東方月陽向:新規改訂 (長之助)
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プロローグ

あらすじにもありましたし活動報告にも書きましたが改訂したものです。


世の中というのは人によって楽しくあるものだったりつまらなかったりするものである。何かに付けて理由を付けて楽しいとかつまらないとか……そう言うのを口にする。

本当につまらないと心の底から思っているんだったら口にする前に行動する、って言ってる人もかなり多いと思う。けど世の中には決してどうしようもないことが存在する。

 

「…………ただいま」

 

家に帰っても死んでいる訳では無いのに帰ってこない返事。そしてラップをかけてテーブルに置きっ放しになっている朝御飯だったもの。これが俺の夕食だ。

朝飯が夕食になり、夕食が朝飯になる。たまに昼飯が夕食になったりもするけど基本的にこのスパイラルで進んでいる。今日も今日とて電子レンジであっためるだけの作業を淡々とこなす。

両親は仕事で滅多に帰ってこない。最後に顔を見たのはいつだったかも覚えていない。連絡は基本メールでしている。祖父母とはあったことないけど小さい頃に母親が『私達は駆け落ち同然で逃げて来た』とか言ってた様な気がする。

携帯はいつの間にかテーブルの上に置かれてた。元から両親のメアドが入っていたがこれを使う時は無かった。いや、せいぜい『教科書代置いといてくれ』とか言えば置いててくれた。

お小遣いも月一で1万円程くれた。といっても渡す日はランダムだが。

 

「…………」

 

夢も無い、希望も無い、かと言って絶望している訳でもなければツラい現実だけを見ている訳じゃない。子が追うのは親の背中とはよく言うが追う時期に親がいないのならその子供には夢がなくなるのではないか。俺がその例だ。

親がなんの仕事をしているかさっぱりだ。だが気にもならないしそんな事を聞いても返事が返ってこないのは分かってる。必要最低限以外の連絡以外全く返事をくれなくなった。

 

「……このまま消えても案外気にしないでくれるのかもな」

 

はっきり言って存在感が薄い。学校に来ても俺の事を気に掛けてくれる奴は物好きなのが2人だけだ。その2人も最近見なくなった。死んだとかは聞いてないけどどっかに行ったらしい。どうにも家で凄い事件が起きたみたいでどこかに逃げたとかなんとか言われてるけど……俺もそうしてみようかな。特に何も起きてないけど家出をしてみよう。

誰にも愛されず、気にされず、関わる事の無い生活を続けるなら……今の俺の関係者から俺の記憶全部すっぽり抜け落ちても構わないから……

 

「……どこか、遠い遠い場所に━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本人が強くそう望んだのなら、世界の誰からも忘れさられたのなら、幻想の様にその存在は幻想の国へと向かう事になるだろう。賢者が作った小さくも自然豊かな世界。

存在が幻想の様な者達が中心となって回っている人情豊かな世界。

 

「━━━あら、こんなところに人間がいるなんて…………」

 

「……え、え?」

 

気づけば彼はとある女性の目の前で尻餅をついていた。先程までいた自宅とは違い木製のフローリングなどではなく柔らかい土の上に尻餅をついており、誰もいない自宅とは違い目の前には麗しい女性が扇子を広げて口を隠し自分を物珍しそうに見ていた。

 

「……私は……八雲紫と言うのだけれど…………貴方、名前は?」

 

「…………つ、月風(つきかぜ)…………(よう)……」

 

「そう……ねぇ、私達と一緒に住まないかしら?」

 

「っ!?」

 

これは彼の物語。幻想の郷へと降り立った彼が八雲と一緒に彼自身を創る物語。可能性の限界を無くす物語。

しかし同時に、自身を改造するかのごとく書き換えられその薄い存在を喰らわれるかもしれない物語。もしくは感情を押し殺して自身の存在を殺し続けてきた彼が一つの事象により変えていく物語になるのかもしれない。

例えどのような物語になろうとも、彼は進んでいくだろう。幻想の地にて。




主人公の能力やその他諸々はもう少し後です。


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少年は如何様にして生きる術を見つけるのか

二話目です。プロローグの時点でお気に入りをしてくれる人がいるなんて感謝です。


「っ……!? 紫様!? その人間はどうしたのですか!!」

 

「あら、藍…………少し静かにしてくれるかしら? 私は今彼と話しているのだから」

 

「っ……分かりました、ですが……後でちゃんと説明を聞かせてもらいます」

 

八雲邸、八雲紫とその式神である八雲藍が住まう屋敷である。しかしその場所は誰にも分からず誰にも気付かれない場所にあると言われておりその実態は本人達にしか分からないのである。

しかし、その場所に他の者……しかも人間が入り込んでいるのだ。八雲関係無しに…………1人で、その場所に入ったのだ。

 

「……さて、話をまとめて見ると……貴方は先程まで家にいた、しかし何故か突然この場所に飛ばされてきた…………要点だけ言えばこの二つだけね。

けれどこの世界に入り込む為には『勝手に入り込んだ』なんて事は無いのよ。何かしら原因があってこの世界に入れる様になるのよ…………思い当たる様なこと事、あるかしら?」

 

八雲紫、彼女は目の前の少年に少しだけ興味を持っている。何故幻想郷に入れたのか、どうしてこの場所に飛ばされたのか……ただ幻想郷に来ただけなのなら良くある幻想郷の大結界の歪みにより飛ばされるというものだが……ここに飛ばされるという事は過去今まで一度もなかった。

当然だ、自身の能力で家の周りには特殊な空間を設けているので並大抵のものなら人妖関係なく入る事は出来無いのだ。だからこそ、興味がある。

 

「……別に……ただ、俺の事を知っている人が俺のこと全て忘れたら……遠くに行けるかなって……思って……」

 

「……そんな思いだけでここに来たのなら……相当根が深いのかしら……にしても、自分の恥ずかしい過去を忘れてほしいというのはよく聞くけれど……自分そのものを忘れてほしいだなんて思うのは初めて聞いたわ。

それだけ世の中が嫌なら……自殺、という選択肢は無かったのかしら?」

 

「……世の中が嫌になった訳じゃ無い、自分を取り巻く環境が嫌なだけで……つまらないと思っただけで……自分が嫌いでも人が好きな訳でもなくて…………」

 

目を逸らしてぶつぶつ小声で喋る彼に紫が抱いた印象は『すべてに興味がなさそう』だった。何かを嫌悪して様な目でも憎悪してる様な目でもなかった。尻尾があり、狐の耳が生えている藍を見ても何も思っていないし目の前にいる自分にも驚いている様子は無い。最初こそ驚いているのかと考えていたがそうではなく、自宅からいきなり外に飛ばされていた事に驚いたのだろう。それくらい彼の中の世界は閉ざされている。彼女はそう感じたのだ。

 

「……突然なんだけど彼女……藍というのだけれど彼女を見てどう思ったか聞いてもいいかしら?」

 

「…………尻尾があって、帽子みたいなのの中にとんがった何か……多分耳が入ってる……そう思った」

 

「……」

 

紫はやはり、とこの時確信した。自分は見た目の事じゃ無く、それを見てどう思ったかまでを聞いたのだ。

そして藍も彼のこの対応に少し腹が立ったのか少しだけしかめっ面をしていた。しかし紫はそれを気にもせずに次に何を聞こうかと扇子で口元を隠しながら考える。

 

「……」

 

何も聞かない、尋ねない。普通はいろんな事を聞こうとするはずなのにその一切が彼に無い。今まで外界から幻想郷に入ってきて自分が会った人間の数はそれこそ100人を越していたはずだがそのどれもまず場所を聞く事から始まり、妖怪に驚き、家に返してくれと叫ぶ事が多い。

いや、その中にも物好きがいてこの幻想郷に住み着く者もいるがそれでもここまで世界に無関心じゃなかった。

 

「……貴方って、もっと色んな事に興味を持てないの? 貴方は人間としてはあまりにも無関心過ぎるわ……かと言って妖怪でもなさそうだけれど。」

 

「関心が無い者にもわざわざ反応を示すくらい面白い性格してるなら良かったんですけどね」

 

この言葉で少し紫はカチンと来た。目の前で堂々と『あなたの存在なんてどうでもいいです』と言われている様な言葉を言われたのだ。まともな性格をしていれば人間であっても少しは頭にくるだろう。それが人間よりも感情や本能で生きている妖怪なら尚更頭にくるだろう。

 

「……今のは本当にそう思ってるのかしら? それともただ挑発する為だけに言ったのかしら?」

 

「……今のは挑発でもなんでもなく自分自身への皮肉のつもりですよ……こんな性格してるのは俺だって嫌だ……」

 

だがそう言っている間にも少年の表情が変わる事は一切ない。そう言えば表情が一切変わらない付喪神がいたな、と紫はとある1妖怪の事を思い出していた。実は彼は人間だと思い込み過ぎてるのと妖力が無さ過ぎるせいで他の妖怪にも存在を悟られる事無く人間と勘違いされてしまう何かしらの付喪神なのでは無いかと━━━

 

「(……流石に考えすぎね、いくら何でも外の世界で暮らしていける付喪神なんて聞いた事が無いもの。彼は本当に人間、なら本当に思いの力でここまで来れた……?)」

 

「……えっと……」

 

「どうしたのかしら? 何か言いたい事でもあるのかしら?」

 

「……トイレ、借りてもいいですか?」

 

トイレ、厠の事だろう。別に貸与えて減るものではないし仮にここから脱出してもこの家の周りを永久にうろちょろするだけになるのだから問題無いだろう。そう考えた紫は首を縦に振り藍に目配せをして案内を頼む。それを理解した藍は少し嫌な顔をしながらも主の言った事だと割り切り近寄ってくる。

 

「……私が案内する。こっちだ。」

 

それに少年は無言で付いて行く。厚かましい……という訳では無いだろう。厚かましいなら一々聞かずに『貸して』の一言で済ますだろうと思っているからだ。

だが謙虚という訳でも無い、少しだけ紫は混乱してくる。あの少年の性格がよく読み取れないからだ。厚かましいだけならもう少し感情表現が豊かだろう。

しかし彼は未だに淡々としているからだ。まるですべてが作業のようにこなしている1面が彼女にとっての彼の性格の闇取りを邪魔してくる。

さて、厠に行った彼は一体どういう風に行動するのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

藍は嫌悪していた、この様な男と一緒にいるのが。自身の主に生意気な口を叩いている癖に厠の要求までする厚かましい性格をしているからだ。一度痛い目を見なければ分からないのでは無いのだろうか。主の為に動くのであれば紫も分かってくれるのではないか? と少しづつ考えを巡らせていた。

主を守るのは式神の役目、ならば式神の点から見てこの男は主の敵か? 味方か? それともどちらでもない第三者か?

 

「(当然、敵だ。紫様を貶している時点で味方でも無いしましてや既に関わりがある時点で第三者でも無い。ならば……殺して夕食の食料にでもしてやろうか。紫様は彼に興味を持ってしまっているから多少何かしらの罰はあるだろうが……ただの人間、特別な力があってもそれを認識しようとしない時点で宝の持ち腐れだ。

よし……厠から出てきたところを殺すとしよう)」

 

人間のような見た目をとってはいるが八雲藍は妖狐の九尾に入れられた式神である。その気になればその爪を伸ばし彼の喉を掻き切る事など造作も無いのだ。

だが床に血を残してはいけない、だったら厠から出てきたところを殺せば血は厠に滴り、体も刻んで流す事も可能だろう。藍は既にそこまで計画していた。

 

「(出てきた時が……お前の最後だ、人間)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

彼は悩んでいた。後ろの女性の殺気に。藍、と呼ばれていた女性は自分に対しての殺意や嫌悪感などをこれみよがしに出していたのだ。素人で、ただの一般人である彼にもそれは理解出来た。

恐らくトイレから出た時に彼は何かしらで殺されてしまうのではないかと思っていた。

しかし方法がわからない。絞殺されるのか撲殺されるのか、それともトイレに入った後にどこからか刃物を持ってきて刺殺か斬殺か……いや、多分トイレでバラバラにされて流されるだろうしどちらにせよ切り刻まれそうだ。

だが彼は落ち着いていた。自身でも理解出来無いほどに落ち着いていたのだ。

 

「(何かでガードしたいけど扉じゃガード出来ないもんなぁ……何か硬い……全身を隠せる盾の様なものがあればまた変わったのかもしれないけど……)」

 

彼だって死にたくはないし怪我をするのも嫌だ。だったらどうするべきか、身体能力で避けれるくらい相手の動きが遅かったらそれで構わないが果たしてそんな程度で上手くいくのか。

 

「(()()とは言え俺より身体能力高い人だっているしな…)」

 

はっきり言おう、彼は藍が人外だという事にまだ気付いていない。と言うよりも彼女に対する興味を彼は一切合切持ち合わせていないのだ。無論それは紫に対しても同じ事なのだが。

 

「スッキリした……けど随分古い作りのトイレだな……昔のトイレとかこんな感じなんだろうけど……こんなのより和式でもいいから水洗を付けたらいいだろうに━━━」

 

そう言いながら彼は不用意に扉を開ける。警戒していなかった訳では無い、だが警戒していても手持ちを何も持ち合わせていない彼はどうする事も出来無いと判断していたのだ。

 

「っ!」

 

開けた瞬間に彼の前には爪が鋭く伸びた手が迫っていた。それは藍の手であり、本気は出していないが並の人間ではまず避けきれない程の速度。それに加えて完全な不意打ちだったため彼は棒立ちでそれを見つめていた。

 

「(……これ当たったら死にそうだな……死ぬ? 今ここで? こんな呆気なく? ……それは、それだけは……死ぬのは……嫌だ……!)」

 

圧倒的な死の恐怖。彼が久しぶりに出したとも言える感情。

彼には今周りの風景がスローモーションの様にゆっくりになっている。彼自身『避けられるかもしれない』と思えるくらいである。しかし、あくまでそう見えているだけで実際は速度なんて変わらない。

だが、()()()()()()()()

 

「っ!? 今のを避けただと……?」

 

攻撃を仕掛けた藍自身も驚愕した。ただの人間であるはずのこの男がどうして今のを避けれるのかと。獣の本気の速度は到底人間には反応しえない速度であり、それを不意打ちで行ったからこそ彼女は驚いていた。

だが、即座に理解し別の考えを巡らせていた。この男を殺すには今の速度では足りなかった。ならば速度をあげ、手数を上げ、反応しきれないほどの攻撃を見せてやろう。そこまでの考えを一瞬にして思い立った。

 

「(痛っ……!)」

 

対する陽の方は頭を軽くぶつけていた。避けた時の速度を止めきれずにそのまま転んでしまったのだ。

 

「なんで俺にこんな……?」

 

彼は運動というものを一般人並にしかしていない。学校への登校、授業、飯の買い出し……その程度くらいしか運動を行わない。

だからあそこまでの反射神経を身に付けている事に驚いているのだ。もしかしたら、火事場の馬鹿力という奴かもしれないが。

 

「くっ……!」

 

そして藍が戦闘態勢を取り陽の方を睨みつける。彼からしてみれば勝手に何か勘違いをして勝手に殺しに掛かっているのだからいい迷惑と思っている。

話し合う事は出来無いものかと淡々と考えていたその時━━━

 

「藍、貴方何をしているのかしら?」

 

「ゆ、紫様!?」

 

紫が空間の裂け目を作りそこから現れたのだ。彼と、藍の間に。しかし彼はそれでも驚かない、と言うよりもそもそも今紫が視界に入っていないのだ。自分の命をどうやって守るかだけを必死に考えていた。

 

「襲ってはいけないと……言っては無いけれど、私の式神は私が招いた客人に不意打ちで襲いかかる様な無礼な式神だったかしら?」

 

「っ! も、申し訳ございません!!」

 

藍は土下座して紫に詫びを入れる。しかし紫は藍の気持ちも汲んでいるため説教はこの辺りで切り上げておこうとして彼を見る。俯いて何かを考えている様だが自分に気付いているのだろうか? そんな事を考えながら紫は彼の頭に軽く触れようと手を近付ける。

 

「……えっと、何してるんですか?」

 

もしかして気付いていないのでは無いかと思っていたため気付いてた事を確認すると紫は彼に問いただそうと口を開く。

 

「貴方、外の世界では何をしていたのかしら? 本気じゃないとはいえ藍の攻撃を避けるなんて只者じゃないわよ」

 

「そんなこと言われても……外では多めに見積もっても一般人の範疇は出てませんよ……ただ……」

 

「ただ?」

 

口ごもる彼に紫は問いただす。もしかしたら何かしらの能力を秘めているのではないか、と。

 

「急に周りが遅く見えてきてもしかしたら避けれるかなと思って動いたら避けれたってだけで……勢い余って頭ぶつけたけど」

 

彼の言葉を聞いて彼女は確信する。特別な能力を持っているのだと。自身の境界を操る程度の能力と同じ類の能力。幻想郷における『程度の能力』と名付けられるそれを彼は持っているのだと。

 

「……本当に面白い子。

決めたわ、貴方今日からここに住みなさい」

 

「……え?」

 

「元々どこか遠くの場所に行きたかったのでしょう? なら丁度いいじゃない。

それに、貴方が言っている『周りが遅くなる』という現象も気になるし解明しないといけないのよ……とは言っても決める権利はあなたにあるわ、どうするのかしら?」

 

紫は真面目な顔で陽の目を見る。対する陽も紫の目を見ながら少しして口を開く。

 

「……決めた、貴方がいいと言うのなら俺はここに住む。どうせ戻ったところで誰も気にしないだろうし……」

 

「決まりね……なら、恒例でありお決まりの事をあなたに伝えましょう。『ようこそ、幻想郷へ』」




能力の解明はまだまだ先です………


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どう力を身につけていくのか

三話目です。


「……やっぱり、何度言われても出来ないものは出来無いんだと思う」

 

月風陽……彼が八雲邸に住み始めてはや数週間、今ここでは彼が生きる為に出てきたある問題に悩まされていた。

 

「紫様……やはり彼は……」

 

「えぇ……彼、弾幕も撃てないし空を飛ぶ才能も無いのね……」

 

彼、月風陽は八雲紫が見出した謎の『程度の能力』以外何も出来ない少年だという事に自他ともに認めさせられていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそもの発端は、彼がこの特訓を始める数日前の話である。

八雲のお掃除兼料理役の大役を任された彼は今日もその仕事に精を出していた。元々一人暮らしに近い生活だった為に自分でやれる事はしていたし、偶に帰ってくる両親の分もその時に一緒にしていたので大抵の事は一般人以上に出来ているのだ。

本人にとっての数少ない趣味と言えるのかどうかさえも怪しいものだが彼はそれらの事を調べては効率よく掃除したり、どうすれば栄養価の高い食品の摂取が出来るかというのものを考えていた。それも無意識レベルで。だからと言って八雲邸の釜戸に驚かなかった訳では無いが。

そしてその料理と掃除が紫に気に入られ、しばらくは続けていた時に紫がこう言ったのだ。

 

「貴方、ここで生き抜く術を覚えていた方が結構楽よ?」

 

「……生き抜く術と言っても……俺の能力が未だによく分からないし何とも言えないんだけど……」

 

彼の能力はこの前の1件で一応は使える様になっていた。しかし紫が少し彼の体の中を調べようとして能力を使おうとしたところ、何故か弾かれてしまったため使いながら調べる事にしたのだ。

そして実際にしばらくの間能力を使ってみて分かった事が━━━

 

「筋力強化、集中力強化、視力強化……とりあえず肉体面の強化が主に使えるみたいね。私や藍に使えなかったところを見ると自身限定の能力と言ったところかしら。けれど代償として強化した部分が必ず痛めてしまうという弱点もあるわね……集中力は確か頭が痛くなるんだったかしら……

うーん……ならこの能力はどう命名するべきか……」

 

この時の彼は命名する必要性を感じなかったが別に嫌な訳では無いので紫と一緒に考える。因みに藍は考える振りをしてずっと彼を睨んでいたため彼もあまり集中出来た訳では無いが。

と、ここで彼がふと思い付いたネーミングがあったので言おうとする。だが、藍が強めに睨みを利かせてきたので今ここで意見を言ったら殺されるまではないだろうけど何かしらの怪我をさせられそうな気がしたので一旦言い淀む、だが━━━

 

「藍、あまりにもしつこいと私は貴方に罰を与えねばなりませんわ」

 

「も、申し訳ございません……!」

 

この数日間で彼が学んだことだけが一つだけある。『紫は本気で怒って本当に罰を与える時の口調が何故かお嬢様口調になるという事』だ。彼の為に怒ってくれているのかそれともただ殺気を出されるのが鬱陶しいからかは定かではないが。

 

「言ってご覧なさい? 貴方の能力なのだから名前はあなたが気に入ったもので無いといけないわ」

 

「……限界を無くす、程度の能力……」

 

彼の言った言葉に紫は目を丸くする。やはりこの名前はダメか……と彼が思った時に紫が軽く手を1度鳴らして笑顔になり彼は更に驚いた。

 

「いいじゃない、いいじゃないその名前。限界を無くす程度の能力……うん、まさにそれがピッタリね」

 

『まさか自分の考えた事が人に褒められるなんて』と思った彼は少しだけ心が暖かくなる様な感覚を味わった。これに関しては彼自身が即座に嬉しかったからだ、と認識した。

それと同時に紫の顔を見て何故か妙に胸が高鳴るがこれに関しては分からなかった。

この時、彼は嬉しさというものを思い出し、そして謎の高鳴りを覚えたのだった。

 

「なら、この能力で幻想郷を生き抜けるんじゃないかしら。頑張れば一時的とはいえ飛べる可能性もあるし……弾幕も出来るわ」

 

彼は一応話には聞いていた弾幕の話を思い出す。

この世界で行われる弾幕ごっこは所謂『ごっこ遊び』ではあるものの殺しをしないという点では幻想郷向きなのだそうだ。

幻想郷は妖怪と妖怪を信じる人間の為の空間。しかしそれ自体は外界の技術の発展に伴い段々と少なくなっていく。それに気づいた八雲紫は妖怪達とそれらを信じる人間を匿う為にその時の博麗の巫女と一緒に外界で言うシェルター……『博麗大結界』を作ったのだと。

 

「……でも、出来たとしてもやり方が良く分からない。ゆ……紫とかのをみてても人間……かつ弾幕ごっこなんて出来無い気がする。」

 

「うーん……とりあえず、やり方自体は教えるから一度自分でやってご覧なさい。何か問題があれば私達が適宜指導していくわ。

それと藍、彼が呼び捨てにする事を許したのは私自身よ。一々目くじら立てて怒らないでくれるかしら? 私だって一々あなたを注意で済ませるほど心が広い訳じゃ無いのよ。

そうやっていてくれるのは私としては嬉しいのだけれど度が過ぎると面倒臭いだけなのだから」

 

紫は藍の方を一切見ずに藍を制す。その藍は紫を呼び捨てにした陽を痛めつけようと爪を伸ばしたのだがやはり紫の式神だからなのか藍の考えている事は手の平の事の様に分かる様だ。

 

「……分かった、とりあえず頑張ってみる。空を飛ぶ事はともかく弾幕なら頑張れそうな気がするから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして冒頭に戻る。

 

「出来無い理由は……まぁ無いのよね、霊力や魔力の類が……」

 

「それは最初から分かっていた事ではありませんか。人間が全員弾幕を撃ったり空を飛べたりする訳では無いと思うのですが何故このような事を?」

 

藍は訝しげに紫を見つめる。自分にも分かっている事を紫が分かってないとは考えづらい、無いものをどうやって体の外に出して撃つのかが分からなかった訳だが結局紫の真意は分からなかったので直接聞く事にしたのだ。

 

「……あの子の能力でもしかしたら霊力や魔力の類が精製出来るかもしれないと踏んでいたのよ。けれど出来無かったのよね……何故かしら……」

 

「あの……そもそも霊力や魔力の類を見た事が無いのに出せと言われては出せないと思うのですが……」

 

藍がその台詞を言った瞬間場の空気が凍る。紫が黙りながら藍の側を離れ、陽の隣を通り過ぎて背中を見せながら扇子を開いて見えない顔を隠すような仕草をする。

 

「……もしかして、気付いて無かった……のか?」

 

陽がそう呟いた瞬間紫の肩がほんの少しだけ動く。そしてこれで藍と陽も察したのだ。『気づいてなかったんだな、と』

 

「……そうよね、そもそも弾幕だけ見せてハイやってみてと言うのが無理な話よね。

霊力や魔力がどんなものなのか知らずに使えって言う方が………おかしいのよね」

 

背中を向けたままだが何となく2人には紫がしょげてる様にも見えたが今の状況では声を掛け辛い。藍は紫の気付いて無いところを言い、陽は紫の図星を突いてしまった。罪悪感が彼らの中に生まれていた。

 

「…………俺、紫の言う霊力や魔力の類は確かに見た事無い。だから見せれる場所に連れてってほしい」

 

その言葉に紫が少しだけ反応する。クルリとこちらを向いて扇子で顔の正面を完全に隠しながら歩いてくる。そして陽の隣で止まった後ちょっとだけ扇子を下ろして目だけを出して陽を見つめてくる。

 

「……さっきまでのやり取りを忘れてくれたら連れてってあげる」

 

何とも無茶ぶりをする人だな、と思いながらもあれを覚えられている内は本当に連れて行ってくれないだろうし何より紫に対して申し訳無くなってくるので忘れる事にしよう。

そう思った彼は縦に頭を振る。それに気分を良くしたのか扇子を勢いよく閉じてパチンッ!と音を鳴らす紫。その隣には既に空間の裂け目が広がっていた。

 

「それじゃあこのスキマを通って行きましょうか。現博麗の巫女、『博麗霊夢』の所へね」

 

そして陽は紫と一緒にスキマを通る。おいてけぼりをくらい掛けた藍も慌ててスキマの中に入り、紫を追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢〜来たわよ〜」

 

「来るなっていつも言ってるで……しょう……に…………?!」

 

「どうしたのよ、そんなに驚いた様な表情をして。まるで鳩が豆鉄砲を食らった様な顔してるわよ?」

 

博麗霊夢、現在の博麗神社の巫女でありまた幻想居で起こる大事件『異変』の解決者の一角である。しかし彼女は妖怪に好かれやすいのかいつも誰かしらがいるせいで妖怪神社とまで言われているせいで人から若干距離を置かれる様になってしまったのである。本人は全く気にしてない様だが。

そんな彼女が世界の終わりだと言わんばかりの驚愕の顔を浮かべている。紫が霊夢の視線をゆっくり辿っていくとその視線の先には陽がいた。そして紫は霊夢が何に驚いたのかをようやく理解した。

 

「あ、あんた…………なんで人間なんて連れてるのよ……!? 私は人肉は食べないわよ!?」

 

「あのね、霊夢。私がいつも人間を食べてるみたいな言い方するのは止めてくれないかしら? あの子はここに残りたいと言ったから、私はあの子に住んでもいいと言ったから一緒にいるのよ? 何か問題でもあるかしら?」

 

「え、え? あんたが自分の家に人間を住まわせる? じゃあ何? 餌でも奴隷でもなく、あんたの所の式神とかでも無くてちゃんとした人間って事?」

 

「だからそうだと言ってるじゃない。とは言っても流石にただの人間てはないのだけれど━━━」

 

陽は二人の間に入れなかった。何というか二人の間の絆の様なものに割り込んで入れる空気では無かったからだ。

仕方無く陽は周りを見渡す、周りには木々が生い茂っており、その中にまるでポツンと経っているかの様な印象を受ける神社だと思い、その直後に思った事が『まるで誰からも忘れ去られた地域』だった。

その時、不意に肩に手が置かれる。

 

「という訳で、今からあの女の子……博麗霊夢があなたの師匠よ」

 

「し、師匠?」

 

「ちょっと待って紫、私まだ話が終わってないわよ!

ただでさえ家は狭いのに男をもう1人入れるなんて絶対無理よ! そもそも仮に入れたとしても二人しかいないのに何かされたらどう責任取るつもりよ!」

 

ここで襲うつもりなんて毛頭無いから心配するな。なんて率直な意見を出せば間違い無く霊夢にぶん殴られるんだろうな、と考えた陽だったがそれを口に出す間もなく紫が訂正を入れてくる。

 

「霊夢、さっきも言ったけど私が連れてきた時だけでいいのよ。しかもやる事はこの子に霊力の扱いを教えるだけ。魔力を教えるのもありかと思ったけれど魔法使い達に預けたらろくな事にならなそうだし預けるのはあなたが一番適任なのよ」

 

「う、うぅん……まぁアンタがそこまで言うなら良いけど…………というか珍しいわね、あんたがそこまで肩入れする人間なんて」

 

「興味が湧いたのよ、貴方や……霧雨魔理沙、紅魔館のメイドと同じ様にね」

 

自分の知らない間にどんどん話を進めていく2人を彼はじっと見つめていた。

妖怪の賢者と人間の巫女、本来相容れない者同士が手を取り合って生きている。片方がもう片方をただひたすら搾取するのでは無く本当に手を取り合って生きている。どちらかがどちらかを襲うという事はありそうだがそれも一つの共存の形としてはありなのでは、と二人を見ていた彼は感じ取っていた。

 

「ところで……ここにあの魔理沙が入れば赤、青、黄が揃ったのにね……なんとなく惜しいと思えるわ」

 

「青? 青色なんてどこに…………あ、本当ね」

 

紫が言った事に陽は信号機の事を思い出していたが、どうやら話題に出ている霧雨魔理沙という人物は黄色のイメージがあるらしい。

そして青色というのは……

 

「……俺、ですか?」

 

「そうよ、だってあなたの髪色は真っ青なんですもの。面白い髪色よね。人間じゃ滅多に見ない様な珍しい髪色」

 

深い青色に赤い瞳。それが彼、月風陽の特徴だった。

 

「それじゃあ明日からよろしくね」

 

「はぁ……約束は守りなさいよね!!」

 

「分かってるわよ」

 

結局大して二人の話を聞いていなかった為この約束というのがどういうものなのか、こんなにも嫌がっているのに引き受けさせれる程の約束とは何なのだろうか。

陽はそれが気になったが追求しなかった為すぐさま記憶の外に追いやられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてさらに数日後

 

「……紫、やっぱり見当違いだと思うわ。いえ、ある意味では貴方の予想通りと言えば予想通りなのだけれど……」

 

「な、何でかしら……」

 

「流石にこれは……私でもよく分からないぜ」

 

ある昼下がり、博麗神社の境内で陽は霊夢と紫、それに面白半分で修行に付き合っていた霧雨魔理沙に見守られながらの特訓をしていた。

しかし結果は芳しくなく……否、元々の紫の思惑の半分は予想以上の結果が出た。

だが、もう半分に関してはうんともすんともいわない状況である。どういう事かといえば━━━

 

「何で霊力や魔力を自分の能力で精製出来るのに弾幕どころかそれらの力の玉を作り出せないのよ!」

 

「魔法も初歩の初歩は出来んのに空は飛べないんだもんな……」

 

「……」

 

どうやら戦闘の事に関しては大分紫に迷惑を掛けてしまう事になりそうだ、と彼は天を仰ぎながらそう思ってしまったのであった。




限界をなくす程度の能力はそれに対する限界があればそれらの限界をなくして極限まで高めることが出来るんですね。
但し筋肉とかに使用した場合後から酷い筋肉痛に見舞われますが。


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黒と白と創造と

新キャラその1の登場です。


ある日、昼下がりの事。

紫に頼まれて買い出しに出かけていた陽は買出しが終わった後に少しだけ森の中を散歩していた。弾幕を撃つ事や空を飛ぶ事は一切何も出来てはいないがそれでも紫がスキマを人里に繋ぐ事により買い出しなどが楽になっている。

 

「……」

 

人里には多くの人がいる。しかしその全員が陽の様な現代染みた格好ではなく殆どが浴衣の様なものを羽織っているため彼の格好はかなり目立っていた。その視線に若干の苛立ちを覚えて陽は買い出しを早々に終えて帰路に就いていた。

今歩いている森の中をある程度歩いたところにスキマを開いてそこから人里に向かっていたので帰りもその人里から離れた森の中を歩かねばならなかった。

ふと、森の中を歩きながら陽は考えた。『何故自分はあの時の視線にイライラしたのか』と。本来の彼ならそんな事は全く気にも留めず淡々と買い出しをして淡々と帰った迄だろう。なのに今回自分が好奇の目に晒されるという事に苛立ったという事自体に疑問を覚えていた。

 

「……あ、行き過ぎた。」

 

考え事をしながら歩いていたせいで道を通り過ぎる。ということもあまり彼はしないのだが何故かしてしまう。

しかし、その道に入ろうとした瞬間……彼は蹴り飛ばされた。彼自身が蹴り飛ばされたと自覚できたのは吹っ飛ばされた時に蹴られた部位の激痛、ぶつかった時の背中の痛み、そして何より先程まで彼がいた場所に立っている影が余韻でも味わっているかのように蹴り飛ばした体制を保っていたからだ。

 

「な、何なんだ……?」

 

「━━━袋を見るに買い出しでもしてたってのか? 陽。随分と幸せそうに過ごしてんなぁ……? おい……」

 

「………っ!?」

 

陽がその人物の声を聞き、姿を見て、その表情を青く染める。驚きで出る言葉が見つからない。その人物は既に陽の前から姿を消しており、彼自身もどこかへ行ったものだとばかり思っていたため記憶からすっかり抜け落ちていたその人物。

 

白土(しらと)……なんでお前がここに……!?」

 

黒空白土(くろぞらしらと)陽が外界にいた頃の数少ない関わりが少ない人間であり、その頃は陽が何かにつけていじめられる度に陽自身も何故か分からないが守ってもらっていた人物。

 

「俺がここにいる理由なんてどうでもいいだろうが。後……俺は今からお前を殺す事に決めたから」

 

「な……!?」

 

そう言いながら白土は手のひらに収まるくらいの1枚の正方形の紙を取り出す。その紙を持ちながら近付いて来る。陽は紙をどうするのかと考えていたが、その紙はすぐに木の枝へと変わり、木刀になり、真剣へと変わる。その一瞬一瞬で姿を変えていく紙だったものに陽は訳が分からなくなっていた。

 

「な、なんで……!?」

 

「冥土の土産に教えてやるよ、俺の能力だ。『改造する程度の能力』おれはそう呼んでいる」

 

「改、造……?」

 

「おしゃべりはもういいだろ、死ね」

 

そう言いながら淡々と、しかし殺意の篭った眼差しを向けながら陽の頭へ真剣を振り下ろす。だが既のところで陽も自分の能力を使ってその窮地を何とか脱出する。

 

「はぁ……はぁ……!?」

 

「へぇ、意外と早く動けんだなお前。俺がいなきゃ色んな奴から虐められていたくせによ。それともそれが能力なのか? まぁ見た限り瞬間的なもんみたいだけどな」

 

殺される、今の白土には話は通じないし話そうとした瞬間に首をはねられる。あの蹴りは人間じゃありえない脚力だし全力で逃げないと追いつかれる。

藍の時とは違う圧倒的な殺意。それらを陽は感じ取り自身の能力を使って脚力のリミッターを外して全力でその場から離れる。スキマは白土の後ろ側、今無理にスキマに突っ込もうとしたらまず間違いなく白土に両断にされる。ならば一度離れてから遠回りにまわってスキマに入ろう。今、陽の頭の中は逃げる事しか無かった。どう頑張っても勝てないと悟っている陽は逃げの一手しか出来無かったのだ。

 

「……あ、あれ……?」

 

ある程度走ったところで陽は白土が追いかけていない事に気付いた。そして即座に白土が初めから追いかけてこない事にも気付いた。

 

「……クソ……!」

 

陽は地面を殴った。自分が何をどう思っているのかすら分かっていないのに何故だか悔しさが胸いっぱいに広がっていた。何に対して悔しいのかどうして悔しいのか、彼には何も分かっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まだいるのか」

 

しばらくして落ち着いた後、彼はゆっくりと先程までの場所に戻っていた。そこにはスキマの前で立って周りを監視している白土がいた。

陽は今隠れているため未だにバレていないようだ。

 

「どうにかして……あいつを退かさないと……でもどうやって…………」

 

白土はあくまでも陽だけが目的であり、ほかのことには一切関心を示してないということが今の状況ではっきりと分かる。だが陽の持ってる能力では白土を退かす事は難しい事であり、益々陽は拳を握りしめてその悔しさを募らせる。

 

「━━━ん? おい誰だそこにいんのは!!」

 

陽の肩が少しだけ震え出す。自分は今一切動いていなかったはずだ、音を出していないのになぜ気付かれたのかと。しかし白土の視線はよく見れば陽ではなく別の方向に向かっていた。

 

「ひゃあ! 逃げろー!」

 

小さな子供…しかし背中に羽がついたような子が空を飛んで逃げていく。人間かと思ったがあれも妖怪の一つなのだろう。後で紫に確かめよう、と場違いなことを考え始めた陽。

しかし、そんなことを考えでもしておかないと落ち度震え上がった肩が収まらない。深呼吸をすればほぼ確実にその音でバレる。

震えている息を最小限に抑えながら陽はひたすら考える。真剣も、白土の拳や蹴りも、全部受け止めてはいけない。さっきの蹴りは予想するに白土の能力の応用かもしれない。筋力を上げる事が白土の能力で可能ならまともに受けたら骨のどこかがイカれるかもしれない。ならば自分の能力を過信せず、だけど過小評価もせず……出来る事と出来ない事、そして自身の能力のリスクも考えて行動する。

動体視力を上げて、脚力も上げて突っ込むしかない。

 

「っ……!」

 

意を決して屈む、だが能力を使って脚力を上げた後一気に足に力を貯めて放つ様に立ち上がりながら同時に走り出す。所謂クラウチングスタートで陽は駆け抜けていく事を選んだのだ。

 

「っ! 自分から突っ込んでくるなんて余裕だなぁおい!」

 

正面から何の策もなく突っ込んでくる陽に白土は一瞬驚きつつもすぐさま刀を振り上げてすぐさま振り下ろす。

しかし振り下ろされて自分の体にあたるギリギリで陽は無理矢理体を捻って回避、そしてそのままスキマまで走り抜けようと更に足に能力をかけて飛び込む……が。

 

「逃がすかっ!!」

 

白土がその手に持っていたのはいつの間にか刀ではなく拳銃だった。その拳銃の姿を見た陽は驚きと同時に何故こうなると読めなかったのかを自分に問い質したくなった。

そして間髪入れずに銃弾が白土の持っている銃から放たれる。ゆっくりと銃弾は陽に近付いていく。能力を使っているせいですべてがゆっくりに見えるのが原因と考えた陽は2つの策を瞬時に思い付く。

一つは空中を飛んでるこの状況で何とか体を捻り銃弾を避ける事。頑張れば出来るかもしれないがそうなるとスキマに辿り着く前に自分の体に勢いが無くなり途中で落ちてしまうかもしれない。陽はこの考えを即座に捨てた。

次に思い付いたのが腕で心臓と頭をガードするという事。銃弾による痛みを我慢すればいいだけなので陽は即座にこちらを取った。

そして、ここまで考えたところで陽はふと気づく『脳の思考速度も上げていたんだな』と。

 

「━━━っ!」

 

陽はその言葉だけを残し飛んできた銃弾を腕に受けようと腕を交差させるが……既にその手にはまるで警官が使うような防弾の盾が握られていた。それのお陰で銃弾は跳ねてどこかへと飛んでいき、陽は無傷だった。

 

「なっ!? 待てっ……!」

 

白土は陽を追おうとしたが入った瞬間即座に消えたスキマを見てしばらくは呆然と立っていた……が、即座に次会ったときは即座に殺そうと考えて銃を捨てその場を立ち去った。

捨てた銃が落ちた場所には紙が一枚その場に落ちているだけであり、それはそのまま風に飛ばされどこかへ飛んでいってしまった。

そしてまるで何事も無かったかの様にそこには誰も、何も残らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い゛っ……」

 

「ちょ、ちょっとどうしたのよ!?」

 

スキマの向こう側に辛うじてたどり着いた陽はそのまま倒れ込んだ。近くにいた紫は流石に狼狽し陽の体を揺さぶり始める。

しかし能力の過剰使用、オマケに自身が出した盾の様なものが原因なのか身体中が筋肉痛なのととんでもない頭痛により彼は意識を手放した。

紫は意識を手放した彼を見て無事な事を悟るととりあえず彼を運ぶ為に一旦抱き上げて部屋まで運んでいく。

 

「紫様! 頼んでくだされば私がお運びいたしますから!」

 

「藍、服なんて洗えばいくらでも汚れは落ちるわ。それよりも今最も重要な事をこの子に聞かないといけなくなったわ」

 

「聞く事、ですか?」

 

「えぇ……一体『あれ』はどうやって手に入れたのか……って事よ。」

 

紫が見つめる先、藍もその視線の先にあるものを見つめる。藍はそれを知らないが偶に外界へと足を運んでいる紫はそれが何なのかをよく知っていた。

だからこそ、『外界でしか見つけられないもの』がどうやって幻想郷に迷い込んだのかが気になり、陽がどうしてそれを持っているのかも問い質さねばならなくなったという訳だ。

 

「……無縁塚による暇は無かったはずですからやはり自作……いや、にしてもやはり時間が掛かると思われる為……誰かが作ったものを受け取ったと考えるのが妥当なところかと」

 

「私もその線を考えたのだけれど……今のこの子が知り合いを作ろうと思わないと思うし、もしかしたらこの子は2つ能力を持ってる可能性も捨てきれないわね」

 

意識のない陽を見ながら紫は若干の期待を抱きながら、藍は紫に期待される陽を若干の嫌悪を込めて睨みながら。時は流れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ん……?」

 

「あら起きた? 貴方結構長い時間寝てたのよ? もう夜も遅くなってるわ」

 

「……俺、帰って来れた…?」

 

「えぇ、帰って来れてるわ……さあ、何があったか話してもらうわよ」

 

目を覚ましてすぐに陽はポツポツと紫に今日起きた事を伝える。自分の知り合いがいた事、そいつに襲われた事、撃たれた時にどこからか盾の様なものが現れた事。

それらを聞いた上で紫は何かを考えているかのような表情を取っている。

 

「……ねぇ、今『これが欲しい』って思いながら適当なものを浮かべてご覧なさい?」

 

「え? う、うん……」

 

そう言われて陽は目を瞑りながらとある一つのものを浮かべる。

今日の買い出しは白土に襲われて失敗したのでその買い出しの食料が欲しいと願った。俺のせいで無駄な金を使わせたかもしれないしその分のお金も欲しいと願った。

すると不意に、目の前で何かがドサっと落ちたかの様な音がする。目を開けてみるとそれは今日買った食材……の見た目をした何かであった。

 

「……これ、ネギ……よね? ネギっぽい見た目をしてるけど何のネギかちょっと分からないわね……こっちは人参かしら? どう見ても人参なのにどうしてか人参に見えないわね……いえ、どう見ても人参なのだけれど……」

 

紫が言っている事は大体陽も同じ意見だった。どこからどう見てもネギや人参そのものだけど何か違う。今出てきた人参やネギは敢えていうなら『皆のイメージを平均化してできたもの』もしくは『子供が描いた様な大体こんな感じのもの』を表して出来た様なもの。それを作り上げてしまったのかもしれない。

 

「面白い能力ね……もっと何か色々出せないかしら? 食べ物以外でも出せれば良いし少し確かめましょう」

 

そしてそれから眠るのも忘れて能力の探求に二人は勤しんだ。生物を出そうとしたり無機物を作ってみたりと色々な事を試して気が付いた時には一時間は経過していた。

 

「分かった事は……生物は作り出せない事、但し豚肉や切り離された果実や根菜などは出せるけれど味が無い事。

基本的にそれ固有の名前があればその名前とそのものの姿を思い浮かべる事で全く同じものが出来上がる事。

どちらかが欠けると名前がそれなのか姿が一緒なだけの脆いまがい物が出来る事。

抽象的な表現で出したものは基本的に脆いもの。

そして大前提として存在している、またはしていたものでないと作り出せない事……こんなところかしら」

 

かなりの制約が掛かっているものの物を無から作り出せるこの能力はかなり恐ろしいと陽自身感じている。しかし自分は物の名前などをあまり気にしない為更に制約に拍車がかかっている様な気がしてしょうがない。

 

「……とりあえず、この能力をどうするかは明日決めましょう。私はもう眠いわ」

 

「俺も眠い……じゃあ、おやすみなさい」

 

「えぇ、おやすみなさい」

 

彼女の笑顔を見る度に陽は思う。『誰も喧嘩を売りに来ないでほしい、そしたらずっと静かに暮らせるのに』と━━━




次に設定集を出します。今更ですが。


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設定集

設定集です。
ネタバレ注意です。


月風陽(つきかぜよう)

 

二つ名

限られない製作者(クリエイター)

 

種族:人間

 

親は家にいることが少ない為一人暮らしと何ら変わらない生活を送っている少年。夢も何も無いため『どこか遠くへ行きたい』と願っていると幻想郷の八雲邸にいつの間にかいた。

最初は感情表現が乏しかったが幻想郷に来て、八雲家と触れ合っている内に段々とその乏しさが失われつつあり感情が表に出てくるようになった。

。得意なものは家事全般である。

能力は二つ持ちだが空も飛べない上弾幕も撃てないに能力以外は一般人そのものである。

特徴としては青髪の赤目であり、本人は黒い服を好んで着る。

 

能力

[限界を無くす程度の能力]

魔力や霊力などの不可視エネルギーや、体力などの体が使うもののリミットを外す。但し筋肉に使った場合使った後にその部位に強烈な痛みが襲いかかる。

[創造する程度の能力]

頭の中で考えた物を創り出す。但し前提として存在するものであり、生物は作り出せず、食料は味がせず、固有名詞のあるものは名前とその姿を知っておかないといけず、曖昧な表現で作り出したものはかなり脆い。

とかなり制約があり、陽自身にもまともな名前なんて覚えていないのでそれも制約に拍車を掛けている能力。しかし等価交換でもなんでもない完全な物質創造能力である。

戦闘よりどちらかと言うとサポートに特化している能力だと言える。

 

スペルカード

陽化[陽鬼降臨]

陽鬼と一体化して鬼となる

 

炎獄[炎帝の檻]

炎を作り出して相手を閉じ込める、触れると火傷する。

 

炎撃[炎中一打]

炎を纏った拳の一撃を相手に御見舞する技。尚、このスペルを使うと強制的に元の姿に戻される。

 

 

黒空白土(くろぞらしらと)

 

二つ名

裏切りの改造(コンバート)

 

種族:人間

 

幻想郷に来ていた陽の知り合い。何故か陽を殺そうとするが理由は今の所は分からない。

特徴としては黒髪の黒目であり、本人は白と黒の二色が入っている服を好む。

 

能力

[改造する程度の能力]

連想ゲームの如く、今持っているものと作り出したいもののイメージをどこかで繋げることができれば持っているものをイメージするものへと作り替えることが出来る。

自身の体に応用すれば筋力強化などができる。尚、繋げられれば存在してないものでもある程度は作成可能。他人のスペルカードも作り上げることが出来るがまともに使いこなせるかは不明。

尚、肉体のある程度の変形も可能であり、姿を隠したり誰かに変装するにもうってつけの能力である。体臭も変えられるため唯一違うのは記憶だけになる。

戦闘、サポートのどちらにも対応していて応用力も利き、リスクも制限も特にない能力な為能力的には陽の創造する程度の能力の上位互換とも呼べる代物である。

 

スペルカード

 

 

陽鬼(ようき)

 

二つ名

陽炎なる鬼

 

種族:鬼

 

陽がマヨヒガで倒れていたところを保護。しかし、記憶がある程度抜け落ちているため能力等がいまいちうまく使えない模様。

特徴としては後ろ髪が首の根元まで伸びている赤髪で、角は後ろ向きで斜めに上がっている短めである。服装はどこからか拾っていたのか袖のないファスナーの服を直接羽織っていて、短いスカートに膝まである短パンを着用している。

 

能力

[炎を出せる筈だった程度の能力]

本来よりも威力が下がっていてほとんど炎が出ない能力。

 

スペルカード

 

 

 

月魅(つきみ)

 

二つ名

守りし月の守護者

 

種族:元クローンロイド現精霊

 

陽が永遠亭から預かってきた銀の長髪の少女。常に無表情だが笑ったり怒ったりした時は微妙に表情が変わる。クローンロイドだった時の記憶は一応あるが月面戦争などといった記憶はない模様。

服装は青い膝までの長さのスカート、青い半袖の服をつけている。

 

能力不明

 

スペルカード

 

 

 

ライガ・ブラッド・ミハエル

 

二つ名

殺し尽くす神

 

種族:神

 

陽を何故か殺そうとしている自称殺しを司る神。本来の目的である陽殺しを成就させるためには自身の能力を使って無関係の人間を殺したりすることもある。見た目は銀のオールバックであり、身長は190後半くらいである。目の色は黒

 

能力

[殺す程度の能力]

例え不死性を持っていても相手を殺すことが出来る能力。尚怪我を『殺す』事で怪我そのものを無かったことにしたりする応用力もあり、かなり強力な能力である。

尚、対象の負傷していない肉体の部位に使った場合はその部位が即座に壊死を起こす。そして魂だけの存在に使用した時は魂は無へと還る。

 

スペルカード

抹殺[殺すべきは存在すべてか?]

目の前にブラックホールのようなものを作り出して相手のスペルや弾幕などの攻撃をすべて吸収、自分の好きなタイミングで吸収したものを吐き出せる。




内容は随時追加していきます。


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外界と幻想郷と肉じゃがで

前回と違いほのぼのしていると思います。


「にゃにゃ! にゃ!」

 

「……」

 

今陽がいる場所はマヨヒガ、陽の二つ目の能力『創造する程度の能力』の特訓の為に紫がここで遊んでくれと言い渡されたのでいつもここにいる八雲藍の式神、(ちぇん) と戯れていた。

名目としては特訓となっているが、実際のところ白土に襲われた時に精神的ダメージがあっただろうということでここで癒されに来たというのが本来の目的だ。

だから陽が今行っていることは、猫じゃらしを作って橙と遊んでいるのだ。

 

「……本当に猫なんだな……」

 

「猫っ! のっ! 式神っ! ですからっ!」

取られそうになったら動かし、また取られそうになったら動かすという行動の繰り返しをしている内に陽も何だか微妙に楽しくなってきた様で動かし方も段々と複雑になっていく。

 

「あ、今笑いました」

 

「ん? そんなにおかしい事か?」

 

「貴方全然笑ってくれないんですもん。私とこうやって遊んでる時もずっと無表情でしたし」

 

陽は始めて知った。自分がずっと笑っていなかった事では無く、橙と遊んでる時に今笑った事を初めて知ったのだ。

紫にも言われては無かったがもしかしてずっと笑って無かったのだろうか。自分では分からずに笑ってる時が少しくらいあってもいいものなのにその少しすらも無かったのだろうか。

猫じゃらしを振りながら陽は考えていたが不意に近くの茂みで音が鳴る。橙も陽もその音が鳴った場所に目を向ける。

 

「……橙、臭いとかで向こうに隠れているやつの種族とか分からないもんなのか?」

 

「にゃー……橙も鼻は利く方ですけどそこまで便利じゃないですよー……」

 

まぁ当たり前か、と思いつつ鉄パイプを創造の能力で作り出して手に持つ。なるべく動きやすい様に片手持ちにして段々と近付いていく。

 

「ぅ……」

 

と、陽が確認するよりも先に茂みの中から恐らく音の正体が現れる……と同時に目の前で倒れる。陽と橙は駆け寄って倒れた人物を確認する。

赤い髪に小さい体。恐らくはまだ子供の妖怪なのだろう。そして目立つのは両のこめかみから後ろ向きに伸びたように若干斜め上の角度になっている角である。紫は陽に色んな妖怪の知識を教えているが陽はその中の『鬼』という種族を思い出した。

鬼の子供、しかも女の子が何故ここにいるのかは分からないが陽はとりあえず一旦橙と遊ぶのを切り上げる。

 

「ごめん橙、俺はこの子を一旦連れて帰るから遊ぶのはまた今度な?」

 

「いいですよ、私も流石に倒れてる子を無視して遊んでください、なんて言いませんから早く紫様のところに連れて行ってあげてください」

 

ありがとう、と軽く一声伝えて陽は走り出す。走りながら陽は彼女の状態を確認する。見た感じはかなりボロボロではあるがあくまで服装がボロボロなだけであり、体にパッと見大きな怪我はないように見える。

しかしこうやって衰弱してる以上恐らくは何か大変な事がこの子に降り掛かったんじゃないか、と陽はある程度予想しながら八雲邸に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったわね、私が見た限りあの子は無事よ。しばらくしたら目を覚ますわ」

 

「ほっ…………」

 

数時間後、陽に例の子を渡された紫は幻想郷内で唯一であるといわれる医者の所へ運んでくれた。

紫がそこに行く時は陽も珍しく付いて行きたいと言うのでその唯一である医者の所……永遠亭に向かったのだ。

 

「えっと……」

 

八意永琳(やごころえいりん)よ。医者というよりは薬剤師がメインなのだけれど……まぁそんな事はどうでもいいわね。

ところで……貴方、紫の新しい式神かしら? 九尾に猫又がいるというのになんで人間を式神にしたのかよく分からないけど……」

 

「彼は私の式神でもなければ餌でもないわよ。私が気に入って彼も住みたいという双方の同意をもって一緒に暮らしてるのよ」

 

陽が永琳と会話している時に後ろから紫が話しかけてくる。その顔はどこか不機嫌そうな顔にも見える。

 

「あら、どうしたのかしらそんな不機嫌そうな顔をして……お気に入りの彼があんな小さな子供に取られる事に嫉妬しているのかしら?」

 

「……そんなんじゃないわよ、ただ他の所に行く度に餌や役に立たなさそうな式神なんて言われ続けていると腹が立ってくるものよ。一々説明しなきゃいけないし……彼自身から言ったところで『お前が知らないからだ』『式神じゃないとすると餌か』みたいに言われるのは目に見えているもの」

 

「それは確かに言えてるわね」

 

2人が話している間に陽は病室の中を覗く。横たわった少女……角自体はかなり短かく仰向けに寝るには支障はきたしてない様でほんの少し安堵した。目の前で死ぬのを見るのはかなり精神に応える、彼は二人が話している間ずっと少女の事を見ていた。

 

「それにしても……貴方ここに来てからかなり変わったわね」

 

不意に紫が彼に声を掛ける。何の事かさっぱり分かってない陽は少しだけ思案する……が、結局何の事だか分かっていない。

理解していないと気付いた紫は少し微笑みながら陽に問いかけだす。

 

「ここに来る前までの貴方だったらよく知らない他人の為に必死になれるかしら? 無事だったと聞いてほっとするかしら?」

 

この問でようやく陽は気付いた。そう言われてみれば以前の自分だったら彼女を助けたりしただろうか? わざわざ残って無事かどうかの確認までしただろうか?

いいや、きっとしなかっただろう。そもそも名前も素性も敵か味方かでさえも分からない人物なんて彼は見て見ぬ振りをしていただろう。橙が目の前にいたから? 他人の目を気にするほど繊細ではないと彼自身が一番知っている。

 

(……何で助けたんだろう、俺ってこんな誰かを助けるほど余裕持ってるやつだっけ……)

 

少年は悩む。何故人助けなのに苦悩している自分がいるのか、何故頭より先に手足が先にこの子を助けようとしたのか。

 

「それでね……あの子が起き上がり次第確認したい事があるのよ。勿論貴方にも同席してもらうかもしれないわ」

 

「……それって俺があの子を拾った責任があるから同席しろって事? 俺は別に良いけど……」

 

「いえ、それも少なからずあるのだけれど……もしかしたらあなたという存在が必要になってくる可能性もあるのよ」

 

「……俺が、必要になってくる……?」

 

陽は少し困惑していた。確かに能力持ち二つが珍しいというのは分かっているがその二つの能力のどちらもこの子を助けるのには若干不向きな気がしているからだ。

 

「一応言っておくと能力は全くと言っていいほど関係ないわ。能力じゃなくて貴方自身よ。

まぁそれは彼女が目を覚ましてからね……永琳、これ渡しておくからもし彼女が起きたらそれを破くか握り潰すかして頂戴。私に連絡がいく様になってるから」

 

そういいながら紫は永琳に1枚の紙を渡す。その紙には不可思議な紋様が描かれていて、陽にはどういうものか理解出来てないが実際はただの一方通行な連絡用の式神であり、この式神を潰せばすぐに持ち主にその事が伝わるという簡単なものである。

 

「えぇ、分かったわ。起きたらすぐに連絡するつもりだから」

 

そうして紫は陽の手を引いて八雲邸に戻っていく。一応安心だと分かった陽は頭を切り替えて今日これからどうするかを考える。彼はもう今日やる事は飯を作る事だったからだ。

そう考えると外界で生きてきた彼にとって幻想郷と言うところに送られてきてしまったらかなり暇な時間がある事に気付いた。

 

「……これから、何をするべきか……」

 

「自分で考えてご覧なさい。暇だと感じる様になったのなら、貴方は世界に興味を持ったのと同義なのだから。

貴方は幻想郷に来て変わったのよ……自分でどう考えて、どうすればその暇を無くせるか……考えてご覧なさい」

 

「自分で、考える……」

 

外界で生きてきた生活の中で、彼はその殆どを流されるまま受動的に過ごしてきた。普通なら尊敬出来るはずであろう親は希にしか帰って来ず、そのせいで料理や選択などが上手くなっていくという皮肉を味わった。

親がどんな職業なのかもいまいち覚えておらず、高校にだって入学した理由は特に無く『ただ近いから』だった様な気もする。

ゲームは親がたまにしか帰ってこれない状況で買ってもらえるはずもなく特にそんな娯楽は味合わえずに生きてきた。

無感情になったのはいつごろだっただろうか。15になる頃には既にそうなっていたし今現在17だが夢も希望も何も無かった。絶望も、現実も無かった。

 

「……あ、今日の夕飯は貴方の能力を使って何か美味しいの作ってくれないかしら? 食材は好きに使っていいわよ。能力の特訓になるし丁度いいと思うわ」

 

「……使えるのは創造だけだと思うけど、せいぜい道具が精一杯のような……」

 

「道具でも味は変わるものよ、貴方の生きてきた外界と幻想郷は違うのだから道具なんて丸々変わってしまうもの。1度、貴方の慣れたやり方で料理を作ってみたら案外味が格段に美味しくなると思うわ」

 

この時、陽は外とここで道具の違いというのを考えていた。そして最も違う部分に目をつけてそこを外界のと同じにして料理をしようと思ったのだ。

そう、カセットコンロである━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー♪やっぱり外界のものって料理が手早く出来るから便利よね〜」

 

「……まぁ、それには同意はしますが……」

 

作ったものは肉じゃが、幻想郷にある食材でなおかつ外界でも知られている料理と言ったらこれしかないと陽が考えた料理である。

余程気に入ったのか箸を手早く動かしてパクパク食べていく紫と若干の渋い顔をしながらゆっくりと箸を動かしていく藍。どうやら藍は分かり辛いが二人共気に入ってくれた様ではある。

 

「藍、あなたの言いたい事も分かるわよ。けれどこれ位のものなら無縁塚にもゴロゴロ転がってる。香霖堂の店主に見せても名前とその用途しか分からないから誰も使おうと思わないわ。

……けど、あんまり使っちゃいけないのも事実なのよね。だから今日は所謂『特別な日』よ。」

 

「……紫様がそうおっしゃるのなら……」

 

陽はその会話を聞いて何故カセットコンロでこんなにも真剣な話し合いになっているのかよく分かってなかった。

しかし今それを聞くのは野暮かと思い、後で自分で聞く事にして一旦考えていた事を置いておいて今は自分の作った肉じゃがを口へ運ぶだけだった。

 

「にしても美味しいわね〜釜戸でも出来無い事は無いけど火の様子を逐一見なきゃいけないし必要だったら薪も入れなきゃいけないしで火の加減が必要な料理には不向きなのよね〜

河童に頼んで家だけ外界みたいにしてもらおうかしら? ここに外界の知識を持った人物が一人だけいるのだし」

 

「……何で河童……? 河童ってあの池に住んでて頭の皿を割られない様に生きてる胡瓜が大好物の妖怪だって言うのは外で言われてる話だけど……」

 

「あぁ、そういえば知らなかったわね。

幻想郷にいる河童は機械好きなのよ。もっと正確に言うなら外の世界の物をバラしてその仕組みを知りたいと思う探究心があるの。

前は箪笥とかをバラしていたのだけれどいつの間にか機械になってて……いつの間にか外の世界もびっくりする様なのを作ってたりするんだから」

 

「……例えば?」

 

「光学迷彩、意志を持った機械人形、自分で自分が動くのに必要な電気を発電して充電する機械人形などなど……まだまだあるみたいだけど知っている限りはこれくらいかしら。

そう言えばそれが顕著になりだしたのは山に守矢が居座ってからかしら……」

 

陽は驚きを通り越して最早何故そこまでするのか、という疑問に駆られていた。彼には今の今まで探究心というものを知らない生活をしていたので河童達の機械への探究心がそこまで強いのは最早それは河童じゃなくて別の妖怪なのでは無いだろうか、と疑問に思っていた。

だが、その疑問のおかげか彼は河童という存在に興味が出てきた。

 

「まぁ今は河童の話より肉じゃがの話よ。藍、丁度いいから今度彼に外界の道具の使い方を教わりなさい。そしたら貴方の料理の腕も上がるんじゃないかしら」

 

「紫様……私は料理であっても楽な道を選ぶ、という行為自体をしたく無いのですが……」

 

「藍、楽な道を選ぶという事と効率よく動くという事は全く別物よ? 火加減を常に見張るなんて行為は料理において恐らくは要らない行動なのよ。

強いと思ったら弱められる、弱いと思ったら強められる……その行為が出来れば料理自体に集中し易くなって俄然美味しいものが出来上がり易いのよ。

彼に教わるのは恐らくは貴方のプライドが許さないのだろうけど……1度教えてもらいなさい。妖怪と人間という差があれどそんなところまでいがみ続けられても私には困るのよ。ある程度のルールを決め、そのルールの範囲内で仲良くする。

どちらかがルールを破ればそれ相応の制裁が待っている……この世界はそういう世界なのよ」

 

こんな真面目な話をしているのに肉じゃがを頬張る度に嬉しそうな顔をしていると威厳も何も無いただの普通の女性に見えるな、と考えながら紫が肉じゃがを食べ終えるまで食事中はほとんど紫の顔ばかりを見ていた陽であった。




またもや新キャラ登場……ですが今回は名前すら出ずに終了です。


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強さとは

例の少女を永遠亭に送り込んだ当日の夜の話です。


彼は気づけば暗い所にいた。どうにも現実味が沸かないくらいに真っ暗な空間。しかし光源が無いという訳ではなく、彼自身の姿はその目でしっかりと確認出来た。彼は辺りを見回す、当然何も見つからない。

自分は何をしていたのだろう……あの鬼の女の子を見つけて……一旦戻ってきて……それからどうしたんだったか━━━

 

『━━━お前を殺す』

 

声が響く、気付けばすぐ側には先日彼を殺そうとした昔なじみが居た。彼はその姿を見かけた途端まったく正反対の方向に全力で走り出す。彼は今の奴には勝てない、戦ったら殺されると認識しているからだ。

しかし離れられない。どれだけ全力で走っても彼は奴との距離を離せない。それどころか奴が1歩ずつ踏みしめる度に近付かれていく。

何故自分が殺されるのか、何故理由を話さないのか。何も分からないまま彼はがむしゃらに走り続ける。

しかしどれだけ走ろうとも彼は簡単に捕えられてしまう、服を掴まれ木の葉のごとく放り投げられる。

背中に激痛が走る。そしていつの間にか振り返っていて目の前にいた奴は一切の躊躇無く手に持っていたナイフを彼の心臓に突き立てようとして振り下ろす。

 

「━━━ああああああああ!!」

 

彼は叫んだ、大声で。恐怖を振り払いつつ自分を鼓舞して奴の一撃が当たる前にその腕を全力で握り潰す。嫌な音が響く。しかしその音は自分からではない、握り潰した奴の腕からだ。

 

『ぐっ!?』

 

奴は怯んだ。彼は何かに取り憑かれた様に奴に対する攻撃の手を緩めようとはしなかった。

拳が熱い、その熱はかなり高温に感じるのに自分の拳は焼けるような痛みが来ない。彼は奴にめがけて1発顔面に御見舞した。

先ほどとは別の嫌な音が響く。まるで熱した鉄板に置いた肉の様な音。それはつまり勢いよく何かが焼ける様な音。

 

『ぎゃぁぁぁぁぁぁあああ!!』

 

悲鳴が響き渡る。奴は本当にこんな声を出すのか、と彼はこの場に置いて見当違いで場違いな疑問を冷静に抱いていた。

だが、焼けるだけでは済まなかった。奴の殴ったところが突然発火したのだ。

そしてその炎はすぐに奴の体全身に周り、奴は炎でのたうち回っていた。だがその動きもすぐに止まった。そして()()()()()()

 

『オマエ……ヴァ……ヒト、ゴロシ…………ヅァ………………』

 

呂律の回らない舌で奴は一言一言話す。そして焦げた部分がまるでゆで卵の殻のようにボロボロと崩れ落ちていき、その中身が晒される。

 

「……俺……!?」

 

『お前は殺されるべきだった。あの場で死ななかったからこそ厄介な力を手に入れる。手に入れ過ぎた力ほど醜いものは無い』

 

そう言いながらもう一人の彼は彼自身の腕の前に手を伸ばして━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああああああ!? はぁ……はぁ……夢……?」

 

夢から目覚めた陽は辺りを見渡す。そこは八雲邸に用意された自室であり、今は夜であった。寝ていたのだからある意味当然といえば当然なのだが。

 

「……しばらく、歩くか。」

 

起き上がった陽は汗でぐっしょり濡れた自身の寝間着を脱ぎ捨てて新しい服に着替える。汗で濡れたままだといけないから体を拭いてから着替える。

着替え終わった彼は縁側に座って夜空の月を眺めている。歩こうと立ち上がって踏み出したはいいものの、足元がふらついてしまい今はまともに歩けないと判断しての事だった。

 

「…………」

 

陽は拳を握っては開き握っては開きを繰り返す。先程の夢の事が鮮明に思い出すからだ。奴……白土の腕をへし折り、殴り飛ばし、奴を燃やしたあの感覚や記憶の殆どが鮮明に思い出される。

 

「何で……あんな……」

 

殴り飛ばすまでは分かる。しかし何故殴った途端燃え出したのか。彼はそれが何かの暗示の様に思えてしょうがなかった。夢というものにここまで真剣に考えててもしょうがないと彼自身も頭では理解している。

だが、心が納得できるかと言われればNOと即答で今の彼は答えるだろう。何せここは幻想郷、外の世界の常識というものがあってないような世界なのだから……

 

「物凄い大きな声が聞こえてきたと思ったら……随分と顔が真っ青になってるな。嫌な夢でも見た、と言ったところか」

 

そんな彼に声をかける人物が1人。金色の髪を有し、生えている9本の尻尾も髪と同じ色の狐の妖怪の式。八雲藍だ。

彼女は彼の横には座らず立ったまま彼に話しかけていた。そして今も座る様子はない。

 

「……よく、分かりましたね」

 

「私はこういうのには敏感だからな。しかし……とんでもない夢を見たみたいだな。私としてはどうでもいいが」

 

陽はその言葉はあからさまな嘘だと分かっていた。そもそも藍は少しだけ微笑んでいたのだ。まぁ自分は嫌われているのだから当たり前か、と割り切ったのだが。

 

「……私は他人の不幸は蜜の味と思っている女では無いからな。大概お前は表情に出るな……嘘を吐くのが下手というよりかは本音が表情に出てしまうタイプか。

私が笑っているのはお前が一応人間らしい感情はあったんだなという事だからだ。仏頂面が気に食わなかったが……なるほど、悪夢にうなされる程その白土とか言う人間を恐怖してしまったか、生物らしい感情が出てきたせいで見る様になったのかは定かではないが一応お前も『人間だった』という訳だ」

 

そう言ってようやく藍は陽の横に座る。服は当たり前だが寝巻きである。着物である事以外はいつも被ってる帽子は外しているようでその金色の毛の耳が月明かりによって照らされて輝いて見える。

 

「……それじゃあ今まで俺の事は何と思ってたんですか」

 

「一言で言えば人形。魔法の森に住む魔法使いが使う人形の様に言われた事をこなすだけの人形だな。

そんなつまらない存在に紫様が興味を持った事が私が今まで味わった中で一番の屈辱だったよ。どうしてお前みたいな全てがつまらないと思っている様なやつに興味を示されるのかと」

 

二人は顔を合わせずに会話を続ける。かなりの事を言われている陽だが、全てが事実だと納得して静かに藍の言う事を聞いていた。

藍もまた、頭ごなしに文句を言うのではなくただ印象に残った事を伝えているにすぎなかった。

 

「……強くなるには、どうしたらいいんでしょうね」

 

「ほう? 強くなろうと感じているのか。それは……自分が負けてそれの屈辱を払拭するためか? それとも紫様にいいところを見せたいが為か? 単純にそいつが邪魔に思ったからか? 私を見返してやりたいと思ったからか?」

 

「……それは……」

 

まくしたてる様に言う藍に陽は考えた。今、どうして自分は強くなろうと思ったのだろうと。理由は分からない、けれど何故かとても強くならないといけなくなる様な気がしたのだ。

 

「……強さを求めるには、何かを捨てないといけない。例え戦闘の天才であっても何かしら別のものを失わないといけない。

……少しだけ話をしようか。あるところにありとあらゆる物事においてなんでもできて、見た目も性格も全てにおいて一番の人物がいた……だがそんな人物でも捨てたものがあった。その人物はどんな世界であってもそれが(ことわり)だ。と悟ったという話なんだが……」

 

「……その、捨てたものって……?」

 

「……人間関係さ。何かを上手く出来れば出来るほど尊敬と嫉妬が出てくる。性格が悪ければ嫉妬だけが残り孤立し、性格が良ければ尊敬だけが残り皆から一歩引かれる存在となる。

例え聖人君子であったとしても……いや、聖人であればある程敬われていき、崇められて、友人がいなくなる。

その人物は……何でもできて、誰からも負の感情を持たれる事がなかった故に孤立していた。

そうして彼は自ら命を絶った……妖怪であっても人間であっても……誰かに関わって無いと何も面白くなくなってくるからな。まるでついこの間のお前みたいにな。交友関係とは……いや、心から話し合える様な人物と関わってないと世界は全てつまらなくなってしまうんだよ」

 

陽は思った。そういえば自分は親と関わりが無くなった辺りから話し合える様な人物も減っていっていた様に思える、と。

親と関わらなくなり、友と呼べる人物との関わりも無くなっていき残ったのは自分1人だった。もしかしたら白土は友と呼べる人物だったんじゃないかと思えるが今となっては自分の命を狙う敵の様なものだ。

 

「……力というものは良くも悪くも感情が関係してくる。感情を無くすか感情を基盤にするか。感情を基盤にするのなら誰かを守るという感情を元に強くなるか自己満足の為に強くなるか……そうやって細分化されていく。

感情を殺せば誰かを殺すのに躊躇が無くなる代わりに孤独を選ぶ事になる。感情があれば爆発力がある分波も大きいし殺せない人物が出てくる事もある。要するに『甘い奴』になる訳だ」

 

「甘い奴……」

 

「だがお前の根底は、その『甘い奴』なんだ。初めてお前と会って2人きりになった時に殺そうとした時、白土という奴に殺されかかった時……どちらも死への『恐怖』がお前のその二つの能力を目覚めさせた。

別に今から感情を殺して冷徹な人形になるのもいいだろう、だが本当に感情を全て殺せる人間が……妖怪がいるのだとしたら私は知りたいくらいだ」

 

そう言いながら月を仰ぎ見る藍の顔はどこか遠くを見る様な、そんな表情だと言う事に少しだけ陽は気付いていた。

だが彼女がどうしてそんな表情を取るのか、何故そこまで感情論に拘るのかまでは予測もできない。

しかし陽はこの言葉を……今話しているこれらの会話を絶対に忘れない様にと密かに心の中で誓ったのだった。

 

「根底は甘い奴のお前が……どうしたら根底の基盤となる『感情』を上手く扱えるようになるか……今はまだ不慣れなだけだ、お前自身はまだ感情の扱いに振り回されている。だから分かり易い表情を取ってしまう。

強くなりたいのなら……感情に振り回される事無く、感情を上手く扱って戦える様にしないとな」

 

「は、はい」

 

「さて……少し話し込みすぎたか。私はそろそろ寝直すとしよう、お前も早く寝る事だな。

……あぁ、あとそれともう私の事は呼び捨てで敬語も使わなくていい。紫様には対等に話し合っているのに私には敬語ではよく分からない立ち位置になっているからな……あまり気負う事はするなよ、陽」

 

「っ! あ、あぁ!!」

 

この時から、藍の睨みは無くなった。最初の頃は紫も不審に思っていたが2人の様子を見ている限りでは安心だと思って放置を決め込む事にしたのだ。

そして、その日から3日ほど経過したある日━━━

 

「……陽、あの子が起きたみたいよ。今すぐ様子を見に行きましょうか」

 

「本当か!? 行く!!」

 

永琳からの連絡により例の鬼の少女が目覚めたと報告があった。陽達は急いで身支度を済ませてから紫のスキマを通って永遠亭に向かった。

着いた目の前には既に永琳が立っていて紫と少しだけ話した後、奥の病室に向かう事となった。

 

「…………誰?」

 

そして、病室には虚ろな目をしてこちらを見ている少女がいた。少しだけ頭をフラフラさせているのは眠いからなのだろうか、と陽は思った。

 

「私達は貴方を助けてくれたこの子……月風陽と一緒に住んでる者よ。少しだけお話しをしたいのだけれどいいかしら?」

 

そう言いながら紫は軽く陽の背中を押して一歩前に前進させる。少女は陽の顔をじーっと見つめていた。そしてしばらく見つめると視線を離す。

 

「月風……陽……うん、分かった……それと、お話しは……別にいいけど……その前に━━━」

 

「その前に?」

 

「……お腹空いた、それもすっごく。肉と酒と……米が食べたい」

 

一瞬、ここにいた全員の目が丸くなった。が、すぐに微笑み直した後永琳がカルテの様なもので軽く少女の頭を抑える様にしてこう言う。

 

「駄目よ、今の貴方が食べる事が許されてるのはお粥だけ……酒や肉なんかはまだ胃が受け付けないんだから論外よ。

食べた後に全部吐き出す覚悟があるんだったら食べても構わないけど?」

 

「……吐くのは、ちょっと嫌だなぁ……」

 

定まってない視線で頭をフラフラさせているけど大丈夫なのだろうか。

3日ほど寝てたんだしあれだけ疲弊しているのは当たり前だとは思うが食への執着はどうやらあるようだ。と他人事の様に感じている陽がいた。

 

「ならお粥で我慢しなさい。体調に問題は無さそうだしあなたの回復力ならあと2日もあれば今言ったもの全部食べれるわよ。

それと、一つ聞きたいのだけれどあなた帰るところあるのかしら? 無い様なら彼女達に引き取ってもらうのも一つの手よ?」

 

永琳がそう伝えると少女の視線がまた陽をじっと見始める。陽も彼女と目を合わせる様にして視線を向ける。しばらく彼女と彼が見つめ合うと━━━

 

「……帰るところ無いから行く」

 

「それじゃあ決まりね。陽は引き取る気満々だったからちょうど良かったわ……それで、あなたの名前は?」

 

引き取る事にした紫達は少女に名前を尋ねる。彼女はしばらく視線を落として考えていたが少しだけしてから視線をあげてこう言った。

 

「……忘れた。名前、忘れた」

 

そしてまた全員の目が丸くなった。どうやら彼女を引き取るのはかなり苦労する事になりそうだ、と陽は内心苦笑していたのだった。




まだしばらく彼女の話題を引っ張ります。


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鬼の少女、その名は。

鬼の彼女の名前で一悶着あったようです。


「味が無いよー……肉とか味の濃いものが食べたいよー……」

 

「我慢なさい……本当に身体にはもう何の問題も無い様ね……本当に胃に負担掛けても問題無いんじゃないかと思えてきたわ」

 

目の前で重ねられていく皿。既に永遠亭の使える皿は鬼の少女に出すお粥だけでかなり減っていく。ぶつくさ文句を言いながらそれでも食べ続ける辺り本当に腹が減っているのかもしれないがこれは逆に胃に負担がかかっているのでは? と思ってしまう陽であった。

 

「……ただ、体の燃費がかなり悪いっていうのも分かった事だけど……」

 

陽は彼女が自分達に付いていくと決めてくれたすぐ後の事を思い出していた。彼女はすぐに立ち上がり何故か急にその場でジャンプしたり体を動かしたりして彼女以外の全員を驚かせていたがその後は空腹で倒れて今は負担を掛けない様にとお粥だけを流し込んでいる状態だ。

にしても体力以外は本当に回復しきっている様だった。回復力が高い彼女は先程名前が思い出せないと言っていたが一切気にして無い様だった。

 

「……まぁ、これだけ食えば一応動けるかな」

 

そう言って大量に積み重ねられた皿は崩さない様にして彼女は平然と立ち上がる。そして陽のところへ来て手を差し出す。背格好から見ても妹に手を繋ぐ事を要求されている兄の様に見えるのだが紫は妙に面白くなかった。

 

「……ほら、帰るのだったら早く帰るわよ」

 

「あ、あぁ……」

 

紫が開けたスキマに最初に紫が入り、次に苦笑しながらこの場は黙って場を見守っていた藍、それに続いて陽と少女が入る。

その場にはもう永琳しか残って━━━

 

「師匠〜……彼女帰りましたか〜……?」

 

「あら、優曇華無事に生きてたのね……てゐと姫様は?」

 

「てゐはご飯を炊くのに労力を使い過ぎてぶっ倒れてます……姫様はいつもと変わらずですよ……」

 

部屋の外から現れたのは鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバである。長いうさ耳とまるで外界の学校の様な制服を着こんでいる月の生まれの兎である。

そんな彼女はフラフラになりながら永琳の元へと辿り着いた。そう、彼女と今この場にはいない因幡てゐがお粥とその皿を洗うのをひたすら行っていたのだ。そしてお粥や食べ終わって積み重ねられない程になった皿から他の兎達が回収していたのだ。

 

「そう……」

 

「あ、でも……『何か面白い事がおきそうね』って言ってましたけど……何の事なんでしょう?」

 

「……さぁ? 長年一緒にいる私も姫様の思考は分からないもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガツガツ……もぐもぐ……んぐっ、んぐっ…………ぷはぁ……お代わり!」

 

「ま、まだ食うのか……二人で回しても足りないとはどういう胃袋しているんだ……」

 

八雲邸、件の少女は着くなり腹が減ったとまたぶっ倒れた。本来はお粥を作ってやるべきなのだろうが永琳が連れて帰る時に何も言わなかった辺り問題は無いと判断した紫達は彼女が好きそうな肉料理をご馳走した……が、軽く牛一頭分は食ってるのではないかと思われる程の食欲を彼女は見せた。

しかしそれでもまだ足りない。陽と藍が一心不乱に作っている肉料理は全てが彼女の胃に収まっている。彼女が出すお代わりの声は既に藍にとっては恐怖の通告に等しいものだった 。

 

「貴方……よく食べるのね……食費代というものを初めて心配しそうになりそう……」

 

「だって……ガツガツ……お腹減っちゃって……モグモグ……お粥ばっかりだったし……んぐっ、んぐっ━━━」

 

「ちゃんと飲み込んでから喋ってるから注意し辛いわね……後でお腹壊しても知らないわよ?」

 

「大丈夫……!」

 

皿の中のものを掻き込んで食べていく姿は非常に気持ちのいいものだが度を過ぎれば見ているだけで胸焼けがしてくる様なものである。事実、紫は何も口にしていないのに既に満腹感を味わっている。

 

「生姜焼き、卵焼き、親子丼、カツ丼、炒飯……まだあるわね。陽が外界のものを作ってくれるのはいいけど……というか卵の消費が早いわね……」

 

尚、材料に関しては紫が能力を使って外界に行って採って(買って)来たものを使っているが外界で言う八雲邸のエンゲル係数の6割程が今彼女の胃袋に収まっている様な気がして紫は若干身震いをしていた。

 

「ここまで大食漢だとは……鬼ってみんなこんな感じなのか?」

 

「ううん? 私は何でかよく食べるんだよ。何でだったかなぁ……もぐもぐ……」

 

食べっぷりがいいのは作り手としてはいいのだがこんなに食われるとは思ってもおらず、いつになったらゆっくり話が出来るのかと思い始める3人だった。

結局、彼女が満足したのはさらに時間が経過した頃だった。そしてゆっくり話が出来る様になるのは食べ終わってからまた更に時間が経過した頃だった。

 

「ぷはぁ…………いやー、美味しかった美味しかった。ごちそうさま!」

 

「満足出来たのならいいけど……それじゃあ、話を聞かせてもらってもいいかしら? 貴方が何者で、どこから来たのか、何故ボロボロだったのか……答えられる範囲内でいいわ」

 

「って言われてもねぇ……殆どの記憶がぶっ飛んでて良く分からないんだよねぇ…………うーん…………」

 

彼女はそこから頭を傾けて腕を組んで考える様な仕草を取っているがどうやらまだ何も思い出せない様だ。

 

「……あー、これは記憶とは関係無いんだけど……」

 

「何かしら?」

 

「体の感覚がおかしいと言うか……今まで取れる範囲内だったものが何故か取れなくなった感じ……かな? 今は慣れたけど起きたばっかの頃は腕が短いような感覚だったから結構大変だったなぁ……」

 

彼女のその言葉に紫達は思案する。彼女の言葉がどういう意味なのかをそれぞれ自分で考えているのだ。

しかし、今は自分たちが考えて時間を削る訳にはいかない。とりあえず陽は頭を振って一旦考えをリセットしてから彼女に話し掛ける。

 

「とりあえず……身だしなみ整えようか。それに記憶を失ってるからと言ってずっと『君』で呼ぶ訳にもいかないし仮の名前でも考えないと」

 

陽は一つの袋を取り出し、更に何かの容器にたっぷり入った液体と櫛を能力で作り出す。櫛と液体を同じ袋に入れた後、両端で袋を縛ってから彼女の前に座る。

 

「髪はボサボサだしせめて髪だけでも整えないとな。そう言えば水浴びはしてたのか? 女の子なんだし体は清潔にしないとな。

それと名前はどうするか……」

 

「よ、陽? 名前は後でもいいとして急にどうしたのよ。まるで貴方その子の母親みたいな事言い出したわね……」

 

「……何か妙に気になって……永遠亭にずっといたから体は拭いてもらってたと思うけど髪は整えられなかったのか凄いボサボサになってるしな……だからせめて櫛で整えようかと思って……」

 

陽はそう言いながら彼女の頭を撫でる。彼女は少し気持ちよさそうに目を細めている。まるで猫の様に。

 

「はぁ……一つだけ、言わせてもらうわ。その子の名前を付けたら……その子は貴方の式神の様な存在になるわ。それでもいいのかしら?」

 

「え?」

 

陽は驚くが、紫は真剣な表情であり鬼の少女は少しだけ目を逸らしていた。恐らくこれは覚えていたのだろう。だから先程から名前の事に関しての話題を振らなかったのか、と藍はある程度察していた。何せ、自分と相手を縛るような行為その物なのだから。

 

「妖怪にとって名前と言うのは人間より大切なものなの。その妖怪の存在そのものがその名前に込められてると言っても過言では無いわ。

だから……あなたが名前をつけてしまったら彼女はそれ以降あなたがつけた名前として存在する事になり、今までの名前を捨てる事になる……そして、貴方が死ぬまで彼女と貴方は運命的に何があっても一緒にいるハメになる。

そこまでの覚悟があるかしら?」

 

この言葉で陽は少し和やかになっていた気分が一気に現実に引き戻された。何せ、名前を付いてだけで存在そのものが書き変わるというのだから。

 

「……俺は……」

 

「み、水浴びしてくるよ! い、行ってきます!」

 

「お、おい!?」

 

そう言って少女は藍の手を引っ張って無理矢理水浴び場へと移動した。そして、部屋に残されたのは陽と紫の2人だけだった。

 

「……私が言ったことは真実よ。名は体を表す……っていうのがあるけれど妖怪は正しくその通りなのよ。

だからこそ……名付け親になると言うのならそれ相応の覚悟はしてもらわないといけないわ」

 

「……俺はもう、帰る気は無いんだ。だから幻想郷で生きて……出来る事なら誰かを助けたいとも思ってる。

英雄気取りでいたいわけじゃないけど……でも、目の前であの子みたいに傷ついた子がいるなら……何をしてでも助けたいって思ってる」

 

「………貴方があの子を助けたい、って気持ちは分からなくもないわ。私も数々の妖怪を救う為にこの幻想郷を創ったんですもの……けれど、助ける為にはそれ相応の『強さ』がいるのよ。

何も無い者に誰かを助ける事は出来ない……今の貴方は感情に振り回されすぎているわ。キツイ言い方をする様だけど……貴方は半人前なのだから身の程を知りなさい」

 

「っ……!」

 

陽は唇を噛んだ。紫に『お前は力が無いから止めろ』と言われた事が悔しいのでは無く、自分に何かしらの力が無い事が悲しいのでは無く、ただひたすらに誰かを救えない自分に憤っている為だ。

 

「貴方があの子を救おうとすれば間違いなくあの子はその時点では救われるわ。けれどね、その後はどうするつもりなのかしら? もしあの子が記憶を取り戻した後に親元に帰りたいと言った場合はどうするつもりなのかしら?」

 

「そ、それは…………」

 

「前の名前を思い出したから『じゃあ今の名前じゃなくて元の名前にする』じゃあ駄目なのよ? 例え思い出したとしても絶対に帰る事が出来無い様になるんだから……どちらにせよ、ね。

……今決めずに、ゆっくり考えてご覧なさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから時間が経過して夜となった。

頭の中があれ以降ぐちゃぐちゃになっていた陽は全く寝付けずに縁側で1人月を見ていた。

 

「……あの子の助けになりたい、けどあの子を助けようとしたらあの子が助けられなくなる……それは……っと?」

 

不意に背中に誰かが持たれる様な感覚が来た陽は誰が一体持たれたのかと頭だけを捻って後ろを見る。そこに居たのは鬼の少女だった。

 

「……あのね? 実は私別に帰れなくてもいいんだよ」

 

「……え? なんでだよ」

 

「何もかも忘れてるなんて嘘……ていう訳じゃ無いけど、覚えている事もあるんだ。

何で私がボロボロになってたのか……どうして1人であんなところにいたのか……というより1人だったのか。それくらいの事は覚えてたし思い出せてたよ。けど喋る事でも無いと思ってて……」

 

昼頃の明るい声寝とは違い今の彼女の出す声は妙に哀愁が漂っている様に陽は感じて、彼女とは背中合わせで喋ってその表情を見てはならないと感じた。

 

「私ね……家族、と言うか群れみたいなものだったんだけどそれが嫌で逃げ出してたらいつの間にかあそこについてたんだよね。

人間から逃げるようにして隠れていたあの鬼の村が心底嫌で嫌で……住んでた洞窟から誰も出ようとはしないから出て行ってやる! って思って世紀の大脱走してたら……違う世界に閉じ込められるとは思わなかったよ」

 

「……ちょっと待て、その言い方だとまるでお前は外界の……」

 

「……うん、私は外界から来たんだよ。だからこの世界には私の血族なんて一人もいないし気の許せる相手も陽達だけなんだよ。

だから、私に新しく名前を付けて私をこの世界から逃げ出さないでいれる様に縛ってくれないかな?」

 

陽は悩んだ。彼女が望んでいるのなら自分はそうするべきなのか、と。しかし彼女はどう考えても反抗期のそれであり自棄を起こしている感じだ、今自分が彼女を縛ってしまったら彼女は後から後悔するのではないか? 名前を与えるのは契約のそれと同じだ。だからこそ、自分は悩んでいるというのに……この子はこんなにも悲しそうな顔で村との未練を断ち切ってほしいと言っている。

気づけば陽は彼女の体を強く抱きしめていた。

 

「よ、陽? どうしたの、ちょっと恥ずかしいよ……」

 

「本当は帰りたいんじゃないか? そんな悲しそうな顔で村との関わりを一切合切断ち切ってくれ、だなんて言われても俺ははいそうですか、って、決める事なんて出来やしない。

でも、だからこそ……名前を与えるからこそ……お前をいつか胸を張って村に送り返せる様にしたいと俺は思った」

 

真剣な眼差しで彼女を見つめる陽。彼女もその雰囲気に飲まれて黙ったままだった。

 

「俺はお前を助けたい。お前が村に帰りたくないから名を与えるんじゃなくて、俺が助けたいだけという独り善がりでも無くて……俺は、お前がちゃんと村に帰れる様にする為だ。

そんなに村が嫌なら逃げ出さずにお前が変えてしまえばいい、なんなら幻想郷に入れてもらえればいい……ここは、何でも受け入れる世界だからな」

 

「私が、村を変える?」

 

「そうだ、洞窟にこもって隠居生活しているあの村が嫌ならお前がそれを変えて外に出させてしまえばいい。暗くてジメジメしてんならお前の性格みたいに明るい村に変えてやればいい。

俺はお前ならそういう事が可能だと思っている」

 

彼女は陽のその言葉に胸が高なっていた。もし、自分の嫌いなあの村が自分が好きになれる村にすることが出来たなら? そしたら自分の両親は自分を誇りに思ってくれるだろうか?

そう考えて彼女は実の両親の事を思い出していた。

 

『お父さん! お母さん! 私はね、大きくなったらこの村を洞窟じゃなくて外に作りたいの!』

 

『ふふ、貴方なら出来るわよ。もし出来たら私たちの自慢の娘よ。もしかしたら……男の子がいっぱい寄ってくるかもね?』

 

『なっ!? ━━はやらんぞ!? 俺を倒せる様な男じゃない限りは絶対に認めないからな!』

 

暖かい家庭、その中で未だに欠けている自分の名前。だが、彼女は今は名前を忘れていてもいいと思った。

だったら、私はこの男を主として生きてもいいんじゃないかと……記憶を取り戻したら一旦村に帰って……村を変えた後で主である彼に報告してみたら……自分の父親と母親に報告したら……恐らくはかなり喜んでくれるだろう。

そう考えた彼女は━━━━

 

「……私は、貴方を守る。けどその代わり私が村の族長になったら……褒めてくれる?」

 

「あぁ、お前をわが子の事の様に褒めてやるさ……言うぞ、今日からお前に与えられる新しい名前は━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━陽鬼だ。




という訳で新キャラの陽鬼ちゃんでした。


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剛力の鬼

陽鬼と散歩に行く話、どこに行くかはタイトルで察せる………と思いたいです。


陽鬼(ようき)……太陽の陽に、鬼と書いて陽鬼……悪くは無いけれど……」

 

鬼の少女……陽鬼に名を与えた日の翌日。朝になった後で陽鬼に確認を取ってから陽は昨日の事を全て紫と藍に話した。陽は、勝手に名付けた事に対して怒られないかとヒヤヒヤしていたが特にそんな事も無かったみたいなので少しだけ安堵する。それと同時に紫が何やら危惧しているのが気になってしょうがなかった。

 

「えっと……一体何が気になってるんだ……?」

 

「……いえ、苗字は与えてやらないのね。細かい事だけれど何となくそこが気になっちゃって……」

 

「そう言えば昨日名前を与えてはくれたけど苗字が無かったよね。もしかして苗字は考えてなかったとか?」

 

紫と陽鬼の素朴な疑問の眼差し、藍は無言でこちらを見ていた。まるで『そこまで深く考えていなかったのか』と言わんばかりのジト目で。

 

「え……苗字は俺と同じ月風にするつもりだったけど……月風陽鬼……けど、苗字呼びする事もそんなに無いだろうし名前だけでも問題無いって判断したんだけど……」

 

「た、確かに問題ないだろうけど……まぁいいわ。貴方が考えて決めた事だもの、あまり口を挟んでは野暮というものね」

 

扇子を広げて口元を隠しながら話を切り替える様に目を瞑って、数秒経ってから目を開いて扇子を閉じてから紫は再度陽に問い始める。

 

「ところで……昨日までかなりその子の髪ボサボサだったのに何で今はやけにサラサラでしかも若干艶が出てるのかしら……見違える程に綺麗になってるじゃないその子……昨日の櫛かしら?」

 

「昨日の櫛だよ。椿油を染み込ませてあるから髪にそれが染み込んで髪の毛がサラサラになりやすいんだよ」

 

そう言いながら陽は陽鬼の髪の毛の触り心地を確かめるかの様に髪の毛をわしゃわしゃし始める。

 

「わ、わ、や、止めてよ恥ずかしいからぁ!」

 

「えっ━━━」

 

陽鬼はその両腕で自分の頭を撫でている陽の腕を掴んだ後そのままぶん投げるように掴んだまま振り下ろした。

そしたら案の定、陽は正面に向かって飛んでいった。

 

「藍」

 

「はい」

 

投げられる直前に、紫は藍に命令して正面の(ふすま)を一瞬で数枚開かせて道を作っておいた。

そのお陰か、陽はぶん投げられても襖にぶつかること無くそのまま少し飛んでいった後に畳とキスをしていた。

 

「ぶべらっ!?」

 

「……あまり気安く女の子の頭を触らない方がいいのよ。そうなっちゃうから」

 

陽は撫でただけなのに少し理不尽ではないかと思ったが、まだ感情に振り回されて陽鬼に嫌な思いをさせてしまったのではないかと思い直して反省した。

陽鬼本人は、顔を赤くして頭を押さえているせいで陽を投げた事にも気付いていない様だが。

 

「いてて……」

 

「それで……陽鬼、あなたは一体何が出来るのかしら? 昨日見た限りだと私は貴方の印象がただの大食らいだから他に出来る事が無いかちょっとだけ興味があるのだけれど。まぁ今見た限りだと力は強そうね」

 

「うぅ……え、え? わ、私が出来る事? え、えーっと……炎を出せる! はず……」

 

「はずって……自分の能力くらい把握しておいた方がいいと思うのだけれど。それともまだそのあたりの記憶が戻ってないのかしら?」

 

紫のその言葉に陽鬼は悩み始める。腕と足を組み、うんうん唸りながら一生懸命記憶を捻り出そうとしているみたいだ。

 

「え、えっとね……炎を出せるって言うのは合ってるんだよ。けど今体の調子が悪いせいか何故か出づらいんだよ。一応出すだけなら簡単だけど高火力を出そうとしてもうんともすんとも反応が無いから……だから、はず……」

 

頬をポリポリと掻きながら陽鬼は紫に伝える。紫はまだ本調子じゃないから出ないのかそれともまた別の原因があって出ないのかの二択を頭の中で出したが、如何せん情報が少な過ぎる為に何とも言えずに一旦これを置いておいて後から考える事にした。

 

「まぁ、出せないのならしょうがないわね……敢えていうなら『炎を出せるはずだった程度の能力』かしら……」

 

「一応炎は出せるって言ったよね!?」

 

「けどまぁ……どちらにせよ室内で高火力出されても困るけどな。家が燃えてしまうからな」

 

陽の言う事にそれもそうだ、と紫と陽鬼は同意する。これで一旦話を終わらせるつもりだったのだが……

 

「紫様、陽鬼を地底か博麗神社に連れて行ってみませんか? 彼女達のどちらかと会えれば陽鬼も安心出来ると思うのですが」

 

「……地底? 地下に街があるのか? ってかなんで博麗神社とそこなんだ?」

 

「あら……そういえば説明していなかったわね……そうね、何故藍が博麗神社と地底を選んだか。そのついでに地底について少し勉強しましょうか」

 

そして、陽と陽鬼が気付いた頃には何故か目の前に黒板、自分達の前には机、その上に紙と鉛筆が置いてあったのだ。陽はまるでこの状況は学校みたいだな……と思った。ある意味では正解である、何故ならスキマで幻想郷にある寺子屋の一部屋に移動したのだから。

 

「それじゃあまず何故地底と博麗神社を選んだか。簡単に言えば地底に住んでいるのと博麗神社で居候しているそれぞれ二人の鬼がいるのよ。

博麗神社で居候しているのは伊吹萃香、いつもお酒を飲んでばかりだけど実力はピカイチよ。後、陽鬼と同じく見た目は人間の子供に角を足した様な見た目ね。

次に地底なんだけど……こっちに住んでいるのは星熊勇儀と言われる怪力の鬼よ。萃香と違って人間の大人の見た目ね。額から赤い角が一本生えているわ。こちらも酒を良く飲むけどこの2人は酔っ払っていても人の本質を見極めれるくらいには人を見る目があるわ。粗相は無い様にね」

 

「つまり、陽鬼をその2人に会わせてみたいと?」

 

「そういう事だ」

 

「次に地底の説明だけど━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━━っと、少し長くなったわね。と言っても10分程度だからかなり説明出来た方だと思うのだけれど……」

 

「3分くらい経ったところから陽鬼が寝始めてたぞ。勉強は苦手みたいだな……」

 

その髪を撫でながら陽は膝の上でぐっすり寝ていた陽鬼をおんぶして立ち上がる。傍から見たら親子の様にも見える。

 

「……けど、萃香の方はいない時もあるし……少し広いけれど地底の方へ行ってみましょうか。スキマを使えばすぐに付くわ」

 

「では、私は昼食の準備をして起きますのでお気を付けて行ってください」

 

「えぇ、美味しいご飯を期待しているわ」

 

その会話のやり取りを最後に、紫達はスキマへと入り地底へと向かう。しかし、陽鬼がこのまま起きない状態を維持していいものかと思いつつも自分から起きるのを待ってもらうしかないと考えている陽は少し悩みながら薄暗い地底へと━━━

 

「……いきなり誰かと思ったら、貴方ですか八雲ゆか……っ!?」

 

「……貴方もこの子を見て驚くのね……でも、心が読める貴方なら説明する手間はいらなさそうね」

 

歩いている内に紫が立ち止まって誰かと話していた。ぶつかりそうになりながらも何とか立ち止まり、紫が降りたのを確認してから陽もゆっくりとスキマから降りる。

目の前には桃色の髪の少女と白に少しだけ緑を混ぜたかのような髪をした少女が二人いた。そして、その二人の周りに浮遊している眼球の様なもの(片方は閉じているが)が陽は気になった。

 

「……なるほど、拾い子ですか。そしてその拾い子が更に拾い子をしてきたと……で、勇儀に会いに来た。という訳ですか」

 

「全てを正確に理解してくれて助かるわ」

 

「えぇ……こんにちは月風陽さん。私はここ、地底にある地霊殿の主……古明地さとりです。一応言っておきますが貴方より年上ですし、この目は他人の心を問答無用で読んでしまうサードアイ、と呼んでいるものです」

 

陽は驚いた。自分の考えている事に答えてくれたのだから。そしてそれは相手……さとりが自分の心を読んでいる事への確かな証明にもなったという訳だ。

 

「それと……恐らく私の後ろにいるであろう彼女は私の妹のこいしです。本来は人に対して無意識に発動して人から気にされなくなる能力を持っている子です。目を閉じているのは気にしないでください」

 

いるであろう、という言葉に若干の引っ掛かりを覚えたがまぁ無意識なのだしよく分からない事もあるだろうと考えて追求する事を辞めた。そして妹の方に目を向けるとこちらに向かって手を振ってたかと思っていたら何故か置いてあったソファにダイビングをして跳ねていた。無意識だから、という事で陽はまたも考えるのを止めた。

 

「あぁ、それと勇儀は今日は用事が無いと言って酒を飲みに行っている、とお燐が言っていたので案内をさせましょう。……ほら、お燐行ってらっしゃい」

 

そう言って彼女が座っている仕事用デスクの様な所から小さい黒猫の様な生き物が現れた。

そして、机からジャンプして一回転した時にはもう既に……いつの間にかそれは人の姿になっていた。

 

「……橙と同じ猫又の妖怪?」

 

「少し違いますね。彼女は確かに猫の姿を取っていますが妖怪としての名は『火車』という妖怪です。因みに彼女の趣味は死体を集める事ですが、墓あらしなどは行わない礼儀正しい子ですのでよろしくお願いします」

 

「……」

 

想像する前に陽はその情報を頭から叩き落とした。今その情報は確実にいらないものだと認識したのと同時に運ばれる死体の事を想像しそうになって少しだけ気分が悪くなったのだ。

 

「にゃにゃーん。話は聞いてたから案内するにゃー」

 

そう言いながら一体いつ取り出したのか分からない手押し車を動かしながら部屋を出ていく。紫達もそれに付いて行く事にした。危うく忘れるところだったが、陽鬼はまだ寝ている様だった。

 

「にしても……さっきから居酒屋ばかりしか見当たらない様な気がするけど……」

 

地霊殿から外へと出て、地底の街を闊歩するメンバー。陽は何故地底の明るさはここまでなのかとお燐……火焔猫燐に尋ねる。

 

「そりゃあね、ここの住人はお酒を飲む事が好きな奴らが多いんだよ。だからそういう奴らが多くなると自然とそういう店も多くなる……って事さ。酒とつまみが少ない店は地底じゃ弾き者さ。

あ、頭上注意ね」

 

「え……痛っ!?」

 

突然陽の頭に謎の激痛が襲いかかる。そして、辺りには陽の頭とそのぶつかった物の音が響き渡る。

 

「今頭上に襲いかかったのは妖怪つるべ落としのキスメ。一人で出歩いてる時にこの子に食べられない様にしてね? 無口だけどこの子は後ろからぱっくりいかれちゃうから」

 

お燐が今落ちてきた物……否、者であるキスメの説明をしたが、当の本人である陽は激痛が走っている頭に意識が向いていたのでそれどころでは無かった。

 

「私の目の前で彼に手を出すなんて……舐めてるのかしら?」

 

「わわっ! 待った待った! 途中で気づいたからこそ頭にぶつかる程度になったんだって! って言ってるよ」

 

桶の中に入ったまま慌てるような素振りをするキスメ。喋れないのかそれとも極度の無口なのかまでは判断がつかないが紫は殺気をしまった。マイペースに訳をしているお燐に少し毒気が抜かれたのだ。というより、呆れた。

 

「んん……なんかすごい音したしいい匂いするしちょっと薄暗いし……ここどこぉ…………?」

 

「お、おぉ……ようやく起きたか陽鬼…………」

 

目を擦りながら陽におぶられている陽鬼は目を覚ます。そして、何とか痛みが収まってきた陽も陽鬼が起きた事に気付く。

 

「……お酒と、つまみの匂い……ここが地底なの?」

 

「お前そこだけは認識するんだな……あぁそうだよ。ここは地底だ」

 

陽が場所を答えると、ゆっくりと飛び上がって陽の目の前に立つ陽鬼。辺りをキョロキョロ見回しながらよく見れば鼻をスンスン動かして周りの匂いを嗅いでいる様だ。

 

「貴方……まさか起き抜けでお酒飲む気? いくら何でもそれはダメよ?」

 

「なんで飲んじゃ…………の、飲む訳ないじゃん……い、いやだなぁ、もう」

 

ここにいる陽鬼以外の全員が心の中で陽鬼が嘘を吐いたと断言出来てしまった。だが、今は陽鬼ではなく別の鬼を探すのが目的だった事を思い出した紫達は気を取り直して勇儀を探す事になった。

お燐に運ばれている為、キスメも一緒だが。

 

「……あ、ここだよここ。ここでいつも姉さんは酒を飲んでるんだ」

 

「ここか……」

 

がらっと扉を開くと、もう既にそこの居酒屋は満員でどこもかしこも賑わっていたが……その中で一際賑わっているところを陽はすぐに見つけた

周りに人が集まっていることから考えてあそこで何かが行われているのだろうかと思った陽は歩いて近づく。

そして━━━

 

「ぷはぁ! あたしに飲み比べで勝てる奴ァいねぇのかい!?」

 

「すげぇ! これで姉さんは今までの飲み比べ全勝してるぞ!」

 

「流石勇儀姉さんだ!!」

 

「……あの人が、勇儀………」

 

人の集まっているところの中央、そこには男性妖怪と額から赤い角の生えた女性が酒樽を持って飲み比べをしていた。

そして、その女性こそ件の女性……星熊勇儀であった。




次回、主人公のある意味での特技が炸裂………出来たら、いいなぁ………と思っています。


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鬼との対話

前回の続きです。


「……」

 

「陽? 見つかった……見たいね。ありがとう、助かったわ」

 

「にゃにゃーん、さとり様から頼まれた事をしただけだしお礼を言われる程の事はして無いよ。んじゃあ私達は戻るね」

 

そう言いながらお燐は抱えたキスメと共に店を出て帰っていく。それを軽く見送った後にまた陽達は勇儀へと向き直る。

彼女は陽達の事もただの野次馬程度にしか思ってなかった様だがふとこちらを見た時に陽の存在に気付いた様でじっくりと見つめる。

陽自身は自分が見られているとは露ほども知らずに見られている事なんて頭に無く、全く別の事を考えていた。

 

「よし、そこの人間! お姉さんと飲み比べしようか。勝てたら何でも言う事一つだけ聞いてやるよ。負けてもそっちには何の損は無い、この条件でやろうか」

 

人間、と言われてようやく陽は自分が指名されてるのだと気付き渋々ながらも彼女の元へと歩く。彼自身の気持を代弁するならば、決しては彼は彼女の『何でも言う事を一つだけ聞く』に魅力を感じた訳では無く、単純にこの後話しをするのに機嫌を悪くされたら駄目だと感じたからだ。

 

「……何でも言う事一つだけ聞くって言われたら男の子って反応してしまうのね……」

 

「……変態」

 

ツレの女性陣にはそうは見えなかった様で少しだけ非難されているが、彼には彼女自身にしたい事など毛頭無いのでもう酒飲みを終えるまで負けようが勝とうが黙っている事にした。

 

「へぇ……あんた八雲紫の連れかい? ただの人間だと思っていたけど……面白い飲み比べができそうだ」

 

この時の陽にとっては勇儀に勝つ事なんて露程も考えておらず、とりあえずはご機嫌取りの飲み比べで勝とうが負けようがとりあえず彼女と後で話すきっかけを持てただけで良かったのだ。

しかし結果は━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うえぇ……あ、あんだけ飲んでピンピンしてるなんて…………本当に人間かい、あんた……」

 

「……一応人間、だけど」

 

結果は陽の圧勝だった。彼は勇儀以上に飲んでいるが一切顔色を変えず、酔っている様子もなかった。これには周りのギャラリー達も騒然となっていた。何故なら、人間が酒慣れしている鬼に圧勝してしまっているのだから。

 

「……男の子の執念って、ここまでになるのね……」

 

「ガッカリだよ……」

 

しかしそれでも女性陣の誤解は解けない様だが。むしろ悪化している様にも陽は見えていた。どうにかして誤解を解こうと考えていた時、勇儀が呻きながら手を上に掲げ出す。

 

「さ、さぁ…………あんたの勝ちだ……本当になんでも言う事を聞いてやるよ…………」

 

「……後で話がしたいのでとりあえずその酔いが覚めてからでお願いします」

 

「りょ、了解……」

 

話し合える約束は取り付けれたのでこれでいいかな、と思いながらチラッとだけ女性陣の顔色を見る陽。しかし、女性陣は悪い方悪い方に解釈している様で自分の信頼なんて全く無かったんだなと若干物悲しくなってしまった陽であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、結局飲み過ぎちまって日を跨いじまったなぁ! 私が負けるなんて思いもよらなんだ!

んで? 話す内容ってのは……そこにいる鬼の子の事かい?」

 

この時、失礼ながらも陽は少しだけ驚いていた。何故なら、彼女はもっと何も考えてない様な人物だと思っていたからだ。そして、ここで紫に教えて貰った事を思い出した。『鬼はよく人を見る』というのをだ。今更ながら陽はこれを実感していたのだった。

 

「まぁ、確かにそうなんですけど……」

 

「へぇ……ふーん……ほう…………」

 

「な、何……」

 

確認を取った勇儀は陽鬼に近付き、じっくりと見ていく。まるで本当に鬼なのかを疑っているかの様に。

 

「……めずらしいね、幻想郷にいる鬼ってのは消えたくないからこっちに来た奴らが多いんだ。外の世界にいて消える事が無い鬼がいたなんてね、しかも村の規模で……」

 

「元々存在が薄い様な村だったし……私があの村にいた時に村長の口から八雲紫が幻想郷に誘おうという提案があった、なんて話聞いた事が無いし多分誰からも忘れ去られてたんだと思うよ」

 

「……まぁ、私にも見落としは……あるかもしれない、わよね……」

 

若干反省したかの様に扇子を開いて口を隠しながら陽鬼に申し訳なさそうにする紫であった。

 

「ふーん……で、私と引き合わせたのは単純に会わせる為、ってところか。だが同族に会えるとは思ってなかったね、素直に嬉しいよ。

会おうと思って会える訳じゃなさそうだがそれでも、だね。」

 

「わっ、な、何でみんな私の頭を撫でようとするのさー……」

 

勇儀は陽鬼の頭を少しだけ乱暴に撫でる。髪がぐしゃぐしゃになっているが本当に嬉しそうな勇儀を見てやはりここに来た意味はあったのか、と、再確認する事か出来た陽達だった。

 

「にしても……鬼の主が人間とはね……いや、けど腕っ節は弱いかもしれないが芯は図太くていいと思うよ。何せ、飲み比べで私に勝ったんだからね! いやぁ、ほんと完敗完敗。今度は腕っ節を鍛えて私を楽しませてくれよ?」

 

「いや、流石に鬼のあなたに勝てる様な腕力を持つ事が出来る様になるのは人間の身では無理な気が……」

 

「それもそうか、けどまぁ……それくらい私が認めた男って事だ。何言ったのかは知らないけど……他にかまけてあんまりこの子を構えない様な事だけは無い様にな。この子を泣かせる様な事があったら全力でぶん殴ってやる」

 

差し出したその手と共に言われた言葉が冗談なのか本当にやるつもりなのかは分からないが陽は少しだけ身震いした。勇儀の力がとんでもなく強い、というのは分かっている為それの本気を出された場合自分の体はバラバラになってないだろうかとか余計な事をつい考えてしまう。

だが、頭を切り替えて陽は勇儀の差し出した手を掴んで握手をした。星熊勇儀という妖怪の人柄を知り、陽鬼の同族の知り合いを作れた事は間違い無く陽鬼の為だったのだから。

 

「そんじゃあ、ちょっとばっかしこのこと話し合ってくるから悪いがしばらく待っておいてくれよ?」

 

「は、はい……陽鬼、あんまり迷惑になる様な事はしない様にな?」

 

「もー、分かってるよそのくらい……じゃあ行ってきまーす!」

 

そう言って陽鬼は勇儀に連れられて近くの広場に腰を下ろして話し合いを始めた。話し合っている間、自分達も待ってなくてはならないのでどこかで暇を潰せればいいだろうと考えていたのだが……

 

「いでっ!?」

 

「よ、陽? どうしたの……ってこの糸は……」

 

「糸……ん? あ、足が固定されて……ってこの糸硬い……!」

 

いつの間にか陽の足にはパッと見では軽く糸で括られていた。しかし、糸自体の強度はとんでもなく固く、二・三回交差させているだけで既に陽の力ではびくともしなくなっていた。

 

「あ、あれ……どうにかして人間が入ってきてたから格好の餌だと思ってたのにまさかほかの妖怪と一緒だなんて……!」

 

「あら……土蜘蛛じゃない……これはまた随分な歓迎ね?」

 

「げっ……しかも八雲紫……!?」

 

陽の前にいた紫が陽の後ろに向かって話しかけてるのを見た陽はどうにかこうにか後ろを振り向く事が出来た。

そこに居たのは蜘蛛のような下半身を持った金髪の少女がいた。

 

「いつぞやの時は世話になったわね……霊夢がここに来た時にも霊夢に手を出してたかしら? ほんと貴方って私の友人にことごとくちょっかいをかけるのが好きなのねぇ……」

 

「ひっ!? も、もうあんな目にあうのは懲り懲りだよ!! 私の能力がアンタに効かないのに私が逆らえる訳無いじゃないか!! そもそも何で人間なんて『飼ってる』のさー!!」

 

そのまま叫びながら蜘蛛の足を畳んだ彼女はまるでぼてっとしたスカートを履いている少女にしか見えなかったがそのままどこかへと飛んで行ってしまったが、せめて糸くらい外してから逃げていってほしいものだと思いながら紫に何とか意図を外してもらった陽であった。

 

「にしても……あれは誰なんだよ……」

 

黒谷(くろだに)ヤマメ……地底に住んでいる土蜘蛛で確か……病気だったか病原菌だったかを操って相手に病気を発症させる事が出来る能力持ちよ」

 

「あー、あれが説明してもらった土蜘蛛……」

 

何故か陽は変な感心をしながらも周りを見渡す。既に地底に来てつるべおとしに頭を強打されたり土蜘蛛に足を引っ張られて転けたりで結構散々な目にあっているのでこれ以上何かあっては困ると警戒に警戒を張っているのだ。

 

「まぁ……あまり警戒しても楽しめるものも楽しめないし流石にもうないと思うから……」

 

「……うん……」

 

この後適度に警戒しつつ、紫と陽は地底の街を散策してある程度地底の街を楽しめる事が出来たのだった。その間、特に何も起きなかったのである意味では彼女達は拍子抜けしてしまったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、何故また地霊殿へ来ているのですか」

 

「別にいいじゃない、私達はここに来て2度も妖怪に襲われたのよ? 外から来た者を襲うのがここの流儀なの?」

 

「……」

 

人間を連れているからそういう目にあうのではないか、とさとりは思ったりしたが口に出す訳にもいかないので無言で通すハメとなった。

そして、再度さとりは今自分のいる部屋の惨状を確認する。

 

「でね、あれがそうでこれがああで━━━」

 

「わかった、分かったから……! ていうか首を絞めるな……!!」

 

「あはは!」

 

「うにゅほもー!」

 

陽鬼はソファに座った陽の膝上に座って勇儀とどんな事を話したのかを語り、その陽の後ろからこいしが後ろから抱きついて首にぶら下がる様な体制になっていたり、八咫烏(やたがらす)霊烏路空(れいうじうつほ)もそれに便乗して同じく首からぶら下がる様な体制になっている。

あのままだとあの人間は窒息死してしまうが大丈夫なのかとさとりは紫にちらっと視線を向けてみると紫は若干面白くなさそうな表情をしていた。彼を取られたのがそんなに面白くないとさとりには読み取れていたが彼女自身には全く関係の無い事なのですぐにまた読んでいた書類に目を通し始める。

それに━━━

 

「お茶菓子をー……ってお空! こいし様! そんなにしたら彼は人間なんてすぐ死んでしまいますって!! ほら、早く離してやってください!!」

 

「ちぇー、お燐はケチだなー」

 

「うにゅー……」

 

お燐がお茶菓子を持ってきてくれる時に彼女達を止めるという事がさとりには分かっていたからだ。ある一定の範囲内の声を読み取れる彼女は屋敷の住人の性格は把握しているのでお燐がすぐにここに来るというのさえ分かればあとは勝手に止めてくれると彼女は信じていたからだ。

 

「……そろそろ戻るわよ。あ、お茶菓子だけは貰っていくわね」

 

「あら、もういいんですか?」

 

「心を読んで分かってるくせに聞くのね。世の中には言葉にせずとも伝わる事だってあるのよ」

 

その心はただ彼を取られて面白くなかったという感情しか感じ取れなかった、なんて今口に出す訳にもいかないとさとりは結論づけてそのまま黙っておく事にした。

 

「それじゃ、また来る事があったらお願いするわ」

 

と言いながら地霊殿にやって来た物珍しい一行は紫の作り出したスキマに入って姿を消したのだった。

 

「はぁ……嵐のように来て嵐の様に去っていったわね……」

 

「でも楽しかったよー?」

 

「あなたはものすごく楽しんでいたものね……けど、2度と誰かの首にああやってぶら下がるのはしちゃダメよ? 人間じゃなくてもあんなの続けられたら誰だって窒息してしまうわ。

今度からそうしないように気をつけなさい、こいし」

 

「はーい、肝に銘じておきまーす」

 

とは言っても能力が発動したら彼女自身も無意識になるのであまり無意味だと思えるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藍ー? 帰ったわよー?」

 

「おかえりなさいませ紫様……おや? そのお茶菓子はどうしたのですか?」

 

「地底からもらって帰ってきちゃった、まだ封を開けてないからどこかに閉まっておいて〜」

 

「了解しました。ご飯はもう出来ているので仕舞うのは私がやっておきます」

 

「助かるわ〜それじゃあお先に」

 

そう言いながら紫と陽鬼は家の中へとそそくさと入っていく。それで何かを察したのか藍は陽を睨みつける。

 

「地底……いや、地霊殿で何があった? 傍から見たらいつも通りだが私には分かる。あれはものすごく機嫌が悪い時の紫様だ。言え、何があった?」

 

「……俺がこいしと、お空に抱きつかれて首を絞められていた」

 

「……はぁ」

 

藍は陽の鈍感だか唐変木なんだかよく分からない性格に呆れ果てた。これはしばらく自身の主はふてくされたまま過ごすのかと思うと頭が痛くなり、同時に紫の彼に対する執着心の様な物に一抹の不安を抱いていた。

 

「……これは、いつか荒れそうだ」

 

藍は自分の予感が外れる事を切に願ったのだった。




皆さんはアルコールを摂取する時は程々に致しましょう。出ないと痛い目を見るやも知れませんから……


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血の繋がりと気持ちの繋がり

神社に出かけます。


「参拝しに行きましょうか、本当の神様がいる神社の方に」

 

地底に行った日から数日後、紫が突然陽にこんな事を言い出した。突然の事で陽はキョトンとしているし陽鬼は我関せずといわんばかりにご飯を食べ、藍はまた何か考えているのかと大きくため息を吐いた。

 

「……な、何で急に参拝?」

 

「まぁあくまで参拝なんて表向きの名目よ。実際は貴方にもっとここを知ってもらおうって気になったのよ」

 

「……それならば別に紅魔館の方でもよろしいのではないですか? 何故わざわざ妖怪の山の方に? 下手に天狗を刺激するべきではないと思いますが」

 

陽は藍がここで初めて紫に反抗する様な態度を取った事に少し驚いていた。何故彼女は妖怪の山とやらに行く事に反対しているのかと少し疑問に思った。

 

「別に天狗を刺激するわけじゃ……あぁ、そういえばまだ陽には天狗達の事を話してなかったかしら?」

 

「プライドと縄張り意識が強い1族、とはこの前教わったけど……もしかしてその山を根城にしているとか?」

 

「惜しいな、正解ではあるがそれでは答えが足りない。

その山を根城にして群れているのは確かだが奴らは力が強い妖怪が山に来るだけでも強い拒絶を示すんだ。紫様もその一人さ……後は異変解決側に位置している博麗霊夢と霧雨魔理沙、それに紅魔館のメイドの十六夜咲夜の三人の人間も来る事を嫌われているな。最も、後者二人は滅多な事じゃ来ないから実際嫌われているのは霊夢1人だけだろう」

 

「何で霊夢は嫌われてるんだ?」

 

その疑問をぶつけた瞬間に紫と藍は口をつぐんでしまう。何故か妙に答えづらそうな雰囲気だが気になってしまっている陽はじっと藍達の方を見つめる。

 

「……守矢神社、紫様がさっき仰った山の上にある神社に偶に飯を貰いに行ってる事があるんだ。巫女仲間か何かと勘違いしている守矢は飯を振舞ってしまっているのだ……霊夢の方にはそんな感情はほとんど無いのだがな」

 

「……そうか、そう言えば博麗神社って参拝客が誰もいないんだっけ」

 

幻想郷は外界の様に他の職業が上手くいかなければ他の手伝いをして賃金を稼ぐ、という事がしづらい世界である。

そもそも霊夢のあの性格を考慮するとすれば余計に他の人の手伝いなど進んでやろうとしないだろう。そもそもよっぽどの事が無い限りあまり神社を離れようとしないのが博麗霊夢という少女なのだから。

 

「……話を戻そうか。

紫様、紅魔館であれば前の地霊殿の様に勝手に入っても大して文句は言われないでしょう。門番はいますがいつも起きてるんだか起きてないんだかよく分からない姿勢を保ってますしそちらへ行かれても━━━」

 

「だめよ、私が神社に行くと言ったらそっちへ行く事にしてるんだから……それに、守矢の巫女は元外界の人間だし陽とは話が通じると思うのよね。

紅魔館でもいいかもしれないけれど元外界、というには年代が経ちすぎているもの。だからこそまだ外から来て年代の浅い守矢の巫女達は陽には丁度いいのよ。数年単位なら話題もお互い通じそうだしね」

 

陽は来てまだ数年しか経っていないと言われる守矢神社の面々に少し興味を持った。そして、よくよく考えれば自身が人に興味を持つなんて滅多に無いな、と思ってやはり自分は変わってきているのだと悟った。

 

「……はぁ、分かりました。では私は留守番をしておきますんで何かありましたらすぐさま呼んでください」

 

「えぇ、そうさせてもらうわ。それじゃあ行きましょうか二人共」

 

「え、あ、うん」

 

「っ!? ま、待ってまだおじや食べ終えてないから!!」

 

まだ食っていたのか、とこの場にいる全員が心の中で突っ込んだのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ? 今日お客さん来る用事あったっけ?」

 

「……お客さん、では無いが……来るのが珍しいな。この妖力の大きさは八雲紫で間違いないだろう? 残り2人が分からないな」

 

「えっと……せめてそのセリフは覗いていない状態で言えばかなり格好よかったと思いますよ」

 

「……何を遊んでいるのかしら?」

 

とりあえず陽達は守矢神社へとその足を運んだ。まず緑色の髪の毛をした巫女であろう少女が1人、胸に鏡の様なものをつけて背中にしめ縄の様なものを背負っているのが1人、謎の帽子の様なものを被っているのが一人。しかし、陽は緑色の髪の少女に見覚えがあった様な気がした。

 

「どうも、今日はどんなご用事で…………ってもしかして月風君ですか?」

 

「えっと……誰……?」

 

「ほら! 中学校の時一緒だった東風谷早苗ですよ!! あぁやっぱり貴方だったんですね! その特徴的な青色の髪なんてすごい見覚えありますよー!!」

 

それだけ聞いてもまだ陽は思い出せない。そもそも自分は中学校の時は既に他人との関わりをある程度断っていたのだから例え関わっていたとしても手伝い程度のものだろうしもしかしたら委員の仕事でペアになっていた様な気もする。

 

「……もしかして本当に覚えてないんですか?」

 

「……申し訳無いが中学校の時はあんまり人と関わらない様にしてたから、覚えてない…………かも……」

 

嘘は言ってはいない、緑色の髪自体には彼自身は見覚えあったのだから。

 

「……まぁ、確かにあの時の貴方は機械の様に言われた事だけをしていて後はほとんど空気みたいに誰とも関わろうとしませんでしたものね……」

 

「酷い言われようだ……まぁ自業自得なんだけど」

 

しかし、陽が若干後悔するのも無視しているのか突然早苗が陽の両手を握りしめる。

 

「でも会えて嬉しいです! ……けど、なんでこの人と一緒に来たんですか? ま、まさか!? 餌とか式神とかにされたのでは!?」

 

「また説明しなきゃいけないの……そろそろ烏天狗に頼んで情報をバラ撒いてもいい気がしてきたわ……」

 

「……あのな、東風谷。俺は別にこの人の餌じゃないし式神でもないよ。一緒に住まわせてもらってるんだよ」

 

「そ、そうなんですか…………あなたがそんな気まぐれを起こすなんて何か思うところでもありましたか?」

 

「まぁ、あるにはあるけれど……」

 

「なら少しだけ月風君のお話聞かせてください!」

 

「いいわよ? なら━━━」

 

東風谷が話を聞きたいと言ったら何やら少し向こうに行ってから少し自慢げな顔で幻想郷に来てからの陽の事を話し始める紫。

恥ずかしいので二人の話し声を聞かない様に、と考えていたら今まで黙っていた特殊な風貌をした女性と少女がやって来た。

 

「へぇー、早苗の同級生か。確かに面白い髪色してるよね、本当に人間? 早苗は現人神だしまぁあの髪色も分からなくはないんだけどね。

あ、私は洩矢諏訪子だよ。よろしくね」

 

「いやいや、もしかしたら色素が若干おかしいという可能性もあるぞ? 私は八坂神奈子だ。よろしく頼むぞ、少年」

 

不思議な帽子を被っているのが洩矢諏訪子、背中にしめ縄の様なものを背負っているのが八坂神奈子。

彼は何となくこの二人の言い方から察するに早苗も、そしてこの2人も人間ではないのだろうと感じ取っていた。自分はただの人間だと思いたいが。

 

「にしても……ふむ、まぁ顔付きはなかなかじゃないか?」

 

「それに向こうの話を聞く限り一人暮らししてたから料理も上手みたいだし……ねぇ、家に婿入りしない?」

 

陽はこの二人が何を考えているのか一気に分からなくなった。先程まで凄い神様という位置付けだったのが少しお節介な学友の身内というところにまでランクダウンしていた。

 

「……いきなり一体何の話ですか」

 

その言葉に少しだけ表情を曇らせながらも苦笑しながら諏訪子が何故いきなりそんな話になるのかの説明をし始める。

 

「いやね? 早苗が幻想郷に来てしまったのはある意味では私たちのせいでもあるんだよ。

人々から信仰の心が薄れて妖怪なんかの類は姿も一部の人間にしか見えなくなっちゃってね。神である私達も例外じゃない、現に早苗が小学生の時の時点で既に私達の姿は子供にしか見えなくなるほど薄くなっていたのさ。中学校に上がってからはもう早苗くらいしか見えないくらい危なかったんだよ」

 

「……それで幻想郷に来たと? この世界なら信仰がある程度薄くなってい様とも二人が存命出来るから、という理由で」

 

「まぁそんな感じだね。元々八雲紫にはオファーは貰っていたのさ、だから行こうと思えばいつでも行く事が出来た……早苗には、少し酷な選択をさせちゃったかもだけどね。あの子にも友達がいるのに……」

 

ある意味では自分とは真逆だと陽は思った。早苗はみんなとの繋がりを持っていながらも、一番身近な繋がりを大事にする為に幻想郷にやって来た。対して陽の方は世界との全ての繋がりを切ってでもどこか遠くの場所に行きたいと考えた。繋がりを大事にした早苗、繋がりを放棄した自分。自分達の差は何かと考えたが……そこで気付いた。一番大事にするべき『家族』がいた事による差なのだと。

 

「……血の繋がりはあっても関係なかった俺と、血の繋がりは無くても家族が出来てた東風谷の差……か……」

 

「ん? 今何か言った?」

 

「……いや、何でも無い……」

 

「ちょっとー、神様には敬語を使わなきゃいけないってわかってる? ほんと最近の若者は信仰の心が成ってないんだからさー!」

 

諏訪子が頬を膨らませて抗議していると、神奈子が苦笑しながら彼女を軽く向こうに引っ張って抗議に反論を返し始める。

 

「とは言っても大概ここに来る奴はお前どころか私にすらタメ口を聞く様な奴らばかりなんだがその辺りはどう思う? 普通の人間は私たちには会わないからな。基本的に私達は奥に引っ込んでるし」

 

「うぐっ……そ、それは……け、けど神様が舐められてちゃ世話ないよ! だからこそ無駄だと分かっていても若者には敬語を使わなきゃいけないってのを教えないと!」

 

「自分の体型を鏡で見てから言った方がいいぞ? 私ならともかくお前を敬ってる男はすごく危ないやつに見えるんだがその辺りはどう思うんだ?」

 

「う、うぐぐ…………!」

 

諏訪子の見た目は完璧な幼女であり、見た目だけの年齢は多く見積もっても小学生を超えないくらいだと陽は心の中でひっそりと思っていたため少しだけ神奈子の言う事に納得してしまった。

 

「……はぁ、まぁいいよ。そういえば何で3人は━━━」

 

「陽、陽鬼、帰るわよ」

 

「はーい」

 

「……って、え!? もう帰るの!?」

 

話しているあいだいつの間にかいなくなってた陽鬼が突然どこからとも無く現れて陽の手を握る。陽が内心どこに行っていたんだろうかと聞こうと思っていたのに気付いたのか陽鬼が先に喋り始める。

 

「萃香、って鬼がいたからそっちの方行ってた。だって陽達ずっと話してて暇だったんだもん」

 

「あぁ、ごめんな。帰ったら埋め合わせしてやるから」

 

そう言いながら陽と陽鬼は手を繋いで紫の作り出したスキマへと向かう。

すると早苗が一歩前に出てくる。それに気付いた陽は足を止めて何か言う事でもあるのかと思い少しだけ早苗の方に視線を向ける。

 

「あの……また来てくれますか? 外の世界から来た人と喋れるなんてめったにある事じゃありませんから」

 

「……まぁ、紫が、ここにスキマを繋いでくれるなら来れるから。多分またここに来れると思う。飛べる様になったらまた話は別なんだろうけどね」

 

ここで陽が感じていたのは『期待』ではなく『後悔』と『嫉妬』だった。外の世界の事を話せる人は滅多にいないと早苗は言っていたがそもそも自分は世界自体に興味を示していなかったから話せる事なんて何も無い。

何かある、と期待させていて話したところで何もなければ彼女は落胆するだろう。『ここに来れる』と言ったが『来たくない』というのが本音だと言うことを彼は『後悔』していた。

 

「はい! また来てください!!」

 

そして、彼女は自分に無いものを持ち過ぎていた。それは自分が届く範囲内だったのに結局届かなかったもの。『家族』『絆』『愛情』どれも陽からしてみれば失っていなかったはずなのに得る事すら無かったもの。

 

「それじゃあ俺達は帰るよ」

 

早苗の血の繋がった家族は死んでいる、と聞いた事はあるがそれでもこの二人の神がいた事で『家族』が出来ていた。家族の『絆』があったからこそ同年代の中でも『絆』が繋がっていた。そして何より『家族』があったからこそ『愛情』がそこにはあった。

 

「今度はいっぱいお話しましょうね!」

 

対して陽には死んでもいないのに成長するにつれ繋がりが無くなっていった血の繋がりのある『家族』があった。当然『家族』の『絆』が無ければ他者との『絆』なんて結べるはずもなく、『家族』に対する『愛情』なんて芽生えるはずが無いのだ。

そんなに繋がりのない自分に静かに怒り、また同時に静かに東風谷早苗という少女に『嫉妬』を抱いた。

 

「あぁ……じゃあな」

 

今日、この日。月風陽という少年は東風谷早苗という少女の事を少しだけ()()()()()()




嫉妬というのは自分に無いものを羨ましく思う行為、だと思っています。


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紅き魔の館

見てわかるとおりの場所に行きます。


「……最近、陽の様子がおかしい気がするんだけど……」

 

「貴方もそう思う? 守矢神社に行ってからというもの考え込んだりぼーっとしてたりする事が多い気がするのよね……」

 

「何か思うところがあるのではないのでしょうか……もしかしたら外の世界に戻りたくなってきた可能性も……」

 

守矢神社に行ってからはや数日。紫達の目に見えて陽の様子がかなりおかしい事に気付く。

ボーッとしてるのか料理をする時に同じ所に何度も包丁で切っていたり、虚空を見つめていたり、掃除をする時に同じところだけを何度も磨いていたり……数え切れないほどあるが、だいたいこんなところである。

 

「これから少しだけ紅魔館に行く予定なのだけど……この状態で連れて行けるのかしら……」

 

「景気付けに連れて行ってみてはどうでしょう? そうすれば気分転換になるのではないかと思います」

 

「……そう、ね。それなら彼も連れて三人で行くとしましょうか」

 

「はーい」

 

「それでは今日もまた、私がご飯を作って起きましょう。なるべく家を空ける訳にはいきませんから」

 

「そうね、また一人にさせてしまうけど頼むわね、藍」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━━それで、前に頼んでいた事は可能かしら?」

 

「確か……牛、豚、鳥の増加輸入ね。そんなに数が減っちゃったの? かなり広いところで飼っていたんじゃなくて? それに各100匹をここに与えたはずなんだけど?」

 

「数自体は寧ろ倍以上に増えたわ。そこら辺はパチェが頑張ってくれたおかげね……それに人里で買い物する為の賃金をそれらの肉類を売りつける事で解消は出来るもの。

ただ……そうね、妖精メイド達の分も考えると後少なくとも10匹位は欲しいのよ。一応今でも回せてる事は回せているけどもう少し量を増やせれば、と考えてる事もあるのよ。

牛肉、豚肉、鳥肉の混合料理を出してしまっているからそれぞれ単品で出せるくらいには増やしたくて……まぁでも、別に今のままでも増やせている事には変わりないから直に数の問題も解決すると思うけど……妖精メイド達が『もっと肉食わせろ』って反発しているから……」

 

部屋の床、壁、天井、扉その全てが真紅に染まっている館、紅魔館。紫はそこで館の主であるレミリア・スカーレットと所謂『対談』をしていた。

要求は既に述べられていたが、簡潔に言えば『肉を増やせ』である。

 

「10匹なら出来ない事も無いけれど……そんなに急ぎで増やさなきゃいけないのかしら? 妖精メイド達の反発はそこまで逼迫しているの?」

 

「と言うよりもそもそも妖精という生き物自体が感情面に関してはかなり直情的だし無理矢理にでも抑えとかないとその場その場で簡単に爆発させちゃうのよ」

 

「あー……」

 

「あぁそれとこっちは頼みというよりはお願いに近いのだけれど……外の世界から肉の調理法が乗った書類があれば見つけてきてくれないかしら? 言い値で買うから」

 

レミリアの二つ目のお願いに紫を顔をしかめた。そもそも外の世界から本を持ってきたとしても材料が足りるかどうか分からないし使う材料がそもそもこの世界に無い可能性だってある。外の世界の本はこの世界にはあまり合わないから持ってきたところで━━━

 

「……あ、なら家の子に任せてみようと思うわ。食材庫の現状を把握したりいつも買ってるものを知って尚あの子は多分料理が出来ると思うから」

 

「その子って……いつもくっついてる式神の方じゃなさそうね。もしかしてあの人間の男? ずっと思ってたけど結構特殊よね、あの男。鬼を式神の様に従えているし強力な能力を二つも持っている。のにも関わらず空は飛べずに弾幕も撃てない。腕力も脚力も全て並の人間レベルの筈なのに……色々面白い子ね? そこに惹かれたのかしら?」

 

「そうね、そんなところよ。とりあえず陽が部屋に戻ってきてからこの事を話しましょうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ陽、どこに行くつもりなの? 紫がこの館を散歩していいって言ったから今適当に歩いてるけどさー……あんまりにも無計画に歩いていると道に迷うよ?」

 

「……大丈夫、今は門番って人がいるところに向かってるから。別に勝手に帰るつもりじゃないから安心して」

 

「そ、そう……」

 

陽鬼は内心少し不安になっていた。陽の表情が全く読めないからだ。ぼーっとしている様な何か考えている様な、心ここにあらずという表情ということ以外は分からないのだ。

だから自分が今陽の眼中にすら実は入ってないんじゃないかと思ってしまって心が痛くなってしまう。陽鬼自身にもなぜ痛くなるのかは分からないのだが。

 

「……き、綺麗な花壇だね。誰が手入れしてるのかな?」

 

「妖精メイド達じゃないかな。……あれが門番かな。なんか子供と遊んでるけど」

 

陽が言った方向を見るとそこには陽鬼と同じような背丈の妖怪達が門番と戯れていた。

 

「めーりーん!! こっちだってばー!」

 

「ま、待ってくださいよー! あ、足が滑る……」

 

「あはは! そーなのかー!」

 

「ち、チルノちゃん……流石に地面を凍らせるのはダメだよ……」

 

「む、虫の妖怪の僕に対してちょっと酷い仕打ちなんじゃないのかなこれ……!」

 

「夜雀にもなかなか厳しいんだけど……」

 

「……妖精が2人と虫の妖怪、鳥の妖怪……あと一人はちょっと分かんないけど……それとあの赤い髪の人が門番っぽいね。面倒見良い人なのかな?」

 

「かもな」

 

彼はとりあえずあそこにいる面子の中には『チルノ』『美鈴』という二人がいることがわかった。だが正確なメンバーは分からない為にとりあえずもう少し近くによって見る事にした。

 

「ん? ねぇ美鈴、知らない人間と鬼が手を繋いで館の方からやってきてるよ?」

 

「へ? ……あぁあれはお客様ですよ。八雲紫……さんの」

 

「へー、あいつ人間なんか飼ってるんだ……ちょっかいかけてやろ!! おーい!!」

 

「ち、チルノちゃん!?」

 

「あ、何か一人こっちきた」

 

陽はぼーっと向かってくるチルノを眺めている。まるでチルノの事なんて見えてないのかといわんばかりに。だがそれに気付く事が無いルノはそのまま陽の目の前に立って勝ち誇った様な顔をしていた。これから自分はこいつに勝つ、というのが分かりきっているかの様に。

 

「あたいと勝負しろ! あたいが勝ったらあたいの下僕にしてやる! まぁさいきょーのあたいに勝てるわけないと思うけどもしかしたら万が一にも勝てるかもしれないし? 一応あんたが勝ったらあたいがあんたの下僕になってやるよ! まぁ平等にしてやるためにもあたいは片手しか使わないってハンデを━━━」

 

「で?」

 

陽は長ったらしく延々と勝負に対する内容を語ってるチルノのセリフに割り込んでハッキリ一文字だけで返す。それに意表を突かれたチルノは一瞬呆気に取られたが再度説明をし直す。

 

「だ、だからさいきょーのあたいが両手を使うまでもないから片手だけで勝負をしてやろうと━━━」

 

「で?」

 

「だ、だから……その……」

 

「……」

 

「う……う……うわぁぁぁん!!」

 

陽の冷たい目線に晒されたチルノはそのプレッシャーに耐えきれなくなり泣きながら美鈴の元へと飛んでいく。この場にいた陽とチルノ以外の全員が呆気に取られていた。

陽鬼は陽がここまで他人に興味なさそうにするなんて、と思ったから。他はただの人間がチルノを言葉と態度だけで泣かせたから。という理由である。

 

「……貴方が門番の紅美鈴さん?」

 

「は、はい……あ、別にさん付けしなくてもいいですよ。さん付けされるのは妙にこそばゆい感じがするので。同じ理由で敬語も使わなくていいですよ」

 

「あぁそう……なぁ、メイド長とかここの主とか……どう思ってるんだ? それを聞きに来たんだ」

 

「咲夜さんやお嬢様をどう思っているか……?」

 

美鈴は随分変な質問をする人間だと思った。変な感情というものはこの館の全員に抱いている訳じゃ無い上に彼女にとっては主であるレミリア・スカーレットと直接的な主従の関係では無いのだ。

確かに主だと思ってはいるがおそらく目の前の人間はそんな答えじゃあ納得しないだろうと考えた美鈴はある一つの考えを喋る。

 

「そうですね……形は違えどこれもまた一つの『家族』だと思っています。主従の関係が前提とはいえ私もまた『紅魔館』という一つの家に住まわせてもらっている『家族』だと思っています。

勿論、咲夜さんやお嬢様もその例に漏れずに紅魔館の全員が家族の様なものなのです」

 

「……そう、か……あんたはそういう考えなんだな。ありがとう。

それじゃあ俺はこれで」

 

「は、はい……?」

 

そしてそのまま陽は陽鬼を連れて館の中へと戻っていく。今の質問だけが彼がここに来た理由だった。それが果たされた以上今の彼にとっては既にここにいる理由なんて微塵もない、さっさと次の場所へ向かうだけなのだ。

 

「よ、陽…………」

 

陽鬼の心配する声は陽には届いてなかった。今の彼は次の目的地である『大図書館』へ向かう事だけしか頭になかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……広いな、それに高い。流石に大図書館って言われるだけはあるところだ」

 

「こんなにたくさんの本なんて見てるだけで眠くなってきちゃうよ……」

 

「それなら帰ったら? 私の本を読む邪魔をしないで頂戴。ここにはお菓子もお茶も愉快に話せるお喋り上手な人も誰もいないから来たところで意味は無いわよ。

いるとすれば侵入者にうるさい魔女とそれと契約している小悪魔しかいないわ」

 

入ってきた瞬間に響いてくる声。恐らくはこの部屋の主同然の『パチュリー・ノーレッジ』が魔法を使って話し掛けているのだと二人は悟った。

 

「別にお菓子もお茶も愉快に話せるお喋り上手な人も望んでない、俺がここに来たのはちょっとだけ尋ねたい事があったからだ。聞こえてるのなら本を読みながらだろうがなんだろうが出来るはずだ。さっきみたいに俺に話し掛けてきてたしな」

 

「……時間を取らせないのなら一つだけなら質問を許すわ」

 

「なら丁度いい。紅魔館の主レミリア・スカーレットやメイド長十六夜咲夜、門番の紅美鈴……その人達の事をどう考えている?」

 

「……私のところにこれたら教えてあげるわ。安心しなさい、魔法で邪魔とかはしないから」

 

それ以降声は聞こえなくなった。恐らくは今の質問の答えは会わない限り教えてくれないだろうという事と、考える時間を作る為の二つの理由を意図的に隠す為に言った事だろうと陽は確信した。

そうと決まれば探してやろうと陽鬼の手を引っ張って大図書館を突き進んでいく。魔法で邪魔をしないとは言ったが他の妨害はするつもりなのだろうかと予測したが、五分ほど歩いても特に何ら問題はなかったため本当に妨害行為をするつもりは無いのだろうと妨害の事は考えるのをやめた。

 

「……ねぇ陽、さっきの門番と言い今回の事といい何してるの? それに『ここの人達をどう思うか』なんて質問する理由が良く分からないんだけど……そろそろ話してくれてもいいんじゃないの?」

 

「……ここの館の主従関係を結んでる人達は本当にそれだけで結ばれてるのかと思ってな。

美鈴はここの人達を『家族』って言った、もしそれが他の人達も似たような意見だったらここも『家族の関係』という事になる。血の繋がりのない家族という事になるんだ……」

 

陽鬼はそれ以上陽に、追求する事が出来なかった。何故ならその時の陽には少しだけ負の要素が感じ取れてしまったからだ。それ故にそれ以上踏み込んでしまったら何か大変な事になりそうな気がした陽鬼は踏み込む事が出来なかった。

 

「……そ、それで目星はついてるの? よく見えないくらい遠いのに闇雲に歩いたところで日が暮れちゃうよ?」

 

「……初めに扉に入った時にこの扉のすぐ側の左側には本棚があった。つまりここの入口は部屋の一番左側にあるという事になる。それでいるとしたら恐らくは部屋の中心だろうしならある程度まっすぐ歩いてだいたい目測で真ん中さえ当たれば後は直角で曲がればいい。縦か横さえ分かれば直進するだけで済むからな」

 

「へぇ……」

 

返事こそ返してはいるが陽鬼もよく分かっていない。しかしそんな事を気にしている暇が無い陽はそのまま突き進んでいく。

しかし本当に広い、歩きながらあまりにも広いこの図書館を目の前にして陽は考えていた。『魔法で大きくしているのではないか』と。そうでないとあまりにも広さにばらつきがある様にも思えたからだ。つくづくこの幻想郷という所は何でもありなのだと彼は実感させられていた。

 

「さて……絶対に見つけてやるぞ、魔女さんよ」

 

「……そう、だね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この館にいる人物達をどう思っているか……ね、人間にしては面白い質問をしてくれるわね……さて、私は彼の質問に対してどう答えてやりましょうか……」

 

図書館のとある一角には紫色の服を着た少女が椅子にもたれかかって本を読んでいた。




後編に続きます。


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紅貴な魔性の館

中編です、紅魔館編はまだまだ続きます。


「……あれ? また端についちゃったの? いくらなんでも早すぎない? もうちょっと広い様に思えるんだけど……」

 

「……距離感を誤魔化してるというより俺らの歩く速度の方が早かったという事か? 魔法では邪魔をしない、と宣言された以上何もされてないはずなのに……」

 

約10分程図書館を歩いていた陽達。しかし、いくら探しても図書館の主であるパチュリー・ノーレッジが見つからない。魔法では邪魔をされていないと言われているが、いくら何でも見つからなさすぎるのでもしかしたら何か魔法で邪魔をされているのでは? と邪推し始める。しかし━━━

 

「……ん? 今気付いたけどこっちの本棚は入口側の本より小さいんだな。微妙な違いしかないから気付きにくかったが……」

 

「あ、そう言われてみれば確かに小さいね。入口から奥の方に行く事に小さい本を配置する様にしてるのかな?」

 

「……遠近法でずらされてんなこりゃ、遠くのものがあまりにも小さく見えるからかなり遠いと思い込んでいたけど実際そんなに遠くなかったって事だ」

 

陽の説明で頭の上に?マークを浮かべる陽鬼。陽自身もあまり確証がもててない事の為あまり確実な事は言えてないのだが恐らくこうだろう、とは考えているのだ。

距離を誤認させられている、というのはパッと思い付かないものだが思い付いてしまえば早いものだ。そう考えた陽は入口に向かって歩き始める。それに慌てて陽鬼も付いてくる。

 

「ど、どこにいくの!?」

 

「この部屋の扉は俺達が入ってきた部屋の左側にしかない。そのまま真っ直ぐ行くと遠近感に騙されてすぐ奥に着いてしまうんだろうけど横方向に歩くと本棚と本棚の隙間が結局一つもないんだ。けれど横向きだと本の大きさは変わらなかったし本棚の大きさも変わらない。

なら簡単な事だ。()()()()()()()()()()()()()、これに限る。」

 

「……なんというか、とりあえずゴリ押しなんだね。嫌いじゃないけどさ。でもそれだったらさっきの場所から確認して言った方が早くない? 何でそうしなかったの?」

 

「本棚も本も本棚同士の隙間もかなり規模が小さくなってたから俺ですら入りづらくなってるのに角で俺よりも若干幅取ってるんだから無理だっての。だからスタート地点から蛇みたいに動くんだよ。そしたらいつか着くだろうさ」

 

「そ、そう……なんか、ありがとう……」

 

陽からしてみれば陽鬼の事を考えての行動だったのだが、正直頭の角の事を言われてるせいもあってあまり素直にお礼を陽鬼は言えなかった。陽が善意でしている、というのが分かっている為余計に言いづらいのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ? 何かここおかしくない?」

 

「ん? 何がだ?」

 

あれから数10分程歩いてから突然陽鬼が声を出した。しかし、陽には何も感じないし何も見えない訳だが人間である陽と鬼である陽鬼の事を考えると人間には分からない何かがあるのだろうと考え、一旦陽鬼に任せる事にした。

 

「何ていうか……この本棚1個分のところが綺麗に抜け落ちてる様な感じ。ちゃんと歩いてるのは分かるんだけどここだけ飛ばされた感じがするんだ」

 

「……よく分かんないけど、ここに何かあるって事だな? 俺じゃあどうしようもないし本当に何かあるかもしれないなら……頼む、陽鬼」

 

「う、うん……何か出来るかなぁ……」

 

そう言いながらも自分に出来る事は殴るか炎を出すかの二択しかない、とりあえず何もぶつからないのなら物理的にダメだと思った陽鬼は手から出せる限りの炎を手から放出させようとするが小さな炎しか出なかった、しかし━━━

 

「ふ、ふざけないでよ! 貴方達本を燃やすつもり!? げほっげほっ……」

 

と、陽鬼の指し示した場所から声が聞こえる。不思議に思った2人だったが、突如その場所が光り出して紫色の服を纏った少女が現れる。先程聞いた叫び声と入った時の声が同じ事、それに今この場所から現れた事を合わせた陽は一つの結論にたどり着く。

 

「えーっと……パチュリー・ノーレッジ……さん?」

 

「けほ……そうよ、今まで姿が見えなかったのは自分の周り…貴方が指し示したこの本棚を中心として光を屈折する魔法を掛けていて見えなくしていたのよ」

 

「……魔法で邪魔しないんじゃなかったっけ?」

 

「邪魔はしてないわよ? 身を隠していただけ。……実際貴方達が時間を掛けていたのは、本棚と……床のちょっとした構造の違いで、惑わされてただけだもの。私自ら出てきたとはいえ、私を見つけ出したのはその子の機転があったから……じゃないかしら?」

 

確かに、と納得しかけていた陽だったが陽は本棚だけだと思っていた遠近感の誤魔化しが床にも秘密があったのかと驚いてしまった。そして、わざとその反応が帰ってくることが分かっていたのか少しだけパチュリーから『してやったり』という表情で返してきた。

 

「…床って?」

 

「……簡単に言うと、ここの床はやまなりなのよ。ただ見ただけじゃわかりづらいと思うし、本棚の高さも途中までは合わせていたから、この二つがセットじゃ普通の人間は簡単には気付かないわ」

 

今度こそ陽は素直に感心した。言ってしまえばドッキリハウスっぽくなってしまってるが建物の構造としては少し面白いと思える形であり、実際これで陽達は素直に騙せているのだから魔法で改築させていた訳では無く妖怪すらも騙せる代物なのだろう。

 

「こほん……確か、紅魔館のみんなの事をどう思ってるか……って質問だったわね」

 

そして、そういえば自分はこの為に来たんだったと再認識もした。あまりにも探すのに手間取ったのでほとんど頭の中から抜け落ちていた。

 

「そうね……妖精メイド達は妖精メイドって事だから省いて言うわよ。レミィは私の親友よ、この紅魔館に私を入れてくれたしここの本達を好きな様に使っていいとも言われたのだから……返しきれない恩を受けた感じね。

だからレミィや紅魔館に害があるものなら私が盾になるわ、そういう性格じゃないのは自分でも分かっているのだけどね。

次は咲夜ね、私としてはレミィの直属のメイドでメイド長をしている人物ってところかしら? 頼めば紅茶や茶菓子なんかをよく持ってきてくれるもの。

けれど偶に母親の様に注意される時もあるわね。そういうところに助けられてる……気がするわ。

次は美鈴かしら? 実はあまり彼女と私は喋らないのよ。だってほとんど外に出てる美鈴とそれとは真逆でほとんどここから出ない私とは会話する機会が滅多に無いもの。けれど、たまに話し掛けてくる彼女の話は面白いのも多いわね。私は滅多に外に出ないから彼女から聞く話がいつも新鮮で楽しいわ。

それとフランだけど━━━」

 

「……フラン?」

 

陽は聞きなれない名前につい聞き返してしまう。そして、聞き返してしまった事でその存在を陽達が知らないと気付いたパチュリーは慌てて口をつぐんで頭を軽く横に降ってから再び落ち着いた口調で話し掛ける。

 

「何でもないわ、忘れて頂戴。

とりあえずそれくらいよ。ほら、早く行った行った……私は本を読む事で忙しいのよ。

簡単にまとめたら……みんな、私の大切な人というだけの事よ。家族と思っているかどうかは別として、ね」

 

そしてまた姿を消すパチュリー、魔法で姿を消したのだろう。これ以上話してもらえないと悟った陽は陽鬼を連れて図書館から出ていく。

 

「……フランって、誰の事なのかな?」

 

「さぁな、美鈴も喋らなかったし多分喋らないというのが暗黙の了解になってるんじゃないのか?なんでかは知らないけど……って、あれは━━━」

 

陽は廊下を歩きながら階段を見つける。しかし、二階に上がる為の階段ではなく()()()()()()()()()()()()

 

「……地下室があるってことか? もしかしたら誰かいるかもしれないし行ってみるか。」

 

「ちょ、ちょっと陽! どこでも歩いていいとは言われたけど流石にこっちはまずいんじゃないの!? 何か他のところと比べて暗いもん!」

 

「暗いのは承知だ。だって周りが赤々しいのにこの地下に通じる階段はすぐに石畳のそれになってるしな。赤くしたら困るのかそれとももっとやばいのがいるのか……ってやばいのがいたらもっと厳重にする筈だろ? それに俺らをこんな自由に歩かせる事も無いぞ」

 

「……それもそうか!」

 

簡単に騙される陽鬼に陽は心の中で謝罪した。流石にこんな物騒な雰囲気なのに何も無い訳が無いだろうと彼自身も分かってはいたのだ。だが、不思議とそこに行かないとダメな様な気がしたのだ。

カツン、カツンと石で出来た階段をゆっくりと降りていく。途中に何も障害物が無いのか音が響いていた。

そしてしばらく歩いている内に大きな鉄の扉が現れる。

 

「この扉は……やっぱり何か隠してるのか? けどここまで来たらあのメイド長が止めに来るはずだし止めに来ないって事は食料庫とか……いや、食料をこんな薄気味悪い場所には置かないか……」

 

陽はゆっくりとその鉄の扉に手を置いて押していく。すると扉はいとも簡単に陽に押されて内側にある部屋を晒していく。好奇心というものは己を殺す、とはよく言ったものだと陽は思いながら扉を開いていく。止められないのだ。扉に手を置いた時点で彼には何故か無性にこの扉を開けなくてはならないと思ってしまった。

そして、ゆっくりと扉が開いたその中には……

 

「……貴方、だあれ?」

 

赤い服を纏った金髪の少女が部屋のベッドで座り込んでいた。警戒している表情。怯えている表情。大部分をぬいぐるみで隠されて目元でしか判別出来無くなっている為これは一体どっちの表情なのか陽には分からなかった。

 

「……俺は月風陽、こっちのは陽鬼だ。

君は?」

 

「……フランドール・スカーレット、皆私の事は『フラン』って呼ぶわ」

 

陽は理解した。パチュリーが言っていたフランとは彼女の事だったのかと。しかしそうなると彼には少し解せない事が出てきたのだ。『どうしてみんな彼女の事を喋ろうとしないのか』という事と『何故こんな部屋に入れられているのか』という事である。

 

「……私は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を持っているのよ。破壊したいものの『目』を自分の手に浮かべてそれを壊したら破壊したいものはバラバラになるの。

お姉様には館内だけなら自由に動く事を許されてるけど外に出る事はまだ許されてないの……感情任せに取り返しのつかない事をしてしまうかもしれないからって……」

 

少女……フランは抱きしめていたぬいぐるみをさらに強く抱きしめて顔を埋める。どこか寂しがっている様にも感じ取れる。

 

「……なら、俺と遊ぶか? 弾幕ごっこは出来ないけど…それ以外なら遊べると思うぞ?」

 

「……遊ぶって? でも私はなんでも壊しちゃうから……出来ないよ?」

 

「何でも壊すなら……俺がその度に『創って』やるぞ?

俺の力は『創造する程度の能力』だからな。いくら壊されても……こんなふうに作り出せる」

 

そう言いながら陽はトランプセットを何個も作り出していく。それを見たフランは驚いた様な表情で恐る恐る触って持ち上げたり1枚1枚ゆっくりと見ていく。そして次第に表情を明るくしていく。

 

「じゃあねじゃあね! ババ抜きとかいろんな遊びやりたい! あなた外の世界から来たんでしょ!? なら遊びを教えて!!」

 

「……あぁ、なら━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ次は……」

 

「陽、フラン寝てるよ。遊び疲れちゃったんじゃない? 何時間も遊んでた訳じゃないけど凄くはしゃいでたし……今はもう寝かせてあげようよ」

 

「……ホントだ。それにちょっと時間が経ちすぎてるな……紫達も待ってるしそろそろ戻るか。ちゃんと紙とペンで書き置きも残しておかないと……な」

 

紙とペンを作り出して『また遊ぼうな』と書かれた書き置きをわかりやすい場所に置いてから2人は部屋を後にする。

紫達がいる部屋に向かっている最中、陽鬼がニヤニヤしながら見ている事に気付いた陽は陽鬼の方を向きながら足を進めていく。

 

「……なんだ? さっきからニヤニヤしてるけど……俺の顔になにか付いてんのか?」

 

「ううん、そうじゃなくて……ここに来たばっかりの時はすごい機嫌が悪かったのに今じゃすっかり機嫌治ってるなーってね?」

 

「……気のせいだよ、ほらさっさと戻って帰らないと紫が心配するぞ」

 

「はーい。」

 

階段を登り、そのまま紫とレミリアがいる部屋まであるきはじめる陽。彼自身は気付いてないがやはり彼自身は機嫌が治り、ムスッとした表情では無くこの世界に来てからだんだんと見せ始めてきた。年相応の顔とやらである。

 

「そう言えばフランには質問しなかったんだね、どうして?」

 

「……あそこで閉じ込められてるし、多分質問してもよく分からないと思う。あの子がここの人たちの事をどう思ってるかなんてな」

 

残りはメイド長である十六夜咲夜と主のレミリア・スカーレットだけだと再認識しながら、2人は部屋まで歩いて言った。



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紅眼持ちし悪魔の館

後編です。


「あら、ようやく戻ってきたのね。どこまで散歩に行ってたの?」

 

「門や図書館……それに、地下室にも」

 

「……ふーん、という事は貴方……フランに会ったのね? それで五体満足でいられるなんてよほど強いのかしら? それともフランを懐柔する為のものを持ち合わせていたのかしら?」

 

レミリアは部屋に戻ってきた陽に余裕をみせながらはっきりと言い聞かせる様に言葉を紡いでいく。両目の紅い眼差しはフランとは違い心の全てを見透かされている様な気にもなってくる。

 

「……能力の事は、聞いていると思うんですが……? 何せ、俺がこの場を離れていた時間は長かった。だから幾らでも俺の能力を知る事が出来たはずでは……?」

 

「えぇ、知ってるわ。玩具……それも外の世界のを作り出してフランを喜ばせてたんでしょうね。貴方の能力は実に面白いわ、限界を故意に無くす事が出来る能力に物質創造……本来、そういう能力を持った者というのは力に飲まれたりするものだけれど……貴方は弱い、弱すぎるのよ。

この世界での前提条件である『空を飛ぶこと』と『弾幕を撃つこと』が出来無いというのはあなたから戦える力を奪っているわ。どれだけ強力な力があってもその世界の戦いのルールの前提が出来無ければ弱いという事を示してくれる存在ね、貴方は」

 

「っ……」

 

依然、余裕。レミリアはニコニコと笑いながら陽の事を喋っていく。別段話されていても彼にとっては不都合などでは無いのだが、彼女の言葉は全て本当の事である為に陽の心を抉る様に刺さっていく。

紫は恐らくレミリアが言った分しか話していない、と陽は思っている。実際その通りなのだが、余りにも見透かされていそうな雰囲気を纏っているレミリアには彼が白土に負けた事すらも実は知っているのではないか? 紫が話してしまったのではないか? そんな事が頭によぎってしまうのだ。

だが、八つ当たりにレミリアを睨んでも全く気にした様子も無く依然ニコニコと笑っていて相手にされないくらい自分は弱いのだと錯覚させられた。

 

「……ウチの子を虐めるのは止めてくださらない? 交渉も無しにするわよ?」

 

「おっと……それは困るわね。時間が解決してくれる事だけど妖精メイドの癇癪は時間が少し足りないもの。もうこれ以上いじめないから勘弁して頂戴。

あぁそれと……パチェや美鈴に聞いた事、私や咲夜にも聞くつもりかしら?」

 

陽は驚いた。何せ、紫と話していた筈のレミリアが何故か陽が聞き回っていた事を知っていたからだ。この様子だと質問の内容も筒抜けなのだろうと思った陽は敢えて正直に話して、聞く事にした。

 

「えぇ……じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

その質問に対して未だに表情を崩さないレミリア。そしてレミリアの側にずっと立っていた咲夜にも問いかける。

 

「そうね……私から言わせてもらえば『全員家族』よ。この紅魔館にいる者は全て私の眷属。例えワガママな妖精メイドであってもそれは同じ。めーも、パチェも、フランも、咲夜も……全員私の眷属であり、家族。

……という答えじゃ納得しないみたいね? まぁフランのあの状態を見てしまえば納得しづらいのも分からなくはないわね」

 

そう、陽は閉じこめられたフランを見てしまっている。家族というのならば、実の姉である彼女自身がフランを閉じ込めてしまっているのだとしたら……彼はその矛盾をレミリアに聞かなくてはならない。

 

「フランの能力の事は知っているわね?

言っておくけど……彼女を閉じ込める事は彼女自身の為よ……今は安定してきているから館内程度なら大丈夫って事で歩かせているけどね」

 

「安定……? フランは多重人格者か何かなの……ですか?」

 

「言い難いなら呼び捨てのタメ口でいいわ。館の者くらいにしか敬語は使わせてないもの。

えーっと…フランは多重人格者なんかじゃないわ、簡単に言うなら……そうね、あの子は感情が能力に振り回されるのよ。

何かある度に能力を使おうとしてしまう。特に怒ったり泣いたり……負の感情が能力に作用して無意識で彼女は能力を使ってしまうのよ。

分かる? 知らない間に一緒に遊んでいた子供が気付けば肉塊になっていて子供達は周りからいなくなっていた、なんて事が。

そんな重い事実はまだ精神が未熟な彼女にとっては辛すぎる出来事よ。そうなるとまたより不安定になって暴走して……そんな負の連鎖を断ち切る為に私はあの子をあの部屋に閉じ込めた。例え私が恨まれようとも……あの子が自分の感情に振り回されなくなるまではあの部屋に閉じ込めておくわ」

 

陽は驚いた。最初の方こそレミリアがフランの気持ちを考えずにただ危険だからという理由で閉じ込めていたのかと思いきやフランを自身の精神的未熟さから守る為に監禁していたのだと。

しかし、フランはそんな事は一切覚えてない様だった事も思い出す。もし今のレミリアの言葉が本当だとしたら何故フランはその事を覚えていないのかと。

だが、考えてみればそれだけ凄惨な事が起きてフランが暴走したのだとしたらもしかすると……と、陽はある一つの結論にたどり着く。

 

「……その、もしかしたら肉塊になったって言う事をフランは忘れてるんじゃないか?」

 

「……よく気付いたわね、その通りよ。フランはあまりにも辛いその出来事から目を背けて……いえ、完全に記憶から消えてしまってるわ。けれど案外それで良かったのかもしれないわね。

……長話が過ぎたようね。フランの話は後でするとして確か『紅魔館にいる者達の事をどう思ってるか』だったわね。私は答えたし残りは咲夜だったわね、答えてみなさい」

 

「……はい、お嬢様。

……そうですね、私にとっての紅魔館にいる者達は確かに家族みたいなものです。パチュリー様も美鈴も妹様も……お嬢様も。

しかし、家族と思っていても私の中心はお嬢様です。私はお嬢様に命令されれば何だってします……例え、紅魔館の誰かを殺せと……言われても。パチュリー様を殺せと言われても美鈴を殺せと言われても妹様を殺せと言われても……私自身を殺せと言われても、です」

 

陽鬼は戦慄した。咲夜の忠義心の高さに。陽鬼は一応陽の式神の様な存在に今はなっているが自分はここまで陽に忠誠心を持って生きれるだろうか? きっと無理だ。

陽が間違っていると思うならば言う事には従わないし殴ってでも止める可能性がある。自分はこんなに忠義を尽くせる性格では無い、と感じていた。

 

「……一応言っておくけどね、結局忠義の形なんて人それぞれで違うのよ。私はお嬢様に命令されれば何でも従う人形の様に尽くす、それが正しいと思ってるから。

貴方も……彼に尽くしてる様なものみたいだけど貴方には貴方の忠義の形がある。自分のやり方を貫きなさい、ね?」

 

「う、うん……ありがとう」

 

「どういたしまして、忠義心というのは『自分が信じている主に使える事』なのだから主が信じられないと思ったら、間違ってると思ったら正してもいいのよ」

 

咲夜はそう言いながらまるで子供に諭すかの様に陽鬼に言い聞かせてから再びレミリアの後ろに立つ。どうやら面倒見がいい女性なのだと陽は思った。

 

「咲夜、私が間違っていたら止めてくれるのかしら? それとも従ってくれる?」

 

「私はお嬢様が全てですので、手を掛けるなんてこと事はありませんよ。私はただ従うまでです」

 

「それでこそ私の従者ね。私を止めるのはパチェの役目、従うのは貴方の役目……さて、もうどちらも用はないわね? 私としては八雲紫と交渉するだけでも十分だったけれど貴方の動きを見るのもなかなか面白かったわ、月風陽。

出来ればフランと一緒にまた遊んでちょうだいね」

 

「あ、あぁ……」

 

レミリアがニコニコと笑いながら陽を賞賛し、フランと遊んでほしいと約束を取り付ける。陽自身も彼女と遊ぶ事は何ら苦ではないので快く了承したいところだがレミリアの言った『動きを見るのも』という所が妙に引っかかってしょうがなかった。紫が実はスキマでも開いて見せていたのだろうか、とも思ったがわざわざそんな事をする意味もないため更に良く分からない事になってしまった。

 

「……さて、それじゃあそろそろ帰りましょうか。もうスキマは開いているし藍も待ちくたびれてるでしょうしね」

 

「そ、そうだな……」

 

「はーい」

 

そして3人はスキマの中に入って姿を消す。主と従者だけしかいなくなった部屋には他に誰もいなかった。

そんな空間の中でレミリアが一切咲夜の方を見ずに声を出す。

 

「……咲夜、彼の事どう思った?」

 

「能力だけなら危険ですが……本人にそういう意志が無い以上危険分子ではないかと思われます。無論、感情が荒ぶった場合は分かりませんが……今のところはやはり危険ではないかと思われます」

 

その答えに一瞬思案顔になり、すぐ視線を前に戻して再度咲夜に問い掛ける。やはり1度も見ずに、だ。

 

「質問を変えるわ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

その質問に咲夜は内心少し驚いてからやはり先ほどと同じ様に凛とした態度で応対する。

 

「……とても危険かと、思われます。

外の世界は幻想郷にいる私達の様に特殊な能力を持っているものはごく稀でしょうが、その分物理的に特化した武器や兵器が多いと守矢の巫女から聞いた事があります。彼女曰く『本当に強力なのを使われれば例え鬼であっても殺せてしまうだろう』と。

彼はそれら全ての兵器を再現可能であり、更に簡単に増やせる事も出来る……恐ろしい能力だと思われます。

そして彼のもう一つの能力の方も……もし、他人に対して使えるようになれば人間の身体能力は妖怪のそれを大きく上回る可能性もあり、やはりこれも恐ろしい能力だと思われます」

 

「そうね、確かに危険だわ。正直な話不安定な者同士での関わり合いはなるべく避けてフランの精神をなるべく成長させる事に集中したいのだけれど……彼の存在がフランを安定させるかもしれないと考えると簡単に危険分子と判断するにはまだ早急かもしれないわね」

 

レミリアのその返しに咲夜は少しだけ疑問を抱いたが、自分は主に従っていくだけだと思い直して再度聞く様な真似はしなかった。

 

「それに……彼自身は見れなかったけれど彼にくっついていたあの小さな鬼……あの子の運命を見た限りだととても面白い事が起こる事が分かってるのよ。

その日が来るまでは……迂闊に手は出さないでおこうかしら」

 

「あなたがそう仰るなら……私はそれに従い、どこまでも付いていくだけです。私はあなたの従者なのだから」

 

その言葉に気を良くしたのか更に嬉しそうにするレミリア。そして唐突に思い出したかの様に語る。

 

「ふふ、私の従者はやはり一番信頼できるわね……そうそう、八雲紫から肉類をもらってきてるからパチェにいつもの……えーっと……」

 

「細胞分裂による別個体の創造、クローンの事ですか?」

 

悩んでいたレミリアに察した咲夜がフォローを入れる。どうやら正解だった様でうんうんと頷きながらレミリアは続ける。

 

「そうそう、それの事よ。魔法だとかなり早く増やせるし成長もさせれるから便利だわ。にしても外の人間も恐ろしい事をやってのけるのね……ま、八雲紫がどこからかそれの作り方を持ってきたせいでパチェが研究に没頭してしまったからついでに、ということで紅魔館でも肉類を増やす為にやってるけど……魔法使いって本当に研究熱心なのが多いわよね」

 

「パチュリー様曰く『魔法は自分の編み出した技術』との事で……だからクローンを初めて作った時に色々思う部分があったのでしょう。魔法使いでない私達にはそれが理解出来ないだけで」

 

「そういうものなのね……まぁいいわ。咲夜、今日も美味しい料理を頼むわよ」

 

「えぇ、分かっております」

 

そう言いながらレミリア達もこの部屋を去る。楽しく談笑しながらもこれからの事を語っていく。

しかし話しながらでもレミリアは自分の見た運命が果たして本当に訪れるのかどうかは分かっていなかった。

だからこそ彼……陽にレミリアは期待していた。彼女の見た運命はあくまでもそのまま一直線に進んだ場合にのみ訪れる運命であり、絶対に当たるという訳では無い。しかし、彼女の操った運命は必ずその通りになる……だからこそ運命を弄らない。このまま放っておく事で見た運命が変わるのか、それとも変わらないのか……彼女はそれに期待していた。

レミリアが見た運命、余りにも印象深いので彼女の記憶に焼き付く様に残っている。炎を纏いし()()()と銀髪の男がごっこではなく本当の戦いをしていたその一瞬を彼女は見た。

それが何を意味するのかまでは彼には分からない、だが陽鬼から見た運命でああなるという事は彼女と彼が大きく関係しているのだろうという事だけは分かっていた。

その運命が彼らにとっての吉なのか凶なのか、それを予想するだけでもレミリアは面白かった。

今日(こんにち)の月はレミリアの目の様に、レミリアの楽しんでいるその運命のように紅く輝いていた。




この作品でのパチュリーは魔法でクローン生成する研究に没頭しているという状態です。


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挑戦状

多少物語が進展する……かも知れません。


「えーっと……何買うんだったっけ?」

 

「ネギだよ。さっきも米俵買う時に聞いてきてたけどちゃんと紙を見ような」

 

「うぅ……はーい」

 

ここは人里、幻想郷で人間が暮らしている村であり住んでいるのはほとんど人間だが、その人間を守ろうとする妖怪もチラホラ混ざっているというところだ。

陽と陽鬼は人里に買い物に来ていたのだが、偶には陽鬼に買い物をさせてみようと陽は考えて、買い物するリストを書いた紙を陽鬼に渡してそれで少し様子を見ているのだ。しかし、思う様にいってなく陽鬼は苦戦している為ちょくちょく手助けをしてしまっている、という状況だ。

 

「にしても(妖怪)が入ってきてもなんというか……驚かないんだね。騒がれると買い物出来なくなるから良いんだけど」

 

「ここは住んでるだけじゃなくて色んな妖怪が買い物に来るからな。前に行った紅魔館のメイド長も来るらしいぞ? 後永遠亭の……確か鈴仙って長いうさ耳の人も」

 

「色々来るんだね〜……痛っ」

 

「きゃっ!!」

 

話しながら歩いていると陽鬼が誰かにぶつかってしまう。陽鬼とぶつかったのは小さな女の子であり、ぶつかった勢いでコケてしまう。

 

「おっと、君大丈夫?」

 

倒れた少女に手を貸して立たせてやりながら陽は怪我が無いか確かめる。一瞬妖怪か何かかと思ったが別段服装がどうという事は無いし髪色も顔もおかしな所はな無いのでやはり普通の人間の様だ。

親とはぐれたのかそれとも遊んでいて友達とはぐれたのかは分からないが少女はやはりどこか焦っていたのだろうと考えた。

 

「だ、大丈夫……だけど……お父さんと、お母さん、を見ませんでしたか?」

 

たどたどしい言葉、陽が見知らぬ人間である事と普通の人間ではかなり珍しいであろう青い髪。それに小さいとはいえ妖怪である陽鬼が一緒の為少し怖がっているのだ。

それに気付いた陽は子供の目線よりも下になる様にしゃがんで安心させる様に話し始める。

 

「ごめんな? 俺は君のお父さんとお母さんの姿を見た事がないんだ、だから……君を肩車したらお父さんとお母さんが見つかるかもしれない。一緒に探させてくれるかい?」

 

「……う、うん」

 

まだまだ堅苦しい言葉遣い。しかしその少女を宣言通りに肩車すると少女は言葉こそ出してないが目を輝かせてあたりをキョロキョロ見渡していた、肩車をされた事がないのだろうか? と陽は思ったがしない家もあるだろうと思い聞く事は止めておいた。

 

「お父さんとお母さんとはぐれた場所分かるか?」

 

「……気が付いたらいなくなってたの、けどこの道でいなくなってたとは思うの……」

 

「……とりあえずこの辺りから探してみるか。もしかしたら今同じようにこの辺りで探してる可能性もあるし。」

 

そういう訳で少女の親を探す事になった陽。陽鬼も無言でついてきてくれているのでいざという時は大丈夫だろうと考えているのだ。

しかし、そう考えながら歩いていると突然陽鬼が軽く服を引っ張って陽を呼び止める。

 

「なんだ?」

 

「別に迷子の親探すのはいいんだけどさ……流石に闇雲に探し回ってたらいつまで経っても見つからないと思うんだよね」

 

「……それもそうなんだけど……他に探せる様な場所が分からないしな……」

 

少女本人は『気付けばはぐれていた』と言ってこの道ではぐれたものだと思っているがもしかしたらこの道以外ではぐれている可能性もあるのだ。

その場合だと探すのが困難になる為今この道で探し当てるのが最も効率がいいのだ。

 

「言いたい事は分かるけどね……この子自身もここがどの辺りなのかよく分かってないみたいだしどうしようも無いけどね」

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん達って『そとのせかい』って場所から来たの?」

 

「ん、あぁそうだけど……」

 

今の少女の言い方だと『外の世界』じゃなくて『外の世界という場所』がある事になってしまうんだけどな、と2人は思ったが口には出さないでおいた。人里の人に取ってはもしかしたらそういう名前の場所と認知されている可能性が高いからだ。正直に知っているのは異変解決に向けて動いている者達くらいだろう。

 

「じゃあ『そとのせかい』のお話聞かせてー!」

 

「え、あ、あぁ……分かった」

 

「ちょっと陽………」

 

陽鬼は注意しようとするが、よくよく考えてみれば今この子は外の世界に興味が行ってるせいか親の事が一時的に頭から離れている様だ。

確かに外の世界の事を話しておけば時間が潰せる上にこの子の親も探しに来ると陽が考えているとすれば迂闊に注意できないと考えた。まぁ本人は恐らくそこまで考えてないだろうが寂しさで泣かれるより幾分マシな事ではあるので陽鬼は口を出さずに一緒に話を聞く事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、それで……って寝ちゃってるな……」

 

「ちょっと前から寝てたよ、まぁ陽の話がつまらないとは思わないけどこの子にはちょっと難しかったんだろうね。ちんぷんかんぷんって顔してたもん」

 

「むぅ……もうちょっと子供と話せる様に頑張ります」

 

そう言って少女を起こさない様にしているとふたりの耳に大声で叫ぶ声が聞こえてくる。誰かの名前を呼んでいる様だが、この辺りで迷子になってるのはこの子だけだし聞こえてくる名前は女の子につけられそうな名前なので二人はもしかしたら? と思い、寝てしまった彼女をゆっくりと抱き上げてその親二人の前に姿を現す。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「い、いえいえ……迷子なのは放っておけませんから……」

 

「このお礼はいつか必ずします、本当に、本当にありがとうございます……!!」

 

「え、えぇ……娘さんを早く連れ帰ってやってください」

 

やはり我が子は可愛いのか陽にとっては過剰とも言わざるを得ない程お礼を言い倒されて少し反応に困ってしまった。しかし、迷子の少女であった彼女を親元へ返せたという事は陽にとっても安心できた為親子3人が人混みに紛れて完全に見えなくなるまで陽達は彼女達を見送ったのだった。

 

「さて……買い物の続きをするか……ん?」

 

再度、買い物の続きを済ませようと歩き出した陽の目に二人の男が止まる。理由としては、その男達がかなりの背の高さを誇っていたためである。どちらも2m近いのではないかと思ったが専用の機材でも持ってこないと身長の計りようが無いと思った為すぐさま興味は本来の目的である買い物に戻り、歩き出した。

 

「……えっと……そうだ、確かネギを買う途中だったな。さっさと買い物終わらせて家に帰ろうか、陽鬼……陽鬼? どうしたそんな深刻そうな顔して。」

 

買い物の目的を果たそうとするが陽鬼が何故か立ち止まっていて何か重大な事でも起きたのか、と問い質そうとすると声を掛けられている事にようやく気付いた様でビクッと驚いて聞いてない事を悟られないかの様に慌てた口調で話し始める。

 

「え、な、何でもないよ!? ちょっと歩き過ぎてつ、疲れちゃったーなんて思ってて! 大丈夫大丈夫! ネギだよね! ちゃんと覚えてるから安心して!」

 

陽は少し不審に思ったがまぁ自分に話せない様な事なら無理に話させる必要も無いし買い物の事を忘れた訳では無いので別段気にするほどの事でも無いと思いすぐに切り替えて改めて買い物を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

「……あら、また食材が切れてるわね。陽ー? 陽鬼ー? また買い物に行ってきてくれないかしらー?」

 

「別に何も予定が無いいからいいけど……藍はどうしたのさ」

 

「藍は霊夢のところに行ってるのよ、私の代わりにちゃんと霊夢が結界の点検を怠ってないかって張り切っちゃって」

 

「ああ、分かった。何買ってくればいいんだ?」

 

「昨日と同じものでいいわ、別の料理を作れば済む話だもの。私はこれから冥界にちょっと行く予定があるから行けないのよ。

ごめんなさいね」

 

そう言って紫は2つスキマを作る。一つは冥界の白玉楼に通じるスキマ、もう一つは人里に通じるスキマである。

そして開いた事を確認した陽は陽鬼と共に人里に通じるスキマへと入り、それを確認した紫は白玉楼へ通じるスキマを通る。

 

「さて……と、また昨日と同じものを買う訳だけど……陽鬼、買うものは覚えているか?」

 

「流石に昨日買ったものと同じものを買うんだったら覚えてられるよ、馬鹿にしないで。

ネギと米俵と……い、芋!」

 

「残念、芋は芋でも買うのはジャガイモだ。それにあと人参と肉も買わないといけない」

 

昨日買ったものを言っていく陽、外れた事が悔しいのか少しだけムスッとしている陽鬼がそこにはいたが傍から見たら仲のいい兄妹にしか見えないとその場面を見たものは思った。

しかし、そんな陽達の周りの状況はよく見れば少しざわついていて昨日の雰囲気と比べて妙に嫌なざわつき方をしている事に陽は感じた。

だから少し気になって陽は近くの人に聞いてみる事にした。

 

「……あの、何かあったんですか?」

 

「殺しだってさ、向こうの家で家族同士で殺し合いが起きたらしいんだと……」

 

殺し、それも家族同士ということは一家心中などというものではなく文字通りの殺し合いという事だろうと陽は感じた。

そして、その殺し合いの事が何故か無性に頭に引っ掛っていた。嫌な予感がして、やけに胸がバクバク鳴っている。しかし、家族同士で殺しという事は1人は残るはずなのだ。

それが自殺か、相打ちか、逃亡か……何故かそれが気になった陽は更に質問をしていく。

 

「家族同士、だと……一人余る、筈ですが……その、余った人は……?」

 

質問しようとしたらうまく舌が回らない、ゆっくり噛み締めるように質問をしてないと心臓が潰れそうになるくらいに激しく鼓動を鳴らしている。

 

「あぁ……不思議な事だが娘の方は一切外傷がないのに死んでんだと……あんまりにも不思議な死に方なんで永遠亭の永琳先生に見てもらったらしいんだけどよ、病気でも何でもねぇのに死んでしまったらしいんだと。毒でも、病気でもないとなると寿命しか残らねぇはずだけどあんまりにも小さい子なんで寿命って可能性も薄いらしい」

 

「っ……!」

 

「最終的にはもしかして『呪い』殺されたんじゃねぇかなって話だけどよ……あの家族とその周りは仲良くしてたし暴力振るう事なんてなかったからこういう事は起こりづらい筈なんだけどよぉ……つておい兄ちゃん?どこいった?」

 

陽は走った。慌てて追いかける陽鬼も置いて行ってしまうくらいの速度で。

恐らくは限界を無くす能力を使って走っていたのだろうがそれを陽は無意識で行っていた為本人ですらどうか分からない。

人間というのは事件が起こった場所に集まるものだ、時間が経てばそれも無くなるが完全に真新しい今だと野次馬が餌に群がる蟻の様にいるのですぐに場所は探し当てられた。

その殺しがあった家に陽は今来ていた、だが実際の現場は中の方なので扉を開けないといけない。

 

「……陽? 本当にどうしたの? 顔色悪いし一旦戻ろう? ね?」

 

陽鬼がなんと言っているか陽にはよく聞こえてなかった。自分の呼吸と心臓の音だけで耳の殆どの音が支配されているからだ。

野次馬根性などでは無い、なぜ無性に確認しないといけない様な気分だった。だが扉を開けてしまった時に自分がどうなるのか全く想像が出来無いのだ。

陽は見知らぬ他人の為に怒れるほどの正義感を持ち合わせてはいない。かといってもし知り合った人物だった場合は冷静になれるほど無感情では無くなっていた。

少し前までの自分だったらまず有り得無いんだろうな、と過去の自分を鼻で笑いながら扉に手を掛ける。

そして、ゆっくりと扉を開けていく。

 

「っ!」

 

「っ……こんな、事って……」

 

横たえられている三つの死体、そのうち二つは大きい為家族同士の殺し合いの両親だとすぐに理解出来たが体や顔を布で隠されていてその全貌は把握出来ない。

だが、もう一つは布で隠されている訳でも無くどこかに致命傷がある訳でも無い綺麗な状態だった。それは、昨日迷子になっていた子供だった。

 

「……あれ、これは……あっ!?」

 

陽が呆然としている中、陽鬼が一枚の紙を拾い上げる。拾い上げたその紙を奪い取るかの様に陽が陽鬼の手から取って手紙を読んでいく。

 

『これを読んでるってことはちゃんとこっちに来てくれた訳だな、月風陽

まぁ名前を書いているからいずれ届く事は間違い無いんだろうがな。

さて、三つの死体を見たのなら人里の外にある森に来い。お前が前に黒空白土に襲われた森の位置だ

逃げ帰ったらその家族と同じ様に人里にいる奴らをゆっくり皆殺しにしていってやる

そんでもってこれと似たような手紙を毎度毎度置いていってやるよ

それが嫌ならこっちに来る事だな』

 

手紙はこれで終わっていた。陽は手紙を握りつぶしてポケットに入れてから無言で歩き始める。

陽鬼は無言で陽について行く。いや、付いていかなければならなかった。

何故なら今の陽は……本気で相手を殺す気なのだと感じてしまったのだから。

陽鬼は是が非でも陽を守らなければいけないと……思っていた。




食糧がないことは完全な偶然です。


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太陽の鬼

前回の続きです。さくっと新キャラが出てきます。


「……」

 

陽は歩き続ける、まるで幽鬼の様に。何かに取り憑かれてしまったかの様にその歩みを止めずに手紙の指定場所まで歩いていく。

 

「陽……気持ちは分かるけど、落ち着いて……! 陽、陽ってば!」

 

陽鬼の声が聞こえてないのか陽は一切振り向くことなく進んでいく。怒りに囚われているのかすらも判別出来無い程に恐ろしくその顔は表情を持ってなかった。

 

「もうすぐ指定の場所に着いちゃう……今の陽じゃ何があっても対処できない……」

 

陽は能力こそ持ち合わせてはいるがその実態はただの人間である。陽鬼がいなければ彼には自衛する術はほとんど無いと言っても過言では無いだろう。

だからこそ、いつも以上に対処出来ない陽に陽鬼は恐れを抱いていた。恐らく陽は怒っているのだろう、けれど表す事の出来ない程の怒りは蓄積していくかの様に溜まっていく。

負の感情というのは感情あるもの全てを狂わせるものだ。溜め込んだ怒りが頭のネジを飛ばすまでに溜まってしまったら……例え自分の体を痛めつけてでも陽は相手を殺しに行くんじゃないかと陽鬼は考えていた。

 

「……それだけはさせたらダメだ。陽は私が守らないと……」

 

「おーおー、本当に来るとは思わなかったよ。なんだ? たった数時間一緒にいた程度のガキ殺されてそんなにキレてんのか? 人間ってのはよく分かんねぇな」

 

突然聞こえてくる声。いつの間にか森の中に足を踏み入れていた様でその声が聞こえた瞬間陽の足取りも止まった。

 

「しっかしよ……ほんと無謀だよな? 能力をまともに使いこなせねぇ奴が殺す標的なんてよ……面白くもねぇ冗談ってのは本当にあるもんだな。もうちょい強かったらまだ嬲りがいがあるんだけどよ」

 

そして、二人の目の前に一人の男が姿を現す。突然何も無い場所に扉が作られ、それが勢いよく開いて一人の男が姿を現す。

2m近い巨体に短い銀髪の男が現れた。陽も陽鬼もその姿を見覚えはあった。昨日人里で見かけた男だった。

同時に見かけたもう一人の男は見当たらなかったがもしかすると仲間なのでは? と陽鬼は思っていた。

しかし、陽はそこまで考えが及んでいなかった。敵と完全に見定めた陽は弾入りの拳銃を即座に作り出して発砲した。

 

「おっと……あぶねぇな、当たったら怪我するところだったぜ?」

 

「うるさい、お前は殺さないといけないんだ……!」

 

刀を二本作り出し勢いよく飛び出して振り抜く。しかし、素人の剣筋……それも二刀流である為に簡単に後ろに下がって避けられてしまう。

 

「クソッ…クソッ……!」

 

「ははは! そんなおっそい攻撃でどうにか出来ると思ってんのか……よっ!!」

 

「がっ……!」

 

隙だらけのその攻撃に1発の蹴りを入れられる陽、その蹴りは強烈だったのか軽く吹っ飛ばされてしまう。

だが、その痛みも気にしないほど怒っているのかすぐに立ち上がり再び拳銃を即座に作り出して発砲する。

 

「当たんねぇって言ってんだろうがよ! お前はただの人間だ! 妖怪になら勝てるかもしれねぇが……『神の一種』である俺に勝てるとでも思ってんのか!? あぁ!?」

 

「……神、だと……?」

 

「おうよ、生きる神あらば死せる神ありってな。

死神ってのがいるだろ? 外界じゃあ魂を狩る存在って言われてるけどよ……まぁそれの格上の存在とでも思ってくれや。

分かりづらかったら……そうだな、創造神と逆の存在だとでも思ってくれ。そうだな、殺神(さつじん)って存在だよ。俺は」

 

「殺神……? 聞いた事も無いね、そんな種族。神にも色々いるって言うのは知ってるけど無闇に人を殺すのが神だとはとても思えないよ。

あの家族を殺す必要はあったの? 私にはそうは思えないけど?」

 

陽鬼が陽に駆け寄って男に問い掛ける。もし陽が手で静止させなければ殴り掛かっていただろう、そのくらい今の陽鬼は怒っていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。って言えばわかるか?

野菜を育てるためにクズ野菜を肥料にするのと同じ事だ。

目標の為に必要のある犠牲を敷いてんだよ。何かをやる為には必ず何かを犠牲にする覚悟がいるって事だ。

ここまで言えばわかるよな? 何故あの家族を殺したか、って言うのはよ」

 

「……陽を、誘き出して殺す為に殺したって言うの……!?」

 

その言葉で陽の体が少しだけ反応する。だが、あまりにも小さかったので誰もそれに気付きはしなかった。

 

「その通りだよ、いやほんと大正解だ。

俺の能力は『殺す程度の能力』何かを殺す事が出来る能力だ。けど発動する時に霊力とかそういう力が強い奴には効きづらいんで疲れさせる必要があるが……殺す対象は何でもござれだ。

本来死なないような蓬莱人や幽霊なんかも問答無用で『殺す』事が出来る能力。まぁあの親二人を殺したのは俺じゃ無くてまた別のやつだが……それはどうでもいい事だな」

 

「幽霊や蓬莱人でさえ、も……」

 

陽鬼はその言葉に戦慄した、そこまで強力な能力が相手だとまともに戦えるかどうか分からない。どうすればいいのか、と。

しかしここで一つ疑問が出てくる。

 

「……その能力、殺すなら最初から使えばいいのに。そうやって余裕ぶっこいてるから……今、ここで、私に殴り飛ばされて! あんたは、終わる!!」

 

そう言いながら陽鬼は前に飛び出す。体を捻って自身の今の使える範囲での能力をフル稼働させながら拳に炎をともして拳による一撃を加えるために。

だが━━━

 

「おいおい、ガキがでしゃばんなよ」

 

「っ!」

 

陽鬼の一撃はあっけなく終わった。避けられてしまった上に腕を掴まれてしまったのだから。

そのまま腕を折る事も可能だったのだろうがそんな事はどうでもいいのか男は掴んだまま陽鬼を陽の方へ投げ飛ばす。

 

「くっ……!」

 

「それと、さっきの質問だが特別に答えてやるよ。

そいつは俺の能力が効きづらいんだよ……他の奴より特別効きづらい。たまにいるんだよ、強力な能力を持った奴の中に何人か効きづらい体質の奴がな。そいつらは他の奴の能力もなかなか受け付けないんでな、俺の能力もその例外には当てはまらねぇってこった。

そいつらは念入りにダメージを追わせて能力を受け入れ易くする必要があるんだ。そういう奴らを()()()『特異点』と呼んでいる」

 

説明し終わると片手を陽達の方に突き出す男。そしてその手には黒いエネルギーが溜まっていく。弾幕ごっこならばこれが弾幕だと即座に分かる。だが、今男が放とうとしているものは性質が全く同じものだが相手を殺すという殺意が込められている。

殺すための、『ゴッコじゃない弾幕』を撃とうとしているのだと陽鬼は理解した。

 

「……俺が、特異点だから……あの親子は死んだのか」

 

「ん? あぁ、そういう事になるかな。そうか、たしかにお前が特異点じゃなけりゃこんな回りくどい方法取らないで済んだんだよな。つっても、特異点は強力な能力があるからなるんじゃなくて特異点だから強力な能力を得れるって事だしな。悔いるところがあるとすれば自分の産まれにまで遡って悔いなきゃいけねぇって事になるな」

 

陽がポツリと呟く。その呟きは震えてこそいたが悲しみや恐怖などといった類の震えの声では無い事だけは陽鬼は感じ取っていた。

 

「……俺はな、さっきまで自分自身に怒っていたんだ。俺に関わった事で死んだんだったら昨日、あの子を無視しとけば良かったんじゃないかって。

そしたら関わる事がなくあの子は死なずに済んだのかもしれない、ってな……けどさ、今はっきり認識した事がある」

 

「へぇ、なんだよ。とりあえずは聞いてやるよ、お前の人生の最期の言葉って事でな」

 

余裕を見せている男、表情の読めない陽。何故か嫌な予感がしてしょうがない陽鬼。この場にいる三者の考えはすべてバラバラだった。

 

「……認識した事は、確かに俺が悪い。俺が関わったことで死んだんだったら俺のせいだ。俺はあの親子を守れないほど弱い自分に心底腹が立っている」

 

「認識してんのか、なるほど。んで? 自分が弱いからキレたところでどうなるってんだ?」

 

陽鬼は陽のポケットがうっすら光っている事に気づいた。しかし、それは相手の男は認識出来て無いのか全く気にしていなかった。

 

「だがな、それ以上に……俺が自分自身に腹を立てている事以上に、俺は、お前に腹を立てている……!!」

 

「……は?」

 

「特異点だから俺を殺す為にはあの家族を殺す必要があった? わざわざ呼び出す為だけにその犠牲をしいたと言うのなら……俺はお前を殺し返さないと気が済まない……!!」

 

固く握られる拳。その拳だけで陽の持っている怒りの度合いがヒシヒシと陽鬼に伝わってくる。まるで燃え盛る炎の様にとても熱く怒り、触れるだけで傷つけてしまいそうなくらいの敵意を男に向けて。

 

「力があれば守れたかもしれない……もうちょっと考えて行動していたら良かったかもしれない……そんな俺が心底嫌になって……殴り飛ばしたくなる程に怒ってしまう……だが、だがそれ以上に……その怒りも全てひっくるめて……俺は、あの家族を……『繋がり』があった家族を殺した事だけは許さねぇ!

