1
勝敗は決した。
地に立つ少年と、膝を突く少女。
軍配が何れに上がったのかは、火を見るよりも明らかだった。
座り込んだベアトリスを、響が見下ろす。
「ハッ・・・・・・・・・・・・」
剣を持ち、自分を見下ろす少年を見上げながら、ベアトリスは最後のあがきとばかりに笑って見せた。
「トドメを刺すってか? 良いぜ、さっさとしろよ。どのみち負けちまった以上、ジュリアン様に合わせる顔もねーしな」
既に覚悟はできていた。
響達を足止めする任務に失敗した以上、エインズワースには戻れない。
ならば、ここで死んだ方がましだった。
どっちみち、自分はもう死んでいるのだから。
そう、
あの第4次聖杯戦争によって引き起こされた大崩壊に巻き込まれ、自分は死んだ。
エインズワースの置換魔術によって人格だけを転写した人形として蘇った時、多くの記憶と共に、ジュリアンへの想いも消え果てた。
今、ここにある自分は、ただ命令のまま敵を殺す人形に過ぎない。
だが、その任務も失敗した以上、自分に価値など無かった。
「さあ、さっさと殺せよッ!!」
挑発するように言い放つベアトリス。
対して、
一歩、前に出る響。
見下ろす少年。
ベアトリスは、覚悟を決めたように目を閉じる。
だが、
いつまで経っても、剣が振り下ろされ事は無い。
いい加減焦れてきたところで、薄目を開けてみる。
すると、
変わらず茫洋とした瞳のまま見下ろす少年がそこにいた。
「何やってんだよ。こういうことはサクッとやれよサクッとさ!!」
だが、
「・・・・・・・・・・・・ん」
ややあって、響は口を開いた。
「それ・・・・・・捨てちゃ、だめ」
「はぁ?」
目の前の少年が何を言っているのか?
測りかねて首を傾げるベアトリス。
対して、響は淡々とした口調で続ける。
「ジュリアンが好き・・・・・・なら、その、気持ち、捨てちゃダメ」
「お前・・・・・・・・・・・・」
驚くベアトリス。
まさか、敵として戦った少年から、こんな事を聞かされるとは思っていなかった。
「何を・・・・・・・・・・・・」
「ベアトリスの、心・・・・・・伝わってきた」
手にした明神切村正を鞘に納める響。
「お、おいッ」
「誰かを好きな気持ちは、大切。だから、捨てちゃ、だめ」
響の言葉を聞き、内心でベアトリスは呆れる思いだった。
普通なら「何言ってんだこいつ」、となるだろう。
実際、ベアトリスも半分はそう思っている。勝ったとはいえ、敵にそんな事を言う阿呆は聞いた事がない。
だが、もう半分は、
どこか、言われてホッとしている自分がいた。
確かに、
同時に、周囲に伝染するように、記憶が流出する事もある。
それが響にも見えていたであろう事は、ベアトリスにも理解できているのだが。
しかし、その響がこんな事を言ってくるとは思ってもみなかった。
ベアトリスは、ジュリアンが好きだ。
それはかつて、生前に好きだったから、ではない。
死んで、人形として置換される形で復活してから5年。
その5年の歳月をかけて、ベアトリスはもう一度好きになったのだ。かつて恋した相手を。
その恋心を吸い取り、放出する。それがミョルニルの特性だった。
まるでマグニ本人が、かつて愛した父を記憶を葬送として空へ還そうとしているかのように。
「
それが、マグニの宝具の真名である。
響に向けて放った雷撃。
あれは、ベアトリスの「生前の記憶」を吸い出していた。
まるで、かつての記憶を弔うかのように。
たとえ記憶を失っても思い出は残る。
ならば、楽しかった思い出を胸に、また歩き出してほしい。
自分が死んだ後、愛する子供たちが悲しまないようにと言う、トールなりのメッセージなのかもしれなかった。
「記憶、失ったかも、しれない・・・・・・けど・・・・・・好きになる気持ちは、大事・・・・・・」
自分にも好きな人がいる。
だから響は思ったのだ。
ジュリアンを好きな、ベアトリスの気持ちを捨ててほしくない、と。
「それは大切な物、だから・・・・・・絶対、捨て、ちゃ・・・・・・・・・・・・・だ、め・・・・・・・・・・・・」
言いながら、
響の意識が遠のくのを感じる。
もはや限界だった。
そのまま、崩れ落ちるようにして倒れる。
座り込んでいるベアトリスの上へ。
「ちょッ まッ えッ、お、おおッ!?」
倒れて来た響の身体を、とっさに抱き留めるベアトリス。
羽のように軽い少年の身体が、少女の上にのしかかった。
「ちょッ、お前、言いたい事だけ言って寝るんじゃねえよ!! 言われたこっちが恥ずかしいだろうが!! おいッ 起きろって!! おぉいッ!!」
気を失った響をゆすったり、ペチペチとほっぺを叩いたりして起こそうとするベアトリス。
