インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ 作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス
どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。
まず最初に盛大に謝罪を。あれだけ豪語してたFate要素は、やっぱりやめにする事にしました。
理由は戦闘描写と設定の小難しさ、あとは世界観。
SAOとISは結構あってて、それぞれもFateと相性が良いんですけど、三つは無理っぽかった。
そういう訳で、結構反応が良かったアルキメデスさん他、出たばかりの無銘殿もリストラです……申し訳ありません。
第三十九章、第四十章は、先に投稿していた話でFate要素を抜かして繋ぎ合わせただけなので、見栄えはしません。
申し訳ありませんでした。
今話の視点はエギル、少しだけシノン、キリトと移り行きます。《弓》クエスト達成と続くお話です。
ではどうぞ。
事実上《アインクラッド》最強の剣士と女性最強の剣士の戦いは、引き分けという思いもよらぬ結末で幕を閉じた。
あの温厚なユウキが凄惨な笑みを浮かべた事には少々度肝を抜かれたが、思い返せば彼女は何だかんだと第一層の頃からキリトの事を気に掛けていたし、本人の前でこそ口にしていなかったが幾度と無くデュエルをしてみたいと洩らしていた事から、相当嬉しかったのだろうと驚きと共に納得もした。
「ふわぁ……凄かったぁ。キリト君もだけど、ユウキちゃんも本当に強かったねぇ」
「あの地下迷宮の時も相当だったけど本調子だと次元が違ってくるね……しかも、アレでハンデ状態とか……」
レインとフィリアが半ば呆気に取られて言葉を洩らす。
そう、純粋な片手剣使いとしての勝負で今回は引き分けに終わった訳だが、キリトは装備やスキルに制限を受けていたから厳密に言うとアレがキリトの全力という訳では無い。勿論、第七十四層フロアボスと戦う以前と同等の条件で考えれば全力なのだろうが、新たな装備とスキルを得た今のキリトからすれば本気ではあっても全力では無いのだ。
デュエルの相手がヒースクリフであったならキリトもユニークスキル、あるいは二刀流を遺憾無く発揮した事だろう。
だがユウキは、幾ら攻略組で三本指に入る程の実力者と言えど、その実態はコモンスキルしか習得していないプレイヤーであり、キリトとヒースクリフのようにユニークスキルを得ている訳では無い。天性の素養とたゆまぬ努力、積み重ねて来た戦闘経験で強さを維持している彼女に対し、ユニークスキルを複数扱うのは流石に反則的としか言えない。だからこそキリトはハンデを提案したし、ユウキもその提案を妥当と判断し、採用したのだ。
とは言え、ハンデ付きと言えど《二刀流》を解禁する以前のスタイルに限定しただけだし、そのスタイルは第一層の頃からずっと続けていたものだから、ユウキと互角以上の戦いを見せ付けた。
刹那の間に交わされる読み合いと一瞬で繰り出される剣戟の応酬は正に最強の名を冠するに相応しい戦いだった、あそこまでの激戦を繰り広げられるのは、恐らくヒースクリフを含めても居ないだろう。ヒースクリフは反撃主体なので、剣劇の応酬というよりは攻防の読み合いという方が正しいからだ。
此処にもしキリトを見下している者が居たとすればどういう顔をするか考えると、胸糞悪くもあるが、少々面白くもある気がした。
「キリト、ユウキさん、お疲れ様。はい、お水」
「ありがと、リーファ」
「ありがとう」
《ソニックリープ》という突進系ソードスキル同士の競り合いの果てに暴発という予想外の事象が発生し、手元から飛んだ剣を回収した後、観戦していた俺達の所へ歩いて来た二人を、喉を潤すための水が注がれているコップを持ったリーファが迎え入れた。
ユウキとキリトはそれぞれ礼を言ってそれを受け取り、美味しそうに喉を鳴らしながら水を飲み干した。
「はぁ……」
その時、コップから口を離したキリトが一つ大きく息を吐く。それに気付いたリーファが首を傾げた。
「キリト、どうしたの?」
「ん? ああ……いや、俺もまだまだだと思って。結果に不満は無いけど、最上位剣技を諸に受けた事とか、《閃打》を読み切れなかった事とかが未熟だなって痛感させられた……というか、よくあんなの出来たな、絶対回避出来ないタイミングだった」
「アレは、何というか……無我夢中でやってて。上手く嵌ったのも半ば偶然、いや奇跡だよ」
「あと、《閃打》から《ノヴァ・アセンション》に硬直無しで繋げてたけど、何時の間に《剣技連繋》が出来るようになったんだ?」
「え? ……あー、アレの事か……アレも殆ど無意識だったよ。出来たのはキリトが理屈を教えてくれたからだし、多分今やれって言われても出来ないと思う」
《剣技連繋》。それはソードスキルを硬直無しで連携させるという、キリトが闘技場《個人戦》で使っていたシステム外スキルの名称だ。
