黒木場リョウ(偽)、頂点目指します (彩迦)
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プロローグ
prologue 前編


彩迦と申します。以後お見知りおきを。


 

 

 

 黒木場リョウ。

 それが俺の名だ。物心がついた時には包丁を片手に北欧の港町にあるレストランで荒くれ者の船乗り達相手に料理を振るっていた。ああ、ここでもう気付いただろう。食戟のソーマの世界じゃん、やべえよ。何この鬼畜世界。

 前世では大衆食堂を営んでいた料理人だが、ベッドに入って目が覚めたら北欧に居て黒木場リョウになってた。ああ、ぶっちゃけ俺も何言ってるんだか分からない。ただ一つ言えるのは、店を追い出されればのたれ死ぬしかないということだ。

 厨房は戦場、料理はねじ伏せる物。まさにその通りだった。大人に混じって料理を作り続けるのには非常にプレッシャーがあった。これは恐らく身長差のせいだ、と俺自身に言い聞かせた。そうでもしないと自我を保てそうになかった。

 

 そんな荒くれた幼少期に薙切アリスこと、お嬢が現れ、俺を拾ってくれたのだ。料理勝負を挑んできたので日本料理を作って返り討ちにした、一瞬の出来事だった。その一戦以来、来る日も来る日も勝負を挑み続けてくるアリスは負けに負けを重ね続けた。

 見るに見かねたアリスの両親は俺に従者の話を持ちかけてくれた。どうやら、アリスが家に帰るたびに従者にして毎日勝負したいと言っていたらしい。あと、野良犬みたいで可愛いと。野良犬は余計だ。

 

「ところで、リョウくん」

 

「なんすか、お嬢」

 

「えーっと……食事処ゆきひらって言ってたかしら? 本当にそこの料理美味しいの?」

 

「まぁ、風の噂で聞いただけなんでなんとも言えないすけど」

 

「今までリョウくんが自分の料理以外で美味しいなんて聞いたことないから味は確かでしょうね♪」

 

 遠月学園の中等部三年の秋、従者としての生活にようやく慣れた俺はお嬢に食事処ゆきひらの名前を出した。この世界での元・十傑第二席のレベルがいかがなものか、料理人としての血が騒いで仕方ないので秋休みを使ってお嬢に食べてみようと進言してみる。

 ダメ元ではあったけど、結果はオーライ。お嬢自体、昔から貪欲にいろいろな味を求めていたが日本の大衆食堂には数えるくらいしか入ったことしかないのも含め、俺が進言したことで興味がわいたのかもしれない。

 

「あら、着いたようね。じゃあさっそく入りましょう♪」

 

「うす」

 

 食事処ゆきひら。

 まさか本当にやって来る日が来ようとは。心做しか胸が躍るじゃねえかよちきしょう。楽しみで仕方ない。一つの皿に料理人の魂は宿る。その皿に料理人の人格から人生、そんなものが滲み出てくるのだから幸平城一郎さんという料理人から一体、どんなものを感じられるんだろうか。

 

「毎度、いらっしゃい!!」

 

「あら、元気良いわねっ♪」

 

 出迎えたのは額に傷がある赤髪の少年だった。恐らくは幸平創真だろう。握手してサイン貰いたい欲求を抑えてメニュー表へと目を通す。

 横からお嬢が意味深な視線を送ってくるのでとりあえず視線だけ向ける。何故かお嬢が頬を膨らませていた。

 

「むーっ。メニュー表、一つしかないのにリョウくんだけ見てるからでしょ! レディファーストって言葉を知らないのかしら!?」

 

「すんません、お嬢の存在忘れてました。あ、俺は親子丼でお願いしまーす」

 

「もうっ馬鹿!! とりあえず私も同じのお願い!!」

 

「親子丼、少々お待ちを!!」

 

 お手並み拝見といきますか。残念ながら厨房には幸平城一郎さんの姿は見えない。どうやら幸平創真が作るらしい。

 それはそれで楽しみであるのだが、お嬢が頬を膨らませながら俺の頬をつんつんしてくる。やめい。

 

「ふーん、さっきのホールの子が料理を作るのね。見た感じ同年代っぽいけれど……彼、私達と同じ匂いがするわ。気のせいかしら」

 

 どうやら、お嬢も気付いたらしい。手際の良さもそうだが、同じ料理人としての血が騒ぐのだろう。まだ遠月学園に編入していない時点でも幸平創真という料理人のレベルの高さが垣間見える。

 果たして今日の料理を食べてみて、今のお嬢が自分の料理をどう思うか。恐らく今はまだお嬢が上だろうけど、現状維持かそれともさらに高みを目指すか。でも、お嬢はプライド高いしめちゃくちゃ子供っぽいとこあるからなあ。

 

 

 

 

「ゆきひら流・ふわふわ卵の親子丼、おあがりよ!!」

 

「いただきまーす♪」

 

 ふぅん。普段は荒々しかったり、静かだったり忙しない駄犬のリョウくんが進めてきたお店だけあってなかなか良い品が出てくるじゃないの。

 柔らかい鶏肉とトロトロの玉子が絡み合って香ばしい香りが際立っているわ。んっ。これは胸肉じゃないの。パサパサしがちな胸肉に片栗粉をまぶして柔らかお肉に変身させたのね。

 しかも片栗粉を使ったおかげでさらに玉子までふわふわに仕上がっている……これ本当に彼が作ったのかしら。遥かに学生のレベルを超えている一品だわ。

 

「お、美味しい……!! まるで鶏肉と玉子が奏でるハーモニー!!」

 

「……!! 美味い!!」

 

「へへっ。そうだろ? でもまだこの親子丼の真価はこんなもんじゃない!! 箸をもっと進めてみてくれ!!」

 

 箸を進めると玉子の下には散りばめられた刻み玉ねぎ。玉ねぎに玉子が染み込み、さらに香りに深みが出て香ばしくなってしまうじゃない。

 美味しくて箸が止まらない。私やリョウくんの料理には敵わないけど、この料理にはどこか温かみがあって優しさを感じる。

 

「美味しいけど……この親子丼にはまだ何か足りない気がする。お嬢もそう思いませんか?」

 

 リョウくんが真剣な表情でそう、呟いた。

 

 




最後まで読んで下さりありがとうございます。


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prologue 後編

 

 

 

 

 食事処ゆきひら。

 幸平創真の創り出したふわふわ親子丼はアリスお嬢や俺の舌を唸らせるには十分な丼物だった。しかしこの料理には最後の一工夫がされていない。ああ、まじ惜しい。惜し過ぎる。ここでお嬢と俺が美味かったという一言とともに完食するのが料理人とっては最高の喜び。

 こんなに玉ねぎの風味を最大限に引き出した親子丼にはそうそう出会えるもんじゃない。それでもこの料理は完成しているとはいえない。まだ未完成なんだぜ、幸平創真。

 

「美味しいけど……この親子丼にはまだ何か足りない気がする。お嬢もそう思いませんか?」

 

「えっ? リョウくん?」

 

「……聞かせてもらおうか!! 何がたりないのか」

 

 鋭い眼光が突き刺さる。それもそうだ、自分の料理にケチつけられて嬉しい料理人なんているわけない。仮に親子丼に香辛料を使わずに作れといわれればこの親子丼が一番手を張れるだろうが、ここは食事処ゆきひらであって制約はない。

 

「ーーそれは香辛料だ」

 

 香辛料。調味料の一種で、植物から採取され、調理の際に香りや辛味、色をだすものの総称である。食事をおいしくしたり、食欲を増進させたりする。香料として食品に添加されるものも多数あるが、親子丼に最も適している香辛料といえば一つしかない。

 

「香辛料……」

 

「ああ、この親子丼に最も適している香辛料は山椒だ。確かに料理人や食べる側からすれば香辛料が敬遠されやすいものというのは重々、承知しているがーーーー試しに山椒に小さじ半分の胡椒を混ぜて親子丼にかけてみな!!」

 

「……山椒と胡椒、だと!!」

 

 山椒に含まれるサンショオールは麻酔効果と同じ成分を持ち、痺れと辛さが大脳を刺激して内臓の働きが活発になる。親子丼に山椒という香辛料はベストな組み合わせであり、食欲を促進させてご飯がさらに進ませるという効果がある。

 確かに山椒や香辛料は基本的に敬遠されやすいとは思う。仮に吉野家、松屋、すき家に七味唐辛子が置いてあるとすれば人によっては自然と手が伸びるんじゃないだろうか。

 

「さあ……結果はどうだ? 自分でも分かるだろ? 食わなくても親子丼の風味が一層変わったはずだ!!」

 

「っ……!! う、美味い……今まで作ってきた親子丼の何倍も!! 玉子と肉の絶妙な美味さをさらに底上げするかのように山椒の風味が親子丼を包んでいる!!」

 

 幸平創真という一人の料理人が創り出した丼物。それを黒木場リョウという皮をかぶった、まったく別モノの料理人が手を加えるなんていうのは良かったのだろうか。今更ながらに後悔している自分がいた。

 

 いや、迷うなよ俺。ここで生き抜くにはいずれ幸平創真の手を借りる日が来るかもしれないんだ。利用できるものは最大限に活かさなければいけないぞ。

 

 

 

 

「っ……!! う、美味い……今まで作ってきた親子丼の何倍も!! 玉子と肉の絶妙な美味さをさらに底上げするかのように山椒の風味が親子丼を包んでいる!!」

 

 嬉しそうな顔をしてご飯を頬張る赤髪の子を見て私は驚いたわ。あの駄犬のリョウくんが他人に料理の指南みたいなことをするなんて。ほんと、リョウくんのくせに生意気よね。普段は私が作った料理なんて嘲笑いながら俺の方がもっと美味く作れるとか上から目線だし。

 というか、もうむかつく。なんで私には教えてくれないのに赤髪の子にはもっと美味くなる方法なんて教えるのよ。私の方が付き合い長いしリョウくんは従者のはずでしょ、その従者がなんで主を差し置いてまったくの他人なんかに、う、う、う、うー!!!!

 

 

「リョウくんなんてもう知らないっ!!!!」

 

「どうしたんすか、いきなり。なぜに涙目??」

 

 このわからずやの駄犬め。なんで乙女の心が分からないのかしら。

 

「……というか、ここまでの知識があるってことはもしかしてアンタも料理人なのか?」

 

「俺と隣にいるお嬢も料理人だ」

 

 赤髪の子の箸が止まるのと同時に飛んできた言葉は予想通りのものだった。リョウくんが何故かドヤ顔をしているのだけれどなんでなのかしら。料理人ってそんなに珍しいものでもないのよ、リョウくん。

 

「なるほどな。店の厨房に立ったことは?」

 

「幼少の頃から北欧の港町の店で厨房には立ってた。だったらなんか問題でも?」

 

「……いや、店の厨房にも立ったことねー奴に負けてるのかと思ったら自分が情けなく思ってさ」

 

「えっ……」

 

 遠まわしに私が侮辱されたのは気のせいではないわよね。いや、でも親子丼に山椒が合うとか香辛料を使うなんていうくらい私には分かってたし。うん、絶対に分かってたから。分かってたもん。

 

「店の厨房に立ったことねー奴に……か。甘ったれんなよ? 世の中には厨房に立ったことはなくても美味しい料理を作ろうと日々、努力している奴らは大勢いる」

 

 た、たまにはリョウくんもまともなこと言えるじゃない。私はお店の厨房なんていうのはあまり立ったことはないけれど。日々、努力はしてるはず。駄犬のリョウくんをしつけてあげるには料理が一番効果的ではあるし。ご褒美に家に帰ったら骨付き肉をエサに与えようかしら。絶対に食いつきそうね。

 

「……お前はもっと日本の広さを知れ。ここの料理が全てじゃねえ。自分の料理こそ一番っていうのを証明したきゃ、遠月学園に来い」

 

 いつになくリョウくんの表情は真剣そのものだった。駄犬のくせに本当になまいき。

 



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入学編
一話 料理人としての腕


お、お気に入り数が増えてる(´°д°`)
読んでくれた方々に感謝です。ありがとうございます。
評価を入れてくれた方々もありがとうございます。
これからも皆さんに読んでいただいて飽きられないように書いていきたいです。


 

 

 

 遠月茶寮料理學園。

 非常に厳しい少数精鋭教育が特徴で高等部の千人近い新一年生のうち二年生に進級できる者は全体の一割にも満たず、卒業までたどり着く者はわずか数人しかいないという。

 普通にここまで聞けば可笑しくて笑ってしまうだろう。俺は笑うどころか、改めてこの学園のヤバさを再確認したことによって気を引き締めるハメになったけど。

 当然のように退学率が高い学校であるけれど“在籍したという履歴があるだけでも料理人として箔がつき、卒業に至れば料理界での絶対的地位が約束される”とも言われている。

 

「ーー学習内容は料理の基礎技術や食材の知識だけでなく、栄養学、公衆衛生学、栽培概論、経営学など多岐にわたるのよ、分かったかしら駄犬♡」

 

「中等部の内容をさらに濃くした感じっすね。まあ別に興味ないですけど」

 

「あら、リョウくんのくせに生意気よ? やっと高等部に上がって私とリョウくんの目的を達成するためのスタートラインには立ったんだから、さっさと頂点に登り詰めないとね」

 

 お嬢がクスクスと笑いながら俺の背中を叩く。遠月学園の高等部、ようやくこの時が来た。薙切アリスの付き人として中等部時代を陰に徹して目立とうとはせずに刃を研ぎ続けた。お嬢曰く、中等部で悪目立ちすると高等部に上がった時に面倒な日々を過ごすから暴れるなら高等部からにしなさいといわれていたので素直にいうことを聞いてきたので存分に暴れさせてもらうとしようか。

 幼少期に北欧の港町の厨房で料理を奮っていた頃と今は違う。俺ではなく、黒木場リョウとして拾われていても同じことをしたはずだ。この薙切アリスには返しても返しきれない恩が黒木場リョウにはある。これを少しでも返すにはこれが一番だと俺は思う。

 

「お嬢、アンタに北欧で拾って貰った恩を忘れてはいない。今日ここで宣言する、俺はこの学園の頂点を獲る」

 

 入学式の最中に放つような言葉ではない事は自分でも分かっている。今ここで宣言しておかないといけないような気がしたので宣言しただけだ。

 

「……リョウくん。薙切アリスの名の元に命じます、この学園で一切負けることは許しませんからね」

 

 お嬢が満面の微笑みを俺に返してくれる。負け、なんていうのは前世と呼んでもいいものなのかは分からないが料理人時代に腐るほど味わった。自分の料理をゴミ箱に捨てられる日なんていうのもあった。

 そんなクソみたいな負けに比べればこの学園はぬるま湯程度だ。

 

 

『ーーえっと……幸平創真っていいます。この学園のことは正直─踏み台としか思ってないです。思いがけず編入することになったんすけど、客の前に立ったこともない連中に負けるつもりは無いっす。入ったからにはてっぺん獲るんで』

 

 お嬢との馴れ合いでまったくもって気付かなかった。幸平創真の入学式での猛者ばかりの料理人達に臆さない宣言を上手く聞き取れなかった。創真は最後に一礼して在校生徒による数多くのブーイングをものともせずに俺に向かって微笑んだ。

 やはり、食事処ゆきひらでの件を覚えているのだろう。あの時の親子丼からどれほど料理人としての腕を上げたのか気になるのは同じ料理人としての性だ。

 

 

 

 

 

「あー、やっと退屈な入学式が終わったわね。まぁ、リョウくんの宣言とか編入生くんのおかげでそこまで退屈はしなかったけれど」

 

 入学式を終えた後、私はえりなと付き人である緋沙子とのお茶会に興じていた。駄犬のリョウくんはえりなの付き人がいるなら俺はいらないっすよねとかいってそそくさと何処かに行ってしまった。

 やっぱりペットには首輪が必要なようね。リョウくんたら、どこに主人を置いていく従者がいるのよ。

 

「アリスったら相変わらずね。まぁ、あの編入生はともかく……黒木場くんが何か言っていたの?」

 

「普段から料理以外にやる気を見せない黒木場くんが何を宣言したのか、気になりますね」

 

 

 えりなと緋沙子。この二人とは幼少より仲良くしていた。でも小さい頃に頑張ってえりなに宛てた手紙の返事が一切返って来なくて私が不貞腐れていたなんていう事もあった。いくら書いても返って来ないということに私はえりなに嫌われているのだと思ったけれど、リョウくんは絶対に違うっていって手紙を片手に北欧からえりなの住む日本へと単身で飛び立った。

 その時、一週間後に帰ってきたリョウくんは私に宛てたえりなの手紙を持っていた。その時のリョウくんは凄く怖かったのは今でも覚えているわ。叔父様を料理でぶっ飛ばしてきたっていっていたのだから。

 

「リョウくん、この学園の頂点を獲るって宣言したのよ」

 

「頂点……遠月十傑を倒すってことかしら。アリス…今の黒木場くんの実力は正直、十傑と互角かそれ以上のものよ。夢なんかよりよほど現実味がある」

 

「当たり前よっ!! 私の付き人なんだもの、学園の頂点獲るくらいはしてもらわないと♪」

 

 初めてリョウくんと会った時は戦慄したほどの料理人としての腕だった。同年代というよりは長い間、料理人として戦ってきたような貫禄と実力はどんなに積み重ねても差が出てしまう。

 私がリョウくんに料理でたまに勝てるのも手加減されているのが丸わかりなのよ。だって負けっぱなしだと私が機嫌悪くしたり泣くのを分かってるから。ほんと、そういうところは優しいと思うわ。

 

「少なくとも、小さい頃に北欧からアリスの付き人が来たって聞いた時は驚いたわ。同年代っていうよりは戦場を生き抜いた歴戦の料理人みたいな感じだったし」

 

「えりな様はご存知ないかと思いますけど、その時に黒木場くんはえりな様のお父様である薊様と料理対決をしています」

 

「「えっ??」」

 

 待って待って。リョウくん、料理でぶっ飛ばしてきたって物理的にぶっ飛ばしたのだと思っていたのだけれど叔父様相手に料理対決ってなんて末恐ろしいことをしているの。

 

「その時の結果はドローでした。薊様は大変驚いてましたね……でも当時の黒木場くんは必殺料理(スペシャリテ)を作ってのドローだから負けも同然って言っていましたよ」

 

必殺料理(スペシャリテ)

 作った料理人の顔が見える一品であり、老若男女誰もが美味しいと口を揃えていう料理人としての研ぎ澄まされた者にしか作れない。今まで一緒に居てリョウくんが必殺料理を作るとこなんて一度も見たことがない。

 

 

 リョウくん、あなたの料理人としての腕は私が届かない遥か高みに届いているんじゃないのかしら。

 

 

 



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二話 かつての必殺料理

評価に色がついてます!!なんか赤いです(´°д°`)
お気に入り登録ありがとうございます´ω`*


 

 

 今から何年も前の話だ。

 お馬鹿なお嬢が一生懸命に頭を悩ませながら書いた薙切えりなへの手紙はいつの日も返事が返ってくることはなかった。ある日、ついにお嬢が不貞腐れて泣きながら手紙を書いてるのを見かけた俺は頭の中で何かが切れるような音が聞こえた。

 えりな嬢への手紙がいつも手元に届く前に父親である薙切薊の手によって破かれて読むことすらないなんていうことは俺はうろ覚えではあったが覚えている。でも、実際に仲良くなろうと一生懸命に小さな子が書いた手紙を破き捨てる様はゲスの極みともいえよう。

 

『私……えりなに嫌われてるのかな……』

 

 ボロボロと大粒の涙を流すお嬢を見て俺は直接、えりな嬢に手紙を渡すべく北欧から日本へと単身で飛び立った。俺は激怒したのだ、行くついでに邪知暴虐の薙切薊をぶっ飛ばしてやらねば気が済まない。えりな嬢に直接手渡ししない限りはまた破かれておしまいなのだから、元凶となる薊をなんとかせねば。

 

 

「薙切アリス嬢の付き人の黒木場リョウです。えりな嬢にお嬢からの手紙を渡したいんすけど」

 

 薙切邸の扉を叩いて出てきたのは邪知暴虐の薙切薊だった。少々、驚いたような顔を浮かべていた。それもそうだろう、北欧からわざわざ出向いて来たのだから驚かない方がおかしい。だがやはりなかなかのくせ者だ。薊はすぐに表情を変えて胡散臭そうな笑みを浮かべる。

 

「わざわざ北欧から出向くなんてね、驚いたよ。でも済まないのだけど、えりなは外出中で屋敷には居ないんだ。代わりに僕から手紙を渡しておこう」

 

「おい……てめえ、いい加減にしろよ。お嬢からの手紙を捨ててんのは分かっている。屋敷にえりな嬢もいるんだろ、さっさと通せよ」

 

「怖い怖い。薙切の付き人もレベルが下がったものだね、粗暴な輩だ。今のえりなに友達なんていうのは必要ないものだ。君の方こそさっさと帰ってくれ」

 

 友達なんていうのは必要ないだと。この野郎、言わせておけば。友達のいるいらないなんていうのはてめえが決めることじゃねえだろ。頭の中が煮えたぎってくる。子供の身体で殴ったところで何の意味もない。

 この男は確か遠月の確か十傑の中でも元・第二席。料理人として戦うにも今の俺では負ける可能性は高い。しかし、えりな嬢へ手紙は絶対に渡さなきゃいけない。

 

「俺と料理対決しろ」

 

「は?」

 

「勝ったらえりな嬢に手紙を渡させてもらう」

 

「……ここまで身の程知らずだとは驚いたよ。良いだろう、付き人程度に僕の美食の素晴らしさなど分からないだろうがね」

 

 黒く濁りきった瞳が俺を捉える。確か美食至上主義だったか、美食を追求した料理を芸術と呼んでそれ以外は全て餌と断言する狂った考えの持ち主だな。まだお嬢やえりな嬢がこんなに小さいっていうのに狂っているなんてな。

 美食至上主義なんていうのは俺の考えとは相反している。料理っていうのはその皿に自分が見えるもんだ。失敗してたくさんの失敗を繰り返してその料理が完成する。それを美味しいもん以外は餌と罵るようなゴミに俺は負けねえ。

 

「うちのお嬢を泣かすような奴の素晴らしさなんて理解すらしたくねぇ」

 

 俺はバンダナを巻いて包丁を構えた。

 

 

 料理のお題は卵を使った料理。

 卵を使うならどんな料理でも良いと薊は言った。卵は和洋中のどのジャンルでも使える万能な食材といえる。恐らく、薊は子供である俺に土台を合わせた形だ。でも土台を合わせるなんていうのは油断ともいえる、俺が作る料理には卵が使われているので確実に有利だ。

 

 作る料理は俺の必殺料理である白身魚と野菜のオープンオムレツだ。これは現時点での最高傑作だ。これで薊を倒す。港町で荒くれ者達に食べさせてきた魚料理に前世で多くの人達に食べてもらった卵料理を融合させるなんていうのは無茶苦茶だとは思ったが全然無茶でもなかった。

 白身魚となすとトマトはそれぞれバターでさっと焼き塩こしょうをする。香ばしい香りが広がっていく。薊の方も見る限りではオムレツを作っている。こちらの調理を見てわざと合わせたのか、いけ好かない男だ。

 

「きみのような子供は世界の広さを知っておいた方が良い。北欧の小さな港町では井の中の蛙も同然」

 

 その眼差しはまるで人をゴミのように見ているかのようだった。同じ料理人としての同等に見ることなく、見下し嘲笑うような輩とは。確かに見た目は子供にしか見えないだろう。かつての遠月学園を卒業しただけあって実力も凄まじいだろう。

 それに俺が劣っているのかと問われればノーだ。多くの修羅場は潜った。苦悩の日々だった。この料理が今の全てだ、見てみろ薊。俺は負けない。えりな嬢に絶対に手紙を渡さなければいけないんだよ。

 

「俺のことを何も知らないような奴に世界の広さなんていうのを説かれたくない」

 

 卵を溶きほぐし、豆乳と混ぜる。塩こしょうで味を整えて溶き卵を熱したフライパンに流し込む。フライパンの中で半熟状に固まってきたら白身魚となすとトマトを形よく並べてのせ、蓋をして焼き上げていく。

 蓋を開ければ絶妙なバランスと香ばしい香りが場を包む。薊も目を大きく見開いた。それもそのはずだ、同じ料理人であればこの一皿がどういう皿なのか見れば分かるだろう。

 

「ーーーー必殺料理の完成だ」

 

 一つの皿に全ての思いを乗せる。

 黄金に輝き、白身魚と野菜がさらに輝きを放つ。一口食べれば皆が幸せになれる、そんな皿。


 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時は悔しかったな」

 

 薙切薊との料理対決の結果はドロー。研鑽を重ねて創り出した必殺料理が薙の料理と相討ちに終わるなんていうのは不甲斐ない結果だった。もし薊が必殺料理を繰り出していたら俺は負けていただろう。薊は驚き、賞賛していたがあれは余裕から出る賞賛だ。

 あの日から俺は料理人として強くなっただろうかと自問自答する日々だ。本来なら中学三年の秋に食事処ゆきひらで料理人、才波城一郎の料理を食べて少しだけでも教えを乞うことを考えたけれどそれは上手くいかなかったし。

 

「おっ!! いたいた!! やっと見つけたぜ!!」

 

「……お前は幸平創真」

 

「名前覚えててくれて嬉しいぜ、まあ入学式から時間はそう経ってないから覚えてて当たり前か! なあ、アンタの名前も教えてくれよ」

 

「黒木場リョウだ」

 

 お嬢のお茶会に出ていたら幸平創真とは会えなかっただろうから、ある意味ではラッキーかもしれないな。やはり見ただけで分かる。料理人としての腕は確実に上がっているな、これは。

 

「黒木場、俺はあの日から色々考えてさ……自分の知らない世界の広さを知って料理人としての高みを目指すことにしたぜ。それを食事処ゆきひらで活かしたい」

 

 料理人としての高み。創真はもっともっと強くなるんだろうな。若さって羨ましい、俺って身体は若いけど中身はもうそんなに若くない気がするからなあ。

 

「ああ、俺もお嬢の恩に報いるためにも自分自身のためにも遠月学園の頂点を獲る。もしその邪魔をするなら幸平創真、お前が相手でも俺は遠慮なく料理で負かすから覚えとけ」

 

 脳裏にお嬢の顔が浮かぶ。

 この学園の頂点を獲るためには遠月十傑評議会を倒さなければならない。あの時の必殺料理から俺の料理はさらに上へと昇華した。

 人を笑顔にする、楽しませる、美味しいっていってもらえるような料理。その一皿で相手を幸せに導けるようなもんを創り出すまでに至るにはあともう少しだけ、何かが必要だ。

 お嬢と一緒に過ごしてきて、それが何なのかはようやくわかった。料理をもっと美味く作るには自分の全部をそいつにあげられるような、そんな愛せるような奴を見つけることだ。

 

「お嬢にも言われたんでな。この学園で一切、負けるなってな」

 

「……負けるな、か。俺もこの学園に入ったからには黒木場、お前も踏み台にして上に上り詰めてみせるぜ!!」

 

 

 

 俺は絶対に学園の頂点を獲るぜ、お嬢。

 

 

 



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三話 秘められた想い

たくさんのお気に入りと評価ありがとうございます´`*
日刊ランキング入り出来るなんて(´°д°)



 

 

 

 

 

 入学式から月日が流れ、宿泊研修を控えた前日の夜。

 お嬢は高等部というまったく新しい環境でも相変わらずのマイペースさを発揮し、適応するのにそう時間はかからなかった。俺自身も常にお嬢の傍にいるのでこれといって環境の変化はない。

 あるとすれば、お嬢が見くびられていることだ。高等部に上がる以前に食の魔王の血族であるえりな嬢が遠月十傑に名を連ねたが、お嬢は名を連ねていない。薙切の名を疎ましく、嫌い、羨み、様々な感情を持つ輩はえりな嬢ではなくお嬢に感情をぶつける。それはえりな嬢には勝てないが、お嬢になら勝てると思ってのことだろう。

 

『食戟の勝者ーー薙切アリス!!』

 

食戟(しょくげき)

 遠月学園伝統の料理対決による決闘。学園の生徒たちの間で争いが発生した場合、これに決着を付けるために行われる。食戟に挑む者は自身の立場に見合った“対価”を差し出さねばならず、勝負に負けた者はその対価を取られて学園内の地位や権限を失ってしまう。

 くだらない感情を持つ輩は分かっていない。お嬢が料理に対する想いを。えりな嬢と対等になりたいがゆえに自分だけの武器を手にするために努力をしたお嬢の頑張りを。そのか細い背中にはたくさんのものを背負い込んでいるということを。

 

「お疲れ様っす、お嬢」

 

「……ねぇ、リョウくん。私ってえりなに劣ってるのかしらね。えりなに勝てないから、私に食戟を挑んでくるんでしょうね。あまつさえ、リョウくんにさえーー」

 

「お嬢は十分強いっすよ。えりな嬢には神の舌があろうとも、お嬢だけの武器だってあるじゃないすか」

 

「え、えぇ……そうよね。もうっ駄犬のリョウくんに慰められるようじゃ私もまだまだね♪」

 

 

 

 

 最近のお嬢はどこか様子がおかしい。屋敷に戻ってからもぼーっと天井を見つめている。最近というか、入学式の後のお茶会にお嬢を迎えに行った時からもう様子がおかしかった。心ここにあらずというような感じでいつもうわの空だ。お茶会の時の話を聞いても途中で口ごもってリョウくんには関係ないでしょという始末。えりな嬢への劣等感を感じているお嬢は一度足りとも努力を怠ったことはない。

 

 普段ならお嬢相手の食戟は俺が始末をつけるのに、入学以来はお嬢が自ら食戟をしている。お嬢の勝ちは確信しているがどこか焦りや不安が見える。何に対して焦っているのか、不安に思っているのか、付き人としては出来る限りは取り除いてやりたいと思うもののうまくは聞き出せない自分にガッカリする。

 

「お嬢、勝ったってのに浮かない顔してるっすね」

 

「……そうね、このままずっと考え込むのも無駄だわ。リョウくん、私に何か隠してることない? 私は隠しごとされたり、先に追い越されるのが嫌いなの」

 

「お、お嬢。顔近い顔近いっす」

 

 ぐいっとお嬢が顔を近付けてくる。透き通るような銀髪。白い肌。真紅の瞳。薄桃色の唇。お嬢の整った綺麗な顔。同年代の女子の中でもグラマラスな体型をしているお嬢の胸が形を変えて押し付けるように当たっている。

 

「ーーリョウくん、必殺料理作れるの??」

 

「……っ!!」

 

 必殺料理。

 最高の一皿とも呼べるソレを最後に出したのは何年も前の薙切薊との料理対決のみ。当時の俺の必殺料理を出しても薙切薊を仕留めることは出来なかった。薊が作った料理と引き分けに終わり、必殺料理と呼べるものではなくなったのではないか。でもあの日以来、研鑽を重ねて自分だけの料理人としての最高の一皿は出来上がった。

 なぜ今になってお嬢が俺の必殺料理について聞いてきたのか、皆目見当もつかない。あの日あの場所にいたのは薙切に仕える使用人のみだったはず。ここで変にごまかすとお嬢は機嫌を悪くするか、最悪泣き出すだろう。

 

「……うす、作れます」

 

 正直に答えたのになぜかお嬢の瞳が潤んだ。

 

 

 

 

 

「……うす、作れます」

 

 リョウくんの答えは私の思った通りだった。過去に薊叔父様との料理対決で必殺料理を作り、引き分ける時点で私とリョウくんの力には圧倒的な差があるというのは明白な事実。港町のレストランで出会った時から強く、気高い料理人ということと、その性格に私は惚れ込んだ。実力差も料理対決をする度に届きうると私は自分自身にいつも言い聞かせていた。

 でもそれは私の思い違いだった。えりなと同じ、いやそれ以上の実力の持ち主が今目の前にいる。決して届かないであろう高い壁。努力しても真の天才には届かない、認めたくはないけれど。色んな感情が渦巻いて気付いたら涙が出てくる。なんて情けないのかしら。

 

「お嬢……泣かないでくださいよ。俺が必殺料理作れるっていうのをお嬢に黙ってたのは悪いと思いますが、そんな泣くことないでしょう」

 

「ひ、ひくっ。わ、わたしはリョウくんがとっくの昔にっ手が届かないとこにいるのが悔しいのーーーー!! もう誰かに置いていかれるのは嫌なのーー!!」

 

 呆れたように困ったような笑みを浮かべるリョウくんの胸をポカポカ叩く。本当に悔しい。自分の付き人が私の遥か先の高みにいる。隣に並びたいえりなよりその先に。ずるいずるいずるい。私も遥か先の高みを見てみたい。

 

「お嬢、頑固っすから俺のアドバイスなんて聞かない気がするんすけど」

 

「当たり前でしょっ!! 駄犬のリョウくんなんかのアドバイスなんてっ!!」

 

 あうう。違う、違うのよ私。思ってることと言いたい言葉が別になってしまう。本当は貪欲にアドバイスが欲しい。料理人として先に進みたい。もう、昔みたいにえりなに置いていかれるのは嫌なの。誰かに置いていかれたくない。リョウくんはちょっと私の前を進んでいるくらいって思ってたけど全然そんな感じじゃない。車みたいなスピードで先に先に進んじゃう。

 

「違うのよっ……馬鹿」

 

 もう誰にも置いていかれたくない。独りぼっちは寂しいのよ。北欧でリョウくんに会う前はずっと研究室に篭もりっぱなしの日々で同年代と話す機会なんてもうなくて大人に囲まれて話すだけだった。

 

 

 

「お嬢、大切なこと……忘れてるっすよ」

 

「えっ?」

 

 リョウくんはそう言うと私を厨房まで手を引っ張った。厨房に何があるというのかしら。大切なことを忘れてるって私が一体何を忘れているというのよ。リョウくんなんかより記憶力は絶対に良い自信しかないけれど。

 

 

「一体何を……」

 

 ハチマキを巻いて包丁を構えて目を瞑りながらブツブツ何かを言うリョウくん。カッと目を開いたかと思えば、厨房にある冷蔵庫から鮭を取り出して瞬く間に洗って一瞬で鮭をおろしていく。相変わらずの絶技ね。魚料理に関して右に出る者はいないとまで思うほど。

 ここ最近はリョウくんのことを気にしすぎるあまり、料理を作る姿なんていうのは見ていなかった。私が色々考えている間にもリョウくんは成長していくのね。本当に、生意気よ。

 

「お嬢は忘れっぽいから」

 

 鮭と砂抜きされたアサリに白ワインと水を加えて炒め煮していく。アサリの口が開いたらプチトマトとハーブソルトを入れ、軽く混ぜて水分が飛ぶまで弱火で炒める。ここまでの流れるような調理作業を見て作る品は大体分かった。

 

 リョウくんは今、鮭のアクアパッツァを作っている。お好みでローズマリーを加えることによって香りに深みが出る。良い香りね、香りだけで美味しいっていうのが分かるわ。でもなんで鮭のアクアパッツァなのかしら。アクアパッツァには何の思い出もないのだけれ、ど。

 

「まぁ、一口食えばコレを作った意味が分かるっすよ」

 

 一つの皿。見栄えも良いし深い香りが広がるアクアパッツァ。この一つの皿に何があるというのかしら。

 

「いただきます……っ!!」

 

 一口目を口に頬張ると自然と瞳から涙が零れた。流したくないのに、なぜか流れる。それは一口、二口、と味わう度に流れ落ちていく。そんな私にリョウくんは微笑みを浮かべてくる。

 

 リョウくんと初めて出会った北欧の港町のレストラン。初めてやった料理対決。たくさん足を運んでやっと得た勝利。付き人への勧誘。私のために日本へ行ってえりなに手紙を渡してきてくれたこと。二人の思い出という思い出、楽しいことや悲しいこと幸せだったこと全部思い出してしまう。私が今までリョウくんと一緒に歩んできた道は間違ってなんかいないし、成長している。リョウくんは私を置いていくなんていうことは今までしていない。たとえ、先に行ったとしてもそこでずっと待っててくれていた。いつだって手を差し伸べてくれた。その料理はまさに大切な思い出を引き出してくれる最高の料理だった。

 

「もう……馬鹿っ。リョウくんの馬鹿!! 本当に……もうっ!!」

 

「付き人が遠月学園の頂点を獲るなら、お嬢にはもっとその先の頂点を獲ってもらわないと」

 

 

 今はまだ追い付けないけれど、今に見てなさい。リョウくんなんてあっという間に抜いて凄い料理人になってみせるんだから。どのくらいの時間がかかるかわかんないけどねっ。

 

 





次話 宿泊研修 編


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宿泊研修編
四話 幼き日の出来事


読んでいただきありがとうございます。
宿泊研修編が始まりますよっ。


 

 

 

 

 宿泊研修

 遠月学園高等部の一年生全員が参加する強化合宿。遠月リゾートホテルの一つ“遠月離宮”で行われる。毎日過酷な料理の課題が出され、低評価を受けた生徒は即刻退学を言い渡される地獄の合宿でしおりに書いてある友情とふれあいなど皆無であってそこに待ち受けているのは無情のふるい落とし。合宿の講師陣には料理界の第一線で活躍している学園の卒業生たちも含まれている。

 学園卒業生以外にも、遠月リゾートのスタッフ、リゾートが提携している食材の生産者とその家族が審査員を務めることもある。卒業後のリクルートも兼ねており、オーナーシェフの卒業生には在校生の品定めができるメリットがある。

 

「ーーそこに待ち受けているのは地獄の合宿なのです。ところで黒木場くんが気を利かせることが出来るなんて私、知りませんでしたよ」

 

「お嬢、昨日からずっとウキウキしてたからな。お嬢にとっては宿泊研修なんて旅行と同じ、えりな嬢ともっと仲良くする良い機会だろ」

 

 揺られるバスの中。前方の席でお嬢とえりな嬢の楽しそうな会話が聞こえてくる。俺は緋沙子にお嬢と席を代わってくれるように頼んだら最初は顔を赤らめながら渋っていたが、お嬢のことを話したら急になぜか怒り出したので緋沙子の考える事は俺には分からない。

 緋沙子とは同じ薙切の付き人ということもあってたまに情報交換をしている。俺は基本的に情報に疎いし、調べようにもいつもお嬢がくっついてくるのでなかなか作業も進まない。そんな時に秘書子こと、緋沙子に頼んで情報交換というより一方的に情報を引き出している。

 

「そうですね……でも今こうしてアリスお嬢とえりな様が仲良くしていられるのも黒木場くんのおかげですけどね。わざわざ北欧から手紙を片手にやって来たあの日から関係が深くなったわけですし」

 

「あっ……なあ、緋沙子。お前、俺が薊との料理対決をした時に審査員やったよな? もしかしてその時のことをお嬢に話したか??」

 

「え…………っ?」

 

 緋沙子の瞳が僅かに揺れるのを俺は見逃さなかった。お嬢に必殺料理のことを黙っていたのでほとんど俺が悪いのは認めよう。それでも緋沙子も多少は悪いんじゃなかろうか。一ヶ月以上もずっとうわの空な主人、果たして緋沙子はえりな嬢がそんな事になったら耐えられるだろうか。いや耐えられずに同じ付き人の俺に相談が来るのが毎度のことだ。緋沙子、罰は受けてもらうぞ。

 

「え……えっ!?」

 

 無言の窓ドン。緋沙子の瞳が大きく揺れて頬も赤く染まっていく。そしてお互いの顔が近付いて吐息が当たる。俺は無情にもおでこにデコピンをした。

 

「ーーーー痛っっ!?」

 

『まもなく〜遠月リゾートホテルに着きますのでお忘れ物等ないようお気をおつけくださいませ〜』

 

 緋沙子が恨めしそうな顔でこちらを見てきた。

 

 

 

 

 

 遠月リゾートホテルの一つ、遠月離宮。

 今回の宿泊研修には薙切えりなとして、遠月十傑の第十席として見定めなければいけないことがある。アリスの付き人の黒木場リョウ。初めて会ったのは薙切邸だった。お父様からの英才教育のために独り、暗い部屋で流れ作業のように不味い料理を屑入れに入れていた時のことだった。

 いつもなら不味い料理をきちんと入れなければ手を思い切り叩かれ、叱られる。その時は偶然、お父様は休憩に部屋から出ていた。屑は塵芥は屑入れに入れなければいけないのだと。美食こそが至上、それ以外は餌。苦しかった。地獄のようだった。素材に命が吹き込まれて料理になる。その料理を不味いという一言で屑入れに入れる。殺すことと同意義なんだって私は思った。どれくらいの時が経っただろう。一つの光が射し込み、眩しいソレを見た時は背中に修羅が見えて怒りに燃えているように私には見えた。

 

『……うす、コレでも食って手紙を読んでほしいっす』

 

 一つの皿に白身魚と野菜のオープンオムレツが乗っていた。絶妙なバランスと香ばしい香り、白身魚と野菜が黄金に輝いてるように見える。今まで出されてきた料理の中でも一番見栄えが良かった。しかもその横に添えられた手紙には良く知る名前が刻まれているのを見て私は涙が出てきそうになった。

 

『あ、あなたみたいな……子供が何の用よっ』

 

『あぁ? 手紙を渡そうと思ったら辛気臭ぇ顔して料理食ってるから食べ方を教えに来たんだよ!!』

 

『……ま、不味かったら屑入れ行きだからっ!!』

 

 手紙に書かれた薙切アリスという名。

 彼がアリスの付き人だということはなんとなくだけれど、察した私は一口だけ皿に口をつけた。一口目でお母様を思い出し、二口目で優しかったお父様を思い出し、三口目でお爺様を思い出し、四口目で緋沙子を思い出した。五口目で笑顔いっぱいのアリス。優しい家族との記憶に触れ、大好きな緋沙子やアリスと桜の木で一緒に遊んだ日の思い出を。たくさんの優しくて温かい思いが心を満たしていく。これが料理のあるべき姿だ。自然と涙が零れてくる。止まらない、口に含む度に幸せが溢れてくる。たった独りの暗い暗い牢獄から救い出されたような気分だった。

 

『美味しい…よぉ……』

 

 同年代に見えるのにその背中は誰かと重なる。才波城一郎氏、私が最も尊敬する料理人と。なぜ重なるかなんていうのは考えなくても分かった。この料理には詰まっている。込めるべき思いが篭っている。

 

 

 

 

 

 薙切えりなには薙切アリス、黒木場リョウへの恩がある。その恩は返しきれるようなものじゃない。私が尊敬する才波城一郎氏とまではいかないけれど、それに届きうる皿だった。今ではもはや届いているかもしれない。

 そんな彼が中等部時代に遠月十傑に名を連ねないのが不思議に感じていた。普段はあまり二人きりで話す機会もなく、話したとしても一言二言だ。今回の宿泊研修を機会に見定めてきちんと話したい。評価されるべき料理人はそれなりの待遇を受けるべきだ。彼が十傑を倒し、頂点を獲るというならーーーー。

 

「ーー様、えりな様? 大丈夫ですか?」

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていただけだから大丈夫よ」

 

『審査に関してだが、ゲスト講師を招いている。多忙の中、今日のために集まってくれた。遠月学園の卒業生だ』

 

 遠月学園卒業生。

 到達率一桁を勝ち抜いた天才たち。全員が自身の城を持ち、日本を牽引するスター・シェフ達。遠月の生徒から見れば自らの憧れの者たち。多くの生徒たちが卒業生たちを目の当たりにできる感覚は喜びと同時に恐れすら感じるかもしれない。

 黒木場くんのことだけを考えていては私もいつミスをするかわからない。全力で挑まないと、他の生徒のように呑まれてしまうわ。幸平創真は相変わらずの気の抜けた顔をしているけど。

 

 

 この宿泊研修は私にとって何か重要なことが起きそうな気がするわ。

 

 

 



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五話 料理人の道の歩み

読んでいただきありがとうございます。
食戟のソーマ面白いですよね。最近はずっとアニメ見て漫画読んでの繰り返しですo(`・ω´・+o)
捏造設定等、苦手な方はブラウザバックを奨励します。


 

 

 

友情とふれあい(無情のふるい落とし)の宿泊研修。

 ゲスト講師として招かれた一人、四ノ宮小次郎。遠月学園第七十九期卒業生であり、 フランスのパリにあるフランス料理店“SHINO'S”のオーナーシェフ。遠月学園に在籍していた頃は十傑評議会第一席の座に君臨し、数々の料理コンテストで優秀な成績を修め、学園を一席で卒業してすぐにフランスへ渡った俺は六年の修行を経て自分の店をオープンさせた。

