結局1月中に更新できませんでした……。
という事で、本年もよろしくお願いします(遅っ)
お待たせして申し訳ありませんでした。新章です。
暗く揺れるお湯の中、仄かに漂う硫黄の香り。――私の素肌の背中に、八幡の、やはり裸のままの背中が触れる。
今は私に背を向けている彼だけど……。さっきの……出会い頭の時には、私もまさかと思って油断していたし……見られちゃった、よね?多分……。
月や星空を見やすくするためだろうか、光量を落とされた照明灯は壁際にぽつんと一つだけ。
ここは広い浴槽の中でも特に奥まった場所だし、何もかもをばっちり見られてしまったというわけでは無いかもしれないけど……。
うわあぁぁっ、恥ずかしいよぅ。新しい水着姿を見せるのだってけっこう覚悟がいると思ってたのに、それを飛び越していきなりこんな……。
真っ赤に火照った躰と早鐘のように打つ心臓の音は、決して温泉の温度が高めなせいだけじゃ無い……。
ただね、今この状況、「八幡と二人で露天風呂」がそこまで嫌なわけじゃないの。
もちろん頭がくらくらする位恥ずかしいけど――いつか……もし私たちが恋人とか夫婦とかになれる未来があるなら、
みたいな妄想したこともあるくらいだから。
でも、残念ながらそんなゆる甘な気分を楽しむ余裕は今の私たちには無い。だって――――。
* * * * *
「はい?」
絢香が首を傾げる。
「あー、なんだっけ?……詳しくはわかんないケド、ようするに泉を助けたお礼に、留美を温泉にご招待と」
「うん」
先日の誘拐事件の事――絢香には『誘拐
と、そんな内容のことをざっくりとだけ話してある。全てを伝えられないのは心苦しいけど、余計な心配をさせてしまうのは嫌だから。それにあの事件のことは……私自身、まだ心の整理がついていないのもあるし。
「で、泉の伯父さんとこの財団が管理してる、元旅館を改装した保養施設だっけ? うん、おーけー、そこまでは理解った。で、なんだって?」
「だからね、絢ちゃんも一緒にどうかなって言ったんだけど……」
「待って……あたしは別に難聴系主人公アピールしてるわけじゃなくてね……」
絢香が『本当に意味がわからない』という顔で今度は反対側に首を45度くらい傾げて泉ちゃんを見る。
「話の流れ的に、留美が招待されるのはもちろん分かるよ。比企谷さんと雪乃さんも、うん。でも、そこからあたしに話が来るのっておかしいでしょ」
「あんまり難しく考えなくていーんだよ絢ちゃん。お礼ってのはもちろんだけど、せっかく温泉
泉ちゃんの言葉を引き継ぐように、まだ首を傾げたままの絢香に私が説明する。
「それでね、私も誰かって聞かれたから……一緒に行くなら絢香が良いなって……だめだった?」
ちら、様子を伺うと、目をぱちくりと見開いた彼女は、ちょっぴり頬を染め、それから両手を頬に当ててオーバーアクションで全身くねくねさせながら
「ううっ、そんなにあたしの事を……るーちゃんッ、愛してるっ!」
そう言って私に抱きついてくる。そんな話じゃ無いんだけど……ふふ、これは絢香には珍しく照れてるやつだ。
大げさでわざとらしいリアクションはきっと彼女の照れ隠しだろう。
「それにね、絢ちゃん」
泉ちゃんがそう言って絢香の耳元に口を寄せた。なんだろう、私には内緒の話?
彼女達は目をキラキラさせながら、二人でぼそぼそと何かを話し込んでいる。
――恋愛ウォッチャーとしては……とか、留美ちゃんと比企谷さんのイチャイチャをすぐそばで……とか不穏な声が聞こえた気もする……。
というか、こんな近くで話してて……そのわざとらしい内緒話風の耳打ちは意味あるの? 隠す気なんて無いでしょ、二人とも……。
こくこくと頷き、立ち上がった絢香は満足げにむふーっと息をつき、
「よーし! 題して『るーちゃんの比企谷さん悩殺大作戦』発動!留美、泉、今度水着選びに行こう!」
そう声を上げて、拳を天に突き上げる。
「うん! 行こー」
にこにこ笑いながら、絢香に習ってピョコンと手を上げる泉ちゃん。
…………あれ、どうしてそういう話に?
