インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 まず最初に少しだけ大切なお話があります。

 それは本作の原作名を、《インフィニット・ストラトス》から《ソードアート・オンライン》へ変更する事です。

 理由としては活動報告に書いていますが、ご存知の通り、未だにIS要素がほぼ無く、逆にSAO要素を多く盛り込んでいるストーリー……というか、ほぼまんまSAOです。このままでは原作名と矛盾していると思い、IS学園編を別の作品で何れ続作として投稿する事で分けようと決めました。

 つきましては、お気に入り登録されていない方々は原作検索が変わりますのでお気を付け下さい。こちらの都合で振り回してしまい申し訳ありません。


 さて、では今話についてです。

 今話は原作に一切無い完全オリジナルの話です。七十四層ボス討伐後、キリトはクライン達と共に七十五層の街へ向かいました、今話はその直後のお話です。

 サブタイトルからも分かる通り、最初から最後までドシリアスですので、お覚悟下さい。

 ではどうぞ。初のクライン視点、しかも最初から最後までです。




第十二章 ~恐慌~

 

 

 デスゲーム《ソードアート・オンライン》という閉じられた世界に於いて、その虜囚となっているおよそ一万人の内の生き残り七千人のプレイヤー達は、あらゆる娯楽に飢えているという共通項が存在する。

 人間の三大欲求として《睡眠欲》、《食欲》、《性欲》の三つが挙げられる。

 この中で睡眠欲は脳の休息に絶対不可欠であるため自然と誰もが覚える事になる。アバターを動かしているのは俺達の脳なのだから、休息を必要とするのは自明の理だ。

 次に食欲だが、これはこの世界で満たすのはとても難しい話であった。

 そもそも仮想世界へのフルダイブ技術がこのような形でとは言え実を結んでいるが、まだまだ研究するべき事は沢山あるのが現状だ。VR世界に入ってすぐに偶に酔ったりする人も居たし、俺などはSAOを購入出来たから《ナーヴギア》を買い揃えたという感じなので、他の重度のゲーマーや元ベータテスター達とは違ってVR環境に慣れていなかった。

 キリト曰く、重力関係の研究はまだまだ試行段階にあり、急な環境の変化に脳が適応していなかったから違和感を感じていたという。

 それでもリアルに程近いレベルまで、それこそプレイ時間を積み重ねていけば気にならない程度だったから発売……もといデスゲーム化に踏み出したのだろう茅場晶彦は、どうやら剣の世界の完成とその世界に囚われた俺達の行動の鑑賞を目的としていたせいか、それ以外の要素が割と杜撰な部分があった。

 その一つとして、《アインクラッド》のNPC料理店や屋台の食い物は基本的に美味しくない事が挙げられる。

 無論不味い訳では無い、食べられないという事も無い。ただ数多くの調味料や隠し味などの組み合わせに執念を燃やす料理人が居る日本に生まれてずっと生きて来たせいか、舌が肥えているほぼすべてのプレイヤー達からすれば、SAOのNPC料理は果てしなく味気ないものだったのだ。第一層や第二層の料理店も殆どがそれで、稀に旨いものもあるが、それは大抵高値で手を出しづらいものばかりだった。

 最後に性欲。

 これに関しては微妙な所だ。何せ異性に対するボディタッチ、特に男性プレイヤーが女性プレイヤーに対するものは茅場以外のスタッフが尽力したのか相当厳しくされており、気を付けなければすぐに《アンチクリミナルコード》が働いてしまう。

 この場合は大抵《ハラスメント防止コード》と呼ばれており、接触されたプレイヤーの視界に現れたウィンドウのイエスボタンをタップするか発声するかで、接触した相手プレイヤーを問答無用で監獄送りにするという、かなり恐ろしいシステムである。

 俺は普段彼女が欲しいと思っているが、それでも言い寄ったり公言しないのは、リアルで広まった女尊男卑風潮による影響を考慮してである。俺の知り合いにいる女性プレイヤーは全員思慮深いから助かっているが、それでも露骨なボディタッチは避けるようにしている。

