「明後日行われる準決勝まではBブロックを見るなりチームメイトと打つなり各々自由にしてもらって構わない、だが準決勝では万全の体勢で来るように、以上、解散」
Aブロック二回戦が無事終了し、白糸台は一位通過で準決勝に進み、菫は団体戦メンバーに準決勝の明後日までは各々好きに過ごしてよいと伝えた。周りからは余裕の一位通過と思われているが実際にはそうではなく、特に副将の尭深と大将の咲は少々疲れが見られたため、自由な時間を作ることで英気を養ってもらうことが狙いなのだ
そして菫の号令で咲たちと部員たちはそれぞれ散り散りとなり、咲と照も帰宅の準備をしていた
「それじゃあ咲、私たちも帰ろうか」
「・・・うん」
「大丈夫?凄く眠たそうだけど」
咲の疲労具合に照は心配そうに咲の顔を覗き込むが、咲はすぐに笑みを作って大丈夫っと伝えた
咲がここまで疲労しているのは今日の二回戦の大将戦が原因だ。白糸台の一位通過がほぼ確定していたのだが、咲の対戦相手であった新道寺の大将の勢いが凄まじく、咲は次の準決勝に影響を与えかねないその勢いを抑え込むように打ったのだ。結果は咲の僅差の稼ぎ勝ちをしたが、その代償として咲はかなり疲労させられたのだ・・・最も本人は思わぬ強敵が現れた事で満足そうではあったが
そのため少しうつらうつらな咲に照は転ばないように手をぎゅっと握りながら歩き、少しボーっとしている咲に照は心配そうな顔をしながら少し考えた仕草をすると
「咲、明日はどうするつもり?」
「ん・・・特に、予定はない・・・かな?」
「そっか・・・それじゃあ明日なんだけど」
「?」
_______
・・・翌日
「綺麗な喫茶店だね」
「うん、前に菫と一緒に来たお店なんだけど、おしゃれで静かな所だったから咲とも一緒に行きたいなって思ってたんだ」
私服姿の照と咲が来たのは静かな雰囲気の喫茶店で、咲は初めて来るお店にきょろきょろしていると、ふと他のお客さんのテーブルに置かれていた美味しそうなケーキが目に映った
「ケーキも美味しそうだね」
「・・・別にケーキじゃなくてお店の雰囲気がお気に入りだから」
「ホント?」
「・・・まあ、それもお気に入りの理由にはちょっと入ってるけど」
大人な姉を演じたかった照だったかケーキを見た瞬間によだれが出てしまい、すぐに顔を赤くしてそっぽを向き、咲は相変わらず姉は甘いものに目がないなと思いながら席に座るのだった
「それにしても珍しいね、お姉ちゃんがお出かけしよだなんて」
「そう?」
「うん、基本は休みの日でも淡ちゃんと麻雀を打つか同じ部屋で本を読むかぐらいだったから」
照はそれほど外に出て遊ぶよりも家の中で静かに本を読むのが好きで、咲もそれに当てはまるために基本姉妹で休日を過ごす時は家の中で過ごすことが大半である、なので咲は照自らお出かけしようと誘ってくれたことが珍しいと思っていたのだ
「そういえばそうだね、でも家の中で過ごしたら咲は明日の準決勝の事ばかり考えるでしょ?」
「え?べ、別にそんなことないけど」
「嘘、机の上に阿知賀と千里山の資料が置きっぱなしになってた」
「う」
咲は照に図星を言い当てられ、照はそんな咲にため息を吐きながら注文した紅茶を口にするのだった
「確かに昨日の新道寺は強敵だったし明日は千里山も出てくる、阿知賀も決して油断できないチームなのもわかる。でも、いつまでも張り詰めた雰囲気でいたら大事な時に崩れてしまう、それだけインターハイは過酷な大会なの」
咲も中学の時はインターミドルに出場した経験があり、全国の厳しさも知っていた、しかしインターミドルとインターハイでは過酷さはけた違いであるし、団体戦という試合形式は咲も初めての経験なのだ。このまま張り詰めた空気のまま団体戦・個人戦を続けていけば咲はいずれ試合の時に崩れてしまう恐れがあると思ったのだ
「だから、大事な試合を控えてても少し落ち着くことを咲には知ってほしかったんだ」
それが照が咲を連れ出した理由、頑張りすぎる妹に対して三年間全国で戦い続けた姉としてしてやれる最善のサポートを行っているのだ、そして咲も照が珍しく誘ってくれた理由を知り、顔を綻ばしながら笑うのだった
「お姉ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
笑みを浮かべながら感謝の言葉を伝える咲に、照も笑みを浮かべながら返すのだった
_______
「・・・ふぅ」
照と一緒にケーキと紅茶を楽しんでいた咲だが、途中でお手洗いに行きたくなったため席を外し、そして今元の席に戻ろうとしたら、ふと外を見ると雨が降っていることに気づいたのだ
(あ、やっぱり降ってきたんだ)
咲は今日出かける前に天気予報を確認しており、今日は途中から雨が降ることは知っていたが、気分的には少し憂鬱な気持ちになっていた
(負けた試合当日や次の日とかに雨が降ると落ち込んでいる気分がさらに落ち込むんだよね)
咲も中学一年生の大会後のプロ相手の練習試合にボロ負けした日にも雨が降っており、その時は天気とのダブルパンチで余計に気分が落ち込んだ経験があるために大会中の雨は少し嫌いだったのだ
(そうそうあの時も目の前のこの人みたいに落ち込んで・・・・あれ?)
