そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

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どもども。

 この「そして~」に限れば、今年初の更新になります。読んでくださってる方、お気に入りを付けてくださっている方、感想をくださる方、本当にありがとうございます & お待たせしました。
 お気に入りもじわじわと増えていたようで、この前書きを書く直前にチェックしたらなんと370件になっていました! 人気作品とは比べるべくもない数字ではありますが、地味なこの話にこれだけの方がお気に入りをつけて頂いたこと、とても嬉しいです。

 さて、クリスマスイベント編 ② です、このあたりから、留美と八幡の関係が徐々に原作とは違っていきます。






鶴見留美は聖夜に願う② クリスマスツリーと唐揚げもどき

 それから、火曜から金曜までの週に四日、コミュニティーセンターでクリスマスイベントの手伝いをする日々が始まった。学校が終わった後一度家に帰り、各自コミュニティーセンターに集合する形だ。

 それぞれの学校の行事や、家の用事を優先してくださいと言われているので、毎回全員参加と言うわけではない。日によっては、十六人のうち、半分くらいしか来れない日もあったりする。

 

 そんな中、私は今のところ毎回参加している。……初日に何をやるかみんなを代表して聞きに行ったり、高校生の中に八幡と言う知り合いが居て、親しく話していたり、という経緯があったせいか、何となく私が小学生の代表みたいになってしまっているのだ。

 飾り作りの材料が足りなくなった、とか、今日は誰々さんがお休みです、とかいう報告が何故か私のところに来て、その度に私が八幡や会長さん、書記さんたちに話す。

 

「別に私がリーダーってわけじゃないのに……」

 

そう八幡に不満をこぼすと、八幡は何故か可笑しそうに笑い、

 

「留美もかよ……。世の中ぼっちを働かせ過ぎだろ。せっかく一人で居るんだから、そうっとしておいてくれませんかね……」

 

なんて馬鹿なこと言ってる。あと、私は別にぼっちじゃないし。

 

「そんなことよりさ、八幡」

 

「おう」

 

 私はちょっと気になっていることを聞いてみることにした。

 

「まだ何やるか決まんないの?」

 

「……おう」

 

「『おう』ばっかりだね……」

 

「おう。って、いや悪い、留美。……そのな、別にテキトーに返事してるってわけじゃなくてだな……」

 

「ううん。 ……八幡が悪いわけじゃないし」

 

 ……八幡も、だいぶ疲れてるなぁ……。

 

 そう。私たち小学生が参加し始めてもう二週目だというのに、未だにイベント自体、何をやるのか決まっていないらしいのだ。

 一度、高校生・小学生みんなで「アイデア出し」の会議? みたいなのをやったけど、合唱・コンサート・演劇・ミュージカル・映画……等々、それなりに案は出た。けれど、そのどれかに決めるんじゃなくて、全部ミックスしてうまくやれないか? みたいな話になってしまい、結局その日は何一つ決まらなかった。

 

 どうやら今日になっても状況はあまり変わっていないらしい……。

 

 どうするんだろう、このペースで行けば、今週中には飾り作りが終わってしまう。あと、私たち小学生に出来るのは……。そんな事を考えながらハサミを動かしていると、

 

「あ、留美ちゃん、小学生はそろそろ時間ですね~」

 

そう一色会長さんが声をかけてくれる……だからどうして私に?

 

……はぁ、もういいや。なんだか慣れてきたし。

 小学生はいつも、五時前を目安にして作業は終わりになる。あまり遅くなって、家族に心配をかけないようにという配慮だろう。

 

「みんなー、時間だって。片付けおねがいしまーす。あと、今日何をいくつ位作ったか、だいたいで良いのでこっちのチェック・シートに書いといてくださーい」

 

私は、今日参加している小学生十人ぐらいにそう指示をする。この講習室は、私たちの貸し切りというわけではない。明日もまた作業があるからといって、やりっぱなし。出しっぱなしで帰るわけにはいかないのだ。

 完成した飾り・作りかけのもの・道具や糊といったものを、それぞれ種類ごとにべつべつのダンボール箱に入れ、部屋の端によせて置く。……結構増えてきたなぁ。

 

「鶴見さん、こっち終わったよ」

 

「こっちも」

 

「……」

 