 まぁ、ハイタッチしたり励ます意味で肩や背中を叩いたりはするが、その辺の塩梅はかなり調整されているようで、俺がそういった事をして《ハラスメント防止コード》に抵触した事は一度も無い。そもそも絶対数からして少ないという事もあるが。

 何が言いたいかと言うと、俺が知る限りこの世界で性欲を解消する手段は無い……筈である、少なくとも《ハラスメント防止コード》がガッチリ禁止している。つまり性欲は溜まる一方という事だ。

 これらの事から、三大欲求の内、生命維持に必要不可欠な睡眠欲を除き、食欲と性欲に関してプレイヤー達は満足する事が無かった。

 食欲も、そもそも《料理》スキルを鍛えている酔狂なプレイヤーが多く居る筈も無く、絶対数が少ないので絶品料理にあり付けるという事はS級食材を入手する以上にある意味でレアであると俺は思う。

 食欲に関する事ですらこれなのだ。そしてこの世界はログアウトとログインが普通に出来るただのゲームとして本来販売されたので、小説や漫画、アニメなど息抜きするような娯楽など存在せず、当然ながらネット環境なども無い。ゲームの中でネットサーフィンやゲームをしたいと考えるなど、最早末期症状の表れであり、同時に俺が現実世界へ早く帰りたいという想いをかつてより減退させている証左であろう。

 こんな感じであらゆる意味で娯楽に飢えているプレイヤー達がごまんといるのだ、攻略組がボスを討伐して新たな階層へ行けるようにした、つまり攻略が進んだという事は全プレイヤーにとって喜ぶべき事であり、同時に新たな事物と対面する事が出来る未知の登場でもある。

 今まで殆どキリトがLAを取って、そしていち早くボス部屋から去って転移門を開いて来た。今までなら新たに開かれた転移門はその役目を果たし、新天地を見る為に待ち構えていた多くのプレイヤー達を次々と蒼い光と共に吐き出す。攻略組がボス攻略へ行くという情報は、それこそ変化を齎す刺激的な娯楽情報だからだ。

 だが今日ばかりは、それは無かった。何故なら今日のボス攻略……いや、ボス討伐は、全く想定していなかった形での敢行だったからである。

 《アインクラッド解放軍》の中佐という地位に居たプレイヤー《コーバッツ》の独断専行により、合計十二名という少ない人数で無謀にもボスへと挑み、彼らを助ける為にキリトが助けに向かった結果、《コーバッツ》の死が引き金となってキリトはトラウマを起こし、撤退も難しい相手だった事もあってボスを倒してしまったからだ。

 だから十中八九、唐突に全階層の転移門で新たな階層が開かれた事を知らせるファンファーレを響かせている事に、全てのプレイヤーが驚愕しているだろうなと考えていた。

 

「ぅ……ひぐっ……うっ……」

 

 そんな俺の手を、俺が知る限りでぶっちぎりの最年少で、最強で、最も心が脆い、十歳という幼さながらずっと一人で生きてきた《キリト》が泣きじゃくりながら、弱々しく握っていた。

 キリトがトラウマを引き起こし、ボスを倒すに至った原因は《コーバッツ》の死にある。

 正確にはキリトの過去、かつて力添えをしていた《月夜の黒猫団》というギルドの団員とリーダーの死が被った為だ。《コーバッツ》が口にした最期の言葉が、そのギルドのリーダーを務めていた《ケイタ》が最期にキリトへ口にした言葉とほぼ同じであったため、キリトはトラウマを引き起こし、そして暴走し、ボスを倒したのだ。

 ボスをソロで討伐した事は恐ろしい事である、それは実力的な意味でも凄まじく、またそれをしてしまうだけの精神状態に対してでもある。

 キリトは今までただの一回も誰かとパーティーを組んだ事が無い、デスゲーム開始時はおろか、ボス攻略時ですらキリトはソロだ。それでもボス攻略時にはレイドの一員として戦ってきたので、その時だけ事実はソロでも形式上はレイドである。

