退院したら協力をやめるかもしれないってことか?」

 

「いえ、その可能性は低いと思うわ。ただ今ほど積極的ではなくなるでしょうね」

 

「・・・・それぐらいなら問題ないだろ」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて考えるが、協力をしなくなるわけじゃないんだ。

しかし梨花ちゃんは表情を明るくせずに再び自分の考えを口にする。

 

「確かに私の両親を狙うことはないでしょうね。でも、両親を積極的にさせるために餌を作る可能性があるわ」

 

「餌?お金でも渡すとか?」

 

今は悟史達の両親を助けるために無償でやってる状態だが、これからはお金を払うことで協力を取り付けるとかか?

 

「わかったのです!シュークリームなのですよ!報酬にシュークリームをいっぱいあげるのです!」

 

「おバカは黙ってなさい」

 

元気よく挙手をして答えた羽入に冷たい視線を送る梨花ちゃん。

そして落ち込む羽入を見て、ため息を吐きながら自分の意見を口にした。

 

「もっと効果的なのがあるでしょう?助ける人がいなくなったのなら作ればいいんだから」

 

「・・・・代わりの患者を用意するってことか」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて答えを見つめる。

新たな雛見沢症候群の患者が入院すれば確かに梨花ちゃんの母親もその人の助けになろうとこれまで通り積極的に協力をしていくだろう。

 

「で、でも!そう都合よく雛見沢症候群を発症している人が入院するとは限らないのですよ!」

 

「別に本当に発症していなくてもいいのよ。普通の状態じゃない人を入院させて雛見沢症候群だって言えばいい。専門知識のない母親たちにそれを嘘だって見抜くことは出来ないわ」

 

「確かにそれだけならいくらでもやりようはあるな」

 

治療用に使っている薬だって使い方を間違えれば精神や肉体を壊すんだ。

人に異常を引き起こすくらい鷹野さん達には簡単なことだろう。

 

研究のために人殺しを行った鷹野さんだ。

研究のために人を薬物で壊すようなことをしてもおかしくはない。

 

一応、この世界ではまだそういったことをしてはいないと思う。

でも、だから大丈夫だろうと楽観視はできない。

 

「も、もしそんなことを鷹野がするのでしたら、その相手は誰なのでしょう」

 

「「・・・・」」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて呟いた羽入の言葉に俺と梨花ちゃんはそれぞれ黙り込む。

もし鷹野さんがそれを実行する場合、もっとも可能性の高い人は誰か。

 

そんなもの、考えるまでもない。

 

「まぁ、可能性の話だ。鷹野さんだってそれを行うリスクを考える。現状が安定しているのだからリスクを背負ってまでする可能性は低い」

 

「話を終わらせようとしないで」

 

この話題を終わらせようとする俺に梨花ちゃんが詰め寄る。

この時点で梨花ちゃんが俺と同じ考えであることを察した。

 

「もし鷹野がこれを実行する場合、真っ先に選ばれるのは灯火、あなたよ」

 

「っ!?梨花!どういうことなのですか!?」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いた羽入が目を見開いて叫ぶ。

どうやら羽入は俺が狙われるとは思ってなかったようだ。

 

「あんたはあの場にいなかったわね。私の目の前の男は一度鷹野に喧嘩を売ってるのよ」

 

「っ!?何をしたのですか灯火!!」

 

かつてないほど真剣な表情の羽入に問い詰められて言葉がつまる。

梨花ちゃんの言っているのは去年の綿流しの後の出来事だろう。

 

悟史達の母親が診療所に運ばれた後、鷹野さんが悟史達の母親を研究材料にするんじゃないかと焦った俺が牽制のためにそれをやめるように伝えたのだ。

 

だが、言ってしまえばそれだけだ。

実際に行動に起こしたわけじゃないし、あれ以降に鷹野さん達と揉めたなんてことはない。

ウザイとは思われてそうだが、リスクをおかしてまで殺しにくるとは思えない。

 

まぁ、大臣の孫を誘拐してた時に邪魔したから山狗には恨まれてそうだけど。

 

俺がそう説明するが、二人の表情は晴れない。

むしろより真剣な表情でこちらへと近寄ってくる。

 

そして声を荒げさせながら梨花ちゃんが俺の服を掴む。

 

「ちゃんと理解して!今の考えを本当に鷹野がした場合、あなたは極上の餌なのよ!!」

 

「・・・・まぁわかるけどさ。俺ももし狙われるなら自分の可能性が高いとは思ってるよ。でもリスクをおかしてまでとは思えない」

 

俺を狙うよりも簡単な方法なんていくらでもある。

診療所には毎日雛見沢の住民がやってきているんだ。

 

薬を偽って渡して雛見沢症候群のような症状を出させることだってできる。

いや、そんなことをしなくたってすでに近しい症状の人がいたとしてもおかしくはない。

 

俺は診療所には通ってないから患者にするつもりなら襲うしかない。

だがそれは相手からしたらリスクがでかい。

 

雛見沢では有名な自覚はあるし、しくじれば面倒なことになることは向こうだってわかってるだろう。

何より俺一人だけを狙ってくるなら対応できる自信がある。

これでも園崎家では何年もしごかれてるんだ、俺を殺さず捕まえようとしても派手に抵抗して周囲の人に知らせることはできる。

 

多人数でとなると見つかるリスクが高くなる。

それで鷹野さんの秘密部隊である山狗の存在がバレればこっちのものだ。

 

富竹さんに連絡して強引に彼らを捕まえてもらえばいい。

 

「そのリスクをおかしてでもあんたを襲うかもしれないって言ってんのよ!」

 

俺の説明を聞いた後でも梨花ちゃんは引き下がらない。

そして俺へ叩き込むように口を開いて叫ぶ。

 

「あなたがもし雛見沢症候群を発症したら私の母は必ず助けようとするわ、それこそ沙都子の母の時よりずっと積極的になるでしょうね!それだけじゃないわ!あなたが倒れたら礼奈たちの精神面で大きな負荷がかかる、それこそ雛見沢症候群を発症してもおかしくないほどに!そしておまけとばかりにあなたの口封じもできる」

 

梨花ちゃんは俺の服を両腕で掴んだまま言葉を続ける。

瞳は揺れ、彼女の中の不安が俺に伝わる。

 

「今の鷹野がどれくらいあなたのことを邪魔だと思っているかはわからないわ。でも、これだけあいつにとって都合の良い状況になるのなら、いつあなたが襲われても全く不思議じゃないの」

 

「・・・・」

 

梨花ちゃんの言葉に黙り込む以外の選択肢がとれない。

正直気が抜けていた。

 

梨花ちゃんの両親が死ぬ可能性が低い時点で安心していた。

詩音のことは心配だが、結局のところよくある恋愛の悩みだ。

 

原作の様に悟史の問題をなんとかしようとして悩み、そして悟史が失踪してしまったわけではない。

詩音と園崎家の関係も原作よりは良好だ。

 

本来ではお嬢様学校に幽閉されているが、今は俺たちと一緒の学校にいる。

原作ではこれらによるストレスによって雛見沢症候群を詩音は発症した。

これらがない以上、今の詩音に原作ほどのストレスが溜まる要素はない。

 

そして俺が鷹野さんに狙われたとしても一人ならなんとかなると考えてた。

 

「・・・・悪かったよ梨花ちゃん。正直気を抜いてた、ちゃんと気を付けて行動するよ」

 

梨花ちゃんに頭を下げる。

今回ばかりは俺の考えが足りなかった。梨花ちゃんがしっかりと考えてくれていなかったら最悪の結果になっていたかもしれない。

 

「・・・・ダメ、許さない」

 

頭を下げた俺に対して梨花ちゃんは未だに服を掴んだままそう答える。

まさかの答えに思わず固まる。

 

え、もしかして俺が思ってる以上に怒ってる?

どうしよう、礼奈なら怒ってても頭を撫でたら簡単に機嫌を直してくれるんだけど。

 

「・・・・許してほしいの?」

 

「ああ、どうすれば許してくれるんだ?」

 

俯いたままの梨花ちゃんからの言葉にすぐに食いつく。

何を要求してくるつもりだ?

 

さすがにトウガラシを百個食べろとかはないだろ。

真面目な話だったし、きっと死なないでとか無事でいてなどのお願いだろう。

 

ふ、梨花ちゃんのような美少女にうるんだ瞳でそんなこと言われたら、全力で応えるしかないな。

 

「今日から綿流しが終わるまでここに泊まって。そして私から離れないで、絶対に」

 

予想以上に重かった。

 

「さ、策士なのです!梨花がいつの間にか僕もびっくりするほどの策士になっているのですよ!」

 

真面目な話の間にぶっこんできたのですよ!っと横で叫び声をあげる羽入。

とりあえず考える。

 

綿流しまで泊まる?綿流しまで1か月くらいあるんだけど。

 

「さ、さすがにそれは。ほら詩音の件もあるしさ、あんまりそう勘違いが起きそうなことは」

 

いくら梨花ちゃんが俺より年下だとしても誤解を受ける可能性は十分にある。

ただでさえ前の飲み会の時に面倒なことになっているんだ、ここで一か月も一緒にいたらもう取り返しのつかない事態になりえる。

 

「詩音ね。結局、あなたは彼女のことをどうしたいの?付き合いたいの?」

 

「・・・・わからん。俺は今のままで十分楽しいし、みんなとの関係も壊したくない。でも詩音が本気ならしっかりと考えたい」

 

正直のところ、詩音はどこかで悟史とくっつくだろうと思っていたんだ。

魅音だって圭一がきたらそうなるだろうと思ってるし、礼奈は血のつながった俺の妹だ。

 

だからみんなのことは妹としか見てなかったしそれで満足している。

 

ただそんな原作はすでに崩壊している。

悟史は礼奈に惚れてるし、園崎家と古手家で妙な取り合いが起きてるし、詩音は悟史ではなく俺に惚れているという。

 

あれか、妹としか見てないから下心がなくて逆に無自覚に口説いてる行動をしてたのか?

 

「とりあえず彼女達とは兄妹の関係がいいのでしょう?だったらこの状況を利用しなさい」

 

「この状況を利用?」

 

梨花ちゃんの言葉に頭にクエスチョンマークが生まれる。

 

「私と付き合ってることにすればいいのよ、そうすれば彼女達も引き下がるわ。泊まりこみの言い訳にもなるしね」

 

「・・・・まじで?」

 

梨花ちゃんの案に思わずそう答える。

ああ、だからあの飲み会の時に梨花ちゃんは俺が婿だとかを言い出したのか。

 

「心配しなくても、そのうち振ってあげるわ。そうすれば全部元通りでしょう?」

 

「・・・・いつ振るかは言ってないのです。やっぱり梨花は策士なのですよ

 

小声で羽入が何かを言っているが小さくて聞き取れない。

確かに梨花ちゃんの案なら比較的なんとかなりそうではある。

 

飲み会の場でも羽入や沙都子に惚れていることにして難を逃れようとしたし。

 

「・・・・じゃあ」

 

っとその案で行こうと言いかけて口を閉じる。

 

待て、落ち着いて考えろ。

確かに良案に見えるがやばい落とし穴があるぞ。

 

この案の問題は相手が梨花ちゃんだということだ。

古手家の一人娘にしてオヤシロ様の生まれ変わりとして村から住民から大人気の梨花ちゃん。

 

そんな彼女と付き合って、さらに別れた日には村中から石を投げられてもおかしくはないんじゃないか?

いや、酷い場合は村中で結託して強制行方不明コースとかも。

 

あ、あぶねぇ!危うくガチ鬼隠しに遭うところだった。

 

「・・・・とりあえずそれはなしで。お泊りの件は一応両親に聞いてみるよ」

 

まぁ無理だろうけど。

 

「・・・・わかったわ。でも本当に気を付けて」

 

俺の言葉に梨花ちゃんは少し間を置いた後にそう答える。

妙な感じになったが今日はこれでお開きだ。

 

無理だろうけど帰ったら両親に泊まれるかだけ聞いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、梨花ちゃんの家にお泊り?じゃあ礼奈も行くね!!」

 

うん、これも知ってた。

 

 

 

 

 

 



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お泊り

「それでは第45回!お泊り会恒例行事、枕投げを始めるよー!」

 

「先手必勝ですわ!!」

 

「うわっ!?」

 

沙都子が魅音の宣言と同時に隠し持っていた枕を投げつける。

両手いっぱいに枕を持っていた魅音は避けることが出来ずに直撃して布団へと倒れ込む。

 

「おっほっほっほ!私に同じ手は二度と通用しませんのことよ!わぷっ!」

 

どうやら以前の枕投げで魅音が枕を独占していたことを覚えていたようだ。

 

倒れた魅音を見下ろしながら笑っていた沙都子の顔に梨花ちゃんの枕が叩き込まれる。

けっこうな威力があったのか勢いよく布団へと倒れた。

 

「油断大敵なのですよ。にぱー☆」

 

「ちょっと梨花!?威力が高すぎですわ!少しは手加減を」

 

「・・・・悪い子にはお仕置きなのですよ」

 

「ふにゃ!?」

 

「私も!?」

 

そう言って再び倒れる沙都子に枕を叩き込む梨花ちゃん。

そしてついでとばかりに魅音にも枕を叩き込んでいた。

 

やっぱり怒ってるのだろうか。

でも梨花ちゃん、俺が両親に相談した時点でこうなるに決まってるじゃん。

礼奈にバレたら自分も泊まりたいって言いだすし、みんなにも伝えるに決まってる。

 

「はぅー!枕が当たって涙目になってる沙都子ちゃんかぁいいよう!お持ち帰りぃ!!」

 

「どうぞなのです」

 

「梨花!?」

 

かぁいいモードになった礼奈に沙都子を引き渡す梨花ちゃん。

ついでにと魅音も巻き込んで礼奈に引き渡している。

 

今日は梨花ちゃんの家にお泊まりなのに持ち帰ってどうするんだ。

悟史も布団の上で抱き合う女子達を見て苦笑いを浮かべている。

 

「・・・・」

 

「詩音も交ざったらどうだ?意外と楽しいと思うぞ」

 

「・・・・あはは、もう私中学生だよ?こんなこと恥ずかしくて出来ないよ」

 

布団の上で乱れまくる彼女達をみてそう呟く詩音。

うんまぁ、俺や悟史がいる前ですることではない気がする。

 

暴れ過ぎて若干パジャマから肌が見えてるし。

 

「れ、礼奈。おへそが見えちゃってるよ」

 

「おらぁ!!」

 

「ぶっ!?」

 

頬を染めながら礼奈を見ていた悟史の顔面に枕を投げつける。

うちの妹を変な目で見るとは良い度胸だ。

 

高速で飛来した枕が顔面に入った悟史はそのまま床に倒れ込む。

そのまま顔を枕で埋めてやがれ。

 

「詩音、まぁあれだ。前のことで詩音のことを嫌いなったとかそんなことは絶対にない」

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

みんなには聞こえないように小声で話しかける。

このまま気まずい仲のままなんてしんどいだけだ。

 

今日詩音と一緒に泊まることになったのはちょうどよかった。

今日であの日のことを終わらせてしまおう。

 

「だから気にするなよ。悟史!うちの妹を変な目で見るとは良い度胸だな!」

 

「ええ!?み、見てないよ?」

 

「自分でおへそが見えてるって言ってただろうが!」

 

そう言って再度枕を投げつける。

こういう時は俺もバカ騒ぎして詩音に俺が気にしてないことを伝えるのがいい。

 

あとそれはそれとして悟史はしばく。

 

「くらいやがれ!へぶぅ!?」

 

「いや灯火さんも私達のお肌をがっつり見ていますでしょう!?なんで自分のことを棚に上げてにーにーに枕を投げてますの!!」

 

悟史をしばこうと枕を投げつけようとしたタイミングで沙都子から枕が顔に飛んでくる。

ちっ、気付きやがったか。

 

「妹たちのお肌を見てもなぁ。それに梨花ちゃんと沙都子はまぁ子供だし」

 

原作でもまだまだ幼い二人だ、一般男子としてボインなお姉さんが好きな俺としては二人は残念ながら対象外と言わざるを得ない。

 

「ぶっころですわ」

 

「死になさい」

 

俺がそう言った直後、二人から全力投球の枕が飛んでくる。

予想以上の威力に布団の上に倒れ込む。

 

やばい、俺の予想以上に怒らせたかも。

梨花ちゃんなんか素が出てるんだけど。

 

「ふん!笑っていられるのも今のうちですわ!あと数年もすれば灯火さんが息を飲むほどの美女へ成長するに決まっていますもの!」

 

「ふっ」

 

沙都子の言葉を鼻で笑う。

想像してみるが、どう想像しても今の小生意気な沙都子がそのままサイズが大きくなっただけだ。

 

せめて魅音や詩音級になってから出直してこいというものだ。

 

梨花ちゃんはあれだな、精神に肉体が追いついたらすごい美人になりそうだ。

胸はまぁ、希望を捨てるなって感じだけど。

 

「なぜか怒りが増したわ」

 

これだから勘の良いやつは。

 

梨花ちゃんと沙都子からの猛攻を自身の枕で防ぎながら笑みを浮かべる。

綿流しが近づいてきたこともあって悩んでばかりだったが、やっぱりこういう時が一番楽しい。

 

今回を含めて綿流しはあと3回、それを越えれば原作はクリア。

そうすれば気兼ねなくこういう時間を楽しむことが出来る。

 

「そういえば悟史君と沙都子ちゃんのお母さん、もうすぐ退院だね!」

 

「そうだね、一週間後に退院予定だよ」

 

「早く退院したいって文句ばかりでしてよ」

 

枕投げが落ち着いた段階で礼奈が悟史達に話を振る。

それに対して悟史は嬉しそうにそう口にした。

 

「お母さんが退院したら悟史君たちは両親と一緒に暮らせるんだよね!だよね!」

 

「う、うん。母さんが退院したらそのまま一緒に暮らすよ」

 

それを聞いた礼奈は目を輝かせながら悟史に詰め寄る。

いきなり近づかれた悟史は慌てながらも頷く。

 

悟史が頷くのを見て、礼奈は本当に嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

「えへへ!よかったぁ!!悟史君と沙都子ちゃん、家族一緒に暮らせるんだね!すっごく嬉しい!」

 

「礼奈・・・・」

 

「変な礼奈さんですわね。私達が家族と暮らすだけですのに」

 

礼奈の言葉に悟史は小さな声で礼奈の名を呟き、沙都子は苦笑いを浮かべる。

 

「だって嬉しいんだもん!」

 

満面の笑みを浮かべる礼奈。

まぁ俺も気持ちはわかる。

礼奈は悟史達の問題に悩んで動いてくれたんだ、だから嬉しいんだろう。

 

あと悟史、いつまで礼奈の笑顔に見惚れてやがる。

 

「にーに、今ですわ」

 

「えっ!?わ、わかった」

 

礼奈に見惚れて固まっていた悟史の脇腹を沙都子がつついて起こす。

そして何やら小声で話し合っていた。

 

「れ、礼奈。本当にありがとう。礼奈があの時僕の背中を押してくれなかったから僕たちは一緒には暮らせなかったよ」

 

「ううん、私なんか大したことしてないよ。お兄ちゃん達の方が色々動いてくれたし。それに悟史君が頑張ったからこうして家族と暮らせるようになったんだよ!」

 

「ありがとう。でもやっぱり僕の中で礼奈の助けが大きかったんだよ」

 

悟史が礼奈に頭を下げながらお礼を口にしている。

それはいいんだが、なんか嫌な予感がする。

 

「だからお礼がしたいんだ」

 

「お礼?もしかして沙都子ちゃんをお持ち帰りしていいの!?」

 

「なんでそうなりますの!?」

 

悟史のお礼という言葉に目を輝かせてそう告げる礼奈。

うちの妹に何がほしいかと聞いたようなものなんだからそうなるだろう。

 

一度悟史達に礼奈の部屋を見せてやりたい。

 

礼奈のかぁいい判定に引っかかった可愛い?ものが散乱してすごいことになってるから。

 

「そうじゃなくて、今度の綿流しのお祭りを一緒に回りたいんだ。お礼にごちそうとかしたいからね」

 

「っ!?させるか!くらいやがれ!!」

 

悟史の意図に気付いて枕を投げつける。

お礼とか言って綿流しに礼奈とデートしたいだけだろお前!

 

「させませんわ!」

 

「なに!?」

 

俺の投げた枕を沙都子が同じく枕を投げて相殺する。

コソコソと話してたと思ったら沙都子はあいつの仲間か。

 

「無粋ですわよ灯火さん。にーにーは礼奈さんにお礼がしたいだけでしてよ」

 

「どきやがれ。俺はあいつから兄さんなんて呼ばれたくない。お前も礼奈がねーねーでいいのか!それはもう大変なことになるぞ!主にお前が!」

 

「・・・・覚悟の上ですわ」

 

悟った顔でそう告げる沙都子。

兄のためなら礼奈にお持ち帰りされてもいいということか。

 

「ていうかお礼って意味ならお前もだよなぁ沙都子。俺に何か言うことがあるんじゃないか?」

 

確かに礼奈は悟史の本心を聞き出すために動いた。

でもそれなら俺だって沙都子のために動いていたんだ。

 

礼奈はお礼をもらって俺はなしじゃあ話が違う。

 

「え!?そ、それって私も灯火さんと綿流しの時にデ、デートを」

 

「いやそういうのはいいから今すぐ自慢のトラップで悟史を気絶させるんだ」

 

「・・・・」

 

俺の言葉に無言で俯く沙都子。

そしていつの間にか握られていた紐をさっと引いた。

 

「べぶぁ!?」

 

当然頭に衝撃を受けて間抜けな声が出る。

見れば床に金ダライが落ちている、どうやらこれが直撃したようだ。

 

こいつ、いつの間にしかけやがった!?しかもここ梨花ちゃんの家だぞ!?

 

「乙女の純情を弄ぶ男は死んでくださいまし!」

 

真っ赤な顔で金ダライを投げつけてくる沙都子。

そしてそのまま全員を巻き込んだ騒ぎへと発展していく。

 

そして最終的に様子を見に来た梨花ちゃんの母に全員怒られることになった。

 

なお、悟史は礼奈の「みんなで回った方が楽しいよ!」という笑顔で告げられた言葉にあえなく撃沈した。

 

 

 

 

 

 

 

「夜は涼しいな」

 

梨花ちゃんの家のベランダに腰を下ろしてそう呟く。

神社が高い場所に立っているからか自分の家よりも夜風が心地いい。

 

騒ぎ過ぎたせいか、みんなすぐに眠ってしまった。

俺だけはどうしてか寝付くことが出来ず、こうして夜風に当たっている。

 

本当は散歩くらいしたいけど、梨花ちゃんに狙われてるぞと言われたばかりだし。

まぁ・・・・襲われても反撃の手段は一応あるし。

懐にある物を確かめながら心の中でそう呟く。

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

「っ!?」

 

不意に後ろから声をかけられて肩が跳ねる。

振り向けば、そこには髪を下した魅音がいた。

 

「魅音か、ビックリした」

 

「あはは、驚かせちゃったね。ていうかやっぱり私だってわかるんだ」

 

「まぁ慣れた。ていうかそのために詩音とパジャマを揃えてたのか」

 

寝る前にどちらがどっちでしょうと髪を下した魅音が詩音と一緒にみんなにそう言ったのだ。

わかったのは俺だけで礼奈もなんとなくでしかわかっていなかった。

 

それだけ魅音と詩音はそっくりだということだ。

原作でもそれを利用出来てしまうくらいなのだから。

 

「・・・・今日は魅音も詩音も元気なかったな」

 

「あっちゃぁ、やっぱりバレてる?」

 

俺の指摘に魅音は苦笑いを浮かべながら認める。

魅音は明るく装ってはいたが、普段と比べるとどうしても力がない。

 

原因は察しているからすぐに気付いた。

 

「・・・・詩音と何かあったか?」

 

「・・・・」

 

俺の言葉に魅音は口を閉じる。

魅音の様子が変わる出来事なんてそれくらいしか思いつかない。

 

あの後詩音のところに寄ったみたいだし、その時に何かあったのだろう。

 

「詩音から話は聞いたのか?」

 

「ううん、詳しいことは聞いてないよ。でも予想はついてる、私の振りをしてお兄ちゃんに何かを言ったんでしょ?」

 

「・・・・」

 

さすが姉妹、だいたいのことはわかるか。

これはあれか?これが原因で姉妹喧嘩をしてる最中とかか?

 

「お兄ちゃんは詩音のこと嫌いになった?」

 

「なってないよ」

 

魅音の言葉に即答する。

むしろ魅音の方が詩音のことを嫌っていないか心配だ。

 

「・・・・前にも聞いたけどさ、お兄ちゃんは好きな人はいるの?」

 

「え?いやいないけど」

 

魅音の質問に少し戸惑いながらそう答える。

てっきり詩音のことを相談されると思っていたが違ったのか?

 

「私はいるよ。まぁお兄ちゃんなんだけどさ、あはは!」

 

俺が質問に答えると魅音は照れたならそう答える。

それに対して俺はなんとも言えず曖昧な笑みを浮かべる。

 

魅音もみんなに感化されたのか気持ちをストレートに伝えてくるな。

 

兄を想う気持ちと混ざっていたとしても、恥ずかしがり屋の魅音がこんなことを言うのはやはり詩音の影響が一番大きいのだろう。

 

「私も礼奈も梨花ちゃんも沙都子も、そして詩音もみんながお兄ちゃんのことが好きなんだよ。いやぁ、モテモテだねお兄ちゃん!!」

 

「・・・・うん、まぁそれでいいや」

 

梨花ちゃんと沙都子はそういうのじゃないと思うし、お前らは兄パワー的なものが働いた結果だと思うんだけど。

流石に全員が俺のことを好きだなんて素直に信じられるわけがない。

 

「・・・・お兄ちゃんはさ、今はうちや古手家とも取り合いになってるし、これから大変になっていくと思う」

 

魅音は静かに自分の考えを口にする。

園崎家がこれからどう動いていくかや、ありえる将来の可能性について。

 

うわぇ、聞いただけでお腹が痛くなってきやがる。

 

「もちろんこれからお兄ちゃんにも好きな人だって出来るだろうし、それならそっちを優先してほしい。でも、もしも私達の中で誰かを選ぶんだとしたら・・・・詩音を選んであげてほしい」

 

「・・・・え?」

 

それは俺の口から出た言葉なのか、それともただの空耳なのかわからない。

でも魅音から出た人物の名前に固まってしまった。

 

自分じゃなくて詩音?

俺はてっきり魅音と詩音は喧嘩してると思っていたのに。

 

固まる俺を見て魅音は苦笑いを浮かべながら再び口を開く。

 

「お兄ちゃんのことが好きなのは本当だよ。それに詩音とも今は喧嘩みたいなことして気まずいし」

 

「・・・・だったらなんで」

 

 

「私は詩音のお姉ちゃんだから」

 

 

俺の言葉に魅音はそう答える。

 

その言葉にははっきりとした決意があった。

 

魅音と詩音、彼女達姉妹は複雑だ。

どちらも魅音でどちらも詩音ともいえる。

どっちも姉でどっちも妹、そんな関係。

 

なのに魅音は自分が姉だと言い切った。

 

「私はお兄ちゃんのことは大好きだけど、やっぱり詩音のことも大切なんだ。どちらにも幸せになってほしい、そして詩音を幸せに出来るのはお兄ちゃんだけだと思う」

 

「・・・・そんなことないさ」

 

「そんなことあるよ。私自身だってそう思うんだから」

 

「・・・・」

 

魅音の真剣な表情に黙り込む。

きっと俺が何を言っても魅音の意見は変えられない。

 

「あんまり悩まないでね。これは姉としてのお願いってだけだから。最終的にはお兄ちゃんの好きな人と幸せになってほしいし」

 

「・・・・わかったよ」

 

「まぁ私としては私と詩音の両方をもらってくれるのが一番いいんだけどね!ねぇお兄ちゃん、それで決めちゃわない?私と詩音の両方ほしくない?」

 

そう言ってこちらの腕に抱き着いてくる魅音。

その拍子に魅音の胸が俺の腕にむにゅんと当たる。

 

おや?流れが変わってきたぞ?

 

「沙都子のことは鼻で笑ってたけどさ、私と詩音なら笑えないよね?なかなかお兄ちゃん好みに育ったと思うんだよねぇ私と詩音はさ」

 

「・・・・」

 

そう言われてつい視線を下に向ける。

そこには俺の腕を挟む巨大な何か。

 

ふ、残念だがこういうのは詩音で慣れている。

でも魅音がこんなことするのは新鮮でいいな、うん。

 

「それとも礼奈も梨花ちゃんも沙都子もみんなお兄ちゃんのものにしちゃう?そういうことなら私は喜んで協力するよ」

 

「・・・・まさか妹にハーレムを推奨される日が来るとは」

 

魅音なら本当になんとかしそうで怖いんだよな。

そんなことしたら暗黒四天王とかそこら辺に殺されると思う。

 

「いいと思うんだけどなぁ。みんなも反対したりしないと思うし」

 

「・・・・気が向いたらな」

 

賛成すると本気でハーレムのために動きそうだ。

 

圭一君、あと二年後と言わず今すぐ来てくれ。

じゃないとなんかもうそのうちパックリとくわれそうだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・・おねぇのバカ」

 

みんなが寝ている部屋に戻った私は布団を頭から被ってそう呟く。

お兄ちゃんが部屋を出た後におねぇが追いかけて行ったのに気が付いて、私は二人に隠れながら後をつけた。

 

てっきり二人っきりなのを利用してお兄ちゃんにせまるつもりなのだと思っていたけど、違った。

 

おねぇはあろうことか、お兄ちゃんに私を選ぶように言ったのだ。

 

「・・・・どうしてあんなことを言えるのよ」

 

おねぇの気持ちがわからない。

この前は怒りながら譲らないって言ってたくせに。

 

自分だってお兄ちゃんのことを好きなくせに。

 

「・・・・なのになんで」

 

『私は詩音のお姉ちゃんだから』

 

頭の中でおねぇの言葉が蘇る。

バカ、本当はあんたが妹でしょう。

 

頭の中がぐちゃぐちゃだ。

今日だって来たくはなかった、でも私のいない間に何かお兄ちゃんに言われるんじゃないかと不安でついてきた。

 

「・・・・汚いのは私だけじゃん」

 

今日のみんなは本当に楽しそうに笑っていた。

笑ってなかったのは私だけだ。

 

ズルをしてお兄ちゃんを振り向かせようとして失敗した私。

なのにお兄ちゃんは私に気を使って笑ってくれた。

 

他のみんなもきっと私に思うところがあるはずなのに何もないかのように私に笑いかけて。

 

そしておねぇは大好きなはずのお兄ちゃんに私のことを頼んでた。

 

おねぇはこんな私のために。

 

・・・・なのに、そんな私はおねぇ達のことを信じきれない。

 

何か裏があるんじゃないか?

私をはめようとしているんじゃないか?

内心で私のことをバカにしているんじゃないか?

 

そんな疑心が私の中で消えてくれない。

 

「・・・・最低だね、私」

 

目から落ちた涙が頬を伝う。

自己嫌悪で死んでしまいそうだ。

 

いつからこんな風になってしまったんだろう。

前まではみんなと同じように笑えていたはずなのに。

 

「・・・・痒い」

 

痒みを覚えて首に爪を立てる。

もういっそのこと、このまま自分の爪で首を掻き切ってしまおうか。

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

ぐちゃぐちゃの心のまま私は好きな人のことを思いながら目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はその夜、夢を見た。

 

夢の中でお兄ちゃんは私ではなくおねぇを選んでいた。

 

それを見た私はお兄ちゃんを〇した

 

口から血を吐いて倒れるお兄ちゃんを見下ろす。

 

そしてゆっくりを目を閉じていくお兄ちゃんの〇を〇〇う。

 

口についた血を拭うことなく私は嗤う。

 

嗤いながら鷹野さんが教えてくれた言葉が思い出す。

 

そっか、そういうことだったんだ。

 

ああ・・・・私は〇だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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綿流し

またこの日がやってきた。

 

多くの人で賑わう様子を見て、そんな感想が漏れる。

 

綿流しはこの雛見沢で年に一度の大きなお祭りだ。

本来ではあれば一年でもっとも楽しみな日。

 

なのに一年でもっとも憂鬱な日になるのだから笑えない。

 

しかし、今回の綿流しは憂鬱な日になる可能性は低いはずだ。

というより去年の綿流しを無事に超えた時点で今年と来年は特に何も起こりえない。

 

原作での今年の犠牲者である梨花ちゃんの両親が殺される理由もない。

そして来年の犠牲者である悟史とその叔母も問題ない。

 

もう悟史達は両親と暮らし始めているんだ、鉄平と叔母の2人が悟史達にちょっかいをだすなんてことは出来ない。

公由さんとだって変わらず仲良くしているからより完璧だ。

 

つまり、もはや山場は圭一君が来てからの綿流しの日のみ。

いや正確には来年の綿流しを越えてからになるだろう。

 

その時から鷹野さん達の研究が中止になり、精神的に弱くなった鷹野さんが本当の黒幕に利用される。

 

利用された鷹野さんは梨花ちゃんを殺し、雛見沢の住民すらも皆殺しにする。

 

再来年の犠牲者である梨花ちゃん。

梨花ちゃんを守り通して綿流しの日を越える。

それでようやくハッピーエンドだ。

 

まぁとりあえず今年は俺が狙われてるみたいだし、一人にならないようにだけ心がけよう。

狙われてる俺が下手に梨花ちゃん夫婦の近くにいるのも危ない。

 

警戒しながら適当に楽しむとしよう。

 

「お兄ちゃん?難しい顔してどうしたのかな?かな?」

 

「ん?いや今日は何が起こるかなって思ってさ。毎年ろくな目に遭ってないからな」

 

去年はメイドを着て、その前の年で酒に酔ってメイド服を着て冥途を彷徨い、さらに前の年にもメイド服を。

 

・・・・んん?なぜかメイド服しか着てないな俺。

 

毎年なぜかメイド服を着ることになっている俺。

まるでそれが運命だと言わんばかりに。

あれか?大きな運命を変えた代償的なあれか?

 

だとしたらこの運命の連鎖はなんとしても回避だ!

 

この世界では強い意志こそが強固な運命を作り上げる。

つまり俺がメイド服を着ているのは誰かの強い意志によって着る運命にされている可能性がある。

 

誰だ?礼奈か?いやそれとも毎年俺にメイド服を着せてくるあのおっさんか?

いややっぱりどう考えても入江さんことイリーだろ。

 

あの人ほどメイド服に執念を持ってる人はいないし。

よし、今日会ったらしばいとこ。

 

「・・・・あれだ、あのメイド服を売ってるおっさんの店にさえ行かなきゃいいんだ。簡単なことだ」

 

「お兄ちゃん?大丈夫?メイド服着る?」

 

「大丈夫だ礼奈、あとメイド服は着ない」

 

心配そうな表情でメイド服を進めてくる礼奈をスルーする。

まずい、礼奈の中で綿流しの日に俺がメイド服を着るのが恒例行事みたいになってる。

 

「あ!いたいた!お兄ちゃん、礼奈!!」

 

「遅いですわよお二人とも!」

 

俺がどうにかして礼奈の考えを改めさせようと悩んでいると人混みから魅音と沙都子が現れる。

その後ろには詩音と悟史の姿も見えた。

 

「よし、全員揃ったな」

 

「うん、じゃあ最初はどこから回ろうか」

 

みんながいることを確認した魅音がそう提案する。

それに対して礼奈は周囲を見回した後に魅音に尋ねる。

 

「あれ?梨花ちゃんがまだだよ?」

 

「ああ、梨花ちゃんは両親と一緒にいるってさ。だから私達とは回れないって言ってた」

 

「そうなんだ、じゃあ後で梨花ちゃんのところに遊びに行こ!」

 

梨花ちゃんがいないことに気付いた礼奈が魅音にそう尋ね、魅音が答える。

そう、今回梨花ちゃんは両親と一緒にいる。

 

これは梨花ちゃん自身が言い出したことだ。

そもそも梨花ちゃんは今年に入ってから両親の傍にずっといるようにしている。

 

自分が一緒にいれば二人を殺す隙なんてないだろうと。

 

原作では今夜梨花ちゃんの両親が狙われる、心配なのは当たり前だ。

 

確か原作では梨花ちゃんのお父さんが飲み物に毒を盛られて殺された。

 

まさか梨花ちゃんのいる時にそんなことはしないだろう。

梨花ちゃんはお酒だって平然と飲めることは鷹野さんだって以前の綿流しで知ってる。

 

間違えて梨花ちゃんが毒の入った飲み物を飲んでしまったらなんてことがある以上、鷹野さんも下手なことはしないはずだ。

 

「ほら、お兄ちゃん行こ!まずは沙都子が好きなリンゴ飴だって」

 

「っ!ああ、行くか!」

 

魅音に手を引かれて人ごみに入る。

その時に空いていた左手で後ろにいる彼女の手を握る。

 

「ほら、詩音も行くぞ」

 

「・・・・うん、お兄ちゃん」

 

静かにみんなを見ていた詩音を引っ張る。

そんな俺に詩音は小さく笑みを浮かべて応えた。

 

今日の俺の任務は自分の身を守ることともう一つ。

詩音のことをちゃんと見ていること。

 

あの泊まり以降、詩音はずっと元気がない。

聞いても何でもないとしか言ってくれなかった。

 

だから今日で詩音をどうにか元気にしてやりたい。

 

「今日はもうこの手を離さないから。手汗とか気になっても離さないから覚悟しとけ」

 

「・・・・それはちょっと困るかも」

 

俺の言葉に苦笑いを浮かべながらも俺の手を小さな力で握り返してくる。

祭りの終わりにはいつも通り腕を組んでくるくらいに元気になってくれるといいんだけどな。

 

「にーにー、後ほど家で話し合った通りに動きますわよ」

 

「そ、そうだね」

 

「おいそこの兄妹、何の内緒話をしてるのかな?かな?」

 

この二人、また何か企んでやがるな。

礼奈の真似をして首を傾げながら可愛らしく尋ねる。

 

「なんでもないですわ。あと灯火さんが礼奈さんの真似をしても気持ち悪いだけですわ」

 

「うん、それは俺も自分で思った」

 

沙都子の冷めた目に俺も素直に同意する。

 

そんな無駄話をしながら屋台を巡っていく。

リンゴ飴にたこ焼きに焼きそば、いつもの定番の物を次々を食べていく。

 

ちっ、入江さんに会わないな、今日は来てないのかな?

 

あと鷹野さんもいない。できれば見つけて監視しておきたかったんだけど。

 

綿流しもどんどん終盤に近付いていく。

もう少ししたら梨花ちゃんの舞が始まるし、そうしたら川に綿を流して終わりだ。

 

まぁ、このまま何事もなく終わってくれれば文句はない。

 

「さて、みんなで十分食べて回りましたし、そろそろゲームでもしませんこと?」

 

「へぇ、沙都子からゲーム提案か。いいね!乗ったよ!」

 

ある程度みんなで回ったタイミングで沙都子が妙なことを言い出す。

さっき悟史と話し合っていたのはこれか。

 

だとしたら、だいたいこれから提案してくることはわかる。

 

「ゲームは二人ペアに分かれて行いますわ!内容は簡単ですの!梨花の下にそれぞれ屋台で手に入れた物をもっていってどれが一番嬉しかったかを決めてもらいますの!」

 

「ほーなるほどね。ここにいない梨花ちゃんが審判ってわけか。手に入れる物は何でもいいの?」

 

「ええ、屋台で手に入れた物でしたら何でもよろしくてよ。ペアでしっかり話し合って決めて下さいまし」

 

沙都子の説明に魅音が頷く。

ふむ、内容は確かに面白そうだ。二人ペアにする理由がバレバレだが。

 

「じゃあ早速ペアを決めますわよ」

 

「・・・・じゃあ私と沙都子、そして悟史に礼奈、あとお兄ちゃんと詩音で別れよっか。それでいいよね沙都子?」

 

「え?ええ、構いませんけど」

 

ペアを決めようと動こうとした沙都子よりも先に魅音が組み合わせを決める。

沙都子としても悟史と礼奈を組ませるのが目的だっただろうから文句はないのだろう。

 

そして魅音はそれがわかった上で俺と詩音を組ませるように動いたか。

 

・・・・理由はやっぱりあのお泊りの夜のことだろうな。

 

「礼奈もそれでいいよ!はうー!頑張ろうね悟史君!!」

 

「う、うん!頑張ろう礼奈!!」

 

礼奈が悟史に笑いながら悟史とのペアを了承する。

ちっ!悟史め、今回ばかりは許してやる!!

 

俺も詩音とは話がしたかったからちょうどいいしな。

 

「じゃあ梨花ちゃんの舞が始まる前に集合ね!それと一番いらないものをあげたペアには罰ゲームを受けてもらうよ」

 

「おっほっほっほ!親友の私が選んだものが一番に決まってますわ!せいぜい最下位にならないように気を付けてくださいまし!」

 

そう言って魅音と沙都子が人混みの中へと消えていく。

悟史も明らかに緊張した様子を見せながらも礼奈と歩いて行った。

 

そして残ったのは俺と詩音だけ。

 

「うっし!じゃあ俺らも探しにいくか!正直罰ゲームの内容は予想できるっていうか、絶対に受けたくない」

 

絶対メイド服だ、断言できる。

この運命を覆すため、この勝負は負けられない。

 

「・・・・お兄ちゃん、ちょっと話があるの」

 

「ああ、ここで話せるか?」

 

「・・・・少し静かなところに行きたい」

 

「・・・・わかった」

 

俺が屋台を巡ろうとした時、詩音に手を引かれて止められる。

そして真剣な表情でそう告げた。

 

ここで断るなんて選択肢はない。

そのために二人っきりになったんだから。

 

詩音と二人で人混みから外れる。

そして原作では同じみの祭具殿にやってきた。

 

ここらなら人も来ないだろう。

念のため周囲を確認するが、特に人の気配はない。

俺の気にし過ぎだったか。

 

まぁでも念のため祭具殿と周囲の構造物を盾に出来る場所に移動しておくか。

 

「ここでなら話せそうか?」

 

「・・・・うん」

 

俯いたまま俺の後をついてきていた詩音が小さく頷く。

そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「・・・・お兄ちゃんはさ、鬼の存在を信じる?」

 

「・・・・鬼?」

 

詩音から出てきた言葉に嫌な予感を覚える。

どうしてここでそんな単語が出てくるんだ?

