インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 数日空きました。さっさと物語の時間を進めたくもあったので、今話は結構雑な扱いになっております。具体的には心情描写が結構少ないのです。逆にある人物を同時に登場させております。

 まぁ、視点はシノンとキリトで、記憶喪失状態で過去を語れないシノンはともかく、キリトの方は情報を小出しにする為にわざと省いたので、少なくなっております。

 更に言えば、各視点人物ではキリトとの関わりと評価を書いてきましたが、片方は本人だし、片方は記憶喪失な上に初対面なので書けないという……更にキリトの事情説明も省いております、理由は半分今までと同じである事と、半分今後のお話に取っておく為です。

 それでも文字数二万、頑張りました……楽しんで頂ければ幸いです。

 ではどうぞ。最初はキリトのホームに向かう途中のシノン視点です。




第十七章 ~平和な一時~

 

 

 コトコトと、杉林の中に作られた木製の橋の上を歩きながら、どうして私は此処に居るのだろうかと答えの無い疑問を繰り返し思い浮かべていた。

 朝田詩乃、この世界では《シノン》という付けた覚えのないプレイヤーネームである私には、記憶が無い。自分の名前は覚えているし、お金とか国名、地方程度は覚えている事から全くの記憶喪失という訳では無く、ヒースクリフという紅い衣を纏った男性が言うには今まで見られなかった転移エフェクトによる一過性の記憶障害だろうとの事らしい。実際、私も言われて漸く自覚する程度なので、そこまで重症では無いと思っている。

 ただまぁ、記憶が無い、自分の過去を憶えていないという事はそれなりに不安にもなる訳で、どう振る舞ったら良いのか少しばかり戸惑う事があった。

 

「ね、シノンのこと、シノのんって呼んでも良いかな?」

「え、ええ……別に良いけど……」

「やった! これからよろしくね、シノのん!」

 

 その一つとしては、現在今まで呼ばれた覚えのない――記憶が無いからそう感じるのも当然だが――渾名で私を嬉しげに呼んで笑う、栗色の長髪と榛色の瞳を持つ同年代らしき少女が挙げられる。正直、いきなり空から降って来たらしい私に対してここまで親しげに話せるなんて凄いと思うのと同時、怖くないのかとも思っていた。

 人は異物を恐怖し、拒絶し、排除しようとするきらいがある。勿論全ての人間がそうとは私も思ってはいない……筈だが、どうにも警戒心が出てしまう。それが何故かは分からないが、そう簡単に親しくしてもいいと思うのだ。

 何か良くない事が起こった時、私に微笑み掛けて来る少女アスナがどのような反応をするか……それが何故だか気になって仕方が無い。もしかすると無意識的には記憶があるのかも知れず、この思考が記憶を失う前の私の思考回路だったのかとも思うと、それは少々寂しいものではないかと自分で思ったりもしていた。

 

「ふむ、シノン君、こう見えてアスナ君は案外と押しが強い。しっかりと自己主張をしなければ勢いに流されてしまうぞ?」

「ちょっと団長、そういう言い方は無いと思うんですが」

「はは、いやすまない、親しい者と話すアスナ君は普段からは見られないくらい押しが強いからね。まだよく知らないシノン君に教えておこうと思っただけなので他意は無い」

「それならいいですけど……」

 

 紅の衣を纏った賢者然として落ち着いた様子のヒースクリフの言葉に、憮然としながらも納得したアスナを見て、いいんだ、と苦笑しながら思った。他意は無いと言われてはいるが、苦笑を浮かべている辺り遠回しに遊ばれている自覚は無いのだろうかと思い……多分無いんだろうなと思った。何となくだが、アスナはどこか純粋な感じがする。

 同性から見ても凄く綺麗だし、知的にも思える事からどこかの令嬢なのかも知れないが、話に聞いた限りではこの世界には一万人のゲームプレイヤーが囚われているらしく、現実でたった一万本しか売られていないゲームを手に入れた猛者の中にアスナが入っている事を考えると、意外にゲーマーなのかとも思ってしまう。この少女が部屋の中で何かのゲームに熱中している場面は想像し難いし、アスナほどの外見を持つ人物が自堕落な生活を送っている場面はむしろ想像したくない気もする。

 まぁ、ほわほわと笑っている上に好奇心旺盛そうな辺り、彼女はどちらかと言うと興味が湧いたものに邁進して駆け回る印象があるが。

 

「アスナは世話を焼くのが好きだからなぁ……シノンも困る事があるだろうし、色々と助けてもらえるんじゃないかな」

 

 そして、私が最も戸惑っている要因としては、たった今口を開いた人物が挙げられる。

 私の胸にも届かない低い背丈と少女にしか見えない華奢さを持った少年キリトだ。

 さっき私が噴水に落としてしまった為に普段の服装に着替え、黒シャツと黒ズボン姿になっている。あの服は友人にプレゼントしてもらったばかりの服だったらしいので割と凄い罪悪感があるのだが、このゲームの世界では濡れた服も暫くストレージという見えない倉庫に入れるか干すかすればすぐ乾くらしいので、別に構わないと言ってもらえた。

 彼……と言うには、この子と言う方がしっくりくるキリトは、アスナとヒースクリフの話では《ソードアート・オンライン》というデスゲームの舞台である《アインクラッド》で最年少のプレイヤーらしい。本来なら十三歳以下は脳から送られる信号や脳波の計測で障害が発生する恐れがあったためにプレイを控えるようレーティングをしていたらしいが、彼の義母が薦め、またキリト自身も興味があったためにプレイを始め、囚われてしまったらしい。

 このデスゲームが続いておよそ一年半が経つ現在では、最年少ながらキリトが《SAO》最強のプレイヤーだと教えられ、私の中の戸惑いは更に大きなものになっていた。

まだ子供なのに危険な場所で戦い続けていて、しかもどんな事情があるのかは教えてもらえなかったが何か訳があって一人で生きていると聞いて、凄いという感心よりも先に大丈夫なのかという心配が浮かんだ。

 聞けばキリトはまだ十歳らしく、明らかに一人では生きられない年齢、それなのに一人で戦っている。周りの大人は何をしているのかとも思ったが、その辺が教えてもらえなかった事情に関わって来るのだろうと思い至り、今は特に疑問を呈さずに彼の後を付いて歩いている。

