インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
視点:和人
字数:約一万二千
ではどうぞ。
二〇二五年六月十五日、日曜日、午後一時三十分。
IS学園地下秘匿アリーナ。
昼食を学園の食堂で摂って食休みを挟んだ後、俺と七色は楯無の案内の元、地下秘匿アリーナへと足を運んでいた。
目的は午前中に話されていた俺の専用機調整。俺の精密なデータを取っておく事でより設計確度を高くする為の調整なのでまだ本格的に受領する訳ではない。しかし専用機と対面する事には変わりなく、俺は得も言われぬ緊張感を抱いていた。
「そういえば、ふと気になった事があるんだけど」
独特の緊張を覚えながら地下秘匿アリーナへと向かう道中、思い出したように七色が声を上げた。
「専用機って、一ヵ月やそこらで出来上がるものなの? イメージだと数ヵ月から数年単位の時間を要する感じなんだけど」
「それは場合によるんじゃないか。専用機を作るには、まず考案の段階で最重要視される“テーマ”が必要になる。それを実現するのに必要な理論、その他諸々が現実的かどうかの議論に時間を多く要するところを、俺の専用機の場合はもう終わってたんだろう」
研究途中だったか、それとも凍結されていたものを発明者・篠ノ之束博士の協力を得た事で再開したか、あるいは欠陥品扱いを受けていたものの型落ち品か。考えられる可能性は多くあるが、共通項は何れも“製作途中”である事。制作に取り掛かっている以上、図面上の議論の段階は終わっている筈なのだ。
たった一ヵ月で調整出来るレベルに仕上げたと聞いて、俺はそう結論付けていた。
「勿論案だけ出来てて、一から作り上げたとも考え難いし、大方プロジェクトの途中で方針転換か何かで引き継いだものだと思うが……」
とは言え、俺に分かる事はそこまで。詳細に関してはほぼ聞かされていないため、知っていそうな楯無に目を向ける。
前を歩きつつ肩越しにこちらを見ていた蒼髪の生徒会長は、口元に笑みを浮かべ、頷いた。
「流石は、察しが良いわね。その通りよ。和人君に用意される専用機は、凍結されていた機体を流用した代物なの」
歩きながら話すわね、と楯無は話し始めた。
俺の専用機になる予定である“凍結されていた機体”。それを今回仕上げたのは束博士だというが、大本は日本のIS企業《倉持技研》が作っていた代物だという。
骨子としていたテーマは“
そのため専用機を所有する操縦者で、
ちなみに
――件の“機体”は、《倉持技研》が
思った以上に研究が難航し、凍結されていたその機体は、フレームなど本体部分がある程度作られていたため、俺の専用機として流用する形になったらしい。
微妙に不安定、不安が残る曰くの機体だが、一から作り直さなかったのはおそらく第三回《モンド・グロッソ》に間に合うよう考えての事だ、その時に全世界に発信するのが当初の予定だから。あと束博士が直々に協力するため、《倉持技研》の研究が成功するかもしれない……という淡い期待も込められていると思われる。
「なるほどなぁ……しかし機体製作の何に難航していたんだ? それに話に聞いた限りだとほぼ完成していたんだろう? なら逆になんで一ヵ月も時間を掛けたんだ?」
「倉持所属の操縦者が搭乗しても、コアが反応しなかったんですって」
「……妙な話だな。企業所属なら、IS適正はB以上ある筈だろう。それなのに反応しなかったのか」
「そう聞いてるわ」
IS適正はC、B、A、Sの順に高くなっていく四段階からなる適正評価。Cランクだと中にはISを動かせない人もいると聞くが、そういう人物が企業所属の操縦者になれるとは思わない。Bから安定して起動出来て、A以上になるとISコアとのシンクロ率が高くなり、専用機での
シンクロ率、操縦技術に差はあれど、起動自体は出来なければおかしい。
ウンともスンとも言わなかったというのはそれだけ妙な話だった。だからこそ凍結された事も頷ける訳で……
「その機体を篠ノ之博士が引き取って色々と精査はしたけど、原因は分からず終い。だから和人君本人で反応するかを試さないといけないっていう話らしいわ。動けばそのまま和人君の専用機に、動かないなら博士が代わりを用意するって」
「なーんだ、じゃあ今日見る機体が和人君のものになるって決まった訳じゃないのね」
つまんない、という雰囲気で七色がボヤく。
――そう話していると、目的地に到着した。