 だがキリトは過去に一度、ソロでフロアボスを倒してしまった事があった。それが《ケイタ》を初めとした《月夜の黒猫団》を蘇らせようと、クリスマスの日に現れるイベントボスから手に入る蘇生アイテムを実際に手にし、過去に死んだ者には使えないと知った後の事、《クリスマス攻略事件》だった。

 《クリスマス攻略事件》とは、年一回というレア度から高難易度であると予想されていた《クリスマスイベント》と、各階層の迷宮区最奥で次の階層へ続く階段を護るボスを倒す《ボス攻略》の二つを、たった数時間で行われたという前代未聞の事件の事であある。

 それを起こしたのはキリト単独である事が更に話題を呼んだ。何せ《クリスマスイベント》のボスを倒し、消耗したまま未だマッピングが終わっていなかった第四十九層迷宮区を一人で踏破し、あまつさえボスをソロで倒してしまったのだから、常識外にある事もあって騒がれるのも当然だった。

 そんな事が無茶であり無謀である事など、キリトも認めていた、ただ自覚はしていても止められないくらい荒れた精神状態だったのだ。

 今回の事も、恐らくキリトの精神には予想出来ない程の負荷が掛かっていた。軍の連中を助ける為とは言え、キリトは暴走の勢いに任せて自殺する勢いでソロ戦闘を続け、中ボスと真のボスを纏めて倒したのだ。そんな無茶はここ最近疎遠であったため、それだけキリトにとって耐えられない衝動に駆られたという事なのだ。

 ここで、更に負荷が掛かれば、もう取り返しがつかない道へとキリトは進んでしまう事が容易に予想出来た。

 元々《元ベータテスター》と何も知らない《ビギナー》達の間にあった確執を、《織斑一夏》に対するヘイトを利用する事で取り除くくらい自己犠牲心が過ぎる子供だ。このままコーバッツが死んだのは自分のせいだと責めている間に、更にそれで責められるという負荷が掛かれば、今でこそ涙を流して精神の崩壊を免れているキリトはもう壊れ切って、恐らく今後一切自分の全てを道具の様に扱うほどの無謀な攻略を始めるだろう。

 普通なら考えられないような事でも、既に年齢と実力、過去の経歴からして普通から外れているキリトならやってしまうと考えてしまうのだ。

 だがそんな事、俺を初めとしたキリトの事を大切に想っている面々が許す筈も無い。

 確かにコーバッツの件でキリトが完全無罪かと言えば、マップデータを提供した時点でそれは違うと言える、そもそも彼らを行かせない為に提供しないという選択肢もあったのだから。

 だが、キリトの忠告を無視してボスに挑む決断をしたのも、手助けに入ったキリトの援助を無下にしたのも、単独で特攻をかまして致死の攻撃を喰らったのも、全てはコーバッツ自身の意志であり、そこにキリトの意思は介在していない、むしろコーバッツが取った行動とは逆の意思を向けていた。

 だから俺としては、これについてキリトが非難されるような事はほぼ無いと思っているし、むしろ責める事は筋違いだと思ってもいる。というかマップデータを渡す場に居た俺達だってほぼ同罪だし、それ以前にコーバッツ達を助ける為にキリトは真っ先に救援に向かったのだ、その上でコーバッツは特攻したのだから責められる筈も無い。

 キリトとしては、コーバッツを目の前で死なせてしまった事、同時にかつて吐かれた呪詛と同じ内容を言われた事で精神的に相当参っているようで、今回の件は自分が悪いと思い込んでしまっているようだった。俺がさっき、それは違うという事を伝えておいたが、恐らく納得は出来ていないだろう。