 

「前に鷹野さんが言ってたの。この村には昔鬼がいて、そしてその鬼を鎮めるために村では毎年生贄を出していた。それがこの綿流しの由来だって」

 

「・・・・あの人はまたそんなことを」

 

以前に俺たちにも言っていたことだが、詩音にまで言うとは。

 

「・・・・園崎家はだいだい鬼を継承してきた家なの。頭首になる者の名前には鬼の文字を入れて、背中には鬼の刺青を入れる」

 

「・・・・ああ」

 

園崎お魎、園崎蒐、そして園崎魅音。

それぞれに鬼の文字が入っている。

 

蒐は詩音たちの母である茜さんの本来の書き方だ。

過去に色々あって鬼の文字を外したことを酒の席で教えてもらったことがある。

 

「私は今まで鬼なんて信じてなかった。園崎家も鬼の名を入れたり背中に刺青をしてるけど、ただそれだけだって思ってたの。でも違った、鬼は本当にいたんだ」

 

そう言って詩音は濁った目をこちらに向ける。

 

まずい、この状況は本当にまずい。

 

内心で冷や汗を流しながらどうするべきかを考える。

 

「目には見えなくても鬼はずっと雛見沢にいたんだよ!見えなくても気配はあったの!!そして鬼は(魅音)に目を付けた。そして自身の腹を満たすために私の中に入ったんだ」

 

詩音は深刻そうな表情で顔を手で覆う。

 

「鬼がずっと私の中で囁いてるの。こんな都合の良いことなんてあるはずがない。騙されるな、このままじゃ大事な人を取られるぞって」

 

詩音は震えながら鬼の言葉を口に出す。

詩音の中では本当に自分の中に鬼がいると思い込んでいるのだろう。

 

なんでだ、一体いつからこんなことになってやがった。

 

今の詩音を見て思い当たる状態なんて一つだけしかない。

 

今の詩音は雛見沢症候群を発症している。

 

鬼なんているわけがない。鬼の気配だって羽入が近くにいただけだ。

雛見沢症候群が進行している人は羽入の気配を感じれるようになるからな。

 

くそが!鷹野さんの狙いはこれか!!

どこかで詩音が発症していることに気付いた鷹野さんが余計なことを吹き込んだんだ。

初めから俺なんて眼中になく、詩音に目をつけてやがったんだ!

 

 

まだだ、まだ詩音は末期症状じゃないはずだ。

末期症状なら疑心暗鬼で攻撃的になってるし、痒みで首にもっと傷跡があるはず。

 

今の詩音はまだ凶行に出たわけでもないし、首も服で隠れているがはっきりとした傷も見えない。

だったらまだなんとか出来る。

 

「このままじゃ本当に夢のようになっちゃうの。私がお兄ちゃんをこ、殺して死んだお兄ちゃんにキスをして嗤って」

 

「詩音」

 

ぶつぶつと呟く詩音に呼びかける。

 

今の詩音の気持ちをしっかり考えてから発言していくんだ。

ここを間違えると本当に取り返しのつかないことになる。

 

「鷹野さんから聞いた鬼は毎年生贄の人を食べていた。それが綿流しの由来で、鬼の自分が綿流しの今日俺を襲うかもしれない。それであってるよな」

 

「・・・・うん」

 

「だとしたら大丈夫だ。詩音は俺を襲わない」

 

「・・・・どういうこと?」

 

俺の言葉に詩音は訝しげにそう問いかけてくる。

それに対し俺も笑みを浮かべて口を開く。

 

「だって俺も鬼だから」

 

俺は自信満々の笑みでそう告げた。

 

この状況を変えるには詩音を口先で騙しきるしかない。

 

・・・・俺は鬼いちゃんだぞ!とかで通らないかな。

 

 

 

 



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綿流し2

「だって俺も鬼だから」

 

俺は自信満々の笑みでそう告げた。

 

この状況を変えるには詩音を口先で騙しきるしかない。

固まる詩音を置き去りにして口を動かす。

 

「同じ鬼同士なら襲わないよな?だって鬼が食うのは人なんだから」

 

「・・・・お兄ちゃんが鬼?」

 

俺の言葉に詩音は眉をひそめながらこちらを見つめてくる。

ここで少しでも自信をなくせばアウトだ、本当に俺は鬼だと思い込むくらいのつもりで。

 

「ああ、鬼の鬼いちゃんとは俺のことよ」

 

「・・・・」

 

「うん、滑ったのは認める。だからここでジト目はやめてくれ」

 

自信満々過ぎた。

だがここで鬼なんていない、全部詩音の思い込みだなんて言っても詩音には響かない。

今の詩音は疑心暗鬼の状態になっているのだから、安易な否定は逆効果だ。

 

鬼の証明なんて出来ないし、いないことの証明だって同じく出来ない。

だったら鬼がいることには同意する、でも鬼が人を襲うことは否定する。

今の状況をなんとかするにはこれしかない。

 

「・・・・お兄ちゃんも鬼だなんて信じられないよ」

 

俺を見つめていた詩音は俯いてそう答える。

それはそうだ、そう簡単に信じてもらえるとは思ってない。

 

だからここから今の詩音が共感するポイントを選択し、信じてもらう。

こっちには原作知識があるんだ、それっぽいこと言うだけなら何とでもなる!

 

「詩音は最近知ったようだが、雛見沢には鬼が複数いる。それを俺が知ったのは二年前の綿流しの後だ」

 

「・・・・そうなんだ」

 

「・・・・鬼達の姿は確かに目に見えない。でも詩音は気配がするって言ったな?それ以外にもあったんじゃないか?例えば足音とか」

 

「・・・・」

 

俺の言葉に詩音は何も言わない。

否定がないってことは心当たりがあるってことだな、まぁそれは羽入なんだけどな!

 

「・・・・俺の時もそうだった。鬼はいつも俺の背後にぴったりと付いてきていた、足を止めて背後を振り返っても誰もいない。でも足を止めた後、明らかに足音が一歩多かったんだ」

 

「・・・・」

 

まるで実体験だと言うように語る。

まだ足りない、信じてもらうにはもっと共感を得ないと。

 

「・・・・やがて鬼は俺に取り憑いた。鬼に取り憑かれた俺は、心が不安定になると同時に首や腕に強烈な痒みを覚えた」

 

「っ!?」

 

ここで詩音が目を見開きながら話に食いつく。

鬼の足音、そして身体への痒み。それについてはおそらく詩音自身しか知らなったことのはずだ。

今の詩音は鬼がいると信じている、だったら俺の話にだって納得がいくはず。

 

それに詩音だって俺が鬼だったらっと思うはずだ。

疑心暗鬼の中で心の底ではそう望んでいる、だったらきちんとした証拠を見せればこちらの話を聞いてくれる。

 

・・・・それでも疑心暗鬼によって信じてくれるかは賭けになるけどな。

 

「・・・・このことは誰にも言ったことはない。詩音が同じ鬼だって聞いて驚いたぞ」

 

「・・・・でも!もしお兄ちゃんが鬼になってるのだとしたらどうしてそんな普通なの!?私はもう、おかしくなりそうで」

 

詩音はこちらの話を聞いて必死に叫ぶ。

そりゃそうだ、だがそこはこころあたりをつくればいい。

 

「まぁ取り繕ってはいたからな。でも実は詩音も俺がけっこう悩んでいることには気づいていたんじゃないか?」

 

「・・・・それは」

 

実際原作のフラグをへし折るために悩みまくっているからな。

毎年深刻な悩みが出るし、将来もめんどくさいことが起こるのは確定している状況なんだ。

この状況なら詩音の記憶の中にある何かを心当たりにしてくれる。

 

「だが、それとは別に鬼をなんとかする方法を見つけたことが大きい」

 

「っ!?本当に!?」

 

詩音がこちらに抱き着く勢いで詰め寄る。

大事なのはここだ、詩音が凶行に走らないように誘導する必要がある。

 

まだ詩音は末期症状は出ていない、だったらストレスを減らすことで時間経過で治すことだってできる。

だから今するべき最初のことは詩音を安心させること。

 

「・・・・俺が狂いそうになった時、突然女性の声がはっきりと聞こえたんだ。その声は自身をオヤシロ様と言い、自分の言うことを聞けば症状を治してくれると言った」

 

「・・・・その言うことって?」

 

詩音は真剣な表情でそう尋ねてくる。

それに合わせ、俺も真剣な表情で告げた。

 

「ああ、そのまま言うぞ。一週間に一回。僕にシュークリームを捧げるのですよ!あうー!だそうだ」

 

「・・・・えぇ」

 

真剣な表情で聞いていた詩音の表情が引きつる。

しかし俺はあくまで真剣な表情を維持する。

 

シリアスになりすぎてもダメだ、ここは少し気が抜けるくらいでいいんだ。

ここでは信じられないかもしれないが、後で実際に羽入に姿を現してもらえば何とかなる。

 

羽入というオヤシロ様が実在する事実と俺という仲間、これによって安心感を詩音に与える。

これでいけるはずだ・・・・きっとたぶん。

 

「オヤシロ様の伝説で鬼を鎮めたって話は鷹野さんから聞いたな?それは事実だった、シュークリームをはにゅ、オヤシロ様に捧げていると少しずつ俺の中の鬼が大人しくなっていったんだ」

 

自分でも何を言ってるのかわからなくなってくれるが、それでも頭を回すんだ俺。

どうにかちょうどいいタイミングで羽入がこっちに来てくれたら助かるんだが。

 

ていうか今日、羽入を見てないぞ。

 

「鬼である俺達の前にオヤシロ様は声だけじゃなくて姿も現してくれる。この綿流しが終わったら会いに行こう」

 

「う、うん。わかった」

 

何と見えない表情をする詩音の頭を撫でる。

後で大急ぎで羽入と話を合わせないと。

 

「・・・・でもすぐには鬼は静まらないんだよね、お兄ちゃんを襲わなくてもおねぇや礼奈を私が襲うことも」

 

「・・・・自分を信じられないならずっと俺と一緒にいな。二人なら詩音も不安にはならないだろ?」

 

「・・・・うん、お兄ちゃんが一緒にいてくれるなら大丈夫」

 

そう言って詩音は微笑みながら抱き着いてくる。

・・・・とりあえず今はこれで大丈夫か。

 

これからしばらくの間は詩音のケアに集中したほうがいいな。

 

「よし、じゃあみんなのところに戻ろ・・・・」

 

「お兄ちゃん?」

 

「・・・・詩音、()()()()()()()()()()()()

 

詩音にみんなのところに戻ると言おうとした瞬間、周囲から嫌な気配を感じて言葉が止まる。

そして勘に従って周囲を見回せば、案の定いやがった。

 

「・・・・最悪のタイミングできやがったな」

 

舌打ちをしながら背中に移動させた詩音をかばいながら睨みつける。

俺の睨みつける方向には周囲の闇に溶け込むように黒の服を着た男達。

 

鷹野さんの部下の裏の部隊、山狗。

 

なんてタイミングで出てきやがる!

でも奴らを見て、なんとなく鷹野さんの考えを理解する。

 

鷹野さんは詩音が雛見沢症候群を発症しているのを知っていた。

そしてそんな詩音に鬼のことを吹き込み、あわよくば俺を殺させようとした。

 

そして俺を殺して完全に末期症状となった詩音を山狗部隊が回収する。

 

それによって綿流しの日に俺が死に、詩音が行方不明になる。

オヤシロ様の祟りの完成だ。

 

たとえ失敗しても今みたいに強引に詩音を攫うつもりで山狗ども待機させてやがったな。

そして邪魔な俺はここで殺すつもりか?。

 

「俺らの姿が構造物が邪魔で見えなくなって焦って出てきたのか?素直にご主人様のところに帰ってろよ」

 

「「「・・・・」」」

 

俺が挑発するように話しかけるが相手からの返事はない。

・・・・相手は三人か?周囲を探るけど他に気配はなさそうだ。

 

とりあえず、山狗隊長の男はいなさそう。

 

「・・・・・お兄ちゃん」

 

「詩音、俺の背中にしがみついてろ」

 

不安そうな声が背中から届く。

本当に最悪のタイミングで出てくれた。

 

せっかく良い感じに終わりそうだったのに一気にややこしくなった。

今の疑心暗鬼に近い状態の詩音にこの場面はどう見える?

 

・・・・ここを切り抜けたら鷹野さんを殴ってもいいよな?

 

「男女がこっそり話し合ってるのに邪魔をするとか人としてどうなの?もしかしてあんたら彼女いない感じ?だったらごめん」

 

「「「・・・・」」」

 

無視か。

 

男達は無言のままゆっくりとこちらへと近づいてくる。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()を確かめながら冷静に観察を続ける。

 

そんな中、一人の男が小さな声で呟くのが聞こえた。

 

「・・・・運が悪かったな」

 

男がそう言ったと同時に一気に俺たちとの距離をつめようと足に力を込めるのが見えた。

 

「運が悪いのはあんたらだよ」

 

それが見えた瞬間、俺は懐に入れた物を取り出す。

 

手に確かな重さを感じながらも相手にそれを向ける。

 

「っ!?とまれ!?」

 

相手が俺が出したものを見て動きを止めるが、俺はそのまま()()()()()()()

 

俺が引き金を引いた瞬間、静けさを切り裂くような大きな音が空に響く。

 

腕に伝わる衝撃に耐えながら冷静に相手を見据える。

お前らの最大のミスは子供が相手だからとなめて十分な武装をしてこなかったことだ。

 

「・・・・銃を持っているのか」

 

男が進もうとした地面に直撃した弾を確認し、相手は固まる。

当たり前だろうが、自分が今日狙われるってわかってるのに何も準備していないわけがないだろ。

 

「・・・・ガキだからってなめんなよ。こっちは今よりもっとガキの頃から球遊びしてたんだぞ」

 

訓練ありがとうございます茜さん。

そして貸してくれてありがとう葛西。

 

訓練してくれた茜さんと葛西に内心で礼を告げる。

銃の訓練は大臣の孫の誘拐事件が解決した後から習い始めてた。

 

本格的なのは最近だが。

 

山狗と直接戦って、バットや格闘技では限界があると感じたからだ。

もちろん使わないならその方がよかったが、そうも言ってられなくなった。

 

頼んだ俺も俺だけど、喜んで教えてくれる茜さん達も茜さん達だと思う。

梨花ちゃんに言われてから茜さん達に頼んでもらっておいて正解だったな。

 

「・・・・言っとくが今のわざと外した。そっちが妙な真似をしたら殺す。躊躇うと思うなよ」

 

「「「・・・・」」」

 

銃口を相手に向けながら冷静にそう告げる。

周囲の警戒も忘れない、狙撃はない、障害物が邪魔で俺たちを狙えないだろ。

 

仮に狙えたとしてもこんな綿流しで人が集まってるのに発砲許可が下りてるとは思えないけどな。

 

隠密部隊が襲撃を予想されてる時点でお前らは不利な状況に自ら飛び込んだだけだ。

 

「俺が銃を撃った時点でお前らの負けなんだよ。早く逃げないと銃声を聞きつけて村の人たちが来るぞ?」

 

「「「・・・・っ」」」

 

 

帽子で表情は見えないが、動きから相手の焦りが伝わる。

さっさと帰って鷹野さんに怒られろ。

 

「・・・・撤退するぞ」

 

代表の男がそう言うと同時に山狗たちが消えていく。

そして周囲の気配が完全になくなったのを確信した後に銃を下した。

 

「あー心臓に悪い。まさか本当に使うことになるとは」

 

銃を懐にしまいながらため息を吐く。

覚悟決められて接近されたらやばかった。

 

こっちは訓練はしたけど人に向けて撃ったことなんてないんだ、本当に人に撃てたかわからない。

 

葛西には念のため礼奈達のことを守ってくれるように頼んでいたけど、こっちの護衛をしてもらうべきだったか。

 

「・・・・お兄ちゃん、今のは何?」

 

俺が銃を閉まったのを確認した詩音は不安そうに尋ねてくる。

そうだよな、そりゃ気になるに決まってるよな。

 

くそ!本当にややこしくしやがって!

 

「あー二年くらい前に俺と葛西がこっそりさっきの連中の邪魔をしたことがあってな。それでけっこう恨まれてるんだよな。まさか今くるとは思わなかったが」

 

「・・・・」

 

「詩音には怖い思いをさせちゃったな。大丈夫だったか?」

 

「・・・・あはは、それは大丈夫だよ。私も園崎家の人間だもの、あれくらいは慣れてるよ」

 

「え、まぁそうか。だったらよかった」

 

詩音は俺の問いに詩音は苦笑いを浮かべながらそう答える。

そして心配そうな表情でこちらを見つめる。

 

「お兄ちゃんも大丈夫だった?前に葛西とこっそり何かしてるのは知ってたけどここまでとは思わなかった」

 

「ま、まぁこれでも詩音のお母さんに鍛えられてるからな。あれぐらいは何でもないさ」

 

「・・・・そうなんだ。あ、とりあえずみんなのところに早く戻った方がいいよね。ここにいたら危ないし」

 

「っ!それはそうだ!悪い詩音、細かい話はあとでするから」

 

詩音に言われてその通りだと気づく。

詩音の様子に固まったが、最優先はここから離れることだ。

 

「・・・・大丈夫だよ、状況はわかったから。それにお兄ちゃんが私と同じだってことがわかった、それだけで私には十分だよ」

 

詩音は微笑みながら俺の手を握る。

本当に安心したような笑みを浮かべる詩音に不安を抱くが今確認してる暇はない。

 

「よし、急いでみんなのところに戻ろう」

 

詩音の手を引いて祭具殿から離れる。

 

・・・・梨花ちゃんになんて説明しよう。

 

 

 

 

 

お兄ちゃんに手を引かれながら考える。

 

さっきの連中が襲ってきた理由はお兄ちゃんの言っていた葛西とやらかした結果なんかじゃない。

奴らが襲ってきた理由、それは間違いなく私達が鬼だからだ。

 

さっきの連中の正体は何?

 

少なくとも雛見沢の人間じゃない。

だったら外から来た人間。

 

お兄ちゃんは葛西と何かをしてたせいだって言ってたけどそんなはずはない。

だって園崎家の関係ならお母さんやおねぇが見逃すはずがない。

 

もっとお兄ちゃんに対して厳重な警備があって当然だ。

 

だから園崎家の関係で狙われたわけじゃない。

 

・・・・奴らは私とお兄ちゃんが二人になった途端に現れた。

 

私とお兄ちゃんの共有点・・・・それは鬼であること。

 

奴らはどこからか私達が鬼であることに気付いたんだ。

そして襲ってきた目的は私達を殺すか、捕らえて研究するつもりなのだろう。

 

・・・・お兄ちゃんはこのことに気づいてない。

 

知らせるべき?でもそんなことしたらきっとお兄ちゃんは私を守るために戦うに決まってる。

 

だったら知らせちゃダメだ。私がお兄ちゃんを守るんだ。

 

お兄ちゃんが鬼だとわかった時、すごく嬉しかった。

一人ぼっちじゃなかった、この気持ちになっていたのは私だけじゃなかった。

 

それが分かった瞬間、すごく安心したんだ。

 

・・・・絶対にお兄ちゃんは殺させない。

 

外部の人間は全て敵だ、守るために園崎家の力だって必要になる。

 

・・・・少し前まで恋のことで頭がいっぱいだったのに。

でも、不思議と前より心が軽く感じた。

 

自分のやろうとしていることがお兄ちゃんのためになると心から思えるからだろう。

 

安心してお兄ちゃん、私が絶対に守るから。

 

・・・・そのためなら私の中の鬼すらも完璧に自分の物にしてみせるから。

 

 

 



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綿流し3

「あー!やっと来ましたわ!遅いですわよ二人とも」

 

人混みの中を抜けて梨花ちゃんのところへ行くと、すでに全員揃っているようだった。

とりあえず全員無事か。

 

設置されているテントの下に目を向ければ梨花ちゃんと両親の姿も見えた。

どうやら梨花ちゃんの両親も無事なようだ。

 

こちらに何かあったから、万が一のこともあるかと心配してたけど、杞憂だった。

全員の姿を確認できて安堵のため息が漏れる。

 

もうすぐ梨花ちゃんの奉納演舞、その後に綿流しをしてすべて終わりだ。

 

梨花ちゃんとの情報共有はその後だな。

やだなぁ、絶対怒られる。

 

「・・・・灯火、遅かったですけど何かありましたか?」

 

テントの下から梨花ちゃんがやってくる。

俺と目が合った時、明らかにほっとしてたもんな梨花ちゃん。

心配をかけてしまっていたようだ。

 

まぁその心配は正しかったわけだから笑えないけど。

 

「・・・・いや特に何もなかったよ」

 

梨花ちゃんの頭を撫でながらそう告げる。

さすがにここではみんなが心配するから言えない。

 

「お兄ちゃんは梨花ちゃんへのプレゼントは何にしたのかな?かな?」

 

礼奈が興味津々にそう聞いてくる。

 

「・・・・ふっ」

 

何も買ってない。

 

買う暇?あるわけないじゃん。こっちは祭具殿からそのままここに来たんだぞ。

ていうか礼奈に言われてようやくゲームのことを思い出したわ。

 

「ちなみに礼奈と悟史君は猫ちゃんのぬいぐるみだよ!悟史君が射的屋で見つけてくれたの!」

 

「・・・・見つけたけど僕は何回も失敗したけどね。けっきょく礼奈が一発で取ってくれたし」

 

礼奈と悟史がゲーム中のことを嬉しそうに話している。

どうやら沙都子の作戦が成功したかはともかく、二人とも楽しめたようだ。

 

「おっほっほっほ!可愛いものを選べばいいわけではありませんわよ!大事なのは梨花がもっとも欲しいものですもの!」

 

礼奈達が盛り上がっているところに沙都子と魅音が現れる。

どうやら向こうも相当自信があるようだ。

 

「目の付け所が甘いですわ!日頃から梨花のことを見ていればおのずと答えは限られますの!」

 

「・・・・で、何にしたんだよ」

 

自信満々の沙都子に確認する。

日頃からよく見ていれば?

あれか?お酒か?確かに梨花ちゃんならそれで喜ぶな。

 

「答えはこれですわ!!」

 

そう言って俺の前に手を突き出す沙都子。

沙都子の掌の上には何か赤いものが入った瓶がある。

 

「・・・・それ、トウガラシじゃね?」

 

瓶の中に詰め込まれているのは真っ赤な色のトウガラシ。

いや確かに喜ぶけど。

 

「灯火さんは気づいていないようですわね!梨花は常にトウガラシを常備しているほどのトウガラシ好きなのですわ!!」

 

「・・・・」

 

沙都子の言葉を受けて無言で梨花ちゃんを見る。

 

「にぱー☆」

 

満面の笑みである。

 

羽入は知らないほうがいいな。

 

「これさえわかってれば後は手に入れるだけ!魅音さんにここで一番辛い物を扱ってる店にいって辛みの材料を譲ってもらうだけでしたわ!」

 

「ふっふっふ、私は綿流しでどの店が何を出すのか全部把握してるからね。簡単な仕事だったよ!まさか梨花ちゃんがそこまで辛いのが好きだとは思わなかったけど」

 

どや顔でそう告げる魅音。

確かに何でもいいとは言ってたけど、材料の方を普通渡すか?

せめてその辛い料理を買ってくるべきだと思うんだが。

 

「これで私と魅音さんの勝利は確実ですわ!さぁ灯火さんと詩音さんは何を買ってらしたのですか?」

 

何も買ってません!とはさすがに言えないよな。

だが買ってない物は買ってないんだ、渡せるものなんて今の俺の手持ちから捻出するしかない。

 

さすがに拳銃を渡すわけにはいかないし、何かあったか?

そもそも今回のルールは店で手に入れた物だから俺の手持ちの物を渡してもダメだ。

 

ちらりと詩音に視線を向ける。

 

「・・・・」

 

俺の視線を受けた詩音は無言で首を横に振る。

どうやら詩音も何ももっていないようだ。

 

まずい、このままではまた今年もメイド服を着ることに。

 

「・・・・!」

 

メイド服のことを考えた時、閃きが頭を駆け巡る。

そうか、メイド服を着るのが嫌なら着れない状況にしてしまえばいいんだ!

 

「ふっ俺のプレゼントはこれさ!おっちゃん!!」

 

俺は視界の端にいたおっちゃんに声をかける。

このおっちゃんはいつも俺にメイド服を着させてきやがるおっさんだ、ばっちり視界に入ってたぞ!

 

どうせ罰ゲームのためにメイド服を用意して控えてたんだろう?

 

「お、おうなんだい灯火?俺の用があるのか?」

 

「・・・・おっちゃんのメイド服を梨花ちゃんにプレゼントしたいんだ」

 

「ん?いやだがあれは罰ゲーム用だって聞いてるぞ?」

 

やっぱり罰ゲームはメイド服だったじゃねぇか!

おっちゃんの言葉を聞いて内心でツッコミを入れる。

 

あぶねぇ、マジで今年もメイド服を着ることになってたぞ。

 

「おっちゃんはそれでいいのかよ。自慢のメイド服を罰ゲームなんかに使われてよ!おっちゃんのメイド服への愛はそんなもんじゃねぇだろう!」

 

何を言ってるんだろう俺は。

しかしここは勢いで押し通る!

 

「と、灯火。しかしこうでもしなきゃ誰も俺のメイド服を着てくれないんだ!そりゃ俺だって罰ゲームで嫌々なんかじゃなくて喜んで着てほしいさ!!」

 

「・・・・ここだけの話、このままだと罰ゲームは俺が受ける。その場合メイド服を着るのは俺だ、おっちゃんもそれじゃあ嫌だろ?」

 

その場合は詩音もメイド服を着ることになるが、それを知るとおっちゃんが罰ゲームでもいいと思いかねないから言わない。

 

「だが灯火はメイド服を着たいんだろ?毎年着てるもんな、だったら俺は別にそれでも」

 

今すぐこのおっちゃんをしばきたい!

やっぱりこのおっちゃんか?

このおっちゃんの強い意志によって俺がメイド服を着る運命になってるのか?

 

「違う、おっちゃんだって俺より梨花ちゃんに着てほしいだろ?今なら俺が梨花ちゃんにメイド服をプレゼントできる。梨花ちゃんもプレゼントを捨てることは出来ないから着てくれるはずだ」

 

ぶっちゃけ着てはくれないと思う。

しかし罰ゲームのメイド服を梨花ちゃんにプレゼントすることが重要なんだ。

 

メイド服さえなければ罰ゲームに使えないからな。いくら梨花ちゃんでももらった服を罰ゲームに使うなんてことはしないはず。

 

たぶん俺が一番下になって罰ゲームになるだろうけど、メイド服以外なら喜んで受けよう。

 

「灯火、自分が着たいのに梨花ちゃんのために!わかったもってけ!!」

 

「ありがとうおっちゃん!それはそれとしてあとでしばく」

 

おっちゃんからメイド服を受け取る。

うわ、なんか前回よりもさらにパワーアップしてるぞこれ。

 

布面積が終わってるし、なんか無駄に羽もリアリティが増してる。

なんだっけ、堕天使エロメイド服とかだっけ?

エロさで言えばエンジェルモートの制服と同じくらいあるな。

 

うん、絶対梨花ちゃんは着ないわ。

そもそもサイズが合ってないし。

もし着たらポロリどころじゃないぞ。

 

「梨花ちゃん!俺たちのプレゼントはこいつだ!受け取ってくれ!!」

 

「いらないのです」

 

即答されたんだが。

 

いらないのはわかってんだよ!それでも受け取ってもらわないと罰ゲームがこいつになるんだよ!

 

「お兄ちゃん、それはないよ」

 

「灯火さん最低ですわ!それを渡して梨花に何をするつもりですの!?」

 

魅音と沙都子から批判の声が届く。

ええい!だったら味方を増やすだけだ!

 

「礼奈!お前はこいつを着た梨花ちゃんを見たくはないか!きっとすごくかぁいいぞ」

 

「はう!すごくかぁいい!?」

 

よし、礼奈は食いついた!

それによって悟史も連鎖で釣れる!

 

「悟史、礼奈はこいつを着た梨花ちゃんを見たいようだな。当然お前も賛成だよな?」

 

「・・・・素敵なプレゼントだと思うよ梨花ちゃん!」

 

「にーにー!?」

 

ふはは!これで敵は魅音と沙都子だけだ!数はこちらが有利だな!

 

「さぁ梨花ちゃん。こいつを黙って受け取るんだ、みんな良い物だって言ってるから」

 

「いらないのです。あと灯火が罰ゲームで決定なのですよ」

 

ゴミ(メイド服)を渡した俺に対してゴミを見る目でそう告げる梨花ちゃん。

うんまぁ、その視線は甘んじて受けるからこいつは受け取ってくれ。

 

「はーい!お兄ちゃん罰ゲーム決定!というわけでおじさん、例の物を出してくれる?」

 

「おうよ!ちょっと待ってな!」

 

テント下に置いてあった段ボールから何かを取り出すおっちゃん。

おい、もうメイド服を梨花ちゃんに渡したからないはずだよな?

 

「心配するな灯火!こんなこともあろうと二着持ってきてる!」

 

全力で殴りたい!!

いや二着だけなら詩音が着ればいい!

 

「いや詩音は関係ないでしょ。お兄ちゃんが暴走しただけだし」

 

「はう!はう!!お兄ちゃんはやくぅぅぅぅ!!」

 

俺の狙いを察して詩音を守る魅音。

それに反論する前にメイド服を持った礼奈が興奮しながらこちらに近づいてくる。

 

い、嫌だ!!もうメイド服は嫌だ!!

 

「灯火、罰ゲームなのですよ・・・・心配させた罰よ、諦めて着なさい

 

「・・・・はい」

 

背後から梨花ちゃんにとどめの言葉を言われる。

そう言われると何も言えない。特にこのあと今日のことを説明しないといけないし。

 

「と・か・・・・と・・・・か!」

 

はぁ、今年もメイド服で綿流しか。

来年こそは何とかしないと。

 

「灯火!!どこなのですか!!灯火!!」

 

「「羽入!?」」

 

聞き覚えのある声に俺を梨花ちゃんが同時に反応する。

羽入が俺の名を呼んでる、それも焦った声で。

どう考えても異常事態だ。

 

「灯火!ここにいたのですね!大変なのです!急いで診療所に!!」

 

「落ち着け羽入。何があった」

 

こちらを見つけた羽入が慌ててやってくる。

普通の状態じゃない。診療所にってまさか鷹野さんが何かやりやがったか!

 

「ど、どうしたのお兄ちゃん?」

 

「灯火さん?いくらメイド服を着たくないからと言って現実逃避はよくありませんわよ」

 

周囲でみんなが怪しむ声が聞こえるが気にしてる場合じゃない。

そんなことより今は状況の確認が先だ。

 

「どうしてかわかりませんが()()()()()()()()()()()()のです!!しかも鷹野も一緒だったのですよ!!」

 

「・・・・は?」

 

羽入の言葉に頭の中が真っ白になる。

なんで診療所にうちの両親が?しかも鷹野さんと一緒だと?

それって。

 

「灯火!!」

 

「っ!?」

 

梨花ちゃんの声で思考が再び動き出す。

そうだ、ここでぼーっとしてる場合じゃない。

 

最悪の想像が頭をよぎる。

さっきまで俺が襲われてたタイミングで両親が襲撃犯の根城にいる。

考えるだけでめまいが起きる。

 

「お兄ちゃん!?大丈夫!?何があったのかな!?かな!?」

 

俺の尋常ではない様子に礼奈が焦りながら声をかけてくる。

礼奈に言うわけにはいかない、父さんと母さんに何かあったかもしれないなんて言えるか。

 

「お前らはここにいろ。俺はちょっと用事ができたから帰る」

 

懐に銃があるのを確認する。

たとえ殺し合いになろうと絶対に両親は助ける。

 

本当に悪いけど葛西にも付き合ってもらわないとな。

周囲を見回せば遠くからこちらを伺っている葛西が見えた、これで車を用意してもらえる。

 

「やだ!私もお兄ちゃんと一緒にいく!!」

 

「私もいくよ!さっきの奴らだよね!!今度は私だって戦うんだから!!」

 

礼奈はここにいることを拒否し、詩音もこちらについてくると言う。

悪いが今は二人に構ってる暇はないんだ!

 

「ダメだ!お前らはここから動くな!!」

 

2人を強引に魅音に押し付けて葛西の方へ走る。

人混みを強引に通りながら進み、葛西もこちらの異常に気付いて近づいてくれた。

 

「若、どうしたんですか」

 

「葛西、急いで診療所へ連れて行ってくれ。本当に急がないとまずいんだ」

 

「・・・・わかりました、車のところへ移動します。こっちです」

 

葛西が俺の言葉に何も聞かず応えてくれる。

本当に葛西には苦労させてしまってる、いつか恩返しは絶対しないといけないな。

 

「「お兄ちゃん!!」」

 

離れた場所から礼奈と詩音の声が聞こえるが無視して走る。

今は両親のことだけを考えろ、後のことなんて救ってから悩んだので十分だ。

 

「ここです、乗ってください」

 

葛西の誘導に従って車に飛び乗る。

そして葛西はすぐに車のエンジンをかけて動き出す。

 

ここから診療所まで車なら10分くらいあれば着く。

葛西の車の中に巧妙に隠されていた場所から弾を補給する。

 

上等だ、そっちがその気なら今日で全部にけりをつけてやるよ。

もう来年とか再来年なんて関係ない、俺が人殺しで警察に捕まって人生棒に振ろうと両親は救い出す。

 

「・・・・若、何があったかわかりませんが一度落ち着いてください。怒りは視界を狭め、思考と判断を鈍らせます。一度意識して深く呼吸を繰り返してください」

 

「・・・・ありがとう葛西」

 

葛西の冷静で静かな声になんとか心を落ち着かせてようと動く。

 

葛西の助言に従って呼吸を繰り返しながら思考を回す。

 

羽入はいないと思ったら診療所を監視してくれていたんだな。

おかげでこの事態に気付くことが出来た。

 

そして鷹野さんがいなかった理由、それがこれか。

 

今日両親が綿流しに行くとは聞いていない、じゃあ診療所に行く理由は?

病気や怪我はなかった。

だったら山狗が強引に両親を連れ去ったか。

 

そして連れ去った理由はなんだ?

梨花ちゃんのお母さんのモチベーションを維持させるために生贄?

いやそれもありそうだけど俺の両親である理由にはならない。

 

別にうちの両親は診療所に通ってなかったんだ、雛見沢症候群と偽って何かをするには手間がかかる。

 

だとしたら一番の目的は俺への脅しか。

 

今日のことで完全に鷹野さんと敵対したからな。余計な真似をしないように両親を人質にとった。

これが一番妥当か?

 

これなら人質になる両親は殺されてはいない、原作の悟史のように昏睡状態にでもして隔離するつもりか?

 

・・・・なんにせよ、急いで診療所に行くのが大事か。

 

「・・・・」

 

頭の中に思い浮かぶのは父さんと、そして母さんの姿。

母さんに対する気持ちは今も複雑だ。

 

原作では浮気をし、父さんと礼奈を狂わせた元凶。

そんな存在だ、はっきり言って最初の頃は大嫌いだった。

 

でも悟史達が両親を和解したのを見て俺も考えが変わった。

今では母さんと仲良くなりたいという気持ちがちゃんとある。

 

しかし長年心に刷り込まれた疑心の感情は完全には消えず、俺の感情を複雑にさせる。

 

こんなことになるならもっと。

 

「若、もうすぐ診療所に着きます」

 

「・・・・わかった」

 

葛西の言葉に思考を終えて現実に戻る。

 

「・・・・明かりがある、人の気配もあるな」

 

山狗たちか?でもこれはあからさますぎる。

駐車場に目を向ければ、そこには両親の車が止まっているのが見えた。

 

車がある?だとしたら両親が自分たちでここに来たのか?

 

「・・・・若、どうされますか?」

 

「・・・・様子を確かめてくる。葛西は動きがあるまでここで待ってて」

 

葛西にそう言い残して車を降りる。

診療所からは殺伐として気配を感じない。

 

礼奈ほどじゃないが勘は鋭いほうなんだけど、どうも嫌な感じがしない。

 

疑問を覚えながらも診療所の中を警戒しながら除く。

山狗の気配はしない、普通に受付にスタッフの女性が見える。

 

・・・・どうなってるんだ?

 

懐の銃に手を置きながら診療所の中に入る。

室内はそこまで広くはない、両親がいるならすぐに会えるはずだ。

 

「おや?灯火さんじゃないですか」

 

「っ!?って入江さん!?」

 

室内を進んでいると入江さんが普通に現れた。

入江さんは俺を見つめて驚きながらも柔和な笑みを浮かべる。

 

「ご両親のところに行くんですよね。それなら4号室ですよ」

 

「え?ああ、どうも」

 

入江さんは俺の登場に疑問を抱くことなく、しかも母さんの居場所まで教えてくれる。

 

これは・・・・もしかして俺の盛大な勘違いだったやつか?

 

室内は普通だし、入江さんやスタッフもいる。

しかも医師の入江さんは焦った様子もなく両親の場所を教えてくれる。

 

普通に両親のどちらかが軽いけがをして診療所に来てた可能性が出てきたぞ。

 

「ふふ、灯火さん。おめでとうございます」

 

「え?どうも、ちなみに両親はどうしてここに?」

 

謎のおめでとうを受けて困惑しながら両親がここに来た理由を尋ねる。

 

「おや?ご存じなかったんですか。だとしたら私が言うのは無粋ですね、お母さんから聞いてあげてください」

 

「え?」

 

「では、私はこれで」

 

そう言って入江さんは歩いてどこかに行ってしまう。

混乱しながらも入江さんに教えてもらった四号室を目指す。

 

四号室はすぐ近くにあり、中からは父さんの声が聞こえてきた。

 

「・・・・よし」

 

声の様子からして何か起きている感じはしない。

覚悟を決めて閉じている扉を開く。

 

「あれ?灯火じゃないか。どうしてここに?」

 

中には立っている父さんと診察台に横になっている母さんがいた。

母さんは診察用の服を着ているが特におかしな様子はない。

 

「えっと、父さんたちがここにいるって聞いたから。何かあったの?」

 

「ああ、そういうことか。ここにきている理由はね「あ、待ってあなた。私から言いたいわ」

 

何かを言おうとした父さんを母さんが止める。

母さんが診察台から降りてこちらに近づいてくる。

 

それに対し後ずさろうとする身体を止めて母さんを待つ。

近くまで来た母さんは俺の手をとってゆっくり口を開く。

 

 

 

「灯火、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「・・・・え?」

 

 

「お母さんは女の子だと思うのよね。でもお父さんは男の子だって言うのよ!」

 

「いやいや思うってだけじゃないか。僕としてはどっちでも嬉しいよ」

 

「ふふ、そうね。ああ、この子の服を作ってあげるのが今から楽しみ」

 

俺を置き去りして両親は楽しそうに話し始める。

 

「・・・・こ、子供が生まれるの?」

 

震えながら母さんと父さんに確認する。

俺の質問を聞いた母さんが幸せそうに微笑みながら俺の手を握って自身のお腹に当てる。

 

「ええ、そうよ。これから私達はお母さんとお父さんとあなたと礼奈とこの子の五人で暮らすの。もちろんこの雛見沢でね」

 

「これから忙しくなるね!僕も子供用のデザインを考えなきゃ!!」

 

父さんは母さんの肩に手を置きながら元気よく口を開く。

それに対して母さんは肩に置かれた手に手を重ねながらもジト目で口を開く。

 

「あなたのは妙にエッチだから駄目よ。この子は私のを着せるの」

 

「えぇ、それはないだろう」

 

父さんが項垂れ、母さんが笑う。

その光景はどう見ても幸せな夫婦の姿だった。

 

「・・・・」

 

「灯火?呆然としてるけどどうしたんだい?」

 

2人を呆然と眺めていた俺に父さんが話しかけてくる、

2人からの視線を受けて、張りつめていた緊張が切れたのを感じた。

 

「・・・・なんだかなぁ、心配して来てみればこれか」

 

自然と笑みが浮かび、身体中から力が抜けていく。

子供って、そんなの原作では全くないぞ。

 

まぁ、原作なんてぶっ壊れてるから今更だけどさ。

 

「ふふ、灯火ったら泣きながら笑ってる。そんなに嬉しかったの?」

 

「なんだが久しぶりに子供らしい灯火を見たね」

 

「いやぁ・・・・ちょっとこれは泣くに決まってるじゃん」

 

流れた涙は止まる気配を見せない。

幸せそうに笑う父さんと母さん。

 

その光景を見て苦笑いが浮かぶ。

 

今まで俺たち家族の関係はどこかで壊れるんじゃないかと疑っていたのがバカみたいだ。

こんな光景を見てしまったら、そんなこと思えるはずがない。

 

瞳からこぼれた涙が心の中の疑心を洗い落とすかのように頬から滑り落ちていく。

心が軽くなっていくのがわかる。

 

生まれてくる子には心から感謝をしたい。

 

「礼奈もこれでお姉ちゃんね。これで少しは大人になってくれるといいんだけど」

 

「うーん、それは無理じゃないかな?」

 

「・・・・」

 

礼奈達のこと忘れてた。

 

置き去りにした礼奈たちのことを思い出して顔から血の気が引いていく。

両親のことで軽くなった心から一瞬で鉛のように重くなる。

 

礼奈たちのことは両親を救った後に考えるか。

うんうん、救う必要すらなかったぞ俺。

 

さぁ、じゃあ次はどうする?