ソードスキルには使用後に必ず硬直が課されるよう設定されている。技後硬直と呼ばれているこれは敏捷値の強化によって縮める事は出来ても皆無にする事は不可能だが、現にキリトは硬直を挟まずにソードスキル同士で攻撃を繋げていた。
それは、ソードスキルが終了してから実際に硬直が課されるまでにコンマ数秒の短い隙間が存在しており、その一秒未満の間を縫って、『スキル終了時の構え』を『別スキル開始の構え』に近付ける事で、技後硬直をスキルの立ち上げで上書きしているのだという。
技後硬直は、システムによって課されるものだ。そしてソードスキルはシステムアシストという見えざる手によって体が自動的に動かされる現象。どちらもシステムによって規定されているものだからこそ成り立つ、システムの穴を突いて技術として作り上げたシステム外スキル。チート行為では無いし、条件さえ満たしていれば誰もが同じ事を可能とするもの。
《圏内事件》後は三日に渡って眠っていたキリトが目を覚まし、闘技場での戦いぶりから騒いでいた連中が取り上げていた疑問に答える中で明かされたそれは、さしもの俺達も愕然とせざるを得なかった。
攻略組だからこそソードスキルは身近な事だし、技後硬直というのも一瞬の隙が命取りなため、誰もが使いどころに悩む。それを覆す理論と使いこなしているキリトに驚かされたのは記憶に新しい。
ちなみにだが、《片手剣》ソードスキル同士の連繋は《二刀流》スキルによって両手に剣を持っていてもイレギュラー装備状態にならないからこそ可能なのであって、他のプレイヤーには出来ない。実際キリトも《二刀流》を習得する以前は出来ず、《体術》スキルとの組み合わせで隙を減らす程度に留まっていたらしい。
正真正銘キリト専用のシステム外スキルと言えるし、硬直が課されるまでに別のスキルの構えを取るなどシビア過ぎて不可能と言いたくなるので誰もが習得を諦めていたのだが……ユウキは無意識に出来てしまっていたらしい。まぁ、戦闘に集中していたから自然と出来てしまった、という事だろう。
出来ると分かっている事をやろうとするのと、分からない事をやろうとするのとでは、どうしても無意識的なセーブが掛かるか掛からないかで差が出てくる。
勿論今回の場合は前者、ブレーキを掛ける必要が無かったのだから出来たのだろう。
「無意識にって、たった数日だろ…………これが才能の差か……妬ましいな……」
「いや、ソロでフロアボスを倒せるキリトの方がよっぽどだから」
少し羨ましげにユウキを見上げて言うキリトに、ユウキが呆れを隠さず即座に言葉を返した。それに俺は大きく頷き、周りで話を聞いていたサーシャや子供達、レインやシノンも同じように頷く。
まぁ、キリトが言いたい事も分からなくは無い。この一年半もの長い期間を掛けて練習を続けた末に技術として体系化したのが《剣技連繋》、謂わばこれはキリトの努力の結晶だ。それを理屈を知ったからと言えどたった数日でほぼ練習も無しに使われたのだ、そう言いたいのも無理からぬ事である。事実、俺からすればユウキの才能もとんでもないのだし。
少し離れた所からそう感心しつつ二人を見ていると、ふとキリトの黒い指貫手袋に包まれている右手の甲が光っているのに気付いた。
「おいキリト、その右手の光は何だ?」
「え? って、な……何だこれ?!」
俺が指を向けながら指摘するとキリトは自身の右手を見て驚いた。どうやらその光は装備の効果によるものという訳でもないらしい、道理で俺も見覚えが無い訳である。
キリトの右手の甲の光は俺が気付いた時よりも遥かに強くなり、黄金の光の粒子を噴き上げながら文様を浮かび上がらせた。金のサークルに包まれた黄金の十字架を象った文様で、サークルの内縁外縁それぞれに読み取れないくらいの小ささで流暢なローマ字が刻まれていた。光の粒子と字の小ささが災いして読み取れないが、何か意味はあるのだろう。
「うっ、づ、ぁあ……ッ?!」
黄金の十字架とサークルが鮮明になってくると、驚愕で固まっていたキリトが苦しげな呻きを上げ始め、左手で右手の甲を覆って蹲った。
様子が唐突に変わった事で特にユウキが慌てふためく。
「き、キリト?! どうしたのいきなり?!」
「い、痛い……ッ!」
「「「「「痛いッ?!」」」」」
ユウキの問いに対する返答に、心配になって駆け寄ったリーファや俺達は一人の例外なく驚愕の声を上げた。
このSAOは空腹や満腹といった食欲、眠気の睡眠欲、集中力、五感といった感覚的な部分も現実に限りなく近いが、そのあらゆる感覚を再現している中でも唯一存在しないものがある。
それが痛覚。
元々このSAOはVRMMORPG、つまりは戦闘を主軸とした大規模なネットゲーム。五感があるのはこのアバターを現実の肉体同然に動かせるようにするためだし、仮想現実世界と銘打っているのだから必須の感覚だ。しかし戦闘を主軸としている手前、痛みがあったら絶対売れない。物騒な事が好きなヘビープレイヤーや痛みこそ楽しいと考える者には少々物足りないだろうが、中学生からプレイ可能なレーティングにするには痛覚を除かなければならない。
