とある少年が博麗神社に現れた。
彼は少々不幸な能力に縛られ、あらゆる災難にあっていた。
これは、少年と少女たちの短く、悲しい物語。
嫌悪から始まり嫌悪で終わる、そんな、救いようのない物語。


【注意事項】
この作品はハッピーエンドの無い、後味が悪くなるような作品です。読む際には自己責任でお願いします。


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すべてに嫌われるその前に

……涼しい朝だ。

私は夏の終わり目、立秋を感じさせる涼しい風を身に受けて起床した。

ここ、博麗神社には毎日のように迷惑な奴らがやってくる。

黒白の泥棒魔法使い、鬼で幼女な酒豪四天王、たまには胡散臭いスキマ妖怪がババァーンと現れる。

私、博麗霊夢もそんな日常にすっかり慣れてしまって、適当に対応してやらなければ面倒くさいことになることも熟知している。はぁ、メンドクサ。

暖かい日差しと涼しい風という久しぶりに最高のコンディションに恵まれた私は恐らく今日も空っぽであろう素敵な賽銭箱の中身を確認した。博麗神社はそれなりに高い山の頂上に位置しているためか、非常に賽銭が少ない。というより、無い。

もはや溜息すらも出ず、流れるように台所へ向かった。

朝食を作ろうとして食料保存箱を見たとき、ここで盛大に溜息をつく。

少ない、少なすぎる。

賽銭がないから食料など買うことはできず、今あるのは精々二日分の米と野菜少々。

これでは腹が持たない。しかし、どうしようもなかった。

仕方なく、半人前分の米を鍋に入れ、炊く。恐らくこれだけが今日の朝ごはんになるだろう。

もう、やってられない。そう思って、現実逃避をしかけた時だった。

 

  チャリーン

 

涼しい、綺麗な音が耳朶に響いた。

その瞬間、火加減の管理を忘れて音の鳴った方へと駆けつける。

目的地点は本堂の前、つまりは賽銭箱。距離20。

あっという間にたどり着き、賽銭箱の中身を見る。

そこには、竹と橘が刻まれた外の世界の硬貨が入れられていた。外の世界の価値にして500円、ここ幻想郷ではそれは外の世界基準で五万円という大金だった。

それが、何枚も賽銭箱の底でキラキラと輝いている。

私は嬉しすぎて勢いのままにまだ顔も見ていない、というより存在を無視していた人に感謝を伝えようと体を起こす。が

 

「ありッ………!」

 

果てしない嫌悪感。今までに無い恐怖が私を襲った。

一瞬にして私の顔から血の気が引け、青ざめる。冷汗がどっと溢れだして止まらない。

これが他の人が言う『生理的に無理』というものなのだろう。よく、泥棒魔法使いこと霧雨魔理沙がゴキブリだかいう虫にその言葉を使っていた。

一刻も早く逃げたくて、視界から消したくて、思わず後ずさってしまう。

しかし、私の眼はじっとその人――少年を掴んで離さなかった。いや、離せなかった。

もちろん、少年が何をしたわけではない。むしろ、彼は大量の賽銭を私にくれたはずだ。

逃げたい、消したいという感情を理性で押さえつけ、彼と向き合う。

 

「……あ、あなたが入れてくれたのね。ありがとう」

 

なんとか言葉にした感謝の言葉。こうしている間にも私の背中からは尋常じゃない量の汗が流れている。

彼は、私の言葉を聞いて少し驚いた顔をしてから、笑顔でこう言った。

 

「いやいや、気にしないでよ。神社に来たら賽銭を入れるのは当然じゃないか。じゃあ、僕は戻るよ。ごめんね」

「あ……待って!」

 

少しすまなそうな顔をして去っていく彼を呼び止めた。

次には、私の口は今にも弾けそうな気持ちとは真逆のことを言っていた。

 

「えっと……礼を、したいのよ。上がって、くれないかしら?」

 

言った後、不思議そうな顔をする彼。

それは私も同じだ。離れたいはずなのに、遠ざけたいはずなのにそんなことを言ってしまった自分に驚愕を隠せない。

 

「……無理しなくて、いいんだよ?だって、今にも倒れそうじゃないか」

「……!いい、から!来なさい!」

「あ、ちょっと!?って、え……?」

 

でも、何故だろうか。嫌なはずなのに、嫌悪感で満ちているのに。

彼のことを、もう少し知ってみたいと思っているのは。

私は感情を精一杯押さえつけ、彼に近付きその腕をつかむ。そして、無理やり彼を神社の本殿の中へと引きずり込んだ。

少し見えてしまった彼の顔は、驚愕と困惑で染まっていたように見えた。

 

 

 +++

 

 

「お……おまたせ」

「…ほんとにいいの?迷惑かけるつもりは………」

「いいから座って飲みなさい!」

「は、はい……」

 

思わず怒鳴ってしまった。彼は目に見えるように萎縮する。

彼への嫌悪感は徐々に納まってきていた。完全に消えたわけではないが、話すくらいなら平気だ。

彼は外来人のようで、その服装はここ幻想郷では見ないものだった。そして、何かが気になるのか自分の腕を見て唸っている。そう、私が無理やり掴んでしまった腕だ。私の手にもゾワゾワした嫌な感覚が残っている。

 

「ねぇ、どうしたの。もしかして、痛かった?」

「……いや、ビックリしただけだよ。でも、嬉しいな。まさか、触ってくるなんて」

 

彼はゆっくり微笑む。触られたことに対して大層嬉しいようだ。

そう、触られただけで、嬉しそうにしていた。

 

「…アンタ、親はどうしたの?」

「親は悪くないよ。僕が悪いんだ」

「……へ?」

「…そうだね。僕のことを教えるよ」

 

