その少女は可愛らしかった。
まるで童話の中から出てきたような、魔法界でも類を見ない輝きを放つ少女。
見かけたのは偶然。いずれ手に入れるであろう、僕専用の杖。それが気になって、杖の専門店を眺めていた。
店から出てきた彼女を見た瞬間に、杖のことなんてどうでも良くなった。そしてそのときに話しかけられず、思わず見とれてしまったんだ。
また会いたい。その一心で探し続けた。幸い、徒労には終わらなかった。見つけられたのは同じ場所、オリバンダーの杖専門店。
店を出てすぐの場所で、待っているのか、黄昏れているのか。その区域だけ、一枚の絵に切り取られたかのように神秘的で、手を出すのが憚られた。僕が手を出して、その絵を壊してしまっていいのだろうか。
「あ、あの!」
良いに決まっている。
僕は誰だ?マルフォイ、ドラコ・マルフォイだ。貴い血を持つ家系の一つ、マルフォイ家の跡取りだ。僕以外がその絵を踏みにじることは許されないだろう。けれど、僕ならその中に混ざっても問題ない。
「ん?」
「君、この辺で見ないよね。どこから来たの?ああ、僕はドラコ。ドラコ・マルフォイって言うんだけど」
意を決して話しかけたら、思った以上に口が滑る。
自分の自慢がしたいわけじゃない。ただ、彼女と話がしたいだけ。けれど、口から出るのはどうにも自分の家のこととか、杖を買いに来てるなら買ってやろうか、と自分でも余計な世話だと思えることばかり。それしか無いわけじゃないのに、聞きたいことが出てこない。
早口でまくしたてられた彼女は、目を丸くして僕を見ている。彼女が喋る暇も与えず僕が喋るものだから、反応を聞くことも出来ない。そうじゃないだろう、ドラコ!
「それで、えっと……」
「マルフォイ家の跡取り君が、カリオストロに何の用かな?って、言わなくても正直わかっちゃうけど」
背を預けて聞いていた彼女、カリオストロがこちらに歩いてきた。
その声に、思わず頭がしびれてしまう。まるで心を掴まれた気分だ。彼女は僕の間近まで来て、耳元でこう囁いた。
「好きなんだろ。こういう女の子がさ……?」
「~~~~~~っ!!!!」
全身が一気に沸騰したかと思った。
囁いた吐息が耳にかかって、思わず体が跳ね上がってしまう。
「クッ、アッハッハ!あー、面白いなお前。そんなに分かりやすいと、これからマルフォイとしてやっていくなら苦労するぜ?」
「う、あ、ぐっ……そ、それは君には関係ないだろ!」
からかわれた。
その子はイタズラに成功して満足したかのような顔で、口角を釣り上げて笑っている。
けれど、これがようやく最初の会話だった。彼女の悪戯に乗っかった形で、ほんの少しばかりとりとめのない会話をした。
「カリオストロは、どの魔法学校に通っているんだ?」
チャンスは今しかない。
その時の僕には、彼女が少し年上に見えた。話の中でこの店に来ているのは付き添いと聞いたのもあって、弟か妹が入学するから買い与えに来たものだ、と考えたんだ。
「ん、そうだな……ドラコはどこに入学するって話になってるんだ?」
「父上がダームストラング、母上がホグワーツを推してる。けど、たぶんホグワーツかな」
母上の懇願には父上はきっと勝てない。ダームストラング校はイギリス国外にあって、母上は僕が離れることを嫌がっている。
ホグワーツか……。と彼女は少し考え込む。言い淀んでいる彼女を見て、なんとなくだが察してしまった。きっと彼女はホグワーツ生じゃない。
「け、けど!僕から頼めばきっとどこにだって行ける!イギリスの国内外なんて関係ないさ!」
「ああ待て、決めた。今決めた。そのままホグワーツを目指しな」
焦りを抱いた僕がまくしたてる。しかし返ってきた言葉はそのままホグワーツに入れという言葉。
「お前が入学する頃に、こっちに戻ってくることにした。お前がオレ様のことを忘れてなければ、また会ってやってもいいぜ」
「っ、本当かい!?」
尊大で、自分勝手にすべてを決める彼女。けれどその顔は笑顔で、思わず追従してしまう。
けれどそれがどうしようもなく嬉しく思ってしまった。まるで、自分のために決めてくれたかのようで嬉しかったんだ。そうと決まった以上、なんとしてもホグワーツに入学しなければならない。
「あ、おい!」
いてもたってもいられなくなり、僕は弾かれたように帰路についた。
今思えば、衝動的すぎたと思う。彼女と会えるチャンスが本当に訪れるかどうか、未確定でもまた会えるならと。次の機会を逃してはならないと、とにかく早く行動した。その甲斐もあって、僕のホグワーツ入学が決定した。けれど、その後にもっと重大なことがわかってしまったんだ。
錬金術師カリオストロによる、生き残った男の子の誘拐。
魔法界で一大ニュースとなった事件だ。首謀者であるカリオストロの手配書が配られ、それを見て僕は驚愕した。僕の出会った彼女、カリオストロは……その手配書に移された顔と瓜二つだったんだから。
世間では魔法省に対しての管理不行き届きに対する非難。魔法省は頼れない、と生き残った男の子を探すための民間団体が発足されたりしたらしいけど。
そんなことはどうでもいい。重要なのは彼女のことだ。
錬金術師カリオストロと、出会った彼女が別人だなんて思っていない。他人の空似で済まされない。なぜなら彼女のように可愛らしい子なんていないんだから。
『また会ってやってもいいぜ』
夕刻の約束が目に浮かぶ。
果たされない約束になってしまったんだろうか。それとも本当に守ってくれるんだろうか。不安と期待が折り混ざった自分がいて、きっと期待している方に天秤が傾いている。
錬金術師カリオストロの手腕を持ってすれば、有象無象の手をかいくぐるなんて造作もない。
錬金術師カリオストロが、子供の約束なんてものを律儀に守るのか?