しかし痛覚、つまり痛みは肉体に害のあるものを受けた事を示す危険信号、嗅覚の次に身の危機を知らせる感覚だ。それが無ければ何時の間にかHPがゼロになっていた……なんて事もあり得る。VR技術が確立するより以前のテレビゲームは俯瞰視点だから戦闘とHPゲージの確認は容易だったが、俺達は文字通り目の前の敵に集中しなければ死ぬのだから、HPゲージに気を配り続けるというのは難しい。だからこそ、痛覚の代わりに不快感というものを受けるようになっている。
そのため、この世界で痛みを恐れて戦わない、という者はいなかった。もし痛みがあったなら現在の攻略組は存在しないだろう、まず間違いなくユウキ達も戦いを選ばなかった筈だ。
キリトだけは痛みを押して戦いそうな辺り、現時点で遥かに常軌を逸しているとしか言えないが……
そこまで考えて、待てよ、と俺は未だ痛みに呻き蹲るキリトを心配しつつ思考を巡らせた。
思い起こすのは、第七十五層に来てから俺が見たキリトの戦いだ。
スリークォーターに到達してからキリトが戦闘をしているのを見たのは、闘技場《個人戦》と今しがた決着したばかりであるユウキとのデュエルの二回だ。前者はボス三連戦で相当苦戦したが何とか倒し、その報酬として規格外の装備を渡された。
その装備の中に、腕防具《狂戦士の腕輪》というものがあった。これは装備中は防御力が三割低下し続ける代わりに、ソロである限り全ステータス上昇、攻撃力大幅上昇、そして仰け反り無効という多大な恩恵を受ける超レア装備。
俺が引っ掛かったのは、この最後のバフである『仰け反り無効』。
所謂スーパーアーマーというものだが、これは《両手斧》や《両手剣》のソードスキルにも度々備わっているバフだ。力強さを象徴する武器のソードスキルだからこそ半端な攻撃では怯まずそのまま押し切る事が出来る。
ちなみに、スーパーアーマー状態のソードスキルは大抵敵の防御を破るガードブレイク性能も付与されていたりする。
話を戻すが、この『仰け反り無効』、『スーパーアーマー』というのは文字通り攻撃を受けても絶対怯む事が無い。勿論スタンや麻痺といった行動を阻害する状態異常の類は受けるし、ダメージも軽減される事は無いから、そういったものを受ければ中断はされる。
だが普通の攻撃やソードスキル程度では怯ませる事は出来ない。
つまり常にソロであるキリトは常時怯む事が無いのだが……よくよく思い返せば、あの腕輪を装備した状態のキリトは先のデュエルで思い切り怯んでいた。ユウキが放った最上位剣技《ノヴァ・アセンション》にスタン付与とかは無いから受けている途中に反撃する事も出来る筈なのだ、何せ怯まないのだから、割り込める。なのに反撃せず、むしろ通常通り吹っ飛び迄した。
そして極め付けに吹っ飛んでからの反応。苦しそうに、何かを堪えるように剣を杖代わりにして倒れるのを拒んでいたあの様子。スタンでも麻痺でも無く、通常の状態でアレをする必要はない筈だ、幾ら多大な衝撃を受けたとしても動きを阻害する程では無いのだから。
それを思い出して、もしや、とある事実に思い至る。
もしやキリトは、俺達と違って普通に痛みを覚えていたのでは、と。何時からか、どれくらいなのかは分からないが、その仮説を前提にすれば先のデュエルで見せたキリトの様子にも説明がつく、納得がいく。
「キリト……お前まさか、今まで痛みを我慢して戦ってたってのか?!」
「ッ……」
正気か、と胸中で呟きながら驚愕を隠さず問えば、キリトは答えはしなかった、肯定は勿論、否定もしない。
その沈黙は、言外の肯定に他ならない。
「という事は……デュエルで怯んでたのも、攻撃を受けた後に動き出すのが遅かったのも、全部痛みに耐えてたから?!」
「それって、地下迷宮を進んでる時もなんじゃない? 死神ボスの攻撃を盾で止めてた時も似たような反応してた筈だし……」
「そういえば……」
ユウキもデュエル中にやはり妙に思っていたらしく、またフィリアも思い当たる事があったようで同じ事を口にしていた。盾で攻撃を止めた時にまで同じだとは予想外だったが、ここまで状況証拠が揃って、それをキリトが否定しないのだから、まず間違いなく痛みを受けるようになっていたのだろう。
キリトはそれからも痛みに耐えるように震えて蹲っていたが、暫くして痛みが引いたのか、体から力が一気に抜けたのが分かった。見れば右手の甲から浮かんでいた黄金十字架の文様の輝きも終わっていた。
「……ぅ……」
「……大丈夫?」
「ん……漸く引いた。全身が痛かった、特に右手…………何だったんだ、今の……」
「そう…………ねぇ、キリト……本当に、痛みを……?」
膝立ちでキリトの背中を擦りながら心配そうに問うリーファ。キリトはその問いで目を伏せ、軽く溜息を吐いた。
「……ああ、そうだよ。闘技場の二体目のボス、斧の使い手が雷を落とした時があったのは覚えてるか?」
「アレか。攻撃力が上がって防御力が下がったアレだな、どっちにも落ちたからよく覚えてるぜ」
