多くの人が寝静まる深夜、砂の海を渡る一隻の撃龍船があった。 
冷え、張り詰め、冴え渡った空気の中、青い影が口を開く。 
それは当事者も知らない、余人に知られてはならない、全ての始まりだった……

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モンハンダブルクロスと聞いて思わず二度見してしまったTRPGユーザーは自分だけじゃないはず。TRPGのトレーラー部分だけみたいな内容です。


00.Under the Blue

 月明かりに照らされた、凍てつくような寒さの砂の海を一隻の撃龍船が進んでいた。ハンターズギルドの旗を掲げる、優美な船だ。

 随所に長く使われた故の傷があり、損耗があり……しかし、撃龍船によく見られるような、大型モンスターから受ける傷跡が一切存在しない、奇妙な船であった。

 

 その船室で、一組の男女が向かい合って座っていた。月明かりは角度によって遮られ、部屋を照らすのはちらちらと燃える松明のみであり、二人の影は不気味に揺れながら伸びている。

 

「古龍とはつまり、生きた災厄そのものだ」

 

「爆炎、邪毒、颶風、落雷、常人では全く太刀打ちできない。ハンターの中でも一流とされる者が力を尽くしてようやく撃退できる」

 

 軽く身振りを交えて語られるそれは、作り話や誇張を一切含まないと断言できる威圧感を伴って響いた。

 実際にその狩場を生き抜いてきた者が発する、気軽に語っているが故に返って凄みのある声だ。

 

「しかし、古龍の災厄が本当に目に見えるものだけだと信じているものは余程の世間知らずか馬鹿だけだ」

 

「そうだな……お前もあの地区に属していたハンターならば、氷海というエリアは知っているだろう? あれは元々寒冷な地域だっただけではなく、何らかの原因で一瞬で凍り付いたものだ……という調査結果が出た。そう、噂で耳にしたことがあるだろう」

 

 断言する。この程度は知っているだろうと確認するように。この程度も知らないようならこの場にいるべきではないと品定めするように。

 

「これが古龍の仕業であるかどうかは定かじゃない。しかし、その瞬間の変化は現代まで影響を及ぼしている。生態系の変化、必要とされる装備の変化、交易ルートの変化……数多の変化を残しているんだ。そしてその変化は一瞬で発生し、完結した」

 

「同じことだ。まったく、同じこと。お前の見てきた全ては、お前が挑み、守り、経験してきた全ては……今、この瞬間にも失われる可能性を残している」

 

 一旦言葉を止め、松明に揺れる相手の瞳をじっと見つめる。

 

「大げさだと笑わない点については評価しよう……いや、笑えないか? まぁ当然だ。お前が聞きたい事はわかっているよ……その一つだけを求めてここまで進んできたと聞いているからな。しかし、この前置きが必要であったこともまた理解して欲しい」

 

「重ねて言おう。古龍とは生きた災厄そのものであり、様々な超常現象や天変地異を従えて襲い来るモンスターだ」

 

 それまで気軽に、歌うように語っていた口調を止め、瞳に剣呑な光を宿し……真剣な表情で。

 青い衣装に包まれた影は吐き捨てるように言葉を紡ぐ。

 

「では、もしその古龍が周囲に甚大な変化をもたらすウイルスを保持していたとしたら?」

「もしも、そのウイルスが人間さえも侵蝕し、致命的な変化を強制するものだったら?」

「そして……時に人を狂わせ、獣や無機物さえ侵蝕して知性を与え、衝動のままに暴れ狂う。そんなウイルスが撒き散らされていたとしたら?」

 

 握りしめられた拳は思わずなのか、それともそれすらも演技であり、相対する者を試しているのか。

 ふっ、と視線を揺らし、深く息を吸って、吐く。

 

「そうだ。お前が追い求めるものは我々の中でも特に秘匿されるべき禁忌であり、これから幾度となく直面するであろう悲劇の原因だ。聞けば逃げることは許されない、知れば後戻りは効かない……改めて問おう。覚悟は、いいか?」

 

 その問いを発した瞬間、辺りが静まり返る。風の音も、船底が砂と擦れ合う音も、返って静寂を強調する。

 そのまま五秒が経ち、十秒を数え……身じろぎする音も、立ち上がる音も響かないまま時間だけが過ぎていく。

 そして、一切揺るがない瞳を認め、青い影が口を開く。

 

「そうか、聞くまでも無かったが……やはり進むか。ならば答えよう。貴様に教えよう! これより先、退くことは一切許されない!」

 

 松明が大きく揺れ、青い影が目にもとまらぬ速さで立ち上がり、抜剣する。

 抜き打たれたその刃は、モンスターには通じなくても人間相手であれば十分な威力を発揮する。レイピアとはいえ決して軽くないそれを、首の皮一枚の位置でピタリと止め、青い影は口を開いた。

 

「オーヴァードと呼ばれる者たちを。ダブルクロスを冠するハンターを。全ての元凶、輝ける悪夢、侵龍レネゲイドの事を!」

 

 刃を突きつけられても揺るがなかったその瞳がはっと震えるのを満足げに眺め、シャリン、と音を立ててその剣を鞘に戻して、青い影はそのマントを翻した。同時に船の進路が僅かに曲がり、換気の為に開いていた小窓から射した月明かりがその姿を照らす。

 口元に笑みを浮かべ、瞳は真剣なまま、見るものすべてが見惚れるような美しい蒼の衣装に身を包んだそれは……

 

「そして……ようこそ、新たなギルドナイト。我々は君を歓迎する」

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 それは、語られてはいけない物語。

 こんな日常がずっと続くと誰もが信じ、そして実際に続けられる……そんな当たり前な世界の、裏の話。

 自分たちの過ごす日常が、既に薄氷の上だと知らない人々の為に。首元まで迫る超常を知られまいと日々暗躍する、裏切り者のハンター達。

 人を裏切り、しかし超常をも裏切ってまで、脆い日常を離すまいと……抱きしめる事も出来ず、只寄り添う者たち。

 

 辛うじて保たれる日常を護るため、彼らは今日も戦う。護りたい人、朋友たる超越者、その双方から、裏切り者……ダブルクロス、そう呼ばれても。




続かないッ!


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