中身よりもサブタイの方が危ない
金曜日の放課後、試合まであと二日の練習となった。
試合と同じ環境で練習できる日程としては最終日となる。
相も変わらず威圧感の強い門をくぐり抜け、回を重ねるごとに俺を凝視する幼女たちがその数を増やしている気がするのを放置して体育館を目指す。
俺の後ろをぞろぞろとついてくる小学生女子の群れ。
……アヒルの行進か何かかな?
気にしてはいけないと思いながら、たまたま目があった少女ににこりと微笑みかけてみる。
前世だったら完全に事案扱いされそうだが。
するとどうだろう、真っ赤になって硬直した少女を押しのけるようにしてわらわらと俺の視線上に位置取ろうとする女の子たちの群れが動く。
ううむ、何だろうこの既視感。
まるでそう、インターミドルに初出場した後の中学時代の時のような……
「ちょっと! 一体これは何事ですか!?」
体育館までもう少し、というところでついに教師と思しき女性が登場。
怒られることを危惧してか、まるでモーゼのようにその教師を避けるようにして人並みが動く。
やがて、その教師らしき女性と目があった。
ジャージを着ているが体育担当なのだろうか?
いや、私立だからはっきりとは言えないけど、小学生の教師って基本的には全部の科目をするはずだから別に体育に限ってはいないかもだけど。
すらりとした体躯、ショートカットに乱れなくセットされた髪型、銀縁フレームの眼鏡を着用した鋭い眼をした女教師だった。
この場で明らかに小学生ではない俺を視認し、きっと睨めつけてきたが目が合うとピシリと固まり、次第にぷるぷると震えながら真っ赤になって目がぐるぐると回り出し、終いには足ががくがくと震えだしてその場に尻餅をついた。
「す、すすすすすすすすばるきゅんんんんんん!?」
……すばる、きゅん?
テレビにも取り上げられたことがある身としては、別に赤の他人が俺を知っていたとしても別段変だとは思わないが、昴きゅんっておい。
「な、なんで……なんですばるきゅんがこんな場所に……これは夢? 夢なの?」
俺がこの場所にいるのが不思議なのか、眼鏡をくいくいと動かして確かめようとしているが、体温上昇のせいなのか、眼鏡のレンズが曇ってきているように見える。
「どうすっかなこれ……」
「長谷川さん!」
体育館に行くにもこの現状を放置していいものか悩んでいると、俺を呼ぶ声がした。
ピンクの髪を揺らしながらこちらに走り寄ってくる智花だった。
どうやら俺が時間になっても来ないから心配して迎えに来てくれたらしい。
智花の後を追うように、ぞろぞろと他のメンバーも体育館から出てきた。
「もうすばるん遅いぞー」
「えっと、何でこんなにいっぱい人が?」
「もしかしてお昼の時の話を聞かれてたんじゃ……」
俺を囲うように幼女の壁ができていたために、紗季と愛莉は戸惑っているようだ。
何か紗季が気になることを言っているが、何か昼間に話していたのか?
「おー、お兄ちゃん」
ひなたちゃん曰く、コアラアタックとかいうもので飛びついてきた。
ようするにジャンプして抱きつくだけなんだけど。
位置的に俺の胴体に抱きついている形だけど、これけっこう危うい格好だよな。
俗にいうだいしゅきホールド。
俺とひなたちゃんの股間が真正面からくっついている状態で、衣服越しでなければ合体承認されているところだ。
その光景を見ていた少女の群れから黄色い歓声があがる。
「ぶー、お兄ちゃん遅刻ですよ」
「ごめんごめん、ちょっとね」
「えへへ」
ぷっくりと頰をリスみたいに膨らませているが、実際は全然怒っていないのがまるわかりなひなたちゃんについ俺の頰がゆるみそうになる。
頭を撫でながら謝ると、にへら、と笑うひなたちゃん。
「あー‼︎ ひなたずるい!」
「ちょっ、ちょちょちょちょっと! 貴女すばるきゅんになんてことしてるの‼︎」
ひなたちゃんの行動に慌てる智花と女教師。
「……すばるきゅん? 先生、なんで長谷川さんをそんな変な呼び方するんです?」
「はぁ? 貴女こそこの人がどんな人か知ってるの?」
お互いの心の逆鱗に触れたのか、急に険悪なムードになる智花と教師。
俺の知っている可愛らしい智花と違い、視線で人を殺せたらと本気で思っているかのように眉間にしわを寄せ、ドスの利いた声を出していた。