お前が神だろうがなんだろうがお前の勝手な考えだけで人を殺しちゃいけねぇんだよ!!」

 

「……だから殺す、ってか? はん、人が人を裁く、ならまだいいかもしれねぇけどよ……人間であるお前に、神である俺を裁く権利なんてどこにも存在しねぇ!

勝手な私刑に合わせるのが許されると思ってんのかよ!」

 

「誰が誰を裁こうとも! 例えその私刑が間違っていようとも! 俺はお前を殺すという罰を与える、その罪を負わせてやる! 神だろうがなんだろうが、お前の考えの方が間違ってるって事を死をもって教えてやる!」

 

「は、ははは……なるほどな。お前の言いたい事はよく分かった。位が上だから裁けない、じゃなくて負けた方が悪って奴か。

確かにその通りだわ。自分の正当性を主張したいならまず気に入らないやつを何でもいいから倒せばいいんだもんな」

 

笑いながら陽の言っている事の意味を理解した男。しかし、例えその通りであっても自分が勝つ事には変わりないという態度はあくまでも貫き通している。

絶対に負けないという自信、それが男の根底にあるのは陽も分かっていた。だからこそ、彼はこう思った『その鼻っ柱を叩き折って膝を地面につかせてやる』と。

 

「いいぜ……とことんやろうじゃねぇか。ただの人間に等しいお前とその小さい鬼の餓鬼が俺に適うかどうか確かめてみりゃあいいさ。

ほら…来いよ、俺から攻めるのは無しにしておいてやるよ」

 

「……その余裕、絶対にぶち壊してやる…!」

 

「っ……何だ? 急に暑くなったような……」

 

「な、何……? 何だか私も凄く……怒ってきて……る……!」

 

急に周りが暑くなってきてる中、陽はポケットの中に手を入れて()()()()()()()()()()()()()()。陽鬼は抑えきれない怒りの中でそれがさっき光っていたものの正体だと感付いた。

 

「……スペルカード? 持っていた事は予想は出来るが……何だ、あのスペルカードは…」

 

「……世の中は広いんだという事を教えてやる。陽化[陽鬼降臨]」

 

陽がスペルカードを唱えると周りが更に暑くなる。男はダラダラ流れ始める汗を拭いながら明らかに異質なスペルカードを唱えた陽を睨む。弾幕が出るものが通常ではあるが、身体能力の強化や近接技だったりの時もある。だが、今唱えている『それ』はそれらのどれとも違う感じだと感じ取っていた。

 

「……え、ちょ、体が……!?」

 

陽鬼の体から突然炎が吹き上げる。拳や足などに宿る様に燃え上がる。その炎は陽鬼の体全身を包み込んだかと思えばすぐさま拡散し陽の体の周りを回り始める。

そして、先ほどまでいた陽鬼の姿は忽然と消えていた。

 

「なっ……!? あの餓鬼どこに……!?」

 

「覚悟しろよ神とやら……俺の怒りは頂点に達している……太陽の炎は消える事が無い炎だ、俺の怒りも……その炎の様にお前を倒すまで消える事は、無い……!」

 

そして炎が陽の体を完全に包み込んでまるで卵の様な形になる。それを見てこの中からあいつを出してはいけない、と男は直感で悟る。

 

「その卵の中で死ね!」

 

直接殴ったら燃え移る可能性も少し考慮していた男は炎の卵に向かってなるべく近づいて弾幕を放つ。しかし、放たれた弾幕は炎の卵に当たった瞬間に全て()()()()()()()()()

 

「なっ……こんな、こんな事が……!?」

 

段々と膨らんでいく卵。まるで破裂するかの様に膨らんでいくその姿を見て男は咄嗟に木の影へと隠れる。その瞬間に卵は破裂して辺りには炎が撒き散らされる。燃え移った炎は森の木々を焼いていく。

その中で男はゆっくりと出てきて陽がいた場所を観察する。

 

「……()()()()()()。」

 

後ろに伸びている長い2本の角、オールバックになっている赤い髪。陽が今までいた場所には()()()()()()()()()

いや、男はその鬼の存在を知っていた。何せ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……分かってんだろ? 俺が、『俺様』が月風陽だよ! この腐れ外道のマイナー糞神がぁ!!」

 

鬼の男……月風陽は吠える様に叫ぶ、相手を滅ばさんが為に、燃やし尽くす為に。



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怒鬼剛進

前回の続きです、一旦この編は終わりになります。


「……」

 

男は困惑していた。目の前の男が月風陽である事には間違い無い。しかしこの状況から考えたらどう考えても陽は鬼の子供……陽鬼と融合した事になる。

だが、陽の能力は創造する程度の能力と限界を無くす程度の能力の二つのみ、他には聞いてないし新たに発現したという事も聞いていなかった。意図的に隠していた可能性もあるが、陽鬼が驚いていた様子から見るとあっちも初めて見た能力だという事だけは確信出来る。

 

「どうした? 来ねぇのか? だったらこっちから行かせてもらうぜ!!」

 

そしてまるで鷹が高速で滑空して飛んでくるかの様な速度で男に向かって陽が飛んでいく。そしてそこから放たれる一撃を男は何とか避けるが拳に宿った炎が男の顔の皮膚を少しだけ焼く。

陽自身が口調が変わっている事やそれに違和感を持っていない事なんて簡単に頭から消えた。今の男の頭にある事は鬼となった陽をこのまま始末するか、この場から逃げるかの二択である。だが、ただ逃げる訳にもいかない。なるべくこの鬼と化した陽の力を把握しておく必要がある、と考えた男は逃げる事は後回しにして調べる事に専念する事に決めたのだった。

 

「へっ! 俺様の拳を避け続けるなんざよく出来るなほんとに!」

 

「殴るだけしか出来ねぇならいくらでも避けれるっつうの、やっぱり姿は変わっても雑魚は雑魚のままって事か」

 

「んだとゴラァ! だったら殴るだけじゃねぇっていうのを見せてやる! テメェがちびって謝ろうともぜってぇに燃やし尽くす! 骨も灰も何も残らないほどに燃え尽きてしまって消え去れ!!

喰らえ!火炎(かえん)[炎波破弾(えんぱはだん)]!! んでもってオマケだ! 炎獄(えんごく)[炎帝の檻(えんていのおり)]!」

「なっ……!? 炎の檻だと……あづっ……!」

 

スペル出現で出てきたのはゆっくりと飛ぶ炎の弾と炎の檻。檻は男を捕えてある程度の身動きを制限させてしまう。男は何とか抜け出そうと檻を掴むが、触れようとした瞬間にとんでもない熱さを感じすぐに手を離してしまう。

 

「……だが、この檻の中ににいたとしてもあのノロマな弾は避ける事は容易いし問題無いな」

 

「へ、本当にそう思ってるならとんでもなく頭がお花畑してんだなお前! 俺の怒りを静めるのに必要なのはお前が苦しむことだ! 『弾けろ!!』」

 

陽がそう叫んだ瞬間に弾は大きさそのままで2つに分裂する。そしてその直後に四つ、八つ、十六と倍々に増えていく。勿論大きさそのままで、だ。

 

「っ!? 流石にあそこまではこの空間じゃ避けらんねぇ!!

抹殺(まっさつ)[殺すべきは存在全てか?]」

 

男も負けじとスペルカードを発動する。すると男の目の前にブラックホールの様なものが出現して檻を吸収してしまう。

そしてそれを前に飛ばして陽の出した火炎弾を全て吸収してしまう。

 

「あんまり手の内は見せたくねぇんだがな……! 『放て!!』」

 

男の怒声が響き渡り、ブラックホールの様なものに吸収されていたスペルがまるで一つになったかのように巨大な炎の弾として射出される。陽はそれを避けようともせず、微動だにしないでその攻撃の直撃を受けてしまう。

 

「はは……調子に乗るからそんなことになるんだよ。自分の炎に焼かれて━━━」

 

「俺様の炎に焼かれて……なんだって?」

 

「!?」

 

爆炎の中から陽は無傷で現れる。男は一層困惑した、自分でさえ軽くやけどを負ったあの炎を受けてこいつはピンピンしていると。

いくら何でも無傷という事は有り得ないと、そう考えていた。

 

「お前よう……太陽が自分の炎で燃え尽きるか? 太陽の炎は自分から出してる炎だ。自分で出せる分の炎の火力をぶつけたって火傷なんてしねぇよ。まぁダメージは入ってるが元々熱はあってもパワーは無いスペルカードだからな。俺にはこれっぽっちもダメージは入らねぇよ」

 

「あぁ、そういう事みたいだな」

 

男は考えていた。こいつは煽ったらこういう搦手を使ってくるが基本的に攻撃力重視のスペルや攻撃しかしないのだと確信していた。一応絡め手もあるが所詮火傷しか負わせられない程度ならあまり使わない手なのだろうと。

 

「へ……面白ぇ……!」

 

男は軽く手首を利かせて手を数回振る、すると先程まであった手の火傷がすっかり治っていた。

 

「……? 殺す能力だけなら傷は直せねぇと思うんだけどな。回復能力って訳でもねぇみたいだが……そんなのかんけぇねぇ! 回復すんなら回復しきる前に殴り殺せばいい事だ!!」

 

男の能力は応用する事で怪我を『治す』のではなく『殺して存在を消す』事が出来る。しかしそんな事を陽に喋る気は毛頭なかった。先ほどまでと状況が全く違うのだからさっきみたいにベラベラと自分の能力を喋る訳にはいかなかった。

 

「にしても……さっきよりも拳を振る速度が速くなってやがる……がっ!」

 

「ぶっ飛べやゴラァ!」

 

怒号を上げながら陽は男を殴り飛ばす。鬼となって腕力が底上げされていたのか男はぶっ飛びながら木を2本ほどぶつかっては折るの繰り返しをしながらようやく地面に落ちる。

 

「ぐっ……! 馬鹿力が……っ!! げほっ……やべぇな、煙が溜まってきやがったか。そろそろ俺も戻らねぇとヤベェかもな……!」

 

「逃がすと思うのかこの腐れ神がぁ!!」

 

「あいつが無事だった事を考えると……火に関係するものも大して効かねぇ事になるな。こりゃ厄介だ。

……おい、月風陽!! 今回のところは見逃してやるよ。だが次会った時は容赦しねぇ!」

 

陽の前に立ちながら高らかに宣言する男。明らかに逃げる気だと分かっているのなら容赦する必要も無いだろうと思った陽はそのまま男の所まで跳びながら上から下にたたき落とすように拳を振り上げる。

 

「覚えておきな……俺の名は『ライガ・ブラッド・ミハエル』だ━━━」

 

その言葉を最後に男はまるで重力に従うかの様に落ちていった。陽がチラッと見た光景には()()()()()()()()()()

 

「に、が、す、かぁぁぁぁぁぁ!! 炎撃(えんげき)[炎中一打(えんちゅういちだ)]!!」

 

だが、その扉に向かってそのままの体勢で陽はスペル宣言をする。そしてそのまま扉があった場所に向かって拳を振り下ろした。振り下ろす寸前で扉は消えてしまったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅん……ここは、どこだ……? 体が……動かない……」

 

「ここは寺子屋だ。」

 

「あなたは……? というかどうして俺の体は動かない……?」

 

「……私の名は上白沢慧音、そしてお前の体が動かない理由はお前の体を縛っているからだ。悪いがしばらくは拘束させたまま大人しくしてもらうぞ。」

 

人里の寺子屋、そこの一室で陽は縛られて横向きに寝かされていた。よく見ればまだ寝てはいるが陽鬼もいた。

だが、上白沢慧音と名乗った女性は明らかに自分達を解放する意志が無い事だけは確かに感じ取れたのだった。

 

「……俺達を拘束して、どうするつもりだ?」

 

「どうする、だと? 少なくともお前達が今最も疑われている事が分からないのか?」

 

「……? 疑われてるって、何の事だ?」

 

「とぼけるな、向こうの森の大火事の事と大きな穴の事だ。しかもその大穴の中心にはお前達が気絶していたのだ。犯人ではなくとも絶対に無関係だとは言えないはずだ」

 

陽には何の事かさっぱり分かっていなかった。そもそも森の方は自分達が帰る通路であり、そこを破壊してしまうと帰れなくなるのでそんな事は絶対にしないはずだと思っていた。

だが、陽にはここしばらくの記憶が途切れた様に無くなっている。思い出そうとすれば思い出せるかもしれないが嫌な予感しかしていなかった。

 

「さて……その二つの事柄とお前達……どう関わっているのか聞かせてもらおうか」

 

陽はまだ覚めきっていない頭で何とか思い出そうと必死に考える。だが、彼はこれっぽっちも分からないのだ。彼自身にとっても火事や大穴の存在なんてまるで記憶に無い。

だからこそ、今日の行動を大雑把に一から思い出していた。

まず、買い物を頼まれた為に陽鬼と共に人里に行く、その時に噂を聞いて事件があると伝えられてその事件があった民家まで走って行ってから━━━

 

「……分からない。本当に俺には何も分からないんだ……」

 

「……本当に分からないみたいだな。けれど、それは忘れているだけか別の何らかの理由があると見て間違いが無い事だろう。まずはその鬼の少女が起きてから━━━」

 

「……起きてたよ、さっきから……けど頭がぼーっとしてたからちょっと黙ってたんだよ。今ようやく気が付いたんだ」

 

寝転ばされながら陽鬼は体をゴロンと転がして慧音の方に振り向く。

 

「なら丁度いい、あそこで何があった? お前達は何とどうしてあぁなったんだ?」

 

「……私達は確かに森を焼いたのかもね。けどそれは焼こうとして焼いた訳でも地面に開いた大穴とやらも開けようとして開けた訳じゃない。

不可抗力ってあるでしょ? 私達はある『敵』に呼び出されて戦って仕方無くああなったんだよ……というのが私が考えている事だよ。

実際のところ私もなーんにも覚えてないんだからこうしか言えないよ、敵がいたのは事実だけどね」

 

「敵……?」

 

何故自分達はその敵と戦う事になってたのか、全く覚えていない。いや、もしかしたら自分の頭で覚えてたら駄目な事だと認識したんだろうか? もしかしたら忘れてはならない事まで忘れている様な気分になって陽は少し嫌な気持ちになった。

 

「そこにいる男は敵というのが何か理解していない様だが?」

 

「当たり前だよ、だって陽ってば何で自分が森にいたのかすらよく分かってないんだもの。森に行った理由すらよく思い出せてないのに行った後に出会った敵の事を覚えてたらそれは逆に不自然でしょ?

なんなら永遠亭の永琳って人がいざという時の自白剤作ってるみたいだし貰ってきたら? あれなら覚えてる範囲内なら幾らでも喋るからさ、どんな些細な情報でも吐かせたい貴方達に取っては丁度いい代物でしょ?

……けど、陽に飲ませたりしたら情報の代わりにあなたの頭を砕かせてもらうけどね……いたっ!」

 

慧音を睨む陽鬼、しかしそこまでの事を彼女は言ってないのでなんとか頭突きをかましてそれ以上の事を止めさせる。慧音自身が言ってない事で怒るのは流石に理不尽だと言うのが分かっているからだ。

 

「それ位にしておけ、俺の事を思ってくれてるのは感謝するけどそれで他人に理不尽にキレるのは無しだ。

彼女だって知りたい事なんだから当事者であろう俺たちに聞くのが当たり前だろ? お前だって知りたい事があってその近くに誰かいたら話を聞くだろ?」

 

「うぐぐ……分かった、私が悪かったよ……だからそれ以上の説教はしないで……」

 

「……分かってくれたならいい」

 

「……話を戻させてもらうぞ。

まず、お前達はどうして大穴に倒れていたかすらも分からない。だがその子が言うには『敵』とやらと戦っていてその時に出来た惨状だという事だな?」

 

陽と陽鬼は無言で頷く。とは言っても陽には陽鬼の言った事を信じるしか手が無いのだが。

 

「……目撃者もいない、お前達に特に目立つ怪我がない、その『敵』とやらのそれらしき姿もなかった……だが、この場は信じるしかないだろう」

 

「……信じるの? それだけ否定材料が揃ってるのに?」

 

「信じるしかないだろう……そもそも、お前達にそれだけの力があるとは思えないからな。

彼は物を創造する能力があるらしいが創造したものが辺りに無かった事を考えると彼が森を燃やしたとは考えづらい。けれど君の方はどうだ? 君の出す炎も極めて微弱なものだ。それだけであそこまでの大火事が出来るとは考えづらいし、力も人間の男の大人よりありそうだがそれでもあそこまでの大穴は開けられないはずだ。爆弾でも使えば別だろうが……大穴が出来たであろう時に聞こえた轟音の時点で既に森はかなり燃えていた」

 

「……それが、あの森を燃やした犯人じゃないって証拠か? なら何でこんなことを……」

 

「君達が犯人じゃないとも限らなかったんでな。一旦縛って目覚めるまで放置してた。もし危険人物なら危ないしな。

それに君達の能力については……彼女が教えてくれた」

 

そう言って慧音がちらっと扉の方を見ると扉の影から見える人物。彼らもよく知っている八雲紫本人であった。

 

「紫……」

 

「う……そういえば買い物忘れてた……」

 

「買い物なんていいわよ、貴方達が無事ならそれで……けれど流石に勝手に連れて帰ったらケジメがつかないからここで彼女に貴方達が無実かどうか判別してもらう必要があったのよ。

そうした方が貴方達が森に行ったのを見られてた時とか無実が証明しやすいのよ」

 

「紫……ありがとう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、紫は見ていたのだ。彼らが一つとなって森を焼いたことを、本当に敵がいた事を。

既にその事は慧音には伝えているが、彼女は紫ですらよく分かってない状況なのを察してくれて今回は許してもらえたのだ。

紫は一つとなった彼らに対し恐れでも憧れでもなく、疑問を抱いていた。

何故一つになれるのか、何故敵の男……ライガは陽を殺そうとするのか、何故白土とやらの人物の名前を出したのか……すべてが疑問だからである。

だからこれからより一層月風陽という人物に対しての認識を改めねばならないと考えていたのだった。




大穴の大きさは直径20mくらいの円で深さは5mくらいだという考えです。


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魂達の行く場所へ

魂が行く場所に訪問します。


「陽化[陽鬼降臨]……ねぇ……」

 

「……俺もいつ作ったのか全く身に覚えがないんだ。だからどういう効果があるのかすらも全く分からない」

 

八雲亭にて。いつの間にか陽は自身がいつの間にか持っていたスペルカードであるこの一枚のカードを紫に見せて何か分からないか調べてもらっていた。

 

「……調べるくらいなら発動した方が早い、っていつもなら言うかもしれないけれど……何が起こるか本当に分からないから危険よね。森を燃やしたのも大穴を開けたのもこのスペルカード1枚だろうし……かなり離れたところでやらないといけないけれどどこでやってもどこかのエリアになってしまって宣戦布告された、と取られてもおかしくないわね……このカードを調べるのは後回しにした方がいい気がするわ」

 

「うーん、やっぱり使ってみないと効果は分かんないかー……そういう事になっちゃうんだよねー……」

 

寝っ転がりながら陽鬼は気だるそうに呟く。使ったら面倒臭い事が起こるのが分かりきっているのに詳しく知るために使わないといけないというのが彼女は面倒臭い様だ。

 

「……でも、ここを吹き飛ばされたり宣戦布告になったりするよりもただの実験で貴方達にかなりの負担を掛けてしまうのもおかしな話だしこの件は後にしておきましょう?

今日は……貴方達の要望を叶えてあげなくちゃね。会いたいんでしょう? この前迷子になった子供とその親子に……」

 

「……会えるのか? 既に死んでいるんでいるのに……」

 

「……親の方は難しいでしょうけど子供の方は会えるかもしれないわね。ただ、貴方のそんな顔は一日でも見たくない、って事よ。もっとしゃんとなさい」

 

陽はあの後、なぜ森に行ったのか、そのあとに誰と会って何をしたのかまでは思い出せていた。しかし、やはり未だに陽鬼共々なぜ森が燃えていたのか大穴が開いたのかまでは思い出せていなかった。

 

「けど……故人と会うには冥界とかその辺りに行かなくちゃ行けないんでしょ? 勝手に行ったらまずくない?」

 

「大丈夫よ、既にそこのお姫様とは話がついてるのだから……まぁそこに行くからさっき陽にお饅頭を作らせたのだけど」

 

「あぁ……朝からずっと大量の饅頭作らされたのってそれが理由か。お陰で40以上あるよ。かなり多いんだけど……さすがにこれだけの饅頭作ったら向こう側が食べ切る前に痛まないか? 一応口直し用の緑茶作ってペットボトルに入れてあるけど」

 

「私が無理言って作らせたとはいえあなた本当に器用よね……えっと、ヨモギに桜に苺大福……いっぱいあるけどこれで丁度いいくらいよ。さすがに緑茶は向こうの姫様の従者が入れてくれるだろうけど一応持っていきましょう」

 

何故冥界に行く為に饅頭が必要になるのかは予想が付くが何故ここまで大量の饅頭が必要になるかまではいまいちよく分かっていない陽。この時はせいぜい向こうに人が物凄く多いとかそんな程度の理由だと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして紫のスキマを通って冥界に着いてからそう思った事を改めねばならないと改めて思ったのだった。

 

「美味しいわね〜妖夢がたまにお店で買ってくるのと比べると粗が目立つけれど美味しい事には変わりないわ〜お茶も美味しいわね〜」

 

「当然よ、彼が作った料理は藍にも劣らないんだから」

 

バクバクという効果音がこれ程適している事もなかなかないだろうと思いながら陽は目の前に置かれた饅頭の山が凄まじい速度で消えていっているのを見ていた。

これに関してはいつも通りなのか紫は平然とした顔でその様を眺めている。

 

「……よく、食えるよな……饅頭って甘いからそんなにくどくないものでも10個も食べれば満腹になると思うんだけどな……」

 

「これ見てるだけでお腹いっぱいになりそうだよ……ここまで素早く饅頭が減るのもないだろうね。緑茶も物凄い勢いで無くなっていってるし」

 

「幽々子様はよく食べるお方ですよ」

 

陽達が唖然として見ている時に後から掛けられる声。気付いて振り返ったところには刀を背負った銀髪の少女が立っていた。

 

「……西行寺幽々子……さんの従者、魂魄妖夢……さんですね」

 

「確かにその通りですけど幽々子様はともかく私にまで敬語を使う必要は無いですよ、最近呼び捨てか人里でちゃん付けで呼ばれる事が多いので敬語を使われる事の方が違和感を覚えてしまってて……だから別に呼び捨てでも構いませんよ、ちゃん付けは未だになれませんが」

 

「は、はぁ……」

 

「ほら、幽々子様。お饅頭が美味しいのは分かりましたから早くお話を聞いて上げてください。このままだと彼ら棒立ちのままですよ?」

 

と妖夢が言っている時には既に山の様に置いてあった饅頭達は全て消え去っていた。そしてお茶を入れてあったペットボトルもその中身が無くなって随分軽くなっていた。

 

「さて……話は紫から全部聞いてるわ。そしてそれに私は許可を出している。

確か最近不審死した親子の魂だったわね? ただ今来ている可能性も無くはないけど話を聞いてる限りここよりも地獄に送られてる可能性のほうが高いわ、親子共々ね」

 

「な、何で……!? 子供の方は完全に殺されただけなのにどうして地獄に落とされなくちゃならない!?」

 

「心の傷が思ってたより深かったらしくてね……向こう……三途の川を超えた先にあるここに来るか地獄に行くかを決める裁判でそう決まったのよ。

理由は三途の川で他の魂に暴れてぶつかった事、船の上でも、裁判所でも同じ事をしてしまったせいでね。更正の余地無し、と言うよりは傷が癒えてまともな思考が出来るようになるまではずっと地獄暮らしよ。いわゆる一時隔離って奴ね」

 

「隔離……」

 

「それに……どちらにせよ会わない方が良いかもしれないわよ? だって貴方の事を覚えてるかどうかなんて分からないし泣きわめいて暴れられたら困るもの。

だから……合わせられないわね」

 

そこまで言ってから紫が抗議するかの様に少しだけムスッとした顔で幽々子に質問を投げ掛ける。

 

「幽々子? 貴方会わせてくれる、と言ったわよね? それなのにこれじゃあ私達が来ただけ損をしている様に見えるのだけど?」

 

「私だって閻魔に掛け合ったわよ。けど閻魔の持っている浄瑠璃鏡がここに来るのを否として地獄に送る事を是としたのよ。あの鏡がそう言ってしまったんだったらこれ以上関与したり無茶な事したら私達良くて一文無しで追い出されるか悪くて消されるかの二択になるわね。主に十王にね」

 

そこまで言うと幽々子は妖夢の持ってきたお茶を啜っていく。

ここまでずっと他人事の様にしている幽々子に対して陽鬼は少しずつ苛立ちを覚えていく。

 

「……まぁ向こうのルールを破ってまで会わせる訳にもいかないか……破ったりしたら私達も面倒臭い事にはなるけれど……」

 

「逆らうのは簡単だけどそれ以降がとても面倒なのよね……だから、悪い事は言わないわ。あの親子の魂と会うのはやめておきなさい、代わりにはならないけれどここを見て回ってもいいから」

 

交換条件として出されたものはとても元の条件には見合わないもの。しかし、今の陽は使える事なら意地でも使って今すぐこの部屋から出ていくつもりになっていた。どうせなら帰りたい、というのが本心だがせめて食われた手土産の饅頭分は何かしたい気分になっていた。

 

「あ、ちょ、陽待ってよ!」

 

そして部屋から出て行った陽を陽鬼が慌てて追いかけていく。それを見送った後に紫が口を開く。

 

「わざわざ応じれなかったら饅頭食べないでよ」

 

「あら? 私は出された饅頭を食べただけよ。それに魂の件に関しては『居たら会わせる』というものだったはずよ、居ないものは会わせようがないわ。浄瑠璃鏡には私達でも真実をばらされてしまうもの。あの鏡が否と答えたらどれだけ是を集めても否になってしまう……世の中にはそういう理不尽な事があるという事が分からない辺りあの子はまだ子供かしら?」

 

「……彼にも色々あるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さ、桜綺麗だね!」

 

「……そうだな。季節はずれのはずなのに満開に咲いているな。やっぱりここはどこか違うんだな」

 

「ま、まぁ冥界って言われてるくらいだし普通の桜ではないんだろうけどね……ってあれ? あそこに1本だけ枯れ木があるよ?」

 

陽鬼は見つけた枯れ木の場所に駆け寄っていく。陽はその後を歩いて追いかけていく。

 

「……何かエラく厳重に封印されてる桜だね」

 

「……桜なのかこれ、てかそもそも木なのかこれ……なんか生きてる様な気がするけど」

 

「植物も生きてるよ?」

 

「いや、そういう意味じゃ無いんだけど……まぁいいか」

 

そう言いながら2人は厳重に封印されてる枯れ木を見上げる。今にも封印が外れてしまえば襲ってくるんじゃないかと錯覚してしまう程に大きな桜だった。

 

「━━━それは西行妖と言われる妖怪桜ですよ。あなたの言う『生きている』という感想は確かにそういう意味では当たっていますね」

 

「……妖夢、なんでこんな所に?」

 

「これに触られるとどちらに取っても不利益しか産まない様な木だからですよ、これが……」

 

『不利益』という言葉を使うほどこの妖怪桜は危険だというのか、と陽は思ったがいつまでも残しておくには理由があるのかもしれないと思った為追求はしなかった。

 

「何でそんな危険なものをここに置いておくの?」

 

あくまで陽が聞かなかった、というだけで陽鬼は直球で訊いていたが。

 

「……まず、この木には触ってはいけません。封印されてるとはいえ触った瞬間魂をこの木に吸われて死んでしまいますから。

こうやって近付いているだけでも精神が弱い人は吸われやすいんですよ、貴方達はそんな事無さそうなので良かったんですけど」

 

「……本当に物凄く危険だったって事か。触れただけで駄目って事は本当に切れないまま残してるんだな」

 

「えぇ、問題なのはここに魂達が近付いたら問答無用で吸収していくって事なんですよね。私の場合は半人半霊だからなのか私のそばに居る半霊は吸われ難い様ですが」

 

しかし距離は一応陽達よりは遠いのが目に見えて分かるので用心している事がよく分かる。

 

「……それじゃあ戻るか。見てるだけで危ないってんならあんまり近付くのは良くないしな」

 

「そうだね、それじゃあ戻ろう」

 

そう言って妖夢も含めた3人は元の場所に向かう為に歩き出す。その間、陽は自分に近寄ってくる魂達をとりあえず撫でていた。触れる事に驚いていたが正直全部白くてモヤモヤした何かなのでどれが誰だか判別出来ていなかったのだ。

 

「にしても……本当に魂の区別って付かないな」

 

「慣れてる私達は見た目じゃなくてその仕草で判別してるんですけどね。考えてみればかなり難易度高いんですよね。

けれど皆楽しそうに過ごしてますよ……転生するまで、ね」

 

「……転生って分かるものなのか?」

 

「まぁあくまで考えですけどね。魂が消えた時を転生とするのかそれともただの消滅と捉えるか……私はそれを転生と捉えているだけです」

 

自分達はどう捉えるだろう、と陽は思った。

人が死ねばまずそれはどう考えても『死』に直結するだろう。しかし魂が消える事は消滅なのか転生なのか全く判別がつかないのだ。ましてや素人の自分ではなくそういう事のある意味ではプロである妖夢ですら分からないのだから自分達には余計に分からないだろうな、と感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい。白玉楼はどうだったかしら?」

 

「幽々子、今の貴方が何言っても皮肉にしか聞こえないわよ。

とりあえず陽、こんな事を言いたくはないけれど頭は冷えたかしら?」

 

「冷える事は冷えたよ、ただその人が食えない人物っていうのはよーく分かった」

 

「あらあら、随分警戒されちゃったわね〜

私は自分の出来る事しかしてないから八つ当たりされるのは悲しいわ〜」

 

そんなふうに笑顔で言われても説得力無いんじゃない? と陽鬼は言いかけたが陽に口を一瞬で抑えられてしまったため全く喋る事が出来なかった。

 

「あら、その子が何か言いたそうにしてるわよ?」

 

「今この場で口を開かせたら余計な事しか言わない気がしたから一旦閉じさせてもらってるだけだ。

それより、出来ないなら予め出来なかったとか伝えて欲しいもんだな」

 

「今度から善処するわ〜」

 

「ほら、早く帰るわよ。スキマはもう繋げてあるんだから」

 

幽々子と会話している間に紫がスキマを繋げていた。それを聞いた陽達はすぐさま紫に続く様にスキマに入っていく。

そして、スキマは閉じて残された場には元々住んでいる二人だけが取り残された。

 

「幽々子様、どうでしたか? 彼は」

 

「面白いと思うわよ〜感情が先に出てしまうなんてまるで子供みたいね。いえ、子供なんでしょうけど━━━」

 

「幼児期などの子供の様だ、と仰りたいんですよね。私もそう感じました。あまりに感情の制御というものを知らな過ぎる」

 

「だからこそ……面白いのだけど……ふふ」

 

微笑みながら空を仰ぐ幽々子。その瞳は空を見ずに別の何かを見渡す様な感じだと妖夢は感じていた。




料理だけならハイスペックですよ、料理だけなら。


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鬼と白

「くっ……!」

 

「待ちやがれ!! 首を差し出せやごらぁ!」

 

「どうするのさ陽!?」

 

逃げる陽と陽鬼。それを追いかける白土。草原を駆け回る3者というこの状況に何故なってしまっているのか陽は走って逃げながら考えていた。

事の始まりは数十分前の事である。いつもの様に買い物……では無く、陽が、少し風邪気味になっている橙の為に薬を貰いに行こうとして竹林を歩いていた時の事だった━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「橙、どうやらただの風邪みたいでよかったね。最初何の高熱かと思ってたけど何か別の思い病気じゃなくて良かった」

 

「まぁそれもそうだけど、風邪にかかってる時は他の病気になり易いんだよ。あんまり遅くなるとそうなる可能性もあるから早めに薬を届けないとな」

 

本来なら永遠亭に直接繋げられればいいのだが紫も微妙に橙のが移されていたらしくそのせいでスキマの照準が微妙にズレてしまっていたのだ。

紫の分の薬ももらいに行くつもりだがまだ薬は無くても治せる様な状況である紫には少し悪いがしばらく我慢しててもらうしかない訳で……という考えに陽はなっていた。

 

「にしてもまさか人里に繋がるとは思わなかったね。永遠亭に近い側だったからまだ良かったけど」

 

「そうだな……ん? おい、あそこ誰か倒れてないか?」

 

「あれ、本当だ……しかもあれ子供じゃない!? 今コケたっていう訳でも無さそうだしちょっとまずいかもしれないよ……と、とりあえずあの子のところに━━━」

 

「見つけたぞ陽!! てめぇ今日こそは殺す!!」

 

倒れている人物の元に駆け寄ろうとして踏み出した瞬間響き渡る怒声。そして、その声が聞こえた瞬時に陽は限界を無くす程度の能力で動体視力と筋肉の限界を無くして陽鬼を抱えて咄嗟に後ろに避ける。

 

「……白土……!」

 

陽達が踏みしめた1歩のところには鉈包丁が前と左右にそれぞれ三本並ぶような形で刺さっていた。

そして竹林の上部から白土がゆっくりと下降しながら陽を空中から睨みつける。

 

「……ライガの野郎に殺されて無いのはまだいい方か……俺が殺して……」

 

ブツブツと白土が喋っている間陽は考えていた。後からフィードバックで頭痛がしてしまうが、逃げる事と永遠亭に潜り込む事を同時並行して行う為にはどうしたらいいかを能力で思考速度の限界を無くしながら考える。

そしてすぐさま結論が出る。陽は目の前に三つほどとあるものを作りそれのピンを抜いて白土に向けて投げつける。

 

「目閉じて耳塞いでろ……!」

 

陽鬼の耳元でこういってとりあえず理解した陽鬼は言われた通りに目と耳を塞ぐ。

 

「っ! まさかスタングレ━━━」

 

突如鳴り響く轟音と目が潰されそうなくらいの光。そう、陽は暴徒鎮圧用の音響閃光弾(スタングレネード)を白土の方に三つも投げつけたのだ。

咄嗟に気づいたみたいだが既に爆発しかけのものに対してそれは無意味だと確信していた陽はすぐさま走り出して永遠亭の所に走り出す。

そのすぐ横を陽鬼が走っている様な状況だ。

だが━━━

 

「っ! あぶねっ!!」

 

陽の体に何か引っかかったかと思ったら横からギロチンが丁度陽の首があった位置を通り過ぎていく。

引っかかったからこそ避けられたものの、気付かなかったら恐らく首と胴体が離れていたと考えるとゾッとする陽。

だがそれだけでは済まなかった。

 

「くっ! 何とか目と耳が治ってきたか……!」

 

「なっ……!?」

 

「優先的に『治癒力の改造』をしたんだよ……お陰で普通ならもうちょい時間が掛かるところだが結構短縮されたって訳だ……!」

 

音響閃光弾によって一時的に視覚と聴覚を奪われていたが、自身の能力を使って優先的に回復させた白土。曖昧なものでもすぐさま適応出来るあたり陽は自身の能力より応用力がいいと感じていた。

 

「さて……こっから先は俺があらかじめ仕掛けておいた罠だらけだ、安心しろ、まだ全部残ってて引っかかったやつなんて一人もいねぇよ」

 

ジリジリとにじり寄ってくる白土。陽達はゆっくりと後ずさりをしていく。後ろは罠だらけだが前からは白土が寄ってきている。

空を飛べたとしても恐らく狙い撃ちにされるのが関の山だろう、と思っていたが━━━

 

「後ろちゃんと見張ってておいてよね!!」

 

この声とともに陽の体は浮遊感を感じてその直後に襟を引っ張られて首が閉まる様な思いもした。

そして、直後に陽は理解した。陽鬼が自分の服の襟を持って空を飛び始めた事に。

 

「っ! 待て!」

 

「くっ!? こっち来んな!!」

 

空を飛んで追い掛けようとする白土に対して陽は発煙筒を作り出してすぐさま放り投げる。陽鬼が今は自身の目と耳を防げない事、そして白土が目と耳の回復力を上げれる事を考えるとこうやって煙を撒いたほうが効率がいいと思ったのだ。

勿論発煙筒だけじゃ足りないのはわかりきっているのでスモークグレネードを投げて煙を辺りに充満させる様にする。

 

「そんなんで防げると思って━━━」

 

「無いから追加だ! もう来んなよ!!」

 

そう言いながら陽は『火の着いたロケット花火』を作り出してありったけぶん投げていく。その間にもどんどん上昇していく陽達。しかし白土は飛んでくる大量の火花に阻まれて全く前に進む事が出来ず、次第に煙も充満していったため陽達は逃げ切れた……と思っていたのだ。

 

「……こん、の……クソボケがぁ!!」

 

一向に進めない事にイラついた白土はほぼ直感で陽達が飛んできた方向に向かって紙から鉈を改造して作り出し、全力でぶん投げてきた。

 

「なっ!? ぐっ! 陽鬼ちょっと衝撃来るぞ!」

 

飛んでくる鉈。それを2人分防ぐ為には大きな鉄板が必要だった。

咄嗟に陽は分厚い鉄板を作り出してそれを持って鉈を防ぐ。鉈は弾けたから良いものの、予想以上に白土が強く投げていたのかその衝撃で陽が軽く後ろに飛んでいったのを予想する事が出来なかった陽鬼はそのままバランスを崩して落ちていってしまう。更に陽を掴んでいた手も離してしまったため、2人は竹林から大きく離れた草原に落下するハメになっていた。

そして、冒頭のやり取りとなる━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……! 本当にどうしたらいいんだ……!」

 

「陽、やっぱりあのスペルカードを使った方がいいんじゃない? さっきは竹林だったから一応燃える心配はあったけどここならせいぜい足元の草しか燃えないよ!」

 

陽鬼の言う事は最もだと陽も理解している、だが陽はそれ以外にもまた暴走してしまうのではないかと危惧していたのだ。

森を焼き、地面に穴を開けるほどの大きな力。何よりも自分がその意思無くそういう行動を取ってしまっているというのが彼にとってはとても恐ろしいことであった。

 

「……使う、しかないのか……!」

 

前とは違ってすぐには戻ってこれない。それに、人里に向かってしまえば沢山の人を巻き込む事になってしまう……そう考えると陽は恐ろしくてあのスペルを使う事が出来ないのだ。

 

「陽ォ!!」

 

迫ってくる白土。白土という追手を振り切り、なおかつ人里まで行って無事にスキマに入る……そんな芸当が今の彼に出来るとは思えなかった。何よりも向こうの方が追う速度は速いのだから。

 

「……一か……八か……! 陽化[陽鬼降臨]!!」

 

最早暴走してしまうかしないのかの二択。何が起こっていたのか自分達ですら分かっていないのに対策を講じれるはずも無く何の宛もなく再び鬼は目を覚ます。

 

「……何だ……?」

 

白土は目の前の光景を不思議そうに見つめていた。

赤く燃える炎を身にまとい、目の前でわかるような変化をしていっている標的を……見つめていた。

 

「もう……止められねぇからな……! お前があれで引き下がっときゃあ良かったのに、俺様にはお前に重傷を負わせる気なんざサラサラなかったのに……!

ここまでしつこいならもうお前をぶん殴らねぇと気がすまねえんだよぉ!!」

 

そして、纏った炎が弾けて中から現れたのは陽と同じ顔をした謎の鬼の男が立っていた。白土は目の前の光景を処理しきれなかった。

標的である陽は人間だと彼も知っている、一番陽を見てきているのだから。しかし、仮に目の前にいる人物が陽でなくとも今起きた光景は全く訳の分からないものだった。

 

「行くぜ……お前をぶっ飛ばしてさっさと用事を済ませなきゃいけねぇんだからよ!!」

 

「……抜かせ!!」

 

白土は持っていた紙で銃火器を作り出す。と言っても二丁拳銃がせいぜいなのだが今の彼に取っては無いよりもましなものだった、この手で直接殺す、という願いは捨てた。今の彼は殺す事より生き残る事に変えたのだから。だから銃を作って確実に攻撃を避けていきながら1発1発確実に当てていく事にした、当てにくい分近接武器より殺せる確率は低くなった様な気がしているがそうする他無いと白土は判断した。

 

「おらおらおらおら!!」

 

叫びながら陽は炎の塊を放っていく、言わずもがな炎の弾幕である。あからさまに熱を発しているそれを白土は何とか避けていく。

しかし避けてはいっていても炎は炎、白土は自分の体力が熱で奪われていっている事に気付く。そして陽を確実に殺す為には今はあの状態になられると確実にアウトという事も理解した。

 

「くっ……これ以上はマズイか……! あの野郎、これがあるの黙ってやがったな……!」

 

そう言いながら白土は陽がいる方向とは真逆の方へと走り出す。もちろん逃げる為だがそれを目の前にいる陽鬼がやすやすと逃がしてはくれなかった。

 

「待てよ! お前勝てないと分かった途端逃げんのか!? とんだ腰抜けじゃねぇかおい! もっと俺と遊んでくれや!!」

 

「黙れ熱お化け!! てめぇと遊ぶくらいなら死んだ方がマシだ!!」

 

しかし陽は白土を追い掛ける事をやめなかった。さっきとは打って変わって逆の状態になった訳だがしかしこれでも白土は逃げながらどうやればあの陽を攻略出来るか考えていた。

だがそれをするのは逃げ切った後であり、今やっても失敗して攻略の糸口を探られてしまうと考えていた。

 

「ちっ……さっきと逆なのがどうにも気に食わねぇが……!」

 

そう言いながら白土は紙を1枚取り出してあるものを作り出しそれを陽へと投げ付ける。

 

「あ? ……ってこれは!!」

 

「っ! お前がさっき使った手だよ……んじゃなぁ!」

 

白土が投げたのは音響閃光弾。陽の目を潰した一瞬の内に白土は閃光に包まれながらどこかへと消える。

 

「糞が……どこ行きやがったあああああ!!」

 

目と耳が元に戻った後、鬼となった陽は叫ぶ。戦う相手が目の前から消えてしまって誰も自分と戦わなくなってしまったからだ。

白土は今の彼に取ってはいい殴り相手なのだ。それがいなくなってしまった今は彼は叫んで暴れるしかない。この形態からどうやって元に戻るのかも考えようとしないので当然暴れまわるだけの存在である。

だからこそ━━━

 

「うぐっ!?」

 

「これが紫の言ってた状態ね、ならピッタリこの薬に合うことでしょうね。安心なさい、ちょっとばかり深い眠りについてもらうだけだから」

 

「俺を……暴れさせろぉ……!」

 

弓矢を構えた永琳の放った、睡眠薬を練り込まれた矢を受けて眠らされるのだから。

 

「まったく……何をどうしたらこんなに性格が変わるのかしらね……手段として暴れる事を提示するならともかく提示すらなく暴れようとしてるのは少しおかしいとしか思えないわね。

けど……人間が鬼と融合……いえ、憑依? まぁ調べれば分かる事ね……本来ならこんな事しないんだけど紫にあそこまで頼み込まれちゃったし断りづらいのよね……私も甘くなったものね」

 

そう言って倒れた陽を担ぎ永琳はそのまま運んでいく。筋肉質な体になっている割には随分と軽いと永琳は密かに疑問に思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは……?」

 

「永遠亭よ、麻酔薬を塗った矢の威力はどうだったかしら?」

 

「……矢? 俺いつそんなもの撃たれたんだ……?」

 

「……ふむ、記憶はまるで無しか……そういえば記憶はどちらの方にも受け継がれ無いのよね……という事は新しい人格が生まれてる……? 元に戻る前に採血する事は出来たけど血液自体は彼のものだった……つまり彼を素体とした人格が生まれてるという事かしら……けれどそうなると何故妖怪化出来たのかが分からないわね……それ以前に鬼と人間の血液がすべて一緒だなんて本来はありえないのに……常識がどうのこうの言ってる場合じゃないからって事しか分からないわね……」

 

突然ブツブツ喋り始める永琳に陽は困惑していた。彼からしてみれば白土と戦っていてあのスペルカードを使った後から記憶が無く、目を覚ませばいきなり永遠亭にいて寝かされているのだから。

 

「お、おーい……」

 

「彼女の妖力を使って鬼の姿を形どっていただけで実は人間? でもそれだとあのパワーや炎の力の説明がつかない……あれが妖力で出来ているとしても中身が人間なのだとしたらどう考えても火傷するはず……そういう事が無いという事はやはり種族そのものが書き変わって妖力に耐性のある身体になってるとしかいえない訳で……」

 

「おーい!!」

 

「……何かしら? 今考え中……あぁ、そうだった。あなたに言っておく事があるんだったわね……」

 

「言っておく事?」

 

永琳の言う言っておく事というのが何か気になった陽は大声を出したので呼吸を整えながら彼女に問い返す。

 

「貴方、もしかしたら鬼に……あのスペルカードに自身を食われるかもしれないわよ?」

 

「……は?」

 

白土と戦った陽、しかしそれが終わった後も彼が休まる事は無く永琳からもたらされた一言により困惑を広げていくのだった。




力にはデメリットもある。デメリットの詳しい内容は次話にて


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性格の違い

前回の続きです。


「……い、いやいや……スペルカードに食われる? 意味が分からないぞ? 俺のスペルカードには意思があってしかも口もあって俺をバクバク食べるっていう事か?」

 

「今ここでボケれるって凄いわよね貴方。それとも天然? もしかして実はちゃんと理解してて言ってるのだとしたら貴方は随分と愉快な人ね。

残念だけど全然違うわ。私が言いたいのは今の貴方の精神……貴方の意識がスペルカードを発現させた時に出てくる新たな意思によって上書きされて無くなるわよ、って事よ。要するに自分が知らない間に段々自分で無くなる……って事かしらね」

 

『自分が自分で無くなる』この言葉に陽は言い知れぬ恐怖を感じた。物理的に食われるのだとしたら実はまだ抵抗のしようがあったのでは無いか? 自分が知らない間に自分で無くなるというのはどう足掻いても諦めるしかない。抵抗のしようが無いではないか、と考えていた。

 

「……けれど、その意思をどうにかして抑え込めればいいのかもしれないわね。ただ変身……憑依させた時にすぐ発現するんじゃ対処がかなり難しいのだけど……発動前に、これを飲んでみなさい。

特性の精神安定剤だけど多分無いよりはましだと思うから、今度このスペルカードを使う時が来たら試しに使ってみなさい。それでどうにも出来なかったらもう二度とこのスペルカードは使わずに八雲邸でひっそりと生きていく事ね」

 

そう言いながら目の前に置かれた大きな瓶を陽は見つめた。中にはカプセル錠が大量に入っていたがこれを憑依する前に飲まなければいけないのか、と考えた。

 

「安定剤はあくまで橋の様なものよ。しかも丸太をそのまま設置したとかその程度の橋。

けれど飲み続けてきたら薬に耐性が出来ると思うし1錠ずつ増やしていった方がいいわ。そしたら知らない間に薬が無くても憑依できる筈よ。まぁ精神安定剤だなんて名称のものをあんまり飲みたくはないわよね、精神に異常があるならともかく無いのに飲まなきゃいけないのだもの」

 

「……これ、だけなのか? これを飲むだけでいいのか?」

 

「えぇ、私の予想が外れていなかったらそれを飲むだけでいいわ。

まぁ私が他に貴方に聞きたい事があるのかと言われれば一つだけあるわね。今日はどうして竹林にいたのかってことよ。おかげでこうやって関わらないといけなくなっちゃった訳だし」

 

陽は手に取った瓶をまじまじと眺める。精神安定剤という言葉自体に嫌な感じを抱いている訳では無い。必要ならば飲まないといけない訳だしちゃんとした薬なのだから別におかしいところなんて何も無いのだ。

だが、こうやって道具の力を使っていかないとまともに使えない力を持っている自分が嫌になってくるのだ。弱い力を持っている自分に。

 

「ただ……その精神安定剤が確実に効くかどうかは知らないわ。そもそもあれが精神とかと関連しているものなのかどうかもよく分かってないのに」

 

「う、うぅ……ここどこ……」

 

二人が話していると陽鬼が目を覚ました。気付いた永琳は陽の前から彼女の近くへと椅子ごと移動して目の前に座る。

 

「陽鬼、あなた今まで何してたか覚えてる?」

 

「……陽がスペルカード使ってから…………記憶が無いや……」

 

「やっぱり無いか……という事はやっぱり新たな意識が生成されてるって事かしら……それともこのスペルカードに入ってる意志……? 突然現れたらしいし……本当にこのスペルカードは謎ね……というか本当に貴方達は何で竹林にいたのよ」

 

「……あ! 橙と紫の風邪薬!!」

 

その事は陽もすっかり記憶から抜け落ちていたらしく陽鬼が言った途端にそう言えばそうだった、と内心思いながら少し焦った顔をしていた。

紫はまだ軽度だから薬は飲まなくてもいいと言っていたが橙に関しては別である。そして藍は橙に関しては少し過保護な所があるため、今回薬の事を忘れていたら藍にとんでもなく怒られていた事だろう。

 

「あら、あの二人風邪引いたのね……とりあえず症状さえ言ってくれたら薬を今すぐ調合するわ。後、どれくらい重いのかも言ってくれたら助かるのだけど」

 

「……症状は━━━」

 

紫と橙の症状をそのままの体勢で陽が説明し始める。と、その間に陽鬼は手を握ったり離したりして今動けるかどうかの確認だけしておく。歩ければなおのこと良いのだがそれは難しいと分かりきっていた。

 

「……手を動かす事は出来るけど腕に力が入らないと起き上がる事すら出来ないんだけどなぁ……足にも力入らないし……」

 

動かないものはしょうがない、として陽鬼は半分諦めて溜息を付きながら体を休ませる事に集中した。陽の説明がそこまで長引く訳でも無いだろうから寝て回復させる事は出来ないので仕方無いからぼーっと壁を眺めているしかない。

天井のシミは病院には無いので本当にただぼーっとしているだけになる事に内心すぐ飽きてくるだろうという自分の未来の姿を予想し始める。

 

「━━━それくらいならただの風邪ね。とは言っても人間用の薬じゃ変な風に作用する可能性もあるから妖怪用の薬を作成させないといけないわね……えーっと、あぁでも紫はともかくあの子の方は猫だから━━━」

 

またブツブツ喋りながら薬の材料を探し始める永琳。2人にとってはチンプンカンプンな内容な為、段々と眠気が来て二人は気付かない間に寝てしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

陽が目を開けるとそこはまっさらな空間だった。壁も窓も屋根も寝るためのベッドも何も無かった。そして地面も空も何も無く、まるで白い箱に閉じ込められたかのような錯覚を起こすくらい白色の空間に陽は立っていた。

 

「……どこだろう、ここ」

 

あたりを見渡しても何も無い。とりあえず歩きだそうとしたその時、陽の足元で何かがぶつかった。

ふと足元を見てみればそれは創造の能力で最初に生み出した防弾シールドの様なものだった。陽が記憶している限り、それは家に持ち帰った後、紫から密かに捨てたと聞いていたのでどうしてこんな所にあるかが全く理解出来なかった。

そして、視線を前に向けてみればガスコンロや色々な物が散らばっていた。だが、物の種類はバラバラでも陽にとってはそれら全てに共通する事が分かっていた。

 

「……これ、全部俺が作ったものだ……でもそういうのは全部紫が河童とかに渡してたり捨てたって聞いてたんだけどな……」

 

偶然とは思えない一致、何故自分はこんな所にいるのだろうとゴロンと横たわってから考える。しかし、横たわった時に上の方に小さな黒い点の様なものを見つける。その点は遠くにあって小さく見えているだけなのか、手の届かないだけでただの小さい点なのかまでは区別が付きづらいが不思議と陽はその点を見続けていた。彼自身も分からないがその点を掴もうと手を伸ばして掴もうとする。

 

「ん?」

 

だが何故か、黒い点じゃないなにも見えないが妙に柔らかい感覚がありそれらの感触を確かめつつ今触れているものがなんなのか考えていると━━━

 

「━━━ぁぁぁあああああ!!」

 

「いっで!!」

 

唐突に頭に強烈な痛みが走り、視界が暗転したと思って即座に目を開けてみると……そこには鈴仙がいた。

 

「はぁ……はぁ……人のお腹いきなり触る人がいますか!? 何ですか変態なんですか!?」

 

「……腹?」

 

今自分が触っていたのは状況を見る限り鈴仙の腹だという事はすぐに理解した陽。そして、さっきまでいた場所と触ったのが鈴仙の腹だと考えた瞬間に、あそこにいた事はすべて夢だったのかと理解した。

 

「……夢、か……」

 

「聞いてます!? 寝てるし一応患者だからと言っても━━━」

 

夢という事は分かっても、知らず知らずのうちに鈴仙の腹を触ってしまった事に対する謝罪はしないといけないしこの説教もきちんと受け入れてから永琳に薬を貰って人里まで戻ろう。陽はそう考えながら顔を真っ赤にした鈴仙に説教をされていた。そして陽鬼は大声で説教している鈴仙の事なんて聞こえてないかと言わんばかりに熟睡していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、橙、薬だぞ……ゆっくり飲んでちゃんと休んでくれ」

 

「藍しゃまありがとうございます……」

 

「ごめんなさいね、面倒を掛けてしまって……」

 

「いや、薬届けるの遅れたし……それにこれくらいなら朝飯前だよ。寧ろこっちは遅れてしまってたのが本当に悪かったよ……」

 

あの後、薬を貰ったあとに大急ぎで戻ったのは良かったが帰ってきたのは月も昇っている夜だった。幸い月が昇り始めて割と直ぐに戻ってこれてたため皆が寝静まった後でなくて本当に良かったと陽は感じていた。

 

「遅れるくらい何ともないわ、橙は私より酷い風邪だけどそれでも大急ぎで取りに行かないといけない程の重症では無かったもの」

 

「……はい、二人共これデコに貼って。氷枕使ってるから要らないかもしれないけど一応念の為、ね」

 

そう言いながら陽は能力を使って熱冷まし用の湿布を2人に貼り付ける。あまり過剰に冷やすのもどうかとも思ったが、貼っても一応意味はあるかも、と考えて貼り付ける。

 

「……そう言えばお粥は?」

 

「もう食べさせたさ、まだ卵があったから卵粥を作った。

……ところで、何でこんなに遅れたんだ? 出て行ったのは朝だから遅くても昼頃には帰ってくると思っていたんだが」

 

「……それは━━━」

 

陽は今日起こったことを藍に説明し始めた。白土に襲われた事、それによって永遠亭に保護されていた事。今日起きた事は、永琳から言われたこと自体以外はキチンと説明した。

『スペルカードに食われる』そう言われた事は陽にとってもまだ何も解決していない事なのである。よく理解すら出来てない事を説明したところで余計な事を考えさせてしまうだろうと考えた陽はその事だけは黙っておいておく事にしたのである。

 

「……まぁ、今日は疲れただろう。私は風呂は既に入っているから今のうちに済ませておくといい。その間に汗をかいた橙と紫様の体を拭かなくてはならないからな……一応言っておくが、覗くなよ?」

 

「風呂入ってくるんだから覗きようが無いよ……」

 

そう言いながら陽は風呂場へと向かった。わざわざ風呂場に行くと言っておいて行かない事をする理由も無いからすぐに風呂に入る事にしてある。そもそも、藍の鼻を誤魔化せるほど匂いが消せるとは思っていない。

そう考えていた陽は風呂場の前で足を止める。そしていつからか陽鬼がいない事に気付いた。

 

「……そして風呂場から水音がする」

 

紫、橙、藍はあの部屋にいる。そして八雲邸は紫の能力で周りが歪めに歪められて入る事も出る事も紫の能力を使わないと出来ない事なので不法侵入者という可能性も当然ない。

ということは残りは陽鬼しかいないので今風呂場にいるのは陽鬼という計算になる。

 

「……別の部屋に行ってこよう」

 

油断してたら風呂を覗く羽目になっていた。力が弱まっているとはいえ鬼の本気の一撃を食らう事だけは流石に嫌なので陽はそのまま風呂場を離れて自室で時間を潰す事にした。と言っても彼にはまるっきりやる事は無いのだが。

 

「……30分も待てば風呂から出てくれるかな。って腹減ってきたな……」

 

今日の時間殆ど食事をしていなかった陽は安心しきったのか今腹が減ってる事に気付いたので自室へ向かう事はやめて台所へと足を進めていく。幸い、今紫達のいる部屋の前を通らなくて住むので覗きと勘違いされる事も無いだろうと安心して歩いていった。

 

「今ある食材は……卵とご飯、そしてネギか。肉があったら良かったんだけど贅沢は言えないしこれで軽く炒飯作って食べてよっと」

 

フライパンを作り出して食事を作り始める陽。作っている間に陽鬼が風呂から上がってくるだろうと考えたので2人前を作っておく。

そして作り始めてから五分ほど経過した時。

 

「美味しそうな匂いがするけどご飯作ってるの!?」

 

陽鬼が寝間着姿で台所へと飛び込んでくる。5分だとまだ軽く炒め始めたばかりなのでそこまでいい匂いがしないと思っているのだがどうやら陽鬼の鼻はかなり効くんじゃないか? とか考えながら炒めていく。

 

「作ってるよ、今日はまだまともにメシ食えてなかったし丁度いいだろうと思って作る事にしたんだ。腹減ってるだろうしな」

 

「私も食べる!! 私の分はある!?」

 

「ちゃんと作ってるよ、風呂から上がったらこっちへ飛び込んでくるだろうな〜とか思ってた。

もうすぐ出来るからちゃんと席座っておけよな」

 

「はーい」

 

そう言いながら陽鬼は近くの席に座る。陽も陽で手っ取り早く終わらせるためにサッと炒めて美味しく出来上がる様にしていく。

出来上がった後は二人で美味しく頂いたが、途中から藍や紫も入ってきたのでその二人の分も作った為に八雲邸から残り少なかった卵が消えたが、それはまた別の話なのであった。




尚、翌日には橙は回復した模様。


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銀輝きし無垢なる少女

今回の話でオリジナルの設定が出てきます。


「お騒がせ致しました!」

 

「もう完全に治ったっぽいな、熱も無いしこれはもうぶり返しの危険とかは無いかな」

 

陽が白土に襲われ、永琳から陽化のスペルカードの対策を聞いてから数日が経過した。

あの後、紫はすぐに完治してそれに続いて橙も紫が治った翌日には完全に熱が下がりきっていた。

 

「いやぁ、他の誰にも伝染る事がなかったし二人共完治したし万々歳だね」

 

「一応永琳から伝染らない様に薬をもらって飲んではいたけど効果が凄かったのかそれとも元々伝染る隙が無かったのか……まぁ確かに万々歳だな」

 

「にしても何か忘れてる気がするんだよね……何か大事な事を忘れている様な……」

 

「それは俺も思ってたんだけど一体何を忘れてたんだっけ……白土に襲われたせいでほとんどぶっ飛んだ上に……あれ(陽化使用)だったから……」

 

あれ、で陽鬼だけには伝わっていた。しかし例え陽化込みだったとしても今回は初めから白土に襲われたこと自体の記憶は残っているので恐らくは直接の原因では無いと考えていた。

 

「……ねぇ、そう言えば誰か倒れていなかったっけ? 襲われる前に……竹林で……」

 

「……あっ……」

 

そう、白土に襲われる直前に誰かが倒れていたのだ。しかし白土に襲われ、1度逃げて、陽化を使い、目が覚めたら永遠亭という状態だったので陽達にとっては思い出す暇が無かったのだ。

 

「……スキマは必要かしら?」

 

そして、今までの会話は全部紫に聞かれていたのでスキマを使うかを紫が聞いてくる。陽は無言で頷き、陽鬼もそれに続いて頷く。

その反応を見てから紫は永遠亭までの直通のスキマを開いて陽達を案内する。そのスキマが開いてから陽達は入るのだが……

 

「あれ、紫も来るの?」

 

「……なんとなく行かないといけない様な気がして……」

 

という事で永遠亭には紫を含めた3人が行く事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「永琳~ちょっと話があるのだけど~」

 

「何よ……忙しいんだから後にしてくれない? 彼に関してはもうこっちが今やれる事はやりきっているのだと思うけれど? それとも風邪が悪化したのかしら? ならこっちにちょっとキツめのが━━━」

 

「そうじゃなくて、昨日ここに誰か運び込まれてこなかったかしら? 陽達以外で、ね。」

 

紫が永琳にそう伝えると永琳は考える仕草をして悩み始める。彼女は薬剤師だが一応医者としての仕事もしているので昨日運び込まれた全員の症状は頭に入ってきてはいるが、如何せん少なく見積もっても10人はいるので紫が言っているのが誰かが分からないのだ。

 

「貴方の言う運び込まれた人間は結構いるわ、だから何か特徴かどこで倒れてたかまで言ってくれたら多分絞れると思うのだけど」

 

「竹林に倒れてたんだよ、この前俺達が薬をもらった日にここに向かおうとしていた時に見つけたんだけど色々あったから……今まで記憶から抜けてしまってたんだ」

 

「竹林で? あぁそれなら1人だけ優曇華が見付けてきてくれたわ。案内するわ、ついてきなさい」

 

そう言われて永琳は部屋を出る。忙しいと言っていたのはなんだったのだろうか、と陽鬼は思ったが今は倒れた人を見に行くのが先決なのでとりあえず黙っていた。

そして、一つの部屋の前に辿り着いた。

 

「ここよ、まだ患者は寝てるからあまり大声を出さない様にお願いするわね」

 

「分かった」

 

永琳の注意を聞いてから部屋に入る面々、そこには点滴に繋がれた一人の少女が眠っていた。

髪が長く、綺麗な銀色をしている子だな……と見た目の印象が残りやすいと陽は思っていた。しかし、陽の記憶とは微妙にどこか違うような印象を受けていた。どこかは分からないが陽は変な違和感があったのだ。

 

「さて……彼女がその人物な訳だけど……一応言っておくわね、彼女は人間じゃなくて妖精……のはずよ」

 

「はず? どういう事かしら?」

 

「彼女……色々おかしい所があるのよね。まず一つ目が……元々ここまで小さくなかったのよ。もうちょっと成長してた女性だったわ」

 

まずこの時点で陽と陽鬼は驚いていた。だが、同時に陽は納得もしていた。自分が見た時と今見た時の違和感は体の大きさという事だったのだから当然である。

 

「……妖精は自分の力が無くなってくるとなるべく消えない様に体を小さくしていくものよ? つまり自分の力に準じてる自然の力が弱まってる、という事になっているのなら小さくなっていくのも分かるけれど?」

 

「言いたい事は分かるわよ? けれどいくら何でもそんなすぐに小さくなるものだと思う? 仮にこの子の力の源が森みたいな木々の力だとしたらこんなすぐに無くなるって言うのは最早森がついさっき全部燃え尽きたみたいな事でも起きないと無理よ」

 

「……それもそうよね。それで、一つ目って言ったって事はまだおかしい点があるんでしょう? それは何?」

 

紫がそう尋ねると永琳が少し言い辛そうな表情になる。いつも相手に言いたい事は的確にいう永琳が言い淀むのは珍しく、陽達は少し新鮮な感じだった。

 

「……えーっと、なんと言うか……妖精ってパッと見た感じでもこの子はどんな自然の力を持っているのか……みたいなのはある程度分かるはずなんだけど……何というか『月』の感じがあって……」

 

「……じゃあ、この子は月の妖精って事? 確かに自然ではあるけれど……あなたがそれを感じ取るなんてまさか……」

 

「……そうよ、『月の都』と同じ感じがするのよ」

 

陽はこの時点で色々聞きたい事があったが、今話の腰を折ってもどうしようもないので黙ってる事にした。幸いにも色々ズバズバ聞いていく陽鬼はそもそも話の本筋すら理解して無い様で、頭を前後に揺らしながら少し寝ぼけてきている。

 

「……けど、月の都に妖精って事は……」

 

「いえ……流石にこの子はあの異変とは関係無いと思うけれど……けど私もちょっと不安ではあるのよね……」

 

「無関係……だと思いたいけれど……」

 

『月の都』これを先程聞いて色々聞きたい事があったのに今また聞きたい事が再び生まれてしまった陽。月の話をする度に紫が少し嫌な顔するから恐らくは話したくないのだろうと陽は思った。だからこそ聞く事があるのなら永琳に聞いてみようと心の中で思っていた。

 

「……仮に無関係だとすると……月という自然の存在を受け取っている妖精って事になるわ。けれど増える事も減る事も無い月の存在を自身の存在の核としているのなら……何故弱ってたかが理解出来ないわね。月の満ち欠け……は流石に関係無いわよね、毎回こんなに倒れてる事になるし何より何日も眠り続けているなら目を覚ましてもおかしくないはず……ってもしかしてこれは三つ目かしら?」

 

「そうよ、そうなのよ……仮に新月の時に倒れてしまうほど弱っているとしてもそれなら新月はかなり先……これは、誰かにやられたのか……陽鬼と同じ理由か、って事になるわね」

 

「んー……? 私がどうかしたー……?」

 

「……よいしょっと、話続けといてくれ」

 

陽は寝ぼけている陽鬼をおんぶしてから二人に話を続けてもらう様に催促する。永琳が無言で近くにあった椅子に座る様に催促してきたのでその厚意に甘えて陽は椅子に座る。その時におんぶから抱っこに持ち替えて子供をあやす様に頭を撫でたりしていると陽鬼は完全に眠りに落ちて寝息を立て始める。

 

「……まぁ、流石にお腹が減って倒れた……みたいな理由ではなさそうで少し安心したというか。何処も傷ついて無いし痩せ細ってる訳でも無いし」

 

「うーん……けれど益々倒れた理由が分からないわね。何なのかしら?」

 

二人が話してる間に陽はじっと倒れた少女を見つめる。陽鬼と同じ様に傷ついた訳でも無く倒れている少女。一体何故倒れているのか……もしかしたら辛い目にあったのかもしれないと彼女に少し同情的になっている陽は彼女の目の上にかかっている髪を払い除ける様にして髪型を整える。

すると━━━

 

「う、ん、んん……?」

 

「……目を開けたんだけど」

 

「えっ!?」

 

目を開けた銀髪の少女は顔を少しだけ動かして左右の確認をとる。

そして陽と目が合うとじっと陽の顔を見つめる。陽は何故自分が見られているのか分からないからそのままの体勢で紫も永琳もつい黙ってしまいながら1分ほど経過する。

 

「……マスター……」

 

「……ん?」

 

「貴方が、私の新しいマスターですか?」

 

陽は困惑した。彼女の言っている言葉が今の一瞬では意味を理解出来ないほどには困惑していた。そしてそれは紫達も同じだった。

何とか言葉を模索しようと必死に頭を回す陽、そして何とか彼女の言葉に対する返しをしていく。

 

「えっと……何でそうなったの?」

 

「……貴方が私に触れていたからです。それと、貴方が男だから」

 

理由があまりにも適当だった。そのせいで無駄に混乱したと考えた陽は少しばかり苛立っていたので彼女に諭す様に説明していく。

 

「……俺が触れていた、それだけでそうなるのならまず君が倒れていたのを運んだ人物がそうなるんじゃないのかな?」

 

「……最初に触れた人がそうなのなら、確かにそういう理屈ですが私は『男性』に従い、守れと教育されていたので……その方が男性なのならその方がマスターになる……はずです」

 

「……貴方もしかしてクローンロイド?」

 

陽は聞き慣れない単語をまた出した永琳を見た。今回出てきた単語はどこか聞いてはならない様な嫌な意味を含んでいる様に聞こえてしまったからだ。

 

「……はい、そうですが……貴方は八意永琳ですか? 頭脳と言われた貴方が何故こんな所にいるのですか? というか、ここはどこですか?」

 

「……ここは地上、ついでに言うならそこの幻想郷よ」

 

「幻、想郷……?」

 

彼女はその単語の事を聞いた事が無いと言わんばかりに首を傾げていた。それを見た永琳は軽く考える素振りをした後に再び口を開く。

 

「貴方が地上の汚れを気にしないというのならここに住みなさい。もし汚れが気になるというのなら私の方からちょっと頼み込んでみるわ。

どうするのかしら?」

 

「私は……主に従うだけです……」

 

「決まりね。紫、あなたのところにまた負担がいくけど気にしないで頂戴ね」

 

「そ、それは別に構わないけど……いきなり私の意見も聞かずに決めるのはやめてほしいわね」

 

紫の反応を確かめた後に思い出したかの様に永琳は陽の首根っこを掴んでどこかへ連れていこうとする。何かを察した紫はスキマを使って陽が抱き上げている陽鬼を自身のところに持ってきて『後は任せなさい』と言わんばかりに笑顔で陽に手を振っていた。様子を見てくれるのならいいか、と陽はそのまま永琳に部屋の外へと連れ出される。

 

「さて……また貴方から紫に伝えて欲しい事よ。決してあの銀髪の娘には教えない様にして頂戴ね、余計な混乱を防ぐ為に今は教えない方がいいと判断したんだから」

 

「……『クローンロイド』って言うのに関係してる事か?」

 

「大正解よ。クローンロイドというのは一時期月で作られていた人造兵士みたいなものよ。兵士といっても争いごとなんてせいぜい一番古くても千年前の第一次月面戦争くらいなのだけど……クローンロイドはそれよりも前から作られていたのよ。戦闘ができる専属メイドの用なものだったわね」

 

陽は永琳の言い方に引っ掛かりを覚えた。『作られていた』という言い方ではまるで消耗品の様に作られしかも今では作られていない様な言い方だと感じていたからだ。

 

「……それが、クローンロイドって言うのが作られていたのはいつなんだ?」

 

「第一次月面戦争よりも前に作られ、第一次月面戦争よりも前に作られなくなったわ。

けれどクローンロイドは基本短命……いえ、肉体の劣化が早いだけね。中の情報だけを抜き取って新しい体に入れてしまえば問題無かったもの。

だからこそ……あの子はそのクローンロイドではあるけれど今じゃ別の存在になってるって事だけは理解出来るわね」

 

「……つまり?」

 

「あの子は千年前の月面戦争より前に生まれた存在であり、もっと言えば何かしらの理由で完全な妖怪化を起こしている、という事よ。月面戦争が始まる前にクローンロイドはあまりにも月という場所に汚れを貯める可能性があるというお偉い方の意見によって完全に技術ごと……発案者ごと消え去ったのよ」

 

そして、一旦間を置いてから再度永琳は言葉を続ける。

 

「だから……あの子は千年以上前の存在。それが何かしらの理由で生存していて幻想郷に、竹林に倒れていたのよ。

クローンロイドは成長しないから体が大きくなんてなるはずがないし小さくなるのなんてもっと有り得ない。……マスターとして、でもいいからあの子を連れて行ってくれないかしら? あの子は自分が今は何か別の存在になっている事に気付いていないもの」

 

「……断る理由も無いよ」

 

こうしてクローンロイドという存在であった少女を引き取る事になった陽。しかし、まだ分かっていない事が多すぎる陽に取ってそれは吉と出るのか凶と出るのか。

それは彼自身にも分からない事だった。




クローンロイドはこの小説のオリジナルです。


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月を魅せる

前回の少女を引き取ったところからのスタートです。


「……ここがお前の新しい家だよ」

 

「ここがマスターの家ですか?」

 

「いや、ここにいる紫の家なんだけど……」

 

永琳から銀髪の少女を引き取ってから陽達は八雲邸の前まで戻ってきた。まずこれからやる事が一つだけあり、ある意味ではその為に帰ってきたといっても過言では無いのだ。

 

「……名前、皆で考えてやらないとな……いや、俺が考えた方がいいのかもしれないけど……」

 

「流石に今回ばかりはみんなで決めましょう? ……とは言っても貴方が出した名前がいいのかどうか皆で決めるだけだから……この子、陽が言ったらどんな名前でも受け入れそうだし逆に私達が言ったらどんな名前でも陽に意見を仰ぐに決まってるもの……」

 

そう、名前である。銀髪の少女には名前が無かったのだ。忘れた、とかではなく永琳曰くよっぽどの事じゃない限りクローンロイドには名前が付けられないと言っていたからなのだ。

一応その時に軽く陽達が確認したら少女は自身の『製造番号』を伝えて来たのでこれを少しだけ不憫に受けてしまった陽がみんなで決める、という事にしたのだ。

 

「さて……色々歩きながら候補は決めてきたんだけど………実は俺にはもう一つ心配事がある」

 

「心配事? 彼女が陽鬼みたいに物凄く食べるかもしれない、って事かしら?」

 

「……まぁ、陽鬼関係と言ったら陽鬼関係なんだけど……」

 

そう言いながら陽は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「むー……」

 

「…?」

 

陽鬼が銀髪の少女を睨み、銀髪の少女は何故自分が睨まれているのか全く分からないという表情をしている。

そして、陽自身も何故陽鬼が銀髪の少女を睨んでいるのかさっぱり分かっていなかったのだ。

 

「……何か、この娘連れてきてから陽鬼の機嫌がすこぶる悪い……」

 

「………取られる、って思ってるんでしょうねぇ……」

 

「取られるって……何を? 別にこの娘は誰かのものを盗ったりする子には見えないんだけど……」

 

「……あなたはもうちょっと他人の気持ちに気付いてやりなさいよ……」

 

「……?」

 

紫が言った事がよく分かっていない陽。とりあえず何か取られたりしない様に注意しておかないとくらいにしか感じていなかった。

 

「あ、紫様おかえりなさい……って、もしかして……その子……」

 

「……えぇ、家で預かる事になったのよ……一応言っておくけど私が了承を出したのだからあんまり邪険に扱ったらダメよ? 陽の事を主として懐いてるけどそれ以外の誰かを邪険に扱う子でも無いから……」

 

「分かっています。別に今更1人や2人増えたところで食事や洗濯に差がある様にも思えませんし……それに、髪が長いから弄りがいもありそうだ……」

 

藍はそう言いながら銀髪の少女に近付いてその長髪を手ですくう。それを見て更に陽鬼の頬が膨らんでいる。流石にここまでになると陽も分かったらしく『まぁまぁ』と言いながら陽鬼の頭を撫でて機嫌をなるべく損ねない様にしていた。

 

「……そ、そうね……そ、それより藍。橙はどこに行ったの?」

 

「橙ですか? ちょっと前にいつもの場所まで走っていきましたよ。会えてない猫達に会いに行くって聞かなくて……」

 

「まぁ……治ったんだったらその位は構わないわね。ぶり返す様な微熱でも無かったんでしょう?」

 

「えぇ……とりあえずここで話しているより家の中に戻りましょう。その方が落ち着けるでしょうし」

 

「そうね、この娘も陽鬼も一旦落ち着かせないと━━━」

 

一旦家に上がり、そこでまた話そうとしていた紫。今は陽鬼が怒ってはいるが家に上げたら一旦は落ち着くかと思っていたのだ。少なくともこの時までは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで……えっと……」

 

「……」

 

なお、それらの問題は一切解決しなかった模様だが。

陽と紫が向かい合う様な形で座り、陽の左右隣に陽鬼と銀髪の少女。陽鬼と向かい合う様にして座っているのが藍である。

 

「……よいしょっと、これでいいよね」

 

「お、おい陽鬼?」

 

唐突に陽の膝上に座る陽鬼。それに困惑する陽。しかしその行動に関して銀髪の少女は一切気にする事無く平然としていた。

 

「えーっと……まず、あなたの覚えている事を言ってもらってもいいかしら? 勿論あなた自身に関係する事だけよ。

もしかしたら心配してくれる人がいるのかもしれないし」

 

「……分かりました、が。覚えている事といってもそこまで必要な事ではありません。前のマスターの家事や身辺警護等ばかりです。その辺りはきちんと記憶に入っています。

名前は先程お伝えしたとおりの製造番号です。何故倒れていたのか、何故月からこの土地まで飛ばされていたのか……覚えていません」

 

少女の言う事に紫は少しだけ思案する。覚えている事だと恐らくはまともな情報が手に入らないのでは? という考えが少しだけ紫にはあったのだ。少なくとも……彼女が持っているほんの少しの疑問を解決するにはまだ情報が足りて無いのだ。

だから、彼女は少女が()()()()()()()()()()()()()()

 

「質問を変えるわね……『月面戦争』『第2次月面戦争』『幻想郷』この三つの単語に聞き覚えは?」

 

「……一つも聞き覚えがありません。幻想郷というのはこの土地の事を表しているのは知っています、先ほど聞きましたから。しかし、月面戦争という単語に全く聞き覚えがありません」

 

この辺りで紫は二つの可能性を視野に入れていた。

一つはこの少女が『記憶喪失』である事。今聞いた単語で聞き覚えが無く、なおかつ彼女自身が覚えていないというのであればこの可能性がかなり高い。

そしてもう一つの可能性。永琳が言っていた様に彼女のクローンロイドという出自を加えるのであれば出てくる可能性である『時超え』である。永琳が言った様にクローンロイドは千年前の月面戦争よりも前に生まれて更に月面戦争が始まる前には廃れてしまった技術である。『覚えてない』のではなく『知らない』のであればこの説は通るし何より少女が千年前の存在という事が分かる。

しかし、そうなると何故時間を超えて今のこの時代に出て来たかが分からなくなるのだ。元々の種族はクローンロイドで間違いが無い、と永琳が言っていた事を考えるとそうなるが……紫達には今の彼女の種族が判別し難いのだ。何故ならクローンロイドの肉体は短命らしいのだから。

 

「そう……それと、これは本当に分からなかったら分からないでいいわ。今自分がどんな存在なのか理解出来る?」

 

「存在……あなた達で言う種族の事ですか。

私はクローンロイド……と言いたいところですが私は既に肉体を変える時期という事はよく分かっています。そして八雲様の言う事が本当であれば私の体は明らかに変化しています……けれど私には今の自分がどうなっているのか全く理解出来ません」

 

「そう……」

 

紫は得られた情報を頭の中で整理していたがいまいち真実が見えてこなかった。もう少し情報があるのなら彼女自身の頭の中で色々な推測を建てられたが、今少女が喋った情報ではせいぜい彼女が『記憶喪失』か『時超え』なのかが判別出来ないのだ。

 

「なら……話し合いはまた今度にして……今はあなたの新しい名前を決めましょ? 名前が製造番号だなんて悲しいから」

 

「……分かりました」

 

「それじゃあ……名前発表会、と洒落込むか━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数十分が経過した。その間紫や藍が名前を考えるが残った少女以外のメンバーがNOを示していた。

そして、今先程陽が出した名前。

 

「『月魅(つきみ)』ね……私としてはこの名前は好きよ?」

 

「私もありかと思われます……ですがやっぱり『雲母(キララ)』がいいと……」

 

「いえ、流石に雲母はないわよ雲母は」

 

「紫様の『月娘(げつこ)』よりはまだいいかと……」

 

「はいはい、名前に関しての争いはまた今度にしてくれ。

さて……今日からおまえの名前は月魅、でいいか?」

 

陽が優しく少女に尋ねると少女は無言で首を縦に振って了承のサインを出す。それを見た陽は頭を撫でて彼女の名前を改めて『月魅』と命名した。その間、陽鬼はかなりつまらなそうな表情をしていたが、陽は気付く素振りさえも無かった。

 

「月魅……私の、名前……」

 

「ふーん、まぁいいんじゃない? 本人が納得してたら私は別にどんな名前でも良かったけど」

 

そして未だ機嫌を悪くしてる陽鬼に陽は少しだけ困惑しており、紫と藍は気付く事すら無い陽に苦笑いをしていた。

 

「そ、れ、よ、り! ご飯!!」

 

「あ、本当だな。そろそろ作らないと……ありがと、忘れるところだった」

 

そして陽鬼が頬を膨らませて飯を要求すると冷静に時間を確認してから今の時間が飯時の時間であることに気付いて陽鬼の頭を撫でながら軽く微笑んで感謝を示す陽。

 

「え、あ、う、うん……」

 

突然頭を撫でられた陽鬼は不意打ちをくらってしまって何だか恥ずかしくなって顔を真っ赤にしていた。そして陽は陽鬼が何故不機嫌だったのかをそのタイミングで勘違いしてしまい、『ずっと腹が減っていた』という一言で理解してしまった。しかし陽の内心の事だけにそれに気付くものは誰ひとりとしていなかった。

 

「じゃあ何か作るか……」

 

「私は好き嫌いなど全く無いですので私の好物を作ろうとしなくても結構です」

 

「ん、分かった」

 

陽は何か作ろうとして一度立ち上がるが、月魅の好物を聞こうとする前に月魅自身がそういうのを作らなくてもいいと拒否したのでそれも念頭に入れる陽。

 

「なら……私は肉じゃがが食べたいわね」

 

「お疲れの様ですしあまり味の濃いものは……」

 

「私が食べたいのだからいいのよ……陽、頼めるかしら?」

 

「分かった、肉じゃがだな」

 

そして陽鬼や月魅の代わりに紫が食べたいモノを提案してくる。特に目立って作ろうとしているものはなかったから紫の提案通りに肉じゃがを作る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……美味しかったです」

 

「そっか、気に入ってもらえたなら嬉しいよ」

 

飯を食べ終えてゆっくりしている一同。食後にお茶を飲んでいる時にふと、陽鬼が口を開く。

 

「……陽、今日は一緒に寝よ」

 

「あぁいいぞ……ん? ごめん今のもう一回言ってくれ」

 

「……一緒に、寝よって……ごめんやっぱり今の無し!!」

 

顔を真っ赤にしている陽鬼、しかし陽は軽はずみに返事したものの実は本当によく聞き取れていなかったので聞き返す。

しかし、更にそれが陽鬼の顔を真っ赤にさせていたのだが陽は何故陽鬼が顔を真っ赤にしているのか理解していなかった。

 

「それではマスター、私と一緒に寝ましょう」

 

「えっ」

 

そして月魅から放たれる爆弾。恐らくは自分の言っていた事が聞こえていたのだろうと思った陽鬼だったが陽はそこまで深刻な考えは持っておらず軽く返事を返す。

 

「ん? あぁ、一緒に寝るくらいならいいぞ。……にしても意外と月魅も甘えん坊なんだな……」

 

「いえ、誰かに襲われる可能性もあるので警護をしないといけませんから」

 

「……あ、あぁそういう事」

 

「……じゃあ私も一緒に寝る! こいつだけだと心配だよ!!」

 

大声を張り上げる陽鬼。陽は何故陽鬼が大声を上げたのかは分からなかったが彼としては別にやましい心も無いので一緒に寝るくらいどうって事が無いと思っていた。

 

「そ、そうか。別に俺としては問題無いし別にいいんだけど……」

 

そう言いながら陽はチラッとだけ紫の方を見る。紫は軽く溜息を吐いて渋々と言った表情を顔に出していた。

 

「まぁ……別にやましい気持ちがないならいいわ。けれど決して何があっても彼女達に手を出してはダメよ? 無いと思うけれど……ね」

 

「いや流石に年はともかく見た目が10歳程度の子供に手を出す趣味は無いよ……」

 

「そう……よね、そうよね……」

 

「「?」」

 

紫と陽のこの会話は陽鬼と月魅には理解出来ていなかったらしくキョトンとした顔をしていたが二人はこの会話の意味はなるべく聞かない様にしておいた方がいいとなんとなく感じ取っていた。

 

「あ、そうだ……月魅の今の状態を知るならなるべく調べやすい場所……紅魔館の図書館に行ってきたらいいと思うわ。あそこなら本が沢山あるし調べ物にはうってつけのはずよ。それにまた来てほしいって向こうから言われてるのだったらその行為に甘えて行くとしましょう」

 

「い、今からか? まだ昼頃だけど流石に今日は少し疲れたぞ……それに調べるにはちょっと時間が足りない気もするが……何時間掛かるか分かったもんじゃ無いし」

 

「流石に今日は行かせないわよ、私も疲れてるのよ。妖怪の私が疲れててあなたが疲れてない訳無いんだから……それに、あなたが言う様に時間が足りないかもしれないし行くのは明日よ」

 

「まぁ、それならいいんだが……」

 

こうして翌日、紅魔館に行く事が決まった。しかしこの後、陽は寝る時になってから地獄を見る事になるのだがそれはまた別の話。




銀髪の少女は月魅という名前になりました。
彼女の種族は一応は不明ということです。


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月はどんな変化をしたのか

月魅は種族はなんなのか?を調べる回です。


「……これでもないあれでもない」

 

「こっちかしら……小悪魔、種族関連の本ってどこにあったっけ?」

 

「種族関連ならE-23にあったはずですよ〜」

 

「あぁもうここから超遠いじゃない……」

 

「なら私が取るわよ、場所さえ教えてくれたらスキマを繋いで一瞬だし」

 

「では私がスキマの中に入っていきましょう」

 

紅魔館の大図書館にて、今陽達は月魅の体の状態を調べる為にここに来ていた。読み漁ってその内容を見付けては栞を挟んで1箇所に置いていっていた。

パチュリー、小悪魔、紫、藍、陽の5人が今は本を読み漁り続けていた。橙と陽鬼には内容が理解出来ないものが多かったので早々にダウンして外に出て美鈴と遊び始めていた。月魅もそうだったが本人が『学びたい』と言った事により小悪魔が集めてきたそういう本を手渡して探す事よりも学ばせる事を優先させてやっていたのだ。

 

「……もう10冊くらいは読んだと思うのになかなか終わらないな」

 

「そんな程度じゃ終わらないわよ、最低1人100冊は読まないとまともなものが見付からないと思うわ」

 

「……気が滅入りそうね。100冊なんて本1年でも読んでるかどうかしかないわ」

 

パチュリー以外のメンバーは既に疲労の色が見え始めている者もいた。そのせいもあってか段々と読む速度は落ちていっていた。

 

「……そう言えば前に来た時と形が変わってないか? 前はもうちょっと狭かった様な気がするけど……」

 

「前は魔法で部屋の中も形も幻を見せていたのよ。私が姿を隠していたんじゃなくて私ごと部屋の形を幻で上書きしていたから私の姿が見えてなかったのよ」

 

「……理解出来る様な出来ない様な……けど、とりあえずパチュリーの魔法が凄いって事だけは分かった」

 

そう言いながらも手は休めず調べるのを続けていく。最早読みながらこういう会話でもしておかないと全員黙ってしまって気が重くなると陽が感じていたのだ。

少し前まではそんなの気にする事は無かったと思って少しだけにやけていたが。

 

「けれどパチュリー様、流石に色々本を読んではしまっての繰り返しをしているせいでそろそろ何を読んだか分からなくなってきそうですよ?」

 

「あぁ、それに関しては全員にメモを取らせているから何も問題は無いわよ。読んだ本のタイトルを書いてるから流石に同じ本を読む事は無いでしょうね……けどこの部屋の本は確かに多いし疲労は確かに貯まるわね……もうちょっと調べれば分かるかしら……しょうがないわね、彼女達を呼ぶ事にしましょうか……」

 

「彼女……達?」

 

陽がパチュリーの言葉に少しだけ疑問を感じたがその疑問は直ぐに解消になる事になる。パチュリーは使い魔を2匹使って外に出たのを確認するとまた本を読み始めた。

 

「誰に連絡したんだ?」

 

「片方はあなたも知っているはずよ。もう片方は知らないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数10分が経過してから。

 

「よー、パチュリー来たぜー

頼まれてた本一応持ってきたぞー」

 

「頼るなんて珍しいわね……あなたの性格から考えて誰かに頼るなんて珍しいのに」

 

「魔女の知り合いは貴方達しかいないもの……いえ、命蓮寺のところのも考えたけど面倒臭いからやめたわ」

 

「はは、パチュリーらしいぜ……お? 陽じゃねぇか久しぶりじゃん。子供出来たんだって? 紫との子供か?」

 

パチュリーが呼んできたのは霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイドの2人だった。魔理沙の方に関しては陽は面識があったがアリスの方は彼には見覚えがなかった。

 

「どう考えても違うでしょ……けどまぁ、人形と魔法の本以外の本を読むのもたまにはいいかもしれないわね。

……っと、初めましてかしら? 私はアリス・マーガトロイドよ。アリスとでも読んでちょうだい。誰も苗字で呼ばないから最近苗字で呼ばれると自分が呼ばれてるって気付きづらいわ……」

 

「まぁ使い魔に手紙もたせてたと思うけど……書いてあった子はこの子よ」

 

そう言いながらパチュリーは二人の前に月魅を呼び出して見させる。二人共首を捻ってはいるがいまいち分かってない様だった。

 

「確かにこれは……見ただけだと良く分からないわね。妖精っぽいのは確実だけど手紙に書いてある事が本当なら月を媒体にしてるんでしょ? なのにここまで弱るって事が無いと思うわ」

 

「だな、自然の力っちゃあ自然の力だが月なんてもんを力として使えるのは相当だと思うぜ? まぁそれ以前に妖精とはまた違う様な気もするんだけどな」

 

「……これは調べがいがありそうね」

 

多いかな帽子を一旦取って大きなテーブルに置いた後に帽子を置いた近くに座る魔理沙。アリスも一旦席に座って魔法で人形達に本を取らせに行く。

 

「アリスの魔法は人形を動かす事なのか……」

 

「弱そうに見えるでしょ? けどこの子達はこういう物を持ち運びする用の人形だからそう見えるだけよ。戦闘用の子達は一味違うんだから」

 

ふわふわと動く人形。確かにこの人形達はどう考えても戦闘には向かないだろうと思いながら陽は見ていた。

 

「とりあえずこの10冊から見てみましょ。人形達はジャンジャン運んでくるからさっさとしないとね」

 

「もっと人形達を出せば効率がいいのだけれど……まぁ私たち以外読み疲れてるしペースはそんなに上げない方がいいのね……」

 

「パチュリーが体力勝ちだなんて珍しいぜ。ま、そんな事よりさっさと調べようぜ。関連しそうな単語ってなんだろうな? 妖精、進化、退化、月と……こんなもんか?」

 

「そうね、一応妖怪と進化の関連する本もある程度はまとめてあるからお願いね」

 

「理解したぜ〜」

 

そう言って魔女3人組は本を読み始める。流石に本を読み慣れてるせいもあってか読む速度がかなり違うとだけ確信していた。

そもそも大図書館に置いてある本の大半が英語で書かれていて陽の読める日本語での本はそんなに置いていなかった。

 

「はい、疲れたのなら一度本から目を離して休憩するべきですよ。ずっと読んでると目を悪くしちゃいますからね……まぁパチュリー様は魔法である程度の視力矯正はしているので目を悪くされることはありませんが……」

 

少し休憩してると小悪魔が陽の目の前に紅茶を入れて少しのクッキーも用意する。紅茶を置かれるまで存在に気付かなかったので少しだけ陽は驚いたがすぐに小悪魔の言う通りに本を閉じて置いてから紅茶をゆっくり飲み始める。

 

「見付かりませんね……」

 

「確かに……けどまぁ、分からなくても調べなくちゃいけないし……辞書が手放せないのが痛いけど……と言うか辞書もあるのが驚きだ……」

 

「外から流れ着いたものもここに保管する時がありますからね。元々あった冊子数に比べれば一割程度ですが偶に咲夜さんや美鈴さんも使用するのであった方がいいんじゃないかとお嬢様が決めて下さったんです」

 

意外といい主をしていたという事に驚きながらもだからこそ慕われているのだろうという納得も感じていた陽。

紅茶で喉を潤しながら合間にクッキーを食べていく。

 

「にしても……いくら引き取った子とはいえ見ず知らずの子供にそこまで出来るのはどうしてですか?」

 

「……放っておけなかったというか、なんと言うか……目の前で倒れられて何故か助けないといけない、って気持ちになったんだ……前までの俺なら無関心で突き通してきたのに……」

 

その言葉に小悪魔は若干微笑んでいたが、陽はその表情が何か見通しているようなそんな表情に見えて少しだけ疑問符が浮かんだ。

 

「えっと……何でそんなにニコニコして……」

 

「貴方がいい人だったから……だったからですよ。人間って大体が妖怪を意味もなく恐れて、嫌ったりする種族です。明確な味方でいる内は安心していますが少しでも不安要素があるとすぐに変な噂が立って更にそれに尾ひれがついて人外を弾劾する……けど貴方にはそういうのが無い様にも見える。

元々自分以外のものに……いえ、自分すらも興味の対象に入ってない貴方だったからこそ簡単に垣根を超えられるんだと思いますよ。それでいい人と決めつけるのは私のエゴその物ですけどね。紅茶のお代わりいりますか?」

 

陽は無言で頷いて紅茶のお代わりを貰う。小悪魔が言った事を彼は疑問に感じていた。自分自身をそこまで過大評価してくれているのは嬉しく無い訳じゃないが、彼にとっては自分がそんな大層なものでは無いと考えているからだ。

確かに今の彼には人に好きも嫌いも無い、敵として戦っている白土も戦ってはいるが嫌いにまで発展してないのだ。だが牙を向いてくる以上戦わなければならないのだが。

 

「人間の寿命なんてすぐ訪れます。だから人間は長く悩んでいるより簡単に切り分けられる様な考えを持っている方がいいと思いますよ。

70,80年は長いと思っていてもすぐに訪れてしまいますからね」

 

「そう、なのか………まぁそれ抜きにしても物事を簡単に決めれる様なそんな考え方を持った方がいいのはなんとなく理解出来るよ。

……さてと」

 

「休憩は終わりにしますか?」

 

「あぁ、すっかり休めたよ。お茶とクッキーが美味しかったから余計に一服出来た気がするよ」

 

「ふふ、なら良かったです。では何かあったら呼んで下さいね〜」

 

そう言った後、小悪魔はふよふよと飛びながらどこかへ向かう。パチュリーが読む用の本を取りに行ったのだろうか、と陽は考えたが、それよりも前に自分にはやるべき事があると考え直して読んでいる途中だった本を手に取って再度読み始める。

 

「にしても何せ元にする情報量が少な過ぎて何が正解か分からないな。何せ妖精っぽい事くらいしか分からんからな」

 

「魔理沙、口を開いている暇があるなら手と頭を動かしなさい」

 

「けど流石に今回は魔理沙の言う通りよ……それくらいしかないから探してもこんな感じで情報が溜まっていくだけだもの」

 

魔女3人組も少し難航している様で中々それらしき情報が見付からない。関係性の高い物なら幾つも見付かっているが全てが一つにまとめられるとは思っていない陽達だった。

 

「……いえ、待って。ちょっと私達深く考え過ぎていたのかもしれないわよ?」

 

「ん? どういう事だぜ?」

 

「よくよく考えてみれば元々の種族は別のものよ。けれど幾ら妖精っぽいと言っても他の種族から妖精になる事は無いわ。言ってしまえば自然の力をいくら受けてもそういう妖怪にしかならない訳よ。

けど逆に考えてみれば……『妖精っぽいもの』かつ『他種族から変化できる種族』に彼女は変わったって事にならないかしら?」

 

パチュリーのその言葉に魔理沙とアリスは納得した表情で頷いていた。かつ、二人共何か思い当たることがあるのか少しだけ思案顔になっていた。

 

「……あー、妖精っぽさと他種族への変化というのをバラバラで見てたからそりゃ集まらねぇな。そうか、確かにその絞り方をするとかなり絞れる……って言うか思い当たる種族が一つだけあるぜ? 私が思い違いをしてなかったら一つだけあるぜ」

 

「あら奇遇ね、私も思い付く種族が一つだけ有るわ。それが正解なのかどうかは分からないけど一つだけ思い付いているわ」

 

「あら、二人共そうなの? 実は私も思い付いていたのだけれど二人共思い付くとは思わなかったわ。多分私が一番先に思い付かないといけないのだけどね……折角だし合わせて言ってみましょうか。せーの、でね」

 

3人組の顔が少しだけにやけていた。同じ考えになっていると確信しているかの様な表情。だが三人の頭の中は自分の正しいと思っている答えに染まっているのだから。

 

「せーの━━━」

 

「「「精霊」」」

 

見事に3人の答えが合致していた。にんまりとしている魔理沙に三人の答えが合ったことにより自分の知識に確信をもてたアリス。そしていつも通りに本を読み続けているつもりだが自分の考えが正しいと確信して少し微笑んでるパチュリーの姿がそこにあった。

 

「だよな、やっぱりそうなるよな」

 

「妖精と似た性質を持っていてなおかつ変わる事が出来る存在……そう来たら更に自然の力の影響を受けやすい精霊というのにも納得がいくもの、当たり前よ」

 

「……という訳よ、陽。月魅はそのクローンロイドというものから精霊に生まれ変わっていたのよ。精霊なら寿命も長いし月というものを力の源にしている以上基本的には1000年でも2000年でも生きられるはずよ」

 

「精霊……か」

 

「まぁ今は少し力が落ちているから異例の妖精みたいなものだと思えばいいわ。本当にそれくらい落ちているもの」

 

陽は勉強している月魅を遠目で見ている。目線に気付いたのか月魅がパッと顔を上げて陽の方に向いて見つめ返している。陽は月魅に向かって手を振る。この事を月魅に報告しないといけないがまず精霊が良く分かってないので陽は月魅といっしょに聞く事にしたのであった。




精霊もオリジナル設定です。


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精霊とは一体

説明会です。説明回でもあります。


「精霊……ね。私も初めて見たわ」

 

「妖精とは違うんですか?」

 

「あぁ、妖精より上の存在……と聞いた事がある」

 

「そんな存在だったんだね……かなり凄い?」

 

「聞いてる感じだとそうだろうな」

 

紫、橙、藍、陽鬼、陽は精霊と聞いて各々の反応をしていた。パチュリー達はとりあえず精霊という種族を知らない陽達の為にちょっとした説明会を開く事になっていた。その説明会は魔理沙が面倒臭がって帰ってしまったがアリスとパチュリーはもとより説明能力に関して魔理沙は余り秀でていない事も知っているのでそこまで気にせずに帰らせた。

パチュリーに関しては魔理沙が持参していた本が全て魔理沙の言う『借りた』本だったのでそれを全て返却させた訳だが。

 

「さて……それじゃあ始めるとするわ。冊子なんていう便利なものは無いから話す内容だけをなんとか暗記してもらいたいところね。

まず……精霊というのは基本的には魔法使いと切っても切り離せないものよ。小悪魔みたいに契約するタイプじゃなくて魔法を使う場合に魔力を魔法に変換させて貰う一種の変換器の役割を果たしてくれるわ」

 

「変換器……しかし、ならそのお前の精霊はどこにいるんだ? 今まで何度か弾幕ごっこをしていたが私の目には見えなかったぞ?」

 

藍が聞いた疑問にパチュリーはどこから取り出したのか指差し棒で藍を指す。いきなり何の事か分からない藍は少し困惑していた。

 

「その疑問は最もよ。けど本来精霊というのは目に見えない存在なのよ。幾ら頭のいい貴方でも見えないものを見ようとする事は無理でしょうね。かく言う私も見た事は無かったのだけれど」

 

「となると本当に変換器なんだな……道具扱いされているのに妖精より上というのが若干信じられないな」

 

「少し語弊があるわね。確かに変換器とは言ったし契約もしないとは言ったけれど契約に似た事くらいはしているわ。

私達魔法使いは魔力を精霊に送り込む。彼らにとって魔力というのは摂取するものなのよ。摂取出来たなら後は出しても問題無いから魔力を吐き出す為にそれを魔法へと変換してくれる。そういう仕組みよ」

 

「はい! ちょっといいですか!」

 

藍とパチュリーが会話している時に橙が元気良く声を上げて、手も挙げる。声が結構大きか出たのもあってか頭の中を整理していた陽と不意打ちを食らったのかパチュリーが若干ビックリしていた。

 

「び、びっくりした……な、何よ」

 

「魔力は精霊のご飯なんですか? 話を聞いてるとそんな風に聞こえてきたました」

 

「そうね、ご飯みたいなものよ。基本的にはね」

 

そして、パチュリーのこの台詞に反応したのか紫が手を上げて質問をし始める。

 

「あなたさっきから『基本的には』って使ってるけど例外があるという事かしら? いえ、寧ろ例外を主張したい様にも聞こえるわね」

 

「えぇ、あなたの言うとおりよ八雲紫。私はとても例外を主張したい。と言うかそもそも私の知ってる限り精霊を介して魔法を発動しているのは魔理沙だけよ。アリスは元々精霊を必要としない魔力の糸だから根本から関係無い。私は精霊を介さずに直接魔力を魔法に変換しているわ。

……まぁ、自慢話はここまでにしておきましょうか。何故本来見えないはずの精霊である月魅という存在は認識出来る話をしなくちゃね」

 

随分と話の腰を折ってしまったと反省して、すぐさま切り替えたパチュリーは再度説明をし直す事にした。

 

「まず、本来見えない精霊が見える理由は色々推測があるけれど一番有力なのを言うわね。

まず、本来視認が可能な状態であるクローンロイドから変質したからじゃないかって推測が一番有力だと思うわ。生まれた時から見えないものなら生まれた時に見えているのなら当然見えるだろうし」

 

「まだちゃんとした確証がないけど……色々出した中ではこれが一番まともだったのよ」

 

「……つまり、月魅には本来の精霊の役割である変換器の力がない可能性があるって事か?」

 

「まぁそうなるわね。まぁ仮にあったとしても私の頭の中に月の力を使う魔法なんて無いのだからそもそも無くても問題無い気がするわね」

 

陽はずっと話を聞いて黙っている月魅をチラッと横目で見る。そもそも魔力が存在しないから魔法を陽は使えないのだが月魅はこの事をどう思っているのかが無性に気になった。

 

「……魔法への変換器の役割も無い、本来見えないはずなのに姿を視認できる……だったら何故私が精霊であると確信出来たのですか? ただ妖精の様でいてなおかつ変化できる種族というだけで決めた訳では無いのですよね?」

 

「その二つを見事に当てはめる事が出来るのは精霊だけよ。そもそも妖怪も妖精も自然の力を扱うけれど生物から派生したのが妖怪よ。自然の力を媒介にしてるんじゃなくて基本的には自身そのものが何かしらの生物の元になってるのよ。例外としては妖精が妖怪化した場合だけよ、あなたの場合そういう事も無いもの。

試しに手を水を掬う様な形にして手元に月があるイメージでもしてみなさい。あなたが精霊か妖精なら可能よ」

 

「月がある……イメージ……」

 

パチュリーの言われた通りに月魅は両手で水を掬う様な形にして目を閉じてじっとし始める。すると次第に月魅の手の上に青白く光り輝く丸い物体が現れる。

 

「ほらね、出来るものなのよ。妖精もそうだけど精神的依存が大きい種族は出来ないと思ったら出来ない事も何も考えずにやるかやる気いっぱいでやれば出来るものなのよ」

 

パチュリーの言葉の後にゆっくりと月魅は目を開ける。そして自身の作り出した物を見て少しだけ目を見開いていた。

そして少しだけ嬉しそうに微笑んでいる姿を見て陽は『良かったな』と内心呟いていた。

 

「さて……彼女の種族である精霊の説明はもう終わったけど……何か聞きたい事とかある人はいないかしら?」

 

パチュリーのその言葉にすっと紫が手を挙げる。挙げると思っていなかった人物からの挙手なのでパチュリーは一瞬驚いていたが聞きたい事があるというのであれば仕方が無いという事で一応聞いてみる事にした。

 

「何かしら? 貴方なら大体理解してくれていると思ってたのだけれど?」

 

「精霊のことに関しては理解出来たわ……ただ聞きたい事というより別で調べてほしい事があるのよ……ちょっと耳貸して……」

 

そう言って手招きした紫の近くまでパチュリーが寄っていく。パチュリーに耳打ちしているため恐らく他に聞かれたくない事ではあるため何か他の事をしようとしていた陽はそう言えばさっきから黙っている陽鬼が気になって隣の席へと目を向けたら既に陽鬼は小さな寝息を立てて眠っていたのだ。

 

「……いつから寝てたんだろ」

 

「説明が始まった辺りさ、自身にとって難しい単語が出てくると脳が思考放棄してしまうタイプなんだろう」

 

と、陽鬼の頭を撫でていたら後ろから藍が声をかける。藍の後ろには橙がいたがどうやら藍の尻尾を触るのに夢中になっているらしい。藍も特に気にした様子も無いが尻尾をかき混ぜる様に動かしているため恐らく遊んでやってるのだろうと陽は思っていた。

 

「でも……流石にこれは酷くないか?」

 

「前よりはマシさ。陽鬼にとってみたらこんな話は本当にチンプンカンプンだろうが前に勉強を教えた時は3分程度でダメだったが今回は+10秒は持っている方だ」

 

それはそこまで変わってないんじゃないか? と陽は思ったが苦笑しながら話しているのを見て恐らく藍自身も同じ事を考えているのだろうと感じ取れた。

 

「……ま、寝たならおぶって帰るとするか……そう言えば月魅は魔力を変換出来る能力が無いのならあの青白い玉は一体どうやって作ったんだ……?」

 

「あの玉は霊力よ」

 

月魅が喜んで未だにじっと見ている青白い玉の正体を考え始めたところでアリスが陽の正面へと座る。

 

「霊力? なんであの子に霊力が宿ってるんだ? 精霊だったら魔力を受け取って魔法を与えるんだから魔力じゃないのか?」

 

「その意見もごもっともだけど……受け取ってないから魔力の線は皆無ね。そうなると残りは妖力か霊力になるんだけど精霊には妖怪の妖の力は宿らないのよ。妖精なら妖力が宿るんだけどね? 

となると残っているのは霊力って事になるわ。多分霊夢にでも見せたら感じ取ってくれるんじゃないかしら? そういう事に関しての感性と勘が強いのが彼女だもの……」

 

「霊力……か」

 

「あと一つ魔力を持っている子を拾えばコンプリートよ。頑張りなさいな」

 

「子供が捨てられてる前提で話すなよ……流石にその言い方は悪意を感じるぞ?」

 

陽がそう言ってもアリスはそんなに気にした風でもなく顔を背けて一番近くにあったところから本を取り出して開いた。そして一切陽に視線を向けず読みながら返事を返す。

 

「あら、私は別に捨てられる前提で話してるつもりは無いわ。そもそも貴方が拾ったこの子達だって別に捨てられていた訳じゃ無いんでしょう? もし仮に捨てられていたんだったらそこは私が謝るわ」

 

そう言われて少しだけ陽は考えた。陽鬼は捨てられたのではなく自身の生まれ育った村から脱走した。月魅は今は忘れている様なので今は不明だ。確かに捨てられた訳では無いがアリスの物言いにはやはり悪意を感じて少しだけ彼女に対する対応を考え始めていると横から魔理沙がやって来て何やらニヤニヤしながらアリスの方を見ていた。

 

「アリスぅ〜正直に言えよ〜

別に魔力がある子を拾えば本当にコンプリートするだなんて思ってないだろ? 大方内心は『貴方は優しいから例え誰かが捨てられていても必ず拾って育ててくれる! だって貴方は子育てが上手ってこと私は知ってるもの! 私はそう信じているわッ!!』とか考えてんだろ〜?」

 

「ぶっ!? あ、貴方何言ってるのよ魔理沙!! 別に私はそんなこと思ってないし考えても無いわ!! というか子育てが上手って何よ!!」

 

そしてそのままアリスと魔理沙での言い合いがその場で始まった。とは言ってもアリスが言った文句を魔理沙はのらりくらりとかわしているので言い合いというよりアリスが一方的に文句を言っているだけなのだが。

その言い合いを見てて陽は魔法使いというのは変な奴が多いのだろうかと思った事である。

 

「……とりあえず、あの2人は置いておいてもう帰らないかしら? 私たちがここに来た理由は月魅がどんな種族か調べるためだしそのやりたい事は達成されたわ。

これ以上いても無意味よ」

 

ぼーっと眺めていると紫が横から声をかけて陽の後ろでスキマを開く。確かに用事はもう無いので帰ろうとして寝ている陽鬼を担ぐ陽。

そういえば、と陽は先ほど紫がパチュリーに何を話していたか気になったので近くによって話し掛ける。

 

「さっきパチュリーと何話してたんだ? 耳打ちする程だし言いたくないならいいけど」

 

しかし紫は聞いてもうんうんと唸ってばかりで言いづらそうにしていたのを察した陽は詮索されるとまずい事なのだろうと思って月魅と手を繋ぎ陽鬼を抱えて紫達よりも先にスキマの中を歩いていく。

ある程度離れたところでボソリと紫は呟く。

 

「……『妖怪が人間に憑依する条件』だなんて馬鹿正直には言いづらいわね」

 

「ですがそれとなく伝えてた方が良かった気もしますけどね」

 

「……藍、今の聞いてたの?」

 

紫の後ろから3歩半後ろに藍は立っていた。橙は疲れて寝てしまっているのか藍におんぶされていたが。

 

「聞いてたも何も私は妖狐とはいえ狐ですよ? ある程度離れたところの音なら大抵聞き逃す事はありませんよ。まぁ先ほどのひそひそ話は聞き取れませんでしたが」

 

「……そう、でも今聞いたことはあの子達には内緒よ。例え結果を彼女からどう伝えられ様とも絶対にあの子達には言わない事、いいわね?」

 

「仰せのままに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と……八雲紫も面倒くさい事を頼んでくれたわね」

 

「ん? 紫に何か頼まれたのか? あいつが頼み事するなんて珍しいな……そんでもってそれを受けるパチュリーも珍しい。今日は珍しい事だらけだ」

 

「それで? 彼女からは何を頼まれたの?」

 

八雲家が紅魔館を去ってから数分後、アリスと魔理沙はまだ残っていたのだがパチュリーに呼ばれたので三人ひとつのテーブルを囲んで座っていた。

 

「……妖怪が人間に憑依する原理、かしらね」

 

「……は? 『妖怪』が? 生霊とか悪霊とかが人間や妖怪に憑依するんじゃなくて『妖怪』が『人間』に? あいつも随分良く分からん事を調べさせ様とするもんだな」

 

「けど意味が無い事を調べさせ様とする女でも無いわ……だからこそ、それを調べる為に色々な視点から調べたくて今この場で私が頼んでいるのよ……何せ何がどうなってるのかすらも彼女が分かってないんだからね」

 

疑問符を浮かべていた魔理沙だったが不意に箒を使って少し高めの本棚のところまで箒を飛ばす。

 

「魔理沙? 何してるの?」

 

「とりあえずいろんな本で調べてみようと思ってな! もしかしたら伝記や歴史本にも何かあるかもしれないし調べてみる価値はあると思うぜ!?」

 

魔理沙がそう言って片っ端から本をとって戻ってくる。そして魔理沙のその言葉にパチュリーはしばらく考えた後、気合を入れる為か手を叩きパンッと乾いた音を鳴らしてから椅子から立ち上がる。

 

「魔理沙の言う通りね、さっさと調べ終えてあの女に調査報告を叩きつけてあげましょうか……待ってなさいよ、この無理難題レベルの謎なんて簡単に解いてみせるんだから……これでも魔女なのよ、私は」



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月と太陽の奇妙なお買い物

今回陽は出ません。


「今日は陽がご飯の仕込みで忙しいから二人で買い物に行ってきてくれない? 余分にお金を渡しておくから一人一つだけ好きなものを買ってきていいわよ」

 

「……え? 二人で、って私と月魅でって事?」

 

「えぇ、陽鬼と月魅の2人で行ってきて欲しいのよ。藍は陽と一緒にご飯の仕込みをしているし橙はマヨヒガで遊んでる、私は今から結界の情報をまとめなくちゃいけないからお願いね」

 

月魅が精霊だと調べ終えてから数日後。今日の八雲邸では紫が陽鬼と月魅の2人に買い物を頼んでいた。2人とも思い思いの事をしていたので暇な事は暇だったのだが陽鬼としては買い物くらい一人で出来るつもりだったので月魅と行かされるのは少しだけ納得していなかった。

 

「わ、私1人でも出来るのにどうして私と月魅に頼むのさ!」

 

「そうねー……月魅に幻想郷の人里の案内も兼ねてほしいから、かしら? 月魅って興味の無い事はとことん興味が無いから無理矢理にでも人里の事をいろいろ教えて欲しいのよ。

前に『遊んできたら?』って声を掛けたけど『また今度』って返されちゃって……何か名目が必要だと思ったから今あなたに頼んでるのよ。買い物だけだとあの子本当にすぐ終わらせちゃうし適当なお店や広いところに連れてって遊ぶ事も覚えてほしいのよ」

 

「うー……分かったよ、月魅と一緒に行ってくる……」

 

そうして陽鬼は月魅と一緒に人里で買い物をする事になり、買い物と兼用で月魅に『遊び』というものを教える事になった。あくまでも陽鬼は月魅と遊ぶ事は渋々だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……次は豆腐ですね。豆腐屋はどこにあるのですか?」

 

「こっちだよ、けど紫には急いで買い物を終わらせろなんて言われてないし丁度いいから色々な所を紹介しながら豆腐屋までの道を行く事にしよう」

 

「……必要あるものだけ覚えておきます」

 

人里。紫のスキマによって来ていた陽鬼と月魅であったが紫が言っていた事はこうだったのかと陽鬼は若干イラつきながら月魅とやり取りをしていた。

なにせ、何をどう教えても『必要性が感じられない』『こっちから行った方が早い』『知っていたら何か得する事はあるのか』という正論じみた意見ばかりだったのだから。

正直な話月魅はお洒落する為の小物屋などを見て何故必要なのか理解出来ないタイプのクソ真面目な性格なのだ。故に基本的には自分にそれは必要であるか否かという事に中心点を置いてある為に楽しければいいじゃないかという性格の陽鬼とは相性が合わない。

 

「……あのさ、そんなに真面目な生活してて楽しいの?」

 

「貴方風に言うのであれば私はマスターに命令されて動いてる時が楽しいですね。所詮私はそういう(さが)を背負っているんですよ。

元々の出自が出自です、命令されて動く様に作られている私にとっては最低限の食事と水さえあれば後はマスターの命令にさえ従っておけば楽しかったです」

 

知っていた。陽鬼は月魅がこういう返し方をする人物だと知っていた。月魅の頭の中には陽の事しか頭に無いんじゃないかというくらい陽の事を口にしていた。何故か陽鬼はその事がとても気に入らなかった。

 

「……そんなに陽の事口にするけどさ。いくら何でも前の主とやらの話は一切しないよね。何、それも今となってもどうでもいい事だから覚えてる必要が無くなったの?」

 

つい喧嘩腰で陽鬼は月魅を挑発してしまう。言った後すぐに罪悪感が感じたがそれに対し月魅は表情一つ変えずそのままある事を言い放つ。

 

「一応私にも倫理観はありますし好意的に見る人物と嫌悪的に見る人物がいます。今のマスターはとても好意的に接してくれるので私としてもマスターは好意的に見ています。

今のマスターが好意的に見るとしたら前のマスターは嫌悪的に見ていました。ただそれだけの話です」

 

「……前の主は嫌いだったって事か。ちょっと意外だけどちゃんと好き嫌いはある様で良かったよ」

 

月魅に好き嫌いがあったのか、と陽鬼はふと思っていた。だが月魅が人物の好き嫌いをするなんて……と少し驚いていた。しかし月魅ですら嫌悪する彼女の前の主とは彼女に一体何をしたのかと陽鬼は気になっていた。

だが聞いたら聞いたらで自分も嫌な思いをする事になりそうな気がして聞くに聞けなかったのだ。

 

「この小さい体にも少しは慣れてきましたしクローンロイドだった時の生活よりも今の精霊としての生活の方が充実している気がしますね……」

 

「今の体、か……そう言えば月魅って今の体とクローンロイドとしての体は違うんだよね。前の体って大きかったの?」

 

「大きかったですよ。クローンロイドは元々マスターの身の回りの警護やお世話をするために作られてましたし……それが今のように小さい子供では色々出来なくて不便極まりないですからね……まぁ、敢えて小さい子供の姿をさせている様な者もいましたが」

 

「ん? 今何か言った?」

 

陽鬼は月魅が最後に小さく発した一言を聞き取れてはいなかった。しかし、月魅は特に何事も無かったかの様に歩き続けている。

 

「いえ、記憶の中を探ってて不意に出た一言ですからあまり気にしないで下さい。聞いてても聞いてなくても話にそこまで関係ありませんから」

 

「ふーん……まぁ月魅がそう言うならいいや。世の中には言いたくない事もあるだろうし一々聞いてちゃただの野次馬根性だしね」

 

月魅に続いて陽鬼も付いていく。知られたくない事の一つや二つ誰にだってあるもの、だと陽鬼は認識している。

陽はあんなこと言っていたけど自分の記憶が完全に戻った時彼は自分を見捨てるのではないか、と陽鬼は思っていたのだ。だから陽に見てもらえる様にしておきたいのだ。その為だったら、彼の味方をずっと出来るなら……とも、考えているのだ。

 

「そう言えば……ずっと気になっていた事が一つあるんです。聞いてもいいですか?」

 

「よほど変な質問じゃなかったらいいよ〜……」

 

「陽鬼はマスターの事をどう思っているのですか? マスターを主だと認識しているのならどうして四六時中見守ろうとしないんですか?」

 

「……いや、何言ってんの? 流石に風呂とか厠までついて行く必要は無いし何より今の状況だと私達二人共陽から離れちゃってるじゃん」

 

月魅は陽鬼のその返しに心底不思議そうな顔をしながら首を傾げていた。まるで思っていた事と全く別の返事が来たかの様に。

 

「風呂や厠は皆油断しやすい場所です、厠はマスターが絶対に入らせてくれませんが風呂はついて行って頼み込んだら入れてくれましたよ?」

 

そして月魅のこの返しに陽鬼は足を止めて目を見開いて月魅を見るくらいには驚いていた。陽鬼が止まったので釣られて月魅も止まったが彼女には陽鬼が何故驚いているのか分からない表情をしていた。

 

「……い、いやいや!? 入れてくれてるの!? えっ!? というか一緒に入ってるの!? アンタさっき倫理観がどーのこーの言ってた癖になんで一緒に風呂入ってるの!? おかしくない!?」

 

「何故か入る度に体に布地を巻かないと入れさせないと言っています。しょうがないので毎回タオルを巻いてから入れてもらってますよ?」

 

「違う! そういう事じゃない! 男女が一緒に風呂に入る事がおかしいって言ってるんだ!!」

 

陽鬼が驚きつつも指摘した事に月魅はジト目で溜息を吐きながら首を横に振った。『何も分かっちゃあいない』とでも言いたげな表情なのが少しばかり陽鬼の神経を逆撫でた。

 

「陽鬼、いいですか? 男女が同じ風呂に入るのは全くおかしい事じゃないんです。幻想郷は日本という国の一部を切り取っている世界ですがその切り取った時の時代をそのまま今まで維持してきているんです」

 

「……えっと、何が言いたい訳?」

 

「黙って聞いていてください。その切り取った時代よりも少し前、せいぜい100年ちょっとくらい前には逆に男女は一緒に風呂に入る時代だったのですよ? つまり、私とマスターが一緒に風呂に入った所で何もおかしなところは無いんです」

 

月魅が喋り終えてから陽鬼はふと思っていた事が確信に変わっていた。『月魅は賢いアホ』だと。天然が入ってるところもあるが別段自分がいい様に解釈しているとかでは無く本当にそう思っている類の考え方をしていると陽鬼は感じ取っていた。

自分が肉体労働担当で月魅が考える役割という配置図が完成していたのが少しだけその役割分担が陽鬼の中でぐらついていた。

 

「月魅……今と昔は違うしそもそも幻想郷が日本から切り離されたと言ってももうここは別の世界なんだから。世界が違えば常識も違う、幻想郷じゃあ別に男女が一緒に風呂に入らない事はおかしな事じゃないんだからね? つまり、昔の日本がどうだったかは知らないけど今の幻想郷には何も関係無いの。分かった?」

 

陽鬼が諭す様に言っていると月魅も理解したのか少しだけ顔を俯かせながら首を軽く縦に振っていた。

 

「……陽鬼の言いたい事は分かりました。たしかにその言い分には一理あるでしょう。しかし、それならば何故マスターは私と一緒に入ったのでしょうか?」

 

「多分陽は月魅みたいな事を一切考えてなくて『一緒に入りたいんだろうな』的な事を考えてるんだって。どれだけ月魅の理論を並べ立てても結局一緒に入りたい為の建前を並べてるとかそんな感じにしか思ってないよ陽は……というか今更だけど紫はこのこと知ってるの?」

 

「言ってませんから知らないと思いますよ。知っていたら多分私のところに来て何か言うでしょうし」

 

陽鬼もそれは理解しているのだが陽が紫に言わない事は無いと思うし恐らく陽は説明を入れたが紫に説明する時に『一緒に入りたそうにしてたから〜』や『寂しそうだし一人で入れるのも〜』などという事を言ったんだろう。そうでもしない限り基本的に紫に怒られるか注意されるかの二択だからだ。しかしわざわざ言う事でも無いし見逃してくれてるなら自分から言う事は無いと思い、陽鬼はもうその話題をするのを止めた。

 

「……とりあえず早くご飯買って帰らないといけないからそうしよう。ちょっと無駄話が過ぎちゃったよ」

 

「そうですね、早く行くとしましょう」

 

そして2人は再び歩き始めて行く。いくら時間が掛かるとはいっても流石に無駄話で時間を潰す訳にはいかない、紫には大した負担では無いだろうけどいつまでもスキマを開かせておく訳にもいかないからだ。

そして本来の目的である買い物を終えた時━━━

 

「あら? 前まで入院してた2人組じゃない。」

 

後ろから掛けられた声、心当たりのあった二人はとりあえず後ろを振り向く。そこには鈴仙・優曇華院・イナバがそこに居た。

 

「あ、れいんげだ」

 

「鈴仙・優曇華院・イナバね。別にフルネームじゃなくてもいいからせめて鈴仙か優曇華院って呼んでよ……うどんげでもいいから」

 

「分かりました。鈴仙・優曇華院・イナバ」

 

「貴方達実は私をおちょくってない? 鈴仙かうどんげでいいって言ってるでしょ……だからって今度はイナバって呼ばないでよね?」

 

実際この2人はおちょくってるつもりは無いのだが三回目で少し怒ってる鈴仙を見て流石にそろそろ呼ばないといけないと思った2人はとりあえず鈴仙の言う通りにした。

 

「で? 鈴仙が何でこんなところに来てるの? 私達と同じ様にお買い物?」

 

「……そうね、買い物と言えば買い物だけど……私は売る方でここに来てるのよ。定期的に薬を買わないといけない、もしくは体を悪くして買いに行かないといけない……けれどそれらの事情を抱えているのに歩けない人の為に定期的に人里に来ては薬を売ってるのよ。

実際永遠亭に来る人の診断料や医療費とかじゃあどう頑張っても生活費が足りないもの。だからこうやって薬売りをする事で稼ぐしか無いのよ」

 

「薬売り……ですか」

 

月魅の表情こそ変わってないが興味深々の眼差しを察した鈴仙は何かを考える様に顎に手を当てて考え始める。

そして何かを思い付いた様に満面の笑みで頷いた後に二人に再度話し掛ける。

 

「ねぇ、良かったら見てみる?」

 

「いいんですか? ついて行っても」

 

「いいのよ、私としても貴方達みたいな子供が付いて来てくれたら嬉しいもの」

 

鈴仙の本音としてはこういう薬売りの相手は老人、それも孫や息子がいなかったり会いに来る人がいないなどといった人が多い為、鈴仙が行くと毎回構われすぎて終わるのが遅くなる。だからこの2人を連れていけば自分よりも更に小さく更に子供っぽい陽鬼や背格好から見たら大人ぶってる大人しそうな月魅の方をより構って薬売りがし易くなると考えていたのだ。

 

「それじゃあ……ついて行ってみたいです」

 

「ちょっと月魅、まだ用事が終わった訳じゃ━━━」

 

「大丈夫です、昼ごはんまでに戻ればいいですから」

 

そして、今日は買い物ついでに色々行く事になった二人であった。




一応まだ続きます。


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月と太陽の奇妙なお買い物 その2

中編です。


「それじゃあ一件目はここよ」

 

人里に買い物に来ていた陽鬼と月魅。2人は買い物をしている最中に鈴仙・優曇華院・イナバと出会いそこで彼女が薬売りをしていることを知った。

薬売りの仕事に少しだけ月魅が興味を持っている事に気付いた鈴仙はその場で二人に薬売りの手伝いをしないかと誘う。急がなくても良かったし今日の晩御飯などに使う食材を買ってた訳では無いため時間に余裕のあった2人は……と言うよりも月魅は快く引き受けた。

離れる訳にもいかない陽鬼も仕方無く月魅達に付いて行く事となった。

しかし、鈴仙が二人を誘った理由は仕事を円滑に進める為であり子供っぽい陽鬼と大人ぶってる大人しそうな感じの月魅ならば薬売りの主な顧客である老人達に受けがいいと考えた為であった。

そんな事も露知らず、2人はそのまま鈴仙に連れられて初めての薬売りを体験する直前であって。

 

「お邪魔しまーす、いらっしゃいますか〜?」

 

「おぉおぉ、鈴仙ちゃんいらっしゃい……おやおや、その子達は? 随分可愛らしい子達ね〜」

 

鍵の開いている扉を開けて鈴仙が元気よく声を出す。すると奥から人当たりの良さそうな老婆が出てくる。

 

「よ、陽鬼……です」

 

「月魅です、今日は鈴仙さんの薬売りの手伝いをする事になりました。よろしくお願いします」

 

「はいよろしくね〜、ふふ……そっちの赤い子は緊張しているのかしら? 随分と可愛らしい角が生えているのね〜」

 

人里にいる妖怪ならば怖くないのか老婆は陽鬼の頭を優しく撫でる。陽鬼はそれが気持ちいいのか撫でられて至福の表情を浮かべていた。

 

「それじゃあ奥に上がって頂戴ね〜……今お菓子出してあげるからね〜」

 

「お菓子!?」

 

「あなたは少しがっつき過ぎですよ……」

 

お菓子という単語に反応した陽鬼はいの一番に老婆の後ろをついていき、それに続く様に月魅、鈴仙も後から歩いていく。

そして、奥に着いてから老婆と鈴仙が向かい合う様に座り、それを眺める形で月魅と陽鬼が2人の横に座っていた。

 

「さて━━━」

 

そして、ここから鈴仙の問診が始まった。体の調子を聞いて老婆が答えられる範囲での答えを全て聞き終えた後にその状態に見合う薬を提供する形で次々と薬を選んでは出してそれが違うと分かったらしまうの繰り返しをする。

そして、その老婆に一番適切な薬が分かったところで今度はその薬の値段交渉に入る。

量が多いのならそれ相応に値段も高くなる……が、老婆の体は至って健康そのものなのである程度の健康支援薬を渡しておけばそれで済み、値段も老婆が問題無く払える値段で交渉が終わった。

 

「━━━それじゃあ私達は帰りますね。お体を大事にしてください。きちんと薬の間隔は空けて飲んでくださいね? そこまでの強い薬では無いですが時間を開けずに飲んだら体が過剰摂取と判断する事もありますから」

 

「えぇ、分かっているわ鈴仙ちゃん。またお願いするわね?

陽鬼ちゃんや月魅ちゃんも色々話せて良かったわ、また遊びに来てちょうだいね?」

 

「うん! また遊びに行くよ!!」

 

「迷惑でなければ……また越させてもらいます」

 

老婆は自身の家の前まで見送ると陽鬼達が見えなくなるまで手を振ったのだ。陽鬼達もそれに応えてずっと手を振っていたのだった。

そして次も、そのまた次も……ただひたすら老人の家に行っては陽鬼達は可愛がられ行っては可愛がられの繰り返し。

そしてそのまま5件の家を訪問して1時間ほど経過してから━━━

 

「あー、今日の薬売りは終わり! 手伝ってくれてありがとうね〜」

 

「……つ、疲れたよ。まさか可愛がられるだけでここまで疲れるなんて思わなかった……」

 

「同感です……孫みたいなものと認識されているのだからああいう反応は知っていましたが……予想していても疲れました……あまり強く言えないのもあって緊張して、余計に……」

 

団子屋でグッタリとしている陽鬼と月魅。その反面とても嬉しそうにしている鈴仙。とても気分がいいのか二人を連れて団子を奢っているのだ。

 

「疲れた時には甘いものが一番よ〜ほらほら、お食べなさいお食べなさい。好きなだけ食べても構わないからね〜」

 

そして可愛がられていない鈴仙が一番元気な訳だが『ただ話をして薬を渡しているだけじゃないか』と大声で叫びたかった陽鬼だが実際それが仕事なので何も言い返せずにいた。

だからこそ、ならば言う通りにしてやろうと思った陽鬼は3色団子を一つ手に取って一気に三つを頬張る。そして完全に無くなったら今度は店員に追加注文をして持ってきてもらったものをまた頬張っていく、その繰り返しをしていく。

 

「ちょ、ちょっと……?」

 

「鈴仙、陽鬼相手に『好きなだけ食べていい』と言ったのは失策でしたね。陽鬼は八雲家の食事量の半分を占めているんですよ。それがいつもの事です」

 

「え、ちょっと待ってあの人数で食事量の半分……!? わー! 待ったストップストップ!!」

 

「『一度走り出したら急には止まれない』とはよく言ったものですね、確かにその通りだったみたいです」

 

陽鬼は鈴仙の静止なんて全く気にもせずにひたすら団子を頬張っていく。次第に10皿,20皿と枚数が加速度的に増えていく。

 

「お願いぃ! 待ってぇ!! これ以上食べられると私の必死に貯めてたお小遣いがスッカラカンになっちゃうう!!」

 

これ以上は不味いと察した鈴仙は席を立って羽交い締めにする様な感じで陽鬼を抑える、だが━━━

 

「ねぇ鈴仙? 頼んで出されたものは食べないと失礼だよねぇ……?」

 

「な、何が言いたいのよ」

 

「私もうこれに10皿追加注文しちゃってるんだよね〜ほら、私って馬鹿だから『言われた事は本当にそれを行っちゃう』んだよね〜だから……私は好きなだけ食べてるんだけど? まぁでも鈴仙が駄目って言うならもう追加注文しないよ」

 

もう注文はしない、その言葉に一旦は安心する鈴仙。そして、自分の頭も冷静になってから考えて少し気になったので自分の財布に入ってある貯金額を確認する。

 

「……丁度、空?」

 

目が点になっているというのはこういう事だろうかとお茶を飲みながら思っていた月魅。先程まで自分の仕事が上手くいっていたのに自分の予想しえないところで金がスッカラカンになってしまった者の顔を見ながら団子を頬張った。

 

「さーて、それじゃあ団子食べよーっと」

 

「そうですね。出されたものは全部食べないと失礼ですものね」

 

その言葉に鈴仙は反応はしなかった。というよりも自分の財布の中身が0になった事が確定してしまったため呆然としているだけなのだろう。ついて行きたいと言ったのは自分達だが現実は可愛がられて仕事が長引くのを恐れた鈴仙が自分達を体のいい物として扱っただけの報いを味わわねばなるまいと思った月魅は鈴仙を既に視界に入れていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「団子! 美味しかったよ! それじゃあまたね鈴仙!」

 

「うん……またね……」

 

トボトボと歩いていく鈴仙。自業自得にも程があるのだが流石に団子の皿を積み重ねるほど食べた陽鬼もそこそこ本気を出したというところだろう。よくこれで太らないものだ、と少しだけ羨ましいとも月魅は思っていた。

 

「さて……買い物は終わらせてあるし後は帰るだけだね」

 

「そうですね、他は特にやることがありませんし…おや? あれは前にいっていた寺子屋の教師じゃないですか? 青い服ですし」

 

「へ? ……あ、ホントだ。慧音何してんだろあんなところで……おーい! 慧音ー」

 

陽鬼が大声を出して手を振ると少し離れたところにいた慧音が陽鬼達を見付けて近付いてくる。

 

「お前達か、今日はどうしたんだ?」

 

「人里までお買い物……だったんだけどさっきまで鈴仙の薬売りの手伝いしてた。慧音こそ何1人で黄昏ながらぼーっと空を眺めてたの?」

 

「……いや、人に物を教えるって難しいものだと思ってな」

 

そう言いながらまた空を眺める慧音。何の事かよく分かってない陽鬼はともかくとして何の事か予想出来た月魅は慧音に確認をとる形で確かめる。

 

「生徒かその親にでも教え方が悪いと言われたんですか?」

 

「生徒の方だ……後それと守谷の巫女にも分かりづらいって言われたんだ……」

 

「あぁそう言えば彼女外の世界出身だったもんね……って明らかに年齢違うのに分かりづらいって言われたの? それって教師としてどうなの?」

 

陽鬼の直球な物言いが心に刺さったのか近くの物に腰掛けながら慧音は俯き始めてしまう。

 

「……元々私は歴史専門なんだよ……計算はともかくとして文学は全然問題無いんだ……計算も、無いはずなんだ……」

 

「他に教師雇えば? 自分の出来る範囲なら問題ないんじゃない? 歴史は得意なんでしょ? 外の世界の出身なら早苗でも雇って他の授業をやらせればいいんじゃない?」

 

そう言った途端更に慧音の顔が曇り、俯き方が酷くなる。あ、これ何か言っちゃいけないこと言っちゃったかなと陽鬼は思ったが何が悪かったのかよく分かってないので適当に謝る訳にもいかず結局何も言えないままポツポツと慧音が話し始める。

 

「……分かり易いって、言われたんだ」

 

「……へ?」

 

「その守谷の巫女に試しに教師やらせてみたんだ……自分がやってみる、って言ってたし今まで私しか授業をしてこなかったから……試しに彼女のやりたい様にやらせた日があったんだ。

そしたら……生徒が皆彼女の方が分かり易いって言ってたんだ……文学も、計算も……歴史も……」

 

それを聴いて陽鬼と月魅はかなり気まずくなった。自分の全てを否定された様な気分になったのだろうと流石の陽鬼も理解するほどに気まずい空気が流れていた。

 

「……一度、どうやったら分かり易くなるのかその守谷の巫女に教えてもらえば良いのでは?」

 

「……いや、もう教えて貰っているんだが……なかなか上手くいかないんだ」

 

「……何だったのですか? 教えて貰って上手くいかないという事は……喋る速度や喋り方という事ですか?」

 

慧音はそのままの体制で一度黙った。話そうとしないのかそれとも話そうとして悩んでいるのかが表情で判断出来ないのでゆっくり待つ事にした。

 

「……その、私自身も無意識なのだが歴史と絡め過ぎてしまうらしい」

 

「……どういう事? 月魅どういう事か分かる?」

 

「……多分、気付いたら全部の授業が歴史になるくらいには知らない間に歴史と絡めてしまっているんでしょう」

 

あぁなるほど、と手を叩いて納得する陽鬼。それに反応する気も起きないのか慧音は黙ったままである。

 

「……あれ? でも歴史ならそんなに問題無いんじゃあ……」

 

「重要な単語が出る度にその歴史を語ってしまっているんでしょう……慧音は余計な説明をし過ぎて授業が全く進まない類の教師の様です。

確かにこれは中々直せるものでも無いですね……」

 

「なるほど、納得」

 

「……余分な事を喋ってるからどこが大事か分からないそうだ。確かに一度の授業(60分)で結構な回数話がずれる事はあるけど……」

 

「……因みに大体どのくらいとか言われた?」

 

陽鬼がそう聞くと慧音は黙ったまま右手を広げたまま二人に見せる。

 

「5回かぁ……まぁでもそのくらいならそこまで多くない様な━━━」

 

「50らしい」

 

「……いや普通に多くない? もしかしたら生徒が鯖読んで回数ものすごく増やしてるのかもしれないけど……」

 

「……じゃあ、試してみましょう。一度の授業でそこまで話がずれるという事は恐らく生徒の方も注意してるからこその回数なのでしょう」

 

月魅がそう言うと陽鬼は月魅の方を見て顔を俯かせていた慧音も顔を上げる。

 

「試す……って何を?」

 

「私達も……慧音の授業を受けるという事です」

 

こうして1時間限りの寺子屋の授業が幕を開けた。因みに本日の授業は無い日らしいので慧音としても問題無いのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後

 

「いやぁ、まさか本当に開始1分くらいで別の話に行くとは思わなかった」

 

「平安時代……というのをやっていたはずなのに江戸時代というのや、石器時代というものに移り変わるのはむしろ神業の代物ですね。一応言っておきますが褒めてはいませんよ」

 

「本当にどうすればいいんだ……はぁ……」

 

「……誰か雇えばいいんじゃないですか? 歴史の方に関してはやり方を変えてみるというのも手かもしれません」

 

月魅のその言葉に再度慧音は反応する。藁をも掴む思いである時の表情というのはこういう表情なのかと月魅は妙に納得してから話し始める。

 

「計算に関しては魔女であるアリスなどが適切の様にも思えます。魔法を使うには計算が必要と聞いた事がありますし。文学は……当てが無い様なら守谷の巫女などに頼めばいいと思います」

 

「それで……やり方を変える、というのは?」

 

「もういっその事一つの授業で重要人物の歴史を語り尽くしてしまえば何ら問題は無いでしょう。一つの時代より一人の人物を軸に置いた方が慧音の喋り方にもあっています」

 

鳩が豆鉄砲を食らったかの様な顔をしている慧音。気に入らなかったのかと少し不安になった月魅だったが慧音が『その方法がいい』と言わんばかりの表情をした為、すぐに杞憂だと分かった。

 

「なるほど! 助かったよ! 今度からその方法を試してみようと思う! じゃあな!!」

 

「は、はい……」

 

今すぐにでも実行せんとばかりに走って帰っていく慧音。それに少し驚いた月魅はたじろいだがすぐに溜息を吐いて陽鬼の方を向く。

 

「帰りましょうか、陽鬼」

 

「そうだね、今度こそ帰れる様にしないと……ってまた誰かに会いそうだなぁ……」

 

まだまだ太陽が明るい幻想郷の人里。その中を銀と赤は闊歩していた。




後半普通に慧音と月魅が会話していましたけど一応初対面なんですよねこの二人。


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月と太陽の奇妙なお買い物 その3

後編です。銀のそろい踏み。


「……あら、貴方達何してるの?」

 

ほーら、また誰かに会った。と陽鬼は内心呟きながら目の前にいる人物に返事を返す。

 

「買い物だよ買い物。食べてないと生きていけないし……そっちもそうなんでしょ? 咲夜」

 

そう、目の前にいたのは十六夜咲夜。紅魔館のメイド長の1人である。しかし陽鬼は買い物と予想していたが両手に何も持っておらず手ぶらなのを見てまだ目的のものが買えてないのだろうかと月魅は思っていた。

 

「まぁ確かに買い物といえば買い物なんだけどね……今ちょっとお休みをいただいてるのよ、一時間くらい。その間に何か新しいナイフがないか探しに来てるのよ」

 

しかし咲夜のその答えに月魅は軽く驚いていた。たった一時間の休みだけでナイフを買って帰るのだというのだから実はもうめぼしい物がないと判断して帰る途中だと思った、しかし咲夜の言い方はまだ見付けていないもののそれだったからだ。

 

「……けれどたった一時間で見付かるとは思えないんですが」

 

「一時間もあれば充分に決まって……あぁ、そういえばあなたは私の能力を知らなかったのね」

 

「能力って何の事……っ!?」

 

咲夜の能力の存在すら知らなかった月魅がその存在を確認しようとした瞬間、月魅のいつもの視点は倍以上に高くなっていた。そして視点が高くなったと気付いた瞬間、ほぼ同時に自分が抱き上げられてる感覚があると気付いたのだ。

 

「どう? これが私の能力『時を操る程度の能力』よ」

 

「……時間、ですか。確かにこの能力なら行き帰りは……いえ、それ以外も基本的に時間を止めているだけでいいですね」

 

「ええ、そういう事よ……というか貴方達本当に軽いわよね。ちゃんとご飯食べてるの?」

 

「私八雲家の食費の半分らしいから……」

 

咲夜が『貴方達』と言っているのに全くそこを気にしていない陽鬼はさも当然の様に答える。

しかし、ちゃっかり陽鬼も持ち上げられているであろう事は月魅はそれと無く感付いていた。

 

「私は普通ですよ。ご飯1杯に味噌汁1杯、後は野菜の盛り合わせがあればそれで充分ですし」

 

「……陽鬼はともかくとして月魅はよくご飯食べた方がいいわよ。貴方達お嬢様や妹様と同じくらいなのにあなた達の方がはるかに軽いもの……あれ、という事は陽鬼はもっと食べないといけない、って事になるわね……」

 

「陽鬼にこれ以上食べられたら八雲家の財政が底を尽きますよ」

 

咲夜はとりあえず月魅を下ろしてから話を続け始める。

 

「その通りっぽいのがそこはかとなく恐ろしいところね……そう言えば買い物って言ってたけど貴方達の荷物を見てる限りすぐ終わりそうなものだけど、まだ何か買うのかしら? それとも今帰り?」

 

「買い終わったところに鈴仙の薬売りの手伝いをして慧音の手伝いもして……そこで咲夜に会ったんだよ」

 

「あの兎と教師の手伝いねぇ……?」

 

咲夜は依然変わらない表情で陽鬼と月魅を見比べる。陽鬼も月魅も薬を知っている様には見えなかったが、嘘を吐いてるとも咲夜は感じ取れなかったので何をしていたのか少し気になっていた。

 

「ねぇ、貴方達━━━」

 

「あれ、貴女紫様のところにいる男の式神じゃないですか。それに紅魔館のメイド長さんまで」

 

と、ここで三人の会話に割って入る人物がいた。おかっぱの様なストレート気味の髪、背中に背負った刀、そして周りをふよふよと漂っている半霊。

そう、魂魄妖夢がそこに居た。

 

「そして知らない方が一人……どうも初めまして、魂魄妖夢と申します。普段は冥界の白玉楼にいるのですが今日はこうして買い物に来ました」

 

「あ……どうも……月魅と申します。マスターである月風陽に付き従っている従者の1人です」

 

挨拶をし合う二人を尻目に咲夜がチラッとだけ陽鬼を見つめた後にポロリと本音を零す。

 

「そこまで似てるものでもないのに何故か無性にあの二人が似ている気がしてきたわ」

 

「それは私も思った……けど髪の色が違うね。月魅は純正の銀髪って感じだけど妖夢って白銀って感じだもん」

 

「どちらかと言うと髪の色に関しては月魅は私よりね。同じ銀髪だし従者だしで私としてはかなり親しみやすいわ」

 

そしてそれを聞いて陽鬼は若干疎外感を感じていた。何故なら1人だけ何もかもが違うかったからだ。

よくよく考えてみればこの場は銀髪かつ従者という女性が三人もいるからだ。

陽鬼自身陽の事は主というよりも自分の保護者というイメージが強かったのもあり妙に自分が浮いている様な気がしたのだ。

 

「……赤い髪の従者っていないのかな」

 

「一応ウチの門番の美鈴がお嬢様の従者といえば従者だけど……そう言えば陽鬼ってどことなく美鈴に似てるわよね。髪が赤いし、雰囲気もどこと無く似てるし……格闘戦するんでしょ貴方、そこも美鈴と似てるわ」

 

「けど前見た時彼女妖精達と遊んでたよ? 流石に私も仕事をサボって誰かと遊ぶとかは……」

 

陽鬼がそう言ってると咲夜が軽く微笑む。何がおかしいのか分からなかった陽鬼は首を傾げる。そして咲夜は中腰になって陽鬼と同じ目線にしてから再び話し始める。

 

「あれでも美鈴仕事しているのよ。

彼女の能力は『気を使う程度の能力』っていうのだけれど、彼女は熟睡しててもその能力で24時間警戒してる様なものなのよ。まぁ流石に一日中立たせてる訳にもいかないから門の近くに彼女の部屋を置いて見張ってくれているのよ。

つまり、誰と遊んでいようが門の前で爆睡していようが彼女がいる限り無断で侵入する事は基本出来ないわね」

 

「へえ……てっきり門番が暇過ぎて遊んでるのかと思ってた……」

 

陽鬼がそう言うと咲夜がそのままの体勢で苦笑する。

 

「貴方って言葉をぼかそうとしないから好感を持てる事は持てるんだけどね……正直に言い過ぎると痛い目見ちゃうわよ?」

 

「? 正直に言ったらダメなの?」

 

「ダメって訳じゃ無いけど……時には嘘を吐いたり言葉をぼかしたり……そういう事をする必要もあるのよ」

 

その言葉を言い終わると咲夜は立ち上がりポケットに入れてあった懐中時計を手に取って時間を確認する。

 

「あらもうこんな時間……それじゃあ私は帰るわね」

 

そしてそのセリフの直後に咲夜の姿は忽然と消え去った。この場にいる全員が時を止めて帰ったのだと理解した。

 

「そういえば……妖夢は何しに来たの? 買い物って言ってたけどご飯の?」

 

今更咲夜に別れの挨拶をしてもどう考えても聞こえない事は分かっていたので話を切り替えて妖夢が何をしに来たのかを聞く陽鬼。しかしその陽鬼の問に妖夢は首を横に振ってから話し始める。

 

「違いますよ。実は幽々子様のお使いになっている扇子が壊れてしまったので修理可能かどうかお店に行ってたんです。それでかなり重要なところがポッキリイッちゃってたので新しいのを買ってこようとしてたところで貴方達に会ったんです」

 

「なら早めに買い終えて渡した方がいいんじゃないの?」

 

「幽々子様のは特注なんですよ……だから出来上がるまでには塗ってる色の都合もあってどう頑張っても一週間以上はかかります。だから今はのんびり散歩中でもあるんです……そういえば貴方達も買い物に来ているんですか?」

 

ふと思い出したかの様に妖夢は陽鬼達に何の都合で来たのかを尋ねる。特に隠すような事も無いため二人は互いに互いを見たが一瞬だけ目を合わせて一応言っても問題無いという事をアイコンタクトで意思疎通をして再び妖夢に向き直る。

 

「うん、買って来てって紫から言われてたんだけど別に里でゆっくりしてきてもいいって言われてもいるから買い物が終わってからちょっと散歩してるの。

まぁ鈴仙の薬売りの手伝いとか慧音の悩み相談とか色々あったけど……」

 

「そう……前に愚痴聞いてたけど薬売りってそんなに体力使う仕事なのね……」

 

「妖夢? どうしたの?」

 

「いえ、なんでもありません。ただ前に鈴仙に会った時に薬売りの事についての愚痴をさんざん聞かされていたので本当にキツい仕事なんだなという事を理解した迄です」

 

鈴仙が妖夢に愚痴っているという事実に陽鬼は苦笑していた。そして月魅は思い出したかの様に陽鬼に話し掛ける。

 

「そろそろ戻った方がいいと思いますよ。紫達がそろそろ心配する頃合です」

 

月魅がそう言って陽鬼もようやくかなり長い時間里にいる事に気付いた。

 

「それもそうだね……ごめん妖夢、また今度」

 

「えぇ、紫様達にも宜しく伝えておいて下さい」

 

そして陽鬼と月魅はスキマが繋がっているところまで飛んでいく。そして、そのままスキマに入って八雲邸へと戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「今戻りました」

 

「あら、お帰りなさい。随分と長い間人里に行ってたみたいだけど何かあったの?」

 

八雲邸へ戻ってきた二人を迎えてくれたのは紫だった。どうやら陽と藍は準備に忙し過ぎて未だに終わっていないという事を台所から聞こえてくる音で何となく二人は察していた。

 

「……それは後で話すけどさ、今日一体何作る気なの? ずっと準備してるけど……」

 

「時間の掛かるものを作ってるとは言ってたわ。別にあの子達もずっと作っていた訳じゃ無くてさっきまで休んでたのよ。

それでついさっきいい時間になったから、という事でまた料理を再開し始めたのよ」

 

「へぇ……何だかすごくいい匂いがするけど何作ってるんだろ……」

 

その時、大きく腹の音が鳴った。誰のものか、という詮索は誰もしなかったが紫は陽鬼だろうと思って口に出してはいなかった……が、予想に反して何故か月魅が顔を真っ赤に染めていた。

 

「……もしかして、今のって━━━」

 

「な、何も鳴っていませんし何も聞こえませんでした。私の耳には何も聞こえませんでしたが二人には何か聞こえたんですか嘘ですよね?」

 

「え、えぇ……そうね。私も何も聞こえなかったわ……そうよね、陽鬼」

 

「え、でも今月魅の方から━━━」

 

「何も聞こえなかったって事でいいわよね」

 

「……は、はい」

 

空腹音が鳴った月魅が必死に隠そうとしているのを察していた紫は、その音を聞かなかった事にした。その事を陽鬼にも気付いて欲しかったところだが陽鬼はどうやらその素直さで月魅が隠そうとしている事に気付いていなかったらしく、普通に言い掛けたのを何とか威圧感で黙らせる事で難を逃れた。

 

「……あのね、陽鬼。『嘘も方便』って言葉があるけど時には必要な嘘もあるのよ」

 

そして月魅に聞こえない様に小声で耳打ちする紫。そう言えば咲夜にも同じ事を言われたな、と気付いた陽鬼は何だか少しおかしくなって気付けば笑みを零していた。

 

「どうしたの?」

 

「ううん、人里に行ってる時に咲夜に会ったんだけど同じこと言われてんだなぁって。私ってそんなに空気読めない?」

 

「読めないと言うより貴方は正直過ぎるのよ……鬼は嘘を嫌う、って言うけれどあんまりバカ正直に言う必要も無いって事よ。嫌いなものは嫌いでいいけれどそれで相手に迷惑を掛けてしまったら駄目よ? 相手の事をもっと考えながら喋ってみたらどう?」

 

紫の言っている事に陽鬼はしばらく考え始める。しかし、考える事が苦手な彼女にとってはかなり深く考える必要があったらしくうんうん唸って考え込んでしまった。

 

「おーい、もうすぐ飯出来るぞー」

 

そして台所の方から陽の声が響いてくる。その言葉で考え込んでいた陽鬼はパッと顔を上げて台所へと突貫していった。どうやらお腹が空いていたのは彼女も同じくだった様だ。

 

「ふふ、ほんとに食欲旺盛ねぇ……陽からしてみたら食べてもらえる分嬉しいんでしょうけど……」

 

紫が微笑んでいると月魅が恐る恐る紫に近づいて先程よりもマシだが顔を真っ赤に染めていた。

 

「あの……ありがとうございます……」

 

「あら、何の事かしら? 私は何も見ていないし聞いていないのだから何の事でお礼を言われてるのわからないわ。それよりもご飯がもうすぐ出来るって話だからお皿を並べるくらいの事はしなくちゃね」

 

「……ふふ、そうですね」

 

そして二人も遅れて台所へと足を運んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……陽、これ何?」

 

「ラーメンって料理。そこの豚肉……チャーシューって言うんだけどそれ作ったり冷やしたりするのにかなり時間が掛かるからそれで今までずっと作ってたんだよ」

 

八雲邸の食卓にラーメンが五杯並んでいた。その内ラーメンを知らない者は3人だった。紫はどうやらちょくちょく食べに行っていたらしい。

 

「貴方ラーメンも作れたのね……」

 

「んじゃあ食べるか」

 

「「「い、頂きます」」」

 

幻想郷で一風変わった食卓。何だかんだいって美味しかったそれに対して陽鬼は何度もお代わりを要求するという事があったのだが……それはまた別の話。




麺は面倒臭いので能力で作り出した麺を使った月風陽君でした。


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更なる覚醒

バトル回です


「……力だ、もっと……もっと……!」

 

「そんなにあいつを殺してぇか? 白土……」

 

「あいつを殺して……()()()()()()。戦いに不慣れなあいつに俺が負ける事なんて許されねぇんだよ。

だがあいつの能力と側にいるあのチビの合体のパワーが強過ぎて話にならねぇ……悔しいが力だけなら俺よりも上だ、俺の能力を使っても圧倒的差があるんだよ……」

 

どこかの謎の空間。その場にいるのは一見冷静に見えるが貪欲に力を求めている白土とその白土を冷めた視線で見ているライガの姿があった。

座り込んでブツブツ言いながら何かを考えている白土を見ながらライガは白土の扱いをどうするか少し考える必要があると考えていた。

 

「だがよ、アイツに炎技は全く効かねぇぞ? 全部弾いて無効化しちまうからな。

火を消すには水……といきてぇところだがそんな簡単に消えるんなら俺だってこんな簡単に火傷したりしねぇよ」

 

「炎に触れて……いや、炎に触れた途端アウトならダメか……なら地面や他のところを改造してみる作戦も……」

 

「……駄目だな、こりゃ。しばらくは話し掛けてもまともな返事が帰ってこなさそうだわ」

 

そう言いながらライガは白土から離れていく。だが白土はそんな事は気にしていないかの様にブツブツ呟きながらどうすれば陽が殺せるかの作戦を頭でまとめていく。

そして、ライガが去った後にふと何かを思い付いたかの様に頭を上げ、そのまましばらくぼーっとしたかと思うと急に立ち上がりライガが向かった方向とは逆向きに歩き始め……白土の姿は煙の様に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所はうってかわりここは幻想郷の人里。そこには陽と月魅がいた。

 

「いやはや、まさか二人1組で別行動とはな」

 

「これがジャンケンの結果ですから」

 

少し遡って説明すると、八雲家全員で人里に行こうという話になったが全員別々のところに行きたいという話になり、ならばジャンケンをして組み合わせを決め様という事になり、ジャンケンをしたのであった。

組み合わせはこの場にいる陽と月魅、橙と陽鬼、藍と紫というペアになったのだ。

 

「にしても意外だな、月魅が八百屋に行きたいだなんて」

 

「本で読んだんです、綺麗で新鮮な野菜を見つける方法を……だからその野菜を早く買いたかったので……」

 

「まぁ別に俺は行くところなかったし良いんだけど……」

 

月魅は八雲邸にある書斎や、紅魔館の大図書館に入り浸っては本を読んで帰ってくる、という事を頻繁に繰り返していた。

恐らくそれで身に付けた知識なのだろうけど、と考えている陽は少しだけ心配もしていた。

彼は別に本を読む事は大賛成なのだがそれで得た知識をすぐさま実行しようとする月魅が何か大きな失敗をやらかすのではないか? と心配になっているのだ。無論彼自身もそれが過保護だという事は分かりきっているのだが。

 

「……にしても何か人少なくないか? いつもならかなり賑わっているはずなんだけどな……」

 

「確かに……しかしこういう日もあるのでは? 全員が全員買い物に来ているとも思えませんし」

 

「……それもそうだよな。まぁあんまり気にしてたってしゃあないか。んじゃあさっさと八百屋に……っ!?」

 

月魅は喋ってる途中で言葉を詰まらせた陽に疑問を抱いた。そして一度陽に視線を向けた後、陽の向いている方に視線をずらすとそこには一人の男の姿……月魅はまだ知らないがそこには白土の姿があった。

 

「…マスター……? あの男性は━━━」

 

「よう、お前また新しいガキ引き取ったのか? どんだけ拾う気だよ、そんだけ拾っても自分に返ってくるかは分からねぇぞ?」

 

「……白土……!」

 

「だがあの鬼のガキはいねぇみたいだな。折角お前のあの鬼の姿を攻略出来ると思ってたんだけどな……まぁいい、さっさと死ね」

 

明らかに険悪な雰囲気、それを察した月魅は陽の前に出て徒手空拳の構えを取る。未だ使った事は無い上に本で読んだ知識程度だがやらないよりはマシだと月魅は思っていた。

 

「へ、そんなチッせぇ体でどう考えても戦闘慣れしていなさそうなその構え……お前俺を舐めてんのか? 素人の俺ですらもうちょいまともな戦闘スタイル取れんぞ?」

 

そう言って白土は地面の砂を唐突に少量拾い上げる。そしてそれを月魅達の方向……ではなく月魅達よりも上の方に投げていたのだ。一瞬何をしているのかと思った二人。しかし、直後に何をしたのかが良く分かった。

 

「串刺しになって……死ね!!」

 

白土がこう叫んだ直後、砂の一粒一粒が全て槍や剣などの武器へと変わり、しかもその全てが刃を下に向けていた。このまま落ちてくれば当然自分達の命は消えてしまうだろう。

だが、この時陽は避ける事をしようとはしなかった。逆にその場にとどまり即座に鉄板を作り出してまるで傘の様にして槍を全て弾く。大した高さから落ちてこなかった為、薄くても鉄板を貫通出来る程の落下速度は持たなかった様だ。

 

「へぇ……避けないんだな? 残念だぜ、叫んだら心地良くパァーッンって銃声を響かせるつもりだったんだがな」

 

そしてその手を見せびらかすかの様に白土はいつの間にか握っていた銃を陽達に見せる。器用にトリガー部分に指を入れてくるくる回して遊んでいた。

 

「……避けた直後に銃を撃っておけば俺の、限界を無くす程度の能力のある程度の対策にはなるからな。

幾ら限界を無くせる、って言っても落下速度まではその限界を無くす事が出来ないって事を初めから分かってた訳だ」

 

「正解。避けた直線上に銃を乱射してしまえばお前は銃弾を避ける事は出来ずにそのまま死んでいた、って訳さ。まぁまさか避けずに防ぐとは思わなかったが」

 

「自分の能力は自分が一番よく分かってる。そして俺を殺そうとするお前がただ槍を降らせるだけじゃないっていうのは予測していたさ。銃弾が来てたら避けるだけだ……で、自分の策を回避された気分はどうだ?」

 

陽が白土に問い掛ける。だがその問い掛けにも白土の表情は崩れず相変わらずニヤニヤしていた。その笑みが陽に取っては不気味だった。

 

「……杏奈の為だ。攫ったヤツらにお前を殺せば返してもらえると言われて協力している。お前を殺せば返してもらえる。だが、その後はあいつらも殺す。杏奈の居場所がわからない以上あいつらと協力をするしかない……この期に及んでまだ俺と協力しよう、なんてほざいたら痛みを継続して与えながら殺すことになるぜ?」

 

「そんな事情があったか……分かってる。どうせそんなこったろうと思ったよ、妹好きだもんなお前……だからこそ俺は相手をすることにした、お前がそれで満足するなら……戦闘不能になるまで追い込む。」

 

「甘い、甘いんだよ。一介のヒーロー気取りか? マンガの主人公か? 戦闘不能にまで追い込むと言ったが俺とお前はそれぞれの能力で怪我なんてすぐに完治出来るだろうによ。

俺は怪我を『改造』すれば傷なんてすぐに無くなる。お前は治癒力の限界を無くせば問題無く完治するはずだ。戦闘不能何て甘っちょろいんだよ。殺るか殺られるか……世界はそれだけだ。最近感情豊かになったかなんだか知らねぇが昔のお前なら抵抗しないだけで相手を殺そうとすればいつでも殺せたはずだ。それがなんだ? 今のお前は甘さだけが残ってて━━━」

 

「━━━それ以上、マスターを侮辱する事は許しません。例え旧友であろうと、マスターが殺さない様にしていたとしても……私は貴方を殺したくなってきます」

 

白土の声を遮る様にして冷静に、しかし大きな声で喋る月魅。陽は初めて見たのだ。彼女の怒る姿を……

 

「へっ……だから何だってんだ。鬼でもなんでもねぇ奴に力で負けるとは思えねぇよ」

 

「……」

 

月魅はさっきの落下した武器の中から近くにあった刀を拾ってゆっくりと白土へ近付いていく。月魅は初めて武器を握ったはずなのにとても持ちやすいという事を認識していた。

 

「はっ……身長に見合った武器を……使えっ!」

 

絶対的余裕を持って白土はそこらの砂粒を月魅へとばらまきながら砂の1粒1粒をナイフへと変えて投擲させる。

しかし、月魅はその全て、自分に当たらないナイフまでも全てその刀で切り払っていた。

 

「……んだと?」

 

白土はふと、月魅の拾った刀が変化を起こしている事に気付いた。刀自体は先ほど白土が砂粒を改造して作り上げた1本である。それは白土の意思で解除出来る代物だが刀は刀、普通の刀だった。

だが、今月魅が持っている刀は青く輝いていてあからさまに別物へと変化していた。

 

「てめぇ………その刀に何をした?」

 

「何も。強いて言えば霊力を流し込んでいるだけです。これはもう貴方の作り出した刀では無く私の刀です」

 

「はっ……面白れぇな。相手のものを奪うのがお前の力か? いや違うな……まぁいい。その刀で何が出来るか見届けてやるよ」

 

そういった後紙を一枚取り出して白土は同じ様な刀へと変質させた。陽も出来れば銃などの武器を使って月魅のサポートをしたかったが、陽は自身の事を百発百中のガンマンだとは全く思っていないのですぐに銃でのサポートは月魅を巻き込んでしまうと理解したので同じ様に刀を作って月魅のサポートをする事に決めたのだった。

 

「ふん……テメェらがどれだけ足掻いても……無駄だって事を分からせてやる……!」

 

そう言った直後に月魅が飛ぶ様に地面を蹴って素早く白土の懐に入り込む。そして、自らの刀を叩きつける様に白土に向かって薙ぎ払いを掛ける。しかし、その一撃は白土が余裕の表情で持っていた刀で防いでしまう。

 

「月魅っ!」

 

そして防がれた直後に陽も素早く回り込んで迫って白土の刀を持っている腕の肩を狙って刀を振り下ろす。肩を狙ったのは無意識の行動だった、だがそれが過ちだった。

 

「━━━だからお前は甘いって言ってんだよ!!」

 

鍔迫り合い、等というまともなものは月魅と白土はしていなかった。月魅には腕力が無かった。だからこそ軽く力加減を合わせるだけで月魅の動きは封じれた。そんな状態で急所を狙おうとしなかった陽が肩を狙ったところで当てれるはずも無く。

 

「きゃっ!?」

 

「ぐっ!」

 

月魅を陽のいる方へと蹴り飛ばす。吹っ飛ばされた月魅の体を受け止める事で何とか後ろの方へと吹っ飛ぶ事は防いだがそれが大きな隙を生んだ。

 

「っ!」

 

蹴り飛ばした勢いで自らの体を回転させて刀を陽達の方向へと全力で投げる白土。陽は即座に能力を同時併用して一瞬の内に壁を展開して月魅に刺さる前に鉄板に突き刺す事で勢いを殺して刺さらない様には成功した。

 

「そんだけで終わると思うなよ!! 銃弾のパレードをどこまで止めれるか見てやるよ!!」

 

しかし、やはりそれだけでは終らずにサブマシンガンをいつの間にか作り出していた白土は鉄板に向かって連射し始めた。近付いて上や左右から攻めれば良いのに何故敢えて鉄板を狙っているのか、陽は最初はよく分からなかった。だがしばらく耐えていた時に何故そんな事をしているのかが理解出来た。

あまりの弾雨に鉄板が凹んできているのだ。それにいつまで経っても白土のサブマシンガンが弾切れを起こす気配も陽は感じ取れなかった。

この時陽は気付いて無かったが、白土が『弾が減っているサブマシンガン』から『全弾装填済みのサブマシンガン』に一定間隔で改造していたのだ。

 

「っ……甘っちょろい、か……確かにそうかもしれなかったな……」

 

「マス、ター……はそれで……いいんです。例え甘い、って言われても……本来のマスターの良さは……そこです、から……」

 

息も絶え絶えになりながら月魅が声を出す。蹴り飛ばされて時のダメージが未だに抜けきっていない様だ。

 

「だが……その結果がこれだよ。感情を殺す必要が……必要に応じてやっぱりあったんじゃないか? いつまでも殺るか殺られるかの戦いで殺そうとしないなんて……」

 

陽の言葉に月魅は首を横に振った。月魅は微笑んでいた。

 

「それがマスターのいいところ、ですから……人を殺さない……殺し合いのところで殺さないで済まそうとするのは思っても出来ない事です……けれど、マスターはそれを本気で成そうとしています……だったら、それが出来るまで繰り返せば……いいんですよ……」

 

「月魅……」

 

その時、鉄板を銃弾が突き抜けていく音が聞こえた━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりアイツ一人だとこんなもんか? ……まぁ、死んでも魂とやらは天国に行けるみたいだしそこまで悲観する事は無いと思うぜ……ん?」

 

銃弾が鉄板を貫通したのを見届けた白土。しかし、貫通したというのに鉄板の向こう側からは血が流れて来ないのだ。そして、確認しようと一歩歩いた時自身の足元に謎の衝撃波によって地面が切り裂かれていた。

 

「……誰だ?」

 

そして、衝撃波が飛んできた方向に目をやると銀の長髪の男が立っていた。心無しか陽に似ていると白土は思っていた。

 

「……()()()()()()。」

 

「……んだと?」

 

綺麗な銀の刀身を持つ刀を携えし男は自身を月風陽と名乗る。それは、陽がまた新たな力を手に入れた事の何よりの証であった。



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月は人の手では覆えない

前回の続きです。


「お前が……陽だと? お前が陽だって言うならあの小さい銀髪のガキはどこに行った? 答えてみろよ」

 

「我と一つになった。貴様も知っているだろう? 我は記憶にこそ無いが陽鬼と一つになる事が出来る。恐らくそれと同じ原理で月魅を憑依させている、という訳さ。

だが、陽鬼と一つになった時と違ってこちらの姿は……記憶と意識がちゃんと残っている、という事だな」

 

自分の体であるかの様に手を握っては開き握っては開きを繰り返していく自らを陽と名乗る男。白土は未だ少し怪しんでいたが、直感的にこの男は陽であるという確信を得つつあった。

 

「まぁいい……なら、どうやって貫通した縦断を避けた? 明らかに鉄板の外側に出てきていなかったよな?」

 

「簡単な話だ。銃弾が当たるよりも早く銃弾を避けながら横に飛べばいいだけの話。そもそもサブマシンガンを撃っているお前が一瞬しか映らないものを認識出来るとは思えない」

 

「……なるほどな、要するにその姿はあの鬼の姿とは違ってスピードがとてつもなく早く動けるって訳だ。しかもその速度を制御出来る目も持っているし思考速度も上がっている」

 

白土は持っていたサブマシンガンを短剣をへと変えていく。二刀短剣にして腰をかがめて近接的な手数中心で攻めてくると気付いた陽は持っている刀を構える。

そして二人はそのままじっと動かなくなる。どのタイミングで動くかを狙っているのだ。白土はそもそもこの状態の陽を見た事が無い為に攻めづらかった。暴走しているのならまだしもそんな事も無いとなるとむやみに突っ込めば確実に刀の餌食になるのだから。

 

「っ!」

 

先に飛び出したのは陽だった。互いが互いの身体能力を限界まで高めているので飛び出した陽の速度は普通の人間では考えられない程の速度だった。

 

「早っ……!」

 

しかし白土はギリギリのところで持っていた短剣を使って薙ぎ払う様に振られた刀を一時的に防ぐ。そして防ぐと同時に軽くジャンプしており、陽の刀の勢いを利用して刀を躱し、なおかつ空中で一回転した後にすぐさま地面に着地してその短剣で陽の首を突き刺そうとその刃を向ける。しかし━━

 

「ふっ!」

 

陽はその短剣を体を反らして避ける、そしてそのままの勢いで地面に手を付いて逆立ちとなり白土の顔面に蹴りを放つ。だが直前に白土は腕を組んでその蹴りの勢いを腕で受けその反動を利用して後ろに飛ぶ。

 

「………力自体は普通の人間くらいか。だがその速度はどうにかならないもんかね」

 

「……その速度に追い付けるお前もどうかと思うけどな」

 

「この程度じゃ殺せない事くらい分かった。ならもうちょっとこの世界のルールに準じてみるか……ほらよ!」

 

そう言って白土は弾幕は放つ。しかしその全てが弾幕ごっこのそれではなく本格的な殺しの技にもなっている。そしてそれら全てを━━━

 

「はっ!」

 

陽は全て切り飛ばした。多少の自信を持って放った10以上の弾幕を陽が全て切り飛ばした事に白土は軽く焦りを覚え始める。物理攻撃はすべて見切られ弾幕攻撃も効かない。先程のサブマシンガン戦法を取ってもいいが切り飛ばされて近付かれたらかなりキツい戦いになるのは目に見えていた。

 

「……」

 

ならばこのまま近接で挑もう、白土はその方が早いと確信して片手に1本ずつではなく手の指と指の間全てに短剣を挟み込んでまるで鉤爪の様な持ち方をする。

 

「……何のつもりだ?」

 

「ふざけてる様にしか見えないだろ? だがよ、案外こっちの方が……良さそうなんでな!!」

 

そのまま腰をかがめて白土はまるで飛んでくるかの様にジャンプして爪に見立てたナイフを握った手を振り下ろす。

しかし先程と同じ様に陽は刀でガードする。しかし、先程と違い白土はその至近距離で陽に向かってもう片方の手に掴んであるナイフを投擲する。陽もこれには不意を突かれたがギリギリ頭や心臓の部分には刺さらずに済んだ。

だが、流石に鍔迫り合いをする程の至近距離で投げられたナイフは避けづらかったのか太ももに一本突き刺さっていた。

 

「やっぱりな。お前はその姿になったのは始めてっぽい感じだったからな。まだ慣れてない力を使ってるのならこうした方が手っ取り早かった訳だ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()。実際その戦法のお陰でお前に一本突き刺させた……じわじわといたぶってやるからな」

 

「……いたぶられるのは果たしてどちらだろうな」

 

しかしこうやって強気でいる陽もどうすればいいのかという事を考えていた。こんな方法で即座に攻略法を見付けられるとは夢にも思って無かった。ここにきて戦闘経験の差が出てきたのだ。

 

「強がるなよ、お前の反応速度は今の状態で最速にしているはずだ。その最速だろう速度で反応しきれねぇんじゃあ……全て避けきるのは不可能に近いと思うぜ」

 

陽は太ももに突き刺さっているナイフを抜いて投げ捨て、白土はナイフを補充する。陽の傷は『限界をなくす程度の能力』により回復力の限界を消して圧倒的な速度で回復してみるみるうちに傷口は跡も残らず消え去った。しかし、死ねば終わりだし痛みもある。

二人はこの時、『陽の回復力が上回り押し切るか、白土が陽を押し切るか』という思考にたどり着いていた。

 

「……ほーら、そんじゃ第二波行くぞ!」

 

「っ!」

 

そう言いながら白土は再度同じ様に突っ込もうとしてきた。陽は白土の位置に刀を振り下ろすが白土は横に飛んで避ける。白土は先程とは違い弾幕とナイフを両方同時に飛ばしてくる。

 

「弾幕は効かないと……っ!?」

 

妖力、霊力、魔力……その他のエネルギーで構成されていることもある弾幕。白土の出すそれは人間ながらも自身の体を改造して放てる様になったものであるが、撃つとしたらかなり珍しいものではある。

そして先ほど陽が切り飛ばして見せた事で陽に弾幕の類は基本的に効かないと分かっているはずなのにどうして使ったのかが分からなかった。

要するに簡単な話だ、弾幕は囮で本命は━━━

 

「中に……ナイフを仕込んでいたのか……!」

 

「即興で考え付いたものとしては面白いだろ? たとえ切り飛ばしてもその後はナイフが飛んでくる仕様になってるからかなり使い勝手がいいと思うぜ? 無論、殺すにはいいって話だけどな」

 

飛ばされた弾幕、投げられたナイフ……その両方が囮であり、本命は弾幕の中に隠されたナイフである。陽は弾幕を切り飛ばして出てきたナイフを何とか刺さらない様には避けれたが今度はそれで大量の切り傷を負っていた。

 

「くっ……!」

 

「反応速度はやっぱり上がってんだな。けどそれに体が追いついてねぇ……その姿での欠点は今のところは体が五感に追いつかない事がある、ってところか。鬼の姿の時ならパワー全開で殴っとけばそれでよかったもんなぁ? って覚えてねえんだっけ? なら分かるはずもねぇな」

 

そして近付いてくる白土。すぐさま攻略法を見付けられた陽はどうやって攻めていくか考えていた。だがナイフ入り弾幕とナイフ入りでない弾幕の区別が付かないのだ。その上ただの弾幕やナイフだけのものもあり防ぎきる事が出来ない。

 

「……お前は自分の理性が無くなるほど強くなるタイプなのかもしれねぇな。ま、俺にはもうそんなこと関係ないんだがな……さて、存分にいたぶってやろう」

 

「そう簡単に……!」

 

そして二人はほぼ同時に飛び掛かり息をもつかせぬ戦闘を始めた━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「は、はは……意外と呆気ないもんだなぁ? えぇ? ちょっと時間が掛かったが……ついにその変身……合体も解けたな?」

 

「マス、ター……」

 

数十分経過してから決着はついた。お互いに体力は削られていたものの憑依自体が融けてしまった為に陽と月魅はその場で膝をついて肩で息をしてしまっていた。

 

「初めてだったんだろ? 慣れているんだったらもうちょっと動けていたはずだからな……あの鬼と一緒にいた方が良かったな、やっぱり」

 

そう言いながらふらつきつつも白土は残っていたナイフを一本の刀に変えて近付いてくる。白土もかなり体力を消耗していて投げるほど残ってない事は明白だった。

しかし、陽と月魅は憑依での体力消耗と激しい戦闘での体力の消費も相まって動こうとしても地面に横たわりそうなくらいにはフラフラになっていた。

 

「は、ははは……呆気なかったな……こんな簡単な事を今まで出来なかったのが本当に腹立たしいぜ……」

 

そうして白土は陽に向かって刀を振り上げる。陽が諦め、月魅が助けようと手を伸ばしていたその時、白土の刀が甲高い音と共に後ろに吹き飛んでいた。

白土すらも一瞬何が起こったのかを理解していなかった。それは陽と月魅も同じであり、そのすぐ後に聞こえてきた足音の方向に目を向ける。

そこには金の長髪をなびかせて現れた女性、陽たちが最も知る女性が姿を現した。

 

「……貴方が、陽の言っていた黒空白土ね?」

 

「……八雲、紫……!?」

 

そう、陽達と一緒に人里へと買い物に来ていた紫その人である。陽達は疲労していたその思考では一体何をどう言い訳したものか考えがまとまらなかった。

 

「……随分特殊な結界を張るのね、貴方。特定の人物が入った瞬間起動する結界……だけならまだしも指定した誰かが範囲内に入れば発動する結界……けれど、私の能力の前じゃ意味を成さなかったわね」

 

「この結界……発動すれば中から出る事は出来ても外から入る事は絶対に不可能だったはずなんだがな……」

 

「私の境界を操る程度の能力を舐めないでほしいわね……隔絶された空間であろうと、厳重に封印を効かせた結界の中だろうとも入る事が可能なのが私の能力よ。

たかがこんなチンケな結界一つくらい訳無いわ」

 

そう言った紫に白土は舌打ちするしか無かった。彼女の能力は白土自身が思っていた以上に強力なものであり、舐めてかかったらダメなのだと自覚させられた。

 

「陽、月魅……よく頑張ったわね、あとは休んで……私に任せて頂戴。そうそう、あなたの結界の事は……もうすぐ結界のプロが来て壊してくれる事でしょうね。

これ以上まだ何かするつもりかしら?」

 

「……何か、するつもりだって……? そんなもん!! する事しかねぇよ!!」

 

先程までの疲労は一体どこへやら、白土は先程と同じ様に弾幕、ナイフ、ナイフ入り弾幕の三つを紫に向かって放ち出す。だが、紫はその全てを無言でスキマに飲み込めせる。

 

「なっ……!?」

 

「『八雲』というのはこういう事ですわ……貴方の様な無知な愚か者が私達に……幻想郷の賢者である八雲紫に喧嘩をふっかけるとどうなるかよく身に染みるよう教えて差し上げますわ」

 

そして白土の周りには大量のスキマが一斉に開く。そしてその全てから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐっ……!?」

 

弾幕が当たり、ナイフが白土が体を切ったり刺したりしていく。その一瞬で白土は傷だらけになっていた。

 

「……バケモンかよ……何で放った弾幕の量を増やせるんだよ……!」

 

「あら、空間の境界を少しいじったら増えていましたわ。ここの入口に入って出てくるものはそこの全てのスキマから出るようにしていますから。

後……私は妖怪、幻想郷の賢者ですわ。それをお忘れなきように頼みますわね」

 

扇子を広げて口元を隠す紫。しかしその視線はどんな妖怪のそれよりも恐ろしい威圧感を放っており、絶対に殺すと錯覚させてしまうくらいの殺気を放っていた。

 

「くっ……! こんなバケモン相手にしてられるかよ、今は戻るしかねぇか…!」

 

「あら、逃すとお思いで?」

 

「八雲紫、お前がいくらどんな空間、次元に飛べようとも絶対に入れない空間の一つや二つ……無い訳じゃ無い事を覚えておけよ」

 

そう言って白土は空間にファスナーの様な亀裂を作ってその裂け目に入っていく。入ろうとした瞬間に弾幕を展開させるが全て当たる前に空間に逃げ切ってしまう。

すぐさま紫はスキマを開いたがすぐに閉じて陽達の方に向き直った。

 

「二人共……大丈夫だったかしら? 今日は私達が一緒に来ていて助かったわね……もし家にいたら絶対気付け無かったわ」

 

「紫……ありがとう……」

 

ふらふらになりながらも何とか立ち上がって紫に礼を言う陽。月魅は陽以上に疲労しているのかホットした瞬間その場で倒れて立ち上がれない様だった。

 

「構わないわ……もう一緒に住んでいる家族の様なものだもの。今日は買い物は中止して貴方達の面倒を見る事にするわ。藍、後は頼んだわよ」

 

「えぇ、分かりました」

 

紫に担がれて陽と月魅は先に八雲邸に帰る事になった。色々と陽は聞きたい事があったが、紫に背負われている内に疲労によりいつの間にか眠ってしまったのだった。




今回の疑問はあらかた次回で解決させます。


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その後

永遠亭はベッドが寝やすそうですね。主に月の都製とかのが


「……うっ、ここは……?」

 

「永遠亭よ、もう一つ言うと貴方はただの疲労困憊だから一応そっちだと入院する事は無いわね。多少の切り傷を負ってはいるけど……傷の治りを早く出来る能力で良かったわね、殆ど問題無いわ」

 

陽が目を覚ましたら最初に見えたのは永遠亭の部屋の天井……では無く永琳の顔だった。

最近何か事があって寝た時は大体永遠亭にいる事が多いな、と思いながら陽は体を起こす。永琳の言う通り確かになにも問題は無く、手も足も身体は問題無く動いた。

だが起きているのがかなりしんどくてすぐに陽は横になった。

そして、再度横になった時にふと横を見ると紫が寝息を立てながら椅子に座って顔を俯かせながら寝ていた。

 

「感謝しなさいよ、貴方達の事は紫が運んでくれてここで少しの間面倒を見てくれてたんだから」

 

「……そうだ、月魅は?」

 

「大丈夫よ、仕切りがあるけれど貴方の隣で寝てるわ。後、貴方が寝てから丸一日が経過してるわ。本当に紫に感謝しなさいよ?」

 

「……分かってる……」

 

そして陽が黙って数分が経過した頃。ふと何かを思い出したかの様に永琳が口を開く。

 

「貴方、今度はクローンロイド……いえ、精霊と一体化したみたいね。どうなってるのかその体を調べ尽くしたいところよ」

 

「……紫から聞いたのか?」

 

「貴方が運び込まれる原因になった日に起こった事は紫視点からなら全部聞いたわ。紫は寝ているし丁度いいから私が説明するわ。答えれる範囲でなら答えるからなんでも聞いて頂戴」

 

永琳がそう言ってから陽は少しだけ考えて口を開く。正直話すだけでもしいどいのだが今こうやって話しておかないと色々気になって眠れないのだ。

 

「……じゃあ、なんで俺達が戦っていた時に異変を感じて駆けつける事が可能だったのか」

 

「紫は『変に空間を歪めている結界が発動したのが分かったから来る事が出来た』って言ってたわね。

また白土という子と戦ったんでしょ? その子の能力で幻想郷が結界の中にあるという事を利用して『結界空間内の空間を改造して結界を作った』らしいとか何とかとも言っていたわね」

 

とりあえず陽は白土がかなり無茶苦茶な事をやったんだとは理解出来た。今はその程度の認識でいいだろうとまだ気になっている事の質問を続ける。

 

「……じゃあ、結界のプロって誰だったんだ結局」

 

「貴方も知ってるでしょ? 博麗霊夢よ、彼女は数々の異変を収めてきただけじゃ無くてそれなりの強さもちゃんとあるわ。それに結界の扱いに関しては彼女が一番強いわよ」

 

「……守谷は呼ばなかったのか?」

 

「彼女は結界じゃなくて霊力の方の扱いに長けている側よ。霊力での扱いなら霊夢と五分五分ってところだけど結界に関しては霊夢の方が圧倒的な差があるわ。

それに……貴方は彼女の事が少し苦手そうに見えたらしいわよ、紫には」

 

そこまでバレていたのか、と顔を覆いたくなる気持ちになったが生憎手を顔まで持っていって体力を無駄にはしたくなかったので顔を背けるだけにしておいた。

 

「他には? 何かないのかしら?」

 

「……後は紫に直接聞く……ちょっと疲れた」

 

「そ、体力が無駄に消費してたっていい事は無いわ。疑問に思った事が潰せたのならそれが一番よ」

 

そして陽は永琳のその言葉を聞いてから目を瞑るとすぐに寝息を立てて寝始めてしまう。思っていた以上に体力を消耗していたのだろうと考えた永琳はそのまま大きな音も声も出さない様にしながら部屋を出ていこうとする。すると、紫がもぞもぞと体を動かし始める。

 

「ん、んん……ん……?」

 

「あら、起きたのかしら? 様子見に部屋に来た時には貴方が寝ていたから仕方無く彼の様子を見てやってた訳だけど……というかちゃんと起きれてるのかしら?」

 

「まだちょっと頭が回らないけど……意識はちゃんとあるわよ。

陽はまだ起きて……いえ、起きてたみたいね。貴方が出ていこうとするって事は一度は目を覚まして話していたんでしょうし……」

 

「あら鋭い。まぁそうね、まだ疲れてはいたけれど二人共もう体に異常は無いわ。後はグースカ寝てるだけで体調も体力も元通りよ。

貴方も疲れているなら寝たらどう? とは言っても空きベッドを使わせる気は無いから彼のベッドで寝てもらうことになるけれど」

 

紫は軽く頭を横に振って遠慮の意思を示す。とはいっても頭が回っていないせいでベッドで寝る、という事くらいしか聞き取れていなかったのだが。

 

「そう、まぁ別に私はどちらでもいいんだけどね……けど、()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言われて紫は1枚のスペルカードを懐から出す。裏表を見たあとに自分の隣の椅子へ置いてから永琳に向き直る。

 

「月化[月光精霊]……また新しいスペルカードを創造してたのよね、この子……」

 

「そしてそれが月魅との融合……憑依を可能にした。けれど今回は陽鬼とは違って記憶も引き継がれてたみたいよ。何が原因かしらね……薬や病気なら大体分かるんだけど……」

 

永琳が顎に手をやりながら考え込む。だが初めから答えが分かっていたかの様に紫は口を開く。

 

「……陽鬼は妖力、月魅は霊力……人に宿るものは霊力しかないから恐らくそれが関係しているのよ。後は精霊という存在が陽に与える影響が少なかった……とかかしら」

 

「それだったら前者の方がまだ納得出来るわね。後者はほかの精霊を知らないから判別の仕様が無いもの」

 

置いたスペルカードを再び手に取って眺める紫。その姿をじっと見てた永琳が不意に口を開ける。

 

「彼のことが心配?」

 

「放っておけないのよ……加減を知らなくて、無茶もしちゃう様な子だから。来た当初は全てに興味が無さそうな感じだったけど……ここに来てからまるで別人みたいに変わった。

けれど私達の事を過剰に守ろうとする。守られる自分が嫌、って簡単な事だったらいいけど……そうじゃなくて……」

 

「『掴んだものを絶対に離さないくらい依存してる』って?」

 

紫が言おうとしたことを永琳が言った事に紫は特に驚く事も無くただただ頷いた。スペルカードを懐にしまって俯いてる紫に永琳は溜息を吐いた。

 

「元々家族の愛情っていうのを知らない子なんでしょう? なら『家族』を提供してくれる貴方達は好きだし『家族自慢』をしてくる守谷の巫女は苦手なのよ。

紫、いっつも気まぐれだけどやる事はきちんとやって真面目にやる時は真面目にやる貴方がそういう反応を示す、っていう意味ではあの子はいい意味でも悪い意味でも変わっていってると思うわ……けどね、そんなに心配なら何で買い物なんかに行かせたの? 狙われてたのは知ってるでしょう?」

 

「私は……閉じ込めたくなかった……彼も、この世界に興味を持ってほしいと考えてた………けど、間違ってたのかしら……」

 

永琳の言葉に段々と気分を落としていく紫。流石にそんな顔をされて放っておく訳にもいかないと考えた永琳は、仕方無くもうしばらく紫の話し相手になってやろうと扉を開けようとしていた手を戻して紫に向き直る。

 

「興味を持ってほしいっていうのは……まぁ、分からなくもないわ。実際彼は色んなところに興味を持ってるはずだし色んな人と話しもしている。

極端にする必要は無いのよ。貴方のやり方が間違ってるなんて誰にも言う権利なんて無いわ。彼には鬼と精霊の2人の従者も付いてるんだから……」

 

「永琳……貴女に慰められるなんて私もいじけ過ぎてたかしら……けど、ありがとう」

 

一瞬柄にもなくぶん殴ってやりたくなった永琳だったが紫が珍しく自分に礼を言われた後でその物珍しさで仕方無く許す事にしたのだった。

 

「……そう言えば、陽鬼はどうしたの? 貴方達と一緒にいたんじゃなかったの?」

 

「彼女なら……今は藍と橙と一緒に家にいさせてるわ。私だけでいいって伝えてあるもの」

 

「……そんなに他の女が近付くのが嫌なのかしら?」

 

まるで煽るかの様にニヤニヤしながら言う永琳、もうこういう話題が出されるのは男と一緒にいるからなのだろうかと少しだけ思った紫は溜息を吐いた。

 

「そんなんじゃ……無いわよ。ただ陽鬼だと何か壊したりしちゃうかもしれないしそんな事させちゃダメだから家にいさせたけど、様子を見させる為に……どうせなら橙と一緒に見させてやろうと思ったから藍を家において二人の様子を見させて━━━」

 

「あぁ分かったから、からかったのは悪かったって反省してるから……落ち着きなさいって……そんなに彼と冗談でも恋仲にされるのは嫌なの?」

 

「嫌って言ってる訳じゃあ……でも、どっちかと言うと息子みたいな感覚だし……」

 

貴女には子供はいないでしょうに、なんて事を言いかけたがそのまま黙っておいた永琳。これ以上は完全にお節介な婆さんのやる事だと思った永琳はとりあえず一旦黙っておいた。溜息は分かりやすくしていたが。

 

「そう言えば……いつまで陽は休んでないとといけないの? それを先に聞いておかないと……」

 

「おおよそ後1日くらいは休んでないといけないわよ。言ったでしょう? 彼は疲労が大き過ぎるのよ。だからとりあえず今の間は彼を寝かせて、その後に軽くリハビリをして、食事も胃に負担が掛からないのも作ってあげないとね」

 

「……分かったわ」

 

「それじゃあ私は一旦仕事に戻らないといけないから戻らさせてもらうわね。定期的に優曇華が来るから彼になにか起きたら優曇華に伝えて頂戴。もし大事が起こったら近くの兎に伝えてくれたら私に届くようになってるわ」

 

「わ、分かったわ……」

 

紫が理解した事を確認してから永琳は部屋から出ていく。

紫は永琳が出て行ってしばらくしてから溜息を付きながら陽の側に立つ。そして中腰になって陽の頬をゆっくり撫でていく。

 

「貴方は無茶をし過ぎな気がするわ……鬼になったり精霊になったり……体に切り傷や刺傷も作ってくる。助けを決して呼ぼうとせずにその場にいる者達で解決を図る……やっぱり今度から専用の式神を持たせていた方がいいかしら……そうでもしないと……貴方は無茶を絶対にするもの……『家族に頼る』って事をした方がいいわよ……?」

 

今は届いていないと分かっていてもつい言ってしまいたくなる言葉。既に紫にとっては藍や橙と等しく大切な者の一人なのだ。けれど藍や橙よりもいい意味でも悪い意味でも陽は心が強い、だから可能以上の事をしでかそうとする。

 

「……どうやったらもっと貴方の事が分かるのかしらね……もっと頼ってくれてもいいのに……」

 

「ん、んん……」

 

紫が黄昏ていると陽の隣からうめき声が聞こえてきた。そしてすぐさま声の主に気付いた紫は仕切りを取り払って確認する。

 

「……紫……?」

 

「月魅……よかった、目を覚めしたのね。貴方もぐっすり眠っていたから心配してたわよ……」

 

目を覚ました月魅はまだ寝ぼけているのか、紫の顔を認識した後に頭を動かして周りの様子を確認する。そしてその後に、再び紫の方に向き直る。

 

「……ここは永遠亭よ。貴方達は白土っていう男と戦ってその後眠っちゃったのよ」

 

「そう、でしたか……それで、マスターは?」

 

「陽なら……貴方の隣、私の後ろで寝てるわ。それよりも体は動かせそう? 出来ないならもう少し寝ている事をすすめするわ」

 

そう言われて月魅は起き上がる。腕に力は入るけれど足に力が満足に入らない。これは立つ事がまだ万全には出来ないと考えた月魅は再び横になった。

 

「もう少し寝ますが……その前に幾つか質問させてもらってもいいですか?」

 

「えぇ、いいわよ━━━」

 

月魅の質問は陽が永琳にしたのと全く同じだった。そして、聞きたい事が聞けたら月魅も再び寝始めた。

それを見届けた紫は静かに微笑んでから月魅の頬も撫でてから立ち上がってスキマを通って、部屋を後にする。一度は目を覚めした事を陽鬼達に伝えないといけないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと……陽鬼〜、藍〜、橙〜、いるかしら〜?」

 

「紫様……彼らはどうでしたか?」

 

「目を覚ましたからここにいるのよ、私は。最もまだあの子達も休んでないといけないからもうしばらくは永遠亭にいる事になりそうだけどね」

 

紫が八雲邸に戻ってきてまず藍が最初に出迎えた。そして事情を軽く話して陽達が目覚めた事を一応は伝えたが、紫は陽鬼がこの場にいない事を疑問に思った。

自分が帰ってくるという事は陽鬼が来そうなものだが、何の反応も無しに来ないというのは陽鬼が声を聞き取れない状況じゃないのか? と紫は思いとりあえず藍に聞いてみる事にした。

 

「藍、陽鬼はどうしたの?」

 

「……丸1日起きていたせいでついさっき倒れたので布団に運んで寝かせてあげてます。彼女も疲れてるのに……いえ、自分の主が気になって眠れない、なんていうのは私にもよく分かる事です」

 

とりあえず寝ているだけなら問題無い、と思った紫は安心した。そして、自分も安心した矢先に眠たくなってきたのだ。

 

「向こうで寝てくるとは仰ってましたがとりあえず一旦ここでお休みになられてください。また明日、みんなで様子を見に行きましょう」

 

「そう、ね……そうさせてもらうわ……」

 

そう言って紫は自室へと足を運んだ。また明日……陽達に会いに行く為に。



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八雲紫の挑戦

今回は陽達が退院する日です。


「……え、今日だったかしら?」

 

「そうですよ紫様、今日は結界の様子を見に行かないといけない日なんですよ? ……まぁ、私もタイミングが悪いなとは思っていますが……」

 

陽達が永遠亭に入院してから数日後、陽と月魅が二人揃って退院出来るという事で迎えに行こうとしていた紫。しかし、運悪く定期的に結界の様子を見に行く日と被ってしまっていた事を忘れていて迎えに行こうとしていた今言われたのだった。

 

「ええっと……じゃあ私が様子を見てくるから藍はあの2人にお粥か何かを……」

 