しかし、いつまで経っても、響の意識が戻る事は無かった。
2
膝を突く士郎。
同時に襲ってくる体中から沸き起こる激痛。
「ぐッ!?」
込み上げる悲鳴を、噛み殺して耐える。
英霊エミヤに存在が置き換わりつつある今、無理に戦闘を行った代償は、余りにも大きかった。
体中の骨と言う骨、筋と言う筋が軋みを上げる。
まるで炎の中に放り込まれたように、士郎の身体は熱を発していた。
そのまま、意識を失ってもおかしくないほど、ひどい容体。
と、
「大丈夫ですか?」
目の前に差し出される手。
見上げれば、
アンジェリカが、相変わらずの無表情で掌を差し出していた。
「・・・・・・・・・・・・妙な気分だよ」
「はい?」
苦笑する士郎に、アンジェリカは首を傾げる。
「お前に気を遣われる日が来るなんて、な」
「よくわかりませんが、それは、いけない事なのですか?」
真顔で尋ねてくるアンジェリカ。
今度は、士郎の方が呆気にとられる番だった。
やはり、こうした心の機微にはまだまだ疎いらしいアンジェリカ。
「昨日の敵は今日の友」的なノリを覚えるには、まだまだレベルが足りない様子だった。
アンジェリカの手を取り、立ち上がる士郎。
「別に、悪くはないさ」
「そうですか。なら、良かったです」
アンジェリカが頷いた時だった。
「衛宮君!!」
「シェロ!!」
呼び声に振り返ると、衛宮邸から追いかけて来たらしい、凛とルヴィアの姿が見えて来た。
相当慌てて走って来たらしい2人。
息を整えるのも忘れて駆け寄ってくる。
「馬鹿ッ こんな無茶して、何かあったらどうするつもりだったのよッ!?」
「ほんとですわッ あなたにもしもの事があったら、わたくしはッ!! わたくしはッ!!」
ほとんど涙交じりに抗議する2人。
自分の身を案じてくれる2人に、士郎は微笑する。
並行世界と言う、想像もつかないような彼方から来た2人。
本来なら、士郎とは縁もゆかりもないはずの2人が、こんなにも自分の事を心配してくれている。
アンジェリカもそうだが、そんな2人から気遣われる事が、妙な気分であると同時に、心が安らぐのを感じていた。
もしかしたら、向こうの世界の
そう思うと、悪くない気分だ。
3人の女性に支えられながら、士郎は心からそう思うのだった。
3
意識が、浮上する。
これまでも何回かあった感触。
正直、「またか」と思わなくもない。
しかし「彼」だって頑張ったのだ。責めるのは酷と言う物だろう。
だが、しかし・・・・・・・・・・・・
う~~~む
さて、どうした物か?
浮き上がりながら、腕を組んで考える。
困った事になった。
薄々、気付いてはいた事が、自分は恐らく「彼」から嫌われている。
そりゃそうだろう。「彼」が意識を失う度に、勝手に体を拝借していれば、誰だって気分が悪いのは当たり前だった。
今までは緊急避難的要素が強かったのだが、そんな物は理由にならないだろうし。
できれば、このまま沈んで行ってしまいたいのだが、どうやら意識の「浮き」「沈み」に関しては、自分ではコントロールが効かない物らしい。
いやはや、困ったものである。
「お~い、いい加減起きてほしいんですけど~」
言いながら、
ベアトリスは、自分の膝枕で眠りこけている少年の額をペチペチと叩く。
彼が寝ていた時間は、せいぜい5分足らず。
しかし、雷神少女としては、いい加減焦れてきたのも確かだった。
彼女自身、返事があるとは思っていなかった。
だが、
「う~ん、この太腿の感触が気持ちいいから、あと5分くらい」
「は、ハァッ!?」
素っ頓狂な叫び声を上げるベアトリス。
その膝の上では、
最前まで気持ちよさそうに寝息を立てていた少年が、今ではニヤついた顔を見せている。
どうやら、いつの間にやら覚醒していたらしい。
「テメェッ ふざけんなッ とっとと起きろ!!」
「おっと!!」
振り上げられた拳が振り下ろされる前に、
ヒビキ
「お、お前、そんな、いきなり動いて大丈夫なのかよ?」
恐る恐る尋ねるベアトリス。
どうにも、戦いが終わって毒気を抜かれた感がある。
対してヒビキは、振り返って微笑む。
「ええ、『僕』は快調ですよ。『彼』が頑張ってくれたおかげですかね」
「はあッ!? 何言ってんだお前?」
呆気に取られて首を傾げるベアトリス。
まあ、これは仕方のない反応だろう。
「衛宮響」が疲れて寝てしまったので、代わりに「朔月響」が代理をやってます。
などと説明したところで、判らないだろうし。
「あ、そうだ。これは返しておきますよ。僕には必要ないですから」
そう言ってヒビキが差し出した物。
それは
「お、おいッ」
放り投げられたカードをキャッチしながら、ベアトリスは顔を上げる。