 今はキリトが有するホーム……二人曰く、かなりの大きさを誇る家に向かっている途中で、状況にもよるが恐らく私はそこで住む事になると言っていた。つまり複数人、一家くらいなら住める広さの家という事なので一軒家という事になる。賃貸アパートよりも大きいという事に驚いてそれが普通なのかとも思ったが、それは違うと二人が苦笑して言っていた事からキリトの家がおかしいと知った。

 

「……少し気になったのだけど、あとどれくらいでキリトの家に着くの?」

「え? うーん……あと五分くらい歩いたら着くよ」

「ふぅん……結構さっきの村から離れてるのね?」

「あー……ま、まぁ、元々システムで作られた家の位置は仕方ないよ、プレイヤーには如何ともし難い事だから」

「そっか」

 

 何やら言い淀んでいる様子を見ると、恐らく人里から離れないといけない事情があるのだろうと辺りが付いたものの、流石に新参の私がその辺を突く訳にもいかないし、それ以前にキリトに訊くならともかく他の人にはダメだろうと自制する事にした。

 

「……それにしても、ここって本当にゲームの中なの? 殆ど現実と同じ……というか全く仮想とは思えないのだけど」

 

 キリトが着替える為に人目の少ない場所を探している間に、この世界の事については二人から大まかには教えてもらったし、移動している今もちょくちょく話してもらっているが、それを知った今でもここがゲームによるデータで構成された世界だとは信じ切れなかった。

 別にアスナやヒースクリフの言葉を疑っている訳でも、ましてや信じていない訳でも無い、それでは頭上に見える緑色の角錐型マークの存在や視界左上にある《Sinon》という白いフォントとバーに囲まれた緑色のゲージ、そしてLVやHPという表示の横にある数字群の説明が付かないからだ。

 LVは《レベル》と言い、強さの指標となる数字らしく、私は《30》と表示されていた。アスナは90目前らしく、このデスゲームから脱出する為に存在する攻略組という集団の中でもトップランクに位置しているらしい。ヒースクリフは95と言い、数レベルも上であるという事にアスナが若干悔しげに、ヒースクリフが少しだけ微笑みを浮かべて勝ち誇っていて、何だかアスナが可愛く思えてしまったのは秘密だ。

 キリトのレベルは教えてもらえなかった。二人も知らないし、キリト自身が教えたがらなかったのだ。それでも自分より遥かに上というのはヒースクリフ自身が言っていた事からも確実らしい。何でも昔から相当に無茶なレベリングをし続けて来た影響でレベルが遥かに高くなっているようで、それもあって今もどうにか一人で戦い抜けているという。

 それを知って、何となく、キリトの強さの根源が気になった。まだ幼いし、怯えて他の人達がクリアするのを待っていても全くおかしくない、むしろそれが当然だと思える年齢なのに、誰よりも強くあるその姿には憧憬を覚える。そこまで自分を強くさせる覚悟や信念が彼にはあるのかと気になってしまっていた。

 恐らくアスナとヒースクリフ、他にも居るという攻略組の一団も何かしらの想いはあるだろうが、その想いの強さはキリトが桁違いに強いのではないかと思っている。そうでなければまだ幼い彼が最強に至れるなどあり得ないし、ある筈が無いからだ。

 だから、私はまだ会って一時間も経っていない少年の強さの理由を知りたいと、そう思った。

 

「……何?」

 

 じっと見ていると、その視線を感じ取ったのかキリトが左肩越しに顔だけこちらに振り返って見て来た。きょとん、とただ純粋に見上げて来られて、さっきまで難しく考えていた事が何となく馬鹿らしく思えてしまった。

 もしかすると、この子はただ家族に会いたい一心で戦っているのでは……そうも思った。純粋だからこそ、その混じりけの無い想いがキリトを強くさせているのでは、と。

 

「何でも無いわよ……綺麗な髪だなと思っただけ」

 

 ただそれを伝えても意味は無いし、下手に踏み込むのもアレだし、何より正直に言うのは気恥ずかしかったから誤魔化す事にした。

 しかし誤魔化しとは言ってもこれも本心ではある。男、と言ってもまだまだ子供に近い男子のキリトは、年齢から考えても中性的以上に女子に寄っている容姿を持っていて、その影響でか長く綺麗な黒髪を見せていた。私も同じ黒だが、ここまで艶やかな黒では無く、どこかくすみを持つ黒なので羨ましいなと思っている。

 私が誤魔化しながら本心を言うと、彼は小首を傾げ、そして苦笑を浮かべた。

 

「何だか、初めて会った人にはほぼ必ず言われるなぁ……」

「それくらい綺麗って事だよ。ユウキなんて、初めてキリト君がローブを外した時に天使様って言ってたくらいなんだよ?」

「え……天使って、そんな事を言っていたのか」

「うん。敬虔なキリスト教徒の家らしいのにそこまで言ったんだから、それだけ綺麗って事なんだよ。私も会う度に何時も思うし……ここが現実だったらもう少し変化が楽しめるのにねー、残念」

 

 本当に残念そうな笑みを浮かべながら言うアスナは、キリトの髪を持っては弄っていた。どうやら髪型を変えようとしているらしい。キリトも特に害意が無く、好意であると知っている為か特に抵抗を見せない……もしかすると私が来る以前から同じやり取りがあるのかも知れない。となると、その場合はこれは諦めになるのだろう。

 

「……何時も、あんな感じなの?」

 

 少しだけ離れてその様子を見ているヒースクリフに近付き、私も二人の微笑ましいやり取りを見ながら問うと、賢者然とした男はこくりと笑みを浮かべながら頷いた。

 

「うむ。見ての通りキリト君は幼いのでね……どうやらアスナ君にとっては可愛い弟という認識らしい、何かと世話を焼きたがってしまうようだ」

「ああ……何となく分かるかも……」

 

 確かに、幾ら強いと言ってもそれは戦いの事で、それ以外の事に無頓着そうなキリトの世話を焼きたくなる気持ちは分からないでも無い。あそこまで幼いならアスナくらい押しが強ければ大抵の事は押し通せるだろうし……まぁ、余程嫌なら本気で遠慮なく嫌がると思うので、その時の心に負うダメージは絶大そうだが。

 苦笑を浮かべて見ていると、ふと、アスナに髪を弄られている――と言うより、じゃれつかれている?――キリトの表情が、その柔らかさを消して一気に険しくなった。

 一気に空気がぴりっと張り詰めた。

 