* * * * *
春休みの引っ越しの日からおよそ4ヶ月。家庭教師の時やそれ以外でも何度も訪れている八幡のアパート。ここで過ごすのはもう何度目だろう。
今やすっかり使い慣れた小ぶりの冷蔵庫からプラスチック製のピッチャーを取り出し、作りおきの麦茶を2つのコップに注いで氷を浮かべる。
八幡は私と交代するように冷蔵庫の前にしゃがみ、思いついたように冷凍庫の引き出しを開けた。
「もうこんだけか。アイス、補充しとかねーとな」
なんて言ってる、けど。
見てる……よね。
うん、勘違いじゃ無い。ふとした瞬間、気がつくと八幡が私のことを見てる……ような気がする。
◇ ◇ ◇
旅行の予定日は夏休み――8月に入ってから。
結局、夏休みになったら水着を買いに行こうと絢香たちに約束させられてしまった私。あれから数日、今日は八幡のアパートで家庭教師の日だ。
『せっかくこのタイミングで会えるんだから、どんな水着が好きかリサーチしてみたら? あ、もしそれで比企谷さんと二人で買いに行くとかそーゆーステキな話になったら、あたしたちとの約束なんか気にしないで、そっち優先していいからねっ、ぐふふ……』
……そんな風に言われてたせいで、私が変に意識しちゃってるからそう感じる、のかなぁ?
私、何か変な格好してる訳じゃないよね。大丈夫だとは思いつつ、自分の髪や服装をチェックしてみる。
今の私が着てるのは、白地に藍色の小花柄の入ったノースリーブの膝丈ワンピース。茶色い革製の組紐みたいな飾りベルトで緩くウエストを作っている。
あと、暑いので髪は左側のサイドポニーに纏めた。
普通のポニーテールにしない理由は、お行儀悪い話だけどこのまま寝っ転がるのに向いてるから。右耳を下にして、躰を丸めるようにして寝るのが好きな私にとっては、これ楽なんたよね。ソファーとかベッドに後ろ向きでぱたーんと倒れるように寝そべって、そのまま横にコロンってするの。
左手の手櫛で髪を鋤きながらさりげなく八幡に目を向けると――ほら、また目が合った。
今さら視線が合う程度のことなんて珍しい事じゃない。でも今までとはなんとなく違う……?
これは……そうだ、今までは『私が見ているのに気がついた八幡と目が合う』ことが多かったのに、今日は『私が彼を見たときにすぐ目が合う』んだ。つまり……八幡の方が
この変化に何か意味があるのかな。私を見てたよね? なんて聞いてみたいけど、それって自意識過剰? でも、もしかしたら…………。
そんなふうに意識し始めるとなんだか緊張してしまう。好きな相手と一緒にいるんだから緊張くらいして当たり前だって言われるかもしれないけれど、そう単純な話でもないはずだ。
だって、この数ヶ月一緒に居ることが多かったせいか、私にとって八幡の隣は、緊張するどころか――いつの間にか、安心できる、ホッとして安らげる場所になっているから。
だから尚更――この場所を、今の関係を失うのが怖い。
八幡のことが好きなのは変わらない。近くにいる機会が増えて、以前よりもっと大切な「好き」になったように思える。
だからこそ今以上の親しい関係に踏み込みたいと思う私がいて、だからこそ、この関係を壊すような冒険をしたくない私がいる。
単純な二律背反じゃない。私は臆病だけど欲張りで、今の安心できる関係を保ったままで、それでも八幡にとっての特別な存在になりたいんだ。
だから、だから、だから――でも。
「ねえ、八幡」
部屋のローテーブル、いつもの席に座った八幡の前に麦茶のコップを置きながら声をかける。
「ん?」
「八幡も泉ちゃんのとこの旅行、行くんだよね。もう準備してる?」
なんて、関係なさそうな話を振る。踏み出したくて、でも踏み込めない……ごめんね、弱気で。だって……まだ怖い。
「いや、まだ何も……。ほんとは申し訳ないから断ろうとも思ったんだが……『元々予定が空いている期間だから遠慮なさらずに』とか言われるし、小町がやけに乗り気だし……。おまけに雪ノ下も由比ヶ浜を誘ったっていうし……な」