 フランス料理の発展に大きく貢献した料理人に贈られるプルスポール勲章を日本人で初めて受賞し、確かな腕と実績を持つ料理人だと自負している。それまで肉料理偏重だったフランス料理界において、野菜を中心とした料理で旋風を巻き起こしたものの、ただそれだけだ。見事なまでの停滞だ。プルスポール勲章を受賞してからやる気が出ない。

 

 自ら掲げた目標を達成した今、もはや何を目標にすればいいのか分からない。そんな時に遠月学園の宿泊研修のゲスト講師としての話が舞い込んできた俺は店を空けるのを覚悟に、一言で参加の意思を示した。今の遠月の生徒を見て、また自分も初心に返って一から料理に取り組む気持ちを思い出せるかもしれないと。

 

「さて……」

 

 担当予定グループの生徒達の履歴書を手に取る。食の魔王の血族である薙切家の薙切えりなと薙切アリスに仕える付き人の新戸緋沙子と黒木場リョウか。薙切に仕える付き人なら料理の作法を極めていてもおかしくはないな。それ以外の生徒にはこれといって見どころはないので興味はない。履歴書から視線を外して生徒達へと鋭い視線を向ける。

 

「おはよう、諸君。七十九期卒業生の四ノ宮だ。この課題では二人一組のペアで料理を作ってもらう。こちらが指定する食材を使っていれば、何を作ってもいい。指定する食材は鹿肉だ」

 

「鹿肉……指定された食材使ってさえいれば、本当に何を作ってもいいんですね?」

 

「おう、もちろんだ。バンダナ少年。制限時間は三時間とする。合格条件は簡単だぜ、俺の舌を満足させればいい。説明は以上だ。ではーー始めっ!!」

 

 

 鹿肉。

 加工品なら問題は無いが、今回使用してもらうのは生肉。獣肉ならではの独特の臭みがあり、脂質が少ないことからパサパサしたり固いと食べる人によって感じてしまう食材だ。臭みを活かすか、殺すかは自由としてもパサパサ感や固さはそう簡単にはいかない。

 だがバンダナの少年は不敵な笑みを浮かべていた。その笑みは余裕から来るものだと俺は長年通った遠月の生徒だったからこそ分かる。鹿肉がどんな形に変わるのか楽しみだ。不味かったら落とすがな。

 

 

 

 

 

 新戸緋沙子は黒木場リョウに恩がある。

 えりな様のお父様である薊様。彼の行なう英才教育という名の洗脳とも思えるえりな様に対する虐待を私は止められなかった。父に掛け合っても他の使用人に話しても誰も何もしてくれない。私は力が欲しかった。えりな様をお守りするための力を。害悪から全て守りきりたかった。

 その日もえりな様は薊様に連れて行かれ、別室で英才教育を受けていた。歯痒かった。日が経つにつれてえりな様が壊れていくのだ。人が変わったように不味い料理を作った料理人に罵詈雑言を吐き捨て、暴力にも近しいことをする。怖かった。このままえりな様が全く別の人物になってしまうんじゃないかと。

 

『薙切アリス嬢の付き人の黒木場リョウです。えりな嬢にお嬢からの手紙を渡したいんすけど』

 

 黒木場リョウ、彼が現れた。

 薙切アリスお嬢様の付き人だという彼は同年代にも関わらず単身でえりな様に手紙を渡すためだけに北欧からわざわざ出向いて来たのだ。そんな彼に薊様は去れと冷たくあしらったのも関係ないと言わんばかりに薊様に料理対決を挑んでいた。

 同じ子供なのに、怖がるどころか怒っていた。間違っていると正しく吠えた。私のような無力な付き人とは大違いだ。

 

 その場に偶然に居合わせた私も審査員に混ざり、薊様と黒木場くんの双方に票を入れた。薊様の料理は温かいのにどこか冷たく、感情が篭っていないのに美味しいとその一言しか出ないくらいの美食。反して黒木場くんの料理には温かみがあり、食べていて優しく幸せな気持ちに包まれる。大好きなえりな様との思い出がたくさん蘇り、力をくれるような料理だった。

 

『お前、えりな嬢の付き人なんだろ。俺の代わりに手紙を渡してきてくれよ』

 

『今のわたしに……えりな様に顔向けする資格なんか……』

 

『あ? 手紙も渡せねぇくらいにか。はぁ、顔向け出来なくても傍にいて抱き締めるくれーは出来るだろ』

 

 黒木場くんに腕を引っ張られてえりな様が居るであろう薙切邸の中でも使用人すら普段は近付かない部屋に案内する。そこには灯りすらなく、暗い暗い独房のようで薊様がえりな様に罰を与える時によく使われていた。私は身震いし、恐怖と罪悪感に襲われて部屋には入れない。

 そんな私を見て彼は笑ったのだ。その笑みはお前は悪くないだろって言っているように私には見えてしまった。何の力もない、無力でダメな付き人な私を彼は責めるわけでも怒るわけでもない。

 

『んじゃ、行ってくる』

 

 

 彼が部屋に入ってから一時、口論するような声が聞こえるとしばらくしてからえりな様の嗚咽が部屋から漏れ出した。ドアの隙間から見えるのはいつものえりな様だ。嗚咽を漏らしながら料理を口に運んでいる。大粒の涙を床に零して幸せそうな表情だった。ここ最近見た中でも一番の笑顔だ。

 

『美味しい…よぉ……』

 

 

 その言葉を聞いた瞬間に深い闇からえりな様が救われたような気がしたのと同時に私も救われたような感覚だった。私にはとても真似なんて出来ない。料理でえりな様をあんなに笑顔に出来るなんて羨ましい。彼が羨ましくてたまらない。彼みたいに強くなるにはどうすればいいのだろう。憧れと尊敬。私は黒木場くんに近づきたかった。

 

 

 

 

「おう、もちろんだ。バンダナ少年。制限時間は三時間とする。合格条件は簡単だぜ、俺の舌を満足させればいい。説明は以上だ。ではーー始めっ!!」

 

 私のペアの相手は黒木場くんだった。

 薙切に仕える者として付き合いは長いので気は楽だけれど、私の得意とするのは食医の技術を元にした薬膳料理。日常的に激務をこなすえりな様の体調管理に生かしている。生かしているけれど、黒木場くんの料理スタイルは多岐に渡っているので薬膳の知識が役に立てるかは分からない。実力も計り知れないということもあって上手くサポートに回れるのか不安で仕方ない。

 

「緋沙子、俺はサポートに回る。今回はお前の薬膳料理の出番だ」

「はっ?? 確実に合格するなら黒木場くんの料理の方がーー」

 

「いや、ただ合格するだけじゃダメだ。睡眠不足解消と胃腸機能の回復を促す薬膳料理を作ろうぜ。作る品はシカと根セロリのアッシェ・パルマンティエだ」

 

 睡眠不足解消と胃腸機能の回復を促す。

 なぜそんなことをする必要があるのだろうと思ったが、四ノ宮シェフに視線を向けて合点がいった。普段からフランス料理店のオーナーシェフとしての多忙な毎日で溜まるストレスは胃腸にストレスを与え、ゲスト講師として日本へ渡ってからも宿泊研修の準備で睡眠不足なのか目の下にクマが見える。四ノ宮シェフを良く観察しなければ分からない変化だ。他の生徒は鹿肉の臭みを消すことに頭を働かせることにやっとだというのに、黒木場くんの視点は違う。料理人として既に先を見ている。

 しかし、シカと根セロリのアッシェ・パルマンティを作ることに問題は無いけれど薬膳を合わせるとなると難しくなってしまう。薬膳は決して万能なんかじゃないので他の調味料と合わせる時に味が変わって効能がなくなってしまう可能性もある。ここは薬膳料理を軸にするなら私が得意とする料理を作った方が良いんじゃーー違う、黒木場くんには何か考えがあるに決まってる。それなら私が合わせればいい。黒木場くんとの初めての共同作業になるけれど絶対に上手くやらないと。

 

「鹿肉の臭みは塩に漬け込んでもみ洗いするぞ。今回の品には塩の方がピッタリだからな」

 

「待って、鹿肉の歯ごたえを残しつつ、薬膳の効能を存分に発揮させるなら塩よりヨーグルトの方が効果的です黒木場くん!」

 

「……っ!! なるほどな、そういうことか!!」

 

 私は黒木場くんに近づくために薬膳料理を極めた。それは後々にえりな様の体調管理の役に立つようになった。

 

 

 私はもっともっと成長したい。

 



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六話 目標に向かって

低評価を入れられるとやっぱりグサリときてしまいます。
慣れるしかないのですけれど( 。•̀_•́。)頑張ります。



 

 

 

 シカと根セロリのアッシェ・パルマンティエ。

 この一つの皿を作るのには深い意味がある。四ノ宮シェフの再出発を促すための皿。フランス料理店での仲間の裏切りで店は潰れかけ、疑心暗鬼になって周りを信じられず、ようやく店を立て直してのプルスポール勲章の受賞。心と体は疲弊しきって今は何も手につかないだろう。

 同じ料理人として酷に思う。黒木場リョウとして店を仕切っていた頃、前世で店を仕切っていたあの頃は仲間の裏切り一つで店の経営は傾き、食材を卸してもらえなくなり、良いことなんてろくにない。あるとすればお客さんからの美味しいの一言が最高の喜び。

 

「鹿肉の仕込みは終わったぜ、緋紗子! そっちはーー」

 

「任せてください!!」

 

  緋沙子と視線を交わしただけで通じた。仕込み終わった鍋に2cm角くらいに切った玉ねぎ、にんじん、根セロリの皮を加えてしんなりするまで炒める。流れるような手際の良さに俺は感服した。普段はお嬢と一緒に料理することはあるものの、こうはいかない。やはりえりな嬢の付き人だけあって料理の腕も凄まじいな。

 先の鹿肉をヨーグルトに漬けるアイデアは正直いうと頭から抜けていた。鹿肉をあのまま塩漬けにして揉んで洗っていたら大変なことになっていただろう。塩漬けにするとまた風味も変わるし、臭いは消せても薬膳の効能まで消してしまうかもしれなかった。

 

 

「……さっきは助かった」

 

「え?? あ、うん!! 黒木場くんでもたまにはそういうことありますよ! 薬膳料理は私の得意分野でもありますし!!」

 

 僅かに頬を染める緋沙子。

 火加減の調節を誤って燃え盛る鍋。

 

「おぃ!? 危ねえ!!」

 

「わ、わぁ!?」

 

 緋沙子の手と重なるように慌てて火加減を調節する。互いの顔が近付いて吐息が当たる。お嬢やえりな嬢には敵わないが綺麗に整った顔立ちだ。緋沙子ってこんなに綺麗だったっけかと呑気なことを考えるのは一瞬だけだ。鍋にトマトペーストと小麦粉をお入れてさらに炒め、赤ワインを加える。それからアクを取ってブーケガルニを入れふたをする。

 後は二時間ほど煮込んでから緋沙子の薬膳料理の知識をフルに活用してもらうのが策だといえる。緋沙子に視線を戻すとなぜかフリーズしていた。顔面からプシューっと音を鳴らすかのように真っ赤にしてあわわってほざいている。どうしたものか。

 

「おい、緋沙子どうした。もしかしてさっきの火が顔に当たったのか?」

 

「くくく黒木場くんのせいです!!」

 

 その一言を境に緋沙子に話しかけるのが億劫になった。女の子はやはり扱いが難しい。これがお嬢だったらどうだろう、結果は同じだと大体の想像はついた。

 

 

 

 

 

「ーー残り、三十分だ。どうしたお前ら、誰一人として俺の舌を満足させられないのかよ」

 

 今年の遠月学園の生徒は腑抜けている。

 そのセリフを吐くのは残り一つのペアが作る料理を食べてからにしようと考えていたが、セリフを吐かなくて済みそうに見えた。バンダナの少年の手際の良さ。 鍋からやわらかくなった肉を取り出して粗めにほぐしておき、鍋の煮汁は煮詰めて浮いた脂を丁寧に取る。ある程度煮詰めて温度が出てきたらざるで濾す。塩、こしょうで味を調え、肉を煮汁に戻して冷ます。この作業からある程度作ろうとしているものは見えてくる。

 まさかフランス料理を得意分野としている俺にフランス料理をぶつけてこようと考えるなんてな。その度胸は買おう。しかもフランス料理の世界でレギュムの魔術師とまで呼ばれる俺にシカと根セロリのアッシェ・パルマンティエを出そうと考えるなんて凄いペアだぜ。今までのどのペアもフランス料理をぶつけてこようとする奴なんていなかったのに。

 

「ムッシュ、バンダナ少年。いやーー黒木場リョウ。一つ聞いていいか?」

 

「うす……なんすか?」

 

「なんで、その品なんだ?」

 

 その鋭い視線が俺を射抜いた。

 まるで俺の今の現状を知ってるかのように。今までの過去を覗き見られたかのような視線。遠月生徒相手に俺は何をビビっているんだか。バンダナの少年、黒木場リョウは目を瞑り深呼吸をした後に目を見開いた。

 

「俺がこの一つの皿を作る意味なら四ノ宮シェフが一番良くお分かりのはず」

 

「ははっ、ガキがよく言うぜ。お前みたいなまだ人生の半分も生きてねぇような奴に俺のことが分かるわけねぇだろ!!!!」

 

 

 ついカッとなってしまったが目の前の少年は作業を止める様子など一切ない。 根セロリを1.5cm角に切り、牛乳、水と共に鍋に入れやわらかくなるまで煮る。適量の煮汁と共にミキサーに入れ、よく回しピューレ状にする。バターと塩少々で味を調え、根セロリのピューレを作る。この作業はよく日向子と一緒にやったのは非常に覚えている。物覚えが悪い日向子にいつも料理を教えていた。シカと根セロリのアッシェ・パルマンティエは俺が在学中に最も多く作っていた料理だ。

 

 今となってはもう作ることがなくなった一つの皿。最も一緒に時間を過ごした奴と作った大切な料理。それはもう作らなくても忘れようとしても身体には染み付いている。いつの日も日向子の顔を忘れたことなんかなかった。卒業式の日も気持ちを伝えようとしたが、振られるのが怖くて気持ちも伝えずに料理に逃げた。でも分かっていた。分かっていたんだ。日向子は俺を受け入れてくれるって。あいつはよく俺を見ていてくれた。ふざけ合ってばかりの毎日だったけれど。

 

「緋沙子、仕上げを頼むぜ」

 

「任せてください!!」

 

 もし、俺も素直になっていたらコイツら二人みたいな甘い学園生活を送れていたのかもしれねえ。遠月十傑として学園に君臨して料理に打ち込む毎日。その中でも一時の楽しみは日向子と一緒に作る料理だった。シカと根セロリのアッシェ・パルマンティエを作る意味は人生の再出発。もう一度、初心に振り返って別の目標に進めっていう深い意味が込められている。苦しい時や悲しい時、辛い時に大切な思い出を振り返りながら目標に向かって突き進む。

 

「四ノ宮シェフ、シカと根セロリのアッシェ・パルマンティエ……食べていただけますか?」

 

「……ああ、もちろんだ」

 

 その一つの皿は酷く懐かしかった。

 一口頬張るだけで美味いと言わざるを得ない品だ。遠月学園での生き残りをかけた毎日、卒業してからの苦悩の日々。プルスポール勲章の受賞した時の達成感。こんなところで俺は停滞なんかしている場合じゃなかったんだ。不思議と身体の芯が熱くなるような感覚。これは、なるほどな。新戸緋沙子の薬膳料理の知識を使って一つの皿をさらに昇華させたわけか。黒木場リョウの料理人としての凄まじい腕と新戸緋沙子の薬膳料理、この二つが合わさったことによって相乗効果が生まれる。こいつら二人は薙切の付き人とかそんなもん関係ない。もう一端の料理人じゃねえかよ。

 

 

 

「お前ら、合格……だわ」

 

 

 こんなガキ共に初心を思い出させられるようじゃ俺もまだまだだな。

 

 




アリス成分補給しないと|ョд・)


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七話 伝えたい気持ち

温かいお言葉をたくさんの方からいただきました(´;ω;`)
感謝です(´;ω;`)本当にありがとうございました。
これからも日々精進していきたいです( 。•̀_•́。)


 

 

 

 一つの皿に真摯に向き合う気持ち。

 黒木場リョウと新戸緋沙子の二人は他生徒とは違う視点から料理を完成させて見せてくれた。鹿肉のクセを消すことに頭を悩ませるわけでもなく、俺の現状を見抜いたかのように選んだ料理はシカと根セロリのアッシェ・パルマンティエ。

 その皿に深い意味を持たせて薬膳と合わせることによって俺の体調の改善まで促すことまでやって見せる料理人なんていうのは遠月十傑くらいならば容易にやって見せてはくれるかもしれないが、この二人は十傑ではないのにソレをやって見せてくれた腕前は評価するべきだろう。皿に真摯に向き合わなければ食べる側もその味に満足を得られないからな。

 

「これにて課題を終了とする!! 合格者の黒木場リョウ、新戸緋沙子は引き続き研修を続行し不合格者はホテルに戻り次第、荷物をまとめて学園に戻って退学手続きとなる。さっさとバスに乗れ!!」

 

 合格者はたった二名。ペア形式での料理だったとはいえ、実際に一名形式の課題にしたとしても黒木場リョウと新戸緋沙子は突破出来ただろう。まだ一年生でこのレベルにまで至るとは驚きだぜ、末恐ろしいとすら感じる。だがまだ俺が見てない一年生の中にもコイツら並みの料理人がいると考えると稀に見る充実した宿泊研修だ。まだ見ぬ一年生、楽しみだな。

 

 遠月学園の宿泊研修は高等部に上がった時の一番最初のふるい落としだ。今、揺られるバスの中で合格した二人以外の不合格の生徒達は中等部で三年間ミッチリと料理人として基礎から応用まで鍛えられてきただろうが、高等部に上がるとそんなもんは関係なくなる。強い奴が生き残り、弱い奴は去るっていう弱肉強食のシステムに代わってしまう。

 バス中で誰一人として会話すらしない沈黙が支配するのなんざ、当たり前といえば残酷だが料理人の世界は非常に厳しい。コイツらは退学したらまた普通の高校に通うなり、店を継ぐなりすればいいだろうが料理人はそうはいかない。

 自分の店を持つにしろ、雇われシェフにしろ、どんな形でも料理に携わっている奴は結果を出さなきゃいけない。結果にこだわり、一つの皿に気持ちも込められなくなるような奴は料理人としては失格だ。そうはならない強い料理人になるために遠月学園は必要だと俺は考える。結果を出し、一つの皿に自分の魂の全てを乗せられるような強い料理人を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「緋沙子……心配だわ。黒木場くんと一緒なら大丈夫だとは思うんだけど……」

 

「自分の従者を信じるのも主の務めでしょ、えりな。私はリョウくんも緋沙子も絶対に大丈夫だと思うわよ?」

 

 遠月離宮の大広間。

 私とえりなはそこでリョウくんと緋沙子を待っていた。こちらの課題は大したことはなかったのだけれど、退学処分になる生徒はザラに居たわ。不出来な料理を講師に晒して一発退学を宣告されるのを目の前で見るのはあまり良い気持ちではなかった。だってリョウくんは言ってたもの、料理人はたくさん失敗して成長するものなんだって。一回のミスで全てが水の泡になるなんていうのは確かに勿体無いわよね。

 その点、リョウくんと緋沙子は普段から徹夜してでも納得のいかない料理はとことん追求していくようだったから全然問題なんかない。仮に緋沙子がミスしようものならリョウくんがすかさずにフォローしてくれるはずよ、だってリョウくんはなんだかんだ言いながら優しいんだもの。

 

 

「あっ、お嬢」

 

「あらっ。戻って来たわね、駄犬のリョウくん♪」

 

「ひ、緋沙子!!」

 

「えりな様、お待たせして申し訳ございません」

 

 呑気な顔をしているリョウくん、相変わらずね。えりなと緋沙子は抱き合っているけれど、こういう時はもしかして私もリョウくんも抱き締めてあげれば喜ぶものなのかしら。普段からご褒美というご褒美も与えていないし、抱き締めてあげて喜んでもらえるなら主である私も嬉しいというか恥ずかしいというか。

 

「む、むぎゅぅ」

 

「な、何してんすか、お嬢」

 

 ふふふ。リョウくんもなんだかんだいっても男の子のようね。ほんのり頬を染めちゃって。当たり前よっ、こんな美少女の主に抱き締められて喜ばない従者なんて絶対にいないわよね。ほんのり顔を染めてるリョウくんもなかなか可愛いわね、というかなんで私の顔も熱くなってるのかしら。いやいや、これはただのご褒美なのであって深い意味なんてないのに。うーっ、顔の熱さがとれないわ。

 

「……リョウくんの馬鹿っ!!」

 

「なんかすみません」

 

 頭をぽりぽりとかきながら離れるリョウくんの背中を見て私は思う。こんなにも広くて頼りになるような背中をしていたかしら、と。

 

 

 

『よし、集まったな』

 

 ゲスト講師の一人、関守先輩の一声で大広間に集まった生徒達の会話が静まった。時刻は夕方、本来ならここで私達は夕飯となるのだろうけれど、遠月学園の宿泊研修で普通の夕飯になるなんて想像がつかないわ。あるとすればお客様に夕飯を提供した後にまかない飯で夕飯を済ませる、とかがしっくりくるわね。

 

『ーーこれより彼らの夕飯を先に作り終えた者から自由時間とする。近くの大学で合宿中のじょうわん大学のボディービル部の皆さん、アメフト部とレスリング部の方々も後から合流することになっている。今日の夕飯の牛肉ステーキ御膳、これを各自50食分作り終え次第、自分達でまかない飯を作って夕飯を済ませなさい』

 

 大広間のあちこちから生徒達の悲鳴が聞こえる。五十食分なんて意外とあっという間に作れると思うのだけど、やっぱり皆疲れてるのかしらね。

 

『ちなみに制限時間は一時間、もし一時間以内に50食を達成出来ない者はその場で退学とする!! ではーー始め!!!!』

 

 さて、さっさと作ってお風呂にでも入ろうかしら。

 

 

 

 

 

『ちなみに制限時間は一時間、もし一時間以内に50食を達成出来ない者はその場で退学とする!! ではーー始め!!!!』

 

「……十五分あれば足りるな。さっさと作るぜ!!」

 

 牛肉ステーキ御膳五十食。

 お客様に料理を出すんだから迅速かつ丁寧な調理が心掛けられる。普段なら十分前後で出せるだろうが、慣れない厨房ということとレシピの暗記をあわせると大体こんなとこだろうな。

 肉の片面に塩・胡椒をして均等に伸ばす。周りの脂は適量に取って後から野菜とともに炒める。フライパンを強火で熱して熱くなったら牛脂とバターを入れ、脂がまわってバターが溶けたらにんにくスライスを入れ、にんにくのいい香りがしてきたら強火のまま塩・胡椒した面を下に肉をフライパンの中に入れる。この作業を同時並行で五つ進める。

 

「焼き色がついてきたらーー」

 

 焼色がついたら火を弱めて肉汁が浮いてくるのを待つ。表面に肉汁が浮いてきたらひっくり返し、あと十秒焼けば絶妙な味が出る。肉を取り出してみじん切りした脂を炒めて、もやしとタアサイやほうれん草を加えて炒めれば完成だ。この作業をあと十回、五つの同時並行で進めればすぐだろう。

 

 問題は味噌汁だな。こちらは量を多く作ってカバーすれば時間も十分に間に合う。先程使ったほうれん草の余りをサッと茹でて5cmくらいにカットして溶いた卵を用意したら、沸いたお湯に削りぶし30gを入れて1~2分間置き、ざるに布またはキッチンペーパーをしいて削りぶしをこし、1分間おく。これで出汁は完成だ。もう一つのお湯を沸騰させておいた鍋に薄口しょうゆ、みりん、塩、さっき完成させた出汁を入れる。そしてほうれん草を入れて一煮立ちさせたら溶いた卵を回し入れる。たまごが固まりかけたらおたまで軽〜く数回大きめにかき混ぜまぜればほうれん草と卵が絡み合って十分美味しくなる。

 

「黒木場くん、後から話があるのだけれど少し良いかしら?」

 

「ん? えりな嬢から俺に話しかけるのは珍しいっすね、良いですよ」

 

 えりな嬢がいつになく真剣な表情を浮かべながら俺に声を掛けてきた。珍しいな、えりな嬢の方から声を掛けるなんて。普段会うことがあっても、うちのお嬢が一方的にえりな嬢に話しかけていくばかりなので俺が入るような余地が一切ないのに。

 何か緋沙子のことで悩みでもあるのだろうか、いやえりな嬢なら俺なんかに相談するより先に直接、緋沙子を問いただしてそうだからそっちの方面ではないだろうなあ。

 

 

『ーー黒木場リョウ。50食達成、合格!!』

 

 

 

 えりな嬢からの話って……なんだろうな。

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございました(๑•∀•๑)


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八話 魅惑なお誘い

風邪を引いてしまいダウン中です( ´•_•)
皆さんも風邪にはお気をつけください(´;ω;`)


 

 

 

 

 

 えりなは伝えたかった。

 あの日、黒木場くんに伝えられなかった感謝の意を。お父様の手によって毎日行われる苦行の日々は私にとって神の舌を極めるには必要不可欠なことだったのだろうけれど辛く悲しかった。美味しい、不味いを仕分けして屑入れに入れる。こんなことが許されるわけないと私は自分に必死に言い聞かせたけれど、きちんと仕分けしなければ罰を与えられる恐怖から全て言いなりになっていた。

 でもそんなある日に彼、黒木場くんはお父様に料理対決を挑むどころか、必殺料理を作り出して勝とうとしてくれた。温かみと優しさが込められた料理とアリスの手紙を届けに来てくれた。冷たくなっていく心が、凍っていく心が溶けていくのがすぐに分かった。黒木場くんの作ってくれた必殺料理とアリスの一生懸命書いてくれた手紙。食べた時に触れた優しい思い出の数々、手紙に込められた深い愛情が私の心を溶かし、正気に戻してくれた。

 

 薙切えりなは黒木場リョウの手によって救われた、温かみと優しさが篭った料理によって。お父様に立ち向かい、正面から料理を挑むその姿と料理の腕は賞賛されるべきもの。温かみと優しさが込められていた料理を口にして涙するほどの幸福感を彼は与えてくれた。それなのに、今までお礼を言えていなかった自分が恥ずかしく感じてしまう。いくら多忙の日々とはいえ、恩人ともいえる人に何も返すことが出来ていない自分を恥じるべきだ。

 

 深く深く、息を吸う。お礼を述べるだけだというのになぜ緊張してしまうのかしら。ただ、ありがとうと感謝の気持ちを伝えるだけなのに、あわよくば私は彼の遠月学園の頂点を獲るという目標に協力したいとすら思ってしまう。私も学園の頂点を目指すべき遠月十傑の一人であって今の席に満足するべき存在ではないというのに。

 

「待たせたわね、黒木場くん」

 

「うす」

 

 緊張のせいなのか、頬が紅潮していくのが分かる。普段の私ならこんな風にはならないし、薙切えりなとして薙切家に相応しい振る舞いをしなければいけないといつの日も人の上に立つ存在として努力してきたのに、感謝の意を伝えるのがまさかこんなに難しいことだったなんて。

 いや、違う。私は今、目の前にいる一人の料理人に感謝の意を伝えたいのとは別の理由で緊張している。普段はアリスや緋沙子と一緒にいるから、その感情には自然と蓋がされていたけれど本当はあの日、黒木場くんと出会ったあの時から私の気持ちは彼に向いていたのかもしれない。

 

「こうして二人きりで話すのはあの日以来、かしらね」

 

「あー……えりな嬢と初めて会った時以来っすね。俺、普段はお嬢に付き添ってますからね」

 

 

 でもその気持ちはまだここで伝えるべきではないって私は分かってる。宿泊研修という名のふるい落としの舞台で彼に気持ちを伝えるのは、ここで退学になっていく生徒達に対してとても失礼なことだと思う。だからこそ、この気持ちはもっとそれなりに相応しい場所で伝えたい。今はあの時のお礼を言えれば、満足かな。

 

「黒木場くん……あなたにあの日、伝え忘れていたことがあってね」

「う、うす」

 

 あの日、伝えたかった気持ち。

 

「あの日の料理に私は救われました、本当にありがとう」

 

 やっと……伝えられた。

 

 

 

 

 

 

「あの日の料理に私は救われました、本当にありがとう」

 

 

 月明かりに照らされ、白い頬を紅く染めて俯きながらもあの日の礼を言うえりな嬢は、どこか幼い頃の面影が見えてとても可愛く見えた。二人きりというのや普段のえりな嬢とのギャップが相まってか、俺まで顔が真っ赤になりそうだ。

 なんだこの雰囲気、思わず呑まれそう。普段は遠月十傑に名を連ねる薙切えりなとしての姿、お嬢や緋沙子と仲良さそうに笑いながら遊ぶえりな嬢の姿しか俺は知らなかったけど、また別の面を垣間見ることが出来たような気がした。

 

 えりな嬢の瞳が真っ直ぐに俺を見据えた。直視出来るわけもなく、視線は自然と地面に向いてしまう。仮にも俺の料理でえりな嬢を救えたとしても素直に俺は喜べないのが本音だ。あの日の料理は最高傑作ともいえる必殺料理だったのに、薙切薊との料理対決では引き分けという結果に終わってしまった。

「俺の料理でえりな嬢が救われたなら良かったです」

 

「ふふっ、ずっとお礼を伝えたかったんだけど緋沙子やアリスの目の前だと恥ずかしくって」

 

「あ〜……なるほど。お嬢ならイジリ全開かもしれないっすもんね」

 

 

 人の心を料理で救う、なんていうのは非常に難しいことだと俺は思う。その皿にどんな思いを込めるのかで色々変わってしまうだろうし、薙切薊のような感情を何も込めず無機質な皿を作る料理とぶつかり合っても同じ美味いには変わりない。

 その料理を口にして作り手の思いや願いが届いてこそ、真の料理というのは完成する。当時の俺の思いや願いは、過去の温かみのある家庭を、楽しい思い出を、友達との優しい思い出を振り返ってほしいがゆえに白身魚と野菜のオープンオムレツという必殺料理を作ったのに、薙切薊に思いや願いは届かなかった。

 

「黒木場くんは料理人としては既に完成されている器だと私は感じたわ。同年代なのに、まるでずっと料理を作り続けてようやく立つことが出来る領域に足を踏み込んだような……」

 

「気のせいですよ、俺はまだまだ未熟な料理人っす。未熟だからこそまだ遠月十傑に名を連ねていないわけですから」

 

 えりな嬢の持つ神の舌はこれ程までに凄まじいものなのか。前世や黒木場リョウとしての料理歴を合わせると、それこそどれだけ作ってきたのか分からない。あの日、幼い頃の時点で領域とやらに足を踏み込んでいるとしたら今は全力疾走しているような気がするのは間違いだろうか。

 

「未熟、ね……あなたのような料理人としての精神を幸平くんにも見習わせたいとこだわ」

 

「幸平、ですか」

 

「ええ……まあ、この話は置いておきましょう。黒木場くん、この後は時間あるかしら? お風呂をいただいた後にアリスや緋沙子とトランプをする約束をしてあるのだけれど」

 

 

 お嬢達とトランプか。

 いくら付き人とはいえ、女子会みたいなもんに男子が一人入るのには勇気と根気が豪傑、タフガイくらいなければいけない。今の俺にはそこまでの勇気と根気はないけど、参加はしたい。迷う、実に迷ってしまう。今日はお嬢の相手をあまりしていないし、相手をしなければ機嫌が勝手に悪くなる爆弾みたいなもんだからなあ。でも今日はお嬢も水入らずで楽しみたいだろうし、後から顔を出す程度にしておけば機嫌もまあまあだろう。

 

「後から顔を出す程度にしときます」

 

「分かったわ。じゃあ、また後でね」

 

 去っていくえりな嬢の背中はどこかウキウキしている。トランプ、よほど楽しみなんだろうなあ。普段は遠月十傑の薙切えりなとしての多忙な日々、たまに息抜きでお嬢とお茶会。お嬢がえりな嬢を無理やり引っ張って海に行ったりと、何気に必ずお嬢がえりな嬢を強制的に息抜きというか振り回している気しかしない。

 

 

 

 さて、風呂にでも入りますか。

 

 




読んでいただきありがとうございます(´;ω;`)


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九話 伝えられない気持ち

誤字報告機能からの誤字報告していただいた方、ありがとうございます(๑•∀•)添削はしているんですが、漏れてしまいます。これからも誤字等見つけていただいた方は教えていただけたら嬉しいです(๑•∀•๑)



 

 

 遠月リゾートホテル、遠月離宮。

 えりな嬢との話を終えた俺はお風呂セットを片手に大浴場へと向かう。普通に泊まれば一泊で八万するほどの高級ホテル、その大浴場ともなれば格別だ。一日の疲れを癒すにはお風呂が一番効果的ともいえるし。明日の課題は何になるだろうと色々考えてみるものの、想像は一切つかないし、考えるだけ無駄だな。とりあえず出された課題は全力で応えればいい。

 

 先の課題で四ノ宮シェフに出した皿、シカと根セロリのアッシェ・パルマンティエ。あの皿は普通に作り上げることは出来たけど、薬膳料理の知識が不足している俺では完成に至らせることは出来なかった。緋沙子がペアであったからこそ、薬膳料理としての睡眠不足解消と腸機能の改善を促し、完成させることが出来たんだ。まだまだ料理人としての先が俺にはある、緋沙子からもっと薬膳料理について教わらないとな。

 

 

「おっ、黒木場じゃん!! もしかして俺の方が先に五十食達成していたのか!!」

 

「さっきまでえりな嬢と話してたから、とっくに俺の方が作り終わってたとこだな」

 

 背後から肩を掴まれたと思えば、幸平だった。夕食の五十食分を一番最初に作り終えていたのが俺だとすれば、えりな嬢が二番で幸平が三番ということだろう。俺がえりな嬢と話していた時間も考慮すると作り終えたのは大体、二十五分くらいか、やはり凄まじい実力の持ち主だ。いくら厨房でお客さんに料理を振舞っていたとはいえど、成長の度合いが違う。遠月学園に入るまでの時間を無駄にしてなかったのが目に見えてわかる。

 

「作り終えてから薙切と話すくらい時間の余裕があったってことかよ。まだまだ俺は成長出来てねーってのか……」

 

「成長してねぇわけねーだろ。確実に前に進んでるからこそ、今ここでこうやって一緒に大浴場に向かってんだろ。学園の頂点を獲る道をゆっくり歩んでる」

 

 この先、俺が学園の頂点を獲るためには遠月十傑という大きな壁が立ちはだかり、同年代のえりな嬢や幸平創真が最大の壁になりうると俺は思っている。いや一番危ない奴がいる、スパイスの申し子ともいえる葉山アキラ。今の実力では創真でもまだ追い付ける領域ではないし、俺ですら油断すると呑まれると思うほどの料理人としての成長スピードは、危険だ。

 香辛料の扱いには俺も自信があった、自分の知識を葉山に教えているうちに気付いたら知識量が瞬く間に俺を超えていた。料理人が成長するのは俺にとっても嬉しい、知らないうちにもっと強くなっていて俺の目の前に立ちはだかることになると恐ろしくてたまらない。負ける気はないけどな。

 

「確実に前に……良いこと言うな、黒木場」

 

「だろ。さっさと風呂にでも入って疲れをとらねーと明日も頑張れねーぜ」

 

 

 衣服を脱ぎ捨て。

 

 タオルを片手に。

 

 大浴場への扉に手を掛ける。

 

「ーーーーん? もう一人目が来たのか」

 

 大浴場に筋肉の妖怪が居た。

 

 

 

 

 

 月明かりに照らされる山々を眺めながら入るお風呂は最高だと私は思う。それも敬愛するえりな様や昔から仲の良いアリスお嬢様と一緒に入るお風呂ともなれば一層、格別だ。

 お二人の白く美しい肌が火照り、息遣いも普段より色っぽく見えてしまう。ああ、お許しくださいえりな様、こんな風にえりな嬢を見てしまう私をお許しください。

 

「緋沙子、どうしたの?」

 

「え、あ、いや!! なんでもないです。ところでえりな様、先程はどちらにいらっしゃったんですか??」

 

「そうよ、えりな!! 待ってたのに、なかなか来ないんだからっ」

 

 いつものえりな様なら五十食分など余裕で作り終えているものだと思っていたのに、大浴場の前で待っていてもすぐには来なかった。私はどこか具合が悪いのかと心配になり、アリスお嬢様は私の方がえりなより早く作り終えてるなんて、という風に喜んでいた。

 

「あー……ちょっとね。二人の手前だと恥ずかしいから、黒木場くんに数年前のお礼を言ってきたのよ」

 

「お礼……」

 

「お礼ってなんの??」

 

 

 えりな様が黒木場くんにお礼を言うような出来事はやはりあの日のことだろうと私は察しがついた。けど、なぜか私の心がズキンと痛むのはなんでだろう。私はえりな様のことを心の底から敬愛しているし、卑しい気持ちなど持っていないはずなのに。見えないとこでえりな様が黒木場くんに会っていた、ということにズキンと痛んでしまう。この痛みはなんなんだろう。

 この痛みの正体に私は気付いている。好き、という感情なんだ。えりな様が黒木場くんに会っていたから私は無意識のうちに嫉妬していた。主に嫉妬するなんて従者として許されるわけない。

 

 

「アリスの手紙を届けてくれた時のお礼よ」

 

「あらっ、そんなことで今さらお礼を言うなんて!! もっと早く言うべきよ、えりな」

 

 なぜ嘘をつくんですか、えりな様。あの日は手紙だけではなかったはずですよね。アリスお嬢様の手紙だけじゃなく、黒木場くんの料理で心が救われたんじゃないんですか。そう思いながらも私は何も言えずに無言を通す。えりな様がこうするのには何か訳でもあるんだろうと、必死に自分に言い聞かせる。

 

 えりな様は黒木場くんのことが好き。あの日、彼に救われたあの日から、彼に会う度に私に向ける笑顔とはまた別の、心から嬉しそうな笑顔を向けていた。それくらいにえりな様が彼のことを好きになって、それを周りに悟られないようにしても笑顔から全部分かってしまった。

 従者として主の幸せは願っているけど、本当は私も黒木場くんに気持ちを伝えたい。彼の隣りを歩きたい。料理人としてだけじゃない、彼の優しい心に触れてしまったことで好きになってしまった。でもそれは許されない、憧れることは許されても気持ちを伝えることは許されない。私は薙切えりな様の従者。主である、えりな様が黒木場くんのことを好きなら私は自分の気持ちを押し殺さないといけない。

 

「緋沙子、さっきから黙っているようだけど。やっぱりどこか具合が悪いの?」

 

「逆上せちゃったのかしら? 長風呂はあまり身体には良くないというし、今日の疲れがだいぶ溜まっているんじゃないのかしら」

 

「だ、大丈夫です。ちょっと考え事をしてただけですので!!」

 

 私にとっての幸せはえりな様の幸せ。

 恋の成就を願うのが従者としての務めだし、従者の私に出来ることならなんでもするべき。でも、えりな様のお気持ちはハッキリしているけどアリスお嬢様の気持ちが私には分からない。いつも黒木場くんと一緒に居るだけあって本来の気持ちは伝えれる立ち位置にいる。

 羨ましい、じゃなくて黒木場くんと一番最初に出会って手懐けたからこそ主として君臨しているなら、アリスお嬢様の気持ちと黒木場くんは両想いっていうことになるんじゃないの。

 

「あ、あれ……お二人が四人に見え……」

 

「緋沙子!! それ、逆上せてるじゃない!!」

 

「は、早く脱衣場まで運ばないと!!」

 

 立ち込める湯気とえりな様とアリスお嬢様の同年代とは思えない強調されたソレが私の頬に触れて、柔らかい。やっぱり男の人はこのくらいはほしいんだろうなあ。黒木場くん、私はまだまだ色んな意味でダメみたいです……ね。

 

 

 え、えりな様……恋って難しいです。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます´ω`*


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十話 同じ料理人として

秋の選抜編のプロット作成中。。。
( *´•ω•`)本編書かないといけないのに、ついつい。


 

 

 

 

 大浴場の扉を開く。

 目の前の恐ろしいほどに鍛えられた、その背筋はどんな猛者をもビビらせる。広く大きなその背中は遠月学園の主席に君臨し、今では遠月リゾートホテルの総料理長兼執行役員という肩書きを持つ最強の男。

 堂島銀。遠月学園の最高傑作ともいえる人物であり、料理の腕前は才波城一郎氏にも匹敵するか、それ以上であることは確かだ。えりな嬢との話に夢中で堂島シェフとの筋肉イベントなるものがあるなんていうのは一切、頭から抜けていた。筋肉イベントって自分でも何を言っているのかはわからないけど。

 

「ーーーーん? もう一人目が来たのか……ほう、今年は二人のようだな」

 

「や、やべぇ……おっかねぇ」

 

 幸平の気持ちは分からなくもなかった。誰だって目の前に最強の料理人というより最強の筋肉が居れば誰だってビビってしまう。厨房は戦場、料理はねじ伏せるものというのが港町のレストランで生き抜くのに必要な考えではあったが、目の前の堂島シェフからも似たようなものを感じるのは気のせいだろうか。

 才波城一郎氏と同じ極星寮だった堂島シェフは数々の食戟で相手をねじ伏せて極星寮の黄金時代を築き上げた一人、今の遠月十傑はどこか保守的に見えるけど、この人はどこか違う。その獰猛さを表には出さずに内心に秘めている。

 

「少年達よ、名前を聞いても良いかな?」

 

「おす!! 幸平創真っす」

 

「うす、黒木場リョウです」

 

 堂島シェフは幸平という名字に反応し、何やら思索するかのような表情を見せた。それもそうだろう、才波城一郎氏の今の名前は幸平城一郎でその息子が目の前にいるなんてすぐにはわからないだろうし。俺の名前にも反応したように見えたが、それはありえないはずだ。堂島シェフと会ったのは今日が初めてのことだし。

 

「幸平……もしや才波の息子か!! それに黒木場リョウ、中村との料理対決で引き分けた少年とはな」

 

「才波って親父?? 堂島先輩、親父のこと知ってるんすか!!」

 

「……えっ」

 

 中村という名字には酷く覚えがある。旧姓は中村、現在の名前は薙切薊という男。過去に料理対決をしたけど、なぜ堂島シェフが知っているのか疑問だ。あの料理対決はほぼ非公開で行われたし、当事者達が喋らない限りは広まらないはずという考えまで至ると予想はついた、薊が堂島シェフに喋ったのか。

 待てよ、今ここで才波城一郎氏の息子が幸平って分かったということは過去の逸話とかを聞けるんじゃないだろうかとか勝手に俺は思いましたよ。

 

 

「才波城一郎、今は幸平という性になっているが共に極星寮の黄金時代を築き上げた仲だ。その話を語るには一晩では足りないだろう、数々の食戟や激闘の学園生活は辛くも楽しい日々だったがーー今は黒木場リョウ、きみの話をしよう」

 

「黒木場の?」

 

 嫌な予感しかしないのはなぜなんだ、誰か教えてくれ。

 

「先日、中村から連絡が来てな。今から数年前にきみと料理対決を行なった話を聞いた。大変喜んでいたよ、普段は美食以外を侮蔑的に扱うあの男がね。黒木場、料理人としての腕前は素晴らしいと思うが、同時に厄介な相手を敵に回したようだ……これ以上詳しいことは言えないが、力は溜め込めるうちに溜め込んでおけ」

 

 鋭い眼光が俺を射抜いた。

 死刑宣告にも等しい言葉だった。それもそうだ、えりな嬢の神の舌を完成させるための洗脳や虐待ともいえる教育の邪魔をしたから消すって言われるなら、まだ納得は出来るかもしれない。けど、明らかに違うよな。美食以外を侮蔑的に扱うあの男が大変喜んでいるという状況はおかしい。何に喜んでいるんだ、俺は美食至上主義とは相反している。

 堂島シェフの口ぶりから察するにまだ時間はありそうだ。今の自分の料理に足りないものは分かっている、それを補うためにすることも。言葉より行動だな、今日からでも実行するか。

 

「もしこれからすぐにでも料理したいというなら、まだ多くの生徒達がいる厨房ではやりにくいだろうから地下の厨房を使うといい。今日の研修で余った食材は自由に使え。己を磨きあげろ」

 

「……うす。ありがとうございます」

 

 時間はまだある、焦るなよ俺。

 

 

 

 

 

