インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話は、原作では《青眼の悪魔》というボスとの戦闘にあたりますが……原作とは違う敵とも戦います。大体の流れは同じなのですがね。

 最早バレているかも知れません。

 あと、活動報告にて少し重要な話があるので、必ず目を通すようお願い致します。概要を話しますと、原作名を《インフィニット・ストラトス》のままにするか《ソードアート・オンライン》へ変えてIS学園編は別作品として投稿するか、です。

 詳細については活動報告をご覧下さい。

 ではそろそろ本編をどうぞ。最初は物凄く久し振りなキリト視点です。




第十一章 ~青紅の悪魔~

 

 

 軍にマッピングデータを渡してしまってから急いで追いかけたが、途中でリザードマンの群れと二度接触して追い付くことは無かった。恐らく俺とアスナが倒した群れが、軍が通り抜けた後にリポップ時間が来て遭遇となったのだろうと思う。はっきり言ってタイミングが悪過ぎた。

 だから俺は、この時の事を心底後悔することになった。

 

 ――――ああぁぁぁ…………!

 

「「「「「……!!!」」」」」

 

 遠くから男性の悲鳴が重なって聞こえてきたのを聴覚野が捉えてすぐに走り出した。最もレベルが高い俺、続いてアスナ、ユウキ、ラン、サチと続いてクライン達となった。正直俺が思いっきり置いて行っている感じだ。

 最初に俺がボス部屋に辿り着いたとき、思わず絶句してしまった。地獄絵図だったのだ。

 部屋の中央で青い表皮に山羊の頭の大剣使いの悪魔ボスが大暴れし、周囲には軍がHPを黄色以下にして倒れていた。

 

「早く転移結晶で脱出を!」

「む、無理なんだ! 結晶が使えない!」

「な……結晶、無効化空間……?!」

 

 結晶無効化空間。それは《アインクラッド》に存在が確認されている数多いトラップの中でも最悪の部類に入るもので、その名の通り即効性があり、そして唯一即時離脱を図れる転移結晶を初めとした結晶アイテムが一切使えなくなる空間を指す。

 その空間の範囲は部屋一つ、つまり敷居や扉を跨げば効果は一切無く、更に大抵狭い部屋に配置されてきた。

 だが今までボス部屋にそれが配置された事は無かった。しかもこのトラップが最悪に分類される理由として、それの確認が結晶アイテムを頼ろうとした時にのみ発覚する事だった。つまりピンチになった時に発覚するのだ。

 叫び、ボスの大剣に吹っ飛ばされる軍のプレイヤー達を見て、大量のモンスターに囲まれて俺を見ながら消える、ダッカーやササマル、テツオが脳裏に移った。俺を見て、助けを乞うように視線を向けてきて、手を伸ばして、俺もまた手を伸ばし返して……届かず、転移結晶での離脱も図れず目の前で死んでしまった、死なせてしまった仲間達の顔が。

 そして、俺を憎悪の顔で見るケイタの顔を幻視した。

 頭を振って追いやり、ぎりっと歯軋りをして口を開く。

 

「くそっ、俺が時間を稼ぐから、その間に部屋から出て!」

 

 まさかここで出す事になるとは思っていなかった。出来ればもっと習熟してから、あるいは士気の底上げの為に次の層で明かしたかった。けれど、背に腹は代えられない。俺が尻込みして躊躇った事で誰かが死んでしまうくらいなら、そんな考えは全部捨てて全力で当たるべきなのだから。

 もう二度と失わない為に、俺の剣が届く範囲内の全てを、大切なもの全てを守り抜いてみせる。

 その決意でリズ会心の作ダークリパルサーを背中に背負い、エリュシデータと同時に抜き払う。

 部屋の入り口からボスまでは直線状で空いていたから、俺は攻撃の邪魔をするついでに挨拶代わりとして、何時の間にか出現していたスキル《二刀流》突進二連撃《ダブル・サーキュラー》を放った。

 助走しながら放ったので、その分スピードと突進距離にブーストが働いた。時計回りにダークリパルサーで右上に斬り上げ、体を一回転させてからエリュシデータで逆袈裟に斬り下ろす。かなりのブーストと威力を誇るため、この二撃だけでボスからタゲを俺に移せた。

 直後、ターゲットを俺に変えて振り向いた悪魔が大剣を大上段から振り下ろしてきて、俺はそれを交差した二刀で押さえ込む。二刀は蒼い光に包まれていた。

 

