インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、そしてお久しぶりです、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 前話からおよそ一週間が空いてしまい申し訳ありませんでした。結構書く視点に悩んでおりまして……もう一作を読んでいる方にならシリカ編を読むと分かると思いますが、書く視点を変えないとどうしても似通ってしまい、更には原作パクリっぽくなってしまって面白くないんです。

 結果的な展開はほぼ同じでも過程を変えたい、それが私の本作に掛けている信条のようなものです。なので原作やゲームを知っている方でも、もしこのキャラが居ればという想像を膨らませて頂けるように頑張っています。

 例えば本作、ヒースクリフが味方キャラっぽく振る舞ってますからね……という訳で、今話ではそのヒースクリフ視点でお送り致します。

 何故彼が原作に較べてかなり人間味溢れるのか、以前にちらっと出ている束との関係性、そしてデスゲーム化の真相の一部が語られます。あと、他の人からは少し違う視点を持つ彼から見たキリトの評価とかも。まぁ、あんまり変わりないとは思いますが、他の方の作品でもヒースクリフ視点は少ないので、そこで楽しんで頂ければと思います。

 今話もちょっとしか進みません、時系列的にアルゴ視点での攻略会議が終わった後、リーファにキリトが泣き付いてから二時間と少し後くらいです。

 ではどうぞ。オールヒースクリフ視点です。




第十六章 ~異変の前兆~

 

 

「キリト君からの呼び出し……重要な話があるってメールにありましたけど、一体何なんでしょうか、団長」

「さぁ、それは私にも分からんよ……ここ最近のキリト君は本当に予想の斜め上を行くからな」

 

 私が率いる《血盟騎士団》副団長を務めるアスナ君……【閃光】の二つ名で知られる《細剣》の名手の少女の問いに、私は苦笑を浮かべながら分からないと返す。

 私とアスナ君は第七十五層の迷宮区へ向かうまでの道のマッピングを今日の分を終えて本部に帰還している途中だったのだが、キリト君から火急の件があるとの事で、メールで報告だけは済ませて彼のホームへと向かっていた。

 ここ最近、キリト君を中心に良からぬ事が起きているし、何より昨日は彼にとっても負担の大きい騒動があったため、一体何の件で呼ばれたか分からない。

 だから逐次把握しておく事が必要だろうと考えての行動である。

 《血盟騎士団》団長を務めている《ヒースクリフ》というプレイヤーネームの私は、リアルは茅場晶彦であるが、それは知られていない。

 というか、正確にはネットゲームでリアルの情報を漏らすなど愚の骨頂であるため、キリト君以外は誰も知られていないとも言える。その点に関しては、毎度毎度攻略会議を引っ掻き回してはキリト君を排斥しようとしているキバオウ君の神経を疑ってしまう。

 茅場晶彦である私は、現在この《ソードアート・オンライン》を脱出不可能のデスゲームへと変えた犯人とされている……が、真実はそうでは無い。

 いや、この言い方は正確ではあるまい。茅場晶彦であり、現在《血盟騎士団》を率いている《ヒースクリフ》である私は、そんな事はしていない。私では無い《茅場晶彦》を名乗る者が、何らかの目的を持って私を貶める為にしたのだ……と、私は予想している。

 予想である事にも理由がある。私はSAO正式サービスが開始された直後にログインを果たし、プレイヤー達の様子や満足度を観察していたから、つまり状況的には他のプレイヤー達と変わらない事になる。私も虜囚の一人になっている、という事だ。

 私が《ソードアート・オンライン》……もっと言えば、この浮遊城《アインクラッド》を作り上げた事も、私の夢を追い求めたが故だった。

 何時からかはもう覚えていないが、物心ついた時には既にこの城の原型とも言うべきイメージが存在し、普通なら年を経るごとに現実へ目を向ける為に薄れていく幻想感は、しかし反比例的に私の中でより具体的に、より詳細に描かれていったのだ。

 私は夢想し、そして追い求めた。現実世界のどこかには浮遊する鋼鉄の城があるのではないか……と。

 私が量子力学者も兼任している理由としては、物理学系を学ぶことで鋼鉄の浮遊城が存在するのではないかという可能性を追い求めたが故だ。

 だが、それは儚くも散った。

 物質とは、分子や原子、素粒子、光子、量子の集合体であり、これは不変の事実だ。熱とはそれらの振動率の話であり、電磁波とは電子、素粒子の振動と流れによって発生されている。

 故にこれらを研究する事で浮遊城の存在を確定的にしたかった私が、早期の段階で存在しないという答えを知れて、むしろ僥倖だったのかもしれない。

 だからこそ私はゲームデザイナーとして、この仮想世界を築き上げた。全く方向性が異なる電機工学系の道に進んでも挫折しなかった事は最早執念の為せる業であろう。

 私はただ、この城を作り上げ、そして多くの者達の声を聞きたかった。この城を冒険してどうだったか、どこが良く、またどこが足りなかったかを、そして共感出来た者が居たか聞きたかったのだ。

 大体足りない部分は時間と技術、研究が追い付いていない浴槽レベルの水質、料理の味であったため、凡そ満足されているとは判断している。それらの足りない部分も、SAOを動かしている【カーディナル・システム】の自己学習と自己進化によってある程度改善されてきている。

 それを促している最たる要因……ファクターは、恐らく最年少であろうキリト君だ。

 彼を見つけた時、私は幾つもの驚愕を覚えた。年齢レーティングで十三歳としているのにたった九歳の子供がログインしているなど、脳に与える影響の全貌が明らかになっていない為に避けて欲しかった現状としてはあまり好ましくなかったが、ベータテストを最も楽しみ、そして最強に至っていたのを見た時は少々感慨深かったものである。

