声を失った少年【完結】   作:熊0803

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どうも、作者です。一応連休も終わりですね。

今回はまず戦闘の最初の部分。

楽しんでいただけると嬉しいです。


95.声を無くした少年の、最後の戦い 3

 

 

「では、健闘を祈るぞ」

『うん。そちらもね』

「頑張ってください」

 

 オクタとエイビットがエレベーターを降りていく。

 

 挨拶もそこそこに、彼奴らは警戒した足取りで背を向け、そこでドアが閉まる。

 

 重々しい音を立てて分厚いドアが閉じ、再び上へ向けて動き始めた。

 

「ふ、こうしていると初めて組織の施設に運び込まれたときを思い出すわ」

 

 三年前、我が力を持たぬ、ただの人間……いや、それ以下であった頃。

 

 延命措置のため、本部へ運び込まれた時に地下の治療施設へ行くためのエレベーターもこのようであった。

 

「あれから、我の人生は激変したな……」

 

 そも、我は本来ならばこのような立場になることはない人間だ。

 

 この体を与えられることもなく、一生置物のように病院にいるための援助を受ける、その程度だっただろう。

 

 生体へハイコストな機械義体を移植する実験は、我程度の一般人に受ける資格も権利もなかったのだ。

 

 

 

 だが、あいつが、八幡が救ってくれた。

 

 

 

 我が……俺がたった一度、朦朧とした意識の中で呟いた「死にたくない」という言葉。

 

 たったその一言に、あいつは自分の権限を使って移植実験の被験体に俺をねじ込んだ。

 

 それがなければ、おそらく今頃植物状態で病室のベットに横たわっていることだろう。

 

 あいつには返しきれない恩がある。命を救ってくれ、それ以上に生きる理由を与えてくれた。

 

 故に、この任務。必ず完遂してみせよう。

 

 

 

 そう決意を新たにしているうちに、エレベーターが停止した。

 

 そして再び扉が開かれて──

 

「「ガァアアアッ!」」

「ふっ!」

 

 その瞬間飛び込んできたA.D.S.に、我は素早く反撃を繰り出した。

 

「フンッ!」

「ギッ!?」

 

 肘の小型ジェットを起動し、最初に飛び込んできた一体目の頭部をストレートで粉砕する。

 

「ギァアアアア!!!」

「ちぇえいっ!!」

 

 続けて二体目にジェットの勢いのままに体を回転させ、回し蹴りでエレベーター内の壁に叩きつけた。

 

 すぐさま立ち上がって襲いかかってくるA.D.S.の懐に自ら飛び込み、掌を分厚い胸板に当てた。

 

 

 ビシュッ!

 

 

「ガァ……!!?」

「死ねぇいっ!!」

 

 リパルサーで心臓を貫き、そのままエネルギーソースをありったけ使って穴だらけにしてやる。

 

 計算した数値以上のダメージを重要器官に受けたA.D.Sはそのまま倒れこみ、動かなくなった。

 

「いくら体温を隠そうが、手段など他にもあるわ、たわけ」

 

 どうやら熱源センサーを誤魔化す能力があるようだが、残念ながら超音波センサーも搭載されている。

 

 ドクター津西には感謝であるな。映画を見て悪ふざけで色々と搭載するのは勘弁願いたいが。

 

「むぅ、スキンが溶けてしまったな」

 

 放熱する右手の手首を展開し、空になったシリンダーを入れ替えてエレベーターから出る。

 

 壁が黒に統一された廊下は、これまたなんとも()()()雰囲気を醸し出している。

 

 試しに各種センサーを起動すると、案の定無数のトラップや赤外線センサーが張り巡らされていた。

 

「ふっ、敵ながら定番がわかっておるわ」

 

 先んじてネットワークに侵入した際手に入れたマップを視覚センサー上に展開し、目的地への最短ルートを表示する。

 

 そこに今確認したトラップの位置を組み合わせ、最後に携帯した赤外線センサーの妨害装置をオン。

 

「これでよし……さて、では攻略開始といこうか」

 

 装置を腰に戻し、軽く助走をつけて一気に駆け出した。

 