彼は私の差し出したお茶を飲み、話し出す。

 

「僕は、最強の嫌われ者なんだ。」

「……へ?」

 

笑顔でそんなことを言う彼。

 

「……どういうこと?」

「僕は無条件に色んなものに嫌わるんだ。人、動物、自然にね。だから、君が今抱えている嫌悪感は、全部僕のせいなんだ」

 

彼はすこしすまなそうに眉を下げる。

無条件に嫌われる。そのことが、どれほど辛いものなのかは私では想像すらできない。

驚きのあまり彼を凝視していると、彼の額に青色の痣ができているのを見つけた。

 

「その傷は……」

「え?傷?……あぁ、これね。実は人里で襲われちゃって。慌てて逃げてきたら、ここに辿りついたんだ」

「襲われ……た?」

「でもまぁ、仕方ないよ。僕がそういう体質なんだからさ。だから、彼らは悪くない。悪いのは僕がいたからなんだ」

 

私が初めて会った時、激しい嫌悪感に襲われ彼を見ることなど碌にできなかった。

しかし今、その傷をよくよく見てみればわかる。この傷は決して軽いものではない。明らかに重症。それを彼は仕方ないとし、更にこれは自分のせいだと言ってのけている。

一体どんな育ち方をすればここまで正常でいられるのだろうか。いや、もしかしたら正常ではないのかもしれない。自分の本心を封印してしまい、本当は心の中で助けを求めているのかもしれない。

………でも。

 

「それはいいとして、話を戻すね。僕の親なんだけど、まぁ、嫌われたんだ。あの時はさすがにショックだったかなぁ。最初は知らない赤の他人、次に知人、友達、いとこと嫌われ続けた中で親だけが味方だったし………まぁでも、仕方のないことだね」

「………」

 

彼の話が耳を通り過ぎていく。

私に、彼を救う事なんてできない。嫌悪の沼が、余りにも深すぎた。そこに足を踏み出すことは、できなかった。

……不快だ。彼への嫌悪感、恐怖、そして罪悪感。

もう、この場にいて欲しくないとまで、思ってしまった。

 

「…どうやら、ここに居すぎたみたいだね。じゃあ、僕は出るとするよ。ごめんね、いやな気持にさせちゃってさ」

「あ……待って!」

 

ならばせめて。これくらいは聞いておきたい。

 

「名前……なんていうの?」

「……驚いた。本当に君は強いんだね」

「……!」

「サヤだよ。そう名乗ってるんだ。じゃあ、今度こそ」

 

そして彼は背を向け神社から出ようとする。その時だった。

境内から爆発音。何かが墜落したような音と同時に彼女は出てきた。

 

「やっほーーー!!遊びに来た……ぜ………」

 

黒白の魔法使い。霧雨魔理沙。

彼女の顔は、血の気が引けたような顔をしていて、震える瞳でサヤを見ていた。

 

 

 +++

 

 

「霊夢ッ!下がれ!」

「…!待って!」

 

魔理沙が箒を振りかぶった。

そのままサヤの方へと駆けてゆき、箒を握りしめる両手に力を籠める。

霊夢の静止の声は何とか聞こえていた。だが。

 

「うおおおおおぉぉッ!!」

 

体は止まらなかった。

目の前にある気味の悪い、醜悪なコイツを叩き潰さなければと、そう思っていた。

魔理沙とて理解している。目の前のコイツは何もしていない。いやむしろついさっきが初めましてだったのだ。でも、この気持ちは、止まってくれない。これは、ある時の思考と同じだった。

そう、目の前に現れた虫を叩き潰すようなあの感覚。後にも先にも嫌悪感しか残らないあの感覚。

魔理沙が感じているのは、まさしくソレだった。

 

「うわぁっ」

 

箒を振り下げる。

サヤはすんでのところで横に飛んで回避。

しかし、幻想郷でも強さで言えば上位に入る魔理沙は、それを見逃すわけがない。

横に飛んだのだから体勢は崩れている。魔理沙はそのまま箒をクルリと反し、サヤに叩きつける。

 

「待ちなさいって!」

「!」

 

しかし、箒がサヤに届くことは無かった。

霊夢が、魔理沙の箒を掴んで止めていたのだ。

そのすぐあと、ドザァッという音が聞こえる。サヤは体勢を崩し、そのまま地面に倒れ込んだのだ。

 

「落ち着きなさい!サヤは何もしてないでしょ」

「え……あ、あぁ、そうだな。す、すまない」

 

魔理沙は二の腕に込めている力を抜いた。

そうだ、彼は何もしていない、私は何をしていたんだ。と、魔理沙は少し自責の念に駆られた。

 

「いてて、ふぅ……助かったよ」

 

しかしそれも一瞬で消え去った。

襲い掛かるのはこれまでに感じたことのない嫌悪感や恐怖、そして禍々しさの波だった。それが、サヤの発した声と共に、ダイレクトに魔理沙に染み渡る。

しかし今度は魔理沙も冷静ではいられた。体は震え目の焦点は合わないけれども、襲い掛かることは無かった。

 

「れ、霊夢……アイツ、なんなんだ、ぜ?」

 

声もちゃんと出た。魔理沙は心の中で落ち着けと念じながら、霊夢にそう聞いた。

 

「……詳しい話はあとよ。魔理沙は早く神社の中に」

「わ、分かったぜ」

「それと………サヤ」

「あ、ホントにサヤって呼んでくれるんだ………あはは、なんだか嬉しいな」

「サヤは………これから、どうするの」

 

サヤはゆっくりと立ち上がりながら言う。

 

「すぐに出ていくよ。魔理沙……さんだっけ?彼女は耐えられないみたいだからね。僕がいると迷惑―――」

 

