インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~   作:黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス

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 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 いよいよホロウ・フラグメント編の導入部です。数多あるHF込みの作品で繰り返された序盤がどうなるか、予想してみてください。

 ちなみに今話で本作初登場のキャラが出ます。原作には居ないですが、ゲームや漫画には出てるキャラですね(この時点で最早あと一人しかいない)

 前半は初のフィリア、後半は新キャラ視点です。フィリアが状況の解説を入れ、新キャラで戦闘シーンの描写を。

 尚、新キャラの名前が明かされるのは次話です。今話では明かされません(後書きには書いてます)

 文字数は約二万文字。

 ではどうぞ。



第六十四章 ~広がる樹海~

 

 

「……出口が見えない……」

 

 彷徨う事三日が経過した現在、マトモな食事と寝床にありつけず深い樹海の中を手探りで進んでいたわたしは、トレジャーハンターとして未知に挑む楽しみというものも起きないくらいの嫌気もあってそう呟いた。

 

「正確には、見えないんじゃなくて分からないんだよね……」

 

 その呟きに、隣で両手に二刀を持った赤毛にメイド服っぽい衣装の仲間レインが応じ、言葉を返してきた。

 レインが言ったように現在、わたし達は樹海から街へと帰る道が分からなくなっていた。

 トレジャーハンターとしてダンジョン内を隅々まで探索する以上は数日潜り続ける事なんて普通にある。レインと共に活動していた頃は子供達の面倒や安心感という役割のため頻度は少なかったものの、一人で活動するようになった最近は数日潜るのはザラになっていたので、野営の備えは万端だ。

 なので三日彷徨うくらいは本来どうという事は無い。

 そもそも、リアルでならともかくこの世界はⅤRMMORPGというゲーム世界、一度踏み込んだ場所は自動的にマッピングされるので道に迷う事なんて普通は無い。

 あるとすれば第三十五層《迷いの森》のような一定時間で一定範囲内の区画へランダム転移させられるなどの自動マッピングに頼れない場所くらいだ。《迷いの森》の場合は事前に手前の街や村の道具屋で地図を入手などの対処がある、入手しておく事でランダム転移される前にエリア移動が出来て、無暗に迷う事は無いのだ。

 この樹海は《迷いの森》のようなランダム転移がある訳でも無いし、インスタンスマップ――クエストなどで発生する即席個別のエリア――などで見られるマッピング不可能エリアという訳でも無いので、通常なら出口が分からないなんて事がある筈も無い。

 しかし迷ってしまっているのは単純な話、この樹海に来た方法が普通ではなかったからだ。

 わたしとレインが三日も迷っているこの樹海のマッピング自体はそれなりに出来ている。

 迷宮区塔はおろか街そのものが見当たらないだけでなく、隣接するエリアが浮遊している遺跡群だったり禍々しさのある森が遠くに見えたりなど、あまりにもエリアが広大である事を考えるとここが《アインクラッド》かも怪しい。

 《アインクラッド》は浮遊城という性質、その積層円錐型の構造上、上層にいくに従って一層の全面積は少しずつ狭くなっていく。

 物好きなプレイヤーによる計測によれば第一層は直径十キロの円を描いているという。階層は全て百層存在しており、一層上に進む毎に約九十メートルほど狭まっているという話なので、勿論階層によって狭まり方は多少変わるものの最上層《紅玉宮》に辿り着いた時は直径一キロくらいという訳だ。

 なので幾ら広大なエリアと言っても、その広さは迷宮区塔、主街区およびその他の街や村の施設を除けばかなり限られてくる。上層ともなれば尚更だ。

 特定のクエスト時にクエストを受注したプレイヤーあるいはパーティー個別で用意されるインスタンスエリアにいるという可能性も無くは無い。しかしあくまで《アインクラッド》のマップ上に存在する形で発生するため、その性質上、階層エリア以上の広さを持つインスタンスエリアが出現する事は原則あり得ない。

 しかしこの樹海は明らかに上層以上の広大な範囲を有していた。

 わたしがこの樹海との比較対象に『上層』を持ち出しているのにも理由がある。

 ここに出没するモンスターのレベルが異様に高く、三桁を超えている個体などザラにいたからだ。

 基本的に階層の数字のプラスマイナス五くらいがモンスターのレベルなので、百を超えている時点でおかしいのである。そういう意味でもあの地下迷宮はポップ率含めて異常の一言に尽きた。

 幸い以前キリトを始めとした面々でシンカーというプレイヤーを救出に赴いた地下迷宮で格上との戦闘に慣れていたし、わたしもレインも個々の戦闘能力や連繋能力が高かったので、どうにか切り抜けて来られた。レインが《鍛冶》や《裁縫》スキルを取ってくれていなかったら、あるいはわたし一人でここに放り出されていたら、下手に戦闘して武具の耐久値を減らす事がないようにして立ち往生していただろう。一応自分でもある程度修復出来るが所詮道具頼りのお粗末なものなので、やはり本職にやってもらう方がいい。

 とにもかくにも、この樹海はこれまで《アインクラッド》を生きて来たわたし達にとっても未知の領域という訳だ。

 普段のわたしなら未知の領域という事にそれはそれは冒険心を掻き立てられて探索していただろうが、やはり街に戻る手段や道が分からないという状況下で楽しめる程の豪胆さは無い。帰る場所があってこその楽しみだ。

 

「うーん……フィリアちゃん、やっぱりここが怪しいと思うんだけど、どう?」

 

 警戒を怠らず、考え事をしながら未探索領域から帰って来たところで、レインがそう言って来た。

 眼前にはいかにもという感じの神殿が鎮座していた。わたしとレインがこの樹海に飛ばされた時、真っ先に視界に入った建物で、現状樹海の中で確認出来ている建造物の一つである。こういう場所に何らかのギミックやゲーム進行のためのアイテムがあるのはお約束と言って良いだろう。

 ちなみに現在目の前にあるのが樹海最北端に位置する最大規模の建造物であり、西に進むと少し小ぢんまりとした回廊型の神殿がある。

 この最大規模の神殿を起点として南には鬱蒼とした森が広がり、遠くには形容し難い色合いの森が広がっていた。そちらは視認可能ではあるものの実際には封印オブジェクトが封鎖しているので行けていない。

 西の回廊神殿を抜けた先にも森が広がっているが、こちらは墓地や研究所跡地といったような人の手が入ったような場所である。

 そこから更に西に行けば、浮遊遺跡が広がるエリアへと繋がっている。無論その道も南と同じく封印オブジェクトに封鎖されている。

 樹海の大半は散策済み。残るはレベル150のモンスターがうようよしているエリアくらいなので、行ける範囲内であれば最大規模の神殿くらいとなる。

 

「それはわたしも同感だよ。でも前探索した時は何も無かったし……」

 

