緑谷出久が悪堕ちした話   作:知ったか豆腐

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ちょっと遅くなりましたが、次の話を投稿します。


緑谷出久は呪いをかけました その4

 死柄木が潜伏しているとされる廃ビルへ摘発へと乗り込んだ警察とヒーローたち。

 しかし、その作戦は序盤から苦戦を強いられていた。

 

「苦tagryecho狂wejaokrsldpgx~~!!」

「キェエエッ!!」

 

 意味不明な言葉や奇声を発しながら脳無と身無たちが次々と警官やヒーローへと襲い掛かる。

 四方八方を囲まれ、絶体絶命の状況に追い込まれていた。

 

「オールマイトさん、これ、嵌められたんじゃないですか!? 有り体に言ってヤバいでしょう」

「今回は相手が一枚上手だったか!」

 

 脳無を複数相手に捌きながら声をかけてくるのは、九州から応援に駆けつけてくれたNo.3のヒーロー、ホークス。

 彼ほどの実力者からしても厄介な状況であるのは明白で、その事実にオールマイトは悔しさを滲ませて拳をふるっている。

 突入した廃ビルには死柄木の姿はなく、代わりにいたのは小部屋や天井から次々と現れる改人たちだったのだ。

 罠だ!

 

「感心しとる場合か、俊典ィ!! さっさと片付けるぞ!」

「幸いなことに、一体一体は大した強さじゃない」

 

 グラントリノとエッジショットが高速移動を繰り返しながら次々と脳無と身無を仕留めていく。

 エッジショットの言う通り、改人たちの強さはそれほどではない。

 ただ、問題は数だ。

 廃ビルに詰め込めるだけ詰め込んだのではないかと思うほど、際限なく改人たちが襲い掛かってくるのだ。

 終わりの見えない戦いは精神を消耗させ、焦燥感を煽る。これが恐怖を呼び起こせば、敗北は現実として迫ってくる。

 

「ああもう! こんなに数が多いなんておかしいですよ!」

「なんじゃい、若いの。文句言ってる暇があったら働かんかい!」

 

 声を上げるホークスに、グラントリノが愚痴を言うなと叱りつける。

 が、ホークスは首を横に振って言い返した。

 

「弱音じゃないですって! こいつら数が多いだけで、トップヒーローを苦戦させるほどの力はない……こんなの倒すための罠としてはお粗末すぎませんか!?」

「まさか……」

 

 ヴィラン連合の首魁・死柄木がいると偽情報を流してヒーローたちを罠にかけて待ち伏せをする。

 至極合理的な作戦であり、事実、こうしてヒーローたちはその術中にはまってしまっている。

 だからこそ解せないのだ。

 オールマイトをはじめとしたトップヒーローが摘発作戦に参加することは予測できるはずなのに、数に任せるだけなのは。

 相手はヴィラン連合。馬鹿ではない。もっと殺意や悪意にまみれたものであっても不思議ではないはずなのに。

 

 ホークスの指摘でその疑問に気が付いたその場のヒーローたちは、ハッと一つの可能性に気が付く。

 

「塚内ィ! 別動隊との連絡はどうなっとる!?」

「グラントリノ、待ってくれ。……だめだ! 音信不通だ!」

 

 グラントリノが警官隊を指揮する塚内に問いかければ、返ってきたのは最悪の答えだ。

 この場にいる敵はすべて足止めをするための捨て駒。本命は向こうにいる。

 別動隊が危険だ!