「き、キリト君? どうしたの?」

「……そこか!!!」

 

 アスナの問いに、キリトは答えなかった。その代わりいきなり姿が煙り……一瞬だけ横を通り過ぎたと思えば、すぐにガンッ! と何かを殴ったような鈍い音が響いた。

 

「わあああっ?! ちょ、ちょっと待って?! 敵じゃないから! 全然敵意も持ってないから!」

 

 そして耳朶を打つ高めのトーンで焦ったような口調の女性の声に、慌てて三人揃ってそちらを見れば、少しずつ足元から頭に向かって半透明な波が波打ちながらハッキリと姿が見えるようになった女性が居た。キリトは近くの杉の木に右足を蹴り込んでおり、女性は焦ったようにその近くから飛び退いていた。

 少しずつ姿が見えるようになったという事は、何かステルス装備とかをしていたのかと頭に残っている知識から引っ張り出しつつ、私はその女性の姿を見た。

 その女性は、一言で言えばグラマラスだった。肩口や胸元などが大胆にも露出しており、ピッチリとしたストッキングと紫紺色のミニスカート、少しだけ余裕のある袖口などもどこか薄い印象がある。けれど痴女と思えないのは、恐らく彼女から感じられる雰囲気がそういったものでは無く、今は焦った様子ではあるもの、どこか毒気を抜かれるものだからだろう。

 髪は肩に掛かる程度の長さでウェーブが掛かっていて、色は薄い紫色、瞳は深い紅色だった。身長はアスナとほぼ同等だ。

 ただ妙なのが、その背中に白いワンピース姿に長い黒髪の少女を背負っている事だった。さっきのステルスは少女にも効果が及んでいたらしく、少しだけ半透明な波が見えた。どうやら少女は眠っている様で、目を瞑っていた。

 

「あなた、その背中の子は……?」

「まさかあなた、人攫いを……?!」

「違うから?! 一応事情があるから、まずはアタシの話を聞いて欲しいな?! 見ての通り両手も塞がってるし、別に傷付ける目的で隠れてた訳じゃ無いからね?!」

 

 私は疑問を、アスナが詰問めいた疑念を呈すれば、薄紫色の女性は大いに焦りながら大声で否定を返してきた。その音量でも目覚めない辺り、少女は眠っているのでは無く気絶しているのかも知れない。

 薄紫の女性は両手が塞がっているし、武器になるものも外見的に持っていない、それに敵意も無いから信用してもいいのではないかと思った。もし気絶していた少女を介抱していた人物なら根はいい人なのだろうし……

 

「……キリト、別に信じても良いんじゃない? 本当に事情があるのかも知れな……い……」

「…………」

 

 私が少しだけ女性を警戒しながらキリトを見やり……少しだけ、唖然としてしまった。

 キリトは何時の間に着替えたのか、さっきの黒シャツとズボンの上から黒いコートを羽織っていた。更に両手には漆黒の指貫手袋が嵌められ、背中には交差するように漆黒と翡翠の二剣が交差して吊られていた。あと少しで切っ先が地面を擦りそうなっているし、腕の長さからして抜けない筈なのだが、その辺はゲームだからこそなのだろうと考える。

 その恰好になったキリトは、右手で右肩から覗いている黒い柄を握っていた。何時でも抜けるようにしっかりと握り、既に僅かに刃が鞘から見えているのを見た女性は、更に大いに慌てた表情をする。

 

「だ、だからちょっと待ってって!」

「あの、キリト……?」

「……俺が此処に居ると知られた以上、下手に開放する訳にも信じる訳にもいかないからな……傷付ける事が目的じゃないとは言え変な行動を見せたら即刻斬るから、そのつもりで」

「う、うん……分かった……」

 

 低い声で――と言っても子供なので少し高めなのだが――脅すように言ったキリトが柄から手を離すと、女性を一瞥してから、彼のホームへ続くという道を一人歩き出した。剣やコートはそのままなので、どうやら女性を警戒し続けているらしい。

 

「……えっと、あの、あなたの名前は……?」

「あ……アタシは、ストレアって言うんだ。こっちの子は分からない……」

 

 ストレアと言うらしい女性曰く、ついさっきこの杉林の中で倒れていた少女を拾ったらしく、それから一回も起きていないから名前は知らないのだと言う。どうしようか途方に暮れていた所で私達を見つけたので、声を掛けよう……と思った時に、どうせなら少しだけ驚かしたいと悪戯心が頭を擡げ、ハイディングというさっきのステルスのような効果を発動させ、隠れて後を追って来ていたらしい。大体十分前くらいから後を追っていたという。

 そしてキリトとアスナがじゃれつき始めた辺りでそろそろ驚かせようその時、いきなり的確にストレアが隠れていた場所を蹴り抜いて来たから驚き、慌てて動いた。それによってハイディングの効果が切れ、姿が見えるようになったのだという。

 

「つまりあなた、それは自業自得じゃないの……」

「……サーチングされた様子は無かったのになぁ……」

 

 呆れながら言えば、ストレアは未だに見つかった事が不可解そうに首を傾げていた。

後からアスナから教えてもらったが、キリトにはストレアがしていたハイディングの類が一切通用せず、どれだけ巧妙に隠れていてもすぐに見つけてしまうくらい感覚が鋭いらしい。

 《隠蔽》というのはすなわち視覚を惑わして身を隠す事であり、この世界に蔓延っている嗅覚や聴覚を頼りにしているモンスター達には効果は無いし、身体的接触や移動をすると効果が切れてしまうらしい。キリトの場合は主に聴覚を用い、次に視覚的な違和感、最後に鍛え抜いて来た経験と勘から場所を割り出せるという。それがほぼ百発百中な為に、既にSAOでは彼相手に《隠蔽》は無意味であると知られているという。

 ……逆に言えば、この女性はそれを知らなかったのだから私と同じ記憶喪失か、あるいはSAOの外から来たのではと思ったが、見た感じ私より強そうな装備だから多分違うだろうし、SAOの外からは一年半もの間一切更新途絶にあるらしいから無いなと思い直して、私は何も言わないで皆と共にキリトの後を追った。

 

 *

 

 新たにストレアと謎の気絶した少女を加え、ついでにキリトが警戒から黒尽くめの二刀剣士姿になった私達が数分ほど歩くと、漸く杉林の開けた一角に立つ木造建築を見つけた。

 