 実のところ、既にこの神殿は探索済みだ。内部のモンスターは死神やら見た事ない異形の存在やらだったものの、レベルはわたしとレインのレベル――わたしが91、レインが89――より低めだったので探索は難航する事も無かった。

 それでも何も見つけられなかった。厳密に言えば一定時間で復活する宝箱から武器は手に入ったのだが、この現状を打破する方法は見つけられなかった。

 ――――のだが。

 

「えっと、確か前来た時は開けられなかった扉があったよね?」

「……あー、あったね、そういえば」

 

 疲れていたからか、レインの指摘によって忘れていた事を思い出した。

 神殿の最奥に存在する、赤い宝玉が嵌っていて、黒い金属で作られた他とは違う異質な両開きの大扉。解錠を幾度行っても開けなかったので後回しにしようとしていた扉だ。

 それを思い出して、あったなぁそういえばと、胡乱げに虚空を見上げながら頷く。

 それから腕を組んで唸ってしまった。

 

「……この樹海は粗方見て回ったけど、あの扉を開けそうなアイテムは見付けられなかったよね……」

「フィリアちゃんの《罠解除》スキルは完全習得してるからスキル値の問題でもなさそうだし……また見て回るのは疲れるなぁ……」

 

 最大規模のセルベンティスの神殿の影に設営している仮拠点に辿り着き、休息の準備をしながら会話を交わす。

 間違いなく第一層よりも広大なエリアをたった二人で手探りの状態で歩き回り続ける事早三日が経ち、補給もままならず、食事も以前に較べれば質素、更にはどちらかが夜の番として起きていなければならないという事態に疲労を覚えている。モチベーションなど上がる筈も無い。

 一番はやはり睡眠不足なのだろうが、精神的な不安や疲労もかなりのものだろう。

 

「まぁ、今はとにかく腹ごしらえしよっか……フィリアちゃん、何が食べたい?」

 

 現在時刻は午後十二時半。朝はわたしが作ったので、お昼はレインが当番だ。

 

「え? 別にレインの好きに作っていいよ?」

 

 それは分かっていたのだが、メニューを聞かれると思っていなかったので首を傾げてしまった。

 この三日間の食事はとにかくモンスタードロップや採集した食材のありあわせで賄っていたのでメニューを選ぶ余裕も最初は無かったのだが、ある程度食材の備蓄に余裕が出来てからは多少何とかなるようにはなっていた。

 それでもお互い、メニューはその時々で決めていたので聞くような事はしなかった。まぁ、長い付き合いという事もあってお互いの好みや味覚を把握しているからこそ、わざわざ問う必要性も無かったという話ではあるのだが。

 それで疑問に思いつつ言葉を返せば、レインはエプロンをし、紅い髪を一つ括りに纏めながら微笑んだ。

 

「でも今日の朝食、わたしの好きなハムサンドイッチにしてくれたでしょ? こんな状況でパンなんて作りにくいのにわざわざ作ってくれたんだから、わたしもフィリアちゃんが好きなものを作ってあげたいなぁって思って」

 

 生産がメインのレインは《鍛冶》に《裁縫》の他、キリトのように《料理》にも早い段階から手を出しているものの、わたしはトレジャーハントをする為に《罠解除》や《発見》、《鑑定》などでスキル枠を埋めているため、習得時期がどうしても遅くなってしまっていた。

 そんな中で入手数が少ない小麦を《料理》スキルで加工し、パンに仕立て上げるのは中々難しかった。

 《料理》スキルによる加工にも食材のレア度によって成功率というものが存在している。

 これは目的のものが出来上がる成功率でもあるが、同時に出来上がった食材のランクや味の良さにも関わっている。基本的に値が高いほど高ランクにして良質なものになり易い。

 ちなみに食材の加工にもスキルが不要なものと必要なものが存在している。主に前者は圏内クエストの定番とされており、後者は《料理》スキルを極めたいと思っているプレイヤーがするものだ。

 スキルが不要な加工は、先の小麦からパンといったような原材料から食材を作り出す場合。

 スキルが必要な加工は、パンと肉、野菜その他調味料を合わせて一つの料理を作る場合だ。どちらかと言えばこちらは加工と言うより調理と言える。

 なので、本来パンを作るにあたって小麦の加工には《料理》スキルを必要としない。しかしそれは《アインクラッド》での常識だ。この樹海で手に入った小麦では必要とされていたのである。

 レインが小麦から幾つか加工してくれていれば苦労はしなかったのだが、食材の原材料アイテムはともかく、食品へと加工してしまったアイテムはストレージ内にあっても耐久値が減少してしまうので、その手段は取れなかった。

 とは言え、常に焼いた肉だけ、野菜だけというのはキリトに頼み込んでお裾分けしてもらった調味料である程度何とかなっているものの、流石に味気ないにも程がある。

 《料理》は心の洗濯とも言えるから、せめて食事面で多少改善を図るべきかとも考えて、今朝は手軽なサンドイッチにしたのだ。

 無論、レインが好きなものだからというのもあるが、わざわざ言うのもなぁと思って隠していた事だ。完璧に見透かされていた事に少しだけ顔が熱くなってしまった。

 

「あー……バレてたんだ……」

「わたしより低いスキル値でパンをわざわざ作って、しかも味付けまで好みのものにしてくれてたら、それは気付かない方が鈍いよ。そもそもフィリアちゃんと組んでから長いしね」

 

 その辺の事はお見通しなのですよと、してやったりな笑みを浮かべて言うレインに苦笑を返す。

 

「お見通し、かぁ。じゃあわたしが何を食べたいかもお見通しだったりするの?」

「え?! あ、あははー……そ、それは流石に無理かなぁ。レインちゃんはエスパーという訳じゃないのですよ?」

 

 冗談で言ってみれば、本気で取った訳では無いだろうが面白いくらい乗って動揺を見せてくれた。こういうノリの良さがある女友達というのは今までいなかったから、付き合いが一年に達する今となっても、どことなく新鮮に感じる。

 その新鮮さを味わいながら、何が出来るかを食材を見つつ話し合い、またサンドイッチにしようと結論が出た。

 ただ内容が異なる。朝は肉と野菜がミックスだったのに対し、お昼は肉メインのもの肉と野菜のもの、そしてフルーツサンドを二切れだ。これは午後の探索の為の英気を養うためと、フルーツでリラックスする為だ。

 

「いやー、やっぱり樹海というだけあって広くて深いけど、肉と野菜、果物は豊富だから一応食べ物に事欠かないのは助かるよねぇ」

 

 トントントン、と軽やかにまな板の上に置いた食材を包丁で切っていきながら、レインが言った。

 それにわたしは言葉こそ発さなかったものの首肯で反応を返す。他のエリアがどういうものかは分からないが、少なくとも判明している浮遊遺跡と魔の森ではマトモな食材が手に入るとは思えなかったので、そういう意味では最初に放り出された場所が樹海で助かったと言えるだろう。不幸中の幸いというやつだ。

