インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話は初のオールアルゴ視点でお送り致します。そこそこ作中の時間も経ってますし、何気にSAO最初期メンバーの中で最長の付き合いをキリトと持っていますし、何だかんだで関係がありますからね。

 そして《ビーター宣言》での事情が明かされます。実は読み返せば分かるんですが……キリト、一部不自然な行動をしてるんですよね。気付いていた方はいるでしょうか?

 ではどうぞ。今回、最初の辺りの対談の階層は意味ないので省いてます。




第十五章 ~揺らめく波紋~

 

 

「だから、オレッちは知らないって言ってるダロ。これ以上無駄な問答をするようなら帰らせてもらうゾ」

 

 自分でも分かるくらいに明らかな不機嫌さが籠った声音で言えば、たった今話していた相手がぐっと歯噛みして僅かに半歩分だけ後ろに下がる。そこまで怒気を込めたつもりは無かったし、自分自身そこまで威圧感というものを持っているとは思えないが、ほんの少しでも相手をたじろがせてしまえるくらい絶大な怒りを覚えているという事ならそれも納得がいく。

 今現在、【鼠】の仇名で知られる情報屋の自分は、何時も何時も燻らせている苛立ちに劫火を付けている真っ最中……とどのつまり、ド怒り状態だった。怒鳴っていないのは怒り故に、逆に気を落ち着けようとしている裏返しである。

 それが相手の癇に障ったのか、半歩分だけ下がった体を一歩前に出して、こちらを僅かに見下ろしてくる。相手の方が身長が高いためだ。

 

「ンな訳あるか、鼠があのクソガキの場所を知らない筈が無いんや」

「だから何度言わせれバ……」

 

 対話相手は《キバオウ》、SAOでその名を知らぬ者は居ない程に有名なアンチビーター及びアンチ一夏筆頭だ。同時に《キリト誅殺隊》の概念的リーダーを務めている男でもある。

 あまり知られていない事だが《キリト誅殺隊》はギルドでは無い、現実では愛好会だとか呼ばれる同志の集まりというだけであってギルドのような明確な組織として成立しているのではないのだ。だからコイツは《アインクラッド解放軍》の攻略部隊サブリーダーを務めていながら、同時に《キリト誅殺隊》のリーダーをも兼任出来ている。

 コイツが自分の命を狙っている集団の頭目である事は、あの子には知らせていない。

 知っているかどうかは知らないが、多分知らないとは思っている、普段のキー坊とコイツのやり取りからそう判断している。もしも知っている状態でコイツを人を率いる者として凄いと褒めていたのなら、それはもうあの子は役者か、あるいはただ人の本質を見れていないだけの子だ。自分としては恐らく前者だと思うが。

 現在、あの子は攻略組を一時的にだが抜けている、原因は第七十四層でのボス攻略とその後の経過からだ。

 昨日に聞いたが、あの子は既に心の不安が限界を迎えていてギリギリだった、それ以前に自分やヒースクリフですら休暇を取った事があるのに無いと言うのだからいい加減に休ませなければならなかった。現に《コーバッツ》というプレイヤーが最期に言い残したという言葉でトラウマを引き起こし、続けて別のトラウマを引き起こしたあの子の心は崩壊しかかったらしいので、攻略組の錬度を底上げする目的も兼ねて休むよう提言したらしい。

 実は休めとクラインが言った後にも一悶着あったらしいので、少しばかり悩んだ部分もあったのだが、サーちゃん達の説得もあってどうにか首を縦に振ってくれて良かったと言っていたのは記憶に新しい。

 そしてもう一つの原因、第七十四層ボス攻略……いや、人死にが出たために討伐と言うべきだろうその戦いで、あの子は十中八九ユニークスキルであろう《二刀流》と呼ばれるスキルを解禁し、《コーバッツ》が率いた軍のメンバー十一人を守り抜き、生き残らせた。中ボスと真のボスという二連戦をほぼ一人で倒してしまったと聞いて、肝が冷えたのは別の話だ。

 問題はキー坊の《二刀流》だった、同時に今現在自分に怒りを覚えさせているキバオウとの対談の中心にもなっている。

 ヒースクリフの《神聖剣》という例もある為、あの子が会得した《二刀流》も恐らくは彼にしか持ち得ないたった一つ、ユニークのスキルなのだろう。前例、そして今回の例から鑑みてもユニークスキルは凄まじい力を発揮する事は周知の事実だ。

