転生しても戦争だった  ~数多の転生者が歴史を紡ぎ、あるいは歴史に紡がれてしまう話~   作:ガンスリンガー中年

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そりゃあこれだけ火力差ある上に索敵能力の差まであるのに挑んだら……






第356話 ”彩の雲”と一つの終焉 ~勇気ある行動だ。感動的だな。だが無謀だ~

 

 

 

 唐突だがイタリア空軍とは、不運な組織である。

 新世代のMC.205、G.55、Re.2005のいずれも時代を考えれば高性能な戦闘機であり、今生でもエンジンが輸出仕様のDB605、ドイツ本国名称”DB601NGV”ではあるが、これのスペックは史実のDB605AS(M)と同等なので”本来の性能を発揮できれば”、もしかしたら史実以上の性能を発揮できたかもしれない。

 そう、”本来の性能を発揮できれば”、だ。

 

 史実ですら、DB605Aのイタリアライセンス生産版”RA1050RC58”エンジンは、製造が遅れただけでなく、その……DB605自体が当時のイタリアの工業水準で生産するにはハードルが高過ぎ、精度の問題などから稼働率は低く、燃料品質の差もありオリジナルよりも性能が低かったとされているのだ。

 そしてこの世界線、イタリアが禁じていたユーゴスラヴィアに手を出してチトーを覚醒させた懲罰に、ヒトラーが”非常事態発令:A-88(アントン・アハトアハト)”を発動して完全にイタリアと縁切りしてしまったのだ。

 つまり、イタリアの国情は史実より良くない。

 唯一の救いは、イタリアが劣勢になっても北部からドイツが攻め込んで来ない事だが……果たしてそれは救いになるだろうか?

 

 結果として、まだ加工技術の要求が低い一世代前のDB601のライセンス・エンジン”RA1000RC41”を積んだ”MC.202”の方が戦力として使えるという状態になっていた。

 つまり、イタリア空軍は、皇国軍機にあまり有効とは言えない12.7㎜と7.7㎜機銃しか装備していない航続距離800㎞、最高速が最良の条件でも600km/hにしかならない戦闘機を主力として用いなければならなかったのだ。

 ”疾風”や”飛燕改”相手に……

 

 確かに一部には”5”トリオと呼ばれた最新鋭機も飛んでいたが、迎撃に上がってきた全てイタリア戦闘機は機種の区別なく片っ端から撃墜されて逝った。

 パイロットの腕が悪かったというより機体性能/機械的信頼性の差、そしてレーダーシステムなどの支援機材や整備などのバックアップ体制の差が大きすぎたのだ。

 また、燃料不足からパイロットの訓練時間・飛行時間も足りてるとは言えなかった。

 

「脆い……脆すぎるっ!」

 

 そう嘆くのは、加藤健臣大佐だったが、まあそれは致し方無いと諦めてもらうしかなかった。

 というか、

 

”バトル・オブ・ブリテン以来のベテラン・エースパイロット戦闘機隊+最新鋭化物戦闘機『疾風』+SAPHEIなチート魔弾な新マ弾”

 

 なんて三位一体で殴りかかったら、そりゃあ燃料不足なせいで飛行時間不足なイタリア空軍戦闘機はひとたまりもないだろう。

 実際、イタリア機を叩き落とす……というか、物理的に空中で消し飛ばしていたし。

 というか、仮にイタリアが万全な状態でも厳しい相手なのに、上記のように前提条件が悪すぎるのだ。

 ちなみに”飛燕改”で連山隊の護衛にあたっていた”篠原博道”は……

 

「酷すぎる……”疾風”に全部喰われた。飛んでるの1機も残ってねぇ……」

 

 高度8,000m付近で絶望に打ちひしがれていた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 その結果は、あまりに顕著だった。

 揚陸地点のポリコーロ上空に展開していたイタリア防空戦闘機隊はことごとく叩き落され、空の脅威が排除された”連山隊”は悠々と空爆を開始。

 確かにイタリアの90㎜53口径長高射砲は、連山のいる高空まで砲弾を届かせる事はできたが、発展型ヒンメルベッドのようなレーダー連動の弾道計算機も近接信管もない状態では、やはり大きな効果は期待できなかった。

 更にここでも砲弾不足ゆえの訓練不足が響いてしまったのだ。

 平たく言えば、偶然と同程度の命中率だったのだ。

 そして、撃った高射砲は目の敵のように空爆で潰された。当然の結果である。

 