 多分今は何を言っても意味は無いし、むしろどんどん追い詰めていって逆効果になってしまうと思えた。

 これでもキリトは頑固な所があり、俺達が幾ら誘ってもパーティーを組みやしない。どうやら今日は何故だか《血盟騎士団》副団長であるアスナと一緒に攻略をしていたようだが、その彼女に聞いたところ、パーティーは組んでいないという事だったので、相変わらずソロを貫く主義のようである。

 キリトがソロを貫く原因はビーターの事が関係しているのだろうが、コイツはデスゲーム宣言をされる前に会った俺とも、自分の事情と言ってパーティーを組めないと言っていた。ある程度は何となく予想付いているが、キリトとしては譲れない一線というものらしく、未だに絶対パーティーを組まないしボス攻略レイドでもソロを貫ている。

 存外、一度決めた事は梃子でも変えられないくらい頑固な一面があるのだ。

 だが、流石に今回ばかりは見過ごす訳にもいかないだろう。

 今回はあまり見ない顔だったが、一応攻略ギルドの中から死者が出たし、少なからずキリトも関係している上に予定外だったがボスも倒し、更には未知のスキルまで使いこなしていた。

 一応軍の連中には黙っているよう言っておいたが……あの中に一人でもキリトに対して悪感情を抱いている奴がいれば、それも無駄に終わる。慕われていたかどうか知らないが、コーバッツも一応あの面子の上司であり同じギルドに所属する仲間なのだから、マップデータを提供しなければ……と逆恨みする奴が居ないとも限らない。

 そういった奴が居た場合、必ず誰かに話し、そこから話が広まる。

 娯楽に飢えているSAOプレイヤーの事だ、絶対に二刀でスキルを放った話に食い付いてキリトを追い回して、コーバッツを死なせた事を責めるに違いない。

 だからキリトは、この辺で一旦身を隠す意味も込めて休むべきだと、人目を避けるように《風林火山》のギルドホームに退避した俺は考えていた。

 

「リーダー……」

「……ああ」

 

 嗚咽を漏らしながら泣きじゃくっているキリトにも痛ましげな視線を送りながら、《風林火山》というギルドの一員であるリアルからの友人も同様の考えであると、目で伝えてきた。俺も結構長いが、こいつらはエギルやアスナとほぼ同程度の付き合いがあるから、もうキリトの精神が限界を迎えようとしている事を悟っているのだ。

 今は五月、このデスゲームが始まってから実に一年と半年近くも経過している事になる。まだキリトが持ち直してから半年も経っていないのだ。

 いや、持ち直す前も後も、俺が知る限りでキリトは一度たりとも丸一日休暇にした事など無かった筈だ。少し前までは睡眠時間、休憩時間を割き、食事も殆ど味わわず空腹を満たすだけの作業になっていたと聞いたから、多少マシになっていると言っても俺達からすれば全然だ。

 ここは一つ、キリトの事を案じるメンバーの中でも最古参の俺が、休めと提案するべきだろう。

 そう胸中で結審した俺は手を握って来ているキリトの視線に高さを合わせるよう、中腰になった。それを感じて、キリトは泣きじゃくりながら顔を向けて来る。

 

「……なぁ、キリトよ。今、ちょっといいか?」

「ひぐっ……な、に……?」

「あのよ……こんな事、今言うのもアレなんだがよ…………お前ぇ、そろそろ休みを取ったらどうだ……? ちっと休まねぇとぶっ倒れるぞ……」

「……え……何で……?」

 

 出来るだけ責めるような口調にならないよう気を付けて言えば、キリトは顔を歪めながら俯いた。

 予想通り過ぎる反応に、俺は少しばかり溜息を零しそうになり、それをぐっと堪えて整理しておいた事を言うべく、口を開いた。

 

「何でじゃねぇ……お前ぇ、一日でも完全休暇にした事があるか……?」

「…………無い……」

「だろうな、そんな話は俺も耳にした事が無ぇ……攻略を急ぐ理由は昨日知ったけどよ、基本的にフロアボスはお前ぇ一人、ソロでどうにかなるようなモンでもねぇ……それが七十五層、クォーターポイントのボスともなれば尚更だ……今日の事でもう疲れただろ。一日やそこらキリト一人が攻略を休んだ所で、デケェ損失にはならねぇよ」