そこから先は、聞けなかった。

サヤが突然視界から消える。そこには、いつの間にか現れた大きな岩がいるだけだ。

いや、違う。サヤはその岩の下敷きになっていた。

 

「………え?」

 

サヤの声が途切れたのは、岩が地面にぶつかったときに鳴り響いた爆音がかき消したからだった

サヤは、突然降ってきた隕石に潰されていたのだ。

 

 

 +++

 

 

「何が起こったんだぜ!?」

「魔理沙、来ちゃダメ!」

 

突然の衝撃音に魔理沙が神社から飛び出してくる。

霊夢が来てはいけないと言うも、結局魔理沙は来てしまった。

 

「うっ……!」

 

その理由が、この光景だった。

サヤは隕石に潰れ、床はサヤの血で赤黒く染まっていた。岩の下からは手が飛び出しており、恐らく岩をどけると内臓が見え隠れしたりしているのだろう。

足が動かなかった。普段から妖怪退治に勤しんでいる霊夢の足ですら、動く素振りは見せない。

それはまるで、壁のようだった。霊夢達とサヤを隔てる、突破しがたい壁。

 

「「(近付きたく、ない………)」」

 

近付きたくない。離れたい。気味が悪い。あらゆる負の感情を巻き起こす嫌悪感が壁となって、霊夢達の足を止めてしまっている。

速く岩をどかし、治療をしなければ死んでしまうというのに、半歩すらも進めなかった。それどころか、魔理沙は後ずさってしまっている。

誰が好き好んで、潰れている虫の上の石をどかすというのだろうか。

しかし、このままでは死んでしまう。そして、霊夢は行動に出た。

 

「……紫―――!」

 

助けを呼んだのである。霊夢は半乱気味に叫ぶと、紫はスキマを開き、静かに出てきた。

その顔は歪み、もう見たくないとでもいうような顔である。

 

「……なにかしら」

「あの下にスキマを開いて永遠亭まで繋げてちょうだい」

「……もう死んでると思うけど」

「それでも、繋げて。だってサヤは――」

「でもまぁ、分かったわよ。正直、ここに彼がいるのは私でも耐えられないわ」

 

そう言って紫が扇子を振ると、岩の下にスキマが開いた。

サヤの体は全てそのスキマに吸い込まれるが、岩は吸い込まれずにその場に留まったまま。岩の大きさではスキマに入り切らなかったのだ。

 

「とりあえず、彼は送ったわ」

「ええ、ありがとう」

「………あなたも送りましょうか?」

「……いえ、歩いていくわ」

 

落ち着くために、と霊夢は小さく呟く。

それを聞くと紫はスキマを閉じて消えてった。

 

「な、なぁ霊夢。あいつ、なんなんだぜ?」

「……行きましょう。歩きながら話すわ」

「わ、分かったぜ」

 

 

 +++

 

 

「最強の、嫌われ者……?」

 

永遠亭への道中。私は魔理沙にサヤの体質について知っていることを全て伝えた。

 

「そうか、だから……」

「ええ。サヤ本人がそう言ってたし、実際私たちも、ね」

「…霊夢は、平気だったのか?」

「……いいえ」

「……そうか」

 

私も、サヤに対する嫌悪感は凄まじいものだった。耐えることが精一杯で、一度彼の腕をつかんだのは奇跡といえるほどだ。

サヤに対する嫌悪感は、恐らく後天的なものだろう。親の事を聞いたときに「僕は悪くない」と言っていたし、「親が味方だった」とも言っていた。恐らく、徐々にあのような体質になってしまったのだろう。しかしそれは、今まで愛してくれた者たちが誰も愛さなくなっていってしまったという事。私には、それは最も辛いことだと感じた。

 

「……なんで、何でそんなことになっちまったんだぜ!?アイツは、サヤは何もしてないだろう!?」

「………分からないわよ」

「…くそッ!」

 

魔理沙が悪態をつく。恐らくそれは、先ほどの自分の愚行と別の何かに対するものだろう。

そのまま私たちは一言も話すことなく、永遠亭までの道のりを歩いた。永遠亭につくと、そこには不思議な光景が広がっていた。

永遠亭を囲むように、たくさんのウサギたちが怯えていた。

私はその光景を見て、顔をしかめる。

サヤは誰からも嫌われ、そして何からも嫌われる。見境なしに相手に嫌悪感を振りまいてしまう。嫌悪感は怯えや恐怖を招き込む。だからこうして、ウサギが永遠亭の外に逃げ出してしまっているのだろう。

だが、それはあることを明らかにした。

 

「……生きてるみたいね」

「………」

 

サヤは、生きている。

普通ならあり得ない。隕石に潰されて生きているなど、それはもう人間などではない。それどころか、下級妖怪でも即死だ。

しかし、私にはある。思い当たる節が。

 

「霊夢」

「……永琳」

 

永遠亭から、一人の女性が出てきた。名を八意永琳。この幻想郷の唯一の医者だ。

その顔は、少しやつれているように見え、気分が悪そうだ。

恐らく、サヤが発する『瘴気』が原因なのだろう。

 

「…大丈夫?」

「大丈夫じゃないわよ。何なの、あの子。突然診察台に降ってきて、見たくもなかったわよ」

「…そう。で、どうしたの?」

「一応、形だけは戻しておいたわ。なおす時に息はしてたから生きていると思うわ。目覚めるかは別でしょうけど」

「……分かったわ。中、お邪魔するわよ」

「散らかさないでよ?特にアナタ」

「……さすがに、空気は読めるぜ」

 

そして私と魔理沙は永遠亭の中に向かった。

中に進んでいくにつれ足取りは重く、狭くなっていく。

部屋の前に来た時には、完全に足を止め体すらも碌に動かなかった。

と、その時

 