 遠月離宮のとある一室。

 一緒にトランプをする予定だった緋沙子はお風呂で逆上せてしまったからベッドで休ませているけど、アリスも流石に宿泊研修の一日目だから気を張って疲れたのかウトウトしているように私には見える。黒木場くんはまだ来ないし、そろそろお風呂から上がっていてもおかしくはないのだけれど。

 今日はもう緋沙子もダウンしてることだし、お開きにしても良いかしら。アリスだってほとんど寝てるような状態だし、ちゃんと休んでおかないと明日の研修に支障をきたして退学にでもなってしまったら後味が悪い。

 

「アリス、眠いなら寝ても良いのよ??」

 

「んー……いやよっ。全然眠くないわ……」

 

 アリスったら相変わらず頑固なんだから。私も人のことは言えないけど。待って、今この状況だと黒木場くんが来たら私がまた話すチャンスが到来するってことじゃないかしら。緋沙子は寝てる、アリスだって寝てるようなものだし。ここは二人きりでまた話なんかして距離を少しでも縮めるというのもアリじゃない。

 

 

「黒木場っす。入りますよ……ってなんでもう皆寝てるんすか。お嬢は珍しくないっすけど、緋沙子がこんな時間に寝ちゃうなんて」

 

「緋沙子はお風呂で逆上せたから寝させて、アリスは研修一日目で気を張って疲れちゃってるだろうからね」

 

「あー……なるほど。二人きりでトランプっていうのもなんですから、えりな嬢にお願いがあるんすけど」

 

 く、黒木場くんからのお願いだなんて。いつになく真剣な表情してるし、重要なお願いに違いないわね。でもなんだろう、想像がつかないんだけど。

 

「えりな嬢に俺の料理を食べてほしいんですよね。今の自分に足りないものの再確認、というか」

 

 料理の味見ということね。珍しいわね、普段は料理の味見なんか一度も頼んだこともないのに。味見ならさっき、お風呂に入る前にでも言ってくれたらしていたのに。大浴場で何かあったのかしら。いえ、あまり深く考え込んでも仕方ないわ。黒木場くんの料理の腕がさらに上がることを考えれば、私の神の舌は料理の味見に最適役なのだから。

 

「ええ、もちろん良いわよ。その代わり……不出来な料理を出したら承知しないんだからね」

 

 

 一体、どんな料理を作ろうというのかしら。

 

 

 

 

 

 遠月離宮の地下、厨房。

 堂島シェフより今日の研修で余った食材を自由に使っていいと言われたのでありがたく使わせてもらうとしよう。バンダナを頭に巻き、包丁はちゃんと研いであるし、準備は万端だ。流石は遠月リゾートホテルだけあって厨房も最新の設備が整っている。料理人の腕だけでも料理は上手く作れるが、設備が整っているとその分だけもっともっと上手くなるからな。

 

「ねぇ、黒木場くん……ちょっと良いかしら」

 

「うす」

 

「なんでここに幸平くんがいるの?」

 

 えりな嬢の突き刺さるような視線が俺を襲った。逃げたいけど逃げられない、蛇に睨まれたカエルのように動けない。俺は仕方ないと思うんだよな、えりな嬢に料理の味見をしてもらおうと思ったら幸平がちょうど良いから料理対決しようぜって言うんだから。そりゃあ、俺も幸平と料理対決するのは初めてだからナイスアイデアじゃんとか思ってしまったのは反省してる。

 幸平の料理に対する心は俺と似ている。互いに作れば作るほど、もっと高みに上れるような、そんな料理が作れる気がしてならない。俺は同じ料理人として幸平創真の今の料理が見て、感じて取り入れられる部分があれば取り入れたい。料理を見て技を盗む、料理人とは日々進化しないといけない。

 

「よぉ、薙切!! 俺と黒木場、どっちの料理が美味いか見せつけてやるぜ!!」

 

「あなたみたいな三流の料理人が黒木場くんの作る料理に適うとは思えないですけどねっ!!!!」

 

「そんなのやってみねーとわからねーだろ!」

 

 顔を真っ赤にぷりぷり怒るえりな嬢。なんかお嬢と似ているなあと思う。雰囲気なのか怒り方なのかはわからないけど。幸平を少し羨ましいと俺は思っている、だってえりな嬢に初めて会った時はツンツンしていたのに最近はツンツンさに鋭さがない気がする。

 幸平に対しては親の仇のように鋭いのに、俺に対しては先の尖っていない包丁のような感じだ。これが時間の流れっていうやつか。凄く悲しく感じてしまう。俺ももう少し尖ってるくらいが良いんだが、言えるわけもないし。

 

 

「さて作るか……幸平、俺が作るのはチキンフリカッセだ」

 

「おっ!! 先に教えてくれるなんて親切だな。じゃあ俺も教えるぜ、作る品はゆきひら流、海老と野菜たっぷりの温玉雑炊だ。夜にはピッタリな品だろ!!」

 

 ゆきひら流、海老と野菜たっぷりの温玉雑炊か。お腹に優しそうな料理だ。野菜をふんだんに使ってなおかつ、ただの雑炊じゃなく温玉を使うとなると隠し味があるはずだ、作る前から楽しみだな。だが俺のチキンフリカッセも負けていないってとこを見せてやるぜ。

 

 

 勝負だ、幸平。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます( *´•ω•`*)感謝です。


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十一話 力の差

最近、寒くなってきましたね。皆さんも風邪にはお気をつけください:(´◦ω◦`):


 

 

 

 フランス料理にフリカッセというのがある。

 フランスの家庭料理で白い煮込み。 バター等の油でたまねぎをしんなりするまで炒め、鶏肉や魚介類を加えて絡めて炒め、ワインやブイヨン、ローリエを入れ、煮立ったら生クリームを加えて作る料理である。

 

 俺が今から作るのもチキンフリカッセというものだが、残念ながら余っている食材で作れるには作れるが大きく、味が落ちてしまう。フリカッセやソテーような料理で味の主役ともいえる食材達が傷んでいたり、鶏肉ではあるけど美味しい鶏ではなかった場合に料理そのものが美味しいと感じられなくなってしまうことがある。料理人は目利きが大事、今日の課題で余った料理人たちに選ばれなかった食材を使って立派なチキンフリカッセに変身させることが出来たらまた、興というものだろう。

 

「ーーどんな食材でも生かすも殺すも料理人の腕次第だ」

 

 

 鍋を中火にかけてバターを入れ、溶かしている間にセロリ、ニンジン、玉葱を適当な大きさに切っていく。切り終わった食材を鍋に入れて五分炒めて焦げないように充分気を付ける。そして問題の鶏肉だ、コイツは一工夫させてもらうぜ。皮面にはやや軽めに塩と胡椒を振りかけ、身の方にはしっかりと塩麹をつけ込む。

 フライパンにオリーブオイルを入れて煙が出るくらいまで熱し、もう一度オリーブオイルを更に入れて温度を下げる。火は中火強~強火で鶏肉の皮面から焼いていくのと同時に刻んでおいたにんにくを入れる。軽く抑えながら、こんがりと焼けるまで待つ。

 

「凄い香ばしい香りだわ……!!」

 

「俺の料理はまだこんなもんじゃないっすよ」

 

 フリカッセは白い煮込みであり、鶏肉に色を付けないように焼くのが正しい元々の作り方だ。だが今回のような食材の力を底上げするためには野菜や鶏をびしっとしっかり焼くことによって香ばしさや味わいがキモになってくるのでチキンフリカッセを仕上げるには必要不可欠な工程だ。もちろん、白い煮込みである以上は白くしないわけにはいかない。

 

 先程の食材を炒めた鍋に鶏肉を入れ、そこに白ワインを適量注ぐ。入れすぎるとワインによっては酸味が残ったり、ワインがきき過ぎてしまったりするから要注意だな。一応、まだ学生の身だし。蓋をして火にかけて蒸し煮にしながら、しっかりとワインを煮詰めていく。

 

「ーーここからが本番だぜ」

 

 

 ワインが煮詰まったのを確認出来たら生クリームを加える。蓋をして中火で生クリームがトロッとソースになるくらいの濃度になるまで火をいれていく。詰まりすぎたら水を足し、ソースの味を確認して旨味が足りないようならフォンドヴォーを少し加えて旨味の補強をする。

 鶏の旨味だけでも充分に食えるだろうが、えりな嬢の神の舌を満足させるにはこれくらいやらないと意味がない。良い感じに煮詰まったら、仕上げといくぜ。器に盛り付け、パセリのみじん切りに黒胡椒を振って完成だ。

 

「チキンフリカッセの完成だ。幸平、そっちはどうよ?」

 

 香ばしい香りに白いソースに絡み合いキラキラと輝きを放つ鶏肉と野菜。自分で作っておきながら今すぐにでも食べたくなるような出来だ。

 

 

 

 

 

「チキンフリカッセの完成だ。幸平、そっちはどうよ?」

 

「おう、こっちも後もう少し出来上がるぜ!!」

 

 

 初めて黒木場と出会った中学三年の秋のことは今でも忘れねえ。俺が作ったゆきひら流・ふわふわ卵の親子丼を食べて何かが足りないと言われた時は正直、驚いた。今まで親父に食べてもらったり、お客さんに振舞ってきてそんなことを言われたことは一度もなかった。

 でも黒木場は親子丼に足りなかった、香辛料の存在。恐らくは意地悪な親父のことだから気付いていて敢えて言わなかったんだなってすぐに分かった。黒木場のおかげで山椒に胡椒を混ぜて親子丼にかけた瞬間に俺の親子丼は未完成から完成という輝きを放つ丼になった。

 

『店の厨房に立ったことねー奴に……か。甘ったれんなよ? 世の中には厨房に立ったことはなくても美味しい料理を作ろうと日々、努力している奴らは大勢いる』

 

 初対面で料理もしたことない、少し料理をかじってるような奴に俺の料理にケチをつけられたと思うと悔しくて、つい言っちまった言葉に黒木場はこう返した。確かにどんな形であれど料理を作る奴はたくさんいる。それなのに俺は厨房に立ったこともねー奴に負けたくないとか変な意地を張ったのは正直、恥ずかしい。

 

『……お前はもっと日本の広さを知れ。ここの料理が全てじゃねえ。自分の料理こそ一番っていうのを証明したきゃ、遠月学園に来い』

 

 黒木場のあの言葉は俺を強く揺り動かすだけの力があった。食事処ゆきひらで店の看板を継いでお客さんに今のまま、料理を振る舞うのはダメだとアイツに思い知らされた。

 だからこそ、遠月学園に編入した俺は自分の知らない世界の広さを知って料理人としての高みを目指す。この学園の頂に上り詰めてみせる。

 

 

「俺はあれから成長したってとこ、見せつけねーとな!!」

 

 沸騰する鍋を開けるとそこには海老とたっぷりの野菜がご飯の輝きを強調するように輝く。まだこの料理は完成していない、ここにさらにみじん切りにした生姜を入れる。海老、野菜、温玉、ご飯。それぞれの食材の力を底上げするには生姜が欠かせない。とろーり温玉に絡み合うご飯、そしてぷりぷりの海老とそのエキスを吸った野菜、その全てを完成させてくれる生姜が雑炊を完成させてくれる。

 

 再度、蓋を開けるとさっきとは全然違う香りがする雑炊。一手間加えるだけで料理は大きく変わるってのをアイツに教わったからな。俺は絶対に黒木場を越えて見せるぜ。出来上がった雑炊を綺麗に皿に盛り付ける。

 

「よし!! ゆきひら流、海老と野菜たっぷりの温玉雑炊のおあがりよ!!」

 

 さあ、勝負といこうぜ黒木場。

 

 

 

 

 

 目の前に置かれた皿、チキンフリカッセ。

 今日の課題で余った食材のみで作ったとは信じ難いほどに見た目は素晴らしいわ。白ワインをベースに煮詰めて生クリームを使ってソースを作り上げたのね、鶏肉がこんがり焼かれているとフリカッセの見た目は落ちるのが普通であるのに対して、このフリカッセでは鶏肉を強調させることなくソースとの絶妙なバランスを保っている。

 

「まずは黒木場くんの作ったチキンフリカッセからいただくわね……はむっ」

 

 

 口の中で感じるバターの風味、じっくりと煮詰められた鶏肉は外はサクッと中はジューシー、なによりソースと全ての食材がこれでもかというほどに互いにぶつかり合うことなく、譲り合って私の舌がとろけちゃう。バカンスに行って最高級のおもてなしを受けているような気分、思わずはふぅ、はだけちゃう。

 食べたら食べた分だけ幸せを感じてしまうわ、ああ、スプーンが止まらない。なぜ止まらないのかしら。本当に美味しいわ。相変わらずの料理の腕前の高さ、あの日よりさらに高みに登っているのが凄く分かる。

 

「なんだよ、あの薙切が……はだけるほどに美味しいってのか!! 黒木場、俺にもくれ!!」

 

「おう、ほれ」

 

「っ!!!! う、うめぇ。こんがりと焼かれた鶏肉がソースと絶妙に合ってる、なんでこんなに合うんだ。普通はこんがりと焼かれたら煮詰めても限度があるんじゃ……」

 

「一口目で気付かないのか、幸平。落ち着いて食えよ、この鶏肉の身には塩麹がつけ込んであってソースとの相性を抜群に良くしているんだ」

 

 ここで塩麹を使うなんて。塩麹は肉を柔らかくすることに主に使われたりすることが多いけど、こんがりと焼いた後に煮詰めることによって外側をサクッと煮詰めて中にまでソースを染み込ませることによって最上級の味が出たというのね、凄まじいわ黒木場くんは。

 

 

「ふぅ、流石ね……黒木場くん。昔より料理の腕を格段に上げているようね。次は幸平くんの海老と野菜たっぷりの温玉雑炊をいただこうかしら……はふっ」

 

 幸平くんの料理は編入試験の時に食べた化けるふりかけご飯のみ、あれからまだそう日は経っていないけど料理の腕が上がっているとも思えないわね。一口、頬張ると温玉がご飯に絡まりあい、ぷりぷりの海老が自らを強調していく。さらにじっくりとコトコト煮た野菜は甘く、海老のエキスを吸っていて甘くて美味しい。

 黒木場くんの作ったチキンフリカッセには塩麹を使っての一工夫があったけど、幸平くんはどうやら生姜を使っているようね。確かに夜ということもあって、生姜に雑炊、味も確かなものだわ。

 

 でも残念ね、幸平くん。あなたはまだまだ黒木場くんには追い付けない。次元が違うわ。あなたは生姜を使っての一工夫があったのは確かだけど、黒木場くんはさらにその先にフォンドヴォーを使って味の補強をしているわ。鶏肉や野菜、ソースをそれぞれ一つにまとめあげて食材達の力を最大限に底上げして活かしている。一流のお店で出してもおかしくないほどに美味しいわ。

 

「どうだ、薙切。俺の雑炊もなかなかのもんだろ」

 

「ええ、確かになかなかのものだわ。化けるふりかけご飯を作った時より腕は上がっている」

 

 でもね。

 

 

「この料理対決の勝者は黒木場くんよ」

 

 

 あなたのような料理人が追い付けるレベルではないわよ。

 

 




読んでいただき感謝です(*’ω’)
感想や評価いただけたら狂喜乱舞します|ωΟ。)チラッ

お知らせがありますので活動報告をお読みいただけたら、と思います。


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十二話 9種の野菜のテリーヌ

一日中寝て復活しました(`・ω・´)ご心配をおかけしました。感想は読んでいただいてる方々の大切なものですので真摯に受け止めていますが、評価コメントにて意見というよりただの誹謗中傷を受けています。中には次話を投稿する度に同じ低評価と同じコメントでずっと追いかけてくる方もいます(´・ω・)様々な人がいるのでなりふり構わずに書こうと思います。励ましていただいた方々には本当に感謝です。ありがとうございました(´;ω;`)


 

 

 

 宿泊研修、二日目。

 昨日の黒木場との料理対決で負けたせいか、よく寝付けなかった。入学してから黒木場との初めての料理対決は不甲斐ない結果に終わっちまった。正直、悔しい。悔しくてたまらなかった。

 あの後、丸井の部屋で極星寮の面子で集まってどんちゃん騒ぎをしたけど、この心のモヤモヤがとれることはなかった。榊や伊武崎は黒木場は中学時代はあまり目立つことがなかったって言っていたけど能ある鷹は爪を隠すっていうし、何か事情でもあったんだろうな。

 

 黒木場のチキンフリカッセに対して俺が作った海老と野菜たっぷりの温玉雑炊は海老のエキスをたっぷり吸わせて仕上げに生姜を仕込んで全てをまとめあげるための最大限に食材を生かした料理だった。それでも黒木場には勝てない。敗因は分かっている、鶏肉に塩麹を使い、ソースの味をフォンドヴォーで補強というより、味を進化させてみせた。あのままのフォンドヴォーを使わない状態だったら勝てたかもしれない。料理人としての力の差は明確だったけど、その背中は僅かに見えた気がするぜ。

 

 

「おはよう、七十九期生の四ノ宮だ。この課題では俺が指定する料理を作ってもらう。ルセットは行き渡ってるな。9種の野菜のテリーヌを作ってもらう、俺のルセットの中でも簡単に作れるものを選んだ」

 

 やべ、ボーッとしてたわ。

 ルセットってなんだっけ。

 

「ルセット??」

 

「レシピのことだよ、創真くん」

 

 さすが田所だ、助かったぜ。9種の野菜のテリーヌ。色とりどりの野菜が美しく飾られる印象だが、9種の野菜はそれぞれ下処理が違う。一つの野菜が強調してもダメ、9種の野菜の味を一つにまとめあげることでテリーヌが完成する。

 今日の課題はルセット通りに料理を仕上げれば良いってわけか。いくらその通りに作るっていっても上手く作れない奴だっているし、そのふるい落としみてーなもんなのかな。

 

「この調理はペア形式ではなく、一人で作ってもらう。調理中の情報交換や助言は一切無し、やった奴がいればその場でクビだ。食材は厨房の後方に置いてあるから任意で使用してくれ」

 

 情報交換や助言はするな、厨房の後方から勝手に食材を選んで使えっていうのから察するにこれじゃあまるでーー。

 

「俺からアドバイスを一つ、この場に居る連中はみんなが敵だと思った方が賢明だぜ? では、始めーー!!」

 

 

 味方同士の蹴落とし合いじゃねえか。

 いや、今はとりあえず考えるよりも先に食材の確保だな。キャベツ、オクラ、プチトマト、カリフラワー、ナス、アスパラガス、ブロッコリー、ベビーコーン、ズッキーニ。料理人としての食材の目利きは確かだ、間違えるわけがない。よし、ラストのズッキーニを確保完了。

 野菜の下処理からいくぜ。キャベツは硬い芯を切り取って平らにして沸騰した鍋で塩ゆでにする。オクラは塩をまぶして板ずりし、がくの周りを切り取って綺麗にしてこちらも塩ゆでする。

 

 

「よし、順調だなーーーー田所のやつ、どうしたんだ? あんなとこでボーッとして……」

 

 まさか食材の確保が出来なかったんじゃ、いやそれはないはずだ。出された課題で食材がないから作れませんでした、なんていうのはあるわけないな。情報交換や助言も出来ないっていうのは厄介だ。もし傷んでいる食材が混じっているとしても、その対処法すら伝えられない。田所、ここは自分でなんとか乗り切ってくれよ。

 

 プチトマトの蔕の付け根に十字に切れ込みを入れて、チキンコンソメを煮立てる。弱火で5分煮て粗熱を取ってから皮を剥いて半分に切り、煮汁につけておく。カリフラワーは房を1cm程度に切り分けて小麦粉を溶いたお湯にワインビネガーを加え、茹でる。ナスも1cm幅くらいの拍子木切りにし、ミョウバンを加えたお湯で茹でる。アスパラガス根側のかたい部分を切り取り、下半分の皮をピーラーで剥いて、塩ゆでしていく。ブロッコリーを1cm程度に房分けし、こちらも塩ゆでする。ズッキーニは中心のワタを取って、1cm幅くらいの拍子木切りにし、塩ゆでにする。野菜の下処理が多いな、それぞれ手順が違うぶん、手間がかかってる。

 

 板ゼラチンはバットに入れた水に一枚ずつ浸し、ふやかしてゼリー液を作る。そして、チキンコンソメを溶いて沸騰させてアクをすくって塩胡椒で調味する。ふやかしたゼラチンを加え、粗熱を取る。さて、ここからが本番だぜ。それぞれ下ごしらえをした野菜とゼリー液を使ってテリーヌを組み上げる。それぞれの野菜をゼリー液にくぐらせつつ、敷き並べていく。トマトは水分が出て濁るので、液を少量別の容器に移してくぐらせる。最後にキャベツで蓋をしてラップを被せて冷蔵庫で冷やし固める。

 

 冷やし固めている間に種を取り除いて荒く刻んだトマトをミキサーに入れ、トマトケチャップ、ビネガー、オリーブオイルを加えて混ぜる。塩胡椒で調味してクーリートマトを作ってラストにバジルの葉、ニンニク、オリーブオイルをミキサーにかけ、ペースト状になったらレモン汁、塩胡椒を加え、調味してピストゥを作って完成だ。仕上げに美しく見えるように皿に盛り付けていけば、9種の野菜のテリーヌの出来上がりだ。

 

「幸平創真です、お願いします」

 

「ほう……ちゃんとルセット通りに仕上がっているようだな。どれ……」

 

 ルセット通りには作れたはずだ。

 

 

「合格だ」

 

 よし。次は田所、お前の番だ。

 

 

 

 

 

「合格だ」

 

 食材の目利きを怠ることなく、それぞれの9種の野菜の下処理をきちんと出来た上で野菜のそれぞれの旨みを一つにまとめあげることが出来ている。きちんとルセット通りに出来ている、これこそが9種の野菜のテリーヌだ。幸平創真といったか、今年の一年生にはなかなかの逸材が集まっているようだな。

 黒木場リョウ、新戸緋沙子を思い出すぜ。ルセット通りに作れと言われてその場で間違うことなく作るのにはきちんとルセットに目を通さなければいけないが、こいつは数分、いやそれに満たない時間で調理を開始した。なかなかにやりやがる。

 

 どいつもこいつもルセット通りに作れない奴ばかり。中には勝手に俺のルセット以外に手を加える奴すらいやがる。確かに俺は黒木場リョウ、新戸緋沙子のペアのおかげで大切な思い出を思い出して前を向くことが出来たが、これはまた別問題だ。ルセット通りに作れない奴は店を潰しかねない、これは俺が遠月学園を卒業してから嫌というほどに感じたことだ。

 だから俺の許可も無しにルセットを勝手に変えるような奴は店には不要、この課題でも無情に落とす。食材の目利きを誤った奴や、ノロマで馬鹿な奴が残って傷んだ食材を選ぼうが関係ない。そんな奴らは遠月学園にとっても不要だろ。

 

 

 

「お前で最後か」

 

 最後に残った一人の生徒。素朴でどこか健気に見える。遠月学園で生き抜くには無理なんじゃないかって思えるほどに優しそうな印象だ。まあそんな印象でも料理の腕が凄まじいなら文句はないさ。でもこの9種の野菜のテリーヌを見た限りでは、凄まじいとも思えない。なぜならーー。

 

「田所恵です、よろしくお願いします!!」

 

 

 一口頬張る。

 これは俺のルセット通りに作れていない。傷んだカリフラワーを選んでしまったんだろう、酸味を活かすためにワインビネガーを使ったんだろうな。漂白作用のビネガーで傷んだカリフラワーを綺麗に見せるように、下ごしらえでもビネガーを使って甘味を引き立てるようになっているな。野菜の甘味とビネガーの微かな酸味が絶妙にマッチしている。

 

 だが、これは俺のルセット通りじゃない。

 

「田所恵、お前はーークビだ」

 

 

 ここでは俺がシェフであり、絶対だ。

 




|ョω・`)料理描写って難しいです。


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十三話 料理人としてのタブー

今日は一日のんびりと料理を作っていました(*`・ω・´)実際に化けるふりかけご飯を作ってみました。めちゃくちゃ美味しかったです:(´◦ω◦`):レシピって凄い。何回か失敗しました←

※十三話 修正致しました


 

 

 

 

 今日の課題はルセット通りに作ること。

 9種の野菜のテリーヌはそれぞれキャベツ、オクラ、プチトマト、カリフラワー、ナス、アスパラガス、ブロッコリー、ベビーコーン、ズッキーニの食材から作られる料理なんだけど私は9種のうち、一つだけ傷んでいるカリフラワーを選ぶしかなかった。これは私が食材選びに時間がかかってしまってカリフラワーを後回しにしてしまったのが原因。

 なんとか挽回しなきゃ。こんな所でまだ終わりたくない。あ、こんな時に創真くんならどうするかなって考えが頭をよぎったけど、情報交換や助言は一切禁止されているこの状況じゃ頼っちゃいけない。私がここでなんとかしないと。この先も創真くんに頼っていく毎日なんてダメなんだから。

 

 

「そうだっ!! ワインビネガーを使えば……!!」

 

 傷んだカリフラワーを復活させるにはワインビネガーを使って甘味を引き立てて、微かな酸味を強みに活かせば見た目も良くなるし、これなら確実にいける。でもそんなのルセットには書かれてはいない、今日の課題はあくまでもルセット通りに作れって言われている。傷んだカリフラワーをこのまま使えばアクでさらに見た目も悪くなるし、味も落ちてしまう。

 

 厨房は常に動いているもの、的確な状況判断をしないといけない。ルセット通りに作れば、このまま作る9種の野菜のテリーヌは四ノ宮シェフに出せない料理になってしまう。でも、ワインビネガーを使えばカリフラワーの味を高めることは出来る。今はワインビネガーを使うしかない、迷っちゃいけない。

 

 まだまだ極星寮のみんなと一緒に居たい。こんな所で終わりたくない。故郷から送り出してくれた家族やみんなのためにも絶対に諦めたくない。絶対に私は9種の野菜のテリーヌを完成させてみせる。

 

 そんな気持ちで料理に挑んだ。

 冷酷な瞳で私を捉えた四ノ宮シェフの口から出た言葉は望まなかった言葉。

 

「田所恵、お前はーークビだ」

 

「な、なんで……ですかっ?」

 

 思わず声が上ずってしまう。

 思考が止まった。クビ、という一言は私の学園生活の全てを終わらせる死刑宣告にも等しい。確かに私はルセットを変えてしまった、一つの下処理でテリーヌはまったく別の料理になってしまうのは分かっていたけど、あの状況ではワインビネガーを使うしかなかった。

 

「お前は傷んだカリフラワーを選んでしまったんだな。このままでは調理に使えないと思い、酸味を活かそうとワインビネガーを使った。漂白作用のあるビネガーで傷んだカリフラワーを綺麗に見せ、下ごしらえでもビネガーを使って甘味を引き立てて野菜の甘味とビネガーの微かな酸味が絶妙にマッチしていて素晴らしいと思う」

 

「じゃ、じゃあ……!!」

 

「でもこれは俺のルセット通りじゃない。ただそれだけだ、お疲れさん。んじゃ合格した奴らは次のーーーー」

 

「そんな……」

 

 私はその場で崩れ落ちた。

 今までの遠月学園で過ごした時間の全てが否定されたようで立ち上がることが出来ない。みんなと過ごした日々が薄れ、真っ白に。私の視界がどんどん潤んで何も見えなくなっていく。大粒の涙が頬を伝ってポタポタと落ちてしまう。

 

 

「ちょっと待ってもらえませんか、四ノ宮先輩」

 

 創真くんの力強い声が耳に入った。

 

 

 

 

 

 9種の野菜のテリーヌを課題に出したのは簡単に作れるからっていう理由だけじゃない。これは9種の野菜、それぞれ違う下処理をきちんとルセット通りにこなせるか見るものでもある。もしここがフランス料理店の厨房で情報交換や助言を禁止されているとしよう、傷んだ食材が手元にあり、それをどうしても客に出さなければいけない。

 

 そんな時こそ、ホウレンソウが大事だろ。情報交換や助言を禁止しているが俺に対しての報告、連絡、相談を禁止しているわけじゃない。この場を仕切っているのはあくまでも俺なわけで、たとえ目利きを誤った料理人だろうとグズでのろまな料理人が余って選んだ食材が傷んでいようと、客に料理を出す以上は俺は助け舟を出す。これは情報交換や助言でもなんでもない、料理を作る上での現場責任者が出す指示だ。

 

 

「ちょっと待ってもらいませんか、四ノ宮先輩」

 

「なんだ。ムッシュ、幸平」

 

「田所は傷んだカリフラワーをそのまま使えないから、その場でカリフラワーの味を良くするためにワインビネガーを使ったに過ぎませんよね? 食材管理は現場責任者の四ノ宮先輩にあり、田所に責任はないはずでは?」

 

 確かに食材管理は現場責任者の俺が責任を持って行なう。だが今回のような宿泊研修でのふるい落としはまた別問題だ、生温い仲良しごっこをやるために行なう研修なんかじゃない。わざと、ふるい落としをするために傷んだ食材を混ぜた。しかし、それが勝手にルセットを変えていい理由にもならないだろう。現場責任者の俺に相談し、指示を仰げば適切に処理出来る。たとえルセット通りではなくとも、先に相談していたならワインビネガーの使用も許しただろうな。

 

「確かに、食材管理の責任は現場責任者の俺にあるだろう。だが、今回は料理人としての目利きを誤ったり、グズでのろまな料理人が遅れて傷んだ食材を選ぶように仕向け、ふるい落とすためにわざと紛れ込ませていた」

 

「なっ!! 田所は他の奴らより、出遅れたからそのカバーをしようと必死に対応をーー」

 

「くどいぞ、幸平。俺はな、情報交換や助言を禁止していたが現場責任者の俺への報告、連絡、相談を禁止しているわけじゃない。すなわち、田所は己の独断でルセットを変えたに過ぎない。もし、その場で俺に相談していたら適切な指示を出す。これは客に料理を出したことのある奴なら充分に分かることだが?」

 

 ムッシュ、幸平。

 お前の気持ちは分からないわけじゃない。おそらく、この場で日向子の馬鹿が同じことをしたら助け舟を出してやろうと俺も必死になっていただろう。傷んだカリフラワーにワインビネガーを使うという発想がその場で浮かんだ時点で料理人としては充分に今まで基礎や応用を磨いてきたことが分かる。でもな、遠月学園はそんなに甘くはないんだよ。その場でワインビネガーを考えつくのと同時に現場責任者の俺に一声でもかければ良かったはずだろ。

 

「もういいの、創真くん……もういいから!! 気持ちは嬉しいよ、こんな私をかばってくれてありがとう……」

 

「なにがいいんだよ!! こんなの納得出来るわけねえだろ!!!!」

 

「えへへ……もう、いいんだよ……」

 

 

 これが遠月学園の厳しさだ、田所はもう腹を括った。後は幸平創真、お前も自分に言い聞かせて納得しろよ。料理人の世界はもっと厳しい。一つの判断ミスで店が潰れかけるなんてザラにある。これから先、自分で店を持つにしろ、誰かの下について料理人として修行を積むにしても必ずといっていいほどに報告、連絡、相談は大事になってくる。

 

「……創真くん。私の分まで、頑張ってね……」

 

「田所……」

 

 田所恵は厨房でのタブーを犯し、独断でルセットを変えての調理を行なった。シェフへのなんの相談も無しにこの行為を行なう自体、もはやクビに等しい。というか、クビだ。今回の課題は情報交換や助言を禁止したというのにはある意味では引っかけでもある。俺へ相談をして、その言葉が助言になるかどうかだ。この場合は現場を仕切っているのは俺だから指示に当たる。まあ、誰も俺に相談することなんて一度もすることはなかったけどな。

 

 

「ーー話はおしまいだ。合格者はそのまま次の研修へ移れ、クビになった奴らは荷物をまとめて学園に帰って退学の手続きだ。あと田所恵、お前は残っていけ。話がある」 

 

 

 

 9種の野菜のテリーヌはそれぞれキャベツ、オクラ、プチトマト、カリフラワー、ナス、アスパラガス、ブロッコリー、ベビーコーン、ズッキーニの食材から作られる料理。傷んだ食材をそのままルセット通りに作った愚か者、ルセット通りに作れない馬鹿野郎、ルセットを理由無く変える糞共に比べれば田所恵は天と地ほどの差がある。

 

 気に食わないからといってルセットを変えるわけでもない、心のそこから9種の野菜のテリーヌを完成させようとした挙句にワインビネガーを使い、傷んだカリフラワーを復活させようとしたわけだ。幸平創真の言いたいことも分かる、料理人として評価すべき点は評価し、悪かった点はきちんと罰して伸ばすべきものは伸ばす。

 

 これは先駆者としての務めだ。腕の良い料理人というのは実力が全てだと思われがちだが、違う。料理っていうのはそんな単純なもんじゃねえんだよ。本当に腕の良い料理人っていうのは客と料理に本気で心から向き合う奴のことを示す。田所恵は料理人としてまだまだ伸びしろはある。

 

「田所恵。クビにした俺が言うのは変だが、遠月学園を退学になったからといって全てが水の泡になるわけじゃない、お前が中等部で学んだ三年間と高等部に上がってからの時間は無駄なことは一つもなかっただろ。これから先が大切だ」

 

「私には…もう先なんか…」

 

「お前にだって夢があるだろ? その夢を叶えるために遠月学園に入学したんだろ。その夢、ここで散らせるなよ。自分を退学にした俺を、遠月学園を見返してみせろ」

 

「四ノ宮、シェフ……」

 

 

 遠月学園を退学になったからといって、そいつの物語が終わるわけじゃない。

 

 

 次に繋げてやれよ、幸平創真。

 

 

 




読んでいただきありがとうございます(。_。*)十三話の後半部分を書き直しましたのでお読みいただけたら嬉しいです(。_。*)ご迷惑おかけします。


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十四話 夜明けの卵料理

気付いたら大分経っていました(;´・ω・)お待たせしました。


 

 

 

 

 

 遠月離宮の一室。

 四ノ宮シェフに退学を言い渡された私は荷物をまとめている。極星寮のみんなに直接会ってお別れを言えないのは凄く悲しいけど、会ったらこんなみっともない姿を見られちゃうのは恥ずかしいし、これで良かったのかもしれない。涙を流し過ぎて腫れぼったくなった瞳、真っ赤な顔を見られるのは嫌だな。これからどうしよう、実家に帰って普通の高校に通いながらお家の、旅館のお手伝いでもしながら料理を学ぼうかな。

 

「これで……本当に終わりなんだなぁ」

 

 そう考えるとまた涙が溢れそうになる。

 

 

「終わりじゃありませんよ、恵ちゃん」

 

「ほ、ほぇ……? なんで乾先輩が……」

 

 部屋の扉の前に立っているのは乾日向子さん。遠月茶寮料理學園の八十期卒業生。女性料理人にして、最高位の十傑第二席に座するなどかなりの実力者。現在は日本料理店“霧のや”の女将をしている。 割烹着に身を包んだおっとりとしたマイペースな女性に見えるが、在学時代は霧の女帝と呼ばれ恐れられていたらしい。 そんな凄い人が退学の烙印を押された私に何の用だろう。

 

「つい先程、四ノ宮先輩から恵ちゃんが退学になったことを電話で聞きました。本来は宿泊研修を終えた後にでも話そうと思っていたのに、悪魔でひねくれ者の四ノ宮先輩が恵ちゃんを退学にしたせいで、居ても立っても居られずに来ちゃいました。一目見た時から料理に対する健気な心があるのはプロの料理人として、分かっていました。もしーーあなたさえ良ければ住み込みで日本料理店、霧のやで料理人として修行しませんか? 退学は取り消せませんが、遠月学園を去って料理をやめるのは非常に勿体ないと私は思うんです」

 

「私なんか……ミスしてばかりで使いものになんか」

 

「料理人に大切なものは、心です。日本料理界を背負う者の一人として断言しますよ、恵ちゃんは四ノ宮先輩なんかより立派な料理人になれちゃいますからねっ!!」

 

「う、うぅ……こんな、私なんかを……」

 

 

 捨てる神あれば拾う神あり、なのかな。

 

 

 

 

 

 一日の課題を終え、遠月離宮の大宴会場。

 今日のゲスト講師の一人である水原シェフに出された課題は私の舌を唸らせるようなイタリア料理を作りなさいという無茶振りと言わんばかりのものだったが、無難にこなした。食材は指定されたエリアから自由に採ってきて使うというもので俺が作った品はイタリアの家庭料理である、チキンカチャトーラだ。

 カチャトーラとはイタリア語で狩人、猟師のこと。狩を終えた猟師さんが獲物と森で採れるものをささっと集めて作った料理、と言われていることから、この課題には最適だと俺は判断した。遠月学園第七十九期卒業生であり、イタリア料理店、リストランテ・エフのシェフを務める彼女の舌を唸らせるにはただ普通に作ってもだめなので、隠し味に山椒を使ったが幸いし、少々毒舌ながらも良い評価をもらった。

 

 良い評価をもらった、のは良かったものの満足はしていない。イタリア料理自体、最近作っていなかったので料理の腕が少し落ちていた。おそらくは誤差の範囲内だと思うけど、それは自惚れを生む。薬膳料理、イタリア料理と俺の料理人としての改善点が浮き彫りになり、とても充実した研修だと思う。

 

 

「あら、リョウくん。いつも以上にぼーっとしてるけど何かあったの?」

 

「あー、この研修で自分の料理人としての改善点が見えてくるから充実してるなあって考えてました」

 

「研修で自分の改善点を見つける余裕があるのはリョウくんくらいじゃないかしら? 無難にこなせるけど、そこまでは頭が働かないわよ」

 

 それはお嬢が頭を使わないだけなんじゃ、と考えたがすぐにやめた。視界に映った幸平の様子がどこかおかしい。いつもなら極星寮の面子と話すあいつは愉快そうに笑っているのに、幸平どころか極星寮の面子全員が葬式よろしくと言わんばかりに重い空気を周りに散らしている。何かあったのだろうか、いや俺から話しかけるのも気まずいから向こうから話すまではそっとしておこう。

 

「そういえば、制服に着替えて大宴会場に集合って何なのかしら」

 

 

『全員、ステージに注目、集まってもらったのは他でもない。明日の課題について連絡するためだ。課題内容はこの遠月リゾートのお客様に提供するのに相応しい朝食の新メニュー作りだ。朝食はホテルの顔、宿泊客の一日の始まりを演出する大切な食事だ。そのテーブルを派手やかに彩るような新鮮な驚きのある一品を提案してもらいたい』

 

 騒がしかった大宴会場が堂島シェフの一声によって静まり返る。明日の課題について連絡をするならば普通は明日にでも済むだろうに、そうせずに今日の夜に伝えるということは早急に取り掛からないといけないような課題。確かーー朝食作りだったっけか。

 一日の始まりを新鮮な驚きのある一品って結構な無茶を言うぜ。二日目の課題を終え、実力者達ですら余裕とまではいかないにしろ、精神的にも体力的にも大分削られているのに、ここで止めを刺すように派手やかに彩る料理を創作するとなると時間はかなりかかる。

 

『メインの食材は卵。和洋中といったジャンルは問わないが、審査は明日の午前6時だ。その時刻に試食出来るよう準備をしてくれ。朝までの時間の使い方は自由、各厨房で試作を行なうのもよし、部屋で睡眠をとるのもよしだ。解散!!!!』

 

 まずは睡眠、じゃないな。

 宿泊客の一日の始まりを派手やかに彩り、驚かせるような一品。しかも卵料理と来たもんだ。とりあえず、厨房にでも行って卵を眺めていれば吃驚するような卵料理を思いつくかもしれない。お嬢はどうするつもりだろう、負けず嫌いだろうから、必然的に厨房には行くだろうけど。ここの厨房にはお嬢が料理に使う設備は整っているかが心配だな。まあ、今はお嬢の心配していられるほどの余裕はないな。

 

「私は料理に必要な設備がある厨房を使うから、リョウくんとはここまでね。あっ、私よりも先に寝るのは許しませんからねっ」

 

「うす」

 

 今日は徹夜コースだな。

 

 

 

 

 

 朝の始まりで食べる卵料理。

 今回は試作をお客さんに食べてもらえるように準備することを言われていたな。それは最もだが、手に取ってもらわないと食べることはない。どうせなら、たくさんの人に俺の料理を食べてほしい。

 たくさんの人が来るのを仮定するとビュッフェしかないだろうな。料理がテーブルにまとめて載せられ、ゲストが料理を取りに行くという食べ放題形式の食事スタイル。好きな料理を好きなだけ食べられるのが特徴だが、それは同時に冷めていても美味しくなければいけない。

 

 

 赤いバンダナを頭に巻く。

 

「ーー試作の開始だ」

 

 どのタイミングでどれを取るのかは客次第。見栄えを持続させ、冷めても美味しそうに見える料理。確かに見栄えも大事だが、ビュッフェ形式となると料理人が客に見られるだろう。それを活かすとなるとライブクッキングだ。客の目の前で料理を見せることで魅了し、俺の料理の腕とその料理自身の美味しさを目で見て肌で感じてもらう。そして料理を食べてもらい、美味さと驚きを届ける。

 

「手始めにスパニッシュオムレツを作ってみるか」

 

 ジャガイモの皮を剥き、縦に二等分にし一ミリにスライスし、玉ねぎも二等分にして一ミリにスライスする。鍋にオリーブオイル、ニンニクのみじん切りを入れて中火で炒めていく。香りが出てきたらスライスした玉ネギを入れ、コショウで味付けし、しんなりするまで炒める。ジャガイモに塩を加えたら、鍋に加えて約二十分、焼き目をつけるように炒める。この時点でスパニッシュオムレツは選択肢から外れるな、時間がかかり過ぎているのでアウトだ。

 

 卵はコシを切るようにしっかりと混ぜる。炒めた具と塩を加え、混ぜていく。ソースは卵、ニンニクみじん切り、塩、オリーブオイル、EXバージンオイルをハンドブレンダーで撹拌する。鍋二つにオリーブオイルを加えて煙が出るまで強火で熱し、油は捨てる。鍋に炒め用の油を再度加えたら卵と具を合わせたものを流し入れ、高速でスクランブルする。卵に七割程火が通ったらもう一つの鍋に移し、形を整える。そして焼き色がついたら裏面にも焼き色をつけて完成だ。

 

「盛りつけて……いざ、試食。美味い……けど、時間がかかるんだよなあ」

 

 

 色々考える必要があるな。

 

 

 




読んでいただきありがとうございます(`•∀•´)✧


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十五話 卵料理の名は

長らくお待たせしました(*・ω・)*_ _)ペコリ
あっ、感想や評価ありがとうございます(*・ω・)*_ _)ペコリ
感想はきちんと全部目を通させていただいております(*´ー`)たくさんの感想ありがとうございます。先日より、咽頭炎?にかかりまして喉が痛くて涙出そうです。皆さんもお気をつけくださいね。


 

 

 

 朝食はホテルの顔になる。

 高級ホテルの朝食ともなれば、普通のホテルとはひと味違う何かが必要だ。和洋中のジャンルで一通りの卵料理に俺なりのアレンジを加えて作ってはみた、オムレツ、だし巻き玉子、スクランブルエッグ、ディープライドエッグ、エッグベネディクト等。何かピンと来ない。味は確かに美味しいけれど物足りない。

 ビュッフェ形式ではたくさんの料理が並ぶ。俺の料理にお客さんがすぐに食いつくとも限らないので、冷めていても見栄えが良くて味が落ちない品が求められる。しかし、堂島シェフは言っていた、新鮮な驚きのある一品を提案してもらいたいと。思い出せ、前世での料理経験を。思い出せ、港町のレストランでの地獄の日々を。思い出せ、遠月での料理の競い合いを。

 

「今まで多くの料理を作ってきた……無駄なもんは一つもない……」

 

 ひと味違う、何か。

 鶏卵だけが卵じゃない、魚卵だって卵だ。海鮮料理は俺の十八番とまではいかないものの、港町のレストランで馬車馬のように海鮮料理を作り続けてきた俺にとって魚卵は扱いに長けている。魚卵を使う時に、からすみパウダーというのがある。風味を良くするにはパウダーではなく、魚卵そのものを練り込んだ方が味はさらに強くなるので俺はあまりパウダー系は使わないが隠し味として使うなら、魚卵でからすみパウダーほど有能なものはないだろう。

 

「魚卵……朝食……朝から海鮮料理っていうのもな」

 

 日本の朝食は和食だっていう人もいれば、洋食だっていうこだわりを持っている人もいる。アメリカの朝食はオートミール、パンケーキ、シリアル、オムレツなど。普段、お嬢と一緒に色んなとこ巡ってるから高級ホテルの朝食というのは大体は想像がつく、これをさらに新鮮な驚きのある一品に仕上げるとなると難易度高過ぎるよな。学生のレベルを越えている気がすると思うのは俺だけか。

