龍と夜叉 (雪音)
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◆設定◆
【世界観設定】


当小説における世界観設定です!!ほぼ、銀魂の世界観設定ですが一部るろ剣設定も混ざっております!!新撰組についてはちょっと無理もありそうですが…まぁ、大目に見てやってください^^;


・天人が訪れる前の時代設定はるろ剣寄り。真選組は新撰組の後継で、近藤 勲(こんどう いさお)土方 十四郎(ひじかた とうしろう)沖田 総悟(おきた そうご)ら真選組のメンバーの殆どは、近藤 勇(こうどう いさみ)土方 歳三(ひじかた としぞう)沖田 総司(おきた そうじ)など新撰組の血縁者。天人襲来後に唯一生き残っている新撰組の元メンバーは斎藤 一のみだが、真選組には入隊することなく、幕府の官僚として務めている。しかし、新撰組にいた頃の信念である“悪・即・斬”は今でも健在。

・天人襲来で起きた攘夷戦争には、剣心・斎藤共に開戦とほぼ同時に参加している。

・斎藤・剣心が攘夷戦争離脱後暫くして、銀時達が攘夷戦争に参加する。

・基本、世界観は銀魂だが起きる事件や登場人物などは、一部るろ剣原作の内容も入る。

・るろ剣サイドの登場人物は殆ど無し。(ただし、敵など一部登場。設定はほぼるろ剣設定のまま)

・廃刀令のご時世だが、剣心の持つ刀が“逆刃刀”であろうことと、不殺(ころさず)の信念、なにより市民を護るために剣を振るっているという事から、特例で幕府より剣心への帯刀が認められている。

・真選組メンバーと万事屋メンバーの交友関係は原作よりもフレンドリー(笑)

・真選組メンバーの一部は、銀時が白夜叉だという事を知っている。

・銀魂の時間軸設定は特になし。(ただし、高杉が源外を利用して祭で起こした騒動は既に起きた後)

 

 

【人物設定】

ここではるろ剣サイドの登場人物で尚且つ話に深く関わる主人公サイドのキャラと剣心に深く関わるキャラのみを紹介します^^銀魂登場人物は、銀魂の設定通りなので省略します。ちなみに、本小説内で最強は…剣心&斎藤です(笑)僅差で2番目が銀時ですb

 

緋村 剣心(ひむら けんしん)

左頬に十字傷を持つ、赤い長髪の浪人。“飛天御剣流(ひてんみつるぎりゅう)”という流派の剣術を使う凄腕の剣士。とても温和な性格で、皆から好かれている。一人称は「拙者」、語尾に「ござる」を付ける。しかし、攘夷戦争が起こる前は長州藩維新志士の“人斬り抜刀斎”として恐れられ、冷徹・無慈悲、しかも強さは軍の一個大隊をも遥かに凌ぐとされていた。しかしあることをきっかけに、長州藩から脱藩し、攘夷戦争後は流浪人(るろうに)として放浪。“不殺(ころさず)”を己の絶対の信念とし、逆刃刀を携え江戸の市民のために護る剣を振るうようになる。

≪攘夷戦争前≫

長州藩に身を置いていた志士で“人斬り抜刀斎(または緋村 抜刀斎)”と恐れられていた。主だった仕事は暗殺で、彼に掛かれば誰も生き残れないとさえ言われるほどの腕前だった。当時の新撰組とも何度か対峙しており、決着はつかないまま攘夷戦争へと身を投じる。

≪攘夷戦争時代≫

攘夷戦争開戦と同時に長州藩維新志士として戦に参戦したが、その最中で起きた“ある出来事”をきっかけに、攘夷戦争から離脱。長州藩からも脱藩し、刀を捨て不殺(ころさず)を誓う。刀を持たずに戦場から去ろうとする剣心だったが刀匠・新井 赤空(あらい しゃっくう)に諭され、人を斬れない刀・逆刃刀を携える事となる。

≪攘夷戦争後≫

天人の圧倒的力により開国を迫られ、事実上幕府は負けを認めて攘夷戦争は終結。天人が江戸の町を我が物顔で歩くようになる。この頃、剣心は流浪人の剣士として苦しんでいる人々のために剣を振るうようになる。最初は廃刀令違反として真選組に捕まるが、これまでの剣心の行いやその思いに心打たれた近藤 勲は幕府に掛け合い、特例で剣心の帯刀を許可する。その後は時より真選組の仕事の依頼も受けつつ、宛てのない浪人として放浪していた。

 

相楽 左之助(さがら さのすけ)

元・赤報隊(せきほうたい)の生き残りで、背中に“悪一文字”を背負う喧嘩屋。斬馬刀(ざんばとう)という大きな武器を難なく扱っていた事から、“斬左(ざんざ)”という異名が付けられた。攘夷戦争での出来事から、天人を酷く憎んでいたが剣心との出会いでその心中が変わる。剣心との出会いを経て、喧嘩屋は辞めるがその腕っ節を生かして用心棒を務めるようになる。主に入ってくる仕事は、妙からのストーカー撃退の依頼で、ほぼ居候状態にもなっている。

≪攘夷戦争前~中≫

相楽 総三(さがら そうぞう)を筆頭とした赤報隊の一員として、総三を師と慕っていた。左之助が姓を“相楽”と名乗るほど尊敬していた。天人の襲来により、赤報隊も戦に参戦するが圧倒的な力を前に総三は死去。他の隊員達も死亡し、赤報隊は壊滅した。左之助は赤報隊唯一の生き残りとなる。事実上、攘夷戦争からは離脱する事となるがその後ずっと天人を憎み続けた。(左之助が攘夷戦争に参戦した時期は剣心と銀時の丁度中間ぐらい)

≪攘夷戦争後≫

天人が我が物顔で江戸の町を歩くようになり始めた頃、左之助は“斬馬刀”と呼ばれる大きな武器を片手に、幕府側についている天人に片っ端から喧嘩を売る“喧嘩屋・斬左”と呼ばれるようになっていた。そんな時、1人の男と出会う。それは、真選組の要請を受けて左之助を捕縛にきた剣心だった。幕府の回し者と剣心を毛嫌いしていたが、剣心に諭され己の過ちを知る。そして、剣心を唯一無二の友と慕い喧嘩屋をやめる。暫くは真選組の屯所に捕まっていたが、釈放された後はかぶき町の長屋に住み、そこで己の身体能力の高さを生かした用心棒の仕事を始める。仕事はほぼ妙のストーカー警護で、長屋に戻る事は殆ど無く半居候状態になっている。銀時とは妙を通じて知り合った。

 

斎藤 一(さいとう はじめ)

元新撰組の三番隊組長で、現在は警察庁副長官を務めている。現在は名を変え“藤田 五郎(ふじた ごろう)”として生きている。現真選組の直属の上司となるが、斎藤は現在の真選組を「仲良しごっこのお遊び隊」と称して認めていない。幕府側に身を置いてはいるが、一匹狼で上層部からは煙たがられている。新撰組時代からの信念“悪・即・斬”を貫き通す、冷徹非道で無愛想な男。まだ攘夷戦争が起こる前、長州藩に身を置いていた剣心とは敵対関係にあったがそれと同時に好敵手(ライバル)でもあった。

斎藤の流派は“溝口派一刀流”で、新撰組副長土方 歳三が考案した平刺突(ひらづき)を昇華させた牙突(がとつ)を絶対の必殺技としている。

≪新撰組時代≫

新撰組三番隊組長として江戸の町を守っているときに、長州藩に身を置く人斬り抜刀斎と対峙。互角の力で決着はつくことなく、そのまま攘夷戦争が開戦してしまう。

≪攘夷戦争中≫

新撰組の一員として攘夷戦争に参戦するも、天人達の力に圧倒され新撰組隊員の殆どが死亡。僅かに生き残った隊員、そして局長である近藤 勇と副長である土方 歳三は、幕府の命により処刑される。唯一の生き残りとなった斎藤は、元新撰組ではあるが抜刀斎と対等に渡り合えた唯一の存在として、幕府の警察庁副長官へと招かれる。自分の居場所を奪った幕府を恨んではいたが、“悪・即・斬”の信念の元、“腐った幕府を内側から殺していく”という思いを内に秘め、それを誰にも悟られる事なく幕府側の人間となる。

≪攘夷戦争後≫

元新撰組隊長だったこともあり現真選組の直属の上司となるが、自分が身を置いていた新撰組とは違うと一切認めていない。逆に真選組メンバーも斎藤のことは「狼野郎」と陰口を叩いて嫌っている。(ちなみに、真選組にいる斎藤 終との血縁関係は無い)

攘夷戦争で消息不明となった抜刀斎だったが、ある日真選組より妙な情報が上がってくる。それは、“赤髪で左頬に十字傷を持つとてつもなく強い侍”という情報だった。虎視眈々と幕府の崩壊を内側から狙っていた斎藤だったが、それ以外の目的…かつて果たす事が出来なかった“抜刀斎との決着”を強く思うようになる。

 

 

≪その他設定≫

【呼び名】

剣心が誰をどのように呼ぶか一応書いておこうと思います!!逆に、主だったキャラ達が剣心のことを何と呼ぶかも書いておこうと思います。あと、他のキャラ達も原作とは違う呼び方をさせるので、そのあたりもしっかり記載します。

 

<剣心→皆>

※基本は原作同様“殿”を語尾に付けるが、稀にさん付けで呼ぶこともある。それ以外で呼ぶ者達の呼び名を記載。

・銀時→銀時

・新八→新八

・神楽→神楽殿

・定春→定春

・左之助→左之

・斎藤→斎藤

 

<皆→剣心>

※基本は“緋村さん”ですが、それ以外で呼ぶ者達の呼び名を記載。

・銀時→剣心

・新八→剣さん

・神楽→剣ちゃん

・お妙→剣さん

・左之助→剣心

・斎藤→抜刀斎

・お登勢→剣さん

・キャサリン→剣サン

・真選組メンバー→緋村の旦那

・桂 小太郎→緋村殿

 

<その他>

※基本は原作通りですが、一部違う人だけ書きます。

・土方→銀時:仕事の時は“万事屋”、私用や仕事が休みのときは“銀時”

・沖田→銀時:基本は“(万事屋の)旦那”、たまに“銀時の旦那”

・銀時→土方:トシ、ふざけて多串君

・銀時→沖田:総悟

・真選組メンバー→左之助:斬左、ただし山崎だけ左之さん

 

 

【攘夷戦争とそれぞれのキャラ達の関わり】

ざっくりですが、剣心・左之助・斎藤(新撰組)・銀時達がどのような時系列で攘夷戦争に関わったか時間軸を決めようと思います。

 

≪攘夷戦争開始直後≫

・各藩・新撰組が攘夷戦争に参戦

≪攘夷戦争中盤≫

・剣心があることをきっかけに攘夷戦争から離脱。それと同時に、長州藩から脱藩

・新撰組壊滅。局長・副長と生き残った僅かな隊員達は天人に捕まり、その後処刑される

・赤報隊が攘夷戦争に参戦

≪攘夷戦争終盤≫

・赤報隊壊滅

・銀時達が攘夷戦争に参戦



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◆序章◆
【第零幕】魂の輝き


「御用改めである!!新撰組だ!!」

「くっ、まさかここが知れるとは…!!」

 

江戸のある料亭で密会をしていた長州藩志達だったが、突然やって来た新撰組によってそれは強制的に中断となる。聞こえる足音からしても、人数は多くは無い。

 

「先にお逃げ下さい。俺がここで食い止めます。」

「おぉっ、緋村!!頼んだぞ!!」

 

“緋村”と呼ばれた、赤い髪の小柄な男は小さく頷くと腰に下げている剣を抜く。隠し扉から逃げる仲間達を見送りながら、やってくるであろう新撰組の隊士達を待ち構えた。

 

「ここかっ!!…なっ…!!」

「残念だったな、新撰組…」

「ば、抜刀斎…!!」

 

鋭い眼差しで睨むと、新撰組の隊士達は僅かに怯む。それを、男は見逃さなかった。素早い動きに何が起きたのか分からない。気付いた時には、もうその者達の命は消えていた。

 

「ククッ…また会ったな、抜刀斎…」

 

隊士達が倒れ、少し遅れて1人の男がやってくる。新撰組三番隊組長の男だ。

 

「そろそろ決着をつけるのもいいかもな」

「言ってろ、幕府の犬が」

 

互いに剣を構える。

 

 

――キィィィン…!!

 

 

剣と剣のぶつかる音が辺りに木霊した。

 

 

 

そんな日々が続いたある日、それは突然起こった。異星人が、この地球に…江戸に降り立ったのだ。条件は、幕府にとってはあまりにも理不尽すぎる要求と共に、鎖国真っ只中のこの国を開国せよとのもの。当然、それを幕府は断り…大きな戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

後に語られる、攘夷戦争の幕開けとなる。

 

 

 

侵略を目論む天人(あまんと)達と、自分の国を護らんとする者達の壮絶な戦いの幕開けだった。

 

 

 

「天人だろうが何だろうが、この国に侵略するものは…消す。」

 

 

 

(あく)(そく)(ざん)。この信念の元…貴様ら化け物共を葬ってやろう。壬生狼(みぶろ)と呼ばれる我ら新撰組を舐めるな…」

 

 

 

「俺は相楽隊長と共に戦います!!この国を護るために!!絶対に天人なんかに負けない…!!」

 

 

 

「ヅラァ、晋助……。師匠(せんせい)の仇討ちといこうや…。天人なんかに、この国を明け渡してたまるかってんだ…!!」

 

 

 

国を巻き込み、人々を巻き込み…

 

そして、20年という長きに渡って続いた戦いは終結した。たった一発の砲弾によって。

 

 

 

圧倒的な天人の力に恐れた幕府は、理不尽な要求を呑み開国を承諾したのだ。

 

 

 

幕府の中枢にまで侵略してきた天人により“廃刀令”が布かれ、侍は己の魂にも等しい刀を手放さざるをえなかった。

 

 

 

こうして…日本から、侍は消えた…。

 

 

 

しかし、侍は消えても“侍の魂”が完全に消える事はなかった。

 

 

 

いや、消せなかった。

 

 

 

その強い輝きは…

 

 

 

「…これからは、人々を護るためにこの剣を振るおう。この刀は…今の俺に相応しいのかもしれない…」

 

 

 

「腐った幕府に用は無い。新撰組の恐ろしさ…身をもって知るがいい。死した局長、副長、そして同志達の仇…しっかりと取らせてもらう…」

 

 

 

「許さねぇ…!!赤報隊を…相楽隊長を…!!俺からすべてを奪った天人共を、絶対に許さねぇ…!!」

 

 

 

「護れるもんは少ねぇかもしれねぇがよ…俺は、俺のやり方で護ろうと思う…。この…木刀が届く範囲は…俺の国だ…。もう絶対に、何も失わねぇし、奪わせねぇよ…」

 

 

 

様々な形となって、輝き続けた。

 




(にじファン初掲載 2011年6月12日)


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◆出会い◆
【第一幕】その男、流浪人


攘夷戦争終戦から、随分と時が経った。と同時に、江戸の町は変わり果ててしまった。江戸の町を我が物顔で歩く天人達。行き場を失った侍達が惨めに暮らす姿。“侍の町”と呼ばれた江戸は、消えうせ天人により開国された日本はもはや、異星人の言いなりとなる国と化していた。

 

そんな…廃刀令のご時世に、刀を携えた男が1人。赤く長い髪に、左の頬に十字傷。しかし行き交う人々はそんな彼の風貌など気にした様子も無く、当たり前のようにやり過ごす。このかぶき町に住む誰もが彼のことを知っているからだ。緋村 剣心(ひむら けんしん)…。この廃刀令のご時世に、唯一幕府の人間以外で帯刀を許された人物だ。

 

「今日も良い天気でござるなぁ…」

 

眩しそうに上を見上げ、フワリと笑う。何処に行くわけでもない…宛てのない旅。といっても、ここ数ヶ月はずっと江戸に滞在している。それは…

 

「おや、緋村の旦那じゃねェですか」

「おろ、沖田殿。仕事中でござるか?」

「そうでさァ。丁度良かったですぜィ、局長が旦那に話があるって言ってやした」

「近藤殿が…?」

 

この江戸を守る武装警察・真選組(しんせんぐみ)から度々仕事の依頼を受けるようになったからだ。特に剣心はこれといった職についているわけではない。流浪人(るろうに)ゆえ、手に職を持つことは不要だと考えていたのだ。しかし、あることをきっかけにこの江戸に留まる理由が出来てしまったのだ。それが、“真選組からの仕事の依頼”だった。

 

 

 

話は数ヶ月前…江戸に来てすぐの頃まで遡る。剣心は天人に襲われている親子を助けた。その時に、腰の刀を使って天人を撃退したのだ。助けた親子や周りに居た者達からは感謝されたが、一部始終を目撃した真選組は廃刀令違反として剣心を逮捕した。今やこの国には、色んな名前を名乗った攘夷志士がいる。帯刀しているものがいるとすれば、どこかのチンピラか、幕府の人間か、攘夷志士しかいないのだ。己に否があるものならば逃げるところを、剣心は抵抗することなく大人しく捕まった。

 

『で?おたくはどこの攘夷派だ?』

『いや、拙者はただの流浪人でござる』

『流浪人だぁ?流浪人だからつって帯刀が許されると思うなよ、コラァ!!』

 

当時、剣心を捕まえ聴取を取ったのは…攘夷志士の可能性も高いということもあり、真選組局長である近藤 勲(こんどう いさお)と副長である土方 十四郎(ひじかた とうしろう)が直接剣心の取調べを行った。困ったように微苦笑を浮かべる剣心に何か感じた近藤は、ヒートアップする土方を宥めて改めて剣心に問う。

 

『攘夷志士かそうでないか…それは一度置くとして…何故、帯刀しているかその理由を聞かせてくれないか?廃刀令を知らないということは無いだろう?』

『もちろん、廃刀令は承知でござる』

 

そういうと、剣心は取調室の机に置かれた自分の刀を手にした。咄嗟に構える土方だったが、それを近藤が抑える。しかし、何が起きてもいいように…瞳は決して剣心の一挙一動を見逃さないよう、鋭く見据えていた。もちろん、剣心もそれには気付いていたが…構うことなく、スッと自分の刀を抜く。

 

『…これで人は斬れぬでござるよ』

 

そう言われ、近藤と土方はその刀を食い入るように見つめる。

 

『刃と峰が…』

『逆…?』

 

いろんな業物を見てきた2人だったが、それは初めて目の当たりにする…何とも変わった刀だった。本来であれば刃の部分に峰が、そして峰である部分に刃が…。これでは確かに、刀を抜いてひっくり返さない限り人を斬る事は出来ないだろう。普通の侍ならば決して持たない代物だ。

 

『何だってこんな(なまく)らを…』

 

土方が訝しげに聞けば、剣心は剣を鞘に収めながら静かに目を閉じる。そして…口を開いた。

 

『拙者に、人を殺す刀は不要だからでござるよ』

『…じゃあ、何の為に刀を持ってるんだ?』

 

問われ、剣心は静かに目を開き2人をみて微笑む。その笑みは…どこか悲しいもの…。

 

『一度は刀を捨てようと思った…。拙者には刀を持つ資格がないと思った。しかし…苦しんでいる人々を目の当たりにし、それを放っておくことなど…拙者には出来ぬ。』

 

2人は剣心から目を離さなかった。いや…離せなかった。目の前に居る男の瞳が、ただ純粋に“人々を護りたい”と…そう物語っていたからだ。人の瞳は口よりも正直だ。嘘偽りであれば、動揺が瞳に現れすぐにバレる。しかし、この男はどうだ?ただ真っ直ぐと、2人を見ている。その瞳はとても強く、揺るがない。

 

『……アンタは、一体…』

 

何者なんだと、そう聞こうとしたときだった。

 

『近藤さん、土方さん…ちょっといいですかィ?』

 

外から別の声が聞こえる。同じく、真選組の隊員である一番隊隊長の沖田 総悟(おきた そうご)の声だ。張り詰めていた緊張が一気に解け、ハァと土方が小さく溜息を漏らす。

 

『今、取調べ中だ。話なら後に…』

『アンタの意見は求めちゃいやせんぜ、土方コノヤロー』

『テメッ……!!』

『どうした、総悟?』

『いえね、そのお侍さんを釈放して欲しいって輩がわんさか来てるんでさァ』

 

総悟の言葉に、近藤と土方は顔を見合わせる。…この男の仲間、なのだろうか…?

 

(…やはり、攘夷志士なのか…?)

(チッ、一瞬騙されかけた。とんだ狐だぜ…)

 

沖田の話からして、恐らく剣心を取り戻しにきた攘夷志士なのだろう。万が一、屯所が襲われでもしたらそれこそ一大事だ。

 

『どんな奴らだ?』

『それが妙でしてね…みんな一般市民なんでさァ。そして同じ事をいうんでィ。「なんであのお侍さんを捕まえたんだ」ってね…』

 

沖田の言葉に、2人は驚いた。普段、一般市民はあまり真選組の屯所には近づかない。口々に文句は言っているが、何だかんだで彼らを恐れているからだ。しかし、その一般市民が…たった1人の侍のためにこの屯所に押しかけているという。

 

『みんな口々に言ってやすぜ?そのお侍のおかげで命拾いしたって…』

 

天人が日本にやって来て20年が過ぎた。江戸の町は物騒になり、かぶき町など不逞の輩で溢れかえっている。

 

『どうしやすかィ?このままじゃ、(やっこ)さん達…形振り構わず屯所内に押しかけて来やすぜィ?』

 

しかし、そんな中で…幕府を無き者にする為の攘夷志士になるわけでもなく、ただ好き放題に暴れているわけでもなく…。何の得にもならない、“人助け”を…この男は行っているのだ。それは、今の状況が物語っていた。

 

『……侍は瞳で物を語る…』

『近藤さん?』

 

改めて、近藤が剣心に視線を向ければ…どこか心配そうに窓の外を眺めていた。恐らくは屯所に来たという市民達を案じているのだろう。

 

『何故…?』

 

困惑気味に呟く剣心の肩に、近藤はポンと手を乗せた。

 

『何故?そんなの決まってる。…アンタの優しさに触れたからさ。』

『…近藤殿…?』

『総悟、確かに…一般市民なんだな?』

『へィ、間違いありやせん』

 

暫く思案し、今度は土方に向き直る。

 

『トシ、今回この男が倒した天人に…死者は?』

『いや、ゼロだ。まぁ、重症の奴らはいたがな。あれくらいの報いは受けて当然だろう。』

 

フーッと煙草の紫煙を吐き出しながら、土方は剣心を見つめる。

 

『しかし、わからねぇ…。人助けなんかしても、アンタに得はねぇだろ。その様子じゃ、助けて金を貰ってるわけでも無さそうだ。何の為に、人助けなんざやってんだ?』

 

同じように土方に視線をやっていた剣心は一瞬、土方の言葉にキョトンとしたが…やがて、フワリと笑って言った。

 

『人が人を殺す理由などいくらでもあろう。しかし、人が人を助けるのに、理由などござらんよ。』

 

その瞳には一切の曇りが無く、ただ純粋に…人々を助けたいと…そう、思っている瞳だった。

 

『…フッ、またアンタのような侍がこの江戸にも残ってたんだな…』

 

土方は煙草を揉み消しながら、小さく笑う。近藤は窓の外を見つめていたが…やがて、剣心を見て笑みを零す。

 

『釈放だ。人助けをしている人を捕まえたとあっちゃ、真選組の名が廃るってもんだ。』

 

こうして、剣心はお咎めなく釈放となった。近藤・土方・沖田に案内され、屯所の門へ向かって歩いていると、沖田が振り向き剣心に話しかける。

 

『旦那、これからもその刀を振るっていくんですかィ?』

 

その問いに…

 

『そうでござるな。それが…唯一、今の拙者に出来る事でござるよ。』

 

剣心は迷うことなく笑いながら答える。

 

『へぇ…土方さんたァ大違いでィ。何なら旦那、真選組の副長になりやせんかィ?土方さんは俺がしっかりと片しておきやすんで…』

『総悟、テメッ…そんなにぶっ殺されてぇか!!』

『やだなぁ、土方さん…そんなに怒鳴ってると血圧が上がりやすぜ?そのまま死ね、土方コノヤロー』

『誰のせいだ、誰のッ!!テメェこそ死ね、沖田コノヤローッ!!』

 

沖田と土方のやり取りを微笑ましく見つめていた剣心だったが、今度は別の視線を感じてそちらに向き直る。

 

『…もしよければ…』

『近藤殿、すまぬでござるが…拙者は流浪人。真選組に入隊するつもりも、どこかの攘夷志士になるつもりもござらんよ。』

 

近藤は何も言わなかったが、言わんとしていることを察した剣心はそれをやんわりと断る。一瞬、驚いた表情を見せた近藤だったが…やがてフッと笑みを零す。

 

『やれやれ、アンタには敵わないな…。ただ、廃刀令のご時世に…いくら斬れない刀とは言っても、刀であることに変わりは無い。それを見過ごすことも出来ない…』

 

だからといって、剣心が刀を振るうたびに捕まえて聴取して釈放して…なんて、面倒な事を繰り返しても何もならない。さて、どうしたものかと考え込む近藤に土方が何気なく呟いた。

 

『松平のとっつぁんに頼んでみるってのはどうだ、近藤さん…』

『はぁ!?とっつぁんに!?いや、けどまず副長官殿を通さなければ…』

『別にアイツの顔色を伺う必要はねぇだろ。それに俺ぁ奴を上司だとは認めちゃいねぇ』

『…トシ…』

 

やれやれと頭を抱える近藤。2人のやり取りを見ていた剣心は首を傾げる。

 

『まっ、うちも色々あるんでさァ…』

 

そんな剣心を見て、沖田は苦笑気味にそう言った。成る程、天人が来てから幕府の中枢にも天人が侵食している。副長官とやらが誰なのかは分からないが、恐らくはあまりいい人柄ではないのだろう。それが、土方の言動ですぐに分かった。

 

『けどトシの言う通り……それも有り、か…』

 

警察庁長官である松平 片栗虎(まつだいら かたくりこ)。中々の頑固者ではあるが、自分達を拾ってくれた人であり、そして刀を再び与えてくれた人。義理や人情にはとても厚い人だ。

 

『……緋村殿、まだ時間はおありか?』

『おろ…?拙者は大丈夫でござるが…』

 

首を傾げる剣心に、ニカッと近藤は笑う。

 

『人助けをしている人をしょっ引いた償い…になるかどうかはわからねぇが…アンタの力になりたい。何より、アンタの考えが俺は気に入った!!なぁ、トシ!!』

『…居場所は違えど、何かを護りたいって思いは同じってわけだな。確かに…アンタが気に入りそうな奴だな、近藤さん』

『なぁに言ってるんだトシ!!お前もだろう?』

『フッ、違いねぇ…』

 

こうして、剣心は…今度は罪人としてではなく客人として屯所の客間へ通された。押しかけてきた一般市民達には一通りの説明をし、何とか大事になることなく収拾した。今日は松平がこの屯所へやってくる事になっている。直接会い、松平に剣心の言葉を聞いてもらえば…恐らく納得するだろう。それが、近藤達の出した結論だったのだ。松平を待っている間は、どうやら沖田が剣心に興味を示したらしく、ずっと客間で剣心の話し相手となっていた。

 

そして…

 

『とっつぁん…いや、松平殿が見えた。緋村殿…』

 

近藤に言われ、剣心は頷くと崩していた足を直し正座する。沖田も同様に姿勢を正して、松平が部屋に来るのを待った。そして…その時が訪れる。

 

『ったくよぉ…。テメェら、何を考えてやがるんだ…?廃刀令違反の奴を見逃せたぁ、どういう…』

『まぁまぁ、とっつぁん!!とりあえず、旦那の話を聞いてくれ!!』

 

聞こえてきた声に…剣心はハッとなる。それに気付いた沖田は、苦笑しながら説明した。

 

『安心して下せェ。警察庁長官・松平 片栗虎のとっつぁんでさァ…。ヤクザじゃありませんぜィ?』

 

しかし声と口調からとてもそうは思えないだろうと内心、思う沖田である。姿を見ればもっとそうは思えないだろう。しかし…剣心は沖田と全く別のことを考えていた。

 

(この声…そして、松平 片栗虎…まさか…?)

 

そして、剣心達のいる客間へ…近藤、土方と共に松平がやって来た。姿を見せた松平に剣心は目を見開く。と同時に、松平もまた剣心の姿を見て驚いた表情を見せた。

 

『緋村…オメェ…生きていたのか…!?』

 

その場に居た誰もが驚愕した。あの松平が驚いている姿を初めて見たのだ。いや、それ以前に松平は今…何と言っただろうか…?3人が揃って剣心に視線を向けるが、それに気付いていないのだろう。剣心もまた驚いたように松平を見上げている。しかし、それは懐かしむ笑みへと変わった。

 

『お久しぶりです、松平殿。警察庁長官になられたのですね…。』

『あぁ、当時長州藩志だった俺が…今となっちゃあ幕府の官僚ってわけよ。笑っちまうだろ…』

『…しかし、誰も貴方を責めてたりはしないでしょう。貴方は今、貴方のやるべきことをしている…違いますか?』

『…やぁれやれ…緋村にゃ敵わねぇなァ…』

 

2人のやり取りから、この2人が知り合いである事は分かった。しかし…一体どういう関係だったのだろうか?少なくとも、この様子からして敵対していた…とは考えられない。いや、それ以前に…今、松平は何と言っただろうか?

 

『と、とっつぁん?今…てか、長州藩志!?ええええッッ!!??』

『うるせぇぞ、近藤。まぁ、お前らも座れや。こりゃ、大事な話だからなァ…』

 

スッと松平が剣心に視線を向ける。その風貌は…20年前のそれからは想像もつかないほど変わっていた。

 

『…緋村、攘夷戦争の途中で忽然と姿を消したと聞いていた。てっきり俺ァ死んだもんだとばかり思っていたが…』

『…逃げ出しました。全てから…。刀を捨てて…。』

『江戸で最強と謳われた“人斬り抜刀斎”が…一体何から逃げ出したってぇんだ?』

 

“人斬り抜刀斎”。その言葉に…近藤・土方・沖田の表情が変わる。真っ先に反応したのは土方だった。

 

『ま、待てとっつぁん!!人斬り抜刀斎つったら…あの…!?』

 

まだ…天人が来るより以前の話。色々な思想を抱き、今の攘夷のように色んな藩が存在していた頃…。最強と呼ばれた1人の男が居た事を、彼らは知っている。その男の名は“人斬り抜刀斎”。血も涙も無い…鬼のような存在。剣を交えて生きて帰れたものは居ないとさえ言われた、江戸の歴史で最も恐れられた存在だ。今の江戸では都市伝説のような扱いだが、今目の前にいる…見るからに優しそうなこの男が、あの殺人鬼と恐れられた人斬り抜刀斎だというのだろうか?

 

『おうよ…。当時の新撰組が束になっても敵わなかった男…それが伝説の人斬り抜刀斎だ…。なぁ、緋村?』

 

松平に言われ、剣心は苦笑を浮かべる。

 

『松平殿…もう、その名は捨てました。攘夷戦争から逃げ出したその日に、刀と共に“緋村 抜刀斎(ひむら ばっとうさい)”は死んだのです…』

『それが解せねぇつってんだ。緋村、オメェほどの奴が何故突然抜けやがった…?』

 

何故抜けた?そう問われ…剣心は静かに目を閉じる。脳裏に過ぎるのは、自分の殺した天人達と、死んでいった仲間達、そこで出会ったある人物。そして…

 

 

――これでいいんです…。だから、泣かないでください…

 

 

目の前で散った、大切な人の最期。

 

『…護れなかったから…』

『あぁ?』

『最も大切な者を…護れなかったからですよ。そして奪う事しか出来ない自分に失望したからです…』

 

攘夷戦争で仲間と戦い、しかし次第にその仲間も消えていき…最後には自分の大切な者までもが消えていった。

 

『だから、全てを捨て…脱藩しました。本当は、刀も捨てたつもりだったのですが…』

 

そこで剣心は、横に置いていた刀を強く握り締める。脱藩し、戦地から逃げるように離れ、刀も持たぬままに去っていく剣心に、1人の男がこの刀を投げて寄越したのだ。

 

 

――抜刀斎。刀を捨てるなんて、あまりにも虫がよすぎるぜ。お前の人斬りという罪を忘れない為に、そして苦しんでる人達を救うために一生剣とともに生きろ。

 

 

『拙者は赤空殿から…この一振りを渡された…』

 

前に掲げ、そしてそれを抜く。それを松平はただ、何も言わずに見ていた。

 

『…人斬りという罪を忘れない為、そして苦しんでいる人々を救う為に一生剣と共に生きろと…』

 

きらめく刀は普通のそれとは違う。クッと松平の口角が上がった。

 

『名匠・新井 赤空(あらい しゃっくう)の最後の一振り…“逆刃刀(さかばとう)”か…。まぁさか、アイツがそれをオメェに託していたとぁ…驚きもんだ…』

 

名匠と呼ばれた刀鍛治も今ではお払い箱となり…その後の赤空の行方は誰にも分かっていない。しかしながら、そこには…確かに赤空が生きた証が存在するのだ。

 

『どうせ護るってんなら…オメェも真選組に入ったらどうだ、あぁ?廃刀令を気にすることなく刀が持てるぜ?』

 

松平は剣心を見据えて言う。しかし、返ってくる答えは分かっていた。

 

『拙者は…もう、どこにも属さぬつもりです。』

 

その瞳は強く、しかし…

 

『拙者の無力で、仲間が消え逝くのは…もう見たくありませんから…』

 

どこか弱くも感じた。しかし、目を閉じ深呼吸をして見開いた時の剣心の瞳は、真っ直ぐと松平を見据えている。

 

『しかし、こんな…“元”人斬りでも護ることが出来るならば…拙者はこの刀を護るために…』

 

その瞳は、かつての奇兵隊隊士を募っていた時に、長州藩士だった桂 小五郎(かつら こごろう)と相対したときと同じ輝き。ただ違っている事があるとすれば…それが、殺めるためではなく護るために強く輝いているという事だ。

 

『ったくよぉ…オメェは昔っから変わらねぇなぁ…。桂や高杉が気に入るわけだぜ…』

『桂さん、それから高杉さんには感謝していますよ。まだ未熟だった拙者を長州藩に迎えてくれたのですから。もちろん…松平殿にも…』

『バカヤロー、当たり前だ』

 

あの時と変わらないその性格と口調に剣心は思わず笑みを零す。と同時に、懐かしい名前に…剣心は遠くを見つめた。

 

『高杉さんは…病で亡くなったと風の噂で聞きました。桂さんは…攘夷戦争で捕まって処刑されたとか…』

『あぁ、もうあの頃の…動乱の江戸を駆け抜けた志士はほんの一握りしか生きちゃいねぇ…。あの頃の新撰組の連中も然り、だ…』

 

だが…と、松平は続ける。

 

『血は争えねぇって言うが、全くだと思ったよ、俺ァ…。ここにいる3人、あの頃の新撰組にいた近藤・土方・沖田の血縁だぜ?』

『……!!』

『更に、今攘夷志士で動き回ってる桂と高杉もまた…俺達のよぉーく知る2人の血縁だ。』

『……この世の中を変えたいと思う気持ちは、受け継がれているという事ですね…』

『さぁ、どうだろうなァ…』

 

松平はスッと立ち上がり部屋を後にしようとする。2人の話をただ黙って聞いていることしか出来なかった近藤は本来の目的を思い出して慌てて松平を引き止める。

 

『と、とっつぁん!!その、緋村殿の刀の件は…!!』

『近藤…そいつに刀を与えちゃ危険だぜ?何せ“人斬り抜刀斎”だ…』

 

松平の言葉に、近藤は押し黙ってしまう。確かに…言う事は最もだ。しかし、この男から感じるのは殺戮を楽しむ残虐さではない。人々を救いたいという強い信念だ。

 

『とっつぁん…』

『何だ、土方…』

 

フーッと紫煙を吐きながら…口角を吊り上げる。

 

『“人斬り抜刀斎”は…“死んだ”んだろ?今、ここに居るのは“緋村 剣心”っつーただの流浪人だ』

『そうですぜィ。土方さんよりも真面目な考えを持ってらっしゃる方でさァ』

『テメェは一言多いんだよ、総悟!!』

『事実なんですけどねィ…』

 

土方と沖田の言葉を受け、松平は喉を鳴らして笑う。

 

『と、とっつぁん?』

『おう、緋村ァ!!』

『はい…?』

『オメェ、とんでもねぇ奴らに見込まれちまったもんだなぁ。皮肉なもんよ。かつての敵と同じ名前の部隊に所属する者達に好かれちまうたぁ…』

 

その言葉を受け、剣心も小さく笑う。そして…

 

『全く、人生とは何が起こるか分からないものです。』

『だぁから面白いんだろ…。まぁ、しょうがねぇ。他の誰でもねぇ、緋村ってんなら大丈夫だろう…。帯刀許可を下ろしてやらァ…』

『とっつぁん!!』

『ただし』

 

カチャリと音を立て…冷たい銃口が剣心に向けられる。その場に居る誰もが息を呑んだが、剣心だけがそれを真っ直ぐと冷静に見つめていた。

 

『事を起こしたあかつきにゃ…どーなるか、分かってんだろうな、緋村ァ…?』

 

事を起こした時、つまり…剣心がその刀を使って攘夷志士に転じた場合…。剣心は静かに瞳を閉じてコクリと頷く。

 

『その時は、その銃で拙者を止めてください。もう二度と…同じ過ちを繰り返さぬように』

 

しかし…

 

『とっつぁん、そん時は俺が責任を持って止めるから心配すんな』

『まぁ、俺達が敵えばの話だけどな…』

『俺のバズーカで止めてみせますぜィ』

 

誰もが信じていた。この男が再びその手を赤く染める事は無いという事を。だからこそ…

 

『はっ、テメェらみたいなヒヨッコに緋村が止められるかってんだ…』

 

松平は普段は見せない、屈託のない笑みを零していたのだろう。

 

 

 

「旦那、どうしたんで?考え事ですかィ?」

 

沖田に呼ばれハッとする。パトカーの窓から外を眺めながら数ヶ月前…初めて彼らと出会ったときのことを思い返していたら、完全に自分の世界に浸っていたのだ。

 

「お主達と初めて出会った時のことを思い出していたでござるよ」

「あ~、あの時のことですかィ。まさか、とっつぁんと旦那が知り合いたァ驚きやした…」

 

沖田の言う通り、あの後松平が姿を消してから…近藤・土方・沖田から質問攻めにされたのだ。長州藩に居た時の事、そして攘夷戦争でのこと…。

 

「拙者も驚いたでござるよ。まさか、松平殿が…」

 

長州藩にいるときから、松平は己の信念をとても強く持っている人物だった。攘夷戦争の時も、決してそれを覆さなかった。自分が脱藩するその時まで、江戸のために戦い続けていた。

 

「とっつぁんは護りてぇもんがあるって言ってやした。それが何なのかは俺達にゃ分かりやせん。けど護りたいもんの為なら何だって出来るんじゃないですかィ?」

 

松平が護りたいもの。長州藩にいた時からずっと口にしていた言葉。それは…

 

 

――おい、緋村…ガキのオメェにはまだわからねぇかもしれねぇがよ…。どんな手を使ってでも護りてぇもんってのがオジサンにゃあんのよ。それはなぁ……惚れた女の住む、この国だ…。

 

 

この国を護るということ。あの時と形は違えど…松平は国を護っている。彼のプライドの高さから考えれば、幕府側に就く事は本当に苦渋の決断だったに違いない。それでも護りたいもののためならば…沖田の言う通り、何でも出来るに違いない。

 

「松平殿は強い方だったからな。信念も、護りたいという思いも…」

「ついでに、眼力と思い込みも強いですぜィ?ありゃ手に負えなくて困りまさァ」

「ははっ、そうでござるな…」

 

この国は大きく変わってしまった。しかし、変わらない信念だって存在する。

 

幕府に身を置く者、攘夷志士達、そして真選組…。

 

それぞれが思うことは…

 

「今も昔も、この国を変えんとする思いは同じということでござるか…」

 

形は違えど、同じなのだ。

 

『総悟ォォォ!!テメェ、何処で油売ってやがるんだァァァ!!』

 

その時、無線から土方の怒声が響く。それに「うるせぇなぁ」と小さく漏らしながら渋々無線に答える。

 

「緋村の旦那を迎えに行ったんでさァ。無事、確保しやしたぜィ?」

「確保って…まるで逮捕されたような言われようでござるな…」

 

沖田の言葉に思わず苦笑するが、相変わらず無線の向こうからは土方の怒声が飛ぶ。

 

『馬鹿野郎!!そりゃ、山崎がやるつってただろうがァァァ!!!』

「あり、そうでしたっけ?」

『テメェ…また仕事をサボりやがったな…!!』

「あー、土方さん無線が壊れたみたいでさァ。切りやすぜ…」

『待て、嘘付け総悟!!話はまだ…!!』

「うるせぇ、土方コノヤロー」

『そう――…!!』

 

一方的に無線を切るとやれやれと沖田は溜息を吐く。ただその攻防を傍聴していた剣心は呆然としていた。いつものことではあるが、こうも自分の上司を弄り倒すとは…いやはや、自分の知るかつての新撰組とは本当に違う。こんなことを鬼の副長と呼ばれた土方に言えば、間違いなく切腹ものだろう。

 

「ははっ…相変わらずでござるなぁ…」

「こんなの日常茶飯事でさァ」

「お主が仕事をサボるのも、でござるか?」

「アイタタ…やっぱ旦那には敵わねェや…」

 

屈託なく笑う沖田に、同じように剣心も笑う。

 

「それにしても、今回はどのような用件でござろうか…」

 

車に揺られながら、ふと…剣心は思う。一体、近藤は自分に何を頼もうとしているのだろうか?