ふと咲は近くのテーブルに座っている人に目が行ってしまった・・・なぜならその人はまるでこの世の終わりであるかのような絶望感を纏いながらうつ伏せていたのだから
「あ、あの、大丈夫ですか?」
見覚えのある制服だったため思わず声をかけてしまったが、咲はすぐにしまったと反省してしまった・・・なぜならその制服は昨日対戦したばかりの高校の制服だったからだ
「うぇ?」
その人物の名は花田煌、昨日の白糸台の対戦相手であり・・・照がぼっこぼこにした相手であった
_____
「いやはや、まさかこんな所でお二人と出会うとは何たる偶然ですね」
煌は先ほどの暗い雰囲気が嘘のような明るい顔を浮かべており、咲は先ほどとの違いに戸惑っていた
「私も、昨日の対戦相手とこうして会うのは初めてかもしれない」
「宮永さん・・・は二人いるので照さんとお呼びしますね、昨日はボコボコにされましたが明日の準決勝では負けませんからね!!」
そう元気よく宣戦布告する煌であったが、咲は先ほどの姿を見ているためにどこか無理に笑っているのではと思ってしまい、その感情が顔に出てしまったのか咲の顔を見た煌は苦笑いを浮かべていた
「あの・・・すみません」
「いえいえ咲さんが謝る必要はありませんよ」
咲は思わず煌に対して失礼な目で見てしまったことに謝り、煌はそんな咲を気にしないでくださいっといいコーヒーを口にした
「さすがの私も照さんにあそこまでボコボコにされたら気分が落ち込みます、けど団体戦のメンバーである私が落ち込んだ雰囲気を出してたらチームの士気に影響を与えたらいけません、だからこうして一人で落ち込んで、反省してたんです・・・あ、もちろん監督やコーチには話は通しておりますけどね」
煌は昨日の試合では見せなかった静かな雰囲気に咲はもちろん試合中はずっと明るく振舞っていた姿を見ていた照も驚いた顔をしていた
「あの、今のご自身の立場は・・・辛くないですか?」
「ッ!?咲!?」
そんな煌に対して咲は思わず団体戦でのそのポジションが辛くないのかと尋ねてしまい、照は叱りつける様に声を荒げた・・・新道寺の一回戦の試合を見た時、目の前にいる花田煌は言わば『捨て駒』を任されている立場である、咲はそのチームのために常に格上ばかり居る卓に立たなければならない煌が辛い麻雀ばかり打って麻雀が嫌になるのではと思い尋ねてしまったが、それは案に煌の実力不足を指していることに聞こえるため、照は止めようとしたが
「・・・そうですね、正直言って捨て駒扱いは物凄く辛く感じてる
・・・なんってことはないですね!」
一瞬ショックを受けた顔を見せたのかと思えば、動じることなく明るい顔を浮かべていた。何よりも煌は自分の実力不足を認めるどころか捨て駒であることに誇りを感じている顔に驚きを隠せなかったのだ
「確かに私はエースとして活躍できる力はありません、ですが捨て駒として必要な力を持っていると、そしてその力はチームにとって必要な力だと部長や監督から聞きました」
誰だって捨て駒扱いは嫌であろう、それも実力が認められたのではなく、ただトバないから選ばれた。それを知れば誰だってやる気をなくし、最悪、麻雀部を退部する事も考えてしまう出来事に対しても、煌は全く熱意をなくさなかった、なぜなら
「嬉しいことです、チームから必要とされている、そんなすばらなことはありません」
チームの役に立てるのならそれ以上嬉しいことはないという他人には決して越えられない煌の精神の強さ。その強さがあるからこそ煌はチームメイトからも認められ、同じ部内の仲間たちからも好かれているのだ。そしてその強さを目のあたりにした照はだからこそ手ごわかったのだと気づいた・・・全国で戦える実力をもともと備わっていたわけではない、だが昨日の卓では一番手ごわかった、その理由は実力のあるなしではない決して諦めない心を持っていたから。
「あの、花田さんすみません、こんなことを聞いてしまって」
「いえいえ、実際団体戦メンバーに選ばれるだけの実力を持っていないのは事実ですから」
咲の謝罪に煌は気にしていませんよと隠し事なく明るく振舞っていたが咲の目を見た瞬間、ただ申し訳なく謝ったのではなく、花田煌を手ごわい相手を見る目をしていたのだ、そして
「いえ、あなたは決して弱くはありません・・・むしろ今は手ごわい相手だと思ってます」