 だから攻略でも、今まで以上の目覚ましい活躍をするだろうなと誰もが予想している。

 だが自分の目の前にいるキバオウという男は、とんでもない事を宣った。

 

 

 

『あの屑に、ユニークスキルなんざ満足に扱える訳があらへん。他の奴が持つべきなんや』

『他の奴ッテ……だがアレは暫定とは言えまず間違いなくユニークスキル、《神聖剣》もそうだけど他のプレイヤーが持った試しは無いダロ。理屈的に無理な話じゃないカ』

『簡単な事や、あの屑が死ねば他のプレイヤーに《二刀流》とかいうスキルが移るやろ』

『……ア゛?』

 

 

 

 一瞬何を言われたのか分からなかったが、意味を介した瞬間、矢鱈ガラの悪い反応を返してしまった。多分表情が相当キツイものになっているだろう事も容易に想定出来た。

 ぶすぶすと、何時まで経っても消える事の無い苛立ちの燻りに、一気に劫火が灯る瞬間でもあった。

 確かに、ユニークスキルなんててゲームバランス崩壊もいいところなスキルを採用した茅場の意図は見えないが、語源から考えれば所有者が死ねば他のプレイヤーに発現するのは順当な事だろう。

 もしも茅場がこれの案を出し、採用したのだとすれば、恐らく攻略を進めるプレイヤー達の希望となるよう用意した救済手段というのも考えられる。恐らくだが他のプレイヤーに発現するというのは確実だとは思う。

 しかし、それとこれとは話が別だ……あの子を殺すだなんて、そんなの許せる筈が無かった。

 だが、それを口にするわけにはいかない。キー坊の事になると自分は相当分かりやすい反応を示すらしく、特にキバオウやリンド、《キリト誅殺隊》の事になるとそれは顕著になるらしいが、大抵そういう時はこちらの反応に気を払わないように相手もなっているのでまだ助かっている。

 自分は攻略本などを発刊する傍ら、嫌々ながら《ビーター》にヘイトを向けるように仕向ける為の新聞のようなものも手掛けている。下書きなどは彼が書いていて、自分がしているのはそれを新聞として量産したり売りに出す名義くらいなものだ。

 哀しい話だが、心はあの子の味方でいるのに【鼠】の立場は反キリト、それが《Argo》なのだ。

 本心ではあんなものを売りに出すなどもうやめたいと思っているし、それはもう何度もあの子に言った、キー坊を傷付ける事なんてもうしたくないと、わざとキャラ作りの為にしていたイントネーションも戻して涙ながらに言った。

 しかしあの子は、これは必要な事なのだと言った。

 元ベータテスターに対する確執というか嫌悪感は、キー坊の頑張り……もとい自己犠牲によって大体払拭されているが、それでも全く無いとは言えない。実被害を被った者は確かに居るからだ。彼が取り除いたのは大部分の誤解や偏見であり、流石に実被害の所までは如何ともし難かった。

 だからこそ、彼はかつて日本で蔓延っていた因習を再現した。

 江戸時代から近代に至るまで、差別という悪習があった。簡単に説明すれば、劣悪な環境や苦しい状況にあっても更に下の者達を地域指定で作り出す事で、幕府や政府に対する不満を和らげようというものである。

 自分はその差別を道徳の授業で習っていた、実際近代でも生まれた地域がそれだったら学校入試や入社面接で選考から落とされたりしていたからだ。更には誰かと恋仲になっていた場合、相手がその地域出身だった場合は社会的ハンデを負う事を厭って別れたり、付き合っている相手の親が無理矢理に別れさせたりしたらしい。祭りに参加している者の中に紛れている事が分かれば殴殺なども普通だったという。

 あの子は、それを自身に当て嵌めたのだ。元ベータテスターの中には確かに酷い人も居る、だがそれ以上に情報の独占を行って頂点を狙っているもっと悪い奴が居るのだと、たった一人の悪役を演じる事でほぼ全てのヘイトを自身へ向けた。

 少しばかり応用を利かせたらしいので変則的ではあるものの、苦しい状況にあるのは大部分の元ベータテスターとても同じなのだからとビギナー達の意識を変えたのだ。

 それは同時に、【鼠】とベータ時代から呼ばれた自分を助ける為でもあった。

 元々この仇名はベータ時代の名残なので、公言はしなくとも自分が元ベータテスターであるなどというのは自ずと分かる。つまり情報の独占を行っているのは【鼠】なのだという考えも何れ出て来る可能性はあった。