正確に言えば、何もかもが今までのSAOの常識をぶち壊していたから、どういう攻撃か言われただけで何かはすぐに察しが付くのだが。
キリトの話では、その雷を受けた瞬間からずっとダメージを受ける度に現実と遜色無い、というか現実以上の痛みを受けるようになり、盾で受け止めた時も直接喰らっていないのに全身に電流が走ったかのような痛みを覚えるという。痛みの強さはダメージ量に比例しているとキリトは考察したようだった。
地下迷宮最奥にて対峙した死神の不意打ちで一瞬にして瀕死に陥った時は感覚が一切無く、恐らく状態異常も何らかの形で再現されると予想しているらしい。感覚が無かったのはスタンだったからで、麻痺なら本来は力が入らないだけだが全身が痺れるような再現になり、毒なら熱に魘されるかのようになるのだろう、と。
「そんな……じゃあボクが《ノヴァ・アセンション》を放ってる時の呻きは、痛みを堪えてるものだったの? 《閃打》で怯んだ時の呻きも……そもそも攻撃の途中で反撃を割り込ませなかったのも……」
「……」
くしゃりと、表情を歪めながら問うユウキに、十分痛みから回復して立ち上がったキリトは瞑目したまま答えなかった。
だが、その沈黙がやはり雄弁と語る。
それを鋭敏に察したユウキが、既に歪めていた表情を怒りと悲しみに変え、キリトを見下ろした。痛みを受けるなんて予想も付かない事だし何も知らなかったとは言え、直接傷付けた事には変わりないのだ。何も教えてくれなかった事に対して怒り、そして傷付けてしまった事に罪悪感を覚えるのも当然の事だろう。
「ッ……なら、デュエルする前に言ってよ……! 言ってくれたら、言ってくれてればアシュレイさんに交渉したのに! 何でわざわざキリトが辛い選択を……!」
「どうすれば解除出来るのか分からないから、墓の下まで持っていくつもりだった」
つまり、最初から誰かに話すつもりなど無かった、そういう事だろう。リーファまでもが驚愕に戦き表情を歪めている事から、最も心を許している彼女にすら何も話していなかった事は明白。誰にも明かすつもりが無かったというのは事実で、その覚悟を固めていたのだ。
ここが現実だったなら全くおかしくない、あるいはほんの少しでも痛みを覚える世界でキリトが受ける痛みが増していたというものであれば誰も気付かなかっただろうが……予想外のタイミングで痛みを受ける事になり、全く心構えが出来ていなかったから思わず反応を示してしまったのが決め手となって、俺達にバレてしまった。キリトにとって本当に予想外だった事は違いない。
「バレるかも、とは思ってたけど……まさかここまで早い段階でバレるとは思わなかったなぁ……」
「……キリト、演技が凄く下手だもんね」
「それは俺を見ているから言える事だと思うんだけど……俺を肯定的に捉えてる人は少ないっていうの忘れてない? SAO限定なら数百人に一人くらいだけど、現実世界なら数億人に一人になるくらい少ないんだけど?」
確かに、キリトの《ビーター》としての顔を演技だと見抜いたのは最初では数人程度、それから時を経るごとに増えてはきたがそれもほんの一握りだけ。否定的に見ている者達はアッサリと騙されているのだから、別にキリトの演技が下手という訳では無いだろう。
キリトは分かりやすいのだ。敵は完全に騙せるが、味方は絶対に騙せない虚偽しか見せない、恐らく半ば無意識的にそうしているのだろう。
俺がそう思考していると、それより、と言いながらキリトが右手を持ち上げ、黒い指貫手袋に覆われた手の甲に視線をやった。さっきまでは黄金の十字架が光の粒子を噴き上げながら浮き上がっていたが、今は何の変哲も無い状態に落ち着いている。
「さっきの文様は何だったんだろう……もう消えてるし……」
「キリト、サラッと痛覚に関しては流そうとしてるね……でも、確かにアレも気になるね。心当たりは無いの?」
「全く無いな、クエストで見た事も無いし……何か自動でクエストが発生したんだろうか……」
確かに明らかに人為的とは思えない現象を説明付けるなら、システムによって動くクエストが発生して出現したと思うのが自然なのだろうが、それでもやはり疑問は残る。そもそも痛みを覚えるなんて事がおかしいし、クエストが発生するような要素なんてさっきの様子からあるとは思えない。
自動でクエストが発生するにしても、それを受けるか否かはプレイヤーの意思に委ねられる。これでクエストを受領している状態だったらその意思を剥奪されているも同然である。
「うーむ……分からないな…………アルゴに調査依頼を出してみる。何か分かったら教えるから、出来ればあまり人に話さないで欲しい」
「そうですか……分かりました。皆も、あまり話しちゃ駄目よ」
「「「「「はーい」」」」」
キリトの頼みを聞いたサーシャが少しだけ心配そうな表情を浮かべたものの、すぐに頷き、周囲にいる子供達に言い聞かせた。子供達は快活に返事を返すが、本当に分かっているのだろうかと少しばかり俺は不安になってしまった。