 

「生憎、俺も聞いてねぇんでさァ。それは直接、近藤さんに聞いてくだせェ」

「承知…。面倒ごとでなければよいが…」

「まぁ、真選組が表立って動けねぇ内容でしょう…」

 

真選組が剣心を頼る時は、真選組が表立って動けない時。つまりは、幕府絡みの厄介ごとの時だ。

 

「頼りにしてやすぜ、旦那」

 

ニコッと笑う沖田に、剣心はやれやれと零しながらも…同じように笑った。

 

 

 

一方、真選組屯所には別の客人が訪れていた。

 

「いやぁ、すまんな万事屋」

「なぁに、いいってことよ。こちとら、これで飯にありつけるんだからなぁ…!!」

 

銀髪の天然パーマに、腰に木刀を差した男。目は…死んだ魚のような瞳をしているが、彼…坂田 銀時(さかた ぎんとき)もまた、侍の魂を内に秘めたまま生き続ける男である。万事屋を営む銀時は、近藤に頼まれある仕事を任されていた。それを終えて、丁度一息ついていたところだったのだ。

 

「ところで、おたくのマヨラーとドS王子はどしたの?ものっそい静かじゃね?」

 

キョロキョロとあたりを見回すが、マヨラーこと土方と、ドS王子こと沖田の姿が見当たらない。問われた近藤は何を言っているんだといわんばかりに溜息混じりに言う。

 

「仕事に決まってるだろ。今は、巡回中のはずだ…」

「はずって……まぁ、トシはともかく総悟はサボる確率、山の如しか…」

「言ってくれるな、ったく…」

 

やれやれと頭を掻きながら、近藤はあたりを見渡す。

 

「そういうお前こそ連れはどうした?一緒じゃねぇのか?」

 

近藤の言う連れとは、銀時の万事屋に務めている志村 新八(しむら しんぱち)夜兎族(やとぞく)の神楽《かぐら》の事だ。聞かれて、「あぁ…」と零す。

 

「アイツらなら、ババァのスナックの掃除を手伝ってるぜ?万事屋の仕事は真選組からのお仕事だけじゃないんでね」

「そーかい。俺はまたてっきり、家賃払えねぇからタダ働きをさせられてるのかと…」

「ギクッ…!!」

「ん?今、ギクッとか言わなかった?」

「いいいい、いやいやいや!!何を言ってるのおたく!?違うよ~!!ぜーんぜん余裕で払えてますよ~!!3ヶ月も滞納なんてしてませんよ~!!」

「……そりゃ、お登勢(とせ)さんも困ってるだろうなぁ…」

「あ、言っちった…」

 

銀時達の言うお登勢とは、万事屋の下でスナックを営んでいる者。お登勢から部屋を借りて銀時達は万事屋を営んでいるのだが……実質、万事屋の仕事で得られる金は少ない。それこそ、真選組からの仕事など…大きな仕事が入らない限り大金は入らないのだ。

 

「万事屋もそろそろ真面目に職業考え直したらどうだ?」

「いやいや、万事屋だからこそ銀さん生き生き働けるんだからね!!他の仕事とか考えられないからね!!」

「どう見てもプーだろ…」

「プーとか言うなァァァ!!この、ストーカーゴリラ!!」

「なにおぅ!!」

 

ギャンギャンと騒ぎながら話していると、土方が巡回から戻ってきた。

 

「うるせぇ…。何してんだ、アンタら?」

「おぉ、トシ!!戻ったか!!」

 

やれやれと肩をもみながら歩いてくる土方に、銀時は「おつかれー」と笑いながら手を振る。それに「おう」と短く返事をして、近藤の隣に腰を下ろした。

 

「ったく、総悟の奴またサボってやがったぞ…」

「おたくらも大変ね~。サボった総悟君の給料から、俺の払ってる税金返しやがれコノヤロー」

「おう、総悟の給料からだったらいくらでも引いていいぜ?」

「そしていい加減にストーカーの方も退治してくれると嬉しいんですけどねぇ、副長さんよぉ…」

 

ストーカーと言われ、ハァと土方は溜息を吐く。誰と言わずとも分かるからだ。しかし、この場に居て分かっていない人物が…ただ1人だけいる。

 

「何ッ!?ストーカーだと!?善良な市民にそのようなことをする不届き者は誰だ!!」

 

許せん!!と拳を握って立ち上がる近藤を見つめ、そして銀時と土方は互いに視線を交わす。2人同時に深々と溜息を吐いたあと…

 

「「アンタだよッ!!!」」

 

グーで容赦なくその鳩尾にパンチを入れた。もちろん、2人同時にだ。

 

「自覚がねぇってのは恐ろしいねぇ…。何とかしてよ、多串君」

「…こりゃもう、立派に切腹もんだと俺ぁ思うんだが…。局中法度に書き足すか…」

「お妙の奴、本格的にボディガードを雇いやがったぜ?」

「マジでか!?」

 

近藤のストーカー相手とは、銀時の元に務めている新八の姉・志村 妙(しむら たえ)で、まぁストーカーと言ってもただ近藤が想いを寄せているだけなのだが、その行為はいつしかエスカレートし…現在に至っている。その度に、妙が返り討ちにしているのだが…どうやら、近藤の辞書に“懲りる”という言葉は無いらしい。

 

「近藤さん…アンタ、いい加減にしてくれよ、マジで…」

 

ノックアウトしている近藤を見下ろしながら、頭を抱えて大きな溜息を吐く。言い方を変えれば一途なのだが…それも見方を変えればストーカーだ。最も、実は銀時も土方も…妙が近藤に無意識ながら想いを寄せている事に気付いてはいるのだが…色々怖くて、近藤には言い出せないのだ。

 

(言ったら近藤さんのストーカーがエスカレートするだろうしな…)

(言ったら間違いなく、銀さん半殺しにされるからね、お妙に…)

 

あくまで妙は無意識・無自覚。しかし、たまに…本当にたま~に…近藤のことを視線で追っていることがあるのだ。それに最初に気付いたのは神楽だった。

 

(餓鬼とはいっても、女だな…。さすがは神楽だぜ…)

 

ストーカー行為さえやめれば、もしかしたら上手くいくかも知れないのに。そんなことを思いながら、未だに失神している近藤を見つめる2人なのであった。

 

「…何だ、もうこんな時間か…」

 

ちらりと土方が時計を見ると、午後1時を指していた。

 

「おら、起きろ近藤さん!!今日は旦那が来るんだろ!!」

「んがっ!?トシ、万事屋!!お前らは何というバイオレンスな…!!」

「ん?お客さんでも来るわけ~?」

「あぁ、仕事の依頼をするつもりだ」

「何々?万事屋銀ちゃんが目の前に居るのに、別の人に仕事頼んじゃうわけ!?」

 

銀時の言葉に、土方は煙草を吹かしながら向き直る。さっきまでのふざけあっていた時とは違う…仕事中に見せる、副長としての眼だ。

 

「ちょっと…な。」

 

土方が言葉を濁す事は珍しくない。銀時には頼めない仕事、それは即ち…

 

「あ~、おたくらも大変ねぇ…。自由に動けないって面倒じゃね?」

「ま、確かにな。こういうときは万事屋…お前が羨ましく思う」

 

幕府絡みの仕事なのだ。時々、銀時も加勢をする事があるが…それは本当に稀な話だ。恐らくは、別の誰か…それこそ、この後会う約束になっている人物に頼んでいるのだろう。

 

「そんじゃまぁ…俺ァそろそろ帰ぇるとすっか…」

 

この場に居ない方がいいだろうと察した銀時は、立ち上がり「毎度あり~」と一言残して去っていく。背中越しに手をヒラヒラと振りながら、その場を後にした。

 

「で…?今日は緋村の旦那に何を頼むつもりなんだ?」

「あぁ…幕府が攘夷志士に金を横流している件について…」

「なるほど…そらぁ、俺達じゃ動けねぇな…」

 

かといって銀時もあまり派手には動けない。幕府から目を付けられているのだ。

 

「万事屋には悪ィことをしちまったと思ってるよ。何より自由に生きてるアイツを縛るような事をしちまったんだからなァ…」

 

剣心に会う前までは、万事屋に何かと頼んでいた。しかし…銀時達は本来の目的とは別の騒ぎまで引き寄せてしまう傾向があり、結果幕府の人間から目を付けられてしまった。もっとも、銀時達はさほど気にしてはいない様子だったが…それでも、たまに屯所に来ては「監視っぽい奴らが見張ってる」とぼやく事がある。ましてや攘夷戦争で伝説とされた“白夜叉”ともなれば、幕府が目を光らせないはずが無い。

 

「まぁ、それも覚悟の上で…アイツはアイツなりに生きてるんだろうよ。自由気ままに、護りたいものを護りながら…」

 

フーッと紫煙を吐き出せば、風に流され消えていく。それをボーッと眺めながら…2人は同じことを考えていた。

 

一体、いつになったら…この国は“自由”になれるのだろうか、と…。

 

 

 

「それにしても参ったな…。今、万事屋に戻ったら間違いなくババァにこき使われるよなァ…」

 

ポリポリと頭を掻きながら、屯所の門へと向かう。とりあえず、今回の依頼である程度纏まった金は入った。とはいっても、家賃3ヶ月分すべてに使ってしまっては…生活が出来なくなる。

 

「パチンコで増やすか?いや、やめとこ…」

 

パチンコで増やす、と言ってパチンコ店に入って…増えたことはあまり無い。消えてしまうことはよくあるが…。今日は神楽も新八も、纏まった金が入る事を知っている上に少し豪華な夕食を期待していた。

 

「真っ直ぐ帰ぇるか…」

 

何だかんだ言っても、やっぱり2人の喜ぶ姿が見たい。

 

(デパートでイチゴ牛乳と…神楽に酢昆布でも買って帰ってやるか…)

 

ぼんやりと、そんなことを考えながら屯所の門を潜ったときだった。

 

「おや、万事屋の旦那じゃねぇですかィ」

「おー、総悟君。サボりご苦労さん」

「何言ってるんですかィ?俺ァちゃんと仕事をしてやしたぜィ?」

「ほー、じゃあトシが言ってたことは嘘ってかぁ?」

 

ニヤニヤと笑いながら言えば、「旦那には敵わねぇな」と笑う。そして、ものっそい小さな声で「土方殺す」と言ったのを聞き逃さなかった。しかしそれをあえてスルーし、心の中で土方にエールを送りつつそのまま「じゃあな」と沖田に言って去って行った。

 

「おや、もうお帰りで?」

「おーう、もう俺の用は済んだからな。なんか、お客さん来るみたいだしィ?」

 

そう言いながら、ヒラヒラと手を振り銀時は去っていく。

 

「あぁ、緋村の旦那のことですねィ…。旦那に変な気を使わせちまったなァ…」

 

恐らく、近藤も土方も帰れと追い返すようなことはしていないだろう。気を利かせて、銀時が自ら帰宅の路についたに違いない。そんな沖田の声に気付くことなく、銀時は屯所を後にする。その時スッと…横を誰かがすれ違った。

 

(…刀…?この廃刀令のご時世に刀ってこたぁ…幕府の人間か…)

 

生憎、顔までは見えなかった。しかし、もう侍達が手放したであろう刀を携えた男が自分の横を通り過ぎた事だけは分かった。

 

(ってことは、コイツが真選組のもう一つの切り札って訳ね…)

 

しかし、特別興味は無かった。それにもう、会うこともないだろうと…そう思ったのだ。気にせず銀時は、そのままその場を後にする。まさか…すれ違った男が、自分を背中越しに凝視しているとも知らずに…。

 

一方、先にパトカーから降りて近藤達に報告をしてくると言った沖田を追いかけるように剣心も屯所に向かっていた。といっても、特別急ぐわけでもなく…ゆっくりとあたりの景色を見渡しながら。

 

「この辺りは本当に静かでござるな…」

 

民家も無い上に、真選組の屯所に近づきたがる物好きはいない。なので、このあたりで聞こえてくる声と言えば、真選組屯所の敷地内にある道場からの掛け声くらいなのだ。

 

ふと…その時、前から着流しを着た男が歩いてくるのが見えた。腰には…木刀を下げている。

 

(刀を捨てられぬ者、か…。真選組の屯所から出てきたということは捕まっていたのでござろうか…?)

 

すっと横を通り過ぎた時…剣心は自分の目を疑った。通り過ぎた男の容姿は…あまりにも目立つ天然パーマの銀髪に、死んだ魚のような目、しかし…しっかりと未来を見据えている紅い瞳。

 

そして何より、感じる…“侍”としての魂。

 

「ッ!?」

 

通り過ぎてすぐに、剣心はバッと振り返る。どうやら男はそれに気付かずに去っていってしまったらしい。しかし…剣心はその男から目を離せずにいた。彼のことを知っているからだ。いや、直接の面識は無い。しかし…その二つ名を、彼は知っている。

 

「旦那、どうしたんですかィ?」

 

近くにいた沖田が不思議そうに剣心の元まで歩み寄ってきて、剣心が見つめる先に視線を向けた。そして、あぁ…と沖田は納得する。

 

「あのお方は万事屋を営んでいる銀時の旦那でさァ。真選組たァ、まぁ何と言いますか…腐れ縁ってやつでしてねィ…」

 

しかし、そんな沖田の声も剣心には届いていなかった。めんどくさそうに頭を掻きながら去って行くその背中とは別の背中が剣心の瞳には重なって映った。

 

そして…その名が剣心の口から零れる。

 

「…白夜叉…!!」

 

沖田が驚いたように剣心に視線を向けるが、相変わらず剣心の視線は銀時の…白夜叉の背中を見つめたままだった。

 

 

意図しないところで…攘夷戦争で“最強”と呼ばれた2人の男がすれ違う。

 

 

これが…2人の出会いだった。

 




(にじファン初掲載 2011年6月12日)


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【第二幕】2人の男、2人の伝説≪前編≫

20年にも及んだ攘夷戦争…。そこでは多くの人間と天人が戦い、それと同じように多くの人間と天人が命を落とした。その攘夷戦争には…前期と後期という2つによく分類される。前期はかつての江戸で自分達の思想を実現せんと動いていた各攘夷志士達の藩が…敵味方関係なく一致団結して天人達を迎え撃った時期だ。もっとも、新撰組だけは己の信念を貫き通すと、最後まで攘夷志士達と手を取り合うことはなかったが…事実、前期の戦いは壮絶なものであった。それも、長州・薩摩・土佐藩の(かしら)が天人に捕まり、処刑され…前期の戦いは事実上終結となった。それから少し間が空いて…その遺志を継ぐように赤報隊(せきほうたい)と呼ばれる部隊が天人達を迎え撃つようになった。彼らは、薩摩藩の西郷 隆盛(さいごう たかもり)、そして岩倉 具視(いわくら ともみ)の支援の元で結成された部隊。その2人を処刑されたことにより、その仇を討つべく立ち上がったのだ。しかし少数の部隊で天人に立ち向かう事はあまりにも無謀であった。程なくして…赤報隊隊長の相楽 総三(さがら そうぞう)は天人の手により、戦いの最中でその白刃に貫かれて戦死した。他の赤報隊隊員も天人達に捕まり処刑される。その直後に…後期の壮大な戦いが始まる。前期同様多くの人間達が集い、それぞれの思いを胸に刀を振るった。1つの群れをなす者達、1人立ち向かう者…前期とは違い、いくつもの大きな藩のようなものが出来る事はなく、ただ一市民達が…武士達が、己の誇りをかけて戦った。

 

しかし…突然、ある出来事が戦う侍達を襲った。

 

江戸城に…一発の砲弾が打ち込まれたのだ。それは、開国を迫る天人による攻撃だった。自分達の力を誇示し、尚且つそれ以上に力を持っていることを見せつけようとした天人に恐れをなし、幕府は鎖国状態にあった日本を開国した。しかし、それでも侍達は戦う事をやめなかった。己の信念に従い、ひたすら剣を振るい続けた。それを止めたのは…幕府が布いた“廃刀令”だった。“侍は刀を持つべからず。刀を持つものは罪人とし、処刑する。”残酷にも…幕府のために戦っていた者達が、幕府に裏切られたのだ。それだけではなく、天人の言うままに…あろうことか、幕府が攘夷戦争で戦う多くの侍達を粛清したのだ。

 

こうして…長きに渡る攘夷戦争は、一発の砲弾と廃刀令、そして幕府の裏切りという形で終焉を迎えたのだ。

 

その攘夷戦争を語るにおいて、絶対的に名前が出てくる人物が2人いる。前期の戦い、そして後期の戦いで…その男達は他の誰にも及ばない絶対的な力を持っていた。

 

それが、“人斬り抜刀斎”と“白夜叉”の伝説。人斬り抜刀斎は前期の戦いで、そして白夜叉は後期の戦いで同胞を救い数多の天人を倒し、その力を天人達に見せ付けた。開国から数年が経った今でも、この両名を殺さんとする天人がいるほどに…この2人の力は壮大なもので、そして天人達が今でももっとも恐れる存在なのだ。

 

しかし…攘夷戦争が終わると同時に、この2人の所在は分からなくなった。戦死したのか、あるいはどこかで生きているのか…それすら分からず…。

 

ただ、時だけが過ぎていき…やがて、その名は伝説と化し、人々の記憶から薄れつつあった。

 

 

 

「おーい、帰ったぞー」

「あ、銀ちゃんが帰ってきたアル!!」

「おかえりなさい、早かったですね」

 

そう…一部の人間しか知らないのだ。

 

「ま、楽な仕事よ。それでこんだけ金が出るんだから…真選組の奴ら、相当儲かってるよなぁ…人様の税金でよォ…!!」

「じゃあとっとと、その金で溜まってる家賃を払いな!!」

「うるせぇな、ババァ!!わーってるよ!!払う、払いますよ~だ!!」

 

白夜叉が…銀時が、こうして生きているということを。いや、銀時があの有名な白夜叉である事すら知らない者の方が多い。知っている者がいるとすれば、今ここにいる新八・神楽と、現在は攘夷志士としてテロ行為を行っている桂 小太郎(かつら こたろう)高杉 晋助(たかすぎ しんすけ)、天人と人間との間を取り持ちながら商いをしている快援隊(かいえんたい)の頭である坂本 辰馬(さかもと たつま)、そして真選組の一部の人間くらいだ。自分が白夜叉だと分かれば恐れられるかもしれないと思った時期もあった。しかし…それでも、こうして銀時の周りには仲間がいる。彼らは銀時を伝説の“白夜叉”ではなく、“万事屋の坂田 銀時”として慕っているのだ。

 

「ほら、神楽!!酢昆布買ってきたぞ」

「銀ちゃん、ありがとうアル!!」

「そして俺はこれ~♪」

「もう、銀さん…。本当に糖尿病になりますよ…」

「モウ手遅レデスネ。頭ノ方モ手遅レナンジャナイデスカ?」

「うるせぇぞキャサリン!!テメェは顔が手遅れだ!!」

 

着流しを着た銀髪の天パ。目は死んだ魚のような…紅い瞳。しかしその腰には、武士としての魂がしっかりと備わった木刀が携えられている。廃刀令は確かに布かれているが、木刀をぶら下げてはいけないというお達しはきていない。まぁ、木刀をぶら下げている事で何度か面倒に巻き込まれたこともあったが、それでも銀時は決してこの木刀を手放す事をしない。銀時自身、これが悪あがきだという事は分かっているつもりではいるが…それでも…

 

「ところでそろそろお昼ですけど、今日はどうします?」

「おい、ババァ…飯」

「テメェ!!ここは飯屋じゃねぇつってんだろうがァァァ!!!」

 

護りたいものがいる限り…銀時は決して、この木刀を手放さないと誓った。お登勢との約束、そして…大事な仲間を護るために…。

 

何だかんだ言いながら、結局スナックお登勢で昼食を済ませた3人は2階の万事屋に戻り、いつも通り…ダラダラとした日中を送っていた。

 

「結局、真選組からの依頼って何だったんですか?」

「真選組が春の交通安全運動キャンペーンでよォ、隊士が全員屯所から出払っちまうから…その間の警護。ったく、普通に考えて人員配置しろってんだ…。あのゴリラ、頭まで動物レベルかっての…」

「仕方ないアル、ゴリラはしょせんゴリラ!!どんなに知恵を絞っても無理ネ!!」

「あえて否定はしないでおこうと思ったけど…流石に神楽ちゃん、ちょっと言いすぎだと思う…」

 

とりあえず、自分のするべき仕事は終わった。スナック・お登勢のタダ働きも、ある程度の家賃を払ったことで良しとなり、現在万事屋メンバーは暇な日中を過ごしている。

 

「そーいや…」

「ん、どうしたんですか銀さん?」

「いや、真選組(やつら)よォ…何か別の奴にも仕事を依頼してるみたいだったんだわ…」

 

何気なくジャンプを読んでいたら…ふと、真選組で土方と交わした言葉を思い出した。そしてすれ違った、刀を差した侍のことも。

 

「まさか商売敵ネ!?」

「まぁ、そうなるのかねェ…」

「けど、僕達万事屋に頼めない仕事といったら…」

「そういうことだよ、新八君」

 

自分達が首を突っ込む事が出来なくなった…“幕府が関わっている事件”。恐らくはこれなのだろう。以前は真選組からよくその手の依頼もきていたのだが、銀時達の派手な動きで目を付けられ…あまりそういうことに首を突っ込めなくなってきた。時々ではあるが、監視されている事だってある。まぁ、その度に…何故か万事屋の屋根裏に隠れている猿飛(さるとび) あやめ(通称:さっちゃん)が仕留めてくれているため、今のところ万事屋に大きな被害は無いが…やはり、見られていい気分は当然ながらしない。

 

「なー、お前の姉ちゃんとこと合わせてストーカーの被害届出すかァ?」

「いや、もう姉上は諦めてますよ。それにボディガード雇いましたし…」

「そのボディガードってどんな人ネ?もしチャランポランなマダオだったら、私ぶっ飛ばすヨ!!」

「そういや、俺も知らねぇな。おい、新八。今度、お妙に連れて来いって言っとけよな…」

「あ、連れてくるって言ってましたよ?近日中に」

「マジでか!?うぉぉぉっ、姐御に相応しい男か私が見極めるネ!!」

 

監視が何度か入り込んだことは、それとなく近藤や土方にも伝えてある。しかし、彼らも迂闊には動けないだろう。監視している人間が幕府の雇っている忍であれば尚更だ。面倒な事になったと最初こそ思っていたが、何とか出来ているため…最近ではもう気にする事も無くなった。

 

「見極めるのはいいけどよ、お前…マジでぶっ飛ばすなよ?相手は一応人間なんだから…」

「一応って…ちゃんとした人間ですよ…」

 

だから気にしないで、いつも通りに過ごそう。それが、万事屋の出した結論だった。知られて困るような事は何もしていない。

 

(まぁ別に俺が“白夜叉”だってバレたって…今、何かしてるわけでもねぇしな…)

 

バレて困る事があるとすれば、恐らくは銀時の過去だろうが…現在は攘夷活動をしているわけでも、その手伝いをしているわけでもない。たまに、桂がやってくる事はあるが…しつこい勧誘も断り続けている。今更、攘夷だ何だと…首を突っ込む気は更々無いのだ。

 

「あれ、神楽ちゃん何処行くの?」

 

ボーッと考えていると、そんな新八の声が聞こえてきた。どうやら、近所の公園まで散歩に行くらしい。愛用の番傘を持ち、出かけていく神楽を見つめながらふと…何気ない事を思う。

 

(神楽は俺が白夜叉だって知ってる…。アイツにしてみりゃ、俺は天人を大量に殺したいわば仇…。どう思ってるのかねぇ…。)

 

柄にもなく、そんな事を考えてしまった自分。自嘲に口は歪んでいたが…それを隠すように、ジャンプを顔に乗せ、いつもの昼寝スタイルをとる。

 

「じゃ、新八…あと任せた」

「ちょっと、銀さん!?」

「銀さんは朝のお仕事で疲れたので寝ま~す」

「…ハァ…。はいはい、分かりました。何かあったら即行で起こしますから起きてくださいね!!」

「おーう…」

 

何となく…銀時の声にいつもの元気が無いような気がした新八だったが、それに深くツッコむ事はせず…近くに散らかっていたジャンプを手に取り、何となくそれを読み始める。

 

「ホント…なんでジャンプって読み始めたら止まらなくなるんだろ…」

 

 

 

「今日はいい天気アル!!」

 

傘をくるくると回しながら、さんさんと降り注ぐ太陽の光を見つめて神楽は微笑んだ。夜兎族は日の光に弱い。それ故、晴れているときは傘をささなければ外に出ることは出来ないのだ。ルンルンと鼻歌を歌いながら、目的の公園へと向かう。しかし…その少し前である光景を目撃した。

 

「いやっ、やめて下さい!!」

「いいじゃねぇの、綺麗な天人さんよぉ?人間のオジサンと一緒に遊びに行こうぜ~?」

「困ります!!私は…約束がッ…!!」

 

嫌がる天人の女を、無理矢理連れて行こうとするオヤジ。見た目、天人の女はとても美人で…恐らくはどこかの飲み屋にでも勤めているのであろうということは、子供の神楽にでもすぐに分かった。と同時に、神楽はダッと駆け出しもめている2人の元へ急ぐ。

 

(なんで嫌がってるのに誰も助けないアルか!!…天人だから?そんな理由で助けないネ…?銀ちゃんだったら絶対に助けるヨ…!!)

 

思いっきり息を吸い込み、オヤジを怒鳴り散らそうとした時だった。

 

「その辺にしてはどうでござるか?その女子(おなご)は嫌がってるでござろう…」

 

女の手を掴んでいたオヤジの手をパシンと掴み、鋭い眼光をオヤジに向ける。赤い長髪の小柄な男が止めに入ったのだ。しかし、神楽も怒りを抑えられない。そのまま駆け出したスピードで…

 

「死んで償えや、この変態がァァァァ!!!!」

「ブベッ!?」

 

蹴り飛ばした。

 

突然の出来事に、その場にいた誰もが呆然と少女を見つめる。それは、先ほど止めに入った男もまた然りだった。しかし男はすぐに我に返り、言い寄られていた天人の女に視線をやる。

 

「大丈夫でござるか?怪我は…?」

「い、いえ…大丈夫でございます。」

「そうでござるか、それはよかった…」

 

フワリと笑う男に、天人の女が見とれていると…今度は別の声が聞こえてきた。

 

「おうおう、小娘が!!よくも(かしら)をぶっ飛ばしてくれたなぁ!!テメェ、俺達が攘夷志士だと知っての狼藉だろうなぁ?アァッ!?」

 

恐らくはさっきの少女がぶっ飛ばした男の部下達だろう。声色からして…穏便な解決は望めそうに無い。

 

「お主はここから早く逃げた方がよいでござろう。巻き込まれる前に、早く…」

「しかし、お礼がまだ…!!」

「礼など不要。困っている者を助けるのは当然の事でござるよ」

 

それだけを言うと、男は立ち上がり「早く!!」と女に声を掛ける。その背中にペコリと頭を下げて、天人の女は逃げるようにその場を駆け出した。

 

「待て、あのアマ…!!」

 

すかさず、その後を男が追おうとしたが…

 

「おうおう!!追いたいならまず、私を倒してから追うヨロシ!!」

「んだと、このクソガキァ…!!」

 

それをすぐに神楽が阻止した。それどころか、ニヤリと笑いチョイチョイと手で挑発する仕草を見せる。完全にキレた男達は、一斉に神楽目掛けて刀を抜き、切りかかってきた。咄嗟に神楽は傘を構えようとしたが、生憎…この日差しの下では傘を武器として使うことは出来ない。

 

「しょうがないネ!!けど私、戦えるヨ!!」

 

だが、その体術で難なく攘夷志士達をなぎ倒していく。しかし…

 

「背中ががら空きだぜ、お嬢ちゃん?」

 

ニィッと笑いながら、男が神楽の背後を取った。

 

「しまっ…!!」

 

前にばかり気を取られていた上に、片手に傘を持った状態で戦っている神楽は圧倒的に不利だった。斬られる…!!覚悟を決め、その瞬間を待ったが…いつまで経ってもその痛みは襲ってこない。その代わりに、キィィィンという金属同士がぶつかり合う特有の音が聞こえてきた。

 

「なっ…!?」

女子(おなご)に手を出しただけでは飽き足らず、子供まで殺めようというのか?大した攘夷だ…」

 

鋭い声が…神楽の耳に響いてきた。一瞬、雰囲気が何処となく銀時に似ていた為、銀時が助けてくれたのかと思ったが…背中越しに見たその姿は、天人の女を助けている男だった。

 

「貴様ァ…!!」

 

2人の男が鍔迫(つばぜ)り合いをしているが…決して、互角というわけではなかった。力んでいる攘夷志士の男とは対照的に、赤髪の男は表情一つ変えることなくその剣を受けている。どんなに力を入れても、男が表情を変えることも後退することもない。

 

「こん…のッ…!!」

 

目いっぱい力を入れて、目の前の男を力ずくで押し倒そうとした時だった。

 

「どうしたネ?背中ががら空きヨ、クソオヤジ!!」

 

さっき、自分が発した言葉と同じそれが背後から聞こえる。振り向けば、身軽に中を舞っている…神楽の姿。ニィッと笑みを浮かべて蹴りの体勢を整えていた。

 

「ホワチャァァァァッ!!!」

 

鍔迫り合いをしていた男の顔面に、容赦なく蹴りをお見舞いすると、先ほどの(かしら)のうように凄まじい勢いで吹っ飛んでいく。

 

「レディに手荒な真似をする奴は私、許さないアル!!どっからでも掛かって来いゴルァ!!」

 

神楽が挑発すれば、その挑発に乗った男達が一気に攻めてきた。神楽は…見ず知らずの男と今、背中合わせの状態にある。しかし不思議と、その背中を預けられると…そう思ったのだ。

 

「随分と元気のよい子でござるな…。しかし、危険でござるよ…」

「大丈夫ネ!!私、こう見えても強いアル!!一緒に戦うヨロシ!!」

「ならば、背中をお主に任せても良いでござるか?」

「もちろんアル!!私の背中も任せるネ!!」

「承知」

 

確認し合うと、タン…と同時に地面を蹴る。そして向かってくる志士達を片っ端から倒していった。

 

その攻防も長くは続かず…圧倒的な神楽の力と、男の力ですぐにその場は鎮圧した。暫くすると、けたたましいサイレンの音が聞こえてくる。

 

「おろ、誰が呼んだのでござろう…?」

 

恐らくはこの騒ぎの中で誰かが警察を呼んだのだろう。神楽はハッとする。この廃刀令のご時世に刀を携えている…隣に立つ男。悪い人物ではないことはよく分かったが、だからといって刀を差して歩いていいわけではない。

 

「こっちネ!!」

「おろろ~っ!?」

 

突然手を引っ張られ、男は神楽に連れられその場を後にした。

 

その直後…

 

「土方さん、間違いありやせん。この前捕まえた奴らの残党でさァ…」

「しかし…誰がこんなに派手に暴れたんだ?」

 

真選組が現場に到着するが、その場に…この攘夷志士達を倒したと思われる人物は見当たらない。

 

「おいアンタ。これ、誰がやったか知らねぇか?」

 

近くにいた男を捕まえ土方が聞けば…

 

「それがよ、赤毛で左頬に十字傷のある刀を持った兄ちゃんと、チャイナ服を着て傘をさした女の子があっという間に片しちまったんだ!!」

 

そう証言した。男の証言する2人の人物に…土方も、そして沖田も心当たりがある。心当たりどころの話ではない。その人物意外にいないという自信がある。

 

「緋村の旦那と、万事屋んとこの神楽か…」

「そうでしょうねィ。しかし…旦那達、知り合いなんでしょうか…?」

「さぁな…。それ以前に、なんで…この場にいねぇんだ?旦那だったら別に逃げる必要はねぇだろ…」

 

謎は深まるばかりだ。とりあえず、自分達のやるべきことを片しながら、後で山崎を使って聞いてみるか…と、土方は自己完結させた。

 

その当の本人達はというと、近くの公園まで逃げてきていた。

 

「ここまでくれば大丈夫ネ!!真選組のボケェもここまで来ないアル!!」

 

共に戦った男…剣心を見上げてニコリと笑えば、剣心は驚いたように神楽を見つめた。

 

「もしや、拙者のために…?」

「今のご時世、刀は駄目ネ。廃刀令…って言ってたアル。お兄さん、悪い人には見えないけど、真選組はどんな事も見逃してくれないネ!!」

 

神楽の脳裏を過ぎったのは、お妙を追い掛け回している近藤と、ご飯にたっぷりのマヨネーズをかけている土方と、いつも真っ黒な笑みを浮かべている沖田の姿。常識からかけ離れた連中ではあるが、自分達の仕事に一切の妥協を許さないとても強い者達だということもよく知っている。例え神楽がどんなに説明をしても、帯刀している時点ですぐに連れて行かれるに違いない。故に、神楽は剣心を連れて離れた公園までやってきたのだ。

 

「そうでござったか。お主は優しいでござるな…」

 

フワリと笑いながら剣心がポンポンと頭を撫でると、神楽は嬉しそうに笑う。

 

「私の名前、神楽アル!!お兄さんの名前は何ネ?」

「拙者は緋村 剣心でござるよ。ついでに言えば…真選組とは顔なじみでござる」

「顔なじみ?よく捕まってるアルか?」

 

神楽の脳裏を過ぎったのは、いつも真選組から逃げ回っている桂の姿だった。ということは、この男も攘夷志士なのだろうか…?

