人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話 作:赤雑魚
訓練
「起きろ『陰鉄』」
自己強化型魔術礼装である剣に魔力を込める。
身体に満ちるように力が溢れて来るのを感じながら、魔力の供給量を増やしていく。
注ぎ込む魔力に比例して強化の度合いが上昇していく。
―――身体強度強化―――
―――身体性能強化―――
―――思考速度強化―――
最初に肉体の強度そのものを引き上げ、次に身体の性能を引き上げる。
強度を上げる手順を省略すると自分の動きに耐えきれずに重症を負うという悲惨な事態になってしまうので、結構重要な順序だったりする。
「――――――」
片手に握った剣を振るう。
特に決まった型はないので、動きたいように、無理のないようにだ。
とにかく『陰鉄』の強化に馴れること。
英霊の戦闘に付いていけた所を考えるに、自分の魔術礼装に『強化』を選択したのは悪くない選択だった。
それしか選択肢がなかったとも言えるが。
強化を極める魔術師がほとんどいない事に可能性を見た。
根源への到達に縁遠い魔術なのだから、まともな魔術師はもっと別の手段を取るのが普通なのだ。強化を極めようとするのは実戦重視の根源到達の目的をはなから投げ捨てるような輩だけだろう。
ならそれでいい。
俺の目的は生き残る事なのだから。
あの騎士王相手に素手パリィをかませたのなら上出来だ。まあ油断してたところを畳み掛けて短時間押していただけで、本気で戦われたら数分持つかも怪しい所だが。
カルデアの訓練所に、剣が振るわれる音と踏み込みの音だけが響く。
面白くもなんともない、いつも通り、ただの自主訓練。
「······そろそろか」
体感的に魔力の残量が半分を切った所で魔力の供給を止めた。
思考速度が落ち、緩やかに流れていた時が元の早さに戻っていく。
身体に満ちていた力が抜け落ち、倦怠感だけが身体に残る。
冬木以降、つまりオルレアン、セプテム、オケアノスの各特異点を攻略する度に改良を加えてみたが、やはり『隕鉄』で体に負担を掛けずに強化するのは無理らしい。
それよりはサーヴァント達との訓練で経験を積んだ方が幾分かマシだろうというのが結論だった。
それに魔術礼装以外にも解決すべき問題はある。
まずは戦闘になるたび砕ける刀身だ。今のところはうまく受けたり、そもそも斬り結ばなくて済むように立ち回っているが、油断するとサーヴァント相手には一発でへし折れることある。
あとは自分のサーヴァントとの連携を上手く取る必要もあるし、結構やることは多い。
まあ刀身に関しては丈夫なものを用意するアテがあるので問題はサーヴァントとの友好関係だろう。
コミュ力お化けの藤丸立香とは違い、こっちは一般的なコミュ力しかないのだ。
オケアノスも攻略した現状、増えたサーヴァント達と関係を築くのは重要事項とは言えキツいものはキツい。おまけに誰が言っているのか召喚したサーヴァント達が俺の悪評を把握しているのも頭痛の種だ。
「はぁ」
「どうかしましたか?」
声の方向を向くと、目の前には後輩系盾サーヴァントのマシュが立っていた。
「ああ、自主訓練をしてただけだ。 ……何か用?」
「いえ、何か悩みごとがあるようでしたので」
ファーストオーダーを経験して以来、マシュは心境の変化があったのか、ちょくちょく話しかけてくるようになった。というか割と気にかけてくれるようになった。
死ぬような目にあったのだし、そりゃ心境も変わりもするだろうが、個人的には藤丸立香ともっと仲を深めて欲しい。
冬木の件で恩を感じているという話も前に聞いた気がするが、別に脱糞野郎に無理をして話しかけてくる必要はない。
「まあ、自分でなんとかなる範囲だし。なんとかするよ」