機械的な分厚い扉が道を塞いでいる。脇の方にカードキーを滑らせる読み取り装置と、暗証番号を入力する電子版、更に指紋や瞳孔での認証検査を行う機器が一纏めにされた解除装置があり、楯無が滑らかな動作で立て続けに認証を済ませていく。
十秒と要さずロックが解除され、分厚い扉が自動的に左右に開いた。
「やぁやぁ、待っていたよ和君!!!」
開口一番、出迎えの大きな声が耳朶を打った。
空気を震わせ、狭くはない室内で反響音がする程の声量。耳がきーんと鳴る程の大きさに思わず顔を顰める。七色と楯無も若干顰めっ面になっていた。
俺達をいの一番に出迎えたのは、レディースのカッターシャツとタイトスカート、タイツを履き、長い白衣に袖を通した女性――天災・篠ノ之束博士だった。童話風の装いだった一昔前から一転し、まともな服装になっている今の姿には未だ違和感がある。それでも着こなしている辺りが科学者らしいと言えた。拭い切れない違和感は、まるで子供のような無邪気さとのミスマッチ感なのかもしれない。
――その女性の背後に、大きな物体が鎮座している。
白いシーツを被せられているので細部は分からない。だが布を突き上げるが如き盛り上がり、角張りようを見れば、布に覆われているものが何であるかはある程度察せるというもの。
「おっ、和君もその気だね? うんうん、ちょっと複雑なトコもあるけど、興味を持ってもらえる事は嬉しいよ!」
俺の視線を察したか、わくわくを抑えきれないとばかりに――ほんの僅かに寂寥が滲んでいたが――言葉を連ねる白衣の天災。
部屋のそこかしこに機器を置かれているが、博士以外の人影は数える程しかいない。それも全て見知った顔。クロエ・クロニクル、織斑千冬、茅場晶彦、神代凛子、菊岡誠二郎、そして――――鷹崎宗司元帥。
んぐ、と思わず変な声が出た。噴き出しそうだった唾を無理矢理呑み込んだせいだ。元帥が来るとは一言も聞いていない。
その時、元帥の眼帯を巻いていない右目と、俺の右目の視線が交錯した。
「た、鷹崎元帥も来ていたんですか」
無視する訳にもいかず会釈をして、口を開く。
すると元帥は相好を崩してみせる。
「私はただの見物人に過ぎんよ。それと、ここは余人の目も無い、そう固くなる必要は無いぞ」
「ん、ぐぅ……」
老齢ながら
SAO、ALOで出会ったプレイヤー達は全員年上ばかりだった。最高齢ではSAOで出会った釣り師・ニシダさんである。あの時はゲーム世界だから、自分の方が強いからという潜在的な意識からタメ口で話していたが、現実だとそうもいかない。固くならなくていいと言われても、自分は子供で学生、対するあちらはルールの厳しい軍役で生き残った大人だ。
VRMMOでの人間関係は、最悪アカウントを消せば立ち消えるものでしかない。
だが現実でのそれは一生続く事が確定している。おいそれと下手な事を出来る筈が無かった。
「元帥、時間も限られていますし、早速構わないでしょうか」
そこで救いの手を差し伸べてくれたのは、元帥の部下である菊岡だった。反応出来ないでいる俺を見かねたらしい。
元帥の目がそちらに向けられた。
「そうだな、手早く済ませよう。篠ノ之博士、頼んだぞ」
「はいはーい、束さんにお任せあれー。あっくん達もヘルプよろしくね」
「任されよう」
「はいはい」
ひらひらと手を振りつつ、シーツを被せられた物体の近くに設置されている機材へと進む技術者達。
「……その筋の人がこの光景を見たら卒倒するんじゃないかしらね……」
その光景を見た七色が、戦慄を滲ませながら言う。
「驚きはしても、卒倒はしないんじゃないか?」
「それは和人君の感覚がマヒしてるだけ。ISとVRMMOの権威が揃ってる上に、一人のISの為だけに協力してるなんて、大スクープどころじゃないわ……――――それにしても、茅場博士達はプログラムのどの辺を担当してるのかしら……?」
戦慄の表情を、七色は疑問で上書きした。
「反応速度とか、その辺のデータじゃないか」
「それは
「事前情報として打ち込んでおけば精確性が増すらしい。それに茅場は《ナーヴギア》の設計者だ、俺が使っていた《ナーヴギア》のデータを打ち込むのに一番適している人物だろう」
それに、《ナーヴギア》の技術の一部には、ISのハイパーセンサーの技術が流用されている。その確信を抱いたのは《ⅩⅢ》の特性を知ってからだが、それを踏まえれば数値の互換性はある程度利く筈だ。
それをする理由としては、今から計測したとしても、SAO時代の全力レベルを計測できるとは限らないからだろう。そこで二年以上も使っていた《ナーヴギア》のデータをフル活用すれば、俺の最大反応速度やバイタルデータなど多くの情報の精確性が増し、結果的に