「早く逃げて!」

「キリト君?! これどういう状況?!」

「結晶無効化空間! 軍を助ける! 俺がタゲをソロで取るから、アスナ達は早く軍を!」

「な……わ、分かったわ!」

 

 ギシギシギシギシ……と青眼の悪魔グリームアイズ……《the Gleam eyes》との鍔迫り合いに持ち込んで耐える。俺は防御技《クロス・ブロック》を用いており、二刀を振るっている俺の総合筋力値が上回ったようで、大剣を弾けた。

 大剣をスキルで弾かれて硬直を課されたグリームアイズの隙を逃さず、俺は二刀を振るってダメージを与える。すぐに硬直から復帰したボスも剣を振るって来て、それを紙一重で躱し、あるいは剣を交えて防ぐ。

 ギャイン、ギャリィッ、と剣でぎりぎり大剣を弾いて攻撃を避け続けるけど、それでも体の端に掠る事があり、HPが少しずつぐぐっと減る。しかもコーバッツが撤退しようとしていないので、俺も退くに退けず戦い続けるしかない状況に陥っている。

 

「く、そっ……ナン! ヤツの目に、バブルブレス!」

「きゅるっ! ――――きゅるぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 

 ポパパパパパパパパパンッ、と虹色のシャボンのような泡が吹き出され、それらがグリームアイズの目に直撃し、目を瞑って怯んだ。

 このSAOを作り出したディレクターである茅場晶彦が相当執着したからか、この世界のモンスターの五感器官は現実の生物と遜色無いので、目を潰せば視覚に頼った行動を制限できる事を俺はベータ時代から把握していた。リトルネペントに《隠蔽》が効かないのは、《隠蔽》が視覚から逃れるスキルであるのに対し、リトルネペントは聴覚を頼りに動くモンスターだからだ。

 だからこういう視覚に頼った生物系であれば、たとえボスでも一瞬のスキを生む事は可能であると踏んでいた。実際、それは成功する。

 その間に俺は一旦離脱する。コーバッツは未だ周囲の仲間を叱咤して、アスナ達の言う事を聞こうとしていなかった。

 

「早く逃げてください! キリト君が押さえるのにも限界があるんです!」

「ならん! 我等に撤退の二文字は有り得ない! なればこそ、我等は――――」

 

 尚も何か言おうとしているコーバッツに襟首を俺は掴み、自分の身長まで目線を同じにするよう引っ張った。自然と前屈みとなるコーバッツ。

 

「な、何だ貴様?!」

「あんた達にマップデータ渡した俺が言うのもなんだけど、とっとと逃げろ! 死ぬぞ! 命あっての物種でしょ!!!」

「ッ……貴様! 私に意見すると言うのか?!」

「ああ、するさ、してやるさ! かつて俺は仲間を死なせたんだ、だからこそ、もう誰一人として死んで欲しくない!!! 俺の目の前で誰かが死ぬのなんて、もう見たくないんだよッ!!!」

「き、キリト君! ボスが!」

 

 アスナの忠告で見ると、こちらに剣を振り下ろそうとしているのが視界に入った。

 

『ゴアァッ!!!』

「ぐっ……!」

 

 慌ててコーバッツから手を離して二刀で押さえ込む。ぎしぎしと嫌な音を立て、俺のHPはちりちりと僅かながらも継続的に削れていっていた。

 

「俺はもう、俺のせいで誰かが死ぬのは嫌だ……! お願いだから、早く逃げて……!」

 

 その危険な拮抗状態でも、俺は言葉を発するのをやめなかった。青眼の悪魔の偉容を睨み上げつつ、俺はコーバッツに声を張り上げた。

 

「おおおおおおおッ!!!」

 

 俺の懇願は、しかしコーバッツには届いていなかった。コーバッツは俺の横を通り過ぎてあくまでボス討伐で攻撃をしていた。

 

 

 

 ―――――このボスが本当のフロアボスではないにも関わらず。

 

 

 

「コーバッツ……! ――――ァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 ズッガァンッ! と二刀を弾いた時に音が鳴った。続けて体を斬り裂かれる感触がした。

 俺は……グリームアイズの大剣によって、斬られていたのだ。俺の二刀での鍔迫り合いは、コーバッツへ意識を逸らしてしまった事が原因で競り負けたのだ。

 