まぁ、何だかんだでキリトは孤児院の面々に受け入れられているようだし、慕われているレインとも顔見知りという事もあって悪い事にはならないだろう。
腕を組んでそう考えていると、ふと、きゅぅ、と小さいながらよく耳に聞こえる音が響いた。その音が響いて来た方に視線を向ける。
「……お昼ご飯にしようか」
お腹空いた、と淡々と……しかし耳まで真っ赤にしながら言ったキリトは、そそくさと先に教会の入り口へと向かった。
その年相応な一場面に空気が弛緩し、知らず知らずのうちに微笑を洩らしてしまいつつ、俺達も彼の後を追ってお昼の準備をし、食事にありついたのだった。
***
キリトとユウキのデュエルが引き分けに終わり、詳細不明の紋様が右手に浮かんだりキリトはダメージを負う度に痛みを受ける事が発覚するというハプニングがあったものの、キリトがそれらを流してしまったため深く追及出来ず昼食を摂る事になってしまった。
まぁ、痛みを受けるのはキリトだし、それについてとやかく言う事自体が間違っているのだろう。とは言え、リーファやユウキ辺りはちょっと不穏な気配を発していたが。
ちなみに昼食はキリト特製のカレーライスと大量の唐揚げだった。
カレーはユウキが、ライスと唐揚げはキリトが調理したもので、塩コショウにレモンといった細かな調味料まで再現していた事で大変美味で、子供達だけで無くサーシャさんやレイン、フィリアにも大絶賛であった。
「……コレ、何のお肉か皆が知ったら阿鼻叫喚の地獄絵図になるんだろうなぁ……」
「言っちゃダメよリーファ、私達の胸の内にそっと秘めておくの。これはデータ……そう、データなの、美味しいけど実体は無いただのデータ。キリトが調理した美味しい料理なの、私達が見るのは唐揚げという結果だけで良いのよ。鶏肉だと思ったら鶏肉になる、それがこの仮想世界なのよ。だからこれは鶏肉の唐揚げなの」
「……言い聞かせてる感が凄い」
「…………私、カエル、ダメなのよ……うぅ……何のお肉なのか気にしなければよかった……」
「……ご愁傷様です」
リーファに同情されながら、私はマイ箸で挟んだ唐揚げを口に放り込んで咀嚼する。じゅわっと染み出て来る肉汁はまるっきり現実の唐揚げと同じで、柔らかい食感にピリッと刺激的な塩コショウが振り掛けられており、レモンも掛けられているようで甘酸っぱい味わいも感じられる。
まるっきり唐揚げなのに、材料のお肉は《スカベンジトードの肉》……知りたくなかった真実だ。知らなければ幸せな事もあるというのは本当らしい。
「うぅ……美味しい……」
嫌だ嫌だと思考しながら、それでも美味な料理に心揺さぶられ、残すのは勿体無いという思いから私は残さず唐揚げを食すのだった。
この美味さが今は憎いとちょっと失礼な事を考えながら。
***
第一層《始まりの街》東七区の教会周辺にてユウキとデュエルを行い、それが引き分けに終わった後、丁度お昼に差し掛かったため教会の人達と一緒に食事を摂る事になった。
《料理》スキルを完全習得させている俺とユウキはデュエルの後だったが、孤児院に身を寄せている面々にせがまれたため、使える食材を駆使して料理を作った。
人数が多かったので俺達が作ったのはカレーライスと唐揚げ。レインとフィリア、サーシャ達は目玉焼きやソーセージ、サラダなどあり合わせを作っていた。
この世界にもカレーはある、だがライスは無かった。カレーにパンを浸して食べるというのが主流であり、それも中々美味しいのでそこまで問題になってはいなかったのだが、やはり日本人であるためか白米を見た時の一同は喜色を隠さず絶賛していた。
唐揚げもこれまで普通に作られていたが同様の反応だった。ちなみに《スカベンジトードの肉》を使っているとは教えていない、今朝出した時の三人の反応から教えない方がいいと思ったからだ。なのでカレーはユウキが、ライスと唐揚げは俺が担当という訳だ。
カレーライスのお代わりや唐揚げの取り合いなど、半ば戦争のような食事風景を唖然と眺めながら俺も腹を満たした後、シノンが受けたクエストを終わらせて弓を手に入れる為に出発した。
その際、《弓》を見たいと言って付いて来たのがレインとフィリア、ユウキ、それにエギルだった。シノンはクエスト受注者だから来るのは当然だし、俺も少々毛色が違うと言えど同じ《弓》カテゴリ武器の使い手だから行った方が良い。
しかしながら、リーファだけは来なかった。昼食を摂って出発という時に教会へやって来たアルゴが、リーファに話があると言ったからだ。それくらいなら待つと俺達は言ったのだが、長引くからと断られた為に渋々ながら別行動となっている。
「うわぁ……えっと、キリト、シノン、ホントにこの建物がお店なの……? 見るからにヤバげなんだけど……」
「ん……ああ、ここで間違いないよ」
アルゴが余人に聞かれないよう配慮して、リーファにだけ話さなければならない事が何かあったのだろうかとも思うが、もしかすると俺が眠っている間に何か依頼していたのかも知れない。
あるいは、ALOから巻き込まれてやって来た他のプレイヤーが見つかったのか。