 さて、上陸地点周辺の”お掃除”が終われば、今度は上陸地点その物の掃討だ。

 まず、上陸地点上空に飛来したのは昨年のギリシャ本土奪還作戦でデビューした”零式艦上戦闘機三三型”と”彗星三三型(彗星改)”の最終型金星エンジンを搭載した艦上機コンビだ。

 

 ただ、せっかく史実の五式戦並みのスペックを誇る機体を操るゼロ戦乗りには残念なことに、墜とすべき敵機……イタリア空軍側の迎撃機はほとんど来なかった。

 元々、イタリア戦闘機の航続距離が短く、あまり内陸の基地から飛んでこれないという事情もあったが、増槽を吊り下げて航続距離に余裕があった”疾風”と”飛燕改”の余剰機が暫く作戦空域で航空制圧任務(制空権確保)でロイタリングしていたために、鉢合わせしたイタリア機がまたしても食い散らかされてしまったのだ。

 故に飛んでこれたのは、喰い残しされた機体だけだったという訳だ。

 

 更に残念なのは零戦が主戦として張れる戦いは、これが最後だと決定していた事だ。

 既に43年末かどんなに遅くても44年の頭には次期海軍主力戦闘機の”紫電改”の配備開始が決定しており、既に皇国本土では初期生産機がテストに入っていた。

 まあ、ここまでスムーズなのが、零戦の後継機”烈風”の開発が初期段階で中止され、早い段階で川西に次期艦上戦闘機開発の話が回ったからだ。

 というのも三菱は将来性のあるジェット戦闘機開発に戦闘機開発リソースを全て振り向ける為にレシプロ戦闘機分野から全面撤退(だから”雷電”も未開発)を表明し、その交換条件としてレシプロ戦闘機開発部門の人材を川西に、レシプロエンジン開発部門の人材を中島に放出したのだった。

 これも立派な業界再編、戦時下だからこそまかり通ったパワープレイであろう。

 

 ついでに想定していた戦う相手が相手(史実:米英→今生:独伊)なだけに、中島の艦上攻撃機”天山”は計画段階で「新型機を投入してまで航空魚雷攻撃で沈める船が無い」という理由で開発が中止され、その分、中島は”ある艦上機”の開発にリソースを集中できた。

 それこそが、今回の作戦でデビューとなった艦上偵察機”彩雲”だ。

 皇国海軍初の”誉”エンジンを搭載したこの最高速700㎞/hを超える高速艦上偵察機は、史実の同名の機体とは性質が少々異なる。

 三人乗りなのは同じだが、操縦士と無線/航法士、そして三人目は”電探/偵察士”だ。

 そう、彩雲は通常の写真偵察機としてだけでなく史実のTBM-3Wと同じく最初から電探(と高性能無線機やパラメトロン演算機)搭載のAEW(早期警戒)機として使えるように設計されており、今回も偵察機としてだけでなく「空飛ぶレーダーサイト」としての役目を存分に果たしていた。

 そのような性能を持ちながら、250kg増槽×3を装備すれば航続距離5000㎞を叩き出すのは流石と言えよう。

 イタリア軍機部隊が空中でボコボコにされた原因の一つは、この”彩雲”が終始飛んで、「天の電波的千里眼」で見張っていたせいもあった。

 

 1943年現在、日本皇国空母機動部隊の搭載機は”零戦三三型”、”彗星三三型”、”彩雲”というシンプルな構成がメインとなっていた。

 また、九九式艦爆、彗星シリーズと日本の艦爆を担ってきた愛知航空機は、既に”誉”搭載の”流星”の試作を終えていて……どうやら、この機体、電探を標準搭載し雷装ではなく対艦誘導兵器を主兵装として使う機体になりそうなのだ。

 

 また一応、ジェット艦上戦闘機の開発プランも動いているが、戦時中に間に合わなかった場合を考え、三菱の技術陣を迎えた川西では紫電改の後継機となるレシプロ艦上戦闘機(おそらく皇国海軍最後のレシプロ戦闘機)”陣風”の、同じく三菱の開発チームを迎えた中島では”誉”の本格的な改良を進めている。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 さて、零戦に守られた彗星隊は、500kgや250kgの爆弾や各種ロケット弾をばらまき、上陸地点を徹底的にかつピンポイントに”整地”してゆく。

 ちなみに上陸地点沖には一応は薄く浅海機雷原があったので、”安全な海”となったタラント湾で黙々と皇国掃海部隊が作業を続けていた。

 一応、流石は本土だけあり機雷原もあれば海岸沿いには防御陣地もあった。

 だが、残念なことに”幅は広いが浅く狭く”だ。

 これも致し方無い事情がある。

 

 ムッソリーニは当然、日本人の大規模揚陸作戦を予想していたが、タラント湾は全体的に上陸に向いてる場所があり、イタリアの諜報能力では強襲揚陸ポイントを絞り切れなく、タラント湾全体に防衛線を構築するしか無かったのだ。

 おまけに英国人がシチリア島に乗り上げているのでそっちにも対処しなければならなかったのだ。

 

 そんな中、諸事情ありもはや存在自体が風前の灯火のイタリア海軍の中で、誇り高き勇気を魅せたのがいつものように”MAS魚雷艇”群のだった。

 というかタラント湾で海上兵力としてに残っていたのは、小さな洞穴やら洞窟に隠せる魚雷艇くらいしかなかった。

 潜水艦?