 妨害装置がある以上、赤外線センサーを全て避けて通るなどのバッテリーの無駄になるような芸当はしない。

 

 トラップに引っかからないよう、表記されたルートに沿って一直線に廊下の中を走り抜ける。

 

「ガァアアアァア!」

「ぬっ!」

 

 だが、データ通りにいかないものもある。

 

 廊下の向こう側から、何匹ものA.D.S.が狂った雄叫びををあげて迫ってくる。

 

 センサーが捉えるのは二、三、四……

 

「ぬう、この数にはやむを得まいか!」

 

 腰からナノブレードを取り外し、一部がパージした義手から飛び出たコードを柄頭に接続する。

 

 スイッチの縁部分である目盛りを回転させて《射出モード》に合わせ、刀身の穴を奴らに定めた。

 

 スイッチを押した瞬間、刀身がA.D.S.めがけて勢いよく飛び出していく。

 

 当然、鬼種レベルの反射神経を持つA.D.S.たちはいとも容易くかわし、刃は奥へと飛んで行った。

 

 

 

「ガァアアアァア!」

 

 

 

 A.D.S.たちは、連携の取れた動きで一斉に飛びかかってきて……

 

「ぬんっ!」

 

 その瞬間に腕を引くと、刃は凄まじい勢いで回転しながらこちらに戻ってきた。

 

 高速で引き返してきた刃は、一斉にA.D.S.たちを切り捨て柄に戻る。

 

「ふっ、今度は後ろに注意するのだな」

 

 真っ二つになったA.D.S.たちの間を走り去り、目的地への到達時間を設定し直す。

 

 足のアクチュエーターにエネルギーを回し、それよりも速く、かつ慎重に罠やA.D.S.を避けて進んだ。

 

 やがて、視界の秒読みがゼロになるのとともに見えてきた、入り口の扉を蹴破り──

 

 

 

 

 

「──これは、なんと広大な」

 

 

 

 

 

 目の前に現れた巨大な生産工場(プラント)に、思わずそうこぼした。

 

 視界いっぱいに広がるのは、協奏曲が如き音の重奏を上げながら動く機械群と、人一人入れられる程の試験管の森。

 

 右を見れば、出来たばかりのA.D.S.……容姿は全裸の八幡である……がフックで大量に吊り下げられている。

 

 左を見れば、アームでスーツやバイザーを装着されたA.D.S.が試験管の中に入れられている最中であった。

 

「これを全自動で動かしているとは……」

 

 ハッキングで入手した情報によれば、これらは全て外壁に取り付けられたソーラーパネルで電力を供給している。

 

 太陽に近いためだろう、これほどの大設備を賄うほどの太陽光も集められるだろうが……

 

「いやはや、津西影弘。希代の天才という自称は酔狂ではないか」

 

 っと、感心している場合ではないな。速く任務をこなさなくては。

 

「特殊個体のA.D.S.は……いないな」

 

 周囲を確認してから、サーチ機能をオンにして端末を発見する。

 

 速やかに走り寄り、手を置いて先のハッキングで丸裸にしたネットワークにアクセスした。

 

「ふむふむ、ほうほう……なんと、これは凄まじい」

 

 この工場についてのデータだけでも、相当な価値のあるものが盛り沢山である。

 

 それすなわち、悪用されればそれだけ危険ということ。根こそぎ回収して永久に封印しなくては。

 

「一番重要な類のデータは……見れんな。ここからだと流石に本命の端末にはアクセスできん」

 

 研究フロアの端末ならば直接アクセスできるだろう。そちらは相棒達に任せる他あるまい。

 

 数分して、あらかたのデータを回収できたところで収集中に見つけた《緊急停止プロトコル》を起動した。

 

「これで、どうだ?」

 

 画面に表示されたY/Nのメッセージに、躊躇なくイエスを送信する。

 

 その瞬間、大きな音を立ててあらゆる機械が停止した。

 

 次いで、アラーム音とともに工場全体が赤く染まり、電子音声で警告が放送される。

 

 

 

『警告。《緊急停止プロトコル》が実行されました。30分後にこのフロアは切り離され、爆破されます。速やかに他のフロアへ退避してください』

 