 ちなみに肉は香辛料をまぶした干し肉なので、火を一切使う事無く食べられる。

 レインは調理を、わたしは午前の探索で入手したアイテム類の整理をしつつ情報共有をすることおよそ数分後、サンドイッチが出来上がった。

 出来上がった八切れのサンドイッチを前に二人揃って合掌し、それから手を伸ばして食べ始める。

 香辛料をまぶした肉のサンドイッチは干し肉が貴重なので数は少ないが、だからこその美味しさが口内に広がった。焼きたての熱さや噛んでから出て来る肉汁こそないものの辛みや肉特有の食感に味は損なわれていない。

 勿論肉と野菜のミックスサンドもあっさりとした味も加わって大変おいしい。

 フルーツサンドに関しては、これはレインの腕がいいからだろう、果物の甘味が損なわれないよう種類と味に気を付けて挟んでいるのがよく分かった。

 

「んー……やっぱりキリト君のには程遠いなぁ……」

 

 わたしが黙ってサンドイッチを食べつつ満足感を抱いていると、対面で同じように食べ進めていたレインが、不満そうな面持ちでそう言った。

 

「十分美味しいと思うんだけど」

「そう言ってもらうのは嬉しいんだけどね。生産職を志す者としては、やっぱり上には上がいる事を常に意識しなければならないと思う訳でして……というか、年齢と性別を考えると、そこはかとない敗北感があると言いますか」

「あー……」

 

 レインの言葉に、キリトがユウキとデュエルをした後、教会にて二人が振る舞った料理に複雑な表情をしていたサーシャんさん達が思い出された。

 高校生で囚われたわたしとレインだが、ユウキは明らかに中学一年生、キリトに至っては小学生の年頃だ。スキル値に左右される仮想世界とは言え味付けのセンスは本人に求められる以上、《料理》スキルの高さに関係なく敗北感を抱いてしまうというのも分からないではない。思い出せばキリトの義姉らしいリーファや親しい仲らしいシノン辺りも複雑な表情をしていた。

 わたしは一人で探索出来る程度であればいいと思っているからそういうダメージは無かったのだが、レインは子供達の喜ぶ顔が嬉しくてしている部分もあるので、そこで負けたのが悔しいのかもしれない。

 

「……流石に三日も音信不通じゃ、皆も心配してるよねぇ……」

 

 サンドイッチを左手に持ったまま、右手でシステムメニューを操作していたレインがふと呟く。恐らくフレンドリストの項目を見ているのだろう。

 こちらに来てから一度もメッセージを受け取れていない。流石に三日も居なくなればサーシャさんから帰る指示のメッセージが来てもいいのだが、それも無いという事は、恐らく届かない場所なのだろう。

 わたしとレインの間ではやり取り出来たのでダンジョンのようなメッセージを飛ばせない場所という訳では無い事は分かっている。

 となれば、恐らくこのエリア内でだけメッセージを飛ばせるか、あるいはここが《アインクラッド》では無い別エリアか。

 ゲームともなればゲームの舞台が二つや三つ用意されていてもおかしくない。《アインクラッド》攻略の進度によって解放されていくのであれば、ここが《アインクラッド》と行き来出来るエリアという可能性も存在する。

 疑問としては人力ではないだろう現システムを誰が動かし、エリア実装を実行したかだが、今は関係無いので頭の隅に置いておく程度でいいだろう。どのみち分かったところでほぼ意味は無い。

 

「この神殿以外で気になる事と言えば……進行不能のオブジェクトと、各地で散見された黒い浮遊石」

 

 黒い浮遊石とは逆四角錐の形状をしたものの事。それ以外に表現のしようが無いが、特徴として表面に同じ文様が刻まれている事だ。

 真円に重なるように描かれた逆十字架と、植物の根を想起させる波模様の紋様。各地を探索している間に幾つも見て来た浮遊石の全ての表面に同じ文様が刻まれていた。

 ユウキとのデュエル後、キリトの右手に浮かんだ紋様に近い気もしたが、レイン曰く微妙に形状が違うらしい。浮遊石に刻まれている文様は円に重なる逆十字架模様だがキリトの右手に浮かんだ紋様は円に重なる十文字模様だったという。

 色も形状もかなり近いので見間違いやすいが、アルゴに情報入手の依頼をする際のスケッチを見ていたから違いが分かったとレインは語っていた。

 

「それから――――やっぱり、アレだよねぇ……」

 

 一呼吸置いてから、レインは仮拠点からでも見えるものへと目を向けた。

 その視線は地面では無く、空。この樹海が《アインクラッド》の何処かでは無いだろうと判断している最大の要因。

 それは空中に浮かぶ、黒い球体。見た感じの質感は浮遊石と似たり寄ったりだが、何よりもその規模が半端では無い。かなり遠いところから見ている筈なのにまだ大きく見える事からもその大きさは並みでは無い事が理解出来る。

 ただし階段や空中通路が伸びている訳では無いので、アレの内部に入る事は出来ないし、空を飛ぶことも叶わないから触れる事だって出来ない。高度も半端では無いから攻撃が届く事も無い。

 多分あの浮遊石は転移石で、あそこに繋がっているのだと思うのだが、どうにも浮遊石の方が起動しないので八方手詰まりという状況だ。

 ある程度の手札はあるのだが、それらを切る為のプレイヤーが居ないと例えられる現状。答えは分かっているのにそこに辿り着けないもどかしさもこちらの精神を疲弊させて来る一要因である。

 

「キリト君が居たら変わってたのかなぁ……?」

「手の紋様の事? でもアレって《アインクラッド》の方で出たもので、こっちとは関係無いんじゃ……」

「可能性としては何か変わるのも否定出来ないと思うんだよ。あとわたし達で見落としてた何かを見付けてくれる可能性も否定出来ない」

「あー……」

 

 前者はともかく、後者の可能性に関しては大いにあり得る。

 トレジャーハンターとして無数のダンジョンに潜ってはトラップを解除して来たわたしだが、それでも最前線の迷宮区を単独で攻略し、多くの情報を得ては検証し、広めているあの少年と較べると、流石にフィールド探索の方では多少劣る。ダンジョンでは負けるつもりなど無いのだがやはり分野の問題だ。

 とは言え、流石のキリトもここに来る事は出来ない。無いものねだりは意味が無い。

 ちなみにそれをしたくなる気持ちは凄く分かるのでそれを咎めるつもりは全く無い。

 

「アイテムや見落としがあるとして、ありそうなのはこの大神殿と回廊神殿、あとは研究所跡地……かな」

 

 とにかくキリトが居ない以上は頼れる筈も無いので、今はわたし達二人で現状を如何にかしなければならない。幸いにも手探りで動かなければならない状況からはマッピングのお陰で幾らか脱せたし、浮遊石や地形の把握も出来たから多少動きやすいのは確か。