むしろ今までVRMMOのプログラミングを専攻にしていた茅場、神代の二人が現時点で手伝える事と言えばそれくらいの筈だ。
そう話していると、準備に参加していなかった一人――クロエが近付いて来た。折り畳まれた黒色のなにかを抱えている。
「和人、機材の準備をしている間に、こちらに着替えて下さい」
「それは?」
「ISスーツです。今後公式戦に出場する以上、必須ですから」
そう言いながら抱えているそれ――ISスーツを差し出してくる。受け取ったそれの質感は硬質さと布繊維のきめ細やかな滑らかさが同居していた。硬さと柔らかさが両立している不思議な材質だ。少し引っ張れば、案外伸びる。
【無銘】にISスーツは不要のため、今までISスーツは他人が着ているものを見た事しかなかったが、こんな感触らしい。
――ちなみに、基本的にISを操縦するに辺り、ISスーツは不可欠という訳ではない。
ただしあるかないかで多少の差は生まれる。ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知し、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達する事で、必要な動きをISが補助しやすくなるメリットがある。また一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら受け止められるとの触れ込みだ。
【無銘】でスーツが不要なのは、俺の体に埋め込まれているコアが直に電位差を検知するから。だから【無銘】を使用するにあたってスーツを着た場合のメリットは後者の防具としての効果が主体となる。
だがこれから俺が表で扱うのは一般的に知られている機体。操縦するに辺り、ISスーツを使うのはむしろ当然と言えよう。郷に入っては郷に従え、というヤツだ。
クロエに案内された更衣室で手早く着替える。ジッパーが背中側に付いていて、それに手足を通してから上げる事で、四肢と胴体全体を覆うスーツの着装が完了する。
形としては全身タイツそのもの。黒色のそれは、かつて対峙した廃棄孔が身に纏ったもの――黒色に染まった筋線維と、その筋を細く白い線が走るスーツ状のもの――と瓜二つだ。意外な事に締め付けられる感じはしない。体を大きく動かせば、エナメル状に感じるスーツの各部位が丁度いい塩梅に伸縮する。むしろ体を動かすのを補助してくれている気すらする。
これで廃棄孔が纏っていたものと似ていなければ、最高だったのだが。流石にそれは贅沢な話と言えよう。
着替え終わったため元の部屋に戻る。
「お、帰って来たね? こっちも準備が終わったから早速始めよう!」
部屋に戻れば、束博士がまた元気のいい声を上げた。流石に馴れたのか顔を顰めている人はあまりいない。むしろそれを気にすることなく、皆の視線は布に覆われた物体へと向けられていた。
「さぁ、括目して見るといい! これが和君に贈る専用機だよ!」
ばさぁ! と勢いよくシーツが剥ぎ取られる。
――『黒』が現れた。
黒。真っ黒。飾り気のない、光を飲み込むが如き闇の装甲。
その装甲の形状には既視感があった。記憶を漁って、すぐに思い出す。SAO後半期に於いて俺が身に纏っていた金属鎧と同じ意匠。流石に生身の甲冑と較べればサイズ比は大きいが、一般的なISに較べればそれでも小さい。だから気付けた。
そして、これが――――
「これが……」
「そう! 和君の専用機、その名も――【
「くろ、つばき……」
《倉持技研》で研究、開発された素体を、束博士が調整した機体。まだ動くかは定かではない。
しかし……何故だろうか。
無感情、無機質に感じる真っ黒な機体は、動く気がした。それはどこか惹かれる俺の錯覚かもしれない。あるいは、【無銘】を使えているからこその感覚か。それとも【無銘】が共鳴でもしているのか。
言語化出来ない奇妙な感覚を覚えながら、俺は“それ”の腕部装甲に触れた。
途端、キンッ、と金属質の音が脳裏に響く。
ズキ、と頭蓋内の血管が脈打ったような頭痛を覚えた。視界が歪む。
それと同期するように、直接流れ込んでくる
だが、あり得ない。俺は【黒椿】の事を何も知らないのだ。近接系か、遠距離系かすら。
つまり、別世界線の俺も【黒椿】の事は知らなかった事になる。
――だが、形状が違い過ぎるだろう……?!