 デスゲームになった現在、幼い彼が居る事は心苦しいのだが。

 私が直接関与しているデスゲーム化とは言えないが、それでもこの世界を作り出した者としての責任がある以上、少しでも多くのプレイヤーを現実世界へと帰還させなければならない。その決意を秘めてボス攻略に挑み続けてきた。

 そんな私の決意を嘲笑うかの如く、キリト君は次々と目覚ましい行動力を見せて来た。元ベータテスター達とビギナー達の間にある確執は勿論、それ以降の行き場の無いストレスを自身へ向けさせるだけの決断力、そしてそれらを見越し、敢えてそうなるよう仕向けているという思慮の深さだ。

 第一層ボス攻略にて、彼は直にボスと相対して情報を得たようだった。それをアルゴ君に伝えて攻略本にし、攻略隊に情報を流した。

 しかし彼は戦闘中、新たに範囲系スキルの存在を示唆し、わざと自身がベータテスターであると同時、攻略本に載せていない情報が存在する事を示した。

 キバオウ君はそれを指摘し、彼を罵った訳だが、それすらもキリト君の策略の内だった訳だ。つまり彼は、恐らく最初から《ビーター》という立場、あるいはそれに類する存在になる事で確執を取り除き、悪意を向けさせようとしていたのである。

 無論、これは私の勝手な推論だ。しかしこれでなければ範囲系スキルを攻略本に載せず、わざわざ周囲の人間に疑問を覚えさせる方法で示唆した事に説明が付かない。あれほど真剣に立ち回っている彼がまさか忘れていたからとは考え辛いため、これが最も可能性として高いのではないかと思っている。

 キリト君は、およそ大多数の人間には及びつかない思考を以て動き続けている訳だが、その根幹はほぼほぼ人のためと決まっている。

 昨日の状態を聞いた限りでは親しい者に捨てられたくないという、少々行き過ぎた――しかし恐らく誰もが抱くだろう――恐怖心を抱いて恐慌を来したらしいので、彼の行動はほんの僅かなりとも自身のためでもあるらしい事は分かった。

 だが彼は多くのものを背負い過ぎだった。

 彼が習得した《二刀流》というスキルは、彼が推察している通り《神聖剣》と同じユニークスキルである。片手武器を両手に装備した時専用のソードスキルの習得と、装備した武器単体のソードスキルを放てるようにするというアドバンテージ、ソードスキル中の無防備な時間が多い事と武器耐久値減少の加速がデメリットとして存在するスキルは、しかし使いこなせばメリットの方が圧倒的に勝る有用なスキルになる。使い方によっては幅広いパターンを構築できる万能なスキルなのだ、《二刀流》は。

 しかしこのメリットによるその有用性はむしろ当然だ。当初はラスボスを務めるつもりだった私に立ち向かう者として、つまり魔王に立ち向かう勇者としての役割を担うのが、その《二刀流》なのだから。

 そして《二刀流》を得るには、全プレイヤー中最速の反応速度を誇る事。

 私の見立てではユウキ君やラン君辺りかと思っていたが、瞬間的な爆発力と極限の集中力が合わさって彼は常に相当な反応速度を見せるユウキ君達を超えたのだろうと推測している。

 私は思う。本当に彼は落ちこぼれと言われるに値する人間なのか、と。

 今現在、たったの十歳……このデスゲームが始まった日に九歳だった彼は既に幼い頃から虐げられていた訳だが、本当にそれは正当な判断だったのかと思うのだ。私としては、落ちこぼれかどうかを決するには性急すぎる年齢だと考えている。

 つまりキリト君が虐げられた原因は、彼の姉ないし兄にある筈なのだ。

 人間には個性というものがある、それは得意な事や苦手な人間、人格、思考、能力など種々様々だ。キリト君……いや、《織斑一夏》という幼い少年は、《織斑》というブランドと二人の家族が築き上げた《優秀》という固定観念により縛られ、上手く才能を発揮出来ていなかったのだと思う。しかし《織斑》の名を捨て、その名による重圧と鎖から解き放たれたが故に、今の彼は途轍もない能力を遺憾なく発揮出来ているのだろう。

 それは恐らく、彼自身で決めた事に邁進しているからだ。人のためなら自身の全てを犠牲にするその精神は決して褒められたものでは無いが、しかし目的を自分で見つければ、それを成し遂げようと全力を傾ける。それによって彼は他の追随を許さない能力を発揮出来るのだ。

 その一点を見れば、名を捨てたとは言え彼もまた確かに《織斑》の血族なのだろう。

 

「皮肉なものだな……」

 

 ぽつりと、やるせない気分で心境を的確に表す一言を漏らす。

 本当に皮肉なものだ、日常で見えない才能がデスゲームという非日常で露わになり、しかしそれすらもまともに見てもらえていないなど。

 ふと、私の事を《アキ君》と勝手に付けた渾名で勝手に呼ぶ、私と同じく狂った孤独の天災を思い出す。

 あの天災は言っていた、あの子は才能の塊なのだ、と。

 

 

 

 ――――皮肉だよね、平和な世の中では才能を見せられなくて、物騒な世界では才能が有り過ぎて、どっちからも弾かれる子なんて……私がこんな世の中にしちゃったけど、しなくてもあの子は虐げられてた、それを助長してしまった…………あんな事をさせたかったわけじゃないのに……ホント、世の中ってままならないよね……