その咲の言葉に煌は驚いた顔を浮かべていたが、照も同じように頷いていた
「花田さん、私も咲と同じ気持ち」
「で、ですが私はお二人が強敵と思われるような実力は・・・」
煌はポジティブではあるが自分の腕前に関しては自信がなく、とてもじゃないが二人から強敵と思われるほどではないと考えているが、照はそれを首を横に振って否定した
「そんなことはない、あなたは自分で思っている以上にセンスがある、それに何より
あなたは相手が誰であれ『諦める』ことをしない、そんな諦めない相手は決まって手ごわいことを私はよく知っている」
照はよく知っていた、実力のあるなしではない、諦めないその強い精神力を持っている相手がどれだけ手ごわいのかをこの三年間でよく知っていた、そして煌はその中でも一番手ごわい存在であると照と咲は認めたのだ・・・花田煌は『強敵』であると
「だけど、明日の試合は絶対に負けない、勝つのは私達白糸台なのは絶対に変わらない」
そう照がまっすぐな目で煌を見ながら『宣戦布告』をした、煌はこれまで対戦相手から『強敵』として見られたことは一度もなかった、捨て駒・なんで選ばれたのか分からない、そういった声を選手や心無い記者から言われたことは幾度かあった、しかし照はそうではなかった、自分を手ごわい敵としてくれる、『強敵』として見てくれる、それが何よりも嬉しかったのだ
「いいえ!勝つのは私達新道寺です、姫子たちは、いえ『私達』は全員手ごわいですからね!」
照の宣戦布告に対して煌はひるむことなく、むしろ満面の笑みで答えるのだった
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それでは!!私は皆さんの元へ戻るとしまう!!また明日会いましょう!!と咲たちと一緒に店を出た煌はそう元気の良く手を振りながら咲たちと別れ、咲と照は煌の姿が見えなくなるまで見送るのだった
「・・・花田さん、明日は昨日以上に厄介な存在になるね」
「・・・うん」
「やっぱり、明日の試合も一筋縄にはいかないね」
「・・・うん」
「・・・咲?」
何処か上の空の咲に照は心配そうな顔を浮かべたが、咲はそれに気づかなかった、そして
「・・・もし花田さんが『あの時』いたら、私は牌を置かなかったのかな?」
そのポツリと呟いた言葉に照は驚きの顔を浮かべたと同時に、咲の昔の出来事を思い出した
・・・二年前の長野の中学県予選秋季大会、参加者『全員』が咲に勝つことを『諦め』誰もが咲に勝とうとしなかった大会、そして照がこれまで見た中で最低ともいえる卓を思い出したのだ
「咲、あのね・・・」
「わかってる、そんなもしもを考えたって過去はどうやったって変わらない」
あの出来事を咲は決して忘れはしないしできなかった、だけどそれがあったからこそ・・・
「それに今は淡ちゃんが居る、淡ちゃんが居たから私はまた牌を握れるようになったから・・・ごめんね?心配させるような事を言って」
咲は淡と出会えた、自分と同じ世代で全力で戦える相手と出会えた、確かにあの出来事は咲にとって辛い出来事だったかもしれない、だけどそれがあったからこそ、咲は淡と親友となり、幸せな生活を送れているのだ
「全く、咲はいつまでも心配をかけるんだから」
「あはは、ごめんね」
一瞬見せた暗い雰囲気がもう見られないことに照は安心したと同時に、ふと自分の手がうずうずしていることに気づいた、それはおそらく煌と出会ったからだろうか、照は今麻雀が打ちたくなったのだ
「・・・咲、今から打ちに行こう」
「え?」
「・・・花田さんと話してたら打ちたくなってきた」
「・・・実は私も」
その言葉に咲と照はお互いに顔を見合わせ、そしてプっと笑いだした・・・自分たちは休みの日でもとことん麻雀が好きであると
「せっかくだから淡ちゃんもよぼっか?」
「・・・ううん、呼ばなくていい」
「?なんで?」
「・・・せっかくの休みだから、今日は一日咲を独り占めしたいから」
「もう、お姉ちゃんったら」
そう仲良く手をつなぎながら近くの雀荘を探し始めた咲と照の顔には先ほどの煌の笑顔が映ったのか明るい笑顔を浮かべていた
・・・そして咲は照と一緒に入った雀荘で出会うことになった
・・・淡以外で初めてある、もう一人の宿敵(ライバル)となる存在に