「駄目ですよ、八意永琳に言われたんでしょ? 心身が弱ってるから保護者である貴方が行かないといけないって。昨日言ってたじゃないですか……自分でもじゃあどうしろと、とは思いますが」

 

そう言えばそうだった、と紫は思い出した。入院してる間に何度か見舞いに行っている時、永琳には1番大事に思われている自分が行くべきだと。

 

「……じゃあ、逆にしてしまいましょうか」

 

「逆?」

 

「貴方が結界の様子を見に行って私があの子達を迎えに行く……どう? 何ら問題は無いでしょう?」

 

紫がそう言うと藍は軽く溜息を吐いた。それに対して紫は少しムッとしたが、式神とはいえ長い間自分を見てきた者なのだから何か思うところがあるのかもしれない。

だから紫はそのまま落ち着いた声音で話し始める。

 

「その溜息の理由を教えてもらいたいわね、藍。私が看護も出来ない様なお馬鹿な主だと思ってるのかしら?」

 

「いいえそんな事は……けれど紫様、お粥作れるんですか?」

 

藍のその言葉に紫は固まった。八雲藍は料理がかなり上手である。それは紫がそういう風な式神として藍を作ったからでは無く、藍が自分で料理やその技術を覚えたからである。

だったら反対に紫はどうか? 何百年藍に料理をさせてきたか既に分からない上に最後に自分が料理をしたのはいつだったか……そもそも自分は料理をした事があったのか……そんな事を彼女は頭の中でぐるぐる考えが回っていた。

 

「……わ、私だってお粥くらい作れるわよ。陽が料理作る度にメモ残してるからどこかにお粥のメモくらい……」

 

「確かに残してるかも知れませんがご飯をどうやって炊くか、なんて書いてませんよ。料理をいつもしている者にとってはご飯を炊く事は当たり前の事ですし」

 

「う、うぅ……私にはその当たり前が出来ないって言うのかしら?」

 

恐らく藍は覚えているのだ、八雲紫が料理を出来ないという事を。しかし自分が覚えてない以上何故かつまらぬ意地を張ってしまいたくなってつい言い返してしまうのだ。

 

「いえ、別にそんな事は言ってませんが……」

 

「なら私にも出来るわよ! ご飯を炊く事くらい簡単だわ!!」

 

「本当ですね? ならいいですけど……あんまり無茶しないでくださいよ? お粥といっても味を付けないといけませんから梅干しか卵を入れる事をオススメしておきますね……それじゃあ私が先に結界の方へ赴きます」

 

そう言った藍に無言でスキマを開いて結界の方に送る紫。その後で顔を手で覆いながら『やってしまった』と後悔していた。

藍が可能な事が自分に可能だとは限らない。おそらく料理が出来ない事を藍は知っていたのになぜ自分はつまらない意地を張ってしまったんだと酷く後悔していた。

 

「……けどやってしまった事はしょうがないし後は自分でやるしか無いわね……

とりあえず二人を迎えに行ってから作るとしましょう……陽鬼が料理出来たらいいんだけどそもそもあの子料理出来ないって自分で公言してたし……あぁ、あの素直さが今の私には羨ましいわ……」

 

そう言って先程とは別のスキマを開いて紫は永遠亭へと向かった。流石に二人の前で辛気臭い顔は出来ないので無理矢理にでもニコニコしながら、だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして二人を迎えに行き、何とか八雲邸まで連れて戻ってきてから。

 

「……まず釜戸に火を点けて……あぁ、その前にご飯を洗わないといけないのよね。確か白いのが無くなるまで丁寧に洗わないといけないのよね……あれ? でもこれ白いの流したらお米まで流れて行く気がするんだけど……でもザルに入れたらダメなのよね……藍はどうやって水を流していたのかしら」

 

八雲紫は料理が出来ない。元来、妖怪というのは食事は必要とするが料理を必要としないものなのである。そして八雲紫もまた、料理はしていない類の妖怪だった。しかし、長い間料理を藍が作ってくれていたので自分が料理をしていたかどうかというのをすっかり忘れてしまっていた。

 

「あ、手でお米が流れない様にすれば問題無いわね。それでこの水で洗う作業を何回も繰り返して水が透明になるまで繰り返せばいいと。なんだ、意外と簡単じゃない」

 

そして紫は自身の言った通りに米を水で洗う行程を繰り返していく。知識だけはあるのでこうやってするのは簡単である。しかし、知識だけではどうにもならない事はある訳で。

 

「洗えたのはいいけれど……火が点かないわね……こういう時外の世界の炊飯器が欲しくなるけど……生憎ここには電気が通ってないのよね……河童に自前で発電してくれる炊飯器でも作ってもらおうかしら……」

 

そう言いながらも紫は息を吹き込んでなんとかかんとか火を点ける事に成功する。しかし、またしても問題が発生した。

 

「……陽のメモはどこかしら。流石にお粥の作り方なんて知らないわ。お米の磨ぎ方くらいなら覚えてたけど……」

 

紫はそこら辺を探しまわる。箪笥の中や色んなところを探し回る。しかし見付からないので仕方無く直感でする事にした。

 

「えーっと……あぁやってお米が若干溶けた様な見た目になっているんだから絶対に水は多めに入れないとダメよね……となると卵や梅干しを入れないとダメだけど……二つ一緒に入れたら味は絶対に悪くなりそうよね……じゃあ卵粥にしようかしら……多分一煮立ちさせる間に卵を入れてかき混ぜれば白身と黄身がいい具合に分かれるだろうし……」

 

そう言いながら紫は鍋の中に洗った米(1合)にその倍の量の水を注ぎ込んでいく。普通の量じゃあ駄目だと分かっているのでとりあえず鍋に入れれるだけの水を入れたのだ。

 

「それから卵卵……二つあるわね……一つじゃ足りなそうだし二つとも使ってしまいましょうか」

 

そう言って別の器に卵二つを入れてある程度掻き混ぜてから鍋の中に入れる。そして、そのままかき混ぜ始める。

 

「本当に驚くくらい簡単に出来るわね〜……あ、お米だけじゃあ栄養も足りないし野菜……比較的柔らかいのを入れましょうか」

 

そう言いながら紫は具材を入れながらかき混ぜていく。煮立つ前に全体的に卵を馴染ませようとしているのだ。しかし、既に工程としては間違っている事に気付いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あら……?」

 

ある程度沸騰したところで鍋敷きの上に鍋を置いたのはよかったが、紫は自身の作った料理を改めて見直していた。

 

「卵粥と言うより何だかとても卵雑炊に見えるわ……け、けど間違って無いわよね……? だってかき混ぜないと卵が全体的になじまないし……き、きっと私の勘違いよ……凄く卵雑炊に見えるけれどこれでも立派な……あ、味付けないといけないわね。

流石に卵とお米だけじゃ少し味気無いかもしれないし……塩はどこに置いてあったしら……あったあった……あれ、赤色の蓋、青色の蓋、黄色の蓋があるわね……どれが塩かしら? 多分もう一つは砂糖だけど……三つ目は何かしら……」

 

悩む紫、普段台所に立たない彼女に取って蓋の色で調味料が分けられているなんて思いもよらなかったのだ。恐らく藍は料理が出来ると言った自分が嘘を吐いている事を確信していてどれが何の瓶かを教えてくれなかったのだろうと確信していた。

 

「……そう言えば外の世界じゃあ青色の蓋の塩が売られてたわね。確か赤色は塩ではなかったけど……万能調味料とか言われてたのは覚えてるわ。という事は……黄色いのが砂糖で青いのが……ってよくよく考えたら舐めれば早い話よね」

 

そう言いながら紫は鍋の上……では無く、ちゃんと零さない様に少し離してそれぞれ舐めとっていく。

 

「……黄色が塩だなんて思いもよら無かったわ。藍は外の世界の事をよく知らないんだし外の世界の基準で考えたら駄目ね。

それじゃあ塩を……どのくらい入れたらいいのかしら? 少し味をつけるだけなんだし……けど1振りや2振りじゃあ絶対に足りないわよね……5振りくらい振ってみようかしら、うん、それ位がいいわね」

 

そう思って瓶を5回ほど鍋の上で振って塩を入れていく。内蓋に小さな穴が空いている物なので問題無く中身が投入されていく。

そしてまたかき混ぜていく。

 

「ふふふ……これで問題無いわね。さて、後はドロドロになるまで待てばいいわね」

 

そしてある程度かき混ぜた後、鍋の蓋を閉めて火の様子を見ながら鍋が沸騰したらすぐさま火を消すつもりで紫は火と鍋を見守るのであった━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数分後

 

「出来たわよ〜」

 

既に席についていた二人とそれを見守っていた陽鬼の前に鍋が置かれる。てっきり藍が作り置きしているのかと2人は思っていたが紫が料理を作れるとは知らなかったと素直に感心していた。

 

「はい、私特性の卵粥よ〜ゆっくり火傷せずに食べてね?」

 

そう言いながら鍋つかみを使って紫は鍋の蓋を取る。もわっと蓋を取った瞬間に湯気が立ち上り鍋の中身が見えてこないがすぐさま立ち上る湯気が消えたかと思うと紫特性の『卵雑炊』が姿を現した。

 

「……これが卵粥ですか。美味しそうです」

 

「そう、だな…………」

 

「美味しそうだねぇ〜」

 

月魅と陽鬼は卵粥がどういうものかよく分かっていなかった。月魅は元・月の出身者だが月には命を奪う、という事を出来なかったので卵を使う事は無かった。

陽鬼はそもそも体調を崩す事が無いのでお粥を食べる事が無かった。だから二人は結果的に卵粥というものがどういうものかいまいち分かっていなかった為に卵雑炊を卵粥と勘違いしてしまっているのだ。

 

「……」

 

別に問題があるという訳では無い……が、陽はこれは卵雑炊だという事を伝えるべきかどうか悩んでいた。

二人は勘違いしているしそもそも注意したところで新しいのを作らせる訳にもいかない。黙っていた方が水を差さないで済むのかもしれない、というところを考えると彼女達に真実を伝える事をやめておいた方がいいという結論に陽は達した。

自分も何か腹に入れないとまずいのでいただきます、と食事の挨拶をしてから皆で卵粥を食べ始める。少し塩辛かったが、しかし美味しいし暖かい事には変わりないのでそのまま陽は食べ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

あの後、2人で食べていても余った分は陽鬼がかきこんでいったので何も問題は無かったが少し食べて体の体温が上がっていたので夜風に当たって陽は涼んでいた。

 

「陽……ちょっといいかしら?」

 

「……ん?」

 

涼んでいると紫が横から陽に話しかけてくる。既に夜になっていたのもあるが部屋の明かりと月明かりが紫の金髪を輝かせる。綺麗な艶だな、と見惚れていた陽だったがぼーっとしかけてたのを軽く頭を振って紫に再度向き直る。

 

「あれ、卵粥のつもりだったけどどこか間違っていたかしら? 何だか食べている間ずっと様子がおかしかったけれど?」

 

うっ、と陽は言葉に詰まった。なるべく気にせず食べているつもりだったが紫はどうやら気付いていたのだろう。

 

「……いや、別に不味かったとかじゃなくてさ……卵粥じゃなくて卵雑炊になってるって事だよ。それだけの些細な事さ」

 

「ふふ、それじゃあ今度教えてくれないかしら? 卵粥の作り方、っていうのをね」

 

「……う、うん……」

 

紫の珍しい自分に向けられた微笑み。いつも頼っている彼女に頼られているという今の事態で陽は驚きでついしどろもどろな返事を返してしまうが、少しの嬉しさが後から彼に湧き上がってきてたのはまた別の話。

 

「ただいま戻りましたー……紫様、ご飯はちゃんと作れましたかー?」

 

「藍? 流石の私も雑炊くらいなら作れるわよ? 点検が遅かった事と私を馬鹿にしていた事の罰として今日の夕飯は抜きにさせてもらうわね」

 

「え!? ゆ、紫様お許しを!!」

 

夕飯は既に陽鬼の腹の中に全て収まっているからたとえ罰を与えられなかったとしても今日の晩飯は藍は抜きだっただろうと陽が密かに思っていた事は秘密である。

 

「……とりあえず、具材さえ入れなかったらそれだけで卵粥になるからそれだけ教えればいいか……」

 

目の前で藍が紫に平謝りしているが、そんな平和な事を言い合える事が本当に楽しそうな彼女の表情を見ているとからかっているのが理解出来た。とりあえず藍用にうどんでも作ろうと考えた陽は夜空に浮かぶ星を見ながら何を入れるか考えていたのであった。




本来雑炊だと鍋の残り物でそれにご飯などを入れた後に一煮立ちさせたものなのですが今回はお粥に材料を加えたものを雑炊だと言わせてもらいました。


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天狗と犬とかっぱっぱ

機械弄りの回です


「ここがこうで……あぁ、こうなってるのか……そうなるとこうなってて━━━」

 

「……暇ですね……」

 

「そうだねぇ……」

 

「河童の領分は俺達には分からないと思うぞ……」

 

妖怪の山、そこに流れる川の近くに住んでいる河童の集団。そこの一角に住んでいる河城にとりの工房に陽達は来ていた。

数刻前、陽達は八雲邸で陽が作り出しそして使わなくなった機械の数々をどう処理するか悩んでいた。そこで紫が『河童に渡してしまおう』という意見を出し、特に反対する意見も無い為妖怪の山まで紫にスキマで送ってもらったのだ。

河童は人見知りだが人間とは結構仲良くしている為例え初めてあったとしても『盟友』と呼んでいる為、紫に紹介された『河城にとり』と呼ばれる少女にもすぐに話が通じた。

 

「いやぁ、外の世界の技術の一端を見れるなんて素晴らしいよほんと……出来れば魔改造してみたいところなんだけどねぇ……」

 

「別にそれは好きにしてくれても構わないぞー、もう使わないしなー」

 

作り出した、と言っても精々簡易ガスコンロくらいなのでガス管を変えれば充分なのだが陽も釜戸に慣れてきたので正直使わなくなってきてたのだ。

しかし外の世界のもの、しかもそれをタダでくれるということににとりは心底感動していた。目を輝かせながら分解していくにとりそしてそのままガチャガチャと音を立てながら分解しては組み立て、分解しては組み立ての繰り返しをしていく。

 

「お礼としてこれ魔改造しまくって返してあげるよー!」

 

「いやだから別にいいのに……」

 

そういうやり取りを時折挟みながら約数分が経過した頃、川辺で寝そべっていた陽達のところに突風が吹き荒れる。ついうっかり目を閉じてしまって何が起こったのかよく分からなかった陽は恐る恐る目を開けて周りを確認する。

 

「あやややや? こんなところに鬼と人間が二人の組み合わせに河童が付いてきていますよ。これは珍しい」

 

まるで学生が着るかの様なセーラー服を着た少女が陽の上空を飛んでいた。自分達を見下ろすかの様な位置にいる彼女の姿はパッと見た限りは学生服だというのが陽が見た光景だった。

それ以上の特徴を見付けようとした瞬間に突然視界が真っ暗に染まり頭に物理的な激痛が走り出す。

陽は気付いていないが、陽鬼が陽に空を飛んでいる彼女の下着を見せない様に腕で陽の両目をホールドしながら抑えていたのだ。力加減を忘れてはいたが。

 

「陽は見たらダメ……!」

 

「陽鬼、貴方の力でマスターを抱き締めたら骨が折れるので即刻止めてください……」

 

「あややや……別にスカートの中くらい幾らでも見せてあげますよ。この下は下着じゃなくてちゃんと見えても困らない様に上から履いてますから」

 

セーラー服の彼女が地面に降り立ったところで陽鬼が我に返り陽から離れる。風が止んだかと思えば上にセーラー服の少女がいて、認知した瞬間に顔をとんでもない力でホールドされた陽は一瞬ふらついたがなんとか頭を抑えながら謎の少女に話しかける。

 

「そういう問題じゃ無い気がするけど……とりあえず…誰……?」

 

「ふむ、私は射命丸文と申します。いわゆる天狗というやつですが新聞記者もやっていましてね。

ただ暇なので今日はゆっくり空飛びながらフラフラしたいたら貴方達を発見した訳です。ところで貴方達はどちら様で?」

 

「……俺は月風陽、鬼の子は陽鬼で銀髪の子は月魅だ。月魅は人間じゃなくて妖精よりも格上の存在の精霊、って言うらしい」

 

「精霊、精霊ですか……新聞のネタに出来そうですね……ところで貴方は外の世界の出身ですか?今まで貴方みたいな人は見た事がありません。あと良ければ新聞のネタにしてもらっても?」

 

軽く、親しみやすいかつ敬語を使っている文。新聞記者という肩書きがよく分かっていない陽鬼は頭の上にハテナマークを浮かべていた。

そして月魅もよく分かってなかったので二人は顔を見合わせた後に同時に頷いて意思疎通を図っていた。

 

「ねぇねぇ、新聞記者って何?」

 

「新聞記者というのは新聞に載せるネタを仕入れては書いていく人達の事ですが……それを知らないという事は新聞も知りませんか?」

 

「私の住んでたところ小さな村みたいなもんだったから近所で何か起こったらすぐに分かるもん。」

 

「私の出身は月ですので何か起こったらすぐ映像か音声かで知ることが出来ますし新聞というものはありませんでした。どんなものかは知っていますが見た事はありませんし……」

 

月魅のその言葉に文は疑問を覚えた。新聞がある事を知っているならどうして新聞記者が分からないのだろうか、と。しかし分からない事……それが自分が気になったのならすぐさま聞くのが自分のやる事だ、と文は問題無くメモとペンを片手に再度月魅に質問をし始める。

 

「何故新聞というものを知っているのに新聞記者は分からないんですか? というか貴方月の出身だったんですか? なら月はどんなところか聞いてもいいですか? 教えて下さいよ」

 

「え、えぇっと……」

 

月魅が文に質問攻めにされて困り果てる。流石にこれはちょっとまずいんじゃないかと思った陽が止めようとしたその時。

 

「いい加減に……しろっ!」

 

「おっと危ない」

 

文の後ろから大きな刀が振るわれた。しかし文はそれを華麗に避けて切りつけようとした人物をヤレヤレといった表情で見つめていた。

 

「椛ー、毎度言ってますが流石に上司に向かって真剣を振るうのはどうかと思いますよ〜? 私の首を物理的に飛ばすのはいいですがソレをすると貴方の地位のクビも飛んでしまいますが〜?」

 

「そう言いながら避けてるのはどこの誰ですか。上司じゃなければ問答無用で叩ききってやったものを……それで? 何故『侵入者』と仲良くしてるんです?」

 

椛と呼ばれた彼女、陽は彼女が『嫌いな上司に嫌々敬語を使っている部下』という恐らく彼女が聞けばブチ切れそうな印象を持ってしまった。

だがそんな事より。

 

「侵入者? 俺達が?」

 

「おや、いつ発言を許しましたか侵入者。少なくとも妖怪の山に入ってる時点で既に私達の敵ですよ。この山は天狗の領地です……まぁ守谷こそ陣取ってはいますが基本的にあそこまで行く道のりはあの神社の領地、それ以外は全て天狗の領地ですよ。河童は害は無いと判断されてここに住んでいますけどね」

 

どうやら自分達を河童以上の脅威として見られているであろう事を知った陽はどうしたものかと考えていた。自分には戦闘力は一切無い、陽鬼と月魅にはあるかもしれないが……しかも説得も通じ無さそうな相手ではどうすればいいか考えものだった。

 

「こらこら椛、勝手に天狗の領地を増やさないの。それでいざこざ増えるんだからそろそろ反省しなさいな。天狗の領地は正式には麓にある河童の領地から上の山の部分よ。

プライドが高い天狗はこれだから……」

 

「……ふん、貴方だってそのプライドの高い天狗でしょう。それに、どちらにせよ彼らは妖怪の山に入ってきている。にとりに機械を見せている様ですが怪しい事には変わりありません」

 

と、悩んでいたら文がすぐさま仲裁に入った。自分では知りえなかった、それに同じ天狗だったからこそ彼女を戒める事が出来たのかもしれない。とはいったが実は上司に逆らったらいけない、くらいの縦社会なのでは無いのかと陽は思ったりもしたが。

 

「正真正銘私に外の世界の機械を渡しに来ただけだよ彼らは。それに手を出せば八雲紫と全面戦争になるみたいだけどー?」

 

「……八雲紫? 彼女が人間を飼ってるなんて話は聞いた事がありませんね……しかし、なるほど……一体どこから入ってきたのかと思ってましたがあのスキマ妖怪の能力なら突然現れる事も可能という訳ですか」

 

口調こそ落ち着いてはいるが椛はその隠そうともしない殺気をビシビシと陽に向けていた。不用意な事をしたらまず間違い無く首が飛ぶというのが陽にもはっきりと分かっていた。

 

「とりあえずその殺気は分かりやすいから仕舞いなさい。本気で天狗と八雲紫を戦争させるつもりかしら? 起こしてしまったらあなた1人の命じゃあ済まなくなるわよ」

 

「……ちっ、分かりました。今は止めておきましょう。しかし、後ろの方も私とやり合うつもりのようですが?」

 

そういう椛の目には陽の後ろで刀を構えている月魅の姿があった。陽への煽りで彼女は少し怒っていたのだ。

 

「煽るんじゃない、そろそろ上司としての命令に変わるわよ? それに逆らったらあんた明日から住むところもやる事も食べるものも味方も無くなるわよ?」

 

文のその言葉に椛は無言で刀を仕舞って陽達の方向とは真逆に向いて空を飛んでどこかへと去っていく。それを見た月魅は刀を仕舞い、文は陽達の方に振り返ってニコニコしながら話し始める。

 

「いやぁ、すいませんね。なにぶん天狗というものは領地の事とプライドだけはいっちょ前ですからね。まぁ元々規律正しいというのが拗れてあぁなったようなんですけどね……ルールはまとも過ぎた為に他の規律が無いところを忌み嫌ってしまっているんですよ」

 

「はぁ……そうなのか……」

 

「まぁ大丈夫ですよ。あの子は口は悪いですが融通は聞きますし次回からはすんなり入れるでしょう。煽るのはまだ侵入者と認識していて攻撃をさせる事を待っているだけですからね」

 

天狗にも色々いるんだな、と少し疲れた表情で陽はそう思った。しかし、彼女が攻撃待ちだとするならばにとりや文があまり焦っていなかった事には多少の納得が行く。自分から暴れようとしない限り椛は手を出す事は決してないらしいのだから。

 

「……ふー、終わったよー

色々見せてもらったから作ったの全部合体させてみたよ」

 

「そういえばにとり、貴方さっきから何をどうしてたんですか……いや、ほんとになんですかこれ」

 

「……穴だらけのコンロ……? 電子レンジも付いてるし……」

 

陽達の目の前には謎の物体が存在していた。下からオーブン、電子レンジ、ガスコンロという順に並んでおり、さらに側面には縦一列に並んだ穴が開いていた。

 

「いやね? どうせなら全部繋げてしまおうって発想で繋げてみたんだよ。これ一つでどんな料理も思いのままに出来ちゃうよ! あ、穴が空いてるのは全部このガス缶っていうんだっけ? これを入れれる穴、計10個あるよ!」

 

全部繋げて何の不自由も無い様に作れるにとりの才能に驚いた陽達(といっても陽以外何が何だかよく分かっていないが)

しかし、これは自分くらいしか使い方が分からないだろうからあまりにとりには意味が無いものでは? と思っていたのだが……

 

「んじゃあお礼として盟友にこれあげるね」

 

「……は? いやいや、元々にとりに渡すものだったんだけど?」

 

「いやぁ、私はこれ使う機会は無いからね。それだったらよく使う方に上げた方が機械も喜ぶってものさ」

 

そういうものか、と陽は複雑な表情で見ていたがしかしまぁ貰えるものは貰っておいても損は無いだろう。そう思った陽が貰っておこうと思ったその瞬間にとりが何かを思い出したかの様にもう一度機械の前に立っていじり始める。

 

「ごめんもうちょっと待って! 今思い付いたのやるから!!」

 

まぁ時間はあるから別にいいか……そう思って横になった陽。ふと気が付いてみれば、文はいつの間にか姿を消していたが既にどこかへ飛んでいったのだろうと思ってすぐさま文の事は記憶の片隅に追いやったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何のつもりですか先輩。あの男は間違い無くとんでもない男ですよ? なのに放っておけだなんて……」

 

「確かにね〜弱ってるとはいえ鬼と……精霊? っていうのを従えてるなんて一体何がどうなってそんな事になったって話しよね。

……けどね、だからこそちゃんと見極めないといけないのよ。彼が敵なのかどうかを見極める為にはまだ時間が足りないのよ。侵入者を建前に貴方が突っ走っていったせいで戦争が起こってしまったら意味無いのよ? もうちょっと考えて行動なさいな」

 

「うっ……そこは素直に謝ります」

 

「宜しい、とりあえず彼らをよく観察するのよ。天狗の敵になるのなら潰す、ならないのなら放っておく。それが一番いい事なんだから」

 

「……わかりましたよ。今度からは山に入っても基本的に襲わないようにします」

 

「それでいいのよ、椛」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、何かしらこれは」

 

「……持っていったものをにとりが全部くっつけて魔改造したもの……かな」

 

「だからってガスコンロが電気コンロになる上に自家発電も可能になってるものなんて始めてみたわよ?」

 

結局、持っていったものを一つに統合した上に進化まで果たしてしまったものを持って帰ってきた陽。大きさは言う程無い為置く事は可能だが八雲家には少しだけ複雑な空気が流れていた。




電気コンロにオーブントースター、更に電子レンジまで兼ね備えている上に自家発電もするものって最早コンロじゃないですねほんと。


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謎の気持ち

陽はチラッとしか出番がありません


「くっ……! 39、40……!」

 

40まで行ったところで陽は倒れる。肩で息をしながら熱っぽい頭を冷ましながら休憩へと入る。

仰向けになりながら陽は自身のトレーニングの内容を改めていた。

 

「腕立て目標50……スクワット50……1時間ランニング……まだ、どれも達成出来ないなぁ……」

 

白土に言われた言葉を未だに気にしている陽。あの月魅を憑依させる技をもっと強いものにするなら……自身を鍛え抜く他無かった。しかし、陽は筋力が特に発達している訳でも無い人間の中でもとりわけ普通のレベルである。

普通の鍛錬では足りないのではないかと陽は若干不安になりながらも自身の定めた鍛錬のノルマをクリアせんと頑張り始める。

 

「まーた特訓してたの?」

 

と、陽鬼が仰向けになった陽の上から顔をのぞき込ませた。その表情は呆れている者のそれであり、その表情に陽は若干ムッとした。

 

「あまり無理な運動は貴方の体を壊しかねませんよ? 今だってかなり無理していたじゃないですか」

 

そして月魅も陽の上から顔をのぞき込ませて陽を心配する言葉をかける。二人とも陽を心配しているのだが当の陽にはその言葉はさほど心に届かず彼はまだ休憩が終われば特訓を再開するつもりである。

 

「……マスター、特訓をしようとする気持ちは分かりますが慣れていない事をいきなり始めようとすると本当に体を壊してしまいます……ゆっくりとやった方が━━━」

 

「ゆっくりじゃあダメなんだ。間に合わずに……何かを失うくらいなら……自分の体よりも他人の命を守らないと」

 

月魅の説得も耳に入らず、陽は立ち上がって走り出した。それを追いかける様に陽鬼と月魅も慌てて陽を追いかける為に走り出した。

 

「……彼、退院してから用事がない時はいつもあぁしてますね。それ程までに勝てなかったのが悔しいのでしょうか? あそこまで勝ちにこだわる性格でも無かった様な気がしますが」

 

「……負けたのが悔しいんじゃない、勝てなかったのが悔しい訳でも無い……何かを守れる、強さが無い事が悔しいんじゃないかしら」

 

走り抜けていった陽達の方向を眺めながら紫と藍は話し合いをしていた。紫は心配したかの様に、藍は何故するのか不思議だといわんばかりに。

 

「強さ……ですか。しかし、陽鬼を憑依させている時は二連勝していると思うのですが……」

 

「藍、貴方は自分の意識がなにか別のものになっていて周りにとてつもない被害を出していて戦った事すら覚えてないのに『自分は勝った』と言えるのかしら?」

 

「……それは、そうですが……しかし、覚えていない事はしょうがないのでは? 一度目ならともかく二度目も覚えていないとなると最早そういうスペルカードだと、思わざるを得ない気がするんですが……」

 

藍が言った言葉に紫は一切表情を変えずにひたすら陽達が向かった方向を見ながら少し間を置いてから言葉を再び紡ぎ出す。

 

「……だからこそよ。彼は自分の命より他人の命の心配もしている。だからこそスペルカードに頼らずに自分の肉体を鍛えていってるのよ。

彼の能力じゃあ……黒空白土には勝てないって分かっているから。創造する程度の能力じゃあ勝てない、限界を無くす程度の能力でもデメリットが来てしまえば勝てないって自分で分かってしまってるのよ」

 

「しかし……彼は一人では何も出来ませんよ? 空を飛べない、弾幕も撃てないとなると幻想郷では戦えません」

 

「弾幕は所詮ごっこ遊びの延長でしかないわ……本気で殺す時は自分の獲物で殺しにいくんだもの。藍、貴方には分かるかしら? 自分に関わったばっかりに人が死んでしまった、という事を理解してしまっている者の気持ちが……」

 

紫の言葉に藍は気まずそうに顔を俯かせる。紫も陽が特訓を始めた時からずっとこの調子なので自身の調子も狂っているのだ。だから少しだけ話を変えようと藍は少し話題を変える事にした。

 

「……にしても、紫様は変わりましたね。彼を家に置いたのは妖怪を全く怖がらない、全てに興味が無い彼に興味を持ったからなのだと思っていましたが……一般人のそれと同じくらいになっている彼をまだ普通に家においていますし……」

 

「……言われてみればそうね。どうしてかしら……今こうやって藍に言われるまで気付かなかったし……今も彼を手放そうという気が起きないわね……何故かしら?」

 

「まぁ……変わっていく事は別に悪くはありませんが……何故紫様がそう変わっていってるのかは私には分かりません。内心が変わられる事が理解出来るのは自分自身だけでしょうし」

 

藍の言葉に紫は考え込んだ。自分自身しか変わった理由が分からないのであれば、変わっていっていた自分にすら気付かないくらい彼を気にしていたのだろうか。

そう言えば一昔前の自分なら誰かを……例え身内であっても助けるなんて事は無かった。それがこの前陽が倒れた時には彼を助けていた。妖怪の賢者、などと言われている自分が人間の様な行動をする。そこでふと思い出した。

 

「人間……そうね、ならちょっと適切な人間に聞いてくるわ」

 

「え、ちょ、紫様!?」

 

そう言ってすぐに紫はスキマを開いてすぐに飛び込んで閉じてしまう。あまりにも突然だったので藍にもとっさに反応が出来なかった。

しかし、その行動に藍は少しだけ自由気ままなところは変わらないと苦笑を浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢? いるかしら霊夢〜」

 

「はいはい、目の前にいるじゃない。最近来てなかったけど久しぶりに来たわね。何の用かしら?」

 

「えっと……ちょっと色々教えて欲しい事があるのよ」

 

博麗神社、紫は陽が来るまでは頻繁にここを出入りしていたが陽が来てからは来ていなかった為紫としてはかなり久しぶりにここを訪れた事になる。

そして紫が言った言葉に霊夢はお茶を飲む手を止めず、一旦湯のみを置いて口の中と喉を潤してから紫に向き直る。

 

「あんたが教えてもらいたい事って滅多に無いわね。多分前に連れてきたあの人間絡みでしょ? 最近お熱みたいじゃない」

 

「陽がこの前ちょっとした事で倒れたんだけど……その時私が助けたのよ。ほら、この前あなたを呼んであの歪な結界消した時の」

 

「消したのはほぼあんただったけどね……にしてもあんたが人を守るねぇ……」

 

そう言って霊夢は少し考え込む。悪態こそ付くがなんだかんだいって紫の言った事を真剣に考えてくれる人間は彼女くらいのものである。そして何かを思い付いたのか指を鳴らして紫の額に指を当てて口を開く。

 

「私より……守谷のチビ神のところに行ってきなさいな。あっちの方が適任だから」

 

「ひゃうっ……分かったわ、聴いてきてみる。でも何で適任?」

 

「行けば分かるわ」

 

霊夢にそう言われて紫は仕方無くそのままスキマを閉じて守谷神社へと向かう。とりあえず向かってみれば適任と言われた理由も分かる様な気がしたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……居るかしら彼女」

 

「おや珍しい、あんたがこっちに来るなんて今日は弾幕の雨でも振りそうだ」

 

そして守矢神社へと辿り着いた紫。スキマを開いた直後に声が聞こえてきたが、紫の目の前にはでかい注連縄を背負った女性が立っていた。

 

「……八坂神奈子、洩矢諏訪子はいるかしら? ちょっと彼女に相談したい事があるのだけど……」

 

「諏訪子かい? 中に入ればいるよ。中で移動する事は私が許可したって言えば早苗も納得するから中を探しな」

 

「助かるわ。それじゃあ遠慮無く上がらせてもらうわね」

 

そう言いながらスキマから出て守矢神社を練り歩く紫。しばらくすると何やら話し声が聞こえてきたのでその部屋をこっそり覗く。すると諏訪子と早苗を見つけた。

とりあえず部屋の襖を軽くノックする。すると即座に向こう側から声が聞こえてくる。

 

「はーい、神奈子じゃないね……誰かな?」

 

「私よ、八雲紫よ。今日は洩矢諏訪子……貴方の方に用事があるのよ」

 

そして襖が開かれると心底不思議そうな顔をしている諏訪子。心配なのか不安そうな顔になっている早苗。まぁ自分がいきなり訪ねてきたらおかしいか、と自嘲しながら早苗を無視して本題に入る。

 

「最近預かった子……貴方達にも見せたあの子、陽の事なんだけど……」

 

「早苗の許嫁がどうかしたんだい?」

 

「ちょ、諏訪子様!?」

 

ニヤニヤとしながら紫に尋ねる諏訪子。明らかに楽しんでいる者の目をしている為あからさまな挑発だと気付いたので茶化すな、と目線で伝える。

 

「おぉ、怖い怖い。冗談だってば。

それで? あの子の事で相談……多分博麗の巫女辺りからそう聞かされたかな? あんたは人間絡みの事で助けを呼ぶならまずは博麗の巫女に助けを呼ぶだろうしねぇ」

 

「うっ……まぁいいわ。それで、本題なんだけど━━━」

 

正しくその通りなので紫は何も言い返せなかったがそんな事は本題には関係無い。紫はそのまま無視して事情を説明し始めた。

説明しながら紫は諏訪子が茶化さなくなっている事に気付いたのだ。そして、説明をし終わって数秒間が空いてから諏訪子は口を開ける。

 

「……ふむふむ、それって愛なんじゃないの? 私にはよーく分かる」

 

「……愛? 私が元々は血も涙も無い冷血な女だとでも思っていたのかしら?」

 

「そうじゃないよ。あんたが式神達に向ける愛情と彼に向けている愛情は別なんだよ。強いて言うならそうだねぇ……うん、『恋』と言った方が伝わるかな?」

 

諏訪子のその言葉に紫はキョトンとした。故意? 鯉? いいや違う、恋だ。紫は頭の中で反復しながら冷静に考える。

 

「……でも、恋だったら胸がドキドキしたり〜みたいな事があると思うのだけど。見てたら意識してしまうとか……そういうのじゃないの?」

 

「だから私は最初に『愛』って言ったんだよ。それに、その考えは人間のそれだ。よく外の世界に出たり入ったりしてるって噂のあんたがそういうって事は大方漫画やアニメにでも毒されたのかな?

でも残念、妖怪……というより人外は恋をすれば人間みたいな事は起きない。自分より弱い人間を好きになって守りたくなってしまうもんなのさ。神様でさえそうなんだ、壊したり潰す事が本能であるかの様な妖怪はとりわけ好きになった時の守りたくなる気持ちは強いだろうね。

あんた、自分の式神がピンチの時助けるだろ? けど明らかに彼と助け方が違うかったんじゃないのかい?」

 

諏訪子の言葉が紫の頭の中で反復していた。確かに守りたいと思ったし藍や橙達が危機に陥った時は大体スキマで回収して相手に適当なものを落とす。前までそうしてきていた。けれどそれだけではまだ判断が付きづらい。

 

「……だったら家の藍は橙に過保護だけどあれもそういう恋慕の感情なのかしら? 橙は藍より弱いし藍は橙が危機に陥ったら私自ら助けに行くわ」

 

「それはただの過保護さ。自分で出来る事は自分でさせても無いんじゃないのかい? 私らのそれはそんな過保護とは違うよ。

相手の好きな様にさせて怪我をすれば心配して、相手が誰かと戦っているなら相手と戦っている奴をぶちのめしたくなる。そして……たまに何かして上げたくなる、あんたの持っているのはそういう感情さ」

 

「そういう……感情……」

 

紫は一つ一つゆっくりと記憶を振り返っていく。陽が最初に白土と戦った時はそう言えば自分が布団に運んだ。

陽鬼を見付けた時は彼の言う通りに永遠亭までのスキマを繋げた。その時連絡用の式神を渡しておいたし陽鬼の名前を決める時は彼がいずれ自分の様に狙われてしまうのではないか、それに彼一人に誰かの一生を台無しにさせるだけの覚悟があるのかも聞いたりした。

そう言えば前にお粥を作った時は藍に任せずに強がってしまって結局失敗していつか彼にお粥の作り方を教わるように約束もしていた。

藍からは教わる気も無かったのに、である。

 

「どうだい? 思い当たる節はいっぱいあるんじゃないのかい? にしてもあの八雲紫に好きな男が出来るとはね〜前途多難だねぇ、早苗」

 

「だから私はそういうのじゃないですって!!」

 

そして今まで黙っていた早苗に話を振る諏訪子。しかしこれだけ言われてもまだ紫は自身の気持ちが恋だなんだというものじゃないのではないかという気持ちがある。

 

「……なんだか、まだ良く分からないわ。というより、貴方好きな人いたの?」

 

「……うん、いたよ。

あ、早苗……お茶っ葉切れたから買ってきて? 変えのやつもう無かったし」

 

「あれ、そうでしたっけ……なら買ってきます」

 

そう言って早苗は部屋から出ていく。廊下を走る足音が聞こえなくなったところで諏訪子がまた口を開く。

 

「……好きな人はいたし子供もいたよ。その子供が子をなしたところも見たしさらにその子が子をなしたところも見た。ようやく今の代になって神の力が落ち着いてきてるのさ。じゃないと信仰が足りなくて消えちゃう可能性もあるから……」

 

「……東風谷早苗、彼女がそうなのね。薄々感付いてはいたけれど」

 

「……うん、けれど早苗には黙っておいてね?」

 

紫は無言で頷いた。そして再び立ち上がる。もうここには用がない為、帰ろうとしたのだ。しかし、それを諏訪子が止める。

 

「まだ気になるって言うなら聖徳太子のところ行ってみたら? あそこに邪仙って言うのがいたと思うけど彼女も似た様なもんだし」

 

紫はその言葉を信じて、またスキマを開く。この感情が何なのか……ちゃんと確認する為に。



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結局のところ

前回の続きです。数話だけとはいえ番外編でもないのに主人公がしゃべらない回があるのもおかしな話ですね。


「……とりあえずいきなり行ったら面倒臭い事になるしこちらから行くとしましょうか」

 

スキマを使い聖徳太子……豊聡耳神子に会いに行く為に人里に繋げた紫。正確には一緒にいる邪仙である霍青娥の方に用があるので人里に出ただけなのだが。

 

「にしてもあまり会いたくないわね……私は会ったことがないけれど……霊夢も彼女の文句ばかり言ってた時もあったわね……」

 

「む? お主、八雲紫か?」

 

歩いて人里を闊歩している紫の前に白い服が主の少女が声をかけてくる。紫は考えながら歩いていた為一瞬遅れて反応したが頭の烏帽子に銀髪の髪、そして白色を主とした服を着ている容姿ですぐに誰かが判明した。

 

「貴方確か豊聡耳神子と一緒にいた物部布都ね? 丁度いいところに━━━」

 

紫は青娥のいる場所を、知らなくても知っている者を聞き出そうとするがその前に布都が突然紫に指を向ける。

 

「ココであったが100年目! この幻想郷を支配する悪党妖怪を幻想郷から解放するためにここで我がソナタを仕留めてくれよう! なぁに安心するが良い! 存在までは消さん! だがせいぜいどこかで我らに怯えて暮らす生活になる事は間違いがなかろうて! よって今から我が……ぬっ!? いきなり真っ暗になったぞ!? 何も見えん! 夜か!? いきなり夜になったのか!? 何も見えん! むっ!? 手足も動かん! 何じゃこれは!? 八雲紫ぃ! お主の仕業か! そうだな!そうであるな!!」

 

「……もう、黙ってなさい。貴方に聞こうとした私も愚かだったわ……」

 

布都の視界が真っ暗になり身動きが取れなくなったのは紫が布都の首から上、両手首両足首それぞれにスキマを開いて固定したからである。

ため息を吐いて頭を抑えながら紫はそのまま布都を放置して歩いて行く。そして布都本人は紫が既に去った事にも気吐いていない。だがしばらくしてから自動的にスキマが閉じて布都も脱出に成功する。

 

「ようやく出しおったか! 我に卑怯な真似は通じん……って、あやつはどこに行った?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……あぁいうのに関わったらダメねほんと。こんな事なら初めから神霊廟の方にいっておくべきだったわね……」

 

しばらく離れてから紫は命蓮寺にいた。どうやらここの地下空間で彼女達は生活している、という話を聞いた事があったのだが……

 

「駄目です」

 

「……聖白蓮、貴方も人の話を聞かないのかしら? と言いたいところだけど幻想郷って血気盛んな妖怪や人間が集まりやすかったわね……」

 

命蓮寺の尼、聖白蓮がそれを許さなかった。元々彼女と豊聡耳神子は折り合いが悪く仲違いを良くしているという事くらいは話に聞いていたのだがこれ程とは紫は思っていなかったのだ。

 

「八雲紫、貴方がどんな用事で彼女達に用があるのか分かりません。しかし、彼女達のいる空間に入らせれば彼女達を無意味に刺激してしまい余計な争いを生みかねません。そしてそれを見逃す程この聖白蓮が愚かで無い事も知って欲しいものですね」

 

「豊聡耳神子じゃなくて用があるのは霍青娥の方だけれど……今は彼女に会うためにここまで来てたんだし……」

 

「あら、貴方があの邪仙に用事があるだなんて不思議な事もあるものですね。どんな用事か聞いても宜しいですか?」

 

紫は少し渋った。洩矢諏訪子が出した名前、夫と子供がいる彼女が邪仙の名前を出したという事は要するに結婚していたかどうかを条件にしているという事は察しがついていた。

だが、わざわざ邪仙の事を言うという事は少なくとも彼女よりも会いやすい白蓮は結婚した事がない、という事になる。いや、尼である彼女が誰かと恋仲になるという事は可能性もは限りなく低いのだが。

 

「貴方じゃ解決出来ない事……悪事じゃない、と言っても駄目よね?」

 

「当たり前です。私は妖怪も人間も平等に守るという願いがあります、ですがそれは裏を返せば悪い事をすれば妖怪も人間も関係なく罰せねばならないという事でもありますから」

 

紫は軽く溜息を吐いた。どうせ彼女では相談相手にはならないだろうけれどここで無用な争いを産むくらいならばさっさと邪仙に相手に話す事を彼女に話した方が早くて済む。

そう考えたため紫は渋々話し始める事にした。

 

「……実は━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そ、そういう恋路的な話でしたか……」

 

「本当にそうなのかどうかを確認したいから回っているのだけれど……」

 

関係の無い者に話をするのはこんなにも恥ずかしいものなのか、と紫は胸の動悸を何とか抑える為に数回深呼吸をする。

喋っている途中で何度か話そうとしている内容が恥ずかしさで頭から飛んだが何とか話し終えて少しホッとしていた。

 

「も、申し訳ありませんでした……その様な話しにくい事を無理に聞きだしてしまって…………私は……その……悪巧み的な話かと……思ってて……」

 

何故か紫以上に顔を赤らめて目を泳がせている白蓮。自分が恥ずかしい思いをしたと言うのにそれ以上に恥ずかしそうな表情をしているのを見ると何だか自分が無性に恥ずかしがっているのがバカバカしく思えてくる。

 

「そもそも……何で悪巧みと思っていたの? 何かしら根拠があるからこそそんな事を思い付いたのよね?」

 

「えぇ……前に霊夢さんが貴方の事を胡散臭いと言っていてもし会う様な事があれば、もしくはどこかに行きたいなんて言っていたら全力で止めて欲しい、という事を言われておりまして……」

 

紫は頭を抱えた。霊夢の事にでは無い、自身の身の振り方というものを今後改めねばならないと思ったのだ。

いつも神出鬼没で霊夢にちょっかいを掛けていた事がこういう目を引き起こすとは思っても見なかったのだ。何だかんだいって彼女は話を聞いてくれたりノってくれたりしていたがこれは霊夢が自分に用意した仕返しというやつだろう。

実害はなかった為紫は今度霊夢に菓子折りか何かを持っていく事を心に留めておきながら白蓮に再度話し掛ける。

 

「まぁ……それに関してはいいわ。

えーっと……そういう事情だから行ってもいいかしら?」

 

「あー、その事なんですけど……彼女に会うのはやめておいた方が私はいいと思います」

 

苦笑しながらそんな事を言う白蓮に紫は疑問を抱いた。確かに彼女は正確に難ありと聞いているがそれだけで通さないとは考えづらい。もしかして彼女にはまだ何かあるのでは?

そう思った紫は聞いてみる事にした。話の内容によっては邪仙に会う事を止めておく事も視野に入れておく事を忘れない。

 

「何故かしら?」

 

「彼女は……自分の力を見せびらかせたいだけで家族を捨てる様な女性です。それに彼女には恋愛感情よりも強い者を見ていたい、戦っていたい、自分の力を誇示したい……それらの欲の為だけにしか動いていません。

唯一愛するのは死体だけですから」

 

『家族を捨てる様な女』その言葉に紫はどうしたものかと悩んでいた。家族を捨てる、だけなら解釈のしようもあったが霊夢の言っていた事と白蓮が発した言葉の両方を踏まえると邪仙からはあまり役に立つ情報は得られないと思ったからだ。

それに、死体好きというのも禄な事を言わないのだろうなと流石に会うのが面倒臭くなってくる程会いたくなくなってきていた。

 

「となると……他に誰が知恵を貸してくれるかしら……」

 

そもそも子を成して産み落とした以前より、好いている相手がいたという人物の方がこの幻想郷には少ないだろうと認識しているため邪仙以外の宛をもう紫は知らなかった。

 

「うーん……あ、永遠亭のところのお姫様なんてどうですか? 昔何度もお見合いをしたという話を聞きますし貴方の話にはもってこいでは……」

 

「いえ、彼女はダメよ。元々結婚したくなかったから全ての婚約者に無理難題を押し付けて絶対に結婚しようとしなかったもの。

だからこの話を彼女に持っていったところで皮肉だと受け取られるか私が恋愛をしていると言われて笑われてしまうかの二択よ。そもそも恋愛感情なのかどうかを確認する為に聞いて回っているのだから他にこういう話が出来そうな人物でないとダメね」

 

「うーん、そうですか……」

 

「……まぁ、邪仙に話を聞いても無駄そうな事は分かったしそろそろ私も家へ帰ろうかしら。人里歩いてると時間を潰してしまって大変ね……」

 

そう言いながら紫は立ち上がってスキマに入っていく。スキマの空間内を歩きながら紫はふと考えていた。

今日会った洩矢諏訪子と聖白蓮の二人は自分の感情を恋だと言っていた。自分が人間相手に、確かに大事に思ってはいるけれど……と。

 

「……周りから色々言われたせいで気にしてしまっているのかもしれないわね。恋だなんだと考える必要無いじゃない……大切な家族なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー……藍ー? 陽ー? 陽鬼ー? 月魅ー? ……誰もいないのかしら? けどスキマは閉じていたしまだ買い物に行くような時間でもないからどちらにせよ八雲邸の周りから向こう側には出られないはずなのだけれど……聞こえてない状況なのかしら……」

 

八雲邸に戻って声を掛けるが誰も反応しない。紫は少し不審に思って屋敷内を探索し始める。

声を出して全員反応しないという事は何処にいるのだろうか。もしかしたらスキマが無くても行けるマヨヒガにいる可能性も捨て切れないが流石に総出でマヨヒガに行く、という事も無いだろう。

 

「本当に誰もいないのかしら……藍までいなくなるなんて何かあったのかしら……あら?」

 

手当り次第に部屋を開けていき、ある部屋の襖を開くとそこには陽、陽鬼、月魅が気絶する様にそのまま寝ていた。

どうやらトレーニングのし過ぎで疲労が溜まって倒れた様だ。しかし、そうなると陽達が布団で寝ているのだけが気に掛かった。布団を敷いたのは藍で間違いないと確信はしていたがその藍がどこに行ったかが分からないのでまた探す事にした。陽達は起こしたら可愛そうだと思ったのでこのままにしておく事にした。

 

「にしても、藍はどこに行ったのかしら……」

 

探せど探せど見付からない。八雲邸は元々紫と藍の二人住みだがその少なさの割にかなり広い屋敷である。

陽達が住んでいる今でも部屋数はまだまだ余っているので探すのには一苦労である。

そして、探している間に10分ほどの時間が経過した。

 

「うーん、ここまで探していないとなるともしかしてマヨヒガの方にいるのかしら? よくよく考えてみれば私藍には霊夢のところに行く、くらいしか言ってなかったのよね。それで帰りが遅いから私用をし始めて今に至る可能性もあるわね。とりあえずマヨヒガに行ってみましょうか……」

 

「その必要はありませんよ紫様」

 

「きゃっ……藍、あなたいつからそこに居たのよ」

 

マヨヒガへ行ってみようと悩んでいた紫の傍にいつの間にか藍が立っていた。

いきなり藍が現れたのに驚いた紫はつい軽い悲鳴をあげてしまった。

 

「先程までずっと風呂の釜戸掃除をしていまして……煤だらけだったので掃除を念入りに行っていたら紫様が帰ってきた事に気付きませんでした。申し訳ございません紫様」

 

「あぁ……そういう事なら別に構わないわ。掃除ありがとうね、藍。陽達が寝ているのは疲れているからかしら?」

 

「はい、何時間も走り続けてしまってたせいで本当に倒れる様に寝てしまいました。起きた後に風呂にでも入れさせます。今晩の料理は私1人なので少し時間が掛かるかもしれません。最近は彼と二人で作る事が多かったですし」

 

藍のその言葉に紫は少し考えた後に軽くその場で頷いて藍に提案するように話し始める。

 

「藍、今日の夕飯の作る時には私も参加させなさい」

 

「は!? い、いえ! 紫様にそんな事はさせられません! 前のお粥の時は紫様が、自分でお作りになったそうですが今日のは紫様一人で出来る代物じゃないですよ?!」

 

「だから言ってるじゃない……『参加させなさい』って」

 

藍は少しだけ紫が何を言っているのか理解出来なかったがすぐさま理解した。だが、気付いた藍は少しだけ顔が引きつっていた。

 

「……ま、まさか……私の手伝いをする、という事ですか……? 紫様が、私の……!?」

 

「えぇ、そうよ。だから……一緒に夕飯を作るわよ、藍。メモさえ見れば私だって料理くらい出来るという事を見せて上げるわ!」

 

こうして、藍の夕飯作りに急遽紫が参加する事となった。だが結局のところ藍一人で作る時間+紫に教える時間が追加されたので一人で作るよりも倍並みの時間が掛かってしまいこの日の夕飯はいつもよりも量が少なくなってしまったのはまた別の話。

しかし、流石に妖怪の賢者と言うべきなのかどうか藍には分からなかったが、紫の飲み込みが早いという事もあったが……やはりそれもまた、別の話である。




娘々の出番はまた今度ですね。


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雪の降る夜に

3人には思うところがあるようで


並べられた2枚のスペルカード。

一方は太陽のように赤いスペルカードでもう一方は夜の様に青いスペルカードだった。陽化[陽鬼降臨]と月化[月光精霊]の2枚のスペルカード。

どちらも陽鬼か月魅かの違いだけでそれ以外は全て同じ。特定の人物を憑依させてその者の種族となり戦うスペルカード。

何故か口調が変わるが陽はそんな事は意識した事も無い。

だが、何故月化が制御出来たにも関わらず陽化は未だに制御が出来ないのか。使う度辺りに炎をばらまいて迷惑をかける。

なぜ、何故なのか……陽は悩んでいた。

何が原因なのか、何が暴走を引き起こす原因になっているのか、それさえ分かれば苦労はしないだろう。

 

「暴走する原因……か。簡単に分かったら苦労はしないって自分でも分かっちゃいるが……逆にいえばそこまでしか分かってない。それくらいなんだよな」

 

誰かに助言を頼もうとした、だがこれは自分自身の問題であり他の者と共有出来る問題では無いのだ。

それらは陽も分かっているので紫にも藍にも助言は一切聞かない様にしている。

 

「……使った時、どんな状況だったっけ……」

 

一番初めに使った時は迷子を保護したという事で仲良くなってしまった家族、それを殺した犯人と対峙した時。怒りに身を任せた。もはやあの時の記憶すらかなりあやふやになってしまっているがとんでもなく怒っていた事はよく覚えていた。

二番目に使った時は白土に追われていた時。一度暴走したものを止められるか? と不安になっていたのだけは陽は覚えていた。

三番目に使った時は白土に追い詰められた時に初めて月魅を憑依させた時だった。その時は迷いも、不安も何も無かった。ただ少し……月魅に無理をさせてしまっていたという悲しみはあった。だが、それ以上にその時の陽は誰かを守りたい……そう思っていたのだ。

 

「気持ちの……問題、なのか? たったそれだけの……単純な事、なのか?」

 

気持ちだけでここまで左右される力。感情を抑える事が出来たのなら勝てるのだろうか? いや、勝てない。

陽は頭の中で悩んでいく。感情によって暴走した陽化と感情によって制御を成しえた月化。どちらも感情という点で見れば同じものなのに片方は負の感情、もう片方は正の感情。-と+。

つまり、簡単な事なのだ。不安や怒りを抱えるのはいいがそれ以上に何かを守ろうという感情が必要なのだろうか……陽は本当にそんな結論でいいのか、という気持ちになってくる。

 

「けど、例え暴走する危険性があったとしても……それ以上に誰かを守れないのは……でも、誰かを守る為に暴走して……誰かを傷付けるのも……」

 

守られるのは嫌、誰かを守れずに傷付くくらいなら自分の命が燃え尽きたとしても相手を守らないといけない。生きている限り誰かを守り続ける事が出来る。

陽はその異常なまでの誰かを守ろうとする心が決して異端だと気付く事は今は無い。一人でいる彼を止めるものは誰もいない。故にその心は暴走していく。

 

「ん……? 雪、か……なんか最近寒いと思ってたけど……そっか、もう冬だったんだな」

 

降り始める雪、シンシンといつの間にか降っていたそれは確実に地面の色を白銀に染めていく。

外の世界にいた頃はいつからか自分も含めた全ての事に興味が無かった。幻想郷に来たらいつの間にか物事に興味を持っていた。ただスグに色んな事に興味が出る訳じゃ無くて今ようやく季節が冬だという事に気付いた辺り自分もまだ外の世界気分が抜けきってないのかと少しばかり苦笑した。

 

「……こんなに綺麗だったんだな」

 

外の世界では雪は冬になってもそこまで降るものではない。だが、自然が沢山あるこの幻想郷では雪はどうやらそこまで珍しくもないものの様だ。

陽はそこそこ積もってきていた雪を手で軽く取ってその冷たさを実感する。能力で手袋を作り出して付けてから再度雪を手で固めていく。最初は小さな玉の様に、しかし次第に大きくなっていく。

 

「……うん、いい出来だ」

 

丸く固められたそれはとても綺麗な白銀の色をしていた。こんなに綺麗なものなら雪だるまを作りたくなる気持ちもよく分かる様な、そんな気がした。

 

「……止みそうにないな」

 

しばらく止んで欲しくないそれを陽はただただ見つめていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、雪……うぅ寒っ……家の中に入ろ……」

 

陽鬼は八雲邸の縁側で雲いっぱいの夜空を見上げていた。今までの事でなにか思う事があり、それで物思いに耽っていたのだがそうしている内に雪が降ってきたのだ。

流石に今の時期は寒いと思いながら陽鬼は屋敷の中に入ろうとした。だが、何となく寒いと思いながらも外へ飛び出した。陽鬼自身ですら何を考えているのか分かっていなかったが雪を踏みしめたり木を殴って木に載っている雪を落としたり……手当り次第に色々な事をやっていく。

 

「はぁー……何やってんだろ私……」

 

木を思いっ切り殴った拳を触る。真っ赤になって少しだけヒリヒリしたが冬で寒いから、という訳でも無く彼女の体が脆い訳でも無い。

 

「……誰かを殴るっていうのは、これ以上に痛いんだ。例え悪人であったとしても」

 

しかし、自身ではそれに耐えなくてはならないと思っていた。自分の主である月風陽という男を守る為には、矛である為には例え誰であっても敵として障害となったら殴らないといけない。

だが、もし彼が間違えていると思ったら例え殺されようとも彼を殴り飛ばす覚悟もしていた。

 

「……武器、武器が欲しい。月魅みたいな刀じゃなくてもいい、けど……私の特性を活かせる武器が欲しい……!」

 

更にもう一発、今度は本気で木を殴り飛ばす。殴った瞬間に幹が折れて軽く吹き飛ぶ様に後ろの木にぶつかった。そしてぶつかった木も折れる。

陽鬼は軽く息切れしながら自身の手を見つめた。

明らかにパワーが底上げされている。だが、陽鬼は陽の特訓に付き合って自身も体を鍛えてはいるがこんな劇的に変わる事でも無いと感じていた。

未だに戻らない記憶、異常に底上げされている腕力。もしかしたら何かまだ重要な記憶があるのかもしれない……そうしてうんうん唸って考えてみたが不意に大きく溜息を吐いて踵を返して八雲邸に戻っていく。

 

「私には考える事は向いてないや。私が出来るのは殴って蹴ってもの食べて寝る事! 私馬鹿だから何か考えるくらいなら何も考えずに突っ走る! 考えるのは陽や月魅の役割だ!」

 

彼女は小難しい事を考えるのはやめた。

守りたいと願ったものを守る、その為に立ちはだかる者がいるなら守る為に全て殴り飛ばしていく。

そう考えたが、ふとまた考えてしまう。

 

「私は……陽を守ると言ったけど陽は自分が間違えているのなら殴ってくれって言った……だとすると私の守る物って……一体何なんだろう」

 

月風陽を守ると誓った、けれど自分の主は間違えた時は殴ってほしいと頼んだ。つまり、陽鬼が絶対に守らなければならないのは月風陽という男じゃなく何か別のものという事にも捉えられる。

 

「間違えた時……何をもって間違えた時になるんだろ?」

 

振り続ける雪を見ながら考えてしまう。振り続ける雪のせいで普段考えない様なところまで考えてしまうのかとも思ったがすぐに頭を振った。

今まで考えなかった事だがこれだけはキッチリと考えておいた方がいいと陽鬼は直感でそう感じていた。

 

「陽がやりたい事はみんなの前に立ってみんなを守る事……間違えた時、って言うのは多分みんなを守らなくなった時だ。つまり逃げ出した時って事……?」

 

でも、と言葉が続いてしまう。彼女も陽が戦ったあのライガという男も白土という男も恐ろしい相手である事には間違いが無い。

ゴッコじゃない本当の殺し合い……それをしている以上逃げ出したくなるかもしれない事を考えるとそれは間違いじゃないと考える。

 

「……守るって事は守らないと死んでしまう誰かがいるから。それが誰かの手によって殺されるなら……つまり敵。敵がいなければ守る事は無い……あ、もしかして」

 

ふと、考えついた答え。いつも働かない頭を何とか駆使して出てきた彼女なりの答え。

 

「敵がいないのに守ろうとする事、かな? つまり……敵じゃないものもみんな敵視して……殺す事。

それが陽の言う、間違えた時なのかな」

 

真偽は分からない、しかし彼女なりの答えを見付けれた事に彼女自身が嬉しそうに部屋へと戻っていく。

少しだけ彼の言いたい事を理解できた為にスッキリした顔付きで彼女はまた明日に備えて寝る準備を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……目が覚めてしまいました」

 

ムクリと起き上がる月魅。彼女はゆっくり眠っていたのだが不意に目が覚めてしまいまた寝る気にもなれないので周りの者を起こさない様に着替えて少しだけ外に出て運動する事に決めたのであった。

 

「……ほんの少しだけ明るいですね、夜明け前でしょうか」

 

白銀の雪を踏みしめながら月魅は歩いて行く。どことはいわない、どうせ八雲邸の周りからは自力での脱出は不可能なのだ。だが、それでも無性に歩きたくなっていた。

しばらく歩いた後にふと一本の木の前で立ち止まる月魅。白土から奪ってそれ以降愛用している刀を構えたかと思うと一気に飛び上がってその刀を使ってその木の各枝を落下しながら切り落としていく。

そして地面に着地した後に再び木を見上げる。

 

「一、二…………二十本中余ったのは5本ですか。まだまだですね」

 

自身の刀を見つめる月魅。夜の様に青い刀身を見つめてまだ、切れ味が足りないのか……と考える。

自分は霊力を使える、しかしその霊力を未だに発揮出来ていないのだ。

やった事と言えばこの刀を自分のモノにしただけ、もっと霊力を上手く扱える様になりたいと切に願っていた。

 

「……刃に霊力を纏わせて……」

 

目を閉じて刃に意識を集中させる。目を閉じた為見えないが刃に自身の霊力を纏わせるイメージをする、そして深呼吸していくと段々と刀がさらに青く発光していく。

だが━━━

 

「きゃっ……!」

 

刃に纏わせていた霊力はすべて弾け飛び月魅は刀を離して尻餅を付いてしまう。

再び立ち上がった月魅は刀を拾い上げて見つめ始める。

 

「……やっぱりまだまだですね。マスターにも未だ迷惑をかけてしまいます……もっと、力を付けないといけませんよね」

 

月魅には記憶があった。陽に憑依されている時の記憶、意識だけでしかなかったので体を動かす事は出来なかったが。

 

「力が……陽鬼の様に強い力が……全てを倒せる力が……」

 

月魅は陽鬼を羨ましく思っていた。自分よりも強い力、自分よりも先に陽と一緒にいた事……色々な事が陽鬼に対しての羨ましいと思える心に変わっていた。嫉妬、と言うほど強い感情では無い事は本人も理解しているので純粋な羨ましさではあるが。

 

「陽鬼には純粋な力……私にはこの刀しかない。

刀は腕力で扱うものじゃないというのは私も分かっている、分かっているはずなのに……やはりどうにも力が欲しくなります」

 

自分の体では腕力は宿らない、ならば自分の欲しい力というのは一体どんな力なのか……月魅は立ったまま木を見上げて考え始める。

 

「刀の練度……霊力、後は他に何があるでしょうか……腕力や脚力では駄目です……刀を使えるには速度……そう、速度が必要ですよね……」

 

斬る速度、足の速さ、それらを支える動体視力。動体視力に関しては月魅は自信があるのでこれは武器になるのでは? と考えた。

 

「つまり……結局のところ素早さを武器にしないといけない訳ですか……脚力を鍛えられないのなら……霊力を使って……やって見るしかない様ですね。

しかし、ならば全ての基盤は『霊力』という事ですか……博麗の巫女にでも鍛えてもらいましょうか」

 

霊力を扱える中で月魅が知る限り最強の人物、各異変を解決した彼女ならば霊力の扱いに関して未熟な自分を鍛えてもらえる……のではないかと月魅は予想していた。

何せ未知数なのだ、よくよく考えたらあった事も無い人物に会って話せというのはなかなかに緊張する。

 

「……しかし、その程度の事で尻込みしている暇はありませんね。私には意地でも強くなりたい理由があるのだから……はっ!」

 

月魅は木に向かって一瞬で刀を振りそしてそのまま鞘に収めた。抜き身の刀を収めてくれた事、勝手にマスターと呼んでおいてそれの事で嫌がりもせずにちゃんと引き取ってくれた事、月魅は陽という主に対しての感謝が有り余る程にあった。

 

「……だからこそ、彼と一緒に歩ける道を歩きたいんです」

 

踵を返して八雲邸に戻っていく月魅。その背中を夜明けとともに登ってきた太陽が照らす。彼女を照らす事を邪魔する木は既に切り落とされている。それは彼女の彼の前に立ちはだかる者は全て斬る覚悟を表していたのだった。



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従者と巫女と庭師

ある意味前の続きです。


「……あれ? 月魅、どこに行くんだ?」

 

「マスター……えぇ、ちょっと博麗神社に向かおうかと思いまして」

 

朝、陽が目を覚まして部屋に向かうと紫がスキマを開いてその中に月魅が入ろうとしているところを見つけてしまう。

何故月魅が博麗神社に行くのか分からない陽は紫に聞こうとするがどうやら口外してはいけないと言われているのかジェスチャーで口の前で指をバッテンにして喋れないと意思表示をしていた。

 

「あー……その、一応聞くけど何しに行くか聞きに行ってもいいか?」

 

「駄目です、これは幾らマスターでも今は聞かせる事は出来ません」

 

やはりそうか、と陽は分かってはいたが月魅にどう答えさせるべきか悩んでいたが仕方無い、という事で『お願い』をするのを止めた。

 

「月魅、いいから()()()()()()()()()()()()()()

 

『頼み事』ではなく『命令』という形で聞いてみることにした。こうするのは陽には少しキツかったがどこに出かけるのか聞いておかなければいつ、何かあった時に対処が遅れてしまうという事を陽は心配していたのだ。

 

「うっ……ズルイですよマスター、普段は命令なんてしない癖にこんな時に限って命令するなんて……」

 

「なんとでも言うがいいさ。お前の事を心配してるから聞いてるんだよ。だから教えてくれよ」

 

陽が命令しても月魅は珍しく目を泳がせて答えづらそうにしていた。こんな月魅は滅多に見られないと思った陽は自分が命令しても聞けないのかと悩んだがこれが通じないとなるとどうしたものかと頭を掻いた。

 

「……月魅、陽くらいには言ってもいいと思うのだけれど? 貴方の主なのだから言っても罰は当たらないし陽も心配してるから聞いてくるのよ?」

 

二人が少し気まずい空気になっていたのを見かねたのか紫が口を開いて月魅に話し掛ける。

月魅は少し悩んだ後に溜息を吐いて話し始める。

 

「……実は、博麗神社に行き霊力の修行をしようと思っていたんです。けれどマスターにそれを言ったら『怪我をして欲しくないから行くな』って言われて止められる様な気がして……」

 

「……はぁ、何だそういう事だったのか。確かに怪我はして欲しくないけど俺だって誰かの意見くらい汲み取れるぞ?

月魅は自分が修行しないといけないって思ってるんだから修行するんだろ? だったら俺はそれを尊重する、怪我しない様に気を付けて行ってこいって事くらい言えるさ」

 

「マスター……分かりました、行ってきます……!」

 

陽に後押しをされて月魅は満面の笑みでスキマに入っていく。しばらく紫はスキマを開いていたがそろそろいいかと思いスキマを閉じようとしたその時。

 

「んじゃあ俺も行ってくる」

 

「月魅の様子を見に行くためかしら? 貴方さっきの自分の言ってる事覚えているかしら?」

 

「誰も見に行かないとは言っていない……心配過ぎてヤバいんだよほんと……霊夢はあぁいう性格だけど手を抜く事は一切しないのは分かってるし……霊夢の強さの手加減抜きなんて月魅が怪我をしそうで心配で心配で……」

 

まるで父親みたいな事を言い出す陽に紫は苦笑していたが、実を言うと陽鬼もこっそり出かけていたがそれを今の陽に行ったら間違いなくどっちに行くか悩むんだろうなぁとも思っていた。

 

「……そう言えば陽鬼はどうしたんだ? 朝から見当たらないけど……まだ寝てるのか? まさか二人してどこかに出かける用事がある訳じゃ無いよな?」

 

そしてこれも気付かれてしまい紫は心の中で頭を抱えていた。下手な事を言えばすぐにそれが嘘だとバレてしまうのは目に見えているからだ。

そして紫はどういう嘘を付けばいいかすぐに思いついた。

 

「陽鬼も確かに出かけているわ、けどそれは買い物に行かせる為よ。人里のじゃなくて地底で欲しいものがあるから、って言ってたわよ? 地底なら同種の鬼である勇儀がいるから安心じゃないかしら?」

 

「地底、か……まぁ人里とかに、行かれるよりあそこの方がまだ安心……なのか? 妖怪ばっかりだしあそこって血の気の多い妖怪が多かった印象あるし……でも案外そういうところの方がいいの……か?」

 

地底と聞かされて物凄く悩んでいた陽だったが、買い物程度ならいいかと、何とか自分を納得させていた。

実際は地底には確かに行っているのだが何やら自分に合った武器とやらを探しに行っている事を紫は知っている。だが今言う訳にはいかないので嘘を吐いて黙っていた。

 

「それじゃあ様子を見に行ってくるよ」

 

「あ、ちょ、陽……行っちゃったわ。まったく……過保護なんだから」

 

有無を言わさずスキマの中に入り姿を消す陽。自分までついて行く訳にもいかないがなにぶん陽は月魅と違い空を飛ぶ事も弾幕を撃つ事も出来ない、気が気で仕方が無かった。誰かにやられるのでは? と。

しかし行く場所は博麗神社なので一応安心といえば安心ではあるがやはり気になるものは気になって仕方が無い紫。陽の心配と霊夢の信頼……どちらを天秤にかけるかと言えば━━━

 

「……霊夢なら、安心……よね。あの直感力と強さがあるなら……うん」

 

一応霊夢への信頼という事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほらほら、結界作るのはそんな簡単じゃないわよ」

 

博麗神社、ここで月魅は霊夢に結界を教えられていた。巫女である彼女の主な武器は札と結界だからだ。

しかし、いきなりやった事も無いものを作れと言うのは余程の才能が無いと無理な話であり、月魅には作る事が出来ないのだ。

 

「はぁはぁ……」

 

「……さっき来たばっかりのはずなのにもう始めてるのか」

 

そして、そんな月魅の様子を陽は茂みに隠れて見ていた。気になるとはいえ、修行の邪魔になるといけないと思っての行動だったがハッキリ言えば既に霊夢にはバレていた。

かといって気にしててもしょうがないので霊夢は見て見ぬ振りをしていたが。

 

「……」

 

霊夢は修行に来た月魅と隠れてついてきた陽を見てふと考える事があった。

どうして力のない主に従う事が出来るのか、と。いや、寧ろ彼らの関係性は紅魔館の主従とも、白玉楼の主従とも、永遠亭の主従とも、八雲の主と式神の様な関係性とも全て違うように感じ取っていた。

何故ここまで従えるのか、あまり物事に興味を持たない霊夢もこれには少し興味持っていた。

 

「ねぇ、一つだけいいかしら?」

 

「……? 何でしょうか……? どこか間違っていましたか?」

 

「いや、そういう訳じゃ無いけど……あんたって……いや、あんたとあの鬼の子もそうだけど……なんで自分よりも弱い主を守ろうとしてるわけ? いや、そもそもあんた達の関係は主と従者には見えないわ」

 

肩で息をしながら月魅は目を伏せる。主従の関係に見えないと言われても自分は陽の従者のつもりでいたからだ。しかし、よくよく考えれば陽鬼は陽の事を呼び捨てにしていた。

月魅はその事を無視していたが考えてみれば確かにあれはかなり主従の関係には見えない。恐らく自分だってそう思うはずだろう。

 

「……私はマスターの従者のつもりです。陽鬼もそのつもりなんでしょうけど彼女は……例え目上であっても絶対に敬語は使わずにまるで元来の友人であるかの様に話し掛けるのでしょう。

逆に私は誰にでも敬語を使います。陽鬼はいつもと同じ調子で、私はいつも誰かを敬う様に話している。それが主従に見えない証拠じゃないでしょうか」

 

「あー……ならそういう事にしておくわ。多分理由は別にありそうな気がするけれどそれ以上はアンタらが気付く事だしね。私には関係無いから。

ほら、早く結界完成させちゃいなさい」

 

そう言って霊夢は縁側に寝そべって月魅を観察し始める。これが修行と言えるようなものなのかは微妙だが霊夢はだらけているように見えてちゃんと月魅の事を見ているのだ。

それを理解している陽は密かに月魅の様子をじっと観察しているのであった。

 

「あれ……博麗神社に霊夢以外の誰かがいるなんて珍しい……」

 

「んー……? あら、妖夢じゃない。喧嘩なら幾らでも買ってあげるわよ? 私に負けて身ぐるみ剥がされたいなんて変わった趣味を持ってるわね」

 

「冗談、私はそこまで酔狂な事はしない。にしても……何故紫様に拾われていた男の従者がここにいるの?」

 

「あー、強くなりたいとかなんとか言って私に修行をつけて欲しいって頼んできたのよ」

 

煎餅を齧りながら霊夢はだるそうに答える。妖夢はまた珍しいものを見た、と言わんばかりに月魅の事を見ていた。

 

「……あれ、あんたこの子と会った事あったっけ?」

 

「前に一度だけ会ったことがあった。それで知っただけだからどんな子かまではよく知らなかったけど……刀を使うんだ……」

 

「良かったじゃない、刀仲間が増えて。

あ、どうせならあの子に刀の稽古付けてあげなさいよ。あの子刀を使い始めたのつい最近らしいわよ」

 

「つい最近……なるほど、それなら型が我流のそれなのは納得したけど……というか、刀を使って結界を展開させようとしてるの?」

 

「あー、本来なら札を使わないといけないけどどうせならあの子には面白い結界の展開のさせ方を覚えさせてもいいんじゃないかと思ってね。

投擲に関してはセンスあるっぽいけどそもそも使える霊力が少ないみたいだから刀にしたわ」

 

「ふーん……」

 

妖夢は一旦黙って視線を月魅に戻した。そして数分してから霊夢に再び戻して口を開く。

 

「本音は?」

 

「流石にこれ以上似た様なヤツが増えるのは勘弁。唯でさえ早苗と色々比べられてるのにこれ以上比べられる対象が増えたら溜まったもんじゃないわ」

 

心の中で密かに『強さ以外基本負けてるよなぁ』と思いながら月魅の方に視線を戻すと、札が妖夢の頬に向かって飛んできた。

 

「あんた今すっごい失礼な事考えたでしょ、罰としてそれ貼り付けていなさい。しばらく剥がれないからいい笑いのネタになるわよ」

 

「ちょ、これは洒落にならないから……あれ? あの子棒立ちになってない?」

 

「え?」

 

妖夢に言われて霊夢も月魅に視線を戻す。確かに言う通り月魅は棒立ちになっていた。

しかし、見た感じ疲れて休んでいるとかじゃなく何やらブツブツ小言を呟きながら棒立ちになっていた為何かあったのかと霊夢は少し心配した。

だが、茂みの奥に隠れている陽が出てきていないという事はまだ大丈夫なのだろうと思い動こうとした霊夢もそのまま寝転がった体勢のままになった。

 

「あれ、行かないの?」

 

「茂みの奥にいるあの子の主がバレるの承知で出てこないってことは大丈夫って事でしょ。彼かなりの親バカみたいだしね……バレるのが嫌だから出て来ないなんて事も無いでしょうし」

 

「なるほど……でもあの子さっきから何を喋ってるのか……」

 

「そんなの知ったこっちゃ━━━」

 

「霊夢、ちょっといいですか? 結界を作って欲しいんですが」

 

『そんなの知ったこっちゃない』と言いかけた霊夢のセリフを遮って月魅が声を出す。

別段断る理由も無かったので適当に月魅の目の前に人が一人分入りそうな結界を作る。馬鹿みたいに力が強かったら壊せる程度の結界だが一般人並の腕力しかない月魅には腕力では破壊不可能である。

さて、一体どうやって破壊するのかと霊夢は思って観察していたが━━━

 

「……はっ……!」

 

月魅は鞘から刀を居合斬りの要領で抜き、結界に一閃の斬撃を与える。

しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……おおっ? え、何今の……妖夢、あんた今のちゃんと見てた? 私が見た分だとどう見ても結界を斬った様にしか見えなかったんだけど」

 

「……確かに結界を斬ってたけど……なんだろ、斬る寸前に刀に変な半透明のものが付いてた様な……そうそう、丁度霊夢の作ったあの結界みたいなのが刀の形になってくっついてた感じ」

 

妖夢の言った事を頭の中で考える霊夢。自分の結界の様なものが刀に纏わり付いてるという部分がよく分からない為よく考える。

そしてふとある一つの結論に辿り着く。

 

「……まさか、他の結界と同調する結界でも作ったって言うの?」

 

「それだけじゃ無いですよ……『これ』は飛ばす事も出来ます」

 

他の結界と同調する結界を作ったという事実は霊夢を驚かせた。しかし、それを飛ばせるという事はその結界が飛んでくるという事である。

まさか結界作りを教えていたつもりが結界キラーになってしまうなんて……と霊夢は思ったが飛ばしてどうなるのか、とふと思ってしまう。

 

「じゃあ私が相手をしましょう。同じ剣士同士霊夢とは別の視点を感じ取れるでしょうし」

 

そして霊夢が何かを喋るよりも先に妖夢が背中に背負った刀、白楼剣を抜く。最早試し撃ちをさせてやろうという者の顔で無く完全に同種の者と戦いたいという顔になっている事は霊夢は敢えて突っ込まないでおいた。

そして、それを茂みで見ながら陽はふと思っていた。

『陽鬼は大丈夫だろうか』と━━━




月魅が新技を覚えましたね。原作ゲーム的に言うのであれば結界のように展開するスペルを全貫通する弾幕という事でしょうかね。
飛ばせて結界貫通持ちの技となれば
後編は陽鬼側の話となります。


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守拳

陽鬼側の話です。


月魅が博麗神社で特訓して、陽がそれを影で見守ってる時の話。陽鬼はその時は地底にいた。

何をしに行ったのかという話だが特訓、そして可能であれば武器の調達などが主な目的だった。

剣や槍などの武器は恐らく肌に合わないと陽鬼は確信しているし弓矢や銃などの武器も合わないという確信はしている。だから陽鬼は重くて破壊力のある武器……金槌などの武器が必要なのだ、それもなるべく大きな。

 

「さて……あるといいなぁ……私に合う武器」

 

何故地底に来たのか、陽鬼自身の考えとしては『暑いから金属の加工とか流行ってそう』という考えだった。

 

「うーん……でも前に来た時に無かったよね……でも人間のいる人里だと重い武器はどう考えても流行らないだろうし……あるとしたらこっちなんだよね……」

 

キョロキョロ見渡しながら歩いていく陽鬼。その姿を見てざわめく地底の妖怪達。侵入者だ、侵入者がいると反応していた。当たり前だ、本来はここの領地に外からの来訪者が現れる事は無いからだ。前に来た時は紫がいたから何も起きなかったが、今回は別だ。紫も陽もいない一人の状況では、地底の他の者に過敏な妖怪達が反応してしまっていたのだ。

 

「うーん……きっとどこかに……」

 

「殺れぇぇええええ!!」

 

「……ちょっとお邪魔しただけでこんなに歓迎されないなんてね!!」

 

そこからは陽鬼対妖怪達の乱闘が始まった。とは言っても過敏であるという事はそれだけ臆病という事でもある。臆病な者程自分のテリトリーに入られる事を嫌う。

だからこそ、『侵入者は排除する』

 

「っ……あぁもう! 子供に群がるなんて大人気ないぞこんちくしょう!!」

 

本気を出して殆どの妖怪を一撃で沈めていきながら陽鬼は叫ぶ。小さいとはいえ一応は彼女も鬼という剛力の種族である。

能力の方は完璧には使えないが単純な妖力や筋力だけなら大概の妖怪を凌ぐ程のパワーはあるのだ。

 

「そう言いながら殆どの妖怪達を殴り飛ばして気絶させていってるあたり小さくても鬼は強いという事を示してくれたじゃないか」

 

ある程度妖怪達を殴り飛ばしたところで陽鬼に声を掛けるものが存在した。陽鬼は声の主を視界に入れる。その正体は『力の勇儀』の星熊勇儀であった。

 

「……や、やる気?」

 

「あっはは! 流石に同種をぶっ倒すのは気が引けるよ。同意の上で殴り合うのなら良いけど別段同意の上って訳じゃ無いしね。

とりあえず落ち着きな、敵じゃないよ私は」

 

勇儀のその言葉を聞いて陽鬼は臨戦態勢を解く。そして勇儀は陽鬼が落ち着いたのを見計らってからふと声を掛ける。

 

「で? わざわざ1人で来たみたいだけれど一体何の用だい? ここにはあんたの好きそうなものが置いてあるわけじゃないよ? 酒と料理なら大量にあるけどね」

 

「……ねぇ、武器を扱ってるお店ってあるの……?」

 

「地底にかい? ある事はあるんだけどねぇ……果てさて、まだ残っているか微妙だねぇ……何せ弾幕ごっこが流行っちまったからそれをやる妖怪かそもそもいつもは戦わない妖怪達しかいないから廃れちまってんだよね……ま、とりあえず探してみるか」

 

一緒に探すつもりは陽鬼には無かったが、思ったより気のいい勇儀が一緒に探してくれる事になり少しだけ陽鬼は安心していた。

何分あまり地底はあまり回っていた訳じゃないので地理には詳しくないのだ。だから誰か詳しい者が一緒にいてくれた方が楽で安心なのだ。

 

「……ところで、何で一緒に探すのを手伝ってくれるの? やっぱり同族のよしみ?」

 

「まぁそれもあるっちゃああるけどね。あんたの主って男には酒勝負で負けたから今度は勝ちたいと思っててね。

ただ全然来ないからどうしようかと思ってたところにあんたが来たからねぇ……まぁつまり見返り目的さ。あんたの主との酒勝負をもう一回取り付けて欲しいって言うね。

勘違いしないでもらいたいが別にこれを断っても案内をいないとかそんなことは無いから安心しな。出来ればでいいんだよ、出来れば」

 

陽鬼としては別にそれを受けるのはいいけれど陽がそれを受け入れるかどうかは別問題なので正直了承しづらかった。

恐らく陽も簡単に了承は出すだろうが問題は紫なのである。彼女が簡単に了承するとは考えづらいからである。

 

「別にいいけど……多分紫が許さないと思うよ?」

 

「八雲ねぇ……ありゃ過保護過ぎるんじゃないかね。男なら妖怪の1匹や2匹は倒すもんだよ。人間の中には剛力の種族であるはずの鬼を倒す猛者だっているらしいからねぇ……」

 

歩きながら2人は会話を続けていく。その間にも段々と地底の居住区の奥の奥へと歩いていく。不便極まりない場所の様な気がするがしかしそこまで来ると家屋は最早廃れていっているのが目に見えるほどの奥地であった。

そして2人はとある大きな一軒家の前にたどり着く。

 

「ここだよ、ただ一つだけ注意しておくことがあるんだけど……ここの親父はかなり偏屈だから気を付けな。私は此処で待っているから何かあったら私を頼りな」

 

「うん!」

 

そして陽鬼はその一軒の家に入っていく。明らかに人が住んでいる様な気配が無いのが少し不気味なところだった。

 

「あのー……誰かいませんかー!」

 

それに対する返事は無い。

だが、奥の火事場から音が聞こえてくるため今も鉄を打っているのだろう。

陽鬼はその音目指して一直線に走り出した。

 

「あのー!」

 

「……」

 

そこには一人の人間がいた。陽鬼は地底なのに何で人間がここで鉄を打っているんだろうと思った。しかも若い男や女ではなく既に年老いている男であった。

そして陽鬼が声を出しても何の反応も示さずにひたすら鉄を打っていた。と、ここで陽鬼は違和感を感じた。目の前の老人、一切汗をかいてないのだ。

暑さに慣れた、と言われてしまえば反論は難しいが流石に来ている服にまで汗が染み付いていないなんてことはありえないはずだ。実際陽鬼もこの鉄火場がとんでもないくらい熱いと感じているのだから。

そして更に恐ろしい事実に陽鬼は気づいた。ここの鉄火場には汗を拭くものが存在していなかった。

 

「……嬢ちゃん、アンタ鬼か?」

 

そうしてここで陽鬼の存在に気付いていないと思っていた老人が陽鬼に振り向かずにそのまま話し掛けてきたのだ。陽鬼は少し驚いてしまったがすぐさま返事を返す。

 

「う、うん」

 

「悪いこたぁ言わねぇ。ここには鬼の力じゃ扱いづらい得物ばかりさ。あんたも馬鹿力の類みたいだがそのせいでとんでもないくらい軽いんだ。すぐに壊れるのが目に見えている。人間の力で作れる武器なんて限られてるからな、死んでもそれは変わらんさ」

 

言われて陽鬼は納得してしまった。確かに、鬼が満足に扱える様な武器を他の種族、ましてや人間が作れるとは思えないからだ。

しかし、納得した後に陽鬼はふと疑問に思った。今この老人は『死んでも』と言ったのだろうか?と。

 

「……あの、おじいさんってまさか……」

 

「……あぁ、俺ぁ幽霊さ。しかも、地底に住み着いた悪霊さ」

 

何故か妙に黒っぽいのは悪霊だったからなのか……と見当違いな事を陽鬼は考えていたが、武器は作れないとなるとどうしたものかと考えていた。

 

「……ごめんね、おじいさん。流石に無理は言えないから私帰るね」

 

そして、また別の人を探さないといけないと陽鬼が踵を返したところで老人が声を上げる。

 

「おい待て嬢ちゃん、まさかあんた拳一辺倒……自らの拳を武器にしてるクチかい?」

 

「へ? そうだけど……」

 

「……前言撤回だ、拳を使うなら丁度いいのがあるぜ。使い方を覚えなくていいから便利だ」

 

陽鬼の手を見ながらニヤリと老人は笑った。そしてそのままとあるところへと歩き出す。

そして陽鬼に関しては『使い方を覚えなくていいから』という言葉に乗せられてそのまま老人についていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これ?」

 

「あぁ……武器を使わず素手を使うやつはいるが素手でも防御がいらないって訳じゃ無いからな。拳を傷だらけにするならこれ使って自分の手を守りな。

なぁに、武器を作ってた俺にとっちゃあ異質なものである事には変わりねぇが……そいつは自信作さ」

 

陽鬼に渡されたのは一対の籠手だった。しかし、陽鬼はその籠手に秘められた力を感じ取っていた。

大きな、とても大きな妖力が込められている事がヒシヒシと伝わってきた。

 

「こいつぁ緋緋色金(ヒヒイロカネ)って素材から出来てんだ。硬ぇ上に熱の伝導率もいい……そんでもって……そいつぁとんでもねぇ程の妖力を秘めてやがる。

とんでもねぇ一品さ、とても人間に使いこなせるもんじゃなかったよ……」

 

「……おじいさんが作ったんだよね? どうして人間の作ったものに妖力を秘められたの?」

 

「嬢ちゃんの疑問はごもっともだな。俺も作った時の事はよく覚えているがな、そっちに特に問題は無かったはずだ……確かこれの素材は戦の時に死んでいった者たちの霊が取り付いてるって話だったが……」

 

老人はしかめっ面で籠手を見る。戦の時の代物だとしたら一体どれくらいの怨念を吸ったのだろうと陽鬼は少しだけ身震いした。

 

「……あ、お代っていくら? 一応お金はいっぱいあるよ?」

 

「金なんざいらねぇよ。俺ぁ金属打ててるだけで充分だからな」

 

そう言って老人は陽鬼の頭を撫でる。髪をクシャクシャにせんとする勢いだったが老人の顔はすっきりとした笑顔になっていた。

 

「……あれ、厄介払い押し付けてない?」

 

「気のせいさ、とりあえずそれを付けてみてくれねぇか? どれくらいなのか大きさが合わないって言うのを確かめねぇといけねぇしな」

 

そう言われて陽鬼はそのまま籠手を腕に付けていく。すると、籠手は不思議な事に陽鬼の腕に初めから合わせて作られたかの様にぴったりのサイズになったのだ。

 

「あ、あれれ? こいつ今あからさまに大きさ変わったよね?」

 

「あぁ……こいつぁ驚いた。俺が付けようとしたら全力で拒否しやがった癖に何で嬢ちゃんを選んだんだ? 不思議な事もあるもんだな……」

 

2人は驚いた表情で籠手を見ていた。陽鬼も不思議なものだと思ったが、自らサイズを合わしてくれるのならこれ以上無いものだと思っていた。これで当面の問題が無くなると思った時に、ふと気付く。

 

「……これ、どうやって外すの?」

 

そう、今の籠手のサイズは()()()()()()()()()()()()()()()()()()。普通に抜こうとしても色々な所が引っ掛かって取れないのだ。

 

「あー……極限まで気を抜いてみろ」

 

「気を抜く……気を抜く………」

 

陽鬼は気を抜く、というのをよく理解してなかったがとりあえず全身の力を出来る限り抜いていく。

ある程度ボーっとなり始めたところで籠手のサイズが戻り、カシャンと音を立てて地面に落ちた。

 

「おぉ、落ちた。本当に気を抜いたら落ちた」

 

「その言い方だとまるで自分が落ちた見てぇな言い方だが……まぁこれで取り外し方も理解出来たみたいだし良かったな」

 

「うん!」

 

落ちた籠手を拾い上げて陽鬼は元気良く頷く。老人はそんな陽鬼の姿を見て微笑んでいた。そしてふと思い出した。

 

「そういやそいつぁ付けて帰るのか? 嬢ちゃんの身長じゃ持っていくのは骨が折れるだろうよ。本来のサイズは普通の鎧のサイズだからデケェしな」

 

「いや、いいよこれで。私なりの仕舞い方があるからさ。籠手ありがとうねおじいさん!」

 

そう言って陽鬼はそのままの勢いで鉄火場を出ていって鍛冶屋を出ていく。それに気付いた勇儀が軽く手を振る。

 

「貰えたよ!」

 

「ほー……真っ赤……いや、こりゃあ緋色か? 綺麗な色っちゃあ綺麗な色だが……」

 

訝しげに籠手を見る勇儀。緋色の色が地底が少し暗いので明かりに照らされると鮮やかに、かつ艶やかに色が光る。

だが、こうやって持ってきたという事は特に問題も無かった、という事なのかという事にして勇儀は再び陽鬼に視線を合わせた。

 

「まぁ、貰えたのならよかったよ。気を付けて使いなよ? 見た限りとんでもない代物っぽいが……ま、鬼なら無茶の一つや二つするべきだね。

さ、また案内してやるよ……どうせなら殴り合いでもしてみるかい? その籠手……あれっ? 籠手はどこに行ったんだい?」

 

気付けば陽鬼の腕の中から籠手は消えていた。すると、陽鬼が微笑みながら1枚のスペルカードを見せる。

 

「ん……?陽拳(ようけん)[鬼の籠手]? まさか……さっきの籠手はこのスペルカードの中かい?」

 

「うん、ずっと付けてる訳にもいかないし……けどどうせなら出来る限り持っていたいから出来るかなぁって思ったら何か出来た!」

 

「ほー……こんな事も出来るんだねぇ……確かにそれなら持ち運びには困らなさそうだね」

 

歩きながら2人は再び会話していく。そして、ある程度話し合ったあたりで地底の入口まで歩いていた。

 

「それじゃあね、あんたの主ちゃんと守ってやりなよ」

 

「うん!」

 

その会話を最後に陽鬼はスキマに入って八雲邸に戻っていった。新しい力を手に入れたのを試したいと思う反面、彼を守る為の力を奮う為に。




今回の親父はなんてことの無いただの親父です。刀鍛冶の幽霊ですが。


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修行の片手間

少しだけの修行風景


「……」

 

「あら、陽……それ何読んでるの?」

 

「魔法の本……」

 

「突然紅魔館に行きたいと言って行って来てから、すぐに帰ってきたと思ったら本を読み始めて……貴方には魔力が宿ってなかったはずでしょ?」

 

八雲邸、そこで陽は何冊もある魔法の本を熱心に読み漁っていた。それを見た紫は一体何をしているのかと少しだけ呆れていた。

陽は弾幕を撃てない。それは霊力、魔力、妖力、又はそれ以外の特別なエネルギーを持って無いからなのだ。

 

「……俺は霊力、妖力を持ってる……らしいぞ。パチュリーに体を調べてもらったらそう言っていた」

 

「えっ……よ、妖力も……?」

 

霊力は分かりきっていた。人間が持てるのは霊力、魔力だ。そのうちの一つを持っている事は何ら驚く事じゃない。

だが妖力は別だ、あれは妖怪という部類のものが持てるエネルギーだ。それを人間が持つ事はありえない。

だが、パチュリーがそう言っていたのでは間違えたということも考えづらいと紫は思っていた。

 

「……だから、魔法が使えてもおかしくはない。今は魔力は持ってないけど……多分、できる」

 

「陽……」

 

紫は少し心配していた。陽はここのところ体に無茶を利かせ過ぎているのだ。過度な運動、そして暇さえあれば本を読んでいた。

そう言えば、と紫は思い出していた。最近刀や銃の練習もしていた、と。

鍛錬、鍛錬、鍛錬……体に少し負担を掛け過ぎではないのか、と紫は不安になっていた。

 

「……ね、ねぇ……少し休んだら……?」

 

「もう少ししたら休む。ありがとう紫……けど俺も……月魅や陽鬼みたいに強くならないといけないから」

 

そう言って陽は軽く外に視線を向ける。紫もそれに釣られて視線を外に向ける。

そこには籠手を付けて殴りかかっている陽鬼と刀でそれを捌いてる月魅がいた。2人は喧嘩をしている訳では無くただ特訓をしているのだ。

月魅は速さを、陽鬼は力を……それぞれ特訓していた。

流石に人間の反応速度を超えてしまっている様な戦いを見せつけられてのんびり過ごせるほど月風陽という男はマイペースでは無かった。『誰かを守りたい』その願いだけがひたすら暴走していた。

 

「……陽鬼ー、月魅ー、少しいいかしらー?」

 

「はぁはぁ……何?」

 

「ぜぇぜぇ……何でしょうか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━━陽の事なんだけど……」

 

紫は二人を呼んだ。話の内容は勿論陽の事であるが、別段陽を二人に止めてもらおうという話では無い。

この二人に言われて止まれる程陽も柔では無いというのは分かりきっている。では何を話すのか? 簡単な事である、止めるのでは無く、誘導してもらいたいのだ。強くなろうとするその気持ちから自分達に気持ちを向ける様にと。

しかし━━━

 

「……その話は聞けない、と言うかそれを叶えようとしても陽がより一層無理するだけだと思う。陽がそれで今までやってきた事を疎かにする様な人じゃないのは紫も知ってるでしょ? ううん、私達より少しだけとはいえ付き合いの長い紫なら分からないといけないと思う」

 

「えぇ……マスターは無理をするお方です。しかし、出来ない事をしようとはしない……けど今はその出来ない事をやっているから紫は心配しているのですよね? 魔法の勉強や人間が体を壊しそうな程の特訓をしているマスターの事を……」

 

「そう、だけど……貴方達の言う事も聞かないの?」

 

その言葉に陽鬼達は首を縦に振る。その反応に紫は肩を落として顔を俯かせる。

 

「恐らく、ですが……マスターは止まらないと思います。自分の大切な者達に危害を加えようとする者、自分とはほとんど無関係の者を自分を誘き出す為だけに平気で手にかける者……それら全てを殲滅し終えるまで」

 

「私が陽に……憑依、だっけ? あれをしてから微妙に様子がおかしいんだよね。

生活を楽しんでたのがいつの間にか陽は日常生活で笑わなくなってる気がする……」

 

紫は同意の返事こそしなかったものの、陽鬼の言った事に対しては同意していた。来た時は全てに興味が無かった少年、気付けば自分たちに笑顔を見せるようになってて……今になっては笑っててもどこかぎこちない様な笑みを浮かべている事が多い、と。

 

「……ともかく、早く私達に危害を加える者達を何とかしないと……マスターは本当に笑わなくなってしまいます、心の底から……」

 

「……結局、戦うしかないって事なのね……それにしてもどうして陽が狙われるのかしら?」

 

紫の素朴な疑問、しかしその疑問には誰も答えられない。何せ誰も狙われる理由が思い付かないからだ。

 

「……あの白土という男は妹が人質に取られてるような発言をしていた様な……」

 

「けどそうなると他の奴……えーっと、あのライガって奴が何で狙うのかよく分からないんだよね……外の世界で何かがあった、とかじゃないみたいだし……」

 

そのまま3人は考え込んでしまう。しかし、流石に情報が少な過ぎるので何も言えない。

 

「……うん! 考えていてもしょうがないし来たらぶっ飛ばすって事でいいでしょ!」

 

そう言いながら陽鬼は立ち上がる。確かに今考えていても仕方が無いと二人も思い姿勢を崩す。答えを知らないなぞなぞは答えようが無いので考えていても仕方が無いのだ。

 

「ま、丁度いい休憩にはなったかな……あ、そう言えば何で敵ってここに攻めてこないのかな? 場所が分からないとか?」

 

「確かに今までの事を見ている限りそれもあるかもしれないけど……それ以前にここの周りも私の能力で境界を弄り続けて入るにしても私の能力が無いと不可能な程になっているのもあると思うわ」

 

陽鬼のその疑問は紫が答えた。陽鬼は理解している様な理解していない様なそんな微妙な表情をしていた。

しかし、とりあえず入れないというところだけは完全に理解したようでそのままどこかへと走っていった。

 

「……そう言えば、藍はどこに行ったんですか?」

 

「藍は買い物に出掛けて行ったわ。まぁ仮に誰かに襲われたとしても彼女をどうこう出来るのは霊夢や魔理沙くらいよ。霊夢は普通に強いし魔理沙はいつでも全力で戦ってるから……ま、私達が何か異変を起こさない限りあの二人が何か事を起こさない限り何もしてこない……と思うわよ多分」

 

「……それならそれで安心なんですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……! お前本当に人間か……!?」

 

人里……から離れた草原。そこでは藍が誰かに追い掛けられているかの様な状態で逃げながら戦っていた。

紫が開いたスキマからは離れていっている。紫達を巻き込むまいとした為だ。

 

「くそっ……どこまで逃げようってんだ!!」

 

そして追い掛けているのは黒空白土。彼は藍が八雲紫…つまりは陽を追い掛ける為の道筋として彼女を狙う事にしたのだ。

 

「お前の知った事では無いだろう! いい加減私を追い掛けるのを止めたらどうだ!?」

 

藍は白土の速さとパワーに少しだけ驚いていた。だが、藍の相手が十分に務まる相手でもある。しかし、馬鹿正直に相手をするのも面倒なので逃げて撒くつもりであった。

それに、弾幕ごっこではないただの殺し合いを望む相手となれば確実に相手の肉を噛み千切り、爪で引き裂き、返り血を浴びてしまうだろう。

そうなれば買い物どころの話じゃないしなにより橙から避けられてしまうと藍は考えていたのだ。

故に無駄な血は流したくないのだ。

 

「……」

 

ひたすら逃げる藍。それを追いかけ続ける白土だったが、どうにも違和感が拭えていなかった。

藍が逃げている先が八雲邸に繋がるスキマに走っている様に思えてならないからだ。だが、追わなければ陽を見つける事もままならない。

仕方無く追うしかないのだった。

 

「ここを抜ければ……!」

 

藍はとある場所へと向かっていた。とある人物のいる場所へと。

まず幻想郷では指折りの強者であり、勝てるものも数少ないという人物。だが、その人物が藍に協力する事が無いのが問題ではあった。しかしそんな事を気にしていてはいつまで経っても白土に追い掛けられるだけとなる。

だからこそ、協力では無くその人物が白土だけを狙う様に誘導している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……向日葵の花畑……?」

 

藍が抜けた先には向日葵畑があった。そしてそこに藍は飛び込む様にして隠れた。元々向日葵畑が一面黄色いのも相まって、尻尾を上向きにして飛んでいた藍が見えなくなってしまった。

白土は炙り出す為に一枚紙を取り出したかと思えばそれを手榴弾に変えて一つ一つピンを外しながら放り投げていく。こうやって手榴弾を手当り次第に爆破していくことで炙り出そうというのだ。藍が死んだ時はその時はその時で別の策を考えようという考えだった。

 

「……出てこねぇなぁ」

 

「━━━貴方、私の花畑で何をしているのかしら?」

 

「なっ……ぐっ!?」

 

何回か畑を爆撃した後、白土は何者かに何かで殴られて吹っ飛ばされる。そしてそのまま地面に叩きつけられてしまった。

 

「な、なんだ……?」

 

「ドンドン喧しいと思えば向日葵達が爆破されていってるじゃない……貴方、覚悟は出来てるんでしょうね?」

 

緑色の髪、獲物を射殺すかの様な赤い瞳、フリルの付いたチェック柄のスカート、同じくチェック柄の上着を羽織っていて日傘を持っている女性が白土の目の前に映っていた。

 

「うるせぇ……! 例え誰であろうとあの狐を捕獲するのを邪魔するやつはぶっ殺す……!」

 

「……狐? まさか八雲の……となると……」

 

女性は少し考えてから傘を構えて花畑に向ける。気配を感じさせずに近付き、そして思いっきり人をブン殴ったであろうその傘に全く傷が付いてない事を考えると、恐らく女性と密接な繋がりのある妖怪傘なのだと考えて白土は、彼女の視線が外れた瞬間に近くの木陰に隠れた。

 

「あの女……とんだ馬鹿力じゃねぇか……普通の妖怪じゃねぇな……クソっ、あんな啖呵を切っちまったが流石に勝てる気しねぇな……あいつが誰か分かってからやりあった方が得策だな、こりゃあ……また引き下がらなきゃいけねぇのか……クソがっ……」

 

そのまま白土は空中にドアの様なものを作り出してそこに入ってドアとともに姿を消す。

しかし、今は藍の方に気が向いている女性は向日葵畑のギリギリ上を飛びながら畑を観察していた。

 

「……あの人間の言っていた事は多分本当ね……火薬臭い中で少しだけ獣臭い香り……もしかしなくても私は利用されたクチか……気に食わないわね、この私……風見幽香を自分が逃げる為だけの道具として使われるなんて……あの狐、少しだけ痛い目に合わせないとダメかしら?」

 

女性、風見幽香は不敵な笑みを浮かべながらそう呟く。しかし、笑みを浮かべていてもその実彼女の腹の中は煮えたぎっていた。

当然、怒りでだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……ほんとに死ぬかと思った……」

 

八雲邸、藍は何とか風見幽香から見つからずに逃げ切って帰路についていた。正直いつ見つかるかとヒヤヒヤしていたのだ。

 

「あら……藍、随分遅かったけどどうしたの?」

 

そして、戻ってきて藍は紫に声を掛けられる。声を掛けられるまで気付かなかったので紫の声が聞こえた瞬間に驚いてしまったが、背筋を整えて返事を返す。

 

「ゆ、紫様! ただいま戻りました!」

 

「え、えぇ……どうしたのよ、随分疲れてるみたいだけど……」

 

「ちょ、ちょっと変なのに絡まれてまして……大丈夫です。別の者に擦り付けてきましたから……」

 

疲れきった藍の表情を見て紫はこれ以上聞く事をやめた。

何故か自分も疲れる予感がして聞くに聞けなかった。そして、これだけ疲労しているとなると藍には休んでもらわないといけないとも思っていた。

 

「藍、今日は夕飯作らなくていいわ」

 

「し、しかし……そうなると彼一人に負担が行きますが……」

 

「うっ……け、けど……彼に何か気晴らしになる様な事は少しでもさせて上げたいと思ってて……」

 

紫のその言葉に藍は頬を掻く。料理が出来ない程疲れている訳では無いから作ろうと思えば作れるが主の命令で作らなくていいと言われているので命令無視して作る訳にもいかないのだ。

 

「まぁ気晴らしさせる事も大切ですが……今の彼に負担を余り掛けるものではありませんよ」

 

「うっ……それじゃあ今日のご飯どうしようかしら……」

 

「あの……ちょっといいですか?」

 

紫が悩んでいたその時、月魅が紫の服の裾を引っ張りながら声を掛ける。珍しいと思いつつ、話を聞いてみる。

 

「お二人には及びませんが……私も一応料理は出来ますよ。元々家事手伝いをしていた身ですから」

 

「あら、それなら月魅に頼もうかしら? 結構人数多いけれど大丈夫かしら?」

 

「えぇ、いつも食べているお陰で誰がどのくらい食べられるのかの把握は済んでいます。後は二人の味に慣れた舌で私の料理が美味いと感じさせられるかだけですけどね……」

 

そしてその日の夕飯は月魅が作る事になった。その味は存外悪いものでは無いというのが紫達の感想だったのであった。




月魅も陽鬼と同じように刀をスペルカードにして持ち運んでいます


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四季のフラワーマスター

題のあの人が出てきます。えぇ、勿論。


「……にしても、なんで人里の人達はこんなにピリピリしてるんだろうな。まるで何かに怯えている様に見えるけど……」

 

人里、ここで陽、陽鬼、月魅は買い物に来ていた。紫に頼まれてきたのだが、本来の買い物役は藍だったはずなのにどうしてなのか? と素直に陽鬼が訪ねてみたらどうにも今は出掛けたくないと藍が言っている事を紫が答えたので変わりに来た、という訳だった。

 

「うーん……藍が外に出たくないって言ってたのと何か関係がある様に見えるんだけどね……」

 

陽鬼が頭を抱えながら必死に考えているが、藍の事も人里の事も何も分からなかった。

代わりに、月魅が何かを思い付いたのか口を開く。

 

「……藍が人里で何か事件を起こしてしまい、人間達に恐れられている…なんていうのはどうでしょうか」

 

「流石にそれは無いだろうけど……ん?」

 

ものを買いに行く為のいつもの道のりを歩いている道中目の前から女性が歩いてくる。

ぶつかりそうだったので右に動いて避けようとするが━━━

 

「っ! 陽危ない!! っ!!」

 

「……は? お、おい陽鬼!?」

 

突然陽鬼が叫んだかと思えば吹っ飛んで民家に激突する。そして、隣にいる女性の閉じた傘は陽の頭の近くにあり、それで陽鬼が吹っ飛ばされたのか? 陽は思った。

 

「……ちっ、角は飾りかと思ってたけど……伊達に鬼じゃない、か」

 

「あ、あんたいきなり陽鬼に何すんだよ!?」

 

「黙れ……恨むなら、お前の連れの狐を恨むがいいわ!!」

 

そう言いながら女性は傘を突き出す、ギリギリ避ける事に成功するが何度も避けれる様なものでも無い事は陽自身分かっていた。

月魅は既に目の前の女性に斬りかかっている。しかし、その斬撃は女性に届く前に傘によって防がれてしまう。

 

「っ……それは本当に傘かどうか疑いたくなるレベルですね本当……!」

 

「あら、鬼のあの子が殴って傷一つ付いてない時点で察しておくべきところよ? 随分貴方は鈍感なのね?」

 

そう言いながら鍔迫り合いの力を利用して後ろに飛んで距離を離そうとする月魅だったが、逃げ切るよりも早く女性は素早く一回転して傘を月魅に向けて突き出す。その一撃を受けて月魅も吹っ飛ばされ近くの民家に激突する。

そして陽はその隙を付いてナイフを突き刺そうと能力で一気に近付いてその心臓狙ってナイフを突き出す。

最早陽には話を聞く、などという事は無かった。陽鬼も吹っ飛ばされ、月魅も吹っ飛ばされ……身近な者二人に手を出された陽は完全にその女性を『敵』として認識していた。

 

「甘いわよ、能力を持って自分を強者なんて勘違いするあなたの様な者が一番簡単に倒せるんだから。

ただの人間が妖怪に勝てるなんて思わない事ね」

 

だが、ナイフが届く前に素早く傘でナイフを弾き飛ばされて頭をゲンコツの一撃で地面に叩きつけられる。

叩きつけられた影響か周りには砂煙が立ち込めている。しばらくすれば収まるだろうと女性……風見幽香はしばらくその場で立っていた。一応民家を壊してしまったので修理を手伝ってやらねばならないからだ。

壊してしまった事に関しては自分が悪いと反省していた。だが、その瞬間幽香の感覚が目の前からくる殺気を捉える。

気付いた幽香はとっさに傘でガードしていて、後ろにある程度吹っ飛ばされていた。

 

「はぁ……ふぅ……小さいから倒せたと思った? あんなんでやられるほど華奢な体してないよ私は」

 

粉塵の中から繰り出された一撃は陽鬼のものであった。陽鬼は吹っ飛ばされて民家にぶつかる瞬間に地面に強力な一撃を加えて速度のある程度の抑制をしていたためダメージが軽微だったのだ。

陽鬼がぶつかった民家には陽鬼の角が刺さったような跡があり、それを抜くのに手間取っていたのだろうと幽香はちゃんと確認を怠った自分を後悔していた。

だが、陽鬼が無事であると言うことは他の者も無事なのだろうと幽香は確信していた。その証拠に━━━

 

「陽鬼、貴方は体が頑丈なだけです。例え華奢な体であっても技術さえあれば強い攻撃であってもダメージを受けずに済みますよ……ですよね、マスター?」

 

月魅はぶつかった民家から平然とした様子で出てくる。よく見れば民家の床に刀を差した様な跡がある為、恐らくそれで勢いを軽減したのだろうか? と幽香は予測していた。それにしては予想以上にダメージが少ないのが気にはなっているが。

 

「━━━当たり前だ、ろ!」

 

そして下に叩きつけた筈の陽がナイフを持って刺してこようとした事に幽香は驚いた。地面にひび割れるほどの勢いで頭をぶつけたのに流血してる程度で済んでいる事が幽香には不思議だった。

だが、例え全員無事であったとしても彼女のやる事は変わらない訳だが。

 

「不思議ねぇ……あなた本当に人間かしら? 普通の人間ならあれだけで死んでるはずよ。そこの二人ならまだ分かる……けれどあなたが分からない。

そう言えば能力持ちだったかしら? どんな能力かは聞いてないからどうしようもないけど……まぁ、一撃で沈められないなら……場所を移動、ね!」

 

そう言うと幽香は自分の傘を地面に突き立てる。すると、地面が揺れて陽達3人の足元から3人を覆うほどの巨大な植物が3人を覆ってしまう。

 

「ぐっ!?」

 

「うわわっ!? 何これ!?」

 

「せ、狭すぎて刀が使えない……」

 

そして、そのまま地面に引きずり込んでしまう。それを確認した幽香はそのままその場から飛び立っていく。

そしてその場に残った人間達はまるで天災が去ったかのように安堵の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ眩しっ……!」

 

「……ってあれここどこ? 私達さっきまで人里にいたよね?」

 

「恐らくあの植物の様なものが私たちを人里から引き離したのでしょう。覆われた直後に浮遊感を味わい、今出される直前には何かの重みがかかってるあの感覚……地面に立っていた事も考えると私達は地面の中を走らされていたみたいですね」

 

しばらくして、人里から遠く離れたところに放出された陽達。眩しさに一瞬目が眩んだが、すぐに背中合わせで三方向からの攻撃を警戒する。

 

「地面の中ぁ? そんなところ走る植物なんているの?」

 

「私も聞いた事がありませんが……彼女がそういう能力……例えば植物を操る能力、という可能性もありますからね。

私達が最後に見たのは彼女が地面に傘を突き立てたところです。あれがあったからこそ植物に覆われてしまったのでしょうね」

 

月魅の説明に、陽鬼は露骨に嫌な顔をしていた。表情こそ変えていないが、陽や月魅も同じ様に正直相手にしたくない能力だと思っていた。

幻想郷に植物が生えていない場所というのがそもそも存在していないのだ、つまり予想通りの能力だとするとあの女性には幻想郷の全てが能力のテリトリーという可能性が高くなるのだ。仮にそうだとすると相手は幻想郷そのものと言っても過言では無いと陽は考えていた。

 

「敵を前にしてぺちゃくちゃ喋るのが貴方達の流儀なのかしら? それとも慢心? 私の一撃が効かなかっただけで随分余裕ね」

 

突然、声が響く。左右前後それぞれの方向にそれらしき姿は見当たらない、ならばと三人が上を向くと声の主はそこにいた。

 

「ねぇ! 何で私達を狙うのさ! 私達と貴方って初対面だと思うんだけど私の記憶違いかな!?」

 

陽鬼が女性、幽香に質問をする。幽香はその質問に表情一つ変えずただ上空から陽達を見下ろしていた。

 

「えぇ、初対面よ。けれどさっきも言ったと思うけど……恨むなら狐を恨みなさい。全ては貴方のところの狐が招いた事よ」

 

「狐って━━━」

 

「……藍の事ですね。どうやら藍が彼女をあそこまで怒らせる様な事をしてしまったようです。

出かけたくなかった理由もこれで納得しました。知らず知らずのうちに怒らせてしまった相手と対面する事を恐れて家に引き篭もっている事を望んだのでしょう」

 

それって要するに自分達に責任を擦り付けたという事なのだろうかと陽は思ったが、藍だって自身の代わりに自分達が襲われるなんて事は予測してないかっただろうと思い直した。流石に嫌われるような事を最近やった記憶が無いのだ。

だから多分違うと陽は思っていた。

 

「ま、そういう訳だから……地獄で合わせてあげるわ。狐どころか貴方の主にもね」

 

恐らく紫の事を言っているんだろうと陽は思っていたが、紫を始末すると言われて黙っていられる程彼は器は大きくなかった。紫が負けるところなど陽は思い付く事は無かったが、例え不可能な事だとしても目の前で彼が守りたいと思っているものを始末すると言われて彼は我慢が利かなかった。

 

「何されたか知らないが、紫を殺すと言われて俺もはいそうですかと殺られる訳にはいかないな……あんまりやりたく無かったが……月魅、行くぞ」

 

「はい、マスター」

 

「むぅ……月魅なんだよね、やっぱり……」

 

少しだけ頬を膨らませて拗ねる陽鬼の頭を苦笑しながら陽は軽く撫でる、そしてすぐに幽香の方に視線を向けてスペルカードを構える。

 

「月化[月光精霊]……本気でいかせてもらうぞ」

 

スペルを唱え、月魅の体が青白い光へと変化していく。その光が陽の体を包み込んでその光の殻が砕け散れば、中からは精霊となった陽が出てくる。

 

「……へぇ、人妖を一つにまとめるスペルね。随分と面白いスペルだけど……そんな華奢な体で結局どうするつもりなのかしら?」

 

「ふん、貴様にその傘の武器があるように我にも武器があるのだ。

月剣[月光剣]……さぁ、これで五分五分だ」

 

陽がスペルを唱えると一本の刀を取り出す。幽香はその刀に見覚えがあった。憑依で一体化する前に少女、月魅が使っていた刀なのだ。本来刀などほとんど同じに見える幽香だったが、特殊な色合いをしているその刀だけは記憶に残っていた。

 

「……その刀で私の傘が切れてたかしら? あんまり調子に乗ってると本気で潰すわよ? 小さいのと人間だからって理由で手加減してたけど……ね」

 

「……陽鬼、下がってろ。あの女は我がやる」

 

「う、うん……」

 

この陽の口調に物凄く違和感を覚えているが、今はそんな事を言ってられないので、言われた通りに陽鬼は陽の邪魔をしない様に植物の蔦等を燃やす事にしたのだった。

 

「では……行くぞ!」

 

「……!」

 

踏み込む型になったかと思えば、次の瞬間には空中にいる幽香の目の前まで接近していた。

少しだけ幽香は驚いたが落ち着いて傘でその一撃を捌いていく。

だが、陽もその一撃で済ますつもりは無く連撃を加えていく。右から振りかぶれば幽香が傘を左手の逆手に持ち替えて防ぎ、そのまま刀を押し返していきながら逆手で傘の一撃を当ててこようとする。

だが、陽もその一撃をもらう訳にはいかないので傘の一撃を受け流してその場で一回転してその勢いを利用して左から一閃を浴びせ様とする。しかし幽香は刀の直線上よりも上に飛んで一旦距離を取る。

 

「……へぇ、確かに面白い動きするのね。けれどそれはこの幻想郷に似合わないと言ったら似合わないわね。

この世界は弾幕という花で魅せながら戦うものだけどあなたのその戦い方はただただ血の花を咲かせるだけのものですもの。そんなに誰かを殺したいのかしら?」

 

「……少なくとも、理由を話そうとせずに殺しにかかる様な女に何も言われたくないものだな。

我は問答無用で殺しにきた相手を同じく問答無用で迎え撃っているだけ……これだけ見れば悪いのは貴様の方になるのだがな。まぁ、敵なら迎え撃つだけだが」

 

陽のその言葉の後には誰も何も喋らなかった。ただ陽と幽香は睨み合っていた。お互いがお互いを倒そうという思いを秘めて構えをとる。

陽鬼も幽香が操っているであろう植物を蹴散らしているにも関わらずその空気に触発されていた。

『先に動いた方が負ける』と言わんばかりの空気が今この場には流れていた。

 

「……ふっ……!」

 

先に動いたのは陽の方だった。動けば負けるかもしれない、だがこのままじっとしていては憑依の時間が切れてしまうのも時間の問題と考えたからだ。

負ける『かもしれない』のならば負けない様に動けばいいだけの話なのだ。そういう思考の元に彼は動いていた。

 

「……」

 

対する幽香はそれを気にする事も無く簡単に避ける。陽が放った突きの一撃を上半身を後ろに倒しながら避けてそのまま傘を陽の腹に押し当てる。

 

「恋符[マスタースパーク]……魔理沙のとは比較にならないわよ」

 

一瞬でエネルギーを貯めて幽香は殺す気で彼にマスタースパークを浴びせる。一瞬で彼の体を覆い尽くしたそれで幽香は確実に殺したと思っていた。

 

「……危うく死ぬところだったな」

 

しかし、陽はマスタースパークが発射された直後に刀を無理矢理盾のように構えて結界を展開、マスタースパークを受け流す様な形の結界でマスタースパークを防いでいた。

 

「……へぇ」

 

ただただ彼を殺そうとしていた幽香、しかしマスタースパークを防いだ事で少しだけ彼に興味が出てきていた。

まだ、戦いは終わらない。




│←マスタースパーク
△←結界

図としてはこうなりますね、最後の攻防は。


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華風月

前回の続きです。


戦いは続いていた。

陽が斬ろうとすれば幽香が傘で防ぎ、幽香が攻撃しようとすればそれを陽が察知して素早く攻撃して防御の姿勢を無理やり取らせる。

文字だけ見れば陽が圧倒している様に見えるが、実際は陽が圧倒されない様に素早く攻撃しているだけだった。

防御の姿勢も偶然相手が取ってるだけであり、もし肉を切らせて骨を断つの戦法を取り始めれば陽は自身が敗北すると考えていた。

それに加えて憑依の時間も無限では無い、力を使い切る前に無理やり戦いを終結させようと素早い攻撃を連撃で繰り出していた。

 

「……ふっ!」

 

「……はぁ、攻撃の速度だけは速いわねほんと。けど重みが無けりゃいつまで経っても私に攻撃なんて当たらないわよ?

まぁ……偶にはこういう奴の相手も、いいかしらね……!」

 

幽香が迫り来る刀を傘で弾いて余った片腕で腹に拳を振るう。しかしその一撃は陽が素早く横に避けた事により空振りに終わった。

だがここまで来て幽香は陽のあからさまな動きの鈍り方に気付いていた。

そして陽自身もそれに気付いていた。憑依の制限時間が迫ってきているのか、それとも疲労によって動きが鈍くなってきたのか……もしくはその両方なのかまでは分からないが確実に動きが悪くなってきていた。

 

「……ふふふ、私がここまで迷うなんてね。

けどまぁ……あの狐が仕出かした所業のつけは同じ八雲である貴方が払うべきなのよ……主の方は滅多に出てこない事だしね……!」

 

「……」

 

陽は一撃すら入れられない事に焦っていた。意識が残る月化は陽化よりも使い勝手もいいがどうにもパワーが足りない事が多い。

まぁ腕力で使えるなら江戸時代の世の中は細い刀では無く馬鹿でかい剣が猛威を奮っていた事だろう、つまり月化ではパワーも速度も誇っている幽香には太刀打ちがやりづらい相手でもあった。

本来ならば幽香は陽化でいくべきなのかもしれないがそれを簡単には実行は出来ない。ならばどうするか。

 

「……動きを無理やり良くして……!」

 

限界を無くす程度の能力。リミッターを一時的に壊して全ての力を最大限発揮する為の力。この能力を動体視力と肉体に使えばまだ幽香に相対する事が出来る。

逆に言えば、使っても月化では勝つ事が難しいという事が成り立ってしまっていた。

 

「……あら、動きが急に……いえ、動きの悪さはそのままなのに私の攻撃に対処している……無理やり体の動きを良くしてるのかしら」

 

陽が能力を使い始めてすぐに幽香は彼の動きの冴えの矛盾を気付いていた。

幽香からの攻撃を避けているはずなのに何故か動きが悪い、では何かしらの力を使い動きを無理やり幽香自身の攻撃に対処出来るようにしているのでは? と考えていた。

 

「ぐっ……!」

 

「ほらほら、どうしたの? 私の攻撃に対処出来てるのはいいけれど段々と遅くなってきてるわよ。

無理やり速くしたところでそんなものすぐに綻びが見付かるんだから」

 

「そん、なもの……!」

 

攻防でのやりとりの中、陽の刀の突き一閃が幽香に迫る。彼らがやっているのは弾幕ごっこという遊びではない。

完全なる殺し合い、しかし陽はともかく幽香はこの戦いを楽しんでいた。無論、表情に出さずに内心の興奮冷めやらぬ胸の高鳴りを抑えながらである。

 

「くっ……時間か……!」

 

陽はそう呟くと攻防の一瞬の隙を突いて地面に降りる。幽香は敢えてそれを見逃した。

暇になったからなのか幽香は傘に傷が付いてないか軽く点検をしながら陽の事を考えていた。

 

「はぁはぁ……月化が解けたか……陽鬼! 出来るか!?」

 

「も、問題無いけど……どうするの!? あれだと月魅に被害及んじゃうよ!?」

 

「問題ありません……前みたいに倒れるほど疲労はしていません……余波なんて簡単に防いで見せます」

 

妖怪をその体に纏う少年。本来の人間には出来ない芸当、そんなものを使えるのは彼の能力なのかそれとももっと別の物なのかはハッキリしていない。

そんなものを味方につけて八雲紫は一体何がしたいのか、まさか本当に噂の通りにそういう意味での男がこいつだとでも言うのだろうか。

幽香は色々な事を考えてはその疑問に答えを見出す事が出来ずにいた。

経緯も、能力も……下手をすれば種族でさえも彼女にとっては不思議なものだった。

 

「陽化[陽鬼降臨]!」

 

そして今、また目の前で人妖一体の型となる。今度は見て分かる、鬼の力を借りて鬼の姿となる。

幽香の力も相当なものだが、単純な腕力だけなら地底にいる鬼……星熊勇儀の方が強いとされている。当たり前だ、彼女は鬼の四天王なんて呼ばれているのだから。

だが、幽香に取っては例え星熊勇儀で無くても彼女にとっては数少ない鬼との戦いだった。その為に、戦う為の理由なんて最早彼女には不要だった。たとえ他人の力をその身に纏う戦い方だったとしてもそれは個人の能力なので幽香に取っては相手が一人なのと何も変わらない。

彼女は、鬼との戦いを楽しみにしていた。

 

「このタイミングで……!」

 

そしてそんな事も露知らず、陽は永琳に貰った精神安定剤を服用する。そして飲み終わった直後に陽鬼が真っ赤な炎となり、陽の身体に纏わり付いてその身の炎が弾ける。

 

「うおおおおおお!!」

 

怒号。空気を震わせるかの様な大声は幽香の心を楽しみの色に染めていく。

そして、我慢が出来ずに飛び込んでいく。その手に持った傘を陽の体に突き立てようと一旦腕を引いて一気に傘を突き出して心臓目掛けて飛ばす。

 

「……」

 

「へぇ……少しは楽しめそう……ねっ!!」

 

まず、傘への一撃は傘自体を手で掴まれてしまい動きが止まる。しかし間髪入れずに幽香はそのまま直進する勢いを利用して陽の上まで勢いだけで飛ぶ。そして飛びながら体を丸めて一回転させて足を上げて陽の頭蓋を割ろうと踵落としを入れようとする。しかし、その攻撃も陽が余ったもう片方の腕で防いでしまう。

 

「……ふ、ふふふ…………!!」

 

幽香は踵落としを止められたのが嬉しいのかそのまま止められたままの体勢でマスタースパークを放とうとエネルギーを貯める。

 

「……ふん、オラァ!!」

 

しかし、マスタースパークのエネルギーが溜まりきる前に陽が傘を握ったまま振り回し始める。

こうなるとエネルギーを貯めるどころではなくなる。

幽香は仕方無く傘から手を離して飛ばされた勢いを地面に着地して殺す。そして傘を取り戻さんと飛んでそのまま腕力で殴りに掛かっていた。

 

「へっ……おもしれぇ……! おらっ! 来いよゴラァ!!」

 

デカイ声で叫ぶ陽。幽香から奪取したその傘は後ろに投げ捨てて構えをとっていた。幽香は彼がハナから傘を返す気が無いのは理解していたからだ。

 

「陽拳[鬼の籠手]!」

 

陽はスペルを唱えてその腕に籠手を纏わせる。幽香は先ほど陽鬼と人里で軽く相対した事をふと思い出していた。

あの小さな体で一旦は傘の一撃を止められた事。実は籠手を付けた彼女の拳と自分の傘がぶつかった時にかなり頑丈に出来ていて壊れる事なんて滅多に無いはずの自分の傘が振動で震えていた事。

あの小さな体でさえこの傘を震わせていたのにそれが人間と一つとなっている事が幽香に取っては未知の領域であり、また楽しみであった。

 

「はっ!」

 

「そんな拳じゃあ……当たらねぇよ!」

 

幽香から繰り出される拳を陽は軽く避けていく。鬼となって筋肉質な体になった事の弊害なのか陽の体は少しだけ大きくなっていて、狙おうと思えば体のどこでも殴れるはずなのにそれが出来ないくらい見た目に反して素早いのだ。

 

「殴るってのは……こうだよ!」

 

「ぐっ!?」

 

陽が殴りかかる。幽香は何とかそれを腕を顔の前で交差させる事で防ぐが、そのせいか両腕が一気に痺れてまともに動かせる事が出来なくなった。

 

「ほら、どうしたよ! もう終わりか!? えぇ!? テメェにはまだ脚が残ってるだろうがよぉ!!」

 

腕は痺れているだけ、しかし幽香は逆に痺れさせる程度で済ませられてると感じ取ってしまった。

彼のこの鬼の形態は、パワーや器用な動き方に特化した純戦闘スタイル。先ほどの刀を使う形態は速さと技術で攻めていきながらも敵の隙を的確に突いていく戦闘には少し向いていない観察型の形態だと幽香は把握していた。

だからこそ、今ここで自分が足を使って戦い始めても腕と同じ様に、もしくはこれ以上にひどい状態にされるのが分かりきっていた。

そう考えた幽香は地面に尻餅を付いて溜息を軽く吐く。

 

「負けよ、負け。私の負けよ」

 

「あぁ? ちっ、そうかよ……」

 

陽は少し残念そうにしながら憑依を解く。幽香も内心はもっと戦いたいと思っていたが、戦いにあるのは勝敗と棄権する事、それと逃亡しかないと彼女は思った為あれ以上戦っていたとしても負けていた可能性が高いのだったらここは諦めるしかない。

 

「━━━っ! はぁー……! はぁー……!」

 

憑依を解いた瞬間に陽は膝をついて肩で息をしていた。月化から陽化の憑依変え、しかもある程度陽化を操れた事でその消耗もある程度は抑えられたがそれでも陽にとってはとんでもない消耗となっていた。

立っているのは不可能、こうやって膝を付くだけで精一杯だし膝を付いているだけでもかなり体にガタがきていた。

 

「……無理するからよ。貴方の体に取ってそこまでの消耗を強いるその2枚のスペルカードはこれから使わない方がいいんじゃないの?

貴方、その内消耗だけで死ねるわね。だって体を変化させている間は消耗なんて感じ取れて無かったじゃない」

 

幽香のこの言葉を陽は何とか聞き取っていた。しかし、彼にとってそんな事は気にしていられないも同然だった。

筋肉が張り裂けそうな程の痛みを訴えており、目の前も霞む様に前が見づらくなっている。その上で体に力が入らずにガタガタ震えてしまう。そんな状態になっても何とか聴覚だけはまともになってて助かったと考えられる程度で考えられる事しか陽には出来なかった。

何せ、頭も激痛に襲われているのだ。口から唾液が垂らしそうになっているがそれにすら気付かないくらいの痛みが身体中を襲っていた。

 

「……貴方、体を人外に変えるって言うのは本来は恐ろしい事なんだって分かってるかしら?

人間から妖怪に変わる……自分の体を書き換えるって言うのは自分を外道畜生の身に落とすという事。本来はそうやって人間に戻る事すら出来ない様な術なのよ。

けれど貴方は見たところだど簡単にいつでも人間を止めれていつでも戻れる……やり直しが利かないものを貴方は無理矢理やり直ししているのよ。それは、そのスペルカードは貴方を人間じゃ……いいえ、それどころかまともな理性を持たない生物に落とすものだから……使わない方がいいわよ」

 

陽はその言葉を聞いて肩で息をするだけだったが、大きく息を吸いこんで大きく吐いてを繰り返し無理やり呼吸を整えた。

そして、ぼやけた視界で幽香の方を見て……そして、睨んだ。

 

「お前に……心配される謂れはない……! 俺は、皆、みんな守れるならどんな畜生にでも……身を落としてやる……! 紫は、幻想郷に住まわせてくれた……! それだけで、それだけで俺には彼女を守る義務が……!」

 

「━━━貴方、盲信的過ぎるわよ」

 

「……え?」

 

唐突な幽香からの冷たい台詞。その言葉につい陽は間抜けな声で聞き返してしまう。そして幽香には無言だったが陽が『なぜそんな事をいきなり言う』という視線が見えた気がした。

 

「……盲信的過ぎる、って言ったのよ。貴方自分がおかしい事に気付いてないの? 幻想郷に連れてこられても普通は外に帰りたいとか言うわよ? いや、外の世界の生活に飽き飽きしたとかって言ってここに住み始める人間もいるにはいるわ。けれど、皆が皆……というか全員があなたみたいな事言ってないわ。

貴方、()()()()()()()()()()()?」

 

「……あ、当たり前だろ? 俺は幻想郷が好きだぞ? 自然も多いし……それに、外に出てもすぐに死ぬ危険がある訳じゃ……」

 

「……八雲紫という存在がいるからこその『幻想郷が好き』発言なのかしら? 何だか腹立つわね……じゃあ質問するけれど、貴方守矢の巫女が嫌いらしいわね? 竹林の医者から聞いたわよ?」

 

陽は何故そんな事を永琳が知っているのか聞きたかったが、それよりも先になぜいきなり幽香がこんな事を言うか理解出来なかった。

 

「……さっきから黙ってるけど、そこの銀髪と赤い鬼は貴方達の主になにか思うところは無いのかしら? もし無かったんだとしたら大した忠誠心だと褒めてあげるわ」

 

幽香のその言葉に月魅は顔を背け、力の使い過ぎで倒れてる陽鬼はそのまま倒れたままだった。

 

「これが答えよ……貴方が……っ!?」

 

幽香が陽に視線を向き直した時に陽は幽香の方をじっと見ていた。睨む等ではなく、本当にただ見ているだけである。

そして不意に立ち上がったかと思うと手にナイフを創り出してフラフラとゆっくりとした足取りで幽香に迫っていた。幽香はその時に陽に言い知れぬ恐怖を抱いていた。

 

「っ……!」

 

傘を持ち直し再び戦闘態勢になる幽香。

その場には、正気を失った虚ろな目をしている人ならざるものが立っていた。




後編(だといいなぁ)に続きます。


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花開く主従

さらに続き、後編ですね。


「……あんた達、一体何を主にしたの……これが、この殺気の大きさが人間とは思えないわよ」

 

未だ、幽香は陽の異常で異様な殺気に当てられていた。今の陽は幽香が今まで敵対してきたどの人間よりも大きく、突き刺さりそうなほど鋭く、どんな黒よりも黒いといわんばかりの純粋な殺気に満ちていた。

 

「っ……! よ、陽! ちょっとは落ち着いて! 余計な事言われて怒ったのはわかるけどもう勝敗はついたんだし負けを認めたのに殺す必要は━━━」

 

「陽鬼! くっ……!」

 

それは、一瞬の出来事だった。体力の回復してきていた陽鬼が陽を止めようと説得し始めた瞬間に、陽の視線が陽鬼に向きすぐさまナイフを振り下ろしたのだ。

それにいち早く気づいた月魅がギリギリのところでナイフの攻撃を止めた。

 

「……自分の従者にまで問答無用……本当に八雲紫は……何を拾ったのよ……」

 

まるで自分の視界に入った者、聴覚を阻害する者、そして触れた者をすべて殺さんとする勢いだ。

幽香は地面に座りながら腕の回復を待っていた。殺すこと自体に一切躊躇のないのはさっきと変わらない、だけど決定的な何かが変わっている。

 

「……何かが変わったと明確に分かるのは、明らかに殺気の量が尋常じゃない事。量どころか質も違う。

挑発されただけではあぁはならない……ならなんで……何が原因でああなったの……?」

 

「マスター! 目を覚ましてください! 私です! 月魅です!!」

 

「陽! 私達が分からないの!? ねぇ!!」

 

ナイフで問答無用に攻撃してくる陽に月魅と陽鬼の二人は何も出来ずにいた。

どうにかならないものか、と二人は頭を回すが疲労のせいでいまいちうまく頭が回らなかった。

 

「……しまっ!」

 

そして、つい陽の事に考えが集中してしまっていたせいでナイフを一度防げずにそのまま、陽のナイフが月魅の顔を誘うとしたその瞬間━━━

 

「━━━まったく、自分の従者にまで手にかけようとするとは……少し期待していたのだけれど…………見損なったぞ……なぁ? 咲夜」

 

助けが来た。紅い瞳に青みがかった髪、そして全体的に赤い服を身にまとった少女……レミリア・スカーレットが日傘を持ってそこに居た。

 

「えぇ、そうですわね……しかも、ちゃんとした理由があって葬るならまだしも……意識すらも曖昧な状態、月風陽……今の貴方はただの殺人鬼ですわ」

 

咲夜は一瞬で現れたかと思えば、殺されかけていた月魅と陽鬼をいつの間にか背負っていた。恐らく時を止めて2人を助けたのだろうと、その場を見ていた幽香は考えていた。

そしてレミリアはいつもと口調が違っていた。額に青筋を浮かべていつもの高貴そうな口調が周囲を圧倒する様な口調になっていた。

日傘を持っているのはまだ今の時間帯が日傘を持っていなければダメな時間帯という事だろう。

 

「本来ならば私が始末するところだが……咲夜、任せていいな?」

 

「勿論ですわお嬢様……お嬢様の命令とあれば全てを壊す覚悟くらい出来てますわ」

 

その瞬間咲夜の姿がその場から消えて一瞬で陽の周りにナイフが現れる。

時を止め、ナイフを配置……十六夜咲夜の得意とする戦術。

そしてナイフが勢い良く飛んでいくが、陽は軽くそれらを全て弾いていく。

 

「ま、待って! お願いだから陽を殺さないで! おかしくなっちゃってるだけなんだ!!」

 

「ほう……お前達を殺そうとしたのだぞ? それでも殺さないでくれ、というのか? そうするとお前達もあの男と同類……という扱いにするが?」

 

前にあった時には見た事も無いレミリアの冷たい視線。陽鬼は一瞬だけそれに臆してしまうが、籠手に包まれた拳を握ってレミリアと視線を交わす。

 

「それでもいい、私達には陽が必要なんだ。陽も私達が必要なんだ。今は……ちょっと疲れてるだけなんだ。それにさっきまで戦っていたから……きっと、すぐにいつもの陽に戻って……」

 

「……咲夜!!」

 

レミリアは陽鬼の顔から視線をそらして咲夜の方に向いて一喝する。咲夜はそれで何をしろと言われているのか理解したらしく、レミリアの方を一瞥した後にすぐに姿を消す。そして気付いた時には陽の目の前にはナイフが迫っており、咲夜はレミリアの日傘を代わりにもってレミリアの傍に待機していた。

 

「っ……!」

 

「『共依存』という言葉を知っているか? お互いがお互いに依存し過ぎている状態を言うんだ。お前達の信頼関係は信頼関係などというものでは無い。ただの共依存だ。

従者と主というのなら……せめてもっとまともな主を探す事だな」

 

陽が倒れる音が聞こえた。陽鬼と月魅は陽が死んだのでは? と考えていた。この2人にとってそれは一番考えたくない事だが、直前の光景が頭に、目に焼き付く様にはっきり覚えていた。

陽に咲夜のナイフが迫っていた姿、あれで死んでない訳が無い。刺さる瞬間に二人共目を逸らしてしまったのだが、刺さっていない訳が無い。

しかし━━━

 

「……なんだと? なぜ起き上がれる……?」

 

陽は起き上がった。その顔にはナイフが刺さった様子は無かった。レミリアもナイフを投げた本人である咲夜本人もこれには驚いていたが、よく見れば陽の後ろにあった木にナイフが刺さっていた。

つまり、陽は倒れた事には倒れたがどうやらナイフをあの状態から避ける事に成功していたという事になる。

 

「……人間の反応速度じゃないわね。霊夢でもないのにこうだとちょっと自信無くすわね……」

 

「……おい、二人共。()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

レミリアは少し冷や汗を掻きながら陽鬼と月魅に尋ねた。当たり前だ、時を止めて目の前に配置したナイフを倒れたとはいえいとも簡単に避けるというのはレミリアですらなかなか出来ない技だ。その技で避ける事が出来た、というには単純な反応速度の速さだけでは片付かない問題なのだ。

 

「陽は……人間だよ。霊夢や魔理沙、咲夜とは違って弾幕も使えないし空も飛べない……能力を持ってる人間の中では一番人間っぽいと思ってる」

 

「だが、実際奴は目の前に突然現れたナイフを避けた。奴の能力を使ってもどう足掻いても間に合わない。限界を無くす程度の能力……だったか? そんな能力を使ったとしても間に合わない事は分かっている。使っている間に刺さるだろうからな」

 

レミリアは陽に向かって歩を進めていく。陽も迫ってくるレミリアに気が付いて一瞬力を貯めたかと思った次の瞬間には飛び込んでいた。

 

「まったく……まさか咲夜のナイフを避けるとは思わなかったな……まあしかし……これで終わりだ」

 

飛んで迫ってくる陽に向かってレミリアは拳を構える。そして、その構えた拳を陽の顔面へとクリーンヒットさせる。直撃した陽は吹っ飛んでナイフが刺さっている木へと向かっていく。そして、刺さっているナイフの柄に頭が打ちつけそして、それっきり動かなくなった。

 

「……まったく、ここまで手を煩わせてくれるとは……最近の人間もおかしくなってきたものだな。そこらの妖怪よりよっぽど妖怪らしいじゃないか」

 

「お嬢様、流石にあそこまでイカレた人間は滅多にいませんわ」

 

「……それもそうね」

 

殴り飛ばしたレミリアは陽の元に走っていく陽鬼達を一瞥した後にそのまま真逆の方向へと歩いていく。

途中幽香に目線を向けたが特に彼女の方もレミリア達に興味が無かったのか全く見向きもしていなかったのを確認するとそのまま帰っていった。

 

「陽!? 陽ってば!?」

 

「……脈はあります、大丈夫……生きています」

 

「……ほっ……よかったぁ……」

 

脈が確認出来ると陽鬼はホッとして倒れてしまう。かなり疲労が溜まっていた事を今更ながら思い出した陽鬼だったが倒れてしまってからでは遅かった。完全に動けなくなってしまったのだ。

 

「……月魅、私と陽をおぶれる?」

 

「私の体でそんなこと可能だと思っているのですか?」

 

「……だよね。無理しなきゃ良かったかなぁ……」

 

その様子を幽香はまじまじと見つめていたが、正直幽香からしても彼らをおぶる気力も体力も無いしもっと言えばそんな事をする義理も無いし興味も無かった。

 

「……動ける子が八雲紫を呼びに行けばいいじゃない。それじゃあ駄目なのかしら?」

 

「……正直私にもそこまでの体力はありません。飛んだとしても途中でブッ倒れるのが目に見えています」

 

満身創痍だった。敵も、味方も。何もかもある意味では危機的状況だった、誰もこの場に彼ら3人をおぶれる程の力を持っていて、なおかつそれでスキマのところまで連れてってくれる人物が欲しいと陽鬼達は切実に思っていたのだった。

 

「……はぁ、どこなの? 八雲邸へ繋がるスキマは」

 

ある意味ではその願いは叶った。いつの間にかその場に咲夜がいたのだ。陽鬼達は驚いていたが咲夜はそんな2人を無視している。

そして、質問されている事に気付いた陽鬼が慌てて答え始める。

 

「え、ええっと……む、向こうの森の中心辺りだけど━━━」

 

「はい、付いたわ」

 

「……流石、時を止められるだけはありますね」

 

気付いた時には陽鬼達はスキマの前まで運ばれていた。月魅は咲夜の能力の事を思い出して、改めて恐ろしい能力だという事を理解した。

 

「……けどなんで? 別にレミリア達には私達を助けるメリットなんて無いんじゃないの?」

 

「それが実はあるのよ。まぁはっきり言って貴方達の主は今気絶しているからどうしようもないけれど……貴方達には八雲紫に『レミリア・スカーレットが助けてくれた』という事実だけを伝えて欲しいのよ」

 

陽鬼はどういう事か理解していないが月魅は意図を察せた様で少しだけ渋い顔をしていた。

 

「……要するに恩を売りたい訳ですね。貸しを作っておけば後々都合がいいから……」

 

「ま、そういう事ね。偶に八雲紫と家……というか基本的に八雲紫は他の勢力とよく交渉してるわよ? そうじゃなかったらウチも……というか色んなところが成り立たなくなるもの。一応助けられてる事には変わりないけど、交渉というものは貸しを作っておけば後々楽になるのよ」

 

月魅が陽鬼の為に分かりやすい様に説明してそれでようやく陽鬼も理解した様で納得した様な表情を取っていた。

そして話はここまで、と言わんばかりに咲夜が話を変える。

 

「それで? 結局スキマに投げ込んだ方がいい? それともスキマに入って一緒に戻してあげた方がいいかしら?」

 

「いえ、マスターは私が何とかおぶって行きます」

 

「あれ? ねぇ月魅、陽はそれでいいとしても私はどうするの? 一応動けないんだけど」

 

「帰った後に体力が持たなかったら藍にでも任せます、もし伝える前に倒れてしまえば終わりですが」

 

「なるほど、つまりどっちにしても私はおいてけぼり確定か」

 

陽鬼と月魅のやり取りを見て溜息を吐きながら咲夜は陽鬼を抱き上げる。陽鬼はその咲夜のその行動に目を丸くした。

 

「な、何で? 別にここまでしなくても……」

 

「ただ単純に貴方達に言わせるより八雲紫か式神の狐の方にでも姿を見せた方がいいと思ったからよ。そのついでに貴方達を抱き上げていったりすれば更に恩を売れるじゃない、だからよ」

 

そう言いながら咲夜は陽鬼を抱き上げながらスキマに入っていく。月魅は慌てて陽をなんとかおぶさりながら続いてスキマの中に入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━━助かったわ、十六夜咲夜」

 

「感謝の言葉を言うのならば、私より私に動く事を命令したお嬢様よ。そして言葉だけで終わらせるくらいなら、言葉はいらないから行動で示してほしいわ。

『今度の交渉の時は楽しみにしている』とお嬢様は仰っていたわ。という訳で私は帰らせてもらうわ。あ、さっき使った入口からでいいわ」

 

そして、3人を紫に預けた事を確認してから咲夜は入ってきたスキマから帰っていく。

スキマから帰った事を確認すると紫が未だ気絶している陽の頭を撫でて少しホッとした顔になっていた。

 

「……さっき聞いた話をまとめると、貴方達は緑色の髪をした植物を操る女性に襲われたのよね?」

 

「はい……何で襲われるのかは分からないままでしたが……」

 

「……襲われる原因は間接的には藍のせいよ、あの子例の白土って男に襲われたところにその女性……風見幽香の向日葵畑に逃げ込んだのよ。

そしたら白土がその向日葵畑を爆撃していった……それで何らかの方法で藍だと分かったのでしょうね。

だからこそ陽を狙った……藍の不始末を他の者に償わせる為に。挨拶させていったのがまずかったのかしら……恐らく霊夢とか魔理沙とかその辺りから聞いたんでしょうね」

 

紫の言葉に月魅は顔を伏せる。完全に八つ当たりも甚だしいところだが彼女にもちゃんと理由があったのだから上手く言葉が出なかった。

 

「……とりあえず、陽が目覚めるまで待ちましょう?」

 

「……はい」

 

月魅は空を仰ぎ見ながら返事を絞り出した。空は、いつの間にか綺麗な夕焼けになっていた。




因みに咲夜は、陽を運んでから陽鬼を運び、最後に月魅を運ぶといった往復を繰り返していました。


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熱される人の身

ぶっ倒れてそれからのお話。


「……暗い」

 

月風陽は暗いどことも知れない場所に佇んでいた。気付けばこうなっていて一体どうやってここに来たのか、何しにここに来たのか……色々覚えてなかった。

 

「それに……暑い」

 

空であろう上の方を仰げば真っ暗な天井に月だけが浮かんでいた。だが、月明かりだけの割には妙に暑いと感じていた。

とりあえず歩き始める陽、ここがどこなのかもよく分かってないがとりあえず歩き始めないと何も分からないからだ。

しばらく歩き続けて陽は一つだけ気付いた事がある、この妙な暑さの原因だ。自分の歩いている場所の下から熱が来ている事に気付いたのだ。

 

「……太陽……?」

 

そう、下を向けばその存在を主張するように眩しく輝いている太陽がそこにあった。そして、気付けば()()()()()()()()()

 

「……本当、どうなってるんだここは」

 

ふと、歩いていた時に足に何かぶつかる様な感覚があった。下を見てなかったのである意味では仕方無かったのだろうと思いながら陽は足にぶつかったものを拾い上げる。それは一本の刀だった。

 

「……青い刀身……月魅の……?」

 

青い刀身の刀、それは彼のよく知る人物のものだった。そこでようやく彼は自分の歩いてる場所が『水面』だと気づいた。しかし、どれだけその水面を歩いていても水が靴に染み込む事は無い。それ以前に、水面の下が綺麗に向こうの景色を写し取っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……俺が持ってるのは月魅の刀、けど水面の向こう側の俺は陽鬼の篭手を持っている。じゃあ……向こうのものは取れるって事かな」

 

そう言いながら陽は手を伸ばした。本来、水面の向こう側の虚像の世界のものはどう足掻いても取れるはずが無い。そういう能力を持っていなければ……意味が無い、そう彼は考えていたが何故か取れるような気がしていた。

そして、彼の手が水面に触れた瞬間……()()()()()()()()()

 

「っ……!?」

 

水面に手を付けた瞬間辺りの景色がぐるぐると回り始める。自分の立っていた水面がいきなり消失して宙を浮いてるかの様な感覚とともに上に黒い空に浮かぶ月が来たり、白い空に浮かぶ太陽が来たりと景色が回転していく。

そうやって回転し続けてる内に陽はとある事に気付いたのだ。

 

「……太陽と月が……だんだん近付いてる?」

 

月と太陽、真反対の位置にあったはずの物が回っていく内に段々とその距離を縮めていっている事に気付いた。月と太陽が描く円の直径が段々と短くなっている、という事である。

そして、そうやってしばらく回転していく内に太陽と月が遂にぶつかり合う様な距離まで近付いてくる。ぶつかるのか、それともぶつからないのか。

そう思っていた陽だったがその二つはぶつからずに()()()()()()()()()()()()()

 

「……っ!?」

 

月と太陽、日食であっても月食であっても同時に姿を見る事の無い二つが今、陽の目の前に存在していて一つとなった。

そんなものは存在しない、月と太陽の二つを同時に拝見する事や月と太陽が一つになるなどという事なんて起こりうるはずが無い事。

矛盾の存在、存在しえないもの。

闇と光でさえも一つとなって全てが混ざっていく光景を彼は目にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………えっと……」

 

八雲邸、頭が回らない陽だったがすぐに自分のいる場所だけは理解出来た。そして、先程見ていた光景を陽は考え込んでいた。アレが夢だと分かっているがどうにもそう簡単に割り切れないでいたのだ。

 

「……何なんだよ、あの光景」

 

部屋を出て、縁側に出る。外は既に暗くなっていた。どうやら夜が更けてしまっている様だ。

しかし、先程まで寝ていた事が原因で今の陽には眠気が特に無かったのだ。寝巻きから着替えていつもの服装に着替える。

幸い、陽の創造する程度の能力は服でも作り出せるのですぐに服の用意は出来た。

 

「……新月か、月が完全に見えないな」

 

月の無い夜空を見上げながら陽は溜息を吐く。既に冷え込んでいてかなり寒いが、妙に体温が高いのか陽にとっては心地良い冷気となっていた。

 

「……ちょっと、歩くか」

 

縁側を歩いていく陽。既に皆寝ているのか八雲邸には人気が無かった。だが、やる事の無い陽はそれでも歩き続ける。

 

「……みんな寝てるっぽいな。まぁ当たり前か……」

 

そう言いながら陽は靴を作り出してそれを履いてから縁側から外へと身を乗り出す。

ただ何をしよう、と考えているつもりは彼には無かったが、ただ外に出て見たかったのである。

 

「はぁー……こんなに冷え込んでるってのにおかしな話だ、全然体が寒いとは思わない。別に分厚い上着を着込んでる訳じゃ無いんだけどな。」

 

誰かに聞かせる訳でも無く自嘲気味の笑みで陽は外の森を歩いていく。しかし、どれだけ歩いても紫の能力で隔離されたこの空間だけはどれだけ歩いてもその境界線に触れた瞬間前後逆にされて結局八雲邸に戻ってきてしまう。

そんな空間の壁にいつの間にか触れていたのか陽は真っ直ぐに歩いていたのに八雲邸の前まで戻ってきていた。

 

「……マヨヒガのところ行ってみるか」

 

何となく橙の顔を見たくなった陽はマヨヒガに向けて足を運び出す。あの地帯は橙と仲のいい猫で溢れているが寒い事には変わりないだろうという事で密かに何かを差し入れにいこう、と考えていたのだ。彼の能力さえあれば暖かいものの差し入れは可能だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お、いたいた。みんな固まってるな……まるで猫団子だ」

 

マヨヒガ、そこで陽はある程度橙を探し回っていると、とある大きな物体の中に大量の猫が固まっていた。だいたいこういう時は橙が真ん中にいるのを陽は知っていた。

だからこれ以上寒気が入ってこない様に陽はその物体の立て付けが悪くなっている扉の代わりにカーテンを静かに取り付ける。風が吹いた時に空気が中に入ってきてしまうかもしれないが、猫の暖かさがあれば一瞬の寒さはすぐに無くなるだろうと思っての事だ。

 

「……おっと、とりあえず紙とペンで書いておくか」

 

陽は能力で紙とペンを作り出してカーテンが横にスライドすれば開く事を書いた紙を貼り付けたあと陽はすぐにやる事が無くなってしまった為、そのまま八雲邸に戻っていく。

こんなに歩いたのに言うほど疲れない為に未だに眠気が来ないのだ。

 

「……ん?」

 

しかし、戻っていく最中で何かに服を引っ張られる感覚があったので後ろを振り向く。

そこには━━━

 

「にゃー……」

 

「……橙か、起こしちゃったか?」

 

寝ぼけ眼で目を擦る橙であった。

陽は少しだけ驚いてしまったが服を引っ張っているのが橙だと分かると頭を撫でながら顎も撫でる。

それが気持ちいいのか橙は耳をピコピコさせながら目を瞑っていた。

 

「よいしょっ、と……ほら、猫達のところに戻ろうか。お前がいなかったら心配するだろうしな」

 

橙を抱っこして陽はマヨヒガに脚を向け直す。橙は嫌がる事も無く、むしろ陽に抱きついていたが陽は何故自分についてきたのがよく分かってなかった。

マタタビの匂いでも知らない間に付いていたのかと考えていた。

 

「ほら、ちゃんとここで寝とけ……って、お?」

 

陽が橙達のところに戻ると、橙だけではなく他の猫達も陽に群がってくる。何故こうなってるのか陽は全く分からないまま押し倒されていた。

 

「……えっと、橙?」

 

仰向けになった陽の上に橙が丸まって乗っかっていた。そして、それに(なら)うかの様に他の猫達も顔以外のところの上に乗っかっていったり、側面に張り付いたりしてくる。

 

「……まるで猫人間だなこりゃ。いや、猫団子人間か……」

 

何故橙達が群がるのか、陽にはよく分からなかったが橙の寝顔を見てたらどうでも良くなってきたのだ。

軽く溜息を吐いた後、陽も折角だからこの動物達の暖かさに触れながら眠ろうと目を瞑った。だが━━━

 

「……熱い、眠れねぇ」

 

元々白い息が出る程冷え込んでいたのに、薄い服を着ているだけなのに寒さを全然感じない程体温が高くなっていた事。これにより猫達が暖かい方へと寄っていった為に群がった事。そのせいで更に陽の体温が上がり続けていっている事。

これらの要因のせいで陽の体はすっかり熱で火照っていた。元々眠気が無かったのに熱気のせいで更に寝づらくなっているせいで陽はひたすら天井を眺めるハメになっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー……あたたかいでしゅう……あ! おはよーございます!」

 

「あ、あぁ……おはよう……とりあえず猫達どかしてくれないかな……熱いし動くに動けない……」

 

朝、陽は固まりに固まった猫達に既に疲労が溜まっていた。朝になるまで彼はずっと寝ていなかったのだ。当然だ、全く寝れない時であり体温が高いタイミングで毛が濃い猫達に身体中にくっつかれたのだ。既に彼の体は汗だくで服に汗が染み付いていた。

 

「あれ? 暖かくなかったですか?」

 

「いや、暖かかったけど……寧ろ高温過ぎたというか……」

 

陽はこの服をどうするか悩んでいた。未だに体の体温は下がらない。汗を掻いているというのに未だに彼はこの寒さに全く寒さを感じていなかった。

 

「……ま、とりあえず俺は紫達のところに戻るよ。橙もあまり無理をして風邪をひかない様にな」

 

そう言って陽は毛糸の腹巻の様なものを大量に作り出す。陽なりの寒がりな猫達へのプレゼントと言ったところである。

 

「ちゃんとそれ付けとけよ~まだマシになるはずだからな」

 

「分かりました! 気を付けて帰って下さいね!」

 

そう言って陽は橙達のところから離れる。汗だくになった服をどうするかを考えながら彼は帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……太陽、眩しいな」

 

ふと、天を仰ぎみる陽。そこには綺麗な青空に自己主張をするかの様に輝いている太陽があった。

『まだ普通』と陽は思っていた。何故か無性に夢の光景が彼の脳裏にこびり付いているせいで、いつあんな風景になるかもしれないと変な心配をする様になってしまっていた。

 

「……あれ、まだ誰も起きてないのか?」

 

屋敷に着いてから未だ誰の気配も感じさせない状態に彼はそう思ったが、流石に太陽がその姿の全てを晒してしまっているのだから少なくとも藍だけは起きている筈だろうと思ったので、一応屋敷内を探し回る事に決めたのだ。

 

「……いないな、みんなどこに行ったんだ? 置き手紙みたいなのも見当たらなかったし……」

 

そうして暫く歩いていると誰かが玄関から上がってくる音が聞こえてくる。もしかして入れ違いで出掛けてしまっていたのだろうかと思った陽はそのまま玄関に向かった。

 

「あ! 陽どこに行ってたのさ今まで!!」

 

「あー……ちょっと夜に散歩に行ってて……そしたら橙率いる猫達に何故か群がられてなかなか帰れなくて……ってどうした?」

 

「……何か陽に触ってるとスゴく暖かい、移動式の炬燵みたい」

 

陽に抱き付いている陽鬼は彼の体温が何故か暖かいのが気になったが、そんな事は暖かさの前で彼方へと消えていってしまい、橙の猫達の様に抱き付いていた。

 

「炬燵って……うぉっと?」

 

「マスター……暖かいです…………」

 

いつの間に後ろにいたのか月魅が陽の背中に掴まっていて陽鬼と同じ様になっていた。困惑している陽だが、正直陽鬼が腰に掴まっているせいで足を動かせないので玄関でじっとしているしかなくなってしまったのだ。

 

「……これ、どうしよう……っと? 今度は紫か……」

 

「しょうがないじゃない暖かいんだから……ちょっと汗臭さと獣臭さがあるけどもうこの際気にしてられないわ……外寒過ぎるんですもの……」

 

遂には紫まで抱き付いてしまったのでもうこれ以上体を動かせなくなってしまったのだ。そして、すぐ側に藍がいたが彼女だけ抱き付いてこなかったのだ。なぜかと思いよくよく考えてみると、彼女はイヌ科である狐、九尾なので恐らく寒さには強いんだろうと思う事にしたのだった。

 

「……なぜ、そんなに体温が高いのに体に不調を来たしてないんだ? この寒さを感じないくらいには 体温が高くなっているんだろう?」

 

陽の体について藍が質問をする。しかし、なぜ風邪をひいている訳でも無いのに体温が高いかなんて自分でもよく分かっていないのだ。

 

「いや、俺にも分からない……汗掻いたのだって晩に橙の所の猫達にひっつかれて熱かったからだし……」

 

「……永遠亭に行ってみたらどうだ? また行くのも少し億劫になるかもしれないが」

 

藍に提案された事を少しだけ陽は頭の中で考える。確かに、永遠亭に行けばこの異状も分かるかもしれないからだ。

ならば、拒否する理由も無いので陽は行く事にしたのだった。

だが、紫達が暖房がいなくなるからという理由で少し渋ったのはあとの話。




何時間も顔以外のところに猫が密集してたらそりゃ寝れませんね。


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熱暴走

「……」

 

「えぇ……そっちの箱はそっちにお願いね。え? 中身はどうするのかって? そのまま運んで頂戴。あ、そっちの箱は中身を出してから運んで頂戴。

中から出したものはそこの一角に固めておいて。えぇ、そこよそこ。

……ほら、陽もさっさと動きなさいよ。一応今はお手伝いさんなんだから」

 

陽は紅魔館にいた。

何故自分がここにいるのか、今日は永遠亭に行くつもりだったのに何故紅魔館にいるのか。まず陽は一時間程前の事をゆっくりと思い出してそこから順々にどうなったのかを把握していく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理ね、全然分からないわ」

 

「……そう、なのか」

 

約一時間程前、陽は永琳に匙を投げられていた。体の高熱の原因を調べてもらっていたのだが永琳には『高熱』とまでしか分からなかったのだと陽は思った。

 

「分かるとしたら紅魔館の魔女さんじゃないかしら? 私は魔法の事なんてからっきしだしね。

それに医者で薬剤師の私には妖力や霊力が原因の事なんて直しようがないわ」

 

「……なるほど、つまり原因が分かるけど直し方が分からないって類だったのか」

 

「えぇ、原因さえ分かってもこればかりは薬でどうにかなる問題じゃ無いわね。妖力や霊力の暴走を抑える為に必要なのは薬じゃなくてほかの力で上から押さえつけて抑える事だけよ。

普通なら発散させるところだけど貴方は弾幕を撃てないから発散しづらいわね」

 

陽は言葉にこそ出さなかったが確かに彼には妖力や霊力の発散の仕方なんて分からない。そもそも発散するものという事さえも知らなかったのだから。

 

「……じゃあ、紅魔館に行けばこの高熱も治るかもしれないんだな?」

 

「えぇ、そういう事よ。これ以上私には何も出来ないしどうする事も出来ないわ。もし、仮に彼女でも直せなかったら……ま、紫や霊夢辺りが封印するなりして何とかしてくれるでしょう」

 

「随分適当だな……まぁ、いいけどさ━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういえば、そんな感じだっけか」

 

「一体何をブツブツ言っているのかしら? 確かにパチュリー様が今寝てられるんだからその間手伝いをさせてもらうって決めたのはこっちだけどね……働く時はちゃんとするものよ。暖房機さん」

 

「その呼び方はやめてくれ、普通に傷付くから……というかもう昼なのにパチュリーはまだ寝てるのか?」

 

パチュリーに会いに来た陽。しかしそのパチュリーは未だに寝ているという事で何故かお手伝いする事になった陽。

というのも例の貸しの事を引っ張り出されてしまい仕方無く手伝いをする事になったのだ。

そして今は咲夜にいい様に顎で使われていた。

 

「えぇ、ええっと……確か朝の4時まで起きてたのは覚えてるわね。何だか研究中の魔法に進展がありそうだーって言いながらずっと起きてたのよ。嘆息が酷くなるから程々にして欲しいものだけれど……」

 

「……要するに寝落ちしたって事か。という朝の四時まで起きてたのか? 咲夜っていつ寝てるんだ……」

 

「あら? 時を止めてから寝れば一秒も経つ事無く寝る事が出来るわよ?」

 

『それは能力の無駄遣いなのではないか』と言おうと思ったが、職務上咲夜にしてみれば必須な使い方なんだろうとも思ってしまい内心だけに留めて置く事になった。

 

「それで……俺はどうすればいいんだ?」

 

「あそこのベンチで座っておく仕事よ。その無駄に高い体温を活かせる仕事だから安心しなさい」

 

陽は咲夜に言われた通りに彼女が指定したベンチに行って座る。何故こんなベンチに座るだけで体温が役に立つのかと思ったが、よく周りを見てみればその理由も判明した。

大量のメイド服や、布類が干されているのだ。そして陽の今の高い体温を活かせるという事は理由は一つだけである。

 

「……俺、乾燥機にされてるのか……」

 

実際、干されている洗濯物の全てがいつの間にか陽を囲うように置かれていたのだ。そして、洗濯物と陽の距離は触れるか触れないかくらいのかなり近い距離なのだ。

陽は洗濯物から出てくる水蒸気の蒸し暑さに顔をしかめながら下を向いていた。

何故ならこの紅魔館は女性ばかりの館である。つまり、服や下着なども女性のものがほとんどである。

そして服ならともかく、下着を見てしまった時には何を言われるかわからない以上下を向いておく方が賢明と陽は判断していた。

 

「どうせ咲夜が後で呼びに来るだろうしな……にしても段々眠くなってきたな……よく考えたら結構長い時間寝てないような気がする……今日は何時に起きたんだっけ俺……」

 

眠い、とは言っても洗濯物の水蒸気のせいでかなり蒸し暑くなっている為、あから様に寝苦しいのは目に見えていた。

暑さの中、微睡みの中でウトウトしていると唐突に陽は頭の後ろに強烈な衝撃を感じた。

 

「外で眠ると頭をぶつけてしまうわよ?」

 

「……だからってナイフを投げる奴がいるか。柄の部分とは言え、痛いもんは痛いんだぞこれ」

 

「あら、折角起こしてあげたのにお礼は無しかしら……って言うのは冗談よ。パチュリー様が起きたから伝えようと思ったのよ。そしたら貴方寝てるんだもの……起こさないとと思って」

 

咲夜を軽く睨みながら頭を擦りながら陽は立ち上がる。そして、咲夜の案内の元陽はパチュリーのいる図書館へとやって来た。

 

「パチュリー様、月風陽が来ましたが」

 

「んぁー……通してー……」

 

扉の奥から物凄くやる気の無い声が聞こえてくる。それでも魔法を使って入口近くの音を拾う様にしている辺りそれくらいの事は出来るんだな、と陽は心の中で苦笑していた。

そう思いながら図書館の中へ入ると、下に魔法陣が浮かび上がり陽達はパチュリーの目の前まで飛ばされる。

 

「……咲夜、コーヒー入れて……とびきり熱いやつ……眠気を飛ばすわ。何かこいつが来てからせっかくマシになってきた寝起きの眠気が鎌首もたげてるのよ……何この人間暖房機……」

 

「やっぱり暖房機って言うのか。もうそろそろツッコミ入れるのも面倒くさくなってきた」

 

パチュリーは咲夜が時を止めて持ってきたホットコーヒーを飲んで一息入れる。そして、陽の方を見て一言告げる。

 

「先に言っとくけど私にはどうしようも無いわよ、医者じゃないから貴方の妖力の暴走なんてどうしようも出来ないわ。使い切るのが一番いいのだけれど貴方自身が妖力の使い方分かんないからどうしようも無いのよ。

残念だけれど他を当たって頂戴」

 

パチュリーの言葉に陽は考え込む。まだ姿しか見せてないのにパチュリーには彼の熱の原因が妖力の暴走だと確定した。

しかし、治す方法が分かるのと原因だけが分かるのは別の話であり、確かに自分が使い方を把握していれば一番手っ取り早いのだろうと陽は考えた。だが同時に、その方法以外にも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()

 

「……そんな考え込んだって無駄よ。どうせ、私が他に方法を知っているのだと思っているのでしょうけど……いえ、どうせならこの際言いましょうか。確かに私は知っているわよ、しかもとっても簡単なものがね。長丁場になるのだけど」

 

「……その方法って?」

 

「貴方が人間を止めればいいのよ。その体の異常は、体が異物を排除しようとしてるからそうなってるのよ。なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。人間から妖怪になる方法を私は知らないけどね」

 

陽はある程度この答えは予想していた。人間の体で異常が起きるのなら人間を止めればいい、実にシンプルで簡単な答えである。

だが、パチュリーの言った様に彼女にも妖怪の成り方自体は分からないのだろう。魔女になるやり方なら分かる様だが。

 

「……あんまり驚かないのね、ちょっとムカッとくるわ」

 

「ある程度予想はついてたしな……そもそもの『妖力の暴走』の原因も分かっているからあながちその方法しか無いんじゃないのか? って思ってたよ」

 

「いえ、そういう事じゃ無くて……やっぱりいいわ。多分貴方は咲夜と同じ様に普通の人間の考え方をしていないのでしょうね。この幻想郷に残ろうとしている時点で」

 

「まぁ……そうだろうな。俺も普通の人間とどこか違うんだろうな」

 

陽には自分が他と違う考え方を持っているという心当たりがあるので、そういう事を言われても特に反応はしなかった。

 

「……ま、そういう事だから。貴方がどうしようと勝手だけど霊夢や魔理沙辺りに退治されない様に祈っておくわ。異変を起こせば退治されるのはあなただもの」

 

「さすがにその辺は理解してるよ……異変はなるべく起こす気は無いよ」

 

「とか言っておきながら貴方は各地で事件を起こし続けているけれど? 知っているかしら? 貴方が起こした事件って被害こそそこまで大きくも多くもないけれど、事件そのものの数だけ見ればそこら辺の妖怪以上よ。

何せあなたは食べる為に戦わないもの。関係無い人間を守ったり、関係無い人間の敵討ちをしようとしたり、誰かに襲われて関係無い誰かが被害を被っているもの。

貴方が喧嘩を起こしているか、貴方が巻き込まれたかは知らないけれど……あんまり人里で事件を起こさない様にね。貴方は八雲紫の庇護下でその恩恵のお陰で生き延びられているだけの状態なんだから……」

 

そう言いながら未だに陽と顔を合わせようとせずに本を読み続けるパチュリーに陽は鳩が豆鉄砲を食らったかの様な顔をしていた。

パチュリーが彼の身を案じる様な事を言ったのでそれで少し驚いていたのだ。

 

「……あぁ、善処するよ。

ありがとうなパチュリー、心配してくれて」

 

「……別に貴方を心配した訳じゃ無いんだけど。わかったなら帰ってくれるかしら? 今から私は魔法の研究をするのよ」

 

「ん、じゃあまたな」

 

そう言って陽は出口まで歩いていき、そしてそのまま紅魔館から出ていく。そしてスキマに入って八雲邸まで帰って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局、それを治す術は無いという事ね。残念な様なホッとした様な……」

 

「暖房機としての役割なんて果たしたくないぞ。流石に抱きつかれて寝るのはしばらく勘弁だ」

 

八雲邸、陽は帰ってからそこで紫との二人での会話をしていた。帰り際にどうだったかを聞く為だけのものだったが、ゆっくりしたかったので陽も話し合いに同意していた。

 

「っ……ごめん、部屋に戻るよ。眠たくなってきたからさ」

 

「あら……ならここで寝たらどうかしら?」

 

そう言いながら紫は自身の膝をポンポンと叩いた。陽は驚きで目を丸くしたが、どうやら紫は冗談でこんな事を言ってるのではないと理解すると吸い込まれるかの様に紫の膝の上に頭を乗せていた。

 

「あらあら、甘えん坊さんなんだから」

 

その言葉が届くよりも先に陽は既に意識が朦朧としていたのですぐに寝てしまった。甘やかさせる為に膝枕をと言った紫だったが本当に乗っけてしまう程彼が眠気に襲われてたのだと分かると微笑みながら彼の頭を撫でていた。

 

「薪割りが終わりました………って、マスター寝てしまったのですか?」

 

紫が彼の頭を撫でていると部屋の襖を開けて入ってくる人物が2人、陽鬼、月魅が入ってきた。

 

「えぇ、よほど眠たかったみたいでもう夢の世界に行ってるわ」

 

「膝枕……しんどいでしょ? 交代しよっか?」

 

陽鬼がにっこりと笑いながら紫に聞くが、流石にずっと膝枕をしている訳じゃない旨を伝えると言葉上では陽鬼は納得した。

だが、物凄く不満そうな顔をしていたので紫は苦笑していた。

 

「にしても……本当に温かいね」

 

「えぇ……今のマスターを布団に入れたら恐らく二度と出られない炬燵状態になるでしょう」

 

「今の陽はとても暖かいものね……暖かくて私も少し眠くなってきたわ……」

 

手で口を抑えながら欠伸をする紫。それに釣られてか陽鬼や月魅も欠伸をしていた。

その光景の後、三人で顔を見合わせて軽く笑った後に紫がスキマを開いて四人全員を布団にまで運んだ。

 

「という訳で軽く昼寝しましょうか。藍も帰ってくるのが遅いし……ね」

 

「賛成です……もう私もかなり眠気が来ていますので……」

 

布団の中で目を擦る月魅。陽鬼はもう既に寝てしまっている様で寝息を立てながら同じく布団に入って寝息を立てている陽にしがみついて眠りについていた。

 

「それじゃあ……おやすみなさい」

 

「おやすみなさい……」

 

そして月魅もゆっくりと目を瞑って眠り始めた。紫もそれを見た後に瞼を閉じてスヤスヤと寝息を立て始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りましたー………おや……ふふ、よく眠っておられる……」

 

そうして、数分後に藍が帰ってくる。そしてまるで家族の様に一つの布団で眠る紫達を見て軽く微笑んだ後にゆっくりと襖を閉めて夕食の準備の為に台所へと向かったのだった。




因みに陽は暑くてほとんど寝苦しい思いをしていたりしています。


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八つの蛇

バトル回です。


「……あれ? 早苗?」

 

「それに……一緒にいるのは文ですね……何か深刻そうな話をしていますけど何かあったんでしょうか?」

 

人里。そこにいつもの様に買い物に来ていた陽達だが、そこで真剣そうな顔付きで話し込んでいる烏天狗の少女、射命丸文と東風谷早苗を見つけた。

あの二人が話しているという事は、妖怪の山の話だろうと予想していた陽は二人に背を向けて歩き始めるが声を掛けるものと思っていた月魅は少し驚いた。しかし主である彼が離れようとしているのなら、という事でそのまま彼について行く事にして、陽鬼はあたかも予想していたかの様にそのまま陽について行った。

 

「……声、掛けないんですねマスター」

 

「無理に声を掛けてもしょうがないだろ。あの二人があんな真剣な顔で話し込んでいる時に横から声を掛けて話の腰を折る訳にもいかないからな」

 

「それもそうですが……」

 

陽鬼は何も言わなかったが、内心では彼が東風谷早苗という少女を避けているのではないかと思っていた。だがそれの真偽がどうであれ、言っている事は正しいのでここでその話題(早苗が苦手な事)を出すのは良くないと思い何も喋らなかったのだ。

 

「……あれ? こんなところに占い屋なんてあったっけ?」

 

そう思いながらしばらく歩いていると、陽鬼が占い屋を見付ける。陽や月魅もいつも通っているこの道で占い屋何てものを見つけたのは初めてでふと気になってしまったのだ。

 

「無料って書いているし入ってみない? お金が掛からないなら入ってみたい!」

 

そう言って目を輝かせながら陽を見つめる陽鬼。陽は仕方無いと思いながら頭を掻いて陽鬼の頭を撫でる。それを行っていいと受け取ったのか陽鬼は占い屋に入っていく。

月魅もこっそり入っていくのを見て、陽はやっぱり二人共女の子なんだなぁとぼんやりと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、いらっしゃいお嬢さん達。なにか占ってほしいものでもあるのかな?」

 

「うん! 何占ってくれるの?」

 

占い屋にて。

陽鬼は目を輝かせながら占い屋の主人らしき人物と話していた。月魅はその主人らしき者の格好を見て少し面白い格好をしているなと考えていた。

黒い長髪だが、顔付きや声の感じからして男性だと分かる。

服装は陽と似た様な黒い服装だが、月の頃にいたレイセン達の服装と少し似ていると思った。

 

「そうだな……私が占えるのは色々だ……例えば……君達には主がいて、その主は男性、しかしまだ子供であると分かる。

それの他に分かる事はと言えば、その男は東風谷早苗が苦手という事だ」

 

「……それは占い、と言えるんでしょうか? まぁでも、分かる事は凄いですが……」

 

陽の事を言い当てた事に月魅は少し疑問を抱いたが、陽鬼は逆に凄く喜んでいた。『こんなにも当たるのだったら何を占ってもらうか迷う』という事を目を輝かせながら考えていた。

 

「他にも色々分かるぞ? 例えば……()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか、な」

 

「……天狗が姿を消す?」

 

「何何!? どんなの!? 教えて教えて!?」

 

陽鬼身を乗り出す様に主人に迫ると、主人は椅子に深く腰を掛ける様に座り直して足を組む。最早陽鬼はほとんど話を聞いていないが極秘と言うからにはとても凄いものなんじゃないかと思っていた。

 

「神隠しとかじゃあ無いんだ。いや、ほんと単純な話さ。そうだね……そこの銀髪の子に聞こう。

仮に……君の知っている人が一人姿を消したとしよう、幻想郷じゃあ神隠しで通せるかもしれないが、だ。神隠しを除いて……君は何が原因だと思う?」

 

「……自ら姿を消す、誰かに封印される、誰かに殺され埋められる、妖怪であればその存在が維持出来なくなる……といったところでしょうか?」

 

「概ね正解だ。そして今回の事件では……結果的に言えば『殺される』という答えが正しい答えだ」

 

月魅は服の裏に隠してあるスペルカードを密かに握って警戒を始める。陽鬼は全く警戒していないが、どう考えてもこの男は怪しいと考え始めていた。

 

「……『結果的に』という事は過程としては殺してない、という事ですか。延長線上に死があるだけで……過程やそもそもの目的は別だとでも言いたいのですか」

 

「そう、犯人は殺す気があって殺した訳じゃ無い。分かる事は……犯人は餌を喰らおうとしたのさ。殺意を込めないものはそれは殺しにはならない。

殺意のない殺しは『食事』と同等なのさ」

 

「つまり……天狗は食べられちゃってたの?」

 

陽鬼が少し戸惑い気味に男に聞く。男は少し微笑んだかと思うと突然立ち上がって両手を広げ始める。

 

「そう、食べられたのさ……まるで蛇が卵ではなく小さな雛を丸呑みすると言わんばかりに…………ね」

 

「っ! 陽鬼! しゃがんで!!」

 

そう言うと月魅は一気に刀を呼び出して占い屋の小屋ごと男を刀の横一閃て切り飛ばす。陽鬼は咄嗟にしゃがんだのでダメージは負わなかった。

 

「な、何!? どうしたの月魅!?」

 

「いいから逃げますよ!! マスターのところまで逃げたら一旦八雲邸まで退避します!! あの男はかなり危険な香りがしました!!」

 

そう言いながら月魅は陽鬼の手を掴んで崩壊しかかっている小屋から出ていく。幸い、中にも周りにも一般人はいなかったので特に問題は無いだろうと踏んでいた。

 

「おい!? 急に建物が真っ二つになったが中で何があった!?」

 

「敵です! とても危険な感じがしたので逃げます!!」

 

月魅は陽鬼の手を引っ張って走りながら陽に事情を説明していく。陽も月魅と並んで走っていく。

月化か陽化を使って飛んでいこうとも考えたが、憑依時の霊力や妖力の爆発によって周りの人に影響が出るかもしれない事を考えてしまい、躊躇ってしまうのだ。

幸い、人里の出口まではもうすぐなので出てしまえば後は離れるだけなので簡単である。

だが、そんな簡単にモノは上手く運ばない。

 

「全く……真っ二つにするなんて存外殺意を込めるのが上手いじゃないか。私を不意打ちとはいえ真っ二つに出来た事は褒めてやっても良さそうだ」

 

目の前に一匹の蛇が立ち塞がる。その蛇が喋ったかと思えばすぐさま先程の男の形となる。

 

「くっ……! やはりあなたは人間では無かったのですか……!」

 

「ふふふ……八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の写し身、または生まれ変わり……名はないがその出自故……八蛇(ヤダ)と呼ばれている。

八岐大蛇に八つの頭がある様に私の能力も八つの『欲』から出来ている。

その欲全てが大罪と言われるもので構成されているものだ。一つだけだけ別のものだがな……私はそれを操る事が可能なのさ」

 

八蛇と言われた男が笑いながら話し掛けてくる。しかし、暗い占い小屋で座っていた時は陽鬼や月魅は気付かなかったがこの男はかなりの高身長だった様で、2m前後の身長を持っていた。

まるで蛇の様に長い胴体は敵である獲物を絡めとっていくかの様な巨躯である。

 

「……」

 

陽はひたすら憑依するタイミングを狙っていた。だが、八蛇の視線がそれをしようとする動きを牽制するかの様な視線を終始感じていた。蛇に睨まれた蛙、今の陽達はそれも同然だった。

 

「因みに……お前が初めてそこの鬼を憑依させた時に殺された家族の事だがな……両親がなぜ殺し合いを始めたのか、気になってはいなかったか?」

 

「……何だと?」

 

陽は、その話題で気が引かれてしまった。確かに、娘の方はライガという男に殺されたと聞いていた。だが、そう言えば両親は何故お互いを殺し始めたのか。

 

「私がそうしたんだ、お互いを憎悪する様にな」

 

陽は八蛇を睨んでいた。自分でも気付かない内に陽は八蛇に憎しみをぶつけていた。

その憎悪の視線に気付いていながらも八蛇は敢えて無視していた。ぶつけられる憎悪の感情が彼にとっては、思い通りに事が運んでいるも同然と言わんばかりに内心で笑っていた。

 

「お前、がぁ……! 陽化[陽鬼降臨]!!」

 

「ふふ、そうだ……お前はそうしないといけない」

 

陽は陽化を使って八蛇に一気に迫る。しかし、八蛇は落ち着いた様子で陽に向かって片腕を伸ばして袖から蛇を出現させる。

そしてその蛇達で一気に陽を拘束する。

 

「ぐっ……!? 速ぇ……が、こんなもん全部握り潰してやらァ!!」

 

そう言いながら陽は力の限りを尽くして蛇を握り潰していく。しかし、それでも八蛇は落ち着いた様子で袖からさらに大量の蛇を出して陽への拘束を強くしていく。

陽もこれはまずいと思ったのか一旦拘束している蛇を潰しきってから八蛇と距離をとる。

距離をとった途端八蛇から蛇を出す事は無くなった。まるでここから先に行かせない、と言わんばかりに。

 

「ちっ……! ならこっちだ……! 月魅ィ!」

 

「は、はい!」

 

呆気に取られていた月魅は今ようやく我に返る。話にこそ聞いていた陽化に初めてなった時の日に起きた殺人事件、それのもうひとりの犯人が目の前にいたという事実に呆気に取られていたのだ。

 

「月化[月光精霊]!」

 

陽化を解除しつつ月化を発動する陽。本来連続での憑依スペル発動は人間の体である陽の体には耐えきれない程の負担となる。前に倒れてしまった事を思い出しながらも陽はスペルを使い八蛇に刀を持って特攻していく。そして、解除された陽鬼ら片膝を付きながら呼吸を整えていた。

 

「こんな蛇……! っ!?」

 

「甘いぞ? 周りが見えていないという事は戦いにおいてはそれは死に直結する事だ。

よく見てみろ、お前が潰した蛇の亡骸をな」

 

八蛇は蛇を出して陽に攻撃を仕掛ける。先程よりも速い速度だったが月化の速度では簡単に避ける事が出来た。

だが、一度蛇を切ろうと刀を振りかざせばその攻撃は蛇には通らず弾かれるだけだった。

弾かれもしたが、蛇を避ける事は可能なので全てを避けつつ先程潰した蛇を横目で見ていく。

 

「……ほとんど潰れていない……!?」

 

そう、先程陽化の状態で潰した蛇たちは全て握った部分しか潰れていなかった。それ以外の部分は無傷であり、握った部分でさえも皮には殆どダメージは残っていなかった。

 

「そうだ、だが惜しいな。貴様が先程拘束された時に引きちぎった蛇達だが……よく見てみろ、切り離せている者が一匹でもいるか?」

 

そう言いながら八蛇は蛇の攻撃を止める。そして陽に見る事を勧める。気が進まなかったが陽は引き千切った蛇達を見ていく。確かに彼の言う通り全てどこかしらで繋がっていて、完全に引き千切る事は出来ていなかった。

 

「……硬いのか」

 

「そうだ。お前が鬼を纏えばその速度に追い付けずに蛇に拘束される、だが今の精霊を纏った姿では攻撃力が足りずに蛇に攻撃を弾かれてしまう……お前には私を倒す術が無い訳だ。

殺るならば……本体である私を狙うしかないが……その速度でも届かなかっただろう? 蛇に邪魔されてな」

 

陽は表情こそ変えなかったが、内心では歯がゆい思いをしていた。八蛇の言う通り、陽は月化の状態だと飛んでくる蛇達を避ける事は可能だが、何故か今一歩踏み込めないでいた。

踏み込もうとしたところに蛇が飛んできてしまい、避けるしか出来なくなってしまうのだ。

 

「……ならば……月光[月面ノ世界]」

 

「……む?」

 

陽は月化でしか発動できないスペルを発動させる。すると、八蛇の蛇達が姿を消す。

このスペルは相手の弾幕の発動を制限するエリアを作るスペルである。無論、弾幕と言ってもそれが物理的なものの場合防ぐ事は出来ないものなので咲夜などには使っても意味は殆ど無いものだが。

 

「……その蛇達、お前の力で出しているものならばこのスペルがいいと判断した。どうだ? これならば……お前を切れる!」

 

そう言って陽は八蛇に向かって刀を構えながら突っ込んでいく。叩き切るつもりでその刀を振るおうとした、その時だった。

 

「━━━嫉妬[妬む者]」

 

八蛇のスペル宣言が陽の耳に入ってくる。だが、今発動させているスペルでは弾幕は使用不可能なのでこのまま八蛇の首を切り飛ばさんとばかりの斬撃を繰り出そうとする。

しかし、その攻撃が届く前に陽の体全体……否、八蛇の目の前の空間全てに紫の炎が立ち上がる。

 

「ぐ、ぐぁ……!?」

 

「一度燃やされれば(妬めば)燃やしきるまで(相手が死ぬまで)燃え続ける(妬み続ける)のが(嫉妬)というものだ」

 

「っ…陽!!」

 

陽鬼が叫ぶ。しかし、今の陽の耳には陽鬼の声どころか誰の声も入ってこない。

しかし、そんな中陽の頭に聞こえてくる声の様なものがあった。炎が燃え盛る中……彼の耳にだけ、頭に届く声。

 

「……と…………つに……!」

 

「……ん?」

 

陽が何かを呟いたのを八蛇は聞き逃さなかった。しかし、肝心の内容が聞き取れていなかった。仕方無いので自分に燃え移らない程度に近寄り耳をすませる。

 

「……きと、た……うを……つに……!」

 

「……何だ? 何を言っている?」

 

「月、と……太陽を……一つに…………!」

 

━━━月と太陽を一つに、八蛇にはそう聞き取れていた。だが、なんの事かは全く理解が出来ていない。

 

「……陽化[陽鬼降臨]……!」

 

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「ぐっ……」

 

眩しい光に八蛇は目を瞑る。八蛇も知りえなかった事、そして誰も予想出来なかった事……月と太陽が一つになればどうなるのかを…彼は、陽でさえも知らなかった。




八蛇の格好は黒いスーツです。ロン毛のイケメンですね。


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月日喰

前回の続きですよん。


「二重だと……?」

 

スペルの二重がけというのは『スペルカードルール』や『弾幕ごっこ』においては禁止はされていないもののあまりやる者はいない。そもそも二重がけをしてしまうと相手を完封してしまう場合もある故に暗黙の了解で禁止になっている場合が多い。

だが、八蛇の目の前にいる男、月風陽はそんな事気にせずに二重がけをやって見せた。

そして今、八蛇の目に見えているものはとても奇妙で本能から嫌悪してしまいそうな光景となっていた。

月化の光と陽化の炎が混ざってグルグル掻き回っているような光景。

そして、その光と炎の複合体が弾けるとともに中から陽が現れる。その見た目は陽化でも月化でもない見た目となっていた。

髪は長い銀髪に所々赤のメッシュが入っており、まるでマントのように背中についている妖精の様な羽、そしてこめかみから後ろ向きに伸びている角……二つの特徴を一つに纏めたかのような、そんな見た目になっていた。

 

「……貴様は……月風陽……なのか? 随分と姿が変わった上に……種族が複合されたかの様に見えるが?」

 

「……お前に答える義理はないさ。それに……意識は合っても、もう体がいう事を聞かねぇんだよ……!」

 

そう言って陽は突っ込んでくる。月化の時よりも速い速度だったが、八蛇は慌てずに蛇をけしかける。月化自体が一旦解除されたので先程のスペルで作られたエリアも同様に解除された。

だが、陽は空中を飛びながら蛇を手で持っている月化の時の刀を使い叩き切っていく。

 

「なんだと……? さっきより力が強化されているという訳か……ならば、邪悪[悪しき者]……!」

 

八蛇は新たなスペルを唱える。(くわ)の形をした弾幕が陽の左右に目掛けて飛んでいく。

 

「……」

 

しかし、陽はそれを軽く刀で弾いていく。だが弾かれた事に八蛇は動揺を見せたり焦って行動を間違えたりはしない。

弾かれた弾幕はそのまま飛びながら陽の後ろで交差したかと思えばそのまままた陽目掛けて飛んでいく。

 

「っ! 戻ってくるタイプか……!」

 

そう言いながら陽はまた飛んできたものを弾いていく。しかし、弾けば弾くほど早く戻ってくる。

 

「くっ……! 面倒臭いな……!」

 

陽が言った事、その言葉通りの事を八蛇も思っていた。わざわざリターンする弾幕を使いつつ蛇も出し続けているのにその全てを刀1本で防いでいく陽の事を面倒臭いと思っていた。

 

「………ならば、これも追加してみるか。強欲[欲する者]……」

 

八蛇は新たなスペルを発動する。これは弾幕ごっこじゃない、遠慮無く殺しにかかっても構わない死合である。

 

「はっ……!?」

 

そして、それに気付かない陽が飛んできた蛇を斬る。するとその断面から弾幕が飛んでくる。陽は何とかその弾幕を刀で叩き落として無効化していくが、それ以外の蛇や鍬型弾幕は攻撃を弾くと同じ様に弾幕が出てくる。

そこまで来て陽はようやく理解した。新たに発動させたスペルカードの正体を。

 

「攻撃すれば弾く弾幕という事か……!」

 

「ご名答、そこまでの手数に押されてしまっていてはスペルカードを使う暇もあるまい。

事実、使えば早いのに一切使おうとしないのだからな」

 

「くっ……!」

 

確かに陽はスペル宣言をする暇が無かった。全ての攻撃を弾いているとはいっても、だから余裕があるという訳では無かったのだ。

スペル宣言をしている内に蛇に拘束されるのなら……と思っていてスペル宣言をしていないのだ。

 

「ぐっ……!」

 

「ようやく、ようやく一発目か。いやはや……手間を掛けさせられるな。だが……一撃が働いたからこそ次の一撃も慎重に当てなければならない。私は臆病者で、慎重に事を運び過ぎるのが悪い癖でね……だが、それを長所と認識しているのだよ。お陰で事を冷静に、順調にこなせるのだから」

 

そう言いながら八蛇は手を加える事も引く事も無く一定の調子で攻めていく。こういう輩に挑発の類は効かないだろうと考えた陽は仕方無くスペルを唱える準備をする。

 

「ぐっ……日蝕[満ちる日の丸]」

 

陽の背中の後ろに黒い太陽が昇る。ダメージ覚悟で発動したスペルカードは一体どれ程の力を持つのかと八蛇は少し気にかかったが、構わず手を緩めず追い打ちせずの精神を保っていた。

あれがどの様なスペルカードが分からない以上、下手に攻め手を変える訳にもいかないと判断したのだ。

だが、そのスペルカードを発動してから陽は全ての攻撃をその身で受け始めたのだ。だが、八蛇はすぐに理解した。今の陽にダメージが通って無い事を。事実、多少攻撃を受けた彼の後ろにある太陽は、端の方が少しだけ光っていたのだから

 

「貴様……そのスペルカードのお陰か?」

 

「さて、どうだろう……なっ!」

 

ダメージが通らなくなった陽が、八蛇に向かって突っ込んでくる。八蛇は一旦攻撃をやめて陽の攻撃を避ける事に決めて、攻撃を避け始めた。

 

「くっ……!」

 

刀から発生する斬撃の弾幕と手から出す炎の弾幕、この二つを巧みに使って陽は八蛇を追い詰めていった。

 

「いつまでも逃げてばかりじゃ俺を殺すなんて不可能だぞ蛇野郎!」

 

「蛇野郎、か……その挑発には後で応えてやろう」

 

しばらく追いかけっこするかの様な攻防を続けていたその時、陽の背中に張り付く様にいた太陽が突然離れて空へと昇り出す。

八蛇は太陽の行先が気になったが、今それを気にしていたら陽の攻撃をまともに浴びる事になってしまう。そう考えてチラ見程度で済ませていた。

そして、太陽は弾けた。

 

「……すぐに種がバレたのはやっぱり痛かったかっ!」

 

「っ……!」

 

弾けたその後、陽はすぐさま殴り掛かってくるが八蛇は避けた。だが、掠っただけなのに八蛇はまるで風の拳に殴られたかの様に吹っ飛んだ。いくら図体がデカくても、空中に浮いていれば踏ん張れないので紙屑の様に飛ばされる……というのは八蛇も理解していたが、なぜ直接当たってもいないパンチの風圧に軽く飛ばされたのか。

それだけを考えてすぐさま結論に辿り着く。

 

「……攻撃力の上昇、あの太陽が弾けたからか」

 

「……その通りさ。そこまで種がバレたらもう全部バラしてやるよ。

あの太陽はさっきまでの俺のダメージを肩代わりしてくれてたんだよ。そしてそのダメージ分、あの太陽が弾けた時に力が付与される。そういう仕組みさ」

 

「面白い……が、凶悪なスペルだ。初見では下手をすれば最大の攻撃力まで持っていかれていた可能性もあるな」

 

「それもその通りだな、攻撃を迂闊にするなって事だ。だが、今度はどうかな? 月蝕[欠ける月]」

 

そのスペルカードを発動した瞬間に八蛇や陽の周りが夜へと変わる。そして空にはたった一つだけ、満月が浮かんでいた。

 

「……」

 

下手に手を出す訳にはいかなくなった八蛇は一旦離れようとバックステップで距離を取ろうとする。

しかし、バックステップをしたはずの八蛇は()()()()()()()()()()()()

 

「何っ……!? くっ!?」

 

もう一度そこからバックステップを踏む八蛇。しかし、また陽との距離が縮まってしまっただけだった。

 

「どういう……事だ……!?」

 

「さぁてな、おまえのその蛇には似合わない賢い頭をもって考えてみればいいさ」

 

そのまま陽は後ろへ軽く飛んで足で何かを蹴り上げる様な行動を取る。それと同時に、八蛇の顎に何かの一撃が入る。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐぁっ……!?」

 

「ほら次だ!!」

 

そして陽はその場で何かを殴るかの様に拳を振るい始める。それに合わせて八蛇の体もダメージを負っていく。

八蛇はダメージを受けながらも冷静に考えていた。

『後ろに飛んだ』はずなのに『前に行く』事や、『向こうが後ろに飛んだ』はずなのに『殴る蹴るの攻撃が当たる』

これらを踏まえると『離れようとすると近付く』『離れている様に見えて実は近い』という結果に辿り着いた。

 

「なら……ばっ!」

 

ダメージを受けながらも八蛇はその場で横蹴りを行う。右から左に流れる様に華麗な蹴りは陽の体を()()()()()()()()

 

「やはり……認識の反転か。前後左右……下手をすれば上下でさえ逆になっているのだな、この世界は」

 

「ちっ………こうもすぐに種がバレるとかなりやりづらくなってくるな……蛇が苦手になりそうだぜこの野郎……」

 

悪態を吐く陽だが、八蛇はそんな事よりも空に浮かんだ満月……だったものに視線を注いでいた。

何故なら、先程まで満月だったものが今では少し大きい三日月くらいにまで黒い部分が広がっているのだから。

 

「……その月が段々と欠けていくのを黙って見てはいけないと蛇の第六感が告げている。さて、一体何が起こるのか考えたくないものだな」

 

「安心しろ……すぐに分かるし、楽にしてやるつもりだ」

 

そう言って刀を持って陽は『左に』動いて刀を振り始める。八蛇は刀の動きを左右前後上下全てが反対になっていると避けづらいと即座に判断して前に飛んだ。

 

「ちっ…………!」

 

前に飛んだ八蛇に対して陽は後ろに飛んで追い掛ける。絵面としては八蛇が陽を追い掛けている状態にしか見えない為本来逃げているつもりの八蛇も少し困惑していた。

 

「あの月がどういう効果のものか分からないが……気にしていたら他の攻撃に晒されてしまうからな……即死ダメージが飛んでくるというのだけはあって欲しくはないが……せめてダメージを最小限で回避出来ればそれでいい」

 

そしてこうやって行っている攻防の間にも段々と上に登っている月は段々と欠けていく。

止め方も分からない以上、下手にダメージを受けるよりかはいっそあの月からあるであろうダメージを負った方がマシだと八蛇は思っていた。

そして、逃げ回り追い掛け回した末に遂にその時が来た。

 

「むっ……月が……ぐあっ!?」

 

月が新月になった事を八蛇が認識した瞬間、突然何かに切り裂かれたかの様に八蛇の体のあちこちから血が吹き出し始める。それだけでは無く、何かに暴力を振るわれた様な衝撃も同時に彼を襲った。

 

「……このスペルは、月が新月になった瞬間に俺以外の全ての者にダメージを与える技さ。勿論、弾幕ごっこでは使えない代物だな……だが、俺はこれでお前らを殺れるならそれでいいさ」

 

遠慮は無い。月風陽という男は根っからの善人でも無ければ根っからの悪人でも無い。

敵の命でさえも憂う様なマンガの主人公みたいな優しい性格では無いのだ。故に、敵であると認識した以上はどんな死に方でもいいので殺そうと思っている。

 

「……私を殺してどうなる? 私達が殺した家族は戻ってこないが?」

 

「単なる自己満足さ。だが、お前らみたいな『殺さないといけない奴』は殺しとくのは世の中の為になるだろうな。

だから殺す事に決めた。単なる自己満足で、屁理屈を付けて……な」

 

そう言って自嘲気味な笑いを浮かべ陽は刀を振り上げる。気付けば既に先程までの認識の反転は切れていたのでようやくまともに動ける、と八蛇は薄っすらと笑った。

その笑みを見逃さなかった陽は何か嫌な予感がした。そして勢いよく刀を振り下ろした。

 

「━━━怠惰[怠ける者]、憤怒[怒る者]」

 

八蛇は瞬間的に二枚のスペルを唱えた。まず、一枚目のスペルを唱えた瞬間に身体中の傷が回復した。

次に振り上げられた刀が体を通る前に八蛇が真剣白刃取りで刀を抑えたのだ。

 

「……傷の回復と腕力強化……か。蛇ごときが鬼の腕力に勝てるとでも……!」

 

「そのくらい無ければ……八岐大蛇を名乗りはせん!」

 

その叫び声とともに陽の刀はへし折られてしまう。折れた瞬間に両者が後ろへと飛ぶ。だが、役目は終わったのか八蛇が後ろに下がった瞬間に戦闘態勢を解いた。

 

「……今回の私の目的はお前の足止めだ。月風陽……目的は果たせた。では、帰らせてもらうとしよう」

 

「なっ!? おい待て!」

 

そう言ってすぐさま姿を消す八蛇。陽はあまりにも唐突だった為に反応が遅れて追う事が出来なかった。

そして、仕方無く憑依を解こうとしてそこで一つだけ気付いた事がある。

 

「……解けない」

 

いつもは気を抜けば勝手に憑依が解除されていた。だが今はそんな事をしても一向に解除される気配が無かった。

よくよく考えてみれば、憑依の上から更に憑依を重ねたのだ。そんな不具合が起こってもしょうがないといえばしょうがないだろう。

 

「……一旦、帰るか」

 

このまま永遠亭に行く事も考えたが、八雲邸に帰ってから対策を立てていった方がいい気がしてきたのだ。

偶には自分で解決する事も大事だと思ったからである。

 

「…………」

 

ふと、空を見上げる陽。太陽が昇ったり月が昇ったりしていて気付かなかったが、今は既に夕方だという事に気付いたのだ。

その夕暮れの中、陽は足を進めて帰っていく。何とかする為に。



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スキマと死神と混ざりもの

元に戻らなくなったので対処法を試していく会。


「……まず、変な男……八蛇という自称八岐大蛇の男に襲われた。その男に襲われて……けれど、陽化も月化も通じなくて無我夢中で二重憑依をした。

それで勝てたのはいいけれど元に戻らなくなって……帰ってきた、と。」

 

「……うん、大体その通り。憑依が解けないせいで体の調子が時間が経つ事に悪くなってきてるから……早く治さないと、とは思ってるんだけど……どうすればいいのか分かんないし、永遠亭は多分そんなの専門外だろうし……って思って紫なら何か分かるんじゃないかな……って」

 

八雲邸にて。陽は憑依が解けないまま一旦八雲邸へと帰還していた。帰ってきた瞬間にこそ溢れんばかりの殺意を当てられたものだが、紫はすぐに陽だと気付いた。

藍は悪霊に取り憑かれたものだとばかり思っていたらしいが。

 

「……難しいわね。単なる悪霊憑きなら私の力でも剥がせない事は無いかもしれないけれど……今貴方達の魂は複雑に混ざりあってるのよ。

餅みたいなものだと考えたらいいわ、あなたの魂という箸に陽鬼と月魅という別々の餅が絡み合っちゃってるのよ。

無理矢理引き剥がそうとすればこびり付いている部分があなたの魂に張り付いちゃって陽鬼達に何が起こるか分かったものじゃ無いわ」

 

魂の一部が抉り取られる。陽には想像出来ない事ではあるが何と無くどうなるかは察しがついていた。

魂が切り離されるのでは無く、魂がバラバラになる。その違いが分からない程陽は考えられない訳では無かった。

 

「けど、そうなるとどうやったら元の姿に戻れるんだ? いつもの要領じゃ憑依は解けない……いつも以上に気を抜いても意味が無い……それが分かっているからこうやって相談しているんだ」

 

「落ち着きなさい。私だって何も手がないと言っている訳じゃ無いわ……いい? とりあえず試してみたい事があるからまずはその方法を試してみましょう?」

 

試してみたい事? と陽は首を傾げた。もしかして憑依が解ける可能性もあるというのだろうか、と少し期待していた。

 

「……まず、その二重憑依のスペルカードを作りましょう。陽化や月化の様にスペルカードを依り代、代行詠唱、霊媒としてその二重憑依のを作るべきだと思うわ」

 

「スペルカード……この姿になる為の、二重憑依を行う為のスペルカードって事か?」

 

「えぇ……本来スペルカードはその技を弾幕ごっことして変化させる為のものなのよ。

だから例えて言うなら……そうね、魔理沙のマスタースパークや霊夢の夢想封印なんかはスペルカードが無くても行える技だし、弾幕ごっこで使わない時はとても威力の大きい技でもあるわ」

 

その二つとも陽は見た事が無いが、まぁ要するに本来スペルカードは技ありきで作られるというものだとよく理解した。

という訳で、陽は紫と共にスペルカードを作る事となったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……考えてみたら俺ってまともなスペルカードを作った事無いんだよな。陽化も月化も、どっちも知らない間に出来ていたものだし……」

 

「そうよ、だから今此処で覚えておいても損は無いって事よ……憑依をしていない貴方だけのスペルカードを作る時が来るとしたら覚えておいても損は無いと思うわ」

 

いざ作るとなれど特殊過ぎる陽のスペルカードは恐らく一筋縄ではいかないと紫は考えていた。

そもそも何故スペルカードが勝手に出来るのか、何故いつの間に出来ているのか。それが誰にも分からないのが問題だった。

 

「……で、どうすればいいんだ?」

 

「まず、どういうものかを考えてこの紙にその考えを上書きするの。そしたら自然と出来上がっているもの……なんだけど……普通そういうのは技とかで使われるべきなのよね。武器とかなら考えやすいからいいのだろうけど……」

 

紫はうんうんと唸っていた。本来、スペルカードは技を起こしたり武器を呼び出したりするものであり、現象を収めるものでは無いのだ。

スペルカードによって雷や地震などの現象が起こるのは、それが現象では無く技だからである。

 

「………イメージ、か」

 

しかし、陽にはイメージが既にあった。夢の中で見た月と太陽が混ざり合うあの夢、あれこそが今の陽の姿の象徴とも言えるだろうと確信していた。

何故自分が月と太陽を一つにする手段を持っているのかは未だに判明こそしていないが、使えるのであれば使うしいずれ判明させればいい事だと考えていた。

 

「……結構、すぐに出来たのね……何かそういうイメージがしやすいものでも見てきたのかしら?」

 

「……夢で、太陽と月が一緒になるところを見たんだ……それが……多分この状態を生んだんじゃないかなって……思ってる」

 

今でも陽の頭で鮮明に思い出せている。陰も陽も、光も闇も、天も地も全てがグチャグチャになっていくあの感覚。

視覚も、聴覚も、触感も全てが矛盾していくかの様な感覚が陽は今でも思い出せていた。

 

「夢……ねぇ……何かの啓示や暗示みたいなものだろうけれど、陽は外で生まれたれっきとした人間……陽のその力に関しては血筋や土地柄が関係無いとすれば……魂、前世かしら」

 

「前世?」

 

急に出てきた前世という単語。その意味自体は陽も理解している。俺の生まれた世界、生まれ持った種族、この幻想郷において……陽が陽鬼や月魅と一つになったりするのは流石におかしな話であるという事はどれだけ陽の出自を調べ尽くしても分からない事ではあった。

自分が他の人間と違うところといえば、せいぜい全ての事、無論自分にも一切興味を持ってない事ぐらいであった。

だがそんな事は自分の能力とは全く関係無い。血筋、土地柄でも無いとするならば、残っているのはたった一つ……魂である。

 

「えぇ、本来ならば魂というのは天国に行こうが地獄に行こうが輪廻転生してまた別の命へと転換されるもの……つまり、前世と後世では全く関係無い別の魂になるの。

けれど、一つだけ例外がある……それは、前世で魂に何らかの術を施しているものだけが稀に現世に何かを残す事が可能になるのよ。

例を挙げるなら……この前教えた、稗田阿求(ひえだのあきゅう)という人物は、前世の記憶をある程度引き継いでまた稗田家に転生するという契約を閻魔とか十王辺りと結んでいるのよ。

そういう例も幻想郷で見られるから……可能性は捨て切れないわね」

 

「……じゃあ、向かう場所は白玉楼なのか? 魂といえばあそこだろうけど……」

 

陽がそう言うと紫が微笑んで訂正する。

 

「いいえ、向かう場所は白玉楼じゃないわ。魂が天国に行くべきか地獄に行くべきかを判断する場所……彼岸よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー……? こりゃまた珍しいお客さんもいたもんだね。その上その珍しいお客さんが珍しいものを引き連れていらっしゃると来た。

ここまで珍しいものを見るのは滅多に無いだろうねえ……」

 

「死神女の体が上下に分かれる様はもっと珍しいけれど……見てみたいかしら?」

 

「おっと、遠慮するよ。あたい達は魂を運ぶのが仕事のただの暇人さね。だからバラバラ死体になる気も見る気も端から無いって事さ。

それで? 死人でも無いお二人さん……賢者八雲紫と世にも奇妙な鬼と妖精の混血……なのかい?