 

 

 

 かつて、《ソードアート・オンライン》の制作に熱中していた私が、ふと気分転換に訪れたアーガス本社ビルの屋上にて、唐突に姿を現した私の友人の言葉が脳裏に蘇る。

 それから暫くして、彼を見つけたと涙ながらに報告してきた時は、何だかんだでその子の自慢話やその子にまつわる愚痴を聞かされてきた身として喜ばしく思ったものである。

 まさか、件の子が同じデスゲームで、更に過去によって苦しめられる事になるとは思わなかったが。

 

「……む?」

 

 脳裏でこれまでとリアルの事、キリト君や今後の攻略の事を考えながらアスナ君と共に第二十二層の南に広がるフィールドを歩いていると、ふと道から外れた場所に目に付く黒を見つけ、思わず足を止めてしまった。

 第二十二層は私が作成した《アインクラッド》全フィールドの中でも幾つかしか存在しない特殊な階層で、ノンアクティブタイプのモンスターしかポップしない特徴を有する。更にそのモンスター達も階層に比例しない弱さなため、レベル一の者が迷い込んだり余程の事が無い限りやられはしないし、そもそも攻撃さえしなければ基本襲ってこない設定なので、全体的に和やかな雰囲気に包まれている。

 コンセプトは《田舎》。平穏で和やかさを重視しており、フィールドは一体が緑の草原なので第一層のフィールドに似通った部分がある。また、ダンジョンの類も迷宮区を除けば一切存在しておらず、正に今のキリト君の様に世間から身を隠す目的には持って来いと言えるだろう。

 攻略組はキリト君の後追いのように新たな階層に辿り着き、そして迷宮区を進み、ボス攻略に乗り出す事を繰り返しているため、一部の物好きなプレイヤーやアスナ君のように友人達と買い物へ定期的に向かうような事でも無い限り、基本的には攻略情報に関連する事以外にあまり興味を持っていない。

 むしろキリト君をどうやって出し抜こうかと日夜頭を付き合せて考えているので、そういう事を無駄と断じている節がある。それは《聖竜連合》や《アインクラッド解放軍》のアンチ一夏にしてアンチキリト派のメンバーの殆どに見受けられる。

 故に彼らは気付かない、彼が身を隠している場所は迷宮区という危険な最前線では無く、長閑な片田舎の一角である事に。

 この階層にて主街区内外問わず家を買おうとすると基本的に他の階層で買うよりも高値になるし、大きいホームも数は少ない。キリト君は偶然ながら――半ば何かに誘われるようにして――あの大きなホームを購入したようだが、アレは極めて高値に設定していた事もあってまさか一人の時に購入するとは思わなかった。

 ついでに言えば、あのキリト君がホームを購入していた事も寝耳に水であったため、驚いたものである。

 そんな彼についてよく知らない誰もが知れば驚くであろうこの階層には黒色のモンスターやオブジェクトなど設定していないので、アレはプレイヤーかと見当が付き、目を凝らして注視した。

 アスナ君も気付いたようでそちらに目を向け、首を傾げる。

 この階層にあるフィールドオブジェクトに類するものは草原という草だけでなく、杉林の他にも幾つも存在する湖畔などもある。

 そしてこのゲームでの水場は基本的にどこでも釣りが可能だ。

 釣りをするために必要なものは三つ。一つ目は釣り竿、二つ目はルアーや釣り針に引っ掛ける餌、最後にそれらを駆使する《釣り》スキルである。

 《ソードアート・オンライン》はVRMMORPGの先駆けとして発売され、今後のVR技術の研究及び発展に強く影響するものであったため、それはもうこの世界で生活出来てしまう程の完成度を目指した。味覚パラメータに関してはどうしてもデータ不足が否めなかったので【カーディナル・システム】の自己成長及び調整頼りになってしまったが、それでもキリト君のように《料理》スキルを駆使すれば自前のオリジナル料理や味付けだって可能である。

 この世界でのスキルは《アクティブスキル》と《パッシブスキル》の二つの種類に分けられ、前者は能動的に使いたいと思った時に使用するもの、後者はそれをスキルセット欄にセットしている間は効果を発揮するというものである。簡単に言えば《料理》スキルやソードスキルのように場面を選ぶものは《アクティブスキル》、《所持容量拡張》スキルなどセットしていればストレージ容量が常に増量するものが《パッシブスキル》にあたる。

 余談だが、《アクティブスキル》は更に《アクティブアビリティ》と《パッシブアビリティ》に区別が可能だ。前者が各武器系スキルのソードスキル、後者がModによるソードスキル威力の増強や該当装備による与ダメージ量増大などである。

 そして他にも《戦闘系》、《生産系》、《趣味系》、《副次系》の四つに分ける分類がある。

 《戦闘系》は文字通り、ソードスキルなどを扱う《片手剣》や《細剣》が入り、ここにはユニークスキルである《神聖剣》と《二刀流》も分類されるようになっている。

 これらはこのゲームのコンセプトに沿うと最も多用されると考えられていたので、スキル熟練度は基本的に最も上がりにい。勿論《二刀流》のように手数が多ければ相対的に上がりやすいし、《両手斧》のように手数が元々少ないものはシステム的に上がりやすく補正が掛けられているので、結果的には平等になるようになっている。