 

・・・・今年からずっと綿流しでメイド服を着るって言えば許してくれないかな?

 

室内から見える窓に目を向ければ、何やら大急ぎで診療所の駐車場に入る車が。

あれって園崎家の車だな。

 

白線を無視して駐車された車から見覚えるのある妹たちと梨花ちゃんが現れる。

 

おや?これは終わったか?

 

全員尋常でない表情をしているし、絶賛勘違い中の最中のようだ。

しかもこのタイミングでくるってことは梨花ちゃん、演武をドタキャンして来たな。

 

・・・・さて、死にに行くか。

 

あ、その前に入江さんに頼んでメイド服を用意してもらおう。

 

冥途の土産を用意しなきゃ。

 

 







次話 IFです。


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IF 綿流し4

IF(魔女要素あり)



「さて、何か申し開きはあるかしら?」

 

「いえ、全ては俺が盛大に勘違いした結果でございます」

 

「と、灯火は悪くないのですよ!僕が勘違いして大騒ぎしてしまったのが悪いのです!」

 

怒れる梨花ちゃんの前に俺と羽入は土下座するくらいのつもりで謝る。

 

ちなみに俺と羽入は診療所の廊下で正座をさせられている。

決死の覚悟で乗り込んだらただの勘違いでした☆なんてことになったのだから怒るのも当然だ。

 

梨花ちゃんは大事な奉納演舞も諦めてここに来てるんだし。

きっと梨花ちゃんのお母さんが代わりにしてくれたと思うけど、絶対怒られる。

 

詫びメイド服なんかでは絶対にすませてはくれないだろう。

 

「・・・・それに他にも聞かないといけないことがいっぱいありそうね」

 

「・・・・」

 

「まぁ今は時間がないからいいわ。それよりあっちはどうするの?」

 

「はうー、礼奈がお姉ちゃん。礼奈がお姉ちゃんになる。はうー」

 

視線の先には両親から子供のことを聞いてトリップした礼奈。

あれはしばらく戻ってこないな。

 

まぁ礼奈は放置でいいや。

 

問題は詩音だな。

一応俺の勘違いだって説明したけど、納得が出来ないらしく葛西と周囲の警戒に出てしまった。

 

向こうに残ってるのは魅音と悟史と沙都子か。

心配してるだろうから何でもなかったことを伝えたい。

 

「とりあえず私は戻るわ、奉納演舞もまだギリギリ間に合うかもしれないし、あなたはどうする?」

 

「・・・・両親とこのまま帰るつもりだ。綿流しには行けそうにない」

 

お腹の子供の影響で体調の悪い母さんは今夜は診療所に泊まった方が良いと言われるけど、さすがに今の状況でここに泊まるのは危険だ。

 

さっき俺と詩音が山犬に襲われたのは事実、警戒しておいたほうがいい。

それにまだ鷹野さんには会っていない。

やっぱりあの人は危険だ。

 

「礼奈も連れて帰る。詩音と葛西には俺から言っておくから梨花ちゃんは先に戻ってくれ」

 

「わかったわ、それと灯火」

 

「なんだ?」

 

俺がここに残ることを告げると梨花ちゃんは綿流しに戻るために踵を返す。

しかしその途中でいったん止まり、こちらに振り帰る。

 

「これからも頑張りましょう。この世界に生まれるその子のためにもね」

 

「・・・・ああ、この世界で最後にしよう。絶対にな」

 

「ええ、もちろんよ」

 

微笑みながらそう告げた梨花ちゃんは今度こそ診療所を後にする。

これから面倒なことでいっぱいだが、こうして良いことだってある。

 

俺以外の原作にはいない登場人物。

本来の世界では父と母は離婚しているから生まれるはずのない命だ。

 

つまりこの子は、別のカケラでは生まれることのない。

ある意味でこの世界の象徴のような子だ。

 

もしかしたら俺のように、前の世界の記憶を

 

「っ!?」

 

頭に痛みが走る。

 

・・・・なんだ?さっき何を考えていた?

 

頭がぼーっとする。

靄がかかったように思考が晴れない。

 

「はっ!?礼奈は何を!?」

 

混乱する頭に正気に戻った礼奈の声が聞こえる。

・・・・とりあえず礼奈と合流だな。

 

詩音の件は明日だな、いやほんとどうしよう。

 

来年の綿流しまで一年、過去最高に忙しくなりそうな予感がする。

 

鷹野さんとは完全に敵対したし、詩音の雛見沢症候群も何とかしないといけない。

今回の件で両親が狙われる可能性も十分わかった。

 

今まで以上の警戒は必須事項だ。

 

「礼奈、今日はもう帰ろう。帰ったら久しぶりに一緒に寝ようか」

 

今日は久々に家族で川の字で寝るつもりだ。

それなら万が一があってもすぐに起きれるし。

 

「いいの!?」

 

「お、おう」

 

久しぶりに一緒に寝れると聞いて目を輝かせる礼奈。

確かにお互い1人部屋になってから一緒に寝る機会は減ったからな。

 

でもそこまで喜ぶとは思わなかった。

 

「先に母さんと父さんのところに行ってくれ。俺はちょっと詩音と葛西のところに行ってくる」

 

詩音が葛西に襲われたことを伝えたようで、先ほどものすごい剣幕で落とし前をつけさせると呟いていた。

止めても聞いてくれなし、それから2人ともずっと警戒してくれているからな。

このままだと徹夜してでも監視を続けそうだ。

 

「じゃあ部屋に行ってるね。もうお外も暗いから気を付けてね」

 

「ああ」

 

礼奈に別れを告げて診療所の外へと向かう。

どこに行ったんだ?まさか周りの森の方までは行ってないよな。

 

診療所の中を歩きながら周辺を見回す。

すると、廊下の奥に人影が見えた。

 

「・・・・って梨花ちゃんじゃないか」

 

暗がりの廊下から現れた梨花ちゃんに駆け寄る。

さっき綿流しの方へ向かったと思ったけど、まだこっちにいたのか。

 

「こんばんわ燈火(とうか)、良い夜ね」

 

近寄った俺に梨花ちゃんは薄く笑う。

暗く静かなせいか、今の梨花ちゃんは不気味に感じた。

 

「まだこっちにいたんだな。奉納演舞はいいのか?」

 

「ああいいのよ、あれはもう嫌になるほどやったから」

 

「・・・・そっか、でも後でお母さんに怒られるぞ」

 

俺の問いかけに興味なさげに答える梨花ちゃんに苦笑いを浮かべる。

まぁ確かに梨花ちゃんは何回もいくつものカケラで奉納演舞をしてるからな、嫌になるのも頷ける。

 

「燈火、さっき家に帰るって言ってたけど、私はここに残った方が良いと思うわ」

 

「え?どういうことだ?」

 

ここに残るべき?いやそれは危険だって梨花ちゃんも納得したじゃないか。

 

「改めて考えてみたのよ。もしかしたらあなたの家で山狗たちが待ってるかもしれない」

 

「・・・・どういうことだ?」

 

「家に帰れば安全というわけではないわ。むしろ他人の目がなくなってしまうからかえって危険だと思う。あなたの家は他の人と離れてるから何かあっても他の人が気付かない」

 

「・・・・なるほどな」

 

梨花ちゃんの言葉に納得する。

考えすぎな気もするが、鷹野さんがここにいないのは俺の家のほうにいるからか?

 

「ここなら入江、それに鷹野の息がかかっていないスタッフだっている。詩音たちだってここにいられるし安全なはずよ」

 

「・・・・わかった梨花ちゃん。確かにその通りだ、今日はここに泊まることにするよ」

 

梨花ちゃんに礼を言う。

ここに残ることで鷹野さん達に俺がまだ今回の襲撃の犯人は鷹野さん達だと気づいてないと思わせることも出来る。

そう言う意味でもここに泊まる選択肢は有効だ。

 

「気にしないで・・・・ねぇ燈火、あなたは今幸せ?」

 

「なんだそりゃ、まぁ色々大変だけど幸せだよ」

 

梨花ちゃんの質問に若干照れながら答える。

まぁここで幸せなんかじゃないなんて言えば、礼奈やみんなが泣いてしまう。

 

「私も幸せよ。今日はお気に入りのワインを開けたいくらい」

 

「梨花ちゃんお気に入りのワインか。確かよく飲んでたのは」

 

「ベルンカステルよ。あなたにも今度飲ませてあげる」

 

「それは楽しみだな」

 

梨花ちゃんは微笑みながらこちらへと近寄ってくる。

引っ付きそうな距離まで近づいた梨花ちゃんはこちらに手を伸ばす。

 

「ついでに良いことを教えてあげる。幸せと絶望は表裏一体、幸せなほど絶望が裏で嗤ってるわ。こんな風にね

 

「・・・・梨花ちゃん?」

 

俺の頬に手を当てながら梨花ちゃんは笑う。

なんだ?今前の前にいるのは本当に梨花ちゃんなのか?

 

梨花ちゃんは、こんな闇のような瞳をしていたか?

あまりの様子にそんな突拍子のないことを考えてしまう。

 

「ふふ、冗談よ。そろそろ帰るわ」

 

固まる俺に梨花ちゃんは猫のようにするりと離れていく。

そしてそのまま闇の中へと消えて行こうとする。

 

「さようなら燈火。またひぐらしのなく頃に会いましょう」

 

そう言って梨花ちゃんはあっという間に闇の中に姿を消していった。

 

「・・・・そうだ、詩音たちのところに行かないと」

 

釈然としない気持ちを抱きながらも詩音たちの下へと急ぐ。

さっきのことはまた落ち着いた時に聞けばいい。

 

そう結論を出してこの謎の気持ち悪さに俺は蓋をした。

 

 

 

 

「ふふ、二人とも寝ちゃったわね」

 

「うん、綿流しのお祭りで疲れちゃったんだろうね」

 

ベッドの上で仲良く並んで寝息を立てる息子と娘に思わず頬が緩む。

本当に仲がいいんだから、いえ仲が良すぎるわね。

 

特に礼奈。

この子はお兄ちゃんのことが大好き過ぎて他の人の嫁にいけるのか不安だわ。

 

「灯火も、こうしても見るとまだまだ子供ね」

 

寝息を立てる灯火の頭を撫でる。

行動力の塊のような子、大人しくしているところを見たことがない。

 

気が付いたら園崎家の娘さんや古手家の娘さんと仲良く、いえそれ以上の仲になってるんだかもの。

礼奈とは違う意味で将来は心配だわ。

 

「礼子、君も早く休まなきゃ。君だけの身体じゃないんだから」

 

「ええ、その通りね」

 

2人を眺めていてると夫が私に毛布をかけてくれる。

確かにお腹の子に何かあったらいけない、もう休んでしまいましょう。

 

そう思ってベッドに横になろうと動く。

その拍子に廊下が視界に入る。

 

扉の隙間から少しだけ見える暗がりの廊下。

その廊下に、何か青く光る何かが見えた。

 

「・・・・蝶?」

 

廊下の隙間から見えた青い光を放つ蝶。

興味が引かれた私はベットから降りて廊下へと向かう。

 

「ん?どうしたんだい?」

 

「いえ、さっき廊下に何かがいた気がしたの」

 

夫と一緒に廊下に顔を出す。

暗い廊下を見れば、少し離れたところに先ほどの蝶がフワフワと舞っているのが見えた。

 

「蝶?青く光る蝶なんて初めて見たよ」

 

「・・・・綺麗ね」

 

幻想的な青い光るを纏った蝶は廊下を進んで私達から離れていく。

その幻想的な姿をもっと近くで見たくて、私は廊下に出て蝶を追いかける。

まるで吸い寄せられるように私達は診療所の奥へと向かっていく。

 

「礼奈にも見せてあげたいし、捕まえられないかしら」

 

「どうだろう?何か網でもあればいいんだけど」

 

ゆっくりと舞いながら進む蝶を私達は警戒されないように後をつけていく。

蝶はどんどん診療所の中を進んでいく、まるでどこかに向かっているかのよう。

 

「だいぶ部屋から離れちゃったね。そろそろ諦めて戻ろう」

 

「そうね、残念だけどそうしましょうか」

 

良い大人が蝶と追いかけっこというのも恥ずかしい。

それに蝶を追いかけてしまったせいで妙な場所に来てしまった。

このあたりの雰囲気からして明らかに私達のような部外者が来ていい場所ではなさそう。

 

諦めて戻るとした時、あの蝶が一つの部屋の中に入るのが見えた。

 

「・・・・」

 

なんとなく興味本位で部屋に近づく。

もしかしたら蝶がどこかに止まって羽を休んでいるかもしれない。

 

そして部屋に近づいた時、部屋の中から声が聞こえた。

 

「雛見沢症候群の発症が疑われる詩音ちゃんの確保には失敗、しかも灯火君の口封じも失敗。今日は綿流しだからちょうどいいと思っていたんだけど」

 

「すいやせん、まさか銃を持ってるとは思ってませんでした」

 

部屋の中で男と女が会話をしている。

・・・・え?今なんて?

 

「別に灯火君のことはどうでもいいけれど、どうにかして詩音ちゃんは確保しておきたいわね。このままだとあの子、末期症状になって暴走するわよ」

 

「まぁだとしたら結局灯火の野郎は殺しておいたほうがいいと思いますよ。あのガキは勘が良い、生かしておいて良いことはない」

 

「ふぅん、大事な女王感染者のお気に入りだから出来れば殺したくはないんだけど、しょうがないわね」

 

・・・・灯火を殺す?

この人たちは何を言ってるの?

 

「ね、ねぇあの人たちは何を」

 

「わ、わからない。とにかくすぐにここから離れよう」

 

同じように会話を聞いていた夫が顔を青くさせながらここから離れるよう私の手を引く。

 

そして私が部屋から視線を切ろうとした瞬間、室中の女と目が合った。

 

「・・・・あら?どうやらネズミさんが来ていたようね」

 

そう言った女は邪悪な笑みを浮かべる。

 

 

そして夜の闇より暗い何かが私達の意識を奪い去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 

女が笑う。

 

「ねぇ幸せな燈火、そんなあなたを見ていると私も幸せよ。でもそれよりも私はあなたの壊れたところを見てみたいの!!」

 

女は嗤う。

 

「もう十分楽しんだでしょ?飽きちゃったからそろそろ私好みに物語を変えてあげる」

 

女は哂う。

 

「さぁ、私とあなたのゲームを一緒に楽しみましょう」

 

魔女は歌う。

 

彼女の詩を。

彼の死を。

 

 

 

 

 

 



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兄隠し編1

「・・・・二年ぶりか」

 

どんどん都会から田舎へと流れていく眺めていると自然とその言葉が洩れた。

もうあれから二年も経つのか。

 

「パパー」

 

二年前のことを思い出していると膝の上に座っていた娘が声をかけてくる。

 

「ん?どうしたんだい美雪」

 

「ダッコー」

 

両腕をこちらに伸ばしてそう要求してくる娘に頬を緩めながら言われた通り抱き上げる。

抱き上げて視線が高くなった美雪は喜びながら電車の窓の外に映る景色に向ける。

 

「パパはやーい!」

 

「そうだね、そういえば美雪は電車は初めてか」

 

窓の景色を見てはしゃぐ美雪を見て微笑む。

二年前のことを思い出したせいか、美雪の姿があの子に重なる。

 

梨花ちゃん、彼女は元気にしているだろうか。

それに灯火君も、あれから二年も経つんだから大きくなっているだろう。

 

「楽しみだわ、あなたから聞いていた場所にやっといけるのね」

 

「・・・・そうだね、俺も楽しみだよ」

 

興宮には以前にお世話になった大石さんもいるから挨拶をしないとな。

きっと大石さんは今日も笑いながら麻雀でもしているに違いない。

 

「やっと長い休暇がとれたわね。東京ではずっとあなたは忙しかったから」

 

「うっ、それは悪かったよ。事件がずっと続いてて」

 

「ええわかってるわ。だから嬉しいのよ、やっと三人でゆっくりできるんですもの」

 

そう言って雪絵は微笑みながら美雪の頭を撫でる。

美雪は母さんに撫でられて首を傾げながらも嬉しそうに笑っていた。

 

「雛見沢にも早く行ってみたい。あなたから聞いた子供たちにも挨拶しなきゃ」

 

「ああ、僕も早く会って話がしたいな」

 

無事娘が生まれたということを伝えたい。

きっと二人も喜んでくれるに違いない。

 

俺は流れている景色を眺めながら2人が娘と会って笑顔を浮かべるのを想像できる。

 

「興宮に着いてホテルに荷物を置いたら、俺は一度警察署に顔を出すよ」

 

「わかったわ。じゃあホテルで待ってるわね」

 

「ああ、頼む」

 

大石さんに会うのも久しぶりだ。

 

そして雛見沢も。

 

あの自然豊かな景色を二人にも早く見せたい。

 

「ひなみさわー?」

 

俺たちの話を聞いていた美雪が首を傾げながらそう口にする。

 

「ああ、綺麗なところだから美雪も気に入るさ」

 

「ふーん」

 

俺の言葉に首を傾げながら外の景色に目を戻す美雪に苦笑いを浮かべる。

今の美雪は雛見沢より外の景色に夢中なようだ。

 

でも今見えている窓の景色に驚いているならきっともっと驚くだろうな。

あれほど自然が豊かな場所は、東京で見ることは難しいから。

 

「あなた、そろそろね」

 

「ああ、準備をしておこう」

 

電車の中に興宮へ後五分で到着することを知らせるアナウンスが流れる。

今日は警察署に顔を出したら興宮でゆっくりして雛見沢には明日行くことにしよう。

 

 

 

 

「おや?これは懐かしい人に会いましたねぇ」

 

「大石さん、お元気そうですね」

 

「んっふっふっふ!赤坂さんもお元気そうで。いやぁ見違えましたよ、随分と貫禄が出てきましたねぇ」

 

「ありがとうございます」

 

興宮のホテルに荷物を置いて警察署に挨拶に来た。

ちょうど大石さんも警察署の中にいたようで突然の俺の訪問を歓迎してくれた。

 

「せっかくのお休みにわざわざ東京からこんな田舎に来るだなんて。奥さんから怒られたんじゃないですか?」

 

「いえ、妻と娘もゆっくりできると喜んでいますよ。東京はやはり何かと忙しいですから」

 

笑う大石さんに苦笑いを浮かべながら妻の心境を説明する。

 

「それに私もここには思い入れがありますからね。ここにまた来れて嬉しいですよ」

 

「んっふっふっふ!そうですか。まぁ何もないところですが、それがうちのいいところですからねぇ」

 

俺の言葉に大石さんはそう言って笑う。

大石さんとは二年前の大臣の孫が誘拐された事件で協力してもらった。

あの時は迷惑をかけてしまったからな、これからしっかりと恩を返していきたい。

 

東京での事件を解決するために身体も鍛え、経験も積んだ。

この東京にいた時間はここでも役立てるはずだ。

 

そのまま雑談に花を咲かせていると、事務所の中から大石さんを呼ぶ声が聞こえる。

 

「おっとと、呼ばれてしまいましたね。そうだ、赤坂さん。明日の夜は空いていますか?」

 

「明日の夜ですか。ええ、妻に相談して空けてもらいますよ」

 

今日はさすがに厳しいが、明日の夜くらいならなんとかなるだろう。

久しぶりにあったのだ、俺も大石さんと飲みの場で話がしたい。

 

「久しぶりに赤坂さんと卓を囲えますねぇ。おやっさんたちにも連絡しておきますよ」

 

「ま、麻雀はちょっと・・・・妻に殺されますので」

 

以前にすることが出来たのは出張中だったからだ、もしここでまた麻雀していることがバレたら確実に怒られる。

 

「では普通に飲むだけにしましょうか。んっふっふ!可愛いお姉ちゃんがいるお店ではないので安心してください」

 

「・・・・お願いします。いえ本当に」

 

せっかくの休暇中に妻と修羅場になんてなりたいくない。

 

「いやぁしかし、赤坂さんはなんというか運が悪いですねぇ」

 

「え?どういうことですか?」

 

大石さんの意味深な言葉に対して確認をしようとした時に事務所から大石さんを呼ぶ声がもう一度届く。

 

「詳しい話は明日にしましょう。ではまた」

 

「・・・・はい」

 

詳しい話を聞きたいところだが時間はなさそうだ。

事務所に戻る大石さんを見送って俺も家へと戻る。

 

・・・・雪絵には悪いが厄介ごとがありそうだな。

 

しかし興宮で何か事件はあっただろうか?

 

一応こっち来る前に東京で最近のことを調べてはいたけれど特に何も見つからなかった。

 

・・・・となると興宮ではなく雛見沢か?

 

雛見沢の情報はさすがに東京では調べられなかった。

しかしダム建設の話はすでに凍結していて村での抗議活動も同じく終了している。

 

あの時の雛見沢は確かに凄まじかったが、今雛見沢で何か起こりえるのだろうか?

 

雛見沢は人口二千人程度の村だ、ダム建設のようなよっぽど大きなことでもなければ騒ぎにはならないだろう。

 

「はぁ・・・・大石さんが大袈裟に言っただけであることを祈るしかないか」

 

まぁ、そんなわけないだろうが。

きっと園崎家か、灯火君あたりが何かやらかしているのだろう。

 

雛見沢で派手に騒ぐようなことをするなんて俺の知る限りそこしかない。

 

前回は俺の勘違いや迂闊な行動で園崎家や灯火君には迷惑をかけてしまった。

もし何か問題をかかえていて、俺が何か力になれるなら協力したい。

 

いやまぁ、俺は警察だから法に抵触するようなことをしてるなら全力で止めるけど。

 

 

 

 

「詩音さん、先ほど新しい情報が届きました」

 

「・・・・ありがとう葛西」

 

電話越しで葛西に礼を告げる。

 

・・・・ふぅん、警察が来たのか。

 

「休暇で来たようだけど、警察は信用できない。もしかしたら奴らの増援かもしれないから監視させて」

 

「わかりました。接触は避けますか?」

 

「・・・・もし相手が雛見沢に来るなら接触してみるのもありね」

 

「・・・・ではそのように」

 

それから葛西と情報の共有してから電話を切る。

 

「・・・・」

 

私の記憶が確かなら、ダム反対運動の時にも東京から警察が来ていた。

そして今回も同じように東京から警察が来た。

 

これで疑うなってほうが無理がある。

 

「・・・・向こうも痺れを切らせてきたようね」

 

これは私達側からすればチャンスだ。

相手は必ずお兄ちゃんに接触しようと動く。

 

そこで奴を捕らえ、相手のたくらみを全て暴いてやる。

 

私達()に手を出せばどうなるか、お前らに教えてやる」

 

手に握りしめていた受話器が悲鳴を上げる。

 

「詩音、葛西から?」

 

「うん、どうやら向こうが動いたみたい」

 

握りしめていた受話器を置いて声の方へ顔を向ける。

そこには真剣な顔つきのおねぇがいる。

 

「・・・・今回はどうする?()()()()()()()

 

「・・・・今は詩音のままでいいかな。でも後で代わってもらうかも」

 

「りょうかい、でも気を付けなよ。狙われるのはあんたもなんだからね」

 

「うん、わかってる。おねぇも気を付けて」

 

私達はお互い頷き合う。

おねぇに私達が鬼だと言うことは伝えていない。

 

けど私と園崎家と深く関わっているお兄ちゃんが綿流しに狙われたことは伝えた。

それによって園崎家は自分たちを狙う奴らがいると勘違いしている状態だ。

 

・・・・本当は鬼である私達を狙ったものだけど、敵は同じだから問題ない。

 

「あとまだ手は出さないでね。少しの間泳がせておきたいの」

 

「ん、それは私も賛成。相手がどう動くかしっかりと把握しないとね」

 

おねぇの賛成もあってしばらく相手の動向を見ることに決める。

後でその男の情報を詳しく調べないと」

 

「・・・・お兄ちゃんと私の妹に手ぇ出したんだ。腸引き裂かれても文句は言えないよ」

 

おねぇは園崎家としての冷徹な顔でそう告げる。

・・・・私は鬼だけど、今のおねぇも十分鬼だね。

 

「・・・・この鬼隠し、暴けるものなら暴いてみなよ」

 

 

 



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兄隠し編2

今回の話はあまり進展なしです。
すいません。


「それでは、久しぶりの再会を祝して乾杯!」

 

「乾杯!」

 

大石さんから差し出されたグラスと自分のグラスをぶつける。

ぶつけた拍子でグラスからこぼれそうなった泡を口で救いながら一気に飲み干す。

 

「良い飲みっぷりですねぇ」

 

「ええ、前の時はこちらの方はお付き合いできませんでしたから、今日は二年前の分も飲みましょう」

 

「いやはや、これは明日は二日酔いですね。んっふっふっふ!」

 

そう笑いながらも酒に口をつける大石さん。

そのまま笑いながら酒を飲んでいると頼んでいた食べ物が次々と運ばれてくる。

 

「さぁ、じゃんじゃん食べましょう。今日のお金は経費で落ちるようになってますから」

 

「経費って、別に今日はプライベートですよね?」

 

「いやいや将来有望な赤坂さんと仲良くなるためです。いくらかかろうと安いものですよ」

 

笑いながらそう言って酒のおかわりを頼む大石さん。

まぁいいかと俺も苦笑いと共に酒の注文を頼んだ。

 

「二年前にお世話になった方達はお元気ですか?」

 

「ええ、今日も麻雀をしていますよ。二軒目で合流しますのでその時に本人達に聞いてあげてください」

 

「そうですか。お元気ならよかったです。あ、でも二軒目はちょっと、妻に怒られますので」

 

思い出すのは以前に麻雀の卓を囲んだ男達。

一人は情報屋で俺に園崎家の情報をくれた。

彼のくれた情報で背筋が凍ったのをよく覚えている。

 

今でもどうして園崎家が俺が東京から来たのかを知っていたのかわからない。

・・・・さすがに今回のことは把握していないよな?

 

いや今回に限っては普通に遊びに来ただけで別に悪いことをしにきたわけじゃないんだ。

 

堂々と雛見沢に行けばいい。

 

その後も東京でのこと、この二年間のことを大石さんに話す。

大石さんも麻雀での出来事や興宮で起こったことを俺に話してくれた。

 

そうして話と酒が進み、ある程度酔いが回りだした時に俺がずっと聞きたかったことを大石さんに質問した。

 

「・・・・それで、昨日の昼のことですけど」

 

「ああ、そういえば途中でしたね」

 

俺の質問に大石さんは今思い出したようにつぶやく。

仕事でもない酒の席で真面目な話をするのはと思ったりはするが、どうしても気になる。

 

「運が悪いってどういう意味ですか?俺が知る限り興宮で最近事件は起きてはいないと思うのですが」

 

「・・・・んっふっふ。確かに興宮では起きていませんねぇ」

 

俺の質問に大石さんは意味深に笑う。

興宮では起きてはいない、だとしたら俺の予想通りか。

 

「・・・・雛見沢ですか」

 

「ええ。とはいえ事件が起きたわけではありません。ただ近いうちに何か起こるかもしれないと個人的に思ってるだけです」

 

「・・・・詳しい話を聞いていいですか?」

 

「いや、どうも最近雛見沢が妙な雰囲気になっているんです。事件が起きているわけではないのですがね」

 

「妙な雰囲気ですか?」

 

俺はてっきり灯火君や園崎家がまた何かをしていると思っていたんだが、雛見沢全体で起こっていることなのか?

 

「まぁ私の勘です、それに心当たりがありますしね」

 

「・・・・その心当たりとは?」

 

「灯火さんです」

 

「ああ、やっぱり」

 

大石さんから出た名前に思わず頭を抱える。

灯火君、やっぱり今回も君じゃないか。

 

「・・・・彼が何かしたのですか?」

 

「正確には彼が何かしたわけではないんです。ただ私としては信じられないのですが」

 

「彼が何かしたわけではない?なのに彼がその雛見沢の心当たりになるんですか?」

 

大石さんの言葉をきちんと把握できない。

なんだ?一体彼は何をやらかしたんだ?

 

大石さんは取り出したタバコに火をつけて口に咥える。

そして煙を吐き出しながらその理由を口に出した。

 

「灯火さんは今、雛見沢にいません。だから彼が雛見沢で何かを出来るわけがないんですよ」

 

「・・・・って彼は雛見沢にいないんですか!?」

 

まさかの言葉に思わず声が大きくなってしまう。

せっかく会えると楽しみにしていたのになんてことだ。

 

「そ、それは彼が引っ越したということですか?」

 

「ええ、正確には彼だけです。ご家族の方は今も雛見沢にいますよ。なんでも衣服について勉強するためだとか」

 

「そ、そうだったんですか。ちなみにどちらに?」

 

「茨城だそうです。雛見沢とは少し離れていますねぇ」

 

大石さんの言葉に愕然とする。

衣服の勉強か、灯火君はそっちに興味があったんだね。

 

確かに田舎を出て都会に学びにいく子は多い、灯火君も専門学校に入って寮暮らしか一人暮らしをしているのだろう。

 

「それで灯火君がいないことでどうして雛見沢に影響が出るんですか?」

 

ま、まさか彼がいなくなったことで園崎家の機嫌が悪くなり、そのせいで雛見沢の様子が変になったというわけじゃないよな?

 

・・・・ありそうだ。

 

俺がそう言うと大石さんが大声で笑う。

 

「いやぁ私も最初は絶対にそうだと思っていたんですがねぇ。それにしては妙な感じなんですよ」

 

「・・・・そこで先ほどの話に繋がるんですね」

 

「ええ、私は彼が引っ越したと聞き、赤坂さんと同じように今頃雛見沢は大変なことになっていると思ったんです。知っての通り彼は園崎家のお気に入りですから」

 

「・・・・ではその予想とは違ったということですか」

 

話の流れからして俺の予想は外れているのだろう。

別にそれ自体はそれほど不思議ではない、専門学校に行っただけで家族は雛見沢にいるのだから彼はいずれ帰ってくるんだから。

 

「彼がいなくなったのは三か月前。それからですね、雛見沢の雰囲気が変わったのは。なんというか住民の私達を見る目が変わったように感じました」

 

「・・・・私達って言うと、警察への見る目ということですか?」

 

「いえ、雛見沢以外の人を見る目ですね。何回か雛見沢に行きましたが、何と言いますか見られているような感じがするんですよ」

 

「・・・・」

 

大石さんの話を聞いて考えるが答えは出ない。

雛見沢以外の人を見る目が変わった?

それはつまり雛見沢の住民が他の住民と何かがあったということか?

 

それだけなら灯火君はあまり関係のないように思えるが、彼がいなくなってからというのが気になる。

つまり雛見沢の誰かではなく、灯火君と誰かの間に何かがあってその影響で雛見沢住民の見る目が変わった?

 

二年前のことを思い出しても彼は雛見沢でもかなりの影響力があるようだし、ありえるかもしれない。

もしかしたら服の勉強のためにいなくなったのではなく、そのせいで雛見沢を離れたのか?

 

「まぁ赤坂さん、あまり深く考えないほうがいいですよ。あそこに首を突っ込むと痛い目に遭うのは身に染みてわかってるでしょう?」

 

「・・・・そうですね」

 

「んっふっふっふ。さぁそろそろ二軒目に行きましょうか。旦那たちも待ちわびているでしょうから」

 

「いや本当に少しだけですよ?遅くなると妻に怒られます」

 

そう言って大石さんは最後のお酒を飲み干して立ち上がる。

俺も共に立ち上がりながら頭の中で考え続ける。

 

大石さんの言う通り、関わるべきではないのかもしれない。

でも、もし今雛見沢で何かが起きていて梨花ちゃんや灯火君が困っているのなら俺は力になりたい。

 

・・・・行ってみるか、雛見沢へ。

 

 

 

 

 

「や、梨花ちゃん今時間ある?」

 

「みぃ?魅音なのです」

 

赤坂と大石が話をする少し前。

雛見沢では二人の少女が話していた。

 

「・・・・例のことで少し話があったからね。その報告」

 

「・・・・何かあったのですか?」

 

真剣な表情の魅音に同じく表情を変える。

梨花が聞く体制になったのを見て魅音は口を開く。

 

「どうも東京から警察が一人興宮に来たみたいだよ。この時期に、それも家族一緒で」

 

「・・・・東京から」

 

「そう、今詳細を確認させてるけど、どうも二年前のダム戦争の時に来た男みたいだ」

 

「っ!?それは本当なのですか!?」

 

魅音の言葉に梨花は目を見開いて驚きをあらわにする。

梨花の中ではすでにその人物の顔が思い浮かんでいた。

 

「・・・・どうもこの男が来た理由にお兄ちゃんが関わっているみたいだね。まぁ十中八九今回の件が関係してるだろうね」

 

「・・・・」

 

魅音の言葉に梨花は黙り込んで考える。

このタイミングで赤坂が来た理由を考えるが正解と言えるものは思い浮かばなかった。

 

「ま、とりあえず今は様子見しておくから。また情報があったら連絡するよ」

 

「・・・・お願いするのですよ」

 

「りょうかい、じゃあまたね」

 

そう言って魅音は踵を返して梨花と別れる。

 

「・・・・・魅音」

 

「ん、まだ何かあった?」

 

背中を見せていた魅音に梨花は声をかける。

梨花を見て笑みを見せる魅音を見ながら口を開く。

 

「あなたは、()()()()()()()?」

 

「・・・・」

 

その質問に()()は笑みを深める。

 

「どっちだと思う?」

 

「・・・・」

 

梨花の質問に質問で返す。

それに対して梨花は答えることが出来ずに頬を膨らませる。

 

「みぃ、魅音は意地悪なのです」

 

「あっはっは!ごめんごめん!やっぱり私達の見分けが出来るのはお兄ちゃんだけだね!」

 

「・・・・最近よく入れ替わってるから僕からするとわけがわからなくなるのですよ」

 

笑う魅音に梨花は困ったように愚痴をこぼす。

それに笑いながら今度こそ魅音は踵を返して姿を消した。

 

 

「・・・・赤坂」

 

一人になった梨花は彼の名前を呟く。

その顔に喜びの感情は浮かんでいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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兄隠し編3

「・・・・もうすぐ雛見沢か」

 

バスに揺られながら外の景色を眺める。

 

すでに景色には自然が溢れ、雛見沢が近いことを教えてくれる。

このバスには二年前にも乗ったな。

 

あの時は観光客に扮して雛見沢に来ていたけど、今回は本当に観光客だ。

いや、これからのことを思うと前回と大して変わりないかもな。

 

もちろん雛見沢の景色を見てみたいし、梨花ちゃんにも会いにいくのだけれど、本当の目的は大石さんの言っていた雛見沢の妙な雰囲気というものの調査だ。

 

もしその妙な雰囲気で困ったことになっているようなら力になりたい。

それに雪絵や美雪を雛見沢に連れてきたいからな、そのために一度雛見沢の様子を見に行くのは必須だ。

 

俺が今日一人で雛見沢に行くのを見送ってくれた雪絵。

美雪は自分も一緒に行くと頬を膨らませていたからな、早いところ雛見沢の問題をなんとかしないと。

 

そんなことを考えるとバスが停車する。

無事雛見沢についたようだ。

 

「・・・・」

 

バスを降りながら以前のことを思い出す。

 

前の時は観光客に扮して大臣の孫の調査をここでしていた。

その時に脅されたのが、たとえこの村で殺されたとしても村全員が口裏を合わせればバレないということ。

 

だからもしこの村が本当に大臣の孫誘拐に関わっていた場合、

俺がそれを調べにきたことがバレれば口封じに殺されるかもしれないと言われたな。

 

確かバスを降りてすぐに何気なくバスの方に目を向ければ全員が俺を見ていてびっくりしたな。

 

「「「・・・・」」」

 

そう、今みたいに。

 

窓からいくつもの目が俺を見つめている。

二年前のあの時は気のせいだと思っていたが、今回は違う。

 

()()()()()()()()()

 

「・・・・」

 

バスの中の人たちと目を合わせないように視線を外す。

あの時は驚きのあまり放心してしまったが、今は冷静だ。

 

大石さんが余所者に対して妙な感じがするというのはこのことだろう。

 

自分も今見て確信した。

今この雛見沢では確実に何かが起こっている。

 

バスが行ったのを確認してため息を吐く。

あまり長居するのはよくなさそうだな。

 

「さて、まずはどこから行こうか」

 

ある程度いろいろな場所の様子を見て回りたい。

そして可能なら梨花ちゃんと会いたいな。

 

梨花ちゃんなら今の雛見沢の現状を教えてくれるかもしれない。

 

「・・・・そういえば彼女達と初めて会ったのもここだったな」

 

目の前のあるバス停を見て当時を思い出す。

あそこに梨花ちゃんが眠っていて、灯火君が僕をからかってきたな。

 

当時のバス停にはダム建設反対に関するポスターが数多く張られていたけど、今は全ては剝がされているようだ。

 

「行こう」

 

バス停から目を離して村へと向かう。

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

 

懐かしい景色を楽しみながら村を歩く。

これで何もなければ本当に最高だったんだけどな。

 

「「「・・・・」」」

 

見られてるな。

表情には出さないが心の中で顔を引きつらせる。

 

大石さん、妙な雰囲気どころじゃないです。

 

大石さんはずっと前から興宮にいて雛見沢の住民とも顔見知りだ。

だからこれほど見られることはなかったんだろう。

 

住民達は意識していないようにしているつもりだろうけど、こちらからは見られていることはバレバレだ。

 

・・・・しかし、ここまでだと住民に質問とかは出来そうにないな。

 

せめて知り合いがいればいいんだが。

 

そう意味ではやはり梨花ちゃんに頼るしかないか。

もしかしたら一人で来たのは失敗だったか?

 

雪絵や美雪と家族で来ていればここまで警戒されなかったかもしれない。

でも、何があるかわからないところに二人を連れてくるわけにはいかなかったからな。

 

「・・・・あの子は」

 

古手神社へ向かおうとしたところで前に見知った女の子を見つめる。

 

「・・・・あれは礼奈ちゃんだよな」

 

礼奈ちゃんとは二年前に会ったことがある。

向こうは覚えていないだろうけど、僕はよく覚えている。

 

園崎家の敷地内という印象のある場所で出会ってたし、可愛いらしい子だと思っていたな。

いや、もちろん子供としてね。

 

・・・・一体誰に言い訳をしているんだ俺は。

 

しかし、どうするか。

 

出来るなら礼奈ちゃんに話を聞いておきたい。

 

なぜなら彼女は灯火君の妹だ。

今の灯火君の現状を確認するのにこれほどの適役はいないだろう。

 

しかし今までの住民の様子を考えると藪蛇にならないとは言い切れない。

リスクを避けて礼奈ちゃんには話しかけずに梨花ちゃんの下へ急ぐという考え方だってある。

 

・・・・いや、ここは話しかけよう。

 

ここで逃せば彼女と話す機会はないかもしれない。

 

「こんにちは礼奈ちゃん」

 

「はう?」

 

俺が彼女の名を呼ぶと不思議そうに振り返ってこちらを見る。

そして可愛らしく首を傾げながら口を開いた。

 

「こんにちは、えっと・・・・」

 

「いきなりごめんね。僕は赤坂、君とは一度会っているのだけど覚えているかな」

 

「・・・・あ!お兄ちゃんが入院した時に大石さんと一緒にいた人ですよね!」

 

礼奈ちゃんはしばし俺の顔をじっと見つめ、思い出したように当時の状況を口に出す。

うん、その度は本当にご迷惑をおかけしました。

 

「思い出してくれてありがとう。ちなみに怪しい者じゃないからね、大石さんと同じ警察官なんだ」

 

「・・・・そうなんですね!でもどうして今日はここに?」

 

「ああ、久しぶりにここに来たくてね。仕事を休んでここに遊びに来たんだ。君のお兄さんは元気かい?」

 

納得いったように頷く礼奈ちゃんに灯火君について確認する。

 

俺は灯火君がここにいないということを知らないことにして、礼奈ちゃんから情報を得られないと試す。

 

「・・・・」

 

「灯火君や梨花ちゃんには二年前にここに来た時にお世話になってね。ぜひ会って当時のお礼を改めてしたいんだ」

 

口を閉じてじっとこちらを見る礼奈ちゃんに微笑みながらそう口にする。

 

内心では冷や汗が流れ始めた。

やっぱり藪蛇だったか?

 

「お兄ちゃんは今ここにはいません。服の勉強をしに遠くに行ったんです」

 

礼奈ちゃんの口から出たのは大石さんと同じ情報。

 

礼奈ちゃんの表情や口調を見て、俺は()()()()()()()()()()ことを察した。

 

・・・・これは嘘だ。でもそうなると話が変わってくる。

 

灯火君は雛見沢から出ていない?じゃあここにいるのか?

 

ここで礼奈ちゃんが嘘をつく理由はなんだ?