「……ふうん。近くで海水浴出来る場所あるらしいから、
「今度はって……ああ、そういうことか。なんだか懐かしいな、あれからもう二年になるのか……」
私と八幡との出会いは、二年前、私が小学六年生の時の林間学校。
八幡が言っているのは、結衣さんや雪乃さんが、三浦さんや葉山さんのグループと一緒に川で水遊びをしていた時の事。
水着を持って来ていなかった八幡は木陰で涼んでいたんだ。キラキラとした木漏れ日の中で、目を閉じて木の幹に背を預けて座る彼の姿は、まるで童話の挿し絵のようにどこか幻想的で……。手にしていたデジカメでこっそり撮ってしまったその写真は私の宝物の一つだ。
あの後彼らに、私がクラスの中で孤立している――要するにハブられてしまった理由とか、私の気持ちとかをを聞いてもらっていて……そのまま膝を抱えて泣いてしまった私に、八幡が投げ掛けてくれた言葉。
――『惨めなのは嫌か』
――『……うん』
――『……肝試し、楽しいといいな』
言われたその時は、何の事が解らなかった。でも、あれはきっと私を助けようという決意の言葉。あの時見上げた、八幡の優しくて寂しそうな瞳を、私はきっと一生忘れないだろう。
「八幡、水着……どんなのが良い?」
「あん? どんなのって……別にわざわざ買ったりしないぞ。一昨年小町に買わされたやつ、ほとんど着る機会無かったし、それで十分……」
「そうじゃなくて、私の水着」
「!…………は?」
「来週、絢香達と買いに行こうって話になってるの。で、八幡はどういうの着て欲しいかなって……八幡?」
彼は一瞬、私の顔から膝小僧の辺りまで視線を走らせ、慌てて目を反らした。
ふふ、動揺してる。ちゃんと女の子として意識してくれてはいるらしい。そんな些細なことに、私の心はじんわりと熱を持つ。
「いや待て待て。どうして俺に聞くんだよ。そういうのは、自分が気に入ったのを選べば良いだろ」
「いいでしょ、参考にするだけから。八幡は私に……どんな水着を着せたい?」
「着せ……お前、言い方……」
私が思わせぶりに横目で視線を送ると、彼は分かりやすく赤くなって目を泳がせる。
「ビキニが良いとか、フリフリの可愛いのが良いとか……あ、あとは、色かぁ。原色とパステル系だったらどっちが好み?」
「おーい、話聞いてるか~? だいたい俺には今の流行りなんか分からねーぞ」
八幡は平気そうにそう言うけど、視線が定まらずどこか落ち着かない様子で挙動不審。
……もしかして、私の水着姿を想像してる?
彼以外の男の人に同じような態度をされたら、「怖い」とか「キモい」とか思ってしまうかもしれない姿だけど……ふふ、なんだかカワイイ。
年上の彼にそんな事を思うのは失礼かもしれないけど、ね。
「ほら、バカな話してないで、休憩終わったらさっきの続きやるぞ」
どうやら私にからかわれていると思ったらしい八幡が、子供を叱るような言い方をして私の頭をポンと撫でる。
もう……。八幡にとってはバカな話かもだけど、彼の水着の好みって、私にとっては結構興味のある重要な話なんだけどなぁ。
◇ ◇ ◇
「最初の志望校なら今の成績キープしとけば大丈夫だと思うが……本気で総武狙うなら偏差値で65、点数なら――そうだな、余裕を持って5教科であと20点以上は欲しい」
「え……あと20点も?」
八幡に家庭教師をしてもらうようになったおかげで、実力テストの成績は一気に上がった。自分でもなかなか手応えを感じる成績だったのに、ここからさらに20点以上……。
「今すぐって訳じゃないし、1教科あたり4点だと思えばなんとかなる。留美はまだ二年生だし、受験までには無理しなくても十分届くだろ。由比ヶ浜や小町も受かったんだから心配いらん」
八幡ヒドい……とは思いつつ、なんとなく勇気づけられた私なのでした。……結衣さん、小町さん、ごめんなさい。
「それに、今はまだ実力テストで結果出すより、定期テストとか宿題しっかりやることの方を優先でいい」
「何で?」