 

「うーん。あっ、まだ作ってねえ品があったな。ちょっとアレンジを加えてみるか」

 

 

 まずはホワイトソースを作る。鍋にバターを入れて火にかけて溶かしたら中力粉を加え、焦がさないようにていねいに炒めて水分を飛ばしていく。鍋に合わせて温めた牛乳と生クリームを2~3回に分けて加え、その都度よく混ぜ合わせてソースが焦げないように気を付ける。塩こしょう、ナツメグで味つけをして分量外のバターを少量加えて溶かしてホワイトソースの出来上がりだ。

 

 マフィンにホワイトソースをたっぷりと塗り、ハムニ枚と削ったグリュイエールチーズとすり鉢にすり潰しておいた、たらこを乗せる。さらにホワイトソースを真ん中に塗って、マフィンを乗せて軽くおさえる。チーズが溶けて焼き色がつくまでオーブンで焼く。焼き上がるまでの間にフライパンに少量のサラダ油をひき目玉焼きを作る。軽く塩こしょうして半熟の状態で火を止めてマフィンの上に乗せる。

 

 

「ーークロックマダムの完成だ」

 見栄え良し、味はどうだ。

 一口頬張るとホワイトソースの絶妙な味がタラコとマッチし、半熟の目玉焼きが一層深みとまろやかさをもたせて旨みが口の中に広がる。これぞ朝の朝食と言わんばかりに目覚ましにもとっておきの料理だ。

 

「まだ、味を良く出来るはずだ」

 

 気合い入れるぜ。

 

 

 

 

 

 午前六時。

 堂島シェフのアナウンスによって闘いの火蓋は切って落とされた。昨夜は試作に時間がかかって二時間くらいしか眠れなかった私はウトウトしながらも、香菜入りトマトと卵の中華スープをカップに移していく。得意分野の薬膳料理を活かして私なりにアレンジを加えた最高のスープが仕上がったと思う。

 トマトの酸味と卵の甘みが合わさり、さらに香菜を入れることによって味わいが出てくる。少量の生姜を入れてじっくりと煮たので朝食のスープとしての完成度は抜群。

 

「ーーこれなら200食いけるはず!!」

 

 

「おーっ、緋沙子か。料理に夢中で全然気付けなかった」

 

 く、黒木場くんじゃないですか。

 まさか隣同士だとは全然気付けなかった、不意打ちとはずるい。不意打ちされたことで頬が紅潮していくのがわかる。この研修を経て黒木場くんとの距離がもっと近づけばいいなとか考えている不純な私がいる。今この場にそんな感情はいらないのに。そもそも距離を縮めるもなにも私はえりな様の従者であってこんなところで脱落は許されないし、黒木場くんを想うなら絶対に二百食は達成させてみせる。

 

「得意分野の薬膳を活かした中華スープってとこか、美味そうだ。朝からスープってのもいいな、思いつかなかったぜ」

 

「そんな!! 黒木場くんだって……その品はクロックマダムですか??」

 

「おう、クロックマダムだ」

 

 

 クロックマダムはたっぷりのバターでトーストしたパンにハムとチーズをサンドし、その上に目玉焼きをのせたもの。ちなみに目玉焼きのないものはクロックムッシュと呼ばれている。フランスのカフェやビストロが発祥とされていてフランスでは定番の軽食メニューとしてたくさんの人に愛されている。そんな一品にアレンジを加えたとしても、大体は底が知れているというのになぜ黒木場くんはクロックマダムを選んだんだろう。

 

「なんでクロックマダムを選んだんですか、っていう顔をしているな、緋沙子。それは今に分かるさ」

 

 見た目は普通のクロックマダムにしか見えないのに。

 

 

「ーーーー料理っていうのは食べてもらうだけのもんじゃない」

 

「えっ?」

 

 黒木場くんが意地悪そうに笑う。

 笑うのと同時に凄まじい勢いで鍋にバターを入れて火にかけて溶かしたら中力粉を加え、焦がさないようにていねいに炒めて水分を飛ばしていく。一見してみるとごく普通に料理しているように見える、けど彼は違う。並行して同じ作業を七つ行っている、それもお客さんに見せつけるようにしている。いや見せつけているんじゃない、わざと見せて料理を目で楽しませようとしている。

 ライブクッキングをしているんだ、彼は。このビュッフェ形式そのものを逆手に取ってる、強みを分かっているからこそやっているのは分かる。もしや、黒木場くんは昨日の夜に堂島シェフがこの課題を言い渡した時からライブクッキングを含めて料理を考えていたとでもいうの。

 

『おい、なんかすげーのやってんな!!』

 

『なにあれ!!』

 

 料理人としての経験が違う。

 この場で思い付いたならまだ分かる。良い料理人というのは発想力も他の料理人より斜め上をいっているから。でも黒木場くんは違った、料理を作る上での視点が違う。私や他の皆は課題を合格するために、二百食を達成させるために試作を作り続けてきたはず。それなのに、食べるお客さんのことを考えてライブクッキングを選んで作るなんて。でも料理は目で楽しむのが本当の姿ではないはず、本来は味で勝負。黒木場くんのクロックマダムはーー。

 

『こ、これってーーーー』

 

 クロックマダムを頬張ったお客さん。

 その表情が驚愕の色に染まっていく。

 

 

 ただ美味しいってだけじゃないに決まってる。

 

 




読んでいただきありがとうございます(*・ω・)*_ _)ペコリ
更新おせえっぞ!!って思う方もいるかもしれません。その点はすみません(´・ω・`)ソーマの資料漁りや料理描写に深みを出したいなあと思ってて時間かかってます。生暖かい目で応援していただけたら(`•∀•´)✧嬉しいです


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十六話 クロックマダム

クロックムッシュとクロックマダム、どちらが好きですか(๑•∀•๑)私はクロックマダムが好きです。では本編をお楽しみください。


 

 

 

 

 

 クロックマダムを口に頬張るお客さん。

 その瞳は大きく見開かれ、驚愕の表情に染まっていく。俺が作ったクロックマダムは通常の品とは違い、マフィンから見直した。通常のマフィンとは違う、お粥を生地に練り込んで外はカリカリ、中はフワフワの食感にモチモチ感を合わせることで卵との相性を極限まで高めた。

 でもそれだけじゃない、ホワイトソースにも隠し味でからすみパウダーを溶かすことでマフィンと卵の二つの味を融合させることで老若男女、誰もが新鮮な驚きのある味に満足するはずだ。マフィン、ホワイトソースときて卵にも工夫しないわけがないよな。卵は半熟の目玉焼きに仕上げるだけじゃなく、刻んだバジルを添える。バジルの上に一滴だけお手製のチリソースを垂らすことで究極のクロックマダムが完成する。

 

『ーーマフィンのモチモチ感だけじゃない。ホワイトソースに隠されたからすみパウダーが絶妙にマフィンと半熟の目玉焼きとの旨みを融合させている!! むむっ、それだけじゃない……このチリソースがクロックマダムを完成させているといっても過言ではない!!』

 

「ただのチリソースじゃないからな。エスニック系チリソースに卵を混ぜたんだ。チリソースの辛さにまろやかさを加え、それがモチモチ感のあるマフィンと半熟の目玉焼きとの融合を昇華させた」

 

 二百食達成が全てじゃないんだ。

 俺達は料理人だ、老若男女全てのお客さんが心から美味しいって笑顔になるようなもんを作らないといけない。中には美食もあるだろうが、料理人がその一品に自分の全てを乗っけていればいいけどそれすらせずにただ美味しいってのは違う。自分の料理を、自分を全て乗っけた一品を食べた人にどんなイメージが浮かぶのか、料理人が歩んできたもんや人柄なんかが料理には絶対に現れる。

 

「まだまだ俺のクロックマダムはあるぜ? 食べてないお客さんは食べていってくれ!!」

 

 料理は人を笑顔にさせてくれる。

 

 

 

 

 

 黒木場くんはいつだって先に行ってしまう。

 薙切家に仕える者として私は日々の努力を怠った事はない、だというのに彼には追い付けない。その背中を追いかけるだけ遠ざかっていく、そんな気がする。私の得意分野である薬膳料理だけは唯一、黒木場くんにだって負けない自信はある。

 

 一つを極めるのに犠牲にした時間は数えられない。えりな様を救ってくれたあの日から身を削って薬膳料理を極めたのに彼は海鮮料理のみならず、あらゆる料理に精通している。どれほど身を削っているんだろう。寝る間を惜しんで料理を極めようと、遠月学園の頂点を獲るために努力を怠らない。

 

「負けてられない……!!」

 

 

 私と黒木場くんとでは力の差が歴然、それでも私だって頑張ってきたんだ。たくさんの人に香菜入りトマトと卵の中華スープを食べてもらいたい。美味しいって言ってもらいたい。二百食達成させてもらいます、えりな様の従者ならこれくらい当然で出来ないといけないんですからーー。

 

 

「ーー相変わらず、不味そうな料理を作っているようだな。神の舌を持つとされる薙切えりな様もなぜこのような品を出す女を従者として連れ添っているのか、まったく理解が出来ない」

 

「……っ。あなたは」

 

 

 アルディーニ兄弟のように本場のイタリア料理を店で振舞っていたように、もう一人だけイタリア料理を得意とする一年生がいる。その実力はアルディーニ兄弟以上にイタリア料理を愛し極めているといっても過言じゃない。父親がイタリア人であり、日本でも一流のイタリア料理店を持っているが故に彼も必然的に料理人としての道を歩んだ。料理の腕は確かなもの、だけど性格的には私とは相容れない。いつも顔を合わせる度に私を馬鹿にするだけならまだしも、えりな様すらも侮辱する輩なのだから許せない。

 それ以前に、なぜ二百食を達成しなければいけない彼がこの場に居るのか理解が追い付かない。まだ課題の開始から時間はあまり経っていないはずだし、彼は私とは別の会場だったのに今この場に居るということは二百食を短時間で達成したとでもいうの。

 

「……ジュリオ・ロッシ・早乙女」

 

「怒ったようなら謝ろう。しかしきみの料理には華がない。薬膳料理はどうしても見た目には華がなく、味だけの勝負となる。ああ、あのえりな様の従者なのにも関わらず、見た目が見劣りするような料理を作るなんて僕には考えられなーー」

 

 反論出来ない。

 こんな大勢のお客さんがいる手前でボロボロに貶されるなんて思ってもみなかった。確かに薬膳料理はどうしても見劣りしたりすることがある、けど今日の私の香菜入りトマトと卵の中華スープは見た目も味も最高に仕上がっている自信作だ。それなのに、彼は私の薬膳料理を否定し、見た目が見劣りするとまで言った。くっ、こんな奴の前で泣いてたまるもんか。涙なんか見せるとつけ上がるに決まってる。

 

 

「うるせえぞ、黙ってろ。料理を提供する場、客の目の前で料理人が料理人を侮辱するんじゃねえよ」

 

 静かだけど凄まじい怒気を滲ませる黒木場くんは真剣な眼差しをロッシくんに向けていた。昔から黒木場くんの料理に対する心は変わらない。食べる人に笑顔を、そんな風に考える彼がお客さんの笑顔を壊すような真似をする奴を許すわけがない。

 

「ほう、薙切アリスの犬か。よく吠えることだが、勘違いしないでくれ。侮辱しているんじゃない、事実を述べているだけさ」

 

「ロッシくん、私が気に入らないのは別にいい。今は課題の最中なんだから高みの見物でもしていればいいのでは? 私がこの課題で落ちるのを見たいなら」

 

「ーーそうさせてもらおう」

 

 絶対に二百食達成させてみせる。

 

 

 

 

 

 ジュリオ・ロッシ・早乙女。

 まだ課題の開始からあまり時間が経っていないにも関わらずに課題を達成したということを考えれば二百食以上は作らずに二百食のみを作り、時間の短縮が出来る料理を選んだと考えるのが筋だろうな。作業の効率を考えるのも料理人として大切なことだけど、あいつは同じ料理人としてやってはいけないことをやってくれた。お客さんの笑顔をぶち壊したのが、一つ。もう一つは緋沙子という一人の料理人を侮辱してくれたことだ。

 

「許せねぇ……!!!!」

 

 緋沙子は薬膳料理のエキスパートであり、その分野を極めている料理人だ。料理の見た目だって決して見劣りはしていない。それどころか華やかしさだってあり、味だって美味しい。さらに身体に良いと来たもんだ。食べて身体が良くなるならそれほど嬉しいことはない。そんな料理を極めてきた奴の努力を否定するような言葉は緋沙子が許したとしても、俺は断じて許さない。

 

「首洗って待ってろよ……ロッシ!!」

 

「怒りながら料理を作るなんて。器用ですよね、黒木場くん」

 

「大丈夫だ、料理に憎しみは込めてねえから」

 

「料理に憎しみ込められても食べる人が困りますからねっ!?」

 

 

 当たり前だろ。

 笑顔になってもらいたいのに俺がそんな憎しみなんて込めるわけがない。ロッシに料理を作るなら殺意を込めて作ろう。喜んで作ってやるよ。しかし、ロッシの奴もえりな嬢の傍に置いてほしいから緋沙子の座を狙っている感じがしないでもないんだよな。でもよ、ロッシ。俺は見逃さなかったぜ。

 

 

 緋沙子を泣かしたな。

 

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます(*`・ω・´)


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十七話 思惑と罠

今思えばこの作品がこんなに多くの方に読んでもらえるとは思ってもみなかったです:(´◦ω◦`):感謝感激です。これからも読んでいただけたら嬉しいです(*・ω・)*_ _)ペコリ


 

 

 

 遠月離宮。

 遠月リゾートのお客様に提供するのに相応しい朝食の新メニュー作り。朝食はホテルの顔、宿泊客の一日の始まりを演出する大切な食事だ。そのテーブルを派手やかに彩るような新鮮な驚きのある一品で飾る、となると料理人ですらメニューを考えて試作作りに挑むまでにかなりの時間はかかる。それを学生への課題に出した理由は二つ、現場に対する適応力を見るのと料理人としての素質だ。

 自分で考えたメニューで二百食程度達成出来ぬようなら遠月学園においての価値はないとみえる。しかしジュリオ・ロッシ・早乙女、彼は開始早々に二百食を軽々と達成してみせた。それも独創的な一品で朝食としていただくには最適かつ効率も良い、学生としてのレベルを遥かに越えている。

 

「ふむ、今年の遠月の学生は粒ぞろいのようだな。」

 

 だが料理人は料理を作れればいいっていうものではない。料理を作る上で大切な事を彼は忘れているように見えたがな。いや、忘れているのではなくわざと見て見ぬふりしようとしているのか。食材を生かすも殺すも料理次第、彼の料理は華やかではあるけれど、それ以上でもそれ以下でもないだろう。まるで中村が作る美食と呼ばれる料理だ、中身が一切ないだけの感情の篭っていない品。

 

「ど、堂島さん……」

 

「どうした副料理長(スーシェフ)

 

「く、黒木場リョウが498食達成です」

 

「彼は料理人として完成形に近いといっていいからな、これくらいは当たり前だろう。だがまだ課題終了まで時間がある……彼のことだから時間終了まで作り続けるとは思ったが、どうやら先程のひと悶着で何やら思うことがあるらしい」

 

 映像からハッキリと見えていた。

 新戸緋沙子に対する言葉の暴力、ましてやお客様が目の前にいる状況であのようなことをするなど言語道断、俺ならとっくの昔にクビにしているとこだったが、黒木場が庇った。同じ料理を極める者としてのタブー、それをロッシは犯した。おそらくは黒木場にとっては許せなかっただろう。俺や才波に届きうる、いやそれ以上の料理を作る可能性を秘めている男なのだから料理人としての誇りとプライドがあるはずだ。

 自分の地位や実力に鼻をかけたいわゆる自己中心的でエリート面をして努力しようともせずに天才には勝てぬと諦めて、その場の努力のみで現状を切り抜けるだけでその先には何も無い。しかし黒木場リョウという料理人は違う、昔に中村と行なった料理対決や研修で四宮を見て一瞬で停滞を見抜いた洞察力、高級ホテルの朝食として考えた新メニューは新鮮で驚きのあるクロックマダム。自分の料理に妥協せずに努力を続けてきたからこそ為せるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

「黒木場リョウ、498食達成!! 食材が底を尽きたようなので残り時間は自由に過ごすといい」

 

「うす」

 

 課題を達成したという達成感は今はあまり感じられなかった。たくさんのお客さんの笑顔を見られたから良かったけど、今は緋沙子が心配だ。ロッシの言葉で自信を無くしたのか、緋沙子は残り七食で課題達成するっていうのに口数が減って表情もどこか暗い。料理を作る側が暗い表情なんかしていれば食べる側だって美味しいもんも美味しいって感じられないだろうに。

 声を掛けるにも下手なことを言えば逆に落ち込んでしまうかもしれないから何も言えない。俺に出来ることといえば緋沙子を応援することと、ロッシをぶっ倒すことくらいだ。研修の場で波風立てるわけにはいかないのは分かってる、それでもあれは許せない。

 

「あと七食なんだから暗い顔ばっかしてるとお客さんも寄ってこねえぞ。ラストだ、頑張ろうぜ」

 

「黒木場くん……」

 

「なあ、香菜入りトマトと卵の中華スープ、お客さん以外の分がまだ余っていたら一つ欲しいんだけど良いか?」

 

「もちろん、いいですけど」

 

 

 えりな嬢は神の舌を持つために、様々な激務に追われて体調を崩すかもしれないと緋沙子はえりな嬢のために薬膳料理を極めようと必死になって今があるんだ。それはなかなか出来ることではない。一人のためを思い、極める。俺が作る料理と通じる部分はかなりある。誰かを思い、誰かのために作る。ロッシは緋沙子の料理の上辺しか見ていない。料理の味だけの勝負となると言っていたが、あれは間違いにも等しい。

 香菜入りトマトと卵の中華スープは見た目にも華があり、トマトが卵の中華スープとマッチして色鮮やかで非常に美しくみえる。それにさらに香菜が加えられていることによって見た目からも深みが増してるとすぐに分かる。非常に完成度の高い中華スープだ。

 

「ーーおい、ロッシ」

 

「誰かと思えば……一体、何の用だ? まさか、その手に持っているのは新戸緋沙子が作ったスープのようだが」

 

「てめぇに緋沙子が作ったスープを食わせてやろうと思ってな。このスープは見た目も味も非常に完成度が高いとは俺は思っている、まだ食べてねーけど」

 

「ふっ、食べるまでもない。見た目が美しくない料理は僕の口に入るまでもない。駄作も同然だ、美食たるもの全て優雅でなければならないのだから」

 

 カチンと来た、美食とはなんだ。

 料理の見た目や味が全てハイレベルな品のことか、それとも見た目や味がハイレベルだろうと、その料理には何の気持ちも篭っていない無機質なもののことか。料理というのは失敗を重ねて、皿に自分の気持ちを全て乗せてからようやく完成するもんだぜ。それを努力すら無視して見た目が駄目だから駄作だとよ、いい度胸してやがる。

 

「残念だぜ、ロッシ。ここで考えを改めようものなら俺も少しは穏便に済まそうと思ったが……我慢ならねぇ!!!! 俺は近いうちにてめぇに食戟を申し込む」

 

「いいだろう。このジュリオ・ロッシ・早乙女、きみのお相手をしよう。食戟を申し込むのだから、それなりの対価が必要だがどうする?」

 

「負けたら遠月学園を退学してやるよ。その代わり、てめぇが負けたら緋沙子に謝罪して金輪際、あいつに関わるんじゃねえ……!!」

 

「決まりだな。薙切アリスの犬程度、僕の敵ではない。食戟の日程はまた後日、改めよう。では、失礼する。お互いに残りの研修を楽しもうじゃないか」

 

 その後ろ姿から感じる余裕。

 負けたら遠月学園の退学とか勢いで言ったものの、お嬢に言ったらかなり怒りそうな気がする。まあその時はその時だな。俺が退学を賭けるまでもないとか言いそうだけど、あの場で退学くらい賭けないとロッシは乗らなかったような気がする。いや、あえてわざと退学を賭けると言わせたと考えるべきか。まさか、な。

 

 

 

 

 

 こうも簡単に食戟を申し込んでくるとはな。

 僕にとって新戸緋沙子は前々から料理人としての腕前も大したこともないのに、えりな様の従者として日々仕えていることが非常に目障りで仕方がなかった。究極の美食を追い求める僕こそがえりな様に相応しい存在だと決まっているのに。だからこそ新戸緋沙子を学園から追い出すためにわざわざ、彼とは手を組んだのだ。要求を聞く代わりにこちらの願いを叶えてくれると。

 黒木場リョウ、薙切アリスの従者である彼を食戟で倒せというのが要求。なに、簡単なことだ。従者となるような者が僕の道を阻めるわけがない。中等部時代、黒木場リョウという名はあまり聞いたことがない。料理人としての腕前がそれなりにあるなら名前が上がっていただろうが、ないということはそういうことだ。ただの金魚の糞も同然だ。

 

 

「叡山先輩、約束はきちんと守ってくださいよ」

 

 悪く思わないでくれよな、黒木場リョウ。

 




ひ、評価入れてくださってもいいんですよ|x・`)チラッ


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十八話 愚者は掌で踊る

たくさんの感想と評価ありがとうございます( ᵕᴗᵕ )にやにやが止まりませんでした。これからも精進して参ります。宿泊研修編も残り僅か、お楽しみください(*・ω・)*_ _)ペコリ


 

 

 

 

 

 課題開始から二時間経った。

 課題終了の鐘が鳴らされ、そこには嬉しそうにはしゃぐ生徒や肩を落とす生徒、反応は様々だったけれど私は前者のはしゃぐ部類に入るのでしょうね。まさかストックしておいた食材まで切れてしまうなんて相変わらず私の料理は凄いわ、これならリョウくんにだって劣らないはずよ。

 今日の料理、リョウくんの分だけはきちんと一つ残しておいたから食べさせてあげないとね。ふふっ、二百食達成のとこを私はなんと三百八十食だったのよって自慢出来るわ。リョウくんの悔しそうな顔が目に浮かんじゃう。

 

「お嬢、こんなとこに居た……なにしてんすか」

 

「決まってるじゃない、駄犬のリョウくんのために取っておいた料理を用意してるの」

 

「そうなんすか。あっ、ちょっと言いづらいんすけど……近々、俺の退学を賭けて食戟を行なうことになりました」

 

 ふーん。

 待って、今なんて言ったのかしら。俺の退学を賭けてってどういうこと。まさかこの駄犬のリョウくんは御主人様に断りもなく、自分の退学を賭けて食戟をやるとでもいうの。そんなの絶対に認めません。如何なる理由があろうと絶対に認めないから。リョウくんは私の従者なんだから、もし退学になったら誰が私の面倒を見るのよ。嫌よ、毎日スケジュールのチェックしたり、自分で車呼んだり荷物持ったり話し相手が減ったり、なんだかんだでずっと一緒に過ごしてきたのに。

 

「食戟を行なうことは許しません。まぁ参考までにどんな経緯でそうなったのか、話だけは聞いてあげるけどね」

 

「同じ一年のロッシが緋沙子の薬膳料理を侮辱して泣かしたのでそれを謝らせるのが目的なんすけど緋沙子を泣かした罪は重いんで、アイツのイタリア料理を完膚無きまでに捻り潰すために食戟をやろうと思いまして」

 

「許します、完膚無きまでに捻り潰しなさい。その代わり、薙切アリスの従者として絶対に負けは許されないからね」

 

「うす。今回は久々に頭にきてるんで気合いは充分っす」

 

 えりなの従者である緋沙子を泣かすなんて言語道断よ。私の大切な友人の一人であるんだもの。それを泣かすなんていい度胸をしてるわね。でも何か引っかかる。ロッシくんは常日頃より緋沙子に対して突っかかるような態度を取ってたけど、人前で泣かすほどの度胸なんてないように見えたのに。

 わざとお馬鹿なリョウくんが食戟を挑むように誘ったのだとしたら少し考える必要がある。リョウくんの料理人としての腕前は信頼しているし、ロッシくん程度の料理人が勝てるほどにリョウくんは全然弱くない。でも向こうも何かしら考えた上で食戟に引きずり出したのだから裏があるはずよ。

 

「リョウくん、あまり無茶をしてはいけませんからね」

 

 あなたに何かあったら困るのは私なんだから。

 

 

「あら、どうしたのアリス。そんな真面目な顔をして珍しいわね」

 

「えりな!! ちゃんと緋沙子を慰めてあげたの?」

 

「慰めてって……何の話かしら」

 

 もう、相変わらず鈍感なんだから。

 えりなに事のあらましを説明するとどんどん不機嫌そうな表情に変わっていく。不機嫌を通り越して激怒してるようにも見えちゃうから怖い。あまり、えりなを怒らせない方がいいわね。そもそも普段からロッシくんはえりなの前では緋沙子に突っかからないけど一人になったタイミングで来るものだから何も言えないのね。

 

「緋沙子を泣かせるなんて絶対に許さない……黒木場くんの手を煩わせるわけにもいかないし、私が食戟申し込もうかしら」

 

「すみません、えりな嬢。今回は俺に任してほしいです。あいつは緋沙子を泣かすだけじゃなくて料理人としてやってはいけないことをやってくれたんで……俺が捻り潰さないと気が済まない」

 

 リョウくんがこんなに本気になるなんて珍しい。いつもはボケッとしてる駄犬なのに野獣のような雰囲気を醸し出してる。昔はバンダナを巻かなくても常に野獣みたいな感じだったけど、久しぶりにそういう感じなのかしらね。

 

 私も友達が傷付けられて黙ってられるほど、お人好しではないわよ。

 

 

 

 

 

 遠月学園。

 第九席、叡山枝津也。俺は中等部の頃から様々なフードコンサルティングを手がけた。経営難にあった老舗旅館の経営を立て直したり、高級料亭から依頼を受けての新メニュー開発、京都にあった唐揚げ店を競技会金賞に導くなど、手がけた案件は五百を超えている。そんな俺がなぜ食の魔王の眷族とされる薙切アリスの従者にちょっかいを出さないといけねえんだ。

 そもそも最初はこんな筈ではなかった。上手い儲け話が回ってきたから少し乗っかる程度に考えていたのに上手いこと嵌められた、食の魔王の血族たる薙切薊に。自らの店の一つにフードコンサルティングを頼むと言われたので売り上げから何から何までその店を調べ尽くし、最善策を提案したはずだったのに何故か店の売り上げは一気にガタ落ち。理由は簡単だった、薙切薊の手による一つの情報操作。これが原因だったが後の祭りだ、情報操作が分かったところで手の打ちようがあるわけもなく結果的に店一つを潰しちまった。それなのにも関わらず奴はーー。

 

 

『海外にいる僕の耳にも錬金術士という異名が聞こえてきたから、日本の店を一つ任せたのに……結果的に潰すことになるなんて思いもしなかったよ。なに、まだ学生なのだから失敗することだってある。でもーー』

 

 

 潰しちまったにも関わらず、なんともない風に笑いやがった。最初から店を潰す気だったとしか思えない。そうでもないとあんな風に笑えるわけがない。気味が悪かった、薙切の名と遠月学園のOBで元・十傑と聞いていたから多少は警戒していたがレベルが段違いだ。喰う側であるはずの俺が最初から捕食される側だったという事実。くっ、認めたくはないが向こうさんの方が一枚も二枚も上だったってことだ。

 

 

『今回の件が公になればきみの経歴にも傷が付くだろう。でも安心してくれていい、こちらの要求さえ呑んでさえくれれば公にはしないつもりだからね』

 

 

 俺の経歴に傷を付けないためには薊の要求を呑むしかなかった。

 

『黒木場リョウ、彼を遠月学園から追い出してほしい。チャンスは二回まで与えよう。もし出来なかったらーー』

 

 今回の件を公にされて、経歴に傷がついて今後のフードコンサルティングに影響が出るどころか、店一つ丸ごと潰して責任一つ追わなかったことに対する罰を遠月十傑による会議にかけられて十傑たる資格剥奪すら有りうるだろう。この事は誰にも知られるわけにはいかない。手早く、黒木場リョウという生徒を退学に追いやってしまえばいい。俺が直々に食戟で相手して潰してもいいが、そうすると下手に怪しくなっちまう。ただの一年生相手に十傑が食戟を行なったとなれば周りからも不審に見られるだろう。

 

「ロッシの奴が上手く、秋の選抜で黒木場を仕留めれば俺もこれ以上不愉快な思いをせずに済むんだ。しばらくの我慢だな……」

 

 ロッシは餌をぶら下げればすぐに食いついてくれた。遠月十傑、第十席の薙切えりなの従者である新戸緋沙子を退学にしてやると一声かけたらすぐに従ってくれた。黒木場リョウは何故かデータが少ない。薙切アリスは幼少から北欧に住んでいたらしいが、そのせいだろうな。中等部時代の奴の食戟や料理の傾向、性格、何から何まで調べ尽くすことは叶わなかった。

 ここはやはりロッシではなく、美作昴に任せれば良かったかもしれねえ。アイツのキングオブストーカーは確実に相手を知り尽くす。だが、あれはある意味ではエグいから俺なりの優しさでロッシを選んだ。黙ってロッシに倒されてくれれば、こちらももう何もしねえからな。

 

「秋の選抜、黒木場リョウは確実に入れねーとな」

 

 俺の経歴は誰にも汚させねぇ。

 

 




|x・`)読んでいただきありがとうございますね。


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十九話 合宿の最後のプログラム

お気に入り数、4000件突破。恐縮です:(´◦ω◦`):宿泊研修編の締めとなります。宿泊研修編終了とお気に入り数4000件突破記念ということで、活動報告を読んでいただけたら嬉しいです。これからもよろしくお願いします(๑•̀ㅁ•́๑)✧


 

 

 

 

 

 二百食達成。

 課題は合格したのに気持ちは晴れない。なんとかギリギリ残れたっていうのに嬉しくもなんともねぇ。俺は、極星寮の皆は田所の分まで頑張らなきゃいけねえって頭では分かってるのに気持ちまではまだ追い付いてないらしい。伊武崎、丸井、青木、佐藤、吉野、榊たちも明るさを失って暗い雰囲気を醸し出してる。四ノ宮シェフの課題の場に一緒に居たのは俺だ、目の前で田所の退学を宣告された時に何も出来なかった。

 皆は俺に気を使ってくれてるのか、何も言っては来ねえけど自分の無力さに腹が立つ。あの場で田所のために出来ることはなんだ。四ノ宮シェフの正論をも破って遠月卒業生に対する食戟を挑むとか、もっと俺に出来ることはあったんじゃねえのかよ。

 

「幸平、そんなに思いつめるなよ。田所の最期の場に居たお前が何もしなかったわけじゃないことくらい皆分かってるつもりだ」

 

「伊武崎……」

 

「……そうだよっ、幸平!! きっと恵のために精一杯、四ノ宮先輩に掛け合ってくれたんでしょ!! っ……でも、それでも恵が駄目だったならさ……うわあああん!!」

 

「……吉野」

 

 俺はもう目の前で友達が退学になるとこを黙って見てるだけなんて耐えられない。手の届くとこなら意地でも助ける、たとえそれに自分の退学がかかっていようと関係ねえ。田所は自分の分まで頑張ってほしいって言ってくれたんだ、それはこの研修だけじゃない、これからの学園生活も含めての気持ちだったんだろうな。

 料理の腕をもっと磨かないといけねえ。こんな所で立ち止まってると退学になった田所にも申し訳が立たない。料理っていうのはその皿に作った奴の気持ちとか全部乗ってる。田所が作る料理にはいつも優しい気持ちが篭ってた。あんな料理を作れる奴はそうはいない。本当に勿体ねえよ。

 

 田所のことをずっと悔やんでいても仕方ない。あいつのためにも今、俺が出来ることは先の課題の反省だ。スフレオムレツをただ作るだけじゃ駄目だった、ライブクッキングを合わせることによってなんとか課題達成は出来たけどこんなんじゃまだまだ駄目に決まってる。遠月学園の頂点に上り詰めれるわけがない、遠月十傑を破るなんて夢のまた夢だ。

 

 もっともっと頑張らねえと。

 

 

 

 

 

 

 五日目の夕刻、遠月離宮の厨房。

 この血も涙もない地獄の宿泊研修を終えたガキ共のために卒業生達の料理で組んだフルコースを味わってもらう。俺が作るのはズッキーニのグラチネだ。しかもただのグラチネじゃない、ズッキーニを重ねてミルフィーユ仕立てに、ソースもジュド・オマールベースで仕上げた最高の一皿だ。もちろん、店でも作っていないし、この宿泊研修でガキ共に食べてもらうためだけに考えた皿なのだからちゃんと味わってもらわないといけない。

 

「ーー残虐極まりない四ノ宮先輩のせいで恵ちゃん、ずっと泣いてたんだけどなあ。四ノ宮先輩はどう思いますぅ?」

 

「黙れ日向子。口ばっか動かしてないで手を動かせよ、手を」

 

 ちっ、手元が狂うじゃねえかよ。

 ズッキーニの両端を切り落として縦半分にカットし、座りよくさせる為に底になる部分の皮を薄くカットし、長さは1/3にカットする。大根は桂剥きをして鍋で茹でてしっかり水気を取っておく。小鍋にフュメ・ド・ポワソン と ジュ・ド・オマールを入れて煮詰めて味を凝縮させる。生クリームを入れてゆっくりと煮詰めていく。最後にバターを溶かし入れ、濃度がついたら火を止めてアセゾネして味を整える。これでジュ・ド・オマールのクリームソースの出来上がりだ。このソースがこの皿の決め手になる。

 熱したフライパンにガーリック&ハーブオイルを入れてズッキーニをしっかりソテーしていく。バットに上げて表面の油を丁寧にキッチンペーパーで拭い、熱いうちに塩をふる。ソースを切り口に丁寧に塗り、グリュイエールチーズをひいてサラマンドルで表面に焼き色をつける。芳ばしい香りだ、後は皿にズッキーニを重ねてのせ、周りに大根の桂剥きをまとわせる。クリームソースを少量を皿に流してハーブを飾って完成だ。

 

 

「四ノ宮先輩も人が悪いですよね、ツンツンしてるくせに恵ちゃんの今後を心配して私に託すなんて。本当のことを恵ちゃんに伝えてあげたらどうですか。この下準備お願いしますーー」

 

「田所の作った9種の野菜のテリーヌは味だけをみれば食えないことはないし、充分に及第点だったけどよ。課題に沿わない料理を出し、ルセットに手を加えたから退学にした。そんな鈍間には鈍間な料理人がお似合いだと思って託したんだよ。おう、任せろーー」

 

 

 というか、ちょっと待て。

 今、こいつどさくさに紛れて俺に料理を手伝わせやがった。有り得ねえ。エリンギを薄くスライスして大きければ半分の長さに切り、しめじは石突きを切り落としてバラす。玉ねぎは1cm幅のくし切りにする。豚肉を一口大に切っていく。日向子と一緒に料理作るのは何年ぶりだろうな、昔を思い出すぜ。でもな、アホ日向子よ。俺もまだガキ共全員の皿を作り終わったわけじゃねえんだよ。

 

「ちっ、手伝うのはここまでだ。俺もまだ全部作り終わったわけじゃねえ」

 

「えー、四ノ宮先輩のケチ。アホ、ナルシスト」

 

「殺す」

 

 まぁ、実際は田所みたいな思いやりのある優しい料理を作る奴は日向子のような料理人に育ててもらうことで才能が開花すると思ったから託したまでだ。後はお前次第だ、田所。

 

 

 

 

 

 宿泊研修、最後のプログラム。

 遠月学園の卒業生達の料理で組んだフルコース。こんな素晴らしい料理のフルコースを味わえるなんて幸せだな。四ノ宮シェフが作ったズッキーニのグラチネ、しかもこれはオリジナルさを加えているものだ。ズッキーニを重ねてミルフィーユ仕立てに、ソースもジュド・オマールベースで仕上げられている。最高峰の料理人が全力で作った最高の皿だ。どこにも停滞なんて見られない、活気づいている。

 あの時に緋沙子と一緒に作ったシカと根セロリのアッシェ・パルマンティエのおかげかもしれないな。薬膳料理を極めた緋沙子だからこそ完成させられた料理だ。料理は人に色々なものを与えてくれる、停滞を抜け出すきっかけになってくれて良かったと思う。俺もこの研修で料理人としての自分にまだまだ足りないものが色々見つかったし、良い経験になった。

 

 ロッシとの行なう食戟までにはまだまだ日はあるだろうからそれまではひたすらに努力するしかないな。お嬢に振り回されるのは慣れてるから別に差し支えとかないし、さすがにいきなり海外に行くとかたまに突拍子もないこと言い出す時はさすがに焦りもするけど気負いすぎてロッシとの食戟でやらかすなんて真似しないようにリラックスしていこう。

 

「お嬢、ちょっとガッツリ食べ過ぎじゃないすか。それ俺の分ですよ」

 

「あら。私のものは私のもの、リョウくんのものは私のものよ」

 

「どこのジャイアンですかそれ」

 

 相変わらずお嬢は料理食べる時は緩みきっちゃって可愛らしくなる。食べる姿を見てて俺まで幸せになる。これが従者としての素直な気持ちなんだろうな。俺がこの先、いつかーー遠月学園の頂点を獲る時が来たらお嬢はどう思うんだろう。素直に喜んでくれるだろうか。お嬢はなんだかんだで頑固で泣き虫で意地っ張りだから俺が自分の先に行っちゃったと思ったら泣き出しそうな気がする。いや今はそんなことを考えるのはやめとくか、こんなに美味しい料理がまだ食べられるんだから。あっ、お嬢また俺の分まで食べやがった。

 

「もうアリスったら、黒木場くん全然食べてないじゃない。私の分、はいどうぞ。あーん」

 

「あーん」

 

「やめてよね、えりな!! 私のリョウくんを餌付けしないで!!」

 

 え、餌付けって従者からペットに昇格したのか降格したのかよく分からないな。あっ、これは水原シェフの作った炙りホタテのカルパッチョか。このソース、なかなかだな。ニンニクとわさびがマッチしてる。後から水原シェフにでもソースの作り方を教わりたいとこだが、ジト目でお嬢がこっち見てるからまたいつか機会があったら教えてもらうことにするか。

 

 充実した宿泊研修だった。

 

 




読んでいただきありがとうございます( ᵕᴗᵕ )


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閑話

本編に入る前に閑話を書きました(*・ω・)葉山くん視点のお話となります。中等部時代の葉山くんと黒木場くんです。アンケートにて回答していただいた方々ありがとうございました(๑•∀•๑)この作品で息してないキャラも順次出てきますのでお待ちいただければ嬉しいです(´˘`*)


 

 

 

 

 

 中等部二年の春。

 食の魔王の異名を持つとされる薙切一族の一人とその付き人が中等部に編入してきた。薙切アリスと黒木場リョウ。俺からすればただの金持ちの権力者の娘さんと、それに纒わり付く金魚の糞程度の認識だった。ご主人様の下につくような奴に遠月学園の頂点を目指すなんていう大層な志しなんかあるわけもない。ハッキリ言えば虫ほどにも興味が無かった。

 そんなある日のこと。俺はいつも通り放課後に潤の元に向かっていた時、ある光景が目に入った。黒木場と榊が調理実習室で黙々と料理をしているようだった。窓際から微かに匂いが漏れてくる、この香りはハリッサだ。唐辛子等から作る北アフリカ発祥の万能調味料。ハリッサの辛味は比較的マイルドで香りが高く、さらに甘みがあるので単調になりがちな料理に少し加えるとアクセントになって食べ飽きなくなる。

 

「……ハリッサを使うなんてな」

 

 ハリッサを使うなんて珍しい。眼中にすらなかったのに少しだけ気になった俺は窓際から黒木場の作る料理を覗くのと同時に全身に衝撃が走った。黒木場が使っているハリッサは市販とかで売ってる物じゃない、自分で作った物。青唐辛子、にんにく、コリアンダーシード、クミン、キャラウェイシード、塩、オリーブオイルから作られたハリッサとはなかなか考えつかない。

 

「あっ、葉山くんじゃない」

 

「ん? どうしたんだよ、そんな所で。暇なら今から作る料理の味見でもしていけよ」

 

「あ、あぁ」

 

 今を思えばこれが黒木場リョウという一人の料理人を知る良い機会だったかもしれない。招かれるままに調理実習室へと入ると、様々なスパイスの香りで満たされていたので驚いた。まさか潤と俺以外にもスパイスにこだわりを持つ奴がいるなんてな。どうやら、ただの金魚の糞ではないらしい。それにしてもなんで榊までいるんだ、確か塩麹を使った料理を得意としているはずだが。まさか、この二人付き合ってるのか。なんか邪魔してるようで気が引けてきた。

 

「なんか勘違いしてるようだから言っておくけどよ、榊とは付き合ってねえぞ。塩麹を使う料理なら榊の得意分野だって聞いたから手伝ってもらってる」

 

「そうそう、でも最初は驚いたのよね。付き人っていうから料理人としてはそんなに力入れてないとか思って侮ってたけど……」

 

 付き合ってなかったのか。

 というか、それよりも初対面の相手に料理手伝ってもらうとかコミュ力高過ぎるだろうよ。薙切家の付き人って皆がこんな感じなのか、いや新戸緋沙子とかいう薙切えりなの付き人は堅そうな奴だからコイツは例外みたいなもんだな。

 

「何の料理作るつもりなんだよ。言っておくが塩麹とハリッサを使う料理なんて味が出鱈目になるくらい普通の料理人なら分かるはずだろ」

 

「……榊。こいつ性格悪いって言われてねぇか」

 

「残念ながら言われてないわね。葉山くん、黒木場くんが今から作るのはクスクスを使った料理よ。さっきまで色々な料理を試してみたけど、私的には意外と美味しいって思ったけど黒木場くんが納得いかないらしくてね。一応、食材もこれでラストなのよ」

 

 クスクス。

 小麦粉から作る粒状の粉食。発祥地の北アフリカから中東にかけての地域とそれらの地域から伝わったフランス、イタリアなどのヨーロッパ、およびブラジルなど世界の広い地域で食べられている。大体の料理人は自分の得意分野が必ずある。目の前の榊にしろ、潤にしろ自分自身に合った料理を作るが黒木場リョウのジャンルが分からない。クスクスを使った料理に塩麹を使うだと、まったくもって理解が出来ないぜ。こいつは料理のジャンルに捉われない。色々な料理を作って試すのは分かる、料理人として自分の料理を完成させるために試作を作り続けるのは。でもよ、当てはまらない料理にスパイスをいくらぶち込んでも結果は目に見えてるはずだ。

 

「ジャンルに縛られると料理人としての視野は狭くなる。食べてもらいたい相手に、ただ美味しかったって言ってもらうより笑顔で美味しかったって言ってもらえる方がこっちも嬉しいだろ」

 

 黒木場はそう言うと同時に目付きが変わる。冷蔵庫から取り出したのは鳥の手羽先だ、ハリッサと塩麹で漬け置きしておいたものだな。いや違うな、ヨーグルトも混ぜ合わせてあったのか。

 

 

 

 

 

 玉ネギは四つのくし切りにし、ズッキーニは両端を切り落として厚さ1.5cmの輪切りにし、大根、ニンジンは皮を剥いて短冊切りにする。ナスはヘタを取って大きめの乱切りにしていく。流れるような動作だ、まるで無駄がない。深めのフライパンにオリーブ油を入れて中火にかけ、先程の鳥の手羽先を投入して焼き色がつくまで焼く。玉ネギ、ズッキーニ、大根、ニンジン、ナスを加え、玉ネギが少し透き通るまで炒めていく。さらに、砂糖、トマトペースト、ハリサ、カレー粉、水、塩コショウ、オリーブ油を加えてフライパンに蓋をして強火にする。吹きこぼれそうになったら火を弱めて十五分煮込み、塩コショウで味を調える。

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだな。

 学生のレベルじゃねえぞ、これは。遠月学園には遠月十傑なんていう奴らがいる。いずれはそいつ等を倒して学園の頂点に立つのが目標だが、同年代なのにこんな奴がいるなんて思いもしなかった。一切無駄がない動き、冷静な判断力、寝かせておいた鳥の手羽先は塩麹、ハリッサ、ヨーグルトを充分に漬け込まれていたのを考えると適当に今まで料理をしていたわけじゃない。本気で料理を完成させようと考えた上でやっていたんだ。