「うわぁ……これ、キリトのお家だっけ? 大きいねぇ……」

「……お、大きいわね……ホント、予想以上に……」

 

 その家を初めて見たストレアと私の感想は、どちらも大きいという感想だった。まさかゲームの中でここまで本格的な二階構成の木造建築と対面する事になるとは思っていなかった……更に言えば、これをキリト一人で所有しているというのだからとんでもない。

 

「キリト、これ幾ら掛かったのよ」

「三千万コル」

「さんぜ……っ?!」

 

 コル、というのが日本で言う円と同じ単位である事は何となく分かったが、しかしその桁がおかしかった。日本円に直せば三千万円という大金という事になる、それをキリトが一人で集めていたのは、たとえゲームでモンスターを倒せばお金が手に入る仕様と言っても限度があるのではと思った。どう考えても個人で簡単に持てるような額では無い。

 その額を、一人で動いているキリトが二階建ての家を買うのに使ったというのにも実は驚いている。もっと他にもご飯とか、ゲームで戦うなら装備に費やせばいいのではと思った。まぁ、お金の使い道なんてよっぽどの事で無ければ人の勝手だと思うし、それにこの家にお世話になる可能性がある以上は勝手な事も言っていられない。キリトがこの家を買っていたから私の事も何とかなる可能性があるのだから。

 

「……そういえば、シノのんとストレアさんの登場ですっかり忘れてたんだけど、私と団長って大事な話があるから呼ばれたんだよね? 何か、火急の件なのに急いでないとか、でも凄く重要っぽいとか、微妙な事を言ってたけど……結局それって――――」

 

 

 

「あ! キリト、お帰り!」

 

 

 

 アスナの問いの声に覆い被さるようにして聞こえた、私の覚えに無い女性の声。それはキリトの家の方から聞こえた。

 キリトに向けていた視線をまた家の方に向ければ、ちょうど家の出入り口から顔を見せている金髪の少女が視界に入った。翡翠の瞳、胸元が大きく強調された白が入った緑衣を纏った少女は、快活そうな笑顔でキリトに手を振っていた。それを見たキリトも、少しだけ堅かった表情を柔らかくして小さく手を振り返す。

 

「……え? キリト君、あの人、誰?」

「え? アスナは彼女を知らないの?」

「キリト君の周りにあんな子は見た事無いよ……ていうか、耳が尖っているような……?」

「あの人はリーファ……この世界に居なかった筈の、俺の義理の姉だよ」

「……はぁ?!」

「……何……?」

 

 アスナの疑問に答えるようにキリトが口にした内容に、彼を以前から知っているアスナが驚きの声を、ヒースクリフも声音こそ物静かだが表情でしっかり驚愕を露わにしていた。さっき現実世界との交信は一切出来ない状況が続いていると教えてもらったので、恐らくそれが当然の事だったはずなのに、何故か彼の姉がこの世界に居るという事で驚いたのだと思う。

 この後、キリトに案内されるままに家の中に入り、一階に広がるキッチンがあるリビングに通された私達は、彼が淹れたレモンの香りが漂う紅茶を飲みながら情報を交換した。

 

「リーファ君が、キリト君が常々言っていた、義理の姉なのか……」

「はい。何でかこの世界に来ちゃって……気付いたらログアウト出来ないし、歩いても歩いても知らない場所だったからかなり不安だったんですけど、でもキリトと会えたからそこまで悪い事ばかりじゃないですね」

 

 柔らかく微笑みながら言った少女はリーファと言い、現実で待っている筈の義理の姉だった。

 

「ふぁ……」

「……キリト、物凄い脱力してるわね……」

「あ、あはは……」

 

 言葉だけでは信じがたいのだが……恰好はそのままだし、漆黒の剣は未だに出したままで抱き締めているキリトが隣に座り、頭をリーファの方に預けて物凄く和んでいる様子からもそれが真実であるとは理解出来た。この短時間でも初対面の人間にはそれなりの警戒心を抱くらしいキリトが、そこそこの時間を過ごしているらしいアスナ達よりも気を許している事からもそれは分かる。

 聞けばリーファも今日、つい数時間前にキリトと再会したばかりらしい。およそ一年半も離れ離れだった為にキリトも相当淋しい思いをしていたらしく、さっきは夕食の調達の為に出ていただけで、本当ならあまり離れたがらなかったらしい。キチンと用事は済ませに出る辺りはしっかりしていると言うべきか、強がりなのかと問うべきか。

 

「……あ、もしかしてキリト君、これを私たちに話そうと……?」

「そう。ユウキ達は一緒にリーファを見つけたから知ってるけど、一応《血盟騎士団》所属のアスナとヒースクリフにも話そうと思って。クラインとかリズ達にも少しずつ話そうと思ってる……んだけど……」

 

 そこで、キリトは僅かに顔を顰めて僅かに俯いた。それに話していたアスナが首を傾げる。

 

「ん? どうかした?」

「……二人を呼んだのは、リーファの紹介だけじゃなくて、何でこの世界に来てしまったのかを考えて欲しかったからなんだ。俺より色々と知ってそうだし……リズとシリカは今日は用事があって無理だった」

「なるほど……ふむ、必ずしも期待に沿えるとは思えないが…………そもそも他のゲームプレイヤーが紛れ込んでしまうなどという事態は、本来イレギュラー中のイレギュラーだろうな。そもそもデータのフォーマットが異なる為に混ざり込む事すらあり得ない筈なのだから」

「だよなぁ……レベルとスキル値が多少引き継がれている辺り、似たフォーマットだったのかな……」

「あるいはSAOのデータを基盤にして作られたVRMMOなのか……それなら似通った部分が引き継がれる事も納得なのだが」

「うーん……」

 

 ……何やらキリトとヒースクリフの二人で考察に盛り上がり始め、そういう知識が無いらしいアスナとリーファ、そもそも記憶喪失でこの世界の事すら把握出来ていない私は手持無沙汰になったので、二階のキリトの自室に寝かせている少女と看病をしているストレアの元へ行く事にして、リビングをそっと抜け出して階段を上がっていった。

 

「……ねぇリーファ、キリトって本当に十歳なの? 冷静過ぎるんじゃないかしら。何か原因があるの?」

 