けれどそれなら俺に聞かせても良いと思うのだが……と考えていると、何時の間にか辿り着いていたようでユウキに話し掛けられた。うらぶれた裏通りの一角にある、薄汚れた家屋、ただの民家にしか見えない建物が先刻シノンとリーファの三人で訪れた骨董店であると判断して、俺はユウキの問いに首肯しながら声を返した。
凄まじく微妙な表情で家屋を眺めるシノンと他の四人に苦笑しつつ、俺は促すように扉を開けて先に中に入る。
それに続いて中に入ってくるのだが……
「うっわぁ…………ごっちゃごちゃ……」
「よく分からないものばっかりだね、ここ……」
「……掘り出し物なんて無さそう」
「こんな骨董店は初めて見たぞ……」
順にユウキ、レイン、フィリア、エギルの言葉である。ちなみに四人の言葉は俺が初めて来店した時の内心の声と全く同じだったりする、実際俺がここで有用だと思えた掘り出し物を見つけた試しは無く、今回の《弓》クエストが初だ。
何もめぼしいものが無かったから、エギルの店から近い事もあって最初に来たら当たりだったのには驚いたが……
「さて。シノン、ここに来る途中にトレードで渡した素材を持ってる状態で、クエストキーマンである店長に話し掛けたら進行する」
「分かったわ……店主、持ってきました」
神妙な面持ちで俺の言葉に頷いたシノンは、奥のカウンターに設えた椅子に黙って座るNPC老人男性の店長に話し掛けた。
それを受けて、頭上に金色のビックリマークを明滅させていた店長がシノンへ顔を向ける。
『おお、もう持ってきたのか……では、《弦の切れた弓》と、三つの素材を渡してくれるかな?』
「分かりました。えっと……どうぞ」
『ふむ……《麻》十個、《白樫》五個、そして《大蜘蛛の粘糸》一個……確かに受け取った。では、早速直すとしよう』
少し待ってなさいと言い残して、椅子から立ち上がったNPC店長は二階へ上がる階段――ちなみにプレイヤー立ち入り禁止――を上がって一旦姿を消し、数秒後すぐに降りて来た。
降りて来たNPCは、また椅子に座って、カウンターの上にごとりと音を立てて手に持っていた物を置いた。
それは正しく《弓》だった。
《ゴブリンアーチャー》が使っていた安っぽくて雑な造りの弓は、面影こそ残しているものの優しい質感の乳白色に染め抜かれている。緩やかに湾曲したそれは全長一三〇センチ程と俺の背丈を超える程に長大で、その両端からは真っ白な細い糸……弦がピンと張られていた。
『これが完成品だ。受け取ると良い』
「ありがとうございます……少し、重いわね」
「かなり大きいな……素材からもしやと思っていたけど、和弓か」
「わきゅう?」
「日本の弓道で使われる弓の事だ、和の弓、略して和弓。西洋や童話に出てくるのは洋弓と言われていて基本的に小さいけど、和弓は威力と射程距離を優先して長大なんだ」
《弓》には大きく分類して二種類存在する。それがたった今説明した古来より使われていた長大な和弓と、小回りを重視された小さな洋弓だ。
俺も詳しく知っている訳では無いが、和弓というのは奈良時代、平安時代から存在しているもので、現在に至るまで弓を作る過程や工法は同一であるという。長大な和弓は、その分だけ矢を引くほどに勢い、すなわち射程が増すため、予想以上の飛距離を有する事が出来る。また人に当たれば凄まじい速度と衝撃で絶命には至らずとも致命傷を与える事も可能。人を殺す為に生み出されたのが和弓であり、そのため長大であるのが基本だ。那須与一が弓の名手として有名だ。
対して、洋弓は戦いでは勿論だが、主に狩猟で使われていたという側面がある。動きを鈍らせるのに数が必要であり、また動き回ったり、小さな動きで矢を番えられる為にと小さくされている。長大であれば威力と飛距離は増すが、その分だけ十分に矢を引き絞らなければ不発に終わる、洋弓は威力と飛距離を殺してでも少ない動きで矢を射れる為に軽量かつ小型化が図られたと聞く。勿論、金属素材を用いた大型の洋弓も存在する。
ロビン・フッドのボウガンなどはある意味でこの典型例で、洋弓のコンセプトでなければ誕生しなかっただろう、アレは威力と飛距離も高められるようになっているが。
余談だが、和弓と洋弓では矢の番え方にも違いがあったりする。和弓は矢を持つ方の肩に並ぶまで後ろに引き絞り、また矢を番えるのは掌側とされるが、洋弓は顎と並ぶ程度引けば良く、また手の甲側に矢を番えるのが正しい。
「そういう訳だから、シノンの場合は掌側に矢を番えるようにしないと危ないぞ」
「……キリト、あなた、何でそんな事まで知って……?」
矢の掛け違いをすると怪我をしやすいと聞いた事があるため、念のためとシノンにそれを話せば、物凄く驚かれた。
まぁ、普通こんな知識、弓道でもしてない限り知らないだろうが……
「俺の場合は……連れて行かれた先で、色々と」
「……ああ」