 

きれいに片付いた所で、みんなそろって高校生たちにご挨拶。

 

「はーい、今日もお疲れ様で~す。いつもホントにありがとう。外はもう暗いので、みんな、気をつけて帰って下さいねっ」

 

一色さんがそう言ってニッコリ笑う。ぽわわわーんと、花が飛ぶような可愛らしい笑顔に甘い声。……男子とか、顔真っ赤にしちゃってるし……。女子はまあ、うん、色々と気がついてる子も何人か居るみたいだけど。

 

「「おつかれさまでしたー」」

 

 声を揃えて挨拶し、今日の作業は終了。コートを着ていると、八幡と一色さんの声が聞こえてきた。

 

「……お前、小学生にまであざといんだな……」

 

「むー、なんでですかぁ、ぜんぜんあざとくないです。素ですよぅ」

 

「イヤほら、そーゆうとこな……」

 

 

 小学生がみんな部屋を出た後、私は最後に部屋を出て……くるっと振り向いて、八幡に向かっていつもみたいに体の横で手を振る。

 八幡は、一色さんのことを気にしてか、私の方を見てもこくんと頷くだけ。 ……でも私は手を振るのを止めてあげない。ふふ。

 一色さんはそんな様子に気づき、わざとらしく小首をかしげて八幡のことをじいっと見ている。八幡は、手を振りつづけている私と彼女を交互に見て……がしがしと頭を掻きながら、諦めて私に小さく手を振ってくれた。

 

「じゃーな、留美。気をつけて帰れよ」

 

 一色さんは、にやっとなんだか悪い笑顔を浮かべると、八幡を肘でつつきながら、彼を真似するように腰の横で手を振ってみせた。

 八幡は「お前らな……」とかなんとか言ってる。ちょっと顔赤くしてるし。おっかしいの。

 

「留美ちゃん、またね~」

 

「はい、お先に失礼しまーす」

 

私は一色さんにも手を振り、今度こそ部屋を出る。

 

 

 

 コミュニティーセンターを出ると、街はもう完全に夜の風景へと変わっていた。マリンピアの周りの木々を飾る青いイルミネーションが遠目にも美しく輝いている。

 ひゅう、と風向きが変わった。十二月の夜の冷たい風が、ついさっきまで暖房の効いた部屋にいた私から遠慮なく体温を奪っていく。

 うわ、風が当たるとほんと寒い。今日はお母さん居るはずだし、特に買物もない。早く帰ろ。

 

 どこかの店先から聞こえてくる、「ラスト・クリスマス」の曲をBGMに、私は家への道をリズムを刻むようにして歩き出した。

 

 

 

  **********

 

 

「ただいまー」

 

 コミュニティーセンターからわずか数百メートル。それでも相当冷えてしまった体を、香ばしいカレーの香りが出迎えてくれた。

 

「あ、留美お帰りー。きょうは寒いからカレーにしてみたよ」

 

「うん! ふふ、玄関までいい匂いしてきてるよ。いつもの?」

 

「そう。お肉を切る大きさだけ変えてみた」

 

 最近のうちのカレーは鶏肉のカレー。塩麹(しおこうじ)に漬けて一晩置いたお肉を使って、後はいつもと同じように作るだけなのだが、胸肉・もも肉とも蕩けるように柔らかくなり、「一味違う」カレーになる。

 

 しばらく前、お母さんが関わっている婦人雑誌の料理の記事で「塩麹」とか「なんとかヨーグルト」とかにお肉を漬けて寝かせる、みたいなのを特集したそうだ。その中でも、塩麹と鶏肉の相性は抜群に良く、たまたま試食に参加したお母さんはすっかりはまってしまい、自分でも試行錯誤しながらうちでも色々と作っている。

 

 コートをハンガーに掛け、小学生の基本、「手洗い・うがい」を済ませてから食卓にお皿を並べる。

 

 

 

「いただきまーす」

 

「はい、召し上がれ」

 

熱々のカレーライス。例のお肉を一切れ口に運ぶと、じゅわっと旨味が溢れ、舌先でほろほろと崩れるくらい柔らかい。

 

「はぁ~、美味しい。生き返る~」

 

そんな私の様子を見て、お母さんはニコニコと笑っている。

 