“あちら”は【打鉄】に近い装甲、つまり和風甲冑だった。対する【黒椿】は西洋甲冑。似ても似つかない。だがそれは当然なのだ。“別世界線”に於いて、日本政府が俺のためだけに専用機を用意する事はなかった。俺は無銘があり、共に入学していた義姉は博士が作ったオリジナル機体だったから。
それに、俺が視たデータと、いま流れてきたデータにも多くの相違点が存在する。
【黒椿】も七色と同じく、この世界線特有の相違点という事になる。なら似る訳が無いのは自明の理だ。
なら、この感覚は、情報が流れて来る原因は……
「和人君?」
――名前を呼ばれ、我に返る。
気付けば、すぐ横に心配顔の七色がいた。楯無や束博士、茅場、元帥も記憶に較べて距離が近くなっている。
「いきなり動きが止まったけど、大丈夫?」
「……ああ。なんか、変な感覚がして、何でだろうって考え込んでた」
「変な感覚? 和君、それって……」
「多分だけど、【黒椿】のデータが一気に流れてきた」
「データが……?」
訝しげに、束博士が顎に手を当て、思考を始めた。
「そんな前例聞いた事が……ううん、ISは無限に成長する訳だし、操縦者の選別をしててもおかしくは……和君を認めた? それとも【無銘】を埋め込まれてるから……? 拒絶反応は、クーちゃんも無かった筈だし……」
「あー……一先ず、乗ってみたらどうかな? 動くか動かないかを確かめないといけない訳だしさ」
自分の世界に没頭してあり得そうな事をぶつぶつと呟くだけになった博士を置いて、菊岡がそう促してきた。いま起きた現象は未だ謎だが、実害がある訳でもないのでやる事は変わらない。
心配げな七色に離れるよう言ってから、俺は胴体の開いた部分に体を預けた。コックピットにあたるそこに受け止められる感覚がしてから、すぐに俺の体に合わせて装甲が閉じる。かしゅっ、かしゅっ、という空気を抜く音が響いた。
それから、頭上から金属製のリングが降りてきた。それには黒灰色の板がはめ込まれている。どうやらバイザーらしく、それは目元を覆うように取り付けられた。意外にフィット感があり、《アミュスフィア》を付けたような感覚と重みだ。しかし意外な事に視界はそのままの色を保っていて、むしろクリアにも見える。
その視界には、
その視界に、バイタルを計測し、安全である事を保証する結果が届く。それはフルダイブする時のダイブシークエンスのようにも思えた。
それを経るごとに、融和するように、適合するように、【黒椿】と一体化する感覚が増してくる。自分の体も同然なくらい自然と馴染んでいく。
まるで、ずっと使い続けた愛剣のような……
「和人君、どうかね。ISは起動しているかな」
流れて来る情報を見ていると、茅場が話し掛けてきた。普段なら分からないくらいの微かな声の震えまで判別し、認識できるほどの聴覚の冴え。ハイパーセンサーがしっかり働いている証左。
つまり、このISは起動している。
「ハイパーセンサーとか、どこかSAOっぽいUIとかしっかり見えてる。左上にシールドエネルギーの表示があるし……多分、動いてると思う」
「そうだな。それらが見えているという事は、どうやら【黒椿】はしっかり動いているらしい。では【黒椿】が和人君の専用機になるとして……束君、調整を始めるからそろそろ現実に復帰してもらえるかな?」
「……え? あ、動かせた? やー、よかったよかった! 他の操縦者じゃ動かせない原因が束さんでも分からなかったから不安だったんだよねー。じゃあパパッとやっつけちゃおうか!」
「束博士、それってどれくらいで終わりそうなんだ?」