俺の体にISコアを埋め込んだ研究所では戦闘技能や知識を叩き込まれた、その一つとして矢を用いた殺人方法もあったのだ。弓矢は銃火器に比べれば確かに射程は全く無いが、硝煙の匂いや発砲音が無い事から場所さえ間違わなければ有用な殺害方法の一つになる、故に俺はそれを叩き込まれた。
とは言え、流石に体格や体の未成熟はどうにもならないから、実際に使った事は無い。ただの知識だ。
しかしそれを話そうにもここには事情を知らないレインとフィリアがいるため、多少言葉を濁して伝えた。これだけで何を言いたいのか察したらしいシノンは、胡乱な目で納得の表情を浮かべる。
『さて。晴れてお嬢さんは弓使いになった訳だが……実はな、お嬢さんが持っていた《弦の切れた弓》を直すと申し出たのは、ちょっと頼みがあるからなのだ』
「え……これで終わりじゃないの?」
「チェーンクエストか……」
チェーンクエスト。それは文字通りクエストが繋がっているもの、謂わば一つの小さな物語の連続だと思えばいい。お使いから始まり、小さな問題を少しずつ解決していって事の真相に迫る……ありきたりながら王道的なストーリーが展開される、それがチェーンクエストというものだ。
まさかここで続くとは思わなかったが、わざわざ《弓》なんて武器を入手するクエストから続くのだから何か価値があるだろうと思い、話を聞いて行った。
簡単に纏めれば、第二十五層のとある一室に収められている宝石を取って来て欲しい、との事だった。
その宝石は特殊な製法によって作られた古代の魔導具の一つであり、是非とも一目は見たい。しかしながらそれが安置されているのは魔物がうろついている危険な場所であり、まだ若い頃なら自分で取りに行ったが、もう歳だから魔物と戦えない。
そこで、弓使いの才覚があるだろう者――この場合はシノン――に望みを叶えてもらおうと考えたのだという。
『無論、礼は弾もう。それに取って来てくれた魔導宝石も譲る、私が持っていても意味は無いからな』
その言葉を最後に、シノンの目の前にウィンドウが出現する。恐らくだがクエスト受注のウィンドウだろう。
「……キリト、どうすればいいの、これ」
「ちょっと待って」
シノンにどうするべきか訊かれ、俺は少し考え込んだ。
第二十五層であればシノンもまだ行ける階層ではあるが、マージンは十分と言えないし、武器の扱いにもまだ慣れ切っていないから危険がある。もし一人しか入れない場所にボス級モンスターが出現したら、戦闘経験に乏しいシノンが勝てるとは到底思えない。
とは言え、恐らくではあるがこのクエストは接近戦が苦手なプレイヤーへの救済処置の意味を持つ筈だから、多少モンスターは出てくるだろうが、流石にボスは出て来ないだろう。それでは達成不可能なレベルになってしまう。
チェーンクエストなのが些か気になるところだが……
「……そのクエスト、ソロ限定か?」
「えっと……いえ、パーティー規模に指定は無いわ。でもこれを進行出来るのは受注者と同行者の二人まで」
「なるほど……」
クエストにはそのクエストを受注出来るパーティー上限人数と、進行可能限界のレイド上限人数が設定されている。
前者は文字通り、一つのパーティー内で重複して受けられる限度数を指す。一パーティーにつき一つか、一パーティー内の七人全員が個別に受けられるかという事だ。
後者は一パーティー七人を超えた大人数で挑める限界数を指す。ここがフリーなら、パーティーを組んでいなくとも、受注者に同行していれば同じクエストを進める事が可能となる。レイドとはそういうものなのだ。つまりこの場合、俺がシノンとパーティーを組まなくとも彼女のクエストの手伝いを出来るという事だ。大抵ここに制限は無いので最大七パーティーからなる四十九人レイドでも受けられる、つまり別パーティーのメンバーも同じクエストを進行出来るという事になる。
しかし、それを制限しているものがある。別パーティーでも構わないが、このクエストを進行出来るのは受注者であるシノンを除けばあと一人のようなのだ。つまりレイド上限人数が二人に制限されているという事、わざわざ一パーティー限定にしていない辺りが何とも言えない。
「つまりそのクエストを受けるとなればシノンに協力出来るのは一人だけ……戦闘能力の汎用性と確実性を期すなら、ここは俺が同行するべきだろうな。余程の事態にならなければ大概は如何にか出来る」
「あなたが対処出来ない事態なんて考えたくもないわ……」
「キリトがダメなら色々と終わりだよね。実質単独で攻略組超える戦力保有してる訳だし」
「……戦い方と相性によってはそれも事実だから否定はしないが、どこか呆れている物言いに感じるのは気のせいか?」
確かに《ⅩⅢ》は俺がソロであり、万全の体調であり、更に全力で敵を殲滅するなら白の協力が必須であるという条件こそあるものの、それら全てを満たした上で発動出来れば攻略組の戦力は軽く超えるだろう。文字通り武器の雨を無限に降らせられるのだし。
それは事実なので認めるが、人を化け物みたいに言ってほしくないなとちょっと思ったり。いや、褒められてるのは分かるのだが、どこか貶されてる感が否めない、と言うか呆れられてるのか?