 

 

「よし。狐姫隊へ、こちらウッド。任務を完遂した、これからオクタ班に合流する」

『こちら狐姫。了解した、引き続き任務を続行する』

『こちら腐姫、同じく任務を続行する』

 

 まずは陽乃殿達へ連絡を取り、次にオクタ達へ回線を切り替える。

 

 あちらにも任務完了の通達を送って、フロアからの退避を始めようとする。

 

「さて、では我も加勢に……」

 

 そこで言葉が止まった。

 

 もうほぼ回収できていたデータの中に、気になるファイルを見つけたのだ。

 

 一度通信を遮断し、端末の画面にそのファイルを表示させる。

 

「《ユートピア、計画》……?」

 

 大仰なタイトルを付けられたファイルの中を閲覧し……我は後悔した。

 

 よもや……よもやあの男、ここまで危険な計画を企てていたというのか!?

 

「まずい、速く知らせなくては──!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドオォォオォオオォオォンッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、我は爆風とともに吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 ゴールの見えない回廊を、海老名ちゃんと一緒に駆け上る。

 

 このフロアは相当に大きいようで、かれこれ10分は走っているがまだ動力室にはたどり着けない。

 

「腐姫ちゃん、平気?」

「ええ、一応訓練は定期的にしてるので。でも普段から実働してるオクタくんたちに比べるとなまってますね」

 

 ノイズ混じりの声で軽口を叩く海老名ちゃん。これならまだ平気そうね。

 

 でも気をつけなきゃ。この子も比企谷くんや雪乃ちゃんみたいに本心を表に出さないタイプだから。

 

 今回の隊長はオクタくんだけど、一番の年長者は私。しっかりと全員無事に帰らせなければいけない。

 

「ああもう、式神が使えたならひとっ飛びなのにな」

 

 この研究所の中では、私の戦闘力は半減してしまう。

 

 私の神通力は地脈に流れるエネルギーを利用したもの。そのため地球上でしか使うことができない。

 

 さっきはギリギリその範囲内だったけど、今はもう地上から離れすぎて式神の一体も出せない。まったく不便ね。

 

「私もその分サポートしますから」

「……今更だけどごめんね。海老名ちゃんを巻き込んじゃって」

「いえいえ。私にも少し……守りたいものができたので」

 

 あら驚いた。この子は比企谷くん以上に他人に関心がなかったのに。

 

 ミュータント能力というものは、遺伝する場合も多いが大体は突然変異による突発的なものだ。

 

 彼女の親は普通の人間で、それ故に海老名ちゃんの力を非常に恐れた。   

 

 幸いだったのは、恐れたのは能力であって彼女自身は愛されていること。でも海老名ちゃんは人間を信じなくなった。

 

 そんな彼女がこうも言うまでの人物ができるとは。人生わからないものね。

 

「いつか会ってみたいわね」

「あはは、もう会ってますよ」

「そう? ……っ、止まって」

 

 前方に道中みたものよりはるかに大きな扉が見え、そのかなり手前で立ち止まった。

 

 背後で海老名ちゃんが静止したのを確認して、仮面の中に表示された地図を確認する。

 

「……この先が動力室ね」

「でも、厄介なものもいますね」

 

 そう。ようやく目前に迫ったゴールの前には、門番が待ち構えていた。

 

 扉の前に陣取っているのは、既存の個体よりふた周りほど巨大なA.D.S.

 

 鱗に覆われた体に爬虫類に類似した下半身の骨格、尾骶骨から床に垂れ下がる太い尾。

 

 俯く額にはいびつな形のツノが張り出しており、更に顔はどこか蜥蜴っぽい。

 

 通常の個体とは大きく違う見た目からして、あれがおそらく……

 

「特化型のA.D.S.ね」

「推測するにリザードマン系統の遺伝子を組み込んだものでしょうか?」

「その線で考えましょう。となると……」

 

 元より頑強な鬼種の肉体、そこにリザードマンの外皮や高い再生能力などの特性も組み合わせたとすれば……相当に厄介ね。

 