「いるんでしょ?霊夢さん、魔理沙さん」

 

中から声がした。サヤの声だ。

その声を聞き、私たちの体がブルッと震える。鳥肌も立っているだろう。

 

「……ええ、いるわよ」

「そっか。ありがと。君たちが運んでくれたんでしょ?よく触れたね」

「いえ………触ってないわ」

「じゃあどうして……いや、どうでもいいか。とにかく、ありがとう」

 

サヤの声は会った時とさほど変わらない。それは扉越しでも分かった。

あれほどの大怪我なのだ。少しぐらい声が曇っていてもいいはずなのに。

 

「なぁ……大丈夫、なのか?」

「うん、ピンピンしてるよ」

「そう、か」

「……ねえ」

「何かな霊夢さん」

「………何故、無事なの?」

 

あれほどの大けがで生きているのが奇跡なのに、それどころかピンピンしているという。いや、そもそも隕石に当たること自体が不自然なのだ。

扉の向こう側から、ああ、という声が聞こえた。

 

「…それは、僕が嫌われるからだよ」

「…どういうこと、だぜ?」

「僕は何からも嫌われる。自然にもね。だから隕石が僕のいるところに降ってきた」

「……は?」

「そして僕はそれを受けても死ななかった。なぜなら―――」

 

そして、魔理沙は次の言葉を聞いて、絶句してしまう。

それに対し、私はぼんやりとだが気づいていた。最悪の答えに。

 

「僕が、『死』からも嫌われているからなんだ」

 

それは、つまり―――

 

「僕は死なない。例え体がバラバラになったとしても死にはしない。ああ、でも痛覚はちゃんと残ってるんだよね。気絶もするし、眠りもする。ただ、死なないんだ」

 

それは、言うなれば不老不死。いや、老いはするのかもしれないが不死である。

普通の人間ならば喜ぶのだろうか。死なないことに対して喜んだりするのだろうか。

しかし、サヤは違う。『死ねない』のだ。ただ、『死ねない』。たったそれだけ。

それは、残酷なことのように感じた。誰からも――いや、何からにも嫌われ、更には死ねない。これ以上に絶望的なことがあるのだろうか。

 

「な――なんでお前はそれでそんなに生きてられるんだぜ!?だって……」

「分かるよ。言いたいことは。僕もそう思うもん」

 

魔理沙が取り乱し気味に叫んでも、サヤの声は冷静そのものだった。

 

「『すべてに嫌われたのなら生きてはいけない』でしょ?」

「…!」

「そりゃそうだよ。そんなの生きていけないさ。でも、僕は生きてる。『全てには嫌われてないから』ね」

 

扉越しの声は次第に調子が上がっていく。

そしてサヤは、こんなことを言い放った。

 

「僕は、自分の事が好きなんだ」

「…え?」

「それより、話しすぎちゃったね。そこにいるだけで辛いと思うし、もう行くね。僕を直してくれた人に『ありがとう』って伝えてくれるかな?」

「あ……ま、待ってくれ!」

 

魔理沙の体が動いた。その扉を開け放つ。

しかし。そこには既にサヤの姿はなかった。あるのは先ほどまでサヤが座っていたであろう少し皴の入ったベットだけだった。

 

 

+++

 

 

サヤがいなくなったためか、永遠亭はいつもの平穏さを取り戻していた。怯え逃げていたウサギたちは庭で日向ぼっこをしているし、永琳の血色も瞬く間に良くなっていく。

私たちは今、永遠亭の一室に集まって話し合っていた。議題は言うまでもない、あのサヤの事である。

 

「最強の嫌われ者、ねぇ……」

「永琳は何か思いつく?」

「貴女の話を聞く限り、何かの能力が途中で開花していった感じかしらね」

「能力が、開花…?」

「ええ、そしてそれが制御できていない。恐らく彼の能力は『嫌悪感を操る程度の能力』とかそんなもんだと思うわ。ただ嫌われるなんてそんなもの能力とは言えないし、まず開花なんてしない。でも誰かが指導してあげないと、彼はこのままでしょうね」

「だったら、さっさとサヤを探しに――」

 

魔理沙が駆けだそうとするが、永琳の、待ちなさい、という声がその動きを止める。

 

「貴女、耐えられるの?」

「………っ」

「それに、彼の行方すらも分からない。恐らく無事ではあると思うけど、彼の方から拒絶する可能性だってありうる。それに、彼はあの状態でも平静を保っている。これがどれだけ異常か分かってる?むやみに行くのは思わぬアクシデントを呼ぶ羽目になる」

「……くそッ!」

 

魔理沙が本日二度目の悪態をつく。

しかし、永琳の言う通りであった。今やサヤがどこに行ったのか不明で、もし見つけたとしても彼が放つ瘴気に耐えられるか分からない。それに、サヤの性格からして拒絶する可能性の方が高かった。

 

「それに、気になることもあるのよ」

「な、なんだぜ?」

「彼は、『死からも嫌われる』って言ってたのよね?」

「ええ、言ってたわ。だから死なないとね」

「だったら『生』からも嫌われてるんじゃないかしら?」

「……あ」

 

サヤは能力を扱いきれていない。だから何からも嫌われるという最悪な状況に陥っているんだろう。だから『死』というものにも嫌われている。ならば『生』からも嫌われてなければおかしいのだ。

 

「彼をなおす時、少し不可解なことがあったのよ」

「不可解なことって?」

「彼、呼吸はしてたけど心臓は止まってたのよ」

「え……じゃあ、それって」

「ええ、彼は死んでもいないし、生きてもいないわ」

 

だから、と永琳は付け足してこう言った。

 