 《生産系》は《鍛冶》、《裁縫》スキルのように武具の製作などに関するスキルである。

 ただし武具製作だからと言ってアクセサリーの類などはここには入らないようになっている、アレはどちらかと言うと装備そのものでは無く外観的価値を重視している為だ。勿論付与効果によって中には第一線級の代物だって存在する。熟練度の上り幅はそこそこといったところである。

 ここに分類されるスキルではアイテム作成の成否問わず、作成しようとしたアイテムのランクに応じて経験値が入るようになっており、成功した時はレベル経験値が、失敗した時はスキル熟練度へ経験値が多く入るようにされている。

 《趣味系》はキリト君が有する《料理》スキルを始め、《釣り》や《木工》、《音楽》など、ゲーム攻略にあまり関わらないとされていた趣味や余暇的なスキルを中心にされている。

 人によっては熱中するだろうが、ゲーム攻略に関わらない以上は使用する機会も少ないと考えられたので――《料理》などは満腹感もあって連続実行も辛いため――最も熟練度が上がりやすくされた。それもあって攻略一辺倒だったキリト君でも三食作り続ける事で、デスゲーム開始から一年に満たない期間で完全習得出来たのである。

 まぁ、彼の場合は武器スキル系統も殆ど完全習得していたが、アレは恐らくポップ系トラップを自ら踏んで、他のプレイヤーの数十倍のエンカウント率を誇っていたからだろう。

 この分だと彼には他のユニークスキルが発現していてもおかしく無いのだが、第七十四層ボス戦時に出したのは《二刀流》だけだったらしいから、私の思い違いかと考えた事があったりする。

 《副次系》は少々特殊なもので、《索敵》や《隠蔽》、《投擲》といった扱いが微妙なスキルが分類対象となる。使い方によっては戦闘にも使えるし、フィールド探索にも有用なスキルだからだ。

 また《索敵》は敵感知範囲増大の他、アストラル系を中心とした実態の薄い存在の視認、遠方対象の視認を可能としたりと多くの副次的効果をModとは別枠で最初から有するので、それもあってここに分けられる。《投擲》はピックなどの他にも武器を投げる際にも発動する。

 ユニークスキルは全て《戦闘系》スキルとしている。製作段階では《生産系》、《副次系》のユニークスキルも考案されていたのだが、あまりにあまりなものとなったためデータを封印したので、この正式版では発現しないだろう。

 さて、ではこの階層に於いて最も使われそうなスキルは《生産系》、あるいは《趣味系》のどちらかだろう。そして私とアスナ君が見ている黒は湖畔の近くで何かを垂らしているので、恐らくは《釣り》スキルなのだと思われた。

 見覚えがあると思いながら近付いてみれば……やはりキリト君だった。黒色は彼の長い黒髪だった。

 彼の恰好は何時もと違っていた。黒髪は何時ものストレートとは違って一つに結わえられており、衣服は暑いこの季節に誂えたかのようなユウキ君を連想させる紫紺色のシャツと紺色のジーンズ。

 その恰好を見て、アスナ君はわぁ、と口元に手を当てて僅かに驚きを見せる。

 

「えーっと……キリト君、だよね?」

「んぁ…………アスナとヒースクリフ、もう来たのか。もう少し後かと思ってたんだけど……」

「いや、君が火急の件ってメールを送って来たから急いで仕事を終えたのだよ…………しかし、普段の黒尽くめから恰好を変えただけなのに、随分とまた印象が変わるね」

「服はユウキに、髪紐はランに、チョーカーはサチからそれぞれ貰ったんだ。普段のコート姿だとすぐ遠目でバレるしな」

「そうかね……」

 

 明らかに知っている筈なのに、恰好を変えただけで遠目で確信を持てなくなってしまう程に印象がガラリと変わるとは、少々予想外だった。

 どうやら釣り竿を垂らしたのはいいものの中々引っ掛からない為に舟を漕いでいた彼は、アスナ君の呼び掛けでこちらに振り返ったが、その顔を見て漸く彼がキリト君なのだと分かったくらいである。本当に遠目では分からなかった。

 よくよく考えればここまで小柄な子は彼以外に居ない筈なのだが……彼の他にも子供がログインしていると耳にした事があるので、こういうカモフラージュはむしろ効果的なのかも知れない。

 

「二人が来たから家に……と言いたい所なんだけど、悪いけど《コラル》の村に一度寄って良いかな。夕飯の魚を出すつもりだったんだけど坊主で……」

「それくらい別に良いよ? でも火急の要件って割には急いでないんだね?」

「緊急事態……とは判断し辛い事だし、急いで伝えないといけないけど対応が出来ない事なんだ」

「「……?」」

 

 アスナ君の問いに対する彼の答えは曖昧で、イマイチ要領を得ていない内容だった事に私達は首を傾げた。ここまで要領を得ない答えを返すなんて彼にしては珍しい……よっぽど判断に困るから私達を頼る事にしたのかと思った。現状、それが一番しっくり来る答えである。

 ちなみに、これから私達が向かう《コラル》は第二十二層南南東に位置する小さな村で、南東にはキリト君のホームがある。閑散としているのであまり人が寄り付かず、また目玉も無いのでプレイヤーが訪れる機会も殆ど無いのが現状だ。

 正反対の南南西には《ペルカ》という村があり、そちらはこの層での主街区となる。そして南西に位置するラン君達《スリーピング・ナイツ》のギルドホームが最も近い街であり、彼女達のファンのプレイヤーはそちらを中心に活動していると聞く。一度騒がしい事に堪忍袋の緒が切れたユウキ君が大暴れし、ラン君が説教して以来、その活動は鳴りを潜めているらしいので、今となっては長閑な村に戻っている。