 煮込んでいる間にボウルにクスクス、沸騰させたお湯を加えてよく混ぜ合わせ、クスクスが水分を吸収するまで少し時間をおき、水分がなくなったらオリーブ油を回しかけて全体を混ぜる。最後の盛り付けで料理はーー完成か。

 

「完成だぜ食ってみな。葉山、榊」

 

 くっ。皿を見るだけで美味しいのが分かる。

 一口頬張るとトマトソースの深みと漬け込まれていた鳥の手羽先の塩麹とハリッサ、ヨーグルトがまろやかさとピリ辛さが口の中に広がって素晴らしい味わい深さが俺の身体を喜ばす。こんなに美味くて味わい深い料理なんて食べたことがない。まぐれでこの料理が美味しかったわけじゃないだろうな、この料理の前まで試作していた料理も美味しかったかもしれない。それでも目の前の料理人は納得せずに料理を作り続けたんだろう。

 

「美味しい……こんなに美味しい料理は初めて食べたぜ」

 

「塩麹とハリッサが絶妙なバランスで保ってる!! ヨーグルトを加えたことによってピリ辛さと甘みの両方が活かされてるわね!!」

 

 こんなに美味しい料理を作る奴が誰かの下につくとは思えない、何か理由があって下についているのか。

 

「黒木場、ちょっと聞いていいか。お前ほどの料理の腕を持つ奴がなんで薙切なんかに仕えてるんだよ」

 

「……口の利き方には気を付けろよ、葉山。俺は薙切に仕えてるんじゃない、薙切アリスお嬢に仕えてるんだ。毎日、荒くれ者相手に料理を振る舞う日々、失敗は許されない厨房は戦場と化す。追い出されれば生きていく術すら無くなる毎日から、お嬢に拾ってもらったんだ」

 

 なるほどな。

 こいつも色々事情があったようだ。俺が潤に拾ってもらって生きていく術を学んだように、この男は薙切アリスに拾ってもらって生きていく術を学んだ。後はもう分かる、俺が遠月学園の頂点を目指すようにこいつの目標も同じものだろうな。今の時点では圧倒的に俺の負けだ、実力的にも考えも全てが負けてる。荒くれ者相手に料理を振る舞ってきたことを考えても幼少の頃からもう現場で闘ってきたんだな、俺はその頃は何も出来ないガキだった。

 

「すまない。ハリッサを扱うとこを見ると、もしかしてスパイスの扱いにも心得があるのか? あるなら俺に料理人としての扱い方を教えてほしい。潤の役に立つにも俺の目標のためにも、必要なことなんだ」

 

「多少は心得ているつもりだ。そっちの時間さえあればいいぜ」

 

 黒木場リョウ。

 遠月学園の頂点に立つためにはまずお前を倒す必要があるようだ。俺が強くなるためにも学べることは学ばせてもらう。

 

「あーーっ!! リョウくん見つけたわっ!! 探したのよ、もうっ!! あら、葉山くんに榊さん、ごきげんよう」

 

「げっ……お嬢」

 

 しばらくの間、学ばせてもらうぜ師匠(・・)

 

 




次話より本編に入ります(๑•̀ㅁ•́ฅ✧


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夏休み編
二十話 秋の選抜、選ばれし者


秋の選抜前、夏休み編が始まります。選抜メンバーの過ごす夏休みが語られていきます( 。•̀_•́。)ではどうぞっ


 

 

 

 

 一年生の合宿から数ヶ月後、終業式当日。

 十傑評議会により〝秋の選抜〟のテーマ、開催概要を具体的に議論していき、選抜メンバーは一年生六百二十八名のうち合宿での成績や将来性を考慮して百名以上の候補が抽出される。そこからさらに十傑評議会による絞り込みでは六十名決まった。その中でも秋の選抜、優勝候補筆頭として黒木場リョウの名が上がり、俺は思わず目を剥いて奴の合宿での成績を見ると開いた口が塞がらなかった。ゲスト講師全ての評価が最高レベル、課題の朝食の新メニュー試作では四百九十八食を達成している。今年の一年生は総帥が玉の世代と評していたが、こいつは群を抜いてるぞ。駄目だ、ロッシでは勝てるわけがない。

 

「黒木場だけでも手詰まりだっていうのに……幸平創真、あの野郎……!!」

 

 唐揚げ専門店、もず屋。

 京都に本店を構えて関西全域に展開するもず屋。全日本からあげ競技会で三年連続金賞獲得という史上初の偉業を達成し、今年も受賞は間違い無しといわれている。今の勢いなら、さらに金になると思った俺はもず屋の東京進出をプロデュース・プランニングした。しかしとんだ邪魔が入っちまった、幸平創真という一年生。六月の僅かな連休で潰れかけた商店街をすみれ印の唐揚げロールという新鮮味溢れた面白い品で見事に立て直してみせた。

 その手腕は見事なもので、俺の下につくなら邪魔して経歴に傷をつけたことは水に流してやろうと思ったがあいつは職人気質を振りかざしてチンケな店にこだわり、誘いを蹴りやがった。秋の選抜で消すのは黒木場リョウだけじゃねえ、幸平創真、あいつも必ず消す。俺は全ての料理人を従える者だ、あいつらとは見ているステージが違う。

 

「ちっ……幸平創真は美作昴で処理するしかないか。黒木場リョウは……不味いな」

 

「お呼びですか、叡山先輩」

 

「ああ、よく来たなロッシ。黒木場リョウの今までの食戟での公式記録を渡しておく。あいつがお前相手に作る料理の傾向を美作のトレースで絞らせる、秋の選抜でのお題も先に教えておくから対策を練っておけ」

 

「なっ……そんなものがなくとも僕のイタリア料理が負けるとは思えませんが」

 

「馬鹿かよオメーは。合宿での成績が本当なら遠月十傑に匹敵するほどの実力だ。新戸緋沙子を追い出したいんだろ? 確実に倒すには念を入れないといけねぇ。分かったならさっさと資料持っていけ」

 

 俺の言葉にロッシは不服そうな面をして資料を片手に去っていく。料理人としてのプライドや誇りなんか関係ねぇ。幸平創真は最悪、仕方ないから見逃すとしても黒木場リョウは絶対に消さないと経歴に傷どころじゃなくなる。もず屋はまだ日本国内程度で話が終わるが、薊の野郎は世界で活躍している料理人だ。店を潰した件を公にされたら今後の活動が非常にやりづらくなるし、十傑評議会にも居られるかはわからなくなる。

 

「秋の選抜、優勝候補筆頭……なんでまたそんな奴を薊は学園から消そうと考えるんだか謎だ。少し調べてみるかーー」

 

 知っておいて損することはないだろ。薙切アリスの付き人やっているくらいだから薙切薊との接点を持っていてもおかしくはない。合宿での成績は十傑にすら匹敵するほど、薙切えりな以上の実力の持ち主だ。俺でも食戟して無事ではいられねえ。幸平創真なら確実に仕留められるだろうが、得体の知れない料理人ほど恐ろしいものはない。勝負っていうのは情報量が多い、たくさんの知識を持っている奴が勝つんだ。

 だからこそ調べる。黒木場リョウから何も出ないなら薙切薊を調べればいい。あいつは確かに情報操作では一枚上手のようだが、過去の情報全てにまで手は回らないだろ。黒木場リョウをなぜ消そうとするのか分かれば状況も少しくらい有利に働くかもしれねぇ。

 

 

 

 

 秋の選抜、出場者の発表。

 えりな嬢に呼び出されたお嬢と俺は大体の予想がついていた。大方、呼び出されるということは秋の選抜の出場者に選ばれたということだろう。えりな嬢のことだから自分の友達が選ばれたことに関して凄く嬉しくて激励したいとかそういうことなのか。

 いやさすがにえりな嬢も遠月十傑の一人だからそこまでは子供じみてはいないよ。日々、神の舌を持つえりな嬢は一流のレストランや料亭での味見の仕事などもしているため、普段は一緒にいるようでなかなか時間も取れなかったりしててお嬢と遊びたくても遊べなくてションボリしてるらしい。

 

「アリス、黒木場くん。あなた達を呼んだのには大体の想像がついてるとは思う。今日は従姉妹と大切な友人二人が秋の選抜の出場者に選ばれたの。アリス、緋沙子、黒木場くん……お祝いでもしましょう!! 今日から三日間ほど予定空けててね、アリスと緋沙子と一緒に旅行でもどうかなって……もちろん黒木場くんもよ!?」

 

「ふぅん……えりながわざわざ呼び出すなんてまさかとは思っていたけど。実際に言われてみると照れくさいわねっ。しかも旅行なんて合宿以来ね」

 

「……えりな様。だからスケジュール調整を頼んでいたんですね、なんてお優しい……」

 

 やっぱり、秋の選抜の出場者に選ばれたか。

 ロッシとの食戟は恐らくというか確実に秋の選抜でぶつかることを考えれば絶対に夏休みは無駄には出来ない。あんまり深く考え過ぎてもいけねえから、旅行で息抜きでもして後から考えていくか。お題がなんにせよ、俺がやることは変わらない。お客さんに笑顔で美味しい、そんな風に言ってもらえる料理を作るだけだ。

 ちょっと待てよ。緋沙子が居れば俺がいる必要もあまりないと思うんだよな、秘書のように華麗になんでもこなしちゃうから天真爛漫で自由なお嬢も制御してくれそうだし。逆に俺がいるとガラの悪そうな奴と喧嘩おっ始めそうになるからいいことない気がする。

 

「女水入らずで旅行に行ったらどうですか? 俺は秋の選抜のお題に向けて試作でもして過ごしますし」

 

「「「却下」」」

 

 却下されたぜ。

 

 

「とりあえず、旅行の前にアリスと黒木場くんにも秋の選抜について少し説明することがあるわ。AとBに分けられた各ブロック30名ずつで予選が行われるの、その各ブロックの上位の選手が本戦トーナメントの出場権を得る。ちなみに私は秋の選抜を運営する立場にあるから選抜に出ることは出来ないわ。この秋の選抜は特別なもの……現在の十傑メンバーの殆どが本戦への出場した経験を持っているのーー」

 

 

 つまりは次代の十傑は俺たちの誰かから選ばれるというわけか。六十名の中から何人が選ばれるのやら。俺は料理人としてはまだまだ学ぶべきことがたくさんある、遠月十傑を倒して学園の頂点を獲るにはまだ研鑽を積むべきだ。今、目の前にいるえりな嬢もいつかは倒す日が来るかもしれないがまだその時ではない。今は秋の選抜の予選突破とロッシとの食戟に備えて刃を磨く時だ。

 必殺料理を出す時が秋の選抜であるだろうか。あの料理を出すのは絶対に倒さなければいけない相手のみだ。過去に戦った薙切薊、あいつを仕留められなかったけど今の俺はあの日から成長しているはずだ。料理経験だってかなり積んだだろう。油断もしないし、慢心もしない。前に進むには努力を怠ってはいけねえ。

 

「秋の選抜の頂点は俺が獲ります。お嬢や緋沙子にも渡す気はないっすから」

 

「リョウくん……駄犬の癖に生意気よっ」

 

 秋の選抜の頂点は誰にも渡さない。

 

 




読んでいただきありがとうございます( *´꒳`*)


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二十一話 動き出す影

遅くなりました(´・ω・`;)待ってた方いましたらごめんなさい。


 

 

 

 

 

 

 微に入り細を穿つ。

 黒木場リョウ、神の舌を持つ薙切えりなの従姉妹である薙切アリスの付き人。日本人でありながら北欧生まれ。物心がつく前から北欧にある港町のレストランの厨房に立つ。薙切アリスとの出会いも港町のレストランがきっかけ。両親のことは一切知らずに育つ。料理の得意分野は大衆料理と海鮮料理、他のジャンルも多々極めているため苦手なジャンルはない。海鮮料理を極めたことに納得はいくが、大衆料理をどこで学んだのかは不明。いくら黒木場リョウになりきり、イメージしても大衆料理を学んだところが思い浮かばない。こんなことは今までなかった、俺にさえトレース出来ない奴がいるなんてなぁ。

 幼少の頃から厨房に立っていれば料理人としてのプライドは必然的に高くなっていくはずだが、黒木場は違う。料理人としてのプライドは皆無、食べる相手のことを思って料理を作る。その信念はただ、客に笑顔で美味しいと言ってもらえる品を作る。港町のレストランの厨房に立ち、料理一つで全てをねじ伏せるのとは全く逆の考え。その場に合う料理を出す技量、現場への対応力、料理人としての資質が並外れているからこそ成せる業。いくら天性の才を持っていても現場への対応力や料理そのものの〝味〟を知っているなんていうのは長年、料理人として現場に立ち続けたからこそ身に付くもんじゃねぇのか。一見見ればすげぇ料理人だとは思うが、蓋を開けば謎が多い料理人。

 

「黒木場よぉ……前々からお前に興味はあったが、まさかこんな形で周到なる追跡をするハメになるなんてなァ、思いもしなかったぜェ」

 

 中等部時代は眼中にもなかった。

 付き人なんてやってるような奴の底なんてたかが知れてる。実際、黒木場の中等部時代はあまり目立つことはなかった。課題に出された料理を無難にこなす程度だったのが印象に残っていたが、スパイスの申し子とまで評される葉山アキラが一時期、教えを乞いてたというのを聞いた時は驚いたもんだ。スパイスの扱いに長けていて、料理人としての腕前も他の奴らとは群を抜いてるような奴が他の料理人から教えを乞うなんざ思いもしねぇ。

 

「――だがなァ、俺の周到なる追跡からは逃れられねぇ。作る品は伊勢海老のフレンチカレーだろう? 秋の選抜で作る料理の予想なんざお手の物、どれ試食だ……」

 

 

 海老の燃えるような赤に鮮やかな黄色のサフランライスとの対比が美しく、繊細な盛り付け方で豪快な調理とは全く別物。料理を様々な観点から楽しませてくれるぜぇ。甲殻類の殻を漉して作るフランス料理のソース、アメリケーヌ・ソース。そしてより深い香りが付加できる高級品種であるナポレオン級のコニャックを使っている。コニャックの香りがカレーを引き立てて食欲をそそらせちまう。このコニャックと海老味噌をすすってから、サフランライスとともに頬張ると海老の濃厚な味わいが増して旨味が口の中に広がる。これほどにすげぇ料理を作れる奴なんざなかなかいねぇ。それどころか――。

 

「まだイメージにズレがあるようだなァ。黒木場という料理人を表現しきれてねぇ……時間がかかりそうだ」

 

 そもそもあいつがこの料理を作るとは限らない。いくらイメージを修正、模倣しても必ず穴がある。いや、これは穴なんかじゃねぇ。確実とはいえねぇがこれは経験の差だ。あいつがプロの料理人として厨房に立っていた時、俺は何をしていたんだっけか。まだ包丁を握ってからまだそんなに時間が経っていなかった時か。あの頃はまだ家族とも仲が良かったんだっけか。今は思い出に浸ってる場合なんかじゃねぇ。やべぇよ、黒木場リョウ。俺はもっとお前のことが知りたくなっちまった。料理人としての知識、技術。とても同世代なんかとは思えねぇ。

 確か黒木場は今日から薙切えりな達と旅行にでかける予定だったはずだァ。行き先は確か山梨県だったっけか。待っててくれよォ、黒木場。俺は今からお前のとこに行くぜぇ。叡山先輩からは幸平創真を潰すように秋の選抜を進めろって言われてはいるけどよぉ、こいつを潰す方が面白そうじゃねぇか。完璧にトレースするまでにかなり時間はかかる、今までの料理人達に費やした時間なんざ比にならない。

 

「行く前に作ったカレーはきちんと食べきらねぇとなぁ」

 

 待ってろよォ、黒木場。

 

 

 

 

 真夏の日差しは暑い。

 炎天下の中、山梨県で俺はお嬢達の荷物を乗せたリヤカーを頭が痛くなりそうなくらいの長い坂道を汗水流して一生懸命に引いていた。今回の旅行にはなぜか薙切家の護衛や運転手はつけなかったらしく、学生ならではの旅行を楽しんでみたいと言い放ったお嬢の提案の元にえりな嬢や緋沙子は同意してこのようになった。普段はえりな嬢やお嬢の二人で外出する際にはいつも冷や汗を流しながら護衛のプロ、送り迎えする運転手は己が死んででもえりな嬢やお嬢を守らなければという覚悟を決めている運転手にも、たまには心休まる連休があってもバチは当たらないかもしれないと俺は思った。

 荷物持ちが俺なのは十分に承知してることだけどリヤカー引いてまで運ぶ荷物ってなんだ。もはや荷物ですらない物も混じってる。お嬢の作る最先端化学料理に必要な機材、スチームコンベクションオーブンに凍結粉砕機。旅行先でまで料理を作る姿勢は料理人の鑑といえるけど、そこまでして旅行先で最先端化学料理をしなければいけないのか。いやお嬢だって秋の選抜に向けて時間が惜しいからこそ機材の持ち出しをしようって決めたんだろうから絶対に運ばねぇといけない。

 

 

「お嬢達の居る旅館まであともう少しだ」

 

 緋沙子も手伝ってくれるとは言ってくれたけど、流石に女子にリヤカー引っ張るのを手伝ってもらうなんて恥ずかしい気がしたので遠慮して先に行ってもらった。一応、俺にも男としてのプライドはある。

 

「――ふぅ、疲れちゃいましたぁ」

 

 不意に背後から若い女の小さく漏らす声が聞こえた。見てみると桃色の髪が印象的で顔立ちが整っていてとても可愛く、お嬢やえりな嬢に匹敵すほどだ。この炎天下であんな華奢で線が細そうな女があんな大量に買い込んだ袋を幾つも腕に下げていれば流石に辛いだろうな。

 

「それ重そうっすね」

 

 女の持っている袋から覗く大量の野菜や卵。明らかに家で使うような量には見えない。いくら家庭用冷蔵庫が最新の物を使っていたとしても限度があるし、厨房にある冷蔵庫なんかとはわけが違う。これくらいの量を買うのは俺もよくあることだ、料理の試作をする時。一度や二度で料理は完成しない。料理は何度も何度も失敗を繰り返してようやく完成するもの。だとすればこの女は料理人かもしれない。いやいや考えすぎだろうな、こんなに華奢でか弱そうな女が料理人だなんて。でもなんかどこかで見たことがあるような気が、テレビとか雑誌以外にも見覚えが――。

 

「凄く、重いですぅ。でもあともう少し頑張ればなんとか……」

 

「通る道が一緒なら途中まで運ぶっすよ」

 

「えっ本当ですかっ? じゃあ遠慮なく!!」

 

「いやいや、ちげぇよ。野菜じゃなくてアンタをリヤカーに乗せたりなんかしたら……坂道から落ちる、だろうがあああぁ!!?」

 

 腹にくい込むリヤカーの持ち手。

 一瞬にして坂道から転がり落ちていった。

 





|ョω・`)最後までお読みいただき感謝です。


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二十二話 卒業生との出会い

|ョω・`)更新遅くてごめんなさい。



 

 

 

 洋食専門店、春果亭。

 遠月学園八十九期卒業生の木久知園果先輩の城だ。元・遠月十傑ということもあってか、料理人としての腕が全てを物語っている。卒業してからたったの二年弱で自分だけの城を構えるなんていうのは早々出来るもんじゃない。俺だって前世じゃ草や根っこかじったり、ひもじい思いしてでも貯金して五年でようやく城を持つことが出来た。

 遠月学園を卒業しただけあって、やはり遠月のブランド力という目に見えない力が働いているのかっていうくだらないことを考えながら頭に包帯を巻いてもらっていた。包帯なんか自分でも巻けるが、元・遠月十傑の一人に包帯巻いてもらうなんてこの先に二度とないだろうから木久知先輩の罪悪感か優しさに甘えることにしよう。今日は定休日のようで店内には人が一人もいない。

 

「あははっ。まさか、遠月学園の子がこんな所に来てるなんて思いもしませんでしたっ」

 

「俺もこんな所に来てまで元・十傑の一人に物理的に殺られるなんて思いもしなかったっすよ。木久知先輩、今日は定休日みたいっすけど一人で試作ですか?」

 

「……面目ないです。今日は一人で新メニューの試作するって前々から決めてあったんですよっ。普段は忙しくて睡眠時間を削ってでも試作しようとしてもなかなか時間が取れなかったりしますからね」

 

 木久知先輩の気持ちは凄く分かる。

 俺が大衆食堂を営んでた時も忙しくて目が回る日々で試作にまで手が回らなくて、よく店に泊まったりしてたっけな。店内の灯り消してあるし、外に出してる看板にも閉店の文字出してあるはずなのに客がドア叩いて飯を出せって言ってきたのは今となっては良い思い出だ。

 ん。木久知先輩の目元に少しクマが出来てるし、疲労が目に見える。真夏の炎天下であんなに汗かいてたら試作を始めてもすぐにバテてしまう。ここはまず先に試作するよりもちゃんとした料理を食べてもらった方が良いだろ。試作するのに時間はいくらあっても足りないくらいだろうし、手早く作らせてもらうか。こんな時は緋沙子から習った薬膳料理の出番になる。

 

「木久知先輩、忙しいからって睡眠時間を削るのは分かりますけど食事まで雑にしてたら身体が持たないっすよ。試作に使う食材と厨房、少し借りてもいいすか?」

 

「え? あっはい。どうぞ。私、睡眠時間削ってるのは言いましたけど食事まで雑にしてるのは言ってなかったはずなのに……」

 

「目の下にクマ出来てるっす。元・十傑の方の口に合うのかは分からないけど、手早く美味しくて身体に良いもん作るんでちょっと休んでてください」

 

 

 試作に使われる食材から手早く作れる薬膳料理はナスをベースにしたスープ料理、夏野菜のポタージュ・黒木場風だ。俺も夜に試作を隠れてやろうと思って焼き網を持って来てたはずだから、ソレを使うか。まずは下準備だーーーーナスは焼き網にのせ、強火で表面が真っ黒になるまで焼く。粗熱が取れたら皮をむいてヘタを切り落とし、2~3等分に切る。

 

 ここでナスの焼き加減を間違うと、もうこの料理はダメになっちまうから慎重にいかないとな。茄子を食べることによって得られる効能には少し身体を冷す作用、水毒を改善する作用がある。また、胃腸の状態を整える作用もあったりするから今の木久知先輩にはぴったりともいえる。

 

 オクラは分量外の塩で板ずりしてから、たっぷりの熱湯でゆでて水に取り、粗熱が取れたら水気を拭き取る。ヘタを切り落として、5mm幅に切る。プチトマトはヘタを取って4等分に切り、玉ネギは薄切りにする。ベーコンは1cm幅に切り、フライパンに入れて弱火でじっくりカリカリになるまで焼く。

 

 これで下準備は終わりだ。ナスをベースに、スープはスープでもポタージュ。ドロっとさせた濃いスープに仕上げる。鍋にバター、玉ネギを入れて弱火でしんなりするまで炒めていく。途中に水、塩を加えて5分ほど煮る。粗熱を取る。ミキサーに先程まで煮たスープとナス、牛乳を入れて攪拌し、網を通しながら鍋に入れる。仕上げだぜ、中火にかけて煮たつ直前で火を止めて粉チーズを加える。最後は塩コショウで味を調える。少し冷ましてから器によそってオクラ、プチトマト、ベーコンを添えて完成だ。

 

「よし。出来上がりだ。夏野菜のポタージュ・黒木場風、召し上がれ……!!」

 

 早くお嬢達のとこに行かないと怒られそうだ。

 

 

 

 

 

 夏野菜のポタージュ・黒木場風。

 真っ白なポタージュの上に添えられたオクラ、プチトマト、ベーコンが色鮮やかで綺麗。料理はまずは見た目の美しさも問われるもので遠月学園の学生だけあってきちんと分かってますねっ。でもそれだけじゃない、この一つの品を食べる前から黒木場くんの調理を見ていましたけど、今の遠月十傑がどれほどのレベルなのかは私には分からないけど当時の十傑レベルは確実にありますね。実際は食べてみないことには何も始まりませんし、一口いただいてみましょうっ。

 

「……はむっ。私の身体を気遣ってくれたんですね? 夏野菜のポタージュという料理を薬膳料理として作るなんていう子はなかなかいません。凄くまろやかで心が落ち着く味ですっ。十傑にも匹敵します、黒木場くんは十傑だったりするんですか?」

 

「第一席目指してますけど、まだ十傑入りすらしてないっすね」

 

 お、美味しい。こんなに優しくて心が落ち着く味を出せるのにまだ十傑入りしていないなんて、驚きです。一朝一夕で作れるような料理ではないのは分かってしまいます。一人の料理人が試作を重ねてようやく自分だけの味に納得してお客さんに食べてもらって笑顔になってもらう、そのためだけに作るような品。ここまでの料理に至るには自分にとって大切なものを理解している料理人のみが作れるはずなのに、学生で既にソレを理解しているなんて。

 

 でも、最近の私はお店の経営に忙しくてお客さんのことを考えていたかなんて聞かれたら困ってしまいます。全然、考えてすらいなくて恥ずかしいです。私はお客さんの笑顔を見たくて洋食を極めてきたのに気付いたら今はコストパフォーマンスを考えたり、美味しさよりもお店の売上に考えがいってたり大切なものを忘れかけてました。身体を気遣って相手を笑顔にする料理を作る。優しくて心が落ち着く料理を作る料理人は今の遠月学園にどれくらいいるのか気になってしまいますね。

 

「黒木場くん、こんなに美味しい料理を作ってくれてありがとうございますっ。私からも怪我をさせた謝罪と美味しい料理を作ってくれたお礼の意味を込めて試作を一品食べていただきたいです」

 

 黒木場くんのおかけで目が覚めたかもしれないです。売上ばかりに目がいっていては良い料理も作れないに決まってます。料理は人を笑顔にするもの、だからこそ今目の前で素晴らしい料理を作ってくれたのにお礼をしないわけにはいきませんよねっ。遠月学園の後輩に教えてもらったんだから。

 

「うす、元・十傑の料理……是非食べてみたいっす」

 

「ふふっ。任せてくださいねっ」

 

 卒業した先輩として一つでも何かを教えたいです。

 

 




|ョω・`)最後まで読んでいただきありがとうございますっ。


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二十三話 不穏な動き

あけましておめでとうございます。
昨年から書き始め、この作品も多くの方に支えられて何とか今まで続けて来れました。感謝の気持ちでいっぱいです(*’ω’*)本当にありがとうございます。今年度もよろしくお願い致します( ᵕᴗᵕ )


 

 

 

 

 私の試作料理はかぼちゃとにんじんのキッシュ。

 夏野菜を使った新メニューのために色々考えてようやく頭の中でのイメージが纏まったので今日作ろうと思っていた品です。イメージと実際の調理では多少の誤差が出てくるでしょうけど、そこは後輩のためだと思えば頑張れちゃいますっ。かぼちゃの種とわたを取って厚さ5mmの薄切りにして幅4cmに切る。にんじんは皮を剥いてから、縦4つ割りにして横に厚さ4mmに切っていく。ささ身は筋を取り、幅1.5cmのそぎ切りにし、塩、こしょう各少々をふる。

 ボールに卵を割りほぐして、生クリームと牛乳を加えて混ぜ、塩、こしょう各少々を加えて卵液を作る。ここで混ぜ過ぎず混ぜなさ過ぎずを意識しないと味が変わってしまいますからよく注意しないといけないですね。

 

「ーー作る品はキッシュっすね」

 

「ええ、そうです。キッシュは卵とクリームを使って作るフランス、アルザス=ロレーヌ地方の郷土料理で、地中海沿岸の地域でも一般的な料理です。パイ生地・タルト生地で作った器の中に、卵、生クリーム、ひき肉やアスパラガスなど野菜を加えて熟成したグリュイエールチーズなどをたっぷりのせオーブンで焼き上げた一品。ロレーヌ風キッシュではクリームとベーコンを加えたり、ナッツ類を加える場合もあります」

 

 かぼちゃとにんじんを一緒に沸騰させた熱湯に入れ、3分茹でてから水けをきる。フライパンにサラダ油を中火で熱してからささ身を入れて、焼き色がつくまでじっくり焼いていきます。さらにかぼちゃとにんじんを加えて全体に油が回るまで炒めて、炒め終わったら、耐熱の器にかぼちゃ、にんじん、ささ身を並べて卵液を注いでオーブントースターで様子をみながら13~15分焼いていく。

 焼き加減の具合でこの料理は決まりますから絶対に間違えられませんね。いくら試作とはいえ、手を抜くなど後輩には失礼ですから。元・遠月十傑の料理を黒木場くん、あなたに味わってもらいますよ。よし、焼き色がついてきたからアルミホイルをかぶせないといけないっ。

 

「私の試作のキッシュは夏野菜を使っているから、普通のキッシュとはひと味違いますから期待してください!」

 

「その季節に合った食材……なるほど」

 

「かぼちゃとにんじんのキッシュの完成、お召し上がりくださいっ」

 

 美味しいって言ってもらえたら嬉しいですっ。

 

 

 

 

 

 

「かぼちゃとにんじんのキッシュの完成、お召し上がりくださいっ」 

 

 三角に切り分けられたキッシュ。香ばしく、食べなくても分かってしまうほどに美味いというのを感じる。試作でこの一品というのは本当に恐ろしいものを感じてしまう。キッシュに手をつけ、一口頬張るとかぼちゃとにんじんの甘さが口の中に広がり、こんがり焼かれたささ身は火を通していても固くなくて柔らかくしっとりした味わいが甘さと非常に合って凄く美味しい。

 

「凄く美味しいっす、木久知先輩。これで試作なんていうのは恐ろしさを感じるほどに」

 

「え、えぇ?? ありがとうございますっ。別に恐ろしいなんて思わないと思うんですけど……私より先に卒業している先輩方の方が恐ろしいかなって」

 

「確かに恐ろしいっていう点では同意っす。薙切薊とかは別の意味は恐ろしかったですけど」

 

 皿に気持ちが乗っていない。

 料理人として魂も込められずに作られた皿は死んでいるも同然、それなのに味は美味しい。無機質な料理と言わざるをえない。食べると薊の顔が脳内に自然と浮かび、料理からは何も感じない。

 料理には料理人の顔が見れるというけど、薊の奴は違う。当時の俺が必殺料理を作り、薊は俺に合わせる形で同じジャンルの料理を作った上で相討ちに終わるという不甲斐ない結果だった。

 

 薊が作った皿と宿泊研修で食べたOB達のフルコース、木久知先輩のキッシュには明確な違いがある。料理に対する温度差。正確には熱量の違いというべきか、美食のみを料理界に必要とし、他の美食に及ばぬ料理は全て塵芥だと言いきるほどの冷めた考え。

 料理というのは失敗を繰り返し、試行錯誤の上で皿に気持ちを乗せてようやく料理が完成される。そんな料理達を否定しうるものなど料理人としては断じて有り得ない。

 

「薙切、薊先輩……ですか。最近は富裕層のみで構成された閉鎖的コミュニティの活動等やアメリカに本部を置いて南アジア、中近東に進出までしてるって堂島先輩が言ってましたね。黒木場くん薙切先輩との面識が?」

 

「昔にちょっと色々と」

 

「……日本で活動している遠月卒業生の元・十傑の一部に堂島先輩から薙切先輩の動きには気を付けるように言われてます。何やら、日本の各地で活動している卒業生に対して不穏な動きがあるとかって」

 

「不穏な動き……?」

 

「薙切先輩から私には声が掛かっていないので不穏な動きの中身までは分からないんですけど、十傑にもそれぞれ自分達の料理に思想や理念は必ずあります、その中でも美食に拘りを持つ十傑に声を掛けているんだとか」

 

 美食に拘りを持つ十傑。

 嫌な予感しかしない。元・十傑達に声を掛けているなんてな。遠月卒業生の中でも十傑はより高い料理の腕を持つ者達、そんな人達に声を掛けているなんて状況的に結構やばい気がする。

 過去に薊との料理対決をした際に洗脳や虐待ともいえる英才教育を途中で止めさせ、結果的に薙切家から追放された時点で今後に何かしらの影響が出るのは分かっていた。でもまさか、今になって影響が出るなんて。

 

「薙切先輩が何かを仕掛けて来ようとも、堂島さんを筆頭に日本各地の卒業生が対処しますから遠月学園で料理を学ぶあなた達に影響が及ばないように私達も努力はしますからっ。お店を少しの間空けてでもなんとかしちゃいますっ、後輩達の道を切り拓くのも先駆者の役目、ですからね」

 

「……木久知先輩。卒業生が対処しようとも結局は学園内で何かあった場合の先に動くのは現十傑評議会っすよね。もし今の十傑が薊の考えに賛同して学園そのものが変わる、ということになったらどうすればいいんすか?」

 

「えっ。今の十傑が薙切先輩の考えに賛同……そこまで考えてませんでした……。十傑が何かを決める際は過半数以上の承認が必要不可欠、そうなった場合にひっくり返す方法は実質的に不可能に近いです。まぁ、不可能には近いですけどーー十傑の座を奪えばまだ方法はありますけどね」

 

 十傑の座、か。

 

 

 

 

「ねぇ、アリス。黒木場くん少し遅すぎじゃない?」

 

「ん〜……そうね。やっぱり一人であの量の荷物をリヤカーで運んでもらうのには限度があったのかもしれないわ」

 

 旅館。

 えりな様やアリスお嬢が黒木場くんの心配というか別の感情が見える気がするのは気のせい、なのかな。明らかにあの量の荷物をリヤカーで運ばせるなんて許容範囲過ぎてますなんて言えなかった。許してくださいね、私はいつでも黒木場くんの味方です。

 私達が秋の選抜に出場することが決まってから、えりな様の表情がいつもより明るいように見える。これも黒木場くんのおかげかもしれない。私の料理は彼に影響を受けたもの、アリスお嬢は出会った時からすでに影響を受けて今の実力を持っているし。

 

「えりな様、アリスお嬢、黒木場くんを探して来てもよろしいですか? 時間も時間ですし」

 

「そうね、ちょっと様子見て来てくれる?」

 

「仕方ないわね、駄犬のリョウくんたら」

 

 

 お許しも貰えたし、黒木場くんを探しに行かないと。旅館までは一本道だから時間を考えると、あの長い坂を越えていてもおかしくはないはずなんだけどーー。

 

 




いつも評価・感想・誤字報告していただき、ありがとうございます( ᵕᴗᵕ )まだまだ未熟者ですが精一杯精進致しますのでよろしくお願い致します(´^ω^`)


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二十四話 嫉妬

かなり更新が遅れまして申し訳ないです(´・×・`)許してくださいね。


 

 

 

 

 

 

 

 季節に合わせた食材を活かす。

 料理人としては至極当たり前なことでも、実際に料理を作ると食材の旨みや苦味、長所や短所を活かすことが非常に難しい。後になって木久知先輩から聞いたら、頭の中で料理のイメージが纏まったからで今日作ろうと思っていた品だったそうだ。

 頭の中での料理のイメージと実際の調理では多少の誤差は出てくるもの、それを木久知先輩は頑張ってなんとかしてみせたらしい。世の中にはどんなに努力をしても越えられない壁が存在する。木久知先輩のように天才でありながら努力を怠らない人、才能がなくてもひたすら努力を積み重ねる人。俺は後者の部類に入るのは自覚しているし、だからこそ努力は怠らない。

 

 木久知先輩のように料理のイメージを実際の調理中に修正し直していくのは長年ずっと料理をし続けてきた料理人達だって到達するのにどれくらいの時間がかかるかは分からない。

 俺だって過去と比べてようやくその域に達したのは中学に上がってからだと考えると大衆食堂を経営してからどれくらいの日数が経っているのか、いや考えるのはよしておこう。憂鬱な気分になるだけだ。

 

「黒木場くん!! やっと見つけましたよ!!」

 

「えっ、緋沙子?? ということはお嬢達はカンカンに怒って、ついには緋沙子を迎えによこしたのか?」

 

「いえ、怒ってはないですけど……遅くて呆れてるって感じです。まったく、今まで何やってたんですか」

 

「いやー旅館に向かう道中で遠月学園の卒業生とバッタリ会ったもんだから色々話し込んでたら遅くなっててさ、悪気はないんだよ。ごめんな」

 

 お嬢達に多少呆れられようとも、遠月学園の卒業生に会ったおかげで得るものは大きかった。料理でも、他のことでも。薙切薊の話についてはお嬢達には伏せておくとしよう。現在の遠月十傑にえりな嬢が名を連ねていても、あの父親に関する話はあまり聞きたくはないだろうし。

 それに全国の卒業生が動くなら最悪の事態だって免れるかもしれない。俺に出来ることは遠月十傑に名を連ねること、あくまでも学園の頂点をとるのが目標だから中継地点である十傑には早々と名を連ねさせてもらう。

 

「遠月学園の卒業生、ですか」

 

「え? なんで真顔なんだ」

 

「鼻の下伸ばしてるので、さぞかし可愛かったんでしょうね。私は先に旅館に戻ってますのでごゆっくり戻ってきてください。えりな様達にはちゃんと伝えておきますので」

 

 いや、待ってくれよ緋沙子。

 可愛い人だったけど鼻の下なんか伸ばしてないから。

 

 

 

 

 

 

 秋の選抜のお題はカレー。

 カレーというジャンルにおいてはスパイスは必須だ。どの料理でも香りが重要とされるが、一番際立つといってもいいのがカレーだろう。今年の秋の選抜に選ばれたのはもちろん、カレーというジャンルがお題に出されるなんてますます運が良いな俺は。

 

 潤のために戦い、秋の選抜は絶対に優勝してみせる。それが少しでも潤の恩に報いることになるなら、なんだってするぜ。カレーを作る上で唯一、危険だと思う奴はたった一人しかいない。黒木場リョウ、あいつを倒さない限りは秋の選抜の優勝は出来ない。

 

「なあ、潤」

 

「ん? どうしたの、葉山くん。改まっちゃって」

 

「黒木場と俺、どっちが料理人としてーー」

 

「黒木場くんだね」

 

 スパイスの調合をしながらこっちを見向きもしないで断言する潤。分かってはいたことだけに面と向かってすら言われないとか少しは傷付くぞ、いくら俺でも。一時期、黒木場に教えを乞いていた時。詰め込めきれないほどの知識量を持っていることに驚きの連続。

 いつの間にか潤とスパイスの話をして、ついにはついていけないほどの口論までし始めていた時はもう黙っているしかなかった。だがあの時とは違う。今となっては内容だってちゃんと分かるし、自分でも成長しているのが実感出来てる。

 

「おいおい、潤。俺だってずっと今まで努力をし続けてきたつもりだぜ? 嗅覚だって昔とは比にならないほど洗練されてるしーー」

 

「うん。わかってるつもりだよ、葉山くん。誰よりもキミが努力してきてたのは私がちゃんと見てたから」

 

「それなら……」

 

「中学の時点で黒木場くんのスパイスに対する知識、料理人としての腕は同年代の子達ですら比べものにならないものだったの。まるで長い間ずっと料理人として料理と向き合ってきたかのような感じで、とても中学生とは思えない。もちろん、今の葉山くんは昔とは違うよ。スパイスの知識量や料理の腕でまだ劣っていても、勝てる可能性はあるし。それは嗅覚……それが最大の武器になる、総合力で見るより絶対的に嗅覚だけは黒木場くんに勝ってるんだからね」

 

 俺の前に立ちはだかる大きな壁。越えなければいけない壁。黒木場からは多くのことを学び、潤ほどではないにしろ、恩義は感じてる。

 アイツのおかげで多くを知れた。潤だけではこの嗅覚をさらなる高みへと昇らせることは出来なかった。料理人としてのプライドより好奇心が勝ち、教えを乞うなんて潤以来だった。誰よりも黒木場の実力を俺は認めてる。

 

「ふっ……嗅覚に関しては遠月学園で俺が最高のレベルに達してるだろうな。潤のせいでやる気が削がれたと思ったら、急にやる気が湧いてきたぜ」

 

「別に削ぐつもりはなかったんだよっ!? でもやる気出してくれたならよかった」

 

 秋の選抜、絶対に勝ち上がってみせる。

 

 

 

 

 

 

 「遅いわよ、リョウくん。緋沙子から聞いたんだけど遠月学園の可愛い卒業生に鼻の下を伸ばして遅くなったらしいじゃない?? どういうことなの」

 

 目から光が消えたお嬢。

 表情のなくなった瞳で俺を射抜く。今までお嬢と一緒に多くの時間を過ごしてきたが、今日ほど恐ろしいと思った日はない。えりな嬢や緋沙子の突き刺さるような視線も辛い。

 

「えっと……」

 

「駄犬、おすわり」

 

「うす」

 

 畳の上で正座。

 俺は木久知先輩とやましい事は一切していないつもりだ。ただ、料理を披露して先輩の新メニューの試作を食べたり情報をもらったりしただけだ。秋の選抜のお題のカレーへのヒントも手に入れた。

 断じて俺は何もしてない。木久知先輩は普段のお嬢やえりな嬢、緋沙子とはまた違った可愛さはあったし。でもそんな事を考えてる時点で俺はやましいのか。

 

「お嬢、えりな嬢、緋沙子。弁解をさせてほしいです」

 

「なによ」

 

「ん?」

 

「なんですか」

 

 ここで使う言葉を間違えたら場が修羅と化すのは俺でも分かる。慎重に言葉を選ばないと不味い。どうする、本当のことを言うべきか。下手に嘘をつくより本当のことを言った方がいいに決まってる。

 お嬢は鈍感だけど嘘には敏感だし、えりな嬢は鈍感で嘘にも疎い純情の持ち主、緋沙子は俺の口から何を吐いても疑い以外の何の感情も抱かないだろうな。女って怖い生き物だ。

 

「確かに、遠月の卒業生である木久知先輩に会ったのも事実。そこでわずかな時間であったけど今後の俺の糧になるものを得たんです。ただ偶然にも木久知先輩の可愛さが普段見慣れているお嬢、えりな嬢、緋沙子の可愛さとはまた別なものだったので新鮮だったんですよ」

 

「へぇ。リョウくんたら、いつからそんなに偉くなったの? 私の従者なんだから私だけを見てればいいの」

 

「くっ、黒木場くん。可愛いなんて……ハレンチなっ!!」

 

「そうやってお嬢様達を騙そうとしても私の目は誤魔化せませんよ」

 

 どうやら本当のことを話してもお嬢と緋沙子には効果がなかったようだ。えりな嬢だけが顔を真っ赤にして悶えてる。残りの二人の背後には修羅が見えるのは気のせいだろうか。気のせいじゃないだろうな。ああ、無理やりでも旅行に行かなければよかったと考えるのは俺だけだろうか。

 

 誰か、助けてくれ。

 

 



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二十五話 進むためのきっかけ

今日も寒いですね:(´◦ω◦`):皆さんもインフルにはお気をつけ下さい


 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに、夢を見た。

 田所が極星寮に背を向けて別れも告げずに寂しく去っていく夢。宿泊研修で田所がクビを言い渡された時、何も出来なかった無力な俺。もしもの可能性とかたまに考えたりはするけど今は今だ。

 過去ばかりを見ていても何も始まるわけじゃないよな。田所だって今の俺を見れば悲しむに決まってるし。そうと考えれば秋の選抜に向けてカレー作り、始めないとな。

 

「……まだ朝の4時か。 あー、確かほとんど皆居ないんだっけ。居るのは一色先輩とふみ緒さんだけ。厨房は使い放題だな」

 

 材料も昨日のうちに買いだめしておいたから色々試してみたかった。親父の紹介してくれたスパイスに詳しい後輩の人には、ただ殴られただけで得るものは何もなかったし。基本的なカレーを作っても秋の選抜に出てくる連中には太刀打ち出来ないかもしれないから、どのスパイスを使うとか迷うぜ。

 こういう時こそ、黒木場に色々教わりたかったんだけど旅行に行ってちゃアドバイスとか貰えるわけないし。どのジャンルの料理にも精通してて学園全体の食の上流階級意識はない。ないというか、俺みたいな庶民に近い感覚持ってて料理の経験と発想を大事にする昔気質な料理人っていう感じがカッコいいよな。

 

「朝から精が出るね、創真くん」

 

「一色先輩!? 朝起きるの早いっすね。もしかして畑の手入れですか?」

 

「うん。毎日手入れしたり、お話をしたりしないと良いものも育たなくなってしまうからね。そういえば昨日、創真くん宛に封筒が届いてたんだけど渡しそびれてたから今渡しておくよ」

 

 四ノ宮シェフからの手紙。

 一色先輩の表情が一瞬強ばった。優しい先輩のことだから渡すのを戸惑ったのが分かる。一色先輩は宿泊研修から帰ってきた俺達を温かく迎えてくれたのと同時に田所のことを誰よりも悲しんでた。その場には居合わせられず、何もすることが出来なかったって。