 さっき自己紹介ついででリーファの事を話してもらう際に――その時はストレアも一緒に居た――キリトから、彼が付けられていた昔の名前や《落ちこぼれ》や《屑》という仇名の事を教えてもらったし、年齢の事もISや時系列含めて教えてもらった。年齢にしては冷静過ぎる事も、よく今まで耐え抜いて生きていられたと思う程に辛い過去を経たからこそのものだと思えば納得はいくのだが……それでも、そこはかとなく思ってしまうのだ、冷静過ぎるだろうと。

 リーファも二年半前から一年半前のおよそ一年間しか一緒に過ごしていないようだが、その間でも意志は強いし基本的に落ち着いていると何度も思ったようだった。年齢にしては本当に落ち着き過ぎていると思える……アレは正常では無いと思えたから、私は原因という表現を取った。

 

「うーん……確かに、そうなんですけど…………心当たりも、無くは無いかなぁ……」

 

 それの心当たりは無いのかと思って問えば、彼女は少しだけ悩んだ素振りを見せた。それに私とアスナが目を向ければ、彼女は少しだけ迷う様子を見せながらも口を開いた。

 

「あの子の、昔の姉は織斑千冬と言って……あの子を拾うまでよく知らなかったんですけど、テレビで見た時は凛々しい人という印象があったんです。凛々しく、冷静で、落ち着いて、泰然自若、威風堂々という四字熟語がしっくり来るくらいで……デスゲームっていう現状も関係しているんでしょうけど、恐らくあの子は、無意識に織斑千冬に似せてるんだと思います」

 

 あの子は較べられ続けたから。リーファは哀しげに目を伏せながら、そう言った。

 織斑一夏と名乗っていた彼は、本当に幼い頃から差別され、虐げられてきていたという。超有名になるくらいの姉と神童と呼ばれる兄とずっと較べられ続けて来た彼は、あまり口にこそしないが、誰かに認められたいという願望をずっと心の奥底に秘めているのだという。それは褒めた時に時折見られており、特に料理に関しては前の家族の中で最も優れていた事から一番と自負しているらしい。

 それは、穿って考えれば、ずっと自身の上に立ち続けていた姉と兄を超えたいと思っているのではと、リーファは思ったらしい。

 

「誰かに認められたい、誰かの力になりたい、誰かに拒絶されたくない……願望と恐怖が混在している中で見つけ出したのは、誰よりも上に立つ事なんだと思います。多分あの子の中で、

頂点というのは織斑千冬の事なんでしょうね……」

「……まさか、キリト君がSAO最高のレベルなのは……」

「恐らく……『織斑千冬なら出来るから』という強迫観念が無意識にあるからかと……」

 

 今まで、何をやっても『神童の兄なら普通に出来る』『天才の姉ならこれくらいは当然に出来る』『あの二人の弟なのに出来ないのがおかしい』などと言われていたらしいキリトは、既に家族では無い二人を目標に据えて生きているのではないかと、リーファは思っていた。ずっと虐げられてきたからこそ抱く恐怖、それが願望と一緒になって表れているのではと、そう考えたのだ。

 私はそれを聞いて、否定する事は出来なかった。よくキリトの事を知らないし、現実での織斑千冬やISの事も碌に覚えていない以上は下手に何かいう事は許されないと分かっていたからだし、あまりにもあまりなキリトの過去に絶句したからでもある。

 キリトがこの世界の最強になれた強さの理由は、ただ家族に会いたいからだとも思ったが……どうやら、私が考えていた以上に辛い心境も関わっているらしい。

 その覚悟の根源は、あまりにも哀しかった。翻せばそれは、強くなければ認められないという恐怖の表れだったからだ。今までが今までだっただけにそう考えてしまったのだと思う。特にこのデスゲームでは力が無ければ生きられないらしいので、彼も死に物狂いで力を付ける為に戦ってきたのだ……それが、アスナから聞いた無茶なレベリングらしい。

 新しい家族を得て、新たな名前を与えてもらったキリトがその状態にあるのは、この世界でも彼が《織斑一夏》という事で虐げられているから。それがかつての恐怖感を思い出させ、煽る事となって、デスゲーム化でのヘイトも元ベータテスターという前知識を持つ者という事も含めて迫害に近くなっているのだという。事実何回も命を狙われたらしい。

 そして、今日は休暇にしているが、昨日は休暇の提案をしただけで必要ないと断じられたと勘違いし、大泣きしたのだというのだから、本当に限界なのだろう……さっきの話を聞いたばかりでは、昔の姉と兄なら休まないだとか、そんな事を考えてしまったという可能性もあるのではと思ってしまった。

 

「……キリトは、そこまでのものを抱えているのね……」

 

 大泣きしたというのに、休暇というだけで引退はしないというその強さには、脱帽する思いだった。

 

「キリト君は……ずっと、《織斑》に、囚われてるんだね……」

「最早呪いですよ……」

 

 呪い……確かに、その表現が的確なのだろうと思う。織斑の名前と、その血に、彼は未だに囚われ続けているのだ。家族が変わり、名前が変わり、生きる世界が変わっても、彼はずっと《織斑》に囚われ続けている……それだけで虐げられるなど間違っている筈なのに。

 SAO最強というレベルの存在からも分かりやすい強さを得ている彼は、それでも認められない、出来損ないというだけで全てを否定される。そしてキリト本人は未だに虚構の背中を追い続けている……この世界に本人達が居ないからこそ、永遠に追い越す事の無い背中を求め続けているのだ。リーファはそう考えている。私も、今の話を聞いた後ではそう考える。

 下階でヒースクリフと考察をしているだろうキリトの事を思いながら二階の廊下を歩き、突き当りにあるキリトの部屋に入る。とても広い部屋の中には一つの白シーツに黒い掛け布団が被せられたベッド、ホーム版アイテムストレージであるタンスの他には何もない、味気ない部屋だった。そもそもこの家の利用回数は少ないし、ここ最近になって購入したという話なので家具が少ないのも当然なのだろうが。

 そのベッドには黒髪の少女が寝かせられており、その横には一階のリビングから持って上がった椅子に座るストレアが居た。

 

「あ、リーファにアスナにシノンだ。お話は終わった?」

 

 あっけらかんと明るく問い掛けて来たストレアに、アスナが苦笑を浮かべた。

 

