比企谷八幡(高2)が、もしも春休みの読書感想文に真面目に取り組んで、谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』を読んで影響を受けてしまったら、というfun創作。
瘋癲は“ふうてん”と読みます。
※注意!このssは、特定の民族や人物を貶めるものではありません。



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純粋変態論 ~もしも比企谷八幡が谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』を読んだら~

 春の日差しが差し込む部屋の中で、腐った目をした男子高校生──比企谷八幡たった今、一冊の本を読み終えたところだった。

 

 彼は本を閉じ、静かに息を吐き出しながら、しばし虚空に視線を漂わせて、ゆっくりと意識を現実に引き戻す。

 

「…………ふぅ」

  

 心を落ち着かせてから、シャープペンシルの尻をカチカチと押して、読書感想文提出用の原稿用紙に、着想した文章を直接書き込み始めた。

 

 その瞳に、爛々と輝く腐った欲望の炎を映して。

 

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

   瘋癲といふこと、無常といふこと

          二年F組 比企谷 八幡

 

 青春とは、偽りであり狂気である。

 

 青春を謳歌していると信じ込んでいる者たちは皆、自己と他者の間にある曖昧漠然とした関係性を何ら鑑みることなく実在するものであり、不変の枠組みであると勘違いしている。

 

 人間が生み出すという前提の上に成り立つ人間関係は、その成り立ち故に常に変化し続けるものであり、その本質を見極め決定していかない限りは、取るに足らぬことで堕落し瓦解していく脆さを抱えている。

 

 その事実から目を反らし、自らが作り出した意識的虚構の中で中身のない自己陶酔に浸ることで、軸を持たない自分の生に対する疑問や執着について何ら答えを出すこともなく、無為に時間を消費していくことに対する恐怖から逃れようとしているのだ。

 

 自分の生の実態をろくに見ようともしない彼らは、所属する社会が直面している問題や、将来発生するだろう様々な障害などに対する思案を経験することもなく、生きることとは何かという本質的な問いすらも持たずに、青春という名の惰性のひとときを過ごしている。

 

 結果、ものを考える事を止めた彼らは、盛った猿のように腰を振りまくり股を開きまくり、表層的で画一的な性交へと耽溺していくのだ。

 

 誰もが自分の生き方について真剣に思考することなく生き続け、肉体的な快楽にのみ従順になって、無責任にポコポコと子供を産むその在り方は、プロパガンダを盲目的に信仰し、自分たちの浅はかな民族意識を満たすというオナニーに耽って多くの尊い命を潰した、第二次世界大戦中のドイツ民族と何ら変わるところはない。

 

 自己満足のために命を奪うというのは、まさにオナニーである。

 つまり、つまらない性に耽溺する彼らは、お互いを肉体的精神的に愛しているような虚構を作りながら、その実何ら生産性を持たない自己陶酔に浸ってオナニーをしているのである。

 結論を言ってしまえば、彼らのセックスはただのオナニーであり、青春とは「多種多様な自慰行為の総称」なのである。

 これの逆、すなわち「オナニーをする者は青春を謳歌しているか」という命題も成り立つのは自明である。

 

 つまり、青春=オナニーなのだ。

 

 では、青春(オナニー)の実在を疑わない彼らに、救済は存在しないのだろうか。

 

 その答えは、否である。

 

 万物流転、この世に一つとして永久(とわ)の時間をを有するものなどはなく、それは彼らとて同じことである。

 

 「大人になる」という飾った言葉で、彼らは青春という二文字の下に犯してしまった、自分の過ちに気が付いたことを褒め称え、或いは無知故に幸せだった自分たちを懐古し、その愚かさの免罪符となすのだ。

 

 そんな彼らの行き着く先は、どこだろうか。

 

 先ほどのドイツ民族の例を再び持ち出してみよう。

 

 彼らは第二次世界大戦後、かつて自分たちが犯してしまった許されざる罪を大いに反省し、周辺欧州諸国との関係改善に努め、短期間でめざましい復興を遂げてみせた。

 

 それはさながら、無常の世の中においてなお己の生を全うして見せた躍動感ある平家物語の武士(もののふ)が背中に通じるものを感じ、或いは欲望渦巻く戦乱の世にあってなお自分の生き様と在り方に命を賭した戦国武将を思わせる。

 

 ドイツ民族はやがて、互いを理解する努力を怠ったが故の東西分裂を経験し、片や弱きを挫く資本主義へ、片や人の努力と才能を否定する共産主義へと耽ってしまう。

 