 でも、こちらは一騎当千の《陽炎》が二人。そうそう遅れをとるほどヤワではない。

 

「慎重に、かつ迅速に行きましょう」

「了解」

 

 ホルダーからナイフを抜き、海老名ちゃんと頷き合って一気に踊り場に走り出る。

 

「「シッ!!」」

 

 私が頚動脈を、海老名ちゃんが心臓めがけて攻撃を繰り出す。

 

 すると、奴はこの場に現れるのを待っていましたと言わんばかりに沈黙から目を覚ました。

 

「ガァッ!」

「くっ!?」

「ちぃっ!」

 

 腕でナイフを、尻尾で手刀を防いだA.D.S.にすぐさま後退し、ナイフを銃に持ち替える。

 

 関節を狙って引き金を引けば、連続して乾いた音が回廊の中に木霊した。

 

 しかし、A.D.S.はその太い尾を体の前面に移動させ、特別性の弾丸を一振りで全てはたき落とす。

 

「グルルルル……」

「やっぱり一筋縄じゃ行かないかー……」

「私の毒も効果は薄いですね」

 

 最初の海老名ちゃんの一撃は、尻尾の外皮こそ溶かしたものの、A.D.S.が目の前で自ら切り落とすとすぐに生え変わった。

 

 総武高校での戦闘データから改良を加えたのだろう。

 

 もっとも、再生が追い付かないほど強い毒ならば可能性はあるが……それだと海老名ちゃん自身がダメージを受ける。

 

「地道に行きましょうか」

「ただし効率的に、ですね」

「さっすが腐姫ちゃん、わかってる♪」

「ギェェァァアアアアッ!」

 

 軽口もそこそこに、今度は自ら襲いかかってきたA.D.S.に意識を戻した。

 

「腐姫ちゃん、援護よろしく!」

 

 銃を再びナイフに替え、接近戦を試みる。

 

「ふっ!」

「ガァア!!!」

 

 姿勢を低く、自分の二倍は巨大な標的の懐に飛び込んだ。

 

 右の大振りを回避して逆手に握ったナイフを振り抜く。最高級のナイフは容易く神経の集まる箇所を切り裂いた。

 

 続けて傾いた体の左側を狙い、空いた手で胸に張り手を入れて強打。肺に胸骨を突き刺す。

 

「ギ……」

「ふっ、はっ!」

 

 よろめいたA.D.S.に再び接近し、ナイフを肝臓の箇所に突き入れる。

 

「ガァ!」

 

 

 パン!パン!パン!

 

 

 当然あちらも防ごうとするも、背後からの正確な射撃で腕と尻尾を弾かれて胴体が無防備になった。

 

 するりと入り込んだナイフは、しかし外皮と並の人間の十倍はしっかりと詰まった筋肉ではばまれる。

 

 ならばと、柄頭に膝蹴りを入れて無理やり中に押し込んだ。

 

「ガァァアアア!?」

 

 絶叫するA.D.S.

 

 動きが止まった隙に持ち手の根元を捻って()()()()()()を露出させ、素早く退避する。

 

「腐姫ちゃん!」

「はい!」

 

 腐姫ちゃんが二つ起動済みのナイフを投げ、私の差したナイフの近くに来たところで撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 ドォオオオオンッ!

 

 

 

 

 

 通路の中に爆炎と爆風が吹き荒れる。

 

 壁を叩く炎風を伸張させた腰の防熱マントでやり過ごし、完全に収まるまで待った。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ〜」

 

 周囲の熱が元に戻ったところで、マントを翻して立ち上がる。

 

「少しは効いてるといいけど……」

「……どうやら、ダメージがないわけではないようですね」

 

 爆風が晴れると、そこには無残な姿になったA.D.S.がいた。

 

 左半身が盛大に吹き飛び、黒焦げた骨と内蔵が丸見えになっている。

 

 首元も大きく抉れ、通常ならば即死する傷だが……

 

「ギ、ィァアアア……!」

 

 しかし、パキ、パキ、と乾いた音を立ててみるみるうちに再生を始めた。やっぱりね。

 

 

 

 パン!パン!