 

「拙者は特別に帯刀の許可が下りているでござるよ。真選組の者達が掛け合ってくれて、刀を持つことが許されているでござる。」

「マジでか!?あの税金ドロボー達が刀持つの許したアルか!?」

「フフッ…それ故、よく真選組の者達からは仕事を頼まれるでござるな…」

 

何ということだと神楽は驚きの眼差しで剣心を凝視した。あの頭の固い頑固者達が、帯刀を許可したとは本当に驚きの事実なのだ。

 

「そういうお主も、真選組とは知り合いでござるか?」

 

剣心に問われ、ハッと我に返った神楽はコクコクと頷く。

 

「私、万事屋やってるネ。銀ちゃんっていう男のところに居候してるアル。よく、銀ちゃんが真選組から仕事を頼まれてるから、その手伝いをしてるヨ!!」

「そうでござったか。偉いでござるな…」

 

まだ幼さの残る少女が働いているという事に感心する剣心である。このご時世、子供・大人関係なく雇ってくれる店は多い。とはいっても、中には危険な仕事も山のようにある。それこそ、攘夷志士が関わってくるような…危険な仕事も。

 

「私、人間じゃないネ。夜兎族…。夜兎は戦闘種族だから、他の人間よりも強いし、ちょっとの怪我だったらすぐに治るアル。」

「…天人でござるか…?」

「…私のこと、嫌いになったアルか?」

 

夜兎族と聞き、剣心の脳裏に攘夷戦争の光景が過ぎった。その時に…数多の夜兎族と対峙し、苦戦を強いられた事を思い出す。

 

(この娘が…夜兎…)

 

見れば、不安そうに神楽が剣心を見上げている。拒絶される事を恐れているのだろう。そんな神楽を安心させるように、剣心は笑いながら首を横に振る。

 

「関係ないでござるよ。天人であろうと人間であろうと、良き者であれば戦う理由はどこにもござらん。何より、お主は人助けのためにあんなに頑張っていたでござろう?拙者はお主のその優しさが好きでござるよ」

 

何度も何度も…夜兎族だということを利用され続けてきた。戦闘種族ゆえ、その手を血に染めた事もあった。駄目な事だと分かっていても、それでも…生きていく為だと割り切った事もあった。そんなときに、自分を暗闇から救い出してくれたのが銀時達だった。そして、出会って間もない剣心もまた…自分が天人で夜兎族だと知ってもなお、離れていくことなくその優しい笑顔を向けてくれる。

 

「なんだか侍じゃないみたいネ…。とても刀で人を殺すような人には見えないアル…」

 

こんなにも優しい(ひと)が…何故、刀を持ち、人を殺すのだろうか…?何気なく神楽が零した言葉に「ん?」と首を傾げたが、先ほどのことと腰に差している得物のことを言っている事がすぐに分かった。剣心は刀を抜き、それを神楽に見せる。

 

「分かるでござるか?」

「……あ、この刀変ネ!!刃が逆に付いてるヨ!!」

「そう…この刀で人は殺せぬよ。拙者は誰一人殺してはおらぬ。不殺(ころさず)を…この刀に誓っているから…」

 

誰も殺していないという言葉に、何となく神楽はホッとした。この優しい男が誰かの血で染まる姿は見たくないと…そう思ったのだ。

 

「じゃあ何の為に刀を持ってるネ?戦う為アルか?」

「そうでござるな…。苦しんでいる人達を護るため、でござるよ…」

 

その強い瞳は…どことなく銀時に似ているような気がした。銀時も…自分の木刀を“護るため”に振るっている。

 

「似てるネ…銀ちゃんと…」

「お主の雇い主でござるか?」

「うん…!!銀ちゃん、普段はダラダラしてて、まるで駄目なオッサン…略してマダオだけど、やる時はやる男ヨ!!いつも護るために木刀を振り回してるネ」

 

死んだ魚のような目をしているが、ここぞという時にその瞳は強く輝く。大事な物を…大事な者を護るときは…。

 

「…どうやら考え方が拙者と似ているようでござるな。一度会ってみたいものだ…」

「だったらいつでも万事屋に来るヨロシ!!いつも暇してるネ!!私もそこに居るし、もう1人新八っていうのもいるヨ!!」

 

ニコニコと笑いながら言う神楽に、同じように剣心も微笑み返した。神楽から感じるのは、純粋に自分の大好きな人達を紹介したい…そういう思いだ。神楽の言葉に剣心は頷く。

 

「では約束でござる。遊びに行くでござるよ…」

「ヤッホーイ!!場所はかぶき町にある、スナック・お登勢の上の階ネ!!銀ちゃんには私が説明するヨ!!」

 

飛びついて喜んでくる神楽を抱きとめながら、その頭を優しく撫でる。天人と言ってはいるが、どこにでもいる普通の子供となんら変わらない。元々子供が好きな剣心は、こんな神楽の一挙一動がとても微笑ましかった。

 

「旦那…こんなところに居たんですね…」

 

その時、剣心の座るベンチの背後から声が聞こえた。神楽は咄嗟に構えたが、剣心は既に気付いていた為特に驚く事も剣を構える事もしなかった。そう…知った気配だったからだ。

 

「山崎殿…どうしたでござるか?」

「あー、ジミー!!何してるアルか!?覗きネ!?テメェもストーカーか!?」

「ちょ、ちょっと待って!!違うから、俺は土方さんに頼まれて旦那達を探してただけだから!!」

「おろ、拙者達を…?」

 

そこに居たのは、真選組監察方の山崎 退(やまざき さがる)だった。とりあえず、今にも掴みかかっていきそうな神楽を何とか抑えて山崎に言葉を続けるように促す。

 

「いえね、さっき攘夷志士達が何者かによって叩きのめされたという事件がありまして…」

「あぁ、すまぬ。拙者達でござるよ…。その場に留まり、状況を説明しようとしたのでござるが…」

「私が連れて逃げたネ!!税金ドロボーに捕まると思って…!!」

 

神楽の言葉に、山崎はやはりそうかと苦笑を漏らす。いつもの剣心だったら、何かあったときには必ずその場に留まり状況を説明してくれる。その場から逃げるような事は決してしないし、意味の無い争いも決してしないことを山崎はもちろん真選組の誰もが知っている。

 

「すまぬな、突然の事だった故…拙者もこの子のなすがままにここまで来てしまったでござるよ」

「いえ、気にしないで下さい。状況は見ていた人達から聞いてますので…。それに、こちらとしても助かったんですよ。旦那が倒してくれた攘夷志士達は、以前俺達が検挙した奴らの残党でしてね…。何処に潜伏しているのか全く情報が掴めていなかったもので…」

 

礼は頼んでいる明日の仕事の報酬と共に…と耳元でささやいた山崎の言葉に、剣心は「いや」と首を横に振る。

 

「最初に助けたのはこの子でござるよ。礼ならこの子にしてやってはくれぬか?」

「え、神楽ちゃんに?」

「何言うネ!!私1人じゃなくて一緒に戦ったヨ!!」

「ん~…じゃあ、半分ずつでどうだろう?どうかな、神楽ちゃん?旦那もそれでどうですか?」

 

そう言われれば否とは言えない。折角の好意を無下にするのも失礼というものだろう。それに神楽はよっしゃとガッツポーズをしている。剣心もまた、山崎の提案を承諾した。

 

「拙者は…屯所に行ったほうが良いでござろうか?」

「いえ、もう大体の現場検証も終えてるんで大丈夫ですよ。ご協力、有難うございました!!」

「いや…お安い御用でござる」

 

では、と山崎は素早くその場からいなくなる。一連のやり取りを見ていた神楽は、真選組と剣心が親しい間柄だという事がよく分かった。と同時に…疑問も浮上する。

 

「なんでさっき、お礼をくれるって言ったジミーに、いらないって言ったアルか?銀ちゃんだったら喜んで飛びつくネ」

 

それはもちろん、神楽とて例外ではないのだが…しかし納得が出来ないと首を傾げる。剣心は少し困ったように笑いながら山崎の申し出を断っていた。それが不思議でならなかったのだ。

 

「金や礼の為に人助けをしたわけではござらんからな」

 

まだ子供には難しいだろうかとも思ったが、剣心は笑いながらそう言った。聞いてすぐこそキョトンとしていた神楽だったが、その意味を理解したのか…腕を組みうんうんと頷く。

 

「銀ちゃんも見習わなきゃ駄目アル…!!あの男は金・金とがめついネ!!」

 

一瞬、神楽の挙動に驚いたが…子供ながらに理解したのだと分かった剣心は、ニコリと笑った。それにつられるように、神楽もまた華のような笑みを見せる。

 

それから暫く、2人は他愛の無い話をしていたが気付けば辺りは夕焼けに染まりつつあった。

 

「そろそろ帰らないと、銀ちゃんが心配…はしないと思うけど、新八がうるさいネ…」

「楽しい時間というものは、あっという間に過ぎるでござるな」

 

名残惜しそうにしている神楽の頭を優しくなでながら微笑めば、神楽は真剣な瞳で剣心を見つめる。

 

「また…私と会ってくれるアルか…?」

 

その申し出にもちろんだと頷けば、飛び跳ねて喜びながら神楽は帰っていく。大きな声で「約束アルよ~!!」と叫びながら。それに笑いながら頷けば、もう必要なくなった傘を畳んで神楽は走って帰っていった。

 

「本当に、元気な子でござるな…」

 

受け取った名刺には、“万事屋 坂田 銀時”と書かれてある。恐らくは、彼が神楽の雇い主なのだろう。と同時に…ふと、昼の…真選組屯所での事を思い出した。

 

「…あの時、すれ違った着流しを着ていた侍…。彼のことを、沖田殿は“銀時の旦那”と呼んでいた…」

 

それから少し沖田から詳しい話を聞き確信したのだ。あの時すれ違った男は、攘夷戦争の後期で有名となった“白夜叉”である事を。感じたのだ…。捨て切れていない、侍としての魂というものを。

 

「これは…偶然でござろうか…」

 

神楽に手渡された名刺を眺めながら、剣心はぼんやりと考える。昼間すれ違った男からは、パッと見はとても伝説とされた最強の男には見えなかった。だが、剣心が戦から離れて再び激化した攘夷戦争の情報を新聞で目にしたとき、写真と共にその者のことが書かれてあった。謳い文句の姿と、昼間すれ違った侍の姿が酷似していたのだ。

 

「“銀色の髪を血に染め、戦場を駆けるその姿はまさしく夜叉”だったか…」

 

それが、銀時の二つ名の由来となった。桂や高杉のように本名が露見することなく、この二つ名だけが歴史上に残っている為、銀時と白夜叉が同一人物だと分かる者は本当に限られてくるだろう。

 

「もっとも…拙者も人のことは言えぬでござるか…」

 

自嘲に口元を歪め、剣心は空を見上げる。夕焼けと闇のコントラスト。何度…あの戦地でこの光景を目にしただろうか?そして何度…その地で、この手を赤く染めただろうか?

 

「“人斬り抜刀斎”もまた、限られた者しか知らぬ存在…」

 

果たして、自分が人斬り抜刀斎だと分かったら…神楽はどのような反応を見せるのだろうか?あの時、神楽は自分が天人で夜兎族であることを拒絶されるのを恐れていた。

 

「もし、拙者が…天人を大量に斬り殺した男だと知ったら…」

 

思えば、夜兎族もこの手で殺めた。きっと…離れていくに違いない。

 

「これが、運命でござるよ…」

 

人斬りは死ぬまでその罪を背負って生きていかなければならない。例え今は人斬りでなくても、人斬りだったという過去は変えられない。

 

「…次に会った時、全て話そう…」

 

その時に神楽はどのような表情をするのだろうか?あの華のような笑みが悲しみに…怒りに歪むのだろうか?

 

仕方のないことだ。

 

「拙者は…それだけのことをしてきたのだから…」

 

 

 

「なぁ…ぱっつぁん…?」

「何ですか、銀さん?」

「神楽…遅くね?」

「そうですね…」

 

日も暮れて、外はすっかり昼の姿から夜の姿へ変貌を遂げたかぶき町。聞こえてくる声は、スナック・お登勢にやってくる客の声や、通りを歩く人間だか天人だか分からない輩の声ばかりだ。本来であれば、ここにもう1人いなければならないはずなのだが…もう1人の従業員の姿はない。

 

「神楽ちゃん、昼に出かけたっきりですよ…」

「まぁ、アイツのことだから心配はいらねぇとは思うが…」

 

神楽は夜兎族だ。そこいらの男達なんかよりもずっと強いことは分かっている。分かってはいるが…やはり、気にならないと言ったら嘘になる。

 

「…ハァ、ったく…。とりあえず、神楽の行きそうなところを片っ端から当たってみるか…」

「まさかとは思いますが…お登勢さんのところで…」

 

アハハ…と引き攣った笑みで新八がそう言えば、「バカ言ってんじゃねぇよ!!」と銀時が必死の表情で言葉を遮る。お登勢の店で神楽がすることといったら1つしかない。夕食の催促だ(しかも白米オンリー)。

 

「大体、考えてもみろよ新八君?もし、神楽がババァのところで飯を食ってたら必然的に大騒ぎになるだろ?ババァかキャサリンが怒鳴り込んでくるだろうよ…」

「まぁ、それもそうですね…」

 

それがないということは、即ちお登勢のところにはいないということになる。その事実が、尚更2人を不安にさせた。

 

「…よぉし、新八。お前はまず、家に帰れ」

「ってなんでそうなるんですか!?神楽ちゃんを探さないと!!」

「バカヤロー、神楽がお妙のところに行ってる可能性があるって言ってんだよ。」

「あぁ、成る程…その可能性は確かにありますね…」

「もし居たら…まぁ、そのままお前ん家に泊めるなりこっちに連れ帰るなりしてくれや…」

「分かりました!!見つかったら携帯に連絡しますね!!」

「おう」

 

新八はとりあえず道場へ、そして銀時は神楽がいつも遊んでいる公園へと向かう。

 

新八が道場に到着し、玄関で靴の確認をするとそこに神楽の靴らしきものはなかった。しかし、だから居ないというわけでもないだろう。新八は姉のもとへと急ぎ足で向かう。

 

「姉上!!お尋ねしたい事…が…」

 

スパン!!と障子を開けたその先に広がっていた光景は…地獄絵図だった。まず、姉の妙がそこにいる。当然だ、ここは新八の家であり妙の家でもあるのだから。そして白い服を着たトリ頭の男…。この男も、この家に居てなんらおかしくはない。この男は、対ストーカー用のボディガードとして雇った男なのだから。問題は…

 

「近藤さん…アンタなにやってるんスか…」

「ややっ!?その声は新八君か!!」

 

何故、ここに、真選組局長の近藤が居るのかということだ。

 

「えっと…一応聞きますが…何しに来たんですか?」

「もちろん、お妙さんと愛を囁くためn「ストーカー以外の何者でもねぇだろ…」

 

近藤が言い終えるよりも先に、ボディガードの男がそう言った。言い切った。

 

「はぁ…そして姉上は何故、薙刀(なぎなた)を持ってるんですか?」

「新ちゃん?私がゴリラに汚されてもいいの?よくないわよね?だからこう、ゴリラをスパンと一刀両断…「しないでください姉上ェェェェ!!!!!」

 

これでは何の為のボディガードか分かったもんじゃないと頭を抱える新八に、ボディガードの男が笑いながら声を掛ける。

 

「おう、新八!!オメェの姉ちゃん最強だから俺、いらねぇんじゃねぇのか?」

「はは…左之さんの言う通りですね…。ボディガード無しでも十分だと思いますよ、僕も…」

 

志村家が対ストーカー(というか近藤)用に雇ったボディガード…相楽 左之助(さがら さのすけ)。元は有名な喧嘩屋だったのだが、あることをきっかけに用心棒に転職した男だ。腕っ節はそこいらの攘夷志士達なんかよりも凄い。それは現状が物語っていた。

 

「しかし…流石ですね、真選組の局長(近藤さん)をこんなにも簡単に縛り上げてしまうなんて…」

「まぁ、それが俺の仕事だからな。さて、お妙…コイツどーするよ?」

 

左之助が顎で近藤を指せば、妙は恐ろしい笑顔を貼り付けて…

 

「川に流しちゃいましょう」

 

とんでもない事を言ってしまった。

 

「姉上ェェェェ!!!???ちょ、やめてくださいよ!!この人、一応これでも真選組局長!!一応、警察!!」

「一応じゃないぞ、新八君!!れっきとした局長だ!!」

「じゃあなんでストーカーなんぞやっとるんじゃァァァァ!!!!」

 

ズビシと激しく近藤の頭を新八が叩く。縛られている近藤は反撃する事も避ける事も出来ず、そのまま攻撃を食らい見事に撃沈した。

 

「ほぉ、やるじゃねぇか新八も…」

「もうね…なんというか、僕の周りこんなマダオばっかりなんで慣れちゃいましたよ…」

 

ハァ…と溜息を吐いた時、新八はハッと大事な事を思い出す。

 

「って、こんなゴリラに付き合ってる場合じゃなかった!!姉上!!神楽ちゃん、うちに来ませんでしたか?」

 

あまりにも凄まじい光景だった為すっかり大事な事が頭から飛んでしまっていた。新八が妙に聞くと、お妙は首を横に振る。

 

「いいえ、このゴリラと左之さん以外今日は来てないわよ?…何か…あったの?」

 

不安そうに聞いてくる妙に、神楽がまだ万事屋に戻っていない事を説明する。すると…

 

「よ…万事屋のところのチャイナさんなら…山崎が見たって…言ってたぞ…?」

 

息も絶え絶えの近藤が教えてくれた。

 

「えっ!?いつ!?どこで!?」

「山崎の情報だ、間違いないだろう。とは言っても…時間的には随分と前だ。夕方ぐらいだな…。公園に居たそうだ」

「…夕方に…公園…」

 

確かに神楽は公園に行くと言っていた。それに、真選組の誇る監察方の山崎の情報だ。偽りはないだろう。

 

「実は昼にちょっとした騒動を、チャイナさんが起こしてな…」

「騒動…ですか…?」

 

騒動、という言葉に思わず…新八の顔が引き攣る。神楽が騒動を起こす事は珍しくない。しかし、どんな事があっても他人を巻き込むような騒動は起こさないはずだ。しかし…確かに、近藤は今しがた騒動を起こしたと言った。

 

「捕まってるんですか!?真選組に!?捕まってるんですかァァァ!!!???」

「おら、落ち着け新八!!これじゃ、ゴリラも喋れねぇだろうが」

「おい、斬左(ざんざ)よ…ゴリラはなくね?」

「事実だろ、事実…」

 

ちなみに、斬左とは左之助の二つ名のようなものだ。喧嘩屋をやっていた時に付けられた異名である。

 

「捕まえてはいないさ。むしろ、万事屋に礼をと考えていたくらいだ」

「え、お礼…ですか?」

「あぁ。大通りで暴れていた攘夷志士を全員倒してくれたんだ。トシと総悟が着いた時には既に姿はなかったらしいが、周りの者達の証言からしてまず間違いないだろう」

 

そしてその後、山崎と神楽が会った…というのが話の流れらしい。だが残念な事に、それ以降の神楽の足取りは全く以って不明だ。

 

「…そんな…神楽ちゃん、一体何処に…」

 

恐らく、公園には銀時が向かっているはずだ。そこに居るならそれでいい。しかし、そんなにも長い時間公園に留まり続けるだろうか?

 

「そういえば、ザキの奴が言ってたな。チャイナさんがある男と一緒に居たと…」

「ある…男…?」

「あぁ、昼の攘夷志士騒動もその男と一緒に片付けたらしいんだがな。どうやら、意気投合したらしく結構楽しそうに話していたそうだ」

 

うんうんと頷く近藤に、新八はハハッ…と乾いた笑みを浮かべた。

 

(神楽ちゃんまさか、その男と…?いやいや、無い無い…だって神楽ちゃんだよ?…けど神楽ちゃん、可愛いからな…。いやいやいや!!それでもあの神楽ちゃんが、大人しく付いていくとか無い無い無い!!!けど…酢昆布で釣られたら!?)

 

一通り考える。神楽に限ってそんなことはありえないと思いたいが、純粋な神楽だからこそ騙されて付いていってしまう可能性だってある。振り込め詐欺にも引っ掛かってしまったぐらいだ(結局、振り込めを“振り米”と勘違いした為、未遂に終わったが…)。

 

「近藤さん!!その男って不審者とかですか!?」

 

とりあえず、今は少しでも情報が欲しい。その情報を持って帰れば、銀時に伝えて一緒に思い当たる場所を探せばいい。しかし、近藤はいや…と至極真面目な表情で新八の言葉を否定した。

 

「奴に限ってそれはないな。チャイナさんと一緒に居た男というのは俺達真選組も一目(いちもく)おいている侍でな…。あの旦那が、女をどうこうするたァ考えられねェ…」

「けど、男は狼ですよ近藤さん?神楽ちゃんは可愛い娘さんですからね…」

 

ニコリと笑う妙の顔が…怖い。その場の空気が一気に氷点下にまで落下した。

 

「おーい、近藤さん…迎えに来たぜ…って……なんじゃこりゃ…」

 

と、その時。タイミングがいいのか悪いのか…左之助からの連絡を受けて土方が近藤を迎えに来た。部屋に入るなり、その地獄絵図に先ほどの新八同様硬直する。

 

「俺ァ何も見てねぇ…。もうそのままそこでくたばっちまえ、近藤さん…。惚れた女に殺されるんだったら本望だろ…」

「トシィィィ!!??ちょ、見捨てないで!!あと、俺の弁護人になってェェェ!!」

「ストーカーの弁護人になんかなれるか。ったく…」

 

ハァと溜息を吐きながら煙草に火をつけると、実は…と新八が粗方のことを説明する。その説明で、そういう意味かと土方も納得し紫煙を吐き出しながら説明をする。

 

「旦那の事は近藤さんの言う通りの人だ。あの人に限って、女に…ましてやガキに手を出したりはしねぇだろうよ。それは…お前が一番よく分かってるはずだ、斬左…」

「あ?なんで俺だ?」

「万事屋んとこの神楽と一緒に居たってのは、緋村の旦那だ。」

「……!!剣心か…!!」

「あぁ、これで分かったろ?もし、これで旦那が何かやらかしてたってんなら…俺と近藤さんが切腹する」

 

確かにそれはないなと納得する左之助。何となく納得の方向で話が進みつつあるその展開に、志村家の2人が待ったを掛けた。

 

「えっと…土方さん?その緋村さんという方は誰なんですか?私達にはさっぱり…」

「あぁ、真選組が一目(いちもく)おいてる侍だ。唯一、幕府の人間以外で帯刀許可が下りている人でもある」

「一般人に…帯刀許可…?」

 

前代未聞の事に、新八も妙も驚いたような表情を見せる。この世の中、木刀を持っているだけでも因縁をつけられるような時代だ。そのご時世に帯刀許可が下りる侍とは…一体どんな人物なのだろうか?

 

「かく言う俺もよ、その男に諭された1人よ…」

 

新八の肩をガシッと抱きながらにやりと笑う。

 

「え、左之さんが?」

「あぁ、アイツが居なかったら…今頃俺は、まだ幕府や天人に喧嘩を吹っ掛ける喧嘩屋・斬左のままだったろうよ…」

 

近藤、土方、そして左之助。この3人が口を揃えて言うのだ。まず、その“緋村”という男が神楽に何かをしたということは考えられないだろうと…新八の中で結論付ける。

 

「なら…尚更、神楽ちゃんは何処に…」

 

とりあえず、万事屋に銀時が戻っているかもしれないと、一度新八は万事屋に電話を入れる。しかし、万事屋の電話に誰かが出ることはなかった。

 

「…駄目元で…」

 

今度は、スナック・お登勢の方に連絡を入れてみる。電話に出たのはお登勢だった。

 

「あの、お登勢さん?神楽ちゃん店に来てませんか?」

『いや、今日は昼からこっち来ちゃいないよ。なんだい、何かあったのかい?』

「実は、神楽ちゃんが居なくなっちゃって…。銀さんと手分けして探してるんですけど…」

『…まぁ、あの娘のことさ、大丈夫だとは思うが…心配だね…』

 

とりあえず、戻ってきたら志村家の方に連絡をくれるよう頼んで電話を切る。

 

「どうだ、居たか?」

 

土方の言葉に、新八は首を横に振る。

 

「万事屋には誰も居ませんでした。お登勢さんの店にもいないようです…」

 

ますます不安は募る。江戸には夜兎族と知ってその力を利用しようと考えている輩も少なくない。神楽との出会いも、そんな連中から救い出したのがきっかけだった。

 

「神楽ちゃん…」

 

もしも銀時が向かった公園に神楽が居なければ、もうこれ以上の手がかりは無い。どうしたものかと考えていた時だった。土方の携帯が鳴る。

 

「もしもし、俺だ。…なんだ、山崎か。どうした?」

 

どうやら電話は山崎かららしく、電話の内容に耳を傾ける。暫く黙っていた土方だったが…突然、その表情が変わった。

 

「はぁ!?その取引は明日じゃなかったのか!?」

『そ、それが急に奴ら動き出しまして…!!このままでは奴らに逃げられてしまいます!!』

「チッ…!!」

 

攘夷志士と幕府の金のやり取りを明日、剣心が抑えるというのが予定だったのだが…その予定は大幅に狂ってしまった。

 

「おい、ザキ!!なんで奴ら、急に動き出した!?勘付かれたのか!?」

『いえ、そうではなくて…実は、俺もあまり詳しく調べる事は出来なかったんですが、“特上品”が手に入ったとかで…』

「特上品…?」

 

天人が江戸の町に来てからというもの、色々なものが市場に流れるようになった。それは表の市場だけではない。闇市場もまた然りだ。

 

「…単純に考えると薬だな…」

『しかし、例え薬だとしてもあまりに急すぎます…』

「だな…。クソッ…!!」

 

今から剣心と連絡を取っていたのではとてもじゃないが間に合わない。そもそも、剣心が何処にいるのかすら分からないのだ。かぶき町のどこかに居る事は確かだが、かぶき町と一口に言ってもとてつもなく広い。いつも剣心を探している山崎は、とてもじゃないがすぐには動けないだろう。

 

「かといって、総悟に探させるのもなぁ…」

 

ガシガシと頭をかきながら、どうしたものかと考える。そもそも…特上品が何なのかすら分からない。

 

「ザキ、お前はそのまま奴らを探れ。特上品ってのが何か分かったらすぐに連絡を入れろ」

『了解です!!』

「あと…無関係たァ思うが、神楽が行方不明だ」

『え、神楽ちゃんが?』

「あぁ…。今、万事屋と新八が探しているが、皆目検討が付かないらしい。お前が緋村の旦那と一緒に居るのを目撃したと言っていたが、その後の足取りが分かっていないようだ」

『分かりました、合わせて調べてみます』

「頼んだぜ」

 

携帯を切ると、土方は抜刀し近藤を縛っていた縄を切る。

 

「近藤さん、屯所に帰るぞ。作戦の立て直しだ」

「…状況はよくないらしいな」

「あぁ…。旦那に連絡を取って、すぐにでも向かってもらわねぇと…」

 

しかし、それまでにその取引が終わってしまったら?今回が絶好のチャンスだった。これを逃したら、もう捕まえる事は出来ない。

 

「あの…」

 

今まで事の成り行きを黙って聞いていた新八が控えめに言葉を挟む。視線が新八に集中した。

 

「どうした、新八?」

「いえ…気になることが…。さっき土方さん、“特上品”って…言ってましたよね?」

「あぁ…」

「…今回、真選組が手を出せ無いと言うことは幕府絡みということですよね?」

「そうだ」

「……僕の予想が外れているならそれでいい。いや、そうであって欲しい…。けど…可能性的に…高い…」

 

グッと言葉を詰まらせる新八だったが、真っ直ぐと近藤・土方を見据えて言った。

 

「その“特上品”が…神楽ちゃんって可能性は考えられませんか?」

 

その言葉に、その場に居た誰もが驚いた。ここで何故神楽の名前が出てくるのか…?そんな視線を受け、新八は続ける。

 

「神楽ちゃんは夜兎族です。夜兎族は戦闘種族だし、その力はとてつもなく強い…。以前、神楽ちゃんはチンピラ達に協力させられていた時期がありました。夜兎の力を利用して、神楽ちゃんを用心棒代わりにしていたんです…」

「……なるほど、確かにそれは奴らにしてみりゃ“特上品”だな…。幕府との取引ってんなら、相当な金が動くだろう…」

 

あくまで可能性でしかない。しかし…その可能性は、高い。

 

「おーい、取り込み中に失礼するよー」

 

その時、間の抜けた声が聞こえてきた。一同がそちらに視線を向けると、そこには…

 

「あら、銀さん…?」

「よー、お妙。勝手に上がらせてもらったぜ…」

 

銀時が居た。初見の左之助だけが、彼の存在に疑問を抱いていたが他全員は銀時がここに来る事をまるで予想していたかのように…冷静な反応を見せる。

 

「ぱっつぁん…神楽はいたか…?」

「いえ…。それどころか、誰かに連れ去られた可能性も…」

「あぁ、だろうな。俺もその情報を仕入れて持って来た。ジミー君に連絡したら、近藤もトシもここだって言うからよ、直接来たってワケだ…」

「情報を…手に入れただと!?おい、銀時!!その情報はどこからだ!?」

 

土方の言葉を受け、全員を見渡しながら口を開く。

 

「まず、昼に神楽が1人の男と一緒に攘夷志士を叩きのめしたらしい。その時に助けたっていう、天人の女から聞いた話だ」

「助けたって…神楽ちゃんがですか?」

「まぁ、正しくは神楽とその男だな。その騒動の後、幕府の人間だという男が天人の女に攘夷志士達を倒した娘…つまり、神楽についてかなりしつこく聞いていたようだ」

「なるほど…。それで、チャイナさんが夜兎族だと気付いたわけか…」

「あぁ…その女にどんな事を話したのか詳しく聞いたんだが…“傘を差したとてつもなく強い女の子で、肌は透き通るような白さだった”という説明をしたらしい。」

「どれも夜兎の特徴と一致する…」

 

結局、それから神楽がどうなったのかは分からなかったが、これだけしつこく情報を集めているという事は神楽を…夜兎族を必要としているとしか考えられない。

 

「更に…運が悪い事に…」

「何だ、まだ何かあるのか?」

「……真選組(おたくら)が今回とっ捕まえようとしている攘夷志士…超過激派の高杉一派の下っ端だ…」

「…高杉…一派だと…!?」

 

高杉一派という言葉を聞き、近藤と土方に緊張が走る。高杉一派と言えば、鬼兵隊(きへいたい)を率い、幕府を…いや、この世界を無き者にしようと考えている攘夷志士の中でも、最も危険な存在だ。

 

「ま、待ってください銀さん!!なんでそんな奴らが神楽ちゃんを…!?」

「目的は…俺だ…」

「銀さん…?目的が銀さんって、それ…?」

「神楽は取引の材料ってのもあるが……俺をおびき寄せる為の餌って役割もあるってことだ」

「待て、銀時。何故、高杉がお前の仲間に危害を加えてまでお前をおびき寄せる必要がある?お前ら……過去の話とは言え、攘夷戦争で共に戦った仲間だろ?」

 

攘夷戦争…その言葉に、僅かに左之助が反応を示す。殆どの連中が銀時に視線を向けていた為、それに気付く事はなかったが…左之助は心中で別のことを考えていた。

 

(高杉つったら、確か後期の戦いで鬼兵隊を率いていたバカ強いって噂の…。あの銀髪が、その男と仲間ってことか?ってことは、この銀髪も攘夷戦争に参戦していたという事か…)

 

左之助も攘夷戦争に僅かの期間ではあるが赤報隊の一員として参戦していた。しかし、その時期はあまりに短かった為、攘夷戦争のことはあまり詳しくは知らない。後期の戦いの事など、ほとんどと言っていい程知らなかった。

 

(相楽隊長が殺されて…一番荒れていた時期だったからな…)

 

しかし、高杉・桂・坂本という名前だけは知っていた。攘夷戦争前期の有名人が、左之助もよく知る剣心だ。

 

(けど待てよ?高杉も桂も今となっちゃ真選組に追われるテロリストだ。坂本って奴がどうなったかは知らねぇが……少なくとも、この銀髪の名前はあの時の攘夷戦争では上がらなかったはずだぜ…?)

 

銀時、などという名前の志士の名前はあの戦争では有名になっていない。ということは、そこまで知られては居ないのだろうか?しかし、高杉の仲間だというからにはやはりそれなりに強かったことに変わりは無いはず。そこまで考えて…ハッとあることを思い出す。

 

(そういや…名前の知られてねぇ…化けもんみたいに強ぇ奴が居たって…。確かそいつの二つ名ァ…)

 

必死に考えている左之助だったが、その間にも話はどんどんと進んでいく。

 

「あぁ、トシの言う通り…確かに俺と高杉はあの時は仲間だった。いつからだろうなァ…アイツらと、俺が(たが)えちまったのは…。目的は同じはずだったのによォ…」

 

フッと笑いながら、あの時のことを思い出す。背中を預けあい、共に戦った戦友だった。それどころか、子供の頃から同じ時間を過ごしてきた幼馴染だった。

 

しかし…高杉は今、復讐に取り付かれた鬼となり邪魔となる物を排除し、利用できるものを利用しようとしている。

 

「恐らく…俺がどう動くか…。高杉の鬼兵隊に入るか否か…。それを試したいんだろうよ…」

 

ハァ、と溜息をつきながらめんどくさそうに頭をガシガシと掻く。

 

「正直、俺ァ…攘夷だなんだってことには興味はねぇ。ヅラからもしつこく誘われたがよ、別に今更この国をひっくり返そうなんざ思っちゃいねぇよ。だから高杉の鬼兵隊にも更々興味はねぇ…」

 

ただな…と、銀時は自分の木刀を握り締め…ギラリと輝く瞳を土方に向けた。

 

「俺は…俺の護りてぇもんに手ぇ出した奴は、何があっても許さねぇ。それが例え、かつての仲間だったとしてもだ…」

 

銀時はそれを、己の木刀に誓った。この木刀が届く範囲は自分の国だと。自分と共に過ごしている仲間は…護るべき家族だと。

 

「…じゃあ…万事屋、お前は行くのか?」

「あぁ、行く。場所はザキに聞いた。本当だったら幕府絡みのことだから俺は動かねぇ方がいいのかもしれねぇがよ…」

 

その場に居る全員に背を向け、スタスタと部屋を後にしようとする。歩きながら…銀時は口角を吊り上げ…

 

「護りてぇもん掻っ攫われて…黙っているほど、俺もお人好しじゃないんでね」

 

そう、言った。その背中はいつものだらしない銀時からは想像もつかないほど逞しく、そして心強い。

 

「まぁ、俺はあくまで神楽を取り戻すってだけで…幕府云々と関わるつもりはねぇから、そっちの方は真選組(おたくら)が雇ったもう1人に頼んでくれや…。あぁ、それから…」

 

握る木刀にギリッと力が篭る。

 

「万が一、高杉と俺が接触した時は…俺達には一切関わるな。これは…俺1人でケリを着ける…」

 

高杉が一体何を企んでいるのかは分からない。ただ、師を殺した奴に復讐を考えている…これくらいのことしか分かっていないのだ。故に、何故今更…神楽をさらってまで銀時に接触しようとしてるのかが分からない。

 

「任せて…いいんだな?」

 

近藤の問いに、銀時は静かに頷く。

 

「銀さん!!僕も行きます!!」

「新ちゃん!?」

 

1人行こうとする銀時に、新八が後を追った。それを妙は止めようとしたが、その前に…銀時の足が止まる。

 

「銀さん…僕だって神楽ちゃんを助けたい…。だって僕達、3人揃って…“万事屋銀ちゃん”でしょう…?僕に何が出来るかは分かりません。けど…!!」

 

神楽を救いたいという気持ちに、変わりは無い。

 

「新八」

「…ッ、はい…」

 

止められると思った。その声が…いつもの銀時とは違う、とても真剣な声だったからだ。

 

だが…

 

「…ノーヘルでいいなら、原チャリの後ろな」

「…はいッ!!」

 

振り向きニカッと笑った銀時は、いつもと同じ…新八のよく知る彼だった。

 

「おいおい、俺達の前で堂々と道路交通法違反宣言か?」

 

近藤が笑いながら言う。

 

「ストーカーゴリラだけには言われたくありませんねぇ、コノヤロー」

「なっ!?」

 

それにいつものように言い返す銀時。そんな様子を見ていた土方は、紫煙を吐き出しながら銀時を見つめる。

 

「今回、俺達は派手に動けねぇ。だが必ず、そっちに助っ人を向かわせる。俺達の切り札を…」

「…あぁ、そっか…。高杉だけじゃなくて幕府も絡んでるんだったなぁ…。じゃあ、そっちは真選組(おたくら)に任せるわ」

「あぁ」

 

ヒラヒラと手を振りながら去っていく銀時の後ろを新八が追いかけ、2人は志村家をあとにした。全員がその背中を無言で見送っていたが…ふと、左之助は妙に視線を向ける。自分の弟が危険な場所に向かおうとしているその姿を見送るというのは…どんな気分なのだろうか…?