 

「オールマイトさん、こっちは何とかしますから向こうへ救援に行ってください」

「ホークス。しかし……」

「敵の思惑通りになってどうするんですか。こっちは十分対処できますよ」

「その通り。なに、こちとらトップランクのヒーローだ。信じてください」

 

 このままではいけないと、ホークスがオールマイトへ別動隊へ救援に向かうことを提案した。

 渋るオールマイトだったが、エッジショットからも後押しをする言葉を受け取る。

 実力のあるNo.3とNo.5のヒーローの説得に、オールマイトも彼らを信じた。

 

「すまない。ここは任せたぞ!」

 

 力強く頷き、跳躍と共に改人を巻き込みながら壁を破壊して飛び出していくオールマイト。

 彼を見送ったヒーローと警官隊は改めて脳無と身無の集団に向き直って戦闘態勢を整えた。

 

 たとえ平和の象徴がいなくとも、この程度は何とかして見せる。

 オールマイトが向こうを救けてくれるはずだ。

 No.1ヒーローの、“平和の象徴”への信頼は確かに彼らに力を与えている。

 

 


 

 ――同時刻 廃工場跡(改人プラント)

 

 状況は最悪だ。

 警官隊はほぼ壊滅状態にあり、ヒーローも多くが負傷している。

 

 地面は大きく削れ、横転したパトカーからは炎と煙が上がっている。

 先ほどから偶発的に起こり続けている爆発音や破壊音に混じって、悲鳴やうめき声が聞こえてくる。

 様々なものが焼けて異臭が漂っている。血の臭いがする。

 

 悪夢のような光景を作り出した本人は楽しそうに嗤っていた。

 

「No.10ギャングオルカ、No.6クラスト、No.4ベストジーニスト……その他有象無象のヒーローたち。いやはや、これだけお集まりいただけるとは恐悦だな」

 

 パチパチと手を叩いて乾いた音を響かせるこの男こそ、この惨劇を引き起こした張本人。

 裏社会の帝王と呼ばれ恐れられた、オール・フォー・ワン。その人であった。

 事前の想定では狡猾で用心深い性格ゆえに己の安全が保障されぬ限り表に姿を見せないとされていた黒幕が目の前に現れたことで、現場の空気は糸を張りつめたような緊張感が支配していた。

 

「これだけのヒーローたちに狙われるなんて、ああ、なんとも恐ろしい恐ろしい……」

 

 己の存在感に周囲が呑み込まれているのを分かっていて、わざと芝居がかった口調で周囲を見渡すAFO。

 こんな明らかな挑発を受けて、黙っているほどヒーローたちは軟弱ではない。

 

「これだけの人員を簡単に壊滅させておいて、よく言う!」

「これ以上の暴虐、私が許さん!」

「貴様のいい様にはさせん!」

 

 ベストジーニストが真っ先に向かい合い、続いてクラストが義憤をぶつける。

 獰猛にギャングオルカが睨みつければ、その背後に彼のサイドキックを中心にヒーローたちも後に続く。

 目の前の敵の強大さは嫌というほどに肌で感じ取っている。

 強大な敵に恐怖を抱いていないわけではない。

 しかし、引くわけにはいかないのだ。

 ヒーローが悪を前に引いてしまえば、誰が平和を守れる!

 

「負傷者を下がらせろ! 戦闘に自信のない者は救護にまわれ!」

「一瞬たりとも油断するな。こいつの得体が知れない……」

 

 トップヒーローたちの指示に従い、各自動き出すヒーローたち。

 勇気を振り絞って向かってくるその姿を前にAFOは嘲笑を浴びせる。

 

「まったく。なんて健気なんだろう。ヒーローというのはいつもそうだ」

 

 複数の個性が飛び交い、ぶつかり合い、血を流す。

 一般人が介入できない激闘は、始まってわずか10分ほどで終わりを告げたのだった。

 

 ――――ヒーローたちの敗北をもって。

 

 No.10ヒーロー、ギャングオルカは壁に背中を預けるように気絶している。

 No.6ヒーロー、クラストはうつ伏せで血溜まりに沈んだ。

 そのほかのヒーローたちも、誰一人として無傷なものはいない。

 そしてまたNo.4ヒーロー、ベストジーニストの命も風前の灯となっていた。

 

「さすがはトップクラスのヒーローたちだ。この僕をここまで手古摺らせるなんてね」

「ガフッ! キ、貴様ァ……」

 

 首元を片腕でつかまれ、ボロボロの姿で宙に持ち上げられるベストジーニスト。

 その場のヒーローたちの敗北を象徴するような光景に、まだ意識のあったヒーローの中には涙を浮かべているものさえいる。

 だが、ヒーローたちの奮戦は無駄ではない。

 体のあちこちに傷を作り、高級に仕立てられたスーツには血が染みついている。

 とくに左肩の出血はひどく、ベストジーニストを軽々と持ち上げている右手とは反対に左腕はダラリと力なく下げられていた。

 わずか10分程度の奮闘の結果だ。

 この結果をどう評価するべきだろう?