「今回は二十分くらいかなー。普通なら十分も掛からないんだけど、束さんでも分からない部分があるISだからちょっと慎重に行こうと思うんだよね。万が一があったら和君も困る訳だしさ。あとあっくん達の経験も兼ねてる」
「わかった」
ISの完全自動で三十分ほどで、腕のいい技術者が携わって二十分まで短縮されると言われる工程。発明者にして天災たる束博士に掛かれば確かに数分で終わりそうなものだが、諸々の事情を考えれば遅くなるのは仕方ない。
カタカタカタカタ、と数人分の打鍵音が響く。
同じように“ちきちきちきちき”と【黒椿】が膨大な情報量を処理する音が、まるで体内からする音のように聞こえる。
それらをぼうっと眺めていると、タブレット端末を手にした眼鏡の役人・菊岡が近付いて来た。
ISに搭乗していても菊岡より目線がやや下。搭乗しても背丈は170センチを超えないらしいが、素の身長が125センチだからある意味当然か。多分義姉や木綿季達と同じくらいだろう。
そう考えるとどれだけ自分の体が小柄で、且つISも小さめなサイズなのかを痛感する。
そんな思考を隅に追いやって、菊岡に意識を戻す。
「キリト君、今の内に【黒椿】のスペック概要を伝えておきたいんだけど、いいかな? まぁ、スペックと言うよりはコンセプトと表現した方が正しいかもしれないけどね」
「ここから変わる訳だからな……わかった、聞く」
こくりと頷き、目の前の役人を見る。
菊岡は俺の左隣に立って、見えやすいよう端末の画面を見せつつ、話を始めた。
「まずは
【打鉄】を例にすれば近接ブレード《葵》、アサルトライフル《焔備》が標準装備扱い。それ以外の武装が積まれている場合は、それが
ちなみに用語が分かれているのは、
専用機が汎用機用
専用機は汎用機のテーマやゴールを見出す叩き台のような扱いであり、あらゆる装備を使う特性から、
しかし【黒椿】はその通例に反し第二世代汎用機【打鉄】と同じものが使える。これだけでも戦略の幅が広がるというものだ。フランスに第二世代汎用機【ラファール・リヴァイブ】をフルカスタムして専用機として扱っている代表候補生が居るが、その人物の強みも汎用機故の
――とは言えこの【黒椿】の利点はあくまで表向きの情報。
本当は違う場合もあるからまだ喜べない。それどころか機体のサイズ比的に、理論上扱えるとしても俺の体格的に不適合判定で使えない可能性だってあるのだ。
やっぱり小柄なのは不利である。
「機体性能は積載予定の武装の偏りからやや近・中距離向き、これは君の目で確認した方が正確だと思うから省くね……製作コンセプトは“イメージ・インターフェイスの搭載と利用難易度の汎化”。だから第三世代という事になる」
世代を聞いて、だろうな、と思った。
世界の研究は第三世代へとシフトしており、各国でも“イメージ・インターフェイス”を搭載した特殊兵装の開発が進んでいる。日本では楯無のアクア・ナノマシンがそうだし、ドイツでは慣性停止結界・アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、イギリスでは遠隔操作を主とした兵装・ブルー・ティアーズ兵器などが報告されている。勿論それらはまだ試験段階なので本格採用はまだ先との事だが、“別世界線”の記録を見た限りでは数年は前線を張るものばかり。
「で、ここから裏の情報だ。勿論さっき伝えた内容が嘘という訳じゃないけど」
「隠してる内容という事か……ん、わかった。教えてくれ」
「まず【黒椿】は第四世代で――」
「ちょっと待て」
一つ目からちょっと訳が分からなくなった。
世界はいま、躍起になって第三世代の研究を始め、漸く成果が出て一号試験機が出来始めた時期だというのに、もう第四世代?