まぁ、ちょくちょく変な顔を披露してくれていたから、別にこういう一面があってもおかしくはないと思うけど。
でも小学6年生が教師に向けてする表情ではない。
そして女教師も、少なくとも自分の勤務する学校の生徒に向ける表情とは言えない。
冷徹に底冷えするような視線で智花を見下ろしているが、鼻から流れ出ている鼻血のせいで色々迫力とかが台無しになっている。
小学生といい大人との間で視線の火花が散っている。
何この状況……
「えっと、紗季あの人は誰かな?」
「あの人は男子バスケ部の顧問の先生ですよ」
「あぁ、この人が」
いつの間にか俺の隣にいた紗季に聞いてみると、この人がミホ姉に勝負を提案してきた教師のようだ。
今の俺の立場としては対戦相手の顧問ということなのだが、ミホ姉に色々言われてキレてしまったのだろうことを考えるとなんだかかわいそうではある。
だって、ミホ姉の言葉が本当なら未だに処女なんだよなぁ。
しかもけっこう気も強そうだし、この世界の男性に受けがいいとはあまり思えない。
可哀想だが、一見した限りだと彼女がこの先女としてテイクオフできる見込みは限りなく低いと言っていいだろう。
この二人をどうにかしないと、練習が始められそうにない。
……あと、未だに抱きついたままのひなたちゃんもどうにかしないと危ないな。
ブルマ越しに微妙に股間を俺の下腹部にこすりつけてきてるんですが、周囲のこの状況を全く意に介さずよくやるね君。
たぶん意識してのことではないのだろうけど。
あれかな? 登り棒で股間が挟まれてなんだか妙にじんじんした痛みと一緒に気持ちよい気もして動きづらくなるのに似ているのかもしれない。
今試される、俺の忍耐力。
葵……俺に理性を分けてくれ!とか幼馴染に超失礼なことを考えて乗り切る。
ズッ友は偉大だ。
これが愛莉とかだったら絶対無理だったな。
衆人環視の中など関係なくドッキングからのパレード行進で終点は警察署に指定されるとこだったわ。
「おいおい、何だいこの騒ぎは……お前ら部活はどうした?」
そこに現れたのはミホ姉だった。
周囲の子供たちと大差ない身長のちんちくりんではあるが、この場においては普段と違い救世主のようにも見えた。
「おんや〜? そこにいるのは鈴木すぇんすぇ〜じゃないですか」
「あ”?」
訂正。
周囲の子供たちと大差ない身長のこのちんちくりんは、この場においても普段同様悪魔のように見えた。
いやらしい笑顔を浮かべ、鈴木先生と呼ばれた女教師を明らかに挑発する気満々のミホ姉。
「うちの部と甥っ子に何かご用ですかな?」
「えっ、お、甥っ子?」
怒りの表情をひっこめて、俺とミホ姉の顔を交互に見やる鈴木先生。
とりあえず自己紹介しておくか。
向こうはこっちを知ってるみたいだけど。
「初めまして、そこの篁美星の甥の長谷川昴です。今はこの女子バスケ部のコーチをさせていただいています」
「こ、こここ……こーちゅ!?」
舌噛み噛みやなこの先生。
なんというか、葵が成長したら将来こんな雰囲気になりそうな気がする。
幼馴染の将来を憂いつつ、非力な俺にはどうしようもないと諦めて心の中で涙した。
「わ、わたす……私、昴君のファンで……」
「そうなんですか、ありがとうございます。日曜日の試合では正々堂々と戦いましょう」
「は、はい!」
右手を差し出すと、真っ赤になっておずおずと先生も手を差し出してきて握手する。
それにしても俺のファンか。ふむ。
ここはひとつ、精神的に揺さぶれたりしないものだろうか。
「でも、小学生の試合で体育館の権利をかけるのは感心しないですね」
「へぇ!?」
「貴女が男子を優遇しようとしてくれるのは、同じ男子としてありがたいとも思います。ですが、性別に関係なく機会は平等に与えられるべきです。大事なのはバスケをしたいと思う子供たちにその場所を与えてやることであって、片方に占有させるのはいかがなものかと」
「ぐふぅ!?……ち、ちがっ、これはその……」
おお、慌ててる慌ててる。
「うちの叔母も畜生みたいな性格してますから、売り言葉に買い言葉だったのかもしれませんが……」
「おい昴、聞こえてんぞ」
「わ、解りました。昴君のおっしゃる通りですね。試合の勝敗に関わらず体育館の使用権利は今まで通りで賭けの対象にはしないようにします」