「でも……それだと、トラップ、とか……」

「馬鹿野郎。確かにお前ぇは元ベータテスターとして情報を拡散してきてるけどよ、ビギナーの俺達だって立派に攻略組やれるだけの実力はあるんだ、油断しなけりゃ死にゃしねぇ……俺達の力、信用出来ねぇか?」

「そんな事、無い……」

「だったら俺達を信じて、お前ぇは攻略せずに少しの間休んでろ」

 

 卑怯なやり口だと思う、俺もそれは自覚している。キリトが俺達を信用し、俺達の実力を高く評価している事など百も承知の上だ。

 だがこういう言い回しでないと、キリトは絶対に意固地になって、自分を追い詰める。

 そんな事は絶対させたくない。その為なら、少なくとも俺は卑怯な言い方になる程度なら幾らでもするつもりだ。それで何度も何度も、有形無形大小無数の手助けをしてくれたキリトの救いになるのなら、むしろ俺は喜んでしてやる。

 俺は大人だ、コイツはまだ十歳になった子供だ、実力で劣るんだったら心を護ってやるくらいしなきゃ面目丸潰れなのだ。

 そんな俺が発した言葉は効果覿面だったようで、最初から歪んでいたキリトの顔は更にくしゃりと歪められた。

 

 

 

「……俺、要らない子……?」

 

 

 

「……は?」

 

 そして、発せられた問いに、俺は完全に思考が停止した状態で素っ頓狂な声を上げる事になった。

 その間にもキリトは表情を悲壮に染め、ぼろぼろと大粒の涙を流し始める。

 

「コーバッツを助けられなかったから……正しい判断出来なかったから……一人でボスを相手したから、迷惑掛け続けたから……っ?」

「お、おいキリト、いきなりどうした……?」

 

 ぼろぼろと涙を流しながら、キリトはどこか虚ろな目で俺が普段着にしてる紅色の袴の裾を掴んで、縋りつくように言葉を並べ立てる。

 それはどこか恐怖している様で、俺を見ている様で見ていない様で、俺と話している様で話していない様な印象を受けた。

 

「直すから、悪い所直すから、要らないって言わないで……!」

「いや、ンな事一言も言って……」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

「て、おいキリト、落ち着け! キリト!」

 

 完全に恐怖に怯える表情で、虚ろな目つきで謝罪の言葉を壊れたテープレコーダーのように繰り返し始めて、これは明らかにまともな精神状態じゃないと俺でも分かったから落ち着けに掛かった。俺に縋り付いてくる華奢な体を左腕で抱き締めて、右手で頭を撫でるが、キリトの様子は変わらなかった。

 流石に俺だけの手に負えないと一部始終を見ていて判断したメンバーに、何時ものメンバーの中でも女性メンバーを集めるよう頼んだ。

 そこまで大した時間も経っていなかったからか、七十四層ボス部屋に居たアスナ、ユウキ、ラン、サチはすぐに駆け付けてくれた。

 

「クラインさん、何かキリト君が大変って聞いて……って、キリト君?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

「え、ちょ……キリト、ごめんなさいって……?」

「一体この短時間に何が……?」

「と言うか、明らかにまともな状態じゃないよ! 一体何があったの?!」

「俺にも分からねぇよ! 疲れただろうから少し休めって言ったら、いきなり謝り出したんだよ……!」

 

 サチが困惑しながら問うてきたが、俺としてもそれくらいしか原因が分からなかったからそう答えるしか無かった。

 

「きゅるっ、きゅるる!」

 

 キリトの使い魔であるナンも、流石に異常事態である事は理解しているようで必死に鳴き声を掛けるのだが、主人である当のキリトは全く気付かないで虚ろな表情で泣きながら謝罪を繰り返し続ける。

 