 そんな先輩が田所を学園から追い出した相手のことを何とも思わなかったはずがない。確かに、あの場で田所がクビを言い渡された状況も一人でなら完璧な対処法だった。でも複数の調理を仮定した場合は判断ミスとしか言いようがなかった。

 

「四ノ宮シェフからの手紙は確かに渡したよ。じゃあ僕は畑の手入れに行ってくるね」

 

「……先輩は、手紙の内容が気にならないんすか?」

 

「気になるけど、手紙は創真くん宛だ。何が書かれていても僕が何か行動を起こすつもりはないよ」

 

 先輩の裸エプロン姿がいつも以上に眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 そろそろ手紙が届いた頃だな。

 宿泊研修で俺にタテついたのは幸平創真、アイツだけだった。あのままの勢いだと卒業生を相手に食戟を挑んで来たかもしれねぇ。あの馬鹿無鉄砲さは正直に言うと嫌いじゃねえんだよな。大切な仲間を守ろうと身を挺するなんて今時のガキ共には無理だとすら思ってたが違った。

 あの幸平を見てると黒木場も思い出すぜ。両者ともに似たタイプの料理人だ。最近の遠月学園は食の上流階級とも言わんばかりに金持ちが名を馳せるために入学し、レベルを落とさんとも考えていたがあの二人は違う。

 

 料理人としての地盤を作った上で更なる飛躍をしようと頑張っている。料理人としての経験と発想を大切にし、新しい料理を作っていく。俺としては理想の料理人の考えだ。だからこそあいつらには停滞なんかしてもらっちゃ困る。

 幸平には少しタイミングが悪かったのかもしれねえな。俺の手紙を見て破り捨てるか、行動に移すかのどちら。俺は後者の行動に移すのを信じてるけどな。

 

「どうしたんですか、四ノ宮シェフ。珍しくボーッとしちゃって」

 

「少し考え事をしててな。なぁ、自分を傷付けられた相手に手紙を渡されたりすればお前ならどうする?」

 

「読まないで破り捨てますね」

 

「そうか……」

 

 チッ、失敗した。

 手紙なんざ書くよりも電話で伝えるとか、人づてに伝えるとかもっと他に方法があったじゃねえかよ。俺は馬鹿かよ、クソが。今まで人の気持ちを考えないで行動してきた分、人として大切な感情を失ってるぜ。

 

「でもーーそれが先に進むために必要な手紙なら絶対に読みますけどね」

 

「先に進むため、か……」

 

 幸平、どうするかはお前が考えろよ。

 

 

 

 

 

 

 四ノ宮シェフの手紙。

 それは宿泊研修に触れないような当たり障りがない手紙だった。それでも気になったのは最後の文章。田所の件、悪かったな。気になるなら霧のやを訪ねてみるといい。ほとんど殴り書きだった。あの件は四ノ宮シェフは講師としては正しい判断だった、それは疑う余地がない。俺がまだまだ子供で田所を助けたいって思って行動しただけなのに。四ノ宮シェフは気にしてくれていた。

 霧のや、というと乾日向子先輩が女将をしている日本料理店だったっけ。なんで霧のやを訪ねてみるといいんだろう、田所の何の関係があるだとか今は考えなくてもいいよな。考えるより行動した方がいいし。

 

「とりあえず極星寮には置き手紙だけ置いてきたし、忘れものは特にないよな。四ノ宮シェフの手紙もテーブルに置いてきたから一色先輩やふみ緒さんも読むだろうし。ってもう大分日が昇ってきたけど」

 

 田所の涙が忘れられない。あれからずっと進めないでいた。停滞っていうのかは分からないけど何の料理を作っても何も感じない。寮を訪ねてきた親父にも今のお前と料理対決をしても何の意味もないって呆れられるくらいに手につかなかった。

 

「あっ、一色先輩からメール来た。気を付けていっておいでって……本当の極星寮の聖母って一色先輩のことじゃねえのかな」

 

 極星寮の皆は本当に優しいし、強い。そんな皆だからこそ遠月学園を一緒に卒業したかった。先に進むにはきっかけが必要な気がする。これが必要な、きっかけだと俺は思う。霧のやで何か得られるもんがあるなら得たい。

 何も得ず、先に進めないなんてかっこ悪いし。皆と一緒に先に進みたい。極星寮の皆と人数を欠けずに。田所だって遠月学園から去っても極星寮の一人だ。

 

「霧のやまであともう少しだな……やっぱり卒業生が持つ日本料理店だから、こうなんか凄いんだろうなあ。どんな料理があるんだろ。っていうかいきなり訪ねてもいいもんなのかな」

 

 霧のやが見えてきたの同時に人影が見える。つい最近まで見慣れていた人影だ。朝早く起きて一色先輩と一緒に畑作業をしたり、皆の分の朝食をふみ緒さんと一緒に作ったり、料理の才能はないからと誰よりも努力していた奴を俺は知ってる。遠月学園から去っていいような奴じゃないんだよ、クビなんか言い渡されていいような奴じゃないんだ。

 努力しているから少しは誇ってもいいのに誰よりも臆病で自信を持てずに肝心の本番で慌てたりするような奴だからこそ報われるべきだ、料理人としてもっともっと輝くのはこれからっていう時に居なくなってしまったことが悲しくてたまらない。

 

「っ……」

 

 影ながら応援していた。いつも極星寮の皆が見えない所で努力しているのを、皆が知っている。だから応援したくなる。俺は編入生だけど、日頃から一緒だった吉野や榊は誰よりも努力家なのを知っているから、分からない課題や料理の分からないとこを教えあったりしていたんだろうな。人から好かれるものを持っていたのは事実だ。それが無意識っていうのはある意味で才能だ。それを煙たがる奴はいるだろうけどさ。

 

 四ノ宮シェフの手紙の意味をたった今、俺は理解出来た。もしかして手紙の内容を一色先輩は理解していたのかもしれない。後輩を温かく見守るのは先輩らしい。もしかしたら、俺よりも来たかったかもしれない。見慣れた人影に近付くにつれて、なんて声を掛けるか迷う。

 

「……たっ、田所ー!! 久しぶりだなっ!!」

 

「ほぇっ!? そ、創真くんっ!?」

 

 久しぶりに見たその笑顔は輝いてた。

 

 

 




最後まで読んでくださり感謝です(*^^*)


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秋の選抜編
二十六話 何の為に戦う


夏休み編と秋の選抜編の二つを投稿していきます。そのため、更新の度に話数の表示に変化はありますが内容は変わりませんのでご了承ください( *・ω・)アンケートにてお答えくださりました方々、ありがとうございます(*’ω’*)感謝します


 

 

 

 

 

 

 

 第四十三回、秋の選抜料理大会。

 

 現在の十傑メンバーはその殆どが選抜の本戦へと出場した経験を持っている。つまり、次代の十傑は秋の選抜の中から生まれる。お嬢に出会い拾ってくれた恩に報いるためにも俺はこの学園の頂点を獲る。その手始めには秋の選抜で優勝することが十傑の座に近づく一歩でもある。

 この秋の選抜は俺にとってはまた別の戦いの舞台でもあり、ジュリオ・ロッシ・早乙女をぶちのめす必要がある。食戟のタイミングはあちらに任せてある以上は選抜の予選を突破する自信があると見える。タイミングとしては本戦になるはず、緋紗子を侮辱し泣かした罪は重いぞロッシ。

 

「リョウくん。怖い顔してるわよ、どーせロッシくんのことを考えてるんだろうけど」

 

「いつから俺の心を読めるようになったんですか、お嬢」

 

「今日の秋の選抜料理大会には私も出るんだし、えりなは運営側だから出ないけど緋紗子だっている。油断ならない多くの料理人達を相手に隙を見せてはいけなくってよ」

 

 あくまでも俺の目的は秋の選抜の優勝であってロッシ一人をぶちのめすだけにおさまらない。この舞台には幸平創真や葉山アキラの二人もいるからには絶対に予選で落ちるような料理人達ではない。極星寮の面子は誰もが素晴らしい料理人だし、伊武崎や丸井、吉野に榊がいる。油断や隙なんて見せられない。

 

『ーーご来場の皆様、長らくお待たせ致しました。会場前方のステージにご注目下さい。開会の挨拶を当学園、総帥より申し上げます』

 

『うむ……当会場は月天の間、本来は十傑同士の食戟のみで使用を許される場所。歴代の第一席獲得者へ敬意を込めて肖像を掲げるのも伝統となっている。この場所では数々の名勝負と数々の必殺料理が生まれた……だからこそから漂っているのだ、歴戦を生き抜いた料理人達の斗いの記憶が。そして秋の選抜の本戦はこの場所で行われる。諸君がここにまた新たな歴史を刻むのだ、再びこの場所で会おうぞ!! 遠月学園、第九十二期生の料理人達よ!!』

 

 薙切仙左衛門の開会の挨拶が終わるのと同時に会場内に響く大歓声。諸君がここにまた新たな歴史を刻むのだ、と言われて料理人なら興奮しない奴はいないだろうな。次にここに来るのは選抜の予選を突破した後だ。一瞬たりとも気は抜くなよ俺。

 

『ーー続きまして、予選のルール説明に説明に移ります。基本のレギュレーションは書簡でお伝えした通り、テーマはカレー料理になります。食材は会場内に用意された物、もしくは持参した物の使用も可となります。制限時間は三時間。通過人数には関しましては予選出場者六十名の中から本戦に進めるのはーー合計八名』

 

 つまりは各ブロック、AブロックとBブロックから四名ずつということになる。六十名から一気に八名まで絞る。さらにこの中から頂点に立つのは一名。第九十二期生、玉の世代と称される以上は多くの料理人達が凄まじい実力を持つんだろう。中には料理が凄まじくても性格まではどうにもならない奴らが混じっているのも確かだ。

 

『出場者は速やかにA・Bそれぞれの会場へ移動してください。今から約一時間後、十一時より予選を開始致します』

 

「お互いに頑張りましょうね、リョウくん。高等部に上がった時のあの台詞は忘れてないんだからっ。遠月学園の頂点を獲るつもりなら、この舞台で一番をとれなかったら承知しませんからね」

 

「うす。仮にお嬢が相手でも全力で叩き潰すんで」

 

「ふんっ、リョウくんのくせに生意気なんだからっ」

 

 

 お嬢の小さくなっていく背中を見送る。

 ふと、視線を感じた。身体を視線の先へと向けると下卑た笑みを浮かべるジュリオ・ロッシ・早乙女の姿。

 

 

「やあ、薙切アリスの犬。体調はいかがかな?」

 

「テメェの面を見たらやる気がみなぎって絶好調だぜ」

 

「それは良かった。体調不良なんかで本気を出せなかったとか、後からほざかれても気分が悪いからな。お互いに全力を出そうじゃないか。食戟の話はお互いに本戦に出てからだ。わざわざ己の退学を賭ける価値が新戸緋紗子にはあるのか、甚だ疑問に思うよ。あの程度の料理人なんざーー」

 

「黙れ。これ以上の戯言は聞く耳は持たねえ。料理人なら料理で語れ。緋紗子には俺の退学を賭ける価値は充分にある、陰ながら努力の日々を見てきたからな。徹夜なんでザラにしていて自分の主のために健気な姿勢。料理人としての器自体、テメェと違う。友達のために身体を張れねえ奴なんざ男じゃねえ。それにテメェは知らねえだろうが、緋紗子はえりな嬢のために泣いてやれる女だ。自分には顔向けできないと、無力だと感じたあの日(・・・)から歩み続けたんだ。テメェは誰のために料理を作るんだ、分からねえで料理を作るような奴には一生、緋紗子どころか俺にすら勝てねえよ」

 

 屑には死んでも負けねえ。

 

 

 

 

 

 

 黒木場くん。

 秋の選抜料理大会というタイミングでロッシくんとの食戟を行なうなんて正気の沙汰とは私は思えなかった。えりな様やアリスお嬢は黒木場くんなら大丈夫って常々言っていたけれど二人も本心ではとても心配なはず。今回の選抜の予選に向けて研鑽を積んできたけど、黒木場くんはさらにロッシくんとの食戟も頭の中に入れた上で試作なんかしていたら疲労が蓄積されていざ本番ともなると大丈夫なのかと心配になってしまう。

 

 本来なら私がロッシくんと食戟を行なって自分の薬膳料理はえりな様の傍に居てこそ輝くものだと証明しなければいけなかったのに。黒木場くんの優しさに私は甘えてしまった。

 黒木場くん一人にロッシくんとの食戟を任せて自分だけは秋の選抜に専念するなんてことは絶対に出来ない。黒木場くんに一言でもいいから謝りたい。予選開始までの一時間より謝りの一言を伝える方が重要に決まってる。

 

 多くの生徒達が一斉に走り出している中で、黒木場くんとロッシくんの姿が見えた。

 

 

『ーーそれは良かった。体調不良なんかで本気を出せなかったとか、後からほざかれても気分が悪いからな。お互いに全力を出そうじゃないか。食戟の話はお互いに本戦に出てからだ。わざわざ己の退学を賭ける価値が新戸緋紗子にはあるのか、甚だ疑問に思うよ。あの程度の料理人なんざーー』

 

 ロッシくんの下卑た笑みが見える。

 確かにその通りだった。私にはわざわざ黒木場くんが自分の退学を賭けてまで食戟を行なう価値なんかない。黒木場くんのように凄い料理人が、もしもロッシくんに負けた時のことを考えると罪悪感で胸がいっぱいになってしまう。

 

『黙れ。これ以上の戯言は聞く耳は持たねえ。料理人なら料理で語れ。緋紗子には俺の退学を賭ける価値は充分にある、陰ながら努力の日々を見てきたからな。徹夜なんでザラにしていて自分の主のために健気な姿勢。料理人としての器自体、テメェと違う。友達のために身体を張れねえ奴なんざ男じゃねえ。それにテメェは知らねえだろうが、緋紗子はえりな嬢のために泣いてやれる女だ。自分には顔向けできないと、無力だと感じたあの日(・・・)から歩み続けたんだ。テメェは誰のために料理を作るんだ、分からねえで料理を作るような奴には一生、緋紗子どころか俺にすら勝てねえよ』

 

 泣きたくないのに。

 自然と涙が出てくる。私は黒木場くんのように強くなりたくて薬膳料理を極めようと思った。結果的にそれがえりな様の体調管理に役立てられるようになって凄く嬉しかった。えりな様のために作る薬膳料理。そのきっかけはある一人の料理人。

 えりな様のお父様の凶行を小さかった頃の私には止めることなんか叶わなかった。えりな様に顔向けなんか出来ないし、自分の無力さを痛いほど痛感した。あの日、一人の小さな料理人が戦う術を教えてくれた。料理で人を救えるということを。

 

 もはや何も言うまいと私は黒木場くんとロッシくんから背を向けた。

 

 黒木場くんに謝ったりしたら、この戦いに水を刺すことになる。

 

 頑張ってーー黒木場くん。

 

 

 




最後まで読んでくださりありがとうございます(*^^)


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二十七話 ブリ大根のスープカレー

大変長らくお待たせしてしました(。_。*)感想やメッセからもたくさんのお言葉ありがとうございます。本格的な闘いは次話になるのかな( ˙꒳​˙ )心理描写難しい…


 

 

 

 

 

 

『調理……開始ッ!!』

 

 午前十一時、予選Aブロック会場。

 両ブロックの審査員達は海千山千のプロが作る料理を毎日相手にしている、この世の美食を貪り尽くした連中。味に対する経験値は一般人とは絶対的に違う。そんな相手を前に俺が作る品はブリ大根のスープカレーだ。

 ブリは青魚の中でも最も栄養のある魚の一つ、良質なタンパク質とビタミンB1、B2、D、Eが豊富に含まれている。悪玉コレステロールを低下させ動脈硬化予防にも効果があり、また、鉄分も豊富だから貧血予防効果もある。大根にはアミラーゼやジアスターゼなどの消化酵素が豊富に含まれていて胃腸の働きを活性化するとともに胸焼けや胃酸過多などに効果的だ。

 

 俺にはえりな嬢の神の舌や葉山のような天性の嗅覚にその場のアイディア一つで料理をまとめあげる程のスキルはない。だからこそ下地を積んできた大衆料理人としての技術と北欧の港町での荒くれ者達を相手にたくさんの料理を作ってきた。この品は日本食のブリ大根とは全く違うが、ブリの旨みとだしにあっさりとした大根、そしてスパイスの奥深い香りが一番合う一品。なんとしてでも予選通過してロッシを倒す。

 

「ーー黒木場」

 

「なんだよ、葉山」

 

「俺はこの料理大会で潤と俺のコンビは最強だってことを証明する。そのためには誰にも負けるわけにはいかねぇ。たとえ、お前が相手でもな」

 

「……俺にばっか意識を向けてると、意外ととんでもないとこに伏兵が潜んでるかもしれねえぞ」

 

「どういう意味だ?」

 

「さあな、これから分かると思うぜ」

 

 

 人のことは俺も言えないけどな。

 現時点でスパイスの扱いに関しては一年生、いや学園で一番ともいえる葉山が同じブロックにも関わらず、ロッシの事が頭を過るようじゃ目の前のことに集中出来てないな。

 さて、仕込みといくか。ブリを水洗いしてキッチンペーパーで水気をしっかりとふき取って、塩をまぶす。10分~15分程たつと表面に水分がでてくるから再度キッチンペーパーで水気をふきとり、一口サイズより大きめにカットする。ここで小さくカットすると煮崩れてしまうので大きめにカットする必要がある。そして、ターメリックを少々まぶして優しく揉みこみ下味をつけるぜ。これで魚の表面にある臭みの原因を取り除くための重要な仕込み工程は終わった。

 次に大根を一口サイズの乱切りにし、玉ねぎは繊維に沿って千切りにする。しょうがを包丁の腹でつぶしてから細かく切ってみじん切りに。トマトは調理中につぶれてしまうので大きさがバラバラな粗みじん切りで大丈夫。

 

 魚と野菜の仕込みは完了、次はスープカレーのホールスパイスのテンパリングだ。先にアジョワンシード、カルダモン、クミンシード、クローブ、シナモンホール、フェヌグリークシード、フェンネルシード、ベイリーフ、マスタードシードをミックスさせておく。

 鍋にサラダ油を大さじ2入れて中火で温めてクミンシードを2粒程入れておき、ふつふつとなってきたら中火と弱火の中間に火力を落とす。そしてホールスパイスを全量入れてじっくりテンパリング開始していく。

 スパイスの成分をサラダ油に移すためにヘラで優しく混ぜたり鍋を少しゆすったり、鍋を斜めに傾けて炎の真上で温める。しばらくするとカルダモンとクローブが膨れ、マスタードシードがパチパチとはじけてフェヌグリークシードが茶色に変わりスパイスの香りがしてきたらカレーリーフを小さじ約2投入し、テンパリングの完了だ。

 

 鍋に玉ねぎの千切りを加え、最初は強めの中火で焦がさないように良く混ぜながら炒めていく。少し色が変わってきたら中火と弱火の中間ぐらいにして、このタイミングでしょうがのみじん切りを加える。火加減を調整しながら玉ねぎから出る水分をしっかり飛ばす。

 

「よし、いい感じだ。ここまでの出来は完璧ーー」

 

 待ってろよ、強者達。

 

 

 

 

 

 

 ついに始まった秋の選抜予選。

 遠月十傑の一人、第九席の薙切えりなとして秋の選抜を運営する側としての責務は全うするつもりだけれど、やはりどうしても気になってしまうわね。黒木場くんがどんな料理を作るのか。

 黒木場くんはスパイスの扱いにも長けてるって前にアリスは言っていた、一体彼はどれだけの料理の引き出しを持っているというの。

 

「あれ? 薙切くん、仕事は片付いたから新戸くんの応援でもするのかと思っていたんだけど」

「一色さん……ちょっと彼の料理が気になりまして」

 

「彼、というと黒木場くんかい。たまに極星寮に遊びに来ていたよ。料理人としては非常に面白い逸材といえるね」

 

「えっ? 極星寮に遊びに行ってたりしてたんですか、黒木場くん」

 

「うん。遊びに来るというよりは学びに来ていたの方が正しい表現かもしれない。おっと、僕はBブロック会場に向かわないと……失礼するよ」

 

 

 神出鬼没なのね。

 色んなところに料理を学びに行っているなんて。普通なら、どの料理人も自分の得意料理にはプライドがあるものだから簡単には教えないと思ってたんだけど。黒木場くんの人柄の良さがあるからこそなのかしら。

 そういえば、黒木場くんは私からは料理を学びに来たことは一度もないわね。なんでかしら、私だと何か不服だというの、うう、気になる。

 

「……ん、彼が取り出したのはブリということは得意分野である海鮮を生かしたものに……いや違うわね」

 

 ブリ大根のスープカレー、ってとこかしら。黒木場くんの腕ならどんな料理でも美味しいっては思えるんだろうけど今回は美食を貪り尽くしてきた審査員がほとんど。

 その方々に出す品がブリ大根のスープカレーともなると見栄えに華がなく、幸平くんと同じとはまではいかないけど大衆料理のジャンルに含まれるんじゃないかしら。大丈夫なの、黒木場くん。

 

 

 

 

 

 

「次はーー」

 

 玉ねぎを炒め終わったら、強めの中火にしてトマトの粗みじん切りを加える。焦がさないように混ぜ、トマトをつぶしながらしばらく炒め煮してトマトの水気を飛ばす。その後に弱火に戻してパウダースパイスと塩を小さじ約1強とケチャップを小さじ1加えて粉っぽさが無くなるまで炒め煮していく。これでしばらくして全体にとろみがついたらベースソースの完成。

 仕込んでおいたブリをフライパンで素揚げしないとな。中火で温めたフライパンに大さじ4~5のサラダ油を入れて皮の面からカラッと焼くように揚げる。きつね色になったらフライパンからあげてクッキングペーパーで余分な脂をふき取る。

 

「仕上げだ!!」

 

 ベースソースの鍋の火を中火にし、仕込んでおいた乱切りの大根を投入してベースソースと良く絡め、大根が少し透明になってきたらお湯3.5カップ程度を様子を見ながら加え、蓋をして5分程たったら大根の火の通りを確認。

 7割方火が通っていれば、素揚げしたブリを投入して強めの弱火で煮込む。絶妙に香ばしい香りだぜ。5分程煮込んだら俺特製のガラムマサラを小さじ1/4加えて更に5分程煮込み、ブリに火が通っているのを確認したら完成だ。後は皿にご飯と共に盛り付ければ。

 

「ブリ大根のスープカレーの完成だ。さあ、勝負といこうじゃねえか」

 

 

 




最後まで呼んでいただき感謝です‎( ⸝⸝⸝•́‎ω•̀⸝⸝⸝)ペコリ


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二十八話 越えるべき壁

食戟のソーマの作品て少ないですよね( ´'ω'` )もっと作品増えてくれたらなって思いながら書いてます(*`・ω・´)


 

 

 

 

 ハウスビー食品の創業者の孫として生を受けた私は双子の妹である、おりえと共に後にレトルトカレー界最大のヒット商品であるカレーのプリンスのパッケージ出演をきっかけにカレー業界へと足を踏み入れた。私とおりえはやがて同社のトップへと登り詰め、今や年間二千億円と言われる日本のカレービジネス市場に君臨するカレーの女王と呼ばれるにまで至った。

 そんな私に遠月の学生といえど、ろくにスパイスたるものが何たるかを理解せずに退屈なカレー料理を出してみなさい。その時点で今後何があろうとも絶対にカレー料理に携わることは断じて許さないわ。

 

「叡山クンの一押しは誰なの?」

 

「んん……そうですねぇ、一押しというのは難しいですがその実力を見極めたい男が二人ほどいます。あちらに見える赤いバンダナをつけた彼と白いハチマキを巻いた少年です」

 

「ふぅん。赤いバンダナの子は盛り付けを見る限りでは魚を使ったカレーのようね。もう一人の子はーーさっきまで野菜やスパイスと米を一緒にカレーを煮込んでたとこを見るとカレーのリゾットってとこかしら」

 

 遠目からしか分からないけど、ただの料理人では無さそうね。叡山クンは見た目はこんなナリをしていても人を見る目は養われているから期待をしても良さそう。カレーに関しては一切の妥協は許さないけれど、あの二人に関してはスパイスをきちんと理解してそうじゃない。

 

「なつめ嬢、あともう一人いましたよ。今大会の予選のお題に沿う男が」

 

「あら……誰かしら」

 

「奥の方に見える銀髪の少年です。神の舌と並ぶかは分かりませんが、天性の嗅覚を持っていましてスパイスの扱いには非常に長けています」

 

「……っ。それを先に言ってくれないとダメじゃない、叡山クン」

 

 銀髪の彼、何処かで見たことがあるわね。汐見ゼミの汐見教授の助手をやっている子だったかしら。これはもう決まりといってもいい。彼はこのAブロック会場の予選で一位通過間違いなし。以前に一度だけ彼の料理を試食した事があるけれど、アレに勝る美食はないわ。

 名前は葉山アキラだったっけ。お題に沿う料理に適しているだけじゃない、料理を作る上で最初に感じるものは香り。天性の嗅覚を持つ彼なら、どんな料理をも自由自在に作れるに決まってるじゃない。

 

『間もなく審査開始となります。各自盛り付けに入ってください!』

 

 さあ、どんな料理が出てくるか楽しみじゃない。

 

 

 

 

 

 

 ようやくだ。

 中等部時代、俺に多くを教えてくれた黒木場リョウという一人の料理人を越える日が。この男を越えていかなければ俺は遠月の頂点には立てない。潤と俺のコンビが最強だと証明するには最も負けてはいけない相手だ。予選とはいえ、ここで実力差がハッキリする。

 現在と過去、あれからどれほど俺が成長したのか見せてやるよ黒木場。昔はスパイスの扱い方から育て方まで多くのことを学ばせてもらったが今は違う。潤の理論を俺が実践で料理する、そこまでの領域にまでなったんだ。

 

「……絶対に負けねえ」

 

「調子はどうだ、葉山」

 

「幸平か……絶好調だ。お前の方はそれなりにやり込んできたみたいだな。夏休みの初日に会った時よりはいい面構えになってる」

 

「ああ、絶対に勝たないといけねえからな。葉山にも、黒木場にも。黒木場の背中を中学三年の秋からずっと追っかけてきたんだ。うちの定食屋にフラっと現れて俺の親子丼にはまだ何か足りない気がするって言ってたのをよく覚えてる」

 

「料理には妥協しない男だからな、黒木場は。でもあいつには勝つのは俺だ」

 

「俺も負ける気はないぜ。ゆきひらの看板を背負うからには誰にも負けられないからさ」

 

 いつになく強気だな、幸平は。

 夏休みの最初に会った時とは大違いだ。何かから吹っ切れたような顔持ちを見ると色々あったんだろうな。幸平も黒木場の背中を追っかけてきたっていうのを聞くと俺が知らないだけで、ここにいる選抜出場者の中にどれだけ黒木場の背中を追いかけてきたのか気になるとこだ。

 

『これより審査に入ります! 審査員は五名、一人ずつ持ち点20をお持ちです。つまり合計100点満点で料理を評価! その得点上位四名が本戦へと進むわけです! ではーーまず一人目!!』

 

「チキンダールカレーです!!」

 

『……はい、ダメね。スパイスに関して何も分かってないわね。評価するに値しないわ』

 

「え、ええ!?」

 

『そ、それでは得点をどうぞ!! 合計23点です!! え、23点!?』

 

 

 たったの二十三点。

 ハウスビー食品の千俵なつめ審査員は点数すらつけていない、なかなか厳しいな審査員達。あの生徒の名前は知らねえけどチキンダールカレーとしての完成度は高い。インド北部でよく食べられるとされる大衆料理をきちんと表現出来ているが、問題はスパイスだけではないな。この香りは柚だ。チキンダールカレーに使われたスパイスとナンに練り込まれた柚が反発しあって味を殺しているのか。

 

『で、では気を取り直して!! 二人目!!』

 

『ーーこんな品に点数をつけろっていうのが無理ね』

 

 手厳しい、まともな点数がつかない。Bブロックも同じような感じなのか。審査員の食器の音だけ響いて会場の雰囲気がどんどん冷めていってるじゃないかよ。調理中の方が会場にまだ熱気あったぞ。三人目、四人目と品を重ねるに続けてさらに静かになる会場。この会場の雰囲気を変える料理人は誰だろうな。この順番からいくと先に品を出すのは黒木場のようだ、お手並みを拝見といかせてもらおうか。

 

『では……次の方、黒木場リョウ選手お願いします!!』

 

「俺が作ったのはブリ大根のスープカレーだ」

 

『あら、やっとまともな品が出てきたようね』

 

 まともな品なんていうレベルじゃないぞ、これは。スープカレーのホールスパイスにどれだけのスパイスを使ってるんだ。アジョワンシード、カルダモン、クミンシード、クローブに香りの嗅ぎ分けが出来ないほどのスパイス。

 考えたな、黒木場。あのブリ大根をスパイスの力で優しいスープカレーに変えたというわけか。これからまだまだ選手達の味の採点をしなければいけない審査員達へ胃腸の働きを活性化するとともに胸焼けや胃酸過多に効果的な料理を作り出した。

 

『おお、日本食のブリ大根とは全く異なる、ブリの旨みとだしにあっさりとした大根、そしてスパイスの奥深い香りが素晴らしい!!!』

 

『なによ……これ。美味しい、美味し過ぎるわ!! ブリ大根の旨みをスパイスでさらにあげてるし……審査員の私達の身体をも気遣った料理ね』

 

『なつめ君、それはどういうわけかね』

 

『彼はブリと大根による悪玉コレステロールを低下させ動脈硬化予防と貧血予防効果に更には大根に豊富に含まれている消化酵素で胃腸の働きを活性化するとともに胸焼けや胃酸過多などに効果的になる品を作ったのよ。もはや、学生の域を越えているわ。スパイスの扱い方に長けているだけじゃない』

 

 黒木場は胃腸や胃酸過多だけじゃなく、動脈硬化や貧血にも予防効果を狙った料理を作ったのか。読みが甘かった。カレー料理にはスパイスが最も重要視されるとずっと思ってた、しかし黒木場はスパイスの扱い方のみならず様々な食材へのアプローチで自分なりのカレーを生み出した。おそらくは黒木場が学んだ数々の料理の中から掛け合わせたものなんだろう。

 

『では黒木場リョウ選手の得点をお願いします!! 得点はーー97点です!!』

 

 壁が高いほど越えた時の達成感は大きい。

 

「よう、葉山。お嬢の恩に報いるために、この大会で絶対に倒さなきゃいけない奴がいるからには立ち止まってはいらねえからな」

 

「……黒木場。俺は本戦なんかでは待ちきれないからな。今ここでお前を倒すぜーー」

 

 今こそお前を越える時だ。




最後まで読んでいただき感謝です(*^^)


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二十九話 至高のカレー

お待たせしました(。_。*)待っていた人がいてくれたら嬉しいです。更新頻度を上げていきたいと思っております:(´◦ω◦`):アニメの3期までなるべく追いつけるように、頑張れたらなぁ(遠い目


 

 

 

 

 

 

 物心ついた頃からずっと俺は独りだった。雨をしのぐ家があるわけでもなく、寝るための温かい布団があるわけでもない。毎日を生きていくのに必死で、汐見潤という一人の日本人に出会っていなければ今この舞台に立つどころか、死んでいてもおかしくはなかった。

 潤には感謝しても感謝しきれない。この恩を少しでも返すためにはこの学園で潤の理論に基づいて俺が実践する、そうして学園でトップを獲ることによって潤の理論がこの日本料理界に、世界にもっと広く知らしめる事が出来る。

 

 

『どうしたの、葉山くん? 難しい顔をして』

 

『俺の料理の腕が足りないから、潤の理論に基づいて美味しい料理を作れない自分に情けなく思ってさ……』

 

『葉山くんが私の為に料理をしてくれるのは凄く嬉しいよ? でもね、他人の為に作る料理が自分らしさを活かしきれないことになってしまってたら本当に美味しい料理も美味しくなくなってしまう気がするなぁ……』

 

 

 俺の最大の武器を活かす為には様々なスパイスの香りと最大限に引き出すために使える物は全て使う。そうしなければ、あの一人の料理人には勝てないだろう。遠月学園においてスパイスの扱いに長けているのは俺だという自信があるが、黒木場リョウという師匠とも呼べる奴によってスパイスの扱いに対する基礎や応用を学んだ。

 この学園でスパイスの扱いは現時点では俺が黒木場よりも勝っているという事実は強み、自信に繋がる。あいつを倒さなければ十傑に勝つなんてことは夢のまた夢で終わる。

 

 潤の為に作る料理を完璧にするためにはスパイスの香りを審査員に五感で感じてもらい、美味しいと言葉を漏らさせるくらいの品を作る必要がある。クミンパウダー、コリアンパウダー、カルダモン、ターメリック、特製のオールスパイスを活かした、えびのココナッツミルクカレー。

 

『では……葉山アキラ選手お願いします!!』

 

『ほう、これはまた色鮮やかな料理だ!』

 

『ココナッツミルクにスパイスを合わせるとは斬新なアイデアだな……』

 

『ココナッツの風味がえびの味を活かして旨味が増しているわ!! これは……えびの下味にまぶされたターメリックがココナッツミルクとえびの味をより強くしている……スパイスの扱いに長けているとは聞いてたけど、まさかこれほどまでなんて!!』

 

 えびの下味にまぶしたターメリックだけじゃない。おろし生姜、おろしニンニクがココナッツミルクに加えられたことによってココナッツの風味を殺すことなく最大限に味を引き出させた。だけど、それだけじゃないぜ黒木場。お前に勝つにはただ勝つだけではいけない。

 

『そ、それだけじゃないわ……このカレーにはホーリーバジルが生の状態から使われている!! ホーリーバジルの強いクセをココナッツミルクによってマイルドに仕上げるなんて……このカレーは現代カレーが辿り着いた至高のカレー!!』

 

 圧倒的な力の差をここで見せつける。力の出し惜しみなんていうのはしていられない。予選をトップで通過するために全身全霊を込めた、俺のカレーに対する一つの答え。

 

「スパイスの奥深さとココナッツミルクの自然の

甘みのバランス……さらにはホーリーバジル。一つのカレーに対する答えが俺には見えた気がするぜ、葉山」

 

「あんまり驚いてないようだな、黒木場」

 

「ああ、こんな日が来る予感はしていたからな」

 

 

 遠い目をする黒木場を見て悟った。

 

 

『では葉山アキラ選手の得点をお願いします!!』

 

 19、18、20、19、19という得点が出される。

 

『得点は95点です!!』

 

 

 俺の負けだ。

 何が悪いとか、そういう問題じゃないのは分かった。全てを出し切った上での敗北で握っている拳が弱々しく震えているのが分かる。黒木場との2点差から見える自分との実力差を近いと考えるか、果てしなく遠いと考えるか。正直、後者だと考えたくはなかった。中等部時代から俺は成長していた、はずだった。黒木場にとって俺は眼中にない、赤子の手をひねるのと同じように簡単なことなのかよ。

 勝てるイメージを浮かべる事すら出来なくなった自分が情けねぇ。黒木場に勝てる料理人が秋の選抜にいるか、いや居ないだろう。それほどまでに俺のえびのココナッツミルクカレーには自信があった。

 

「いつか、俺が葉山に負ける日が来るかもしれない。でもそれは今じゃねえんだよ、葉山」

 

 糸が切れた人形のように崩れ落ちる俺の横を通り過ぎていく黒木場に答えるほどの気力はもう持ち合わせていなかった。

 

「えびのココナッツミルクカレー、凄く面白い品だと俺は思ったぜ、葉山! いやー、それにしても黒木場とは惜しかったけど95点なんて凄いじゃんかよ!!」

 

「幸平……止めとけ、俺とお前が束になっても黒木場には勝てねぇよ」

 

「黒木場には宿泊研修の時に一度負けてるからさー……負けっぱなしで終わるわけにはいかないんだよ俺もさ」

 

「っ……あいつと料理したなら、尚更勝てない相手だってことくらいお前にだって分かっただろ!?」

 

「だからこそ、勝たないといけない相手だろ? 壁が高ければ高いこそ越えた時の達成感は大きいだろうし。黒木場を倒さないと学園のトップになんて立てないぜ、きっと」

 

 学園のトップに立つために必ず通る道、か。壁がすぐ目の前にいる黒木場なら俺はこれからの学園生活をずっと前に進まずに立ち止まっているわけにはいかない。幸平も黒木場の料理人としての実力を体感した上で、今も学園のトップに立とうとしているなら凄まじいメンタルの持ち主だな。

 俺は潤のために戦っている、それなのに相手が圧倒的な実力の持ち主だからって尻尾巻いて逃げるような料理人だって潤が知ったらお腹抱えて笑われてしまうのが目に見える。

 

「んじゃ、次は俺の番だな。葉山、よく見ておいてくれよ、黒木場に勝ってくるからよ」

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、次は俺の番だな。葉山、よく見ておいてくれよ、黒木場に勝ってくるからよ」

 

 葉山の料理を見て正直、心が震えた。カレー料理をあんな風に作れる奴がいるなんて凄いと思うと同時にあの葉山ですら倒せなかった黒木場を考えると料理人としての血が騒ぐ。えびのココナッツミルクカレーは、カレーとしての一つの答えを見出したように俺にも見えた。料理人として完成させた品で壁を越えられなかったとなると、正直俺でも心が折れるかもしれない。

 でも負けることは恥ずかしいことじゃない。負けることは経験、即ち相手が強ければ強いほど、負けた時の経験値だって大きいはずだ。負けたことから学べることは沢山あるけど勝つことから学べることっていうのは負けた時の比じゃない。

 

「葉山の仇は討たせてもらうぜ、黒木場」

 

「宿泊研修以来のリベンジマッチってところだな幸平」

 

 宿泊研修のあの日、俺は黒木場に負けた。

 圧倒的な力の差を見せつけられての敗北はまるで親父に料理勝負していた頃を思い出させてくれたのを覚えてる。それだけじゃない、俺は宿泊研修で田所に何もしてやれなかった。あいつの背中を追いかけてやることも出来なかった。もう何も出来ずに負けるのは嫌なんだよ、俺は今よりもっともっと強くなりたい。そのために前を向いて歩くことを決めたんだ。

 

「ああ、リベンジマッチだ。宿泊研修で黒木場だけじゃない、自分自身にも負けたからさ……自分にもリベンジマッチってところだ。あの日から成長出来ているか、再確認」

 

「幸平……」

 

「秋の選抜で俺は絶対に優勝してみせる」

 

 見ててくれよ、田所。

 俺が少しは成長したってところを。

 

 

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます(´ω`)


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三十話 料理人としての景色

はい:(´◦ω◦`):アニメの三期までに追いつけなかった彩迦さんです。お願いですから石ぶつけないでください:(´◦ω◦):うぅ。


 

 

 

 

 私の神の舌を使わずとも分かる、葉山くんのえびのココナッツミルクカレーはカレー料理という一つのジャンルに対して出された一つの答え。スパイスの奥深さとココナッツミルクの自然の甘みのバランスだけじゃない、さらにはホーリーバジルの強いクセをココナッツミルクを使うことによってマイルドに仕上げるその手腕はもはや学生の料理人の域を越えているとしか言えないわ。

 そんな素晴らしい料理でも黒木場くんのブリ大根のスープカレーを越えることは出来なかった、勝負の分かれ目はホールスパイスとオールスパイスだったようね。黒木場くんはスパイスを本来の原型からスパイスの奥深さを最大限まで引き出すためにテンパリングをしたのに対して、葉山くんは果実や葉を粉状にした3つの香りを併せ持つ特製のオールスパイスを使っていた。

 葉山くんは特製のオールスパイスに重点を置いてスパイスのテンパリングにそれほど時間をかけてはいなかったけど、黒木場くんはその反対でスパイスのテンパリングへの時間をかけてた。もしここで葉山くんがテンパリングにも時間をかけていたら黒木場くんとの2点差は確実に埋まっていたはず。

 

 この2点という数字は葉山くんにとっては近いものじゃないということは葉山くん自身が一番分かっているはずよね。95点なら予選突破は確実、本戦で今のカレーを上回るような料理を作ることが出来るのかしら。

 

「予選から……あまりにもハイレベルな戦い。この料理人達に幸平くんは挑もうというのかしら、無謀にもほどがあるわ」

 

 この二人の料理人とどうやって渡り合おうというの、幸平くん。

 

 

 

 

 

 

 黒木場と出会った日のことは今でも覚えてる。ゆきひらで出会い、この遠月学園に入学を決めるきっかけをくれた。食の上流階級みたいな変にプライドの高い生徒達とはまるで違う、自分自身の信念を持った料理人。審査員が葉山のえびのココナッツミルクカレーを至高のカレーと言っていたけど、黒木場のブリ大根のスープカレーは大衆料理というジャンルでの究極のカレーだろうな。あの料理を見て一瞬、親父の背中が見えたような気がした。

 

 料理人としての力量の差、というのは料理人自身が一番分かってる。

 

『……お前はもっと日本の広さを知れ。ここの料理が全てじゃねえ。自分の料理こそ一番っていうのを証明したきゃ、遠月学園に来い』

 

 黒木場との出会いでの言葉は俺を強く揺り動かすだけの力があった。食事処ゆきひらで店の看板を継いでお客さんに今のまま、料理を振る舞うのはダメだとアイツに思い知らされた。だからこそ、遠月学園に編入してから俺は毎日を料理に打ち込んで来た、宿泊研修での黒木場との料理対決を経て多くを学んで、夏休みに田所との再会で料理人として大きな収穫を得てきた。

 そんな俺ですら、葉山の作ったえびのココナッツミルクカレーには身震いを覚える程に凄い料理だと思った。一つ一つのスパイスを嗅ぎ分ける天性の嗅覚を持つ料理人でなければあの料理は編み出せない。至高のカレー、ともいえる料理でさえ勝てない料理に俺はこれからも挑もうとしている。

 ゆきひらで料理していれば出会うことがなかっただろう、遠月学園の料理人達。まだまだ届かないだろう、一人の料理人の背中。俺が歩んでる道に一つとして無駄なものはない。料理人としての高みを目指す者としてここで立ち止まってはいられないんだ。

 

『……宿泊研修で田所が去った後、俺はずっと後悔してた。すぐ隣にいた田所を守ってやるどころか……小さくなっていく背中を見送ることしか出来なかったのかって、もっと他に何か出来なかったのか考えて眠れない毎日が続いてた』

 

『ううん、創真くんは一生懸命に私を助けてくれようとしたのは私自身が一番分かってるよ。創真くんには私の分まで、これからたくさん見るはずだった料理人としての景色を見て来てほしいなっ……』

 

 料理人として大切なのは、誰のために料理を作るかということ。小さい時に親父からそんなことを言われたっけ。俺は誰のために料理を作る、誰に笑顔でいてもらいたいのか、あいつが泣く姿をもう見たくない。料理人として、目の前でもう友達が、いや大切な人を失うのは嫌だ。

 

 俺が作った、ゆきひら流、鮭とチーズのグラタンカレー。葉山のような天性の嗅覚を持たない、黒木場のような料理人としての凄まじい腕を持たない、ゆきひらで大衆料理人としての道を歩んで来た俺だからこそ作れるカレー料理としての集大成。

 

『葉山選手に続くのは幸平創真選手です!!』

 

『これは!! チーズのとろみがしっかりと焼かれた鮭と渾然一体に!!』

 

『クミンとカルダモンによる香ばしさと僅かな渋み、さらにそれを舌でしっかりと刺激させるようなクローブ、深くスパイスと結びついたこのコクの正体は……』

 

『りんごチャツネのようね。りんごをベースに酢、砂糖、青唐辛子にコリアンダー、タマリンドを混ぜて作られているようね。本場のインドではあくまでも、チャツネは付け合わせ……薬味のような扱いなのにグラタンカレーという掟破りな料理にりんごチャツネを入れるなんて!! スプーンが止まらないじゃない!!』

 

 宿泊研修での黒木場との一戦。

 俺が作った海老と野菜たっぷりの温玉雑炊に足りなかったのは食材全てを一つにまとめあげる一体感、一つの敗北は次に繋げる。りんごチャツネを入れることによって鮭とチーズという二つの食材達は腰の入ったどっしりとした旨みへと変わった。

 本場のインドからすれば型破りという調理法かもしれない。でも、油脂や動物性の材料を増やすことなく旨みの次元をはね上げる。さらに濃厚チーズが入っているにも関わらず、チャツネの効果で後味はサッパリで味の連携ともいえる最高のカレーだぜ。