「「「「「キリトッ?!」」」」」

 

 皆の絶叫が聞こえた。凄まじい衝撃と共に俺は木っ端のように呆気無く吹っ飛び、視界の左上にあるHPバーは七割からぐんぐん下がっていく。五割を切って注意域の黄色へ、三割を切って危険域の赤色へと変色し、視界が赤色に染まっていき――――

 数画素分を残して、ゲージの減少が止まった。

 部屋の外まで吹っ飛ばされていて、つまり結晶無効化空間から抜け出した事なのでこれ幸いとばかりに回復結晶で最大値まで回復する。再び二刀を持って、コーバッツへと大剣を振り下ろさんとしているグリームアイズへと突貫した。

 大剣の一撃はエリュシデータとダークリパルサーの二刀を重ねた横薙ぎによって、なんとか大きく軌道をずらし、中断させることが出来た。

 

『グルル……グルアアアアアアアアッ!!!』

 

 それで、まずは邪魔をする俺を始末しようと考えたようで、ぐあっと振り向いて剣を振り下ろしてくる。

 俺は集中し、エリュシデータで大剣の腹を振り下ろしに合わせて剣身を滑らせながら横に逸らした。そして空振ったのと同時に、ダークリパルサーで少し低くなっている悪魔の顎をかち上げる。

 

『ゴアアアアアアアアアアアアア?!』

 

 どうやらクリティカルが入ったようで、初めて上げた絶叫に近い咆哮と共にグリームアイズのHPゲージが目に見えて減少する。

 俺が部屋から出た事でリセットされていたヘイトがまた堪り、タゲが漸くコーバッツから確実に俺へと向いた。

 

「今だアスナ! 全力でコーバッツを退去させて!」

「わ、分かったわ!」

「こっちは任せて!」

「キリト君も隙を見て逃げて!」

 

 慌てるアスナと、彼女に従うユウキとランの声が続き、その後にコーバッツの怒鳴り声が響いた。どうやらずるずると引き摺って退去させたようだった。

 

(はは……ランには悪いけど、撤退は難しいかな……ッ!)

 

 正直、レベル140超えの俺でも逃げ切れる自信が無い。多分だが俺とコイツのステータスはどっこいどっこいだ、鍔迫り合いでほぼ互角である事からもそれが分かる。

 だから俺一人では撤退はまず不可能。背中を見せた時点で斬られ、金属はおろか革鎧すら装備していない俺は背面クリティカルダメージによって、今度こそ死ぬだろう。

 

 

 

 死。

 

 

 

 それはあのデスゲーム開始の日から覚悟してきた、俺の世界の生き方の終着地点の一つ。俺の力がアインクラッドの力に競り負けた時に起こる、一つの結果。ある意味で俺はそれを受け入れて、そしてある意味で拒絶している結末だ。

 ぐるるるる……と唸り声を上げるボスを見て、俺はふっと苦笑した。正直逃げられる気もしないし、勝てる見込みもかなり低かった。

 《アインクラッド》に出現するモンスターのアルゴリズムは第七十層を超えた辺りから複雑になっていて、今までのパターンから外れたイレギュラーな一面が稀に見られるようになった。

 当然ながらそれはボスにも適用されていて、第七十層手前からボスの行動が複雑になったように感じる、事実第六十七層のボス戦では一度戦線が瓦解しかかっていて、もし俺が間に合っていなければ立て直しも難しい程の被害が出てもおかしくない程だった。

 そのボスよりも上の階層ボスを、たった一人で相手するなんて、流石に幾らレベルが高めで装備も充実していて、他の人には無いと思われるスキルがあったとしても、無茶としか言えなかった。

 それがあったので、俺は今日、半ば無理矢理アスナと一緒に攻略する事になった、アスナがソロでは危険だからと偶然を装って同行を申し出て来たからだ。

 当初は渋っていたが、アスナなら心から安心して背中を預けられるくらい信用しているし、正直ソロ攻略にも多少の限界を感じていた。俺はその限界をかなり綿密且つアルゴに呆れられるくらい異常だと言われたレベリングで補っているだけだ。だから申し出は有難かった。お蔭で今日の攻略は今までに比べて格段に楽だったと思う。

 そんな、ソロでの限界を迷宮区を徘徊している雑魚に対して抱いている俺が、ソロでボスを倒すなど無茶としか言えないのは当然の事だった。

 当然ながら倒せなければ、俺は死ぬだけである。そして現状、生き残れる可能性は恐ろしく低いと言って良い。

 

