インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 今回は短め。

 和人が気落ちしていた理由の一部。

視点:和人

字数:約四千

 ではどうぞ。




分史 ~終わった世界線~

 

 

 血色の太陽が空を染めている。

 雲海は果てしなく、群青の海原もまた同じ。黄昏に沈みゆく世界と同期してその色を深く沈めていく光景が広がっている。雲の隙間からは微かな星の光が見えた。

 夜になりゆく世界を、ただぼうっと眺める。

 

「――やっと会えたわね、■■」

 

 背後から、声がした。

 振り返る。鈍色の甲冑を纏い、翡翠の大刀を手にした女性が浮いていた。洗練された細身の装甲は俊敏さを連想させる。

 それらを纏う女性の目は、真っ直ぐだった。

 黒い瞳がこちらを射抜く。

 ――なにかを、伝えているような目だ。

 そのなにかが何なのかは、分からなかった。

 

「多くは語らない。あなたは……分かった上で、その道を歩んだだろうから。その決断をあたしは否定しない。あなたには、それをするだけの理由があり、権利がある」

 

 目になにかを湛えながら、訥々と女性は語る。

 背中の中ほどまで伸ばされた黒髪が風に揺れている。前髪も揺れる。その髪の隙間から――冷たい目が、見えた。

 

「だからあなたを止めようとするこの行動はあたしのエゴに過ぎない。あなたの意思を無視した身勝手な想い。怨むなら、存分に怨みなさい」

 

 言いながら、女性が長刀を正眼に構えた。女性の顔が刀身で等しく二分されて見える。

 

「けれどこれだけは覚えていて欲しい。あたしは■■を愛しています。だから――――」

 

 ――さようなら。

 

 一言、別れの挨拶を口にした女性が、斬り掛かって来た。

 

    *

 

 世界は闇夜に包まれていた。

 空を舞い、時に海原に潜って刃を交えている間に、それなりの時間が経っていたらしい。全力で戦っているというのに中々女性は倒れない。

 

「ほんとうに……強く、なったわね……」

 

 女性は既に満身創痍だ。

 女性が纏う甲冑はボロボロで、殆どが使い物にならないほど砕けてしまっている。飛翔速度もかなり落ちていた。反応も鈍くなり、こちらの攻撃が通る事も目に見えて増えている。

 あと一、二撃の直撃で落とせるだろう。

 ――そんな思考が上って、はや数十回。

 その直撃が中々出ない。装甲を、四肢の端を掠らせるので精いっぱい。その回数が増えたとは言え、致命打がなかなか入らない。

 

 ――流石は■姉だ。

 

 その称賛が素直に浮かぶ。

 実際は縫い付けられたように口を固く閉じられていて何も言葉を発さない。呼吸のために開ける事はある。けれど、喉が上手く動かない。

 まるで声の出し方を忘れてしまったかのようだ。

 ――無言で距離を詰める。

 ■姉が構え直し、迎撃の体勢を取った。翡翠の長刀が翳される。それ目掛け、真っ黒な大刀が()()()()()()()

 

 ひぃん、と甲高い音がした。

 

「――――あぁ」

 

 諦観を孕んだ、小さな声。

 

()()……まさか、そんな机上の空論、を……」

 

 翡翠の刃は中ほどで断ち切られ、そのまま甲冑ごと女性の体を斬り裂いていた。赤が飛び散る。噴き出した赤が、こちらに掛かった。

 嗅覚を刺激する鉄の臭い。

 武器を喪い、致命傷の深手を負った女性は、最早死に体だった。滞空している事も億劫そうな深い死相が浮かんでいる。

 それでも――女性は、微笑んでいた。

 諦観と、称賛。死相の中にそれらを滲ませて、女性は微笑みを湛え、こちらを見詰めていた。

 

「■■……」

 

 半ばで折れた長刀を捨てて、女性が手を伸ばしてくる。

 敵意は無い。

 殺意も無い。

 絶望も無い。

 あるのは――

 

「あなたを止めようとした身だけど……世界を怨むあなたを、拒絶してた訳じゃない。ただ、()()()()()()()()()()

 