魂がぐっちゃぐちゃになってて何だかとても気持ち悪い存在に見えるんだけど? なんだい? 人工的に混血種を作ろうとして失敗でもしたかい?」

 

彼岸、正確には今はそこの手前の三途の川の目の前まで来ていた。

川を生きて渡る為には紫のスキマの能力で行くのは駄目らしく、仕方無くスキマを使って川の一歩手前まで来ていた。

そこには赤毛で着崩した服を着用している鎌持ちの女性が大きな岩を背もたれにして寝転んでいた。

 

「……小野塚小町、私はそういう話はしに来てないわ。船を出してもらえるかしら? 貴方の能力でならすぐに私達を向こうまで連れて行く事が可能でしょう?

距離を操る程度の能力……例え私達がどれだけ長い距離を渡る事になろうとも、ね」

 

「はいはい、分かったから……もうそんなにキレないでおくれよ。けれど、あたいがあんた達に手を貸したって事は言うのは構わないが責任を擦り付けるのだけは止めておくれよ?」

 

「無論、そのつもりよ。そもそも貴方に責任を擦り付ける程私は弱くは無いわ。

貴方もそれが分かっているでしょう?」

 

「えぇ、えぇ、分かっているとも。だから少しだけ待っておくれよ。あたいの舟を出してくるからさ、出してくるまで時間が掛かるからねぇ」

 

そう言って小町は歩き出した。歩いているはずなのに妙に速い。歩幅と歩く距離が全く合っていない感じを陽は味わい、そしてこれが小町の能力なのだと理解した。

 

「……いつ見ても見てると変な気分になるわね。まるで彼女の歩いてる地面だけ動いてるみたいに見えるもの」

 

そう言われて陽はベルトコンベアーを思い出していた。本当にそんな感じなので陽は内心納得していた。

 

「ほら、持ってきたよ」

 

ガリガリと音を出しながら小町は船を引き摺ってきた。それを見た陽は船が三途の川の河原の石などで削れるのでは無いかと思ったが、こんな事をしているという事はそもそもの船が頑丈なのだろうと自分で結論に達していた。

 

「船を川に置いてから運べば良かったんじゃないかしら?」

 

「あー駄目駄目、そんな事したら他の舟渡の邪魔になっちゃうからね。邪魔したらあたいが四季様に怒られちまうよ。

怒られるくらいなら船を引きずってでも陸上から持っていくよ」

 

「……そう言うならサボるのをやめなさいよ」

 

「あたいはノルマを達成してるからそれに関しては何と言われようと止めるつもりは無いね。何でわざわざ終わっている事をやらなくちゃあいけないんだい」

 

行くなら早くしないか? とか陽は思ったが、今回は自分のせいでここまで来ているのだから文句を言えないでジッとしているしか無かった。と言うか、陽はいまいち口を挟めないでいた。

 

「それじゃ、そこの坊ちゃんがとても行きたそうな顔をしているからさっさと向こうまで運ぶよ」

 

そう言って小町は船を川辺に下ろす。それを見た陽と紫は無言で船に乗る。それを見てから、小町は船頭に乗って船を漕ぎ始める。

そして、船を漕ぎ始めてからふと陽は回りに霧が立ち込めてきた事に気付いた。

前が、隣に乗っているはずの紫すらも見えないくらい濃い霧が立ち込める。

 

「……なぁ、お前がそんなに良くしてもらえると思ってんのか?」

 

そして、正面から聞こえる声。聞き覚えがあるものだが……陽にとってはそれは絶対に聞こえてはいけない声であった。

霧の中から声の主は姿を現す。自分の真正面に同じ様に鎮座して座っていた。

 

「……俺?」

 

「そう、俺はお前でお前は俺だ。言葉遊びなんかじゃ無く……正しく、月風陽そのものなんだよ」

 

突然現れた自分を自分と名乗る男。しかし、その声や仕草……認識している癖まで全て自分と全く同じであり、陽は困惑していた。

 

「お前……何で外の世界で家族がほとんど一緒に過ごして無かったか分かるか? お前が気持ち悪いからだよ……嫌っているからこそお前は家族に見捨てられたんだよ」

 

「……見捨て、られた……」

 

陽と瓜二つの男……いや、最早もう一人の月風陽と言って差し支えない程全てが同じ男は喋る。

 

「そうさ。お前の家族はきっとお前の能力を見て気持ち悪がったんだ。だからある程度育ってから段々と放置していく様になった」

 

「け、けど……紫達はそんな事……」

 

「しないって言えるか? そもそもお前の今の姿見てみろよ……本来は人間であるはずなのに鬼と精霊と一つになれるという異質な力を持っている。

そんな男が気持ち悪がられないとでも思ったか? んな訳無いだろう……いずれ八雲紫達からも忌み嫌われる……お前は誰からも好かれず、全ての人間から嫌われ、呪われ、恐怖される存在なのさ。

そうだろ?()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━━陽? どうしたの?」

 

「っ……え? ご、ごめん……何か言った?」

 

「いえ……何だかぼーっとしてたから……」

 

気付けば周りに霧など無く、隣にはちゃんと紫がいて船頭には小町が乗っていた。今までのは白昼夢なのだろうかと、思い出すと少し体が震えていた。

 

「お前さん、何か思ってることがあるんじゃないのかい? ここの川は心に何か思うところがあるやつを逃さない、あんたは川に自分との話し合いを求めさせているのさ。

さぁ、だべっている間に時間も距離も進んでいく……着いたよ。ここが閻魔……四季映姫・ヤマザナドゥ様がいる裁判所だよ。

本来ならば死人と死神しか入れない場所だが、あんた達は特別さ。さ、入った入った」

 

陽の目の前には大きな建物があった。これからそこにいる閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥに会いに行く。紫がその人物にどうさせようかというのは分からない。

だが、元に戻る為には藁にも縋る思いだった。だからこそ、手段を選べない、という事で陽達はその建物に入っていったのだった。

 

 



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魂の分離

彼岸からになり。


「……」

 

陽は閻魔と出会っていた。

裁判所の中に入り、小町が客室で待っていてほしいといったのでそこまで案内される中で偶然にも会ったのだ。

しかし、陽は目の前の少女が閻魔だとは気付いていなかった。自分よりも頭一つ分低い身長、その上陽は閻魔が男だろうが女だろうが関係無く歳を食っているものだと予想していたから余計に気付いていなかった。

だから━━━

 

「あ、四季様裁判終わったんですね」

 

「……えっ、閻魔なのこの子」

 

「初対面の相手に随分失礼な方ですね。なんなら今ここで裁いてあげましょうか?」

 

━━━四季映姫・ヤマザナドゥの第一印象を悪くする様な事を、彼は言ってしまったのだった。

 

「あははは! だよねぇ! やっぱり四季様もうちょっと身長とか伸ばした方がいいんじゃないですか? まだ若いんですから成長期も終わってないでしょうし」

 

「……小町、明日のノルマは0:00から翌日……つまり明後日の0:00まで働く事に変更しておきましょう」

 

「あ、ちょ……四季様すいませんでした!」

 

調子に乗っていた事に気付き、即座に土下座に回る小町。人間本気で焦ってる時の土下座は恐ろしく素早いんだな、と陽は他人事の様に考えていた。

 

「それで? 賢者八雲紫がよく分からない……気持ち悪いものを持ってきて私にどうしろというのですか?」

 

自分も被害に遭う事は全く考えてなかったので、映姫の言葉は陽に刺さっていた。

流石にこれは陽の自業自得だと紫は溜息を吐いて陽の頭を軽く撫でてから一歩前に出る。

 

「申し訳無かったわ閻魔様。更にもう一つ申し訳無いのだけれど……頼み事があるのだけれど聞いてくれないかしら」

 

「おや、八雲紫の能力ですら出来ない事もあるのですね。

恐らく彼関連でしょうね……頼み事はそうですね……『そこの彼の魂を元に戻してほしい』といったところですか?」

 

陽は息を飲んだ。まだ何も言ってないのに紫の、自分達のして欲しい事を看破する。やはり閻魔だから魂が覗けるのか、それとも心を読む術でもあるのかと陽は色々考えていた。

 

「えぇ、その通りよ。やっぱり……彼の魂が凄い事になっているのが分かるのかしら?」

 

「分かるも何も……目の前で三つの魂が混ざっているのでは無く、複雑に絡み合ってるのなんて見た事が無いですからとんでもない、って事くらいなら分かりますよ」

 

やはり悪い状況だったのかと陽は改めて再確認していた。今でこそ少しの体調不良があるとはいえ、それだけだったので少し楽観視していたのだ。

 

「……一体、何をどうしたらこうなるのですか? 例え悪霊に憑かれていたとしてもこうなりませんよ。あれは元々の魂を押し退けようとするものですから」

 

「……となると、下手な悪霊に取り憑かれた時より酷いという状況なのね……ねえ、貴方の方から彼をなんとかできないかしら? 元々彼は人間……今彼の魂に絡まっているのは彼の式神みたいなものなのよ。

彼や私にとっても大切な存在……何とか出来ないかしら?」

 

紫がそう頼むと映姫は顎に手を当ててじっと考え始める。恐らく可能ではあるが、難しい……と考えている表情に陽には見えていた。

 

「……可能……そう、可能ではあります。しかしこれは……その事情を考慮すると物凄く慎重かつ、長時間の作業になりそうですね……ただ悪霊が絡まってるだけなら彼の魂だけを傷付けない様にすればいいだけですから」

 

「……長時間って、どのくらい?」

 

陽が恐る恐る聞き出す。慎重になればその分時間も増えるのは彼にも分かる。しかし、わざわざ『長時間』と言っているからには、かなりの時間を要するという事になるかもしれないからだ。

 

「……ざっと3日間……ぶっ続けでやった場合で理論上それが最短時間ですね」

 

「……3日間、ぶっ続け……」

 

陽も紫も……絶句していた。何せ3日間ぶっ続けでやり続けてようやくの最短時間と言っているのだから。

しかもそれはあくまで『理論上での最短時間』なのだからどう考えても倍以上の時間は掛かるのだろう。逆にいえば、陽の容態は二人が思っている以上に酷い状況という事になる。

紫は陽以上には深刻に考えてはいたものの、流石にそこまでの時間を労するとは思ってもみなかったのだ。

 

「しかも、途中放棄が出来ないですから……理論上可能ではあっても現実的には不可能という事になりますね。

さすがの私も仕事を放棄する訳にはいきませんから」

 

「……他に、治せそうな人物はいないかしら?」

 

「……そう言えば西行寺幽々子にはもう相談したのですか? 私より彼女の方が治せそうな気がしますが」

 

そう言って紫は苦笑する。どうやら彼女では無理な様だと言いたい様で、映姫は何となくそれを察して考え出す。

しかし、どれだけ考えてもいい案が思い付かなかった。他にもレミリアに任せる、魔法使い組に任せる等と色々な案が出されたが、全て誰かの拒否が入った。

 

「……やはり西行寺幽々子に任せた方がいいのではないでしょうか?」

 

「……そう、ね……少し心配だけど彼女に任せてみようかしら……」

 

という事になり、紫達は白玉楼に行く事になった。

そうと決まればここに既に用がないので、帰ろうとして立ち上がって部屋を出た矢先、陽だけが映姫に止められた。

 

「……貴方は、地獄に送られない様に気を付けて下さいね。

こんなところに送られるのは大体『何者かを殺した』という人物だけが送られてきますから。

例え……何があっても『誰かが傷ついて周りが見えなくなる程怒っても』絶対に……人を殺してはいけない」

 

「へ? は、はぁ……?」

 

少し陽は困惑していたが映姫はそんな陽を放っておいて着ている服のポケットから鏡を取り出す。

 

「これは浄瑠璃の鏡といわれるものです。これは本来罪人の罪を暴くもの……これの前ではいかなる嘘も通じません。

だからこそ……罪なんて作っちゃいけませんよ」

 

そう言うと映姫はそのまま紫の進んだ方向とは真逆に廊下を進んでいく。一体なんだったのか、と陽は困惑していたがとりあえず映姫の忠告だけは頭の中に叩き込む様に覚えておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……すぐに来た訳だけれど」

 

「えぇ、事情は閻魔様が教えてくれたわ〜。彼を治したいのよね〜」

 

彼岸からすぐさま紫のスキマを使って白玉楼まで飛んできた。

しかし、やはり一度三途の川を渡って裁判所のある側とは反対側に行かないといけない様だ。

その間に映姫は幽々子に連絡を取っていた様だ。それなら話が早い、と紫は飛び出す様に幽々子に迫った。

 

「そ、それじゃあ早く治してくれないかしら?」

 

「わ、分かってるわよ〜……けど、今からやる事に絶対に口出ししちゃ駄目よ?」

 

真面目な顔付きになって紫に確認をとる幽々子。一瞬紫は躊躇ったが、陽を治す為だと深く頷いた。

 

「それじゃあ……彼には死んでもらうわね♪」

 

「え━━━」

 

その言葉の真意を聞き出す前に陽は意識をブラックアウトさせてその場に倒れ込んだ。

一瞬の出来事だった為に紫すらも少しの間呆気に取られていた…………が。

 

「ゆ、幽々子!? あなた何をしたのか分かってるの!?」

 

「落ちつきなさい紫、これが一番手っ取り早いのよ。それに……ほら、見てみなさい、彼の体を」

 

「へ……?」

 

幽々子の胸倉を掴んでいた紫だったが、幽々子に言われて陽の体を見る。すると、陽の体から赤い炎と青白い光が吹き出して、陽の体を挟む様にしてその二つが左右でそれぞれ人の形を成していく。

 

「……あ、あれ……? ここは……白玉楼? なんで私達こんなところにいるの?」

 

「……最後に記憶があるのは、例の蛇男との戦いの時ですね……私達は死んでしまった……訳では無さそうですね。紫、これは一体どういう状況ですか?」

 

━━━陽鬼と月魅の二人だった。どうやら陽が死んだ事で強制的に憑依が解けてしまった様だ。

しかし、元々の目的が叶ったとはいえそれの為に陽を殺す事は無いのでは無いのか? と思った紫だったが、その直後に━━━

 

「う、うぅん……? 何か今また三途の川に行っていた様な……?」

 

「っ! 陽! 生きてる? 体になんとも無い!? この指何本に見える!? 私の事分かる!?」

 

陽が起き上がった。それを確認した瞬間に紫は陽に抱き付きマシンガントークの如き早い口調で陽に質問攻めにしていた。

その様子を一部始終見ていた妖夢は幽々子に視線を向けて質問していた。

 

「……幽々子様、貴方の能力で彼を一度殺した事は理解しました。ですが、それ以降がよく分かりません……なぜ彼は死んでから元の姿に戻ったんですか?」

 

「簡単な事よ〜

生きている内に絡まり合い貼り付き合っている魂をきちんと元の姿に分けたいのなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()〜」

 

「……しかし、こんな事をすると閻魔様からの小言がうるさいのでは?」

 

妖夢の質問に対して依然として表情を変えずに幽々子は微笑んで答える。

 

「一度死んでも復活する事なんて沢山あるわよ〜今回も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事なんだから私が動く理由が無いわ〜」

 

「……はぁ、一応彼に今から雑炊を作ってきますね。一時的にとはいえ死んだ事は変わりありませんし消化にいいもので暖かいものを食べさせないといけませんから」

 

「えぇ、頼むわね〜」

 

自信の主の奔放さに呆れながらも妖夢はそのまま台所に向かう。それを見送った幽々子は再び紫達に視線を向ける。

そこでは未だに紫が陽の心配をしている場面が展開されていた。その光景を見て幽々子はこう思った。『仲睦まじいわね』と。

 

「ゆ、幽々子……その……」

 

「お礼は要らないわ〜そもそもその子一回私が殺してるんだから寧ろこっちが申し訳無いくらいなのよ〜」

 

「え、俺一回幽々子に殺されてんの?」

 

そしてようやく真実を陽は知った様だ。しかし、幽々子を感謝こそすれ恨む様な真似をしようとは陽は思わなかった。

生きている間に無理なら死んでからすればいいという合理的な考えを彼は理解していたからだ。

勿論それを本当に実践するとは思わなかったし、恐らくこんな事が出来るのは西行寺幽々子ただ一人だろうと思っているが。

 

「そうなのよ〜今妖夢がお粥作っているから食べていってちょうだい〜」

 

「お粥!? 食べる食べる!! 私何でか知らないけど物凄くお腹減った!!」

 

「貴方は白玉楼の財政も白玉の如く真っ白に染めるつもりですか……いえ、私も何故かとても腹が減っているので出来れば頂きたいです……」

 

幽々子は微笑んだまま了承する。相変わらず真意が分からない、と陽は思っていた。さとりでもない限り絶対に分かる事は無いだろう、とも。

しかし今は助けてくれた事には感謝していた。ここまでされて感謝の一つもしないほど非常識な人間じゃないと思いながら陽は幽々子に軽く頭を下げる。

既に陽鬼と月魅は屋敷に上がっており、お粥が来るのを今か今かと待ち焦がれていた。

 

「……そう言えば、俺も……腹、減っ━━━」

 

不意に、陽の視界が真っ暗に染まる。そして、暗くなった直後に意識も何かに持っていかれる様にブラックアウトした。

 

「……よ、陽!?」

 

「落ち着きなさい、紫……今の死亡と蘇生がすぐに来たせいで彼の魂に負荷が掛かっていたのよ、そしてそれが今になって体にも影響を与えた。

そもそも彼憑依が解ける前から結構顔色悪かったじゃない。多分妖力や霊力を消耗し過ぎたのよ。

今は寝ているだけだから寝かせて上げなさい……せめてお布団くらいは貸して上げるから、それを使って彼を寝かせてきなさい」

 

「え、えぇ」

 

『寝ているだけ』というのを信じて紫は屋敷の奥まで移動する。そして陽を敷いた布団の上に寝かせて上から掛け布団を掛ける。

そしてしばらくしてから紫は立ち上がって陽鬼達のいる部屋に向かった。

 

「陽の様子はどうだったー?」

 

「えぇ……ぐっすりおやすみになってるわ。よほど疲労が溜まっていたのね……当たり前だろうけど……あれだけ長い時間、それも二重憑依を行ったのだから」

 

「今は休ませて上げましょう〜お粥は妖夢がどうせいっぱい作ってくれるし〜」

 

そういうと台所からいい匂いがしてくる。陽鬼は目を輝かせながら今か今かとソワソワと待っていた。

 

「……さて、彼が目覚めるまで……というか、もう夜遅いのだからせっかくだし泊まっていけば〜? どうせ彼が目覚めるまで待たないといけないだろうし〜」

 

「うーん……そうね、お言葉に甘えるとするわ。陽鬼達もようやく解放されて多分疲れているだろうし……ね」

 

「なら決まりね」

 

今夜は泊まる、となれば連絡がいると紫は藍に連絡を飛ばす。勿論スキマで、である。

陽が目覚めるまで……恐らくは朝まで起きないというのは予測しきっているので紫としては全く問題無かった。

そして、白玉楼での夜は更けていったのだった。




陽の死亡回数:1
まぁ複数回死ねる人間なんて普通いませんけどね。


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新キャラです。


暗い暗い場所に彼はいた。

自分の姿は見えず、声も聞こえず、歩いているのか飛んでいるのか分からない様なフワフワした様な感覚。

とりあえず前に進もうと足を進める。しかし景色は変わらず進んでいるのか分からない、もっといえばそもそも自分の体が動いているのか分からなかった。

気付けば目の前にドアがあった。視認した途端にそのドアは開いた。いや、もしかしたら自分が開けたのかもしれないとあやふやなものになっていた。

 

「おとーさん……おかーさん……また遊んでくれないの……?」

 

声がした。声の方向に視線を向けると小さな女の子がいた。燃える太陽の様な赤い髪の女の子。

知っている。彼はその少女を知っていた。だがその家の中にいても彼女やその家族に自分をなぜか視認する事は出来なかった。

 

「みんな嫌いだ……ずっとずっと落ち込んでる様なこんな村は私は嫌いだ……」

 

そう言いながら彼女は家を出た。そのまま歩きながら村を出た。誰も気にしない、気にも止めない。

気付きはしていたが関わる程余裕が無かった。そのまま少女は村の洞窟を出ていた。

彼だけは追っていた。いや、足は動いていなかったのかもしれないが彼には追っているという自覚があった。

彼女は旅をしていた。何年も、何年も……彼女は人間じゃない。故に人間よりも長い時間を生きていた。

人間の街を見たり、色々な人間を彼女は見ていた。悪い人間もいればいい人間もいた。彼女に優しくする人間もいれば厳しくする人間もいた。勿論畏怖する人間もいれば尊敬する人間もいた。

そんなこんなで時間が過ぎた、何十年、何百年と時間が経っていた。

 

「……何これ」

 

彼女は久しぶりに村に帰ってきた。自分すらも嫌悪していた村に。

しかし、村は無かった。ボロボロに崩れ、燃やされた様な跡もあった。彼女は走った。村の中を、手当り次第に家に入っては中を捜索した。色々なところを探し回って、村の奥の奥……村長の家に『それ』はあった。

 

「ぁ……あぁ……あ、あぁぁぁぁぁぁ……うわああああああああああ!!」

 

幾多数多の骨、骨、骨。首と思われる部分に縄が結ばれ、掛けられていた。それらが広い屋敷のありとあらゆる場所の天井からぶら下げられていた。

少女は逃げた。何もかもから、いろんな物事の全てから。逃げ出して洞窟を抜け出した、その瞬間に足が不意に動かなくなった。

倒れた体、そのまま何も動かなくなる。疲れからじゃない、足がもつれて転けた訳でも無い。

少女はその時に気付いた。洞窟には異臭が漂っていた。最初それは燃えたりボロボロになってたりした家の匂いだったのではないか? と。

しかし、そうではなかった。簡単な事なのだ、異臭という事はつまりは体に害をもたらす様な『毒』が流されていたのだと。

 

「ぅ……あ……」

 

しかし彼女は歩いている様な錯覚に陥っていた。動かなかい体を左右に少しだけ揺らす様にだけしか動けない。それだけでも彼女は歩いている気分になった。

しばらくすると、彼女も動かなくなった。だが、彼女の体は止まった瞬間に霧散した。何故かはこれの一部始終を見ていた陽にも分からなかった。

 

「うぁ…………歩か、ないと……」

 

一瞬、世界が暗転した。そしてしばらくして彼女は倒れた場所とは別の森へと出ていた。

だが、彼女はそれにも気付く事無く歩き続けた。自身の体の事を全く気に掛ける事無く。全てを気にせずにただ歩き始めた。

そしてそれを見届けていた彼の視界は段々と眩しい光に包まれていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が開けた。空は暗い、真っ暗闇だった。瞬く星々の光に照らされているかの様に空には一面の星が輝いていた。

そして、目の前には一人の男と一人の女性がいた。長い銀の髪を靡かせて男の後ろを静かについて行っていた。

格好から察するにメイドなどの類だと彼は認知した。

 

「……この店に入るぞ」

 

「はい」

 

男に命じられるがまま彼女は男と同じ店に入っていく。男は彼女だけに金を払わせてすぐさま別のところへ、別のところへと店を渡り歩いた。

彼女は従うだけ。文句を言わず、考えず、感じずと言った最早人間を捨てたかの様なものに成り下がっていた。

男はふと空を仰いだ。それに釣られて彼女も仰いだ。その視線の先にあるものはなんなのかと陽も仰いだ。

青い星だった。まばらに白と緑の色が良く見える……地球だった。そして陽はここでようやく気付いた。ここは地球のどこかでは無く月だったのだと。

 

「……ふん、醜い星だ」

 

男は地球を嫌っていた。だが、その目は地球に対して羨望の眼差しで見ていた。

そして彼女は自身の事は何も考えず、相手の事を何も考えず、ただただ付いていくだけだった。

 

「あっ……」

 

彼女はよろけて倒れてしまった。足がもつれた、何かに躓いた……では無く、体に力が入らなくなってきたのだ。そして、こけた彼女をただただ冷たい眼差しで見ながら一言言った。

 

「……またか。前に変えたばかりだろう……そろそろ体だけの交換ではなく……女を変えるしかないのか……」

 

男のセリフは彼女に聞こえていなかった。

男は彼女を荷物ごと抱き抱えると歩き始める。街から外れ、都市から外れ、鬱屈する様な場所に出る。そこには大量の人の様なものが捨てられていた。

男は彼女をそこに捨てると後は荷物だけを持って帰っていった。彼女は眼前に輝く地球を見ながら手を伸ばす。殺風景な月では無く色とりどりの地球に行きたいといわんばかりに。

 

「ぁ……!」

 

彼女は歩き出していた。何かに導かれる様に、ゆっくり、一歩一歩着実に歩んでいき……足が地面から完全に離れ、彼女が浮いたかと思えばその姿は消えていた。

そして、彼女が再びその体に重力を感じたのはその目に周り一面緑色の竹林を確認したからだった。

そこで彼女の意思は途切れていた。そして、彼女が再び倒れたその瞬間に世界もまたブラックアウトしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いただきます」

 

少年がいた。泣きもせず、笑いもせずにテーブルに置かれた料理を食べていた。

陽はこの光景を知っていた。自分である。最早見慣れた光景そのものだった。自分にも、他人にも興味が無くなり、機械的かつ事務的に一日の行動をしていく。

飯を食べ学校に行き、勉強をして家に帰る。また飯を食べて風呂に入り、就寝する。毎日毎日その光景の繰り返し。

 

「…………」

 

だが、そこまでだった。ひたすらその光景を見せつけられた後に突然世界が真っ黒に塗り潰された。

 

「━━━」

 

何か、声の様な物を陽は聞いた気がした。しかしそれが何を言っていて、何を指し示しているのかは聞き取れなかった。

瞬間、世界が眩く輝いたかと思えば先程と同じ光景……とはまた違った光景が広がっていた。

 

「ほら、今日はあなたの好物を作ってあげたわ」

 

「ん、ありがとう母さん」

 

「お、美味しそうだなぁ」

 

テーブルに料理を並べる自身の母親、読んでいた新聞を畳んで料理を眺めていく父親、そして返事をする陽自身。もし違った未来があればこんな風なのだろうか? とその景色を目の当たりにして感じ取っていた。

 

「おはよう白土、杏奈ちゃん、東風谷」

 

「おう、おはよう」

 

「おはようございます!」

 

「おはようございます、月風君」

 

黒空白土、黒空杏奈、東風谷早苗。三人と共に通学路を談笑しながら歩いていく。

一人じゃない、『友』と言える様な存在と街を歩く。こういう未来があったのなら……と思わなかった訳では無かった。昔はともかく今なら、考えてしまう事もあった。

そしてまた景色はブラックアウトし、一人の『男性』が映し出された。

 

「……」

 

一人で黙々と飯を食べている男性。しかし、景色は今までの家と変わらず……そしてこの男性は陽は見た事が無かったがそれへ()()()()()()()()()()()()()()

学校から会社に変わっただけで何も変わっていない生活。つまりは前のまま幻想郷に行かなかった場合はこうなるのだろうというものだった。

 

「━━━どうですか、あなたはどんな夢を好みますか」

 

世界が割れ、聞こえてくる声。

後ろから聞こえてきたので振り返ってみれば、そこには大きな人型の何かがいた。

男性とも女性とも区別のつかない顔や声。しかし今声を発したのでとりあえず意思疎通は出来る生き物の様だと理解した。

 

「……どんな夢も好まない。俺は俺だけの、現実を好む」

 

「しかし内心は誰かと繋がっていたい、最後に見せた夢の様な寂しい人生は送りたくない、と感じていますね? 自分の意思に矛盾させる様な事を言うのはやめておいた方がいいですよ。

少し前の……あの惨めな自分にはなりたくないでしょう」

 

陽は能力を使って刀を一本作る。その刀の切っ先を謎の人物に向けて構える。次余計な事を言えば殺す、と言わんばかりに。

 

「……自分が何故色々な武具を使えるのか……気になった事ありませんか? それに……周りのものの認識がずれている事……それが気になった事ありませんか?」

 

「……」

 

表情こそ変わらなかったが、陽は確かに言われてみれば不思議だと感じた。よくよく考えてみれば初めから刀や銃の扱いが素人のそれではない事がおかしいのだ。相手の言う認識のズレが何なのかが良く分からないが。

 

「月風陽……貴方は彼岸に行った時、その目的を忘れてただ四季映姫・ヤマザナドゥに絡まって一つになっていた魂を分離させる事を目的として認知していませんでしたか?」

 

「は? そりゃ魂を分離しないといけないんだから━━━」

 

ここで陽はある事を思い出していた。そう、二重憑依を解けさせる為にスペルカードを作り、そしてなぜ妖怪を憑依させる事が可能なのかという話になったところまでは思い出せて良かった。

そして、考えてみれば()()()調()()()()()()()()()()()()()()と思ったのだ。

しかし、同時に治す為に向かった……という記憶もあった。

 

「……お前、何者なんだ……」

 

「私に名前はありませんよ、どうせならホライズンとでも呼んでください。マター・ホライズン、でお願いします」

 

ホライズン、意味は確か地平線だと陽は認識していた。地平線を名前に持ってくる辺りこの人物は余程の自信家なのかナルシストなのか。

それ以前にマターという単語も持ってきている。名前の直訳としては地平線の物事となるのだが全く意味が分からないと陽は思っていた。

だが、本名を問い質そうとしたところで意味は無いだろう、何せこの場は夢なのだから。

 

「ふふふ……一応言っておきますが、さっきの夢も、認識のズレも全て私の能力によるものです……まぁ、能力の詳細は今言ってしまうと面白くありませんからね、敢えて言わないでおくとしましょう」

 

「……どうせ、夢を操るとか思考を操るとかいう能力だろうが。実際夢なんていうのも頭の中で行われるもんだしな。

俺や紫の目的が少しだけズレたのも……」

 

「残念、思考を操る事は私には出来ませんよ。魂を分離するという目的も、前世を調べてみようという目的も……全て貴方が『まず最初にやらなければならない』と感じたものなのですから。

それと同じ様に家族や学友と楽しく過ごしている貴方も、歳をどれだけとっても独りで過ごしている貴方もまた全て同じ貴方何ですよ。

夢なんかじゃない……ある意味、全て現実の貴方ですから。まぁ……本当に貴方が貴方なのかどうかが証明出来ないのでそれを言われたら何も否定出来ませんけどね」

 

「いい加減に……しろっ!!」

 

そう叫んでホライズンに飛びつく様に飛んでから、勢いよく刀を振り下ろす陽。

しかし、それが届く前に陽の視界は真っ白に染まっていく。まるで夢から覚める様な光景。だが陽は今まで見た事、そして陽の目の前に現れた人物の事をただの夢として片付けられなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

目を覚ますと陽は白玉楼の布団で寝ていた。何故ここに来たのかまで覚えているが、いつの間にか自分は寝てしまっていたのかと頭を抱えたい気分になっていた。

だが、両手を掴んでいるそれぞれの人物がそれを邪魔していた。

 

「……陽鬼と、月魅……」

 

夢で見たあの光景、本当ならこの二人は既に死んでいる事になる。陽からしてみれば例えそうだったもしてもそれは特に関係無くいつも通り接するだろう。だが、二人はその事を分かっているのだろうか。月魅は覚えているかもしれないが、陽鬼にはこの事は思い出させたくなかった。

撫でたいが、それぞれが陽の右手と左手を掴んでしまっているので撫でる事すら叶わない。

これからは寂しい思いをさせない様に、もうちょっとだけ構ってあげようと陽は考えていた。

 

「……二人とも、もうちょっとだけ俺の事情に付き合ってくれ」

 

良く分からない者に狙われやすいからな、力を貸してくれ。と付け加えた上で陽は空を仰ぎ見る。

澄み渡った、雲一つない晴天がそこには広がっていたのだった。



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人の身なんて

夢から覚めました。


「あら〜おはよ〜よく眠れたかしら〜?」

 

「お陰様で……まだ横の2人は寝ぼけてるけど……」

 

目が覚めた陽は月魅と陽鬼の手をひいて居間まで歩いてやってきた。部屋に入った瞬間に幽々子に声をかけられて軽く返事を返す。両手が塞がっているので月魅か陽鬼が開けてくれているのだが何故かそれを見てニコニコしている幽々子を見て陽は恥ずかしくなっていた。

 

「……ところで、紫や妖夢は? 見当たらないけど……」

 

「妖夢は朝の修行よ〜、紫の方はさっき起きて顔洗いに行ったわ〜」

 

それを聞いて顔を洗いに行くことを思い出した陽は自分も顔を洗いに行こうと洗面所へと足を向けようとする。

 

「……にしても、随分と面白い夢を見ていた様ね〜」

 

「っ!」

 

その言葉で驚いて咄嗟に寝ぼけた頭が一瞬で覚醒して後ろに振り返る陽。何故夢の内容を知っているのか、幽々子がそんな能力を持っているなんて陽は聞いた事が無かった。

 

「……俺、そんなにハッキリとした寝言でも喋ってたか? それともあんたには紫にすら喋っていない第2の能力があるとかか?」

 

「さぁ? 何故かしらね〜……ただ、夢を見ている様な気分になるという話は本当、という事だけ私は理解したわ〜」

 

陽の予想通りに綺麗にはぐらかされた。もはやどう聞いても期待する返事を返す気は無いだろうと陽は思っていた。だから、もう何も聞くまいと思って溜息を吐くと幽々子が何やらニヤニヤしているのを見ても何も言わなかった。

 

「けれど……何かあっても助ける、とまでは行かないけれど手助けくらいならしてあげてもいいわよ〜」

 

「……手助けって、例えば?」

 

「そうね〜……貴方が望めば、妖夢を師匠にして特訓させて上げるわ。だって貴方……かなり弱いでしょ?」

 

ハッキリと言う幽々子に陽は反論したいところだが、実際問題本当に弱いのだから何も反論が出来なかった。

 

「それに、貴方が刀や銃を扱える事をちゃんと知る機会も答えを出さないといけないわね。その手伝いでもいいわよ?

選ぶのは貴方次第、両方ともやりたいか、両方ともやらないかでも構わないわ 」

 

「……俺が何で扱えるのか理由を知っているのか? それとも単純に調べる手伝いだけする、って意味なのか?」

 

「それは聞くものじゃなくて考えるものよ〜、貴方自身が答えを見付けなければいけない……体力や筋肉をつけるだけじゃ戦えないから意味無いのと同じ事よ」

 

幽々子のいまいち分かりづらい言葉を聞いて、その意味を考え始める陽。その様子を見ながら微笑んでいる幽々子。そしてそれらを眺めるいつの間にか部屋に戻ってきていた紫。

不思議な顔をしながら幽々子と陽の両方を交互に見ていく。

 

「……え、何……二人で何の話してたの?」

 

「さぁ? 男の子って可愛いわね〜って話よ〜

お母さんはそろそろ長女の藍ちゃんにご飯の作り方でも教えて貰ったらどうかしら〜」

 

「誰がお母さんよ……私はまだ子供の1人も産んでないし藍も橙も陽達も子供みたいなものだけれど、子供じゃないわよ。

って、そういう事じゃないわよ……からかうのはやめて頂戴」

 

そうツッコミを入れる紫。しかし、それでもいつもの調子を変えずにニコニコと笑っている幽々子。相変わらず人をからかうのが上手い、と紫は呆れ半分で溜息を吐く。

 

「あ、そうそう……妖夢はまだ戻って来ないのだけど見てないかしら〜?」

 

「へ? 妖夢? さっき台所にいたのを私見かけたわよ? ってそう言えば陽? 陽鬼達はどこに行ったの? 確か貴方と一緒に寝てた筈だから一緒に行動しているもんだと思ってたんだけれど……どこにいったの?」

 

声を掛けられて一瞬陽は意識を紫達に戻したが、そういえば陽鬼達はどこに行ったのかと再び考え始める。幽々子に声を掛けられる前、つまりは顔を洗う為に部屋を出ようとした瞬間まではいたことは彼は覚えていた。

つまり声を掛けられた後、二人は自分で顔を洗いに行ったのではないかと陽は予測した。

それを言おうと視線を紫達に戻すが━━━

 

「……あれ? 紫? 幽々子?」

 

2()()()()姿()()()()()()()。幽々子はともかくとして、紫がわざわざ質問しているのに姿を消す事なんて無い。一応紫のスキマなら音も無く移動する事も可能ではあるが、今そんな事をして驚かせようとするメリットが全く無いからである。

つまり、何かあったので移動したのか? となるが彼は即座にその考えを否定した。ならば一言でも何か言うはずだからだ。聞いていない、という線も一応捨てきれてはいないと心に留めているが。

 

「おーい、紫ー? 幽々子ー? 妖夢ー? 陽鬼ー? 月魅ー? 皆どこいったんだー?」

 

どこからも、誰の声も聞こえてこない。流石に妖夢や陽鬼達の返事が聞こえない事はおかしいと思い、陽は屋敷内を探索し始める。しかし、人の気配が全く感じられなくなった屋敷内を探し回っている内に、彼には一つだけ疑問点が浮かび上がっていた。

何故急にいなくなったのか、何故ここまで音が無いのかという事である。そして、彼が考えている時に暗く影がさした目の前の廊下の空間から声と足音が聞こえてくる。

 

「━━━誰もいなくなったのは別の空間に飛ばしたから。お前を一人にしたのはそうでもしないと邪魔が入るから。それ以上の理由が必要か?」

 

「……白土か」

 

暗闇から姿を現したのは彼の旧友であり、今は殺し合う仲でもある黒空白土だった。

何故ここに来れたのか、そして何故自分たちがここにいる事を知っているのか。それらの疑問を問い質したい気持ちにもなったが、今はそんな事を喋っている時では無かった。

 

「……全部、お前がやったのか?」

 

「おうよ、ちょっとばかし時間が掛かったが……全員隔離したって訳だ。この屋敷には何重もの結界が貼られててな? んで、一枚目の結界の内側にはあの半霊剣士、一枚目の内側に存在する二枚目の結界にはお前の━━━」

 

陽は白土がそれ以上言葉を口にする前に斬りかかっていった。だが陽はここまでされても峰打ちで終わらせようとしていた。

刀を自分が使える事には何ら違和感は無い、その違和感を考えている暇があったら斬りにかかった方が早いからだ。

 

「っと危ねぇな……一応言っておくがいくら待ってもお前に助けは来ねぇぞ? 自称神と蛇野郎が足止めして行ってるしな。

それに、それで足りない分が補える訳じゃねぇがな……八雲紫さえ止めれれば充分だ」

 

「だったら、お前を気絶させれば早い話だ。それだけでも結界は解かれるしな」

 

「そんな簡単に切れる様な結界じゃねぇよ、こいつは。気絶するだけで結界が消えるなら……今頃幻想郷は大結界が外れている頃さ。俺を気絶させても無意味だ、やるなら……徹底的に殺す事を考えるべきだな。峰打ちじゃあ狩れるもんも狩れないからな」

 

陽の剣戟を白土はひたすら躱していく、見切っていると言わんばかりに。

避けられる事が分かったのか、陽は両手持ちだった刀を片手で持ち替えて篭手を腕にはめ込むような形で作り出す。

そして、そのまま白土に特攻をかける。

 

「血迷ったか! 俺の能力はお前の能力の上位互換だって事忘れんじゃねぇぞ!!」

 

そう言いながら白土は紙切れ1枚から大振りの大剣を作り出す。此処は狭い廊下であり、大剣を避ける事は容易では無かった。しかし、陽は大剣に対して一切避けようとする行動をしなかった。

 

「避ける必要なんか……無い!!」

 

「っ!?」

 

陽はピンポイントで白土の作った大剣を殴り壊す。金属が割れる音を聞きながら白土は焦っていた。

『何故ただの人間の一撃で壊れるのか』と。確かに、白土が把握している分の陽の限界を無くす程度の能力だったら、拳で鉄を粉砕出来る程のパワーを身に付ける事が可能だとは分かっている。

しかし、リスクも何も無しでその能力を発動出来るというのは彼は考えてなかった。能力が元々そういう能力だったのか、それとも能力が使っている内に進化したのか……その二つの可能性を白土は考慮し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、陽は自分が大剣を破壊出来た事に内心驚いていた。実を言うと彼は限界を無くす程度の能力を使わずに破壊していたのだ。

篭手を付けたのは腕を怪我から守る為、そのつもりだったのだが、存外破壊出来た事に疑問を抱いていた。

咄嗟だったのだ。無我夢中で『殴り壊す』という事だけを考えていたら何故か破壊出来てしまっていた……という状況なのだ。

 

「……末恐ろしいな。あれだけの鉄の塊を叩き割るか。篭手を付ける意味があったのか? 破壊出来る程の腕力があるのなら……さすがに俺はお前に近接戦闘は挑めなくなっちまうな」

 

「とか言ってても大して驚いてないだろう? 内心『なら銃撃戦をした方が早い』と冷静に考えてそうだ」

 

お互いがある意味での腹の探り合いを繰り広げていた。鉄の塊を破壊する事なんて人間の体ではどう鍛え上げても難しいだろう。白土はその『人間を超えているであろう陽の力』を警戒し、陽は『破壊出来ない様に何か別のもので仕留めてくるであろう白土の力』を警戒している。

 

「…………っ!」

 

白土がナイフを勢いよく投げる。自分の筋力を能力で底上げしているので普通の投げナイフよりも速い速度で飛んでいく。その数5本。

 

「っ…………?」

 

しかしそのナイフは全て外れて陽の周りの襖や床や天井へと突き刺さる。一瞬何事かと警戒したが、スグに白土がナイフを陽の心臓目掛けて投げる。陽はそれを避けようと体を動かそうとするが━━━

 

「い゛っ……がっ!?」

 

動かそうとした部分の皮膚に何かが食い込む様な激痛によりワンテンポ避けるのが遅れてナイフが刺さってしまう。しかし、多少狙いが外れたのか右胸に突き刺さってしまう。

 

「……心臓からズレたとはいえ、それで立ってられるってお前なんだよ……いつの間にそんなに丈夫になった?」

 

「ごぽっ……はぁはぁ……うるせぇ……」

 

「……血を吐いたって事は少なくとも肺辺りにダメージはあると思ってんだけどなぁ……そのまま放置してても死ぬ事は死ぬだろうけど……まぁいい、一応止めとして一発撃っとくか」

 

白土が銃を構える。その間に陽は皮膚に食い込んだ何かの正体を探っていた。食い込んだ場所をよく見てみると細い線の様な切り傷が入っていた。

 

「……糸か、糸で俺の動きを封じたのか……」

 

「そう、だがただの糸じゃない……ピアノ線って知ってるか?すげぇ丈夫でくっそ切れる糸のことさ。さっきのナイフ投げの時に何本か設置させてもらったぜ。しかも特別丈夫だからな、全身鎧で身を包んでいても最低でも鎧を斬れるくらいさ。ナイフも深く深く刺さってあるから滅多な事じゃ抜けることもないだろうな。

ま、もう関係無いが……な」

 

そう言って白土は銃のトリガーを引いた。そして、弾が発射されてから陽はその光景をまるでスローモーションの様に見れていた。

能力を無意識に使った…………という感じではなかった。『限界を無くす程度の能力』では()()()()()()()()()()()

この直線上だとどうやって糸に当たらず避けれるのか、そういう動き方が今の陽に取って手に取る様に理解出来るのだ。

 

「っ……?!」

 

「なんだと……?」

 

糸と糸の間の隙間が無い訳じゃ無かった。だが、幾ら見えていようともぶつからずに放たれた弾丸を避けるのはほぼ不可能だろうと白土は思っていた。

だが、目の前にいる陽はいとも簡単に避けたのだ。しかも糸の方を全く見ていないだろうと白土は感じ取っていた。

 

「お前……糸の位置を把握せずに避けやがったな? 直感、直感のみで糸も弾丸も避けるとかバケモノじみてんぞ……!」

 

そう言いながら白土は追加の弾丸を放っていく。

だが、陽は刀を作り出して糸を切っていく。勿論弾丸全てに当たらない様にしながらだ。

 

「……能力だけじゃねぇな。能力で強化されてるのかと思ってたが……幾ら何でも直感の限界を越えられたら溜まったもんじゃねぇぞ。お前……直感が未来予知並の能力身につけやがったな……さっきの大剣破壊も能力じゃねぇな。」

 

「……さてね、さぁどうする? お前の能力は通じないぞ? 何せ全部俺が壊していくからな」

 

「……うるせぇ、よ、!」

 

叫びながら又もや白土は巨大な棍棒を作り出す。周りに棘が大量に付いている押し潰すのでは無く重量を使って突き刺すタイプの鉄の塊。白土はこれならば破壊出来まいと考えた。

だが、仮にこれが破壊された時の事も彼は考えて敢えて棍棒を創ってそのまま空中に放り投げる様にしておく。

 

「っ!!」

 

陽は廊下では避けようが無いと篭手に包まれた拳を構える。だが、直感的にこの棍棒を叩き割るのは危険だと確信して、咄嗟に襖を突き破って部屋へと移動する。

その光景を見ていた白土は床に落ちる棍棒を見ながら一つだけ確信している事があった。

 

「……幾ら何でも、ナイフぶっ刺さったまま動ける人間なんていねぇよ。やっぱり人間止めてやがったか……」

 

そして密かに作り上げたチェーンソーを鳴らしながら白土は陽の入った部屋へと向かっていったのだった。



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捨てるべきものは何か

前回の続きです


鳴り響く機械音。吹かす様なエンジン音がまるで獣の吠える様な声に聞こえてくるかの様な錯覚。

白玉楼という広い和風の屋敷に似つかわしく無い荒々しい音。

 

「おらおらあ! またさっきみたいに砕かねぇのかぁ!? 逃げ回ってるばっかりじゃ結界なんていつまで経っても外せっこねえぞ!!」

 

追い掛けてくる少年、黒空白土。逃げ回る少年、月風陽。走って、走って、走ってどのくらい走ればよかったのか。立ち止まるなんて事は出来なかった。だが、白土の言う通りこのまま逃げてばっかりでもいられなかった。

結界自体は紫や幽々子が自力で何とかしてくれるだろう。だが、その前に白土を倒さなければ駄目なのだろう。

 

「だからと言って……」

 

既に刺さっていたナイフは抜いて捨てた。そして、傷は開きっぱなしになっていて少しづつ血が流れていっていた。このまま何もせずにいたらただ逃げ回って出血死するだけのなんとも間抜けな最後になるのだろう、と陽は冷静に考えていた。

だが、自分の能力をいくら使っても白土を超えるのは難しい。身体能力上では超えるのは簡単だが、能力ではどう足掻いても創造する程度の能力では、脆さが目立ってしまうのだ。

 

「おらおら! このままだと俺の思惑通りになっちまうぞ!? 俺としては大歓迎だがな!!」

 

チェーンソーを振り回しながら白土が叫ぶ。そんな事はとうの昔に分かっている。だが、仮に陽がチェーンソーを作ったとしても白土のには強度で負ける事はよく能力を使っている自分なら分かっている事だ。

ならば遠距離から何かすれば良いのでは? とも陽は考えたが、それでも駄目だった。屋敷としては広い白玉楼でも、部屋も廊下も他の家などと比べて特別大きい訳では無い。故に狙いは定めやすいが、逆を言えば物を両腕を大きく広げて持てる訳では無いので、瞬時なガードがしやすくなっているのだ。

事実、何度か拳銃を大腿や腕を狙って撃ってみたが、全てチェーンソーに弾かれている。

 

「もっと……もっと……」

 

『弾丸よりも早く動きたい』と切に願っていた。そうでもしないと、弾丸の速度すらも超えないといけないくらい素早く動かないと、白土に一矢報いる事が出来ないと理解しているからだ。だがそんな速度は人間の出せる速度では無い。

 

「人間……人間、か……」

 

陽は一つだけ考えている事があった。八雲邸の中において自分が一番弱いのでは無いか、と。

陽化や月化は陽鬼や月魅がいないと使えないスペルカードである。ならばそれ以外のスペルカードを使えばいいという話に落ち着いてしまうのだが、何故かどうやっても陽にはスペルカードが作れないでいた。

そして、自分自身では弾幕を作る事は未だに出来ないでいた。彼は戦いを好んでしたい訳では無かったが、しかし戦わなければいけない時もこの世界にはあると知った。

 

「……家族、をくれたのは紫だ。ならその紫を守れるくらい強くなれるのなら……」

 

『自分はどうなってもいい』

殺されたい訳でも無く死にたい訳でも無い。『誰かを守る為に』という願いの為になら『死んでも良い』という覚悟を決める。だが、死んでしまっては意味が無いから『死なない様に、殺されない様に強くなる』という願いを強く持つ。

故に、『死ぬ覚悟で』『死なない様に強くなる』というなんとも矛盾した願いとなる。

 

「っ……!」

 

「お? 遂に諦めたか? それとも俺を倒す算段でもついたか?」

 

「どっちでもないさ。諦めた訳でも無いが、別段お前を確実に倒す手段なんてものは無い。だからといって死ぬつもりも無い、お前を殺すつもりも無い。

お前、とっくに約束が守られる訳は無いって気付いてるんじゃないのか? 人質を取るような奴らは、人質に価値が無くなったらすぐさま殺す可能性だってあるんだぞ?」

 

その言葉に白土は今まで浮かべていた余裕の笑みを無くす。冷静な顔、でも無くキレてるという訳でも無い。ただ何も感情の無い顔である。

 

「だから見捨てろって? 家族に捨てられた奴は、家族を見捨てるのが当たり前なのか?」

 

「いや、そうじゃない。俺が言いたいのは━━━」

 

「いや、いいよ言わなくて。もうな、お前を殺して取り返せるっていうからやるだけなんだよ。俺はあいつを見捨てられねぇんだよ。

お前はどうなのかは知らないけどよ。家族がいない奴が誰かを守るだとか傷付けられたくないだとか言うなよ」

 

白土の持っているチェーンソーが拳銃へと変わる。そして、淡々とトリガーを引いて発砲してくる。

陽は限界を無くす程度の能力を発動させていた。動体視力と、それに追随する為の筋肉に。

 

「これで……っ!?」

 

一瞬で距離を縮めて白土の体を殴り飛ばそうとする。しかし、殴ろうと構えた瞬間に嫌な予感がして瞬間的に後ろへと飛んでいた。

飛んだ後、白土の方を確認すると白土の余ったもう片方の手には刀が握られていた。もし、あのまま白土を殴り飛ばそうと接近していたら瞬間的に生えた刀に心臓辺りを刺されていただろう。

 

「……その直感、何でそこまで高い直感を有しているのかはわからないが、要するに直感出来ていても体が追いつかない程の手数の量を御見舞してやればいい訳だ。

だが銃弾じゃあ駄目だな……散弾銃でいこう。いくらお前が素早く動いたとしても俺は殴れない。近付きそうなタイミングでもう一度同じ事をしてやればいいんだからな」

 

「…………」

 

宣言する白土。普通ならば自分の行動を宣言するのはかなり危険な行為である。ハッタリと取られるかそれとも挑発しているのかで別れるものだ。

しかし、今の白土では本当にそうするつもりだと言う確信が陽にはあった。幾ら何でも瞬間的に作られる物を壊せるほど白土の能力と相対した事は無い為、物を壊すタイミングを今は掴めていないのだ。

それ以前に、白土の能力ならいくら物を壊そうともその破片でまた新しいのが幾らでも瞬間的に作り直せてしまうのだ。

 

「……けれど、やるしかない」

 

例えどんな能力であっても、敵である以上は通らなければならない道なのだと陽は考える。

一瞬で生成されるのなら一々その生成に構っている暇は無い。無視して本体を殴りにいくのが一番の理想である。

ならばどうするか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……そうと決まれば……!」

 

やるしかない、と言わんばかりに突っ込んでいく陽。冷静に白土は散弾銃を生成して発砲していく。その散弾の1発1発を見切って自分に当たる分だけを弾いていく。

腕や脚に掠るものは陽はひたすら無視していく。多少の痛み程度なら我慢が出来るからだ。

 

「……お前からしてみれば本当に突っ込んでくるみたいだな。だがな、全て分かっていて本当に突っ込んでくるのは『特攻』って言うんだ。攻撃以外何もしない今のお前の事を指すんだよ……!」

 

そして、陽は白土の目の前まで辿り着く。そして、殴りかかろうとした時に先程と同じ背中にゾクリとくる寒気。しかし陽はその直感から来る寒気を無視して拳を進めていき……白土の顔の前で止まった。

 

「がはっ……」

 

「俺は同じ事しかしてないぞ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

陽の体に刺さる幾重もの刀。白土は散弾銃を撃っておきながら密かに手に紙を挟んでいた。その紙の全てが刀と化して陽の体に突き刺さった。

 

「左胸1本、右胸にも1本、腹に1本、多分食道辺りににもう一本……これだけ刺さってて死ななかったんだから晴れて人間卒業が確定だ、バケモノ」

 

そう言って白土は1本1本刀を抜いていく。そして、支えを完全に失った陽は地面に倒れ、そのまま血を流し始める。

 

「……後は、この首を持っていくだけか」

 

白土は刀の1本を斧に変え、陽の首筋に一度当ててから振り上げて一気に振り下ろした。だが、その一撃は陽の首を断つ事は出来ずに陽の倒れていた床だけを粉砕していた。

 

「……妖怪だろうと簡単に動ける様な怪我じゃないと思ってたんだがな……」

 

「……」

 

陽は白土の斧を避けていた。避けていたおかげで首と胴が別れなくて済んでいた。だが、避ける事が出来てしまっているという事は、あれだけの重症を負っていてもなお、動ける様な体になっているという事になってしまう。

 

「……よく見てみれば傷も塞がっているな。それも、完全にだ。さっきのナイフの分も無くなっているところを見ると本当に傷が治癒してるんだな」

 

「……そう、みたいだな。なら……お前の攻撃の大半は俺に通じない訳だ」

 

強がりだった。怪我が即座に治ったとしても、怪我を負う痛みのショックが無い訳では無い。ダメージが無くなった訳でも無い。流した血が戻って来る訳でも無い。

 

「はん……だったら……もういっぺん死ね!!」

 

そう言って白土は陽に向かって大量に紙を投げる。その紙は全てダイナマイトと化す。勿論、着火済みの。

前にも後ろにも、ましてや横にも避けられるような量では無かった。()()()()()()()()()()()()と陽は考えて動き始めた。目の前の白土に向かって、素早く真っ直ぐに。

 

「っ!!」

 

白土は即座に銃を構えるが、その一瞬すらも陽は逃さずに白土の銃に刀を突き刺した。これで白土はこのやりとりの間で銃を使えなくなった。

陽は即座にもう1本の刀を作り出してその柄で殴りかかる。だが、白土は手元に仕込んでおいた小さな針のようなものを取り出して、即座に大きな盾へと変える。

 

「ちっ……!」

 

陽の一撃は盾で防がれ、隙が生まれる。その隙を狙って白土は刀を突き刺された銃を斧へと変えて刀を叩き折る。

そして、そのまま陽の体を両断しようとするがそれは陽が盾を空中に作り出して防いだ。だが、そのまま力の限りを振り絞って振り抜き、陽を壁に叩きつけた。

 

「ぐっ……!?」

 

「はぁはぁ……なぁ、俺の能力だとこんな事も出来るんだぜ?」

 

そう言って白土は1枚のスペルカードを取り出す。陽はそのスペルカードに少しだけ見覚えがあった。

前に紅魔館の大図書館に訪れた時にパチュリーの側にあったテーブルに置いてあったのをチラッとだけ見たことがある程度だった。

 

「動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジが持っているスペルカードが一つ……火符[ロイヤルフレア]……こいつも俺の能力で作り出されたものだ。

だが、このままじゃあ俺は使えない。弾幕こそ使えるが本来スペルカードは自分の能力に依存しているものだからな。火を使う様な能力を持っていない……なら、こうしてみよう」

 

そう言って白土はそのスペルカードを握り潰した。そしてゆっくりと手を開くとそこにはロイヤルフレアと似た様な見た目、しかし明らかに違うスペルカードが存在していた。

 

「……名付けるなら、そう……改符[ローリィギルティ]とでも名付けようか」

 

他人のスペルを複製し、自分用にする為に改造。改めて陽は白土の能力のすごさを知った。

そして、白土はそのスペルカードを陽に見せつける様にしてそのまま宣言を始める。

 

「改符[ローリィギルティ]」

 

ロイヤルフレアは火の玉を作り出して相手に向かって放つスペルである。それが改造され、火の玉では無くどこからともなく現れたスパナやペンチ、ニッパーなどの工具達がまるで強力な磁石に引っ張られるかの様に集まっていき、玉の形を成していく。

 

「改造っていうのはな……工具が必要なんだよ。物の出力や見た目を変える為に改善、改悪なんて言われちゃいるが結局どれもこれも『改造』しているに過ぎない。

改めて造ると書いて改造。ならばその為に必要な道具そのものを全て使って相手を処刑する……それがこのスペルさ」

 

「……パチュリーのは綺麗な赤い炎を作るのに……お前のはただ鉄臭い黒い塊だな……しかも他人のを勝手に複製して作り替えるなんてお前は自己中の塊だな……」

 

壁にぶつけられた痛みとさっきの刺された分の痛みが体を駆け巡っている中、陽は笑いながら白土を挑発する。その挑発が癇に障ったのか白土の動きがピタリと止まる。

 

「……だから何だ? 元々スペルカードはイメージがあって作られるものだ。そのイメージ元がある以上、そういうのがある奴らも俺と同じようなものじゃないか?」

 

「何言ってんだ……イメージはあくまでもイメージだ……それを弾幕ごっこ風にしているだけまだいい方さ。お前のは、弾幕ごっこで使えるようにしたやつを真似て作った改悪……いや、一山いくらの粗悪品さ」

 

その陽の言葉に黙る白土。少しづつだが、痛みが無くなってきている陽は後少しだけ白土を煽ってなるべく痛みから体を逃れられる様にしようとしていた。

 

「……なら、その粗悪品に押し潰されて……死ね!」

 

だが、挑発が流石に過ぎたのか白土は陽に向かってスペルを放った。『流石に煽り過ぎたか』と思いながら陽は何とか体を起こしながら避けようとするが……その一撃は、壁を粉砕したのだった。




まだ、続きます。


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人外化

後始末と、別視点です


「……?」

 

鳴り響く轟音、壁に白土のスペルが激突して鳴り響かせている音。陽は体に痛みが走る事無くその轟音を聞いていた。

 

「まったく……何事かと思えば……なるほど、侵入者でしたか」

 

見えるのは白銀の髪、緑色の服と二刀の刀を持った半人半霊の少女。結界によって陽鬼達と共に別空間に隔絶されたはずの魂魄妖夢本人だった。

 

「何事かと思いましたよ……料理を作り終えて居間に戻ったら誰もいなかったんですから……最初こそどこか行ったのでは? と屋敷内をぐるっと見渡してみましたが誰もおらず、どこか出かけたのでは? と思いましたがそれなら幽々子様が一言下さるはず……何かおかしいと思い白玉楼の門を触ってみれば妙な結界が張ってある事に気付きましてね……」

 

「刀で結界ぶった切ってきたってか?無茶苦茶な奴だな……いや、それも半人半霊のなせる技ってか?」

 

妖夢の言葉に被せる様に白土が続ける。妖夢は白土を完全に敵と認識したのか刀の一本を構えて白土を睨みつけていた。

 

「半人半霊などとは関係無い……これは私が持っている技術だ。我が楼観剣(ろうかんけん)の一太刀の元に貴様を消し去る」

 

「確か……1振りで幽霊10匹分を屠れる刀だったな。そして短い方の剣は迷いを断ち切る白楼剣だったか?」

 

「貴様に対して白楼剣を使う事は無いな……貴様には、ただ斬られるという事を味わってもらおう……剣伎[桜花閃々]!」

 

妖夢がスペル宣言を行う。瞬間、妖夢が突進して横一閃の斬撃を繰り出す。白土はそれをバックステップで避けるが、その瞬間縦一閃の桜色の斬撃が白土の体を斬っていた。

 

「っ……!?」

 

「まだだ……人符[現世斬]!」

 

妖夢は更にそこからもう一歩踏み込み、もう一太刀浴びせる。だが、それだけでは終わらずそこから白土が勝手に切り刻まれていくのを陽は眺めていた。

動体視力を上げているのでようやく分かる事だが、妖夢は白土の目から隠す様に腕や体を使って刀を直前まで隠して斬っていたのだ。まるで直前まで斬られる事を悟らせぬかの様に。

そして、そのまま連続の斬撃を味合わせたところで白土を軽く背中で押し飛ばしながら再度スペル宣言をする。

 

「これでトドメだ……人鬼[未来永劫斬]!」

 

妖夢は再度白土に突っ込む。しかし、先程までとは違い縦一閃の斬撃を刀の峰で放ちつつ白土を上に飛び上がらせる。そして、そこから力強く一歩を踏み出して空中に跳び上がり、刀で目にも留まらぬ剣戟で一気に切り刻んでいく。そして、トドメと言わんばかりにそのまま上から斬って床に叩き落とした。

そして、そのまま妖夢も空中から華麗に着地を決めた。

 

「……この楼観剣の錆にもならないな。私に勝てない様では勝負は見えている。下がれ、雑魚が」

 

「そんな、おめおめと引き下がって……!」

 

「……どうにも刀の入りが悪いと思ったら、なるほど……貴様、自身の能力で自分の体を固くしていたのか。刀がまともに通らない程硬い体をしたやつなんてあの不良天人以外で初めて見た……それも、人間の身で楼観剣の剣戟を耐えきる程の硬度か」

 

立ち上がる白土にはそこまで深い傷は無かった。せいぜい切り傷と言えるくらいのものが体中に付いている程度だった。

それでも血は出ていて、身体中に痛みが走っているのだろうと陽はパッと見でそう感じ取っていた。

 

「へっ……もっとつえぇ打ち込みじゃねぇと俺の体は切れねぇよ。一太刀でどんな硬いものでもぶった切れる強さがねぇとダメだな」

 

「……いいだろう……ならば、その体を持って思い知らせて━━━」

 

と、もう一度切りかかろうとした妖夢を制止するするものが1人。水色の着物をまとっている女性、西行寺幽々子だった。

 

「妖夢、今は彼に構っている場合じゃないわ。彼も……私達や陽鬼ちゃん達が戦った相手すらも囮だったのよ。

西行妖の一部を奪っていく事……それが貴方達の狙いね?」

 

幽々子の言葉に妖夢は驚き白土はニヤッと笑みを零した。

 

「ライガの野郎が自分の能力の強化の為にあれが欲しいらしくてな……その時にここを襲撃するから出来ればついでに相手するヤツらを出来る限り潰していく事……それが今回の作戦だったらしいぜ? 囮、じゃなくて可能な範囲内での作戦決行……ある意味、俺には作戦失敗に近いな……」

 

「ついでに言うなら、西行妖の事以外に関しては完全に失敗してるわね。私達のところには殺しの神が……陽鬼ちゃん達のところには蛇がいたもの。

陽鬼ちゃん達は少し危なかったけれど……あの神だけは私1人で十分だったわ……私達を相手取るには貴方達自体の強さが足らないわね。おかげで気付く事が出来たもの、西行妖の異変にね」

 

「……魂すらも殺すライガの能力。だが生と死を司る冥界の姫様には勝てなかったって訳か……」

 

へへへ、と力無く笑う白土。そして、幽々子が1歩近づいた瞬間に白土の倒れている床が扉の様に開く。完全に予想していなかったのか妖夢や幽々子も流石に驚いていた。

 

「しまっ……!」

 

「じゃあな、陽……まだまだ俺はお前を狙える余地がある……だが、それはしばらく後って事にしておこう……お前を余裕に倒すにはまだまだ力が足りないからな……」

 

そう言いながら白土は床に出来た扉に吸い込まれていった。その扉は一人でに閉じて以降はただの床に戻る。

 

「……また、逃げられた……か」

 

「……しかし、楼観剣に対してのあの防御力。とてつもないものを感じますね、幽々子様はどう思われますか?」

 

「そうね……そんな事より、そこでボロボロの服を着ながら起き上がれそうにないくらいぶっ倒れている彼の介抱して上げるべきね。冥界で死んだら割とシャレにならないわ〜」

 

「え、あ……ご、ごめんなさい!! 忘れてました!!」

 

忘れてたのならしょうがない、と最早考える事も苦痛になり始めてきていたので陽はそのまま目を瞑って眠りにつく事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━━それで、貴方はここに常連と言わんばかりに通っている訳だけども」

 

「……返す言葉もございません」

 

永遠亭。最早入院した回数が重い持病を患っている患者なのでは、と考え始めている陽。そして永琳はただひたすらに呆れていた。

病気ではなく怪我で入院する者はいない事も無いが、陽の場合前までの入院歴もある為にもうこれはここに通う為にやってるんじゃないかと永琳は錯覚するレベルになっていた。

 

「……まぁ、今回の事ではっきりしたわ……あなたも分かってるけど……回復力は人間を超えてるわ。当然、体もそうなる様に作り替えられ始めている。

簡単に言えば、人間という種の道を外れ始めてるわね。その回復力は回復力とは言わない……『再生能力』よ。

あなたのその再生能力はたとえ心臓に近いところを穿たれようとも完全に直せる代物……妖怪化したとしても普通はこんな能力は付かない。妖怪っていうのは総じて痛みに疎いけれど再生能力がある訳じゃ無い」

 

「……つまり?」

 

「貴方の能力は月風陽という妖怪の能力って事になるのよ。陽鬼という鬼の力でも無い、月魅という精霊の力でも無い……貴方自身の力の一つという事になるわね」

 

確かに、と陽は頭の中で納得していた。再生能力という物は陽鬼にも月魅にも存在しない能力なので、自分自身が単独で目覚めた新たな能力だと考えるのが普通だと認識した。

 

「とは言っても……ここまで一気に妖怪化するなんて……何があったのか気になるわね。襲撃された、みたいな話は聞いていたけれど他にも原因がある気がするわ。

何か思い当たる事は無いかしら?」

 

「思い当たる事と言われても……せいぜい昨日白玉楼に泊まる日に陽鬼と月魅の二重憑依だと思うけど…」

 

陽のその言葉に、永琳は持っていたカルテを落としていた。今度は呆れでは無く驚きの表情。それか、と言わんばかりの納得の表情とそんな事があったのかという驚きの表情。それら二つが混ざりあった様な表情をしてから永琳は陽に近付くと、陽の顔を両手で挟んで自分の方に向かせた。

 

「何でそれを言わなかったの!! どう考えてもそれが原因じゃない!! タダでさえ妖怪を人間の体に憑依させることなんてとんでもない事なのに……それを二人分も!? そりゃあ人間離れも加速するに決まってるじゃない!! 貴方は何かしらの影響によって妖怪になったんじゃない、妖怪を体に身に重ねす過ぎたせいで体がそれに変化していってるのよ…言うなれば『妖怪の受け皿となるべき存在』って事よ? それがどういう事か分かる!? 貴方今妖怪『もどき』なのよ!」

 

「……妖怪ですらない、ただのバケモノ……って解釈でいいのか?」

 

声を荒らげていた永琳は、陽の静かな言葉に息を荒らげながら頷いた。そして、永琳のその頷きを見てから陽は考え始めた。永琳が言うのだったら本当にそうなのだろうとまるで他人事の様に考えていた。

その余りにも冷静にしている姿を見て永琳は言い表せない様な感情を抱いていた。

既に人間じゃない、という宣告を受けてここまで冷静でいられるのはおかしいと思いながら陽を見ていた。

 

「……ねぇ、今何を考えているの? 混乱して怒り狂う訳でも無い、かと言って悲しみに明け暮れる訳でも無く、心にポッカリと穴が開く様な空虚な表情もしていない。

貴方は本当に、ただ冷静に自分の置かれた状況を把握してるだけにしか見えない。貴方は……自分の体が今までの自分のものじゃないっていうのになぜそこまで冷静でいられるの? 貴方は……自分に興味が無いの?」

 

「……え? いや、そんな事は無いけど……なっちゃったものはしょうがないし今更グチグチ悩んだところでどうしようも無いと思うんだけど」

 

陽のその言葉を聞いて永琳は溜息を吐き出した。陽は自分の事より他人の事を考えているのだと。そして、その他人の為なら恐らくは自分がどうなってもいいという覚悟でも持っているのだろうと。

 

「……もういいわ。今の質問は忘れて。あー、怪我自体は治ってるし特に問題も無さそうだから帰ってもいいわよ。

診療代とか今回は要らないわ。特に何も無かったのだし本当に診るだけでお金徴収する気は無いもの」

 

そう言われて陽は診療室から追い出された。何故追い出されたのかよく分かってなかったが、とりあえず払わなくていいというのなら……と陽はそのまま外にいる紫と合流してから八雲邸に帰っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐ、ぁ…………」

 

「に、人間の強さではない……ぞ……!」

 

「何、で……こんな奴に……!」

 

外の世界のとある一角、人の立ち入る事が無い空間に倒れている三人の少女がいた。その三人の少女は人間の様な見た目をしているが、全員犬の耳の様なものを生やしており、犬の尻尾の様なものが付いていた。

 

「はぁはぁ……は、ははは! お前らは俺と戦う前に言ったよなぁ!? 俺が勝てば俺に力を分け与える存在になり、服従すると!!

その結果がこうだ!! お前らがいくら人間よりも格上の存在といっても人間を舐めてかかるからこうなるんだ!!」

 

そして、その三人の前に息も絶え絶えだが立って見下ろしている男、黒空白土がいた。

 

「さあ、約束の時間だ。俺はお前ら3人の力を取り込む。いただくぞその力……!」

 

そう言って白土は3枚のスペルカードを取り出す。そのスペルカードは3枚とも鎖で拘束される何かの絵が描かれていた。

 

「封印だ、クトゥルフ神話における神狼……『ティンダロスの猟犬』ことティンダロス!」

 

「ぐ、ぐぅ……!」

 

褐色白髪の少女がスペルカードに吸い込まれるように消えていく。彼女を吸い込んだスペルカードは絵が変わり、煙のもやの様な狼の姿が描かれる。

白土はまた別の少女を狙い定めた。

 

「封印だ、北欧神話における神狼……『ヴァナルガンド』こと、フェンリル!!」

 

「私が、こんな奴に……!」

 

長身で銀髪の少女が二枚目のスペルカードに吸い込まれる。そして一枚目と同じ様に絵が変わり、巨大な白銀の狼の絵が描かれたスペルカードとなる。

そして、白土は残った最後の1人にも三枚目のスペルカードで狙いを定める。

 

「お前で最後だ……封印だ、ギリシア神話における神狼……『三つ首持ちし冥界の獣』ことケルベロス!!」

 

そして茶髪の短い髪をした少女はスペルカードに吸い込まれ始める。

 

「私がこんな奴に負けるなんて……」

 

「しょうがないよ、実力差で負けちゃったんだし」

 

「な、何されるか分かんなくて怖いよぉ……!」

 

吸い込まれながら自分で自分と会話する少女。決して独り言では無く、まるで一つの体に別の人格が存在しているかの様に喋りながらスペルカードに吸い込まれていった。

 

「……神狼[ティンダロスの猟犬]、神狼[フェンリル]、神狼[ケルベロス]……そしてこれらを統括する俺オリジナルのスペルカード

狼化[狩り尽くす猟犬]これで、陽のやつにも対抗出来るな……くくく、ははは…………はははははは!!」




本来ケルベロスやフェンリルは男みたいですね。けどまぁ、女体化とかよくある話みたいなものですから……


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狼の領域

今回は白土の話です。


月風陽の旧友、黒空白土。

旧友と書いてはいるが、今は彼の命を狙う刺客のようなものでもあり敵対関係である。

その彼が、幻想郷ではない外の世界のとある場所で力を得るために、とある三人の少女を倒してその力を得た。

無論、その3人はれっきとした人外の存在であり、人間で言うところの『神狼』にあたる部類の者達でもある。

彼は手に入れた力を試そうと幻想郷に戻ろうとしている最中、とある一段に絡まれていた。

 

「貴様ァ!あのお方達をどこへやった!!」

 

「なんだ……?あー、てめぇらここの近くの村にいた奴らか。なるほど、妙に食いもんがあるわ祭壇は妙に綺麗だわの割にはあの狼共は周りにゴミを散らかしまくってるわで若干違和感があったんだ。

なるほど、テメェらがあいつらの世話焼きをしてたってことか…納得したぜ、そりゃあテメェらが祀る神様なんだからお世話しねぇといけねぇわな。」

 

「貴様、話を聞いているのか!?あまり調子に乗っていると痛い目を見るぞ!!」

 

「それはこっちの━━━」

 

そうだ、と白土はある提案を思いついた。折角新しい力を手に入れたんだからそれを行使して試してみるのも悪くない、と思い至ったのだ。

 

「お前らがあいつらよりつえぇかどうかは知らねぇが……いいだろう、相手してやるから来てみろよ。」

 

「くっ……お前みたいな人間に我ら崇高な部族が負けてたまるか!!」

 

そう言いながら周りを囲んだ者達が一斉に火や水や風などを発生させて襲いかかる。だが、そんな状態でも白土は上に飛ぶことで避けてスペルカードを使う。

 

「へっ……狼化[狩り尽くす猟犬]」

 

白土がスペル宣言をすると、白土の体から三つの光体が出てくる。そしてその一つ一つが白土の中に再度入り、白土はまるで狼男が満月に向かって吠えるかの如く高らかに雄叫びをあげる。

 

「ウオオオオオン!!」

 

「な、何だあの姿は……」

 

「ま、まさか……あのお方達を取り込んだと言うのか!?」

 

白土の姿は変わった。髪の色は茶色となりまるで狼の怪我であるかのように長くなる。耳も頭の上に移動し、まるで本物の狼男のような見た目になる。

爪も牙も伸び、相手を見るその目は敵対するものを見る目ではない、獲物を喰らわんとする捕食者の目になっていた。

 

「……新しいこいつらの能力……お前らで試させてもらうとしよう。」

 

「舐めるな!!」

 

再度、術を使い白土に攻撃をしかける者達。しかし、白土はその全ての攻撃を両手で触れて消していく。

 

「な、なぜ効かない!?常人ならば触れるだけでも致命傷になりかねないんだぞ!?」

 

「フェンリルの『喰らう程度の能力』だ。俺の両手で触れたものを体内にエネルギーとして蓄積させる。これで人間を喰らえばその全ての能力が俺にプラスされることになる。

ほら?お前らの技がそれで終わりなわけないだろう?もっと勢いよく来てみろよ。そうじゃないと張り合いがねぇ。」

 

「ならば!術ではなく技で挑めばいいだろう!!幾らその能力が強いとはいえ近くで素早い攻撃をすれば簡単に攻略できる!!」

 

そう言って別働隊が潜り込んでいたのか、白土の後ろから攻撃を仕掛ける。白土に目掛けて振り下ろされた槍、しかしその槍が捉えたものは白土ではなく1枚の白い紙切れだった。

 

「か、紙だと……!?バ、馬鹿な……あいつはどこに……」

 

「ここだ……よ!」

 

そして、白い紙切れから槍が飛び出してきて男の胸を穿った。そして、紙からもやが出てきたかと思えばそれがスグに白土の形を成した。

 

「ティンダロスの能力……『直角間を移動する程度の能力』直角のものならば俺はどんな物にでもその姿を隠すことが出来る。そして、直角があるならばどれほど距離が離れていようと俺は移動が可能だ。

そして俺自身の能力は改造する程度の能力。これで直角のものは作り放題だ。さぁどうする?手数で攻めるという案は悪くは無い━━━」

 

白土が喋っている時に、1発の銃声音が聞こえる。それは白土の胸を穿った銃弾を発砲した音であり、その一撃を受けた白土は地面にそのまま倒れた。

 

「……ふん、若造が調子に乗るからだ。術や技でダメなら……技術で攻めていけばいい話だ。」

 

「なるほど、それは確かに正論だ。しかしそれは一方で今のお前のように勝ちを確信させてしまう戦い方になるためにあまりオススメはできなさそうだ。」

 

その言葉と共に白土が出てきた紙から()()1()()()()()()。その異様な光景に周りの者達は流石に驚いていた。

 

「なっ……!?貴様は確かにそこで死んでいるはず……一体どうやって……分身……では無い、なら消えているはずなのに……!」

 

「困惑しているようなのでもう一つ教えてやろう。『増える程度の能力』だ。こいつはケルベロスの能力だな。自分の任意で数を増やせることが出来る。とは言っても……あいつはあいつ自身の特性上三人が限界、俺はあいつの特性とやらに引っかからないんで無限に増えることが出来る。

ま、その代わりこの能力の本来の使い方ができねぇのが痛いところだが。」

 

「くっ……!?撃てえ!撃てえ!!」

 

一人の男の叫びにより周りの者達が銃や術を白土に向けて放っていく。しかし、白土はその全てを喰らう程度の能力で吸収していく。

 

「さぁて……まだやるのか?これ以上俺とやり合うつもりなら……俺もお前らを殺らなくちゃあならなくなっちまうんだがよ。」

 

「あのお方達に手を出したお前を!この村の存在を知ったお前を逃がすわけにはいかん!!命に変えても討つ!」

 

「その心意気やよし……しかしだな、勇気と無謀は違う。俺を殺そうとすることは構わないが自分のことを客観的に見れないやつはこれから死んでいく。

ま、兵士としては特攻するのが正解なんだろうけどな……特攻出てきが倒せないなら無駄死になってしまう……それが理解出来ているのか?」

 

白土の言葉も聞こえず、一斉に白土に襲いかかる者達。それを見てもう話し合う必要は無いと悟った白土は、容赦を切り捨て殺し合いでのみ目の前の全ての者達と語らう事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、今更ながら俺の手は汚れたわけだが……気にしてはられねぇな。ライガの野郎に無理言ってここに連れてこさせてもらったんだ。あいつをぶっ殺すためにな。

例えそれで孤独になったとしても……杏奈が無事ならそれでいい。そのためならどんだけ屈辱的だろうと命令には従うし、命令した奴もいずれ殺す。それが今の俺の生き方だ。この力……いずれライガの野郎もぶち殺す。それまでにせいぜいあいつを弱らせれるくらいには強くなってくれよ……陽。」

 

そう言いながら白土はその場から離れる。白土が去った後にはただ大量の血の跡だけが残されていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……さぁて、どう見る?八蛇。」

 

「どうにもこうにも……今見た通り聞いた通り……黒空白土は反旗を翻す気満々だということだけは理解できる。どうする?人質を使うか?」

 

白土が去った場所にあった木の上、そこにはライガと八蛇が存在していた。

 

「いいや、あいつの目の前に人質は出さない。出せば瞬間奪い取られて終わりさ。あいつの能力は最早神でも苦戦するレベルだろうしな。あいつの能力はそれだけ未知数ってこった。」

 

「『改造する程度の能力』『喰らう程度の能力』『直角間を移動する程度の能力』『増える程度の能力』……一つは白土自身の、残り三つは神狼達から奪い取った物。

そしてそれらの能力は併用可能……中々困った能力を身につけさせたものだなライガ。飼い犬に手を噛まれるようなことがないようにしてもらわないとな。」

 

「飼い犬なんて可愛らしいものだったらいいがな……」

 

不敵な笑みを浮かべるライガのその顔は決して今の白土でさえも倒せる案があるという訳ではなく、ただ彼と戦う時が少しだけ楽しみと言ったような表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?なんだ?スペルカードが光って━━━」

 

しばらく歩いた時、神狼達を封じたスペルカードが光り出した。そして、その光が眩く光り輝いたかと思えば、目の前には彼が封じた3人の神狼達がいた。

 

「……え?な、何じゃ……?」

 

「……私達は、確かやつに……」

 

「ひぃっ!!目、目の前にいるぅ!!」

 

ケルベロスのそのひ弱な声を聞いて残りの2人も一瞬で警戒に走る。しかし、白土はそんな事は一切気にしていなかった。白土は今3人の首についている『首輪』に気になっていた。

 

「おい、お前らのその首につけてんのなんだ。」

 

「はぁ?何を………げげっ!?ほんとに何かついてるし!?うわっ!?フェーちゃんとダーちゃんの首にも付いてるよぉ!!何なのさぁ……この首輪……いいから外してくれよぉ。」

 

ケルベロスが行っている一人漫才を無視して白土はフェンリルとティンダロスに視線を向ける。

 

「そうしてると本当に飼い犬みたいだな?フェン……そうだな、丁度いいし渾名つけるか。フェンリルはフェン、ティンダロスはティーン、ケルベロスは……」

 

「渾名なんて付けられたくないよぉ!でもこんな首輪付いてるってことは服従の証みたいなもんだし逆らえないよね。だからってそんな暴虐許せるわけないでしょう!!」

 

「……お前ほんと忙しいな。面倒臭いからひ弱な方はルー、諦め癖ある方はベー、なんか主人格っぽいのはスーって名前にしよう。三人合わせてルベスだな。」

 

そんなこと言って一人で三人分騒ぎ立ててるケルベロスに白土が視線を向けている最中に、後ろからフェンリルがゆっくりと静かに近づき、白土の頭を目掛けてその手を振り下ろす。

喰らう程度の能力を使ってその頭を消そうとしたのだ。しかし、フェンリルの手は途中で止まった。

 

「……いや、何してんのお前、そんな空中でぴったり止まって……」

 

「くっ……!?な、何故だ!!何故体が動かない!!」

 

「……まぁ、うん。その首輪のせいだろうな。別に俺が意図して付けたわけでもなければお前らがつけたとも考えづらい。となると……スペルカードの効果でお前らは俺に危害を加えることはできなくなってるってわけだ。もしかしたら完全服従出来てるかもしれねぇな。」

 

その言葉を聞いてからフェンリルは一度白土から離れて地面に降り立つ。どうやら敵対行動を取らなければ動かなくなる、なんて事が無くなるのだろうと白土と神狼達は理解していた。

 

「……何故、儂達なのじゃ。お主の強さなら別に儂達でなくとも別の神級の者を屠っていけばよかったのではないか?」

 

唐突にティンダロスのティーンが口を開く。ティーンのその質問にルベス達やフェーもティーンの方に視線を向けた。

 

「単純な話さ。とある情報提供者……今のところ俺を顎で使ってる奴らだが、そいつらに渡された情報で一番お前らが俺と能力の相性がいいと思っただけだ。

それ以外の理由が何か必要か?」

 

「っ……儂らはお主の道具では無い!」

 

ティーンが叫ぶ。しかし、それでも白土は表情一つ変えることはなく。淡々と口を動かした。

 

「だが負けた。負けた以上はしばらくは俺の言うことを聞いてもらわにゃあならない。なぁに……お前達にとっても申し分のない相手だ。

お前ら……神と伝説の蛇相手にするかもしれねぇんだぞ?それでも俺について行かねぇって言えるか?」

 

「……ふん、そんなものお主1人で戦えばよかろう。儂らには関係の無い話だ。そこまでして戦いたいのならまた別のヤツを使うのだな。」

 

「あらら〜、ここまで言ってもまだ戦わないって言うのか。お前ら神狼とか名ばかりのただの犬っコロだな。首輪なんて付けてるからもう確定だな、こりゃあ。」

 

「……なんじゃと?」

 

白土の言ったことに眉間に皺を寄せて反応するティーン。それに対して白土は『引っかかった』と内心でティーンのことを嘲笑い、そして他2匹は『落ち着け』と止めようとするが、ティーンの睨みで軽く怯んでいた。

 

「なにか文句でも?お前らが神と伝説の蛇倒したらそれはそれは伝説になれるだろうな?お前らの力も俺を超えるくらいに強くなれるかもしれない。神狼とは言え伝説の生物は基本的には崇められれば崇められるほど強くなれる。もっと強くなりたいとか思わんのか?」

 

「……なるほど。」

 

妙に納得し始めるティーン。彼女の考えとしては、その神と蛇を倒せれば確かに今よりももっと崇められる。崇められれば崇められる程その力は強大になっていくのだとすればいずれ白土の支配から抜け出せるかもしれない。

そう考えれば今はこの男に従っておくのも悪くない、とさえ思えてきたのだ。完全に乗せられている、ということにはティーンだけが気づいていなかった。

 

「……いいじゃろう、ならば儂らがお主を殺せるまで儂らはお主に従うとしよう。」

 

「ダーちゃんちょっと落ち着いてよぉ!!でも実際言ってることは正論なんだよね。正論だったとしてもこんな男に従うのなんて嫌よ!!」

 

「……だが、今だけはそうしてないといけない。諦めよう、ケルベロス。」

 

フェーの言葉にルベス達も黙った。

こうして、白土の元に3人の神狼が集まった。お互いがお互いを利用して自分の目的だけを達成するために。




ティンダロスのティーン、フェンリルのフェー、ケルベロスのルー、ベー、スーの5人が追加されました。


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新しき吸血鬼

また新キャラです。
ラッシュですよ、本当に。


「という訳で、引き取ってほしいのよ。吸血鬼である彼女を。」

 

「……誰をなんでどうして俺が、というか八雲家で引き取らなきゃいけないのかまず一から説明してほしいところなんだけど。」

 

紅魔館、そこに陽が呼ばれたので陽鬼達と共に向かい、いざ扉を開けて入ってレミリアに会おうとしていた。しかし、屋敷内に入ったのは良かったのだが、レミリアがすぐそこで待っており見知らぬ褐色の少女を指差しながら冒頭のようなことを言ったのだった。

 

「……え?必要なのかしら?あなた世間じゃ見た目幼女の妖怪を無償で引き取ってるって噂があるわよ?まぁその噂にも尾ひれが付きすぎちゃって手当り次第に取って食ってるみたいな噂立ってるけれど。」

 

「うん、まぁ引き取るのはいいけどその噂流したの誰だ。というかここに来るのは文くらいだし外に出るのは咲夜だけだけど……どっちなんだよレミリア。」

 

「そんな噂なんてどうでもいいじゃない。そんなことより彼女に名前を与えるのと引き取る事だけでいいのよ。」

 

陽の言ってることを全て聞き流して自分の言ってほしいことだけを伝えるレミリア。陽もジト目でレミリアを睨みつけていたが、レミリアにはどこ吹く風だった様で無視されてしまっていた。

 

「……けど一応聞かせてもらうけどさ、今は朝なんだけど?吸血鬼……なんだよな?吸血鬼に取ったら今は寝ている時間で外に出てたら焼けてしまうんじゃないのか?」

 

「あぁ……それは問題ないわよ。あの子昨日の朝に美鈴が門の前に倒れてたのを見つけて運んできたんだから。

パチェに体を調べてもらって、そこでようやくあの子が吸血鬼だってわかったのよ……しかも、太陽の光を浴びても体に何の害も起きない珍しい吸血鬼よ。」

 

その事を聞いて陽は褐色の少女に目線を向ける。ドレスのような服を着ていてツインテールにしている少女は、じっと陽のことを見ていた。

 

「……真面目に話してほしいんだけどさ、何で俺に預けようと思ったんだよ。」

 

「私とフランという同種がいるからよ。しかも彼女と違って私達は夜に活動する。流石に同じ同種が夜に起きて朝に寝ているのを見せて、何か思わせるようなことは避けたいからよ。

今は朝に起きてるけど私だって毎日朝まで起きてることなんてないわよ。今だって少し眠いもの……」

 

レミリアの眠そうな顔を見て溜息をつく陽。流石に眠いのを我慢してまでこちらの時間に合わせてくれたという所を考慮すれば彼女を預かってもいいかもしれないと陽は考え始めていた。

だが、その前に彼女の意思を聞いておく必要があったので、陽は彼女の目の前まで行って目線を合わせて話し始める。

 

「……君はレミリアと共にいるのがいいのか、それとも俺とついて行きたいか……どうしたい?」

 

「妾は目立ちにくい場所に住めるだけでいいのじゃ。同種のレミリアやフランと話すのは楽しいが二人に迷惑と負担をかけさせるわけにはいかないのじゃ。

よって、お主についていくのじゃ。」

 

思ったよりも簡単に決めたので陽は少し困惑したが、まぁ目立ちにくい場所という点では八雲邸は思いっきり目立たないのでいいかもしれないと、考えていた。

 

「……まーた、女の子が増えたよ。」

 

「存外マスターも異性に囲まれるのが余程好きな様で……」

 

反対に陽鬼達がものすごく機嫌が悪くなってるのが何故かとても陽は気になっていたが、もう決めたのでスルーを決め込むことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また増えたの?」

 

「紫も言うのか……しょうがないだろ、レミリアがわざわざ徹夜してくれてまで起きてくれたんだし……徹夜?」

 

「彼女達の場合は徹夜というより徹朝な気もするけど……ってそうじゃないのよ。別に増えることは問題じゃないけれど……さすがに三人目ともなると……人里の噂が本当になったとか言われてしまうわよ?」

 

陽と紫が話し合っている間に褐色の少女はじっと二人の様子を見てから二人の間に入る。そして少し見上げてから口を開く。

 

「この姿だと駄目なんじゃろ?なら大きくなろうか?」

 

「え……大きくって……なれるの?」

 

「この姿でいる方が楽なだけで本来の妾の姿は大人の女じゃ……人間基準で考えての。」

 

そう言ってから魔法を発動させる少女。その様子を眺めていた4人は魔法発動後に出てきた彼女の姿を見て唖然としていた。

 

「どうじゃ?これくらいの体の大きさならば問題ないじゃろ?」

 

陽が見た時まず思ったことが『色々と大きい』だった。とは言っても身長的には自分よりも少し高いくらいであり、自分の姉と言っても存外信じられそうな見た目をしていた。

ただ目のやり場に少し困ってはいたが。

 

「……胸が……」

 

「……陽鬼は成長してませんからね。恐らく一生あの大きさには勝てないでしょう。」

 

陽鬼達が何やら自分が聞いてはいけないような会話をしていることが陽は少しだけ気になったが、とりあえず今は少女から少しだけ目線をずらしていくことにしたのだった。

 

「なら主らも大きくしてやろうか?妾の見た感じこの魔法が使えそうな気がするんでの。」

 

「ほんと!?やるやる!」

 

「……やります。」

 

そう言いながら部屋に上がっていく陽鬼達。紫と陽はそれを眺めながら後から付いていくように八雲邸へと入っていた。

尚、この後に陽鬼達も少女と同じように魔法をかけて成功したは成功したらしいのだが、何故か陽鬼だけが『胸が……胸が……』と言いながらひたすら落ち込んでいたのが陽には少し疑問だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のう、妾に付ける名前は考えてくれたかの?」

 

「……まさか、自分には元々名前が無かったなんて言わないよな?自分も記憶喪失だ、なんて……」

 

「気づいておったのか。」

 

夜になって。陽が縁側で月を眺めていると少女が隣に座る。どうやら疲れたらしく大人の姿から元の小さな子供に戻っていた。

 

「だって……君は陽鬼や月魅とは違う。何かから逃げている。その隠れ蓑に紅魔館や八雲邸(ここ)を使っているだけだ……何から逃げてるんだ?君はそんなに弱い子じゃないだろう、魔法の腕も素人ながらにかなり強そうに見えるけど?」

 

「過大評価じゃ……じゃが、何かから逃げているというのは的確じゃな。妾は……どこかの雪国にある実家から逃げてきたんじゃよ、ヴァンパイアハンターや実家の追手からもな。」

 

そう言って少女も同じ様に月を眺める。静かに地面を照らす月は二人をも照らしていた。縁側から降りて、少女は月をバックに仁王立ちをし始める。

 

「じゃが、逃げ延びて逃げ延びて……今ここにいる。もしかしたらこの世界まで追ってくるかもしれん。しかし……そこで妾が元の名前ではなくまた別の名前でいたら……少なくとも実家は諦めるかもしれんの。

レミリア達がここにいるということはヴァンパイアハンターもここまではこれん、という事じゃし。」

 

「……君は、本当……色々考えてるわけだ。うん……そういう事なら匿わせてあげる……って俺が言えることじゃないんだけど……けれど、名前は決まったよ。君似合いそうな名前がね。

……『黒音(くろね)』それが君の新しい名前だ。」

 

「黒音、黒音か……うむ!気に入ったのじゃ!」

 

そう言いながら微笑む黒音。しかし、ふと真顔に戻ってから何かを少し考えた後、陽に視線を戻して尋ねる。

 

「黒音……の名前の由来は何なんじゃ?この際陽鬼達の由来も知りたいのじゃ。」

 

その事を聞かれた陽は少しビクッとしたが、軽く溜息を付いてから恥ずかしがる様に話始めた。

 

「えーっと……陽鬼は、その……太陽の様に明るい鬼の子、って意味合いで付けて……月魅はまるで月の様に魅せられる様な美しさ、って感じで……黒音は……何か、黒っぽいのと個人的にその喋り方とか好きだから……音……って感じなんだけど……」

 

そして、名前の由来を聞いた黒音は少しだけ顔をしかめて、陽に近づいて軽く睨んでいた。だが、いくら睨まれても今の黒音は小さい子なので陽にとっては苦笑しか出来なかった。

 

「……適当に付けられると少し悲しいのじゃ。」

 

「いや、別に適当に付けたわけじゃ……あ、いやでも……なんかごめん。で、でも……可愛いからよく似合ってると……思うよ?」

 

陽がしどろもどろにそう言うと、黒音は顔を上げて更に陽に顔を近づける。

 

「本当か?妾可愛いか?」

 

「か、可愛い可愛い……すっごい可愛いよ?髪型も声もその顔も喋り方も……」

 

「……そうか、可愛いか……可愛いか………」

 

そう言いながら頬を染めて微笑みながら照れている黒音を見て、陽は『そういうところが可愛いかも』とか若干思ったりもしていた。

 

「……ま、まぁ……名前の由来はともかく、印象はとてもいいものじゃったから別にいいじゃろう……今から妾は黒音じゃ!」

 

そう言って縁側に上がってから部屋に向かう黒音。余程可愛いと言われたのが嬉しかったのか若干スキップになってるのを陽は微笑みながら見ていたのだった。

そして、黒音が部屋に入ってるのを見てから陽鬼達のことを考え始めた。

 

「……黒音は自分の意思でここまで来た。逆に陽鬼達は気づかない間にここに来ていた。黒音は自分が何者でここに入る以前のこともきっちり記憶していた。けど陽鬼達は覚えていなかった。」

 

言葉に出して整理をしてみる。だが、黒音も何故ここまで来れたかを記憶していなかったようにも思える。逃げるだけなら幻想郷まで来れるとは陽は思っていなかったからだ。

白玉楼で見た夢を思い出しながら不安に駆られる。陽鬼も月魅も黒音も皆自分自身のことを主だと慕ってくれるいい子達である。

だが、もし夢の通りなら陽鬼や月魅は死んでいるようなものであり、もし記憶違いなだけで黒音だってそうなっていたのかもしれない。

 

「……」

 

だからと言って、彼には彼女達にこの事実を伝える事は限りなく不可能に近かった。

これを伝えてしまえば彼女達の心が壊れてしまうかもしれない。仲間が全員死んで、自分が捨てられて……これらは全て過去の事であり、彼にはどうすることも出来ないのだ。

 

「……陽?部屋に戻ってこないから心配したわよ?」

 

「紫……」

 

陽の横に紫が座った。黒音は戻ってきたのに陽が一向に戻ってこないのを見て、少し心配になっていたのだ。

そして、隣に座る彼女を見て陽はこの事を紫に話してもいいんじゃないか?と思っていた。だが瞬時に言わない方がいいと思い、このことを心の奥底に仕舞っておくことにしたのだった。

 

「どうしたのよ?そんな風に悩む事が何かあったのかしら?さっきあの子……黒音って名付けられて喜んでいたけれど……もっといい名前思いついちゃったとか?」

 

恐らくは茶化すために言ったことなのだろう、と陽は感じ取っていた。だが、その事では悩んでなかったので、陽は誤魔化すように苦笑しか出来なかった。

 

「まぁ……今悔やんでもどうしようも出来ないってだけだよ。来る時が来れば解決出来るかもしれないなぁ……って話だから。」

 

「……?そこまで思い悩むことでもない、って言うのなら私も何も言わないけれど……出来る限り、話して欲しいわね。私達は家族なんだから……ね?」

 

「……あぁ、そうだな。俺達……家族なんだよな。」

 

内心、陽は真逆の事を考えていた。血の繋がりはなく、何年も一緒に暮らしてきたわけでもないのに『家族なんだから』と言われても彼にとってはピンと来ていなかった。

何故紫が自分のことを家族と言ってくれるのかが、陽には理解出来なくなっていた。元々は気まぐれで一緒に暮らすことになった二人だったが、何故未だにその気まぐれが続いているのかが陽にとっては理解出来ていなかった。

家族らしい家族なんて初めからいないようなものだったのだから、理解できないのもしょうがない、と陽も頭では理解していたが心で納得はしていなかった。

 

「……部屋に戻るよ。風呂が湧いてたと思うから入ってから寝るよ。」

 

「そう?それなら……おやすみなさい。」

 

紫の言葉を聞いて陽も『おやすみなさい』と返し、部屋へと戻っていく。その前に夕飯の後片付けしなくてはならないと思い直し、皿を軽く水に晒して洗っていった。

 

「……黒音も、陽鬼も、月魅も……紫も藍も橙も……そう、『家族』なんだよな。

だから死んでも守らないといけないって望んでしまうし、死なないように守っていかないとって自惚れてしまうんだ。」

 

皿を洗いながら陽はふと思ったことを口に出していた。こうやって増えていくのは家族と言えるのだろうか、と思い耽りながら陽は悩んでいく。新しく出来た『家族』である黒音を迎えて今日も八雲邸で夜を明かす。

家族とは一体何なのか、見つかることのない答えを探しながら、悩みながら。




黒音は褐色黒髪ツインテールの持ち主です。彼女の戦い方は次話で紹介されると思われます。
そして彼女特有の魔法を使えば自分も、本来の姿が大人な人物も大人化出来ますが、その場合陽鬼だけが平地になります。主に胸囲の格差社会的な意味で。


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黒音は

吸血鬼です。ですがそれ以外にも色々特徴的です。


「お勉強タイムといくのじゃ。」

 

「……勉強?俺なにか覚えないといけないことあったっけ?」

 

「ふむ、そう言われるとお勉強とは少し違うのう……妾は主様(あるじさま)達のことは何も知らん。逆に妾の事は主様達は何も知らん……つまりお互いのことを教えあおうという事じゃな。つまりは意見交換……でもないのう……お喋り会じゃ!」

 

八雲邸。紫が珍しく仕事でいないため、丁度いいということで黒音がどこからかホワイトボードを持ってきて仁王立ちしていた。若干ドヤ顔なのが陽は少し気になったが、恐らく先生ぶりたいだけなのだろうとスルーを決め込むことにした。

 

「お喋り会と言っても……何を話し合うんだ?とりあえずその『主様』ってなんだ?」

 

「む?昨晩月魅から『名前をつけられたのなら主と敬え』と言われてのう……ならそうしようと思った訳じゃ!ただマスターと呼ぶのは何となく妾の癇に障るのでな、ならば『主様』でいこうかと思っての。

2重で敬っておるから別にいいじゃろう?」

 

「いやまぁ……別になんて呼んでくれても構わないんだけどさ。ただちょっと気になっただけで……気にせず続けてくれ。」

 

陽のその言葉を聞いて黒音は軽く頷いてからボードを叩く。何故叩いたのか3人は突っ込まないでおいた。

 

「まず!妾達がどういう存在か示さねばならぬからな!いわゆる自分がどういう妖怪でどういう存在なのか自己PRしてもらうのじゃ!」

 

「ノリノリだね……えーっと、その『じこぴーあーる』って言うのは自己紹介的なのでいいんだよね?」

 

「そうなのじゃ。とりあえず妾から説明させてもらうとするかの。

妾は黒音、この名は主である月風陽からもらった名前じゃ。まぁ名前に関しては主様以外は全員同じじゃし飛ばしても問題なさそうじゃな。

とりあえず言わせてもらうと……妾は吸血鬼じゃ。しかし所謂『弱点を克服した』タイプの吸血鬼でな。

妾は日の出ている時間に起き、月の登る時間に眠る……つまり他の者達と同じ生活を送る変わった吸血鬼とでも思ってくれれば良い。妾の事は『デイウォーカー』とでも呼んでくれれば良い。」

 

その時、部屋の襖が開かれて藍が現れる。4人は一斉に藍の方を見たが藍は気にせずいそいそと陽鬼の隣に座る。そして、手を上げる。

 

「な、何じゃ?」

 

「黒音が日の光を克服した……と言うよりは大丈夫な吸血鬼な事は分かった。ならば他の吸血鬼の弱点はどうなんだ?ニンニク、流水、聖水、十字架……それらに関してはやはりダメージは入るのか?」

 

「む?当然じゃ、妾は日の光に耐性があるだけで他の弱点に対しての耐性は皆無じゃ……じゃが、はっきり言わせてもらえばニンニクくらいなら匂いを我慢するだけでなんとかなるのじゃ。あれは妾達には匂いがキツすぎるのじゃ。

故に妾はペペロンチーノは食べられるのじゃ。因みにニンニクを食べられる者は『ガーリックイーター』と呼ばれ、流水を克服した者は長いので『RWベイザー』と呼ばれて聖水の場合は『HWベイザー』と呼ばれるのじゃ。十字架は『クロスウェアー』じゃな。」

 

吸血鬼なのにペペロンチーノを食べれるのか、と陽は少し呆れたが匂いを我慢するだけでいいのならそもそもそれは弱点なのか?という疑問がよぎっていた。

 

「なるほど、理解した。いきなり来て悪かったな、今から参加するけど続けてくれ。」

 

「そ、そうかの?ならば続けさせてもらうが……先ほども言った通り妾はデイウォーカーじゃ、そして……妾の武器はこの二丁拳銃じゃ。」

 

そう言って黒音は魔法陣を展開してそこに手を入れて銃を二つ取り出す。黒をベースにして、金色の模様が描かれている綺麗なデザインだと陽は感じていた。

 

「吸血鬼が銃とはな……中身はなんだ?まさか銀の弾丸でもないだろう?あれも吸血鬼の弱点みたいなものだからな。」

 

「当たり前じゃ、誰が好き好んで悪魔殺しの弾なぞ使うものか。銃とは言っても妾のこれは魔法の媒介じゃ。普通に魔法を使うのもいいのじゃが、銃という媒介を通すことで妾の魔法の威力を底上げできるのでな。『放つ』というイメージがあり、かつ手持ちで運べるものと言ったら銃に限るのじゃ。

これで何人ものヴァンパイアハンターを仕留めてきたものじゃ……無論、ヴァンパイアハンターの中でも極めつけで腐ったヤツら限定じゃがな。」

 

黒音は慣れた手つきで二つの銃をクルクルと回転させていく。そして時折ポージングを決めながらドヤ顔も決めていた。

 

「ふっふっふっ……因みに、妾には使い魔が二匹おるが……逃げるまでに魔力を使いすぎたのか今は呼び出せんのじゃ。」

 

「魔力を使いすぎたって……一体どれくらいの期間逃げていたんだ……」

 

「ざっと1000年ほどじゃな。何せ、妾は小さい頃に実家から逃げてきたんじゃ……そして気づけば体は成熟しとったからのう……主様に分かりやすく言うと見た目的には人間の5歳くらいの幼児が18程まで成長した感じじゃ。その間で妾は1000の誕生日を迎えておる。」

 

つまりレミリアやフランより年上なのか、と陽は理解していた。レミリアと同じくらいだと思っていたのが、実は倍以上の歳を取っていたとは陽には予想外ではあった。

 

「……にしてもよくそこまで長い間逃げきれていた、というか……そこまで追いかけてくる黒音の実家やヴァンパイアハンターが凄いというか……」

 

「ヴァンパイアハンターは西洋には結構いるみたいじゃからの。

まぁそんなことより妾の紹介じゃな……えーっと……他に何か言うことは……」

 

その時、藍がすっと手を上げる。何も言ってないのに手を挙げた藍を不思議に思いながらも黒音は藍を指名する。

 

「なんじゃ?藍よ。」

 

「お前の得意魔法って攻撃魔法なのか?昨日の様子を見る限りだとああやって子供に化けているものの真の姿を出させる魔法だと思っていたのだが。」

 

「あれは妾が『子供になる魔法』の術式を無理やり書き換えた物じゃ。魔力を温存するために小さいサイズになったまでは良かったのじゃが、元に戻らんくなってしまったのでな、とりあえずチャチャッと作ったのじゃ。」

 

黒音のその言葉に藍は呆れ半分驚き半分の表情をしていた。いや、陽も月魅もそれぞれ驚いていることには驚いていた。魔法のことが良くわかってないため藍よりも驚きが少ないが。

そして陽鬼はよく分からない、という表情になっていた。

 

「……動かない大図書館も驚きのあまりひっくり返りそうなことを言うんだな。」

 

「む?魔法の書き換えならいくらでも出来るのじゃ。寧ろ、自分の魔力に自身のある魔法使いは初心者向けの魔法だけで色んな相手と戦えることが出来るのじゃからな。

シンプルイズベスト、単純な力こそ最大の強さを誇る。ノーレッジ卿は単純高火力の魔法だけで戦える人物じゃから魔法を作ろうとせんのじゃろうな。

まぁ、単純に体力使う作業じゃから体力が無いせいで研究だけに留まってしまっているだけなのかもしれんのじゃがな。

とまぁ……こんなところかの?もっと何か知りたいことでもあれば後で個人的に教えてやるのじゃ。」

 

「えーっと……それじゃあ次は俺が行くか━━━」

 

そして、順番に陽、月魅、陽鬼と進んでいって今回のお喋り会は終了した。そして、個人的に魔法のことが気になった陽は黒音の部屋に行って魔法の基礎だけを教えてもらおうと思い、黒音の部屋に向かって行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで教えて欲しいんだが………」

 

「まぁできるかどうかは置いておいて、魔法の知識を蓄えようとするその心意気は妾は素直に嬉しいのじゃ、主様よ。」

 

そして、部屋に来るとなにやら紙を部屋中に貼り付けられている光景が陽の目に広がった。全てアルファベットで書かれている為、陽には何が書かれているか良く分からなかった。

 

「まぁ手っ取り早く説明するのじゃ。まず、魔法の構築には『何をしたいか』『それをどうしたいか』という制約の元、術式を詠唱するのじゃ。

例えば火を出して相手に放つ魔法だとすると『発火』『空中浮遊』『発射』の3工程が必要となるのじゃ。

この程度なら初心者でも可能じゃ、単純に魔法を使う時の特殊な言語を3つ並べれば完成なのじゃからな。これが水や風に置き換わっても大した違いは現れないんじゃ。その程度ならちょっと慣れてくれば口頭の無詠唱でも問題は無いからの。頭の中でイメージした方が口頭の詠唱より早いのじゃからの。」

 

「あぁ、パチュリーが偶に本を盗りに来た魔理沙相手に魔法を連続で使ってたけど一応あれも詠唱は必要なのか。」

 

「そういう事じゃ。」

 

軽く頷いた黒音だったが『ただし』と、念を押すように付け加えてから再び話し始める。

 

「これが複雑化してくると少し面倒になってくるんじゃ。例えば雷を出す魔法の場合は火と水の魔法を同時に使って水蒸気を作り出す。それに風の魔法を当てて雲を作る。その出来た雲を地の魔法で振動させて雷を発生させる。ここまで工程を踏んで、ようやく雷の魔法の『発電』が出来上がるのじゃ。

そして、これを相手に放つとなると先程説明した二工程を行わねばならぬ。」

 

「……あれ、でも雷の魔法ってパチュリーが前に試して撃ってたような記憶があるけど。口頭の詠唱無しで。」

 

「ノーレッジ卿は色々と規格外じゃからな。色々と幻想郷の事を調べたのじゃが幻想郷には魔法を使う者は四人いるらしいの。

人間の霧雨魔理沙、魔女のアリス・マーガトロイド、同じく魔女のパチュリー・ノーレッジ、尼僧の聖白蓮……まぁ、最後の1人はあまり使うこともないようじゃが。」

 

「その4人がどうしたんだ?」

 

そう聞くと黒音が何かを悩むかのように、顎に手を当てて唸り始める。そして、何かを思いついたのか一人で頷いて何かを納得しているようだった。

 

「自分の得意な魔法は詠唱無しでも使えるものなんじゃよ。主様だって得意料理を作る時に一々口に出して作り方を確認することは無いじゃろ?

それと同じでその四人も得意な魔法に関しては詠唱いらずなのじゃ。

妾はノーレッジ卿としか会ってないから他三人がどんな魔法を使うのかは知らないのじゃが。」

 

「あぁ、何となく理解出来た。要するに『体が覚えている』って奴だな。」

 

「そういう事じゃな。例え違う魔法だったとしても性質が自分の得意魔法と似たようなものならすぐ慣れて詠唱要らずになってしまう。

まぁそもそも幻想郷ではスペルカードというものが存在しているから、魔法もその中に入れていつでも発動できるからの、本当に便利なものじゃな。妾も魔法使い達と一戦交えてみたいものじゃ。」

 

黒音がそう言って陽が苦笑する。すると突然黒音の真上からスキマが開き紫がひょっこりと上半身を出す。

 

「それなら一戦交えてみる?」

 

「ぬ?どういう事じゃ?確かに妾は一戦交えてみたいとは言ったが……」

 

「幻想郷の住人は基本的に……スペルカードルールを作ったからなのかもしれないけれどこぞって争ったりすることが多いもの。魔理沙辺りなら喜んで受けてくれそうだからやってくればいいと思うわ。」

 

いざ戦ってみろ、と言われても反応に困ってしまっている黒音。そして、陽は一体黒音に何をやらせたいのか?と考え込む。聞いてもよかったが、もしかしたらただ本当に願いを叶えてあげたいと思ったなのかもしれないと思ってしまったため、あまり不用意なことを言うのは避けたくなってしまっていたのだ。

しかし、だからといって懐疑的にならないわけではない。黒音も陽も何故紫が突然こんなことを言うのか分からないのだ。

 

「……あー、別に何かを頼もうってことじゃないのよ?ただ魔理沙が腕試しなら丁度いいかもしれないと思ったのよ。

パチュリー・ノーレッジは動かない、聖白蓮は争いを好まない、アリス・マーガトロイドは基本人形を作ってる……だから魔理沙が適任と思ったのよ。」

 

「なるほど、理解したのじゃ。ならばその言葉に甘えさせてもらうとするかの。実際、人間の身で魔法を使うというのは少し興味深いのじゃ。」

 

「じゃあ行ってみましょうか。」

 

そう言って紫は一度床に降り立って、再度スキマを開き直した。そして意気揚々と黒音はスキマの中に入っていき、何となく心配になった陽も入って、最後に紫が入りスキマは閉じた。

 

「ねー、藍が塩が無くなったから換えが欲しいって……あれ?陽?」

 

後から陽鬼が部屋にやってきたが、既にいなくなった部屋を見てその後ずっと陽を探していたのはまた別の話である。




銃のイメージはBlack Catのトレインのが一番近いですね、イメージとしては。


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魔法使いと吸血鬼

魔理沙VS黒音


「お?最近めっきり姿を見なくなった陽じゃないか……ってまた子供増やしたのか?人の恋愛観にケチ付けるつもりは無いが……あんまり幼女を泣かすもんじゃないぜ。」

 

「違うって……レミリアから預かった子だよ。匿ってほしいって言うから面倒見てあげることにしたんだよ。」

 

「なるほど、つまりレミリア……いや、これは紅魔館全員を手篭めにしてどこからか幼女を連れ去ってくるように頼んだ訳か……意外とプレイボーイな所があるわけだな……」

 

「だから……あぁもう、何か否定する気も失せてきた……」

 

「主様、流石に今のところは否定しておかないと紅魔館全員に有らぬ疑いを掛けられてしまうのじゃ。」

 

魔法の森。霧雨魔理沙、並びにアリス・マーガトロイドが自身の家を置いている場所である。

普通の人間でも入れるが、中心部分に近づけば近づくほど霧のようなものが濃く、魔法を嗜んでるものでないと中心部分に入るのはキツイとされている。

 

「で?本当はこの私に何の用だ?まぁ……そっちのチビが臨戦態勢な辺り大体の予想は付くけどな。

けど見た限りあんまり強く見えなさそうだぜ?いや、幻想郷でチビな奴は大抵舐めてかかると痛い目に遭うんだ。そして私に喧嘩を売りに来る……魔法でも嗜んでいるってところか?私に目をつけたところは評価してやるぜ。いずれ私は最高の魔法使いになる女だからな。」

 

頭がいいが自信過剰な所がどうにかならないのか、と陽は思っていた。しかし喧嘩を売りに来た、というのは少し語弊があるのだが似たようなことを今している時点であまり強くは言えなかった陽であった。

 

「うむ、簡単に言えば妾も魔法を使うのじゃがな?その相手として丁度いいのがお主だったのじゃ。他は戦う意志が基本的にないからのう。」

 

「成程、納得だ。アリスもパチュリーも全然戦おうとしないしなぁ……白蓮は頼んだら戦ってくれるとは思うがありゃあ魔法使いと言うか魔法拳闘士だな。ただの格闘家だぜありゃ。それで?お前の相棒はその銃二つでいいのか?見た感じ……私の八卦路と似たようなアイテムって訳だ。」

 

「分かってくれる人がいてくれて妾は嬉しいのじゃ。では、頼めるか?」

 

「御茶の子さいさい、この霧雨魔理沙様に任せとけ。陽と紫は観戦してるだけか?まぁ、私一人にさすがに三人相手はきついけどな。」

 

「えぇ、私達は観戦してるだけよ。その子をちょっと見てほしいだけなんだもの。」

 

魔理沙は『了解』と帽子を深く被りながらニヤリと笑いつつそう呟く。持っている箒に乗っかり、そのまま空を飛んで上から黒音達を見下ろす。

 

「さぁ!この私に勝つことが出来るかな?私の魔法はパワーと範囲が他3人より高いのが特徴だ!テクニックや数なんていうものは圧倒的なパワーには負けるのさ!」

 

魔理沙がそう言ったのを皮切りに黒音はどこに仕舞っていたのか、真っ黒な蝙蝠の様な羽を広げて魔理沙と同じ高さまで浮かぶ。

 

「はてさて?パワーがどれだけ高くても空ぶってしまえば終わりだと思うがの。それに、魔力を大放出するだけで勝てる程……弾幕ごっこやスペルカードルールは甘くないと思うがの。」

 

「残念、私は今までそれで勝ってきたんだ。手数がなんだ、テクニックがなんだ……それらすらもねじ伏せて、叩きつけて粉砕するのが私のパワーさ!さぁ、このパワーバカである私にパワーで勝つか?それともそれすらも上回る技術で勝つか!いざ勝負!」

 

魔理沙がそう言うと、魔理沙が前進しながら弾幕を放っていく。魔理沙らしい一直線の弾幕で黒音だけを狙っていく。

それに対し黒音は銃口に魔法陣を展開、そして1発1発を魔理沙の弾幕に当てて相殺していく。しかも、自分に当たりそうなものだけを的確に狙い撃っていく。

 

「上手い上手い!ならこれはどうだ?恋符[マスタースパーク]!」

 

魔理沙から極太のビームが放たれる。それに合わして黒音は身を翻して2丁の銃を構えて巨大な魔法陣を展開する。

 

「妾にはちゃんとパワーもあるのじゃ、技術面だけ伸ばしていくものと比べてるでない。

見せてやろう、魔力に溢れている吸血鬼の力をの。極雷符[レールキャノン]!」

 

「おぉ!?」

 

黒音の側からも魔法陣から強力なビームが放たれる。そして、しばらくビーム同士がぶつかり合い続けて霧散する。

 

「む…?魔理沙はどこに……」

 

「彗星[ブレイジングスター]!私はここだぜぇぇぇぇえええ!!」

 

叫び声をあげながら魔理沙が巨大な光を纏いながら突進してくる。しかも、回りに弾幕をばら撒きながら進んでいるので避けづらい弾幕となっている。

 

「物理!?……じゃが、ならばせめて周りの弾幕だけ排除して避けてやるのじゃ!!連炎符[シューティングフレイマー]!」

 

一瞬驚く黒音だったが、すぐさま体制を立て直すように別のスペルカードを唱える。

黒音が2丁銃で自分の真上に大量に魔法陣を展開する。展開された魔法陣の一つ一つから大量の炎が、まるで流星の様な軌跡を描きながら飛んでいき魔理沙の弾幕を一つ一つ潰していく。

 

「うおぉ!?効いてないけど超怖い!!けどこれが唯の直線起動を描く魔法だと思ったら大間違いだ!」

 

そう叫びながら魔理沙はそのままの高速の速度で不意に曲がり、まるで黒音の周りを囲むかのように動き続ける。気づけば黒音の周りにはブレイジングスターによって放たれている弾幕で囲まれていた。

 

「むっ!?」

 

負けじと黒音も自分の周りに魔法陣を展開して全てに対処していく。だが、弾幕に対応してるせいで魔理沙の姿を見失っていることに黒音は気づいていなかった。

 

「隙だらけだぜえええ!!」

 

「しまっ━━━」

 

そのまま魔理沙は黒音に突撃していく。しかし、魔理沙も魔理沙で気づいていなかった。ブレイジングスターの時に出る魔力の光は、ある程度の攻撃を弾いてくれるものではあるが、そこまで硬度が固くないこと。そして黒音のシューティングフレイマーの火力が魔理沙の予想よりも高かったこと。

 

「へ、あれ……!?」

 

お互いがお互いに気づかなかったせいで、魔理沙のブレイジングスターの光のオーラは解け、黒音はぶつかる直前まで気付かず……2人は激突した。

 

「いっでぇ!?」

 

「のじゃ!?」

 

そして2人とも落下してくる。陽は落ちてくる二人を何とか受け止めようと立ち上がるが紫は落ち着いた様子でスキマを二人の下に開く。そして、地面にスキマが出来たと思えば、上向きに発射された輪ゴムのように2人は少しだけ地面に出来たスキマから上に飛んでから地面に落ちた。

 

「いてて……助かったぜ紫……まさかブレイジングスターがゴリ押しされるとは……どんだけ展開してんだよ一枚のスペルカードを……」

 

「そのブレイジングスターとやらでゴリ押ししていたのは誰じゃ……流石に弾幕を囮にして自ら突貫してくる者なぞお主くらいじゃろうて……それに一枚のスペルカードで弾幕を出しまくってたのはお主も同じなのじゃ……」

 

痛がる二人の前に立つ紫。何か思うところでもあったのだろうか?と黒音と魔理沙は思ったのだが、いつまで経っても何も言わずにただ見下ろしてるだけの紫に魔理沙が業を煮やした。

 

「な、なんだよ!?こいつにぶつかったから怒ってんのか!?それともブレイジングスターで突撃した事がルール違反だとでも言うのか!?」

 

「そうじゃないわよ……ただ魔理沙……貴女、服所々焦げて素肌見えてるわよ。」

 

「え?あ、マジだ……全然気づかなかったぜ。」

 

紫のその言葉に一瞬驚いた陽だったが、焦げている部分は服の袖やルーズソックスの一部だったりと、そこまで目の毒になるようなものでもなかったので少しだけ安心していた。一応彼も男である。

 

「んじゃあちょっと服変えてくるぜ〜」

 

そう言って一旦家の中に戻っていく魔理沙。それを見送った後に紫が黒音に目線を合わせるようにしゃがむ。

 

「どうだったかしら?魔理沙との弾幕ごっこは。」

 

「ふむ、存外パワー極振りというのも捨てがたいということが理解できたのじゃ。こうなると他の魔法使い達とも戦って見たくなるがのう……」

 

「別に構わないけど満足に魔法で戦えるとしたらアリスくらいよ?聖白蓮は魔法で自分の力をあげて戦う所謂『物理魔法使い』って感じだし。」

 

「筋力増強というところか……魔法の使い方としては間違ってない筈なのに魔法使いとしては間違っているような気がするのがおかしな話じゃて……」

 

溜息をつきながら黒音は地面に腰を下ろす。一応陽の用意した椅子もあるのだが、それに座る気力すら無かったのか倒れ込むように座っていた。

 

「まぁ……今の時点で元々回復し切ってなかった魔力がすっからかんじゃから今日はもう何も出来ないのじゃがな……本当に疲れたのじゃー……」

 

「お疲れ様、黒音。そこまで疲れたのなら俺がおぶって帰ってやるから安心しとけ。」

 

「だったらお願いするのじゃあ〜……もう自分で歩ける気がせんのじゃ〜……」

 

そう言いながら黒音は地面にぶっ倒れる。流石に女の子にそんな体勢はさせちゃあいけないと感じた陽は抱き抱えてまるで赤子をあやす様に背中を撫でながらあやすようにする。

それで安心しきったのか黒音は充電が切れたかのようにすぐさま眠り始める。それを確認すると紫と一緒に苦笑し始める。

 

「おー、着替えてきた………ぜ?なんだ?そいつ寝たのか?やっぱりまだまだお子ちゃまってこった……やけに尊大な言葉遣いだが見た目通りの子供って訳だ。こうやって寝ている分には可愛いじゃないか。」

 

『黒音はレミリアよりも年上だ』と言おうと思ったが、存外今の見た目であの言葉遣いと今の状態を掛け合せると本当に子供に見えてしまうので反論がしづらかった陽だった。

 

「っと……そうだそうだ、このまま帰るだろ?なら紅魔館に寄ってパチュリーに本を返してきてくれないか?最近借りすぎてあいつ図書館罠だらけにしててさー、しょうがないから返してやろうってわけさ。」

 

「……いや、自分で返せよ……って思ったけど、まさか返そうとしたらそれよりも先にパチュリーが手を出してくるとかか?」

 

「いや?攻撃されるだろうな〜って思ってお前に返してきてもらおうと思っただけだ。そろそろ返さないとまずいからな。別に返さない訳じゃないのに何であそこまで喧嘩腰になるかねぇ。」

 

「……普段の自分の言動と行動を思い返してみたらいいんじゃないかしら。」

 

「すまんな、私は過去を振り返らない女なんだ。という訳でパチュリーにはこの薬もやっててくれ。ついこの間作った魔法薬だ、たまにはこうやって私の研究成果を見せてやらねぇと本当に本が借りられなくなっちまうからな。」

 

そう言って魔理沙は陽に本と瓶に入った薬を渡す。謎のピンク色で、若干発光している謎の液体に陽は少しだけ恐怖を感じたが、魔法使いには必要あるものなのだろうと薬には深く触れないでおくことにしたのだった。

 

「……まぁそれくらいならいいけれど……貴女、偶には話し合って借りるということを覚えた方がいいのではなくて?そろそろ動かない大図書館の胃に穴が空いてしまうわ。」

 

「それは一大事だ。けどそんな事があっても永琳に頼めばいいし……なんだかんだ言ってもあいつも楽しんでるぜ?存外、体力が無くて動けない自分が少しだけ嫌だと思ってんだろうね、その鬱憤晴らしが出来るのならいいもんじゃないか?」

 

「……はぁ、貴方って本当……まぁいいわ。この本と薬は彼女に届けてあげる。けどあんまり彼女に苦労をかけちゃダメよ?」

 

「へいへい、んじゃあ私は別の用事があるからこれで失礼してもらうぜ。急ぎの用って訳じゃないが、魔法薬の研究に必須なキノコをまた集め直さないといけないんでな。」

 

そう言って魔理沙は箒に乗って空を飛び始める。魔法薬とキノコの関係性を少しだけ問いただしてみたかった陽だったが、まずはパチュリーに薬と本を渡しに行かないといけないので紫に頼んでスキマを広げてそのまま陽は紅魔館へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリスアリスアリスー!」

 

そして、陽達が紅魔館に行ったその後の頃。魔理沙はアリスの元を訪ねていた。

 

「何よ……貴方がそんなに大声出してドアを叩き続けるなんて……割といつもの事ね。それで?今日はどうしたの?」

 

「いやよ、陽の所に新しい子供が出来てたらしくてよ!私に挑戦してきたから戦ったんだがびっくらこいた、魔法を使う上に私と相打ちで終わったよ。まぁ私もブレイジングスターで調子には乗ってたけどな。」

 

「とりあえずその言い方は語弊を招くから止めておきなさいよ……にしても、貴方が調子に乗っていたとはいえ相打ちねぇ……その子、どんな魔法使うのかしら?」

 

「火と雷……けどありゃあ他にも使える感じだぜ。パチュリーや白蓮の所に向かうとは思えないから次はお前のところに向かうかもしれないぞ?」

 

そう言う魔理沙の表情はまるで『面白いものを見つけた』という表情をしていた。アリスはそんな魔理沙の表情を見て、呆れ半分と魔理沙の言う『魔法を使う子』に興味が半分と分かれていた。

 

「……ま、そういう目的で来たのならそれ相応のおもてなしはさせてもらうかもしれないわね。魔女を舐めてもらっちゃ困るから。」

 

表情こそいつもと変わらなかったが、そう言うアリスは少しだけ期待を持っていたのだった。



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豪族トリオ

サブタイで誰が出てくるかわかってしまいますが、それはそれ。


「……思ったんだけどさ、俺達なんか変な団体みたいになってきたような気がするんだよ。」

 

「何故じゃ?ただ人里に買い物に来ているだけじゃろう?主様。」

 

「そうですよ。別段何も変わった事はありません。人里に妖怪がいることが珍しいというのならまだしも、人里にも少なからず妖怪は住んでいたり買い物に来ていたりするのですから何も問題はないと思われます、マスター。」

 

「そうそう、それに毎回全員連れていかないと何言われるかわかったもんじゃない、って言ったのは陽の方だよ?陽って偶に変な心配する時あるよね。

そんなに魔理沙に言われた言葉が気になるの?そんなに幼女好きとして見られるの嫌なの?」

 

「嫌って訳じゃないが、一々白い目で見られたり店先のおっちゃんとかに哀れな目で見られたりここら辺の主婦達に変な噂立てられたりしてたらそりゃあ嫌になると思わないか?いくら俺でも怒るときは怒るぞ?」

 

人里で、買い物に来ていた陽、陽鬼、月魅、黒音。しかし、買い物で店に入る度にあらぬ噂が段々と現実味を帯びてきたと言われかねん視線、店主の生暖かい眼差しとか哀れみの目とか。

そういうのに晒されて少しだけ陽はキレていた。

 

「私達に当たらないでよ……いやまぁ、言いたいことは凄くわかるけどさ。しょうがないじゃん、どっちにしろ嫌な噂なんてすぐ立つに決まってるよ。例え黒音を預かってなかったとしても私達とっかえひっかえで買い物連れていってる時も嫌な噂立ってるんだし……もう消えるまで待った方がいいよ。」

 

「消えたらいいんだけどな……」

 

「むっ……?」

 

他3人が喋ってる間に、黒音は自分の視界の端に映る白と緑の物体を目にしていた。白が猛ダッシュで飛んできていて、緑がそれを追っているような状態である。

そして、それがこっちに近づいているのをしっかりと確認してから陽の服の裾を引っ張って呼びかける。

 

「主様、ようわからん物がこっちに近づいておるのじゃが。白と緑の二つが。」

 

「白と緑?大根じゃあるまいし……って本当になんか近づいてきてんな。もしかしたら何か急いでる可能性もあるから━━━」

 

「見つけたぞ諸悪の根源月風陽!!お主を今から退治してくれよう!!この物部布都がなぁ!」

 

瞬間、陽達は絶句していた。何の諸悪の根源なのか、何故退治されないといけないのか、そもそも目の前にいる彼女と明らかに幽霊だと分かる足がふよふよしている、緑色の服を着た少女は何者なのかだとか……それらの疑問が一気に襲いかかってきたのと、物部布都と名乗る少女がドヤ顔をしているために生まれている呆れで絶句していた。

 

「……どうだ屠自古!あやつらは我の威光に恐れ慄いて声も出すことが出来なくなっておるようじゃぞ!!」

 

「どう考えても違うだろ、どう考えてもお前のアホさ加減に呆れてるだけだろ。お前じゃ話にならねぇから下がってろ、お前だとすぐに暴れて周りを火の海にするだろうからな。」

 

「我が放火魔と申すか貴様!おい屠自古!聞いておるのか屠自古!もしかして聞いておらぬのか屠自古!?」

 

布都を完全に無視しながら屠自古と呼ばれた少女は陽に近づく。無愛想だが、まだ会話が成り立ちそうだと少しだけ陽は安心をしていた。

 

「おい、何でそんなに妖怪の子供を連れ添っている?お陰でお前に白い噂が立ってるのは知ってるだろう?本当に噂通り子供をそういう目で見ているやつってことか?

そうなるとお前の家に強制的に立ち入らせて貰うことになるが?」

 

「連れ添っているのは俺がこの子達を預かっている立ち位置だから、嘘だと思うなら竹林にある永遠亭、それと紅魔館にでも行って確認来てくるといい。この三人は八意永琳とレミリア・スカーレットから引き受けた存在だ。

それに、俺の家は八雲紫が住んでいる八雲邸だ。仮にそんなことをしてしまっていたら結界管理者の関係者として申し訳立たなくなるからそんなことするはずもない。

これでもまだ不満があると言うならどうぞ調べるなりなんなり確認してくれ。」

 

「そんな嘘が通るとでも……屠自古?」

 

陽の言ったことを否定しようと布都が声を荒らげるが、それを屠自古が手で静止させる。相変わらず表情は無愛想そのものだが、何かを考えるように腕を組み始めて陽をじっと見始める。

 

「……よし、帰るぞ布都。問題ないから帰る。」

 

「お主は何を言っておる!?ここに!幼き少女の!妖怪を束ねている!変態が!いるのに!無視!すると!!言うのか!?」

 

「喧しい!一々叫ぶな鬱陶しい!私が判断したんだから帰りながら話をしてやる、とりあえずこいつは……いや、こいつらは別にお前が言うような奴じゃない、ってことだ。」

 

「お主は一体何を言っておる!?はっ!?ま、まさか既にあの男の毒牙にかかっておりゅりゅりゅりゅりゅ!?」

 

布都が何かを言おうとした矢先、突然屠自古の手から電撃が放たれる。それをまともに受けて、布都は体を痙攣させながら倒れる。その光景を終始見続けていた陽達は呆然としていた。もはや目の前で何が起こっているのかすらも分からないくらいだった。

 

「……すまんな、こいつは今度後でちゃんとお仕置きしておくから今までの無礼は忘れてくれ。あぁそれと、私達は豊聡耳神子……聖徳太子様の一派のものだ。もし会いたいとか何か話がしたいとかなら……命蓮寺の寺に墓がある。そこに行けばキョンシーがいるから頑張って会話してみろ。運が良ければ通してくれる。」

 

そう言って屠自古は離れていく。そして、ある程度離れたところで姿を消した。何かの術で移動したと陽は軽く予想はしていたが、まずこの場にいる四人全員に共通して思っていたことがある。

 

「……あいつら、なんだったんだ?」

 

「私に聞かないでよ……私達も困惑してるんだからさ……」

 

「しかし、一つだけ分かったことがありますね。」

 

「うむ……あやつらは━━━」

 

『ひたすらに騒がしい奴ら』だという事が、彼らの彼女達に対する印象だったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ。」

 

「むっ!?また会ったな!今日こそその首貰い受けりゅりゅりゅりゅりゅりゅ!?」

 

「お前は一々人に喧嘩を売らないと会話も出来ない危険思考の持ち主なのか、そうなのか。」

 

翌日、また人里に買い物に来ていた陽達は再び屠自古達と出会っていた。出会い頭に臨戦態勢に入っていた布都を屠自古が電撃で戒めていた。

 

「おう、また会ったな。今日も出会ってなんだが流石にそろそろ幼女連れくらいは止めておいた方がいいと思うぞ私は。」

 

「とは言っても買う荷物が多いから分担して持ってもらわなくてもいけなくて……」

 

「あぁ……みたいだな、山のように荷物が積まれてるのが今見てはっきりした。」

 

「私がよく食べるからね!」

 

横で電撃による痺れで体を痙攣させている布都を他所に他の五人で談笑していた。しかし、陽達からしてみれば気にならないということは無く先程からチラチラと布都の様子を見ていた。

それに気づいた屠自古が『問題ない』と言い再び談笑に戻り始めた。

 

「と、屠自古がクズ男の毒牙にかかってしまったぁ……これは、太子様に報告せねば……なら、ない……」

 

「おいてめぇ、それで太子様の説得に私がどれだけ時間を費やしたと思ってんだ。お前が本気で信じ込んでいるせいで太子様がガチで信じるパターンはもう飽き飽きなんだよ。お前のアホな脳みそはもう成長しねぇのか、しねぇのか?」

 

「うががががご!」

 

そして再び電撃を与えていく屠自古。そこでふと何かを思い出したかのように電撃を辞めて陽達の方を振り向き直す。

 

「そういえばまだ名前を名乗っていなかったな。私は蘇我屠自古、横でぶっ倒れてるのが物部布都だ。」

 

「蘇我とか物部とか……よく見る名前だ……」

 

「そういや寺子屋のワーハクタクが言ってたな。私達は歴史に名前が載ってるって。何か微妙に違ってたりもするが……まぁ、だから何だって話だが。

っと忘れてた……買い物に来てたんだったな……すまんな、変に時間取らせちまって。私らはもう用事は終わってるしもう帰らせてもらうぞ。この馬鹿ををまた家まで連れて帰らないといけないからな。」

 

そして屠自古は布都の服の襟を掴んでそのまま地面を引きずりながら引っ張って行ったのだった。

 

「……しかし、何故あの白い方は妾らをあそこまで目の敵にするんじゃろうか。主様達はあの者に何かしたのかの?」

 

「いや、俺は何かした記憶はないが……多分、単純に思い込んだら周りの話を聞かないタイプなんじゃないか?それを……屠自古が戒めてるって感じでさ。だって噂がどうのこうの言ってたし。」

 

「とはいっても……陽一人で置いていくのは駄目だしね、スグやられちゃうだろうし。まだまだ体が鍛えたりないから。」

 

「鬼のお前と比べられたら一生勝てないような気もするが……とりあえず鈴奈庵寄っていこうか、黒音が好きそうな本探すのもありかもしれないしな。」

 

「ほう、それは楽しみじゃな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに翌日。

 

「ふむ……では、改めて挨拶をしよう。私の名前は豊聡耳神子……聖徳太子とも呼ばれているね。君は私のことは知っているだろう?それで、私が君を読んだ理由を教えようと思うのだが━━━」

 

「……なんで、こんなことになってたんでしたっけ?」

 

陽は、聖徳太子……豪族達が住んでいる場所に案内されていた。ちゃぶ台を挟んで片方には豊聡耳神子、物部布都、蘇我屠自古の三人がいて、もう片方には陽、陽鬼、月魅、黒音の四人が座っていた。

何故こうなったのか。ことの始まりは数分前へと遡る。

まず、いつもの様に買い物に来ていた陽達。そこで現れたのが豊聡耳神子であった。

彼女に(半ば強引に)誘われて彼らは豪族達の家に上がっていた。断ることも出来たのはできたが、断った場合その時彼女のの後ろにいた布都が何かしらしてきそうな予感がした、ということで断れなかったのである。断って争いに発展した場合は人里をまた巻き込まなければいけなくなるからであった。

 

「それはそれとして……うむ、屠自古の言う通りではあるみたいだな。私はなるべく彼女達の話は真剣に聞いていたが、今回ばかりは布都ではなく屠自古の方が正しいと見るべきだ。

彼の『欲望』には布都が言うような卑しいものは存在していない。少なくとも、その子達には欲情はしていないようだ。」

 

「……」

 

『なるほど、そういう理由だったか』と思う反面『これ以上突っ込んだら負けだ』という思いも陽の中にあった。最早反応して違うと否定することでさえ面倒くさくなるほどに、この噂は根が深いのだとも陽はうっすらと理解していた。

 

「しかし……人里を騒がせているのは事実。以前も何度か人里で襲われた側とはいえ、暴れていた様だ。

そこで……だ。君の戦い方を見てみたい、君自身の……戦い方をね。」

 

「俺、自身の……?」

 

唐突な申し出。一体何が目的なのかと少し勘ぐった陽だったが、それに気づいたのか、神子は立ち上がりながら襖を開けて外の景色をさらけ出す。

 

「そう、この庭でいい。この庭で君がどういう風に戦うのかを見定めないといけない。私は、今回は『月風陽を戦闘にて退治する』という目的を持っているからね。

だが、もし勝てなかった場合逃げられてしまうかもしれない。そうなると私達では追うことは難しいかもしれない。そうなった場合、見逃さないといけなくなるね。」

 

この神子の言葉で少し彼女のやりたいことを理解した陽。要するに彼女は『退治する目的はあるけど、それは建前で本音では力の確認だけをしておきたい』ということだろうと陽は予想していた。

しかし、その言葉に反発する者が一人だけいた。

 

「なんと!?太子様そのように弱気になってはいけませぬ!我らが力を合わせればかの者を退治することなぞ御茶の子さいさいというやつですぞ!」

 

布都である。どうやら神子の言ったことを文字通りに受け取ってしまったらしく神子に発破を掛けていた。しかし、当の神子本人は苦笑を浮かべており、どうして良いものやらわからないという状態だった。

 

「てめぇは少し黙ってろ、話が進まねぇから太子様の言うことを素直に受け取ってなんの文句も言わず付いてくりゃあいいんだ。」

 

「あばばばば!?」

 

そしてこの数日間で何度見たかわからない屠自古の電撃を受けさせられる布都。再び痺れながら倒れるのを確認すると、神子は仕切り直しと言わんばかりに再び陽達に向き直した。

 

「では、妖怪退治と行きましょうか。」

 

「……悪役を演じさせられるハメになるとは……まぁ、断れないようにさせられてるしやるしかないか……」

 

こうして、豪族達との戦いを陽はすることとなったのであった。




戦いは次回


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豪族と

前回の続きです。戦いとはなんだったのか。


「では、お主は一人我々は3人ということでいいな、ゆくぞ我の最大火力の一撃を食らうがいい!古舟[エンシェントシップ]!」

 

「ちょ!待て!いきなり過ぎるだろっ!!」

 

唐突に現れる船。その船の上に布都が飛び乗り弾幕をバラバラと撒き散らしていく。あまりにも唐突なことだった故に陽を始めとして、布都以外の全ての人物が呆気に取られていた。

しかし、すぐさま冷静さを取り戻した豪族達はお互いに顔を見合わせて頷く。そして何かしらのアイコンタクトをした屠自古が布都よりも上の位置に浮かび上がってくる。

陽を倒そうとしている布都はそれに夢中になっており、飛んでくる布都には気がついていなかった。

屠自古はこのまま一旦電撃を布都に与えてまた痺れさせて止めようという魂胆だった。神子も同じ事を考えていたので屠自古のこの行動を止めようとは思わなかったのだ。

しかし━━━

 

「あまりやりすぎると、誰かからの報復が待っていることをあなたは知った方がいいですよ。」

 

「む?」

 

月魅が屠自古よりも先に布都に切りかかっていた。布都は突然目の前に現れていた月魅に驚いて、彼女が自分の乗っている船を切ろうとしていることに一瞬気づくのが遅れてしまっていた。

 

「せい!」

 

そして、一息の掛け声とともに月魅の刀が布都の船を切り裂く。それでバランスを崩した布都は地面に激突し、月魅は着地していた。

しかし、落ちた痛みを我慢しつつ勢いよく起き上がり、陽のいるであろう方向へと視線を向けてガッツポーズを取る。

 

「我の船は真っ二つになってしもうたが、これで月風陽も痛い目を見たであろう!いいか!人里に迷惑をかければこういう痛い目に……む?」

 

そこは弾幕が落ち続けていたせいで土煙がもうもうとしていた。しかし、その煙が晴れていくと段々と一人の人影が浮かび上がってきていた。

無論、その煙が晴れる頃には布都もそれが誰か分かっていた。そう、陽だった。

 

「何故じゃ!何故傷一つおっておらん!!」

 

「お主が弾幕を主様にバカスコ撃って楽しんでいる時は邪魔しても気づかなかった様なのでな、全部妾が撃ち落としたのじゃ。狙って当てるようなものでもなさそうだったみたいじゃし、主様に当たりそうなものだけ対処させてもらったのじゃ。」

 

「くっ!我1人だけであったのに三人がかりとは卑怯な━━━」

 

瞬間、布都の顔を横切るように高速で何かが飛んでいった。布都の髪の毛が少し削られたのかパラパラと地面に落ちていった。

投げられた方…1番前にいた月魅の後ろにいる陽よりも後ろ、そこにいる黒音よりも更に後ろ……そこでは陽鬼が石ころを上に投げては掴み、投げては掴みの繰り返しをしながら布都を睨んでいた。

 

「急に決めて不意打ち……そのせいでてっきり私は本格的な戦いをするもんだと思ってたよ。ルール無用、不意打ちをしても文句は言われない気づかない方が悪い……てっきりそうだと思ってたから、今つい手が出ちゃったよ。

それでえーっと……なんだっけ?1人なのに3人がかりは卑怯だっけ?じゃああなたが最初に言ったことってなんだっけ?あなた達3人と私達の主が一人で戦うとか言ってなかったっけ?」

 

「そ、それは……」

 

「反論できないなら……あんまり勝手なことしないようにね?貴方の失態は貴方の大切な太子様の顔にまで泥を塗るハメになるんだから。」

 

布都は無言で神子の方を見る。対して神子の方は歩いてきて布都を通り過ぎ、陽の目の前でしゃがみ、手を差し出した。

 

「ウチの布都が申し訳ないことをした。いや、我々がやっていること自体かなり恥ずかしいことなのではあるのだが……ちゃんと公平に試合をするつもりだった。

まさか布都が先走ってしまうのにはさすがの私も驚かされた。彼女の心の欲望は私の役に立ちたいという願いしかないならね。私でも何をするか予測不能だ。」

 

「い、いや……別に俺は気にしてないけど……」

 

陽はそれよりも本気でブチ切れているかもしれない陽鬼に対して若干ビビっていた。扱いやすい布都よりも、怒らせたらどうなるか分からない陽鬼の方が今の陽にとっては恐怖の存在でしかなかったので、布都のことは気にしていられなかったのだ。

 

「そうか、気にしていないならいい。今日はもう帰ってほしい。今から仕切り直しというわけにも行かないからな。それに、こちらも布都に少しばかりお説教をしてやらないといけないからな。」

 

「そ、そうか……」

 

こうして、よく分からないまま陽は八雲邸へと帰っていったのだった。その間、陽鬼は物凄く不機嫌なままだったために陽は彼女にとても話しかけづらい状況が続いてしまっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……豊聡耳神子のところにいたの……?」

 

食事中、紫は驚きの余り箸を落としていた。床に落ちそうになっていた箸を、藍がぎりぎりキャッチしていたので難を逃れたが。

 

「うん……何か、俺の力を見ておきたかったらしかったんだけど、布都って人の暴走で有耶無耶で終わっちゃって。また次あった時にでも手合わせをよろしく頼む……みたいなこと頼まれちゃって。」

 

「何で唐突にそんなこと頼むのかしら……私に喧嘩でも売ってるのかしら?」

 

「だからって、あの人にちょっかいかけるのやめてた方がいいと思うけどな。手を出してしまったら、人間の俺に肩入れしてるって事になって『一人の人間に肩入れしてしまったらただの妖怪や人間と変わらない』とか言って退治する名目を得てしまうよ。」

 

陽は冗談半分、真面目に考えていること半分で伝える。実際問題、もし仮に彼が巻き込む様に人里に被害を与えてしまっているのではなく、人里に故意に被害を与えていると考えられてしまった場合本当に彼女は陽を退治しようとするだろう。

人間ではなく、体は妖怪になってしまっているのだから。

 

「……それもそうよね。けど、あそこの豪族達は一人彼女にご執心している人物……物部布都がいるせいで凄く心配になるのよ。」

 

その言葉に陽は声こそ返さなかったが、同意はしていた。布都の神子の敬い方はどう考えても過激派宗教団体のそれだと何となく感じていた。実際にいたらあんな感じなのだろうと。

 

「……まぁでも、いざとなれば陽鬼達もいるから簡単に不意打ちは出来ないよ。」

 

「……不意打ちは確かにできないでしょうけど……陽鬼があぁやって黙々とご飯を食べてる事態には何度もなって欲しくないものよ。いつも凄いいい笑顔で食べてるのに今日はずっと仏頂面だもの……」

 

「……」

 

いつも食事時は全てを食いつくさんと言わんばかりに、笑顔で飯を食べている陽鬼が今日は黙々といつもより遥かに遅く飯を食べている。その事で陽鬼以外の者達は明らかに陽鬼が機嫌を悪くしていることに気づいていた。原因を見ていない藍や紫でさえも、だ。

 

「よ、陽鬼……調子悪いのか?体の調子が悪いなら先に寝ておいた方が……」

 

「いい、お腹減ってるから全部食べる。体も調子悪くないから心配しなくていいよ。」

 

『見るからに機嫌を悪くしているじゃないか』と一言陽はいってやりたがったが、流石にこの状況で陽鬼に対して反論するのは得策じゃない、と思って何も言わないでおくことにしたのだった。

 

「……役に立ちたいなぁ……」

 

陽鬼のそのぼそっと吐いた言葉は小さすぎて誰にも聞こえなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陽鬼、ちょっといいかしら?」

 

「紫……何?不機嫌だったことに対しての説教でもするつもり?陽がしようとしないから。」

 

「そういうのじゃないわよ……ただ、話をすることで解決することもあるかもしれないじゃない。貴方、何をそんなに不機嫌になっているのかしら?豊聡耳神子達に何か嫌なことでも言われた?」

 

一瞬言い淀んだ陽鬼だったが、ぐっと拳を握ってから軽くため息を履いてポツポツと話し始めた。

 

「何か私……あんまり役に立ってないと思って……」

 

「そんな事ないわよ?貴方だって立派に陽の役に立っていると思うわ。貴方の力は誰よりも強いんだもの。」

 

「力が強いだけじゃあいけないんだよ。黒音は魔法が使えて遠くまで攻撃できるし頭もいい、月魅は直感がかなりいいから不意打ちされても避けれるときだってある。

それに対して私は殴ることしか出来ない。魔法が使えれば陽よりも身長が大きくなれるし、刃物が扱えれば薪を集められるようにもなる。

料理ができれば陽の手伝いとかもできるしもうちょっとお淑やかな性格してれば人里に行ってる時とか大声で叫んだりして陽に迷惑かけることなんてないし……そういうのを、ちょっと考えちゃって……」

 

紫は黙って陽鬼の話をよく聞いていた。そして、話を言い終わった後に紫は陽鬼の頭を撫でる。陽鬼はそれに甘えるかのように紫に抱きついて頭を押し付けていた。

 

「多分、多分だけれども……陽は別に貴方のことを迷惑に思ってなんかないわよ?貴方のその明るい性格や貴方にしかないその力は間違いなく陽の助けになってる。

貴方が言ったように月魅や黒音にしか出来ないことだってある。でもそれは貴方だって同じ、貴方の力は貴方だけのものだし……貴方の性格だって貴方自身のもの。それは間違いなく陽の助けになっていて……励みになっていると思うわ。」

 

「……本当?私、陽の助けにちゃんとなれてる?」

 

「えぇ、本当よ。貴方がいなかったら陽はどこかで死んでいたかもしれないじゃない。寧ろここまで生きてこれたのは……貴方や月魅、黒音……陽を助ける貴方達の力もあるのよ。」

 

紫がそう言うと、陽鬼は紫から離れて紫に背を向ける。そして、嬉しそうに伸びをして再度紫に向き直る。

 

「ありがと紫!おかげで元気出た!じゃあちょっと陽と話してくる!」

 

「えぇ、行ってらっしゃい。けどあんまり長話して寝るのが遅くならないようにね。」

 

「はーい!」

 

そう言って陽鬼はそのまま走っていく。部屋に入ったのか大声で叫ぶ声も聞こえたのを紫確認すると、紫はそのまま自分の仕事を終わらせるために自室まで戻っていったのだった。そして、紫達が話していた場所に1番近い部屋の中に二人の影があった。

 

「……何とかなったみたいだな。」

 

「えぇ、そうですね。最初は心配しましたがもう大丈夫みたいです。」

 

藍と月魅だった。2人とも陽鬼が心配になっていたので少しばかり様子を見ていたのである。しかし、紫と陽鬼の会話を聞いて陽鬼が元気を取り戻したところまで見ると、もう大丈夫だと判断したのだった。

 

「にしても……平然と部屋に隠れるのが上手いというか……気配を消すのが上手いな、誰かの元お付きとは到底思えん。」

 

「今の私は精霊です。気配そのものが自然物である以上その気配を殺すことなんて簡単なんです。

それと最近はこういう事を繰り返していますし。」

 

「そうかそうか……ん?」

 

藍は一瞬月魅の言っていることに納得したが、即座に疑問が生じた。月魅の『こういう事を繰り返している』という台詞にだ。

 

「少しいいか?こういう事をって……月魅は一体何を繰り返しているんだ?」

 

「……マスターの、警護です。ただ殺意を丸出しにしていると目立つ上にマスターの警護なのにマスターに負担をかけてしまうかも知れません。そう、だから私は気配を消してマスターに危害を加える者がこの家に出ないか伺ってるんです。」

 

「……風呂や厠……まで一緒にいる、なんてことは無いよな?」

 

月魅は藍のその質問には答えず、顔を背けて歩き始める。藍も早歩きでそれについて行って意地でも答えてもらおうとしていく。

 

「……後で、お前の部屋を物色させてもらう。下手をしたら何か私は重大な事をしでかしている者を今見つけているかもしれないんでな。」

 

「大丈夫です、私は決してやましいことなんて何もしていませんよ。えぇ、本当です。本当ですとも。だから私の部屋に来るということはなるべくしないでもらえると有難いのですが。あの、藍?どうして私を追い越して我先にと言わんばかりに私の部屋に向かおうとするのですか?藍?あの、藍?」

 

静かに、しかし騒々しく2人は部屋へと向かう。今日もまた一日が過ぎる。騒々しくも平和な日常が。

しかし、いつでもいつまでもそれが続くとは限らない。どれだけ幸運が積み重なっている者でも、不幸な時は必ず来るのだ。

それに気づかなければ死ぬかもしれない……そう言わんばかりに━━━

 

「はっはっは!気分がいいよ!もっかい下克上出来るんならそれに越した事はない!」

 

「さっさと行けよ天邪鬼……お前がやらないとあいつらは来ないんだからな。せいぜい派手に暴れてくれ。」

 

━━━人里のある所から火の手が上がっていた。



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狂気の傘

終わり際からの直接繋がっています。


夜、月の出るその時間帯では人里の者は皆蝋に火をともして生活をする。幻想郷ではそれがとても当たり前なことであり、電気の通わない生活をしている彼らはそういう生活をするしかない。

そして暗闇が支配するこの時間帯は、物の怪が活発になる時間帯でもあるのだ。声さえ出さなければ誰かがいることなんて一般人にはわかりようもない、音を出さなければ近づかれていることすらわからない。つまり、何かが起きた場合には大体手遅れになってしまうのだった。

 

「村紗!消して回ってたんじゃこんなの間に合わないわよ!?」

 

「そんな事言っても……!家屋を潰して火を消そうにもあちこちから火が出てたんじゃ消してる方が早いじゃん!!」

 

「村紗!あなたはそのまま消化活動を続けて!一輪!貴方は雲山を使って他に燃えている家がないか探して!すぐにほかの者達に消火活動を手伝わせます!!」

 

命蓮寺、妖怪と人間の共存を目指すこの寺の者達は全員何かしらの形で人外ではあるが、その全員が尼僧たる聖白蓮に付き従っている。今、その者達全員を掻き集めて、指示することにより現在人里で起こっている同時火災を食い止めていた。

 

「聖!?どこに行くんですか!?」

 

「私は豊聡耳神子のところへ行きます!少し気がかりなことと……それに、あの者達の助けも借りねば行けません!!私たちでは限界があります!!ナズーリンはネズミ達を使って逃げ遅れた人がいないかの確認をしてください!星はそのお手伝いと私が戻るまでのみんなの指示を任せます!」

 

「は、はい!分かりました!!」

 

そう言って聖白蓮は走る。彼女が気になっていること……それは、最近寝泊まりしていたはずの多々良小傘が突然いなくなっていたことである。そして今回の火災にて……小さい『まるで道具のような』ものが火をつけ回っているという話も聞いていたのだ。真偽は不明だが、それが真実だとすれば彼女に取っては少し身に覚えのある事件と化すからだ。

 

「聖白蓮、状況の説明を頼むわ。」

 

そして、唐突に彼女の前に現れる八雲紫。そして月風陽達もこの場に来ていた。すぐさま応援が来たのだと思い、この場の状況を説明し始める。

 

「今人里で何件もの火災が同時に発生しています。しかも、この火災には小さいまるで道具のような者達が火をつけた……なんて話も出てきています。今のところ死傷者は出ていませんがいずれこのままだと……」

 

「分かったわ……とりあえず私は手当り次第に声をかけてみるわ。天狗達には協力は仰げないと思うから……とりあえず霊夢達に声をかけてくるわ。

陽、貴方はなるべく避難してきた人達の避難先の案内をお願いするわ。いいかしら?」

 

「分かってる。陽鬼達にも火災鎮火を頼むつもりだったしな……行けるか?3人とも。」

 

その陽の問に三人は静かながら力強く頷いた。それを確認して陽は白蓮に避難先を教えてもらい、そこに走って向かう。紫は応援を呼びに、白蓮は豊聡耳神子のところへ、陽鬼達は鎮火の為にそれぞれ動いき始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「押さないで行ってくれー!ちゃんと全員助かるようにする!知り合いが見つからないって人は教えてくれー!……ん?」

 

避難先への誘導をしているさなか、陽は人影を見た。勿論火災から避難してきた人ならまず間違いなくこっちに来ない、なんてことは無いはずである。避難先から逃げるなんてことする者はそうはいないからだ。

そして、明らかに何かを観察しているような、そんな感じの視線を陽は感じ取っていた。そして、陽に気づかれたと知るや否やその場から走り去る。

 

「……まさか、この騒動を起こした犯人?っ待て!!」

 

「むっ!?おいどこに行くのじゃ!」

 

陽は影から見ていた人物が気になり、追いかけ始める。その姿を狸の妖怪である二ッ岩マミゾウが止めようとするが彼女も案内を任されていたために簡単に離れることが出来ず、簡単に陽の姿を見失ってしまうのだった。

そして陽は、そのまま逃げた人影を追いかけ始める。しかし、いつの間にか陽の周りを焼けて焦げた木材が囲む様に倒れていた。

 

「なっ……これじゃあ後ろにも前にも……」

 

「うらめしや~……どう?驚いた?驚いた?いつの間にか自分が焦げた木材で囲まれてるだなんて……驚いた?」

 

「誰だ!?」

 

先ほどの犯人かと思い、声を荒らげた。声の方向、まだ燃えていない家屋の屋根の上に居たのは水色の髪、そして特徴的な赤と青のオッドアイ、そして何よりもその手に持つまるで生き物のような舌が生えている傘が特徴的な少女だった。

 

「お前がこんなことをしたのか?」

 

「お前、じゃないよ~……私の名前は『多々良小傘』傘の付喪神だよ~

でも……案外驚かなかったの?普通の人間の癖に肝が座っているというかなんというか……面白い人間ってことだけは分かるよ。

それと、私がやったことは何一つないよ。ただ、その木達には『倒れたら楽になる』って言ったんだよ。そしたら綺麗に貴方を取り囲んでくれた。火災を起こしたのも私じゃない。起こしたのは今まで人間に散々な扱いを受けてきた道具達だよ。

とある人が起こしたのよ、この火災……『異変』をね?」

 

「……何もしていない、と言うのなら何故そんな所にいる?なぜ俺を足止めしようとする?」

 

陽の問に小傘は静かに微笑みながら飛び降りる。ゆっくりと着地して陽を取り囲んでいる木材よりも外側の位置に降りていた。

 

「足止めしよう、なんて一切考えてないよ。私は貴方を殺すの。最初はなんの恨みもなかったけれど、全くもって関係もなくただの他人としか見れてなかったけど……私のやる事に驚かない人なんて私は嫌いだし、死ねとも思うし……殺したくなっちゃうよ?」

 

『正気じゃない』と陽はまず最初に思った。笑いながらくるくると愛らしく回る彼女。しかしその顔は狂気に取り憑かれているそれであり、恐らく彼女は何かに操られているのでは?と思えてくるのだ。

 

「俺は君のことは知らない……が、俺は奴を追わないといけないんだ。」

 

「奴?あぁ、あの人を追ってたのね?けれど私には関係ない。私に驚かない人なんてこの世界に入らないし私の視界にも入らないでほしい。そういう理由で殺すの。だからお願い、死んで?」

 

そう言いながら彼女は弾幕を放つ。しかし陽は周りを既に囲まれているために避ける事が出来ずにその場で棒立ちになっているしか無かった。

 

「ぐっ……!」

 

「あははは!痛い!?痛いよね!?ごめんね?痛いの嫌いだろうし私も嫌だよ?痛くするのも痛くさせるのも私の心が痛いんだもん。けど貴方が驚かないのがいけないんだよ?素直に驚いてくれたら良かったのに何も感じてくれなかったんだもん、本当に驚かなかったんだもん。あれ?そうなると初めから驚けなくなるってことなのかな?でもまぁいいや、あなたを殺さないといけないんだから……あれ?そもそも貴方を殺す理由ってなんだっけ?まぁいいや、気にしないでおこうっと。」

 

小傘が操られていると、今の台詞で陽は確信していた。自己矛盾の無意識的な逃避、先程まであれほど驚かなかったことに執着していたのに唐突にその理由すらも忘れる事など。

明らかにおかしくなっている事が初対面とはいえ分かっていた。元々こんな性格ならどうしようもないのだが。

 

「あはは!あはははは!」

 

笑いながら弾幕を飛ばしていく小傘。その弾幕により家屋の骨組みが崩れていき、後ろは完全に閉ざされてしまう。そして崩れてきたまだ燃えている木材でほとんど動けないだったのがさらに動けなくなるほど幅が狭くなっていった。

 

「っ……!」

 

「凄い凄い!そんなに血だらけになって体もボロボロになってるのに立ってられるなんて!貴方本当に人間なの?あの博麗霊夢や霧雨魔理沙みたいに飛べるとかじゃないみたいだけれどその分あなたの体は頑丈なのかしら?ううん、違う。貴方は体が頑丈な訳じゃなくて単純に軽い傷程度なら治せるってことだよね?だって明らかに怪我しているところが治ってきているもの!」

 

そう言って小傘は一旦弾幕を放つのを止める。何事かと思い、陽は息を荒らげてながらも、整えながら小傘を見る。

 

「そんなに丈夫ならぁ……一つだけ気になったことがあるの!心臓を抉ったり頭を吹き飛ばしたりしたらあなたは死ぬの?それともちゃんとそこも再生するの?もし再生するなら貴方は立派な妖怪……ううん、妖怪からも気持ち悪がられる存在かもね?で、どうなの?実際のところ。」

 

「さぁてね……確かめてみたらいいんじゃないか?吹き飛ぶか再生するかをさ。」

 

「そうね!私考えるの苦手だからその方が手っ取り早く終わらせられる気がするわ!それじゃあ……ふふ。」

 

小傘は再び弾幕を放ち始める。しかし、今回の狙いは陽の頭と心臓を中心で狙おうとしており、陽はそれに対して壁を用意して防ぐことしか出来なかった。

 

「……」

 

「アハハ!防いでばっかりじゃ私を倒して先には進めないわよ?けどあなたには反撃できないよね?私を倒さないと進めないのに私を倒すことが出来ない……つまり、これって詰みって言うのよね?!そうよ!きっとそうに違いないわ!」

 

「まったく……何がそんなに楽しいのか理解に苦しむよ。というか、そんなに暴れて音を立てて大丈夫か?」

 

「へ?貴方何をんがっ!?」

 

突如上から降ってくる大きな拳。陽はその拳を放った本人達を見上げて少しだけため息をついた。

 

「ちょっと貴方大丈夫!?ボロボロじゃない!」

 

「あぁ、うん……俺は服がぼろぼろなだけだからいいけど……その子知り合いの人知らない?初対面だけど……何か様子がおかしかったから。」

 

服がボロボロの陽を見つけて大怪我をしているのでは?と心配して声をかけた女性、雲居一輪は陽のその質問に答える前に陽の状態の方が先決と言いかけたが、本当に傷がないことを確認するとため息をついてから質問に答え始める。

 

「……あの子は私の身内よ。多々良小傘……いつもならこんなことをする子じゃないんだけれど……まさか、また付喪神に関しての異変が起こってる……?」

 

陽は一輪がポロッと零したその一言が少しだけ気になり、なんの事か聞こうと口を開く。

 

「付喪神の異変って何のことだ?……えーっと……」

 

「雲居一輪よ、一輪とでも呼んでちょうだい。

それで付喪神の異変っていうのはね……今はお尋ね者になっている妖怪、天邪鬼の鬼人正邪というのが使う能力によって起こされた、道具達の人間への反逆の事よ。

正邪の能力は対象を反対にすること。例えて言うんだったら……私達だったら魚や動物を殺して食べたりすることもあると思うのだけど……逆のことが起こってしまうのよ。そういう物事を反対にしたり能力値を反対にしたりすることが出来る能力。」

 

「反対……普段こういう事をしない子が、こういう事をする………ということはやっぱりその鬼人正邪って奴が関係しているってことにならないか?」

 

陽のその提案に一輪は首を横に振った。だが、彼女も正邪が関係しているのでは?という憶測はできていた。しかし、そうなるとなぜ今までしなかったのかが分からなくなるのだ。正邪の能力がここまで強力なものなら何故ここまでしなかったのか、なぜ今までお尋ね者として逃げ回っているのか。その答えがわからない以上一輪には今回の件の犯人が正邪だとは断定はできなかった。

 

「……ともかく、今は火災の鎮火よ。私は引き続き空に雲山と一緒に火災が起こってる場所の報告をしないといけないから……あまりこういう無茶をしない方がいいわよ。

自分を大切にしていない人なんて人を泣かせるのだけは得意なんだから、ほんと……」

 

そう言って一輪は気絶した小傘を抱えて雲山に飛び乗って飛び出す。陽はそれを見送った後に能力で水を出して周りの木材の火を鎮火させてから先へ進んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、豊聡耳神子のところへ向かっていた白蓮は既に神子と対峙していた。

 

「……やはり、そちらの傘の付喪神もいなくなっていたか。そしてこちらはこころがいなくなっている。それだけじゃない、人里の火災は道具達が火をつけたという噂もある……となると、やはり犯人は鬼人正邪になるのか?」

 

「いえ……だったら何故今人里に火をつけるのかが分かりません。彼女がやりたい事は下克上……いくら人里に火を放ったところでそれが達成されるとは思いません。」

 

「……囮、にしては大掛かりすぎるな。わざわざ火を放つ事をしなくても静かにしていれば問題なかったようにも思える。力の誇示にしても火をつける意味が分からない……」

 

その時、二人のいる部屋に轟音が響き渡り、襖と共に屠自古と布都が吹き飛ばされてくる。一瞬二人を心配した神子達だったが、それ以上にこの二人を吹き飛ばしたであろう人物を睨みつける。

 

「おやおや、こんな所に聖徳太子と聖白蓮がいるじゃないか……せっかくだから俺の餌になれよ。力、貰ってやるからよ。」

 

「誰ですか、貴方は。」

 

白蓮が目の前にいる男に声をかける。その男は気味の悪い笑顔を浮かべながらゆっくりと口を開く。

 

「━━━黒空、白土……お前達の敵(捕食者)だ。」



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狼と面

コロコロ場面が変わりますよ


「屠自古、布都……この2人を貴方一人で倒したというのですか?」

 

「あぁそうさ……だが、この姿だと信じてもらえなさそうだな?まぁ人間の姿をしているから信じられなくても当然かもしれねぇがな?その2人も充分強い実力を持っているが今の俺には勝てなかったってことだな。」

 

「……」

 

一部屋にいつの間にか追い込まれている様な状態にされていた神子と白蓮。反撃しようとも考えたが、屠自古と布都がいる以上暴れて巻き込むわけには行かないと、2人は考えていた。

そして、目線を合わせて同時に頷くと2人で同時に白土に向かって弾幕を放ち始める。

 

「無駄なんだよ………あ?」

 

一瞬でスペカを発動し、自分に神狼達の能力を取り込んでその能力で弾幕を掌に触れて喰らわせる。しかし、その一瞬の隙に姿が消えており白土はそこでようやくあの弾幕は囮なのかと悟った。

しかし、今の白土は狼同然なので臭いを嗅ぐことにより追うことが可能なのだった。

 

「………なるほど、こっちに逃げたか。待ってろ、すぐ追いかけてやるよ……!」

 

白土の体から大量の毛が生えてその体が変わっていく。そして、白土の体は狼そのものとなりそのまま匂いのある方向へと走って追いかけていくのだった。

そして、白蓮達が逃げ去った頃と同時期に陽は人里でもまだ火災が起こっていない地域まで走っていた。小傘と対峙していた所から一本道でここまで来ており、既に見失った怪しい人物もおそらくここら辺にいるだろうと踏んでここに来ていたのだった。しかし、それらしい人物は周りには見当たらなかった。陽は仕方なく元の場所に戻ろうとするが━━━

 

「……誰だ?」

 

「やあやあ、我は秦こころであるぞ。そこの少年よ、今1度私と戦い最強の称号を手にしてみたいとは思わんかね?いや、最強である今の私に勝てるものなんていないが、誰かに負けるというビジョンが思いつかないわけだが、そういう妄想をするのは楽しいんだ。ほら、笑顔だろう?」

 

目の前に現れた秦こころというピンクの髪をした少女。その表情自体は無表情ながらも彼女がつけているお面は笑顔の表情になっていた。

 

「えーっと……そのお面が表情代わりなのか?」

 

「そう、私は面霊気。お面の付喪神。しかし私にはこの面達のような表情が取れないでいる。故に私は表情を学ぶ。悔しい表情、悲しい表情、怒り狂う表情、自信に満ちた表情……色々な表情を学び私はもっと強くなる。そう、強さだけではダメなのだ……それに伴う表情が無ければ私は真の最強足りえないわけだ。故に少年よ、私と戦え。」

 

陽は先ほどの小傘の事を思い出していた。連続で付喪神が火災を無視して戦おうとする。その事実に陽はある確信を得ていた。

一輪が言っていた付喪神の下克上。今完全にそれが起きているとこのこころを見ていてはっきりと理解した。

 

「俺は弱い、それで最強を名乗れるとは思わないがいいのか?」

 

「私は『理不尽に戦いを挑まれて困る表情』も見てみたいのだ。そのためにはわざと弱い者に戦いを挑み勝利する必要がある。だが今そんなことをしていても誰も戦おうとしてくれない。そして偶然暇そうな少年を見つけたのだ。故に私は戦いを挑む。」

 

『随分と自分勝手な奴だな』と陽は少し呆れていた。しかし、小傘の状態を思い出すと恐らく彼女も操られているのだろうと陽は確信していた。しかし、陽一人の力ではまともに戦うことさえ難しいことも理解していた。

 

「さぁ戦え!私の力を思い知って泣き叫んで現実の理不尽さに涙するがいい!その表情こそ私の新たな力となる!」

 

そう言いながらこころは弾幕を放ち始める。先ほどの小傘の時と違い、避けるスペースは充分にあるので陽は限界をなくす程度の能力で体の動きを早くして避け続けていく。

 

「ほう、ただの人間かとも思っていたが……存外やるようだ!ならば私も更に力を発揮せねばなるまいて!さぁ弾幕数を増やすぞ!私の強さについて来れるかな!?」

 

「少なくとも独りよがりで強さを競うような奴が……最強だとはとても思わないね!おらよっ!!」

 

さらに限界をなくす程度の能力と創造する程度の能力を使い、陽は大量に作り出したパチンコ玉をありったけの力で投げ始めた。霊力や妖力は持っているものの、それを弾幕に生かせないのなら……ということで作ったパチンコ玉である。とは言っても投げるだけ、それくらいしかできない代物である。咲夜のように時を止めてナイフを投げるわけでもないので完全に見切られる代物である。

 

「ほう……飛び道具か。だが私にそんなものが通用するかな!?」

 

扇子を持って飛び回り、時に弾き時に避ける。陽が投げたパチンコ玉は一切直撃することなくこころにダメージを与えることは出来ないままであった。

 

「うぅむ確かに弱い、弱すぎる力だ。だが逆に考えてみよう……『もしかして本気を出せないのではないか?人里という区切りがあるせいで物を破壊してしまう不安にあるのではないか?本気を出すために別の要因が必要なのではないか?』と考えるとしよう。

だがしかし!例えそうだったとしても私の感情ばかりはどうしようもできない!何故ならば、本気を出せないような状況を自ら作り出すのは愚の骨頂だと私は考えているからだ!ならば私が少年のその腐った性根を叩き直してやると!とまぁそういう事で今の私は私は正義の怒り、という感情に目覚めてしまっているわけだ。」

 

「自分勝手な正義の怒りに目覚められても俺は困るしかないんだがな。そもそも俺は戦うことなんて全く想定していなかったわけで……」

 

「ええい!言い訳なんて見苦しいぞ!少年よ!私の方が正しいと勝負で教えてやろう!」

 

「こいつ話聞かねぇ……!」

 

襲いかかるこころ。弾幕や殴る蹴るの攻撃にスペルカード、不意打ちで相手を怯ませてその間に一撃を加えていくというその戦法に陽は段々と押されていっていた。

 

「ふむふむ、どれだけ攻撃してもその体が壊れることは完全にないわけか!不死身……では無いな、単純な再生能力でその強さを誇っているわけか!いや、少年は実力ではかなり弱いとても弱い。だがその再生能力は大体の相手に持久戦を挑むことが可能となっている、私でも持久戦に持ち込まれた場合人間に勝つことすら怪しいからな。付喪神と言っても疲れることは疲れるのだ。いやはや、持久戦とはなんとも恐ろしい戦い方よ。体力があればどれだけ強い相手でも勝ててしまう実力詐欺なのだからな!」

 

こころの話しを話半分で聞いている間、陽はその喋り方を何処か演劇っぽいと考えていた。そして、同時に独善的で『傲慢である』と。

小傘の時は考えもしていなかったが、小傘の『驚かない人はいらない』という考え方は実に『強欲』に近い物を今更ながらに感じていた。

そして、傲慢と強欲という単語に陽は一人の男を思い出していた。八蛇である。そして、八蛇が付喪神達を操っているのでは?と陽は考えていた。

 

「だったら余計に……何で操るまでのことをしたのかが分からねぇ……人里に火を放ってまで俺をおびき寄せようとする意味もわからない、何か……焦ってるってことなのか……?」

 

「何をごちゃごちゃと!私と戦っているというのに別のことに気を取られるなど……言語道断だ!地獄の閻魔に変わり、私が貴様の体と魂と心を粉砕してやろう!さぁ!かかってくるがいい!貴様をぶち殺すために私はお前の再生能力を上回り、何者かを殺した時のその末の感情も手に入れるのだ!そうすれば私は感情をもっと知ることが出来る!表情も知り!仮面も増える!」

 

「さっきまでそんなこと言ってなかっただろうが……」

 

「意見することなぞ許さん!私は私だ!少年のその醜い心の闇を私の拳で粉々に砕いてくれる!!」

 

そう言って再び攻撃を仕掛け始めるこころ。喋る度に動きを止めるのはある意味で陽には有難かったが、唐突に攻撃を再開するのは心臓に悪いと陽はイラついていた。

 

「そもそも腐った性根だとか醜い心の闇だとか……鬱陶しいんだよほんと……!お前に決める権利はないだろうに、好き勝手に人の事を罵倒してくれやがって……!」

 

そう言いながら陽はスーパーボールをいくつか作る。そして、それら全てをこころが自分の目の前に飛んでくる寸前で地面に投げる。

 

「なっ……がっ!」

 

地面に投げつけたスーパーボールはそのまま勢いよく跳ねて、陽の目の前までに近づいたこころの顎や腹、そして胸に全て直撃する。直撃した一瞬の隙を突いて陽はこころの服を掴んで能力もフルに使った全力投球でかなり遠くまで吹っ飛ばした。勿論、自分か向かう方向とは真逆である。

 

「投げ飛ばすとは卑怯な━━━」

 

大きく叫んでいたこころだったが、勢いよくぶん投げられているせいですぐに遠くなり聞こえなくなってしまった。

それを確認した陽はそのまま走って元の場所に帰ろうと移動をし始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの男、まだ追ってきています。時折止まって何かをしている模様ですが……こう、鼻を少し高く上げているのは確認出来ています……行きましょう、あの男がまたこっちに向かってきています。」

 

「嗅覚か……まさか私達の匂いを嗅いで追ってきているとはな……その千里眼の魔法のように匂いを消せる結界は作れないのか?」

 

同時刻、白蓮達は未だに白土に追いかけられていた。白土の嗅覚が強いせいで未だに逃げ切れる気配もなく、ひたすらずっと追い掛け回されていた。

 

「あんまり無茶言わないでください……出来ないこともないですが今ですらなるべく精度を落とさずに千里眼と消音の結界を使いながら移動しているんですから……これ以上精度を落としてしまうとあの男がどこにいるか判別出来なくなるか一切音を立てること無く移動しなければならなくなるかの二択になってしまいます。」

 

「……?音を立てても問題ないのではないか?」

 

「恐らく私達の予想よりも、あの鼻はかなり利くほうなんでしょう……でなければ、空中を飛んでいる者の匂いなんてそうそう終えるはずがありません。香水の類や何かキツい匂いのする状態ならばともかく……」

 

「……確かに言われてみればそうか。しかし、済まないな……魔法を任せるだけでなくこうやって二人を担いでもらって。」

 

巫女のその言い分に白蓮は怒ることも笑うことも無く、そのまま前を向きながら返事を返す。

 

「いいえ、1人ずつ担いでいるより持てる方がお二人を担いだ方がいいと判断したんですよ。そうした方が片方がいざと言う時のために戦いやすくなりますし。私の方がお二人を担げるのでしたらやった方がいいというものです。

その代わり、戦闘は任せましたよ?いつか追いつかれる可能性もありますから。」

 

「あぁ、分かっている。二人を守ってくれ聖白蓮。にしても……人里から随分離れているようだが……どこまで逃げる気だ?」

 

「……紅魔館に行こうと思っています。あそこなら比較的人里に近いのと頼めば後で何かを要求されること覚悟でいけば……助けてくれるでしょう。」

 

白蓮の言うことに苦笑する神子。しかし、紅魔館に逃げ込むことは彼女も内心で賛成していた。地霊殿は地底に行かないといけない上に最悪地底の街を壊しかねないので地霊殿は不可能。天界は逃げた所で嫌味にされるのが目に見えている。白玉楼は彼女達が場所を知らないこともあり不可能。となった故に紅魔館ならば……と神子は結論に達していた。

 

「だが……あの男の能力を私たちは知らない。どうするつもりだ?逃げた先でレミリア・スカーレット達と共闘するのは問題こそないが、あの男の情報を一切持ってないと最悪全滅も免れないぞ?」

 

「えぇ……分かっています。だから最初は情報収集の為に様子見を提案してみるつもりです。血気盛んでいきなり攻撃を仕掛ける可能性もありますから……」

 

「まぁ、それがいいだろう………とりあえず二人を安静にできる場所に連れていかないとな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……それでこの私のところに来た、という訳ね?そこの2人がやられて……けれど安静にして無いといけないからここまで来た、と。」

 

紅魔館。そこについた2人は美鈴を無視して大急ぎで屋敷に転がり込んだ。最初こそ咲夜などに警戒されたものの、事情を話せばすぐにその警戒を解いた。

 

「えぇ……あの男は……狼の力を持っています。私達を追いかけている時は狼の姿をしていましたが、いざ人の姿になった時の力は未知数です。だから━━━」

 

「ふっ……皆まで言わなくていい……たかが犬っコロ如き倒せないようではレミリア・スカーレットの名が泣くからな。咲夜、パチェとこあを呼んできなさい。」

 

「了解しましたお嬢様。」

 

そういって咲夜は消えた。そして白蓮はもうすぐ敵が来るというのに随分余裕そうな態度をしているレミリアに『真面目にしろ』と言いたくなって顔を上げたが……レミリアの表情を見てその言葉は出てこなくなってしまった。

 

「ふふ、犬なんぞ八つ裂きにして食ってやってもいいな……」

 

レミリアはいつもの気品のある口調をつい忘れてしまうほど……狩人の目をしていたからだ。白蓮は悟った。レミリアがこれから行うのは敵の排除ではなく、獣の狩猟なのだと。




この小説のレミリアはいつもはお嬢様口調だけれども、気分が乗ってきている時は我様口調になります。


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反転と紅魔

今回はいろんな場面が行ったり来たりしています。


「……一本道だったはずなんだけどな。結局、どこで見失った……?」

 

陽は未だに人里で見かけた人物を探していた。しかし、一本道だったのに探しても探しても見つからないことを考えると、実は小傘やこころだったのでは?とも考えたが、2人はあの時に見かけた人物とは微妙に違いがあったのでその考えは即座に捨てていたのだった。

 

「……?なんか変だな。」

 

戻っている最中、陽は変な感覚に襲われていた。来た道を戻っているだけなのに何故か感じる違和感。まるで先程まで進んでいる状態のような感覚に、彼は囚われていた。戻っている筈なのに先に進んでいるという感覚が彼に違和感を抱かせていたのだ。そして、その違和感がなんなのかを深く考えようとして唐突に気配が後ろに現れたのだ。咄嗟に陽は後ろを向いていた。

 

「……っ!誰だ!」

 

「……ありゃりゃ、ついにバレちまったか。やっちまったよ(まぁいいさ)バレないようにしていたのにな(バレても問題ないからな)。」

 

「っ!?」

 

そして声の主の姿は陽の前から聞こえてきた。一瞬驚いて後ろに下がる陽だったが、気づけば()()()()()()()

 

「なっ……!?」

 

「別に驚くことじゃないだろ?お前だって似たようなスペルカードを使っているじゃないか。まぁ最も私の能力の方が反転させる精度は低いけどな(高いけどな)!」

 

目の前にいる少女は舌を出しながらまるで陽を挑発するかのような表情で煽ってくる少女。そして、陽は彼女の能力が反転させる能力だと気づいたが、それと同時に一輪が言っていたことも思い出していた。

 

「反転させる能力ってまさか……お前、鬼人正邪か!指名手配犯の!」

 

違うね(そうさ)私は天邪鬼の鬼人正邪じゃない(私こそが天邪鬼の鬼人正邪さ)!」

 

陽は彼女の喋り方のせいで一瞬戸惑ってしまったが、彼女が天邪鬼という妖怪であり、天邪鬼という言葉の意味を考えると、反対のことを言っているのだとすぐに気がついた。

 

「そうさ!私は今度こそ下克上をするのさ!弱いものが強いものの上に立って行われる世界!弱肉強食ならぬ強肉弱食!非常識こそが常識となり理性を持つ者は本能だけで行動し、理性を持たぬものは理性を持つ!力の強い妖怪ほど力が弱い妖怪に媚びていく!世界はそういう風に入れ替わるのさ!」

 

「……こりゃあ指名手配犯になるのも納得の危険思想……って事なんだろうな。こんな奴を放っておくわけには行かないな。」

 

「生まれながらの天邪鬼!ならば私が狙うのはいつまでも下克上さ!今の下克上が成功すればまた下克上!その下克上が成功すればまた下克上!私という天邪鬼の妖怪の特性は常に反転し続ける事だ!危険思想扱い上等!危険人物扱い上等!指名手配バッチコイ!なら私は弱いからこそお前に勝てる!全てを反転させる私の能力は私が一番弱いからこそ発揮される能力さ!」

 

そう言いながら正邪は多種多様のアイテムをどこからともなく持ち出す。その中には陽が見覚えのあるアイテムがいくつか混じっていたのだ。

 

「紫の傘に、文のカメラ……まだ見覚えのあるやつがちらほらあるな。」

 

「当たり前だ!私のアイテムコレクション、ルール無用で反則大歓迎の上で使う私のアイテムの数々プラス私の能力!さぁ私に負けることが出来るかな!?(勝つことが出来るかな)

 

そうして陽は、天邪鬼こと鬼人正邪と戦うことになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その頃紅魔館では既に門前で戦いが繰り広げられていた。紅魔館の門番である紅美鈴と黒空白土である。

 

「ふっ!」

 

「ぐっ……こいつ、なんて動きしやがる……!」

 

「貴方は能力に頼りすぎているんですよ……動きで見ている限り、どうやら手のひらで触れる事で発動する能力の様ですが、当たらなければどうということはありません。当たらないように避けながら、尚且つ強力な一撃を叩き込んでいけば問題ありません。」

 

「ちっ……たかが門番、されど門番か………なら……これならどうよ!!」

 

白土は大量の紙を投げて即座にその中に『直角間を移動する程度の能力』を使い入り込む。美鈴は紙を目くらましか何かと思い込んでいたため、入るのを阻止することが出来なかった。だが、ならば話は早いと言わんばかりに気を使って1枚1枚を破壊していった。

だが、それでも完全に紙の直角を消せてはいなかった。それもその筈、この能力が『直角間限定』だとは誰も思わないからである。紙の中に入ったのなら尚更『紙の中に入る能力』だと勘違いしてしまう場合が多いだろう、美鈴もその類であった。

 

「くっ……何とも厄介な能力を……!」

 

逃れられても繰り出される一撃一撃。美鈴には打撃でのダメージは殆ど通ってないが、背中、頭上、足元……上下左右前後全ての方向から繰り出される攻撃のせいで美鈴の緊張が高まっているのである。気を集中して攻撃を避けようとしても、幾枚もある紙から出てくる攻撃をすべて避けれるわけではないのだ。

 

「しかし、弾幕程度なら━━━」

 

「━━━『弾幕程度なら耐えれる』って言うんだったら、弾幕レベルの物理を味わわせてやろうか?」

 

「えっ━━━」

 

瞬間、空中に浮かぶ紙から一斉に攻撃が放たれる。美鈴は一瞬呆気に取られてしまい、攻撃を受け流しきれずに打撃を食らって吹っ飛んでいってしまった。

 

「ぐっ……今、のは……」

 

「残念、俺の能力は一つだけじゃない。お前が言ったように手で触れることで発動する能力もあるし、さっきみたいに紙に隠れることも出来る能力もある。そんでもって………俺は自分を増やす能力もある。こんな風にな?」

 

そう言って白土がばらまいた紙の中から大量の白土が出てくる。美鈴は複数の能力持ちということだけは分かっていたが、まさか三つも能力があるとは気づかなかった自分に舌打ちをしていた。

 

「さて……俺はそろそろ行かせてもらうぜ。俺はこの中にいる尼僧と聖徳太子に用があるんでな。」

 

「くっ……そ……!」

 

美鈴が力を振り絞って立ち上がったその時、白土の目の前に一本の槍が突き刺さる。紅い紅い紅の槍だった。

 

「門番がお世話になったみたいだな。」

 

「てめぇ……レミリア・スカーレットか。門番がやられたからってことで紅魔館総出で俺を出迎えか?」

 

白土がわざとらしく両手を広げ、笑う。レミリアはそれをただじっと見ていた。だが、少し間が空いたところでゆっくりと口を開く。

 

「そうだな……害虫駆除、という名目でならある意味では紅魔館総出という所だろうな。美鈴が手を抜くとは思えない……まぁいい、残った私達3人でやるとしよう。咲夜!パチェ!」

 

レミリアがそう命令すると、白土の周りにナイフが突然現れる。それを認知した瞬間には既に白土の寸前まで迫っていた。

だが、白土はギリギリで紙の中に隠れてナイフをやり過ごし、別の紙から出てくる。

 

「くっ━━━」

 

「逃げられると思ってるのかしら?日符[ロイヤルフレア]」

 

しかし、避ける事を見透かしていたパチュリーがスペルカードを唱え、小悪魔がそれを援護する。咄嗟に出てきてしまったため、反応が遅れて白土はロイヤルフレアをまともに浴びてしまう。

 

「くそ………がぁ!」

 

何とか改造する程度の能力を使い、自分に燃え移った火を水に変えてかき消した。

 

「ほう……まだ能力を隠していたか。」

 

「お嬢様……!そいつは、今ので四つ目です……!」

 

息も絶え絶えになりながら美鈴がレミリアに助言する。軽く顎に手を当てて考え込むレミリア。レミリアは今来たばかりなので白土が見せた二つの能力しか分からないのだ。

 

「連れてきましたお嬢様。」

 

「すまんな、咲夜。とりあえず美鈴の回復力ならばすぐに復活するだろうからその間は私達で時間を稼いでおくことにしよう。その前に残り二つの能力も判明すれば倒すがな。」

 

そう言ってレミリアは再び槍を構える。空には紅い月、そしてレミリアの目と槍の紅さは、白土により強い警戒心を抱かせるほど恐ろしく美しかった。

 

「……神槍[スピア・ザ・グングニル]

私のお気に入りの技だ。スペルカードルールでは弱体化されているが、実際のこいつの強さを思い知らせてやろう。」

 

「は、そんな槍程度で俺がどうにかなると思ってんのかよ。何ならそれの偽物を出してやってもいいんだぜ?俺の能力だとそういうことが可能になるからな。」

 

「ふん……形だけの贋作を作られるより個別で偽物を作られた方がまだマシだ。偽物は、贋作以上に本物を超える可能性があるからな。

さぁ、やれるというのならやってみるがいい……紅魔を倒せるものなら倒して見せろ!」

 

そして、レミリアのその叫びと共に白土はレミリア達に突っ込んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢!いるかしら!?」

 

「いるわよ、何の用かしら?」

 

少し時間は遡り、紫が周りに助けを求めようとスキマを使い別の場所に飛んで各地の者達に手助けを求めていた頃。

 

「人里で大規模の火災が起きたのよ。貴方にはその犯人を……恐らくは鬼人正邪の捕獲、もしくは退治を依頼するわ。」

 

「……恐らくは、って事は確証はないのかしら?まぁ打ち出の小槌が向こうにないし、私の物達には何も被害が起きていない辺り人里限定で、って感じみたいだけれど。」

 

「けれど、道具達の反乱というのは本当のことかもしれないわ。出来れば向かってほしいのだけれど……どうしたの?」

 

霊夢は紫が喋っている時にふと考え込むような仕草を取った。霊夢は紫の質問には答えずじっと考えて、しばらくしてから顔を上げた。

 

「ねぇ……それって本当に鬼人正邪が起こしたことなの?アイツにしてはちょっと粗雑な感じもするんだけれど……」

 

「……ただ火災を起こすだけ、っていうのは確かに考えづらいかもしれないけれど……実際に人里で火災は起きて……ねぇ、それって巫女の勘?」

 

「まぁ……うん、勘でしかないんだけれど……仮にこの騒動を起こしたのが鬼人正邪だとしても……()()()()()()()()()()()()。そんな気がするわ。」

 

「……仮に鬼人正邪の後ろに誰かがいるとして……だとしたらその目的は何なのかしら。」

 

紫のその問いに答えられるものは誰もいない。仮に誰が後ろにいたとしてもその答えは分からないからだ。

 

「……とりあえず、私は他に当たれそうな者達に声をかけて回ってみるわ。魔理沙やアリスなら手伝ってくれるでしょうし。」

 

「そうね、私もとりあえず人里に向かうことにするわ。」

 

そう言って紫は次の場所へと向かう。そして霊夢はそのまま飛んで人里に向かうことにした。

そして、紫はスキマで次のところに向かいながら今回のこの事件、一体黒幕は誰で、何のためにこんなことをしているのか……それをずっと考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、時間は今に戻る。

 

「弱い弱い!まさか私より弱い人間がいたとはな!いや?私の能力を受け付けないくらい弱いのかもな!!流石の私の能力でも0はひっくり返せないしな!」

 

「ぐっ……!」

 

陽は鬼人正邪に翻弄されていた。天地の逆転、重力の反転、左右反転、前後反転、正邪は陽の周りのものをひたすらに反転させていっていた。

 

「これだよこれこれ!私の能力は反転!ならその反転の能力なら認識をひっくり返すことだって簡単に行えるのになぁ!私の力が!足りない!せいでッッ!!あー憎い憎い!力を持つものがそら憎い!だったら自分より弱いものを作るしかねぇってわけだ!!」

 

ここまで来て陽は何か変な違和感を感じていた。鬼人正邪という人物が下克上を狙っているのは知っているが、ここまで強い者にコンプレックスを抱くような人物なのかと。

やけに強さの差や弱さを憎むよう言動。まるで全てのものに嫉妬して、その嫉妬の対象より上に立つ事で愉悦感を味わっている、そんな感覚を陽は感じていた。だからこそ━━━

 

「お前……そんな強い能力を持っておきながらそういう小物っぽいことしかしてないから未だに大物になれないんじゃないのか?」

 

「……なんだと?」

 

陽は彼女を挑発した。能力が脅威ならその能力を使わせないようにすればいい、逆上しやすい性格なら挑発すれば本気で能力を使うか、使わないようになるほどブチ切れるかの二択だと陽は思っていたからだ。

 

「確かに強い能力だが、使い手が小物みたいな考え方しかできないからこうなってるんだろう。実際、本当に強いやつってのはお前みたいに力だけを行使してそれで優越感に浸るほど愚かじゃないさ。」

 

「私が愚かだって言いたいのか?」

 

「だからそう言っているだろう?下克上を考えることは悪くないさ、だがその考えているような理由がしょうもなさすぎるって話をしているんだよ!!能力がないと戦えないような雑魚に対してお前は優越感に浸ってるだけの雑魚で小物だ!」

 

「てめぇ………言わせておけば………いいよやってやんよ!私が能力を使わなくても強いってことを見せてやる!」

 

『引っかかった』

陽はそう思いながら正邪との戦いを、また始めたのであった。




まだ続きます


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反転されない太陽と紅魔の狼

ようやく一旦落ち着く感じです。


「ほらぁ!能力を使わなくてもアンタみたいな弱小を倒せるんだよ!!アイテムも!能力も!スペルカードも!!あんたには弾幕一つで十分なのさ!!」

 

ところどころ燃えている人里のその一角でその戦いは続いていた。鬼人正邪と月風陽の戦いである。弾幕を打てない陽はひたすらに避け、陽のその避ける行動ですら自分は相手に勝っていると考えようとするほど、ブチギレている正邪は攻撃を続けていた。

 

「さっきから避けるばかりで何の反撃もしてこない!空を飛ぼうともしない!弾幕ごっこやるには空飛べねぇと意味無いって知ってるかよ!?あんたはこの幻想郷でお尋ね者である私以上に幻想郷に受け入れられていないのさ!戦えない一般人が出てくるなよ!大人しく餌になっておけよ!弱いものは強いものに搾取されなくちゃならないんだよ!だから私は、私はァァ!私は、強いんダァァァァァ!」

 

「……狂ってきてるな。お前の本音は何なんだ鬼人正邪……弱者が強者を虐げる世界か?弱者が強者よりも強くなって見返している世界か?それとも誰かに認めてほしいだけなのか?」

 

その問に正邪は返さない。まるで自分を認めてくれる者がいない、と泣き叫ぶかのような怒号。何の形であれ誰かに認めてもらいたかったのではないか?構って欲しかったのではないか?