 

「黒木場。俺はここで立ち止まらないぜ」

 

「ああ……」

 

「約束したんだ、あいつの分まで料理人として景色をたくさん見てくるってな」

 

 黒木場の真剣な瞳は真っ直ぐに俺を捉える。

 

『それでは幸平創真選手の得点をお願いします!!』

 

 

 19、20、20、19、17という得点が出される。

 

 

『得点は95点です! なんと、至高のカレーと称された葉山アキラ選手と並びましたーっ!!』

 

 握られた拳をさらにギュッともう一度強く握り直す。得点は95点、それでも葉山と俺が同列かといわれれば同列2位とは言えない。先程の葉山の得点、 19、18、20、19、19だったのを考えればすぐに分かる。これがもし食戟だったら俺は葉山に敗れていた。俺は今日、同時に黒木場と葉山の二人に敗れた。

 葉山のえびのココナッツミルクカレーは人を選ばずに高い評価を得ていたのに対して俺は一人に17点という数字、まだまだ俺には料理人としての足りないものがある。足りないものは足せばいい。料理人としてここで終わるわけじゃない、ここからまた始めればいいんだ。

 

 

 

 

 

 

『薙切アリス選手、堂々の96点です!! 断トツのトップとなりましたーっ!!』

 

 予選Bブロック。

 審査員が海千山千のプロが作る料理を毎日相手にしていたとしても、その海千山千のプロはリョウくん並みの実力があるとは思えないわ。こっちは毎日、海千山千のプロ以上の料理人と一緒に料理しているのだから、これくらいは当たり前じゃないかしら。

 私はえりなみたいな神の舌を持っているわけじゃないし、緋沙子みたいに薬膳料理を極めたわけじゃない。だからといってリョウくんみたいに馬鹿正直に様々な学年の人や寮に行って料理を教わるということは出来ない。だからこそ自分なりに考えに考えた武器は化学の最先端技術を学ぶことによって編み出した最先端の調理法。

 

 まだ秋の選抜は始まったばかり。予選で終わるつもりはないからこそ、少しだけリョウくんの真似事をして直接リョウくんから学んでみたの。最先端の調理法を簡単に見せてもギャラリーは盛り上がらないし、リョウくんが倒すって言ってる、ロッシくんもいるみたいだし。

 

「あら、ロッシくん。私の友達にちょっかいを出して、わざとリョウくんを勝負の舞台に引きずり出そうとするなんて……なんて器の小さい男の子なのかしら。あ、口が滑ってしまってごめんなさい。でもリョウくんと戦いたいなら、ちゃんと飼い主の許可を取ってからにしないと、ね♪」

 

 満面の笑みを浮かべながらロッシくんの横を通り過ぎる私。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます:(´◦ω◦`):


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三十一話 夏野菜のカレーフィットゥチーネ

面白い食戟のソーマ二次が増えてきますね:(´◦ω◦`):非常に感服しております。私も面白い作品に出来たらと思います(`・ω・´)キリッ


 

 

 

 

 

『薙切アリス選手、堂々の96点です!! 断トツのトップとなりましたーっ!!』

 

 予選Bブロック。

 会場内の静寂を破った、薙切アリスお嬢様。凛とした表情でロッシくんの横を通り過ぎているけれど、その表情の裏にはどれほどの努力があったのかは私は知らない。料理人の見本となる、黒木場くんがいつも傍にいるというのは心強く、刺激があって、自分にとって料理人として足りないものが見えてくることによって成長に繋がる。

 アリスお嬢様が作った、コルマカレー。インド料理の一種とされていてヨーグルトや生クリーム、ナッツ類のペースト等をベースに作られるマイルドでクリーミーな味わいがあるカレー。私の知る限りのお嬢様では、これほどまで完成度が高いコルマカレーを作れない。この料理はお嬢様一人で作ったものじゃないのは分かる、黒木場くんが自分の試作の合間を縫って付きっきりでお嬢様にコルマカレーの基本、応用を教え込んだ結果がこの料理。

 今、私の目の前に見える料理人の背中にうっすらと黒木場くんの背中が重なって見える。まるで黒木場くんと一緒に戦っているように見えるその姿に敵う相手はいないとでもいうように。

 

「……挽いたコリアンダーにクミン、さらに少量のコニャックを使っている。肉には羊肉と山羊肉……なるほど、食の魔王の血族という名ばかりの成り上がりではないようだ。ふっ、黒木場と戦いたいなら、まずは飼い主に許可を取れとは仕方ないな。完膚なきまでにねじ伏せてみることが出来るかはわからないが」

 

「アリスお嬢様をねじ伏せる料理なんてロッシくんには作れないとは思うけど」

 

「確かにその通りだ。まさか、薙切アリスがこれほどの料理を作れるとは思ってもいなかったさ。でも料理における、見た目、香り、味というお客様に楽しんでもらうための三要素を二つも欠いている料理人になら勝てる。新戸緋沙子、お前はなぜ薬膳料理という道を選んだ? えりな様の傍にいる者なら、薬膳料理というジャンルは極めないはずだと僕は思う」

 

「私はえりな様のお傍に立つ者として、体調

管理をする必要がある。薬膳料理には様々な効能がある、見た目に華はないかもしれないけど、私は一人の料理人の高みに少しでも近付きたいと思って薬膳料理の道を選んだ。それは結果的にえりな様の役に立つようになったのだから私は今、料理人として満足してる」

 

 黒木場くんの料理人としての高みに近付きたいと思って極めた薬膳料理は、今ではえりな様にとって欠かせないものになった。料理人として必要されていることは従者として凄く嬉しく思う。

 

「料理人としての、高み。それは黒木場リョウのことか? 宿泊研修でのゲスト講師の黒木場への評価は全て最高レベル、課題で作られたシカと根セロリのアッシェ・パルマンティエは見た目、香り、味はとても良かったとされていたが……その料理だって黒木場のサポート無しでは作れなかった品だ。黒木場一人でならシカと根セロリのアッシェ・パルマンティエはもっと完成度の高い品に出来たかもしれない。もう一度問おう、新戸緋沙子。なぜお前は薬膳料理の道を選んだ?」

 

 ロッシくんの静かな問い。

 これはただ私を辱め、侮辱しようとしているんじゃない。料理人としての本質。私の極めた薬膳料理は黒木場くんの高みに近づくため、えりな様の支えとなるため。日々、研鑽を重ねてどんな効能があるか分かった上で作っているから、えりな様の体調改善には最も適している。努力を怠ったことは一日もない。

 

「新戸緋沙子、やはりお前はえりな様のお傍にいるべき人間ではない。薬膳料理を極めた上で料理の見た目と香りは美食でなくとも大切、だがお前は現状に満足し、停滞している。中学からずっとお前は止まったままだ」

 

 決して薬膳料理の見た目と香りを改善しないようにしていたわけじゃない。努力していた、それでも料理の見た目と香り、味というバランスを保つのは非常に難しくて黒木場くんの腕なら出来るかもしれないけど。私はあんなに多種多彩な料理人じゃないから限度がある。それでもロッシくんは私の内面を見透かしたかのように鼻で笑い、去っていく。

 

 

 

 

 

 

 心の底からBブロック会場で良かったと思う自分がいる。イタリアン料理を極めんとするアルディーニ兄弟と、ジュリオ・ロッシ・早乙女のどちらのイタリアン料理が上なのかをここでハッキリさせる時が。アルディーニ兄弟の兄、タクミ・アルディーニとして勝利という二文字を得るぞ、弟よ。

 

『もう一度、言ってみろ。僕のイタリアン料理のどこが残念だというんだ』

 

『イタリアン料理の申し子、アルディーニ兄弟と聞いていたが……兄の料理がこんなに残念だと弟の料理はもっと残念だと予想出来る。タクミ・アルディーニ、イタリアン料理の基本と応用が出来ているにも関わらず、なぜフリッタータで具を入れた卵液を15分程度時間をかけるところを5分程度にしたのかまったく理解できない。焦るところでもなんでもない、見た目が焼けていて中身を半熟するならば他にもやりようはあるというのに』

 

 中等部時代、ジュリオ・ロッシ・早乙女との一番最初の会話。イタリアン料理を極め、お客様に出してきた料理人として屈辱的だったことは今でも覚えている。イタリアン料理の基本ともいえるフリッタータで残念と言われたのは初めてだった。その会話から顔を合わせる度に皮肉を言われ、弟に至っては相手にすらされなかったという。ロッシの料理人としての思想は美食。おそらく、この遠月学園に少なからず存在するあまり心地よいものじゃない。美味しいと思えないものは全て料理では無い、豚の餌と同じだということを女子に話していたところを見たことがある。

 その場は途中からしか見ていなかったので会話に割って入ることはしなかった。けれども宿泊研修での新メニュー作り、ロッシは薙切えりなのお付きである、新戸に自分が極めて大切にしてきた料理を大多数のお客様がいる場で辱め、侮辱をしている姿を見て僕の堪忍袋は切れたと同時に黒木場がロッシへと向かっていく姿を見て、僕はまた何もせずに見ているだけだった。

 

 ただ、見ているだけで何もしないのと行動するのとでは全然違う。ジュリオ・ロッシ・早乙女、僕はイタリアン料理を極める一人としてお前を倒させてもらう。料理というのは個性、想い、繋がりがある。もし、僕とロッシに通ずる何かがあるというならそれはイタリアン料理をどれほど愛し、表現出来ているか。

 

『続きますのは、タクミ・アルディーニ選手です!!』

 

 夏野菜のカレーフィットゥチーネ。

 牛スネと鶏ガラの出汁にフェンネルとグリーンカルダモンで味付けをした鼻腔をくすぐるカレーソースに合わせるようにふんだんに夏野菜を盛り込んだパスタ料理。隠し味に普通の醤油より旨みが凝縮され、甘い芳醇さを持つとされるたまり醤油を使っている。パスタは三つの層、外側をターメリック、真ん中の層にはパルメザンチーズを練り込んである。たまり醤油とパルメザンチーズの組み合わせによって濃厚なコクが舌に絡みつく。

 

『な、なんやこれは!! パスタが三つの層になっとる!!! 外側にはターメリック、中の層がパルメザンチーズとは恐れ入った!! しかも、この濃厚なコクはそれだけやない!!』

 

『素晴らしい出来だ。隠し味のたまり醤油がこのチーズと相まって濃厚なコクを生み出しているわけか』

 

 カレー料理という器で自分なりに考えた上で出したイタリアンと和食の融合。味の地平線を切り開くべく新しいことに挑戦した結果だ。

 

『タクミ・アルディーニ選手の得点をお願いします!!』

 

 18、19、19、18、18という得点が出された。

 

『得点は92点です!! なんと連続で90点以上出ました!!』

 

 薙切アリスの96点には届かなかったか。

 ロッシに今ので充分な実力を見せれただろう。弟に、イサミにも兄の立派な背中は見せられた、かな

 

 




最後まで読んでいただき感謝です(`・ω・´)キリッ


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三十二話 良い料理人の条件

待っていた方も待っていなかった方もお久しぶりです:(´◦ω◦`):しばらく病気にかかっていた間に面白い食戟のソーマの作品が増えていて負けてられないと( 。•̀_•́。)思った次第です。


 

 

 

『得点は92点です!! なんと連続で90点以上出ました!!』

 

 近いようで遠くに見える背中。

 その背中を小さい頃から追い続けるボクにとっての存在は凄く大きかった。今日この日まで、兄ちゃんの隣に立てたと自分の胸に誇ったことなんて一度もない。それくらいまでにボクと兄ちゃんとの料理人として才覚はかけ離れていた。

 普段はどこか抜けていて天然だけれど、コックコートを着ると別人のように見える。いくら追い掛けても、追い付くことの出来ない遠い背中はボクにとっての目標であり、道しるべでもあるんだ。

 

 立派な料理人の兄ちゃんに比べてボクは、イサミ・アルディーニは出来がいいとは言えなかった。料理人として負けたくないために、いつも頑張って頑張って、それでも足りなくて。兄ちゃんの料理に勝手にアレンジを加えて怒られたり、本当にボクは良い料理人じゃない。

 良い料理人の条件、なんてものが決まっていればボクは絶対にそんなものを守れていないとは思っている。ロッシにもボクは言われっぱなしで返す言葉もないほどにボロボロに言われた。本当にその通りだと思う反面、料理人として立ち止まるわけにはいかない。

 

 まだボクらが小さかった頃。勝手に兄ちゃんの料理にアレンジを加えてお父さんに叱られ、独り泣いていた時に兄ちゃんは声をかけてくれた。

 メッザルーナ。半月の名を持つ包丁、兄ちゃんはボクらにピッタリだと言ってくれたんだ。欠けたものが二つ合わさった時に完全なるものが生まれる、アルディーニはボク達二人揃ってこそだと。

 ボクの料理の全てを見ていない男、ジュリオ・ロッシ・早乙女にボクを語られる謂れなんてない。いつも道を示してくれる兄ちゃんはボク達、二人揃ってこそだといってくれたあの日から今日まで頑張ってこれた。今日という、この舞台で料理人としての全てを見せてやろうじゃないか。

 

『お兄さんであるタクミ・アルディーニ選手に続きますのは、イサミ・アルディーニ選手です!! 兄弟連続で高得点となるか、期待されますね!!』

 

 カルツォーネ。

 イタリアの両面焼きの穀粉、バター、ショートニング、ベーキングパウダーまたは卵等の材料を焼いて作った食べ物。そのカルツォーネをベースに特製のカレーソースを合わせたカレーカルツォーネはボクにとっての力作だ。特製のガラムマサラソースを夏休みの多くを使って完成させた、この一皿にボクの料理人としての歩みを見せる。

 

『こ、これはカルツォーネじゃないか! 普通はモッツァレラチーズ等、ピザの具を食材にするはず……』

 

『つまりこれは中には……カレーがっ!? イタリア式のカレーパンだというの!?』

 

『ジューシーなトマトのコクがカレーから溢れてくる!! し、しかもこのコクはまるでトマトをまるごと余すことなく使われているかのようじゃないか!!』

 

 トマトを鍋に敷き詰め、加熱して酸味によく合う特製のミックススパイスを加えてトマトの旨みがしっかりと出た濃厚なカレーに仕上げてみた。これは、トマト以外に水を一切加えずに作ったボクだけのオリジナルのイタリア式カレーパン。生地には自家製のぶどう酵母で焼いてある。

 表面はパリパリ、噛むとモチモチした甘い食感にコクのあるカレーとの絶妙なハーモニー。この品でボクは、兄ちゃんに近付きたいんだ。

 

『イサミ・アルディーニ選手の得点をお願いします!』

 

18、17、16、18、19の数字が表示され、最後の19という数字を見て悟ってしまった。

 

『得点は88点です!!』

 

 悔いなんかない、兄ちゃんを追い越すことなんて出来なかったけど料理人としてまた一歩近づけた、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 ふう、待ちくたびれてしまったわね。ようやく実力が見れるというとこかしら。料理人として緋沙子を蔑むんだから、それ相応の実力を持っていなければ軽んじられるわけない。薬膳料理を作らせて右に出る者と言われれば、なぜか何でも作れそうなリョウくんが思い浮かぶけれど他は知らない。

 薬膳料理という一つのジャンルを極める料理人に口を挟む、イタリア料理を極めるロッシくん。さて、どれほどのものなのか見せてもらおうじゃない。

 

「アリスお嬢様」

 

「? 緋沙子。どうしたのそんなに真剣な顔をして」

 

「ロッシくんの作る料理を見たことがありますか」

 

 突然どうしたの、緋沙子。

 そんな言葉が喉から口まで出てくるのを忘れさせるほどに、その一つの皿の繊細で華やかさに見とれてしまった。

 見とれてしまうのもつかの間のことで食べなくとも分かるほどに料理人として一つの皿から漂うものを感じとってしまった私は呆然としてしまう。

 何の感情もこもっていない、料理を見るのはこれまでで数回しかない私でも感じ取れる嫌な料理。

 

 普段からリョウくんの料理を見て、食べていると凄く暖かくなって気分が良くなって美味しいと頬がゆるむことはある。それは作り手である、料理人が食べるお客様のことを考えて美味しいって笑顔になってほしいと一生懸命に作るから。

 でも私から見えるその皿には何も感情がこもっていない。無機質、といってもいいくらいに何も感じられない。

 だからこそ恐ろしく感じてしまう。極端なまでのプライドの高さと傲慢さは料理にも人としての面が現れる、私が言えたことではないけどロッシくんの料理人には料理人としての傲慢さが絶対に見えると思っていたのに。

 

『ジュリオ・ロッシ・早乙女選手です! アルディーニ兄弟のイタリア料理に続きますね!!』

 

「ああ、その言い方はやめてほしい。彼らの品のないイタリア料理と一緒にしてほしくないのでね」

 

『……し、失礼しました』

 

 

 フリッタータ。

 イタリア料理の一つでオムレツやタルト生地を省いたキッシュに似た卵料理。肉、魚介類、チーズ、野菜、パスタ等の具材を多目に入れて塩胡椒と刻んだハーブ等で味付けすることが多いのだけれどもロッシくんはどうやらバターカレーフリッタータにしたようね。 繊細で華やかさな見た目とは裏腹に無機質で何も感じ取れない、審査員だけが分かる味ということしか分からないわ。

 

『ッ!! 濃厚なバターのコクがスパイスと非常によく合っていて美味いの一言に尽きる!! 卵の甘みがバターとスパイスを包み込むようで素晴らしい!!』

 

『お、美味しいのだが……何か大事なものが欠けてるような気が』

 

『これこそが美食、というものでは?』

 

 違う。

 美食、というものはこんなものを指すわけないじゃない。ただ否定しているわけじゃない、身近に最も美食に近い料理を作る人を見ているからこそ見えてくるものがある。真に美味しい料理を作る人間はあれほどまでに冷たい料理を作らないわよ。

 

「あの審査員達……まるで分かっていないわね」

 

「……いえ、ロッシくんの腕は確かです。香りから察するにスパイスにナポレオン級の特製コニャックを使っているようです、さらにスパイスは甲殻類の殻を漉して作るフランス料理のソースをベースにしたもの……スパイスに非常に合うコニャックを使うことによって香りの深みを増させてバターのコク、スパイスの奥深さ、止めに卵の甘みで包むという料理人として審査員達の心は射止めています」

 

 緋沙子の言葉の一つ一つは料理人としての目線で冷静な分析、私がもし緋沙子の立場であるなら今のように冷静な分析なんて出来るわけがない。

 

「……私が言うのもなんですけど、黒木場くんがロッシくんの料理を見たら怒りよりも悲しみの方が込み上げてくると思うんですよね」

 

 そう語る緋沙子の背中はどこか、私には寂しく見えた。

 

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
感想書いていただいてもいいんですよ?|´-`)チラッ


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三十三話 友の頼み

大変遅くなりすみませんでした(。_。*)決してモンハンにハマってたとかじゃないです´ω`*


 

 

 

 

 料理を作るということは効率の良い作業を手間掛けずに行なうことだ。そこに自分の感情などは必要ない、作ろうとする料理を最大限の力を発揮して作る、思いを込めるなんていうのは愚の骨頂。美味しい、不味いという評価には支障はない。

 それなのに遠月学園の生徒は誰しもが、料理に想いを、感情を込めて作る。己の私利私欲や傲慢さ、相手への思い。悪いことではないだろう、しかしそれは時と場合によって邪魔でしかないものだ。料理というのは日々の調理の研鑽を積むことが大切だ。

 

 そんな僕の考えが多少、揺らいだ時期があった。中等部時代に薙切えりな様の従者である、新戸緋沙子という一人の料理人に今思えば惚れていたのだろう。神に愛され、神の舌を与えられた薙切えりな様は崇拝すべき対象ではあったものの、それと同じくらい新戸緋沙子に惚れ込んでいた僕は彼女の創り出す薬膳料理の素晴らしさにいつも目を輝かせていた。

 薬膳という性質上、料理によって効能が変わるために様々な知識と技術が必要な為にレシピ通りに作ることなど、状況によって変わる。薙切えりな様の体調管理をしているであろう、新戸緋沙子は凄まじい料理人になると僕は勝手に思い込み、観察していた。

 料理を誰のために作るのか、これからその料理を食べる相手を想うことで力は最大限に引き出される。非常に興味深かった。僕の料理が昇華され、更なる高みへ進むことが出来るかもしれない。

 

 そしてある日、彼女を見ていて気付いた。彼女の料理人としての知識や技術が上がっているのに対して料理の見栄えは一切変わっていないということに。如何に料理をレシピ通りに作ろうとも、効能を優先させて見た目の華が落ちるようでは何もかもが足りな過ぎる。料理は見た目、香り、味、食感、音で楽しむことが出来るが、彼女の料理では見た目を落としてしまう。見た目が駄目ならば味、食感も劣ってしまうのが必然ともいえる。

 決定打となったのは、彼女が誰かしらに恋愛感情を持ち始めたのか色気づいてきたことだ。今となっては誰に恋をしていたのか覚えていないが、いつも料理の実習でボーッとしているどこか抜けたような男の前ではいつも頬を緩ませているのを見て不愉快極まりなかった。

 

 僕は彼女に片想いしていたんだろう。だからこそ、彼女が他の男の前で頬を染めて調理の単純なミスをするのが不快で仕方なかった。神の舌を持つ薙切えりな様のお傍に腑抜けた従者などいらない。己の料理人としての面を向上させようとも、補おうともせずに羞恥を晒すような者が神の舌を持つえりな様のお傍には必要ない。

 

『ジュリオ・ロッシ・早乙女選手の得点をお願いします!!』

 

 レシピ通りに作り、不測の事態になろうともまたその際の修正用のレシピも作っておいた。僕のイタリア料理は誰にも負けない、完璧なる美食こそが全て。そこに想いや思いなど一切いらないのだ。ただただ何も考えずに作ればいい。そこに敗北はない。

 19、19、19、18、19という数字とともに僕のイタリア料理がアルディーニ兄弟より上だという事が証明され、薙切アリスの料理よりは下だということが得点から見て取れる。

 

『得点は94点です!! 90点以上の高得点、Bブロック暫定2位となりました!』

 

 食の魔王の血族、というだけではないようだな。しかしまだ予選の段階で僕の最高ともいえる料理は出すレベルではなかったのも事実。流石に本戦ともなれば、必殺料理を出す機会は来るだろう。出すとすれば、黒木場リョウにだろうな。

 

 

 

 

 

 予選が終わり、誰もいない予選会場の中に残るのは静寂だけ。つい数時間前までこの場で繰り広げられた熱戦が嘘にも思えるほどに静かさだけが残ってる。今日の予選のAブロック、Bブロックの結果が記された資料を薙切が俺に渡してくれたけど、どういう風の吹き回しなんだろうな。身の程を知れって薙切なら言いそうだし。

 

 Aブロック

 一位 黒木場リョウ 97点

 二位 幸平創真   95点

 二位 葉山アキラ  95点

 四位 美作昴    92点

 

 Bブロック

 一位 薙切アリス       96点

 二位 ジュリオ・ロッシ・早乙女 94点

 四位 タクミ・アルディーニ   92点

 四位 新戸緋沙子       92点

 

 Aブロック、Bブロックの役者は揃った。この中から現時点で薙切えりなを除いた一年生のトップが決まる。仮にも神の舌を持つとされる薙切が秋の選抜に出場していたとして、どんな料理出してくるのか、わくわくするな。それに予選だとどれくらいの得点取れたのかも気になるなあ。

 薙切を除いてAブロックとBブロックの両方の得点を見ても誰も黒木場の得点には勝っていない。一番近い点数で薙切アリスの96点か。黒木場と長い時間を過ごしてるなら、納得かもな。あんな凄い料理人が近くに居て感化されないわけないし。

 この遠月学園の生徒は我が強くて、料理にもその我の部分が見えてくるのにも関わらず黒木場にはそれが感じられないどころか、自分から他の生徒達に学ぶ姿勢を見せてる。きっと黒木場と関わった料理人は少なからず良い方向に変わっていくのは間違いないよな。

 

「あっ、創真くん! こんな所に居たんだっ。そろそろ極星寮でお祝いパーティーが始まるみたいだよ!」

 

「おうー……分かった。って田所!? なんだよ、今日の予選見に来てたなら声くらい掛けてくれても良かったのに」

 

「……声掛けたかったんだけど、なんか創真くん落ち込んでるように見えたから」

 

 予選で黒木場に2点差を付けられて、葉山とか皆の前だったから落ち込むわけにはいかないから人目の付かないとこで肩落としてたのを見られたのか。まぁ、田所になら別に見られてもいいか。

 

「それに、もう遠月の生徒じゃない私が応援しに来てたのを極星寮の皆以外が知ってたりしたら、色々言われちゃうだろうし……」

 

「色々言う奴が居たりしたら、俺が田所の分まで食戟で黙らせる!! だから田所は堂々と本戦も応援しに来てくれよ!! 俺は凄く嬉しいから」

 

「創真くん……て、照れちゃうべさ!! さ、はは早く極星寮の皆のとこに行こうよ!!」

 

 もし今日の予選に田所が出場していたら、どうなっただろう。そんな考えが頭を過ぎる。田所なら予選を突破出来ていただろうな。あの時の田所の寂しい背中は今でも鮮明に覚えてる。俺は田所の分まで精一杯、この秋の選抜を闘い抜く。

 秋の選抜で勝ち抜いていけば、また黒木場とぶつかる時は必ず来る。その時こそは絶対に勝ちたい。勝つために俺に足りないものは少しでも補わないとな。

 

「田所から見て、今の俺に足りないものって分かるか?」

 

「創真くんに足りないもの? 普段から料理に対して前向きで、ひたすら努力家だし……足りないものってあるのかな? 私は創真くんみたいな料理人になりたいなって思ってるけど」

 

「お、おう! ありがとな!!」

 

 な、なんだこの気分。

 自分に足りないもの聞いたのに凄く褒められた気がした。やべ、顔が熱くなってきた。照れてるのか俺。落ち着け、落ち着け、俺。田所と会うのは夏休み以来だったからかな。凄くドキドキするぞ。

 

 

「幸平、イチャついてるとこ悪いが……時間あるなら少し話したいことがある」

 

「っ!! イチャついてねーから!! って黒木場か」

 

「話……というよりお前にしか頼めないことだ」

 

 神妙な面持ちをした黒木場が立っていた。大事な話、なんだろうな。いつもと雰囲気が違う。田所を先に極星寮に行くように促し、黒木場と共に肩を並べて歩き出した。

 

 

 





次話より本戦に突入します( *・ω・)やっと本戦です。極星寮メンバーの闘いも書きたかったのですが私の作風ですとどんどんお話が長くなってしまうので割愛させていただきます。もしご要望などございましたらメッセージよりいただければ閑話でお話を出させていただきます。


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三十四話 戦いの火蓋

お待たせしました(`•ω•´)調理開始っ


 

 

 

 

「話……というよりお前にしか頼めないことだ」

 

 沈んでいく夕陽を背にした黒木場の背中がいつもよりも大きく見えるように感じてしまう。黒木場が食事処ゆきひらに来て以来、現在に至るまで俺が料理人としての毎日を過ごす上で何か一つでも勝っていると思える部分なんて一つもない。

 予選でえびのココナッツミルクカレー、審査員曰く至高のカレーとも呼べる料理を創り出した天性の嗅覚を持つ料理人である葉山をもいとも簡単に降した実力はAブロック、Bブロック共に黒木場が現在のトップであるということが証明されてしまった。

 そんな料理人が俺に頼み事、なんて言うからには穏やかな内容じゃないんだろうなってすぐに予想がつく。

 

「秋の選抜本戦で俺はある奴と食戟をする。俺が敗北した場合、学園から去ることを条件にな」

 

「え? 学園から去ることを条件にしなきゃいけないほど重要なことなのかよ」

 

「ああ、重要だ。あいつは俺が尊敬する料理人を宿泊研修の時に客達の面前で罵詈雑言を吐いて侮辱しやがった」

 

 自分の為ではなく他人の為に退学を賭してまで闘う、それは生半可な気持ちで出来ることじゃない。客達の面前で料理を作った料理人に恥をかかせるなんていうのは絶対に同じ料理人がやっていいことじゃないのも分かるけど、黒木場が覚悟を持って闘わなきゃいけないほどの料理人があのメンバーにいるのか。

 

「……それで頼みってなんだ? まさか、黒木場が負けた時の仇討ちとか」

 

「もしも俺が学園から去らなきゃいけない状況になったら、ほんの少しだけでいいからお嬢を守ってやってほしい。うちのお嬢、天然なところが多いから人様に迷惑かけるだろうからな。あ、えりな嬢に緋沙子も守ってやってくれよ。頼みを聞いてくれるなら、お前がお望みなら毎日でも料理対決の相手になるぜ」

 

 暗くなっていく空を眺める黒木場の表情は一切分からない。けど、不安にも似たようなモヤモヤした気持ちが俺の胸を覆っていくのが分かる。

 黒木場がこの先の学園生活でミスを犯したり、食戟に負ける姿なんて想像もつかない。自分の大切な人を他人に託す行為そのものが黒木場らしくない。

 

「お前らしくねーよ、黒木場」

 

「っ。そうだな、俺らしくはねえな」

 

「自分にとって大切な人達は絶対に自分の手で最後まで守れ、大切な人達の前から急に居なくなるのも駄目だ。残される側の身にもなってみろ! 凄く、凄く辛いんだぞ!!」

 

 黒木場には田所や俺の辛さや痛みを味わってもらいたくない。もちろん、薙切や新戸だってそうだ。

 

 

 

 

 

 

 秋の選抜本戦、一回戦第一試合。

 対決テーマはお弁当。どのようなテーマでも良かったのだけれどまさかいきなり、幸平クンと当たると思わなかったわね。リョウくん可哀想、せっかく予選を勝ち残った幸平クンが一回戦でいなくなることになるなんて。

 リョウくん、幸平クンとの料理対決をした後はいつも凄く楽しそうに語ってくるから少し妬いてたの。私の持ちうる全ての力で相手をして差し上げるわ。

 

「幸平クン、残念ね。せっかくの大舞台なのにアナタの料理を一回しか見られないなんて」

 

「俺に負けたら二回戦から客席で見られるじゃん」

 

「それは無理だと思うの。曲芸頼りの職人芸と古臭い発想はリョウくんと似ているけれど、正直に言うとアナタはリョウくんのいる領域にまで達してない。それに、黒木場リョウという料理人と一緒に長く時を過ごす、ということはどういうことなのか分かってるの?」

 

 小さい頃から今日に至るという日まで毎日、リョウくんに泣かされてきた身なのよ。時を一緒に過ごしてリョウくんの料理人としての技術は盗めるところは盗んで盗めなかった部分は教わって意地でも習得する。そんなことを繰り返してきたんだから幸平クンくらいは簡単に倒してあげないとね。

 

「へぇー、そっか!! じゃあ今日アンタに勝って得るもの全部、俺の血肉にして帰るよ」

 

 

『第一試合、お題は弁当!! 制限時間は二時間となります! 調理開始!!』

 

 

 対決テーマである、お弁当。

 普段からリョウくんが創り出すお弁当を伊達に見てないのよ。料理人がお弁当に込めるのは料理だけじゃない、想いを込めなければいけない。食べる人がホッと温かくなるような料理と真心を乗せる。

 私が作るのは冷めても美味しいお弁当、それはごく普通で当たり前のこと。ただ当たり前の料理を作る、ということほど難しいものはないの幸平クン。このお弁当というテーマは食事処ゆきひらの料理人である、アナタにとっては自分のフィールドで闘うのと同じことじゃないかしら。でもね、お弁当はアナタだけのフィールドじゃないのよ。

 

『リョウくん、何か作ってるの?』

 

『うす。お嬢がいきなり、ピクニック行くとか言い出すんで、目的地が遠そうなので冷めても美味しいお弁当を作ってます』

 

『冷めても美味しいお弁当? そんなものが作れるの?』

 

『もちろん作れますよ。コツはーー』

 

 一人で戦っているわけじゃない。私の隣にはいつもリョウくんがいてくれる。だからこそ勝たなければいけないの。共に過ごしてきた時間を無駄だと思われたくない。何一つとして幸平クン、アナタには血肉としてあげたくはないわ。

 

 私が作るお弁当は三色弁当よ。

 フライパンにオリーブ油、温まってきたら卵を溶きほぐしてから砂糖、塩を加えて混ぜ、火を中火に切り替える。菜箸4~5本を使って混ぜて卵が半熟状になったら一度火からおろし、鍋底をぬれぶきんに当ててさましてから再び火にかけ、細かいいり卵になったら火からおろす。

 きぬさやは、縦筋を除いてにんじんは薄い輪切りにして梅型で抜く。塩少々を加えた熱湯にきぬさやを加えてゆでて冷水にとる。水けをきって斜め細切りにしていく。ボールに酢、砂糖、レモン汁、塩を少量合わせて大根、にんじんを入れて10分ほどおいてからしんなりしたら、汁けをきる。大根とにんじんを5枚重ねて巻く。

 鍋にひき肉としょうゆ、白煎り胡麻、酒、みりん、生姜汁、塩、胡椒を入れ混ぜて全体に調味料がなじんだら中火にかけて汁けがなくなるまでいり煮にする。

 最後にお弁当箱にご飯を詰める。ご飯の上に炒り卵、肉そぼろ、きぬさやを空いたところに梅型にしてある大根と人参を詰めて彩りよく飾れば完成よっ。

 

 

 

 

 

 

 一回戦第一試合の対決テーマはお弁当。帰国子女でもあるお嬢にとって、日本独自の文化として世界でもリードする弁当は食事処ゆきひらの看板を背負う幸平とでは分が悪いだろう。おそらく仕出し弁当は厨房に立ち続けた幸平にとって朝飯前。作ることはおろか、食べるであろう相手の気持ちも汲むはずだ。お嬢も分かってて相手のフィールドで戦いを挑む。いつだってお嬢は俺の作った弁当を食ってきた。弁当を作り、食べるその気持ちだって理解してる。

 

「アリスは幸平くんに勝てるかしら、黒木場くん」

 

「正直厳しいです。日本の弁当をお嬢が知るには遅すぎた……けど日本式の弁当なら今まで俺がお嬢にたくさん作ってきたので。作る側の気持ち、食べる側の気持ちの両方をお嬢がちゃんと分かってればこの対決テーマは十分闘えるって俺は信じてます」

 

「幸平くんのレベルでアリスには勝てないって思ってたのだけれど評価を改めないといけなくなるなんて。彼は弁当に対して浅知恵しかなかったのに」

 

「浅知恵ですか。ただの浅知恵、ただの職人芸、ただの古臭い発想だけの料理人だったら今頃はこの学園には残ってなかったと俺は思いますよ、えりな嬢。幸平の強さは別にあります」

 

 勝てよ、お嬢。

 

 




これからも頑張って更新していくので生暖かい目で見守っていただけたら幸いですっ
(꜆꜄•௰•)꜆꜄꜆»シュッシュッ


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三十五話 箱に詰められたもの

2016年の9月に掲載開始、気付けばもう2018年の3月。それなのに私の作品はようやく、秋の選抜の本戦に突入。なんという亀さん並みの話の進み方なのでしょう( ・_・̥̥̥ )周りのウサギさんにどんどん追い抜かれる日々です。面白い良い作品を文章量も厚く早く書ける作者の方々、感服します(`•ω•´)読者の方々、亀さん並みの速度の私の作品を読んでいただいて本当に感謝してます。これからも亀さんかもしれませんが長く作品を読んでいただけるととても嬉しいです(*’ω’*)


 

 

 

 

 

 

 薙切、悪いんだけどさ。

 俺はまだスタート地点に立ってすらいないから負けるわけにはいかないんだわ。今日ここでアンタを倒して得るもの全てを俺の血肉に変えてやるよ。黒木場と共に長い時間を過ごしてきたなら同じ料理人としても格が違うかもしれないけどさ、俺も小さい頃から食事処ゆきひらの厨房で多くの料理を振るってきた。本戦の一回戦すら勝ち抜けないようじゃ、ゆきひらの看板を背負う料理人として、この学園の頂点を獲る男として名が廃るってもんだぜ。

 

「へぇ……薙切が作ってんのは三色弁当か。しかも弁当を作る上での想いも乗ってるようだし、分かってんじゃん」

 

「ふふんっ。当たり前よ、幸平クン。自分の料理の全てを捧げられると思う男の子に出会わなかったら今の料理人としての私は存在しなかったと思うわ……もちろん、リョウくんのことよっ」

 

 なるほどな、それほどまでに黒木場のことを想ってたのか。良い料理人ほど自分の全てを捧げられると思える存在がいるっていうのは今ハッキリ分かった。

 黒木場や葉山、アルディーニ兄弟に極星寮の皆にもそんな存在がいるからこそ一番美味しい料理を作れる。俺にとって自分の料理の全てを捧げられると思える女の子にはもう出会ってる、それも今この会場のどこかで俺のことを応援してくれてるであろう女の子に今日出す弁当を捧げる。

 

「……今日はお前の為に作るぜ、田所」

 

 今日の対決テーマである弁当は食事処ゆきひらの料理人として厨房に立ち続けた俺にとって朝飯前。仕出し弁当を食べてもらう上で大切なことは美味しい料理を温かい心と共にと届けること。薙切のように冷たくなった料理でも美味しく食べてもらえるように味が落ちない三色弁当を選ぶのは良い考えだと思うけど、俺は更なるその上を行くぜ。

 

 今日俺が出す品は幕の内弁当だ。弁当の王道して考えられるのはのり弁だったけど、予選の薙切の映像を見たら真正面から料理人としてぶつかりたいと思ってしまったんだよな。薙切が予選で出したコルマカレーは確実にこの大会で黒木場の作ったブリ大根のスープカレーの次に圧倒的だった。だからこそ負けてられねぇ。

 鶏もも肉、水煮タケノコを一口大に切り、ニンジンとゴボウは乱切りにしていく。鍋にゴマ油を入れて熱したらゴボウとニンジンを炒める。さらに鶏もも肉と水煮タケノコ、塩を加えて炒めていく。鶏もも肉の表面の色が変わったら水、しょうゆ、みりんを加えて蓋をして15分程煮たらこれで炒り鶏の完成、器に盛り付けてインゲンを飾る。

 次はシイタケのグリル。シイタケの柄の部分を取り、ひだになっている部分にしょうゆをたらす。魚焼きのグリルでシイタケを火が通るまで8分程焼き、ルッコラと一緒に、器に盛る。

 よし、次は鮭のアーモンド焼きだ。鮭の骨を取り除いて半分に切り、両面に小麦粉をまぶしす。皮がついているほうの面に溶き卵をつけてアーモンドをまぶし、サラダ油を熱してあるフライパンに鮭のアーモンドのついた面から順に弱火で焼く。香ばしい焼き色がついたら上下を返してフタをし、弱火のまま2~3分間焼く。これで最後に余った鶏もも肉で出汁をとって作っておいたスープをランチジャーの容器に移してっと。

 

「良い感じに仕上がったな、最後は容器に俵形ご飯を詰めたら……ゆきひら流、特製幕の内弁当の完成だぜ!! どうぞ、おあがりよ!」

 

 田所の分もちゃんと作ったし、後は審査員に食べてもらって薙切に勝たねえとな。

 

 

 

 

 

 

 お嬢と幸平の弁当が仕上がったみたいだな。後は審査員の次第、敗者と勝者が決する。審査員にはお嬢とえりな嬢の祖父である薙切仙左衛門様も居られるが、食の魔王として呼ばれ畏怖されてるだけあって自身の孫であるお嬢にも決して贔屓目はしないはず。

 

『ーー黒木場リョウ、ジュリオ・ロッシ・早乙女の食戟は食戟管理局が受託致しました! 双方共に条件はよろしいですね? 本戦である二試合目を食戟とします!』

 

『うす』

 

『問題はない。黒木場リョウ、学園最後に瞳に焼き付けるがいい。自分の主人の姿を』

 

 

 控え室のモニターから見るお嬢の姿はいつもと違ってほんの少しだけ逞しく見える。いつもわがままでヤンチャしてばかりのお嬢だが、料理に向き合う心は真っ直ぐだ。えりな嬢と一緒に肩を並べたいという気持ちから最先端技術を用いた調理法を自在に操る料理人になったにも関わらず、今日は一切使わずに幸平とぶつかろうとしている。

 

『た、たまらん!! 何だこの三色弁当はう、美味い!! 肉そぼろに炒り卵が絡み合い、旨みを増させている……それをきぬさやの甘みでしっかりと纏めてご飯との相性を最高まで高めている!!』

 

『仙左衛門殿が、いつの間にかはだけているっ!!』

 

 肉そぼろ、炒り卵の絡み合った旨みをきぬさやの甘みに隠されたレモン汁が肉そぼろと炒り卵の味の奥深さを際立たせているな。冷めても美味しいままを保てるように、と考えての三色弁当とはお嬢考えたみたいだな。

 この流れのまま、お嬢に勝ってほしかったがそうはいかないようだ。幸平が作っていた幕の内弁当、流石としか言いようがないほどの品。

 ただの幕の内弁当なら、お嬢にだってまだ勝ち目は見えたんだろうがアレ程の物を作るとは。幸平が弁当箱に選んでいる上の段、ランチジャーということは一つしかない。おかずにご飯、それぞれを少し残してランチジャーの中に入れてあるであろうスープをかけて即席のお茶漬けの完成。弁当箱を開けて二度楽しめるように、工夫がされてるとみた。

 

「お嬢に冷めても美味しい弁当の作り方のコツは教えたことがあったけど……弁当の楽しみ方、までは教えてなかったな」

 

 お嬢の完敗、だな。

 

 

 

 

 

 

 ありえない。

 そんな風に思った時にはもう手遅れであって何の解決にもならないのは分かってる。私は自分自身が間違えたなんて思わないし、リョウくんから教わったことだけを忠実に守ったわけでもない。ただ、少しだけ幸平クンの強さを見誤ったのと嫉妬したのと、お弁当の楽しみ方というのを知らなかっただけなの。まだ結果は出ていない、私は負けてない。

 

『ふむ……絶妙なバランスで考えられた幕の内弁当、ただそれだけではなく余った鶏もも肉からスープを作り、最後にご飯とおかずを残してスープをかければ即席のお茶漬けが出来る……弁当の楽しみ方を二度に増やすとは中々にやりおる!!』

 

 嫌よ、まだ一回戦なのよ。私は勝って勝ってリョウくんと闘いたいの。御祖父様の温かい視線が私を射抜いた、まるで哀れみを込められてるように見えて直視することも出来ずに視線を外してしまった時点でもう結果は今見えた。

 

『アリス……冷めても美味しい弁当という点を踏まえた品は見事であった! これならばいつ何時でも美味しい弁当を味わえるであろう、しかし幸平創真はいつ何時でも温かい弁当という点に目をつけ、弁当の蓋を開けた時の楽しみ、さらにランチジャーを利用し考えられた即席の茶漬けという楽しみ。これは食べる側を考え抜いた上での料理人としての判断としては誠に最良なものである!! おかずも一品一品が常日頃から研鑽されているのか、非常に美味であったぞ、幸平よ。本戦、一回戦一試合目の勝者は幸平創真!!』

 

『勝者ーー幸平創真』

 

 

 ああ、私は負けてしまったのね。今にも泣き喚いて地面を転がりたいけど我慢我慢。幸平クンを料理人として認めざるをえないわ。料理人としてはまだリョウくんの領域にまで踏み込んではいないと思うけど、料理に対する発想は不思議と心を楽しませてくれる。流石のリョウくんも弁当に対してここまでの発想は出てこないだろうし。

 

「薙切、お前の作った三色弁当を今度俺にも食わせてくれよ!!」

 

「もちろん良いわよっ。でも幸平クン勘違いしないでね? 次に闘う時があったら勝つのは私なんだから!」

 

 

 会場からの大きな拍手浴びながら月天の間を後にする私が向かう場所はもちろん決まってる。自分の敗北なんかがちっぽけに思えてくるほどに重要な闘い。リョウくんとロッシくんの食戟、これでリョウくんが負けようものなら遠月学園を退学になってしまうなんて。ロッシくんを緋沙子に料理人として謝罪させるために退学を賭けるなんて本当に、駄犬なんだから。

 リョウくんのことを考えてるはずなのに先の幸平クンとの闘いがショックだったのか、涙がポロポロと零れ落ちちゃう。主人として笑顔で会場に送り出してあげないといけないのに。

 

「お嬢、泣くなよ」

 

「なな泣いてなんかいないわよ、リョウくんの馬鹿!!」

 