悪評のおかげで適当なことを言っておけば、適当に話を終わらせられるのが俺の強みだ。
お陰で長話をする友人もいないが、それを深く考えるのは止めておこう。
「そうですか……。また、何か力になれることがあれば教えてください」
そう言ってマシュは歩き去っていった。
どこか残念そうというか寂しそうな雰囲気が出ていたのは気のせいだろう。たぶん。
「マスター! お待たせしました!」
「おっ、来たか」
思考を切り替える。
とりあえずはサーヴァントに頼み戦闘経験を積む。
沖田には手頃なサーヴァントを呼んでくるように頼んでおいたが、無事見つけてくれたようだ。
ウォーミングアップも済ませたし、あとは死なない程度に闘うだけだ。
「はい、話をしたら快く頷いてくれました!」
「へぇ、一体誰がーーーー」
「ふ、ここに来れば貴様と殺し合えると聞いてな」
魔王が如き覇気。
黒を基調とした鎧を纏った、騎士王の暗黒面。
獰猛に嗤いながら剣を構える黒トリアがそこにいた。
「ではーーー行くぞ」
「ちょ……!?」
ボコボコにされた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……なんでこんなことしてるんだろうなー!俺!」
「うん、普段の君にしてはらしくないと言っても過言ではないね!」
対サーヴァント訓練を終え、ロマンに治療をして貰いながら叫ぶ。
あの後、俺の悲鳴で集まった血の気の多いサーヴァント達全員と手合わせする事になった。
手加減されているとはいえ、ただのカルデア職員には荷が重すぎたようだ。
いや本当、ヘラクレスが出張ってきた時とか死ぬかと思った。
「……で、本当に良いのかい?」
「ああ、これ以降の英霊召喚は全部藤丸に回してくれ」
ロマンに会いに来たのはそれを伝える為だ。
「一応、理由を聞いても良いかな?」
「特異点を攻略する中でサーヴァントを召喚する機会は何度かあった。数名契約することは出来たし、俺個人の戦力としてはもう十分だろ」
半分本当で半分嘘だ。
戦力は多いに越したことは無いが、カルデアの召喚術式はランダム仕様だ。
万が一にも妙なサーヴァントを引くのが怖いので召喚する気が起きないと言うのはある。
「藤丸の方がサーヴァントと関係を築くのは向いてるからな。無理に俺が召喚する必要もないだろ」
「……わかった。立香くんにも伝えておこう」
「悪いな、頼む。あいつが強くなるのは良い事だ」
俺の言葉にロマンの表情が曇る。
何かおかしな事を言っただろうか。
「君にはまだ謝っていなかったね。 ……君達だけにレイシフトなんていう重荷を背負わせてすまない」
ロマンが頭を下げるのを黙って見る。
思うところがないと言えば嘘になる。
が、俺と言うカルデア職員が爆破されると言う運命に逆らった瞬間から、こうなる事は予想できたのだ。
「気にすんなよ、仕方のないことだろ。 そんなことよか、次の特異点が見つかったんだろ?」
「……ああ、次の特異点を発見した」
「そうか、まあそろそろだとは思ってたよ。 休みももう終わりかと思うと悲しいな」
椅子から立ち上がり、出口に向かう。
次の特異点はロンドンだったはずだ。ある程度のプランを考えてあるとはいえ、自室に戻ってもう一度見直す必要があるだろう。
「……ヒズミくん。 君はーーー」
「ん? なんか言ったか、ロマン」
足を止め振り返る。
呑気なはずのカルデアの医療スタッフは、一瞬だけ罪悪感に満ちた表情で目を逸らし、すぐに笑顔で取り繕った。
「いや、なんでもないよ。 作戦は明日からだ。しっかり体を休めてくれ」
「……ああ、じゃあな」
無機質に扉が開閉し、足音が遠ざかっていくのを感じながら、ロマンは再び呟いた。
「君は、死ぬのが怖くないのかい?」