 全て手探りなのと、幾らか情報があって予測立てて動くのではやはり随分違う。それは効率もだが気持ち的なものもだ。

 

「そうだね、人工物っていう前提をするならそれくらいだと思う。樹海エリアから出られない以上はこのエリアの何処かにあるのは確実だし……でも外にある宝箱にあるとかだったらどうしよう……?」

「一先ずさっきわたしが言った三ヵ所を徹底的に調べよう。それでも無かったらもう一度フィールドを探し回る。当面はこれでどうかな」

「うん、そうしよっか」

 

 最初は混乱していたし本当に手探りでマッピングや索敵を行っていたので、ダンジョンならともかくフィールドの方は慣れていないのもあって、見落としはむしろあって当然だ。

 しかし今はフィールドのマッピングはほぼ済んでおり、建造物内部の細かな所が出来ていないくらい。そこを虱潰しにあたって、それでも無ければ外をもう一度回った方が効率も良いだろうと思い、わたしは提案を出した。

 幸いにも彼女も同じ事を考えていたようで快く頷いてくれた。

 今後の相談をしながら手早く食事を終えた後、レインが携帯砥石で片手剣ソード・オブ・ホグニを二本、わたしが愛用している短剣ソードブレイカーを研いで耐久値を回復。

 回復アイテムも回収した分を含めてまだ余裕があったので、探索をしながら集めなければならない食材や素材アイテムを確認。

 それらを終えた事で探索に出る準備は整った。

 

「さて、と。それでフィリアちゃん、何処から回る?」

「そうだなぁ……」

 

 しっかりと愛用の短剣をベルトの後ろ腰部分にある鞘に納め、その重みを感じながら立ち上がったわたしに、レインがそう訊いて来た。

 レベルこそわたしより低いものの実力そのものはレインの方がハッキリ言って上だ。ソードスキルが使えなくなる事を承知の上で二刀を振るっているのも、ボスやネームドを除く殆どの敵をスキルに頼らず倒せるからである。

 それでもダンジョンに潜って探索をした回数は今やわたしの方が多いのでそういう勘を頼りにしているのだろうと、何となく察しが付いた。

 

 

 

 ――――グシャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!

 

 

 

「「ッ?!」」

 

 考え事をしつつもしっかり何処から回った方がいいか思案している最中、唐突に樹海の何処かから物凄い咆哮が響いてきて、耳朶を打った。響きとその大きさ、余韻からするに恐らく結構な近場からだ。

 しかもその咆哮の大きさは並みのモンスターが発するレベルではない。ネームドも怪しいので、恐らくはボス級Mobだ。

 ――――余談だが、モンスターの強さは《索敵》スキルを鍛えた上で直接目視してレベルを確認するだけでなく、様々な要素からその強さをある程度図れる。

 この《ソードアート・オンライン》は今でこそデスゲームという異常な状況になってしまっているが、今もMMORPGという要素は存在している。装備の見た目が強さに反映されているように、モンスターの見た目もある程度強さに応じているのだ。

 体は力強さとHPの多さ、種族は俊敏さ、姿形は攻撃方法などを教えてくれる。それらが平均的であれば然して問題はないものの、巨体だったり禍々しさを感じさせる姿であればかなりの強さを持っていると言える。

 無論、こちらに警戒心を抱かせない姿でも恐ろしく強いモンスターは稀に居るが、そもそもそういうモンスターはレア中のレアなので、基本的に会える事は無い。

 ラグー・ラビットのようなレア食材モンスターは体力と攻撃力は最低値ながら敏捷値が半端じゃないなど何かしら特化している能力を持っている事の方がむしろ多いと言えるだろう。

 閑話休題。

 そういった特徴を生き残るために頭に叩き込んでいるわたしは、咆哮の大きさと感じられる危険性からかなりの大物だと判断して、瞬時にどう動くべきかを思案し始めた。

 並みのモンスター、あるいはネームドが相手なら一応二人でも凌げはする。ネームドはパーティー狩りを基本としているので、個人の戦闘能力が高ければ人数がフルに満たなくても渡り合えはするのだ。

 しかしこのエリアはかなりの高レベルモンスターが徘徊しているので、例え普通にポップするモンスターだとしても常に警戒していなければならない。

 ネームドはかなりの回数戦っているものの、このエリアのネームドのレベルはかなり高いと考えられるから正直戦いたくない。

 加えて言えば、今の咆哮は明らかにボス級が放つもの。迷宮区から外れたダンジョンに潜ってマッピングとトレジャーハントを行う中でボス級と戦った事は殆ど無く、地下迷宮でキリトが戦っていたのを見たのがほぼ初めてとすら言えた。

 結論としては見つからないようやり過ごしたい。

 けれど引っ掛かるのは、わざわざ神殿の影という発見されにくい場所に設営した仮拠点にいるわたし達が発見されたにしては、目視可能な範囲内に咆哮を上げたと思しき存在の姿が見えない事。

 それはわたし達と咆哮を上げた存在の距離が離れている事を意味する。

 つまり咆哮を上げさせた存在は、わたし達ではなく他の存在ではないか、という予測が立った。即座に動き出さなかったのも本能的にわたし達が見つかった訳では無いと察していたからだろう。

 となれば、わたし達が取るべき道は限られる。

 下手に動けば近くで狂暴化しているだろうボス級と鉢合わせするが、このままここに居ても見つからない可能性は低い。

 

「……大神殿に入って、探索しながらやり過ごそう」

 

 だから大神殿内部の探索をしつつ、ボス級Mobが通り過ぎるのを待つ事にした。幸い咆哮は木々が立ち並ぶ樹海からであり神殿内部からではない。

 見つかっていたなら別だがまだそうでない可能性がある以上、内部まで追いかけて来る事はまず無いだろう。

 ボス級Mobに追い掛けられている人物が入って来たら話は別なのでそれに注意しつつ、わたしは設営していた仮拠点のものを手早くストレージに突っ込み、レインと共に大神殿へと入った。

 

 ***

 

「く……ッ!」

 

 失敗した、と毒づきながら私は全力で樹海の中を走り抜けていた。

 左右を次々と幹の太い大木が通り過ぎていく速さがどれだけ全力かを物語っていた。自動車が走る速度に匹敵していると思える程。普通は出せない速度ではあるが、パラメータが高ければそれが可能である仮想世界だからこそ可能な事だ。

 しかし、その速さを出していても決して安心出来ない事があった。

 

『グシャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

 

 背後から聞こえる、身の毛もよだつ恐ろしい咆哮。

 ついさっき、大樹を挟んだ状態ですれ違っていた禍々しい姿のモンスターに見つからないよう隠れて進んでいたのだが、ほんの僅かに地中から顔を出していた木の根に足が引っ掛かってこけてしまった。その時上げてしまった声が原因で気付かれてしまい、今現在追い掛けられている真っ最中である。