「クラインさん、キリトを私に!」

「お、おう……」

 

 混乱に陥る中、耐え兼ねたようにサチが両手を広げて申し出たので、俺はゆっくりキリトを彼女に渡した。

 虚ろな表情で誰にともなく謝罪を繰り返し、泣きじゃくるキリトを、サチは優しく抱き締め、ゆっくりと頭を撫で始めた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

「……キリト、サチだよ、まずはわたしの話を聞いて……ね?」

「あ、ぅ…………さ、ち……?」

 

 ゆっくりと、慌てずあやすように撫でながらサチが言うと、ずっと謝罪を繰り返すばかりだったキリトがたどたどしく反応を見せた。

 

「キリト……何で、ごめんなさい、なの?」

「だって……休めって……攻略に出なくて良いって……」

「……少しは休めって言われたんでしょ? 何で泣いちゃったの?」

「強くないと…………戦わないと、必要と、されないから……皆より上じゃないと、護れない、離れちゃうから……!」

「……離れるって……」

 

 キリトの若干滅裂な答えに、サチを含めて全員が怪訝な顔になった。何故一日休むだけで俺達がキリトから離れる事になる?

 いや、まぁ、確かに最前線で戦っている俺達から離れはするが、キリトが迷宮区に潜っている間に休暇を取っている時も離れている事になるし……

 

「キリトが攻略を、戦う事をお休みしたら、どうして私達が離れる事になるの?」

 

 サチもそう思ったようで、分かりやすいように言葉を噛み砕いてキリトに問うた。

 

「俺が強くないと……皆、失望して離れて行っちゃうから…………」

「……失望? キリトが強くないと、どうして失望する事になるの?」

「だって、もう俺を頼らなくても、良くなって……要らないって……!」

「「「「「……!」」」」」

 

 たどたどしく、一時的に勢いが弱まった涙がまた勢いを増して大粒となりながらキリトが口にした事から、漸く謝罪と涙の意味を俺達は理解した。

 キリト……いや、《織斑一夏》はよく《出来損ない》だとか《屑》だとか悪い意味で比較対象にされてきていた、つまり周囲は期待に沿えず失望ばかりさせていた《織斑一夏》を迫害していた。年上の兄が神童と呼ばれ、姉は世界最強だった分、その迫害はより酷いものとなっていたというのは概要だけ本人から聞いている。

 つまりはそれが原因だ。キリトは常に最強である事を己に課していたのだ、神童と呼ばれた兄の様に人よりも上に居なければまた失望され、折角得た信頼出来る人々が離れて行ってしまうと恐怖したのだ。

 なまじ実体験があるからこそ拭い切れない不安感をずっと抱き続けてきて、《月夜の黒猫団》での事で相当な不安を抱き……そして今日の出来事でダメ押しとなった。

 そこに言われた《お休み宣言》。つまり人より上である事を示す最前線ソロ攻略を真っ向から否定された事で、キリトは自分が要らない奴であると判断された、と勘違いしたのだ。だからそれを取り消してもらえるよう、俺達が自分から離れて行かないよう欠点を直すと言って、謝罪を繰り返したのだ。

 全ては、過去と同じにならない為に。

 キリトは、リアルこそ今では名前を変えているが、この世界では元と言えど《織斑一夏》として生きている。だから昔の意識と記憶を強く想い起してしまい、それが更なる引き金となって別のトラウマを掘り起こしてしまったのだ。

 信用しているからこそ、信頼しているからこそ、漸く得られた数少ない仲間だからこそ、失望と共に離れられる事を心の底から恐怖し、怯えているのだ。

 

 

 

「ッ……莫迦ッ!!!!!!」

 

 

 

「ッ?!」

 

 それを理解した直後、サチは普段の大人しめな様子からは想像出来ないほど芯の籠った怒声を発した。サチは怒りの表情を浮かべ、同時に涙も浮かべていた。

 間近でその罵倒を受けたキリトは瞠目する、何故サチが泣くのだ、と。

 