「私立は色々複雑らしいが、総武高含めた千葉の公立高校受験は、合格判定の内申点の割合が3割位……らしい」
「3割……」
「成績表の評価が2割、生活態度・部活とかの学力以外の要素が1割程度ってことらしいが、なかなかの割合だろ? 一年から三年の二学期までの成績その他がそれだけの意味を持つって事だ。そういう意味でなら受験はもう始まってるとも言える」
そう、か。八幡が受験までまだ一年以上ある私に、手を抜かずに教えてくれているのはそういう意味もあったのかも。
「とりあえず期末テストで間違えた問題の復習からだな」
「はーい」
私はちょっと気合いを入れ直して赤鉛筆を握った。
後で考えると……水着の話がいつの間にか有耶無耶にされてしまった気もする。
結局彼の好みは教えてもらえなかったけど、八幡のちょっぴり慌てたような反応が見れて嬉しかったので良しとしよう、うん。
こんな風に、踏み込み過ぎず、それでいて時々はちゃんと
* * * * *
七月下旬。
全国的に夏休み突入――もちろん私たちの学校も――である。
タイミングを合わせたように関東地方の梅雨も明け、頭上には夏らしい青空が広がっている。遠くをぽこぽこと浮かんで流れていく綿菓子のような雲の白さが眩しい。
そして――。
「暑っつーい! 留美、泉、あたし休憩しないと溶けて死んじゃうかも。あそこでかき氷食べよ?」
「絢ちゃん、まだ駅から出たばっかりだよ。お店に入れば涼しくなるから……」
「ううっ、ららぽが遠い……。駅の目の前にある我がマリンピアを見習ってもっと近くに来なさいよ」
「マリンピアは絢香のじゃ無いでしょ……」
確かに私達の家の最寄り駅から目の前のマリンピアに比べれば少し歩くけど……。だいたい、「近くに来い」と言われてららぽーとが動き出したらその方が怖い。
しぶしぶといった体の絢香、額に汗を浮かべながらもなんだか楽しそうな泉ちゃんと三人で肩を並べ、ガード脇の道を遠くからでも大きく見えている目的地に向かって歩く。
夏休みに入ったばかりの平日ということもあり、回りを歩いているのは私たちも含め、中高生らしき姿も多い。
それにしても……確かに暑い。「梅雨明け十日」という言葉を八幡に教えてもらったのはごく最近だけど、なんでも梅雨が明けたばかりのこの時期は太平洋の高気圧が安定していて雨が降りにくく晴天が続く事が多い……とか。
正にその通りに良く晴れた空から強烈な日射しが私たちの肌を刺す。日焼け止めはしっかり塗ってきているけど、それでもジリジリと皮膚を焼かれている感じがする。
私たち三人は、少しだけ足を速めて、ガードや建物の日陰を渡るように歩き、大型ショッピングモールの中へと逃げ込んだ。
◇ ◇ ◇
空調が効いたショッピングモール。エントランスには、海中の風景を模したような涼しげなオブジェが飾られ、いかにも夏らしい雰囲気を演出している。大きな魚のバルーンがゆらゆらと空中を泳いでいるのがユーモラスで可愛らしい。
私たちは服飾関係の店が多い二階に上がり、絢香の
「一度この辺の店ぐるっと回ってみてからにしよっか」
という案に乗って、まずは水着を扱っている店をざっくりと見て回ることにした。
季節がら多くのショップで色鮮やかな水着が並んでるけれど、いくつかのお店では早くも水着のセールが始まっている。
店によっては、一番お客さんの目につく店頭に、もう秋物がディスプレイされている。やっぱりファッションの世界はワンシーズン先に進んでいるということなのだろう。
今日の買い物の目的はあくまで水着だけど、やはり女子としては新作の秋物にもついつい目が行ってしまう。
「あ、あれ面白い。ちょっと見てくるね」
今見ている店の通路を挟んだ反対側に、ユキ先生のデザインと雰囲気の似たドレスがマネキンに着せられているのを見つけた。少しチャイナっぽいシルエットに控えめなフリルがアシンメトリーに配されているのが特徴的だ。左右のフォルムが異なるということは……背中側はどうなっているんだろう?