「終わったと言うより、キリト君と団長が話し始めちゃったから手持ち無沙汰になってね……だから様子を見に来たの」

「そっかー……残念だけど、こっちは変化なしだよ。今日中に起きるかな?」

「んー……そこは何とも言えませんね。人って寝ようと思ったら丸一日寝ますし。あたしも剣道の試合があった日の翌日は丸々寝てて、夕方になってかず……キリトに起こされたからなぁ……その後もすぐに寝ちゃったし」

「えぇ……リーファ、それは流石に寝過ぎよ」

「あはは……」

 

 小声で会話し、リーファの話にくすくすと口元を押さえながら笑う。笑った後に、一度少女を見やった。

 くぅ、くぅと小さく穏やかな寝息を立てて眠っている黒髪の少女は、多分キリトと大体同い年くらいだろうと思えた。それでもキリトの方がどうやら発達が遅れている様で、背丈はこちらの子の方が少しばかり高めに思える。黒髪という事もあって、やはり日本人らしく外人よりも彫りが浅い顔つきで、あどけない寝顔は見ていてとても和む。

 それにしても、キリトと言いこの少女と言い、SAOはしっかりと十三歳以下の子供がしないようレーティングをもっとしっかりしておくべきだと思う。親が薦めたという話もアレだと思うが……件の《ナーヴギア》とやらの年齢制限をもっとしっかりしておくべきだっただろう。あるいは、もっと《ナーヴギア》によるプレイの危険性や、小さな子供では脳波がとかの話を流しておくべきだ。リーファが知る限りではその辺の情報があまり流れず、SAOの紹介やフルダイブに関する話ばかり流していたらしいから、尚更そう思った。

 まぁ、既にそれは話しても詮無い事なのだけど……

 

「……ねぇ、ふと思ったのだけど、SAOにはまだこれくらいの子が居るのかしら」

 

 ふと、キリトやこの少女とほぼ同年齢の子供が他に居るのなら、その子達はどこに居るのだろうかと思った。ストレアの話ではこの少女は行き倒れていたらしいので、迷子だったなら、キリトと違って恐らく独り立ちしていないだろう子を保護していた所が探しているのではと思ったのだ。そういう所なら大ギルド所属らしいアスナが知ってそうで、そう問うた。

 対するアスナは、少しだけ困った表情を浮かべた。

 

「うーん……私も小さな子供が居るというのは知ってるんだけど、その子達が何処に居るかまでは流石に……まぁ、十中八九下層域のどこかだとは思うけど」

「何でですか?」

「キリト君は元ベータテスターだったし、過去が過去だからよっぽどの目に遭わないと戦うのはやめないと思う。でも他の普通の子にとっては死ぬ可能性があるだけでも恐ろしいと思うんだよね、だって普通にゲームプレイをするためにログインしたんだから、私もそうだったし……だから、もしかすると第一層の街に居るのかも知れない」

 

 現在の最前線が昨日上がったばかりで第七十五層、私達が居る層は第二十二層なのでここは下層域に入るらしい。それよりも更に下の第一層という事は、つまり本当にゲーム開始地点という事になる。《始まりの街》というらしいそこはゲームにログインした時に初めて訪れる――と言うよりアバター設定を終えると移動する――場所のようで、一年半もの間ずっと街の中に閉じこもっている可能性もあるにはあるらしい。

 ちなみに、キリトはデスゲーム直後、アスナは二週間後に街を出発したという。アスナの場合は《ログアウトスポット》というデマに釣られ、早く脱出しなければという心境で訪れた先で一度死に目に遭ったらしいが、そこをある剣士に助けられた後、長い付き合いになる情報屋の女性と知り合い、最前線で戦う剣士として身を立てられたらしい。今でもその人が誰か分からないんだよねー、とアスナがほわんほわん笑いながら話してくれた。

 

「それでも、キリト君やこの子ほど幼い子は本当に少ないと思うけどねー……下手すると二人だけじゃないかな。精神状態が酷くなったら強制ログアウト……回線切断っていう状態になって……死んじゃうから……」

「……キリト、本当、よく無事だったわね……」

 

 昨日の話を教えてもらって、キリトが精神崩壊気味になるまで自信を追い詰めていた事を知ったリーファが硬い表情で呟いた。あまり知らない私ですらも、キリトが精神的にもゲームプレイ的な意味でも薄氷の上を歩き続けて来た事は分かる、リーファは義理とは言え姉だからこそキリトの無茶とギリギリの境界線がよく分かるのだろう。

 最悪、キリトは昨日の時点で……あるいは昨日よりもずっと前の時点で、命を落としていた可能性があるのだ。

 そして、この眠っている少女も、また……

 

「……あ、メールだ」

 

 何とも言えない沈黙が漂う部屋の中で、アスナの声が、唐突に上がった。誰かからのメッセージが届いたらしい彼女は右手を振り下ろす動作でウィンドウを呼び出し、操作をしていった。

 

 ***

 

 リー姉達が二階に上がっていくのを軽く視線を向けて把握してからも、俺はヒースクリフと幾つもの考察を立てては議論し、否定しを繰り返していた。

 一番有力な意見は、やはり《アルヴヘイム・オンライン》というVRMMOのプログラムフォーマットが《ソードアート・オンライン》とほぼ同一であり、更にゲームを動かすOSとアバターや装備などのグラフィックデータもほぼ同一であった場合だ。しかしこれは一番有力でありながら、一番可能性的にあり得ないと思っているものでもある。単純にほぼデータが同一である事が天文学的な確率よりも低いと、ヒースクリフが言ったからだ。

 しかしながら、当のヒースクリフが同時に可能性として最も高いという、矛盾した意見も出した。

 話していった感じ、どうもヒースクリフはVR技術だか何だかの仕事に携わっていたようにとても現実味のある話をしてくれた。

 《ソードアート・オンライン》がVRMMOという新たなゲームジャンルの走りである事は誰もが知る事実であり、故にこれがデスゲーム化した事による痛手は相当なもので、リー姉の話では一応存在こそするものの世間の目はかなり厳しい状態にあり、何か不手際があれば即刻消え去ってもおかしくない状況下にある。

 それにも関わらず新たに開発、発売された《アルヴヘイム・オンライン》というゲームは、《ソードアート・オンライン》のPVやら何やらと匹敵するくらいに完成度が高いと評価されているゲームらしい。世間の目が厳しいという事は、それだけ需要を得辛いのと同時、開発するための資金も得辛いという事になる、会社の株やら何やらが関係してくるかららしい。