「むやみに彼を救おうとするのはやめなさい、魔理沙。救うなとは言わないけど、情報を集めてからにしなさい。生死の輪にいない彼を無理矢理引っ張ってしまったらどうなるか分からないわ。いい?彼は不死なんかじゃない。言うなれば『感情を持つ人形』なのよ」

「……でも、アイツは生きてるって言ってたぜ!だから――」

「彼が自分の能力を正しく理解してないからでしょう、それは。それに、かれは『自分の事が好き』と言った。これがどういう意味か分かる?」

「……なんなんだぜ」

 

サヤが最後に言った言葉。それは、自分の事が好きというよくわからないセリフだった。

しかし、それが分かっている彼女は少し苦しそうな顔をして言った。

 

「『すべてに嫌われたのなら生きていけない。でも、自分の事が好きだから、自分自身に嫌われていない。だからすべてに嫌われたわけじゃない』」

「……!」

「彼を愛してくれているのはもう彼自身しかいないのよ。そして、彼自身もそれを自覚している。つまり、自分の能力を見誤ってしまっているのよ。だから彼はまだ自分が生きていると錯覚している」

 

永琳の言っていることは筋が通っていた。

どうしようもない現実は、残酷なものだった。

でも。

 

「でも、救えないわけじゃないわ」

 

気が付いたら私はそんなことを言っていた。

 

「サヤの事を理解してあげる。それでサヤは少しは救われるはずよ」

「……そうね。彼は誰からも嫌われている。だったら、理解してあげるだけでも救いにはなるでしょう」

「……決めたわ」

 

そう言って私は立ち上がった。

そして覚悟を決める。正直関りもしたくないが、やらなければならない。

 

「サヤを探してくる」

「……そう」

「わ、私も行くぜ!」

「あと、永琳」

「……なにかしら?」

「サヤが感謝してたわよ。『ありがとう』って」

「……そう」

 

そして、私たちは永遠亭の外に出た。

サヤを、救うために。

 

 

 +++

 

 

それから五日後。結局、サヤは見つからなかった。

一体どこに姿をくらましてしまったのか、そのことが頭を巡り落ち着けない。

聞き込みをしてみたが、収穫は無し。あのスキマ妖怪や霧になれる鬼に捜索を依頼してみても何故か全く見つけることができなかった。

博麗神社に吹く風は冷たさを増し、まだ夏用の巫女服では肌寒く感じる。

一体どういう事なのだろうか。完全に姿を消すなんてことはここ幻想郷では異例だ。それこそ、どこか新しい異空間にでも逃げたのかと思えるほど。

しかし、私は諦めていない。いや、諦めない。それは魔理沙も同じで、博麗神社に来るたびに見つかったかどうかの話を必ず最初にしている。

サヤは、私たちに探されているなど考えてもいないのだろう。探されたことなんて無いから。探される理由すらないから。むしろ拒絶される理由しかないから。

やはりサヤは苦しんでいる。心の底で苦しんでいるはずだ。

救ってやりたい。能力がコントロールできるように手を貸して、普通に暮らせるように。生きていられるように。

 

「待ってなさいよ……」

 

そう呟き、歩き出す。何度踏み出したか分からない、彼に近づく第一歩だ。まだ距離は長い。沼だってある。でも、行かなければ。

私は深い森へと足を踏み入れた。何度目かの捜索だ。

今日こそは必ず見つける。そう心に決めた。

 

「おーーーい!!!」

 

数分歩くと、頭の上から声がした。魔理沙だ。

 

「よっと。霊夢、今日もサヤ探しか?」

「まぁね。魔理沙はどうするの?」

「私もそうするぜ。じゃ、霊夢はここを探すみたいだし、私は魔法の森を探してくるぜ」

「ええ。お願いね」

「へへっ魔法の森は私のホームグラウンドだぜ?見つけたら即確保だぜ」

 

そういって魔理沙は去っていった。

サヤがこれを見たらどう思うだろうか。そんなことを思うが、そんな場合じゃない。

私は歩くのを止め、飛んでいくことにした。

目標は妖怪の山。妖怪の山には厳しい監視がいるため、無いと踏んでいた。が、ここまで見つからないのだ、もうそこしかないだろう。

サヤは嫌悪感を操ることができると、永琳は言った。もしかしたら彼の放つ嫌悪感が監視の目を無意識に逸らしたのかもしれない。ならば、あの紫や萃香が見つけられなかったことも頷ける。

あっという間に到着し、今度は地に足を着き歩いて探した。

途中、烏が何人か来たが適当にあしらうことで万事解決。捜索を続行する。

そして、ついに。

 

「……!」

 

感じた。あの嫌悪感を。サヤだ、間違いない。

今先ほど少し見えた影。サヤを視界に入れるだけで嫌悪感が沸き起こるらしい。

私は、脳が行くなと警告を出しているのを無視して駆けだした。

そして、その名を呼ぶ。

 

「サヤ!」

「え………霊夢、さん?」

 

サヤは驚愕してた。私は震える脚を無理矢理動かし、彼の前に立つ。

まだ、触れる覚悟はできていなかった。

 

「なんで、ここに……」

「…サヤを探してたのよ」

「え……だ、ダメだ!」

 

サヤは大きく後ろに飛ぶ。

ここでさらに近付くと逃げてしまう。私はやみくもに追うことは避けた。

 

「何がダメなの?」

「言ったでしょ!僕は僕以外のすべてから嫌われる!そんな僕と一緒にいたら霊夢さんも危なくなる!」

「そんなこと……」

「あるよ!あるんだよ!さっきの事を忘れたのか!?僕は何度も家族を危険に巻き込んだ!僕のせいだ!僕と一緒にいれば必ず不幸になる!そんなことも分からないの!?」

 