 この樹海に来てから踏んだり蹴ったりだと胸中で罵った。

 六十層台のダンジョンから街へと帰る途中で転移させられたと思えば予想外の事態に出くわすし、それが原因でカーソルがオレンジになってしまう。更に転移結晶を使っても拠点としていた主街区へ戻れない。目印となる迷宮区は無く、あるのはただ意味も分からない巨大な黒い球体と広すぎる深い樹海ばかり。

 周囲にいるモンスターも殆ど全てが格上ばかりで、《鍛冶》スキルも取ってないから剣の修復もマトモに出来ず碌な戦闘も出来ない。

 だからここに来てしまった三日前から私は樹海の中にある綺麗な湖を拠点として、殆ど立ち往生も同然ながらどうにか周囲の探索を行っていたのだが、今回はそれが仇となった。まさかあんな恐ろしいボス級モンスターがいるとは予想外だった。

 私を追ってきている存在を一言で言い表すなら、骸骨百足が最適だと思う。

 後頭部が長い頭骨、四つに割れる顎、昏い火を灯す四ツ目。長い背骨に付いている左右の肋骨はガシャガシャと音を立てて蠢き、人間なら腰に当たる場所より下は長大な節足。尻尾にあたる部分は紅い刃を持つ巨大な鎌。腕にあたるものは左右二本ずつ存在しており、肘から先は、こちらも尻尾と同様に紅い刃を持つ巨大な鎌だ。

 とにかく見た目からして危険度が半端では無いから見つからないようにと注意をしていたのに、足元に注意するのが疎かになってこけてしまうなんて、自分の間抜けぶりがとても腹立たしかった。

 

「は……っ! は……っ!」

 

 肉体的な疲労は無いから息切れなど起こる筈も無いのだが、それでもリアルで生きて来た時のクセで呼吸が荒くなる。酸素を必要として目の前がクラクラする事が無いのが今は不幸中の幸いだった。

 走り続ける中、チラリと背後を肩越しに振り返って見るが先の骸骨百足の姿は見えない。見えないくらい突き放したのか、それとも木々が邪魔で見えないだけなのかは分からないが、それでも地面の揺れからするにまだ追ってきているのは確か。

 安心するにはまだ早い。

 

「――――うわっ?!」

「え……ッ?!」

 

 背後を見て骸骨百足の事を気にしていると、さっきまでは誰も居なかった筈の前方から声が聞こえて来た。驚きを含む声に私も驚いて顔を前へと戻す。

 そこで視界に入って来たのは、紫紺だった。

 

「くぅ……?!」

「んが……?!」

 

 制動を掛けようにも流石に間に合わず――しかもご丁寧に木の根にまた足を引っ掻けてしまったので出来る筈も無く――紫紺色に装備を固めたプレイヤーに正面衝突してしまった。

 ごんっ、と額をぶつけ合って鈍い音を立てる。

 衝突した私はそれで走っていた勢いが多少弱まったものの前進は続けてしまい、ぶつかった紫紺色のプレイヤーに馬乗りになる形で地面に着地してしまった。

 

「げほっ、げほっ……一体、何が……」

 

 地面に背中から叩き付けられたのと私がお腹に馬乗りになってしまった事で息を詰まらせたらしい紫紺のプレイヤーが、苦し気に咳をしながらこちらを見て来た。

 閉じられていた瞼が持ち上げられ、その奥にあった紅い瞳が私を射抜く。

 一瞬、私の頭上へとその瞳が向いた。

 

「オレンジ……?」

「っ……」

 

 やはりその瞳が見たのは、プレイヤーの頭上に表示されるカーソルだった。

 グリーンかオレンジかで対応を変えるのが普通である以上、基本的にSAOのプレイヤーは無意識でもカーソルに視線が向かうようになっている。それが初対面であれば猶更だ。それを諦観と共に受け入れこそすれ、否定は出来ない。

 

「……ねぇ、いい加減ボクの上から退いてくれないかな」

 

 私をオレンジと見た途端、僅かに眉根を寄せた紫紺のプレイヤーは口を開いて静かな口調でそう言って来た。

 ただ、静かな口調ではあるが、声音の方には恐ろしいと思える冷たい凄みがあった。

 

「す、すまない……」

 

 オレンジである事を抜きにしても人に馬乗りになったままというのは確かに不快な気分にさせると理解出来ているので、慌てて私は紫紺のプレイヤーの上から退いた。

 それからむくりと上体を起こしたプレイヤーは、流れるような動きで立ち上がり、お尻についた泥や草を両手で払った。

 そのプレイヤーは私も見た事があった。

 紫紺の装備に身を固め、盾を持たず、持ち前の敏捷性を活かして片手剣を振るう女性最強と謳われている剣士【絶剣】だ。近くで見た事があるし、少し前にあった第七十五層闘技場での《レイド戦》を観戦していたからすぐ分かった。さっき気付かなかったのは却って近かったからである。

 

「……その、さっきはぶつかってしまって、すまなかった。後ろを振り返っていたから前を見てなくて……」

 

 互いを見合って微妙な沈黙が漂って、その空気が居た堪れなくて再度、今度はしっかりと頭を下げて謝罪する。大慌てで逃げていたのもあるがそれは言い訳になるから、誠心誠意謝意を示そうと思っての事だ。

 

「いや、まぁ、それはいいんだけど…………前を見てなかった……ねぇ、もしかしてキミ、何かから逃げてたの?」

「え? あ、ああ、確かにそうだ……」

 

 それが通じたからか、頭の上から掛けられた声に多少の警戒心は感じられたもののさっき込められていた凄みはあまり無かった。そのまま逃げていた事を言い当てられて、てっきり責められるとばかり思っていた私は少し呆けながら素直に首肯した。

 そこで、私はさっき大急ぎで逃げていた事を思い出す。

 

「って、そうだ、早く逃げないと! 君も―――――」

 

 一緒に逃げないか、と言おうとした私は、しかしそれを発する事は出来なかった。

 

「ッ?! 危ないッ!」

「な……?!」

 

 私が話している最中、何かに気付いたようにハッとした顔で頭上を見上げた【絶剣】が唐突に声を上げて、私に突進。そのまま私の体を抱き締めてその場から移動したのだ。

 

 

 

『グシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

 

 

 

 いきなりの行動に何を、と思ったもののそれはすぐに答えが出た。骸骨百足が頭上から落ちて来て、さっきまで私と【絶剣】の二人が居た場所に血の色の刃を持つ巨大な大鎌を振るったからだ。

 彼女が私を押し倒すように庇ってくれなければ、その一撃で私も、彼女も殺されていたのは目に見えていた。

 厳密に攻撃力を知っている訳では無いもののそう考えてしまうくらいそのモンスターには恐ろしさがあった。

 