「待て、なんだ第四世代って。まだ定義からして曖昧だろう。何を目的にした世代なんだ」
第一世代は『ISの完成』を目標とした機体。
第二世代は『
第三世代は『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』。
ここまではクロエや簪に教えてもらって覚えている。もっと細かい部分はあるが、要点だけ押さえればそんなもの。
だが――第四世代というのは、聞いた事が無い。おそらく研究、開発の現場の間で話題になっているものだとは思うが……
「束博士によれば、装備の換装無しで全領域・全局面展開運用能力の獲得を目指した世代……だとか。だから機体性能も近・中距離どころか遠距離も対応。遠距離武器はスペックデータにも積載されてるから試合で使っても第四世代とバレる事はないよ」
「そうか。それは安心出来るが……どうせ、第四世代ならではの兵装があるんだろう?」
「うん。博士の言葉を借りれば、《展開装甲》というらしい。そして【黒椿】は攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替え可能な《
「……扱い切れる気がしない……」
いや、最終的には扱い切るしかないのだろうけど。そうじゃないと機体性能を発揮し切れず、つまり対戦では常にデバフを受けている状態になる訳だけど。引き出しが多いのはいいけど、いきなり多くされても却って困る。
それに、《展開装甲》という名前は寡聞にして聞いた事が無い。
それはつまり、先達や先駆者がいないという事で、完全に手探り状態という事だ。
これはマズい。非常にマズい。どれくらいマズいかと言えば、使った事がない武器で初見のボスに適正レベルギリギリで勝てと言われるくらいマズい。
俺はあくまで凡人。SAOやALOで強者となれたのは、MMORPGというジャンルで共通する知識、情報というものを拾えて、SAOベータテストを出来たからに他ならない。ぶっつけ本番が多かった過去の戦歴だが、俺は本来入念に準備を重ねての戦闘を本領とする。事実、偵察戦を行えなかった階層ボス戦では誰かしらの死者を出している。対応が遅れるから当然だ。ましてや、自分に何が出来るかの限界が分からないのでは問題外。
束博士から聞けるのは使い方、特徴まで。敵が使って来た場合の注意点、また戦闘に使用した場合の弱点までは流石に分からないだろう。仮に分かっても俺がどう対応するかまでは自分で考える必要がある。
一気に課題が増えたぞ、これは。
――とは言え、考えようによっては重畳の至りとも言える。
最初から課題がハッキリする上に、他を圧倒する兵装を長期間に渡って練習できる。これは他にはない絶対的なアドバンテージだ。
加えて、第四世代の定義があったとしても、具体例がない以上は《展開装甲》とやらを使っても第三世代でない事がバレる可能性も低い。瞬時加速のように要所要所で使う場面を絞っておけば『増設スラスターのようなもの』と勘違いしてくれるだろう。
勿論何れは公表しなければならないだろうが――時代を先取りしている以上、余程他意はしない限り俺が【黒椿】を乗り換える事はまず無いと言える。
――長い付き合いになりそうだ。
――これからよろしく頼む、【黒椿】。
口には出さず、胸中でだけ呟く。
『【黒椿】、《桐ヶ谷和人》を正式操縦者として認証します』
その脳波を読み取ったか、視界に一つのメッセージウィンドウが表示された。
・【黒椿】
建前/実際
・製作:倉持技研/篠ノ之束
(機体製作は倉持、完成を束が手掛けている)
・世代:第三/第四
・対応:近・中距離/全領域全局面
・コンセプト
表:イメージ・インターフェイス兵装運用の難易度低下、汎化
裏:攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替え可能な《
和人が受領した第四世代IS。