しかし、いくらそう考えても真実は陽には分からないし、恐らくどれだけ説明されても納得することはないだろう。

仮に納得しても、プラスであれマイナスであれ認めてもらおうとする努力すらもしてこなかった自分にはどちらにせよ彼女に意見する権利はないと思っていたからだ。

 

「……俺はお前が倒す。誰かに構ってほしい、そう思うのは勝手だが目の前の敵を見逃すことは出来ないんでな。」

 

「ほざけ雑魚!私にただの1度も攻撃を当てることが出来ないような奴に私が分けることなんてありえないんだよ!!人間がァ!妖怪に勝てるとでも思ってんのかァ!どれだけ弱かろうと!道具がなけりゃ虫にすら劣る人間がァ!」

 

そう言って正邪は陽の目の前に飛び込んでくる。拳を握りしめ、そのまま一気に陽の顔を殴り飛ばそうとしたからだ。

しかし、力を振り絞る前に陽が自ら咄嗟に飛び込んできたのだ。一瞬焦った正邪だったが、そのまま拳を振り抜き始める。

陽は、迫ってくる拳をものともせずに頭を振り上げて一気に振り下ろし始める。陽の顔に正邪の拳がぶつかるが、陽の頭はそのまま正邪の頭に振り下ろされる。要するに、頭突きである。

 

「がっ……!」

 

陽は、この頭突きまでの工程で1度も能力を使わずに正邪を全力の頭突きで叩いていた。額が切れて血が流れるが、そんなことを気にせずに陽は正邪の状態を確認して正邪を担いで、そのまま運び始める。

このまま放置しておけば、恐らく正邪は全ての罪をなすりつけられる。幾らお尋ね者とは言え、無実の罪まで被せられたら……というのを考えて陽は放っておけなくなったのだ。

そして、陽はそのままフラフラと歩きながら元来た道を戻って言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ……!」

 

「打てども打てども……全部封じられていくとは…思いもよらなかったわ……」

 

「……私のナイフも残り少なくなってきました。」

 

紅魔館。そこでは未だに白土と紅魔館勢の戦いが繰り広げられていた。しかし、白土の食らう程度の能力のせいもありお互いがお互い疲労し続ける消耗戦と成り果てていた。

パチュリーが魔法を撃てばその魔法を白土が食らい、咲夜がナイフを投げても食らう。白土に攻撃を与えようとしても片っ端から白土が取り込んでしまうので全く向こうにダメージを通すことが出来なかった。

そして、白土は白土でパチュリーの魔法や咲夜のナイフ、レミリアのスピア・ザ・グングニルと他の弾幕によって無効化し続けていても全く進めないという状態になっていた。

 

「ちっ……もっとデカイ一撃を入れたい……がっ!」

 

「そんなのさせるわけがないだろうが!わざわざ大技を発動させるのを許すほど連携が無い訳では無いのだからな……!」

 

そして、白土が何かスペルカードを発動させようものなら即座に誰かが攻撃を加えてくるので白土も中々決め手を出しあぐねていた。

白土に近づけば即座に餌食にされるため近づけず、白土の方から近づこうとすれば捌ききれない攻撃で後ろに下げられる。そんな攻防をもう何十と続けていた。

 

「お嬢様……これでは……」

 

「分かっている……流石の私も疲れてきた……同じ事を何度繰り返したか……咲夜、パチュリー、あの分身達諸共一気に片付けるぞ。あいつは手のひらでしか攻撃の無効化は行えない、ならば範囲攻撃で一気に消すぞ。私とパチュリーが大型の技を使い、咲夜が時を止めて一気に終わらせてくれ。」

 

「……分かりました。」

 

「よし……行くぞ……紅符[不夜城レッド]!」

 

レミリアは白土の真上に飛びスペルを発動させる。そうはさせまいとレミリアの周りから飛び込む白土の分身達だったが、レミリアを中心としたまるで十字架の様な光が白土の分身達を全て消していった。

 

「ちっ……分身共の大半が消されたか……」

 

「これで少しは楽になった……さて、そろそろ本体にも分身体ともどもご退場願いたいのだがな。」

 

「退場する訳ねぇだろって!!」

 

「パチェ!!」

 

レミリアが叫ぶとその瞬間からパチュリーは魔法の詠唱を始める。自身が持てる限りなく強いスペルカードを唱えるために。

本来、彼女にとっての詠唱する魔法は嘆息である彼女にとっては唱えづらいものであり調子がいい時にしか使えていなかった。

だが今日は調子がいい為に何度も連発することが出来た。高位の詠唱を唱えるには充分な体調だった。

 

「火水木金土符[賢者の石]……これで消えなさい……!」

 

パチュリーの周りに現れる五つの石。それぞれの石にそれぞれの属性が備わっており、そこからレーザーが放たれていく。

 

「ちっ……!」

 

白土はこの石から放たれるレーザーに当たらないように避けていくが、分身達は食らう程度の能力を使って消そうと試みる。しかし、レーザーを取り込もうとしたその瞬間から一体は一瞬で灰になり、もう一体は液状化していき、さらにもう一体は身体中から木が生え、もう一体は体が金属化していき、もう一体は土塊のように体が瓦解していった。

 

「……なるほど、あなた本人はどうか知らないけれど手のひらで発動するその能力は取り込んだものの性質を吸収する能力みたいね。本来弾幕や魔法ではそんなことは無いみたいだけれど……賢者の石はその属性に特化した魔法って扱いになっているのかしら?悪食なのもあまり良くないと教えられたわ。」

 

「調子乗ってんじゃ……ねえぞ!」

 

レーザーを避けながら白土はパチュリーに迫っていく。レミリアがサポートに入ろうとするが数こそ減ったが、まだいる分身達に阻まれてパチュリーの元までたどり着くにはタイミングが完全に遅れてしまっていた。

 

「これで終わり……がっ……!?」

 

しかし、腕を振り上げた瞬間に白土は仰向けで倒れる。その胸には1本のナイフが刺さっていた。輝く銀のナイフである。

 

「……ようやく隙を見せてくれたわね。私の攻撃はダメージが通らないと思っていたかしら?生憎だけれど、貴方みたいな狼男にぴったりの銀製のナイフがあるのよ。そうでなくとも心臓を一突き……聞こえているかどうかは分からないけれど、これで終わりよ。」

 

「ふ……ふふふ、ふははは……!」

 

ナイフが心臓に刺さったまま笑い始める白土。それに対して咲夜は笑っている白土を訝しげに見つめていた。

 

「……何がおかしいのよ。」

 

「あぁ……すまんすまん……確かに俺はここで終わるだろうな……()()()()()()()()()()()()()()。」

 

それと同時に分身達は全員自分の体を何かしら傷つけて、血が出ているところに手を当てる。同時に、異常を感じ取った咲夜が時を止めて外に出ていた白土以外のメンバーを一気に屋敷内の部屋に押し込み、全員を確認してから時を動かす。

途端、屋敷の外で大爆発が起きた。流石に屋敷もかなり吹き飛んだかもしれないが、死なないよりマシだと思った咲夜は軽くため息をついた。

 

「……咲夜、これは……」

 

「……あの男、自身を自爆させて私達をまとめて葬り去る予定だったようです。しかも、私達が戦っていた者達は全員分身体。本体はまたどこか別の場所で……この煙は……?」

 

話している間に部屋に蔓延する煙、最初こそ爆発した影響で出てきた煙なのかと思ったが、それにしては早すぎる上にどこか燃えて出てきた煙ならば臭うはずの焦げ臭さが臭わなかった。

 

「……っ!咲夜後ろ!!」

 

「え━━━」

 

爆発に耐えるために締め切った扉。夜に生活するレミリアだからこそ利く夜目。その夜目が咲夜に近づく、扉の角から現れた白土に気づいていた。

 

「くっ!」

 

「おせぇ!!」

 

時を止めようとする咲夜、それに対してスグに咲夜に向けられる爪の一撃。その一撃は、咲夜の体を切り裂き彼女の体をバラバラに━━━

 

「……がっ……!?」

 

「……この能力の使い方は、かなり体力を消耗するので……あんまり、使いたくないんですが……所謂、『残像』というもの……かしら。」

 

━━━なっていなかった。白土が切り裂いた咲夜は霧散してそのまま消え去っていっていた。代わりに、白土の脳天には一本のナイフが刺さっていた。

 

「……貴方今の……何をしたの?咲夜。」

 

「パチュリー様は知りませんでしたっけ……今のは……『私があそこにいた時間を伸ばした』って考えてくれればわかりやすいかと……」

 

「……つまり、本来一瞬しかなかった『咲夜がその場所にいた時間』を限りなく伸ばして劣化分身体を作り上げて、その分身体を攻撃させた様なものなのね……それを人間の身でやるなんて……無茶苦茶ね、ほんと。」

 

「お褒めに預かり光栄でございます。」

 

咲夜が軽くお辞儀で返す。『疲れているだろうに』とまるで何事も無かったかのような笑顔な咲夜に、パチュリーは呆れながらそう思った。しかし、そんな中でもレミリアは未だ警戒していた。

 

「咲夜、どきなさい。」

 

「は、はい。」

 

咲夜をどかせてレミリアは扉に向かって白土ごとスピア・ザ・グングニルを使い、扉を吹き飛ばした。念のためにドアのあった場所にある『直角』と部屋の両済の『直角』を潰して外に出る。

 

「お嬢様……どうなさったんですか?」

 

「……私はずっとあいつの移動能力が紙を媒体とするものだと思っていた。だが、実際はどうだ?今あいつは扉から出てきたんだ。ならばあいつの使っていた紙と扉の共通点はなんだ?」

 

「直角……まさか、直角から入りまた別の直角から出てくる能力……お嬢様はあの男の能力をそう考えているのですか?」

 

「実際、予想出来るのはこれくらいだ。もしかしたら何か別の要因があるのかもしれない。だが、そういう能力だと考えていいだろう。」

 

そう言いながらレミリアは部屋から離れていく。そのままとある場所に向かっていた。それは白蓮達を入れた部屋である。

どこか分かりづらい部屋に隔離しておくのを少しは考えたレミリアだったが、すぐに考え直して地下のフランの部屋に入れていたのだ。けが人2人と一緒に入れておくだけより用心棒代わりで入れておいた方がいいと思えたからだ。

恐らくは無事だとはレミリアは思っていたが、如何せん先程の白土の分身体の例もあり、もしかすればフランの部屋に割り込んでいる可能性もないとは言いきれないため、向かっているのだった。

 

「フラン、大丈……夫………」

 

「あ!お姉様!」

 

フランの部屋に入ったレミリアは絶句していた。元々紅かったとは言え、辺り一面が肉塊が転がっていたり血溜まりが出来ていたりと、とんでもない地獄絵図に変わっていたからだ。

 

「……フラン、この惨状は……?」

 

「えっとね?変な男がいっぱい来たから破壊して遊んでたの!ちゃんとこの人たちを守ったわよ!」

 

レミリアは顔に手を当てていた。説明不足でも、ましてやフランが考えも無しに破壊し続けたわけでもない、というのはレミリアは分かっていた。だが、ここまで酷いことになるとは思ってなかったのだ。

 

「……末恐ろしいものだ。まさかあそこまで一方的な戦いになるとは思わなかった。もう頭から離れられそうにないよ。」

 

「こう……酷く鮮明に覚えてしまってるのが少し……」

 

そしてレミリアの予想通り2人に一種のトラウマだけを植え付けてしまっていた。レミリアが想定できる中である意味最悪のシナリオではある。流石に破壊せずに対処しろとは思わなかったが。

 

「とりあえず……掃除はメイド達にやらせるから貴方は血を洗い流してきなさい。咲夜が使ってる奴らじゃなくて私たち用のよ?分かってるわね?」

 

「はーい!」

 

フランに血を洗い流すように促して部屋から出してから、レミリアは再度フランの部屋を見て、こう思った。『もうちょっと能力を抑えるように言いつけておこう』と。




最終的にフランの部屋は白土の血だらけ状態でした。


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結果的に

一旦ここで区切り、って感じですかね


人里の火災事件。これは異変としては扱われず、ただ仕組まれた事件だったという事になった。

『道具達が火をつけた』という噂に、鬼人正邪の姿を見かけた者もいることから最初こそ鬼人正邪がまた起こしたものだと思われていたが、実際のところは鬼人正邪が操られていた、という事実で彼女でさえも被害者だということが判明していた。

八雲紫と八意永琳、それに博麗霊夢や霧雨魔理沙などの幻想郷での実力者達が全力で火を消してくれたために、死傷者は0という形で幕を閉じた。

というのは表向きの話である。火災に乗じて行われた聖白蓮、豊聡耳神子の一派の襲撃事件。これにより物部布都、蘇我屠自古両名が負傷して永遠亭でしばらく療養することとなった。

そして、紅魔館襲撃事件。謎の爆破により紅魔館は半壊、建て直しをするためにしばらくは紅魔館には誰もいれないように、というのがレミリア・スカーレットの言い分である。

そしてもう一つ、レミリア・スカーレットが伝えた文章がある。

『幻想郷の強者よ、気をつけろ。直角があれば、狼が現れる。』この文章は何を意味するのか、一体何故こんなことを言うのか━━━

 

「『記者はこのことをもっと突き詰めて詳しく調べることにしよう』……ね。あんたにしては随分珍しくまともな新聞じゃない……文。」

 

「とは言っても紫さんにこの新聞を人里で出すな、って言われちゃいまして……せいぜい見せていいのは霊夢さんと自分くらいだー……って。」

 

博麗神社にて、天狗の射命丸文と神社の巫女の博麗霊夢が談笑していた。事件が終わった翌日、文が朝から霊夢のところに新聞を持ってきて読むように催促していたのだ。今回の事件をまとめて情報整理しようと考えていた霊夢は文の持ってきた新聞を手に取って読み始めていたのだった。

 

「ふーん……にしても、直角なんて人里どころかうちの神社にも、最悪幻想郷にいっぱいあるわよ。レミリアは一体何をどう対策しろ……って言う気かしら……」

 

「さぁ?私は話を聞いただけですし、多分これ以上追求されても喋ることはないでしょうね。私だってどういうことか聞いたくらいですもん。

それより……今回の件で、鬼人正邪が関わっていたという話……結局彼女はあれからどうなったんですか?」

 

文に催促されて霊夢は事件が終わった後のことを思い出す。霊夢、魔理沙、紫、陽、永琳の主にその五人が集められて話し合った時のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あんた、今なんて言った?」

 

「だから、今回の事件に関しては鬼人正邪は首謀者じゃない。俺はそう言ったんだ。だから仮に罪を裁くことになってもこの事だけは正邪は何もやっていないから裁くことはない、そう言いたかったんだ。」

 

陽がそう言うと霊夢は近寄って胸ぐらを掴む。その目は何かを訴えているような、見定めているような断定しづらい目だった。

 

「あんたが何を考えているのかはわからない。けれど一時の感情に流されてしまった妖怪がどんな目にあうかわかるかしら?退治されて、三途の川を渡って裁判で黒を叩きつけられて終わりよ。

仮にこのことが無かったとしてもこいつは黒になる、確実に。あんたが言っているのはつまり『こいつは流されただけだから黒にするな』とほぼ同じ意味よ。」

 

「そう思えるのならそう思ってもらっても構わない。だが、いくら犯罪者だからと言ってやってもいない罪を被らされるのは嫌になるだろう。」

 

「……仮に、あんたの言う通りこいつが操られていたとして。なら操っていた犯人は誰?確かにあの傘の付喪神や面霊気も操られてはいたけれど、だからこそこいつが犯人だと疑われているのよ?もしそれ以上に黒幕がいたとして、それをあんたが言ったなら……あんたも怪しい人物に入ることになるわよ。」

 

「そうしてもらって構わない。俺には思い当たる人物が一人いるし、それを言うだけだ。それで怪しまれるのならそれでいい。」

 

陽が視線を返しながら言うと、溜息をつきながら霊夢は陽から手を離して離れる。呆れたのか本当にリスト入りしたのかは陽は分からないが、気にしてられないとそのまま永琳に向き直った。

 

「……まぁ、結論として操られていたことは本当かもしれないわね。何かしらの術がかけられていたことが紫と一緒に調べて分かったのだけれど。

けど……それが操られているかどうかは不明、同じように付喪神の多々良小傘と面霊気の秦こころ……彼女達もまた、似たような症状みたいだけれと操られているかどうかはこちらも不明。

仮に操られているとしたら一体いつ、どこで操られてしまったのかは気になるわね。秦こころはともかくとして多々良小傘は人里から出ることはなく、命蓮寺で厄介になっている事から考えると聖白蓮達の警戒を掻い潜って潜入出来る人物、ということになるわ。」

 

「正邪は操られている前提として、そう考えてみると論外になる。となるとレミリア達を襲った人物って事なのかしら?」

 

霊夢のその質問に永琳は答えられない。ここで、ずっと黙っていた魔理沙が口を開く。

 

「そもそもよ、今回なんで人里を焼いたり紅魔館に喧嘩売に行ったりしたんだろうな?ずっと気になってはいたが誰も聞こうとはしないからよ、もしかしてみんな分かってたりすんのか?」

 

その魔理沙の疑問に対して、紫が口を開く。

 

「……それが分からないから後回しにしてるのよ。1番思いつきやすいのは時間稼ぎかしら。けれど時間を稼ぐにしたってここまで大がかかりな事をした意味がわからないもの。

紅魔館を襲ったのは聖白蓮と豊聡耳神子を追っていた男が紅魔館に入った二人を追いかけて…って話だったみたいだし。」

 

「まぁ確かに……別段燃やした家で線を引いて何かの図形が出来上がるということでも無く、燃やした家になにか特徴があるってわけでもない。共通点もないし燃やした家同士で線を結んだその中心点に何かがあるというわけでもない。

確かに、確かに時間稼ぎにしてもそうなんだけど……なんだかなぁ。なーんか引っかかるんだよな。何かの実験とかか?他にありそうな説としては。」

 

紫や他のみんなも黙る。何も分からないことだから、何も答えられない。何故聖白蓮達を襲ったのか、何故人里を焼き討ちにしたのか。それらの答えは全くもって謎であったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……というわけで結局鬼人正邪は今回ばかりは……って事で紫が映姫に頼むらしいわ。けど今回のこと以外は問答無用って事で地獄で裁判することになったそうよ。」

 

「そんな話し合いをしてたんですね〜……あれ?でも今の話の流れで彼女をどうこうしようって結構前半だった気がするんですけど……その後でなにか話したんですか?」

 

「そのままなし崩し的にその場は解散、人間の男に甘々な紫がそいつを助けるために反逆者の罪を一つ減らす、そういうことが起こったのよ。ホント意味不明よ。」

 

珍しくキレている霊夢を見ながら文はふと思ったことを口に出した。

 

「にしても本当に紫さんは甘くなったような気がしますね〜……残念ですが陽さんにそこまでする義理は彼女にはないと思うんですけど。」

 

「今頃になって母性とかが働き始めたんじゃないかしら?妖怪だって母親になれるみたいだし長い時間生きてきたあいつにとってあれは息子みたいなものだと感じてるんでしょうね。だから甘い。」

 

「……何か霊夢さん、いつもより厳しくありませんか?人のことにあんまり関心を持たないさっぱりした霊夢さんが……珍しいですよ本当に。

いつもの霊夢さんなら『まぁどうでもいいけど』くらいには言うと思ってました。」

 

「……まぁ、それもそうなんだけれどさ。流石の私も何がおかしいかおかしくないか、ってことくらいの価値観はあるわよ。

聞くけど文は今回の事、どう思ってる?」

 

霊夢の質問に文は軽く考えながら首を傾げる。自分に話が振られると思ってなかったので、いきなりの質問に即座に対応出来なかったのだ。

 

「……どう、と言われましてもねぇ。私は今回新聞を作り上げただけですから。実際のところはよく分かってないんですよ。

まぁ鬼人正邪を庇うか庇わないかの話をすれば……個人的な視点で見れば庇いたくありませんが、客観的……でもないかもしれませんがそういう視点で見れば、今回の件だけなら無実だと庇う……という所でしょうか。」

 

「客観的、ねぇ……元々あいつが下克上を成功させていれば今の幻想郷は崩壊、大体の妖怪は人間に使われるようになって終わる……と言っても人間の上に付喪神やら道具達やらが立つことになっていたでしょうね。

鬼人正邪が上に立つ………なんてことは無いんだけど。

私がおかしいのかしら。」

 

「……というか、多分霊夢さんは自分で気づいていないだけで鬼人正邪の件とは全く別のことで不機嫌になっていると思うんですよね。」

 

「は?」

 

呆れた顔で言う文に霊夢は素っ頓狂な声を上げる。文にそんなことを言われるとは思っていなかったからだ。そして、自分が鬼人正邪の事で不機嫌になっている訳じゃない、と言うのも思ってもみなかったからだ。

 

「じゃあ文は一体どういうことで私が不機嫌になっていると思うのよ。私が博麗の巫女として幻想郷第1にしてないって言うの?」

 

「そうじゃありませんよ、ただ今回霊夢さんが不機嫌になっているのは━━━」

 

「嫉妬してるからだぜ、陽に。」

 

上の方から聞こえてくる声。二人が見上げるとそこには箒に乗った魔理沙が飛んでいた。霊夢は魔理沙の言ったことに対してかなり不機嫌になっていた。

 

「私が?嫉妬?あんなただの人間に嫉妬するわけないじゃない。魔理沙はあれに対して私が嫉妬する理由があるって言うのかしら?」

 

「あぁ、私が言うんだから間違いない。霊夢……お前は紫が構ってくれるあいつに嫉妬してるんだぜ。」

 

「……何を言い出すかと思えば、つまり何?紫が最近来ないんだから寂しいんだろ〜とか、その来ない理由があの男にあるから私が嫌っているとか……そう言いたいわけ?」

 

「そう言いたい訳なんだよ。私にはお前が最近紫が自分に構ってくれずに陽を構ってやってるから寂しくて当たりが強くなってるんだ。長年一緒にいたんだぜ?お前の気持ちくらい察してやれないほど私は鈍感じゃねぇし、友達やってないわけじゃない。

いつもなら『私よりも紫は彼についていた方がいいわ』くらいなら言うのに今のお前は嫉妬心丸出しだ。自分で気づいていないだけで構ってもらえずに拗ねてる子供そのものだぜ。」

 

魔理沙が指を指しながら霊夢に言い放つ。霊夢は魔理沙が言葉を重ねる度に段々と不機嫌になっていってるのが文にも理解出来た。そろそろ止めないとまずいか?と少し考えたが、霊夢が嫉妬しているという珍しい事が起こっているために止めることはありえない、とすぐに傍観に徹し始めた。

 

「魔理沙……貴方、ちょっとは言うようになったんじゃないかしら?丁度いいわ、今のこのイライラとモヤモヤを貴方にぶつけさせてあげようかしら?私が紫に構われなくてイライラしてるなら━━━」

 

「おいおい、八つ当たりは簡便だぜ。霊夢はちょっとイラつきすぎなんだよ、偶には肩の力抜いてゆっくり考えてみろよ。お前にとって紫はある意味親みたいな存在だろ?それを取られたから私は『嫉妬』って言ってるんだぜ?別に変な意味で言ってるんじゃないぜ。」

 

魔理沙の台詞に霊夢が驚きの表情を見せる。意外な一言だったので、さっきまで溜まっていた怒りはどこかへと消えていた。

 

「……親、みたいな?」

 

「……?違うのか?私はてっきり親代わりで紫が霊夢の事育てているように見えたぜ。なぁ、文。」

 

「そこで私に振るんですか……まぁでも、私も初めて二人の話し合いしているところ見た時は本当に親子みたいには見えましたね。もちろん人間の、ですが。」

 

「烏天狗以外烏天狗の家族なんてわからないから最後のは付け足さなくていいぜ。

だけどまぁ、1回今度あいつが来た時にでも甘えてみたらどうだ?あいつなら存分に甘えさせてくれるだろうよ。それだけだ、んじゃあな〜」

 

そう言って魔理沙は箒に乗って飛んでいってしまう。それを見届けた文は霊夢に再び視線を戻して霊夢を眺めていた。

 

「まぁ、霊夢さんが誰かに甘えるのが下手な方って言うのは分かっていましたが……不器用なりに甘えてみたらどうですか?魔理沙さんが珍しくいいこと言ったんですから甘えたいのなら甘えた方がいいですよ。

では、私はそろそろ仕事がありますので。」

 

そう言って文も飛んでいってしまう。独り博麗神社に取り残された霊夢は、魔理沙の言う通り偶には甘えてみてもいいのではないか?と思いながらお茶請けを取り出して紫を待つことにしてみたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔理沙ぁぁぁぁぁぁ!私のお茶請け返せえええええ!!」

 

「気づかない方が悪いんだぜ!」



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狼と殺神と

「……おい、一つ聞くが……なんで豊聡耳神子を狙う必要があった?お前に言われてやったのはいいが……あの後どうするつもりだったんだよ。」

 

「あー……できれば殺害、ってくらいだったな。あいつは人に迷惑を働く妖怪を退治する巫女の役割を自分で行っているやつだ。それが今回の火事に乗じて『豊聡耳神子の殺害』が行われるとする。そうすりゃ人里は豊聡耳神子は聖白蓮が殺したというアンチ命蓮寺派と聖白蓮はそんなことはしないアンチ豊聡耳神子派に分かれる……そう予期したつもりだったんだが…まさか二人が同じ場にいるとは思わなかったんだよ。ま、結果として二人をどこかに追い払うことが出来たし、人里が火災になってるっていうのに何もしなかった二人……そういう図式が成り立った者もいて不信感は多少なりとも上がっただろうな。」

 

どこかの空間。白土が今回の件において豊聡耳神子と聖白蓮を狙う必要性をライガに問いていた。ライガは一瞬戸惑ったような表情をしてから白土の質問に答えていた。

 

「……で?本当の所はどうなんだよ。そんな高尚な目的があったわけじゃねぇだろうが。」

 

「……あーそうだよ。ただ単に確かめたいことがあったから確かめる目的で今回の事件を起こしたんだよ。

んで、大成功を収めたってわけだ。豊聡耳神子はその際に邪魔だから足止め目的だよ、ただのな。」

 

「……で?確かめたかった事ってなんだよ。」

 

白土のその質問にライガが口角を上げてにやりと笑う。その顔が少し腹が立った白土だったが、下手にキレても何もならないため仕方なくイライラしながらスルーした。

 

「鬼人正邪が俺たちと同格たり得るか……ってところだな。まぁ結局は同格ではなかったんだがな。だからついでに暴れさせたんだよ、八蛇の能力の確認もできるからな。」

 

「同格?俺はあいつの事はただの小物妖怪かと思ってたが……神格の血筋とかそんなんの可能性があったって事か?」

 

「いや、そんなもんじゃねぇよ。血筋なんかは一切関係ねぇ……あるんだよ、他者の能力を受けづらい体質ってのがな。俺はあいつがそうなんじゃねぇかとそう思っていたんだよ。だがあいつも所詮ただの妖怪だったってこった。」

 

「……なんだよ、その他者の能力を受けづらい体質って。そんなもんが本当にあんのか?」

 

そして、白土のその質問に待ってましたと言わんばかりにその場に座っていたライガが立ち上がる。その顔は歪んだ満面の笑みだった。

 

「『特異点』俺達はそう呼んでいる。ある一定の他者の能力を全く受け付けない能力だ。能力って言っても俺らが使うようなやつじゃない。体質的な話だ。

特異点は生まれながらにして特異点、その特異点を俺達の仲間に引き込むというのが俺達の目的。逆らえば死、従わないといけない。お前もその特異点の一つなんだぜ?白土。」

 

「……俺が?十六夜咲夜の時止めに俺は対応出来ていない。俺は違うだろうがよ。」

 

「他者の能力を受けづらいつってもよ、限度があるわけだ。実際特異点が無効化に出来るのは自身に直接影響のあるものだけだ。十六夜咲夜は基本的に自分以外の全ての時を止めたりするからな。例えばどれだけ爆発しても体に傷がつかない……と言っても世界そのものを爆破されたんじゃ土台がなくなって死んでしまうようなもんだ。世界そのもの、じゃなくて自分に直接的にしか影響がないものじゃないといけない。

例えばレミリア・スカーレットの『運命を操る程度の能力』でお前が転ぶ運命に変えたとしよう。だがお前は特異点だからその運命には従わない。

だが、足元の小石に踏んだ相手を転ばす。という運命に変えるなら……お前は転ぶのさ。」

 

ライガの説明に白土は?マークを浮かべていたが、その内『能力を受けづらい体質の持ち主』という所だけ理解していればいいと考えて他を考えないことにした。

 

「……とりあえず、特異点を仲間に引き入れるってのはわかった。だが引き入れた後どうするつもりだ?陽を殺すにしてもあいつだけなら別に誰でもいいわけだしな。」

 

「勿論あいつは殺すさ……だがな、特異点は世界に大体10人前後いるらしい。

そんでもってその全員の能力を何かしらの方法で手に入れた時……とんでもねぇパワーになるんだとよ。」

 

「……何かしら?どういう事だ?その力を手に入れる方法があるのが分かっているってことか?」

 

「人間が妖怪の肝を食えばその人間は食った妖怪の力を使うことが出来る。妖怪が妖怪を食った場合も然りだ。

逆に妖怪が人間を食うのは、人間の恐れを食うからだ。妖怪を恐れていれば恐れているほど食った時に増す力が大きくなる。

例外として、人間の負の感情を人間ごと食う奴もいれば人間の驚いた感情だけを食う奴もいる。

なら、この方法を特異点の能力に関しても使えないか?と俺達は考えてんだよ。」

 

ここまで来て白土はその方法を理解した。そして、その方法を理解した後にニヤッとライガの方を向いて口角を上げていた。

 

「なるほど、つまりお前と八蛇を食えば問題ないってことだな。ライガ()。」

 

「逆に俺がお前と八蛇を食ってやるんだよ。白土()。」

 

お互いがお互いに睨み合いながら笑みを浮かべていた。白土は妹の為に目の前の協力者()を殺す為にライガを殺し、ライガは白土を殺す為に白土()を喰らわんとするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけないでよ!何で私達があんたの手伝いなんてしなくちゃいけないのよ!!

そうだよねぇ……いくら何でもちょっと理不尽過ぎるよー

だ、だから無理ですううう!」

 

「ケルベロスの言う通りだ……貴様に従う気など毛頭ないわ。」

 

「そうじゃのう………お主が儂らに土下座して謝れば手伝うことを考えてやっても良いぞ?」

 

ライガと白土が別れてから白土は神狼の三匹を呼び出す。呼び出した途端に口々に文句を叫んでいるが、白土はそれを全て無視しながら紙を取り出して椅子を作り出す。

そして、そこに深く腰掛けて3人をじっと見つめる。

 

「……お前ら、そうやって自分が俺よりも偉いと思っているが……お前ら自分のルーツ分かんのか?ケルベロス、フェンリル、ティンダロスとしてのルーツをよ。」

 

ある程度眺めてから、白土は3人の声を遮って三人に質問を解いた。最初はポカーンと呆気に取られていた三人であったが、すぐさま白土を嘲笑うかのように軽く微笑み始める。

 

「当たり前じゃろうが、自分のルーツを知らずして何が神狼か。儂の伝説は━━━」

 

そう言い始めたところでティンダロスの表情が固まる。張り付いたような笑顔になり、その後すぐに真面目な顔をしてすぐに段々と青ざめていく。

 

「……な、何しているのだティンダロス……そ、そうだ。私の、フェンリルの逸話を聞けば思い出すかも━━━」

 

そしてティンダロスに続いてフェンリルまでもが青ざめていく。そうやって二人の様子を見ていたケルベロスも慌てて思い出そうとしているが同じく顔が段々と青ざめていっていた。

 

「……き、貴様我らに何をした!?我らの逸話!ルーツ!存在意義!神狼として覚えているはずのことをすべて忘れている!」

 

「俺は何もしていない。そして、お前らは元々一つの場所に集まっていたが……お前らは全員それぞれ別の神話形態から生まれた存在、出会うはずのない存在なんだよ。お互いにな。」

 

「なっ……!?な、ならば何故儂らはあそこにいた!出会って……いや、そもそも儂らはいつ出会って、いつからあそこに住んでいた……!?」

 

ティンダロスの言った言葉に2人がはっとした顔になる。そう、3人ともお互いに出会った記憶もいつからあそこに住み始めたのかさえも記憶になかったのだ。

 

「……伝説は逸話から成り立つ、信仰も同じさ。例えそこに何も存在していなくても、心の底から崇め奉れば神の種族というのは生み出される。逆に忘れ去られてしまえば、ちゃんと存在していても神格は失われてしまう。

お前らは名前と力だけがある『偽物』なんだよ。本物のお前らは女ではなく男、お前らはあの村の奴らが作り上げた本当の偶像に過ぎないのさ。」

 

「なっ……ふ、ふざけるでない!ならば何か!?儂らは紛い物であり、奴らの信仰は儂らを生み出すだけのものじゃったと、そういう事なのか!?」

 

「そうさ、お前らは過去に村からの願いで周りのいくつかの村を滅ぼしただろ?お前らは都合のいい道具にされていたんだよ。

あの村の住人達の……先祖にな。だからこそ真実は明かさなかった……いや、お前らからしてみればいつまでも三人仲良くする……そんなお伽噺みたいな逸話がある意味ではルーツだもんな。ま、それに中身なんて伴ってないゆえにこういう弊害が生まれてしまっているわけだが。」

 

白土を除いた3人はまるで力が抜けたかのようにその場に倒れ込み顔面蒼白となっていた。

今まで三人でいた記憶というものは、全てあの村の者達の悪意から成り立っており、ならば自分達の本当というのはどこにあるのか、と誰に問うこともなく心で自分に問いていた。誰も答えない、答えられない悪魔の証明に等しいことを。

だが、白土はこの三人の様子を軽く確認してから話を再開した。

 

「……だからこそ、お前らが真実として戦ってみたくはないか?自分達が本物だとしてな。」

 

「……儂らが、本物……?つい今し方お主自身が儂らは偽物じゃと……そう言ったでは無いか。そしてそのとおり儂らは偽物だった。こんな偽物だったからこそお主に負け、儂らはこうやって奴隷の如く扱き使われておる。」

 

「そう、お前らは偽物だ。だが、偽物が本物に劣っているなんて言うのはまだ分からないことだ、違うか?お前らが本物に劣っているのかどうか、まだそれは判明していない。だったらまだお前らが本物になり変われる可能性はあるって事じゃねぇか。」

 

知らずのその言葉に3人は耳を傾けていた。やってはならぬ事だと三人は理解していても白土のその言葉は傷が入った三人の心に甘く溶け込んでいった。まるで悪魔の囁きのように。

そうだ、逸話で男として語られているだけで実は女だった、と言うことにするだけで特に何も変わりはしない。ならば本物に代わってもいいのではないか?と段々考えるようになっていった。

 

「……どうすれば、本物に取って代われるかの……」

 

「そんなん知るか。俺はお前達の力を勝手に使っているだけで種族としては人間だ、どうやったら神狼が倒せるのか呼び出せるのか全く分かりゃしない。

だがな、お前らが『自分たちは偽物だが、偽物が本物に負ける道理はない』という事を考えておけばいずれ道は開くんじゃねぇか?

やるのはお前らだ、戦うのはお前らだ……その為に、俺に力を貸せ……俺に力を与えて、お前らが自身を強くするためにな。」

 

「はん……方法が無いどころか考えることすらも儂らにぶん投げてしまうのか……お主は本当に、心底儂らの怒りを買いたい様じゃのう……のう、フェンリル、ケルベロス……お主らはどうしたい?」

 

ティンダロスのその問にフェンリルは静かに顔を上げて、ケルベロスはそっぽを向きながら、しかしどこかやる気に満ちている目をしていた。

 

「……私達を解放するためにはその男を殺さなければならない。しかし、今の私たちではそれも不可能。」

 

「けど……私達がこの男の支配から抜け出せるほど強くなれればその男からの支配から抜けられる……

それどころか、下手したら本物を殺してしまう可能性もあるんだよねー……

下、下克上って怖いイメージしかないからやりたくないです……け、けどやらないといけないならやりますぅ……!」

 

三人の答えを聞いて白土は内心高笑いをしたくなるような気持ちがあった。だが、それを抑えて三人を見据えて自分も自分の目的のために動こうとしていた。

そしてそれを眺める者達もいた。

 

「……なぁ、何であいつをこっち側に引き入れた?引き入れることがなければあいつもまとめて殺せばよかったはずなんだがな。」

 

「まぁ良いではありませんか。肥えた獲物ほど美味い……しかし肥えすぎるとこちらが食べるどころかあちらが私達を食べに来る。だから時を待つのです。一番食べやすく、なおかつ食べられないギリギリの時期を狙うんですよ。」

 

マター・オブ・ホライズン、そしてライガ。この2人が白土のことを眺めていた。白土がいつ反逆するのかを待っていた。

ライガは今からでも、例えこちらから仕掛けたとしても構わずに潰そうとしていた。ホライズンは機会を待っていた。白土は神狼達を利用してライガ達を潰そうとしていた。

互いが互いを潰しあおうと画策しながらも、これからも協力していこうという考えの元、動いていくのであった。



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熱いものには蓋ではなく差し水を

「ふむ……」

 

部屋で一人、昼間に負担なく活動できる珍しい吸血鬼である黒音は情報をまとめていた。

前に起こった人里の火災、その際に里の人間が言っていた『道具が火をつけた』ということを魔法で調べあげ、その譲歩を全て書き上げていた。

 

「……あー、止めじゃ止めじゃ。何百何千と調べる気にもならんのじゃ。何じゃ適当なもんばっかり持ってきおってからに。百を超えたあたりで当たりが一切出てないのが本当に頭に来るのじゃ。」

 

しかし、里人から渡された火をつけたとおぼしきものは全て、何かしらの術や能力の影響を全くと言っていいほど受けていなかったのだ。調べあげた紙には全て『特に異常なし』としか書かれていなかったのだ。

 

「黒音、出来上がったか?」

 

「主様か……もー、面倒くさくてやってられないのじゃ。魔力を使うのもタダじゃないのじゃ。と言うかどう考えてもゴミを押し付けられたようにしか思えないのじゃ。付喪神化した道具とやらに興味を持ってしまったあの時の自分を殴ってやりたいのじゃ……」

 

そして、陽が部屋に入ってきた時には既に椅子に持たれてやる気を完全になくしていた。

陽はそんな黒音を見て苦笑していたが持ってきた饅頭とお茶を机の上に起き一服入れるように促す。

 

「ほら、饅頭作ってやったからこれ食べて元気だしな。疲れた時には甘いものが食いたくなるからな。」

 

「助かるのじゃ……にしても主様は本当になんでも作れるんじゃな……能力も存在しているものなら何でも可能というおかしな性能じゃし……その能力をもっと生かせればいいとは思うんじゃがの。」

 

「はは……妖怪じみた事ができるようになっても、俺自身の力量は何も変わってないってことだな。まるで何も成長しない、どうしようもないなホント……」

 

「……何か悪かったのじゃ……あ、そう言えば━━━」

 

何かを思い出したかのように黒音は近くにあった本を一冊手に取ってパラパラとページを捲っていく。そして、あるページのところで止まってそのページを陽に見せつける。

 

「……な、何だ?」

 

「人間と妖怪が一つになる、という術があっての。もしかしたら主様と何か関係があるかと思ったんじゃ。何かこのページに書いてあるような事をした記憶はあるかの?あ、これは翻訳後の妾が書いた本じゃからにせずに読んでほしいのじゃ。」

 

陽はとりあえず黒音の開いたページを読んでいく。確かにそのページには妖怪と人間が一つになる方法と言うのがわかりやすく書いていた。

しかし、そのページに書いてあるような方法は全て陽はやったような記憶が無く、読み終わってから本を閉じて首を横に振ったのだった。

 

「……むぅ、無いとなるとかなりしんどいのう……」

 

「急にどうしたんだ?」

 

「いや、主様は陽鬼と月魅の二人それぞれを体に憑依させて戦っておるじゃろ?そしてその2人を同時に憑依させる戦い方も。

ならば妾もそれが出来ないかと思っておったんじゃ。上手くいけば主様は魔力を使えるようになり、その魔力を妾が吸収すれば元の体の大きさに戻って戦うことが楽になるかもしれん、とな。」

 

陽は黒音のその言葉に少し嬉しさを感じていた。遠まわしに『一緒に戦ってくれる』という事なのだから力を貸してもらえるのは陽にとっては有難かったのだ。

 

「な、なんじゃニヤニヤして……ちょっと引くのじゃ。」

 

「……まぁ、唐突にニヤニヤし出したらそら気持ち悪いよな。いや、まぁ俺のことも考えてくれてるんだなぁって思ってさ。」

 

「まぁ曲がりなりにも妾の主じゃ、隠れ蓑に使ってしまってることも考えるとそれだけ恩を売ってといて何もしない、というのも非道な気もしてるからのう……見た目こそ子供じゃが、これでも中身は立派な大人なのじゃぞ。」

 

「あぁ、分かってるよ……ありがとうな、黒音。」

 

そう陽が礼を言うと、嬉しいのかどことなく誇らしげにする黒音。それを見て陽は更に頬を緩ませるのだった。

と、ここで黒音がふと何かを思い出したかのように陽に問い始める。

 

「そう言えば他の者達はどこに行ったのじゃ?朝からバタバタしていると思ったらすぐにどこかに出掛けてしまっておったしの。」

 

「あぁ……陽鬼と月魅は紫について行ったよ。んで、紫本人は事後処理のために人里に行ってる。木材運びや、解体作業にあの二人が必要なんだと。」

 

「あぁ、なるほど。新しい木材の回収やら一部が燃えた建築物の改修の為に駆り出されとる訳じゃな。

む?それならば何故妾には声がかからない?」

 

「まぁ黒音がここで道具たちを調べていたからじゃないか?流石に仕事をしている時とかに声はかけられないよ。」

 

「むぅ……それもそうか。」

 

陽の作った饅頭を頬張りながら黒音は納得がいかない、と言った表情をしていた。自分のやっていることが未だ進展がない、と言う状態なので尚更自分だけ仕事をせずにあそびほうけているような、そんな気持ちだったのだ。

 

「とりあえず一息つけたなら、何か別のことするか?魔力も結構使って疲れただろ?」

 

「……少し休憩したら再開するのじゃ。というか主様と藍は何をしているのじゃ?」

 

「俺は必要になったら声をかけてくれるって紫が言ってたよ。いざと言う時はって感じみたいだな。

まぁ俺の作る木材は他のものより強度が落ちてしまうからあんまり重要な部分には使えないんだけどな。藍は飯を作ってるよ、陽鬼と月魅の分だな。どっちにしろ紫がこっち来てくれないと何も出来ないんだけどな。」

 

「まぁそう言う理由なら納得なのじゃ。どちらにせよ仕事がない、ということじゃな。」

 

黒音の言ったことに苦笑する陽。自分の成果が上げられないことに若干自暴自棄になっているせいか自虐ネタまでし始めているんだろうな、と陽は察したからだ。

 

「……人里は今どうなっておるのじゃ?復興作業は順調に進んでおるようじゃが、わざわざ人間だけでも出来ることを紫達が手伝いに行くとは到底思えん。」

 

「何が言いたいんだ?まるで紫がそれ以外の目的がある、と言いたいみたいだけど。」

 

「文字通り、そのままの意味で言ったのじゃ……そもそも、人里で聖白蓮と豊聡耳神子が狙われたという事実だけで今人里は結構ピリピリしているはずなのじゃ。何せ悪い妖怪を完全に退治する豊聡耳神子の派閥、妖怪と人間を平等に協力しあえる関係にしたいと望む聖白蓮の派閥。

その二人が襲われ、尚且つその中でも神子側の人物が2人も怪我を負った。相反する二つの派閥がこれを見逃すわけもない。」

 

黒音の言いたいことを聞いて陽も彼女の言いたいことをある程度察せていた。表向きこそ人里復興の為の手伝いとして向かっているが、本来の目的は人里で無用な争いが起こらないための押さえつける役割として向かった、という事だとを。

 

「けれど、結局のところ違うんじゃなかったのか?だったら2人が押さえつけた方がよっぽど効果があるような気がするけど。」

 

「派閥の中にいる者達が全て彼女達のいうことを聞くとは限らん。ありもしない妄想をして、それをさも現実のように混同して敵をすべて滅ぼしていく。

特に神子派閥は妖怪嫌いも多いと聞く。これは彼らにとっては好機のはずじゃ。なにせ、妖怪を殲滅したいと思っておったところに今回の事件、聖白蓮を糾弾するには格好の材料じゃ。さて……そうなってしまえば最早派閥の中心である白蓮や神子ではもう止まらぬ。じゃから紫が出るしかなかったのじゃろう。

第三者に収めてもらえばいいこともあるんじゃ。」

 

「第三者……ねぇ……」

 

陽は人里に向かった紫達の事を考えて少し不安に襲われたが、迎えに来るまで待っていようと思ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

所変わって場所は人里。そこの人気の無い場所に紫は一人座っていた。

 

「紫、あっちもこっちもピリピリしてて話になんないよ……」

 

「こちらも同じです。話し合いの場を儲けようとしてもその場すらもすぐに保てなくなります。」

 

そして、紫の側に陽鬼と月魅も疲れた顔でやって来る。二人の様子を見て紫は二人の頭を撫でて無言で褒める。

陽達の考える通り、今人里は各地で小競り合いが起きてしまっていた。こういうことが起こらないように、文々。新聞での情報規制や各勢力から情報が漏れないようにしていたのに、結局どこからか漏れだしていてこの始末である。

 

「にしても……本当にここまで小競り合いが続くなんて思わなかったよ。神子派の人達皆がって言わないけどさ……他の考えを持つ人たちを糾弾していくんだもん、どうしようもないよ。」

 

「私達が言っても『妖怪のくせに』と言われ、仮に人間の方からの糾弾が入れば『妖怪の仲間』として扱われる。

少し落ち着きがなさすぎます……本来一番上にいるはずの神子ですら彼らを止められてません、相当暴走しています。」

 

二人の意見に紫は溜息をついた。まるで抜いても抜いても生えてくる雑草の如くあちこちで諍いが起きているからだ。しかも、止めようとしても一向に止む気配がない。暖簾に腕押し糠に釘、何度止めてもすぐにまたぶり返してしまいそろそろ紫達も体力の限界だった。

流石にこのままでは不味いと感じ取っている人里に住んでいた妖怪達は皆命蓮寺の手伝いをして、なんとか暴力の矛先が向かないようにある程度の人数でグループを組んでいた。

 

「まったく……このままだと止まるものも止まらないわ……一体どうすれば……」

 

「白蓮と神子を襲った犯人を突き出しちゃえばいいんじゃないの?二人とも顔は見てるはずなんだし。」

 

「いえ、恐らく無駄でしょう。元々神子派に属している過激派の一味は人里に妖怪が入ってる事を快く思ってない者ばかり……こんな絶好の機会を逃すとは思えません。

今回の事はただのきっかけ……余程のことがない限り止まることはないでしょう。例え、犯人を彼らの目の前に突き出したとしても白蓮の仲間だと言って全てを殺す勢いで動くに違いありません。」

 

「……何でそこまで争おうとしちゃうのかな。過激派の人だって神子の事に賛同した人でしょ?だったらそれが人間同士で争うべきじゃない、ってことは分かりきってると思うんだけど……何でなのかな……」

 

陽鬼の言うことに二人は黙る。人間同士、どころか妖怪同士ですら同族感において争う事があるが、人間のそれと比べれば大差ないと分かっているからだ。

 

「今この自体を『こんなことをしている場合じゃない』と割り切ってしまえるほど大きな出来事が起きればいいんですけど……そんな方法、特にあるとは思えないですし……」

 

「あ………それよ。そうよ、いっその事それくらい大きなことを起こしてしまえばいいんだわ。そうするだけの事を起こせるのよ、今の幻想郷は。」

 

「……どういう事?月魅が言ったような争いを引き起こすってこと?でもそれって幻想郷の管理者、っていう立場の紫がやっていい事なの?間接的に関係するのならともかく直接的に関係してしまったらダメなんじゃ……」

 

「だから、間接的に引き起こすのよ。

えーっと……幽々子は多分OKしてくれるだろうし紅魔館もいけるはず……あとは癪に障るけれどあの不良天人にも手伝わせてやりましょう……」

 

「………?」

 

月魅と陽鬼はお互いに顔を見合わせて一体紫が何を考えているのか、今は検討がつかないことを考えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅いな、紫。もうそろそろ帰ってきてもいい頃なんだけど。陽鬼と月魅だけ先に返して用事だなんて……何か用事が入ってるとか……藍は聞いてたか?」

 

「いや、私も聞いていないな。緊急のようなら私の所に何か連絡がある筈だが……それもない。何か嫌な予感がするが……何かしてないだろうな、あの人は………」

 

そして、あれから数時間がすぎた。紫は八雲邸に陽鬼達を先に返して陽達には『まだ用がある』と言って未だに帰ってきていないのだ。

そして、心配する一同の元に橙が走り込んでくる。

 

「ら、藍しゃま!大変ですぅ!これ、この新聞!烏さんがマヨヒガに持ってきた新聞!!」

 

「落ち着け橙、その新聞に何か書いて……なっ!?」

 

「藍、どうした……何が書いて━━━」

 

陽達が見た新聞、そこにはこう書かれていた。『レミリア・スカーレット率いる紅魔館と、西行寺幽々子が率いる白玉楼の二つの派閥が手を組み、博麗の巫女、博麗霊夢へと挑戦を叩きつけた』と━━━



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異変と異変

新異変です。


レミリア・スカーレット並びに西行寺幽々子が博麗霊夢に挑戦を叩きつける数刻前。八雲紫は博麗神社にやって来ていた。

 

「━━━はぁ?私に異変の片棒担がせろっていうの?流石に私もそこまでアホじゃないわよ?異変解決するのは確かに私の仕事みたいなもんだけど、故意に異変に参加させようってんなら私は参加しないわよ。

博麗の巫女がマッチポンプだなんて洒落にならないわよ。」

 

「もう人里のイザコザを止めるにはこれしかないのよ……そもそも、人間達が変な理由で対立しなければよかっただけだもの。」

 

「……レミリアと幽々子が私に挑戦を叩きつける。別にそれくらいなら構わないわよ。紅魔館全員と白玉楼の2人を相手にしろって言うならやってあげるわ。

けどね、それでどうして人里のいざこざが終わるのかが分からない。それに、自分達のことは自分達でした方がいいじゃない。人里の事に首を突っ込むほど暇じゃないでしょう、貴方も。」

 

レミリアと幽々子が挑戦を叩きつけた理由。それは紫が頼み込んだからである。『人里の混乱を収めるべく手伝って欲しい』と。

どうせなら、と異変では無く博麗霊夢に挑戦するという形に収まったが。

 

「……博麗霊夢が相手をしない場合は人里から人を攫っていく、って表向きの条件をつけてるのよ。」

 

「はぁ!?何考えてるのよ!!何でそんな事のために一々人攫いなんてするのよ!!いくら人里のいざこざを終わらせたいからってそこまでする必要ないでしょ!?」

 

「だから表向きって言ってるじゃない。

実際攫うのは聖白蓮派の人間よ……既に彼女から、彼女の側についてる者達に説明してもらってるわ。流石にそこまでの根回しをしないでこんなことしようとは思わないわ……まぁ、比那名居天子にも協力を仰ごうとしたけれど相変わらず腹が立つから頼まなかったけれど……」

 

紫の言ってることに呆れながら大きなため息をつく霊夢。予め相談されていたのならまだしも、一切の相談なく物事が勝手に進められている、というのは彼女からしてみれば自分自身の都合を無視されて進められているも同意なのだ。例え何も無かったとしても、自分の知らないところで操作されるのは気に食わない。

 

「……まぁ、いいわよ。起きてることは仕方ないし、やらなきゃいけない状態になってしまってるって言うのもわかってるもの。

けど、そういうのって人攫いした方が人里で協力しやすくなるんじゃないの?発表された直後に私があいつら退治しても何も問題ないでしょう?」

 

「大丈夫よ、この挑戦をするのはある一定人数を攫ってからということに決めていたんだもの。後は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。って状況を作り出せばいいだけだもの。」

 

「……あんた、やることえげつないわねほんと。だから私に先に情報提供したって訳?私が後からでも出られる様に。」

 

「えぇ、そうよ。」

 

ニコニコしながら言い放つ紫。霊夢は今度は軽いため息をついてから仕方ない、と決心した。起こってしまったことはしょうがないため、嫌でもしなければならないのだと。

 

「それで?私はいつごろに向かえばいいの?」

 

「あと数時間したら出ていいわよ……その頃になったらスキマで新聞を届けてあげるから。」

 

「ん、了解。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、今回私達は一切関わらないということにしてあるわ。ここに新聞が届いたのも、わざわざ少ない部数刷ってもらってここに回してもらったからなのよ。」

 

「……それで、天狗達の情報網云々の話はどういうことか教えてもらえますか?」

 

時は戻って八雲邸。既に霊夢に新聞を届けていた紫は帰っていた。そして、陽達に事情を説明して今回は手を出すなという通告をしていたのだ。

 

「あぁ、簡単な話よ。射命丸文は写真を撮って新聞を刷った、けれど大天狗から『人里に手を出すな』と言われて会えなく断念………という設定にしてあるのよ。

実際は天狗側には人里に手を出すどころかハナから自分の領地を守る事しか考えてないから初めから関わることなんてないのよ。

今回天狗が関わることと言えばせいぜい新聞を刷った彼女くらいのものよ。」

 

「……手は出さない、って事だけど。なら何でわざわざ新聞を届けたんだ?どうせ紫がいないと出られないんだし。俺らに伝えなくても良かったんじゃないか?」

 

「事情を説明したのだからいいじゃない。それに、人里事情を陽鬼や月魅から聞いてるでしょう?なら予め新聞見せてあとから事情説明を私に乞う様に仕向けて置かないと貴方ってばすぐに人里に行こうとしたでしょ。『自分は人間だから話し合えるんじゃないか』くらいのことは言ってそうよ。」

 

「うぐっ……」

 

自分でもそんな気がして、陽は紫の言った事に反論は出来なかった。けれど、それでも何もしていない自分が嫌になっていた。

 

「まぁ、様子くらいなら見せて上げるわ……本気で戦うようには言ってあるけど……レミリア達に負けて貰って……それで円満解決になればいいけれど。えーっと例の水晶はどこ置いたかしら……」

 

「にしても……こんな事をよく引き受けてくれたよね。自分達が嫌われるようなことをよく受け入れてくれたもんだよ。」

 

陽鬼が呟いた疑問を千里眼に近い効果を持つ水晶を取り出しながら紫が付け足すように答える。

 

「簡単な話よ。未来永劫妖怪として差別されながら嫌われるより、主犯格で退治された故に反省した妖怪……として生きた方がマシってことよ。人里に食料を買いに来るから後から普通に食料調達できる方法をとるわよ、あの二勢力は。」

 

「なるほど、確かに私ならご飯食べれる方を取っちゃうなぁ……」

 

「貴方は食い意地が張りすぎですよ……それで遠くのものを見られるのですか?」

 

紫の取り出した水晶を見る月魅。紫は軽く頷いた後に、それをテーブルの中心に起き、少し念じる。すると、透明の水晶に景色が映し出され始め、全員がそれに注目し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……異変なんてもうしないと思ってたら……もう一回退治されないと懲りないのかしら?って貴方の主に伝えておいて欲しいのだけれど。」

 

「ふん……幽々子様のやることを決めるのは幽々子様だけだ。博麗の巫女が決めることじゃないだろう。」

 

「それもそうね……私がやるのは、あくまでも矯正で強制させる事だもの。」

 

人里上空、そこでは既に霊夢と妖夢が対峙していた。互いにお互いの武器を構えて呆れ顔で対峙していた。

 

「大変ねあんたも……どうせ幽々子の事だし『わぁ〜楽しそうね、妖夢、やりましょうよ〜』か『ご飯が無くなるなんて耐えられないわ、妖夢やりましょうよ〜』の二択でしょどうせ。」

 

「……『ご飯が無くなるのも嫌だけど、なにより楽しそうだからやりましょうよ妖夢〜』が正解ですよ。まぁここには私の刀の手入れをしてくれる人もいますしね、行けなくなるのは辛いですよ。自分で覚えろと言われたらそれまでですが、白玉楼には手入れの施設をおけるほど自由が利く訳でもありませんし。」

 

「……本当に大変ねあんたも。で、結局1番手はあんたって訳ね。二番目以降は誰かしら?」

 

「二番目は紅魔の門番、3番目に動かない大図書館、4番目に瀟洒なる従者、5番目に我が主、6番目に紅魔の悪魔……という順番ですよ。

ですが……ここで私を倒せる前提で話すのはやめてもらおうか!」

 

声を荒らげながら真っ直ぐ突っ込んでくる妖夢。楼観剣を縦横無尽に的確に振っていく。しかし、霊夢はこれを涼しい顔で尽く避けていく。

 

「くっ……手を抜いてるつもりは……無いのにッ!」

 

「ほら、当てないでいるとどうなるか分かってるでしょ?一応攻撃速度は早いせいで私攻撃出来ないんだから……ねっ!」

 

右へ、左へと次々に振り抜いていく妖夢。両手で振り抜いてすぐさま片手で刀の向きを変えてさらにすぐに降り抜く。それを繰り返しているにも関わらず、霊夢は未だ体を刀を避けるために動かしているだけだった。

 

「ならっ……!これなら!」

 

一旦妖夢は離れて斬撃型の弾幕を放っていく。しかし、霊夢はそれでも避けていく。だが、段々と弾幕が服に掠っていく様になってくる。霊夢は自身の動きが悪くなったのではなく、妖夢の弾幕の量が物理的に多くなったのだと気づいた。

 

「あんた……物理的には増やすのは構わないけれど……流石に疲れないかし……らっ!!」

 

流石に確実に命中すると思った霊夢は札を使って妖夢の弾幕を相殺していく。そして、陰陽玉も使い妖夢の弾幕を弾いていく。

 

「………流石に強いですね。流石に考え無しで二刀流をするのも考えもの……ですが!人符[現世斬]!」

 

ある程度弾幕を放ったところで妖夢は霊夢の弾幕を掻い潜り、二刀で弾きつつ高速の斬撃で霊夢に近づいていく。

 

「……霊符[夢想封印]!」

 

「え━━━」

 

瞬間、色とりどりの光弾が妖夢に襲いかかって、妖夢を気絶させていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という事があったのよ、美鈴。」

 

「へ、へぇー……そ、そうなんですかぁ………で、でも紅魔館には近づけさせませんよ!今改修中だしあっちにいるのはメイド妖精とゴブリンくらいですし!」

 

「えぇ、だから今から場所を聞くつもりだったのよ。ほかの奴らはどこにいるのかって……その体にね。」

 

「目が本気に見えるんですけど!?私は『霊夢は手抜きしてくれるからやられたフリでもしておきなさい』って咲夜さんから聞いてたんですけど!?」

 

そして人里の紅魔館側の出口、そこでは美鈴が霊夢の前に立っていた。妖夢はやられた後に適当な場所に寝かせておいてこちらに来ていた。

 

「それはあのメイドが遠まわしに『勝てないから最小限の傷で終わらせてこい』って言ってるのね、懸命な判断ね。というわけで表向きは退治させてもらうとするわ。」

 

「なんでも表向きっていえば満足すると思うなよこんちくしょう!!やってやりますよー!私だってその気になれば勝てる筈ですし!!」

 

「その気になって勝てるなら今頃私は誰にも勝てなくなっていると思うんだけれどね……」

 

美鈴のヤケクソに放たれる弾幕を涼しい顔で回避していく霊夢。反面美鈴は若干泣きかけながらバンバン撃ちまくっていた。

霊夢は少しいたたまれない気持ちになったが、負けるつもりはハナからないので本当に気持ちだけだった。

 

「何で当たらないんですかぁ!!こちとら本気で撃ってるのにぃ!!」

 

「あんたもうちょい弾幕量抑えなさいよ。さっきから私あなたの弾幕処理でお札使っちゃってるんだけど?弾幕には弾幕をぶつけるだけじゃ数が足りないしどうしてくれるのよ。」

 

「そのお札どこから出てるのかってくらいいつも出してるしいいじゃないですかぁ!!寧ろそう思うなら当たってくださいよ!」

 

「ごめんなさい、私も一応人間だから当たったら痛いの。痛いのは嫌なのよ。というわけでさっさと沈んでくれると私としてはとっても有難いのだけれど。」

 

「その台詞は1度でも私の弾幕に当たってから言ってもらおうかぁ!!一度も当たったことないのにそんな事言われても信用できるわけないじゃないですかぁ!!」

 

美鈴が叫び泣き、霊夢が淡々と避けていく。そして隙を見ては美鈴に攻撃を当てていく。美鈴の体自体はかなり頑丈に出来ているので多少の攻撃では怯まないのだ。

 

「それよりも相変わらず頑丈よねほんと……あの不良天人に比べれば柔らかい方だろうけど技の精度的に貴方の方が強いのかしら?」

 

「……確かめたことないからわかりません……って言うか逐一攻撃当てて来ないでくださいよ!もうボロボロですよ私!!」

 

「だったらどけ。今の私には貴方に使う体力はないのよ。

というわけで隙あり。霊符[夢想封印]」

 

「あ……私やっちゃいま━━━」

 

またもや光弾が放たれ、今度は美鈴が餌食となる。だが、それでも霊夢は涼しい顔を保っていた。

 

「さて……このまま進ませてもらうとしますか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……霊夢、こんなに強かったんだな初めから強いとは知っていたけどさ……まさかこれほどまでとは。」

 

「今まで数々の異変を解決させてきた猛者だもの。残りは4人………さて、霊夢はどう戦うのか……見ものね、頑張って欲しいわ。」

 

八雲邸、そこで紫達は霊夢がこの異変を解決させる様子を見守っていた。だが、残りは4人というこの状況で霊夢はどうするのか?マッチポンプとはいえ異変は異変なので、霊夢がどういうふうに戦うのか見たことなかった陽には丁度いい戦いを学べる場となっていた。

まだ、異変は終わらない。




前の火災は事件ですけど、今回は異変扱いです。


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紅魔三連撃

「……私、ここには珍しく外に出てきた動かないはずの大図書館がいるって話を聞いていたんだけど。」

 

「あら、それは残念ね……けど代わりに私が遊んであげる!」

 

人里離れた森の中。そこには赤い巫女服を纏う霊夢と、色とりどりの宝石を羽につけたパチュリー……ではなく、フランドール・スカーレットがそこにはいた。

 

「…って言うかあんたのところの門番はこの辺りにパチュリーがいる、みたいな話をしていたんだけど。嘘を履かれたのか嘘をつかれていたのかどっちなのかしら?」

 

「パチュリーはここに来るまでに喘息が悪化したから小悪魔に運ばれて紅魔館に戻っていったわ。流石に外で歩くのはダメだったみたいだよ?」

 

「あぁ……悪化したのならしょうがないわよね。うん、理解したわ。」

 

パチュリーの体調のことを少し考えながら霊夢は改めてフランに向き直る。そして、また別の疑問が生まれていた。

 

「あんた、まだ太陽出てる時間だけど日差しの元に出て大丈夫なのかしら?」

 

「竹林のお医者さんが薬を作ってくれた、って咲夜が言ってたわ。塗ると太陽の光を浴びてる間は大丈夫なんだって。でも夜になったら効果が切れるって言ってた。」

 

「永琳……いえ、永遠亭全体も今回の異変に1枚噛んでたって訳ね……あの竹林のお姫様がこういうことを逃すはずがないもの……ま、いいわ。3番目が末恐ろしい悪魔の妹になったけれど、私は博麗の巫女としてここを通らなきゃいけないの。

私が勝ったら次のヤツの場所を教えてもらうわよ。みんな誰がどこにいるかとか全然把握出来てないんですもの。」

 

「そういうセリフは……私に勝ってから吐くことね!禁忌[フォーオブアカインド]!」

 

スペル宣言と共にフランが四人に分身する。そしてそれぞれが別方向に飛んで霊夢を囲うように弾幕を放ち始める。

 

「また随分と恐ろしいほど全力で来るわね……いきなり四人分身されることは驚いたわ。そのままスペカ四連発されると私でも勝てるかどうかわからないわね。」

 

霊夢のふと言った言葉に4人のフランは『弱点見つけたり!』と言わんばかりの表情でそれぞれスペルカードを取り出す。

 

「言ったわね?なら本当に勝てなくしてあげる!禁忌[かごめかごめ]!」

 

最初のフランのスペルカードで霊夢の周りに光弾が現れ、霊夢を取り囲み始める。

 

「包まれたら負けよ?禁忌[レーヴァテイン]!」

 

そして、その狭い範囲の中で大型の紅い剣が振るわれる。それの軌道で赤い弾幕も直線上で動くために更に逃げ場が無くなる。

 

「囲まれて切られれば更に避けられなくなるわね!禁忌[フォービドゥンフルーツ]!」

 

そしてそこからかごめかごめに重なるように、更に霊夢を囲んでその中へと直接弾幕が放たれていき最早霊夢には一歩も動くスペースは残っていなかった。

 

「それじゃあここでおしまい!禁弾[スターボウブレイク]!」

 

最後に、色とりどりの弾幕が霊夢に向かって落ちてくる。フランはここで確信していた『この組み合わせなら勝てる』と。

しかし霊夢は一切表情を崩さずにスペルカードを取り出した。

 

「夢符[封魔陣]」

 

瞬間、大量の札が飛ばされる。勝てると確信していたフランはここから反撃された事に驚いていた。

そして、霊夢のスペルカードに一瞬反応してしまったために動きを一瞬止めてしまったレーヴァテインを使うフランが札によって落とされる。

 

「あっ!?」

 

「こらこら、一瞬でも余所見をすれば……終わるわよ。」

 

「しまっ……!?」

 

そしてかごめかごめを使っていたフラン、スターボウブレイクを使っていたフランまでもが落とされる。落とされた3人のフランはモヤのようにゆっくりと消えていった。

 

「あら、貴方が本体だったのね。毎回毎回最後になるのがいつも本体なせいで私の運って悪いのかと考えてしまいそうよ。」

 

「い、一瞬だなんて……」

 

「最後まで油断しなかったら流石に危なかったかもしれないわね?けどお陰でスペルブレイクが出来たから相手する時ならいくらでも油断しててほしいわ。

それじゃあ……霊符[夢想封印]っと。」

 

「そんなぁー……」

 

こうして霊夢のフランとの戦いも終わった。霊夢は、フランから咲夜の居場所を聞き出し、その場所へと向かって行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう、パチュリー様は紅魔館に戻ったのね。そして代わりに妹様が来てて貴方の相手をした、と。」

 

「そういう事よ。という訳で何処に人を攫っていったか答えなさい。私は異変解決をしろとしか言われてないのよ。一々他の奴に次のヤツの場所を聞くのもアホらしくなってきたから直接向かうわ。」

 

「教えるわけないじゃない、異変の主犯格に人質の場所はどこですか、なんて聞くバカでもないでしょ貴方。」

 

「だから倒してから聞くのよ。聞くのは貴方で最後にするわ。」

 

少し霧が出ているどこかの平地。そこで霊夢と咲夜は睨み合っていた。互いが互いの隙を見つける為に。

しかし仕組まれた異変とはいえ、主犯格であることには変わら無いために咲夜は本気で霊夢を倒す気でいた。

故にまずは小手調べで時を止め、霊夢の真後ろまで移動してからナイフを1本霊夢目掛けて投げ、そしてそのまま元々立っていた位置にまで戻っていた。

 

「……と、いきなり不意打ちかしら?」

 

しかし、霊夢は後ろを一切見ることなく、何の躊躇もなく後ろのナイフを弾いていた。咲夜は霊夢が手に持ったお祓い棒で弾かれることは予想していたが、改めて見ると呆れるしかなかった。

 

「……それ本当に木製なのか偶に疑いたくなるんだけど。何で鉄製のナイフを無傷で弾けるの知りたいわね。」

 

「あー、霊力よ霊力。というかそれ言い始めたら何であんたが飛べてるのか未だにわからないんだけど。」

 

「時間操作の応用よ応用。なるほど、お互い様というわけね。」

 

咲夜のその台詞の瞬間に霊夢の周りにナイフがばらまかれるが、霊夢は結界を貼ることで冷静に回避する。咲夜も淡々と次の手を打とうとしていた。

 

「全く……未だにあんたの時間操作の攻略法が分かんないわ。どうすればいいのか教えなさいよ。教えるわけないでしょうけど。」

 

「攻略法が分からないといいつつ的確に弾いてるのを見ると、呆れてものも言えなくかるわね。見ずに弾かれることが案外心にダメージを与えてるのよ。メイド秘技[殺人ドール]」

 

スペル宣言後、ナイフをばらまく咲夜。霊夢が避けようと動いた瞬間に時を止め、更に追加でナイフをばらまく。時を止める以前は十字のように、しかし時を止めている間は手当り次第に。

 

「この技……1度見切られたくらいで破れる技じゃないことは……貴方も知ってるはずよね。さぁ……操り人形のように踊りなさい。」

 

霊夢は淡々とナイフを避けていく。しかし、避けながらもどこか違和感があった。本当に操られているような感覚に陥っているのだ。逃げ場所を、避け方を。

 

「そこっ!」

 

そして、完全に逃げ場を失った霊夢に向かって咲夜はナイフを投げる。殺人ドールは囮、つまりは逃げ場の制限のためにしか使われていなかったのだ。

 

「しょうがない……すー………はー……」

 

そのナイフ一本を弾いて霊夢は極限に集中する。だが、咲夜はその隙を見逃さずにナイフを次々と投げていく。それも集中しながら弾いていく霊夢だが、遂に弾けなくなる数が投げられる。

 

「これで終わりかしら?博麗の巫女にようやく勝て━━━」

 

「━━━[夢想天性]」

 

静かに、しかし耳に聞こえやすい声が聞こえてきた。咲夜はその声が霊夢のものだと気づくのに一瞬時間がかかっていた。しかし、その一瞬が既に勝敗を分けていた。

 

「なっ……霊夢の姿が……一体……!?」

 

「ここ……よっ!」

 

「ぐっ!?」

 

霊夢の姿は消えたと思った瞬間の蹴り。瞬間的だったとはいえ、あのナイフの山を避けた事に咲夜は驚いていた。蹴りこそ防げたが、落下速度をプラスした蹴りは咲夜の体を吹き飛ばした。

 

「こ、こんな勢いで地面に激突したら大変なことになってたわ……ってまた霊夢の姿が……!?」

 

再び消える霊夢、そして咲夜の目の前には既に大量の弾幕が張られていた。それを目視した瞬間、咲夜は負けを悟ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、吸血鬼が冥界に繋がる道の前にいるとはね。現世にいるのに飽きたのかしら?」

 

「まだまだ飽きるわけないじゃない。運命を操れる、って言われてる私だけど人生は操られないからこそ飽きないのよ。人間とは違って元々長寿なんだから……長寿には長寿の生き方があるのよ。」

 

「運命を操るって……それはあんたの自称でしょ?操れるならとっくに私はあんたに紅魔異変で負けてるわよ。」

 

「あら……戦いで能力を使ったら面白くないじゃない。それに、私の能力は能力故に実力で勝った気がしないのよ……だから操らない、私は私の実力で勝ってみせる。」

 

冥界へ続く階段、そこに一番近い場所にレミリアはいた。既に夕方になっているが、太陽で弱っている所を見ない限りやはりフランが使っていた薬を使っているのだろうと霊夢は確信していた。

そして軽い話し合いの末にレミリアは霊夢よりも高い場所に浮かんで霊夢を見下ろしながら不敵な笑みを浮かべる。

 

「さぁ……私に勝てば、連れ去った者共がどこにいるのか……西行寺幽々子がどこにいるのかを教えてやろうじゃないか。流石に冥界には連れていけないからな。

早くせねば……段々と人が攫われてしまうぞ?」

 

「……攫えるやつって他にいたかしら?」

 

「そこら辺は……確かプリズムリバー三姉妹とか言う奴らに任せた。人の感情を音楽の力を使って多少は操れるらしいからな。ハーメルンの笛吹男……それを演じてもらうわけだ。人攫いには適しているからな。」

 

「……まさかまだ手を貸してる奴がいたとは……私、紫から何も聞いてないんだけど?」

 

「方法は任されていたもの。後はそうね……目的が『人里を一致団結させること』ならば白蓮派の人間だけとは言わずに他の人間も攫うべきなのよ。だからあの3人には『人間が一致団結するまで音楽を使って集めろ』って言ってあるわ。抵抗する仲間が一緒にいればいいって話だもの。」

 

レミリアの言い分に霊夢は溜息を付いていた。その通りと言えばその通りだが、彼女が若干やり過ぎているような気もしているのだ。やりすぎて妖怪の出入りが厳しくなれば本末転倒だからだ。

とは言っても、霊夢は人間なので妖怪側が何を考えているかは皆目検討つかないために、あまり気にしないようにし始めたが。

 

「まぁいいわ……妖怪は退治するだけだもの。屋敷が直る前に返してやるわ。ほら、さっさと構えなさいよ。」

 

「えぇ、今日は返り討ちにしてあげる……貴方を倒してついでに幻想郷を私達のものにしてあげるから。

いくわよ……神罰[幼きデーモンロード]」

 

唐突なスペル宣言、そしてそれからなし崩し的に戦いが始まるが如何せん唐突なものだったために一瞬だけ霊夢の判断が遅れてしまった。そのせいでレミリアの弾幕に囲まれてしまう。

 

「ちっ……さっき夢想天性使ったせいで体力が若干消耗しているわね……もうちょっと余裕持てばよかったかな……」

 

「連戦になるとわかっていて体力を取っておかないなんて……最近異変が起きてないから体が少し鈍ったんじゃないかしら?そんなんじゃ私には勝てないわよ?」

 

「分かってるわよったく……時を止めるあんたの所のメイドのせいで思わぬ体力消費だわほんと。夢符[夢想封印]!」

 

負けじと霊夢も応戦して夢想封印を発動。自分の周りとレミリアが出している弾幕をすべて吸収していく。

 

「よくやるわね。けどまだまだこんなものじゃないわよ……神槍[スピア・ザ・グングニル]!」

 

お得意のグングニルによる接近戦……ではなく、周りからエネルギーを集め、それを槍の形に形成、投擲を繰り返し始める。

 

「ちっ……前から後ろから忙しいわね……」

 

「避けてばかりじゃ話にならないわよ?ほら避けてばかりいると……こうなるのよ!」

 

そう言ってレミリアの投げた先は霊夢ではなく、霊夢の陰陽玉であり、その陰陽玉はレミリアの攻撃により砕け散ってしまう。

 

「ちょっ……これ一つ作るのにどんだけ時間かかると……まぁいいわ……なら……!」

 

何かを考えついたか、霊夢はレミリアに向かって突進していく。この中で突進するのは何か策があるのだろうと考えたレミリアは、投げようとしていたのを投げずに手に持ったまま霊夢に向かって飛んでいく。

そして霊夢はお祓い棒を、レミリアはスピア・ザ・グングニルを構えてお互いがお互いの獲物で『敵』を倒そうしながら……交差した。

 

「……」

 

「……なーんで、木製の木の棒なんかに負けなくちゃいけないの……かし、ら……」

 

互いの一撃が交差し、勝ったのは霊夢だった。近接戦闘による一撃、霊夢はお祓い棒でスピア・ザ・グングニルを一瞬弾いた後に、お札をレミリアの頭に貼り付けて貼り付けた部分に強力な一撃を入れていたのだ。

それによりレミリアは気絶し地面に落下、さほど高い位置にもいなかったこととレミリアの体が普通の人間よりも頑丈なことを踏まえておそらく大丈夫と考えた霊夢は幽々子のところへと向かう。

普通の人間を白玉楼に入れることは無い、そう考えていたので霊夢はそれ以外の場所へと向かっていったのだった。



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後始末の後始末

「あらあら、こんなところまで来るなんて随分殊勝なことなのね。」

 

「……普通の人間は白玉楼に入れない、かと言ってまともな場所だと人が来てしまう……だからまともじゃない場所に人を入れるもんかと思ってたけど、実際は全然違ったわけね。」

 

「灯台もと暗し、って奴よ〜

白玉楼でも、紅魔館でも無くて私達が隠れ蓑に使えそうな場所といえば一つしか無いわけよ。」

 

「……だからって普通私の神社を選ぶかしら!?また変な噂が立つから困るんですけど!!そもそも!こんなところも何もここは私の家よ!」

 

今、博麗神社にて西行寺幽々子と博麗霊夢が睨み合っていた。西行寺幽々子が選んだ場所、それは博麗神社だったのだ。

 

「というか……いつから私の神社にいるのよ。少なくとも私が解決のために動き始めた時にはあなたはいなかった気がするのだけれど?」

 

「簡単な事よ〜、紫が貴方にgoサイン出したのは私たちの準備が整ってからってことだったもの〜なら、準備ができたタイミングって言うのは人質をどこかに隔離し終えたこと……適当な場所にいておいて後から紫のスキマで移動しただけよ〜

私からしてみればここを教えられていない限り場所がわからないはずなのにどうしてここを選んだのかしら〜」

 

「……地霊殿、天界、妖怪の山、紅魔館、彼岸、白玉楼……後魔法の森。まずこの七つが除外されるわ。紅魔館は立て直し中だしそれ以外の場所は生きている人間基本お断りの場所じゃない。魔法の森は問題ないだろうけど外縁部くらいなら普通の人間も入れるから駄目ね、見られたら終わりだもの。

後あそこは魔理沙とアリスがうるさいわ。

じゃあ他にどこがあるの?って話だけれど………私の神社、竹林、守矢神社の三つが出てくるわけよ。で、迷いの竹林は永琳が認めないでしょうね。その場関係なしに喧嘩を始めてしまうどこかのお姫様と白髪の案内人がいるもの。守矢は何か大きなことをする時は基本的に妖怪の山……取り分け天狗のところに言いに行かないといけないから時間がかかるし、何より天狗が人間の為に動くはずがない。

って考えたら残って集められるのってここくらいなのよ。」

 

「あらあら、無茶苦茶な問題文にヒントなしで正解するなんて大したものね〜」

 

笑顔を崩さずに霊夢を褒める幽々子。霊夢は煽り抜きで褒めているのかそれとも煽りで褒めているのかいまいち掴めなかった。幽々子はいつでもニコニコしているからである。

しかし、一応名目上は異変の主犯側と退治側に分かれているのだからやることはきっちりやろうと思考を切り替える。

 

「そうそう、作戦はある程度成功したらしいわよ〜根っからの過激派だった人は兎も角として、例の二人が襲われた件で過激派についた人は白蓮派に移ったとかなんとかって。」

 

「あぁそう……ならこのままなし崩し的に解散とかにならないかしら……なる訳無いわよね……ああもう、さっさと終わらせるわよ。構えなさい幽々子。」

 

「ふふ、私激しい人も好きよ〜」

 

お互いに構える二人。霊夢は冷静に、幽々子は微笑みながら。

先に動いたのは幽々子だった。不意に飛び上がって弾幕を霊夢の方へと放っていく。

霊夢はそれを避けて隙を着いてお札や弾幕を放っていく。そして幽々子も同じように避ける。

 

「相変わらず蝶のように舞うわよね、あんたは。」

 

「あらあら褒めてくれてありがとう。けれど、褒められてからと言って手を抜くつもりは無いわよ?忘郷[忘我郷-さまよえる魂-]」

 

そして幽々子はスペル宣言。波打つ色とりどりの弾幕に混じらせて一直線に伸びるのを回しながら舞う。

霊夢は避けていくが、流石にあまりに近寄りすぎると避けられないので少し離れながら応戦していく。

 

「あらあら、そんなに離れると私の舞が見えないのじゃないかしら?もっと近づいてみてもいいのよ?」

 

「お断りよ、私の目はそこまで悪くないんだもの……夢符[2重結界]!」

 

そして霊夢も負けじとスペル宣言。霊夢の周りに2重の結界が出来、そこから放たれる弾幕と外側の結界を使って幽々子の弾幕を打ち消していく。

 

「あらあら、まさかそういう防ぎ方されるなんてねぇ……少なくとも、本気ってことかしら?」

 

「私は前からあんたの本気を見てないのよ。前の異変の時も、その前の異変の時も……今日こそ見させてもらうわよ、白玉楼のお姫様の本気ってやつをね。」

 

「怖いわぁ……私、脅されてて辛いわ〜」

 

「その余裕……すぐに剥がしてあげるわ霊符[夢想封印]!」

 

霊夢から大量の光弾が放たれる。その光弾によって幽々子の放つ弾幕はすべて吸収されていく。だが、それでも幽々子は舞いながら避けていく。飛ぶことさえも舞いに入れるために中々自分の弾幕を狙いづらいのに霊夢は少し舌打ちをする。

 

「ふふ、怒ってばかりだと勝てるものも勝てないし見えるものも見えなくなるわよ?」

 

「……何かあんたが言うのもそれはそれで何か違う感じがすごいわ。ただまぁ……言ってることはその通りね。怒ってるつもりは毛頭無いんだけど。」

 

「あら、そうだったの?けど……貴方がどういうつもりでも私は負けないわよ〜一応これでも主犯扱いなんだから〜」

 

「そうそう、それでいいのよ。私とした事が自分の神社使われた事でちょっと怒ってたみたいね。

いや、別に後で何もしなくなったってわけじゃないわよ?何かしらお返しは貰うわ。紫を含めた今回の関係者全員からね。」

 

霊夢のその言葉に幽々子は苦笑していた。だが、やってしまったことは仕方が無い、と内心で開き直ってこのままバトルを続行することに決めた。

 

「夢符[封魔陣]!」

 

「忘郷[忘我郷-宿罪-]」

 

互いのスペルカード、そして弾幕がぶつかり合い打ち消しあっていく。霊夢は冷静に幽々子に向かって弾幕を打つが、幽々子はそれを綺麗に避けていく……が、唐突に止まって霊夢の弾幕を受けていく。

そして地面に落下していくが既のところで止まってそのまま空中で静止する。

 

「あらあら、負けちゃったわ〜」

 

「……ま、異変解決ってことになるんならいいか。私だって長いこと戦いたいわけでもないし。」

 

霊夢は呆れたが、これで名目上は異変解決という事になるので『まぁいいか』とすぐさま深く考えることをやめた。

だが、結局のところ霊夢からしてみればこの異変は起こす必要性があったのか……そう思わざるを得なかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、八雲邸には疲れきった表情で横になってる紫がいた。

 

「……問題自体はある程度解消されたのはいいんだけど、まさか両方の過激派が悪化するとは思わなかったわ……」

 

「まぁまぁ、互いが互いを敵視してる派閥同士での争いって聞いてるし……それに、ちゃんと上の二人が抑えてるって話じゃないか。それならまぁ問題ないと思うけど……」

 

「それでも疲れないことには変わりないわよ。第三者として話し合いに立ち会う事……何回目だったかしら。多分10や20は硬いと思うのだけれど。」

 

「正確には喧嘩した者同士の仲裁の為に聖白蓮と豊聡耳神子が出てきてそれの第三者枠として、話し合いに参加したのが8回。

今回の異変……紅魔館と白玉楼の二組が協力したとして名付けられた紅白異変において主犯格扱いのレミリア・スカーレットと西行寺幽々子様との話し合いが3回。

これからの人里の為の話し合いで妖怪側であり管理者でもある紫様が第三者枠として参加した連日の話し合いが7回の計18回話し合いに参加していますね。」

 

「計算ご苦労さま〜……藍〜……」

 

横たわりながら手を振って藍に礼を言う紫。この数日間の間はずっと話し合いを続けていた疲れと、未だこれから行われる話し合いを考えると憂鬱になってしまうのだ。

 

「喧嘩した者同士の仲裁が一番めんどくさいのよ……八回とも全部喧嘩した者同士が喧嘩し始めるから周りが止めようとするし……私達の方が手を上げるわけにも行かないから……余計に疲れるわ…」

 

「お疲れ様……一応お茶入れたけど飲む?咲夜にこの前紅茶の入れ方教えて貰って入れてみたんだけど。甘さが疲れを飛ばすと思うよ。」

 

「んー……ありがとう……」

 

ゆっくりとだるそうに起き上がりながらカップに入れられた紅茶をゆっくり飲んでいく紫。最初の一口で何かに気づき、そのまま紅茶をすべて飲み干してから、陽の膝に頭を載せる。

 

「え、えっと……紫?」

 

「今の紅茶……檸檬と蜂蜜を入れてたの?何かそんな感じがしたけど……」

 

「あぁ、そうなんだよ。咲夜から檸檬を貰ってさ、蜂蜜も取れたらしいからそのまま使ってみたんだよ。味はどうだった?」

 

「……えぇ、とても美味しかったわ。ありがとう、陽。」

 

そう言って陽の膝の上で眠り始める紫。陽は紫の頭を恐る恐る撫でていくが、その内慣れてきたようでゆっくり撫でていき始める。

しかし、内心自分が撫でるのではなくどちらかと言えば撫でられたいと少し困惑しながらも、これはこれでいいと撫でていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の件で思った事……言っていいかしら?紫。」

 

「何かしら霊夢。『これ本当に意味があったの?』って聞くこと以外ならなんでも質問してもらって構わないわよ。」

 

「今回の異変の意味ってあったの?人攫いして神社に置いておくことはまぁ百歩譲ってよしとするとして……結局のところあんたがしばらくの間人里の会議に半ば強制的に連れていかれてたことを考えると……あんまり意味なかったんじゃないかって思うわよ。

結局過激派同士の小競り合いがあることは変わらないんだし。」

 

更に数日後、紫は霊夢と共に博麗神社でお茶をすすっていた。晴れた昼下がりの空を眺めながら今回のことについて話し合っていたのだ。

 

「小競り合い自体は前から……それこそ豊聡耳神子が来る前からあったわよ。人間と妖怪の共存を望む聖白蓮が来た時から……いえ、人里に妖怪が住み着き始めた時くらいからかしら?もうその時には親妖怪派と妥当妖怪派の二つがあったわ。その時は相容れないもの同士って事で棲み分けはされていたけれど……」

 

「それが聖白蓮が来て、豊聡耳神子が来て……白蓮派と神子派になっただけってことなのね。そしてその二つの対立問題が今回の件で浮き彫りになった、という事ね……でも白蓮派に過激派なんて存在するのね。そもそもあそこは……」

 

「『共存する』という目的が完成されるってことは……要するに人間と妖怪が手を取り合う事が終わりなわけ。けれど逆を言えば『共存を望まない者』をすべて潰してしまえば共存は成り立つのよ。」

 

「……なる程ね、その状態になった者達が集まったのが過激派って事。なんか納得出来たわ。けど、そうなると白蓮には止められないわよね。止めようとしても自分の事を信頼しまくってる奴らだしね、一応。」

 

霊夢がそう言うと、紫はきょとんとした顔で霊夢を見る。何故そんな顔をされるのかわからない霊夢はムッとして紫を見返す。

 

「何よ、何か間違ってるなら言いなさいよ。」

 

「止められないどころか、むしろ積極的に止めようとしてるわよ。ただ、彼らと同じように暴力はもとい弾圧も出来ないから言い聞かせるようにしかできないのよ。

弾圧してしまえば……多分、今度は彼女自身が狙われることを分かっているから。」

 

「……あいつは保身の為に動くような女じゃないと思うけど。けど、狙われたくない理由があるのかしら?」

 

「簡単な話よ。単純な力比べや暴力を振るわれてしまえば彼らは白蓮に勝つことは出来ない。けれど逆を言ってしまえば……彼女の身内になら人質に取りつつ勝てるという図式が出来上がってしまってるのよ、彼女の頭の中でね。

そんなことは無い、そんなことは無いと思いながらももし起きてしまえば逆上した彼らを止めることは出来ない。だから上手く手綱を引っ張れないのよ彼女は。」

 

あー、とため息混じりの返事をしながら霊夢は空を見上げる。心優しい彼女ならば、そういうことにまでたどり着いてしまうのだろうと内心納得しながら。

 

「頭はいいのにねぇ……過激派の逆上が身内に向かないようにするだけでも必死ってわけね。私なら我慢出来ずに絶対そいつら殴り飛ばしてるわ。話聞けよ、って怒りながら。」

 

「そもそも霊夢が彼女みたいなことできてたら今頃この神社は参拝客もいっぱい来るわよ。良くも悪くも貴方のその性格が今のこの状態になってるんだから。」

 

それに対してまたも霊夢はため息混じりの返事を返す。もうこれ以上はどうにもならないこと。話し合ったとしても問題が解決することは無いだろうとお互いにわかりあった上での話し合い。

 

「……ま、なるようになるって事ね。何かあれば私が動くし。」

 

「どうしてもな時は霊夢じゃなくて私が動けばいいだけの話だもの。」

 

「それじゃあ…帰るわ。藍達も待たしていると思うし。」

 

「えぇ、今度来た時もお茶とお茶請けを持ってくることを約束させるわね。」

 

霊夢のその言葉に返事を返さずに紫はそのままスキマに入る。それを見送った後、軽く空を見上げて霊夢は思う。『何も変わらないのは時間だけ』だと。



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心機一転

「……うぅむ、ここ無駄なのじゃろうか……いや、そうなると3文増えて余計に無駄が出てきてしまうし……ではここか?いやそっちを削ってしまえば少し余分なのに削ってはいけない部分が出てきてしまうし……」

 

「黒音ー、そろそろ昼飯……何してるんだ?」

 

「ん?あぁ主様か……いやのう、魔法の術式の再確認をしておるんじゃがどうにも納得できんでしばらく改良をしようかと思案しておったのじゃ。しかし上手くいかんでどうしたものかと悩んでおったのじゃ。」

 

陽は辺り一面にばらまかれている紙の山を見て少しため息をついた。掃除をするのがとても捗りそうだという皮肉を考えながら。

 

「な、なんじゃ……この部屋は後で片付けるからそんな大きなため息つかないで欲しいのじゃが。し、しかたないじゃろ?久しぶりに魔法の整理をしようと思ってたら思いのほか捗ってしまっただけなんじゃ。」

 

「……はぁ、まぁいいけどさ。なら片付けし終わったらこっち来いよ?黒音だけ冷めた昼飯食わせたくないしな。」

 

「了解なのじゃ〜」

 

そう言って陽は部屋から出ていく。黒音は散らかった自身の部屋を見ながら軽くため息をついて、それから片付けを始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう言えば……最近は主様が一人でおることが多い気がするのじゃ。妾達すらも離してると思うのじゃが?」

 

「……いや、そんなことないと思うけど……俺ずっとこの三人のうちの誰かといるような気がするんだけど。」

 

昼食後、ふと黒音が出した話題。それについて陽がそんなことは無いと答えを上げるが、月魅と陽鬼はどうだったかと思考し始める。

 

「……そう言えば、この前私と買い物に行った時は勝手にどこかに一人で行ったね。家にいる時もいつの間にか外に出てたりするし……」

 

「確かに。私の時もふらっとどこかに出かけては知らない間に戻ってきていたりしますもんね。橙が言ってましたよ『最近よく来てくれる』と。」

 

「……ほう、妾達……はともかくとして紫達にすら内緒にして橙に会いに行っておるのか?」

 

「いや、いやいやいや……ただ遊びに行ってるだけじゃないか。それで何か隠すようなことはないし言う必要もないだろ?」

 

陽が言っても陽鬼達はジト目で陽を見るだけだった。陽はどうしたものかと悩んだが、こればっかりは見て判断してもらうしかないという結論に落ち着いた。言葉で納得しないなら実際に見せるしかないからだ。

 

「はー……分かったよ。誰か1人……絶対に俺につかず離れずにいてくれればそれで満足するだろ?少なくとも今この場にいる三人の内の誰かなら他の二人も納得するだろうし……それでいいだろ?」

 

「……まぁ、それが一番だよね。手を出してないよね?とは思うけど陽が年下と遊んでるだけってなんか妙に信じられないというか……」

 

頭をポリポリ掻きながら陽鬼は若干陽から目を逸らす。陽鬼のその言い分にげんなりしながらため息をつく。

 

「何でだよ……」

 

「主様の周りにいて、なおかつこの家にいる異性の割合を考えたらそうなるじゃろうに……見た目幼女4じゃぞ、4。紫と藍という見るからに『大人の女性』がおるにも関わらず主様は幼女といる期間の方が長いんじゃ。それでも疑われないと言うのかの?『紫はよく外に出てるから〜』なんて言うのは通じないのじゃ。藍はよく家に残っておるからの。」

 

「うぐ……いや、それ以前に外に出たら俺が死ぬだろう、みたいな理由で紫が一緒に行ってきて、みたいな話になったんだよな?そしたら絶対的に多くなると思うんだけど。」

 

「主様、この1週間買い物以外で何をしたかちょっと話してみるのじゃ。」

 

黒音が言ったことに陽は軽く首を傾げたが、とりあえずここ一週間の記憶を掘り起こしてみる。

 

「……確か、昨日は買い物に言ったら人里で走り回ってるチルノを見たな。声かけられたからしばらく相手したのを覚えてる。それ以外はいつも通りだった。

一昨日は……そうだ、博麗神社で霊夢に霊力の使い方を教えてもらってる時にルーミアが来たんだ。食われそうになったけど飴玉持っててそれあげたら満足して帰っていったな。手持ちの飴全部取られたけど。それ以外はいつも通りだった。

三日前は……あ、これも博麗神社だ。確か初めて会う妖精の3人組にあったんだ。サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアって言ってたな。それ以外はいつも通りだった。

四日前は━━━」

 

「四日前は紅魔館に行ってる時にフランの部屋で2人きりで遊びに行ってたよね。五日前はレミリアに膝枕をして寝かせていたのを見たよ。」

 

「ちょ、陽鬼?」

 

思い出そうとしている陽に対して陽鬼は淡々と陽の代わりに質問に答えていく。陽鬼の姿を見て月魅も何か思うところがあったのか口を開き始める。

 

「六日前はチルノを探していた大妖精を見つけて買い物そっちのけでチルノの元まで一緒にいたんでしょうね、一緒に歩いてるところを発見しましたし。

そしてちょうど一週間前は紫の代わりに人里の様子を見てきてほしいと言われて見てきたらいつの間にか稗田阿九の家にお邪魔していたりと随分としていた訳ですが……」

 

「……で、主様……妾達が何じゃって?絶対的に……何じゃって?」

 

「……はい、ごめんなさい俺が悪かったです。」

 

謝ると同時に陽はこうも思っていた、『何で俺謝っているんだろう』と。しかし、このまま謝らないでいたら拗れるだろうとも思ってこれからは彼女達から離れないようにしようと心に決めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何だか騒がしかったが……なにかしていたのか?」

 

「……ちょっと、絞られてた……って所かな。女の子って怒らせると怖いんだなってつくづく思ったよ……」

 

「そうだな、あんまりフラフラしている男は基本的に嫌われるだろう……が、そうやって怒られてるのならまだ愛されてるってことだろうさ。モテモテだな、お前は。」

 

家事をしながら軽い会話を交わす藍と陽。陽は納得出来ない、という表情をしていたが藍はそれを微笑ましく見ていた。

 

「しかしまぁ、なんだ……何故お前がモテるのかというのは少し疑問ではあるな。料理が上手いのと変なところで手先が器用……という所じゃないか?長所としては。言っておくが性格は初めから考慮してないぞ。」

 

「……いや、考慮されなかったから聞くわけじゃないけどさ。何で性格は除くんだ?」

 

「考え方によっていい面になったり悪い面になったりするものをお前は長所と呼べるのか?」

 

藍に質問されて陽は考える。確かに頑固な正確と言えば聞こえは悪いが、自分の考えを簡単に曲げない人といえば聞こえはいい。

逆に周りの人全員に優しくしているといえば聞こえはいいが、八方美人と言われてしまえば聞こえは悪くなる。人の考えによって+にも-にもなり得ることを果たして長所と呼べるのか、と聞かれればこれは確かに簡単にはYesと言えなくなるのだ。

 

「……うん、まぁそうだけど。協調性がある、とかならまだ……」

 

「自分の意見がない、流されやすいと言われればそれまでさ。まぁだから絶対に性格は当てにならないという訳では無いが……それを番人に通じる様な長所として扱うのはどうなんだって話なわけだ。どの性格もいい面と悪い面の二つがあるんだからな。」

 

「なるほど、そういう事か……こっちはもう終わったぞ。」

 

「そうか、助かったよ。何分ここも人が多くなったから手間がかかるかかる……とは言っても飯時の苦労の半分は陽鬼だがな。あの大食漢がいると作りがいがあるにはあるが買い物も一苦労だなぁ。」

 

そう言って微笑みながら陽を見る藍。見られてるとどうにも申し訳ない気分になり、陽は目を逸らしながら部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー……今陽の声がしたと思ったんだけど?」

 

「あ、おかえりなさい紫様。今彼と話してたところですよ、ここの家の私と紫様以外の女性に絞られた、という話がありまして少し性格の話をしていたんですよ。」

 

「あら、そうなの……そういえばあの3人よく愚痴ってるわよねぇ……他の女の子と一緒にいるって。しかも全員妖精だったり背丈が小さい子ばっかりだとか。」

 

「まぁ人助けのつもりなのでしょうけどね。助けてるのが異性の、しかも幼子だったりすれば確かに少し性癖を心配しそうなものですけどね。」

 

苦笑しながら藍はそう言う。しかし、藍が冗談半分で言った事を紫は真剣に考え始める。紫が考えてって返事しなかった事に少し嫌な予感を感じて、藍は紫の目線の正面に入る。

 

「紫様?どうなされましたか?」

 

「……藍、私って魅力ないのかしら?最近あまり陽が構ってくれてない気がするわ……」

 

「構ってくれないと言ってもせいぜい話す機会が少し減ったくらいじゃないですか?そもそも彼と紫様が出かけている時が綺麗に入れ替わるようになってきているからそうなれば自然と話す機会も減るでしょう。」

 

「あぁそういえばそうよね……久しぶりに彼と出かけてみようかしら。」

 

そう言ってブツブツ言いながら悩む紫を横目に藍も少し考え始める。自分の主が仕事三昧なのは元々だが、それでも今よりは少なかったし休める暇もあったはず、と。

ならば出来うる限り仕事は自分が引き受けて偶には休んでもらいたい、と。

 

「紫様、あの━━━」

 

「藍、貴方が何を考えているかなんとなく察しがついてるわよ?貴方にならある程度は任せられるけど……それなら初めから頼んでいるわ。今こうやって仕事仕事していられるのも自分で選んだ道だもの、仕事が多いなんて愚痴なんて吐かないわよ。あまりにもきつくない限りはね。」

 

「……ですが、たまの休日くらいとっても誰にも文句は言われないんじゃないですか?どれだけ仕事熱心な人でも休みくらい取りますよ。そもそも妖怪が人間のように働き詰めに動く、なんてことはそれこそ私の様な式神くらいのものですよ、たまには休んでください。」

 

「う、うぅーん……」

 

藍の気持ちや言いたい事は分かってはいるが、それでも妖怪の賢者としてはただの妖怪のようにゆったり過ごしているわけにはいかない、という気持ちもありどうするか悩んでいた。

しかし、藍がここまで言ってくれているのだし偶には休んでもいいかもしれないと思い直し、溜息をつきながら苦笑を藍に返した。

 

「分かったわ、今日はあの子と出かけてくるわ。その代わり今から今日の分の仕事を手伝わせることになっちゃうけど構わないかしら?」

 

「はい、問題ありません。私は紫様の補佐役ですから。」

 

藍は微笑みながら了承して紫が今日行うこれからの仕事の説明を受け始める。それを手頃な紙に書いて紫はそのまま藍をスキマで送り出す。それを確認した後、紫は陽を買い物に誘うために屋敷内を歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、紫おかえりー」

 

「あら、陽鬼……ねぇ陽見なかったかしら?この家にいると思うんだけれど。」

 

「陽なら黒音の部屋の片付けに行ってるよ。あんまりにも散らかしてたんだそうで今一緒に……というか月魅もまとめて一緒に片付けしてるよ。」

 

そう言って陽鬼は閉じられた黒音の部屋を見る。自身が片付けの手伝いをしても恐らく邪魔になるだけなので陽鬼だけは部屋の外に出ていたのだ。

 

「そう……いつごろ終わるとかわかるかしら?」

 

「後数10分くらいはかかりそうかなぁ、急ぎの用事だったら呼び出すけど?」

 

「いえ、いいわ……どうせしばらく休めるし此処で待っておくことにするわ。」

 

そう言って紫は陽鬼の隣に座ってじーっと待ち始める。しばらくしてくると、なにか大きな音がし始めたので陽鬼と紫は二人揃って気になり始めて襖を開けずにそのまま向こう側に声をかける。

 

「陽ー?なんかおっきい音が聞こえるんだけど何かあったのー?」

 

陽鬼が呼びかけるが返事はなく、音は更に大きくなる。気になった2人は、襖を開けて中を確認して見ることにした。

すると中では━━━

 

「どうじゃ主様、出来そうか?」

 

「あぁうん何とか……月魅、もう一本釘取って……」

 

「はい、どうぞ。」

 

陽がトンカチで何かを打ち付けている様子が伺えた。しかし、釘とトンカチで何かを作っているのだろうとは思っているが、陽の背中が邪魔で見えないのだ。

そうやってなんとか覗こうとしている2人に気づいた黒音が、軽く陽に言葉をかけてから紫達に近づいていった。

 

「ねぇねぇ黒音、あれ何作ってるの?」

 

「主様がな、妾が周りに散らかしておった紙を何個かのグループに分けてくれたのじゃ。それをそしてそれをファイルとやらにまとめてくれたのでな。今はそのファイルを入れてくれる本棚を作成してもらっているところじゃ。『自分の能力だと大きさや見た目を選べない』と言っておったので自身で作るということになったらしくての。材料だけ能力を使い後は自身で作成するとの事じゃ。」

 

黒音が説明してから紫はもう1度陽を見る。彼と一緒に出かけようと思っていたが、これは数10分どころかもう少し時間がかかるなと思った紫は苦笑しながら壁にもたれかかって彼を待つことにしたのであった。



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紫色に水色を

「……久しぶりに散歩目的で人里に来たかもしれないわ。こんな所で団子を食べられるとは思わなかったもの。」

 

「そうなのか?ならこうやって出かけたのは間違いではなかったみたいだな。何なら人里案内してやろうか?」

 

人里のとある甘味処。そこに向かい合うようにして座っている紫と陽がいた。2人は男子を頬張りながら雑談を暇があればしていた。

 

「にしても陽鬼達がついて行くって言ってたのに紫と一緒って伝えたら掌を返す様に皆ついて行かないって言い始めたのはなんだったんだろうな……」

 

「言ってたじゃない『私がいれば安心』だって……まぁ2人きりで出かける予定だったのに流石についてこられたら私も怒ってたかもしれないわね……年甲斐もなく……」

 

「へ?何だって?」

 

紫の言葉が最後になるにつれてボソボソという風になっていったので最後の方が聞き取れなかった陽は思わず聞き返してしまった。しかし、紫はそれで我に返ったように両手を軽く振りながら『何でもない』と返していた。

 

「そ、そうか……ところで、ここの団子どうだ?個人的に紫に勧めたのは紫が好きそうな味なんだけど……」

 

「えぇ、もちろん気に入ってるわよ。今度から通おうか迷ってるくらいなんだから。」

 

「そうかそうか……気に入ってくれたのならよかった……」

 

と言いながら再び頼んだ物を満足家のある表情で食べ始める陽。それを見届けた紫は残ってる串の団子を再び食べていき始める。

先に食べ終わったのは紫で暇を持て余していたのか、じっと食べてる陽を見つめ始める。

 

「陽って……甘い物好きなの?嫌いなの?」

 

「ん?……んぐっ……どうしてそんなこと聞くんだ?」

 

口の中に残ってたのを飲み込んでから質問を返す陽。だが陽は、質問を返しながらも少し考えた後に好きだと答えを返す。

 

「別に他意は無いわよ?ただ何となく……甘い物を食べ慣れていないような感じがしたのよ。何でかしら?家でもデザートの類はいっぱい作ってたわよね?」

 

「まぁそうだけど……食べ慣れてない……と言えばそうなるのかな?家で……あ、外の世界の方の家でいっぱい食べた事ないし。こっち来てから久しぶりに作ったくらい。ここに来て初めて作ったのも滅茶苦茶後だったし……確か、橙か陽鬼にせがまれて作ったんだったかな……」

 

「ふふ、最初に作った理由はその二人にせがまれたからよ。そして作ったのは大福かなにかじゃなかったかしら?それ以降大福とか自作し始めたのよね……まぁ一々店で安物買うかあなたの作ったのを食べるかって話しならあなたのを選ぶわねぇ。」

 

軽く微笑みながら紫は喋る。陽も紫の話に相槌を打ったり、納得したりとただ話をしたり聞くだけで楽しそうにしていた。

そして陽も食べ終わってから会計の時に陽が財布を開いたのを紫が静止する。

 

「今回は私が払うわよ?私が出かけるのに誘ったんだし……」

 

「でもこの店に連れてきたのは俺だし……こういう時は甲斐性を見せないといけない、って話じゃないか。」

 

「そんな話はないわよ……甲斐性って言うんだったら年上の甲斐性を見せてあげないとね。

あなたには……そうね、次の機会にしてもらおうかしら?」

 

紫の事に多少納得してなかった陽だが、仕方ないと渋々納得してこの場は紫に払わせたのだった。

 

「……ここは美味しかったわ、まだおすすめのお店とかあるかしら?」

 

金を払い、店を出た後に少し機嫌が悪くなってる陽に対して紫は微笑みながらこう質問をする。その質問に少し驚きつつも色々な小物を売っている店の紹介をし始めたりする陽を眺めながら紫は微笑んでいた。

そして、陽の案内により紫はとある小物用品……アクセサリーショップに寄っていた。

 

「紫は(むらさき)色のものをよく着ていたりするしそういう色のものが似合うんじゃないか?もしくは青色の物とかも似合いそうだけど……腕につけるタイプとか首にかけるタイプとか色々あるぞ。」

 

「そうねぇ……あ、これとか結構綺麗だわ……」

 

そう言って紫が手に取ったのは透き通った水色の宝石だった。それ以外に装飾のようなものは一切ついておらず、その水色の宝石一つを糸に通したような首飾りを手に取っていた。

 

「その首飾り気に入ったのか?」

 

「えぇ、結構綺麗で……見惚れそう……」

 

「じゃあそれ買おうぜ……すいませーん。」

 

陽はすぐさま店員を呼んで首飾りを買うために値段を聞き出す。その間に紫はじっと宝石を見ていた。周りの話も聞こえなくなるほどに。

 

「……り……かり、紫!」

 

「っ!?な、何?どうしたのかしら?」

 

「その首飾り、買えたからもう完全に紫のものだって言ったんだよ。まさか俺の声が聞こえなくなるほどに見惚れるなんて思いもしなかったけど………そんなに気に入ったのか?」

 

「え、えぇ……けど何だか……不思議な魅力がある石ね……」

 

そう言って紫はまた深く宝石を覗き込む。先ほどのように周りが聞こえなくなるほど集中する訳では無いが、しかし見る度に綺麗な石だと紫は思っていた。

そして首飾りから視線を外してまた陽と共に店を出て人里を練り歩き始める。

 

「……にしても、何かすごい不思議な石だな。実は何か呪いみたいなのがあったりしてな。」

 

「……うーん、そういう呪術みたいなのは感じ取れないけど……なーんか気になるのよねこの石……昔どこかで見たことがあるような……」

 

「……え、マジで危ないヤツなのか?だ、大丈夫なのか?体に不調とかは……」

 

紫が『見たことがある』と言っただけでかなり心配してくれたが、それを流して紫は軽くその場でジャンプ、浮遊を行い身体能力や妖力に何の以上もないことを確認して少し安心する。

 

「……うん、大丈夫よ。体には何の以上もないわ。催眠……とかじゃないわよね。そしたら陽が違和感持つはずだし……」

 

紫は唸っていたが、今考えてもしょうがないと考えてこの石のことを考えるのを止めた。体に何の不調も無いのならいいだろうと思ったのだ。

 

「とりあえず楽しみましょう?何かあれば陽が守ってくれるもの。」

 

「お、おう!絶対守るぞ!」

 

本当は立場が逆なのだが、敢えて紫は陽に期待する一言を言った。だが、この後は陽が周りを警戒しすぎてしまい、言わなければよかったと後悔してしまうのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、分かりましたよ紫様。この石特におかしいことは無い石ですね。

ただ、この石には周りの人の目を奪う力があるみたいですが……」

 

夜、紫は戻ってきてから藍に首飾りの石の調査を頼んでいた。ご飯を作るのは陽1人に任せっきりになっていたが、そのお陰で正体がわかったと藍からの連絡があり今紫と藍の二人っきりで話し合っていたのだ。

 

「目を奪う力?物理的なら大混乱間違いなしだし……まぁ単純に目を引くってだけなのよね。またどうしてそんな力が宿ってるのよ。」

 

「体の中がまるで洞窟のようにゴツゴツしている巨大な妖怪が昔いたようで、その妖怪の体内にはものすごい貴重な金属が取れたらしいんですよ。ただ、取られると妖怪自身も痛かったので神経の通ってないかつ目を引くような石を入口付近に作ったとかなんとか……って書いてありますね。

というかこれ紫様が書いた本ですよ。」

 

「えー……私が書いたってそれいつの奴よ……下手したら何百年も前の代物じゃないの?私は書いた覚えがないわよ?」

 

紫のその言葉で2人ともこの本がいつのものか思い出そうと考え始める。そうして5分くらい経った時に藍が声を上げる。

 

「あぁ、思い出しました。幻想郷ができる前ですよ、私とその時の博麗の巫女と一緒に出かけたじゃないですか。ほら、確か里の人間が『妖怪洞窟が里の人間を大量に食い荒らしている、退治してくれ』とか言って結局人間達の自業自得だったって話。」

 

「……あー、そんな事もあったわねぇ……そう言えば、あの時の事件で子供があの洞窟に入っていったこと覚えてる?」

 

「ありましたねー……確かに私達は子供が入るところを見たのに、本当に中にいないどころか妖怪自身も『食った記憶が無い』って言ってたあれですよね?

基本あの妖怪は起きている時しか口を開いていないから見てないことは無かった筈なんですけどねぇ……妖怪洞窟と言っても人間を体内に含んだら数時間くらい放置しておかない限りは養分として取り込まないはずなんですけど……私たちが入った時にはもう既にいなくなってた、って言う……」

 

「妖怪からしても不思議な事件だったわよねぇ……結局あの子供が誰の子供かもわからなかったし……妖怪が恐れそうなくらいには不気味な案件よ、あれは。」

 

冗談混じりで言って2人がここで軽く笑い合う。恐れさせる側の妖怪が恐れるというジョークだったのでこの話題もすぐに終わった。石の正体もわかったことなので紫は立ち上がって軽く背を伸ばしてリラックスする。

 

「さて、話し合いも終わったしそろそろ寝ようかしら。藍、調べてくれてありがとうね。」

 

「いえいえ、これも紫様の為ですから。あの首飾り……どうしますか?あのまま付けておくにしても石の効果で紫様が目立ってしまいますが……できればこちらの方で破棄致しますよ?」

 

「別に目立ってもいいのだけれど……それに、陽が買ってくれたものだし大切にしたいのよ。他人にプレゼントを渡す事は稀にあるけれど、自分がもらう立場になるってことはほとんどなかったもの。

霊夢辺りに相談してこの石の効力を消してもらおうかしらね。この首飾りは長くつけていたいもの。」

 

そう言って軽く首飾りに触れてから首につけ直して紫は部屋を出ていく。藍も、それを見届けた後にそのまま戻ろうとして部屋の片付けを始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「コツコツ貯めていたのにのう……一瞬で消し飛んだんじゃな。まぁ値段をよく見て決めた結果ならしょうがないのかもしれんがの?」

 

陽の自室、そこでは陽と共に陽鬼達も入っていた。そして財布の中身を見て遠い目をしている陽に向かって陽鬼達は哀れみの目を向けていた。

 

「……なんで三人ともそんな目をして俺の方を向くのかな。俺が自分で選んでやったことなんだ、だからそんな目線を向けられる覚えはない。覚えはない……筈なんだけどなぁ……」

 

「流石に今まで貯めたお金……どのくらいだっけ?」

 

「人里にある宝石店とかで首飾りの一つは買える値段じゃな。主様、やはりぼったくられたんじゃないかの。」

 

「……しょうがないだろ、その首飾りに付いてた宝石が特殊すぎるから値段が上がるって言われたんだし……紫も普通の石じゃないみたいなことは言ってたし。」

 

向けられる視線にできるだけ目を逸らす陽。それが一層陽鬼達からの視線を向けさせているということには気づいていない。

 

「まぁ、物凄く目を引く石だとは思ったよ?見た目はただの綺麗な宝石なのにさ。嫌な感じもしなかったし本当にそういう効果のある石だって言うのは何となく分かってるし。」

 

「ですが、それとこれとは別の話。プレゼントを渡したいがために自分の金を全部失うというのは滑稽極まりない事なんですから。」

 

「……本当に、ごく稀にだけ月魅って俺に対して物凄く辛辣になるよね。いや、それが悪いとか言うつもりは無いんだけど……心に刺さる……凄く……」

 

少しだけ肩を落とす陽に黒音が肩を軽く叩いてくる。気になった陽は黒音の方に振り向くが、振り向きざまに両頬を思いっきり引っ張られる。

 

「金の使い方には気をつけろということじゃ!紫から渡されているものじゃからどう使おうが主様の自由じゃが、それで主様が不自由しておったら本末転倒じゃ!」

 

いひゃい(痛い)いひゃいひゃははなひへふへふほへ(痛いから離してくれ黒音)。」

 

陽の言ってることは黒音は流石に聞き取れなかったが、離してほしいと言っているような気がしたので流石にこれでは喋れないということに気づいたので、黒音は陽の両頬から手を離す。

 

「いてて……と、とりあえず……まぁ黒音達の言いたいこともわかってるよ。無駄遣いできないってわかってるし。

けど俺はプレゼント出来てよかったと思ってるよ、紫が連れ出してくれたんだからお礼としては十分すぎるほどだと思うし。」

 

「そのお礼が財布全滅?まぁプレゼントをそういう風に即決で決めれるのはいいかもしれないけどさぁ……物事には限度ってあるんだよ?わかってるよね?」

 

陽鬼の言い分に陽は一瞬詰まったが、黙りながらも頷く。それを見て陽鬼はため息をついて、陽の膝の上に座る。

 

「ま、良いけどね……今度からはちゃんと考えて買ってよね。後悔はしてないのはわかってるけど考えなしなのは一番駄目なんだから。」

 

「……はい、善処します。」

 

こうして夜が更けていくのであった。



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闇の力は作るこそなかれ

「……んじゃあ、行くぞ。」

 

「えぇ、この辺りの境界を歪めたから、例え失敗したとしても問題は無いわ。」

 

「妾の方も準備はとっくの昔に出来ているのじゃ、いつでも行けるぞい主様。」

 

八雲邸、そこの庭で黒音と陽が向かい合っていた。そして、その二人の様子を見守る様に縁側に座る紫、陽鬼、月魅。

陽は朝のことを反復させながら自分の心の準備を整えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?憑依をしたい?」

 

「そうなのじゃ、それのためのスペルカードも既に出来上がっておるし理論上は可能なはずじゃ。陽鬼や月魅との憑依を見させてもらってないのが残念じゃがまぁできなかった時はできなかった時でなんとかなるじゃろうて。」

 

「……いや、理論上は可能って言っても当事者の俺ですら何が起こってるのか分からないんだぞ?分かってることは『安定してる』か『安定してない』かの二択しかない訳だし。

そんなもんでいいのか?失敗したらどうなるかなんてよくわかってないんだしさ。」

 

数時間前、黒音が唐突に陽に提案をしていた。現在、陽鬼や月魅との憑依を可能にはしているものの、最近では陽鬼や月魅と離れることも多々出てき始めている。

だからこそ黒音は『自分とも出来るようになればいいのではないか?』と考えたのでこの時に陽に提案をしていたのだ。

 

「しかし、実験をせねば確証は得られぬ。失敗しても結果だけは嘘をつかないのじゃ。失敗してしまえばその結果と過程を変えて再度挑戦、また失敗すれば変えて再挑戦と何度も繰り返していけばいい。そうやって確かめていかなければいつまで経っても成功なんて出来ないのじゃ。」

 

「いやまぁそうだけどさ……いや、黒音が言うんだったらやってみるのはありだな。確かにやらないと失敗どころか成功なんてするはずがないよな。その通りだ。」

 

「うむ!ならば主様にはこのスペルカードを渡しておくのじゃ。このスペルカードには妾の魔力がふんだんに込められておるから同調しやすいと思うのじゃ。

まぁ殆ど仮定の話じゃから結果がどうなるかまだわからんがの。」

 

そして陽は黒音から真っ黒なスペルカード『狂闇(くるいやみ)[黒吸血鬼]』を受け取った。

 

「……これまた黒いな。で、これをどうするんだ?」

 

「簡単な事じゃ、主様が妾を憑依させた姿を頭に思い浮かべれば可能と踏んでおる。聞いた限り今まではスペルカードが勝手に作られたという話じゃからの。極限状態でしか作れないようなものなら、極限状態じゃない時に作れるようにしておけばいいのじゃ。

ならば、憑依を無理矢理行うことによって生まれる状況を極限状態にすればいいのじゃ。」

 

「……理論的というか、想像的というか……まぁやってみようか……」

 

「忘れてはいけぬのが、ちゃんと姿を想像する事じゃ。そうでないと、意識が食われて暴走するからの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んじゃ、早速いくぞ。狂闇[黒吸血鬼]」

 

陽がスペルカードを唱える。吸血鬼となった自分を想像しながらゆっくりと進めていく。

 

「……む?いだ、いだだだだだだだ!?」

 

「く、黒音!?どうした!?」

 

スペルカードを唱えた瞬間に叫びながら悶え始める黒音。陽はなんとかスペルカードの発動を無理やりやめて黒音に駆け寄った。

 

「か、体に物凄い激痛が……痛すぎて一瞬体がバラバラになったのではないかと思ったぞ……お、お主らはこれほどまでの痛みに耐えておったのか……」

 

「い、いや……私達には痛みなんてないんだけど……」

 

「えぇ……何というか、物凄く眠くなっている時に布団に潜り込んでまぶたを閉じるような感覚でしょうか。そういう心地よさを感じています。」

 

痛みで全く思考がまとまっていない黒音だが、今回の実験は失敗に終わっているという事だけは何とか理解していた。しかし、それ以上の思考を身体中の激痛が許してくれなかった。

 

「と、とりあえず部屋でやすひぎゅう!」

 

「こ、今度はどうした!?痛みだけじゃなくてまさか体の中がダメージを受けているとかか!?」

 

「そ、そうじゃ無いのじゃ……あんまりにも痛過ぎて……全身の皮膚が敏感になってて……そよ風であっても痛みを感じてしまうのじゃ……!いだだだだだだだ……!」

 

激痛で涙を流している黒音を見て、このままだと運べないと考えた陽はどうしたら黒音に痛みが走らないかを考え始める。まずは、風邪が黒音に当たらないように黒音の周りに板を地面に刺していきながら、風避けにしていく。

 

「……これで風避けにはなってると思うが……」

 

「うぅ……す、すまぬ主様……」

 

黒音は陽に謝りながらじっと痛みに耐え続けていた。しかし改めて落ち着いて考えてみると、何故失敗したのかという事がこの場にいる全員の考えとなっていた。

 

「……私と月魅だったらこんな風にならなかったことだけは分かるんだけどさ、結局のところ何で失敗したのか私たちもよくわからないよね?」

 

「はい……しかし、一つだけ予想してみたことがあります。」

 

黒音以外の全員の視線が月魅に向く。月魅は皆の前に立つように少し移動してから、まるで教師の様に説明を始める。

 

「まず、私は今回の事と陽鬼と私の事である違いがあると思いました。まだあるのかそれとももう無いのかは分かりませんが、少なくともこれだけは確定した一つの違いです。」

 

「その違いってなんなの?」

 

「……()()()()()()()()()()ですよ。今までの憑依は黒音が言っていた様に、確かに極限状態にあることが多かったんです。

そして、その場合考えている場合はほとんど無かった筈だと私は思います。」

 

月魅は陽に質問する。陽は、今までの憑依の事を思い出す。始めてしたのはライガと戦った時。2回目は白土に襲われた時など……確かに、どれもこれも一々考えていられるほど甘くはなかったことを思い出す。

 

「まぁ、憑依するのは基本的に戦ってる時だったからな……言われてみればそんな状況で考える事なんて出来やしないと思うぞ、余程弱い相手でもない限りは。」

 

「やっぱり……そうでしたか。

今回と今までの違いはやはり、意識しているかどうかでしょうかね。となると、マスターが本気で殺しに行くくらいの気迫を見せれる相手でないと憑依自体が成功しないのではないのでしょうか。」

 

「な、ナルホドの………過去の事を妾は考えておらんかったわけか。そう考えるとなるほど……合点が行ったのじゃ……」

 

返事をした黒音に陽が心配したような表情を向けるが、問題ないと言わんばかりに黒音は親指を上に向けて立てていた。

 

「ちょ、ちょっと黒音……貴女大丈夫なの?さっきあんなに痛い痛い言っていたじゃない。」

 

「い、痛みを緩和する魔法を掛けたのじゃ……とは言ってもせいぜい鎮痛剤程度の効果しか発動しないのじゃが、この際選んでいられないのじゃ……それで、その答えに対する対策……は思いついてたりしないかの、月魅。」

 

「残念ながら、思いついていません。強いて言うなら……考えて行動せずに、思い切った直感だけの行動をしろ……と言うくらいでしょうか。」

 

月魅の対する答えに黒音は顔を俯かせる。しかし、それは失望や絶望といった諦めの意思ではなく、むしろその逆。直感的な行動と同じ効果を得られるような行動をさせるためにはどうしたらいいのかを、考えているのだ。

 

「……まだ痛みは完全には抜けきってないのだから、とりあえず今は一旦部屋に戻りましょう?一度ああなった黒音は、なかなか戻ってこないから強制的に移動させるけど。」

 

そう言って紫はブツブツと打開策を考え始めている黒音をスキマで強制的に移動させる。黒音がスキマに落下した直後に屋敷の方から黒音のとんでもない悲鳴が聞こえてきたが、紫は気にせずに戻っていく。少し困惑しながらも陽鬼達もそれについて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とりあえず、黒音が何とか回復したので何がいけなかったのかを改めてまとめていきたいと思います。黒音、結局あの後もブツブツ言っていましたが何か思いついたんですか?」

 

「答えはNOじゃ。いい打開策が一向に思いつかなくてのう……何せ、直感的な行動というのは擬似的に表現できるものではないからじゃ。

少なくとも魔法ではの。」

 

陽、陽鬼、月魅、黒音、紫の計5人は再び集まり、今度は居間で話し合いを始めていた。

 

「ではやはり……本番しかない、という事でしょうか。」

 

「そうなってしまうのが辛いのう…魔法使いである以上、考えながら行動するのが常なのじゃ。魔理沙やアリス・マーガトロイドの様な近距離戦を、持たぬ魔法使いは特にの。

それを捨てろというのじゃから辛い事この上なかろうて。」

 

「本番……と言っても誰かに弾幕ごっこやろうぜ、って言うわけにもいかないしそもそも本当にそれで使えるようになるのか、って疑問もあるしな。」

 

全員が顔を俯かせながらとにかく必死に考え始める。しかし、陽が言ったように誰かに頼むわけにもいかなければ、頼んだとしてもそれはゴッコではなく本気の殺し合いになる。流石に自分を殺せと言っている様なものなのでこれを頼む相手なんている訳が無いのだ。

 

「……まぁ、実際の所は殺し合いさせられるよりかはごっこで済む範囲ならそれでいいかもしれない、って事だよな。

こういうのを使わなくていいのが来てくれれば本当に……」

 

「これこれ、流石に今のタイミングで言うセリフでは無いのじゃそれは。流石にもうちょっと考えてくれねば少し悲しくなってくるのじゃ。」

 

「だからって事件が起きろ、って願い続けるよりはかなりマシな願いにも聞き取れると思うんだけどな。

本番しか使えないんじゃあ……な。それに本当に俺はそう思っているしな、一応………まぁでも、黒音の努力を無駄にする気もないんだ。」

 

そうやって黒音と陽が話し合っている間に陽鬼は小さく唸りながら考えていた。彼女も、どうやったら使えるのかと考えに考えているのだ。

 

「あ……異変、起こせばいいんじゃないのかな。そしたら異変解決させようとするみんながこぞって私たちを倒そうとし始めるよ。どう?これならいいんじゃ━━━」

 

「流石に異変を起こすのは……駄目だろ。しかも紫を必然的に巻き込んでしまうし、第一異変を起こした理由が『殺し合いがしたかった』って相当なサイコパスだろうよ。そこまでの戦闘狂は幻想郷にはなかなかいないと思うぜ、ほんとに。」

 

「だよねぇ……やっぱりこのままやっていくしかないのかなぁ。」

 

「そうじゃのう……やはりここは、妾の頭の良さを使うべきという事がよく分かったのじゃ。」

 

そう言って黒音は歩き始める。一瞬全員がどこに行くのかと疑問に思ったが、研究をするのだから自分の部屋しかないだろうとすぐに考え直して誰も止めようとはしなかった。

 

「……あれ、放っておいても良かったのかな?」

 

「アレが黒音だからな……止めても止まらない、魔法使いっていうのは何かに没頭してると自分の体のことすらも頭から消えるらしいからよく体を壊しかねないんだと。

時折様子を見てヤバそうなら無理やり止めてやればいい……それくらいしないと本当に止まらないだろうしな。」

 

「そうですね……没頭したい時はなるべくどっぷりとさせた方が良さそうですもんね。私達に出来るのはたった一つだけ……彼女の面倒を見てあげることです。」

 

「……藍にお粥を作らせようかしら。」

 

この後、なし崩し的に集まりは解散して個人個人でやりたいことをし始める。しかし、黒音の部屋には時折様子を見に来たりしていたのでしばらくの間は大丈夫そうだと陽は考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく……出来た、のじゃ……きっと、今度こそこれで……」

 

しばらく日が経ち、黒音がようやく部屋から出てくる。フラフラになりながらもその目は何かを成し遂げたかのような目をしており、その手には漆黒のスペルカードが握られていたのだった。

 

「おっと……まったく、無理して……部屋で寝てなさい。」

 

陽は倒れかけてる黒音を抱き上げてそのまま彼女の部屋の布団で寝かし始める。余程疲れていたのか、横にした瞬間にグースカ眠り始めていて、それを確認した陽は軽く頭を撫でた後に部屋を出ていく。

黒音が眠ったので起こさないように騒がないこと、起きるまで放置していること。何かあったら無理矢理にでも寝かせること。

この三つを皆に伝える為に動き始めていた。後は、黒音が起きた後に黒音の大好物のものをありったけ作ってやろうとも思い始めていたのだった。



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蛇狩り

「……おい、八蛇。どこへ行くつもりだ。」

 

「ん?月風陽が新たな力を身につける前に葬っておかねばと思ってな。我らが達成するべき目的はそれなのだろう?」

 

どこともしれぬ空間。そこに居たライガは覚悟を決めたかのような顔つきをしている八蛇に対して、どこに行くのかを問う。

それに対しあっけらかんと答えた八蛇に、ライガの表情にシワが寄っていた。

 

「おい、命令はあいつの言う通りに……ホライズンの言う通りにしろ。いくらお前だと言ってもあいつの能力の前には無意味だぞ?」

 

「ふん……確かにそうだ。能力者の能力が効かない者……『特異点』であっても、奴は能力を行使して消すことが出来る。

だが、それは運任せだ。やつは世界を操れない、唯戻すだけの存在。戻して世界が自分の都合のいいような世界に改変しようとする……そういう能力だということはよく知っている。

だからこそ月風陽を殺しに行く……ライガ、お前の言うことを聞かないのはこれが最初で最後かもしれんな。」

 

そう言いながら彼は姿を消す。それを見届けたライガは、溜息をつきながらその場に座り込む。

 

「……殺すんじゃなくて、殺しに行くことが俺達の目的だってのによぉ……ま、殺せればそれはそれでって感じだがな……」

 

そのつぶやきは誰に聞こえるという訳でもなく、虚空に消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、まだ朝が登ったばかりの幻想郷にある八雲邸では。

 

「……は?買い物に行かせられない?え、なんで突然そんなこと言い出すんだよ。昨日まで行かせてくれていたじゃないか。」

 

「どうしてもよ。理由は言えないけれど人里は今危ない状況なのよ。だから今日はもうこの辺りで動き回っておくしかないわ。

理由を言えなくて悪いのだけれど、そういうものだと思っていて頂戴。」

 

ここでは、紫が陽に人里に行くなと言っていた。当然陽は反発しているが、紫はどこ吹く風と言わんばかりにそれをスルーしていた。

 

「私は今から忙しいから、用事なら後で聞いてあげるわ……それじゃあ。」

 

「ちょ、紫!?まだ話は……本当に行きやがった。」

 

紫は最終的にスキマを使ってどこかへと移動した。流石にスキマで移動されては追う術も何も持たない陽はどうしようもなかった。軽く頬を膨らませながら陽は縁側に少し感情任せに座る。

理由を言わず、けれどどこにも行くなというのは彼にとってははいそうですかと納得のできるものではないのだ。

 

「陽……何か大声出してたけど何なの……」

 

「あぁごめん陽鬼。起こしちゃったか?ごめんなちょっと騒がしくてさ。ちょっと問題はあったが……まぁ、解決するだろうし。」

 

陽は未だ寝ぼけている陽鬼の頭を撫でて部屋まで連れていく。まだ寝ぼけている彼女を二度寝させるためだ。

 

「……藍なら何か知ってるかもな。どうせあいつもそろそろ起きるだろうし聞いてみるとするか。」

 

陽がこんなに朝早く起きていたのは、朝ごはんの支度をするためだった。しかし、台所へ行く前に珍しく早起きしていた紫に呼び止められて……最初の方に戻る、という訳だ。

 

「……あぁおはよう、あまり騒ぎ立てるものじゃないぞ。私も少し驚いて飛び起きたようなものだからな。」

 

「……藍、支度する前にちょっとだけ話をしていいか?多分俺に言われてるんだから藍にはもっと早く伝えているはずだ……今日俺は紫に人里に行くなと言われた。

藍は何か知らないか?」

 

陽の質問に藍は表情を変えず、視線を合わせずして静かに黙ったままだった。しばらく経って答えようとしない藍に痺れを切らしかけた陽がもう1度質問をし直そうとした瞬間に藍が答えた。

 

「私は何も知らないな。何故紫様がそんなこと言い出したのか、なんてこれっぽっちも分からない。」

 

「式神であるお前に言わずに、俺にだけに言うなんてことはありえない。一応言っておくがお前が何も知らない、なんて言うのは嘘だって分かりきっているんだからな。」

 

「……ならば、人里に言ってみればいいんじゃないか?紫様のスキマがなくとも人里に行くことは可能だからな。」

 

藍の言った言葉に陽は驚いた。いつもどこかに移動する時は紫のスキマを使って移動していたため、スキマを使わずして移動できることに驚いているのだ。

 

「マヨヒガがあるだろう……あそこは木々が多いために迷いやすいが、実はちゃんとした手順を踏めば外に出られるんだ。その方法を教えてやる……」

 

そして、陽は藍にその手順を教えてもらってある程度時間が経ってから陽鬼達を連れてマヨヒガへと向かうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━━にしても何で紫は人里に行くな、って言ったんだろうね?特になんの理由もなく言ってたってことはないよね?流石に機嫌が悪いとかじゃないのにそう言われるのは謎だし。」

 

「いや、八つ当たりも有り得ないでしょう……私としては何故マスターよりも早く起きていたのか気になります。仕事だというのならまぁ少しは理解できますが……でも、マスターがいつ起きてくるかなんて知らないですよね?朝作るものによって藍もマスターも起きる時間が変わってますし。」

 

「藍も何か知っておるんじゃろうが……しかし、まさかいつまで経っても帰ってこぬとは予想外じゃったの。仕事にしては些か長すぎるしのう。

一体何のために人里に行くなと言い、答えがバレぬ様にいつまでも帰ってこないという状況を作り出したのやら……藍は絶対に話さぬしのう……しかも藍もその方法を伝えた後にどこかに行ったらしいではないか。二人して一体どこに行ったのやら……」

 

「それら全部がわかれば苦労はしないだろうな……けど、こうやって黙られてる間は本当の信頼はないってことなのかもな。」

 

その後は適当に誰かが喋り出しては数分位で話題が止まる、の繰り返しをしていた。藍から教えられたマヨヒガ脱出のルートを思い出しながら丁寧に進んでいく。

 

「あれ、こっち行ったら戻っちゃうよ?」

 

「いや、これで良いのじゃ。マヨヒガの特性なのかは知らぬがこの森はただ真っ直ぐ行くだけでは一生抜けれぬ仕組みになっておる。そして、抜ける為には専用の道を使って特性を回避せねばならぬようじゃ。」

 

「へぇ……ずっとまっすぐ行けばいいとだけ思ってたよ、実はそんな風になってたんだね。黒音よく分かったね、魔法で理解したの?」

 

「まぁそんな所じゃ……とは言ってもその道順も……かなり難しそうじゃがな。行ったり来たりを繰り返しておるし。」

 

前へ行ったかと思えば後ろに行き、右へ行ったかと思えば左へ行く。そんな事を繰り返しているうちに段々と視界が開けてくる。木々が少なくなり、段々と平野が見えてくる。

 

「お、抜けれたようじゃな。主様、まだ道はあるのかの?」

 

「……いや、これ以上は無いな。もうほとんど抜けれたみたいだしさっさと人里に向かうとしよう。」

 

森を抜け、人里がある方向に向かって飛び始める陽達。陽は魔法により大きくなった黒音に抱き抱えられながら飛行する。

しばらくして人里が見え始めたため、一旦降りてから人里まで歩いて向かう。

 

「……特に何も起こってないように見えるんだがな。」

 

「上から見ても何も変わった様子はありませんでしたし……いざこうやって街の中に入っても、何も起きていませんね。

どこかに人が一極集中している、とかなら何かが起こっているというのはわかりやすいのですが。」

 

「まぁ話していても仕方が無い。取り敢えず人里で話を聞き、本当に何も無かったのなら何も無いで済ませるだけの話じゃ。紫が何かを隠していることは明白じゃしの。」

 

「そうだな……取り敢えず入ればわかる話か。」

 

そう喋りながら陽達は人里へと入っていく。しかし、中に入ってもやはり特別何かが起こっている、何か目新しいものが増えているなどの事は特にないので陽達は本当に困惑していた。

 

「うーん……やっぱり何も無いよね?私には分からないから聞くけどさ、結界が貼られているとかそんな雰囲気あるの?」

 

「……いえ、そういったことは特に感じ取れていません。一応私の刀を出して起きますが……」

 

「そうじゃの……妾もいつでも取り出せるようにしておくかの。

しかし、こうなってくると本当に謎じゃな。何故紫は人里に行くことを拒んだのか。何故藍は拒まずにマヨヒガからの脱出の手助けをしてくれたのか……色々謎は多いしのう。」

 

しかし、どれだけ歩いても異変も異常も疑問も違和感も何も出てこない。些細なことすらも分からないとなると人里に行く以外の意味で人里に行くことを禁じたのではないか、とさえ陽は考えていた。

 

「……けどそうなるとなんで人里限定にしたのか分からないな……」

 

「……うーん、やっぱりおかしい所なんて何も無さそうだよ?いつも通りすぎて逆に怖いくらいだし。」

 

「そうですね……無駄に警戒しているせいでここまでいつも通りだと不安はあります。」

 

「そうじゃのう……む?」

 

「黒音、どうした?」

 

「いや、そこの川に蛇が泳いでいるのが目に入っての。蛇も泳げるんじゃのう……と思っておったところじゃ。」

 

黒音の言った川を見ると、確かに蛇が上流に向かって必死に体を動かしているのが陽にも見えた。

そして、蛇を見て陽は八蛇を思い出していた。

 

「……いや、まさかな。」

 

「どうしたのじゃ主様……おお、蛇がこちらに向かって登ろうとしてきておるな。しかし体が湿っているせいで壁を登れずにその場で動いてるようにしか見えんの。」

 

黒音に言われてようやく陽はその事実に気づいた。しかし、八蛇の事を思い出したこともあり、あまり陽は蛇を見ていたくないと思い始めていた。

 

「……まぁいい、取り敢えず他の所に行って……おい、陽鬼達はどこ行った?」

 

「……それどころか周りの人間まで消えておるぞ主様。それ以前に……結界じゃ、結界が貼られておる。誰かが妾達を閉じ込めよった。」

 

周りに誰もいなくなった事で警戒度を高める二人。しかし、警戒せど警戒せど何かの気配を感じることは無かった。しかし、陽はそれ以上に川にいる蛇に警戒していた。

()()()()()()()()()()()()()()。しかも、徐々に高さを上げてきている。

陽はこの結界が動物は消えないのか、敢えて消していないのかのどちらかが分からなかった。更に勘違いで攻撃したところにカウンターを入れようとしているんじゃないかという考えさえ出てきていた。

 

「……主様、警戒するのは良いがあまり警戒しすぎるとかえって足元をすくわれてしまうのじゃ。何にそこまで警戒しておるかは分からんが……あまり気負ってはいかんぞ?」

 

「……すまん、だったら……少しの間頼めるか。不安の目を断たないといけない気がするからな。」

 

「……分かったのじゃ。」

 

陽は少し移動して川が覗ける位置にくる。そして、未だに壁を登っている蛇に向かって能力で作りだした拳銃の銃口を蛇に向けて一発放つ。

蛇はその銃弾に直撃して川に落ちていく。陽は何故かこの瞬間をゆっくりと見ている気分になった。

しかし何も起こらない。起きようがない、と言われているのかと思うほどに何も起こらない。

 

「━━━酷いじゃないか、必死に陸に上がろうとしている蛇を撃ち落とすなんて。」

 

「っ!?」

 

どこからともなく聞こえてくる声。しかし姿は見えずとも声はあたり一面から聞こえてくる。

 

「八蛇!やっぱりお前か!!どこだ、どこにいる!!」

 

「ふふ……蛇はいつでもお前を見ている。さて一体どこにいると思う?もしかしたらお前の後ろかもしれないし前にいるかもしれない。上から降ってくるかもしれないしいつの間にか足元にいるかもしれない。」

 

八蛇の声がそう言うと、陽の前後に突然蛇が現れる。反射的に拳銃で撃とうとしたら上から蛇が振ってきて司会を遮られる。そして、気づけば足元に一匹巻きついていたのだ。

 

「ちっ!?」

 

刀を作り出し足元の蛇を一突きする陽。拳銃で前の蛇を撃ってから他の色々な方向から襲いかかってくる蛇達を薙ぎ払っていく。

 

「おいおい、意外と酷いことをするものなんだな。蛇達だって生きているのに……存外、簡単に殺すんだな。」

 

「てめぇの体の一部で再生可能な部分っていうのは分かりきってんだ!今更躊躇なんかするわけねぇだろ!!」

 

陽は刀と拳銃を持って走り抜ける。いつの間にかいなくなっている黒音、そしてこの空間。これらのことを考えて結界に閉じ込められているのは間違いないと陽は確信していた。

 

「……どこだ、一体どこに……」

 

陽は陽鬼達を探す、陽鬼達が別の何処かに飛ばされたとすれば探す方が手っ取り早いからだ。

そして同時に八蛇も探し始める。一体どこにいるのか、見つけた瞬間にこの結界を解除させるために、走り続ける。



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蛇と向き合い

「はぁはぁ……流石に、広すぎやしないか……?」

 

陽はずっと走り回っていた。蛇達の妨害に逢いながらも、陽鬼達や八蛇を探す為にずっと走り回っていた。

しかし、一向に見つからない。少しづつ何かがおかしいと陽は思い始めていた。どれだけ走っても見つからない陽鬼達。これが結界ならば即座に月魅が何かしらの方法で結界を破れるのを陽は知っていた。

しかし、そのようなことは微塵も起きていなかった。それに、蛇達の妨害しかないこの状況で八蛇のやりたい事が時間稼ぎだとすれば一体何に対しての時間稼ぎなのか分かっていなかった。

 

「……もし、仮に陽鬼達の方が目的なんだとしたら……なんとかしてこの結界を見つけないといけないが……結界の壁がないとこっちからは切れそうもないし……下手したら人里ほぼ全域を覆ってるこの結界をどうしたらいいのやら……結界の外にいる陽鬼達に任せるしかないのか………?」

 

陽は、そう言いながら空を仰ぐ。空は、いつもと変わらない青空だけが広がっていたのだった━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陽!ちょっと陽!?しっかりしてよぉ!!」

 

永遠邸、そこの一室にある布団では陽が横たわっていた。眠っているかのように目を瞑っていて、陽鬼がどれだけ叫んでも反応すらすることがなかった。

 

「……突然倒れたのね?その直前にあったことは川を泳いでる蛇を見ただけ……本当にそれだけなのね?」

 

「うむ……妾が蛇を見て主様が妾に続くように蛇を見たのじゃ。その後、妾はしばらく意識を失っていたのじゃが……恐らく、敵の術にかかっていたのじゃろう。妾はその後すぐに目覚めたのじゃが、主様が起きない事を考えると……未だ敵の幻術の中におるのじゃろう。」

 

黒音が言ったことをメモしていく永琳。

そもそも、彼女は術に関しては解くことが出来る薬を作れる訳では無いので何の意味もなさないのだが、月魅が今霊夢を呼んでいる最中なので、その際にこれを見せようと思っているのだ。

 

「にしても……まさか蛇を介して術をかけてくるような人物がいるなんて驚きよ、ほんと。

そうなってくるともうオチオチ外に出歩けないわね……」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないのじゃ……今回、何が目的でこんな事をされているのかが妾達には分からぬからな。」

 

「……確かにそうね。貴方達が狙われるわけでもなく、特に苦しんでいる様子が無いのを考えても、彼が何かしら術の中で苦しめられているという訳でもない……時間稼ぎ……にしても、ほかの事件が起きているわけじゃない。何なのかしら、これは……」

 

その答えが分かるものは少なくともこの場にはいなかった。沈黙が暫く続いた後、その静寂を破るように勢いよく襖が開かれる。その襖を開けたのは霊夢だった。

 

「霊夢を連れてきました。」

 

「……なるほど、こりゃあ時間かかりそうな術をかけられてるわね。」

 

「あら、見ただけでわかるなんて素晴らしいわね。それで、どれ位時間がかかりそうかしら?」

 

「……早くて30分って所ね。何せ、本来使えるような術式の組み合わせじゃないもの。なんというか……幻術系の術式を片っ端から無理やり繋げた術をかけられているんだもの。

絡まって解けなくなった紐みたいな感じね……一つ一つ丁寧に解除していくから時間がかかるわ。」

 

霊夢のその真剣な表情に三人は押し黙る。しかし、黒音が何かを思い出したかのように陽の服を探り始める。

止めようと永琳は立ち上がりかけたが、陽を目覚めさせるような手を思いついたのだろうと考えて、そのまま動かないでいた。

 

「あった……これなのじゃ!」

 

そして、黒音は陽の服からスペルカード、狂闇[黒吸血鬼]を取り出す。そして取り出したそのスペカを陽の体の上に置いて部屋にある椅子に座る。

 

「……このスペルカードでどうするつもりなのかしら?」

 

「幻術の中であっても……妾ならこのスペルカードを介してなら容易に入れるのじゃ。ただ、その為にはこのスペルカードを主様が幻術内で使わねばならない。

そして妾が中に入ることが出来れば……中から術式を無理矢理壊していくことが出来るのじゃ。外側からなら何かしらの影響があっても内側からなら……」

 

「運頼みすぎる作戦ね……私の解呪術も同時並行で行わせてもらうわよ。」

 

「分かってるのじゃ、霊夢の方が早いじゃろうが念には念を入れるべきなのじゃ……」

 

「んじゃあ……面倒臭いけどちゃっちゃと始めるとしますか。」

 

そう言って霊夢は札を何枚か展開して解呪術を始める。陽鬼や月魅、それに黒音の3人は自分が今この瞬間に何も出来ないでいることに、歯がゆい思いしかできなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に何もないな。

どれだけ走り回ってもいくら走っても終わりがない。蛇達は凄い数湧いてきてるのにな。」

 

陽は幻術の中で未だに走り続けていた。増え続ける蛇達を時折数を減らすようにしながらひたすら幻術の人里を走り続けていた。

 

「なんか本当におかしいぞ……人里ってこんなに広くなかったはずだ……結界だったとしてもなんか違和感があるし……ってまた湧いてきた……!吹っ飛べ!」

 

手榴弾を作り、投げては蛇達を爆破していく陽。しかし、最早爆発しても減るどころか増えているような印象を受けるくらいには、増え続けていた。

 

「くそ、どんだけ爆弾を使っても減ってる気がしない……逆にどうやったら減るんだよ……」

 

蛇が減らないことのイラつきを抑えながら陽は蛇達から逃げていく。そうして走り続けている間にも、蛇は増え続ける。

走りながら、陽は一つとある仮定を立てていた。

 

「……仮に、この場所が結界で囲われている空間だと仮定して。

ただ囲ってるだけだったらすぐに出入口に辿り着くはず。ならなんでいつまで経っても人里から出られないのか……もしかして、人里の配置物はそのままに内部の距離感がおかしくなる結界何じゃないのか?

実は黒音達とは全然はぐれてなくて……遠くにいるように感じるだけで、実は滅茶苦茶近くにいる、って事なのか……?

じゃあ試しに……スペル宣言、やって見るか……陽化[陽鬼降臨]!」

 

しかし、陽化のスペルを唱えてもスペカは反応しなかった。陽化は使えなかったが、やれる手はすべて使いたいと陽は考えているので次のスペル宣言に移る。

 

「月化[月光精霊]!

……くそ、こいつもダメか……ちっ!しつこいんだよ蛇共!!」

 

逃げながら三枚目のスペルを取り出す。陽化と月化が無理なら2重も無理と判断して最後の憑依スペル、黒音に渡されたスペルカードを取り出す。

 

「……狂闇[黒吸血鬼]!」

 

陽はスペル宣言をした。そして、それとほぼ同時に陽の体から黒いモヤが出始める。陽化と月化の時と少し違った状態。いつもなら陽鬼達が陽自身の体に纏わせる様な変化の仕方なのに、今回は自身の体から溢れてきていた。

しかし、黒いモヤが出てくれば出てくるほど陽はこの空間のこと、今起きている事態の事をだんだと理解し始める。

 

「あぁ……なるほど、そもそもここは人里じゃあなかった訳だ。そりゃあ幻術の中ならいくら走っても終わりが見えるわけないよな……」

 

『そういう事じゃ主様……では、現実に戻って蛇公を倒しに行くとするのじゃ。』

 

頭の中に響く黒音の声。自分の為に頑張ってくれた彼女達の為に、陽はまた新たな姿へと変化する。

背中には黒い2対のコウモリのような羽、髪は黒く変色してオールバックになる。犬歯が伸び、完全な吸血鬼と化す。

変化し終えた自分の姿を軽く確認してから、羽を羽ばたかせて陽は上へ上へと飛んでいく。

 

「おいおいおいおい……これは一体どういう了見だ?何故姿が変わる?何故憑依出来る?この空間内ではそんなことは不可能のはずでは……」

 

聞こえる八蛇の声。その声を聞いて一瞬目を配らせるが、すぐに視線を真上に戻して陽は両手に構えている2丁のマスケットを上に向け、魔力を込める。魔法陣を幾重も張り巡らし、それに向かって陽はマスケットの弾丸を二つ同時に放つ。

魔力で出来た弾丸は魔法陣を一つくぐる度に巨大化していく。そして、最後の1枚をくぐり抜けた瞬間にその魔力弾は巨大な光線となり、八蛇の作り出した幻術を無理矢理ぶち抜いていく。

 

「くっ……流石にこればかりは予想外だったな……しょうがない、生身で決着をつけるとしようか……月風陽……!」

 

そして、八蛇の声はそこで途切れる。同時に天の砕けた世界がほころびを見せ始めたかのようにひび割れ、砕け散っていく。

陽はその光景を見ながら、目を瞑って現実の自分が目覚めるのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おはよう陽鬼、月魅。」

 

「陽ー!」

 

「マスター……無事で何より。」

 

永遠亭、寝ていた陽は起き上がり軽く手足をグッパーしながら自分の体が満足に動くかどうかを確かめる。足を軽くあげ、拳を前に突き出す。ある程度動かした後に陽は満足に体が動くと認識し、永琳達の方へ向く。

 

「ありがとう永琳、霊夢。俺を助けてくれて。」

 

「あんたが自分でぶっ倒れて自分で起きた。私は何もしていないわよ、強いて言うなら解呪術をしたけれど間に合わなかったということくらいかしら?実際、私が解決しようとした矢先に貴方起き上がるんですもの、何もしていないようなものだわ。」

 

霊夢はそのまま手をひらひらと振りながら部屋を出ていく。もう少し例を言っていたかったが、霊夢が出ていってしまったので仕方ないと思い再度永琳の方へと向く。

 

「一応言っておくけれど私も何もしていないわ。病人にベッドを明け渡したくらいで恩を売ったつもりはないのだから。」

 

「けどそれでも充分助けられた、ありがとう永琳。」

 

「はいはい、どういたしまして。ほら治ったのなら早く目的の場所にでも向かいなさい。」

 

「あぁ、ちゃんとしたお礼はまた今度だな。じゃあな永琳。」

 

そう言って陽も部屋から出ていく。そしてそれについて行くように陽鬼達も部屋から出ていった。

 

「ところで陽、目星は付いてるの?犯人は八蛇だろうけど……どこにいるのか分からないんじゃ手の出しようがないよ。」

 

「大丈夫……心の中だったとはいえ述をかけていたとはいえおおまかな居場所の目星はついている。

妖怪の山の麓……そこが八蛇のいる場所だろうな。動いてなければ…の話だけどな。」

 

「うむ……妾も感じていた。幻術をかけた者の居場所をきっちり把握しきる……所謂逆探知じゃな。

恐らく向こうも動く気は無いじゃろうし……八蛇は勝負を焦っているのかの。もしくは主様を殺せない怒りで自分でも何をしているかよくわかっていない状態かもしれぬ。

じゃがどっちにしろ……」

 

「あいつとは……今日、妖怪の山の麓で決着をつけてやる……行くぞ3人とも。」

 

「「「おー!」」」

 

元気よく返事した3人に軽く微笑むと陽は妖怪の山へと向かう。とてつもなく強い蛇の退治をするために足を向け、進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来たか。月風陽……幻術を見破ったのはお見事だったよ。

しかし…君の新しい眷属である吸血鬼の彼女は銃を使うのだろう?ならば不意打ちで狙い撃てば良かった話ではないか?」

 

「お前がそうやって思いつく作戦、なら他の作戦を使うさ。お前が提案していると何かしら罠があることだけは理解できるしな。」

 

妖怪の山の麓、そしてその麓にあるどこかの洞窟。八蛇は岩に腰掛けて不敵な笑みで陽を見ていた。

 

「……ほう、直感力だけは確かに高いようだ。しかし、罠に気づいたからと言って……こちらに勝てるのか?大量の蛇相手にお前は……勝てるか?月風陽よ。」

 

指を向けて陽にそう質問する八蛇。陽はハナからそんなもの決まっている、と言わんばかりに視線を投げ返す。

 

「大量の蛇相手だろうがなんだろうが勝つだけさ。燃やして、斬って、撃って……幻術と違って蛇の数は有限だろうしな。」

 

「くくく……分かりきったことを聞くんだな。そうさ、確かに蛇の数はこちらは有限だ。そちらの眷属の吸血鬼の魔力弾丸が魔力が込められる限り無限であるようにな。

だが、それでも……無限が有限に勝てないと決めつけるのは、慢心というやつだ。月風陽。」

 

「だったら……試してみるか?」

 

「あぁ……試すとしよう。」

 

お互いに対峙する2人。その戦いの火蓋は、今まさに切られようとしている所なのであった。



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滅蛇

「……前までならもう少しゆっくり時間を経たせるつもりだったのだが……如何せん、チンタラさせられるのはどうやら嫌いらしい。自分の事ながら意外だったよ。」

 

「丁度いいさ。俺も早く誰からも襲われない生活を楽しみたいんでな。本来なら巫女とかの仕事なんだろうけど………八蛇、お前を退治させてもらう。」

 

そう言い合いながら二人は対峙する。互いが相手よりも早い速攻で一撃を相手に決めるために。

数秒か数分だったか……短いような長いような時間が続いていく。

そうやって対峙し続けて……唐突にその戦いは始まった。八蛇が体から蛇を出して陽に速攻を決める。

対して陽は右手に手榴弾、左手に大木を同時に作り出す。蛇達の前に大木を倒して蛇達を下敷きに。潰されてしまったのでその腕の蛇は使い物にならなくなったので切り離しつつ、余ったもう片方の腕で蛇を出す。

 

「遅い……!」

 

しかし、潰されて生まれた一瞬の隙を付いて陽はそのまま手榴弾のピンを引き抜いて八蛇の方に投げる。

 

「くっ……!」

 

攻撃に利用するつもりだった片方の蛇達は手榴弾の処理の為に大量に向かわせ、手榴弾の上から上からと次々と巻き付かせた。

手榴弾は爆発するが、爆風自体は起こらずに蛇達で抑え込むことに成功していた。

 

「……無茶苦茶だな。もし今のを防げていなかったら全員仲良くまとめてお陀仏になっていたぞ?」

 

「防ぐって分かっていたからな……だからあの手榴弾は囮さ。本命は━━━」

 

陽が言い切る前になにかに気づいた八蛇は咄嗟に洞窟の天井に張り付くくらいに勢いよく飛んだ。

そして、さっきまで八蛇のいた場所には刀を振り切っている月魅と、拳を撃ち抜いていた陽鬼がいた。

 

「……なるほど、1対3、いや1対4という訳か!」

 

そして、そう喋りながら八蛇は黒音の銃弾から逃れるようにひたすら洞窟の奥へと逃げていく。

 

「悪いな………こっちだって本気なんだ。汚いと言われようがなんだろうが意地でもお前を倒したいんでな。

数で押させてもらうぞ。」

 

「ふん……ならば、趣向を変えてこうしてみよう。」

 

そう言って八蛇は大量の蛇を展開する。しかし、それは陽達には飛ばさずにまるで羽のように広げている。

そして、そこからまるで蛇の1匹1匹が銃であるかのような激しい弾幕が放たれる。

 

「なっ!?」

 

流石に意外な攻撃だったようで、陽達は避ける事に専念するしかなかった。

しかし、一匹一匹が独立した動きをする上にその1匹から放たれる弾幕の量も凄まじいものがあった。

時折、レーザーのような物を放つ者もいて陽達はその攻撃に翻弄されっぱなしであった。

 

「くっ……!」

 

「ははは、形勢逆転だな。このままこの攻撃を続けていけば1人、また1人と倒れていくだろう。避け続けるばかりでは無駄に体力を消耗するだけだがどうするつもりかな?」

 

陽は何も考えていないわけではなかった。しかし、考えているのはスペルカードを使う事なのだが如何せん攻撃が激しいせいで取り出している暇すらなかった。

何とかして蛇達を潰さないといけないと思いつつも、限界を無くす能力と創造する程度の能力を今使っている状態なので近づく為には今以上に限界を無くす程度の能力を使う必要があったのだ。しかし使い慣れてきているとはいえ、リスクが軽減された訳でもないのでこれ以上能力を使ってしまえばこれ以上速攻で倒さねばいけなくなるのだ。

 

「ほらほら、どうしたどうした?ただそこで踊っているだけではつまらないぞ?」

 

「だったら……一緒に踊ろうや!!」

 

だが陽は遠慮なくリミッターを外した。限界があるというのならその限界なんてなくせばいい。視力と筋力の強化により、陽は弾幕を避けながら蛇に向かって1発1発を丁寧に打ち込んでいく。

それに紛れて1発だけ八蛇に向けて放ったのだが、流石に見切られていたらしく、それだけは回避されていた。

 

「ふふ……悪いな、ダンスは初心者でね……傍観しているだけで充分さ。」

 

八蛇は全部潰された瞬間に咄嗟に蛇達を陽達の方向へとぶちまける。完全に不意を突かれた陽達の視界はそれで一瞬封じられたが、ここで手加減せずに八蛇はスペルカードを数枚取り出していた。

 

「憤怒[怒りし者]

邪悪[悪しき者]

嫉妬[妬む者]……さぁ、スペルカード三連発だ食らってみるといい。」

 

威力を上げ、横から襲いかかる鍬型の弾幕を放ち、正面には紫色の炎を放つ。逃げ場は後ろだが、もし後ろに逃げれば反撃を許してしまうと思った陽は即座にスペルカードを取り出す。

 

「狂闇[黒吸血鬼]!」

 

「っ!新しいスペルカード……幻術にハマっている時に使っていた奴か……!」

 

陽鬼と月魅は後ろに下がる。代わりに、闇となった黒音を纏っている陽がその場所に留まり、悪しき者を弾く。

纏われた闇が弾ければ、そこにはいつもの陽の姿はなく吸血鬼としての陽の姿になる。

 

「……こんなもの、私の魔法で弾いて上げますヨ。狂悪[血ヲ被リシ暗黒ノ帝]」

 

陽がスペルカードを唱えると、陽の前と左右に魔法陣が展開される。一度は弾かれたが、戻ってきた邪悪[悪しき者]が再び遅いかかる……と思われていたが、八蛇の攻撃系の2枚のスペルカードは消えていた。

 

「……なんだ、今何が起こった?」

 

「今発動したスペルカード……それは、『相手が発動したスペルカードと同じ効果を得る』という効果なのですヨ。今回は一枚で三枚分の効果……とてもとてもお得ですネ。

黒銃(こくじゅう)血鬼銃(けっきじゅう)]」

 

2丁のマスケットをスペルカードから取り出しながら陽は構える。八蛇は表情は冷静そのものだったが、自身のカードが3枚も無力化されたことに対しては内心とても焦っていた。

 

「……まぁいい、スペルカードはまだあるのだからな。」

 

「そうですネェ……まあ、蛇狩りといきましょうカ。」

 

そう言ってじっと対峙する二人。しかし、ずっとそうしているわけにも行かない。既に暴れ回ったせいで洞窟に少しづつダメージが入っているのだ。

そして、二人が考えていることはただ一つ。『相手を生き埋めにして自分は逃げ出す』ということである。

八蛇はそもそもそれだけのために戦う場所を洞窟にしたのだから。

 

「……はっ!」

 

「ふっ!」

 

そして、どちらも合図なしで同時に弾幕を放つ。八蛇は先程と同じように袖から出した蛇達を使って数の弾幕を放ち、陽はマスケットから強力な1発1発を繰り出していく。

強力な1発は数に当たればいずれは相殺しきられるが、それまでに何発もの『数』が強力な1発によって消し飛んでいく。

 

「……月魅、あれ入っていけそう?」

 

「無理ですね、入れば即巻き込まれます。洞窟のことなんて一切何も考えていない攻撃同士の間に入るのはあまりにも無謀過ぎます。」

 

「…だよね。」

 

陽が一発放つのなら八蛇は10放つと言わんばかりの攻防、互いがこの状態で拮抗するのはまずいと踏んでいた。

陽はこのままだと魔力が完全に尽きてしまうという確信が、八蛇はこのままだと完全に押し切られてしまうという確信が、それぞれ二人の中には存在していた。

しかしその均衡は簡単な行動一つで簡単に変わる。

 

「暴食[食らう者]!」

 

八蛇が弾幕を放つのをやめてスペルカードによる弾幕吸収へと戦法を変える。しかし、このスペルカードで食える量も限られているために八蛇もかなり賭けに近いことをしていた。

 

「っ!しまっ━━━」

 

陽も1発を打ち出した後にそのスペルカードが発動したことに焦った、驚いて焦ってしまったのだ。それが弾幕を吸収出来るものだと知っているから、つい反撃の手を緩めてしまう。

 

「ぐっ……!存外、いけるものだ……が、吸収しきったぞ……月風陽よ。」

 

「っ……それが、どうしたって話ですヨ。いくら吸収しようとも、上がるのはパワー……ならば当たらなければどうということは無い、ですヨ。」

 

「本当に当たらないで済むかは……自分自身の体で確かめる事だな!」

 

そう言って八蛇は先ほどと同じように弾幕を放つ。そして陽もまた弾幕を放っていく。

しかし、先ほどと違うところが一つだけあった。簡単な話である、『数』の弾幕で押していた八蛇の弾幕に『強力な1発』が組み合わさったのだ。当然その威力は上がっている。ならばどうなるか。先程と違い、強力な1発が消える速度が早く、逆に数と威力の弾幕が保ちやすくなっているのだ。

当然、その条件では陽が押されることも想像に難くない。

 

「ちっ……これハ……!」

 

「ふはは……どうだ?自分の力によって苦しめられるのは……だが、当たった時の痛みは一瞬だ、覚悟しておくことだな。一瞬でも痛いものは痛いからな。」

 

「くっ……!狂悪[闇ヲ纏イシ黒キ王]!」

 

陽は攻撃することを止めて、避けることに集中し始める。そして、1枚のスペルカードを唱えると、陽の姿はまるで影に消えるかの如くその姿は見えなくなる。

 

「……姿まで消せるとはな……」

 

姿を消せば逃げる事は容易い。しかし、今のこの状況でそう簡単に逃げるとは八蛇は思っていなかった。逃げる事が容易ければ、同時にそれは攻めることも容易いのだ。

 

「……ぐっ!?」

 

唐突に、八蛇の真横から襲いかかる弾幕。八蛇は何とか対処して放たれた方向に若干の遅れがありながらも弾幕を放ち返す。

しかし、壁がえぐれるだけで特に何も起こらなかった。

 

「……流石に何度も同じ戦法を取っていてはいずれはバレると思わないのか?」

 

「思っている訳ないですヨ。始末できるタイミングで始末するだけですかラ。」

 

「……ふん、正々堂々と戦えないのは本当に弱者の戦い方だな……それは。」

 

「弱者ですヨ……私は。だから卑怯なスペルカードも使うし卑怯な戦法も取る、それだけの話ですヨ。」

 

八蛇は陽の声がした方向に攻撃を仕掛けようと思ったが、流石に洞窟で反響する上に、スペルカード自体の効果で居場所が絶対バレないようになっている事を察した。

 

「ならば……こうするしかないか……洞窟ごと巻き込まれて死ぬがいい!」

 

そう叫びながら八蛇はその場で回転し始める。そして、それと同時に蛇達で弾幕を放ち始める。

放たれた弾幕は洞窟の壁や天井、そして床さえも削り始めて本格的に洞窟を壊し始める。

 

「ちょっ……あいついきなり過ぎでしょ!」

 

「見えないならば全体に攻撃して居場所を晒させる戦法でしょう……何も手を選ばないマスターが相手なら、また同時に手を選ばない様になる、という事なんでしょうね……!」

 

しかし、陽には当たらない事は八蛇も分かりきっている事だった。ならばどうするつもりなのか。宣言した通り洞窟を崩すくらいまですれば、いずれ陽は陽鬼達を背負って逃げると八蛇は確信していた。

だから、その時を狙ってその時まで洞窟を崩すのだ。

 

「ちっ……ならば……!」

 

何を思ったのか陽は姿を現す。そして姿を現したその瞬間に、八蛇は回転をやめてその方向に集中的に弾幕を放つ。

それと同時に陽はスペルカードを取り出してそのスペルカードの名前を答える。

 

「……狂悪[狂ッテシマッタ優シキ主]!」

 

陽は弾幕に向かって銃を構える。そしてそれは八蛇を狙い定めるかのように構えていて、エネルギーを貯めるかのごとく陽はじっとし始める。

八蛇の弾幕がかすっていくがじっと耐えていく。

どれだけダメージが入っても構わないというくらいに耐えていく。

 

「がァっ!!」

 

そして、全力の一撃を放つ。先程までとは比べ物にならないくらい強力な一撃。八蛇も、これは当たればタダでは済まないと思ったのか弾幕を放つのを止めて、スペルカードを取り出す。

陽の放った一撃は、巨大すぎて避けられなかったからだ。

 

「傲慢[傲る者]!」

 

そのスペルカードは弾幕を無効化する。無効化された弾幕は消滅する。それは陽の放った一撃も例外ではなかった。

八蛇のスペルカードの元に陽のスペルカードから放たれた弾幕は無効化された。

だが、そこで確信してしまった。八蛇は勝ちを確信してしまっていた。次に陽がどんな行動をとるか……全く予想をしていなかった。

 

「陽月[双翼昇華]!」

 

二重憑依のスペルカード。陽はそれを使いながら既に八蛇の側まで近づいていた。人を殴るために武器なっている篭手を付けて、篭手を付けたその手で持った刀を振りかざしながら。

 

「フンッ!!」

 

陽は刀を投げていた。そしてそれは八蛇に刺さり、八蛇を吹っ飛ばしながら洞窟の壁へと突き刺さる。

そして陽は1枚のスペルカードを取り出す。

 

「……月光陽[ルナティックサンシャイン]」

 

右手に月光の象徴の青白い光、左手に陽光の象徴の炎のような光。この両方を陽は貯める。

そして八蛇は察した、自分は負けたのだと。

 

「……はっ!」

 

貯めて放たれたビームは、八蛇に直撃する。洞窟の壁すらもまるで豆腐のように崩れさせながら八蛇を消滅させていったのだった。



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説教

「……あなたの命を狙う1人、八蛇という男をあなた自身が倒したことは誇らしいわ。

陽鬼達の協力があったとはいえ、一対一の勝負じゃなかったとはいえ、貴方は自分自身に降りかかる脅威を自分で跳ね返したのよ。これからも自身に降りかかる脅威を自分で振り解ける強さを持ってほしいわ。」

 

「………はい。」

 

「けれど私のいいつけを破ったことと、それをしたおかげで周りに迷惑がかかってることが分かってるのかしら?」

 

八雲邸にて、陽は紫に説教を食らっていた。本来ならば正座をする場面なのだろうが、初めての黒音との憑依に加えて二重憑依もしていた。その体力の消耗、更には限界を無くす程度の能力の弊害により陽は部屋で横たわっていた。

 

「まったく……まぁ理由を説明しなかったのは私の責任かもしれないけれど……」

 

「……そう言えば、何であの時は人里に行くなって言ったんだ?」

 

「……霊夢と守矢の巫女に頼んで人里に結界を張ってもらったのよ。結界になにか良くない者が……悪意を持つものが入ってしまった時には私が出れるように。

結界が無理矢理破られれば追加で二人が入るような感知結界を張っておいたのよ。それで……」

 

「悪意を感じ取ったから人里に行くことを禁じた、と……」

 

陽の言葉に紫はコクリと頷く。陽は反省はしていた、紫の言ってることの意味をよく考えず何か問題があるなら解決をさせようと。

しかし、実際は幻術をかけられて危うくやられかけていたという事態である。言い訳のしようも無いのだ。

だが彼は後悔はしていなかった。八蛇を倒せたのだから自分にとってはプラマイゼロであると。

 

「……今度から私も説明するようにはするわ。けど、あなたもちゃんと私の言いつけを守ってなさい。貴方は弱い、さっき言ったことと矛盾してしまうけれど、貴方は陽鬼達の力を借りないとすぐに死んでしまう位には弱く、脆く、壊れやすいんだから。」

 

「……分かってる。」

 

それが一番わかっている、と陽は言いたかった。しかし言えない。実際問題、分かってないからこそこうなっていた。陽鬼達を自分の道具のように扱わないと勝てないのだと。

道具扱いして、体を壊しながらも勝利。本当にこれが勝利なのか、陽には分からなかった。

 

「……妖怪化したと言っても、あなたはベースが人間なのよ。存在が妖怪化しただけ……体の鍛え上げられる限界というのはあるのよ。人間なんて妖怪に比べれば圧倒的に弱い。それは妖怪化しても一緒。だから……あまり無茶をしていると、本当に死んでしまうのよ。

その辺りを……分かってちょうだい。」

 

それだけを伝えると紫は部屋から出ていく。陽は開いた障子から見える空を眺めながらゆっくりと考える。一体自分は何をしたら正解だったのだろうかと。

少なくとも、自分に降りかかる火の粉を払った事は正解だろう、しかしその過程は果たして正解なのだろうか?と自問自答を繰り返し続けていた。

 

「マスター、体の調子はどうですか?どこか痛いところとか……痒いところはありませんか?」

 

「月魅か……いや、大丈夫だよ。心配しなくてもしばらく寝ていたら治るからさ。」

 

「…そうだと、いいのですが……何せ、マスターは体力を今までで一番消費しています。何があるか分かったものじゃありませんから。」

 

「……うん、分かってる。さすがにむりはできないことくらいは分かりきってるからさ。」

 

そう言って陽は月魅に微笑みかける。月魅はそれで渋々納得したのか、それ以上何も言うことなく陽のそばに座る。

そのまま黙ってしばらく時間が経った後、部屋の向こうから誰かが大急ぎで走ってくる音が聞こえてくる。

 

「よ、陽!?大丈夫!?」

 

「……陽鬼?どうしたんだそんなに大慌てで……」

 

部屋に入りたかったのだろうが、襖を貫通しながら飛び込んでくる辺り相当焦っているのだろうと思ったが、冷静になってから伝える事にして後回しにした。

 

「お、大慌ても何も……陽が起きたってさっき紫から聞いたんだよ!?洞窟で決着付いた後に陽いきなり倒れちゃったし運んだら運んだで紫から面会謝絶くらっちゃったし!」

 

「あぁ……なるほど、それで……通りで静かだと思ったよ……こういう時に一番先に突っ込んでくるのは陽鬼だからな……その声聞いてると少し落ち着くよ……」

 

「……褒められてるんだよね、それ。」

 

「あぁ、お前の明るい声は聞いてると落ち着くって言ってるんだよ。」

 

それを聞くと陽鬼は満足そうにしながら月魅の隣に座る。隣に座った陽鬼を月魅はじっと見つめる。最初は気にしていなかった陽鬼だが、じっと見つめられていくうちに段々と気になり始めて、数分たった時についに我慢しきれずに月魅の方を見る。

 

「そうやって見られてるの凄く気になるんだけど……何?」

 

「いえ、最初は騒ぎ立てたらすぐに注意するつもりでしたが……貴方にしては全然騒がないのでどうしたのかと思いまして。」

 

「あれ、もしかして私いつもそんなに騒がしくしてるの?」

 

「はい、それはもう盛大に騒いでいます。」

 

顔を抑えて軽くため息をつく陽鬼。あんまり自覚していなかったようだが、月魅が言ったことを今完全に自覚したらしく、月魅から見てもとても後悔しているように見えていた。

 

「……すーぐ、私って馬鹿みたいに騒ぎ立ててるよねぇ……」

 

「まぁそれがあなたのいいところですから。無邪気で底抜けに明るいというのは長所です。」

 

「……うん、まぁそうやって言ってもらえるのは素直に嬉しいけどね。やっぱり騒がしくしてるんだなぁって思い知らされるとどうも……」

 

「そういうことを気にしているから黒音の魔法で大人化した時も胸が成長しないんですよ。」

 

「それ関係ないよね!?」

 

陽は二人のそのやりとりを見ていると、自然と心が暖かくなっていた。口喧嘩しているようにも見えるが、微笑ましい場面にも見えたからだ。話の内容はともかくとして。

 

「……ふふ……」

 

「陽?どうしたの?」

 

「マスター?」

 

「いや、ごめんごめん……なんだか二人のやり取りを見てたらおかしくなってきちゃって。何か、一気に緊張感が無くなったなぁって感じがしてさ。

別にそれが嫌ってわけじゃないしむしろ好きだけど……何というか、暖かい気持ちになるなぁって。」

 

二人は陽の言ってることが理解出来ず、互いに顔を見合わせて首を傾げていたが、陽の幸せそうな顔を見て『楽しそうならいっか』と再び落ち着いて陽の側に座り込むのだった。

 

「……結局、何が目的だったんだろう。未だにあいつらが陽を狙う理由らしい理由も分からないしね。」

 

「倒せたのはいい事です。ですが……」

 

「……白土が出てこないのが少し怖いな。どこで何をしているのやら……」

 

「そう言えば……彼には妹がいるんでしたよね。どんな人なんですか?あれだけ野蛮な人の妹となると……」

 

少し怪訝な表情をしながら考え込む月魅。多分想像しているのはえげつない人なんだろうなぁと陽は予測してたが、流石に見知らぬ人物にそういう気なら妄想をされてはもし会った時に何かしらのアクションが起こりそうなので、陽は少しだけフォローを入れておくことにした。

 

「杏奈ちゃんはいい子だよ。月魅が妄想しているような子じゃないよ。

強いて言うなら……ストッパー役立ったな……妹を守ろうとする白土、その暴走気味の兄を止めようとする杏奈ちゃん。

それに追加で俺が入ってくるって感じだったな……まぁ、俺はその時はあんまり気にしていなかったんだけど。」

 

「ふーん……ストッパー、ねぇ……話を聞いてる限り、昔の陽には友達できそうにないんだよね。なのに何で白土とその杏奈って子は陽に付き合ってたの?」

 

「………何だったかなぁ、気づいたらいたって感じだったし……知らない間に杏奈ちゃんが俺と喋るようになってきて……そして知らない間に白土が俺と一緒にいたって感じだったな。

そうやって二人が俺といると……というか、杏奈ちゃんと絡んでいる内に段々いじめられるようになってきたな。

特に気にしてもいなかったけれど……」

 

「いじめねぇ……」

 

ゆっくりと陽は記憶を引き出していく。あの頃は何をしていたのだろうか、ということをゆっくりと……

 

「そうそう、確か杏奈ちゃんと絡んでいる内にいじめられるようになって、それが暴力に変わってき始めた辺りで白土が俺と絡み始めたんだ。

そしたらパッタリといじめが無くなったなぁ。」

 

「え、何で?」

 

「そもそもいじめられていた理由が杏奈ちゃんと絡んでいたからで……その実の杏奈ちゃんは白土という兄貴がいるせいで声をかけることも許されてなかったんだよな。

確か声をかけたら睨まれる、殴られる、殺される、みたいな噂が立ってたし……ってどうしたんだよ2人とも、そんな顔して。」

 

陽鬼と月魅は陽の話を聞いて少し引いていた。白土にそんな噂が立っている辺りストッパーとして彼女は役に立ってないんじゃないかと。

 

「……そ、そう!何で陽って昔は周りの子と興味無いって言ってたのにそういうことは覚えてるのさ。」

 

「興味なくても何度も見たり聞いてたりしてたら覚えてしまうもんだろ?物に限らずに、さ。」

 

「……なるほど、陽鬼が照れてる時は角を触る癖があるのを私が覚えているのもそういう理由なんですね。」

 

「え、何……私ってそういう癖あったの?全然知らなかった……」

 

「まぁ嘘なんですけどね。」

 

「1回だけでいいから拳骨上げるよ、流石に私もずっといじられキャラじゃないんだからね。」

 

そこからまたギャーギャー喧嘩を始める陽鬼。月魅は陽鬼の言うことをのらりくらりと交わし続けるが、その表情はどこか楽しそうではある。

 

「………病人の前で何をやっとるかおぬし達は!」

 

しかし、それも黒音の拳骨が振り下ろされるまでの間のわずかな時間だった。いつの間にか来ていた黒音は、二人を仲裁するために拳骨を二人の頭の上に落として無理やり仲裁していた。

 

「まったく……というより、何故永遠亭に行かないのじゃ。ここよりも向こうの方が良かったじゃろうに。」

 

「あー……陽が多分永遠亭に行ったら確実に出ていった事がバレるの嫌がるかと思って……」

 

「しかし帰ってきてみれば紫がおったと……アホかお主らは。

まぁ、体力の激しい消耗だけじゃし休んでおけば回復するとはいえのう……やはり、然るべきところで休んだ方が回復も早いというものじゃ。」

 

しかし、そういう黒音には一つだけ疑問があった。何故、紫はここで寝かせているのだろう、と。然るべきところで休ませた方がいいというのは彼女も分かっているはず、なのに何故かここで休ませている。それが何故か彼女にはわからなかった。

 

「……まぁ……そうですけどね。けどこうやって近くにいてくれた方が安心します。マスターはところ構わず無茶をしてボロボロになるような人ですから。

自分がやれないとわかってて、それでもやってボロボロになる自業自得体質の塊のような人ですから。ですから永遠亭で一人にさせる時間が増えるより、こうやって見ていられる時間を増やすほうがいいんです。」

 

「……いや、流石に酷すぎないか。自業自得体質って………そんな頻繁に俺は一人になってないだろ。」

 

「そう思っているのはマスターだけですよ、1度記憶を思い返してみてください。」

 

そう言われて陽は今までの記憶を掘り返していく。思い起こしてみれば、程度のものだったが確かに一人になっている時の方が多いような気がしてきていた。

 

「………いや、きっとそれでも一人になっている時間より誰かと一緒にいる時間の方が長いはずだ。もしくは同じくらい……」

 

「そこはせめて『1人になんて全然なったことが無い!』くらい言い切らなければ駄目じゃろうに……まぁ主様は確かに一人の時間が長いような気がするがの。」

 

「……やっぱりそうなのかなぁ……」

 

そう言って陽は腕で目を覆い隠して大きなため息をつく。すると、また襖が開けられる音が響いてくる。薄目で確認すると、そこには紫がいた。

 

「陽、ご飯出来たから月魅か黒音に食べさせてもらいなさい。お粥だから今の体調にも充分食べやすいものだと思うけど……」

 

「あぁ……ありがとう紫。」

 

「それと……陽鬼、この襖の穴についてちょっとだけお話があるのよ……付き合ってくれない?」

 

「あ……忘れてた……あ、待って服を引っ張らないで!陽!助けて!!陽ー!!」

 

叫びながら陽鬼は紫に連れ去られて言った。しばらくしてから、大声で叫ぶ声が聞こえてきたが……陽達にそれを止めることは出来なかったのだった。



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天使のひかり

「……俺にも仕事を?」

 

「貴方だって随分ここの事を理解しただろうし……そろそろ、仕事の方をやらせてもいいかな、って思ったのよ。貴方も随分やりたがってたみたいだし……でも、あくまで簡単なのからよ?」

 

「あぁ!分かった!」

 

八雲邸。陽は、紫に今まで幻想郷の管理に関係する仕事を見せられてきていたものの、紫はその仕事を実際に行わせていなかった。そして、何を思ったのかまでは陽には分からなかったが、今日は紫から直々に簡単なものとはいえ、仕事を任せると言われた。

当然陽は喜んだ。いつも特訓ばかりの日々て完全に穀潰しとかしていたからだ。

 

「ところで……どんな仕事をすればいいんだ?」

 

「簡単よ。声を聞いてくれればいいのよ。

人里、紅魔館、後は……地霊殿の三つのところに行って話を聞いて言ってくれないかしら?話の内容は基本的に『現状どうしようもないもので困っていないかどうか』よ。

例えば人里なら川の氾濫や、理性のない獣型の妖怪や獣そのものが人里に入ってくる、みたいなものよ。」

 

「なるほど、それで聞いた話を紫に話せばいいんだな?」

 

「えぇ、けど自分でも解決できそうなのは解決して頂戴ね?客観的に自分が何を出来るかを決めてほしいもの。

妖怪退治は相手を見ておくのもいいけど絶対深追いはしないように。」

 

「あぁ、分かったよ。」

 

そして陽は張り切りながらマヨヒガを抜けて人里まで向かっていった。だが、陽がマヨヒガから自力で抜け出す道を使っていると、紫は怒りたくなるような泣きたくなるような複雑な気持ちになるため、やはり藍に教えないように念を押すべきだったかと、若干後悔しながら書類仕事に戻っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?子供預かり?」

 

「はい……子供、と言っても産まれたての妖怪とか人間の子供が迷い込んだとかそんな簡単でわかりやすい子供ではないんですけどね。」

 

地霊殿、人里と紅魔館の仕事を終えて陽は最後の地霊殿の元へと足を運んでいた。

そして、さとりはいつも通りの少し無愛想目の表情で陽にそう告げていた。

 

「その子は……どうやって拾ってきたんだ?地上の妖怪や人間は大体がここに入るのを恐れている。自分から入ってくるなんてよっぽどだが……」

 

「……よく、分からないんですよ。

私が気づいた時には地霊殿の外に倒れていました。こいしも、お空も、お燐も誰1人としてその子が来たことに気づいていなかったんです。

本人に話を聞こうにも何も喋らない、目を合わせないをずっとしているのでどうしようかと思ってまして。」

 

「……ん?さとりって心を読めるよな?なのになんでそれをしないんだ?」

 

「うーん……読めない、いえ違いますね……『読んでも何も無い』が正解かも知れません。」

 

陽はその言葉の違いに少し困惑したが、要するにさとりの拾ってきた子とやらは、さとりのさとり妖怪としての能力が効かない存在なのだというだろうか?とあやふやながらも答えが出た。

 

「……いや、さとりの能力が効かないってまた珍しいな。

能力を無効化って事か?」

 

「あー……勘違いです。能力が効かないのではなく『何も無い』

心では何も考えていないような、そんな存在という事です。いえ……何も考えていないどころか下手をすれば欲求全てを押さえ込んだ存在とでも言いましょうか……こんなことは言いたくないですが、私はあの子が怖いです。欲求すらない存在はもはやそれは生きているものを全て否定している様なものだから。」

 

少し気分が悪そうにさとりは頭を抱える。話を聞いていた陽は、本当に欲求は無いのだろうか?と考え始める。

しかし、会わないことには何も分からないため、これ以上はその子とあってから決めようと決めた。

 

「さとり、できればその子を見せてくれないか?とりあえず預かろうにも見なきゃどうにもこうにも話が決められない。」

 

「あぁ……それもそうですね。お燐、陽さんを彼女の所に案内してあげて。

陽さん、申し訳ありませんが私はなるべく彼女と接したくないので……」

 

「あぁ、無理すんな。気分を悪くしてまで俺に付き合う必要は無いからさ。とりあえずお燐に起こったことを聞いてくれよ?」

 

「分かってます……では陽さん、また今度。」

 

そう言って手を振ったさとりを見てから陽は部屋を後にする。お燐に案内されて例の子のいる部屋の目の前まで案内される。

扉を開けようとしたが、それをお燐は無言で制止。陽がいきなり開けてはならないのだと、とりあえず理解して扉から手を引いたところでお燐が話し始める。

 

「こんなかにいる子はね……本当に、ずっとボーッとしてる感じなんだよ。どこを見ていて、何を感じているのか、何を思っているのかさえさとり様でも分からない。

だからって悪い子、って訳じゃないんだけど……」

 

「そういやさとりの能力が効かないんだっけか……所謂、さとり妖怪の点滴って奴が居るようなものなのか?」

 

「多分そんな感じだろうねぇ……さとり様はあの子といるとどこか怯えたような感じになっちゃうんだよ。

だから……仮に連れて帰るとしても……あの子だけはさとり様の目の前に連れてこないでほしいんだ。

あの子はさとり妖怪としてのさとり様の弱点で、トラウマなのさ……」

 

「……ん、分かった。なるべく連れてこないようにするよ。」

 

それを聞いて申し訳なさそうに頷くお燐。それを確認してから陽はそっと扉を開ける。部屋の中に入ると、そこには白髪の小さな少女がいた。

来ている服も白、髪の色も白、肌の色は今まで日に当たったことがないんじゃないかと言わんばかりの白さ。

弓を担いでいるのが陽は少し気になったが、そこをスルーして少女に声をかける。

 

「……ねぇ、君……名前はなんて言うのかな?」

 

警戒させないように、しゃがんで視線を低くし。ソファに座っている彼女の下から覗き込むように話しかける。

少女は声をかけられたことにスグには気づかなかったのか、何の反応も示さなかったが、すぐに自分が話しかけられているのだと気づいて、ゆっくりと視線を陽に向けた。

 

「……名前は、ない……です。固有番号6299という番号を名前と呼ぶのなら、私はそれが名前です。」

 

「……そっか、名前が無いのか……」

 

少女はその言葉にゆっくりと頷くと、陽から視線を外して虚空を見つめ始める。

 

「……ねぇ、俺達が部屋に入る前もそうやってしてたけど何を見つめてるのかな?」

 

「何も。優先すべき事柄が無いので、今は待機状態です。何か私に命令するようなことがあればなんでも致しますが。」

 

陽達は少女の態度に眉を潜めた。会話はできているが、まるで人形のように抑揚のない感じ。

陽は、こういうのはさとりが確かに苦手としそうだと思いながらどうするかを考え始める。

 

「……名前は番号、命令されない限りは動かない……貴方は一体何の種族なんですか?」

 

「……私の種族は天使、天に使えて地上の生物を見守る者。」

 

陽は少し驚いていた。天人とも月にいる者達とも違う存在、天使だとは思っても見なかったからだ。

陽鬼達もこればかりはかなり驚いたらしく、全員がそれぞれ驚きの表情をしていた。

 

「……その天使が何で幻想郷……いや、旧地獄だったここまで落ちてきているんだ?」

 

「……廃棄、されたのです。私は既に主に捨てられた身、この身は主の命令により朽ちるまで天に帰ることはないでしょう。」

 

そして、追加で更に全員が驚いた。既に捨てられた、という少女。命令により自分の存在が抹消する事を受け入れている。

 

「……その、朽ちるまでの間は何をしておけ……みたいなことは言われた?」

 

「いえ、何も言われておりません。ですので、現時点で私の主はあの人以外にもう1人設定する事が可能です。

とは言っても、私の大元の主は変わりませんが。」

 

そう少女が答えた後に、陽は陽鬼達の方をチラッと見る。それで陽が何を考えているのかを察した陽鬼達は、それぞれ頷いた。

少しだけ安堵した陽は再び少女に視線を向けて話しかける。

 

「じゃあ……その主、って言うのに俺もなることが可能なんだな?」

 

「はい。特に有資格者が必要という訳では無いので、誰であっても可能です。主を設定するにあたり私の仮名称を付けなければいけませんが。」

 

「じゃあ……俺が主になろう。名前は後で考えるのはありか?」

 

「可能です。ですが、先に誰かに名前をつけられた場合はその人物が主となるために、早急な判断が必要となります。」

 

「それで構わないよ。」

 

そう言いながら陽は少女の手を持ち立ち上がる。少女はぴょこんとソファから降りて陽のされるがままに歩き始める。

本当にされるがままに、言われるがままにされ続けるのを見ていると、陽は昔の自分を思い出しそうになる。

興味の全てが無くなっていて、行う行動の全てが義務的におこなっているだけのもの。

 

「……とりあえず家帰ったらまず名前を考えてやらないとな、お前達と同じように………ってどうした黒音、そんな不機嫌そうな顔をして。」

 

「いや……種族的な意味合いで相入れづらいと思った迄じゃ。天使と悪魔……と言いたいところじゃが、吸血鬼も悪魔の劣化版みたいなものじゃからこう、イマイチの。」

 

そう言えば、と陽は思い出していた。いつも日の元を歩いているせいでうっかりしていたが、黒音も吸血鬼。デイウォーカーという特性があるだけで別に吸血鬼ではないという訳では無いのだ。

光には弱いのだ、デイウォーカーと言っても吸血鬼に光の力を使うものは、近づくだけでも毒となりうる存在でもある、ということを。

 

「……私には種族的なものはどうにも出来ません、自身の眷属を優先させるか、私を眷属とすることを優先させるかは主が決める事です。」

 

「……いや、別にそれが嫌って訳じゃないのじゃ。その……なんというか、何か後光がさしてるように見えて滅茶苦茶眩しく感じるのじゃ、何故かは知らんがの。」

 

「え、私何も見えないけど?」

 

「私も何も見えませんね。吸血鬼である黒音にしかわからない事なのでしょうか?他に確かめようがないのでどうしようもありませんが。」

 

陽は少なくとも、辛いのなら直接見なければいいのだろうと思った。じゃあどうすればいいか?までを考えて一つ案を思いついたのでそれを実行して見ることにした。

 

「よいしょ。」

 

「……一体何のつもりですか?」

 

「いや、君がその場にいるのが耐えられないのなら見えないところに置けばしばらくは大丈夫と思って……」

 

そうして陽がとった方法が、光を黒音の目の届かない様に抱き上げる事だった。抱っこをすれば、いい感じに少女の体は陽の体によって隠されるので黒音からは何も見えなくなるだろうと確信していた。

 

「まぁ確かに後光は見えんくなったが……」

 

「見えなくなったんならよかったよ。んじゃあ後はお燐に━━━」

 

「あたしがどうかした?」

 

部屋を出た後の扉の後ろから出てくるお燐。陽はずっとそこに居たのかと少し驚いてしまっていたが、丁度いいので部屋の中で決まった事をお燐に伝える。

 

「あ、連れて帰ってくれるんだね。助かるよ。さとり様もその子のことを心配してくれているのは分かってるんだけどさとり妖怪としての性というか、性質そのものが今のこの子を嫌っているようなものだしねえ。

けど、今言った通り心配もしているからできれば定期的に連絡をくれると嬉しいと私は思うよ。」

 

「さとりは優しいからな……分かった、余裕があれば定期的に連絡を行うようにしておくよ。

さとりにもそうしておく、ってことを伝えておいてくれ。」

 

「はいはーい。んじゃ、出口まで案内するから付いてきてね〜」

 

そう言ってお燐は先頭を歩き始める。それに陽達は微笑みながら付いていく。唯一、少女だけは抱きついている陽にガッチリとしがみついたままでお燐の方は全く見ていないが。

そして、暫く歩いているうちに出口にたどり着いた。

 

「今日は助かったよ〜」

 

「いや、幻想郷の人の話を聞いて解決させるのが俺の仕事だからな。

じゃあな。」

 

そう言って陽達は地霊殿から離れていく。新たな少女を抱き上げたまま戻っていく。

そして、そうやって戻っているうちに陽は一つ不安の種ができてしまっていた。

『紫にはこの子をどう説明するべきなのか』という悩みの種が、出来てしまっていたのだ……



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天は何を知るか

「……それで連れてきたのね。まぁ確かに、困ってあるなら助けなさいって言ったし何だったら古明地さとりもその子も二人まとめて助けちゃったわけだし……私が何か言えるわけでは無いのだけれど、また女の子が増えるのね……」

 

「……何かごめん。」

 

「貴方が謝る事は無いのよ……にしても、天使ねぇ……」

 

八雲邸。地霊殿から帰還していた陽は紫に全ての事を話していた。紫は少しだけ呆れていたが、すぐに切り替えて陽が預かってきた少女を見る。天使、と言うからには羽が生えているというのがイメージとして張り付いているが、この子にはない。とは言ってももしかしたら普段は出していないだけかもしれないので紫は少し少女に興味を持っていた。

 

「ねぇ、私は天使って羽が生えてて頭に輪っかがあるイメージなのよ。貴方にはパッと見た所無いように見えるけど……しまうことが出来るのかしら?」

 

「はい、とは言っても本当に生えていたり頭の上に輪が浮いている者もいれば、私の様に後から追加される者もおります。私はエネルギーで構成された物体ですが自前で装備するものもおります。」

 

「ふーん……霊力みたいなので構成されている場合もあれば、何かしらの機械を装備している事もあり、なおかつ元から生えている者だっている……という事ね。

天使にも色々いるのね。」

 

紫は少女に聞いたことを紙に書き写して納得していた。陽も陽で何かを聞こうかと思ったが、いざ考えると質問が思いつかずに頭を掻いていた。

 

「他に何かあるのならば、答えられる範囲のものであればいくらでもお答えすることができます。

とは言っても、知らない事や重要機密などは全く喋ることが出来ませんが。」

 

「そう、なら━━━」

 

紫は少女に答えられる範囲だろうと思った質問を次々と投げかけ始める。恐らく初めての天使だったからだろう。

陽鬼は鬼で既にいるから特に質問はなかった。月魅は種族が途中で変わっていたのと、元々の種族がクローンの様なものだったのを考えてのことなのか質問なし。

黒音も、陽鬼と同じように既に幻想郷にいる吸血鬼という存在なので質問はなし。つまり、ある意味では幻想郷で一番最初の天使ということになる。

陽は質問攻めにされている少女が大丈夫そうだと思って一旦部屋から離れていった。陽鬼……と言うよりも、彼女の事を何故か直接見れない黒音のところに向かった。あの後、疲労していたのか部屋に戻るなり寝始めたからだ。

 

「……黒音、起きてるか?」

 

「陽?入っていいよ。」

 

中から陽鬼の声が聞こえてきたが、OKサインを貰ったので陽は部屋に入る。そこには爆睡中の黒音に、その様子を見守っている陽鬼と月魅の2人がいた。

 

「黒音は未だに目を覚まさないのか?そんなに疲れてるとは思ってなかったぜ……」

 

「疲れている……と言うよりも、さっき拾ってきた子のせいだと思われます。」

 

「どういう事だ?」

 

「簡単に言いますと……黒音は彼女に後光が差しているように見えていた、と言ってましたが恐らくそれは微妙に黒音にダメージを与えていたんですよ。

恐らく本来光を見たり色々弱点のある黒音、もとい吸血鬼がダメージを与えられる時に見るイメージなのでしょう。まぁ存在そのものからのダメージ限定でしょうが。」

 

陽はそれで色々納得していた。考えてみれば、この場にいて光か天使の力そのものに弱点を持っているのは黒音だけである。そうなると確かに理解出来ることもあった。

 

「だから今後対策が必要だと考えます。彼女が黒音の目に入らないようにしておかないと黒音はだんだんと衰弱していくんじゃないでしょうか。」

 

「とは言ってもさとりから預かったものを無下に扱うことは出来ない。どうすればいいのかよく考えないといけないな……」

 

陽と月魅がうんうん唸っている時、じっと黒音のことを見ていた。そして、何かを思いついたのか陽達の方に視線を向ける。

 

「ねぇ、あの子って元の主に捨てられたって言ってたけど……元の主って何であの子を捨てたのかな……」

 

陽鬼の素直な疑問に、月魅も陽も『そう言えばそうだ』と思ってその事を考え始める。

何故捨てたのか、天使とは1度使えなくなればその時点で主から見捨てられるようなものなのか、それ以前に主とは一体誰なのか。陽は今更ながら芋づる式に質問が湧き出ていた。

 

「……今考えていてもしょうがないだろ。それよりも、黒音の様子を見ないといけないな。」

 

「にしても……何であの子に対してだけ黒音は弱いんだろうね?月魅は月の光だし私は……陽の光でしょ?まぁ私はどっちかと言うと炎に近いからセーフなのかもしれないけど……」

 

「私の場合は月だからでしょうね。吸血鬼は本来夜に活動するもの、故に私の存在があっても問題なく活動出来ていたのでしょう。

陽鬼の場合も然りです、まぁ黒音は太陽下でも生きていける体質ですから問題なかったのでしょう……」

 

「けど、あの子は純粋な光だった……だから黒音の中にある吸血鬼の血が弱ってたわけか。なんとなくは分かったな……」

 

問題は、これから拾ってきた少女と黒音をどうやって会わずに済ませられるかという事である。

時間を合わせれば問題ないのだろうが、そんなのは焼け石に水程度である。

 

「さて、どうしたものやら……」

 

「……随分と妾は心配されておったようじゃな。特に体に問題は起こってないのじゃ。じゃからそんな心配せんでも良かったのにのう。

実際妾はそこまで体が不調になった訳では無いのじゃぞ?」

 

気づけば、寝ていた黒音が目を覚ましていた。しかし、体を起き上がらせるようなことはせずに寝転がったまま陽達に視線を向けていた。

 

「不調になったから寝込んでるんだろ?無理をするもんじゃないぞ、大丈夫そうなら大丈夫、ダメならダメって言ってくれれば一番楽だろ。」

 

「それを主様に言われるのが一番気に食わないのじゃ。一番無理をしているのが主様じゃ、今は一体何を考えているのか怖くて予想すらできないのじゃ。」

 

ケラケラ笑いながら黒音は茶化す。陽は言葉に詰まって反論ができなかったが、陽の両脇にいる陽鬼と月魅は黒音のことを呆れた目でじっと見ていた。

 

「……む?なんじゃお主らそんな目で妾を見て……言いたいことがあるならはっきりするのじゃ。」

 

「ではハッキリ言わせて貰います。その台詞は黒音も言えませんよ。マスターに関してはその通りですが、貴方が言えることでもありません。実際、今回の事で無茶をしていましたしね。

そもそも貴方は一度何かに没頭すると夜通しで作業を行うためにかなり無理をしています。

何でしたら貴方が今まで無理をしてきたことを全部言いましょうか言い聞かせましょうか?」

 

「わ、分かったのじゃ……だからそんなに睨ま無いでほしいのじゃ。お主の表情はあまり変わらないから睨まいと怖……」

 

「ほう、それだけ喋れるのなら元気が有り余ってるみたいですね。とりあえず向こうで話をしましょうか。」

 

「あ、ちょ待って欲しいのじゃ今のは言葉の綾と言うかなんというか……あ、引っ張らないでほしいのじゃ服が首に引っかかって……あ、主様!助けて欲しいのじゃほんとに━━━」

 

黒音はその言葉を最後に隣の部屋に連れていかれた。陽鬼と陽はお互いに顔を見合わせた後に、互いの考えていることを理解したのかそのままその部屋から離れていく。

『月魅に対して無表情とか、それに近い単語は言わない』というのを今回月魅以外の3人は学んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、陽……黒音の様子はどうだったかしら?まだ寝てた?」

 

「いや、起きてたけど……多分また寝たんじゃないかなぁ……」

 

部屋から離れてしばらく経った時に、紫が陽の私室に入ってくる。黒音の様子を聞いて来たが、月魅に連れ去られた後のことはよく分かってないのでとりあえず陽は曖昧な返事だけを返した。

 

「そ、それより……聞きたいことはすべて聞き終えれたのか?」

 

「えぇ、貴方の元主は何者なのか、とか色々と聞けたわ。

とりあえずあの子は一応天使らしいけども捨てられた理由はよく分かってないらしいわ。

『自分が主の怒りを買ったから捨てられた』と言ってはいたけれど彼女自身何が気に食わなかったのかよく分かってないらしいのよ。」

 

「……まさかと思うけど、あの子の元主って相当にやばいやつなんじゃないのか?話を聞いている限り特に理由もなく捨てたようにしか思えない。」

 

「まぁ、そういう所でしょうね……あの子以外にいた天使達も皆女の子で……主の方は男だって聞いてるから……少し問題のある人物、って言うことだけはわかるわ。」

 

紫のその言葉は知らない間に陽にぐっさりと突き刺さっていた。実際、自分も現在進行形で女の子を囲っている男の主だからだ。

そして紫自身もその言葉を言った後にそれが陽にも当てはまることを思い出してはっとした顔をする。

 

「ち、違うのよ?別にそういう意味で言ったんじゃないのよ。女の子ばかりを眷属に選ぶ男はただのスケベ野郎だなんてこれっぽっちも思ってないから、ね?