「なっ……オリジンリーパー?! 何で七十五層のボスが?!」

「え?! アレって最前線のフロアボスなのかい?!」

「うん、そう……――――いや、所々違うね。フロアボスの大鎌は二本だったし、あそこまで禍々しくなかったから亜種か何かかも。よく見れば名前も違ったし……」

 

 まさか最前線の第七十五層フロアボスとは思わず驚いて聞き返すが、どうやら若干姿が違ったらしく、油断なく紫紺色の片手直剣を構えながら彼女は難しい顔で前言を撤回した。

 改めて骸骨百足の名前を見れば、そこには《The Hollow Deadening Reaper》と表記されていた。

 定冠詞があるという事はやはりれっきとしたボスモンスター。レベルは85とあるので、レベル78の私よりも格上だ。多分【絶剣】よりはちょっと低いくらいだろうが、ボスモンスターには他のMobには無いステータス補正が掛かっているから、こちらがどれだけレベルが高くなっていても敵わない事の方が多いという。勿論【黒の剣士】のように例外は存在するのだが、それは極めて少数と言える。

 

『グシャアアアアアアアアアッ!!!』

 

 そうやり取りしていると、目の前に獲物が固まった事を好機と見たか骸骨百足が右腕の大鎌を一本、左薙ぎの軌道で振るって来た。

 

「ぐ、ぅう……ッ!!!」

「く……ッ!」

 

 その攻撃は今からどう足掻いても二人纏めて斬り裂かれる軌道を描いていたため、私と【絶剣】は同時に手に提げていた片手剣を横に翳し、剣の腹に左掌を添えて横薙ぎに備えた。

 直後、大鎌と二本の剣が交錯し、強烈な衝撃がこの身を襲って来た。防御の上から攻撃が幾らか貫通し、HPが二割程削れた。【絶剣】の方はやはりレベルが上という事もあって一割弱程だ。

 二人掛かりでこれなのだから一人で防いだ時は半分を割っていただろうし、直撃した時の事などもう考えるまでもない。

 

「ッ……二人で抑えられるって事は、オリジンリーパーよりは低ステータスみたいだね……!!!」

「そ、そうなのかい……?!」

「何しろ、キ――――【黒の剣士】でもギリギリだったんだ、ボク達が二人で抑え込もうとしてもそのまま剣を折られて斬り裂かれてたと思うよ……ッ!!!」

 

 オリジンリーパー、というのは恐らくさっき彼女が勘違いした第七十五層のフロアボスの事なのだろう。これでもそのフロアボスより弱いというのに、半分納得はしつつもやはり目の前の恐ろしさ故に本当かと疑ってしまった。

 その疑問に、【絶剣】は歯を食い縛って持ち堪えながら答えた。どうやらそれだけ尋常ではない存在だったらしい。

 

「それよりも、息を合わせて鎌を弾くよ!」

「わ、分かった!」

 

 彼女に言われて、確かに今は目の前の敵をどうにかしなければと思い直して思考を切り替える。

 それを見たか、【絶剣】はいくよ、と声を掛けて来た。

 

「「はああああああああああああああッ!!!」」

『グシャアア?!』

 

 若干低レベルな私と高レベルの【絶剣】とが同時に剣を押し出す事でシステム上の筋力値が攻撃に合算されたので、一体で踏ん張っている骸骨百足の一撃をどうにか弾く事に成功した。驚きの咆哮を上げながらホロウ・デッドニング・リーパーが怯み、後退する。

 私はそれを見て、一度仕切り直そうと思った。

 

「はああああああああああああああッ!!!」

「え?!」

 

 しかし、【絶剣】は違っていた。彼女はこれを好機に攻める事を選択していたのだ。

 鎌を弾かれて怯んだ骸骨百足に対し、通常攻撃で弾いた事で硬直が無かったためか彼女はソードスキルを放っていた。深紅の光芒を引きながら轟音と共に突進するそれは《片手剣》の重突進ソードスキルとして有名な《ヴォーパル・ストライク》だ。

 移動はともかく、巨体故に咄嗟の回避行動が遅い骸骨百足の巨大な頭骨に、正面からその強烈な突進突きが直撃した。大地と大気を揺らがせる程の轟音が響き渡り、更に骸骨百足が大きく怯んだ。

 ソードスキルに付随する僅かな技後硬直から復帰した豪胆な紫紺の剣姫はすぐさま驚きに固まった私が居る場所まで後退して来た。それから怯み、憎々しげに眼窩の昏い熾火を揺らめかせる骸骨百足に振り返り、剣を構える。

 その視線は、しかし骸骨百足では無くその頭上にある四本のHPゲージへと向けられていた。見れば最上段のゲージの三割が今の一撃で削れている。

 

「ボクの《ヴォーパル・ストライク》で三割……なるほど、思ったよりかなり弱くなってるね」

「え、アレでもなのかい」

「【黒の剣士】の《ヴォーパル・ストライク》でもドット単位でしか削れなかったからね」

「な……っ」

 

 あの闘技場での激戦を見たから【黒の剣士】の強さ、というよりはステータスも大体察しが付く。

 《個人戦》も《レイド戦》もあの少年の強さがあったからこそ突破出来たようなものなのに、それですらドット単位でしか削れなかったって、一体どれだけ壊れたステータスのボスだったのかと思った。流石にそれは第三クォーターと言えどもぶっ飛び過ぎだろう。

 まぁ、元が普通のVRMMORPGだったのだろう事を考えれば、クォーターポイントごとに壊れステータスのボスを配置し、クリアされにくいようにするのは当然ではある。あるのだが、デスゲームである現状でそれは理不尽と思ってしまうのは仕方ない事だろう。

 それはともかく、ホロウ・デッドニング・リーパーの強さはフロアボスより下がっているから、まだ絶望する程では無いらしい。その発見は不幸中の幸いだ。

 しかし……

 

「それで、キミ、戦えそう?」

 

 気になる事は、私の隣に抵抗なく並び、あまつさえ共に戦うかどうかを訊いてくる事だ。

 オレンジプレイヤーは忌避される存在でカーソルがオレンジの時点で敵対認定されると言っても過言ではない。それは大半がオレンジギルドだったりレッドギルドの影響なのだが、実際事実なので仕方がないと思っている。

 だから私も彼女と会ってから距離を測りかねている。最初はあからさまに警戒をしていたと言うのに、今となってはその警戒心がかなり薄れ、共に強敵と戦おうとまで言って来るのだから。

 何を考えているのかが私には分からなかった。

 

「その……君は、恐くないのかい? 私はオレンジなのに警戒すら解いて……」

「最初は警戒したけど、キミの眼を見てたら信じてもいいかなとは思ったんだ。勿論全面的に信用はしてないよ。でもオレンジだとかグリーンだとかはただの指標でしかない、本当に害悪かを見極めるのは自分の眼と心だ。オレンジだからって何もかも忌避や嫌悪はしないし、逆にグリーンだからって全て信じる訳じゃ無い」