違う角度からも見ようと思い、横に回り込もうとして、すぐ近くにいた他のお客さんと軽くぶつかってしまった。
「あ、すいませ……ん」
謝りながら顔を上げると、相手は三十代位の大柄な男性で、軽く手を上げて許してくれた。どうやら棚にある財布を見ていたらしい。
それだけ。何でもないこと。
けれど……男性客と肩が触れて――「それだけのこと」で、私の心はひどくざわついていた。
誰にも言えてないけど……
もちろん八幡やお父さんは平気だし、クラスメイトや先生も、これから近づくんだと前もって意識しておけば特に問題はない。でも、今みたいにぶつかったり、目の前に飛び出されたりしちゃうと駄目だ。まして今回は、良い人そうには見えたけど知らない人だったし。
男性と距離が離れた今でも鼓動が速いままだし、しびれたように足がすくんで微かに震えてる。でも、その程度だ。何もない、大丈夫。
まだ事件から日が経ってないから
そう心を落ち着かせて、私は絢香と泉ちゃんの方にゆっくりと戻った。
「もういいの? 留美ちゃん」
「うん……」
「……? んじゃ、次行ってみよっか」
絢香は、一瞬だけ私の顔を見直して何か言いたそうな様子を見せたけど……そのままくるりと振り向き、すぐに先頭に立って歩きだした。
◇ ◇ ◇
水着売り場の試着室。
大きな姿見に映るのは下着姿の私。
客観的に見て、容姿は整っている方だと自分でも思う。少しでも大人っぽく、きれいになりたいとそれなりに頑張っているし、曲がりなりにもユキ先生のところでモデルをさせてもらっている以上、きっとスタイルだって悪くはない……はず。
でも――子供っぽいよね、やっぱり。中学生なんだから当たり前。世間一般の認識は「児童」まさに子供でしかない。
成長途上の華奢な体躯。スレンダーといえば聞こえは良いけどメリハリの少ない体のライン。今日は水着の試着のためにスポーツブラとシンプルなコットンのショーツだからか余計にそう感じる。
はあ、絢香は悩殺作戦なんて言ってたけど、どう考えても無理があるよね……。
私は数着持ち込んだ水着のうちの一つを身に付けてみた。
絢香に押し付けられた紺地に白のドット柄のビキニだけど……。え、何これ、生地が少な過ぎない? 水着の下から下着が大きくはみ出している。
つまり、実際に海とかで着る場合、その部分の素肌をさらすということで……。無理無理! 却下。
次は……これは泉ちゃんのおすすめか。絢香には
『悩殺作戦には可愛すぎじゃない?』
なんて言われたけど、泉ちゃんによれば、
『男の人がグッと来るのってセクシー路線だけじゃ無いと思うんだ。留美ちゃんなら
ということらしい。絢香も、一理あると同意はしてだけど、うーん。
色々言われると悩んじゃう。先週、八幡の好みを無理にでも聞き出しておけば良かったかなぁ……。
◇ ◇ ◇
店名の入った紙袋を下げてショップから出たところで、偶然見知った人と出会う。
「沙和子おねーちゃん?」
「こんにちは。来てたんだ」
泉ちゃんの従姉、総武高の書記ちゃん改め副会長ちゃんこと藤沢沙和子さんは、私達に柔らかい笑顔を向けてくる。たまに通学路とかですれ違う時の彼女の髪型はいつも三編みだけど、今日は軽くウェーブした髪をふわりと背中におろしていてちょっぴり大人っぽい雰囲気。
「「こんにちはー」」
「何かお買い物?」
「うん。例のお出かけ用に水着見ようって」
「ああ、そういえばもうすぐだったよね」
「うん」
「おねーちゃんは……デート?」
「あー、うん……えへへ」
彼女はほんのり頬を染めてほにゃっと微笑った。
そう、彼女の隣にはこちらも私たちの知り合いである元総武高副会長の本牧さんが、少し所在無げな様子で立っている。
「おおー、副会長さん久しぶりですー。でも、受験生を連れ回していいんですかぁ?」
「ちょっと絢香……」
彼に会うのは一昨年、例のクリスマスイベントの時以来のはずの絢香だが、そのくせ少しも物怖じすることなく、揶揄するように失礼なことを言うのでこっちが焦ってしまう。
でも彼は笑って、
「はは……今の副会長は、さわ……藤沢さんの方だけどね。それに彼女は受験大丈夫そうだし」
「そうなんですか」
私が尋ねると、藤沢さんは訳を教えてくれた。
「あのね、まだちゃんと決まったわけじゃないけど、一応、指定校推薦取れそうなんだ。……その、牧人くんと同じとこに……」
「ほほう、牧人くん……」
絢香の
私は彼らとは何度か会う機会が有って、お付き合いを始めたのはもちろん知っていたけど……言われてみれば藤沢さん、本牧さんのこと去年はまだ先輩って呼んでたっけ。