「ありがとうございます」
なんか解決した。
やったぜ、試合の前から勝負に勝ったとでも言おうか。
当初の目的であるバスケ部存続が決定した瞬間だった。
「でもせっかくお互い練習していることですし、日曜日の試合は行いましょう」
「そ、そうですよね」
「なんなら試合が終わったら顧問同士で飲みにでもいったらどうですか?負けた方は勝った方に一杯おごるというほうがまだ賭け事としては健全な気もしますが」
「おっ、いいねぇ」
「えっ、でも……篁先生とお酒だなんて」
面白そうだと笑うミホ姉に対して、鈴木先生は難色を示す。
まぁくそ生意気な後輩と飲みに行っても楽しくなんかないよなぁ。
しかも負けたら奢らなければいけないわけだし。
「あっ、あ、でででも勝ったら昴君が一緒に食事でも……」
どもりながらも、中々に図々しいというかなんというか俺とのデートを持ちだそうとした先生。
それを警戒してか、女子バスケ部の面々が俺を取り囲むようにして先生との間に壁を作った。
「すばるんは私たちのだぞ!」
「そ、その……長谷川さんを賭けにするのはちょっとやだなって」
俺の前に立ち、抗議する真帆と愛莉。
気の強い真帆はともかく、気弱な愛莉が前に出るとは少し驚きだ。
「ぶー、お兄ちゃんはひな達のコーチ」
相変わらず俺に抱きついたままのひなたちゃん。
いい加減降りてくれると助かるのだけど。
「すみません鈴木先生。定員は5人までなので貴女の席はありません」
俺の横に立ち、眼鏡をくいっと上げながら告げる紗季。
お前の席ねぇからってことか?
しかし定員って何のことだ。
「ま、待ちなさい! 何を勝手な……私はねぇ、昴君大好きっ子クラブの会員なのよ‼︎ あんた達みたいな子供が会員を差し置いてそんな羨ましいことしていいと思ってるの!?」
子供達の態度に怒りが再燃したのか、鬼の形相を浮かべる鈴木先生。
彼女はまるで水戸黄門の「この紋所が目に入らぬか」と言わんばかりの動きであるカードを見せつけてきた。
そこに記されていたもの。
それは、『長谷川昴君大好きっ子クラブ〜会員No331〜』というものだった。
プラスチック製のもので、俺の顔写真が入っている。
……うわぁ(ドン引き)
まさかのガチ勢と判明し、女子バスケ部や周囲でこの状況を見守っている幼女達に戦慄が走る。
ミホ姉は一人爆笑していた。
そんな中、智花がまるで道端に落ちている犬の糞を見るような目で先生を見ながら俺たちの前に立つ。
「会員ナンバー3桁台か……ゴミめ」
おもむろに智花が取り出して見せたもの。
まるで切り札を引き当てた時の決闘者のように、存在感をまとって人差し指と中指で掲げてみせる一枚のカード。
そこに記されていたもの。
それは、『長谷川昴君大好きっ子クラブ〜会員No008〜』というものだった。
プラスチック製のもので、勿論俺の写真が入っている。
ただ、鈴木先生所有のものと違ってカードの周囲を金色の縁が枠を作っている。
……うわぁ(ドン引き)。
まさかのスパッツから取り出しておいて格好つけているという智花の黒歴史的な場面を目撃してしまいドン引きです。
でもちょっとそのカード触ってみたい。
「ば、馬鹿な……シングルナンバー……だと?」
まるで対戦相手が予想だにしなかった切り札を持っていて逆転負けしたような、そんな敗者としての立場が決定して愕然とする決闘者もとい鈴木先生。
その場に両膝をついて崩れ落ちた。
……何もそこまで落ち込まなくてもいいのに。
「フン…………は、長谷川さん、早く練習しましょう」
「お、おう……」
なんだろう、俺の方に振り返っていつもの甘ったるい声で話しかけてくる智花は、この数日見てきたいつも通りの智花でありながら、なんだか瞳の色が濁っているように見えた。
このあと無茶苦茶練習した。
あと、最後まで鈴木先生は鼻血が出たままだったけど誰か指摘してあげたのだろうか?
嬉しいことに、原作知らないけど楽しんでいただいている読者さんがいてくださるらしくありがたいです。
ネットで調べればキャラの容姿に関してはすぐ出てくると思うのですが、原作の知識ない人用に登場人物の紹介とかメモとかって別にあったほうがいいのでしょうか?
他の作者さんの作品だとたまに見かけますが。
あったほうがわかりやすいという声があれば、一応まとめます。