 

「そうなのかい!?それは残念だよ。いつ頃戻ってくるかわかるかな?」

 

内心で高速で考えが回りながらも驚きの表情を作って礼奈ちゃんからさらに情報を得るために口を開く。

 

さりげなくだ、聞いても不自然ではない質問を選んでそこから考察していく。

 

「・・・・」

 

礼奈ちゃんは俺の顔をじっと見つめながら口を閉じる。

その目はまるで俺の内心を見透かしているかのようだ。

 

しかし俺はあくまで純粋に灯火君の様子が気になるという表情を維持する。

 

「・・・・赤坂さんは何をしにここに来たんですか?」

 

礼奈ちゃんは俺の質問に答えずに逆に俺に質問をしてくる。

しかしその質問はすでに俺が答えていたものだ。

 

「え?さっきも言ったように久しぶりに雛見沢を見たくなってね。それに灯火君や梨花ちゃんにも会いたかったし」

 

不思議に思いながらも礼奈ちゃんにもう一度説明する。

それに対して礼奈ちゃんはじっと俺を見つめながらゆっくりと口を開く。

 

「・・・・嘘、じゃない。でもそれだけじゃないですよね?」

 

「え?なんのことだい?」

 

礼奈ちゃんの言葉に内心で猛烈に焦る。

うわぁ、やっぱり藪蛇になってしまった。

 

礼奈ちゃんはこちらから目を逸らすことなくさらに口を開く。

 

「・・・・赤坂さんがここに来たのはお兄ちゃんに何か用があるからじゃないですか?」

 

「えっと、確かに以前のことで謝ったり、これから仲良くなりたいから話したと思っていたけど。特別な用事があるわけじゃ」

 

「嘘だ」

 

俺の言葉を礼奈ちゃんは一言で切り捨てる。

引きつりそうになる頬を無理やり維持する。

 

なんというか流石灯火君の妹さんというだけあって普通の女の子ではないな。

異常に勘がいいのか?これは下手な嘘はつけないな。

 

どうする?もういっそのこと正直に言うか?

話してる限り礼奈ちゃんはこちらを警戒してはいるけど悪意のようなものは感じられない。

 

これは経験上のものだが悪いことをしてそれを隠しているような人間は見ればわかる。

 

そしてこれは完全に俺の勘だけど、次彼女に嘘をついてバレれば、もう話を聞いてもらえないような気がした。

 

「・・・・すまない、本当は灯火君に用事がある。最近雛見沢で妙な雰囲気がしているという話を聞いてね。彼が何か関係しているんじゃないかと思ったんだ」

 

周りに聞こえないように注意しながら礼奈ちゃんに俺がここに来た理由を伝える。

以前は任務上のためとはいえ、周りを騙した上でそれなのに自分は勝手に疑心暗鬼になってしまっていたからな。

 

 

前回と同じ轍を踏めないためにも、ここは礼奈ちゃんを信じて誠実でいよう。

 

「・・・・赤坂さんはお兄ちゃんに会ってどうするつもりですか?」

 

「彼が困っているなら力になりたい。雛見沢で何か良くないことが起こっているならそれを何とかするために手伝いたいんだ」

 

「・・・・」

 

礼奈ちゃんはじっと俺を見つめながら言葉を聞き続ける。

今の彼女達の事情はまったくわかっていない。

 

もしかしたらこの行動が礼奈ちゃん達の迷惑になってしまっている可能性だってある。

だが、ここでじゃあ何もしないというのは嫌なんだ。

 

「・・・・なんとなくですけど赤坂さんは悪い人じゃないように思います。でもお兄ちゃんについては教えられません」

 

そう言って礼奈ちゃんは俺に頭を下げてくる。

突然の謝罪に固めていた表情を崩して礼奈ちゃんに頭をあげてもらう。

 

「い、いやこちらこそ無理に聞いてすまない。無神経だった」

 

残念だが礼奈ちゃんからこれ以上話を聞くことは無理そうだ。

 

 

「・・・・最近お兄ちゃんはペットショップがお気に入りみたいでよくそこにいるみたいです」

 

「・・・・え?」

 

「それだけです、さようなら・・・・赤坂さんはもう帰ったほうがいいと思います」

 

その言い残して礼奈ちゃんは俺から離れてどこかへ歩いていく。

そして俺はそんな彼女に何も言えずに見送るしか出来ない。

 

ペットショップ?

一体どう意味だ?普通に考えれば茨城にいる灯火君がペットショップに行くのにハマっているという意味だけど、さすがに違うよな。

 

・・・・ダメだな、いくら何でも情報が足りない。

帰ったら大石さんにここら辺にペットショップがあるか聞いてみるか。

 

一度礼奈ちゃんと話して得た情報をまとめる。

 

・・・・収穫はあるにはあった。

 

まず灯火君はここにいる可能性がある。

そしてその場合、その事実は秘匿されている。

 

どうして灯火君をここにいないことにしているのかわからないが、この雛見沢の変化に灯火君は間違いなく関わっている。

 

「・・・・帰ったほうがいいか」

 

きっとそうなのだろう。

彼女は俺の身を案じていってくれたのだと思う。

 

これは俺の考えの一つだが、もし灯火君の身に何か危険が迫っていてそのため隠れているケース。

その場合、今の灯火君は危険な状態に置かれていることになる。

 

もし俺の考えが正しいなら、力になれる。

こういった時に鍛えた身体と得た経験なんだから。

 

「・・・・引くにしろ進むにしろ、梨花ちゃんに話を聞いてからか」

 

俺がいないほうがいいのなら戻るつもりだ、だがもし俺の力を必要としているなら絶対に助ける。

改めて自身の決意を決め、俺は梨花ちゃんがいるであろう古手神社へと向かった。

 

 

 

 

 



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兄隠し編4

「「「・・・・」」」

 

雛見沢の人たちからの視線が痛い。

明らかに俺のことを警戒している。

 

礼奈ちゃんには悪いことをしてしまった、村で警戒されている俺と話をさせてしまった。

俺と話したのが原因で村八分にあったとかになったら笑えないぞ。

 

・・・・とりあえず梨花ちゃんにそんなことにならないように土下座するくらいの気持ちで頼んでおこう。

前回で梨花ちゃんが村の人達に可愛がられていることはよく知っている。

 

確か梨花ちゃんはオヤシロ様の生まれ変わりと言われていて、そのため村の人たちに崇められているんだった。

その梨花ちゃんが言えば、村の人たちも何もしないだろう。

 

「・・・・古手神社か」

 

目の前にある長い階段。

その上にあるのが古手神社、ダム反対運動の時はここが本拠地になっていたのを思い出す。

きっとここに梨花ちゃんはいるはずだ。

 

「・・・・行くか」

 

「みぃ?どこに行くのですか?僕はここにいるのですよ?」

 

気合を入れて一段目の階段を上ろうとしたタイミングですぐ横で可愛らしい声が聞こえる。

片足を階段に乗せたまま声がした方に顔を向ける。

 

「「・・・・」」

 

可愛らしい少女がそこにいた。

というか梨花ちゃんだ。

 

「えっと、久しぶりだね梨花ちゃん。僕のことは覚えてるかな?」

 

「赤坂なのです。元気そうでよかったのですよ」

 

「うん、おかげさまでね」

 

満面の笑みで俺の名を呼ぶ彼女に俺も微笑む。

いきなり声をかけられてびっくりしたが、神社に行く手間が省けた。

 

・・・・声をかけるまで気づかなったことは深く考えないでおこう。

 

「赤坂、前より大きくなった気がするのですよ」

 

「あれから身体を鍛え直したからね。梨花ちゃんも大きくなったね、見違えたよ」

 

「・・・・まだまだ小さいのですよ」

 

俺の言葉にそう言って俯く梨花ちゃん。

気のせいか自分の胸に視線がいっている気がする。

 

いやそこはまだ子供なんだから気にしなくていいと思うけど。

 

「・・・・身長のことよ?」

 

「も、もちろんだよ」

 

一瞬別人のように豹変した梨花ちゃんに笑顔で頷く。

余計なことは考えたらいけない、こういう時の女の勘は怖いことを俺は知ってるんだ。

 

「と、とりあえずダム建設が凍結して本当によかったよ。ここがダムの下に沈むなんて悲しいからね」

 

「それは心配していなかったのですよ。雛見沢が沈むわけがないのです」

 

「・・・・そうか。そしてあの時は随分と迷惑をかけてしまったね。本当にすまない、灯火君にも謝れたらよかったんだが」

 

「・・・・みぃ、灯火がいないことを知っているのですね」

 

「ああ、さっき礼奈ちゃんと会ってね。そこで灯火君が茨城に服の勉強をしに行ったことを聞いたんだ」

 

「・・・・そうなのですか」

 

・・・・さて、どうするか。

どう聞くのが一番いいかを考える。

 

聞くことは雛見沢の本当の現状、そして灯火君の行方。

大きくはこの二つ。

 

礼奈ちゃんは教えてくれることはなかったけど、梨花ちゃんなら。

 

「赤坂、今日はご家族と来たのですか?」

 

「え?ああ、家族と一緒だよ。ここには一人で来たけどね」

 

俺が質問する前に梨花ちゃんから話しかけてくる。

そうだ、梨花ちゃんに美雪が無事生まれたことを伝えないと。

 

「僕が東京に帰った後、すぐに娘の美雪が生まれてね。今度一緒に連れてくるからぜひ会ってあげてほしい」

 

「・・・・」

 

「梨花ちゃん?」

 

俺の言葉に梨花ちゃんは俯いたまま答えない。

俺は困惑しながら彼女の名を呼ぶ。

 

「・・・・赤坂はもう、ここに来ちゃダメなのです」

 

「・・・・」

 

梨花ちゃんから出た言葉は礼奈ちゃんと同じ、俺にここから帰れと言う言葉。

その言葉に俺は自身の聞きたかった言葉を口にする。

 

「帰る前に聞きたいことがある。今この雛見沢で何が起きているんだ。俺が出来ることなら助けになりたい」

 

「・・・・」

 

「・・・・これは俺の考えだけど、もし灯火君に危険が迫っているのなら教えてくれ!君たちの力になりたいんだ!!」

 

口を閉ざす梨花ちゃんに自分の思いをぶつける。

それに対して梨花ちゃんは何かに耐えるように手を握りしめていた。

 

「赤坂、あなたのその言葉を私はずっと待ち望んでいた。ずっとあなたがここに来るのを待っていたわ」

 

梨花ちゃんは俺を見つめながら薄く微笑む。

 

「梨花ちゃん・・・・じゃあ」

 

()()()()()()()()

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて期待した俺は、同じく梨花ちゃんの言葉で硬直させられる。

 

「私は今まで奇跡が起こるのをただ待つだけだった。でもこの世界で奇跡なんかなくても運命は変えられると知った」

 

「梨花ちゃん、君は一体なにを」

 

「・・・・まだダム反対運動で鬼ヶ淵死守同盟があった頃、こういう言葉があったのです」

 

そう言って梨花ちゃんは歌うようにその言葉を口にする。

 

一人に石を投げられたら二人で石を投げ返せ。

三人で石を投げられたら六人で石を。

八人で棒で追われたら十六人で追い返し。

そして千人が敵ならば村全てで立ち向かえ。

 

「一人が受けた虐めは全員が受けたものと思え、一人の村人のために全員が結束せよ。これが今の雛見沢。私達は今、戦っているのよ」

 

「っ、だったらなおさら俺も力に!」

 

「ダメ。あなたにはあなたの守るものがあるはずよ。雛見沢の住民ではないあなたを巻き込みたくないの」

 

「っだが!」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いてもまだ納得できない。

 

俺がここまで鍛えてきたのはもちろん数々の事件で被害者を救うためだ。

だが、その中でもこういう時、梨花ちゃん達の力になるためでもある。

 

梨花ちゃんが言っているのは俺が関われば雪絵や美雪にも被害がでるかもしれないということだろう。

 

くそっ、こうなるのだったら一人で興宮に来るべきだった。

 

詳細はわからないが、これは俺が思っている以上に今の雛見沢は危ない状況なのか?

 

「大丈夫よ。赤坂の力がなくても私たちは戦える。灯火も心配いらないわ」

 

「・・・・」

 

「・・・・あと一年半もあれば全てに決着がつく。その時にまた遊びに来て、その時なら心から歓迎できる」

 

梨花ちゃんの言葉に開きかけた口が閉じる。

・・・・どうやら梨花ちゃん達は俺の助けを求めてはいないようだ。

 

「梨花ちゃん、しばらく見ない間にずいぶん大人っぽくなったね。いや以前もそういう雰囲気はあったけど」

 

「女の子には秘密がいっぱいなのですよ。にぱー☆」

 

そう言って可愛らしく笑う梨花ちゃんに苦笑いを浮かべる。

なんというか、俺はいつまで経ってもこの子には敵わなそうだ。

 

「赤坂が一人でここにいると、待ってる家族が暇でかわいそ、かわいそなのです。早く帰ってあげたほうがいいのですよ」

 

「・・・・ああ、そうするよ」

 

梨花ちゃんの言葉に出そうなる言葉を飲み込む。

心残りはあるが、俺が介入しても足手まといになるかもしれない以上、これ以上出しゃばるわけにはいかない。

 

状況だって大きく動くようなら大石さんに教えてもらって東京から飛んでくることだってできる。

 

「赤坂」

 

「ん?なんだい?」

 

「あなたが幸せで本当に嬉しい。あなたのその姿を見れてよかったわ」

 

そう言って梨花ちゃんは嬉しそうに微笑む。

そして俺の返事を聞かずに階段上って古手神社にある自身の家へと戻っていった。

 

「・・・・俺も戻ろう」

 

俺は戻る梨花ちゃんを見送った後に帰路に就く。

歩いてきたため時間もけっこう経ってしまっている、興宮に戻る頃にはいい時間になっているだろう。

 

「・・・・この景色を雪絵と美雪に見せてあげられないのは残念だな」

 

視界に広がる美しい景色に目を細める。

せめて二人に言葉で伝えられるようにその景色をしっかりと焼き付けた。

 

 

 

 

・・・・()()()()()()()

 

梨花ちゃんと別れてから感じる視線に眉をひそめる。

村の住民からの視線とは違う。

 

 

この視線からは明確な敵意を感じた。

 

「・・・・」

 

このまま興宮に戻るわけにはいかない。

さりげなく人のいない方へと進んでいく。

 

梨花ちゃんには申し訳ないが、巻き込まれたからには対処をさせてもらう。

 

「・・・・出てきたらどうだ?いるのはわかってるぞ」

 

少し道を外れた場所に進んでいって完全に人気がなくなったタイミングで声をかける。

気配を消すのがうまいな、どう考えても素人じゃないぞ。

 

周囲のあるのは使われていない小屋が複数。そして左は田んぼで見晴らしはいいが、右は林で視界が悪い。

 

この時点でもう村の住民が俺の後をつけているという線は消えていた。

きっとこいつが梨花ちゃんが戦っているという人間なのだろう。

 

「・・・・」

 

俺の言葉に相手は反応しない。

いいだろう、そっちが出ないならこっちから動く。

 

「ふっ!」

 

踵を返して一気に小屋へと接近する。

気配からして小屋にいるのは間違いない。

 

一気に攻めて反撃の隙を潰す。

 

相手がいるであろう小屋の扉を蹴って中へと入る。

 

「・・・・いない」

 

小屋には誰もいない。

いや後ろか!

 

「っ!?」

 

俺の死角に入り込んでいた相手に後ろ蹴りを放つ。

しかし、俺の後ろ蹴りは相手が滑り込むように床に転がることで回避される。

 

っ!?今のを躱すか。確実に入ったと思ったんだがな。

相手の回避能力に舌を巻く。

 

巧妙に俺の死角に移動しようとする相手を逃さないために目を走らせようとする中で視界に嫌な物が見えた。

 

おいおい銃は卑怯だぞ!?

 

「っ!!」

 

相手が照準を合わせきる前に小屋から飛び出る。

参ったな、今日は非番だから銃を持ってきていない。

 

相手の力量からして銃の腕前もかなりあると予想できる。

だが、ここで相手を倒せれば梨花ちゃんの助けになるはずだ。

 

何より凶器を使用する相手を梨花ちゃん達にさせるわけにはいかない。

チラッと見えた姿はスーツ姿の男だった。

 

二年前の時に大臣の孫を誘拐した男達がいた。

あいつらは銃を使っていたな、結局あいつらの正体はわからなかったし、まさか梨花ちゃん達が戦っている相手は奴らか?

 

あの時は俺のせいで灯火君が人質に取られ、一緒にいたスーツ姿の男が撃たれてしまった・・・・んん?

 

あの時いたスーツ姿にグラサンの男、あれは灯火君のボディーガードをしていた園崎の人間だ。

あの時は誤魔化されたが、完全に銃を手に持っていた。

 

そして今小屋の中にいる男、同じくスーツ姿で銃を持っている。

腕も確かで、しかもチラッとしか見えなかったが、グラサンかけてなかったか?

 

・・・・これはもしかして壮絶な勘違いが今起きていないか?

 

小屋にいるのは園崎の人間で。

俺のことを梨花ちゃん達が戦っているという人間と勘違いしている?

 

・・・・おやおや?

 

これはもしかしなくても、さっそく梨花ちゃん達の迷惑になっていないか俺。

 

 

 

 

 

 

 

 



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兄隠し編5

「「・・・・」」

 

小屋の中と外で無言が続く。

俺の予想が正しければ、中にいるのは園崎の人間。

さらにもしかしたらあの時灯火君と一緒にいた男の可能性がある。

 

・・・・さぁ、どうしよう。

 

中にいるのが園崎の人間だとしたらこれ以上戦う意味がない。

というより戦えば戦うほどまずい状況になる。

 

どうにかして園崎の人間である確証がほしいな、中にいる人があの時灯火君と一緒にいた人間だとしたら話が早いんだが。

 

「・・・・中にいる人、聞いてくれ」

 

室内から声を頼りに狙撃されないように小屋の幹を盾にしながら話しかける。

 

「俺はたまたま雛見沢に来ていた人間だ。雛見沢が何かまずい状況なのは気づいているが、詳細は一切知らない。さっきはつけられていると気づいて攻撃してしまった、すまない」

 

「・・・・」

 

「雛見沢にはもう立ち寄るつもりはない。だから見逃してくれ」

 

今の状況で梨花ちゃんや礼奈ちゃんの名前を出すのはまずい。

 

相手が本当に園崎家の場合、彼女達の名前を出せば信じてくれる可能性が増すが、そうである確証がない。

もし中の人間が園崎家ではなく梨花ちゃん達が敵対している人間なら俺に利用価値があると判断される可能性がある。

 

だから言えるのはここまでだ、これで納得してくれ。

 

「・・・・」

 

俺の言葉に返答はなく静けさが続く。

耳をすませて室内の音を確認する、そして相手が引き金を引く音を捉えた。

 

「っ!?」

 

その音が聞こえた瞬間に小屋にもたれていた身体を外に投げ出す。

 

そのすぐ後に俺がさっきまでいた場所の壁から弾丸が貫通して地面へと埋まる。

 

くそっ!やはりそう簡単に終わりにはならないか!!

 

地面に受け身を取ってすぐに動き出せるように身構える。

 

弾丸が出来てきたのは俺の足があったあたりだった。

 

つまり相手は俺を殺すのではなく無力化するつもりだ。

だったらまだ話し合いの余地はある!

 

「聞け!あんたが園崎家の人間なら俺は敵じゃない!!身元の証明だってできる!だから話を聞いてくれ!!」

 

「・・・・」

 

変わらず相手からの返事はない。

しかし、小屋から相手が姿を現すのが見えた。

 

「っ!やっぱりあんたか。俺は赤坂衛、警察官だ、あんたとは二年前に会っているが覚えているか?」

 

「・・・・ああ」

 

室内から現れた男はやはりあの時灯火君と共にいた男だった。

よし、これで園崎家であることは確定。

後はこの勘違いをとけばいいだけだ。

 

「二年前、てめぇのせいで若が傷ついた。やっとその落とし前をつけれそうだ」

 

相手の言葉に思わず動きを止める。

 

「・・・・もしかしてそのために俺をつけてきたのか?」

 

そうなると話が違ってくる。

俺はてっきり園崎家が俺を敵の仲間だと勘違いして襲ってきたのだと思った。

しかし、そうことじゃなくて単純に二年前の因縁で報復に来ただけだったのか?

 

・・・・考えてみれば当たり前のことじゃないか。

どうしてその考えを見落としていた、相手はあの園崎だぞ。

 

「てめぇが奴らの仲間なのかは関係ない。俺はてめぇに若の件の落とし前をつけさせる、それだけだ」

 

「・・・・わかった。そういうことなら話は別だ」

 

姿を見せた相手に手を上げたまま立ち上がる。

あの件は完全に俺の落ち度だ。そのケジメをつけろと言われれば俺は拒むつもりはない。

 

さすがに命をとられるのは困るが、それ以外なら抵抗することなく受け入れる。

警察官として本来なら取り締まるべきところだが、これは警察官としてではなく俺個人の問題だ。

 

すまない、雪絵、美雪。

 

「・・・・」

 

俺が手を上げて動かないのを見て相手は銃口をゆっくりと俺へと向ける。

そして、手に持つ銃の引き金を相手は引いた。

 

「っ!?」

 

耳に届いた発砲音に固まる。

・・・・当たってない?

 

視線を下に下げれば俺のいる地面から煙が出ている。

この距離がこの男が外すわけがない、だったらわざと外したのか。

 

「・・・・本当はお前の身体に風穴を開けたいが、若からやめろと言われてる。命拾いしたな」

 

そう言ってこちらに向けていた銃を下す。

どうやらまた灯火君に救われたらしい。

 

「・・・・てめぇが奴らの仲間じゃないのもさっきのでわかった。だからそのまま失せろ、そしてここにはもう来るな」

 

そう言って男は俺に背を向けて歩き出す。

俺が避けなかったことでそう判断したのだろう。

 

・・・・命がけだったが、結果的に俺に対する誤解を解くことは出来たようだ。

 

「・・・・人生って本当に上手くいかないものだな」

 

空を見上げて思わずそう呟く。

結局俺は、ここでは恩も借りもケジメも何もすることは出来ないのか。

 

 

 

 

 

 

「そうですか、それは災難でしたねぇ」

 

「・・・・いえ、自業自得ですよ」

 

電話越しに聞こえる大石さんの声に苦笑いを浮かべながらそう返す。

今日は色々ありすぎて本当に参ってしまった。

 

俺は今日の出来事を大石さんと共有する。

俺に出来ることももうほとんどない、せいぜい出来るのは大石さんに情報を渡すくらいだ。

 

きっと大石さんなら灯火君たちの助けになってくれるだろう。

 

「貴重な情報をありがとうございます。このことは誰にも言いませんので安心してください」

 

「・・・・お願いします」

 

「んっふっふっふ!後のことは私に任せて赤坂さんは家族サービスをしてあげてください」

 

電話越しに大石さんの明るい声が耳に届き、少しだけ救われた気持ちになる。

大石さんならきっとうまくやってくれるだろう。

 

「・・・・そうさせてもらいます。大石さん、情けない限りですが後のことはよろしくお願いします」

 

「ええ、任せておいてください。明日はどちらに?」

 

「ホテルの方に聞いた観光名所を回ろうかと。あ、それと大石さん」

 

「なんでしょう?」

 

「雛見沢にペットショップってありますか?」

 

今日礼奈ちゃんが言っていたことを思い出して大石さんに尋ねる。

まさか本当にペットショップにいるとは思えないが、それでも念のためだ。

 

「ペットショップですか?いえ、雛見沢にはありませんね。興宮には一つありますよ」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

雛見沢にはないか。

念のため明日にでも興宮の方には行ってみるか。

いや・・・・やめておこう。

これ以上余計な事をして梨花ちゃん達の迷惑になりたくない。

 

「では私はこれで。赤坂さん、あまり気にしないほうがいいですよ。東京のあなたにここの問題は本来何も関係ないんですから」

 

「・・・・ええ、そうですね」

 

「んふっふっふ!今度会うときは麻雀に付き合ってもらいますよぉ」

 

最後に大石さんらしい言葉と共に電話が切れる。

・・・・これでいい。俺の出来ることは終わった。

 

受話器を戻しながら俯く。

出来ることなら梨花ちゃん達の力になりたかった。

でも、当本人達に必要ないと言われてしまった以上、俺に出来ることなんてない。

 

「あなた?電話終わったの?」

 

俺が電話を終えたのを見て雪絵が話しかけてくる。

俺もそれに気持ちを切り替えて答える。

 

「ああ、終わったよ。今日は一緒にいられなくてごめん」

 

「いいのよ、ここのホテル高かっただけあって施設が充実しててゆっくりできたもの」

 

「ならよかった。明日は一緒にいられるから観光名所を見て回ろう」

 

「いいの?何か用事があったんじゃ」

 

「いやもう終わったから大丈夫だ」

 

気を使ってくれる雪絵に感謝しながらそう告げる。

俺がこれ以上関わってもろくなことにはならないだろう。

梨花ちゃんの話では一年半後には落ち着くらしいから、その時にまた来ればいいさ。

 

「パパ、だっこー」

 

「はは、いいぞ。よいしょ」

 

こちらに両手を広げて抱っこの体勢をする美雪を抱き上げる。

ああ、やっぱり二人と一緒だと落ち着くな。

 

本当なら梨花ちゃん達に二人のことを紹介したかったが、こうなってしまった以上諦めるしかない。

 

「パパどこかいたいのー?」

 

「え?」

 

美雪が俺の顔をじっと見つめながらそう聞いてくる。

 

「パパーのいたいのーとんでけー!とんでけー!」

 

俺の顔を触りながら一生懸命そう言ってくれる美雪。

・・・・なんだか泣きそうだ。

 

「ああ、美雪のおかげで痛くなくなったよ。ありがとう」

 

そう言って美雪の頭を撫でる。

美雪は頭を撫でられながら嬉しそうに声を出して笑う。

 

まだ・・・・俺に出来ることはあるかもしれない。

 

礼奈ちゃんのあの最後の言葉。

あれは明らかに不自然だった。きっと礼奈ちゃん自身が考えた言葉じゃない。

 

誰かが礼奈ちゃんにあの言葉を言うように指示を出したんだ。

 

それは誰だ?

 

そんなのは決まっている、灯火君だ。

灯火君が礼奈ちゃんを通して俺に何かを伝えようとしたに違いない。

 

考えろ、灯火君の伝えたい何かを読み解くんだ。

 

礼奈ちゃんの言っていた言葉は『最近お兄ちゃんはペットショップがお気に入りみたいでよくそこにいるみたいです』だ。

 

ペットショップによくいる。

 

このペットショップは何かを変えた言葉に違いない。

きっとその変えた言葉の場所に灯火君はいるのかもしれない。

 

自身の居場所を伝えた、つまり俺にそこに来てほしいということなのだろう。

 

・・・・なんで俺が来たことを知ってるんだという疑問は無視しよう。

そのほうが俺の精神衛生上良い。

 

考えたら梨花ちゃん、俺が来るのを知ってた風だったなぁ。

 

いやまぁ、前の時も俺が来たことはバレてたからま、今更だ。

 

ペットショップか、ひとまず明日行ってみよう。

そこに何かヒントがあるのかもしれない。

 

「パパー?」

 

考え事に集中してしまっていた俺は美雪の言葉で我に返る。

 

「ああ、ごめんごめん。考え事をしてしまってたよ」

 

「またいたいのー?とんでけーするー?」

 

「いやもう大丈夫。美雪のおかげだよ」

 

「えへへー」

 

灯火君、俺が助けられることがあるなら教えてくれ。

必ず力になる。

 

 

 

 

 

 

 

 



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兄隠し編6

「・・・・じゃあ、その男は白ってこと?」

 

「・・・・はい、私はそう思います」

 

葛西が報告をした内容に眉をひそめる。

 

情報に入っていた東京から来た警察官の男。

この男が雛見沢に来ることはわかっていた。

 

だから葛西に後をつけさせて相手のことを探らせた。

そして結果は白。

 

「・・・・」

 

正直言うと信じられないというのが本音。

葛西のことは()()信用してる。

 

その葛西が言うのだから少なくてもこちらに敵対している可能性は低い。

だが、このタイミングで東京から警察官が休暇でここにくる。

 

それがあまりにも怪しすぎる。

私達に白と思わせて接近するのが目的だとも考えられる。

 

「・・・・他の進展はどう?」

 

「雛見沢の住民から興宮までの住民も調査中ではありますが・・・・()()()()()()()()()()

 

「・・・・そっちは引き続きお願い、油断はしないように」

 

「わかりました」

 

私の言葉に頷いて葛西は下がる。

他の人たちにもおねぇの振りをして言っておかないとね。

 

あっちはこのままおねぇの振りをして指示を出しながら監督は葛西に任せるとして。

・・・・やっぱり直接こっちは確かめるしかないか。

私が動けば相手も何か動くかもしれない。

 

「やっほ詩音、そっちはどう?」

 

「おねぇ。なかなか面倒かな・・・・お兄ちゃんはどう?」

 

「ああ、今日も元気に騒いでるよ。いい加減慣れてほしいなぁ、お兄ちゃんを守るためなんだから」

 

そう言いながら苦笑いを浮かべるおねぇに私も同じ表情を作る。

もう少し我慢してほしい、そうすれば前みたいに戻れるから。

 

「昨日は礼奈が遊びに来て家のことを話してたみたい。まぁ、やっぱり気になるよね。そろそろ男の子か女の子かわかるって話だし」

 

「ほんと!?うわぁ、どっちだろう!私も気になる!」

 

おねぇの言葉に思わず声が弾む。

 

お兄ちゃんのお母さんが妊娠していたのを知ったのが四か月前の綿流しの夜。

あの時急に血相を変えて診療所へ向かったお兄ちゃんに追いついて聞いた時は、驚いたけど信じられなかったなぁ。

 

こっちは決死の覚悟で追いついたのに、待っていたのはお兄ちゃんのスライディング土下座だったからね。

 

「私は女の子な気がするなぁ」

 

「えー私は男の子だと思う」

 

二人で生まれてくる子について話し笑う。

どっちでもいいんだ。その子はお兄ちゃんや礼奈の弟や妹だけど、私達にとっても可愛い弟や妹なんだから。

 

「梨花ちゃんと沙都子も嬉しそうだったよ。やっと自分たちより下の子ができたってね」

 

「あはは、二人が一番年が近いからね。私達よりお姉ちゃんになる感じが強いのかも」

 

きっと沙都子はお姉ちゃんぶろうとするだろうなぁ。

梨花ちゃんはどうだろう?意外と一番かわいがったりするかもしれない。

 

「その子のためにも、さっさとケリをつけないとね」

 

「うん、そうだね」

 

・・・・そのためにも、あの男を見定めないと。

 

 

 

 

 

 

 

「パパーはやくー」

 

「あ、こら!走ったらあぶないでしょ!」

 

俺達を置いて走っていく美雪を雪絵が慌てて追いかけて行く。

 

ホテルスタッフの方に教えてもらった興宮の観光名所を朝から回っているが、心の中では雛見沢のことが頭から離れない。

 

どうにかして灯火君と会わないことには状況がわからないし、何を手伝えばいいのかも判断できない。

 

観光名所を回っている中で大石さんに教えてもらっていたペットショップにはもうすぐ着く。

そこで何かわかればいいんだが。

 

「パパー!はーやーくー!!」

 

「ああ、今いくよ!」

 

こちらに手を振る美雪に追いつくために駆け足で急ぐ。

せっかく三人で旅行に来たんだ、こっちも楽しまないとな。

 

「あなた、次はどこに行くの?」

 

「ああ、ちょっとペットショップに行ってみたいんだけどいいかな?」

 

「え?いいけど、どうしてわざわざ興宮で?」

 

「いきたいー!」

 

俺の行先に当然疑問を持つ雪絵に言い訳を言おうとしたところで美雪がこちらに飛びついてそう叫ぶ。

どうやらペットショップに興味あるみたいだ。

 

そのまま美雪の言葉によって行先はペットショップに決まる。

雪絵には悪いけれど、ここで行かないという選択肢はない。

 

「ここのすぐ近くのようだから、このまま歩いていこう」

 

「ええ、わかったわ」

 

「だっこー」

 

「はいはい」

 

歩き疲れた美雪を雪絵が抱き上げて歩き始める。

ペットショップは本当にすぐ近くにあって歩いて五分くらいで到着した。

 

「へー意外といっぱいいるのね」

 

「ねこー!」

 

ペットショップに入ると多くの動物が出迎えてくれる。

室内は普通だな、あるのはペット用のフードや小道具くらいだ。

 

「・・・・いないか」

 

室中にはスタッフを含めて数人いるけれど、灯火君の姿はない。

素直にいるとは思ってなかったけど、まさか店裏にいたりするのか?

 

「すいません、最近茶髪の少年がここによく来たりしていませんか?」

 

「え?いえ、来てはいないと思いますよ?狭い町なので来る人は決まっていますから」

 

「・・・・そうですか」

 

念のためスタッフに聞いてみたが手掛かりはなし。

店内を見回してみるが、何か手掛かりになりそうなものは見つからない。

 

外れだったか、いやしかし礼奈ちゃんのあの言葉には間違いなく何かあるはずなんだが。

 

「パパーみてー!」

 

悩む俺に美雪が声を上げて呼ぶ。

見ればゲージの中にいる犬に手を伸ばして撫でていた。

 

「あ、こら。ゲージの中に手を入れたら危ないぞ」

 

「ああ、大丈夫ですよ。その子は人懐っこいので」

 

ゲージに手を伸ばす美雪に注意しようとしたところでスタッフさんからそう声をかけられる。

確かに美雪に撫でられて嬉しそうにしてるから大丈夫か。

 

「可愛いわね。東京に帰ったら犬でも飼ってみる?」

 

美雪と一緒に嬉しそうにしっぽを振る犬を撫でながら雪絵がそう口にする。

 

「ああ、それもいいな。番犬になるし」

 

もし犬を飼うなら訓練して警察犬にでもしようかな。

いや、さすがにそれはやりすぎか。

 

「・・・・犬の嗅覚で彼の居場所がわかったりしないかな」

 

唯一の手掛かりが無駄に終わって思わずそんなことを呟いてしまう。

 

・・・・実はこの子の首輪とかに灯火君からのメッセージが書いてたりとかは、しないか。

 

諦めきれずに周囲に目を凝らすが見つからない。

参ったな、これで完全に手がかりがなくなった。

 

内心で頭を抱える。

礼奈ちゃんのあの言葉に深い意味なんてなかったのか?

 

「犬を飼うなら何がいいかしら?チワワ?それとも柴犬?」

 

「・・・・ドーベルマンとか」

 

「・・・・あなた、絶対警察犬にする気でしょう」

 

ジト目を向けてくる雪絵に目を逸らす。

そして何気なく頭の中で言葉をつぶやく、

 

犬を飼う・・・・・犬、飼う。

 

「っ!?」

 

何気ない考えによってずっと解けないでいた難問の答えが浮かぶように、不意にその答えは俺の頭に舞い降りる。

 

「そういうことか」

 

どうしてこんな簡単な発想をすぐに思いつかなかった!

これは連想ゲームのようなものだ。

 

ペットショップは動物を飼う場所。

 

そしてペットショップと言えばであがる候補は犬と猫だろう。

 

犬を飼う場所。犬と飼。

 

犬飼としき!二年前に雛見沢で誘拐されていた大臣の孫だ!!

 

そして礼奈ちゃんの言葉。

 

ペットショップがお気に入りでよくそこにいる。

 

ペットショップではなく犬飼としき君だと考えるなら、としき君がいた場所こそが正しい。

 

としき君がいた場所、いや誘拐されていた場所だ。

 

としき君が誘拐された場所は雛見沢の外れにある小屋、大石さんと一緒にそこに乗り込み、灯火君たちと遭遇した場所。

 

今灯火君がいるのはあそこか!!

 

「あなた?どうしたの?」

 

「パパー?」

 

突然独り言を口にした俺に二人が首を傾げる。

 

もし灯火君が俺を持っているのなら早く行くべきだ。

 

さすがにあの場所に常時いるとは思えない、だって小さな小屋があるだけだぞ。

きっといつもは雛見沢のもっと安全な場所にいて、一定時間だけあそこにいると考えるほうが自然だ。

 

こんな回りくどいやり方で人気のない場所を指定したんだ、灯火君は気軽に会えるような状況じゃないのは確実だ。

 

きっと敵に狙われているのだろう、そしてその敵に狙われるリスクを負ってまで俺と会うために集合場所を伝えた。

 

きっとリスクを負ってでも何か俺に伝えたいこと、頼みたいことがあるんだ。

 

「ごめん雪絵、どうしても外せない用事が出来てしまった」

 

「え?」

 

「すまない、今日はここまでにしてホテルに戻る。二人を送った後に行かなければならないところがあるんだ」

 

雪絵と美雪には本当に迷惑をかけてしまっている。

でも、今回だけは俺のわがままを許してほしい。

 

「わかったわ。もう!そんな顔されたら何も言えないじゃない!」

 

「すまない」

 

「いいのよ、あなたは警察官だもんね。じゃあホテルに戻りましょう」

 

雪絵はそう言って美雪を抱き上げて笑う。

ああ、本当に良い妻を持ったな俺は。

 

三人でペットショップを後にしてホテルへと急ぐ、

 

待っていてくれ灯火君、すぐに行く。

 

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

 

 



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兄隠し編7

「・・・・魅音様、先ほどの方は出ていかれましたよ」

 

あの男とその家族が店を出た後、スタッフしか入れない店の裏にいた私に声がかかる。

いきなりあの男がペットショップに向かった時は困惑したけど、園崎の知り合いの店だったから潜入は簡単だった。

 

「ごめんね、急に店の裏にいさせてなんて言って」

 

「いえ、園崎様にはいつもお世話になっておりますので」

 

「今度は本当に買い物をしに来るよ」

 

「お待ちしております」

 

こちらに頭を下げてくるスタッフに私は魅音を演じてそう告げて店を後にする。

 

あの男、スタッフにお兄ちゃんがここに来たかどうかを確認していた。

 

なんでここにきてお兄ちゃんについて確認をするの?

相手の意図がわからず困惑する。

 

お兄ちゃんが動物好きでここによく来ているとでも思ったのだろうか?

それとも言ってた通り、犬を飼ってお兄ちゃんの匂いを追わせて探させるつもりだった?

 

もし、そのためだけにペットショップに寄ったのならいくら何でも天然すぎ。

 

きっとあの男は何か用があってここに来た。

独り言で妙なことを呟いていたし。

 

 

あの男はいきなり『そういうことか』と呟いたと思ったらペットショップを出て行った。

どうやらホテルに戻ってどこかに行く気のようだけど、どこに行くつもり?

ここで何かを見つけた?普通のペットショップだよ?

 

あの男はお兄ちゃんを探しているようだし、お兄ちゃんのところ?

いやそれはない、あの男はお兄ちゃんのいる場所には絶対に辿り着けない。

 

もしお兄ちゃんのところに近づこうものなら私達に八つ裂きにされるだけだ。

 

そもそもこの男はどうしてお兄ちゃんに会いたいの?

 

葛西から話を聞いた後から梨花ちゃんや礼奈からも話を聞いたけど、どうやら今の雛見沢の現状に気が付いて力になるためにお兄ちゃんに接触しようとしていたようだ。

 

葛西の話ではこの男は二年前に雛見沢に来ていて、その時にお兄ちゃんに借りがあるらしい。

だからその借りを返すために力を貸したい。まぁ理由としては納得できる。

 

でもその行動はすでに梨花ちゃんや礼奈、そして葛西から止められているはずなんだ。

なのに、今もこうしてお兄ちゃんを探している。

 

どうしてそこまでしてお兄ちゃんに会いたいの?

借りを返したいのだろうけど、ここまでいくと明らかに変だ。

 

・・・・この男はまだ何かを隠している。

 

そしてそれはお兄ちゃんに関係することだ。

 

・・・・そうじゃないなら私の想像を超えるおバカなだけだし放置でいい。

 

正直言うと礼奈達の報告もあって白寄りの気持ちで見てたけど、気が変わったよ。

 

隠し持っていた改造スタンガンのスイッチを入れる。

スタンガンから電気が炸裂する音が耳に届く。

 

お兄ちゃんと、まぁ一応()()の協力もあって私の中の鬼は静まっている。

でも決していなくなったわけじゃないんだ。

 

聞いても答えない場合は、身体に聞いてやる。

 

鬼になった私に容赦はないよ。

 

「それと念のため、おねぇに連絡してお兄ちゃんの様子を見てもらっていこう」

 

 

 

「うん、わかった。じゃあ今からお兄ちゃんの様子を見てくるよ」

 

「みぃ?詩音からなのですか?」

 

ちょうど私が灯火の様子を見に魅音達の家に来ていた時、電話がかかってきた。

会話から聞こえてきた内容を聞く限り、相手は詩音のようね。

 

もしかして詩音は赤坂の尾行でもしてるのかしら?

昨日、詩音から赤坂のことを聞かれたら敵じゃないと十分説明したつもりだったけど。

 

前の詩音ならともかく、今の彼女なら凶行には走らないとは思うけど、私も念のため赤坂のところへ行くべきかしら。

 

「うん、なんかお兄ちゃんの様子を見てきてほしいんだって」

 

「・・・・何かあったのですか?」

 

「梨花ちゃんから聞いた赤坂さんって人の動きが怪しいんだってさ。どうもお兄ちゃんを探してるみたいでどこかへ向かおうとしてるみたい」

 

「赤坂が灯火を探してるのですか?だったらここに来るしかないのですよ」

 

「私もそう思うけど、どうもこっちに来る感じじゃないみたい。だから念のためお兄ちゃんの様子を見てきてほしいんだってさ」

 

「・・・・」

 

赤坂、あなたは一体何をしようとしているの?

もうあなたは私達と関わる必要はないわ、あなたがいなくても私達は戦える。

 

あなたには大切な家族がいるんでしょう。あなたに何かあったらあなたの家族はどうするの?