どちらも僕の本心だ。未来はわからない、予想をしたところで他人任せの仕方ないことだとしても……期待することが悪いとは思わない。
だから、会いに来てくれカリオストロ。ああ、遠くに行かないでくれ。
走っても走っても追いつけない。遠ざかる、あの日の夕刻。僕はこんなにも頑張っているのに、どうして追いつけないんだ。
がくんと、足元に穴が空いた。ほんの少しの浮遊感と、より遠ざかる情景を感じながら……目が冷めた。
がたん、ごとんと。
列車の揺れを感じるのと、頬杖がずれ落ちたことが分かった。
……夢を見ていた。自然と起きるでもなく、起こされた起き方をしたからどんな夢を見ていたか覚えている。
あの日から数年たった。僕は今、列車でホグワーツに向かっている。コンパートメントの一室、僕の友人として用意された二人は、どうにもうるさくて追い出した。だから他に乗ってる人はいなかったはずだ。
「ああ、起こしちゃた?」
僕以外、誰もいないはずの一室で声をかけられる。
若干の寝ぼけ眼でも、目の前に誰かいることが分かった。声からして少年の声だと思った。
「他に空いてる部屋がなくて、寝てたみたいだから起こさないようにしてたつもりだけど」
「……別に、君のせいで起きたわけじゃない」
さっきの目覚めで、眠気はもう無い。それに寝覚めが最悪なせいで眠る気にもならない。
視界がはっきりしてきて、ようやく目の前の人物を捉えられた。少年かと思っていたけれど、その装いは少女のものだった。赤みがかかった長髪と緑色の瞳を隠す丸メガネ。髪は若干のくせっ毛なのか、先端は少しクシャクシャだった。美少女、とまでは言わないけれど。可愛らしいほうではあると思った。
「そう、それならよかった。同席してるんだから、気分の悪いまま一緒にいても仕方ないしね」
「よく言うよ。僕が寝てるのをいいことに、許可も何もなく入ってきたんだろ」
「起こして許可をとったほうが良かったかな?どうにも夢見心地が良さそうで、起こすのが忍びなかったから」
赤毛から父上の目の敵であるウィーズリーを連想したけど、生意気なウィーズリーとは違いそうだ。ちょっと男勝りな子だな、という程度。
けどそれだけだ。お互い会話になる話題もないし、部屋の中を沈黙が支配する。赤毛の子は読書をしていたらしく、そのまま視線を下に落とした。眠りにつくにも眠気も無い。若干の小腹が空いたこともあり、ふと蛙チョコレートを買ってみることにした。
チョコレートのおまけにカードがついてくる。いや、カードのおまけにチョコレートがついてくるんだったかな……?そんなものを買うなら、目的のカードを言いなさい。それだけ買えば良いだろう。と蛙チョコレートそのものを買うことは、父上に禁止されていたな……。結局、目的のカードがあるのか無いのかわからずじまいで、言い出せなかったんだけれど。
抑圧されるとなんとやらとは言うけど、ここには父上の目はない。ちょうど来た売店でついつい買ってしまう。衝動的に買うことに何の問題があるのだろうか、いやない。
「なにそれ?」
「蛙チョコレート。ほら、カードのおまけにチョコレートがついてくるんだ」
「それ、逆じゃないの?でも面白そう、僕にもください」
赤毛の子も数枚買ったみたいだけれど、そんなんじゃあ目当てのものは当たらないさ。とりあえず全部、と財布を見せて買い漁る。チョコレートが余ったんならあの二人にでも渡せばいい。
「あっ」
大量の包装を向くことに夢中になっていたときだ。
目の前の赤毛の子が綺羅びやかな装飾をされたカードを引いていた。なんだかんだで僕も興味がある、覗いてみたらそのカードは……。
「錬金術師、カリオストロ」
「やった。大当たりじゃないかなこれ」
「そ、それを渡してくれ!僕だってそれが欲しかったんだ!」
入っているかどうかもわからなかった、彼女を模したカード。
なんだかんだで蛙チョコレートは商品だ。そして入っているのは、有名な魔法使いたちのカード。確かに錬金術師カリオストロは有名だ。けれどそれは悪名としての意味合い。昔の悪い魔法使いという扱いであれば入っていてもおかしくはないが、今現在でも彼女の悪名を広げている民間団体は活動している。