「莫迦ッ! 私達が……私達がそれだけで、そんな事くらいでキリトを裏切ると思ったの?! 強くないと離れる?! そんなのおかしいよ!」

「さ、サチ……?」

「キリトはまだ子供で、私達よりもずっと幼いのに、それなのにずっと最前線で戦い続けてきて……たった一人で一年半も戦って来てるんだよ?! 一年半も! 私が中層で戦ってる間もキリトはずっと一人で戦って……ずっと人の為に動き続けてきて、ずっと自分を犠牲にして来て……そんな子から、強くないからっていう理由だけで離れる訳無いでしょ!!! キリトが要らない子なんて事は絶対無いよ、でも物凄く強いから必要って事でも無い!!!」

「……じゃ……じゃあ、何で…………離れないの……?」

「キリトだからに決まってるでしょ! 私達は、元織斑一夏で、新しい家族に新しい名前を付けてもらって、今此処でこうして泣いてるキリトだから、一緒に居るんだよ! ずっと一人で戦って、何でもかんでも背負い込んで、ずっと人助けをしてきたキリトだから私達は一緒に居るんだよ!!! たとえキリトが弱くても、弱くなっても、私達の方が強くなっても、私達はキリトから離れなんてしない!!! クラインさんもキリトの事が心配だからお休みを提案したのであって、絶対に離れる事は考えてないよ!!!」

「……ほんと……?」

「当たり前ぇだろうが! むしろそう解釈されてた事に驚きだっての! 大体、俺やアスナなんかはお前がビーターになる前から、お前が元織斑一夏だと知る前からの付き合いだろうが、サチはお前を赦した人だろうが、もっと俺達を信じやがれ!!!」

「あ……う……っ」

 

 半ば涙を浮かべながら叱ってやれば、キリトは信じられないという顔をして……途端に、驚きで止まっていた涙がまだ浮かび上がる。

 

「私達も同じ気持ちだよ、キリト君。私達は強さがどうとかで居るんじゃなくて、キリト君と一緒に居るのが楽しくて居るの」

「そうそう! だから離れるなんて事はあり得ないって! むしろ離れてあげないもんね!」

「無理もありませんが、もう少し私達を信じて下さい……ずっと多くのものをキリト君に背負わせ続けてしまって心苦しく思ってるんです、頼まれたって離れてあげませんから」

「ほら、ね? だからキリト、そんなに怯えなくて良いんだよ……?」

「あ、ぅ……ぁあ……っ」

 

 アスナ、ユウキ、ラン、そしてサチの言葉をまともに受けたキリトは、大粒の涙をボロボロとまた流し始める。

 それを見てサチが、泣き虫なんだからと微笑みと共に言って、優しくキリトを抱き締めた。

 

「あ、ぁあ……あああ……ッ!」

 

 抱き締められ、サチに縋り付いているキリトはか細く嗚咽を漏らし始めた。

 その嗚咽は、哀しげではあったが……虚ろさは一切感じられないものだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 子供らしさを得てきたのはかつては無かった理解者、友人のお蔭で、逆に今度はそれを喪う恐怖に怯えたという面を書いてみました。

 少々強引だったかなー……とも思っておりますが、トラウマの引き金を連続して引いてしまったという事で一つ。《ケイタ》の時に負ったトラウマ、《織斑一夏》の時に負ったトラウマを同時に発生させて、ここで休めって言われたら勘違い起こしてこうなるかなと思ったので。

 皆を信用している分、何もしなくて良いと言われたら必要ないと過去から勘違いする可能性もあると思いました。。ちなみにここはISのとあるキャラの話を参考にしております、知っている方は台詞回しが似てると思ったかも知れませんね。

 そしてまたサチがヒロインしました……一応やって来た女子メンバーの中で最年長だし、一度キリトを慰めてますから、適任かと思いまして。

 これで一つ、キリトはまた成長します、今後も本作を読んで下されば幸いです。

 では、次回にてお会いしましょう。


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