 目尻に雫を湛えて、懇願するように、弾劾するように、女性が言葉を紡ぐ。それが死に際の最後の力を振り絞っての事とは理解出来た。

 蝋燭の炎が消える直前の、一際強く輝く現象と同じ。

 

「あたしは、何があっても■■の味方でいるつもりだった。あたしは■■の昏い部分を知ってて受け容れてた、愛してた。義姉として接してた……みんなが死んで、塞ぎ込む事も、人を信じれなくなる事も当然だと思う。人を、世界を憎む事も」

 

 だけど……と、言葉を区切った女性が、血に濡れた手で頬を撫でてきた。

 

 

 

「あたしは……まだ、生きてたんだよ……?」

 

 

 

 女性の頬を、雫が伝う。大粒のそれがぽろぽろと、止め処なく、次から次へと溢れている。

 

「世界と戦うくらいなら……あたしと、逃げて欲しかった。デスゲームの時も、IS学園の時も……――ッ!」

 

 ごふっ、と女性が血を吐いた。死相はより一層濃くなり、血色も悪く、顔色は土気色に変わって行っている。肌の白さは最早病的を通り越していた。

 命の灯が、消えていく。

 力強さは最早なく、眼前にいるのは弱り果てた女性のみ。

 ――弱っているのは、果たして死に掛けだからなのか。

 焦点が合わなくなり始めた黒の瞳。その目に湛えるものは――最初から、変わっていない。

 

「あ、ぁ……■■の、顔、見えなく……」

 

 伸ばされた手が、力なく落ち始める。

 代わりにゆっくり距離を詰め、抱き着いて来た。それでも回された腕は徐々に下りていく。力が抜けていっている。

 流れ出る赤と共に、力の源も抜けているかのよう。

 

「――ね、ぇ……最期に、教えて……?」

 

 ふるふると震えながら、女性が言う。か細く、覇気のないそれは、静かな夜空の中をしっかり通っていた。

 

「あた、し……ちゃんと、お義姉ちゃん……で、き……て……――――」

 

 ――ふっ、と。

 震える瞳から、光が消えた。

 

 落ちていく。

 

 雲海から、下へ下へ落ちていく。

 

 

 

 闇色の水面へ落ちて――消えた。

 

 

 

    *

 

「ッ?!」

 

 びくっ、と全身が痙攣するように強張ると共に、ばちっと目を見開く。

 周囲は闇に包まれている。しかし背中や頭、手に感じる柔らかさや体に掛かっている毛布の感触から、ここが現実のIS学園地下拘置所の一室であると理解した。

 はぁ、と息を吐きながら力を抜く。

 

「……イヤな夢だ」

 

 護ると誓った相手を自分の手で殺すという意味でもイヤだし、ヴァベルの話を聞いた限りでは、まったくないと言えないという意味でもイヤだった。

 

「最近多いな、こういう夢……」

 

 愚痴るようにボヤく。

 原因は分かっている。IS学園に身を置き、将来――三年後の事を意識する余り、ヴァベルが見てきた“別世界線”の未来の事が頭を過ぎるからだ。そうならないようにと意識すればするほど夢に出てきてしまう。

 ヴァベルは元の世界に於いて、【無銘】のコア人格としてインストールされたという。

 少なくともヴァベル世界線の俺の過程は途中から把握している事になるし、他の世界線に於いてもあらゆる手段を使って観察していたならそれらもまた同じ。つまり、それらの知識を手に入れれば、ある程度は自衛手段、対策を立てられる訳だ。

 ISには独自のコア・ネットワークという情報網が形成されているが、それは何もコアの間でのみでなく、情報化社会と言えるインターネットにも通じ、そこから知識、情報を得る機能も備わっている。喩えで《スーパーコンピューター》が持ち出されるのは、ISの機能でインターネットで情報収集が出来る事に起因しているのだ。

 そしてヴァベルは電子の海を自由に渡り歩く術を持っている。

 一昨日の六月七日土曜日の夜、未来の知識について話すべきかと思い、まずその未来の知識を得るべく――同時に、ヴァベルの支援を受けれるようにするべく【無銘】に入ってもらった。

