夜が明ける前、洞穴の中で目を覚ました。
数瞬の違和感。檻の中じゃない。
……そうだ、もう自分達は生物"兵器"じゃない。
逃げ切ったのだ。夜になる前に見つけた洞穴の中に身を隠し、中に居た鳥とネズミが合わさったような、良く分からない動物を貪り食い。
恐る恐る外に出る。人間の痕跡は全く無く、木の上に登っても、近くに居るような感覚は何もしなかった。
けれども、捜索を終えたのかどうかは分からなかった。
北の山脈に辿り着くまでに能天気が体調を崩し、本格的に動けなくなった。片目も体調は芳しくなかったが、能天気はそれ以上だった。
背負っても、そのプロテクター越しに熱が伝わってきた。荒い呼吸が伝わってきた。
組織に居たら、能天気も治される事無く、処分されてしまっていたのだろうか。
マスクを脱いだと思ったら吐く事も多く、獲物を捕らえても血を飲む程度しか受け付けず。
何とか体調が安定してきた頃には、痩身以上に痩せ細っていた。
山脈を登っていく。回復していない能天気と、本調子でない片目、そして骨折もまだ治っていない自分だ。本当に元気なのは痩身だけで、そう簡単にすいすい登れる訳ではないが。
足が速い、と言う以外は長く生き残ってきた中では並な仲間だったが、何の傷も負っていない痩身を見ると、その足の速さは力や頭よりも役に立つものだったのかもしれない、と思う。
その痩身を一旦先に行かせて、高い場所から人間が追ってきていないかを調べさせた。
暫くして帰って来ると、誰も居ないという報告が来た。
なら、もうここで一旦休んでも大丈夫だろう。
目的は、何も無くなった。
眠り続ける能天気と、木に凭れかかってプロテクターを外し、縫われた腹を撫でる片目。狩りに出た痩身と、それをただ待つ自分。
退屈と言えば、退屈だった。
組織に居た時の事を思い出す。
……多分、自分にとっての本当の願いはこうなる事では無かったのだと思う。
自分達に親しく接してくれるような人間までも冷淡に殺し、人間の下から逃げる事が、自分の最も望む事ではなかった。
多分、それよりも、対等になりたかったのだと思う。上に立つのでもなく、対等に。
人間並みに知能が無いとしても、道具を満足に扱えないとしても、T-ウイルスを利用して作られた兵器であろうとも、人間と対等になりたかったのだと思う。
死から遠ざかり、仲間が死んだとしてもそれを悼みたかった。ずっと、死を悼む余裕は殆ど無く、常に死は隣にあった。
けれども、それは無理な願いだった。形は違う。ただ、近くに立つだけで何も持っていなくとも一方的に殺せる立場になる。
自分達は作られた兵器だった。それが覆せない前提だった。
だから自分の願う事は、対等ではなく、逃げる事になった。
……自分の目的は、生き延びる事では無くなった。
生き延びる為に命を危険に晒す必要ももう、無い。
この森の中には自分達ハンターと言う種を一方的に殺せるような物は何一つ存在していなかった。
生きているという事はもう、当たり前の事だった。
ただ、それから何をすれば良いのか、何も知らなかった。
片目と能天気の体調も治っても、自分の骨折はまだ治らなかった。
けれども、骨が繋がり始めているのは感じられる。
山を登るのに背負われるのは、今度は自分の方だった。
草を掻き分け、岩に爪を突き立て、山を登っていく。
草木が疎らになる頃に、頂上が近付いてきた。
腕を使わなくとも歩ける程度のなだらかな斜面になってきて、自分の足で歩き始める。
ふと、振り返った。
世界は、広かった。
地平線の彼方まで、ただただ景色が広がっていた。こんな広い景色を見る事は初めてで、少しの間、呆然としていた。
南の森の先には、人間の町が点在していた。自分達が最後にB.S.A.Aと戦った所にはもう、組織の人間も見当たらない。自分達は完全に逃げ切っていた。
何もする事は無い。するべき事も無い。しなければいけない事も無い。したい事も無い。
ただ、それに対してはもう、不安は無かった。
マスクを脱ぎ、地平線から目を上に向けた。
相変わらず、太陽は眩しい。嫌になる程だ。
でも、それに対しても前程ではなかった。
肩を叩かれ、振り返ると片目が急かして来ていた。
何故か、嬉しかった。
完結です。
番外編みたいのを後々投稿するかもしれませんが、本編はこれで終了です。
後で、活動報告で、書いてる時に考えていた事やら、他にどういう道筋考えてたか、みたいな事を書くと思います。
書きました。↓
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=131576&uid=159026
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