 しかし現実にそれは発売され、発売から程なくしてリー姉はそれをプレイし始めた。

ヒースクリフは、そこに着目した視点を持った。

 《ソードアート・オンライン》を開発、発売しただけでなく数多の有力なゲームを売り出し、茅場晶彦という天才一人の手によってたった数年という短い時間で弱小企業から一気に大手へ成長を遂げた《アーガス》は、リー姉の話によればとっくに解散し、現在は別の企業にSAOサーバーの維持が委託されているらしい。

 であるならば、《アーガス》に務めていたディレクターやゲーム開発、VRの研究を行っていた者達もそちらに流れたのではないか、という事だった。もしもその者達が《アルヴヘイム・オンライン》の開発に協力していたとして、《アーガス》時代のデータを参考に作り上げたのだとすれば、この世界のデータと似通っている部分があったとしてもおかしくない。サーバーはおろかデータの基盤を作る事に膨大な時間を要し、《ソードアート・オンライン》の作成にも数年もの時間が掛かったのだから、たった一年でゼロから作り上げるならそれくらいしなければ恐らく出来ないと、ヒースクリフはそう言った。

 故に、《アルヴヘイム・オンライン》は恐らくSAOのデータの大部分をコピーし、そこに飛行するための《フライトエンジン》、味覚関係の《味覚再生エンジン》に手を加え、全く新たな世界観のゲームとして発売したのではないか、という推測が出た。

 その意見は、以降にも出て来た案よりも遥かに現実味を帯びていた。なのでデータの基盤が偶然似ている天文学的な確率という可能性と、研究者が流れた事やデータのコピーをしたからという可能性の二つが考えられ、それらを否定出来ないでいる。

 

「……む? メール……?」

「俺にも……アルゴから?」

「キリト君にもアルゴ君のメールが着たのか?」

「ああ……」

 

 そんな感じでほぼ答えが一つに定まっている状態で煮詰まっていた俺達の思考を切るかのように、ピロリンと軽やかな音と共にメール着信の音が俺の仮想の耳朶を打った。ただ俺だけでは無くヒースクリフにも同時に着た様で、更には差出人の欄に《To:Argo》とあって、首を傾げる事になる。

 ヒースクリフだけ、もといアスナ含めた攻略組にならまだ分かるが、今日は休暇になっている俺にもアルゴが送って来るというのは、今日ユウキ達にメールを送っていながら俺には送って来なかった事を考えると少し不自然だなと思ったのだ。

 俺とアルゴは本当に長い付き合いなので、個人的な話し合いを持ちたかったり、【黒の剣士】個人に誰かからの依頼が入ったのだとすれば俺にだけ着たとしてもおかしくない。しかしヒースクリフにも同時に着たのだとすれば、恐らく指定を掛けた一斉送信なのだろう。そうなると攻略組という共通点しか無い俺とヒースクリフにも送るとなると、それは攻略関連しか無くなる事を意味する。

 視界右上に表示されたメールアイコンをタップし、送られた内容を確かめる。

 

『From:Argo Tittle:《個人戦》を先にした方が良いみたいダ。

 闘技場の事で分かった事を報告すル。情報は割とすぐに結構な量が集まったんだが、面倒な事に《個人戦》の対戦相手が《レイド戦》で強化されて出て来る仕様があるらしイ。本当かどうかは確かめられてないけど、恐らく本当だと思ウ。

 《個人戦》の一戦目は《The One Wing Forginengel》、三メートル超の長刀を左手に持つ長身の男性人型ボス、HPゲージは五本ダ。体力が半分以下になると瞬間移動、体力が四分の一を切ると《リユニオン》という強化状態になって、攻撃パターンに幾つか変化があるらしイ。中でも強制的に体力を一にする回避不能攻撃があるみたいだから距離を取るとおしまいダ。防御はしないらしいから一気に決められるという利点はあるようダナ。ただし知っての通り、開幕直後に一瞬で斬り抜けて来る攻撃があるから、それをどうにかしないとまともに戦う事も出来ないゾ。

 二戦目は《The Genocide Bersercar》、巨大な戦斧を片手に暴れまわる男性人型ボス、HPゲージは十本ダ。NPCの話ではコイツ相手にアイテムを使う、背後を取る、防御に専念する、後退するの何れかをしちまうと即死攻撃(一撃退場攻撃)を放ってくるらしイ。攻撃範囲も広く、防御も無理矢理ぶち破るってNPCが言ってタ。ダメージはそこそこ入るみたいだから、正々堂々真っ向勝負が実は一番有効的らしい、NPC曰くだケド。更にHPが半減すると防御力が低下する代わりに攻撃力増加が付与されるってヨ……何でコイツ、《個人戦》にいるのか分からんゾ。

 最終戦は、済まないが殆ど情報が無い、どのNPCも『真の強者にしかその姿を見せない』って繰り返すだけでナ……

 集められた情報はこれくらいダ。各々、万が一もあるから《レイド戦》だけでなく《個人戦》にも備えておいてくレ』

 

 案外長文だったフレンドメッセージには、そう記されていた。これでも一応情報なので、闘技場攻略に呼ぶことになる可能性が高かった俺にとっては凄く有り難かった。あのキバオウを一瞬で倒すボスが一戦目の相手というのは、少々不安だが……

 最終戦の相手の情報が一切無いのは、これはある程度予測出来た事でもあったからそこまで落胆は無い、むしろ一戦目と二戦目の相手の情報がそれなりに出てくれている方が意外に思う程である。特に二戦目の方は禁止事項があるみたいだから尚更だった。

 

「ふむ……一戦目の相手も中々だったが、二戦目は既にフロアボス以上のHPを誇るのか……」

「ヒースクリフでも無理か?」

「恐らく無理だろうな。私のスタイルは防御した後の反撃を重視しているものだから、二戦目の《殺戮の狂戦士》相手に分が悪すぎる、一撃退場対象になるだろう……その点で言えばキリト君がある意味最も適任だろうな。アスナ君やユウキ君は結構後退するし、何より威力に欠けるから聊か分が悪い。それに対し、キリト君は紙一重で攻撃を回避し、その隙を狙うから後退自体が少ない。問題はアイテムが使えない事から、回復手段が制限されているという辺りだが……」

 

 確かに、二戦目で最も痛手と思える一つは回復手段の制限、つまりはアイテムの使用禁止だった。使えば一撃退場で、闘技場を誰かが制覇するまで参加出来ない事から俺は失敗する事が許されない、よってアイテムは絶対に使ってはならないので必然的に攻撃を回避するしかない。