「あ……その、べ、べつにいいでしょう。」
唇を尖らせて、ちょっとだけ恥ずかしそうな藤沢さん。
「いやいやもちろんですよー。むしろ、その感じだと彼氏さんの方だって呼び方が……さっきちょっと言いかけましたよね」
ふふんと得意気に笑う絢香。
「ぐ……ああ、二人の時は『沙和ちゃん』って呼んでるよ……」
本牧さんがぽそりと小声で言いにくそうに答える。
「声が小さいですよー。だいたい、あたしたちの前だからって呼び方変えるのは、浮気バレの場面みたいだからやめた方が……」
だからどうして絢香はそんなに上から目線なの?まあ、恋バナ大好物だしなあ……。
「違うのよ。私が人前だと恥ずかしいから今まで通りでってお願いしたの」
絢香の言葉に苦笑しながら藤沢さんが本牧さんをフォローする。
そんな様子を見ていて、
「絢ちゃんて面白いよねー」
眼鏡の奥の目をキラキラさせながら、凄く楽しそうな泉ちゃんが私に耳打ちしてくる。
先日の事件以降、彼女のお母さんが過保護というか……少々神経過敏になり、泉ちゃんは一人では買い物にも出してもらえなかったらしい。だから今日の「お買い物」はとても楽しみなのだと言っていた。
だから、彼女がこうやって楽しそうに笑っているのはきっと素敵な事だ。
「……うーん、いいですねぇ、初々しい感じ……でも、付き合ってるなら堂々としてなきゃもったいないですよ」
「堂々と……。そうなのかな」
「そうですよー。慣れてないみたいですけど、もしかして、呼び方変えたの最近ですか?」
「ああ。僕も高校は卒業したわけだし、いつまでも『本牧先輩』のままなのも変かなって、5月の連休のときにそんな話になって」
「恥ずかしいのなんて一瞬ですし、まわりもすぐ慣れます。小学生の頃から高校生の男子と名前で呼び合ってるようなヤツもいますけど、もう全然違和感ないですから」
みんなの視線が私の方に向く。もう、こっちにまで飛び火させないでよ…………。
「あー、そういえば、比企谷は一緒じゃないの?」
男一人、騒がしい年下女子に囲まれて居心地悪そうにしていた本牧さんが仲間を求めるかのように聞いてきた。
「あー、すいません。今日はこの三人です」
「そうか……。鶴見さんがいるとなんとなく比企谷もセットでいるイメージあるからね」
セットでって……そんな風に思われてるのは、嬉しいけれどなんだか微妙。
それにしても、絢香の遠慮のない物言いに最初は若干引きぎみだった藤沢さんたちが、いつの間にかごく自然に恋愛談義みたいな話をしてる……。
人間、誰だって自分自身の恋愛話をするのにはためらいがあるものだ。けれど、絢香のように照れもやっかみもなく話をされると、自分たちの恋愛事情を話すのにも大して抵抗がなくなってしまうらしい。
あ、気がついたら絢香のリクエストに応えて、本牧さんと藤沢さんが腕を組んでピースサインまでしてる。泉ちゃんがスマホで写真を撮ってあげてるみたいだけど、どちらかというと藤沢さんの方が積極的に見えるのがなんとも微笑ましい。
本牧さんは、八幡と同じ学年で、三年生のときにはクラスも一緒だった。藤沢さんから見れば一つだけ年上ということになる。
ごく自然に並んで立つ二人の姿は本当にお似合いで――少し羨ましくなった。
同じ学校で、一緒の生徒会で同じ時間を過ごして。いいなぁ、こういうの……。
私と八幡の歳の差は5つ。
だから、私が頑張って総武高に合格出来たとしても、もしその先、同じ大学まで追いかけたとしても、当然そこに八幡がいるわけじゃない。同じ出身校の世代違いの後輩になれるというだけの話だ。
以前ほどその事は気にならなくなったけれど、こうして共通の学生時代を過ごせている歳の近いカップルを見るとどうしても考えちゃうんだ。
――私も八幡と並んで通学路を歩きたかったな、とか、
――同じ部活動で時を過ごした雪乃さんや結衣さん、いろはさんが羨ましいな、とか、
そんなふうに。
それでも、八幡にとってきっと特別だった高校生時代の、彼が過ごした空気を、彼がかつて見た景色をいくらかでも共有する事はできる。
――きっと、そこに私にとっての意味があるんだ。
改めまして、お読みいただきありがとうございました。
待たせてしまった分のサービスとか、シリアスな話の後のテコ入れとかで肌色成分が多いわけでは決してありません(真顔)
なんせ作中ではいよいよ夏本番ですからね、薄着で当然なのです!
……季節感……orz
ちなみに留美が最終的に選んだ水着については明記されてませんが、書き忘れたわけではありませんw
というわけで。
ではでは。