 知識を得ると言っても、言葉で言われるだけではアレなので、夢を介しての追体験といった形を取っている。ISにはコア内部で形成された空間にダイブする電脳ダイブという技術が存在し、それを利用した形だ。VRMMOのフルダイブは覚醒している時しか出来ないが、ISの電脳ダイブは寝ている間も出来るのが利点である。極論眠っている間もヴァベルとの戦闘訓練を積めるようになったとも言える。

 そうして別世界線の自分の死に際や人生をある程度ピックアップされ、追体験を繰り返していた。

 眠っている間に見る夢は、とても長い時間見ているようなものでも実時間に於いては十分前後というのもザラ。それを利用した形で追体験しているので、既に十数回分の追体験は済んでいる。

 さっき見た夢は、その一つ。

 IS学園で出来た学友、戦友達がかの組織――“亡国機業”との戦いに於いて命を落としていく。彼女らは必至に抗っていた。それを理解せず、踏み躙り、守られている事を棚上げし、糾弾を繰り返す人々への怨みが限界を超え――そして、義理の家族を殺されたと知って、獣に堕ちた。

 相対していた女性は、そんな俺を止めようとしていた。

 ――自分はまだ生きている、と訴えかけていた。

 止めたところで、世界に牙を剥いた時点で生き延びられる訳が無い。それを分かった上で立ちはだかっていた。短いとしても、二人だけでの逃避行を期待していたのかもしれない。

 (おれ)はそれを拒絶した。

 そして、人を殺し尽くし、世界を滅ぼしたのだ……

 

「……悪い夢だ」

 

 そうであってくれ、という切なる願い。

 追体験という時点で成立しない思考だった。

 

 






・和人が気落ちしていた理由
 将来の事を意識し過ぎて『イメージ』で悪夢に魘されてた。トラウマがあるからネ、仕方ないネ。


・今話の悪夢を見た理由
 気落ちしていた理由とはまた別。
 ヴァベルをインターネット、コア・ネットワーク経由で【無銘】にインストールし、ヴァベルの別世界線ログを夢で追体験したから。
 セルフ《ソウル・トランスレーター》状態。


・電脳ダイブ
 IS原作8巻《ワールド・パージ編》に出て来る技術。
 原作ではIS学園にハッキングを仕掛けられ、それに対処するべく一夏ラバーズがサーバーにダイブ。そこで原作クロエの【黒鍵】の能力で精神干渉の幻惑を掛けられ、『想い人と理想の生活を送る』という幻惑を見せられ、囚われる。後で一夏が助けに来る。Vita版ISのゲーム二作目でも舞台設定として登場している。
 状態としてはSTLにダイブしている時に近い。
 つまり『脳が寝ていてもダイブは出来る』(脳が死んでる状態は無理)
 《ナーヴギア》、《アミュスフィア》は寝落ちログアウトがあるが、STL、電脳ダイブには無い。また電脳ダイブに加速機能は本来無いが、和人は生体同期型であるため脳の思考クロックとコアの世界の時間を同期させられる(勿論別にする事も可)
 和人は起きている時はVRMMO、寝ている間は電脳ダイブで戦闘訓練出来る事に。


・《亡国機業》
 地味に本作で名前初登場。
 一夏/和人を攫ったり、PoHに契約を持ちかけていた組織かは明らかになっていない。
 別世界線の和人は幾度か星の戦いまで生き延びているので、必然的にIS学園で《亡国機業》と相対している事になる。
 ――とは言え、当然原作、本世界線とは関係が異なる。


・桐ヶ谷和人
 未来の事を考え過ぎて色々行き過ぎている主人公。
 現時点で世界を滅ぼす力を持っているが、同時に世界を救う力にもなり、それが未来を生きる鍵なので慎重に計画を練っている。
 とは言え一人で抱えるには大き過ぎる案件。本人も遠からず相談しようとは思っているが、『相談する前に自分が把握しておかないと話がとっ散らかる』という生真面目な性格が出て背負ってしまった。
 別世界線だと義姉を斬り殺しているのだと言葉だけでなく追体験もして理解したので、かなりメンタルをやられている。
 地味に夢のラストが外周部落下と似た構図のためトラウマがぶり返している。
 というか”みんな”の死に目全部がトラウマである。


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