 ボス戦での情報に誤りがあった場合はそうなっただろう。

 

 

 

 第一層で、キー坊はそれをわざと引き起こした。

 

 

 

 無論、その矛先は自身に向けていた。キー坊はベータ時代、既にこの正式版では命を落としているとある一パーティーのメンバーを除いて、唯一《刀》スキルを見て来たプレイヤーだ。ソロだった彼が囲むなどというのは出来る筈も無かったが、キー坊が相手の背後に速攻で回った時に発動した事からその存在は知っていたのだ。

 全方位に対する攻撃であったため範囲系なのだ、そして発動条件が背後……普通に戦っていれば取り囲んだ時なのだと。

 つまり、第一層の攻略本にも書けた情報だった。

 しかし実際にはそれは抜けていた……いや、キー坊がわざと抜かしたのだ、自分にわざと伝えなかった。

 それは第一層で、放っておいては後々に危険な事態に発展しかねないプレイヤー間の確執を解決する為だった……キー坊はあの時、キバオウによって身バレをされたから流れで《ビーター》を名乗ったのでは無い、初めから身バレをしなくともするつもりだったのだ。だからキー坊が情報を、【鼠】ですら書き漏らし、誰かは不明なベータテスターよりも多くの情報を、誰にも共有せず独占しているのだと、そう印象付ける為にわざと伝えなかった。

 結果的に自分は護られ、多くのプレイヤー達は手を取り合えるようになった……たった一人、彼の恐ろしいまでの先見の明による犠牲によって。

 第二層にて、とあるしつこい敏捷特化型プレイヤーに纏わり付かれ、キー坊によって振り払えた後、何故その情報を知っていたのに教えなかったと問い質した時の答えが、それだった。

 思わず唖然とし、そしてすぐに頬を張り飛ばした。SAOにある《アンチクリミナルコード》などはダメージ判定が出そうなラインは止めるが、それ以下ならば普通に身体的接触が可能であるため、そうなるよう調整していた自分の張り手は見事に幼子の左頬を張り飛ばした。

 頬を張られても、どこか痛々しい光を瞳に宿すキー坊の新しくなった黒いコートの襟元を掴み、引き寄せ、そして口を開いた。

 

『ふざけるナ……』

 

 ポツリと、自分でも驚くくらいに低く、おどろおどろしい声音で言えば、キー坊は少しだけびくっと肩を震わせた。

 彼の顔には、僅かな恐怖が浮かんでいた。

 

『そんナ…………そんな事をさせる為に、オレッちハ……【鼠】を、情報屋をやってる訳じゃ無いんだヨ……!』

 

 やろうと思えばその矛先を自分に、あるいは実際に酷い元ベータテスター共に向ける事だって出来た、何もこんな幼い子供にやらせる事は無かったのだ。

 タイミング的に難しかったと言えども……それが故意であったならば、それは別の話だ。

 

『今度…………次、同じ事をやったら、永遠に絶交ダ……いいナ』

『……』

『返事ハ』

『……はい』

 

 キツい言い方になったのは自覚しているし、何より人との繋がりの喪失を恐れている事は気付いていたからそれを利用した事にもなる、それらに対して罪悪感が無いと言えば嘘になる。

 だが自分は、情報屋として『知らない』、『知らなかった』などと済ませる訳にはいかないのだ。情報屋としてのプライドやポリシー……そして何より、デスゲームになったあの時から、元ベータテスターとして少しでも多くの人に正しい情報を拡散しようと努めて来た自分を裏切るのが嫌だったから。

 それもあって、自分が流したというデマに釣られ、嘘の《ログアウトスポット》を探しに出たアーちゃん……後に【閃光】と呼ばれる《細剣》使いに成長したアスナを助けられたのだ。

 キー坊は気付いていて、アーちゃんは知らないが、あの二人の初対面は攻略会議の日では無い。デスゲーム開始からおよそ二週間後のある日、嘘の《ログアウトスポット》に潜んでいた《コボルド》に殺されかかったアーちゃんを助けたのが、キー坊だからだ。だからキー坊はクラインの旦那に対し、仲間に加えたのだなと言い、それに対しアーちゃんは初対面のように名を名乗った。

 実際に名乗り合わずに、すぐにキー坊は迷宮区に戻ったので名乗り合いは当然だったが。あの時は偶然ながらキー坊と情報交換をしていたから良かった。

 無知とは、すなわち死に直結する最大要素となる。キー坊もそれを理解しているから誰よりも先駆けて情報を集め、トラップの情報を託してきて、それを自分が広めて来た。『知らない』、『知らなかった』という言い訳が通用する仕事では無いからだ。