「外、寒かったでしょう」

 

「うん、風がすごく冷たいよ。 まあ、センターの中は暖房効いてるから、帰ってくる時だけなんだけどね」

 

 ふと、正面の壁掛け時計が目に入る。六時……か。八幡たちはまだ準備やってるのかな? なんか疲れてたみたいだけど、大丈夫かな……。

 

「留美、何かあったの? 心配事?」

 

ちょっとだけぼうっとしていたようで、お母さんに心配されてしまった。

 

「……心配ってほどのことじゃ無いんだけどさ……」

 

「うん」

 

「ほら、前に話したでしょ、林間学校でお世話になった時に仲良くなった高校生のこと」

 

「うん、確か総武高の子たちで、みんなイケメンと美人ばっかりなんだっけ?」

 

「そうそう。でね、そのうち一人が今回のイベントにも参加してるんだけど、なんか色々と大変そうでさ。……すごく疲れてるみたいだったし」

 

「あら、大変ねぇ……。 ね、それって、写真に写ってる子?」

 

「うん。八幡って言ってさ、あの、小町さん……妹さんに目隠しされて写ってる人」

 

「ああ、あの、ちょっとだけ残念なイケメン君か」

 

「残念て……まあ、合ってるけど」

 

娘の恩人にそれは酷くないですか? お母さん……。あんまり詳しいこと言ってない私が悪いんだけどさ。

 林間学校の写真をお母さんに見せる時、さすがに目隠しされた写真だけじゃ可哀想だと思ったので、ちゃんと何枚かは八幡の顔がはっきり写っている写真も見せた。もちろん、できるだけ目がどよんとしてないのを選んでだけど。

 

 

 

「そんなに心配なら、差し入れでもしてあげたら?」

 

「え、差し入れ?」

 

「ほら、この前留美が作った唐揚げもどきとかどう? まだ、お肉も塩麹もあるわよ」

 

「もどきって言わないで。あれは、『揚げ焼き』って言うの!」

 

「どっちでもいいでしょ、あれ、美味しかったわよ」

 

そう、あれは確かに美味しかった。本当の揚げ物はまだ危ないから駄目と言われているけど、深めのフライパンを傾けて作る、揚げ焼きなら、お母さんが家にいる時に限り作ることが出来る。

 確かに、学校から帰って、前の日に塩麹に漬けておいたお肉を拭いて、少し多めの油で揚げ焼きすれば、十分か十五分で出来る。でも、

 

「センターまで持っていったら冷めちゃうじゃん。それに、本当に渡せるか分からないし……」

 

あれは温かいから美味しいんだしさ……。

 

「ふっふっふー。じゃじゃーん、こんなこともあろうかと、こういうものを用意しております」

 

 お母さんは食器棚の奥から、大きめのマグカップみたいなのを取り出した。スクリュー式のしっかりした蓋がついている。

 

「これはね、スープマグっていって、朝入れたお味噌汁とかスープが、お昼でも熱々のままで飲めるようにするものなの」

 

「へえ、……でも、スープ用じゃ無いの?」

 

「それがね、最近の若い子たちはこれにあったかいパスタとか、リゾットとか入れて、それでお弁当にしちゃうんですって。……ね、これなら荷物にならないでしょ」

 

「そっか、うん。じゃあ明日やってみよう。……後でお肉漬けなきゃね」

 

 ふふ、なんだか楽しみになってきた。八幡、どんな顔するかな。

 

「それに、もし渡せなくても、私がちゃんと晩御飯で食べてあげるからねっ」

 

…………お母さん……ちょっとヒドい。

 

 

 

  **********

 

 

「それじゃあ、これから二手に分かれてもらいまーす。一班はここで残ってる飾りを作ってください。もう一班はエントランスの方に降りて、クリスマスツリーの組み立てと飾りつけをしてもらいますねー」

 

 必要な飾りがほぼ完成し、まだ作ってなくて数が多く必要なのは雪の結晶型の飾りくらいになったころ、一色会長さんからそう指示があった。

 

「ツリーって、大きいんですよね」

 

誰かがそう聞くと、

 

「うん、大きいよ。 ……ええと、」

 

「確か、三メートル二十センチだったと……。この講習室の、あの換気扇の高さくらい、だそうです」

 