 

私だって最初はあなたに協力を得ようとした。

でも、この雛見沢に新たに生まれる命を見て、私の考えは変わった。

 

あなたには何よりも優先しなければならない大切な妻と娘がいることを私は知っている。

今まで私がいたカケラでは守ることが出来なかった命。

でも、この世界では生きてあなたの隣にいる。

あなたが何より優先するべき人たちがちゃんと隣にいる。

 

雛見沢とは何も関係のないそんなあなたを私達の事情に巻き込むなんてことは今の私には出来ない。

 

「とりあえずお兄ちゃんのところに行こうかな。梨花ちゃんも来るでしょ?」

 

「・・・・行くのです」

 

とりあえず灯火の様子を確認して、その後すぐに詩音の方へと向かって方がよさそうね。

場合によって灯火からも詩音に余計なことをしないように言ってもらわないと。

 

魅音と一緒に庭に出てある場所を目指す。

庭を真っ直ぐ進んでいくと目の前に重厚な扉が現れた。

 

「ちょっと待ってね。今開けるから」

 

扉には厳重に閉められていて魅音が時間をかけて開けていく。

とりあえずこの扉が開けられた様子はなさそうね。

 

もし灯火が外に出ていたらこの扉は開いているはず。

 

「ふぃ、やっと開いた」

 

鍵を解き終えた魅音が重厚な扉に手をかけて力いっぱい引っ張る。

するとゆっくりと扉が開き、中の冷たい空気が外へ流れ込む。

 

中に明かりはあるけれど全体的に薄暗い。

 

そのまま魅音と一緒に中に入り、どんどん下へと進んでいく。

ほんと、園崎家にこんな地下あるなんてね、私もこの世界で初めて知ったわよ。

 

 

そしてそのまま地下を進んでいくと、ようやく開けた場所に到着する。

 

室内は明るいけど、正直ここに限って暗い方がいいわね。

 

室内にある悪趣味な拷問道具の数々を見て私は心の中でため息を吐く。

 

せめて布か何かで隠すくらいしなさいよ。

 

「お兄ちゃん!遊びに来たよー!」

 

室内に到着した魅音が声を上げて灯火に知らせる。

 

そう、何を隠そうこの拷問部屋が今の灯火の居住区だ。

 

・・・・流石に哀れね。

 

まぁ何度も脱走しようとする灯火が悪い。

素直に部屋にいれば地下なんかに行かせてないわよ。

 

・・・・ほんと、私がどれだけあなたのことを心配しているか。

 

 

あなたが死んだら、わたしは。

 

 

・・・・でもここって電気はしっかりと通ってるし、外の様子は外のカメラを通してテレビで確認できるから意外と便利なのよね。

 

「ありゃ?寝てるのかな?」

 

反応がないことに首を傾げながら部屋を進む魅音。

・・・・まさかね。

 

嫌な予感を抱えながらも彼がいつも寝ている場所に進む。

彼が寝ているのはここで唯一普通の部屋がある場所だ。

 

「あ、なんだ。お兄ちゃんちゃんといるね!反応がないから心配したよ」

 

灯火がいるであろう部屋に入ると確かに誰かがいるのがわかった。

 

灯火がいつも寝ている布団に誰かが包まってもぞもぞと動いている。

 

「お兄ちゃん、もうすぐ昼だよ?そろそろ起きないと」

 

魅音が布団に包まって出てこようとしない灯火に布団を剥がそうと動く。

しかし、よっぽど布団と離れたくないのか剥がそうとする魅音に必死に抵抗していた。

 

「ありゃりゃ、今日はお兄ちゃんしぶといね。いつもだったらそろそろ起きるのに。お兄ちゃん!これ以上抵抗すると布団だけじゃなくて服も脱がして襲っちゃうよ!」

 

「みぃ、どう考えてもする立場が逆なのですよ」

 

サラリとすごいことを言う魅音にツッコミながらも、それでも姿を見せない灯火に疑問を覚える。

 

あうあう、暑いのですぅ

 

・・・・ちょっと待ちなさい。

今すごく聞き覚えのある声が布団から聞こえたわよ。

 

そういえばあいつ、今日はまだ一回も見てないわね。

 

・・・・試してみようかしら。

 

「みぃ、灯火。今日は僕がシュークリームをもってきたのですよ」

 

「・・・・!」

 

手に持っていた袋からシュークリームを一つ取り出す。

そしてそれを部屋にあった皿にのせて布団に包まる何かの傍におく。

 

「ここにおくのです、灯火に食べてほしいのですよ」

 

「・・・・」

 

ずっとクネクネと動いていた布団がピタリと動きを止める。

もう少しね。

 

「とっても美味しいのですよ。でも灯火がいらないなら僕が食べちゃうのです」

 

「っ!!?」

 

私が布団の傍においたシュークリームに手を伸ばそうとした瞬間、布団から腕が伸びてシュークリームを掴む。

 

布団から伸びた手は細く真っ白だ。

まるで可愛い女の子の腕ね。

 

その腕はシュークリームを掴むと再び布団の中へと消える。

完全に布団の中に吸い込まれたシュークリームを見て私は笑みを浮かべる。

 

こんなこともあろうかともっておいてよかったわ。

・・・・そろそろね。

 

「それは僕が作った特別なシュークリームなのです。味わって食べてほしいのです」

 

ええ、それはもう美味しいわよ。

なにせそれは本当に特別性なの。

 

中に入ってるのはクリームじゃない。

 

 

 

 

 

タバスコよ。

 

 

 

「っ!!?か、から!?あうあうあうあうあうあああああああ!!?」

 

私のシュークリームを食べたおバカが布団の中で暴れまわる。

そしてすぐに耐えかねて布団から飛び出してくる。

 

「り、梨花!?この殺人兵器はなんなのですか!?何の罪もないシュークリームにこんな仕打ちはあんまりなのですよー!!」

 

口を抑えながら涙目でそう叫ぶ()()を私は冷たい目で見つめ返す。

 

「・・・・あっ」

 

私の視線に気づいた羽入が我に返って間抜けな声をあげる。

そのまますごい汗を顔から吹き出しながら私を見つめ。

 

「・・・・てへ☆なのです」

 

私は二つ目の特別製シュークリームを羽入の口に突っ込んだ。

 

 

 

 

 



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兄隠し編8

「じゃあ行ってくる!二人は俺が戻るまでホテルにいてくれ」

 

「わかったわ、気を付けて」

 

「パパー?」

 

ホテルに戻った俺は急いで動きやすい服装に着替えて再び外に出る。

ホテルを出る時に美雪が不思議そうに首を傾げながら呼んでくる。

 

「美雪、パパは少し外に出てくるから良い子にしてるんだよ」

 

「みゆきもいくー!」

 

「ごめんな、美雪はママとお留守番しててくれ。なるべく早く戻るから」

 

「ぶー!」

 

頬を膨らませて抗議する美雪の頭を撫でて外に出る。

もしあそこに灯火君がいるのなら尾行には注意しないといけない。

 

灯火君がリスクを冒してまで俺と会おうとしているんだ、俺が尾行されて敵にバレたじゃあ話にならない。

 

・・・・今のところ敵意ある視線は感じられない。

だがここからはより神経を研ぎ澄ます。

 

とりあえずホテルの正面からは出ずに裏口から出る。

そして遠回りになるが、何度も迂回を繰り返して進んでいこう。

 

しかし興宮はそれでいいとして、問題は雛見沢に着いてからだ。

なるべく人に見られたくないが、狭い雛見沢でそれは中々に難しい。

 

よっぽど土地勘があればそれも可能かもしれないが、俺があそこに行くのはまだ二回目だ。

 

さて、どうしたものか。

 

「・・・・・」

 

移動方法に悩んでいる最中に近くで俺を見ている気配を捉えた。

仕事上、敵意がある人の視線はわかりやすい。

 

・・・・しかしどうしたものか。

 

前回はこれで勘違いしてしまったからな。

敵意があるからと言って本当に敵だとは限らない。

 

また向こうが俺のことを勘違いしているのか、それとも二年前の件なんか。

とりあえずこのままにはしておけないな。

 

わざと迂回を繰り返して相手の視界から消える。

本来なら一気に制圧するところだが、敵じゃない可能性がある以上、力での制圧はなるべく避けたい。

 

相手の気配からおそらく少し離れたところから見ている。

 

・・・・ひとまず相手の正体を確かめるか。

 

相手がいるであろう場所から障害物を利用して死角に入る。

そしてそのまま相手の視界に映らないように注意し、かつ素早く移動を開始する。

 

相手はおそらく一人か二人。

 

撒くのは簡単だが、仲間を呼ばれるのは面倒だ。

 

「・・・・」

 

俺を追っているならここまで来るはずだ。

その場合通ってくるルートから俺の場所は死角になっていて見えない。

 

一人、二人程度なら物の数じゃない、敵なら一瞬で制圧できる。

 

「・・・・来たか」

 

相手も慎重に移動しているためゆっくりとした足取りだ。

だが、ある程度進まないと俺の場所は見えない。

 

やがて相手がこちらへと近づき、相手の姿が俺の視界に入る。

 

「っ!?君は」

 

視界に入った者の正体に思わず声を上げてしまう。

 

「っ!!そこね!!」

 

俺の声を聞いた相手が手にもっていたスタンガンを構えてこちらへと接近してくる。

スタンガンから明らかに普通では出せないほどの電撃が洩れている。

 

あんなのくらった大人でも気絶するぞ。

 

「待つんだ!俺は敵じゃない!」

 

「じゃあこれをくらって大人しくしなさい!」

 

俺の制止の声を無視して相手は突っ込んでくる。

 

この子は俺の勘違いじゃなければ園崎魅音、園崎家の次期当主になる女の子じゃないか。

二年前に一度会っているが、大きくなってるから一瞬わからなかった。

 

「仕方ない」

 

彼女は右手に持つスタンガンをこちらに突き付けてくる。

だが腕の速度は一般女性のそれで躱すのは簡単だ。

 

「っ!はやいわね!」

 

俺は彼女の突進を躱して距離をとる。

下手にこちらからアクションをするのはよくない。

 

正直言えばスタンガンは何とかしたいが、彼女も攻撃手段を持っていた方が余裕があって話を聞いてくれるだろう。

 

「落ち着いてくれ。もう一度言うが俺は敵じゃない」

 

「しらばっくれるな。さっきペットショップでお兄ちゃんのことを探してたでしょ」

 

お、お兄ちゃん?あ、灯火君のことか。

 

それにペットショップでの様子もバレているようだ。

 

さて、どうするか。

 

彼女はどうやら灯火君が俺に礼奈ちゃんを経由して集合場所を伝えたことを知らないらしい。

伝えるべきか?

 

上手くいけば俺が敵じゃないという証明になるかもしれない。

 

だが灯火君の状況がわからない以上、彼女にこの情報を伝えることを望んでいないかもしれない。

 

・・・・いやここは正直に話すか。

 

彼女とこれ以上敵対したくはない。

 

ここで無理やり撒いてさらに誤解されたら本当に命がけになるかもしれない。

 

それに雛見沢まで誰にもバレずに行くことは難しいと思っていたからな、地元民の彼女と一緒ならそこはなんとか出来るだろう。

 

 

灯火君も彼女なら一緒に来ても問題ないだろうし。

 

・・・・それに、俺の視界外からあの男が俺を狙っているだろうしな。

 

どこからか刺すような殺気が届き、冷や汗を流す。

俺がもし彼女に何かすれば、弾丸が飛んでくることだろう。

 

「今から事情を説明する」

 

覚悟を決めて彼女に事情を説明する。

 

 

 

 

「・・・・ちょっとついてきて」

 

俺から事情を聞いた彼女は無表情になってどこかへと移動していく。

俺も無言で付いていき、やがて公衆電話へと到着する。

 

そのまま彼女は電話ボックスの中に入ってどこかに連絡を入れる。

 

俺は外にいるから聞こえないが、仲間と情報を共有して状況を把握しているのだろう。

 

「・・・・少しこのままここで待って」

 

少しして連絡を終えた彼女が電話ボックスから出てきてそう告げる。

電話ボックスから出てからずっと俯いていて表情は見えないが、雰囲気がさっきと明らかに違っている。

 

・・・・これは、もしかして俺は選択を間違えたか?

 

内心で冷や汗を流す。

俺のせいで灯火君を生命の危機に貶めていたりしないよな。

 

やがて俺と彼女のところに車が一台停車する。

彼女は止まった車に無言で乗り込み、俺にそこに乗るように言ってくる。

 

流れ的に灯火君のところに行くのだろうが、大丈夫だろうか。

 

内心心配しながら車の中へと乗り込む。

 

そして運転席へと目を向ければ、予想通りそこにいたのは昨日あったサングラスの男。

さっき俺を狙っていたのは間違いなくこの男だ。

 

「・・・・また会いましたね」

 

「・・・・ええ、どうやら若から何か言われたようで」

 

わ、若?あ、灯火君のことか。

 

いや灯火君、君は本当に何者なんだい?

 

「葛西出して、途中でおねぇと梨花ちゃんを拾って」

 

「わかりました」

 

え?梨花ちゃんも来るのかい?

それにおねぇって、どういうことだ?

 

困惑して状況に追いつけない俺を乗せて車は動き出す。

 

そしてしばらく無言のまま車が走り続け、やがて雛見沢に到着する。

 

そしてある場所で一度車は止まり、扉が開く。

 

「「・・・・」」

 

無言で梨花ちゃんが入ってきた。

その後に、あれ?なんで魅音ちゃんが?

 

前に乗っているはずの彼女を見れば、さっきまで結んでポニーテールにしていた髪を解いておろしている。

 

まさか姉妹だったのか?

そういえば病院でも二人いたような。

 

あの時は慌ていたから記憶が曖昧になってしまっている。

 

「り、梨花ちゃん?」

 

「・・・・」

 

無言で俺の隣に座る彼女に思わず声をかける。

俺の声に無言で俯いていた彼女はゆっくり顔をあげる。

 

「・・・・赤坂、手錠をもっていますか?」

 

「・・・・もってないかな、ほら今日はオフだから」

 

「・・・・みぃ、残念なのです」

 

「「・・・・」」

 

それきりまた無言になる梨花ちゃん。

手錠を手に入れてどうするつもりなのかは怖くて聞けない。

 

「しょうがないから、僕の手持ちで何とかするのです」

 

「・・・・」

 

梨花ちゃんの両手にそれぞれ握られている物が目に入る。

 

おかしいな、二つともさっき俺がいたペットショップにあったものだ。

 

明らかにこれから行く場所には必要ない。

 

俺は梨花ちゃんからそっと目を逸らす。

俺がいない間に本当に雛見沢に、いや梨花ちゃんに何があったんだ。

 

 

「・・・・到着しました」

 

運転席の男の声と共に車が停車する。

梨花ちゃんを乗せてから車は再び走り出し、やがて目的の場所へと到着した。

 

「「「・・・・」」」

 

停車した車を彼女達三人が無言で降りる。

俺も頬を引きつらせながら車を降りた。

 

車を降りた先には以前、誘拐されていた大臣の孫である犬飼君を助けるためにここに来た小屋がある。

小屋を見て二年前の苦い思い出が蘇る。

 

・・・・俺の予想が正しければ灯火君はここにいるはずだ。

 

小屋の扉は閉まっていて中は見えないが、近くの地面には確かに誰かが通った跡がある。

 

「・・・・赤坂、お先にどうぞなのです」

 

「え、俺が行くのかい?」

 

扉を指さしながらそう告げる梨花ちゃんに思わずそう聞き返すが梨花ちゃんにそのまま頷くだけだ。

 

「わかった、じゃあ早速」

 

小屋に近づいてドアノブに手をかける。

特に鍵がかかっていない扉はあっさりと開く。

 

そして扉を開けると中の様子が視界に入る。

 

狭い室内には物はなく、中心に椅子が置いてあるだけだ。

 

そしてその中心に一人の少年が座っていた。

 

「・・・・ふ、さすがですね赤坂さん。よくここまで来てくれました」

 

「・・・・灯火君、久しぶりだね」

 

中にいたのは、やはり灯火君だった。

 

彼は椅子に足を組んだ状態で座って不敵に笑う。

 

「礼奈に伝えてもらったメッセージがちゃんと伝わってよかったです。正直来てくれなかったら困ったことになってました」

 

「・・・・困ったことって?」

 

「いやぁ、実はずっと前から妹たちに監禁されてまして、今日は何とか抜け出して来てたんです。だから赤坂さんが早く来てくれてよかった。遅いと大騒ぎになりますから」

 

「・・・・」

 

・・・・すまない灯火君。

 

笑顔で俺に事情を説明してくれる彼に思わず顔をおおう。

どうやら俺は盛大に選択肢を間違えてしまったようだ。

 

「まぁ、あいつらもここの場所はわからないでしょうから大丈夫です。ふ、我ながらナイスアイデアってやつですね」

 

足を組み替えて指を顎に当てる灯火君に何も言えなくなる。

カッコつけているところ本当に申し訳ないけど君はすでに詰んでいるんだ。

 

「じゃあとりあえず今の雛見沢の状況から説明を」

 

「「「お邪魔します」」」

 

 

ドガラシャ!!!

 

これは灯火君が盛大に椅子から転げて落ちた音だ。

 

小屋に入ってきた彼女達を見た瞬間、逃げ出そうとしたけど足を組んでいて動けず、そのまま椅子から転げ落ちてしまっている。

 

「な、なんでこの場所が!?あっちは羽入が囮でいるからバレるはずが」

 

「・・・・あの子なら先に逝ったわ」

 

信じられないようなものを見るように灯火君にそう告げ、梨花ちゃんが何やら不穏な言葉を返す。

 

「あ、赤坂さん!」

 

「・・・・すまない」

 

縋るようにこちらを見つめてくる彼に対して俺は目を逸らす。

 

「「お兄ちゃん」」

 

「ひぃ!!?」

 

彼に詰め寄るそっくりの姉妹。

その背後に凍えそうなほど冷たい空気を纏う梨花ちゃん。

 

両手には車で見た例の物達が握られている。

 

 

小屋の中に彼の悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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兄隠し編9

事の始まりは綿流しから次の日のことだ。

 

結局、診療所に行った後に俺と礼奈は綿流しには戻らず、そのまま家へと帰ってきた。

 

梨花ちゃんもなんとか奉納演舞には間に合ってみたいで綿流し自体は問題なく終了、今年も表面上は何も起こってはいない。

 

しかし裏の舞台では色々なことがあった。

 

詩音の雛見沢症候群の発症。

そして鷹野さんの策略。

 

あの人、詩音に余計なこと言って詩音に俺を殺させようとしやがった。

それは一応なんとかなったけど、すぐに山狗どもが詩音を捕らえるために来やがったし。

 

相手は俺達が子供だからって油断してくれていたのが幸いだった。

あそこにもし葛西がいたなら姿を現すことはなかったかもしれないが、危険を冒してでも強行手段に出た可能性もある。

 

その場合は向こうも武装を持ってきてるだろうから面倒なことになってたな。

 

いやでもよく銃なんて貸してくれたな。

まぁ・・・・それだけ信用してくれてるってことだよな。

 

この信頼を裏切るようなことにならないようにしないと。

 

さて、とりあえず今はそれは置いておくとして。

 

「はうーはうー礼奈がお姉ちゃん。礼奈がお姉ちゃんになるぅ」

 

いい加減この子をなんとかしないと。

 

「礼奈、正気に戻れ」

 

俺の部屋に来てすぐにトリップした礼奈に声をかける。

生まれるのはまだ十か月は先だぞ。

 

「はっ!?礼奈は何を」

 

「よし、正気に戻ったか」

 

頭に数回チョップを入れて正気に戻す。

これはあれか、かぁいいモードのその先の世界なのか。

 

トリップするほどの集中してるみたいだし、これを操ることができるなら。

 

いや、わけがわからないな。

 

「ほら、礼奈が来た用事はこれだろ?」

 

礼奈に勝手に俺の部屋に侵入してきた者を渡す。

毎度おなじみの呪いの人形(笑)だ。

 

こいつ、前に俺が櫛で髪をとかしてあげたのが気に入ったのか定期的に櫛をもって俺の部屋に来るようになった。

 

朝起きたら目の前にこいつがいて、その横には櫛が置かれている。

いや、普通にホラーだわ。

 

文字通り無言の圧力を感じて今日も櫛で髪を整えるしかなかった。

 

今に見ていろ、赤ちゃんが生まれたらお前を渡して遊び相手にさせてやる。

赤ちゃんに弄ばれるがいいわ。

 

「ありがとうお兄ちゃん!またいなくなってて。そういえば聞いてお兄ちゃん、礼奈ね、お姉ちゃんになるんだよ」

 

「うんうんそうだな」

 

もう五十回は聞いた。

 

「えへへ、礼奈がお姉ちゃん、はうぅ、はうぅ。赤ちゃんかぁいいよう、お持ち帰りぃ」

 

いかん、またトリップしやがった。

 

「灯火ー園崎さんから電話が来てるわよー」

 

「んん?りょうかい、今そっちにいくよー!」

 

母さんからの電話の連絡が届いて立ち上がる。

礼奈はもう放置でいいな。

 

三十分もあれば再起動するだろう。

 

「もしもし、お電話代わりました」

 

「あ、お兄ちゃん。おはよー」

 

母さんから受話器を受け取って耳に当てると魅音の声が聞こえる。

相手は魅音だったか、一応茜さんかと思って敬語だったけど必要なかったか。

 

「どうした?電話なんて珍しいな」

 

いつもは用件があれば直接来るからな。

結局そのまま遊ぶからいいんだけど。

 

「ちょっとお兄ちゃんに用事があってさ。今からうちに来れない?」

 

「ああ大丈夫だ、俺も行くつもりだったし」

 

まぁ十中八九、綿流しの時の件だよな。

 

あの夜に狙われたのは俺だけじゃなくて詩音もだ。

 

きっと詩音が事情を説明したんだろう。

大事な娘が狙われたんだ、話を聞くのは当然だろう。

 

あの後、診療所で詩音と葛西にはすぐ帰るように伝え、家に帰った後に電話で状況を確認してた。

ただ昨日は徹夜することになった。

 

あの状況で寝られるかこの野郎。

 

昨日は俺の我儘で家族全員川の字で寝たけど俺だけ何度もこっそり布団から周囲を伺ってた。

 

さすがに日が昇ったら眠気に負けて部屋に戻って寝たけど。

待て。ってことはあの人形!朝に俺の部屋に侵入してきやがったのか!?

 

確かに部屋に入った時は何もなかったぞ。

朝でも動けるのかよ!怖いわ!!

 

「じゃあ今から迎えに行くね。すぐ行くから準備してて」

 

「わかった」

 

魅音からの連絡に頷いてから電話を切る。

詩音も昨日は興宮に帰らずにこっちに泊まってるから一緒だろう。

 

さて、正直まだ眠いがそうは言ってられないな。

気合を入れるために自身で頬を叩く。

 

そしてほんの数分で家の前に車が到着する。

・・・・早すぎだろ。

 

これ絶対俺の家の近くにいたやつだ。

 

「母さん父さん、ちょっと魅音達の家に行ってくるから」

 

慌てて準備をして両親に出かけることを伝える。

礼奈は、うん放置だな。

 

この話を聞かせたくもないし。

 

そのまま礼奈に伝えずに外に出て、止めてあった車の乗り込む。

 

「若、おはようございます」

 

「葛西だったのか、おはよう。昨日はありがとう」

 

「いえ、お気になさらずに」

 

葛西は静かにそう告げて車を発進させる。

まさかあの後からずっとここで見張ってくれてたとかじゃないよな?

 

・・・・ありそうだ、本当に葛西には頭が上がらない。

 

そのまま葛西は俺一人を乗せて園崎家へと向かう。

さぁて着いたらなんて説明するべきか。

 

まず詩音が魅音達にどう説明したかだな。

そもそもあの時は必死だから詩音に状況を説明できていなかった。

 

詩音にはどうして自分が狙われたのはわけがわからない状況だったはず。

 

それをそのまま魅音達に伝えているだけなら俺がその詳細を説明できる。

 

でもあの時の詩音は末期ではないとはいえ、雛見沢症候群を発症していた。

その詩音の頭の中であの襲撃の理由をどう解釈したかは不明だ。

 

上手いこと詩音から話を聞いて状況を説明しないと。

 

「若、到着しました」

 

「ありがとう」

 

葛西に礼を告げて園崎の広い敷地内に足を踏み入れる。

今はもう慣れたけど広いよな。

 

ここにいればとりあえず山狗でも監視は難しいだろう。

詩音にはしばらくここにいてもらったほうがいいな。

 

・・・・さらに安全なのはここの地下だな。

前に行ったことはあるけど、拷問器具とかある物騒な場所だが安全なのは確かだ。

 

あの場所があるところを一瞥して園崎家の室内に入る。

 

「おはようお兄ちゃん。ごめんね急に呼び出して」

 

「いや、俺も用があったからちょうどよかった」

 

室内入ると魅音が迎えてくれる。

そのまま魅音の案内に従って廊下を進む。

 

「詩音は?」

 

「寝てるよ、ずっと起きてたからね。それと梨花ちゃんも来てるから」

 

「梨花ちゃんも?」

 

梨花ちゃんがここにいることに首を傾げるが、まぁちょうどいいか。

梨花ちゃんにも事情を説明しないとって思ってたからな。

 

そのまま深くは聞かずに魅音の後をついていき、やがて一つの部屋に到着する。

・・・・これはいつものパターンだな。

 

絶対この中に茜さん達がいるやつだ。

 

「・・・・失礼します」

 

部屋のふすまを開けて中に入る。

そのまま視線を中に向ければ予想通りいるのは茜さんだ。

 

「おはよう灯火、昨日は大変だったらしいね」

 

「いえ、茜さん達のおかげで問題なかったです」

 

「それは何よりだ、座って話そう」

 

「・・・・うっす」

 

覚悟を決めて茜さんの対面に座る。

ひとまず茜さんから借りていた物を返すか。

 

「とりあえず、これをお返しします」

 

懐に入れていた銃を取り出して茜さんの前に置く。

これには本当に助けられた。

けど、ずっと待ってるようなものじゃない。

 

持ってると安心する反面、けっこうストレスもたまるんだよな。

 

「ふむ、それを返してもらうかはこれから決めるよ」

 

茜さんは俺が置いた銃を一瞥してからそう告げる。

 

「事情は詩音から聞いたよ。昨日の夜にあんたと詩音を狙った奴らがいたそうじゃないか」

 

「・・・・はい」

 

やっぱり詩音から聞いてるか。

だがこれで話はしやすい。

 

「これで二度目だね。あんたが狙われるのは」

 

「・・・・二度目?」

 

一度目はなんだ?

鷹野さん達にはっきりと狙われたのはこれが初めてのはずだが。

 

「だいたい二年前かね、あんたと葛西が病院に運ばれたのは」

 

「・・・・そうでしたね」

 

まぁ確かに狙われたみたいなものか、あれは俺が自分から首を突っ込んだだけだけど。

山狗が大臣の孫を攫ったのを何とかするために自分から突っ込んだんだ。

 

「あの時、入院中のあんたの前で相手に落とし前はつけさせるって言ったが、もう二年近く経っちまった」

 

「・・・・」

 

「それで今回のことだ。あっはっはっは!相手も随分と私達をコケにしてくれるじゃないかい!」

 

そう言って笑う茜さんだが目は笑っていない。

どうやら茜さんの中で前回と今回は同じ敵だということで確定のようだ。

 

そして、それは間違ってはいない。

 

「しかもうちの詩音にまで手を出そうとしやがった」

 

茜さんは笑みを消して鋭い眼光で今もどこかにいる相手を睨みつける。

 

「今回ばっかりは絶対逃がさないよ。必ずケジメをつけさせる」

 

やべぇ、茜さんが本気でキレてる。

しかしこれは非常に頼もしい。

 

これで山狗も迂闊には動けなくなるぞ。

上手くいけば、そのまま山狗を東京に追い返すことだってできるかもしれない。

 

これはこのビッグウェーブに乗るしかない!

 

「だったら俺も手伝いを!」

 

なるほどな、だから銃を返すかをこれから決めるってことか。

そういうことなら銃はこれからも持ってないとな。

 

「あんたはダメ」

 

「おっと?」

 

俺の言葉をきっぱりと断った茜さんに思わず声が出る。

てっきり俺もその山狗を追い詰めることに参加するものだって思ってたんだけど。

 

「あんたは安全が保障できるまでここにいてもらうよ。当然あんたの両親にも確認するけどね」

 

「・・・・しばらくここに泊まるってことですか?」

 

「そこら辺はあんたの妹たちから話を聞きな。私はこれから忙しくなるから失礼するよ」

 

そう言って茜さんは立ち上がる。

そしてそのまま襖をあけてどこかへ行ってしまった。

 

残されたのは俺と、俺が置いた銃だけ。

 

「泊まらないならこれを持てってことか」

 

銃を手に取って眺める。

 

・・・・本当に重いなぁ。

 

「灯火」

 

じっと銃を眺めていると後ろから俺の名を呼ばれる。

振り返れば、そこには梨花ちゃんの姿があった。

 

「梨花ちゃん、ちょうどよかった」

 

「・・・・」

 

ここで話すのはあれだが、話せるなら早い方がいいだろう。

 

梨花ちゃんは俺の名前を呼んだっきり黙り込む。

 

陽光が影になって梨花ちゃんの顔がよく見えない。

 

 

「梨花ちゃん?」

 

反応のない梨花ちゃんに首を傾げているとゆっくりと座る俺へと近づいてくる。

 

黙ったまま俺の目の前まで来た梨花ちゃんは、そのまま両腕を俺の肩に乗せる。

 

 

 

 

そして押し倒された。

 

 

 

・・・・んん?

 

ちょっと待って。お兄ちゃん、こういうのはまだ早いと思うの。

 

 



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兄隠し編10

「り、梨花ちゃん?」

 

灯火

 

なぜだろう、今の梨花ちゃんからは詩音と似たような雰囲気を感じる。

 

「えと、とりあえず降りてくれないか?この状態じゃあ話せないだろ?」

 

俺に覆いかぶさる梨花ちゃんになるべく刺激しないように柔らかにそう告げる。

両肩を抑えられていて梨花ちゃんが離れてくれないと起きられない。

 

「魅音から昨日のことを聞いたわ」

 

「そ、そうか。魅音のやつよく梨花ちゃんに話したな」

 

けっこう物騒な話題だし梨花ちゃんには伝えないと思ったが、どうにかして聞き出したみたいだ。

きっと梨花ちゃんは俺が山狗と接触したことを知って怒っているのだろう。

 

「悪かったよ梨花ちゃん、でもあれは仕方がなかったんだ」

 

「灯火、勝手に危険なところに行くのは()()()()

 

「んん?」

 

梨花ちゃんが片手を俺の足に触りながらそう告げる。

 

「そして自分から危険なことをしようとする悪い子は()()()()

 

「いやいや俺の手足は良い子だよ?悪い子じゃないさ」

 

冷や汗を流しながらもなんとか口を開く。

梨花ちゃんは変わらず俺を押し倒したまま動かない。

 

やばい、よくわからないけど今の梨花ちゃんは猛烈にやばい。

 

この両腕と両足がなかったらあなたは大人しくなるのかしら?

 

「すいまっせんした!本当に勘弁してください!」

 

全力で梨花ちゃんに謝る。

押し倒されていなかったら土下座くらいしてる勢いだ。

 

これガチだ、絶対梨花ちゃんは本気で言ってる。

 

「・・・・あなたはいつもそう。こっちの気持ちを考えもせずに危険なことをする」

 

「はい、反省しています」

 

「もしあなたが死んでしまったら、私はもう立ち上がれない。もう二度と運命に抗えない」

 

梨花ちゃんは淡々と事実を告げるようにそう言う。

そんなことはない、だって俺は知識で知っているから、梨花ちゃんが俺の力なんて必要とせずとも仲間と協力して運命に打ち勝っていることを。

 

「昨日のことを聞いて私、思ったの。灯火は放っておくと勝手に危険なことをしちゃうんだって」

 

「ああ、だから悪かったよ。もうこんなことはしないさ」

 

なんとか言葉を絞り出してそう答える。

しかし梨花ちゃんは俺の言葉に首を振る。

 

「残念だけど信じられないわね。それに良いことを思いついたの」

 

「良いこと?」

 

思わずそう聞き返すと、梨花ちゃんは薄く微笑みながら口を開く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どうしてそうなった」

 

俺は心から出た言葉をそのまま口にする。

 

「ここにいれば安全だし、手足を縛っておけばあなたも余計なことは出来ないでしょう?」

 

「余計なことどころか、必要なことすら出来ないんだが」

 

介護生活どころじゃないだろそれ。

ていうかこれ、本気で言ってない?声のトーンがマジなんだけど。

 

「もう大丈夫よ灯火。あなたは十分よくやってくれたわ、後のことは私達に任せて」

 

「・・・・いや、俺も手伝うさ。むしろ本番はこれからだろ」

 

今年の綿流しは終わった。

残りはあと二年、そして最後の一年こそが大事なんだから。

 

「大丈夫よ。もうすぐ圭一だって来る。それに今回の件で園崎家も本気になった。上手くいけば今年でケリをつけることだってできる」

 

「まぁそれはそうだけど、だったらなおさら俺も手伝うさ」

 

「いらないわ。あなたはケリがつくまでここにいればいいの。二度と危ない真似はさせない」

 

梨花ちゃんは俺の目を真っすぐ見つめながらそう言う。

 

最近よく見ていたハイライトオフ状態だ。

しかも今回はなんか目に闇がグルグルと渦巻いているようにさえ見える。

 

梨花ちゃんはそれだけ告げて俺から降りる。

俺は起き上がりながらひとまず考える。

 

俺も少し間なら隠れるのは賛成だ。

狙われているのは事実だし、詩音と一緒に隠れるのは正しい選択だと思う。

 

梨花ちゃんも昨日の今日だからな。

しばらくしたら落ち着くだろう。

 

母さんと父さんにも何とか許可をもらわないと。

それと礼奈を含めてしばらくの間は家族に護衛をつけてもらえないか頼んでおこう。

 

相手もこれ以上リスクを冒してくるとは思えないが、それでも用心に越したことはない。

 

バレなきゃ犯罪じゃないっていうが、ってことはバレたら犯罪なんだからな。

そして山狗は秘密の部隊、表舞台に堂々とは出ることが出来ない。

 

むしろ騒ぎになればこっちの物だ。

 

言い逃れできない状況に追い込んで、それを富竹さんに伝えて東京に送り返してやればいい。

 

それで一気に鷹野さんの攻撃手段をなくすことが出来る。

そうなれば鷹野さんは半分以上詰んだも当然だ。

 

園崎家の動きで相手がどう動くか今は様子見だ。

それまでは大人しくここで保護されるとしよう。

 

・・・・もちろん手足の拘束はなしで。

 

 

 

 

 

 

あれから早くも一か月が過ぎた。

 

梨花ちゃんの言葉通り、俺は園崎家で過ごすことになった。

手足は縛っていないし、家の中なら自由に動ける。

 

でも外には出れない。

 

ま、まぁまだ一か月だし?そんなもんだよな。

でもそろそろ外にくらい出てもいいと思うんだよなぁ。

 

まぁそれは置いておいて、現在の状況について振り返ろう。

 

この一か月で雛見沢の状況は大きく変わってきている。

園崎家の動きが俺の予想以上だった。

 

相手を見つけるために園崎家だけでなく、村全体を巻き込んだ。

村の重鎮を集めて今回の件を説明し、村全体と共有。

 

不審な人間を徹底的に探し出すつもりだ。

 

これで雛見沢で少しでも怪しい人間が出たら即座に情報が共有される。

そしてこの範囲は興宮のほうまで着々と広がっている。

 

これで山狗は完全に迂闊な行動は出来なくなった。

 

だから、そろそろ外に出てもいいと思うんだよな。

俺が外に出ても山狗たちも動けないし大丈夫だと思うんだよ。

 

なんかいつの間にか俺は雛見沢から離れて茨城にいることになってるし。

相手を誘うブラフなんだろうけど、これじゃあもう完全に家から出れないじゃないか。

 

・・・・まさか本当に二年先までこのままだってことはないよな?

 

一応、礼奈や両親もこっちに来てくれてる。

それに悟史達も遊びに来てくれるから寂しくはない。

 

けどいい加減外に出たいんだ。

 

俺的には詩音のほうが中にいるべきなのに、魅音に化けて外に出てるみたいだし。

だったら俺も礼奈に化けて・・・・それは無理か。

顔つきとかは結構似てるんだけどなぁ、さすがに体格が。

 

詩音についてはこの一か月で大分落ち着いた。

羽入にも協力してもらったが、けっこう無理やりだったけど何とかなるものだな。

 

このままの状態が続けば詩音の雛見沢症候群も落ち着くだろう。

 

最初の頃の詩音とのやり取りを思い出して笑う。

 

 

 

 

「いでよ!はにゅじゃなくてオヤシロ様!!」

 

「あうあうー!オヤシロ様なのですよー!!」

 

俺の声に従ってスタンバっていた羽入が姿を現す。

すでに事情は羽入に話している。

 

今の羽入は詩音にも姿が見えるようになっている。

だから詩音の目には突然羽入が現れたように見えるだろう。

 

これだけで羽入が普通の人間ではないことがわかるはずだ。

 

「・・・・えぇ」

 

俺がオヤシロ様を紹介すると言ってから緊張した表情を見せていた詩音がなんとも言えない表情を浮かべる。

うん、まぁ気持ちはわかる。

 

羽入にはもう少し威厳のある感じで出てほしかった。

 

「羽入、もう少し威厳のある感じで」

 

「わ、わかったのです」

 

小声で羽入と打ち合わせる。

テイクツーだ。

 

「・・・・初めまして人の子よ。私はこの村の守り神。長い時を過ごし、雛見沢であなた達を見守ってきました」

 

「・・・・」

 

先ほどのことをなかったことにして再度詩音の前に登場する羽入。

 

ガチモード羽入である。

これが一発目なら完璧だった。

 

ほら、詩音はなんとも言えない表情のままだもん。

 

「あなたの苦しみはわかっています。オヤシロ様である私に任せてください」

 

羽入は真顔で詩音に手を差し伸べる。

なんか怪しい宗教勧誘みたいだな。

 

でも実際に神様がしてるんだから冗談にならない。

 

「・・・・お兄ちゃん」

 

詩音がなんとも言えない表情のままこちらに顔を向ける。

俺も羽入に合わせて真顔で頷く。

 

「以前に言った通りだ、オヤシロ様の力があれば俺たちの中の鬼を鎮めることが出来る」

 

綿流しで話した通りに説明する。

 

雛見沢症候群を発症していた詩音は自分が鬼になったと思い込んでいる。

そして鬼が俺を殺そうとすると言った詩音の言葉を否定するために自分も鬼だと言った。

 

そして俺は鬼の鎮める方法に羽入の力だと説明した。

 

だから今回羽入に事情を説明して詩音にも姿を見えるようにしてもらった。

 

これで詩音の精神を安定させて雛見沢症候群を落ち着かせる。

 

「信じるのです人の子よ。あなたの中の鬼は鎮めることができます」

 

「・・・・お願いします。それとお供え物のシュークリームです」

 

「っ!?あうあうあう!シュークリームなのですー!!」

 

「オヤシロ様、真面目モードが解けてる解けてる」

 

グダグダだなぁ。

 

とりあえず茶番でも何でも続けてみるしかない。

綿流しの後から詩音も不思議と落ち着いてるし、案外なんとかなるさ、うん。

 

 

 

 

 

 



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兄隠し編11

あれからあっという間に三か月が過ぎた。

 

嘘ついた、めっちゃ長かったわ。

 

この三か月で色々変化があったけど、一番の変化をまずは言いたい。

 

俺の居住区が園崎の家から拷問部屋になった。

 

日光が、日光が足りない。

確かに部屋にいるのに飽きて脱走をしようとしたのは悪かったよ。

 

でもちゃんと周囲の確認はしたし散歩するだけのつもりだったんだ。

それを数回繰り返したら拷問部屋に送られた。

こんなとこに住んでるって言ったら母さんたちが卒倒するぞ。

 

一応母さんたちが来るときは上に出ていいけど、それ以外は本当にここで過ごしてる。

 

案外住むこと自体は快適、普通に生活できる。

 

拷問器具はもうインテリアにしか見えないし、魅音達もけっこうな頻度で泊まりにくるから退屈はしない。

 

でもいい加減外に出たい。

 

なんとかして脱出するために計画を練る必要があるな。

 

でも正規の扉は封鎖されてて俺では開けられない。

仮に外に出られても見張りがいるから脱出は難しい。

 

 

だが、正規ではない方法でなら脱出は可能だ。

 

俺は原作知識によってこの地下にある古井戸から外に出れることを知っている。

前に試しに途中まで降りてみたけど確かに梯子の途中で穴があったのを見た。

 

風も来てたし確実に外に繋がっている。

 

これで脱出自体は可能。

だがこれはあくまで最終手段だ、普通に頼んで外に出れるならそれでいいし。

 

「おっはよーお兄ちゃん。起きてるー?」

 

ちょうどタイミングよく魅音が降りてきたみたいだ。

魅音は詩音や梨花ちゃんと違って話を聞いてくれるから頼めばいけるかもしれない。

 

「お!ちゃんと起きてるね!ご飯持ってきたよ」

 

「ありがとう魅音、今日のご飯は誰が作ったんだ?」

 

「私の手作りだよ、おすすめは卵焼きだね」

 

魅音から朝食を受け取る。

魅音も一緒に食べるつもりみたいで食事をもって俺の横に座る。

 

「魅音、いい加減外に出してくれ。暇すぎて死にそうだ」

 

「あはは、私としてはやり過ぎだと思うし出してあげたいんだけどねぇ」

 

そう言って魅音は苦笑いを浮かべる。

魅音の言いたいことはわかってる、詩音と梨花ちゃんが許さないんだろ。

 

くそう、また礼奈たちが遊びにくるまで外は無理か。

これ以上ここにいるなら本当に脱出するぞ。

 

「そういえば雛見沢に東京から警察が来るみたいだよ。休暇中に家族でみたいだけど」

 

「・・・・東京から?」

 

魅音がご飯を口に運びながらそう口にする。

それを聞いて食事の手が止まる。

 

おいおいそれって赤坂さんじゃないか?