サヤはそう怒鳴った。

分かっている。忘れたわけじゃない。ずっと神社にサヤがいたら何回隕石で神社が潰れるか分からない。

しかし、潰れたなら建て直せばいい。ただ、それだけの事。

 

「大丈――」

 

大丈夫。そう言おうと口を開く。この言葉で、サヤの本心が浮き出てくることを願って。

しかし、それは成されなかった。サヤが弓形に反りながらこっちに向かってくる。

そして―――

 

「……ぐ、ふっ」

「霊夢、さん……?」

 

私は、サヤの腹から飛び出している妖怪の角に突き刺さっていた。

薄れる意識。最悪のタイミングだった。

嫌悪は恐怖を呼び、恐怖は殺意を生む。そうして妖怪はサヤに襲い掛かったのだ。私も巻き込んで。

目の前が暗くなる。サヤの泣きそうな顔がぼやけていく。

そして私は倒れ込んだ。角は消えている。癖かは分からないが無意識のうちに妖怪を倒したらしい。

大丈夫、これは死なない。あともう一言だったのになぁ……。

そして私は、サヤの泣き叫ぶ声を聞きながら気を失った。

 

 

 +++

 

 

「うわあああああああああああ!!」

 

辛い、苦しい、息ができない。

僕はただ泣き叫んだ。喉が壊れようと知ったことではない。ただ叫んだ。

それが収まり、霊夢さんの様態を見る。

血は流れているが、さほど流れていない。貫かれた僕に比べれば軽傷だ。死んでない、大丈夫。でも、一刻も早く病院に連れて行かなければ傷口が壊死することだってある。

僕は自分の怪我を棚に上げていることを自覚しつつ、霊夢さんを抱えて走った。僕のお腹がグチュグチュと気味の悪い音を立てるが、これも無視する。

僕は死なない。生きているかというと微妙、いや生きているとは言えないだろう。生死の線上にいないと自覚したのはいつだったか。たしか、心臓を刺された時だった。確かに心臓は完全に損傷し、動くことは無くなった。でも、呼吸はしてるし死んでいない。これでようやく生物ではなくなったことを自覚した。

閑話休題。僕は全速力で山を駆ける。大丈夫、道は覚えている。これが僕の数少ない特技の一つだった。

山をあっという間に抜け、竹林を目指す。僕のこの人間離れした身体能力は脳が体の制御を怠っているからだとそう無理矢理納得している。ダメージは返ってくるが、所詮ゾンビみたいな体だ。どうってことない。

あっという間に竹林に到着する。さて、ここからが問題だ。

この竹林、僕でさえも迷う。

何故かはわからないが、迷ってしまうのだ。自慢じゃないが方向感覚は人三倍優れていると自負している。おそらくこの竹林自体が何かしらの力を持っているのだろう。だとすれば、厄介だ。

五日前、霊夢さんたちのもとを離れる際、この竹林を三日かけて攻略したのだ。恐らく道順を覚えていても無駄なのだろう。

勿論じっくり時間をかければたどり着ける。しかし、今は霊夢さんがいる。掠り傷程度なら僕でも処置はできるが、これほどの大怪我では手も付けられない。かといって時間をかけるわけにはいかない。

どうする、どうすればいい―――

 

「こらーー!お前ーーー!」

「――っ!?」

「こ、ここは私の縄張りなんだ!早く出てけー!」

 

そこには、ピンク色をしたうさ耳少女が立っていた。よく見ればニンジン型のネックレスをかけている。

僕は縄張りという単語に咄嗟に反応する。

 

「君!ここに病院があるだろう!?その場所を知ってるかい?」

「な、何さいきなり……知ってるけど、お前はダメだ!何するつもりだ!」

「頼む!患者がここに居るんだ!どうか連れて行ってくれ!この通りだ!」

 

僕は霊夢さんを背負いながら土下座をする。

彼女だって僕が気持ち悪くて仕方ないはずだ。さっきの言葉がいい証拠。ならば誠意くらいは見せなければ。

 

「わ……分かったよ。着いてきな」

「ああ、ありがとう!」

「だが近づくな!いいな、絶対だぞ!」

「分かっている。だから早く行こう!」

 

彼女は渋々だが了承してくれた。

こうして僕は霊夢さんを背負い、うさ耳少女を追いかけ走る。

そして、あの木造の病院が姿を現す。その瞬間、この前のようにウサギたちが散っていく。

僕は申し訳なさを感じつつ、病院の扉をたたいた。

 

「すみません!お医者さんはいませんか!?」

「はいはい、今行……あなた」

「霊夢さんが重症なんです!お願いです、治してください!」

 

そこから出てきたのは赤と青が分かれた人だった。

しかし、彼女から薬の匂いがするのだから、この人が医者なのだろう。

僕がお願いを押し通そうと頭を下げたら、快く承諾してくれた。

 

「……分かったわ」

「ありがとうございます!では、霊夢さんを………ふぅ。じゃあ、あとはお願いしま――」

「待ちなさい」

 

霊夢さんを渡し、僕は去ろうとするが、医者さんに止められてしまった。

 

「あなた……どうするつもり?」

「………」

「何があったかは知らないけど、霊夢と直接話した方がいいんじゃない?」

「……ダメ、なんです。僕にもう、そんなことはできない」

「傷付けたからかしら?不幸にさせるからかしら?多分どっちもなんでしょうね」

「そう、です。分かっているなら、聞かないでください。あなただって、辛いはずです。顔色がどんどん悪くなっていますよ。それに、それだけじゃない。僕は害虫、モンスター。一緒にいれば、一緒にいる相手にだって害がある。それに――」

 

僕は立て続けに言い放った。

もう手遅れだ。だからもう――

 