(……直姉……)

 

 そんな俺の脳裏に浮かんだ、走馬燈にも近い映像で出て来た最初の人は、俺を弟だと初めてしっかり目を見て言ってくれた義理の姉、直姉だった。次に俺を受け容れてくれた母さんと父さんの顔が浮かんだ。

 

(俺が死んだら……哀しむ、かな……)

 

 直姉は優しいから、母さんや父さんも優しいから、きっと哀しませてしまうだろうと簡単に想像がついて、思わず涙が頬を伝ったのが分かった。

 その涙は優しい家族に受け入れられた事への今更ながらの喜び、受け入れてくれた事への感謝、そして哀しませてしまうだろう選択肢を取った事への謝罪と悔恨の涙だった。

 それは徐々に顎へと伝い、つ……と落ち、

 

 

 

 ぴちょん、と蒼い炎が吹き上がる石畳を濡らした。

 

 

 

 ***

 

 キリトが泣いている。

 ボクはキリトの背中姿でも、何故か分かってしまった。黒と翠の二刀が微かに震えていて、顔は僅かに俯けられていた。それでも分かった。

 静寂に包まれた部屋に、ぴちょん、と小さな水の音がしたからだった。

 

『グオアアアアアアアアアアアアアア!!!』

「はあああああああああああああああ!!!」

 

 その微かな音を契機に、互いを見据え合っていた黒の子供と青の悪魔は同時に駆け出し、巨大な青い悪魔と小さな黒い剣士が、真っ向から衝突した。

 巨大に過ぎる大剣がキリトを真っ二つにしようと振り下ろされ、彼はそれを三度交差した二刀で押さえ込み、そして弾いた。

 直後、二刀が光を帯びた。蒼白い星屑のような煌きを迸らせるそれを、ボクは初めて見た。今まで彼が二本の剣を同時に振るう所など見た事が無い、クラインから軽く聞いた事がある程度だ。

 途端に始まった神速の連撃。はっきり言ってボクでも見切ることが出来ないほど、途轍もない速度の連撃だった。留まる事を知らない連撃は悪魔に諸に入り、脇腹をダメージエフェクトの赤が染めていく。HPバーは今までに見たことないくらいに面白いほどガリガリと削れていっていた。

 

「スターバースト……ストリームッ!!!」

 

 キリトの搾り出すような声に合わせるように、ダークリパルサーの強烈な直突きがグリームアイズの腹の中央を抉る。途端に動きを止める悪魔。

 けれど、悪魔のHPは全部で五段、まだ二段も残っていた。そしてキリトは技後硬直によって動けず、そのままキリトの左斜め上から迫る大剣によって再び斬られる――――

 

「まだ、だぁ!!!」

 

 ギャインッ! と大剣が再び逸れた。それをしたのは、動けない筈のキリト、突き出したダークリパルサーを振り上げる事で頭上を通るように軌道を逸らしたのだ。

 キリトは持ち前の小柄と瞬速を用いて立体的な攻撃を繰り返して、ダメージを与えていった。多分悪魔の移動や攻撃速度が異常に速いから、退こうにも退けないんだ。だけどボク達が加勢に入るのはむしろ邪魔になってしまう、彼はあくまでソロプレイヤーであり、戦闘に於ける役割は彼一人で完結してしまっているから下手に入ってしまったら邪魔になってしまうのだ。

 残像を追うのもやっとな程の速度で攻撃を重ねていって、グリームアイズはキリトのあまりの翻弄に攻撃しようにも小さすぎるのと速すぎるので出来なくなっていた。

 あまりに一方的で、これが本当にボスなのかと疑ってしまうほどだ。

 

「うおおおおおおお!」

 

 そこに駆け寄る馬鹿――――コーバッツがいた。いつの間にかアスナ達の拘束を解いて、キリトが死に掛けるのを見ても尚倒しに行こうとしていた。

 

「コーバッツ?! 何で?!」

「落ちこぼれの貴様ばかりにLAを取られていては、軍の名折れなのだぁ!!!」

「何で……――――ッ! コーバッツ、避けて!!!」

「む……?!」

 