 

「お妙、いいのか?新八の野郎、あの男に付いて行っちまったぞ?」

「えぇ、いいんです。新ちゃん…一度言い出したら聞かないし。それに…」

 

左之助に向き直り、妙はフワリと笑う。

 

「銀さんが…彼がいますから。きっと大丈夫…」

 

そこからは、絶対の信頼が伺えた。

 

「…へぇ、随分信用してるんだな…」

「だって、新ちゃんの雇い主ですもの。それに…銀さんは強いですから…。もちろん、新ちゃんも…」

 

銀時と共にいる時間が、新八自身を強くしている。どこか頼りなかった弟が、侍としての目を見せるようになったのだ。

 

「新ちゃんだって侍だもの。護りたいものの為にだったら、剣を振るうわ。銀さんの背中を見て、それを学んでいますから…」

 

いつだって銀時は神楽と新八を護るために…自分の大事なものを護るために戦ってきた。その背中を見続けてきた新八は、無意識の内にそういう銀時の信念を身に付けたらしい。だから今回の事も、言葉では止めようとしたが止めるのが無理な事は分かっていた。

 

「…なるほど、野郎の背中に惚れちまってるってことか…」

「いつもはだらしないマダオなんですけどね。けど…銀さんはやる時はやる人…」

 

だからこそ、新八を安心して預けられる。妙の瞳はそう物語っていた。

 

「…俺もよ…オメェの弟みてぇに、人柄に惚れちまってる男がいるんだわ」

「…左之さんが?」

「おうよ。そいつはよ、侍で…過去に沢山の人間や天人を殺してきた人斬りだ。けどな…今の銀髪と一緒で、この国を…苦しんでる人達を護りてぇって思ってやがる奴よ。何だろうなァ…」

 

銀時とろくに話したこともないのに、左之助は思った。

 

「さっきの銀髪と、俺の知り合い…似てるような気がするわ…」

 

クッと口角を吊り上げて、まるで銀時達の後を追うようにその場を後にしようとする。それを、近藤が止めた。

 

「待て、斬左!!まさか、お前も行くつもりか!?」

 

しかしそんな近藤に言葉に、いやと首を横に振る。

 

「アンタらの探してる“旦那”を呼びに行こうと思ってな…」

「……!!斬左、お前…旦那の居場所知ってんのか!?」

 

土方に問われ、左之助は振り返る。そして得意げに笑いながら…

 

「知ってるも何も、アイツは俺の住んでる長屋に居るぜ?俺が不在の時は自由に使っていいって言ってあるからな」

 

そう言った。左之助が不在の時…つまり、仕事で家を空けているときだ。そして今日はまさに、その時である。

 

「剣心が今日、俺の住んでる長屋に来る事は事前に知らせが来てたから知ってる。だからよ、俺が剣心に今の情報を伝える。アイツ…場所は分かってんだろ?」

「あぁ、取引場所は今日知らせてあるからな。…トシ、山崎からの連絡で取引場所の変更という情報はあったか?」

「いや、無かった」

「ならば、問題ないだろう…」

 

それを聞くと、近藤・土方・左之助はそれぞれ頷き合う。

 

「というわけで、ワリィなお妙。今日はこの辺で帰るわ…。ゴリラも帰るってんだから心配ねぇだろ」

「そうですね、ストーカーの心配はなさそうだから…今日は大丈夫ですよ」

「お妙さん!?何気に酷いです…!!」

「おら、近藤さん!!屯所に戻るぞ!!」

「お妙さァァァァん!!」

「しつけぇ男は嫌われんぞ、ゴリラ!!」

「やかましい、斬左!!」

 

そして、さっきまでの賑わいが嘘のように静まり返る。妙だけが1人、皆が出て行った玄関を見つめていた。

 

「きっと…全員無事で戻ってきてくださいね…」

 

本当だったら自分も銀時と共に行きたかった。他の誰でもない、妹のように可愛がってる神楽を自分も一緒に助けたかった。けれど…自分が行けば足手まといになることは明白。

 

「私には私のやるべき事がある…」

 

妙は静かに居間に戻り、座布団に座って静かに目を閉じた。

 

「みんなの無事を、信じて待つこと…」

 

銀時がいるから、新八がいるから…。

 

だから…

 

「それが、今の私にできること…」

 

信じて待つことが出来る。スッと目を開いたその瞳は…

 

「もし、神楽ちゃんに何かあったら全員許さないんだから…」

 

とても強く、そして確かに…男達の背中を見据えていた。




(にじファン初掲載 2011年6月17日)


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【第三幕】2人の男、2人の伝説≪後編≫

「銀さーんッ!!」

「何だぁ、新八ィ!!」

 

現在、銀時と新八は攘夷志士と幕府が何らかの取引をすると思われる場所へ向かっている。銀時が運転する原付の後ろに、新八がノーヘルで乗ってる状態だ。スピードもそこそこ出ている。しかしそんな中で…新八はあるものを見つけた。というか…見つけてしまった。

 

「隣を走っているトラックの後ろに、何か引っ付いてるんですけどォ!!」

「おーい、新八くぅーん?神楽を助けに行く前に1人、夢の中ですかァ~?」

「アンタだって見えてるでしょうが!!現実を見ろ!!てか、メッチャこっち見てるんですけどあの人!?」

「目を合わせるな。合わせたら呪われるぞ…」

「アンタは何の話をしてるんですか…!!」

 

呆れながら…しかし、気付いてしまったものは仕方が無いし、見て見ぬフリも出来ない。トラックの後ろに引っ付いている“何か”。それは…

 

「“何か”ではない、桂だ…」

 

攘夷志士の1人、桂 小太郎だった。

 

「おい、ヅラァ!!お前、どういうつもりだコノヤロー!!」

「ヅラじゃない、桂だ!!どうもこうも、目的はお前達と同じだ!!」

「同じって…俺らが何しに行こうとしてるか分かってるわけ?」

「リーダーを助けに行くのだろう?」

「なんで知ってんですか、桂さん!?」

 

ビシッと新八が指差して問えば、フッと得意げな顔をする桂。桂が口を開こうとするが…

 

「新八、お前気付かなかったのか?天井裏に隠れて俺達の話を聞いてたんだぜ、コイツ…」

「え、マジっすか!?てか、アンタ人ん()で何やってんだァァァ!!??」

「すまない新八君、あの場に真選組が居なければ堂々と侵入していたのだが…」

「え、この人サラッと不法侵入発言しましたよ銀さん!?」

「今更だろ、今更!!」

 

何とも異様な光景である。トラックの後ろに捕まっている人物と並走しながら喋るなど…普通ならば考えられない光景だ。

 

「それに…お前達の話を聞く以前に、俺達の元にも情報は来ていた。高杉(やつ)が…手下を使って何か取引をすると…」

「へぇ、幕府が絡んでる割には随分と情報が流れてるなァ!!」

「…銀時、気付いているとは思うがこれは…」

「あぁ、俺達をおびき出してる…。それは間違いねぇな…」

 

それを伝えようと桂は万事屋に向かったのだが、万事屋はもぬけの殻。お登勢に聞けば、銀時は分からないが新八は実家に帰っているという情報を得た。それならそこに銀時も来るかもしれないと思い、新八の家へと向かったのだが…玄関には見知ったパトカー。もちろん、堂々と入る事ができるはずも無く…天井裏に忍び込むという方法を取ったのだ。

 

「しかし、何故リーダーを?」

「神楽は俺達の仲間であると同時に夜兎だ。確かに俺を釣る餌にもなるが、金にもなるんだよ!!ったく、一石二鳥って素晴らしいね!!」

「チッ…何処までも腐っているな…」

「全くだぜ!!それに、あのジャジャ馬が大人しく幕府の言う事なんか聞くかよ!!」

「神楽ちゃんなら…幕府を内側からものっそい勢いで破壊しちゃいそうですね…」

 

想像してゾッとした新八である。そこらに居る攘夷志士達なんかよりも凄いことを仕出かしそうだと思ってしまう。

 

「………銀時、ここは作戦を変更してリーダーを幕府にくれてやらんか?そうすれば、我々の国が戻ってくるやもしれん…!!ここはあえてリーダーを幕府に送り込んで…!!」

「「黙れ、このテロリスト!!却下!!」」

 

名案だと言わんばかりの桂の提案を、光の速さで却下する2人である。真顔で言ってくるから、何処までがマジで何処までが冗談なのか判断に困る。

 

「というのは冗談で…」

「嘘吐け、今のはマジだっただろうが!!」

 

ギャンギャン怒鳴る銀時に「前を向いて運転してください!!」と必死に新八が説得をする。新八の最もな意見に、反論も出来ず…小さな声で「後で覚えてろよ」と言って、視線を前方へと戻した。

 

「ところで新八君。君の家に見知らぬ男が居たが…あれは誰だ?お妙殿の想い人か?」

「違いますよ!!対ストーカー用に雇ったボディガードです!!」

「ほう…。あの男、中々の腕を持っているようだが…」

「何か、元々“喧嘩屋・斬左”って呼ばれてたらしいですよ?」

「喧嘩屋の…斬左…?」

 

その名に、桂は心当たりがあった。斬左の名はそれなりに知れている。まぁ、興味の無い人間にしたら全く知らない名前だろうが、攘夷活動をしている桂は別だ。当然、斬左という腕の立つ喧嘩屋がいるという事も把握していた。

 

「なんだァ?そんな奴居たかァ?」

「って、銀さん気付いて無かったんですか!?」

「お前の家に居た奴らつったら、ゴリラと多串君とお妙とお前と俺と…そういやもう1人居たな…」

「気付いてんじゃねぇか、オイィィィ!!!」

「おい、銀時!!俺を忘れるな!!」

「そしてアンタは張り合うなァァァ!!!」

 

ビシッといつも通りの鋭いツッコミが入る。そういや居たなぁなどと呟きながら、ちらりと桂に視線を向ける。何か…考えているようだった。

 

「ヅラァ、お前器用だな~!!トラックに掴まったまま考え事たァ…!!」

「喧しい!!攘夷志士たるもの、いかなる時でもどんな状況でも冷静に物事を考えねばならんのだ!!そんなことより…新八君の家に居た斬左という男…。確か、赤報隊の生き残りだぞ…?」

 

赤報隊という言葉に銀時は「ん?」と首を傾げた。

 

「赤報隊つったらアレだな…俺達が攘夷戦争に参戦する前に戦ってたっつー…」

「あぁ、少人数の部隊で戦い続けたというあの赤報隊だ」

「あ、それなら僕も聞いた事があります!!確か、赤報隊を率いていた隊長の名前は相楽 総三という…ひ、と……!?」

「どうした、新八君?」

 

新八は自分の口で赤報隊の隊長の名前を言って、あることに気付く。そう…

 

「左之さんの苗字も…“相楽”でした…」

「左之さん?…斬左のことか?」

「はい、本名は“相楽 左之助”さんです!!」

「おいおい、どういうことだよヅラ。赤報隊の隊長さんは子持ちだったのか?」

「いや、それはありえんぞ?結構な若さだったと聞いている…。とてもあんな大きな子供がいるとは思えん…」

「まー、乱れきった世の中ですこと!!」

「アンタが言うなよ!!」

 

左之助と、赤報隊の隊長の苗字が同じだという事に。苗字が同じということはよくある話だが、同じ赤報隊に同じ苗字の人物がいるという偶然が…果たしてあるのだろうか?

 

「まぁ、とりあえずその話は後だ!!直接本人に聞きゃいいだろ!!どぉーせ、お妙の家にしょっちゅう居るんだろうし!!」

「それもそうですね…」

 

しかし、今は赤報隊よりも鬼兵隊だ。目的地もそろそろ近い。

 

「えっと、場所は江戸外れの港でしたよね…?」

「あぁ、そうだ!!ったく…あんなところで何をしようってんだ、高杉の奴は…」

「それは分からん。だが…良からぬ事だろう。ならば、我々が止めねばなるまい…」

「だな…」

 

幼い頃からの友、そして攘夷戦争で背中を預けあって戦った同志。それが…“ある人”の死によって、壊れてしまった。桂は穏健派とは言えど攘夷志士に、高杉は鬼兵隊を再結成して超過激派の攘夷志士に、そして銀時は…自由に生きる万事屋に…。

 

「銀時よ…人とは、本当に分からぬ生き物だな…」

「そーだねぇ…」

「俺はな…お前が一番の危険人物になるだろうと思っていた」

「はぁ?ふざけた事言うなよ、ヅラ!!こーんなにやっさすぃー銀さんが過激派のテロリストなんかになるかっての!!」

「いや、自分で優しいとか…言ってる時点でありえないし…」

「新八くーん?風の音でよく聞こえなかった~!!」

「アンタの耳は本当に都合がいいな、オイィィ!!!」

 

そう…桂がそう思うのには理由があった。

 

「…お前は……」

 

高杉・桂・坂本・銀時。この4人の中で世界を恨んでいるとすれば…坂本を覗いた3人だ。この3人には共通の事件が起きた。しかしこの3人の中でも、最も世界を恨んでいるのは…他の誰でもない、銀時だということを桂は知っている。それを口にしようとしたが…

 

「どうしたんですか、桂さん?」

 

今は新八が居る。そして…銀時は何も言わない。ただ前を向いて運転をしているが…その表情は冴えない。桂が言わんとしていることが分かっているのだろう。それ故に、「今は何も言うな」と…その表情が物語っていた。

 

「いや、何でもない…」

「……?」

 

恐らく、誰にも何も話してはいないのだろう。ただ、自分が攘夷戦争に参加していた事と白夜叉と呼ばれていたということしか。だからこそ、銀時は桂の言葉を濁すようにふざけて返事をしたのだ。新八は相変わらず不思議そうに桂を見つめていたが、フゥと小さく息を吐いて銀時の調子に合わせる。

 

「考えてもみろ。お前は白夜叉と言われた男だぞ?高杉なんかよりもずっと危険人物だと思っていた」

「言ってろ、ヅラ!!実際、俺よりも高杉の方がずっと過激になっちまったじゃねぇか!!しかも、鬼兵隊を復活させただと?ったく…本当に何を考えてやがるんだアイツはよォ!!ヅラ、何か知らねぇか?」

「俺が知るわけ無いだろう!!それからヅラじゃない、桂だ!!」

「同じ攘夷志士なのに知らねぇのな」

 

幼馴染の中でも感情に素直だった高杉。だからこそ、彼は今、過激派攘夷志士として世界を壊そうとしているのかもしれない。師を殺された恨みを晴らす為に。しかし、分らない事も多々あった。

 

「大体よォ、なんで今更俺達をおびき出してんだ?」

「それは分からん。あわよくば、鬼兵隊に入れようという魂胆なのだろう。かつての同志であれば…裏切りのリスクも少ないと考えたか、それとも“白夜叉”としてのお前の力を欲しているか…」

「ありがた迷惑だっつーの!!」

 

それは何故、今更になって銀時をおびき寄せるような事をしているのかということだ。直接万事屋に訪れるのではなく、神楽を誘拐してまで銀時を誘き出す理由。攘夷志士達に情報を垂れ流しにしてまで桂を誘き出す理由。高杉の考えが分からない。あまり迂闊に動く事は出来ないが、かといって仲間を見捨てることも当然出来ない。

 

「ま、なんにしても俺達はただ神楽を奪還できればそれでいい!!なっ、新八!!」

「もちろんですよ!!」

「うむ、俺も同感だ」

 

顔を合わせれば、お互い素直になれず何だかんだと言い合いにもなるが、誰か1人掛けても万事屋は成り立たない。それは、神楽然り、新八然り、そして当然ながら銀時然りなのだ。

 

「ところで銀時、お前…まさか木刀しか持ってきていないわけではあるまいな?」

「あぁ?俺の武器はいつだって“洞爺湖(こいつ)”に決まってるだろ!!」

「真剣を持ってきておらんのか!?」

「それだったら新八だってそうだろうが!!」

「はいぃぃ!!??なんで僕にまで飛び火するんですか!!大体、真剣なんて持ってるわけ無いじゃないですか!!廃刀令のご時世ですよ!?」

「そうそう、攘夷志士じゃあるめぇし!!」

 

しかし…と銀時は思う。高杉相手に、万が一戦う事になったら…木刀では勝てないだろうと。

 

「ま、何とかなるさ」

「お前はいつでも楽観的だな…。攘夷戦争の時も、お前は勝手に進軍して…」

「あーっ、あーっ!!何でそんなどうでもいい事ばっか覚えてるんだよ、テメェは!!だからヅラなんだよ!!」

「ヅラじゃない桂だ!!というか、何の関係があるのだ!?」

 

そんな会話を繰り広げている間に、目的の場所へと到着する。銀時は適当なところに原チャリを停め、桂はスタンとトラックから飛び降りる。

 

「ところで桂さん、今日…エリザベスは…?」

「エリザベスは集会場に置いてきた…。今回はあまりにも危険すぎるからな…」

「つーか、目立つだろ。あのオバQ…」

「オバQじゃない、エリザベスだ!!」

「あーはいはい、分かりました。とりあえず…どこかに身を潜めて様子を伺いましょう…」

 

新八の言葉にそれぞれの気が引き締まる。

 

「さぁて…高杉は来るかねぇ…?」

「それも奴次第だ。手下しか動いていないのであれば、来る事はないだろう。しかし…」

「桂さんと銀さんを狙っているなら…」

「心配するな、新八!!とっとと神楽を見つけて、とっとと帰ぇるぞ」

「はい…!!」

 

そして3人は、一足先に取引が行われる港へと足を踏み入れた…。

 

 

 

「おーい、剣心いるかー?」

 

その頃、一通りの話を終えた左之助は志村家から自分が身を置いている長屋へと戻っていた。もちろん、剣心に先ほどのことを伝える為だ。

 

「おろ…左之…?お主、今日は道場に行くと言ってはござらんかったか?」

「それがよ、予定変更だ。迎えが来てるぜ?」

 

クイッと左之助が顎で外を指す。首を傾げながらもそれに促されるように剣心が外に出れば、そこには見知った真選組のパトカー。

 

「…近藤殿、それに土方殿も…。何か緊急事態でも…?」

「あぁ、旦那。例の件だが、急遽変更になっちまった。今から取引が開始されるらしい…」

「今から…!?何故(なにゆえ)そのような事態に…?」

「とりあえず、話は現場に向かいながら話すって事で…。今は時間が惜しい」

 

土方に促されると、剣心は頷きパトカーの後部座席に乗る。それに続くようにして、左之助も乗った。

 

「何だ、斬左よ。結局お前も来るのか?」

「ったりめーだろ!!こんな面白そうな喧嘩を剣心1人に預けられるかってんだ!!」

「おい、喧嘩じゃねぇつってんだろうが…!!」

 

ハァと溜息を吐きながら、土方は煙草に火をつける。

 

「それで…一体何が起きたでござるか?」

「あぁ、実は…監査方の山崎から報告が入ってな。奴ら…“特上品”を手に入れたらしい」

「特上品…でござるか…?」

 

イマイチ話の掴めない剣心は首を傾げる。しかし、ミラー越しに見える近藤と土方の表情は、真剣そのものだ。

 

「実はとある筋からの情報でな…。昼間、旦那が助けたという天人の女から情報を得ることが出来たんだ。旦那、昼間にチャイナ服を着たバカ強ェガキと一緒に攘夷志士を片してくれただろ?」

「確かにそうでござるが…それとこれと、何の関係が…?」

「旦那が倒した攘夷志士と今回の取引には関係ねぇんだが…どうやら、その一部始終を今回の取引に関係する幕府の人間が見ていたらしく、天人の女にそのガキのことについて詳しく聞いていたらしい」

「…神楽殿のことについて?」

 

不審げに歪む剣心の表情を見て、いったん…土方は言葉を止める。そして…再び、静かに口を開いた。

 

「聞き出した内容というのは、神楽の特徴についてだ。傘を差して戦う滅茶苦茶強いガキ、そしてその肌は透き通るような白さ…。奴らが欲している情報は“夜兎族”の情報だ」

「……では、まさか特上品というのは…!?」

「あぁ…あの神楽だろうって事で結論付いた」

 

確かに、神楽は自ら夜兎族だと言っていた。聞いて、神楽の強さに納得したぐらいだ。それに、夜兎族が攘夷志士や裏の世界で生きる者達の格好の餌食になっていることも知っている。

 

「それで、神楽殿は…!?」

「神楽を預かってる男の話によれば、行方不明らしい。こりゃもう、奴らに攫われたと考えて間違いねぇだろ…」

 

クッと剣心が表情を歪める。神楽と分かれたとき、もう日も暮れかけていた。自分が家まで送っていればこんなことにはならなかったのではないかと思うと…悔やまれる。

 

「まぁよ、何であろうと助けりゃいいだけの話だろ?」

「あぁ、斬左の言う通りだ。言う通りなんだが…」

 

近藤が言葉を濁す。土方の表情も…あまり冴えない。

 

「何か他に問題が…?」

 

あまり、いい予感はしなかった。剣心の問いに、土方が口を開こうとした時…

 

『局長、副長!!山崎です!!』

 

攘夷志士達の動向を見張っていた山崎から無線に連絡が入る。

 

「おう、そっちの様子はどうだ」

『ついさっき、万事屋の旦那と新八君が到着しました!!』

「そうか…って、もうかよ!?早くね!?ちょ、早くね!?アイツら原チャリで向かったんだよね!?」

「あの野郎…原チャリ何キロぶっ飛ばしやがったんだ…!!」

『さすが旦那ですねぇ…』

「馬鹿野郎、感心すんな!!」

『す、すみませんんんっ!!!』

 

こりゃ後でしょっ引く必要があるな…などと内心思いつつ、土方は山崎に先を促す。

 

『現在はまだ、旦那達も動きを探っている状態で動いていません。ただ…』

「ただ…なんだ?」

『どういうわけか、この場に桂も居まして…』

「桂だぁ!?なんで奴が居んだ!!」

『わ、分かりませんよ!!ただ、旦那と一緒に行動しています!!』

「万事屋の野郎、桂を呼んだのか…!?」

「いや、冷静になれトシ。いくらなんでも、この短時間で何処にいるかも分からない桂を呼ぶにはあまりにも手際が良すぎる…。これは、桂側も何らかの情報を得ていたと思うほうが妥当だろう…」

「まぁ、確かにな…」

 

高杉との問題もあるというのに、その場所に桂も居合わせたとなれば事は更に大きくなりそうだと溜息を吐く近藤だったが、それとは相反して土方はニヤリと口角を吊り上げている。

 

「まぁ、丁度いい。高杉も桂もまとめてしょっ引くいい機会だ…」

「まとめてって、お前簡単に言うけどなァ…」

「万事屋が言ってただろうが。高杉の方はサシでケリをつけるって。だったら俺達はその後に、奴らを逮捕すりゃいいだけの話だ」

「だが桂はどうする?万事屋と一緒にいるとあっては、下手に手出しが出来んぞ?」

「なぁに、港から離れた場所で非常線を貼れば…引っ掛かるだろう。総悟辺りに行かせりゃ、張り切るぜアイツ?」

 

フーッと紫煙を吐きながら言えば、それもそうかと近藤が笑う。

 

「ザキ、お前はそのまま敵の動きを見張れ。動きがあったら逐一こっちと…万事屋にも伝えろ。…その時、桂はあえて見て見ぬフリで構わねぇ。ちなみに緋村の旦那は既に俺達が連れてそっちに向かってるから、その件については動かなくて大丈夫だ」

『分かりました』

「あとお前の言っていた“特上品”だが…どうやら万事屋んとこの神楽のようだ」

『え、神楽ちゃん…ですか!?』

「正しくは“夜兎族”を欲していたってところだな。そっちについてはまだ確信を突いてねぇから、もう少し調べてくれ」

『了解です。その情報も旦那達に伝えますか?』

「むしろ、優先的に伝えてやれ。奴らも気が気じゃねぇだろうよ…」

『はい!!』

 

無線を切ると、ガシガシと頭をかきながら心底めんどくさそうに土方が溜息を吐いた。

 

「高杉だけかと思ったら桂も一緒だと…?ったく、なんでアイツはいつもいつも、こう面倒ごとを増やしやがる…」

 

しかし、それを絶好のチャンスに変えるのもまた銀時の凄さだ。故に、口で言うほど近藤も土方も悲観はしていなかった。

 

「近藤殿?今の話からすると、神楽殿を攫ったのは…」

「あぁ、すまん。話が途中だったな。チャイナさんを攫ったのは、超過激派の攘夷志士…高杉 晋助の一派だ」

 

高杉という名に、思わず剣心は何とも言えない感情を抱く。以前、松平に会ったとき…今、暴れまわっている高杉と桂は、剣心がよく知り恩を感じていた、高杉 晋作(たかすぎ しんさく)桂 小五郎(かつら こごろう)の血縁と聞いていたからだ。攘夷志士として動き回っている事は知っていたが、真選組がこんなにも敵視するほどとは思っても居なかった為…内心は複雑である。

 

「よぉ、お2人さんに聞きてぇんだが…」

 

今まで黙って近藤達の話を聞いていた左之助は静かに口を開く。土方が「何だ?」と先を促せば、少し思案した後…聞く。

 

「アンタらの言ってる、万事屋ってぇのは…さっきの銀髪の事か?」

「そういえば、斬左は新八君の家でも結局万事屋とは話さなかったな…。そうだ、銀髪天パのあの男が万事屋こと坂田 銀時だ」

 

坂田 銀時の名に、僅かに剣心は反応を見せたが…そこにいる誰もが気付かないほどの小さなものだった。いや、何となく予感はしていたのだ。神楽から渡された名刺にも万事屋と書かれていた。そしてその神楽が攫われた。その神楽を救う為に動いている万事屋。必然的に、銀時に辿り着く。そのまま、剣心は口を挟むことなく会話に耳を傾ける。

 

「その男…強ぇのか?」

 

左之助の表情は真剣そのものだ。当然といったら当然だろう。これから、超過激派で名高いあの高杉と一戦交えようというのだから。しかも、その高杉張本人とサシの対決をしようとしているくらいだ。生半可な強さでは返り討ちに遭う。そうなってしまっては、救えるものも救えない。それを危惧して左之助は問うたのだ。しかし、間髪入れず…近藤と土方が断言する。

 

「「強い」」

 

ほぼ即答の答えに、流石の左之助も目を見開いて驚く。

 

「そ、そんなにか!?てか、即答って…!!」

「万事屋は強いぞ。そこいらの攘夷志士達なんかよりも…遥かに」

「もし、今…高杉と対等に戦える奴がいるとすりゃあ、緋村の旦那か万事屋くらいだろう。もっとも…桂の強さがどれほどのものか分からねぇから、そっちに関しちゃ何も言えねぇが…俺や近藤さんを含めた真選組の誰よりも…強い」

「マジかよ…!!何モンだそいつ…!!」

 

あの鬼の副長と攘夷志士達から恐れられている土方が、自分を含めた“真選組の誰よりも強い”と言っているのだ。相当なものなのだろうという事は、左之助にもすぐに伝わった。一連の会話を黙って聞いていた剣心は…静かに口を開く。

 

「“銀色の髪を血に染め、戦場を駆けるその姿はまさしく夜叉”」

「剣心?」

 

その言葉にハッとなって近藤は剣心の方に顔を向ける。運転している土方も、ミラー越しに剣心の方に視線を向けた。剣心もまたそんな2人を真っ直ぐと見つめている。その視線はとても強く…

 

「その者、“白夜叉”であろう…?」

 

その言葉も、とても強いものだった。剣心の言葉に、近藤・土方両名は何も言葉が返せなかった。暫く…沈黙が続く。だが土方の小さな溜息で、それは崩れた。

 

「旦那の言う通りだ。坂田 銀時…アイツは、攘夷戦争後期で“白夜叉”と呼ばれていた馬鹿強い伝説の男だ。今じゃ、見る影もねぇ掴み所のねぇ野郎だけどな」

 

土方も、白夜叉としての銀時を詳しく知るわけではない。ただ、攘夷戦争で恐ろしく強かったということぐらいしか知らないのだ。それは土方だけではなく、近藤もまた然りだ。

 

「しかし旦那、何故奴が白夜叉だと分かったんだ?万事屋とは会った事ねぇだろ?」

 

今朝も、銀時は剣心が屯所に訪れる前に帰って行った。故に、顔を合わせることは無かったはずだ。だが、剣心は首を横に振る。

 

「屯所の前ですれ違ったでござるよ。腰に木刀を携え、着流しを着た銀髪の男と…」

「じゃあ丁度、旦那と万事屋が入れ違いになったって事か…」

「よくすれ違っただけで分かったな剣心?俺なんて、今お前が言わなかったら思い出せなかったぜ?」

 

確かに新八の家で、攘夷戦争で有名になった男が居たはずだと思案はした。だが結局思い出せず、考えるのを諦めたのだ。改めて左之助は新八の家に途中から入り込んできた銀髪の男を思い出す。

 

「感じたでござるよ、あの男の強さを。見てくれは確かに、ただの侍のようにも思えたが…内に強い思いを秘めていると…。それに、白夜叉のことは何度か新聞で見たことがあったでござるからな…」

「なるほどねぇ…。だが、とてもそんな強そうな男には見えなかったけどなァ…」

 

確かに、どこか強い信念は持っているように感じだ。だが、気だるそうな()とその口調からはとても、伝説の男“白夜叉”は連想できない。いや、そこから銀時と白夜叉を結び付けろという方が無理な話なのだ。

 

「まぁ、奴は基本ダラダラした生活をしてるからな。俺達も始めて知ったときは、そりゃ驚いたさ…」

 

ハハハッと豪快に笑いながら近藤は言う。しかし次の瞬間、その瞳は真剣なものとなり…改めて口を開く。

 

「だがな、アイツはここぞというときには…変わる男だ。いつも死んだ魚のような目をしてるがな、あれがギラギラと輝く時がある。どういうときか分かるか?」

「想像も出来ねぇ。どんなときだよ…」

 

死んだ魚のような目が輝くなんて想像もつかないと左之助が言うと、土方が紫煙を吐き出しながら言った。

 

自分(テメェ)の大事なもんを傷付けられたり、かっ攫われたりしたときだ。そして、絶対に護ると決めたもんを護るときだ…」

 

その時の銀時は、まるで別人のように瞳が変わる。それは時に、恐ろしく感じるときすらあるのだ。

 

「攘夷戦争で“白夜叉”と恐れられたアイツが、今…何を思っているかなんて俺達には分からんよ。だがな…」

 

近藤は思いをはせるように、窓の外に視線を向けた。

 

「時々、どこか遠くを見つめながら何か想いに耽っているときがあるらしい。万事屋の子供達がそう言っていた。理由は分からねぇ。いや…聞けねぇって言ってたな。その表情があまりにも悲しすぎて…」

 

銀時の過去を知るものは、殆ど居ない。ごく僅かなことしか知らないのだ。彼が白夜叉であること、攘夷戦争に参戦していた事、攘夷志士である桂・高杉がかつての仲間であったこと、快援隊社長の坂本と攘夷戦争で共に戦っていた事…。この程度のことしか分かっていないのだ。何故、攘夷戦争に参戦したのかも、桂達との繋がりが一体どのようなものなのかも、その繋がりが何を理由に途絶えてしまったのかも。

 

一切、銀時は語ろうとしないのだ。

 

「ただ…チャイナさんと新八君が一度だけ、万事屋に心の底から恐怖を感じたことがあるらしい」

「新八と…」

「神楽殿が…?」

 

暫くの沈黙、そして…

 

「奴の中に眠る“白夜叉”を見たときだ…」

 

静かな声で、近藤がそう言った。イマイチ理解が出来ない左之助は腕を組み、首を傾げていたが剣心には何となく…その意味が分かるような気がした。

 

(…彼が“白夜叉”に姿を変える…。それは即ち、拙者が“人斬り抜刀斎”に姿を変えるということと同じ…)

 

攘夷戦争を終えた後、剣心は刀を捨てたため…もうずっと人を殺めてはいない。だがもしこの手に真剣を持ち、人を殺めれば…またズルズルと人斬りの道に引きずり込まれるに違いない。

 

「何だよ、万事屋ってのと白夜叉は同一人物なんだろ?」

「何というか…同じであって同じじゃないと言うべきか…」

「意味が分からねぇな…」

 

ますます頭を悩ませる左之助に、今度は土方が口を開く。

 

「理性がぶっ飛んじまったんだと。ただ目の前の敵を殺す事しか考えねぇ…それこそ“夜叉”のような姿になっちまったと…。どうやら、敵がガキ共を手に掛けようとした時らしいんだが…その時に、完全に理性がぶっ飛んじまったんだろうな…。ガキ共が止めに入って我に返ったときは、自分は満身創痍、辺りは瀕死の重傷を負った敵だらけだったそうだ…」

「…なるほど…」

 

納得したように剣心は頷く。自分の場合が真剣で人を殺めた時に理性が切れてしまうなら、銀時は仲間を目の前で傷付けられたり殺された時。

 

「どうやら…拙者とその者…考え方だけでなく、そういった所(・・・・・・)も似ているようだ…」

「ん、どういう意味だよ剣心?」

 

何でそうなるんだと左之助が聞けば、剣心は苦笑を零す。

 

「拙者もいつ、“人斬り抜刀斎”に戻ってもおかしくは無い…ということでござるよ」

「…けど剣心は剣心だろ?今は人を殺してるわけでもねぇんだし…」

 

やはり納得が出来ないと腕組をする左之助に、やっぱり剣心は苦笑する事しか出来なかった。こればかりは言葉では表現がしにくい。恐らく、どんなに口で説明しても分からないだろう。その姿を、実際に見ない限りは…。

 

「まぁ、何となく旦那の言わんとすることは分かるよ」

 

シンとした空間に響くのは近藤の声。ポリポリと頭を掻きながら…

 

「時々…総悟がそういう状態に陥るからな…」

 

少し言いにくそうに、そう言った。沖田は真選組の中で(ひい)でて強いが、それと同時に感情の起伏も激しい。特に近藤の命が掛かると、誰彼構わず刀を振るう。それは直結して近藤への忠誠にも繋がるのだが、ギラギラとした目はまるで獲物を狙うハンターのようにも思える。

 

「流石に、副長官殿に刃を向けた時は肝が冷えた…」

 

今思い返してもゾッとすると近藤が言うと、それを思い出したらしい土方はフンと小さく鼻で笑う。

 

「俺ァ…あの時ほど、総悟を褒めたいと思ったこたぁねぇがな」

「トシ…」

「元新撰組だかなんだが知らねぇが、近藤さんを侮辱した…。総悟が刃を向けなかったら、俺がそうしていたところだ…」

 

思い出しただけでも虫唾が走るとハンドルを握る手に力が篭る。そんな土方の言葉に反応したのは、他の誰でもない剣心だった。

 

「元…新撰組、でござるか…?」

「あ、あぁ…俺達の方じゃなくて旦那がよく知る方の新撰組だ」

「ということは…あの頃の…」

 

新撰組隊士の殆どは攘夷戦争で命を落とし、生き残った者は幕府の手によって処刑されたと聞いていた。しかし、その生き残りが幕府の…しかもあろうことか、今の真選組の直属の上司とは一体、どういうことなのだろうか?