一色さんの隣にいた書記さんが答える。……大きい。小学生たちが歓声を上げる。

 

「すごいねー」

 

「わたし、そっちがいい」

 

「俺もー。こっちちょっと飽きたし」

 

 確かに、細かい作業ばかりでみんなもう飽きてきている。

 

「班分け、どうしよっか」

 

一色さんが私に聞いてくる。……はぁ。みんな、ツリーの方に行きたいよね……。

 

「残り、この折り紙の雪だけだし、私やるよ。みんなはツリーの方に行って」

 

私がそう言うと、背の高い子――綾瀬さん――が、

 

「それじゃあ、鶴見さんだけ大変じゃん。あたしも残ろうか?」

 

そう言ってくれるけど、本当はツリーの方に行きたそうだ。

 

「大丈夫だよ、それより、ツリーの方でみんなのことお願い」

 

うん、この綾瀬さんもリーダータイプで、作業によっては指示を出す側に回ることも多い。私が残るなら、彼女は向こうに行ってもらったほうが良いだろう。

 

「それなら、私、むこうに呼ばれるまで、ここ手伝いますよ」

 

書記さんがそう言ってくれて、結論が出る。一色さんは、「書記ちゃんおねがいね~」と言ってみんなを連れて講習室を出ていった。

 

 

 

「これ、結構細かいんだねぇ……」

 

書記さんがハサミを動かしながら言う。この飾りは雪の結晶。材料はキラキラとした光沢のある白銀色の大きめの折り紙。この裏に線が印刷されていて、その線に沿って六等分に折り、細かい線に沿って切り抜いてから再び広げると、きれいな雪の結晶の形が出来上がる、という物だ。この線が中々複雑で、きれいに切るには集中力が要る。

 

「ずっとやってると目が疲れますよ」

 

「うふふ。もう疲れてきちゃった」

 

書記さんはそう言って言って一度眼鏡を外し、軽く目をマッサージする。ちょうどその時、

 

「藤沢さ~ん、ちょっといい?」

 

総武高の生徒会の席から書記さんに声がかかった。彼女はちらっと私を見ながら立ち上がる。

 

「大丈夫ですから行って下さい」

 

「そう、ごめんね」

 

そう言って彼女は自分の席に戻って行った。

 高校生たちの方を見ると、八幡は海浜の生徒会長さん――玉縄さんだったっけ――と何やら話をしている。ちょっとイライラしてる、かな。とにかく忙しそうにしている。どうしよう、差し入れ渡すって雰囲気じゃないなぁ。八幡の分しか無いし。

 

 目の前の箱にはまだ相当な枚数の白銀の折り紙。私は作業に集中することにした。

 

 

 

  **********

 

 

「……飾り、作ってんのか」

 

その声に顔を上げると、さっきまで忙しそうにしていた八幡が目の前に立っている。集中してて気が付かなかった。

 

「一人でやってんのか」

 

私の手元を覗き込むようにしながら、少し心配しているような声でそう聞いてくる。

 

「……見ればわかるでしょ」

 

私が、ハサミと作りかけの飾りを持ったまま、両手を小さく万歳するように上げて微笑うと、八幡もにやっと笑い、「そりゃそーだ」とかボソボソ言いながら、私の座っている隣の椅子にどかっと座る。

 そのまま見ていると、私の目の前の箱からハサミと材料を取り出し、見よう見まねで私と同じ作業を始めてしまった。

 

「……なにしてんの」

 

「見りゃわかんだろ」

 

ぷ、そりゃそーだ。……ふふ、変なの。

 

「……他にやることないわけ?」

 

「ないんだなぁ、それが」

 

八幡は、やっぱり少し疲れたような声でそう答えた。

 

「……暇人(ひまじん)

 

「ほっとけ」

 

 二人して笑い合い、後はしばらく無言で作業に集中する。八幡と居ると、何も話さずにいても不思議に居心地が良い。波長が合うというのだろうか。家族以外の人をこんな風に感じるのは初めてかも……ううん、もう一人。一瞬だけ脳裏を泉ちゃんの顔がよぎり、胸の奥が小さく(うず)いた。