まぁ、それはいい。とにかく現状気掛かりなのはボス級モンスターの有無だ。第二十五層程度であれば俺は余裕で勝てる。だがシノンの方が問題だ。
《弓》を修復するクエストが発生した時に口にしていたセリフ。
このNPCはあの時、仲間を援護出来るようになる云々と言っていたため、恐らく複数人……今回は二人での攻略を前提としているのだろうし、まず間違いなくモンスターは出てくる。それがボスかどうかが気掛かりだ。
想起されるのはクリスマスにソロで受けて戦った《背教者ニコラス》。アレは年一回限定のクエストという事もあって恐ろしく強かった、勝てはしたものの、勝って当然では無く無数の敗北の中で勝ち取れた勝利だった覚えがある。
このクエストで入手できた《弓》は俺と今回習得するだろうスキルでシノンも扱えるようになるだろうが、恐らくシノンが得るスキルもユニーク分類のエクストラスキルだと思う。それを考えると、ある意味で一回こっきりなのだからボスが待ち受ける可能性も否定出来ない。
もしボス級モンスターが出てくる場合、クリスマスの例があるから強さを測れない。《背教者ニコラス》は第三十五層に登場する割にフロアボスを超越した強さだったのだから。年一とエクストラスキル習得の――恐らくはユニークの――クエストという共通点がある以上、この危惧はして然るべきだ。
もしアレと同等かそれ以上の強さだった場合、あの時より遥かに個人戦力が増している俺は凌げるが、シノンを護り抜ける確証を持てない。
ボスの攻撃には範囲攻撃というものがあり、それの衝撃波、スプラッシュダメージというものは防御を貫通して幾らかこちらに来るからだ。故に俺が全力で防御、あるいは回避したとしても、シノンがそれを受けてしまってはレベル差によって即座にHP全損、死亡は必至。事実、過去のフロアボス戦で出た死者というのは退避しようとして衝撃波に足を取られ、転倒した所に追撃されたというのが殆どなのだ。
一騎当千、万夫不当とまでは言えないが、それでもSAOの中で屈指の強者と言える攻略組ですらそれなのだ。思った以上の素養を見せるシノンと言えど、流石にボス戦はまだ速過ぎる。
とは言え……流石に二人組のクエストにボスモンスターは突っ込まないだろう、《背教者ニコラス》と同等以上のボスというのも難易度から考えて適切では無い、そもそもアレは蘇生アイテムという極上の一点物やその他無数のレアアイテムを有していたからこその強さだった。
近接戦闘が苦手な者への救済措置であろうこのクエストを進めるものがそんな高レベルとは考えられない。故に第二十五層の敵の中でも多少強い程度の敵に抑えている筈だ。
あるいは、強さよりも搦め手の方。《弓》という前代未聞の武器を得てすぐに発生したチェーンクエスト、ならば弓使いの有用性を知らしめるために何らかのファクターが盛り込まれている可能性は非常に高い。ただ高所にあるアイテムを取る、などという便利道具のような扱いに落としていない筈だ。
例えば、そう、飛行タイプのモンスターを叩き落すのに用いなければ攻撃が絶対届かない、といった条件に設定されているとか。あるいは眼を潰さなければ猛攻撃で近付けないとか。
所々外れている感はあるものの、SAOの基本的なコンセプトはフェアネスを基にした中世ファンタジー、謂わば王道中の王道だ。ログアウト不能という異常事態でこそあれ、それで世界のコンセプトが大幅に変わる訳では無い、なら大抵の事は予想が付こうともいうもの。用心に用心を重ねれば大抵の事は切り抜けられる。
仮に切り抜けられないとすれば、それは明らかな悪意を持った人為的にして作為的な罠くらいなものだろう。
「……少々不安はあるけど、該当階層とクエストの内容からしていきなりボスが出るとは考え難い、恐らく前衛と後衛のチュートリアル的なクエストに近いだろうしな。うん、シノンが受けたければ受けると良い」
「ん。キリトの許可も取った事だし、それじゃあ受けるわ。キリト、手伝いよろしく」
「ああ。俺も興味があるから助力は惜しまない。それにシノンは遠距離主体の弓使い、前衛の俺が全力を以て、シノンを護る剣となろう」
シノンは自らの意思で自身を鍛えて欲しいと頼み込んできた、そして今もその最中だ、ならその助力をするのも危険から護るのも教導する者としての義務。
だから俺はシノンの頼みに頷き、肯定の言葉を返した。
すると、こちらを見下ろしていたシノンが僅かに目を瞠り、ふい、と視線を逸らした。
「そ、そう……その……よろしく」
「……? ああ」
クエストウィンドウを見ながら少し頬を赤くして言ってきたので、何故視線を逸らすと思いつつ、俺も応じた。ひょっとすると俺は何か恥ずかしがらせる言葉を言ったのだろうかと考える。
シノンが鍛えて欲しいと頼み込んできた事は周知の事実だし、それに関して明確に口にしていない筈なのだが……
「……キリトって、ホント天然だなぁ……」
「コイツの場合切実だから責める事も出来ねぇよな……」
「当たり前と思ってる辺りがねぇ……」
「……女誑し?」
「何故か物凄く不名誉な事を言われた」
ユウキが言った天然、認めたくはないが否定はしない、多分シノンが顔を赤くした原因を無自覚で言ったからだろうし。
エギルが言った切実、これに関しては全肯定しよう、もう目の前で仲間を喪うのは心の底から嫌なのだから。
レインが言った当然、これもまた全肯定しよう、と言うか俺にとって大切な存在であるなら護るという思考はあって然るべきだ。
しかしながらフィリアが言った女誑し、これに関しては大いに反駁したい、論議したい。確かに俺の知り合いには女性が多いし、俺の理解者になってくれてるのもあって交友を深めているけど、不誠実な関係は築いていない。そんな裏切りをするものか。
そう反駁したい……ところだが、今回は第三者視点から俺を見た意見であるため、認めこそしないが否定もしない。そう見えてしまっているという事だろうから。
「……俺にそんな気、無いし……」
でも、これくらいは言っても良いと思う。
ちょっといじけつつ、俺はクエストを受けたシノンと共に第二十五層へ向かったのだった。ちなみにここでユウキ達とは一旦別行動である。
はい、如何だったでしょうか。
Fate要素が無くなっただけでここまでアッサリと……エクステラに嵌ったのが原因です。今後はこんな事が無いように精進致します。
お気に入り登録の方も減るだろうと覚悟していますが、こんな本作でも良ければ、末永くお付き合い頂きたいと思っています。
では、次話にてお会いしましょう。