 キリトの猛攻が会話によって一時的に途切れた事で、グリームアイズの振り向き様の一撃がコーバッツを斬り裂いた。

 彼自身の突進も相俟ってキリト側へと倒れこむコーバッツは、HPを呆気なく全損させ――――

 

 

 

「貴様さえ、いなければ……」

 

 

 

 そう遺し、カシャン、と散った。

 

 

 

「…………ぁ……?」

 

 キリトは、目の前で何が起こったのか、よく分からないという表情で小さな喘ぎ声を上げた。何が起こったのか意識的に理解出来ていない、けれど無意識的に分かっているという矛盾が、今の無自覚な喘ぎ声なのだと思う。

 

『グルル……』

「……ぁ…………あ、あ、あぁ……?」

 

 カタカタと、小刻みにキリトの体は震え出した。それまでどうにかして生き延びようと、戦おうと気概が籠められた黒い瞳は、その光を喪い、焦点が合っていないかのように揺れ動くのが、ボス部屋手前の通路から見ているボクでもはっきりと見て取れた。

 悪魔は、唯一部屋の中に残っている小さな少年の命も奪おうと、敵意と愉悦が感じられる唸り声を喉の奥で発しながら、一歩一歩ゆっくりと近付く。

 

 

 

「あ、ぁあ……ァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 

 その最中で、キリトの絶叫が響き渡り、直後さっきまでの比ではない剣劇の嵐が巻き起こった。キリトは絶叫し続けながら二刀を荒々しく振り続け、圧倒的なステータスによる力技はグリームアイズに反撃を許さなかった。

 トリガーを引いてしまったのだ。仲間が死ぬ事を何よりも拒むキリトの前で死に、あまつさえ、ケイタが言ったという言葉とほぼ同じ言葉を残して死ぬという、彼にとって最悪のトラウマの一つであるトリガーを。

 心が崩れかけて、壊れかけて、それをどうにかして回避しようとして今の暴走が起こっているのだと、ボクや一緒に見ている仲間達、生き残った軍のメンバーも悟った。

 

「き……キリト、君…………」

 

 アスナが口元に手を当てて呆然と呟く。ボクも、姉ちゃんもサチもクラインも、ただ唖然とキリトの暴走を見ていた。軍のメンバーもコーバッツの死を悼むより先にキリトの変貌に呆然としていた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

 二刀が黄金の光を纏った。グリームアイズを数回斬ると、今度は別の所に現れて数回、また別の所で数回と三次元的な攻撃を繰り返していく。

 ズガガガガガガガガガッとソードスキルの音が半端ではなく、キリトの絶叫にも悪魔の悲鳴にも劣らないほどの音だった。相当なダメージを叩き出しているのは音だけでも分かるほどで、事実残り三本はあったHPゲージが一気に削られていき、危険域にすら到達して真っ赤に染まった。

 

「ジ……イクリプスッ!!!!!!」

 

 最後、空中からの回転唐竹落としが決まり、グリームアイズを左右真っ二つに割った。直後膨大な蒼い結晶片を撒き散らす。

 キリトはふらふらと光の中でよろけ、どさっと膝から崩折れた。女の子座りになっている彼に慌てて駆け寄って顔を見ると……あの日、サチに蘇生アイテムを渡した時と同じ顔つきになってしまっていた。

 今キリトは、ケイタを幻視して、自分を責めているのだ。コーバッツを死なせてしまった原因を作ったのは自分だと。

 あの男が、キリトのせいだと呪詛を残して死ぬという、全く同じ事をしたから……

 けれど、それは明らかにおかしい。確かに彼らにマップデータを渡したのはキリトだけど、彼はちゃんと幾度も忠告していたし、コーバッツを何度も助けたり退去させたりもしていた。それで尚突撃したのだから、キリトのせいじゃない。

 そう言おうとしたのだけど……キリトは、やおら立ち上がると虚ろな表情のまま、二刀を持ち上げて左右に構えた。目線は未だ虚空を向いている。

 

「……? どうしたの……?」

「く、る…………本当の、悪魔が…………」

 

 え……と思ったのも束の間、すぐに何かが落ちてきて凄まじい衝撃が伝わってきた。

 キリトやボク達の前に降り立ったのは、見た目こそ一見してさっきのグリームアイズと似てるけど……両手足首や首飾りに転移結晶と酷似した色合いのクリスタルが無数にあった。そして眼は、さっきまで猛威を振るっていた悪魔に酷似した威容ながら、違うと主張するかのように、血を想起させる毒々しいまでの深紅。