 

 

 

 眉間に腐姫ちゃんが弾丸を撃ち込む。

 

 後ろに跳ね返った蜥蜴頭は、しかしゆっくりとこちらを向くと紫色の目で私たちを睨んだ。

 

「どうやら、第二ラウンドが必要そうね」

「ええ、行きましょう」

 

 ナイフを取り出し、海老名ちゃんがマガジンを交換したところであちらも再生しきった。

 

「ガァアアアア!!!」

「さて、始めましょうか。ふっ!」

 

 

 

 

 

 叫ぶA.D.S.に向かって、私はまた駆け出した。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

「──ッ!」

 

 僕の刃と、八兎くんの爪。

 

 それぞれがA.D.S.の頭を切り飛ばし、胸を貫通して心臓を掴む。

 

「うらぁッ!」

 

 力任せに腕を振り回し、八兎くんは首なしのA.D.S.を床に叩きつけた。

 

 放射状にヒビが広がり、勢いよく腕が引き抜かれる。その手には異形の心臓が握られていた。

 

 まだ僅かに本体と神経が繋がっているそれを八兎くんが握り潰すと、標的は完全に動かなくなった。

 

「……戦闘終了、です」

『お疲れ様』

 

 ナノブレードを血振りして刀身を収め、八兎くんの肩に手を置く。

 

『もう完全に対応できているね。倍の性能差があるとは思えない』

「……彼らより力や速さで劣るからといって、勝てないわけではない。重要器官を複数同時に破壊すれば、コストを安く抑えるために再生力を抑えた《同族》たちは殺せます」

 

 淡々というその声音には、どこか沈鬱なものが混じっていた。

 

 彼にとっては兄弟を殺しているのだ。思うところもきっとあるのだろう。

 

 もっとも、その感情がわからない僕は肯定も否定もしない。

 

 安易な同意は、理解の放棄と同意義だ。

 

『さて、早く行こうか。いつトラップが再起動するかもわからない』

「はい」

 

 元に戻った八兎くんとともに、いくつかA.D.S.の死体が転がる廊下を後にする。

 

 

 

 

 

 幸い、ここまでは実に楽な道のりだった。

 

 

 

 

 

 材木座くんがあらかじめ、このフロアの防衛機構を全て解除しておいてくれたのだ。

 

 そのため、迷彩機能を使った隠密行動で必要最低限のA.D.S.との戦闘だけですんでいる。

 

 最悪ミサイルで研究所ごと爆破する以上、何より優先すべきは津西博士の身柄の確保である。

 

 捕らえるにせよ殺すにせよ、早いほうがいい。その分他のフロアは手付かずだが、心配はいらないだろう。

 

『こちらウッド。データを回収した。これより狐姫班に合流する。また、未回収のデータがあるためオクタ班に回収を要請する』

 

 っと、噂をすればだ。

 

 通信とともに、仮面の中に表示されたルートが一番近い研究室へ変更される。 

 

『こちらオクタ、了解した。引き続き任務を続行する』

『エイビット、同じく任務を続行します』

 

 通信を切って八兎くんとアイコタクトを取り合い、移動速度を上げた。

 

 最短ルートで研究室に辿り着き、扉の目にいたA.D.S.を二人で素早く処理すると中へ入る。

 

「これは……」

『随分と荒れているね』

 

 室内は、これでもかというほどに破壊されていた。

 

 壁には穴だらけ、机は強力な力がかかったのかひしゃげて床に転がり、研究し資料も四散している。

 

 まるで、ここでとてつもない何かが暴れ回った後のようだ。

 

「何があったんだ……」

『さてね。察するに、我々にデータを奪われないように津西博士があらかじめ破壊したのか……』

 

 これは困った。端末がないのでは、ここではデータを回収できない。

 

 仕方がない、材木座くんに連絡して次の研究室を探してもらおう。

 

『こちらオクタ、端末の破壊によりアクセス不可。他のポイントを提示願う』

『──、────』

 

 ……なんだ?