 私達がこの層に来る際には基本的に《ペルカ》方面に転移するので、《コラル》に一度向かうのは道なりという事もあって別に苦では無い。そもそも既に少し遠くに見える位置にあったからだ。

 《コラル》に向かう道中に攻略会議がどうなったのか、キバオウ君がどのようにしてやられたのかを出来るだけ詳細に語っておいた。彼には万が一の場合、休暇中でも闘技場攻略に召喚する可能性がある事を伝えておくためだ。

 

「キバオウが、たった一秒で……どれだけ強いんだよ。攻略は真面目にやってるし曲がりなりにも軍のサブリーダーなんだから、そんなアッサリやられる事なんてほぼ無いのに……」

「でも本当に一瞬、戦闘開始直後にやられちゃったんだよ。多分アレはゼロコンマ単位だと思う」

「見たところ斬り抜けだったようだ。およそ十メートルの距離を一瞬で斬り抜ける突進速度と攻撃威力を有する事から、恐らく脱落者は多いだろうな……」

 

 《個人戦》で負けたキバオウ君は今後制覇されてからで無ければ闘技場に挑めないし、今現在攻略対象となっている《レイド戦》にも参加出来ないため、今は攻略から離れて第一層に居るらしい。

 先日のコーバッツの件もあってディアベル君からも相当言われたらしいが、反省した様子が見られないのでどうしたものかと彼も頭を抱えていた。

 そんな彼も攻略に対してはかなり真面目に取り組むところがあり、それに応じてレベルも最前線で戦える程度には保たれている。アスナ君やラン君達のようにほぼ毎日潜っている訳では無いので、レベル的ステータスでは劣るが、それでも強い事には変わりない。彼の傲慢さは見方を変えれば剛毅豪胆とも言えるから、その度胸で一気に攻める戦法を取り、それが優位に働いた事も何度かある。

 ディアベル君を始め、キリト君もそこは評価しているし、攻略に対しては何だかんだで協力的だったからどれだけ横暴だろうと排斥されなかったのだが……コーバッツを死なせた独断専行により、彼の立場も危うくなっている。

 この事に関してはキリト君を関わらせるつもりは無いとディアベル君は言っていたが、果たして本当に上手くいくかと私は考えている。何かと敏いキリト君の事だから、キバオウ君の事も推測という名の確信から裏で動いている事もあり得る。昨日に聞き知った様子を思い出すと少々無理かとも思うが。

 話を戻して、闘技場のルールは通常戦闘と異なって幾つかの特別な制約が存在した。

 アイテムの仕様は参加にあたって配布されたもののみ、装備の制限は無く、ストレージに仕舞った装備も換装が可能。レベル制限なども無い。

 《個人戦》は全三戦、《パーティー戦》は全五戦、《レイド戦》は全三回のボス戦となっている。

 ちなみに支給されるアイテムはそれぞれの項目で異なっている。HPは一までしか減らず、その値を超えるオーバーキルダメージが算出された時点でアリーナへ転送される。

 《個人戦》での一戦目の相手の名称は《The One Wing Forginengel》……直訳すれば片翼の堕天使。

 HPゲージは五本、使用武器は三メートルはあるだろう長刀を左手に持ち、蒼みを帯びた長い銀髪に黒いコート姿、背中の右肩甲骨辺りから漆黒の翼を生やしている長身の青年の姿をした人型ボス。

 ボスだった。そう、ボスだったのだ。

 たった一人で戦わなければならないのに相手がボスだったという事に攻略組は度肝を抜かれ、驚いている間にキバオウ君は碌に対応出来ず一瞬で斬られ、負けてしまったのである。

 

「……何それ。誰も勝てないんじゃないか……?」

 

 それを教えると、彼は何とも言えない顔になった。

 ちなみに現在は村の食材屋にて売られている魚でどれを買おうか、表示されたパネルで吟味している所である。

 

「だから君を召喚する可能性があるのだよ。アスナ君やラン君でも見えず、ユウキ君でも長刀が二回以上振られた事しか見えなかったと言うから、あの初撃をどうにかしなければ最悪君が出る必要もあるのだ」

「まぁ、召喚の件については了解。ただ勝てるかどうかは正直微妙な所かな。一戦目でそれなら二戦目と最終戦で何が出て来るのやら……何時もの特攻と撤退が出来ない以上は俺のペースにならないし……あ、これ買い」

「その情報についてはアルゴさんやクラインさん達が主体で集めてくれる事になってるから。それにシリカちゃんやリズを筆頭とした中層プレイヤーや準攻略組プレイヤーの中でも腕が立つ人にも声を掛けて、《個人戦》や《レイド戦》の情報収集に協力してもらうつもりだよ。何だかんだでリズも何気に準攻略組相当のステータスだしね」

「ああ……一緒にダークリパルサーの素材インゴットを取りに行った時に聞いたレベル、案外高かったから内心で驚いたな……《鍛冶》とかのスキルって経験値入るから、それだけリズが頑張って来たっていう証なんだろうなぁ、あのレベルは」

 

 当時はまだ第六十層に入った辺りだったらしいので、それを考えれば確かにその頃の彼女のレベルは鍛冶職人を主とするにしては高いと言える。それでも準攻略組レベルなのは戦闘スキルの熟練度と本人の技量が余り高くないからだ。

 

「とにかく情報が集まったら俺にも伝えて欲しいかな。休暇って言っても別に呼ぶのは構わないから」

「あー……うん、必要になったらお願いするよ」

 