見た目は西洋甲冑。【白騎士】を黒くして、ミニサイズにしたバージョンが一番近い。SAO後半期に於いてキリトが纏っていた甲冑がモチーフ。バイザーがあるので、《
反応速度などは《ナーヴギア》に記録されたデータ、また《SAO事件対策チーム》が記録したデータを反映させているので、和人が出し得る最大能力に付いていけるレベルになり得る。
前半で楯無が語ったように元は”一次形態に於いて
第四世代、《展開装甲》と前例のない機体という事で頭を抱えたが、考え方を変えてアドバンテージと思うようにした。実際戦闘経験を積むほど和人の対応は的確になるので、時間の限り訓練を積めば無類の強さを発揮する。
・メタ情報
倉持が作り、凍結されていた流れは原作一夏の【白式】そのまま。つまり【黒椿】のコアは【白騎士】のもの。
また《展開装甲》は【白式】の武装・雪片弐型に限定的に、原作箒の専用機【紅椿】にはアーマー全体に使われている。【黒椿】がどちらか明言されていないが、菊岡の語りは【紅椿】のものとまったく同じ。
以上の要素から原作と較べ、【黒椿】は――
1)コアが【白騎士】のもの=治癒機能&《零落白夜》を発現し得る
2)【白式】と同じ製作経緯でありながら初期段階で近・中・遠距離の武装が積まれている
(【白式】がブレード一本だったのは束がそうしたからと原作三巻で明かされているので、逆説的に和人に親身な本作束がしなければ複数の武装を積載可能。また《零落白夜》発現も狙えないので容量制限も起き得ない)
(後に荷電粒子砲が追加されたのは、シャルの銃器を使った事を学習し、二次移行で追加した【白式】の頑張り)
3)世代、機体特性は【紅椿】と同じ
4)【白式】、【紅椿】はどちらも一次形態時点で
(【白式】と同じ製作経緯、【紅椿】と同じ特性と兵装)
――という、【白式】と【紅椿】の設定のいいとこどりをした機体という事になる。
ちなみに原作【白式】相当の機体を預かり、束が
なので箒が専用機を喪った訳ではない
(別世界線の記録では【黒椿】のデータに近い機体があったそうだが、それが【紅椿】か、使っていたのが箒かは不明)
・フランス代表候補生
【ラファール・リヴァイブ】をフルカスタムして専用機として使っている人物。
原作時点で『二年前に本社に呼ばれて、IS適正が高いと分かったから企業所属の代表候補していた』と明かされてるので、この時点で代表候補として名前をあかしててもおかしくはない。
イッタイドンナボクッコナンダロウナー(棒)
むしろ原作は何故ミーハーの多そう(偏見)な一般生徒女子が気付いたり、噂が流れたりしなかったのか。
本作和人は戦う可能性のある相手は事前情報をしっかりするので当然のように把握していた。代表候補の簪と勉強してたからネ。原作簪も気付いてた可能性あるんじゃなかろうか(逆に気付かない他の候補生組ェ……)
・ブルー・ティアーズ兵器
通称、BT兵器。
イギリスが研究、開発している第三世代兵装のシリーズ。
思考による遠隔操作、射撃を強みとする。反面、並列思考やBT適正が高くないと、自分が動きながら遠隔操作という事が出来なかったりする。
適正率が高くなるとレーザーの拡散、軌道の屈折が出来るようになる。
絡め手、パターン戦術の得意な人に適した兵装。
・アクティブ・イナーシャル・キャンセラー
通称、AIC。
ドイツが研究、開発している第三世代兵装の技術。慣性停止結界、あるいは完成停止能力とも。
詳細な理屈は不明だが、慣性とあるので原子単位で動きを止める事で、物質を止めているのだと思われる(風船で弾を止めるゴム人間的イメージ)
つまり原子で構成されている物質は止められるが、逆にエネルギーは貫通する。原作でも《零落白夜》、BT兵装のレーザーは有効だが、実弾、空間圧兵器の類は無効化されている。
多大な集中力を要するため少し気が散れば無効化される、安定し難いが、嵌れば強い兵装筆頭。一対一だと無双出来るが、一対多になると弱い。
攻略の仕方に筆者の腕が現れる問題児()