 

『繰り返す、こちらオクタ。端末がない、他のアクセスポイントの情報が欲しい』

 

 もう一度繰り返すものの、材木座くんからの返答はなくただ雑音が帰ってくるのみ。

 

『……だめだ、何も聞こえない』

「どうかしたんですか?」

『ウッドくんと連絡が取れない。何か問題が起きたのかもしれないね』

「大丈夫でしょうか」

『彼もプロだ。とにかく、すぐにここを出て──』

 

 その僕の言葉を証明するように、突然天井に設置されたスピーカーからノイズ音が発せられた。

 

 即座に飛び退き、ナノブレードを起動させて戦闘態勢に入る。八兎くんも隣で構えをとった。

 

 

 

 

 

《──あー、あー、テステス。聞こえているかね?》

 

 

 

 

 

 ……この声は。

 

《まあこの私の放送を聞いていないなどという愚かな真似はしないだろうが、確認しておこう》

 

 一声聞くたびに、仮面の中で自分の顔が歪んでいくのがわかる。

 

 それはきっと、八兎くんも同じだろう。

 

 この体の制御装置としての役割、それ以外に僕が明確に持ち合わせるたったひとつの感情。

 

 すなわち──心の底から憎むその相手が、僕たちに話しかけているのだから。

 

《ようこそ諸君!私の王国に不躾にも侵入せし、我が素ン晴らしい才能より生まれ出でし子供たちよ!君たちが戻ってきたことを心から嬉しく思うよ!》

「博士……っ!」

『……津西、影弘』

 

 やはり生きていたのか。こうして直に話しかけられるまで信じたくはなかったけどね。

 

《さてさてぇ?君たちの目的は分かっている。この私の素ン晴らしい研究を止めようというのだろう?はははははっ、そのためにこんなところまで、わざわざご苦労なことだよ!》

『……あいにく、それが仕事なものでね』

 

 聞こえないと分かっていても、つい呟く。

 

《その苦労に免じて、私自ら君たちの相手をしてあげようではないか》

 

 ……なに?

 

「なんだって?」

《簡単なことだ、私は久しぶりに君たちと楽しい実験をしたい。君たちは私を殺し、ついでに研究データが欲しい。ならば正々堂々、勝負といこうじゃないか》

『それは助かるね、探す手間が省ける』

 

 なんともこちらを舐めた提案をしてくるものである。

 

《ああ、とはいえ横槍を入れられては面白くないのでね。お仲間は足止めさせてもらっている。そこは安心したまえよ》

『……やはりか』

《北東の第三実験室に来たまえ。そこで待っているよ、我が作品たち。それではシーユーアゲインッ!》

 

 そこでプツリと放送は切れた。

 

 部屋に沈黙が戻る。八兎くんは立ち尽くし、僕は少し感情の抑制に時間を使った。

 

『……こちらオクタ、対象からの接触あり。これより捕縛に向かう』

 

 数分で平静になると、陽乃さんたちに通信を繋げる。

 

 が、あいも変わらず帰ってくるのはノイズばかり。まるでこのフロア全体にジャミングでもかかっているようだ。

 

「……どうします?」

『僕たちのやることは変わらない。任務を遂行するだけだ』

「でもきっと、何かが待ち構えていますよね」

『だろうね。ありきたりなセリフだが……これは罠だろう』

 

 自身が相手をするとは言っていたが、用心深く用意周到な彼がなにも用意していないわけがない。

 

 それに、これまで一度も特化型のA.D.S.の影も形もないことも気にかかる。

 

 彼が正体不明のそれを引き連れていることは確定的だ。

 

『とはいえ、悩む時間もない。作戦時間を過ぎればもろとも木っ端微塵だ。彼が待ち構えているというのなら、打ち破る』

「……そうですね。家に帰るためにも、ここで立ち止まってるわけにはいかない」

『随分と熱い台詞を使うね。同意見だが』

 

 今更改めるまでもないことを確認しあい、僕たちは研究室を出て最初のマップを頼りに実験室へ急いだ。

 

 

 

 

 

 作戦時間は──残り一時間。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

あー、オリジナルだとうまくまとまらずにごちゃごちゃする。

次回は各キャラの本格戦闘。

コメントをいただけると嬉しいです。

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