 現状、恐らく《二刀流》スキルについてのさらに詳細な情報を求められている事は知っていても、彼をPKする事で他のプレイヤーに移るだろう事を想定して――実際にそうなるが――自分が手に入れようとしている者達が居る事までは知らないのだろう。

 あっけらかんと言ってきた彼に、それを知っているアスナ君は微妙な笑みを浮かべながら返答した。食材が表示されたパネルを操作していたキリト君はそれを見ていなかったが。

 それから更に数分、他の食材と調味料の配合に使用する材料らしい素材アイテムを一通り購入してから、私達はキリト君の先導の下に彼のホームへと向かう事になった。

 

「さて……俺が呼んだのに待たせて御免。お詫びに色々とご馳走するから」

「あはは、別に気にしてないよ。いい気分転換になるし、今日はもうお仕事も無かったからどっちにしろキリト君のとこに行こうと思ってたしね」

「私も別に気にしていない、むしろこれくらいで君の料理にあり付けるというのは中々の好条件だろう。クライン君達に話したら羨ましがられそうだ」

「そうか。じゃあ、そろそろ……?」

 

 私の言外の褒め言葉に照れくさそうな表情をしていたキリト君は、ホームの方面を指差しながら言っていたが、その途中で言葉を止めて怪訝そうな顔になった。

 

「……どうしたのかね?」

「……気のせい、か? 何か変な音が聞こえたような……こう、生活音とか環境音とかじゃなくて、異音というか、雑音って言えるような音……」

「え? 団長、そんな音、聞こえました?」

「いや、私の耳には何も……」

「…………まさかキリト君、体が限界に……?」

 

 彼は成長し切っていない子供なので、《ナーヴギア》が読み取る脳波形はあまり定まっていないし、延髄部分からキャッチする電気信号でも何らかの障害が存在すると考えられていたので、彼にだけ異音が聞こえるという可能性もあるにはある。

 だが今までその訴えは無く、いきなり起こった……その事から、アスナ君はどうやら彼の体が予想以上に限界を迎えているのではと、そう予想したようだった。

 キリト君もまさかとは思っているようだが、しかしその可能性を示唆したのも自身である為に否定出来ないようで、僅かに眉根を寄せる。

 

 

 

 ――――バジッ、ガガッ

 

 

 

 三人で黙っているその時、確かに異音というか、雑音と言うのが相応しい奇妙な音が私の耳朶を打った。

 それはキリト君は勿論アスナ君にも聞こえたようで、二人ともハッとした表情となる。

 

「今の! 今の聞こえたか?!」

「え、ええ……けど、これは……」

「……上から聞こえた気がするが」

 

 キョロキョロと二人が辺りを見回す中、私は何となく前後左右では無く上から聞こえた気がして目線を上げた。

 すると、百メートル上空の天蓋に映し出された夏の空を引き裂くようにして、空間に裂け目が出現しているのを見た。

 濁った茶色や橙色、黒っぽい緑色が乱舞するその裂け目からは一人の人間……少女が背中から徐々に姿を現し、四肢が裂け目から抜ける。

 それと同時に裂け目はまるで存在しなかったかのようにアッサリと消えてしまった。

 そして、物理法則を再現しているこの世界も例外では無い重力に従って、少女は浮遊から一気に落下へと移る。

 

「なっ、お、落ちるよ?!」

「くっ……間に合うか……ッ?!」

 

 余りの出来事に目を瞠って見上げていた私達は大慌てし、その中でも比較的早くに復帰したキリト君が神速で駆け出した。アスナ君の方が敏捷寄りだろうが、彼は彼女を遥かに上回るレベルらしいので、それで彼女よりも速く動ける事からも適任と言えた。

 《コラル》は長閑な農村で、その圏内の中には飲み水として使用出来る噴水が存在している。飲むととても爽やかなのど越しを感じられるが、耐久性が無いため、瓶に詰めても持ち帰った頃には無くなってしまっている。

 少女はその噴水へ真っ逆さまに落ちる所だった。

 既に門に向かっていた私達から噴水まではおよそ三百メートルあり、少女は上空百メートル未満から落下を開始したので、正直間に合うかは現実以上の身体能力を発揮出来るステータスを有する彼でも微妙な所だった。

 別に圏内なので落下した所でダメージは発生しない。しかし保護されていると言っても衝撃はしっかり受けるし、そもそも攻撃的アクションでは無くアレはプレイヤーが起こした自分に対するアクションとして処理されるのでそのまま通る。故に精神的ショックも計り知れない。

 

「こ、のっ……間に合え……ッ!!!」

 

 それを理解しているらしいキリト君は、それはもう全力で一つ括りの黒髪を振り乱しながら駆け抜け、途中で低く跳んで少女を空中で抱き留める。

 そして噴水の縁に危なげなく着地した。

 

「き、キリト君、よく間に合ったね……」

「ギリギリだったけどな……それよりもこの人、何で空から……」

 

 後から追い付いた私とアスナ君は、噴水の縁に寝かせた少女と縁に座るキリト君に追い付き、少女を見た。

 日本人らしい黒髪は短めに切り揃えられており、両方のびんは白のリボンで結わえられている。左胸にだけ胸当てが付けられ、全体的に草葉を思わせる翠の上着と黒のインナー、同色のホットパンツ、ブーツが特徴的な服装の少女だった。

 どうやら今は気を失っているらしく、目を瞑って眠っていた。

 気になる事はある。この少女が空から落ちて来た事もそうだが、あの出現の仕方は私が監修した転移エフェクトのパターンには一切無いし、案として作成した中にも存在していなかったものだ。