 しかしここで、背後に回る事も対象になっているのが痛かった。背後からの方が攻撃がクリティカルになりやすいし、更にダメージ倍率にも補正が掛かるのでよくするのだが、その戦法が取れないとあっては別の手を考えざるを得ないだろう。幾らか装備スロットに空きがあるから、そこに何かしらの防具を当てて、少しでも防御力を上げようかと考えた。

 そこで、またピロリンと軽やかな音が鳴って、新着メールをすぐに開く。差出人はまたアルゴだった。

 

『From:Argo Tittle:無理はするなヨ

 内容からして明らかにヒースクリフも二戦目でアウトっぽいから多分キー坊を呼ぶ事になると思うけど、だからと言って無理に出場する必要は無いからナ。もっと他のメンバーで試してからでも良イ……そりゃ《レイド戦》でキツクなるだろうけど、キー坊が無理する必要は無いから、ゆっくり休みたかったら休んでくれても構わなイ。オネーサンがどうにかして皆を説得するかラ……本当に、無理だけはしないでくれヨ。

 追伸:ユーちゃん達から聞いたが、何でも現実世界に居る筈の義理の姉が来てるんだってナ。今度また紹介してくれヨ。キー坊のオネーサンには一度挨拶しておきたいからナ。取り敢えず今日の所は目一杯一年半ぶりの姉に甘えておいデ』

 

 どうやら新たに来た方は俺個人に対して送って来たメールのようだった、文面や呼び方からしてもそれがよく分かった。俺を心配してくれている事も……昔から色々と心配掛けているから、少しばかり心苦しく思う。

 だが俺は、闘技場に向かうつもりでいた。無理にという訳で無く、どちらにせよ明日には一度闘技場に赴いて俺自身でも情報を集めるつもりだったからだ。アルゴがここまで調べ上げている事には少し驚いたが、それはそれでむしろ助かる。というか一日の休暇なのだから、休暇じゃない日に最前線に出るのはむしろ当然の事である。

 リー姉の事はどうやら信用あると判断しているらしくユウキ達がアルゴに話しているらしかった。俺としても話そうと思っていたので、ある意味手間が省けて少しだけ楽だ。紹介する気もあったし、先にある程度知ってくれているというのは多少話がスムーズに進むから有難い。

 返信に、何故リーファが来たのか考えて欲しい旨と、ヒースクリフと一緒に考えた事を記しておいたので、恐らく明日に会う時にはある程度考察をしてくれているだろう。アルゴは色々と博識だし、独自の視点を持っているから俺達には無い視点から考えてくれる筈だ。

 

「……キリト君は、闘技場に出るのかね?」

「勿論。俺だって攻略組だからな……それに、リー姉が居るんだ、成長した所を見せたい」

「ふ……そうか」

 

 俺が返答すると、ヒースクリフは片頬に笑みを浮かべた。

 リー姉に闘技場で少しでも強くなった所を見せたい、そして少しでも安心させたいという思いもある。この家に案内した後に泣き付いてしまったから、まだ弱いと思われている気がして、それを払拭したかった。勿論リー姉……直姉から現実で教わった剣道を初めとした武道を基礎としているから、その成長を見せ付けたいという思いもある。曲がりなりにもリー姉だってゲームをしていた一人だから、多分ゲームの剣だからと否定はしないと思う……否定されたら、多分泣くけど。

 だから俺はある意味で歓喜してもいた。リー姉に、この世界での俺の強さを見せられる機会を得られた事に。敵が恐ろしく強いようなのであまり喜んでもいられないし、負ける可能性もあるが、応援してくれている人がいるだけでやる気も全く違ってくる。

 リー姉も剣道の試合で、俺が応援していたから何時もよりやる気が出たと笑いながら言ってくれていたから、多分それと同じ事だろう。この戦いでは別に死なないから、そこまで神経質になる必要は無い、むしろ他の事で警戒するべきだろう。

 明日が楽しみだなと思いながら、俺は夕食の支度に入った。リー姉、アスナとヒースクリフ、シノン、ストレア、そして名も知らない眠り続けている少女の分を合わせて七人分だから、大人数でも食べられるビーフシチューにする事にした。主食は大きなパンで、それを浸して食べられるからチョイスしたのだ、更に言えばこれは料理アイテムにしては非常に長く保つ特性もあるので少女が目覚めた時にすぐ出せるという利点もある。

 ちなみにだが、ナンはシリカの下に預けている。今日は俺もシリカも圏外に出る予定が無かったため、ピナと遊ばせてあげたいとの事で預けたのだ。恐らく今頃はシリカがお気に入りの場所にしている第四十七層《フローリア》か、第四十八層《リンダース》のリズベット武具店に居るだろう。

 ナンやピナが好物のクッキーもついでに作ろうかと思いつつ三角巾を被り、黒いエプロンを着けてから、俺は調理をするために包丁を片手に持ったのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか?

 これまでに比べて割と雑な感があったかと……いや、前書きにも書きましたが、進めたかったので。あと何人か居ますが、そちらはまだ今後ですね。

 そして漸くストレアとあの子の登場です。彼女達の情報がかなり欠如しているのは、ワザとです。あの子のキリトに対する呼称は一応考えました、納得しない方も居るでしょうがどうかご容赦頂きたい。ちなみにパパ呼びではありません。

 シノンに対するリーファの説明がほぼ無いのも、キリトの説明と同時にしたという感じです。何度も同じ文を書くのはアレだし、読み手もまたか……になると思ったので。

 その代わりと言っては何ですが、闘技場のボスの情報が明かされました。一戦目が誰かは皆さんすぐに分かったようで……二戦目も、恐らく分かるでしょう。

 アイテム、背後、後退、防御に対して一撃死判定の攻撃をする戦斧使いの狂戦士……恐らく皆さんご存知かと思います。あの方の参戦です。個人的に一戦目のキャラより強いと思っておりますので、二戦目にしました。《魔法》が無いこの世界ではアイテムで無ければ回復出来ないので、割と最強に入るのではと思っております、防御が堅いヒースクリフもガードブレイクされては形無しです。

 そして最終戦の相手は、まだ秘密です……戦闘描写、頑張ります。

 前書きも後書きも、長文失礼。

 では!


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