 

「てぇかよ…、ソイツも誇りってもんがねぇのかねぇ…?言ってみりゃあ、仲間を殺した奴らにヘコヘコ頭を下げてるってワケだろうが…」

 

自分だったら絶対に無理だと左之助が吐き捨てると、近藤は「いや」と首を横に振る。

 

「あの方は…大人しく従っているというわけではないらしい。あの目は…何かとてつもない事を考えている…そんな目だ…」

「内側から幕府を消そうってかい?まぁ、それも有りだな」

 

ククッと楽しげに笑う左之助を「笑い事ではないんだがなぁ」と近藤は肩を落とした。そんな彼らのやり取りを聞きつつ、剣心は考える。

 

(新撰組の生き残り、か…。果たして誰だ?一番隊組長だった沖田 総司(おきた そうじ)は剣の腕は凄かったが、肺を患っていたはず。他の隊の者達ももちろん強かったが…拙者が聞いた限りではことごとく戦死、あるいは処刑されたと…)

 

そこまで考え、ふと…1人の男の姿が脳裏を過ぎった。何度も剣を交えた三番隊組長の男。その男だけ…生死が分かっていない。単に自分の情報不足だと…そう思っていたが、もしやと剣心は思う。

 

「近藤殿、その副長官殿の名前は分かるでござるか?」

「あぁ、もちろんだが…どうした、旦那?」

「拙者と新撰組は切っても切れぬ(えにし)でござったからな。もしかしたら知っている者かもしれぬと…」

「なるほど…」

 

剣心の言う事も最もだと近藤は頷く。かつての新撰組と剣心の関係を例えるならば、今の真選組と万事屋のようなものだろう。もっとも、前者と後者では敵対云々では違うので、根本的には全く別なのかも知れないが妙な(えにし)で結ばれていることは確かだ。

 

「どの隊に所属していたかは知らんが、名は“藤田 五郎(ふじた ごろう)”だ。どうだ旦那、知った名か?」

「藤田…五郎…」

 

予想とは違う名前に若干戸惑う剣心である。少なくとも、そのような名の隊長は新撰組には居なかった。

 

「どうやら、その様子じゃ知らねぇらしいな…」

「左之の言う通りでござるよ」

 

ならば、各隊の下についていた隊士達の中の誰かかもしれない。各隊の隊長とはそれぞれ刃を交えたことがあるため、全員の顔と名前を把握している。だから、すぐに知らない者だと分かったのだ。

 

「まぁ、新撰組つっても結構な人数いたんだろ?」

 

土方の問いに剣心は「あぁ」と頷く。

 

「だったらいちいち名前なんざ覚えちゃいないだろうよ。まぁ、隊長格となれば話は別だろうが…そんな名前の隊長はその様子じゃいなかったみてぇだしな」

 

剣心がかつて、新撰組と壮絶な死闘を繰り広げた事は松平を通して話に聞いたことがあった。だから、隊長格の顔と名前を覚えていないという事は流石に無いだろうと思ったのだ。

 

「もしくは名を変えているか…」

 

思案しながら呟く近藤に、確かにその可能性もあると…同じように思案する剣心である。剣心の持つ“緋村 抜刀斎”が志士名であるように、“藤田 五郎”という名も偽りで有る可能性が高いのだ。ただでさえ、元新撰組という立場。そのままの名では、幕府が決して新撰組の介入を許したりはしないだろう。

 

「まぁ、分からんことを考えても仕方ないだろうよ。今は…」

「そうでござるな」

 

近藤の言葉に全員が頷いた。今は得体の知れぬ副長官の事を考えている場合ではない。これから起こるであろう戦いについて考えねばならないのだ。

 

「とりあえず、あまり近づきすぎると流石に俺達も言い訳が厳しくなるからある程度離れたところで2人にはパトカーから降りてもらうが…いいな?」

「承知」

「ま、しょうがねぇわな…」

「これから後のことは旦那と斬左に任せるが…」

 

一度、土方はそこで言葉を止める。どうした?と近藤が問えば、思案しながら溜息を吐いた。

 

「問題は万事屋達と桂だ…」

「あぁ、そっち…」

 

すっかり忘れていたと近藤が苦笑する。どうしたものかと思案する。

 

「ただでさえ万事屋は幕府から目を付けられている。それに加えて桂が絡んだとあっちゃ…流石にな…」

「ここは暗闇でよく見えなかった、相手は偽名を使っていて分からなかったということにしてはどうだろう?」

「それは無理がねぇか、近藤さん…」

 

すでに幕府のお偉方の事だ。桂と銀時の関係についても調べはついているはず。銀時には幕府が絡んだ取引だと言ってあるから、下手に動いたりはしないだろうが…そこに桂が加わったとなれば話もまた別だろう。

 

「とりあえず…」

「トシ、何を…?」

 

土方はおもむろに無線を取り、誰かに繋ぐ。相手は…

 

「おい、総悟!!聞こえるか!!」

『そんなデカイ声を出さなくても聞こえてますぜィ、土方さん』

 

沖田だった。めんどくさそうな声に頬を引き攣らせる土方だったが、ゴホンと咳払いをして気持ちを切り替える。

 

「ザキから連絡があった。万事屋と一緒に桂が動いているらしい」

『それ、俺も聞きやした。どうするんでィ?旦那と桂が一緒にいるとあっちゃ、無理に桂を捕まえる事はできやせんぜィ?』

「あぁ、そこでだ。一番隊と二番隊で港から少し離れたところに非常線を張れ。万事屋達と桂が別れたところで奴を捕まえる」

『なるほど、そいつァ名案でさァ。ただ、土方コノヤローに言われて動くってのが気に食わねぇ…』

「総悟、テメッ…!!」

 

無線を握りつぶしそうな勢いの土方である。後部座席で土方と沖田のやり取りを見ていた剣心と左之助は「相変わらずだなぁ」などと暢気なことを考えていた。近藤は隣で「また始まった」と頭を抱えている。

 

『けどしょうがねぇや。土方さん…手柄は俺達が貰いやすぜィ』

「好きにしろ」

『そして副長の座も俺が貰いやす』

「ふざけんな、バカヤローッ!!!!」

 

今、沖田がどんな顔をしてそんなことを言っているのか手に取るように分かる。それ故、土方の怒りにも拍車をかけた。ガチャンと投げるようにして無線を切ると、「絶対に殺す」などと物騒な事を呟く土方である。まぁ、これも毎度の事なのでパトカーに乗っている者達は「あぁ、またか」程度にしか思っていない。

 

「喧嘩するほど仲がいい、でござるか…」

「旦那、冗談でもよしてくれ…」

 

土方の言葉に思わず苦笑を零す剣心である。

 

「ま、まぁとりあえずこれで…桂の方は総悟が何とかしてくれるだろう…」

 

あとは銀時が全てを一任してくれと言っていた高杉だけだ。

 

「そもそも、高杉と万事屋殿は元々仲間だったのではござらんか?」

 

ふと…これまでのことを考えた剣心は疑問を抱く。桂、高杉、坂本、そして白夜叉こと銀時は同じ(こころざし)の元、天人を殲滅していった同志だったはず。話からするに、桂と銀時が共に行動している事からして、まずこの2人の友好関係は途絶えていないのだろう。ならば、高杉はどうなのだろうか?

 

「確かに…万事屋から攘夷戦争の時のこたぁ殆ど聞いた事ねぇが、前期の攘夷戦争で長州藩・薩摩藩・土佐藩・新撰組、中期で赤報隊と名が上がるように、後期では奴らの名前と高杉が率いていた鬼兵隊が有名だ。この事からしても、万事屋と高杉は確かにその当時は仲間だったんだろう。だが…」

 

ふと、新八の家で交わした時の銀時の言葉とその様子が土方の脳裏を過ぎる。

 

 

――万が一、高杉と俺が接触した時は…俺達には一切関わるな。これは…俺1人でケリを着ける…

 

 

「今は…そうでもないらしい…」

 

あの時の銀時からは僅かながらに殺気すら感じた。少し前の夏祭りで高杉一派がけしかけた機械(からくり)技師との騒動。そこに銀時が絡んでいたことを知ったのは、事件から数日経ってからの事だった。探りを入れていた山崎が偶然目撃した時の、高杉と銀時の様子は…とても再会を喜んでいるようではなかったと言う。その事からしても、高杉一派と銀時は既に決裂していると見て間違いないのだろう。

 

「桂と万事屋は…まぁ仲良くというわけではないらしいが、それなりの関係ではあるようだしな。桂が過激派から穏健派になったのも万事屋の影響らしい」

「へぇ…あの銀髪がねぇ…」

 

人は見かけによらないもんだなぁと呟く左之助に、「テメェも似たようなもんだろうが」と呆れたように土方が言う。

 

「更に…坂本との関係は…まぁ、友好といった感じなんだろうな。もっとも坂本は、現在攘夷活動は行っていないから真選組はノーマーク。奴は快援隊の社長となり、天人と人間の間で売買取引を行っている。それにより、違った方法で世を正そうとしている……らしい」

「らしい、というのは?」

「万事屋に聞いた話だ。野郎の話はいつも肝心な部分が抜けてやがるから解釈すんのに手間がかかんだよ…」

 

その度に、「もっと詳しく」「これが精一杯」「いやまだ何かあるだろう」「そういえばあったような」「それを教えろ」「思い出せない」…の繰り返しだ。1つのことを聞くのにこの会話を何度繰り返すだろうか?思い出しただけでも溜息が漏れる土方である。

 

「まぁ、万事屋も大概いい加減な男だからなァ!!」

 

豪快に笑う近藤であるが、その話を引き出す土方にしてみれば正直笑えない。勘弁して欲しいというのが本音だ。

 

「最も…本当に思い出せないのか、思い出せないフリ(・・・・・・・・)をしているのかは定かじゃねぇが…」

 

いつも肝心なところで思い出せないとか、そんなことあったかなとか…そういって銀時ははぐらかす。それは本人が意図的にそうしているようにしか思えないのだ。

 

「人にはそれぞれ語りたくない過去もあるでござるよ。万事屋殿にもそういったものがあるのでござろう…」

「野郎に語りたくない過去、ねぇ…」

 

想像がつかないと思う反面、白夜叉と呼ばれることを極度に嫌う銀時を思い出す。心底嫌そうな顔でやめてくれと言っていた。それに、攘夷戦争以前の話は頑なに話したがらない。聞こうとしても銀時が適当に話をはぐらかしてしまうのだ。

 

「まぁ、人間誰しもそういう話はあるだろうさ。トシ、お前にだって話したくない過去の1つや2つあるだろう?」

「……そうだな…」

 

近藤に言われ、脳裏を過ぎったのは総悟の姉である沖田 ミツバとの事。武州の時から共に居る近藤や沖田ですら、2人の関係はあまり深く知らない。それを見越して近藤はあえてそう言ったのだ。言われればもちろん、否定できるはずも無く苦虫を噛み潰したような表情で肯定する。

 

「ほぉ~、鬼の副長さんにもそういうもんがあるんだねぇ…」

「悪ぃかよ」

 

左之助に茶化され、更に不機嫌に拍車が掛かる土方である。

 

「………!!近藤殿、土方殿!!あれは…!?」

 

土方が左之助に何か言い返そうとした時、剣心が声を荒げた為それは中断となる。と同時に、全員の視線が剣心の指差した方へと向けられた。土方は前方を見つつ、チラリとそちらに視線を向ける。

 

「宇宙船…だな」

「あぁ、もしや…鬼兵隊か!?」

「ほぉ、立派なもんを持ってるねぇ…」

「あの旗印は何でござろうか…?」

 

旗印?と近藤が首を傾げると、舟の側面に何か刻印されていると剣心が説明する。しかし、残念ながら現在地からそれを確認することは出来ない。

 

「剣心、お前…視力スゲェな」

「そうでござるか?」

 

正直な話、宇宙船の旗印まで確認が出来たのは4人の中で剣心だけだった。別に他の者達の視力が低いというわけではない。剣心が特別良すぎるのだ。

 

「旗印は分からんが…まぁ、高杉一派の船と見てまず間違いないだろう」

「こりゃ、先に万事屋達が動きそうだな…」

 

できれば剣心達と合流し、共に行動というのが近藤と土方の作戦だったのだが…それを銀時に伝えていない。動きがあればすぐにでも銀時達は行動に出るだろう。

 

「山崎を使って万事屋達を待たせるか?」

 

近藤の言葉に思案する土方である。本来であれば待たせるのが得策だが、今の銀時の心情を思うと…待たせるというのはあまりにも酷だ。何せ、未確認とはいえ仲間である神楽を人質に取られている可能性が高いのだから。

 

「いや…ここは万事屋の判断に任せる。野郎も神楽をかっ攫われて、冷静でいられるほど出来た奴じゃねぇことぐらい、近藤さんも分かってんだろ?」

「…だな」

 

新八の家ではいつものようにノラリクラリと話していた。しかし、そこそこの付き合いである近藤と土方は見抜いていた。銀時が…余計な心配を掛けないようにしているということに。あの場には、戦いとは全く無縁の妙が居た。それを思い、銀時は悟られないようにしていたのだろう。揺らぐ気持ちを必死に抑え込んでいたに違いない。

 

「まぁ、万事屋は心配いらねぇだろ。桂も一緒だし、新八もいる。…新八の剣も中々だ」

 

たった3人、されど3人。この3人は決して弱くは無い。高杉一派の力がどれほどのものか分からないが、それでも大丈夫だと…そう言い切れる。

 

「よし、ポイントに到着だ。旦那、斬左…悪いが…」

「ここまでの案内、かたじけない」

「いっちょ暴れてくるからよ!!」

 

そう言って走り出そうとした左之助を土方が寸前で止めた。

 

「んだよ!!まさか、今更になって行くなとか言うんじゃねぇだろうなァ!!」

 

どんどんと離れていく剣心の背中を見つめながら問い詰めるように土方に聞けば、彼は無言で刀を差し出した。

 

「…おいおい、俺ァ刀は使わねぇぜ?」

「誰がテメェにくれてやるって言った。…万事屋に渡してくれ」

「あの銀髪にか?いいのかよ、廃刀令のご時世に…」

 

驚いたように聞けば、土方は「あぁ」と短く返す。そして…

 

「万事屋……いや、銀時だから(ソイツ)を預けられる。それに、高杉と接触するかもしれねぇのに…木刀じゃ流石に無理がある」

 

だからこれを渡してくれ、と土方は左之助にそれを託す。

 

「スゲェな、真選組にここまで見込まれる男ってぇのもよ…」

「緋村の旦那、それから銀時だからこそだ」

 

フーッと紫煙を吐きながら笑う土方になるほどと左之助も笑った。

 

「確かに預かった!!じゃーな!!」

「斬左!!暴れるのはいいが程ほどにな!!」

 

走り去っていく左之助の悪一文字を見つめながら、近藤と土方は思う。

 

「悪一文字なんざ似合わねぇ野郎だ」

「あぁ、トシの言う通りだ」

 

先を走っていた剣心に何とか追いついた左之助。その手にしている刀に、剣心は胡乱気に尋ねる。

 

「左之、お主…刀を使うでござるか?」

「いーや、俺用じゃねぇよ。銀髪に餞別だとさ」

「…万事屋殿に?」

 

驚いたように左之助が握る刀を見つめる。彼は腰に木刀を下げていた。それは自分と同じく不殺(ころさず)を貫くためだと思っていた。しかし、真選組が当たり前のように刀を託すという事は…恐らくは違うのだろう。

 

「そういうところは拙者と違うのでござるな…」

「ん、何か言ったか?」

「いや…」

 

とりあえず急ごう、と剣心と左之助は走る速度を上げる。目的地はもちろん、取引が行われる港。

 

「宇宙船は迷うことなく港に向かっているでござるな」

「あぁ、あの戦艦に高杉ってヤローが乗ってるのか?」

「どうでござろうか…」

 

アスファルトを駆け抜けながら、剣心は思う。

 

 

かつての仲間と刃を交えなければならないその心中(しんちゅう)は…いかなるものなのかと…。

 




(にじファン初掲載 2011年6月30日)


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【第四幕】行動開始

勝手な想像ですが、個人的に銀時・剣心・山崎・神楽は滅茶苦茶視力がいいという設定です(笑)4人とも2.0ぐらいの設定で!!(どんだけww)

あと、今回の話で鬼兵隊が登場しますが…幹部達は登場しません!!高杉のおつかいで鬼兵隊から離れているという事にします!!じゃないと、紅桜の話と繋がらなくなる…(苦笑)


「ん……?」

 

神楽が目を覚ますと、そこは見知らぬ薄暗い場所だった。

 

「ここ…どこアルか?」

 

辺りを見回すが見覚えは無い。当然ながら万事屋ではないし、スナック・お登勢でもない。もちろん、新八の実家でもない。

 

と、そこまで考え…ふとあることを思い出す。

 

「あっ…思い出したアル!!突然変な奴に襲われたネ!!」

 

それは、少し前まで遡る…。

 

 

 

剣心と分かれた後、神楽は真っ直ぐ万事屋へと向かって歩いていた。すると突然背後から声を掛けられたのだ。

 

「お譲ちゃん、この辺りに詳しいかい?」

 

声を掛けてきたのは見知らぬ男。どうやら、このかぶき町で道に迷ってしまったらしい。そんな男の言葉に、神楽はフフンと得意げに答えた。

 

「かぶき町のことに関しては私に何でも聞くヨロシ!!かぶき町の女王とは私のことネ!!」

「ハハッ、そりゃまた心強い!!」

「それで、オジサンどこに行きたいアルか?」

「実はここなんだけどね…」

 

そう言って、男は地図を差し出してきた。丸印が付いている場所はかぶき町のはずれ…あまり治安のよくない場所。銀時からは不用意に近づくなと言われている場所だった。

 

「オジサン、こんな所に何しに行くアルか?ここは危ないからあまり近づいたらいけないって言われたヨ…」

「おや、そうなのかい?おじさん、最近かぶき町に来たばかりでねぇ…あまり詳しく無いんだ」

 

ハハッと少し困ったように笑っている男に、神楽はどうしたものかと考え込む。

 

(うーん、一度万事屋に連れて行って銀ちゃん達に相談した方がいいかも知れないネ。じゃないと、勝手にここに行ったら怒られるヨ。それに…)

 

神楽は天人。しかも、戦闘種族の夜兎だ。その力を欲している輩は大勢居る。特に治安の悪い場所であれば、攘夷志士や不逞浪士などがウヨウヨ居るだろう。あまり、神楽の行くべき場所ではない。

 

いや、本来であれば子供なんかが行くべき場所ではないし、そもそも一般人が自ら近づきたがる場所でもないのだ。

 

「……オジサン、攘夷志士アルか?」

 

突然神楽にそう聞かれ、驚いたように目を丸くするがやがてハハッと笑いながらポンポンと神楽の頭を撫でた。

 

「おじさんがそんなに悪い人に見えるかい?」

「ううん、見えないヨ。けど、ここに行きたがる人は大体そういう人が多いネ」

 

少し…神楽の瞳に警戒の色が見え隠れし始めた。それを悟った男は「参ったなぁ」と苦笑しながらゴソゴソと懐を漁りだす。

 

あのお方(・・・・)からは無傷で連れて来いと言われたんだが…そこまで言われてしまっては仕方が無い。まぁ、夜兎の回復力は早いと聞く。問題はないだろう…」

 

ニコニコと笑っていた男の表情が、突然変わった。 “人のいい笑顔”から“何かを企む笑み”になったのだ。すぐに危険を察知した神楽はバッと男から離れる。

 

だが…

 

「無駄だよ、お譲ちゃん…」

 

 

――パンッ!!

 

 

乾いた音が響くと同時に、神楽の足元に激痛が走った。

 

「ッア……!!」

 

あまりの痛みに耐えられず、その場にドサリと倒れこむ神楽。そこに男は銃を構えたままゆっくりと近づいた。

 

「やれやれ、手間を掛けさせおって。おっと、夜兎は番傘を武器に戦うんだったな。じゃあこれは預からせてもらおうか…」

「か、返すネ!!」

「だーめ。まぁ、どの道…動く事は出来んよ」

 

こんな怪我など大したことは無い、と…神楽は立ち上がろうとした。だがその瞬間、グラリと世界が歪んだのだ。

 

(な…に、これ…?)

 

グラグラと回る世界。次第に遠くなる意識。目を開けていたいはずなのに、意志とは反して次第に重くなる(まぶた)。完全に意識が落ちる間際に聞こえてきたのは…

 

「無事にターゲットを捕まえました。すぐにアジトへ戻ります」

 

男が誰かに連絡を入れている声だった。

 

そこで神楽は初めて気付く。

 

あぁ、自分は始めからこの男に“夜兎”とばれていたのだと。そして、それを知った上で声を掛け、自分を攫おうとしていたのだと。

 

薄れゆく意識の中、脳裏を過ぎったのは…

 

(銀ちゃん……、新八ィ……)

 

大切な家族の顔だった。

 

 

 

そして気付いた時には、この薄暗い部屋に閉じ込められていたというわけだ。普通の牢屋ではなく、鉄の箱のような部屋。恐らくは神楽が夜兎である事を考え、簡単には逃げ出せないような重装備の部屋に閉じ込められたのだろう。しかもご丁寧に、手足には枷まで付けられている。その枷も普通の枷ではない。分厚い鉄で出来た枷だ。試しに神楽が力いっぱい引っ張ってみたがびくともしなかった。

 

「完全に閉じ込められたアル…」

 

幸いな事に、撃たれた足の怪我は既に塞がっていた。しかし、怪我が塞がっても逃げ出せないのであれば、状況は何も変わらない。

 

「私、どれくらい寝てたネ…?」

 

部屋にある唯一の窓から外を見ると、自分が剣心と分かれたときには赤かった空は既に暗くなっており、星が輝いていた。つまり、結構時間は経った事になる。

 

「…あまり帰りが遅くなると、銀ちゃんに怒られるヨ…」

 

シュンと項垂れ、部屋の片隅で小さくうずくまる。

 

今頃、銀時達は心配しているだろうか?

また迷惑を掛けてしまった。

 

そんな事を考えていたとき…ふと、ある人物の顔が浮かんだ。それは、捕まる直前まで一緒に居た、出会って間もない侍の顔。

 

「…まさか、巻き込まれてないヨね…?」

 

自分がどうなろうとも、それは自分の力で何とかすればいいから構わない。

 

しかし銀時や、ましてや出会って間もない人までは巻き込みたくないと…神楽はグッと拳に力を入れる。

 

「駄目アル…、こんなところでのんびりしてる場合じゃないネ…!!」

 

スゥーと息を吸い込み、そして先程とは比べ物にならないほどの力を両手に込めた。もちろん、手枷を壊す為だ。

 

「フンギギギギギギッ………!!!!!」

 

とても女の子がするような顔ではないが、この際そんな事を言っている場合ではない。とにかく、手足を自由に動かせる状態にする必要があるのだ。

 

「ホワチャァァァァァァァァ!!!!!!」

 

そして…

 

 

――ピシッ…

 

 

僅かに、手枷にヒビが入る。そうなると後は壊れるのも時間の問題で…

 

 

――バキンッ!!

 

 

神楽の両手を封じていた手枷は、ただの鉄片と化した。

 

「どんだけ強力ネ?腕が千切れるかと思ったアル…」

 

アイタタと手首を摩りながら、壁に手を付き起用に立ち上がる。例え足枷があっても、手さえ自由になれば立ち上がることは可能だ。そして…

 

「ヨイショ…!!」

 

両足で立ち上がり、膝を曲げて勢いを付けると神楽の身体は軽々と宙を舞った。自由になった手で、窓の柵を掴みぶら下がる。流石に窓は小さかった為、そこからの脱出は不可能だという事は神楽にも理解できた。もっとも、柵は簡単に壊せそうなほどの強度だったため、もう少し窓が大きければと内心悪態を吐く神楽である。

 

「ココはどこネ…?」

 

普通に考えれば、自分を攫った男が行こうとしていたかぶき町のはずれ…治安の悪い一角だろう。そう思っていた。

 

だが、神楽の目に飛び込んできた光景は…

 

「……マジでか…!?」

 

かぶき町とは程遠い、見た事もない港だった。

 

「こ、ここどこアルか!?何でかぶき町じゃないネ!?」

 

予想が外れた事に流石の神楽も血の気が引いた。かぶき町であれば、何とか脱出できるかもしれないと思ったがそれが見知らぬ場所となれば話は別。しかも港に居るという事は即ち、今自分の居る場所は……

 

「船…アルか…」

 

直結して、船の中に捕らわれているということだ。もし船が出港してしまえば二度とかぶき町には…万事屋には戻れない。それを理解した瞬間、神楽の青い瞳からはポタポタと涙が零れ落ちていた。

 

「ヤーヨッ…!!まだ銀ちゃん達と一緒に居たいヨ…!!銀ちゃん…新八ィッ…!!」

 

急に襲ってくる不安。もうこのまま、2人に会えないのではないかという恐怖。かぶき町ではない場所に1人きりの状態は、神楽の不安をただ大きくするだけだった。

 

そんな時…神楽の視界に、あるものが映る。それは、赤い光だ。

 

「……あれは、真選組のパトカー…?」

 

それは、神楽が良く知る真選組のパトカーのパトライトの色だった。もしかしたら、万事屋に戻らない自分を心配して銀時達が動いてくれたのかもしれない。

 

そんな事が脳裏を過ぎったが…

 

「私を助けに来たわけじゃないアルか…」

 

パトカーは港に着くか(いな)かの場所で止まり、暫く経つとUターンして戻っていった。その時、パトカーから誰かが降りたような様子だったが…残念ながらそれが誰なのかまでは、流石の神楽にも分からなかった。ただ、人と思われる小さな点は…真っ直ぐと港に向かって走ってくる。

 

(誰だろう?銀ちゃん達アルか?けど…だったらなんで真選組は帰ったネ…?あの税金ドロボーどもがァァァァ!!!!)

 

こんな時こそ武装警察の出番だろうが!!と、柵を握っていた手に力が篭る。ピシッと柵にヒビが入った事に…神楽は気付いていない。

 

「ともあれ、誰かが助けに来てくれたことは確かネ!!そうアル!!弱気になったら駄目ネ!!」

 

タンッと床に着地し、涙で濡れた頬をチャイナ服の袖で拭う。そして…

 

「ホワチャァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

また、女の子とは思えない絶叫と表情で…今度は足枷の破壊に取り掛かるのであった。

 

 

 

「それで、ちゃんと頼まれたもんは捕まえて来たんだろうなァ?」

 

神楽が捕らわれている同じ船にある、別の部屋。そこに…女物の着物に袖を通し、煙管(キセル)を吹かせながら部下に問う男の姿があった。紫がかった髪に、左目には包帯と…独特の特徴を持った男。超過激派攘夷志士で鬼兵隊の(かしら)である高杉 晋助は、部下の男を鋭い瞳で一瞥していた。問われた男は恐縮しながらサッと頭を下げると報告をする。

 

「晋助様の命令通り、夜兎族の娘を捕らえてきました。現在は両手足に特別製の枷を付け、“鉄の箱”に閉じ込めております」

「ククッ、よくやった。まぁ、あの“夜兎”を捕まえたんだ。それぐらいしねぇと、簡単に逃げられちまうだろうよ…」

 

ただ…と、少しバツが悪そうに男は続ける。

 

「夜兎を捕まえる際、抵抗した為…やむなく麻酔剤入りの銃を使用しまして…」

「傷を負わせたってかァ?」

「は、はいっ!!申し訳ございません!!」

 

命令は“無傷で捕らえよ”とのことだった。男は更に頭を深く下げるが、高杉は特に気にした様子も無く小さく笑う。

 

「まぁ、それもしょうがあるめぇよ。何せ相手はあの夜兎だ。真っ向から挑んで捕まえる方が無理ってなもんだァ…」

「しかし、傷が付いてしまえば取引の際に値段が落ちてしまいます…。先方は、あくまで“無傷で捕らえよ”と言っていました故…」

「なぁに、構やしねェ。夜兎の回復力はすげぇと聞く。取引の頃には塞がってるだろうさ。それに……」

 

クツリと高杉が喉を鳴らして笑う。何事だろうかと、男は顔を上げて高杉の表情を伺ったが…その表情は妙に楽しそうだった。

 

「晋助様?」

「ククッ、あの夜兎の飼い主が…黙って引き下がるとは思ってねぇ。下手すりゃ、掻っ攫われる可能性もあらァ…」

「だからこそ、“鉄の箱”に入れているのですよ…。あの夜兎は大事な金ですからね…」

 

そう、それは高杉一派の下っ端に接触してきた幕府の人間からの情報だった。かぶき町に夜兎族の娘がいると。もしそれを捕まえたあかつきには、欲しいだけの金をくれてやると言ってきたのだ。ただしそれには条件があり、先程も話していた“無傷で捕まえる事”だった。何を考え幕府が夜兎を欲しているのかは知らなかったが、金が入るというのであればと高杉にそのことを説明し、現在に至るというわけだ。もっとも、最初は高杉自身…その取引に興味は無かった。幕府と取引など願い下げだと…そう思っていたのだ。しかし、捕まえて欲しいという夜兎が、自分の幼馴染でかつて攘夷戦争にて背中を預けあって戦った男の元に居候している夜兎だと知って、気が変わったと…その話を受けた。

 

そう…神楽だと分かったから、高杉は憎むべき幕府との取引に応じたのだ。幕府の為ではなく、己の成すべきことのために。

 

「オメェは下がれ。例え“鉄の箱”に閉じ込めたとは言っても、相手は夜兎だ。何が起きても不思議じゃねぇってこった。数人で部屋に張り付け。絶対に逃がすなァ?」

「はっ、了解です!!」

 

高杉の(めい)を受け、部下はすぐに部屋を後にする。1人残った高杉は、ククッと喉を鳴らして笑いながら煙管(キセル)を吹かす。

 

「さぁ、オメェがどう動くか…見物だな、銀時ィ……」

 

高杉の狙い、それは…

 

かつての仲間であった銀時が、神楽を助けるためにこの鬼兵隊本陣に乗り込んでくる事だった。

 

「今の鬼兵隊にとっちゃ、かつて“白夜叉”と呼ばれたオメェの力は喉から手が出るほど欲しい存在。それにまぁ、どこの犬とも知れねぇ輩よりも、かつての戦友の方が命も預けやすいってなもんだ。他の攘夷志士なんかの手に渡る前に…俺のものにしてやらァ、銀時ィ…」

 

そして、そのまま白夜叉(銀時)という力を手に入れるという野望。

 

機械(からくり)技師を利用して起こした大きな事件の時にも、銀時と高杉は接触した。その時の…銀時の変わりように、正直高杉は失望していた。

 

だが…僅かに、銀時の中に牙が見えたのだ。

 

それは、攘夷戦争で幾多の天人達を切り伏せた“白夜叉”の牙。

 

「大層な牙を持ってて、それを使わねぇたァ…勿体ねぇ話じゃねぇか。だから…」

 

俺が使ってやらァ、その牙を。

 

クツクツと笑いながら、高杉は窓の外に目をやる。真っ赤な三日月が怪しげに光っているさまを見て、高杉の口角はクッと釣りあがった。

 

「まるで、血濡れの月だな…。今夜にはまさにうってつけってわけだ。ククッ…」

 

至極楽しそうに笑いながら、猪口に注がれた酒をクイッと喉に流し込む。

 

「さぁ…あとはオメェ次第だ、銀時ィ。仲間の命も、オメェの命もなァ…」

 

恐らくは万事屋のもう1人のメンバーと共に来るであろう銀時のことを思いながら、手酌で酒を注ぎ再び口を付ける。

 

「まぁ、こっちに夜兎という人質が居る限り…オメェは手出し出来めぇよ…」

 

そこには絶対の確信があった。銀時はいつだって仲間を護ることに自分の命をかけている。それは、攘夷戦争の頃から何も変わらない。今でも全く同じだ。

 

だからこそ、こんな回りくどい手段を講じたのだ。

 

「まぁ、姑息な手段ではあるが…」

 

赤い月を眺めるその瞳は…

 

「これで白夜叉(銀時)という力と、大金が手に入るっていうなら、一石二鳥ってこったァ…」

 

これから先に起こるであろう一波乱が、楽しみだといわんばかりにギラギラと怪しく輝いていた。

 

 

 

高杉の部屋の上に、ひっそりと隠れている影があった。一連の高杉と部下のやり取り、そして高杉の言葉を全て漏らさず聞き耳を立てていた人物、それは…

 

(…やはり、高杉の真の目的は万事屋の旦那か…)

 

真選組が誇る、監察方の山崎だった。土方の(めい)を受け、鬼兵隊の本拠地である船に単身乗り込み、その動向を探っていたのだ。山崎の目的は2つ。1つは高杉の目的、そしてもう1つは“特上品”の正体だった。土方からの連絡で“特上品”は万事屋の従業員である神楽の可能性が高いと聞いていたが、その読みは正しかったらしい。

 

(嫌な読みはいつだって当たるもんだな…)

 

小さく嘆息しながら、部屋で1人晩酌をしている高杉に気付かれないようその場を後にする。出来る事なら、自分の手で神楽を助け出したいところだったが、生憎神楽が捕らわれている場所が分からない。それに鬼兵隊本拠地という事は、敵の数は相当数いるということだ。山崎1人で勝手に動いては事態を悪化させるだけに過ぎないだろう。それに、既にこの港には万事屋一行と何故か一緒に桂がいる。更には、土方達が剣心を連れてこの港に向かっている途中だ。

 

(俺はあくまで監察方。俺の仕事はここまでだ…)

 

せめて神楽が捕らわれている場所だけでも分かればと思ったが、高杉達はただ“鉄の箱”と言っただけで詳しい場所は言わなかった。恐らく、彼らにはその言葉だけで十分通じるのだろう。

 

(さて、ひとまず外にでるか。そして万事屋の旦那と新八君に連絡を入れて、副長にも報告しなくては…!!)