 

違うかもしれないが、前にまた来てほしいって言ったからな。

その約束を守るために遊びにきてくれたのかもしれない。

 

でも時期が悪い、よりによってこのタイミングかよ。

 

「やっぱりお兄ちゃん怪しいって思う?この時期に外から警察だもんね」

 

「え?いや待てお前ら何をする気だ?」

 

苦々しい顔を浮かべた俺を見て勘違いした魅音が何やら呟く。

そうか、確かに魅音達から見れば赤坂さんが味方と判断できないのか。

 

「とりあえず今は様子見かな、でも雛見沢に来たら接触してみるのも考えてる」

 

「その人はおそらく赤坂さんだ」

 

俺は赤坂さんの情報を魅音に伝える。

俺のせいで赤坂さんと園崎家がぶつかり合ったなんて笑えないぞ。

 

特に葛西、言っておかないと絶対二年前の件で赤坂さんに絡みに行きそうだ。

 

でも赤坂さんが雛見沢に来てくれた。

 

それも梨花ちゃんが殺される年よりも早く。

この機会を無駄にはしたくない。

 

「俺も赤坂さんに会いたい。魅音、だから俺も外に」

 

「ダメ」

 

俺の願いは魅音に即却下される。

さっきは悩んでくれたのに。

 

「その赤坂さんって人をお兄ちゃんは信用してるみたいだけど、私達はその人を知らないからね。悪いけど信用できない」

 

「・・・・」

 

「詩音たちには伝えておくよ。でも会うのは諦めて。今の時期は他所の人間と会うのはたとえ味方だとしても危険だよ」

 

「・・・・わかったよ」

 

真剣な表情でこちらを見る魅音に何も言えなくなる。

これは何を言っても出してはくれないな。

 

だが、この機会を無駄にしたくない。

 

「今日は礼奈が来るから地下から出られると思うよ。本当に悪いけどそれで我慢して」

 

「・・・・ああ」

 

「ごめんねお兄ちゃん、じゃあ私は一度上に上がるよ。また来るからね」

 

そう言って朝食を食べ終えた魅音が立ち上がる。

俺がそれを手を振って見送り、魅音が上に上がった後に考え込む。

 

魅音には悪いが、ここで赤坂さんと会う機会を逃すなんてことは出来ない。

悪いが脱走させてもらうぞ。

 

今日は礼奈が来るらしいし、その時に礼奈に赤坂さんへ伝言を頼めないだろうか?

集合場所を決めて、俺は井戸を通ってそこに向かう。

 

人気のない場所を選べば山狗はもちろん、他の人にだって見つからない。

出る場所も山の中みたいだし、人に見つからずに移動するのも容易だ。

 

あとは念のため時間稼ぎをしてくれる味方がほしい。

具体的には俺がいない間に俺の振りをしてくれる人だ。

 

中には定期的に人が来るからな、人の気配がなければ怪しまれる。

 

「・・・・そうなると誰に頼むかだな」

 

俺が外に出ると知ったらほとんどの人が止めるからな。

頼みを聞いてくれるのはせいぜい悟史くらいか。

 

都合よく悟史が遊びに来てくれたら頼めるんだが。

 

「あうあうあうー灯火、遊びに来たのですよ」

 

可愛らしい声をと共に上空から羽入が登場する。

羽入は透過できるからな、ここまで簡単に来れる。

 

そのおかげでもっとも頻繁に俺のところに来てくれてる。

 

・・・・ふむ、羽入か。

 

この三か月でもっとも変わったのは羽入だ。

 

まず詩音に姿を見えるようになってから他の全員に自身の姿を見えるようにした。

そして自身の口から自らのことをみんなに伝えたのだ。

 

自分がオヤシロ様と呼ばれる存在であること。

ずっとみんなを見ていたこと。

 

そして、俺たちの仲間になりたかったこと。

 

羽入は緊張からか震えて涙を浮かべていたが、それでも自分の本心をみんなに伝え、もちろん俺達はそれを歓迎した。

 

最近は姿を見えるようにするだけでなく実体化をしてみんなで遊んでいる。

俺が外に出れないから家でトランプとかをして遊んでいる時だけだが。

 

早く羽入も連れて外でみんなで遊びたいものだ。

 

さて、話は逸れたがこの俺の身代わりの役割、羽入はどうだろうか?

 

羽入は悟史と一緒でなんやかんやで俺が変なことをしても協力してくれる。

なんというか心配はしてるけど、それ以上に信頼してくれてるって感じ。

 

詩音たちはその逆。

 

羽入なら俺の脱出に協力してくれるかもしれない。

 

ていうかシュークリームで取引できるんじゃね?

 

「・・・・羽入、ちょっと実体化してこっちに来てくれ」

 

「はい、なんですか灯火?」

 

俺の言葉に何も疑うことなく実体化して近づいてくれる羽入。

 

羽入はそのまま俺の目の前までやってくる。

そして俺は近づいた羽入の両肩に両手を置く。

 

「あう?あうあうあう!?と、灯火!?まだ子供の灯火にそういうのは早いと思うのですよ」

 

何か盛大な勘違いが起きているようだが気にせず口を開く。

 

「羽入、実はどうしても頼みたいことがあるんだ。これは羽入にしか頼めない」

 

「あうあうあう!?ぼ、僕にしか!?」

 

真っ赤な顔の羽入、真剣な表情で彼女の肩を掴む俺、状況は2人きり、場所は人気のない場所でしかも布団の上。

 

一体羽入はこの状況で何に勘違いしているというんだ。

うん、気が付いたけど面白いから黙ってよ。

 

「ああ、でも簡単だ。羽入はこの布団の中に入ってくれているだけでいい。あとは俺に任せてくれ」

 

「ええええ!?あとは俺がやるって!?あうあうあう!?」

 

真っ赤な顔に加えて目も回し始める羽入。

しまいには頭から煙がでそうだ。

 

そろそろ誤解を解いておこう。

この悪ふざけを続けて羽入の機嫌を損ねるのはよくない。

 

「実は羽入、もうすぐ雛見沢に赤坂さんが来る。そして俺はここから抜け出して赤坂さんと話がしたいんだ」

 

羽入に真剣な表情で伝える。

電話で話すことも出来るだろうけど、俺が赤坂さんと話す内容を考えると直接が望ましい。

 

何より赤坂さんとは誰にも聞かれない場所で二人っきりで話したいんだ。

 

今回は俺は赤坂さんに鷹野さん達に関わる情報をほとんど話すつもりだ。

それこそ未来の情報すら含めて。

 

これは雛見沢とは関係ない、言ってしまえば部外者の赤坂さんだからこそ話せる内容だ。

部外者である赤坂さんは鷹野さん達の死角になり得る。

 

赤坂さんに頼むのは外からの監視と調査、相手が動き出そうとした時にプレッシャーを与え、迂闊に行動できなくさせる役割だ。

 

そのためには赤坂さんには俺の持ち得る情報を共有しておきたい。

そしてその内容に雛見沢症候群すら含まれる。

 

だから魅音達には教えられない、自分の中に寄生虫がいるなんて話、知らないならその方が良いに決まってる。

 

羽入に俺のこれからすることを伝えて協力を頼む。

最初は顔を赤くさせてしていた羽入だったが、すぐに真剣な表情に変わった。

 

「わかりました、僕に任せてくださいなのです」

 

「ありがとう羽入、もし梨花ちゃん達が来てバレそうになったら逃げてくれていいからな」

 

俺が羽入に頼むのはあくまで一時的な時間稼ぎだ。

もし羽入が代わりをしていることがバレたら梨花ちゃん達が羽入に俺の居場所を聞き出すために何をするかわからない。

 

「大丈夫なのです。見つかっても僕と梨花の仲なのです。たとえバレても謝れば許してくれるのですよ」

 

盛大なフラグのような気がするが気にしないでおこう。

まだ魅音達に見つかった方が羽入は助かりそうな気がしてならないが、気にしちゃダメだ。

 

よし、これで俺がいなくなってからの時間稼ぎは羽入がしてくれる。

あとは集合場所を決めてそれを礼奈に伝えてもらうだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

集合場所に決めた小屋の中で赤坂さんを待つ。

中はあれから修理をしたのか綺麗になっている。

 

ちょうど椅子があったので腰かける、夕方くらいまで待って来なかったらいったん帰らないとな。

羽入の時間稼ぎもいつまで持つかわからないし。

 

っ!ドアノブが回った!!

 

万が一の場合を備えて懐にある銃に手を置いておく。

ここに来るまでに誰にも見つかっていない自信がある。

 

だからここに来るのは場所を伝えた赤坂さんだけだ。

 

緊張を表には出さずに自信満々の笑みのまま相手を迎える。

扉が開き、相手の顔が視界に入る。

 

精悍な顔立ちに真面目そうな表情。

俺の知る赤坂さんだ。

 

よし!ひとまず賭けには成功!!

 

あとは赤坂さんに俺の持ってる情報を共有して今後の鷹野さん達の戦いに協力してもらえるように頼むだけだ!

 

「ふ、さすが赤坂さん、よく来てくれました」

 

緊張が解けて、かつ会えたことが嬉しくて変なテンションになる。

我ながらここを集合場所に選んだのはまさに天才の発想だったな。

 

さぁ、早速赤坂さんと現在の状況の共有を。

 

「「「お邪魔します」」」

 

その声を聞いた瞬間、俺は反射的に逃げ出そうと動く。

しかし足を組んでいたせいで動けずに無様に椅子から転げ落ちる。

 

バ、バカな!?どうして詩音たちがこの場所に!?

 

あ、赤坂さん!?

 

「・・・・すまない」

 

信じられないような目で俺は赤坂さんを見ると、赤坂さんは小さくそう呟いて俺から目を逸らす。

どうやら赤坂さんに伝えた俺の言葉は三人にも伝わってしまったようだ。

 

待て、ということは羽入は。

 

「・・・・あの子なら先に逝ったわ」

 

そうか、羽入は先に逝ったか。

 

やっぱり許されてないじゃないか羽入。

今、空を見れば満足そうな笑みの羽入の姿が浮かんでそうだ。

 

だが安心しろ、俺もすぐに逝くから。

 

「「・・・・お兄ちゃん」」

 

魅音と詩音が床に転げ落ちた俺に至近距離まで近づく。

その目には明らかに怒気が宿っていて、これから訪れる未来を簡単に想像させてくれる。

 

そしてその後ろにはさらに深い黒に瞳を染めた梨花ちゃんが俺を見下ろしている。

 

ふと梨花ちゃんの両手を見ると何かを持っているようだ。

 

その手にあるのは()()()()()()()()()()()()()()

 

なんてものを持ってるんだ梨花ちゃん。

 

俺の居住区が拷問部屋から犬小屋になりそうな予感。

 

・・・・どっちがマシなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 



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兄隠し編12

「じゃあ赤坂さん、改めて今の雛見沢の状況の説明を」

 

「みぃ?誰が人の言葉を使っていいと言ったのですか?」

 

「・・・・クゥン」

 

俺が赤坂さんに説明をしようとすると梨花ちゃんが黒い笑みでそう告げてくる。

 

笑ってるけど目が笑ってない。

最近雛見沢の一部で流行ってる笑い方だ。

 

ヤバい、梨花ちゃんが本気でキレてる。

話し方は一応可愛らしいけど、口から出る言葉が修正なしの黒梨花ちゃんそのものだ。

 

「あはは!お兄ちゃん首輪とリード似合ってるよ!こんなことならうちから犬耳をもってくればよかった」

 

俺の姿を見て魅音が笑う。

とりあえず魅音は許してくれたみたいだ、でも詩音はまだジト目で俺を睨んでる。

 

辛い、これからシリアスな話をしようって言うのにこれはあんまりだ。

何が一番つらいって、赤坂さんにこの状況を見られていることだ。

 

これがいつものメンバーなら罰ゲームとかで笑ってできるさ。

でも今いるのは赤坂さんなんだ、それもけっこう真面目な状況なんだ今は。

 

それに赤坂さんには少しミステリアスで不思議な子みたいな感じでいたかったんだ。

 

それなのに今の俺は首輪をつけられ、その首輪から伸びるリードを梨花ちゃん達に順番に持たれてる状態だ。

 

神は死んだ、俺を救ってくれるやつはいない。

 

「そもそもどうして抜け出してここに来たの?そりゃあ閉じ込めたのは悪かったけど」

 

「・・・・赤坂さんと二人で話したかったんだ」

 

魅音の当然の疑問に俺はそう答えるしか出来ない。

俺の言葉を聞いて詩音が眉をひそめながら口を開く。

 

「・・・・私達には聞かせたくない話ってこと?」

 

「・・・・」

 

察しが良いな詩音、この話はお前らには聞かせたくない。

だからと言って赤坂さんと二人っきりにしてくれるってわけでもなさそうだ。

 

この場で唯一俺が言おうとしてる内容に察しがついているであろう梨花ちゃんに目を向ける。

俺の視線に梨花ちゃんはじっと俺を見つけ、やがてため息と共に口を開いた。

 

「灯火、妹が大好きなあなたは二人に話したくないのでしょうけど、私は伝えてもいいと思う」

 

「・・・・本気か?」

 

「ええ、ここまで来たらみんなと本当の意味で協力していきたいの」

 

「・・・・」

 

梨花ちゃんの言葉を聞いて頭の中で考える。

魅音と詩音に本当のことを伝えるか。

いや、梨花ちゃんは礼奈や悟史達も含めてということか。

 

ひとまず魅音と詩音だ。

 

二人に共有している情報は羽入の存在のみで雛見沢症候群や鷹野さん達の正体については触れていない。

それに、詩音には雛見沢症候群を落ち着かせるために雛見沢症候群のことを鬼ということにしている。

 

話すのならそこら辺の辻褄を合わす必要がある。

 

「わかった。じゃあ赤坂さん、そして魅音も詩音も話を聞いてほしい」

 

俺は覚悟を決めて今まで梨花ちゃんと羽入の三人だけで秘密にしていた内容を話し始める。

 

「まずは今の雛見沢の現状について」

 

まずは赤坂さんに現状の説明を始める。

 

綿流しの夜に俺と詩音が襲われたことを。

そしてその犯人はダム建設の時に大臣の孫を誘拐した犯人と同じであること。

 

そしてそいつらと戦うために雛見沢が一団となって調査をしていること。

 

「・・・・なるほどね、あの時ここにいた奴らか」

 

俺の説明に赤坂さんは納得したようにうなずく。

赤坂さんも大臣の孫の誘拐事件では直に関わってるからな、納得がしやすいのだろう。

 

問題はここからだ。

ここまでの情報は魅音と詩音も知っている。

 

そしてここからの情報こそが大事になってくる。

 

「次の説明だ。その襲ってきた奴らの正体と、その目的について」

 

「正体って、お兄ちゃんはそれを知ってるの?」

 

「ああ」

 

魅音の言葉に頷く。

当然そんな反応をするよな、今まで正体不明の敵だと思って村全体で探してたんだから。

 

「だったらどうして私達に教えてくれなかったの!?そうすればもっと簡単に相手を特定できるのに!」

 

「理由は二つ。一つは危険だから。相手を知りすぎると俺達を消すために相手が何をするかわからない。そして二つ目はどこでこの情報を手に入れたかのか言いたくないから」

 

一つ目の理由がメインにはなる。

相手は水面下で極秘に研究をしている、それも雛見沢症候群を軍事転用できるんじゃないかというやばい方向で。

 

もしそんなことをしているとバレたら口封じで何をしてくるかわからない。

知ってる人間は少人数が良いに決まってる。

 

そして二つ目の理由は俺個人の問題。

この情報をどこで手に入れたのかを説明できない。

 

まさか原作知識だなんて説明ができるわけがないし、じゃあこの情報が本当である理由もきちんと証明も出来ない。

 

・・・・本音を言えばみんなに怖がられたくないからだ。

 

俺は異物だ。

この物語において勝手に割り込んできた存在しない存在。

 

みんなに本当の自分を話して気味がられるのが嫌なんだ。

 

「赤坂にはわからないでしょうけど、灯火には羽入のような特別な事情があるのよ。だから悪いけど深くは聞かないで」

 

梨花ちゃんが俺のフォローをしてくれる。

それに対して詩音は梨花ちゃんをジト目で見る。

 

「梨花ちゃんはそのお兄ちゃんの事情を知ってるの?これからお兄ちゃんがする話も私達と違って知ってるみたいだし」

 

「知らないわ。そして聞く気もない、誰だって知られたくないことの一つや二つあるでしょう?それに私にだって特別な事情があるもの。私が知ってるのはそれのせいよ」

 

「・・・・」

 

「へーじゃあ梨花ちゃんはたまにめちゃくちゃ大人っぽくなるのもそのせいか。お兄ちゃんとは秘密を共有する仲ってこと?」

 

梨花ちゃんの言葉に魅音と詩音の雰囲気が怪しくなる。

待て待て待て!そこでいきなりヤバい状況にするな!

 

「俺は梨花ちゃんの事情を確かに知ってるが、それは二人と一緒だ。二人の秘密を俺が知る機会があったように、梨花ちゃんの秘密を俺が知る機会があった、それだけだ」

 

梨花ちゃんが羽入の力で様々なカケラで繰り返しているのを知っているように。

魅音と詩音が本来逆であることを俺は知っている。

 

秘密の大小はあれど、秘密なことには違いはないんだ。

 

「へぇ、私の知らない間に二人とも秘密をする仲になってたの。へぇ、そう」

 

なんか今度は梨花ちゃんがこちらにジト目を向けてきた。

 

なんかもう怖いよ、何を言うのが正しいのかさっぱりわからない。

 

「あー話を戻すけど、その敵の正体はなんなんだい灯火君?」

 

困っている俺を見かねた赤坂さんが話を元に戻すための助け船を出してくれる。

俺はそれに乗っかって話を切り替える。

 

「敵の正体は雛見沢のみに存在するあるものを研究する機関、そいつらが研究のため俺と詩音を襲い、雛見沢がダムに沈むのを防ぐために大臣の孫を攫った」

 

「・・・・あるものの研究?」

 

赤坂さんは俺のその言葉に反応する。

 

「それは色々な名で呼ばれてる。祟りという人もいるし、鬼と呼ぶ人もいる、そして寄生虫とも。だが組織の人はこう呼ぶ。()()()()()()と」

 

俺はここで羽入の存在を出しながら雛見沢症候群のことを説明していく。

詩音に話した内容、鬼のことを雛見沢症候群の別称にして少しの捏造を加えながら話していく。

 

これで詩音の中で話は繋がったはずだ。

 

「そしてその組織の拠点は雛見沢にある、入江診療所と名を偽って」

 

「え!?診療所!?」

 

俺の言葉に魅音は信じられないように叫ぶ。

ここの説明は大事だ、変な説明だと園崎家が診療所に突撃しかねない。

 

「まず相手は漫画とかに登場する嘘くさい悪の組織とかじゃない、国防省が企画してる軍と言っていい」

 

原作では入江さんや鷹野さんは三佐とかの階級で呼ばれていた。

山狗も軍人の集まりだし、はっきり言ってかなりヤバい組織だ。

 

だがすべてが敵ではない。

入江さんを筆頭にただただ雛見沢症候群を解明するために集まった人たちもいる。

 

スポンサーとしては雛見沢症候群の軍事転用とかが目的だったはずだが、それは鷹野さんや入江さんにはどうでもいいことなんだろう。

 

ひとまず入江さんや普通の人もいることを説明する。

これで入江さんを園崎家が狙ったりなんかことにはしたくない。

 

そして富竹さんについても説明をする。

魅音達の中ではたまに雛見沢にくる観光客なんだろうけど、その正体は鷹野さん達を監査するスポンサー側の人間だ。

 

ここも知っておいてもらわないといざという時に対応できない。

 

そして最後に俺達にとっての敵になる人物。

 

鷹野さんと山狗について説明する。

 

山狗たちが今どこにいるのか、それはさすがにわからない。

興宮のどこかに潜伏しているはずだが、さすがに園崎家でも発見はまだ出来ない。

 

「・・・・私はその雛見沢症候群の研究に協力をしているわ、私というより古手家がね」

 

俺の説明の後に梨花ちゃんが続ける。

 

自分が女王感染者であるという特別であること。

そして自分が二年後に鷹野たちに命を狙われることを。

 

「梨花ちゃんが狙われる?鬼、じゃなくて雛見沢症候群になってる私とお兄ちゃんじゃなくて?」

 

詩音が梨花ちゃんの言葉に首を傾げる。

ここから未来の話になるが、うまく説明していくしかない。

 

「俺たちは羽入の力を借りて梨花ちゃんが二年後に殺されることを知ってる。決して万能な力じゃないから絶対ではないけど。赤坂さん、とりあえず話を聞いてくれる?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

羽入の存在を知る魅音達ならオカルト的な力だと説明できるが、赤坂さんは羽入を知らない。

もともと、ここからは信じてくれるかは賭けのつもりで来ていた。

 

赤坂さんにはなんとか信じてもらうしかない。

 

俺は梨花ちゃんから引き継いで話を進める。

 

組織の派閥が変わり、研究が打ち切りになること。

絶望する鷹野さんに別の派閥の人間が接触すること。

 

そしてその派閥に利用されて鷹野さんが梨花ちゃんを殺すことを。

 

「・・・・組織では梨花ちゃんが死ぬと村の全員が雛見沢症候群になると推測されてる。それを防ぐために緊急マニュアルの一つに梨花ちゃんが死んだときのプランがある」

 

それは梨花ちゃんが死んだ場合に発動される終末作戦。

 

雛見沢住民の皆殺し。

 

別の派閥は鷹野さんを利用し、この作戦を発動させて鷹野さん達を指示していた派閥に大打撃を与えるつもりなんだ。

 

どうでもいい派閥争いで殺されるこっちの身なんてお構いなしに。

 

「「「・・・・」」」

 

その後も出来る限り詳細を伝え、話を終える。

俺の話を聞いた三人はなんとも言えない表情を浮かべている。

 

いきなりこんな話をされても現実感なんて湧いてくるわけがない。

話半分でも信じてくれたら上出来だ。

 

「今は話半分で信じてくれてたら十分。実際こうなるって決まったわけじゃないし、でも今話したことが本当に起こらないように対策はしておきたい」

 

「・・・・その対策が俺をここに呼んだ理由なんだね?」

 

「はい、赤坂さんには東京から圧力をかけてほしいんです」

 

俺はここで鷹野さんの手足である山狗たちを完全に動けなくさせておきたい。

 

赤坂さんは警察の中でも特殊な公安にいる。

 

二年前に赤坂さんが来るとわかって調べたけど、公安はわかりやすく言えばテロ、政治犯罪、外国による工作とかの日本全体の治安や国家体制に影響を及ぼす可能性のある事案に対応する部署だ。

 

警察の中でも特殊な立ち位置にいる赤坂さん達なら俺達と情報共有していけば鷹野さん達の動きを捕捉して山狗の動きを抑えることだってできるかもしれない。

 

上手くいけば山狗という部隊をなくすことだってできるはずだ。

公安に圧力をかけてもらってスポンサーが危機感を抱けば山狗たちはまともに動けなくなる。

 

あくまで彼らはスポンサーたちに雇われてるだけなんだ。

 

これで山狗たちの動きを封じられるなら鷹野さんはほとんど何もできなくなる。

今まで暴力的な手段をとれたのは山狗たちがいたからなんだから。

 

「わかった。東京に戻ったら灯火君からもらった情報を元に探ってみるよ」

 

「ありがとうございます!」

 

真剣な表情で頷いてくれる赤坂さんに頭を下げる。

 

ついでに赤坂さんと連絡がとれるように連絡できる番号を教えてもらう。

これで東京に赤坂さんが帰っても話が出来る。

 

ひとまずこれで俺のやりたいことはできた。

 

梨花ちゃんがここに来た時はどうなるかと思ったが、なんとかなったな。

 

やりきった達成感から口から長い息が洩れる。

 

「みぃ、話は終わったのですよ。じゃあお説教の時間なのです」

 

「梨花ちゃん?ぐぇぁ!?」

 

その声が聞こえた瞬間、首が何か引っ張られて床に倒される。

 

・・・・そういえば首輪とリードはそのままだった。

 

「続きは犬小屋でするのですよ、脱走する悪い犬はしっかりと躾けないといけないのです」

 

「あ、じゃあ帰ったら犬耳も用意するよ。大丈夫だよお兄ちゃん、ちゃんと大型犬用の犬小屋がうちにあるから」

 

「お兄ちゃんの散歩は私がするからね。それと今日のことは本気で怒ってるから」

 

魅音は悪ノリだが、梨花ちゃんと詩音はガチだ。

 

嘘だろ、このまま真面目な感じで終わる流れだったじゃん。

 

「・・・・じゃあ俺は先に車にいるよ」

 

赤坂さんは俺を見捨てて小屋から出て行こうとする。

 

嫌だ嫌だ!赤坂さんとこんな別れ方はあんまりだ!

次会った時にどんな顔をして会えばいいんだよ!

 

会った瞬間、笑われでもしたら本気で泣くぞ!

 

あと、せめて食事は普通で頼む。

ドッグフードなんか出た日には母さんたちに本気で泣きつくぞ。

 

梨花ちゃん達に引っ張られながら俺達も小屋を後にする。

 

 

この後、ピクリとも動かない羽入を見つけ、そして本当に犬小屋とドッグフードが出てきて泣いた。

 

 



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名前を決めよう

赤坂さんと小屋で話をしてから早くも一か月が経った。

 

赤坂さんはあれから三日間ほど滞在してから東京に帰った。

家の電話番号を聞いていたので連絡は今でもこまめに取り合っている。

 

このまま順調にいけば山狗たちも動きにくくなるだろう。

 

ちなみにあの後から俺は拷問部屋から普通の部屋に移った。

 

あと少しで本当に犬小屋生活が始まろうとした時にさすがに見かねた茜さんが助けてくれたのだ。

 

あの時は泣いて茜さんに感謝した。

 

もう少しで相手を特定できるらしく、そうなれば監視下におけるため自由に外に出てもいいらしいので早く山狗たちには観念してほしいところだ。

 

そんな半分以上殺伐とした状況の中でも嬉しいニュースが舞い込んできてくれた。

 

なんと生まれる赤ちゃんの性別がわかったのだ!

 

待望の赤ちゃんの性別だ、それがわかったと聞いた途端にみんなが園崎家に集まった。

この情報を知っているのは両親から聞いた俺だけだ。

礼奈だって知らない。

 

俺からの情報を聞いて集まったいつもメンバーがソワソワしながら俺を見つめている。

 

「お兄ちゃん早く早く!どっちなのかな!?どっちなのかな!?」

 

「お兄ちゃんもったいぶらないで早く教えて!」

 

我慢できないと言わんばかりにこちらに詰め寄る礼奈と詩音。

その後ろにいる全員も早く教えろと騒ぎ立てる。

 

これ以上待たせると全員怒りそうなので素直に白状する。

 

 

「女の子だ」

 

 

俺が赤ちゃんの性別を伝えると全員が歓声をあげる。

 

弟でも妹でもどっちでも嬉しかったが、今までの流れから見てなんとなく妹になるんじゃないかと思ってたけど、本当にそうなったか。

 

「はうぅ!礼奈に妹ができる、礼奈に妹ができるよはうぅぅぅ!!」

 

案の定一瞬でトリップした礼奈。

気持ちはわかるけど戻ってこい。

 

「これでまたお兄ちゃんのシスコンパワーが上がるね。今どれくらい?」

 

「まぁ、スカウターは壊れるな」

 

「スカウター?」

 

首を傾げる魅音。

そうか、まだあの漫画は出てないのか。

 

「灯火さんと礼奈さんズルいですわ!にーにー!私達もお母さんたちに妹がほしいって帰ったら頼みますわよ!」

 

「・・・・それは、うん。沙都子が言うなら僕は止めないよ」

 

「へー沙都子はどうやって赤ちゃんを作るか知ってるの?」

 

沙都子の言葉に曖昧に笑う悟史とからかう詩音。

詩音の言葉に対して沙都子はムッとしながらも答える。

 

「知っていますわ!コウノトリ?という鳥が運んでくるんでございましょ!前にお父さんが教えてくれましたの!」

 

「・・・・悟史君」

 

「・・・・沙都子にはまだ早いってお父さんが」

 

沙都子の回答に詩音と悟史が小さな声で話す。

まだ沙都子は子供だし、それでいいと思う。

 

礼奈にだって俺は沙都子の父さんと同じ回答で教えてるし。

 

純粋な顔で赤ちゃんの作り方を聞かれたときは本気で焦った。

 

そっか知らなかったかーと内心思いながら気まずい顔をする両親を見たのを覚えてる。

 

「みぃ、なんにせよおめでとうなのです灯火、礼奈」

 

「あうあうあうー!オヤシロ様である僕も祝福するのですよー!」

 

騒ぐみんなを見ながら笑ってそう告げる梨花ちゃんと羽入。

それに対して俺と礼奈も笑って礼を受け取った。

 

「それでみんなに集まってもらったのはこの報告と頼みたいことがあるからなんだ」

 

「頼みたいこと?赤ちゃんのことでだよね?」

 

「ああ」

 

悟史の確認に俺は頷く。

正確には俺の両親からの頼みだが。

 

「両親からみんなに赤ちゃんの名前の候補を考えてほしいって頼まれた。だから素敵な名前を考えて教えてくれ」

 

「名前かぁ、確かにそれは大事だね。候補は何個でもいいの?」

 

「ああ、メモしていくからどんどん言ってくれ」

 

魅音の質問に答えながらメモ用紙を取り出す。

みんなのネーミングセンスが試されるところだが、それを決めるのは両親だ。

 

とりあえず俺が変だともってもみんなから聞いた名前を全部書いていこう。

 

「はいはい!礼奈が一番だよ!」

 

「はいじゃあ礼奈から教えてくれ」

 

メモを片手に礼奈の考えた名前を聞く。

いきなり礼奈か、さて何がでるやら。

 

「礼奈はね!礼火(れいか)がいいと思う!」

 

「おー俺と礼奈から一文字とってるのか、綺麗な響きだな」

 

礼火とメモに書き込む。

漢字は変わるかもしれないが、悪くはないかも。

 

もっとずれたかぁいい名前が飛び出てくると思ってたから意外だ。

 

「えへへ、赤ちゃんが生まれるって聞いてからずっと考えたから」

 

照れながらそう告げる礼奈に笑みをこぼす。

そりゃそうだよな、礼奈にとって初めての妹なんだから。

 

「ちなみに男の子だったら?」

 

礼灯(れいとう)くんだよ!」

 

「うん、妹でよかったな礼奈」

 

大事な弟が冷凍君って呼ばれる未来しか見えないぞ。

 

「はいはい!次は私だね!」

 

「んじゃあ魅音どうぞ」

 

魅音はゲーム名も死闘!とか最強!などのパワーワードを好むからな、なかなか強そうな名前が来そうだ。

 

「魅火ちゃんがいいと思うな」

 

「あ、おねぇずるい!だったら私も詩火がいい!」

 

魅音の名前の候補を聞いて詩音も突っ込む。

とりあえず候補として書き込むけど、ちょっと無理がないか?

 

その後もみんなから候補をもらうが、漏れなく全員俺と自分に似た名前になってる。

 

梨花ちゃん。梨火は無理があるって、花が火になっただけで呼び方一緒じゃん。

 

でも一応全員から聞いた名前を書いていく。

この名前の数々を見た両親の反応が気になるところだ。

 

「これだけあれば十分だな、多すぎても選ぶとき困るし」

 

一通りみんなから候補は聞いたしこれでいいだろう。

後は礼奈にこれを渡して両親に届けもらおう。

 

「それにしても、だいぶ寒くなってきたな」

 

メモを礼奈に渡しながら外から漏れる寒気に身震いする。

 

「雛見沢は豪雪地帯だからね、今年も寒くなるよ」

 

魅音の言葉に全員が頷く、今年も暖かくしないといけない。

 

「やっと僕が買ったマフラーが役に立つよ」

 

「・・・・そういえば退院祝いに買ってたな」

 

悟史の言葉に呆れながらも笑みを浮かべる。

本当に地下から出れて助かった。

 

あそこにいたら最悪凍死してるぞ。

 

・・・・この冬を越えて春を迎え、そして再び夏が来て綿流しが始まる。

 

その頃にはこの子は生まれている。

 

未来の妹が安心して雛見沢で暮らせるように頑張らないとな。

 

来年の綿流しを終えた再来年の綿流しの日。

そこですべてにケリがつく。

 

勝負は来年の綿流しの後だ。

 

再来年の綿流しまでに俺は鷹野さんと決着をつけるつもりでいる。

 

もちろん再来年の綿流しまで待つことも考えた。

正直言うと、俺の中で鷹野さんはもう詰んでいる状態だ。

 

なぜなら原作で鷹野さんは梨花ちゃん達に敗北している。

 

それを知っている俺からすれば梨花ちゃん達が勝った状況を再現すればいいだけだ、

 

圭一のことは心配ではあるが、バラバラ殺人事件や悟史の失踪がない以上、疑心暗鬼に陥る要素はない。

 

来年の綿流しを無事に越えた時点で俺たちの勝ちは決まったようなもの。

 

・・・・そう言えたらいいんだけど。

 

原作で鷹野さんに勝った梨花ちゃん達だけど、内容は運も絡んだギリギリのものだ。

もちろんそれを再現するなら不安要素は消すつもりだけど、そこで失敗すれば後がないのは事実。

 

だから仕掛けるなら来年の綿流しが終わった後からだ。

 

鷹野さん達に雛見沢症候群の研究の打ち切りが通知された時、そこが狙い目だと思う。

 

俺が思う鷹野さんの暴走を止められるタイミングは三つある。

 

一つ目はもちろん原作と同じタイミング。

 

鷹野さん達が梨花ちゃんを殺して緊急マニュアルに従って村の人を殺そうと動くタイミングで逆にこっちでその状況を利用して富竹さんに連絡して東京から鎮圧部隊を呼んでもらう。

 

二つ目はそもそも雛見沢症候群の研究の打ち切りを阻止する。

 

この打ち切りの原因は鷹野さんの祖父の親友だった人が亡くなったことが原因だった。

この人のおかげで診療所は出来たし、鷹野さんが強力な力を持つことが出来たんだ。

 

この人が寿命か病気で亡くなったことで派閥内で意見が変わって打ち切りになった。

だったらそれを阻止すれば、そもそも打ち切りにならないし鷹野さんが終末作戦を実行する意味がなくなる。

 

ただしこれは不可能に近い。

その鷹野さんをサポートしている人が誰か詳しくわからないし、寿命で死んでるなら止めるなんて不可能だ。

 

それに結局この場合は今の状況が続くだけ、根本的な解決にはならない。

 

三つ目は鷹野さんと終末作戦を提案する派閥の接触を阻止すること。

 

これが俺の中で本命になる。

 

ここで鷹野さんが今の派閥と敵対している別の派閥に接触されたことで鷹野さんは堕ちる。

 

ここを阻止できれば鷹野さんの力をなくしながらも梨花ちゃんを殺すような状況にはならない。

 

俺の考えてることがうまくハマれば出来るはずだ。

 

鷹野さん、悪いけど容赦はしないぞ。

 



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綿流し

季節は巡り、再び夏の季節がやってきた。

 

真冬に地下室に戻されそうになって震えあがり、春に解放された喜びを噛みしめながら学校へ通った。

 

これで四度目になる綿流しの夜。

そしてこれは運命を乗り越えた数でもある。

 

あと一回だ、あと一回運命を乗り越えればすべてが終わる。

 

そしてそれは仲間たちとなら絶対に出来ると確信している。

この世界での信じる力というのは、本当に存在するんだから。

 

さて、カッコいいセリフはここまでにしてまずは自分の運命に抗うことから始めよう。

大きな運命の前にまず、目の前の運命に立ち向かわないといけない。

 

「はい、じゃあこれに着替えてねお兄ちゃん」

 

「・・・・」

 

綿流しの会場に到着した直後に魅音に渡された物を凝視する。

フリフリのスカートに大きく開いた胸元、そしてカチューシャ。

 

どう見てもメイド服だ。

 

おかしい、俺はもうこいつ(メイド服)とは決別したはずなんだ。

昨年の綿流しの時、罰ゲームで負けた俺は確かにメイド服を着ることになった。

 

しかしその後すぐに両親がいる診療所へ向かい、罰ゲームはうやむやになった。

ズルい気がするが、それでも俺は昨年メイド服を着ていないんだ。

 

今までの毎年着ていたメイド服だが、ついにその法則は打ち破られた。

だから今年はもうないだろうと安心していたのに!

 

「去年、結局お兄ちゃんはメイド服を着てないよね?だから今年はその分最初から着てもらうよ」

 

「・・・・」

 

どうやら今年の綿流しは初めからフルスロットルのようだ。

嘘だろ、一年前のことだぞ。普通に考えて時効だろ。

 

「ほらほらお兄ちゃん早く着替えて、祭りが終わっちゃうよ」

 

詩音に急かされながらメイド服を押し付けられる。

ちくしょう!去年のことを言われたら何も言えないだろうが!

 

「はうぅぅ!お兄ちゃんかぁいいよう!お持ち帰りぃぃぃ!!」

 

「・・・・あとでお持ち帰りされるから今は落ち着け」

 

メイド服に着替えた俺を見て暴走した礼奈をなだめながら会場を歩く。

逆に考えるんだ、すでに罰ゲームを受けている俺は無敵なんだと。

 

俺がもし今日行われる罰ゲームを受けたとしても、これ以上俺を辱しめることは不可能なんだ。

 

「灯火、それは前向きなようで全然そうじゃないよ」

 

「・・・・お前がメイド服を着れば礼奈がお待ち帰りをしてくれるかもしれないぞ」

 

「・・・・着ないから」

 

一瞬悩んだな。

俺の横を歩く悟史にジト目を向ける。

 

・・・・原作では今年の犠牲者は悟史だ。

 

雛見沢症候群を発症した悟史が叔母を殺し、行方不明になる。

 

行方不明になった悟史は入江診療所の地下で治療を受けているが、それを妹の沙都子を含めて周りの人たちには知らされていない。

 

これが圭一の疑心暗鬼のきっかけの一つになるんだが、この世界ではありえない。

 

「にーにー!リンゴ飴を買いに行きますわよ!お金を出してくださいまし!三個は買いますわよ!」

 

「待って沙都子、そんなに買ったらお父さんからもらったお金がなくなるよ」

 

悟史の手を握って屋台へ引っ張る沙都子に苦笑いを浮かべる悟史。

この世界には二人を守ってくれる両親がいる、それによって叔母はもちろん鉄平だって近づきようがない。

 

悟史達の父親は鉄平より強いからな、あの人がいる以上悟史達は安全だ。

おまけに公由さんとも仲が良いし。

 

最近仲が良すぎて公由さんは自分の孫や親戚を悟史と沙都子とくっつけようと計画しているように見える。

 

それに二人とも困ったように笑っていたが、どうなるのかね。

 

「みぃ、あっちに美味しそうな食べ物があるのですよ」

 

「どれですか梨花?って見るからに激辛なのですよそれ!?」

 

「あら、だからいいんじゃない」

 

「あうあうあう!やっとみんなと一緒に回れる綿流しなのですよ!なのにいきなり離脱させられるのはあんまりなのですー-!!」

 

少し離れたところでは梨花ちゃんと羽入が二人で屋台の前で騒いでいる。

 

今回この綿流しを一番楽しみにしていたのは羽入だ。

今までずっと俺達を見ているだけだった羽入、しかし去年全員の前に姿を現して自身のことを説明した。

 

それから羽入は実体化で過ごすことが多くなり、本当に楽しそうに俺達と遊んでいる。

 

いきなり現れたことになる羽入だが、不思議と村のみんなからは受け入れられていた。

村の住民は羽入がオヤシロ様であることを無意識に感じ、敬意を払っているのかもしれない。

 

「お兄ちゃんどこから回る?いやどこから見られにいきたい?」

 

「まぁ結局全部回るんだけどね、お兄ちゃんのこの姿を村中に見てもらわないといけないし」

 

「いっそのこと、夏の風物詩にしちゃわない?」

 

メイド服の俺を見てからかいながら両腕に抱き着いてくる魅音と詩音。

詩音も去年から雛見沢症候群を発症していたが、今ではもう雛見沢症候群の影響は見られない。

 

結果として俺の考えすぎだったのだろう。

 

昨年の綿流しの時から詩音はずっと雛見沢症候群の特有の暴走をすることなく落ち着いたままだ。

 

羽入の協力による効果もきっとあったに違いない。

何度か梨花ちゃんが悪ふざけでタバスコ入りのシュークリームをお供えで渡し、気付かず食べた羽入を悶絶させていた。

 

あと詳細はわからないが、魅音と詩音は二人でハーレム計画なるものを進めているという話を聞いた。

 

・・・・圭一君の早期の来訪を俺は心待ちにしている。

 

男としてハーレムは好きだ。

でもそれが全員妹っていうのはちょっとね、うん。

 

圭一君が来ればひとまず礼奈と魅音は落ち着くはずだ。

 

まぁそれはそれとして兄として二人を渡すつもりはないが。

 

っとまぁ、全員が大なり小なりこの一年で色々なことあった。

濃くなかった年なんてないが、それでも俺の中でこの一年がもっと印象深い年になるだろう。

 

なんてたって()()()が生まれたんだから。

 

「あ!お父さんとお母さんだ!」

 

礼奈の声が聞こえて振り返る。

振り返った先には俺と礼奈の両親である二人が見えた。

 

いや二人じゃない、三人か。

 

母さんの押すベビーカーを見て頬を緩める。

 

「・・・・灯火、あなた何て恰好をしているの」

 

母さんの視線を受けて頬を引きつらせる。

 

そうだ、今の俺はメイドだった。

ぐあぁぁぁぁ!母さんに見られた死にたい!!