 

 そこは分かっていた。むしろこれで信用までされていたら却って不気味に思うし、大丈夫かと自分の事を棚上げしてまで思ってしまう程だ。

 グリーンだから信じる訳では無いというのは基本的に人を安易に信じては身の危険を招くのが《アインクラッド》の常識となっているので理解出来たが、オレンジだから完全に忌避はしないと、そう言って来たのには驚かされた。

 

「それに……」

 

 油断なく、骸骨百足の出方を見つつ紫紺の剣姫は、言葉を続ける。

 その姿は、最強の剣士では無く。

 

「『オレンジだから警戒しないのか』って訊いて来る時点でボクはある程度信用出来る人間性だと思ってるよ。気にしない人は、そんな風に言わないんだ……ただ嗤うか、ただ受け容れるかの、どちらかだけだからね……」

 

 

 

 寂しそうに、哀しそうに、そしてどこか懐かしむように言う彼女は、今だけは強い剣士では無くただの少女に見えた。

 

 

 

 思わず、息を呑む。

 驚き、と言うには小さくて、けれど意外と言うには大きい感情の波が胸中に起こって、何を言えばいいのか分からなかった。

 けれどきっと、何も言わない事が正しいのだと思った。

 恐らく【絶剣】の親しい者がオレンジになって、それで色々と言われている光景を見て来たのだろう。オレンジになった理由は誰かを――――きっと、【絶剣】か彼女に近しい誰かを護る為だったのだ。

 そして懐かしんでいるのは、もうこの世にはいないからだろう。多分オレンジだった事で命を落としたのだ。けれどそれをそのプレイヤーは悔いる事も無く、オレンジだからと蔑まれる事を受け容れ、そして死んでいった。

 死んだ人の事を想い懐かしむ気持ちは、痛いほどよく分かった。

 この《ソードアート・オンライン》を私はとても楽しみにして始めて、デスゲームになったあの日から諦観と共に生きて来た。

 

 

 

 ――――やっぱりこの世界は、最低最悪だ。

 

 

 

『グシャア……!』

 

 僅かに顔を歪めてそう思考していると、眼前にいる恐ろしい姿の骸骨百足が低く唸り声を発した。

 それで意識を向ければ、相手は今にも襲い掛かって来そうな圧迫感を放って、四本の鎌と尻尾の鎌を揺らめかせていた。僅かに頭を低くし始めているから飛び掛かる準備をしているのだ。

 

「……相手も痺れを切らし始めたね。逃げるなら早く逃げて」

「えっ……?」

 

 相手の出方を待っていたのだろうが、律儀に私も戦うか否かの答えを待ってくれていた【絶剣】は、もう待てないと剣を構え直しながら言外に言い捨てる。

 その意味する所を理解して素っ頓狂な声を返してしまった時には、もう地を蹴って駆け出していた。

 私と違って恐れる事は無く、ただ敵が居るから――あるいはどこまでも追って来ると理解しているから――戦うのだと言わんばかりの勢いで、骸骨百足の出鼻を挫く。

 出鼻を挫かれた骸骨百足は慌て気味に右の鎌を一本振るうが、それを軽やかに跳んで躱した彼女は空中で剣を引き絞り、また深紅の光と轟音を伴う突進突きを放つ。再度頭骨に直撃し、ボスはまた三割ほどHPを削られて怯んだ。

 

『グシャアアアアアアアアッ!!!』

 

 さっきは技後硬直が解けた彼女の方が早く動いたが、今回は骸骨百足の方が早かった。多分《ヴォーパル・ストライク》が直撃する前に怯んでいたかいなかったかが差として現れたのだと思う。

 ノックバックから回復した骸骨百足は、眼前で技後硬直によって動けない、あるいは空中でまともに動けない【絶剣】に焦点を当てて、右腕の二本の鎌を大きく振りかぶった。

 一撃で躱されるなら上下二段の攻撃にする事で対応しようとAIが学習したのだ。

 それに一撃だけでも私と二人掛かりでどうにか抑えられたが、それもHPの削りダメージが入ってである。一人且つ二撃分を受け止めた場合防げるかも怪しいし、空中だから踏ん張りも利かない。

 

「あ、危ない……ッ!」

 

 半ば反射で叫んだものの、どうする事も出来なかった。

 今から何かしようにも距離が約二十メートル開いているのでどう頑張ってもボスの攻撃に間に合わないし、仮に間に合ったとしても私のレベルでは却って邪魔になると思えた。そも、叫んでいる私は言葉に反して固まって動けないままだ。

 

「負……ける、かぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 だから彼女がどうにかするしか無かったのだが、私の予想に反して、【絶剣】は見事に対応して見せた。

 二つの大鎌を振るい始めた瞬間に技後硬直から回復した【絶剣】は瞬時に身体を左に向け、それに合わせるように、前方へ突き出していた剣を頭上に掲げる。それだけで剣から蒼い光が放たれた。

 《片手剣》スキルを取った時点で習得済みになっているソードスキルの一つ、単発垂直斬りの《バーチカル》だった。

 裂帛の怒号を上げながら垂直に振るわれた剣と咆哮を上げながら左薙ぎに振るわれた二つの大鎌が交錯する。

 

「あぁぁ……ッ!!! はああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 結果、勝利したのは【絶剣】だった。

 一瞬拮抗したが、再度怒号を上げた彼女は剣を全力で振り抜いた。それで競り合っていた二つの大鎌を纏めて弾いたのだ。

 とは言え、ソードスキルによって体を動かされていた彼女も衝撃によって吹っ飛ばされたので、痛み分け。

 ――――と、思っていたのだ。しかしあろう事か、彼女は吹っ飛ばされた時の勢いを利用して背後の幹を、まるで忍者のように走り上ってしまった。

 

「……うっそぉ……」

『グシャァ……?!』

 

 すぐに追撃に出た骸骨百足もこれには困惑で樹木の前で止まり幹を駆け上がる紫紺の剣姫を見るばかり。多分正確には待ち構えているのだろうが、呆然と見上げているようにしか見えなかった。

 幹を駆け上がっていた【絶剣】は慣性を喪い、二十メートルも上った頃に幹を蹴って宙へと躍り出た。

 舞うようにクルクルと回りながら宙へと身を投げ出した【絶剣】は、眼下に待ち構える骸骨百足を見て剣を構えた。頭から落ちる格好でも臆す事無く剣を引き絞る。

 

「沈めぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええッ!!!!!!」

 

 そして、三度深紅の光と外燃機関の如き爆音が轟き、宙に紅色に光る一条の閃光が奔った。

 

『グシャアアアアアアアアアアアアアアアアッ?!』

「な……?!」

 