 対象海域にノコノコ出てきたそれらは、とっくに対潜哨戒任務に就いていたKMX(MAD)標準搭載の二式大艇や駆逐艦や巡洋艦に『新兵器実験用の標的艦扱い』されて全滅しましたが?

 

 だが、この小さな魚雷艇たちもやっぱり運が無かった。

 まず、皇国海軍はごまんと駆逐艦や巡洋艦を持ち込んでいた。

 そして、それらには全て対空/対水上電探が標準搭載されていた。

 加えて、皇国駆逐艦の標準艦砲は連装100㎜65口径長両用砲、いわゆる長10サンチ砲だ。

 この砲、両用砲と銘打ってあるが、実際には艦対空の高角砲としての意味合いが強く、そのために1発の砲弾対艦打撃力より、高い砲塔旋回速度や半自動装填化された高い発射レートが持ち味だった。

 ついでに現行型は砲身が水冷化されていて、重くはなったがより安定した速射ができ、当然のように電探統制/電磁式VT信管対応だ。

 そう、対空だけでなく対水上電探(・・・・・)にも同期(シンクロ)できるのだ。

 

 おまけにこの時はイタリア機の対艦空襲を警戒していたから、ほとんどの駆逐艦がローコスト化に成功した薄殻弾殻に高性能炸薬と弾子をぎゅうぎゅう詰めにした直撃/近接信管作動の対空砲弾を装填していたのだ。

 

 さあ、もうオチは見えただろう?

 装填していたのが、対艦用の徹甲弾なら貫通されただけで済んだかもしれない。

 徹甲榴弾でも、もしかしたら信管が作動しなかったかもしれない。

 何しろ相手は、現時点では世界のどんな戦車砲も凌ぐ長砲身100㎜砲だ。

 そして、MAS魚雷艇は所詮、装甲なんて持たない排水量50t程度の木造高速艇に過ぎないのだ。

 

 そこに電探で統制され安定した1門辺り毎分20発のレートで撃ち込まれる近接信管付きの100㎜榴弾……結果は明らかだった。

 磁気式ならともかく反射波を拾い強弱判断で作動する電磁式近接信管なら金属製だろうが木造だろうが問題なく炸裂する。

 そもそも相対速度がもっと速い航空機を撃ち落とす為の砲弾だ。

 そして、焼夷弾子まで含まれた炸裂弾子は、木造小型艇にとってあまりに危険な威力を持っていた。

 直撃すれば木端微塵、近接爆発でも蜂の巣だ。これで乗員が無事な訳はない。

 

 付け加えるなら射程は水平弾道でも長10サンチ砲がイタリア45㎝魚雷の数倍はあり、弾速はむしろ比べる方が馬鹿馬鹿しい。

 

 

 

 こうして皇国海軍に殴りかかってきた勇気あるイタリアン魚雷艇たちは、ついに魚雷を放つことなく海の藻屑と化したのだった。

 そう、これは瘦せ細ったムッソリーニ政権下のイタリア海軍、その終焉の断末魔だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q:紙装甲どころか無装甲に近い伊魚雷艇部隊相手に水平弾道で近接信管付拡散榴弾の弾幕射撃とか鬼ですか?

A:日本皇国巡洋艦/駆逐艦一同:「いや偶然だって。俺たち警戒してたの航空機だし」


という訳で、史実の第二次世界大戦イタリア海軍で最も活躍し、最も勇気のある行動をとった魚雷艇も壊滅しました。

まあ、その前に空が酷いことになってますがw
イタリアン・ノルマとしては”篠原の嘆き”とか?

でも、これでもまだ降伏してないムッソリーニ・イタリアは中々根性座ってる?
被害が大きすぎて状況把握が追いついてないとか本当にありそうなこと言ってはいけませんよ?w

イタリアが即時降伏「しない」のではなく「できない」のは理由があったりするんですが……それはそのうちに。

次回は揚陸作戦の様子などを……

次回もどうかよろしくお願いいたします。





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