 

「あらでも意外とセンスがいいわねそのメイド服、今度こういうデザインを考えてみようかしら」

 

「灯火、そんなのが着たいなら父さんに言ってくれれば」

 

「やめて!冷静に観察しないで!!あと父さんも勘違いしないで」

 

これで両親はメイド服のデザインに目覚めたりしたら笑えないぞ。

いや目覚めてもいいんだけど試着は全部礼奈にしてほしい。

 

ていうかメイド服はどうでもいいんだよ!

俺以外の全員が母さんの押してるベビーカーの中にいる子に夢中だし。

 

「はうぅぅ!菜央(なお)ちゃんかぁいいよう!お持ち帰りぃぃぃぃ!!」

 

「せっかく来たのに家に帰ってどうするのよ、もう本当にこの子は」

 

ベビーカーで眠る妹を見て暴走しかける礼奈、そしてそれを見た母さんがため息をつく。

 

菜央、それが俺たちの新しい家族の名前だ。

 

結局俺達が考えた名前は採用されず母さんと父さんが考えた名前になった。

名前を聞いた時は喜んだけど、ちょっとみんな悔しがってた。

 

この名前は母さんが考えたらしい。

 

なぜこの名前なのかと聞くと、思い浮かんだ瞬間、この名前しかないっと確信したと言っていた。

 

母さんにとって大切な人の名前なのだろう。

 

好きなアイドルとか思い出の人の名前を子供につけるなんてよくあることだし。

 

「みぃ、よく眠っているのですよ」

 

「やっぱり灯火と礼奈にそっくりなのです」

 

梨花ちゃんと羽入が菜央をじっと見つめてそう呟く。

ちょうど俺と礼奈の間、言ってしまえば可愛いよりも綺麗になりそうな感じ。

 

これはこの子の将来が楽しみだ。

 

まぁどこの馬の骨とも知らない野郎に渡す気はないが。

 

「・・・・灯火、また変なこと考えてるでしょ。はぁ、そろそろ妹離れをしなさい」

 

「無理」

 

母さんの言葉に即答する。

俺の言葉をわかっていた母さんがため息を吐き、全員が笑う。

 

本当に幸せな光景だ。

 

誰も失っていない、奇跡のような世界。

 

このみんなの笑顔を奪う権利がある奴なんてこの世にいてたまるか。

 

この幸せな世界を壊して地獄に変えるような奴がいてたまるか。

 

なぁ、あんたもそう思うだろ。

 

 

 

鷹野さん。

 

 

「あらあら、全員お揃いね」

 

振り向けばこちらを見て笑う彼女の姿が見える。

事情を知っている者達は鷹野さんに気付いて肩を跳ね上げる。

 

ほんと、何回あんたにビビらされたかわかったんもんじゃない。

 

「こんばんは鷹野さん、お久しぶりですね」

 

「ええ、本当に久しぶりね。茨城に服の勉強をしに行っていたんでしょう」

 

「ええ、まぁ」

 

ほんとは地下室にいたけど。

まさか鷹野さんも俺が地下の拷問部屋で暮らしていたとは思うまい。

 

「どうだったかしら?いい勉強になった?」

 

「そりゃもう、鷹野さんもびっくりしますよ」

 

「ふふ、今着ている服がその勉強の成果なのかしら」

 

「断じて違う」

 

そうだ、シリアスな感じになったけど俺は今メイド服を着ているんだった。

 

なんか鷹野さんと話す時っていつも締まらないんだよな。

 

「今日は富竹さんと一緒じゃないんですか?」

 

「いいえ一緒よ、今は屋台に並んでくれているの。私が食べたいって言ったら喜んで買いに行ってくれたわ」

 

富竹さん、完全に尻に敷かれてますね。

 

ここで二人が良い感じの雰囲気なら()()てもいいと思えるんだけど、これは怪しいなぁ。

 

富竹さんって初心だし、鷹野さんに完全に手玉に取られてる。

 

前に会った時に最後に女の子と手を繋いだのは林間学校のフォークダンスって言ってたし。

 

ひとまず鷹野さんが今日何かするなんてことはない。

というか出来ないはずだ。

 

今も周りには一般人に扮した園崎家の人が護衛してくれてるからな。

 

山狗たちも園崎家と赤坂さんの働きのおかげでいよいよ動けなくなってる。

 

笑ってるように見えるけど、今の鷹野さんの内心は穏やかではないはずだ。

いやそれとも富竹さんのおかげで本当に笑ってたりするのか?

 

「お邪魔しちゃ悪いから私はジロウさんのところに戻るわ、それじゃあね」

 

「さよなら、ああそうだ鷹野さん」

 

「なにかしら?」

 

()()()()()()

 

絶対に勝つ。

宣戦布告をさせてもらう。

 

来年の綿流しの時、勝ってるのは俺達だ。

 

「・・・・ふふ、よくわからないけれど、メイド服をそこまで着こなすあなたには負けるわ」

 

最後くらいカッコつけさせてくれてもいいじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 



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主人公と会うために

「これはまた、随分と田舎だな」

 

東京から数時間かけ電車で乗り継いでようやくたどり着いた場所。

 

雛見沢村。

 

緑豊かな土地で東京とはほとんど真逆と言ってもいい場所だ。

引っ越し先の場所を探している時にたまたま目に留まったのがこの村だ。

 

ちょうど引っ越し先を探し出した矢先にこの雛見沢村で分譲地が出たらしい。

一軒しかない分譲地、せっかくだからと見に来てみれば、予想以上に田舎で驚いた。

 

・・・・ここでなら俺達はやり直せるのだろうか。

 

夕暮れに染まる空を見上げながらそんなことを思う。

 

少し前、息子の圭一が事件を起こした。

 

通りすがりの子供たちに向かってモデルガンで撃って大怪我をさせてしまったんだ。

 

・・・・原因は勉強によるストレスだった。

 

俺は圭一がここまで追い詰められていることをこの事件が起こるまで気付けなかった。

 

俺は親失格だ。

 

事が起った後に俺は圭一を殴り、怪我をさせた子の家庭に行き土下座した。

もちろん慰謝料だって十分払った、だがこれで終わりにはならない。

 

圭一のためになると思って通わせた進学校、そして塾。

だが、俺達の期待が圭一にどれほどの重荷になっているのかわかってなかった。

 

家族でまたやり直すために俺は東京から離れて新たな場所で生活を始めることを決めた。

 

「・・・・ここが分譲地か」

 

売地であることを示す看板を見て目的地に着いたことを知る。

 

本当に何もない。

 

買い物に行くのだってここでは苦労するだろう。

遊ぶところだって少ない。

 

あるのは美しい大自然のみ。

それが悪いとは思わないが、東京とはあまりに生活環境が違い過ぎる。

 

今の生活環境とはあまりに違い過ぎるこの場所に圭一は耐えることが出来るのだろうか。

 

「こっちなのですー!」

 

「あうあうー!待ってほしいのですよー!」

 

「二人ともはしゃぐと転げますわよ!」

 

・・・・声が聞こえる。

声の聞こえた方へと歩けば、そこには分譲地の近くを走り回って遊ぶ子供たちの姿があった。

 

「はぅぅ!追いかけっこする梨花ちゃん達かぁいいよう!お持ち帰りぃぃぃ!」

 

「あうあうあう!?礼奈が来たのです!早すぎるのですよー!!」

 

「鬼で来ているのは礼奈さんだけ!誰か一人を犠牲にすれば逃げきれますわ!」

 

「みぃ、その一人はかわいそかわいそなのです。にぱー☆」

 

「それ絶対僕ですよね!?あんまりなのですー!!」

 

広い野原をはしゃいで走り回る少女たち。

その向こうから、また別の子達がやってくるのが見えた。

 

全員、圭一の年と多くは離れていないだろう。

 

後からやってきた少年たちは圭一と同い年にも見える。

 

鬼ごっこでもしているのだろう。

何もない田舎だからこそ、こういった自然の中を走り回る遊びが中心になっているんだ。

 

みんな、本当に楽しそうに笑っているのがよくわかった。

 

・・・・あんな風に笑う圭一をいつから見ていないだろう。

 

こんなことにすら俺は気付いていなかった。

 

もし、この子達が圭一の友達になってくれたら、圭一もあんな風に笑ってくれるのだろうか。

 

「ここは良い村なのですよ」

 

「え?」

 

近くで声が聞こえて思わずそちらを向く。

そこには先ほど走り回っていた少女の一人が俺の傍に立っていた。

 

他の二人を見れば、先ほど追いかけていた子に抱き着かれて頬ずりをされている。

 

「・・・・そうだね、ここには都会にはないものがある気がするよ」

 

ニコニコと笑う少女を見てそんな感想が漏れる。

 

そんな俺の言葉を聞いて少女は言葉を返してくる。

 

「そうなのです。そしてこの村にはないものをあなた達が持ってきてくれるのです」

 

「・・・・俺達が?そんなものあるかな」

 

「ありますですよ」

 

まるで、そうだとわかっているかのように少女は頷く。

少女の言葉を聞くと、不思議とそうなのだと思えた。

 

「あうー捕まってしまったのですよ」

 

「かぁいいモードの礼奈さんは反則ですわ」

 

少女と話していると、先ほどまで離れていた子供たちもこちらへとやってくる。

少し離れて見ていた少年たちもこっちへやってくる。

 

「あ、もしかしてこの分譲地を見に来たんですか?」

 

「ああ、そうだよ。タイミングよくここを見つけてね」

 

「そうなんですね!こんなに早く見に来てくれる人がいるなんてびっくりしました!あ、ここの土地を出したのってうちなんです」

 

「そうだったのか、君の家がここを」

 

圭一と同い年くらいの少女の言葉に驚く。

まさかこんなところで提供者の娘さんと会えるとは思わなかった。

 

「で、どうですかここ!もうここで決めちゃいません?実は今回かなり良い場所を提供したんですよ、すぐ決めないと他の人に取られちゃいますよ!」

 

「おねぇ、変な押し売りみたいになってるから」

 

「あはは、確かにここは良い場所だね」

 

少女たちの言葉に苦笑いを浮かべながら本心を告げる。

この場所でこんな素敵な子達がいるなら、圭一もきっと楽しんで暮らせるに違いない。

 

「君たちに一つだけ頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「みぃ、何でも言ってほしいのです」

 

俺の言葉に少女たちは笑顔でそう言ってくれる。

それにつられて俺も微笑みながらその頼みを口にした。

 

 

 

 

「私達がここに来たら、息子の友達になってくれるかな」

 

 

 

 

 

「・・・・俺、一言も話せなかったんだけど」

 

嘘だろ、俺も話したかったのに梨花ちゃんと魅音に全部持ってかれた。

 

今のって圭一君のお父さんだよな。

 

それで今のやり取りって圭一君がここに来るかを決める、めちゃくちゃ重要な場面だったよね?

 

それなのに一言も話せずに完全に背景になってたんだけど。

 

話してないの俺と悟史だけじゃん。

 

圭一君の男友達になるんだったら俺達の話を聞きたいって思うだろ。

 

梨花ちゃん達と話し終わったらこっちに話に来るかなって期待してたのに、なんかすごく満足そうな顔で帰っていったし。

 

あんな風に帰られたら話しかけられないじゃん!

 

「・・・・まぁいいや、ここに来てくれるなら」

 

「お兄ちゃん、ここを分譲地にするのにすごい苦労してたもんね」

 

「・・・・すごく苦労なんてものじゃないぞ魅音」

 

事の発端は一か月前。

 

綿流しも終わってさぁこれからだって時にふと思った。

 

あれ?圭一君って来るの?ていうか来れるの?

 

圭一君が来るためには必要なものがある。

 

土地だ、圭一君たちが住むための家を建てるためには当たり前だけど土地がいる。

 

そしてこの雛見沢は現在、他所から引っ越したいと思ってる人に対して土地を提供していない。

 

なぜならお魎さんが余所者が嫌いで雛見沢にその人たちが来るのを拒んでいるからだ。

 

原作では悟史が失踪したことで魅音がお魎さんに泣きながら叫んだ。

 

北条家ってだけでどうして悟史達がこんな目に遭わないといけないのかと。

 

その魅音の涙ながらの叫びにお魎さんも村の空気の入れ替えが必要だと感じ、外から村以外の価値観を持つ人間を招くことを決意して土地を提供したんだ。

 

だけどこの世界では悟史は失踪していない。

 

それに北条家と村の確執もすでに解消されていて村は一致団結している。

 

だからお魎さんも村の空気入れ替えるために新しい人を入れる必要があると感じていない。

 

それによってもちろん土地だって提供されていない。

 

おまけに山狗との騒動のせいで村全体が余所者に敏感だ。

 

・・・・やばくね?

 

いや本当にまずいぞ!?このままじゃ圭一君が雛見沢に来ないんだけど!?

 

しかも半分以上俺のせいで!

 

すぐにこのことを梨花ちゃんと羽入に相談し、そして三人同時に頭を抱えた。

 

「な、なんてこと。圭一が来れないですって!?」

 

「あうあうあう!?これは想定外なのですよー!」

 

三人で阿鼻叫喚の状況を作りながらも作戦を練る。

 

圭一君には絶対に来てもらわないと困るんだ!

 

そうじゃないと魅音と詩音が止まらない!

 

今だって食われるまで時間の問題なんだぞ!

最近二人のハーレム計画が露骨なんだよ!すごい誘惑してくるんだからな!

 

「も、問題ないわ!古手家で土地を提供する!よく知らないけどうちだって御三家なんだから余ってる土地くらいあるはずよ!」

 

「それは確認してもらうとして、問題はお魎さんの説得だ。あの人がうんって言わなきゃ土地があっても住めない。くそう、俺は一体何回あの人を説得すればいいんだ」

 

「よかったわね、あなたの得意分野じゃない」

 

「得意じゃないわ!もう悟史達の時でお魎さんの説得はお腹いっぱいなんだよ!」

 

「あうあうあうー!?急にこんなことになって何が何やらなのですよー!?」

 

三人で目を回しながら話し合い続ける。

 

結局古手家で土地の提供は出来ず、俺がお魎さんに土下座して何とか、本当になんとか提供してもらえることになった。

 

 

 

 

 

そんなわけでなんとか圭一君をこの雛見沢に呼ぶことに成功した今日だが、俺にはまだやるべきことがある。

 

俺はその人物がいる場所を目指して歩く。

 

その人物は今日もカメラを片手に雛見沢を歩いていた。

 

「こんにちは富竹さん」

 

「灯火君じゃないか、綿流し以来だね」

 

富竹さんは俺に気付いて笑顔を向けてくれる。

俺もそれに笑顔を返しながら口を開く。

 

「綿流しの時は鷹野さんと一緒でしたね。実際今どうなんですか?」

 

「い、いやぁ、あっはっはっは!仲良くはさせてもらってるよ」

 

「付き合ってるんですか?ていうかもうエッチとかしてます?」

 

「いやすごくグイグイ来るね!?」

 

当たり前だ、今日は半分以上今の二人の関係を聞きに来ただけなんだから。

 

「ていうか前々から気になってたんですけど、鷹野さんのどこに惚れたんですか?」

 

「ええ、本当に今日はグイグイ来るね」

 

「やっぱりおっぱいですか?」

 

「断じて違う!」

 

違ったのか、半分以上本気だったんだけど。

 

「・・・・まぁ気が付いたらって感じだね。僕にこういう経験がないというのもあるけど、鷹野さんは本当に凄い人なんだよ、あそこまで情熱をもって何かに没頭できる女性は初めて見た」

 

そう言って鷹野さんとの出来事を話してくれる。

 

自分のカメラ談義を飽きずに聞いてくれることや困らせられることもあるけどそれがまた愛嬌があって良いとか。

 

うん、完全に初心でオタクな富竹さんが悪女な鷹野さんに弄ばれてる。

 

いやでも詩音の話では鷹野さんは恋愛経験ゼロで変な恋愛知識だけある残念な人って言ってたし、案外お似合いなのか?

 

 

「灯火君は鷹野さんのことが苦手かな?」

 

「・・・・わかります?」

 

「顔に出ていたよ」

 

俺の言葉に笑いながら教えてくれる富竹さん。

苦手に決まってんじゃん、何回あの人にビビらされたことか。

 

「鷹野さんは怖い話が好きだからね、それで灯火君たちを怖がらせているんだろう?前に鷹野さんが教えてくれたよ」

 

「・・・・そうですね。俺は鷹野さんに散々イジワルをされました、だから今度はこっちがしてやろうって思ってます」

 

「え?灯火君がかい?」

 

「はい、鷹野さんにイジワルをしようと思うんです」

 

俺の言葉に富竹さんは不思議な顔をする。

今まで散々やられてきたんが、今度はこっちの番だ。

 

綿流しの時は鷹野さんに笑われたけど、俺は本気だぞ。

 

鷹野さんの過去を知ってるから同情はある。

けど容赦は一切するつもりはない。

 

俺は容赦できない、だからこそこうして富竹さんに会いに来た。

 

「きっと俺がイジワルをすると、鷹野さんは泣いちゃうと思うんです」

 

「・・・・」

 

「だから富竹さんにお願いがあります」

 

俺が富竹さんにお願いする役目。

それは東京から山狗を鎮圧する部隊呼ぶことでも一緒に戦ってくれることでもない。

 

「泣いてる鷹野さんの涙を止めてあげてください」

 

原作であなたが鷹野さんを救ったように。

この世界でも鷹野さんを救ってほしい。

 

俺は全力で鷹野さんに勝ちに行く、容赦なんてする余裕はない。

 

でも救えるなら救いたいって思ってしまう。

 

この世界は信じる力、思いの力が運命を変える。

 

だから俺はあなたを信じたい。

 

あなたなら鷹野三四を救い出せると。

 

「わかった、もし鷹野さんが君に泣かされてしまったら僕が慰めるよ」

 

富竹さんは俺の言葉に微笑んで頷く。

今は本気だとは思ってないだろう、所詮は子供の戯言だ。

 

「・・・・富竹さん、これを」

 

「手紙?」

 

「雛見沢で何か大きな出来事が起きたら開けて読んでください。それまでは読まないで持っててほしいんです」

 

「・・・・わかった、じゃあこれはこのまま開かずにもらっておくよ」

 

俺の渡した手紙を富竹さんはポーチの中に入れる。

 

これで俺の役割は終わった。

 

あとは富竹さんと鷹野さんに任せるだけ。

 

 

 

終わりの時は近い。

 

この長い長い物語の終わりが。

 

願わくば、この物語の結末で梨花ちゃんも鷹野さんも、全員が笑っていますように

 

 

 

 



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サイコロの目

私、鷹野三四にとって祖父の研究が認められることが生きる意味の全て。

 

両親が事故で死に、劣悪な孤児院の中で汚れていた私を救い出してくれたお祖父ちゃんは雛見沢症候群の研究をしていた。

 

しかしその研究は歴史の闇を掘り起こす、戦争の引き金になるという理由でズタズタにされた。

 

お祖父ちゃんは何日も徹夜で書き上げた論文は一笑されてゴミのように踏みつけられた。

 

私はそんなお祖父ちゃんの研究をバカにした連中を見返すために必死に努力した。

 

お祖父ちゃんの論文が世界に認められ、歴史に刻まれ、そしてお祖父ちゃんは神になる。

 

お祖父ちゃんの研究をバカにした連中を見返せる、私はその強い思いを胸に今まで頑張ってきた。

 

お祖父ちゃんの親友であり、政府内部に大きな影響力を持つ小泉先生の協力により雛見沢に研究施設を立ち上げ、入江所長などの優秀な研究員、そして隠密部隊である山狗の用意をしてくれた。

 

 

研究は順調とは言えなかったけど、それでも前に進んでいた。

 

雛見沢がダム建設のためにダムの底に沈むという話が出た時は山狗の力を使って裏で動き、その後に雛見沢症候群を高レベル発症している作業員の男が複数人やってきた。

 

末期症状までなっていたのなら奴らを解剖してより雛見沢症候群の解明をすることができたのだけど、残念ながら作業員たちは末期レベルになる前に退院してしまった。

 

入江所長を説得して奴らの脳を調べられればよかったけど、でも研究が進んだのは確かだったので欲張りはしなかった。

 

そしてその翌年、雛見沢症候群を末期レベルまで発症する恐れがある女を見つけた。

 

ダム建設賛成派の代表をしていた夫の妻である北条里美。

 

雛見沢で村八分にされ、息子と娘からも見放された女だ。

村中から追い込まれたこの女は極度のストレスを抱えていて、確実に雛見沢症候群を発症すると私は目をつけていた。

 

そして綿流しの最中に接触し、この女が末期症状になっていることを確信した。

 

後は少し誘導させてあげれば疑心暗鬼によって暴走をさせるのは簡単だった。

 

暴走した彼女が行方不明になったとしても誰も違和感を持たない、そしてそのまま彼女を捕らえ、研究をするはずだったけど、その計画は失敗した。

 

あと少しというところで邪魔が入り、誘拐は失敗した。

 

しかし末期症状を治す手立てがない以上どうしようもない。

 

このまま診療所で研究材料にできる。

 

そう思っていた時、まるで私の心を読んでいるかのようにあの男の子が私に告げた。

 

この女の脳を解剖して研究材料にするつもりだろうと。

 

この時からだ。

 

この時から、あの男、竜宮灯火を鬱陶しい存在だと認識した。

 

大臣の孫を誘拐した時だって山狗の邪魔をしてきた時はまだどうでもよかった、うざかったが所詮子供だろうと思っていた。

 

雛見沢の住民と北条家の確執をなんとかしようと動いていると知った時は面倒な子供だと心の中で舌打ちした。

 

これであの女が雛見沢症候群を発症しなくなったらどうするつもりだと。

 

結局、末期症状まで発症した北条は女王感染者である古手梨花とその母の協力により奇跡的に末期症状を脱することになった。

 

結果論だが、もっとも重要である古手梨花とその家族の協力をより得られるようになったのだから、そういう意味では良い結果に転んだと考えてもいいだろう。

 

竜宮灯火は古手梨花のお気に入りのようだし、彼自身が何か特別な力を持つわけではない。

 

そう思って私はそれ以上彼について考えることはやめた。

 

そして去年。

 

北条里美と同じように、末期症状になる可能性がある子を私は見つけた。

 

園崎詩音、園崎家の双子の妹だ。

 

園崎詩音の状態を知ったのはたまたま彼女が診療所に検査をしていた時、それを私が担当したことで判明した。

 

何があったかは知らないけれど、彼女はすでに雛見沢症候群の中レベルまで発症していた。

 

入江所長がこれを知れば治療のために動くだろう。

 

だから私はこのことを入江所長には伝えず園崎詩音の状況の経過を観察した。

 

竜宮灯火とデートをしていた園崎詩音だったけど、様子が変わったのを見て私は笑みを浮かべながら彼女に接触した。

 

少し失敗してしまったけれど、種は蒔いた。後は面白い状況になることを願いながら見守るだけだ。

 

これで何もすることなく勝手に竜宮灯火は消え、末期症状の園崎詩音が手に入る。

 

そう思っていた私の期待は、また彼によって打ち砕かれた。

 

あの子、所詮まだ子供だって侮っていたら銃を持ってるなんてね。

 

園崎家と仲良くしてるのを知ってるけど銃をもらってるなんて誰が思うのよ。

 

しかもこの時のことが原因で山狗部隊が解体させられそうになってしまってる。

 

園崎家が山狗の居場所を探ろうと動きまわってるせいで迂闊に動けなくなった。

始末するのは簡単だけど、そんなことすれば雛見沢で研究なんて出来なくなる。

 

山狗はあくまで不正規部隊、表にでるようなものじゃないんだから。

 

それにどこからか雛見沢の状況を知ったスポンサーからこの研究を危険視する声が大きくなってる、山狗も小泉先生の力がなければすぐに解体させられていた。

 

別に雛見沢症候群の研究に山狗が絶対必要なんてことはない、むしろこうなってくると邪魔ですらある。

 

雛見沢は山狗のせいで余所者に険しい顔をしているけれど、入江所長のおかげで診療所の私達はすでに雛見沢の一員として扱われている。

 

高い金を払ってたけど、いざとなればトカゲのしっぽのように切り離せばいいわ。

 

私は別に雛見沢症候群を解明してお祖父ちゃんの論文を認めさせれればそれでいいのだから。

 

しかし、私達の研究はここから暗雲が立ち込める。

 

 

 

「なんですって!?」

 

受話器から届いたジロウさんからの情報に叫び声をあげる。

 

小泉先生が、亡くなった?

 

「・・・・急性の心筋梗塞だったそうです。すぐに救急車を呼びましたが間に合わなかったようで」

 

「・・・・わかりました、葬式の日取りが決まりましたら教えてください。必ず参加させていただきます」

 

沈んだ声のまま東京から連絡をくれたジロウさんから電話を切る。

 

・・・・小泉のおじいちゃん。

 

お祖父ちゃんの意志を継いだ私を助けてくれた、お祖父ちゃんと私のたった一人の理解者だった人。

 

「鷹野さん、何があったんですか」

 

「先ほど小泉先生が亡くなられたそうです」

 

「っ!?そ、そうですか」

 

「・・・・私はこれから東京に向かいます。入江所長はこのまま研究の続きを」

 

こぼれそうになる涙を拭って入江所長にそう告げる。

 

私にできる恩返しは小泉先生がお膳立てしてくれた雛見沢症候群の研究を完遂させること。

 

お祖父ちゃんの研究が世界に認めさせた時、小泉おじいちゃんの名前も共に蘇るのだ。

 

それこそが今日までの恩に報いる道。

 

そう思って研究に打ち込む。

 

でも私はわかっていなかった、どれほど小泉おじいちゃんが私を助けてくれていたのかを。

 

 

 

「・・・・い、今なんて言って」

 

私がジロウさんが告げた言葉の意味を信じることが出来ず、思わずそう聞き返す。

 

それに対し、ジロウさんは目を伏せて私の先ほどと同じ言葉を告げる。

 

「・・・・入江機関における雛見沢症候群の軍事的運用の研究は、その危険性を鑑み、即時中止とする」

 

「っ!?」

 

ジロウさんからの言葉に私と、そして共に話を聞いていた入江所長が絶句する。

 

そして私達に反応することなくジロウさんは言葉を続ける。

 

「さらに雛見沢症候群の治療、撲滅を目的とした研究も収束、今後三年を目途に入江機関は廃止・・・・雛見沢症候群の研究は中止となります」

 

そんな、小泉先生が亡くなってこんなすぐに。

焦る私を無視してジロウさんと共に来ていたスポンサーの人間が口を開く。

 

「今の日本においてこのような生物兵器を研究していることが露見したら日本は国際的な批判を浴びることになりかねません。新理事会はこの事を非常に憂慮しております。なので各種資料、試薬の即時廃棄をお願いします」

 

「お待ちください!」

 

男の言葉に立ち上がって反論する。

 

今更何を言ってるの!!

やはり小泉先生が亡くなって組織の中で大きな政変があったんだわ。

 

「軍事運用の是非はともかく試薬の研究資料は雛見沢症候群の研究をする上で非常に重要な物が多く、これらがなくては三年間で研究の完遂などとても!」

 

「これは決定事項です。いかなる軍事研究の成果も残すことは許されません」

 

「・・・・っ」

 

私の訴えに男は簡潔にそう告げて終わる。

 

「試薬の廃棄はもちろん、非正規部隊である山狗の即時解体。そして機密に万全を期すため、この雛見沢症候群の存在そのものを抹消したいと考えています」

 

「・・・・それは、どういう」

 

「そ、存在そのものをですか?」

 

男の言葉を理解することが出来ず私と入江所長は困惑する。

そんなこと、どうやって。

 

「日本にマイナスとなるいかなる痕跡も我々は残したくない。そのため今後三年を目途に雛見沢症候群の治療法を確立、それを住民全てに適用することによって雛見沢症候群そのものを撲滅していただきたい」

 

 

 

「雛見沢症候群など存在しなかった、そういうように」

 

 

 

「っ!?」

 

男の言葉に今度こそ頭が真っ白になる。

 

秘密裏に雛見沢症候群を撲滅?

雛見沢症候群そのものがなかったことになる。

 

そんなことになったらお祖父ちゃんの研究を完遂させるどころじゃない。

 

お祖父ちゃんの研究そのものもなかったことになる。

 

 

 

 

「・・・・入江機関の設立と運営には小泉先生の影響力が大きかったんだ。危険な研究だという声を小泉先生が抑えていた」

 

「・・・・小泉先生が亡くなったことで反対派が勢力を握ったってことね」

 

話の後、会議室に残った私にジロウさんが声をかけてくる。

俯く私に彼は気遣うように状況を説明してくれた。

 

「・・・・それに最近、どこから聞きつけたのか公安警察がこの研究を調べる動きがある。バレることはないだろうけど、それもあって組織は急いで負の証拠になる物を全て処分したいんだ」

 

「・・・・小泉先生の死に公安警察が組織を調査、おまけに村からは警戒されてる。まさに踏んだり蹴ったりね」

 

「・・・・鷹野さん」

 

いつだってそうだ。

 

神様は私のことが嫌いなんだ。

 

だからまた、私にサイコロの一を突き付けてきた。

 

神様が私に手を貸してくれたのは、あの施設から脱出して公衆電話を見つけた時だけ。

 

あの公衆電話にあった五円。

 

あれが唯一、神様が手を貸してくれたものだった。

 

「負けない、負けられない。こんなところで」

 

お前がまたサイコロの一を突き付けてくるのなら、私はまた抗ってみせる。

 

このまま雛見沢症候群を闇に葬り去るなんてことはあってはならない。

 

雛見沢症候群の解明は世界を揺るがすほどの偉大な研究なんだ。

 

新理事会の人間達にそれを理解してもらえれば、入江機関は存続できる。

 

 

 

 

 

それから私は小泉先生のかつての人脈を頼りに何とか決定を覆せないか各所にアプローチを試みた。

 

すでに新理事会の実権掌握は終わっていて冷淡な反応ばかりだったけど諦めずに交渉を続ける。

 

入江所長も東京で雛見沢症候群の優位性を説明し、ジロウさんも内部から私達の研究の重要性を説明してくれていた。

 

そうした接触と交渉を重ね、ようやく組織の重鎮たちに研究の存続を訴える場を設けてもらうことが出来た。

 

これが上手くいけば雛見沢症候群の研究を続けられる。

 

いくら神様が私を嫌いでも、私は自分の意志のみでそれを跳ね除けてみせる。

 

しかし、そんな私の意志を挫こうとしているかのように、神様は再び私にサイコロの一を見せてくる。

 

「・・・・は?」

 

診療所からかかってきた連絡に思わずそんな声が洩れる。

今から組織の重鎮たちとの話があるというのに、それが頭から一瞬で吹き飛ぶ。

 

「ふ、古手梨花が亡くなっていたですって!?」

 

私の抵抗を嘲笑うかのように神様が私にさらなる苦難を押し付けてきた。

 

 

 

 



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イジワル

「ふ、古手梨花が亡くなっていたですって!?」

 

「ええ、先ほどそう情報が入ってきました」

 

私は山狗部隊の隊長である小此木からの言葉に思わず叫ぶ。

うろたえる私に小此木は情報を続ける。

 

「入ってきた情報ですと古手梨花がなくなったのは三日前、今まさに雛見沢で葬儀が行われてるそうです」

 

「み、三日前!?そんなはずないわ!だとしたら今頃村中で雛見沢症候群が発症してパニックになってるはずよ!」

 

私は頭の中に緊急マニュアル34号の内容が思い浮かぶ。

 

女王感染者が死んだ場合、雛見沢症候群に感染している村人全員が発症する。

それを避けるため、48時間以内にレベル2以上の患者を処分しなければならない。

 

お祖父ちゃんの資料を基に作り上げた緊急マニュアルだ。

 

もし古手梨花が死んでいるならお祖父ちゃんの資料通り、村中が発狂してないとおかしい!

 

「すぐに情報の真偽を確認しなさい!入江所長にも確認を!」

 

「入江所長は今は東京です。それに確認はやってみますが、うちの部隊も今回の件でもう数人しかいません。園崎家に監視もされてますし、今の雛見沢に行って確認するなんてことはできやせんよ」

 

「・・・・っ!それでもなんとかしなさい!」

 

そう言って強引に電話を切る。

 

東京に頼んで確認をしてもらうしかない、でも今の状況で東京がわざわざ調べてくれる?

 

「っ!なんてタイミングなの」

 

もし万が一これは本当なら女王感染者が死んでも集団発症は起きないことになる。

それではお祖父ちゃんの研究が嘘だったことになってしまう。

 

 

今まさに組織の重鎮と話をしようって時なのに、これがバレれば話しなんて聞いてくれない。

 

「っ!東京がこの情報を知る前になんとか古手梨花が生きていることを証明しないと!」

 

でも私も入江所長も東京にて現場にいない、それに山狗は村に入れない。

なんなのよこれは!まるで図ったようなタイミングじゃない!

 

「・・・・今はこのことを伏せて組織の重鎮と話をするしかない」

 

今日の話し合いの場を逃したら再びこの機会を作れるなんていつになるかわからない、現場は向こうに任せて私はこっちで出来ることをするしかない。

 

 

 

 

 

「・・・・入江機関副所長、鷹野三四三等陸佐で御座います。この度は貴重なお時間を割いていただき誠にありがとうございます」

 

部屋に集まった組織の重鎮四人、私は彼らに対して頭を下げる。

古手梨花の件は一旦頭の外に追いやる、今はこの場に集中する。

 

しかし、私が挨拶をした時、相手からの反応は私の予想と違っていた。

 

「ああ、別に君のために時間を割いたんじゃないよ。うまいウニを食わせてもらえるって話でねぇ」

 

「ま、ただでウニが出てくるわけではないですからね」

 

「面倒な話はさっさと済ませてもらってその後でゆっくり食べに行きましょう」

 

そう言って四人は笑う。

 

・・・・この人たちは私の話に欠片も興味を持っていない。

ただ紹介者の顔を立てるためにやってきただけ。

 

正直言えば殺したいほどムカつくけれど、彼らは新理事会に影響力を持つ面々。

 

彼らが入江機関の命運を握ってる。

 

だからこれから説明をして彼らに私達の研究の価値を理解してもらわなければならない。

 

「それでも雛見沢症候群について説明させていただきます。お手元の資料をご覧ください」

 

彼らが資料に目を落としたのを見て説明を開始する。

 

研究を知らない者にもわかるように何日もかけて資料を作成した。

 

それを元に私は懇切丁寧に彼らに研究の価値を説明する。

 

人間の脳を操る寄生虫というかつてない存在。

 

人間の思想や宗教すら、その寄生虫によるものかもしれない。

 

これは人類の常識を覆す、ノーベル賞ですら讃えきれない偉大な発見。

 

かつてお祖父ちゃんがその生涯を捧げた研究の価値を。

 

「わっはっはっはっは!こりゃ傑作だ!!」

 

・・・・っ。

 

「いやこれは失礼、しかしねぇ君、これは。脳内に住む寄生虫が人間の思想や人格のコントロールをしているなどど」

 

「あっはっは!こりゃ大変ユニークだ!」

 

「いやぁ、こんな妄想のために莫大な予算を投じて研究を行っていたなんてね」

 

彼らは私が作った資料を片手に笑う。

手に持った資料を机に叩きながら私を嘲笑いながら口を開く。

 

「っ!資料にあるように雛見沢症候群は既に病原体も確認されています」

 

「この雛見沢症候群というのは確かに実在しているようだし、その治療や根絶はしなければならないだろう。しかし宗教などまで全てが寄生虫の仕業などと、それはいくら何でも妄想が過ぎるだろう」

 

「しかし!高野一二三先生の論文にあります通り雛見沢症候群にははっきりとその可能性が!」

 

「その高野さんね、こんな説を信じる三佐や小泉先生もアレだが、やはり問題なのはこの第一発見者のこの高野という男でしょうなぁ」

 

「期待と妄想が入り混じっていてこれは論文というより妄想ですな、私の友人に出版社の社長がいてね、彼なら喜んで読んでくれますよ」

 

そう言って彼らは笑い続ける。

 

同じだ・・・・あの時と。

 

過去の記憶が蘇る。

 

笑う男達とそれを聞いて悲しそうに俯くお祖父ちゃん。

 

またお祖父ちゃんが馬鹿にされてる。

 

またお祖父ちゃんの研究が否定されてる。

 

おじいちゃんがあんなに頑張っていたのに。

 

どうして・・・・どうして。

 

子供の私はただ涙を流すしかできない。

 

おじいちゃんが一生懸命用意した論文が無造作に床に放り捨てられる。

 

「少し失礼、お手洗いに」

 

「っ!!」

 

男は笑いながら論文を踏みつけて出て行こうとする。

 

それを見て私は飛び出した。

 

「ふまないで」

 

「え?」

 

「ふまないでえ!!」

 

私はおじいちゃんの論文を踏みつける男の足に飛びつく。

 

「な、なにを」

 

「ふまないで!ふまないで!!おじいちゃんの大事な論文なんだから!今日まで頑張ってきた論文なんだから!」

 

涙が止まらない。

子供の私は泣きながら男の足に抱き着いて叫ぶことしか出ない。

 

「お願い!お願い!!おじいちゃんにひどいことしないで!!」

 

「た、鷹野君?」

 

男の困惑した声が耳に届く。

私はぐちゃぐちゃの心を涙と共に声に出す。

 

 

 

「おじいちゃんの論文をふまないでぇ、お願い・・・・お願いです」

 

 

室内にはただただ私の嗚咽が響いた。

 

 

 

 

あれから、どうしたんだったかしら。

数々の店のライトが照らす東京の道を何も考えずに歩く。

 

もう何も考えられなかった。

 

古手梨花の死の真偽すら確かめる気力が私にはない。

 

頭の中に響くのは先ほどまでいた組織の重鎮たちの笑い声。

 

今まではみんな、あんなにこの研究を評価してくれて、厚生省や防衛省だって協力を申し出てくれた。

 

それなのに、小泉先生が死んでから全員が手のひらを返したように冷たくなっていった。

 

「・・・・ご機嫌とりだったんだ」

 

全員、小泉先生のご機嫌取りになるから評価している振りをしていただけ。

誰も論文そのものを評価なんてしていなかった。

 

「なんだ・・・・そういうことだったんだ」

 

私達の研究なんて、最初からどうでもよかったんだ。

 

どうでもよかったものだったから抹消する。

もう利用価値すらなくなったから雛見沢症候群ごと闇に葬る。

 

病原体はなくなり、その研究成果を発表する舞台も失われる。

もうお祖父ちゃんの論文が日の目を見ることは二度となくなる。

 

両親が死に。

祖父が死に。

 

私はいつも神のサイコロに弄ばれた。

 

その度に私は抗ってきたけれど、もうやれることが見つからない、立ち上がれない。

 

「私にはもう・・・・何も出来ない」

 

今日で何度も流したはずの涙がこぼれる。

身体から力が抜け、地面へと膝をつく。

 

周囲の人はそんな私を気にもせずに通り過ぎていく。

 

そんな中、誰かが膝をついて俯く私の前に現れたのがわかった。

 

私はその誰かを見るために顔をあげ、そして。

 

 

 

 

「梨花ちゃん、どうしてこんなことに!」

 

俺の目の前で眠る梨花ちゃんを見ながら叫ぶ。

 

「耳元で騒がないで」

 

「あ、ごめん」

 

眠る梨花ちゃんから小声でそう言われて謝る。

 

場所は梨花ちゃんの家。

現在村中総出での梨花ちゃんのお通夜の真っ最中だ。

 

もちろん梨花ちゃんは生きてる。それはもう元気いっぱいなくらい。

 

「・・・・もう少ししたら鷹野さん達にも伝わるかな」

 

入江さんから聞いた限りじゃ、そろそろと今日くらいが鷹野さんが東京で話し合いをしているはずだ。

 

「あうあう、本当にこんなことをしてよかったのですか?」

 

隣で心配そうにそう告げる羽入に笑いかける。

 

原作を知らない羽入からしたら困惑するのも当然だろう。

 

「問題なし、このまま梨花ちゃんは死んだことにする。それで向こうは詰みだ」

 

「灯火の話はわかっているのです。鷹野が行うことになる終末作戦、それを阻止するために梨花を死んだことにするのですよね。でも、そんなにうまくいくものなのですか?」

 

「ああ、別にバレてもいいのさ」

 

羽入の言葉にそう自信満々にそう返す。

重要なのは向こうに古手梨花が死んだにも関わらず、村中が発狂していないということを一度認識させること。

 

結局のところ、鷹野さんを利用した組織の連中の目的は梨花ちゃんの死を利用しての村の皆殺しを起こさせることだ。

 

それが出来ないとなれば相手は一度計画を考え直すしかない。

 

梨花ちゃんの死が偽装であったとしても相手はこう考えるはずだ。

 

どうしてこのタイミングで古手梨花の死の偽装が起きた?

 

まさか、自分たちの計画が洩れているのか?

これはその警告なんじゃないか?