 私と八幡は、ただ黙々とハサミを動かす。紙を切るチョキチョキという音だけが耳に響き、他の雑音を遠ざける。……気が付くと、完成した雪の結晶の飾りは相当な数になっていた。

 

 ぱたぱたという足音が響く。一色さんが小走りにやって来て、

 

「あ、カッター借りていきますねー」

 

そう言って、道具の箱からカッターを数本取り出す。多分エントランスの方の作業で必要になったんだろう……と、

 そこで初めて、私と八幡が一緒に作業をしていたのに気付いたようで、八幡に向かってちょいちょいと手招きしている。

 八幡が一色さんの方に、なんだよという感じで体を傾けると、彼女は内緒話をするように八幡の耳の所に手を当てた。

 

「……先輩ってもしかして年下好きですか?」

 

……聴こえちゃってるし。それもなんだかスゴイ意味深な言葉が。

 

 私を除く小学生がみんなエントランスの方に行ってしまっているためか、講習室は意外に静かだ。聞くつもりがなくてもつい声が聴こえてきてしまう……。

……嘘です。気になって気になって、作業してるふりをしながら耳がダンボになっていました。そしたらまさかの……。

 ドキッとした。え、それってつまり八幡が私を……イヤそんな、……でも、ホントにそうだったらどうしよう。 あ、なんだか頭がぐるぐるしてきた。

 

「別に苦手じゃねぇな」

 

「!!」 

 

 八幡がさらに私を混乱させるようなことを言うので、つい我慢できずに二人の方を向いてしまった。八幡と目が合う。……八幡は、私と一色さんに一度ずつ目をむけ、フッと優しく笑い、「妹いるしな」と小さい声で独り言のように付け加える。

 ふふ、そういう意味かぁ。ちょっと安心した、かな……うん。もしかしたら八幡は、一色さんと私を妹みたいに思ってくれているのかもしれない。そうならそれはそれで嬉しいな、なんて考えていると、

 

「……もしかして今、わたしのこと口説いてますかごめんなさい年上結構好きですけど無理です」

 

いつの間にか八幡が一色さんに振られていた……あれ?

 

「いや、どう考えても違うでしょう?」

 

 八幡はそう言って、犬にシッシッとするように手を振って一色さんを追い払う。

 彼女は、「なんですかその扱い……」とか文句を言いながら、カッターを持って講習室を出ていった。

 また、静かな時間。紙とハサミの音だけの時間。二人とも終始無言で、折り紙でできた雪の結晶だけが、さらさらと音をたて、目の前のダンボール箱の中に降り積もっていく。

 

 やがて、最後の一個が完成し、カサッと音を立てて、箱の中で山になった雪の飾りの一番上に落ちた。

 

「これで終わりか……」

 

「……うん」

 

 ふぅとため息をついて、となりを見上げると八幡と目が合う。二人で笑い、小さくハイタッチ。

 終わったぁ~。思ってたよりずっと時間掛かっちゃったな……。八幡が手伝ってくれなかったら今日終わんなかったかもしれない。

 

「八幡、あの、ありがと」

 

「おう、留美もお疲れさん」

 

そう言って八幡は、私の頭をいい子いい子するようにさすさすと撫でてくれた。

 

「……あぅ」

 

う、嬉しいけど、恥ずかしい。頬が熱い。わたしの顔はきっと真っ赤だろう。

 

「……っと、スマン、留美」

 

慌てて八幡が手を引っ込める。どうやら無意識だったらしい。

 

「ううん、大丈夫、びっくりしただけ。その、イヤじゃない……」

 

「……そうか」

 

八幡はちょっと照れくさそうに微笑むと、今度は、ぽん、ぽんと二回、手のひらで優しく頭を包むように撫でてくれた。……はぁぁ、八幡の手ってなんだか気持ちいい。

 

「ふふ。八幡もお疲れ様」

 

「おう。……ツリー、まだやってるだろうし、行ってみたらどうだ?」

 

「うん……。ね、八幡、ちょっとだけ時間ある?」

 

「ん……まあ、やれること無いしな」

 

私はバッグから巾着を引っ張り出し、八幡の手を引いて講習室を出る。

 

「こっち」

 

「お、おう、 って留美?」

 

 

 