「お嬢の弁当に対しての考えは間違ってねぇ。もし俺が弁当というテーマで料理を作ったのだとしても果たして幸平の発想まで辿り着けたのか自信ないですし」

 

「慰めの言葉なら、屋敷に戻った後でたくさん聞いてあげるっ……だから、次の二試合目を負けたりなんかしたら許さないんですからね、リョウくん」

 

「うす、行ってきます」

 

 いつも見慣れてるはずのリョウくんの背中が少しだけ大きく見えた気がした。

 

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございました´ω`*


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三十六話 白と黒のカッペリーニ

|ू・ω・` )気付いたら……もう5月だったんです。←許してください


 

 

 

『ーー繰り返します! 一回戦第二試合は食戟が行われます!!』

 

 会場中に広がる動揺は私の胸に不安の渦を巻いていく。遠月十傑評議会の薙切えりなとして、秋の選抜大会の運営する側にいる以上、ましてや食戟ともなると私に出来ることは何もない。

 私の従者である緋沙子が宿泊研修で大衆の面前でロッシくんから辱めを受けたのを聞いた時、怒りに震えた。その場に居た黒木場くんが私以上に怒って今回の食戟ということに繋がったのだろうけれど、黒木場くんが勝ったら緋沙子への謝罪、敗北した場合は自ら退学だなんて。

 

「……やはり、私がロッシくんを懲らしめるべきだったかしら」

 

「よぉ、薙切。黒木場の心配でもしてんのか?」

 

 背後に振り返ると自分でも露骨に嫌な顔をしたのが分かってしまう、何故なら緊張感漂う周りの雰囲気をぶち壊さんとする陽気な顔をしている幸平くん。

 

「心配するに決まってるでしょ! 黒木場くんが負けたら退学になるのよ!?」

 

「ふーん……黒木場がこんな所で負けるほど弱くないことくらい、薙切なら知ってると思ったんだけど」

 

 うっ、なんか幸平くんにそう言われると心配してること自体が馬鹿馬鹿しく感じてくるわね。でも相手はあのロッシくんなのよ。君も彼の選抜の結果を見ているはずなのに。確かに幸平くんや葉山くんの点数には勝ることはなかったとはいえ、侮れない相手であることには変わりない。

 この学園においてイタリア料理を作る上で最強とも噂されるアルディーニ兄弟を差し置いて、右に出る者はいないという腕前。あらゆる面の料理を極めんとする黒木場くんと対極的な存在と言ってもおかしくはない。一を極めた料理人、全てを極めんとする料理人。

 

「私だって黒木場くんを信じたいわよ。それでも一つを極めた料理人ほど、恐ろしいものはないわ」

 

「相手は一つを極めた料理人、ね。じゃあ全部を極めようとする料理人の方が強いじゃん」

 

「はい??」

 

 

 つい、素っ頓狂な声が出てしまった。

 

 

 

 

 

 

「ふっ、ご主人様と最後の別れの挨拶はしてきたのか?」

 

「とっくに済ませた……後はお前を緋沙子の前にひれ伏させるだけだ」

 

 料理人には時として、何かを守る為に全てを賭けなければいけない時がある。それが今日という舞台ではないのか、緋沙子の料理人としての尊厳を守るために戦う。あいつの料理に対する姿勢を、幼い頃から汗水流して厨房に立ち続けた努力を嘲笑ったロッシを倒せないようなら、俺に料理を作る資格はない。

 

 一つのことを極めるという大変さはイタリア料理を極めているロッシが一番に分かっているはず。なぜ、緋沙子を宿泊研修という舞台で大衆の面前で辱めたのか。普段から緋沙子には何かと突っかかる節があるというのは聞いていたけど、俺は何かを見落としている気がしてならない。この食戟を通して見落としているものがあるのか、無いのかをハッキリとさせる必要がある。

 

『一回戦第二試合は食戟となりましたので引き続き、本戦の審査員に審査していただきます!! 対決テーマも本戦のものとなります、対決テーマはイタリアンとなります!』

 

 

 お題はイタリアン。

 本戦での対決テーマを初めに聞いた時は驚きはしたものの不安は感じなかった。秋の選抜は遠月十傑評議会が仕切っている以上、公正なルールに則って大会の出場者として一人の料理人として戦う。俺が極めようとする全ての料理とイタリア料理を極めたロッシでは今回のイタリアンというお題はあまりにも分が悪い。

 しかし、俺は一人で戦うつもりはない。今から作るのは緋沙子から教わった薬膳料理の知識を活かした一品。ロッシ、お前があの日に一人の料理人の努力の結晶を否定したなら俺は一人の料理人の努力の結晶を全て肯定する。

 

『これより、黒木場リョウ選手対ジュリオ・ロッシ・早乙女選手の一回戦二試合目、食戟を行います!! 調理開始!!』

 

 これから作るのはミネストローネ。主にトマトを使ったイタリアの野菜スープだ。イタリアでは使う野菜も季節や地方によって様々で決まったレシピはなく、田舎の家庭料理といった趣である。

 トマトをベースにしたスープ、使う野菜によっての薬膳効果を考え、味と見た目を落とすことなく審査員の舌を満足させるには簡単ではなかった。今までに至るまでの遠月の様々な料理人達から教わったこと、自分の料理人としての知識を全てをフル活用して最高の料理を作り上げる。

 

「料理はただ美味しいだけじゃ完成じゃねぇ。その皿に熱を、想いを込めることによって完成される」

 

「何を言い出すかと思えば、料理に熱や想いを込めるなんて馬鹿馬鹿しい。美食を作る上で不必要なものだ」

 

 不必要、ね。

 いつの日だったか、俺がまだお嬢と出会う前に港町のレストランで厨房を仕切っていた時は料理に熱や想いを込めるなんていうことは忘れていた。ただ美味しければいい、そこに料理の楽しさなんてものは一切ない。

 お嬢と出会ったことで料理人として大切なことを思い出し、誰かのために作る料理の楽しさを再認識させてもらった。絶対に忘れてはいけない気持ち。

 

 

『リョウくんの作る料理は美味しいけれど、作っている本人が心から料理を楽しんでないのは少し勿体ないなあ』

 

『料理を楽しむ? ただ美味しい料理を作れさえすればーー』

 

『私はね、同い年の幼馴染に美味しいって言ってもらうためにいつも料理をしているのよっ』

 

 

 誰かのために作る料理は笑顔になるほど美味いに決まっている。かつての料理をする上での信条はお嬢と出会い、今日という日まで貫き通してきた。審査員だけではなく、ロッシにも笑顔になるほど美味い料理を出す。手首に巻かれたバンダナを解きーー頭に巻き直す。

 

 よし、野菜の下準備だ。玉ねぎの皮を剥いて1cm角に切り、ズッキーニは半月切りにし、セロリ、キャベツ、人参、じゃがいもをそれぞれ適度に切る。野菜の下準備を終えたら次は鍋にバターを熱し、小さめの拍子木切りにしたパンチェッタを弱火で炒めていく。

 今日のように連戦での食事は審査員の胃腸に負担は掛かるから最適な薬膳効果を狙った料理。ビタミンが豊富なトマト、ニンジンの組み合わせによって体内の活動を活性化させる。スープという消化しやすい形にすることによって消化吸収機能が衰えている人でもすんなりと食べることが出来る。

 

「お前に魅せてやるよ、緋沙子が極めた薬膳料理を。俺が極めんとする料理を!!」

 

 料理は孤独(ひとり)では作れない。作り手や食材を育て上げた人、料理に関わった人々によって多くの人達の手を借りて料理は作られる。

 

 

 

 

 

 

 対決テーマである、イタリアン。

 十傑評議会の第九席の叡山先輩の手によって仕組まれたものは明らかだった。僕の最も得意分野のイタリア料理で黒木場リョウを叩きのめせ、ということなのだろう。

 僕の料理技術では黒木場の足元に及ばないということなのか。不確定要素を除くためには僕の得意分野でなければ黒木場に太刀打ち出来ないとでも言われているようで対決テーマを初めに聞かされた時はとても気分が悪かった。

 幼い頃からイタリア料理を極めてきた僕に対し、黒木場はジャンルが定まっていない。全ての料理を極めようとする姿勢は評価に値するかもしれないが考えが浅はか極まりない。薙切アリスの付き人で中学時代は目立ってはいなかったが、遠月の様々な料理人達にプライドを捨てて教えを乞う姿を時々見た時は滑稽極まりなかった。

 

 料理に熱を、想いを込めるなんて馬鹿馬鹿しい。それで料理が美味しくなるわけがない。料理に必要なレシピ、有事の際の対応。作業を落ち着いて行えば美味しい料理は作られる。見た目を、味を満足させられるものは客から高い評価を得る。

 

「僕のイタリア料理が負けるわけがない」

 

 黒木場リョウ、これから学園を去りゆく君に僕の必殺料理(スペシャリテ)を餞別にしよう。

 

 必殺料理、白と黒のカッペリーニをね。

 

 



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三十七話 勝利への渇望

かれこれ一年以上、評価コメントにて同じコメント、低評価にて追いかけてくる方がいます。私がこの作品の更新を渋っている原因の一つです。更新する度に気分が落ち込みます。この作品をしばらくの間、完全非公開にして新たに書き直すのと、未完状態にしてまた作者のメンタル回復まで待っていただく、どちらかの形を取りたいと思います……(・_・`)申し訳ないです。ごめんなさい。


 

 

 

 舞台と役者が揃い、劇を演じたら最後は幕を引く。これはごく自然な流れだ。秋の選抜の本戦という舞台、ロッシの得意分野とするイタリア料理で徹底的に打ちのめされて黒木場の敗北は確定し、学園を退学になる。

 遠月十傑の第九席の立場と一人の料理人という立場から見て何の恨みもない奴にここまでするのは少し心が痛む。だがこれで俺の経歴から一つの傷は消え、穏便な学園生活を取り戻せる。

 

「嬉しそうだね、叡山くん。なにか良いことでもあったのかな」

 

「ん? あぁ……一色。別に大したことでもないんだけどよ、黒木場にロッシの得意分野とするイタリア料理が相手だと、あまりにも分が悪いから少し気の毒で」

 

 それだけじゃない。

 黒木場の食材には少し小細工をさせてもらった。食材の手配時にリストを見る限りでは作る品はミネストローネ、基本的にトマトベースになる料理だ。そこで念には念を入れて黒木場の使うトマトを傷んだものとすり替えるように指示を出した。傷んだトマトといっても目利きの料理人でも気付くか、気付かないレベルのもの。気付いたところで手の打ちようがない。

 

 いつもの俺ならここまで可哀想に思えるほど、追い込むことはない。しかし、本戦の数日前に黒木場リョウと薙切薊の二人の過去を調べさせた結果の資料を見てとんでもない事実に辿り着いた。黒木場は幼い頃に薙切薊と料理対決を行ない、引き分けている。当時の実力で薙切薊という料理人と引き分けているなら、現在の実力は未知数。

 なぜ黒木場と薙切薊が料理対決をする、という流れになったのかという点についてまでは調べることが出来なかったので諦めるしかない。まぁ、今となっては薙切薊を脅す良い口実が見つかったとでも言うべきか。過去とはいえ、幼い子供相手に料理対決で負けてるなんていうのが表立っては仕事にも支障が出るだろう。手加減、したというなら話は別だが、調査資料を見る限りでは手加減無用で本気の料理だった。

 

「黒木場くんにとってフェアではないかもしれない食戟……薙切くんから話を聞いた限りでは譲れない闘いらしいね。誰かを守る為に闘う、というのは素晴らしいことだと思う」

 

「はっ。結果的に負けてしまえば全部失って終わりじゃねぇかよ」

 

「それすらも覚悟の上、というわけなんだろうね」

 

 悪いな、黒木場リョウ。今日の舞台で消えてくれや。

 

 

 

 

 

 

 調理の手が止まる。

 食材のトマトが明らかに傷んでいる。臭い、見た目、感触のどれもが微妙な加減で新鮮味がない。傷んでいるのは確実、ほのかな酸っぱい臭い、見た目は完熟にも見えるが違う、感触も少し柔らかいくらい。普通の料理人でも目利きが難しいな。臭いに気付かなければこのまま使うところだった。

 

「どうする……考えろ、考えろ」

 

 今日作る薬膳イタリア料理、ミネストローネはトマトベースのものだ。肝心のトマトが傷んでいては勝負にならない、今から申告して食材を変えてもらう時間も惜しい。しかし勝負を投げるわけにもいかない。なぜ、トマトのみ傷んでいて他の食材には問題がなかったのかと陰謀めいたことが、フッと脳裏を過ぎるが考える時間すらない。

 

「仕方ないな……方法は一つだ!!」

 

 どの程度、傷んでいるか分からない以上は一つしか方法がない。50℃の熱湯にトマトを浸けてから、氷水に浸け直す。その後にある程度、トマトを乾かしてから潰してミネストローネを作っていくことにしよう。当然、味は変わってくるので時間との勝負になってくる。急造の味でロッシのイタリア料理に勝負を挑むことになるなんてな。

 50℃の熱湯を用意し、トマトを浸けて10分前後待つ間にスパイスの用意。トマトに合わせて多少、スープの味を変えなければならない。急造とはいえ味を落とすわけには絶対にいかない。

 

「顔色が悪いな、黒木場リョウ。学園で作る最後の料理だから緊張でもしているのか、緊張をしていようとも僕の手は止まることはないがね。これから学園を去りゆく君に必殺料理を餞別にするのだから」

 

「必殺料理……だと」

 

 その者にしか作ることの出来ない真に独創性のある、一皿。料理人が己自身の料理を追求した末に作り出されたもの。それは敬意を込めてこう呼ばれるだろう、必殺料理と。ジュリオ・ロッシ・早乙女という一人の料理人によって編み出された一撃必殺の料理。

 

 俺はロッシの料理に打ち勝つことは出来るのか。現状ではロッシの料理に打ち勝つことは難しいだろう、もしここで薬膳という選択肢を外し、イタリア料理としてのミネストローネを作り直せばまだ勝利の可能性は見い出せるが、薬膳効果を狙ったイタリア料理としてこのまま料理を出すなら勝敗は分からなくなってくる。

 

 どちらを選ぶべきなのか、というのはもう分かりきってる。俺自身、緋沙子の料理人としてのプライドを守る為に、彼女を嘲笑い辱めた料理人を倒す為に闘う日が来るとは思ってもみなかった。

 

 

『お前、えりな嬢の付き人なんだろ。俺の代わりに手紙を渡してきてくれよ』

 

『今のわたしに……えりな様に顔向けする資格なんか……』

 

『あ? 手紙も渡せねぇくらいにか。はぁ、顔向け出来なくても傍にいて抱き締めるくれーは出来るだろ』

 

 

 昔、えりな嬢に手紙を渡すために日本に渡った俺は一人の幼い女の子と出会った。友達であり、えりな嬢の付き人である彼女は主を助けられずに悲しんでいた。

 

 手紙を渡せないくらいに、小さな背中を震わせ泣いていたのだ。そんな彼女は主を守る為に体調の管理を担うために薬膳料理という答えを得て、現在に至るまで一生懸命に努力をしてきたんだろう。

 

「……お嬢、すみません。ここで負けても怒らないでくださいね」

 

 きっと、お嬢なら許してくれるだろう。

 

 ここで俺が薬膳イタリア料理を選択肢し、ロッシの必殺料理に敗れたとしても悔いはない。

 

 

 

 

 

 

 リョウくんの調理の手が止まった。

 視線の先にあるのは食材のトマト。今日の対決テーマであるイタリア料理を作る上でリョウくんが出した答えは薬膳効果を用いたミネストローネ、料理人として私の付き人としての純粋な答えは素晴らしいと思う。

 イタリア料理はロッシくんの得意分野、リョウくんもイタリア料理に関して遅れをとるほどの腕前ではないにしろ、薬膳を合わせるとなると難しい。イタリア料理の野菜スープであるミネストローネと薬膳効果を狙うミネストローネとではまったく本質が変わってくる。もしも、要となるトマトに何かあったら、リョウくんといえども薬膳効果を狙ったミネストローネを作ることは出来ない。

 

「……もしかして、リョウくんの使う食材が傷んでるのかしら」

 

「あら、考え過ぎじゃないのアリス? この秋の選抜は遠月十傑評議会によって運営されているから食材の手配は徹底されてるはずよ」

 

 意を決したように手を動かし始めたリョウくん。私の方に視線を向けると、小さく会釈をした。何を意味するのか、分かってしまうほどに共に長い年月を過ごしたと思ってる。

 

「リョウくん……」

 

「ほ、ほら!! 黒木場くんも手を動かし始めたし、きっと大丈夫よ! ね?」

 

「食材の手配は誰が指示を出していたの?」

 

「確か、黒木場くんとロッシくんの二試合目の食材の手配は叡山先輩が行なっていたはずよ」

 

 遠月十傑の第九席、叡山先輩ね。

 対決テーマはロッシくんにとって有利なもの、さらにリョウくんの使用する食材に一部傷んだものが混ざっていたなんて少々都合が良過ぎないかしら?

 

 

『さあ、先行は僕だ。審査員の皆様、僕の必殺料理を堪能あれ!!』

 

 

 ロッシくんの手に持つ皿には黒と白のソースが絡み合う、黄金のカッペリーニ。遠目からでも感じる圧力、普通の料理なんかじゃない。彼は確かに必殺料理を堪能あれ、と言っていた。リョウくんが相手なら自分の得意分野である以上、必殺料理とも称される料理を出さなければ勝てないかもしれない。

 傷んでいる食材を使う料理人を相手に必殺料理を作ったのだとしたら、ただの公開処刑に過ぎないわ。緋沙子のことを想って闘うリョウくんが倒されたら一番に傷付くのは緋沙子に決まってる。誰よりも責任感のある彼女が傷付いてしまう。

 

『……こ、これはイカスミソース、トマトベース主体でここまで完成させるとは!! さらに濃厚なカルボナーラソースを合わせた白と黒のカッペリーニというわけかね!! 一つのパスタで二つの味を楽しめる!!』

 

『必殺料理と称しただけはある一品……!!』

 

 お爺様が一瞬にして、おはだけをーー。

 トマトベース主体のイカスミソースにカルボナーラソースを合わせた一つの皿の上で二つの味を楽しめるカッペリーニというわけね。しかもそれだけではない。

 

『ふふっ、それだけではありません。二つのソースを絡ませて、もう一度お楽しみください』

 

『な、なにぃ!! これはミートソースにカルボナーラソースを絡ませて食べることによってさらに味に深みとまろやかさが広がっていくううう!!!!』

 

 会場内に漂う香りは私の鼻腔をくすぐってしまう。ミートソースとカルボナーラソースの絡みあったカッペリーニ、嫌でもロッシくんの顔が浮かんでくるのに食べたいと思ってしまう自分がいる。

 

『この食戟、もはや勝利は確定したのでは?』

 

『まだーー食べてはおらぬ。勝利への渇望する料理人の料理を!!』

 

 勝利への渇望。

 

 リョウくんは諦めてはいない。

 

 

『ああ、まだだ。これから俺のターンを始めさせてもらうぜ!!』

 

 会場内に漂う必殺料理の香りを打ち消すようにミネストローネの香りが会場内全てを包み込んだ。

 

 

 

 





最後まで読んでいただいて

ありがとうございました。


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三十八話 ミネストローネ

お久しぶりです(`•ω•´)2ヶ月と少し、色々な作品を読んで英気を養ってきました。感想、評価、メッセージから様々な応援、慰めのお言葉ありがとうございました。本当にありがとうございました、支えになりました。読者様のおかげで続いている作品ですので食戟のソーマが続く限り(*•̀ •́)私も完結まで物語を書き続けていきたいと思います。これからもどうか、この作品をよろしくお願い致します。


 

 

 

 会場内に漂う必殺料理の香り。

 その余韻をかき消すようにミネストローネの香りが会場内を包み込んだ。言いようのない不安が胸を覆う。

 確実に、トマトは傷んだものとすり替えさせたはず。それなのに、何故こんなに鼻腔を擽るほどの芳醇な香りを放っている。嫌な汗が頬を伝っているのが分かる。

 隣に座っている一色は表情一つ変えずに笑みを浮かべている。傷んだトマトを見て動きを止めた黒木場を見ても一切、動じていなかった。まるで、黒木場ならこの程度の危機を乗り越えられると暗に言われてるようで気に入らねぇ。

 

「一色……お前、気付いてたのか」

 

「傷んだトマトのことかい? それとも、黒木場くんが危機を乗り越えるかもしれない、ということかな?」

 

 やはり、この男は侮れない。

 この距離から目利きの料理人ですら、傷んだトマトの仕分けなんて困難なのにそれすらもやってのけるとはな。

 

「ハッ、後者だよ。傷んだトマトを使っているのも関わらず、一体……どんなマジックでーーなっ!?」

 

 

 キュッと首が絞まるような感覚と共にシャツの襟を思いっきり掴まれる。息がかかる程の距離、銀髪に紅い瞳をした女が俺を睨んでいた。

 薙切アリス、か。大方、食材の指示を出したのが俺だということを薙切えりなから聞いたんだろう。だが無駄なことだ。証拠なんていうのは一切ない。

 

「おい。最近の一年生は、先輩への敬い方を知らないらしいな。一体、何の真似だ?」

 

「何の真似? こっちのセリフよ!! うちのリョウくんに何の恨みがあってーー」

 

「ストップ!! 落ち着きなさい、アリス!!」

 

 薙切アリスは追って来た薙切えりなによって羽交い締めにされ、シャツの襟から手が離れる。ったく、シワになったらどうするんだよ、この女。

 やれやれ、これだから友達ごっこをしている料理人共は嫌になる。仲良しこよしをやりたいなら遠月学園を出て他所でやればいい。

 証拠があるのならまだしも、ないにも関わらずに食材をすり替えさせたかもしれない、先輩へ突っかかって来るなんてな。

 

「少し落ち着こうか、アリスくん。この件については後ほど、遠月十傑評議会と食戟管理局で調べてみるから」

 

 一色の奴、余計なことを。

 

「今はとりあえず……黒木場くんを見守ろう」

 

 まあいい、すり替えさせた奴には金でも握らせて遠月学園を出て行ってもらおう。

 

 

 

 

 

 

 イタリア料理、ミネストローネ。

 主にトマトを使ったイタリアの野菜スープでイタリアでは使う野菜も季節や地方によって様々で決まったレシピはない。

 トマトをベースにしたスープ、使う野菜によっての薬膳効果を考えて見た目、味、どれもが劣らぬように試行錯誤した上でようやく作り上げることが出来たはずの料理は、想定外のトラブルで手を止めた末に急ピッチで即席の薬膳イタリア料理になってしまった。

 

 出たとこ勝負だ。今の俺で考えうる調理法を駆使して作り上げた料理、負けても悔いはない。ただ、お嬢に申し訳が立たない。

 

「黒木場リョウ、一時の間……手を止めていたが、何かのトラブルでもあったか」

 

「うす、ほんの些細なトラブルだったんで俺の料理には影響はないです」

 

 俺なりの虚栄だ。

 言っては見たものの、現総帥である薙切仙左衛門殿は既に見破っているだろう。些細なんかではない、重大なものだと。鋭い眼差しが俺を射抜いているのが分かる。

 色鮮やかで芳醇な香りを放つミネストローネは誰が見ても、薬膳料理だとは思うまい。しかし、イタリア料理と薬膳を本来とは違う、急ピッチでの即席料理。これがどんな風に味わいが変わるのか、冷や汗が止まらない。

 

「強かだな、黒木場リョウよ。お主はここで終わるような料理人ではあるまい、孫娘を闇から救ってくれた男なのだから」

 

「総帥、一体、何を……?」

 

「いや、気にするでない。年寄りの戯れ言よ」

 

 

 審査員達のそれぞれの席にミネストローネの皿を置いていく。感嘆の声が漏れる者、ため息を吐く者、反応が様々だ。一人、また一人とミネストローネへスプーンを口に運んでいく。ため息を吐いていた審査員が表情を真っ赤に変え、小刻みに震えるのを見て俺は自分の体温が一気に下がっていくのを肌で感じていた。

 もはや、ここまでか。遠月学園中等部へお嬢と編入してからの日々が頭を過ぎる。料理人としての毎日が充実していた、と。お嬢、えりな嬢、緋沙子との過ごす日々はかけがいのないものだ。天井を見上げて目をつぶって死の宣告を待っていると、耳を劈く勢いの声を浴びせられる。

 

「黒木場リョウ!! 一体、どんなを手を使ったんだ!?」

 

「何を言って……」

 

 

 慌てふためくロッシの向こうの審査員席で堂々とおはだけをしたまま、腕を組み上げている薙切仙左衛門殿。他の審査員達もおはだけしていた。顔を真っ赤にしていた審査員なんかはミネストローネをおかわりしている。

 

「見事なものよ。このミネストローネには()を満足させうる気持ち、見た目、味のどれもが入っている。イタリア料理という分野に薬膳を組み合わせるという発想……何より、非常時に適した調理法が功を奏したというべきであろう」

 

「ミネストローネの味の奥深さ、トマトの旨みがよく染み込んでいる。それぞれの野菜に薬膳の効果を持たせ、客の心と身体を気遣ってくれる料理なんていうのは初めてだよ」

 

「おろし生姜がよく効いている、トマトの甘酸っぱさと野菜、しょうが、身体から力がみなぎってくるようだ。見た目も美しく、味も素晴らしい……さらに薬膳の効果まで持たせるなんて完璧だ」

 

 俺は傷んだトマトを熱湯に浸けてから、氷水に浸け直してその後にある程度、乾かしてから潰して使用した。その際に味が変わってくることからスープの味と薬膳を整えるためにおろし生姜を加えたんだ。本来なら味が少し変わった際に入れようと考えてほんの少しだけ、すりおろしていたのを全て加えて、追加で入れて整えていた。

 ロッシの必殺料理が出された時と俺の料理が出された際の反応は明確だった。誰一人として、美味しいとは言いつつも、おはだけしていなかったのに対してこちらは全員おはだけしている。ロッシの曇る表情、なぜ同じ料理人であるはずなのに、こんなにも違うのか。今回のは本当にギリギリだった。ギリギリだったからこそ、分かってくるものもある。

 

『結果はーー5対0です!! 食戟は黒木場リョウ選手の勝利となります!!』

 

 審査員達は満場一致。

 しかし、納得のいかない料理人が一人。

 

「おかしい、ありえない。僕のイタリア料理が負けるわけがない!!」

 

「……納得がいかなければ、お主も食べてみよ。ジュリオ・ロッシ・早乙女よ」

 

 

 ミネストローネの皿を手渡されるロッシ。無言のまま、口に入れ、呆然と立ち尽くす。

 

 ああ、そういうことか、と小さくこぼした言葉は酷く弱々しいものだった。

 

「……新戸緋沙子には謝罪する。だが、薙切の犬であるお前に負けたわけじゃない。今回のはたまたま、薬膳知識、それも新戸緋沙子のおかげで勝てたに過ぎないんだからな」

 

 顔を歪めて背を向けるロッシにこれ以上、俺が掛ける言葉はない。

 傷んだ食材への対処、というのに正解なんてない。今回のがたまたま上手くいっただけで次も上手くいくとは限らない。

 

 

 お嬢の姿を探すと、叡山先輩と一色先輩の所に居たので手を振ると涙目のまま、観客席から走って来て、そのままダイブしてきた。慌てふためくえりな嬢へ視線を向けずにひたすらに、お嬢は俺を馬鹿と連呼しながら胸を叩いてくる。

 

「私の面倒をリョウくんが見ないで、誰が見るのよっ」

 

「うす、すいませんでした。今回は本当に危なかったです」

 

 

 涙をこぼすお嬢を優しく抱きしめた。

 

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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三十九話 常連客の忠告

私も、夏休みが欲しいな(・ω・`三´・ω・)夏休みどこかに落ちてませんか


 

 

 

 

 

 

『結果はーー5対0です!! 食戟は黒木場リョウ選手の勝利となります!!』

 

 黒木場くんの勝利が会場内に響き渡る。

 会場内の隅で祈るように手を合わせていた私はホッと息をついた。自分が食戟の場に立っていたわけではないのに緊張から来ているのか、足腰に力が入らずにペタンと床にお尻がついてしまう。

 そんな私の様子を見た葉山アキラがクスクスと笑っているのが見えた。思わず唇を尖らせてしまう。だって仕方ないと思う、黒木場くんは私の為に食戟をしてまで、退学を賭けてまで戦ったんだから。これで負けて退学にでもなっていたら、アリス嬢やえりな様に面目が立たない。

 

「新戸、もしかして黒木場が負けると思ってたのかよ」

 

「負けるとは思ってない……ただ、安心しただけだ」

 

 なるべく口調を強めてみたものの、葉山アキラが私を見下ろす姿勢になっているので何とも言えないような状態になっていて恥ずかしい。

 

「……イタリア料理と薬膳料理を合わせる、なんて大胆な芸当は黒木場くらいにしか出来ないだろうが、食戟の料理内容から察するに新戸、お前が関わっているのは分かった」

 

「うっ……」

 

「料理に関して無駄な動きをしない黒木場が手を止めた時点で誰の目に見てもトラブルがあったのは明白だ。それでもあいつはイタリア料理か、薬膳料理の一つに絞ることはせずに料理を完成させた」

 

 葉山アキラの鋭い視線が突き刺さる。彼の言いたいことは嫌でも分かる。

 

「……新戸、黒木場の道を塞いでやるなよ」

 

 最も尊敬してやまない料理人、えりな様を救ってくれた恩人の道なんか絶対に塞げるわけがない。

 

「わ、分かってる……」

 

「最後のは冗談だ、気にしないでくれよ」

 

 ひらひらと手を振る葉山アキラの背中を見て、私は心がギュッと締め付けられる。私はえりな様や、アリス嬢、黒木場くんの傍に居て本当に良いのか、ふと考えてしまうことがある。今日の食戟みたいに黒木場くんへ迷惑を掛けたように、えりな様やアリス嬢にも迷惑を掛けてしまうことを考えると、私はお傍を離れた方が良いんじゃないのだろうか。

 

 きっと、その答えは本戦で出るんだろうと私は会場内の温かい拍手と言葉に囲まれてる黒木場くんとアリス嬢を見て思った。

 

 

 

 

 

 

 選抜本戦一回戦第二試合、食戟でもある、黒木場リョウ対ジュリオ・ロッシ・早乙女のし映像を眺めながら僕は歓喜に震えていた。叡山枝津也、彼を焚きつけて一人の料理人を学園から退学するように仕向けたのも、本気を見たかったから。

 料理中に手を止めたのは何らかの妨害があったから、なのにも関わらず最高ともいえる料理を作り上げた黒木場リョウは称賛にも値する。彼の背中に才波先輩が重なるが、少し違うのは黒木場リョウの実力は当時の才波先輩を越えていることだ。

 

「……だからこそ、僕が救ってあげなければいけない」

 

 料理人として素晴らしいものを持っているのに、底が浅い料理人達と共にいるせいで彼は停滞(・・)している。彼の実力はこんなものではない、さらなる高みにあるはずなのに。

 

薊様(・・)、この子が例の料理人なのかしら? ん? 黒木場リョウって……北欧にある港町のレストランの料理長じゃなかった? 確か、クラージュが偉く気に入っていたような」

 

「ほう、よく知っているね。それでクラージュはお忍びで黒木場リョウを応援しに行ったのかな」

 

 褐色肌に青い瞳、麗しく見える紫がかった長髪。WGO一等執行官でもあるデコラ、彼女の言葉に少し驚いた。デコラと同じくWGO一等執行官でもあるクラージュが僕に隠れて行くほどに黒木場リョウにご執心とは。

 

「もしかして、スケジュールが空いたから日本に渡って来たのではなく……黒木場リョウ見たさに日本に渡ったのかい、クラージュは?」

 

「あら……嫉妬してるの?」

 

「デコラも美しいけど、彼女の美貌も目立つから。あまり目立つと今後の予定が少し狂うんでね」

 

 料理人達を導く鍵となる、えりな。

 まずは僕の娘を手中にするには外堀から埋めていかなければならない。手元にある写真の人物、新戸緋沙子。先の食戟の件を見るに、色々とあったのだろうと考えさせられる。そこを本戦とともに利用させてもらおうか。彼女に何かあれば、黒木場リョウも必然的に動くだろうが、そこは心配はいらないだろう。

 しかし、何にせよ、今はデコラやクラージュをWGOを学園側に認知させる訳にはいかないので少々困るのもそうだが、一番困るのは黒木場リョウと接触して変な事を吹き込まれることだ。まだ準備が全て整っていない以上、長期戦となるわけにはいかない。王座を得るには時期尚早だ。

 

「ふぅ……仕方ない子だな。戻って来たら、少しキツくお説教をしないと」

 

 十傑評議会をまだ一定数、こちら側に引き込められていない以上は迂闊な行動は出来ない。学園側や日本各地で同じ思想を持つ者達はいるが、学園内部から崩壊させるには十傑評議会の人間が必要不可欠だ。

 

 

 

 

 

 

 大歓声に包まれる会場内に私はホッと胸を撫で下ろしていた。リョウくん、北欧の港町のレストランで幼いながらに料理長をしていた頃の殺伐とした雰囲気は無く、今は鬼気迫るような覇気すら感じる。

 彼が料理長として港町のレストランで働いていた時、週に四回ほど足を運んでいた。それくらいに彼の料理が好きだった。スケジュールを無理やりにでも空けてお店に行くほどだったかしら。

 WGO一等執行官のクラージュとして様々な食を見て食べて来たけれど、リョウくんの料理は素晴らしいもの。当時は何らかの事情で自分らしい料理を作れなかったのだろうけど、今は彼の本来の持ち味が活かせていることに嬉しい。今、抱き抱えているであろう、薙切アリスという子のおかげかしらね。ふふっ、微笑ましいなあ。私も今ならリョウくんに抱っこしてもらえるかなあとソワソワする。

 

「……薊様も酷いわね。リョウくんの今を壊そうとするなんて」

 

 幼いながらに死に物狂いで料理していたのを見ている、実力で勝ち取った料理長を見ているからこそ、今の彼の生活に安堵すら覚える。平穏な日々を。

 それを壊そうとするなら許せない。薊様の思想は悪くはない、と思うけれど思想がリョウくんの生活を壊すというなら話は別よ。

 

「忠告はさせてもらうわ、リョウくんに」

 

 

 出場選手の通る通路にいる黒服に猫なで声と上目遣いで胸を強調してあげれば顔を真っ赤に染める黒服はすんなりと道を通してくれた。男って本当に単純ね。

 通路の向こう側に二人の姿が見える。リョウくんと薙切アリス。料理人達を導く鍵、となる薙切えりなという彼女はいないけれどリョウくんに関わる人物達の身に何かあるのは確かよね。

 

「ん? アンタ……クラージュか。久しぶりだな」

 

「誰? リョウくん、この綺麗な女性は」

 

 薙切アリスが満面の笑みを浮かべながらリョウくんの足を変形するくらいに踏み付けているのが見える。

 

「う……す。港町のレストランで働いてた時の常連客ですよ」

 

「お久しぶりね、リョウくん」

 

「リョウくんに用があるなら、私が代わりに聞こうかしら」

 

 笑みが怖いわ、彼女。何か勘違いしてるようだから手短に済ませないと後が恐ろしいわね。

 

「えっと……ね、手短に済ませるわね。リョウくんと関わる人達、特に薙切えりなや薙切アリス、新戸緋沙子……だったかしら。薊様が今後、何らかの手段で仕掛けて来るかもしれないから気を付けてね」

 

「どういうことだよ、それ。クラージュ、お前……薙切薊と何か繋がりがーー」

 

「私は薊様側の人間よ……気を付けてね、リョウくん」

 

 

 ただ、そう告げると背中を向けて走り出す。伝えることは伝えた、後はきっと彼がどうにかしてくれるはず。薊様の思想に乗った自分が悪い、けれど後戻りは出来ないのだから。リョウくんへ告げるのもこれが最後。ああ、後からきっと薊様からの耳が痛くなるような説教が待っていると考えると足取りが重くなる私だった。

 





最後まで読んでいただきありがとうございます(*`・ω・)


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四十話 報いるには

原作のソーマでは(๑•﹏•๑*)何やら、ドラマの予感がしますね。近頃は暑いので皆さん、水分を取って熱中症には注意してください( 'ω'` )←熱中症に負けた人


 

 

 

 

 秋の選抜本戦二日目、一回戦第三試合。

 対決テーマはハンバーガー。オーソドックスな調理例として牛挽肉、塩コショウ、とナツメグを適量振りかけて混ぜ込んだミートパティを作り、テニスボール大に丸めてから平らに引き延ばしてから、両面に焦げ目がつくくらい加熱し、トーストしたバンズに乗せてからミートパティにケチャップをかけ、サンドにして食す。お好みでトマトやレタス、マスタードなどが挟まれるだろう。

 

 会場内に響き渡る司会の声。対決カードは新戸緋沙子、葉山アキラ。両者互いの実力を知っているだけあって、どちらが勝つか負けるかという検討はつかないけれど緋沙子に勝ってほしいと思う自分がいた。

 いつだって前を向いて努力をし続け、薬膳料理を極めた料理人と天性の嗅覚を研ぎ続けた料理人の両者が持ちうる全ての力を注ぎ込んだハンバーガーともなれば凄まじい一品になるのは確実。

 

 

 隣でムスッとした表情を浮かべているお嬢を余所に緋沙子への不安が胸を覆う。昨日のクラージュの言葉が引っ掛かる。かつて、港町のレストランでの常連客。嘘をつくような奴じゃない、寧ろ正直な女性だったので好感を持てていたが、まさかここで薙切薊という言葉を聞くことになるとは。

 宿泊研修の時に堂島シェフから薊の話を聞いた時、狙いはえりな嬢、もしくは俺かと思っていた。しかしクラージュは俺に関わる人達の名を挙げていた、気を付けろと。えりな嬢には緋沙子が付いているし、お嬢には俺が付いてる。だが、逆を言えば緋沙子と俺には誰も付いてない。

 

 

「まったく……私の駄犬は未だに昨日の美女のことでも考えてるのかしらね」

 

「まっらく、考えひぇらいれす、ふぁい」

 

 お嬢が頬をつまんでくる。結構、強めにつまんでくるので昨日のクラージュが来たことでまだご立腹なんだろう。いつもなら俺が女子と話したりしてても別に顔や態度には全然出さないのに、昨日はそれはもう鬼のようだった。夕食を抜きにされてしまうほどに。

 

「それで今日は緋沙子と葉山くんのどちらに軍配が上がるの、リョウくん」

 

「難しいですね……個人的には緋沙子を応援してるんですけど、葉山の嗅覚と実力だと苦戦は避けられないかと」

 

「本当に駄目駄目な子ね。ここはハッキリと緋沙子が勝ちます、くらいは言ってほしかったのに」

 

 苦戦は避けられないけれど、勝てないとは言っていない。緋沙子が俺に薬膳料理を師事してくれたように、俺も自分の持ちうる技術を、知識を緋沙子に教えている。

 

 

「俺の知ってる新戸緋沙子はここで負けるような料理人じゃないですよ」

 

 頑張れよ、緋沙子。

 

 

 

 

 

 

 対決カードは葉山アキラ。

 対決するテーマはハンバーガー。葉山アキラとはジャンルは違えど、方向性は似ている。スパイスと薬膳という方向性は似ているが決して彼の才能には私は力及ばないということ。葉山アキラが天才であるなら、私は凡才だ。

 天性の嗅覚など持ち合わせていない私が彼と互角に渡り合うのに必要なのは日々の努力。努力の数なら、時間なら誰にも負ける自信はない。えりな様のお傍にいるというのは名誉でもあり、負けることなんてあってはならない。アリス嬢や黒木場くんという強者の料理人がいるのに私だけが弱い、と言われてはえりな様の顔が立たない。

 

「よう……今日は全力を出させてもらうぜ。薙切家の付き人の実力は身をもって知ってるから、手加減なんて出来ないからな」

 

「手加減、か。今日の私はひと味もふた味も違うというのを見せてやる。葉山アキラ、お前は黒木場くんの足元には到底及ばないというのを身をもってもう一度知ってもらう」

 

 視線が交差する。

 葉山アキラは過去に黒木場くんからスパイスの扱いを師事してもらったというのは聞いている。だがそれは私も同じ、黒木場くんに薬膳料理を教えているように、私も彼からちゃんと教わっている。彼の得意とする料理ジャンルの一つ、海鮮料理を。

 

『ーーでは一回戦、第三試合。調理を開始してください!!』

 

 私が作る品は海老のハンバーガー。

 薬膳料理と海鮮料理を合わせて作る、この品はおそらく今まで作って来た料理の中で最も難易度が高い。試作を重ね、ようやく完成させた料理をもって葉山アキラを破る。

 黒木場くんがロッシくんを破るために、自ら薬膳料理を合わせるのは分かっていた。それなら私も彼に少しでも報いるのにどうすればいいのか考えた末に出した答えが、海鮮料理を合わせるというもの。

 

 伊勢海老を使い、薬膳の中でも辛味のあるものを合わせて辛さの中に旨みがある極上のハンバーガーを生み出すためにはどうすればいいのか。パティをライスにすればどうか、など具だけではなくパティにもこだわってみた。全ては勝つために。少しでも葉山アキラという天才を打ち負かすために。

 

 調理へと移ると観客達のどよめきが響く。葉山アキラの方へ目を向けると、薄切り肉を重ねていくのが見えた。ドネルケバブか、最も脂身やスパイスが溶け合う方法を選んできたか。

 しかし、私も負けてはいない。伊勢海老を取り出す。頭と腹との殻の境目の柔らかいところを背腹両面を切る。腹のところをひねってねじ切り、身を頭の中に残さないように身を抜き出していく。

 

「伊勢海老、か。もしかして黒木場がイタリア料理と薬膳料理を合わせたように新戸は薬膳料理と海鮮料理……を合わせようと考えたのだとしたら浅いな。お前には無理だ」

 

「無理? それは違う。出来る、出来ないという話じゃない。私は今日、ここで認めさせる……ロッシくんのように他に私を見くびる人達へ、えりな様のお傍に私が相応しいのだと!!」

 

 必ず作りあげる、極上のハンバーガーを。

 

 

 

 

 

 

 黒木場に関わった奴は変わる。

 それは悪い方向ではなく、良い方向にだ。新戸緋沙子は薙切アリスや薙切えりなに次ぐ、黒木場とそれなりの多くの時間を共にした近しい料理人だ。言うなればリベンジマッチである黒木場との前哨戦だ。

 

「伊勢海老、か。もしかして黒木場がイタリア料理と薬膳料理を合わせたように新戸は薬膳料理と海鮮料理……を合わせようと考えたのだとしたら浅いな。お前には無理だ」

 

「無理? それは違う。出来る、出来ないという話じゃない。私は今日、ここで認めさせる……ロッシくんのように他に私を見くびる人達へ、えりな様のお傍に私が相応しいのだと!!」

 

 新戸の目は本気だった。

 そこに不安の色なんて一切、無いように見える。気負い過ぎなだけなのかもしれない、ただ不安を隠すのに必死なのかもしれない。だからこそ楽にしてやるよ、新戸緋沙子。俺が作る品であるケバブハンバーガーでな。

 

 強者の料理人の傍にいるが故のプレッシャー。常に勝ち続けなければいけない、努力し続けなければいけない、高みへという思いは決して悪くない、褒められることだろう。時としてそれが敗因にもなりうるのは確かだ。俺に勝つことに必死で、きちんと薬膳と海鮮の合わせるのにミスは無かったか、香り、味の深みに間違いは無かったのか。

 

 些細なミス一つで味は変わるし、こだわることによって味は更なる飛躍を迎える。

 

 新戸、お前は戦う前から俺に既に負けているんだよ。薬膳料理、単体ではなく海鮮料理を合わせようと考えた時点でな。

 秋の選抜は自分の武器を最大限に生かすべきだ。薙切アリスのように黒木場から教わったことが仇になって負けたように。良い方向へと変えてくれた料理人が、結果的には負けへと導く、なんていうのは皮肉だな。

 

 教わったことをきちんと生かすには自分ベースでの料理を作らなければいけない。黒木場リョウという料理人をベースにしてしまえば作れるわけがないんだからよ。

 

「努力したのは認めるけど、負けるイメージが思い浮かばないなーー」

 

 悪いが、勝たせてもらう。

 そう呟きながら応援に来ている潤へと視線を向ける。予選ではみっともないとこ見られたからな、今度はきちんと勝つとこを見せてやるよ。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございました(*•̀ •́)


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