 

相手は敵対派閥が支持している雛見沢症候群の研究で村で皆殺しというトラブルを起こし、その責任を取らせて敵対派閥を潰すことが目的だ。

 

もちろんそんなことを企んでるとバレたら自分の方が終わる。

 

そして今回のことで漏れているかもしれないという疑念が生まれる。

 

そんな中で自分の生涯が終わる可能性がある計画に賭けることが出来る人が何人いるか。

それが大きな組織になるのなら猶更だ。

 

大きな力を持つ連中ほど、それを失われることを恐れる。

少しでも失敗する可能性が高くなるなら出来るわけがない。

 

それにバレる可能性だって低い。

 

この梨花ちゃんの死の偽装は原作よりも派手にやってるからな。

 

なにせ雛見沢住民二千人がグルだ。

 

梨花ちゃんの死の原因は古手神社の階段からの転落ということになっている。

そしてそれを何人もの住民が目撃している、ということになっている。

 

これに事件性はない、梨花ちゃんが一人で転げ落ちて亡くなった。

村の全員がそういうんだ、たとえ嘘でも真実になるさ。

 

今でも梨花ちゃんのお通夜に何人もの人が訪れている。

全員、眠っている梨花ちゃんが生きていることは知っているが、それでも演技で悲しそうな顔をしている。

 

何人か迫真の演技で泣いてる人もいる。

 

村のみんなには梨花ちゃんの死の偽装理由は俺と詩音を狙っていた連中が今度は梨花ちゃんを狙っているためだと伝えている。

 

そのため梨花ちゃんを死んだことにして守る。

そう園崎家を通して伝え、全員がそれで梨花ちゃんの死の偽装に協力してくれている。

 

オヤシロ様の生まれ変わりとして敬われる梨花ちゃんが狙われるんだ、みんな必死に守ろうと動くさ。

 

あとは園崎家がよく使っている話の分かる病院の医者に頼んで古手梨花は死んだと嘘の診断をしてもらった。

 

そして大石さんには赤坂さんに協力してもらいながら事情を説明して調査の調整をしてもらった。

階段にはそれっぽく事故の後をつくり、大石さんにはそこらをうまい具合に調査した振りをしてもらってる。

 

これで真偽を確かめるには直接梨花ちゃんの遺体を見るしかないが、それは村が一致団結して阻止する。

今の雛見沢は余所者の侵入を絶対に許さない。

 

梨花ちゃんまでたどり着きたかったら村の住民二千人を倒してみせるんだな。

 

「・・・・これ、もし私の死がバレない場合はいつまで死んでればいいのかしら」

 

「え?まぁ一年くらいじゃね?」

 

布団の中で死んだふりをする梨花ちゃんがそんなことを言い出すので答える。

 

「俺だって拷問部屋に監禁されてたんだ、梨花ちゃんだってもちろんやるよなぁ?」

 

「・・・・この作戦に賛同したのは早まったわね」

 

俺の言葉に梨花ちゃんは顔を引きつらせる。

まぁでも、そんなことにはならないと思うけどな。

 

・・・・これで鷹野さんはより追い詰められる。

 

もともと俺が何もしなくても鷹野さんは追い詰められていた。

研究の中止を指示され、再び支援を得るために動くも全てが無駄に終わる。

 

そうして心の弱った鷹野さんに組織の人間が悪魔の提案をするんだ。

 

だが、今回の梨花ちゃんの死で悪魔が携えていた知恵は白紙に戻る。

 

少なくとも鷹野さんとの接触には猶予が出来た。

 

それが俺が考えたこの作戦の成果。

 

このわずかな時間の猶予。

 

鷹野さんを救うために作り出したわずかな隙。

 

・・・・ここで何とか鷹野さんを救ってください。

 

 

 

富竹さん。

 

 

 

 

 

「鷹野さん」

 

「・・・・ジロウ、さん」

 

私の前に現れたのは、ジロウさんだった。

 

「遅くなってごめん、でももう大丈夫だ」

 

彼は私と同じように地面に膝をついて手を差し出す。

いつものように、私に優しく微笑みながら。

 

「君の涙を止めに来たよ」

 

 

 

 

 

 

 



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君のヒーローに

「・・・・ねぇ灯火」

 

「なんだ?」

 

奇妙な私の葬儀の最中、私は目を開けて灯火に話しかける。

眠る私の傍に控えていた灯火は私の声に応えてくれる。

 

「・・・・あなたの話では、今まさに最後の戦いの最中なのよね」

 

「ああ、もうすぐ俺たちと鷹野さんの勝敗がひとまず決まる。このまま終わるか、第二ラウンドがあるかはわからないけどな」

 

「・・・・そう」

 

「実感が湧かないか?」

 

「当たり前よ」

 

今までの年みたいに自分たちで動いてるなら実感だって湧くでしょうね。

でもこっちはただ寝てるだけなのよ?それでどう実感しろって言うのよ。

 

私の言葉に灯火は小さく笑う。

それに対してムッとしながらも再び目を閉じる。

 

そしてそのまま当時のことを思い出しながら口を開く。

 

思い出すのは灯火と出会ってからの雛見沢での日々。

灯火と出会ってからもう四年になるのよね。

 

ここまで長かったような、あっという間だったような、どちらにも感じられた。

 

はじまりはダム戦争中の赤坂の妻の死を防ぐこと。

 

病院の階段で転落死をしてしまう赤坂の妻を救うために灯火と一緒に頭を悩ましたのを覚えてる。

結局、灯火が私に黙って無茶をして怪我をしたけど。

 

「・・・・あの時は悪かったよ」

 

「絶対許さないわ。あなただって頭を縫った怪我をしたんだから」

 

「まぁな、でもそれだけの甲斐はあった。それにもうその怪我は治ったし」

 

灯火は以前に縫った箇所を頭部に手を当てながら笑う。

 

「あの時バカなことをしたせいで今回赤坂が来た時も苦労したんじゃないの」

 

「・・・・」

 

目を逸らして黙り込む灯火にため息を吐いて次の出来事を思い出す。

 

次はバラバラ殺人事件の阻止だ。

 

私と灯火と羽入の三人で何か月もずっと雛見沢症候群を発症した患者を探してたわね。

その年の綿流しでは鷹野と入江を診療所から離すために酒で潰すなんて、今思えばすごくおバカなことを実行した。

 

「あの時の梨花ちゃんはカッコよかったぜ。酒で鷹野さんを倒した姿は未だに鮮明に覚えてるよ」

 

「今思えば、私達はよくあんなことを真剣にしようと思ったわね」

 

当時を思い出してついつい笑みがこぼれる。

あれでも当時の私達は真剣だった、でもそれでいて楽しんでいた。

 

「その次は北条家と村の確執だな。正直一番苦労したよ」

 

「そうね。この年はみんな大変だったけど、やっぱり一番頑張ったのは悟史ね」

 

「だな」

 

ダム賛成派の北条家と村の確執、絶対に無理だと思ったこの難題を灯火と礼奈、そして他ならぬ北条家全員のがんばりでなくすことが出来た。

 

この世界で一番変わった人間は誰か、そう聞かれたら私はきっと悟史と答えるだろう。

 

それほどまでにこの世界の悟史は強くなった。もうこれから先どんなことがあっても勇気をもって彼は立ち向かっていくことだろう。

 

もしかしたら、今の悟史こそが本来の彼の姿なのかもしれない。

 

一番の親友、そう灯火が自信満々に告げるほど二人は仲が良い。

私で言うなら沙都子との関係のようなものだ。

 

「この時に悟史は礼奈に惚れたのよね」

 

「それな。こんなことなら俺が悟史の方に行っとくべきだった」

 

「今の悟史を見てるとどっちにしろ惚れてたと思うけど」

 

過去を悔やむ灯火を置いて次に進む。

 

次はそうね、私の両親。

 

一緒にいることを諦めていた父と母の生存だ。

 

「あの日、あなたが私に言ってくれた言葉はちゃんと守ってくれたわね」

 

「あの日?」

 

「あなたが引っ越すことになった日よ。私の両親を救うっていってくれたじゃない」

 

「ああ、でも梨花ちゃんの両親について一番頑張ったのは梨花ちゃんだろう?あの年はずっと一緒にいたもんな」

 

「・・・・」

 

灯火の言葉に恥ずかしくなり布団に顔を埋める。

当たり前でしょ。大切な家族なんだから。

それに本当に一緒にいただけよ、私がずっと一緒にいれば鷹野たちが殺す隙なんてないと思ったから。

 

ふと気づく。

こうして過去のことを笑いながら思い出せていることに。

 

今までは過去はほとんどが退屈と苦痛だけだった。

 

楽しいのは圭一たちと過ごすほんの数週間の間だけ。

 

それ以外は同じことを繰り返す退屈な日々と誰かが狂い、最終的に殺されてしまう苦痛だけだった。

 

それが今はどうだ、同じ日付を過ごしているはずなのにね。

 

毎日が新鮮で退屈なんてしてる暇はない、毎日楽しくて苦痛なんて思い出す暇もない。

 

「きっと今、決着が付くのか付かないのか、それが決まろうとしてる」

 

「・・・・」

 

「どっちしろやることは変わらない、あの日の最後の約束を果たすだけだ」

 

「そうね、あの約束はあなたにしっかり守ってもらうわ」

 

私の両親を救うと約束してくれた後にしてくれたもう一つの約束。

 

あの日にくれたあの言葉。

 

きっとあの日、あの瞬間だ。

 

あなたの言葉を聞いて抱き着いたあの瞬間に私は、あなたのことを。

 

 

 

 

 

 

「鷹野さん、落ち着いたかい?」

 

俯く私にジロウさんは優しく話しかけてくれる。

地面に膝をついていた私をジロウさんはゆっくり手を引いて立ち上がらせ、私の休んでいたホテルまで連れてきてくれた。

 

「・・・・どうして私の居場所がわかったの?」

 

確かに今日組織の重鎮たちと話をすることをジロウさんは知っている。

でも話が終わった後に食事の接待だって本当はあった。

 

だから私があんなところにいるなんてジロウさんにはわからないはずなのに。

 

「今日鷹野さんが話していた場所から行けそうな場所を片っ端から探して回ってたんだ、正直見つけた時は嬉しかったよ」

 

「探したって、私は今日は組織の人達の接待で遅くなることはあなたも知って」

 

「・・・・失敗したんだろう?」

 

「・・・・っ」

 

ジロウさんの言葉に先ほどまでの記憶が蘇って震える。

そんな私を見てジロウさんは辛そうに表情を歪める。

 

「雛見沢で梨花ちゃんが亡くなっていたって情報を聞いて慌てて君を探したんだ、こんなことになってしまっては話し合いどころではないからね」

 

「・・・・そうね、でも彼女が死んでいなくても結果は同じだった。彼らは私の話なんて何も興味を持っていなかったんだもの」

 

「・・・・」

 

私は先ほどまでのことをジロウさんに話す。

私達の研究なんて何も興味がなかったこと、今までのは小泉先生のご機嫌取りだったことを。

 

ジロウさんは私の話をただただ黙って聞いてくれた。

 

「・・・・もう、私には何も出来ることがない、何をすればいいかわからないの」

 

溢れる涙をこぼさないように顔を手で覆う。

 

「・・・・君が祖父の高野一二三先生の後を継いで雛見沢症候群の研究をしているって前に教えてくれたね」

 

「・・・・ええ、お祖父ちゃんの研究を完遂する、それが私の生きる意味だった。でももう」

 

私の言葉の途中でジロウさんは私をそっと抱きしめる。

そしてゆっくりと私の耳に伝わるように言葉を口にする。

 

「そうだね鷹野三四としての君の生きる意味はなくなってしまうかもしれない、でも田無美代子としての君は別さ」

 

「田無美代子。それは私の・・・・捨てた名前よ」

 

両親が生きていた、まだ幸せな子供だった頃の私の名前。

懐かしい、もう一度その名前を聞くとは思わなかった。

 

「捨てたのなら取り戻せばいい。雛見沢症候群がなくなったとしても高野一二三先生の論文の価値が消えるわけじゃないんだ、なくなりさえしなければ必ず誰かその偉大さに気付いてくれる人が現れる」

 

「・・・・たとえ取り戻したとしても、田無美代子はあの施設に戻るだけ」

 

あの日、脱走した日に落とされた黒い汚物の底に。

そして今度は誰も助けも来ることなく、そのまま死ぬ。

 

「・・・・田無美代子にはもう何もないの。生きる目的なんてない」

 

本当はあの日、両親と一緒に死んでいればよかったのかもしれない。

そうすれば入江機関も生まれずにこんな運命の行き止まりに迷い込むことはなかった。

 

お祖父ちゃんの論文だってバカにされることもなかったかもしれない。

 

「だったら一緒に探そう、君が生きる目的を」

 

「え?」

 

私を抱きしめながらジロウさんはそう告げる。

一緒に探す?私の生きる目的を?

 

「高野一二三先生の論文は誰かが必ず引き継いでくれる。君はもう自分のために生きていいんだ、高野先生、いや君のお祖父ちゃんだって君の人生を自分のせいで縛ってしまうなんて望んでなんかいない」

 

「・・・・」

 

抱きしめてくれるジロウさんに身体を預ける。

ジロウさんの言葉は嬉しい、私のために言ってくれてるんだってわかるから。

 

疲れ切った私にジロウさんの言葉は暖かい。

 

でも今まで私は鷹野三四として生きてきた。

それをいきなり捨てるなんて出来ない。

 

「・・・・ジロウさん、少し離れてもらっていい?」

 

「え?あ、ごめん!汗臭かったかな!?」

 

「ふふ、違うわ。少し取りたい物があるの」

 

焦るジロウさんについ笑みをこぼしながらキャリーバックから目的のものを取る。

 

「それは、アルバムかい?」

 

「ええ、お祖父ちゃんの。お祖父ちゃんが亡くなってから一度も開いてない、いつかお祖父ちゃんの研究が認められた時に開こうって決めていたけど」

 

今はどうしてもお祖父ちゃんに会いたい。

鷹野三四としての私でいるために、お祖父ちゃんの願いを叶えるために。

 

「・・・・っ」

 

アルバムの写真の中に映るお祖父ちゃんの写真に涙で零れ落ちる。

あの日、研究をバカにされてからお祖父ちゃんは失意のま認知症を発症してしまってそのまま。

 

「・・・・それはなんだい?封筒?」

 

「え?」

 

ジロウさんに見ている先を見ると、アルバムに見たことのない古い封筒が入ってるのが見えた。

私は封筒を手に取って中を確認する。

 

「・・・・お祖父ちゃんの字」

 

目を見開きながら中身に目を通す。

 

認知症に完全に侵される前に書き留めた手紙、あて先は、私にだった。

 

「・・・・っ!」

 

中身を読んで思わず口に手を当てる。

内容はまさに先ほどジロウさんが私に言ったお祖父ちゃんの気持ちそのままだった。

 

認知症に侵されながらも書き起こした手紙には私が自分の研究を継いでくれたことを嬉しく誇らしく思っている、でも同時に私の本来ありえた人生を奪ってしまったのではないか、もしそうなら悔やんでも悔やみきれないと書かれていた。

 

願わくば、この研究を断念してほしい。でも三四が必死に勉強する姿を見て言い出すことが出来ず、このアルバムに隠して三四がこの手紙を発見するのかどうか運命に任せる。

 

でももしこの手紙を見つけたのなら三四には私の研究から離れ、幸せになってほしい。

 

「・・・・お祖父ちゃん」

 

手紙が私の落ちた涙で濡れる。

震えながら手紙を持つ私の手をジロウさんは握ってくれる。

 

「ジロウさん!」

 

私は堪えることが出来ずにジロウさんに抱き着く。

今日で一体どれほどの涙を流しただろうか、

 

でもこの涙は先ほどまでのとは少しだけ違う。

 

私の涙をジロウさんは優しく拭って止めてくれた。

 

「・・・・ありがとうジロウさん」

 

「これくらい当然さ。これで、君は田無美代子として生きていけるんだね?」

 

「・・・・その前に、鷹野三四として罪を償わないといけないわ」

 

優しく微笑むジロウさんに私は自分の罪を告白する。

私の思い描いていた計画は結果的に遂行されなかった。

 

でも罪は罪だ、私が多くの人の人生を狂わしたことに変わりはない。

私はそれらを償わないといけない。

 

「・・・・それに梨花ちゃんだって死んでしまった。これでお祖父ちゃんの論文の証明だって出来なくなる。これじゃあ誰かが見つけてくれても」

 

もしかしたら梨花ちゃんが死んだのだって私が気付いていないだけで私のせいなのかもしれない。

だとしたら私は一体どうやって償えば。

 

「それは大丈夫だよ」

 

「え?それってどういう」

 

「梨花ちゃんは生きてるのさ」

 

困惑する私にジロウさんに苦笑いを浮かべながらそう告げる。

 

そして灯火君から渡されたという手紙について教えてくれた。

 

「灯火君は君にイジワルをするって言ってたよ。そしてまんまとやられてしまったようだね」

 

「・・・・そうね、イジワルされて泣かされちゃったわ」

 

ジロウさんの説明してくれた内容は私達の正体を自分が把握していること。

 

そして落ち込む私の下に組織の別の派閥が接触し、私に梨花ちゃんを殺させ、緊急マニュアル34号を発動させて村中を皆殺しにさせるだろうという内容だった。

 

そして私と派閥の接触を防ぐために梨花ちゃんの死を偽装したとのこと。

 

一体いつの間に緊急マニュアルのことを、それに別の派閥のことまで。

しかも接触を読んで梨花ちゃんの死まで偽装するって。

 

本当にいつもいつも彼には驚かされる。

 

「・・・・でも、もしジロウさんに会う前にそんなことを言われたら、私はその提案に乗っていたかもしれないわね」

 

今でこそお祖父ちゃんの手紙を読んだからそんな気にはなれない。

でももしジロウさんに出会わず追い詰められた状態でお祖父ちゃんの手紙も見ずに言われていたら。

 

「灯火君にこの手紙を渡されたときに言われたんだ、自分のイジワルで君はきっと泣いちゃうだろうって」

 

「ふふ、本当にその通りね」

 

ジロウさんの言葉に思わず笑ってしまう。

今度会う時に泣かされちゃったって伝えなきゃね。

 

「その後に言われたのさ。僕に君の涙を止めてくれって」

 

そう言ってジロウさんは私の目から落ちる涙を指で拭う。

 

「君が罪を犯したというなら僕も一緒に背負うよ。鷹野三四としても、田無美代子としても生きる目的がないなら僕が一緒に探すよ」

 

「ジロウさん」

 

「だからね、その涙を止めてもいいかい?」

 

「ふふ、止めていいの?涙は嬉しい時にだって出るのよ?」

 

私はジロウさんに抱き着きながらそう呟く。

それを聞いたジロウさんは何を言っていいかわからずに慌てる。

 

それを見て思わず笑ってしまう。

 

生きる目的、そうね、これがいいわ。

 

「・・・・ねぇジロウさん」

 

「なんだい?」

 

私が名前を呼ぶとジロウさんは優しく声で応えてくれる。

それに心が温かくなるのを感じながらジロウさんへ言葉を伝える。

 

「私、新しい生きる目的を見つけたの」

 

「え?そうなのかい?だったらよかった、僕にも教えてくれるかい?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

私は頷いて優しく微笑むジロウさんを。

 

 

 

ベッドに押し倒した。

 

 

「・・・・んん?」

 

困惑するジロウさんをベッドに押し倒して微笑む。

 

「私の見つけた生きる目的はね、ジロウさん。あなたよ」

 

「た、鷹野さん!?」

 

私はそう言葉にすると同時に自分の服に手をかける。

それを見て慌てるジロウさんに笑いながら自分の服を脱ぎ、ついでにジロウさんのズボンのベルトも抜き取る。

 

「え、ええ!?ちょ、ベルトを返して」

 

慌てるジロウさんを無視して次はズボンに手をかける。

それに気付いたジロウさんが手でズボンを掴んでくるのでそれを強引に突破しながら口を開く。

 

「ねぇジロウさん、私はあなたのことが好きなの。好きな人に尽くす、女の子が生きる目的にはピッタリでしょう?」

 

「そ、それは非常に嬉しいと言うか、光栄なんだけど。物事には順序というものがあって!」

 

「ジロウさんが望むなら私の髪の毛の一本から爪先の先端まであなたのものにしていい。靴を舐めろって言うならこの場でだって舐めるわ。あなたより早く起きて朝食だって作る。待ち合わせの場所にはあなたより先に必ず来て待つわ。私の全てをあなたにあげる。だからね、ジロウさん」

 

 

 

 

 

 

「ジロウさんの全ても私にちょうだい」

 

 

 

 

「はう!?」

 

ジロウさんがそう叫んだ後、彼のズボンは私に勢いよく下に降ろされた。

 

 

 

 

 




『うまぴょい』したんですね!


次話でこの小説は完結になります。

祖父の手紙はアニメ「業」でのシーンで出た物を使いました。

あっさり鷹野の話は終わりました。言い訳になりますがここに書きます。

そもそもここまでくると原作持ちの灯火が負けることってないと思うんですよね。

なので本来の予定ではIFの魔女要素の介入によってここら辺はぐちゃぐちゃにするつもりでした。

しかし当時読まれていた方は知ってる通り、途中で本編とIFに話が分かれたことで本編で魔女要素がなくなりある意味で本編は「優しい世界」になっています。

もう少し引き延ばすことも考えましたが、ここはこのまま終わった方がきれいだと思ったのでこうしました。



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ひぐらしのなく頃に

俺の名前は前原圭一。

 

この雛見沢に三週間前に引っ越してきた男だ。

 

新幹線や電車やらを乗り継いで数時間、そこからさらに車で山道を登った先にこの雛見沢はある。

 

この雛見沢にはコンビニもファミレスもない、あるのは美しい大自然のみ。

そんなところだが俺はこの場所を気に入っている。

 

それはやはり都会では手に入らなかったものを手に入れたから。

 

「圭一くーん!」

 

家を出て学校へ向かう通学路、そこのいつもの待ち合わせ場所に彼女はいる。

 

「お寝坊したのかな?かな?」

 

「いや礼奈が早いだけだろ、たまには少しくらい遅れてもいいんだぞ?」

 

夏の日差しから逃げるために木々の木陰にいた礼奈がこちらに手を振りながらやってくる。

竜宮礼奈、俺と同い年の女の子で可愛いものを見ると暴走する少し変わった奴だ。

 

「礼奈が遅れたら圭一君を待たせちゃうじゃない」

 

うん?礼奈は俺が待ってくれると思ってるのか?

よし、だったら少しからかってやるか。

 

「その時はおいてく」

 

「ええ!?」

 

「サクサクおいてくドンドンおいてく」

 

そう言って礼奈をおいて通学路を進む。

それを見た礼奈が慌てて追いかけてくる。

 

「はうぅ、ひどいよぉ。いつも待っててあげてるのにぃ」

 

涙目でそう告げる礼奈に内心で笑みを浮かべながら振り返る。

 

「嘘だよ」

 

精一杯の決め顔で礼奈にとどめの言葉を告げる。

 

「礼奈が来るまでずっと待って「おはよう二人とも!」どわぁ!?」

 

あと少しで俺の口説き文句が炸裂するというところで誰かが俺と礼奈の間に強引に割り込んでくる。

まぁここで割り込んでくる奴なんて二人の内のどっちかだ。

 

「今日は悟史か。もう少しで俺の口説き文句が炸裂するところだったのに!」

 

「あはは・・・・抜け駆けはよくないよ圭一」

 

爽やかな笑みを浮かべながらこちらに牽制の言葉をさしてくる悟史。

転校してからのこの三週間でこのグループの関係はだいたいわかった。

 

とりあえず悟史は礼奈に惚れていて、天然な礼奈はそれに全く気付いてねぇ。

 

「・・・・少し目を離してたら人の妹を口説こうとしやがって、良い度胸だな圭一君」

 

「出たなシスコン!」

 

俺はこの三週間で俺の宿敵となった男の声が聞こえて叫ぶ。

 

竜宮灯火、こいつは礼奈の兄、こいつは礼奈とは別のベクトルで変わってる。

 

灯火も悟史も俺の一つ上になる。

 

「出たぞシスコンだ、礼奈や魅音達がほしかったら俺を倒していけ」

 

「いや別にほしいとか、そういうわけじゃ」

 

「そこは倒すって言うんだよ!まぁ渡さないけど」

 

「いやどうしてほしいんだよ」

 

そうしていつものように四人で学校までの道を歩く。

悟史はこっちに寄ると学校まで遠回りをしないといけないのに毎日こっちまで歩いて来てる。

 

なんていうか、そこまでして礼奈に会いたいんだろうけど、いつも灯火に邪魔されてて少し哀れだぜ。

 

でもなんやかんやで二人で俺達に合流してるから仲が良いんだろうな、二人は同い年だし子供の頃からずっと一緒にいるらしいから当然なんだろうけど、少し羨ましいと思ってるのは内緒だ。

 

そうして四人で歩いていると、いつもの登校メンバーの残り二人の姿が見えてきた。

 

「あ、おはよ四人とも」

 

「遅いよー私立ってるの疲れちゃった」

 

そう言ってこちらに合流した二人、魅音と詩音。

 

相変わらずそっくりでまだ慣れねぇ。性格は全然違うんだけどな。

 

「お兄ちゃんおんぶして連れてって。あ、やっぱりお姫様だっこで!」

 

「あ、じゃあ詩音の次は私ね。お兄ちゃん」

 

「そんなことしたら学校に着いたら足がプルプルしてるわ」

 

そう言いながら灯火に抱き着く二人に思わず口が開く。

 

「なぁ、前から思ってたんだけど。お前らって普通に血はつながってないよな?実は腹違いだったりするのか?それとも狭い村だから同年代の子はみんな兄妹的な感じなのか?」

 

この三週間でずっと気になっていたことをついに口にする。

みんな当たり前のように二人が灯火をお兄ちゃんって呼ぶのをスルーするから聞くタイミングを逃してしまっていたんだ。

 

「普通に血はつながってないね。村でもさすがにそういったことはないかな」

 

「普通に私達がお兄ちゃんって呼びたいからそう呼んでるだけ」

 

「なっ!?じゃあお兄ちゃん呼びは単にそういうプレイなだけってことかよ!!」

 

「プレイ言うな」

 

灯火がジト目でそうツッコんでくるがこっちは今すぐ鉄拳をお見舞いしたいくらいだ。

このシスコン、全世界のモテない男達を敵に回してやがる!

 

「俺が都会で灰色の青春を送っていた時に灯火は妹ハーレムできゃきゃうふふしてたってのかよ!これは全世界のモテない同志たちの代表としてお前をぶん殴る権利が俺にはある!!」

 

「悔しかったら奪ってみせろよ圭一君、残り時間は少ないぞ!と言っても渡さないけど」

 

「だからなんだよそれは!」

 

暖かな日差しが降り注ぐ通学路に俺の魂の叫びが響いた。

 

 

 

 

 

「梨花、忘れ物はない?」

 

「大丈夫なのです」

 

「水筒は持った?あなたこの前忘れてたでしょ」

 

「みぃ!大丈夫なのです!」

 

玄関で何度も忘れ物がないかを確認してくる母に私は少しうんざりしながらそう答える。

全く、子供じゃないんだから忘れ物なんて・・・・たまにしかしないわ。

 

「行ってきますです!」

 

まだ小言が続きそうな予感がしたので言われる前に玄関から外に飛び出す。

 

「いいのですか梨花?お母さんのお話はまだ終わっていなかったのですよ」

 

「平気よ、あんなのいつものことじゃない」

 

心配そうな表情で浮かぶ羽入にそう告げる。

 

そう、何でもない当たり前の日常よ。

 

外では父がいつものように神社の掃き掃除をしていた。

 

「行ってらっしゃい梨花。今日も楽しんでおいで」

 

「はいなのです!」

 

手を振る父に笑みで答えながら階段を下りる。

階段を下りるとすでに沙都子が私が下りてくるのを待っているようだった。

 

「おはようですわ梨花、それに羽入もおはようですわ」

 

「みぃ、おはようなのです沙都子」

 

「あうあうあう!おはようなのですよ沙都子!」

 

挨拶した後はいつものように三人で一緒に学校まで登校する。

 

今日は久しぶりの部活の日だ、最近は圭一の村の案内とかで出来なかったけど今日は圭一を部活メンバーに加えると魅音が言っていた。

 

やっとだ。

 

やっと全員が揃った。

 

圭一、あなたが来るのを私達はずっと待っていたのよ。

 

「にーにー達よりも早く学校に行きますわよ!圭一さんに私のトラップをくらわせる準備をしなくてはなりませんわ!」

 

「みぃ、この前は悟史が気付かずに圭一より先に入って酷い目に遭っていたのですよ」

 

「あうあうあう!?そもそも教室でトラップをしかけたら危ないのですよ二人ともー!」

 

陽だまりの通学路を私達は走りながら学校へと向かう。

 

当たり前の日常をしっかりと楽しみながら。

 

 

 

 

 

「おっほっほっほ!まだまだ詰めが甘いですわね圭一さん!」

 

「沙都子!今日はまた随分とスペシャルなトラップコンボを!」

 

教室の扉の先では圭一君と沙都子が騒いでいるのが見える。

ほんとさすがだな。一瞬でこのメンバーに溶け込んでるよ。

 

違和感が全くない、むしろ圭一君が来たことでようやくしっくりきたと思える。

 

そして、圭一君の発症は・・・・ない。

 

圭一君の様子を見た俺は内心で安堵の息を吐く。

 

圭一君が葬式で東京に行って雛見沢を離れた時は少し心配だったが問題なさそうだ。

 

これでもう本当に終わり。

 

長かったこの物語の締めが出来る。

 

あの半年前の梨花ちゃんの死を偽装してからずっと事態の収束に動いてた。

 

本当に富竹さんが鷹野さんを説得してくれたことが大きい。

 

でもなぜかこの話をすると富竹さんは慌てながら目を逸らすんだよな。

 

鷹野さんは雛見沢症候群の研究が中止になることを受け入れ、今できることをしようと動き出した。

 

山狗は完全に解体され、診療所内にある軍事転用を目的として作られた物は全て処分されたらしい。

 

東京から帰ってきた鷹野さんが現れ、俺に泣かされたと言って微笑み、今までのことを謝ってきた時は驚きのあまり固まってしまった。

 

その後、鷹野さんは俺の知る限り悟史の両親や事情を知る梨花ちゃんとも話していたけど、深くは聞いていない。

 

梨花ちゃんは鷹野さんを許したと言って笑っていた。

悟史達からもそれとなく聞いたけど特になにもなかったとのことだった。

 

結局鷹野さんと他の人たちの間でどういった話があったかわからないが、俺の知らないところで解決している以上、俺から何も言うことなんてなかった。

 

しばらくして鷹野さんは富竹さんと一緒に診療所を、雛見沢を出て行ってしまった。

 

それからまだ俺は二人と会ってはいない。

 

だから診療所にいるのは入江さんだけだ。

入江さんは一人で俺達のために雛見沢症候群の治療法を探してくれている。

 

入江さんの話では鷹野さんはここにいる間に凄まじい気迫で雛見沢症候群の治療法を探してくれていたらしい。

 

そしてその研究が一段落すると富竹さんと一緒に出て行ってしまったようだ。

去り際の鷹野さんの笑みはすごく穏やかだったと入江さんは微笑んでいた。

 

東京の赤坂さんの話では雛見沢の研究は完全に隠蔽しようと動いているらしく中々しっぽは掴めていない、だが雛見沢に害が及ぶようなことは絶対に防ぐと言ってくれた。

 

梨花ちゃんの死の偽装協力の際に大石さんにも事情を説明してる。

 

今も赤坂さんと連携をとりながら雛見沢を守ってくれているようだ。

 

あとは村の警戒を解くだけだけど、これが苦労した。

そりゃそうだよな、俺と詩音の件があった時から警戒してて、とどめに梨花ちゃんの死の偽装だって手伝ったんだ。

 

それを俺が終わったから、はい解散!で解散なんてしてくれるわけがない。

 

結局、お魎さんに茜さん、それに公由さんといった村の重鎮たちに俺達の事情をかなり深くまで説明することになった。

 

梨花ちゃんの両親、入江さんにも参加してもらって雛見沢症候群のことも含めて状況を説明し、村中が納得するための話を作り上げた。

 

それによってなんとか村は落ち着いた。

 

このままじゃ他所から来た圭一君が警戒されて、それが原因で圭一君が雛見沢症候群を発症したなんて笑えないからな。

それに万が一、この話を聞いて圭一君が誤解しないように話を作る際も本当に気を使った。

 

これで圭一君を迎えることが出来て、こうしてみんなで笑えるようになった。

 

「はう!泣いてる沙都子ちゃんかぁいいよう!お兄ちゃん!私達も交ざろ!」

 

「ああ、そうだな」

 

礼奈に手を引かれながら教室に入る。

 

この光景をただ見ているだけなんてもったいない。

 

今日は圭一君が部活に入る。

 

そして綿流しだってある。

 

今まで一番騒がしい綿流しにしないとな。

 

 

 

私はきっと今日の日を一生忘れることはないだろう。

 

「はい、お兄ちゃん。いつもの(メイド服)だよ」

 

「魅音、当たり前のようにそいつを俺に渡してくるな」

 

「圭ちゃんに綿流しがどういうものか教えるんでしょ?だったら相応しい恰好にならないと」

 

「ま、まじかよ。俺の想像していた祭りと全然違うんだが」

 

魅音の渡してきたメイド服に灯火が頬を引きつらせ、圭一が戦慄する。

 

そして灯火が慌てて誤解を解こうと圭一に説明をし、それを詩音と礼奈が邪魔をしてさらに酷い誤解になっていった。

 

そんな騒がしい中でみんなは笑っている。

 

そして一斉に祭りの中に駆け出した。

 

みんなでたこ焼きの早食い勝負をした。

 

そして全員が熱いと騒ぎ、ひそかに仕込んだ辛子入りの外れを引いた羽入が悲鳴を上げる。

 

入江と出会い、灯火と圭一と悟史でもっともメイドに相応しいのは誰かという議論が始まった。

そして話し合いの結果、全員が着ればいいじゃないという結論に達して三人とも逃げ出した。

 

そしてその後はまたペアになって行動しようと沙都子が言い出し、礼奈と悟史が二人っきりになろうとするのを灯火が邪魔していた。

 

灯火、あんたもいい加減、親友の応援くらいしてやりなさいよ。

 

でもあの様子を見ていると礼奈が悟史の気持ちに気付くのは遠そうね。

 

それに最近は公由の方から悟史に親戚の子を紹介してて面白かったわ。

 

興宮の子で悟史より年上の子のようだけど、どうなるか楽しみだわ。

 

それと沙都子も紹介されてて困ってたわね、沙都子は自分の気持ちに気付いているのかしら。

早く素直にならないと後悔しちゃうわよ。

 

敵に塩を送るわけじゃないけど、親友として少しだけお節介くらいはしてあげてもいいけどね。

 

その後はみんなの家族と合流した。

 

私の両親はもちろん、悟史と沙都子の両親もいて、全員の両親が集まって私達の話で盛り上がっていた。

 

特に茜と沙都子達の両親が笑いながら話している姿は印象的だった。

 

そして両親が話している間、私達は菜央ちゃんに夢中になっていた。

 

一歳になった菜央ちゃんはまだ言葉は話せないけど言葉の意味を少しずつ覚えてきているようだ。

 

私達が彼女の名前を呼ぶと嬉しそうに満面の笑みで応えてくれる。

その姿に全員がメロメロになって彼女の名前を呼び続けていた。

 

最近の竜宮家では誰が菜央ちゃんに最初に名前を呼ばれるのかで毎日激しい争いが行われているらしい。

 

全員が一番最初に自分のことを呼んでほしいらしく、暇さえあればママやパパやと菜央ちゃんに言っているようだ。

 

最近では全員のあまりのデレデレ具合から菜央ちゃんは竜宮家の乙姫なんて呼ばれている。

 

それを聞いた灯火はもし浦島太郎が来たら全力で追い返すと本気で言っていて呆れてしまった。

 

彼の妹好きもそろそろなんとかしないとと密かに思っていたりする。

 

そして今回の綿流しではサプライズがいくつかあった。

 

一つ目は私達に内緒で赤坂が家族を連れて綿流しに参加してきたことだ。

 

赤坂はずっと東京で私達のために頑張ってくれていたことを灯火から聞いている。

そのお礼もかねて満面の笑みで赤坂のことをパパと呼んであげた。

 

結果修羅場になったわね。

 

それはどうでもいいけど、赤坂の娘の美雪と仲良くなれたから私は満足だ。

 

そしてもう一つのサプライズは鷹野と富竹がやってきたことだ。

 

半年前に雛見沢から出て行ったきり、どこに行ったのかわからなかった二人だけど元気そうで安心した。

 

あの日、鷹野が私に謝ってきた時のこと。

 

この世界の鷹野と私が今までいた世界の鷹野ははっきり言って別人だ。

 

この世界では私自身に何か迷惑をかけたと言われたらそんなことはない。

でも灯火の命を狙ったのは許せない。

 

だからいっぱい恨み言を言ってやろうと思っていたけど、鷹野の惚気話を聞いてそんな気も失せてしまった。

 

富竹も大変ね、私はああはなりたくないわ。

 

そして今までのカケラで鷹野が私に行ってきたことは全部許した。

 

ある意味であなたのおかげで灯火に出会えた、そう考えれば許せる気がしたから。

 

「「「梨花ちゃん頑張れー!」」」

 

奉納演舞を舞う私をみんなが応援してくれる。

それに内心で笑みを浮かべながら舞い続ける。

 

ちゃんと見てるかしら羽入?

 

私達の長い長い旅はようやく終わるわね。

 

舞台から羽入を見れば、彼女は涙を流しながら私を見て微笑んでいた。

 

 

旅は終わり、でも私達の人生はこれからよ。

 

私達はこれまで取りこぼした幸せを取り戻すんだから。

 

 

私は百年分。

 

あなたは千年分をね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「梨花ちゃんお疲れ様」

 

「ええ、ありがとう」

 

奉納演舞を終えた私に彼は労いの言葉をくれる。

それに私は微笑んでお礼を言った。

 

「それじゃあ綿流しに行くか。ここからは混むからな、みんなは先に川の方に行ってるぞ」

 

「ねぇ灯火。少しだけいい?」

 

みんなのところに行こうとする灯火の手をとって止める。

彼は首を傾げながらも歩くのを止めてくれた。

 

「少し二人で話したいの」

 

「ああ、いいよ」

 

私の言葉に灯火は頷いてくれる。

そうして二人でみんなから少し離れた場所に向かう。

 

「灯火、改めて言わせてほしいの。本当にありがとう」

 

「本当に改まってだな。それはもう半年前に聞いたさ」

 

私の言葉に彼は苦笑いを浮かべながら答える。

そうね、でもいくら言っても足りないくらいだわ。

 

灯火は土手沿いの階段を一段降りて川を流れる綿を見つめている。

 

「・・・・綺麗だよな。今日、羽入に綿流しの本当の意味を聞いたよ」

 

「綿を流すのは自分の罪を流すため、自分で自分を赦すという自らに課す贖罪の方法だったかしら」

 

「ああ、羽入らしい優しい儀式だな」

 

「そうね」

 

二人で流れていく綿を見つめる。

そしてふと思ったことを口にする。

 

「そういえば聞いたかしら?鷹野と富竹の惚気」

 

「ああ聞いた、あの鷹野さんがまさかああなるとは」

 

「ええそうね、私もああはなりたくないって思ったわ」

 

思い出すのは微笑んでいる鷹野と若干引きつった笑い方をする富竹。

関節でも決めるんじゃないかと思うほど強く富竹の腕に抱き着いていたわね。

 

「ま、まぁ富竹さんも幸せそうだしいいんじゃないか?」

 

「そうね、それにあれを見て少し見習わないとって思ったところよ」

 

私はそう言って私の一段下の階段にいる灯火と目線を合わせるために背伸びをし、彼の頬を両手で包む。

 

「・・・・梨花ちゃん?この体勢は一体」

 

「わからないの?ほら、早く目を閉じなさい」

 

「・・・・待って、展開が急すぎない?こういうのには正しい順序があってだな」

 

「妹ハーレムを作ってるあなたに正しい順序を言われたくないわ」

 

「・・・・」

 

よし黙ったわね、もう目をつぶらなくていいわ。

そのままじっとしてなさい。

 

「待った!あれか?梨花ちゃんを助けたお礼的なやつだな。だとしたら別のでいい、そもそもこういうのは将来梨花ちゃんに出来た好きな子ととだな」

 

「あら、それなら何も問題ないわね」

 

早口で私を止めようと言葉を並べる灯火に笑みを浮かべる。

ていうか気付きなさいよ。私だって普通ならお礼でこんなことはしないわよ。

 

「ねぇ灯火、私はあなたのことが好きよ」

 

私は彼を見つめながらずっと言えなかった言葉を口にする。

 

「あなたはその名前の通り、運命という真っ暗な海を彷徨っていた私を導いてくれた光だったわ。あなたは何回も私を救ってくれた。あなたがいなかったら私は暗い海の底に沈んでいたでしょうね」

 

いくら言っても言い足りないくらいの感謝をあなたに送る。

 

私はこんな幸せな結末を迎えることができるとは思わなかった。

 

「圭一でも赤坂でもない。私の好きな人は世界でただ一人、あなたよ」

 

ずっと恥ずかしくて言えなかった言葉。

 

魅音や詩音、礼奈はずっとあなたに言ってる言葉。

 

やっと私も言えた。

 

「返事はまだいいわ、あなたも大変だしね。でもずっと待つのも嫌」

 

だから、そうね。

 

ああ、これにしましょう。

 

私は耳に入ったあの声を聞いて期限を決める。

 

「いつの日か、あなたの心が決まった夏の日」

 

 

 

 

 

 

 

「ひぐらしのなく頃に」

 

 

 

 

 

 

 

あなたの答えを聞かせて。

 

そして出来たら、このお礼を今度はあなたから私に返してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで「レナの兄貴に転生しました」は完結になります。
今までお付き合いしていただきありがとうございました。
他の作品も読んでくれると嬉しいです。

前に活動報告で書いた通り、IFと業卒をやるかは未定ですが、やる場合は活動報告に書いて、ここでアンケートをしますのでよろしくお願いします。


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