私は、二階と三階を結ぶ階段の踊り場にあるベンチまで八幡を引っ張ってきた。ここなら、ほとんど誰も通らないし。……振り向くと、彼はちょっと照れたような顔をしている。

 

「何?」

 

「いや、そのな……手……」

 

言われて、私が八幡の手をぎゅっと握ったままなのに気付いた。

 慌ててパッと手を放す。

 

「べ、別にこのくらい、ちょっと引っ張ってきただけでしょ」

 

「あーまあ、いやその……」

 

変な雰囲気になってしまったので、コホンと一つ咳払い。

 

「八幡、そこ座って」

 

そう言うと、何故か八幡は床に正座しようとする。……何してんの? そこ座って=床に正座なの?

 

「そうじゃなくて、ベンチに」

 

「お、おう、そうか」

 

八幡がベンチに座り、私も隣に座って巾着から例のものを取り出す。蓋をパカンと外し、フォークを添えて彼の前に差し出す。スープマグという保温容器はちゃんと仕事をしてくれたようで、中にたっぷり詰められた唐揚げは美味しそうに湯気を立てている。

 

「八幡、差し入れ。良かったら食べて」

 

「え、これ、なんで?」

 

八幡はなんだか戸惑っているみたいだ。

 

「なんか、疲れてるみたいだったから……元気出して欲しくて。日頃のお礼? みたいな」

 

「いや、お礼って……。でも、サンキュな。じゃあ、いただきます」

 

八幡は私が作った唐揚げ(風)を一切れ口に放り込む。少し噛んで……ちょっと驚いた顔。これは成功かな、ふふ。

 

「すっげぇ美味い。何これ、何でこんなに柔らかいの?」

 

「ふふん。私が作ったんだよ、スゴイでしょう」

 

「マジで? 留美、お前本当にすごいな……」

 

そう言いながら、八幡は二個目、三個目と唐揚げを口に運ぶ。

 

「ありがと。でも、少ししか無いから、みんなには内緒ね。あ、あと、これお茶」

 

マグボトルに入ったお茶を渡す。八幡は一口飲んで、ふう、と一呼吸ついた。

 

「ねえ、少しは元気出た?」

 

「おう。……その、悪かったな。まさかお前にまで心配掛けるとは……」

 

「八幡が悪いわけじゃないでしょ。……でも、一人で頑張るって嫌いじゃないけど、さ」

 

「……そうだな、俺も一人でやるのが普通だが、それだけじゃ駄目かぁ」

 

「うん、多分。ふふ」

 

 そう、一人で出来ないことが二人なら出来ることもある。さっき八幡が私を手伝ってくれたみたいに。もちろん、そんな単純な問題ばかりじゃ無いのはわかってるけれど。

 

「……私も食べよ」

 

私はそう言って八幡からフォークをさっと奪い、唐揚げを一つ刺してそのまま口へ。

 

「お、おい……」

 

「もう食べちゃったもんね」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 八幡はフォークを見て、少しだけ赤くなってる。もちろん、八幡が何を言おうとしたかなんてわかってる。だってわざとだから。……私だってちょっとは恥ずかしいし。でも、八幡の今の顔を見たら、もっともっとそんな顔を見たくなって……。

 

「八幡、あーん」

 

私は唐揚げを一つ刺すと、フォークを八幡の口元に差し出す。

 

「おい……」

 

「早く食べちゃわないと、誰か来ちゃうかも」

 

「いや、だからね……」

 

「はーやーくー」

 

「あー、ったく」

 

八幡は、降参というように目を閉じ、口を大きく開いた。

 

う……、ドキドキする。目を閉じた八幡の顔はとても繊細そうで……。唐揚げを口の中に運ぶと、八幡の口がそっと、フォークを挟むように閉じる。ほんの数十秒前、私の唇に触れていたフォークを……。照れくささをごまかすため、私はあえてそのフォークでもう一きれ唐揚げを食べる。……ああもぅ、口閉じるのドキドキするよぅ……。

 こ、これはマズイなぁ、最近、うっすらと自覚しつつあった私自身の心の中の何かが勢いを増してきた気がする……。

 

「ね、ねぇ八幡、この唐揚げの秘密、教えてあげよっか」

 

八幡にフォークを返し、妙な雰囲気を切り替えるため、無理やり話題を切り替える。

 