 

 傷を負わせ、惜しいところまでいったと考えるべきか?

 それともヴィランに負けてしまって情けないと捉えるべきか?

 

 ただ、ハッキリと言える成果が一つだけある。

 

「そこまでだ、オール・フォー・ワン!」

「やはり来たね。オールマイト」

 

 ベストジーニストから手を離し、空を跳んできたオールマイトを迎え撃つAFO。

 彼らは、ヒーローたちは耐えきることができたのだ。

 平和の象徴(オールマイト)が駆けつけてくれるまでの時間を。

 

「君に連絡が届いてからおそらく10分程度……ずいぶんと衰えたね、オールマイト」

「それがどうした、オール・フォー・ワン。貴様をここで倒す覚悟はとっくにできている!」

 

 一瞬の衝突の後、距離をとり睨み合う両者。

 互いの敵意を隠すことなくぶつけ合う二人には、退くという選択肢は存在しない。

 奇しくも互いの意思は無言の同意を導き出した。

 つまり、ここが決着の場なのだ。

 

「いくぞ、オール・フォー・ワン!」

「かかってこいよ、オールマイト!」

 

 前に踏み込むオールマイト。迎え撃つAFO。

 得意の右拳を打ち込むべく突進を仕掛けるオールマイトの圧は、並のヴィランであればその見た目だけで精神的敗北を植え付けることができるだろう。

 だが、相手は積年の宿敵、OFAの継承者たちが代を受け継ぎながら戦い続けてきた、裏社会の帝王だ。

 普通ならば必殺の一撃に悠然と対応して見せた。

 両腕を個性で変形させ、イカの触腕のような形に複数分裂させてオールマイトに絡みつかせた。

 広げられた網に自ら飛び込むような形になってしまい、勢いが削がれてしまった。

 

「捕まえたぞ、オールマイト」

「この程度、舐めるな!」

 

 このまま拘束されてしまうか!? と、いうところをオールマイトは強引な方法で抜け出す。

 自慢の怪力で拘束ごとAFOを振り回し、反対に地面に叩きつけて反撃へとつなげてみせたのだ。

 地に半ば埋まる勢いで叩きつけたおかげで拘束が緩んだオールマイトは、拘束を脱し、続けて追撃を……することはしなかった。

 

「大丈夫かい? ベストジーニスト」

 

 作り出したわずかな時間を使って近くに倒れていたベストジーニストを救出し、戦闘から離れた場所へ横たえる。

 戦闘に参加できず、いや、自らの能力を鑑みて悔しさを飲み込んで戦闘への不参加を決めた勇気あるヒーローたちがすぐさま救助活動にのりだす。

 それを見届けたオールマイトはすぐさま戦場へと舞い戻った。

 時間にすればほんの僅かな時間。

 だが、AFOが体勢を立て直すには充分すぎる時間だった。

 仕切り直す形になったAFOが口を開く。

 

「やれやれだなあ、オールマイト。ヒーローは守るものが多くて大変だ」

 

 先ほど追撃できていれば決着がついていたかもしれないのに。

 と、心にもないことを告げる。

 だがしかし、そんな見え透いた挑発に乗るようなオールマイトではない。

 逆に、AFOの弱みを見抜き、戯言を切って捨てた。

 

「無駄な挑発をするな、オール・フォー・ワン」

 

 すでに一度死力を尽くして戦った相手だからこそ、この短い交戦の中でさえも感じ取れるものがある。

 出会い頭の相手の言葉を意趣返しするように、オールマイトはAFOの虚勢を暴いてみせるべく、ハッキリと告げた。

 