 

敵に気付かれないよう慎重に進みつつ、無事に船の外に出る。コンテナなどでごたごたしている港の一角に身を潜め、一連の事を持っていた紙に書いて記す。

 

「あとはこれを旦那に手渡すだけだ…」

 

サッと動きコンテナの上に乗ると、沢山のコンテナが無造作に積み重なっている港が一望できた。今宵は三日月。満月ではない為、さほど月明かりは気にしなくてもいい。それに、山崎が身に纏っているのは本来の隊服ではなく、忍が着るような黒の忍装束だ。上手く闇に溶け込む事ができるため、それほど敵の目を気にする事はない。とはいっても、周りに十分警戒しつつ…山崎は目的の人物を探す。

 

「旦那は…どこだ…?」

 

タンッとコンテナからコンテナに飛び移り、更に辺りを探ると…一瞬、キラリと月明かりに反射する何かが見えた。

 

「あれは…」

 

その反射した何かに向かって山崎は素早く移動する。山崎の考えが正しければ、恐らく月明かりに反射したそれは…

 

「やっぱり、旦那だったんですね」

「あれ、ジミー君?」

「山崎さん!!」

 

銀時の髪の毛だった。その場に居た桂が僅かに息を呑む。勿論、山崎は気配で気付いていたが土方の命令通りそこは気付かないフリである。僅かに銀時が手を動かし何か桂に合図をしていた。恐らくは、奥に引っ込めとでも言っているのだろう。それにも気付かないフリをして、山崎は2枚の紙を銀時に渡す。

 

「副長からの命令で鬼兵隊に探りを入れていました。これがその報告です」

「おいおい、俺ら一般人に情報開示しちゃっていいわけぇ?」

「それも副長の命令ですよ。神楽ちゃんが捕まって一番心配しているのは旦那だろうから、真っ先に伝えてやれって」

「なんだか、土方さんが鬼の副長と恐れられてるなんて…嘘みたいですね」

 

思わず新八が零した言葉に、山崎も苦笑する。確かに厳しい人ではあるが、情に脆いところもある。そして何より、己の士道(ルール)をしっかりと見据えている人物なのだ。それ故、よく銀時と土方は似ているといわれる。本人同士は思いっきり否定しているが。

 

「ま、何にしても助かったわ。トシに礼を言っといてくれや…」

「分かりました。ただ…高杉の野郎、相当ヤバイ感じです。狙いは…」

「俺、だろ?」

「…というより、“白夜叉”…ですね…」

「やっぱそうか…」

 

小さく溜息を吐きながらガシガシと頭を掻く。桂は小さく舌打ちをしている。「銀さん…」と心配そうに新八が名前を呼ぶが、心配するなというようにポンポンとその頭を撫でた。

 

「まぁ、それも想定の範囲内だ。とにかく、俺達は一足先に本陣に乗り込むぜ?構わねぇよな?」

「はい、副長からは特に何も言われていませんので」

「よっしゃ、そんじゃ気張って行くぜぇ、ぱっつぁん」

「はい!!山崎さん、情報有難うございました!!」

「どういたしまして。新八君も十分気をつけてね?」

「もちろんです!!」

 

用件を伝えると、山崎は闇へと消えていく。残された銀時達は暫く気配を探り…完全に山崎が居なくなったことを確認してから桂を呼ぶ。やれやれと嘆息しながら桂が出てくると、銀時がいきなりグーで顔面に拳を入れた。

 

「ぶべらっ!!」

 

見事にクリーンヒットした右ストレートに桂は撃沈する。その様子を、新八も止めることなくただ見ているだけだった。

 

「ちょっ!!いきなり何をするのかなーっ、銀時君!?」

「てんめぇ、分かってんのか!?アイツはなぁ、真選組の優秀な監察方だぜ!?お前、完全に気配殺したつもりだろうが、何舌打ちとかしちゃってんの!?バレたらどーすんのっ!?」

「なんだ銀時、俺の事を心配してくれるのか?ふっ、お前という奴は本当にツンデレだな…」

「ねぇ、新八。高杉と戦う前に、コイツ()っちゃっていいかな?むしろいいよね?」

「まぁ、全面的に賛成なんですけど…今は戦力が必要ですし、後々面倒なので今回はやめて下さい」

「ちょっとォォォォ!?何で新八君まで俺を蔑ろにするのォォォォォ!!??」

「黙れ電波!!声がデケェ!!テメェ、ここが敵陣だってこと忘れんな!!」

「…電波ではない、桂だ」

「マジムカつく、何コイツ!?あーもう、マジでムカつく…!!この件終わったら、真選組にでも何にでも捕まっちまえ!!マジ頼むわ、300円あげるからァァァァァッ!!!!!」

「300円程度で動く俺だと思うなよ、銀時!!んまい棒1年分くらい用意してもらわねばな!!」

 

フハハとどこか得意げに笑う桂に、ギリギリと拳を握り上げる銀時である。何とか宥めようとする新八であったが…

 

「それで、あの地味な監察方がお前に手渡した紙切れには何が書かれてある?」

 

急に真剣モードの桂に切り替わった為、思いっきりズッコケた。

 

「まぁ、気持ちは分かるよ新八君…」

「分かってもらえて何よりです。さすが銀さん、もう慣れてるんですね…」

「コイツ、昔からこうだから…」

「あぁ、なるほど」

「おい、銀時。時間が惜しいのだろう?何が書かれてある?」

「あー、はいはい…」

 

とりあえず山崎から手渡された紙に目を通すと、そこには幕府が夜兎を欲していたため攘夷志士を利用して夜兎を手に入れようとしているという事、その取引には莫大な金が動くという事、更に“特上品”はやはり神楽で間違い無いという事、鬼兵隊本陣の“鉄の箱”と呼ばれているところに監禁されている事、そして神楽は奴らによって怪我を負わされている事などが事細かに書かれていた。

 

「…さすがはザキだな。この短時間でこんなに調べるとは…やるねぇ…」

「しかし…まさか、高杉がここまで落ちていたとはッ…!!攘夷志士達の間でも、高杉一派は何かと悪い噂ばかりが飛び交っていたが……俺はどこかで、それが偽りであって欲しいと願っていた…」

 

桂はきつく拳を握り、忌々しげに報告書を睨み付ける。過去の…攘夷戦争に出ていた頃の高杉は、仲間を大切にする優しい人間だった。厳しく、そして不器用ではあったが、共に笑い合い、共に苦しみ、共に背中を預け合った…そんな心強い戦友(とも)だった。

 

だが、それが今ではどうだ?

何故、こんな事に?

 

「…師と慕ってた松陽先生を天人に連れ去られて、その後先生の首が晒されて、攘夷戦争ではその仇の天人に左目斬られて、更に幕府には裏切られて、そしてその幕府のトップに…先生を殺した仇がいる…。高杉が壊れちまうには十分すぎる理由だろ…」

 

何せ、それはもうアイツは…先生を慕っていたからなァ…

 

鬼兵隊本陣の船を見つめながらポツリと、銀時は漏らす。だが、桂は内心複雑な思いでいた。

 

(何を言うか、銀時。俺達3人の中で一番辛いのはお前だろうて。何せ…)

 

 

『銀時、しっかりしろ!!大丈夫か!?お前、ヒデェ怪我じゃねぇか!!すぐに医者に見せねぇと!!』

『とりあえず止血だけでも…!!……待て、銀時…。先生は…松陽先生はどこにおられるのだ!?一緒じゃなかったのか!?』

『…いなお…』

『いないって……どういう、こと…だ…!?』

『……連れて、行かれた……』

『冗談じゃねぇ!!先生ッ!!松陽先生ッ!!』

『晋助、無茶だ!!今更追いつけるはずもないだろう!?』

『……、……かった…』

『…銀時?』

 

 

(あの時、先生を救えなかったと一番悲しみ悔いていたのは…)

 

 

『先生…斬られた…。俺を、護って…。俺、先生を…護れなかった…。“大切な人を護るために剣を振るいなさい”って、先生…教えてくれたのに…。大切な先生を……護れなかった……。先生、微笑(わら)いながら、『後のことは任せましたよ』っ…て……!!連れて、行かれて…ッ!!』

『銀時、もういい…もういいんだ、銀時…!!』

『お前が悪いわけじゃねぇ…!!』

『ご、めんなさい…ごめんなさいっ……、松陽先生…ッ…』

 

 

(銀時なのだから…)

 

今でも鮮明に思い出す、自分達が絶対の師と慕った吉田 松陽(よしだ しょうよう)の運命。轟々と燃える私塾を見つめ、感情を映さない紅い瞳からボロボロと涙を零す銀時の姿。何度も何度も、松陽に謝るその姿が……まるで昨日の事のように鮮明に思い出される。

 

(その銀時が耐えているというのに、高杉…お前は何をやっている…ッ…!!)

 

桂の表情が変わった事に気付いた銀時は、小さく嘆息しながらペシンと桂の頭を叩く。するとすぐに、何事だと抗議の眼差しで銀時を睨んできた。

 

「お前が何考えてるか、大体の予想はつくけど…今は、アレ(・・)に集中しようや…」

「……あぁ、そうだな…」

 

クイッと銀時に顎で指された船に視線を向け、その最もな意見にコクリと頷く。一方、そんな桂と銀時の話しに何となく…口が挟めず、ただ見ていただけの新八だったが内心は複雑だった。

 

(銀さんと桂さん、それから…高杉という人…。この3人は…幼馴染で、慕っていた先生が居て、その人が天人に殺されて……。それで…幕府を…この世界を恨んで…)

 

銀時は自分の過去についてはあまり話したがらない。だがそれは遠回しに、「聞かないでくれ」と言われているみたいで…新八自身、興味本位で聞くことが出来ずにいた。それが今日、僅かなことではあったが…“恩師の死”という悲しい過去を知ってしまった。

 

(これは…僕が知ってもいい事だったのかな…?)

 

銀時が必要以上に過去を話したがらないのには、何か理由があるからだと思っていた。その理由が、こんなにも悲しい過去だったとは思いもしなかった。

 

「おいおい、お前までそんな辛気臭ぇ顔すんなよ!!テンションガタ落ちだろうが!!敵陣に乗り込む前に士気が下がってどーすんの!?」

「えぇっ!?あっ、す、すみません!!その…」

 

突然銀時から声を掛けられ声が裏返ってしまった。新八の表情や、この態度から大体の予想がついた銀時はいつものようにヘラッと笑いながら新八の頭をガシガシと撫で回す。

 

「ちょっと、銀さん!?何するんですか!!」

「新八、何もお前まで俺の過去を背負うこたぁねぇよ。それに…知っちまったからって悔やむ必要もねぇ。いずれは話すつもりでいたしな…」

「銀さん…」

「それを、この電波ヅラは…」

「電波でもヅラでもない、桂だ!!む、俺が何か余計な事を言ったか?むしろ喋ったのはお前自身だろ?責任転嫁は良くないぞ、銀時君?」

「いや、確かに喋ったのは俺だけどさッ!!あー、何だろこのドヤ顔マジでイラッとするわ!!…コイツ、コンクリ詰めにして海に沈めていいかなーっ!?テトラポットにしていいかなーっ!?そしてai●oに上ってもらえ、そして歌ってもらえコノヤローッ!!マジムカつくんですけどーッ!!」

 

辛い過去のはずなのに。それでも銀時は、きちんと自分達に話してくれるつもりでいたのだと思うと…少しだけ、新八は嬉しいと思った。

 

何だかんだいっても、銀時は新八と神楽を本当の家族のように大事にしている。

 

いつだったか、神楽が「血は繋がってなくても家族にはなれるアル!!」と笑いながら言っていた。

 

(こんなマダオが家族なんて、幸先不安だけど…)

 

けれど、この男はいざという時に…その逞しい背中で自分達を護ってくれる。

 

「さてと、そんじゃまぁ…さっさと神楽を迎えに行きますか…!!」

 

ほら、今でも銀さんの優先事項は高杉という人ではなく神楽ちゃんだ。

 

そんな些細な事が、新八にとっては嬉しいのだ。

 

「…しかし…」

 

さて、乗り込もう、おーっ!!と銀時&新八の意気込みに水を注すように桂が重々しく口を開いた為、今度は2人揃ってズッコケた。

 

「何だ、お前達?ズッコケるのが、ナウなヤングの流行なのか?」

「…いや、流行ってねぇよ。てか、その“ナウなヤング”って言葉も、もうとっくに死語ですから!!この小説読んでくれてる若い子は分からないかもしれませんからッ!!」

「ふん、分からぬのであれば……ググれカスッ!!」

「天誅ゥゥゥゥゥッッ!!!」

「ブフォァァァッッ!!??」

「何でそういうこと言うかなーっ!?何で、こんな駄文を読んで下さってるありがたい神様を敵に回すような事を言うかなーっ、この電波は!!しかも何でその言葉だけ最先端いってんだよ!!テメェの脳内辞書どうなってんの!?ねぇ、どうなってんのォォォォ!!??一度リセットしてやろうか、コノヤロォォォォォ!!!!」

 

港の一画で、銀時の小さなシャウトがひっそりと木霊した。

 

「で…話は戻すが…」

「はぁ、何ですか電波さん?」

「電波じゃない、ヅラだ!!あ、間違えた…桂だ!!ふむ、あの地味な監察方が持ってきてくれたこの報告書についてだ…」

「おいおい、いつまでも地味な地味なって言ってやるなよ。ジミー君も気にしてんだから…」

「そういうアンタも普通に名前で呼んでやれよ…」

 

ゴホン、と桂が咳払いをして…その表情は再び真剣なものとなる。

 

「その監察方も直接口で言っていたが…やはり、高杉の真の目的は…」

「白夜叉…つまり、銀さんってことですよね…?」

 

桂は報告書に目を通しながら複雑な表情をしている。新八はどこか不安げだ。一度、新八は神楽と共に…理性の飛んだ銀時の姿を目の当たりにしている。そう、白夜叉と恐れられた銀時の姿を。いつも一緒にいる家族も同然だと思っている銀時を、初めて“怖い”と思った瞬間でもあった。そんな恐ろしい…“白夜叉”の力を得て、高杉は一体何をしようとしているのだろうか?

 

「まぁ、ここにも書かれてるが、やはり俺達の睨んだ通り…」

「知らねぇ攘夷志士より、知った戦友(とも)ってか?マジでありがた迷惑だわ…」

 

ハァァァァ…とそれはもう、幸せが半年分ぐらい逃げて行ったのではないかとさえ思える深い溜息を吐きながら、心底めんどくさそうに鬼兵隊の船を見つめる銀時。だが態度とは裏腹に…その目はとても真剣だ。

 

「新八、ヅラ。もし、高杉が接触してきたら…新八の家で言った通りお前らは…」

「銀さんは高杉って人の方に集中してください。僕が神楽ちゃんを探し出して、絶対に助けますから!!」

「おー、言うねぇ…ぱっつぁんも立派に男の子だねぇ。頼んだぜ?」

「待て、銀時!!俺は…!!」

「ヅラ、今回ばかりはワリィけど…俺は高杉とサシで話がしてぇ。源外のじーさんを巻き込んだ機械(からくり)騒動の時は…まともに話せなかったんだわ。俺は、アイツの本心が知りてぇ。アイツが俺を指名してるってんなら…俺は1人で行く」

「銀時…」

 

納得がいかない、という表情で見つめてくる桂に苦笑しながら、ポンと新八の肩に手を置く。

 

「だからよ、ヅラは新八と一緒に神楽を探してくれや…。流石に新八1人で、あの広い船を探し回るのは大変だろうからなぁ…」

「………仕方が無い。お前は一度言い出したら聞かんからな…。分かった、俺は新八君と共にリーダーを探す事に専念しよう」

 

だが、と桂はビシッと指をさしながら銀時に言う。

 

「間違っても高杉の口車に乗せられて高杉一派に…鬼兵隊に寝返るような事だけはするなよ!!」

「んなことするか。言ってんだろ、今更国をどうこうしようなんざ考えちゃいねぇって…。攘夷だ何だってそんな面倒な事に首を突っ込むかよ」

「いいか、銀時?お前は俺と共に攘夷志士として活動すると、もう既に決まっているのだからな!!俺の方が先約だ!!フハハハハハッ、残念だったな高杉……!!ブベラァァァァァァッッ!!??」

「俺はいつ、その誘いにOKしたァァァ!?つい数行前に俺、言ったよね!?攘夷云々に“興味ないね…”って、F●7のクラ●ドみたいにカッコよく言ったよね!?」

「いや、そんなカッコよくは言ってませんよ、銀さん…。そんな嘘吐くと、スク●ア・エニッ●ス本社とク●ウドさんのファンからクレームが来ますからやめて下さいね。てか…桂さんも何回殴られたり蹴られたりしたら気が済むんですか…。この話だけでアンタ、何回奇声発してんだよ…」

 

真剣な話と電波な話に温度差がありすぎる。もう疲れたと…新八(ツッコミ)は項垂れるのであった。

 

「コラァァァァッッッ!!!新八と書いてツッコミというルビを打つな、作者ァァァァ!!!」

 

 

 

コンテナの陰で3人が色々と温度差のある会話をしている頃、山崎は3人とは離れた場所に身を隠し、携帯から土方に連絡を入れていた。

 

「以上が報告になります。万事屋の旦那の方にも報告済みです」

『あぁ、ご苦労だったな。しっかしまぁ…聞いた限りじゃ、ホント…ロクでもねぇ内容だな…』

「えぇ、神楽ちゃんのことも勿論ですが、万事屋の旦那のことも気がかりですね…」

 

あの高杉一派を相手にするということで、もちろん山崎もある程度の覚悟はしていたが、高杉の思惑は予想以上に執念深そうだという事が見ているだけで分かった。あのニヒルな笑みは…まるで狙った獲物を丸呑みにしようとしている蛇のようにすら思えたのだ。

 

『まぁ、高杉の事は銀時…ッ、万事屋に任せても大丈夫だろう』

「副長、別に普通に名前呼びでも構いませんよ?」

『うるせぇ、俺ァな、プライベートと仕事ではしっかりと切り替えるようにしてんだよ!!』

 

切り替えきれてないじゃないか、という山崎のツッコミは言葉になることなく脳内で消えていく。(もちろん、後が怖いからである。)

 

「それで…この後、俺はどうしたらいいでしょうか?このまま屯所に帰還ですか?それとも沖田隊長と合流して桂捕縛作戦に加勢ですか?…もしくは、もう少し探りを入れますか?」

『いや…万事屋に渡した報告書と同じものを、緋村の旦那達にも渡してやってくれ。もう既に港に向かってるからな』

「了解です、って……え?旦那()?緋村の旦那以外に、誰か一緒に居るんですか?」

 

山崎の最もな質問に、深々と溜息を吐きながら土方が答える。

 

『斬左だ…。野郎、結局ついて来やがったんだよ…』

「なるほど…。本当にお2人は仲がいいんですね」

『まぁ、喧嘩屋から足を洗わせたのは緋村の旦那だからな…。斬左が慕うのも無理はねぇだろ。最も、野郎はただ喧嘩がしたいだけらしいが…』

「あぁ、彼らしいですねぇ…」

『バカヤロウ、納得すんなっ!!』

「ヒッ、すんませんっ!!」

 

とりあえず、港に向かっているであろう剣心達と合流し、銀時達に手渡した報告書と同じものを渡した後は、沖田達と合流するのではなく、更に鬼兵隊の本部に潜り込んで調べるように(めい)を受けた。了解した後、すぐに山崎は剣心達を探す為に港のコンテナに登る。タンタンとコンテナを飛び移りながらキョロキョロと辺りを見渡していると、すぐに目当ての人物を見つける事が出来た。

 

(あぁ、この闇夜じゃ左之さんの白い服はやっぱり目立つなぁ)

 

思わず苦笑を零してしまうが、今回ばかりは助かったとすぐに2人の元へと駆け寄る。

 

「緋村の旦那!!左之さん!!」

「山崎殿?」

「おう、ザキじゃねぇか!!どうでぇ、何か情報掴めたか?」

 

左之助に問われ、コクリと頷き2枚の紙を差し出す。

 

「これが、現時点で分かっていることの全てです。既に同じ内容のものを万事屋の旦那達にも渡してあります」

「しかし良いのでござるか?このような機密情報を、拙者達に見せて…?」

「副長からの許可が下りているので問題ありませんよ」

「何が鬼の副長だよ。結局ただのニコチンマヨラー野郎じゃねぇか」

「あはは、それは否定できませんね…」

 

左之助の言葉に引き攣った笑みを見せながらも、報告書に書かれている内容でも最も大事な部分を要約して説明した。すると、さっきまでケラケラと笑っていた左之助から笑顔が消え、そして剣心もまた真剣な表情になる。

 

「それでは、やはり“特上品”は神楽殿で間違いないと…」

「そんでもって、あの銀髪の言ってた通り…高杉って野郎の目的は…」

「はい、万事屋の旦那…というよりも“白夜叉”としての力を求めている、といった感じでしたね」

 

それぞれが難しそうな表情で腕を組む。暫くシンとした空気が続いたが、その静寂を破ったのは左之助だった。

 

「まさかあの銀髪、高杉って野郎の手下に寝返ったりはしねぇだろうな?」

 

それを言われてしまうと、流石の山崎も自信を持って(いな)とは言えない。何せ、桂・高杉・そして銀時は攘夷戦争で共に戦った戦友なのだ。銀時に限ってそんな事はありえないと山崎は信じているが…その答えは、銀時にしか分からないのも事実。

 

しかし…

 

「いや、あの者は…万事屋殿は決して攘夷志士などにはならんでござるよ…」

 

剣心はきっぱりと、そう言い切ったのだ。

 

剣心の発言に、流石の2人も驚きを隠せず剣心を凝視する。そんな2人に苦笑しながら、剣心は言った。

 

「言ったでござろう?拙者と万事屋殿はどこか考え方が似ていると。拙者はもう、この国をどうこうしようという考えは持ち合わせておらんでござるよ。今更、攘夷志士になるつもりもござらんし、人斬りに戻るつもりも当然ござらん。山崎殿であれば……万事屋殿が何を思い、その腰に木刀を下げているのか分かるのではござらんか?」

 

剣心に言われ、山崎は硬い表情からフワリと笑顔を零す。

 

「そうですね、万事屋の旦那は…この国をひっくり返すことよりも…」

 

万事屋という自分の居場所を…

 

「パチンコで儲ける事や、糖分の事、それにジャンプの続きの事しか頭に無い人でしてね」

 

その万事屋で共に過ごす家族同然の子供達を…

 

「そして…かぶき町という、万事屋の旦那が大切に思っている場所を護ることだけを考えている、真っ直ぐな人ですから…」

 

家族同然の子供達やスナックに住まうお登勢やキャサリン、その他大切な者達が住まうかぶき町を…

 

己の木刀(けん)で護ると、必ず護り抜くと断言した男だ。

 

「万事屋の旦那に限って、今更攘夷とか…そんな難しい事を考えたりはしないでしょう。まぁ、これは…俺の願望でもあるんですけどね!!いや、真選組全員の願望ですかね…?」

 

山崎の言葉に、これは面白いと左之助は笑う。聞いてる限りでは、真面目なのかチャランポランなのか良く分からない、本当に掴み所の無い男だ。妙が“マダオ”と言いきったぐらいだから、あまりまともな生活をしていない事は確かだろうが。

 

だが、それでも…こうしてその強さを分かっている者達は沢山居る。そんな彼を慕っている者達が居る。

 

「まさか、それを緋村の旦那が分かっちまうとは思いもしませんでしたが…」

「拙者も確信があって言ってるわけではござらんよ。まだちゃんと、会って話したわけではござらんからな。それに…仲間としては心強いが、敵に回すと厄介そうでござる…。できれば剣を交える事だけは遠慮願いたい…」

「剣心、実はそっちが本音だろ?」

「おろ、何のことでござろう?」

「ったく、すっとぼけやがって…」

 

剣心の言葉に、左之助と山崎は笑う。そして山崎も同じだと…剣心達に言った。

 

「俺達も万事屋の旦那だけは敵に回したくありませんからね。副長でさえ勝てなかった相手に、俺達がいくら束になっても敵うわけがないですよ。何せ、伝説の“白夜叉”。だから俺達も、あの人を敵に回すと厄介だから、そうなって欲しくないってのが本音です」

「おいおい、土方を負かしたのかよ…あの銀髪!?」

「えぇ、まぁ…副長は今でも断固として認めていませんけどね。けど、なんやかんやで俺達真選組は、万事屋の旦那に沢山の借りがあります。そして、その強さに惚れ込んでいる隊士達もいます。だから、どうあっても万事屋の旦那には“ただの一般人”であってもらわなきゃ困るんですよ!!」

 

あの人をしょっ引くのは随分と骨が折れそうですからね。それに、隊士達の命がいくつあっても足りませんよ。

 

山崎の素直な思い。それは、真選組全員を代表しているかのような言葉でもあった。

 

「尚更興味が湧いてきたわ、その銀髪によォ…!!」

 

武装警察・真選組と恐れられる彼らが、そこまで1人の男を慕う理由は何なのか。そして、その内に秘めたる強い想いとは何なのか。

 

「奇遇でござるな、左之。拙者も同じ事を考えていたでござるよ」

 

坂田 銀時という1人の男が、これほどまでに慕われる理由は一体何なのか。

 

侍は刀同士をぶつけ合う事で語り合うことが出来るというが…

 

この男とならば、腹を割って話せるような気がする。

 

そんな事を思いながら、剣心は鬼兵隊のアジトである船を見つめた。

 

「では…情報も得た事だし、左之…」

「おう!!じゃあな、ザキ!!俺達は行くぜ!!」

「お気を付けて。俺ももう少し鬼兵隊に探りを入れます。情報は分かり次第お伝えしますので」

「山崎殿も気を付けて…」

「ありがとうございます、ではっ!!」

 

バッとコンテナの上に素早く飛び乗り、ヒョイヒョイとコンテナを伝って鬼兵隊の船へと向かっていく山崎の背中を暫く見送った後、剣心と左之助は互いに視線を交わし頷き合う。

 

「では、拙者達も…」

「そろそろ行くとしますかねぇ!!」

 

ニッと左之が笑い、それにつられるように剣心も笑う。そして次の瞬間には、ダッと2人は地面を蹴っていた。

 

目指す場所はただひとつ。

 

 

「待ってろよ、神楽ァ!!」

「絶対に僕達が助けるから…!!」

「リーダーを解放して、リーダーにそのまま鬼兵隊を潰してもらうぞ!!」

「「目的、そうじゃねぇだろうが、この電波ァァァァ!!!」」

 

 

「で、どうするよ?どっから入りゃいいんだ?」

「お主ならどうするでござるか、左之?」

「決まってんだろ、正面突破!!こいつが一番シンプルでいい!!」

「お主ならそう言うと思っていたでござるよ」

 

 

「やったネ、足枷も外れたヨ!!後はこの扉だけアル!!開けろや、ゴルァァァァァァァ!!!!!」

「お、おい…さっきからよ…なんか中からスゲェ音とスゲェ声が聞こえるんだけど…?」

「ま、まさかあの夜兎…枷を千切ったって事はねぇよな?」

「馬鹿、ありゃ特注の枷だぜ?いくら夜兎でも……」

「ホワチャァァァァァ!!!!開けろつってんだろォォォォォォ!!!!!」

「………イヤイヤイヤ、ナイナイナイ………」

「じゃあお前、ここ開けて確認してみろよ…」

「…そ、その必要も無いんじゃないのか?大丈夫だって!!」

「…そう、だよな…。てか…そう、願いたいよな……」

「そうだな…」

「あーけーろォォォォォォォ!!!!!」

「「頼むから幻聴だと誰か言ってくれェェェェェ!!!!!」」

 

 

それぞれが、それぞれの目的のために…動き出す。

 

 

一方…

 

「よし、万事屋の方にも緋村の旦那の方にも連絡は行ったようだな」

「後は、アイツら次第、か…」

 

少し離れたところでパトカーを止めて、一通り山崎からの報告を受ける。その情報をまとめつつ、本当に厄介な事になったと土方は嘆息していた。

 

「まぁ、万事屋と旦那が居るんだ。心配はいらんだろうさ」

「…確かに下っ端相手なら、アイツらの敵じゃねぇだろうよ。だがな、近藤さん…」

「高杉 晋助か…?」

「あぁ…」

 

銀時自身の予想と、山崎からの報告。それは(たが)うことなく一致してしまった。高杉が求める、白夜叉(銀時)の力。となれば、志村家で銀時が言っていた通り…2人はサシで対決する事となるのだろう。

 

「勿論、万事屋が負けるとは思っちゃいねぇ。だが、相手はあの超過激派のテロリストだ。何を仕出かすか…」

「それに、ザキの報告によると幹部達は高杉の(めい)で現在は鬼兵隊に居ないらしい。何かよからぬことを企んでいなければいいが…」

 

不安がないといえば嘘になる。だが、その不安の中に“銀時が高杉一派に寝返る”という不安は一切無かった。

 

「まぁ、野郎のこった。何とかするだろ…」

「だな」

 

それどころか、この危機的状況もあるいは銀時ならば切り抜けられると…そう信じている。

 

何故ならば…

 

「考えてもみろ、近藤さん…。今、あの場所に攘夷戦争の時の英雄が2人、それに桂も居るんだぜ?」

「ハハッ、それもそうだ!!」

 

そこには銀時だけではなく…

 

「それに、うちの優秀な監察方も…だろ、トシ?」

「それは褒めすぎだな…」

 

同じ目的の元に集まった者達がそこに居る。

 

 

だから…

 

 

「さて、近藤さん…俺達はどうする?」

「総悟の方の応援に行くぞ。いや、待てよ?今、斬左が居ないということは、お妙さんは1人!!俺が護ってやらんとッ!!」

「いーや、その必要はねぇな。むしろ、アンタから姐さんを護ってやんなきゃならねぇな、こりゃ。おーし、不本意だが総悟の応援にいくぞー、近藤さん」

「トシィィィ!?ちょ、俺はお妙さんのところにィィィ!!」

「ったく…おい、総悟!!聞こえるか!!今から俺達もそっちに行く!!」

『近藤さんだけで十分でさァ。だからお前は帰れや、土方コンチクショー』

「総悟ォォォォォッッ!!!!!!」

 

 

安心して、その場を任せられるのだ。

 




なんだ、このシリアスなのかギャグなのか良く分からないカオスな小説は(笑)てか、ヅラの扱いが酷すぎる件について^^;ファンの皆様、ホントすみません(苦笑)ヅラが嫌いなわけじゃないんですよ!?単に…弄りやすいキャラなんです!!(なお悪いわ!!)

ちなみに、文中に出てきた死語“ナウなヤング”とは“今風の若い子”という意味です(笑)もちろん、現代では死語扱いなので…間違っても使っちゃ駄目ですよ~!!(笑)「え、何この子?」って白い目で見られますからね~!!(笑)私は小説で時々、このネタを入れるつもりですけどね!!(主にヅラに言わせますb←)

ちなみに、ヅラに言わせたい死語は色々あるんですが、チョベリバ・チョベリグとか、だっちゅーのとか…(笑)うわぁぁぁぁ、死語すぐる…www

(にじファン初掲載 2011年7月10日)


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【第五幕】壬生狼と呼ばれた男

はい、タイトルの通りです(笑)ちょいちょい話には名前だけ登場しておりましたが…一度視点をこちらに移してみようと思います^^今回の話はあまり長くなりません!!(たぶん←)


銀時達、そして剣心達がそれぞれ動き始めた頃。

 

幕府の官僚が集まり仕事をしている施設に、その男はいた。

 

「…上の連中、今度は何をやらかすつもりだ。随分慌しいじゃねぇか」

「さぁてね。オジサンも大体の事しかしらねぇよ」

「ふん、まあいい。俺には関係の無い話だ」

「ったくよぉ、オメェもうちょっと人生楽しんだ方がいいぜェ?なんならオジサンとキャバクラいくか、ああ?」

「くだらん」

 

松平の誘いを“くだらない”という一言で一刀両断した男。この男こそ、警視庁副長官にして元新撰組隊士だった男…藤田 五郎(ふじた ごろう)だ。鋭い目つきでギロリと松平を睨めば、軽く肩を竦める。本来ならば松平は藤田にとっては上司。しかし、元長州藩志と元新撰組という相対する2人にとって、こんなやりとりは日常茶飯事なのだ。

 

「それで…幕府(あほう)共は、今度は何を考えている?」

「それがなァ、何でも攘夷志士に金を横流ししようってぇ魂胆らしいぜェ?」

「ふん、本当に腐った阿呆ばかりだな」

「まぁまぁ、そう言ってやりなさんな。幕府(こっち)も大きな戦力が欲しいってぇのが本音なのよ」

 

戦力と聞き、藤田は吸っていた煙草を揉み消しながら松平に視線をやる。それは、説明しろと…そう物語っていた。それを受け、松平は小さく肩を竦めると「正確な情報じゃあないが」という前置きを付けて話し始める。

 

「何でも、めずらしいもんを見つけたらしいのよ」

「めずらしいもの?」

「あぁ、オメェも攘夷戦争に参加してたんだァ。“夜兎族”は知ってるだろォ?」

 

夜兎族。

 

その名を聞き、藤田は元々細い目を更に細めた。

 

「ほう、随分と懐かしい響きじゃねぇか。その夜兎族がどうした?」

 

攘夷戦争時、開戦と同時にこの国に侵略して多くの人間を片っ端から殺し、後に続く天人達の士気を高めたのが、宇宙最強にして最凶の傭兵部隊、夜兎族だった。その夜兎族討伐に当たったのは、新撰組でも最強部隊とされた一番隊と三番隊。藤田はその夜兎討伐部隊の一員だった。名前を聞くだけでも思い出す、あの恐ろしいほどの力と血に染まりながら楽しそうに戦う異様な光景。冷徹非道と名高かった藤田でさえ、恐怖を感じたくらいだ。

 

「今、その夜兎族がかぶき町のとある所に住んでてなァ。それを上が見つけちまったってなわけ…」

「それでその夜兎を幕府側に引きこむと?」

「まぁー、そうなんだろうねぇー。ただ、厄介な事にその夜兎族の保護者ってぇのがまた…馬鹿強い奴でよォ、しかもこっちも迂闊に手を出せねェし、真選組もできれば手を出したくねェ相手なのよ。オジサンも結構世話になってるしぃ?将ちゃんも何だかんだで気に入っちゃってる奴らだからなァ…」

「ふん、噂に上がる“万事屋”とやらか?」

「そそっ、そいつ」

 

時々藤田の耳にも入っていた、真選組が親密な関係をもつ相手。それが、万事屋でありそこのオーナーである坂田 銀時であることは、既に藤田も耳に入れていたし双方の関係が友好的であることも把握していた。馴れ合いを嫌う藤田は、「だからお遊び部隊なんだ」と何度も真選組の連中に吐き捨てた。そのたびに、土方・沖田両名が食って掛かってきたが、それすらも藤田は鼻で笑って相手にしなかった。

 

「どーしたもんかねェ…。その夜兎族の事を、上が知っちまったらしくてなァ…。攘夷志士達に金をくれてやる代わりにィ、その夜兎の娘をとっ捕まえてくれってェ頼んだってぇのが今回の騒ぎよ…」

「夜兎の娘…?なんだ、まだ餓鬼なのか?」

「おー、これからが楽しみな娘さんよ。ありゃ口は悪ィが大きくなったら別嬪になるぜェ」

 

オジサン楽しみだわ、などと言ってる松平を綺麗に無視し藤田は考えるように手を顎に当てる。口角は、緩くつりあがっていた。

 

「何だァ?オメェ、ロリコンかァ?」

「阿呆、何でそうなる。俺はただ、夜兎族に興味があるだけだ。その戦力はすげぇ。それが幕府側につくとなれば…ククッ、そりゃますます天導衆(てんどうしゅう)が図に乗るな」

「はー、ホントにオメェは何考えてるのかわかりゃしねぇな。間違っても、上層部(うえ)には手を出すなァ?そんなことになったら、オジサンの首も飛んじまうんだからよォ」

「知るか。俺はただ、俺の正義のままに動くだけの事」

 

松平を真っ直ぐと見据え、藤田が口を開く。

 

壬生狼(みぶろ)と恐れられた我ら新撰組の、絶対にして唯一の正義。(あく)(そく)(ざん)。これに反する輩は誰であろうと切り捨てる。真選組だろうと、天導衆だろうと、万事屋だろうと、将軍だろうと…松平、お前だろと容赦はしない。肝に銘じておくんだな。」

 

藤田がむき出しにした殺気は、決して今言った事が嘘ではないと…そう物語っている。ただ、それだけを残して藤田は部屋を後にした。残された松平は小さく溜息を吐きながら天井を仰ぐ。

 

「ってぇことは、まだオメェの中でオジサンも…そして真選組も、テメェの悪・即・斬(せいぎ)には反しちゃいねぇってことかァ…」

 

かつては敵対していた2人。しかし運命の悪戯とは皮肉なもので、今では長官・副長官という関係だ。今でも藤田の考える事は、松平にはよく分からない。だが…長年この関係が続けば、言葉は無くともある程度は分かるようになってきた。

 

「そりゃ、オメェが新撰組を…あの時の近藤・土方を、隊士達を…そりゃあ大事にしてた事は知ってるぜェ?長州藩志達の間でも、新撰組の結束が強かったことは有名だったからなァ…」

 

しかし、それは今の真選組とて同じ事。しかし藤田は、それを“仲良しごっこ”と吐き捨てる。

 

「ま、無理もねぇ。アイツらはあの頃の江戸の動乱をしらねぇし、本当の意味での殺し合いってぇのを殆どしらねぇ連中だ…」

 

それは確かに、かつての新撰組に比べれば劣るだろう。

 

しかし、松平は彼らを幕府に迎え入れ、真選組を結成した事を後悔した事は一度たりともない。むしろ、真選組(かれら)を誇りにすら思っていた。

 

「なーんも変わらねェ…。新撰組(むかし)真選組(いま)も…この国を思う気持ちは一緒ってこったァ…」

 

独りになった長官室で呟いた松平の言葉は、誰の耳にも届くことなく消えていった。

 

 

 

一方藤田は、資料室へと足を運んでいた。

 

(…どうやら、噂は本当らしいな…。しかし、同一人物か否か…判断ができん。それにもしこの情報が事実なら……何を考えてやがる…?)