だからあなたのことを言ってるんじゃないのよ?」

 

「いや、いいよ……うん、俺も全く気にしてないから……うん。」

 

今の言葉を陽は出来る限り忘れる様に、必死に別のことを考え始めていた。とりあえず話を別の話題に変えようと陽は紫に話を振る。

 

「そ、そう言えばさ……主が何者かとかって話は聞いたのか?その、種族的な意味でさ。」

 

「彼女が言うには、神様だったらしいのよ。見た目は彼女どころか彼女の同僚でさえも満場一致で『悪い』で決まってたらしいわ。

とりあえず威厳らしい威厳を感じないとかなんとか……」

 

「……聞けば聞くほど謎になってくるな……まぁ、ここまで聞いててわからないなら考えるのは後にしておいた方が良さそうだ……他に何か分かったこととかあるのか?」

 

陽が質問を変えるが、この質問に対しては紫は首を横に振った。めぼしい情報とやらは無かったのだろう。

紫の見識自体は広がっただろうが、それ以外の必要な情報というのは特にはないということになる。

 

「まぁ……突然拾ってきた少女が私達と何か関係のある情報を持ってる方が希だと思うけれどね……」

 

「……ライガは自称であるが神だ、何かしら関係性がない可能性もないわけじゃないだろう。

まあ無い物ねだりをしてもしょうがない……とりあえず、あの子の名前を考えてやらないとな。」

 

「あなたのネーミングセンスってどこかズレてるから……まともではあるのだけれど何かこう、違う感じがするからちゃんと考えてあげなさいよ?」

 

「そんなあやふやな注意をされても困るんだけどな……名前の件は紫も同意してる事が多かっただろうに。」

 

「そ、それはそうだけれど……」

 

紫はしどろもどろになるが、陽は気にせずに立ち上がって部屋から出ようとする。それを止めようとして紫が声をかける。

 

「あら、どこに行くのかしら?」

 

「ん?いや、ちょっと黒音の様子をもう1回見に行こうと思ってて……」

 

「あー……少しだけ、用事を頼まれてくれないかしら?」

 

「用事?別に構わないけど……何をすればいいんだ?」

 

「橙の様子を見に行ってほしいのよ。最近こっちに来てないせいで少しだけ藍が心配しててね。

藍自身も見に行けたらいいのだけど藍も藍で私から与えられた仕事をしているせいで何も出来てないみたいでね……そういうのは私が仕事を請け負えれば問題は無いんだけれど……」

 

「紫も紫で忙しすぎて何も出来ていない、と……分かった、俺が様子を見てくるよ。その場にいたらその場にいたで元気そうかそうじゃないか報告するしな。」

 

陽のその返事に紫も少しだけ安堵の息を洩らした。だが、すぐに顔をキリッとさせて話を続ける。

 

「えぇ、助かるわ。私としても橙の行方は気になるんだもの。何か事が起こっていたらわたしに報告を頂戴ね。」

 

「あぁ、分かった……とりあえず、軽く見てくるよ。一応月魅を連れていくつもりだけど多分すぐに帰ってくると思うから。」

 

そう言って陽は部屋を出て月魅を呼びに行った。橙を探すのにそんなに時間はかからないだろうと、今この時はそう思っていたのだった。



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橙と光

「おーい、どこだー」

 

「橙ー、いるなら返事をしてくださーい。」

 

マヨヒガにて。ここで陽は紫に頼まれて月魅と共に最近姿を見ない橙の様子を見に来ていた。

紫も藍も忙しいのでこちらに様子を見に来ることが出来ず、比較的時間に余裕のある陽達が探しに来ていたのだ。

 

「……いつもならこの辺りの猫達と一緒に寝てたりどこかに散歩していたりするんだけどな。」

 

「猫の数は前に来た時よりかなり多くなってる気がしますけどね……こんなにいてご飯には困らないんでしょうか?見たところ食べ盛りの子猫までいるみたいですし。」

 

「困らないからこうやってここに集まってきてんだろうな……事実、今俺の足に群がってきている猫はみんな凄く毛並みがいいしな……おーよしよし。」

 

足に擦り寄ってきた猫の1匹の頭を陽は撫でていく。猫は気持ちよさそうに目を細めているが、他の猫達が我先にと言わんばかりに次第に陽の方へと群がっていく。

月魅の撫でていた猫も全てが陽に群がっていく。

 

「なぁ、お前橙の場所を……ちょ、ちょっと待て落ち着けそんなに群がられても困るって……ちょ、ほんと落ち着け……!」

 

「……マスター、好かれてますね……尋常じゃないくらいに、猫に……ってマスター?どこにいるんですな?流石にそう猫に群がられていると居場所を判別しにくいんですけど……」

 

月魅がそう質問すると、群がって出来た猫の山から1本の腕が生えるように出てくる。手をひらひら降ってるのを見て月魅はあそこに陽がいると言うことを覚えた。

そして、近くにいた一匹の猫の目の前でしゃがんで目線を合わせる。

 

「すいません、橙の居場所を知っていますか?私達はあの子を今探しています。できれば案内して欲しいんですが……」

 

月魅がそう質問すると、その猫は踵を返して真っ直ぐ歩いていく。ある程度歩いたところで振り返って月魅の事をじっと見ていた。

 

「案内してくれるんですか?ありがとうございます。」

 

そう言って月魅はその猫について行き始める。そして陽は陽で猫達となんだかんだ言って猫に群らがられているのを楽しんでいるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月魅は猫についていき、最終的に開けた場所に出た。そしてそこでは橙が丸まりながらすぅすぅと寝息を立てながら寝ていたのだ。

 

「橙……こんなところで寝てたんですね……ん……?」

 

月魅は橙に近寄って、あることに気づく。橙は今でこそ寝ているが、その頬には何かの跡が付いていた。その跡は目から一直線に頬を垂れているような跡になっていた。

 

「……まさか、泣いてたんですか……?」

 

「んにゃ……」

 

小さな声を出す橙。一瞬月魅は起こしてしまったのかと焦ったが、どうやら寝ぼけていただけらしく、すぐにまた眠りにつく。

しかし、月魅は橙が泣いていたのだとしたら何故泣いているのか気になった。

最近藍や紫、そして自分達もなかなか会えないことが多くなっていた。となると、橙の遊び相手は猫達だけしかいないということになる。

 

「……なるほど、寂しかったんですね。

そりゃあそうですよね……橙もまだまだ子供だったという事でしょうから。」

 

月魅は寝ている橙の頭を軽く撫でる。夢でも見ているのか、橙は撫でられるとホットしたような表情を浮かべていた。

何故橙がこんなところで寝ているのか、月魅はこう予想していた。

あの人里の火事の日から紫や藍は忙しい毎日を送っている。紫は幻想郷の賢者としての第三者的立場で会議に参加することが多い。

そして藍はそんな紫のサポートに入っているが為に紫がやっている仕事の4割を加えられている。

当然そこまで増えてしまえば藍も紫も出ずっぱりになってしまう。故に、橙と会える時間も少なくなっていく。

そして、橙はそんな2人に対して拗ねてしまっていたのだろうと予測していた。

 

「……その少女が橙なのですか?」

 

「はい、そうですよ……それにしても貴方がここに来るなんて思いもよりませんでした……もしかして、人探しが得意だったりするんですか?」

 

月魅は声のした人物の方へと振り向く。そこには、陽が預かってきた天使の少女がいた。

少女は何を思ったのか橙の隣で寝ていた子猫の頭をゆっくりと、しかも恐る恐る撫でていく。

 

「……猫、好きなんですか?」

 

「……分からないのです。私が何を好きで何が好きじゃないのか、なんて……今まで私は主の為に全てを費やしていました。

別にそれが普通で、当たり前だと思っていたのです。自身の主のために身を削って働き、そして人生を使い切る……

しかし、八雲紫と話している時に彼女はこう言っていたのです。『貴方の好きな様に生きなさい』と。」

 

猫の頭を撫でながら少女は答える。月魅は彼女とは共通点があるような気がしていた。

喋り方や見た目の共通点もそうだが、元々自身の主のために身を費やしていたという所がである。

 

「……しかし、自分の好きな様に生きろと言われても自分には何も出来ない、分からない……そんな所でしょうか?」

 

「……あなたは心を読むことが出来るのですか?それともそれは自身の経験則からくるものでしょうか?」

 

「後者ですよ。類は友を呼ぶとはよく言ったものですね……それで……何もしたいことが分からないのなら……まずは自分の生き方を時間がかかってもいいから模索する方がいいと思いますよ。」

 

月魅がそう言うと少女の猫を撫でる手が止まる。その瞳はじっと猫を見ていたが、少女自身は自身のやりたいことを考えていた。

 

「……分からないのです。自分の生き方も、自分自身も……模索するにしても一体何をどうしたらいいのですか。」

 

「それを自分で考えることが大切なんですよ。

まぁ……私だってマスターの為に働いてしまっているんですけどね。ただ自分の趣味を見つける事はとても大切な事だと思います。貴方は……やってみたい事を探すよりも先に……まずは幻想郷を見て回らないといけませんね。

そうしないと見識もへったくれもあったもんじゃありませんから。」

 

そう言いながら月魅は少女の隣に座る。少女はじっと何かを考えていたが、何を思ったのか橙をおもむろに抱き上げて歩き始める。

 

「ちょ、ちょっと?一体どこに行くんですか?」

 

「……八雲藍が探していた橙というのはこの子の事だと分かっているので……いっその事家まで連れていこうかと思っているのです。」

 

「……なるほど、それなら私も手伝いますよ。

途中でマスターを引っ張り出さないといけませんから。」

 

少女の初め手の『やりたいこと』はどうやら橙を八雲邸に連れていくことなのだと、月魅は納得した。

納得してから、月魅は軽く走ってから少女の前に行ってから振り向く。

 

「では、貴方の最初に見つけたやりたいことは『橙を家まで連れていくこと』ですね。

その調子で何度も何度も小さな事でもいいからやりたいことを見つけるべきだと思います。」

 

「……これが、私のやりたい事……」

 

「そういう事です、では早く戻りましょう。」

 

こうして2人は途中で猫達に群がられていた陽を引っ張り出してから、八雲邸に帰っていった。

連れて帰ってくると藍が大慌てしていたが、事情を説明すると理解してくれたのか、ほっとため息をついていた。

少女は、藍のその橙を心配するということが酷く新鮮で、珍しいものに見えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「何してるんだ?こんなところで。」

 

夜、縁側に一人座り込んでいる少女を発見した陽は、なんとなく気になって声をかけていた。

 

「……私のしたい事を考えていたのです。手当り次第に誰かの手伝いをするのではなく、本当に自分のしたいと思ったことは何があるかを。」

 

「橙を連れて帰ってからずっと色んな人の手伝いとかサポートとかしてたもんな。

紫にはマッサージをして、藍には休ませれる布団を敷いてあげてて、陽鬼にはご飯、月魅には刀の手入れ道具の準備の手伝い、黒音は紙を整理して上げてて……どうだった?人の手伝いをするっていうのは楽しかったか?」

 

「……楽しい、という感情はよく分からなかったのです。けど、手伝いをして上げた人から笑顔をもらうと……胸が、ドキドキするのです。

これは一体……何なのですか?」

 

少女の質問に陽は考え始める。ドキドキするのは恐らく楽しかったからしているのだろうと予想はしているのだが、それでこの少女の中に『ドキドキ=楽しかった』とするのは些か躊躇われるからだ。

日本語を間違えて覚えさせてしまうの流石に躊躇する、ならばどうするかを陽は考えていた。

 

「……あの、もしかして私は聞いてはいけないことを聞いてしまったのですか?」

 

「あぁいや、そういう事じゃないんだけどさ。ちょっと難しいなって思って。」

 

「……難しい……?」

 

「感情って言うのは簡単にまとめられるようなものじゃないんだ。ただ……それが何の感情か分からないにしても、それがもう1度体験したい様なものならきっとそれはいい感情なんだとおもう。

……どうだった?皆の手伝いをして、感じたドキドキは心地よかったか?それとも嫌な気分になったか?」

 

少女は、陽にそう催促されて考え始める。感情がないことは無いだろうと陽は思っていたが、逆にそう思っているからこそ少女の次の返事に緊張していた。

 

「……皆、手伝ったら笑顔になってくれました。作り笑いのような嫌な感じもしませんでした……それを見たら『この笑顔が見たい』って思えるようになったのです。」

 

「……そっか、それはきっと……いい感情なんだろう。もっとあの笑顔が見たいんだよな?」

 

「……はい、私はみんなの笑顔をもっと見たいのです。」

 

「なら、もっとしてやらないとな。」

 

そう言って陽は少女の頭を軽く撫でる。月魅以上に無表情な彼女だったが、どうやら撫でられるのが心地いいらしく目を細めて撫でられるのを受け入れていた。

 

「……そういや、名前つけ忘れていたな。名前つけておかないと呼びづらいし……どんな名前がいいとかあるか?」

 

「……私は別に認証別に与えられる固有名詞は何でも構いません。」

 

「要するに特にないってことか……じゃあどうしようか……」

 

陽は少女を眺めていく。じっと眺めて眺めて眺め続けていると、ある一つの名前が頭に思い浮かぶ。

 

「……何というか、感情を学んでいく道は明るそうだし……なんだかんだ言っても子供が真っ直ぐ成長してくれるなら……それでいいかな、って思える名前……『(ひかり)』って言うのはどうた?」

 

「光……単純ですが、わかりやすいかつ呼びやすい固有名詞なので問題は無いと思われます。」

 

言い方が回りくどいせいで陽は少し分かりづらかったが、気に入ってくれたことだけは感じ取れたので再度、少女……光の頭を撫でていく。

 

「ん……」

 

「気に入ってくれたか?」

 

「気に入る気に入らない、というのが良く分からないのでなんとも言えません……しかし、何だか……ぽかぽかするような……そんな気持ちになります。」

 

「そうか……んん……!……ふぅ、なら良かったよ。俺はもう寝るけど……光の部屋は案内したとおりだからな。

あと何かあったら誰でもいいから1人でもたたき起こしてくれよ?」

 

光の言葉を聞いて満足した陽は、立ち上がって軽く背を伸ばしてから部屋に戻ろうとする。しかし、戻る前に軽く光に言うことだけを言ってから部屋に戻っていったのだった。

 

「……光、私の名前……私だけに名付けられた……私だけの名前……」

 

光は呟きながら空を見上げる。既に月が登っている空には、満月が自分の存在を認めさせようと言わんばかりに輝いていた。

光はそれを見あげて……ただじっとその輝きを見つめ続けるだけだった。



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森の中で

「ねぇ、藍……少し頼まれてくれないかしら?」

 

「?何か外せない仕事でも入りましたか?」

 

八雲邸。紫が珍しく申し訳なさそうに仕事を頼もうとしている姿がそこにはあった。

藍は内心珍しがりながらも、主の頼み事だし別に構わないかと思って仕事を受ける前提で聞いていた。

 

「仕事、というか……結界の調子が不安定になってるのよ。だから今日1日は他の仕事の殆どができない可能性があって……私が戻ってくるまでの間頼めるかしら?

なんだったら簡単な仕事くらいなら陽に任せるといいわ、彼結構仕事を渡されるの嬉しかったみたいだし。」

 

「わかりました。では今日の紫の仕事は私が引き継ぐことにします。

仮にも紫様の式ですからね、やれるところを証明しなければなりません。」

 

「ありがとう、助かるわ。

それじゃあこの紙に今日は仕事内容が書いてあるから……頼むわね。」

 

そう言って紫は仕事内容の書かれた紙を藍に手渡す。藍はさっと目を通した後に紫を見送って、紫がスキマで移動したのを見てから仕事に取り掛かり始める為の準備をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この仕事を俺に?」

 

「ああ、前に紫様がお前の方に回していた仕事は月1のものだ。だがこっちは本来なら1日に一回の割合でしないといけないものだ。

無いとは思うが、誰も見ていないから適当にしようなどという事は考えても無駄だからな。明日には私が見に行くだろうしな。」

 

藍はとりあえず陽でもできそうな仕事を回していた。内容としては、意見として集められた妖怪を退治することや、危険性物の退治から雑草処理までが主な仕事だった。

 

「今回は簡単な仕事だ。守矢神社の参道の途中で謎のキノコが大量発生しているらしい。サンプルとして1つ持ち帰ることと、それ以外は焼き払うくらいの簡単な仕事だ。」

 

「毒キノコ……ねぇ……まぁ分かった、みんなを連れてって確認してみるよ。」

 

「助かるよ、見た目としては『赤黒い血のような色をしている』という特徴があるらしいからそれを頼りに探してくれ。

では、頼んだぞ。」

 

陽は、陽鬼達を連れて守矢神社の参道まで行く。そして、確かにそこには赤黒い血のような色をしているキノコが大量発生していたのだ。

 

「うわぁ、確かに陽に聞いた通りの色してるね。」

 

「まさかここまで嫌な色合いだとは思いもよりませんでした……嫌悪感すらあります。」

 

「しかしどうして大量発生しているのか気になるのう……人為的なものなのか、それともまた別の要因なのか……」

 

「とりあえず全部消し飛ばすのです。その方が早いと思うのです。」

 

それぞれが喋っていく中、陽はゴム手袋をつけてキノコの1個をケースの中にしまう。とりあえず、取ること自体に問題はないようなので、この1個以外の全てをどうにかして処理しなければならないと考え始める。

 

「焼き払うんでしょ?だったら私の出番じゃん!」

 

「お主の火力では森まで燃えてしまうわ。妾ならば一つ一つ丁寧に燃やすこと自体は可能じゃが……」

 

「では私が時折結界を貼ります。そしたら幾分か楽にはなりませんか?」

 

陽鬼達はキノコをどう処理するかで話し合いを始める。かく言う陽もどう処分するか悩んでいた。

燃やすにしてもどう燃やすか、をだ。

 

「……このキノコ達は処分してしまうのですか?」

 

唐突に、光が陽に質問をする。藍から聞いている限りで陽はこのキノコ処分しなければならないと考えていた。

人間は問題ないのだが、動物が何も知らずに齧ってしまったりしてしまうこともあるからだそうだ。

 

「まぁ被害……特に山の動物達に出ているのなら処分してしまうしかないだろうな。

人間なら学習のしようがあるけど、動物はキノコを食べて体調が悪くなっても他の動物には伝わらないからな。もっと深刻な被害が出る前に処分しないとな。」

 

「とりあえずマスターが取った時に何か出る、ということがないのは理解できましたので後はどうやって処分するかですね……」

 

「……とりあえず一個ずつ燃やすかのう。月魅の結界があれば一気に複数燃やしても問題ないから便利じゃわい、結界様様じゃの。」

 

そう言いながら黒音は火の魔法の準備をする。そして月魅も結界を張る準備をする。

光はそれを見つめながらじっと観察を続けていた。キノコは本当に処分していいものなのだろうかと。

 

「それじゃあ火種を置くから結界を頼むのじゃ。貼ってくれれば後はこっちが燃やすだけじゃからのう。」

 

「分かりました。」

 

光が考えている間に着々と準備は進んでいく。しかし、どれだけ考えても処分以外の方法は思いつかないままだった。

光がじっと黒音たちの様子を見ているのに何かを感じ取った陽は、光の方に視線を合わせて話しかける。

 

「どうした?何か気になることでもあるのか?」

 

「……いえ、被害を発生させているとはいえ本当に燃やしてもいいのか……とずっと考えているだけなのです。」

 

「……まぁでも、これ全部とったところでどうしようもないしな。毒を抜く調理法でもあれば別だが、他の動物達にはできない芸当だしどっちにしろ処分する必要があったんだと思うぞ。」

 

「……やっぱり、そうなるのですね……」

 

結界が貼られ、その中で小規模な爆発が起こる。少しだけ地面の草が焦げていたが、キノコは文字通り全焼して跡形もなく消え去っていた。

光の表情が少しだけ曇った様に見えた陽は後で何か埋め合わせでもしてあげようと決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで全部か?」

 

「の、ようじゃの。この辺り一帯を捜索したが似たようなもんは発生し取らんようじゃ。」

 

「……にしても本当にすごい色のキノコだよねこれ……私ですら美味しそうって思わないのに何で動物達はみんな食べちゃうんだろうね?色とか気にしてないのかな?」

 

「その辺りは……最初に取ったキノコを調べれば済む話でしょうね。もしかしたら動物達を引きつける何かがあるのかもしれませんし。」

 

そんな感じで軽く話し合いをしながら陽達は森を抜けようと歩き始める。しかし、どれだけ歩いても森の外へ出ないまま10分程が経過していた。

 

「……こんな深いところまで入ってたか?」

 

「いえ、作業には大体1時間位を要していましたが……そこまで奥の方に入った記憶がありません。ほとんど横移動だったので出れる筈なのですが……」

 

「もしかして方向間違えちゃってたり……はないよね、日光出てる場所に向かって歩いてるんだし。」

 

「空を飛んで見るしかないの……光、手伝って欲しいのじゃ。」

 

「分かったのです。」

 

そう言って黒音と光は翼を出して空を飛ぶ。コウモリの羽と天使の羽、その2対を開いて黒音達はそのまま上から出口を探す。

 

「……どうだー?どっちの方角かわかったかー?」

 

陽が声を出して黒音達に聞く、黒音達は少し間を置いてから羽を戻して地面に降り立つ。

 

「どうしたんだ?まさか分からないとか━━━」

 

「そのまさかじゃ、この辺り一帯……何かしらの結界で包まれておる。そのせいでこの辺り一帯がだだっ広い森になってしまっておるのじゃ……」

 

その言葉に陽達は驚愕していた。一体いつの間に結界を張られていたのか全く気づかなかったからだ。

普段ならば月魅辺りがすぐに気づきそうなのに、である。

 

「……かなり大規模な結界です、普通ならば張られた瞬間にでも気づく……そうでなくとも違和感くらいはあると思ってましたが……まさかここまで気づかないとは思いもよりませんでした。」

 

「張られてしまったのは仕方が無い、なら結界の壁を探してさっさとぶち壊してやればいいんだ。」

 

「……そうですね、行きましょう。」

 

そう言って五人は歩き始めた。しかし、歩けど歩けど一向に端につかない。五人はしばらく歩いてから、一旦その場に座って話し合いを始める。

 

「一向に出口に付かないの……流石に少しだけ鬱憤が溜まってくるのじゃ。」

 

「貯めたところでどうしようもありません、それよりも今はどうやってここを抜け出すかが問題です。」

 

「……恐らく結界を張って私達を隔離してるのと同時に、結界内の空間を歪めて距離をおかしくしているのだと思うのです。

つまり、いくら歩いても歩いても私たちの場所は移動してないも同然、ということにもなるのです。」

 

「なる程な……じゃあどうやってここを突破するべきか……」

 

陽は考え始める。しかし移動しても意味が無い、動かなかったとしても意味が無い、だとどうすることも出来ないのだ。

 

「……上に飛んでもダメなのか?」

 

「そんな簡単にできるのなら問題は無いのじゃ……それに、飛んだところを狙い落とされる可能性も捨てきれんからのう。

向こうがいつどこで妾達を狙っているのかはっきりせんからの、無闇な行動は控えるようにしておるのじゃ。」

 

「それもそうだよな……」

 

どうすることも出来ないこの状況、どうしたものかと陽は思っていたがふとあることを思いつく。

 

「試しに上に飛んでみるか?」

 

「……主様妾の話を聞いておったのか?」

 

「いや、俺達が飛ぶんじゃないよ……飛ぶのは……いや、飛ばすのは━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………流石に飛ばねぇか?こんな見え見えの罠に引っかかるほどアホではないか。

ま、だからといってどうすることも出来ないだろうな。飛べれば結界を解除しやすいが、飛べば狙い撃ちにする気しかないからな。」

 

とある空間の中に白土はいた。結界のそれぞれの角に配置された札の中から白土は陽達がいつ飛ぶのかをじっくり待っていた。

飛んだ瞬間にそれぞれの札の角から弾幕を出して一気に狙い撃とう、という作戦を白土は行っており、そして白土だけは結界関係無しに内外へと出入りが可能なのでじっと此処で待っているのだ。

 

「さぁ……どうする?縦の移動も横の移動も不可能だって気づいているだろう……どう動けばここから出られるのかを……見させてほしいもんだ……ん?何だあれ……」

 

白土は一つの影を発見した。飛んでいるのは小さな結界、そして結界の中は何か術を仕込んであるのか真っ黒で何も見えなかった。

見つけてすぐは白土はそれを無視しようと思ったが、すぐに考え直してあれがなんなのかを考え始める。

 

「真っ直ぐ上に向かって飛ぶ謎の物体……中身は見えないが、速度はかなり遅くて狙い撃てば余程の下手さじゃない限りは余裕で撃ち落とせる。

だが、撃ち落とすべきかそうでないか……」

 

三つのパターンを白土は考えていた。

一つは単純にあれがタダの囮で飛ばしてるだけの物体であるパターン。これの場合は、完全に無視していた方が射線で場所を勘づかれることなく終わらせられる。

二つ目はこの中に陽達の誰か、もしくは全員が入っているパターン。これの場合は全力を持って撃ち落とすべきだと考えられる。全員が中に入っている可能性は無いためにかなり危険な行為ではある。

三つ目は、本命でも囮でもある場合である。あれ自体が結界を破壊する術を内包している可能性である。だからゆっくりと上に上がっているのだと考えれば一応の辻褄は合う、包んでいる結界を破壊しては本末転倒だからだ。

これに関しては撃ち落とそうが撃ち落とすまいが、まったく関係ないのだ。どちらにせよバレるか結界が壊されるか、だ。

 

「……さて、あの結界はどういう類のものなのやら……警戒心を持たせないように森には直角のものをあまり配置してないんだよな……おかげで観察がしづらい。

二つ目と三つ目の場合撃ち落とした時にバレる可能性が高い。かと言って三つ目のパターンだと無視するわけにもいかない……」

 

白土は悩み続ける。いっその事時でも止められれば楽だろうと考えていたが、流石にそこまでの力はないので別の現実的な方法を考える。

 

「……一つ目のパターンは多分ないか。あいつらは一刻も早く外に出たいのであって俺を見つけたいわけじゃねぇ。

じゃあ結局無視はできないってことか……しょうがねぇな……おいてめぇら……分かってるな。」

 

白土は今自身と融合している3匹の神狼に命令を下す。その命令に神狼達は嫌々ながらも従って2匹は空間の外……結界内部へと出ていった。

 

「さて……今回の俺とお前の勝負はどちらが勝つか……見ものだな、陽。」



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結界の対策

「……撃ってくれると思いますカ?」

 

「だいぶギリギリを攻めてますからね……狙われ用が狙われまいが結局の所かなり危ういというのは理解しています。ですが、これくらい危険をおかさないとダメな相手というのも事実です。」

 

陽は結界の中にいた。だが白土の作り出した結界ではなく、月魅が作り出した上にゆっくりと向かって飛んでいく結界である。

今陽は、狂闇のスペカを使い黒音を纏っている状態である。そして、自身の体から大量の闇を吹き出させて結界内を闇でいっぱいいっぱいにしているのだ。

そして、同時に結界の維持のために月魅も結界の中に入っていた。

 

「ですが……このままだと撃たれる可能性の方が高いですネ。この闇を使えば一応体を守れるとは思いますガ。」

 

「結界を壊すことの出来る私もいますからいざとなれば斬撃でもとばして結界を無理やり壊しますよ。

それにもし撃たれてしまっても光と陽鬼がちゃんと見ていてくれるでしょうし。」

 

陽達の作戦はこうだ。

陽が黒音を纏って闇を吹き出す。その闇を囲うように結界を作り、陽と一緒に月魅が結界内に入ってゆっくりと浮上して行く。

そのまま迎撃されずに上までたどり着いた場合はそのまま結界を解除して月魅の攻撃で結界を解除。迎撃された場合は結界を解除して陽が全力て月魅を守りながらやはり月魅の攻撃で結界を解除。

どうしても無理そうなら合図を出して地上にいる光に弾幕を撃ち落としてもらって陽達は一旦離脱すると言う作戦である。

 

「……今回のこの大掛かりな結界、更には結界内の空間の歪み……かなりめんどくさい組み合わせをよく用意したものです。」

 

「それだけ全力で私達を潰そうとしているのですヨ。そうじゃないとここまで大掛かりなものは用意出来ませんヨ。」

 

陽達はゆっくりと上に上がっていく。気づかれないようにと祈りを込めながらただじっと待つ。

しかし、そんな祈りも無駄だったのか、結界内に振動が起こる。

 

「グッ!?やはり攻撃が来ましたカ!」

 

結界を解除して陽は月魅を抱きしめたまま高速で上に上がる。しかし、それも無駄だと言わんばかりに四方八方から弾幕が飛んできて陽はそれに直撃してしまう。

 

「ぐぅっ!」

 

「マスター!!」

 

「私のことは構わずにさっさと結界を解除してくださイ……サポートはこちらが全力で行いますのデ。」

 

「っ……はい!」

 

月魅は一瞬で大人化を済ませて一気に速度を上げて結界の天井部まで飛んでいく。その間に大量に放たれる弾幕を陽は一つ一つ的確に落としていく。

しかし、あまりにも多い弾幕の量を一人で落としきるのはかなりの負荷を伴っていた。

さらに━━━

 

「ここから先には行かせないわよ!通しちゃダメって言われたしねぇ……ご、ごめんなさいぃ!」

 

「落とさせてもらう!」

 

月魅の目の前に現れるケルベロスとフェンリル、突然現れた2人に驚いた月魅は一瞬だけ隙を見せてしまっていた。

 

「隙ありぃ。」

「ほらほら行くよ!!」

 

そしてケルベロスから現れるもう一人のケルベロス、気だるげに声を出しながら月魅の刀を弾いて蹴りを入れる。

それに追撃するかのように更に現れたもう一人のケルベロスが月魅に一撃を入れて落下速度を加速させる。

 

「月魅!!」

 

「よそ見をしている暇があるのか!!」

 

「チッ!!」

 

フェンリルの素手での一撃一撃を防がずに避け続ける陽。時折防ぐが、その度に盾がわりにしているマスケットは削れていく。

これが当たれば自分の体もどうなるかわかったものではない、とすぐに理解した。

しかし相手はフェンリルだけではない。

 

「私たちの事を!」

 

「忘れちゃ困るよ〜」

 

左右からの弾幕の押収。間に挟まれた陽はなす術なく弾幕の雨を受け続けていた。

 

「貴様の相手は私たち4人だ!!」

 

そう言いながら突っ込んでくるフェンリル、そしてフェンリルの後ろから上に上がり上から更に弾幕を降らせてくる三人目のフェンリル。

陽は堪らずに魔力を壊れかけのマスケットにありったけ注ぎ込む。既にボロボロとなったマスケット銃は爆散してその場にいた全員を吹っ飛ばした。

 

「ぐぁっ!!」

 

「ちっ……無茶苦茶な戦法をとる……!」

 

「きゃっ!?」

 

「うわぁお。」

 

「ふえぇ!?」

 

飛ばされる5人、陽はそのダメージからか憑依が解除されて地上に落下を始める。

黒音は一瞬解除されたことに気づかなかったが、陽と共に自身が自由落下を始めると知るや否や羽を羽ばたかせて陽のところまで飛び始める。

 

「主様!主様目を覚ますのじゃ!このままだと地面に落ちてしまうぞ!!」

 

しかし、あまりにもダメージが大きかったのか陽は目を覚まさない。しかも落下しているに加えてフェンリル達が陽目掛けて飛んできていた。黒音は迎撃しようとする反面、陽を助けないといけないという思いに駆られてあまり迎撃が出来ないでいた。

 

「くっ……!」

 

「黒音、ここは私に任せてください。」

 

そう言いながら黒音の横を通り過ぎる銀の髪、それは刀による一閃でフェンリルを怯ませて隙を与えていた。

その隙を見逃さず、黒音は陽を抱き抱えるとそのままゆっくりと地面に下ろしていた。

 

「助かったのじゃ、月魅……」

 

「例には及びませんよ。それと、陽鬼達は弾幕が出ているところを処理するために向かっています、ですからこの4人の相手は…」

 

「妾たちが相手せねばならない……という事じゃな。ちいとばかりキツイがやるしかないの。」

 

黒音は2丁の銃を構えて、月魅は刀を構えて3人のケルベロスとフェンリルと対峙する。

しかし、あまりにも相性が悪いことには変わりない。3人のケルベロスは一人が3人に増えたのか、と勘違いするくらいのコンビネーションを誇っており、比較的手数の多い黒音でないと相手はできない。

対してケルベロスの戦い方は素手による戦闘なので、直感が働きやすい月魅ならば簡単に避けることが可能だろう、リーチの差もある。

だが、そんな事は向こうも分かっている事だった。逆に言えば、お互いの獲物を入れ替えれば有利な状況は逆転するということだ。

 

「アンタの相手は私達よ!!」

 

「では、私は貴様の相手といこうか吸血鬼!!」

 

「しまっ……!」

 

「くっ………!」

 

幾ら直感が働いても、息の合ったコンビネーションを披露するケルベロス達相手には通用しない。働く前に別の攻撃が待ち構えているからだ。

そして幾らリーチの差があるとは言っても、銃では近距離の間合いに持ち込まれた瞬間に後手後手に回りやすい。

しかも、人数での不利があるせいで相手に有利な相手を選ばされてしまうという状況も生まれている。

 

「くっ……ならば無理やりにでも……!」

 

「そんなこと私がさせるわけないだろう!」

 

フェンリルの喰らう程度の能力、掌で触れたものならば何であっても吸収してしまう能力。その力で魔力によって生成された弾丸はすべて食われてしまう。

まともな援護射撃もできやしない。

 

「ほらほらほら!自慢の直感とその刀で私達を斬ってみなさいよ!」

 

「とは言っても、斬ろうとすれば別の誰かが攻撃を仕掛けるだろうけどね……」

 

「よ、読みやすいんですぅ……刀の軌道とか、誰を攻撃しようとしているのかとか……」

 

「騒がしいですね本当に……!」

 

刀を振りかざそうとすれば3人の内の1人が、刀を動かせないように後ろから腕を掴み、もう1人がその瞬間に後ろから攻撃、後ろからの攻撃を防いだとしても前からの攻撃があって防ぎきれない。

武器こそ持っていないが、何よりも恐ろしい息の合った技の応酬が彼女達の武器だと月魅は認識していた。

 

「これは一筋縄では……」

 

「いきませんね……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、陽鬼達は迫り来る弾幕の雨を避け続けていた。

時には自分たちも弾幕を放ったりする事で迎撃したりしていたが、如何せん四方八方から飛んでくる弾幕はどこに撃っている本体がいるか分からないので疲弊していた。

 

「さ、さすがにきつい……光!どこから攻撃が来てるのかわかった?」

 

「先程も言いましたが、結界上部の四隅から満遍なく飛んできているのです。おそらくは何かしらの術によって結界外からの攻撃を行っているのでしょう。

やはり、そう簡単に行く話ではありませんか……」

 

「結界外に繋がってるんだったら4隅に攻撃を仕掛ければ向こうに飛んでいくんじゃないの?」

 

「貴方は他人に覗かれているのがバレていても尚覗き続ける人ですか?普通は覗かれているのがバレたら窓を閉じるなり壁の穴を塞ぐなりするでしょうに。」

 

「……例えが悪いけど、まぁなんとなく言いたいことはわかったよ。要するに無理ってことなんだね。」

 

弾幕の雨を掻い潜ってどうやって結界の向こうにいる者に一撃を与えるか、その方法を話し合う陽鬼と光。しかし、光は単純に攻撃を仕掛けた場合そこから攻撃をしなくするので全く意味をなさないということになってしまう。

 

「けど……なら一体どうやって結界の向こう側にいるやつにダメージを与えろって言うのさ……やっぱり月魅たちの加勢に回った方が良かったんじゃない?」

 

「……待ってください、今考えているところなのですから。」

 

俯きながら顔を顰めさせて真剣に考え込む光。しかしどう足掻いても攻撃される瞬間に入口を閉じられてしまうという問題点が残ってしまう。

それをどうにかして近づかないと今自分達に一切のしょうりつはないだろう。

 

「……壁上りでも出来ればまた話は変わってくるんだろうけどさあ……はぁ………」

 

「っ!陽鬼……もしかしたらその方法でいけるかもしれないのです。」

 

「え、ど、どこのこと?壁上りの件の事言ってるの?」

 

唐突に同意されて困惑する陽鬼。そして光の言っていることがいまいち理解できないまま、光に連れられて移動することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……陽!?ちょ、ちょっと大丈夫!?」

 

「……聞いてはいましたが、流石にダメージがでかかったんですね……まさかここまで目を覚まさないなんて……」

 

二人は一旦空に上がった後に、森の上を移動することで森の中の距離の歪みを回避して何とか陽のいる所まで辿り着いていた。

もちろん弾幕の雨を回避し続けるのが前提条件として存在しているのだが。

 

「……で光、陽のところまで来たけど結局陽に何をさせるつもりなの?わざわざここに来たんだから何かさせないといけない、って言うのは分かりきっているつもりなんだけどさ……」

 

「……ご主人様の能力を使って長いロープのようなものを作って貰うのです。そしてそれを使って結界の壁に向かって打ち出し、壁にくっついたのを確認できたらまた同じ事をして……その繰り返しをするのですよ。」

 

「……結界の壁に矢ってくっついたっけ。というかそもそも光ってそんな矢を何本も持ってるの?流石に結界にくっつくとは思えないんだけど……」

 

「普通ならば弾かれるのが当たり前なのです。しかし、あの結界を+として考えて、だったらマイナス要素のある霊力を込めることが出来れば0になろうとしてお互いがお互いを求め合うようになるのです。

ただ今のこの状況だとどう考えてもご主人様にほとんどを任せきりになるのがオチなのですが……」

 

陽鬼は光の説明で何となくは理解していた。だが作戦の根幹、中心軸には確実に陽が必要だと考えると無理があるのでは?という考えも出てきていた。

 

「だったらどうするのさ。陽が起きないとロープも作れないよ?そうなるともう本当にどうしようも無くなっちゃうわけだけど?」

 

「……だから今から無理矢理にでも起こそうと思ったのです。流石に今の状況でずっと寝かせておくわけにもいかないのです。私の主とはいえ、やれる時とやれない時のタイミングは守ってもらうのです……今は、やれる時になってもらうしかないのです。」

 

そう言って光は陽の頭を思いっきり殴る……が、幼女の腕力なんてハナからしれているので意味をなさなかった。

 

「どいて私が起こす!」

 

そう言いながら陽鬼は陽のもたれ掛かっている木に向かって思いっきりパンチを繰り出す。とんでもない轟音と共に、木は吹っ飛んで他の木を二、三本吹っ飛ばしながら飛んでいった。

 

「ゥ………な、なんだよ……」

 

「陽、今物凄い急いでるから……悪いんだけど今から光の言うこと全部やってね。」

 

轟音により目が覚めた陽は、一瞬今がどういう状況なのかを理解出来ていなかったが、陽鬼の台詞の後に光が説明したことである程度は納得していた。

 

「……まぁ、要するにロープ……それも長いヤツを出していけばいいんだな?よく分かったよ……ならやって見るとするか……」

 

そう言った陽達の目の前には結界が未だ顕在していたのだった。



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角の中には何がいるのか

「ありがとうございますご主人様……では、少しばかり待っていてください。」

 

そう言いながら光はロープの先に力を集中し始める。その間、やることが無くなった陽は陽鬼と共に次に何をするべきか考えていた。

 

「ねぇ……私加勢に行ったほうがいい?」

 

「月魅と黒音が心配だが……いや、やっぱり済まないが加勢に行ってくれ。こんなに戻ってくるのが遅いと言うことは二人共何かに苦戦しているのかもしれない。

あの2人が苦戦しているのならなるべく加勢に行った方がいい……頼まれてくれるか?」

 

「言われればいつでも行く気だったよ。まぁ行くなって言われても行くつもりだったけど。」

 

そう言って陽鬼は飛び始める。陽鬼の姿を見送った陽は光の方に視線を戻して考え込む。どうやって助けに行くか、だ。

先程はスルーしていたが、恐らく陽が他三人を助けに行こうとすれば止めようとするだろう、何せ戦える人物をそこで全部割いているからだ。

矢を結界の角に射る事でこの結界を貼った人物に気づかれず近づくことが出来るからだ。が、それはロープを不可視にすること前提ではあるのだが。

 

「……そう言えば、矢を作り上げた後にその長いロープを不可視にして……どれ位の時間がかかるんだ?」

 

「……約30分ほどだと思うのです。矢自体は簡単に出来てしまうので多分問題は無いのです。しかし不可視にするのはかなり時間を割く行為なのです。」

 

「30分か……」

 

長い、と陽は感じていた。そんな長い時間待つのなら今すぐにでも陽鬼達を助けに行きたいと思っていた。

しかし、空を飛ぶことが出来ない以上陽はこの森の中を歩かなければならない、森の中を歩けば歪んだ空間のせいで進めない、結局の所助けに行けないという事を陽でも理解している以上、もどかしい思いしかできないのだ。

 

「……出来る限り、私も急いでみるのです。」

 

そして、光は自分でも気付かない内にその月魅以上の無感情な顔が焦ってたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……なかなか面倒な結界を張ってくれる。私の能力すら通さないとは思わなかったぞ。」

 

「あーもう!面倒臭いわねほんと!!」

 

「フェンリルで突破できないんじゃどうしようもないよー……」

 

「わ、私達には無理ですぅ!!」

 

そして、月魅達は今拮抗状態とかしていた。月魅が結界を張り、黒音が結界の上から幾重もの魔法を重ね掛けしている特注の結界を作り出していたからだ。

その結界は、触れられる前に防衛魔法による範囲攻撃を有している為、フェンリルでさえも結界に触れる前に攻撃されてしまい迂闊に近づくことさえできなくなっていた。更にこの2人を無視しようと結界の左右上下のいずれかの方向に向かえば特大の魔法が飛んでくる為にフェンリル達は上手く通れないでいた。

 

「はぁはぁ……ち、ちいと魔力を使いすぎてしまったのじゃ……これではもう戦えんのじゃ……魔法を維持するだけで手1杯じゃしの……」

 

「それはこちらも同じですよ……結界の維持の為に霊力の消費がかなり多くて正直、気が抜けない状況になっています……」

 

フェンリル達がヤケを起こして結界を突破して来るのか、それとも結界とそれを覆う魔法を維持できなくなるかの持久力と忍耐力の勝負が開始されていたのだった。

 

「……ティンダロスが入ればまた話は変わってくるのだろうが……いや、彼女でもここを突破するのは難しいか。

だが、いつまでもここに立ち往生しているわけにもいくまい。」

 

「けど弾幕を使っても向こうの迎撃魔法で全て落とされちゃうじゃん。4人で一斉に撃ってるのに一つも当たらないなんてどういう魔法なのさ。」

 

「わ、私達は三人までしか増えれませんから……残りに任せるしか無いんですぅ………」

 

「……お前ら3人には感覚と思考の共有が可能な代わりに三人までしか増えれない、黒空白土は無限に増えることが出来るがただの劣化した分身体だけ……この場合は黒空白土を連れてきた方が良かったのだろうな、三人全員を取り込ませて行けばここの突破も可能だったはず……まぁ無い物ねだりをしてもしょうがないがな。」

 

4人は話し合いをしながら解決策を探っていく。こんな話し合いを起こせるのだから時間稼ぎとしてはバッチリだろうと黒音は考えていた。

しかし、切れてしまえば途端に負けが確定しているのも事実なため、意地でもこの結界を維持しなければならないと考えてもいた。

 

「……間が悪いですね、こんな時に。」

 

「陽鬼か……確かにこのタイミングはちいと悪い意味でのジャストタイミングと言うべきかのう……」

 

そして、そのタイミングで結界の後ろの方に陽鬼がやって来る。陽鬼は困惑しながらこの状況の整理をなんとかしていた。

 

「何この状況……月魅と黒音は変な結界みたいなものに入ってて、同じ顔した奴3人ともう一人大きい女が話し合いしてて……え、ほんとに何この状況。全然整理出来ないんだけど……」

 

陽鬼が結界の向こう側に行くかどうか考えていると、中にいる月魅が後ろ姿しか見えなかったが、首を横に降っているのが陽鬼に確認出来た。

 

「結界の向こう側に行っちゃ駄目ってこと……?何でかわかんないけど月魅がそう言うのならほんとに通っちゃ駄目なんだよね……けどどうしてなのかな……」

 

向こう側に行ってはならないということだけ理解出来た陽鬼。しかし、それ以上の事は聞いても返事が来ないのでどうすればいいのか陽鬼は本当に困惑していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ご主人様、ついに完成しました。後はこの矢を射れば………ロープの位置は自分でも察して下さい、光学迷彩を使っているので。」

 

「了解だ。頼むぞ光。」

 

そしてこちらは陽と光。光はコクリと頷いてから結界の一番上かつ、四つの端に1番近い所を目掛けて弓を構える。そして、ある程度狙いが定まったら目標に向かって矢を飛ばす。

矢は迎撃される事も無く端の近くに勢いよく刺さる、否くっついた。

 

「さて……じゃあ俺は一気に登らせてもらうよ。」

 

陽は見えないロープを掴んでゆっくりと登っていく。見えないものを掴むのは恐ろしく不安定な足場にいるのと同等の恐怖なんだな、と陽は1人納得していた。

 

「……結び目の団子状になっているところとか結構びっくりするな……だけど、支えにはなるしとりあえずこれを足場にして……」

 

ゆっくりとはいっているが、あまりに遅すぎるのもバレてしまう原因なので、とりあえず陽は大急ぎかつ慎重に登っていくのだった。

そして光はその様子をじっと眺めていた。もし陽が足を踏み外してしまったら、もしロープが切れたら、もし陽が登っていることがバレてしまったら……と心配故の色んなネガティブな想像してしまっていた。

 

「ご主人様……どうか無事で……」

 

その陽は登るのに慣れてきたのか登っていく速度が早くなってくる。最初こそかなり慎重だったが、今はそれよりも早く登ることの方が大事と言わんばかりに登っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おかしい、陽の奴はどこ行きやがった?まさか森の中でまだ寝てるんじゃねぇだろうな?」

 

その頃、特殊空間内にいた白土はこの状況に違和感を持っていた。陽の眷属は三人ともケルベロスとフェンリルと共にいる。

しかし、陽だけがいつまで経っても出てこない。陽の事だから憑依をしてでも助けに来るだろうに……とさえ思っていたのが一切助けに来ないのがとても気になったのだ。

気になった白土は、一旦陽が探す目的で角を覗いて陽を探そうとするが、その前に結界の全角に向かって大量の矢が飛んできていることに気づいて迎撃を始めるのだった。

 

「ちっ……このタイミングで矢の乱射だと?タイミングがいいと言うべきかなんというか、狙ってやるってるようにも思えるが……だが、放っておいたらこっちの空間に入ってくるし……仕方ねぇ、全部撃ち落としてから考えるとするか。」

 

その白土の言う大量の矢は、光が自分の中の力を使って光り輝く天使の力を込めた矢である。普通の矢と違うのは、光の思い通りに飛ばした後の矢を動かせることにある。

その力を使って光は結界の四隅を狙っているのだった。

 

「くそっ……どんだけ撃つつもりだよ。エネルギー切れ起こしても構わねぇってか?新しく陽にくっついていたあのガキ結構やるみてぇだな……」

 

白土が忌々しげにイライラしているその頃、光は大量の矢の展開とそれの操作によりかなり疲弊してしまっていた。

陽が登りきるまでずっと矢を射続けなければならない、ここで力の使いすぎで倒れてもしょうがないとさえ思っているが、彼女はなるべく倒れないように意識を無理やり繋いでいた。倒れてしまえば、壁に張り付いている矢が消えてしまうからだ。

 

「この大量の矢は……光か……これ以上アイツに無理をさせちゃいけないな……!」

 

陽は大量の矢を見て急がないといけない、と思って登るスピードを上げていく。見えないので必要以上に登るスピードを上げようとすれば足を踏み外してしまうかもしれないが、それすらも躊躇せずにただひたすら真っ直ぐに登っていく。

 

「……よし……!」

 

そして陽は遂に矢が張り付いているところまで登りきる。光はそれを確認して矢を射るのを止めて状況を静観することに徹する。

 

「やっと止んだか……ってか、ケルベロス達はまったく何やってやがんだ……あいつら自分の能力すらまともに使えねぇのかよ。

しゃあねぇ、俺が手伝って━━━」

 

白土は異空間の中でケルベロス達に対して少し愚痴る。そして手助けに行こうとして手を伸ばした時と同時に陽は半分賭けで結界の角に手を伸ばす。

 

「なっ!?俺以外にこの空間に入ってくるだと!?クソが!陽の奴か!!」

 

ティンダロスの能力、直角ならばどこにでも特殊な空間を作り出してその中に入る能力だが、それ自体はただ直角に入口を作ってそこから出入りさせるだけの能力だけである。

つまり、入口を開きっぱなしにしていれば当然他の者にも入れる可能性があるという事だ。入ろうとする者は少ないどころかいるとは思えないが。

 

「どっ……りゃあ!!」

 

陽はそこから勢いよく飛んで空間内に入る。そこには白土が忌々しげに睨みながら武器の準備をしていた。

 

「よくもまぁ入ろうと思ったもんだ。アホなのか?」

 

「お前だったのか……まぁいい、お前を倒して結界から出させてもらうぞ!!」

 

陽も白土と同じように自身の獲物を構える。白土はティンダロス一人を体内に入れている状態、陽は誰も憑依させることができない状況である。だが白土の能力は強力なものである事は陽が良くわかっていた。

 

「なら逆に俺はお前を殺してHAPPYENDになってやるよ。アイツにはよろしく言っておいてやる。」

 

「この……妹のことしか頭にないシスコンがァ!!」

 

「るっせぇ!幼女四人も侍らせてるロリコンがァ!!」

 

お互いの刀をぶつけ合う陽と白土。しかし、物を創造する陽と物を別の物に変えれる白土では白土に分がある。

白土は1度陽との間を開けるととっさに刀を短刀に変えて投げる。当然陽はそれを避けるが、その間に白土は手持ちの紙から銃を作り出して一気に打ち出していく。それに加えて弾幕も使って陽の目の前を埋める。

 

「っ!」

 

限界を無くす程度の能力により咄嗟に回避しようとする陽だったが、避けきれずに足にダメージを負ってしまう。

しかし、痛みこそあれ今の陽はその程度の傷はすぐに治ってしまうものであり、大してダメージが入るものではなかったのだ。

 

「……とんでもねぇ回復力だな。ミンチにしても治るのか?」

 

「ミンチになったことが分からないからな……なんとも言えないけど治るんじゃないか?そんな気がする。」

 

「そうかよ……なら、1回ミンチになれや!!」

 

そして二人共一気に前に出てぶつかり合う……と思われたが、思わぬ来訪者によりぶつかり合うのは回避されていた。

金の髪に紫を主な色とした服を着ている女性、八雲紫の姿がそこにあったからだ。

 

「なっ……!?紫!?」

 

「なんで八雲紫がここにいやがる……!」

 

紫は何も言わずにそのままものすごい速度で2人に近づいてくる。そして、直前まで近づかれて陽は漸く気がついた。姿形こそ八雲紫だが、それは姿だけの話であり、これは八雲紫に化けている別の何かなのだと。

 

「がっ!」

 

「ぐっ!!」

 

二人は頭を掴まれてそのままスキマに飲み込まれてしまう。そして、気づいた時には頭から手は離れ、空中を自由落下している所に陽はある姿を見た。

八雲紫が、大きな剣をもってそれを自分達に振り下ろそうとしている瞬間を。

振り下ろされる、その光景を信じたくなくて陽は目を瞑って……真っ暗なまま意識までもが刈り取られたのであった。



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剣を操りし男

「……えっ、あれ……」

 

「あら、どうしたのかしら?いきなりそんな驚いた顔して……変な白昼夢でも見ちゃったのかしら?」

 

気づけば陽は八雲邸にいた。先程までとは別の場所にいたことだけは確信できるが、その後どうなったかが全く思い出せ無いのだ。

まず、陽にある直前の記憶は紫の姿をした何かに斬られた……かもしれないということ。

斬られた感覚を味わってないので今一現実味が湧いてないが、あれは現実だったと確信だけはできた。

 

「え、えっと……なんで、俺ここに……」

 

「……?なんで、ってここはあなたの家じゃない。私と貴方の……二人の家……そんな事も忘れちゃったのかしら?おばかさんね。」

 

目の前にいる紫はクスクスと笑う。『違う、これは紫じゃない』と思いつつも目の前にいるのを紫だと陽は認知していた。

紫ならば二人の家なんて言わない、一緒に住んでいる家族の事を紫が忘れるはずはない。と頭に言い聞かせていた。

 

「俺、は……」

 

「いいのよ、たとえ貴方が私のことを忘れてもわたしが何度でも新しい思い出を作ってあげるもの。」

 

そう言いながら紫は陽を抱き締めて頭を撫でる。そのまま流されていきたい感覚になったが、陽は理性でそれを振り切って紫から離れる。

 

「陽……?本当にどうしちゃったのよ。」

 

「……これは、現実なんかじゃ……無い……!」

 

そう言い聞かせながら思いっきり自分の顔面を殴る陽。全力で殴ったのが効いたのかそのままふらついて倒れる。そして意識がまたしても落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、ここまで力が戻ったのなら……」

 

とある森の中。先程まで結界が張ってあったそこに結界はもう既に存在しておらず、その森の中では横たわる陽と白土がおり、それを殺そうと今か今かと待っていた男が一人いた。

そして、その男の後ろにはフェンリル、ケルベロス、ティンダロスの白土に付いている者達と、陽鬼、月魅、黒音、光の陽に付いている計7人が倒れていた。

 

「月風陽……貴様を殺して、俺は……!」

 

男は手に持った独特なデザインの大剣を振り下ろす。そしてその刃が陽の首に届く瞬間にその剣は動かなくなっていた。

 

「……貴様…幻術から目を覚ましたのか。」

 

「生憎……直前にやってきたことを忘れる程……物忘れが激しいわけじゃないからな……!」

 

ギリギリの所で、白刃取りで受け止めた剣をそのまま陽はぶん投げる。妖怪としての力ならば男ごと剣を投げれることが可能ということだけが分かったので不意打ちさえ食らわなければ四人を連れて逃げることも可能ということだけはしっかり理解していた。

 

「ふん……目覚めたばかりでそこまでの力を出せるのなら問題は無いだろうな。」

 

「綺麗に着地しても、お前の力じゃ俺に勝つことなんて不可能なんだよ……!ていうか……誰だ、お前は……」

 

「お前に名乗る名など……!」

 

男はそう言いながら剣を構えて陽に突っ込んでくる。陽はそれを盾を創り出して受け止めるが、瞬時に男はその剣に取り付けられているレバーを一度倒して元の位置に戻す。まるでスロットに取り付けられているレバーのように。

そして、剣の(つか)(がら)が回転を始める。本当のスロットマシーンのように。

そして、一つの絵柄のところで止まる。

 

『合致[スリーカード]』

 

機械の音声が剣から響く。一瞬驚いた陽だったが、それが隙となり男に反撃の機会を与えてしまっていた。

いつの間にやら男は三人に分身しており、それぞれが独立して攻撃を仕掛けてくる。

 

「くっ……なら月化[月光精霊]!」

 

三人とはいえ相手は剣、月魅に負担を強いることにはなってしまうが、陽は月魅を憑依させようとスペル宣言を行う。

しかし、それに合わせて男の1人がまたレバーを引いて先ほどとは別の絵柄を出す。

 

『合致[ワンペア]』

 

その音声と共に月化は鎖に巻かれて陽のスペカホルダーへと戻っていく。使うつもりだったスペルカードが使えなくなったことで陽は生身で戦わなければいけないと思ってしまう。

 

「スペルカードが無ければ、あの四人の少女がいなければまともに勝てないくせに何を頼ろうとしている!貴様は……主失格だ!!」

 

三人の男がそれぞれレバーを引く。絵柄は3人とも全く同じのを引き当てていた。

 

『『『合致[フォーカード]』』』

 

3人がそれぞれ別の方向からの攻撃を仕掛けてくる。二人までならともかく、三人一斉に襲いかかってくるとなると防ぎようがないので、陽は限界をなくす程度の能力を持って三人の攻撃をそれぞれ避けていく。

いとも簡単に避けれた事に少しだけ疑問を持った陽だったが、その理由はすぐに判明した。

 

「ぐっ………!?避けた筈なのに……!」

 

斬撃が空中で残っていたと言うべきなのか、陽が避けた直後にそのまま攻撃を仕掛けようとすると、突然手足が斬られる感覚に襲われてしまう。

何も分からないままその場でよろけてしまう陽。男がそんな隙を逃さないと言わんばかりに再度攻撃を仕掛けてくる。

 

「っ……防御[絶対の守り]……!」

 

陽自身のオリジナルスペルカード。防御に向いているそれは男の攻撃をすべて防ぎきっていた。

その間に陽は傷をなるべく早く回復させようとしていた。

 

「その防御力……ヒヒイロカネか……!だが、ヒヒイロカネといえども所詮は金属、劣化さえしてしまえばいい!」

 

「劣化って……どれだけ長い時間待つつもりだよ……!」

 

「長い間待つことは無い……一瞬で終わる。」

 

そう言って男は剣を反転させて柄にあるボタンを七回押す。嫌な予感がした陽は、男がボタンを押している間にヒヒイロカネの盾を投げつける。

そして、押し終わった剣からはある音声が流れる。

 

『07[十六夜咲夜]』

 

その音声とともにヒヒイロカネは瞬時に粉塵となって消えていく。陽には理解出来た、ヒヒイロカネという金属を風化させるまで時間を一瞬で進めたのだと。

 

「……その、姿は……」

 

「この剣の力で俺は幻想郷の特異点たる人物達になる事が可能だ。その力、能力を一切のリスクを問わずに使用することが出来る。

あのヒヒイロカネは、少なくとも人間どころか妖怪ですら耐えられないような膨大な時間を与えた。この十六夜咲夜の力を持ってしてな。

が、お前相手にはこの能力を使ってもあまり意味は……ちっ……もう時間切れか。」

 

咲夜の姿となっている男が、悪態をつくと同時に男は元の姿へと戻される。時間制限だけはあるようなので、それだけは陽は安心していた。

 

「……まぁいい、ならばただの実力で葬るだけだ。戦い方すら慣れでやってるような奴に……!」

 

男は剣を構えて突っ込んでくる。限界を無くす程度の能力を持ってしても、いずれは限界が来るのはわかってはいるが、しかしそうしないと避けることすら許されない程素早く的確な剣さばきを男は持っていた。

陽は刀を一本作って鍔迫り合いに持ち込もうと構える。

 

「そんな脆い剣で!!」

 

しかし、その一撃によって刀はいとも簡単に砕かれる。パキンパキンと作れば作るほど壊されていく。

反撃すらも許さない男の気迫に陽は知らず知らずの内に押されていた。そして、遂に陽の後ろには木があり、避けられなくなってしまった。

 

「っ!?こんな所で……」

 

「終わりだっ……!?」

 

男が陽にトドメをさそうとした瞬間、男と陽の間を一つの槍が通り過ぎる。

2人が槍が飛んできた方向を見ると、そこには息を切らしながら立っている白土の姿があった。

 

「……何のつもりだ、お前はこいつを殺したいのではないのか。」

 

「あぁ殺したいさ、杏奈の為に殺したい。

けど……けどなぁ……あんな胸糞悪いのを見せられてお前から先に殺すって選択肢にならない方が無理な話なんだよ!!」

 

両手に剣を構えて白土は男に突っ込む。しかし、改造する程度の能力では流石に自身のポテンシャルはそこまで劇的に上がらないのか、すぐに白土の持っている剣は弾かれてしまっていた。

 

「満身創痍……お前が見た幻の内容は俺は分からないが、余程堪えている様だな。お前が望んでるって事なんだよ、お前の見た幻はな。」

 

「うるせぇ!テメェが見せた幻が俺が望んでることなんて有り得ねぇんだよ!!」

 

弾かれた直後に、地面に生えている雑草を能力により槍に変換。そのまま薙ぎ払うように攻め続ける。

反撃で折られても折られても、何かものさえあれば白土の武器はいくらでも作り出せる。

 

「やはり厄介な能力……月風陽を殺すより先に、お前を抹殺した方がいいのかもしれないな……!」

 

男は白土の武器を破壊した直後に蹴りを入れて白土との距離を無理矢理離す。白土は苦悶の表情を浮かべているが、どこか何かを面白がっているのか、口角が上がっていた。

 

「くくっ……お前、鍛えただけのただの人間か?剣を扱う腕は確かに凄いんだろうし、体術とかも存外強い。多分戦い始めて素人ながらに無茶苦茶な戦い方をしてきた俺達より技術という点では圧倒的に勝っている。」

 

「……何が言いたい?」

 

「いくら技術があってもパワーが無いってことだ。天性の才能がある訳でもないし人間離れした超人的なパワーがある訳でもない。かと言って…なにか特別な能力がある訳でもない。

才能もないやつが無理やり技術を鍛えただけのもの。パワーも、重さも、硬さも、何もかもが妖怪やその手の天才達に負けている。努力も大して報われたわけじゃない……ま、技術がある分脅威っちゃあ脅威だけどよ。」

 

「……なるほど、確かにお前の言う通りかもしれないな。」

 

男はあっさりと認める。白土もこの反応は意外だったのか少し拍子抜けしたような表情になっていた。

その反応を見れただけで満足と言いたいのか、男は意趣返しと言わんばかりに口角を上げてニヤついていた。

 

「どうした?無様に否定する様子でも見たかったのか?俺がお前の挑発に乗ってブチ切れて、感情的にお前を攻撃しようとするとでも思ったのか?残念だったな、お前の挑発には乗らないし乗ることもない。

自分の限界は分かっている……だからこそ、食らいつかねばならないからな。」

 

「ふん……その強がりがどこまで持つか……見ものだな。いいぜ、そいつら気絶させた程度で俺が止まると思ったら大間違いだ。

その剣……無償でそんな能力が使えるわけねぇよなぁ?見てたぜ?お前が紅魔館の十六夜咲夜に化けていた時……完全に自分の予想していないタイミングで終わってたんだよなぁ?」

 

「さて……どうだろう、な!!」

 

男は白土に突撃していく。白土はちらっと足元を見ると両手をズボンのポケットに突っ込んで後ろに飛ぶように移動をし始める。

 

「一体何の……なっ!?」

 

「そこら辺の雑草や土、ついでに小石もぜーんぶ……爆発寸前の爆弾に変えてやったぜ、ありがたく思いやがれ。」

 

既に点火済みのダイナマイト。一つだけなら全員回避できたかもしれないが、白土の踏んでいた小石や土や雑草などがどれくらいあったかなんて誰もわからない。

それら全てが爆発物だとすれば、妖怪であっても良くて重症、悪くて肉片すらも残らないくらいぶっ飛んでしまうだろう。

 

「くそっ……!」

 

「自分の眷属すらも巻き込むか……!」

 

陽は陽鬼達の所へ、男は木に飛び移って遠くへと逃げ始める。しかし爆弾の数は表面をパッと見ただけでも2桁では効かない数であることだけがわかるほどの多さ。

よほどの距離を開けないとまず吹っ飛ばされてしまうだろう。それは白土自身でも例外ではない……が、距離に関係なく移動できる手段を白土は持っていた。

 

「狼化[神狼改革]……ティンダロスの能力で逃げさせてもらうぜ……じゃあな、死ぬかもしれんが頑張って生きろよ……どうせ殺すけどな。」

 

そう言って白土はティンダロス達を取り込んで直角の紙の中へと逃げ込む。男は一人だったから逃げられた、白土は能力を使って逃げられた。

しかし、陽の場合は飛んで逃げるしかない。しかも、憑依を使って飛ぶのだ。オマケに三人を抱えて飛ばないといけないという問題もある。

 

「あんまり無理はさせたくないが……すまん、月魅……月化[月光精霊]!」

 

男が離れたことにより使えるようになった月化のスペル。月魅を憑依させて大急ぎで空中に身を乗り出す。

月化は三つの憑依の中で1番速度に優れているため、これならば逃げ切れると陽は確信していた。

だが、思ったよりも爆弾の爆発する速度が早かったのだ。

 

「何っ……!?」

 

三人を抱えながらではいつもよりも速度は出ない。そして、大量のダイナマイトの爆発により轟音響く中、陽の意識は走って飛ぶことだけに向けられていたため、そこから彼の意識はほぼ途絶えたと言っても間違いなかったのだった。



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緑に拾われて

「━━━はっ!?」

 

「あ、起きましたか?」

 

陽が目を覚ました先、記憶が混濁しているせいで一瞬どこか分からなかったから、目の前にいる緑髪の少女である東風谷早苗がいるので、恐らく守矢神社なのだろうと陽は予測していた。

 

「えっ、と……何で俺はここに……いるんだ?それに、陽鬼達は……」

 

「全員別室で寝てもらっています。一応神奈子様に見てもらっていますが、恐らく何も心配はないでしょう。

それで、何故ここにいるかって話ですが……それは私が貴方達を見つけて拾ってきたからです。

それで質問なんですが……なぜ貴方達はあんなにボロボロだったんですか?貴方達の傷を見ていると、弾幕ごっこじゃないただの殺し合い……何故かそんなのを見ているような気分になってしまいます。」

 

「っ……それ、は……」

 

陽は言葉に詰まっていた。目の前の彼女はとても優しい少女だ。しかし、自分の責務を放任してまで自分の手伝いをするとは思えない、ということも確信していた。

だから話すべきだと、彼女なら簡単に自分を手伝うなんてことは言わないと陽は思っていた。

しかし話せなかった。もし自分も手伝う、なんて事を言い始めてしまったら?その可能性が無い訳では無いのだ。少しでも可能性のある選択肢を取ってしまって手伝うと言って欲しくなかった。

 

「……まぁ、今は体を休めておいてください。八雲紫様に連絡を取って貴方をここで預かっていることを説明しないといけませんから。」

 

「あ、あぁ……」

 

少し悲しそうな顔をしながら陽は答える。早苗は部屋を出ていったが、恐らく事情を話せるようになるまで休ませてやろう……等といった考えを持っているのだろうと感じていた。

だが、話すわけにはいかない。彼女を巻き込みたくないから。

 

「……よく良く考えたら、苦手な奴を守ろうとしてる俺ってどういう類のアホなんだろうか。考えたって……意味無いんだけどさ。」

 

陽は自嘲しながら自分の手足が動くかどうかを確かめる。拳を握ったり開いたり、足を曲げたり伸ばしたり、ゆっくりと力を入れて立ち上がろうとしたりして自分の体に異常がないか確かめていた。

 

「……ちょっとふらつきそうだけど……立ち上がれない、なんてことはなさそうで安心したよ。

よし、まずは陽鬼達を迎えにいくか。」

 

そう言いながら陽はフラフラと陽鬼達の部屋へと向かい始める。何か言われそうかもしれない、と陽は思っていたが、部屋にいるのが神奈子である以上理由を話さないわけにもいかないだろう、も少し鬱屈しながら陽は向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おや、もう起きたのかい。存外早く目覚めたようで何よりだよ。」

 

「……お、おはようございます。」

 

陽鬼達の寝ている部屋。そこには予想通り神奈子がいた。いつも通り、尊大な態度をとることもない比較的親しみ易いいつもの神奈子である。

それに少し安堵してその場に座ろうとしたその瞬間、背中のしめ縄に一つの柱が生まれそれの先が陽に向いていた。

 

「……何のつもりですか?」

 

「見ての通り……あんたに攻撃を仕掛けようとしている。けど、あんたの答えしだいじゃあ攻撃する気も無くなるかもしれんな。」

 

「……分かりました。何が聞きたいんですか?」

 

神奈子は陽が座るのを待ち、座り込んでから目を瞑る。質問したいことは山ほどあるが、本当に必要な情報だけを手に入れるのなら、明確にその質問の取捨選択をしていっているのだ。

そして、時間にして数秒。神奈子は目を開いて、陽に質問をする。

 

「一体何に巻き込まれている?八雲紫との連絡を取っている諏訪子の話を少し聞いただけなんだけどね……八雲紫の気配が一瞬だけ近くで感じとれた。

しかし彼女はこの辺には来ていないという。

嘘をつくメリットがないことを考えるとあんたが何かを隠しているのだけは明白だ。早苗に言わなかったのも恐らくなにか事情があるんだろうが……あんまりしつこく聞きたくないんだ。

だから、もう一度質問をする。『あんたは一体何に巻き込まれている?』」

 

「……」

 

神奈子は自分を手伝わない。陽はそう確信していた。本当に事情を聞き取るだけ、東風谷早苗に自分から伝えに行ってやろうという心構えのつもりで彼女はこの質問をしている、そう陽は考えていた。

 

「……実は━━━」

 

だから、この人に話そうと陽は思って話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、旧友から狙われ、そして知らない奴らからも狙われている、と……話さなかった理由は早苗が自分も手伝うと言い始めてしまわないように……ね。」

 

「……はい……っでぇ!?」

 

俯いていると、陽の頭に柱が軽く叩きつけられる。元が元なのでいろんな意味で陽に取って激痛なのだが。

 

「な、何を……!?」

 

「人に頼る、って事をしたくないって言うのはわかる。完全な私情だからね。だから他の奴らが狙われるのが耐えられないって言うのもわかってるつもりさ。

だけどね、人の信用まで消し去る必要は無いんだよ。話したくないから話さない、じゃなくて話したくなくても話さなきゃいけない。

あんたは被害者だ、けどそれを盾にとって自分だけが悪い、自分だけが死ねばいい、みたいな考えは一番嫌いだ。」

 

「……だったら、話せって言うんですか?東風谷は絶対に手伝うとか言うのに……」

 

「断れよ、自分のされたくない事は断るのが当たり前だ。受け入れられるのが話さない?巻き込みたくないから話さない?馬鹿か、そんな善意ハナからいらないし受け取る必要性も感じないよ。

お前は頼まれたらすべて受け入れるのか?飛んだ善人だな、お前みたいな人間が増えれば世界はもっと平和になるだろうさ。」

 

神奈子は見下したかのような笑顔で陽を見る。何故挑発するような言い方を……と陽は思っていたが、次の瞬間には神奈子は真面目な顔付きに戻り陽に御柱の一つを向ける。

 

「うちの巫女を巻き込みたくない、というのは立派だよ。あんたにも人並みの感性があるのだと思ったからね。

だが、やり方が気に食わない。話さずに相手が察するのを待つか?それとも話さずに皆が離れるのを待つのか?馬鹿なのか?お前の都合なんて分からないから手伝いたいっていう奴らがいるんだろうが。

お前の都合を、考えを押し付けてやれ、それでようやく相手を断るかどうかという結末になる。お前が『できる限り巻き込みたくない』っていう考えならば……話してから断るんだな。」

 

「……わかり、ました……東風谷にも話してきます。」

 

そう言って陽は部屋からでていく。陽鬼達は無事だと分かったので、後は神奈子に言われた通りに早苗に話をするだけだと感じて、陽は早苗のもとへと向かうのだった。

 

「けろけろ……何もあそこまでする必要なかったんじゃない?彼だって早苗の性格をわかって言ってる事だし、何より旧友だしね。」

 

陽が部屋から出た後に諏訪子が入れ替わるようにして入ってくる。隣の部屋か廊下かは分からないが、恐らく話を聞いていたのだろうと神奈子は諏訪子の言っていることから確信していた。

 

「あぁ、早苗なら間違いなく手伝おうとするだろう。それを察して本音を言わないって言うのも間違いじゃあない。」

 

「じゃあ何で?彼が早苗に苦手意識を持っている腹いせか何か?」

 

「そんなんじゃない……ただ、言わないまま放置していたとしても早苗はなぜ言わないのかわからないから、とかそんな理由で八雲紫の所に行きそうだからだよ。

それを止めるために今から言わせておいた方がいいって事だ。」

 

「ふーん……ま、何でもいいけどあんまり彼に辛く当たってると彼にご執心の八雲紫が報復に来るかもしれないよ〜

タダでさえさっき連絡取れた時にもちょっとイライラしてたみたいだしねぇ……」

 

神奈子は軽くため息をついて頭を抑えた。それを見た後に諏訪子は部屋から出ていって、早苗の部屋へと向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんなことが、起こってたんですね。最近色々な事件……異変とはまた違うことが起こっている事に少し疑問を抱いていましたが、よく分かりました。」

 

「あぁ……けど、この件は俺と……陽鬼達で解決したい。東風谷、お前が手伝いたいって言っても俺はこの件を俺達だけで解決したい……」

 

「……」

 

早苗の部屋、そこで早苗と陽はお互いに向かい合って座りながら話し合っていた。とは言っても、既に話し合いはほとんど終わっており陽は早苗に言いたいことの全てを言ってしまっていた。

 

「……月風君の言いたいことはわかりました。そこまで言われてしまったら私にはどうすることもできません。」

 

「……あぁ、後悪いんだけど…陽鬼達が目を覚ますまでここにいさせてやってもいいか?流石に紫が迎えに来たとしても寝ているこいつらを起こすのも少し気が引けるしな……」

 

「分かりましたけど……別に月風君もここにいてもらっても一向に構わないんですよ?別に迷惑だとかそういうのは思ってませんし……」

 

「いや、東風谷が迷惑だって考えていなくても流石に俺の気分が良くないしな。タダでさえ今こうやって部屋の一つを貸し切らせちゃってるわけだし。

ただ陽鬼達は休ませてあげたいからしばらく寝かせたい、って言うのもある。」

 

「そ、そうですか…」

 

久しぶりに陽と話し合いたいことがいっぱいあると思っていた早苗は、陽が陽鬼達が目を覚ましたら帰りたいというのを聞いて少ししょげていた。早苗にとっては、話をしたくないと言われているようなものだったからだ。

しかし、自分が同じ立場になればきっと似たようなことを言うのだろう、と考えると強く出れないのだった。

 

「……何か、食べますか?軽いものなら作れると思うんで。この子達だって今すぐ目覚める訳じゃありませんし少しくらい何かを食べてても問題ないと思いますよ。」

 

「別に俺は━━━」

 

否定しようとした瞬間に陽の腹の音がなる。結構大きめの音が鳴って、その音がお互いに聞こえていたせいで一瞬は静かになった。

しかし、その後に子供みたいに、漫画みたいに大きな腹の音がなった事に早苗は少しおかしく感じてしまい、クスクスと笑い始めてしまう。

 

「な、なんだよ……そんなに俺から腹の音が鳴るのが面白おかしかったのか?」

 

「あ、いえ……ご、ごめんなさい……け、けど…どれだけ疲れていてもお腹は減るんだなぁって思っちゃっただけてすよ。

やっぱり、軽いものじゃなくてしっかり食べれるものつくりますね。食べやすいようにはしますけど。」

 

微笑みながら早苗は部屋から出ていく。早苗が完全に部屋から離れたことを確認すると、陽は顔を俯かせて完全に恥ずかしがっていた。

腹の音を聞かれたので流石に恥ずかしくないわけ無かったのだ。それも異性に聞かれたことが陽にとってはかなり恥ずかしい事となっていた。

 

「まぁ今だけは……早苗の好意に甘えても……いいかな。」

 

居候で早く帰りたいのもあるが、陽鬼達が目を覚まさないことともあるので、最早ここで好意を断るのも早苗の気分を悪くしてしまうのでは、と陽は考えていた。

 

「ちゃんと話せたようだね、いいこといいこと。そのまま早苗にプロポーズをして私達に孫の顔を見せてほしいもんだね。」

 

「……そう言っているから俺に敬語を使われないんだと思うんだぞ。諏訪子はもうちょい思慮深くなった方がいいんじゃとまであるくらいだ。安易にプロポーズだとか孫の顔を見たいだとかそういうのを口に出すもんじゃないだろ。」

 

「何気に今馬鹿にしたよね。神様を目の前にして馬鹿に出来るやつなんて同族以外まともにいなかったよ。流石に罰を加えないといけないようだ。

家の婿としての心構えをちゃんとしておかないとね。」

 

「……そうやって決めつけるところがだめだって言ってるんだけどなぁ」

 

お互いにこんなことを言っているが、心のどこかで2人ともこの状況を楽しんでいた。

そして、そのやりとりの後に腹の音がもう一度響く。しかし今度は陽からではなく、諏訪子から聞こえてきていた。

 

「……ご飯、待ち遠しいね。」

 

「……そうだな。」

 

陽鬼達が目覚めるまでの居候。陽は少しだけ、早苗に辛く当たるのをやめようとおもったのだった。、



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後始末

「もうすっかり夜遅い時間になったな……」

 

陽は、あの後陽鬼達の目が覚めたので全員を引き連れて守矢神社から離れて今は帰路に付いている最中だった。

しかし、外は既に夜も耽けている状態であり、灯りがないと進めないほど暗かったのだ。

 

「いやぁ……ごめんね、ずっと気絶したままで……私もすぐに動ければよかったんだけど……」

 

「にしてもやはり向こうで泊めて貰った方が安全だったのでは?流石にこんな時間に夜を歩いていたら妖怪に襲われてしまうような……」

 

「問題ないじゃろ。この場には5人も人数がおるし……万が一の為に警戒して結界やらなんやら張っておるのじゃからな。」

 

「だからと言って油断はいけないのです。警戒はするに越したことは無い……と、読んだ本に書いてあったのです。」

 

口々に喋る陽鬼達。陽も陽で懐中電灯を手に持って目の前の道を明るくしていた。いざと言う時には投げつけるなり殴りつけるなりすればいいとさえ考えている。

 

「でも、もう一度あの現場を見ようってちょっと危なくないですか?」

 

「でもあの変な男の正体掴みたいしさぁ……月魅や光だって結局納得してくれたじゃん。」

 

「そう言えば……黒音がこうやって足を使って移動して、こんな時間にあの場所に移動することをOKするとは思ってなかったのです。私は月魅と同じように無理だ、と言って断ると思っていたのですが。」

 

それは確かにそうだ、と黒音を除いた陽達は思った。黒音は陽鬼とは違って月魅と同じように感情ではなく頭で考えて行動するリアリストだと思っていたからだ。

 

「む……簡単な事じゃ、相手の体の一部……髪の毛の1本や爪の欠片でも落ちて居れば今ならまだ回収可能かもしれんしのう、と思った迄じゃ。それ以上の理屈も理由もないのじゃ……後は、あの時は万全じゃなかった状態でのあの男の戦いだった、というのもあるのじゃ。

ま、本格的な捜査じゃなくて帰り道で近くの場所で通るからこそ妾もOKしたんじゃがの。

流石の妾もこの時間から本格的に情報を見つけようとは全く思っていないのじゃ。」

 

「なるほどね、一応ちゃんとした理由があってOKした訳だ。納得納得。私はてっきり次にあいつにあったらぶちのめしたいからとかそんな理由だと思ってたよ。」

 

「陽鬼ではないんですよみんな……それで、マスターは何を思ってこんな時間から調査をしようとと思ったのですか?マスターも陽鬼と同じ理由ですか?」

 

「いや、俺は━━━」

 

陽が言い切る前に月魅がとっさに飛んで、刀を構える。そして、飛び跳ねて襲いかかかってきたものに対して斬撃を加える。

月魅が切ったのは妖怪でも何でもなく、ただの狼だったらしく月魅が軽傷を負わせたら反撃されたことに驚いたのかそのまま逃げていった。

 

「……ビックリしましたね。出てきてもおかしくないとはいえ、まさか狼がいきなり襲いかかって来るとは思ってませんでした。」

 

「確かに……狼って、1匹で行動する動物でもなかったような気がするんだけどなぁ……群れからはぐれた狼ってところか?」

 

「恐らくそんな感じじゃろ……それ以外に単独で動く理由が全く分からんのじゃしもう放っておいてもいいじゃろ、そろそろ先に進むのじゃ。」

 

そう言って再び例の場所まで移動をする5人。そして、しばらくして目的に到着していた。

暗かったが、懐中電灯で軽く確認してもそれらしいものは発見できずじまいだった。

 

「特に何も無いみたいだねぇ……どうする?陽。」

 

「……今日はもう帰ろう。そうじゃないと流石にそろそろ帰りが遅いと紫に怒られる。

何せ、帰り道の数分で出来る限り調べようってつもりだったしな。」

 

「そうですね……数分前後ならまだ誤魔化しが聞きますが、その誤魔化しが聞かないところまで調べるのは流石に不味いですし……仕方ありませんね、戻るとしましょうか。」

 

「帰ってからはせめてあの男についての情報でもまとめるとするかの……妾達の情報と主様の情報を交換してできる限りの対策を立てていた方が無難じゃろうな。」

 

そう言って5人は改めて帰路につく。流石に歩いてだと誤魔化しが通じないため陽は月魅を憑依させて三人を抱えて高速で飛行して一気に距離を縮めて八雲邸に繋がるマヨヒガまで飛び続けたのだった。

 

「……」

 

そして、5人が去った後に森の中から姿を現す影がひとつ。それは昼間に陽達を襲っていた男だった。

だが、男は陽達を目で追うだけでそのまま追おうとはしなかった。姿が見えなくなると、すぐに剣を木に突き立ててその場にドカッと座る。

 

「はぁ………はぁ……思ったよりも、疲れるているな……姿を隠すだけで体力の消耗をしてしまうとは思わなかった……」

 

息を整えながら男は剣を見続ける。剣は、木から何かを吸ってそのエネルギーを回復させていた。

しかし、とても微量な程度しか取れていない。しかも、エネルギーを取られている木は見る見るうちに痩せこけて萎れていく。

そして数分もしない内に剣は木からエネルギーを取ることはなくなった。

 

「……やはり植物ではエネルギー吸収率は悪いか。すぐに命を吸い尽くしてしまう……やはり、妖怪や人間でないとな……」

 

名も無き異様な大剣。男の姿を幻想郷の猛者へと姿を変えさせ、その能力なども使わせることが出来る能力を持った異様な剣。

その剣の力を使うためには、生命の力が必要だったのだ。そして、男は植物では足りないと今更ながら思い、エネルギーの回復をする為には……陽を殺す為には、と思いながら最悪の考えもその頭で考え始めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か言うことがあるんじゃないかしら、陽。」

 

「……こ、こんな夜遅くに帰ってきて……ごめんなさい……?」

 

「なんで疑問符をつけるのよ…はぁ……」

 

そして八雲邸に付いた陽達。しかし、玄関の前に紫があからさまに分かるほど不機嫌に立っていた。

恐る恐る目の前まで進んで見れば、このような会話が始まったのだ。

 

「陽……心配はしているけれど、あなたは強くなってるのよ。だからちゃんと帰ってこれるって分かってる。

けどね?流石にこんな心配になるほど遅くに帰ってくるくらいならもういっそのこと向こうに泊まっていけば……あ、でもそれはそれで不味いのよね……」

 

「……ゆ、紫?」

 

「……と、ともかく……心配させないで欲しいわ……これから……」

 

そう言いながら紫は家の中へと入っていく。扉が閉められた後に陽も恐る恐る家の中に入っていくのだった。

陽鬼達は少し呆れながら家の中へと入っていくが、やはり慣れた家に入った安心感からなのか少し気が抜けたら疲れが一気に襲いかかってきていた。

 

「……さっさとお風呂入って寝よう……」

 

「同意です……安心したら、眠気が………」

 

「陽鬼が食欲もわかないほどだとはのう……いや、妾も眠いのは変わらないんじゃが……」

 

「……休息後、朝になってから朝食を食べ様と思うのです……」

 

フラフラしながら風呂場へと向かう4人。陽は一人残されたが、流石に4人とも女子の中で風呂に入りに行く勇気が無いのと、でも4人とも物凄く眠そうだから風呂の中で溺れでもしたら……という心配もあって考え込み始めていた。

 

「……私が様子を見ておいてやるから、お前は飯でも食べてろ。一応作り置きしたのを残してあるから、な。」

 

見かねた藍が来て、そう伝えてその場を去っていく。藍がいるなら安心だと思った陽は、お言葉に甘えて飯を食べに台所まで向かっていった。

簡素だが、白米があるだけましだと思って陽は軽く手を洗ってから飯を食べ始める。

 

「……美味しい?」

 

「んぐっ!?げほ、げほっ!!」

 

「ちょ、ちょっとそこまで驚かなくても……ほら、水よ。」

 

食べることに集中していたせいで、紫に話しかけられてつい驚いて喉を詰まらせてしまう陽。

紫から水を手渡されて思いっきり飲んで何とか水で流し込むことが出来ていた。

 

「はぁはぁ……ありがとう……紫……」

 

「どういたしまして……って言っても私が喉を詰まらせたようなものだからあまり変わらないと思うけれどね。

……にしても、よくそれだけ美味しそうに食べれるわね、そんなにお腹減っていたの?」

 

「あぁ、うん……よく考えたら今日は昼飯食べてなかったような気がするし……よく考えてみればお腹減ってたかもしれない……家に帰るまで全く気が付かなかったけど。」

 

「……余程切迫していたのね……お疲れ様、今日はもう早めに寝て明日からまた頑張ればいいのよ。

今日はもうあなたの心も体も疲れきってるでしょうし。」

 

そう言って陽の頭を撫でる紫。撫でられるのが恥ずかしく撫でられながらも陽はそっぽを向いていたが、あまりの恥ずかしさに勢いよくご飯を全部食べてそのまま立ち上がる。

 

「ご、ごちそうさま!!ふ、風呂はいったらすぐ寝るから!!」

 

そう言って後片付けだけをして陽は部屋から出て言ってしまう。そんな陽の様子を見て紫は微笑んでいた。あれだけ元気が残っているなら大丈夫だと。

 

「ふふ、思春期の男の子は可愛いものね……もう少しからかってあげたくなっちゃうけど、それはまた別の機会にするべきね。

これ以上からかっても彼を疲れさせるだけだし……そう言えば、藍達はもう上がったのかしら……まぁ脱いだ服が置いてあるんだし気づかない、なんてことも無いと思うけれど……」

 

間違えて風呂に入ることは無いだろう、とは思っているが、何となく気になった紫は風呂場へ向けて歩き始める。

その時、前から陽鬼達を連れた藍が目の前からやってくる。とりあえず風呂の中で鉢合わせすることは無かったのだろうと、そこだけは紫は安心していた。

 

「あ、紫様……先程彼が何故か早歩きで風呂に向かっていったのですが……何かあったんですか?やけに顔を赤くしていましたが……」

 

「あー……ちょっとからかい過ぎちゃったのよ、それで恥ずかしがって風呂まで猛ダッシュで行っちゃってたのよ。まぁ貴方達が着替え終わった後で助かったわ……って妙に4人とも静かね……」

 

「……もう殆ど寝てますからね。そろそろ抱き抱えようかと思い始めてきてますよ。全員言われるがままされるがままってくらいに疲れてるみたいですし。」

 

「なるほど……なら、私もこの子達を運ぶのを手伝ってあげるわ。

いっぱい頑張ってくれたみたいだししばらくは休ませてあげましょう、全員の疲れが取れきるまで……ゆっくりとね。」

 

そう言って紫は陽鬼と月魅を抱き上げるとスキマを使って寝室に運び込む。黒音と光に関しては、藍が抱き抱えていたので同じように寝かせる。四人が並んで寝たところに静かに掛け布団を掛けてあげて軽く頭を撫でる。

 

「ふふ、こうしていると本当に子供みたいね……可愛いわ。」

 

「そうですね……頑張っていたんでしょう。この小さな体で……」

 

「……ねぇ、藍……この子達は……元の姿に戻れると思うかしら?話を聞く限り……身長自体は全員もう少し大きなものみたいだけれど……」

 

「……妖怪や神は人間の恐れや信仰から生まれるものもいれば、禁術などで生み出されたもの……つまりは生命として生きているか、人間の精神に寄った生き方をしているかの2通りがあります。

この子達は殆どが前者のはず……ならば、有り得ないんですよ。体が小さくなることなんて。」

 

二人は顔を曇らせる。陽鬼たちは一体どんな存在なのか、という不安よりもまず先に来たのが『この子達はどうなってしまうのか』という不安である。

 

「私や藍みたいに体の大きさに拘らないかつ妖力が多い妖怪ならともかく……この子達は正しく『命』があってちゃんと成長してきている。

妖力も言うほど多くはない、それ以前に月魅は霊力……どちらかと言えば霊夢寄りでもあるのよ。」

 

「しかしそんな者達が一括して小さくなっている……黒音は自分の魔法で小さくした、なんて言ってましたが……」

 

「実際、大きくなる魔法は使っていたわ。ただこの子達だけにしか使ってないんだからあれが本当に成長させる魔法なのかどうかはわからないわ。しかも、黒音以外は意識しないでその魔法を使うことが出来ていた、成長していたんだからとんでもない事よ、これは。」

 

「魔法を魔力無しでの使用……いえ、もしかしたら魔法自体がきっかけでこの子達の本来の姿を取り戻していた、と言った方が自然でしょうね。

藍、これからも……調べて頂戴。この子達の……陽のために。」

 

「貴方からの命令ならば……幾らでも。」

 

そう言って藍は部屋から出ていく。紫は、せめて陽鬼達と陽が悲しい別れをしないようにしてあげたい……それだけを考えながら、彼女達の頭を撫でるのであった。



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光の天使

白い翼を持った少女は蔑まれていた。人間と違うことに、その翼がまるで天使の様な翼であることから『近づかれれば天国へ連れていかれる』などという噂が立ってしまったが故に。

美しい羽を持った少女は持て囃されていた。人間のような姿をしていることに、その羽がまるで白鳥の様に白く美しい羽であることから『羽を売れば金になる』という確信を得られたがために。

彼女の周りには誰もいなかった。人間と違うその見た目が、その事実が周りの人間達との心の距離を開けてしまっていたから。羽を金儲けのためにしか考えていない者達に連れ去られてしまうと噂がたったから。

彼女の周りには全てがあった。人間と同じその見た目が、その姿が周りの人間達に恐怖を与えてしまって逆らえないようにしていたから。彼女の機嫌を損ねればあの世へ連れていかれるという噂も経ったから。

 

「……ここ、は……?」

 

全てが虚構だったという真実だけがそこにあった。全てが真実だと思っていた虚構だけしかそこには無かった。

彼女は常に泣いていた。心で泣いていた。彼女は常に笑っていた。表情で笑っていた。

そんな光景を見てその少女……光は困惑していた。

 

「こんな、記憶……知らない……」

 

彼女は裕福だった。望んだものは手に入り、やりたいことはすぐに出来た。地位も、名声も、知識も、表情も……彼女はその全部が豊かだった。

彼女は貧相だった。真に望むものは手に入らず、やりたい事を行えても達成感も何も無かった。辿り着く努力も、励まし励まされる関係の友人も、学べた時の達成感も、感情も……彼女にはその全てが存在していなかった。

 

「私は……主に使えていて……」

 

彼女はその全てに満足していた。彼女はその全てに満足していたが故に全てに飽きていた。

その生活も続き始めていた頃の映像、その映像は突然にプツリと途切れる。

景色の暗転。そしてまた景色が明るくなってきた頃には彼女も見覚えのある景色、風景だった。

 

「あ……」

 

そこには一つの全てがあった。一人の主に使え、主に使えることだけを目的とし、主が望むことをする……その唯一の事だけがある世界。

天使としての自分の記憶が始まった、その屋敷の姿そのものだった。

 

「……」

 

しかし、彼女はその光景を懐かしめなくなっていた。先程までのあの光景。あれがただの幻だと思えたら彼女にとってどれだけの救いとなっていたか。

しかし、彼女は先程までの光景を幻ではなく現実だと理解していた。記憶はなかった。だが、彼女の中の何かがあの光景を本物だと感じ取っていた。

ならばあの記憶はなんなのか?自分がここに連れてこられるその前は一体何があったのか。それに対する疑問だらけで頭の中がいっぱいいっぱいになっていた。

 

「調べる……べきなのですね……私自身の過去と……向き合う為に……」

 

知的好奇心よりも勝る知ることへの恐怖。しかしその恐怖を乗り越えてこそ、自身の過去に向き合えると彼女は確信した。

そして、その確信した辺りから彼女の意識は朦朧と歪み始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夢、でしたか。」

 

鳥の声が響き渡る朝。隣を見れば陽鬼達が並んで寝ているのを確認してから光は外に出る。

雲一つない青空、眩しい太陽の光で一瞬目が眩んでしまう光。しかし、青い空を確認してようやく夢から引き戻されたような感覚になる。

 

「あら……随分と早いじゃない。もう少し寝ていてもよかったのよ?」

 

「紫……私は急速に必要な睡眠時間は全て取れています。それに伴った睡眠もバッチリ取っているのです。

つまりはもう寝ていなくても問題は無い、ということなのです。」

 

「ふふ、そうなの……貴方は随分と健康的な生活を送れる子なのね……こうも仕事ばかりの毎日だとそういう生活ができるのが素直を羨ましく思えてくるわ。」

 

紫は微笑みながら光の頭を撫でる。少し気持ちよさそうに目を細めた後に紫はふと光の背中に担いでいるものを確認する。

 

「光……それって、弓かしら?貴方って弓を使うの?」

 

「……そう言えば紫には言っても見せてもいませんでしたね。はい、私は弓を使い、天使の光の力を使ってエネルギー体の矢を作り出す、という戦い方をしているのです。お陰で近接戦闘はあまり得意ではないのですが。」

 

「弓矢……しかも矢はその場で作るのね……まぁ弾幕みたいなものと考えれば早いし、竹林の耳が長い方のイナバだって弾丸みたいな弾幕を使ってたものね……」

 

紫は光の説明を聞きながら頷いたり、感心したりしながら光の弓を観察していく。

そしてしばらく考えた後にふと、光に質問をする。

 

「その矢って一度に最高で何本まで作れるのかしら?」

 

「一度に、ですか……試したことはありませんが多分10本くらいまでなら作れると思うのです。

とは言ってもいつもは片手の指と指の間の数……四本までしか作ったことがなかったので分からないのです。」

 

「とりあえず最低でも4本は作れるという事ね……それじゃあ、その矢を弓を介さずに飛ばせるのかしら?あ、空中に浮かせた状態でね。」

 

「どう……なのでしょうか、今まで試したことがないのですが……恐らく無理だと思うのです。矢を作った時は重力の影響を完全に受けてしまっているのか、大体手の上に落ちて来ることしか見たことがないのです。」

 

その質疑応答で紫は唸りながらまた考え始めてしまう。紫の言いたいこと、やりたいことはさっきの質問内容から光はようやく理解したが、それが出来てしまえば弓の存在価値は無いのでは……と光は考えていた。

 

「……あの、紫のやりたい事は何となく……というかだいたい理解したのですが、流石に矢を大量に作り出してそれらを弓を使わずに一気に飛ばす……ということは少しばかり難しいのです。

と言うかそれなら初めから弾幕ごっこのような戦い方をしていくに決まっているのです。」

 

「うーん……やっぱりそうよねぇ……まぁ、それに関しては諦めるけれど……どうせなら少しその腕前見せてくれないかしら?的に関してはこちらで用意するわ。」

 

「別に構わないのですが……」

 

「ん、じゃあ今からスキマを上に作るからそこから落ちてきたものを一つずつ撃ち抜いてちょうだい。

どうせなら5回くらいやってその腕前を見るわね。」

 

その説明の元紫は光から少し離れた位置にスキマを下向きに作り出す。光は矢を作り出して弓矢を構える。

 

「それじゃあ、落とすわよ〜」

 

そう言って紫はスキマから小さな丸太をスキマから落とす。光は無言で自分の目の前に来た瞬間に、その丸太を射抜く。矢は丸太を貫いて後ろの木に刺さっていた。

 

「流石にこれは狙いやすかったわね。なら次は難易度をあげるわよ。これならどうかしら?」

 

そう言って今度はスキマから少し大きめの石を落とす。これも光は無言で射抜く。今度は貫く前に石が粉々に砕け散ってしまったが。

 

「そのやって結構破壊力あるのね……ならこれならどうかしら?石よりも硬いわよ。」

 

その次はどこから落としたのか刀が落ちてくる。光は刀身の方を狙って射抜く。砕け散ることはなく、柄と刀身が綺麗に分かれて刀身がどこかへと飛んでいったが、2人は気にせずに続けていく。

 

「金属も折れるのね……じゃあ次は趣向を変えてこういうものを落としてみましょうか、これは狙って射抜けるかしら?」

 

そう言って紫が落としたのは薄い紙だった。しかし、先程までの三つのものとは違い、紙はヒラヒラとあっちこっちに移動するため普通ならばかなり狙いにくい的である。

しかし、光は表情を変えず構えを解かずにそのまま動きに紙の落ちる合わせていく。

そして、無言である程度動きがあったところで紙を射抜く。紙は矢に貫かれて後ろの木に刺さっていた。

 

「……あんな不規則な動きのするものをよく狙えたわね……私なら絶対に当てられない自信があるわ。」

 

「お褒めに預かり光栄なのです。それで、丸太と来て石と来て……金属と来て紙と来た……最後の目標は一体何を射抜けばよろしいのですか?」

 

「そうねぇ……硬いのも、不規則な動きをするものもダメとなると……ならこうしてみようかしら。」

 

そう言って紫はスキマから矢を落とす。そう、矢である。細いそれはかなり狙いにくい的ではあるが、単純に狙いにくいだけの的であり光にとってみれば、先ほどの紙の方がまだ難易度はあった方である。

だからなんの問題もなく、彼女はその矢を自分の矢で射抜いてへし折っていた。

 

「……純粋にすごいと思ったわ。かなりの腕前あるんじゃないかしら?それだけで稼げるレベルよ、本当に。」

 

「お褒めに預かり光栄なのです。ですが、この力を金儲けのために使おうとは思わないのです。

こういう1芸しか出来ないくらいだと、すぐに飽きられて終わるのが目に見えているのですから。」

 

「うーん……確かにその通りだけれども……勿体ないわねぇ……その腕をなにかに役立てられないかしら。そう言えば、貴方って他に何が出来るのかしら?貴方と禄に話したことがないからよくわからないのよ。」

 

「他に……ですか……私は前の主の護衛役……だったのです。他に何が出来るのか?と聞かれても弓矢で立ちはだかる敵を射抜くことしかしてこなかった以上、それ以外の事は何が出来るか全く分からないのです。」

 

そう言われて紫は唸り始める。陽鬼は物運び、月魅は直感を駆使した危険回避能力、黒音は魔法を組み立てる基礎を生かした計算力、などの光にとっては矢を射ることを利用して何かに使えないかと考える。

とりあえず彼女は一つ思いついたことがあったので紙とペンを取り出してそれを光に渡す。

 

「……あの、これは?」

 

「この屋敷の見取り図書いてくれないかしら。弓矢を扱うって事は空間把握能力が高い可能性もあるわけだから。」

 

「……分かりました。絵心があるかどうかが不明なのでなんとも言えませんが、頑張ってみようと思うのです。」

 

そう言って光は紙とペンを持ちながら屋敷の中へと戻っていく。屋敷は広いとはいえ、全ての部屋を見て回るのに1時間なんて長い時間はかからない、という事を紫は知っているので暫くここでお茶でも飲みながら待っていようと思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、約30分ほどの時間が経過してから光は紫の元へと戻ってきた。紙にはビッシリと書かれた間取りが描かれており紫はそれを光から渡されてゆっくりと観察していくのだった。

 

「……やっぱり、こういうのを書くのが得意みたいね。ちょっと大きめの紙を渡して正解だったわ、細部まで描かれているんですもの。

貴方、地図書きの職にでもつけるんじゃないかしら。」

 

「地図……ですか……そう言えば幻想郷に地図はあるのですか?」

 

「あるわよ〜……それもきっちり書かれた奴がね。」

 

紫は箪笥の中を漁って、幻想郷の地図を探し出す。光にそれを見せると少しだけ目を輝かせている様な気がして、紫は少し微笑ましい気分になった。

 

「……凄いのです。世界一つを丸々書いている地図を作れるなんて素直に尊敬してしまうのです。」

 

「一応最新版だけれど、細かいところを載せてないから……ある意味、未完成と言えるわね。

一度落ち着いたら……貴方もこういうのを書く職に就けばいいのよ、まぁ強制はしないけどね、自分の好きな事をやれればそれが一番いいのだから。」

 

「……紫は、幻想郷の管理者……幻想郷を作れたのは、嬉しかったですか?」

 

「……えぇ、嬉しかったわよ。異変ばかりで落ち着かないけれど、けどそのドタバタを見るのも楽しいものなのよ。

人間と妖怪がある意味共存できている世界……という意味では、ここはいい意味で幻想の世界だと私は思っているわ。そして、桃源郷とならなかったことに少しだけ思うところがあるけれど……こういう方が妖怪らしい……とも思っているわ。」

 

「妖怪、らしい……」

 

光は、紫と共に空を見上げる。雲一つない綺麗な青空が澄み渡っており、光は無意識に微笑んでいた。

 

「あ……ふふ、とりあえずそろそろ陽鬼達を起こしましょうか。陽はもう起きているしね。

そろそろご飯の時間だから起こさないとまずいわよ。」

 

「そうですね、陽鬼達を起こして早くご飯にしてしまうのです。」

 

光は微笑みながら紫と共に歩いていく。光が初めて微笑んだ事は、紫は心の胸のうちにしまっておこうと思ったのだった。これから、いくらでも見られるだろうと考えて。



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襲撃

「……藍、一つだけ頼み事があるのだけれど……いいかしら?」

 

「私は紫様の式です……紫様が頼まれることなら、主が命令することなら聞きますよ。」

 

「助かるわ……ただ……命令することは一つだけよ。『侵入者を排除しなさい』

全力で……よ。どうしても無理そうなら私に連絡を寄越してくれれば構わないから。」

 

「分かりました……八雲藍、行ってまいります。」

 

そう言って藍は飛び出して走り去っていく。詳しい場所なんて伝えなくとも構わない、嗅ぎ慣れない匂いがあれば彼女は真っ先にそれの始末に向かうことを紫は知っている。

そして、紫は少しばかり嫌な感じがしていた。ただマヨヒガに通じる森に入っただけなのならばそれを侵入者の扱いにはしない。

彼女が侵入者と扱うのは、『正式な手順を踏んでマヨヒガに入ろうとする者』だけである。

そして、今来ている侵入者はそれを行っている。実力の程はわからないが、こういう場合は自分で向かうよりも藍の鼻に任せた方が追い払うのが早いということを紫は知っている。

これで藍がやられるような事があれば、それこそ本格的に排除しなければならない……紫はそう思いながら事態を静観していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲藍は走っていた。紫が侵入者と定義した者を排除するために。

だがしかし、その侵入者の場所を探ろうにも彼女の鼻は異質な匂いを感じ取れていなかった。

 

「……おかしい、いつもなら、いつもなら分かるのに……何故だ、何故……?」

 

森の中についている匂いは、藍の中で三種類にわけられている。

一つは、よく通る橙の匂い。もう一つはここにやって来たり、出ていったりする猫の匂い。

そして三つ目は、陽達の匂い。この三つだけである。藍自身や、紫は紫のスキマを使って移動することが多いため匂いがこの辺りに染み付くことがないのだ。

 

「……いや、染み付いているとしても……これは……そこか!!」

 

藍はとある匂いの濃い場所に弾幕を放つ。木々が抉れるほどの威力を持った物を当てられて侵入者は姿を現した。

 

「ちっ……八雲藍の鼻は誤魔化せないということか……厄介なもんだ……」

 

「……そう言えば、色んな姿に化けることが可能な剣を持った男と戦ったと陽から聞いている……その剣がそうか。

今は家にいるはずの彼の匂いがかなり濃いだなんておかしいと思っていたんだ。その剣は化けた者の匂いまでも完全に真似ることができるようだな。」

 

藍が納得の言った表情で男を見ながらそう言う。しかし、男はそれに応えることなく軽く笑みを浮かべたまま剣を構える。

藍はこの男の匂いを、完全に排除する為に覚えておこうと匂いを嗅ぐ。しかし、臭った瞬間に藍は驚愕する。

 

「馬鹿な……何故だ、今のお前の姿は彼ではない!なのに何故彼の匂いがする!!」

 

「さて……何故だろうな?お前の賢い頭で考えてみるといい。妖怪の賢者である八雲紫の式であるお前ならば……考えたらわかるんじゃないのか?」

 

「くっ……!」

 

目の前の男から陽の匂いがする。最初こそ、陽の姿に化けてしまったために匂いが付いたのかと藍は思った。しかし、姿を真似るだけで匂いが移ってしまうのであれば既にこの男の匂いは入り交じったような匂いになっているだろうと即否定もした。

ならばなぜ臭うのか?もしかしたら匂いはすぐには抜けきらないだけかもしれない、と藍はそこで結論づける。

今考えるべきは男の匂いの謎ではなく、侵入者である男の排除だけである。

 

「……意外に冷静になるのが早かったな。ま、出した結論が正解しているかどうか……お前の頭でもう一度考えてみろよ……!」

 

「戯言をっ!!」

 

そうして二人はぶつかり合う。藍は弾幕を放ち、男はそれを切り裂いていく。

大剣だと言っても、振り方一つで普通の剣と同じように使えることも可能だと言うことを藍は改めて認識する。

 

「くっ……匂いが溶け込んでいるせいで……!」

 

既に周りは陽の匂いが染み付いていた。そして、目の前の男からも陽の匂いがすることにより、匂いでの場所の判別はつかなくなっていた。

仕方ないので、藍は嗅覚中心から感覚や聴覚中心の戦い方へと変える。

一瞬で動きが変わったことに少し驚いた男は、藍に対する認識を改めていた。

匂いに縛られない程にまで、八雲藍の実力は高いのだということを。

 

「伊達に九本の尻尾を持っている訳じゃあ無いわけだ。匂いがダメなら耳で、それすらもダメなら今度は目で戦うつもりか?ある意味では惚れ惚れする才能だ。

まぁあの八雲紫に認められて式になったのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないがな。」

 

「名も知らない男………侵入者に何を言われても褒められている気がしないな。そんな程度で驚いてくれるなら帰ってもらっても構わないぞ、私の主が逃すとは思わないがな。」

 

「………そう簡単に帰れる訳もなし。どこにいるかわからないやつよりもどこにいるか分かるやつだ。

標的は場所がわかっている方がいい……って訳だ。」

 

男は大剣を薙ぎ払うような構えをして藍に突っ込んでくる。藍は突っ込んでくる男をじっと観察してどう動くかを予測していく。

男が剣を振るう、しかし、横一閃ではなく刀を上に持っていくための作業で攻撃をする。

藍はこれをジャンプせずに横に避けて回避、すぐさま振り下ろされた剣は地面をえぐるほどの威力を持っていた。

 

「っと……まさかその剣にそこまでの力があるとはな……私が聞いた時はただの剣だと思っていたが……舐めてかかると即ミンチにされる様だ。」

 

「そりゃあこいつを振るうのに大事なエネルギーは、あの時予想以上に消費していたからな……元気いっぱいの時ならこいつはかなりえげつないものだ。」

 

「なるほど、だがそのエネルギーとやらを補給するのに一体何を使った?探せば外の世界のエネルギー資源程度ならあるかもしれないが……お前の剣にはそういうものを感じない。

それ以前に……血の匂いが染み付き過ぎている。一体誰を何人殺した?」

 

「分かってるだろ?人間に決まってるじゃないか。とは言っても善人を斬るのは流石の俺も後味が悪い……だから人里の地下にある牢屋、あの中にいる悪人共を全員この剣の力にした。

久しぶりにこいつは元気いっぱいになったさ……人の『生きたい』という生命をばっちり吸収しきっている。」

 

男は剣を藍に向けて笑みを浮かべる。偽善者を気取って悪人殺しを行っているこの男を藍はどうとも思っていなかった。強いて言うならばそういう評価しか生まれてこなかった。

結局は排除するのだから、変わらないものだから。強いて言うならば、排除するのにさらに遠慮が無くなった程度である。

 

「それで?お前のそのエネルギーは一体どれ位持つ?1週間か?一ヶ月か?まぁ例えどれだけ長かろうと関係ない。

お前の剣の腕ではまず私には勝てない。弱すぎるんだよ、人間よりも遥かに強い力だが、妖怪には勝てない。もっと言うならば、お前に人間でありながら人間を超える才能は無いということだ。」

 

「そんなの昔から何度も何度も言われてきた事だ……俺の愛した人からは特に何度も何度も言われてきた。

けど、そんなの関係ねぇんだよ。剣の腕だけで駄目なのなら他をプラスする事で無理やり上にいけばいい……それだけだ!!」

 

『合致[ロイヤルストレートフラッシュ]』

 

男の剣から機械音が鳴り響く。藍は予め聞いていたため、このこと自体は知っていた。だが、この音声のことは教えられていなかった。

何が来るのかと構えていたその時、男が三人に増えた。

 

「聞いていたのと違うな……長い名前の割りには、効果自体は似たようなスペルカード、という事か?」

 

「いいや違うな、似たような……じゃない。含まれている、と言った方が正しい………つまり、俺は同時に5枚のスペルカードを使っているも同然ということになる。」

 

「……なんだと?」

 

「合致[ワンペア]合致[ツーペア]合致[スリーカード]合致[フォーカード]合致[フルハウス]……この5枚だ。月風陽からは何枚か効果を聞いていると思うが……さて、どれ位対処できるか見ものだな。」

 

三人になった男が襲いかかってくる。藍は素早く避けて弾幕を放つ。三人の男は防ぐような事はせずに全て受けきる。

藍は少し驚いたが、ダメージを受けていない男を見た瞬間にすぐに理解出来た。

陽から教えられていない五枚目のスペルカードの効果はせいぜい相手から受ける攻撃の無力化、といったところだろうと予測していた。

 

「一度でも当たれば他の2人の俺がすぐに追撃をする。そうしたら剣の12連撃だ。気をつけることだな。」

 

「スペルカードは使う割には……弾幕は使わないんだな……それとも、使えないのか?」

 

「ふん……たとえ俺が弾幕を使えようが使えまいが……あれは本当にごっこ遊びの範疇に収まる代物だろう?その遊びの範疇に収まるものなら……どっちにしろ使えない。

だがまぁ……望むのなら、こうしようか。俺の知る限り飛びっきり弾幕勝負に強いものだ。」

 

そう言って男達は剣のレバーを倒して上げる。剣の柄が動き始めてあるところで止まる。

 

『06[フランドール・スカーレット]』

 

『06[フランドール・スカーレット]』

 

『06[フランドール・スカーレット]』

 

全員の剣から一斉に音声が鳴り響く。そして、その音声と共に藍も知っている人物の1人、悪魔の妹フランドール・スカーレットとなる。

能力やスペルカードなどすらも完全コピー出来るのなら、この男が狙っているのは……と藍はフランが持っているスペルカードの1枚の存在を思い出す。

 

「恐らくお前が予想しているとおりだが……まぁ、さっさとしてやろうか。禁忌[フォー・オブ・アカインド]」

 

フランとなった三人の男達は、フランのスペルカードを唱える。このスペルカードはフランが4人に分身するものであり、それを三人同時に使用すれば、当然数もその四倍となる。

 

「さぁ、中身が違うとはいえ……お前は12人のフランドール・スカーレットを相手に戦えるかな?何人か逃してしまう可能性もあるだろう……なっ!!」

 

そう言って1人が突っ込んでくる。それに続くかのように他の数人も藍に突っ込んでくる。

そして突っ込んでこない余った者達は弾幕を放ち続ける。

 

「くっ……お前のその増え芸だけは大したものだと認めてやる!!だが、私をこの程度で甘く見てもらっては困る!!その分身は攻撃を与えていけば消えていくもの!ならば手数で勝負をすればいい!!

式神[十二神将の宴]!!」

 

藍のスペル宣言とともに打ち出されていく弾幕。藍だけから出すわけではなく、藍が周りに魔法陣を展開していきそこから弾幕が放たれる。

今回は魔法陣をより強固なものとするためにその中心に式を配置させてそれぞれが弾幕を放っている状態にしてある。

 

「ちいっ……だが、お前のその攻撃がいつまで持つか見ものだな!こちらだって使えるスペルカードが一枚なわけないだろう!!禁忌[クランベリートラップ]!」

 

「禁忌[レーヴァテイン]!」

 

「禁忌[カゴメカゴメ]!」

 

それぞれがスペルカードを唱えていく。そして、ほぼ同時に唱えられたスペル宣言により、藍はある事を見落としてしまっていた。

この時、唱えられたスペル宣言は合計で九つだったのだ。そしてまた、この場にいるフランとなった男の数も9人までしかいなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八雲、紫……やはり待ち伏せしていたか。」

 

「あらあら、可愛い侵入者さんだこと……けれど、貴方はその姿のまま私と戦う気かしら?姿を変えるその剣……わざわざ吸血鬼の妹に姿を変えてしまって……勝てるつもりかしら?

私の能力のことがわからないわけじゃないわよね?何せ、私そのものに化けたらしいじゃない、貴方。」

 

「……フランドール・スカーレットの能力は有機無機問わず、物にある『目』を自分の手のひらに移して壊すことで対象を破壊できる能力。

しかし、その一撃で破壊できる目が確認出来なかったら当然破壊することは出来ない。

そして八雲紫、お前は━━━」

 

「境界を操る程度の能力にて私の目の存在を曖昧にしてあるのよ。さて……もう一度聞くわ。

貴方は、フランドール・スカーレットの力を借りただけで私に勝てるとでも思っているのかしら?」

 

男は黙る。力を使えるといっても限界はある。剣のエネルギーが切れれば変身も解ける。そんな状況でここを突破することが出来るのかと。

しかし、男は突破できるかできないかは考えていなかった。『突破出来る』とだけ考えていた。

そして、どちらとも言わず……2人は戦いを始めたのだった。



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超越

「禁忌[レーヴァテイン]!!」

 

「本人のそれとは違って使いこなせてないのが丸分かりよ。所詮、他人のスペルカードの使い方なんて本人以上には出来ないわよ。

それでもまだやると言うの?貴方がいくら強い妖怪の力を手にしていたとしても、それは本人には遠く及ばないわ。」

 

マヨヒガで行われる戦い。フランドール・スカーレットに化けた男3人と、八雲紫。3対1での戦いが繰り広げられていた。

だが、どれだけ強力なスペルカードを使おうとも紫はスキマを広げてすべて受けきっていく。

そのせいで男は段々と消耗してきていた。

 

「そろそろ藍もこっちに来るわよ?本人より使いこなせていない時点で私に勝てると思わない方がいいわ。

能力を使おうにも私には効かない、そして何故か貴方は藍には使わなかった。

何故かしら?まさか、使いこなせていない……あからさまに体に負担のかかるその力で本当に私たちに勝つつもりでいたのかしら?」

 

「ふ……そんなつもりじゃないさ……ただ、標的以外は殺したくない、ってだけだ。殺したい奴はただ一人さ。

そいつ以外を殺そうと殺すまいと俺の勝手だろ?」

 

「そうね、確かに勝手だわ……けれど、時にそれは相手に舐めてかかっていると思われるのよ。

そういう不快な思いをした相手は……一体どういう行動に出ると思うかしら?特に、今この時……私はあなたにそういう感情を抱いてしまっている時は……どうするつもりかしら?」

 

「そんなこと、俺が知るか……!」

 

そう言って男は紫に再度襲いかかる。紫はただ淡々と、男を排除するためだけの動きに取り掛かる。

スキマを広げてそこから数え切れないほどの武具が飛び出してくる。斧、槍、銛、刀、西洋剣……ありとあらゆる武具が男に襲いかかる。

これは弾幕ごっこではない、そうなれば紫も当然相手を排除する……自分の敵を殺すための本気を出す。

 

「ぐっ!?」

 

男はフランの能力をフル活用して武具を一斉に破壊していく。視界に入るかつ把握できるだけの武器の目を自分の手のひらに移して全てを壊していく。

分身体の二人もそうである。しかし、それでも追いつかない。3人であろうとも5人であろうとも、10人であろうとも変わらず追いつかなかっただろう。

 

「が、ぐっ……!」

 

次第に分身も本体にもダメージが入っていく。武器が掠り、血が滲む。痛みに顔を歪ませるが関係なく武器全てが襲いかかってくる。

そして、変身は解ける。フランの姿から元の男の姿になる。制限が来たのだ。そして、フランの力を使えなくなってしまっては武器を簡単に破壊する術は無くなってしまう。

男は咄嗟に剣を前に出して自分の体を隠す隠れ蓑にする。剣だけは武器が勢いよくぶつかっても壊れることは無かった。

だが、それで壊れないのはあくまでも武器だけである。

 

「ぐがっ!」

 

「ぐはっ……」

 

分身2体が消え失せる。武器に貫かれて、一瞬である。紫は中々しぶとい男に業を煮やしてスキマを男の後ろにも作り出す。

そして、後ろのスキマと前のスキマを繋げる。これで、武器が永遠に発射され続ける状態となってしまう。そして、前のスキマから出てくる武器は発射されているので当然加速がかかっている。

故に、後ろのスキマで回収された武器はさらに加速がかかるのだ。

 

「ぐ、ぐぁ……!」

 

「そろそろ諦めたらどうかしら?その剣がどれだけ丈夫であってもあと数分もすれば貴方を襲う武器達の速度は音速を超えるわよ?音速を超えてしまえばその剣が何で出来ていても壊れるのは明白よ。」

 

「ふん……お前に俺を心配する理由もないだろう……それに、お前がこうやって武器をこの剣にぶつけさせて壊れさせ続けている事で……得をする事もあるんだよ……!」

 

「え……?」

 

紫は男の言っていることが分からなかった。いや、文面的な意味で理解すれば、武器をぶつけさせてその武器が壊れていく。その状況が男に取って理にかなっているということだけが理解出来た。

だが、その真意は分からない。だが、分からない間にこれ以上あの男の思い通りにさせてはいけないと紫は感じていた。

『男が言ったことは嘘ではない』と紫の中の直感がそう告げていた。

だが━━━

 

「もう遅い!!」

 

男は紫が武器を出さなくなった瞬間に剣を構えて突っ込んでくる。そしてその刀身が黒く染まっていき、剣から声が聞こえてくる。

 

『合致[ダブルジョーカー]』

 

「物にも微かな魂は宿る……何故かは知らないが植物よりその命はこの剣の糧になりやすい……そして、壊された瞬間に願う事は……『恨み』だ。この力は……壊された物達の怨念で成り立っている……技だ!!」

 

そう言って切りかかる。紫は咄嗟に避けるが、既にその時男は紫が避けた方向に蹴りを繰り出そうとしている状態だった。

 

「っ!?」

 

焦った紫は咄嗟に空中へと飛び上がる。だが、飛び上がった時には既に()()()()()()()()()()()()()()()()

飛び上がった瞬間で避けることが出来ない紫はそのまま吹っ飛ばされる。何とか空中で一回転して地面に着地する事が出来たので墜落ダメージこそ無かったものの、腹にパンチされたダメージは微かに残っていた。

 

「……今のは、何……?」

 

「まぁネタバレこそ散々してきたが……今回ばかりは自分で考えな。案外、簡単なところに落とし穴があるかもしれないぜ。」

 

そう言って男は走り去ろうと動き始めた。しかしその瞬間に上から何かが来ると直感で感じ取り、横に避ける。

その瞬間に地面に何かが落下して、とんでもない風圧が男と紫を襲った。

 

「くっ……そうか、そう言えば分身達も当然消えていたんだったな……だが、いささか来るのが遅かったんじゃないか?八雲藍。」

 

「……少しばかり、無茶をしてしまってね。情けないことに少し気絶してしまっていた。

偽物とはいえ、あのフランドール・スカーレットを9体も相手にしていたんだ。多少の無茶をしなければどうしようもなかったよ。お陰でいつもは使わないところまで妖力を使わされてしまった。

……が、これでもう終わりだな。お前のその剣もとっくにエネルギー切れをしている上にお前自身の体もかなりガタがきている。

ここが私たちの家の目の前であったなら……チャンスはあったかもしれないが、もう終わりだよ。」

 

男は藍にそう言われて無言で俯く。勝負はあった、と確信した藍がゆっくりと男に近づいてその爪を男の首筋へと伸ばす。しかし、まだ命を取るようなことはしない。

反撃を受けないように剣は足で押さえつけているが。

 

「……だが、お前には色々と聞きたいことがある。お前は誰の命令で動いている?」

 

「……誰の命令でもない、俺自身があいつ自身を殺したいと願うから殺そうとするのさ。」

 

藍の尋問が始まる。藍は紫の事もあってすぐにこの男を殺したい衝動に駆られ続けているが、それを全部中に押し込めて理性的にそのまま尋問を続けていく。

 

「……その剣を作ったのは誰だ?どうして色々な人物に変身する事が出来る。」

 

「それは答えられない……そうだな、強いて言うんだったら幻想郷でこれを作れそうなやつ……たった1人だけ存在しているんだよ。この剣を……機械仕掛けの剣を作れそうな奴がたった1人。

それが製作者だ。まぁ……今聞いたところでそいつは何のことかさっぱりわからないだろうけどな。」

 

「……じゃあ次だ。何故ここまで来れた?ここに来れるのは八雲に通ずる者達だけしか入れない道だ。かと言ってお前が誰かの後を追ったとしてもすぐにバレる……何故この道を知っている?」

 

男はその質問に対しては少し黙ったが、数秒経った後からその質問に対しての答えを喋り始める。笑みを浮かべて。

 

「……お前も気づいているんだろ?八雲藍。いや、気づいているというよりかは、思いついている答えに沿って質問している……という感じか。理性的になっているからこそ自分の願いに忠実になりやすい。

いくらでも理由付けが可能になるからな……で、だ。お前が考えているであろうことが答えなんだよ八雲藍。

九尾であるお前であるからこそ八雲紫より分かることがある。自身の絶対的な獣という特性で判断した答えが俺の回答だ。」

 

「……では、やはりお前は……」

 

藍は息が荒くなってくる。今目の前で行っていることが信じられないと言った具合に。

その油断が、隙が、男にとっては十分すぎるほどの時間であり、また今までの尋問の時間も男にとっては休憩するに等しい時間でもあった。

 

「しまっ!」

 

男は藍の踏んでいる剣を握ってそのまま力任せに持ち上げ、藍を投げ飛ばす。藍は空中で一回転をすることで綺麗に着地することができたが、男はその時には既に八雲邸に走り始めていた。

 

「っ!」

 

紫がまだ痛む腹を抑えながら男の目の前にスキマを作る。男は避ける事は出来ずにそのままスキマに飲み込まれる。

だが、その直後に紫の作ったスキマの直線上、八雲邸に向かう一本道に新たなスキマが作り出されて、そこから紫の姿をした男が出てくる。

出てきた瞬間に元の姿に戻り、そのまま走り抜けていってしまった。

 

「今から追います!!」

 

藍はスキマから男が出てきた瞬間にそう言って、八雲邸へと走っていく。紫は思ったよりもダメージが完全に抜けきらない腹をさすりながら、無理やり立ち上がってそのまま歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来ます。」

 

八雲邸。既にそこでは侵入者が来ている事を知っている陽達が念のため、ということで警戒態勢をとっていた。

月魅がその直感力で何かが来ることを感じ取り、全員が一斉に完全な戦闘態勢に移る。

 

「……あの男……まさかこんなところまでこれるなんてな……しかし、なんでここまで来れたんだ?偶然じゃ不可能だし後を追ってきたんだとしたら、なんでこんなに間を空けたのかも謎だしそもそも紫達に気づかれるだろうし……」

 

「確かにそれは気になることじゃが……今気にする事では無かろう。今は侵入者の撃退、それが今の妾達に出来る唯一の事じゃからな。」

 

銃を構えて良く狙う黒音。ある程度狙いが定まったところで、銃を乱射し始める。

男は乱射に一発も当たらないように、一気に飛び上がって剣を盾のようにして突っ込んでくる。

 

「くっ……私の弓矢でも当たらないのです。」

 

「なら守っていようが関係ない私の攻撃で!!」

 

そう言って陽鬼は飛び上がって男の剣に向かってその拳をぶつける。大きな音が鳴り響き、男は陽鬼のフルパワーで吹き飛ばされたが、何とかギリギリ着地してまた再度突っ込んでくる。

 

「あいつ……陽鬼の攻撃が通ってないのか?どういう耐久度してやがる!」

 

「ならば……!黒音、光、援護を頼みますよ。」

 

そう言って月魅は男に向かって自身の刀を構えながら素早く切り込んでいく。刀を震振るえば男がジャンプしてそれを避けようとする。

しかし、避けた先には黒音と光が集中的に攻撃を仕掛ける事は男にも分かっているので、男は月魅と鍔迫り合いを行う事にする。

 

「お前のその華奢な体では簡単に吹き飛ばされるぞ……!」

 

そう言いながら男は一気に力を強める。刀の扱いが陽達の中でも抜き出ている月魅は体重がもとより軽いために簡単に吹き飛ばされてしまう。

吹き飛ばしてしまえば、男は剣を盾にして突っ込んでくるだけである。

 

「っ!!黒音、光!あいつの手前の地面をぶっとばせ!!」

 

「了解なのじゃ!」

 

陽の提案とともにそれに沿って攻撃を仕掛ける黒音と光。男本人ではなく、その手前の地面を狙っていく。

仮に足元が見えない状態でそんなことをされれば舞い上がった土と、凹んだ地面のせいで一瞬足を取られてしまって一瞬だが隙が出来てしまう。

 

「おおおおおりゃあ!!」

 

声を出しながら思いっきり切りかかる陽。男は叫び声で攻撃が来るのが分かったので大剣での防御体制に移る。その瞬間に、男に鈍い衝撃が走る。

陽が振るったのは刀ではなく、斧だった。故にその破壊力もかなり大きい方と言えるだろう。

 

「お前は……誰なんだ!!」

 

「さぁな……勝てたら、教えてやらないこともないだろうな!」

 

剣を攻撃に使うためにそのままの体制から一気に振り回す男。陽はそれを避けて後ろに下がって男を睨みつけていた。

侵入者である男、そしてそれに狙われる陽。戦いはまだ、終わらない。



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死闘

「主様!下がるのじゃ!!」

 

「面倒な……!」

 

黒音の弾丸が飛ぶ。陽は言われた通りに下がり、黒音が作り出した魔力の弾丸に当たらないようにする。

だが、打ち出したその全てを男は一閃で消し飛ばしていく。

 

「力は人間のはずじゃが……何なんじゃ、この執念深さは……」

 

「5対1……魔理沙や霊夢みたいに人間の強さを超えたわけでもなし、何かしらの特別な能力……あるにはありますが、あの男の使うそれは全てあの剣に依存している……というのに……この強さは……」

 

「考えていても仕方が無いと思うのです……敵は何故か私達の行動を読み切っている……目で読み切っているのか、それともまた別の隠してある能力があるのかは別ですが……ご主人を殺させるわけにはいきませんし、殺させるつもりもないのです。」

 

「そういう事……だね!!」

 

力を込めて陽鬼が殴りにいく。しかしその攻撃もことごとく避けていく。

業を煮やした陽は仕方ないと、一枚のスペルカードを取り出す。

 

「黒音!いくぞ!狂闇[黒吸血鬼]!」

 

スペルカードを唱えて陽は憑依を行う。その両手には2丁のマスケット銃を構えて男の方に突っ込んでいく。

男は銃の動きをよく見ながら、放たれる弾丸を避けていく。だが、陽の目的は攻撃を当てることではなく、男に近づくことであった。

 

「銃使いが寄ってくるとはな?そんな無謀な戦法でどうしようと……いうんだ!!」

 

「しまッ……!」

 

男の横一閃でマスケット銃の銃口が切り裂かれてしまう。一瞬男には陽が焦った様に見えたが、すぐにその表情が笑みを浮かべたことに気づいた。

 

「引っかかりましたネェ……?狂悪[喰ラワレルノハ己カ汝カ]!!」

 

陽がスペル宣言をすると裂かれた銃の隙間からまるで何かのエネルギーが漏れだしたかのように、白いエネルギーが見え始める。

それは銃から飛び出したかと思うと、すぐに獣のような姿になり、男に襲いかかる。

 

「ちいっ……!何だこれは……ぐっ!!」

 

男に二つの獣の形をした魔弾は食らいつく。ひとつは男の肩に、もう一つは男の剣に噛み付いていた。

男は、噛みつかれてすぐに振り払おうとしたが、だんだんと自身の力が奪われていっている事に気づく。

 

「無駄ですヨ……このスペルは銃が壊れた時にしか発動できませんガ……その分、相手には噛み付かれた瞬間にもう勝負が終わっているレベルですからネ。

潔く負けを認めるのならば━━━」

 

「そう簡単に負けを認めるほど……ヤワでは無い!!」

 

「ぐっ!?どこにこんな力ガ……!」

 

男はそう叫んで陽を無理矢理押し倒す。そして、持っていた銃の片方に剣を突き立てて逆にそのエネルギーを全て吸い取っていく。

陽は男の肩に噛み付いている方の銃に意識を集中させてエネルギーを吸い取る力を強くする。

だが、時既にもう遅し。

 

「そのスペルカードは無効だ!!」

 

『合致[ワンペア]』

 

機械音声と共に陽のスペルカードは無効化されてしまう。陽は咄嗟に男を蹴り飛ばして、銃を投げ捨てる。

エネルギーすらも回収出来ていなかったので、もう完全に今は銃が使い物にならなくなってしまったからだ。

 

「さて……銃の無い銃使い……一体それはどんな動きができるんだろう……なっ!!」

 

男は剣を振りかぶって陽に攻撃をし続ける。攻撃手段を失った陽は、それを避けることしかできない。

隙ができれば、憑依を変えることで対処こそ出来るが、自分たちの攻撃ではあまり隙が作れていないのが現状である。

 

「うおおりゃああああ!!」

 

「そんな大ぶりの攻撃ては当たらないと、何回やればわかる?そして、その大ぶりの攻撃を生かすために他3人が補助をする形で戦うのももはや見慣れてしまったぞ?」

 

「くそ、くそっ!!」

 

なかなか攻撃の当たらない陽鬼。次第に、当たらないことに対しての苛立ちが募っていく。

そしてそれは他の3人も同じだった。だが、陽は反面少しだけ疑問に思っていた。

『どうしてこうも攻撃が避けられるのか』である。

あまりにも当たらなさすぎる攻撃。目で見て避けている……にしてはあまりにも余裕すぎる動きである。

 

「……黒音、陽鬼の援護に向かってくれないか?」

 

「分かったのじゃ。主様も……なにか分かったら連絡を頼むのじゃ。」

 

黒音は陽がなにかに引っかかりを覚えていることがわかっていた。故に、陽に考えることを託して援護に向かったのだった。

そして、その場に残った陽は考え始める。何故攻撃がほとんど避けられたり、防がれたりするのか。

未熟と言えばそれまでだが、不意打ちとはいえ黒音を憑依している時に使った新しいスペルカードが当たっているので未熟だから防がれる、という説は消えてしまう。

 

「確かに目で見てから避けてるんだろうけど……けど、それにしてもどう考えても余裕で避けられてるのは、一体……」

 

黒音と光が地面から浮かせないように男を囲うように弾幕を放つ。そして残った前後の所に陽鬼と月魅が同時に攻め込むが、男は陽鬼の方に飛び込んで服を掴んで月魅の方に投げ飛ばす。

刀を振るおうとしていた月魅は、咄嗟に刀をその場に突き刺してその体で陽鬼を受け止め、刀を支柱にしてその場で耐える。

 

「くっ……ご、ごめん月魅!」

 

「いえ……この攻撃パターンも駄目となると……」

 

陽はそれを見ていてふと、男の取った行動が何か見覚えのあるような動きに思えた。

男は月魅を投げ飛ばした後すぐに剣を自分の体に重ねながら光達の方へと向かっていく。

光は矢を出しながら男を何とか迎撃しようとするが、全て剣に弾かれてしまってどうすることも出来なかったので避けるしか出来なくなってしまった。

黒音も横に回って弾幕を放とうとしたが、行動範囲を制限するように弾幕を放ってないとそれこそ手がつけられなくなると思い、そのまま周りを囲うように弾幕を放ち続けていた。

 

「陽鬼と月魅の2人が避けられたら、光が迎撃に入って100%相手にダメージを与える戦法……月魅の方は、一切見てないのに……どうして陽鬼を後ろに投げればいいと思ったんだ……?」

 

考えれば考えるほど困惑する事態。攻撃パターンの穴を完全に把握し、その穴を攻めるように戦っていく戦法。

陽は、あの男がこの戦法を知っていたからこそ回避できたのではないか?と思った。そして、感じていた違和感はもしかしてすべて攻撃パターンの穴をついていた行動をとっていたからでないか?と考え始める。

そして、この攻撃パターン事態は、光が来た後に全員で話し合って作ったパターンがかなり多い。

更にいえば、覗かれていない限り知っているのは陽達5人だけであり、紫や藍でさえも知らないパターンなのだ。

 

「そうなると……あいつは、一体……誰、なんだ……!」

 

陽は陽鬼達の所へと向かう。何故かは分からないが、これを使えば誰かわかるかもしれない……と確信している事を行おうとしていた。

 

「はぁはぁ……あれだけ射られて傷一つつかないその剣……私も欲しいのです……」

 

「軽口が叩けるのならまだ動けるな?まぁ、これ以上いたちごっこをする気は無い!!」

 

「光!」

 

「黒音!そのまま撃ち続けてろ!」

 

そう叫んで、陽は限界をなくす程度の能力を発動して自分の体の素早さと動体視力を格段に上げる。

そして、弾幕の隙間を縫って鎖鎌を男に向かって投げる。

男は剣を振るって鎖鎌の投げられた重りを弾く。陽はそのまま能力をonにした状態で弾かれた重りを、 鎖を握ることにより弧を描かせてもう1度男にぶつけようと振るう。

 

「しつこいぞ!!」

 

その攻撃すらも弾かれ、挙句の果てには鎖を叩き壊されてしまい使い物にならなくなってしまう。

陽は、確信した。何故かは分からないがこちらのパターンはすべて読まれている、と。

しかし、さとりのような心を読む能力ではないことは確かである。何せ、さとりの能力は自分には聞き辛いと既に分かりきっていることなのだから。

 

「……お前、何なんだ?今の鎖鎌の攻撃はさっきまでの攻撃パターンに俺が独断で加えたものだ。

つまり、陽鬼達ですら知らない攻撃……なのにお前はいとも簡単に攻撃を凌ぎきった……まるで、『予め知っていた』かのように。」

 

「……それに応える俺のメリットは無いだろう。本来なら答える義務はないが……だがまあそうだな……2つ、2つのヒントをやろう。

『どうやって知ったか』をよーく考えてみろ。そして、今の状況を一から思い出してみろ……ということだけだ。」

 

「今の、状況を……?」

 

二つ目と一つ目の違いが分からない。そもそも関連するものなのかどうかすらもわからない二つのヒントだった。

男は剣を構えて再び突っ込んでくる。陽は与えられたヒントを一旦頭の片隅に追いやってから男の攻撃を避けていく。限界をなくす程度の能力をフル活用して、避けていく。

 

「いいのか?お前のその能力ほ、使えば使うほど後が怖いのだろう?」

 

「こいつ、俺の能力のことまで……ぐっ!?」

 

男は陽の隙を突いて陽を蹴り飛ばして木にぶつける。蹴った瞬間の一瞬の隙を突いて陽鬼達4人は一斉に攻撃を仕掛ける。

だが━━━

 

「お前達がそう来るのは……分かっている!!」

 

剣を地面に刺して支柱がわりにして、掴んでいる腕を曲げることでその場を移動して黒音と光の攻撃を無理やり避ける。そして、剣をそこから離して月魅と陽鬼を掴んだ後にそれぞれ黒音と光の方へと投げ飛ばす。男はこれを一瞬でやり遂げた。

 

「ぐっ……何で、こんなに……」

 

「『強いんだ』……か?残念だが俺は弱いさ。お前が戦っている男達よりも遥かに、圧倒的に弱い。

お前は俺以上の差があるが、それをそこの4人や能力で無理やり補っているからなんとか戦えているだけだ……ま、俺だってこの剣が無ければ全く戦えないがな。」

 

「ぐっ……」

 

「さて、長話をするつもりはハナから無いんでね……残念だが、ココで━━━」

 

と、男が陽に剣を振り下ろそうとしたその瞬間。男は陽と同じように吹っ飛ばされていた。

そして、元々男が立っていた場には藍が立っていた。

 

「……危なかったな。だが、かなり強めの一撃を入れておいた。完全に不意打ちだったのも含めて……かなりのダメージがあるだろうな。」

 

男は陽や陽鬼達を一瞥して無事を確認する。そして、その後は男に近づいて淡々と手を振りあげて、その爪で獲物を引き裂くかのように手を振り下ろした……のだが。

 

「……どこに消えた?」

 

振り下ろした所には既に誰もいなかった。手を振り下ろす瞬間、藍は男が下に落ちるのを見た。だがここは別に天界では無いし、どこかに崖や落とし穴、それに下に空洞がある場所ではない。

 

「……ちっ、逃がしてしまったか……まさかあのダメージで逃げ切れるとはな……」

 

藍は舌打ちをしながらも陽達のところへ向かって、術で陽達を浮かべる。

 

「とりあえず全員休もう。怪我があるかどうかも確認しなければならないし、最悪また永遠亭生活に戻ることになるかもな。」

 

「……とりあえず、聞くけど……紫は、どうしたんだ?」

 

「紫様は後で自分の力で戻ると仰られた。おそらくもう既に回復して自分の力で戻っている事だろう。」

 

「なら、良かった……」

 

陽は、ダメージや疲れのせいもあり、そのまま落ちるように眠っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一か八か、使えなくなっていたかと思っていたから使ってみたが……案外、まだまだ使えたようだ。

だが、好きなようには使えなくなっている……か。」

 

男はどこともしれない森の中で休んでいた。幻想郷のどこか、と言うだけで今自分がどこにいるのかまでは全く把握していなかった。せいぜい小屋があるのが儲けもの、と感じていた。

 

「まぁいい……今の俺に必要なのは休息だけだ……とりあえず、休んで英気を養うとしよう……幸い、小屋があるしな……適当に立てかけがあればいいが……」

 

そう言いながらフラフラしつつも男は小屋に入る。立てかけどころか、普通に扉が付いているものだったので、更にいいところを見つけた気分になった男は、近くにあった布一枚を自分の体に掛けて体力を取り戻そうと寝始める。絶対に陽を殺すために、そのために入る邪魔を突破するために眠り始める。

休息のために、陽は、男は、ゆっくりと眠り始める。男は陽を殺すために。陽は強くなる為にさらに自分を鍛え上げるために。

眠り始めるのだった。



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男の正体

「……それじゃあ、あの男から陽の匂いが染み付いていたというの?」

 

「最初こそあの変身能力を使っていた以上、彼にも変身可能だと思ってそれの匂いが染み付いているものだと思っていました。

しかし、そうなるとほかの者の匂いも出ていなければおかしいんです。」

 

皆が寝静まった夜。藍と紫は部屋で話し合っていた。昼間の男、陽を殺そうとするあの男の正体は何なのかと。

 

「……貴方が言うのだから、匂いに関しては信じるしかないようね……けれど、そうなると……あの男は陽本人ということになるわよ?見た目も、その戦い方も……まるっきり違うのよ?あれだけの人数がいて、その事に誰も気づかないなんて……」

 

「ですが……この家に向かうまでの道のりの事、臭いの事、陽鬼達の戦い方を完全に把握していたこと……全部合わせてしまえば……全て、彼が『月風陽だから』ということになるんですよ?

私にはこれ以外の正解が思い当たりません……」

 

「……仮に、仮によ?あの男が陽本人だとして……一体何の目的で自分を殺そうとするの?それに、何故陽が二人もいるの……?」

 

紫のその言葉に藍は返答することが出来なかった。

状況証拠だけで物的証拠が何も無く、男が陽本人だとしても……それはあくまで仮定の話であり、それ以上は追求も何もすることが出来ない。仮定の正解すらも導き出せない今では、二人にはどうすることも出来なかった。

 

「……何故、二人いるのか……恐らく理由はあの剣にあるんでしょうが……今考えていても、アレの謎は解けることはないと思います。

だから……このことは私達だけの内密にしておいた方が……」

 

「……その方が、いいのかもしれないわね。いきなりあの男が自分自身だなんて言われてしまったら誰でも驚いてしまうでしょうし。」

 

「はい……」

 

「……今日はもう寝ましょう。色々、気を張ってしまって疲れちゃったわ。」

 

紫はその部屋から出て私室へと向かう。先程まで話していたこと、考えていた事を全て頭の奥隅に追いやってゆっくりと休む為に。

紫が部屋を出てから藍も部屋を出て私室へと向かう。モヤモヤとしたこの思いを忘れるかのように早足で、早く寝て明日冷静に考えよう……そう思いながら眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、太陽が上り始めた時間帯。光は登る太陽をじっと見上げていた。

自分の本来やるべき事は前の主に言われたこと『そのまま滅びろ』というものである。しかし、今の彼女の心の中にはこの生活を楽しんでいる、という確かな感情があった。

感情を感じている自分と、命令を全うする自分。どちらが本当の自分なのかを考えれば考えるほど光は答えを見いだせないでいた。

そして、楽しんでいる、という確かな感情の他にもう一つ。言い知れない不安があった。

男が陽を殺そうとした時、光は言い知れない不安に襲われていた。その不安が今の生活を奪われたくないという不安なのか、自分の存在価値が無くなってしまうからなのか、彼女には分からなかった。

 

「……私は、何なんでしょう。」

 

ポツリと呟いた一言に反応するものは誰もいない。当然だ、普通ならば太陽が上がり始めた時間帯に起きているものというのはなかなかに限られているからだ。

しかし、光は実は今までの生活は夢幻であり、この屋敷は自分がいつの間にか見つけて住んでいるだけで他には誰もいないのではないか?という不安があった。

だからこそ━━━

 

「あれ?光どうしたんだよ……こんな朝早くに……っとと?」

 

「……」

 

陽が声をかけた瞬間、反射的に抱きついていた。光にも、何故抱きついたのかはハッキリしていないが、陽がいたという事実だけは光にとって安心感を与えるものだった。

 

「……何かよく分かんないけど、寂しい思いしたんだな。大丈夫大丈夫、俺がそばに居るからな……」

 

子供をあやす様に頭を撫でていく陽。それに安心したのか、光は陽に抱きついたまますぅすぅと寝息を立て始めてしまう。

この体勢だと動けないと思った陽は、光を起こさないように抱き上げてゆっくりと部屋へと連れていく。

光にもこういう時があるんだな、と感じた陽はこれ以上誰かを不安にさせない為にも、もっと強くならないといけない……そう考えるのであった。

 

「光……お前を安心させるくらい強くなってやるからな。」

 

軽く頭を撫でると、光は小さく微笑む。それを見て少しホッとした陽はそのまま静かに部屋を出て、朝食を作る為に台所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして朝。全員が一つのテーブルを囲んでいる状態の中、光1人だけが顔を俯かせていた。

陽達は心配していたが、陽が近づく度に顔を赤くして離れて、声をかければ顔を赤くして顔を背け、触れようとすればまた顔を赤くして離れて……をしている内に陽以外は明らかに光が『恥ずかしがっている』ということだけは理解していた。陽本人は、朝の出来事のせいで嫌われたものだと思っているが。

 

「……ねぇ、陽……光と何かあったの?」

 

耐えきれなくなった陽鬼が陽にヒソヒソと話しかける。陽は眉間に皺を寄せて考えるが、陽には一切思いつくことがなかった。せいぜい、朝の出来事だろうか?というくらいまでしか思いついていなかった。

 

「……朝ご飯作る時に、その前に確か光に抱きつかれた……くらいしか思いつかない……風呂入ったつもりだったけどもしかしてまだ汚れてたのか……?もしかしてそれの匂いが……」

 

「いやぁ……理由は完全にそれじゃない、ってことだけは私にも理解できるよ……」

 

「え?」

 

「流石にそれは自分で気づけた方がいいと思うから……私は何も言わないでおくけどさ………」

 

そして朝ごはんを食べた後、陽鬼は陽にそう忠告したあとに部屋から出ていく。

既に全員各々の時間を過ごし始めており、当の光本人は月魅と一緒に森の中を散歩していた。

 

「………」

 

「……」

 

光が、月魅を散歩に誘って一緒に歩き始めてから二人はお互いに一言も発せていなかった。月魅は朝のことが気になってしまっているが、話すべきではないという感情もあってそれが頭の中でぐるぐるしているため。光は月魅に朝のことを話して相談に乗ってもらいたかったが、自身でも何故かは理解していないが、朝の事を話すのを恥ずかしがって話せないでいること。

二人のこの要因が合わさって黙りながら二人は散歩を続けていた。

 

「………」

 

月魅はなんとか話を出してやりたいところだが、無難な話の種すら思いついていなかった。

そのことを考えている内にふと思いついた事が月魅に出来た。

 

「……光、随分柔らかくなりましたよね……その、表情が。」

 

「……そう、なのです?自分ではよくわからないのです……私はただいつも通りにしているつもりなのですが……けど、そういうことなら……そういう事なのですよね……」

 

「嬉しくないんですか?」

 

「なんというか……他人から褒められたことは殆ど無かったもので……こういう時、どういう返しをしたらいいのか、褒められた時に得る感情がどんなものなのか……そういうのが一切分からないのです。」

 

「……素直に、受け止めればいいんですよ。

褒められたなら……ありがとう、と言えば……自分も相手も幸せな気持ちになれるんですから。」

 

「なるほど……勉強になったのです……そう言えば、家に珍しく紫や藍がいたようですが……今日はやることが無かったのですか?」

 

光からの急な質問、月魅もよく聞いてないのでどう答えたものか少し悩んだが、ここで憶測でモノを言ってもしょうがない、と考えてとりあえず正直に答えることにした。

 

「私も詳しく聞いていませんが……それらしいことは言っていました。『今日は久しぶりにゆっくり出来る』ということだけは聞いていたので。」

 

「本当に無いのですね……いつも忙しそうにしているので、今日くらいはゆっくりしていてほしいものなのです。」

 

「紫はともかく藍は難しいでしょうね。彼女は家事をすることが趣味というくらい家事をすることが好きみたいですし。

多分いざ家事をやらせなかったらやることが思いつかなくて家事を無意識にしているくらいには……家事好きかと思われます。」

 

月魅がそう言うと、光にも思うところがあるのか頭を俯かせて腕を組んで納得していた。

 

「……ゆっくり休んでほしい、というのも難しいものなのですね。休んでいてほしいのに当の本人は働きたがっている……やはり、感情というのは考えれば考えるほど……」

 

「しかし、軽い手伝いくらいまでなら彼女の負担も減るでしょうしそれにしてみればどうですか?」

 

「……じゃあ、そうしてみるのです。今は、難しい事を考えるより目先の事を考えておきたいのです。」

 

「意外とそういう所もあるんですね……」

 

他愛もない会話をしながら二人は散歩を続けていく。そしてその最中に月魅は、光が変わってきていることを確信して少し喜んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ……どうしたものかのう……」

 

八雲邸にて、黒音は部屋で紙を広げて色々書き込んでは消して、書き込んでは消しての繰り返しをしていた。そして、陽鬼が偶然その場を通りがかって、気になったのか黒音に近づいていく。

 

「何々?黒音何考えてるの?」

 

「陽鬼か……いやの、五人もおってあそこまでやられるとなると新しい戦術でも考えないといけないと思ったのじゃ……何せ、ほとんどの攻撃はあの男には通じておらんかったしのう……」

 

「あぁ、なるほど……でもさ、思いつく限りのことはもう使ってるよね?これ以上覚えること多いと私の頭爆発しちゃうよ?」

 

「お主はもう少し頭を使った方が良さそうじゃな……とは言っても妾達は遠近に偏った戦法を取るからのう……一応は逆の戦闘が出来るが……雀の涙じゃしなぁ…」

 

二人は唸りながら考える。しばらく考えてから、陽鬼は何かを思いついたのか黒音からペンを奪って、紙に書き込み始める。

そして、書き込めた後にそれを見せつけるように黒音に向ける、が━━━

 

「……字が汚いのじゃ、もうちょい丁寧に書けんのか……」

 

「うっ……そ、それより!!これ読んでみてよ!!」

 

「本来なら読めんのじゃ……まぁ、魔法でお主の考えてる事をこの文から読み取れればいいだけじゃが……」

 

そう言って黒音は魔法を使って読み始める。そして、すべて読み終わった後に椅子に深く腰掛けて、唸り始める。

 

「うーむ……悪くは、悪くは無いのじゃが……」

 

「あ、あれ?駄目だった?」

 

「……『各々が今の武器に囚われずに、新しい武器やその戦い方を身につける

そして、本来の自分の戦い方とは真逆の戦法をとる』というのは悪くない、悪くないのじゃが……妾はともかくとして、お主にそれができるとは思えないんじゃが……」

 

「えっ?何で?」

 

陽鬼の言葉に大きくため息をついて椅子から立ち上がる黒音。そして、大きな紙を一枚用意してそのままその紙を壁に貼り付けて何かを書き込んでいく。

 

「……まず、言葉で説明してたら妾もごっちゃになってくると思うからこうやって紙に書くが……妾の出来ることは、基本的に銃を媒介にした魔法戦じゃ。銃弾を撃つように魔法も連射していく、そういう戦い方をするのじゃ。

そして、月魅の出来ることは刀を使った接近戦……結界を飛ばしたりする事による応用技もあるが、基本的に結界に干渉して結界の影響を受けない、または一撃で壊せる結界壊しの技がある意味売りとも言えるのじゃ。

そして光、矢を光の力で生み出して補給なしで撃ち続けられる弓矢を使う。まぁ一気に飛ばすということが出来ないから本当に相手に一撃必殺を与えられる時だけの方がいいんじゃがな。

そして陽鬼、お主には何が出来るのじゃ?」

 

「えっと……相手を殴ったり、炎で弾幕作ったりして相手に飛ばすくらいかな……弾幕にしてもそもそもの数を作れないからあんまり役に立たないけど……あ、そうか。」

 

「はぁー……気づいたようじゃな。

妾は銃でも近接戦闘できるから問題ないのじゃ、そもそも狙い打つものではなく乱れ打つ物じゃからな。

月魅も結界を使えばそれなりに遠近両用で戦えるタイプじゃし、光だってあの光の矢は折られたり壊れたりするほど柔らかいものでもない……というかそもそもエネルギーの塊じゃから応用すれば問題なく戦えるじゃろう……

しかし陽鬼、お主は殴ったりするせいで武器という武器の幅がないんじゃ。拳圧で戦うのも時間がかかるしのう。」

 

「難しいなぁ……」

 

「ま、今からゆっくりと考えていけばいいじゃろう……」

 

そう言って、二人は部屋の中でこれからの戦い方について何時間も話し合うのであった。



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戦い方に

「……戦法の的確な交代とそれに必要な武器?」

 

「そうなのじゃ、散々話し合って考えたんじゃが……やはりこれが一番いい気がしてのう……因みに、大元の原案発案者は陽鬼じゃから褒めるなら妾ではなくあやつじゃからな。」

 

「お、おう………それで、戦法の交代ってなんだ?要所要所で戦い方を変えて有利にしていこうとか……そんな感じなのか?」

 

「まぁそんなもんじゃ。

あの男と戦った時に、どうしても妾達の攻撃がヒットしたことが気になってのう……スペルカードによる不意打ちだから効いた、という訳じゃなさそうじゃからもしかしたら今まで遠距離だったのに急に近距離に切り替えたからなのでは?と思ったからなんじゃ。

だからこの戦い方を使いこなせれば、あの男なぞ既に相手ではないわ。」

 

胸を張って自慢げに語る黒音。部屋の椅子に腰掛けていた陽は、少しだけ深呼吸をしてから椅子から立ち上がり、外に行こうとする。それが少し気になった黒音は、陽の服の裾をつかむ。

 

「これこれ、人がまだ話してる途中で出ていこうとする奴がおるか。」

 

「いや、だったらその戦法を早くマスターしないとなって思うとな。」

 

「あぁなるほどの……いや、その前に説明を聞いてからやるべきじゃろ。ただ単に戦法を変えるならそんなモン今までと何ら変わりゃあせんて。

いまから説明するからよく聞いておくのじゃぞ?」

 

「お、おう…分かった。」

 

黒音は陽を座らせて適当な紙を一枚取り出して何かを書き込んでいく。陽はそれをじっと見続ける。

黒音はそれを書き終えてから、陽が見やすい方向に向けて自身も陽の隣に座って説明し始めるのだった。

 

「まず、戦法の変更というのは遠くから撃っていた妾が近くで撃つとかそんな程度のことではなく、単純に自分にあっている戦い方を武器とともに選ぶ……そういう事なのじゃ。例えば妾が剣や槍を使うようなもんじゃのう。」

 

「……なるほど。まぁ言いたいことはわかった。けどそうなるとお前達にあった新しい武器を調達してくる……って話になるけど?少なくとも黒音はそれのあてがあるからこそ、陽鬼のその提案を受け入れたんだろ?どうするつもりなんだ?」

 

「ふむ……まず妾なのじゃが、魔法を使って二丁拳銃を近接武器に帰る予定じゃ。まぁ斧あたりがちょうど良かろう………何でもその重さで叩き切ってしまうからのう……」

 

紙に書き込みながら陽はふんふんと頷いていく。次は光と書かれた所に丸を囲うように書いてまた何かを書き込みながら説明していく。

 

「次は光じゃな。光は何とかして弓を畳める様にして剣や槍のような状態にするのがいいと思うのじゃ。まだこの話は主様にしかしとらんから何にするかは本人次第じゃな。

そして次は陽鬼。陽鬼は武器の都合上変更とか出来ないのじゃが、少しばかり無茶をするならば面白い事が出来ることに気づいての、それを試させるつもりじゃ。」

 

「その、面白い事ってどんな事なんだ?」

 

陽が気になって質問した事に黒音は得意げに胸を張りながら答える。

 

「あの籠手は熱を簡単に通す代物じゃが、その気になれば炎とかも吹き出す仕様になっておったらしい。じゃから無茶を通すのならば……戦えるようになるわけじゃ。

まぁ、そのせいで妖力もガンガン減るがの。じゃから陽鬼にはあまりこの戦法を使わせたくないのじゃ。」

 

「そうか……まぁ陽鬼のは改善点を後でなんとか探すとして……月魅はどうなんだ?月魅も陽鬼みたいに霊力がガンガン減るとかか?」

 

陽鬼のその質問に黒音は首を横に振る。そしてその後に髪を裏に向けて何かを書き込んでいく。

書き込まれた物を陽はじっと見続けていた。

 

「月魅は霊力を使った結界の戦い方を既に使ってしまっておる。ここからまた更に新しい戦い方を覚えたいのならばかなりつよくはなれるが、同時に凄く面倒でもある。

妾としては、結界を動かせるのなら極小の結界を使ってぶん投げればいいのではないかと思っておるのじゃがな。」

 

「結界を投げる……か。確かにそれだったら月魅にあってる戦い方かもしれないな……とりあえず、こんな感じか?俺は戦い方はいつも要所要所で変えていってるから大して意味は無いしな。」

 

「そうじゃの、残念じゃが主様は既にその戦い方をしてしまっておるから無理じゃな。

まぁ敢えて言うなら意外なものを武器に使うとか……程度じゃろうか?」

 

「意外なもの……意外なものか……」

 

口に出しながら陽は頭の中で思い描いていく。意外なもの、という観点からして武器を選んではダメなのだと。では必然的に武器になり得ないものでないといけないという考えで思考していく。

 

「……豆腐?」

 

「主様は頭がいいのか?って思う時もあれば、たまに猛烈なまでのアホになる事がある気がするのじゃ。

多分刃物と硬いものという武器になり得そうなものを全部除外した柔らかいものを考えていたんじゃろうが……」

 

「……やっぱりダメだよな。よし、話を戻すか。

それで?そうやって新たな戦い方を模索したとして……それだけじゃあ駄目なんじゃないのか?」

 

「まぁそれもそうなんじゃがな……ちょっと待ってて欲しいのじゃ、今図で説明するからの。」

 

そう言って新たな紙を取り出してシンプルな絵を書いていく黒音。

紙には『敵』、それの反対側に『陽』『月』がいてその後ろに『黒』『光』とあり、四つのマークの中心部分に『主』と書かれていた。

 

「まず、いままでの布陣がこういう感じじゃった。前に月魅と陽鬼、後衛に妾と光。そして前衛後衛を兼ねる主様が妾達の中心に立つ。

この布陣は個々人の得意分野を遺憾無く発揮できる布陣じゃった。しかし、それは逆に言えば敵によってはかなり不利になるものでもあったのじゃ。

相手が遠距離専門ばかり……逆に攻め込んでくるような奴らが大軍で押し寄せてきたり……今はそういうことがないが、これからもないわけでもあるまい。故に、この布陣は保ったまま……前衛後衛の両方を全員が兼ねられる様にしなければならぬ。そうすればかなり楽になると思うのじゃ。」

 

「なるほど……言わんとしていることはよく分かる。けどそうなると守備がおろそかになるんじゃないのか?もしそういう敵が出てきた時とかは月魅の結界なり、陽鬼の炎なり、黒音の魔法なりで全て遮断するすべはある筈だしな。」

 

「確かに、それに関しては主様の言う通りじゃ。ぶっちゃけ守りが薄くなるのはどうしたものかと妾も考えたのじゃ。

そして、ふと気づいたのじゃ……この守りを薄くなったのをどうやって補うかを……」

 

「おぉ……で、その方法は?」

 

陽が聞くと、黒音は不意に立ち上がって大きく息を吸い、そして吐く。そして、キリッとした目つきでこう言い放ったのだ。

 

「『殺られる前に殺ればいい』!」

 

「……は?」

 

「守りが薄くなるならもうとことん薄くしてもいいと思うのじゃ。何が面白くてなにかに閉じ込められにゃあならんのじゃ。

なにかに閉じ込めりるくらいならばいっその事全員が一人で国を潰せるくらい強くなれば問題ないと……要するに、攻撃こそ最大の防御じゃ!!」

 

「OK、お前も人のこと言えないくらいたまにアホになるってことがわかった。」

 

「っ!?」

 

『何故そうなった』と大声で叫ばんとする勢いで驚く黒音。陽は大きく息を吐いてどうやって黒音にその作戦が穴だらけなのかを教えようかと考え始める。

 

「あー……まずな、前提がおかしいんだよ前提がな。

殺られる前に殺れって作戦ならどう考えても手が足りなくなる。別に守りを薄くして攻撃に全振りでもいいんだが……それはあくまで……本当に国の軍とか、もしくは本気でものすごく強いやつじゃないとダメだ。

俺達も確かに強くなってるけど……俺は誰にも怪我して欲しくないし、ましてやそれで死んでしまうなんて本当にダメだ。分かってくれるか?」

 

陽が諭すように話すと、黒音も理解したのか少し目を背けながら顔を俯かせる。

舞い上がっていた……と言うよりかは布陣を考えるのに疲れてしまってたのだろうと考えた陽は、あまりこれ以上きつく言うのもダメだと感じてこれ以上は何も言わなかった。

 

「……分かったのじゃ。流石に妾も考え無しがすぎたのかもしれぬ……少し休んでから、またまともな作戦を考えることにするのじゃ。」

 

「おう、けどあんまり無茶するなよ?お前が倒れても俺は心配になるんだからな?」

 

「それも理解しているのじゃ、童女趣味の主様にそう言われては妾も無茶はできんのじゃ。」

 

「おいちょっと待て今なんて言った!?黒音!黒音ー!!」

 

自分がロリコンだと言う極めて不名誉な思い違いを黒音がしている、と思った陽はそのまま部屋を出ていった黒音の後を追って誤解をとこうとしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……大変な目にあった……」

 

黒音が誤解している、と思ったことは黒音がからかって言ったことであり、これがわかった後に陽はぐったりして部屋で寝転がっていた。

 

「……にしても、新しい戦法……か……」

 

新しい戦い方を覚えることで、遠近両用の戦い方を使えるようにすることは黒音が言っていた通り、確かに戦力アップには繋がるだろうと陽は思っていた。

だが、自分にはその戦い方が出来ない。得手不得手こそあれど、能力のお陰でその両方を使えることは陽にとっては恐ろしいほどの戦力アップに繋がっているものだと再認識した。

 

「……能力を100%活かせられる戦い方をすればいいんだろうけど………逆にどうしたらそうすることが出来るのか……全く分からないな……」

 

『何かの武器主体』という戦い方は今の陽の戦闘スタイルである。ならばその逆となるのは何か?『武器が主体にならない』戦い方になると陽は考えていた。

 

「………となると、やっぱり自分の体を鍛え直すしかないってことだな。結局いつものパターンにこそ落ち着いたものの……やっぱり強くなるにはそう簡単な事じゃないわけだ。」

 

起き上がって陽は、部屋から出ていく。気晴らしで出かけて案を考えようという発想である。 だが、いくら考えても最初に出てきた答え以上にいい案が出てこないという時点で陽はあまり真剣には考えていなかったのかもしれない。

 

「……俺の、俺自身の戦い方か…」

 

陽は自分の能力の事を売れない手品師と似たようなものではないか、と考えていた。

武器をポンポン作り出せたりする能力は正しく手品師のそれだからである。

 

「……あんまりガチで深く考えていてもしょうがなさそうだな。そんな深く考えている暇があるなら何でもいいから動かしていた方が良さそうだ。」

 

そして陽はそのまま外に出て、とりあえず足などを鍛えるためにランニングを始めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いて、いてててて…」

 

「まったく……走りすぎて筋肉痛だなんて流石に馬鹿すぎない?」

 

夜、陽は走りすぎたせいで体が悲鳴をあげていて、横たわって陽鬼に怒られていた。

 

「いや、ほんと、申し訳ない………」

 

「謝って済むくらいなら陽はちゃんと寝てなさい。晩御飯もお風呂も今日やることは終わってるはずだし充分に休める時間とスペースはあるよ。」

 

「あぁ……今日はもう休んでゆっくりしていくよ。」

 

「うん、じゃあまた明日……ゆっくり休んでてね。」

 

そう言って陽鬼は部屋から出ていく。既に早いところだともう寝ている時間だろうし、陽はこのまま眠ることにしていた。

しかし、ただ寝るだけなら手持ち無沙汰な事に気づいてしまったため、自分とりあえず目を瞑ってから新しい戦法が思いつくか、ひたすら時間をかけていく。

 

「………」

 

これで思いついたとしてもそれが彼女達にとっていい案なのかどうかは別として、陽はとりあえず考えておきたかった。

もしかしたら彼女達の助けになるかもしれない案か出てくるかもしれないからだけ。

 

「………はぁ……本気で寝るか……」

 

しかし、疲れきった頭ではまともな案が出そうにも無かったため、しょうがないので陽は今日のところはゆっくりと眠るのであった



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漁夫の利

「……何か、来ます。」

 

とある日、昼頃にお使いと言うことで陽達は博麗神社へと向かっていた。紫に頼まれた荷物を運ばなければダメだからだ。

この頼みを受けた陽は博麗神社に向かって歩き続けているが、その道中に月魅が後ろを向いて上の一言を発した。

 

「何かって……何が来るんだ?」

 

「私にもわかりませんが……とりあえず、嫌な奴に会いそうな……そんな予感がします。」

 

月魅のその一言で全員が警戒していつでも攻撃できるように戦闘準備を整えていく。

そして、『それ』は来た。

 

「……んだよ、もう1人増えたっつーのは知ってたがよ……まさか天使だとは思わなかったぜ。」

 

「……あれ、は……?」

 

「自称神だよ……たった1人の元人間の妖怪を追いかけ回して殺そうとする……サイコパスだけどな。」

 

陽は悪態をつきながら出てきた自称神、ライガを睨む。ライガは全員をまるで品定めするかのように見渡してから一言を発する。

 

「陰陽に闇光……とことん暗いのと明るいのが好きなやつだな、お前は。自分でそんなに矛盾したもの集めて楽しいのか?」

 

「お前にとやかく言われる筋合いは無いし、この子達は物じゃない……いい加減お前と喋るのも飽きてきた……」

 

「いいね、それに関してはお前と同意見だ。」

 

そのライガの言葉の後は誰も言葉を発さなくなる。陽はそのまま警戒しながらタイミングを狙う。

そのままじっと待つ2人……そして、風によって飛ばされてきた小さな紙が二人の横を通り過ぎた瞬間……火蓋が切って落とされた。

 

「うおらぁ!!」

 

「うおっ!?ちいっ!刀を投げるなんざ相変わらず無茶苦茶な事をやってくれる!!」

 

そう言いながらライガは陽の投げて地面に落ちた刀を拾い上げて、投げた瞬間に突っ込んできた陽に対して振り下ろす。

陽はもう1本の刀を作って受け止めようとしたが、その刀身が黒く濁っているのが見えたために咄嗟に回避する。

 

「無茶苦茶なこと上等!!てめぇこそ俺の投げた刀になんか変な小細工しやがったな?刀身が真っ黒の刀なんて気味が悪くてしょうがないぜ。」

 

「ちょっとした能力の応用さ。かすり傷でも相手を殺せる刀、って言ったところか。」

 

「ちっ………相変わらずめんどうな奴だな……だったら━━━」

 

陽は持っていた刀をライガに向けて投げてからすぐに別の武器を作り始める。

投げた刀はライガの一撃によってまるで一瞬で腐食したかのようにくずれさってしまった。

だが、一瞬さえあれば容易にものを用意することが可能、それが陽の『創造する程度の能力』である。

 

「ついでに追加じゃ!物体じゃないこいつならばその剣の対象外じゃろう!!」

 

「てめぇらのその考えが甘いんだよ!!」

 

黒音が隙あらば、という感じでライガに向かって魔力弾を放つ。それに習って、陽鬼は炎を、月魅は結界の応用の斬撃を飛ばし、光は矢を放った。

しかし、それらは尽くライガの一撃によって消しさられてしまう。だが━━━

 

「……んだと?」

 

光の矢の一撃が、ライガの持っていた刀の刀身を元の銀色に戻していた。光の矢の影響で浄化されたのだと、陽達は後になって気づいていた。

 

「……なるほどなぁ、そいつの光の力はとことん俺の能力と対象が悪いみたいだな。

殺意という感情が元になったとも言える俺の力は天使の浄化の対象と取れるわけだ。

しかも、恐ろしい事にこの刀にはもう力を込めても何も起きやしねぇ……いやはや、随分と恐ろしい能力……おっと。」

 

「……ぺちゃくちゃ喋ってる暇があるということは俺にぶっ殺されても文句は言えない訳だ?」

 

「……ふん、でも殺せてねぇあたりお前には俺は殺せねぇよ。」

 

「殺さないさ……お前は、殺すよりもそのまま捉えて閻魔にでも突き出してやるよ。地獄で一生後悔させるためになぁ!!」

 

「やれるもんならやってみろよ雑魚のくせに!!」

 

ライガは弾幕を放ち、陽はナイフを投げながら銃弾も発砲していく。ナイフを避けた瞬間に銃弾で相手を戦闘不能まで追い込むために。

 

「ははは!あたらねぇあたらねぇ!てめぇら5人掛りで俺に一撃も与えられねぇのかぁ!?」

 

「あまり調子に乗っていると……」

 

「痛い目にあいますよ。」

 

5人の攻撃を避け続けていたと思っていたライガ。しかし、いつの間にか陽鬼と月魅が後ろにいたことで、不意をとる形となっていた。

 

「っ!」

 

すんでのところでライガは陽達の方に突っ込む、つまりは前に出る形で回避するが、その方向には光と黒音の二人しかいなかった。

そして黒音もライガに向かって同様に突っ込んでくる。

 

「銃を打つしか脳がない蝙蝠が何をしに来てんだよ!!」

 

そのままの勢いでライガは弾幕を放っていく。黒音もそのままの勢いで弾幕を放って打ち消していく。

そして、ある程度近づいたところで黒音は二つの銃の上部を向きを一緒の方向で合わせる。

すると、銃二つが光り輝いてその形を変えて戦斧の姿に変わっていた。

 

「随分と面白い術を使うもんだ……!」

 

「偶にはこういう戦法を使っておかないといけないからのう!!名付けて『銃斧(じゅうき)血斧盛(けっきさかん)]』じゃ!!それと……魔法といってもらおうかのう!!」

 

「無駄にデケェ斧振り回してんじゃあ……ぐっ!?」

 

ライガが振られ続ける斧を回避し続けている時、背中に強烈な痛みが走る。即座に確認すると、ライガの背中には炎を吹き出してライガの背中にめり込んでいる篭手があった。

 

「なっ……!?」

 

「これやったら拾いに行かないといけなくなるのが玉に瑕(たまにきず)なんだけどね……しかも、一直線じゃないと当たらないから本当に使うところは限定されるけど……名付けて『炎鬼(えんき)砲弾拳(ほうだんけん)]』って所かな。」

 

「そして……妾の攻撃も忘れるでないぞ……!」

 

篭手に気を取られていたライガ。振り下ろされる斧に対してギリギリで避けたものの、振り下ろした時の風圧で吹き飛ばされていた。

 

「ちっ……流石にレベルアップしてるってことかよ……」

 

「そういう事……です!!」

 

隙をつく形で月魅はライガに突っ込んでいく。振るわれる刀を何とか避けていくが、光の矢や黒音の魔力弾などでギリギリの戦いを強いられていた。

そして、ふとここで気がついた。『陽はどこに行ったのか』と。

 

「こ、こ、だぁぁぁぁぁぁああああ!!」

 

上から聞こえてくる大声、そこには飛べないはずの陽が生身で落ちてきていた。

 

「なっ!?」

 

完全に予想外からの不意打ち。巨大な角材を持って陽は、ライガの頭に強烈な一撃を見舞った。

 

「が……!」

 

「まだだぁ!!狂闇[黒吸血鬼]!!」

 

スペル宣言、黒音を憑依させてそのまま怯んでいるライガに向かって魔力弾を放ち続ける。

角材で殴られて頭から軽い出血をしているライガだったが、この魔力弾では歯が立たずにライガの弾幕で掻き消されていく。

 

「だったら……これで終わらせますヨ!」

 

そう叫び、陽は手に取ったマスケット銃2丁の上部同士を今度は片方を反対にして合わせる。

再び銃の形が変わり、今度は円形の刃を持った武器へと変貌する。

 

「……チャクラムか。また微妙な武器だなおい。」

 

「これは普通のと違い、中に柄があるものですけどネ……それじゃあ……踊りなさイ!!」

 

そう言って陽は巨大なチャクラムを投げる。しかし、巨大な獲物である為に避けることはたやすく、正面から飛んでくるものは避ける。

 

「……んで、結局戻ってくるんだろうよっ!!」

 

そう言いながら振り向いてそのままの勢いで、ライガは跳ねてチャクラムを蹴り落とす。

チャクラムは甲高い金属音を上げながら勢いを無くして地面に落ちる……と、ライガは思っていた。

 

「円形で戻ってくるなんておかしい事起こるわけないですヨ!今一歩考えが及ばなかったご様子デ!!」

 

地面に落ちたことは地面に落ちていた。しかし、勢いを無くしたかに思われたチャクラムはその場で再び回転を始めて、陽の方へと戻ってくるように飛んでいく。

 

「……魔力で動かしていた、って訳か。なるほど、確かに銃が七変化するくらいだ……魔力で物体の動きを変えるなんてこと……造作もねぇわな。」

 

「そういう事ですヨ……だったら、もっと本気を見せてやりましょうカ!!」

 

再び陽はチャクラムを投げる。軌道が変えられることがわかった以上、ライガはよく見て避けようとし始める。

しかし、今度はチャクラムが高速で分裂していき何10枚ものチャクラムがライガに襲いかかろうとしていた。

 

「っ!見た感じ殆どが幻術か……なら!意地でも消させてやるよ!」

 

「はッ!」

 

飛んでくるチャクラムに一撃一撃丁寧に攻撃を当てていくライガ。殆どが消えていく中、唯一一枚だけ残っていた物があった。ライガはそれを本物だと確信して叩き落とした後すぐにそのチャクラムを掴んで陽の方向へと投げ返す。

 

「ほらよ!お返しだ!!」

 

「ふん……そうやって投げ返したところで無意味ですヨ!!」

 

既にライガの能力によってチャクラムは真っ黒に染まっていた。つまり、触れた瞬間に即死。

如何なる攻撃もあれを止めることは叶わない。そして隙を与えないと言わんばかりに攻め込むライガ。チャクラムを避けた瞬間にライガの攻撃が入り、どちらにしても瞬間的にアウトである。

 

「……そう、()()()()()。元々それは私の魔力の篭った代物ダ。ならば私に操れない道理は……なイ!!」

 

「っ!!」

 

ライガが予感を察知して咄嗟に回避行動を取る。それと同時にチャクラムが分割して、元のマスケット銃に戻ってライガのいる所に空中に浮いたまま発砲を続ける。

 

「今の銃撃で……お前の支配からは逃れられタ…溜まっていたものを全部吐き出させたからナ。

これで手に持てル……」

 

「ちっ……」

 

ライガは今回勝負を仕掛けたことに後悔と同時に喜びを感じていた。異常な速度で強くなっていく陽達の、その成長速度を見誤ってしまっていたことに対する後悔。

そして、この成長速度なら自分達の目標も達成できると言う喜び。その喜びは自然とライガの表情に出ていた。

 

「……何を、笑っていル?」

 

「あぁ……いやいや、面白いくらいに成長したと思ってな……これでもっと本気が出せる!!」

 

そう言いながらライガは弾幕をバラまいて陽に飛ばす。陽は冷静に魔力弾で消していくが、気づけば近くにライガがいた。弾幕は囮で、ライガはその隙をついて陽に直接攻撃を仕掛けるつもりだったのだ。

だが、陽は咄嗟に魔力弾で地面を攻撃して土煙を上げさせる。それに危険を感じたライガは咄嗟に引くが、その引いた瞬間に青色の光と真っ赤に燃える炎が土煙の中に入り、代わりに二重憑依をした陽が中から現れた。

 

「ダラァ!!」

 

「ははは!今現在の最高の力を持つスペルがそれだもんな!!おら!!もっと来やがれ!!」

 

「ちっ……!」

 

拳を振るい、刀を振るい、弾幕を放つ。スペルカードを使い合い、互いの体力が減っていく。

しかし、二重憑依に加えて通常の憑依までこなしている為に陽の体力は予想以上の減りを見せていた。

減った体力は、判断を鈍らせる材料となる。そのせいか、段々と陽はライガの攻撃を受けるようになってきた。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

「ほらほら、そんなもんか?そんなもんなのか?ご自慢の二重憑依もその程度の実力なのか?おお?」

 

ひたすら煽っていくライガ。しかし、陽にはそれに答えられるほどの余裕は残っていなかった。

どうやったら強烈な一撃を加えられるか……それだけを考えていた。

 

「これでも……食らうのです……!」

 

そう言いながら矢を放っていく光。ライガはそれを軽々と避けていくが、黒音が後ろから魔力弾を大量に撃ち出す事で逃げ場を完全に無くす。

 

「主様!!」

 

「っ!助かった!!」

 

2人の援助を受けて陽はライガに向かって刀を投げる、そして避けるであろう方向に、陽鬼と同じような攻撃方法で篭手を二つとも打ち出す。

 

「ちっ……ならお望み通りこっちに避けてやるよ!!」

 

そう言って、ライガはわざと陽の誘導した方向へと逃げる。陽もわざとなのは気に入らなかったが、今更何を言ってもしょうがないのでライガに向けて突っ込み、刀を振り下ろす。だが━━━

 

「ぐがっ……!?」

 

「なっ……!?」

 

ライガの腹から伸びる腕。その腕は更に深くライガに刺さったのか更に出てくる。

ある程度出てきた腕は、曲がってライガに触れる。

 

「っ!」

 

「漸く、漸くだ……てめぇを喰らって……杏奈を助けるこのタイミング……今日この時を待っていた……」

 

ライガの後ろから、腕を突き刺したのは白土だった。白土はフェンリルの能力によってライガを()()()()()

見る見る内にライガは白土の手に吸い込まれ……そして、跡形も無く消えた。

 

「……」

 

唖然としていた。そんな中、白土だけは冷静に陽を見つめて……そして、こう言い放った。

 

「陽……てめぇを殺すのは……後にしておいてやるよ。」

 

そういった後、白土は姿を消した。陽達は……ただただ、唖然とするだけしかなかった。



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狼牙の追随

「……ほう、あなたがここに来るとは思ってませんでしたよ、白土。」

 

「うるせぇ……既に杏奈は見つけた……が、俺には……てめぇを殺すって願いがある。そうしねぇと腹の虫が収まんねぇんだよ。」

 

どこともしれない空間、白土とその向かいに立つ人物……マター・オブ・ホライズンがそこに居た。

白土はとても冷静な顔で、全てを殺意に変えてホライズンにぶつけていた。

 

「ふふふ……私を殺す……ですか。無駄な事ですよ、私に貴方は殺せない……それだけで私は貴方に負けることがないのです。」

 

「うるせぇ……フェンリルの力で喰らったライガの力……テメェで試してやらぁ!!」

 

そう叫びながら複数枚の紙を取り出して白土はその全てを短剣に変える。そしてそれを投げる。

その短剣は、ライガが行ったのと同じようにライガの能力を込めた掠るだけでも相手を殺す確殺剣。それはホライズンも分かっているはずだと白土は思っていた。だから避けた瞬間にケルベロスの増える程度の能力を使い更に波状攻撃を仕掛けるつもりだったのだ。

だがしかし。

 

「……うっ……」

 

「なっ!?」

 

ホライズンは避けなかった。避けようともしなかった。まるで初めから避けるなどという選択肢が頭になかったのか、という位には避けることは無かった。

 

「……まったく、短気なのも考えものですね。」

 

「っ!?」

 

だが、ホライズンに短剣は刺さっていなかった。白土は確かにホライズンに短剣が何本も突き刺さるのを見たのだ。

だか、投げた短剣は全て地面に落ちていて、初めから刺さっていなかったとしか言いようのない事態に陥っていた。

 

「何だ……今、何が起こりやがった……!?」

 

「ふふ……貴方の投げた短剣が当たった、という世界が単純に否定された……それだけですよ。」

 

「世界、だと……!?お前は何を言って……クソがっ!!」

 

ケルベロスの能力の増える程度の能力、フェンリルの能力の喰らう程度の能力の掛け合わせ。

ケルベロスは三人までしか増えない代わりにその間感の意思疎通や感覚の共有を可能とする能力になる。白土の場合は分身は白土の言いたいことや思ったことなどを代弁する程度の役割しかないかも、無尽蔵に増やせる能力。

それら二つの掛け合わせは相手を確実に食らう布陣。

 

「がっ……」

 

そして、白土の攻撃はすべて当たる。触れられて抉られたせいで身体中穴だらけになったホライズンは断末魔を上げることなくそのまま倒れる。

『確実に決まった』と思っていたその瞬間に、既に白土の肩にはホライズンの手が乗っていた。

 

「だから……言っているでしょう……『貴方に負けることがない』と。」

 

「っ!チィっ!!」

 

何故攻撃してこないのか、それだけが気になる白土。しかし、それを気にしていても自分がホライズンを殺せないという時点である意味勝敗は決まってるも同然だった。

 

「潰せないのなら……このまま消してやる!!」

 

紙を取り出し、白土はホライズンに触れて一緒に紙の中へと入る。ティンダロスの能力によって直角の中に閉じ込めたのだ。

そして、そのまま白土だけが脱出する。その間に全く抵抗のなかったホライズンを見て、白土は更に苛立ってしまっていた。

 

「これなら……どうだ……!」

 

脱出した瞬間にホライズンを閉じ込めた直角を紙ごと消し去る白土。直角間の移動は白土、またはティンダロスだけが行える能力であり、閉じ込められたものは絶対に移動はできない。

入口を開いている時に限っては誰もが移動出来る能力であるものの、基本的に対処の出来ない能力である。

 

「……何度やっても無駄です━━」

 

三度現れるホライズン。声がした瞬間に紙を能力を使い改造して槍にして投げる。

勢いよくホライズンの胸部を貫いた槍は、ホライズンをその間貫通してどこかへと飛んでいく。

 

「だから━━━」

 

貫かれた事実自体がなかったかのように、いつの間にか貫かれたホライズンは消えていて、白土の後ろにホライズンはいた。

間髪入れずに改造で生み出した剣を白土は縦真っ二つで切り裂いた。切り裂いたと思ったら剣を振り下ろした先の丁度一歩前にホライズンが立っていた。踏み込んで横一閃、また無傷のホライズン。再び手で抉った。また無傷のホライズン。

何度も、何度も、何度も切って、抉って、決して、貫いて、焼いて……その度に復活した。

 

「はぁ、はぁ……」

 

「……ふふ、鬱憤は晴れましたか?」

 

そういう事を続けていれば、スタミナは減って疲れも出てくる。何故か殺すことができないと、ここまでして漸く白土はその事実を信じざるを得なくなってしまった。

 

「……何故、だ。」

 

「はい?」

 

「ライガ、の………『殺す程度の能力』は……不死人すらも、殺せる代物……なのに、なのにどうしてお前は死なねぇ……復活した瞬間がわからねぇ……!」

 

白土が睨みながら言い放ったその言葉にホライズンは頬を掻いていた。まるでどう答えたものかと悩むように。

 

「うーん……まず一つ一つ情報を整理しましょうか。

まず私は不死人ではありません、あなたの攻撃一撃一撃で確かに『私』は殺されています。」

 

「……なん…だと…?」

 

「そして、私の能力は……事象を操る程度の能力……操るというのはあくまでも事象で、それがどういう結末になるか、とかそういうのは私の意思では行えないんですけどね。

ただ、その能力は死んでも発動するんですよ。」

 

白土は絶句した。そして同時にただひたすら後悔していた。殺せない、倒せない。そんな相手と戦ってしまったことにではなく、自分ではこいつから杏奈を守りきれないんだと。その事に悔しがっていた。

 

「私は不死人ではい……けれど、死ぬ度に『私が死んだ』という事象は私の能力によって否定されて私が生きているという事象を作り出す。

平行世界の私の命を使っているとか、限りある命を使って復活し続けているとか……そういうのではないんです。

私が死んでいない世界を、事象をひたすらに作り出していく……それが、私が死なないことの種です。」

 

「……だが、ならば何故攻撃しない。お前自身の攻撃力が皆無でも……お前の能力なら俺を殺すことも可能だろう……」

 

「先程も言いましたが……私の能力ではどんな事象になるか分からないんですよ。ただ……この能力発動した以前の事象と全く同じことが全く同じ時間帯で確実に起こらない、それだけの話です。

それに、私の能力は一度使うと戻した時間の分は能力を使えなくなります。対象が何かを選択しなければならない時……そういう時に私の能力を使って、その選択をした場合どういう結末になるのかを見る……せいぜいこの能力の使い方はその程度です。」

 

白土はキレていた。目の前にいるホライズンが悪意も何もなく、ただ本当に子供に優しく教える教師のような説明をしていることに。それが彼の神経を逆なでしていた。ましてや、白土には勝てない相手だということが彼の苛立ちを更に加速させていた。

 

「……なぜそこまで怒っているんですか?私は言われた通りに説明しただけなんですけどね……」

 

「……何故、あいつや俺に固執した?お前の能力ならどんな相手でも勝つことが出来るだろう?