戦いが終わったのだから、武装解除するのは当然である。本来であるなら、このカードはヒビキが預かるべき物である。
しかし、それをあっさりと返してきたのだ。ベアトリスでなくても慌てるのは当たり前だった。
だが、
そんなベアトリスの反応を無視して、ヒビキは踵を返す。
「忘れないで。『彼』が言った事。君が今まで捨てて来た物は、とても大事な物だ。だから、さ」
「は?」
言いながら、背を向けて歩き出す。
「そうそう。前に戦った時、思いっきり刺しちゃってごめんね。けど、僕も必死だったから、そこら辺は勘弁してね。じゃ」
「あ、おいッ こらッ 言いたい事だけ言って去るんじゃねーよッ つーか流行ってんのかよそれッ おいッ おーいッ!!」
叫ぶベアトリス。
しかし、ヒビキは振り返る事無く駆け去っていく。
その視線の先には、今も際限なく泥を吐き出し続ける巨大な
そして、
最後の敵が待つ神殿が鎮座していた。
とは言え、
ベアトリスの怒鳴り声を背中に聞きながら、ヒビキは微かに顔を顰めた。
感じるのは、右腕に感じる鈍痛。
正確には、右の指先から肘辺りに掛けて、感覚がマヒしているのが判る。
ベアトリスとの戦いによる物なのは間違いない。
だが、
その直接的な原因は、彼女からの攻撃ではない。
最後に響自身が放った技。
あれにより、右手に麻痺が生じているのだ。
痛みは感じているが、どうやら折れているわけではない。放っておいても直に回復するだろう。
しかし、
「やれやれ・・・・・・」
駆けながらヒビキは嘆息する。
その脳裏には、自分が勝手に体を拝借している少年を思い浮かべる。
「いったい、どれだけ危険な技を使ったんだ、君は?」
問いかける声。
当然ながら、それに対する答えは返らなかった。
降り立つと、そこは意外と広い空間だった。
ゆっくりと、歩を進める。
目指すべき人物は、視線の先。
こちらに背を向けて立っていた。
「あらら、まさか僕が一番とは。てっきり、イリヤちゃんあたりが先に来ているかとも思ったんだけど」
どこか緊張感を欠いた声。
対して、
神殿の中央に立つ少年、
ジュリアン・エインズワースは振り返った。
「貴様は・・・・・・・・・・・・」
「まあでも、ある意味で好都合かな。お陰で、最後の締めには間に合ったわけだし」
対して、
戦線を乗り越え、やってきた少年は肩を竦めた。
ジュリアンと真っ向から対峙するヒビキ。
ややあって、
「衛宮響・・・・・・・・・・・・」
ジュリアンの方から口を開いた。
「いや・・・・・・・・・・・・」
ジュリアンはヒビキに向き直る。
敵意を隠さない眼差しが、真っ向から響を射抜く。
「朔月響、か」
「・・・・・・・・・・・・へえ」
ジュリアンの言葉に、ヒビキは意表を突かれた。
まさか、士郎と言峰神父以外には知られていないと思っていた自分の正体を、敵の首魁が知っているとは思ってもみなかった。
「気付いていたんですか」
「
ヒビキは内心で舌を巻く。
どうやら朔月家の生き残りである自分の事は、かなり早い段階でエインズワースに把握されていたらしい。
恐らく聖杯戦争に参戦する事も、織り込み済みだった可能性がある。
いったい、どこまで調べているのか。
自分が巨大な掌の上で足掻いているような感覚は、正直面白くは無かった。
「テメェ如き亡霊が、俺の神話に土足で上がり込むんじゃねえよ。目障りだからとっとと失せろ」
苛立ち交じりの怒気が、大気をはじけさせる。
ジュリアンの殺気が、直接襲い掛かってくるような感覚。
だが、
その殺気を真っ向から受け止め、
ヒビキは笑って見せる。
「生憎ですけど」
視線を真っすぐに見返しながら、ヒビキは言った。
「亡霊には亡霊なりの矜持がありましてね。あなたが僕の大切な物を傷付けるのなら、僕は何度でも地獄から蘇り、あなたの前に立ちますよ」
言いながら、
ヒビキが取り出したカード。
剣士の絵柄が描かれたカードを、ヒビキは真っ直ぐに掲げる。
「
叫ぶと同時に起動する魔術回路。
奔る魔力。
衝撃が爆風となり、閃光は少年を包む。
蒼の衣装の上から、纏われる銀の甲冑。
伸ばした手に握られる、宝石の如く美しい刀身を持つ西洋剣。
ブリテンに名高き騎士王。
その凛とした戦姿がそこにあった。
剣の切っ先をジュリアンに向けるヒビキ。
ただそれだけで、大気が振るえるほどの衝撃。
鋭い眼差しで、自身が倒すべき敵を睨み据える。
「さあ、第5次聖杯戦争の再開だッ 決着をつけるぞ!!」
第59話「黄昏に送る神愛」 終わり
それでは、暫定ですがご愛読ありがとうございました。
また、投稿再開の際には、なにとぞよろしくお願いいたします。