人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話 作:赤雑魚
『伝えておかないといけない事がある。 ……ヒズミ職員が逃亡した』
ロマンからヒズミが逃げた事を聞いてから数時間。
立香とマシュの表情は曇ったままだ。
仕方のないことだ。
カルデアにいた頃、事前にダ・ヴィンチちゃんから彼に疑いが掛かっているという話は聞いていたが、鴻上ヒズミが実際に逃亡をしたという事実は彼女達に重くのしかかっていた。
「ヒズミさん、なんで逃げちゃったんだろ……」
「……わかりません」
彼がカルデアから逃げたという事は、つまり逃亡をするだけの理由があったのだろう。
しかし数々の特異点で、彼の戦いを間近で見てきた彼女達には簡単には受け入れられない事だ。
「だぁああ! 辛気臭せぇな! やましい事のない人間が逃げるかよ! 」
重苦しい空気が漂う中、苛立ちを抑えきれなかったモードレッドが叫び声を上げる。
「敵か味方かわかんねぇ奴に背中を任せられるか。 洗いざらい情報を吐かせてふん縛って転がしてる方がよっぽどマシだぜ」
そうだ、だからこそアルトリアは鴻上ヒズミを捕まえようとしたのだろう。
たとえ独断であったとしても、それが最善と考えたから彼女は鴻上ヒズミをこの特異点から追い出す口実を作ろうとしたのだ。
「でも……、私達はいままでヒズミ先輩の姿を見てきました。彼の特異点での行動や戦いは、私達を貶めるような人物が行うようなものではないと思うのです 」
思い浮かべるのは特異点Fでの出来事。
主戦力であったクーフーリンと沖田が騎士王に倒された絶望的な状況、皆が諦めかけた時、彼は確かに命懸けで戦ったのだ。
彼は勇気のある人物では無い、むしろ臆病とさえ言える性格だったはずの彼が、恐怖を抑え込み英雄に立ち向かったのだ。
『ああ、ヒズミくんの戦いは皆が見ていた。 あの姿を見たからこそ僕達は彼を信じているんだ』
立香とマシュが驚いた表情で、通信端末に映るロマンの顔を見る。
「でも、ヒズミさんは敵かもしれないって……」
『最初から可能性の話なんだ。ダ・ヴィンチちゃんも彼に全面的に信用する事は出来ないといったけれど、敵であると判断したわけじゃないんだ」
「ではヒズミ先輩はまたカルデアに戻ってこれるのですか!?」
マシュと立香の表情が目に見えて明るくなるのを見て、ロマンの表情も軽くなる。
『ああ、もちろん。 ……でも彼が何かを抱えてるのは間違いない。話してもらわなきゃならないことはあるけれど、カルデアは彼の味方でありたいと思っているよ』
「よしっ! なら早くこの特異点も攻略しないと。 ―――良かったねマシュ!」
「ええ、本当によかったです」
部屋の中の空気が久しく軽くなる。
モードレッドが呆れたような表情を浮かべ、二人の変化を察した他の英霊達もそれぞれ納得したように散っていく。
もそれぞれ納得したように散っていく。
喜ぶ二人の少女を見て安心するが、少しの罪悪感がロマンの胸をチクリと痛めるというのも事実だ。
ヒズミの味方でありたい、というのがカルデアの方針だと言った。
だがそれはレイシフト可能な人材、戦力としての有用性から来るものだ。彼のこれまでの働きに心を動かされた職員もいるとはいえ、彼に対していい印象を持っていない職員もいるというのも事実だ。
彼のあらかじめ予定していたかのような働き、タイミングの良すぎる働きは以前から何処か不自然ではあったのだ。
それが騎士王の行動ではっきりと浮き彫りになった。
結局のところ、彼がカルデアに戻ってこれるかは彼次第なのだ。
自身の潔白を、人理修復を成す者であるという証明だけが彼の残された道だ。
彼が敵なのか、味方なのかはまだわからない。
だが彼は間違いなく、ロマンですら識り得なかった人理焼却に関する重大な何かを知っているのだ。
「ヒズミくん、君は一体―――」
――――何者なんだ?
彼の小さなつぶやきは、電子の