 

これまで真選組が関わり、そしてある男が関わってきた事件の資料を一つ一つ隅々まで見る。そう、藤田はある男の所在を突き止めようとしていた。と、そこに…

 

「藤田副長官殿、真選組より攘夷志士残党の捕縛報告がありました!!」

 

部下が真選組より預かった資料を持ってやってくる。「サインをお願いします」とだけ言い残し、部下は資料室を後にした。

 

「やれやれ、あの程度の攘夷志士もまともに捕まえられんのか…」

 

小さく舌打ちをしながら、部下の持ってきた新しい資料に目を通す。すると…そこに、藤田の求める情報が書かれてあった。

 

赤い髪、小柄な男、左の頬に十字傷、刀を持った男…

 

それを見て、藤田がニヤリと口角を釣り上げた。

 

(これだけ同じ情報が何度も上がっていて、尚且つ松平が俺に口を割らない理由…。ククッ、やはりこの男…間違いないな…)

 

松平が1人の男に帯刀許可を下ろしたことは藤田も知っていた。それすらもどうでもいいと吐き捨てたが、それから後…真選組の報告書に上がるようになった、この目立つ特徴を持つ男の素性がずっと気になっていたのだ。松平にも直接聞いたが、ただ知り合っただけだとしか言わない。

 

(つまり、元仲間だった…長州藩士だったということだ。そして…俺と絶対に会わせたくないというわけだな…)

 

松平が藤田とその男を会わせたくない理由など分かっている。

 

(あの頃…江戸の動乱で何度も刃を交え、ずっと決着がつかないままだったが…ちょうどいい…)

 

藤田は書類にサインをし、それを松平の元に持っていくために資料室を後にする。

 

松平に書類を渡すと、面倒だなんだと言いながら分厚い書類に目を通し始める。そんな彼の様子を、少し離れた場所で…壁に背を預けた状態で眺めていた。

 

「ご苦労さん。こいつァオジサンが処理するからァ、オメェは別の仕事をしろォ」

「そうさせてもらう。が…ひとつだけ答えろ」

「あァ?何だ?」

 

胡乱気に松平が聞けば、わずかに…藤田から殺気を感じた。それに松平は気付いていたが、あえて気付かぬふりをする。

 

(あーあ、こりゃまた聞かれるなァ)

 

何度目か分からないこのやり取りも、そろそろ面倒だと思い始めた松平。しかし、今を平穏に過ごしている“彼”の事をこの男に伝えれば…間違いなく、この男は“彼”と決着をつけにいく。それだけは、“彼”のためにも何としても避けたいと…そう思っていた。

 

それが…“彼”の人生を狂わせてしまったせめてもの償いだと、そう思っているのだ。

 

だが、藤田はそんなことはお構いなしに口を開いた。

 

「その資料に上がっている男…。奴は“人斬り抜刀斎”なんだろう?いい加減吐け、松平。」

 

もうこれ以上は我慢の限界だと言わんばかりに、藤田は殺気を叩きつける。

 

(こりゃさすがにやべぇかァ…?)

 

それは、返答次第では切り捨てると…そう言いたげでもあった。藤田の言葉を最後に、長官室は静まり返る。暫く続いた静寂を破ったのは…

 

「はぁ、わーったァ…話せばいいんだろィ…」

「そういうことだ」

 

松平の、降参の言葉だった。資料に視線をむけたまま、意識だけを藤田に集中させ松平口を開く。

 

「だが…オメェ、何か勘違いをしてやがるなァ?」

「どういう意味だ?」

「この資料に上がってる協力者の男ってェのは…“緋村 剣心”っつー流浪人よ。オメェの探してるのは“人斬り抜刀斎”…。人違いだァ」

「ぬかせ。抜刀斎の特徴…十字傷以外は、江戸の幕末を駆け抜けたあの頃の抜刀斎と瓜二つだ。隠しだてはするな」

「だぁから…」

 

面倒だと言わんばかりに声を荒げる松平を、藤田はただ冷静に冷めた目で見つめていた。

 

「“抜刀斎”は死んだ。今は“剣心”っつーただのプーだ。これで満足か、あァ?」

「…ククッ…それでいい。が…解せん」

「あ?何がだァ?」

「抜刀斎は攘夷戦争の最中(さなか)に姿を眩ませたらしいじゃねぇか。その抜刀斎が何故、流浪人なんぞ下らねぇ生き方をしてやがる」

 

この江戸にはいろんな攘夷党が存在している。あるいは生きてれば、そのどこかに属しているのかもしれないと…そう思っていた。しかし藤田の予想は見事に外れ、“人斬り抜刀斎” は“緋村 剣心”と名乗り一般人として生きている。

 

理解に苦しむと言いたげな表情で藤田が言えば、松平は深いため息を吐いた。

 

(オメェにとっては下らねぇ生き方でも、アイツにとっちゃそれが、アイツらしい生き方なのよ、なーんて…こいつに言ってもわかんねェだろうなァ)

 

刀を決して手放さなかった藤田と、刀を手放し護るための逆刃刀(かたな)を手にした剣心。

 

かつての好敵手(ライバル)であり宿敵。

 

しかし、今の江戸では…この2人の立場はあまりにも違い過ぎている。

 

「まー、とにかくアイツはもう殺人剣は振るわねェらしい。だからちょっかい出すなァ?」

「………」

 

返事はない。

 

その代わりに、フーッという紫煙を吐き出す音だけが聞こえた。そして、そのまま藤田は長官室を後にする。結局、藤田からの返事はないままだった。

 

「はァ…すまねぇな、緋村ァ…」

 

できればずっと黙っていたかった。しかし、それが無理であることは…松平も重々承知の上だった。

 

だが、思った以上に…藤田に見つかるのが早かったのだ。

 

知ってしまった以上、藤田が剣心に接触する日もそう遠くはないだろう。もし接触すれば、藤田の事だ。会うだけで済むはずがない。

 

「あとは、オメェの強さに賭けるわ…」

 

だとすれば、ここはもう剣心の強さに賭けるよりほかないのだ。さっきから何度もなっている携帯を「うるせぇ」とぼやきながらソファーに投げ捨て、何度目か分からないため息を吐いた。

 

 

 

一方の藤田は、自分に宛がわれている副長官室で、これまで真選組と剣心が関わった事件の資料を調べていた。

 

剣心の戦い方や、その強さなど。

 

わずかでも分かることがあればと…そう思ったのだ。思ったのだが…藤田の表情はただ曇るばかりである。

 

(死人はゼロ。外傷は刀の峰で打たれたと思われる打撲とそれに伴う骨折。どれも急所は外れてやがる。……平和ボケしすぎて腕が鈍ったか?)

 

解せないと…その表情が物語っている。ページをめくると、また別の情報があった。

 

「これは…」

 

それは、今までどの資料にも載っていなかった剣心の獲物について。

 

「なるほど、新井 赤空最後の一振り…逆刃刀か…」

 

刃と峰が逆の刀、逆刃刀。これで、今までの事件、そして今回の件で死者が出なかった事には納得が出来た。だがやはり…剣心が…人斬り抜刀斎が、この(なまくら)とも言える刀を携えている理由が、藤田には到底理解出来なかった。

 

「だったら直接聞くまでだ…」

 

クッと口角が吊り上がる。松平には余計な事をするなと言われた。それに、藤田の身分は幕府直属の副長官だ。一方、相手は幕府が刀の帯刀を許可している一般市民。下手に手を出せば自分の首が飛びかねない。それだけは何としても避けたかった。

 

(そういえば…)

 

数日前、松平が不在の時にその代わりにと、藤田が天導衆に呼ばれた事があった。その時に天導衆から、腕の立つ剣客を見つけるようにというお達しがきた。あの言葉の意味が分からなかったため、松平にも言わず…次の催促が来るまで放っておこうと思ったが…。

 

「ククッ、これを利用しない手はねぇな…」

 

“天導衆からの命令”という名目であれば、松平も止めることはできないし、何かと突っかかってくる真選組の連中も文句は言えない。

 

「まぁ、今はまだその時ではないらしいが…いずれ…」

 

至極楽しそうに藤田は笑う。

 

「新撰組三番隊組長・斎藤 一(さいとう はじめ)として…貴様を始末してやる…」

 

男の名は藤田 五郎。しかしそれは、幕府の副長官となった時に付けた別名にして偽名。

 

本名は斎藤 一。

 

かつて剣心の前に何度も立ちはだかった、壬生狼(みぶろ)と呼ばれた新撰組三番隊組長…その人だった。

 

 

 

何も知らない剣心は、ただ神楽を救うため、そして金の横流しを阻止するために左之助と港をひた走る。

 

すべてを知った(おとこ)は、窓の外を眺めながらただ怪しく嗤っていた。




はい、一応今後を匂わせる書き方にしました(笑)斎藤と剣心の再会は、るろ剣本編と同じ感じで書く予定です!!予定なんですが…どこで戦わせるとか、だれを川路と大久保のポジションに置くかとか…その辺りはまだ考え中(=∀=;)もしかしたら、川路は松平、大久保はそのまま…になるかも?うーん、もうちょっと悩んでみます(笑)

(にじファン初掲載 2012年4月7日)


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【第六幕】出会い

更新が遅れてすみませーん(汗)先に恋空を完結させようと、そちらの更新を優先させておりました…!!評価・コメント等々…本当にありがとうございます!!自分でも驚くような高評価を得ており、本当に吃驚しております!!(笑)

補足ですが、この小説は銀魂ベースのるろ剣クロスでありますが、るろ剣原作で起きた事件なども話の中にねじ込んでいきます。そのベースとなるるろ剣の内容は、現在連載されているキネマ版の方ではなく、先日文庫の方で完結した原作の方です!!キネマ版の話も中々魅力的ですけどね♪ベースは原作の方でいきますb

あと、にじファン時代から結構質問でいただいている、るろ剣サイドのキャラの登場についてですが、まず左之助以外の剣心の仲間達(薫や恵、弥彦など…)は、現時点で登場の予定はありません。そして敵サイドにつきましては、この前の話でUPした斎藤一は勿論登場します!!あと、紅桜篇に組み込むような形で刃衛を登場させる方向でほぼ確定です。その他、志々雄や蒼紫などは今後の展開次第ということになります。まぁ、斎藤登場の時点で何とか志々緒を登場させたいと考えてはいましたけどね(笑)ただ、十本刀は登場するか分りません(苦笑)縁と巴は…初っ端あんな書き方をしているので、何が何でも登場させます、はい!!あくまで銀魂のストーリーにるろ剣のストーリーを組み込む(下手するとねじ込むw) 形で話を作っていきたいので、それが不可能な場合は申し訳ございませんがご期待にそえない場合がございます。予めご了承ください。


銀時達、そして剣心達はひたすら走った。少しでも高杉のアジトに近づくように。そのアジトに正々堂々、正面から突破する為に。

 

しかしそんな彼等の行く手を、鬼兵隊の志士達が阻む。

 

「おい、この銀髪…晋助様の知り合いじゃねぇのか?」

「あっちは桂だ…」

 

銀時達のことを知る鬼兵隊の志士達は、困惑気味だったが…

 

「はいはいはーい!!悩んでる暇があったら道を開けやがれ、コノヤローッッッ!!!」

「フハハハ!!迷いは剣を鈍らせるぞ!!」

「何かどっちがテロリストかわかんないんだけど!?え、僕達神楽ちゃんを助けに来たんだよね!?え、何か僕達の方が悪っぽく見えるんだけど!?」

 

そんな迷っている者達をふっ飛ばしながら、銀時達はただひたすら前へと進む。銀時は木刀を振り回しながら、桂は爆弾をふっ飛ばしながら、新八はそんな彼等にいちいちツッコミを入れながら…。

 

彼等らしく、大騒ぎしながら大事な家族を助ける為に敵陣を駆け抜ける。

 

一方、対照的なのは剣心と左之助だった。

 

「剣心、どーするよ…」

「できれば無用な戦いは避けたいところでござるが…そうもいかぬようだ」

 

殺気立った志士達を前に、左之助はこれは面白いと己の拳をぶつける。剣心も、彼等の一挙一動を見逃さないよう、鋭い視線を志士達に向けていた。

 

「オメェら、何の用があってここに来たァ?まさかたァ思うが、晋助様を殺しに来たとか言うんじゃねーだろうなァ」

 

ゲラゲラと笑いながら言う志士達に、剣心は表情1つ変えず口を開く。

 

「拙者、無駄な殺生は好まぬ故、殺し合いではなく話し合いに来た次第」

「おいおい、剣心…そりゃないぜ…!!」

 

折角久々に楽しい喧嘩が出来そうだったのにと項垂れる左之助に苦笑を漏らしつつも、剣心は単刀直入に本題を切り出す。

 

「拙者、神楽殿を助けるために参上つかまつった。神楽殿を大人しく解放するならば、拙者達はここで引くでござるが…」

「神楽ァ…?あー…あの夜兎のことかァ。何だァ?晋助様は夜兎の飼い主が来るから気を付けろつってたが……テメェらと夜兎の餓鬼とどんな繋がりがあんだよ?」

 

ジロリと睨まれた剣心は、そんな視線も綺麗に受け流す。

 

「今日出会い、背中を預け合って戦い、他愛ない話で盛り上がった友でござる。その友を助ける為に来た…と言ったら?」

 

剣心の言葉に、志士はまたゲラゲラと笑った。

 

「テメェら、何がおかしい!!」

「そりゃ可笑しいさ!!友達のためだとォ?ぎゃはははは!!傑作だぜ!!俺らは、泣く子も黙る鬼兵隊だぜェ?よほどの世間知らずか、よほどの命知らずだな!!」

 

なぁ?と他の者に同意を求めたが、しかし周りにいた志士達の表情は初めて剣心達と相対したときとは違い、顔面蒼白になっている。

 

「お、おい……、まさか、とは思うがよォ……」

「オメェもそう、思うか…?」

「赤い髪、左の頬に十字傷つったら…」

 

そして鋭い視線から感じる取ることができるのは、その者の強さ。ただ視線を合わせただけで、まるで金縛りにでもあったかのように動けなくなった。

 

その目を、彼等は知っている。

 

自分達の(あるじ)である高杉がよく見せる、強い信念を持った目だ。ただ、高杉と違うところがあるとすれば、それが憎悪で曇っているか否か。剣心の瞳はただ己の信念を貫くといわんばかりに、真っ直ぐ…そして強く彼等を射抜いていた。

 

「おいおい、何ビビってんだよ。こんなちっせぇ剣客1人に…」

 

どうやら、最初に凄んだこの男にはそれが分かっていないらしく、次第に士気が落ちていく仲間を呆れたように見ていた。そんな男に、周りにいた者たちは慌てて言葉を遮る。

 

「バ、バカ野郎!!オメェ知らねぇのかよ!?今、かぶき町で噂の………!!」

「………ッ、おいそりゃオメェ……!!コイツがか…!?」

 

一体、何を話したのかは分らない。だが、最初に凄んできた男の顔色もその瞬間サッと青ざめた。最初の威勢の良さはどこへやら…。剣心にぐいぐいと迫っていたその足は、今度は逆に一歩また一歩と後ずさりしていた。

 

「どうやら、拙者の噂はそれなりに広がっているようでござるな」

「んで…どーするよ?オメェら三下で剣心と俺の相手をするか、それともその“晋助様”とやらに頼んで神楽っつー譲ちゃんを解放するか…」

 

バキッと左之助が手を鳴らす。平和的解決を望んでいた剣心も、逆刃刀の柄に手を掛けた。

 

「もう一度聞く。神楽殿を解放するか、否か…」

 

一歩剣心達が前に出れば、一歩志士達が下がる。無言の威圧だが、この威圧からは確かな強さが伝わってきた。剣心からも、そして左之助からも。

 

「俺ァ剣心みてぇに大層な信念をもってるわけじゃねーから…手加減なんて真似は出来ねぇかもしれねぇぜ?おら、どーするよ…?」

「くっ、この男…どこかで見た顔だとは思っていたが、あの噂に名高い喧嘩屋・斬左か…!!」

「ほー、俺のことも知っててくれたのかい。ま、“元”喧嘩屋で…そんでもって今は、ストーカーからお妙を護るボディガードってな…。オラオラ…さっさと答えを出しやがれ…」

 

いよいよ志士達に逃げ場はなくなった。背中に感じるのは、ひんやりとしたコンテナの冷たさ。そして目の前には、2人の男。

 

「く、くそぉぉぉ!!相手はたかが2人だ!!俺達が束になってかかればあるいは…!!」

「俺達鬼兵隊を舐めるなァァァァ!!!!」

 

数では圧倒的に自分達が増さっていると己を奮い立たせ、5人の志士達は一斉に剣心と左之助に斬りかかった。

 

その光景を見ながら剣心が思い出したのは、かつての奇兵隊の者達。まだ元服を迎えて間もない自分を仲間だと慕い、笑い、共に背中を預け合って戦った仲間達。

 

奇兵隊と鬼兵隊。

 

同じ呼び名でも、目の前にいる彼等と剣心の知る志士達は、あまりにも違って見えた。

 

「交渉決裂でござるな。残念でござる…あの人(・・・)の血縁の元に就く志士達だから、出来れば剣は交えたくなかったが…どうやら、そうもいかぬようだ…」

 

奇兵隊が未来を切り拓くために剣を振るっていた志士達ならば、鬼兵隊は恨みという(しがらみ)に捕らわれてただ剣を振り回すだけの殺人集団。

 

同じ“きへいたい”でも…

 

それは高杉 晋作が望んでいた(こころざし)とは違いすぎる。

 

志士と呼ぶにはあまりに粗暴で横暴。

 

高杉 晋助が見つめる攘夷の先にあるのは果たして、高杉 晋作が思い願っていた未来なのか?

 

奇兵隊(むかし)鬼兵隊(いま)ではあまりにも違いすぎる。

 

(高杉さん、すみません…。拙者はどうやら、貴方の血縁が率いている者達と戦わなければならない運命(さだめ)にあるようです…)

 

「うらぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「考え事とは随分余裕だなァァァァ!!」

「死ねェェェェ!!!」

 

彼ならば、この状況を見て何と言うだろうか。

 

 

――はっはーッッ!!おもしれぇ!!緋村ァ、とことんぶつかって悪餓鬼どもを黙らせてやれ!!オメェはオメェらしく、護りたいもんのために刀を振るえや!!もう二度と大事なもんを手放すんじゃねーぞ!!

 

 

不敵に笑いながらそう言う、彼の姿が脳裏を過ぎった。その刹那、剣心はギンッと相手を鋭く睨みつけ、ありったけの剣気を叩きつける。そして、神速の刀を抜いた。

 

「がっ!?」

「ぐえっ!!」

「な…ん、だと…!?」

 

先に剣心目掛けて斬りかかって来た3人は、一瞬の内に沈められる。剣心はたった一振りで、3人の志士を叩き伏したのだ。3人は何が起きたのか分からないまま、意識を手放していた。

 

「ば、化け物だ…!!」

「ひ、怯むな!!狙いを斬左に変えろ!!今じゃ喧嘩屋稼業から身を引いてやがる!!喧嘩屋から身を引いた斬左など恐れるに足りんわッッ!!」

 

剣心に真っ向から挑んで敵わぬのであればと、残りの2人は標的を剣心から左之助へと変えた。白刃が左之助に迫る。しかし…

 

「おいおい、喧嘩屋稼業からは身を引いちゃいるが、喧嘩を止めたとは一言も言ってねーぞ。これでも俺ァ、お妙んとこに毎日来るストーカー(近藤)を相手にしてんだからな!!」

 

そんな彼等の白刃をヒラリと交わすと、1人の志士の鳩尾に拳を一発、そしてもう1人の志士の後頭部に蹴りを一発入れて、これまたいともアッサリと志士達を沈めた。

 

「流石でござるな、左之」

「オメェがそれを言うか?まぁ、ちぃとばかし手加減はしてあるからそのうち目は覚ますだろうよ」

 

やれやれと頭を掻いている左之助に剣心は笑みを零す。何だかんだと口では言っても、隣にいるこの男はいざという時に頼りになる。

 

「がはっ…!!」

「お、もう目を覚ましやがったか…」

「だが、まだ暫くは動けぬだろう。先を急ごう…」

 

目を覚ました志士の1人を一瞥して、剣心と左之助はその場を後にする。一方、朦朧とした意識の中で目を覚ました1人の志士は、先ほど仲間で交わした会話を思い出し、そして冷や汗を流した。

 

「あれ、が……。噂の、抜刀、斎…ッ…!!」

 

『バ、バカ野郎!!オメェ知らねぇのかよ!?今、かぶき町で噂の馬鹿強ぇ剣客の噂を!!話によると、長州藩士だったっていう伝説の“人斬り抜刀斎”とか……!!』

 

剣筋は全く見えなかった。気付いた時には、自分の意識は飛んでいた。いつ剣を抜いたのかも、いつ斬られたのかも分らない。

 

と…そこまで考え、あることに気付く。

 

身体は痛みに支配されてまだ動かせないが、斬られた痛みではない。例えるならばこれは…“峰打ち”をされた時の痛みだ。

 

「……、野郎…!!峰打ち、で……この、威力、かよ…ッ…!?」

 

もしこれが刃で斬られていたならば、今頃上半身と下半身は真っ二つに分かれていたに違いない。

 

(惨めな姿だが…命があるだけでも…)

 

そして再び、男の意識は暗転した。

 

 

 

その後も剣心達を見つけては志士達が斬りかかって来たが、剣心の逆刃刀、そして左之助の拳がことごとく志士達を叩きのめす。走り続けてようやく鬼兵隊の本陣と思われる船に近づいた時…

 

 

――ドォォォン!!!!!

 

 

何か…爆発音が聞こえてきた。

 

「あ?なんだァ?高杉って野郎、大砲でもぶっ放したのか?」

「いや、あの音は大砲ではござらんよ。恐らくは手投げの爆弾でござろう…」

 

しかし一体誰がそんなものを投げたのだろうか?鬼兵隊のメンバーだろうか?

 

それとも…

 

「万事屋殿…?」

 

神楽を助けに来た、彼女の仲間達だろうか…?

 

そんな疑問の混ざった剣心の呟きは、立て続けに聞こえてきた爆発音で掻き消された。

 

 

 

剣心達が鬼兵隊の船に向けて前進している頃、銀時達もまた鬼兵隊の船に向けてひた走っていた。しかし、隠密行動など出来ない男が1人…。

 

「フハハハハ!!どうだ、この爆弾の威力は!!エリザベスと俺で開発した特別製だぞォォォ!!!」

「ぎゃぁぁぁぁ!!!桂の持ってる爆弾の威力!!なんだありゃぁぁぁぁ!!??」

「ひ、引けぇぇぇ!!アイツらマジで俺達を潰しに来やがったぞォォォ!!!!」

 

そう、高笑いをしながら自慢の手投げ爆弾を投げまくっている桂だ。銀時も隠密行動などには向かないが、その銀時が大人しく見えるほど桂の暴れっぷりは凄まじかった。

 

「銀さん、(アレ)…止めなくていいんですか?何か、逆に僕達が真選組に捕まっちゃいそうな勢いなんですけど…!!」

「知るか―――ッッ!!だから俺ァ嫌だったんだよ、ヅラと一緒に潜入するのは!!」

 

あああっ!!と言いながら頭を抱えている銀時と、煩い爆発音で耳をやられないように必死に耳を塞ぐ新八。しかし、そんな2人のことなどまるで気付いていないかのように桂は構わずに爆弾を投げ続ける。

 

「って、テメェは何個爆弾持ってんだよ、このテロリスト!!」

「備えあれば憂いなしだろう?おかげでここまで、無駄な体力を使わずに敵を制することができたのだ。感謝するのだな!!」

 

フフン、とどこか誇らしげな顔が憎たらしい。その顔面に遠慮なく洞爺湖で一太刀浴びせてやれば、奇声を上げながら吹っ飛んでいく。

 

「ヅラァァァ!!クソォォ、よくもヅラを殺りやがったな鬼兵隊ィィィ!!(棒読み)」

「えぇぇぇぇ!!??今、桂を殺ったのアンタだよね!?俺達何もしてないよねェェェェ!!??」

「桂さんの仇ィィィィ!!(棒読み)」

「駄目だコイツら、自分達の罪を俺達に擦り付けることしか考えちゃいねェェェェ!!!」

「しかもこの棒読み加減が更にムカつくわッッ!!!」

 

別の意味で殺気立ってきた鬼兵隊の志士達に、いい加減鬱陶しいと銀時が顔を顰めた時だった。

 

「死ねッ!!白夜叉!!」

 

銀時の目の前に、鬼兵隊の志士の1人が飛び込んできた。

 

迫る白刃、新八の叫ぶ声

 

しかし、銀時の世界からはすべての音が消えた。

 

 

白夜叉

 

 

嗚呼…、俺はまだ…

 

その名前で呼ばれるのか――…?

 

 

刹那、銀時の木刀が薙ぐ。飛び込んできた志士がそれをまともに喰らって吹っ飛んでいった。

 

「銀さん、無事ですか!?」

 

新八は新八で、自分目掛けて突っ込んできた志士を相手にしているらしく、その声には力が篭っていた。大丈夫かと問われ、銀時はクスリと小さく笑う。

 

「そりゃオメェ…大丈夫に決まってんだろうが、コノヤローッッ!!」

 

白夜叉と呼ばれようと、鬼と呼ばれようと…

 

護ると決めたものは必ず護る。

 

もう二度と…

 

「どきやがれェェェェ!!ヅラの弔い合戦だァァァァ!!」

「だから殺ったの俺らじゃねェェェェ!!!」

 

大切なものをなくさない為に。

 

紅い瞳はギラリと輝き、新八に襲い掛かろうとしていた志士を捕らえる。その凄まじい殺気に当てられ、志士は刀を落とした。

 

「あらら~、お手手ががら空きですよ~。じゃー、おやすみなさ――いッッ!!」

 

ドカッと鈍い音がして、背後から新八を襲おうとしていた志士が地面に伏した。やがて、新八も鍔迫り合いをしていた志士の隙をついて竹刀で胴を決めれば、攻撃を受けた志士はみっともないうめき声を上げてその場に撃沈する。

 

「銀さん、ありがとうございます」

「何のこれしき。しっかし、ぱっつぁんも男の子だねぇ。随分強くなったじゃねーの」

「え…そ、そうですか…?」

 

何でこのタイミングでそんなことを言うのかと首を傾げる新八だったが、そんな新八の頭をポンと撫でていつものしまりのない顔でヘラリと笑う。

 

「さて、この調子でガンガン行こうぜッ!!」

「そうですね!!早く神楽ちゃんを助けないと!!」

「お、お前ら…俺を置いて行くな…!!」

 

よし行こうと決意を固めていたら、相変わらず空気の読めない男が銀時の木刀によってぶん殴られた顔面を摩りながら立ち上がった。もう立ち上がらずにそこに寝てくれてたらどんなに良かったかと、銀時と新八が思ったのはここだけの話である。時間が惜しいと、走り始めた銀時と新八に続くようにして桂もその後を追う。

 

「それより…奴等、妙な話をしていたぞ?」

「え、何?お前ただ死んでただけじゃねーの?」

「死んでおらんわ!!いや…奴等が新八君と銀時の隙を狙おうとしていた時の会話が聞こえてきたのだ…」

「会話ですか?」

 

その会話を聞くために暫く死んだフリをしていたという桂に、疑いの目を向けた銀時だったが、それに構うことなく桂は続ける。

 

「無線で話しているみたいだったのだが、別方面から侵入者有り…と」

「侵入者ですか?それってつまり、鬼兵隊に侵入しようとしている誰か…」

「まぁ、トシが言ってたもう一つの切り札ってところか…」

 

うーんと考えている銀時と、パッと明るい表情になった新八。

 

「左之さんが来てくれたんだ…!!」

「ふむ、斬左という単語が聞こえてきたからまず間違いないだろう。だが…」

 

そこで桂は言葉を区切る。不自然に言葉が切れたため、前を見て走っていた銀時と新八の視線が桂に集中する。

 

「ただ、なんだよ?」

「斬左と共にいるという者が…」

「どうしたんですか?桂さんのお知り合いとかですか?」

「……、いや何でもない…気にしないでくれ。多分俺の聞き間違いだろう…」

「……?」

 

しかし、桂が明確な言葉を口にする事はなかった。銀時は深々と溜息を吐いていたが、どうやらこれ以上桂に聞くような事は考えていないらしい。新八は何か聞きたそうな顔をしていたが、どうせこの先でその人物に会うならその時でもいいだろうと、再び前を向いて走り始めた。

 

しかし桂だけが複雑な表情のまま、走り続ける。

 

鬼兵隊の志士達が話していた内容が何度も脳裏を過ぎっていく。

 

『おい、別方向からも侵入者らしいぞ!?』

『真選組か!?』

『いや、悪一文字の羽織を着たトリ頭の男と、赤い髪で左頬に十字傷のある男だそうだ…』

『オメェ、そりゃ…喧嘩屋の斬左じゃねーか!!しかも、その赤髪…まさか…!?』

『あぁ、あの伝説とまで言われた、江戸で最強の元長州藩士…人斬り抜刀斎だぜ…!!』

 

(人斬り抜刀斎…またの名を、緋村 抜刀斎…)

 

桂はその名を知っている。桂家は代々長州藩のために刀を振るう家系だった。その長州藩士達が桂家を訪れた時、長州藩をまとめていた桂家の者――桂 小五郎が、まだ幼かった自分に話してくれたのだ。

 

長州藩にはとても強く腕の立つ若い剣客がいると。

その者がいるかぎり、絶対に我らが信じている未来を拓くことが出来ると。

 

公には出来ない…暗殺を担う者だったため、その剣客の事は詳しく教えてはくれなかったが、それでもその志士名だけは鮮明に記憶に残っていた。

 

その志士名は攘夷戦争で更に有名になり、しかしその攘夷戦争の最中に忽然と消えたのだ。

 

桂 小五郎が処刑される直前に届けられた(ふみ)にはこう記されていた。

 

 

“我らが望む未来のために、とある若者の未来を閉ざしてしまったことが心残りだ。だからもし、その若者に出会うことがあったら…桂家の者として、私の代わりに謝罪をして欲しい。彼の名は緋村 抜刀斎。我らの同志にして、希望の光りだった勇敢な若い志士だ。緋村の未来を閉ざしてしまったこと、この桂 小五郎の死を以って償わせてもらう。この死は幕府に屈しての死ではない。私の命で未来を担う若者達の命が護られると信じて…。これが、桂 小五郎最期の攘夷だ。”

 

 

国の未来を思う切なる願い、そして1人の若者の未来を閉ざしてしまったことに対する謝罪の思いが綴られていたのだ。

 

桂はそんな彼の思いを引き継ぐかのように桂一派として攘夷活動に身を置くようになり、天性のカリスマ性を発揮して、たくさんの同志達と共に倒幕を目指すようになった。しかしそんな中でも、あの(ふみ)の内容だけは決して忘れられなかった。

 

先代の願いを自分がかなえなければならないと、そう思っていた。

 

だが、江戸で最強と恐れられた緋村 抜刀斎の情報は何もなく、攘夷志士達の間では銀時の白夜叉同様、都市伝説のような扱いになっていた。

 

攘夷戦争の途中で忽然と姿を消したと風の噂で聞いた時には、あるいは戦死したのかとも思ったが……。

 

(これも何かの因果か…?)

 

桂と高杉。

 

昔も今も、決して切れない縁で結ばれているこの2つの家系が揃うこの場所に、桂が探していた緋村 抜刀斎と思われる人物がいるという。

 

「うぉーい、ヅラァ!!さっきから恐っろしい程静かだけど、生きてるかァー?」

「たわけが。勝手に殺すな!!」

「もー、静かなんだから放っておけばいいじゃないですか。また騒ぎ出しても正直迷惑ですし…」

「新八君もとうとうリーダーと銀時に感化されて毒舌を吐くようになったか…」

「いや、今日の僕が毒舌なのは、大体アンタのせいですよ」

 

銀時や新八とそんな他愛ない会話をしながらも、桂の思いはただ一つ。

 

もし、本当にこの場に桂 小五郎が謝罪したいと願った者がいるのならば…桂家の者として、彼に謝罪をしよう…。

 

「これが俺に託された使命か…」

 

密かに桂はそう決意した。

 

 

そして―――

 

 

「おい、剣心…なんか急に静かになったな…」

「左様でござるな。もしかすると敵の罠かもしれぬが…」

 

 

その時が――

 

 

「何か急に敵さん来なくなったな」

「ふん、俺の爆弾に恐れをなしたのだろう」

「いや、それはないですね、多分…」

 

 

訪れた――

 

 

「あ、きっとあれが船の入り口ですよ!!」

 

「左之、行くでござるよ」

 

「よし、では早くリーダーを見つけるぞ」

 

「おうよ!!うっしゃ、楽しみだぜ!!」

 

「そんじゃ、手筈通りヅラと新八は神楽の方を頼むわ!!」

 

 

コンテナの山が途切れ、船への入り口と思われる場所に辿り着いた時…

 

 

「…おろ…?」

「え…、誰?」

 

 

攘夷戦争の英雄と言われた男達が…

 

出会う。

 

「左之さん!!」

「おう、新八!!そっちも無事だったみてぇだな!!」

 

新八と左之助は互いの無事を喜び合っていたが、銀時と剣心、そして桂は違った。否、銀時は「ああ、コイツがトシの言ってた…」などとぼやいていたが、剣心は銀時の容姿を見て確信する。

 

彼があの時、真選組の屯所前ですれ違った侍だと。

そして彼こそが、攘夷戦争後期の戦いで伝説と言われた“白夜叉”だと。

 

桂もまた、疑惑から確信へと変わった。

この場にいるのは紛れもなく、江戸で最強と恐れられた伝説の人斬り“緋村 抜刀斎”だと。

 

「桂さん、どうしたんですか?」

「おーい、ヅラ?急に黙ってどーしたよ。てぇか…え、何?銀さんすっげぇガン見されてんだけど…」

「何だ剣心、この銀髪知り合いか?」

 

訳が分らないと3人はそれぞれ指をさしたり、首を傾げたりしている。

 

しかし、当の本人達はそれぞれが驚いたような顔をしていた。

 

「緋村、殿…?」

 

桂がその名を紡ぐ。

 

そして…

 

「……ッ、白夜叉……!!」

 

剣心が、その異名を紡いだ。

 

 

それぞれが、それぞれ驚いた顔をしている中…

 

 

白夜叉と呼ばれた銀時は…

 

 

「…あー…えーっと…、うん、覚えてる。覚えてるよー?え、っと……多串君の知り合い…だっけ?ああ、佐藤君だっけ?あー、こんなに大きくなっちゃってー。飼ってた亀も大きくなった?」

 

 

1人場違いなことを言っていた。

 

「……おろろ……?」

 

緊張の糸がプツーンと音を立てて切れる。

 

ポカンと呆けた剣心の口からは、口癖が思わず零れた。しかし間髪入れず桂が銀時の頭を思いっきり叩く。

 

「このたわけが!!」

「ってぇぇぇ!!何すんだヅラ!!」

「お前は何を呆けたことを言っておるのだ!!それからヅラじゃない桂だ!!」

「結局どうあっても、名前の訂正はするんですね…」

 

桂という単語に、また剣心の表情が変わる。

 

「…ッ、桂…!?…まさか…!!」

 

剣心の脳裏に、1人の男の姿が過ぎった。

 

優しくも厳しかった、その人の姿が。

いつも国の未来を思っていた…桂 小五郎の姿が。

 

「……、私の名は桂 小太郎と言います。桂 小五郎は私の血縁です…」

「やはり…!!」

 

剣心の抱いた謎は、確信へと変わる。

 

「んん?桂 小五郎つったら確かヅラの血縁で、長州藩を統率していたっつー…オメェとは似ても似つかねぇ…スゲェ人だよな?」

「おいこら銀時、貴様俺を何だと思っている!?」

「ヅラ」

「だからヅラじゃない桂だァァァァ!!!」

 

ウガァと怒鳴る桂に呆ける剣心だったが、やがてクスリと小さく笑った。

 

「ほらー、ヅラ。佐藤君に笑われてんじゃねーの」

「いや誰だよ佐藤って。よー、銀髪のにーちゃん。コイツはなぁ…」

「銀時よ、お前とて名ぐらいは聞いた事あるだろう。この方の名前は…」

 

「「緋村」」

「剣心だ」

「抜刀斎殿だ」

 

左之助と桂の言葉が重なる。だが、苗字は同じだったが名前は全く異なっていた。

 

「え、何?…ワンモア。よく聞こえなかった…」

「おいトリ頭。俺の言葉に己の言葉を重ねるとはいい度胸ではないか…!!」

「そっちこそなんだよ。てかいきなり初対面でトリ頭たァ何だ!!」

 

桂と左之助が睨み合いを開始した。それはもう、バチバチと火花が散るのではないかと言うくらいの睨み合いを。新八が溜息を吐きながら「銀さんどうしましょう」と銀時に助けを求めている。

 

「あー、えーっと…?うん?で、結局誰?」

「って分ってなかったの!?佐藤君架空人物かよ!!いや、そもそも多串って人も誰ですか!!」

「いやぁ~~、今日も冴えてるねェぱっつぁんのツッコミ」

「おかげさまでッッ!!」

 

ハァと溜息を吐きながら、新八が申し訳無さそうに苦笑しつつ剣心に視線をやる。

 

「すみません、うちの大将が…。あの、失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか…?」

 

そんな新八の言葉を受けて、剣心はいつもの人の良い笑みを浮かべる。

 

そして、彼は口を開いた。

 

「拙者の名は剣心。緋村 剣心でござるよ…。緋村 抜刀斎は長州藩士時代の志士名でござる」

 

一瞬、その場がシンと静まり返る。

 

その静寂を破ったのは…

 

「え…えぇぇぇぇぇぇ!!!???おいおいおいおい、嘘だろォォォォ!!!!!」

 

頭を抱えながら絶叫する…

 

「とんでもねぇ大御所じゃねーかァァァァ!!!!!!!」

 

銀時の声だった。




多串君の知り合いの佐藤君って誰だよホントって話ですよね(笑)ごめん、何か多串に次ぐインパクトのある苗字が浮かばなかった…^^;

この話は、桂と高杉の家系のこと、それに対するヅラや剣心の思いなどをメインに書きつつ、剣心と銀時の対面を書かせていただきました!!しっかし…るろ剣パートだと基本シリアスなのに、銀魂パートになると基本ギャグだなおい(笑)

ちなみに認識として、銀時は剣心のことを名前だけ知っています。ただし、剣心のように見た目で分ったわけではなく、この小説で書いたとおり、名前を聞いて初めて知ったという設定です。ありていに言えば、そこいらの攘夷志士達同様、都市伝説レベルでしかその名前を聞いたことがないということです(笑)

高杉晋助と高杉晋作、桂小太郎と桂小五郎(えぇいややこしいwww)をそれぞれ“血縁”とあえてはっきりさせずに濁しているのは……年齢設定など考えてたら訳が分からなくなったからです(苦笑)最初はそれぞれ、父ちゃんかじーちゃんの設定にしようかとも思ったんですが、それはそれでまた後々ややこしくなりそうだと思いやめました。なのでこの先も、彼等の関係は“血縁”という曖昧な表現のままとなります。いや、年齢設定で言ったら剣心の年齢設定もこの小説じゃかなりおかしなことになってるけどなっ!!(汗)そこはあえてツッコまず、そっとしておいてください^^;

それにしても……本当に冴えてるな、ぱっつぁんのツッコミ(笑)


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【第七幕】不殺の刃と飛天の剣

お気に入り数&アクセス数&高評価といろいろなことに吃驚しております!!私が予想した以上に、この龍と夜叉…皆様に高評価をいただいているようで、本当に嬉しい限りです^^いただいたコメントも、いつもニコニコを通り越してニヤニヤしながら読んでおります!!気持ち悪いですね、はいwひとつひとつのコメントは私の活力です!!本当にありがとうございます(*´∀`*)

あといくつか質問をいただいたのですが、剣心と左之の出会いは書かないの?という…ごもっともな質問について!!ストーリー開始の時点で既に剣心と左之は出会っていて、尚且つ剣心と左之の仲は互いの力を認め合っている仲です。ただ、原作でもお分かりの通り左之は元赤報隊で維新志士を非常に嫌っていました。それはこの小説でも同じ扱いで、幕府を非常に毛嫌いしている設定です。喧嘩屋・斬左は幕府や天人に喧嘩を売る…銀魂風に言いますと土方や銀時と同じ“バラガキ”。それを止めさせたのが剣心だった…というエピソードがあるのですが、もちろんいずれきちんとストーリーとしてUPします^^その時に、津南を登場させるかもしれません!!