 HPバーは六段、名前は《Evil The Gleam Eyes》…………《The》の定冠詞が付いている、正真正銘、本物の輝く目の悪魔の名を冠するボスだった。

 さっきのボスは小文字の《the》だったから、それに気付いたキリトは偽物だと分かっていたのだ。だから倒した後、すぐに立ち上がって二刀を構えた。

 彼にとって護るべき、ボク達がボス部屋に入ってしまったから。

 

『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 

 紅色の刀身を持つ大剣が振り上げられ、

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 対抗するように二刀が交差され、振り下ろされた紅の大剣の一撃を防いだ。

 覚めた悪夢はまた始まった。いや、終わってすらいなかったのだ。

 

 *

 

 目の前でキリトと、紅眼の悪魔の刃がぶつかった。

 幾度目かも分からない衝突は、どちらも剣が弾かれるという結末を描き続けている。悪魔はそれによって体勢が崩れても転移でキリトの背後を取り、キリトは弾かれた反動を利用し高速で体勢を整えて反応し続ける。

 明らかに青眼の時より強い悪魔を相手に、たった一人で戦い続けていた。

 ボク達は残る軍を急いで部屋の外に出して、そしてボク達自身も部屋から脱出していた。

 残るはキリト一人。ボスは原則的にボス部屋から出ないので、転移で一瞬にして部屋の全てに移動できるボス相手にならキリト一人の方が戦いやすいと判断したから、誰も他に入っていない。

 当然最初に挙がったキリトを撤退させるという案は、早々に断念せざるを得なかった。彼の今の暴走状態もあるが、何よりボスの転移移動が一番厄介だったのだ。撤退させようにも転移で追随してくる為、彼を逃す事が出来ない。正に初見殺しとも言えるボスであった。

 キリトのHPは既に四割弱で黄色く染まっていて、紅眼のグリームアイズは残り一本までHP本数を減らしていた。こちらはあと七割弱といった所だ。

 正直、ソロでHPを六割しか減らさずに圧倒的な能力のボスを二体続けて相手してここまで善戦するなんて、かなり凄いと思う。文字通りキリトは単独で攻略組全軍に匹敵するほどの能力があるのかもしれない。相性の問題かもしれないけれど。

 今キリトが相手している転移ボスで一番被害が少ないのは、恐らくソロだ。味方が多ければ多いほど、きっと被害は途轍も無くなっているだろうと思う。

 それでもボスとして極悪のステータスを持つのだけど、何故か二刀流でもスキルが発動出来ているキリトは生と死のギリギリの境界線を渡りながら戦っている。ソードスキルに勝るとも劣らない速さで二刀が舞い、悪魔の青い表皮を赤く染めていく。

 本来、スキルエフェクトが伴っていない通常攻撃と分類される攻撃は、ボスに対してあまり有効では無い。ノックバックやスキルでシステムに設定されているダメージ倍率が無いためだ。

 だからと言ってスキルは安易に使えない、スキル使用後は技後硬直と呼ばれる動けない時間が僅かなりとも存在する為だ。だからここぞという時にしか使えず、そしてその隙を生み出すのはソロでは難しいため、キリトもじわじわと追い詰められていた。

 

「うう……助けに入りたいのに……!」

「抑えてユウキ、ここにいる全員が同じよ……!」

 

 ぎりっと姉ちゃんが歯軋りして、ボクの言葉に声を返した。アスナもサチもクライン達も、それぞれの得物を持ちながらも部屋の入り口でキリトを待っている。もう少しで一歩踏み出しそうな勢いだ。

 

「っ……らぁ!!!」

『グオァ?!』

 

 転移したグリームアイズだったが、剣を振りかぶる一瞬の隙に、キリトの突進による二連撃で両足を斬り落とされ、転倒した。じたばたともがいて動けなくなっている。

 人型が多くなる状態異常の一つ、転倒だ。一度なると十秒くらいは起き上がれず、フルアタックを仕掛ける絶好のチャンスでもある。

 

「っ……!」

 

 キリトはそれを見た瞬間に後ろへ下がりながら右手でメニューウィンドウを出した。からからとウィンドウを操作し、高速で何かの設定をしていっている。

 

「皆! どうにか転倒回復後も五秒稼いで!」

「「「「「わ、わかった!!!」」」」」

 