「僕に×××資格なんて、ない」

 

そう言って僕はここを去った。多分、医者さんには聞こえていないだろう。

傷付けることだけはしないと誓ったのに。だからこそ他者とのか関りは絶ったはずなのに。僕は、いるだけで、存在するだけで、誰かを殺しかねない。

もう腹の怪我なんてどうでもいい。どうせ同じことだ。

僕の事は、僕が一番知っているのだから。

 

 

 +++

 

 

「……………ん…」

 

知らない天井だ。いや、知っているか。

どうやら私は永遠亭にいるらしい。ここで目覚めたのは果たして何年ぶりだろうか。

 

「あら、目覚めたのね」

「……永琳」

「彼――サヤが運んでくれたわよ。必死な形相をしてね」

「……!サヤは!?」

「どこかに行ってしまったわ」

 

私は跳ね起き、永遠亭から出るため体勢を整え走ろうとする。腹の怪我は、もう治っていた。

 

「ウサギたちを目印にしなさい。尾行はさせておいたわ」

「ッ!」

 

その言葉を最後に今度こそ私は飛び出した。

ウサギたちは一列になり、適度に離れて待ってくれていた。

ウサギたちを追い、竹林を抜ける。そこには、白黒が目立つ魔法使い、魔理沙が立っていた。

 

「魔理沙!?」

「お、霊夢。ってことは、やっぱそうなんだな」

「どういうこと?」

「いや、この光景上から見ると結構面白いぜ?白い点々が一列に並んでやがるからな」

「そう……」

 

魔理沙がいれば、サヤを説得することだってできる。

一人で厳しいなら二人三人と人数を増やすまでだ。

 

「はぁ、貴女まで来たのね」

「え、永琳!?」

「私だって医者よ。好き嫌いに関わらず患者は患者。腹に穴開けたままじゃほっとけないでしょ」

 

永琳が竹林から出てくる。これで三人、サヤも心を開いてくれるはずだ。

よし、と呟きウサギ追いを再開させる。その足は軽快で、今にも飛べそうだ。いや、飛んでいるんだけれども。

そのスピードは落ちることなく、ある小屋にたどり着いた。

こじんまりとしていて、住むには少し辛そうだ。埃臭い匂いが中に充満している。

私たちはその小屋の中へと進んだ。

 

「ゲホッ!ゴホッ!!」

「ちょっと、大丈夫?」

「コホッ…うげー、私の部屋より汚いぜ。ちゃんと掃除してるのか?」

 

床の上には埃が尋常じゃない程に積もっており、少し歩いただけで致死量レベルの埃が舞い上がる。唯一きれいなまま保たれているのは、椅子と机上の一部分のみだった。その上には一つの本が置かれている。年季が入っているのか、少し薄汚い。

私はそれに手を伸ばし開いてみた。どうやら日記のようだ。

 

 

 

○月○日

偶然拾った鉛筆で日記を書くことにする。まさか何の考えもなしに持ち出したノートを使う日が来るとは思いもしなかった。と言っても書くことは無い。頻繁に描くことは無いかもしれない。次書くときはこの路地裏から住み場を変える時だろう。

 

○月△日

僕みたいな子が警察に追われない事がずっと不思議だったんだが、今日明確になった。どうやら、随分前から僕は危険人物だと目を付けられていたらしい。仕方ないんだけどさすがに刑務所行きは勘弁被りたい。というわけで今日から山暮らしだ。少し楽しみ。

 

△月×日

何となくわかってたんだけど、やっぱり自然からも嫌われるらしい。失敗してしまっただろうか。木の実は全然採れないし、せっかくあるお金も警察が怖くて使えない。まぁ、あまり問題ないだろうが何とかはしたい。

 

 

 

たった三日分の日記。まだまだ続きはあるが、ハッキリと分かった。

やはりサヤには救いが必要だ。今度こそ、今度こそ。沼を超え、サヤの心の壁を越えて、彼に温もりを与えてやらねばならない。現に、一度触ることには成功している。だったら、不可能じゃない。大丈夫。覚悟はできている。

私は少し日記の続きが読みたくて、視線を日記に戻そうとするが、魔理沙の声によってそれは阻まれた。

 

「なあ……サヤはどこだぜ?ここに居るんだろ?」

「……そういえば、いないわね」

「それになんか、焦げ臭くないか?」

 

言われてみれば、焦げ臭い。山のどこかが焼けているのだろうか?

いや、というよりこれは――

 

「こっちからだ。この、床の下」

「……家の下?でも、家の下には何も…」

「あったわよ」

 

永琳が一枚の床板を外した。

そこからは少量の煙が立ち込めていた。焦げ臭さの正体は床板から漏れる見えない煙によるものだったらしい。

いやな予感がした。なぜ?どうして?

床下は人が通れるスペースが存在した。どうやら道になっているようだ。

 

「よし、いくぜ」

「…ええ」

「………」

「永琳、どうしたのよ」

「……私はここに居るわ」

 

永琳は静かにそう言った。

 

「私はこの部屋を調べてみるわ。何かあるかもしれないから」

「……そうか、分かったぜ」

 

永琳を残し、私と魔理沙は地下に進む。

道なりはそんなに長くは無く、すぐに最後の部屋にたどり着いた。

酷く殺風景な部屋だ。あるのは石で作られた大きなかまどのみ。先ほどまで使われていたのか大きなかまどは囂々と燃えていた。

そして私は確かに感じ取る。感じ取ってしまう。

 

「う……あ………」

 

嗚咽が漏れる。ある可能性にたどり着き、涙がこみ上げる。

まさか、まさかまさかまさかまさか――

私は遠くに聞こえる魔理沙の声を無視してかまどの上の部分――何かを焼くための部分の扉を開き、下の板を引いた。

 