わざわざ何も知らないあいつや俺を……杏奈を攫ってまでして、お前は何がしたいんだ?」

 

「あれ?そこ聞いちゃいますか。まぁいいでしょう……とりあえず何から話したものか……」

 

うんうん唸りながら考えるホライズン。敵意も悪意も殺意も、ホライズンには本当に存在しないと、白土はこの時ふと思っていた。

だからこそ無邪気に、簡単に人を殺してなぜ殺してはいけないのかがわからない人物なのだろうという予測もついた。

 

「そうですね……とりあえず説明をしましょうか━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんな、そんな事のために…?」

 

「そうですけど……気になったから調べたいだけですしね。恐らくこれが終わってしばらく時間が経てば私も『そんなもの』『そんな事』『この程度』みたいな言葉で終わらせてしまうんでしょうね。」

 

すっぱりと言い放ってしまうホライズン。それに対して白土は頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。

ホライズンが自分たちを狙う理由があまりにも酷く簡単で、それでいてその程度、で終わらせられることをさせられていたのだから。

 

「まぁ、真実を話したのはあなた1人だけですから……別に、このまま妹さんと外の世界で一緒に暮らしてもらっても構いませんよ?私は本当に止めませんしこれから誘うこともありません。

私はここから動けないのでやるべき事はライガと八蛇にしか任せられませんでしたから。見た通り戦闘能力も皆無なので戦闘ではあなたに勝つことはありません。

あくまで殺し合いで私は負けがない、と言うだけなので━━━」

 

言い切る前に白土はホライズンを吹き飛ばしていた。しかし、そんなことは無駄だと白土は分かりきっていた。

けれど、だけれども、自分が掌で動かされている以上に、彼にとってはその程度のことで動かされていた自分にムカついてしまっていたし、それ以上に何も関係がない妹に手をかけた事が何よりもムカついていた。

 

「……無駄だと分かっていて━━━」

 

声が聞こえた瞬間、爆弾を投げて爆殺。

 

「━━━何故殺そうとするのか━━━」

 

巨大な岩を出して圧殺。

 

「━━━私には━━━」

 

ロープで絞殺。

 

「━━━理解━━━」

 

焼殺。

 

「━━━不能━━━」

 

殺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……まさかこんなに何度も何度も殺されるハメになるとは思いませんでしたよ。

一応、死なないだけで直前の痛みなどは存在しているんですけどね……自信が気絶するほどまでに私を殺そうとしたことだけは褒められるものなのでしょう。」

 

ホライズンは、体力の消耗によって気絶した白土を元の空間へと戻してから、そう呟く。

ホライズンにとっては、今のことも些事に過ぎないのだ。自分が何度も何度も殺された程度、その程度ではホライズンは揺るぎもしないのだ。

 

「うーん……けれど、動く者がいなくなってしまったのは困りますね……そう言えば、変な男が一人いましたね……彼を使ってみましょうか……ま、彼が従わなかったら完全に私は手足を失ってしまうのですけどね。」

 

軽く溜息をつきながらホライズンはそう呟く。計画が進行しない可能性があることに対する溜息ではなく、自分て動くことだけが面倒なだけなのだ。

だが、動かなければ思いついたことも試せないので仕方なくホライズンは目当ての人物を探し始める。

見つからなければ、どうしたものかと思えてきてしまうが、まぁいいやと今は考えないようにするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそ、が……!」

 

「そこまで悔しがっても何も無いだろう……私達ではあの男に勝てない。勿論、勝つ方法がない訳では無いだろうが……」

 

「そうだのう……死なない訳では無いが、殺せない相手となると正攻法では勝つことは確定でできなくなる、引き分けにも持ち込めぬ……となれば正攻法じゃない戦い方でないと無理だということじゃ。

儂の能力で別空間に閉じ込めたのに復活する……となると、まともな封印術もあやつには効かんじゃろうなぁ……」

 

「殺せなくて?封印もダメ?しかも一応死んでいるから吸収したライガとかいう男の能力もほとんど意味をなさない……もう、存在自体を消し去るしかないんじゃないの?

って言ってもそんな能力を使える人物がいない気がするけどねー……

そ、それじゃあ絶対に勝てないんですかぁ!?」

 

「黙ってろケルベロス!!くそ、が……!」

 

疲弊した体を休めていく白土。上り詰めるところまで上り詰めた自身の怒りの沸点は、今では段々と下がってきていた。

だからこそ冷静な思考で考えねばならない。どうすればホライズンを倒すことができるのか、封印でも殺すでもない倒し方なんて存在するのかどうか。

 

「……いや、今は休む……今考えたところでまともな思考はできない……とりあえず……寝かせて、くれ………」

 

そう言いながら白土は眠りにつく。フェンリル達も、いざという時のために体を休めようと警戒しながらも休み始める。

いずれ勝つために……倒せない存在を倒すために、休み始めるのだった。



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裏では

「……」

 

男は空を見上げていた。自分の狙っている標的をどうやって殺しに掛かろうかと考えながら。

この男には名前がなかった。昔、持っていた名前があったがその名前は捨てて名無しへと戻っている。

だが、腹が減っては戦はできぬという言葉があるように、彼自身や彼の愛用している特殊な剣は力を蓄えねばならなかった。

腹を満たし、その特殊な剣に必要なエネルギーを満たしながら絶対に倒せる算段を考え続けていた。

 

「なっ……!?」

 

しかし、そんな時に男は地面に突如現れた扉に吸い込まれてどこか知らない空間へと飛ばされるハメになった。

当然、充分に回復しきっていない剣を構えながら男は、飛ばされた空間でひたすら警戒心を募らせていた。

 

「よく来ましたね……えー、名前が分からないので何と呼べばいいのでしょうか。」

 

「……別に好きに呼べばいい、俺は名前なんてものはとっくの昔に捨ててしまってるんだからな。」

 

警戒心を更に強めながら男は、目の前に現れた男か女かわからない中性的な人物に剣を向けていた。

明らかな警戒心を向けているのに、まったく相手にされないこと自体が男の警戒心をさらに上げてしまっていた。

 

「そうですね……まぁ考えるのは面倒なのでそちらにお任せするとして……私の名前はマターオブ・ホライズンと言います。以後お見知りおきを。」

 

「……それで?そのホライズン様が一体俺に何の用だ。見ての通り俺はお前に構うほどの余裕は持ち合わせていないんだ。

用件はさっさと言わないと……殺すしかなくなる。」

 

「もっとゆっくりして行けばいいのに……まぁいいでしょう。

実は貴方に頼みたいことがあるのです。私では出来ないことを貴方に託してみたいのです。」

 

用件を話されたことで男は少しだけ警戒心を弱らせた。しかし同時に疑問を抱いた。男に直前まで気づかれることなく、そして男を、異空間へと引きずり込めれるほどの力を持った目の前の人物にできないことを自分ができると思っているのだろうか、と。

 

「あなたの考えていることはだいたいわかります。簡単な話です、私はこの空間から出られないんですよ。出たらちょっと大変なことになってしまうみたいなので。」

 

「……なるほど、確かに至極簡単な理由だな。で?お前が俺に頼みたい事とはなんだ?俺が人間だと考慮して欲しいんだけどな。」

 

「いいえ、この事自体は理論上は貴方にも可能ですよ……月風陽を殺してください。無論、私の作戦指揮下での話ですが。」

 

「……俺もあの男は殺すつもりだった。だが、少し予想外の戦法を取られてしまってどうやって殺すか少し悩んでいたところだったんだ……作戦を考える頭が俺にはないからな。」

 

男は、完全に警戒を解いた。いつでも反撃できる体勢を取ってはいるものの、少なくとも今の男には警戒心が存在していなかった。

 

「それは丁度良かったです。私には使える手足がいない状態だったんですよ。そうなると痒いところに手が届かないむず痒さを延々と味わうところでしたよ。」

 

「そうかよ……で?何故俺なんだ?わざわざ月風陽を殺そうと思ったというところは、一応何人か雇ったんじゃないのか?お前はここから動けないみたいだしな。」

 

「それがですね?1人は月風陽に倒されるし、もう1人は裏切るしさらに1人はその裏切り者に殺されてしまったんですよ。お陰で私は貴方に協力をしないといけなくなりまして。」

 

「そうか、ならしょうがない。元々月風陽は俺の標的ではあったからな。だから俺があいつをお前の代わりに殺すと約束しよう。」

 

ホライズンは意外そうな顔で男を見ていた。こんな簡単に協力関係が結べるのなら、一々白土の妹を人質に取らなくても黒空白土という男は協力してくれたのだろうか?という疑問を考えながら。

 

「……それで?何か策はあるのか?」

 

「人生はあまり急いでは駄目ですよ……殺すべきタイミングで殺さないといけませんからね……あまり急いでしまっては八雲紫や八雲藍の妨害が入ってしまう恐れもありますしね。

前のあなたみたいに八雲邸にまで乗り込んで無理矢理突破されてしまえば今度こそあなたは殺されてしまうでしょう……そうなると私はまた手足を探さないといけなくなります。最低でも10人ほど次は集めるつもりですし。」

 

「……ふん。面倒だなんだと言いながらやろうとしている事は何も変わりないじゃないか。

まぁいい……ならば、俺を元の空間に戻せ。作戦が決まった頃にでも呼べばいいだろう?」

 

そういった男に対して、ホライズンは溜息を吐いた。あからさますぎる態度を取っているために男は少しイラッとしたが。

 

「貴方を元の空間に戻したら後からまた探すのが面倒なんですよ。ここに入れば見つかって殺されることもなし、おまけに腹は減らないから便利だと思うのですが?」

 

「ちっ……分かった。なら俺はここにいる、入ればいいのだろう。それで文句はないんだったら、お前の要求通りお前の満足のいくまでここにいてやる。」

 

「それでいいんですよ。あぁ、それとそこの剣のエネルギーですが……これでいいでしょう。」

 

そう言ってホライズンは少しの間剣の方に手を向ける。すると、一瞬で剣のエネルギーがMAXとなり男は驚愕の表情でそれを見ていた。

 

「……なるほど、こんなことが出来るのか。」

 

「私の能力の応用ですね……エネルギーが溜まりきっていないという事象を否定して溜まりきった事象にしました。本来ならばそこまで高度には操れませんが、こういう使い方ならば完全な操作が可能になりますし。」

 

「……まるでレミリア・スカーレットの能力のようだな。」

 

「否定はしません。私と違って彼女は能力を使って勝負に勝とうとはしませんがね。」

 

「それで?わざわざ今のタイミングでこいつを全快させたということは作戦自体はあるのか?」

 

またもホライズンは溜息をつく。人をイラつかせるのが目的なのかと男は錯覚してしまうが、ムカつきを抑えて冷静に話し合おうと決めた。

 

「まぁあるにはありますけどね?さっきも言った通り、タイミングでを見計らわないといけないですから。

八雲紫が警戒して月風陽を八雲邸に閉じ込めでもしたら手が出せなくなってしまいます。貴方は八雲紫に勝つ手段でもあるつもりですか?既に一度戦った相手に彼女は容赦ありませんし、研究もし尽くすでしょう。」

 

「要は戦闘不能にまで持っていけばいい事だ。わざわざ殺さなくても問題はあるまい。」

 

「……前にあなたのことを拝見した時から思っていましたが、貴方は月風陽を殺す以外は絶対に相手のことを殺そうとはしませんね。

情けをかけている、私にはそう見えますが彼女達に対しては本気を出せない理由でもあるのですか?」

 

その問に男は答えない。答えないのならどうでもいいと、ホライズンはそういえば何の話だったかと思い、何を話していたかを思い出そうとする。

 

「あぁそうそう、作戦の話でしたね。

単純な作戦ですよ、彼が外に出た時にお供がいようといまいと関係なく襲います。勿論、なるべく周りを巻き込む形で暴れた後でほかの妖怪や誰かしらがくれば退避する……毎日それを繰り返していけばなんとかなると思っています。」

 

「……そうして博麗の巫女や人里の守護である上白沢慧音を誘き寄せてはあの男がいることだけを示し、いなければ人里は守られるというジンクスでも築こうという訳か?時間はかかるし悪質ではあるが……まぁ、確実に成功はするだろうな。」

 

「えぇ……彼がどれだけ信頼されていようとも、貴方が暴れることで彼への信頼はどんどん減っていくでしょう。

最初の頃こそ『彼は巻き込まれただけ』と思う人の方が多いかもしれません。しかし、そんなことが何度も何度も続けば『またか』と思うものが現れ、そして最終的には『こいつがいるから被害に遭うんじゃないか?』という怨恨へと変わります。

例えそうでなくとも、博麗の巫女が異変として見ればすぐさま異変の原因を排除しようとするでしょう。」

 

「その場では殺されることはないかもしれんが……段々と孤立していき、完全にあいつらが孤立したところを……」

 

『一気に潰す』最後まで言わずともこれだけは理解出来ていた。単純でしかも時間がかかるが、こういう作戦ほど確実に成功しやすいのが現実の非常さである。

男は一瞬物悲しそうな顔をした後に剣を強く握りしめて、覚悟を決める。

 

「ふふふ、人を殺す覚悟……それは相当なもののはずなのに……貴方は、どうして月風陽を殺そうとするのですか?」

 

「それをお前にいう必要はあるのか?」

 

「いいえ、タダの知的好奇心ですよ。言いたくないなら別にどうでもいいですしね。

ただ、貴方からは彼を恨んでいる様な黒いものを感じませんし……どちらかと言うと、義務の様な感じだってしますよ。」

 

「……人殺しが義務なんて馬鹿らしい事、あったらたまったものではないな。きっと殺されるやつはよほどの悪行をしたんだろうし……殺すやつは余程のことをさせられるのだろう。」

 

まるで自虐するかの様な言い方だが、『何も言わないのであれば』と考えているホライズンはそれ以上興味を持つ事も無く黙り始める。

だが、一つだけ忘れていることを思い出して男の方に再度視線を向ける。

 

「貴方のことはなんと呼べば?ずっと貴方というのも回りくどいですし。」

 

「ん、あぁ……俺をなんと呼ぶか、か……別にお前の好きな呼び方で構わん……」

 

「そうですね……だったら、今日から貴方の名前は……『ツキカゼ』ということにしましょう。」

 

その瞬間、男……ツキカゼがホライズンを睨みつける。何も文句こそ言いはしなかったが、その名前だけは気に入らないと言わんばかりにツキカゼはホライズンを睨む。ホライズンもそのことには気付いてはいるが、完全にスルーを決め込んでいた。

 

「貴様……」

 

「何でしょうか?殺す相手の名前だから気に食わない、なんてことを気にする人ではないでしょう?

もしかして……何か他に理由でもあってその名前は嫌だとか言うんですか?そうですね……過去の名前が、捨てた名前が偶然私の言った名前と一致してしまったとかでしょうか?」

 

「……いい性格をしているな。協力関係を結んでいなければ貴様を斬り殺していただろうに……残念だ。」

 

怒りを沈めながら無意識で構えていた剣をツキカゼは下ろす。深呼吸を何度か繰り返した後に、改めてホライズンに向き直る。

 

「いいだろう……貴様の言う通り、今日からその名を名乗ってやる。だが……言った以上は確実に約束は守ってもらうからな。」

 

「えぇ、理解しています……ま、この空間から動けない以上彼を殺すのはあなたしかいませんけどね……さっき言った10人云々の話は流石に私でも無理ですし。」

 

「……ふん……俺は少し休む、何かやる事があるのならまたその時にでも呼べ……」

 

そう言いながら男はその場に座り込むが、壁すらもない空間だった事を思い出して仕方なくその場に寝転ぶのだった。

ホライズンはツキカゼがその場に寝転ぶまで見届けてから、その場から移動を始める。

この空間には何も無いが、何かを出すことは出来る。ホライズンは外の様子を遠隔で確認することが出来るため、その様子をその場に映し出して色々と確認をし始める。

 

「……あの時、カマをかけてみましたが案外簡単に引っかかったことには驚きましたよ。

やはり、ツキカゼは……何らかの理由でこちらの世界に来た……月風陽の可能性がとても高いということですかね。

しかし、そうなると私との面識が無いことが少し気になりますね……あの程度のカマ掛けに引っかかるのですから何らかの反応があってもいいものを……」

 

そう言いながらホライズンはツキカゼが八雲邸に侵入した時の映像を見ていた。

情報だけではほぼ確定とも言えるのに、ならば何故?どうして?という部分が多く出てしまっていた。やはりしばらくは様子見をするべきだと、ホライズンは思ったのだった。



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負の連鎖

月風陽は疲弊していた。困惑と共にその体力は徐々に削られていっていた。

その理由は、ここ数日の内で彼が何度も何度も襲撃を受けているからだ。だが、それだけならまだ問題なかった。問題といえば、襲いかかってきているのが全て同一人物であること、その同一人物というのが八雲邸に襲ってきた男のことであった。

その男は自分のことをツキカゼと名乗った。その事により陽は人里であらぬ噂を広められていたのだ。

月風陽を襲っているのがツキカゼという男、というこの図式。陽と親しい人間ならば嫌がらせのためにそう名乗っていると思うかもしれないが、特に親しくもない人間や、逆に嫌われてる人間からすれば良くて身内争い、悪くて陽が被害者のフリをした加害者という可能性も生まれてきてしまうからだ。

そして、見かねた八雲紫が陽にしばらく八雲邸に籠ることを提案。その提案を受け入れた陽は本当にしばらくの間外に出ることは無かったのだが、何故か人里で陽が襲われているという噂が出ていた。

当然、八雲邸にいた陽は驚いていた。自分は家にいるのに何故自分が襲われているという噂が立ったのかを。

そして、その真相を確かめようと陽は陽鬼達を連れて外に行くことにしたのだった。

 

「……でも、なんで陽が襲われているって噂が立つんだろうね?私達だけで出かけている時は絶対に襲われることもないのに……」

 

「あのツキカゼという男は自分の姿を真似することができます。ならばマスターの姿を真似することでわざとそういう風に仕立てあげているというのが考えられるでしょう。」

 

「うーむ……しかしそこまで分かりづらいことをするのが分からんぞ?何を狙っているのかも予想がつかないのじゃ。あの男の目的は主様を殺す事というのに……やっておることはせいぜい主様のことをよく知らない人間達からの主様に対する視線を冷たいものにするくらいじゃ。」

 

「……という事は、あの男がやっている事はタダの評判下げ……?随分と地味な戦法というかなんというか……」

 

陽鬼達は、男の目的が何なのかを話し合っているが、いくら話し合ってもわからなかった。

そして、陽も陽で陽鬼達の話を聞きながら何故こんな回りくどいことをするのかと考えていた。

陽が外に出なくても陽が襲われているという事実を流す。そのこと自体は確かに陽に良くない噂を立てることには充分である。しかし、それだけでは上白沢慧音は自分を人里の敵とは見なさないし、豪族達や命蓮寺も以下同文である。

ならば異変として扱われるのはどうか?しかしそれでも陽が被害者という立場は変わらないためにどちらかと言えば異変被害者として扱われることになる。

本当に、ただ単純に陽の評判だけを落とす事しか出来ないのだ。それしか出来ていないはずなのに何故こうも行うのか?陽はどれだけ考えても全く理解はできなかった。

 

「……いや、考えてても仕方ないよな。とりあえず、あいつ……ツキカゼが現れた時にあいつを殴り飛ばせばいい。

襲われてる時はヒットアンドアウェイを繰り返されて逃げられ続けていたけど……今度こそ捕らえる。皆、頼むぞ。」

 

「「「「おー!」」」」

 

陽鬼達は言葉を合わせて息も合わせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「見て、あの子よ……」

 

「おいおいまた来たのかよ……いい加減巻き込まれるのは勘弁してほいんだがなぁ……」

 

人里についた5人。しかし、歩く度に周りの人間たちにひそひそと囁かれてしまい、まるで針のむしろのようであった。

陽鬼以外は全ての声を聞かないことで平成を保っているが、その当の陽鬼はその嫌味をだいたい聞いてしまっているせいでフツフツとフラストレーションを溜め込んでいた。

 

「陽鬼、貴方は少し人の話を聞かないようにすることを覚えた方が良いですよ。」

 

「……何さ、陽が悪口言われてるのそんなに気にならないってわけ?」

 

「そんなことはありません。もし私が今の陽鬼の様に全部を聞いてしまっていたら先ず間違いなくこの辺り一帯の人間の首をはねています。」

 

そう言いながら月魅は周りの人間を睨む。それに怖気付いた人間達はそのままその場から散り散りになって去っていた。

それを見たあとで月魅はため息をついて話を続ける。

 

「……結局、一緒なんですよ。私達はみんな考えていることが。けれど、考えない方がいいこともあるというのが私達の結論です。

マスターが気にしていないことをあなたはわざわざ掘り返すのですか?」

 

「うっ……」

 

月魅の言葉に陽鬼は反論できなかった。短絡的に一々全部に反応してしまっていたら、確かに陽の迷惑になるのだと。陽鬼はそれを理解していた。

 

「……わかった、でも私は多分必要なことだけを聞き取れなんて器用なこと出来ないと思うから━━━」

 

「えぇ、分かっています。あなたが止まらなくなってしまった時は私達が無理矢理止めてあげますよ。

もしくは耳を塞いであげます。」

 

「……ありがとう、月魅。」

 

「いいんですよ、この程度。ほら、早く行きましょう。マスター達はもう先に進んでいますから。」

 

そう言って2人は先に進んでいる陽達のところへと向かっていく。そして、それを見張る影が一つ。

その影はすぐさま姿を消していた。故に、そこに居たことはその影以外知ることは無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見当たらねぇな。それなりにめぼしいことも起きていない。」

 

「5人に別れてぐるっと見渡したつもりなんですけどね……ここまで見つからないとなると……」

 

「……今日は本当に何もしないつもりなのかな?けど、そうなったら何でって疑問が出てくるんだけど……」

 

「元々奴が何をしておるかも分からんのじゃ、考えても仕方あるまい……じゃが、妙だと感じているのは妾もじゃ……」

 

「……今日、いつもと違うようなことって何かあったのです?もししないのならそういうことになると思うのです……」

 

五人で座れるところを探して座り、話し合いを続ける陽達。何も見つからないということが物凄く不自然なのだ。

いつの間にか自分たちに気づいて暴れなくなった……という事は、そもそも人里に来ている時に襲われて起こった話なので襲わない訳が無いのだ。自分に対する周りの不信感を煽るのが目的なら尚更、である。

 

「……もう少し探してみるか。もしかしたらなにか手がかりが見つかるかもしれないしな。

見つからなかったらその時はその時だしな。」

 

「……その通りじゃな。じゃが、これ以上探すとなると少し離れた位置になるし少し移動を━━━」

 

言い終える前に黒音は銃を取り出して陽……の後ろに向けて放つ。陽は黒音が咄嗟に魔力弾を放った事に驚いたが、黒音が撃った方向に目を向けると更に驚いた。

 

「はぁはぁ……くそが!人間の癖に妖怪に力を貸してもらいやがって!この化物が!!」

 

「……主様、今主様はあの男に石を投げられたのじゃ。」

 

そこに居たのは一人の人間の男だった。当然面識など無いのだが、黒音が言っていることが本当ならば、自分は見知らぬ人間に石を投げられたことになると、陽は困惑の中、心のどこかで納得していた。

 

「……お前が、お前がいるせいで人里が襲われてんだろうが!!だったらここに来るなよ!なんだ、みんなの住んでいるところを壊して楽しいのか!?

わざわざ人里に来る理由はなんだ!?お前が来ることで人里は壊れ続けているのに!もう来るなよ!妖怪に囲まれて暮らしてろよこのバケモノ!!

人間のクズ、恥知らずめ!!」

 

「……言っていいことと悪いことが━━━」

 

「月魅、何も言うな……皆もだ。」

 

そう言って陽は手を出しかけていた月魅達を静止する。月魅達には何も手出し出来ないように一歩、また一歩と踏みしめて陽は男の前に出る。

 

「……謝ったところで、何が出来るわけでもないけど……俺のせいで、大切なものを失ってしまっているのなら……俺は、それを謝る……すまなかった……!」

 

そう言いながら陽は頭を下げた。深く深く、頭を下げた。近づいたのを警戒していた男だったが、陽のこの行動で困惑した表情を浮かべていた。

そして、フツフツと怒りも出てきていた。

 

「……謝っても、謝っても戻ってこねぇんだよ!!謝るくらいなら最初からここにこなけりゃあ良かったんだ!お前が妖怪につかなけりゃあ良かったんだ!さっさと死ねばよかったんだ!

お前がっ!お前が全ての元凶じゃないか!!お前がいなけりゃ良かったんじゃないか!!」

 

男は無我夢中で陽を殴った、蹴った。だが、陽はそれだけされても決して頭をあげることは無かった。

そして、陽鬼達も手を上げることはしなかった。陽が出すなと言っていたから出すのは止めていた。もっとも、男の暴力により陽が負う傷はほとんど陽の凄まじい回復力により消えてはいるが。

 

「はぁはぁ……くそ、くそっ……!何でだ、何でなんだよ……!……萎えたから今日のところはこれくらいにして帰ってやる……」

 

そう言って男は踵を返して逃げるように走ってその場を去っていった。陽は男が去った後もしばらくは頭を上げずにじっとしていた。自分は何を守りたくて、何を守ればよかったのか……その事をじっと動かずに考えていた。

 

「……マスター、体の方は……」

 

「傷は完全に治っている……体の方は完全に回復したよ……俺は、ああ言う人間の文句も全部受け止めきれるつもりでいた、本当にそのつもりで終わってしまうなんて思わなかったけどな。

けど、いざあぁやって文句を言われてしまうと、自分はそういえばなんのために戦っていたのかが分からなくなってしまったよ。」

 

「……帰りましょう、今の貴方に必要なのは……休む事です。今日はもう戻って身体も、心も休めましょう……」

 

そう言って月魅は大人化の魔法によりでかくなり、陽に肩を貸した。そしてゆっくりと歩いていってそのままその場から離れようとしたその瞬間、()()()()()

 

「おいおい逃げるなんて無粋な真似はよせよ……っと!!」

 

目の前に刺さる大きな剣。この場にいる全員がその剣に見覚えがあった。そして、この剣の持ち主こそが……今回の探していた相手であった。

 

「ツキカゼ……このタイミング……どっかで隠れてみていやがったな?じゃなけりゃこんな器用にはうまくいかない。

下手をすればさっきの男もツキカゼに協力させられた………って線もあるが。」

 

「それはご想像にお任せしよう……だが、今言えるのはただ一つ……お前が今俺に勝てる要素である精神面での強さが、無くなっているということだ。

こんないい機会を逃すなんてことを俺がするはずもないしな。」

 

月魅は陽に肩を貸しながらゆっくりと剣から離れていった。今ツキカゼの剣をとって反撃しても、本来の力を発揮できないまま殺されるのが目に見えていると分かっているからだ。

 

「なんの力もない人間にボコボコにされた気分はどうだ?お前のせいで人間達は被害を受けている訳だが……その辺は、どういう思いなんだ?」

 

にやけながらツキカゼは刺さっている大剣を抜いてから背負い、陽達に近づいていく。

そして剣の間合いに入るための1歩踏み出した瞬間に━━━

 

「なっ!?」

 

━━━爆発が起きた。と言っても、火薬ありきの爆発ではなくただの煙がその場で一気に広がっただけなのだが。

しかし、不意打ちも同然だったのでツキカゼはまんまと罠にハマっていた。

 

「引っかかった……なっ!!」

 

刀を振りかぶり、中からは月化のスペルを使って月魅を憑依させた陽が現れた。とっさに反応できたツキカゼは、ギリギリでその刀の一撃を防ぐことには成功していた……が、陽の攻撃はこれでは終わらなかった。

 

「貴様を倒すのに一撃だけだと思うな!!」

 

そう言いながら陽は刀を振り抜く速度を維持したまま一回転してさらにもう一撃、さらに一回転して一撃……というふうに回転しながらツキカゼを攻撃していった。

 

「一々……調子に乗るなっ!!」

 

「ぐっ!!」

 

ある程度ツキカゼを押し出したところで陽はツキカゼの反撃で吹き飛ばされる。

そして、二人は睨み合う形となっている。

 

「……ここで戦う気か?さっきお前はここで戦って被害を出していたじゃないか。」

 

「……だから、出さないようにすればいい……!」

 

こうして、人間であるツキカゼと妖怪となった月風の戦いが今、火蓋を切ろうとしていたのであった。



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逃走

「ぐっ……!なんだこの動きは……!」

 

「貴様の動きに対応するためには……月化が一番丁度よかった。貴様の剣の速度は確かに早い。人間のそれにしては大剣を片手で……それもまるで攻防一体となった戦い方が出来る……相当なものだ。

だが、ならばそれを上回る速度で……一番速度の早いこの月化なら……我は貴様以上に早くなる……!」

 

凄まじい斬り合い。人里上空に上がり斬り合いを続ける月魅を憑依させた陽とツキカゼ。

戦いは陽の方が優勢になっていた。陽が一撃を放ち、その一撃をツキカゼが防げば、その隙を狙って陽が新たな一打を加え続けるという光景が出来上がっていた。

 

「……確かに……面倒だな。だが、そこまで早いのなら俺は手数を増やせばいい……!」

 

『合致[ツーペア]』

 

『合致[スリーペア]』

 

『合致[フォーカード]』

 

その音声とともにツキカゼは三人に増える。そして一撃を四連撃に、叩きつける一撃の重みは倍となる。

陽はその三人のツキカゼに襲われても依然として押されることは無かった。攻撃を刀で受け流し、避けて、逆に弾き返すなど問題なく戦えていた。

 

「何故だ…何故そこまで強くなっている……!」

 

「……強くなった訳では無い。だが、憑依さえさせてくれればこちらのもの、という訳だ。

貴様にはスペルカード無効化のスペルカードがあったな?あれを使われれば終わりだが……どうやらその様子だと使用直後でないと発動しても意味が無いのではないのか?」

 

「……たった一度でよく感づけたものだ。」

 

「いいや、確信を得たのは先程の煙さ……だが、それが俺にとって千載一遇のチャンスをくれたという訳さ。」

 

一度距離をとる二人。だが、距離を取ったすぐさまにツキカゼは攻撃を仕掛けていく。

陽もそれに対応するためにさらに素早く動く。

 

「煙、か……あれはお前の吸血鬼が仕掛けたことだろう?魔法で、驚かす程度のものだけを用意していた……残っている三人の力は借りぬのか?そうすればお前はもっと勝ちやすくなるだろうな?」

 

口角を上げて笑みを浮かべるツキカゼ。しかし陽はそのツキカゼに対して凛とした態度で応戦する。

 

「あいつらの力は借りない……今3人には俺とお前の攻撃で発生した余波を打ち消す役割を果たしてもらっているからな?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。とうぜんその流れ弾を消さねばお前の思いどおりになってしまうのも分かりきっている。」

 

「ふん……だったら正真正銘二人の対決というわけだ……!」

 

さらに苛烈になっていく二人の斬り合い。陽はひたすら滑らかに動いて、ツキカゼの動きを完全に把握しているかのような戦い方をしていく。

風のようにひらりひらりと攻撃を避け、時に向かい風が吹くかのように強烈な一撃を叩き込んでいく。

 

「ちぃ……三人でダメなら……もっと増やしてやろう!!」

 

『06[フランドール・スカーレット]』

 

機械音声が鳴り響き三人のツキカゼはフランの姿を取る。そして更にそこからスペルカードを取りたして発動させる。

 

「追加だ……禁忌[フォー・オブ・アカインド]!」

 

そして三人のツキカゼは一人一人がそれぞれ4人のフランとなり……この場には12人のフランドール・スカーレットが揃った。

それぞれのフランが即座にいっせいに弾幕を放つ。それは回避不能、前後左右上下全方位360°の方向から迫り来る弾幕。そこまでの密度、回避不能。ならばやるべき事は一つと、陽は……()()()()()()()

 

「何っ!?」

 

「……月光[(しん)]」

 

そのスペルを唱えた瞬間、周りにあったすべての弾幕が消え去った。まるでなにかに打ち消されたかのように。そして弾幕が消えたのと同時に陽の持っていた刀も消えていた。

 

「……何だ、何が起きた。」

 

「……答えを直接言うのは面白くない……ならば、ヒントをやろう。

新月は……()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

そう言って陽は両手を掌底の構えでツキカゼ達に飛び込んでいく。ツキカゼは頭の中で今何が起きたかを整理しながら陽と応対する。

弾幕と陽の刀がすべて消えた、スペル宣言の前に刀を折った、そして先程の陽の言った言葉……それらの要因が一体何を意味するのか。

 

「考えさせる暇など与えん……!」

 

そう言って陽はその場で分身体の一体に視線を向けて腕を振り下ろす。その分身体のツキカゼは陽の行動から咄嗟に大剣を自分の体に被せるようにして何かから攻撃を防ぐような体制をとる。

だが、それはなんの意味をなさずに分身体を切り裂いて分身体は消えてしまう。

 

「……あまり手の内を見せるのはな……だからこそ……!」

 

本体のツキカゼは陽が構えた瞬間にとっさに上に向けて飛ぶ。陽はそのまま縦に横、更に斜め二方向で全て円を描くように体を動かす。

分身体達は何が起こったのかわからないまま攻撃を受け、そして消え去った。

 

「逃がしたか……だが、距離を開けられた程度で……!」

 

そう言いながら上に飛んだツキカゼに迫る陽。ツキカゼの速度よりも早く飛んでいる陽はそのままツキカゼに追いつき、まるで何かで突くような行動を取ろうとする。

だがそれに気づいたツキカゼは、大剣を自分の体に被せるようにして防御態勢を取る。陽はそのまま突きを繰り出す。すると、金属音とともにツキカゼが吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……!」

 

「見切られていたとしても……次の一撃は防げるか……!?」

 

吹き飛ばされたツキカゼに高速で迫り、一気に追いつく陽。ツキカゼは大剣を振り抜いて陽を自分の間合いよりも遠い位置に移動させる。

 

「……気づいたのか?このスペルの能力を。」

 

「……刀が消えて、攻撃も消された。そして腕を奮ったら同じタイミングで分身体が切り裂かれた。

考えうるに『見えない刃』があるようなものだと察していた。だが、そう簡単なものではないということも良くわかった。俺の予想が正しければこれは……『見えない刃』とお前の『イメージ』が合わさって出来た視界=攻撃範囲という何とも恐ろしいスペルカードだ……!」

 

台詞を言い終える前にツキカゼは陽に切り込んでいく。陽は器用にそれを避けていくが、ツキカゼは攻撃を避けて隙の出来た陽に対して手のひらを当てた瞬間にスペル宣言をする。

 

「禁忌[レーヴァテイン]!!」

 

「ごはっ……!?」

 

スペルを唱えた瞬間に、陽の体に当てたツキカゼの手のひらからレーヴァテインが生成される。それは陽の体を貫き、その傷をレーヴァテインの炎によって燃やしていく。

 

「が、ああああ……!ぐぅっ!!」

 

「ぐっ……!」

 

陽は咄嗟にレーヴァテインを持っているツキカゼの腕の肩に向かって何かで突くような動きをする。それはツキカゼは防ぐことが出来ず、そのまま突き刺しっぱなしとなっていり、ツキカゼは力を込めることが出来ずに手を離すことになった。

 

「ぐ、が……はぁはぁ……!」

 

陽はレーヴァテインの柄を持って、レーヴァテインを無理やり引き抜いて投げ捨てる。主のいなくなった剣は一人でに消滅してしまう。

それを見て少しほっとした陽だったが、貫かれた腹の痛みでスグにレーヴァテインのことを頭から消さないといけないくらいになってしまっていた。

幸い、焼かれていたことで止血が偶発的に行われていたらしく、血は出ていなかった。

 

「……だが、それも意味をなさない。傷を焼いたからな……焦げた部分が邪魔をして再生ができないだろう。」

 

「問題ない……貴様の焼きなど関係ないくらいに俺の治癒能力は高いからな……こんな傷、すぐに回復するさ……!」

 

実際、貫かれた傷は徐々にだが回復はしていっていた。しかし、治っていってるといってもその速度は本当に微々たるものであり、少なくとも10分20分なんて時間で回復する傷でもなかった。

 

「強がりもそこまで来ると滑稽だな……しかも、お前の先程の攻撃でスペルの時間切れでも来たのか?刀の姿がはっきりと見えているぞ?」

 

「……時間制ではないさ。そして……これが来るのを我は待っていたのさ。」

 

陽が先程折った刀は確かに陽の手元に戻っていた。だが、陽は焦らずに逆に余裕を見せる。ツキカゼは陽のその態度に疑問を感じたが、行動しなければその疑問を確認する事も、陽を殺す事も出来ないと思い直して使える腕で大剣を構える。

 

「強がり……では無いみたいだな。となれば……さっさと殺してお前のやりたいことをさせなければいい!」

 

ツキカゼはフランの姿を解いて陽に切りかかる。陽はそれを何とか刀で防いでいく。

だが、陽は傷の痛みのせいでまともに動くことすらできない状況である。再生はすれど陽の体自身に痛みがない訳では無い。それを陽は限界を無くす程度の能力で理性を強化していた。痛みを無視できる程の理性を作り出しているのだ。

 

「ははは!驚いたな、その体でここまで動けるとは……だが、その無茶はいつまでも続けられると思わないことだ!」

 

ツキカゼが切り込みながら高笑いする。陽もそんなことはとっくの昔に理解していた。しかし、それでも無茶をしなければツキカゼを倒す事なんて出来るわけもないと考えていたのだ。

陽は隙を探していた。その隙に現状最後の切り札を叩き込む………その為の時間稼ぎを今行っているのだった。

 

「だが、俺も今は片腕しか使えない……だからこそ、このまま決めさせてもらう!!」

 

「貴様の言っている事なぞどうでもいい!ぺちゃくちゃと喋っている暇があるのならさっさと退場してほしいものだな!!」

 

「そんな事は百も承知だ!このまま、決めさせてもらうぞ……!月風陽、お前を殺して俺は祈願を達成する!!」

 

そう言ってお互いの一太刀により距離を空ける陽とツキカゼ。互いが互いに強烈な一太刀を相手に浴びせようと自らの武器を構える。

 

「……月光━━━」

 

「終わりだっ……!!」

 

そして、同時に飛び出す。だが陽は飛び出した直後にスペル宣言をし始める。ツキカゼは陽がスペル宣言をし、自分は片腕を使えなくなっている事によりスペルを使用できない状態なのを理解していた。それでもツキカゼは陽に向かってその強力な一太刀を浴びせようとしていた。

 

「━━━[(みちる)]」

 

青白く光り輝き始めたその刀はいとも簡単にツキカゼの大剣を弾き飛ばし、そしてその刀身はツキカゼへと迫っていく。

だが、それがツキカゼに届くことは叶わなかったのだ。

 

「……消え、た……!?」

 

スペルカード、月光[満]は相手を消すスペルカードでは無い。その効果は相手に強力な一太刀を浴びせて気絶させた後、斬った相手を全回復させるスペルカードである。

だが、今こうしてツキカゼは消えている。その事実が、陽にとってはツキカゼが逃げたと理解するのに充分な情報だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、まぁたあんたは厄介事を起こしたってわけ?」

 

「いや、別に俺は……はい……」

 

数分後、陽は霊夢にお説教を食らっていた。彼女には悪いと思ってはいるが、こればかりはどうしようもないだろうと言う愚痴も若干心の底で思っていた。

 

「まぁいいわ、被害を出してないだけまだマシだもの。なにかの建物が倒壊していたりすれば私が手伝う羽目になるんだしね……でも、まともな異変でもないのに呼び出されるのはゴメンなのよ。これ以上は無しにしてもらいたいわね。」

 

「はい……分かりました……」

 

霊夢は、しばらく黙った後に陽を見てじっとある部分を見つめ始めた。ぶっ刺されて穴が空いた腹部である。霊夢は訝しげな表情を浮かべてその腹の傷と陽の顔をチラチラと交互に見ていた。

 

「……にしてもあんたよくその傷で平気そーな顔してられるわね……普通の人間……いえ、妖怪だったとしてもこんな傷でアンタみたいな間抜け面は出来ないわよ。」

 

「……あ、やば……その事をすっかり━━━」

 

セリフを言い終える間もなく陽は倒れた。血こそ流れてはいないものの深い傷であることには変わりないと、霊夢は冷静に近くにいる人間を呼んで、永遠亭に連れていくように頼むのであった。

 

「にしても……あんた、痛み無視は私にも中々ないわね……本当に、よくやったわ。」

 

そう言いながら霊夢は少しだけ陽に対して微笑むのであった。



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治らない傷

「……」

 

「思ってたよりも傷の治りが遅いわね………長くても三日くらいで終わるものかと思ってたけど……5日経っているのに未だに治らないなんてね……何というか、やっぱり傷口を焼かれたのが響いているのかしらね。一応再生はし続けているみたいだけど……」

 

永遠亭。そこで陽は療養生活を続けていた。ツキカゼとの戦闘で腹に開けられた大穴、普通ならば出血死などの原因で寝たきりになってもおかしくないはずなのに陽は立って歩いていた。

歩く分には全くと言っていいほど問題は無いのだが、飯が食べられないために点滴をせざる得ないのだ。

 

「……こうやって毎日見続けていると本当に再生し続けているのか怪しいわね……気持ち回復しているように見えるくらいしかないもの。

ま、相手が傷口を焼いてくれたことが本当に幸いだった訳ね。だからといって感謝しちゃあダメだけれど。」

 

「……一応回復してる感じはある。焦げた傷口が何かずっとむず痒いし熱を持っているように感じるし……」

 

「うーん……なら回復しているのかしらね……ただ再生能力が追いついてない感じね。ただほとんど進行してないような見えるのを考えると、かなり長い間ここにいないといけないわね。

点滴も打ってないといけないし、何より何かあった時に咄嗟に対処できないのは困るのよ。」

 

そう言いながら永琳はカルテに何かを書き込んでいる。陽は自分の回復経過を書き込んでいるのだろうと思い、何も言わなかった。

それよりも陽からしてみれば、たまに少し痛むだけで動くことにもあまり支障をきたしてない以上、こうやってベッドに基本的に寝かされるのはものすごく退屈な事であった。

 

「あ、今度黙って歩き出そうとしたら優曇華にその焦げ跡剥がさせるからね。」

 

「それ優曇華にも精神的ダメージ行かないか……?」

 

患者の傷口を悪化させようとするこいつは本当に医者なのか、と陽はうっすらと思ったが、永琳ならば本気でやらせかねないと思い仕方なく陽は黙って横になり続けるのであった。

何か暇つぶしが出来ないかとトランプを作り出したはいいものの、一人では何も出来ないので結局それは放置されるだけになったのだった。

 

「陽~大丈夫ー?」

 

「マスター、お見舞いに来ました。」

 

「陽鬼と月魅か……ありがと、お見舞いに来てくれて。」

 

しばらくして、陽の病室に陽鬼と月魅が入ってくる。暇を持て余し始めた頃に来たので会話だろうがなんだろうが、陽はこの暇さえ潰せれば何でも良くなっていた。

部屋に入ってきた時、月魅が側に置かれているトランプに気づいた。

 

「おや……これは……」

 

「トランプ、陽鬼は知らないみたいだけど月魅は知ってる?」

 

「……一応、月にいた頃に同僚と遊んでいた記憶があります。」

 

「へぇ……何で遊んでたの、ババ抜き?」

 

「いえ、大富豪で遊んでました。」

 

お屋敷に召使いのような職で住んでいた、というのは陽は知っていたが、そういう立場の者が大富豪というのはいいのだろうか?という気がしていた。

 

「じゃあそれする?他にもルール知ってるのあれば陽鬼に適宜教えていきながらしていけばいいしさ。」

 

「そうですね、そうしましょう。」

 

「………二人共なんの話をしてるの?」

 

イマイチ話についていけていない陽鬼に説明を挟みながら、トランプで色んなゲームをしていく3人。陽は久々に時間を潰せて十分に満足できる日が遅れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と遊んだ様ね。まぁ暴れてないだけまだマシかもしれないけれど。」

 

「う……いいだろ、この頃ずっと暇を持て余してたんだからそれくらい許してくれよ。」

 

「別に怒ってるわけじゃないのよ。ただ、普通ならそんな大傷だと誰とも遊ぶことが出来ないくらいには安静にして置かないといけないのよ?

焦げ目が瘡蓋のような役割を果たしているせいで手術すら出来やしない……そんな状況の傷だと柄にもなく心配しっぱなしになってしまってるわ……」

 

永琳のため息混じりの愚痴に陽は反論することなく気まずそうな顔で目を逸らしていた。そりゃあ治っているが治らない傷を負ってしまっている元気はつらつな患者なんて見ててハラハラするだろう。

 

「……まぁ、無理さえしなければなんでもいいのよ。ただ、その火傷跡で偶然出来た瘡蓋はいずれ無くなるわ。それが完治する前になったら……維持でも治療を受けてもらうわ。触っちゃダメよ?下手したら死ぬから。」

 

「……分かった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、流石の私もそうなると退屈で死にそうになるわねぇ……ほら3カード。」

 

「退屈を潰してくれるのは有難いが……わざわざ夜に来なくてもよかっただろ……傷を見られたら気絶する人がいるかもしれない、ってことでここは一応個室が並んでるところよりも離された隔離エリアみたいなものだけれど…4カード」

 

夜、レミリアがこっそりと陽の病室に入ってきた。永琳や優曇華が気づいてない間に入ったのだろうが、迷惑とか考えないのだろうかと思いながらも、彼女達の暇潰しに付き合っていた。

 

「あら、私が負けてしまったわ……とは言うものの、貴方以外に夜の暇潰しができる者がいないのよ。咲夜やパチュリー、美鈴は夜に寝てしまうし、フランと遊べばどっかんばったんの弾幕ごっこになってしまうもの。

霊夢は起こしたら寝起き悪いから殴り飛ばされるし……だったらここがいいと思ったのよ、丁度あなたが入院しているし。」

 

「人の入院を暇潰しの口実にするなよ……」

 

二人はポーカーをしながら時間を潰していた。陽はろくに動いてもいない為に眠気が来ない、レミリアはそもそも夜行性というのが二人の暇つぶしという目的にがっちり当てはまっているのだ。

故に二人は、トランプをいじりながら時間を潰していた。

 

「いいじゃない、貴方が本当に大怪我に足り得る状態なら私は来ないわよ。いえ、来ていたとしてもわざわざ部屋に入ることはしなかったと思うわ。」

 

「まぁ俺自身でも不思議なくらいピンピンしてるからな……ここで『俺は重症の怪我人だ』なんていっても誰も心配してくれないのは明白だしな……ほんとなんで腹に穴空いてるのにこんなピンピンしてられるんだかわからん……」

 

「まぁ、あなたの体の生存欲求が他の妖怪や人間よりも大きいってことなんでしょう、そうでも無ければそんな大怪我私だったとしても死ねるわ。恐らくそんな大怪我を負えば妖怪であっても大半の妖怪が死に絶えるでしょうね……フルハウスよ。」

 

カードを出しながらレミリアは自分の事を述べる。自分の怪我が即死レベルだと言うのは目に見えて明らかなものであり、自分が異質だというのも明らかなものである。

しかし体の生存欲求が強い、と言われても陽にはなんのことだかよく理解出来ていなかった。

カードを交換しながら陽はそんなことを考えていた。

 

「げ……ワンペアだ……まずこんな怪我して生きていられるのは不死者……蓬莱人だけだろうよ。

俺は蓬莱人じゃないが、傷口を焼かれてるのが都合が良すぎるくらいに運が良かったらしいってな。」

 

「いやいや、私はそういうことを言ってるんじゃないわ。そもそも血がでていようがいまいが、そんな傷を負った時点で死んでいる、って言っているのよ。

蓬莱人なら確かに死なないかもしれないけれど、焼かれてても……いいえ、焼かれていたら余計に死んでるわよ、普通。」

 

「……何を言ってるのかよくわからないな。こんな傷負うことはないんだからそんなこと分からないだろ?人間なら確かに死んでいたかもしれないけど……事実、俺は生きてるじゃないか。だったら……他の奴らだって生きるんじゃないのか?」

 

「貴方の当たり前が私達の当たり前じゃないのよ……考えて見なさい、回復力の強い貴方でさえゆっくりとしか回復できない……なら、回復力が貴方よりも低い私達はどうなるのかしら?はい、ストレートフラッシュよ。」

 

揃っていない手札5枚を1枚ずつ交換しながら、陽はレミリアに言われたことを考えていた。そもそも、彼はレミリア達が自分よりも回復量が低い、だなんて思っていないのだ。

だから、回復力が自分よりも低かったら……そもそも回復さえしないという結論にしかたどり着かなかった。そして、その結論に達してしまったが故に達した答えもあった。

 

「貴方は、自分の事を遠慮なく捨てれるわ。でも同時にそれが当たり前だとも思い込んでしまってる。異質なのよ……貴方は。その考えも、性質も、生き方でさえも全てが異質で歪に歪んでいるのよ。

分かっている答えを見ようとしないのは愚者の考え、例え信じたくない事実でも信じざるを得ない時は来るのよ。」

 

「……何が言いたい?ただ俺は他より回復力が高いってだけで━━━」

 

「これだけ言ってもわからないなら、私から突きつけてあげるわ。

月風陽、貴方は……()()()()()()()

人間を媒体に、鬼、精霊、吸血鬼……今分かっているのは四つの力を受け継いでいること。そして、新たに増えた眷属の力も……天使だったかしら?その力も貴方は手に入れる。その得た力のお陰で貴方はあなた自身の強さを伸ばしていってる。

けれど、それだけじゃない……陽と陰、闇と光。混ざることのない力の組み合わせを貴方は二つ持っている。おかしくないかしら?パチュリーの様な魔法の力ならまだしも、何故持つことのない性質同士を持っていられるのかしら?」

 

レミリアは微笑みながら陽に問う。陽にはその問題の答えを考える術はなかった。自分の存在の圧倒的矛盾感。妖力では妖怪を浄化出来はしないのと同じように、太陽と月は同じところでは輝けないし光と闇が何も無い空間で同居できるわけもない。しかし、それらが同居しているのが陽なのである。

 

「わかる、分けないだろ……レミリア、お前は自分はなんで吸血鬼としての力を持って生まれたのか、なんて聞かれたら答えられるのか?」

 

「……その質問には確かに答えられないわね。けれど、質問の意味合いが違うわ。私が求めているのは、『ただの人間だった貴方がどうして妖怪の力だけを何の代償もなしに使用することが出来るのか』という質問の答えよ。付け加えるなら『何故相反する属性をその身に宿しておけるのか』という質問の答えも欲しいけれど。

けど貴方が今言ったことは『どうしてお前はその力を持って生まれたのか』という事。生まれながらの性質と後付けの性質を比べないでほしいところね。」

 

「……ただの言葉遊びだ。答えられないことには変わりはない。」

 

「貴方のは揚げ足取りね。さ、私はもう帰るわ……勝負はあなたの勝ちでいいわよ……もっとも、その手札じゃあ必要ないことだったかもしれないわね。」

 

レミリアは陽の手札を見ずにそのまま窓から立ち去る。その手札を、ロイヤルストレートフラッシュになっている手札を見ながら陽は自分の存在は何なのかを改めて考えていく。

 

「俺は……人間でも、妖怪でも……ない………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……咲夜、あなたずっと此処で待っていたの?別に一人で帰れるし待たなくてもよかったのよ?」

 

「私はお嬢様のメイドでございます……いつでも、貴方の傍にいる事こそが私のやるべき事なのです。」

 

「ふふ、貴方のような従者を持てて私は幸せよ。じゃあ、帰りましょうか……月夜をバックに帰るのも、悪くない。」

 

「了解致しました。」

 

そして二人は飛び始める。飛びながらレミリアはあることを思いつき、咲夜の顔を見ながら口を開く。

 

「ねぇ咲夜、もし太陽と月が同時に輝いていて……闇と光が共存し合える世界があるとしたら……貴方はその世界がどんなところか想像できるかしら?」

 

「太陽と月が同時に輝いていて、闇と光が共存し会える世界……ですか……申し訳ありませんが、私目にはそれがどのような世界か想像つきませぬ。」

 

「そうね……私も想像出来ないわ。

けれど……そんなのを体現できてしまったものは……恐らく……矛盾を体現できる者なのでしょう……」

 

月を見上げながらレミリアは空を飛ぶ。咲夜はそんなレミリアを見つめながら、レミリアが言いたいことの意味を考える。

月が輝く夜、一人の主は自分の投げかけた質問にどう決着をつけてくれるのか。一人の少年に期待するのであった。



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残る傷跡

「……流石にあれだけ深いと再生しづらいんだな。」

 

「あなたの治癒能力自体は既にとんでもないくらい働いたわよ……火傷跡の下から徐々にとはいえ再生していってたんだから並の回復力でないことだけは確かよ。

今のその傷痕は貴方の回復力が完全に治せなかった……つまり、歪んでしまったのよ、二度と体の形が戻らない形としてね。戒めとして起きなさい、治癒能力に頼りすぎる戦い方はダメだってね。」

 

永遠亭、陽は既にそこを退院して今すぐに帰る体制となっていた。だが、ツキカゼに貫かれた傷痕は完全には治らず、うっすらと繋ぎ目のように残っていた。

 

「心に刻んでおくよ……じゃ、ありがとうな。」

 

「いいわよ、あなたが何度も来てくれるおかげでお金が困らなくなるもの。

……まぁ、冗談はこの程度で止めるけど……貴方、傷痕の事もそうだけれど今の戦いを続けていたら本当に命がいくつあっても足りないわよ?自分の体が再生してるからいくら失っても痛くない……なんて闘い方妖怪でもしないわ。

だから……医者からの忠告よ、戦うなとは言わないけれど……もっと攻撃を避けなさい。当たっても回復すればいい、なんて言うのは自殺志願者よ……それをして泣かせる人がいるんだから……気をつけなさい。」

 

「……その忠告も、受け入れたよ。」

 

そう言って陽は永遠亭から離れていく。しかし、永琳の顔も陽の顔も晴れやかではなかった。

永琳は多分またここに来ることになるだろうな、というしたくもない予想をしてため息をしており、陽はまだ自分は弱いと自虐を内心でしていたからだったためである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陽ー!」

 

「あだっ……ただいま、陽鬼……」

 

八雲邸に帰ってきた陽。そして帰ってきた途端に力強く抱きついてくる陽鬼を苦笑しながら撫でていき、帰ってきたことを再確認する陽。

しかし、いつまで経っても陽鬼以外のメンバーが帰ってこない事に気づいた陽は、とりあえず陽鬼を抱き上げて家の中へと上がっていく。

 

「……みんな居ないな。陽鬼、他の皆はどうしたんだ?」

 

「月魅、黒音、光は三人で人里に向かったよ。自警を促しているんだってさ。

紫と藍は仕事に向かってるよ。私はここで陽が帰ってくるのを待ってたんだよ。」

 

「そうか……ありがとうな、陽鬼。」

 

事情を聞いた陽は陽鬼の頭を再度撫でる。気持ちよさそうに目を細める陽鬼を見ながら、陽は最近まともな飯を食べていなかったことに気づいた。かと言っていきなり重いものは作れないので、とりあえずお粥を作ろうと考え始めていた。永琳にも、千切れていた内蔵はすべて繋がっているのを確認してもらっているため既に食べても安心な状態ではある。

 

「あれ?陽どこか行くの?」

 

「ん?いや最近まともな飯を食べれてなかったし、丁度いいからお粥でも作って見ようかなって思ってさ。」

 

「ん、分かった。」

 

一人で台所に向かい、お粥を作り始める陽。運動は禁止されていたものの、軽い筋トレ程度なら許されていたので毎日適当な重さのものを作ってはそれを片手で持って、持ち上げては下げて持ち上げては下げてを繰り返していたため、別段筋力の低下で鍋が持てないという弊害は起こっておらず、スムーズに住んでいた。

 

「……ちょっと様子見に来たけど思ってたよりてきぱき進んでるね……」

 

「……皿、出してくれるか?ちょっと量を多めに作っちゃったみたいだからさ。」

 

「っ!うん分かった!!」

 

陽は、陽鬼にそう言って皿を取りに行ったのを確認すると、もう一つ鍋を用意して半分ほどもう一つの鍋の方に移してから、色々な調味料や材料を用意して、片方のお粥に突っ込んでいった。流石に自分のものと同じものでは飽きるだろうと、陽鬼の好きな味付けと材料を選んでそれらをトッピングしたのだ。

 

「お皿持ってきたよ!!」

 

そう言って2枚皿を出してきた陽鬼。陽はそのうち一枚を取って何も具が入っていないお粥を並々と入れていく。そして、もう一つのお皿にもう一つの方の陽鬼仕様な方を入れていく。

 

「こっちの方が陽鬼の、こっちの方が俺の……お代わりしたかったら言ってくれよ?俺が入れてあげるからさ。」

 

「うん!!頂きます!!」

 

元気よく叫びながら陽鬼はお粥を流し込むように食べていく。元々かなりの量を食べる陽鬼。お粥に材料を入れるくらいしなければ量を誤魔化せないだろうと、陽は内心考えていた。

 

「おかわり!」

 

だが、結局すぐに食べ終えて鍋の半分あった量があっという間に無くなったのだが。

しかし、陽はこの状況を見て帰って来れたことがとたんに嬉しく思えるようになっていた。自分の作った物がいっぱい食べられる、そういうのを見てこれからまたみんなのためにご飯が作れるのだ。という楽しみが出来ていた。

 

「……?陽、何でそんなにニコニコしてるの?なにか楽しいことでも思い出してた?」

 

「……まぁある意味楽しいことを思い出してたな。今度からまたその楽しみが味わえる、って考えてた。」

 

「わっ……そんなに頭撫でないでよ~……擽ったいから~」

 

陽が頭を撫でると、照れる様に陽鬼は頭を振っていた。しかし、抵抗する意志はそこまで無いようなので、陽はそのまま満足するまでずっと陽鬼の頭を撫で続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー……ふぅ、疲れたわ……」

 

「ただいま戻りました……」

 

「おかえり、みんな。」

 

しばらくしてから、日も沈み始めた夕焼けの時間帯にみんなが帰ってきていた。

陽は眠っている陽鬼をまるで人形のように抱きしめながら全員を迎えに行ったのだが。

 

「……何故陽鬼をそうやって抱いて持ってきているんですか?」

 

「そうよ、眠っているならわざわざ持ってこずに寝かせてやれば……」

 

「いや、これ……腕ダラーンとしてて分かりにくいかもしれないけれど、脇に腕が挟まれてうんともすんとも言わないんだよ……ぜんっぜん動かないもんだから仕方なく陽鬼事こっちに持ってきた、ってこと。」

 

「……本当なのです。陽鬼、脇でご主人様の腕をガッチリ固定しちゃってるのです。」

 

光が軽く確認してからそう答える。それを聞いた紫達は苦笑しながら納得をしていた。

何せ、本気で陽鬼に抱きつかれたら腕力では絶対に離れないからだ。

 

「まぁそういうことならしょうがないのじゃ。というか主様は良く痛みを感じないの……とんでもない馬鹿力の筈じゃろ?」

 

「あぁ…なんかもう慣れてきた部分もあるから。それに体が妖怪化していってるしそれも余計にあるのかもしれないな。割と頑丈になってきているしな。」

 

「……まぁ、離れられないならしょうがないわよね。晩御飯は私達が作りましょうか?」

 

「うーん……じゃあ頼もうかな…直前までに陽鬼が起きなかったらそうさせて━━━」

 

と陽セリフを言い終える前に月魅が陽鬼に近づく。それに気づいた陽は何をする気なのかを聞こうとしたのだが、それを言う前に月魅が陽鬼の耳元へと口を寄せる。

 

「起きないとご飯が食べられませんよ。」

 

「ご飯っ!?」

 

そして月魅の一言により、陽鬼は目を覚ます。そして辺りを見渡そうとするが……

 

「陽鬼!角!角が引っかかって痛い痛い!!」

 

陽鬼の角は後ろ向きに伸びているため、抱き上げている時は陽の肩に乗せる形で問題なかったが、いざ首を回そうとすると陽の首に角がクリーンヒットする為、陽鬼は角を思い通りに回せない状態となっていた。

 

「ご、ごめん!今降りるから!!それで、ご飯はどこ!?」

 

「ま、まだ出来てないですよ……単純に貴方の目を覚まさせるためだけの嘘です。」

 

「……そっか……」

 

夕飯がまだ出来ていないことを知った陽鬼は、陽から降りて凹みながら部屋へと戻っていく。

 

「……流石に、ご飯関連の嘘はつかない方が良かったんでしょうか?」

 

「ガチで凹んでたもんな……まぁご飯すぐ作ればき機嫌治ると思うけど……どれだけ腹が減ってたんだろうな……とりあえず飯作るか。」

 

「私も手伝おう。何を作るかは任せる。」

 

そう話し合いながら陽と藍は台所へと向かっていった。残された4人は顔を見合わせてから、陽達について行く様に台所へと向かったのだった。

 

「ごっ飯ー、ごっ飯ー……まだかなぁー……」

 

リズムを取りながらまるで歌でも歌うかのように夕飯の完成を待つ陽鬼がそこにはいた。

月魅達も自身の席へと座って料理を作る二人を観察しながらじっと待っていた。

 

「……料理、のう……妾も作れるようになった方がいいんじゃろうか?いつもいつも二人にばかり作らせるわけにはいかんからの。」

 

「……そうですね、そうなると私も作れるようになった方が良さそうですね……」

 

「なら、私も作れるようになりたいのです。」

 

「なら私が教えてあげるわ。これでもお粥は作れるようになったのよ。」

 

三人が話し合っている中、自信満々に胸を張って自信に満ちた顔をする紫。しかし、その自信は三人の冷ややかな目線によりすぐ壊れそうになっていた。

 

「……な、なによ三人してそんな目をして私を見るなんて……わ、私なにかまずい事言ったかしら?」

 

「……流石に妾達も━━━」

 

「お粥くらいは━━━」

 

「作れるようになっているのです。」

 

三人で息の合った台詞を続けていく。紫は少し渋い顔になったが、一応お粥以外も練習したんだぞ、という事を言おうと口を開こうとした時、その場で独特なリズムを取りながら歌っていた陽鬼が会話に割り込んできた。

 

「何々?みんな料理出来るの?」

 

「え?え、えぇ……マスターほどとは言いませんし、本当に簡単なものだけしかできませんが…」

 

「じゃあ食べてみたい!みんなの!」

 

「ご飯出来た……って皆してなんの話してんだよ?食べるって……どういう事だ?」

 

飯の用意が出来た陽と藍が戻ってくるが、陽は陽鬼達の話の内容がイマイチ掴めないため、頭に疑問符を浮かべていた。ちゃっかり自身の耳で音を聞いていた藍が、代わりに掻い摘んで説明することとなった。

 

「なるほど………俺と藍と陽鬼以外の4人がそれぞれ料理を作ってそれを食べ比べしたい、っていう話だったのか。」

 

「そういう事だ……しかし、私はその案には反対だ。万が一そのせいで紫様が怪我でもなされたら式神失格だからな。」

 

「藍……自分の怪我は自分の責任なのだから、貴方が私の怪我の安否を気にしなくてもいいのに……それに、私は怪我なんてしないわよ。料理に慣れてるんだから。」

 

「お粥しかできないと言っていたのに……何でこう自信に満ちているんですか……お粥ってせいぜい火傷くらいではありませんでしたっけ……いえ、偶に食材を入れる事もありますから包丁を使う時は使いますね……」

 

自信に満ちている紫を見ながらポツリと月魅はそう呟いていた。途中で紫が睨みを利かせてきた為に、即座に否定の言葉を入れたのであった。

 

「だが、発想は面白いな。料理対決みたいなの見ているようでさ……ならいっそのこと、料理対決でもしてみるか?」

 

「どんな風にするの?」

 

ポツリと陽が言った言葉に陽鬼が食いついた。別に答えない意味は無いので、陽は陽鬼に料理対決とはどういう意味を言った。説明が終わると、陽鬼はまるでその料理対決が起きないか、と言わんばかりの期待に満ちた目をしていた。

 

「……じゃあ、してみましょうか?その料理対決とやらを……」

 

「……そうだな、偶にはみんなの息抜きもしたいところだしな。じゃあしてみようか……料理対決。」

 

こうして、急遽紫、月魅、黒音、光の4人の料理対決が始まることとなったのだった。そして、陽、藍、陽鬼は審査員かのような立ち位置でもある。試合自体は、翌日から行われる予定となり、八雲邸は料理の勝負場となったのであった。



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光天使

「……光とも、か?」

 

「出来れば良いな~程度じゃ。無理してしなくとも良いが……少なくともできれば戦力アップになることは間違いないじゃろ?

実際、妾と憑依してる時も近接銃撃戦らしいしのう。完全な遠距離戦を手に入れられればまず間違いなく戦力になるはずじゃ。」

 

唐突に陽の部屋にやってきた黒音が話し始めたこと、それが光との憑依の話だった。

陽は、確かに戦力にこそなるが遠距離戦と言っても離れられる時間があるのか?という疑問が頭の中で残っているためにあまり賛同しかねない戦い方であった。

 

「なると言っても……色々問題があるだろ?陽鬼も、月魅も、黒音も……皆何かしらの方法で近接戦闘ができるんだ。それが憑依スペルにも生かされてる……完全な遠距離戦となるとさっきも言ったように問題があるんじゃないか?」

 

「離れられる時間くらい稼げるのじゃ。とは言っても主様の言いたいことは充分にわかる……なればこそ、その弱点を克服するためにはどういう戦い方をすればいいのかを考えるべきじゃ。」

 

「うーん……」

 

『やはり賛同できない』というのが陽の見解であった。そもそも弓矢という武器自体が動き回って狙撃する武器でもないのだから、光を憑依させてほぼほぼ無抵抗で光に危害が加わる事は避けたいことでもあるのだ。

 

「………そう言えば、ふと思ったんじゃが……」

 

「ん?何だ?」

 

「主様は紫や藍、その他大勢のものを憑依させたいとは思わんのかの?妾は何故主様が妾達以外の人物を憑依させないか気になってしょうがないんじゃが。」

 

「……そう言えば、何でできないんだろう。別に紫とは言わないまでも……何故か俺のところに来たお前達だけしか憑依させられないんだよな。」

 

言われてから気になった問題。何故憑依しなかったのか、を最初に考えさせられてしまったが、よくよく考えれば『何故憑依出来ることが気にならなかったのか』という疑問になった。

 

「妾達だけ、のう……別に妾達より後に来た者達を憑依できる能力……でも無いじゃろ?そうなれば主様は三つの能力を保持してることになってしまうのう。」

 

「三つ能力持ち……いや、待てよ?何で今までその発想にいかなかったんだよ?」

 

「む?どういう事じゃ?」

 

「だって……俺の使う憑依を知っているのは俺達だけじゃないだろ?いや、仮に俺達だけだったとしても……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!」

 

陽に言われて黒音ははっとした顔になる。陽も陽で何故?どうして?という疑問に駆られ続けていた。今まで気づかなかったこともそうだが、誰一人として陽の事を『三つ能力持ち』という扱いにはしなかったのだ。

 

「……少しばかり、考えないといけないかもしれんの。主様の憑依……いや、そもそも主様には対象の誰かを憑依させる能力はないのかもしれんな。」

 

「どういう事だよ。」

 

「簡単な話じゃ……自身ですら三つ能力持ちと認識しなかったのは『能力を使っている』という感覚が今まで無かったからだと思うのじゃ。

ならば、もしかしたら原因は妾達の方にあるのかもしれぬ。あくまでも予測じゃがな。」

 

「……黒音達の、方に……?」

 

黒音が意図せず漏らした言葉に陽は反応した、反応してしまった。彼はその理由を知っているからだ。いや、思い当たる節があると言っていいだろう。

真実かどうかはわからない、けれどあれがもし真実ならば、それならば憑依が出来るのも分かる……と陽は内心で納得してしまっていた。

納得したその瞬間に……目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前はずっとここで破滅するまで待ってろ。」

 

「……はい。」

 

捨てられたのは一人の無感情な天使。無愛想で、無感情で、無表情で……そんな彼女が捨てられたのはどこかの山道だった。

彼女は主の言いつけ通りにずっとそこに居た。ご飯は取らなくても生きていける性質を持っているので、餓死をすることは無かった。

 

「……」

 

空を見上げる。太陽が冴え渡り、曇り空が広がり、雨が降って雪が降る。桜が舞い散り、日射に照らされ、紅葉した葉っぱが落ちて寒くなる。

稀に人が通ることもあった。老人が通ることもあれば、何かにつけて他のものにイチャモンをつけ、その他を傷つけ壊していく者達も通る。

その天使は前者にお供えされることもあれば、後者に傷つけられることもあった。

それでも彼女はそこでじっとしていた。何があってもじっとしていた。

じっとしている内に、天使はふと感じていたことがあった。『どうすれば滅びることが出来るのだろう』と。

 

「日に照らされても死なず、空腹でも死なず、寿命が尽きるまでにはまだまだ時間はかかる……滅びとは、何なのです……?」

 

体力を使い切った天使は、そのままその場に倒れて眠り始めた。何年も何年も、天気や外敵に晒され続けて……彼女の体力はもう尽きかけていた。故に、彼女の体は睡眠を欲した。欲してしまった。そして彼女はその欲求に従い、眠ってしまった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

彼女は夢を見た。楽しく人間達と走り回っている夢だった。とある村に住んでいた彼女は、村の一員として人間じゃなくても人間達と共に生涯を進んでいた。

しかし、その村は気づけば燃えていて生きている人間の内、男は殺され女は知らない格好をした者達に連れていかれていた。

彼女は精一杯精一杯抵抗して……気づけば一人になっていた。そして、周りにいる、村を襲った者達とは何か別格の空気をまとっているものが彼女の前に現れ……彼女の頭にその手を伸ばして……そこで彼女は目が覚めた。

 

「……今の、夢は……?」

 

天使にはあの夢がどういうものかわからなかった。なぜあんな夢を見たのか、どうしてあんなに危機感を覚えたのか……天使にとっては何もわからなかった。

天使は座り直した。眠っていた間に何時間も経過していたらしく、出ていた日は落ちて月も真上に来ていた。

 

「……」

 

彼女は空を見上げた。星々の光も、太陽の光も、全て光であってそこに違いは無いのだと。

しかし、滅びを迎えろと言われた自分は、この数々の光を見られるほど出来た人物ではないと考えてしまっていた。

そんなことを考えていると、後ろから物音が聞こえてきた。天使は振り返って音の正体を確認した。熊だった。

 

「……こんなところに普段、降りてこないのに……」

 

もちろん、降りてきた理由は明白だった。その熊が捕食者の目をしているだけで充分だった。

彼女はそれでもじっとしていた。天使は熊が突き出した爪を避けることなく……そのまま目を瞑って……そこで彼女の意識は途絶えてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━━まっ!聞いておるのか主様!!」

 

「っ!え、ぁ……黒音……?」

 

「そうじゃ、妾じゃ。主様が愛してやまない黒音じゃ。」

 

陽は辺りを見回していた。黒音の冗談すらも耳に入らないほどに今ここがどこなのかを確認しておきたかった。

そして、八雲邸だと分かると大きくため息を吐いて、何とか気分を落ち着かせようとしていた。

 

「目を開けたまま眠り込んでもおったのか?随分と器用な真似ができるようになったんじゃのう、主様は。」

 

「い、いやほんとごめん……そ、それでえっと……何の話してたんだっけ?ちょっとぼーっとしてたみたいだから……」

 

苦笑をしながら詫びる陽に、黒音は大きくため息を吐いて仕方ない、と思いながら陽のために説明を再度始める。

 

「はぁ……あれじゃ、主様が憑依できるのは主様の力だけでなく妾達の方に理由があるかもしれん、という話じゃ。

そして、何故主様が三つ能力持ちと判断されないかはもしかしたら裏で糸を引いている奴がいるかもしれないという話じゃ。」

 

「……いや、三つ能力持ちって判断されないのを裏で糸を引いている奴がいる、って流石に発想が飛躍しすぎじゃないか?仮にいたとしてもそうする事で得られる得なんてないだろ?」

 

「得、のう……その人物にとっては直接的な得にならずとも、主様を二つ持ちだという風に思わせることによる間接的な得ならあると思うのじゃ。」

 

「例えば?」

 

「そうじゃのう……のう、主様。主様は二つ能力持ちのことをどう思うのじゃ?」

 

「いきなりだな……えーっと……」

 

そういって陽は考え始める。判明している二つ能力持ちは彼が紫から聞いている分では上白沢慧音だけである。その慧音であっても、満月時とそれ以外で能力が分かれてしまっており、ちゃんとした二つ持ちではないことがわかっている。

そう考えて……陽は質問に対しての答えを考え出す。

 

「珍しいけど、例がないわけじゃないからそこまで珍しがられる訳でもない、かな。」

 

「その通りじゃ、ならば三つ能力持ちはどうなると思うのじゃ?」

 

「……そりゃあ、前例がないだろうし……バレちゃえばあっという間に知られていくだろう。

けど、有名になったところでせいぜい狙われる頻度が高くなる程度……まさか……狙われないようにする事がその得だって言いたいんじゃないだろうな?」

 

「そう言いたいのじゃ、妾は。とは言っても『じゃあ何故そうするのか』が導き出せなんだ。

じゃが、今のところはこう考えてもいいじゃろう。何であれ、事実珍しがられているとはいえ、前例がいる分あまり珍しがられない状態になっておるのが今じゃ。」

 

陽は少しだけ納得がいってなかったが、しかしこれ以上の判断材料も反論材料も何も無い状態になってしまえば、他の説を唱える事は出来ない。仕方なく、無理にでも納得する他ない状況になってしまったという訳だ。

 

「……ま、分からないことを考えてても仕方ないか。とりあえず光との憑依の話は無し無し、そもそも俺にもどうやって憑依のスペルカードができているか分からないんだから出来っこないっての。」

 

「むぅ……しょうがないの。ここは諦めるとするかの。

しかし主様、一応考えに入れておいてほしいのじゃ。妾の仮説が正しければ光も候補になるし、光自身も主様のためなら体は張れるじゃろう。それは妾達も同じじゃ、じゃからその事は覚えておいてほしいのじゃ。」

 

そう言って黒音は部屋から出ていく。陽は大きくため息をついてゴロンと床に寝転がり、天井を見上げる。黒音の言っている事が、彼自身のためになると思っての行動である事は彼も分かっていた。

しかし、無闇に力を増やしてもそれで勝てるわけもなし。強くなれるならなんだってするとは言っても非道な手は使いたくない。そういう綺麗事を、綺麗事と認識していながらも彼はそれだけはなるべくしたくなかった。

 

「……勝つ為には、相手を殺すことも厭わない……みたいな事はしてるくせにな……おかしい話だ。」

 

自嘲めいた言葉を吐きながら陽はぼーっと今日の予定を考えていた。今から何をどうするのか、などをじっくりと考えていた。

いつもの事をすればいいと考えているが、彼はとりあえず何かほかの事を考えていたかった。

何も考えなくなると、黒音と話している時に見た夢がフラッシュバックするからだ。

 

「……陽鬼も、月魅も、黒音も、光も……皆が皆、そうなのか……?」

 

ポツリと漏らした一言に誰も返すことがない。しかし、陽は黒音の夢を見た記憶が無かった。

なぜだかは分からないが、無かった。見たことを忘れているのか、本当に知らないのかは分からない。しかしその記憶が無い以上……黒音だけは悲惨な末路を送っていない希望だけは持てていた。

 

「……そう言えば、黒音だけみんなと色々違うんだよな。記憶は持っていたし、妙にピンピンしてたし……何でだ……?」

 

陽鬼と月魅は武器を幻想郷で揃えた。光は元々天使という事で弓は特殊な空間にしまっておける、つまりは無くすことがないものらしいと陽は聞いていた。

しかし、黒音の武器は別段あれじゃなくてもいいものである。特殊空間ではなくスペルカードに入っていて……彼が考えれば考えるほど黒音だけが三人と違うのだ。

 

「……まぁ、本人にもなにか理由があってここに来ているんだろうし……あまり深く考えないようにしよう……」

 

そう言って立ち上がった後、陽は部屋から出ていく。いつもと変わらない何も無い日常を過ごそうとするために。



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光天

「……最近、あいつが暴れている噂を聞かないな。まぁ、暴れてないだけ被害が出てないって事だから……いいんだけどな……」

 

「陽の言いたいことはわかるわよ?けど、貴方最近そのことばっかり考えてるじゃない……少しは別のことを考えたらどうかしら?ずっと眉間にシワが寄ってるし……少しは頭を休めないと体に毒よ?」

 

陽は疲弊していた。精神的に、いつまたツキカゼが自分の姿で人里を襲うのかと知らず知らずのうちに考えてしまうことが多くなっていたからだ。

何故か最近ではツキカゼは人里を襲うことこそしなくなったものの、逆にそれが原因で陽に少しの心労をかけていた。

 

「かと言って……腑抜けてもいられないだろ?もし今この時にでもあの男が人里を襲ってしまえば変わらないんだから。」

 

「陽……」

 

そして、これが原因で紫も陽を心配していた。家にいても、どこにいてもこんな会話ばかりが続いていく。陽鬼達が人里に見回りに行って何も無いかの確認をしていく間、自分は何も出来ないと陽は自分を責め続けていた。もし四人が襲われでもしたら自分のせいなのだと。

 

「そうだ……怪我を言い訳になんか使って……痕だけしか残ってないじゃないか……なら……なら、問題なくいけるはずだ……!」

 

「ちょ、ちょっと陽!?永琳の言ったこともう忘れたの!?怪我がほとんど治ったとはいえ、その傷痕がある限り貴方の回復力は戻ってないってことになるのよ!?」

 

「でも飯も食えるし運動も出来る……なら痕は痕だ。俺が……俺が……!」

 

そう言ってまるで何かに取り憑かれたかのように走り出す陽。紫はその背中を追うことは出来ず、ただただ眺めるだけしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何故だ?なぜ急に人里を襲うな、という命令を出した?」

 

ホライズンの空間にて、その苛立ちを隠そうともせずにツキカゼがホライズンに向かって溜め込んでいた、たった一つの質問を投げかける。

 

「……簡単な話ですよ、あの時の戦いは大勢の人里の者共に見せることが出来ました。しかし同時に、月風陽の負った怪我も見られていました。

昨日の今日であんな大怪我を負った月風陽が人里に現れて不信感を揺るがせてしまうような事があれば計画は台無しになります。」

 

「……やつは妖怪だということも知れ渡っているはずだが?お前が俺を連れ戻した後のことを、俺は何も知らないからな。奴の再生能力が知れ渡っているにも関わらず、それでも奴に肉体的になり精神的になりダメージを与えにいかない理由があるのなら……教えて欲しいものだ。」

 

ホライズンはため息を吐くが、理由を話さないと今にも自分を殺しにかかってくる気迫を持っているツキカゼを見て渋々と話し始める。ホライズンは、死ぬ事はどうでもいいが一瞬だけとはいえ痛みが来るのは嫌なのだ。

 

「分かりました、話しますよ。

まず……あの後月風陽は永遠亭に入りました。分かりますよね?あの八意永琳が立ち上げている……あの永遠亭です。

そしてしばらくの間傷を治すために隔離されていたとはいえ入院していた、それのせいでチラホラと何人かの人間に見られてしまっている。」

 

「……まさか、『あれは偽物だ!』とバレる心配があったから襲わせなかったと?」

 

「せっかちですねぇ……話は終わってませんよ。

確かに見られてしまっているのは見られてしまっているんですが、問題は見られたことじゃないんですよ。その見られている者達の方に問題があるんですよ。

紅魔館の面々が……来ていたんですよ。」

 

「……館の主レミリア・スカーレット、その妹のフランドール・スカーレット、レミリアの従者の十六夜咲夜、門番である紅美鈴、殆どの属性魔法を扱えるパチュリー・ノーレッジ、その使い魔である小悪魔……成程、確かに面倒臭い相手ではあるが……100%勝てぬわけでもないだろう?」

 

ツキカゼの投げかけた疑問に軽く頷くホライズン。しかし、簡単に勝てる相手ではないことはツキカゼもよく知っていた。

 

「確かに勝てる可能性はあるかもしれない……けれどそれは、レミリア・スカーレットが能力を使わない場合に限ります。」

 

「……『運命を操る程度の能力』か。あの能力を彼女はあまり使いたがろうとしないらしいな。」

 

「彼女の性格ゆえですよ……彼女は能力を除いた実力勝負で勝ちたいタイプです。

ですが……たとえ嫌っている相手であっても、彼女は知人を貶されれば遠慮なくその能力を使う。勝負を勝負じゃなくしてしまう……彼女の能力は、そういうものなんですよ。残念ですが、私の能力は彼女の下位互換に等しいので、まず運命操作されれば勝てません。それはツキカゼ、貴方も同じなんですよ。剣の力を使っても操作対決では向こうの方が部があります。剣のエネルギーに限りがある以上……まぁほぼほぼ勝てないでしょうね。」

 

ここまで話して、ツキカゼがなにかに気づいた反応をする。そして話を続けようとするホライズンを、手で静止して自分の意見を話し始める。

 

「……仮に月風陽が永遠亭にいる時に人里を襲っていたとして、それが彼女にとってどう『貶された』と認識するんだ?入院している、という誰にでも認識可能になっている状態なのに、何が彼女にとっての『知人を貶された』なんだ?」

 

「完全に挑発しているでしょう?とある場所にいるはずの男が、全く別の場所に現れる……しかも完全に偽物だとわかってしまう。しかしその偽物は自分のことを本物だとも偽物だとも変わりゃしない。ただ化けるだけならともかく、対象の姿をして対象が守ろうとしているところで暴れ回ってしまえば……手出しができない状態の時に暴れてしまえばもうレミリア・スカーレットからの制裁対象となってしまうのですよ。」

 

「……つまり、奴が退院した時以降ならば問題ないということか?難儀な性格というかなんというか……」

 

「『戦うべき相手』がいる時にこそ、相手をおびき出すための暴動は彼女にとっては挑発していない、と取るより『まあ本物は怪我してないしいっか』程度に考えているんじゃないか、くらいに考えていてください。

まあ月風陽もそろそろ永遠亭から出てる筈でしょうし……そろそろ見てみましょうかね。

永遠亭にいなければ問題なしなんですが……」

 

そう言いながらホライズンは幻想郷の監視を始める。陽が永遠亭にいるかどうかの確認さえ取れれば、ホライズンはツキカゼを暴れさせるつもりでいるからだ。

 

「……噂をすればなんとやら……ツキカゼ、出番が来ました。今から送り出すので頼みますよ。」

 

「ふん……体が訛ってないことを祈っておく事だな。」

 

そう言いながらツキカゼはホライズンが出した、目の前に現れた扉を潜ってホライズンの空間から出ていく。

それを見送った後、ホライズンは軽くため息をついてそこから笑みを浮かべて実に楽しそうにしていた。

 

「さぁ……人柱になるんですよ……ツキカゼ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わざわざ私をなんで呼んだのか気になっていたけど、彼に謝りたい……ですって?」

 

「あぁ……疑いの目を向けただけで既に私は彼に謝らなければならない……それだけの事をしてしまったんだ私は……!」

 

人里の上白沢慧音の自宅。そこには霊夢と慧音の二人がいて、霊夢は慧音の話を聞いていた。

 

「あんたねぇ……なんというか、変な方向に対して自意識過剰よね。彼、別にそんなこと気にしてないと思うけど?」

 

「いや、それでも謝らなければならないんだ……私は人里の守護者と気取ってはいるが……実際今は何一つ守れていない。彼に守ってばかりだ。なのに、私を含めて人里のみんなは彼のことを少なからず疑ってしまった……いや、今でも疑っているものの方が多いだろう……」

 

「当たり前ね。自分の体を他人に変えられるやつはそれだけで化けたやつの信用を0か100かの好きなようにいじれるんだもの。寧ろあれだけ派手にやっておいて『あれを本物だとは認めない!』って言ってる奴の方こそ異端扱いされるのが目に見えているわ。」

 

「だ、だが……だが!」

 

うじうじうだうだ考えている慧音に対して霊夢は少しだけイラッとしていた。霊夢は慧音がこうやって後悔してしまうのも分かっているし、自分もその気持ちを理解出来るし納得もできていた。

しかし、悔やんでも仕方の無いことをこうやっていつまでも引きずっていられるのは彼女にとっては癇に障る事なのだ。

 

「いい?一つだけ言わせてもらうわよ?守りたいなら勝手に人里を守ればいいのよ、人間からの疑い解かせたいならあんたがどうにかすればいいのよ。それだけの事なのよ。

私は巫女よ、けどあんたみたいに人類の守護者って訳じゃない。私はそういう仕事だから異変を解決するだけよ。そこに人間も、妖怪もない……いるのは異変を起こした黒幕と私だけよ。

ってことで一つ聞くわよ上白沢慧音、あんたが守りたいのはこの里?それともそこに住んでいる人間?それとも幻想郷の人間全員?まさかとは思うけど守れるものはすべて守る気かしら?」

 

霊夢の質問に慧音は顔を伏せる。しかしそれは答えを必死に探しているからなのだ。霊夢は、必死で考えている慧音を頬杖を付きながらじっと見続ける。

一分、二分……と時間が刻一刻と過ぎていく中、霊夢は何も言わずに慧音を見続けていた。その顔は何を守るか曖昧に決めていた慧音を笑う嘲笑ではなく、答えをすぐに言わない慧音に対して怒っている憤怒の表情でもない。ただただじっと……何かを守ろうとしている女性を見守る真剣な表情である。

 

「……霊夢、私は……人類の守護者でも、ましてや幻想郷の守護者なんて大層なものは名乗るつもりは無い。

私は……人里の守護者だ。それ以上でもそれ以下でもない。この里を守るためなら……私は鬼にも蛇にもなろう……そうだ、私は人里を守らなきゃいけないんだ。」

 

「そうよ、半妖とはいえ……貴方からしてみれば殆どの人間が子供みたいなものよ。だったら教師は教師らしく粗相したガキを全員その無駄に硬い頭で頭突きするなりなんなりした方がいいのよ。」

 

答えを出した慧音に、霊夢は軽く微笑みかける。それに釣られて慧音も霊夢に微笑みかける。

 

「さて、と…あんたが答えを出せたみたいだし私は帰らせてもらうわ。まったく……こんなすぐに見つけられるならもうほとんど見つけていたものじゃない……」

 

「いいや?答えなんて見つかってなかったさ。けど……私は頭の回転が早いんだ。」

 

そう言いながら自分の頭を軽く指でトントンと叩く慧音。それを見て一瞬呆気に取られた霊夢だったが、すぐに吹き出して大声で笑い始める。

 

「な、なぜ笑う!?今の言葉に笑う必要性はなかったはずだぞ!?」

 

「だ、だって……!あ、頭の回転は、早いのに……きょ、教師としてはに、人気ないって考えると……あーはっはっは!だ、ダメ……お腹ネジ切れそう……!」

 

「………」

 

笑い転げている霊夢に向かって、慧音は思いっきり背中を仰け反らせて頭を後ろに持っていく。反らせられる所まで反らしたら、今度は思いっきり足に力を入れて上半身全部を使って、思いっきり頭を振りかぶる。要するに、体全体を使った頭突きである。

 

「ふんっ!」

 

「あいだっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったぁ……何も本気で頭突きすることないじゃないの……うわっめっちゃでかいたんこぶ出来てる……永遠亭に行って、これ頭割れてるって分かったらあんたのところに料金請求してやるわ……」

 

「大丈夫だ、たんこぶができる範囲での全力を出したから、本気も本気と比べたら完全に手加減している。」

 

「そういう問題じゃ……っ!」

 

頭をさすっていた霊夢だったが、唐突になにかの気配を感じとり後ろを振り向く。慧音もその雰囲気にただならぬ何かを感じ取り、警戒をしていく。

 

「……どうした?霊夢。」

 

「……ちょーっと嫌な予感がしたのよ。ちょっと私外に出て人里の様子見てくるわ、丁度いいしあんたも付いてきなさい。」

 

「そういう事なら……付いていこう。」

 

会話を終えて霊夢と慧音が家を出る。

月風陽、ツキカゼ、博麗霊夢、上白沢慧音……一人は幻想入りした少年、もう一人は謎の青年、そして楽園の巫女と呼ばれた少女に人里の守護者が今ここに集まろうとしていた。



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集結

「……とんだ飛び入り参加もあったものだな。一体何のつもりだ?博麗霊夢、上白沢慧音。」

 

「あら、私は異変を解決する巫女だけれど……異変が起きそうなら未然に防ぐのも仕事のうちに入っているのよ。それが何かおかしいかしら?」

 

「私はただ、人里を守ろうとしているだけだ。毎度毎度人里を戦いの場にするお前達は、今ここで2人とも私の本気の頭突きを食らってここから去らせる為にな。」

 

「……何でまた、急に……」

 

人里でとある4人は睨み合っていた。楽園の巫女博麗霊夢、人里の守護者上白沢慧音、創造と限界突破の月風陽、そして七変化剣の持ち主ツキカゼ。

今ここに4人が集っていた。

ツキカゼは霊夢と慧音の二人を邪魔と見ていた。慧音は勝てない相手ではないが、霊夢だけは別格の強さであることも彼は知っていた。故に、邪魔であるならば慧音をこの場で消すことも厭わないつもりでいた。

霊夢はいつもの異変の解決程度にしか考えずにここまで来ていた。しかし、ツキカゼには本気を出す気でいた。慧音は、今この場にいる事件を起こす元凶である陽とツキカゼを立ち去らせるつもり満々だった。

 

「……」

 

そして陽は今まで来ていなかった霊夢と慧音に警戒を寄せていた。ツキカゼの剣には持ち主の分身能力と、持ち主の姿や能力のすべてを完全にコピーするスペルカードがあることも知っていた。

今は茶番をしているだけで、実は霊夢と慧音はあいつが分身をして姿をコピーしたものだと思い込んでいた。

故に、全員ツキカゼとして扱って全員を倒す覚悟が出来た。

 

「さて……どっちから仕掛けるのかわかんないけど今回のこの対決は先に手を出した瞬間私と慧音で先手を打たせてもらうわ。」

 

「……私はお前達に危害を加える。しかしそれは人里を守るためにだ。例えどっちから仕掛けたとしてもまず間違いなく地面に叩き伏せてやるからな。」

 

四人は攻めあぐねていた。霊夢と慧音はペアとして組んでいるが、片方が攻め込んだ瞬間に二人で押さえ込んで大人しくさせようと考えてはいるが、その瞬間もう1人からの攻撃を受ける可能性があった。2人とも攻撃力が高いのでまともに受ければ重症は免れないだろうと考えていた。

 

「……」

 

先手必勝、とはよくいうが今この場で先手を引いたものは全員の攻撃を間に受けることになる。

だから陽は先手を仕掛けたい気持ちを抑えつつどうやって霊夢と慧音に化けている分身を倒すのかを必死に頭で考えていた。

 

「あら、意外と慎重なのね……だったら……!」

 

「今までの分をお仕置きするだけだ!!」

 

そう叫んで霊夢は陽に、慧音はツキカゼと対峙するように飛んできた。慧音はそのままツキカゼに飛んでいって戦いをし始めた。

そして霊夢は陽の目の前に立つだけで、何もしてこなかった。動かない限り一応名目上被害者である陽に攻撃を仕掛けることはなるべくしたくなかったのである。

 

「……なんだ?攻撃してこないのか?向こうの分身体は分身主に攻撃を仕掛けているのに、こっちの分身は随分とおとなしいんだな。」

 

「……あぁ、さっきから妙に睨まれてるような気がしてたのはそういう事だったのね。なるほど、分身能力と変身能力があるってことか……」

 

「……?何ブツブツ独り言言ってるんだ?お前が来ないならこっちから━━━」

 

陽がセリフを言い終える前に霊夢によって軽く吹き飛ばされていた。霊夢はまず自分があの男の分身だと思われたことが腹立たしかった。そして、仮に分身だとしても自分の、博麗霊夢の実力を舐めたような文章を今陽が出そうとしていたことと、陽がナイフを作り出して攻撃しようとしたため、反射的に行動してしまったことの三つの理由で陽を吹き飛ばしてしまっていた。

 

「ぐっ……んだよ、さっきまで手を出さなかったくせによ……やっぱり分身体だったってことか……なら、遠慮はいらないな……!」

 

そして、霊夢の一撃で完全に火の灯った陽は霊夢に対してナイフを投げる。『やってしまった』とナイフを投げられながら霊夢はそう思って避けていくが、一度そう思い込まれてしまった以上何とかして陽の思い込みを正さねばならないとそう誓って、陽に攻撃を再び仕掛け始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何か向こう騒がしくない?」

 

「……確かにそうですね。まさか、またあの男がきたのではないでしょうか?」

 

「となると……一応急いで確認しにいく、という手を取った方がいいのじゃ。」

 

「話し合う暇があるのなら向かった方が早いのです。」

 

陽がツキカゼ達と対峙している時、陽鬼達は少し離れた場所にいた。とは言っても距離自体はほぼ目と鼻の先というほどの近さなので、光が率先することで全員が陽達の戦いの場に向かっていた。

そして、今起こっている状況を見てもれなく全員が困惑しきっていた。

 

「……待って、今これどういう状況?」

 

「慧音とあの男が戦っています。いえ、それならばまだ理解出来るんですが……」

 

「何故博麗の巫女が主殿に攻撃を仕掛けておるのじゃ?あの二人には戦う理由は………いや、人里を荒らしてる時点で対象内ではあるのかもしれんな……」

 

思い当たる節を再確認しながら黒音は目下の戦いを見守る。割り込むか割り込まないか、月魅、黒音、光の3人はそれを考えていた。陽鬼一人は、陽に助太刀しに行こうとしていたのだが、黒音に静止されてしまっていた。

 

「ちょ!?何で止めるの!?陽がピンチなのに私たちが行かないで誰が行くんだよー!!」

 

「ちょっと静かにしておるのじゃ……そもそも霊夢が攻撃しておる理由が分からんからの……まぁそれ以前に主殿が霊夢にナイフ投げまくっているせいで妾達が下手に間に入り込むようなことがあれば……まぁメッタ刺しじゃな。

割り込むにしても……そこら辺の隙を見つけねばな。」

 

「しかし……何故マスターは霊夢に攻撃を……」

 

「……とりあえず、隙があればいいのです?」

 

弓の弦を引っ張りながら、光は黒音に問う。黒音は光が何をしたいのかよくわからなかったが、質問に対しては頷くことで肯定ということを伝える。

 

「光あるところ影があり……なれば影もまた光の一部なり……!光使(こうし)[影抜き]!」

 

「っ!」

 

「!?」

 

光の一撃が2本に分かれてそれぞれ霊夢と陽に飛んでいく。二人は咄嗟に矢の軌道をそれぞれ読んで避けた。しかし、肉体に当たらずとも光の狙いは肉体ではなくそこから生まれる影、二人は影にまでは気を回せずに影にその矢が当たってしまう。

そして、矢が影に当たっている二人はそのまままるで金縛りにあったかのようなまったく動けない状態になる。

 

「終わったのです、というわけで行くのです。」

 

そう言って陽たちの元に率先する光。黒音達も、素直に驚きと感心を寄せながらとりあえず光について行くのであった。

 

「光!何だ、何したんだ!?」

 

「ご主人様、少し落ち着くのです。何故霊夢を攻撃しているのですか?彼女はツキカゼの敵で私達の味方だった気もするのです。」

 

「いや、そいつはあの男の分身体だ!わざわざ俺に攻撃しているのがいい証拠だろ!」

 

それに対して、霊夢が見るからにイラッとしている表情で陽に抗議をし始める。

 

「あんたが最初に攻撃を仕掛けようとしたから体が勝手に動いちゃったのよ!!いや、最初に攻撃した私も確かに悪かったけれど!!」

 

その光景を見て、黒音は大体の事情を把握していた。そして、ギャーギャーと騒ぎ立てる陽と霊夢に向かって、自身の銃をぶん投げて頭に当てさせて落ち着かせる。

 

「っ……いって……!」

 

「何するのよぉ……!」

 

「二人があんまりにも騒がしいもんで……落ち着かせたかったのじゃ。とりあえず、1度落ち着いて考えてみろ主様。主様は霊夢が奴の分身体が姿形を変えたものじゃと思っておるが、それならばさっさと三人で攻めた方が早いじゃろ。

主様は変化能力に少し警戒しすぎなんじゃ、それでいらぬ疑心暗鬼をしてしまっておる。一度落ち着いて周りをよく見渡してみればよくわかると思うのじゃ。」

 

「……確かに、その通りだ……」

 

陽は顔を俯かせながら項垂れていた。ツキカゼに対しての警戒心が強すぎるために向こうがいらぬ茶番をしてしまっていた、などということはよく考えたらありえないということにようやく陽は気がついた。

下手な理由をつけて2対2を二つに分けるより、素直に3対1に分けた方が自分を殺せる確率が上がるという事実にもようやく気がついていた。

 

「まったく……ねぇ、ところでこれ解除してくれない?誤解は解けたんだしもうこの矢がここに突き刺さっている意味が無いんじゃないかなって。」

 

「……それもそうなのです。」

 

光は矢を消す。それと同時に陽と霊夢は身動きが取れるようになっており、霊夢は軽く体を動かして、問題がないことを確かめてから慧音の方に視線を向けていた。

 

「……さて、んじゃあ私はあの男を慧音と一緒に退治してあげましょうか。」

 

「だったら俺も……」

 

「駄目よ、あんたって戦う時周り見えなくなるんだから戦うなら人里以外でしなさいな。

まったく……投げナイフ全部地面に叩き落とすのはただの苦行よ本当……」

 

ぶつくさ言いながら霊夢は慧音の所に向かった。陽は追おうと思ったが、それを黒音達に阻止されていた。

 

「……何で止める?」

 

「霊夢の言う通りなのじゃよ主様。少し主様は周りが見えなさすぎる。相手を倒そう倒そうという思いばかりが先行して、いつも周りに被害が出る。

妾達がフォローして被害を出さないようにすることも出来るが……ぶっちゃけその戦い方を霊夢や慧音の前に見せたらおそらくそっちのけで無理やり止められると思うのじゃ。さっきも言ったが主様は周りが見えなくなるからの。」

 

「うぐっ……けど、ツキカゼがいるのに……」

 

「寧ろ命を狙ってくるやつにそのまま攻撃を仕掛けることがおかしいのじゃ。このまま戻った方が━━━」

 

「結局、霊夢達が倒さなかったら狙われるのは変わらないだろ!!だったら自分で倒す方がマシだ!!陽月[双翼昇華]!」

 

「ま、マスター!?」

 

「よ、陽何を━━━」

 

陽は二重憑依のスペルを唱えて、陽鬼と月魅をその身に宿す。いきなりの事だった為に黒音は一瞬呆気に取られたが、すぐさま陽を止めようと静止を呼びかけようとするが……

 

「今は何を言っても俺は止まらないぞ黒音!霊夢達が負けるなんて言うのは微塵も考えられない……けど、だったら人里以外の場所であいつを決着をつけてくる、それなら問題ないはずだ!!」

 

そう言って勢いよく飛んでいく陽。呼びかけようとする事すらも遮ってまで、自分の主はそこまで死に急ぐのかと怒りを覚えていた。

 

「……黒音、追わないのです?」

 

「追うに決まっておるじゃろ!!」

 

叫びながら黒音は大急ぎで陽を追って、光もそれに続く様に追い始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

「なっ!?」

 

「ちょっと付き合ってもらうぞ……!」

 

一分もかからずにツキカゼの元に付いた陽。勢いよく飛びつつ、速度を落とすどころか早めながら、陽はツキカゼの頭を掴んでそのまま勢いよく飛んでいった。

慧音も逃がすわけには行かないと思い、そのまま陽とツキカゼを追うように飛び始める。しかし、あっという間に人里を抜けて更にかなり離れた土地にまでツキカゼは陽に持ち運ばれて行ったせいで、慧音はすぐに二人を見失ってしまったのだった。

 

「ここなら……思う存分俺を殺せるぞ?だが、俺も周りを気にしなくて暴れられる名目を得たがな。」

 

「ふん……戦闘狂か何かか?貴様みたいなのに暴れられたら人里も迷惑きまわり無かっただろうな。」

 

「お前も似たようなもんじゃねぇか……よっ!!」

 

剣の形をした青白い炎が何個もツキカゼに向かって飛んでいく。憑依をすることでようやく使える弾幕、二重憑依のは食らってしまえば大ダメージ必須なのは見てわかる通りであり、ツキカゼは細心の注意で避けていく。

 

「避けてばかりじゃあ…….!」

 

「無論、避けるばかりではないさ……!05[レミリア・スカーレット]!貴様の放っている弾幕全てが貴様に突き刺さる運命に変える!!」

 

「っ!」

 

レミリアとなったツキカゼが能力を発動して、陽の放った弾幕の運命を変える。突き刺さるのはツキカゼではなく、陽に変更された。

だが、陽は咄嗟に弾幕に弾幕をぶつける事で全てを相殺していく。

 

「ふん……貴様にはどうしても能力が通じないようだが……ならば……!」

 

「周りのものの運命を無理やりねじ曲げてでも俺を殺そうってか……いいぜ、やりあおうじゃねぇか!」

 

声を荒らげながらツキカゼと陽は、それぞれ弾幕を放ち始める。この戦いは、未だ終わらない。



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激突

「蒼炎[斬炎神座(ざんえんかむくら)]!」

 

青い炎が剣先から舞い、巨大な炎の塊として一つになる。それを陽は蹴り飛ばしてツキカゼに向かわせる。

ツキカゼは未だレミリアの姿だったが、運命操作で陽の攻撃を陽に当てようとしても攻撃は当たらず、レミリアのスペルカードを唱えようとすれば即座に邪魔が入る。

なれば一番スペルを唱えやすい人物にならなければならないと思い、一旦元の姿に戻してから━━━

 

『07[十六夜咲夜]』

 

機械音声が鳴り響き、ツキカゼの姿は咲夜の姿となる。無論、その能力も使える訳で━━━

 

「お前自身に能力が通じなくとも……この世界すべてを対象にとるこいつの能力なら……お前の時間も止まる。ナイフで串刺しになるといい……奇術[ミスディレクション]」

 

止まった時の中では動くこと能わず。それは本来の持ち主である十六夜咲夜の主、レミリア・スカーレットでさえも例外ではない。この技を避けられるのは凄まじい動体視力とそれに追いつくだけの動きを持っているものである。

 

「っ!」

 

時を動かせば、その瞬間に陽の周りに配置されたナイフが一気に動き始める。限界をなくす能力を使い、動体視力とそれに伴う体の速度を手に入れるには既に遅い、ならばどうするか?

 

「月蝕[欠ける月]!」

 

スペルを唱えて、そのダメージを全て受け流す。という方法を陽はとった。周りに配置されたナイフから与えられるダメージはよほど高かったらしく、一気に陽の後ろにある月が半分以上欠ける。

 

「ちっ……!」

 

「このまま……一気に決める!!」

 

「舐めるな……!」

 

『09[蓬莱山輝夜]』

 

剣のレバーを動かして再度スペルを唱え直すツキカゼ。咲夜から今度は輝夜へと姿を変えて弾幕を放ち始める。

 

「輝夜か……また厄介なのを……!」

 

「剣のエネルギーが切れて元の姿に戻るのが先か、お前が先にバテるかの勝負だ!負けた方はそのまま殺される……わかりやすい勝負になったってことだ。」

 

「その前に殴り倒す!!」

 

青白い炎の剣の弾幕を放ちながら陽は叫ぶ、輝夜となったツキカゼもそれに対抗するかのように弾幕を放ち始める。

お互いの弾幕がぶつかり合い、流れ弾で周りの木々や地面が抉られていく。その光景はごっこと言うにはあまりにも緊迫しすぎていて……まともなものは近づけられない状況になっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのやりあっている中に入るのですか?」

 

「流石に無策で入れば駄目じゃろうな……まずツキカゼを叩く、今なら奴は本気で攻撃すれば避けるなりなんなりするじゃろう。どうせならそのまま倒されてほしいのじゃが……不死特性すらも受け継いでおるじゃろうしそれは厳しいじゃろうな。」

 

「と、なると……結構本気のをぶつけないといけないわね。消し飛ばすくらいの勢いじゃないと案外吹き飛ばないものよ。」

 

「しかし……偽物とはいえ本物と遜色ない力はあるのだろう?一体どうするつもりなんだ?」

 

「それを簡単に思いつければ苦労はしないわよ……」

 

ツキカゼと陽がやりあっているのを見ながら霊夢達は考える。気づかれないように一瞬で消し飛ばす、気づかれてしまえば避けられて益々面倒になる。そういうことを踏まえた上でどうやってツキカゼに近づくかを考える。

 

「……姿を消す魔法とか使えないの?」

 

「使えん事もないが無理じゃな、流れ弾があんなにある中で姿を見え失くした程度では無理じゃ。攻撃を弾くことなく、全てを避けながら近づくなんてこと普通は出来ないじゃろうて。

お主が行くにしても結界を使わずじゃろ?相殺が7割3割は流れ弾なあの状況、その上お互い一歩も動いていないとかならまだしも動きまくりじゃ……透明化で近づけるほど甘くはないのじゃ。」

 

「そうよね……あんなかをただ避け続けるのは私でもしんどいわ。

あ、慧音……あんたの能力でどうにかならないのかしら?今なら歴史を食う方の能力なら使えるでしょ?」

 

「……私のはあくまで歴史を食らうだけだ。事実を食らう訳では無い。永夜異変の時のは人里を隠すためだけに、人里があるという歴史を食ったんだ。本当にあそこにあった人里が無くなったわけじゃない。だから今ここであいつらが戦った歴史を食おうが、怪我したやつの歴史を食おうが何も変わらない、事実は変わらないんだ。」

 

「……その能力使い勝手悪いわね……まぁいいわ。しょうがないし……無理やり割り込みましょうか。他に方法思いつかないし。」

 

霊夢が何気なく行った一言にその場にいた全員が驚く。普通なら無理だと諦めるような所だが、霊夢はそれを軽く言いのけた。

 

「れ、霊夢!君が強いのは分かっている事だが、いくらなんでもあの中に飛び込むのは危険すぎるぞ!?私達が援護するにしても……」

 

「大丈夫よ、出来れば怪我したくないってだけだから……怪我さえ考慮に入れなかったら何の問題もないわ。

って理由であの二人ぶん殴って止めてくる……わっ!!」

 

そう言って霊夢は勢いよく飛び出す。唖然としている3人だったが、霊夢の後に続いてあの中に飛び込むのは至難の業だと分かってしまっているために見ているしかなかったのであった。

 

「……まずは……霊符[夢想封印]」

 

「「っ!!」」

 

霊夢はまずスペルカードを使い、二人の間に入ると同時に弾幕の全てを打ち消してその攻撃を二人に当てる。

 

「霊夢!何のつもりだ!!」

 

唐突に間に入られた陽は、霊夢に追求をする。邪魔が入らなければ倒せたかもしれないと思い込んで。

 

「うるっさいわね、アンタらの戦いの被害が甚大だって話してんのよ。何?ありとあらゆるところを穴ボコにしたり焦土にしたりしないといけない病気にでもかかってるの?」

 

「だからと言って放置できるわけないだろ!!放置してても俺の姿をして暴れ回る!放置しなくても俺を使って人里で暴れる!だったら意地でもここで決着付けないといけないだろうが!!」

 

「何?自分の不評を買うのが嫌なわけ?結構自分の保身に走るのね、普通の感覚だけれどそれを堂々というのは恥ずかしいわよ?」

 

「……俺じゃない、陽鬼や紫達だ。俺の不評があれば、俺と関わっている奴らも必然的に変な噂を流されかねない。

だから……これ以上迷惑をかけないために潰さないといけない。それに、こいつの後ろにいるやつのことも追求しないとな……」

 

陽がそう言いながら霊夢の後ろにいるツキカゼを見据える。夢想封印を剣で防いだツキカゼはニヤリと笑みを浮かべながら陽を見据える。

 

「俺の後ろに誰かいる、だと……?何を根拠にそういうことを言っている?」

 

「……お前の剣、エネルギーが必要なものだとは前から知っていたが……そのエネルギーを気にすることなく暴れ回っている。どう考えてもエネルギーを効率よく回復する手段を手に入れたとしか思えない。

そんでもって不死だから永久にエネルギーを搾取できる妹紅や輝夜が居なくなった……なんて話も聞いてない。もしそうなっていたら慧音や永琳が騒ぐはずだからな。

つまり……お前のエネルギーを回復させる第3者がいるってことになる。違うか?」

 

陽が睨む。ツキカゼは一旦は顔を伏せたが、そのままプルプルとまるで笑いを堪えるかのような震え方をする。陽はそれが少し気に食わなかったが、しばらくそのままツキカゼを睨み続ける。

 

「ふぅ……いや、他意はない……ない、が……くくく、なるほどな。頭の周りはやはりそこそこ早いようだな。

そうだ、俺には剣のエネルギーを回復させてくれる協力者がいる。だが、いくら追っても決してそいつには辿り着かない。アイツが向こうから呼ばないと100%いけないところに……あいつはいるんだ。」

 

「……例えどこにいても、紫の能力を使われてしまえば━━━」

 

()()()。当てもない場所を、空間をひたすらスキマで繋げて調べる気なのか?そんなこと時間の無駄にも等しい。砂漠から米粒を探す方がまだ簡単だ。

そんな途方もないことに突き合わせるより、適当に寄越された敵を倒しながら平凡な毎日を過ごした方が賢明じゃないか?あいつは死なない、他殺でも自殺でも寿命でも、だ。不死という訳じゃないがあいつは決して死ぬ事は無い。死んでもまた復活するからだ。

そんなやつを探して……何になる?馬鹿なことやってないで、地獄のような平和を送るかさっさと死んであの世に行くかを選べばいい、その回る頭でなら思いつくだろう。」

 

ツキカゼは軽く挑発しつつ笑いながらそう告げる。最早維持をするのが疲れるのかその姿は元のツキカゼの姿に戻っていたが、陽はその戻った瞬間に攻撃を仕掛けていた。

 

「せっかちだな……!」

 

「陽!!!」

 

弾幕ではなく物理攻撃だったが、ギリギリでツキカゼに攻撃を剣で防がれてしまっていた。だが、陽は思いっきり握りこぶしを作ってその腕を炎に包ませて、巨大な拳が出来上がる。

 

「防げてもぉ!!」

 

「ぐっ!?」

 

そう叫びながら陽はその拳を、ツキカゼが盾がわりにしている剣に向かって振りかぶった。

例えどれだけ丈夫な盾を持っていたとしても、相手を吹っ飛ばせるほどの力があれば全く意味をなさない、と言わんばかりにその強烈な一撃でツキカゼを殴り飛ばしていく。

 

「あんた!まだ戦うつもり!?あんな安い挑発に乗って戦うのなら、本気で私が無理やりにでも割り込んで止めるわよ!?」

 

「別に構わないさ……俺の目的は平和を目指す事じゃない。俺の目標は、八雲紫に仇なすものは全身全霊を持って叩き潰したいということだけだ。それ以上もそれ以下もない。」

 

「そう……なら、無理やりにでも割り込んで……アンタ達を両方退治してやるわ。それが私に出来ることですもの。

だから……本気も本気……100%行くわよ?」

 

霊夢が静かに切れている中、吹っ飛ばされたツキカゼはバランスを崩して転がりながら吹っ飛ぶという状態に陥っていた。すぐに止まりこそしたものの、体勢をすぐに立て直して背中を向けて霊夢と話している陽に向かって切りかかろうと飛んだところで━━━

 

「━━━修羅……!?」

 

本気を出したことによるとんでもない敵意を感じ取ったツキカゼがそう呟く。

そして、霊夢がツキカゼの方を向いた瞬間に、瞬きを行ってない筈なのに一瞬で霊夢はツキカゼの側に飛んでいた。

 

「ぐっ!?」

 

「遅い、吹っ飛べ。」

 

その一言で終わらせて霊夢はツキカゼを地面に叩き落とすかのように殴り飛ばす。正に一瞬の出来事であり、ツキカゼは何が起こったのか理解する前に気絶していた。

地面にはクレーターができており、これがどれだけ恐ろしいものか陽は考えるまでもなかった。

 

「次はあんたよ。」

 

「なっ?!早━━━」

 

そして、間髪入れずに霊夢は陽もツキカゼと同じように叩きつけていた。1分足らずの二激、それで既に決着していた。

唖然とする慧音達。本気を出した博麗霊夢という少女はここまで強いのか、ということを再確認して少しだけ身震いをしていた。

 

「な、何なのじゃあれ……最早瞬間移動と言ってもおかしくないくらいの移動速度なのじゃ……!」

 

「……空を飛ぶ程度の能力、本来ならば名の通り空を飛ぶだけの能力だが霊夢の力が強大すぎてあんなふうになってしまった、と聞く。

その余りある力は空を飛ぶだけに留まらず、(そら)を飛ぶのではなく、(くう)を飛ぶ……つまり、簡単な空間の跳躍さえも可能としていると聞いたことがある。

そして……弾幕ごっこではあまりしないが、その能力をフルに発揮したスペルカードを使うと、体が次元すらも飛ぶようになって一切の攻撃が当たらなくなってしまう……らしい。」

 

「……要するに瞬間移動のような、じゃなくて瞬間移動そのものを行えるという事かの……しかも攻撃の一切が当たらなくなる力まで備わっているなんて……」

 

戦場に佇む花一輪、しかしその花は花の周りの子葉達を守らんとするがために大きく、そして花を取ろうとしたり子葉達を取ろうとしたりする者達を撃退できる様に強く、強くなった。

その花は幻想郷最強、楽園の巫女博麗霊夢。彼女に勝てる者がいるとするならば、それは本物の修羅なのではないだろうか?意識のある黒音、光、慧音はただただそう思っていたのであった。



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巫女の家で

「……ほら、早くこいつ連れて帰りなさい。一応あんた達の主なんだからね。気絶しているだけだから適当に看病してやりゃあ勝手に復活してるわよ。」

 

霊夢は気絶している陽の服の襟首を持ってぶん投げる。黒音と光が何とかキャッチするのを見ると、今度はツキカゼの襟首を持ってぶん投げようとする。

 

「っ!?待って、あいつはどこに行ったの!?」

 

しかし、既にその場からツキカゼは消えており、捉えることは出来なかったのだ。どこに逃げたかもわからない以上、追うのは無駄だと判断したい霊夢は、ため息をついてから黒音達のところにやってくる。

 

「……そう言えば、気絶したのにどうして憑依が解除されてないのよ?普通こういうのって気絶したら解けるものなんじゃないの?」

 

「……恐らく主様の意志と深く結びついたんじゃろ。だから解けるまで時間はかかるだけで、少し待てば勝手に解けてくれるじゃろ。その間までに主様が起きなければいいだけの話じゃが。」

 

「へー……ま、いいわ。そいつがそんなんじゃ持って帰るのもしんどいだろうし博麗神社で少しだけ休ませてあげる。付いてきなさい。」

 

そういって霊夢は飛び始める。黒音と光も続いて飛び始める。一人、おいてけぼりにされかけていた慧音は、自分は行く理由がないのにも関わらず雰囲気的についていこうと思ってしまって、付いていくことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何であんた付いてきてるの?」

 

「い、いや……何故かこのまま戻るのも癪なように感じてしまって……まあ乗りかかった船、というやつだ。流石にあれを目の前で目撃しておいて、そのまま『はいさよなら』で帰れるほど私は薄情では無いさ。」

 

「ふーん……まぁいいけど……別にあんたには仕事はないわよ。あんたに巫女の格好させたところで、どうせ参拝客は突然増えるわけでもないからね。」

 

霊夢は慧音の方を見ずに棚を漁る。中からお茶葉をを取り出したかと思えば、それを急須に入れてお茶を作り始める。

 

「……冷めるぞ?」

 

「いいのよ、冬場なら確かに1回お湯は捨てるけれど別に今は決まって寒いわけじゃないもの。

だったらちょっと冷めてる方が飲みやすいわ。 」

 

「……う、うぅ……?」

 

霊夢と慧音が話し合っている中、陽が目を覚ます。天井を見て、右を見て左を見る。そしてここが八雲邸では無いことを察した陽は、うつ伏せにね転がろうとするが━━━

 

「動けないでしょ、そりゃそうよ……頭ぶん殴って止めたんだから例え目が覚めてもしばらくは頭がフラフラして立ち上がろうとすることすら出来なくなるわ。」

 

「主様……目が覚めたか………」

 

「……にしても、未だに憑依が解けないのですね。」

 

各々が言葉を口に出す中、陽は自分の憑依が解けてないことをようやく気づいた。意識が未だちゃんと回復していないので、解けさせようとすることが出来やしなかった。

 

「……ま、そのうち戻るでしょう。今はまだ寝ときなさい。じゃないとあとから本当にきつくなるかもしれないんだから……」

 

霊夢と陽以外の3人は、『でも気絶させたのお前じゃん』という思考の元、密かに一致していたのだがこれは誰も気づかなかったのであった。

 

「……なんか今凄い嫌なこと考えられた気がするわね……」

 

「気のせいじゃないか?というか、そろそろ入れた方がいいだろう。というか茶葉からお茶を引き出しすぎると後でまた何度も買い直すハメになるぞ?」

 

「いいのよ、これ,……何回目の茶葉だったかしら。10回目以降の数を一切数えてないからなんのこっちゃ分からないわね。」

 

「………買い直せ、お金はある程度までなら私が出してやるから茶葉だけと言わず、好きなものなんでも買っていいんだぞ。」

 

霊夢は、慧音の哀れむような表情に少しだけイラッときていた。茶葉は自分が好き好んで何度も使っているだけなのに、何故こうやって自分が哀れなければいけないのかと。

 

「慧音、喧嘩売ってるなら本気で買ってあげるわ。そう出ないならしばらく喋らないでイラついてしょうがないから。」

 

「……それは流石に理不尽過ぎやしないだろうか。いや、私がなにか琴線に触れるようなことをしてしまったのだからそれに従うが……」

 

陽はそのやりとりをぼーっと眺めていた。立てないから暇なのである。疲れている訳でもなく、頭がフラフラするせいで全く立てないという事態のせいで話の輪に入りづらいのだ、寝転ぶことも出来ないからである。

 

「あぁいや、もう何も言わなくていいわ。何も聞かなかったし見なかった。今の発言は忘れてあげる。失言扱いにはするけれどね。

そんな事より、そこの寝転ぶことも出来なくて話の輪に入れなくなってる御仁の機嫌をどうにかして取りましょうよ。」

 

「……いや、別に俺は機嫌なんて悪くなってないんだから取らなくていいぞ。寝てた方がいいんだろうけれど、頭が揺れすぎるせいで寝れないなぁって思ってるだけだから一切なんにも気にしなくていいんだ。」

 

「思いっきり機嫌悪いじゃないか……まったく、以外に子供みたいなことで拗ねるんだな、君は。」

 

慧音の一言で陽の顔にますますシワがよる。それに気づいてない慧音はまるで手間のかかる子供をあやすような感じで接し始めているために更に陽の機嫌は悪くなっていった。

 

「……慧音ってさ、何というか……周りに喧嘩売っていくスタイルなのかしら?良くも悪くも自分に素直すぎるというかなんというか。

まぁ、敵は作っていくけれどぶつかってきたものを粉砕していってるからこそ人里での信頼があるのかもしれないけどね。」

 

「……?私は別にそこまで素直じゃないぞ?私が素直なら霊夢なんて本音の塊になるじゃないか。人を褒めるのもいいが自分と比べてみるのもいいと思うがな。」

 

「………まぁけど?その性格が災いして子供達には授業が分かりづらいと言われても全く直せない教師にあまり向いていない人物な気がするけどね。」

 

「うっ……私が気にしていることを言わないでくれ……」

 

霊夢の一言で慧音は心に刺さったのか少しだけ悲しそうな表情をしていた。

そして、一番会話に入れていない黒音と光はボーッとしながらその光景を見ていた。陽は何となく会話に入ってこないのを察せてはいたのだが……いかんせん、小声で励まそうにも顔も体も動かない状況では黒音と光の側によることさえ不可能なせいで、その気持ちが心の中でモヤとして残っていた。

 

「あ、2人とも。しばらくの間陽の様子を見てきてくれるかしら?」

 

「む?どこかに行くのかの?」

 

「どこかに行く、と言うより安全のための結界作りよ。こうやって会話は出来てはいるけれど、またあの男がいつ来るかわからないんですもの。私一人でも問題は無いけれど面倒は回避できるなら回避するに越したことはないし、毎回毎回一撃でねじ伏せれる訳じゃないしもしかしたら私の方がやられるかもしれない。」

 

「なるほど……分かったのじゃ、ここは妾達に任せてほしいのじゃ。」

 

「という訳で、付いてきてもらうわよ慧音。言っておくけどこれは強制だから貴方に拒否権は無いわ。」

 

「……前言撤回だ、霊夢はあまり素直じゃなかったな。」

 

霊夢が立ち上がり、それに続くように慧音も立ち上がって霊夢のあとをついていく。

そして、部屋には黒音達とは全くの別の方向を向いて寝転がっている陽と黒音と光が取り残された。

 

「……主様、体痛くないかの?」

 

「いや、大丈夫だよ。痛くもないし痒くもない。ただ頭が揺れてるだけさ。それのせいで若干酔い始めてきているけど。」

 

「……私、水を組んでくるのです。とは言ってもご主人様に飲ませられないためしばらく放置の形になって暇なのでしょうが。」

 

「まぁ起き上がれるようになった時にでも飲ませればいい理由じゃしな。妾は別に放置していても構わぬと思うぞ、ただ蓋か何かはつければ良いとは思うんじゃがな。」

 

適当な会話をしていく3人。しかし、話題が尽きてもすぐ別の話に行くために三人ともそこまで暇を持て余して居なかった。

 

「……主様、憑依は解けそうかの?未だに無理そうなら妾の魔法をつかって無理矢理解除することもできなくはないから、その手でも良いのじゃぞ?」

 

「確かに憑依は解けそうな気配はない……けど、多分そろそろ解けると思うぞ。いや、何の根拠も無いただの勘なんだが……何となく、そんな気がしているんだ。」

 

「……月魅の勘はよく当たるのです。その月魅を憑依させているのだから、本当にそろそろ解けるかもしれないのです。

けどその時二人共気絶していたら、世話係が足りなくなってしまうのです。」

 

「……確かにのう……あ奴らまで気絶していたら妾達だけではちいときつい気が……いや無理じゃな、すぐにでも目を覚ましてくれねば帰るときに圧倒的に数が足りないのじゃ。最低でも3人は動けるやつが欲しいでな。

というか、主様はまだ動けんのか?まだ動けないというのはどれだけ強い衝撃を脳に与えられたのかのう。」

 

黒音に聞かれて陽は試しに腕や足を動かそうとする。一応腕や足は動かない訳では無いが、力が入らない状況が未だに続いていた。

腕や足を使って動こうとしても、まるで滑るかのように全く体を上に持ち上げることが出来なくなっていた。

 

「……うん、やっぱり無理だ。未だに全然力が入らない。たださっきよりは力が入ってきたような気がする。」

 

「恐らくそれは気のせいじゃな。すまぬが妾には先ほどと全く変わってないように思えたのでな。

それに関しては月魅の勘があろうとも絶対にそんなことは無いと断言出来るレベルなのじゃ。」

 

「……スッパリ切り捨て無くてもいいじゃんか。とは言っても、動けないことは事実だしそろそろ箸を持てるくらいの力は戻ってきて欲しいところだな。

まぁいざという時は俺を縛るくらいはしてくれた方が助かるけどな。」

 

そう言った陽、しかし突然にその体が光り始めて中から青い光と赤い光に別れて陽の体から飛び出してくる。

 

「何だこれ……いつもの憑依の解け方と違うな。いつもならすぐ人型に戻るのに。」

 

「今回は光の塊のまま飛び出してきたのう……なんか段々でかくなってきておるの…随分個性的な戻り方じゃのう。」

 

黒音の言う通り、陽の体から飛び出してきた光二つは陽の側の床に落ちた後、段々と巨大化し始める。そして、それが陽の頭程の大きさになるとすぐさま人型に変わり始める。

その間も巨大化していくが、サイズ調整とかその程度のスピードの巨大化をしていなかった。

 

「……あー、気絶してないといいのう……」

 

「その願い、叶うといいのです。私も願ってはいるのですが、如何せんあまり希望を持ってはいけないような……そんな気がしてならないのです。まぁ私も……流石に二人を背負えるほどの筋力はないのです。弓矢とは違って常に重いものがかかるから……なのです。」

 

そうやって話し合っているうちに、段々と人型をなしていたのものが月魅と陽鬼の形になっていく。

そして、完全にその二人の形になった後に二人の体をまとっていた光はすっと消えるようになくなってしまった。

 

「ん、んん……ここは……?」

 

「博麗、神社……ですか……?何故私達はこんなところに…?」

 

そして、その後すぐに二人が目を覚ました。あたりをキョロキョロ見渡してここが博麗神社だということにすぐに気がついた。

しかし、何故こんなところにいるのかの理由だけはわからないらしく、首を捻っていた。

 

「よう起きたのう。あのまま主様の体から排出されなかったらどうなってしまうのかドキドキしたのじゃ。」

 

「あなたの言うドキドキは私たちがいなくなることなのか、それともマスターの体を公的に見ることが出来てしまうことに対するものなのかが少し気になるところですね……」

 

「……まぁこれで、持ち運ぶ問題は解決したのです、もうそろそろ帰るのです。」

 

「そうじゃな……なら、とりあえず霊夢達が一旦戻ってくるまで待つとするのじゃ。」

 

陽鬼と月魅が何とか陽から分離できたので、陽達は霊夢たちが戻ってくるまでじっと待つことに決めたのであった。



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歴史

「ただいまー……って陽、何でおんぶされてるの……?」

 

博麗神社で霊夢に倒され、そのまま頭がぐらついて体に力が入らなくなった陽。徐々に元に戻っては来ているものの、まだ完全には起き上がれずに結局夜になる前に戻ってきたのだ。

 

「……まぁ、色々あって……」

 

「とりあえず部屋に寝かせるけどご飯出来たら呼びに行くようにするよ。それまで部屋で本でも読んでいたらどう?」

 

「……そうする。」

 

大人化している陽鬼にそう伝えて陽は部屋にまで連れていかれて寝かされる。転がることくらいは出来るようになった為、陽は何とか転がりながら布団の横に積まれている本を取ってはうつ伏せになり、とるために仰向けになってまた取ってうつ伏せで本を読み始める、ということを繰り返していた。

 

「……お?これ……昔話……いや、歴史本か?大分読みやすいけど……」

 

あらすじだけ読んでそう思った陽は、なんとなく続きが気になって丁寧に読み始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦乱の時代、人妖入り交じったその戦争に一人の男がいた。名は誰にも伝えることが無かったために記述はしない。

彼は人間だった。しかしその精神は妖怪の残虐性が霞むほど残虐であり、その強さは神すらも倒すとさえ言われた。

何より、彼には万物創造の力があった。その力で人類の戦力は大幅に拡大されたが、戦争はより悪化した。

妖怪が人間を蹂躙してた時代から戦争が起きて、人間と妖怪が殺し合うようになった。しかし、彼が現れてからは妖怪が人間に蹂躙される日々が続き始めた。

 

妖怪の、それも一際人間に近い見た目をした女は正しく蹂躙の対象だった。男は死ぬまで働かされる。

そんな蹂躙の日々が続いたある日、彼は人間側から離反して第3の軍を作り上げた。しかしそこには彼一人しか存在していなかった。

たった一人の軍、しかし彼は人間と妖怪の軍勢を一人で滅ぼしていった。たった一人で幾千幾万の軍勢が滅ぼされていく、そんな光景が見え始めていた。

 

例えどれだけ強力な兵器を作ろうとも、彼がその上を行く兵器を一瞬で作り上げて破壊していく。

何人かは闇討ちをしようと彼が寝静まったであろう頃に彼の家へと向かったが、戦争は終わらず彼らだけがいなくなった。

 

戦争は何年も続いた。彼は、攻めには徹さなくなった。代わりに一ヶ月に一回くらいの割合で適当な村を襲っては壊滅させていった。彼の力ならば全滅へと追い込むことが出来たはずなのに彼はそれをしなかった。

彼曰く『ある程度人数を残しておいた方が恨みを残して恨みで強くなるから』だそうだ。

 

そうして、彼の人類と妖怪への蹂躙は長い間続いた。最初こそ戦争と言われていたこの争いは、やがて蹂躙と言われるようになり、挙句の果てに軍は彼のことを無視するようになった。

妖怪と人間は、彼の蹂躙によって手を取り合うように生き始めた。そして彼は、人間でもなければ妖怪でもない『天災』となった。

嵐が通り過ぎれば通った場所が無茶苦茶になるのと同じように、彼が通った場所もすべてが無茶苦茶になるのだ。

次第に、誰も彼のことを恨まなくなった。天候に愚痴を言うものはいても、嵐などの災害に恨みを持つ人間はいない。恨むとするならば恐らくそのことを伝えきれなかった者達に対する恨みだろう。

 

彼はずっと戦い続けていたかった。ずっとずっと、例え戦う相手がこの世からいなくなったとしても彼は戦い続けるつもりだった。

しかし、彼はふとあることに気づいた。いや、当たり前すぎるが故に気づかなかったことなので、正確には『忘れていた』という方が正しい。

彼の能力は万物の創造、なればこそ『自分と同等の力を持つ者』を作り出した。結果、それは出来上がった。

しかし、作り出さたものは彼の意にそぐわない事をした。まず初めに、自分から離れて人間達や妖怪達の側についた。

そして、何よりも争いが嫌いだった。だが同時に作り出さたものは彼の能力に対する完全なる最善手だった。

 

彼の能力が『万物を創造する能力』だとするならば、作り出さたものの能力は『万物を否定する力』だった。

彼の前ではいかなるものも存在を許されなかった。作り出さたものは、対象にしたものの存在を矛盾させる能力だった。矛盾、つまりは辻褄が合わなくなること。

辻褄が合わなくなることとはつまり、対象の存在の定義があやふやになること。存在があやふやになることとはつまり、()()()()()()()()()()()()()()

 

作り出さたものは彼の能力によって生み出されたものを全て否定した。しかし、それを上回る勢いで彼は生み出していった。

戦争は天災となり、その天災は二つに増えたことになる。今度はこの二人の長い戦いが始まった。争い嫌いの作り出さたもの、争い好きな創造主。そのぶつかり合いはとてもとても静かなものになった。

しかし、長く長く続いていた。何年、何十年と二人で戦い続けてきた。創造主は楽しんでいた。いくら創造をしようとも作り出さたものがそのすべてを否定するために、殴り合いに落ち着いたがそれでも楽しんでいた。

 

だが、作り出さたものはそうは思わなかった。こんなに長い間戦っているなんておかしいと、そう思い始めていた。

彼は、暴力か何よりも嫌いだった。何かを殺すなんてことはもっと出来なかった。だがそんな作り出さたものも疲弊していき、次第にこう考えるようになっていった。『創造主を殺せば全てが終わる』と。

しかし、彼は自らの手で誰かを殺すのをためらった。だが、誰かに彼を殺させるのもためらった。

ならばどうするか?作り出さたものは考えに考えた。そして、一つの策を思いついた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。存在そのものを消してしまえば、彼は今までのことを反省せずに消えてしまうだろうという可能性が高かった。

だからこそ、地獄に送ることでその罪を精算させるつもりだったのだ。

 

彼はその作戦を実行した。そして創造主は消えた。こんな簡単なことで消えるのなら……と後悔したが、自分の能力の使い道をすぐに見出して『創造主が今まで出した被害』を全て矛盾とした。

それがどんな変化をもたらしたかわからない。しかし、創造主が消えたことで自分もすぐに消えるだろうと悟っていた作り出さたものは、そのまま姿を消した。

簡単な事で終わってしまった戦いは、長く長く続いた創造主と作り出さたものの争いは、創造主が今までに行ってきた蹂躙と争いの出来事は、全て終わったのだった。

創造主が地獄に行って反省するのかはわからない、そもそも地獄にちゃんと行ってるのかはわからない。だが、作り出さたものはそれでも最大級の一人の天災を止めることが出来たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

陽は本を読み終わって静かに本を閉じた。歴史本かと思っていたが、どちらかと言うと少しビターエンド気味の小説のようなものだと読み終わってから気づいた。

 

「……昔話、でも無いな。これを書いた人は何を思ってこんなのを書いたのやら。

そういや、この本いつ書かれた本なんだろう……後で紫に聞いてみるかな。」

 

「陽〜?藍がご飯出来たから来てくれってさ〜立てる〜?」

 

向こうから陽鬼の声が聞こえてくる。陽はずっと本を読んでいた為体が動くか確かめてなかったため、試しに足を上げたり腕を床に置いて立ち上がろうとしてみる。すると、少しふらつくが陽はなんとか立てていた。

 

「お、おぉ……?」

 

「あ、ようやく立てるまで戻ったんだ。えらく長かったよねえ……そんなに大きいダメージなのに体には不調がないって言うのも変な話だし。」

 

「あー、でも……軽く肩を貸してもらえるとありがたい……」

 

「……まだフラついてるもんね。しょうがない、ここは私が力を貸してあげよう!まぁ貸すのは肩なんだけどね。」

 

そう言って陽鬼は大人化して陽に肩を貸して歩き始める陽も、ゆっくりとなら歩けていたので、陽鬼は陽にペースを合わせてゆっくりと歩いていく。

 

「ところで、手に持ってるのなんの本?」

 

「ん?いや部屋で見つけた本でさ。よく考えたらゆっくり寝てる暇もなかったなぁって思って改めてこれ読んでたんだ。

まぁ本の内容は好き嫌い別れそうな内容だったけどな。いつ書かれた物なのか紫に聞いてみようと思ってさ。」

 

「ふーん……まぁとりあえず行こっか。」

 

そう言って陽鬼は陽を居間へと連れていく。襖を開けた先には全員が揃っていた。

 

「陽ー、遅かったじゃない。って、歩ける様になってたのね。」

 

「回復したようで何よりです。さすがにあのままずっと立てないなんてことになったら、また永琳にどやされる未来が見えてましたし。」

 

「まったくじゃ、例の一件でかなり絞られたからのう。妾達は怒られたくないからの……」

 

「とはいえ、回復したようで何よりなのです。

さ、早くご飯を食べてしまうのです。早くしないと冷めてしまっておいしくなくなるのです。」

 

口々にしゃべる面々。陽は苦笑しながら溜息を吐くが、言われていることもごもっともなのでそのまま座って顔を上げる。

 

「まぁ……俺が迷惑をかけたことは事実なので、文句は言わないが……とりあえず、ご飯を食べないか?光の言う通りごはんが冷めちゃうよ。」

 

「そうだよそうだよ、早く食べたいよ。」

 

陽鬼が文句を垂れるかのように言うと、陽鬼以外の全員は苦笑しながら挨拶をして食べ始める。

汁物が多かったために非常に食べやすいと思った陽だったが、陽鬼には足りなかったのか何度も何度もお代わりしていたことが印象的だった。

これ以外には特に印象に残るような大きいことが起きなかったため、何事もなく終わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よっと…よし、結構回復してきたな。何とか立てるようになってきたし。

この分なら明日の朝までには回復しきっているかな?」

 

陽は全員が寝静まっている中、一人で外に出て立つ練習をしていた。

多少ふらついてはいたものの、立てるようになっているのを再確認出来たのでそのまま部屋に戻る。

 

「ふぅ……何だかんだ、回復力は戻ってきてるな。

つっても、傷の回復力は高いのに頭揺さぶられたみたいな感じのダメージはだめなんたよな……今日でやっぱり再確認できたからよかったかな。

さて、今日はもう寝るとしようか……」

 

そう呟いて陽は寝転ぶ。しかし、目が覚めてしまったのか全然寝付けずにいた。

ずっとゴロゴロしているが、やはり寝付けずにいた。

 

「しまったなぁ……目が覚めてしまったみたいだ……しょうがないし、またあの本読んでみるか……」

 

陽は、あの本を手に取って読み始める。全部読んだ筈なのに何故かまた読みたくなってきたのだ。

そうして手にとって読み始めてきた時に陽はあることに気づいた。

 

「よく見たら……後ろにまだページあったんだな。くっついているからよくわからなかった…が、これどうやって剥がしたものか……とれないし。無理に取ろうとしたら破れるだろうしなぁ……」

 

なんとか試行錯誤で考えていく陽。一番最後のページだけがぴったりとくっついてしまっているためにどうやって剥がすべきか考えていた。

しかし考えはじめてすぐに、陽は対策を思い付いて実行に移す。

 

「そうだそうだ、よく考えたら俺の能力使って複製すればいいだけの話じゃないか。」

 

方法を思い付いた陽は、すぐさま創造する程度の能力を使って全く同じ本を作り出す。

中身まで同じ事を確認したあと、陽は自分の能力で作り出した方をまた同じく作り出した少し大きいハサミで、最後のページを表紙ごときっていく。

 

「さて、後は切り出したこれを水につけるなりなんなりしてみるかな。

そしたら剥がれるだろうし。」

 

そう言って陽は水道から水を出して切り足したものを浸す。しばらくすると、ゆっくりと剥がれてくる。

 

「お、剥がれてきた剥がれてきた……」

 

ゆっくりと剥がれたものを陽はすっと掬い上げてタオルの上において水分を拭き取っていく。

そして、ある程度拭き取れたものを見ようとした瞬間……

 

「がっ……!?」

 

唐突に意識を失ったのであった。



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創造主

「……珍しいよな、俺と光だけがいる状態なんて。」

 

「そうなのです……今日に限ってまさか他3人にに急用が入るなんてかなり珍しい事なのです。」

 

「陽鬼は慧音に呼ばれて寺子屋の荷物運び。月魅は妖夢に呼ばれて不定期の剣術指南。そして黒音は紅魔館に行ってパチュリー、魔理沙、アリスの三魔女と話し合い……用事がなくて暇なのは俺達だけだったって事だ。」

 

暑い日差しが照っている人里で陽と光は木陰で休んでいた。

暑すぎると言っても過言ではない日差し、耳障りだが聞き慣れた蝉達の鳴き声。そしてその蝉を捕まえんとする子供たちの騒ぎ声を感じながら陽は大きくため息をついていた。

 

「……にしても、本当に全然刺されないのです。虫刺されというのは、この季節において風物詩と言ってもいいくらいのものだと聞いていたのです。」

 

「そりゃあ虫がよってこなくなるスプレーを能力で作り出したからな……流石に蚊に刺されるのは俺も昔から嫌だったし……」

 

軽く空を見上げて陽は再度ため息をつく。空は雲一つない青空であり、その為に照っている日を防ぐものが何もないと考えさせられただけで憂鬱になってしまうのだった。

 

「ご主人様は眩しい光が苦手なのですか?」

 

「ん?いや、別に日の光は苦手じゃないよ。むしろ暖かくて好きだ。

ただまぁ……夏場とかの暑い日差しとか、ミンミンでかい鳴き声で鳴くセミとかそれを捕まえようとする子供とか……そういうのを全部ひっくるめて暑いのがちょっと苦手って感じだよ。」

 

「私は……夏は、好きなのです。」

 

「意外、って程でもないけど何でまた夏が好きなんだ?光はどっちかというと春の方が好きそうだが。」

 

「確かに春も好きなのですが……この季節にだけ食べられる『アイスクリーム』が美味しかったから……この季節が好きなのです。」

 

光はそう言って記憶を思い直すように目を瞑る。そして、陽は陽でそんな光の為にアイスクリーム作ってやろうと思い、今回の買い物で余ったお金を使って氷などの素材を買おうと決心したのであった。

 

「ご主人様は夏は嫌いなのです?」

 

「まあ、暑いしね。服も汗だくになるから1日2回は着替えてた気がするし。

けど、そこまで嫌いってわけでもない。アイスクリームは確かにこの季節だとすごく美味しいし、汗をかいた後に麦茶を飲むのも好きだしね。

どちらかと言うとこの季節は苦手な部類なのかもな。」

 

「……苦手、ですか。」

 

ミンミンと合唱するかのように鳴き続ける蝉達。偶に陽はセミが一週間の命じゃなくて、実は1ヶ月くらい鳴いてるんじゃないのか、とか考えていたりもしていた。

 

「ま、とりあえず……ちょっとだけ寄り道してから帰るとするか。

余ったお金で光に何かご馳走してやろう……ってもう何にするか決めてるけど。」

 

「っ!ありがとうなのです、ご主人様。」

 

光がお礼を言って、二人は歩き始める。陽は光に何を作るか内緒にして、アイスクリームを作る予定でいた。

驚いて喜ぶ……とは言っても光は基本無表情なのだが……とりあえず陽は、そんな彼女の喜ぶ顔が見たかったのだ。

 

「……ん、あれ?」

 

「どうしたのです?」

 

「いや、今そこに何か通ったような……」

 

しかし、木陰から日差しの外に出た瞬間に何かが通った感覚があった。

陽はそれが無性に気になり、ついて行った。

通ったのは目の前、そしておそらく通ったであろう者はまた路地裏に入っていった……陽はそれを追いかけようとして……意識の混濁を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?ここは……」

 

陽は見知らぬ場所に来ていた。先程までは光と一緒に買い物に来ていた……否。

 

「俺は……家にいた、筈だよな……?」

 

最後に記憶しているのは家で本の最後のページを読もうとした時だった。

そこから意識が混濁して、何故か光と買い物をしている記憶があった。今にして思えば、みんな寝ているはずなのに何故買い物をしていたのか、謎ではあるが今気にしている余裕はなかった。

 

「……なんだ?向こうから声が……」

 

見知らぬ荒れ果てた土地で、陽は声を聞いた。それも大勢……とんでもない数の人数が大声をあげているかのような音を聞いた。

 

「……あれ、は?」

 

声の元にたどり着こうとして移動すると、1000人、いや一万はくだらない量の人数がそこにはいた。

それが、なにかに向かって大行進をしていた。何に向かっているのか分からないため、その場に留まりながら陽は双眼鏡で進行方向を見る。

そこには、一人の男がいた。あまりにも遠いところにたった一人。あれに向かっての大行進だとするならば、あれは一体どれほどの戦力を投入しなければ勝てないのか、ということをふと考えていた。

 

「……ふっ……」

 

そして、その男が動いた。

一瞬で手に剣を作り出してその剣を大軍に向かって奮った。当然、刀身がとんでもなくでかい、という訳でもなく陽にはただ虚空を切り裂いたようにしか見えなかった。

だが、次の瞬間━━━

 

「っ!?こ、この風は……なっ!?」

 

男が剣を奮った先、その直線状にいるはずの大軍は全て消え去っていた。唐突に突風が巻き起こったかと思えば、万を越す大軍はその一瞬で全員消え去っていたのだ。

 

「……こんなもんか。天を斬り地を裂き空を叩き割る……名付けて空間断裂剣と言ったところか。

雑魚どもは空間の狭間に飲まれて消えた、って所か……相変わらず、雑魚しかいねえなぁ人間ってのは。」

 

陽は絶句しながら見ていた。男の言うことが本当であるならば、男は空間を切り裂くような剣を一瞬で作り出す能力を持っていたのだ。

明らかに自身の能力とは比べ物にならないほど強い能力、例えて言うならば最強の後出しジャンケンのようなものである。

 

「……なぁ、お前もそう思うよなぁ?妖怪。」

 

「……見えて、いるのか?」

 

「当たり前だ。ここは過去の世界だとか幻術だとかそんなもんじゃねぇからな。所謂本の中の固有空間、お前は本に意識を食われてたのさ……ま、その前に何かいい夢を見てたようだがな。」

 

陽はいつの間にか自分に近寄っていて、自分に声をかけてきた男を睨みながらも応対していく。機械的に与えられた答えに返している、という風でもなかったので本当にここにいる人物なのだろう。

 

「……本、って俺が読んでたあの本か……その能力……あんたが本に書かれていた創造主ってやつか?」

 

「そんなところだ。だがまぁ……この世界だと雑魚が同じように何回も何回も出てきやがる。

お前、相手してくれないか?」

 

「……俺はそんなに強くないさ。悪いが、何とかして俺は帰らせてもらうぞ。

ここにいた所で何かあるというわけでもないしな。」

 

そう言って陽は踵を返して帰ろうとする。だが、その瞬間目の前に壁ができて前に行けなくなってしまう。

陽はすぐさま男を黙って睨みつける。

 

「そんなに怒るなよ。俺は誰とでも戦いたい性格なんだ。こんな能力を持ってんだぞ?有効活用しないといけねえじゃねぇか。まるで雑魚どもは蹴っ飛ばされた砂のごとく吹き飛んでいく飛んでいくしよ、そういうのも見てて悪くはねぇがすぐに飽きが来ちまうからな。

だから……俺は強い奴と戦いてぇんだよ。だから戦わせろや……」

 

「……お前を倒さないと進めない、って言うんなら望み通り……相手してやる、さ!!」

 

そういった瞬間に陽は男が作った空間断裂剣を即座に作り出して、男に向かってその斬撃を向ける。

だが、男も同じ考えだったようで同じく空間断裂剣を陽に向かって奮っていた。

空間を切り裂く剣同士のぶつかり合い。その衝撃は二人の間にさらなる空間の歪みを作り出す。空気や、土や、雲でさえも出来た歪に飲み込まれていく。そして、そんな強烈な吸い込みを発揮しているものに二人の体が耐えられるわけもなく━━━

 

「おおおおおおおおおお!?」

 

「うわぁぁぁ!?」

 

あっけなく飲み込まれてしまうこととなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様、ご主人様……!」

 

不意に体を揺さぶられる感覚、寝ぼけている頭で目を開けて、その目の中に飛び込んできたのは白い髪を持った少女であった。

そして、それがすぐに光だと分かると陽はすぐさま起き上がる。

 

「今……朝か?」

 

「なのです……私が早めに起きてて助かったのです。もし他のみんなが起きていたらまたご主人様が知らない間に永遠亭送りになるところだったのです。」

 

「それは聞いてて頭が痛くなる話だな……まぁでも、起こしてくれて助かったよ光。ありがとう。」

 

お礼を言いながら陽は光の頭を撫でる。少しだけ頬を赤く染めながら光は照れていた。

少しだけ光がいつも以上に可愛く見えてしまったのはまた別の話。

 

「……とりあえず、丁度いいしご飯の準備をするか。光、悪いんだけど準備手伝ってくれるか?まだちょっと頭がぼーっとしてるからさ。

とりあえず俺はこれ片付けるから……そうだな、まな板と適当に調味料出しておいてくれ。調味料でメニュー決めるから。」

 

「分かったのです。」

 

光は了承して、まな板を出して調味料を選び始める。陽はその間に未だ乾いていない本の切れ端を部屋に持って帰ってタオルで包んでから、それを自室の机の上に置いてからまた台所へと戻る。

 

「……出されてるのは醤油と、昆布出汁か。」

 

海のない幻想郷でどうやって海藻が取れていたのかはわからないが、それで作った出汁を出されて陽は即座に主菜と副菜を決める。

そして、手足がちゃんと動くことを確認してから作り始める。

いつもよりも遅い時間に起きたみたいだが、それでもみんなまだ起きてこないのに少しだけ安堵していた。

そして、十数分もすれば大体のものが完成していた。

 

「……これは別に冷めても美味しいやつだとして……さて、みんなを起こすか。」

 

ある程度作り終えてから、皆を起こしに行く陽。だが、その前に光が全員を起こしていたらしく、欠伸をしながらも全員部屋に入ってくる。

 

「おはよぉ……今日のご飯はえらく簡素なのね……」

 

「まぁ、昆布出汁の冷やしお茶漬けと卵焼き、それに鮎の切り身を醤油で軽く焼いたものだからな。

けどまぁ食べやすいとは思うぞ。足りなかったら適当にもう一品作るけどな。」

 

「早く食べようよぉ……眠いしお腹減ったしで大変なんだよぉ……」

 

そう言った陽鬼に少し苦笑したが、陽は既に出来たものを並べ始める。全部並べ終わったところで全員揃っているかの確認をしてから食べ始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……意外とお腹いっぱいになるものなのね……お茶漬けだから量が足りないと思ってたわ。」

 

「あれでも1膳は用意してたからな。それに焼き魚と卵焼きもある訳だし足りないなんてことはないと思うよ、陽鬼以外は。」

 

「あぁ……お茶漬けが気に入ったのか何杯も食べてたものね。普通あんなに食べるものでもないでしょうに。」

 

陽は、炊いてあったご飯がすべて無くなっているのを再度確認してため息をついていた。

そして、ふと夢の話を思い出していた。

 

「……なぁ紫、誰も勝てないくらい強い能力を持った人間っていたのか?何でも作り出せるような、俺とは違う完全にいろんなものを創造できる能力を持った人間……」

 

「さぁ……私には分からないわね。あの本に書かれている創造主とやらでしょ?あれが本当にいたのなら少なくとも今でも地獄にいると思うわ。そうでなきゃあんな危険人物を転生させる可能性のある冥界へは連れていかないわよ。」

 

「……それもそうだよな。」

 

陽は言葉上納得したが、内心ではイマイチ納得出来ていなかった。ならばあの幻に出てきたのはただの夢なのか?となるためである。

彼にはあれが夢だとは到底思えていなかった。そして、もう一つの夢……光との夢は一体何の意味があったのか、何かの暗示だったのか……彼にはそれが何なのか、よく分からずにいたのであった。



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デジャブ

「……今日はまさか2人で買い物だとはな。他のみんなって今日はどうしてたんだっけ?」

 

「……皆何かしらの用事があって家にいなかった、もしくは出られなかったのです。

陽鬼は博麗神社が一部壊れたので資材の持ち運びに行くと言ってましたし、月魅は何故か慧音に呼ばれて剣術指南……黒音は三魔女に混じって魔法トークをしに行ったのです。」

 

「……」

 

資材くらい自分で運べばいいんじゃないか、とか……剣術指南なら妖夢もいたけど用事が入ったから急遽呼ばれたのか、とか……陽には色々言いたいことがあったが、ともかく光との買い物をさっさと終わらせて家に帰るつもりでいた。

 

「……ご主人様、暑いのです。」

 

「ん?あぁちょっと待ってろ、さっさと終わらせて家で冷たいもんでも食わせてやるからな。」

 

そう言って陽と光は日光が射し続けて、その上蝉が鳴きわめく人里を闊歩していく。

陽は何か引っかかっていた。前にもこんなことをしたことがあるような気がしていたのだ。しかし、今はそれよりも買い物を終わらせることに集中していた為に、2人は大急ぎで買い物を終わらせようとしていたのであった。

 

「……」

 

「……ご主人様、さっきから何を考えているのです?どこか心ここにあらずと言った雰囲気にも見えるのです。

何か悩み事があるのだったら私にも教えて欲しいのです。可能な限り私もお手伝いするのです。」

 

「あ、いやそうじゃないんだ……ただな、なーんかこんなことを前にもしたような気がするんだよな。

こういう暑くて蝉の鳴き喚く日に他の皆は何か用事で居なくて俺と光だけが買い物をする、って感じのことが……」

 

「恐らく、夢か何かで私との買い物を見たか……他の誰かの時のがうっすら記憶に残っていてそれが私に置き換えられているかの二択だと思うのです。しかし、あんまり気にするものでもないと思うのです。」

 

「……夢、か……」

 

陽は恐らくは光の言う通りなのだろうと思った。そして、実際にそうなのだろうと思っていた。

だが、頭で納得出来ても心のモヤモヤが解消されることになかった。

 

「……ん?」

 

「どうしたのです?何かいいものを見つけたのです?」

 

「いや、そこに何か通ったような気がして……」

 

陽は、自分の横をなにかが横切ったような気がした。しかし、それが何なのかよくわからなかったために、無性に気になってしまった。

 

「……こっちに、行ったよな?」

 

「……まさか、その何か通った気がする……ってだけで何が通ったのかもわからないのに追うつもりなのです?」

 

「……なんでか知らないけど無性に気になってしまったんだよ、悪いけど5分くらい付き合ってくれないか?」

 

「しょうがないのです…本当に五分だけなのですよ。という訳で、さっさと追いに行くのです。」

 

光は率先して目の前を通った何かを追い始める。『なんだかんだ言って気になってるんじゃないか』と思ったが、陽は口に出さずに先行した光について行くかのように探し始めるのであった。

 

「……こっちの道、だよな?」

 

「なのです……どこまで行ってしまったのでしょう……これじゃあ追うことも出来なくなってしまうのです。」

 

「……っ!今いたぞ!」

 

「私にも見えたのです!さっさと追いに行くのです!!」

 

見えたら追う、見えたら追う……そんな感じの事を何度も続けていた。見失えば普通は興味を見失い、めんどくさくなって追うのをやめるはずである。それは陽も光も理解していた。

しかし、何故か追わなければならないと思っていた。

 

「……また見失ったか。なぁ光、どう思う?」

 

「……どう思う、とは?」

 

「……俺達はさっきからあの影を見失っては見つけて追いかけて、また見失っては見つけて追いかけて……その繰り返しを何度も何度もしている。だが、ここまで何度も同じことが起こってくるとこう思えるんだ……相手は俺たちのことを誘い込んでるんじゃないか、ってな……」

 

陽がそう言って光も軽く頷く。そしてまた、謎の影が陽達の前に現れてまたどこかへ去ろうと大急ぎで走り出す。

だが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「……ふっ!」

 

光は光の矢を作り出し、弓を取り出して矢を放つ。天使の光から作られた光の矢は、普通の矢とは違い様々な効果を発揮する。例えば……影を射る事で相手の動きを完全に止める、等。

 

「っ!!」

 

矢に自身の影を射抜かれた謎の影は、身動きが取れないまま拘束される。よく見れば、影に見えていたのは黒いローブを身にまとって高速で動いていたからだと陽は気づいた。

 

「さて……その顔、とくと拝見させてもらうとするか……あんな動きをして俺たちを誘っていたんだ。何が目的か……すぐに吐かせてやる。」

 

そう言いながら陽は1歩ずつ近づいて、ローブを羽織った人物に近づく。そして、ローブに手をかけてその顔を拝見しようとした瞬間━━━

 

「……なっ……」

 

「き、消えた……?動けないはずなのに、どうやって私の矢から脱出を……!?」

 

姿は消えていた。陽に握られているのはローブだけ、その内側にはあると思われた中身が存在していなかった。

ローブ自体が動いていた、という線もありえない。そうであればこんな風に取れるわけがないからだ。

 

「……光の動きを止める矢からは逃げられないと思ってたんだけどな……何らかの方法で逃げ出せることが出来たって考えるべきか。」

 

「……動きは封じていたので、動くことなく発動させることが出来る能力……ということなのです?」

 

「あるいは、本体がなくて俺達が捉えたのはこのローブを式神のように扱っていたか、分身だったかのどちらかだ。

まぁどっちにしろ……俺たちから逃げたってことはまだバレたくないってことだな……こうなると暫く姿を現すことはないだろうな。よほど俺達をどこかに向かわせたかったみたいだが……」

 

陽は人気のない路地のさらに奥を見つめる。このまま向かうのは明らかに自殺行為、何よりあんな遠まわしな方法で誘い込もうとしていたのだ。なぜそんなことをしたのかまでは分からないが、深入りするべきではないと考えて陽は踵を返して光と共に元の道へと戻っていく。

 

「……さっきの奴か?それともまた別のやつか?」

 

「………」

 

だが、そうしようとした瞬間に目の前にまたローブを羽織った人物が現れる。

黙ったまま通せんぼをするローブの人物。陽も光も、横を通ったり上をジャンプして通ろうとしたりしようとしたが、ローブの人物は服を掴んだり抱きついたりして通せんぼをしてきていた。

 

「……何か、さっきのやつとはえらい違いだな……なぁ、俺達この先通りたいんだけど通ったらダメか?」

 

「っ!っ!!!」

 

首をブンブンと横に振って否定するローブの人物。やけに子どもっぽいようなその仕草に、陽は何かを感じ取っていた。

そして、抱きついてここから先に進ませないようにしようとしているローブの人物をそのまま担ぎ上げて外に出ようとし始める。

 

「もう正体とかどうでもいいから外に出してくれ。」

 

「っ!?」

 

「やけにオドオドしているのです……まぁでも、しょうがないのです。早く帰らなければならないのです。」

 

そのまま2人は表通りに向かって進み始める。進んでいる途中でローブから重みを感じなくなったので恐らくまた姿を消したのだろうと思った陽は気にせずにそのまま進んでいった。

 

「……また通せんぼかよ。」

 

「二度目ともなると最早ただただしつこいだけなのです。」

 

三度目のローブの人物の登場。ローブを着ているために分かりづらいが、身長は3人とも似たようなものだったので実は同一人物だったのではないかと陽は軽く疑ってしまっていた。だが、すぐにそれは勘違いだったと前言撤回することになった。

 

「っ!!」

 

「い、いきなりかよ!?」

 

突然、何かに切れたかのように弾幕を放ちながら襲いかかってくるローブの人物。

だが、弾幕が放たれてしまった時点で陽はある意味では負けてしまっていた。表通りに出ようとして通せんぼされた道、その位置から攻撃されたので当然反対側の裏路地の奥に進まないといけないはめになる。

 

「くそっ!誘導されていってるよなこれ完全に!しかも裏路地の奥の方に!!」

 

「そうなのです!しかも何故か横路に逸れようとしたらいつの間にか追いつかれていて……分身か式神か、何かを使っているのは確実なのですが、それでも追い込まれていってることは変わらないのです!!」

 

「けど戦うにしてもここは狭すぎる!戦えばどれだけ被害が出るのかわかったもんじゃねえ!!」

 

「とりあえず今は走って逃げるのです!!」

 

陽達は走って逃げていく。そうでもしないと周りの民家を確実に壊しかねないからだ。

幸い相手も民家にぶつけないようにかなり数を少なくして弾幕を放っていたので、陽達が大声を出してる以外に大きな音はなっていなかった。そのせいで目立たない為に助けを呼んでも来なさそうなのが辛いところではあるが。

 

「後ろ!まだ追ってきてるよな!!」

 

「なのです!けど、もうすぐしたら恐らくは━━━」

 

光が言い切る前に、陽は刀を作り出して目の前から飛んできた攻撃を弾く。それと同時に、後ろから来ていたローブの人物は姿を消す。

光は攻撃が止んだことに少し安堵したが、すぐに目の前から現れた人物に驚きを隠せなかった。

 

「……あんな歓迎をしておいて、なんの用だ?白土。」

 

「……話がある。外に来い。安心しろ、別に襲いかかったりはしねぇよ。それだったら始めっからお前らを殺そうとするっての。」

 

白土は真面目な顔でそう言って歩き始める。とりあえず話し合いというのを信じることにした陽と光は、白土の後ろについて行く。

その間、白土の方からも陽達の方からも会話を振ることは無く黙ったまま人里の外に出た。

 

「……それで?話ってのは?」

 

「率直に言えば……お前以上に、殺らなければならない相手がいる。だが、そいつは死なないんだよ。

お前なら殺せる……とまでは言わねぇが、杏奈を取り戻すくらいの時間を稼いでもらいたい。この間ようやく見つけたんで、俺が探しに行くことにした。」

 

「待て待て待て、話が急すぎる。

どういう事なのか最初から説明してくれよ……いきなりむちゃくちゃ言われても分かんねぇっての。」

 

「……まず、杏奈がどこにいるのかが分かった。だが、探して連れて戻るには殺らないといけない相手がいる。だが、そいつは死なないんだよ。いくら殺しても結果的に死なない様になっている。

で、だ。杏奈の場所は俺しかわかんねぇからお前がそいつの相手をしろって言ってんだ。要するに杏奈を救うために囮になれ。」

 

「……」

 

陽はこの説明でようやく理解出来た。だが、他にも必要な情報が沢山あるというのに、決めるわけにはいかなかった。

 

「……そいつは、どんな能力を持ってるのかくらい教えてくれてもいいんじゃないか?」

 

「……簡単に言えば世界の改変、過去現在未来って感じに時間軸を分けるとすれば、あいつは現在を変えることが出来る能力った考えればいい。

起こったことを無かったことにしてまた別の道を歩ませる……そんな能力だ。

俺があいつを何度も何度も殺したが、結局は復活し続けるだけだった。」

 

「世界の、改変……」

 

「あいつの能力は、一応はあいつ自身が操れてはいるが、あいつが死んだ瞬間に即座に独り歩きして能力者を復活させる。そしてその方法では二度と殺す事は出来ない。

だから、時間稼ぎをしろって言ってるんだ。」

 

「……」

 

陽は考えた。白土の言うことが本当だとしたら、そんなやつは確かに倒せない。だが、今まで殺そうとしていた自分に頼っている上に大事にしている妹をさらっていった奴をみすみす逃した、というのが微妙に信じられない要因となっていた。

 

「……そんなに信じられねぇか?」

 

「少なくとも、今まで俺のことを殺そうとしてきたやつを信用しろって言うのが無理な話だ。」

 

「……なら、どうやったら俺のことを信用する?」

 

「……一回戦え、それで決める。少なくとも、お前を信用するためにはお前に対するもやもやを払拭させないといけない。

だから……決着をここでつける。それでいいか?」

 

「……別に構いやしねぇよ。お前がそう望むならな……」

 

お互いが武器を構える。光は陽から離れた位置に移動して見守り始める。

そして、お互いがお互いに向かって突き進んでいき……武器のぶつかり合いとともに、戦いが始まった。



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天満光

「……俺を襲ったのは、杏奈ちゃんを助けるため、なんだよな?」

 

「あぁ、その時はそれしか道がなかった。そしてお前に負けて俺は神狼達の力を手に入れることが出来た。その力を使いこなせるようになってから、ライガの野郎を食らった。」

 

鳴り響く金属音。お互いがぶつかり合い、言葉を交えていく。そのぶつかり合いを光は遠目から見続けていた。

そして、見ている内に気づけば隣に3人の人物が並んでいた。フェンリル、ケルベロス、そしてティンダロスである。

 

「……やはり、こうなっていたか。」

 

「しょうがないわよ、頭が冷えて協力する気になったとはいえ決着自体はついてないってごねるんだもの。けど喧嘩ふっかけたのは向こうの方みたいだけどねぇ~……な、何でそんなことをしたのか分らないですよぉ……」

 

「恐らくは……もやもやが向こうの方にもあったという事じゃな。

ま、これで協力する気になってくれるのなら安いもんじゃ。」

 

「……」

 

光は神狼達を一瞥しても話しかけることは無かった。向こうも、そうしているからそうした迄である。

お互い、必要以上の干渉はしないつもりだったのだ。

 

「……む?何やらあの二人の雰囲気がおかしくなってきているような……」

 

「え……?」

 

ティンダロスの言葉につられて光が目を凝らし、耳をすまして2人のことをよく観察し始める。

すると、ティンダロスの言う通りなにやら二人の様子がおかしなことになっていた。

 

「大体!てめぇが杏奈ちゃんをちゃんと見てたら防げた話じゃねぇのか!?大事だ大事だ言っておきながら攫われてたらどうしようもねぇだろうが!!このシスコンが!」

 

「うっせぇんだよ!!てめぇもてめぇで自分一人でなんもできねぇくせに一丁前に説教してんじゃねぇよ!周りの奴らの力借りなきゃ何も出来ねぇじゃねぇか!!このロリコンが!!」

 

「「誰がロリコン/シスコンだおらぁ!!」」

 

互いに互いを罵倒しながら武器を打ち付けていく陽と白土。彼らは互いに罵倒しながら武器を打ち付ける強さを変えていく。

 

「お前がもうちっと杏奈の方を向いていたら少なくともお前に頼ろうとしたはずだ!!お前は杏奈の心を踏みにじってんだよクソが!!

なぁにが世間にも自分にも興味が無い、だ!!バリバリ興味もってんじゃねぇか!!孤独ぶってんならぶっ潰すぞ!?このキメラ野郎が!!」

 

「お前の方こそわざわざ俺に協力を頼むくらいならもうちょっと態度ってもんを考えやがれ!!土下座すらしねぇで何を頼むって!?あぁ!?

さんざん殺しに来といて、いざ杏奈ちゃんの場所が分かったら『じゃあ協力しよう』だぁ!?お前は礼儀をもうちょっと理解しやがれ犬っころ!!」

 

「「てめぇにだけはその事を言われたくねぇわボケぇ!!」」

 

大声を出して斬り合う二人。そんな二人の様子を遠目から見ていた4人は呆れた様子で見ていた。

何とも馬鹿らしい、と言わんばかりの表情だった。

 

「……あの二人、仲がいいのか悪いのか全然わからないな。」

 

「仲の良さが変な封にこじれてしまったせいであんなふうになっておるのじゃろう。まぁつまり、仲自体はいいということじゃな。」

 

「素直じゃないってことね。全くしょうがないなぁあの二人は。あ、あれって本当にそういう類のものなんですかぁ…?」

 

光も、何かを言うことこそなかったが大体はフェンリル達と同じことを考えていた。お互いに即座に相手の事を罵倒するピンポイントな言葉を思いつくなんて早々ない。

なんだかんだ言っても2人は互いの事を理解し合っているんだな、と少しだけ笑みを浮かべながら考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……ま、まだ倒れねぇのかよ……」

 

「それはこっちのセリフだわ……しぶとすぎんだよ……」

 

そしてぶつかり始めてから数十分が経過していた。互いに息を荒らげながらフラフラの状態で未だに決着をつけようとして、戦い合おうとゆっくりと近づこうとしていた。

 

「そこまでなのじゃ、儂らが見ていなければ本当に永遠に争うつもりじゃったろお主達。」

 

「そうなのです。ご主人様もそろそろ休んでほしいのです。」

 

そう言って光とティンダロスが止めに入る。2人はそこでようやく冷静な思考を取り戻したのか、ため息をついて倒れるかのようにどかっと座る。

 

「……はっきり言わせてもらう、あいつを足止めしたいんならもっと強くなった方がいいと思うぜ。少なくとも今の俺の互角張ってるようじゃ全く無意味だ。

せめて復活した瞬間に射殺すくらいの力がねぇとな。復活即相手を殺す……そのくらいしないとな……」

 

「……なぁ、殺しても復活するんだよな……そいつの能力だと……」

 

「……ん?あぁそうなるな……てめぇ、何する気だ?」

 

「なら……作り出せばいい……そいつを倒せる力を……」

 

陽はそう言って自分の即座に考えついた計画を話し始める。白土はその計画に乗り、その計画を開始するために二人はまず休むために一夜を開けることにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私の力はそんな便利屋では無いのだがな……」

 

翌日、陽は光と共に人里の寺子屋に来ていた。その理由はただ単純、慧音に会うためであった。そして、その場には同じく慧音に用事があった稗田阿求もそこに居た。

 

「しかし……何故そんな事を頼むのですか?彼女の力は歴史を作って挟み込むことだけ……事実が増える訳では無いのですよ?」

 

「いや、歴史があるだけでいい……それを俺が真実に変えるからな。」

 

「……どういう事ですか?」

 

「……慧音には『あらゆる妖怪の力を吸い取る凄い力を持った妖刀』が存在していた、という事実と『その妖刀が昔稗田家に置いてあり記述もされていた』という歴史を作って欲しいんだ。

そして稗田家に置いてあるであろう記述された書物から俺がその妖刀を作り出す……それで、大丈夫だと思う。」

 

陽の提案に悩む慧音。この案を話す前に陽は白土のことなどを話してこの案を出した。しかし、そうであっても妖怪の力を吸い取る妖刀なんてものはこの幻想郷においてのバランスブレイカーとなってしまう可能性が高かった。そんなものを作ってしまえば下手をすれば悪用される可能性が限りなく高い。

なるべく、そんなものは作りたくなかったのだ。

 

「……どうしてもダメか?」

 

「……悪用される危険性、もあるが……何よりそんな強力な妖刀を手にしてまともな理性を保っていられるとは到底思えない。

それを考えてしまうと………どうしても首を立てに降ることは出来ない。そんな強い妖刀を作り出して扱えるものがいるという確証があるのなら……もう少し考える余地はあるが……」

 

「……そう、か……」

 

陽が諦めて戻ろうとした時、光が一歩前に出る。そして、何かを決意したような顔でこう告げる。

 

「……私ならば、その妖刀を扱えるかもしれないのです。私は天使なのです。なら、邪悪な妖刀であっても私自身の光があれば……大丈夫のはずなのです。」

 

「……本当に、いいんだな?」

 

「……大丈夫なのです。構わないのです。」

 

慧音は光のその顔を見て大きくため息をついた。未だに大きく不安が残っているが、ここまで決めたことを自分は大きく否定出来ないと思って仕方なく能力を使い始める。

 

「……もういいぞ。これで稗田家にその妖刀の記述が乗った書物が残されてるようになったはずだ。

しかしどこにあるかまでは分からないから、その辺は自分たちで探してくれ。」

 

「っ!ありがとう慧音!助かったよ!!」

 

「助かったのです!!」

 

お礼だけ言って陽達は出ていく。そして、阿求もまた軽くお辞儀をして陽たちのあとを追っていく。

慧音は、もし失敗したときの責任の取り方はどうしようか……と考えながらまたため息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、それがその妖刀なのね。

で、何でわざわざここで実験しようと思ったのかしら?」

 

博麗神社で陽と光は妖刀を持ちながら霊夢の前にいた。無論、説明自体は済ませていたが、何度もこうやって聞いてくるのだ。

 

「……いや、だから霊夢なら強力な結界を張れるからこの妖刀を試すことが出来るんだよって何度も言ってるじゃないか。

もう結界張ってくれてるのは有難いけど、こう嫌味みたいに何度も言われると本気で落ち込んでくるんだから。」

 

「……まぁいいわ、ならさっさと始めてちょうだい。その子だけじゃあ足りないかもしれないからあんたもいれたんだし。」

 

「分かったのです。」

 

霊夢の言葉により、鞘に入れた妖刀を引き抜こうと柄に手をかける光。その瞬間少しだけ体に違和感が来たが、それを気にすることなく更に刀を引き抜いていく。

 

「う、ぐ……!」

 

「……光、大丈夫か?」

 

「大丈夫、なのです……!ひ、ぐぐぐぐ……!」

 

くぐもった声を上げながら引き抜いていく光。しかしその顔は苦悶の表情であり、陽はそんな表情をしている光が心配になっていた。

 

「……頑張れ、光……」

 

陽は頭を一撫でして光を安心させようとしていた。だが、光はそれが気にならないほどにゆっくり、ゆっくりと引き抜いていっていた。

だが、引き抜いていけば引き抜いていくほどに妖刀の黒いオーラが光の体を蝕んでいっていた。

 

「……陽、あんたこれ以上続けさせても意味無いってわかってるのかしら?下手したらこの子、自分が引き出して言っている闇を浄化する自分の光で消えかねないわよ?」

 

「……いいや、光は出来る、俺はそう信じている。その為なら……光を手伝うためならなんだってしてやる。主だ何だ言われているけど、親みたいなもんだしな。」

 

「……親馬鹿ねぇ……なら、ちゃんと消えないように繋いでなさい。その事貴方をね。

私は変わりにこの結界を絶対に解除したりしないんだから。」

 

「頼むよ……」

 

陽は霊夢の方を見向きもせず、返事を返す。陽は光をずっと見つめて引き抜こうとしている手の上から、自分の手を置くだけで他は何もしなかった。『自分はここにいるぞ』という事だけを教える以外にこの行為には意味がなかった。

しかし、光にはこれだけで十分だったのか、少しだけほっとしたような顔つきになり引き抜く速度もほんの少しだけ早くなっていた。

 

「……行けるか……?」

 

『絶対に引き抜ける』と思い続けて陽は光での手をぎゅっと握りしめた。瞬間、陽の体にも妖刀の黒いオーラが侵食を始める。だが、陽は苦悶の表情も苦しげな声もあげることなく光の手伝いをしていた。

 

「ちょ、ちょっと!?あんた本当に大丈夫なんでしょうね!?」

 

霊夢の声が響く、しかし陽達にはその声は届いておらず見向きも返事もせずにただ結界の中で引き抜いていっていた。

 

「光、俺がそばにいてやるからな……だから安心しろ。お前が負けることないって俺は信じてるからな。」

 

その言葉の後、繋いだ手から最初は鈍く小さい……しかし段々と大きく光が輝き始める。

2人はそのことを気にしていなかったが、段々と大きくなる光に霊夢はぎょっと目を開いていた。

 

「な、何かあんたら光ってない!?ほ、本当に大丈夫━━━」

 

瞬間、とんでもない発光とともに霊夢の張った結界が破壊される。しかし、そんなのを気にする余裕は霊夢にはなく、目を腕で覆い、思いっきり目を瞑り、そして陽達のいる方向とは逆の方に咄嗟に向いてもなお眩しいと感じる光を耐え続けるのに必死だったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……な、何が起こったのかしら……」

 

霊夢は恐る恐る目を開ける。そして、陽達はどうなったのかと光で未だぼやけている自分の目で辺りを見回して……そこにいた人物に度肝を抜かれた。

 

「……だ、誰?」

 

「ん?誰って……見たらわかるでしょ?()()()()()()()

 

自身を月風陽と名乗る少年。背格好は確かに陽と同じくらいだったが、髪の色は白く、背中からは天使の羽が生えており、何より自分のことを僕と言っていたその人物が同一人物だとは到底思えなかった。

 

「……まさか、光との憑依……?天使に、なるのね……やっぱり……ってあんた、妖刀持って平気なの!?光ですらあんなに苦戦してたのに!」

 

「……ほんとだ!ちゃんと持ててる!?何でかわかんないけど扱えるならいいや!助かったよ霊夢!ありがとうね!!」

 

そう言って光を憑依させた陽は空を飛んで帰っていく。それを呆然と見ていた霊夢は、これはなんなんだと思いながらため息をついて家に戻っていくのであった。



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暴走天使

「……陽のやつ、何やってやがんだ……もう既に昼を超えたぞ……」

 

どこかの森の中、陽からの連絡を待っている白土達がそこにいた。彼は捕えられた妹を助けんがために今回今まで敵対していた陽との共闘を希望、それが叶った今後は陽が持ってくるであろう秘策とやらをただじっと待っていた。

 

「……のう、儂ら騙されたんじゃ無いのか?本当に今更な話じゃが、今まで自分を殺してきた相手を信用するなんて上手い話、あるとはやはり到底思えないのじゃ。

協力する振りをして儂らを利用しただけの可能性はないのかの?」

 

「それに対する回答も昨日答えただろ、もし利用しているだけなら利用しているで考えがあると。

それに今回に関してはこのタイミングで見捨てるメリットがないだろ。単純に俺に嫌がらせしたいだけなら兎も角な。」

 

「……だが、実際の話出来すぎているとは思う。お前の今まで殺そうとしてきている相手はどこか壊れているんじゃないのか?まともな神経をしていたらこういうのは引き受けないのが筋だと私はやはり思うぞ。」

 

フェンリルがティンダロスの意見に同調するように答える。別に、白土もそれを考えなかったわけではなかった。しかし、その『まともな神経』と言うのがなんなのかわからない以上、彼にはそういう否定は入らなかった。

そして、そんなことを話し合っている最中。白土は遠くから何かが近づいてきているのを確認した。

 

「……おい、向こうから飛んできてるあの白いの……あれなんだか分かるか?俺は何故か陽に見える。」

 

「安心しろ、私達もだ……だが手に何か握っているな……あれは刀か?しかもただの刀……まともな刀じゃないことだけは分かるくらいには中々の威圧感を感じるよ。」

 

白土達が陽だと認識したそれは、白土達を見つけるととんでもない速度で飛んでくる……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!ティンダロス!!」

 

「もう既にお主を最後に取り込む準備は出来ておるわ!!」

 

ティンダロスが白土の服を掴むのと同時に白土は外に大量の正方形を捨て去りながら紙へと吸い込まれる。

その紙と白土がばら撒き捨てたものは陽の斬撃で大量に切り刻まれてしまうが、運良く一つだけ形を保っているものがありそこからティンダロス達は出てくる。

 

「あぶねぇな!何しやがる陽!」

 

「いやいや!妖怪が何言っちゃってるわけ!?人に迷惑をかけるものは森羅万象一切合切有象無象全て切り捨てる!

天使っていうのは人間の自由と平和と安心と安全と健康と……とりあえずその他諸々を守らないといけない存在なんだよ!妖怪は1から100まで全員悪!とりあえず裁きが来るまで大人しく待ってないとダメだよ!」

 

「……白いし、自分のことを天使って言ってるってことは……あの小さいガキを憑依させたか。だが、天使の清廉さというか……そういう正義感が変な方向にぶっ飛んでやがる……ある意味でこれは暴走か。理性がある分めんどくせえかもな。」

 

「暴走!?いやいやいや!天使である僕がそんな野蛮人みたいなこと起こすわけないじゃないか!それと、話をすり替えようとしてもまったくもって無意味だよ!

僕にはその手のすり替えなんて無意味だからね!!何せ僕は絶対正義の天使!間違いなんてのはありえない!あとそれと━━━」

 

元気よくハキハキ喋っている陽を尻目に白土はボソボソ声で3人の神狼達に対して話し始める。

 

「……採決を取る。今殴る、話し終わってから殴る、逃げる。今お前らが選ぶ選択肢はどれだ、ケルベロスはちゃんと一人の意見で頼む。」

 

「斬撃の形をした弾幕を放てる以上あまり刺激するのは良くない……が逃げるというのは大いに賛成、殴るのは論外。」

 

「私も左に同じ、今すぐ逃げる。」

 

「儂も同じ…というわけでわしの能力で一旦逃げるのじゃ。」

 

陽が元気よくハキハキ喋っていながら紙を用意してティンダロスの能力を使ってその場を脱する4人。しかし陽はそれに気づかず延々と何かの演説を行い続けていた。

 

「━━━というわけで天使っていうのは無茶苦茶偉いし神様にも意見できるとんでもない種族だってことが……もう居なくなってる!?何で!?僕の天使講座そんなにつまらなかった訳でもないのにどうして!?