 つまりアレはシステムに規定されていない現象、所謂バグという事になる。

 そもそも転移結晶による転移は、《アンチクリミナルコード有効圏内》が三次元的な横と縦全体に広がっているとしても、必ず街を指定すれば転移門エリアの地面に送られるようになっている。軽く跳躍しながら飛び込んだ場合もあるので決して地面に足を付けた状態とは言えないが、転移門エリアは十メートル四方の底辺に縦五メートルからなる三次元的な空間として規定されているため、それより外には原則的に転移されないのである。

 勿論これは製作スタッフ側である者だったからこそ知り得ている事で、一般には知られていないのだが。

 ともかく、転移エリア外からのあり得ないエフェクトを伴っての出現は、明らかに異常事態だ。

 とは言え……流石に眠っている少女をそのままに考察などしようとは思えないし、彼が私達を呼んだ件もあるから、一先ず彼のホームへ少女を連れて引き上げるべきだろうと思った。少女が目覚めない限りは情報が無さ過ぎて碌に考察も儘ならない事なのだから。

 

「キリト君、原因を考察するのは一旦君のホームに引き上げてからにしないかね? ここでは何時人が来るとも知れない」

「……そうだな、話す事もあるし……じゃあヒースクリフかアスナのどっちか、この人をおぶって……」

 

 

 

「……う、ん……」

 

 

 

 私の意見に賛同し、指示を出そうとした所で、横に寝ていた少女の呻きが上がった。

 それと共に石造りの噴水の縁の上に置かれていた右手が持ち上がり、額を軽く触れ、そして少女の瞼がゆっくりと持ち上がる。黒い瞳が徐々に見えるようになっていった。

 

「あ、起きた。大丈夫?」

 

 それに気付いたキリト君が微笑みながら少女の顔を覗き込んだ。

 少女は暫くぼうっと彼の顔を見ていたが、次第に頭がはっきりしてきたのか、目を開いて……

 

「……なっ、い、いやぁっ?!」

「え、ちょふぎゃッ?!」

 

 痛烈な一撃を、彼の右頬に叩き込んだ。

 更に悪い事に、キリト君が張り手で軽くのけぞらされた方向には水が溜まった噴水があり、彼はいきなりの事だった為にそこへ為す術も無く頭から突っ込んでしまった。

 噴水に落ちたのだから、当然の如くばしゃあああああんっ! とそこそこ大きな音と共に盛大な水飛沫が上がった。

 

「「……」」

「え…………え……?」

 

 突然の事に私とアスナ君は表情を凍り付かせて固まり、少女は何が何だかと状況を理解出来ていない事が分かる反応を繰り返し続けていた。

 

 *

 

「うー……」

「えっと……その、ごめんなさい。いきなりの事で取り乱したとは言え、頬を叩いた上に、噴水に落とすなんて……」

 

 噴水に落とされたキリト君は、顔面から突っ込んだ為に底へ顔をぶつけたらしく、鼻頭を押さえながら涙目で噴水から出て来た。完全にびしょぬれになった彼は一旦人目の無い場所に移動し、濡れた衣服を脱ぎ、体を拭いてから普段の黒尽くめ姿で戻って来た。とは言え、今はオフだからかコートは着ていなかったが。

 彼が帰って来るまでに一応自己紹介を兼ねて彼女にキリト君がした事を説明すると、流石に空から落ちて来た辺りは信じていなかったが、それでも眠っていた所を介抱しようとしていた事は理解してもらったようで、彼の見た目から明らかに年下である事も相俟って非常に申し訳なさそうに頭を下げて謝罪する。

 それに対し、キリト君は僅かに警戒したような唸り声を上げながら、私の後ろに身を隠し、横から顔を出して威嚇していた。

 ……少しばかり、子供らしくなっている辺りでアスナ君と顔を見合わせて苦笑しつつ安堵した事は、彼には内緒である。

 

「ほらキリト君、彼女にも悪気があった訳じゃ無いんだから許してあげて?」

「うー……分かった……まぁ、いきなり顔を覗き込んだ俺にも非はあったし、気を抜いてた部分もあったから噴水に落ちた辺りは責められないからな……」

「……キリト君、それでは君だけが悪いという事になると気付いているかね?」

「……あれ?」

 

 少女が頬を張った事は当然の防衛反応だったため、それを引き起こした自身の行動と、気を抜かなければ噴水の方へ飛ばされても対応出来たので落ちたのは自分の責任だと言うキリト君は、どうやら自分だけが悪くなる事に気付いていなかったようで、首を傾げた。

 それにアスナ君と共に相変わらずだなと苦笑し、少女は呆気に取られる。

 

「……何と言うか、あなた、見た目にそぐわず結構難しい言葉を使うのね……」

「……俺、これでも今年で十一歳になるんだけど」

「いや、それでも十分難しい言葉を使ってるわよ。あなたみたいに理知的な子ばかりだったら苦労しないと思う」

「んー……それ、褒めてる?」

「むしろそれ以外に何があるのよ」

 

 微苦笑を浮かべながら褒めていると伝えると、そっかとキリト君は頷いて笑った。

 

「……ところで、ちょっと気になる事があるのだけど、聞いていいかしら。ここはどこ? あと、あなた達の頭の上にあるそれは何?」

「……頭の上? カーソルの事? あと、ここは《アインクラッド》第二十二層南南東の村《コラル》だけど」

「かーそる? あいんくらっど? だいにじゅうにそう? それ何の事?」

「ん?」

「え?」

 