 メニューウィンドウを操作しながらのキリトの声に一瞬呆然となるもすぐに声を返し、剣を構えてじたばたともがいている紅眼の悪魔へと突貫した。起き上がったらすぐに転移してしまうだろうから、それまでにキリトからタゲを外すか、そうでなくとも少しでもこちらに注意を逸らすようにしなければならない。

 これでもしもタゲの取る優先順位が与えたダメージ量ならタゲを取れなかったこと必至だが、幸いにも絶対ダメージ量優先というわけでは無いのは確認済みだ。モンスターのアルゴリズムは基本的に、最も近いプレイヤーを優先する傾向が多々見受けられる、だからキリトがコーバッツを斬ろうとした青眼の悪魔の大剣を弾いた時にタゲが移ったのである。

 ボク達は少しでも早く近寄り、そして今更だけどキリトの負担を少しでも軽くしようとソードスキルを連発した。

 ボクは攻撃力と防御力を下げるデバフ効果を持つ、片手剣上位ソードスキル三連撃《サベージ・フルクラム》を。

 姉ちゃんは一瞬で九回突いて突き抜ける細剣最上位ソードスキル、《フラッシング・ペネトレイター》を。

 アスナは左から右、上から下に三発ずつ突きを放つ、細剣上位ソードスキル、《クルーシフィクション》を。

 クラインが舞うようで力強い斬撃を五回放つ、カタナ最上位ソードスキル、《羅刹》を。

 サチが五連続で突いて最後に真上から突き落とす、槍最上位ソードスキル、《ディメンション・スタンピード》を。

 片手剣、細剣、槍、カタナ、クラインの仲間達の片手棍や曲刀、軍の剣劇が紅眼の悪魔の体を強かに打って、けれどキリトほど大したダメージは入らなかった。ほんのわずか、七割から六割に減っただけだ。キリトはポーションを飲んだのか自然回復量が増え、四割弱から同じ六割ほどまで回復していた。

 

『グオオオオォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

「く、そがァッ!」

「きゃッ……?!」

 

 クラインとアスナが大剣を防ぐも吹っ飛ばされ、続けてサチと姉ちゃんも返す刃で飛ばされた。軍は殴り飛ばされて、ボクは最後まで残っていた。

 

「良いぞ!!!」

「ッ……セヤァッ!」

 

 振り下ろされる大剣の刃を、リズ渾身の継承作である黒剣ルナティークを全力で大剣の腹に叩きつけて軌道を逸らし、そして後ろへとバックステップで下がる。すぐさま部屋の外へと退避した。

 キリトへと振り返れば、再び振り下ろされた大剣を、二刀を交叉させて受け止めていた。ギシ……っと軋む音を立てて一瞬拮抗した後、キリトが大剣を弾き返した。

 悪魔に致命的な隙が生まれる。

 

「う……おあああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 ラグ無しでさっき見せた《スターバースト・ストリーム》、いや、さっき以上の速度と正確さを有した乱舞を始めた。星屑の輝きが悪魔を消し去ろうと煌くも、悪魔もただやられてばかりでなくキリトに大剣の剣劇を加えて確実にダメージを与えていた。

 その状態でもキリトはスキルを続け、最後の左直突きを悪魔に叩き込む。

 まだ、悪魔は命の数値を三割残していた。

 

「だめ……?!」

「あああああああああああああああああああああ!!!」

 

 アスナが突進の構えを取ったと同時、大剣で斬り捨てられようとしていた動けない筈のキリトが動き、大剣を弾きながら再び発動までのラグも無しに攻撃を開始した。

 一撃が入る度に黒い闇と星の光が剣から発生し、悪魔を飲み込む。ダメージ自体はスターバースト・ストリームより少ないようだけれど、流れるような連撃は捉え所が無い技だった。上下左右から変幻自在に叩き込まれていき、悪魔は確実にその命を散らしていく。

 

「ナイトメア……レインッ!!!」

 

 最後、キリトが二刀を前方に交差振り抜きを叩き付け、巨大な闇と光を形成してスキルが終了した。二刀を包んでいた赤紫色の光は消え去ったが、まだ悪魔は命を一割残していた。

 スキルは強いほど技後硬直も長い。スターバースト・ストリームよりも連撃数もダメージも多いのだから、先ほどは動けても今回は動けない。

 

「ま、だだぁぁぁぁぁああああああああああッ!!!」

 