 情報屋は比喩抜きで人々の命を預かっているのである。

 だからこそ自分はあらゆる情報を集めている……しかし人間が全知などあり得る筈も無く、当然ながら知らない情報だって存在する。また同時に信用される情報屋として活動する為に不確定な情報は全て裏付けを取るようにもしている。なのでわざと喋らないことだってある。

 だが今回はそのどちらにも反している事だった。キバオウの問いは『屑の織斑一夏がどこに隠れているのか教えろ』というものだったからだ。

 キー坊は確かに《織斑一夏》だ、しかしそれは元であり今では別の名前を名乗っているという。つまり彼は《織斑一夏》では無い。それにこの世界ではあの子は《Kirito》というプレイヤーなのだから、《織斑一夏》というプレイヤーはこの世界に居ないのだ。居ないのだから知る筈も無い。キー坊の居場所は知っているが教えたくないし、立場上教えないという訳にもいかない。

 よって自分はそういう屁理屈を頭の中で展開して、知らないと言った。それが冒頭での自分の第一声である。

 大体あの子の居場所を話すという事はあの子が滞在している場所やホームを明かすという事、つまりコイツの殺人幇助をする事と同義だ。あの子を大切に想っているのは自分だって同じ、そんな裏切りを働く訳にはいかないし、するつもりも無い。

 

「大体、いい加減にキー坊の事を認めてやれヨ。何時も思っているが何でそんなにキー坊を目の敵にするんダ?」

「決まってるやろ、アイツが屑やからや!」

「……」

 

 ダメだコイツ、と偉そうにふんぞり返って、忌々しいとばかりな表情になっているイガイガ茶髪を見上げながら内心で舌打ちする。

 誅殺隊に居る連中はまだビーターだからだとか、その辺の理由があるからまだ理解出来ない事も無いのだが、このキバオウだけは徹頭徹尾この理由しか口にしない。どうもコイツにとって《ビーター》という理由よりも《織斑一夏》だからという理由の方が大きいらしい。第一層ボス部屋でキー坊が挑発した時の激昂も《屑》だったらしいし。

 もしかするとコイツ、あの子とリアルで顔を合わせた事があるのかと思った。

 よくよく思い出せばコイツが第一層でのボス攻略会議の日に初めて顔を出した時、名指しされる前からキー坊は既にカタカタと震え、怯えるような様子が見られていた。それ以降もキバオウにだけは何故だか強く出ず、芝居を打っている時だけしかまともな会話が成り立っていない……というか、怒鳴られる度にキー坊は怯えるのだ。

 自分からすればエギルの旦那やクラインから怒られる方が怖いと思うのだが、以前聞いた話ではエギルの旦那が怒鳴っても全く狼狽えていなかったようだし……

 

「ハァ……ともかく、幾らオレッちでも《織斑一夏》の居場所は知らないヨ。他を当たるんダナ」

「チッ、使えん奴やな……しゃーない。オイお前ら、撤収や!」

「「「「「おう!」」」」」

 

 忌々しげな舌打ちと共に言い捨てたキバオウは、少し離れた位置に待機させていた誅殺隊に声を掛けて帰って行った。

 

「……ハァ……まったく、アイツの相手は毎度毎度疲れるヨ……」

 

 ここ最近……と言っても、キー坊が第七十四層ボスを倒して《二刀流》が広まって以降、キバオウ、リンド、誅殺隊を筆頭にキー坊に悪感情を抱いている者達は日夜キー坊を殺そうと探し回り続けている。不幸中の幸いなのは、キー坊が購入したホームの位置が主街区では無い所だろう。

 主街区を初めとした街中は、一応土地権というものの再現をしているためかホームを購入する為に不動産屋を通さなければならないので、不動産にあたるとどのプレイヤーがホームを購入しているかが分かるようになっている。

 実は《笑う棺桶》アジトのあぶり出しを行う際、これを活用して数多のオレンジプレイヤーやギルドの根城を見つけ、襲撃した事がある。

 対して圏外などでは、購入していない家に触れるとメニューと購入金額が表示され、また内部の詳細な見取り図が示されるようになっている。そこで金額を振り込んでオーケーすれば、不動産屋を通さないで晴れてプレイヤーの所有物となる。