「えー。そんなに買ってるんだから1枚くらい入ってるんじゃないかな」
「クソッ。これじゃない、これでもない、違う、違う、違う!」
結局、全ての包装を剥き終わって。カリオストロのカードは見つからなかった。目の前でカリオストロのカードを見ている彼女に、出てきた全部のカードと交換してくれと頼んでみるも。
「僕の目当てもカリオストロのカードだけだもの。嫌だよ」
にべもなく袖にされてしまう。けれど、一つ引っかかったことがある。
「なんで、錬金術師カリオストロのカードがほしかったんだ?その、彼女は」
「生き残った男の子を誘拐。ついでに闇の帝王、ヴォルデモートだっけ。の先生だった。悪名高い悪い魔法使いのカードなんて、どうして欲しがるのかってことかな」
「……おい、闇の帝王の名前はおいそれとひけらかしてはいけないんだぞ」
しれっと何でも無く闇の帝王の名を言うその子は、そうなんだ。となんとでもない風に帰してくる。流暢に英語を話しているけれど、もしかすると国外の子なのかもしれない。
「別に良いじゃないか。経歴なんてともかく、世界における唯一絶対の真実は『可愛い』なんだから」
「……は?」
「難しいことなんてないよ、僕がこのカードを欲しがったのは『可愛い』から。それだけだよ」
だからあげないもんね。と赤毛の子はカードを背に隠してしまう。交渉の余地すら無い。その子の言い分を飲むのであれば、彼女に匹敵する『可愛い』カードなんて僕の当てたカードの中には一枚もなかったから。
……そして妙に心に引っかかる。その子の言葉。
『可愛い』こそ真実だと言い張るその姿に、僕はなんでカリオストロの姿を彼女に重ねてしまったんだろうか。見た目は似ても似つかない、そのはずなのに。
結局、駅の到着と同時にその子と別れることになった。なんだかんだで親睦が深まったと思うと、名前くらいは教えても良かったなと思ってしまう。何せ彼女は錬金術師カリオストロに対して悪い印象を抱いていなかったんだから。
ホグワーツにたどり着いた僕たちは歓迎会という形で迎え入れられた。
父上から聞いた話では、この歓迎会と同時に所属する寮が決まるという。当然、僕はスリザリンになるに決まっている。
それよりも重要なのは別にある。人混みの中をぐるりと視線を回す。
いない、いない、いない。
綺羅びやかな黄金の髪は一切見当たらない。彼女は……カリオストロはこの場にはいなかった。
ふと、遠くに赤毛のあの子がいて目が合った。軽く手を振られたので振り返す。それだけ、他に心に残ったものはない。
…………彼女の言葉が嘘だったとは思いたくない。僕が入学する頃に、戻ると彼女は言っていた。別に日にちを指定してたわけじゃない。
きっと会える。自分に対してそう言い聞かせていた。
寮を選ぶテストは古臭い帽子による選定だった。
「マルフォイの子か。なるほどなるほど、やはりお前にはスリザリンが向いている。しかし、その忍耐力はハッフルパフにも向いているぞ」
「知れたことを言うな。僕にふさわしい寮なんて決まってるだろう」
「ふむ、それもそうだろうな。スリザリン!」
選定の帽子が余計な気をきかせなくてホッとする。僕がハッフルパフ?冗談じゃない、そんなところに選ばれでもしたら父上に合わせる顔がない。
寮の席につけば、僕をマルフォイと知って取り入ろうとする先輩方の洗礼だ。当然といえば当然だ。スリザリンにおいて純血主義の影響は非常に大きい。
寮の選定はどんどん進んでいく。最後の点呼が終わったかと思ったところに、呼び出していた先生が別の先生に耳打ちされ、驚愕の表情を浮かべていた。
「ハ、ハリー・ポッター!!」
呼びだされた名前に、その場が大きくざわついた。ざわつきの中を掻い潜って、選定の帽子をかぶったのは……あの赤毛の子だった。
「グリフィンドール!」
大きく叫ぶ帽子の声に、堂々たる姿を見せて歩く少女。『生き残った男の子』の名を受けた彼女の姿は、とても自信に満ちた姿をしていた。