あくまで噂程度でしか聞いたことがなかった。

 

攘夷戦争中も、そして今も。

 

攘夷戦争が始まるより以前、江戸にはいくつもの攘夷思想を持った藩が存在しており、その中でもとりわけ長州藩はとてつもなく強かったと。

 

長州藩が強かったと言われていた理由は、ある存在のおかげだと。

 

それが、“人斬り抜刀斎”だった。

 

彼が一度剣を抜けば、血の雨が降り、辺りは血の海と成り果てる。彼と剣を交えて生き延びた人間は、数えるほどしかいないと。

 

攘夷戦争の英雄達の名前になんか更々興味のなかった銀時でさえ、“人斬り抜刀斎”の名前はそれなりに知っていた。それは、万事屋という生業(なりわい)をしている時に、時折噂で聞いたりしていたからだ。

 

戦争中、そして今。

 

こんなにも頻繁に“人斬り抜刀斎”の名前が出てくれば、いくら名前を覚えるのが不得意な銀時でも覚えてしまう。

 

だがしかし、あくまでそれは都市伝説程度の噂でしか知らなかった。

 

まさかその人斬り抜刀斎が…実在していたなんて。

 

思いもしなかったのだ。

 

「何だ、銀時も知っておるのか?お前にしては珍しいな…」

「知ってるも何も、依頼の先々で噂に上がるんだぜ!?むしろその名前を聞かないことの方が珍しくね?っつーレベルで聞いてんだよ、俺ァ!!」

 

しかしそこまで考えて、自分の持つ“白夜叉”の二つ名もまた…“人斬り抜刀斎”同様、都市伝説として扱われている。実在しているなんて夢にも思っていないだろうし、その生存を知る人間もごく僅か。

 

「え、銀さん…緋村さんってそんなに凄い人なんですか?」

 

何も知らない新八は首を傾げる。彼等の話からおおよその事は分かった。銀時同様、攘夷戦争を切り抜けた人物で、彼もまた強かったのだろうと。

 

しかし…目の前にいる、この見るからに人のよさそうな男が、都市伝説レベルで語られるような豪傑にはとても思えなかったのだ。

 

「…っあ~~…そうさなァ……。けど、うん…とりあえず新八、その話は…」

 

銀時がチラリと剣心に視線を向けると、剣心も承知の上だといわんばかりに頷いた。

 

「ここですべてを話すと雑になってしまうでござろう。何より、今は最優先に考えるべきことがあるはず…」

「そうだな。まぁとりあえず、剣心とオメェら全員の詳しい事はこの喧嘩が片付いたらってことでどうよ?」

 

剣心と左之助の言葉に、銀時と新八は頷き、難しい顔をしている桂も頷く。

 

「改めて…拙者の名は緋村 剣心。志士名の方ではなく、こちらの名で呼んで貰えるとありがたいでござる」

「俺ァ、相楽 左之助だ」

 

剣心と左之助の簡単な自己紹介を受けて、それに習うようにして銀時達も続ける。

 

「坂田 銀時。まぁ、俺もなんっつーか……昔の二つ名で呼ばれるのは好きじゃねーんだ…。適当に名前で呼んでくれ」

「僕の名前は志村 新八です。左之さんにはいつも本当にお世話になっています!!」

「おろ、左之の知り合いでござるか?」

「おう、俺の雇い主って所だな」

「私は…」

「ヅラ、もうその私キャラやめろよ、キモイ」

「銀時貴様、俺に向かってキモイとは何だ!!……まぁ確かに私キャラは俺には似合わんな。…改めて、俺の名は桂 小太郎。攘夷志士だ」

 

自分で攘夷志士を暴露するのもおかしな話だと桂は内心で小さく笑ったが、そんな桂を見て剣心は微笑む。

 

「よく…似ておられる…」

 

桂ほどはちゃけた人物ではなく、彼の評価は生真面目で堅物だった。しかし…真っ直ぐと未来(さき)を見据えるその姿は、生前の桂 小五郎と非常に酷似していた。

 

「俺が、ですか?」

「あぁ…。あの人に…桂さんに…そっくりでござるよ…」

 

ふと、剣心はあることを思い出す。桂 小五郎と高杉 晋作の仲はとても良く、酒を酌み交わしながら国の行く末を語っていたと聞いたことがあった。

 

今の、桂と高杉の関係は…どうなのだろうか?

 

「桂殿、お伺いしたいことが1つ…」

「何でしょう?」

「鬼兵隊を率いている(かしら)は、高杉 晋作殿の血縁、高杉 晋助殿だと聞いているでござる。桂家と高杉家はかつてより切っても切れぬ縁で結ばれていた…。今でもその縁は…健在でござるか?」

 

剣心に問われ、桂の表情が…曇る。

 

桂自身も高杉が何を考えているのか検討がつかないのだ。時々江戸の街ですれ違って会話をしても、彼の言葉から真意を知ることができない。昔はあんな男ではなかったはずなのに、幕府が天人に下ってから…高杉はまるで変わってしまった。

 

「今の俺と高杉の縁は恐らく、貴方の知っている桂と高杉の縁とは程遠いかと…」

「そうでござるか」

 

桂がそう言えば、剣心は静かに目を閉じる。

 

「桂殿とこうして出会えたのも、何かの縁だと思っていた。だから、高杉殿と出会えるのもきっと何かの縁だと…そう思ってはいたが…」

 

そして、剣心は鬼兵隊の本陣と思われる船を見上げた。

 

「どうやら、本当に…高杉さんの意志とは(がた)えてしまっているようでござるな…」

 

残念でならない、と剣心は小さく息を吐くが直ぐに気持ちを切り替えて、銀時に視線をやる。

 

「だが、こんなところで過去を振り返っている場合でもござらんな。神楽殿が心配でござる」

「あー…まぁ、なんっつーか、ウチの馬鹿娘なら大丈夫だとは思うが…」

 

頭を掻きながら、銀時もゆっくりと船を見上げた。

 

「その神楽が大人しくしてるっつーことは、神楽が暴れられない状況下にあるってことだろうよ。ザキの話じゃ、“鉄の箱”っつー部屋に閉じ込められてるらしいしな…」

 

それぞれ視線を交わし合い、そして頷く。

 

不思議なもので、出会ってまだ間もないというのに…たったこれだけで彼等の意思は伝わったのだ。

 

早く助けに行こう。

高杉の事は俺に任せてくれ。

気を抜くな。

きっと大丈夫。

背中は預ける。

 

そんな思いが…それぞれ交わされる。

 

そして…

 

「そんじゃまぁ…折角こうして本陣の入り口まで来たわけだしィ?」

「ごめんくださーい、高杉君いますかー」

「馬鹿だ…あの人本当に馬鹿だ…!!何やってるんですか桂さん!?何そんな“ちょっと鬼兵隊に来たよ☆”的なノリで敵の本陣に乗り込もうとしてるの!?」

 

動き始める。

 

「ったく、本当に忙しねぇ奴らだな…」

「だがずっと滅入った気分のままでいるよりかは、こちらの方が楽でござるよ左之」

「ま、それもそうか…」

 

全員の決意が固まっている今、やるべき事はただ一つなのだ。

 

「高杉、コノヤローッ!!出てきやがれェェェェ!!」

「うるせェェェェ!!テメェら侵入者のクセに何堂々としてんだァァァァ!!!」

 

銀時が馬鹿でかい声で叫べば、恐らくは見張りの者だろう。非常識な銀時達を見て思いっきりツッコミを入れながら斬りかかって来た。それを見て、銀時はニヤリと笑う。

 

「攘夷戦争の英雄のお手並み、拝見といきますか…!!」

「奇遇でござるな、銀時殿。拙者も同じことを思っていたでござるよ」

「あ、そうだ…。兄ちゃん、これを使えとよ」

 

そういえばすっかり忘れていたと言いながら、左之助は銀時に一振りの刀を差し出す。その間、左之助を狙って鬼兵隊の志士が飛び掛ってきたが、蹴りを入れて黙らせる辺りはさすがといったところだろう。

 

「んー?これ真剣じゃん。え、何?俺に廃刀令違反で捕まれってか!?どんな嫌がらせだよ!?」

「いや、これは真選組の土方からだ。お前さんに餞別だとよ」

 

土方の名を聞き、銀時は目を丸くした。

 

「へぇ、トシからの餞別ねぇ…」

 

そしてククッと小さく笑う。

 

「真選組が刀を渡すなんざ、正気の沙汰じゃねーな。けどまぁ…トシの計らいに感謝するしかあるめぇ!!」

 

正直な話、高杉と対峙するのに木刀では力不足だと思っていたのは事実。だから、適当にその辺に転がっている刀を拝借して使おうと思っていたが…どうやら、その心配は要らないらしい。

 

(この騒ぎが落ち着いたら、マヨなり煙草なり礼に持っていくか…)

 

左之助から受け取った刀を腰に携え、銀時は木刀を抜く。

 

「おろ、刀は使わぬでござるか?」

 

不思議そうに剣心が聞けば、ニッと銀時は笑う。

 

「アンタと同じだ。俺ァ殺すことに酔っちゃいねぇし、出来ればこんなもん使いたくはねーんだよ。アンタが何を思って逆刃刀(かたな)を持ってるか…俺は分からねぇ。けど…これだけは分る…」

 

飛び掛ってきた志士達を木刀で殴り飛ばしながら…

 

「アンタの逆刃刀(かたな)は、護るための刀だ!!」

 

ニヤリと笑った。その姿を見て、剣心も思う。

 

この男もまた、護るために木刀を抜いて戦っているのだと。

 

「フハハハッ!!どうだ、俺の爆弾の威力は!!新作だぞォォ!!」

「桂さん、まだ爆弾持ってたの!?いや、ホントいくつ持ってんだよアンタ!!」

「ほー、こりゃアイツ(・・・)が喜びそうな代物だなぁ!!」

 

騒がしく、しかし確実に…

 

彼等は鬼兵隊の本陣を壊しに掛かる。

 

 

 

そんな様子を、1人高杉は自分の部屋でモニター越しに見つめていた。

 

「あの男…」

 

その目に留まったのは、1人の男の姿。

 

赤い髪で左の頬に十字傷を持つ優男。

 

「江戸で最強と言われた英雄のおでましか…」

 

さすがに予想外だったのか、その表情には驚きの色が見える。と同時に、子供の頃に高杉 晋作に言われたことを思い出した。

 

『いいか、これから先も戦は激化するだろうぜ。俺ァ…多分、国の行く先を見届けるまで生きちゃいねぇだろう。けどな…俺ァ信じてんだ。長州藩の仲間(あいつら)の力を。そして…緋村の力をなァ…!!俺が死んでも、俺の意志は死なねェ!!桂が、そして緋村達長州藩の志士達が生きている限りなァ!!』

 

それは病に臥せっていた時に、高杉 晋作が言った言葉だった。

 

その言葉から暫くして、高杉 晋作は息を引き取る。国の行く末を、未来を担う若者達と友であり仲間である桂 小五郎に託して。

 

「あれが…噂に名高い“緋村 抜刀斎”…」

 

身辺警護についていた者達から、銀時達とは別に侵入者がある事は聞いていた。大方真選組の連中か、この騒動に乗じて自分達をなき者にしようとしている別の攘夷党だろうと思っていた。

 

しかし…その高杉の予想は大きくはずれ、皮肉にも自分を倒しに来たのは…

 

自分の血縁が頼りにしていた、伝説の人斬りだった。

 

「だが、その伝説の人斬りと謳われた野郎もまた、幕府とつるんでるというじゃねーか…」

 

自分の血縁の意志を受け継ぐどころが、血縁が頼りにしていた男は今、真選組と協力関係にある。そんなことは、とっくにリサーチ済みだ。

 

「だったら俺が目ェ覚まさせてやるぜ。銀時共々、アンタもなァ…“人斬り抜刀斎”さんよォ…」

 

人斬り抜刀斎と恐れられた獣を潜めているというのであれば、叩き起こせばいい。

白夜叉が眠りについているのであれば、また目覚めさせればいい。

 

「ククッ…今夜は楽しめそうだァ…」

 

煙管を吹かせながら、高杉は小さく笑う。

 

これからの戦いが楽しみだと言わんばかりに。

 

 

 

「おーい、雇われの用心棒。こっちだー」

 

その頃、鬼兵隊の船内も侵入者有りの情報にバタバタと動き始めていた。そんな中、神楽を捕らえている“鉄の箱”周辺は更に警備が強化される。なにせ、今この場所に侵入してきた連中は、捕らわれている神楽を救い出そうとしている者達。その神楽は、幕府との取引で莫大な金と共に引き渡すことになっている。ここで奪われるわけにはいかないと、下っ端の志士達は忙しなく動き回っていた。

 

そんな中、鬼兵隊の下っ端達も下っ端なりに頭を働かせて用心棒を雇った。といっても、料金は後払いで、あくまでも仕事に成功したら払うという条件でだ。

 

「おい、あれが今回雇ったっていう用心棒か?」

「あぁ、何でもあの喧嘩屋・斬左にも引けを取らないとか…」

「けどよぉ、比留間(ひるま)兄弟なんて名前…聞いたことあるか?」

「俺は知らん」

「俺もだ」

 

その用心棒の名前は、比留間 喜兵衛(ひるま きへえ)、そしてその弟の比留間 伍兵衛(ひるま ごへえ)だ。あの喧嘩屋・斬左と並ぶほどの腕を持つという噂を聞いて鬼兵隊の下っ端が連れてきたのだが、誰一人として比留間兄弟の噂は知らない。本当に信用できるのかとその場にいた全員が思ったが、その姿を見て思わず息を呑んだ。

 

兄の喜兵衛はどこにでもいる老人に見えたが、その表情からは何を考えているのか読み取れない…一番厄介なタイプの曲者。

そして弟の伍兵衛は強面の…見るからに豪傑と分る巨漢。

 

なるほど、斬左と同等と言われるだけの事はあると全員が息を呑んだ。

 

「それで、その警備対象というのは?」

 

喜兵衛が問えば、1人の志士が扉を指差す。

 

「あの中に閉じ込めている夜兎族の娘だ」

「ほう、あの戦闘種族と名高い夜兎族…」

「分かっているとは思うが、絶対に逃がすな?逃がしたらお前らへの報酬は無しだ」

「その分、成功したあかつきにはそれなりの報酬を頂きます故」

 

喜兵衛はニンマリと笑みを浮かべる。「気色悪ィ」と苦い顔をして、志士は下がった。と同時に、他の志士達にも下がるように促す。

 

「え、アイツらだけに任せるのか!?」

「あぁ、十分だろ。あの巨漢…伍兵衛だったか。見てみろよ…いかにも強そうですって感じじゃねーか」

「けど、相手は夜兎だぜ?」

「ははっ、そもそも夜兎は“鉄の箱”に入れてんだ。アイツらが外から開けない限り、出てくることはできねーよ」

 

さっきまでは中から凄まじい音と、凄まじい声が聞こえていたが…それもピタリと止んで静かになっている。最初は逃げ出したのかと焦ったが、鉄壁を誇る“鉄の箱”が破られる事はまずない。

 

その名の通り、この部屋は特別製で四方を分厚い鉄で覆っている。唯一、小さな格子窓があるが、そこは人一人が通るにはあまりにも小さすぎるし、何より通れたとしてもかなりの高さがある。夜兎ならば地面にたたきつけられても、強靭的な防御力とその回復力でやり過ごせるかもしれない。しかしその高さはなかなかのもの。いくら夜兎でも無事ではすまないだろう。

 

「“鉄の箱”が破られるとしたら、比留間だかダルマだか知らないがあの兄弟が外から扉を開けたときだけだ。大の男5人がかりでやっと閉めた重い扉だぜ?万が一誰かが助けにきたとしても、人間の手でこじ開けるなんざ無理だな、無理!!斬鉄剣でも使えるってぇなら話は別だけどな!!」

「ぎゃははは、それこそ有り得ねぇ!!」

 

唯一、扉を開けるチャンスがあるのは比留間兄弟だが、その比留間兄弟も完全に金に目がくらんでいる。自らその金を手放すような真似はしないだろう。

 

とにかく下の侵入者を排除することに人員を裂かなければならない。どういうわけか、向かった志士達は誰一人として戻ってこないのだ。いくら“鉄の箱”に監禁しているとはいっても、夜兎族の飼い主は攘夷戦争で高杉と肩を並べて戦った者。しかもそのうちの1人は、あの伝説とまで言われた“白夜叉”というではないか。

 

束になって掛からなければ、足止めは出来ない。

 

「いいか、絶対に死守しろよ?もし成功すれば、晋助様にお前達のことを伝え、正式に鬼兵隊の一員になれるよう掛け合ってやる」

「それはそれは…こちらとしてもありがたい限りですな。では、我々はここを何が何でも死守するとしましょう」

 

喜兵衛の言葉に「ケッ」と一部の志士が履き捨てる。だが、胡散臭くても嘘くさくても、今はこの比留間兄弟を頼るより他に方法が無いのだ。志士達は最後にもう一度比留間兄弟に念を押してその場を後にする。

 

「チッ、いけ好かねぇ連中だぜ。俺らの腕を買っておきながら、信用しねぇとは…」

 

伍兵衛が不服そうにそう言えば、喜兵衛は飄々と笑う。

 

「まぁ、暫くの辛抱だ。これが成功すれば、ありったけの金と同時に鬼兵隊という最高の就職先が決まるのだからなぁ!!」

 

数ある攘夷党の中でも、鬼兵隊は特に金の羽振りがいいと…裏社会ではもっぱらの噂だ。そんな鬼兵隊の一員になれるのであれば、暫くの疑いの目など痛くも痒くもない。

 

「このご時世、すべては金だ。そしてその金を手に入れることができるのは、力あるもののみ!!」

 

己の頭脳と伍兵衛の力があれば恐れるものなど何もない。

 

喜兵衛は高々と笑い、そんな喜兵衛を見て伍兵衛もまた同じように笑った。

 

 

 

一方、その“鉄の箱”に閉じ込められている神楽はというと…

 

「お腹空いたアルー。晩飯はまだアルかー?何だヨ、誘拐しといて何のアフターケアーもないアルか?カツ丼出せヨ、白飯食わせろヨ」

 

ひたすら空腹を訴えていた。外で神楽を巡る闘争が繰り広げられているというのに、その本人は暢気にも腹が減ったと床に寝転んでふてくされているのだ。

 

「腹減ったって言ってるだロ――ッ!!」

 

ずっとシカトを決め込まれて、あまりにも腹が立った神楽はガンッと思いっきり扉を蹴り飛ばす。これがもし、万事屋の玄関だったら数百メートル先まで扉が吹っ飛んでいるところだ。しかし、“鉄の箱”の通称を持つその部屋は、夜兎族の蹴りでもビクともしない。それがまた無性に腹立たしくて、寝転がったままガンガンと扉を蹴り続けた。

 

「飯出せヨー、酢昆布出せヨー、ここから出せヨー!!」

 

ちゃっかりここから出せなんて言ったりもしているが、当然扉は開かない。だが、今までうんともすんとも言わなかった扉の向こうから初めて声が聞こえてきた。

 

「お譲ちゃん、ちょっと静かにしていた方がいいよ。ここの人達を怒らせると厄介だからねェ」

 

声からして中年ぐらいと思われる男の声が聞こえてきたのだ。一瞬ポカンと呆けた神楽だったが、男の忠告は完全無視でむしろ蹴り方が激しくなる。

 

「扉の前に居て無視とはいい度胸アルな!!かぶき町の女王が腹減ったと言ったら、大人しく酢昆布を持ってくるヨロシ!!」

 

ガンガンガンガンと鉄を容赦なく蹴る音が響く。それを黙らせるかのように、ドカッと激しく鈍い音が聞こえた。恐らく、外にいる誰かが鉄の扉を殴ったのだろう。

 

「煩いといっているだろう、ガキ。少し黙っていろ」

 

中年の男とはまた違う…少し厳つい声に、神楽はケッとはき捨ててゴロゴロと床を寝転がった。

 

「暇アルー。腹減ったアルー。ここから出たいアルー。あー、ピン子見そびれたネ。テレビ見たいアルー!!」

 

今の神楽は捕らわれていることに対する恐怖よりも、この狭い空間に捕らわれていて尚且つ腹が減っていることへ対する不満の方が大きいらしい。そんな駄々をずーっとグチグチと続けていたら、外から凄まじい音が聞こえてきた。立て続けに聞こえるそれは、爆発音だ。

 

「……?花火でも上がってるアルか?」

 

自由になった手足で格子窓まで飛び上がって外を見てみる。すると、外は先ほど見た静寂さなど微塵もなく、土煙や行き交う人々でごった返していた。

 

「何事ネ?船の外で何が起きてるアルか?」

 

と、そんな疑問が口から零れた…その時だった。

 

「どけどけどけェェッッ!!万事屋銀ちゃんのお通りだ、コノヤロ――ッッ!!」

 

よく知る声が聞こえてきたのだ。その瞬間、神楽の表情がパッと明るくなる。

 

「銀ちゃん、来てくれたアルか!?銀ちゃーん!!私はここヨー!!銀ちゃ――ん、ぱっつぁ――ん!!」

 

しかし、どんなに叫んでも爆発音の方が大きいらしく神楽の声は銀時には届かない。それがまた無性に腹立たしくて、神楽も自棄になる。

 

「おいこら天パに駄眼鏡!!無視ですかー、お前らも無視ですかーコノヤロ――ッッ!!」

 

銀時の口真似をしながらギャンギャンと叫び続ける神楽。しかしそれでも、神楽の声は銀時には届いていないらしい。

 

「大体誰ネ!?こんなバンバン煩くしてるのは!!静粛にするアル!!静粛にー!!工場長が黙れっつってんだろゴルァ!!」

 

鉄格子にしがみ付いたまま叫び続ける神楽だったが、その声は結局最後まで銀時達のところに届く事はなかった。

 

ただ1人…“鉄の箱”の外に潜んでいる者を除いて…。

 

 

 

「伍兵衛…大丈夫か?」

「て、鉄の箱とはよく言ったもんだぜ、俺の手がこんなに…!!」

 

神楽を黙らせる為に、伍兵衛が鉄の扉を殴ったまではよかったのだが、その鉄が予想以上に固く、伍兵衛の手はかわいそうなくらいに膨れ上がっていた。夜兎の神楽が全力で蹴り続けても破れなかった扉を、巨漢とはいえ普通の人間が殴ってタダで済むはずがない。そこまで頭が回らなかったらしい伍兵衛は、目に涙を浮かべながら腫れ上がった手にフーッフーッと息を吹き掛けていた。

 

そんな様子をこっそりと見ている人物が1人…。

 

(ここが高杉の言っていた“鉄の箱”…。神楽ちゃんの叫び声も聞こえてくるし、まず間違いない…)

 

そう、潜入を土方に命じられていた山崎だ。敵の行動に注意しつつ内部を探っていたら、たまたま通りかかった志士達の話を聞くことが出来たのだ。

 

(けどこんなに簡単に見つけることが出来るとは…)

 

これは不幸中の幸いだと思った。しかし、扉の前に立つ護衛の者達2人を見て山崎は難しい顔をする。

 

(あの2人は確か、攘夷浪士の……えっと、ダルマ…?確かそんな名前の兄弟だったな…)

 

記憶が曖昧なのか、山崎は首を傾げながら名前のようなものを呟く。しかし、大事なのはそこではないのだ。

 

(あの兄弟は金には汚く、そのやり口も非道。もしこんな奴らが高杉一派に…鬼兵隊に加わったら、更に厄介なことになる…)

 

今ここで潰しておくべきだろうか?しかし、伍兵衛の方は左之助とも並ぶほどの強さだと鬼兵隊の連中が言っていたのを思い出す。

 

(確かに見てくれは粗暴な感じで強そうだが…本当に左之さんと同じくらい強いのか?それは謎だな…)

 

しかし相手を侮ってはこちらがやられてしまう。観察方の仕事は、相手の動向をさぐり、そして的確に動くこと。時と場合によっては敵を制圧することも大事だが、力量を見極められない敵に突っ込んでいくのはただの無謀であり、観察方の仕事ではない。

 

(ここは一度引いて、旦那達と合流するか)

 

既に剣心と銀時が合流している事は志士達の話で把握できている。どこにいるのか…その場所までは把握できていないが、一番騒がしい所に行けば、間違いなく会うことが出来るという確信があった。

 

(ごめんね、神楽ちゃん。必ず旦那達を連れてくるからもう少しだけ待ってて…)

 

内心でそう謝りつつ、山崎はその場をあとにする。

 

 

 

“鉄の箱”付近でそのようなことが起きている間にも、銀時達は確実に鬼兵隊の志士達をなぎ倒していった。

 

「邪魔だァァァ!!!」

 

銀時は木刀を振り回しながら敵を確実に仕留めていく。完全なる我流のため、その太刀筋は非常に読みにくく、受け流す事はおろか避けることも出来ない。

 

「クソッ!!銃だ、銃を使え!!」

 

見かねた志士の1人が、仲間に銃を使うように促す。その指示を受けて、数名が銀時目掛けて発砲した。

 

「うおっ!?」

 

しかしそれを間一髪のところで銀時がかわす。これでは迂闊に飛び込めないと、全員が物陰に身を潜めた。

 

「おい、どーする剣心?敵さん、やっかいなもんを持ち出してきやがったぜ?」

 

喧嘩に本人なりのルールを持っている左之助にとって、銃は一番許せない代物。忌々しそうに舌打ちをしている左之助を見ながら、剣心は冷静に答える。

 

「確かに銃は厄介でござるな。敵の間合いに安易に入れぬ…」

「間合いに入れないと、剣の攻撃なんて届きませんよ…。どうします?」

 

新八の心配はもっともで、銀時もそこを考えていた。剣客にとって間合いはとても重要になってくる。間合いを制すものに勝利の女神が微笑むと言っても過言では無いだろう。銃を持ち出された時点で、完全に銀時達の間合いはあちらに制された…かのように思われた。

 

しかし、こちらにも間合いを制することが出来る方法がある。

 

「そっちの…ロン毛!!」

「ロン毛ではな、桂だ!!む、どうした?」

「もう手投げの爆弾はねぇのか?」

「あるにはあるが、室内で使うにはリスクが大きすぎると思ってな…」

「まぁ、ヅラのその判断は正しいな」

「だからヅラじゃない桂だ!!」

 

桂の必死の訴えもいつもの如く綺麗に流され、さてどうするかと銀時が思案する。しかし、直ぐに剣心が銀時の肩を叩いた。

 

「ん、どうした?」

「間合いを制されても、こちらが敵の間合いを攻められぬとはかぎらぬ…」

「いや、そりゃそうだけどよ…。敵の間合いに入るっつっても、この状態じゃ間合いに入る前に蜂の巣だぜ?」

 

そんな銀時の、最もな言葉にも剣心はただニコリと笑うだけだった。

 

「心配は無用。必ず道は作る…!!」

「え!?ちょ、おい…ッ…!!」

 

剣心はそう言い終えるとバッと物陰から飛び出した。それを慌てて止めようとしたが、伸ばそうとした手を銃弾が狙う。慌てて手を引っ込めて、銀時は剣心の姿を探した。

 

しかし、その一瞬の間に剣心は敵と距離を詰めていた。そして銀時に言った通り、剣心は敵の間合いを一気に攻める。

 

何もかもが一瞬の出来事で…

 

「一体…何が起きた…!?」

「た、たった一撃で…仕留めた…!?」

 

気付いた時には、銃を使っていた志士達は横に吹っ飛び気絶していた。

 

剣心が何をしたのか、桂も新八も分からず呆然と剣心を見つめている。ただ1人…

 

「鞘に収めた刀を超高速で抜刀して、まずは銃を真っ二つにして使い物にならないようにする。んで立て続けに、鞘を使って一気に敵を吹っ飛ばしたってか…。なるほど、二段抜刀術ってわけね…。しっかし、あの状況で本当に間合いを制しちまうたァ…驚きだぜ…」

 

一瞬を見逃さなかった銀時だけが、その剣筋を見極めていた。

 

「飛天御剣流・双龍閃(そうりゅうせん)…」

 

静かに剣心が技名を告げ、刀を鞘に収める。突然のことに、その場がシンと静まり返った。そんな中、剣心はチラリと銀時の方を見る。

 

(流石は…白夜叉と謳われていただけの事はある。拙者の剣筋をたった1度見ただけで見極めたのは、彼が初めてだ…)

 

そんな剣心の思惑すらもまるで気付いているといわんばかりにヘラリと笑いながら手を振っていた。そんな銀時を見て、剣心もまた笑みを零す。

 

(本当に不思議な男でござるな…)

 

剣心の様子から、もう出ても大丈夫だと判断した各々は物陰から出てきて辺りを見回す。殆どの志士達は剣心の双龍閃を目の当たりにし、自分達では敵わないと悟ったのか既に船内の奥深くへと逃げ出していた。

 

「剣心の技を見て逃げ出したってか?はぁ、こりゃ歯ごたえのあるような奴は居なさそうだなァ…」

 

ガクリと肩を落とす左之助に苦笑を漏らしつつ、新八は改めて銀時に聞く。

 

「銀さん、さっきの緋村さんの剣…えっと、飛天御剣流…でしたっけ?それって…」

 

聞きなれない流派に首を傾げる新八である。しかし、どうやら銀時も剣の流派には詳しくないらしく「俺に聞かれても」というような…あからさまにめんどくさそうな顔をしていた。

 

「飛天御剣流とは古流剣術のひとつで、実在する流派の中では極めるのが最も難しいとされる神速の剣…だったか…」

 

そんな銀時に変わって説明したのが桂だった。とはいっても、桂とて特別詳しいわけではない。ただちょっと聞いたことがあるというレベルでしか知らないのだ。桂の説明に、剣心はコクリと頷く。

 

「桂殿の言う通りでござる。こんな刀(逆刃刀)でなければいとも簡単に人の命を奪ってしまう…言い換えれば、最強にして最凶の殺人剣…」

 

新八が思わず息を呑む。新八の知る中で、最も強いのは銀時だと…そう思っていた。真選組の連中も皆強いが、それ以上に銀時は強い。白夜叉とまで恐れられたぐらいだから当然だと、そう思っていたが…

 

(この人は多分、銀さんよりも…強い…ッ…)

 

足元を見ると無数に転がる銃だったもの。それらのすべては銃身とグリップが綺麗に切り離されていた。つまりこれは剣心が逆刃刀を反して抜刀したということだ。あるいは剣心の得物が逆刃刀ではなく真剣だったら、こうなっていたのは間違いなく今横で伸びているあの志士達だろう。

 

(これが…攘夷戦争を切り抜けた人達の…強さ…)

 

ならば、銀時が今からサシで対峙しようとしている高杉はどのくらいの強さなのだろうか?

 

新八には…予想すら出来ない。

 

「おーい、時間が惜しい。さっさと行こうぜー」

 

まだですかー?なんて暢気に銀時は言っているが…

 

本当に大丈夫なのだろうかと、不安になる。そんな新八の不安に気付いたのか、剣心はポンとその肩を叩いた。

 

「緋村さん…?」

「大丈夫でござる。銀時殿の背中を見てきたお主なら…誰よりも銀時殿の強さを知っているのではござらんか?」

「…はい…」

「だったら、信じるでござるよ…お主の見続けてきた背中と、そしてその強さを。歪んだ攘夷などで折れるほど…銀時殿の刃は脆くはござらん」

 

まだ出会って間もないというのに、剣心は全て分っていると言わんばかりに微笑んだ。緊張していた身体から、一気に力が抜ける。

 

「そうですね…銀さんなら、きっと…!!」

 

マダオの代名詞みたいな男、けれど…いざという時には頼れる男。

 

それこそが、新八のよく知る“坂田 銀時”なのだ。

 

「おーい、剣心、新八!!さっさと行こうぜー!!」

 

既に銀時は先に行ってしまったらしく、左之助はそちらを指差している。そんな左之助に「あぁ」と頷いて、剣心と新八は視線を交わす。

 

「拙者達も行こう」

「はい!!」

 

そんな彼等のやり取りの最中、桂はさっきの剣心を思い出していた。そう、双龍閃を放った時の剣心をだ。

 

(あの剣筋…銀時は見極めることが出来たらしいが、俺にはさっぱり見えなかった。なるほど、最速の遥か上…まさに神速の剣。だとすれば、緋村殿は飛天御剣流を極めたということなのか…?)

 

なるほど、だとすれば江戸で最強と謳われたことにも納得がいく。

 

しかし、だからこその謎も浮上した。

 

(何故…緋村殿は逆刃刀を…)

 

剣心が逆刃刀を持つ理由。そして…

 

『最強にして最凶の殺人剣…』

 

そう言いながら己の剣について説明した時に見せた、一瞬の表情。

 

あの一瞬見せた悲しそうな表情は一体…何だったのだろうか?

 

「おいこら、行くっつってんだろうが」

 

と、そこまで考えたところで、銀時にスパーンと頭を殴られて強制的に現実へと引戻される。

 

「銀時、貴様ァ…!!」

「気になる事は後で聞きゃいいだろ?それより今は神楽と高杉だ」

 

ほら行くぜ、と言って先を急ぐ銀時に苦笑を漏らしながら桂も銀時のあとに続く。

 

桂 小五郎が言っていた“とある若者(剣心)の未来を閉ざしてしまった”という言葉と、剣心の逆刃刀。何か関係があるのではないだろうか…?

 

しかし次の瞬間、すべての疑問は吹っ飛んだ。

 

「うへっ、どこにこんな数隠れてたんだよ!?」

「やれやれ、高杉までの道のりは長そうだな、銀時…」

 

今は分からないことをあれこれ考えるより、目の前の敵を何とかしなければならない。

 

追いついてきた剣心達と共に、再び志士達の殲滅へと取り掛かった。




ダルマ兄弟…もとい、比留間兄弟はちょっとした小悪党的立場で登場してもらいました。ギャグでもシリアスでも扱えるこの手の敵キャラはとても扱いやすいです、はい(笑)今後もチョイチョイ出します(笑)この兄弟のしぶとさは、るろ剣原作でも描かれてますからね(笑)

そしてついに剣心の飛天御剣流が出ましたが…初出しの技は双龍閃と決めていたので、このようになりました^^どのタイミングで出すかは非常に悩んだんですけどね(笑)てか…この話で出せてよかった、本当に…!!

久々に神楽ちゃんにも登場してもらいましたが、完全にイジケモード突入です。そして使いたかったフレーズ、“かぶき町の女王”と“工場長”を使えて、私は満足…!!(おいww)

今回はちょっとシリアス色が強かった……いや、そうでもないか(笑)


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