 キー坊の場合は後者なので、ガチで人海戦術で当たらなければ場所が分からない。

 更にホームを購入しているなど誰も予想していないに違いなく、どこかで適当に宿を取るか野宿するかしているだろうとキバオウ達は思っているので、大体四十層前後を探している。モンスターが一切ポップしない平和な第二十二層など眼中にないという感じで、今この時でもレベリングや素材収集をしているだろうと予想している事から多分見つけられる事は無い。

 と言うか、よく勘違いされるがキー坊は恐ろしい戦闘能力を誇っていたり、戦闘に関してはやはり過去が関与しているからか相当なものだが、基本的には子供に変わりない。ここ最近は特にそう思うようになってきたが、感性そのものは子供そのものだ。

 だから休んだり落ち着ける場所くらいは静かな所を選ぶと思うのだが……キー坊の休暇をディアベル達から伝えられても、多くのプレイヤーがそれを信じず、また何か企んでいるとか言っている辺りもうどうしようもないだろう。

 休める時に休む、それが時間を有効活用していると言える手段。

 キー坊の余命は予想だろうが、しかし間違っていないと思う。実際自分もそこはかなり気にしていたし、大体同じ時期を予想していた……だからこそ、あの子はずっと必死に前を見て戦い続けて来た。

 誰よりも強く、脆い心を押し隠し、悲鳴を誤魔化し続けてここまで来た。

 ……辛い経験をした子は得てして強くなる、とは言うが……

 

「……強くなる方向性がもう少し違っても良かったと思うのは、私やお父さんだけじゃないだろうなぁ……」

 

 脳裏で繰り返される言葉……それを昔に掛けられたあの子に対する感想を、自然な口調で口にした。

 

 *

 

「……へぇ、古代ローマをモチーフにしてるのカ」

 

 キバオウとの時間の浪費でしか無い無駄な対談を終え、気を落ち着かせようとキー坊に食事会の際に貰ったクッキーを食べた後、会議に呼ばれている為に第七十五層の主街区《コリニア》へと転移した。

 青い転移光が晴れた後に見えた街の風景は、今言ったように古代ローマをオマージュされているものだった。明るい肌色を思わせる煉瓦で作られた家やらそれが敷き詰められた道やら、果てには転移門のすぐ近くでその威容を見せている巨大なコロシアム施設やら……まるっきり古代ローマである。

 そんな自分が行く先は、正に視界の大半を占めているコロシアム施設《闘技場》だ。迷宮区へ入る為には《闘技場》にてそれぞれソロ、パーティー、レイドの三つの種目で優勝しなければならず、現在はレイド戦の情報を集めている段階らしい。

 パーティー戦はぶっつけでヒースクリフ、アーちゃん、クライン率いる《風林火山》メンバーで突破したらしい。情報無しに突破するとは伊達にキー坊の味方をしていない連中である。

 しかし流石にレイド戦では対策を練っているようであった。というのも、問題が一つ発覚したからだ。

 その問題とは、一度敗退すると今後二度と同じプレイヤーは再戦出来ないというものである。

 ソロ戦で、キー坊が休んだ為にその穴を埋めて地位失墜を狙ったらしいキバオウがいきなり挑み……開幕一秒でやられ、以降同じプレイヤーが挑戦出来ないと発覚したのだ。攻略組は流石にレイド戦で纏めてやられたらクリアの道のりが閉ざされるため、慎重に攻略しようという事になり、情報屋である自分を呼んだのだ。

 この会議にキー坊は呼んでいないらしいが、最悪休暇直後に召喚する事も視野に入れる方向性でヒースクリフとディアベルは考慮している。それは妥当だと思う。むしろキー坊が話を聞き付ければ絶対駆け付けて来るに違いない。

 闘技場の大扉から中に入れば、体育館くらいはありそうな大きさのロビーに出た。正面には女性NPCが立つ受付があり、あそこで手続きを済ませ、その更に奥に見える扉からコロシアムへ向かう為の控室、そしてアリーナへと移動するのであろう。

 

「だから、もっと時間を掛けて情報を集めるべきだろうが! 一回失敗したらもう挑戦出来ねぇんだぞ!」

「少しずつ小出しで情報を集める手もある、中堅プレイヤー達にも挑戦してもらえばいいと言ってるんだよ! 出現するボスが分かれば対策など立ったも同然で、そもそも最後の五戦目のボスが判明する確約も無い、さっさとここを突破しないと時間が無為に過ぎるだけだぞ!」