 しかし、彼らはその失敗を経て、真実への目覚めに到ったのだ。

 

 春に桜が必要なように、海に風が必要なように、尊き生命を持つ「生き物」の一員たる人間には、競争原理が必要なのだと。

 

 夏に灼熱の太陽が必要なように、山に万緑の木々が必要なように、人はただ「(きた)る死に到る目下の生」において平等であるという理念が必要なのだと。

 

 秋に紅葉が必要なように、街に人が必要なように、社会とは「つながり」であり、つながりは相互理解の上にヒトが必要とするものなのだと。

 

 冬に木枯らしが必要なように、人に愛が必要なように、違う世界と概念を持つ人々が手を取り合うことが、新たな世界(ステージ)を目指す人類の「進化」に必要なのだと。

 

 ドイツ民族は、互いの思想を理解し合った東西統一を経て、新たなステージへと到達することが出来た。

 

 もうお気づきのことだろう。

 

 そう、それは()しくも、SとMの性的相互補完性と一致する理念なのだ。

 

 S属性を持つ人間同士が集まって、「攻め」を至高とする自分たちの意見を正しいと主張するだけのコミュニティーにおいて、性的Sの理念というものが、或いは性的Sの官能性や幸福的実現度が発展する可能性はあるのだろうか。

 

 逆に、M属性を持つ人間同士が集まって、「受け」を至高とする自分たちの意見を正しいと主張するだけのコミュニティーにおいて、性的Mの観念というものが、或いは性的Mの官能性や幸福的実現度が展開していく可能性はあるのだろうか。

 

 S属性とM属性が真に互いの満足を得るためには、互いの性癖に関する相互理解が必要不可欠なのだ。

 

 S属性の人間は、M属性の人間がどんな行為を嫌がるのか、どんな状況に泣き叫ぶのか、どんな攻めに絶頂を覚えるのか、彼らの本質を理解することによって、真に己が幸福を実現する事ができる。

 

 M属性の人間は、S属性の人間がどんな行為に生き生きとした攻めの表情を見せてくれるのか、どんな状況に勢いと魂の乗った鞭を振るってくれるのか、どんな攻めで自分を愛して(イジメテ)くれるのか、彼らの本質を理解することによって、初めて受けの深い絶頂へと到ることが出来るだろう。

 

 これらは、内なる自分に閉じこもった自己陶酔では決して得られないような、新世界の創造である。

 

 青春の嘘に気がついた彼らは、やがて真実の愛、SとMの相互補完性に気づくことだろう。

 

 自分の内面に塞がって探求を続けるのでは、アイデンティティの保守と確立が出来ないように、我々人間は、違う概念を通して違う世界を見る者同士が互いを理解し合うことによってのみ、実在の幸せを得ることができるのだ。

 

 そこへ到るには、国と国同士の戦争のようなステップはいらない。

 SとMは、言葉で語り合わずとも、出会った瞬間から始まる性の螺旋の中で、真に互いを理解していくことが出来るのだから。

 青春の幻想に囚われていた者たちも、DNAに刻まれた真理に檻を壊され、自由の風が吹き抜ける草原へと飛び出すのだ。

 そうして、人の生命は連綿と続いていく。

 

 そこにあるのは造られた虚構などではなく、ただ在る人間のありのままの姿だ。

 

 私は、「瘋癲老人日記」を読んで、この真理に気づくことが出来た。

 今まで判然としなかった自分の不満が、一気にその全貌を現したような心持ちに到ったのだ。

 この本は、まさに私の人生のバイブルである。

 

 結論を言おう。

 

 黒ストッキングを穿いた足で踏んでくれる、とびっきりのS属性なJKを紹介してください。

 

 

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

 

 

「…………なん、だ、これは」

 

 千葉県総武高校の職員室の一角で、国語の若手教諭、平塚 静は、今し方読み終えた原稿用紙の束を、唖然とした面もちでバサッと机に置いた。

 

 読書感想文の氏名欄を見れば、そこには『比企谷 八幡』の文字が。

 

 まず、読書感想文ではないのだが。

 

 文系科目の成績が優秀であること以外に取り立てて注目されるような生徒ではなく、波を立てることをする性格では無かったはずだが…………。

 

「……これはさすがに、指導が必要だろう」

 

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

 

 

 こうして比企谷八幡は、桜の花びらが舞う高校二年生の春、人生の女王様と出逢ったのだ。

 

 

 

 

 


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