「今、こうして戦ってハッキリ分かった。貴様は以前よりも弱くなった!」

「フフフ、それはお互い様というものじゃあないか? オールマイト」

 

 お互いの全盛期に比べれば、確実に力を失っている両者。

 その事実を突きつけられれば、オールマイトも否定はできない。

 

「そうだな。だが……今の私は、貴様よりも強い!」

 

 同時に事実を突きつけ返す。

 オールマイトにかつて敗北したことで、また骸無という個性を与えても廃人にならない器を得たことで、多くの個性を失っているAFO。

 一方、後継者候補が拐かされたことで、ワン・フォー・オールをいまだ保持したままのオールマイト。

 皮肉にも自身の後継者を得たかどうかの差が、自分たちの能力の差となって表れてしまっていたのだ。

 

「今日、今ここで、決着をつけるぞ! オール・フォー・ワン!!」

「出来るものなら……やってみろ!」

 

 再度、ぶつかり合う二人。

 一般人どころか並のヒーローですら介入できない戦いを繰り広げる。

 ただでさえ破壊されていた廃工場跡が、加速度的に更地へと変えられていく。

 その戦いの推移は、オールマイトが口にした通り、次第に彼が押し始めていた。

 

“DETROIT SMASH!”

 

 振りぬいた右拳が顔面を捉え、相手をきりもみさせて吹き飛ばす。

 明らかな大ダメージだ。

 あとわずかでオールマイトの勝利。

 

『そう、勝利を確信した時が君の最期だ。オールマイト』

 

 その瞬間にAFOは罠を仕掛けている。

 たとえどんな強者であっても、勝利の瞬間には気が緩むものだ。

 その慢心を打つべく、AFOはあえて見せずに温存していた個性があった。

『反応速度上昇』『毒針』

 決して派手ではないが、当たればオールマイトといえど一撃で倒すことができる組み合わせの個性だ。

 こちらよりも弱っていないとはいえ、活動限界があるオールマイトが決着のチャンスをみすみす逃すことなどできはしない。

 勝利を焦るその心を刺す一撃を隠し持っていた。

 

「オオォォォ!」

 

 雄たけびを上げ突っ込んでくるオールマイト。

 『反応速度上昇』の個性を使ったAFOには止まって見えた。

 そして、指から伸びる『毒針』でカウンターを取れば勝利が見えてくる。

 

「ガッ!?」

 

 はずだった。

 再び突き刺さる正義の鉄拳。

 今度こそ、巨悪を沈めるに十分な一撃だった。

 

 相手の動きは見えていた。

 相手を確殺できる武器を用意できていた。

 しかし、身体が追いつかなかった。

 AFOの敗北の原因は言葉にすれば拍子抜けするほど単純にすぎた。

 

 オールマイトだけと戦っていたならば、この結果は覆ったかもしれない。

 しかし、AFOはその直前に他のヒーローたちとも戦って、傷を負っていたのだ。

 ヒーローは守るべきものが多い。同時に、支えてくれる仲間も多いのだから。

 

「う、ああ、うおおおおお!!」

 

 ついに仕留めた宿敵を見下ろし、勝利の雄たけびを上げるオールマイト。

 彼らしからぬ姿ではあるが、歴代の継承者たちの念願が叶った瞬間なのだ。そうもなるだろう。

 

 CLAP CLAP CLAP

 

 乾いた音があたりに響く。

 歓喜の瞬間から、冷水を掛けられたかのように冷静さを取り戻すオールマイト。

 とても、嫌な予感がする。

 

「おめでとう。オールマイト」

「緑谷……少年?」

 

 手を打ちながら笑みを浮かべて歩いてくる緑谷出久、いや、骸無。

 仮面を外しこちらに笑いかける彼の顔を見て、オールマイトはなぜか怖気が走った。

 

 ああ、本当に、嫌な予感がする。

 




骸無登場です。おや、骸無の様子が?

とりあえず、戦闘描写が続くので苦手な自分には辛いです(泣)
誤字脱字の報告大歓迎です。してくださる方、いつもありがとうございます。

次回はなるべく近日中に。

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