「情報も大事だけどもっと連携も大切にしないと……もう少し時間を掛けてからでも良いんじゃないか? レベリングもするべきだと思うし」

「もっと武具を鍛えなければ確実性にも欠けるしな……」

 

 少し別の場所を見やれば、そこにはかなり物々しい武装した集団が集まって喧々諤々言い合っていた。まぁ、その大半はもう少し情報を集めたり準備をするべきだという感じだったが。

 その中に、呆れた様子で腕を組んで言い合っている男達を見るユーちゃん達を見つけ、その中でも【絶剣】という二つ名で呼ばれる剣豪少女の左隣に歩き寄った。

 

「ユーちゃん。今はどの辺まで話が進んでるんダ?」

「あ、アルゴ……中層プレイヤーを犠牲にして挑もうっていう少数派と、準備を整える為に時間を掛けるべきっていう意見に分かれててね…………前者の意見には賛成はしないけど反対もしない人が多いから、それで意見が決まらなくて」

「ふぅン……」

 

 馬鹿だな、と胸中でだけで断じる。

 ユーちゃんも口にこそしていないが恐らくほぼ同意見だろう、さっきから言い合っている男達に呆れた視線を投げ続けていた。

 いや、男達、と括るのは少しばかり大雑把過ぎるだろう。一回失敗したらと言っていたのはクライン、連携やレベリングについてはディアベル、武具に関しては商人の斧戦士エギルの旦那、そして中層プレイヤーを犠牲にするような意見を口にしているのはリンドだ。聞いているだけでも性格が凄まじく見える一幕である。

 リンドは、かつてはディアベルの事を尊敬していたようなのだが、《織斑一夏》あるいは《ビーター》に対して悪感情を溜め込んでいたらしく、キバオウに同調して行動を共にする事が多い《聖竜連合》のギルドリーダーだ。装備は曲刀と盾、それとディアベルのような軽い甲冑で、オールラウンダーを意識した軽装である。

 髪色は地味な茶色だった彼は、少なくとも攻略に対する熱意だけは本物であり、ディアベルを尊敬する部分があるためか彼に真似て蒼髪になっている。

 正直【穹の騎士】と呼ばれているディアベルの足元にも及ばないと思うし、キー坊に対する言動は一切許していないが、攻略にだけは真面目という辺りで何とも言えない男である。多分コイツは純粋に情報を独占する元ベータテスターという《ビーター》にのみ悪感情を抱いている奴なのだろう。

 まぁ、あの男の事情なんて知った事では無い、知れればネタが増えるので儲けものという程度である。

 …………一時抱いた殺意を忘れた訳では無いが。

 

「アルゴ、どうかした?」

「……何でも無いヨ」

 

 ちら、とリンドに対して少々感情を燃やしていたこちらに視線を向けて問いを投げて来たユーちゃん。これでも違和感を抱くかと内心で驚きつつ、それを表にはおくびにも出さないで何でも無いというように返す。

 それから二時間ほど会議は続き、結局は情報収集を続けながら第七十四層以下でレベリング、素材を集めて武具の強化に勤しみ、今までの攻略本と纏めたデータからどんなボスが出てきても良いようシミュレーションをする事になったのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 今回は前話の半分ほどで短かったですし、そこまで作中の時間も進んでいませんが、割と色々ぶっ込んでいます。

 実はアスナ視点のトールバーナでの会話もクラインとの会話も、微妙に妙な部分があるんです、指摘されるかなと思ってたんですけど自然に出来てたようで良かったです。そんな訳で今話は色々と回収しています。

 感想でのキバさんの叩かれ様……うむ、彼にはまだまだ活躍して頂きますのでご期待下さればと思います。その度にキリトの保護者メンバーがヘイトを溜めますけど。

 ここ最近、読者の皆様が納得するような末路なのかと頻りに思っております……うん。出来てる設定部分だけ読み返すと、末路になってるかも怪しい……本作は極限まで苦しめられたキリトが成長するものですしね……

 どうしてくれよう、このイガイガ野郎★(嗤)

 ちなみにディアベルの二つ名【穹の騎士】という読みは、《そらのきし》です。

 ちなみに今現在、漸く届いた《ホロウ・リアリゼーション》こと《HR》の設定を終えた所です……早速プレイしてみます。なので今後普通に更新遅くなります事を此処に宣言しておきます。

 構想自体はあるので、定期的に出来るとは思います……もう一作とは違って(;´・ω・)

 では、次話にてお会いしましょう。

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