「ああ、ああああ……」

 

そこには、赤いペンキのようなものが板一面こびりついていた。

崩れ落ちる。すべてを悟って、足の力が抜けてしまった。

遅かった。遅すぎた。何もかもが、遅すぎた。

嫌悪感が消え、浮き彫りになる自分の本心。守りたかった、助けたかった。

できなかった、間に合わなかった、助けられなかった、遅すぎた―――

目の前がにじみ、何も考えられなくなる。

ようやく助けられると思ったのに、触れられると思ったのに――全ては灰となり、叶うことは無くなった。

そして私は、暗い闇に吸い込まれ意識を失った。

 

 

 +++

 

 

下で霊夢の泣き声が聞こえる。ということは恐らく私の思った通りなのだろう。

あの時、霊夢を連れて私のところに来た時に拘束してしまえば結果は違っていたのかもしれない。私は後悔からか、机を蹴りつけた。舞う埃が私を嘲笑しているようで憎たらしいったらありゃしない。

私は視界に映った手帳を手に取る。それは日記で、外の世界での生活を大雑把に描いていた。

途中からは幻想郷に来てからの日記になっている。

 

 

 

×月21日

異世界に来たような感覚だ。二週間とはいえ僕の庭同然のような森なのに迷ってしまうだなんて。よく見ればなんだか気味が悪いしキノコが多すぎ。こんなところにずっとは居られないのでさっさと移動しよう。明日から。

 

×月22日

人里発見。でも、中に行くわけにはいかない。見た感じ便利な裏道なんてものはないし、隠れられそうにない。でも、人里の近くなら食料もあるだろう。一週間ぶりの食事に涎が出そうだ。こういうのをとらぬ狐の皮算用とかいうんだろうな。違う、タヌキだ。漢字かけねぇ。

 

×月23日

今日はいろいろあった。いや、ありすぎた。書くのも面倒くさい。簡潔にまとめるならばやらかした、潰れた、直してもらった。以上。今日はちょっとやる気がない。昨日の慣用句の見てると泣けてくるのもやる気のなさの原因だろう。消しゴムが欲しい。

 

×月28日

これで最期。もう、生きる資格なんてない。いや、元から生きてないけど。こんな日が来るなんて思わなかった。自分の事が嫌いになってくる。もう、ダメだ。だから、すべてに嫌われるその前に、書き記そう。何のためかは分からないがそうしなければならない。と思う。お腹がすいた。最期くらい、何か食べようか。いや、もうどうだっていい。それに、食べられる体でもないだろう。怖い。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。すべてに嫌われたらと思うと、恐ろしくてたまらない。でも、こんな体でも、やることはある。僕の事は僕が一番知っている。だからもう、終わらせよう。楽になろう。すべてに嫌われる前に。この日記が開かれることがあったら。もし、これがバレて誰かが取り乱したなら――

 

 

 

私は日記を閉じた。思わず唇を噛み締める。そんなことなら、と怒りに似た感情が吹き出そうだった。

と、魔理沙が霊夢を抱えて上がってきた。霊夢は気絶しているようだ。

 

「え、永琳。霊夢が……」

「分かってる。まずは安静にしないとね。永遠亭に行くわよ」

「でも、サヤは……」

「ここにはいないわ。まずはここを離れましょ。体に害よ」

「お、おう……」

 

そして私たちは小屋を離れた。

サヤは、酷い奴だ。私は強くそう思う。嫌いになったかもしれない。いや、嫌いになったのか。

日記の残りの文章を思い出し、怒りで涙が出そうになった。

 

 

 

――誰でもいい。僕を、いなかったことにして欲しい。もう、誰かを苦しめることなんてないように。

 

 

 +++

 

 

「そして彼は誰にも覚えられない、まさに幻想の存在になったのでした。あーあ、終わっちゃったかぁ」

 

彼は頬杖をついて残念そうにつぶやく。

 

「もうちょっと楽しめそうだったんだけどなぁ。まさか、あんな方法思いつくなんてなぁ」

「追い詰めたのはアナタじゃないですか」

「やだなぁ、これは彼の決断だよ。俺のせいにするなって」

 

私はそんなことをほざく彼を睨む。

これだから神っていうのは嫌いなんだ。誰かが死のうが知ったことではないのだから。

 

「それに、知っているだろう?あらゆるものには象徴が必要なんだよ。大仏なんていい例じゃないか。だから彼にはあらゆる負の感情の根源、すなわち『嫌悪』の象徴になってもらっただけさ」

「何で彼にしたんですか。彼は善良な――」

「そんなことはどうでもいいの。重要なのは素質があるかどうか。彼は強い心を持っていたからね。それこそ、ここ10世紀で最強の心をね」

「今まで通り、ゴキブリに任せれば良かったんじゃないんですか」

「おいおい何を言っているんだ助手君。人間の方がいいからに決まっているだろう?」

「それだけじゃ――」

「忘れたのかい?神は今ほぼ全員が暇なんだ」

 

にんまりとした笑顔でこの神はそう言った。

この邪神め。今の私には彼が嫌悪感の塊に見えた。

手に持っている書類に目を落とす。

 

 

 

名前:彩那幸助(さやなこうすけ)

種族:人間

性別:男

悪行:特出点無し

善行:特出点無し

 

 

 

これは、サヤ―――幸助の大まかな人物リストだ。

幸助は、ごく一般的な子供だった。でも、いまでは転生することすらできない。

私は次の獲物を探している彼を思いっきり睨みつける。

こんなこと、繰り返してはいけない。もしいま、彼を消滅させることができたら幸助も少しは救われるのだろうか。

分からないが、私はこの邪神をどうにかしなければと心から思った。


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