「いや、……うん、そうだな、是非教えてくれ、うん。」

 

八幡もそれに気付いて話題に乗ってきてくれた。こういうとこ、やっぱり波長があうなぁって感じる。

 

「あのね、これは前の日にお肉を塩麹に……」

 

 

 

  **********

 

 

 八幡と一度講習室にもどり、巾着をしまってからエントランスに降りる。ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。ツリー自体はもう組み上がっていて、今は、何ていうんだろう、幅の広い脚立みたいなのを使って飾り付けの真っ最中だ。

 

「あ、鶴見さんおつかれ~。雪のやつ、終わったの?」

 

綾瀬さんが私に気付いて声を掛けてくれる。

 

「うん、総武高の人たちも手伝ってくれたから……。でも、ほんと大きいね、これ……」

 

そう、組み上がったツリーは本当に大きい。さっき、大体の高さは聞いていたものの、当たり前だけどその分横に伸びる枝部分も長い。こうして全ての枝を広げた時の迫力は想像以上だ。

 

「……これ、後で運ぶって言ってたけど、エレベーターに入るの?」

 

私が誰ともなしに聞くと、綾瀬さんが、

 

「なんか、上の二段を外して、後は下の枝はロープで縛ると上に閉じるんだって」

 

そんな風に答える。よくはわからないけれど、まあ、ちゃんと運べるって事だけはわかった、けど……、

 私の隣に来た綾瀬さんがなんだか不思議そうな顔をする。すんすんと鼻を鳴らし、こう言った。

 

「……あれ、鶴見さん、なんだか美味しそうな匂い?」

 

「え、き、気のせいじゃない?」

 

 やば、さっきの唐揚げの匂いが付いちゃったんだ。自分ではわからないけど。

 

「そうかな~ お腹すきすぎたかな?」

 

「うん、お腹空いたね~」

 

綾瀬さん、みんな、ごめんなさい。私だけ、お腹も心もほっこりしています……。脳裏にさっきの光景が浮かぶ……八幡の唇に挟まれたフォーク……それに……。

 

「……鶴見さん、やっぱり疲れてる? 少し休んだほうがいいんじゃない、顔もちょっと赤いみたいだし……」

 

言われて我に返ると、私は無意識に指で自分の唇を触っていた。……それで赤くなってるって……。やっぱり、そうなのかな……。

 

 ふふ、でも悪い気分じゃない。まだはっきりと言葉にするには曖昧だけど、私の中で確かに育っているこの感情はきっと、とてもとても大切なものだ。

 ……うん、すぐに結論を出さなくてもいいや。もう少しだけ、このむず痒いような、甘酸っぱいような感覚を楽しんでおこう。

 

 エントランス奥の時計を見ると、午後四時四十分。

 

「もうすぐ時間になりまーす。切りの良い所で片付けに入ってくださーい」

 

私は、飾り付けをしているみんなに向かってそう声を上げる。

 

「もうすぐ終わりだから大丈夫。こっち、手伝ってくれる?」

 

気遣ってくれた綾瀬さんに声をかけ、ツリーの下に散らばっている道具を片付け始める。

 

「おーけー。じゃ、さっさと終わらせて帰ろっか」

 

綾瀬さんは右手の親指を上げ、ニカッと格好良く笑った。

 

 

 

 

 




 やっと、やっと留美と八幡の本格的な会話です。はちルミの話でありながら、これだけ二人が一緒にいるのは九話にして初めてという……。

 今回、雪の結晶の飾りを作る場面ですが、八幡が留美に声をかけてから、二人の作業が終わるまで、台詞()()は原作9巻と全く一緒です。
 八幡と留美の距離が近い世界。同じ台詞でも、雰囲気が違うなあ、というのが伝わればとても嬉しいです。


 現在、他の俺ガイルSSと並行して書いているので、少々更新がゆっくりになっています。この「そして~」だけを読んでくださっている方には申し訳ありません。
 このお話は特に丁寧に書いていこうと思っていますので、もしよろしければ次回もおつきあい下さいね。

ご意見、ご感想、是非お寄せ下さい。 ではまた次回。

2月2日 わかりにくい部分を微修正。

5月3日 誤字修正。 不死蓬莱さん報告ありがとうございます。

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