 割と当たり前のことを答えたキリト君に、何を言っているのかと更に問い掛ける少女。

 どうも話が噛み合っていないように感じる。

 と言うか、《アインクラッド》の事すら分からない上にカーソルにも疑問を呈する辺り、これは……

 

「ふむ……少しいいかね? さっき君にはさっき空を落ちて来たって話をしたが……その前、つまり私達と会う前に何をしていたかは憶えているかい?」

「私が此処に来る前…………起きる前……」

 

 こちらの言葉を復唱し、思い出そうと僅かに視線を提げて眉根を寄せる少女。

 それからぶつぶつと言葉を復唱して思い出そうと努力しているようだったが、しかし十秒ほどが経過した時に顔を上げて見て来て、ふるふると首を力なく横に振る。

 

「だめ、思い出せない……何をしていたのか、どこに居たのかも……」

「え、思い出せないって……え、じゃああなた、記憶を……?」

「やはり、記憶喪失だったか……」

「やはりって……もしかして原因を知ってるの?」

「いや、直接的原因については何も知らないさ、それ以前に私は君と今日此処で初めて知り合ったからね……私が予想出来た事は君が空から落ちて来る時に見た現象、それと君の質問が関係している」

「どういう事よ」

 

 手掛かりを得ようと僅かなりとも語気が強くなっている少女だったが、私はそれに不愉快に思う事無く、予想出来た理由を話した。本来あり得ない筈の――説明時には今まで見られなかったと言った――転移光、そして問われる内容の明らかな違和感についてだ。

 

「君は私達の頭上、そして私からは君の頭上にも見えているカーソルと呼ばれる角錐型マークの事、そして《アインクラッド》という単語に疑問を呈した。つまり君はこの世界にまつわる情報の一切を憶えていないという事になる」

「私が知らなかった、という可能性は無いの?」

 

 ある意味で当然とも思える疑問だが、私はそれに断固として否定するべく首を横に振った。

 

「いや、それはあり得ないだろう。もしも君が現時点に於いて記憶喪失が無かったとすれば、決してそれらを知らないなどという事はあり得ないのだ。君がした質問はそういう類のものなのだよ」

「……一応、常識的な事は覚えていると思っていたのだけどね……それはそうと、さっきあなた、この世界とか言ってたけど……どういう事よ? 《アインクラッド》っていう名前も聞いた事無いし」

「ふむ……そこからか。少しばかり長くなるから移動しながらで構わないかな? 向かう先はキリト君が持つ家だ」

「それは良いわよ、教えてもらうんだから我儘言えないし……それより、キリトだっけ? あなた、家を持ってるのね」

「皆から言われるなぁ……」

 

 攻略組からも迷宮区がホームだと言われてしまうくらいに籠り続けていた彼が、よもや下層域でホームを購入しているなどと誰が予想するだろうか。それに驚いたからこそ誰もがそれを言うのだ。

 その後、私達は少女と共にキリト君の家に向かった。途中で名前を尋ねた際にリアルの名前を言われてアスナ君が焦り、視界左上と右手を振った際のメニュー画面から名前を確認した事で、彼女のプレイヤーネームが判明した。

 少女の名前は《シノン》と言うらしかった。

 シノン君がどのような経緯で、あのようなバグを引き起こしながら現れたのかは知らないが、もしかするとこの世界に異変が起こる前触れの一つなのではないかと私は考えていた。

 何故なら、私は既に、それに類するだろう事柄を一つ知っているからだ。

 この世界をデスゲームにしたのは《茅場晶彦》本人では無いという、他者には知り得ない事柄を。

 この《ソードアート・オンライン》の世界で、私の愛する世界で良からぬ事が起こっている事は、遥か以前から明らかな事であった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか?

 ……話を重ねるごとに段々クオリティ下がってるような気がしています。前話のアルゴ視点の時のお気に入り登録数とアクセス件数の伸びには驚きましたが。

 いや、投稿してから二日は毎時間百件くらいアクセスあったし、一日にお気に入り登録が三十人近くもありまして、かなり驚きました。そしてとても嬉しいです、ありがとうございます。あとちょっと三百人……目指せ! ですね。

 アルゴはキリトについて他のプレイヤーよりよく知っており、ヒースクリフはキリトのリアル含めて色々と知っている状態なので、他の人よりも一味違う視点を持っているキャラとしております。今後この二人が関わる時は何らかの意図があると思って下さい、文中に語られますが。

 そして感想欄でも出ているあの子……では無く、原作GGO編ヒロイン《シノン》の登場です。いやぁ、あのシーンにシステム関連で詳しいヒースクリフ視点による考察も交えて描きたかったので、悩みに悩んだ末にこうなりました。シノンはかなり好きなキャラなのですが、性格と口調を再現出来ているでしょうかね……ちなみに参考は《インフィニティ・モーメント》登場シーンです。

 最後に。スキルの分類についてですが、これはあらゆるRPGゲーム系小説を基に書き上げており、SAO原作にここまで明らかな分類分けはありません。戦闘、生産、趣味スキルの呼称はありますが、副次系は勝手に呼び名を付け、また分類と定義を自己解釈にしています。考察で色々と書くために前情報として書きましたが、本編で最重要という訳では無いので、覚えて頂かなくともほぼ支障は無いです。

 長くなりました、失礼しました。では、次話にてお会いしましょう。


 《ホロウ・リアリゼーション》のネームドモンスター……一部強過ぎて倒せない(笑)


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