 と思っていたのも束の間、流れるような二刀の乱舞が始まった。蒼い輝きだが、それが収束した事で太陽のコロナのような煌きが乱舞し、悪魔を飲み込まんとする。三次元高速移動による連撃を続け、最後は回転唐竹割りが入った。

 

『グル……オ、ォォ…………!!!』

 

 その最後の一撃がトドメになったようで、紅眼の悪魔は呻きの断末魔を上げてバシャアッ! と膨大な蒼い結晶片へと四散した。続いてリザルトと勝利を讃えるシステムメッセージ、そして七十五層への階段がある扉が重苦しい音を立てながら開く。

 

「キリト……!」

 

 けれど、そんな事はどうでも良かった。

 ボクはいち早くキリトへと走り寄った。後ろから同じようにキリトの名前を呼びながら走る仲間の声が聞こえた。

 ボク達が駆け寄っても、キリトはまだ勝利した事が実感出来ていないのか翡翠色の剣を床に叩き付けるように、そして漆黒色の剣は後ろ手に高く構える姿勢で固まっていた。

 近寄ったボクは、漆黒色の剣を握る彼の右手に優しく手を置いて、徐々に下げさせる。

 すると彼はこちらにゆっくりと顔を向けた。キリトの顔は、本当に終わったのかという疲れ切った表情で、どこか儚い印象を抱かせた。

 

「終わった、の……?」

「うん…………キリトは、生き残ったんだよ……」

「そっか…………コー、バッツ……は……?」

「っ…………」

 

 一時的なのだろうか、キリトは呆然とした表情のままコーバッツの生存を聞いてきた。目の前で死んだ事が、まだ現実として受け入れられてないのかも知れない…………

 ボクが答えあぐねているのを見てか、クラインがキリトの前にしゃがみ視点の高さを同じにして顔をあわせた。呆然とキリトは彼を見る。

 

「キリト……残念だが、アイツが唯一の死亡者だ…………」

「……ぁあ……そ、ぅ……うん…………そう、だった…………俺の、目の前で……俺の……せい、で…………ぅ、う……」

 

 がくっと再び膝から崩折れるキリト。二刀も床にかしゃんと音を立てて落とされ、キリトは悄然と俯き、涙を流し始める。

 さっきあれほど暴走したのだし、落ち着いているとは言え絶対に癒えたわけでは無い心の傷を最悪な形で抉られたのだから、その反動が来ているのだろうと思われた。コーバッツの最後の言葉を脳裏に思い浮かべて頭の中が混乱しているのかも知れない。

 

「…………キリト、こんな状態のお前ぇに言っても意味無いかもしれねぇけどよ……お前ぇは言うべき事はキチンと言ってたんだ。お前ぇが助けに入って後ろに下がらせても、コーバッツの野郎は勝手に行動した。お前ぇが命懸けで戦ってるのに割り込んで死んだんだ。お前ぇは悪くねぇんだ……あまり自分を責めるんじゃねぇ。お前のお蔭で残りの連中は助かったんだからよ……」

「…………うん……」

 

 表情を歪めながらのクラインの言葉に、キリトは悄然と俯いたまま小さく頷いた。それから二刀を拾って背中に吊り直したキリトは、泣きじゃくりながらクライン達と一緒に七十五層へと上がって行った。

 軍にはアスナとボク達が対応する事になった。

 この事はディアベルに報告し、彼から謝罪と後の事は任せても良いとメールを貰ったので、ボク達はその後それぞれのホームへと戻った。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 何気に本作初のユウキ視点となりました。ユウキは同じ片手剣使い且つかなりの剣腕を有するプレイヤーですから、キリトの戦闘を描写するにあたってとても書きやすいキャラです。私自身がSAOキャラの中で最も好きなキャラだからという事もあります。

 彼女がヒロイン? さて、それはどうでしょうか。本作のキリトは桐ヶ谷和人でもあり、また織斑一夏でもありますので、まだまだ分かりません。それに今のキリトが誰かと恋人関係になるのは難しい、異性を意識しきれてませんからね。

 というかキャラの絡みが難しくなるので分からせません(笑)

 まだまだ先はありますので、今後にご期待下さい。また感想、批判、質問、評価等、気が向けばよろしくお願いします。

 次話以降から申し訳ありませんが不定期更新となります、ご了承下さい。

 では、次話にてお会いしましょう。


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