 三度目の強烈な突進突きは頭骨の頂点に直撃し、今までにない絶叫のような咆哮が上がる。

 私が驚いたのはその一撃の威力。

 重力による落下と全体重も合わさったその一撃は凄まじい威力を誇っていて、更にクリティカルになったのか、その一撃だけで一本目の残り四割は消し飛び、二本目の四割まで一気に割り込んだ。たった一撃で一本分のHPを消し飛ばしたのだ。

 凄まじい威力を真上から受けた骸骨百足は地面に体を横たえ、スタンのマークで動けない状態になっていた。

 

「もう一発……ッ!!!」

 

 頭骨の頂点に突進突きが直撃した反動で僅かに浮き上がった彼女はその状態を見て、追撃を仕掛けようと考えたらしく、そう言って歯を食い縛った。

 右手に順手で持っていた剣を逆手に持ち直し、軽く振り上げる。

 すると細身ながら肉厚の紫色の刃から同色の光が、まるで稲妻が迸っているかのように放たれ始め、直後紫紺の剣姫が急直下した。下突きの構えで紫の光芒を引きながら真下に横たわるボスへ突貫し、再び頂点に剣が突き立てられる。

 さっきよりは抑えられた轟音、それに次いで骸骨百足の全身を舐めるように這う紫電。紫色の光を放つ空中技は《ライトニング・フォール》と言う。

 そのエフェクトの印象に違う事無く、ボスの状態異常はスタンから麻痺へと変わっていた。

 ――――この《ソードアート・オンライン》の状態異常には幾つかのシステム的なルールが存在している。

 例えばHPを減少させるダメージ毒は、レベル一のものが二つ掛かると、それはレベル二の毒へと合算される。そこからレベル二の毒に掛かれば三になる。無論別のレベルの毒に掛かれば同時に掛かったままになる。

 スタンについてはもう少し複雑だ。

 一時的行動不能をスタンと呼ぶが、これは特定のスキルに付与されているスタン付与効果、頭部への強烈なダメージ、あるいは一撃でHPを半分以上持って行く程の凄まじい攻撃のどれかを満たす事で発生する。五秒前後動けなくなるこれは麻痺毒などと異なって自然回復のみが回復方法となっている。

 このスタンに状態異常レベルは存在しない。あるのは重ね掛けによる合算のみだ。

 その合算の結果が麻痺である。

 スタン状態の敵に、更にスタンを付与する事に成功すれば、その状態異常は麻痺へと変わる。麻痺になれば行動不能時間が五秒前後から十分程度まで伸びる。狙って出せる筈も無いが、相手を麻痺に出来ればかなり有利になると言える。

 無論ネームドはほぼスタンなど効かないし、ボス級Mobも基本的にスタンしないので期待出来ない。HPを大幅に減らす攻撃など出来る筈も無い。

 それでも誰もがボス相手にすら出来る方法が頭部への強打と、スタン付与スキルの使用だ。

 恐らくそれを彼女は狙ったのだろう。一撃目で強烈な重攻撃を敵の頭部に叩き込み、スタンしたのを確認してからスタンが付与されているソードスキルを使ったのだ。その狙い通りにボスは麻痺になった。

 

「よっと……!」

 

 ボスに大ダメージを与え、ダウンさせただけでなく麻痺にまで落とした紫紺の剣姫は軽やかに巨大な頭骨の上に着地し、すぐにそこからも下りて地面へと足を着けた。

 それから背後にて麻痺で倒れている巨大な骸骨百足へ、腕を引きながら持ち上げた剣の切っ先を突き付けた。

 

「最近色々あったせいでちょっと機嫌が悪いんだ……悪いけど、キミでストレス発散をさせてもらうよ」

 

 それからは一方的だった。

 ボスの麻痺への耐性がどれだけ高かったかは分からないが、彼女の話では以前戦ったらしい第七十五層ボスより弱体化している上に今は麻痺毒によって一切抵抗出来ず、彼女は《アインクラッド》でも女性最強にして片手剣使い最強と謳われている剣豪だ。ステータスもそれに準じるのだから、無抵抗ならHPの削れ方も半端では無い。

 私はそれを見たまま動かなかった。動かなかったのは彼女の力を借りれば帰る方法が見つかるかもという打算があったからだが、ここで逃げたら後々物凄くマズい事態になると思ったからだ。

 良い的が出来た、とどこか活き活きとしながら新技開発を称するリンチを行う紫紺の剣姫【絶剣】の姿を、私は少し離れた所で怯えながら見守り続けた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 ゲームを知っている方々、フィリアがオレンジだと思っていましたか?

 残念、初登場の新キャラでした。

 新キャラの名前は《ルクス》、スピンオフ漫画《ガールズ・オプス》に登場する新キャラです。LS&アクセルソードに出て来るシルフっ子。原典では【黒の剣士】の大ファンで、原作キリトの事を様付けで読んでいます。また、非常に背が低く、反面出てるところは出てる子。シリカより高く、リズやシノン、ユウキより低いくらいですね。

 正直《笑う棺桶》掃討戦の後にキリトかアスナ辺りに合流、あるいはレイン達と最初から一緒だった体で書こうとも考えたのですが、一応原典に近い感じにしようかなと。そっちの方が原作やスピンオフ好きの方々には受け容れられやすいと思ったので(自分含めて)

 まぁ、《ホロウ・エリア》に居る時点で諸改変しちゃってるんですがね!

 そんな訳でゲームのフィリアの立場がルクスになってます。

 あとゲームキリトの立場はユウキになってますね。何かゲームキリトより凄く強そうな感じに……実際のところ、毒、出血、麻痺毒の状態異常はこのボスには効かないんですが、原作プログレッシブ第二層の話にあったスタン二重掛け理論(牛ハンマーのナミングスタンの事)ならいけると思ってやりしました。

 結果がこれです。ユウキを始めとして片手剣使いを動かすと何故か何時も《ヴォーパル・ストライク》になってしまう。何故でしょうかね、これ。

 多分《ファイティング・クライマックス・イグニッション》のユウキの空中《ヴォーパル・ストライク》のせいだ(責任転嫁)

 そうでなくとも《片手剣》スキルの中でもかなり有名なソードスキルだからでしょうね。作品によっては微妙なのに物凄い使い勝手が良いですからね、コレ。一番はHRのヴォーパル。

 それはともかく、フィリアとレイン、ユウキが再会を果たすのはまだ後の事。ルクスも《ホロウ・エリア》でこれからどうなるか、キリトがユウキやルクス達にどう関わるか、色々と予想してみてください。


 私はそれを(良い意味で)裏切りましょう(嗤)


 ……出来るかな(;・∀・)

 感想を送って下さる方々の方がよっぽど視野が広く鋭いから出来ないかもしれない(´;ω;`)

 では、次話にてお会いしましょう。

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