おーい!どこにいったのさー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここなら大丈夫だろう。」

 

白土達は博麗神社のお賽銭箱の角から出てくる。目の前に座っていた霊夢が軽く驚いていたが、そんなことを気にしている余裕なんてものはなかった。

 

「……あんた達、何してんの?とりあえず一発ぶん殴っていいかしら?いきなり人の賽銭箱から現れるなんて泥棒と思われても仕方ないわよ?」

 

「……ちょっとだけ待ってくれ。今それどころじゃねぇんだよ……おい博麗霊夢、お前八雲紫がどこにいるか分かるか?」

 

「紫?そんなの大体私が呼べば来るわよ……アイツ仕事してるんだかしてないんだか分からないけど、大体呼んだ時は来てるわ。呼ぶことも早々ないんだけれど。

で?呼んで何するつもり?言っておくけれど紫はあんたじゃ追いつかないほど強いわよ?」

 

「別に戦う気なんてねぇよ、ただものすごくめんどくせぇことが起きてんなって思っただけだ。」

 

「……ちょっと話してみなさい。それで呼ぶかどうか決めるわ。」

 

白土は少し考えた後、霊夢についさっき起きたことを話した。霊夢は黙って話を聞いていたが、話を聞き終わってそのまま白土に背を向けて神社の裏にまで移動していく。

白土は、それについて行った。

 

「紫、紫……いるんでしょう?いなくても聞こえてるんじゃないかしら?どうせ今の話も聞いているんでしょう?」

 

「……?」

 

霊夢は虚空に向かって呼びかける。白土は紫を呼んでいるのかと思ったが、言っていることからただ呼んでいるだけではない事だけは良くわかった。

 

「……いるわよ、ついでに言わせてもらえば話も聞かせてもらったわ。彼の言っていることを確認しに言ってたのよ、確かに言っていることは本当のことよ。

なぜああなっているかは分からないけど……」

 

紫はそう言いながら霊夢と白土と間に出てくる。白土は驚いたが、すぐに頭を振って落ち着きを取り戻す。

 

「……多分、偶発的なもんだろ。俺もよくわからんが手に持ってる妖刀のせいであの天使のチビガキを憑依させる必要があったんだろうよ。」

 

「私のところでしたのよ、憑依。けどてっきり既に元に戻ってるもんだと思ってたけど……そんな面倒くさい性格になってたのねぇ。

天使って慈悲を与える存在って話じゃなかったっけ?完全に敵対しているものを叩き潰そうとしているようにしか思えないわ。」

 

「どちらかというと試練を与える方でもあるわよ。悪魔と違って規律正しく生きていかないといけないものって言われているんだから。」

 

「……で、どうやって元に戻す気だ?あの様子だと言葉を喋ってるだけで会話する気が一切ないぞあの似非天使。

妖怪は1から100まで全員悪って言い切るくらいだからな、何とかして戻さないと洒落にならねぇよ。八雲紫、お前の能力で陽からあのチビガキ引っ張り出せねぇのか?」

 

白土の問い掛けに紫は即座に首を横に振る。出来ていればもう既にしているだろう、白土もそれが分かっていたがとりあえず聞いておきたかったのだ。

 

「……まぁ、可能性があるとすれば過度のダメージを与えることだが……あの刀があるせいで近づきようがねぇ、触れたらやべぇやつだろうしよ。」

 

「そりゃそうよ、あの刀は斬った妖怪の力を完全に吸い取るとかなんとか言ってたしね。なんでそんなもんを手にしてたのか分からないけれど、まぁ妖怪じゃあ危なっかしすぎてまともに戦えないでしょうね。」

 

「……霊夢、せめて手加減してあげてね?あの子の意思で暴れているわけじゃないから……」

 

「ったく……あいつには甘いのね……大丈夫よ、やりすぎたらすぐに治るようにしてあげるから。

それじゃ、行ってくるわ。」

 

そして霊夢は飛んでいく。紫もついて行こうとスキマから完全に体を出して空を飛んでいく。白土は大きくため息をついて博麗神社の中に入り、二人が帰るのを待つことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あら、あんな所で伐採作業してるわ。丁度いいわね、一撃ぶちかましましょうか。」

 

霊夢は空を飛んでいる内に陽を発見する。何かに怒っているのか辺り一面を刀で切り倒していっているが、霊夢はそれをチャンスだと思ってまずは不意打ちで高速で近づきながら陽の背中に強烈なキックをお見舞いした。

 

「んげっ!?がふっ!うごっ!」

 

陽はその場で転がりながら木にぶつかって倒れる。その後フラフラとしながらもなんとか立ち上がって、頭を振って霊夢のことをじーっと見始める。

 

「……巫女さん?なんで人間……それも巫女さんが天使のこと蹴るのさ……僕何も悪いことしてないよ?ただ僕の前から逃げた妖怪を探してるだけで……」

 

「妖怪退治を天使なんかに任せた事は無いわ。それに、悪事を現状働いてないやつを制裁する気は無いの。今までの罪を償わせるのはどこぞの閻魔だけだから。」

 

「……?存在が悪だから存在そのものが悪いことをしている様なものなんじゃないの?だって妖怪だよ?悪いことをしない妖怪なんていないよ?」

 

「じゃああんたは何をもって妖怪の存在そのものが悪だって断定している訳?」

 

「そりゃあ悪いことし続けているんだから存在そのものが悪じゃないか!何を言ってるのさ!!」

 

「じゃあその悪い事って?」

 

「何度も言ってるじゃん、存在そのものが悪なんだから存在していること自体が悪なんだよ!?」

 

「はぁ……」

 

霊夢は面倒くさいと思っていた。この少しの会話で理解したが、人間の黒さが天使を憑依させたことで、性格が変な形で表現されてしまっているのだと。

もしかしたら妖刀が乗っ取っている可能性もあるが、特別妖刀から発せられる黒いオーラが感じられなかったので霊夢はその考えを一旦捨てていた。

 

「とりあえず、自然を荒らしちゃってるしあんたは一回シメるわ。それで反省してくれるならそれっきりにして上げるけど━━━」

 

霊夢は言い切る前に体を回転させて蹴りを当てる。突然陽が刀を持って突撃してきたのでとりあえず攻撃される前に反撃したのだ。

 

「反省する気は無いみたいだからぼこぼこにするわ。安心しなさい、悪霊に乗っ取られてるみたいなもんだからその後で後遺症が起こらないように色々手を回してあげるから。」

 

「僕に仇なすものは総じて僕が制裁してやる!安心しなよ!今どれだけ僕に悪逆非道な行為を行おうとも、ちゃんと天国へ行けるように昇天させてあげるからさ!!代わりに自分の肉体がどんなのだったか分からなくなるくらいにぼこぼこにしちゃうけどさ!!」

 

『怒ってるなぁ』とまるで他人事のように思っている霊夢。気をつけなければならないのが、手持ちの刀だけでそれも当たらなければ意味がない……と考えているが、未だどんな戦い方をするのかわからないために一応注意はしていた。

 

「とりあえず千切りにして上げるよ!!」

 

先程よりも早い速度で突っ込んでくる陽。人を殺すのに躊躇がないやつほど戦う相手としては戦いやすいものはないが、同時に面倒くさい相手でもあった。

戦闘ジャンキーではないだけマシだが、血を見せればそれこそどんなことになるか溜まったものじゃない為に1度も傷つけられないように戦わなければならなかったり

 

「なら私は千切りならぬ千殴りとするわ。数えるのが面倒臭いから千回超えるかもしれない……けどっ!!」

 

陽の妖刀に対して霊夢はお祓い棒で応戦する。高い金属音が刀から鳴り響くが、陽はそんなこと気にせずに果敢に攻めていた。

しかし霊夢は涼しい顔でそれをお祓い棒を持った片手で受け流し続けていた。

 

「おっと……危うく私の髪の毛切れかけたわ……っと!」

 

霊夢は隙を突いて膝蹴りを陽に当てようとする、しかし咄嗟に陽が妖刀でガードしたことで吹っ飛ばしこそ成功したものの、ダメージを与えることは出来なかった。

 

「……これだけ僕の愛を否定するなんて、許さないよ!」

 

「許してもらわなくて結構、私の罪は私自身が決めることよ。その罪をどう贖うかも……私のものは全て私が決める。」

 

その言葉とともに霊夢と陽はまたぶつかり合うのだった。



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天使と巫女

「……流石に、お互い無傷で殴り合うのも飽きてきたなぁ、ねぇそろそろ斬らせてよ?もしくは射らせて?」

 

「勝手に自分の脳内変換で都合のいいように変えんじゃないわよ。さっきからあんたは吹っ飛ばされっぱなしなの現在進行形で忘れていってるのかしら?

だとしたらあんたはいちばんアホな形態ってことになるわね。」

 

「アホじゃない、よ!!」

 

鍔迫り合いを行いつつ体術も入れながら戦っていく二人。しかし、霊夢の言う通り霊夢が時折陽を蹴り飛ばしたり殴り飛ばしていた。

しかしそのたびにすぐ起き上がって陽はそのまま切りかかってくる。まるでさっきまでの傷なんて初めからないと言わんばかりに。

 

「しつこいわねほんと……一回ぶち込んでやるわ……霊符[夢想封印]!」

 

夢想封印を使って霊夢は陽を吹き飛ばそうと画策する。しかし、陽はその瞬間に咄嗟に妖刀を投げ捨てて弓を構えてその場で回転しながら光の矢を放っていく。

 

「光天[絶対必中・シャイニングアローズ]!逆に全部撃ち落としてあげるよ!!」

 

そう言って夢想封印の弾幕一つ一つに光の矢を当てていく陽。そして、夢想封印を完全に無効化したどころか放った矢のすべてが霊夢に向かって飛んでくる。

 

「あぁもうめんどくさい……!」

 

霊夢は密度の濃い弾幕を放つ事でそれらの矢を打ち消す。夢想封印が打ち消されたばかりか、撃ち抜かれて自分が狙われるというのは霊夢を軽くイラつかせていた。

 

「おー、よく打ち消せたね。けど僕は他とは違って妖力も霊力も魔力も使わない超凄い天使様なんだよ!霊力は清らかな人間にしか使えないエネルギーみたいなものだしね!ほとんど上位互換の僕の光をどこまで耐えきれるかな〜?」

 

「……相性問題か、余計にめんどくさいわね。いつもの倍以上の量出さないと何も出来ないなんてのは、腹が立ってくる。」

 

「の割にはかなり落ち着いてるよね?ね!けどどれだけ考えても無駄だよ、僕がもっと強めに使ってしまえば何も出来ないってことになるんだからさ!!」

 

「それはどうかしらね?あんまり自分のことを過信しすぎて人間舐めてると……痛い目みるわよ。」

 

「それはどっちのセーリフかなー………でぇい!!」

 

地面に落ちていた刀を拾いつつ体を回転させて陽は霊夢にかかと落としを決める。霊夢はそれを防いで、陽の足を掴んで一気にぶん投げる。

陽は楽しそうに笑いながら刀を弓に載せてまるで矢で射るかのように構えて放つ。

 

「刀はそういう風に使うもんじゃ……無いわよ。」

 

霊夢は刀の直線的な動きを完全に見切り、最小限の動きで避ける。しかし、刀を射った瞬間に陽は既に近接戦闘をする準備が整っていたので、避けた瞬間に攻撃を当てようと動いていた。

 

「……だから舐めるなって言ってんのよ!」

 

「あぶなっ!?」

 

霊夢は避けただけでは無かった。咄嗟に妖刀を掴んで陽に峰打ちを当てるために動いていたのだ。

だが、陽はこれをギリギリで回避する。回避されたのを確認しながら霊夢は妖刀をすぐに遠くに投げ捨てる。

 

「……なるほど、あんなのを軽々と扱えるのは伊達に天使やってないわね。」

 

そう言って、軽く火傷している自分の手を見ながら霊夢は呟いた。ほんの一瞬で焼けているにも関わらず、一切火傷していない陽の手のひらを見て霊夢はため息をついていた。

 

「ふふーん、当たり前だよ。あの妖刀はまずどれだけ徳の高い人間でも扱えない、仙人ならまだチャンスはあるかな?程度。

天使でようやくその力を発揮することが出来るくらいなんだよ。妖刀の癖に普通の人間や妖怪が使ったら妖刀に飲まれてすぐに消えちゃう……意識も体も全部飲み込まれる、それだけ危険なんだよあの妖刀は。」

 

「全く……ほんとに正しいのだから腹が立つわね。後で叩き折ってやらないと。」

 

「触れた瞬間にそうなるのに、叩きおれるほど触れると思ってるの?もし本当に思ってるなら滑稽だ……ねっ!!」

 

「だからといって物理戦で私に勝てるって思わない事ね!!少なくとも、あんたじゃ私には勝てないわよ!!」

 

刀を取りに行こうとする陽を静止する霊夢。蹴り飛ばそうとすれば防がれ、反対に殴り飛ばされかけたのならそれを防いで反撃を入れる。

それの繰り返しである。一向に終わらない戦いにもなりかねない……と霊夢が思い始めたその時。

 

「およっ!?何この鎖!?」

 

「……その鎖はとんでもなく特別な鎖じゃ、作った妾も外せなくて困るくらいには頑丈で複雑なんじゃよ。」

 

突如地面から鎖が生えてきて、その鎖でがんじがらめにされる陽。そして、陽と対峙していた霊夢の後ろから声が聞こえてくる。

霊夢が後ろを見るとそこには見覚えのある三人の姿があった。

 

「黒音、陽鬼、月魅…紫にでも呼ばれたのかしら?じゃなかったらここが分かる、なんてこともなかったでしょうに。」

 

「全くもってその通りじゃ、突然紫に呼び出されたから何事かと思っとったのじゃが……妾達の知らぬ間にこんなことになっておったとはのう。」

 

「……話してるとこ悪いけどさ、僕にはこの程度の魔法じゃ……うおぉ!?」

 

「効かないのは分かっておるのじゃ。じゃが、鎖の追加もとい……魔力全開で鎖に魔力を付与させれば、チクチクとダメージくらいは与えられるじゃろうな。」

 

鎖に紫のオーラがまとわりついていく。それはがんじがらめにされている陽の体にも侵食してきていた。

 

「くっ……こんなのでぇ……!ぐっ……ま、また……ってか重い……!」

 

「ただの鎖じゃないからのう……魔力の塊も同然のそれは、絡まれば絡まるほど強度や重さ、魔力で与えられるダメージの多さが飛躍的に上がる仕組みなのじゃ……ま、その分消費量も飛躍的にで増えていくがのう。」

 

「吸血鬼如きが……!」

 

「うーむ……妾がただ日中歩けるだけのただの吸血鬼だと思われているのなら少しイラッとするのう。」

 

「……黒音、やり過ぎないでくださいよ?光もマスターにも責任はありませんから。」

 

やり過ぎないように黒音に注意を入れる月魅。黒音はちらっと月魅の方を見た後に顎に手を当てて考える素振りをしながら陽を注視しておく。

何とか抵抗して外そうとしているが、力を発揮しようとするたびに鎖をどんどん増やしていく。

 

「くっ……魔力なんかに負けるはずがないのに……」

 

「妾に対策がないとでも思うてか……いや、はじめから対策なんて必要なかったんじゃよ。

確かに霊夢……というよりは、霊力や魔力に妖力と言った力に対してお主の光の力は明確に天敵じゃ。

じゃがな……光は言わば絵の具の白の色、上から上から塗りつぶしていけば真っ白になってかき消せるじゃろうが、妖力や魔力の黒に近い色をした色を上から塗られると途端に弱くなる。

天敵でもあるが弱点でもある、お主の光はそういうものなのじゃ。」

 

「そんな、そんなことは無い!僕は、僕の光は負けるはずが……!」

 

「ちょっとばっかし熱い思いするけど……我慢してよね!」

 

陽鬼はそう叫んで篭手から炎の形を取った妖力を直接陽にぶつける。と言っても吹き飛ばす類のものではなく、妖力によって放射するかのような感じである。

 

「ぐ、がぁぁぁ!?」

 

「……紫に言われたとおりにしましたが、大丈夫でしょうか。」

 

「何よ、あんた達紫に何か秘策でも伝えられたわけ?」

 

「……うむ、魔力と妖力をぶつけて来い、とだけ言われたのじゃ。天敵じゃが弱点でもあるでな、じわじわとこれで体力を削れば主様の中にある妖力と魔力が反応して光と無理やり分離することが可能なようじゃ。」

 

霊夢は陽を見張りながら黒音と話す。霊力だけが今回本気で役に立たない力だと安易に言われて少しイラッとしたが、相性問題だけはどうしようもないのですぐに頭を切り替えることにした。

 

「無理やりって……こんな方法で分離したらあの子グレそうよね。根が純粋みたいなもんだからこんな嫌味な性格になるもか私嫌よ。

ちょっと饒舌になるくらいなら構わないけど。」

 

「へぇ、あんまり喋ったことないはずだけと霊夢って光のこと気に入ってたんだ。ちょっと意外かも。『どんなこと言っても反応が薄い』とか言って苦手な性格かと思ってたよ。」

 

「心外ね、私はむしろ静かなこの方が好きよ。いっつもうるさいヤツばっか神社に集まるんだもの。

光みたいな静かな子と一緒に縁側でお茶飲みながらまったりしたいのよ私は。魔理沙とかアリスとか紫とか……みんな騒がしいのよ。」

 

表面上は和やかに会話しているが、実際は未だ戦闘態勢を取りながら陽が光と分離するまでを待っている状況だった。

確実な方法ではない、と全員が理解していた。故に鎖を破壊されて無理やり突破される危険性が分離するまで残っている以上、続けるしかなかったのた。

 

「……ぐ、が……」

 

頭を垂れてぐったりとする陽。しばらくすると体が光り出して陽と光が反発する磁石のように吹っ飛んで気絶したまま地面を転がっていった。それを見届けて魔力を使いすぎた黒音に、同じように妖力を使い切った陽鬼が揃ってその場に倒れ込む。

 

「マスター!大丈夫ですか!?」

 

「月魅、落ち着きなさい……ただ眠ってるだけよ。二人共ね。まぁ……なんとか元に戻った……ってところね。とりあえずあの地面に差しっぱなしで放置している妖刀はどうしようかしら。」

 

「流石に……放置でいいじゃろう。もしくは今壊すか、じゃな。主様の能力ならあの刀が1回作られた時点で複製は可能なんじゃ……恐らくもと元々あの刀を作ったのも主様の能力じゃろうしな。」

 

「そうね……なら、壊しましょうか。」

 

そういった直後に霊夢は弾幕を放って妖刀を叩き折る。それを見届けた後は適当に地面に埋めてそして光達を連れていきながら博麗神社まで行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、戻ってきたか全員……おい、持ってた刀はどうしたんだ?俺が見た時はこいつはまだ持っていたはずだが。」

 

「壊したわよ。作ったのは陽の能力だから、一度ものがあれば複製できるんでしょ?なら全く問題ないじゃない。

持ち歩くのも危険なもの、複製が可能なら余計に壊さない理由はないわ。」

 

「……いや、それはそうなんだが……まぁいいか。とりあえずそいつら目覚めるまで何も出来ねぇな……で、なんで残り3人のチビ助共がいる。」

 

白土が神社に戻ってきた霊夢達を軽く見渡し、そして陽鬼達がなぜいるのかに疑問を覚えて霊夢に質問を投げかける。だが、霊夢は既に陽達を寝かせるために神社の中に入っていたため聞こえていなかった。

 

「……それはこっちのセリフだよ。どうしてここにいるの?陽を罠にはめて何がしたいの?」

 

「罠って……いや、いい。別段お前らに弁解をするほどでもねぇしな。お前らとわざわざ協力姿勢取らなくても陽とだけ協力してりゃあいいしな。」

 

「……今ここであなたを切ってもいいんですよ?この距離ならどんな防ぎ方をしようとあなたに一撃は与えられます。」

 

「別にそれでもいいがよ……今、ここで、俺と殺し合いしたいってんならやめておけ。博麗霊夢に目をつけられたくなけりゃあ、黙ってじっとしている事だな。」

 

「……」

 

白土の言葉に渋々と抜きかけていた刀を鞘に収める月魅。陽鬼も戦闘態勢を取っていたが、姿勢だけは解いて篭手はそのまま装着していた。

黒音も銃を構えていたが、構えを解いていつでも速射できるようにトリガーの内側に指を入れていた。

 

「……それで、本当に何でこんなところにいるの。陽と何かするのはなんとなく分かったけど、一体何をさせるつもりなの、陽に。」

 

「簡単だ、アイツには囮をやってもらうつもりだ。俺が妹を助けてる間にあいつは厄介なやつの足止めを頼んでいる。

戦闘能力こそないがその能力そのものが厄介なやつだからな……そうなると面倒な奴の見張りをさせてる、と言っても過言ではないな。」

 

「……まぁ、いいよ。ちゃんと協力するかどうかは陽が決めることだし。私達はそれについて行くだけだから。」

 

そう言って陽鬼は博麗神社の奥を見る。4人はしばらくお互いを睨み合いながら陽が戻るのを待つのであった。



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妖刀妖殺

「……よう、また来たのか?」

 

「あんたは……創造者か。なんであんたがまた俺の前にいる?てかあの本を読んだから俺はあんたと会うことになったんだ。本も読んでなかったはずの俺がどうしてあんたと出会える?」

 

「簡単なことさ、お前の中に俺がいるから会えるんだ。かといって取り憑いたとかそんなもんじゃない。本を読んだから会えるようになったわけでもない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。本はあくまできっかけ、お前と俺がこうして会話するための扉を開くための鍵でしかなかった。」

 

「……意味がわからない。俺は別に二重人格じゃないが?あんたが初めからいたのなら俺は周りの誰かに『二重人格だ』くらいのことを言われると思っていたんだがな。」

 

陽は例の創造者と出会った。そして、辺りを見回すが相も変わらず寂れた場所であることには間違いがなかった。

だが、創造者はまるで少年のような笑みを浮かべて、陽の前に1本の刀を突き刺す。陽はそれを見て目を見開いた。

 

「……何であんたが俺の作った妖刀を持っている?その刀は少なくとも俺がいた時にしか作られていない。

いや、歴史上では確かに存在していることにはなっていたが……」

 

「簡単な事さ。俺に作れないものは無い。形があろうと無かろうと、今存在していようといまいとも、空想上のものであろうとそうでなくとも……俺が生み出せるものはこの世の全て以上だ。

ものだろうと地位だろうと名誉だろうと力だろうと……ありとあらゆるものを俺は作り出せる。故に創造主、異名は事実を元に作られるってね。」

 

「……いや、そもそもここは俺の頭の中みたいなものじゃないか。よく考えれば頭の中のものなんだからどうとでも出来るはずじゃないか。」

 

「なんだ、案外気づくのが早かったな。まぁ夢にしてはかなり現実味があるからしょうがないだろうけどな!ははは!」

 

大声で笑う創造者に陽は呆れていた。恐らくは本当に作り出せるのだろうが、少なくともその能力を使わずに自慢げになっているのを見て、創造者が自分よりも子どもっぽいと思ってしまったからだ。

 

「ま、この妖刀がお前を乗っ取った……訳じゃないだろうけど、お前はこの妖刀に失礼なことをしていた。

だからお前とお前のお付きの天使ちゃんは変に抵抗されていたんだよ。」

 

「……失礼なこと?まさか、刀に意思が宿ってるって言いたいのか?こいつは俺が能力で作り出した奴だぞ?それに俺は意思があるものを作り出せない、魂とかそういうものは作り出せないんだが。」

 

「いやいや、確かに作り出された瞬間は意思なんてなかっただろうさ。けどな、切った妖怪の力を吸う刀……しかも限度がないものだ、そんな強い能力があるのに意思が宿らないわけがない。

会話はおろか喋ることすら出来ないだろう……けどな、こいつは欲しがってるんだよ……『名前』をな。」

 

「名前?また何で……」

 

「当たり前だ、誰だって誰かに自分の名前は呼ばれたいと思うもんさ。こいつもそう願っている……だからこそ、名前で呼ばれるまでは使用者の意識を乗っ取ってでも使わせないようにするのさ。

だからよ、今ここでもいいから名前を考えてやりな。」

 

そう言われて陽は地面に突き刺された妖刀のレプリカをじっと見つめる。そしてじっと見つめて見つめて見つめ続けた。

名前を思いつくまでひたすら考え続けた。そして━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここ、どこだ……」

 

「博麗神社よ、ようやく目覚めたわねこのぽんこつ主。お外で付き人が待ってるわよ。天使さんもあなたよりも早く目覚めたんだもの、よく出来たお付きだこと。」

 

陽は起き上がって頭を抑える。頭痛が起こった、などでは無かったが夢の内容があまりにも現実味がありすぎていたのだ。

だが、あまりそのことを深く考えていても仕方ないと、陽は頭を振ってそのまま外へと出ていく。

そこには陽鬼、月魅、黒音、光の4人に白土もいた。

 

「陽ー、やっと起きたんだねー」

 

「マスター、お体は大丈夫ですか?」

 

「全く……手間をかけさせてくれたのう……本当に。」

 

「……」

 

陽はぐるっとみんなを見回してから地面に座り込む。白土と陽は軽く目配せをした後に、改めて陽鬼達に向き直る。

 

「みんな……俺はこいつと、白土と一旦協力することになった。話をしなかったのは悪かったと思っている。

けど……できれば協力してほしい、白土の妹の……杏奈ちゃんを助けるために。」

 

「……」

 

全員、頷くことは無かった。だが、否定的な言葉をかけられるかと思っていた陽は、次の陽鬼達の行動に驚いた。

光を除いた3人はため息こそ吐きはしたものの、3人とも笑顔を向けてくれた。それが肯定の意だと理解した陽はホッとしていた……が、その流れを断ち切らんばかりに話を進めたいと、白土が陽達の間に入ってくる。

 

「……刀、使えねぇ癖にどうするんだ?妖怪である以上、そこの白チビ除いた全員が触れねぇんだろ?

巫女である筈の博麗霊夢ですら掌を火傷するほどだしな。お前が使って操れるとは到底思えないが?」

 

「……ま、その辺の対策は出来てる……というよりも教えて貰った、という方が正しいか。

まぁみてろ、多分俺になら……ちゃんと扱える……」

 

そう言って陽は再び刀を手に取り素早く抜き去る。瞬間、黒いオーラが陽の体を覆うが……()()()()()()()()()()()

それを見た白土が目を見開いていた。同じように陽鬼達も驚いていた。

 

「……俺が光を憑依させて暴走したのは、こいつが癇癪を起こしたからだ。だから、こいつが癇癪を起こさずにする為にはある事を……『名前』を付けてやる事が必要だったんだ。」

 

「……名前、だと?」

 

「『妖怪の力を吸う刀』という存在でしかなかったこいつに、俺は名前を与えた。『妖刀妖殺(あやかしごろし)』それがこいつの名前だ。

妖怪を切り、その妖怪の源を断つ……力を吸い取ることで妖怪が妖怪たらしめるものをありったけ吸い取っていく。

物理的に殺す刀じゃない、存在を殺すために刀だ。」

 

「……そいつがありゃあ、どんな奴でも殺れるんだな?」

 

「切るやつが攻撃そのものを無効化してしまえば終わりだがな……慧音の歴史の創造を使わないとできない芸当だった。

しかもそこまで綿密に詳しく作れるわけでもないから余計にな。」

 

陽は妖刀……妖殺を再び鞘に収めて帯刀する。切られてしまえばどんな妖怪だろうと存在そのものを殺す刀、この幻想郷においては危険すぎる刀が今ここに誕生したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どう、するつもりなの?その妖刀……貴方が扱うにしても流石に危険すぎるわよ?

貴方が、じゃなくてその妖刀そのものが……よ。吸収した妖怪の力を吸収するなんて……聞いてる限り、能力が能力だけにその刀の使用は認めるけれど、目的が終わったらその刀は封印させてもらうわ。念入りにね。」

 

「あぁ……構わない。悪用されるくらいなら封印してやった方が温情だからな。幻想郷のどこかに……誰も手出しができないくらい深いところに……封印しないとな。」

 

陽は八雲邸に戻ってから紫に諭されるように説教されていた。勝手に色々したこと、幻想郷にあってはならない力を生み出してしまったことなど。

しかし、紫はそれでも怒っていなかった。白土の話を後で聞いたからだ。『仕方ない』で済ませる気は毛頭なかったが、しかしそれほどの相手ならば今回限りは、と甘えを出していたのだ。

 

「……とりあえず、明日のために今日はもう寝なさい。明日、向かうのなら……私は止めないし手助けもしないわ。

無事に帰ってきたら、一緒にご飯食べてまた一緒に生活していく……帰ってこれなかったら……少し、寂しくなるだけ、だから……」

 

紫の言葉は段々と尻すぼみしていく。陽はそれを聞いたあと無言で部屋へと向かう。

既に空は暗い夜に沈んでいて……それでいて明るい月がまるで闇を照らすかのように輝いていた。

 

「……ねぇ、陽。何も言わないでよかったの?紫、ちょっと悲しそうな顔してたよ。」

 

「言ったところでしょうがないさ。

紫も俺の考えていることをわかっていてあんなことを言ったんだ。だつたら、余計な言葉を喋らずにさっさと買って戻ってきた方が……俺にとっても紫にとってもいい結果になるさ。」

 

「……マスターがそういうのなら、私は止めません。ですが気をつけていてください。私も貴方も……いえ、私たち全員が知らない相手と戦うことになってるんですから。」

 

月魅が陽に注意を入れる。しかし陽は疑問に思っていた。白土の言う相手が本当に自分の知らない相手なのか……と。

何故か見知っているような感覚が今の陽には存在していた。しかし、いくら考えていてもしょうがないことだと割り切って今日はもう休むことにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来たか。」

 

朝、八雲邸を出た陽は草原で白土と出会っていた。白土の側には三人の女性、神狼であるフェンリル、ケルベロス、ティンダロスの3人。

そして陽には鬼の子陽鬼、月の精霊月魅、特別な吸血鬼黒音、天使光。今この場に9人の人物が揃った。

 

「……今更聞くことじゃないが、そいつのいる所へ俺らは行けるのか?そう簡単に入れてくれそうにないと思うんだが。」

 

「あいつの匂いは覚えた……ティンダロスの能力とフェンリルの能力の組み合わせで次元に一時的な穴をぶち開ける方法が出来ている。

そして後はあいつの匂いと空間にいる時の諸々の記憶全てを……頼りに俺は動く。入った瞬間に目の前、もしくは後ろにいるかもしれねぇが……その時は頼むぞ。一気に俺は杏奈のところまで駆け抜けるつもりだからな。」

 

「その点に関しては任せろ……で、そこまで行く点に関しては任せる。」

 

「おう……足止めだけは……頼んだ……ふん!」

 

白土が腕を振りかぶると、そこに一本の線が出て来る。それは段々と広がって人一人が入るには申し分ない大きさの入口が出来上がる。

それができた瞬間に、陽と白土はその入口へと飛び込む。しばらくは浮遊しているとも落下しているとも取れる感覚を味わう。空間を無理やり繋げた弊害だろうか……とうっすらと陽は考えていたが……すぐに出口が見え、そのまま飛び出す。

 

「そう、だから貴様らはここで……!」

 

「っ!」

 

突如現れるツキカゼ、切りかかってくる相手に対して陽は咄嗟に妖殺を作り出して攻撃を防いでそのまま鍔迫り合いへと持ち込む。

 

「ふっ……!」

 

即座に狼化して、白土は陽に目もくれず一直線に突き進み始める。ツキカゼは白土を一瞬確認した後、そのまま陽と距離をとるために後ろへと飛ぶ。

 

「……なるほど、協力してたってわけだ。」

 

「あまり驚かれるのも癪だが……驚かれないのは素直に気に食わんもんだ。だが、いいのか?あいつ一人をほうっておいて。」

 

ツキカゼは陽に向きながら問う。しかし、その問うてる相手は陽ではなく、陽の後ろにいる誰か、だと視線の向きで陽はそう感じ取っていた。

 

「……どうせ、私には抑止力足り得る力はありませんからね。ここで見学させてもらいますよ。

彼が貴方に勝つまでは、ですけど。」

 

「ふん……まぁいい、お前を倒すには……十分だ。」

 

「勝てるかな?傍若無人な……天使様によ。陽鬼!月魅!黒音!3人は見ておくだけでいいからな……聖光[降臨天使]!」

 

陽がスペルを唱え、光が光の束となり陽へと収束していく。そして青い髪は白くなっていく。

 

「……その、スペルカードは……!」

 

「……さて、僕と勝負しようか……天使の光で浄化して、そのまま昇天させてあげる。」

 

「……面白い、天使と相手とすることになるとはな。それも傍若無人と来るか……自己中心的な天使を叩き切るには!黒い切り札の一撃だけでいい……!合致[ダブルジョーカー]!」

 

大きく声を出してそのスペルを剣に唱えさせるツキカゼ。瞬間、刀身が黒くなり禍々しいオーラを発するようになる。

陽はそれを見てもただ淡々と弓を構えるだけであった。

そして、陽が矢を放ちツキカゼが構えたまま走って陽に近づき始めたのは同タイミングだった。

取り戻すための戦いが今、始まる。



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救出

白土は空間を駆けていた。空間のどこにいるかなんてのは直感である。しかし、妹を見つけるという一心で彼はひたすら駆け抜けていく。

妹の匂いが辿れるまでひたすら走る。広いようで狭い、白いようで黒い。この空間は事象を操るホライズンが作り出したもの、つまりはあらゆる事象の集合点のようなものだと思っていた。故にこの空間には特定の大きさや明るさ、色合いなどが存在していない。

故に、見つけられないと思えば見つけられないも同然なのだ。『見つけられる』という前提で動かなければならない。ただ闇雲に探しても見つからないのは、そう言った理由だからであった。

そして駆け抜け始めて数分が経った頃、白土はようやく見つけたのだ。目的のそれを。

 

「杏奈……杏奈!」

 

しかし返事がない。死んでいる、と白土は絶望しかけたがよく見れば呼吸は微かに出来ていたので白土は早く出ていかないと……と彼女を担いで出ていこうとする。

だが、元来た道を反対方向に走るだけのはずなのに、何故か一向に辿り着けないでいた。

 

「……なんだ、何で……」

 

既に杏奈は助けた、後は陽を連れて脱出をするだけ…そう考えていた白土だったが、明らかに杏奈を見つけるまでにかかった時間以上に走っていた。

 

「くっ……!仕方ねぇ……!」

 

ほんの少しづつ、杏奈の呼吸は弱まっていっていた。何よりも優先順位を高くするためには杏奈を一旦世界の外から連れ出すべきだと、白土はその場で来る時に使った空間の穴を作り出してそこに飛び込んだ。

白土や陽などはまだ耐えられていたが、鍛えてもいない普通の人間がホライズンの空間に耐えられるわけがなかったのだ。

白土は外の空間に出てから一心不乱に走り出していた。例え毒霧が待っているところから脱出できたとしても、すぐに治る訳では無い。

だから白土は永遠亭に向かっていた。自分の妹である杏奈を救う為に。

 

「………医者に見てもらえば、何とかなるかもしれねぇ。だからそれまで……頑張って耐えてくれよ杏奈……」

 

白土はそう呟きながら、今なお呼吸と心音が弱まりつつある自身の妹の頭を軽く撫でながら大急ぎで向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、陽とツキカゼは未だに無傷で戦っていた。陽が矢を飛ばしツキカゼがそれを払い落として切りにかかる。しかしその攻撃が来る前に後ろに下がりながら矢を放って足止めする……ということを繰り返していた。

時折、ホライズンの元へと向かおうとするがツキカゼがそれを妨害するために全く進めないでいた。

 

「……いいの?本当に放っておいて。」

 

「どちらにせよ、私達には勝てる術も刀を扱う術もありません。それに……あの男、ツキカゼは私たちが戦った時より遥かに強くなっています。

私達の新しい戦法がどこまで通じるか……」

 

「それに、邪魔になるじゃろうしな。あの戦いに割り込めるほど無粋じゃないのじゃ。

妾達で抑え込めるかどうか不明じゃしの。」

 

そう言いながら3人は内心ではいつ戦いに紛れ込んでやろうかと画策していた。

だが、言った通り割り込める隙がないのだ。全く隙がない故に棒立ちになってしまっていた。

 

「……ふむ……」

 

そしてそれらを眺めていたホライズンは、何かを考え続けて陽達に視線を向けた後にこう言い放ち始める。

 

「月風陽、貴方は彼の……ツキカゼの過去を知っていますか?」

 

「……何?」

 

「おい、一体何を━━━」

 

「過去にとある少年と戦い、ずっとずっと戦い続けた結果、自分の住むべき場所も愛すべき人もなくして……そして残った妖怪と力を持つ人間達で一緒に過去を変えようと奮闘した存在……それが彼ですよ。」

 

陽はホライズンの言っていることが理解出来ていなかった。唐突にそんなことを言い放って、一体ホライズンが何をしたいのかが全く理解出来ていなかった。

しかし、そんな陽を尻目にホライズンは会話を続ける。

 

「自身の持つ能力を失い、死んだものの力を集めて何とか作り上げた剣……彼が過去へ戻ってしようとしたことは過去の自分の抹殺……そしてその抹殺しようとした存在が━━━」

 

言い終える前にホライズンの首をツキカゼは跳ね飛ばしていた。まるで絶対に聞かせたくない、と言わんばかりの形相で切り落としていた。

 

「……そんなに聞かれたくないんですか?いいじゃないですか少しくらい。」

 

そしてツキカゼと陽の間にホライズンは復活する。陽は何のことかわからずじまいだが、ツキカゼがホライズンに対して完全にキレている事だけは確かだと理解していた。

 

「言うな、絶対にだ……」

 

「……そう言われると、喋りだくなる体質なんですよね私は。」

 

「なっ……にぃぃぃ……!?」

 

そう言ってホライズンはツキカゼに対して腕を伸ばす。するとツキカゼの体がまるで何かに引っ張られるかのように地面に倒れ込む。

一体何が起こっているのかわからない陽だったが、今がチャンスとすぐに頭を切り替えて妖刀妖殺を作り出して相手の懐に差し込もうとする。

 

「……まぁ、少しだけ落ち着いて聞いてくださいよ。」

 

瞬間、陽も……どころか陽鬼、月魅、黒音の3人までもが動きが止められたかのような状態になっていた。

更に、光も憑依を無理矢理解かされて同じように動けなくされていた。

 

「この男の名はツキカゼ……まぁ貴方達はこれを本名だとは思っていないようですが……半分ハズレなんですよ、その考え方。」

 

「半分……?」

 

「そう、彼の本名は『月風陽』という名前なのですよ。」

 

「……俺と、同じ……」

 

陽は驚きこそしていたが内心どこか納得はできていた。自分自身だったからこそ自分の考えたコンビネーションを避けたり、八雲邸までの道を覚えていたりしていたのだと。

驚いたのは驚いていたが、納得の方が気持ちは大きかった。

 

「彼は未来の貴方……と言ってもこっちに干渉してきたせいで未来が変わったのかはたまたただ何もしなくても変わったのかまではわかりませんが、とりあえずそんな未来は来ることがなかった。

そして彼が何故あなたを殺そうとするのか……まぁ、黒空白土との戦いが悪化し続けて単純に幻想郷を幻想たらしめるものが無くなっただけなんですけどね。

その際に妖怪の殆どは消滅、残ったのは精々河童や天狗などといった一般認知されてる妖怪達だけだった。その際に彼は残った河童のうちが1人、河城にとりに頼んでとある道具を作ってもらった。それが彼の持つ剣の正体なんですよ。」

 

「……あぁそうさ、俺はお前……未来の月風陽さ。

この剣は、幻想郷に住む強力な者達の体の一部をエネルギーとして組み込んで、その能力を発動出来るようにしたんだ。

八雲紫、レミリア・スカーレット、フランドール・スカーレット、十六夜咲夜、八坂神奈子、洩矢諏訪子、古明地こいし、西行寺幽々子、蓬莱山輝夜、お前はまだ会ったことがないだろうが、霧雨魔理沙の師匠である魅魔、アリス・マーガトロイドの母と言われる神綺……そして、ライガに八蛇……そして、月風陽と黒空白土……この15人の力が込められている。

そして、この剣自体の力に残った天狗達や河童達の妖怪の力も入った。その力と剣に込められた咲夜の力を使って時間を超えて……ここまで来た。」

 

「……それが、何で俺を殺すことに繋がる。いや、繋がってもおかしくはないが……白土を殺そうという手段はなかったのか。」

 

陽の質問に対して自嘲地味た笑みを浮かべてツキカゼは陽に語り始める。

 

「簡単な事さ……幻想郷が滅んだのは俺のせい……お前だって、白土との戦いでできた色々な事を自分のせいだと認識していただろうに。」

 

「それは……」

 

否定ができなかった。実際そうだったから、自分のせいだと認識していたが故に早く終わらせたかった。

ツキカゼはそんな陽を見越してにやけてから言葉を続ける。

 

「そうさ、俺も同じだ。幻想郷が壊滅したのは俺のせい……そう思ったからこそ俺は過去に飛び過去の俺自身を消すことにしたんだ。

因みに教えてやるよ……未来の白土は俺が殺した……いや、性格には白土では無かったけどな。」

 

「……どういう、事だ?」

 

「簡単だ。あいつは陽鬼とかを憑依した俺に何度か負けた。そのたびに肉体を自身の能力で改造した。

最終的には神狼達に手を出した……そして、そのまま神狼達に飲まれた。改造に改造を重ねた肉体は最早人間どころか生物の原型を保っていない化け物となった。

俺はそんな状態の白土を殺した……勿論、幻想郷が壊滅しきった頃にな。だから白土の能力もこの剣に入っている。

さて……ここまで喋らせたんだ。ホライズン、お前をそろそろ殺してもいいか?」

 

突然名前を呼ばれてホライズンは『何故?』といった表情でツキカゼを見ていた。何故今自分が呼ばれるのか、殺されるのか、というのを理解してないと言わんばかりに。

 

「……過去は語りたくないものでな。殆どは俺が喋ったこととはいえ、きっかけを作ったやつには八つ当たりをしたくなるものさ。」

 

「体、動くんですか?仮に動いたとしても私は殺せない。私の意思に関係なく私の能力は私を生かそうとする。

故に老いず、死なず……狙われようとも自分で命を絶ったとしても関係ない。私はそういう存在なのですよ?」

 

「いいや……お前は死ぬさ……お前は自分のことを死なないと言っているが、実際は死んでから『死んだ事象』を上書きしているに過ぎない。つまり、お前は一度も死んだことがないんだよ……だから殺せる。

お前の能力発揮は死ぬタイミングでなく、死んでから作用する。なら………お前は理論上殺せるんだよ。死んでも、死ななかったことになるだけでな……なら、死んだまま固定すればいい……」

 

ツキカゼは渾身の力を振り絞り、剣のレバーを無理やり動かす。無理やり動かしたせいか、腕から血が吹き出していたが構わずに動かす。

とある絵で止まると、その姿は蓬莱山輝夜に変化する。傷ついた腕は修復され、更に無理矢理で動き続けていく。

 

「……確かに、蓬莱山輝夜ならば傷ができても修復される。しかしその程度……一体貴方は何をする気ですか?」

 

「はは、はぁ……」

 

剣を握り渾身の力で投げるツキカゼ。それはホライズンに向かって飛んでいく。

何をしたいのかわからないホライズンはその剣を避けることなく、敢えて刺さりに行った。

 

「心臓……命中……なら、このままァ!!」

 

ツキカゼはそのまま輝夜の能力を発動させようとする……が、何も起こらなかった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何故、だ……!?永遠と須臾を操る程度の能力ならばお前が死んだ瞬間を永遠に固定に……っ!?俺の姿が……元に……!?」

 

そしてツキカゼの姿は、変化した輝夜から元の姿へと戻っていた。突然のことで驚愕するツキカゼ、そして驚く陽。

ホライズンは剣を取ってから見せつけるようにして剣を持ち上げて、ある所を指で指す。

 

「……剣の、エネルギー残量が……0だと……!?」

 

「考えは悪くありませんでしたよ、考えはね。ただその程度の事で倒せると思ったら大間違いですよ。

そもそも、その剣のエネルギーは私が能力で満タンにしたものです。ならば逆に0にすることも可能だということが分からなかったんですか?

確かに、永遠にはなり得るでしょうね。蓬莱山輝夜の永遠と須臾を操る程度の能力では、私が死んだ瞬間にその死んだ瞬間を永遠にすることで私を殺すことは確かに可能です。

同じ理論でいえば十六夜咲夜の時を操る能力で殺した瞬間に殺した相手の時を止めれば永遠に殺すことが出来る。

ですがその程度、貴方の戦い方の前提である剣のエネルギーを0にしてしまえば終わりですよ……そして……今の貴方本体には限界を無くす程度の能力と創造する程度の能力は残っていない……さて、どうやって勝つつもりですかね。」

 

「ぐっ………ぐうう……!」

 

「返してあげますよ。この剣はね……どうせあなたが来ただけで未来は変わってるんですよ。

だからあなたが知らない戦法をこの時代の月風陽が使っていた……だから黒空白土が暴走することもない。

なんなら……ずっと見ておけばいいでしょう……平和になった幻想郷をね。」

 

そう言ってホライズンはツキカゼに剣を投げる。それはツキカゼに突き刺さってツキカゼは勢いで後ろに倒れこむ……かと思われたが、そのままホライズンが幻想郷に繋がる空間の穴を作り出してツキカゼを空間から排除した。

陽はただ、眺めていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自然豊かな幻想郷、そこには一人の男が倒れていた。体に巨大な剣が刺さった状態で、ぼうっと眺めていた。空を、自然を、幻想郷を。

 

「紫……俺は、何か間違っていたのか……お前を助けたくて、お前を傷つけて……挙句の果てにはこのザマで……なぁ……今からでもお前に会えるかな……消えたお前に、紫……」

 

男は手を伸ばして届かないそれを掴もうと伸ばし続けて……最後には糸が切れたかのように地面に手が落ちた。

それ以降、その男が動くことは無かったという。そして、見つかることもまた……無かったのだという。



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闇は終わらない

「……さて、次は貴方達の番ですよ。ツキカゼは駄目でしたからね。

貴方達はさっさと向こうに帰らせてまた経過を見るとしましょう……あぁでも、こられても迷惑ですから必要最低限の記憶だけ消すというのもありかも知れませんね。」

 

そう言いながら陽に近づいていくホライズン。陽は、何かないか何かないか……と考え続けていた。体が動かないこの状況では何も出来やしない、そう思いたくないのだ。

 

「……自分では何も手をくださないくせに一丁前に人の運命気取ってるなんて……想像を絶するアホなのですね、貴方は。」

 

「……今、なんと仰いました?」

 

ホライズンが、自分を馬鹿にした声の主に目線を向ける。いや、ホライズンだけではなく陽達も向けていた。なぜなら、喋った主は……光だったのだから。

 

「は?あなたのその腐りきった性格と腐りきった脳みそ……いや、それだと脳みそを持つ全生物に失礼なのですが……まぁとりあえずその昆虫どころか微生物に劣る頭で考えた方が良いのです。

まぁ微生物が完全上位種になってしまうくらいの下等な生物である貴方が、まともな思考を持つとは思えないのでもう1度、なるべくわかりやすく、発音と言葉を話してあげるのです。

貴方は、他人任せのくせに、自分の手柄だと、誇っている、クソみたいな、阿呆だと、言ったんですよ。」

 

「……ひか、光?どうした?」

 

ホライズンは起こることは無かった。というより、何故光がここまでの暴言を吐いているかの驚きの方が強かったからだ。

そしてそれは陽達も同じであり、陽は光に対してつい声をかけてしまっていた。光がこういう暴言を吐くのが信じられなかったからだ。

 

「どうもしてないのです。ただちょっとこの無駄に尊大な態度をしているこの男だか女だかわからない中途半端な奴が気に食わなかっただけなのです。」

 

「……主様と合体したせいか。」

 

「ど、どういうことだ黒音?俺と合体してこうなったってどういう事だ?」

 

「……光は天使じゃ、それが主様と合体することによって……しかも1度目の時はほぼ無理やり外したせいもあろうが……人間の黒い部分が移ってしまったのやもしれぬ。

正義感が殺意に変わり、悪意ある言葉が移ってしまった……という所じゃろう。人間と言ったが……正しくは、天気が持つことのない悪意、という所じゃのう……:」

 

陽は驚愕していた。憑依における陽鬼達相手に起こるデメリットというのがあるとは思っていなかったからだ。

ダメージはだいたい自分にかかり、せいぜい憑依中は自分の意思が優先されて陽が動かすことが出来る……そう思っていた。だが実際は、無理やり外されたとはいえ純粋だった光の心に清濁混ざった人間の心が移ってしまっていた、つまり憑依は自分と陽鬼達を溶けあわせてしまう危険性があるという事だ。

 

「……まぁ、少し驚きましたが……どうせ全員動けない身です。能力を使ったところで私に攻撃を当てられることは無い……貴方達が作り上げたあの妖刀もまた私の手にかかれば何も意味をなさない代物なのですから。」

 

「………だったら、試してみるか?」

 

そう言いながら陽は能力で妖刀を作り始める。しかし、手のひらから出現した瞬間に妖刀は消え去ってしまう。

しかし即座にまた作り出してはまた消し去ってしまう。

 

「……無駄だとわかりませんか?私の能力で貴方の妖刀がない事象へと書き換えているというのに。」

 

「……無駄?いやいや、お前の能力の弱点はこれでわかったよ……」

 

「私の能力の、弱点……?」

 

「お前の能力はある程度まで時間を戻し、そして本来ある歴史から別の道を歩ませる能力……けど、その能力は俺自身には通じてない……しかも、お前は一度使ったら戻した時間分の時間が経たないと能力を使うことは出来ない……」

 

「……それがどうかしましたか?能力を使えないからどうしたと言うんですか。」

 

陽はそのまま動けないながらも笑みをホライズンに向けていた。ホライズンは何か手があるのかと警戒心を強めていた。

 

「お前がもし、妖刀を作り出す前まで戻したら……どうなるんだろうな……?お前はそれがわかっているから刀を俺がここで能力で作り出したところまでしか戻さないんじゃないのか?」

 

ホライズンは答えなかった。代わりに、無言で陽達の下に扉を作った。だがその前に陽は妖刀を更に作り上げていた。

ホライズンは能力を使う、使ったために扉が閉じるところまで戻る。先程よりもほんの少し長い時間が出来たので今度は3本作り出す事が出来た。ホライズンはさらに消す。だが今度は4本作り出す。

 

「……しつこいですよ、いい加減諦めたらどうですか?動けないのに攻撃ができるわけがないじゃないですか。

まさか作り出すだけで当てられるとでも思ってるんですか?」

 

「そのまさかをさっきから消していってるお前はどうなんだ?怯えてんだろ?この妖刀が掠りでもしたらどうなるか分からないから。

作り出した瞬間反射的に消している。ツキカゼが動きを止めているのに動いてしまったからもしかして俺も動くのではないか?ってな。お前はそう思ってんだよ……俺には化け物みたいな回復力があるからな……しかもツキカゼのあの剣みたいに自分の支配下に置いてあるものがないから余計に、だ。

じゃなかったらここまで消すはずがないだろうよ。」

 

「……挑発の手には乗りませんよ。

貴方は私に能力を使わせたいのでしょう?しかもかなり前まで戻させたい……それくらいお見通しですよ。だから私はこうやってちまちまと出した妖刀を消し続けます。」

 

言い合っている間にも創造と消失の繰り返しは続いていく。しかし、ホライズンが消せば消すほど陽もまた創造に創造を重ねていく。

刀が自分の足に近寄ったら避ける。一定の距離を保ちながら妖刀に絶対当たらないように離れていく。

 

「……本当に、無駄ですよ?この空間は個人によってその広さが違う。私が極端に大きいと思えば極端に大きい空間になり、私が極端に小さいと思えば極端に小さくなるような空間になる。

つまり、私がこの空間を無限大だと思っていればいるほどその大きさは不変で変わらないものとなる。いつまで続けても無駄ですよ、当たりっこない。例え億出したとしても、私はその分の距離を離れるだけです。」

 

「億で無理なら兆、兆で無理なら京を出すまでさ。この空間だと餓死も何もすることは無いみたいだしな。

だったら心が壊れるまでやってやるさ。」

 

「……無駄だと分かっていながら、そんなことをする意味がわかりませんね。

もういいです、例え当たったとしても貴方達を落としてしまえば済むだけの話ですから。この空間に来ようとしても事象を操ってしまえば━━━」

 

そう言いながらホライズンは陽達の下に扉を作って落とそうとする。刀が当たることはなく、陽達はそのまま落下していく。

だが、見たのだ。ホライズンは、陽が笑っているのを見たのだ。

それはほんの一瞬、空間内で動けなくされていた陽達は空間外に排出される。その瞬間、体が動くことが出来るようになり……そこから一瞬だった。

 

「聖光[降臨天使]!」

 

光を纏い弓を取り出す陽。そして構えて射ろうとしていたのは妖刀妖殺であった。

そして、そのままホライズンに向かって妖刀が射られる。扉が閉じるギリギリ、何とか通り抜けた妖刀はホライズンに向かって飛んでいき……そのままホライズンの胸へと突き刺さる。

 

「ざまぁみろ……焦って俺達を落とそうとしたのは間違いだったな……」

 

その言葉だけを残して扉は閉じられる。陽はスグに憑依が解けてしまっていたが、扉が閉じられたのを確認すると、『ようやく一段落ついた』と動けるようになった陽鬼達に支えられながら地面に降りてゆくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……抜け、無い……!」

 

ホライズンは1人、空間内で妖刀を抜こうと必死になっていた。だが幾ら力を込めても抜けることは無かった。それどころか、力を入れれば入れるほど妖刀が力をつい吸い取っていた。

 

「こんな、こんな簡単に……まさか私が……私よりも劣る奴らに……くっ……能力も、吸い取られて……使えない……!まだ、まだだ……私はもっと、もっと生きていたい……」

 

力が抜けていくホライズン。切に願った、もっと長く生きて人を観察し続けようと。

ただ自分の下にいる者達を確認したいという欲だけがすぐに吸収されるはずだったホライズンの能力を一欠片残していた。その一欠片が……()()()

 

「……っ!?な、何故あなたがまたここに……私の、死にざまを、確認しに━━━」

 

突如現れた男は倒れているホライズンの頭を踏み潰した。そして、自分が通ってきていた黒い穴がそれで消えたのを確認していた。

 

「ふーん……なるほど、事象を操る程度の能力は、『平行世界をつなげる程度の能力』になったわけだ。これは能力の進化か、なるほどそういうことも起こりうるってわけだ。

結局……二度もこいつの最後を見ることになっちまうなんて思いもよらなかったな……ん?」

 

男はホライズンの死体を見て疑問点が浮かんできた。能力の殆どを妖刀に吸収されているにも関わらずいつの間にか肉体は再生していたのだ。だが、ただ再生しただけで生きているとは到底言えないものになっているが。

 

「……そういえば結局こいつの能力だけ吸収し忘れていたんだよな。よーし!じゃあこの妖刀叩きおって吸収してやるか!能力コレクターとしてな!

……ん?いや俺別に能力コレクターとかじゃなかったな。まぁいいや、なんかに使えそうだし奪っとくか。結局吸われた方も進化したのかどうか微妙だし……まぁいいや貰っとこ。」

 

そう言って男は妖刀を抜いてからそれでホライズンを切り裂く。残っていた最後の欠片がそれで吸収され、ホライズンの姿は完全に消えてしまう。

それを確認した後に、手から黒い液体のように蠢く何かを操り、その何かがまるで口のように裂けて開くと、妖刀を飲み込んで再び男の体に戻ってしまう。

 

「……ふむ、相手を傷つけるだけで力を奪える能力……いらねぇなこれ。食っちまったもんはしょうがねぇけど。」

 

妖刀に吸収されたホライズンの能力以外にも男は妖刀の能力を吸収していた。

だが、渋い顔をした後に微妙そうだと分かって取らなきゃよかった、と溜息を付いていた。

 

「うーん……ま、とりあえず試してみるか。折角来たんだしここの幻想郷はどれほど強いのか……俺が試してやろう。」

 

そういった男の服から先程の黒い液体のようなものがまるで滝のように排出される。

しかしそれはいくつかの塊に分裂した後に人の形を取り始める。だが、人型と言うだけであって誰かを模しているということも何も無い。ただ、のっぺりとした影だけが生み出されていた。

 

「うーん……軽く100体作ったけどとりあえずその内50体はそのままのありのままの姿でいさせてー……残った内の30体をちょっとだけ強くしてー……更に15体を━━━」

 

男は影を見ながら次々と新たな姿に変えていく。まるでそれは自分好みの軍隊を作っていくかのような、まるで積み木を得た子供が自分の想像力で自分の好きなものを作っていくかのような、そんな無邪気な表情で不気味なものを作り上げていた。

 

「……よし、残った残り一体をいちばん強くしよう。これで完璧、減ったら好きなように増やせるしいいかな。

んー、そうなると城もほしいな城も。そうするとどこに建てようかな……確か八雲邸がここでー、よし、丁度対角線上に建てよう!さしずめ、勇者八雲一向と言ったところかな?んじゃま、異変起こしてみますか!

あ、待って城の設計図組み立ててから━━━」

 

男は無邪気な顔で残酷なことを考えていく。何がいいのか悪いのか、というが前提にすらないと言っても過言ではないのだ。

 

「……よし、ならこの設計で行くか!すぐに終わるし……やるぞー!」

 

男は無邪気な声を出しながら()()()()()()。そして幻想郷に出てから影を作り出した時のように、黒い液体のようなものを使って一瞬で城を作り上げていった。

そして、作り上げたその翌日……男は幻想郷に宣戦布告をした。

 

「幻想郷を今から支配する!全ては俺の思うがまま!俺と俺の兵達に勝てるものがいればかかってこい!まず狙うのは人里だ!

俺を讃えろ人間どもよ!俺を恐れろ人外共よ!新たな幻想郷の支配者はこの俺……()()()()!」

 

その宣告の後、月風陽を名乗る男の手によって幻想郷が進軍されていくのであった。



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闇の軍勢

「あっはっは!潰せ潰せぇ!ステージ1は人里だ!次は紅魔館、その次は白玉楼!全部のエリアを統一してやるよ!さぁ征服しようぜ!

……ま、具体的なことは何も考えてないけどな。征服した後とかどうすりゃいいかまだ悩んでるし……あぁそうだ、せっかく平行世界繋げられる能力得たんだし……」

 

喜んだかと思えば無表情になり、感情が読めない男。自身を月風陽と名乗るその男の容姿は、髪が黒いこと以外は確かに陽に瓜二つであった。

そんな彼の前に2人の女性が飛んでくる。聖白蓮と豊聡耳神子一派の2人であった。

 

「おやおや、仲違いしてるって話聞いてたけどあれ違うかったのかいお二人さん。こういう時は手を取り合うもんなんだね……で、他のメンバーは何してるのか?」

 

「……人里に現れた影の退治です。それよりも、私達は貴方の正体を━━━」

 

「けどダメだ、駄目駄目。ちゃんと俺に挑むなら城の入口から入ってこないと。俺今屋上だよ?外から飛んでくるなんて反則、帰れ。」

 

「「っ!?空を飛ぶのが、維持出来なく━━━」」

 

今の今まで浮遊して強襲を仕掛けていた2人だったが、突如その浮遊感を失って落下し始める。城の一番上からの落下、例えそれは妖怪であっても下手をすれば落下の衝撃でバラバラに砕けてもおかしくない程である。だが……

 

「……何も、怪我をしていない……?聖白蓮!そちらは無事か!?」

 

「は、はい……しかし、私は強化の魔法を使ってはいません……なのにどうしてこんな……」

 

「運命を操ったのさ!『二人が落ちても怪我しない』って運命にさ。俺は運命を操ることが出来るからな!」

 

「……それではまるで、レミリアさんのような……」

 

白蓮は、この偽物である陽に底知れない恐ろしさを感じながら城へと入っていく。

その様子を見て黒い陽はニコニコとしていた。自分の遊びに付き合ってくれる子供のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……真っ暗、と思いきや意外と明るいのですね。そこらかしこに松明が焚かれているお陰でしょうか?

ま、その松明も火以外は白と同じく真っ黒ですが……」

 

「……とりあえず、早く行きましょう。上への階段を上っていけばいずれは……」

 

「……それにしても、まさか一晩でこれほどの城と軍勢を生み出すとは……本当にとんでもない人物だな、あの男は。

そうは思わないか聖白蓮……」

 

「え、えぇそうですね……」

 

白蓮は感じていた、豊聡耳神子から感じられるほんの僅かな恐れを。そして自分も同じような恐れを抱いてることに。

 

「……私達二人で勝てると思うか?」

 

「……他の人達を待っていられるほど時間はあるようには思えません。水蜜達が頑張ってくれているとはいえ……100の軍勢を止められるのには流石に無理があります。」

 

「維持でもやるしかない、という事か……ならば、この身を削らねばなるまいな。今から行われるのは弾幕ごっこではなく……本当の殺し合いだと再認識せねばなるまい。

さ、行くぞ。」

 

その言葉で自身らを激励した2人は階段を上っていく。恐れはあるが、しかしそれに怯んでばかりもいられないというのもまた事実である。自分を騙してでも勝ちを取りに行かねばならないのだ。

そして、暫く歩いた先に目標である男がいた。

 

「よくここまで来たな二人共!さぁこの世界をかけた戦いをしようじゃないか!」

 

「……御託はいらない、さっさと━━━」

 

「でもお前らみたいな雑魚一秒も要らないんだよねほんと。」

 

神子が喋ってる途中に台詞を被らせる黒い陽。そして、遮った時にはもう既に2()()()()()()()()()()()()

その二人の様子を見ながら黒い陽はため息をついて二人を縄で縛り、まるで見せしめのようにそれを城の入口に吊るすのであった。

 

「次は誰が来るかな~……人里にはまだ猛者がいるが……さてさて、あの雑魚兵共を突破できるのやら……あいつらを倒せない限り、俺との勝負はまともな戦いにはならないだろうな。」

 

再び屋上に登ってから、黒い陽は何かを思い出したかのように手を鳴らす。

何を思いついたのか黒い液体を体から排出した後にそれを城の屋根なり何なりに掛けていく。そんな作業をしている途中で、城に近づく影が二つあった。

 

「……満月は出ていないが、それでもやるべき事をするまでだ。」

 

「あんまり力を入れるでないぞ?どうやら……本当に一筋縄では行かない様じゃからのう……」

 

上白沢慧音、そして二ッ岩マミゾウの2人であった。2人は、人里の影達がある程度減った故に白蓮と神子の手助けをするためにここまで飛んできたのだった。

しかし、慧音達の目に城が見えてきたときその変化は起こった。城の屋根がところどころ開き、中から何かが出てきたのだ。慧音にはそれが何かわからなかったが、外の世界を経験してきているマミゾウならそれが何なのかすぐに理解ができた。

 

「っ!下に行け!撃ち落とされるぞ!!」

 

「えっ……」

 

マミゾウは注意しながらも慧音の腕を引っ張ってすぐに地面に向かって降り始める。それと同時に、城から出てきたものが慧音達を撃ち落とさんと何かを撃ってくる。

何とか一つも当たらずに降りれた2人、慧音はあれが何なのかがわからなかったが、マミゾウは何かを知っていると感じてマミゾウに向き直る。

 

「……今の、何なんだ?」

 

「……外の世界にある、いわゆる飛んでいるものを撃ち落とす兵器じゃ。対空砲火……まぁ、妖怪とはいえ人型のものに向けるものではないのう。」

 

「何のために、そんなものを……」

 

「大方、外から登ってこられないようにするためじゃろ。恐らく屋根だけでなく壁にもなにか仕掛けがしてあるとみて間違いないじゃろうな。

少し癪じゃが……言っていても始まらんし中から進んで行くとしよう。」

 

マミゾウがそう言って先を歩き始める。慧音はそれに付いて行く。だが、慧音は勝てるのかの不安に陥っていた。

そして、ある程度歩き始めたところで……先達を見つけた。

 

「……ふむ、白蓮と神子でさえもこうなる程か。余程のことがない限り二人がかりで負けることはないと思っておったが……」

 

「……わざわざ入口に吊るしてあるのは見せしめか……はたまた連れて帰れという事か……どちらにせよ、このままにはしておけないな……」

 

「とりあえず、一旦連れて帰るとするか……じゃが、この二人で勝てないとなると……幻想郷総出でないと……八雲紫は、どうしていたんじゃったか?」

 

「……この件には干渉しないか、はたまた別の問題が起きてしまっているか……真偽はこそ不明だが、未だ何もしないでいたはずだが……」

 

慧音のその言葉により少し考え込むマミゾウ。さすがに分が悪いと判断したのか、懐にしまっていた煙管を取り出してそれの煙を変化させて二人を縛っている縄を切り裂く。

 

「っと……とりあえず一旦戻るとするか。白蓮達から話を聞かねばならんしのう。」

 

慧音もマミゾウのその言葉に頷いて、二人は城に入ることなく一旦白蓮と神子を担いで人里に戻ることにした。

その行く末を、黒い陽がニコニコしながら見つめていたが、止めることがなかったというのが2人は心の片隅に引っかかっていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ったく、めんどくさいわね……こいつら、残り何匹!?」

 

「あと5匹だぜ!けどその5匹めっちゃ強いぞ!」

 

「1人は剣を使う……なら、私の出番ですね。」

 

「ったく……次から次へと……!久々に竹林から出てきたらこれだ!!」

 

「例え強くても私達ならなんとかできますってほんと!!」

 

そして、慧音達が人里に戻っている最中では、影達は残り五体まで減らされていた。

しかし、倒していくにつれて後から出てくるもの程数が少ない代わりに強くなっていくせいで、人里にいる者達でもだんだんと歯が立たなくなっていっていた。

故に、後から来た博麗霊夢、霧雨魔理沙、魂魄妖夢、藤原妹紅、東風谷早苗の5人が相手することになったのだった。

 

「……私が奥の1匹を殴りに行くわほか四体は任せたわよ。」

 

「あ、おい霊夢!先に行っちまいやがった。

しょうがねぇし私らで対処するしかねぇか!けどさっさと倒して霊夢の相手を奪い取ってやるぜ!」

 

そう言って魔理沙は銃を持つ影と戦い始める。妖夢は剣を扱う影と、妹紅は小さな鎌を両手に1本ずつ持った影と、早苗は素早く動き回る影とそれぞれ対峙していた。

 

「……あの四体はあいつらに任せて……私はこの明らかに大物そうなこいつを相手しましょうかね。」

 

そして、霊夢が対峙しているのはまるで鎧を着込んだ鎧武者のような姿をした影だった。

明らかにあの四体以上の強さを持っていると把握した霊夢は、そのまま先手を打とうと攻めていく。

 

「片手に火縄銃、片手に刀……対処出来ないわけじゃないけど、あの火縄銃が見た目を模しているだけのもので、別段面倒臭い装填を挟まないものなのだとしたら……考えるだけで嫌になるわ。」

 

霊夢はチラッと後ろの方を見る。4体の影とそれぞれ戦ってる魔理沙達の姿を確認して再度鎧武者に向き直る。

鎧武者は霊夢を眺めているだけで特に自分から攻めてこようとはしてこなかった。

 

「……ま、弾幕ごっこの範疇超えてるみたいだし……私もそれを無視して戦えるのなら楽で助かるわ。

見た感じ……あんたらみたいな影は中に人がいるわけでもないみたいだし……殺す気でかかれるわ……!何分、相手を殺さないようにする戦いっていうのは私の信条だけれど……初めから一方的な暴力を奮っている輩に対して私はちゃんと怒れる女でも……あるのよ!」

 

そう言って霊夢は一瞬で間合いを詰めて鎧武者に蹴りを入れる。当たっているはずなのに、全く怯まないせいで霊夢は舌打ちをしていた。ダメージがそもそも入っていないのか、入っているがそういう仕様なのか分からないからだ。

 

「……ニンゲン、ホロボス……」

 

「あんた喋れるのね……!ふん!」

 

向けてきた火縄銃をとっさに蹴りこんで銃口をずらして銃弾が自分の体に当たるのを防ぐ霊夢。本気の本気を出さないと長引いて面倒臭いことになると思った彼女は夢想転生を発動させ、一気に攻めていくことにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……陽、あの城を作った自分の事をあなただと言い張っているものに心当たりはないの?」

 

「あったらこんなに悩んでいない……いや、きっかけらしいのは思い当たる事があるけど……それが直接な関係があるとは思えない。」

 

「……マター・オブ・ホライズン……その人物を、貴方の妖刀で切った後に彼が出てきた。確かに、こう言えば直接的な関係があるようにも聞こえるけど……けど、ならなぜ出てきたのかが分からなくなるわよ?その人物の能力は事象を操る事だけ……特定の人物を増やす能力では無いはずだもの。」

 

八雲邸に戻ってきていた陽達。紫と共に話し合いをしていたものの、もう一人の陽がどこから来た誰かなのか全くわからないでいた。

だが、少なくとも幻想郷に仇なす存在である以上は戦える人物は総出で戦わないといけない、という状況になりつつあるのをこの場にいる全員がうっすらと感じ取っていた。

 

「……とりあえず人里に向かった方が良さそうね。今あそこが狙われているって話だもの。

陽はここに残ってなさい……私が言った方が手っ取り早いわ。」

 

「お、俺も行くぞ!?そもそもあの俺は……もしかしたら俺が原因で出てきたのかもしれないじゃないか!」

 

「だからこそよ。もし貴方ともう一人の貴方を合わせてしまったら、何が起こるかわかったもんじゃないのよ。

だからこそ様子を見るために私が行くのよ……大丈夫よ、藍と橙の2人も連れて行くから何の問題もないわ。」

 

そう言って紫はスキマを広げて中に入っていく。それに続いて藍も入り、スキマは即座に閉じられる。

陽は自分も行きたかったが、紫の言うことも最もだと感じてしまったので体を動かす気になれなかった。

 

「……ならせめて……今休める間に体を休めないと……」

 

そう言って陽は体を寝転がらせる。未だホライズンとツキカゼと戦った疲労が抜け切ってないのだ。

そして、寝転びながら陽は考える。『白土は無事にやれることをやり終えたのだろうか』と。



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闇のこと

「……え、あれ?何でここにそんなに数いるのさ。人里放っておいた影たちどうしたの?まさかの無視してきたとか?」

 

「えぇ、貴方の影になんて一々関わっていられないもの。それに、私達がいなくても問題ないって分かってもいるから直接ここに来たのよ。

……それで?貴方は何者なのかしら?まさか本当に月風陽の名前を語るつもりじゃないでしょうね?」

 

「名乗るも何も俺は……あれ、一人称僕だったっけ……?まぁいいや、とりあえず自分は月風陽さ。正真正銘、本物の月風陽さ。

但しこの世界の月風陽じゃない……平行世界、パラレルワールドにおける月風陽さ。」

 

黒い陽が作り出した城の天辺、そこでレミリア・スカーレット率いる紅魔館の実力者総出で、黒い陽は向かい合っていた。

軽い口調で話し続ける黒い陽に対して、レミリアは怒りよりも気味悪さを先に感じ取っていた。

 

「……平行世界、超えられるものなら自由に超えているだろうし超えられないものと前提するけれど……分からないわね、私の知っている月風陽はこんなことはしないし……そんなふざけているようでない心を見せないような拒絶した喋り方をしない。

パラレルワールドというのはとてもよく似た世界が並行並列でいるからこそパラレルワールドと言われているのではなかったのかしら?それとも、人の性格一つは世界には何ら影響を与えないというの?」

 

「うーん、その理論はたしかに当たっている。平行世界の考えとしては多分その考えがいちばん正しいと思う。

でもね?一つの些細な違いが決定的な違いである事も理解した方がいい……因みに、この世界と俺の世界の違いは俺の性格の差じゃない。とあることによる差だ。」

 

「……とある事?それは何かしら?」

 

「この世界に月風陽が存在しているか否か……いや、正確には『マター・オブ・ホライズンを倒さずに幻想郷から逃げた』か『倒して幻想郷に残った』かの違いだ。要するに幻想郷から外の世界に戻った場合のパラレルワールドが俺で、幻想郷に居残った場合の俺がここの俺のパラレルワールドというわけだ。」

 

レミリアは黙って話を続ける。質問の意思がないと判断したのか、もう一人の陽はそのまま話を続ける。

 

「居残った俺は多分そのまま平和にこの世界で過ごしていくんじゃないか?俺にはよくわからないが……

逆に、戻った後は地獄だったよ……俺は。」

 

「何かしら?自分の能力が他の人間達にバレて迫害されたとか……そんなところかしら?」

 

「迫害……まぁそうなのかもな。周りの人間全てから攻撃されて殺されかけて……まぁ人間やめてたし頭とか心臓一突きされない限り死ななかったけどさ。

まぁ俺狙わないなら当然俺の周りの奴ら狙うわな。ま、白土とその妹の黒空杏奈が狙われたわけだが……白土はいい、自分で自分の身を守れるからな。

だが……ほとんど普通の人間と変わらない杏奈はそうはいかなかった。」

 

ふざけた口調から、急に真面目な声のトーンになる黒い陽。顔もニコニコしていたのが真顔になり、目を見開いてその目にレミリアの姿を移していた。

 

「それで?その口調から察するにその妹とやらは……命を落としたみたいだけれど……あなたはそれでどうしたのかしら?」

 

「その時点ではまだ何もしていなかったさ。

ただ……そうだな、兄である白土がブチ切れた。だがあいつもダメだったみたいでな。知らず知らずのうちに毒を流し込まれてたみたいだ。すぐにぶっ倒れて死んでたよ。俺は毒に耐性があったのか、そもそも毒を吸わされていなかっただけなのかまでは分からないがすぐに死ぬ事は無かったよ。

ただまぁ……なんと言うかな、白土も死んで俺は初めて心の底から人を殺したいと憎んだもんだよ。」

 

「殺した人間達をまず殺した?」

 

「いや、白土の肉を食った。お陰であいつの能力も全部奪い取れた。臓物を食えばその妖怪の力が手に入るってこういうことなんだなと理解出来たよ。」

 

「悪食ね、ほんと。」

 

「そうだな、悪食になったよ。」

 

そんなやり取りをしていてもレミリアの顔が笑みを浮かべていた訳では無い。むしろ内心、レミリアは目の前の黒い陽に対して、嫌悪感と少しの畏怖を感じていた。

 

「だから悪食は悪食らしく……色んな妖怪を食って回ることにした。白土の能力で無理矢理幻想郷に行った……そして━━━」

 

「ルーミアを食べた……違うかしら?」

 

一瞬驚いた黒い陽だったが、すぐに笑みを浮かべて何度か頷く。

 

「……なるほど俺が闇の力を操っているからそう認識したわけか。まぁお前の考えていることは大体合ってるよ。

ルーミアどころか俺は幻想郷に住むすべての者をこの身の中に宿している。闇の力と喰らう力……その二つを使ってほぼ不意打ちに近い形で全てをな。

今考えたら完全な八つ当たりなわけだが……そもそも幻想郷に呼ばれなきゃ俺はここまでこじらせることは無かったから……やっぱり幻想郷のせいだな。」

 

「だから馬鹿でかい霊力、妖力、魔力の三つを持ってるってわけね。私の能力も咲夜の能力も得てしまっているからもはや自分がなんなのかわからない……だからさっきから少しずつ言動がおかしかったりする訳だ。」

 

「自分を決める、なんて不毛な事はしたくなくなったんでね。

で、ここまで聞いて負ける気がしてないのはなぜなのかな?馬鹿なの?君は。」

 

黒い陽はレミリアの考えていたことを口に出す。 レミリア以外の紅魔館勢は驚いていたが、レミリアだけが平然とした態度をとっていた。

 

「なるほど、古明地さとりの能力ね?それで私の心を読んだわけか。他にはとんなかくし芸があるのかしら?」

 

「そうだねぇ……例えば━━━」

 

瞬間、レミリア以外の全員が吹っ飛ばされる。その中で無事だったのは美鈴とフランだけであり、咲夜、パチュリー、小悪魔の3人が倒れるハメになっていた。

 

「━━━こういう風に全員に一瞬で攻撃ができる。」

 

「……咲夜の時間操作能力、じゃないわね。一瞬でカタが付いたということは蓬莱山輝夜の能力かしら?彼女、瞬間と永遠を操る能力を持っているって聞いたことがあるわ。」

 

「おぉ、正解正解。因みに、一瞬だろうとそこの門番は防ごうとしてきたけどね。

同時に古明地こいしの無意識の能力を使わせてもらったから読めない軌道って言うのを一か八かでやらしてもらったよ。」

 

「器用貧乏……って言うにはあまりにも格が違いすぎるわね。流石に幻想郷そのものと言われるわけね。」

 

「お嬢様……咲夜さんが倒れた今、時間操作されてしまえば誰も対抗は……」

 

「問題ないわよ……どういう能力か分かったからあとはもう怖くないわ。」

 

「へぇー、その余裕は何処から━━━」

 

セリフを言い終える前に黒い陽の胸元には、レミリアの扱うスペルカードの一つ、神槍[スピア・ザ・グングニル]が突き刺さっていた。

 

「……あれ?今の一瞬、投げたのは確認できたのに……避けた、はずなんだけど……あれ、あれ……?」

 

「後出しジャンケンって知っているかしら?まぁ例え自分が不利になっていても、後からそれよりも強力な力を出す……という例えで用いられることが多い言葉だけれど。」

 

「……それがどうかしたの?」

 

「簡単な事よ、貴方がどれだけ強くとも……私の決める運命には何一つ傷を付けることは出来ないということよ。

まぁ、私自身の能力で私達3人の運命を変えただけなのだけれど……私にこの能力を積極的に使わせようだなんて、誇りに思ってもらってもいいくらいよ、ほんと。」

 

「あぁなるほど……運命変えられたら確かにどうしようもないかも……まぁ、俺は死なないけどね。」

 

そう言いながら黒い陽はグングニルを引き抜いて放り投げる。笑みを浮かべていたレミリアだったが、ここで少し苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

「蓬莱人の絶対不死……中々めんどくさいわね、改めてこうやって向かい合うと。」

 

「しかも3人分だから通常の3倍の回復速度を誇っています!なんてな。死なないやつ相手にどう勝つつもりだ?いや、死ななくても永遠の業火で焼くとか封印するとか色々やり方があるだろうけど……お前らにそれらの手を打つことが出来るのか?地獄にでも落とさない限り俺はいつまでも復活してはここに攻め込む予定だぜ?」

 

「貴方が思いつく方法以外の方法なんて探せばあるでしょう……それに、別にわざわざそんな手を打たなくても……私が直々に貴方を徹底的に痛めつけてしまえば……貴方はいやでも私に従うことになる。プライドが高くなさそうだしある程度痛めつけられれば恐怖で従うようになるんじゃないかしら?」

 

「そんなことは微塵も思っていないくせに……感情なんて読み取りやすすぎてバンバン俺の頭の中に入ってくるよ。

恐怖こそない……それは立派だ。こんな敵を相手にして恐怖を見せない、出さない事は並のやつじゃあ出来ない事だ。けれど……まともにやって勝てるいてとも思っていない……フランドール・スカーレットの力を持ってしても……俺は倒せないのではないか……君はそう考えている。」

 

レミリアとフランを交互に指さして、黒い陽は満足げに微笑んでいる。

レミリアは表情は変えなかったが、読まれていることを考えると━━━

 

「『バラされてもいい、代わりに周りの音を全て聞こえないくらいにあいつを殺す気で挑まないとダメだ。』……うんうん、確かにそれくらいした方がいいかもしれないな。まぁそれで俺を殺せるものならやってみろという感じだが。」

 

「……調子が狂うわね……美鈴、倒れた皆を守ってあげなさい。フラン……一緒に行くわよ。」

 

「ふふ!お姉様と一緒に、ね!」

 

「紅魔の悪魔とその妹……運命を操る者と全てを破壊するもの……さぁ、俺と戦って勝てるかな!!」

 

そしてぶつかる3人。吸血鬼姉妹と人間を止めた闇。姉の意地と、妹の感情と、闇の能力がぶつかり合って……決着は長くかかったのか短く終わったのかわからないが、とりあえず付いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私だってただ動く的で終わるつもりは無いぜ!重い装備で動かずにバカスカ撃ってるから狙い撃ちにされるんだよ!マスタースパーク!!」

 

「影と言ってもかなりの腕前……しかし私の楼観剣の方が遥かに切れる!一刀両断、現世斬!」

 

「弓矢……そんなものに当たるほど私は遅くはありませんよ!!行きます!ゼロ距離でのグレイソーマタージ!!」

 

「いい加減ぶっ倒してやるよ!!そのしつこさだけは認めてあげるからさっさと消えろ!!鳳翼天翔!!」

 

その頃、人里では魔理沙達がそれぞれ自分と相対していた影を消し去っていた。

それを見た霊夢もいい加減早く片付けようと躍起になり……

 

「あんたと相手するのも終わりよ……私とここまで戦えるのもそういないから光栄に思いなさい……夢想封印!!」

 

そう言って霊夢も影を倒して人里に来ていた影を全て退治することは出来ていた。

終わった後に、霊夢はスグ魔理沙達のところに戻ってこれからどうするかの話し合いを始める。

 

「……霊夢、行く気か?」

 

「私が行かないで、誰が行くっていうの?まさか私達全員で仲良し手繋ぎであの城まで行く気かしら?

私はごめんよ、慣れない突貫工事並みの脆い連携で戦いたくはないもの。」

 

「いやまぁ、そうだけどよ。あんなバカでかいのを一夜どころか一瞬で作り出すような相手に一人で立ち向かうのは霊夢とはいえ幾ら何でも無謀がすぎると思うぜ。」

 

「無謀でも何でも、やらないといけないのよ。あんなのを放っておけるほど私も……紫も落ちぶれちゃあいないわ。」

 

そう言って霊夢は自分の後ろに視線を向ける。すると、そこからスキマが開いて紫が藍と橙を引き連れて現れる。

 

「霊夢、貴方達より先に紅魔館の面々があの城へ向かっているわ。流石に私が注意してもダメだったわ……紅魔館組は。」

 

「レミリアったら…しょうがない、誰でもいいからついてきて、多分向こうは何人か倒れてるはずよ……下手したら全滅してる可能性だってある。

だから倒れてる奴を運ぶために誰かついてきてほしいのよ。」

 

「なら……全員で行こうぜ。こっちが5人、藍と橙で7人、紅魔館は6人。余分に余った奴をスキマの防御に当たらせれば完璧だ。」

 

「……じゃあそれで行きましょう。例の男は私が相手するから、そのつもりで。」

 

そのまま霊夢達は紫の繋げたスキマに入っていった。レミリア達を助けるために。



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光と闇

「……よし、行くぞ4人とも。」

 

八雲邸で、寝転んでいた陽。しかし唐突に起き上がって陽鬼達に対して『行くぞ』と発した。

訳が分からなかった4人だったが、陽がそのまま靴を履いて手早く屋敷から出ていってしまったために大慌てで付いていくことになったのだった。

 

「よ、陽……どこに行くつもりなのさ。紫に出ないように言われてたでしょ?流石に言いつけを守らずに出ていってしまうのはまずいって!」

 

「陽鬼の言う通りですマスター。幾ら何でも紫の言うことを無視してしまったら、後でなんと言われるか……」

 

「別段、説教なんぞどうとにでもなるが……紫の気持ちを尊重してやらねばいけぬのではないのかの?」

 

「そうなのです……幾ら上から目線でボロ糞に言われたからって、そうやって反発するのは良くないことなのです。」

 

それぞれが陽を止めるために必死に制止の言葉を投げかけていく。しかし、陽は聞く真実を持たずに真っ直ぐに歩いていく。

陽鬼達は歩く速度を早めていく陽について行くために必死に走ってついていく。

 

「ねぇ、陽聞いてる!?」

 

「聞いてるよ……だからこそ向かうんだよ。陽鬼、月魅、黒音、光……人里に向かうぞ。

多分、今やばいことになってるだろうしな。」

 

「……やばい事?それの鎮圧のために紫は向かった筈なのでは?」

 

「いや……多分、紫達はさっきまで起きていたことはすぐに鎮圧しただろうな……その後に、例のもう一人の俺のところへと向かった。

けど……それだけで終わるんだったら苦労はしない。もう一人のところへ向かっていると思う。」

 

「じゃあ一体何を危惧しておるのじゃ。」

 

「……襲うのを一回で止めるようならハナから幻想郷を襲うようなことをするやつとは思わないからだ。

多分、また人里を襲うか……そもそも人里を襲うこと自体が囮だったのかまではわからないけどな……!」

 

そう言って陽は走り出す。突然走り出したために陽鬼達は大慌てで付いていくことになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして陽達はそのまま走り続けて人里の近くにまで出ていた。そして、人里に忍び寄る黒い軍団を見つけていたのだ。

 

「人里が……!」

 

「まさか、本当に襲われていたとはのう……しかも、数がとんでもなく多い……100……いや、千は下らんのではないのか?

流石にあそこまで多いとなると妾達ではどうしようも━━━」

 

「陽月[双翼昇華]!」

 

たじろいでいた黒音達には目もくれず、陽はスペルカードを唱えて二重憑依で一気に大軍の中へと身を投じていく。

 

「御主人様!?」

 

「行くな光!主様が二十憑依で飛び込んだとはいえ妾達が飛び込んでしまったら流石にやられるのじゃ。」

 

「くっ……!」

 

「妾達は……人里の入口に行き、取りこぼした者共を退治する……そういう役目じゃ。」

 

「……分かったのです。」

 

黒音と光はそのまま人里の入口へと向かっていった。最中、大軍の中から青白い巨大な光や、巨大な炎の柱などが見えていて、明らかに陽の力が増している、という事を2人は感じていた。

 

「吹き飛べぇ!!」

 

そして、陽は背中から青白い光をまるで羽の形の様に出しながら大群の中を高速で突っ切っていた。

手に持った剣に青白い炎を宿らせて、すれ違いざまに影達を切り刻んでいた。

 

「お前らに用はない!!さっさと……大将の顔を拝ませろォ!!」

 

叫びながら陽は飛び上がって地面に向かって炎を纏わせた拳の拳圧を叩きつける。まるで炎の拳が飛んでいくかのように地面に落ちていき、地面についた瞬間に大量の影を吹き飛ばして燃やし尽くしていった。

 

「……削っても削っても……キリがない……けどなっ!!」

 

影達が陽に狙いを定め囲いこんで一斉に襲いかかる。瞬間、陽の体から大量の炎が吹き出して影達をさらに消し去っていく。

しかし、これでもまだ一部にしか過ぎなかった。未だ、大量の影が存在しており、いくら他の影をやろうとも何の影響もないと言わんばかりに全くスピードを変えずに進軍を続けていた。

 

「はぁはぁ……でぇりゃあ!!」

 

叫びながら影を吹き飛ばしていく陽。霊力を青白い光として両腕から吹き出させてまるで巨大な弾丸のごとく、拳圧を貫通させて影達を消滅させていく。

 

「全員……燃えろ!!」

 

右手には霊力、左手には妖力を溜め込んでそれを一つにして青白い炎として目の前に陽は放った。数としては大多数を削れているはずなのに、全く減ってないように思えてくるので、陽にはだんだんとイライラが募っていっていた。

 

「くはっ……」

 

圧倒的大火力、しかしそれを出し続けるのは至難の業であった。陽は憑依が解けてしまって、膝を付いていた。既に、陽の中には妖力と霊力はすっからかんになってしまった為である。

 

「よ、陽……どうするつもりなの?今引いたら……人里にこいつらもなだれ込んじゃうよ!?」

 

「お前らの力は使わないからまだ動けるはずだ……人里の入口に行って……黒音と光を呼んできてくれ……!」

 

「……しかし、それではマスターが……」

 

「良いから!行ってこい!!」

 

月魅と陽鬼に対して陽は強い口調で言い放つ。2人は、まだ動ける体なのを利用して陽の言う通りに動き始める。

そして、陽は陽で一人刀と銃を使いながらなんとか一人一人を削っていっていた。

 

「はぁー……!はぁー……!」

 

「主様!!」

 

「狂闇[黒吸血鬼]!」

 

黒音の声が聞こえた途端に陽はスペル宣言をする。そして、黒音を憑依させて瞬間的に周りにいた影達を全員撃ち漏らす事無く一撃で決めていく。俗に言う、ヘッドショットである。

 

「闇魔[群雄割拠ノ魔王]!」

 

さらにスペル宣言を行い、自身の身体を暗闇の真っ暗な色へと染める。そして、体の形が闇によってあやふやになり、それが針のように鋭くなったり、鎌のように弧を描いたりして貫き切り裂いていっていた。

 

「ぐっ……魔力の消費が……激しいですネ……」

 

しかしそれでも陽は攻め立てていっていた。目の前の影達を吸収して微量ながら魔力を回復させつつ、影達を薙ぎ払っていった。

 

「がァ!!」

 

闇の衣を銃口に集めて、影達の真上に放つ陽。そこから、影達を狙い撃つかのようにまるで雨のような弾幕が影達を貫く為に降り注いでいっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

消しても消しても湧いてくる影。そして、遅れて光がやってきた。陽はちらっと光の方を見た後にすぐさま影に向き直って影を消し飛ばしていく。

 

「御主人様……大丈夫なのです?」

 

「大丈夫、だ……魔力が思いのほか早く尽きちまったが……まだ、光の分が残っている……」

 

憑依を解いて?否、憑依はまたしても解けてしまったのだ。単純な話、霊力と妖力を同時に使う陽月は妖力と霊力を使い分ければいい為に持ち時間が長かったのだ。しかし、1つだけならば同じような使い方をしていけばあっという間に無くなってしまう。故に尽きるのが早かったのだ。

 

「けれど……このままだと御主人様の身体がもたないのです。撃ち漏らしは今のところいないとはいえ……このままだとあからさまにジリ貧になっていくのは目に見えているのです。」

 

「だが……このままだと人里に入られてしまう……狂闇で削った数は陽月よりも遥かに少ない……もっと、もっと倒して……人里を守らないと……俺だってやれば出来るんだ……っ!」

 

盲目的に敵を削ろうとしていく陽に対して、光はビンタをした。陽は呆然とした顔で光を見たが、光はそのままボロボロに泣き始めていた。

 

「御主人様は……馬鹿なのです……大馬鹿なのです……!それで倒れてしまったら全く意味が無いのです……!光は、御主人様が倒れるのが嫌なのです……!」

 

心配しながらボロボロと泣いていく光に対して、陽は彼女の頭を撫でる。そばに居た黒音が黙りながらも微笑んでいたが、すぐに陽共々影に再度向き直る。

 

「さて……それじゃあこいつらを一掃……ん?」

 

陽は体から黒い靄と白い光が出てきたのが分かった。あまりにも突然の出来事だったため、理解が追いつかなかったが……それが一つにまとまると新しいスペルカードとなって目の前に顕現する。

直感で、今はこのスペルカードを使った方がいいと認識した陽は、そのスペルカードを手に取って高らかにスペル宣言を行う。

 

「……光闇(こうあん)双手泰華(そうしゅたいか)]!」

 

スペル宣言を行った瞬間、憑依スペルカードの様に黒音と光の身体が黒い靄と白い光の塊となり、陽の体を包んでいく。

そう、新しい二重憑依。光と闇を掛け持った新しくそして相反するものがまたもや同居した二重憑依であった。

 

「……これが、俺の新しい姿……」

 

髪は白と黒が入り交じった短髪、背中には弓と矢、腰には銃を2丁マウントしており、エクソシストの様に袖が長く妙にダボったい服装となっていた。

 

「これさえ、これさえあれば……!」

 

腰にマウントされた銃を引き抜いて一気に影達を消していく陽。雑魚には構わない……と言わんばかりに目の前に来る影達を一掃していきながら、一際大きな体を持つ影目掛けて乱射を行う。

 

「━━━━!!」

 

その一際大きな影は陽目掛けて、自身が持っている巨大な剣を投げる。巨大な影よりも大きなその剣は、陽を押し潰さんと迫ってくる……が、その剣は()()()()()()()()()()()()()()

 

「……黒鎧(こくがい)[覇王ノ凱旋]

このオーラを貫けるというのなら……やってみろ。」

 

陽は巨大な骸骨の上半身のオーラに包まれていた。まるで地面から生えているかのようなその骸骨は、影の投げた剣を振り回して辺り一面の雑魚すべてを粉砕していった。

 

「……魔力が足りないか。なら……白鎧(はくがい)[善王ノ前線]」

 

そのスペル宣言の後、陽の纏っていた骸骨のオーラは白い光によって筋肉を持ち、皮膚を纏い、鎧を纏った。魔力が足りずに不完全となっていたオーラを光力……天使の力によって補って完成させたのだ。

 

「……名付けて、黒聖鎧(こくせいがい)[孤独ノKING]って所か……さぁて、一網打尽にしてくれる。」

 

その言葉と共に、背中にマウントしていた弓矢が中に浮かび上がり一人でに矢を構え始める。

陽は、オーラの中に自分と同じくらいの大きさの腕を作り出し、それで弓矢を引いているのだ。

 

「どけどけどけぇ!!」

 

本体が銃を撃ち、撃ち漏らした敵を矢で射抜き、そして黒聖鎧が握った影の剣を振り回してあっという間に敵を全滅まで追い込んでいく。

雑魚も、強敵も、影をすべて消していく。

 

「陽!陽なんだよね!!」

 

その時、後ろから声が聞こえてくる。陽がちらっと後ろを見るとそこには陽鬼と月魅がいた。

陽は影達が周りにいないことを確認してから、一旦止まって陽鬼達と話し始める。

 

「おい陽鬼、人里はどうしたんだよ。」

 

「命蓮寺とかの人里に任せてきた!陽こそその格好のこととか色々聞かせてもらうからね!!で、今どこ向かってる……のっ!!」

 

迫ってきていた影を殴り飛ばしながら陽鬼が陽に対して質問をする。対する陽も前から迫り来る影をなぎ倒しながら、話し始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほどね、今から向こうの城に行くつもりだったわけだ……でも、ほんとに行く気なの?紫達の邪魔になっちゃうんじゃあ…」

 

「……だからまずは城を潰す。こうやって影達が大量に来ている以上城の方に何か生産装置みたいなのがあるはずだ。

それを潰しに行くという名目なら……」

 

「ですがマスター……相手の城は文字通りの闇で出来ています。いくら壊しても勝手に修復していってしまうのでは?」

 

「……あの城が闇で出来ているなら、俺はそれを照らして消すだけだ。光力……この力があれば城を、闇を消すことも可能になってくるはずだ。」

 

そう言って陽は掌に光球を作り出す。陽鬼達はそれを見て少し溜息をつきながらも、付いていこうと決めて陽よりも前に出る。

 

「それじゃあまずは……」

 

「この影達を蹴散らしていかないと……ですね。」

 

「よし……行くぞ!!」

 

そう言って陽達はそのまま進軍を開始する。影達はその進軍になすすべもなく蹂躙されて行き……城までの進軍を許したのであった。



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二つのチーム

陽達が影達を蹴散らしながら城へ向かっている頃、霊夢達は紫のスキマによる案内の元に黒い陽が作り出した城に来ていた。

しかし、その現場には既に来ていたレミリア率いる紅魔館の面々が殆ど地に伏していたのだ。

 

「レミリア……あんた、この状況……」

 

「……大見得切って1番にこいつを倒そうと思っていたけれど……迂闊だったわ。まさか……いくら攻撃してもしても倒れることがないなんてね……」

 

「あらあら、また大所帯がやってきたわけか。ていうか止めてくれません?城に入って登ってくるならまだしもこうやって直接ラスボスの前に現れるなんて結構失礼だと思うんですよ。チート使うのはなしだろ、無し。」

 

「あんたが何を言ってるのか分からないけれど……いいわよ。ほんの少しだけ、あんたの相手しておいてあげるわ……!」

 

霊夢が力を込める。その気迫に周りの全員が例外なく気圧されていた……そう、気圧されながら黒い陽は自身の笑みを絶やすどころか増していた。

 

「凄い凄い!博麗霊夢の本気が見られるってわけだ?じゃあ……とりあえず洗礼と行こうか!!」

 

瞬間的に、霊夢は動く。自身の空を飛べる程度の能力を使い、黒い陽の攻撃に備える。

 

「時間を止めて……ナイフを……構わずぶん投げちゃおうか。()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

そう言って黒い陽は時間を操り、自身だけが動ける空間内でナイフを所構わず投げ捨てる。彼が言ったように、運命操作の能力を使う事で例え放り投げたものであっても霊夢に刺さるようにしたからだ。だが、ここで黒い陽は前提条件を間違えてしまった。

 

「あと5本くらい……ごばっ……!?」

 

吹き飛ばされたのだ。時間が停止したその空間で、自分以外動けるものが居ないはずの空間で、()()()()()()()()()()()()()

 

「あ、あれ……?俺時間止めたはずなんだけど……なんで動いてるの?」

 

「貴方が言ったでしょう?『博麗霊夢の本気が見られる』って。これが私の本気よ。あなたが空間を捻じ曲げようが、時間を止めようが……私にはそういうのは通じないわよ。

(そら)を飛ぶんじゃなくて(くう)を飛んでいるのよ、私は。」

 

「言葉遊びしてるつもりは無かったんだけどね……やられたよったく……いや、けど、しかし、でも……空間の影響を受けなくなっているとしても、運命なら……お前を倒せるんだよな!」

 

そう言いながら陽は時間を操作を解除する投げ捨てたナイフが、まるで自分の意思で動いているかのように霊夢にその切っ先を向け、自分で飛び始める……が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……おい、おいおい、おいおいおい……その場にいながらそこにはいない……空間すらも飛び込めるのかよ……博麗霊夢の能力はそんなにも強大だったのかよ。」

 

「あら、知らなかった……という訳ね?貴方って自分のみ知った能力は自分で調べない質という事ね。

もうちょっと自分で調べるということを覚えた方がいいわよ。」

 

「ははは……なるほど、言われてみれば確かにその通りだ。

なら、逆に考えてみるとしよう……その能力はどの能力を持ってすれば対処可能になるのか……なっ!!」

 

そう言うと黒い陽は一瞬で霊夢の後ろに回り込む。そしてその一瞬の間に霊夢は顔を守るポーズになっていた。

周りのものには何が起きたのかさっぱりだったが、黒い陽と霊夢だけは何が起きたのかを理解していた。

 

「……蓬莱山輝夜の能力で、攻撃をすべて一瞬に集中させたったのにそれ全部防ぐかね?それも同じく一瞬で。」

 

「別に時を止めてるわけじゃないんだもの。貴方自身にだってその攻撃がどこに当たっているかなんてわかってないけれどそのまま攻撃を続けているんでしょう?

だから基本的に咲夜の時間操作を使って攻撃をしている……違うかしら?」

 

「うーん、大正解!けど参ったな……これだとほかに思いつく能力で君を倒す術は思いつかないよ。

まぁでも……やれるだけいろんな能力を使って攻めてみちゃおうか。幻想郷にはいろんな能力があるんだ……だから、その中のどれか一つ当たればいいやって感じだ。

無かったとしても……どうにでもなるだろうし。」

 

「自信満々ね……なら、やってみなさいよ!!」

 

そして二人は激突した。幻想郷において最強の人間である彼女と、どこかの並行世界を潰した黒い陽。二つの最強が、今戦いを始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、2人が戦いを開始したその頃。陽、陽鬼、月魅の3人は黒い陽の作った城にたどり着いていた。勿論、どこからか出てきている影達を倒しながらその通路を辿って行った結果である。

 

「……やっぱり城から出てるよな。とりあえず入るぞ、中にそういう施設があるなら潰していかないといけない。」

 

そう言って陽達は城の中へと進んでいく。影自体はやはり城の奥から出てきているようで、陽達はそれもどんどん辿っていく……が、次第に辺りは暗くなっていき、明かりがないと目の前すらも見えないくらいには真っ暗な空間となっていた。しかし、影達には陽たちの姿が見えるのか問題なく攻撃してくるので、陽達は陽のスペルカードである黒聖鎧で作られた巨大なオーラの鎧の中にじっと固まっていた。

 

「……ちょっと待ってろ。今明るくする。」

 

そういって陽は、光球をいくつか作り出して奥に飛ばしたり横に飛ばしたりして光源を確保していく。

そこには巨大な機械のようなものが静かに佇んでいた。だが、影はやはりここから出ているようで排出され続けていた。

 

「……ここから影出てるね……」

 

「……見えなかった分、取り逃している可能性があるのでもしそういうのがいれば私が討伐してきます。」

 

「……頼んだ、月魅。」

 

そう言って月魅は光源で明るくなった廊下を戻りながら二人から離れる。陽は、機械を見上げながら出てくる影を潰していた。

だが、壊さなければおそらく永遠にで続けるだろうと踏んだ陽は、黒聖鎧の一撃によってその機械を破壊した。

そして、破壊したと同時に完全に陽の魔力が切れたのか、憑依は解かれて元の姿へと戻る。

 

「はぁ……はぁ……出て、来ない……な。」

 

「とりあえず影の脅威はこれでもう二度と里を襲わない筈じゃと思うが……妾まで疲れたのじゃ……」

 

「私もなのです……ですが、私達より御主人様の方が消耗が激しいはずなのです。一旦、どこかで休めるところを探さないと……」

 

「いや……ここで、いい……影が出てくることはそうないはずだから……ここでしばらく体を休めることにするよ……陽鬼、月魅一人だとしんどいかもしれないから陽鬼も月魅手伝ってやってくれ……」

 

「……分かった。黒音、光……陽を頼んだよ。」

 

そう言って陽鬼も月魅を追いに外へ走り出す。陽は床に寝そべって天井を見上げる。しばらく休んで消費した力を出来る限り回復させないといけないからだ。

限界をなくす程度の能力を使ったとしても、回復にはほど遠いので出来うる限りの回復を今ここでしなければならなかった。

 

「……主様よ。何を考えておるのじゃ?主様があの黒い主様と戦って勝てると思っておるのか?」

 

「随分と辛辣なこと言うよなお前……いや、俺だって別にあいつと互角なんて思っちゃいない……勝てる確率なんて余裕で一割を下回ってるとさえ思ってるよ。」

 

「ならば何故じゃ?一割を下回っていても……まだ勝てる可能性が残されておると思っておるのか?」

 

「勝てなくても引き分けになら持ち込めるんじゃないか?妖刀妖殺をもう一本作って……刺せさえすればいい。

そしたらあいつの能力を全部……」

 

「……相打ち覚悟で、かの?」

 

黒音の一言で陽は言葉を止める。黒音は陽を軽く睨みながら『お前の考えていることはお見通しだ』と言わんばかりに言葉を続ける。

 

「主様、主様は自分の命を犠牲にあの妖刀をあの男に突き刺す気じゃろ?じゃが、それで周りがどうなるか……どう思うかをもう少し考えた方がいいと思うのじゃ。」

 

「……じゃあ、現状この状況で他にどんな手があるというんだ?言ってみろよ。」

 

「……それは妾にも分からん。じゃが、少なくとも主様の身を犠牲にすることは妾は反対じゃ。勿論、陽鬼や月魅……光も反対するじゃろうな。」

 

陽が、光に視線を向ける。光は黒音の意見に同意するかのように頷く。陽は再び黒音に視線を向ける、黒音はそんな二人の様子を見ながら更に言葉を続けていく。

 

「本当に自分の事を孤独だと思っているのなら、その方法を試せば良いじゃろうな。しかし、主様を大切に思っている人がいるのも理解して欲しいのじゃ。

本当に大切なものは何か……理解しておいた方がいい筈じゃ。」

 

黒音の言葉が陽に突き刺さっていた。敵を倒す事と大切な人を=で結んでいたが、実際は微妙な違いがあるのか……と、陽は困惑しきっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ!」

 

「どりゃ!!」

 

そして、その頃霊夢と黒い陽はぶつかり合っていた。お互いの攻撃を、放ち合ってそしてお互いの武器を振り合う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

霊夢の能力、それは勿論黒い陽も手に入れている能力であった。つまり、今は互いの攻撃がどう足掻いても当たらない状態となっている。

 

「……我ながらホント、面倒臭い能力だと思ったわ。まさかここまで完全な消耗戦になるとは思っていなかったもの。」

 

「俺は面白い能力だと思ったよ。不意打ち同然で奪った能力だったからこんな使い方が出来るなんて初めて知ったしさ。

何なら本当に消耗戦やって見るか?俺にとってはばっちこいの全く痛くないものだけどな!!」

 

「そりゃあお互いにダメージが通らないんだから痛くもないわよね。」

 

時を止めても、瞬間的に攻撃をしても、何も変わらない。そもそもの攻撃が通らないものだから、どんな能力を使っても無意味なように思えた。

 

「白黒はっきりつける程度の能力……いやこれ使えねぇな……あぁ、こっちならまだ使い道はあるかな……」

 

「……?」

 

「さて、この能力を使ったら君の能力はどうなるのか……なっ!」

 

そう言って黒い陽はナイフを投げる。投げられた瞬間だけは、霊夢は避ける必要が無いと思っていたのだが、不意に物凄く嫌な予感がしてとっさに顔に飛んできたナイフを急いで避けた。

しかし、顔は避けれても髪は避けきれずにナイフが物の見事に突っ込んでいった。そして、投げられたナイフは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……やってくれたわね、紫の能力かしら?」

 

「うーん、大正解。境界を操る程度の能力ならこの辺りの空間をあやふやにすることで攻撃を当てられるようになるかな?って考えたんだよ。髪を切り落とせたということは、当たるようになっているってことだ。」

 

「……そうね、確かに次元の境界を操ったら私の能力もほとんど意味をなさないものにはなるわね。

あくまでも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「何をする気か知らないけど……これで攻撃が当たる!」

 

そう言って黒い陽はナイフをばら撒きながら霊夢に真っ直ぐ突っ込んでくる。ばら撒かれたナイフは、運命操作によりその全てが霊夢に向かって飛んできていた。

だが、霊夢に()()()()()()()()()()()

 

「……あれ?」

 

何か変だと感じ取った黒い陽は、そのまま突っ込んでいきながら一旦大きくジャンプして、霊夢の背後に着地する。

 

「……そう言えば、いたんだっけ。ずっと霊夢と遊んでいたから存在そのものを忘れてたよ残り全員。」

 

「……残念ね、貴方が私の能力を使っても私が能力を発動して元の境界に戻すわ。

少なくとも、ここに何人もいる以上まともな戦法は通じないと思いなさい。」

 

紫は黒い陽を睨みながら頭を掻く。『さて、どうしてくれようか』と考えているのである。当然、邪魔だから殺しにかかろうとする訳だが、瞬間的に霊夢が目の前に来て妨害を行っていくために上手くいかないのが目に見えていた。

境界を歪めるのをやめた訳では無いが、やめた瞬間に紫が歪めた分だけが残って殴られてしまう仕様になってしまうことには変わりない。逆に紫自分の能力をOFFにする可能性だってあるわけだが。

 

「……ま、なんとでもなるか。」

 

そう呟いて、黒い陽は再び突っ込んで行く。そしてまた霊夢と黒い陽の不毛なぶつからないぶつかり合いが始まるのであった。



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「……あれ、俺って城で寝てなかったっけ?いつの間にこんなところに……黒音ー?光ー?二人共どこだー?陽鬼ー、月魅ー!」

 

陽は不思議な所に迷い込んでいた。実際にはただの荒れ果てた村の跡地のような場所なのだが、少し奥を見れば何故か外の世界にしかないはずのビル群が見えているからなのだ。

陽は歩いた、歩き続けている内に飛べることに気がついた。夢だと気づいたのはその時だった。

そして陽は高く高く上へと登っていく。そして、ある程度飛び上がってから下を見下ろして今いる場所が木々や村、草原にアスファルトやビル群などといったまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……本当に、何なんだここは……」

 

そう言いながら陽は飛び続ける。夢だとしてもリアリティがありすぎていて、自分でも完全に見たことがないような景色になっているこの空間に嫌な感じしかしていなかった。

ある程度飛んでいると、陽は見慣れた真っ赤な館を発見した。レミリア達のいる紅魔館である。陽は扉を開けようと手をかけるが……夢の中だからなのか、すり抜けてしまった。開けなくても入れることがわかったので、陽はそのまますり抜けて中に入る。

 

「……中は、全然違うな。」

 

そこは他とは違い荒廃していなかった。全くしていなかった。しかし中の様相は全く変わっていて、紅魔館の床いっぱいに包帯を巻いていたりする人間達で溢れかえっていた。

 

「……」

 

陽はそのまま飛びながら色々な部屋を見ていく。気づいたのは、ここには紅魔館の面々だけでなく、命蓮寺などの人里に住む妖怪達が人々の看護をしていたのだ。

ある程度見て回ってから陽はこの状況が、どういう状況なのかを考え始める……だが、考え始めた途端に窓から扉から……大量の黒い液体のようなものが流れ始めた。

それに飲まれたものは例外なく沈んでいった。例え動けているものでも、その液体に触れた瞬間に瞬時に引きずり込まれていった。

 

「……まさか、これ……は……」

 

そして、紅魔館一帯すべてが黒く塗りつぶされてしまう。陽は上に飛んで景色を確認しようとしたが、その前に景色が目の前に現れる。

紅魔館は、一人の男に吸収された。

 

「……消える時は一瞬だな。500年以上生きれる吸血鬼でも。」

 

そこに居たのは黒い陽だった。何の感情もないような顔で紅魔館を淡々と飲み込んだ。それに対する感情を、陽は感じ取れなかった。

そして、一瞬景色が暗転して再び明るくなる。陽がいたのは外の世界にあるビル群だった。

 

「……また景色が変わったのか。まぁ、夢の中だしポンポン変わるのかもしれないが……」

 

そう言って陽はまた歩き始める。しばらく歩けば、いつの間にか自分の家へと辿り着いていた。

陽は家の中へと入り色々と中を覗いていく。何も変わらない、何も無い最低限のものしかない家だった。

 

「っ!」

 

すると突然自分の目の前にスキマが開く。陽は何故か咄嗟に隠れてそのスキマを眺め続けていた。

そして、中から陽が現れた。黒い陽の様に髪が黒いわけでもない完全に陽だった。

 

「……じゃあな、紫。」

 

もう一人の陽はそれだけを恐らくスキマの向こう側にいるであろう紫に伝えた。

そして、そのスキマは閉じられてもう一人の陽は完全に家に一人になった。

もう一人の陽はしばらくそこに残っていたが、幻想郷での別れを振り切るかのように大急ぎで外に出ていった。陽は、その後をついていった。もう一人の陽はそのまま走って走って走り続けた。

だが、しばらくして陽はもう一人の陽が走り去った場所にいる者達の様子がおかしいことに気がついた。

 

「なんだ……?」

 

何かをひそひそ話している者達、自分の姿が見えないので少し気になった陽は近づいて耳を立てる。

 

「ほら……例の子でしょ?化け物の……」

 

「警察呼んだ方がいいんじゃないの……?何するかわかんないわよあの子……」

 

「気に入らないやつ全員殺していくんだってよ……」

 

陽は、何を言われているのか、その言葉が誰に向いているのかが最初理解出来なかった。

だが、それは次第に自分のことだと再認識するようになっていった。そして、再び視点が暗転してまた新たな場所に出てくる。

そこはとある路地裏、奥の行き止まりに大量のゴミ袋があり、そこにはもう一人の陽が倒れていた。

そして、その前には拳銃を構えた警官が立っていた。そして、警官の後ろには大量の人間達が、陽を見ながら恐れていた。

 

「ぅ……なん、で……?」

 

「黙れ!!とりあえず貴様は早く引き渡してやらないとな……!」

 

『いったい自分が何をしたのか』『何故自分は警察に撃たれているのか』陽が考えてないことではなく、もう一人の陽が考えていることが陽の頭の中へと流れ込んできていた。

 

「う、ぐ……」

 

「もう1人……いや、二人だったか?兄妹の……あいつらも上からのお達しで生死関係なく捕まえないと行けなかったんだったか。」

 

「……なっ……!?」

 

兄妹、自分の知り合いで該当するのは白土と杏奈だった。陽、倒れ込んでいるもう一人の陽から離れ、白土の家へと向かっていった。

 

「……お前らが、お前らがやっだのが……!」

 

「ひっ!?こ、こいつ心臓を撃たれてるのに……!」

 

「なら、殺し返してやるよ……相手を殺すやつだからな……自分が殺されないようにしてない方が悪いに決まってるよなァ……!」

 

途中、もう一人の陽の叫び声が後ろから聞こえてきたが、陽は歯を食いしばってその場を去っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、だから俺は……もう一人の俺はあんなにブチ切れていたんだな……いや、むしろあれくらいで住んでいることが驚きでもあるけどな……」

 

陽は、目の前の肉塊を触ろうとする。しかし、すり抜けてしまう。

いや、肉塊と呼ぶにはまだ形は保っていた。しかし、もはや息をしていない上に心臓も止まっているのであればそれは肉塊なのだろう。

()()()()()()()()()()()()()()()()。殺されたのだ、彼らは外の世界の人間によって。

何故、こっちにいる人間達が自分達の能力の事を知ったのか、それは陽には分からなかった。

 

「っ!」

 

そして、陽はその場を立ち去ろうとした瞬間に開いたドアの音を聞いて咄嗟に後ろを振り返っていた。

そこに居たのはもう一人の陽だった……その体や顔や髪……身体中の至るところに血を被っているせいで全身真っ赤になっているのだが。

 

「……ヴ……ァ………」

 

そしてもう一人の陽自身にも身体中に傷を負っていた。回復こそしているものの、何度も何度も傷つけられたのか傷が回復しきっていないところもあった。

喉もやられているらしく、口を開けても声にならない息が聞こえてくる。

そして、もう一人の陽の目は陽にも分かるくらいに()()()()()。血を肉を、失いすぎたものを取り戻そうともう一人の陽の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はぁ……はぐっ!!」

 

「うっ……!」

 

陽は目を背けた。もう一人の陽が目の前に転がる肉塊二つを食べ始めたからだ。

そして、しばらく目を背けているうちにもう一人の陽は黙り始めていた。骨も肉も血も、そこには何も残っていなかったが、もう一人の陽の姿だけなら残っていた。

 

「……白土の力……が、俺の中に……」

 

陽は察した。もう一人の陽は白土と杏奈の力を受け継いでしまったのだと。そしてやはり、このもう一人の陽こそが幻想郷に現れた黒い陽なのだと。

 

「……幻想郷、そう幻想郷だ。あれだけ一緒にいようとした白土と杏奈が一緒になったんだ……だったら……幸せな筈だ。

そうか、そうだ……だったら幻想郷のみんなも一つになれば幸せになるんじゃないのか……?あはは!きっとそうだそうに違いない!!」

 

『壊れている』と言うのが何より正しい解釈だったと陽はその時思った。そして再び視点の暗転、次に写った場面はどこかの森の中、もう一人の陽が金髪の幼女である……ルーミアの前に来ていた。いや、既にルーミアは倒されており、もう一人の陽は手でルーミアを掴むとそのルーミアを吸収した。これで黒い陽は闇の力を操れるようになったと解釈した。

再び視点の暗転、今度は人里だった。陽の体から出る闇が人里をゆっくり飲み込んでいった。

人間を背負っていくにはあまりにも数が少ない……人里にいた妖怪達は助けられなかった人間のことを考えながら急いでどこかへと身を隠した。また暗転、次は竹林そのものだった。例え不死であっても飲み込まれてしまえば意味が無いのか、永琳、妹紅、輝夜の3人は気づかない間に闇に飲まれて消えていった。

永遠亭の次は白玉楼、その次は魔法の森、次は博麗神社、妖怪の山……そして紅魔館を食らった。

次々と暗転しては、新たな景色を見せつけられて暗転して……を繰り返していた。

そして次に写った光景は、紫率いる幻想郷で戦える存在全勢力と、黒い陽が向かい合っているところだった。

 

「……言わなくても、分かるわよね。貴方を退治するわ……陽。」

 

「陽?用?様?曜……あぁ、そうそう俺の名前だったな。月風陽って名前だった、そうそうそんな名前。

えーっと……あー、そうそう……来るなら来てみれば?俺に傷を与えるのなんて不可能だと思うけど。」

 

「言って……くれるわね!!」

 

「不意打ちで大量に食べてるだけの貴方に、全力勝負で勝てるとでも……!」

 

一番初めに、風見幽香と射命丸文が飛び出してくる。幽香は傘からのマスタースパーク、文は高速で周りを移動しながら弾幕を放つ撹乱戦法……だが、その全てが黒い陽に当たる前に陽が操作しているであろう闇が動き回ってそのすべての攻撃を飲み込んでいった。

 

「……残っている戦力はもうほとんど居ない……けれど、それでも貴方に勝てるくらいの力はあるはずよ……藍!橙!」

 

「はい!!」

 

「分かりました!!」

 

紫に呼ばれ、藍と橙が黒い陽に向かって飛び出して来る。黒い陽はそのまま闇を仕向けて藍と橙を食おうとする。しかし、二人はその闇に対して大量の札を投げつける。当然、それも飲み込んでいくが━━━

 

「「爆!!」」

 

「んぉ……?」

 

二人が念じた途端に闇が爆発していき、陽の体にもダメージを与える。陽の体自体は、傷を負ってもすぐに治るために大したことではなかったが、紫からして見ればこれ以上に嬉しいことはない、という表情になっていた。

 

「やっぱりね……あなたのその力は、飲み込んだ瞬間なら対処できる。つまり、誰かが飲み込まれても私の能力でスキマを開いて対処する事もできるということね……」

 

「あぁ、今のそれの確認だったわけか。なるほど、確かに俺自身は飲み込まれたことがないから分からなかったんだ。これからはもっと能力を知ろうと思うことにしよう。」

 

「貴方に次が……あればいいわね……!」

 

そう言って紫も突っ込んでいく。残っていた戦力は、霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイド、八雲紫、八雲藍、橙、風見幽香、射命丸文、チルノ……8VS1の戦いが始まった。

そして、また暗転……景色が再び陽の目に入りこんだ時には……既に紫以外誰もいなくなっていた。残った紫も、首から下が闇に飲まれており段々と引きずられていってる状況だった。

 

「……何で、ほんとに……」

 

息も絶え絶えと言わんばかりの紫、そして陽は紫の事をじっと見ながら涙を流していた。

悲しそうな顔はしていないが、何故か涙を流していた。

 

「……紫、ごめんなさい。」

 

その一言だけを言い、陽は紫を闇で飲み込んだ。そしてその後に黒い陽はなぜ謝ったのかを疑問に感じたのか、首を捻っていたが……すぐにケロッとした顔になり自分が謝ったことどころか、泣いてたことも忘れたかのようにまた動き始める。

その光景を見ていて、陽はひたすら呆然としていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……数々の能力、あれはもはやいち個人と言える代物ではない。世界そのものと言っていいくらいだと僕は思ってるよ。」

 

「……誰だあんた。」

 

「うーん……君のさ、前世と言うべきなのかな……ちょっと稀有な例すぎて言いづらいんだけどさ。

とりあえずそんなものだと思っててよ。」

 

陽の目の前に居るのは、赤銀黒白の四色が細かく散りばめられたような変な髪色をしている男。

陽はその男を少しだけ疑いながら見続けていた。

 

「……元々、君の能力は君も知っている『創造主』の能力が君に宿る時に分割化されたものだ。

それで、君はその創造主の生まれ変わりでもある。」

 

「……?今あんたは俺の生まれ変わりと言ったよな?いや、正直それも疑ってかかるべきだけどそこは流しておく。」

 

「えっと……長い話になるんだけど……聞いてくれるかな?」

 

「……どうせ夢だ、向こうから起こしてくれる時までは話を聞いてやるさ。」

 

「ありがとう……それじゃあ話すね。僕……『創造主に作られた創造主の天敵』と『創造主』、そしてそれに関わってくる君ともう一人の君の話を。」



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前世と平行世界

「えっとまず……どこから話したものかな……まず、元々あの本に書かれていた『創造主が作り出した創造主の天敵』というのは僕一人のことを指していたわけじゃない。

僕の他にも4人居たんだ。ちょうど僕を入れて5人。」

 

「……それで?その残りの4人はどこに行ったんだ?」

 

夢の中での話し合い。創造主を倒したとされる創造主の天敵、彼との会話を陽は行っていた。

 

「僕の中さ……まぁ何でそうなったかは、今から話すことに自然と入ってくるから……聞いてくれると助かる。」

 

陽はそう言われたのでじっと黙って彼の話を聞き始めた。その姿勢を軽く見て話してもいい、と思ったのか彼はウンウンと頷いてゆっくりと語るように話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━━まず、僕らは5人組だった。創造主が作り上げたのが5人だったけど、それぞれ創造主が『これなら自分を倒せるかもしれない』と踏んだ五人の創造だった。

一人目が剛腕の怪力を持ち、荒ぶる炎で全ての敵を薙ぎ払わんとする鬼の男だった。口調が荒かったが仲間思いで情熱に溢れている男だった。しかし彼の猪突猛進さが仇となり、創造主には流れるようにぼこぼこにされていった。

敗れた後彼は何度も挑戦しようとしたが、守りたいもの……まぁ要するに女なんだけど、家族が出来ちゃったから戦いを止めた。

創造主は戦う気のなくなった鬼の男には興味を失くしたから新たな天敵を作り出した。今度は頭を使う刀使いの男、鬼の男はお世辞にも頭がいいとは言えなかったからね。ちゃんと作戦を立てる男を用意した。勿論、人外にしたよ?種族は精霊……自然の力を扱う種族そのものに武器を持たせた訳だ。

当然その男は限りなく強かった。創造主を例外として考えれば彼に勝てるのは地球上で鬼の男くらいだっただろう。

ただまぁ……精霊は本来目に見えないもの。幾ら目に見える精霊を作ったからってそんな矛盾がいつまでもまかり通るはずがない、世界のルールに縛られたせいで精霊の男は消えていった……いや、見えも触れも出来なくなった、と言うべきか。」

 

「待て待て待て、精霊って目に見えないのか?」

 

「へ?そうだけど?むしろ見えも触れも出来る存在なら精霊は妖怪、ましてや人間じゃ歯が立たないくらいに強いと思うよ、自分の相性のいい自然のものを司るのが精霊なんだから。世界はそういうのを許さなかった、だから精霊は見えも触れも出来ない存在なんだ。」

 

まるで当然のことのように喋る天敵、陽は『なら月魅はどういう存在なんだ?』と内心首をかしげていたが、それをなんとなく察した天敵は訂正し始める。

 

「君のお付きの一人にそう言えば精霊の子がいたね。確かにあの子は純正の精霊だ。けどね?不定形なものにしか宿らないはずの精霊が月という唯一無二の存在に宿るわけがないんだ。つまり、あの子は色々とエラーが起きている子なんだよ……まぁ、別に唐突に消えることはないだろうから安心するといいよ。

えーっとどこまで話したかな……そうそう、精霊の男がきえたという話だったね。

その後にまた創造主は存在を作った。死以外で消えることなく、なおかつ頭の周りも力もある存在……今度作ったのは吸血鬼さ、昼でも動けるね。こいつは欠点はなかった。創造主は胸が踊っていただろうね、だって知力も攻撃力も種族性も、今までで一番噛み合っていたのだから。そしてなんと言っても新たな魔法の図式を生み出せる……最早君達で言う『程度の能力』と言っても過言ではないそれを身につけていたんだ。

だからこそ見落としていたんだ、『性格』という要素を。彼は頭が良すぎるが故に諦めも早かった。創造主が一番強いと判断したからこそ戦うことを止め、降伏した。その後彼は創造主の興味から削がれたけど……まぁどこかの吸血鬼の屋敷に嫁いでそこの没落貴族を立て直すどころか完全に別の銘家として生まれ変わらせたくらいなんだけどね。」

 

「……実際、その吸血鬼は強かったのか?」

 

陽が長い話に辟易しながらも、彼に質問を向ける。天敵は変わらずマイペースに会話をしようとするが、彼の質問に対しては真面目に答えていた。

 

「強かったみたいだよ?まぁ実を言うとさっきの鬼の男と今の吸血鬼の話題は君の周りのお付きの先祖だったりするんだけどね。

だからこそ、彼女達の一族が滅びてしまったことは少し寂しかったね。あくまで……君が彼女達の夢を見ているその間だけ見させてもらっていたんだ。

そして最後……いや、創造主は4番目に天使を作り出した。全てを浄化する…そう、言えば闇すらも光に変えるくらいの天使を作り出した。だが残念な事に創造主は浄化できなかった。ただの純粋な戦闘欲……創造主はその殆どが無邪気だったから。

彼の弓矢の腕前は創造主を確実に何度も射抜いたのにも関わらず……だね。どんな闇も光に変える能力……弱点としては、悪意や殺意のないそれを白にすることは出来なかったということだ。その天使も創造主に見限られて天使のいる世界に送られたんだけどね。」

 

「……そして最後にあんたが作られた、と。あんたの能力は……あらゆるものを消す能力、矛盾と断定して対象のものを消す能力だったな?」

 

「あぁ、そうだよ。

けど惜しいね、僕がその能力を身につけたのはさっき説明した4人の力を吸収して生まれた力さ。僕自身の能力は創造主と同じ『ありとあらゆるものを創造する』力って奴さ。」

 

「……吸収して生まれた力?どういう事だよ。」

 

天敵がさらっと言い放った言葉が陽は頭に引っかかった。天敵の方も説明をし忘れていた……と言いたいのか、頭に手を置いて数秒悩んでから再び解説を始める。

 

「えーっとね……創造主は別に戦えないとわかったらすぐさま作ってたわけじゃないんだ。

大体数百年くらいかな?戦ってない時はどうやって新しいのを生み出すかを必死に考えていた。

で、僕が作られて時には最初の鬼も、吸血鬼も天使も既にかなり歳をとっていた。そして、『創造主に勝つためには自分たちの力も使え』と言われて僕はその力を受け継いだ。精霊の男の力は、吸血鬼にちょっと手助けしてもらって僕の体そのものに宿らせた……『吸収した』って言うのは、つまりそういう事さ。」

 

「……なるほど、よく分かったよ。

で、あんたはその4人の力を吸収して例の能力を使えるようになって……創造主を消した。だがあんた自身は結局どうなったんだ?自分の力で自分を消したのか?」

 

「うん、僕みたいなのが生き残ってしまっても世界に迷惑をかけると思ってたからね。

ただまぁ……存在そのものを消しても魂は消えなかったみたいでね……こうやって僕の魂が君の体にある以上、創造主の魂もまた転生してどこかの誰かに宿っている……という訳さ。

まぁ、その誰か……って言うのは君の事なんだけどね……陽。」

 

「……だったら、あのもう一人の俺にもあんたと創造主がいる……って事なのか?」

 

陽は素朴な疑問を天敵に問う。しかしその質問には答えづらいのか、目を逸らして頭をポリポリと掻くだけだった。

陽は答えるまでじっと天敵を見続けた。それに観念したのか、天敵も溜息をつきながら答えていくのだった。

 

「確かにいるよ……けど、君は今まで僕の姿を見ずに創造主の方だけを見ていた。じゃあなんで今は僕の方が出てきているか……その理由は分かるかい?」

 

「……いや、そんな質問を振られても……魂云々の話は俺にはさっぱりだ。答えようがない。」

 

「まぁそうだろうね……実際、僕も予想しか出来ていない。そもそも平行世界の同一人物が並び立つこと自体がないんだから当たり前だけどね。」

 

「その予想ってのはなんなんだよ。」

 

「……平行世界の君は、恐らく君の中にある創造主の魂を吸収したんだと思われる。触れてもいない、けれど平行世界の同一人物がいる時点で何が起こるかわかったもんじゃない。いるだけで創造主の魂を引き取っていったのかもしれない。

そして、君の方に僕が姿を現すことができるようになったのはその理屈の逆……つまり、平行世界の君から僕の魂が抜き出されて君の体に吸収された……ということだと思う。」

 

天敵の言った言葉に疑問を感じながらも、陽は納得はしていた。しかし、やはり疑問はある。『何故そういう風になってしまっているのか』ということである。

 

「……君の感じてる疑問、それを解決させるかどうかはわからない。

けど僕はこうも思っている。平行世界の君は戦闘を好むほどまで歪んでしまった。だから創造主の魂が向こうに行った。

こっちの君は平行世界の君ほど戦闘を好んでるわけじゃないから僕がこっちに来た……ということだと思うよ。」

 

「……つまり俺の中にはもう創造主の魂が無いのか?」

 

「恐らくはないだろう……だからこそ、君は強くなれなくなった。」

 

「……どう言う意味だよ。」

 

「君の中にあった創造主の魂……これが君が今まで使っていた憑依スペルを作るために必要だったんだ。

なにせ万物創造が可能な者の魂だ、自身に何らかの影響を及ぼすかもしれない。それが君が今まで憑依スペルを作れていた理由であり原因さ。まぁ、いなくなった事でほんの稀に起こっていた暴走の可能性も憑依スペルの後の不調も無くなったけどね。」

 

「……あれって、創造主の魂とやらが原因だったのか?」

 

「そうさ、戦闘狂……戦いだけを渇望している彼の魂は感情が昂り続けている陽化のスペルだと暴走しやすかったみたいだね。

ま、一長一短だと思っていた方がいいよ。悪いことといいことの両方が起こっているんだから。」

 

陽は天敵の言葉に妙な納得があった。太陽と月、昼と夜が混じりあったあの空間……あれは創造主が俺に見せていたある意味での幻覚だったのか、と。

 

「……ただ、僕なら1度だけ君の手助けをしてやることが出来る。」

 

「手助け?」

 

「言っただろう?僕の元々持っていた能力は創造主と同じものだ。それを使えれば……1枚だけ、君の力になるスペルカードを作り上げることが出来る。

太陽と月、闇と光……四つの要素を組み合わせた最強の四重憑依と言うべきか……僕ならそれを作り上げることが可能かもしれない。」

 

「……えらく曖昧だな?」

 

陽のその言葉に天敵は目を逸らして頭を掻く。苦笑いを浮かべながら言葉を濁し始めたので、陽は無性に不安になっていた。

 

「……その、ね?創造の能力がどこまで発揮できるかわからないんだよ。何せ使うのなんてとんでもなく前の話だったしさ。

まぁでも安心してよ、君が望めば……僕だって全力を尽くす。いや、絶対に創り上げてあげるよ。」

 

「……あんたがそういうのなら、俺は信じるけどさ……なぁ、あんた吸収して能力が変化した、って言ったな?それはもう一人の俺にも通じる話なんじゃないのか?」

 

「……そうだね、彼は短い間に大量の人間や妖怪を食らってそのすべてを吸収していってる。

僕がさっき説明した4人の力を吸収して新しい力を発現させたように、恐らく彼も……もう一人の君もまたその全ての能力がいずれくっついて新しい能力になる可能性だってある。

そして……恐らくその能力って言うのが……」

 

「━━━創造主と同じ能力だって、言いたいのか?」

 

陽の言葉に天敵は無言で頷く。思いつこうと思えば思いつけることではある。しかし、そうなれば完全な不死でありながら全てのありとあらゆるものを創造できる存在というのはなかなか厄介だと陽は思っていた。

 

「……恐らく、僕の矛盾の能力だって効かない可能性だってある。なにせ、一度した失敗を二度と犯さなかったのがあの人だ。都合よく、丁度いい道具や能力を作り出すことだってあるだろう。」

 

「……けど、もう一人の俺と同じように俺も……」

 

「……あぁ、僕の能力を君も使わないといけない。『矛盾を操る程度の能力』を。

だから……時間が来たら君の元に新しいスペルカードを届ける。矛盾を抱擁した矛盾を操る能力を持った姿を……」

 

そう言って視界は暗転した。陽は薄れゆく意識の中、せめて今の間だけでも勝てる可能性を模索しようと色々と考え始めるのであった。



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霊神

陽が夢で天敵と話し合っていた頃、城上部では黒い陽と霊夢の激突が未だ続いていた。

怪我をしている紅魔館のメンバーは既に運びきっているが、しかしそこから霊夢は逃げられないでいた。スキマに向かって飛ぼうとしても真っ先に横槍が入り、無視して進もうとすれば黒い陽が並走して入ってこようとするために中々決着がつかないでいた。

 

「ったく……互いに一撃が入らないっていうのによく続けようと思うわね。貴方の言っていた作戦とやらはまだ続いているのかしら?いい加減終わらせて帰らせてほしいんだけど。」

 

「返す訳ないだろ?もう少し……後数分もすれば博麗霊夢を倒せる装備が手に入るんだからな。」

 

「あら、何か作ってるのかしら?まぁその前に帰らせてもらうけど━━━」

 

「逃がすわけっ!!無いでしょうが!!」

 

そう言って黒い陽はミサイルを作り出し即座に発射させるが、その攻撃は突如開いたスキマに飲まれてどこかへと消えていった。

黒い陽はそれでも構わず攻め立てていくが、霊夢そのものに攻撃が当たらないせいですべてが意味をなしていない攻撃となっていた。

 

「残念……そうやって大技をして妨害するのを待ってたわけで……帰らせてもらうわ。」

 

そう言いながら霊夢は紫の作り出したスキマに潜っていく。黒い陽は咄嗟に頭の中で逃がさないための作戦を考え始める。

だが、その間にも霊夢は通り抜けていき、スキマも閉じ始めていく。『そうそう引き分けで逃げられてたまるものか、来たのなら勝ち負けで決着をつけないと帰らせない』と黒い陽はスキマの中にいる霊夢を睨む。

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!!霊夢避けなさい!!」

 

「なっ!?」

 

霊夢は、投げ込まれた槍を避けるが、壁があるかどうかもわからないような場所に()()()()()()()()()()()()()()()

すると、スキマの中の空間がひび割れはじめる。ガラス細工でもないスキマの空間が、空間そのものが割れていって紫達は元の空間に戻されていた。

 

「……何、今の……?私の空間が、スキマが()()()()……?」

 

「……これは……この力は……」

 

手元に戻ってきた槍を見ながら、黒い陽はその槍を生み出した自身の能力に驚いていた。何故なら相手の空間を壊す能力というのを食らったなどということは黒い陽の記憶にはなかったからだ。

 

「……スキマが壊されて、ここに残ったのは紫と私……つまり、向こうに置いてきた連中は無事ってことでいいのかしら?」

 

「スキマからは出ていたはずだからそうだと思うけれど……けど、今の一撃は…」

 

「……空間を壊す槍、『博麗霊夢を逃がさない』と考えていたらこの槍を生み出した……欲しい物が作られた……?能力の変異……まぁいいや、考えてもしょうがないってことだろうし……とりあえず今ここで決着をつけようぜ、霊夢。

八雲紫はどっちでもいいや。俺と戦うならそれでよし……戦わないならそれもよしってね。」

 

「……あなた、その槍はなんなの……そんな槍……空間を壊すほど強い槍なんて私は知らないわ。」

 

紫にそう質問されて黒い陽は少し考え始める。顎に手を当ててしばらく考え込む。その間に霊夢は攻撃しようかと思ったが、得体の知れない槍の存在に少し警戒していた。

 

「……うーん、多分この世の誰もこの槍の正体も存在も知らないと思うよ。今も過去も……誰一人ね。

多分だよ?あくまでもね。」

 

「この世の誰も知らない槍……?」

 

「あぁ……何たってこれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

敵を目前にして逃げようとする博麗霊夢を逃がさない為に、スキマで逃げようとするのを防ぐために作られた槍。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

今の俺の能力は幻想郷にいる全ての者達のいずれかの能力でもなく、『創造する程度の能力』でもなく『限界を無くす程度の能力』でも無くなったわけだ。

今の俺の能力は!『ありとあらゆるものを生み出す程度の能力』!!万物創造の能力で俺の望むものはなんだって手に入る!!」

 

「……万物創造ですって?なら……私にも攻撃が当てられるようになるものでも作れるのかしら!!」

 

そう言って霊夢は黒い陽目掛けて突っ込んでいく。黒い陽はニヤッと笑いながら、その手に一つの銃を作り出す。そして、その銃口を霊夢に瞬時に向けてその引き金を何のためらいもなく引く。

 

「っ!」

 

霊夢は持ち前の勘で銃口が合わさり、トリガーを引き切る間に回避行動を取る。ギリギリ、霊夢はその銃弾の直撃を避けることは出来た。しかし、掠った頬には一筋の傷口が出来ており。そこから血がうっすらと流れ出ていた。

 

「……紫!」

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

「これで分かってもらえたか?俺の作るものは既に万能を超えた。平行世界とはいえ、幻想郷……いや、それを超えた外の世界の能力者や他の人間の魂も俺は内包している。

それだけの糧……あれば当然能力は進化し、昇華され、強化される。お前が俺を狙ってもいいが当たることは無い、だが今この俺が作り出した『全てのものを狙い打つ銃』には絶対に当たらないなんてことは無い。物理的に避ける以外で、避けられないと思え。」

 

「……まさか本当に当ててくるなんてねぇ……流石に予想外というか……けど、まだ負けた訳じゃないわよね。あんたが一方的に攻撃を当てて、私が一方的に攻撃を当てられなくても……まだ余裕よ。

幻想郷最強の巫女を舐めるな。」

 

「その最強の力を……俺は食ってんだけどな!!」

 

そして再びぶつかり合う黒い陽と霊夢。霊夢は黒い陽の攻撃を全身全霊で避けながらなんとか隙を見つけ出そうとしながら、戦っていくしかないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……主様、もう起きて大丈夫なのか?」

 

「あぁ……少しだけだが力の回復は出来た。十分に戦える……なんてほどじゃないけどな。

黒音が多少魔力を分けてくれたお陰で魔力は大分回復できた。」

 

「それ位当然じゃ。主様が自身の魔力やらなんやらを減らして戦うわけじゃからの。妾達が減らさない分、主様に分ける方が効率はいいじゃろうな。

……とりあえず、そろそろ陽鬼達が戻ってくる頃じゃが……お、戻ってきたようじゃ。」

 

そう言って階段を向く黒音。大急ぎで走っているかのような足音が段々大きくなり、陽鬼と月魅が勢い良く部屋に入ってくる。

 

「陽!動けそう!?」

 

「どうした二人共そんなに慌てて……」

 

「霊夢です!霊夢が……!霊夢が一方的に防御をする羽目になっていて……早く手助けに行かないとこのままだとあの場にいる紫まで標的にされてしまいます!!」

 

「……よし、なら行くぞ!!」

 

そう言って陽は四人を引き連れて上へと駆け上がっていく。霊夢がやられるというのはにわかには信じ難い事だったが、しかし夢の中で天敵が言ったことが本当なら、相手は自分の望んだ物が即座に手に入る能力を徐々に……下手をすればもう得ている可能性だって存在しているのだ。

そうなると紫も危ないというのは、かなり間近に迫っていることでもある。いいつけを破り勝手に屋敷から出てきているのは重々承知の上だが、陽に取っては紫のいい付けより紫そのものが守りたいものなのだ。そのためならば、紫の文句や言いつけを彼はハナから聞く気はなかった。

守るために、陽は紫のところへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……まだ当たらないのね……」

 

「むしろ銃弾の軌道を何度も読んで避けるっていう人間離れしたその特技をしている君の方が凄いけどね。

霊力とかそういう話ならそもそも切れることはないから僕にはどうでもいいとしても、本当にここまで当たらないとなるとねぇ……ま、流石にそろそろ限界かな?なら……トドメを刺してあげる。」

 

そう言って黒い陽は霊夢に銃口を向ける。そして放たれた一撃をスタミナが切れかかっている霊夢には避けることは難しく━━━

 

「……あのさ、何でいるの?」

 

「……あ、あれ?痛くない?」

 

しかし、銃弾は霊夢に届くことはなく防がれていた。貼られた魔法陣にはじかれていた。

そして、霊夢の前には男がいた。黒い陽と対峙をなす、月風陽本人がそこにはいた。

 

「……いてもおかしくはないだろ?幻想郷には月風陽がいる……お前もそれ走っててここで暴れようとしたんじゃないのか?

分からなくてやってるとしたら相当ぶっ壊れてるな……って、心の中で思っていてもわかるのか?」

 

「……内心、紫を守りたいから来たって言うのだけは伝わるよ。本当にそれしか考えてないんだな……俺は。

反吐が出るよ。自分を大切にせず誰かを守ろうってのはただの偽善だ。誰かを守りたいなら命をかけろというが、その命を捨てるような行為は止めたほうがいいと思うんだけどな。誰かの命を守らない……そうすれば自分の命は賭けれない……そういうやつの方が楽さ。誰かに八つ当たりして、加害者であり傍観者をした方が全てが楽に進む。」

 

「自分が俺だったからそう思うのか?それとも、これも平行世界故の違いってやつか?」

 

「さぁね、そもそも今自分が月風陽って自覚がない『何か』に月風陽たる所以を聞かれても困る。

ただ認めたくないことだけど、多分俺は今でも月風陽だ。ただお前と違って誰かを愛そうとすることもないし、誰かに興味を持つこともやめた。俺が唯一興味を示すのは自分のことだけ。俺以外の誰かに俺の感情を向けるなんてやだね。」

 

黒い陽は陽をじっと睨みつける。陽も黒い陽を睨みつける。

同じ自分なのに絶対に分かり合えないだろうなという確証が二人の中では既にあった。

 

「……で、どうしたいんだ?俺に勝てると思ってるのか?万物創造っていう能力を手に入れたんだ。その俺に、制限がある創造で勝てる気なのか?

いや、その前に……お前は俺に勝てるのか?」

 

「万物創造の能力なんてすげぇもんを持ってる幻想郷の住人を俺は知らないからな。

だから……そうだな、お前の持っている能力って奴は全部お前の中で一つになり始めてるんじゃねぇのか?」

 

陽のその言葉で黒い陽の顔が少しだけ歪む。今ここで初めて対峙した筈なのに、陽が自分の事を何故把握しているのか ……その疑問が出てきたからである。

 

「お前……何を知っている?」

 

「お前のすべて……俺が知っている俺のことは当然お前にも当てはまるが……俺が知らないお前のことを俺は知っている。お前が知らない俺のことはどうやら知らないみたいだけどな。

全部、全部だ……どうして幻想郷中の者達の能力を全部体に蓄えていたのか、それを俺は知っている。」

 

「……なんで知ってるのか、どうやって知ったのか、色々と気になることはあれど今は置いておこう。そんな事を聞くよりも、もっとやらなければいけないことだってある。

そうだ……人の過去勝手に覗いて……それで勝手に『分かっている』風な口を叩くお前を殺す事だ。どうせ平行世界とはいえ、同一人物ってことがなんか関係してんだろうけどよ。人の過去を勝手に分かったふうに口聞くのはなしだ。俺が話していようと話していまいとそれは関係ねぇ。俺は、同情されるのがすげぇ大っ嫌いなんだよ。」

 

「同情されるのが嫌いなら、ハナから同情されないようにしろよ。自分から自分の過去を明かしてるっていうなら余計にな。

自分で喋っておいて『同情したら殺す』ってお前はいったい何を望んでいるんだ?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺はただ何も考えずに全てをやってるだけだ。

何かを考えるくらいならその前に壊した方が何も考えなくて……ん?俺さっきまで何か考えていたような気がするな。まぁいいか。」

 

再び黙り込む二人。ゆっくりとお互いの武器を構えて……ぶつかり合う。戦いはもう、終わりに近づいている。



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長期決戦

「月炎[蒼焔刃(そうえんじん)]!」

 

「創造[全消しの暴風鉄扇(ぼうふうてっせん)]!!」

 

ぶつかり合う陽と黒い陽。陽は陽月の二重憑依を使い、青い炎をまとった刀を振り下ろそうとしたが、黒い陽の作り出した鉄扇により刀ごと炎を消されてしまった。

しかし、陽はふと思った。考えていた説が確信になったと感じ取っていた。

 

「今の攻撃……わざわざ封じる必要がなかったんじゃないのか!?お前は霊夢の能力のおかげで攻撃が当たらないと思っていたんだが!?」

 

「……分かって言ってるだろ?まぁいい、もっと能力が完全になったら能力すらも生み出せるこの能力……使いこなして見せてあげるからな。それまで震えて待ってやがれ。」

 

「震える前に……お前を倒す!!陽炎(ようえん)[炎の舞]!」

 

「陽!そいつが今他の能力を使えないなら私も……!」

 

霊夢が『自分も戦う』と伝えようとしたが、その言葉は前に出てきた黒音と光によって遮られていた。

 

「……無駄じゃ、そもそもお主は霊力を消費しすぎている。そんなのでどうやって戦う気なのじゃ?

戦うにしても、一方的に攻撃を当てられるような状況を作られるというのに。息も上がって……しばらく休んでいた方が身のためじゃ。」

 

「けど……私は幻想郷の巫女なのよ。それに、あいつはお世辞にも強いとは言えない……まさか、短時間で強くなった……とか、戦っていけば戦うほど強くなるとか言わないでしょうね。

悪いけど、そういう非現実的なことは私あんまり好きじゃないのよ。」

 

「現実的なことが皆無であろう幻想郷で非現実的な事が嫌いとはよくわからんの……いいから、休んでおくのじゃ。

主様が押さえつけられているとはいえ向こうの……主様も妾達をいつ殺そうかと狙い続けておるのじゃからな。」

 

「……それだけじゃないでしょ?あんた達がここにいる理由は。」

 

黒音はチラッとだけ光に視線を向ける。光は言葉もなくただ頷き、黒音はため息をついて話し始める。

 

「……妾達では、もしかしたら足を引っ張るかもしれないと思ったのじゃ。無論、杞憂に終わったようにも思えるが……まだ分からんからの。妾が『闇』側のものである以上狂闇や光闇は使えないと判断したのじゃ。向こうが闇を操る可能性もあったしの。」

 

「……闇を扱う憑依は使えない、けどそうだとしても単体での憑依では火力が足りない。

陽月しか使える手はなかったってことなのね。」

 

「そういう事じゃの。そして妾達には━━━」

 

銃を即座に構えて魔力弾を放つ黒音、速射で矢を射る光。飛んできた衝撃波を打ち消し警戒をそのままに構えを解く。

 

「……こうやって飛んできた流れ弾を打ち消す事くらいじゃ。」

 

そう言って4人は陽を見る。

その中で、紫は陽に何かを言おうと思っていたが、何を言えばいいのか分からなくなりそのまま傍観するかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、お前はどこまで知った?知らないことなら教えてやれないわけでもないぞ?」

 

「何だ?同情されるのが嫌だったんじゃなかったのか?それとも……ただ不幸自慢をしたいだけか?」

 

「どうせなんで俺が現実世界に帰ったのか……そこら辺はわかってないだろ?細かいことは見てないだろうと予測したわけでな俺は。

いや、同情したら殺すことは変わりないがな。そうなると本当にただ不幸自慢がしたいんだろうな俺は。」

 

お互いに攻撃し、それを避けながら二人は会話していく。陽は、この勝負で黒い陽が殺せるとは思っていないし、実際問題殺す気でいっても殺せないだろう。

だからこその時間稼ぎ、死ぬ気で黒い陽を殺す気で攻撃していき、そして時間を稼ぐ。自分の中にいる創造主の天敵が作っているという力が出来上がるまでは時間を稼がねはならない。

 

「だったら聞く気は毛頭ない。わざわざ人の不幸自慢を聞かされた挙句同情したら殺すと来たもんだ。そんな理不尽な要求を飲むなっていう方が無理な話なんだよ。」

 

「なるほど、言いたいことは理解できるし納得もできる。けど俺は話す。お前に聞かせてその上で殺す。その後に陽鬼達を殺して霊夢を殺す。最終的には俺が負けるまで俺を殺そうとしてくる奴らは全員殺す。それが俺のやりたい事だ。」

 

「……ほんと、今さっき言ったこととすぐに違うこと言うのなお前は。やりたいことなんてないって言ってたばかりだろうに。」

 

「人間ってのは言うことが逐一変わる生き物だ。だからやりたいことなんてないって言っていても内心あるかもしれないし本当にないかも知らない。またはその逆もありえるべきだ。」

 

内心、陽は『そこまで考えることを放棄するほど心が壊れているのか』と思ったのだが、そこを口に出すと見えない琴線に振れてしまって余計な事をしている状態になるかもと思い黙っていた。

ただでさえ先程から流れ弾が……もしくは狙って放っているのかわからないが、黒い陽の攻撃は黒音達のところに向かっているため、これ以上逆上させたくなかったのだ。

 

「……さぁて、じゃあもうちょっと複雑な攻撃に移ってみようか。お前はこれを受けて生きていられるかな?」

 

そう言った黒い陽の姿が一瞬で目の前から消えて、少し離れた場所に姿を現していた。

咲夜の時間移動、もしくは輝夜の能力で移動する時間を一瞬にしたのかと予想する。そして、もしその二つの内どちらかが当たっているとなると━━━

 

「……能力を作り始めたか。」

 

「正解も正解大正解!時間を止めてしまうと能力の作成も何故か止まってしまうからあんまり多様はできないし作るのにも少し時間がいるけど……問題ないな。

さて、俺はこれから好きな能力を好きなだけ作ってく訳だが……いやはや、一体俺が能力を作ってる間にお前が俺を殺せるのか?二重憑依程度でてると思ってるならお笑い草だぜ。」

 

「時間がかかるって言うならスグに倒してやらァ!!」

 

そう言って陽は弾幕を飛ばす。時を止めれる能力を得た黒い陽は、そのまま簡単に時を止めてゆっくりと、弾幕を回避していきながら近寄っていく。触れている間は触れているものも動いてしまうのがこの能力のネックなため、どうしようかと悩んだ結果、黒い陽は黙ったまま1本の槍を作り出してそれを陽目掛けて投げる。『絶対に相手の頭を貫く』という性質を持った槍。当たれば確実に死ぬ。そしてほぼゼロ距離に等しい所から投げているので避けることも不可能に近い。

そのまま黒い陽は離れていって時止めを解除する。

 

「━━━!」

 

陽の頭は潰れる。それを黒い陽は確認した……が、潰した陽は炎となって霧散した。

一瞬だけ今攻撃したのが分身で、本体は上にいるということに気が付かず、黒い陽は陽の上からの一撃に遅れて反応してしまったのだった。

 

「ぐっ……!?」

 

「とりあえず……一撃は入った!!」

 

追撃、追撃、追撃の雨あられ。炎で象られた腕と青い光で象られた腕が新たに陽に生成され、その腕自体にまるで意思があるかのように黒い陽を殴っていく。

 

「ふん……ドラァ!!」

 

吹っ飛ぶ前に胸ぐらを掴んでそのまま弧を描いて足場の屋根に叩きつける。少し大人しくなったのを見計らって、陽は炎の腕と光の腕の2本で黒い陽の体を押さえつけながら見下ろす。

 

「……何でここに来た?わざわざ平行世界を潰す理由も何も無いだろう?」

 

「……呼ばれたからだ。荒廃した世界、幻想郷を潰して……幻想郷の外の世界もほとんど壊滅させた。ビルを壊し、町を隆起させ、津波も起こした。

だがそこまでして潰しても俺の鬱憤は晴れなかった。

そんな時だ……空間に穴が空いたのは。何事かと気になって入ってみたら…いたんだよ、刀に貫かれ苦しんでいるマター・オブ・ホライズンがな。」

 

「……まさか……」

 

「お察しの通り……まぁ何があったのかのおおよそはわかった。食らった時に記憶も引き継いだからな。そこの記憶から教えてやるよ。

マター・オブ・ホライズンはお前に指し貫かれた後にその愚直なまでの感情で能力を進化させた。吸い取られていた能力が変貌した。

平行世界に穴を開ける……それが進化したアイツの能力だった。まぁその後俺が食ったから平行世界自体は俺も好き勝手に行けるようになったんだが……まぁ、俺が現れたのはお前に貫かれたマター・オブ・ホライズンが能力を進化させた後だ。

本来の俺はその後で帰っている……何せ平行世界からの俺なんて俺は知らないからな。だから……俺が来たことでお前は俺にならなくて済んでるってわけだ。感謝しろよ?」

 

「……物は言いようだな。お前がなんで帰ろうとしたのかはどうでもいいが、勝手にこっちを巻き込まない欲しいもんだ。」

 

押さえつけられながらじっとし続ける黒い陽。いつでも怪しい動きをすれば殺すと言わんばかりに陽は黒い陽の喉元に刃を向けていた。

しかし、これでも恐らくは足りないと陽は思っていた。

 

「巻き込んだ?いやいや、俺はただ空間に開かれた穴に入っただけだぞ?それの何が悪いんだ?ここに来たのは結果論だ。けど目の前に幸せがあると考えたらどうしても潰したくなった……それだけの事だ。」

 

「まるで破壊神だな。そんないきあたりばったりにあちらこちらを破壊し尽くしても何も無いだろう。

お前はいったい何がしたい?」

 

「何度も言ってるだろう。そしてお前も気づいてるだろう。思想すら気まぐれ、気まぐれを起こすことすらも気まぐれ。

相手が理不尽だと思おうが運命だと思おうが関係ない、好意を向けてようが嫌悪を向けてようが関係ない、目に付いたものの対処を気まぐれで決める。殺そうが生かそうが無視しようがそれら全てが俺の気まぐれで出来てるんだよ。俺は気まぐれと理不尽の塊で出来てる男だ。避難したいならすればいい、だからといって理不尽を止めるかどうかは気まぐれだし例え止めたとしても気まぐれで理不尽になる。

悪だ正義だとそんな下らないものに縛られないのが俺だ。何がしたい?と聞いたな?『何もしたくない』と『何かをしたい』が同居しているんだよ俺は。

敢えていうなら俺は混沌だ。存在も、行う行動も。無限も零もない、ただ先の見えないという状況を表したい。それだけだ。まぁこれも気まぐれで言ったことだけどな!!アッハッハ!!」

 

黒い陽は楽しそうに笑いながら自分を話す。いや、それでも陽には平行世界の自分が理解出来ていなかった。ここまで混沌、何も考えていないようで考えている……しかしそれも気まぐれだと話す。

単純明快な明るさと一寸先の闇を内包している矛盾さ。平行世界という隔たりだけでここまで自分がわからなくなるものなのか、と陽は困惑していた。

 

「……お前は、やっぱり……!」

 

「ここで殺すか!?はははっ!言っただろ俺を殺すことは不可能だって!お前が調子に乗ってる間にどんどん俺の望む力が増えていくぞー!!」

 

「っ!!霊夢!!こいつさっさと封印するぞ!!霊力余ってるか!?」

 

「少しは回復したわよ!!やってみるけれど……できるか分からないわよ!!」

 

そして霊夢は陽の側により黒い陽に札を貼り付けていく。闇雲にではなく、ちゃんと陣を描きながら確実に封印するための。

だが、それでもまだ足りない。後ろで待機していた紫はそれを察して黒い陽の周りの空間の境界を歪めていく。歪めた空間ごと封印することで永遠に結界の淵に辿り着かせないためである。

 

「………」

 

必死に念じていく霊夢。そして未だに拘束を続けている陽。あともう少しで封印が完成する……そんな時だった。

 

「やばいやばい!このままだと完全に封印される!!

………なんてさ、はじめから言うわけがないんだよ。だって別に困ってたわけじゃないし……さっ!!」

 

一気に拘束を外し、歪みを戻し、封印を破壊する黒い陽。先程まで付いていた傷は既に完治しているどころか、あからさまに黒い陽は強化されていた。

 

「さぁて、気まぐれでやられて上げたけどさぁどうしてやろうかな!!怒るも怒らないも俺次第!さぁ自分の幸運に祈れ!!『死にたくない』『まだ生きていたい』ってな!!運が良ければ助かるかもしれないからな!!」

 

楽しそうに黒い陽は、品定めをしながら殺す標的を決めていく。

陽達は、それでもまだ諦めないという意思を持ち続けるのであった。



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矛盾消費

「……ぐ……はっ……!」

 

「そろそろお前らの力も尽きてきたんじゃないか?何せ、無尽蔵……とまでは言わないが、エネルギーが尽きそうになるたびに即座に補充されていく敵との戦いだもんな?」

 

「陽、紫…あんたら何か策はないの……?少なくとも、私にはないわよ……残念なことにね……」

 

翻弄される紫、霊夢、陽の3人。黒音も加わろうとしていたが、陽に止められて光だけが参戦していた。

しかし、光の矢も黒い陽には通じることなくやはり翻弄されることとなってしまった。

 

「……スキマが潰される以上、私も無いわ。ただ弾幕を撃つことだけしかできない。」

 

「無いわけじゃない………けど、それが行えるまでいつまで時間がかかるかわかったもんじゃない。」

 

「ならしばらくは……陽のためにせいぜい時間稼ぎをしなければならないみたいね。まぁ、それもいつまで保てるか心配なのだけれど。

お説教で時間を稼げたらどれだけいい事やら…」

 

苦笑しながら4人は上に浮いている黒い陽を見上げる。その黒い陽は三人をじっと見下ろしていたが、突然その体に鎧が組み立てられ始める。

黒いオーラを纏った全身を覆うように出来ていく鎧。

 

「……ふむ、案外鎧も悪くない。こうやって体や頭をすっぽり覆ってしまえば動きもぎこちなくなくなるもんなんだな。

……さて、じゃあ第2ラウンドいってみるか?」

 

そう言って鎧を纏った黒い陽は四人に向かって落ちてくると言わんばかりの速度で突っ込んでくる。

陽は落ち着いて小さくジャンプして、突っ込んで来た黒い陽の肩をがっしりと掴む。

 

「捉え、たァ!!」

 

『殺す気で挑んでようやく時間稼ぎ』と思うくらいに強い黒い陽。しかし、鎧を纏ったゆえにある弱点というのを陽は突くつもりだった。

それは、鎧と鎧との繋ぎ……要するに、兜と鎧の間にある隙間目掛けて刀を刺すつもりだったのだ。

鎧を着込んで油断しているからこそできる作戦、しかしその策はそもそも黒い陽の油断云々よりも以前の問題によって防がれることになる。

 

「このまま、首を……っ!?」

 

「ざぁんねん……俺のこの鎧は闇製なもんでね、一度着込んだら隙間を全部埋めるように闇が繋げちゃうもんでね?隙間が一切無くなるんだよ。あ、目のところ狙っても無駄だからな?そこも防がれてしまってるんだよ。まぁ鎧自体が俺の目みたいになってるから見る分には何も問題は無いんだけれどな。」

 

「ちっ……!ならもっと力強く……!」

 

「無駄無駄ァ!どんだけやっても貫けねぇよ!!例え山を吹き飛ばせるくらいの力があってもこの鎧は崩す事は絶対に不可能!!」

 

「ぐがっ!!」

 

大きく陽を蹴っ飛ばして、突っ込んできた勢いで地面まで落ちていく黒い陽。しかし、すぐに元の場所に戻ってきて陽達はこいつをどうやったら倒せるかというのを悩み始めていた。

 

「ジリ貧に持ち込むつもりは無いんだけどねぇ。案外君らが頑張るおかけでジリ貧にさせちゃったみたいでごめんね?」

 

「そうやって余裕こいていられんのも……今の内よ!!紫行くわよ!!私たち二人の結界をこいつにぶつける!!」

 

「分かってるわよ!!」

 

紫は境界を操る程度の能力で、霊夢は自分の札を使って黒い陽の周りに一瞬で結界を作っていく。

二重三重四重……段々とその結界は数を増していきさらに強固なものへとなっていく。

 

「ここまで重ねれば!紫!!」

 

「分かってるわよ!!」

 

大きなスキマを開いて、結界事そのままスキマによって空間と空間の狭間に落とす作戦。

最早残り少ない霊力と妖力と体力を一気に使う作業だったが、『絶対に成功させる』という意志が強い集中力を産み、即座に結界を展開、重ねていって一気にスキマに放り混んでいく。

 

「……うーん、弱い。弱すぎて欠伸が出るわ。まだマンガの方が楽しめそうだ。いや、言ってもそもそも根本が違うからどうしようもないか。」

 

そう言いながら黒い陽は手を一振りさせる。それだけで幾重数多に重ねられた結界を全て破壊し、そしてスキマからも逃れることが出来た。既に力の使い果たした霊夢と紫はそれで既にすっからかんになって立っていることもままならなくなったのか、膝をついてしまう。

首を鳴らして、実につまらなさそうな顔で二人を見下ろしてから陽の方に視線を向ける。

 

「……お前は俺を楽しませてくれるか?」

 

「お前が楽しめることは……俺が楽しめることでもあるんだろうよ……同じ俺だからな。」

 

「そうか、なら……楽しめる筈だな!!」

 

黒い陽は陽とぶつかり合う。力だけならば、霊夢や紫よりも高くなる二重憑依。しかし、戦っている相手はそれを知り尽くした自分自身。拳と刀という組み合わせを十全に理解しているもう一人の自分でもあるのだ。

故に、どれだけ力があろうとも素の力で超えられている上に戦い方を熟知されている以上、陽が二重憑依で黒い陽に勝てる確率は圧倒的に低い。

 

「くっ…!」

 

だから陽はずっと待っていた。自分の中にいる創造主の天敵が作ってくれている力を。

恐らく光闇でも勝てないと思わせられるほどの強さ。未だに本気を出しているのかどうか分からないが、しかしそれでも二重憑依では勝てないと痛感していた。

 

「でも、だから、だからこそ……! 死ぬ気でお前と戦ってやる!!」

 

「そうだ!もっと力を出せよ俺!!もっと俺を殺す気で来てくれ!!それら全てを俺がひねり潰してやるからよ!!お前が死ぬ気で殺す気になっている以上!俺ももっと潰したくなるんだから!!」

 

陽が刀を振り下ろし、黒い陽がそれを防いで叩き折る。陽が拳で殴りにかかれば、それに合わせて拳をぶつけて相殺しながらも、陽の腹に思い一撃を叩き込んで吹き飛ばす。

誰がどう見ても弄ばれている。そして陽自身もそれを理解している。だがそれでも陽は諦めなかった。

 

「はぁはぁ……絶対に……!とっておきだ、喰らいやがれ!!陽月[月牙陽爪(げつがようそう)]!」

 

陽の霊力と妖力が混ざり合い巨大な獣のオーラとなる。そして、刀は牙となり拳は爪となる。圧倒的な大きさと質量を持つその獣を見て黒い陽は満足げにニッコリと微笑んでいた。

 

「UGAAAAAAAAA!!」

 

「ははは!!なるほど!土壇場でそんなスペルカードを作り出したのな!楽しみだ!そのスペルカードがどんな力を持っているのかぜひ俺に見せてくれ!!ちゃんと真上から見下ろすように見下しながら潰してやるからよ!!」

 

爪を振り下ろす獣。その一撃は戦っていた城の屋根を破壊していく。闇で形成されている城の為、再生こそするもののしかしその攻撃力はさっきと全く違うものとなっていた。

 

「すげぇな!爪を一振りしただけで城の最上階が半壊してらァ!!そんなに強いスペルカードがあるならもっと早く出して欲しかったもんだぜ!!俺がもっと上から潰してやるのによ!」

 

「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」

 

黒い陽目掛けて爪を振り下ろし、牙を突き立てようとする獣。しかし黒い陽はそれを軽々と避けながらオーラの中にいる陽に攻撃を加えようとするが、直前でオーラから手足のようなものが生えて黒い陽に攻撃を仕掛けてこようとする一進一退の攻防になっていた。

 

「再生はするが痛いのは避けたい性分でな!!つうかどんだけ霊力と妖力が残ってやがったんだよ!!まだそんなけ動けるならもうちょっと本気も出せるだろうによ!!

……まぁ、ここまで遊んで大体の力加減はわかったから何とかなるかな。ぶっちゃけまだまだ俺の足元には及ばないしな。」

 

そう言って再び突っ込んでいく黒い陽。だがさっきまでと違うのはどれだけ妨害されようとも気にせずにただただ突っ込んでいくことだった。

オーラの中にいる陽本体に攻撃を仕掛けようとする黒い陽、陽はそれを見てオーラを使ってオーラの手足を新たに生やして迎撃しようとするが、全て避けられるか潰されるかしてしまい、近づくことを許してしまったのだった。

 

「ほぉら俺の言った通り潰せた、っと。」

 

そう言いながらオーラの中に入りこみ、陽に攻撃を仕掛ける黒い陽。咄嗟に獣のオーラを解除して、陽は黒い陽の一撃をギリギリでガードすることで何とかダメージを最小限に収めることが出来たが、それでも吹き飛ばされて屋根に叩きつけられていた。

 

「ぐはっ……」

 

「何か時間稼ぎでもしてたのか?やけにつっかかってきていたしよ。別に俺はどうでもよかったんだが、やけに死ぬ気で突っ込んできたかと思えば違うかったりもする。

何がしてぇのかって考えてたら思いついたわけよ。時間稼ぎって手をな?まぁ何にせよ、その時間稼ぎのために死んでくれてどうも無駄死にありがとうございますってな!!」

 

手に槍を作り出しながら黒い陽は陽の側まで近寄る。そして、そのまま陽の心臓目掛けて突き刺すように振り下ろす。

しかし、その槍が届くことは決してなかった。壊されていたからだ、刺す目標であった陽本人に。

 

「……まだそんな体力が残ってたのか。」

 

「……いや、残っちゃあいないさ。無理やり、そして無理くり……意地でもやらなきゃいけない時があったから、俺はその意地を貫き通した迄だよ…黒音!悪かったな戦わせなくて!!皆で……行くぞ!」

 

「っ!!のじゃ!!」

 

「何もさせねぇよ!!なにかするその前に黒音の闇を操って俺に取り込んでやる!!」

 

「遅い!!お前を倒すこれが俺の切り札だ!!四属[陽月光闇]!」

 

作り上げられたスペルカード。憑依スペルは陽月はそのままに、光と黒音を白い光と黒い闇のオーラとなったその二つを更に取り込む。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、何故だ……俺は闇を操れるはずだろ!?能力も生み出している、なんで、なんで……」

 

「……それが演技なのか本気で言っているのかはわからないが、少なくともお前の想定外であることは間違いないようだ。

確かにお前は強いよ。色んなもの作り出して、色んなやつの能力を使えて……けどな。お前にとってはそれら全てが甘えになってんだよ。」

 

「…まぁいいや、お前がとんな力を手にしようが俺には関係ない……その仰々しい姿もお前のものなんだろ?」

 

赤と青に黒や白、4色の色が散りばめられた長髪。頭からは鬼のような角が生えていて、背中からは吸血鬼のような羽と天使の羽が2対生えていた。

鬼、精霊、吸血鬼、天使……そして人間。太陽と月と光と闇。四つの種族に四つの力、全てが混ざりあっている今の陽こそ、創造主の天敵が作り上げたスペルカードである。

 

「あぁ……間に合ってよかった……さぁ、こいつの力を見せてやるよ……その前にお前は消えてしまうだろうけどな……お前の存在は━━━」

 

()()()()()()()━━━」

 

「「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」」

 

その言葉の後、黒い陽が持っていた万物創造で生み出した全てのものは消え去った。

だが、陽も陽で驚きの表情になりながら黒い陽の方を見ていた。

 

「……何で、お前も……!?」

 

「……いや、いやいやいや、お前は俺で俺はお前だ。俺が万物創造の力があるという事はお前も俺も読んだ『創造主』の話の中に出てくる『天敵』とやらも本当にいたんじゃないか?

そう考えれたら後は簡単だ、そいつが矛盾を操る能力を持っているのならその前に俺はそれを生み出して消すだけだと。

ただなぁ……あんまり知らない能力な上に物質としてすら存在してないものを作ろうってんだから思いのほか時間がかかっちまったよ……おかげで俺は万物創造の力を失い、お前は矛盾を操る能力を失った。」

 

「……いや、俺はお前の存在の消去を願った。なのに何故お前が存在しきれている!?」

 

「簡単な話よ、そっちは運命回避だ。運命を操って、お前が能力をミスするようにしたのさ。まぁ、ちょっとでも違う能力だった場合俺は跡形もなく消えていたから危ない賭けだったけどな。いやはや、『俺の存在を消そうとして間違えて能力の一つを消す』ってやっといて良かったぜ。『俺を殺す』とか『俺の能力をすべて消す』とか言われてた詰んでたのなんのってな。」

 

陽は軽く舌打ちをしていた。自分自身とはいえ、自分の動きを予測されたのがかなり腹立たしかったからだ。

 

「さて……単純な力勝負と行こうか……俺。」

 

そして、二人の月風陽の対決も……間近に迫っているのだった。



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決着

二人の陽の争いは続いていた。

黒い陽は並行世界の幻想郷の住人をすべて喰らい尽くしているために得ている能力による手数のゴリ押し。そして陽は妖力霊力魔力光力の四つを酷使しながらこちらは無理矢理の力押しであるゴリ押しで戦っていた。

しかし、黒い陽は万物創造を失った影響か元々一つに結合してしまっていた能力を無理やり分解されてしまった為に上手く能力が発動しないことがあり、かたや陽はその力の大きさに自身の存在が肉体的ではなく精神的なものである妖怪としての肉体が悲鳴を上げていた。

だがそれでも二人はぶつかっていた。陽は幻想郷を、紫を守りたいがために。そして黒い陽は何も考えずただ暴れ回るために。

 

「はっはっは!!自分自身との戦いのはずなのにこれ以上楽しいものはないぜ!!なぁそう思うだろォ!?」

 

「お前の戦闘狂趣味に付き合ってやる意味は無い!さっさと元の世界に帰れ!!知らない世界に墓場を作りたくなかったらなぁ!!」

 

「言ってくれるじゃねぇか最弱の妖怪もどきが!!」

 

「うるせぇよ孤独気取りのナルシスト!!」

 

陽が弾幕を放つ。黒い陽がそれを軽く防いで素手で攻撃を仕掛けようとするが、腕が破裂して攻撃を続けることが出来なかった。

幻想郷の住人を喰らい続けて得た力、筋力などもそれは例外ではなかったが、今の不安定な体である黒い陽の体ではその全てを扱うことが難しくなっている……と力を根から使い果たしたせいでギリギリで意識を保つしかできない紫はそう考えていた。

 

「いって……!素手が駄目ならこっち(弾幕ごっこ)でやるか!!黒穴[イータービット]!」

 

スペルカードを唱え、黒い陽の周りに小さな黒い玉が数個浮かび始める。それは陽の放った弾幕全てを飲み込んで跡形もなく消し飛ばしていた。

 

「中途半端な数がダメってんなら……!極光(きょっこう)光矢龍(こうやりゅう)]!!」

 

陽はスペルカードを唱えて一本の光の矢を放つ。それは瞬く間に数を増やしていき見上げても最早全長が見えないくらいの巨大な龍の形となる。

それは黒い陽目掛けて飛んでいくが、黒い陽はそれに対抗するために黒い玉を飛ばして矢を根こそぎ食らっていこうとする。

しかし、その玉がどれだけ強力なものであっても大きさで圧倒的に勝る矢の龍には勝てない。圧倒的な矢が黒い陽を飲み込んでいきその矢で射抜いていく。

 

極闇(きょくあん)闇狩鎌(やみがりれん)]!」

 

しかし間髪入れずに陽は闇のオーラで形成された鎌を作り出してそれを持つまるで死神のような見た目をした髑髏を操って黒い陽のいた所にその鎌突き刺していく。一つだけでなく何本も何本も。

そしてまた、追い討ちをかけるように新たなスペルカードを手に取って唱える。

 

極炎(きょくえん)大爆炎(だいばくえん)]!」

 

今度は巨大な炎の塊を作り、鎌を大量に突き刺したその場所に放つ。途端に巨大な火柱が巻き起こり、矢どころか鎌でさえも飲み込んで城を焼いていく。

 

「止めだ……極月(きょくげつ)[天月封印]」

 

火柱を1箇所に閉じ込めんと、火柱を遮りながら素早く巨大な結界が形成されていく。行き場を失った炎は結界の中で荒れ狂いながらも、結界が収縮していくのに反比例で更に暴れていく。

しかし、結界は一切歪むことなくそのまま縮んでいき人一人が入れそうな程度の大きさにまで小さくなる……が、そこで結界が今までの攻撃諸共吹き飛ばされる。

 

「ふぃー……一気にあんだけ打ち込むたァな。ま、攻撃を当てられるのはやばかったがな……能力発動も不安定になってるからよ、本気で危なかったことには変わりねぇ訳だが……ま、今のは俺の勝ちって訳だ。つってもさっきのは消されちまったからまた新しいのを披露してやらねぇとな?」

 

「てめぇのショーなんざ見たくもねぇよ……ハナから付き合う気もねぇ。体がだるいから早めに終わらせて……もう戦わないようにしたいんだ。」

 

「それが何のためかは……まぁ聞かないでおいてやるよ、俺ってば優しいねぇ。」

 

「……優しかったら……さっさと消えろ!!超銃[マジック・バレット・マジック]!!」

 

「お断りだね!冥主[ハーデスの攻防]!」

 

陽の魔力弾をすべて弾くオーラ。そしてその鎧は自分の意思があるかのように腕が伸びて陽を狙う。

その攻撃を回避しつつ陽は黒い陽に近接勝負を挑む。

 

「近接勝負を挑むたぁアホなのかね!俺に近接なんて挑んだら喰われちまうぞ!!」

 

「食えるなら始めからそうしてるだろうに……よ!!」

 

そのまま素手での戦いになる陽と黒い陽。互いの拳は互いが読み切り、直撃することは無いが、しかしお互いの体が上手く動かないせいで掠ることもあれば避けたまま転けかける、というのも起こり始めていた。

 

「そういや……白土はどうしたよ。こんなところに来ないって事は死んだか外の世界に戻ったか?俺の時は何やかんやの有耶無耶で一緒に外の世界に戻ったからよ、実際今あいつらがどうなってるのかちょっと聞きてぇんだわ。」

 

「……俺もわかんねぇな。別れてからそのままだしな。お前が本当に知らないってんならお前も知らないし俺も知らない。それで終わりだ。」

 

「ちぇー……つまんねぇな………っだらぁ!」

 

不意打ちと言わんばかりに黒い陽は殴りかかる。陽もそれに応戦して再び一進一退の攻防を始める。

限界に近づいている体は悲鳴を上げる。陽の体は耐えきれない力の過重負荷により体に激痛が走り、血も吹き出す。同じ様に黒い陽にも激痛が走っているが、こちらは動く度に血を吹き出しては傷口が塞がる、ということを繰り返していた。

 

「攻撃は一発も当たってねぇのに互いに傷が増えていくってのもおもしれねぇな?ほら、一発当てれれば勝てるかもしれねぇのに当てられねぇのか!?」

 

「絶対、絶対当ててやるから待ってやがれ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、紫……気づいてるかしら?」

 

「何の事よ……」

 

「……陽達の存在が消えかかっていることよ。私が気づいていたんだからあんたはもっと早く気づいていたんじゃないの?

少なくとも……あの2人が何かの能力をぶつけ合ってからは……それが現れたように私は見えていたわ。

貴方はいつから感じ取っていたのよ。」

 

倒れながら、戦いに参加できない事を少し悔やみながら霊夢達は話していく。紫は、霊夢のいうことに顔を背けながら戦っている二人をじっと見続けていた。

 

「……私も、同じ時くらいからよ。能力のぶつけ合い……恐らくお互いに存在が消えかねないほどのものを相手にぶつけたんだと思うわ。

おそらくそれは同じ能力だから……相手を消すことに特化した能力、そんなものをぶつけ合えば当然すぐさま消えるはずなのに残っている……それがなんでかは分からないけれど、今はわかっていることは一つだけよ……」

 

「……今の私達に、出来ることもやることも何も無い。

そう言いたいのね……陽しか戦える人物が今はいないから……あんたはそんな不安そうな顔をしているのね。」

 

「……私が?今?そんな顔をしているの?」

 

「あら、自分の表情に気づいていなかったのね。あんた、陽が戦い始めた時からすっごい複雑そうな表情してたわよ。

で、今はすごい不安そうな顔。心配しているのは幻想郷?それとも陽自身のこと?」

 

霊夢の言葉に紫は陽に視線を向ける。自分がいつの間にかそんな表情をしていた事に気づかなかった事よりも、自分は陽の何を思ってそんな表情をしたのかという事である。

 

「紫、あんたが幻想郷がとても大切ってのは私も知ってる。けどそれは昔の話。少なくともあんたは陽と一緒に住んだことでまた別の大切なものが生まれた。

いえ、藍と一緒にいることもあったから初めからあったのかもしれないけど……少なくとも、陽があんたと出会ってからあんたは確実に変わった。

家族であれまた別の形であれ……もしあんたが陽のことを大切に思っているのならこの戦いが終わったら……めいいっぱい褒めて、めいいっぱい叱って、めいいっぱいどれだけ大切かを確認させなさい。」

 

「……褒めて、叱って……どれだけ大切かを……」

 

「そうよ、血は繋がってないし種族は違う……けれど紛れもない家族になってるのよ貴方達は。

家族なら、たまには見守ることも必要なんじゃないの?」

 

霊夢の言葉で紫は自分の中に何かを感じていた。

悲しみでも憎しみでも、嬉しさや楽しさでも怒りでもないごちゃまぜの感情。

けれど、それが嫌なものだとは感じてはいなかった。その感情が何なのか分からないが、紫はそのまま戦いを見守ることにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が殴り合いを始めてからはや数分、目に見える形で二人の勝敗は決しようとしていた。

陽の体は治そうとする力と溢れ出ようとする力が合わさり身体中から血を流し続けており、黒い陽は段々と傷の治りが遅くなって既に回復しない迄になっていた。

 

「……ちっ……傷が回復しなくなってきてらァ……」

 

「はぁはぁ……もう、観念するんだな。お前は終わりだ……傷が回復しなくなってきている、ってことはもう蓬莱人どころか俺みたいに妖怪の混血ですらない……ただの人間に戻ってきているんだ。

これ以上やったところで死ぬだけだぞ……!」

 

「能力を消されるだけならよかったんだがなぁ……あー、ツメが甘かったか……もっと別のもん消させるようにしておけばよかったわけだな。だったらお前にも勝てたかもしれないのによ。」

 

「……無駄だよ。お前は俺には勝てない。精神依存である妖怪に取って能力は自分そのもの……自分足らしめるもんなんだよ。

それがわからずに自分の能力を失った時点で……お前は少なくとも俺に勝つ確率が低くなった……もう、立つ体力も無いだろ……」

 

「へっ……いやいやまだまだ……案外いけちゃったりするかもよ?」

 

笑みを浮かべながら、黒い陽は消えかかっている自分の体を動かして陽を殴ろうとする。

しかし、足が粉のように崩れ落ちてその場にこけてしまった。

 

「……あー、ダメだこりゃ。これはもう俺は動けねぇ。弾幕も打てない上に元々月風陽の能力として存在していた力もなくなっている。

詰んだな。月風陽が月風陽足らしめるもん無くしちまってるって事ならこりゃあ俺にもう勝ち目ないわ。」

 

自嘲気味に笑いながら黒い陽の体は少しづつ崩れていく。先から粉になるように着実に。

 

「………お前は、こんなので満足しているのか?お前が俺なら、俺が持っている感情もあったはずだ。それを捨ててまで……お前はこれで満足なのか?」

 

「へっ……もう満足ってこともよく分からなくなってたわ。

……なぁ、俺からも一つだけ聞いていいか?」

 

「……何だ?」

 

「お前は今の生活に満足できるのか?これから、今から……いつまでも。家族はこの世界にいない、けれど帰ればおそらく俺と同じ運命だ。ならこの世界にいるしかない。

幻想郷にこれから住まなきゃいけないわけだが、いいのか?」

 

陽は黒い陽のその質問に少し驚いたが、それを表情に出すことはしなかった。そして、答えに困る様子も見せずすぐに答えを黒い陽に言い放つ。そうでもしないと何故か笑われそうな気がしたからだ。

 

「当たり前だ。この世界が好きになったんだから俺はこの世界にいると決めた。それが悪いこととも思わない。外の世界に行って疎まれるなら白土達にも戻らないように伝えてやる。

これでお前とは別の道を歩むんだ。どうだ、これで満足か?」

 

「……あぁ、満足も満足。お前は恨みに任せて愛していた奴を殺しちまうのはダメだぜ?愛憎は表裏一体、お前があいつを愛しようとすればするほど反動もでかくなるだろうな。

ま、それが家族としての愛情なのか男女の愛情なのかはともかくとして……俺と別になるんだったらもういい。ここで『外の世界に戻りたい』なんて言ったら意地でもぶち殺してたわ。」

 

「……お前は、こんなところに墓を作る気なんだな。」

 

「あぁ……よく知っているけど知らない世界……ま、元々の世界は潰しに潰したせいで人間はほとんど全滅、土と鉄屑が跋扈する世界になっているからこういう緑多い世界で死ねるのはいいかもしれない。

……最後に一言、俺みたいになったら意地でも殺しに行く。あぁ、別に『俺みたいな悲しい存在になるな』みたいな理由じゃなくてそんなつまらないのが分かりきってる道は行くなよって話。

じゃ、俺は消えるわ━━━」

 

「な……おいちょっと待っ━━━」

 

陽の言葉は届かず黒い陽の体は完全に粉となり消え去る。そして、それと同時に闇で出来ていた城が崩れ始める。

陽は、痛む体を引きずりながら紫達を回収、何とか二人を無事に地面に下ろして……そのまま安堵で気絶して意識を失うのだった。

戦いは……ここに完結した。



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エピローグ

「陽ー、陽ー……全く、どこに行ったのかしら。折角ご飯作れるようになったから味見して欲しかったのだけれど。」

 

黒い陽との戦いが終わって既に数カ月が経過していた。その間は特に何もなく、大きなことは何も起こることは存在していなかった。

戦いが終わってからは陽は八雲亭を出ては色々なところの手伝いをしていた。人里の壊された場所などの復興もひたすらに手伝ったりなどをして、人里に住む人達の信用も取り戻してきていた。

特に代わり映えのしない日常、それが毎日続いていく間にも、時は流れていく。

 

『あんたって母親みたいよね』

 

という霊夢の言葉をふと思い出していた紫は、少し赤面しながらも自身の作ったご飯を見ながらふと呟く。

 

「……母親って息子にご飯を味見してもらうものなのかしら?というか、息子より家事ができない母親って言うのも変な話よね……今度から藍にでも教えて貰おうかしら。」

 

そんなことを言いながら部屋へと戻る。どこかに出かけたのか家に陽がいない以上食べてもらう相手が今誰もいなかったからだ。

 

「藍も居ないのよね……子供二人に私の仕事取られちゃった気分よ。今までしていたものがなくなるって……何か変な喪失感があるわね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陽ー、八百屋さんが呼んでるよー」

 

「……陽鬼?なんだ、あの人が呼ぶってのは野菜関連のことだけだと思ってたがそれこの前解決したよな?」

 

「うん、だから今回は野菜以外のことだよ。どうにも家が軋んでるみたいだから補強するための木材が欲しいんだってさ。」

 

そして人里。今陽は団子を頬張っていたが、陽鬼からの伝達で再び仕事をすることになった。

陽の仕事は主に幻想郷各地に回って何かしらの土地や建造物関係のサポートをする仕事だった。

そして、その仕事をしながらも幻想郷の面々にお茶や話し合いに呼ばれるなどもあり基本的に忙しい毎日を過ごしていた。

陽鬼達も陽について行き、陽のサポートをしていた。ここ数週間の間は一人で行動することも多くなっていたが。

 

「……えーっと、次は何か予定入ってたかな。あぁ、特に問題はなさそうだな。

よし、んじゃあちゃっちゃと終わらせてしまうか。」

 

創造する程度の能力、そして限界をなくす程度の能力。この二つは陽の仕事に大きく貢献することが出来ていた。

だが、貢献云々よりも陽にとっては仕事が出来ているために生まれる忙しさに没頭していたかったのだ。

何もやらないでいると、いろいろなことまで考えてしまうからだ。

黒い陽を倒した後、陽は白土と話をした。妹の杏奈と共に白土も幻想郷に住み着くことに決めたのだった。

しかし、陽のようには簡単に行かないため自分だけはしばらく住み込みで働いたあと、杏奈が退院できればどこかの森にでも勝手に住み着くつもりだと陽に伝えていた。

 

「……」

 

陽は空を見上げる。平行世界にいたもう一人の陽、何故外の世界に戻った彼が外の世界に迫害されたのか。

陽は紫に頼んで今のこの世界のことを軽く見てもらってその理由は判明した。

『バレていた』のだ。幻想郷での出来事が外の世界の記録媒体に残されていたのだ。おそらくやった犯人はライガや八蛇……つまりはホライズン派閥の者達が何らかの形で映像や写真などを残してそれを外の世界にばらまく、要するに黒い陽のいた世界ではそれの作戦にまんまとハマってしまい勝負に勝って試合に負けたと言う状態だったのだ。つまり、今戻ってもその記録媒体に残っている以上何かしらの形で迫害される可能性はあった、ということである。

 

「……まだ体の調子どこか悪かったりするの?」

 

「いや、ちょっとだけ考えてただけだよ。今は全く異常なしの健康体さ。陽鬼達が心配しなくても俺の体に異常がないのは永琳が証明してくれたのはお前達も知ってるだろう?」

 

「……そうだけどさ。体に負担がかかるんだからこれからあんまりしないでよ?4重憑依なんて無茶。」

 

「滅多な事じゃしないって。その滅多な事もほぼ確実に来ないだろうしな。ほら、早く行こうぜ。」

 

そう言って陽は人里に一足先に向かう。陽鬼は心配しながらも陽について行く。

だが、陽の言ったことは嘘だった。いや、『永琳が陽の体に異常が無いことを陽鬼達の前で証明してくれた』という事は本当だった。

実際にそれは陽鬼達の前で行われたことなので幻術でもないためにそこだけは本当のことだった。

しかし、実際は永琳も陽も陽鬼達に嘘をついていた。もっとも、永琳は陽に『どうしても』と言われたために嘘をついてしまっただけなのだが。

 

「……あれ?師匠ー、このカルテ誰のですかー?」

 

「八雲さん家の息子さんのよ。いいから締まっておきなさい。」

 

「分かりましたー」

 

永遠亭で陽の診察に使われたカルテを見ながら永琳はため息をつく。陽の体に不調があるとすればかなりの大不調、しかしそれはあくまで『人間てしての』不調だった。

本格的な妖怪化、妖気が強い妖怪の力を浴びて少しづつ人間が妖怪化していくことはよくあること。しかし陽の場合何度も何度も妖怪をその身に宿していたことで簡易的に妖怪化していっていた。それに関しては紫も知っていることである。

しかし、本格的な妖怪化が始まれば陽が人間の形を保っていられるか…そこが永琳の不安要素でもあった。運良く人型を保っていれれば、何の問題もなし。運が悪ければ様々な妖怪の血が重なり合った結果醜い肉塊になる。

 

「……確かにこれは言いづらいけども……憑依をさせていたせいか、人間も交えて1/6器用に血が混じっているというのがどういうことになるのか……明確な答えが出ない以上、何も言わないのも正解なのかもしれない。」

 

永琳はカルテをしまって溜息をつく。陽の考えていることもそうだが、未だ自分には分からないことが沢山あるのだと認識させられるからだ。

 

「……優曇華ー、お茶いれてちょうだーい。」

 

「はーい、分かりましたー」

 

窓に見える空を眺めながら永琳はつかの間の休憩を楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁなぁなぁ、弾幕ごっこやろうぜー?」

 

「るっせぇよ、お前も少しは黙ってろ。てか俺に構うな、殺すぞ。」

 

「殺せるもんなら殺してみろってんだ。私はそこまでヤワじゃねぇよ。それにここに住むってことは弾幕ごっこを挑まれても仕方ないってことだぜ?人がいないから選んだのかはわからねぇけど、魔法の森にも人はいるんだよ。

残念だったな。外の世界に戻りたくないってんなら少しは我慢するべきだぜ。」

 

魔法の森、そこでは魔理沙が白土に向かって話しかけ続けていた。対する白土は鬱陶しそうに適当な返事を返しているが、魔理沙はそれを完全に無視してなおも話しかけ続けていた。

 

「……お前暇なのか?そうなのか?あいにく俺は食料の調達で忙しい身なんで放っておいてくれると助かるんだがな。

お前の魔法の実験に付き合う気は無い。」

 

「おいおい、食料の調達つったって狼娘三人分の食料だろ?お前の妹の分も合わせるととんでもない量になるんじゃないか?なら手伝ってやるよ、その食料集めをな。」

 

「……『代わりにこのあと弾幕ごっこやろうぜ』っていうのは無しだぞ?その辺分かってるだろうな?」

 

「おー、わかってるよ。さすがの私もそこまで弾幕ごっこをして遊びたいわけじゃないからな。

まあこれは私なりの気の使い方だと思って素直に受け取ってくれよ。魔法の森で現地栽培してあるものなんて大抵食ったら何かしら起こるキノコばっかりだからな。

こういうのは、人とに行って買うのが一番だぜ。」

 

白土は内心この意見に納得していたが、徐々に何かがおかしいと思い始め疑問が浮かび上がると、魔理沙の方を振り向いて珍しく目を合わせる。

 

「確かにその言い分は正しい、人間の食いもんは人間から買うべきだ。もしくは貰うかだな。

人形遣いのアリス・マーガトロイドは人里でたまに人形劇をしてそれの金で生活費を稼いでいるのは知っている。紅魔館も人里と協力して食料を稼いでいる。

けどお前は何で金を稼いでいるんだ……?」

 

「異変解決すると大金が貰えるぜ?それに私の場合は魔法道具屋とか魔法を使うことによる恩恵を商売道具にしてんだよ。

お前もなんか店立ち上げたらいいんじゃね?そしたら食い扶持ぐらい自分で稼げるようになるだろうよ。」

 

「……なるほどな。まぁそういうことなら……仕方ねぇ、ならそうするしかねぇか……人里で働きに行くのもいいがあいつらろくに料理しねぇからあのボロ屋を店に改築した方が早そうだな……」

 

「あぁそうそう、外の世界の道具は売るなよ?自分で作った機械ってのを河童が売りさばいて紫にこっぴどく絞られたからな。」

 

「……あいよ。」

 

渋々と言った表情で白土は魔理沙の言うことを聞いていく。そうしてまた今日も何気無い非日常が過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいまー」

 

八雲邸に帰った陽達。家に入ってそのまま夕飯の支度をして、団欒と洒落込む。

そして風呂に入って、寝床に入って就寝。翌日また朝に起きては朝食の準備をして飯を食べ、外に出て己のやるべき事をそれぞれ果たしてまた家に帰って夕飯を食べる。

その繰り返し、偶にいいことも良くないことも起きるが幻想郷における非日常という日常が過ぎていく。

そしていつかのどこかで紫は陽と二人で出かけていた。

 

「……ねぇ陽、貴方は私のことをどう思ってるのかしら?」

 

「……家族、かな。紫の事はお母さんだと思っているし陽鬼達はまるで娘ができたみたいだった。

藍はお姉さんみたいで橙は妹……けどさ、やっぱり思うことがあるんだよ。」

 

「思うところ?」

 

「家族は家族……だからみんな大好きなんだけどさ。紫はなんか違うんだ。家族として好きなのはそうなんだけど……こう、もっと別の好きがある感じ、かな。

俺の中ではよくわかんないけど……その、恋愛的な好きって意味がこういう好きって意味なら……多分、俺は紫の事が大好きなんだと……いや、愛してるんだと思う。」

 

陽の言葉に驚きの表情をする紫。いきなり告白されたくらいの唐突さだったのでリアクションが難しいと感じているのだ。

陽も陽で気恥ずかしかったのか紫の顔を見ずに少しだけ顔を背けていた。

 

「……ふふ、ムードも何もあったもんじゃないわね。貴方ってやっぱり家事以外の事はてんで不器用よね。」

 

少しだけ笑いながら紫はそう告げる。陽はそれに対して何も言わずにそっぽを向き続けた。

 

「……けど、嬉しいわ。ありがとう……私も……好きよ。ただその好きがあなたと一緒でどういう類のものかはわからないけれど……もし、そういうものなんだとしたら……あなたと結ばれるのも悪くは無いのかも。」

 

「……自分から言っといてなんだけど、確かに雰囲気が全くないな。けど……やっぱり嬉しいよ。」

 

「私もよ……ねぇ、陽……一つだけ今から言うことを約束してくれる?」

 

「約束?別にいいけど……」

 

少しだけ言い淀んだ後に紫は深呼吸して真剣な表情で陽に向けて言葉を放つ。

 

「……私と、ずっと一緒にいてほしいのよ。生きてる限り……ずっと、ずっと。だから……その、私より先に死なないでほしいって言うのが私のお願いよ。

その……ダメ、かしら?」

 

陽の前で珍しく見せる弱気な表情と態度。陽は少しだけそれに唖然とした後に、少しだけ微笑みながら紫のために言葉を紡ぐ。

 

「いいよ。当たり前だ。俺は紫より先に死なない……俺だけが生き残ったら、何度でも言うんだ。『俺が愛した女性は愛して良かったと思える女性だった』ってな。」

 

「……ありがとう、それと……嬉しいわ……ありがとう、陽。」

 

そう言って紫は満面の笑みを向ける。陽はそれに少しドキッとした後に躊躇せずに紫の肩を抱き寄せる。紫はそれに驚いた後、頬を赤らめながら陽の肩に頭を置く。

そうして二人が見上げた空には、満天の星空が広がっていた。

非日常が日常のこの世界に、小さな非日常が起こった。しかしそれは当人達にとってとても幸せになる事であり、誰も損はしなかった。

月は巡り太陽と入れ替わる。闇は光に照らされまた闇を落とす。月の光は夜の闇を照らし、太陽の光はくらい闇も払う。

そんな日常がこれからも続く、続いていく。少なくとも……本人達が幸せならば、それは続いていくのであった。

 

 

 

 

『東方月陽向』完




今回で最終回とさせていただきます。
今まで読んでくださった方、ありがとうございました。


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